1以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:04:01.06VcFikOLj0 (1/70)

※男「怪談蒐集」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1595910969/

誤字やミスが頻発した為、上記スレの建て直しです。
旧スレはHTML化依頼を出しました。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1596056641



2以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:05:53.53VcFikOLj0 (2/70)

昼、喫茶店

A「あ、男さんですか?」

男「はい、はじめまして。Aさんですね?」

A「そうです。いやあ、オフ会というかなんというか。ネットで知り合った人と会うのって、初めてなんですよ」

男「緊張しないで大丈夫ですよ、リラックスしていきましょう」

A「慣れてるんですね、取材」

男「ははは、取材なんて大層なものじゃないですよ。趣味です、趣味」

A「は、はい。それでは……えっと、ははは。何から話せばいいんでしょうかね」

男「ご自由に、感じたまま、遭ったままをお話下さい」

A「分かりました。あれは――」


3以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:12:43.03VcFikOLj0 (3/70)

 三年前の、夏場の話です。

 仕事の関係で、その頃夕張に住んでいたんですよ。

 夕張――北海道の地名です。

 昔は炭鉱なんかで随分と栄えたそうなんですが、私が越した頃にはもう随分と寂れていて。

 まあ、その分自然が凄いんですよ。

 マンションの五階部分に住んでいたんですけどね、べランダから見て右手、数百メートル先に山があるんです。近いでしょう?

 麓がスキー場になっているんですがね。夏場でも夜になるとオレンジ色の照明が付いて、木々を照らすんです。

 その景色が何だか気に入って、夜になる度にベランダから眺めていたんです。

――ある日の、夜の事です。

 その日も風呂上がりにベランダに出て景色を眺めていたら、

「あれ?」

 さっき話した麓のスキー場に、誰か居るんですよ。

 オレンジ色の照明の直ぐ下です。

 それ、女なんです。

 女が、ふらーふらーって、左右に揺れているんですよ。

 数百メートルは離れているって話したじゃないですか。

 それでも見えるくらい大きいんです。その女。

 体感ですが3,4メートルはあるんですよ。

 私、驚いて思わず尻餅をついてしまって。 

 で、改めて女の方を見るとね、居るんですよ、やっぱり。

 見間違いなんかじゃないんです。

 大きな女が左右に揺れているんですよ。

 いよいよ怖くなってしまって、慌てて部屋の中に戻りまして。

 それから暫くは、ベランダに出られませんでした。

 ただ、人間って不思議なものですよ。

 一か月も経つと、その時の怖さなんて忘れてしまうんですよね。

――飲み会があった夜に、ふらっとベランダに出てみたんですよ。 

 そこではじめて、あの女の事を思い出しまして。

 恐る恐る、山の方を見てみたんです。

 すると、女は居なかった。

 で、安心して左手の住宅街の方をチラッとみたんです。

 驚きました。

 女が居るんです。

 あの時の3,4メートルくらいの女が、今度は住宅街の歩道のところで、ふらーふらーって左右に揺れているんです。

 それからの事、ベランダに出る度に女を見るようになりました。

 場所も方角もばらばらなんですが、必ず何処かに居るんです。

 決してこっちに近づいてくるだとか、そんな事はなかったんですがね。

 仕事の関係でで翌年また引っ越して、それきりです。

 あれは、何だったんでしょうかね。


4以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:20:10.34VcFikOLj0 (4/70)

男「……面白い」

A「すいません、山もオチもない話で」

男「いえいえ、興味深いですよ」

A「男さん。あの女って、一体何だったんでしょうか」

男「すいません。僕はただの怪談好きなので、何とも」

A「そうですよね。すいません……。ただ、何だか納得がいかないんです。もやもやするというか」

男「ははは、分かりますよ。せめてオチが欲しいというか」

A「そうそう、そうなんですよ!」

男「――じゃあ怪談好きとして、一つだけ」

A「是非お願いします」

男「その女って、いつも左右に揺れていたんですよね」

A「ええ、そうです」

男「いつでも何処に居ても、それこそ右手の麓に居ようが、左手の住宅街に居ようが、必ず左右に揺れていたと」

A「それが、なんだっていうんですか?」

男「ちょっと考えてみて下さい。何処に居ても左右に揺れているという事は、その女はいつも同じ方向を見ていたという事なんですよ。ほら、もし女が横を向いて左右に揺れていたら、Aさん側からは、縦に揺れているように見える筈でしょう?」

A「……あ」

男「つまりその女は、ずっと貴方を見ていたんですよ」

『ベランダ』


5以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:26:58.50VcFikOLj0 (5/70)

夜、居酒屋

男「乾杯! 久しぶりだな」

B「ほんとな。高校卒業以来か?」

男「ちゃんと就職出来た?」

B「いやぁ危なかったよ。何とか決めて大学卒業って感じだな。卒業旅行する暇もなかったわ」

男「ははは、お疲れ」

B「で、お前は? まだ怪談とか好きなの?」

男「仕事の事を聞いてよ。まあ、まだ好きだけどさ」

B「分かんない趣味だよなぁ。わざわざ怖がって何が楽しいんだか」

男「ははは。そう言われると何も言えないな」

B「お前ってさ、幽霊とか本当に居ると思うの? なんというか、死後の世界みたいな」

男「分かんない」

B「え! 居るって言わないんだ」

男「分かんないものにあれこれ言えないよ。居るかもしれない、とは思うけど」

B「つまんないなぁ」

男「ひでーなおい。じゃあさ、三途の川って知ってる?」

B「なに突然。まあ知ってるけど」

男「例えば、いつかBが死んで幽霊になったとする」

B「急に殺されたんだが」

男「まあ聞けって。で、その辺をふわふわと浮いている訳だ。する事もなく、誰かと話す事も出来ない」

B「寂しいなぁ」

男「そう、寂しい。で、どうする?」

B「えぇ、どうするかな……あ、三途の川」

男「じゃあBは三途の川に向かう。でも三途の川って何処にあるんだ?」

B「どっかの川だろ。探したらあるんじゃない?」

男「それだよ。だから水場の怪談が多いのかなって思うんだ。幽霊って元は人だろ? だから漠然と抱えていた死後の世界のイメージに釣られて、川だとか、そういう場所に集まるんじゃないだろうかってね」

B「なるほど……」

男「そうそう」

B「――え、終わり?」

男「うん。ほら、怪談はこういう妄想染みた楽しみ方も出来るんだぜっていう話だよ。怪談を話すと幽霊が集まる理由は何だろう、とかさ。そういう事を考えるのって、楽しくない?」

B「楽しくねえよ!」

男「えー楽しいのに。丁度良い、なんか怖い話してよ」

B「えー俺がかよ」

男「いいじゃん。大学で一つ二つ聞いたろ?」

B「そうだなぁ……あ、一つあるわ」

男「いいね、聞かせてくれ」


6以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:35:56.88VcFikOLj0 (6/70)

 サークルの後輩に聞いた話なんだけどさ。

 そいつの彼女が結構面白い奴だったんだよ。

 なんつーか、有体にいえば、見えるんだよ。その子。

 でも、本人は信じてないんだって。お化けとか幽霊とか、そういうものをな。

 例えば二人でデートをしている最中に、彼女が誰かにぶつかって謝ったんだってさ。

 でも近くには誰も居ない。彼女は一体誰にぶつかったんだっていう。

 で、これを当の本人が信じないと。「いやいや見間違いだよ!」とか言って、流しちゃうんだってさ。

 後輩としては、一緒に何処かに行く度にこんな事が起こるから「絶対何か見えてるだろ」って思っていたらしんだけどね。

 で、そんな変な体験する癖に何も信じない彼女が、ある時「そういうものって本当に居るんだ」と思った体験があるんだよ。

――俺が三年の時だから、あいつらが二年の時か。

 彼女、電車で通学していてさ。その日もバイト終わりの夜七時過ぎに、電車に乗ったんだよ。

 夜七時っていったら、混む時間帯だろ?

 彼女が乗った車両も、もうぎゅうぎゅうでさ。

「大変だなぁ」って思いながら、吊り革に掴まったんだと。

 で、しばらく乗ってて。

 ふと気付いたら、立ったまま身体が動かないっていうんだよ。金縛りってやつだな。

 叫びそうになったらしいんだけど、口も動かないからどうしようもない。

 で、オロオロしてたら、視線の先に何かがあるんだって。

 目の前に電車の窓があったらしいんだけどさ。

 そこに、幽霊が沢山映っていたんだよ。夜の真っ黒な電車の窓に。

 彼女、そいつらは絶対幽霊だって分かったらしいんだよ。

 まず半透明なんだって。半透明の男女が何十人も窓の向こうに居て、全員がじーっとこっち見ているんだよ。

 で、全員片手を上げてこっちに振っているんだと。

 な、怖いだろ?

 でもさ、ちょっとして「あっ」て気付いたらしいんだ。

 窓の向こうに、自分も居るんだよ。半透明の姿で。

 彼女が見ていたものって、窓の反射、つまり車両の中だったんだよ。そりゃあ半透明だよって。

 窓の向こうの奴らは、手を振っていたんじゃなくて、吊り革に掴まっていたんだよ。

――そこで身体が動いたらしくてさ、慌てて振り返ったんだ。

 そしたらな、誰も乗ってなかったんだって。その車両。彼女以外。

 呆然として突っ立っていたら、次の駅に着いてさ。

 そこで乗ってきた奴らも「あれ、なんでこの車両だけ空いているんだ?」って顔をしていたらしいよ。

 そういう話。


7以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:41:33.08VcFikOLj0 (7/70)

B「――で、それ以来彼女は幽霊を信じるようになったっていうんだ」

男「気味が悪いなぁ、その話」

B「なー。話さなきゃ良かった」

男「幽霊列車に似た話だね。終電過ぎの線路を幽霊を乗せた電車が走るっていう」

B「ははは。じゃあ彼女が見た奴らは、乗る時間を間違えたんだな、きっと」

男「そういえばさ、お前って千葉の大学に通っていたよな?」

B「え? うん、そうだけど」

男「その彼女って、どの駅から帰っていたの?」

B「知らんわ。バイトをしていたから、帰りに乗る駅、俺らと違ったんだよ」

男「そうかぁ、残念だ」

B「あ、待て。一回後輩と遊びに行った事があるんだった。そうだ、八積だ。八積駅から乗っていた筈」

男「おお、どっち方面に?」

B「茂原駅の方」

男「そうか!」

B「何で嬉しそうなんだよ」

男「いや、八積駅から茂原駅への線路ってさ、阿久川っていう川の上を通っているんだけどね」

B「うん」

男「この川、途中で一宮川に繋がって、その後三途川にぶつかるんだよ」

B「三途川? 三途川って、三途の川?」

男「そう。三途の川と同じ字面だよ。昔気になって調べた事があってさ。結局オカルト的な謂れはない川だったんだけどね」

B「待て待て。何だよそれ……」

男「不思議だよな。三途の川の話をした直後に、たまたま繋がりのある話が出てきた」

B「やめろよ、気持ち悪い」

男「ごめんごめん……渡る川を間違えたのかもしれないな、彼らは」

B「やめろったら」

『三途の川』


8以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:44:57.64VcFikOLj0 (8/70)

