700以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/20(月) 15:41:050rzDDx0k (1/1)

乙です


摩耶様が何やらかすのやろか、まさかイージスシステム?


701以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/21(火) 01:26:59l5t5RNwA (1/1)

>しょーもないもの見れると思うわよ。
惨劇の予感……


702以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/24(金) 10:12:49uZR/0WPQ (1/1)

10万円入ったらちょっと上乗せしてクロスバイクかエントリーモデルのロード買えるなぁ……とか思い出した僕を止めてください……


703以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/24(金) 16:25:35rBEivq2Y (1/1)

ageちゃうような人は勝手にすれば良いと思います


704以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/24(金) 19:15:05I6gXLFyw (1/1)

むしろこのスレならばあきつ丸辺りが煽るパターンでありますな


705以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/25(土) 15:08:55Qchepn3g (1/1)

>>702
クロスバイクを買ったところですぐにロードバイクが欲しくなる。

エントリーロードを買うのがいいと思いますよ。


706以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/26(日) 14:30:44L3MOPnDI (1/1)

前スレのログを見返して気付いたのだが、球磨をブラッシングしてる時に「弟がいる」ということになってたけど、>>530では妹が二人で弟いないな?
まぁ提督の実家設定そのものが裏設定に近いモノのようだし、別にあんまり問題無いか


707 ◆gBmENbmfgY2020/04/26(日) 23:25:07tiuIrMIU (1/1)

※今日はコメント返しだけつかれた
 いつも感想ありがとう。そして投下が遅くてごめんよ

>>700-701
惨劇というかしょーもない感じ
重巡には利己心の塊みたいな子が多いのです

>>702-705
あきつ丸「目的次第ではありますが、軽快な乗り心地や運動を目的にするのであればロードバイクの方が良いであります」

あきつ丸「試乗してみてガチで嵌りそうだと確信できたなら、コンポは105からを選んだ方が後々後悔することもありますまい」

あきつ丸「では授業料にその上乗せする十万とやらをこのあきつ丸に……」

>>706
裏設定故、弟も妹もいてもええかなあと。弟君も妹ちゃんも場合に寄っちゃ出番あるよ。
なんでもできる兄に対しての憧れとコンプレックス拗らせた感じの弟と妹な
提督の兄も姉も叔父も父も母も、それこそ爺さん婆さんまである種のギフテッドで常人とは言い難い連中なので


708以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/30(木) 19:03:43L/pRf3pk (1/1)

タバタやってみた
生きてる
ぐぬぬ


709以下、名無しが深夜にお送りします2020/05/19(火) 21:52:5047inAopQ (1/1)

1さんの脚質はなんだろう?


710 ◆gBmENbmfgY2020/05/30(土) 00:30:27iZpg.bhQ (1/1)

※生存報告
 ギリギリ生きてます
 走りたいー、はしれーなーいー
 私はぼっち走行かZwiftばっかりですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか

>>708
ガチで死ぬレベルまで追い込める人は相当高いヴィジュアライゼーション持ってますね
国内ならどんなレースでも勝てちゃうと思いますハイ

>>709
スプリンターを名乗りたいパンチャーだゾ


711以下、名無しが深夜にお送りします2020/05/30(土) 11:16:12QBgktJWk (1/1)

おつ乙
気長に待ってるよー


712以下、名無しが深夜にお送りします2020/06/01(月) 02:02:39jK5rn5Bo (1/1)

>>710パンチャーなんですね ありがとうございます


713以下、名無しが深夜にお送りします2020/06/04(木) 19:21:568cxPT/OI (1/1)

そういや>>1って今までGIANTとかMERIDAのロードバイクを出しとらんよな確か
あんま好きじゃない感じなんかな…TCRとか乗ってそうな艦娘おりそうやけどな…ありきたりなんかな


714 ◆gBmENbmfgY2020/06/04(木) 23:24:10xiRbNqNQ (1/1)

※コメ返し

>>713そこに戦艦と言うでっかい艦娘が大好きな艦娘がおるじゃろ?
 んで桜模様のフレームを出したMERIDAってメーカーが似合いそうな大和型がおるじゃろ?

 大好きですね。GIANTとMERIDAは避けて通れない。
 そのありきたりと言うのは誉め言葉ですぜ
 誰もが知ってる、誰かが乗ってる、だからありきたりと言うのは早計よ
 誰もが乗ってるだけの魅力、乗り続けられる信頼、安価で手に入れられる高品質がある
 どっちもいいメーカーです


715以下、名無しが深夜にお送りします2020/06/10(水) 09:26:36G5DVrC7w (1/1)

むしろジャイメリの価格が普通っていうか、そもそもロードバイク界隈の価格設定がおかしいというか…
最近モーターバイクの方に鞍替えしたけど、思い返してみればロードパーツのぼったくりっぷりに呆れるっての呆れないっての

雑誌とかでもやたら高価格のパーツばっか推すし、こういう風潮は早いとこ撤廃しないと新規参入者なんて永遠に来んわな


716以下、名無しが深夜にお送りします2020/06/11(木) 19:25:58Iu/gO87M (1/1)

>>1
どうも、>>713でち
読み直してみるとゴーヤがスクル10K乗ってたでちね…
早とちりしてすまんかったでち


717 ◆gBmENbmfgY2020/06/16(火) 22:51:45WKnbAkrw (1/2)

>>715
【あきつ丸のー、超辛口アドバイス小話ー】

あきつ丸「シビアな話をすると、価格設定はおかしいと言えば全てがおかしいし、おかしくないと言えば全くおかしくないのであります。何せ『高い安いは、買う人が決める』のであります。どんな世界であろうと、これは同じであります」

あきつ丸「巷で転売ヤーが雨後の筍や春先の変質者のようにあちこち生えては絶えぬ理由がそこであります。主観的にクソだと思うものであろうと、別の人にとってはそれが高価であろうと欲しい人は欲しい、安かろうと欲しくない人は欲しくないのです。それを選ぶ自由がある時点で、ぼったくりではありませんな」

あきつ丸「もちろんロードバイクの原価や諸々かかる諸経費を考えれば、成程、確かに高いのでしょう――ですが『それでも売れる』ならばその値段になるのであります。ドイツのCANYONが掟破りの通販限定という離れ技を決め、業界に一石を投じた事例もありましたが、業界は依然として旧態然としておりましょう?」

あきつ丸「何よりも安い自転車は安いのであります。以前にも解説した気がしますが、自転車のホビーユーザーにとって初心者向けのエントリーモデルも、玄人向けのハイエンドモデルも、タイムに圧倒的な差が出ることはない――1分1秒を争うプロ以外にとって大差ないのであります」

あきつ丸「つまり『趣味』であります。趣味とは見栄と自己満足が絡むもの。こだわりがあってしかるべきであります。只の運動と定義されるのであれば、それこそなんでもよろしい。それにいくらお金をかけるかは、それこそ当人の自由な選択でありましょう? あ、妻子持つ輩は家計を圧迫しない程度というのは大前提でありますが……」

あきつ丸「どんな雑誌をご覧になられたかはわかりませんが、高価格のパーツを推す理由も明記されていたのでは? 納得がいかないのであれば、それでいいのでありますよ。その値段に見合う、見合わないというものを決めるのは、前述したとおりに『買う人が決める』ものあります故」

あきつ丸「ただこれだけは――新規参入の有る無しについてのご意見については、はっきりと『否』と言わせていただきたく。くどいようですが、『買う人は買う』のです。スポーツで新規を確保できないメーカーに明日があるとでも? 国内で下火になったとしても、本場は欧米諸国でありますよ? モーターバイクが好きな人。嫌いな人。ロードバイクが好きな人。嫌いな人。両方乗ってる人(>>1とか)――すべて『趣味』であります」

あきつ丸「ただビッグプーリーだとかセラミックベアリングだとか、プロでも効果を実感できるかわからんレベルで費用対効果が微妙な代物を、口が悪くなりますが、雑誌の編集やら国内レースレベルで実績を上げた程度の人が、さも素晴らしいものであるかのように絶賛するのは片腹大激痛でありますな」

あきつ丸「ぶっちゃけアレこそ趣味の領域であります。どノーマルで十分でありますよ? というか絶対実感できないでありましょう。楕円形チェーンリングのホビーユーザーの使用感レビューなども全く怪しいものでありますなあ、あっはっはっは!!」

提督「…………」←ビッグプーリー、セラミックベアリング、共に換装している。

長良「…………」←提督と同じ装備。提督大好き。絶許。

天龍「…………」←楕円形チェーンリング大好き。提督大好き。絶許。

足柄「…………」←同じく楕円使い。提督大好き。そして餓えた狼。

※この後、あきつ丸はみんなにメチャクチャ粛清されました。


718 ◆gBmENbmfgY2020/06/16(火) 22:58:43WKnbAkrw (2/2)

>>716
いいのでちよ。
>>1も結構ヨーロッパに偏ってるなーと思ってはいたのでち。本場で選択肢が多いでちからね。
でもぶっちゃけ鎮守府内でもジャイアント乗りは結構いるんでちよ。
GIANTならぶっちゃけ前述したとおり、戦艦になりたい駆逐艦の子とか、その姉とか、この作品中では世界最強の艦娘と言われてる属性過多なメガネ戦艦とか。
MERIDAなら大和型の目立つの嫌いな方とか、でち公とか。


マジで忙しいでち……。


719以下、名無しが深夜にお送りします2020/06/17(水) 00:24:10hGrmtY86 (1/1)

乙なのね


へぇ、ビッグプーリーはマジで知らなかった、ちょっと面白いアイテム
楕円形チェーンリングは理屈としては解るけど、ビンディングペダルの存在も加味すると、小細工の印象
セラミックベアリングかぁ、今世紀初めの頃トライボロジーで世界有数の先生が曰く
「鋼球とは真球度が比較にならないからモノになるか怪しい」なんて言われてたから意外

一昨年くらいには様子見扱いだったディスクブレーキの評価は如何?


720以下、名無しが深夜にお送りします2020/06/17(水) 18:26:52B.y9UUKs (1/1)

乙なのです!
こちらもマジカ(粛清されました)も楽しみにしてます


721 ◆B2mIQalgXs2020/07/21(火) 22:07:30aR3mK4xY (1/2)

※リアルの地獄がひと段落しそうなので書き溜め分だけ週末投下(予定)
 信じられないことに軽巡らがローラー台でタバタしてるだけの内容(嘘はついていない)

>>719
 楕円チェーンリングは足柄をはじめ、短距離TTに限って使う子がいたりする好んで使ったりする予定
 ビッグプーリーはメリットデメリットを天秤にかけた時に、乗り手によって評価がおもっくそ分かれる印象ですね
 セラミックベアリングは、うん……セラミックスピードとかはもう廃人域ですが、スギノあたりを使うなら比較的安価で、微かに効果が実感できるような出来ないような、要はプラセボ的なアレ
 ただ寿命の長さはそこそこ実感できてますので、手間考えると案外イイものかもしれません

>>720
 マジカ……? すけべそうな名前ですが、はて、何の話か


722 ◆gBmENbmfgY2020/07/21(火) 22:08:25aR3mK4xY (2/2)

※うお、また酉忘れてました、こっちですこっち


723以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/21(火) 23:38:28fPle2Jvc (1/1)

待ってる


724 ◆gBmENbmfgY2020/07/26(日) 22:54:259zTVXNrU (1/1)

※ごめんちゃい、明日になりそう。案外乱雑に書いててまとめきれなかったです


725以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/27(月) 10:43:57V8asdzDs (1/1)

ええんやで


726 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 21:39:19N0CujLrM (1/17)

>>699続き

雲龍(相対する空母の艦載機だけに注意を払っていられない――摩耶が立つ海に、摩耶は必ず『脅威』として存在する)


 雲龍も――そして今や空母の中でも最上位を争う実力者となった瑞鶴でさえ、思い出すたびに震える記憶がある。雲龍は震える指先を誤魔化すように強く握った。

 ありありと思い返すことができる、あの全身を走る悪寒、氷柱が延髄と差し変わったかのような怖気。

 ここに居たくない、居てはならない、恐ろしいことが起こるという――理屈ではない本能に訴えかけてくる恐怖。

 向けられている感情があった。

 それは憎悪によるものではなかった。

 それは怨恨に根差すものではなかった。

 そこには、殺意すらなかった。

 彼女のそれは、ただの純粋な――。


摩耶『――飛行機が、嫌いなんだ』


 かつて彼女が言った言葉を思い出す。


727以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/27(月) 21:49:03k5mKa02A (1/1)

全裸気を付け!
ロードバイク提督に、かしーらー、なか!


728 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 21:53:01N0CujLrM (2/17)


摩耶『断りなくあたしの上を飛ぶ無遠慮さが。クソの代わりに榴弾やら銃弾やらのクソ未満をひり落としていきやがる躾のなさが、人を見下しやがるあの高さも、何もかもがウザったくてしょうがねえ。

   ゴキブリっているよなあ? あいつらも飛びやがるしクソウゼえが、普段は慎ましやかに目のつかねえところにいる。その分別があるだけ上等だ。

   だがアレはダメだ。絶対にダメだ。文字通りにお高く留まってやがる。何様のつもりだ? あたしを誰だと思っている? あたしは――』

 
 ――航空母艦にとって、摩耶という存在は一つの壁である。

 翔鶴型にとっても、雲龍型にとっても、例え一航戦であっても、演習時に摩耶が相手陣営にいた際には相応の工夫が必要だった。

 そして工夫以上に――彼女を知る必要があった。そうだ。摩耶が常に発しているアレは、もはや理屈の埒外にある――。


提督「揃ってるようだな」


 良く通る声に、思考が寸断される。提督の声だ。

 トレーニングルーム内の艦娘達の視線を集め、その波をくぐりながら、提督はトレーニングルーム内の大型モニター前に立った。


提督「さて……予定通り、軽巡クラスと重巡クラス合わせて42名が参加だな。では一斉にタバタ・プロトコル開始――と言いたいところだが」


 ――来た、と。提督が何かを試みようとしていることを予想し、内心であたりを付けている艦娘達が身構える。


729 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 22:02:46N0CujLrM (3/17)


提督「覚えているよな? 趣向を凝らすと云った事を。

   御覧の通りギャラリー多いし、何よりマシン台数の都合もある――特定の参加者を応援したい子たちもいるだろうし、グループを分けることにした……」


 その言葉を字面通りに受け取る者は、良くも悪くも古参内には多くない。


提督「軽巡・雷巡・練巡。そして重巡・航巡の諸君。大いに喜べ――君たちに楽しい余興を用意している」


 悪巧みの詳細を語る時の目だった。海戦や演習前の作戦会議……提督が作戦立案する場にしばしば同席する艦娘達――参加者で言えば大淀や香取――はとてつもなく嫌な予感を覚えた。

 大淀はおおよその予想がついていた――答え合わせというよりも、もはや間違い探しの時間である。だが提督が先に語った前置きから、己の予想の大筋に間違いはないと踏んだ。

 香取もまた複数のパターンで予想を付けていたが、その中でもひときわ悪辣なものが来ることを悟った。一方で、まるでわかっていない者もいる。


川内「む」


 ――余興。つまり夜戦だ。ははん、提督ってばわかってるなと川内はまるでわかっていない論理を展開し始めた。


730 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 22:12:33N0CujLrM (4/17)


球磨「クマ?」


 ――ひょっとして頑張ったらナデナデしてくれたりするクマ? 球磨が魅力的だからって、人前での御触りは困っちゃうクマぁ……まるでわかっていないのは彼女もである。


提督「ここからの説明は明石が行う」

明石「はい! 皆さん、モニターにご注目です!」


 提督と入れ替わるように明石が艦娘達の前に立つ。彼女が手元の端末を操作すると、背後の大型モニターにいくつかのグラフや記号が表示された。


明石「まず、タバタに参加する軽巡・重巡の皆さんが現在使用している固定ローラー台には、各種計器を取りつけさせていただいています。

   ペダリングパワー、乗り手の体重やギアから計測される速度、そして指先に装着していただく機材からは血中酸素濃度――こうしたデータが各自、私の背後にあるモニターに表示されます! 項目別に!

   20秒間のワーク時の最大・平均心拍数、最大パワー、平均パワー、最大ケイデンス数、平均ケイデンス数などが自動計算されるわけですね!」

大淀(あー……やっぱり)

香取(……ということは)


 二人の予想は的中したが――それは更なる苦痛の到来を意味するものだった。


明石「まあ簡単にいえばですね――タバタ・プロトコルで走破した距離が出る。つまり……順位が出ます!」


731 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 22:49:50N0CujLrM (5/17)


 ――空気がひりついたのは云うまでもないことだった。

 その空気を自分が生み出してることに気付いていないのは、もちろん明石である。


明石「(あ、あれ? なんか反応悪いな……)さ、参加者の方々は、今もローラー台でウォーミングアップしている最中で恐縮ですが、一度に計測するのは『六人』です!

   公平を期すためタバタ開始の1分前から提督が名前を読み上げてくださいますので、軽巡・重巡の皆さんはそのまま引き続きアップを続けてくださいね!」

天龍(……明石、あいつ気づいてないんだろうなァ)

龍田(ああ、読めたわ……ロクでもないことだわ。提督ったら本当に、なんて悪辣な事を思いつくのかしら……効果的では、あるのだけれど)


 ――前日に、戦艦達や一航戦らが予想していたことがズバリ的中していた。


提督「これは独り言だが……ご存知の通り、タバタ・プロトコルには8回のセットがある。大型モニターにも表示されるが、各セットごとの順位が参加者全員のお手元にあるサイコンにも表示されるのだ――まるで区間賞のようだね!」

金剛「Oh…………あーあー、そういうことデースか……これはひどいデース」

比叡「? ????? ? お、お姉さまぁー! 比叡、お恥ずかしながらよくわかりません!」

金剛「いい質問デースネ、比叡。分からないことを分からないと言えるのは美徳デース。

   ――このトレーニングはただのタバタ・プロトコルではないのデース! まずはタバタプロトコルのトレーニング内容と目的と達成条件をおさらいしてみまショーウ!

   霧島ぁー! 説明プリーズ!」


732 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 22:52:53N0CujLrM (6/17)


霧島「はい。それでは僭越ながら説明させていただきます」


 タバタ・プロトコル。HIIT(High Intensity Interval Training)の一つである、全力運動と僅かな休憩を繰り返すトレーニング方法である。

 このトレーニングは20秒の全力運動と10秒の休息。これを1セットとし、8セットで疲労困憊に至る間欠運動で成り立っている。僅か4分間……明確に言えば3分50秒で完結するシンプルなトレーニングだ。

 目的は心肺能力の向上。有酸素運動エネルギー(長距離走)と無酸素運動エネルギー(短距離・中距離走)の両方にも効果が絶大とされている。

 そしてこのトレーニングだが、応用性が高いことが特徴の一つとして挙げられる。

 運動の種類に『指定が無い』のだ。ダッシュ、水泳、バーピー――そしてロードバイクやエアロバイク。


霧島「さて、ここまでがただのタバタ・プロトコルですが――比叡姉様、ここで提督の言葉……ひいては明石さんの説明に違和感を覚えませんでしたか?」

比叡「え? えーと、ええーと…………あれ? これって別にみんなでいっぺんにやればいいし、なんなら別々でも構わないよね? 何よりもモニターに表示する意味ってないよ? ――だって『競争』するわけじゃないんだし」


 ――まさに比叡の抱いたその疑問は核心を突いていた。


霧島「そう。その『競争』というのがミソです」


 ――タバタ・プロトコルは、自身との戦いと呼ばれることがしばしばある。

 そこには『競争』がないのだ。自らを追い込むトレーニングである。誰彼に勝つ必要はない。そもそも『意味』がないのだ。悪趣味とすら言える。だが本来必要がないはずの、その『競争』の概念を取り入れている。


733 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 22:56:49N0CujLrM (7/17)


霧島「まず軽巡・重巡クラスは誰もが並の鍛え方をしておりません。身体も、そして心も。

   この条件下においても間違いなく誰もが『疲労困憊になる』ことはできるでしょう。つまりタバタ・プロトコル自体は成功します。

   ……ですが『出し切れる』のと『ベストを尽くせる』のはまた別の課題なのですよ」


 それを見誤るものは失敗する、と霧島は補足した。


榛名「どういうことです? 榛名もよくわかりませんが……」

霧島「例えばだけれど――仮に比叡姉様の隣で金剛姉様が一緒にスプリントレーニングをするとしましょう。イメージしてみてください、比叡姉様。榛名も自分に置き換えて想像してみて」

比叡「楽しいです!」

榛名「楽しいですね。とっても疲れると思いますが、榛名は大丈夫です!」

霧島「では金剛姉様が『もっともっと速度を出して』と仰ったら?」

比叡「が、頑張ります! 苦しいでしょうけれど! 気合、入れて、行きます!」

榛名「は、榛名は大丈夫です!」

霧島「ですがそんな苦しいところ、金剛姉様は更に速い速度で走っています。それについてこれるよう、もっともっと速度を出すように指示を出されたならば?」

比叡「…………金剛お姉さまはそんなこと言いませんが!! 多分バテバテになっちゃうでしょうけど、しっかり効率考えて走ります! ペダリングとか、フォームとか意識して!」

榛名「榛名も同じです!」


734 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:01:09N0CujLrM (8/17)


霧島「そう、それが問題なんですよ。さて、タバタの話に戻りますが――タバタに効率は必要ですか?」

比叡「え? そんなの、元々必要ない―――ん?」

榛名「………あ!」


 得心いったように、比叡が頷き、榛名も「ああ!」と声を上げた。


比叡「――な、なるほど! そういうことだったんですか!」

金剛「そうデース! 元々自分を追い込めるだけの全力運動すればOKなタバタプロトコル! ペダリングの効率とか関係ナッシング! 乱暴な言い方をすれば『疲労困憊になれる』のならば、そもそもペダルを回す必要だってありません!

   だけど互いのライバルたちのリザルトが嫌でも目に飛び込んできマース! そんな中で一切ハートが揺らぐことなく、いつも通りのペースで自分のベストを出す、そして出し切ることを両立できマースか?」


 ――無理である。どうしたって意識し合う。ましてかつては海の上で戦友として信頼し合うと同時に、ライバルとして切磋琢磨してきた――同じ艦種のメンバーだ。意識しない方がどうかしている。

 特に1セット目だ。最も足がフレッシュで、パワーが漲っている状態で行うセットが1セット目である。

 つまり誤魔化しがきかない。最大最強を曝け出す。そのパワーが誰彼よりも劣っていたら? 精神への動揺を抑えきれるだろうか? それによって始まる2セット目にどんな影響があるか? ただ全力で回すだけのタバタプロトコルで、出し切りつつも上位の成績に食い込めるだけの効率も求められる。

 そもそも両立することは極めて困難である。

 全力を出す、イコール、自身の最速では断じてない。


霧島「故に考えるべきは提督の狙いです」


735 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:04:25N0CujLrM (9/17)


 提督に狙いがあるとすれば何か――その答えの一つに、既に辿り着いている者達がいる。


大和「提督は後々、艦種を問わないチームによるレースの開催も視野に入れておられるのでしょう。そう考えたならば、このギャラリーだらけの公開トレーニングにも意味が見いだせます」

武蔵「だろうな。いい機会だ――よく見ておけよ、浜風、清霜」

浜風「ええ」

清霜「わかりました!」


 つまりこの場は――。


伊勢「――絶好のアピールの場ってわけね。私たちの時は、ちょっとばかり派手にやった方がいいかな」

日向「ふむ……となると解せんことがあるのだが。先日は駆逐艦や空母など参加する者の艦種はまちまちだったぞ。今日になって軽巡・重巡を競わせるのは何故だ? 昨日は何故やらなかった?」

扶桑「駆逐艦と空母には新人の子たちもいたからかしら……それだけではないような気も」


 だが、違う視点から意義を見出している者もいる。


山城「本質を見誤ってない? 姉さまも、伊勢と日向も」


736 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:07:49N0CujLrM (10/17)


山城「まずは8回のスプリントで全力を出し切る。その大前提をクリアしなきゃ。

   それ以外は全て不純よ――まあ尤も」


 軽巡・重巡達の顔を一人一人眺めながら、山城は言う。


山城「……わかってる子は何人かいるみたいだけど、わかってないのもいる。わかってる上で、それを止められない子もいるみたい」


 『ただ出し切る』事を考えるもの。

 『絶対に負けたくない』と思うもの。

 考え方は様々だ。だが見えるものは多くある。


山城「アピールする機会というのは、間違ってないわ。だけど、アピールの方法もね……案外どうにもならないわよ。えげつないわこのトレーニング」


 苦しい時に、人の本質は見えてくる。綺麗なものもあるだろう。汚いものもあるだろう。

 それを見せることを強要するトレーニングだ。だからこそ、山城はそこに一つの真実を見る。


山城「『この人がいれば勝てる』のと……そして『この人を勝たせたい』は、同じようでまるで違うものよ」


737 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:11:50N0CujLrM (11/17)


 そう、最悪なことにこの場はアピールの場にもなりうる。

 『こんなにも早く走れる』『誰彼よりも速い』

 それをアピールすることで『この人のチームで走りたい』と勧誘に走る者はきっと出てくるだろうし、『この人が敵チームに居たら厄介だ』と探りを入れる者も出てくるだろう。


日向「君ならどんな子をチームに?」

山城「愚問ね。私なら……『一緒に勝ちたい』と思える子と走りたいわ。チームであればそれが必要不可欠かつ最低条件……私が一緒に勝ちたいと思うのはもちろん、西村艦隊のみんなとよ」

伊勢「――あら」

日向「ほう」

扶桑「まあ」


 瞠目して山城を見やる三人に対し、山城は眉をひそめた。


山城「なんですか……姉さまも、二人も……じっと見たりして……ああそうか、私が失言したのね……同じ会社の誰かが起こした不始末のせいで、TVの前の『誰よアンタ』って突っ込みたくなる誰かのように頭下げたり号泣会見を開かなきゃいけないんだわ……不幸だわ……あんな無様を晒すなんて、私なら恥ずかしくて死んだ方がマシだもの……」


 今日も山城は被害妄想が酷いが、それ以上に誰かへのディスが惨い艦娘であった。

 なんか何の根拠もなくよくわからん細胞があるとかないとかほざき、学歴に見合わぬ無学さ、見ている側が情けなくなるほどの矮小さ、性根が腐ってるとしか思えない卑劣さを晒した馬鹿をテレビで見た時も。


738 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:14:00N0CujLrM (12/17)


 『むしろやってないやつおるんか必要なことならやってもええんよ?』とツッコミたくなるほど多発する政務活動費の不正利用が発覚し、記者会見で無駄に泣き喚き被害者面を晒した挙句、実刑判決喰らってなお未だ被害者面をやめない元議員を見た時も。

 山城は無慈悲に『死ねば』と思った。

 『粗にして野だが卑ではない』――石田禮助(石田礼介)の言葉がある。

 『外見や言動が雑で粗暴、洗練とは程遠いものであったとしても、考え方に一本筋が通っていて、決して卑しい行いや態度をとらない』という意味だ。

 艦娘として生を受けた後に、山城はある出来事がきっかけでこの言葉を知り、酷く感銘を受けた。気骨ある生涯を貫いたその生き様を尊敬している。どこか、『戦艦・山城』を――史実の自身を運用した西村提督に通じる考えだと、大いに共感していた。

 そんな山城に言わせれば『こいつらは粗でなく野でもないが、賢しいだけで自己保身ばかりを考えている。まるで腐肉をシルクで包んでいるかのよう。悪臭を見た目や香料で誤魔化そうとしても、その醜悪さは隠せない。性根が卑しい哀れな生き物よ』だ。物乞いの方がまだ謙虚に生きているとすら言うだろう。

 自分はそうはなりたくないと思った。だから常日頃から己に言い聞かせている。恥じることをするなと、律し続けている。道理のないことを決して迎合しないという態度は、山城の頑なで意固地な悪徳でもあったが、それ以上の美徳でもあった。

 ネガティヴではあるが、ハートとガッツがある。悲観的ではあるが、諦観はなく、絶望に立ち向かう勇気と覚悟がある。

 不幸を嘆くことはあっても、希望と理想の光を掲げた。艤装の欠陥や無力さに溜息をつくことはあっても、それを言い訳にすることはしなかった。決して卑に流されることを善しとしなかったのだ。

 こんな自分を、旗艦として仰いでくれる駆逐艦がいる。不幸を嘆くことなく、まっすぐに笑顔を向けてくれる航空巡洋艦がいる。


日向「ああ、いや……君が言うと言葉に重みがあるなと。この日向、感服した。うん、恐れ入った。そうだな、確かに君の言う通りだ。私も、一緒に勝ちたいと思える子たちと走りたい。なあ、伊勢?」

伊勢「ええ、私もそう思うよ。山城ったら普段は人生どん詰まりみたいな暗い雰囲気してるけど、流石はニシムラセブンの筆頭よね。扶桑も鼻が高いんじゃない?」

扶桑「あ、あまり揶揄わないで、伊勢」

山城「……姉さまが私のことで鼻を高くしてくれない……ああ、私はきっと卑しいんだわ……卑しくて不幸だわ……」


739 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:17:58N0CujLrM (13/17)


扶桑「ち、違うのよ山城! 姉さま、ちょっと妹が褒められたけど謙虚に受け止めるべきよねって思ったっていうか伊勢が揶揄うからちょっと恥ずかしくなっちゃったって言うかとにかく山城貴女は私の自慢の妹よ!!?」

山城「姉さまに気を遣わせた……死のう……提督との子供を10人ぐらい生んでから死のう……」

伊勢「こんな長期に渡る遠大な自殺計画は初めて聞いたなあ」

日向「今日も山城は愉快だな」

扶桑「貴女には言われたくないわ、日向」


 ――大戦の最中、『ニシムラセブン』と呼ばれた奇跡の艦隊があった。

 スリガオ海峡を抜け、レイテ沖へと突入した少数精鋭部隊。史実においては大敗を喫し、一隻の駆逐艦を除いて海に没した艦隊。

 艦娘としての浮世において、それを覆した。


 ――西村艦隊・旗艦。


 海軍戦艦番付――武蔵・長門に次ぐ、三位。

 最強の航空戦艦。

 『明星』と呼ばれた航空戦艦――それが山城だ。


740 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:22:50N0CujLrM (14/17)


日向「ははは。しかし山城、一つ抜けてるぞ?

