◆XkFHc6ejAk さんの作品一覧
http://s2-d2.com/archives/16909679.html
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1: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:25:31.73:L32KXTsp0 (1/12)
♪~
少年(ずっとピアノを弾いていた)
少年(ピアノを弾く事が、僕の全てだった)
少年(鍵盤を通して奏でる音は、美しいと思えた)
少年(楽しかったし、人よりも才能があった。努力を欠かした事は無い)
少年(ピアノは僕の人生だった)
少年(でも)
少年「……駄目だ、どうして」
少年(ある日突然、僕はピアノを弾けなくなってしまった)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1599996331
♪~
少年(ずっとピアノを弾いていた)
少年(ピアノを弾く事が、僕の全てだった)
少年(鍵盤を通して奏でる音は、美しいと思えた)
少年(楽しかったし、人よりも才能があった。努力を欠かした事は無い)
少年(ピアノは僕の人生だった)
少年(でも)
少年「……駄目だ、どうして」
少年(ある日突然、僕はピアノを弾けなくなってしまった)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1599996331
モバP「泰葉からチョコもらった時の話?」
絵里「なんとかストロガノフ!」穂乃果「そう、カレーです」
タマ「ニャー」タラオ「タマ口臭いですぅ!」タマ「!!!!!!!」
玲音「風邪を引いてしまったようだ…」
苗木「霧切さん、この蝶ネクタイつけてみてよ」
2: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:28:49.03:L32KXTsp0 (2/12)
少年(どうしても、途中で指が動かなくなってしまう)
少年(この前のコンクールで、優勝してしまってからだ)
少年(スランプ、って言うんだっけ)
少年(向けられる期待に対するプレッシャー、どうしようもない焦り)
少年(気の抜けたガスのようなものが、僕の心の中で広がり続けている)
少年(僕は、燃え尽きてしまったのだろうか)
少年(ピアノは僕の心臓のようなものだ。それが無くなってしまったら)
少年「僕は、どうやって生きればいいんだ?」
少年(頭の中がぼんやりとする。答えを出す為の思考を形作る事が出来ない)
少年(僕は目を閉じる)
少年(部屋の電気を消してしまうように、世界は何も無くなってしまう)
少年(そうすれば、苦しみも悲しみも無い)
少年(勿論、それは永遠には続かない)
少年(僕だけの世界に逃げたって何も変わらない)
少年(そんな事は、分かっているんだけれど)
少年(どうしても、途中で指が動かなくなってしまう)
少年(この前のコンクールで、優勝してしまってからだ)
少年(スランプ、って言うんだっけ)
少年(向けられる期待に対するプレッシャー、どうしようもない焦り)
少年(気の抜けたガスのようなものが、僕の心の中で広がり続けている)
少年(僕は、燃え尽きてしまったのだろうか)
少年(ピアノは僕の心臓のようなものだ。それが無くなってしまったら)
少年「僕は、どうやって生きればいいんだ?」
少年(頭の中がぼんやりとする。答えを出す為の思考を形作る事が出来ない)
少年(僕は目を閉じる)
少年(部屋の電気を消してしまうように、世界は何も無くなってしまう)
少年(そうすれば、苦しみも悲しみも無い)
少年(勿論、それは永遠には続かない)
少年(僕だけの世界に逃げたって何も変わらない)
少年(そんな事は、分かっているんだけれど)
3: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:31:30.03:L32KXTsp0 (3/12)
「少年、コンクールで優勝したって?」
少年「あ、うん」
「すごいじゃん! 良かったね」
少年「あはは、ありがとう」
