1 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:01:57.44gH8+Nsnt0 (1/13)


──海岸の道路

コツ コツ

速水奏「いい夜ね」

プロデューサー(以下、P)「ああ。風は穏やかだし、晴れて星も見える」

奏「夜はどうにか涼しくて」

P「いま時期にしては、いい夜かもな」

奏「でしょう」

ザザ… 

奏「波の音が聞こえるのはどう?」

P「それはいいけど……黒くてなんも見えないな」

奏「夜の海ってなんでこんなに黒いのかしら」

P「なんというか、太陽がないからとしか」

奏「それはつまらないわ、Pさん」

P「そうか、それなら…… 海だって夜は寝ているから、とか」

奏「ふふ、そっちの方が好き」



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2 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:02:36.26gH8+Nsnt0 (2/13)


ブゥン…

P「車通りはまだあるな」

奏「真夜中なのにね」

P「観光地だからかな」

奏「でも、ホテルへのバスはもうない」

P「今からタクシー呼んだって良いんだぞ」

奏「歩くの疲れた?」

P「そんなことはないけど……いや、もう少し歩きやすい靴が良かったなとは」

奏「ふふ、一日お疲れ様」

P「それはこっちもだ。一日撮影だったのは奏の方なんだから」

奏「そうね。……でも、見ていたよ、カメラマンさんとやり合っているの」

P「え? ああ、あれか」



3 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:07:37.05gH8+Nsnt0 (3/13)


奏「グラビアじゃない、なんて聞こえたかしら」

P「写し方が露骨だったんだよ。コンセプトの説明したのに」

奏「うちの商品を安売りされては困る、って?」

P「そんなこと言ってない」

奏「今日はね。でも、前に」

P「うん?」

奏「ほら、映画撮ったときに、監督さんに。あったでしょう?」

P「あのサメ映画か。……その時は言ったけど」

奏「思い出すな、あの時は美波と歩いたっけ」

P「ああ、メールがあって何かと思った。あれはまだ早い時間だったから良かったけど」

奏「今日はもう、終電も過ぎた時間だものね」

奏「プロデューサーさんと一緒じゃなかったら、こんなにのんびりできていなかったわね」

P「幸い、観光地で人通りがあるからな。そうじゃなきゃさっさとタクシーだ」

奏「確かに、人がいない方が怖いかも」



4 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:08:16.72gH8+Nsnt0 (4/13)


奏「ねぇ、みんなどう思うかな」

P「どう?」

奏「誕生日が来る夜に速水奏は」

奏「自宅の部屋で、スマホを見ながら祝われているのを楽しみにしている、とか」

奏「友人たちに囲まれながらパーティーをしている、とか」

奏「そんなことを思われているんじゃないかなって」

奏「よもや、男の人と二人で海辺を散歩しているなんて、思ってもないでしょう?」

P「いろいろ語弊がありそうな」

奏「でも事実」

P「状況だけなら、まぁ」

奏「実際はちがう?」

P「担当のわがままに付き合っているだけだろう?」

奏「嫌々?」

P「嫌とは言わない」

P「でも、ホテルまで歩いて帰りたいってだけで、理由は言ってくれない」

奏「1時間半くらいの散歩、というのではダメ?」

P「夕飯、わざと引き延ばしたろ。そうまでしてやることでもない」

奏「……ふぅん、わかってて乗ってくれたのね」

P「わかっているかは知らない。でも、たぶん必要なんだろう?」

P「奏にとって、夜の海岸を歩く時間が」



5 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:09:13.02gH8+Nsnt0 (5/13)


奏「そうね……」

奏「うん、確かに要るのかも。……でも、一人じゃダメなのよ」

P「流石に一人は困る」

奏「そうじゃなくて」

奏「一人じゃなくて、誰かと、が必要だってこと」

P「ああ…… そうか」

奏「なんで、って聞かないの?」

P「聞く必要があるなら聞くよ」

P「予定が詰まっているわけじゃないし。やりたいってなら、やっていい」

奏「うーん…… それも、あまり面白くないわ」

P「そういう話だったか?」

奏「ただのボディーガードをお願いしたわけじゃないの」

奏「おしゃべりができて、思い出を話せる人」

P「……」

奏「あとは、少し刺激的な人と、いたいなって」

P「……それはちょっとくすぐったいな」

奏「ふぅん? 自分のことだと思っているんだ?」

P「なっ…… おい」

奏「冗談よ」

奏「もちろん、あなたが良かったって思ってる」

P「……はぁ」

奏「ふふふっ」



6 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:09:44.92gH8+Nsnt0 (6/13)


ピピッ

奏「日付変わったわ」

P「……」

奏「さて、プロデューサーさん。何か言いうことは?」

P「……誕生日おめでとう」

奏「ありがとう」

奏「ふふ、一番に聞きたくて、通知切っちゃっていた」

ピ ヴー ヴー

奏「あら、すごい通知」

P「事務所の自動投稿も…… よし、問題ない」

奏「おめでとう。HappyBirthday。ふふ、生まれてきてくれてありがとう、なんて」

奏「お礼リプは朝以降かしらね」

ピ



7 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:10:35.47gH8+Nsnt0 (7/13)