   『この人がいれば勝てる』と『この人を勝たせたい』と『一緒に勝ちたい』以外に、少なくとももう一つはあるだろう?」


 ――『この人に勝ちたい』だ。


山城「…………そうね。それを見極めるんでしょ? 今日。ここで」


 視線を前に向ける。絶景かな――最強と呼ばれた艦隊の精鋭たる重巡・軽巡の歴々が居並ぶ壮観がある。


日向「まあ、黙って見ていよう。良き瑞雲はおらぬものかな」

伊勢「あ、このトンチキの言葉はともかく、黙る前に聞きたいことあったんだった。ねえ、山城。興味があるんだけれど――軽巡クラスの中にはいるかしら。貴女が一緒に走りたいなって思う子」


 軽巡クラス、と伊勢はあえて限定した。重巡クラスには最上がいる故にだろう。


山城「まだ走る前でしょ……これから見定める――と言いたいところだけど」


 一呼吸おいて、山城は言う。


741 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:27:40N0CujLrM (15/17)


山城「まあ……期待してる子はいるわ……天龍、ね」


 意外な名前が挙がった――と捉えるものは、誰もいなかった。

 日向に至っては納得、それも当然――と言わんばかりに頷き、しかし疑問はあったのだろう。


日向「……君にとって天龍は、一緒に勝ちたいのか、戦力として欲しいだけか? それとも――勝たせたいのか、勝ちたいのか」


 意地の悪い質問だった。日向も自覚があるのだろう。いつもの柔和な笑みに、少し陰りが見えた。


山城「勝たせたい、というタイプね。ズルい子よあの子は。一生懸命やってるのを隠そうとして、隠しきれていない」


 苦笑しながら山城は言う。その言葉に憐れみはなかった。ただ報われて欲しいという、祈るような願いがある。


日向「……無理もないことだろう――なにせ、あいつは」


 見据えた先に、天龍がいる。

 この重巡・軽巡の中で――『ただ一人』だけ眼帯を付けたままロードバイクに跨る彼女を見つめながら云う。木曾は眼帯を付けていない。

 日向は、真っ直ぐな視線を天龍に注ぎながら、痛ましげに云う。


742 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:30:25N0CujLrM (16/17)



日向「私たちの中で――艦隊でただ一人の、隻眼だ」



 日向がそう呟くと同時、示し合わせたかのように提督が1グループ目の参加艦娘の名を呼ぶ。

 トレーニングが始まる。

 その魁として選ばれたのは。



提督「――天龍」

天龍「おう」


 真っ先に呼ばれた艦娘は期せずして、天龍だった。


743 ◆gBmENbmfgY2020/07/27(月) 23:31:06N0CujLrM (17/17)

※今日はここまでです……明日明後日遅くても週末ごろにはまた見てロードバイク!


744以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/27(月) 23:54:031yaQa1IE (1/1)

乙ー乙ーよくやった!

細かい疑問だけど、>>730
> ペダリングパワー、乗り手の体重やギアから計測される速度
と言っても、スプリントの模擬としては走行抵抗は体重によるタイヤ転がり抵抗よりも風圧抵抗の方が主要素では?
・・・うーむ、ここの明石=サンでは体格とフォームから風圧抵抗を推測計算して
ローラー台の抵抗力を自動補正、みたいな変態技術は、流石にちょっと難しいだろうかねぇ?


745以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/28(火) 11:11:36hvtz2ckE (1/1)

乙ー
無理して死にそうな子が出てきそう...


746以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/28(火) 17:57:26UG78Wpiw (1/1)

>>743スプリント勝負の話にすりかわっててちょっとなにいってるかわからない
身長体重に脚質差もあるから張り合っても意味ないぞっていう引っかけなのでは?


747以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/28(火) 19:51:429vs9riDc (1/1)


指輪の9割を渡している艦種だから順位が気になってしまう


748以下、名無しが深夜にお送りします2020/07/28(火) 20:10:062Jy2WT7s (1/1)

山城の株が上がったり下がったり乱高下
きっと彼女の脚質はパンチャーだ


749 ◆gBmENbmfgY2020/07/29(水) 22:35:185pq7tgU2 (1/1)

※ンンンン週末になりそう……
 感想どうもです。案外人おるやん。

>>744
>>746(>>744のコメントへの言及? ですよね?)
 その疑問は正しい。そして明石の技術なら可能。そのうちVRというかシミュレーションによる仮想現実レースとかやっちゃう子。チートは即BAN。
 でもこのタバタでは空気抵抗についてはひとつも言及していない。
 つまりそれを加味した測定ではない。単純な出力考えたら体重重い子の方が有利になるのだ。FTP換算、そしてギアの大小は別としても同一の機材を用いたという想定時の順位になります。
 結局のところ提督の狙いはそこだったりします。自分を見失えば一番の目的を見失う。でも他人の存在が自らの力をより強く引き出す要素になり得るなら、大いに利用しろという話。

>>745 いるかもですねw

>>747 軽巡は育てやすいですからね

>>748 山城はいい子ですよ。しょっちゅう死にたがっては孕みたがるおちゃめな一面がありますけど。脚質は、まだナイショです。


750 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 21:31:28b8S9Ktis (1/15)


深雪「――――!」


 天龍の名が呼ばれ、真っ先に反応したのは深雪だった。まだタバタプロトコル開始の合図が出ていないにも拘らず、彼女の視線は天龍に釘付けとなった。

 ――あたしは。

 ――深雪様は、どうして強くなろう、なりたいって思ったんだっけ。

 その疑問は一日たった今でも、深雪の心の内側で燻っている。その答えが、天龍を見ていればわかるような――思い出せる気がした。

 次いで駆逐艦たちの多くが沸く。第六駆逐隊の面々は喜色を浮かべて天龍の名を呼んだ。それに呼応するように、多くの駆逐艦が天龍の名前を呼んだ。頑張れ、ファイト、天龍さん出し切って――次々に応援の声が上がり、拍手する者もいる。


初月「っ、と。すごい人気だな、天龍は」

秋月「天龍さんは――『華』のある方ですからね」

初月「はな……?」

照月「見てれば分かるよ。それと――天龍『さん』ね」

初月「あ、ああ」


 初月を見る姉二人の視線には凄みがあった。


751 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 21:43:12b8S9Ktis (2/15)

 声援に片手を上げて応える天龍の左目は、眼帯で覆われている。

 駆逐艦たちの拍手や応援の声、その間隙を縫うように、提督の声が滑り込んだ。


提督「木曾」

木曾「ああ!」


 寸毫ほどの間もなく、覇気に満ちた声で応答するのは木曾。今の彼女の右目に、常日頃から装着されている眼帯はない。

 瞼の上から頬にかけて割断するような傷痕が、うっすらと奔っている。


まるゆ「!! 木曾さん! がんばってください!!」

あきつ丸「ファイトでありますよ! 木曾殿!!」

木曾「ああ、見ててくれ」


 口端を吊り上げて不敵に笑う姿に、まるゆとあきつ丸もまた笑みを深めた。

 こうしたやり取りを経ながら、提督の口から次々に1グループ目のタバタ・プロトコルに参加する艦娘達の名が読み上げられていく。


752 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 21:45:15b8S9Ktis (3/15)


提督「矢矧」

矢矧「ええ!」


 凛然とした声と引き締まった表情で応答する矢矧。


提督「夕張」

夕張「はい!!」


 力強く声を張る夕張――そして。


島風「――おうっ!!」

長波「座ってろ、島風。ステイだ。見学してんだよあたしらは。アホか」

島風「おっ、ぉぅ……」


 長波に首根っこを掴まれて座らされる島風。

 残る参加者は、二人。その二人は――。


753 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 21:50:05b8S9Ktis (4/15)


提督「阿武隈」

阿武隈「はい!」

提督「――北上」

北上「はいな」


 この二人の名が続けて読み上げられた時、部屋の中が一瞬だけ静寂に包まれた。


阿武隈「げ」

北上「にひ」

大井「は?」


 対照的な二人の反応と、隠そうともしない殺意を発し始める大井――これには駆逐艦のみならず、空母や戦艦達の間にもどよめきが走った。


日向「――ほう。あの二人か」


 そんな中で、納得したように薄く笑むのは日向だった。


伊勢「あー、やっぱ気になる? 日向としては」


754 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 21:53:36b8S9Ktis (5/15)


山城「……? 阿武隈と、北上? 日向と接点があったかしら?」

日向「日常生活においてはさほど。だが注目はしていた。特に北上はな」

山城「瑞雲使えない子よ?」

日向「君は私を何だと思ってるんだ?」

山城「瑞雲狂いよ」

日向「な、なんだいきなり……そう当たり前のことを褒めないでくれ。照れる」

山城(ただの気狂いかもしれない)


 本気で照れてるのか少し居心地悪そうに体をくねらせ、しかし満更でもなさそうに笑みを深める日向の姿に、山城はとてもシツレイなことを思った。


日向「いや、何。北上は……いいや、あの二人はな? なんというか――私と同じタイプだからだ」

山城「だから瑞雲は積めない子たちよ? 大丈夫? お薬いる?」
    オ ク ス リ
日向「緑と赤と白の瑞雲なら間に合っている」

山城(手遅れだったわ)


 もはや処置なしかと、匙を投げて無視して開始の合図を待とうと思った山城だったが――。


755以下、名無しが深夜にお送りします2020/08/02(日) 21:56:182rZgVk96 (1/2)

何やろ、事故歴から華麗な転身したクチ?


756 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:02:06b8S9Ktis (6/15)


日向「阿武隈も、北上も、多くの道を選ぶことができる。選択できるだけの贅沢があった。

   阿武隈はいささか遅咲きで、北上は早咲きという違いこそあるものの……二人とも同時にいくつもの道を選びとり、そこで一流と呼ばれるぐらい成長できるほどの才能がある。

   阿武隈は多くを選んだ。全てを半端にせず、苦手の多く得意に変えていった。

   だが、北上が選んだのは一つだけだった。一流ではなく、超一流と呼ばれる存在になることを選んだ。ああいう子は好きだよ」

山城「……へえ(イカレのくせして、見るべきところはしっかり見てるわねこいつ)」

扶桑「――――ああ、言われてみれば確かにそうね。それは北上と貴女にある共通項よ」

日向「まあ、そんな北上の脚質はパンチャー……比較的万能的な脚質で、その一方で阿武隈は登坂の専門家たるクライマー……云いたいことが分かるよな?」

伊勢「ああ、なーる……確かにそう言われると、気になるね」


 どんな走りを見せてくれるのか。

 互いが持っていた主義を捨ててしまったのか。

 その誇りの所在は、今は何処にあるのか。


提督「――1分後に開始だ。10秒前からカウントスタートする」


 提督の言葉に、微かな話し声こそ聞こえるが、観客たる艦娘達の多くが静かになった。


757 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:09:01b8S9Ktis (7/15)


天龍「よう、矢矧も一緒か。オメーとはあんま仕事で一緒になったこたァなかったな。ま、よろしく頼むわ」

矢矧「は、はい! よろしくお願いします!」

木曾「思えば俺たちが一堂に会して、こうして互いの鍛錬を競うなんてこと、年に一度の体力測定ぐらいのものだったな」

夕張「まあ、お互いにあちこちの海で仕事してたわけだし」

北上「そうだねえ。ねえアブもそう思うよね?」

阿武隈「……あたしに話しかけないでください。気が散ります」


 艦娘達の多くが鎮まったからこそ、どこか緩い――そんな会話がはっきりと初月の耳にも届いた。


初月(……? なんだ? 矢矧や阿武隈はともかく、なんだって彼女らはああも緩い雰囲気で話してる?)


 初月は、雲龍の言葉を思い出していた。

 初月は天龍や五十鈴、鬼怒に注目すべきだ、と。

 だが、天龍をはじめ、半数以上が気の抜けた表情をしているように見える。

 そう、思った矢先だった。開始まで残り30秒を切ったあたりで、異変に気付く。


758 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:22:30b8S9Ktis (8/15)


初月「―――――え」


 弛緩していた空気が、一気に緊迫していく。

 張り詰めた鋼糸にがんじがらめにされている心地だった。

 己が冷や汗をかいていることに気付き、改めて軽巡たち六名の表情を見る。


初月「っ、あ、ぁ……?」


 漏れた声が震える。誰も彼もが、見たことのない表情をしていた。命を叩きつけられるような迫力が、総身から放たれている。

 座り込んだまま彼女たちを見ていた初月は、凍えるように抱えた膝を強く擦り合わせた。最後の意地とばかりに、視線だけは天龍を捉える。

 天龍の隻眼は、据わっている。ただ前を向いている。一秒ごとに鋭さを増していった。

 初月は知らない。それが彼女たちが、『敵に値するもの』と会敵した時だけに見せる表情であり――命の危機が迫ったときにのみ見せる、鬼気と呼ばれるものであることを。


初月(理解、でき、ない。これは、トレーニングだぞ? それも、砲撃や雷撃じゃあない。艦娘としての鍛錬じゃあない――ロードバイクだ。なのに、なんで、こんな)


 ここを戦場として認識しているかの如き変貌。

 だが初月にとって理解できないそれは、軽巡にとっては疑問に思うことさえない『当たり前』のことだった。それができないものから死ぬ世界に生きており、その世界を生き抜いた。


759 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:29:59b8S9Ktis (9/15)


 軍人と、アスリートの違いを改めて明文化するのならば、仕事の成果が文字通りの生物的な死に直結するか否かにある。

 しかし、彼女たちは決してスポーツマンを舐めている訳ではなかった。自ら精神を極限状態へ追い込み、肉体のポテンシャルを最大限に発揮するための技術において、スポーツマンはある意味で軍人の遥か上を行く。

 己の名誉、キャリア、積み上げた経験、自負、あらゆるものを力に変えて勝利へと邁進する姿勢は、尊敬に値するものだろう。文字通りのライフワークが、この極限にある。競技の結果に全てを賭けるのが、彼らの生きざまだ。

 我を押し殺すのが軍人ならば。

 我を押し通すのがアスリートなのだ。

 ならば、我を押し殺したままにスポーツに挑んだ軍人は勝利できるのか?


朧(――無理ですね)


 慣れているかのように――事実慣れているのだろう――軽巡たちの変貌を見据えている第七駆逐隊の面々は、各々が過去に思いを馳せた。


朧(タバタはキツいトレーニング。耐えることももちろん大切だと思う。内臓が全部、口から飛び出そうな心地になる。

  けど、問題はそこじゃない。そんなの、あたしは耐えられる。肉体も、精神も、耐えられる。やろうと思えばだけど……だけど……それが海の上か陸の上かで、話が違ってくる)


 だが命懸けが当たり前の軍人の日常において、その当たり前を成り立たせるための前提――――どんな甘ったれでも簡単に燃料にできる死への恐怖や生への渇望を、スポーツの中に見出すことができない。

 ――――だって、死ぬわけじゃない。

 そんな冷めた思いが脳裏をよぎる。それはある意味で強さであり、弱さでもある。


760 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:36:19b8S9Ktis (10/15)


 死を己のものとすることが常態化しているが故に、それを発揮するための燃料をそこに見つけられない。

 故に朧は思う。無理だと。そして曙もまた思う。多くのものに裏切られ続けてきた駆逐艦は、思う。


曙(ここが海の上なら『危機感』がある……だって、本気でやらなきゃ沈む。死んでしまう。その恐怖がある。それに負けない、死にたくない、自分も、仲間も、死なせるもんかって気持ちが、自然と湧き上がってくる。

  だけど、アタシたち艦娘には、多分本能的な安堵がある。言ってみれば安心感……陸の上にいるとそれが顕著になるのよ)


 曙もまた、それを実感していた。決して口にはしないだろうし、問い詰められても認めはしないだろう。

 だが曙もまた、戦時は『それ』を原動力として戦っていた艦娘の一人だ。

 ――失って溜まるもんか、と。

 もう二度と悔しくて泣いたりするもんか、と。


漣(死ぬことがないって分かってしまう安心感。ああ、それはとても素敵な事ですとも。ご主人様と一緒に掴んだ平和です。何て愛しい!

  ――どっこいそいつがなんて皮肉なのか……こういう遊びの場じゃあ敵になっちゃうんだよねえ)

潮(大戦のときは、こんな苦境なんていくらだって耐えられました。百回だろうと二百回だろうと耐えられました。

  でもそれは――――仲間を護るとか、絶対死んじゃだめだとか、勝ちたいよ、負けたくないよ、みんなとまた笑いあいたいよって気持ちが、あったから。

  ああ、てぃーとくが、言ってた通りだ――――あたしの中で、あの時……『まだ生きたい』って、気持ちがあった。あの時は、あたしの中の全てがそう叫んでた)


761 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:42:01b8S9Ktis (11/15)


 目に見えて迫る命の危機があった。

 己の。誰かの。

 それが、ない。

 魂が震えない。本能は叫ばない。

 ならば楽かといえば――――逆である。

 乗り越えるために『必死』を要する壁を登るとする。死ぬ覚悟がないと登り切れない、そんな前提のある壁だ。海戦では、その壁を登り切れなければ死を意味していた。

 だが、今は安全ロープがしっかりと己の身体に巻き付いている。堕ちても死ぬことはない。

 登るのに失敗したとしても死ぬわけではない――――だが『死ぬ覚悟がないと登り切れない』という条件だけが変わっていない。

 そこで必死になれぬということは、何を意味するだろうか?


 決して乗り越えられぬという事。


提督「―――開始まで10……9……8……」


 カウントダウンが始まる。

 その解法のいくつかが、すぐにでもわかるだろう。


762 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:45:47b8S9Ktis (12/15)


提督(わかっただろ? お前たちとは……艦娘とは、軍人とは、真逆なんだ。だが、それは温いって意味じゃない。記録のために『本当に死んでしまうかもしれない』ことを、イカレた理屈でやってのけるのがアスリートだ。

   つまり『馬鹿になれる』んだ。悪い子になれる。どう考えても支離滅裂。だがどれだけか細かろうと、途切れそうなぐらいに頼りなかろうと――そこにたった一筋の道理が通っているのならば。

   アスリートはそれを信じ抜くことができる、言葉通りの『馬鹿げた一念』の強さがある)

提督「――4……3……2……」


 誰もが固唾を飲んで見守った。

 深雪も。

 朝潮も。

 皐月も。

 そして――初月も。


提督「――1」


 軽巡たちが一斉に立ち上がる。

 やるべきことはもう決まっている。

 ただ全力を出す。最初から分かり切っていたことだった。


763 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:55:59b8S9Ktis (13/15)


 ――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ。

 天龍は嘘をつき。

 ――俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている。

 木曾は後悔を思い出し。

 ――何よりも強く。ただ速く。全力で、全開で、全速で――――回す。それだけよ。

 矢矧は覚悟を決め。

 ――私はもう、見失わない。見捨てない。見誤らない。私はただ――私の速さを、疑わない。

 夕張は信念を抱き。

 ――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。

 北上は気負わず。

 ――頭の中が、透き通っていく感じがする。

 阿武隈は征く。


提督「―――――ゼロ」


 かくして、1グループ目のタバタ・プロトコルが開始した。


764 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 22:56:51b8S9Ktis (14/15)

※時間切れである

 次回から怒涛ゾ


765 ◆gBmENbmfgY2020/08/02(日) 23:15:51b8S9Ktis (15/15)


 軽/重雷装/練習 巡洋艦:ロードバイク&脚質まとめ(☆マークは今回出走)

 ☆天龍:SCOTT FOIL PREMIUM オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 龍田:SCOTT FOIL PREMIUM ルーラー(天龍限定)
 球磨:KUOTA KHAN オールラウンダー(スプリンター寄り)
 多摩:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 ☆北上:WILIER ZERO 6 パンチャー
 大井:WILIER ZERO 6 ルーラー(軽巡最強ルーラー。ただし北上フォロー時限定解除)
 ☆木曾:??? オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 長良:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K スプリンター(ピュアスプリンター)
 五十鈴:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 名取:BIANCHI OLTRE XR4 ルーラー(という名のTTスペシャリスト)
 由良:BASSO DIAMANTE SV ルーラー(の皮をかぶったTTスペシャリスト)
 鬼怒:WILIER Cento-10-AIR Red スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 ☆阿武隈:COLNAGO V1-r クライマー(ピュアクライマー)
 ☆夕張:BIANCHI Specialissima CV スプリンター?
 川内:DE ROSA PROTOS オールラウンダー/ダウンヒラー(スプリンター寄り)
 神通:DE ROSA KING XS オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 那珂:DE ROSA SK オールラウンダー(クライマー寄り)
 阿賀野:TIME SCYLON AKTIV スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 能代:TIME RXRS ULTEAM ルーラー(阿賀野限定)
 ☆矢矧::TIME ZXRS TTスペシャリスト/ダウンヒラー
 酒匂:TIME VXRS ULTEAM World Star オールラウンダー(万能型・スプリント能力有り)
 大淀:Cervlo S5 クラシックスペシャリスト(TTスペシャリスト型)
 香取::BMC Teammachine SLR01 TWO パンチャー/ルーラー(どちらでも通用する万能性)
 鹿島:レース用バイク現状不明・脚質不明


766以下、名無しが深夜にお送りします2020/08/02(日) 23:23:562rZgVk96 (2/2)

乙!

やだ、この軍人とアスリートの比較むっちゃ刺さる

長良型のルーラー組がTTスペシャリスト寄りになってるけど、個人的印象では由良=サンはクライマー寄りだと思ってたのでちょっと意外
まぁ、スプリンターやパンチャーよりはTTスペシャリストとクライマーは遠くないし、そこそこ互換性があるのだろうと納得してみる


767以下、名無しが深夜にお送りします2020/10/11(日) 20:19:21pn8bg/nw (1/1)

更新楽しみだなぁ


768 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:28:00kmxiKmOo (1/40)

※おまたせ


769 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:29:04kmxiKmOo (2/40)


 タバタ・プロトコルが始まるその寸前。

 ――天龍は、今日もまた嘘をついた。


 〝――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ〟


 HIIT――高強度インターバルトレーニングにおいての最大の敵は、常に己自身とされる。

 競う相手はいないからだ。目指すべき目標こそあれ、それはタイムや強度といった記録に過ぎない。

 故にこそ倒すべき敵は、己の内側にしかいない。

 そこに提督は『比較対象』を――『競争』の概念を持ち込んだ。

 記録を競う。

 己自身のものだけではなく、他人との記録をだ。


 勝敗を、優劣を定めるためのものではないトレーニング――それでもあえて順位を出すというのならば、そもそも始まる前から勝敗が分かり切っている。


 ――このメンツなら、確実に矢矧が勝つだろう。山岳ステージならカモなんだけどなァ。


 天龍に並ぶ高身長。そしてTTスペシャリストという高出力・高負荷の全力運動に長ける脚質。


770 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:30:03kmxiKmOo (3/40)


 ローラー台という空気抵抗を考える必要がない訓練においては、あの長良や阿賀野にすら迫るかもしれない。


 ――ホント性格悪いぜアイツ。このトレーニングにおいて最悪なのは、てめえのペースを見失うことだ。タチが悪ィのは、この競争はレースみてえにパッと見でわかるもんじゃねえって点だな。


 手元にあるサイコン、これが曲者だ。だから天龍はトレーニングが始まる前の時点で、それを視界に入れないようにした。

 他の艦娘との差が見える。順位として現れる。それによって奮起する者もいるだろう。だが天龍にとっては毒でしかない。


 ――ああ、これがレースなら、劣っているヤツの前にはより速ぇヤツがいるんだろうよ。だがこれはローラー台での記録を出すだけのものだ。


 本来はどれだけの差があるのか、文字通りに『目では見えない』。結果が出るまではわからない。なのに結果が目の前に数値化してしまう。

 それは焦りを生む。それを嫌ったからこそ、天龍は見ないことにした。


 ――見るべきものは、ずっと見えてるよ。


 前述した、軍人とアスリートの違い。

 ここに例外がある。

 命を懸ける必要がないことに、命懸けになれる艦娘がいる。

 できる艦娘がいる。


771 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:31:48kmxiKmOo (4/40)


 ここにいるのだ。


 ――このトレーニングが、できない、なら、オレは―――――死んだ方がましだ。


 その一人が天龍であった。最初から全力で、両足に踏力を注ぎ込む。

 ひたすらにこぎ続ける。ひたすらに力を込めて。

 ただそれだけだ。押し寄せてくる苦しみの中で、ただ一念を想う。

 そう己に言い聞かせ、本気にできる。

 天龍は愚かではない。

 だが『必要とあらば馬鹿になれる』類の艦娘であった。


 ――オレが積んだ経験は、乗り越えてきた訓練は、これまで培ってきた身体は――――まさに、『こういうもの』を捻じ伏せるためだ。


 天龍は、些細な物事を大げさに捉える。男勝りな言動が目立つ彼女だが、石橋を叩いて渡る慎重さが備わっていた。


 ――着任した当時のオレには、なかった。


 物事を認識し、捉えたそれを己が内に秘め、煮詰めて、カサカサの屑になるまで苛め続けるのだ。


772 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:32:51kmxiKmOo (5/40)


 ――忘れられない思い出がある。


 提督との思い出だ。

 あの日に、天龍は己を定めていた。

 思い返すたびに願い、想い、憂い――胸にこみあげてくるほどの激情がある。



……
………


773 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:33:26kmxiKmOo (6/40)


………
……





 天龍は、この鎮守府において初の軽巡洋艦だった。

 雪風と島風、そして初期艦。

 この三名で出撃した正面海域――そこで邂逅した艦娘である。


 ――オレの名は天龍……フフ、怖いか?


 提督との初対面で、彼女は大仰にのたまった。

 完全な悪手であった。何せこの時期の提督は――。


『それで凄んでるつもりならば、笑わせる』


 ――恐ろしかった。


774 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:34:31kmxiKmOo (7/40)


『怖さがない。薄い。温い。飢えがない……つまり敵じゃねえってことだよお嬢さん。何が天龍だトカゲに改名しろクソザコ弱トカゲ』


 ――ぴえっ!?


 小柄な少年としか見ていなかった彼から発せられる、凄まじい覇気。

 これは彼が極めて沸点が低く、最も尖っていた時期であり――天龍にとっては、本来なら思い出したくもない過去だった。余りの怖さに悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった苦い記憶。

 雪風と島風、そして初期艦は苦笑いと共に証言する。あれは、とても酷かったと。


『走るぞ。おまえの体力をまず見る』


 ――えっ。


『外に出ろ』


 ――い、いや……施設の案内とか、鍛錬なら海上での砲撃訓練、とか、は?


『ついてこいクソザコ弱トカゲ』


 ――は、話聞けよ、てめっ―――!? は? なんだこの力、おまっ、ちょ―――すげえちからだ!?


775 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:36:05kmxiKmOo (8/40)


 引きずられるように――事実引きずられていた――訓練場に連れ出されては基礎、基礎、基礎に次ぐ体力トレーニング。

 終わった頃にはもう指一本動かせないぐらい疲弊していた。

 なのに、同じメニューを難なくこなした提督は、数分で呼吸を整えた挙句にこう言った。


『次は座学だ。駆逐艦率いて海に出たけりゃ全部覚えろ』


 またしても引きずられた。もう抵抗する気力も無ければ、指一本動かす力も残っていなかった。

 涼やかささえ感じさせるほど、疲労を感じさせない声だった。天龍にとっては絶句の一言である。

 思えば、この時期の提督は焦っていたのだろう。正しく深海棲艦との勢力差を理解し、艦娘達の未熟さを把握していたからこその焦り。

 それが付け焼刃に過ぎないものであれ、彼は『現実』を踏みしめながらも、『次』へと活かしていけるような鍛錬を、艦娘達に課していた。

 それも思い返せば、という話だ。当時の天龍にとっては地獄でしかなく『なんて鎮守府に着任しちまったんだオレは』と己が不幸を嘆いたこともあった。


 ――だが、それもほんの数日の事だった。


『乗組員――――つまり妖精とコミュニケーションを取れ』


 提督の命令に、粛々と従う。たったの数日ではあるが、逆らってもまるでいいことがない事を体験済みであったし――何よりも。


776 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:38:37kmxiKmOo (9/40)


『――反応速度。そして作業の並列処理。それには必ず限界がある。それを補うためだ』


 提督の指導は、的確だった。そこにはかならず意味があったのだ。

 提督としての最低条件にある『妖精が見えること』。その中でも歴代最高レベルの適正を持つ彼は、いち早く艦娘を強くするための術を理解していた。


 手足のように艤装が動く。

 誘導した敵を撃つために、居て欲しい位置に、駆逐艦たちがいる。


 提督の差配は、神がかっていた。


 その頃には『いけ好かない脳筋チビ』という印象が、『頭が切れる上に艦娘たち一人一人に根気よく向き合う強い少年』という印象に代わっていた。

 何よりもハートがあった。海を平和にするという強い意志を嫌でも感じ取れた。だからこそ、天龍もまた奮起した。

 天龍はすぐに頭角を現した。他の軽巡洋艦が着任しても、いつだって天龍が海のフロントラインに立っていた。

 鎮守府正面海域を突破したのは、天龍率いる水雷戦隊の、輝かしい戦果だった。まだまだ小さな一歩だったけれど、この鎮守府の魁として、その水雷戦隊の旗艦を務めたことは、天龍にとってはたまらなく名誉なことだった。

 この時の天龍の『両目』には、未来への期待に満ちていた。



 これは、天龍の黄金の記憶。


777 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:40:57kmxiKmOo (10/40)


 これは、天龍の黄金の記憶。

 多くの駆逐艦たちから慕われた。教えを請いに来てくれる。

 満ち足りた日々だった―――微かな違和感はあったものの。

 誰にも言えない不安はあったものの。

 そこには、天龍にとって掛け替えのない栄光の日々だった。




 その輝きが陰りを見せたのは、鎮守府発足からわずか一ヶ月――沖ノ島海域を突破した後、すぐのことだった。



……
………


778 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:42:37kmxiKmOo (11/40)


………
……





『――あ、れ?』


 ある日、違和感に気付く。あれは確か、鎮守府正面海域を突破した頃だった。

 最初はただの気のせいだと思った。

 別のある日、違和感は異変となっていて。

 その時もまさかそんな筈はないと思った。


 更に別のある日――認めた頃には、もう駄目だった。


 認めるのが早かったらどうにかなっていたわけではなかったけれど――天龍の左目に、異変が起こっていた。


 ――ある一定以上の距離を置くと、砲撃が当たらない。


 避けられるはずだった攻撃に被弾する。


779 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:44:19kmxiKmOo (12/40)


 目標との距離を見誤る。

 航行中に、舵取りがブレる。

 些細なことから、致命的なことまでが、一気に噴出した。


『う、うそだ、うそだ……おい、妖精ども。どうなってんだよ……おい。何とか言えよ。なあ』


 ――左目が。

 これまで見えていたはずの左目が、見えなくなっていた。

 変調はあった。

 異変はあった。

 だけどある日、シャッターを下ろすように、ばつりと。

 天龍の左目から、光が失われた。


『なん、で』


 見えない。見えない。何も見えない。

 天龍の左目を覆う眼帯は視力補助のための艤装だ。


780 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:44:58kmxiKmOo (13/40)


 彼女の元々低かった視力を強化し、常人と変わらぬ視力を齎した――彼女が着任して一ヶ月の間だけは。

 だが、その補助機能がもう働いていない。その故障を疑い訪れた明石の工廠で、天龍は現実を知った。

 ――明石の診断の結果から言えば。

 涙と鼻水塗れになった明石が語った言葉が、今も忘れられない。


 ――もう、天龍の左目は、二度と光を捉えることはないと。


 地震が起こったのかと思った。床が抜けたのだと、天龍はそう誤認した。

 だって足元が崩れ、膝が折れたのだ。

 だから、転んでいるのは、自分だけだと気付いたのは――。


『なんでだ?』


 どうやって自分の部屋へ戻ったかは分からない。


『どうしてオレだけ……? だ、だって、これから、これから、だって、提督が……みんなが。オレは、水雷戦隊の、旗艦、で、なのに――』


 沖ノ島を――南西諸島防衛線を突破した。いよいよ北方海域に挑むと、誰もが意気込んでいた。


781 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:45:43kmxiKmOo (14/40)


 だけど。


『お、オレにだって、オレにだって……左目、あれば……オレだって、やれるんだ……やれるんだ』


 なのに。


『やれる、のに……なんで、おれ、おれの左目、なんで……みえない……?』


 なんで。


『みえ、ない。みえないよ……見えないよぅ、見えないよぉおお……!!』


 視力の良し悪しは天性のものだ。実績を残し、活躍する多くのアスリートたちに共通するのが、この視力の良さだ。


『なんで、なんでぇ……?』


 海上砲撃戦においては――――艦娘としては語るまでもない。残酷なまでのハンディである。

 己の弱さに嘆いた日を思い出す。

 提督に課されたトレーニングを、黙々とこなしていた日々を思い出す。


782 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:46:40kmxiKmOo (15/40)


 すがるのは『そこ』だった。

 それしかないと思った。


 ――正面海域を突破した頃には、既に天龍は左目に違和感を覚えていた。

 それでも、黙々と訓練をした。提督には、打ち明けなかった。

 だけど、提督が言う――天龍が目に不調を感じた、まさにその日のうちのことだった。


『――天龍。おまえ、左目をどうかしたか』


 心臓が止まるかと思った。動揺が顔に出さないように精一杯で、なんといって誤魔化したかも覚えていない。

 ――視界が、霞む。だけど、言えない。言えるもんか。前線から下げられるなんて、いやだ。

 怖がりながら、訓練した。

 ――無用物にされるのは、いやだ。憐れまれるのは、いやだ……。

 怖くて怖くてたまらなかった。だから訓練をする。

 ――提督に、捨てられるのは、いやだぁ……!!