少年(素直に喜べない自分がいる)
少年(優勝出来たのは嬉しい。嬉しいけれど)
少年(ピアノを弾けなくなってしまうなら、優勝なんてしたくなかった)
少年(優勝出来なかった人に失礼だから、こんな事は言えない)
少年(それでも、頭によぎってしまう)
少年(コンクールに挑む前の自分に戻れたら)
少年(そんな事を考えたって、どうしようもないんだどさ)
少年(ああ、どこか遠くへ行きたいな)
「少年、コンクールで優勝したって?」
少年「あ、うん」
「すごいじゃん! 良かったね」
少年「あはは、ありがとう」
少年(素直に喜べない自分がいる)
少年(優勝出来たのは嬉しい。嬉しいけれど)
少年(ピアノを弾けなくなってしまうなら、優勝なんてしたくなかった)
少年(優勝出来なかった人に失礼だから、こんな事は言えない)
少年(それでも、頭によぎってしまう)
少年(コンクールに挑む前の自分に戻れたら)
少年(そんな事を考えたって、どうしようもないんだどさ)
少年(ああ、どこか遠くへ行きたいな)
4: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:33:42.13:L32KXTsp0 (4/12)
少年(最近、よく眠れない)
少年(このままではいけないと言う不安で頭が一杯になる)
少年(考えてはいけないのに、より一層強く考えてしまう)
少年(マッチを擦るみたいに、ぼっと心の火をつけれたら良いのに)
少年(寝るまでの呼吸すらも、とてつもない重労働のように感じる)
少年(昼間と違って、夜は目を瞑っても世界が変わらない)
少年(むしろ、より窮屈に感じてしまう。不安がどんどん強くなる)
少年(止められない。止められない)
少年(ああ、どこかへ逃げ出したいよ)
少年「……」
少年(……いっそ、本当に逃げ出してしまおうか)
少年(まあ、行く当てなんて無いんだけれど)
少年(馬鹿げた考えはやめて、さっさと寝てしまおう)
少年(最近、よく眠れない)
少年(このままではいけないと言う不安で頭が一杯になる)
少年(考えてはいけないのに、より一層強く考えてしまう)
少年(マッチを擦るみたいに、ぼっと心の火をつけれたら良いのに)
少年(寝るまでの呼吸すらも、とてつもない重労働のように感じる)
少年(昼間と違って、夜は目を瞑っても世界が変わらない)
少年(むしろ、より窮屈に感じてしまう。不安がどんどん強くなる)
少年(止められない。止められない)
少年(ああ、どこかへ逃げ出したいよ)
少年「……」
少年(……いっそ、本当に逃げ出してしまおうか)
少年(まあ、行く当てなんて無いんだけれど)
少年(馬鹿げた考えはやめて、さっさと寝てしまおう)
5: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:37:19.57:L32KXTsp0 (5/12)
少年(……眠れない)
少年(不安だけじゃない、心のどこかがさわさわとしている)
少年(原因は分かっている)
少年(けれど、実行に移すなんて出来っこない)
少年(でも、眠れないんだ)
少年(そうした自問自答を何十回も繰り返す。その間にも夜は深さを増していく)
少年(僕は……)
少年(……)
少年「……何もしないよりは、何かした方が良いよな」
少年(行動に移す事は難しい。だから、やりたいと思ったことはすぐにやる方が良い)
少年(そんな言い訳を、誰が見ている訳でも無いのに並べて)
少年「……行こう」
少年(僕は、ベッドから起き上がった)
少年(……眠れない)
少年(不安だけじゃない、心のどこかがさわさわとしている)
少年(原因は分かっている)
少年(けれど、実行に移すなんて出来っこない)
少年(でも、眠れないんだ)
少年(そうした自問自答を何十回も繰り返す。その間にも夜は深さを増していく)
少年(僕は……)
少年(……)
少年「……何もしないよりは、何かした方が良いよな」
少年(行動に移す事は難しい。だから、やりたいと思ったことはすぐにやる方が良い)
少年(そんな言い訳を、誰が見ている訳でも無いのに並べて)
少年「……行こう」
少年(僕は、ベッドから起き上がった)
