244 ◆zUsZnsynWVoO2023/01/04(水) 17:47:31.06YMX0ehJt0 (41/43)

 微かな希望の光は消え失せ、世界にはやはり夜明けが来ないままであった。
 自嘲的な笑みを零すことさえままならず、僕は右手を大地に落とそうとしたところで、何の前触れもなく右手は待ち焦がれた温もりに包まれた。
 
 頭はいま起きたことが良く理解出来ていなかったし、一方ではひしと理解しているようだった。

 半信半疑のままで手のひらに力を加えてみると、確かに右手がぎゅっと握り返された。
 また鈴の音が耳元を擽ってくれた。
 
 感じる五感を疑うことが出来なくなったその瞬間、胸の奥底には潤いが取り戻され、閉ざされた瞼の奥からはらりと何かが零れ落ちた。

 溢れたそれは、心が満たされたからこそであった。
 枯れた大地に命の水滴が波紋し、かつての豊かな緑が生え広がるように、僕の世界は夜明けの向こう側に辿り着いたのだ。
 
 いつかの時が訪れれば、際限なく言葉を繰り出すと思われた喉はきつく締めあげられていた。
 僕は長らく発声に至らず、そのあいだ、右頬には柔らかな手のひらがあてがわれていた。
 僕の目尻から絶えず溢れ出すものを、細い指がやさしくやさしく拭ってくれていた。



245 ◆zUsZnsynWVoO2023/01/04(水) 17:49:26.32YMX0ehJt0 (42/43)

 そのうちに僕は、今すぐに飛び起きて両目を大きく開け、この胸に募った狂おしいほどの感情を一滴残さず伝えたいという強烈な衝動に駆られた。

 顔をぐちゃぐちゃにして噎び泣きながらも、君を絞め殺してしまうぐらいに強く抱き締め、これまでの毎日がどれほどに寂しくて苦しいものだったのかを、たぶん君もだろうけれど、僕はその何十倍も辛かったんだってことを知って欲しくてたまらなくなった。
 
 だけど、結局僕はそうはしなかった。

 なに、単純なことだ。僕の世界は一から十まで君が中心なのだから、僕のことは全て二の次で構わないというだけの話だ。

 それに、いつかの時が訪れた暁には、僕が一番最初に君にしてやることはもう決まっていたから。
 
 やっとその時が来たのだと思うと、自然と口元には微笑みの形が作られていた。
 瞼を薄く持ち上げ、滲む視界に乱反射を映し出す。
 その万華鏡のような世界には、求め続けた大切がピタリと当てはまっていた。
 
 右頬を撫でるその手に自らの手を重ね合わせ、大きく息を吸い込む。
 次に息を吐き出すその瞬間、きっと僕たちの世界は最高のものとなるのだろう。
 
 
 幾星霜の慕情を込めて、僕は約束の言葉を昇華させた。



246 ◆zUsZnsynWVoO2023/01/04(水) 17:55:26.09YMX0ehJt0 (43/43)

 SS「半透明な恋をした」完結

 以上です。

 いい経験をさせてもらいました。
 最後まで読んでくださった方が居ましたら、お付き合いいただきありがとうございました。

 


247以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2023/01/14(土) 22:29:08.02QcWGsVnso (1/1)

久々に読みごたえのある長編SSでした。
積み重ねの描写でじわじわきました。
ありがとうございます!