 なのに、提督が信じ切れなかったから、怖いままだった。目の不調を隠し続けた。


783 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:51:23kmxiKmOo (16/40)


 だけど、もう何も見えなくなってしまった。


(目が見えない艦娘なんて、ただのお荷物だ……オレはきっと、解体される)


 だけど鍛えた。鍛えて、鍛えて、鍛え続けて――虚勢を張った。

 明石には口止めを頼んだ。土下座して訴えた。泣きながら彼女は、それは駄目だと言った。

 彼女を攻めるのはお門違いだ。こんな状態の艦娘が海に出たところでいい的になる――天龍とてそれは承知だった。

 ――何かを叫んで、天龍は鎮守府から飛び出した。鎮守府正門を預かる憲兵の制止すら振り切って。

 いつか提督に連れて行ってもらった外の世界――もう半分しか見えない街へと。


 これは天龍の、錆び付いた記憶。

 いつか泡沫となって消えて欲しいと、夢であってほしいと思った記憶だ。

 己の惨めさに、泣き喚いた記憶。


784 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:53:38kmxiKmOo (17/40)




 夜の街を走る。あてどなく走る。

 提督に鍛えられ、自主訓練だって怠らなかった。だから走れた。いつまでだって走れる気がした。

 だけど、目に見える世界は、やっぱり半分で。


 強くなるんだ。

 ――違う。

 オレが一番強いんだ。

 ――違う。嘘だ。

 本当に強くなれるのだろうかと、そんな疑問を抱き続けながらも、誰に知られることもなく、海に沈んで錆び付き、朽ちていく未来が待っているのではないかと、そんな不安から眠れぬ夜が続いた。

 夢の中で提督が言う。

 ――目が見えない? そうか、じゃあさようならだな天龍……これまでご苦労さん。


(いやだ……いやだ、いやだ!!)


 悪夢を振り払うように走る。走って、走って、走り抜いて――――それでも、不安は消えなかった。


785 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:56:57kmxiKmOo (18/40)


 夜通し外を走り回って、空が白み始めた頃――気づけば天龍は、鎮守府へ戻ってきていた。

 全身に疲労がまとわりついている。喉はカラカラで、もう汗の一滴も出てこない。

 だけど倒れることさえできなかった。こんなにも鍛えてもらったのに、この強さをもう発揮できないのだ。


『――なあ、提督。オレ、どうすれば、いいんだ……?』


 独白ではない――鎮守府の入り口には、提督が立っていた。

 どれだけそうしていたのだろう。季節はまだ春の終わりとはいえ、夜通し立ち続けていたのかもしれない。

 提督は答えなかった。

 ただ、その口から紡がれる言葉はあった。


『――天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、先天的に左目に障害を抱えている』

『…………』


 天龍は、驚かなかった。

 来るべき時が来た、と。そう認識した。


786 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 22:58:23kmxiKmOo (19/40)


『他の鎮守府からも多く報告が上がっている。それらを統合して大本営が出した結論はこうだ。

 〝工廠での建造、海上での邂逅を問わず、天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、多くが最初から左目の視力を失っている個体と、左目の視力が著しく低い個体に分かれる。極稀に正常な視力を備えている者もいる〟

 だがその結末は同じだった――報告に上がっている限りでは、長くとも1か月以内に左目の不調を覚え、程なくして視力を失う……と』


 ――ああ、そうなのか。他人事みたいにそう思った。

 もう自分の運命はそこに収束されている――そう思って、もう膝を着いてしまおうと思った時、その言葉が耳朶を打った。


『本当らしいな――この報告を受けたのは二週間ほど前だが』

『…………え』


 ――知っていたならば、どうして。

 それは怒りではなかった。

 当惑があった。

 知っていたのだったら、どうして。

 ――どうして、オレを前線に出した?

 捨て駒か? いや、違う。


787 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:02:34kmxiKmOo (20/40)


 ――だったらどうして、オレを強くしてくれた?


『時間がかかってすまんな。片目のハンデをどう埋めるか、資料をまとめてた』


 その言葉が、嘘にしか聞こえなかった。

 だから枯れた喉を酷使して、提督を詰った。

 嘘だ、嘘つき、そんな希望を持たせるな――オレがどんな思いで過ごしてきたか、何も知らないくせに。


『ああ、知らねえ』


 ――そうだ、知るわけがない。提督は何度も天龍に目に不調はないかと聞いていた。

 ――嘘つきは、オレのほうだ。

 だけど、もう止められなかった。提督を責める言葉が、次から次へと湧き上がっては溢れ出す。

 そんな甘い言葉言ったって、どうせ役立たずになったオレを解体するんだろう、と。


『…………? ――片目が無くなったから、諦めるのか?』


 至極当然のように言ってのけるこの少年は、心底不思議そうな顔で首を傾げた。


788 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:04:39kmxiKmOo (21/40)


 頭に血が昇った――その顔を殴りつけてやろうと掴みかかろうとして――。

 ――?

 提督が、目を瞑っていることに気付く。

 甘んじて受け入れようという態度だろうかと思った。だがそれは違っていて――。


『……右手を俺の左肩へ向かって伸ばしている』

『!?』


 まさに提督の左肩を掴もうとしていた右手が、驚きに止まる。

 だが、それも一瞬のことだ。薄目を空けてみているに違いない。馬鹿にしている。

 だが、次いで提督は天龍に背を向けた。


『おい、トカゲ。なんかポーズとってみ?』

『え?』

『ポーズだ――やれ』

『あ、ああ』


789 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:11:26kmxiKmOo (22/40)


 もう慣れ親しんだ命令口調に、染みついた習性のように、言われたとおりにポーズをとってしまった。

 驚いたのは、そこからだった。


『――右足を上げて、左手の親指と人差し指で輪を作っているな』

『……!!』


 的中された。まさかと思う。どこかで誰かが見ていて、提督に伝えているのかと思ったが――彼はイヤホンの類を耳につけていない。

 また別のポーズをとる。


『右手はグーか。そんで今度は右足を後ろに下げて、重心を深く取っている。ヨーイドンの姿勢だな――違いがあるとすれば、後ろ手に隠した左手はチョキを模ってるってところか』

『!?』

 提督には――見えている。天龍にとっても、仮にどこからか覗き見している人間がいたとしても、そこまではわからない筈だった。

 なのに、何故提督はわかる?


『天龍』


 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。


790 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:16:07kmxiKmOo (23/40)


 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。

 ――恐らくは二人きりの状況においては初めて、彼は彼女を天龍と呼んだ。


『俺は、諦めたくないと叫ぶことができる奴には、いくらだって力を貸す。相応の代金は頂くけれどな』


 そう言って、微笑んだ。天龍が見たことのない笑顔だった。

 何故か、涙が零れた。

 もう、彼を疑えなかった。いつだって彼は、天龍に話しかけるときに、その目を見るのだ。

 たった一つしかない目を、彼の両目が見据えている。


 ――オレは、解体されないのか?


『しねえよバカ。するかよ阿呆。俺が手塩にかけて育てた『大事なお前』を、なんだって俺が解体せにゃならん?』


 また一つ、涙がこぼれた。役立たずになった左目でも、涙は出てくるんだと思った。

 鼻がツンとした。


 ――それで、代金は?


791 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:19:19kmxiKmOo (24/40)


 先ほどの話だ。提督は何かを望んだ。その何かがなんであれ、天龍は縋りたいと思った。

 例え彼が望むのが、自分の体であったとしてもだ。

 だけど。次に紡がれた彼の言葉で、そんな己の邪推が、酷く薄汚れたものだと理解してしまった。


『俺が望むものはいつだって――勝利だ。高えぞ、かはは』



 とうとう、天龍は泣き喚いた。泣き喚きながら、しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。


『で、でい、どぐ……すで、ないで』

『だから捨てねえよ』

『いやだ、やだ、ずっど、ごごに、いだい……』

『いりゃあいいさ』

『あ、あ、あ……』


 だって、天龍はまだ、返答していなかったからだ。

 提督の問いに。


792 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:22:26kmxiKmOo (25/40)





『あぎらめだぐ、ない……!! オレ、まだ、戦いだい、よぉ……』


 膝を着いた。すがるように、少年の域を出ない彼の膝に抱き着いた。

 ――無要物になるのは嫌だ。

 ――捨てられるのは嫌だ。

 ――あんたのところにいたいんだ。

 ――オレはもっと、戦えるんだ。

 この少年の――この男の元で働きたいんだ。

 泣きじゃくりながら、何度も何度もそう訴えた。

 訴える度、提督は「うん」とか「ああ」とか、優しい声を響かせながら、天龍の背中を撫でてくれた。

 その願いは、彼が先ほど言った通り――。


『おうよ――そんじゃあ代金は後払いでいいぜ。まずは風呂入って飯食って寝ろ! 起きたら特訓するぞ、特訓!!』


 快活に笑う彼は、天龍にとってまるで太陽のようだった。


793 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:23:13kmxiKmOo (26/40)


 ――忘れられない思い出がある。

 これから何年、何十年と時が過ぎようと。

 例え果てのない地獄の坩堝に身を堕とそうと。

 決して忘れられない、忘れてはならない思い出が――ここから始まった。


 ――北方海域への進撃は、とある事件によって一時的に中断される。

 ここからおよそ半年――戦いのない日々が訪れた。


 そんな日もまた、朝から走っていた。

 並走する影がある。


 提督だ。


『な、んっ、でっ……!!』

『あぁん? 質問か? 走り終わってからにしろや――天龍』


 疑問は山ほどあった。思わず疑問の呻きだけが出た。


794 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:24:28kmxiKmOo (27/40)

 視力についての問題解決しようというのに、どうしてまた走り込みから始まるんだよとか。

 前々から思ってたがなんで艦娘の全力ダッシュ20本に余裕でついて来てんだよテメエとか。

 それ以前に――どうして提督が一緒になってくれているのかとか。


『おまえの視力の問題を解決するには、高い集中力を必要とする。その下地を作ってるわけだな。なぁに、すぐ身につくよ?

 ――……ちょっと頭おかしくなるぐらいドギツいけど身につくよ……身につけるまでやるからそら身につくわ……かはは。

 だからまずは走り込みだ。頭使うと妙に疲れる経験ってないか? 集中してる時ほど顕著だ。そして集中は疲れてる時、心が弱った時ほど底をつきやすい。

 では集中力を正しく身に付けるにはどうすればいいと思う? 集中力の持続力、回復力を減らすには?

 そう――まずは体力付けるんだよ。座学で教えることもあるけど、当面はダッシュな。こういう走り込みは基本中の基本だ。おまえには基本マスターになってもらう。

 俺が一緒に走るのは俺のトレーニングがてらだ。余裕でついていけるのは俺が提督だからだ。提督とは俺のことであり、俺が提督だ。最強とは俺のためにある言葉だと理解しろ』

(心を! ナチュラルに! 読みつつ! 煽んなや! テメエ!!)
 

 後にこの走り込みにも意味があったことを、天龍は知る。片目での運動に慣れるためだった。

 提督のトレーニングへの知識は、その道の専門家もかくやとばかりに深く、そして分かりやすいものだった。

 提督が作った【ビジョントレーニング】――視覚機能を高めるためのトレーニングは、尋常のものではない。

 各スポーツ界のアスリートたち、彼らが専門とする競技によってトレーニング内容が変わるように、それは艦娘である天龍専用と言っても過言ではないほど綿密に調整されている。


795 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:28:32kmxiKmOo (28/40)


 資料を読み進める度、ページをめくる天龍の指先が震えた。

 ――これなら。

 ――これなら。

 ――これならば! と。

 まずはダブルボールリフトトレーニング……両手を左右に限界まで広げ、両手に持ったボールを同時に上へ向かって投げ、左右の手で同時にキャッチするトレーニングから始まった。

 最初は困難を極めた。左目が見えない。左手側のボールを掴むことができない。


『かはははは――馬鹿め。なんで艤装つけて海の上でやらせてると思ってんだ。馬鹿め。艤装補助を活用しろ。天龍という艦の乗組員たる妖精たちとの視界をリンクさせろ。馬鹿め。

 コツが掴めないようなら、後で龍驤にアドバイスを貰え。話は通してあるから後でいけ。それと大事なことを言い忘れたが天龍―――このヴァカめ』


 十秒に一回は馬鹿めの罵声が飛んだ。背後で佇む高雄――当時は秘書艦――は何故か提督が馬鹿めという度に嬉しそうな顔をした。ありゃきっとすけべだと天龍は確信した。概ねその通りだった。

 絶対にできる、という確信に満ちた声での罵倒は、不思議と辛い思いをするどころか、鬱屈とした気分すら忘れさせられた。先日、提督が目を瞑り背を向けたまま天龍がどんなポーズをとっているかを当てたのは、何のことはない――提督の周囲にわらわらいる妖精や、天龍に纏わりついている妖精たちが、それを教えただけのことだった。

 だが――自らの周りに侍る妖精たちはおろか、他の艦娘についている妖精にまで指示を出し、意識を共有し、情報を交換するなど、当時の天龍にとっては有り得ないことだった。

 この頃、妖精たちの活用方法についての第一人者は、鳳翔であった。

 『鳳翔』という軽空母の乗組員――妖精たちを用いることで何ができるのか、何ができないのか。それを誰よりもよく知っている。

 提督や鳳翔のアドバイスを元にやってみたそれは、劇的なまでに天龍の周辺視野を大きく広げた。最初から、提督の妖精と会話しろという命令には、意味があったのだ。


796 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:32:32kmxiKmOo (29/40)


 今となっては走りながらでもダブルボールリフトトレーニングができる。そしてこのトレーニングと並行して、別のトレーニングも課された。一つや二つではない。


『よし、尻尾を切り離す暇もなく轢き潰されたトカゲみたいになってる天龍型トカゲ――そのまま聞け。動体視力について、だ。

 まず先日の座学のおさらいだ。動体視力には二種類ある。DVA動体視力と、KVA動体視力だ』


 DVA動体視力――横方向または上下方向に動くものを見る動体視力。メジャーどころで言えばサッカーやバスケットボールだ。他の選手の動きを見ながら縦横無尽に動くボールを捉えるための視力。

 KVA動体視力――遠方から手前に向かって迫ってくる物質を、外眼筋を使わずに捉える動体視力。飛んでくるボールや自動車・バイク、そして自転車の運転時に用いられるものだ。


『そして静止視力。これも鍛えろ』


 次々と与えられる課題を、黙々とこなす。

 もう提督のことを疑わなかった。何一つ疑う余地はなかった。

 だって、この人は目を見てくれるのだ。

 天龍の目を。


『見るというのはこういうことだ――お前の睫毛の数が何本か、教えてやろうか?』


 日に日に、違和感が違和感でなくなっていく。片目であることを受け入れて、それでも残っていた違和感が消えていく。


797 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:33:06kmxiKmOo (30/40)


 距離感が掴める。

 己の死角を、妖精たちが知らせてくれる。

 フィジカルな側面が物を言う戦闘において、戦略戦術戦法を除く、個に求められる能力とは、筋力―――――とは少し違う。

 目の良さ。

 視力の強化。

 視力には一口で言っても様々な種類がある。

 跳飛性、瞬間視、追従性――――ひたすらに眼を鍛えた。


『俺が人類でもまれに見る天才でよかったな。おまえって世界で一番運のいい天龍だぞ』


 そんな冗談みたいなことを本気で言う少年に、天龍も笑い返す。笑える余裕が、できていた。


『死角を無くせ。素の右目の視力も強化していくぞ。トレーニングのやり方はな――』


 訓練の時は真剣そのものだった。天龍が分からないところを徹底的に、わかるまで教えてくれる。

 彼にも、彼の仕事があるはずなのに――そう思ったのは、訓練が始まってから一月経ってからのこと。


798 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:37:43kmxiKmOo (31/40)


 大本営からお達しが来た。

 ――忘れられない思い出がある。

 これは、耐えがたい屈辱と、深淵よりも深く天よりも高い崇拝と、湧き上がる情熱の記憶だ。

 大本営からのお達しは、以下の通りだった。


 ――そんな砲撃の当たらない艦娘に時間と資材を割くのはやめ、後方任務に当たらせろ。


 ああ、そうだった。急に、現実に引き戻されるような思いがした。

 天龍はその場に同席していた。モニター越しの指示だ。提督よりも階級の高い海軍のお偉いどころが揃っている。

 解体しろ、とまで言わない当たりは温情なのだろう。この鎮守府の天龍――つまりオレは多大な戦果を挙げている。

 後方勤務ならできるだろうから、そこに従事させてはどうかという、大本営からすれば、まさに温情そのものであった。

 だが――提督は言う。 


 ――僅かばかりの猶予と機会を。こいつには才能が有ります。

 ――お疑いであればこそ、なにとぞ機会を――演習の結果にて結果を出します。

 ――今後の、海軍全体における天龍についての可能性を、必ずや示してみせます。


799 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:38:22kmxiKmOo (32/40)


 提督が嘘をついた。天龍は察した。才能が有る、と言った。

 ――嘘だ。

 天龍は今でもそう思っている。アレは間違いなく嘘だったと、そう思っている。

 この言葉が、今でも天龍の心を救うと同時に傷つけてもいた。

 だが否定できない。提督は海軍全体の天龍、といった。つまり天龍たるオレが成果を上げれば、他の鎮守府の天龍達の扱いも良くなるということで。


 ――提督は、そんなところまで考えていた。

 会議が終わった。暗くなったモニター群を前に、うつむいたまま黙ってしまうオレに、提督は言う。


『ぁあん? なんだショボくれた顔しやがって――俺は嘘をついた覚えはねえよ』


 提督に問い詰めた時、彼は真剣な表情で言った。加えてこうも言った。

 だがふっと表情を緩ませて、悪戯がバレた子供のようなばつの悪そうな顔で、言ったのだ。


 ――でもまあ、嘘つきでもいいか。


 天龍にとって、その言葉は今でも重い。どうしようもなく重いのだ。


800 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:39:02kmxiKmOo (33/40)


 はじめて、自分の名前を呼んでくれたひと。

 最初は若い上にチビなくせしてなんておっかない奴なんだと、苦手に思った。

 挑発に乗せられ、なにくそと努力を続けた。多くの敵を倒し、鎮守府では後任の軽巡洋艦や駆逐艦たちの訓練を見てやる日々――とても忙しかったが、楽しかった。うまく使われてるような気分で少しだけ腹が立ったけれど、頼られていると思った。

 ――嬉しかった。

 気が付けば、もう気安く互いを呼び合う仲になっていた。歯に衣着せずに本音をぶつけ合うことができるようになっていた。心地良い男だと、理解していた。

 だけど、目が見えなくなって。未来が途絶えたような絶望に満ちた畔に迷い込んだ天龍に、手を差し伸べてくれた。

 ――嬉しかったんだよ、提督。

 そんな彼が、嘘をつこうとしている。

 嘘をつかれることが、悲しかったのではない。


 ――悔しかった。


 ――くやしかったんだよ、提督……すごく、くやしかったんだ。おまえが、おまえがバカにされるのが、くやしかった。


 ――オレの提督はすごいんだ。天才なんだ。かっこいいんだ。

 ――そんなひとが、オレのためなんかに頭下げている。


801 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:39:47kmxiKmOo (34/40)


 ――忘れられない思い出がある。

 これは憤怒の記憶だ。


 今まさに提督を嘘つきにしようとする自分の弱さが、何よりも憎かった。

 最強を謳った。

 自分が一番強いんだと、何も知らなかったくせに。

 結果が偶然ついてきただけなのに、そうやって吹き続けた。

 無知な自分の言葉を真剣に受け止めてくれたのは、提督で。

 その言葉は、天龍自身が信じていないものなのに。


(オレは……オレ、は)


 ――何をやっていた? 何を思った?

 それでも、まだ怖かった。

 こんなに信じて貰っているのに。自分では諦めている己の価値を、こんなにも大切に思ってくれているのに。

 心が怖じている。


802 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:40:29kmxiKmOo (35/40)


 心が怖じている。

 この期待に応えられなかったらどうしよう。

 頑張っても頑張っても、それでも右目まで見えなくなってしまったらどうしよう。

 この人に失望されてしまったらどうしよう。


『お、オレ、オレ、は―――』


 嘘をついていたんだ、と。

 本当は一番強くなんてないんだ、と。

 喉元までせり上がってきたその言葉を、ギリギリで飲み込んだ。

 言えなかった。

 言える筈がなかった。

 だって、それを認めてしまったら。


 ――提督を、嘘つきにしてしまうじゃないか。


 血がにじむほどに唇を噛んで、出かかった言葉をギリギリで嚥下した。


803 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:41:26kmxiKmOo (36/40)




 心に火が灯る。

 天龍の始まりはここだった。


『おわる、もんか……』


 ――忘れられない思い出がある。

 誓約の記憶だ。


『おわって、たまるか』


 もう未来を思い悩むのはやめた。それよりも怖いことがあった。

 『提督を、嘘つきにしたくない』。


 ――そいつを本当にしちまおうぜ。完全犯罪ってヤツだな。


『オレは最強だ』


804 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:42:05kmxiKmOo (37/40)


 いつしか、天龍は、再びそう嘯くようになった。

 天龍の目は、燕を捉えた。

 それはやがて、雄大な空を行く艦載機を捉えた。

 そしてついに砲弾をも。

 死角からの砲撃すら感知し、捕らえ、それを野太刀で切り払うことすら可能とした。

 張り詰めた糸のように、常に意識を研ぎ澄ませた。肌に感じる風の温度、湿度、感触の変化を如実に察した。

 それでも察知できないところは、頼もしい乗組員たちが――妖精たちが補ってくれた。

 提督が呟いたことを、天龍は知らない。もしも天龍の両目が揃っていたならば、島風並みの動体視力と、雪風並の観察力を両立していただろうと。

 意味のないことだ。

 いずれ龍へと至るまで。


『オレは最強なんだ』


 そう嘯き続けた。

 天龍は、己の意地を貫き続けた。

 たとえそれが、短い栄光であったとしても、彼女はそこに立っていた。


805 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:44:14kmxiKmOo (38/40)


 ・ ・  ・  ・ ・
 一年、否、半年程度ではあったが――確かに彼女は『そこ』にいたのだ。


『最強でなくちゃ――いけないんだ』


 最強の誉れを体現する、水雷戦隊の長として。

 弱みなんて、見せられなかった。

 鎮守府が興って、一年余り。

 それ以降の時期に着任した艦娘の誰もが知っている。

 『最強の軽巡洋艦は誰か?』

 単騎ならば長良であり、水雷戦隊を率いさせれば神通が最強だと、誰もが言うだろう。

 だがこうも言うだろう――今は、と。

 最古参の駆逐艦たちは、言うだろう。

 その当時において単騎でも、誰かを率いても――最強の代名詞は二水戦旗艦であり。

 そしてその二水戦旗艦を張っていた――即ち、彼女こそが。

 最強を謳い、最強として謳われた古き鋼、始まりの軽巡洋艦。


806 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:45:39kmxiKmOo (39/40)


 現・軽巡ランキング最下位。

 だが、『元』一位。

 この鎮守府外においてはどこの鎮守府においても最強を名乗ることに不足はない。


『ったりまえだろ――オレが一番、強えんだからよ』


 初代・二水戦旗艦。

 『最強最古』の軽巡洋艦――天龍。



……
………


807 ◆gBmENbmfgY2020/10/25(日) 23:46:34kmxiKmOo (40/40)

※今日はここまで

 ちゃんと1スレ目で「ぼくのかんがえたさいきょーのてんりゅーちゃん」の伏線を回収できた

 次はいつになることやら……


808以下、名無しが深夜にお送りします2020/10/26(月) 18:10:08Z1c1qrXs (1/1)

乙!


最下位か、この天龍ちゃんだと案外夕張にも勝てそうに見える不具合


809以下、名無しが深夜にお送りします2020/10/27(火) 01:47:25lipwQzC. (1/1)

待ってた
乙です


810 ◆gBmENbmfgY2020/10/28(水) 22:40:05EoUW8mGU (1/1)

※番外編がすっごい量書き貯まってるので、
 そのうち本編と別スレでレースとかうんちくとかヨタ話書こうと思います
 このままじゃいつまで経ってもレースできない🤤


811以下、名無しが深夜にお送りします2020/10/29(木) 09:16:42nO41iVVc (1/1)

楽しみ


812 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:08:03Ee3fDlXc (1/28)


………
……



 ――速いはず。


 ペダルに渾身の踏力をかけ続け、1セット目の20秒を乗り切った六名の中――矢矧は愕然としていた。


 ――私が、この中では一番速いはずだ……!


 自転車乗りとしてのスキル、レベル、アビリティに大差はない。されど身体能力という一点において、矢矧はこの中では群を抜いている。


 ――されど、機器が算出した1セット目の総合順位は、矢矧の四位を示していた。

 それも三位から六位まで大差ない。

 一位と二位、その『片方』は矢矧にとってあまりにも想定外の者の名があった。

 天龍ならばわかる。スプリントもこなす、速筋重視型のオールラウンダーの脚質である彼女は、おそらく矢矧の次に来るものだと思っていたからだ。

 だが、一位は――。


813 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:13:59Ee3fDlXc (2/28)


「木、曾……!!」

「は、はぁっ――先輩をつけろよ、この落ち武者野郎、が……はーっ、はっ、はっ……」


 息も絶え絶えに、耳ざとく矢矧のつぶやき声を聞いていた木曾が笑う。

 二位が天龍、次いで夕張、そしてようやく矢矧が来て、その矢矧とほとんど横並びで北上と阿武隈が続く。

 矢矧にとって、ありえない事態だった。

 乱れた呼吸を整えながら、働きが鈍る赤熱した頭の中で必死に考える。


(私は、出し切っていた! 人を見ず、自らと戦い抜いた! 私のベストを出し切った――それは数値が証明している。なのに、何故……!?)


 その疑問は無意味なことだ。心が揺れる。ベストを出すために無我の境地でペダルを回していた精神に罅が入った。

 囚われることなく全力を出し切ることがこのトレーニングの達成方法であることを、矢矧は理解している。

 自覚してなお、疑問はやまぬ。心に泡沫のように次々と浮かび上がる何故、何故、何故。

 その様子を――矢矧の内心の動揺を、提督はたやすく見て取っていた。


(いるんだよ、矢矧。そういうヤツもいるんだ。自分と戦うより、他人と戦う時のほうが強いやつは。もちろん生きてく上ではどっちも必要なことだ。どっちが重要かといえばどっちも重要で、優劣は付けられん。が――)


814 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:15:58Ee3fDlXc (3/28)


 提督は木曾をちらりと見やりながら、


(前者の意味で間違いなく強いのは――――)


 間違いなく、木曾だと。

 レストタイムも間もなく終わる。

 木曾の心には、一つの憧れがある。

 そして一つの後悔も。


(俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている)


 天龍の背を、追う者達がいた。

 天龍の後輩にあたる軽巡洋艦達がそうだった。

 それも既に通り過ぎた背中――されど、未だその背を自身の前にあるものとして認識する軽巡洋艦は少なからず存在する。

 木曾もその一人だった。


(ああ、そうだ。俺は自分が恥ずかしかった。自分という存在が、情けなくて、みじめで、消えてしまいたいと思ったこともあった)


815 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:34:06Ee3fDlXc (4/28)


 かつて、木曾もまた視力にハンデを抱えていた。

 右目の視力が、著しく低い。失明にこそ至らなかったものの、常に眼帯型の視力補助が必要だった。

 だが、木曾はそれよりも嘆くことがあった。


(俺は、どうも、目だけじゃない。言わば心の視野ってやつが、狭かった。狭量で、ちっちぇえヤツだった)


 今では想像もできないほど、着任して間もないころの木曾は、弱かった。

 性能ではない。戦闘能力という意味でもない。

 その心が、弱かった。

 ――左右の違いはあれど、俺と同じように眼帯をつけた艦娘がいる。

 ごく当たり前のように、木曾は天龍にライバル心を抱いた。沖ノ島攻略からおよそ二ヶ月後――その頃からずっと、木曾は天龍に幾度となく演習を申し込んだ。

 海の上ではもちろん、いわゆる道場稽古――銃剣や剣道、時には木刀を用いたより実践に近いなんでもありの形式でも、様々な形で挑み――そして負けた。


『な、なんで……勝てねえ、んだ』


 もう何度目になるだろう。剣道の試合での敗北の後、道場で一人ぽつりと無念をつぶやく。

 天龍にとっては死角となるだろう左からの剣戟――確実に入ったと思った一撃は、視線一つ向けずに竹刀を操る天龍に弾かれ、そのまま返しの面を受けて一本。


816 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:35:41Ee3fDlXc (5/28)


 理解ができなかった。理解が及ばなかった。

 だから、木曾はこう思った。

 愚かにも――天龍はきっと、俺とは違う高性能な視覚補助艤装をつけているんだろう、などと。

 天龍はたびたび明石の工廠へ赴いていることは知っていた。だから工廠へ消えていく天龍の後姿を見たとき、魔が差したのだ。

 現場を押さえて、俺にもその艤装を施してもらおう、などと――。

 工廠の裏口からこっそりと忍び込み、何やら話し込んでいる二人の会話を、電探の精度を上げて盗み聞く。


 ――そして、木曾は真実を知った。


 天龍の左目が、もう光を捉えていないことを。

 それが二ヶ月も前に、失われてしまったことを。


(天龍は、誰も、誰にも、言わなかったのか……?)