6: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:40:53.99:L32KXTsp0 (6/12)
少年(いつものスニーカー、いつものシャツ。ズボンに飴玉をいくつか入れる)
少年(着替えはあっという間に済んだ。それ以外は何も要らない)
少年(どきどきする。こんな時間に外に出るなんて初めてだ)
少年(家族に見つからないように、音を立てないように、そっとそっと)
少年(僕は、扉に手を掛けた)スッ
……カチャ
少年(いつものスニーカー、いつものシャツ。ズボンに飴玉をいくつか入れる)
少年(着替えはあっという間に済んだ。それ以外は何も要らない)
少年(どきどきする。こんな時間に外に出るなんて初めてだ)
少年(家族に見つからないように、音を立てないように、そっとそっと)
少年(僕は、扉に手を掛けた)スッ
……カチャ
7: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:42:05.40:L32KXTsp0 (7/12)
少年「ああ……」
少年(外に出た瞬間、夜風がふわりと僕を包み込んだ)
少年(重苦しい部屋の中とは、全然違う)
少年(静かな落ち着いた世界。温かみを感じるのは、空に浮かぶ満月のせいだろうか)
少年(どこへ行ってみようか)
少年(今の僕はどこへだって行ける。僕は夜の世界に居るんだ)
少年「ああ……」
少年(外に出た瞬間、夜風がふわりと僕を包み込んだ)
少年(重苦しい部屋の中とは、全然違う)
少年(静かな落ち着いた世界。温かみを感じるのは、空に浮かぶ満月のせいだろうか)
少年(どこへ行ってみようか)
少年(今の僕はどこへだって行ける。僕は夜の世界に居るんだ)
8: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:46:55.25:L32KXTsp0 (8/12)
リリリリリ……リリリリリ……
少年(僕は歩く。こんなにも足が軽いのは初めてだ)
少年(コオロギの澄んだ鳴き声が夜に染み渡る)
少年(無意識の内にコオロギの声に合わせて、指先が宙を弾いてしまう)
少年(何だかとても良い気分だ。僕はさらに鼻歌を重ねる)
少年(僕は今、自由な演奏をしている)
少年(いつもの見慣れた景色が、夜の中では全く違って見える)
少年(何もかもが新鮮だ。一匹の猫の目が闇の中で光っているのが見える)
少年(さあ、もっともっと歩こう)
少年(夜の空気をすうっと吸い込み、僕はまだまだ歩く)
リリリリリ……リリリリリ……
少年(僕は歩く。こんなにも足が軽いのは初めてだ)
少年(コオロギの澄んだ鳴き声が夜に染み渡る)
少年(無意識の内にコオロギの声に合わせて、指先が宙を弾いてしまう)
少年(何だかとても良い気分だ。僕はさらに鼻歌を重ねる)
少年(僕は今、自由な演奏をしている)
少年(いつもの見慣れた景色が、夜の中では全く違って見える)
少年(何もかもが新鮮だ。一匹の猫の目が闇の中で光っているのが見える)
少年(さあ、もっともっと歩こう)
少年(夜の空気をすうっと吸い込み、僕はまだまだ歩く)
9: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:50:16.00:L32KXTsp0 (9/12)
少年(ポケットに入れておいた飴玉を一つ、口に含む)
少年(舌の上に甘さが広がる。こんなにも飴玉に意識を向けた事は初めてだ)
少年(甘い幸福感が心地良い。飴玉ってこんなに美味しかったっけ?)
少年(僕は草むらに目をやる。深夜の草むらは、露を蓄えてしっとりと湿っている)
少年(草も生きているんだなあ。そんな当たり前の事を実感する)
少年(瑞々しい空気を感じた後、僕は道路を横断する)
少年(こんな所に車なんて一台も来ない。何なら寝そべったって良い。全ては僕の自由だ)
少年(夜の高揚感に胸が躍る。僕はどんどん町はずれに向かう)
少年(ポケットに入れておいた飴玉を一つ、口に含む)
少年(舌の上に甘さが広がる。こんなにも飴玉に意識を向けた事は初めてだ)
少年(甘い幸福感が心地良い。飴玉ってこんなに美味しかったっけ?)