夜、ドトールコーヒー

男「すいません、遅くなってしまって」

C「大丈夫ですよ。ついさっき来たばかりです」

男「ブレンドのSサイズをお願いします――じゃあ、早速聞かせてくれますか?」

C「はい。あの、僕、地元が山形なんですけど、去年帰省した時に、くねくねをみたんです、多分」

男「くねくねですか! 洒落怖で有名なあれですよね?」

C「あはは。はい。で、えっと」

男「うんうん」

C「去年の暮れに、新幹線で帰省したんですけどね?」

男「はい」

C「新幹線を降りて、バスに乗り継いで、窓の向こうに白い服を着ている女の人が居るんですよ」

男「え?」

C「で、バス降りたら、畑があるんですけどね? そこ、うちの実家の畑なんです」

男「は、はぁ」

C「それで、えっと――」


9以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:48:55.65VcFikOLj0 (9/70)

 久しぶりに帰ったら、年末だった事もあって親戚が皆集まっていたんです。といっても、十人くらいですが。

 で、ご飯を食べて、お風呂に入って、廊下に白い服を着た女が居たんです。

 その日は直ぐに寝ました。

 翌日の、朝の五時くらいの事ですよ。

 ふと目が覚めたんです。

 その時、なんだか外の様子が気になったんですね。

 白い服を着た女も居て。

 で、カーテンを開けて窓の外をみたら、まだ薄暗い畑の中に、何か居るんですよ。

 それは、手足がついているピンク色の何かでした。多分、それがくねくねなんですよ。

 だって、ばたばたばたって動いているんです。ネットの話の通りに。

 遠目でも分かったんです。

 あれ、くねくねですよ。

 どう思いますか?


10以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:51:10.21VcFikOLj0 (10/70)

C「絶対くねくねですよね?」

男「あの、すいません」

C「なんですか?」

男「白い服を着た女って、なんですか?」

C「なんですかそれ?」

男「いや、今何度か言っていませんでしたか?」

C「言っていないですよ。くねくねの話しかしていません」

男「あの、聞きながらメモをしていたんですけどね、ほら」

C「言っていないですよ」

男「……そうですか。すいません」

C「それで、くねくねの話ですよ。やっぱりあれは、くねくねですよね?」

男「そうですね。そうなのかもしれません」

C「やっぱり。そうなんですよ。凄いですよね」

――何度も怪談を聞き取りをしてきた中で、録音しなかった事をこれ程後悔した事はない。

『白い服を着た女』


11以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:53:17.18VcFikOLj0 (11/70)

昼過ぎ、老人ホーム内レクリエーションルーム

D「――男さん、結婚は?」

男「いえ、まだです」

D「ボランティアなんてしている暇があったら、恋人を作りなさい」

男「すいません……」

D「そういえば、今日のお昼は美味しかったわね」

男「そうなんですか?」

D「アジがね、美味しかったの」

男「良かったですね」

D「こんな話、つまらなくはない?」

男「そんな事ないですよ。思い出話だとか、好きなんです」

D「そういえば、怖い話が好きなんだって?」

男「ははは。はい、好きですよ。それが目的で来ている節もあるくらいで」

D「――不思議な話ならあるけど、聞く?」

男「是非!」

D「えっとね、もう六十年くらい前なんだけど――」


12以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:54:57.84VcFikOLj0 (12/70)

 出目金って知ってる? 金魚の仲間なんだけどね。

 私が子供の頃、ある日お父さんが買ってきてくれたの。金魚鉢と一緒にね。

 黒くて目がぎょろっとしている、あれよ。

 とっても可愛くてね、私、気に入っちゃって。

 居間の戸棚の上にね、金魚鉢を置いていたんだけれども。

 私、それを毎日眺めていたの。

 でもね、お母さんが掃除をしている最中に、戸棚にぶつかっちゃってね。

 金魚鉢が床に落ちて、割れちゃったの。

 直ぐお鍋に水を入れて、出目金を入れたんだけどね。

 傷が付いたみたいで、直ぐに死んでしまって。

 でも、金魚ってほら、あんまり頭が良くないでしょう?

 それからね、たまに戸棚の上を見ると。

 出目金が泳いでいたのよ。宙を。

 自分が死んでるって、気付いていなかったのね。きっと。


13以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:57:19.17VcFikOLj0 (13/70)

D「その後一か月くらい、度々泳いでいる出目金を見たわ」

男「面白い話ですね」

D「そうでしょう。家族は誰も信じなかったんだけどね。私は確かに見てた」

男「僕は信じますよ」

D「ありがとう」

男「いえ」

D「私も泳ぎたいわね。もう何年海に行っていないんだろう」

男「そうなんですか?」

D「今泳ごうとしたら、きっと溺れちゃうわね」

男「ははは」

D「何笑ってるの」

男「すいません」

D「いつかまた泳ぎたいわね。いつか」

『出目金』


14以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 06:59:14.96VcFikOLj0 (14/70)

夜、バーカウンター

E「次は何を飲む?」

男「お任せで。俺、お酒詳しくないんですよ」

E「ははは、知ってる」

男「でも凄いですよね。サラリーマンからすると、三十代でバー経営っていうのは憧れですよ」

E「いや、大したもんではないんだよ。店の費用もうちの爺さんが出してくれてね」

男「良いお爺さんですね」

E「子供の頃から、なんというか、俺、お爺ちゃん子だったもんで、困ったら何でも相談してたなぁ」

男「――昔話とか、聞いたりしていたんですか?」

E「あーなに、また怖い話?」

男「あはは。もしあれば、是非」

E「そうだなぁ。じゃあ、爺さんの思い出でも話そうか」


15以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:11:24.31VcFikOLj0 (15/70)

 うちの爺さんな、昔、猟師をやっていたんだよ。

 マタギ、狩人、猟師――言い方は色々あるけれど、ようするに鹿やら猪やらを山で狩っていた訳だ。

 その頃の思い出話の一つに、気味の悪い話があったんだよ。

 爺さんが若い頃にはな、ベテランの猟師の中で、ルールというか、暗黙の了解みたいなものがあったんだ。

 猿は撃つな。そういうルール。

 ほら、猿って頭が良いだろう? だから猟師が銃を向けると、両手を合わせて跪いて、命乞いをするっていうんだよ。丁度、拝むみたいにさ。

 それが何とも気味の悪い姿らしくてな。いつしか、猿は撃つなっていうルールが出来たそうなんだよ。

 だけど、猿って田畑を荒らす害獣の一種だろ? 市や農家から駆除の依頼がよくあったらしいんだ。

 それも、今の価値でいうと一匹につき三万円前後。それでもベテランは手を出さなかったらしいんだが、金の欲しい若手はそうはいかなくてな。

 爺さんの友人の岡田って奴も、そんな金の欲しい若者の一人だった。岡田はある日、猿に手を出したんだ。それも一匹や二匹じゃきかない数を。つまり、猿撃ち専門の猟師になった。

 一方爺さんは、ベテランの猟師達の教えを守って鹿や猪ばかり狩っていたから、岡田とは疎遠になっていったらしい。

――暫く経ったある日。用事があって爺さんが役場に行ったら、丁度その岡田と鉢合わせた。

 元々仲は良かったから、世間話に興じたらしいんだけどな?

 岡田の様子が、何だか変だったっていうんだよ。

「よう! 元気か」と言って、両手を合わせる。

「○○の件、どうだい」と言って、また拝む。

 話の間中、時折そんな事をするんだよ。まるで猿みたいに。

 爺さん、段々心配になってきてな。聞いてみたんだと。

「なぁ、岡田。猿撃ちって、まだやっているのか?」

 すると、岡田はニヤニヤして懐から大金を取り出したそうだ。

「今日も、四匹狩ってきたんだ」

 そう言ったらしい。

――それから一か月くらい経った頃だよ。岡田が入院したっていう話が爺さんの耳に入ってきた。

 山で足を滑らせて、足の骨を折ったと。それを聞いて爺さんは直ぐ見舞いにいったそうだ。

 病室に入ると、カーテンの閉まった薄暗い部屋の中で岡田は寝込んでいた。

「いやぁ。猟師が足を折るだなんて、お前もまだまだだなぁ」なんて冗談っぽく声を掛ける。

 でも、岡田は黙ってじっと爺さんを見ているんだと。

 その様子に、爺さんも段々気味が悪くなってきてな。カーテンを開けようと窓辺に近づいたんだ。その時。

「猿にやられた」

 岡田がそう呟いた。

 爺さんはそれを「猿を狙っていて、うっかり足を滑らせた」だとか、そんな意味だと思ったらしんだ。

 でも、そうじゃなかった。

 岡田が言うには、山を登っている最中に、突然猿が襲い掛かってきたらしいんだ。

 慌てて何発も銃を撃ったらしい。でも、それでも猿は止まらなかったと。弾が当たっていたかどうかは分からない。

 で、岡田が続けてこう言うんだよ。

「また来た。ほら、猿だ。窓の向こうからこっちを見ている」って。

 でも、カーテンは閉まっているんだ。見える筈がない。その筈なんだ。

 爺さんはそう思いながらも、結局カーテンを開ける勇気は出なかったんだと。

 もしかしたら、本当に猿がそこに居るのかもしれない。そんな疑念を振り払えなかったそうだ。

――その後の話だ。

 岡田は退院した後、猟師を止めたらしい。

 翌年、酒の飲み過ぎで肝臓を悪くして亡くなったそうなんだが、死ぬ間際までずっと時折――

「山に行くのが怖い。猿が怖い。猿が怖い」と、言っていたそうだ。


16以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:13:08.02VcFikOLj0 (16/70)

E「――って話よ」

男「面白いです。山の話は幾つも聞いた事がありますが、猿が拝むっていうのは初めて聞きました」

E「他にもあるぞ? 首だけの鹿が川で水を飲んでいるのを見ただとか、神隠しにあった奴が居るだとか」

男「山っていうのは、色々あるものですね」

E「そうだなぁ」

男「お爺さんは、その後どうなったんですか?」

E「暫く猟師を続けて、その後すっぱり止めたよ。息子――つまり俺の親父が生まれて直ぐの話だそうだ」

男「そうですか。じゃあ、結局猿は撃たなかったんですね」

E「いいや、撃ったよ」

男「え?」

E「子供が出来て、金が必要になって。結局撃ったんだよ。何匹も何匹も。怖さより金。人間は凄いよな、ははは」

男「えっと、それは……大丈夫だったんですか?」

E「右手の指が三本欠けていたよ。理由は知らないが」


『猿撃ち』


17以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:15:13.34VcFikOLj0 (17/70)