 木曾が何よりも失望したのは、それを悲嘆するばかりで、腐っていた己自身にだ。

 木曾の右目の視力は、左目と比して確かに低い。だが、見えないわけではなかった。

 幸いにして木曾の利き目は左目であったし、照準を合わせることも、視認することも問題なかった。視野角そのものについても偽装補助が働いている限りは全く問題なく、明確な死角が生まれるほどではなかった。


817 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:37:02Ee3fDlXc (6/28)


 一見眼帯で視界を塞がれているように見えるが、常人と大差ないかそれ以上の視力を備えている。眼帯は傷を隠す意味合いが強かった。

 後に三度の手術を経て、今の木曾の右目は、ほぼ健常者と変わらぬ視力が戻っている――艦娘として海に出るときは、遠方の視野を確保するため、望遠機能を持つ眼帯こそ欠かせなかったが――それは当時の木曾にとっては未来の話。

 だからこそ、木曾にとっても天龍の失明の事実は、大きな衝撃を与えた。


(片目のハンデを、誰にも……辛いと、苦しいと、言わなかったんだ。ああ、そうだ。俺はあの時こう思ったんだよ。恥知らずにも――『言い訳にできるのに、そうしなかったのか』と)


 天龍は、提督や明石にだけはその思いを吐露した。他の艦娘達には、誰も言わなかった。きっと、龍田にさえも――察しの良い彼女がうすうす気付いていたとしても。

 それでも木曾の知る限り、天龍は日ごろからそんな素振りさえ見せなかった。


『なあ、明石。オレさ、ちっとばかし心配事があってよ』

『何が心配なんです?』


 これ以上、この二人の会話を盗み聞きするのは良くない――そう思っていても、木曾は電探を切ることができなかった。

 それが、木曾の後悔に繋がる。


『木曾だよ、木曾。あいつも右目、よくないんだろ?』

(――、――)


818 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:39:36Ee3fDlXc (7/28)


 木曾の右目の視力は低い傾向にある。しかし艤装補助によって最低限の視界を確保できている。

 ――「今は」「まだ」。

 それが失われることを考えたとき、木曾は全身から力が抜けていくような心地がした。

 だが、それも一瞬のこと。


『ああ、その点なら大丈夫です。軽巡洋艦・木曾……この艦娘が時間経過によって視力の喪失したという個体の実例はなく、私の診断からしてもそれはないと断言できます』


 続く明石の言によれば、手術によって視力が回復した例もあり、艦娘としての戦闘能力に支障はない。

 その事実を聞いた時、天龍は。


『――そっか。ああ、よかった。おっかねえんだよ、アレ。いきなりこう、ばつんって見えなくなるのはさ――そっか。オレだけなら、そりゃよかった』


 心底安心したように、笑った。


 木曾もまた――ほっとした。


 ――ああ、よかった。俺『は』失明しないんだ。


819 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:40:26Ee3fDlXc (8/28)


 そう思って、胸をなでおろして。


 ――愚劣なる者の頬に、撫でおろした手で作った拳を、渾身の力で叩き込んだ。


 即座に電探を切り、工廠を後にする。

 部屋に戻った途端に、涙が出た。自身の不甲斐なさに失望すると同時に、想像を絶するほどの恐怖を押し殺していた天龍を想うと、情けなさで死にたくなった。


(俺は、俺は一体、何をしていたんだ……)


 砲撃が当たらない――それは右目が見えづらいからだ。

 何をしてもうまくいかない――それは右目が見えづらいからだ。

 姉たちに劣る――それは右目が見えづらいからだ。

 天龍に勝てない――それは。

 それは。


(ぜんぶ、ぜんぶ、言い訳じゃないか……!)


 天龍と比して、己は一体何をやってきたのだろう。


820 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:45:42Ee3fDlXc (9/28)




 己の才能のなさを、ただ嘆くだけではなかったか。

 それを言い訳に、どこか安心していなかったか。

 木曾は、部屋を飛び出した。向かう先は提督のいる執務室だ。

 ノックもせずに飛び込むように部屋へ訪れた木曾に、提督は何も言わなかった。

 木曾が泣いていたからか。

 あるいは、凄絶な表情に何も言えなかったのか。


『指揮、官……俺、馬鹿だけど、どうしようもない、馬鹿だけど――――』


 これが、木曾のオリジンだ。

 自分という存在が、大嫌いになった。

 こんなにも情けない気持ちにさせられる自分が、嫌で嫌でしょうがなかった。

 自分という存在が、この世で一番嫌いだった。

 こんな自分でいたくないと思った。

 だから。


821 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 21:59:10Ee3fDlXc (10/28)


『天龍みたいに……あいつみたいに、つ、つよ、つよく、なるには……どうずればいいがなぁ……?』


 涙と鼻水まみれの顔を隠すこともなく、縋るように強さを求めるのは、こんな情けない思いをするのはもう、これで最後だ。

 自分に誇れる自分でいたい。

 天龍と正しく肩を並べられる存在になりたい。

 強くなりたい。


『履き違えるんじゃあない』


 それだけで事情を察したのだろう。提督は何があった、どうしてそう思ったとは、聞かなかった。


『お前はお前だ。木曾は木曾だ。『これが俺だ』と言えるお前になれ。まずは胸を張れ。前を見ろ。少なくとも、いつだって天龍はそうしてきた』


 椅子から立ち上がり、提督は泣きじゃくる木曾に近づくと、その両肩を強く掴んだ。

 真っすぐに木曾の目を見据える。

 眼帯の奥で、提督の両目が優しげな光を湛えているのが見えた。


『強くなれ。お前が見ている天龍が強いならば、そこに強さを感じるならば――お前が求める強さが何なのか、その右目にはもう見えているだろう?』


822 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:00:16Ee3fDlXc (11/28)



 そう言って、笑った。


『俺に最高の勝利をくれるんだろ? 忘れてないぜ。俺はその日を必ず掴みに行くぞ、木曾――おまえと一緒にな』


 天龍に感じた強さと、同じ強さを感じる笑みだった。

 もう、木曾の涙は止まっていた。




……
………


823 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:13:06Ee3fDlXc (12/28)


………
……





 ――何かが伝わるでしょう。


 タバタ・プロトコルに挑む軽巡たちの背を見つめる多くの艦娘たちの中、朝潮の脳裏で、神通の言った言葉が蘇る。

 小さな胸の内側で、何かが音を立てた。


(――なんだろう。胸が、高鳴る)


 想起される思い出がある。いくつもの思い出だ。

 その多くは、海の上で戦っていた日々のこと。

 あの頃の朝潮には、何物にも侵すこと叶わぬ不壊の決意があった。


(ある、のでしょうか。今の私に……この朝潮に)


824 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:15:18Ee3fDlXc (13/28)


 朝潮だけではない。

 レストタイムにはいる度、息も絶え絶えに呼吸を乱す軽巡たちの姿を見て――強者たちはかつての自分たちを想う。


(第二水雷戦隊を率いることの意味。艦艇としてではなく、艦娘としてそれに向き合うことの意味。功名心や嫉妬に曇り、真に盲いていた私の目を開かせてくれたのは――それを私に教えてくれたのは貴女です、天龍さん)


 後に二水戦を受け継いだ軽巡は思う。当時の天龍ほど、自分は配下の駆逐艦たちのことを思っていただろうか。ただ強さだけに囚われていた自分自身に恥じて猛省し、鍛錬を積み天龍を超え、その魂ごと二水戦を受け継いだ――あの時。


(天龍、木曾……その面だ。その目に宿る魂だ。諦めなどもはや知らぬと言わんばかりの面魂だ。前だけを見ているようで、後ろから続く者たちをも見据えている、その恐るべき独眼だ。この武蔵の敵は持ち合わせず、味方だけが持っているそれにこそ、私が求める強さがある)


 最強と呼ばれるに至った戦艦は思う。弱者と見下していた者に命を救われた。己がいかに無力で、どれだけ愚かだったかを痛感させられた――あの時。


(私は……一航戦であることの意味を……強さの意味を履き違えていた。鎧袖一触? 違う。託されたものを背負い、乗り越えねばならぬものに立ち向かう? 即ち期待の重みに耐えること? 違う! ――私は、私は、ただ)


 一航戦として在った空母は思う。そう在った過去という礎の後に生まれるという奇跡。己が滅びた後に起こった悲劇と向き合った。抱いた覚悟と決意。それを胸に誓った――あの時。


(ああ、やはりそうだ。そうなのだ。お前たち軽巡もだ。その輝きが、ひたむきさが、この長門の胸を奥底から熱くさせる……艦種は違えど、絶えず鍛錬に励んでいたお前たちの姿に、私は幾度となく救われたんだ)


 落ちこぼれと揶揄された戦艦は思う。妹と比較され、その妹から励まされることが屈辱で。明日を夢見ることさえ叶わぬ無力感に絶望した――あの時。


825 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:16:25Ee3fDlXc (14/28)


(私は……今の私は、とても強くなったのに。今の私があるのは――私という重巡洋艦に影響を与えたのは、貴女たちよ……貴女たちに、私はかつて負けた。あれほどの衝撃はなかった。喰らっても喰らっても足りぬ、まだ足りぬと、功名餓鬼に過ぎなかった私に、正しい餓えを教えてくれたのは、貴女たちよ)


 強者として生まれた重巡は思う。才に驕り、餓えることもなく凡才を嘲り、その執念を見せつけられて敗北した――あの時。


(秋津洲は、夢を見ていたかも。強くなる夢を。高く羽ばたく夢を。だけどそれはただの夢だった。夢でしかなかったそれを、秋津洲は叶えた――叶えさせてもらえた。みんなも見ているかも? 新しい夢を。生まれ変わる、夢を。自分だけの力でそれを掴む、夢を)


 出来損ないと蔑まれた水上機母艦は思う。この鎮守府に拾われ、強い人達を見てきた。だからもう一度だけ夢を見てみようと決意した――あの時。


 多くの強者たちが、その背を見た。否、惹きつけられてやまなかった。自然と目を引かれているのだ。

 そして、一人の駆逐艦もまた、その背を見ていた。


「………思い、だした」


 特Ⅰ型。吹雪型駆逐艦の四番艦・深雪は、ぽつりとつぶやく。

 脳裏に、色鮮やかに描きなおされる記憶がある。


 ――初出撃をしたあの日。


 あの日も、天龍は深雪の前にいた。まだ両目が揃っていて、旗艦として十全の力が揮えた頃の天龍だ。


826 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:18:38Ee3fDlXc (15/28)


 今だからわかることがある。

 ――天龍だって、あの頃は新人だった。怖かったはずなのだ。

 誰だってそうなのだ。

 だけど、そんな怖じる様子など欠片ほども見せず、随伴となる駆逐艦たちを鼓舞し続けた。


 ――ビビるな。臆すな。前を見ろ。オレの後に続け。

 ――敵を見ろ。砲を構えろ。練習通りに狙いをつけてろ。オレの合図で一斉に発射だ。簡単だろ?


 いつだって最初に切り込んでいくのが天龍だった。


「ああ……そうだ、深雪は。思い出した。あの時、こう思って……あこがれたんだ」


 あの日からずっと変わらない。

 あの頃の天龍には、まだ左目は見えていたけれど。

 変わらないものがある。

 いつだって、深雪が見ていた天龍は――。


827 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:24:55Ee3fDlXc (16/28)


「なあ、吹雪。なあ白雪、初雪。叢雲、磯波、浦波よう……天龍は、とってもカッコ良かったんだぜ」


 ――今や名実ともに最強の艦娘が集うこの鎮守府にも、他の鎮守府と横並びでスタートした時期があった。

 鎮守府発足から一年の間、ある水雷戦隊の長として君臨した軽巡洋艦がいた。

 その水雷戦隊は、第二水雷戦隊。華の二水戦。


「そうだろ? 心強いって思ったんだ、すごく。いつの間にか、戦うことにビビることはなくなってて、それで――」


 その座を、設立当初から実力主義の鎮守府にあって、一年だ。

 北方海域攻略を半年近く足止めされ、すべての艦娘が前線から離れ演習や鍛錬に明け暮れていた日々のなかにあったとはいえ、北方海域の完全な奪還まで――最強の華として咲き誇った。

 第二水雷戦隊・初代旗艦は――深雪にとっての、憧れだった。


「深雪様はさ――天龍に……天龍に頼りにされるような駆逐艦に、なりたかったんだ」


 強かった。だけど、深雪が見ていたのはそこではなかった。

 いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。

 いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。


828 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:31:01Ee3fDlXc (17/28)




 いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。

 いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。

 その力強い笑みを浮かべた顔が、振り返るさまが好きだった。最初は、こんな艦娘になりたいという憧憬だった。

 やがて焦がれるように思ったのだ。

 ――彼女たちは思う。

 戦争が終わった。

 そこに悔いが残っている。

 見せたい力がある。

 その力を見せたい人がいる。

 こんなにも強くなったんだと、報告したい人がいる。

 こんなにも強い人にだって勝てるようになったんだと。

 戦ってみたいと、誰かは思う。競ってみたいと、誰かは思う。レースで、覇を争いたいと、誰かは思う。

 そして、深雪は。


829 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:33:42Ee3fDlXc (18/28)


「あたしは、天龍と一緒に走りたい」


 だから目指す場所が見えた。

 隣で走って競うのではない。

 後ろから付いていくのでもない。


「だって、これまでずっと、引っ張ってもらってきたんだ――いいだろ、あたしが引っ張ったって」


 天龍の背を見つめながら、熱い涙が頬を伝った。

 彼女から貰ったものがなんだったか、それに気づく。


「深雪様は――天龍を、王様(カンピオニッシモ)にするよ」


 貰ったのは――熱いど根性だった。



……
………


830 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:49:52Ee3fDlXc (19/28)




………
……


(――まだだ。こんな、もん、じゃ、なかった……)


 順位を指してのものではない。ただ己と向き合っての、自己評価に過ぎない。

 ――現状三位。夕張はただひたすらに自分と戦っていた。

 タバタ・プロトコル、その3セット目が間もなく開始される。

 その時――夕張が思い起こしたのは、島風と勝負した日のこと。


(自分にだけは、二度と負けない。負けられない……負けたく、ない)


 だって覚えている。

 なりたい自分が、そこに見えている。

 そう言ってくれた人の事を、その言葉を覚えている。

 まだそこに、なりたい自分が見えている。


831 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:50:32Ee3fDlXc (20/28)


 ――最速となった自分がいる。

 見失ってなんかいない。もう二度と見失うことはない。見失いたくない。

 だから走る。

 義務感などではない。焦燥なんてない。

 いつだって夕張の両脚には、それが絡みついていた。


(あの時――――確かに私の指が、そこに引っかかっていた。『栄光』という名前の付いた星に、指が掛かっていたんだ)


 ずっと縁のないものだと、どこか諦めていた。せめて人並みになりたいという、小さな願いすら叶わなかった。それでも遅い自分は嫌だと、これ以上遅くなりたくなかったから走り続けた。

 少なくとも『速度』という分野においては、絶対に手に入らないものだと。

 勝利の二文字に。

 最速の二文字に。

 だから。

 まごついているうちに、その二文字が消えてしまうことが何よりも怖いから。

 何よりも、嬉しかったのだ。

 速く走れるという自分自身が嬉しかった。


832 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:51:34Ee3fDlXc (21/28)


 トレーニングの苦しさなんてどうでもよくなるほど、速くなっていく自分に高揚する。

 その心の躍動が力となって、


(私の両脚は、動く)


 両足に絡みついていた何かが――――鎖が砕けたような気分だった。

 諦め悪く走り続けた日々は、無駄ではなかった。

 報われようとしているのだ。

 結実する日が、訪れる予感があった。

 その予感を、勘違いにしないためにも――。


(――走るんだ。私はもう、見失わない。見続けている。見上げていた。見惚れていた。

 あの星を、一瞬の輝きを、この手でつかみ取りたい。一回だけでもいい。ただ一度きりだってかまわない。

 だから、ゴールを目指す。そこに辿り着きたい――――この両脚で。誰よりも先に、誰よりも速く)


 夕張は、あの日の敗北を受け入れていた。

 掴んだものは黒星だったけれど、それはどんな玉にも勝る黒星だった。


833 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 22:53:40Ee3fDlXc (22/28)


 ならばそれが白となったときは、どれほどの輝きを放つのだろうか。

 心が躍った。

 胸が高鳴った。

 目の奥がかっと熱くなる。

 ――――これまで己が絶対に追いつけないと思ってきたものに、指が掛かったのだ。

 その事実こそが、夕張をかつてないほどに燃え上がらせた。


 それは、提督のみならず、一部の艦娘達も察知する。


「あら……あんないい顔ができる子でしたか、夕張さんは?」

「いいえ。ですが彼女がああなったことの心当たりならば」

「島風とのレースですね。あれは佳かったです。胸に来ました」

「うん。良い顔してますね、今の夕張」


 赤城と加賀、そして蒼龍と飛龍――四人は夕張の変化を感じ取っていた。


834 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 23:03:54Ee3fDlXc (23/28)


「……ふーん? 技術屋傾向のある子だと思ってたけど、見誤ってたみたいね。すっごい覇気だわ。それでいて攻撃的じゃあない――好きだな、ああいう子。翔鶴姉はどう?」

「ええ、私も好きですよ。自分自身の到達点を見据えて走っている……とても清らかな闘志です。透き通っている」


 鶴姉妹もまた瞠目し、感心したように夕張の疾走を見やる。

 そして、多くの戦艦たちもまた――特に注目していたのが、夕張だった。


「ふむ……強者が持つ共通項、独特の雰囲気……オーラやカリスマと呼べるものを備え始めています」

「自然と目が引き寄せられるわよね。こうしてみていると、自然と応援したくなってきちゃうわ」


 大和、そして陸奥。


「並の深海棲艦なら今のあいつを前にすれば、一目散に逃げだすだろうな」

「ふうん……一皮むけたじゃない。あの子ったら案外、大器晩成型なのかもね」


 天龍を注視していた筈の、日向と山城さえ目を惹かれた。


「これまではその大器の注ぎ口に蓋がされていましたからね…………あの子は島風と伍した。その事実が、夕張に足りなかった自信を備えさせたのでしょう。ええ、この霧島の計算によれば間違いなく」

「実際に凄いことですよ? なにせ島風ちゃん……あの子、単・中距離のスプリント勝負だと軽巡や重巡の子たちはおろか、榛名たちにすら勝ちますからね。霧島も不覚を取っていましたし」


835 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 23:05:28Ee3fDlXc (24/28)


「う゛っ……あ、あれはその、まだ不慣れだったからよ!?」

「まあまあ、それにしたって夕張ガールはガンバッていましたからネ。よくリバーサイドでスプリントのプラクティスしてました」

「大げさなことなんかじゃなくても――いえ、あの子にとっては大層な出来事だったんでしょうね、アレ」

「……ええ。私たちにも分かりますよ。私たち戦艦は――わからないはずがない」


 ――足が遅い。

 届くはずの手が届かない。

 そんな悔しさを味わったことがない戦艦は、この鎮守府には一人もいない。他の鎮守府でもそうだろう。

 最前線に立っていても、痛感するのだ。

 本当の最前線に立っているのは、先行する駆逐艦や軽巡、重巡らだと。

 彼女たちが決死の覚悟で切り開いた先端をこじ開け、ねじ伏せるのが戦艦の役目。主力を叩き潰し、必ず勝利して帰ってくることが使命である。

 『その時』が来るまでは、血がにじむほどに口元を力ませながらも見据えているしかできない。

 射程距離に劣る軽巡にあっては、おそらくそれ以上の苦悩があったのだろうと、戦艦達は各々が夕張の心情を推し量り、刮目して彼女を見た。


836 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 23:10:08Ee3fDlXc (25/28)


 そんな彼女たちよりも熱心に夕張を見る視線が一対存在する。

 それは言わずと知れた最速――『神速』の異名を持つ駆逐艦。


「あ。夕張のスプリントフォーム、すごく綺麗になってる……前より姿勢が低い。なんだろ……どっかで見たような」

(おまえのスプリントを参考にしたんだろって、言ってやるべきかな……いや、黙っとくか。野暮だし。この長波サマは空気読める女だからな)

「夕張さんのスプリントかっこいいね! 島風ちゃんみたいだ!」

(そうだな。お前はそういう奴だったな、子日)


 長波は乱暴に頭を掻いた。野暮天にもほどがあると子日を注意しようとした、その時だった。


「島風なら、こう。こうやって……いや、こうかな? こう……もっとハンドルを」

「あれ? 島風ちゃん? 島風ちゃーん」

「! …………あー、子日。黙ってような。今の島風にゃ聞こえてねーよ」


 島風はつぶやきながら、座ったまま手足を小刻みに動かしていた。

 それは紛れもなくロードバイクのギアチェンジや、ペダルにトルクをかける際の動作である。


837 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 23:12:11Ee3fDlXc (26/28)


「おうっ!? シッティングからスプリントに移行する動き、すごくスムーズだ。ギアチェンジも上手くなってる……レースを想定して、いっぱい練習したんだろうな……島風も練習に取り入れないと」

(すげー集中力だな、島風。身体は此処に在るのに、ハハハ……島風、おまえ……ここで見ているだけなのに。

 ――おまえの心は、夕張と一緒に走ってんだな)


 長波は苦笑した。そして、心に僅かながら憧憬が浮かぶ。


「……あれだけの出力を、二十秒維持できちゃうのか。緩やかな山なりだけど、確実に速度がじわじわ伸びてく……島風はあの時も、後半に追いつかれそうになった。夕張は疲労耐性が高いのね……。

 ――今の島風と戦ったら、どうかな……? わからないな……わからないのが、こんなに嬉しい。こんなの、考えたこともなかった」

(羨ましいぜ、島風。妬けるよ、夕張……あんたらの関係。だって、すごく楽しそうだ。夕張、あんたのそのスプリント――――島風にそっくり……ん?)


 憧憬の眼差しを向ける長波の肩を、ちょんちょんとつつく感覚。


「………ん!」

「は? え? 何?」


 自らを指さしながら満面の笑みを浮かべる子日がいた。


838 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 23:13:41Ee3fDlXc (27/28)


「子日だよ!」

「お、おう。知ってるよ? それが、どした?」

「むぅ……ねのひー!」

(何が言いたいんだよおまえさんは……――ライバルは私だってか? ハハ、まさかな)」



 ――そのまさかが来ることを、この時の長波はまだ知らない。


……
………


839 ◆gBmENbmfgY2020/12/13(日) 23:16:55Ee3fDlXc (28/28)

※今日はこんなところでレストタイム
 今回はフフ怖てんりゅーちゃんとキャプテンキッソとばりちゃんでお送りしました
 次回は北上様とあぶちゃんかな
 一人足りない? 知らんな……


840以下、名無しが深夜にお送りします2020/12/14(月) 21:43:408j/yWv66 (1/1)




そりゃな、現代栄養学を古典的根性論で否定するような角材ガールは顔じゃない


841以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/02(金) 18:31:56fie/KCIo (1/1)

年が明けましたね>>1さんマダかなー


842以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/07(水) 16:57:18FOY4CTdA (1/1)

いよいよ向こうのスレの更新かなとwktkして全裸待機してたらSS速報逝っちゃって悲しい
深夜でもスレ数上限で建てられなくなってるけどお蔵入りしないでどこでもいいので日の目を見るといいなあって


843 ◆gBmENbmfgY2021/04/11(日) 23:02:48eYaJYtvI (1/3)

※>>1です。
 この度、自宅での病気療養となりすっぽり時間が空いてしまいました。
 命に係わる類の病気ではなく、怪我というわけではないのですがちょっと現状は普通に働くのが厳しい。
 ろ、ロードバイクに、乗れない……。
 少しずつ書き溜めてはいますので、この機会に無理しない範囲で少しずつ投下していこうと思います。

 とはいえスレ上限問題はどうしよう。
 ま、まあぼちぼち投下していきますので気長にお待ちいただけたら幸いです


844以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/11(日) 23:14:59/hlS3QMI (1/1)




えっ待って現状でその報告だとコロナ感染発症の可能性あるじゃんマジお大事に!?


845 ◆gBmENbmfgY2021/04/11(日) 23:26:15eYaJYtvI (2/3)

※コロナは3回ほど受けましたが全部(-)でした。
 入院して検査したら、身バレがアレなので伏せますが、そこまで珍しくない病気だけどおっそろしく重篤化しているという厄介な状況になってしまい……。


846 ◆gBmENbmfgY2021/04/11(日) 23:31:26eYaJYtvI (3/3)

※途中で送ってしまった。
 該当する病気が疑われる検査値以外は医者から「うっそだろおまえwww」って言われるぐらい健康的な数値でした。
 んで今回症状が快方に向かったので自宅療養へ切り替えと相成りました。
 厄介なのが「物理的に動くとヤバい」「動かなければ大丈夫」ってとこですな。
 仕事? リモートだろうとだめだってドクターストップですよ。
 物理ってのが喋ったりするのも含むらしいのでHAHAHA畜生。
 そんなわけで無理しない範囲でちょっとずつ……


847以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/12(月) 10:24:40OMwB9aVw (1/1)

なんともまぁ…
無理せずお大事に…


848以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/13(火) 14:07:262KmLr4cI (1/1)

SS速報復旧したっぽいね


849以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/13(火) 15:36:25qwWKxxd. (1/1)

応援してる


850 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:29:49iO5JmBRg (1/14)


………
……



 ――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。


 北上は思う。

 『いつも通り』が、『いつも通り』じゃなくなった時のことを、思う。

 ありったけの気持ちで、思う――。


 かつて、俯いたままに溢した言葉がある。

 薄暗い部屋の中、寝台の上で膝を抱えて座っていた。

 無理矢理にこじ開けられた扉から、見知った軍帽を被った、着任当初とは見違えるほどの成長を遂げた彼が入ってくる。

 見なくても分かった。こんな強硬手段を取るのは、彼か自分の親友ぐらいのものだと北上は知っている。

 そして後者ならば既に声を発しているだろう。ただの消去法だ。

 彼はベッドの前に立ち、膝を曲げてかがむ。


851 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:34:20iO5JmBRg (2/14)


 ――よう。辛そうな空気吸ってんなおい。助けてやろうか? 俺ならどんな絶体絶命の状況からでも救い上げてやれるぞ。


 落ち込んでる様子を察すると、決まって彼は北上をそうやって茶化す。いつもの調子の声だった。

 からかい半分、心配半分。北上という艦娘を知り尽くしている彼一流の励ましの言葉だ。

 ああ、それはきっと、かつての北上であれば頭にかちんとくる言葉だったろう。誰が助けてもらうものかと突っぱねて、目論見通りに奮起してやっただろう。

 だけど、今はもうそんな気力もなかった。

 どこにでもいる、ありふれた負け犬みたいに泣きじゃくる。


 ――あたしはもう、心の形が歪んじゃったんだよ、提督。


 我ながら酷い声だった。錆びた鉄がこすれるような情けない声に、ますます惨めさが募って涙がこみ上げる。

 あんなにも赤く滾っていた鉄の心は、すっかり冷めて罅割れた。

 ――こんなはずじゃあなかった。

 ――こんなざまじゃあなかった。

 いつからか、何かが壊れ始めていたのだろう。それがようやくわかったのは、戦争が終わってすぐのことだ。

 それまで、自分の心の形がどうあったのかは思い出せる。


852 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:35:57iO5JmBRg (3/14)


 硝煙交じりの血風吹きすさぶ海上に在ることこそが日常だった。鎮守府での日々こそが非日常。ただの待機時間にすぎなかった。

 戦いを日常とする非日常こそが愛しかった。

 鍛えた技を巧みに使い、ただその時を待つ。凡百の雑魚どもを屠り弑し制し穿ち撃ち、これを沈め、機を伺う。

 本命が顔を出してからが、あたしの仕事の始まりだ。

 頬をかすめる砲撃の熱に肌が粟立つ感触を侍らせながら、生死の境界線をなぞる。

 返す刀で魚雷を放つ。『ただこれのみ』と己で定めた己の誇りに命運を委ねる。

 その瞬間にこそ、心が真っ赤に燃え上がった。寝ても覚めてもそればかり。このスリルこそが生き甲斐だった。

 自らの武器がなんであるかなど、敵味方どちらにも知れ渡っている。

 それしか武器がない事だって知られている。

 タネが割れればはいそれまで。


 ――だがそれがどうした。


 その筈だった只の一芸、それだけだった一発屋、それでもあたしはやってきた。これまであたしはやってきた。

 そうとも、これは見せ札だ。されどされども虚仮の一念、虚仮の一心。ただそれだけの死に札を、誰であろうと見過ごせぬ鬼札となるまで鍛え上げた。

 これよりお見せするのは北上、一世一代の一芸。


853 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:37:01iO5JmBRg (4/14)


 避けるは至難。当たらば絶死。振るわば最期、死出の旅路を約束する死神の大鎌。

 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ――必殺必中の一発芸。

 かつて四海はおろか七海の果てまで轟きし、門外不出の妙技こそ――『雷神』北上改二の雷撃術。

 これにて終幕、水平線に勝利は刻まれ大団円。


 ――それが、もう、なくなった。


 だって、戦争が終わった。

 終わってしまったんだ。それでも鍛錬に励む。いつものように繰り返す。

 繰り返す。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。
 
 繰り返す。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返す。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返す。


854 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:39:58iO5JmBRg (5/14)


 


 繰り返して。

 繰り返して。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。
 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して―――。


 目を、覚ます。

 違和感に、気づいた。


 ――そういえば、最近、ちっとも実戦で戦ってないや。


 だけど、繰り返す。そうだ、繰り返さなくちゃいけない。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。


855 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:41:49iO5JmBRg (6/14)


 繰り返して。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返して。

 決まった時間に起きて、お決まりのルーチン作業が始まる。朝食を取って、訓練して、休憩して、昼食を取って、訓練して、お風呂に入って、夕食を食べて、訓練して、軽くシャワーを浴びて就寝する。

 繰り返して。

 繰り返して。繰り返して。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 だって、それしか知らないから。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 それ以外のことを知らないから。

 繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して。

 だって、だって。

 だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって、だって。


 ――誰も教えてくれなかったじゃないか。


856 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:42:29iO5JmBRg (7/14)


 呪詛に等しい言葉が頭の中に浮かび上がる。だけどその中で、覚えている言葉がある。

 かつて提督がみんなに言っていた言葉が、いまさらになって脳裏をよぎる。


 『戦う事しか知らないなんて、辛いじゃないか』


 ああ、そうだ。機会はあった。選択肢はあった。だけど戦う事しか知らない。心の形はもう、歪みにゆがんで、元の形も覚えていない。

 もう、ただの廃品だ。アレはきっと提督が与えてくれたチャンスだったのだ。ただ一つの機会だったのだ。

 ……本当にそうか?

 誰かに、お茶に誘われた記憶がある――訓練があるから嫌だと突っぱねた。

 一緒に遊ぼう、と袖を引っ張ってきた駆逐艦がいた気がする――うざい、きえろ、どっかいけ。そう言ってあしらった。

 自分には無用のことだと、どうでもいいと、必要なのは力だけだと、そう突っぱねた。

 姉妹艦の球磨型とはよく話をした。だけど、頭の中では戦うことでいっぱいだった。何を話していたのか、あまり覚えていなかった。

 ――だからきっと、あたしは最初から壊れていたのだ。

 なんだ? やりたいことって、なんだ? 戦う以外のことって、なんだ?

 ――辛いって、なんだ? このどうしようもない無力感のことか?

 それが何の因果か、日頃の行いがむしろ良かったのか、戦後になって気が付いた。


857 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:43:30iO5JmBRg (8/14)


 こんな壊れてしまった兵器に価値はない。

 まして、戦えない兵器に、戦う機会もない兵器には、価値がないどころか――存在するだけで、害悪だ。

 だけど、あたしにはそれしかなかった。

 それだけだった。戦うことだけだった。

 なのに、それを取り上げられたら。

 あたしは、どうすればいいんだ?
 