少年(僕は草むらに目をやる。深夜の草むらは、露を蓄えてしっとりと湿っている)
少年(草も生きているんだなあ。そんな当たり前の事を実感する)
少年(瑞々しい空気を感じた後、僕は道路を横断する)
少年(こんな所に車なんて一台も来ない。何なら寝そべったって良い。全ては僕の自由だ)
少年(夜の高揚感に胸が躍る。僕はどんどん町はずれに向かう)
10: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:54:52.40:L32KXTsp0 (10/12)
少年(僕はどこかの公園のブランコに座る)
少年(こんな時間に遊んでいる人なんて居ないだろうな)
ギー、ギー
少年(そうして一人でブランコを漕ぐ)
少年(少し冷たい秋の風を受ける。歩いたからそんなに寒くない)
少年「あはは、楽しい!」
少年(誰かに見つかったら、すぐに補導されてしまうだろうな)
少年(それでも、きっとこれは必要な事なんだ)
「やあ少年」
少年「!」バッ
少年(僕はどこかの公園のブランコに座る)
少年(こんな時間に遊んでいる人なんて居ないだろうな)
ギー、ギー
少年(そうして一人でブランコを漕ぐ)
少年(少し冷たい秋の風を受ける。歩いたからそんなに寒くない)
少年「あはは、楽しい!」
少年(誰かに見つかったら、すぐに補導されてしまうだろうな)
少年(それでも、きっとこれは必要な事なんだ)
「やあ少年」
少年「!」バッ
11: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 20:56:57.71:L32KXTsp0 (11/12)
少年(僕の近くで、落ち着いた声が放たれる)
少年(僕は焦って辺りを見回す、けれど)
少年「え……居ない……?」
少年(居ない。そんなはずは……)
「こっちだよ、こっち」
少年(その声は、僕の頭上から聞こえた)
少年(僕が目線を真上に上げると、そこには)
シーラカンス「やあ少年。深夜のブランコは楽しいかい?」
少年(一匹のシーラカンスが居た)
少年(僕の近くで、落ち着いた声が放たれる)
少年(僕は焦って辺りを見回す、けれど)
少年「え……居ない……?」
少年(居ない。そんなはずは……)
「こっちだよ、こっち」
少年(その声は、僕の頭上から聞こえた)
少年(僕が目線を真上に上げると、そこには)
シーラカンス「やあ少年。深夜のブランコは楽しいかい?」
少年(一匹のシーラカンスが居た)
12: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/13(日) 21:03:14.48:L32KXTsp0 (12/12)
少年(シーラカンス。生きた化石。恐竜の居た時代から生きている)
少年(絶滅したと考えられていた魚……だっけ。魚の図鑑で読んだ)
少年「う、浮いてる……」
シーラカンス「まずは会話が成立している所に驚くべきだと思うが……」
少年「君は……何?」
シーラカンス「そう言う君こそ説明出来るのかな? 君とは一体何だ?」
少年「えっと……僕は……人間で、えーと……」
シーラカンス「質問されると意外に答えられないだろう」
シーラカンス「誰でも、自分についてよく知らないものだ。だから他者を通して自己を確立する」
少年「つまり、どういうこと?」
シーラカンス「一人で鏡を見てるだけじゃ、自分なんて分からないって事さ」
少年「なるほど……?」
シーラカンス「私は夜の一部だよ。満月の夜にこうして散歩をする」
少年「夜の一部?」
シーラカンス「ああ。身体は宇宙で出来ている。肌の白い模様は星の光だ」
少年(確かに、彼の身体は夜空をそのまま切り抜いて作ったかのようだ)
少年(うっすらと光るあの白い点は、星の光なのか……)
少年(あまりにも神秘的だ。ずっと眺めていると吸い込まれてしまいそうになる)
シーラカンス「さて、こんな深夜に公園で遊ぶ君が、あまりにも楽しそうなので姿を現した訳だが」
シーラカンス「これから、どこか行きたい所はあるのかい?」
少年「特には……」
シーラカンス「なら、私についておいで。面白いものを見せてあげよう」
少年「……うん!」
シーラカンス「さあ、一人と一匹でナイト・ウォークと洒落込もうじゃないか」