男「ねえ、なんか怖い話して」

父「そうだなぁ。じゃあ、お母さんに内緒な? 怒られるから」

男「はーい」

父「お父さんが若い頃な、一人暮らしをしていたんだよ。ボロボロのワンルームで」

男「うん」

父「で、夜寝ているとな? 玄関の戸が開く音がするんだ。鍵、閉まってる筈なんだぞ?」

男「うんうん!」

父「そうしたらな、俺の親父が立っているんだよ」

男「なんだ、お爺ちゃんか」

父「いやいや、でもおかしいんだよ。親父の後ろに、もう一人誰か立っていたんだ」

男「え?」

父「あれ、だれだろうって思っていたらな? その人影が、ぬるーって親父の前に出てきた」

男「怖い……」

父「そいつはな、鼻がやけに長くて、口をニタリとさせた、爺さんだったんだよ――で、目が覚めた」

男「……え、終わり!?」

父「ああ、終わりだ。夢だったのかもしれん」

男「なにそれ! つまんない!」

父「酷いなおい! せっかく話したのに」

『父の話』


18以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:16:29.64VcFikOLj0 (18/70)

昼、リビング

男「お母さんお母さん」

母「なに?」

男「怖い話して!」

母「やーだ」

男「なんで!」

母「そういうの嫌いだから」

男「えー! 話してよ!」

母「やーだったら」

男「じゃあなんで嫌いなのかだけ教えて?」

母「え?」

男「なんで怖いの嫌いなの?」

母「はあ、仕方ないなぁ。お父さんと結婚したての頃にね、夜中に目を覚ましたら、天井に顔があったのよ。知らない人の顔」

男「怖い!」

母「鼻が長くて、ニタニタ笑っているお爺さんだった。まあ、多分夢だけどね」

男「……あれ?」

母「それから怖いものは嫌いなの。あ、この話お父さんには内緒ね? 絶対面白がるんだから」

『母の話』


19以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:17:28.21VcFikOLj0 (19/70)

夜、子供部屋

兄「……」

男「お兄ちゃん、遊戯王やろ?」

兄「……」

男「お兄ちゃん、ねえ」

兄「男、あれ見える? 窓の外」

男「え? 真っ暗で何にも見えないよ」

兄「顔があるよ。お爺ちゃんの顔。笑ってる。鼻が長い。ほら」

男「見えないよ?」

兄「あ、消えた。なんだろう。あれ」

『兄の話』


20以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:19:10.58VcFikOLj0 (20/70)

夜、占い師が居る喫茶店

男「――えっと、よろしくお願いします」

F「多分貴方、占いとか信じていないでしょ?」

男「え? いや、そんな事は……」

F「大丈夫大丈夫、リラックスしていいんだよ?」

男「実は、友人の紹介で来たもので。占いだとか、一回もしたことがないんですよ。だから、その、すいません」

F「それでいいの。占いなんて、話半分で聞くものだから」

男「……意外ですね。占い師の人がそんな事を言うなんて」

F「そう? だから、おばちゃんの世間話を聞いているみたいなニュアンスで聞いてね? 実際おばちゃんだしね」

男「ははは、分かりました」

F「鼻の長い老人が笑っている。心当たりはある?」

男「……え?」

F「間違えた?」

男「いや、心当たり、あります……」

F「ごめんね、怖がらせて」

男「大丈夫です。びっくりしただけです」

F「えっと、聞きたい? この話」

男「お願いします」


21以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:21:15.90VcFikOLj0 (21/70)

 これから私が話す事は、きっと嘘っぽく聞こえるだろうし、実際本当かどうかなんて証明のしようがないものなの。

 だからさっきも言った通り、話し半分で聞いてね。

 鼻の長いお爺さんが貴方の家に居る。いえ、アパートの方ではなくて、貴方の実家でしょう。

 ごめんね。正体だとか、そういうものは分からないの。私、霊能力者じゃなくて、ただの占い師だからね。

 そうそう、全然別物よ。ほんと、ただのおばちゃんなんだから。

 そうねぇ……貴方、もしくはご家族の誰かで、水場で何か悪い事をしなかった?

 それが理由ね。それは分かる。

 貴方の実家、神棚があるでしょう。そう。だから入ってこられないみたい。

 でも、別に悪さをしようって訳でもないみたいよ。何もする気がない。

 強いて言えば、見てる。

 ただじっとお家の中を眺めてる。もうずっと長いことね。

 それくらいかな、分かるのは。言葉足らずでごめんね。


22以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:22:31.79VcFikOLj0 (22/70)

男「あの、どうすればいいんでしょうか」

F「さあ……どうしようね」

男「御祓いとかした方がいいんですかね?」

F「そういうのは分からないってば」

男「あ、すいません」

F「ごめんね、使い物にならなくて」

男「いや、そんな事は」

F「貴方は、その老人を見た事がある?」

男「いえ。家族の中で、僕だけ見た事がないんです」

F「じゃあ、気をつけなさい」

男「何をですか?」

F「全部よ。だって貴方のアパート、神棚ないでしょう?」

『占い師の話』


23以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:25:06.40VcFikOLj0 (23/70)

夜、ラブホテル駐車場、車内

男「――じゃあ帰ろっか」

G「あ!」

男「どうしたの?」

G「ごめん……部屋に時計忘れてきちゃった」

男「俺、取ってくるよ。あ、部屋会計だから、入ったらもう一回支払わないと駄目なのか」

G「そうなの……どうしよ」

男「大丈夫だよ。ホテルのロビーに電話を掛けて、取りに行って貰おう」

G「そうだね」

男「あ、繋がった。――という事なんですが、お願い出来ませんか? ありがとうございます」

G「大丈夫だった?」

男「うん、車まで持ってきてくれるって」

G「よかったぁ」

――コンコン

男「ああ、これです。ありがとうございました。はい、すいません」

G「……」

男「よし、帰るか。コンビニ寄ってい――」

G「ねえ」

男「ん?」

G「あの人、今どこから来た?」

男「車の後ろの方から」

G「ホテル、車の前だよ? 後ろは壁でしょ。ほら?」

男「……あ」


24以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:27:12.64VcFikOLj0 (24/70)

深夜、高速道路、車内

G「さっきの人絶対お化けだよ!」

男「どうだろうなぁ。でも、時計もちゃんと渡してくれたし」

G「ありえないよ! だって車の後ろ壁しかなかったじゃん! 私達に気付かれないで後ろに回るなんて無理だよ!」

男「落ち着けって。大丈夫だから」

G「絶対お化けだよ。あの男の人」

男「え?」

G「あの男の人絶対お化けだって!」

男「いや、女だったろ」

G「男だったよ! 怖い事言わないで!」

男「いや、髪長かったし、声だって」

G「違うよ! お爺さんだったでしょ? 鼻が長くて、笑っているお爺さん!」

男「……嘘だろ?」

 家族や近しい人の中で、僕だけが、まだ見たことがないんです。

『僕の話』


25以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:29:59.27VcFikOLj0 (25/70)

夜、怪談会

H「妖怪は居るんだよ! 幽霊はしらんけど!」

男「ははは。なんで妖怪限定なんですか」

H「みたもん!」

男「もんってなんですか、もんって」

H「子供の頃、一反木綿を見たんだよ。一瞬風に攫われたシーツか何かだと思ったんだけどな、違うんだよ」

男「ほう」

H「あいつ、こっちに手を振ってきたんだよ!」

男「ははは、なるほど」

H「信じてないなぁ? 全く。あ、でもドッペルゲンガーも見た事あるぞ」

男「いつですか?」

H「中二の頃なんだけどさ。土曜日に親父とドライブをしていたら、信号で捕まってな?」

男「ふんふん」

H「ぼんやり前を見ていたその時だよ。交差点を右から左に、俺とそっくりの顔と髪型で、同じ服装の奴が歩いていたんだよ。もう俺も親父も唖然としてさ」

男「面白い話だなぁ」

H「だろ? でも、最近怪談師の人にこの話をしたら、笑われちゃって」

男「どうしてですか?」

H「H君、顔やら髪型やらをそんなに覚えているのなら、じゃあ靴はどうだった? 身長は?って」

男「なるほど、それは覚えていなかったと」

H「そうそう。人間は見たいものを見たいように解釈して、小さな矛盾を見逃しがちなんだと。だから、怪談が好きならそういうのには気をつけろってさ」

男「俺はそこまで突き詰めない方が好きだけどなぁ。怪談って、真偽の程は定かではないくらいが丁度良いと思うんですよ」

H「俺もそう思う。ぼかす位が楽しいんだよな。まあ、子供の頃は疑いまくっていたけれど」

男「分かりますよ。大人になって、こういう楽しみ方が出来るようになりました」

H「あ、そうだ。疑うといえばさ――」


26以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:33:39.83VcFikOLj0 (26/70)

 同じく、中二の頃の話なんだけどな?

 同級生に立花って奴が居たんだよ。肌がやけに白くて、細い奴でさ。

 いじめられていたって訳じゃないんだが、無口で無愛想なせいか、中々周囲と馴染めなかったんだよ。

 で、暫くしてさ。

 夏休みに入って、それが明けた時だ。

 立花、ぱったり学校に来なくなったんだよ。

 自殺したんだと。ベルトで、首をくくって。

 理由までは俺達も知らなかったんだけどな。きっと、何か悩んでいたんだろうな。

 それからだよ。うちの学校で、不謹慎な噂が流れたんだ。

 夜の街に、死んだ立花が出るっていう。

 生徒を見つけたらすーっと近づいてきて、首を絞めて殺されてしまうんだと。

 俺、この噂に当然疑問を覚えたんだよ。

 目撃者が殺されたなら、一体誰がこの話を広めたんだよと。な? 変だろ?

 で、この話をしてきた奴に聞いてみたんだ。

「なあ、その話誰に聞いたの?」

「えっと、三組の○○」

 で、今度はそいつのところに行ってさ。

「――誰に聞いた?」

「一組の○○」

 っていう具合で、どんどん遡っていったんだよ。

 十数人位に聞いて回ったな、確か。もう最後の方はうんざりしてきて。

「はぁ。で、誰に聞いたのそれ」

「お前だよ」

「……え?」

 いや、ありえないんだよ。俺がその話を知ったのは今朝だし、まだ誰にも話してなかった。そう言ったらな?

「いやいや、話してたじゃん。一緒にサッカーした日だよ。ほら、土曜日」

 土曜日。その日俺、親父とドッペルゲンガーをみているんだよ。

 なあ。あの時俺が見たドッペルゲンガーは、本当に、他人の空似や俺の思い込みだと思うか?