『ねえ、提督……教えてよ。何が、あるの? あたしに、あたしから、戦うこと取っちゃったら、何が残るんだよ』


 ――才とは何か。

 この鎮守府において、この問いに対して最も冴えた回答を持つのが提督だろう。


 天才。非凡。才人。

 凡才。非才。凡人。


 「才には数え切れぬほどの種類がある一方で、それぞれの手が及ぶ範囲があり、足を踏み込める深度がある」と、かつて彼が言っていたことを北上は覚えている。

 そして次いで言った――「重要なことは、本人の才の有無ではなく、それを教育・指導する側にこそある」と。


858 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:44:11iO5JmBRg (9/14)


 指導する側がその才の有無、広さ狭さ、深さ浅さを把握し、才の性質を正しく見極め、そしてその才を伸ばし深めるための手法を誤らぬことだと。

 時にはあえてその才の幅を狭めること、浅く留めることもまた必要な手法であると。

 何より才を有する本人のモチベーション。それを引き出すのが提督として最も腕の振るいがいのある所の一つなのだと、確かに彼はそう言った。

 北上は確信している。他の艦娘たちの例に漏れず、この提督はそれが神がかって上手い。

 才能と本人の嗜好が一致していないことなど珍しいことではない。

 好きこそものの上手なれ。これは理想的な才能の伸ばし方だ。本人にやる気があり、向上心があり、技術をみるみる身に着けていく黄金の時である。

 下手の横好き。これは典型的な才能の腐らせ方だ。興味のある事柄に対して、悲しいかな才能がまるでない。これはある一定以上のレベルに達すると頭打ちが来る。その頭打ちに直面した時こそ、現実の壁に直面する。

 提督は、その才を見極める。

 黄金の素質をもって積み重ねてきたはずの素養が、銀に落ちることもある。

 銅程度の素質しかないものが積み重ねた素養が、黄金の輝きを放つこともある。

 まさに指導者としての、提督の腕の見せ所だな――提督は笑いながら北上にそう言ったのだ。

 だから、と思う。

 そんな提督だからこそ、北上に。

 この壊れてしまったガラクタに。

 まだ価値を見出してくれるんじゃあないか。


859 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:46:49iO5JmBRg (10/14)


 そんな縋るような希望があった。


 ああ、だけど。

 北上は思い出す。提督が言ってくれた言葉は、こうだった。


『あぁ? ――ねえよ、ンなモン』


 ――ぶっちゃけ、こんな酷い返しがこの世にあるのか。あっていいのか。

 当時のあたしはそう思った。これが世界の戦力をひっくり返すとまで言われた鎮守府の長が、仮にもそのなかでも指折りレベルに武勲を上げた艦娘に対して放つ台詞だろうか。

 信じられねえ天魔鬼神っぷりである。


『それがない、ない、見つからない。だからおまえはべえべえ泣いてんだろう。違うか?』


 ――返す言葉もなかった。その通りだった。

 あたしには、何もない。

 だから……?

 だから、なんだろう。


860 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:50:14iO5JmBRg (11/14)


 そうだ、どうして――どうして、それが嫌だと思ったのだろう。

 今までは、それでも、やってこれたのに。


『それが嫌だって泣いてんだろう。戦うこと以外知らない自分が嫌になったんだろう。おっせえんだアホめが――だが許す。ないものねだりしてえなら大井を困らせてねえで、こうしてハナッから素直に俺に言え』


 あたしが欲しかったのはなんだろう。

 戦果に対する、賞賛?

 痺れるような戦いのスリル?

 わからない。


『北上よ。いや、アホがみよ。おまえが探すべきものはな、ハナッから存在しないものもそうだが、もう一つある』


 わからない。ここまでアホ扱いされる理由がわからない。少なくとも、当時のあたしは、とても内心で憤慨した。


『お前に一番必要なのは、どうしてお前がそこまでして戦おうと思ったか、だ。その理由だ。そいつを思い出せ』


 そう言って、提督はあたしの手を引いて立ち上がらせた。


861 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:55:55iO5JmBRg (12/14)


『まあそっちはすぐにとはいかんだろう。だからな――ヘイ! そこの三つ編みがちょっと芋いがワリと整ったツラしたお嬢さん! ちょっと俺がデートしてやるぞ……いや、しろ!』

『えっ』


 こうしてあたしは、そんな最低のお誘いの言葉と共に。


『ないものをあるようにするには足し算しかないだろ。掛け算したってゼロはゼロだ。ないない嘆いてるやつを見つけに行こうぜっつってんだよ――北上』


 攫われるような勢いで――人生初の異性とのお出かけを経験したのだ。

 ときめいてはいない。

 断じて。

 そうだとも。ときめくものか。


 だってあたしを抱き上げたのは王子様ではなく、魔王の類で。

 しかもあたしを運ぶ足は白馬ではなく、鉄の馬で。

 ちょっとだけ。ほ、ほんのちょっとだけ、提督の背中の大きさとか、しがみついた時の筋肉の感触とかに思わず心臓が高鳴ったけれど。


862 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:56:46iO5JmBRg (13/14)


 それでも、その日、あたしはやっとわかったんだ。

 あたしは、ただ知らないだけだった。

 なら知ればいいんだってこと。

 そして思い出す。


 ――どうして、あたしは強くなろうと思ったのか。




……
………


863 ◆gBmENbmfgY2021/04/19(月) 02:57:55iO5JmBRg (14/14)

※病み上さんフラグを即座にへし折る提督にあるまじき卑劣漢の活躍は次回かもかも


864以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/20(火) 08:33:01VW4VFnkE (1/1)

乙!
ずっと、ずっと待ってたんだよこの話を……!
北上さまを病ませてから救い上げて笑顔にさせたい派の俺大歓喜
全力で応援してるから無理のない範囲でな


865以下、名無しが深夜にお送りします2021/04/23(金) 08:51:42trYJ4nZE (1/1)

乙です  どうかお大事に・・・


866 ◆gBmENbmfgY2021/05/10(月) 02:10:03utqhtWyg (1/3)


……
………

 風を切って走る、なんて表現がある。

 絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。


『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』


 あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?

 走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。

 提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。

 久しぶりに、軽巡寮の外に出た。

 あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。

 それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。

 言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。

 そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。


『意外と、乗り心地いい?』


867 ◆gBmENbmfgY2021/05/10(月) 02:10:35utqhtWyg (2/3)


……
………

 風を切って走る、なんて表現がある。

 絶対嘘だと、あたしはそう思っていた。


『ヒィぃぃいィぃいイぃィイイイイイ――――!!』


 あたしはいま、風に叩き潰されながら走っている――否、走らされている?

 走りに付き合わされている――うん、これが正解だ。

 提督のバイクに2ケツ――だとはしたない言い方だから――タンデムしている。

 久しぶりに、軽巡寮の外に出た。

 あたしを攫った魔王は随分と当世風だった。『この張艶が気位と値段の高さを示しているのよ』と言わんばかりの本革製ダブルジャケットに、明らかにビンテージ物の革パンツ、いかにもなオーダーメイドのワーキングブーツに身を包んでいた。

 それがどうにもバッチリ決まって似合ってるもんだから、あたしも思わず見とれてしまった。女所帯の鎮守府である。男の憲兵は少なくないけれど、あたしは人づきあいが苦手で、良く話すのは姉妹や同僚ばかりだった。

 言い訳にしかならないのだけれど、あたしってあんまり男への免疫がないんだな、と思い知らされた。

 そんなバッチリとバイカースタイルがキマってる男――提督にヘルメットを被せられ――ご丁寧にレシーバーも付属されている――あれよあれよという間にバイクのパッセンジャーポジションに押し込められて鎮守府を飛び出したのは、まだ中天に日が昇り切っていない、午前中のことだったと思う。


『意外と、乗り心地いい?』


868 ◆gBmENbmfgY2021/05/10(月) 02:17:18utqhtWyg (3/3)



 水冷4ストローク並列6気筒エンジンの加速はシルキーだ。そう思っていたのも、高速道路に入るまでのことだった。

 吐き出される音も急速に高まることも吠え出すこともなく、粛々としつつ、しかし確実に伸びあがっていく様は、さながら知恵ある獣の咆哮のよう。

 その反面、前方から間断なく叩きつけられてくる風の威力に、あたしはもう圧倒されるばかりだった。路面が綺麗に整地されていることもあって突き上げによる尻へのダメージこそないが、目まぐるしく流れていく景色の速さときたら、海上で見えるそれとは雲泥の違いがある。

 はっきりと言ってしまえば――怖い。


『贅沢を言えばスポーツ系、ストリートファイターかカフェレーサーの系統がいいんだが、タンデムかつ持ってきたい荷物を積み切るにゃあ、他のだと心もとない。

 アドベンチャーバイクは納車前だし――となればこのツアラーよな』


 当時のあたしには横文字の意味がまるでよくわからなかったが、わかろうと思う気力もなかった。

 もう好きにしてほしいと思った。どこへなりとも連れて行けばいい。行きつく先が死体処理場でもかまわないし、あたしなんかの女でよければそれこそ好きなだけ弄んだっていいと思えた。

 この男が最初にして最期の相手ならば、この北上様としてもやぶさかでもない――なんて、捨て鉢になってたことは否めない。

 重雷装巡洋艦・北上改二は乾いていた。

 少なくとも彼女は自身をそう認識している。それが誤りであろうとも『そうである』と定義していた。

 しばしばドライだと称されることはあった。

 何を考えているのかわからないといわれることもあった。


869以下、名無しが深夜にお送りします2021/05/10(月) 13:27:17R8AjfTt6 (1/1)

来たああああああああ


870 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 22:35:05F.816xeo (1/13)


 ――そんなの、あたしが知りたいよ。


 これまで、何を考えていたのだろう。

 どうして、何一つ疑問に思わなかったのだろう。

 なんで、あんなにもがんばっていたのだろう。

 『そうしていくのが間違いなく正しいんだ』と、あたしは信じられたのだろう。

 何を思って、戦っていたんだろう。

 その理由が、闘志を燃え上がらせていたものがなんだったのか、もう思い出せない。

 思い出そうとすると、胸の中がちくちくして、頭の中がガンガンする。ひどく苛立つ。ムカムカした気持ちになる。

 この行くあてのわからないツーリングと同じように、あたしの目の前には厚い霧が広がっているようだった。


『次のICで降りるぞ。したら目的地はすぐだ』


 ヘルメット内のスピーカーから聞きなれた声が耳朶を打ち、堂々巡りの思考の迷宮から意識が浮上した。

 
『あんま深く考えるな』


871 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 22:36:37F.816xeo (2/13)


 柔らかな日差しのような声だった。あたしのささくれた心を慰める、気遣いの声だ。

 惨めだとわかっていても、思わず目元に涙がにじむ。提督の背中にしがみつく手に、わずかに力がこもって――。


『おまえが忘れちまったモンを思い出させるため、提督様が回りくどくも完璧な質問して思考誘導の末に解決してやっからさ――俺の掌の上で無様に踊れ』


 ――すぐ緩んだ。感動を返せ。前言――といっても言葉にしたわけではないのだけれど――撤回だ。

 あるのか? こんな上から目線でかつ『これから君の思考を誘導して救ってあげるから気に病むなよパペット』なんて気遣いが? この世にあっていいのか?


『あるだろここに。俺が言ってんだから、それはもうあるだろ。この世に絶対があるとすりゃあ、そら俺の言葉だろ』


 ――ナチュラルに心読むなよ。うっかり能力と才能を備えてしまった知性と暴力と自尊心の権化め!


『おお、俺を讃えるならいいのよもっと褒めても!』


 ――そういえばビスマルクとかいうウカレトンチキな馬鹿戦艦、まだドイツだったかな。あいつの雷撃は本当にひどかった。今は元気でやってんのかねえ……。


『そうそう、別のこと考えてろ。無駄に思い悩むのはダメだ。ダメダメだ。

 馬鹿の考え休むに似たり。どん底にあるおまえの気持ちが更に暗く深く湿度を増すだけだ』


872 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 22:40:33F.816xeo (3/13)


 ははん、さては現実逃避すらさせる気がないと見た。


『だから無い頭使って考えんな。日頃から天才、天才と呼ばれてきたせいで実は知らなかったかもしれないがな北上――君ってば賢いけど、実はだいぶアホなんだぞ。俺の中じゃあそういう評価だ』


 すっごく気持ちが沈んだ。悪魔だこの男は。人がこんなに落ち込んでるというのに、慰めるどころか足を引っ張ってきやがる。

 あげく人をアホだという。実はかなり尊敬してた人に、そんな風にずっと思われていたというのが何よりも効く追い打ちだ。

 ――悪魔と呼ばれた艦娘は何人かいた気がするが、この男が本当の悪魔ではないのか? スーパー北上様は訝しんだ。

 この読心術と話術を駆使するだけで、彼は稀代の詐欺師にだってなれるだろう。

 油断していた――というか無気力で隙だらけすぎるのもあるが、あたしの精神状態から考えていることまで、完璧に読み取ってくるこの提督。大戦の時だって通信越しにこっちの被害状況を察していた節がある。それどころか敵の心理状態までもだ。

 そういえば敵の取ってくる配置や戦術は無論、海域ごとの些細な違和感や最低限の調査で、敵編成から戦術的目標やら何から何まで見通していたような。

 あまりに状況予測が的確過ぎて、一時期は深海棲艦と人類側でのダブルスパイなのではないかなんて実しやかな噂が流れたものの、提督が取った軍事的行動は全て人類側に利するもの――しょっちゅう近いが遠い隣の国が悲鳴を上げたが、要約すると『必要な犠牲だった、いいね』『アッ、ハイ』と黙らざるを得ない状況に持っていき、その主張を押し通した――で、そうした噂は軍の上層部や手柄を妬んだ他提督たちの負け惜しみだと切って捨てられた。

 なんせ黙らなければその犠牲が増える。切って捨てられるのが命になってしまう。提督はやるといったらやる。今でこそ海軍内で一大派閥の頂点に立っているものの、当時はガラスの綱を渡っていたのだ。高潔な武人肌の艦娘にはとても聞かせられない類のあくどいこともやっている。北上は一端とはいえ、その所業を知っている。

 閑話休題。

 そもそも彼は生誕から現在に至るまでの足取りがきっちり追えるだけの身元が確保されている生粋の人間である。信じがたいほどデビルだが、北上はそれを知っている。だからこそ『マジで人間かこいつ』と思う事がしばしばあった。


『人間だぞ。昔は自信失くしたこともあった。俺だってそういうおセンチな時期はあったんだ』


873 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 22:43:48F.816xeo (4/13)


 嘘だ。まだ19歳のくせに昔話をするように言うんじゃあない。

 爽やか極まる声で言おうが、それは絶対嘘だ。自分以外の存在なんて虫けら同然としか考えていないに違いない。


『嘘じゃないぞ。そうだな、あれはたしか――幸せの絶頂にいる人間が陰で行っていた後ろ暗いことを盛大に暴露し、あることないことのうち説得力があることばかりを上げ連ね、不幸のどん底に陥れてやったときのことだ。あの時、俺は人間なのかと自信を失いかけた』


 ――なんてこと例に挙げやがる。そしてなんてひでえことしやがる。


『なんていいことをしたんだ俺はって気持ちになった。あの時、あいつが浮かべたツラときたら本当に最高だったぜ』


 ――なんて気持ちになっていやがる……!!


『これっぽっちも罪悪感が湧かないどころかもっとしたいもっと貶めたいもっと踏みにじりたいもっと苦しめたいと、ときめきにも似た何かを覚えたんだよな。『人』って文字の成り立ちを考えて、俺って最高に人の一画目だなって思った』


 おそらく提督が言いたいことは、『人』という文字は、一方がもう一方を踏みにじっていると……違う違う、そうじゃ、そうじゃない。

 この人は悪魔じゃなくて魔神の類だった。海軍内で自分に敵対する派閥はあの手この手で貶めて、社会の底辺はおろか地獄の底へと落とすのだ。怖いのはあることないことではなく、必死で隠していたあることばかりを発掘してはそいつを鬼札に証拠付きで脅迫するのである。

 見てるだけの時もあれば手ずから沙汰を下す時もあるあたりが酷く有能な働き者然としていた。あたしの視界からはヘルメット付きの後頭部しか見えないけれど、きっとすごくいい笑顔で笑っているのだろう。目に浮かぶ。夢に出てきそうだ。悪夢の類だが。


『そう感じてる自分にハッとしてだな。俺ってひょっとして悪魔なんじゃねえのかって思って落ち込む……そんな紅顔の美少年時代が俺にもあったんだよ。ほかにも深海棲艦の悲鳴を聞かないと寝つきが悪かったりしたときとか、ほら……ね?』


874 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 22:46:57F.816xeo (5/13)


 嘘をつくな。いや、嘘だと言ってほしい。そんなサイコなやつじゃないと思わせてほしい。

 何より由良ボイスで同意を求めるな。とても怖い。この北上様に怖いものなんて何一つないけど、絶対に異論を認めないという意思を感じる由良ボイスで迫られるのは怖いのだ。

 きっと遺伝子学上で彼は人であっても、おそらく人でなしと言われる類の破綻者なのだ。どんなジャンルでも経済的・社会的に成功する人間には酷くこういうタイプが多いからもう笑うしかない。

 まあ、あたしの冷めた心は『そらそうでしょう』と思う――誠実なだけの人間がどうして狡猾な悪に勝るというのか。

 なんせ資本主義を是とする社会は競争こそを是とするのだから、人を陥れるのに躊躇しない輩が当然強いに決まっている。

 だけど開けっぴろげで抜き身なのはダメだ。陰でそういうことをやっていながらも外面が良ければもう最悪に最強である。真の善人など偽善者にも劣る害悪未満だ。摩耶の言葉じゃあないけれど、真っ当な人格者などクソの役にも立ちはしないのである。

 その点において、提督は完璧だった。善人の皮を被った悪人である。

 アレは確か二年ぐらい前だったかなあ……提督が武道交流という体面で他鎮守府――もちろん嘘であり、実際は事前の内偵による調査の結果、一切の擁護ができないぐらい真っ黒と判断された鎮守府への粛清である――を訪れた。

 結論から言えば、提督はそこの真っ黒提督モドキを散々にボコしたあげくに消した。おまけに海軍内の自浄作用が働いていることをアピールするため、海軍の将官の告発という形でマスコミにリークし生贄にした。要は物理的にも社会的にもブッ殺したのである。

 そんなひどい実績がある。

 傍目には恐怖の権化だった。我ながら酷い回想の仕方だが、当時はまるで笑えやしなかった。

 なんせ出会いがしら、懐から抜いた投げナイフを両手両足にそれぞれ一本ずつブチ込んだのだ。当事者たる憲兵らはおろか、付き添いのあたしも、武蔵も、誰もが驚愕に体を硬直させた。

 だけど驚くのは早かった。無駄に生きぎたない真っ黒提督は誰よりも速く自らに訪れた運命を悟ったのだろう。

 血まみれで命乞いする真っ黒提督に――提督は字面通りにマウントポジションを取り、


875 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 22:52:17F.816xeo (6/13)


『おやすみの時間よ! おやすみ! ハローグッドナイト! 褒美だ! 受け取れ! 二階級特進だ! 嘘だがな! 喜びに打ち震えながら夢を抱いてねんねしな! 二度と起きなくていいぞ!

 オラッ! ねんねしろッ!! すぐに敵前逃亡した行方不明者扱いにして、切り刻んで海に沈(チン)してやる!!』


 一切の弁明を聞かず、顔面が物理的に陥没するほど殴った。

 死刑宣告も同然のことを爽やかさすら感じさせるイイ笑顔で――しかし歴戦の艦娘を自負するあたしも武蔵も、正規の軍人として訓練を積んできた憲兵らも、微動だにできないほどの怒気を纏いながら――告げる提督。

 当時でジャークで200kgを軽々上げてた人外パワーのちびっこ提督が、グラウンドパンチ連発である。オイオイオイオイ、死んだわアイツ。

 あんな物理的な子守歌を効かされた――誤字ではない――ならば、誰だっておやすみせざるを得ない。

 一発目で眼球が破裂し、二発目で鼻がひしゃげ飛び、三発目で歯が根元から千切れ、悲鳴は金切り声からどんどんと意味をなさぬ獣めいた咆哮へと変貌し、四発、五発とぶち込まれ、真っ黒提督が痙攣し始めたあたりで提督の攻撃が止んだ。


『片づけとけ』

『……はっ? はッ!!』


 血まみれの手袋を新品に付け替えながら、底冷えする声音で命令された提督子飼いの――控えめに言っても優秀極まるはずの――憲兵たちが身震いするほどの暴力の化身。

 その手際は鮮やかだった。鮮やかすぎた。明らかに手慣れている。というか憲兵らの動きもその後はやたらキビキビしてて手慣れていたような気がする。

 あたしが知る提督の闇はそれである。末路? そりゃ宣言通りに見事に海の藻屑でしょうよ、ははは。憲兵さんがうまく処理してくれたんでしょーねえ……。

 流石のこの北上様もあれには顔色悪くなったなぁ……。目を覆いたくなるような悪行が明らかになった以上、もともとこの真っ黒提督は消されることが確定していたものの、当時のあたしは提督が自ら手を汚す類の人だとは思っていなかった。それほどまでに怒り心頭だったのだろう。


876 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 22:56:07F.816xeo (7/13)


 ――……?

 提督が激怒していた理由を考えていたら、何やら心に引っかかるものを感じた。だけどその感覚は、すぐに消えていく。

 ――……? なんだろう?

 まあ、いいか……その後すぐに件の鎮守府はなくなったのは言うまでもない。所属していた艦娘たちの多くは自主的に解体を希望したが、ごく一部の艦娘はあたしらの鎮守府への異動を望み、因果関係を含めたうえで、表向きは転属として受け入れた。酷い事件だった。まるで笑えない。


『自分が強い、偉いと思ってるやつに身の程弁えさせるのって楽しいよね――神だとでも思ってんだろうな。そういう輩は神に逢わせてやることにしているとも。

 人類である以上はたいていの輩は死ぬんだぜ。忌まわしきは深海棲艦よ――俺が全力で蹴っても『なかなか死なねえ』とか不敬極まる』


 同意を求めないでほしいと本気で思った。こんな話を一部の提督のことを妄信してる艦娘らが知ったら卒倒する。

 もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 提督は茶化しているのか、それこそこれも思考誘導の類なのかはわからない。だけど、もう耐えられなかった。

 辛いんだ。

 苦しいんだ。

 どうして優しくしてくれないんだ。

 あたしは頑張ったじゃないか。

 なのにどうして。


877 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 23:00:11F.816xeo (8/13)


 ――駆逐艦や潜水艦らのちっこい艦娘らがぴぃぴぃ泣いてたら、大抵優しくするくせに、どうしてあたしにはこんなにも厳しいんだよぅ……!


 思わず、弱音を吐いた。


『今、なんつった? ――それをお前が言うのか、北上?』


 は? 事実じゃあないか。


『俺が駆逐艦娘や潜水艦娘に優しい? まあ確かにそうだろうさ。

 だがそれを、誰あろうお前が言うのか。

 誰よりも駆逐艦らに優しくて、誰よりも己に厳しく当たることを求めていたお前が、それを言うのか?』


 ――あいつらに夢を見せたのは、おまえだろう?

 そう続ける声に、あたしの思考が停止する。

 提督がマジトーンの声だったこともある。だが、まるで心当たりがなかった。


『……アホだアホだとは思っていたし、球磨も多摩も愚痴っていたが、そこまで重症か。もういい、続きはついてからだ』


878 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 23:03:23F.816xeo (9/13)


 ――どうして、そこで球磨姉や多摩姉の話になるんだ。

 だけどそれっきり、提督はバイクの運転に集中しだして、あたしの呼びかけにも何も答えてくれなくなった。

 諦めの心境で、ただ目的地に到着するのを待つ。

 高速域で駆動するバイクの挙動にも少しばかり慣れてきた。見上げた空は、ついさきほどまで晴天だったのに、どこか涙を湛えているように見えた。

 曇天の空を見上げながらぼんやりと、提督が言った言葉の意味を考える。


 ――あたしは。

 駆逐艦が、苦手だ。

 弱いから。弱っちいから。好きじゃない。

 見た目がガキで、ガキそのまんまでうるさくて、よく騒いで、同じ艦娘で軽巡洋艦っていうだけの理由で懐いてくる。

 所かまわず走り回るし、コケればぴぃぴぃ泣くやつがいると思えば、すぐにケロッとして、何が面白いのかまたニコニコ笑いだす。

 率直にうざいのだ。あたしはそんな態度を隠すつもりもなかったし、適当にあしらっていたと思う。

 それを己に厳しく当たることを求めていたというなら、そうなんだろう。


879 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 23:06:47F.816xeo (10/13)


 ――だけど、優しくした、とか、夢を見せた、とか。それに関してはわからない。

 提督が嘘を言っていた気配はなかった。声の響きからして、きっとそれは彼にとっては間違いない真実なのだろう。

 あたしが、駆逐艦に優しい?

 厳しく当たられることを、求めていた?

 ……夢を見せた?

 冗談にしても笑えない。

 あんな奴らに振り回されるのは、いい迷惑だ。


 空にかかる雲はますます厚さを増していく。今にも涙がこぼれ落ちそうな気配がする。

 ――ああ、涙といえば。

 『あいつ』もしょっちゅう振り回されて、半べそかいてたっけね。



 ねえ、そうだよね――――阿武隈。



……
………


880 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 23:12:48F.816xeo (11/13)


………
……



 あたしは、駆逐艦の子たちが苦手でした。何、あの子たち……。

 普段は言うことを聞かないくせに、やれと言ってないことばっかりやる。

 ――あたしの指示に従ってください。

 何度、訓練でそう言っただろう。何度困らせられたかわからない。

 だけど、ああ、だけど。

 訓練ではなく、戦場で――彼女たちがやってしまうことは、あたしが命じなければならない、『正しい』ことだった。

 その命令を下さなきゃいけなかったのは、あたしなのだ。意にそぐわぬものだろう。命を台無しにする言葉なのだろう。それでも、言わなければならなかったのだろう。

 盾になれ、と。

 北上さんを前線へ、と。

 そのためなら、ここで死ぬのも貴女たちの仕事だ、と――そう伝えるのは、伝えなければならなかったのは、あたしだったのに。

 あたしが背負うべき責任を、駆逐艦の子たちは自ら持ち去っていくのだ。

 普段は全然、あたしの指示なんか聞いてもくれないくせに。


881 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 23:15:42F.816xeo (12/13)


 どうして、この子たちは、こうなんだろう。

 どうして、あたしはそれを言うことができないんだろう。

 この子たちだけじゃあない。

 あの人も。

 北上さんも。


『――邪魔だよ。阿武隈、そこの負傷した駆逐艦、下がらせて』


 冷たい人だ、と最初は思った。

 子日ちゃんも、初霜ちゃんも、貴女をかばって被弾したのに。

 本当は最後までついていきたいと思っているのに。

 そんな言い方をするなんてひどいと思った。

 だけど。どこまでも北上さんの言うことは正しかった。

 そんなことはわかってる。だけど抑えられなかった。声を荒げて、北上さんを罵った。

 だけど。


882 ◆gBmENbmfgY2021/06/20(日) 23:24:28F.816xeo (13/13)


『なんてことを――……なんてことを言うのよ、阿武隈』


 大井さんに、頬をぶたれた。叩かれた頬が熱を持っている。

 その一方で煮えた頭が、酷く冷え切っていくのを自覚した。

 それはきっと、あたしを叩いた大井さんの方が、ずっとずっと辛そうな顔をしていたからで。

 冷えた頭で、もう一度北上さんを見て――それで分かったのだ。


 ――あ。


 そこにいた北上さんは。

 その表情は。

 決して、冷たいだけの、酷いだけの人には、できない顔をしていたのだ。



……
………


883以下、名無しが深夜にお送りします2021/06/21(月) 11:25:20Z0F0M.Xk (1/1)

北上さまスキーとしては泣くわ(。´Д⊂)

大井っちを佳い女に書くSSは名作


884以下、名無しが深夜にお送りします2021/08/20(金) 04:54:57YlFevYCU (1/1)

こっちもあっちも更新ないけど忙しいのかな


885以下、名無しが深夜にお送りします2021/08/24(火) 17:46:116/FQCQIk (1/1)

飽きたんだろ
色々スレ立てるけど完走した試しがないからね


886以下、名無しが深夜にお送りします2021/08/24(火) 20:36:57a/tPO0aI (1/1)

>>1の完結作品いっぱいあるんだよなぁ
誰と勘違いしてんだ?


887以下、名無しが深夜にお送りします2021/08/29(日) 18:43:09AndogQ2A (1/1)

つづきまってます!


888 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 20:53:091vsmXa8Y (1/15)

※復活しました。データがいくつが死んだので書き直し中。とりま書き溜めたところで見直したやつを投下してきます。

………
……


 提督が球磨と多摩の二名からそれを問われたのは、随分と昔のことだった気がする。

 『なぜ頻繁に北上・大井を阿武隈率いる第一水雷戦隊に同行させ、作戦行動を共にさせるのか』という、多くの艦娘たちにとっては至極もっともな疑問。

 北上と阿武隈。一見して相性が最悪の二人である。

 それを組ませることを咎めているわけではないのだろう。

 だが組ませる意図を尋ねるというのも、少し違う。

 その意図など、球磨と多摩にはわかっていた。

 だから問いというより、確認だったと提督は認識していたし、まさに球磨も多摩も同様の意図をもってその質問を発していた。

 もしも認識が異なっていたのならば諭さねばならない。分っていて組ませているのならばよし。だが分らず組ませているのならば、殴る。

 そんな暴力の気配が己に近づいていることを知ってか知らずか、提督はあっさりとこう答えた。


『そうだな……阿武隈はしっかり己の原動力を言語化できていて、その一方で北上は、それができてないアホだからだ』


889 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 20:55:541vsmXa8Y (2/15)


 球磨と多摩は、頷く。

 それが完璧な回答だったと、満足して。


『――……ならいいんだクマ』

『――にゃ。よしなに頼むにゃ』


 球磨と多摩は笑う。安堵があった。この提督はきちんとわかってくれている。事前に確認した大井も同様に、ちゃんと理解していた。

 わかりやすい阿武隈。わかりづらい北上。

 その二人の艦娘としての本質がどのようなものかを正しく理解した上で組ませ、交流させようとしているのだろう、と。

 球磨と多摩。

 この二人にとって、北上とは。

 同型艦であり、妹であり、そして――


『提督。あいつアホだけど、よろしく頼むクマ』

『ホントにアホな妹だけど、見捨てないでほしいにゃ』

『見捨てねえよ。アホなだけなら話は変わるが、阿武隈も北上も、そうじゃあないだろう?』


890 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 20:57:321vsmXa8Y (3/15)


 そう言って苦笑する提督は、果たして何に対して笑ったのか。

 散々な言われようの北上に対して?

 それとも照れくさくて誤魔化すような言い方しかできなかった、目の前の二人に対して?