少年(こうして、僕は夜の魚と歩き出した)
少年(シーラカンス。生きた化石。恐竜の居た時代から生きている)
少年(絶滅したと考えられていた魚……だっけ。魚の図鑑で読んだ)
少年「う、浮いてる……」
シーラカンス「まずは会話が成立している所に驚くべきだと思うが……」
少年「君は……何?」
シーラカンス「そう言う君こそ説明出来るのかな? 君とは一体何だ?」
少年「えっと……僕は……人間で、えーと……」
シーラカンス「質問されると意外に答えられないだろう」
シーラカンス「誰でも、自分についてよく知らないものだ。だから他者を通して自己を確立する」
少年「つまり、どういうこと?」
シーラカンス「一人で鏡を見てるだけじゃ、自分なんて分からないって事さ」
少年「なるほど……?」
シーラカンス「私は夜の一部だよ。満月の夜にこうして散歩をする」
少年「夜の一部?」
シーラカンス「ああ。身体は宇宙で出来ている。肌の白い模様は星の光だ」
少年(確かに、彼の身体は夜空をそのまま切り抜いて作ったかのようだ)
少年(うっすらと光るあの白い点は、星の光なのか……)
少年(あまりにも神秘的だ。ずっと眺めていると吸い込まれてしまいそうになる)
シーラカンス「さて、こんな深夜に公園で遊ぶ君が、あまりにも楽しそうなので姿を現した訳だが」
シーラカンス「これから、どこか行きたい所はあるのかい?」
少年「特には……」
シーラカンス「なら、私についておいで。面白いものを見せてあげよう」
少年「……うん!」
シーラカンス「さあ、一人と一匹でナイト・ウォークと洒落込もうじゃないか」
少年(こうして、僕は夜の魚と歩き出した)
13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2020/09/14(月) 09:40:36.33:kKnHwTbyO (1/1)
きたい
きたい
14: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 19:37:31.02:H4zZvC5e0 (1/9)
少年「綺麗な満月だね」
シーラカンス「そうだな。月の兎もくっきりと見える」
少年「兎はお餅をつくのを嫌になったりしないのかな」
シーラカンス「どうだろうな。たまには嫌になるかもしれないね」
シーラカンス「でも、やっぱり最後は杵を握ってしまうだろう。餅つきは彼の全てだから」
少年「……」
少年「そんなものなのかな」
シーラカンス「そんなものさ」
少年「……でも、たまにはニンジンも見たくなるかもしれないね」
シーラカンス「はっはっは、ニンジンか! なるほど、面白い意見だ」
少年「ふふ」
少年「綺麗な満月だね」
シーラカンス「そうだな。月の兎もくっきりと見える」
少年「兎はお餅をつくのを嫌になったりしないのかな」
シーラカンス「どうだろうな。たまには嫌になるかもしれないね」
シーラカンス「でも、やっぱり最後は杵を握ってしまうだろう。餅つきは彼の全てだから」
少年「……」
少年「そんなものなのかな」
シーラカンス「そんなものさ」
少年「……でも、たまにはニンジンも見たくなるかもしれないね」
シーラカンス「はっはっは、ニンジンか! なるほど、面白い意見だ」
少年「ふふ」
15: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 19:44:28.75:H4zZvC5e0 (2/9)
少年(僕らは歩き続ける)
少年(シーラカンスが泳いだ跡は、光る粒子が軌跡となって闇の中を流れていく)
少年(まるで天の川を泳いでいるように見える)
少年(綺麗だな。どれだけ見てても飽きないや)
シーラカンス「君は何故深夜に歩こうと思ったんだい?」
少年「……逃げたかったんだ。何もかもから」
少年「僕、ピアノをずっと弾いてたんだけど……突然弾けなくなっちゃったんだ」
少年「だから、どこか遠くへ行ってしまいたかったんだ。何て言うか……」
シーラカンス「気分転換に」
少年「そう、それ」
シーラカンス「それも悪くない。同じ世界の繰り返しでは、深さと言うものは生まれない」
少年「君は何か好きなものはある?」
シーラカンス「私は炎が好きだ」
少年「炎? 意外だな」
シーラカンス「炎とは常に揺らめき、変化し続ける」