 それとも――


27以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:34:55.13VcFikOLj0 (27/70)

男「……面白い。面白いなぁ。この話」

H「怪談って、突き詰めると面白くなくなるけどさ。たまにこうして、もっと変な話になったりするんだよな」

男「そうだ。ドッペルゲンガーといえば、見たら死ぬって話がありますよね」

H「えぇ!? そうだっけ。俺、怪談専門だから知らなかったよ」

男「Hさんは、いつ死ぬんでしょうね?」

H「こえぇなおい! やっぱりなし! 俺が見たのは他人の空似だ! 俺の思い込みだ!」

男「ぶれっぶれじゃないですか……」

『真偽』


28以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:39:29.59VcFikOLj0 (28/70)

深夜、通話中

I「――男、明日休みだっけ」

男「うん。Iは?」

I「朝から仕事だよ。休日出勤だから昼には終わるんだけど。めんどくさいなぁ」

男「寝なくていいの? もう二時だよ?」

I「今寝たら確実に寝過ごすよ。男ー助けてー」

男「どうしろと」

I「怖い話して。目が覚めるようなやつ」

男「えー。もうそんな元気ないよ。俺も眠い」

I「お願い!」

男「えーっと。じゃあ、昔やってた芸人の怪談番組でさ、テレビの裏の話ってあったの覚えてる? テレビの裏に女が立っているってやつ」

I「あー覚えてる! 一人暮らしをしている男が一番見る場所がテレビだから、彼と目が合いたくてテレビの裏に居るってやつだ」

男「そうそう。それで、もし俺も幽霊になってさ。誰とも話せないし、見て貰えなくなって。もしそれが終わりなく続いたら――やっぱり、同じ事をするんだろうかって、思う時があるんだ」

I「寂しいね。そう考えると」

男「……でもね、俺はテレビの裏には立たないよ」

I「え?」

男「なあ、I。君は今、多分ベットで寝ながら話しているんだろ?」

I「そ、そうだけど」

男「部屋を暗くして、スマホの明るい画面を見つめながら?」

I「そう……」

男「俺が自分の姿を見て欲しかったら、きっとそのスマホの直ぐ後ろに顔を寄せるよ。だってIが一番見てくれる場所が、そこだから。そう考えるのは、はたして俺だけだ

ろうか?」

I「ちょっと、やめてよ……」

男「よーく耳を澄ませてみて。ほら、誰かの息遣いが、スマホの裏から聞こえてくるか――」

I「やめろばかっ! こわいでしょ!」

男「怖い話しろっていったのIだろ! 頑張ったのに!」

I「限度があるでしょうが!」

『スマホの裏』


29以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:41:57.39VcFikOLj0 (29/70)

昼間、自宅

男「すいませんね。大変でしょう、こんなにあったら」

J「いやいや。最近は買取も減ってきたので、大助かりですよ」

男「全部売れますかね?」

J「正直、この辺の文庫本は厳しいですねぇ。大分日に焼けちゃっているので」

男「なんか、すいません……」

J「オカルト関係の本が多いですね? あ、このデニスホイットリーの選集なんかは高くつきますよ。黒魔術! いいですねぇ」

男「そうですか!」

J「この手の本は出回っている量が少ないもんですから。オカルト好きなんですね?」

男「ええ、そうなんですよ」

J「怖い話とかも好きですか?」

男「大好物です」

J「そういえば私、死んだ人と話した事があるんですよ」

男「そうですかぁ」

J「あ、こっちも良いですねぇ。渋澤龍彦も高騰しているんですよ」

男「え、待ってください。死んだ人と話したんですか?」

J「あはは、気になりますか。聞きたいですか?」

男「是非是非! お聞かせ下さい」

J「十二年くらい前ですかねぇ――」


30以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:47:31.28VcFikOLj0 (30/70)

 ある日、店に電話が一本きたんですよ。

 大口の買取希望者でね。四十過ぎの男性からだったんですが、どうにも亡くなったお父さんの家を遺品整理しようとしたら、本が多すぎて困っていると。

 その日は予定も無かったので、早速トラックでお家に向かったんですよ。

 もうねぇ、驚きましたよ。図書館みたいなんです。そのお家。

 二階建てなんですがね。リビングにも、寝室にも、どこの部屋にも本棚がびっちり詰まっているんですよ。

 一階の隅の部屋なんか、壁際に置ききれなかったのか、部屋の中央にも背中合わせで本棚が置いてある程で。

 ざっとみたところ、二十万冊以上。下手すれば、そこらの古本屋と同じくらい物が揃っているんです。よっぽど本が好きだったんでしょうね。

 それでまあ、量が量なので、その日から三日四日かけてトラックに積み込んで、後日査定結果を知らせる事になったんです。

 まずは一番運ぶのが大変な二階の奥の部屋から手をつけて、ダンボールに本を入れていったんですがね?

 何となく一冊手に取って開いたら、レシートが挟まっていたんですよ。

 これ、よくある事でね? 記念というか何と言うか、買った書店のレシートを裏表紙に挟む人って多いんですよ。

 で、思わず次の本を開いてみた。すると、やっぱりあるんですね。レシートが。

 それからですよ。作業を止めて家中の本棚から何冊かずつ本を抜いてみると、流れが見えてきた。

 流れですよ、流れ。時間といってもいいでしょうか。

 そのお家ね、買った順番に本を並べていたんですよ。綺麗に。

 居間、隣室、そのまた隣室、向かいの部屋、隣室、そして二階へ。

 最初から追うと、その流れは五十年以上前から始まっていました。

 最初は娯楽小説。若い頃は、海洋冒険物が好きだったようです。

 時が流れ、子供向けの絵本。そして子育ての本。多分、買取を頼んできた男性が産まれた頃でしょうね。

 その後忙しくなってきたのか、娯楽小説は減っていきました。代わりに実用書や専門書が増えました。

 そして暫くして、流れが止まりました。

 ある棚と棚の間に、五年以上の差があったんです。

 理由は直ぐに分かりました。次の棚に並んでいた本はね、家事の仕方の本だったんです。

 奥さんが、亡くなったんでしょうね。

 でもね、少しするとまた娯楽小説が増えてきたんですよ。若い頃のように。きっと、また楽しみを見つけたんでしょう。

 私はね、この家の本に、なんとも言えない感動を覚えました。

 まるで人生のようなこの流れに、思わず、亡くなったご主人と話しているような気持ちになったんですよ。

 私はね、死んだ人と話した事があるんです。


31以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:51:21.35VcFikOLj0 (31/70)

J「とまあ、そんな話でして。怪談なんかとは少し違いますよね」

男「いえ。とても良い話でした。聞けて良かったです」

J「そうですか? ははは、ありがとう」

男「結局、その本は買い取ったんですか?」

J「その後、依頼者の男性にこの事を話したんですよ。この本達は、皆貴方のお父さんの人生ですよって。そうしたらね、売るのはちょっと待って欲しいと言われました」

男「じゃあ、その方は売らなかったんですね」

J「さあ、どうでしょうか」

男「ん?」

J「いや、私も商売なので一応こう言ったんですよ。やっぱり売りたくなったらいつでも電話を下さい。どこよりも高値をつけさせて頂きますよってね。そうしたら、その

時は必ず電話しますと」

男「なるほど」

J「あれから十二年ばかし経ったけどね。まだ、電話は来ないんです。もしかすると他の店に売ったのかもしれない。でも、まだ売っていないのかもしれない」

男「どっちだと思いますか?」

J「多分……いや、まだあると信じたいです。きっとありますよ」

男「俺もそう思います」

J「私の仕事は古本を買って売る事ですがね。電話が鳴らない事がこんなに嬉しいのは、後にも先にもこれだけですよ」

『本の流れ』


32以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:52:52.78VcFikOLj0 (32/70)

昼、社員食堂

男「あれ。K、なんか顔色悪くないか?」

K「聞いて下さいよぉ。昨日怖い夢をみたんです」

男「へえ、どんな?」

K「ベットの下から女が出てくる夢です」

男「こわ」

K「でしょう? 先輩怖いの好きなんですよね? 占って下さいよ。なんでしたっけ。夢占い?」

男「ごめん。占いとか分かんない」

K「なんとかして下さいよー。帰るの怖いんですよ」

男「何にも出来ないよ。あ、でも夢といえばさ、面白い話があるんだよ」

K「なんですか?」

男「初めてみた夢って覚えてる?」

K「人生でって事ですか? そんなの覚えてないですよ」

男「じゃあ、人生で初めてみた悪夢は?」

K「え? えっと確か、幼稚園の頃にみました。タンスにお化けが居る夢です」

男「人ってさ、不思議と怖い体験は覚えているものなんだよ。どんなに時間が経っても。俺が最初にみた悪夢は――


33以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 07:57:44.01VcFikOLj0 (33/70)

 目を覚ますと、俺は和室に居るんだ。

 四方を障子で囲まれた、不思議な造りの部屋だった。

 隅には蝋燭が一本立っていて、薄暗い部屋を照らしている。

 すると、目の前の障子の向こうからなにやら騒ぐ音が聞こえるんだ。

 どうやら、誰かが宴会をしているらしい。

 目を凝らすと向こうの部屋の影が障子に浮かび上がった。

 それが、妖怪なんだよ。ろくろ首とか唐傘の影があってな。まあ、妖怪の宴会って訳だ。

 で、俺は見つかったら食べられると思って、目を覚ますまでずっと震えていたっていう、そういう夢。

 多分、その頃ゲゲゲの鬼太郎を観たから、そんな夢を見たんだろうな。

 わかってるわかってる。怖くないだろ?

 でも、当時四歳だった俺にはとんでもなく怖い夢だった。

 悪夢って、他人は共感し辛いんだよな。夢自体が断片的なものだし、語り手に無駄な熱が入っちゃっている事もあるけれど、何より恐怖は主観的な現象だからな。

 つまり人の悪夢って、そいつの想像し得る、発想し得る限界の恐怖しか出てこないんだよ。

 それはイコールで、そいつが最大限恐怖する為の材料が、しっかりと頭の中に詰まっているという事でもある。

 例えば、俺が中学生の時にみた悪夢には、長い黒髪の女が出てきた。

 そう、貞子だ。リングに出てきたあれだな。

 それから少し経つと呪怨の悪夢をみるようになった。もう少し経つと、また別の悪夢をみるようになった。

 今まで見聞きし体験した恐怖が混ざり合って、姿を変えて、悪夢となって現れたってことだ。

 悪夢って、成長するんだよ。

 じゃあさ、今まで人の何倍も怖いものに足を突っ込んできた俺は、今どんな悪夢をみると思う?

 さっき言った通りだよ。

 やっぱり俺の想像し得る、発想し得る限界の恐怖をみるんだ。


34以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:01:23.34VcFikOLj0 (34/70)

男「最近みた悪夢はな、窓も扉もない部屋で、血塗れの大きなズタ袋と向かい合う夢だった」

K「な、なんですかそれ」

男「ズタ袋に開いた穴から誰かの目がこっちを見ているんだよ。瞬きもしないで。まあ、こう聞いても別に怖くはないだろ?」

K「いや普通に怖いですよ」

男「普通か。俺は心臓が止まるんじゃないかって程恐怖したよ。今の俺にとっては、間違いなく一番怖い体験だった」

K「そこまでですか」

男「共感出来ないものなんだよ、やっぱり。でもその時思ったんだ。これからもずっと怖いものを頭に詰め込んでいったら、いつか本当に心臓が止まるような悪夢を見てしまうんじゃないかって」

K「そ、そんなのありえないですよ」

男「そうかな? 日本では、毎年三万人以上が心疾患で突然死しているんだよ。俺は、その中に居るんじゃないかと思うんだ。自分の頭が生んだ悪夢に殺された人が」

K「……先輩」

男「ん、なに?」

K「さっき、面白い話があるって言ったじゃないですか」

男「うん」

K「ぜんっぜん面白くないです。怖いだけです」

男「ごめん」

『成長する悪夢』


35以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:03:14.32VcFikOLj0 (35/70)

昼間、病院の待合室

男「あー頭痛い。完全に風邪引いた……」

L「ねーやだ! 帰ろうよ!」

M「こら、ちゃんと静かにしていなさい」

L「私風邪じゃないよ!」

M「熱があったでしょう?」

L「ないもん。注射やだ!」

M「あんまり言う事聞かないと、またカナナギが来るよ!」

L「こないもん!」

M「いいの? Lちゃん、連れてっちゃうんだよ?」

L「……分かった」

M「ほら、呼ばれたわよ。おいで」

L「うん……」

男「――あれ?」

 “また”という事は、そのカナナギという何かは、一度来た事があるという事なのだろうか?