 あるいはその両方か。

 ――球磨と多摩。

 この二人にとって、北上とは。

 言葉通りにアホで――だけど

 それでも――大井が支えたい思うのも納得する、そんな艦娘で。


『優しい子だよ――お前たちに、よく似て』


 柔らかく笑んだ顔を向けられた球磨と多摩は、この人たらしがと内心で悪態をつきつつも、ひどく赤面した。


……
………


891 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 20:58:561vsmXa8Y (4/15)

………
……


 目指した場所は、鬱蒼とした緑が生い茂る山の中にあった。

 北上をパッセンジャーポジションに乗せたバイクが、熱くなったエンジンの回転数を引っ張り気味に上げながら山道を登っている。


『…………ねえ。そろそろ教えてよ、提督』

『あと十分もせず到着だ。そこで勝手に見て、聞いて、勝手に納得して、そして思い知ればいい』


 バイクを走らせてから、何度か繰り返されたやり取りだ。

 北上が幾度問うても、提督は似たり寄ったりの返答で取り付く島もない。

 『それでもわからない場合にだけ、教えてやる』と、そう締めて終わりだ。


『は―――あ』


 新緑が芽吹く、若い生命力の香り漂う山中を走っているというのに、北上には苛立ちばかりが募った。

 それでも、北上は思い出したこともあった。

 
 ――許せないことががあった。


892 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 20:59:441vsmXa8Y (5/15)


 確かにあった。

 記憶の底を覗き込む。掘り返してみる。そのたびにイライラした感情が邪魔をする。ざらざらした気分の奥をほじくるように探る。

 未だ定かならぬ、怒りの根源。それを思い出そうとするとき――覚える感覚が一つだけある。


 ――許せないことがあった。


 最初に感じたのは、確かに『怒り』だった。激しい怒りだった。

 紅蓮色を纏う怒りの渦が、激しい嵐が、身の胸の中で渦巻くを感じた。


 ――許せないことがあった。


 間違いなくそれがあった。

 怒り。これが一つのヒントなのかもしれない。

 それでは何に対して、怒りを抱いているのか?

 次に思い出すのは、傷ついた駆逐艦たちの姿――多くは阿武隈率いる第一水雷戦隊の駆逐艦たちだった。

 小破、中破が主だった損傷。被害状況から、次の会敵があれば、おそらく集中的に狙い撃ちされ、数合と持たぬであろう――それが容易に想像できるほど
に大破した子もいた。


893 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:00:271vsmXa8Y (6/15)


 ――許せないことがあった。


 阿武隈を通し、後方へ退避するように告げる。

 退避を命じられた駆逐艦たちの誰もが泣いていた。

 無念だ、悔しい、一緒に行きたかった。誰も彼もが似たようなことを言っていた。

 まだやれる、とついてこようとする駆逐艦がいた。頭を割と強めにハタく。ギャン泣きし始めたその顔にパンチして黙らせた。

 『うるせえ。そんなザマで何ができんのさ。とっとと帰れ』――我ながら血も涙もねえことを言った記憶がある。阿武隈がキレて何やら喚いていたことを覚えている。

 そんな阿武隈に、あたしは確か――。


『■■■■様が、■■■■の■まで――』

 思考にノイズが走る。そこでまた『怒り』を覚えた。その感情の渦が、そこから先の記憶の閲覧を阻害してくる。


 ――許せないことがあった。


 言うことを聞かない駆逐艦に対しての怒り?

 それは――少し違う気がした。

 それとは明らかに違う『何か』に、北上は怒りを覚えたのだ。


894 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:01:441vsmXa8Y (7/15)


 どうして、あんなにも激しい怒りを感じたのだろう。

 どうして、決して許さぬと思ったのだろう。

 何に怒り、何を許せないと思ったのだろう。

 思い出せぬ怒りの矛先を思い出そうとする時、北上はいらいらする。

 だけど、そのきっかけを思い出そうとする時、北上は――


 ――どうして、あたしの心は、こんなにも甘くなるのだろう。


『着いたぞ。降りろ』

『あ……ぁ、うん』


 停止したバイクのサイドスタンドが立てられ、左に傾く。言われるがままにバイクから降りた。

 数時間ぶりに地に足がつく。鎮守府敷地それよりもるかに柔らかい芝の感触に、少しだけ心が躍った。

 ヘルメットを脱ぎ去ると、僅かに蒸れた頬を、ひんやりとした空気が撫ぜてくる。

 風の出所を探る様に視線を向ければ、見事な野原が広がっていた。その向こう側には波の如き木々の群れ。

 さらにその先には海における高波を思わせる緑の山々が連なっていた。


895 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:03:221vsmXa8Y (8/15)


 次いで見上げた空もまた広い。

 いつの間にか重苦しいほどに連なっていた雲は風に流されていたらしく、燦々とした陽光が降り注いでいた。高所にあるせいか、僅かに流れる雲の輪郭が掴めるほどに近い錯覚を覚えた。

 後方からの水音に振り返れば、正体が小川せせらぎであったことを悟る。

 清らかな水と光錦が複雑に織り込まれた流れには、海で見るそれとはまた趣が異なる美しさがあった。

 山紫水明とはこうした光景のことを言うのだろう。ささくれた心にも染み渡る風景だった。

 だった、が――。

 さくり、さくりと、蒼いカーペット上を数歩歩き、


『ねえ、提督――――ここがあたしを連れてきたかったとこ?』


 背後の提督に、振り返らずに問う。

 この光景に何を感じ、何を得て、何を思い出すことを期待したのかはわからない。だがここから何かを思い出すことを期待したのならば、それは間違いだったと言わざるを得ない。

 だが。


『…………何やってんのさ、提督』


 返事がないことに訝しみ、振り返ると――提督は話を聞いているのかいないのか、あんちくしょうは脇目も振らずに荷解きをしていた。


896 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:11:021vsmXa8Y (9/15)


『見ての通りだ。何ためにツアラーバイクにしたと思ってる……見ろこの荷物を』

『はあ』

『はあ、じゃねえが。手伝え、ホレ。キャンプすんぞ』

『…………ほあ?』

『ほあ、じゃねえが。さっさと枯れ枝拾ってこい。焚火すんぞ。多摩の妹たる君が、まさか野営の仕方を忘れたとは言わせねーぞ』


 多摩ーズブートキャンプ――通称『リアル猫ごっこ』で知られる野営訓練という名の拷問。当然、古参の北上はその経験がある。そしてクリアした。

 クリアしたならばメタルマッチ一本とナイフ、そしてそこに大自然さえあればどこでもサバイバル可能になるが、人として大切な何かを失う、そんなキャンプだった。


『とにかく拾ってこい。話はそれからだ』

『……ちゃんと、教えてよね』

『くどい。拾ってこい』

『…………あいよー』


 投げ渡された丈夫な麻袋を小脇に抱えて、深い深いため息をつきながら――それでも足は動いた。

 見たところ針葉樹が多い林の中を探ると、いい感じの枝が大量に落ちており、触ってみたところかなり乾燥していた。この数日雨がなかったことが見て取れる。手慣れた――手慣れたくはなかった――手つきでひょいひょいと薪を拾い集め、ついでに数個の松ぼっくりも拾得。火種にする目的もあったが、いざとなれば提督に投げてぶつけてやろうという意志があった。


897 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:16:491vsmXa8Y (10/15)


 かくして戦利品を手に、提督が『ここをキャンプ地とする!』としてしまった場所へ帰ってみれば――。


『…………ねえ、なんでテント、一つだけなのさ』

『そりゃあ一個しか持ってきてねえからな。ほれ、よこせ。火ィ起こすから』


 設営は完了していた。大きめのポールテント。おそらくは三~四人用だろう。中には幅広ではあるが、一つしかないコット(寝台)が設置されている。

 男と女が一人ずつ。

 テントは一つ。

 寝具も一つ。

 それが指し示すことは、つまり――。


『あー、そのー、うん。提督……さすがあたしも、その……初めてが野外ってのは、ちょっと……お風呂も入りたいし』

『君が何言ってんのかわかるけどわかりたくないかな俺は。ここからちょっと山道下っていくと管理棟と入浴施設あるから汗とか気になるなら入ってこい』

『もっとムードがあるとこが……せめて屋根のある場所で……』


 北上は思った――夜空の下での破瓜はロマンチックなのかもしれないけど、もうちょっとこう、ノーマルなのがいいな、と。


898 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:18:221vsmXa8Y (11/15)


『……すけべと勘違いが過ぎるぞアホかみ。マジで脳髄からイカレたか? 俺がそのつもりなら古式ゆかしい伝統ある手法に則り、事前に書面にしたためて下着を同封した上で花束と共にお前の部屋に送り付けるってことぐらいわかんだろ?』

『わかんねえよ』

『最初から決めつけずにわかろうとしてみろ』

『…………………………わかんねえよ!』

『実にアホだな君は』


 北上の忠誠心が、ぐーんとさがった!

 提督を殴れるようになった!

 メタルマッチで火起こし中の提督、その無防備な背中におそいかかった!!


『オラァッ!!』


 北上のハイパー雷巡右ストレート!

 ミス! あんちくしょうは首を傾けただけで回避! かすりもしない!

 続けて左のハイパー雷巡ブロー!

 ミス! あんちくしょうめはバネ足ジャック君を発動! 座ったままの姿勢でジャンプ! ひらりとかわした!


899 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:20:131vsmXa8Y (12/15)


 そのまま無事に火の付いた焚火を飛び越えて着地。火を挟んで対峙する。怒り心頭の北上に対し、提督はむかつくジョジョ立ちのまま諭すように北上へ語り掛ける。

『ヌルいヌルい。引きこもってたにしてはなかなかどうして、踏み込みは相変わらず鋭いし、体幹の強さも見て取れる。鍛錬は怠っていなかったようで感心だ。だが格闘者としての身体の使い方がなっちゃいねえぜ。俺を手籠めにしたきゃあ、せめてヤ
ハギンレベルの武の理を身に着けてからにするがいい』

『…………こ、この怪物が』


 ちなみにヤハギンレベルとは矢矧のことを指し、艤装補助一切なしでプロの格闘技者を一方的に撲殺できる軍人格闘技式の体を成したどういい繕っても暴力な破壊の化身を指す。

 大ぶりのナイフ一本さえあれば、野生の熊に遭遇したとしてもこれを容易く仕留めるだろう。矢矧は軽巡内ステゴロ最強であり、戦艦・空母を含めても鎮守府内で十指に入る実力者、すなわち暴力装置だ。

 素手の矢矧に、天龍と龍田がそれぞれ野太刀と長刀を装備し、一対二の状況で対峙してようやく五分なのである。

 その矢矧でさえ提督は軽くあしらえる。艤装補助なしとはいえ、100mを10秒フラット、しかも素足で駆け抜ける矢矧をである。

 掴まれたならワリとヤバいが掴まれなければどうとでもなるあたり、提督に対する化け物呼ばわりも納得であった。鎮守府の古参たちはみんな提督のことを人間っぽい何かだと思っている。


『…………はあ。ちなみになんて書くの? あと、どんな下着を送り付ける気?』

『はあ? お前相手なら、そうだな――『処女膜貰ってやるからせいぜい処女らしい妄想しながら身を清めて待ってろ。その貧弱貧弱ゥ!な脳みそからひりだした想定なんぞ軽く凌駕するレベルで可愛がってやる……! 泣こうが喚こうが無駄無駄無駄
無駄』って内容をすごく丁寧に書いて送り付けるわ。君ってムッツリだし?』

『む、ムッツリじゃない!』


900 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:21:261vsmXa8Y (13/15)


『いいや、ムッツリだね。君がムッツリじゃなかったら世の中全員清純派だ。ところで話戻すけど、きっと北上は芋っぽい下着しか持ってないだろうから、優しい俺は赤くて薄くてやったらエロいやつめを同封してあげよう。サイズに不備があったら返信用封筒に入れて送り返してこい』

『最低だなアンタ!!』

『は? 最高なんだが? 最高級の下着を同封するに決まっているのだが? 俺の財力をナメないでほしいのだが?』

『う、うぜッ……今世紀最大級にうぜえ……!!』


 『え? 何? 聞こえない』ってな具合で北上の顔を覗き込む提督の顔芸は、実際最高にウザかった。


『そもそもそんなラブレターがあってたまるか……! 世間知らずのあたしでもおかしいってわかる……!!』

『はぁ? 世間知らずって理解してんなら世間を知り尽くしてる俺の言ってる方が正しいって思って素直に聞けよ』

『どこからその自信がくるの? ねえ?』

『納得いかんならちゃんと説明してやる。いいかね、北上くん。そもそも男が女に送る手紙は「やりたくなりました。君という素晴らしいメスに、俺という最高のオスは魅力を感じむらむらとした日々を過ごしています。だからやりましょ? イエスと言え! 天国に連れて行ってやるぜ!」ってのを上品に書いてその気にさせるためのモンだぞ。それが古式ゆかしい恋文というものだ。古事記には残念ながらそう書いてないがこれは事実だ。懸想文(けそうぶみ)というものがあってな。平安文学の代表作に数えられる源氏物語などではしばしば和歌が含まれた文がやりとりされて……』

『やめろ……! それっぽい知識や単語を使って、あたしを騙そうとしてるんだろ……!! ホントだとしたら古式ゆかしいというか頭がおかしい……! 嘘だ、絶対嘘だ……本当だとしたら最低すぎる……!』

『俺もそう思う。だからこそ知ってほしい――恋文なんてものはそもそも最低だってことに。詐欺の魁こそが恋文だということに』

『呼吸するような自然さで嘘つくな! 夢もへったくれもねえ……!!』


901 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:25:101vsmXa8Y (14/15)


『ねえよ。ただの遺伝子に刻み込まれた本能をより理性的かつ崇高なものとして実行するための冴えたやり方にすぎん。すけべしようやという言葉を崇高にしたのが愛って単語だ。

 だからおまえが俺に不埒な妄想を抱くのは構わんが、そういう気分になったらちゃんと書面にしたためて俺に渡せ。奥ゆかしい子は好きだ。ちゃんと読めるモンだったら解消してやらんでもない』

『っ、するか、ばか』


 そんな折、パチパチと乾いた薪に煌々と赤い火が滾り始めた。


『ン。メシ作るぞ。今度は水汲んで来い――ここから300mほど川沿いに下った先に水道あるから』

『は? 自分で行けば?』

『メシ作るんだけど? 働かざる者は食うべからずだぜ』

『別にあたしはおなかすいてなんて――』


 まさかのタイミングで、盛大な腹の音が響く。

 北上の肉体は、持ち主たる北上を裏切った。つまり、ごはん食べたい。


『行け。聞かなかったことにしてやる』

『……あい』


902 ◆gBmENbmfgY2021/09/05(日) 21:26:241vsmXa8Y (15/15)

※とりあえずここまで

 こっから先はただ北上様が本当に尊かったって話が続きますが、マジで次スレどうしようかな

 週1ぐらいの更新頻度に戻していきたいです。無理な時は事前にここに書き込むのでよろしくー。病気は一応完治しました。死ぬかと思いました。


903以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/06(月) 04:44:31G/736wDc (1/1)

生きてたか
向こうの方のデータも死んじゃってるのかな
書き直し頑張れ頑張れ


904以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/06(月) 07:29:46fCZLtk8w (1/1)


次スレは有志が立てた深夜の避難所に立てるかSS速報に移住するかの二択だろうな


905以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/06(月) 22:09:06wklU8OH2 (1/1)

おつ


906以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/07(火) 22:55:06c.Q8KIKM (1/1)

無事でよかった!
続き楽しみにしてます!


907以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/10(金) 08:49:40RVOP8ev. (1/1)

おつおつ
完治おめ
待ってるよー


908 ◆gBmENbmfgY2021/09/13(月) 01:08:342998YFuE (1/1)

※来週末ぐらいにはキリのいいところまで書けそうです
 北上と阿武隈の過去についてはそこでおしまい。タバタ完結までまとめられると良いな……。
 矢矧……矢矧か……あのバーサーカーどうしようかな……。


909以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/13(月) 01:22:41qitz.J0Q (1/1)

りょーかい
マジカルの方も期待してるぞ


910以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/13(月) 02:20:11d8.3Lc5I (1/1)

乙でした


911 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 00:01:49mo4oA./w (1/15)


………
……


 提督から手渡されたのは、折り畳みのウォータータンクが二つと、スマートフォン――北上のもの――だった。

 そういえば、鎮守府に忘れてきたなと思っていたそれは、提督が持ってきてくれていたらしい。


『トラブルがあれば連絡しろ』

『……うい』


 使い切ったシャンプーの詰め替えパックみたいに薄っぺらいボトルを小脇に、通知の有無を確認する気力もなく、スマートフォンをポケットにねじ込んだ。

 提督に送り出されて一人、とぼとぼと大自然の中を歩く。縄張り競争に負けた野生動物だってもう少しばかり元気があるだろうと、北上は今の自分をそう卑下した。

 視界の右端にちらちら映る、うねるように生い茂った木立の種類はなんだろう。杉か欅か、はたまた白樺か明日桧(あすなろ)か、今の北上には判然としなかった。

 間違いなく落葉松(からまつ)というわけはないだろう。アレは確か国内では唯一の落葉針葉樹だったはずだ。そんな益体もないことを思い浮かべながら、背を丸めて林道を下っていく。

 今度は視界の左端が気になってきた。小さな沢かと思ったら、道を下っていくうちに本流にたどり着いていたらしい。水音が嫌でも耳に届いてくる、豊かな渓流だった。

 渓流釣りを楽しむ人たちの姿も見える。遠く漏れ聞こえてくる声は甲高いもの。良く通る声――きっと子供だ。と、北上は思い、寄せた眉根に落ちた影が、更に色を深くした。


 ――子供は、苦手だ。


912 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 00:20:29mo4oA./w (2/15)


 うるさいし、泣くし、そのくせ次の瞬間にはケロッと泣き止んでて、何が面白いのかケラケラ笑う。

 なによりウザい。遠慮というものを知らない。こちらの都合をまるで考えない。そして、できもしないことを言う。

 『――駆逐艦たちは最悪だ。特に阿武隈旗下の駆逐艦など最悪中の最悪だったな』と、北上は三年間苦楽を共にしたはずの部下たちのことを思い浮かべると、脳裏にそんな血も涙もねえカスみたいな感想を浮かべた。

 だって、思い出すとどうしようもなくいらいらするのだ。

 意味のない会話。よくわからないやり取りに、北上の知らない遊び。

 そして――つまらないことばかりを言う。

 それを聞くたびに、北上はどうしようもなく苛ついた。

 ああそうだ、あたしはあいつらなんて――。


 ――本当に?


 迷宮の出口を指し示す糸が、強制的に断絶されたような感覚。そんな問いが泡沫のように脳裏に浮かび、しかし弾ける。

 どれだけ歩いただろう。提督の話ならそろそろたどり着いてもいいはずだ――そう思った頃合いに、うねった林道のカーブを曲がった。

 このキャンプ地の中心となるサイトはここいららしい――と、目の前に広がる光景から、北上はそう判断した。

 林を抜けた右側には大きく風が抜ける広場があり、その奥には林がある。その林の中にちらほらとカラフルなテントの姿が見て取れたし、見晴らしががよさそうな丘の向こう側にはデッキサイトやバンガロー、ひときわ大きな建物は管理棟か、もしくはコテージか――が、軒を連ねている。

 何より、子供が――それだけ確認して、視線を切った。前を見れば目的の水飲み場がある。隣接しているのはキッチンだろうか。昼時ということもあって、炊飯の煙があちこちでもくもくと立ち上がっていて、青空を白くフィルタリングしている。


913 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 00:22:44mo4oA./w (3/15)


 また、甲高い声が聞こえる。きっと子供の声だ。なんとも無邪気で、無理解で、無遠慮な、笑い声。

 ――ウザい。

 心の中でそう思う。

 ――本当に?

 心の中でそう訝しむ。

 ――そうに決まってる。

 心の中でそう返答する。

 だって子供なんてものは、そういうものだ。そういうものだから。北上の感性やライフスタイルには合わず、どうしても苦手なのだ。

 それが無責任だとか言われても困ってしまう。人として欠けていると言われても、そう感じるのだから仕方がないだろうと思う。


『あれ?』


 また子供の声がするが、意識から切る。さっさと水を汲んで提督のところに戻ろう。そして今度こそ問いただすのだ。

 ……彼の、無駄においしい手料理を食べた後にだ。


914 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 00:33:08mo4oA./w (4/15)


『ねえ、ねえ、あれって』

『……どうした? なんぞあったかの?』


 本当にウザい。北上は嘆息する。子供は好奇心が旺盛だ。あれが知りたいこれも知りたいあれはなんだ鳥か飛行機かいやUFOだと現実と空想の入り乱れた妄言を吐き散らかす暴走超特急だ。そして口調もなんかおかしかったりする。
一人称がコロコロ変わったりするぐらい、いろんなものに影響を受ける。つまりアレコレ意見が変わるのだ。こんなに面倒な存在はあるまい。

 どうせ大したこともないものを見て興味を惹かれているのだろう。そう判断し、やはり無視する。


『……む!? た、確かに』

『!? ま、間違いありません! 行きましょう!』


 聞こえてくるのは、先ほどより幾ばくか落ち着きのある声と、礼節を滲ませた声がふたつ――だが子供だ。おそらく年長者なのだろう。だが子供だ。

 北上は目的だけを果たすために――目的だけを果たすために、己の機能を単一化することに長けている。即ち集中力。この場合は無視することに集中する。


『ねのひだーっしゅ!』


 ……だが、それがどうやら難しい。何せ、何かがおかしいことに北上は気づきかけていた。

 なんでガキの声がだんだんとあたしに近づいてきている? というか今、絶対聞き捨てならないことを言っていたような―――!


915 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 00:36:33mo4oA./w (5/15)


 かくしてその子供たちの足音までもが聞こえはじめ――よりにもよって水道にたどり着こうとしていた北上の目の前で、止まった。


『―――は?』


 呆けた声が出る。だってそうだろう。

 ……なして?


『わーーー! 北上さんだーーーーー!!』


 ――なんで?


『おお! やはり北上殿! わらわたちと同じく行楽目的かの?』


 ――なんで、初春型の駆逐艦どもが、姉妹勢ぞろいでここにいんの?

 その答えはすぐに出た。

 ――あ、あの野郎、は、ハメやがった……!!

 こういう想定外に遭遇するとき、事件の裏にはやつがいる―――そう。

 主に提督が悪いのだ。


916 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 00:51:10mo4oA./w (6/15)

※キリのいいところまで書ききれなかったので明日(今日)


917以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/20(月) 16:46:12WdP4vMWQ (1/1)

おつ


918 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:08:08mo4oA./w (7/15)

※またまたキリが悪いけれど、不定期に投下してきます

 ――まずいことになった。

 この後に待ち受ける展開は目に見えている。駆逐艦の奴らときたら、あたしを見るや否やいつもいつも――。


『すっごい偶然だー! ねえねえ北上さんはひとり? ひとりできたの? 大井さんは?』

『え、え、あ、いや』

『あ! ご存じですかっ! ここってキャンプ場だけど近くに温泉あるんですよ! 知ってます? 知ってますよね! だから来たんですよね、すっごい評判いいんだって! 子日も楽しみにしてたんだ!』

『あ、そ、そう』

『でもでもアスレチックもあるんだよっ! そこで一緒に、子日たちと遊びましょっ! それで、いっぱい遊んだら、一緒に温泉入りましょう!』


 ――そら来た。一番槍は子日だ。こいつはいつも人の話を聞かない。阿武隈がよく手を焼いていた。


『これはやっちゃダメなんです。分りましたかぁ、子日ちゃん。OK?』

『おーけー!』


 OKと叫びながらダメなことをやる。そういうガキだ。これには阿武隈も『ンンンンン……!』と半角で唸っていたのを思い出す。正直笑ったが、今のあたしの状況があの時に笑ったことのツケであるとすればひでえよ神様。


『こ、これ、子日……そう矢継ぎ早に捲し立てるでない。北上殿が混乱するであろう』


919 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:12:55mo4oA./w (8/15)


 困ったように眉根を寄せて子日を窘めるのは初春――だったが、その言葉に咎めるような棘がない。出せよその棘。

 叢雲と張り合ってるときみたいな殺意混じりの、すっげえヤベーやつの眼光を出せよと思う。二水戦の眼光だけは戦艦クラスとか言われてたあのピンク髪に負けず劣らずのやつ。

 あたしのそんな祈りは通じず――それどころか少しだけ期待するような目であたしにちらちらと流し目を送ってくる始末。この時代錯誤の麻呂眉公家雌が! そんなにあたしが好きか!


『お久しぶり、というべきだろうか、北上さん。終戦後の祝勝会以来だったと記憶している』

『お、おう』


 姉二人を無視して挨拶してくるのは若葉だ。サドマゾ具合が結構理解不能なやつだったのを覚えている。


『ご機嫌よう、北上さん。初霜です。ここでお会いしたのも何かの縁』


 そして――まずい――初霜だ。こいつが一番厄介だ。断る際のいつもの常套句『鍛錬があるから』が使えない。そしておそらく、初霜はそれを理解している。

 『ぼっちで来てる』と言うべきか? リスクが大きい。何より駆逐艦なんぞに『え? ぼっち?』って目で見られた日には多分泣く。

 かといって正直に『提督と来ている』なんて言った日には状況は悪化の一途をたどる。あの悪魔の権化みたいな男は、艦娘達からそれはそれはモテる。

 異常だ。理不尽だ。やっぱり世の中間違ってる。顔か、顔がいいせいか。しかも口がよく回るからか。大戦果上げた超エリートだからか。金持ちだからか。多分全部だ。

 クソむかつくのはそれらがおまけ扱いなぐらい、あいつは艦娘に厳しくも優しい。あたしだってその点においては好感を持ってるぐらいで――だから分かるのだ。

 そんな男に連れられて、しかも二人きりで―――二人きりで!―――こんなところに来ていると知られれば、果たしてどうなる?


920 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:14:51mo4oA./w (9/15)


 このメンツ、子日と初霜は純粋に提督を慕っているようだが、若葉は間違いなく提督に淡い感情を抱いてるし、初霜も怪しい。

 仮に全員が提督に恋愛感情持っていないとしてもだめだ。

 噂話好きのこいつらは間違いなく鎮守府にいる仲間――温厚なやつらからヤベーやつらまで一切の区別なし――にあたしと提督がここにいることを連絡するだろう。そうなればもう最期だ。


 ――あたしはきっと、明日の朝日を拝めない……!


 足柄、鈴谷、摩耶の重巡・愛のクソ重三銃士がバイクやらスポーツカーやらすっ飛ばしてこの地へとやってくるだろう。

 鳳翔さんもやばい。淑女心掛けない奴は艦種なんぞ知るかと言わんばかりに粛清してくる鎮守府影の番長格だ。

 軽巡もやばい。ここは山だ。多摩姉の海に次ぐ第二のホームと言っても過言ではない。山狩りを行われれば間違いなく焙り出されてあたしは火だるまになる……!

 五十鈴あたりは例のなんちゃら理論を駆使して林道を一切傷つけることなく、濃ゆい顔でハンドリングを切って10t級トラックを操り、必ずやあたしを轢き殺しにかかってくるだろう。

 利根さんあたりも最悪だ。あの人は自分が気に入らないものをしばしば『ポッター』と呼ぶ。『おぬし、ポッターか?』『ポッター……なのじゃろ?』と圧をかけてくる。

 もちろんあたしは『ポッター』じゃない。っていうかそんなの知らない。人違いだ! だけど彼女にとって『北上=ポッター』と確信する何かがあればもう終わりだ。

 『アズカバァアアアン』とか、アバラがどうとかの謎の単語を叫びながらあたしを消し炭にしてくるに違いない。


『? 北上さん?』


 まずい。初霜が黙ったままのあたしを訝しんでる。こいつはやったら勘が良かったのを覚えてる。変に黙りこくってると勝手に推測して、しかもそれが8割当たるという驚異の的中率だ。


921 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:17:09mo4oA./w (10/15)


 究極の選択だ。

 一人というか。

 提督と来ているというか。


『その、もしお一人でしたら、良かったら私たちと』


 ――決めた。


『ん……一人で来てるけど。ここへは観光で来てる。あんたらはあんたらで楽しみなよ。あたしは一人でゆっくりしたいんだ』


 そう言って、彼女たちの間を切り裂くように横切って、水道へと向かう。

 あたしはぼっちの汚名を着ることにした。提督、あんたは本日限りはイマジナリー提督だ。どこにもいない。


『ええー!? そんなぁ、遊んでくださいよぉ、北上さんっ!』

『うるさい。いやだ。ウザい。どっかいけ。きえろ』

『子日ショォオオオック!!? うわああん! 若葉ぁーーー! 北上さんが戦争中の時と同じかそれ以上に辛辣だよぉーーーっ! おかしいよぉーーっ!』

『いや、妥当では。普通に旅行中なのだろう。たまたま知り合いに逢ったとはいえ、それが同じ軽巡クラスの方々ならばともかく、我々は駆逐艦だ。一緒にいては気疲れしてしまおう』


922 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:27:15mo4oA./w (11/15)


『あ、あのっ。お水を汲むんですよね。二つあるみたいですが、よかったら私も運び』

『いらない。ヤワなあんたらと違って、あたしは毎日鍛えてるから。このぐらいどうってことないから』


 これに関しては嘘ではない。あたしは毎日、毎日、鍛錬を積んでいる。部屋に引きこもってるときも、運動は怠らなかった。


『あたしは一人で楽しむから、ついでこないで』


 意識して――意識して、冷たい声で拒絶する。一言に付された初霜はしょぼんと俯いた。

 15ℓずつ入るタンクに満載された水を、左右のわきに抱え込むようにして持ち上げ、初霜を見ないように歩き出す。


『え、えっと! 水のタンク使うってことは、コテージじゃなくて、テントで一泊するんですよね! 子日、大推理っ!』

『…………』


 背中からかかる子日の質問を無視してのっしのっし歩く。


『ど、どんなテントか、子日、見てみたいなって』

『……』


923 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:34:13mo4oA./w (12/15)


『……その』

『…………』

『……えっと』

『……………………………………………………………………………………』

『……うわあああああん! 初春お姉ぇちゃぁあーーー! 北上さんが子日を無視するんだよぉおっ!!』

『ええいまとわりつくでないわ! 行楽地で偶然出会う縁こそあったが、共に楽しむ縁はなかった。そう思って諦めい』

『しょ、しょんなぁ……今日は、今日は、何の日? 今日こそ、北上さんと遊べる日だと、思ったのに』


 ――子日の言葉に、何かが引っ掛かる。だが足を止めるほどでもない。そのまま彼女たちから距離を取ろう。たまに振り返って尾行されていないか確認する必要はあるだろうが。

 我ながら、本当に冷たい。

 提督が言う言葉なんて、やっぱり思わせぶりの嘘だった。

 あたしが、誰に夢を見せた? こいつらに優しかった? 酷い冗談だ。

 こいつらは、この通り、勝手に夢を見て―――。


 ――そこまで考えて、頭痛が走った。


924 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:35:33mo4oA./w (13/15)


 思わず脚が、止まる。それほどの激痛だった。

 幸い、あたしの足が止まったことに彼女たちは気づいていないのだろう。背後から、声が聞こえる。


『大丈夫ですよ、子日姉さん。もう平和な世の中になったんです――北上さんや、阿武隈さん、大井さんに、木曾さん。皆の活躍で、平和になったんです』

『うむ。そうだぞ子日姉。だから、遊べる日はきっと今日じゃなかったってだけなんだ』


 ――失敗した。聞くべきではなかった。だって、頭痛が、ひどくなった。

 再び、重い足を動かす。そんなあたしのの背に、明確に呼びかける声があった。

 その一言だった。


『うん! それじゃあ――■■■! 北上さん!』

『ええ、■■。次はご都合を合わせて、共に時間を過ごしましょうぞ』

『■■■■■しましょうね、北上さん』

『うん。北上さん――■■』



 ――あ。


925 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:37:18mo4oA./w (14/15)


 あっさりだった。

 あっけなかった。

 それほどまでにすんなりと、凍り付いていた記憶の扉が開く。

 そうして過去が、北上に追いついた。



 彼女が、どうして雷神と呼ばれるに至ったのか。

 その結果ではなく、過程でもなく、その前提にあった。

 そうならねばならないとすら思った、原点を。

 北上のオリジンが、展開する――。



……
………


926 ◆gBmENbmfgY2021/09/20(月) 23:38:42mo4oA./w (15/15)

※次こそ、北上&阿武隈のクソ重感情まき散らす場面
 みんなは予想できるかななんて
 知ってるか、ワクチンをうつと、筋肉痛に似た痛みで肩が上がらないし、熱まで出てくる


927以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/22(水) 00:00:22bonBlGt2 (1/1)

>>926
知ってるぜ、俺も今絶賛堪能中だ……

明石と似て非なるタイプのあれなのかな
こいつらが沈んでも自分が耐えられるように、自分が沈んでもこいつらが耐えられるように、ってのと、子どもに戦わせる、戦わせざるを得ない事への罪悪感みたいな
マージナル・オペレーションのアラタみたいな心境が個人的にはイメージに近い


928以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/22(水) 13:34:16kc/ZWwGE (1/1)

またね
また
またお会い
また


929 ◆gBmENbmfgY2021/09/25(土) 23:56:0409ysfSis (1/2)


………
……



 重雷装巡洋艦・北上改二は、幾度も天才と呼ばれた。

 雷撃の天才。

 どんな深海棲艦でも一撃で倒してのける。北上の放った魚雷は、まるで『神のように』動いて、吸い込まれるように敵の急所へと突き進んでいくのだ。

 いつしか『雷神』と呼ばれるようになった。


 ――それは、いつからだ?