シーラカンス「その一瞬一瞬に、同じ形は一つとして無い。しかし「炎」と言う確かな形は存在する」
シーラカンス「炎とは変化と不変、両方を孕んだ中立的なものだ。だから美しい」
少年「……難しい話はよく分からないけど、僕も炎は好きだよ」
シーラカンス「それで充分さ」
少年(僕たちは歩き続ける。薄暗い路地を抜けていく)
少年(僕らは歩き続ける)
少年(シーラカンスが泳いだ跡は、光る粒子が軌跡となって闇の中を流れていく)
少年(まるで天の川を泳いでいるように見える)
少年(綺麗だな。どれだけ見てても飽きないや)
シーラカンス「君は何故深夜に歩こうと思ったんだい?」
少年「……逃げたかったんだ。何もかもから」
少年「僕、ピアノをずっと弾いてたんだけど……突然弾けなくなっちゃったんだ」
少年「だから、どこか遠くへ行ってしまいたかったんだ。何て言うか……」
シーラカンス「気分転換に」
少年「そう、それ」
シーラカンス「それも悪くない。同じ世界の繰り返しでは、深さと言うものは生まれない」
少年「君は何か好きなものはある?」
シーラカンス「私は炎が好きだ」
少年「炎? 意外だな」
シーラカンス「炎とは常に揺らめき、変化し続ける」
シーラカンス「その一瞬一瞬に、同じ形は一つとして無い。しかし「炎」と言う確かな形は存在する」
シーラカンス「炎とは変化と不変、両方を孕んだ中立的なものだ。だから美しい」
少年「……難しい話はよく分からないけど、僕も炎は好きだよ」
シーラカンス「それで充分さ」
少年(僕たちは歩き続ける。薄暗い路地を抜けていく)
16: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 19:47:27.84:H4zZvC5e0 (3/9)
シーラカンス「あともう少しだ」
少年「楽しみだな。何があるんだろう」
シーラカンス「少年。夜は楽しいか?」
少年「うん。色んなことが初めてで新鮮だよ」
シーラカンス「だが、夜には怖さだってあるだろう」
少年「うん。でも、もっと色んな夜のことを知ってみたいな」
シーラカンス「何故だ? 楽しさだけあればそれで良いじゃないか」
少年「確かにそうだけど……何て言うか、夜の色んな面を知れば、僕はもっと夜を好きになれる」
シーラカンス「そうだな。それはとても大切な事だ」
シーラカンス「夜もピアノも、色んな面がある」
少年「!」
シーラカンス「だからこそ、理解を深めることは大切なんだ」
シーラカンス「ほら、もう着くぞ」
少年「……!」
シーラカンス「あともう少しだ」
少年「楽しみだな。何があるんだろう」
シーラカンス「少年。夜は楽しいか?」
少年「うん。色んなことが初めてで新鮮だよ」
シーラカンス「だが、夜には怖さだってあるだろう」
少年「うん。でも、もっと色んな夜のことを知ってみたいな」
シーラカンス「何故だ? 楽しさだけあればそれで良いじゃないか」
少年「確かにそうだけど……何て言うか、夜の色んな面を知れば、僕はもっと夜を好きになれる」
シーラカンス「そうだな。それはとても大切な事だ」
シーラカンス「夜もピアノも、色んな面がある」
少年「!」
シーラカンス「だからこそ、理解を深めることは大切なんだ」
シーラカンス「ほら、もう着くぞ」
少年「……!」
17: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 20:41:42.07:H4zZvC5e0 (4/9)
フワ……フワ……
少年「うわあ……」
少年(そこは、家の塀に囲まれた小さな空間だった)
少年(中央にはマンホールぐらいの水たまりがあって)
少年(たくさんのクラゲ達が、宙に浮かんでいた)
シーラカンス「どうだい、お気に召したかな?」
少年「す、すごい……! このクラゲ達も君の仲間?」
シーラカンス「いいや、彼らはただの水だよ」
少年「水?」
シーラカンス「クラゲは身体のほとんどが水分で出来ているんだ」
シーラカンス「だから、ここでクラゲが湧いたって不思議じゃない」
少年「いや……うん……そうだね」
少年(ありえないと言おうとしたけれど、魚が宙を泳いで喋る時点でありえない)
少年(そういうものだと割り切り、僕はクラゲ達を見る)
少年(ゆるやかに漂うその姿は、何だか見ていて落ち着く)