 体調さえ良ければ、何とか聞き出したかった思い出だ。

『また』


36以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:05:11.40VcFikOLj0 (36/70)

夕方、喫茶店

N「遅くなってすいません。会議が長引きまして」

男「いえいえ。昼を食べ損なっていたので、サンドイッチを摘んでいました。かえって丁度良かったですよ」

N「いやぁ、面目ない。そうだ。見積もり書、お渡ししますね」

男「ありがとうございます。――良いですね、予算以内です。そろそろ保険に入りたかったんですよ」

N「物騒な世の中ですからね。あ、天気雨だ」

男「本当だ。狐の嫁入りですね」

N「迷信かぁ。懐かしいですね。子供の頃ご両親に何か言われませんでしたか?」

男「言われましたねぇ。米を残すと目が潰れる、だとか」

N「そんなのもありましたね。そういえば、男さんって変な話好きなんでしたっけ」

男「好きですよ? もう大好きです」

N「じゃあ一ついかがですか? 遅れたお詫びに」

男「是非是非! コーヒー代持ちますよ」

N「ははは、迷信といえばなんですがね?」


37以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:07:31.84VcFikOLj0 (37/70)

 十年前、今の妻と籍を入れまして。

 え? ああそうなんです。二人目でして。

 彼女は宮城県出身なもので、東京育ちの僕とは結構違う習慣を持っているんですよ。

 例えば、初詣の事を「ガンチョウマイリ」っていうんです。そうそう。元の朝に参る、です。
 
 で、四年くらい前ですかねぇ。

 うちの倅が家の中で蜘蛛を見つけまして。新聞紙で叩こうとしたんですよ。

 すると妻が――。

「朝の蜘蛛を殺したら目が潰れる」って、止めたんですよ。

 そんな迷信聞いた事がないでしょう?

 僕は思わず「朝の蜘蛛は縁起がいい、じゃなくて?」と聞いたんです。

 そうしたら「なあにそれ、聞いたことないよ」って言うんですよ。

 まあよく考えたら、迷信なんて地域によって違うんですよね。

 それで、他も違うのだろうかと思って、妻の家に伝わる迷信を色々聞いてみたんです。

――私ね、聞かなきゃ良かったと思いましたよ。

 朝に蜘蛛を殺したら目が潰れる。

 ツバメが低く飛ぶと目が潰れる。

 秋茄子を嫁に食わすと目が潰れる。

 遠くの音がよく聞こえると目が潰れる。

 夜に爪を切ると目が潰れる。

 妊娠中に葬式に出ると目が潰れる。

 カラスが夜に鳴くと目が潰れる。

 北枕で寝ると目が潰れる。

 他の迷信もね、みーんな全部、最後には目が潰れるんです。


38以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:10:09.56VcFikOLj0 (38/70)

男「面白いなぁ」

N「気になって調べたんですがね。宮城県民が皆そうだっていう訳じゃないんですよ。妻の家や、妻の親戚の間でだけ、この目が潰れる迷信が伝わっているんです」

男「一体、誰がつくったんでしょうね?」

N「何だか気味が悪いですよね。まるで誰かが、目を欲しがっているみたいで」

男「この話、使ってもいいですか? イベントで話してみたいです。もちろん、お金はお支払いします」

N「いいですよそんな。あ、そういえば妻の曾祖母の話なんですがね?」

男「ええ」

N「白杖、ついていたんですよ」

男「――目が見えていなかったんですか?」

N「ええ。妻が生まれる前からそうだったようで。亡くなった今はもう、結局それが病気だったのか怪我だったのか、誰にも分からないんですよ」

男「あの。不謹慎かもしれませんが、それは――」

N「ええ。私には、迷信と関係があるように思えてならないんです」

『迷信』


39以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:12:05.68VcFikOLj0 (39/70)

夜、怪談会打ち上げの飲み会

O「今日も皆の話面白かったよ」

男「そう言って貰えると集めた甲斐があります」

O「次回も楽しみだなぁ。来月だったっけか」

男「そうですよ。あ、そういえばOさんって怪談とかないんですか? 話しているのをみた事がないんですが」

O「んー? そうだなぁ。いや、いいか、うん。男君には言おうか」

男「なんですか?」

O「俺ね、見えるのよ。ばっちりと」

男「その、それは、幽霊が?」

O「幽霊っていうか、まあ死んでるっぽい人ね。あ、つまり幽霊か」

男「じゃあ怪談なんて山ほどあるんじゃないですか?」

O「あるっちゃあるんだけどね。ほら、ばっちり見える人が話すと信憑性がないじゃない」

男「まあ、居るかどうか分からないものを、居るって断言してから話すとなると、確かにそうですね」

O「だから話せないのよ。俺には聞くくらいが丁度いいんだろうね」

男「……でも、聞きたいです」

O「ははは、好きだねぇ?」

男「内緒にするので、是非」

O「そうかい? じゃあ、一つだけね?」


40以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:19:20.98VcFikOLj0 (40/70)

 俺が普段見ているものが、幻覚なのかどうかは置いておいてだ。

 やっぱり見えるものは見えるんだよ。どうしようもないんだ。

 でも、皆の怪談に出てくるような血塗れの女がどうこうっていう体験は滅多にないんだ。

 というのも、一見すると人間なんじゃないかって思うような見た目の奴が多いんだよ。

 例えばそいつだけ影がなかったり。一人だけなんだか色調が青みがかっていたりとかさ。とにかく分かり辛いんだ。

 冬なのにTシャツで歩いている奴とか、道路の真ん中に立っているのに誰にも気付かれない奴とかは分かり易いけどね。

 で、ある日仕事が終わってマンションに帰ると、部屋のベランダに男が立っていたんだよ。

 流石に「うおっ」って声が出たな。家の中に入ってくる奴なんて滅多にいないんだ。

――意外? だって俺達だって勝手に人の家に入ったりしないだろ? それと同じだよ。元は同じ人間なんだから、常識というかルールというかさ。何かあるんだよ、

あいつらにも。

 で、追っ払う方法なんて分からないものだから、とりあえず放置してさ。実害もなさそうだったし。

 そしたらそいつ、俺の家に居着いちゃったんだよ。

 朝起きたら寝室の隅に立っていたり。休日にのんびりしていたら、そいつが戸棚に半分めり込んでいたりとかな。

 何にも言わないし、表情も変わらない。ただずっと、そこに居るだけだった。

 でもさ、ずっと一緒に居て気付いたんだが、なんというか、愛嬌があるんだよ。そいつ。

 俺、セキセイインコを飼っていたんだけどさ。黄色いやつ。

 その男、うちのインコが気に入ったみたいなんだよ。

 ある日を境に、インコの入っている鳥籠をじーっと見ていてさ。

 お、鳥好きか! 分かってるなお前! みたいな感じで。

――それから半年くらい経った頃かな。

 インコが死んじゃったんだ。随分長生きしたから、多分寿命だと思う。

 ネットで調べたら、腐敗させない為にとりあえず冷蔵庫に入れた方が良いって書いていたから、タオルで包んでその通りにしたんだ。

 で、リビングに戻った時だよ。

 あの男がこっちを見て何かを言っていたんだ。

 音はないけど、口が開いていたんだよ。これまで一言も喋らなかった奴の口がだ。

 俺、なんか感動してさ。

「分かる、俺も悲しいぞ」なんて思いながらその男に近づいたんだ。何て言っているんだろうって。

 そいつな、喋ってなんていなかったんだ。

 パクパク何か食ってんだよ。

 黄色何かを、食ってやがった。

 俺、その時人生で初めて気絶したよ。

――気が付くと、そいつはもう居なかった。

 あいつが食っていたあれってさ、多分、うちのインコだったと思うんだ。


41以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:21:29.01VcFikOLj0 (41/70)

O「後で冷蔵庫を調べたらインコの死体はちゃんと入っていた。だから、魂だとかそういう何かを食べていたのかもしれない」

男「うわぁ……」

O「そう思った時、心底怖かったよ」

男「ずっと、そのインコを狙っていたんですかね」

O「そうかもね」

男「はあ……なんだろう。なんだか凄く疲れる話でしたね」

O「俺達ってさ。色んなものに、とりわけ在るかどうかも分からないものに、怖いだとか怖くないだとか、勝手に解釈しているけどさ。幽霊の存在が不確かなように、その解

釈が正しいのかどうかも、本当は分からないんだよな」

男「そうですね……」

O「これ、全部内緒な? 怪談関係の人達には」

『見える人』


42以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:23:17.12VcFikOLj0 (42/70)

朝、職場

男「おはようございます」

P「男君、ちょっと聞いてよ」

男「はい。何でしょうか」

P「最近ストーカーっぽい奴に付きまとわれているって話、したでしょ?」

男「ああ、アパートのポストに紙が挟まっていたっていう」

P「そうそう。また挟まっていたのよ。チラシの裏に、こんにちはって書いてあったの」

男「前と同じ言葉じゃないですか。そろそろ警察に相談した方がいいんじゃないですか?」

P「昨日した! 一応、パトロール増やしてくれるって」

男「それでも心配ですね……」

P「……ねえ、良かったらしばらく泊めてくれない? 流石に怖いんだよね」

男「いいですよ。嫁に連絡入れときます」

P「ありがとう! 地元出てから頼れる人少なくてさぁ」


43以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:24:33.59VcFikOLj0 (43/70)

夜、Pのアパート前

P「悪いねぇ。荷物回収まで付き合わせて」

男「いえいえ。車持ちの宿命ですよ」

P「じゃあここでちょっと待ってて。直ぐ戻ってくるから」

男「はーい」

P「――きゃああ!」

男「どうしました!」

P「か、紙、紙! これ!」

男「また挟まって――うわ」

紙には「お邪魔しました」と書いてあった。

『ポスト』


44以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:26:25.74VcFikOLj0 (44/70)