 そう呼ばれるようになったのはたしか、南西諸島海域を――沖ノ島を突破し、北方海域の攻略を大本営が懇願してくるまでにあった、しばしのモラトリアムの時期だ。半年程度の期間だったが、その間は本土にいる時間が多かった。自然と、他の鎮守府との交流が増える。

 その交流は、北上を大いに失望させた。天才と持てはやす者の大半は、よその鎮守府の艦娘や、入ってきたばかりの艦娘で、後者が抱く憧れの視線はともかく、前者の本心が嫉妬していることなど見え透いていた。

 北上という艦娘の好悪を決める基準はひどくシンプルである。北上は何の努力もしない、することも期待できない怠け者が嫌いだった。

 彼女が現代の日本に対しても同様に思うところはそこだ。余りにも『どうでもいい輩が生き易すぎる』し、いくらなんでも『自称弱者で事実として弱者なロクデナシが多すぎる』と思う。北上以外の艦娘も少なからずこの疑問を抱えている。

 年長者が尊敬され尊重される文化の土台には『現在に至るまでの厳しい状況を乗り越えて今に至った』というバックボーンがあるからだ。そこには厚みがあり重みがある。それを軽んじることは、先人の知恵や努力があって今に至った歴史そのものの否定だ。

 だが現代の日本から、それが失われようとしていると北上は思う。国の庇護がある。最低限の生活基盤が保障され、衣食住に困ることはない。技術は発展し、人の生活は豊かになった。


930 ◆gBmENbmfgY2021/09/25(土) 23:58:5309ysfSis (2/2)


 成程、幸せなことだろう。だがこの『努力しなくてもほどほどにはなれる』という状況こそが曲者だ。尻に火が点かなければ必死になれない輩は案外多い。むしろ自然と言えよう。水が低きに向かって流れるように、自らを厳しく律する理性のないものはどんどんと堕落していく。そしてそうした姿勢でも「どうにかなってしまう」ものだから、堕落する人間は増える一方だ。

 納得はする。理解もできる。問題なのはそれらが平等という在り方だ。

 助け合いの精神はわかる。例えば、健常者が非健常者に対して配慮する。これこそが気配りであり、余裕であり度量である。それが、ただの甘えや馴れ合いになりつつある。己の弱さを他人を攻撃するための理由とする。己が優遇されてしかるべきだと主張する。生まれついてのハンディをプラスに変えようとする意欲である――と好意的に見るには少し厳しい。何せどうしたって性根の卑しさが見えてくるのだ。無論、そんな身障者ばかりではないことは理解している。とはいえ悪目立ちしすぎているし、何が困ったかと言えばそんな声の大きい身障者は実際に優遇されてしまうことだろう。助け合いとは自然に発露した純然たる善意によって行われるもので、それを強請るのはもはや助け合いとは言えない。こういった事例があまりにも多いせいで、声を上げることができない善良な身障者が肩身の狭い思いをする。これすら平等だという。それらを不平等にするのは差別だという。成程、それもわかる。極端なのもよくない。じゃあ――何が区別なんだ、という疑問には誰も答えてはくれなかった。

 歪な仕組みだ、と北上は思った。健康上の都合で仕事ができないとかも理解できる。頭痛が鳴りやまないとか、腰がイカれてるとかはわかる。だが心の病ってなんだ――北上は戦前脳なので、北上基準でそんなナメ腐ったことを抜かす奴は尻を蹴っ飛ばして適当な肉体労働で汗水流させ、きちんとした報酬払って酒でも飲ませ、女なら男を、男なら女を、ホモにはホモを、レズにはレズを、変態には変態をあてがえて鉄兜持たせて駆け込み宿に放り込めばあら不思議――さくばんはおたのしみでしたねという締めの言葉で、一発快癒するんじゃあないかと思ってる節があった。『目にそれとは見えない病なんだからそんな単純な問題じゃないんだ』なんて言う輩がいそうだが、そんなに複雑に考えるのもどうかと、北上は思う。そもそも精神の病なんて、北上からすれば酷くうっさん臭かった。その目に見えないものは精神科医とやらは見えてんのかと思う。スタンド能力者かと。人だってミスするのにそんな診断で精神病んでますとか言われて「はあそうですか」って受け取るならなるほど確かに精神的にヤベえんだなと思う。北上ならそんなこと言われたら五連装酸素魚雷の二十射線×2で病院ごと火の海にしてやるだろう。と言うか、なんだ、銃弾飛び交う戦場よりヤベーのか現代社会はとも思う。戦場のど真ん中に自称・精神病患者を放り込めば多分メッチャ元気に走って逃げ出すと北上は思っている――そのあとに本当にトラウマで精神病になってしまう可能性は置いておくとしても。

 ギャアアアギダガミザァアアン
 閑  話  休  題。

 何も北上は『自分は努力しているのだからもっと優遇されたい』などと言うつもりはない。いや、優遇されるべきだとは思っているしなんなら自分という存在に対して『様』を付けない奴はスーパー不敬なので即スーパー死刑にしたいとすら考えている――なんてやつだ――が、それは強請るものではなく、それに相応しい『何か』を勝ち取ってから要求すべきものだと考えている。

 北上は自らの才能を理解している。それは酷く幸運だと思っている。そして才能がある物事を、北上自身の嗜好が好ましく思うことが多かった。好きこそものの上手なれとはまさにこのことである。

 決戦兵力として期待を受ける――理解できる。むしろ歓迎だ。もっと自分を頼れとすら思う。

 だが嫉妬を受ける。嫌がらせされる――まるで理解できない。


931 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:02:24CcyWen1s (1/34)


 北上は陰湿なやり口も嫌う。善悪の問題ではない。ただムカつく。この北上様に嫌がらせするとか、さては雷巡アンチだなオメー。だから殴る。この鎮守府では必修項目に入ってる日本拳法――北上に奥歯ガタガタ言わされるほど殴られた――主に北上の怖さを知らないよその鎮守府の哀れな艦娘である――は30名を下らない。北上がブチギレて誰かぶん殴るときは大抵コレである。摩耶とか隼鷹あたりも似たようなことをやったし、北上が最初にやらかせばそれを止めるどころかむしろ便乗してぶっ殺されてえかヒャッハーヒャッハーした。そういう時に限って、大井とか阿武隈がいないもんだからストッパーもおらず、当然のように当該鎮守府には出禁を喰らう。こればかりは提督からも怒られた。やるならもっとやるしかねえという状況を詰めてから徹底的にやれと。うん? 似た者同士かな? こうして彼女らを出禁にした鎮守府は結構な確率で後ろ暗いことをやっていた――ことにされたか本当にそうだったかは定かではないが――ことが判明し、後に解体されることは多かった。バラされた鎮守府の提督のその後の行方は知れない。多分、鎮守府同様にバラされたのだろう。提督は個人で陸軍憲兵一個師団より怖い。

 さておき、北上の才能に追いすがろうとしてくるなら可愛げもあろう――やることと言えば足を引っ張ることばかり。それを卑劣だと咎めるつもりはない。その卑劣さもろとも敗北を噛み締めさせ
てやるという気概はあった。

 まるで笑えもしない。

 ――こみ上げてくるものがあった。

 ならば翻って、駆逐艦はどうか――幼く生まれてきた。精神も幼い。

 そして北上は駆逐艦が苦手だ。才能の有無はあり、優劣もある。

 ――だが、嫌いになれない。北上は誰一人として嫌いではなかった。

 ――何故だ?


『なあ北上よ。覚えてるか? 君に質問したことがある――駆逐艦は嫌いか、と聞いた時だ。君はこう言ったんだよ。

 『ううん。ただウザくて苦手だけど』ってな。だから俺は、『ああこの子は優しい子なんだな』って思ったんだ』


 提督からそう言われたことを、不意に思い出す。あれは確か、秘書艦として書類仕事したりお茶入れたりスケジュール確認したりと、北上がらしくなくも、案外そつなくこなしたことを褒めちぎられて『畜生この畜将が耳からあたしを孕ませようとしてきやがる……!』と悶えていた時に言われた言葉だ。


932 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:07:34CcyWen1s (2/34)


『否定とは得てして強く聞こえる言葉だ。嫌い、って言葉は特にな。でも北上。君はしょっちゅう駆逐艦ウザいとか駆逐艦苦手だとは言ってたが――終ぞ、駆逐艦たちのことを『嫌い』とは言わなかったよ』


 そんなの、当たり前だろうと思った。北上にとって、それは当たり前だった。深く考えるまでもなかったことなのだ。その当たり前の中に、答えはあった。

 ――だって、あいつらはちゃんと『努力している』からだ。

 駆逐艦は弱い。脆い。すぐにベソをかく。泣きだしたかと思えば次にはけろりとしていたり、何がおかしいのかけらけらと笑う。今泣いた烏がもう笑うとはよく言ったものだ。人懐っこい笑みを浮かべて、なれなれしく北上にまとわりついてきた。


 桜色の髪色をした人懐っこい駆逐艦――子日。これで結構なバーサーカーだ。後にレ級の中で特にヤベーのを単艦で血祭りにあげるぐらいの成長を遂げるやつだ。

 いつでもどこでも思いつめたような無表情を晒しながら、天然入った発言をしばしば繰り出す駆逐艦――若葉。確か綺麗好きだった。二つ名もあった。確か『海の掃除屋』とか言われていた。

 真面目が服を着て歩いているかのようなおりこうさんの駆逐艦――初霜。良く物事を見ていた。たまに二水戦に駆り出されて、なんと旗艦まで張っていたことさえある。なかなかのやつだ。

 似非公家口調が鼻につくも、個性的な妹を抱えるだけあってかよく気が利き面倒見がよい駆逐艦――初春。日本舞踊が趣味という、なんというか見た目通りのやつだった。

 こまっしゃくれた発言が目立つも、見栄っ張りなところに妙な可愛げがある駆逐艦――暁。レディになるのが憧れらしいが、そのレディってなんか定義あんのかとちょっと気になった。

 ハラショーハラショーとロシア語で語りかけてくる駆逐艦――響。これでなかなか姉妹思いでしっかり者だ。時々、寂しそうな眼をするやつだった。

 小さな八重歯を覗かせた人好きする笑みを浮かべる駆逐艦――雷。料理やお菓子作りが得意で、頼んでもいないのに北上におすそ分けしてきたこともある。メチャクチャうまかった。年貢を納めてくるとか大したやつだ。

 その雷の背に隠れながらおずおずと、しかし憧れを見る目で見つめてくる駆逐艦――電。あまり言葉を交わすことはなかったけれど、海の上ではしっかりしていた。たまにバグッていたのはなんなのだろう。大したやつだ。

 一番一番と壊れたレコーダーのようにそればっかりを連呼する駆逐艦――白露。雷撃術の教授を一番多い頻度で乞うてきたのが、この子だった。

 そして――時雨。一水戦に編入された当初は、まるで笑わない子だった。だけど、いつのころかケラケラとよく笑うようになって、他の駆逐艦の子たちとの交流も増えて――レイテ沖では、ニシムラセブンの一隻として八面六臂の活躍をみせた。すごいやつだ。


933 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:09:32CcyWen1s (3/34)


 全員が、阿武隈率いる第一水雷戦隊旗下の駆逐艦たちだ。後に巡り合うことがあれば、第十七駆逐隊や、他のちびっこどももここに加わるのだろうかと思うと、北上はひどく眩暈がした。

 オフのタイミングで彼女たちにかち合うと最悪だった。やれ魚雷を上手に当てるための砲撃による誘導術を教えてほしいだの、どうやったらあんなに正確な雷撃術が身につくのかだの、北上の都合などお構いなしに質問の雨を降らせてくる。

 諦めていなかった。諦めたくないと顔に書いてあった。できることはなんだってやっていた。できないことができるようになるまでなるにはどうすればいいのか必死だった。

 何度、雷撃術の教授を乞われただろう――頑張っていたんだ。

 幾度、海上演習の相手を務めることを願われただろう――苦悩していたんだ。

 何回、彼女たちの涙を見ただろう――足掻いていたんだ。

 幾回、彼女たちが勝利を喜び合っただろう――全身がそれを主張していた。

 ――だから、力及ないことがあると、本気で悔しがっていた。

 涙を流すほどに。食いしばった口元から血が滲むほどに。血走った瞳に涙を溜めて、懸命に言葉を紡いだ。

 あとは頼みます、頼みます、お願いします、決めてきてください、と。

 そして、最後に決まってこの言葉で締めるのだ。

 ――無事に、帰ってきてください、と。

 願われることはあった。乞われることはあった。だがこんな悲壮な顔で懇願してくることは、なかった。

 何で、そんな顔するんだ。なんでそんな顔して、そんなこと言うんだ。そんな奴らのことを、嫌いだなんて、口が裂けたって言えるわけがないし、そもそも思うわけがなかった。


934 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:11:33CcyWen1s (4/34)


『お前らは、お役目をしっかり果たしたじゃあないか。こんな素っ気なくて意地悪なあたしの心配よりも、自分の心配をしろよ』

 幾度も口元から出かかった言葉を飲み込む。どうしても、それが言えなかった。

 軽巡――雷巡・北上は決戦兵力だ。決戦と目された戦場において、主力艦隊の撃滅を期待されて送り出される。だから第一水雷戦隊が北上の護衛につく。そうして北上を守って傷ついたのが彼女たちだ。とても言えなかった。よくやったとしか、言えない。だけどその言葉も言えなかった。よくやったなんて、言いたくなかった。

 そんな心中とは裏腹に、北上の口は言葉を紡ぐ。


『任せな。あんたたちの分まで、この北上様が叩き込んできてあげるよ』


 情動にあふれた言葉だった。どの記憶を切り取っても、北上はいつもそんな大言壮語を吐いている。

 どうしてそんな言葉が出てきたのか、北上自身にもわからなかった。

 ――そう、わからなかったんだ。

 わからずじまいで、理由もわからぬ苛立ちを抱えたまま、敵中枢艦隊が待ち構えている海域を目指し、海を駆ける。

 覚えていることがある。その道中、一秒ごとに体に力がみなぎる感覚を覚えた。

 何かを成そうと望み、必ず成就させんとする気持ちがあれば、なりたい自分になれる――否だ。そんなアタマ日向なことを信じてはいない。

 ただ、健気なほどに才の無い者たちが、懸命に努力している姿を見てきた。

 認めたくなかった。


935 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:12:10CcyWen1s (5/34)


 でも、本当は悪くないと感じていた。

 悪くないな、と思った

 ああ、そうだ。

 北上が――あたしが、この鎮守府の艦娘たちに、駆逐艦たちに感じていたものは。


『痺れるねえ』


 未来を、見たのだ。

 勝利を喜び合う未来を。

 戦争が終わって、誰もがその顔に満面の笑みを浮かべる、そんな優しい未来を。

 だけど、ある日気づいてしまった。



 駆逐艦たちが、夢を見ないのだ。



……
………


936 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:14:09CcyWen1s (6/34)


………
……





 いつの日だっただろう。

 それは、駆逐艦の何気ない一言を聞いたときだった。


『今日は、どんな日かなあ』


 そう、つぶやく駆逐艦がいた。子日だ。幾度か聞いたことのあるフレーズ。口癖のようだった。

 口癖、だ。だからよせばよかったのだ。

 何の気まぐれか、北上にしては珍しく――自ら彼女へ話しかけた。魔が差したのだ。

 らしくなかった。らしくないといえば、その駆逐艦もそうだった。どこか悲しそうに、その口癖を呟いていたから、だからつい聞いてしまったのだろう。

 沖ノ島海域を抜けてさあこれから北方だといったところにストップがかけられたせいで出来上がった、長い長いモラトリアム。提督が言うには大本営のクソどもがどーあがいたって一年、最悪半年程度で悲鳴交じりの音を上げてくるからそれまで鍛錬だと。こうして得た余暇を鍛錬に充てる日々が続いた中でのちょっとした稚気だった。

 ――なんだって今日の話ばかりする、と

 ――もうじき日付も変わる頃合いだ。どうして今日なんだ。なんだって明日の話をしないんだ。


937 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:15:13CcyWen1s (7/34)


 そう聞けば、彼女は言った。


 子日は、言った。


『またねって』


 その言葉を聞きながら見た、彼女の表情に、北上は酷く動揺した。


『――またねって』

『――そう言える日がいいなって、思うんです』


 子日は言う。北上の目を見ながら――何も見えていない目で、言う。


『明日は、明日は……どうなるか、わからないから』


 なんだそれは、と思った。乾いた笑い声が出た。タチの悪い冗談を言うようになったんだなと――そう、思いたかった。

 ――明日は、明日だよ。何をない頭使ってんのさ。今日は勝った。昨日も勝った。一昨日も勝った。勝って勝って、勝ち続けて、そうしてたどり着いた今日だろう。

 ――馬鹿なこと言ってないで、アンタは能天気に笑ってりゃいいんだ。


938 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:16:12CcyWen1s (8/34)


 そうせせら笑うように言って見せた。だけど、帰ってくるのは悲しそうな笑みと、湿った言葉だった。


『そう、そうですね……そうです、よね。でも、でもね、でもね北上さん――』


 子日は言う。

 微笑んで言う。

 だけど、死んだ魚のような目で、言った。


 ――その明日は、誰が約束してくれるんですか?


 何も、言えなかった。立ち去る子日の背に、何も言えなかったのだ。

 他の駆逐艦にも同様の話題を振ってみる。

 初霜。


『……すいません、北上さん。笑顔で終われるかわからない今日なのに、明日のことなんて考えられないです。ただ一隻でも一人でも救えるのならば』

『それで私は――それで、満足、なんです』


 なんで、と思った。なんだってそんなことを言うんだ。酷いジョークだ。こんなのが駆逐艦の中では流行ってるのか。そう言って茶化したが、初霜は笑わない。


939 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:17:35CcyWen1s (9/34)


 子日と同じ目をして、言う。

 ――本当に満足しているものが、そんな目をするものか。そんな、今にも泣きだしそうな顔をするものか。

 そう問い詰めた。

 それでも、初霜は言う。何も見ていない目で、言うのだ。


『――明日。明日もしも、私がいなくても。ちゃんとみんなで、笑いあえる『明日』を掴んでくださいね。北上さんがそう約束してくれるなら、私も安心できますから』


 ――ああ、北上さんなら安心です、と。安らいだような顔で、言った。

 何の悪い冗談だ。何の悪い夢だ。また、何も言えなかった。小さな初霜の背を、黙って見送るしかなかった。

 気が付けば北上は基地内を走り回っていた。目についた駆逐艦たちに、同様の質問を投げかける。

 だけど、誰も彼もが、似たようなことを言った。

 若葉。

 ただでさえ何を考えているのかよくわからないやつだ。だけどむっつり顔で、時々間の抜けたことを言う子だ。きっと、きっと何か、違う答えを持ってるはずだ。

 ――北上の心は、そう願った。

 だけど。


940 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:19:13CcyWen1s (10/34)


『明日? ……ああ、そういえば、そんなことは、あまり考えないようにしていた。ただ――』

『朝焼け空を見上げると、とても心が安らぐ。だけど、何か、とても落ち着かない心地になる。胸がざわつくんだ』


 本当は、この時にこそ、本当はわかっていたのに。


『若葉の、夢……ゆめ、か。人の夢と書いて、儚いというのだったっか……なるほど、と思う。確かに、その通りだと』


 ――やめて。

 悲鳴を上げそうになる口元を必死で手で塞ぐ。

 それでも、若葉は言う。死人のような瞳で、言う。


『そうだな……北上さん。もし若葉が沈んでしまっても、不肖の姉二人と立派な妹を、よろしくお願いしたい。北上さんの口からそれが聞ければ、若葉は――大丈夫だ』


 この時に感じた激情を、北上は忘れてしまっていたのだ。

 余りのおぞましさに、酷い嫌悪感のあまり、記憶からないものとしようとしたのだ。

 何も、言えなかった。何も、何一つ、消えてしまいそうな背に、言葉一つかけることができなかった。


941 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:20:44CcyWen1s (11/34)


 初春。

 そうだ、きっと初春なら、と思った。

 初春が日本舞踊を学んでいることを知っていた。いろいろと手広く趣味を広げていることを聞いたことがある。

 だからきっと彼女ならば、と。

 そう思ったのだ。

 ――北上の甘い心は、そう願った。


 だけど。


『……先週、救難信号を受けて駆け付けた他の鎮守府の艦隊に、わらわと同じ初春がおりました。

 ――腕が、ありませんでした。わらわはそれを見て、何も言えなんだ……何も、言えなかったのです』

『ただ、ただ恐ろしかった』

『もし、もしもわらわが、ああなってしまったとき、それを受け入れることができるのかと……思いました』

『だって、だって、わらわは……あやつに、提督に……手慰みにと日本舞踊の手ほどきを受けたことを、思い出すと……心が、温かくなります。

 だけど、腕がなくなってしまったら、もう踊れないのだと……きっと、それを受け入れることができないのではないか……そう、思ったのです。心が、冷たくなりました。

 不意に、頭の中をよぎったのです。腕がなくなったのが、わらわじゃなくて……妹たちではなくてよかった、と……そう、思ってしまったのじゃ……酷い女だと、そう思うじゃろう?』


942 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:26:05CcyWen1s (12/34)


 何も、言えなかった。


『北上殿……わらわには、まだ、まだ、まだまだ夢を、それを望むだけの強さが、足りませぬ。

 まだまだ、精進せば……ですが、それでも一つだけわらわの望みがあるとすれば……そうじゃなあ。

 うん……わらわたち姉妹、そして一水戦の子らの誰一人欠けることなく……なかった、と言える……そんなめでたき日を迎えることができたなら』


 北上には、何も言えなかった。


『――祝福の舞をひとさし、披露してみたいものです。北上殿にも、是非』


 あまりの怒りで。総毛立つほどの激情で、言葉を紡ぐ余裕なんて、なくしていた。

 ああ、そうだ。北上には――絶対に。

 絶対に許せないことがあったのだ。

 かつて己に積まれていた、忌まわしい兵器の記憶がよぎる。豪奢な椅子にふんぞり返った老害が言う。敵の死を望む。ゆえに死ねと命じる。それは誉れだと。


 ――ならば貴様が真っ先に死ね。


 北上にはどちらも等しく害悪だ。同じ糞垂れだ。


943 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:26:37CcyWen1s (13/34)


『戦うことしか知らないなんて悲しいじゃあないか』


 そう言った提督の真意を、知った。

 提督が軽巡に、そしてそれ以上の大型艦種に、駆逐艦たちに相対する自分たちに、何を求めていたのかを知った。

 なんでだ、という疑問が水泡のように心の内海に湧き上がる。


 ――この状況を作っているのは、誰だ。


 誰のせいだ。誰がやった。誰だ。


 ――貴様らの、せいか。


 深海棲艦のせいだ。駆逐艦どもが、夢を見ないのは。見れないのは。

 痛ましいぐらいの、ささやかな夢しか見れないのは。


 ――なんだって貴様らは、駆逐艦どもを泣かせて、嗤っていやがる。

 ――あたしの前で、ガキの夢を踏み潰そうとしてんじゃあねえよ。


944 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:27:13CcyWen1s (14/34)


 頭にきた。

 明日を願うことを夢だと語る駆逐艦に怒った。

 それ以上に、その夢を嘲笑うかように攻めてくる深海棲艦どもに激昂した。

 あんな水底から湧いて出た、顔色の悪い連中が、誰の怒りを買ったと思う。

 その激情のままに奴らを殲滅してやりたいと思う。

 だけど、深海棲艦どもをどれだけ叩き潰そうと、きっと駆逐艦たちは夢を見ない。

 何かがいるのだ。劇的な何かが。起爆剤としての何かが。

 ならば。

 ならば。


「だから、あたしたちが見せてやらなきゃならないんだろ―――夢は、あるんだって」


 ――そうだろう、阿武隈。



……
………


945 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:28:14CcyWen1s (15/34)

………
……




『――おかしいだろう。こんなの、まかり通っていいわけないだろう』


 北上さんは言う。

 あたし
 阿武隈に、言う。

 これは胸のからこみ上げてくる衝動の正体を、北上さんがきっと掴んでいた時の記憶。

 理解しないままに自覚した、世にも珍しい阿呆の――だけど、心優しい艦娘に出会えた時の、あたしの記憶だ。


 北上さんは、子供が苦手で。

 それ以上に、努力しないものが嫌いで。

 足を引っ張ってくる輩が大嫌いで。

 そして、絶対に許せないものがあった。

 ――あたしと、同じで。

 それをきっと、大井さんはわかっていたんだ。だからあたしを叩いたんだ。どうして、よりにもよって貴女にそれがわからないのだと、失望を滲ませていたのだ。


946 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:29:32CcyWen1s (16/34)


 戦いにおいても、才能は存在する。向き不向きがある。素養や素質がある。運が左右する場面だってある。それは艦娘とて例外ではない。

 ならば、その差も存在する。ダメな奴は何をどうやったってダメだ。あきらめなければ夢は叶うなんて、それこそ夢想論だ。あり得ない。

 生まれ変わって出直せなんて、人を揶揄し侮蔑する言葉だってあるけれど、それすら北上さんは認めない。「馬鹿は死んだって治りゃしない」というのが、北上さんの持論だ。

 曰く――やり直そうがダメな奴は何度やったってダメなのだという。そんな見下げ果てたやつが、今の世の中には溢れんばかりだ。

 赤ん坊で生まれて、成長して、多くの人と交流して、それでもなお社会に適合できない?

 そんな輩は、たとえ生まれ変わる奇跡があったとしても、『その程度の奇跡ではどうにもなりませんでした』という結果にしてしまう。その程度では――そんな奇跡ですら――台無しだ。うまくできるわけがない。やれるわけがないのだ、と。

 完全に同意したわけではない。でも一理あると思った――何せ次の人生など、あるわけがないのだから。

 いつだって今なんだ。今の人生しかないのだ。今を精一杯生きるしかないんだ。

 だがそれでも、北上さんの心は『違う』と叫んでいたのだ。

 精一杯に叫んでいた。狂いそうなほどの感情を心の奥底に秘めていた。

 嗚呼、これは違う。

 違うんだ、と叫ぶ。

 あたしの心も、北上さんの心も、痛切に、叫ぶのだ。

 ――艦種の違い? 役割の違い? 駆逐艦は脆い? 火力が貧弱だ? 弱い物は弱い? それはどうしようもならないことなのだと?

 そうだということを、知っている。それでも『これは違う』と感じるのだ。思いたいだけなのかもしれない。だけど、認めない。認められないのだ。


947 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:33:02CcyWen1s (17/34)


 これは理屈ではない。これは合理的ではない。これは現実主義ではない。

 そんなことは百も承知だった。それでも、北上には受け入れられない。

 ああ、確かにそれは事実だろう。だが、事実を事実のまま、それが現実なんだと示すのが、賢しいのか。

 夢を見れない子供に『それが正しいんだ』と、どこの良識ある大人が笑顔で言ってのける?

 それが、そんなことが、大人のやることか。

 ――糞っくらえだ。

 北上さんにとって、それはまさに糞そのものだと言うのだ。

 どぶ底ような濁った眼をした子供が、大人になって何者になれるというのだ。同じだ。まるで同じ糞溜めだ。澱みの中で育まれ生まれでたものが、同じ糞になっていくだけで、なんにも変わるわけがない。

 あの頃は、そんな諦観がそこかしこに満ちていた。すでにここは腐ったどぶ底だ。深海棲艦は世界中の海で蔓延っている。ただ人類はその命脈を引き延ばしているに過ぎなかった。命の終わりを先延ばしにしているだけ――言葉にせずとも、そんな諦めは伝わってきた。

 勝利を積み重ねてきたこの鎮守府にさえ、そんな空気が漂った時期があった。正面海域を抜き、沖ノ島を突破して、決して浮かれ切っていたわけではない。

 だって、駆逐艦たちが、夢を見ない。自分たちよりもはるかに、現実を見ていた。現実に、囚われていたのだ。ここはマイナスなんだ、と。思い知らされた。

 ――ッざけんな。生まれた時からマイナススタートだなんて、そんなことがあってたまるか。

 何のための艦娘か。何のための命か。それを打破するために、あたしたちはここにいるのだと。

 だけど、駆逐艦たちは夢を見なかった。


948 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:35:30CcyWen1s (18/34)


 いつしか人は現実を知るだろう。子供が大人になるときは、いつだって現実を知るときだ。

 ――じゃあ、夢はどこにある?

 ――この世に希望はないのか?