少年「クラゲ達は、昼でも見えるの?」
シーラカンス「いいや、昼は太陽の熱で消えてしまう。満月の夜のみ、その透明な姿を確認出来るんだ」
少年「そっか……」
シーラカンス「よく目を凝らして生きるといい。現実は形としてのルールに縛られているとは限らない」
少年「う、難しい。つまり……どういう事なの?」
シーラカンス「常識に囚われてはいけないって事さ」
少年「そっか。うん、そうだね……」
少年(確かに、夜のシーラカンスも居れば、水から湧くクラゲだって居る)
少年(常識に、囚われない……)
少年(うん、そうだ……その通りだ)
スッ
シーラカンス「? どうした」
少年「ここで、僕の演奏を聴いてほしいんだ」
シーラカンス「……ほう」
フワ……フワ……
少年「うわあ……」
少年(そこは、家の塀に囲まれた小さな空間だった)
少年(中央にはマンホールぐらいの水たまりがあって)
少年(たくさんのクラゲ達が、宙に浮かんでいた)
シーラカンス「どうだい、お気に召したかな?」
少年「す、すごい……! このクラゲ達も君の仲間?」
シーラカンス「いいや、彼らはただの水だよ」
少年「水?」
シーラカンス「クラゲは身体のほとんどが水分で出来ているんだ」
シーラカンス「だから、ここでクラゲが湧いたって不思議じゃない」
少年「いや……うん……そうだね」
少年(ありえないと言おうとしたけれど、魚が宙を泳いで喋る時点でありえない)
少年(そういうものだと割り切り、僕はクラゲ達を見る)
少年(ゆるやかに漂うその姿は、何だか見ていて落ち着く)
少年「クラゲ達は、昼でも見えるの?」
シーラカンス「いいや、昼は太陽の熱で消えてしまう。満月の夜のみ、その透明な姿を確認出来るんだ」
少年「そっか……」
シーラカンス「よく目を凝らして生きるといい。現実は形としてのルールに縛られているとは限らない」
少年「う、難しい。つまり……どういう事なの?」
シーラカンス「常識に囚われてはいけないって事さ」
少年「そっか。うん、そうだね……」
少年(確かに、夜のシーラカンスも居れば、水から湧くクラゲだって居る)
少年(常識に、囚われない……)
少年(うん、そうだ……その通りだ)
スッ
シーラカンス「? どうした」
少年「ここで、僕の演奏を聴いてほしいんだ」
シーラカンス「……ほう」
18: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 20:51:25.76:H4zZvC5e0 (5/9)
少年(深く深く、深夜のひんやりした空気を肺一杯に取り入れる)
少年(呼吸をする事は大切だ。自分の身体を十二分に使う為に)
少年(そうして、僕は時間をかけて息を吐いていく。身体の無駄な雑念全てを出し切るように)
少年(透明になれ。透明になっていけ)
少年(そして、最後に短く、鋭く息を吸う)
少年(脳みそが新しくなったような感覚)
少年(世界の全てが、変わる気がする)
少年(僕は両手の指をすっと宙に構える)
少年(楽器が無いと、演奏出来ないなんて誰が決めたんだろう)
少年(僕は指を夜に向けて、しなやかに躍らせた)
♪~
シーラカンス「お、おお……!」
少年(メロディーは僕にも分からない)
少年(ただ、自分が感じる全てを指に宿す)
少年(聴いた事の無い音が辺りに響き渡る)
少年(不思議な魚達に囲まれながら)
少年(僕は今、夜を弾いている……!)
少年(深く深く、深夜のひんやりした空気を肺一杯に取り入れる)
少年(呼吸をする事は大切だ。自分の身体を十二分に使う為に)
少年(そうして、僕は時間をかけて息を吐いていく。身体の無駄な雑念全てを出し切るように)
少年(透明になれ。透明になっていけ)
少年(そして、最後に短く、鋭く息を吸う)
少年(脳みそが新しくなったような感覚)
少年(世界の全てが、変わる気がする)
少年(僕は両手の指をすっと宙に構える)
少年(楽器が無いと、演奏出来ないなんて誰が決めたんだろう)
少年(僕は指を夜に向けて、しなやかに躍らせた)
♪~
シーラカンス「お、おお……!」
少年(メロディーは僕にも分からない)
少年(ただ、自分が感じる全てを指に宿す)
少年(聴いた事の無い音が辺りに響き渡る)
少年(不思議な魚達に囲まれながら)
少年(僕は今、夜を弾いている……!)