夜、路上

男「すいません、ほんと」

Q「いやいや。お兄さんは悪くないよ。あっちの信号無視だから」

男「僕もちゃんと気をつけていれば……」

Q「そんな事思わなくていいったら。怪我がなくて良かったよ、ほんと。相手、直ぐ捕まえるから安心して」

男「当て逃げなんて、本当にあるんですね」

Q「まあたまにあるねぇ。あ、この後用事とかないかい?」

男「会合というか、そういうのがあるだけです。さっき連絡をいれたから大丈夫ですよ」

Q「会合って仕事かい? 車もこうなっちゃったし、大丈夫?」

男「仕事じゃないですよ。その、怪談の会合っていうか。趣味の集まりでして」

Q「怪談って、怖い話? 稲川淳二みたいなやつ?」

男「はいそうです。いや、お恥ずかしい」

Q「そういう集まりってあるんだなぁ」

男「結構多いんですよ、意外と」

Q「じゃあ一本話してやろうか。ちょっと手空いてるし」

男「是非!」


45以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:29:18.71VcFikOLj0 (45/70)

 俺の先輩が若い頃の話だから、もう何十年も前の話なんだが。

 先輩が交番勤務だった頃に、一本電話が掛かってきたんだ。

 近場で殺しがあったらしんだけどね、それが酷いんだ。

 遺体がバラバラにされて、歩道沿いにあったゴミ用のポリバケツに突っ込まれていたんだと。

 現場に野次馬も集まってきたらしくて、応援に来るようにっていう電話だったんだ。

 で、先輩もパトカーで駆けつけて他の奴らと一緒に野次馬を散らしていたんだよ。

――ふと後ろを見ると、ポリバケツの傍に人が居る事に気が付いた。

 民間人の女だ。

 慌てて注意しようとしたら、刑事に肩を掴まれたらしくてな。

 一言、言われらしいんだよ。

「やめとけ。あれ、ご本人だから」


46以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:30:34.32VcFikOLj0 (46/70)

Q「っていう話。どう?」

男「面白いで――いや、怖い話ですね」

Q「ああ。俺も何年も前に聞いたんだけどね。その刑事さん、現場に来た時からずっと見えてたんだと。その女の事が」

男「警察の方のお話ってはじめて聞きましたよ。ありがとうございました」

Q「でも、本当に好きなんだな。こういうの」

男「なんでですか?」

Q「この話をして、第一声で面白いって言われたのは初めてだわ」

男「あはは……すいません」

『ご本人』


47以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:34:32.80VcFikOLj0 (47/70)

昼間、R邸

R「ごめんね、わざわざ家まで来て貰って」

男「いえいえ。教授こそ今日は大丈夫なんですか?」

R「休みだからね。家族も出払っている。それで、早速なんだけど」

男「すいません。電話でも話したんですが、俺、霊能力者とかではないですよ?」

R「だからいいんだよ。霊能力者なんて胡散臭くて頼めないよ。近所の目もあるし」

男「それにしても、ポルターガイストですか……」

R「そう、絶対それだよ。勝手に皿が落ちたり、鍵が置き場所から無くなっていたり。もう怖くて怖くて」

男「ご家族が触ったって事はないんですね?」

R「ああ、一人の時にもそういう事があったから」

男「そうですか。うーん……」

R「まあ、ゆっくり見ていってよ。お茶でも飲んでさ」

男「あ、頂きます」

R「美味いかい?」

男「ええ、とても」

R「そういえば結構久しぶりだよね。卒業以来か?」

男「はい。最後にお会いしたのはもう四年くらい前でしょうか」

R「早いね、時間が経つのは」

男「ほんとですねぇ。あ、教授。それ、俺のコップ――」

R「――」

男「え? うわっ! 何してるんですか!」

R「――ほら! 落ちた! 見たか!? コップが落ちたよ!」

男「何を言っているんですか。教授が自分で――」

R「――」

男「ちょっと、教授!」

R「ほら! こっちのも落ちた! 見ただろう!?」

 結局、僕にはどうしようもなかった。

 暫くして、風の噂で教授が離婚したと聞いた。理由は知らない。

『ポルターガイスト』


48以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:36:22.79VcFikOLj0 (48/70)

夜、S邸

男「お邪魔します。おお、綺麗な部屋ですね」

S「女を連れ込むならこういうお洒落な部屋じゃないとね」

男「ははは。そういえば、見せたいものがあるって言ってましたけど」

S「そう慌てないでよ。明日休みでしょ?」

男「ははは、すいません」

S「まあ、先に見せようか――この子だよ」

男「日本人形ですか?」

S「そう。正確には木目込人形って言ってね。木に筋彫りを入れてから、色を塗っているんだ。着物も立派でしょう?」

男「確かに、綺麗な人形ですね」

S「amazonで買ったんだよ。五万円もしたんだ」

男「たっか! 何に使うんですか一体!」

S「それだよ、今日話したかったのは」


49以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:44:26.77VcFikOLj0 (49/70)

 人形の怪談って、よく聞くだろう?

 お菊人形なんかが良い例だよね。大正七年に発見され、爆発的に噂が広まった髪が伸びる人形だ。

 人形の髪が伸びる。人形が喋る。この手の話は何もお菊人形に限ったことじゃない。人形供養の神社が出来る程、日本には謂れを持つ人形が数多く存在する。

 海外だとアナベル人形なんかが有名だね。まあ、あれは髪が伸びるとかじゃなくて、呪いや憑き物の類だけれど。

 そう、憑き物だ。人形に異変が生じる怪談の多くには、やれ悪霊が憑いたからだの、やれ怨念が宿ったからだのと、あたかも人形に不純物が混ざり込んだような解釈がつけ

られている。それをとことん還元していけば、魂が宿ったともいえるね。

 これは何も悪霊や怨念という悪しきものに限った話じゃないんだよ。

 例えば、文久時代の随筆「宮川舎漫筆」の中に「精心込れば魂入」という話がある。

 強い信仰心を持った仏師や画工が手掛けた作品は魂を持つという話でね。

 ことわざでいうところの「仏造りて魂を入れず」だ。美しい造形には魂が宿る。宿らせる義務があるといってもいい。

 また、そうして生まれた人形を富山県の礪波地方では「人形神」というらしい。

 祀ればどんな願い事でも叶い、欲しい物がすぐ手に入るそうだよ。

 まさに神だよ、神。

 不思議だろう? 恐れ忌み嫌われる人形もあれば、崇め奉られる人形もある。

 まあ、善悪は然程重要じゃないんだ。

 ここで一つ、疑問が浮かばないか? 

――悪魔や怨念、腕の良い人間の力を借りずとも、物に魂を宿す方法はないのだろうか。

 そう思うだろう? 思わない?

 この疑問に行き当たった時、僕は反射的に「付喪神」という言葉を思い出した。

 道具は百年使い込むと魂を得てこれに変化する、というものだね。室町時代に出来た言葉だ。

 実に簡単で素晴らしい方法だろう。なにせ使うだけで良いんだ。良い腕も悪いなにかも要らない。

 じゃあ百年も頑張るのかって? いいや、そんな必要はないと僕は思う。

 そもそも丁度百年で都合良く魂が宿ると思うかい? そんなシステマチックな道理はないだろう。

 百という数字は、あくまで永く古いものを表現する為の、謂わば記号なんだよ。「鶴は千年、亀は万年」と同じくね。

 つまり必要なのは密度なんだ。この子をどれ程使い、この子とどれ程接したか。

 まあ、解釈は色々あるけれどもね。

――さてさて。長くなってしまったが、結論を言おうか。

 僕はね、この人形を出来るだけ長く、そして沢山使い込んで、魂を宿らせるつもりなんだ。

 魂なんてきな臭いものが本当に在ると仮定してね。

 いやぁ大変だったよ。毎日この子の髪を梳いて、抱いて、話しかけて、時には人に言えないような呪術的手法もとった。

 毎日毎日毎日毎日ね。もうかれこれ十年続けている。

 ああ、紹介が遅れたね?

 この子の名前はイブ。

 古代エジプトでいう心臓、意訳して魂を司る言葉からとった名だ。ぴったりだろう?

 さあ、ご挨拶して。

 ああ、君に言ったんじゃない。

 この子に言ったんだ。


50以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:49:51.34VcFikOLj0 (50/70)

男「……本当に、十年もそんな事を?」

S「もちろん」

男「あの、一ついいですか?」

S「いいよ。時間はたっぷりある」

男「本当に魂が存在するとして、付喪神も存在するとしてですよ」

S「うんうん」

男「人形に魂が宿った事を証明する方法なんてあるんですか?」

S「良い質問だ」

男「え、あるんですか?」

S「仮説、風説に過ぎないけどね。まあ、怪談と同じだよ」

男「はあ」

S「21グラム、という言葉に思い当たる節はないだろうか?」

男「魂の質量……」

S「そう。人が死ぬと体から21グラム失われ、それが魂の質量であるというものだね。1901年にマサチューセッツ州の医師ダンカン・マクドゥーガルが行なった研究成果だ」

男「犬の実験の場合はなにも減らなくて、人の実験でのみ21グラム減ったというやつですよね?」

S「そうそう、よく知っているね」

男「でも、肺が停止した時の発熱による汗がその正体だっていう説もあります」

S「そうだねぇ。現在、MRIやCTでも魂の存在は確認されていない。しかしだ、どれもこれもあくまで説の域を出ないんだ。肯定はもちろん、否定すら確定はしていないんだよ」

男「悪魔の証明ですね」

S「良いことを言うね。そうだ、今から文字通り悪魔の証明をしようと思っている」

男「え?」

S「僕はね、この人形を買った時に正確な重さを量ったんだ。831グラム。流石木製、結構重かったね」

男「まさか……」

S「――ここに重量計がある。さあ、一緒に量ってみようか。21グラム増えているかどうか」

 その後の事は、ここでは伏せる事にする。

 オカルトとはラテン語で「隠されたもの」を語源とする言葉なのだ。

 オカルトマニアとして、これ程気の利いたオチはないだろう。

 でも、もしそれでも暴きたければ、貴方も是非やってみて欲しい。

 髪を梳いて、抱いて、話しかけて、量って――その後で、語って欲しいのだ。いつか僕に。


『オカルトな夜』


51以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:51:20.84VcFikOLj0 (51/70)

昼間、漁船

男「いやぁ、爆釣でしたね。先輩」

T「さっきのカレイ、フライにしたいね」

男「今晩うちでどうですか。奥さんも是非」

T「そうかい? じゃあお言葉に甘えて」

男「先輩って、まだサッカーしてるんですか?」

T「流石にもうやっていないよ。友達から社会人リーグに誘われているんだけどね」

男「いいじゃないですか。どうしてやらないんですか?」

T「俺、集団行動得意じゃないんだよ」

男「意外ですね」

T「そうかい?」

男「そうですよ。部長までやっていたのに」

T「頼まれたからだよ。やれと言われたらやるけど、好きか嫌いでいえば、やっぱり大人数は得意じゃないなぁ」

男「なにか、理由でも?」

T「ああ、話した事なかったっけ。小学生の頃なんだけどね――」


52以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:55:28.94VcFikOLj0 (52/70)

 道徳の授業とかで、模擬裁判をした覚えはないかい?