 北上さんはあたしに、問う。あたしは答える。

 否。否。否だ。断じて否。

 あるとも。夢はある。希望はある。未来を見据えている限り、そこに確かに夢も希望も存在する。

 なるほど、それは夢だ。いかにも朧気で、幼げで、未だ形をしていない不定形の幻だ。

 ならば、と。北上さんは言う。


 ――あるんだ。ここにある。ここにあるとも。それを見せてやる。あたしはただ、やるだけだ。いつも通りにやって、それが『ある』のを証明する。


 それを形にして見せてやる。未来は捨てたもんなんかじゃあないのだと。夢はあるんだと。ここに確かにあるんだと。

 彼女の内側には、理性を越えた、もっと原始的な、いっそ幼稚なほどに、頑固なまでの情念が渦巻いている。

 一流の悲劇なんて、いらない。

 三流のハッピーエンドで構わない。

 駆逐艦たちは努力していた。駆逐艦を苦手とする彼女の目をして、そう評価するにいささかの躊躁も忖度も不要であり、ましてや彼女の本質はシンプルに清廉だった。誰かを不当に評価する発想すら持っていないひとだ。


949 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:36:58CcyWen1s (19/34)


 駆逐艦たちは、そんな彼女が戸惑いなくそう評価するに足るほどの鍛錬を積んでいた。だけど、彼女たちは夢を見ているようで、見ていなかったのだ。

 阿武隈は、駆逐艦の子たちが言っていたことを、覚えている。


 『いつか平和な海を取り戻したい。それで、みんなで、笑顔でお話するんだ。そよ風の中で、笑って話をしたいんだ! 誰よりも、いっちばんに!』

 『平和な世界で、気持ちのいい春の陽気に、みんなでピクニックにいきたい』

 『またって言って、またって返せる、笑顔で過ごせる日が欲しい』


 それを聞いたときに抱いた感情の正体が、ようやくわかった。

 やはりそれは――苛立ちだった。

 頭の中がざらざらして、瞳の奥がかっかと熱を持つほどに、気に入らなかった。

 なにせそんなもの、北上さんにとって――あたしにとっても――夢なんかじゃあなかった

 夢で終わるような代物であっていいはずがなかった。

 そんなもの。

 そんなありふれたものを。

 ありふれているはずの、ものを。

 どこにだってあってしかるべき日常を、夢だなんて語る、ましてや子供の口からそんな夢など聞きたくもなかった。


950 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:40:33CcyWen1s (20/34)


 だけど、言わせてしまう現状があるのも事実だ。現実としてそこにあった。

 頭の中がざらざらして、胸の奥がかっかとした。

 翻って、深海棲艦はどうだ? その挙動、その砲撃術、その雷撃術、その命中精度、どれもこれもがお粗末だ。

 人類への恨み辛み嫉みばかりを口にして、ただただ憎悪の感情だけを撒き散らしては、数を頼りに海を荒らしまわっている。

 どこに夢がある? 夢があるから努力ができる。やってやるという決意へと変わる。

 あたしにはとても、深海棲艦たちに努力した形跡を見い出せなかった。


 ――深海棲艦どもが、いつ努力した。奴らが、いったい何を、頑張ったってんだ。


 北上さんも、そう思っていた。沸き上がる感情の塊を、彼女はこの時に自覚したのだ。自覚して、いたのに。


 ――なんで頑張ってるあいつらが泣いてるのに、チャラけたやつらは嗤ってる。

 ――嗤っていやがる。あいつら、嗤いやがる。深海棲艦どもは、なんで嗤いやがる。


 その感情の正体を、捕まえた。捕まえて、いたのに。


 ――ガキが頑張ってるのを、どうして嘲笑いやがる。ざっけんじゃあねえ。


951 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:41:55CcyWen1s (21/34)


 北上さんの持論――と言えるほど、彼女はまだ己の思いを言語化できてはいなかったのだと思う。

 現実は過酷なのだろう。夢は必ず叶うわけではないのだろう。

 それでも『ならぬものはならぬ』と、何にはばかることなく、胸を張って言えることがある。建前やお為ごかしなどではない。

 この世で最も惨めことは夢を見ないことだと、あたしは信じている。だがこの世で最も残なことは、夢が叶わないことなんかじゃあない。夢破れることじゃあない。夢が踏み潰されることですら、ない。

 ――夢見たところへ繋がる道を、絶たれることだ。

 夢とすら呼べないほど小さな、ありふれたものを見ることさえできないことだ。

 夢を見ることさえ許されないことだ。

 ――だから。

 ――ええ、だから。


 ――北上さんには、絶対に許せないことがあった。

 ――あたしにも、絶対に許せないことがあった。


……
………


952 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:43:34CcyWen1s (22/34)


………
……




『ガキなんてのはさ』


 北上が言う。


『少しばかり無様なぐらいで、ちょうどいいんだ。好き勝手に遊んで、はしゃいで、喚いて、笑ってりゃあいいんだ。

 現実のしがらみなんて知ったこっちゃないって顔で、夢と現の違いも知らないままに、楽しんでりゃあいいんだよ』


 阿武隈は肯定する。

 『そう、ですね』と言って、頷く。

 『その通りです』と同意する。

 そして思う――果たして自分は、阿武隈は、これまで本当の意味で北上という艦娘に向き合っていたのだろうか。

 こうして腹を割って話すのは、これが最初ではなかったか。

 北上は言う。


953 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:44:21CcyWen1s (23/34)


『ガキなんて、そんなウザい生き物なんだよ。……そういう、もんじゃないかよ。

 少しずつ現実を知っていくんだ。上下関係とか、目上に対する口の利き方とか、そういう煩わしいもんを、嫌でも覚えていくんだ。

 あたしが許せなかったのは、あいつらはガキなのに、ちっともガキらしくないんだ。考え方も、やることも、何もかも』


 阿武隈は答えない。

 だが瞳の形も、そこに宿る色も、北上の言葉に同意していた。

 北上は言う。


『あいつらに、夢はあるかって聞いたんだ。聞かなきゃよかった。知らずに済んだ。こんなに頭にくること、知らなくてよかったのに』


 それでも、北上は聞いてしまった。知ってしまった。


『友達にまたねって言って、またって返せる、そんな一日の終わりが来ることが『夢』なんだとさ!

 友達が今日、いなくなるかもしれない。姉が、妹が、自分だって沈んでしまうかもしれない。またねって言うこともできないし、言える相手がいなくなるかもしれない。

 そんな不安ばっかり抱えて出撃していくんだあいつら。でもな、悲壮感はなかったよ。自分が死んでしまうことより嫌なことがあるって、決意を秘めた目をしてた。

 それどころか、明日が無くなることを受けいれるような顔して、一生懸命に頑張って―――だけど、一日の終わりに、本当にほっとした顔をするんだ。今日も生き延びることができたって、ほっとするんだ』


954 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:45:57CcyWen1s (24/34)


 だから、北上は言う。血を吐くように、言う。


『夜が深まると、本当に寂しそうな顔をするんだよ。震えてる子もいたよ。しょぼくれた顔してたよ。

 ああ、あいつらだって悪戯したりするさ。悪いことだってするさ。だけどそれは、明日自分がいなくなっても「せいせいした」とか「いなくなってくれてよかった」って、残った奴らの心が少しでも痛まないようになんて、ふざけた気遣いだ。じゃなきゃあ、あんなに悲しそうな顔で悪戯なんかするもんか。げんこつ喰らって、嬉しそうになんかするもんか。時たまそれでも、寂しそうな顔なんて、するもんか。

 ……ふざけんな。そんなガキがどこにいる。いていいわけ、ないだろ』


 阿武隈は静かに話を聞いていた。先ほどまで彼女の中で凝り固まり、ついに噴き出した北上への激情は鳴りを潜めていた。大井に叩かれた頬だけが、やけに熱い。

 それでも阿武隈の心には喜びがあった。激しい歓喜だ。北上という誇り高い艦娘が――こんなにも優しいひとが、自らと肩を並べて戦っていること。

 それがどうしようもなく頼もしく、そして誇らしいことに思えた。

 北上は言う。


『さよならを言えない日が欲しい。さよならを言わなくていい明日が欲しい。またねって言える、そんな日が毎日ほしい。

 その日が多く得られたら幸せだ。そんなことを……言ってた、んだ。笑って、言ってたよ。あんな、あんなの、子供の、ガキの、笑い方じゃ、ない。

 それが『夢』なんだと。そんな明日が来たら、どれだけ素晴らしいんだろうね――無邪気な顔だった。だけど怯えた目で言ってやがったよ』


 一瞬で歓喜は失せ、押し寄せた真紅の激情が、阿武隈の内を満たした。


955 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:46:40CcyWen1s (25/34)


 阿武隈は、口元に痛みを感じた。何のことはない――気づけば、唇をかみしめていた。血がにじむほど強く。その痛みで、今にもあふれ出そうになる涙を、かろうじて堪えていた。

 必死に口を動かし『そう、ですね』と相槌を打った。

 本来なら、否定せねばならないのだろう。艦娘として生を受けたのだ。戦う運命を背負っている。人類を守らなくてはならない。自分たちが戦わなければ、誰も戦えない。

 そんな正論はいくらでも言えただろう。

 だけど、終ぞ阿武隈の口から、そんな非情な『現実』を叩きつける言葉は、出てこなかった。

 阿武隈は言う。

 『その通り、です』と。

 『それは、絶対に許せないことです――』と、心の底からそう思って、同意する。

 そして北上は言う。


『ああ、そうだ…………なんだそれ。ざけんなよ。まるで笑えない。なんでだ。あいつら、真面目に生きてるじゃないか。ただのガキじゃあないか。一生懸命、生きてるじゃあないか』


 一呼吸。唇を一度引き結んでから、北上は言う。


956 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:47:40CcyWen1s (26/34)


『あれをしたい。これをしたい。あれが好きだ、これが嫌いだ、明日は何をしよう。何をして遊ぼう。今日はとても楽しかった。だから、だから――きっと楽しい明日がやってくるって。

 何かに阿ることもなく、遠慮することもなく、歯に衣着せることもなく、世の中の価値観なんかに左右されることもなく、物おじせずに、それを当然のように言ってのけるのがガキだろ。自分だけの宝石を持ってるのが、ガキだろう。善も悪も超越した自分だけの価値を持ってるのがガキなんだよ。かっこいいとかカワイイとか、そう思ったものに憧れて、目指していくもんだ。

 そうだ、ガキなんてのはそうして馬鹿みたいにウザく笑ってるもんだ。大きくなったら何になりたいとか、こんな遊びをしたいとか、空を飛びたいとか、それこそ夢みたいなことを語ってりゃあいいんだよ。

 当たり前のように明日が来ることを信じてりゃあいいんだ。明日が来ないなんてこと、明日が来ないことの不安なんぞ、考えなくていいんだ。

 それを窘め、時に叱って、やらなきゃならないこと、夢に向かって生きる方法を、一つずつ教えてやるのが大人と子供の健全な関係だろ……?』


 そんな子供も、やがて成長していくのだろう。無慈悲な現実の前に打ちのめされるものもいるだろう。

 阿武隈は、いつも悩んでいた。

 駆逐艦へ、どのように向き合うべきなのかを。

 より強い艦娘を前線へ。ならば弱い艦娘は、強い艦娘を守る盾にならなくてはならない。第一水雷戦隊とは、元より決戦兵力を前線へ押し上げる護衛任務を主としている。

 警戒を厳とし、敵影を補足すれば即座にこれを殲滅――その長たる己は、何をすべきだろう。どのように駆逐艦たちに向き合うべきなのだろう。

 冷徹にあるべきか。ありったけの愛情を注ぐべきか。この時の阿武隈はまだ決めかねていた。考えあぐね、迷った末に――姉たちに問うた。阿武隈には偉大な姉が五人もいる。だが異口同音に、誰もが言う。

 『沈むときには沈む。だからベストを尽くせ。いつだって全力で当たれ。それでも駄目ならばもう、割り切るしかないのだ』と。

 阿武隈は納得できなかった。だって、姉たちは誰もが気丈にそう言うけれど、誰もが泣きそうな顔をしていたのだ。鬼怒に至っては泣きながら言っていた。


957 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:49:54CcyWen1s (27/34)


 なんて様だろう。天下の長良型が雁首揃えて、誰一人納得できないことばかりを抱えている。


 長良は言う――自分の持てる全てを惜しまず、駆逐艦たちに教えていく。目を見張るほどの技術を持つ子がいるならば、こちらから乞うぐらいの姿勢で行く。そうでなければその日が来た時に必ず後悔する、と。

 五十鈴は言う――私が上であいつらは下よ。五十鈴の命令には絶対服従。それで沈んだならば、すべての責はこの五十鈴にある。誰のものでもない、誇りも疵も全てこの五十鈴のものだ、と。

 名取は言う――焦りだけは駄目です。つまらないミス一つで沈まれた日には、悔やんでも悔やみきれない。天龍さんたちが積み上げた基礎を外さず、応用を一つずつ丁寧に教えていくことが肝要です、と。

 由良は言う――ありったけの情を注ぐ。由良ができる目いっぱいに愛します。頼ってくれてもいい、だけど捨て鉢になることだけは許さぬと言い聞かせるんだ、と。

 鬼怒は言う――わからない。だけど鬼怒は鬼怒らしくいたい。たとえその日が来たとしても、きっと、泣いちゃうんだろうけれど、笑顔で送れるぐらいに強くなりたいし、絶対沈まないぐらい、そのぐらい強くしてあげたい、と。


 阿武隈は沈思する。きっと、多くの艦娘が抱えているジレンマなのだろう。部隊を率いる艦娘たちは誰もが葛藤しているのだろう。

 お役目だから割り切れと、死ぬことも仕事だと、そう冷酷に言い放つのか――それは阿武隈の心に逆らう。

 決して傷つくな、沈むな、だが敵の攻撃から決戦兵力を守れと、欺瞞と矛盾に満ちたことを言い放つのか――それはお役目に逆らう。

 どっちつかずだ。駆逐艦たちが言うことを聞かないのも当たり前だと、阿武隈自身が納得する。

 だけど。それでも。否、だからこそ――何を目指しているのかだけは、忘れてはならない。

 簡単なことだった。示せばいいのだ。自分たちが向かっている未来は、正しいものなのだと、自信をもって、胸を張って駆逐艦たちを引っ張っていけばいい。引っ張っていくしかないのだ。


958 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:51:27CcyWen1s (28/34)


 北上はそれを己の内側で言語化できていなかったが、やることなすこと全てが圧倒的に正しかった。

 夢へと続く道を閉ざすものがいるなら――。

 子供達の笑顔を曇らせる、どうしようもないものであるのなら――。

 それこそが、北上にとって絶対に許せないものだった。

 そしてそれは、阿武隈にとっても絶対に許せないものだった。

 だから。

 これを必ずや殲滅し、未来を切り開く。やらねばならないのだ。


『大人が、なんとかしてやらなきゃあダメなんだろ。ガキに夢見せてやらなきゃあならないんだろ……!!

 迎えられるかどうかもわからないと、毎日に怯えるガキなんか、うっざいぐらいはしゃぎまわってるのを見てた方が幾分マシってもんだよ。

 あたしは、あんな、あんな……あんな、まるでドブ底みたいな目をしたガキなんざ、見たかないんだよ。うざい通り越しておぞましいんだ。

 またねって言える日? さよならを言わずに済む日?

 それは今日だ。そんな明日だって毎日来る。いつだってくれてやる。いくらだってくれてやるさ。そのぐらいのもんなんだ。夢でも何でもない、ありふれたもんなんだってこと、証明してやるんだ。

 だから―――』


 そう、だから――。


959 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:54:27CcyWen1s (29/34)




 誓約する。

 北上は、言う。

 稲妻の如き光を灯した瞳で、言う。


『そんな健気で無様なガキの道すらつけようとするやつは、あたしが一発でひねってやる――あんたの旗下で、最強の重雷装巡洋艦たるこのあたしが、すべてギッタギタにしてやる。

 その姿を、あいつらには特等席で見届けさせてやる。あんな海の害獣ども、なんてことはないんだって、あたしが示し続けてやる』


 その宣誓は成され、未来において成就する。

 何の皮肉か、その純粋さゆえに機能を単一化してしまった――することができてしまった――北上にだけは認識されないままに、目標は完遂された。

 北上は『ただ一撃で敵を滅ぼす』――それだけに特化して、北上はこの日、第二改装された。この鎮守府では初の改二。何のためにそうなったのかすら、理由も、動機も、過去も、記憶すら置き去りにして。


『だから、あんたはあたしを守れ。駆逐艦どもの首根っこ掴んで引っ張ってこい。死ぬ気で鍛えろ。死んでも死なすな。ガキども先に死なすぐらいならおまえが先に死ね。でも死ぬな。死んでもガキども引っ張ってこい。死ぬならあたしが勝ってから死ね。

 その代わり、必ずあたしが決めてくる――あたしが、夢を魅せてやる』


 言ってることが滅茶苦茶だった。だけど不意に、ひ、という音が鳴る。


960 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:55:06CcyWen1s (30/34)


 それが己の喉からかき鳴らされた声だということに気づく前に、阿武隈は自分が泣いていることに気づいた。もう、ダメだった。耐えられなかった。

 北上は、彼女が言うことがどれだけ傲慢で、同時にどれだけ高潔であるかなど、まるで自覚してはいないのだろう。

 だけど何一つ自身を飾ることなく、それを叫んだ。

 生きたいと願ういのちの道を、必ず拓いて見せるのだと。

 その道の果てに、輝かしい未来を齎し、その果てにある新しい世界に夢を魁せてやるのだと。

 とめどなく涙を流しながら、阿武隈は「わかりました」と言い、強く頷いた。

 どうしても涙は止まらなかったけれど、声はもう震えていなかった。

 だって。


 ――じゃあ、約束です。あたしは今後、北上さんに傷一つつけさせずに、艦隊決戦へ送り込みます。送り届けてみせます。


 だって。


 ――でも、あたし、嫌ですよ。北上さんがいなくなるなんて、嫌ですよ。だから、だから。


 だって。


961 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:56:54CcyWen1s (31/34)


 ――きっちり決めて、ちゃんと、元気な姿で、帰ってきてくださいね。


 上手に笑えて言えたかはわからなかった。だけど、こうでも言わないと、きっとこの人はすぐに死んでしまうから。

 そんなのは、いやだった。

 だって。

 こんなに優しいひとが死ぬのは、いやじゃあないか。

 こんなひとを死なせたら、なんだか自分がとってもいやなやつみたいじゃあないか。

 もう軽口も文句も愚痴すら叩きあえないなんて、いやじゃあないか。

 だから阿武隈は、言ったのだ。

 暴風の如き感情を宿した瞳で、言った。

 北上が絶対に許せないと思うことは、阿武隈にとっても絶対に許せないことで。

 北上が願う、子供が子供らしくいられる未来は、阿武隈が何よりも掴みたかったもので。

 北上の夢は、今まさに阿武隈が見ている夢、そのものだった。

 阿武隈は見た。

 確かに見た。


962 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:58:54CcyWen1s (32/34)


 それはきっと幻想だったのだろう。

 それでも確かに阿武隈は見た。

 滲む視界に、見たのだ。


 ――虹を駆ける雷光の姿を、北上の中に見た。


 ならば。

 ああ、ならば。

 ――あたしの、なすべきことは――。


 清廉にして峻烈なる想いを乗せた、この稲妻の軌跡に続くこと。願わくば、稲妻に寄り添う一陣の風でありたいと――そう思いながら、阿武隈は今日も己を研ぎ澄ますのだ。


 この稲光と並び立つに不足無しと、誰もが納得するだけの強さを備える、その時まで。誰よりも早く敵を見つけ、誰よりも迅速に敵を沈める。


 ――『風神』と呼ばれるに至る、その日まで。


963 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 00:59:57CcyWen1s (33/34)


 その後に、きっと夢を見よう。

 平和になる夢を。

 平和になった後にも、夢を見よう。

 その頃はきっと、きっと。

 子供が泣かなくてもいい世界が、待ってるはずだから。



……
………


964 ◆gBmENbmfgY2021/09/26(日) 01:04:40CcyWen1s (34/34)


※『疾風迅雷』の第一水雷戦隊の猛攻、これより始まる。

 北上にドチャクソヘヴィな感情持ってるのは何も大井っちだけじゃあないんだな。

 でも『大井っちは親友でちょー好き、木曾っちもといキッソは一家に一台であると便利、阿武隈は下僕で……いてもいなくてもいいかな』とかクソ外道なこと言うクソみたいな雷巡がいるらしい。

 ンンンンン……!!!

 これには阿武隈も半角カナでキレる。北上一流の照れ隠しであることに気づく日は、きっと遠い。HAHAHA! ジョーク! ジョークです! 雷神ジョーク! なんだァ? テメェ……。風神、キレた――!

 なお軽巡内では共に無手の格闘戦においては最弱クラス(当社比)でたまにぽかぽか叩きあってる、ほほえましいシーンが鎮守府で見れる。てぇてぇ、と一部の憲兵から人気だとか。仕事しろ。



>>927 まだあと1回の接種を残している……この意味が分かるな?
 明石と似て非なるタイプのあれというのは正解ではある。軽巡以上は駆逐艦を前に立たせて戦わせることにものすごく葛藤してます。

>>928 大正解です。阿武隈をいじる権利をあげます


 次スレは次回投下時にでも立てます。多分SS速報VIP@VIPサービスに立てますので万一スレ立てる前に埋まったらそちらを探してください。


965以下、名無しが深夜にお送りします2021/09/26(日) 04:15:11E.j9lM.Q (1/1)

乙です
あー めっちゃ良かった
泣かせてもらった
これだよこれ
俺がずっと読みたくて、叶うことなら書きたかった北上さまと阿武隈、あと大井っちの関係性だわ
この後も勿論読み続けるけどこの時点で多大なる感謝を感謝


966以下、名無しが深夜にお送りします2021/10/01(金) 08:49:25hnPUz5ys (1/1)

>>964
泣けたよ…ガチ泣きしちまったよ…
明日が見れない駆逐艦なんて悲しすぎる…


967 ◆gBmENbmfgY2021/10/06(水) 22:20:05Ay5k0Gh2 (1/1)

※ご感想ありがとうございます。今週末か来週末にまとめて投下して次スレとなります
次回投下時に次スレ立てます

次回予告風味

ついに己が見ていた夢を、見ていることを自覚すらしていなかった夢を認識した北上が、自嘲するように提督に語りだす。
「こんなにも、ちっぽけだった。あたしの夢、こんな―――こ、こんな、指でつまめるぐらい、ちっちゃかった」
ちゃんと叶っていた夢。見ようとしていなかった夢が現実に溶けた形。それをこれから見ていきたいと、一つずつ、どんな形になっていったのかを見てみたい。
そう語る北上に、提督はバイクなり車なりの免許の取得を進める。世界を広げてみろ、と。
頷き微笑む北上は、改めて提督に問う。戦うことがなくなってしまったら、自分に何が残るんだと。
提督は言う。

「きっと新しい夢を見れるよ。これまで積み上げてきたことは無駄にならない。
 かつての君が無駄と切り捨ててきたすべての中に夢を見出せ。
 これからの君が無駄と断ずる君の戦闘技能、そして鍛えた五体はきっと――次の夢を見るための燃料になる」

北上は免許を取り、大井・木曾たちと共にツーリングに行くことが増えた。
そして北上はロードバイクに出会った。
ロードバイクへ騎乗する彼女の脚質はパンチャー。しかしその両足は、スプリンターをも凌駕するパワーを秘めていた。

次回、ロードバイク鎮守府の日常
【由緒正しい雷巡のポーズ】
絶対面白いよ!


968以下、名無しが深夜にお送りします2021/10/08(金) 01:05:212C8d2JT6 (1/1)


楽しみにしてますねー


969 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:15:46mpdEdfSE (1/8)


※ワクチン接種2回目で熱出そうなので予定変更短めです。

………
……



『……水、持ってきたよ、提督』

『――ン。ご苦労様……一個はこっちに。もう一個はそっちの台に乗せておいてくれ』


 そう言って、提督は取り出した食材を軽く洗い、瞬く間にまな板の上で野菜を始め、多くの食材を捌き始めた。水タンクを台に設置しながら、北上は横目でその手際を観察する。

 あっという間に木製の調理台の上に、下ごしらえの済んだ食材が並んだ。牛肉のブロックが一番、北上の目を引いた。北上の好みの赤身肉だが、ほどよくサシが入っている。

 ――あれを焼いてくれるのかな。

 鳴きだしそうなおなかを押さえつつ、思わず期待に満ちた視線を向けてしまう。提督はその期待を裏切る様にファスナー付きの調理袋を取り出す。北上のやる気が下がった。

 熱したスキレットに調理袋の中身がぶちまけられた――じゅわっという景気の良い音が響き、北上の耳を楽しませた。

 次いで食欲をそそる香味野菜の香気が彼女の鼻孔を貫く。

 刻んだニンニクやバター、唐辛子、そしてオリーブオイルの香り。ややあってからそこに混ざり始める、熱の入った殻付きのエビの独特の香気。

 食欲がわいてくる音と香り――エビのアヒージョだろう。北上の好物であり、口中を唾液が満たした。そういえば、朝から何も食べていない。北上のやる気が上がった。


970 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:18:43mpdEdfSE (2/8)


『まず一品だ。パンも焼いてる。肉も焼くし、他のも作る。メシも炊いてる。それまでのつなぎだ』


 見れば飯盒がすでに焚火にかけられている。いつ米研いで火にかけたのか。相も変わらず素早い人だな、と北上は思う。


『ほれ、いつまで突っ立てる――そこ座れ』


 提督が指し示す先には、提督から見た焚火の向こう側――アウトドアチェアがある。背もたれや肘当てまでついていて、いかにも快適そうなハイチェアだ。

 北上はその椅子に――腰かけず、調理する提督の後ろに移動する。背もたれもない簡易的なローチェアに腰かけている彼の背中に、自身の背を合わせて、深く深く腰掛けた。ぴたりと密着し
た背中から、互いの体温を交換する。


『んー? スキンシップか?』

『ん』

『寒くないのか?』

『ん』


 まだ春が遠い日だ。寒くないといえば嘘になる。曖昧に頷いて誤魔化した。北上は提督の顔を今は見たくなかったし、提督に顔を見られるのも嫌だった。

 ただ、背中から伝わる温度ぐらいで、ちょうどよかった。


971 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:19:58mpdEdfSE (3/8)


『――答えは出たかよ、北上』

『……うん』

『泣いているのか、北上』

『泣いてなんか、いない』


 その声は震えてこそいたが湿ってはいない。

 背後に立っている北上は、確かに泣いていないのだろう――提督はそう思った。


『あたしは、あたしはさ、ホントに、アホだったよ。提督が呆れるのも、当たり前だった……』

『だろ?』

『茶化すな、バカぁ……黙って、聞いてよ』

『はいはい』


 背中から振動が伝わる。きっと、提督が苦笑しているのだろうと、北上は思った。


『あたしが、自分であいつらを遠ざけた。ただ強くあれるんだ、あたしがいれば安心できるんだって、あいつらが、笑えるように』


972 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:24:40mpdEdfSE (4/8)

※名物:誤表記
×:背後に立っている
○:背後に座っている



 心の内側から噴き出した言葉が、訥々とあふれだす。


『あたしにも、あったよ。提督、ねえ……ちゃんと、あたしにも夢、あったんだよ。見つからなかったわけじゃ、なかった。捨てたわけでも、なかった。ただ、忘れてただけだったんだ。こん
なアホ、いないよ』


 北上の声の震えが、大きくなった。


『笑っちゃう。あたしの、夢……あるは、あ、あったけど、ちっぽけだった。こんな、こん、な……こ、これぐらいだった。こんな、これっぽっちだった。

 これぐらい……ゆ、指でつまめるぐらい、ちっぽけ、だった。

 だけど、ちゃ、ちゃんと、か、叶ってたんだ。でも……見てなかったから。ちゃんと、見てなかったから、それが叶ってることさえ、気づかなかったんだ』


 提督はそんな北上の在り方を、以前から気づいていた。ずっとずっと気づいていた。

 だけど何もしなかった。できなかったのだ。脇目も振らずに、ただ目的のための手段を磨くことにだけ特化した。研磨した。先鋭化した。

 だから彼女は、夢を忘れた。

 子供たちの夢を叶えさせるために、夢を見させるために、ひたすらに強く。何よりも強く。誰よりも。誰よりも。


973 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:30:44mpdEdfSE (5/8)


 姉たちや、親友や、妹の声すら、振り切って。

 阿武隈と共に、夢を賭け、夢を駆け、夢を見て、夢を魅せた。

 そして、夢が覚めて。

 夢が、終わって。

 もう、何も――。


『それでも北上――君は、いつも自分でちゃんと選んできたよ』


 北上が望んだ優しい声が、やっと聞こえた。


『託されたものがあっただろう。背負っていた思いがあっただろう。それを捨てるという選択だけは一度も取らなかっただろう。

 だけど君は――いつも自分の意思で背負っていただろう』


 提督が言う。駆逐艦たちは言っていた、と。幾度となく少女たちと面談してきた彼は、それを知っている。

 特に第一水雷戦隊に所属していた駆逐艦たちは、口々に言っていた、と。

 涙を流しながら、言った。

 ――助けてくれた。


974 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:33:49mpdEdfSE (6/8)

 ――北上さんが助けてくれた。

 ――心を、助けてくれたんだ。

 ――沈んでいく心を、救ってくれた。

 ――終わりの見えない戦場にあり、雲霞の如く迫りくる敵を、一筋の雷撃で道を作り出した。

 ――あの強さに憧れた。自分たちにもなれるだろうか。同じ魚雷を使っているんだ。きっとなれる。あんな人になりたい。

 北上は、多くの駆逐艦たちの憧れだった。


『見た夢が小さかったとしても、指でつまめるぐらいちっぽけだったとしても、君が積み上げたものが塵芥であるものか。

 それは星屑だ。何十何百何千何万と、一つずつ積み上げてきたそれは、俺はちっぽけだとは思わない。誰にも言わせやしない』


 北上さんが叶えてくれた。

 北上さんから、たくさんのものを貰った。

 それはささやかな夢のひとかけら。

 されど、それは抱えきれるほどに降り積もった夢のかけらたち。

 明日を夢見る希望を貰った。

 希望を望める明日を、貰った。


975 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:51:47mpdEdfSE (7/8)


『もう、遠ざけなくていいんだ。視線を合わせて、腰を据えて、じっくりと話をしてあげなさい。

 初春型の子らも。暁型の子らも。曙も潮も。不知火も霞も。

 第十七駆逐隊の子も。白露も、時雨も。

 君の夢のかけらを両手いっぱいに持っている。もう形をもっているんだから。

 とにかく君は世間知らずすぎるからな――車なりバイクなり、免許取って行動範囲を広げてみたらどうだ?

 慣れてきたら、こうしてキャンプに連れてきてワイワイやるのも、案外オツなもんだぞ』


 喜色に満ちた声と共に、後ろ手に延ばされた提督の手が、放り出された北上の手と重なる。

 北上は思う――大きく、温かい手だ。

 長い指に触れると、ごつごつした感触がある。その温もりが嬉しくて、北上から指を絡めた。


『うん……そうする。そうするよ、提督。でも――』

『ん?』


 再度、問わねばならないことがあった。


『あたしに、何が残ってるんだろう。夢を叶えてた。じゃあ、じゃあ――』


976 ◆gBmENbmfgY2021/10/17(日) 22:52:19mpdEdfSE (8/8)


 次の、夢は?


『だから君はアホだと言ってるんだ、北上』

『えっ』

『今しがた言ったとおりだ。君はいささか世間知らずすぎる。何が世の中にあんのかもロクにしらねえで夢なんぞ見れるか。

 見分を広げろ。人と話せ。ときに仲たがいすることもあろう。失敗することも後悔することもあろうよ。

 そうして自分がその世の中で何ができんのか一つずつ見つけて、やりたいことも見つけるんだよ』

『で、でも、見つからなかったら』

『ホント、今日の君は別人みたいにしおらしいな――北上様。天才なんだろ? 見つかるさ。見つけるよ、君は。

 それでも不安なら――君以上の天才たる、この俺が保証してやる。君は新しい夢を見つける。OK?』

『…………ぁ、は』


 北上は笑った。苦笑ではなかった。本当にうれしくて、うれしくて、安心して、安堵して、声が漏れた。

 ぎゅうと手を掴む。こんなに温かい手の持ち主がそう言うんだ。とりあえず騙されてみよう――そう思えた。


977以下、名無しが深夜にお送りします2021/10/18(月) 05:00:452mx9BDJA (1/2)

おつです 
(������������)����グッ!


978以下、名無しが深夜にお送りします2021/10/18(月) 05:02:052mx9BDJA (2/2)

変換できずだった
(・∀・)bグッ!