19: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 20:56:05.74:H4zZvC5e0 (6/9)
シーラカンス「……お見事だ。まさか夜を弾くとは!」
少年「上手く言えないけれど……僕も、成長出来た気がする」
シーラカンス「全く持ってその通りだ」
シーラカンス「君は夜を弾く事が出来た。そんな事が出来るのであれば、ピアノなんて簡単さ」
少年「ありがとう……」
シーラカンス「自信を持て、少年。君はすごい奴だ」
少年(眠くなってきた……まだ眠りたくないな……)
シーラカンス「またいつか会おう。一緒に過ごせて楽しかったよ」
少年(待って……もう少しだけ……)
シーラカンス「草木も眠る丑三つ時。君もそろそろ眠る時間だ」
シーラカンス「おやすみ少年。グッド・ナイト」
シーラカンス「……お見事だ。まさか夜を弾くとは!」
少年「上手く言えないけれど……僕も、成長出来た気がする」
シーラカンス「全く持ってその通りだ」
シーラカンス「君は夜を弾く事が出来た。そんな事が出来るのであれば、ピアノなんて簡単さ」
少年「ありがとう……」
シーラカンス「自信を持て、少年。君はすごい奴だ」
少年(眠くなってきた……まだ眠りたくないな……)
シーラカンス「またいつか会おう。一緒に過ごせて楽しかったよ」
少年(待って……もう少しだけ……)
シーラカンス「草木も眠る丑三つ時。君もそろそろ眠る時間だ」
シーラカンス「おやすみ少年。グッド・ナイト」
20: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 20:59:05.47:H4zZvC5e0 (7/9)
少年(目が覚めると、僕はベッドの中に居た)
少年(あれは全て夢だったのだろうか)
少年(あの場所は一体どこだったんだろう)
少年(僕はピアノと向き合う。得意の曲を弾く事にする)
♪~
少年(不思議な出来事だったなあ)
少年(深夜にシーラカンスと歩いて、宙に浮かぶクラゲを見て)
少年(あれがもし夢だったとしても)
少年「……よし!」
少年(僕は、ピアノを弾けるようになっていた)
少年(目が覚めると、僕はベッドの中に居た)
少年(あれは全て夢だったのだろうか)
少年(あの場所は一体どこだったんだろう)
少年(僕はピアノと向き合う。得意の曲を弾く事にする)
♪~
少年(不思議な出来事だったなあ)
少年(深夜にシーラカンスと歩いて、宙に浮かぶクラゲを見て)
少年(あれがもし夢だったとしても)
少年「……よし!」
少年(僕は、ピアノを弾けるようになっていた)
21: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 21:05:23.71:H4zZvC5e0 (8/9)
「少年! この前の演奏凄かったよ!」
少年「ああ、見に来てくれてたんだ。ありがとう」
「大人達が前よりも上手くなったって褒めてたよ」
少年「ほんと? だったら嬉しいな」
少年(ピアノを弾く事が、前よりもずっと楽しくてたまらない)
少年(あんなに動かなかった指が、すらすらと泳ぐように動く)
少年(最近はぐっすりと眠れるようになった。良い事だ)
少年(けれど、今日の夜はこっそりと家を出る)
少年(何故なら、今日は満月だから)
少年(僕は公園に向かう。ブランコに座る)
少年(そうして指を構える)
少年(前の僕とは違う点が二つある)
少年(一つは、夜を弾けるようになったこと)
少年(そして、もう一つ)
「やあ少年。今宵も良い夜だな」
少年「……やあ!」
少年(僕には、シーラカンスの友達が出来たんだ)
「少年! この前の演奏凄かったよ!」
少年「ああ、見に来てくれてたんだ。ありがとう」
「大人達が前よりも上手くなったって褒めてたよ」
少年「ほんと? だったら嬉しいな」
少年(ピアノを弾く事が、前よりもずっと楽しくてたまらない)
少年(あんなに動かなかった指が、すらすらと泳ぐように動く)
少年(最近はぐっすりと眠れるようになった。良い事だ)
少年(けれど、今日の夜はこっそりと家を出る)
少年(何故なら、今日は満月だから)
少年(僕は公園に向かう。ブランコに座る)
少年(そうして指を構える)
少年(前の僕とは違う点が二つある)
少年(一つは、夜を弾けるようになったこと)
少年(そして、もう一つ)
「やあ少年。今宵も良い夜だな」
少年「……やあ!」
少年(僕には、シーラカンスの友達が出来たんだ)
22: ◆XkFHc6ejAk:2020/09/14(月) 21:07:33.95:H4zZvC5e0 (9/9)
23:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2020/09/15(火) 01:38:45.69:CSlpvEF8O (1/1)
乙
とても素敵だ
乙
とても素敵だ
24:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2020/09/17(木) 09:48:47.57:/kqsJLUsO (1/1)
お洒落で綺麗……
ありがとうございました
お洒落で綺麗……
ありがとうございました
◆XkFHc6ejAk さんの作品一覧
http://s2-d2.com/archives/16909679.html
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