 クラスの中で、裁判長とか被告人を決めて行うあれだよ。

 僕が五年生の頃にもね、一度やったんだ。

 その時の裁判は、子供向けの簡単なルールで行われた。

 まず、裁判全体を取り仕切る裁判長が一人いて、被告人が一人いる。弁護士や検察官は居なくてね、代わりに残りのクラス皆で議論するんだ。

 情状酌量の余地はあるかだとか、どの程度の刑を与えるべきかを話し合う予定だった。

 くじ引きで役割を分担して、僕は議論する側の一人になった。

 被告人の罪状は窃盗だったよ。確か、空き巣だったかな。何万円か盗んだらしい。

 いざ裁判が始まるとね、やっぱり居るんだよ、一人は。

 冗談交じりに死刑を推す子が。

 最初は皆笑ってた。被告人の子も笑ってたよ。

 でもね、次に声を上げた子がこう言ったんだ。

 私も死刑に賛成ですって。

 僕は怖かったよ。どうしてそんなにあっさり人を殺せるんだろうって。

 でもね、三人、六人、十二人と、どんどん増えていくんだ。

 被告人の子も、段々怖くなってきたんだろうね。顔が青白くなっていたのを覚えているよ。

 でも、もう止まらなかった。多分誰にも止められなかったと思う。

――気が付いたら、僕以外の全員が死刑に賛成していたんだ。

 きっと、大した理由なんてなかったと思う。

 本当にただなんとなく、誰かがそう言ったから死刑でいいやって思ったんだろうね。

 僕はどうしたと思う?

 ありがとう。そうだね。そうするべきだった。

 僕もね、死刑に賛成したんだ。

 でもね、僕は他の子と違った。

 ただなんとなくなんて理由じゃなかった。

 他の子と意見が違うのが怖かったから死刑に賛成したんだ。

 満場一致で、被告人の子の死刑が確定した。

 その時ね、どさりって音がした。

 被告人の子が、泡を吹いて倒れたんだよ。

 緊張だとか恐怖だとか、色んなものが溢れかえっちゃったんだろうね。

 僕はその時、こう思ったよ。

 ああ、僕が殺しちゃったんだって。

 それから、集団で行動をするのが怖いんだ。

 周囲の人が怖いんじゃない。

 集団の中で変わってしまう自分が、怖いんだ。


53以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 08:57:19.18VcFikOLj0 (53/70)

男「……裁判の事、後悔していますか?」

T「そりゃあしてるよ。でもね、もしあの時に戻れたとしても、僕はきっとまた同じ事をするんだと思う」

男「そんな事ないですよ」

T「あるさ。僕は弱いままだ」

男「先輩……」

T「なあ、君ならどうしていた? あの子達を、止められたと思うかい?」

男「……」

T「ごめんね。余計な事を聞いたよ」

男「……人間って、怖いですね」

T「うん、怖いね。怖いよ、本当に」

『僕が殺した』


54以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:01:46.69VcFikOLj0 (54/70)

昼間、職場

U「あついなぁおい。エアコン切れてんじゃないか?」

男「さっき確認しましたけど、ちゃんとついてましたよ」

U「設定何度だった?」

男「28度でした」

U「うそだぁ! 30度はあるぞ」

男「確かにありそうですねぇ」

U「男、何か怖い話しろよ」

男「や、藪から棒になんですか」

U「こういう時こそだろ。頼むよ。納涼納涼。給料上げるから」

男「そんな権限ないでしょうに……えっとじゃあ、夏に体験した話なんですけどね」

U「きたきた」

男「子供の頃に扇風機で遊んだ事ってないですか? 息を吹きかけて」

U「あるぞ。あーってやつな」

男「そうそう。俺もその日、扇風機に向かってあーってやってたんですよ」

U「それで?」

男「あーーーーーーー」

U「おう」

男「僕ね、その時もう声出してなかったんですよ」

U「え?」

男「僕が口を閉じてからも、十秒は声が続きました。あの声、何だったんでしょうね」

U「……ちょっと冷えた」

男「良かったぁ」


55以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:02:12.90VcFikOLj0 (55/70)

U「――なあ、もうちょっと涼しくしてくれ」

男「えぇ!? まだやるんですか? 仕事中ですよ?」

U「いいだろ、あと一回くらい」

男「はぁ……分かりましたよ。もう。じゃあ反則しますね?」

U「なに、反則って」

男「六年くらい前に、この会社からちょっといった先の道路で事故があったの覚えてますか? OLがトラックに轢かれて死んだ事件ですよ」

U「六年前かぁ……ごめん、記憶にない」

男「テレビでもやってたんですけどね」

U「テレビ見ないからなぁ」

男「そのOLさん、ニュースでは即死だったって言われてましたけど、実はそうじゃないんですよ」

U「そうなの?」

男「はい。跳ね飛ばされて、内臓がぐちゃぐちゃになっても、五分くらい意識があったそうです」

U「うわあ」

男「随分痛かったそうですよ。首が回って、自分の背中が見えていたんですって。今すぐ殺して欲しいと思う程痛かったらしいです」

U「何でそんな事分かるんだよ」

男「見えるんです」

U「嘘だろ!」

男「今も天井から先輩の事見てますよ、そのOL」

U「うわっ!」

男「……冷えました?」

U「冷えたわ! つーか何だよお前! え、本当に天井に居るの?」

男「居ませんし、見えません」

U「はぁ?」

男「全部嘘ですよ。事故もなかったですし。完全な捏造ですよ」

U「嘘つくなよ! めちゃくちゃ怖かったわ!」

男「だから反則するって言ったじゃないですか」

『人工納涼』


56以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:03:05.92VcFikOLj0 (56/70)

正月、実家

V「ほら男君も飲んで飲んで。冷蔵庫にまだまだあるんだから」

男「頂きます。いやぁ、やっぱりキリンですよね」

V「ここまで酔うともう何でもいいけどね」

男「ははは。違いないですね」

V「そういえば男君って学生の頃はどんなタイプだったの?」

男「ただの目立たないタイプでしたよ。お義父さんは、意外と不良だったって感じがしますよね」

V「あ、分かる? リーゼント全盛期だったからね」

男「お義父さんがリーゼントですか……想像出来ないなぁ」

V「何十年前も昔の話だからねぇ。ああ、そうだ。怖い話があったんだ」

男「す、すいませんいつも」

V「学生時代の同級生の話なんだけどね」


57以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:06:23.61VcFikOLj0 (57/70)

 昔はね、不良にも種類ってのがあったんだよ。

 喧嘩ばっかりするけど普通の生徒には絶対手を出さない硬派な不良とかさ。

 漫画みたいでしょう? 当時は本当に居たんだ、そういうのが。

 で、高校時代の同級生の一人にも不良が居たんだがね。

 齊藤って男なんだが。そいつはなんというか、硬派とは程遠いような奴だったんだ。

 商店でパンやら菓子を万引きしては、生徒に安く売りつけて儲けたり、アンパン――シンナーの事ね? それを吸って暴れまわったりとね、たちの悪い不良だったんだよ。

 そんな奴だったもんで、高校を卒業してから素行の悪さに拍車がかかって、とうとう詐欺なんてものに手を出したんだよ。

 それが今でいう、結婚詐欺だな。

 当時はまだそこまで取沙汰されていなかった事もあってね、中々上手い事金が転がり込んできたんだとか。

 俺は風の噂でそれを聞いてね、呆れ返ったもんだよ。

――それから暫く経って、社会人になった頃だ。

 ある晩、変な雰囲気がして目が覚めた。

 何だか部屋の様子がおかしいんだよ。どこがおかしいのかは分からないけれど、何か変な事は分かる。

 目だけ動かして辺りの様子を伺ってみた。

 扉の方、机の方と見て、最後に箪笥の上に目をやった。

 そこに何かあるんだよ。箪笥の上に。

 それ、首だったんだ。齊藤の生首だよ。

 苦しそうな表情でじーっとこっちを見ているんだ。

 驚いて思わずぎゅっと目を閉じてね。

 はっと気付いたら、もう朝だったんだ。

 俺はもう大慌てで押入れを漁ったよ。同窓会の名簿を引っ張り出したんだ。その頃は、クラス全員の電話番号が書いていたからね。


58以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:10:44.00VcFikOLj0 (58/70)

 思ったんだよ。齊藤に何かあったのだろうか。もしかしたら、死んだんじゃないだろうかって。

 幸い一件目の電話で齊藤の連絡先を知っている人に当たった。

 恐る恐る、齊藤に電話を掛けたよ。

 そうしたらね。電話に出たんだ、あいつ。生きてたんだよ。

 俺は慌てて昨晩あった事を話した。それから「お前、何かあったのか?」って聞いたんだ。

 最初は無言だったんだけどね、しばらく待っていると、ぽつりぽつりと齊藤が話し始めた。

 どうにも最近、また結婚詐欺に手を出したっていうんだ。

 相手は高翌齢の女性で、住んでいた家だとかを全部取り上げて、その後直ぐに捨ててしまったんだと。

 それが随分堪えたんだろうね。その女性、とうとう自殺してしまったらしいんだ。

 でも齊藤はそんな事を気にもしないで、取り上げた家で暮らし始めた。

――そのまま何ヶ月が過ぎて、昨晩の事だよ。

 夜、広い寝室のベットで一人寝ていると、足に違和感を覚えて目が覚めたらしい。

 布団の中にある両足首をね、誰かの冷たい手に掴まれているんだ。

 あれ? と思った途端にずるずるとベットから引き摺り出されて、身体が床に落ちた。

 足元を見ると、女が自分の足首を掴んだまま、俯いて床に座っているっていうんだ。

 やがて、その女がにゅーっと顔を上げた。

 それ、齊藤の死んだ母親だったんだって。

 驚いてビクっと固まっていると、母親が言うんだ。

「お前は悪い事ばっかりしているから、お母さん、連れて行くから」

 そう言って物凄い力で齊藤を引き摺っていくんだと。

 齊藤はもう力いっぱいに暴れたそうなんだけれど、身体はどんどん引っ張られていく。

 もうパニックを起こしてね、「ごめん、もうしないから、勘弁してくれ! 勘弁してくれ!」と齊藤は叫んだ。

 すると、目が覚めた。もう朝だったんだ。

 で、ぼんやりしていると電話が鳴って、俺に繋がったって訳だ。


59以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:14:11.22VcFikOLj0 (59/70)

V「これで終わり。齊藤がその後どうなったのかは分からない。調べようとも思わなかったんだよ」

男「面白い、面白いなぁ」

V「まあ、悪い事はするもんじゃないっていう、そんな話だね」

男「でも、一つ気になるんですよ。齊藤さんの首は、どうしてお義父さんの部屋にだけ現れたのでしょうかね」

V「ん? ああ、それは違うよ」

男「え?」

V「三十の時の同窓会で分かったんだけどね。あの晩生首を見たのは俺だけじゃなかったんだ。クラスの殆どの人が、齊藤の生首の夢をみたらしい」

男「うわぁ……」

V「電話まで掛けたのは、流石に俺だけだったみたいだけどね」

男「助けて欲しくて出てきたんですかね」

V「どうだろう。俺には江戸時代の獄門に見えたよ。罪人の首を衆目に晒す罰さ」

『獄門』


60以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:15:22.77VcFikOLj0 (60/70)