奏「ありがたい、なんて一言で片づけられないけれど」

奏「本当に、有難いことだと思うわ」

P「うん?」

奏「こうやって、文章で言ってくれる人が、何十人もいて。言わなくても、ハートマークつけてくれる人が何百人もいて。今日一日で、数えきれないほどになる」

奏「たまに嫌なことがあっても、それ以上の人が優しさをかけてくれる」

奏「恵まれてるなって」

P「……」

奏「顔がいいとか、大人っぽいとか、言われたことは一度や二度じゃなかったけど…… それだけじゃ、アイドルってできなくて」

奏「たぶん、私でも気が付いていない、アイドルに必要なものを持っていて。それをみつけて、アイドルになるきっかけを作ってくれる人がいた」

P「……」

奏「だから、私も言いたいの。プロデューサーさんに」

奏「ありがとう」

P「……うん」

P「どういたしまして」



8 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:11:31.75gH8+Nsnt0 (8/13)


奏「18かぁ」

奏「大人になった実感なんてないなぁ」

奏「Pさんはある? 大人の自覚」

P「はは…… ある、と言いたいけど」

奏「やっぱりそんなものなのね」

P「まるっきり子どもの気もないけどな」

P「仕事でも遊びでも、やったことに責任をもつ。取れないならツケは自分に回ってくる。それが分かってるなら」

奏「じゃあ、うちのアイドルって、小学生の方が大人だったり?」

P「……一部はそうかも」

P「そりゃぁ全部まじめにやるのがベターだけど、誰もができるわけじゃない。うちにも放り出す天才がいるだろ」

奏「ああ……」

P「あれはあれで、結果は受け入れてるんだから、子どもという気もない」

奏「……」

P「奏は大丈夫だよ」



9 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:12:21.11gH8+Nsnt0 (9/13)


ザザ…

奏「海風がべたついてきたわね」

P「そりゃ仕方ない」

奏「ね」

P「嫌なら、今からでもタクシー呼ぶぞ」

奏「だーめ、歩くって決めたの」

P「まぁ、もういまさらだな」

奏「ええ。あら……?」

P「ん、視界が開けたな」

奏「すごい、見て。絵にかいたみたいな砂浜」

P「ここは…… ふーん、海水浴場。サーフィンで有名か」

奏「降りていい?」

P「明かりがない、スマホのライト点けて足元注意」

奏「はーい」



10 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:13:01.56gH8+Nsnt0 (10/13)


ザッ ザッ…

奏「あの時の砂浜にちょっと似てない?」

P「あの時?」

奏「ほら、沖縄の」

P「ああ。あの時か」

奏「あの衣装、素敵だったわね」

P「ピンクのな、可愛いって評判になった」

奏「評判じゃなくて。目の前の感想を聞きたいわ」

P「そりゃ、もちろん」

奏「もちろん?」

P「綺麗で、可愛かった」

奏「ふふ……ありがとう」



11 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:13:48.48gH8+Nsnt0 (11/13)


P「昼に晴れていたら綺麗な浜なんだろうな」

奏「あら。夜でもいいじゃない」

P「昼より怖くないか。海も真っ暗」

奏「海は黒いけど…… 夜は、優しいから」

P「優しい?」

奏「すべて隠して包んでくれるような、平等な優しさ」

奏「そんな優しさに逃げ込んでいたところで」

奏「あなたに会ったのよね」

ザザーン…

奏「覚えている? あなたと会ったのも、海辺だった」

P「そうだったかな」

奏「……悪い人。覚えてるくせに」



12 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:14:20.74gH8+Nsnt0 (12/13)


奏「覚えているかしら? あの時のこと」

P「会ったのは覚えてるよ」

奏「じゃあ、話したことは?」

P「……」

奏「ごまかす人の無言よ、それ」

P「……敵わないな」

奏「あの時のあなたの言葉、まだ覚えてる」

P「スカウトしたのは覚えてるし、その時の奏の言葉も、覚えてる」

奏「本当?」

P「忘れられるものじゃないだろ、あれは」

奏「そうね……ふふ、それなら嬉しい」

P「こっちは真剣だったけどな」

奏「あら、私だって真剣だったわ」

P「それは、嘘だよ」

ザッ

奏「……嘘?」



13 ◆WO7BVrJPw22026/07/01(水) 00:14:58.84gH8+Nsnt0 (13/13)


P「誰とも知らない男に、キスしてくれたら、なんて冗談でしかない」

奏「まるきり冗談、なんて」

P「でも本気じゃなかった」

奏「……本気じゃなかった」

P「捨て鉢なところはあったんだろうけど」

P「躱せるところをどこかに残していた」

P「違うか?」

奏「……」

奏「そっか」

奏「あの時、本気じゃなかったんだ。私」

奏「だから、安心して答えたの? 私に、そんな気はないって思ったから」

P「はは、俺はそんな器用じゃない。あんなこと言われて動揺しないなんて無理だよ」

P「あの時は真剣だった。余裕がないくらい」

奏「……余裕がないくらい、ね」