※区切り ここまでが前スレの内容です。誤字脱字を修正し、一部の言い回しを分かり易く変えてあります。


61以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:25:59.03VcFikOLj0 (61/70)

夕方、老人ホーム

男「お婆ちゃん、来たよ」

W「あれ、男ちゃんじゃない。どうしたの?」

男「会いに来ただけだよ。仕事帰りに寄ってみたんだ」

W「そう。学校は楽しい?」

男「ははは、もう大人だよ」

W「なにを言っているの。まだ小学生でしょう?」

男「違うったら」

W「お婆ちゃんはね、この後仕事に行かないといけないの」

男「仕事?」

W「そう。下でタオルを畳んでくるのよ」

男「お婆ちゃん、もう仕事はしなくていいんだよ?」

W「人は仕事をしないといけないものなんだよ」

男「素敵なボケ方だよな、ほんと」

W「……ごめんね」

男「なに?」

W「ごめんなさいね、本当に」

男「どうしたの、お婆ちゃん」

W「お婆ちゃんね、昔、悪い事をしたの。ずっと、黙ってたんだ」


62以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:36:13.40VcFikOLj0 (62/70)

 北海道にね、石狩川っていう川があるの。

 お婆ちゃんが子供の頃はダムもまだ出来ていなかったものだから、大雨の日には氾濫を起こしたり渦が巻いたりしてね、大変だったのよ。

 ある日ね、友達の女の子と二人で川に泳ぎに行ったの。

 でもね、その前の日が大雨だったのよ。

 その頃の私はまだほんの小さな子供で、川が危ないなんてちっとも知らなかったものだから。

 二人でね、川を泳いだんだ。いつもより水が多くて、楽しいねって。

――気が付いたら、友達が居なかった。

 私ね、怖くなって一人で帰っちゃったの。理由は分からないけれど、何だか怖い事が起きているって、何となく察したのね。

 その晩、大人達が友達を探し回ったわ。

 私は、具合が悪いと言って早い時間から布団に包まっていた。

 暫くしてね、お母さんが私に聞いたの。

「何か知らないかい?」って。

 私、知らないって答えた。

 それきり、友達は帰ってこなかったの。


63以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:42:22.30VcFikOLj0 (63/70)

W「――ごめんなさいね。本当に」

男「お婆ちゃん……」

W「嘘をつくのって、本当に辛いものなのよ。男ちゃんは、お婆ちゃんみたいにならないでね」

男「なんと言ったらいいか……」

W「あれ、今日はどうしたの?」

男「え?」

W「学校の帰りかな? お父さんとお母さんは?」

男「……一人で来たんだ。仕事帰りに、寄ってみたんだよ」

W「そう。偉いわね」

 三日後に祖母は亡くなった。

 この文章を書くまで、僕はこの会話を誰にも語った事がない。

『祖母の話』


64以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 09:51:48.74VcFikOLj0 (64/70)

夜、飲み会

X「かんぱーい!」

男「乾杯!」

X「あ、隣の席男じゃん!」

男「え、なに。嫌だった?」

X「そりゃあ嫌だよ! だって怖い話するじゃん!」

男「なにそれ……物凄くショックだ」

X「被害者みたいに振舞わないでよ。私の方がよっぽど恐ろしい目に遭わされているんだから」

男「そうなの?」

X「怖くて寝れなくなった日もあるんだよ」

男「それは、なんていうか、ごめんね」

X「いいよもう!」

男「じゃあ、怖くない話をするよ」

X「……ほんとに?」

男「……うん」

X「え、待って。なんなのその間は」

男「星座って好き?」


65以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 10:52:34.72VcFikOLj0 (65/70)

 夏の大三角って知ってる?

 こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブっていう三つの星を結んで描かれるアステリズムだ。

 この内二つの星は、日本人にとって馴染み深い七夕伝説にも関係しているんだよ。

 天の川を挟んで恋焦がれあう二人。そう、織姫と彦星だ。

 織姫とはベガの事を指し、彦星はアルタイルの事を指している。

 つまりこの二つの星は、恋する星という事だ。

 恋といえば、織姫――ベガには恋に纏わる神話があるね。
  
 最初に言ったように、ベガはこと座を象る星の一つだ。

 そのこと座が生まれた理由が描かれた神話こそが、あの有名なギリシャ神話なんだよ。

 主人公は芸術の神の息子である、竪琴の名手オルフェウス。

 彼にはエウリュディケという美しい妻が居て、お互いを愛し合っていた。まるで織姫と彦星のようにね。

 でも、ある日エウリュディケは毒蛇にかまれて死んでしまう。

 それをひどく嘆いたオルフェウスは、死の国から彼女を連れ戻そうと旅に出たんだ。

 そして旅の末、彼は冥界の神ハデスから妻を連れ帰る許しを得た。ただし、それには一つだけ条件があったんだ。

――死の国を出るまで、自分の後ろをついて来ているはずの妻を、振り返って見てはいけない。

 最初は我慢出来た。でも、どうしても不安になってしまったんだろうね。

 帰路の途中で、オルフェウスはつい振り返ってしまったんだ。

 当然妻の救出は失敗に終わり、彼は後悔と悲しみの余り死んでしまった。

 そんなオルフェウスを不憫に思ったゼウスが、彼の竪琴を拾い上げて空に飾り、それがこと座になったんだ。

 何とも悲しい話だよね。



66以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 10:53:22.73VcFikOLj0 (66/70)

 さて、ここで何か思い出さない? 日本にも似たような神話があるぞって。

 そう、古事記に登場するイザナギとイザナミだ。

 愛する妻を失ったイザナギは、その姿を求めて黄泉の国に旅立つ。そして見てはならないものを見る。当然妻は救われない。

 しかし非常によく似ているこの二つの神話には、一つ大きな違いがあるんだ。

 妻の容姿に関する描写だ。

 古事記では、妻イザナミの容姿が、腐りかけ蛆虫が集る醜悪ものとして描かれていた。

 一方ギリシャ神話では、妻エウリュディケの死後の容姿は殆ど描かれていないんだ。

 オルフェウスは間違いなく見ている筈なんだよ。彼女の姿を。でも、描かれない。

 彼女は、一体どんな姿をしていたのだろう。

 死後の国に旅立った後の彼女は、果たして生前の美しさを保っていたのだろうか。

 それとも、イザナミのように腐肉に塗れていたのか。

 この物語をオルフェウスの主観でみると、その答えに一歩近づけると僕は思う。

 彼はあえて妻の容姿に触れなかったのではないか、と。

 何故触れなかったのか。

 後世に残すべき妻の姿は、美しいままであるべきと考えたのかなって僕は思うんだ。

 もちろん真実は分からないよ。

 主観的な感情をいくら想像しても、正解に至る事は決して出来ない。

 でもね、僕はそう思う事にしているんだ。

 そうやって、オルフェウスの小さな優しさを想像するとね。

 夏の大三角が、いつもより少し綺麗に見えるから。


67以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 10:59:38.80VcFikOLj0 (67/70)

X「……」

男「オカルトもね、色々探すとこういう面白い話があるんだよ」

X「……ふ、ふふふ。あははは!」

男「え、なんだよ」

X「夏の大三角が、いつもより少し綺麗に見えるから。キリッ――だってさ!」

男「やめろよ、凄い恥ずかしいだろ」

X「ひーっ! 面白い、面白すぎる。普段怪談ばっかり話してる奴が、なに突然女学生みたいな甘い想像をしているのよ! 駄目だ、お腹痛い。腹筋痛い!」

男「最悪だ……」

X「ねえ! もう一回最初からやって? 夏の大三角って知ってる?ってところから! お願い!」

男「絶対やだ」

『琴座の愛について』


68以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 11:08:36.62VcFikOLj0 (68/70)

夕方、コンビニ

Y「ごめん、一瞬トイレ行ってきていい?」

男「分かった。じゃあ立ち読みしてるな」

Y「おう」

男「――ほお。今月の月間ムーは凄いな」

Y「――ごめん、お待たせ」

男「うん。あ、おい。後ろから人来てるよ」

Y「あ、すいません――サンキュー。ぶつかりそうになったわ」

男「うん――あれ?」

Y「なに?」

男「お前さ、何人でトイレに入った?」

Y「一人に決まってるだろ」

男「今の人な、お前がトイレから出た直ぐ後に、同じトイレから出てきたんだよ」

Y「……嘘だろ。おい、どの人だよ」

男「えっと……あれ? もう居ない」

Y「出口が開く音、してないよな?」

男「うん……」

『トイレ』


69以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 11:40:21.54VcFikOLj0 (69/70)

 子供の頃、家の裏手にあった古い納屋をひどく恐れていた記憶がある。

 開けたら何か居るのではないか。

 そう思った途端、頭の中に居るおぞましい化物達が、納屋の中で象られていった。

 怖い。

 人生で初めて恐怖を感じた瞬間だった。

 それから僕は、徹底的に納屋を避けて過ごした。

 でも、日を追うごとに納屋の化物達は増え、成長していった。

――ある真昼の事だ。

 庭の芝を刈っていた母が、僕にこう言った。

「納屋の中にあるスコップを取ってきて」

 母は直ぐ忙しそうに作業に戻った。とても断れるような状況ではなかった。

 僕は納屋の戸の前に立った。手が震えた。

 その頃には、戸を開けた途端に溢れ出てくる程の化物達を、僕は納屋に押し込んでいたから。

 少し遠くから、母の急かす声が聞こえた。

 僕は、遂に戸を開いた。

 その時に見た光景を、僕は生涯忘れる事はないだろう。

 薄暗く土臭い納屋の中に、大量の化物達が居た。

 数え切れない程の黄色い目が、僕を喰い殺さんと睨みつけていた。

 でもそれはほんの一瞬の出来事で。瞬きをするよりも早く、化物達は霧散した。

 僕の抱えていた恐ろしい想像は、何処までも想像でしかなかったのだ。

 その時、奇妙な感覚が僕の心を包んだ。

 それは失望だった。

 つまり化物を恐れていた僕は、同時に淡い期待を寄せていたのだ。

 僕の頭の中を住処とする、名前のない存在Z達に、有り余る好奇心を満たす程の何かを。

――怪談を聴く時、ホラー映画を観る時。深夜、時計の針の音に不安を覚える時。

 瞼の裏で、そっと古い納屋の戸を幻視する。

 戸裏で蠢く、存在Zに期待する。

『存在Zの原風景』


70以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 11:41:24.41VcFikOLj0 (70/70)

※完結です。ABCD~ときてZで締めました。怪談が好きな方に楽しんで頂ければ幸いです。ありがとうございました。


71以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/30(木) 13:17:35.724AyH53H70 (1/1)

おつー


72以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/31(金) 02:08:30.63lXCejszEo (1/1)

乙です 実話怪談好きだからメッチャ楽しめた


73以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/08/01(土) 18:44:27.33/ABM0qpy0 (1/1)

面白かったー


74以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/08/07(金) 11:10:47.61GKkIJsEKO (1/1)

めちゃくちゃ面白かった
乙乙