1 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:50:37.18SoHlR5BC0 (1/11)

※何となくの思い付きで書いたFGO短編SSです。





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2 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:51:37.44SoHlR5BC0 (2/11)

 凶悪な何かに、追いかけられていた。

 恐怖と興奮に固まる手足を必死にばたつかせ、前へと進む。

 進んだ先に状況を打開できる何かがある訳ではない。

 だけど、動きを止めてしまえば、それこそ死んでしまうから。

 一秒でも死から遠ざかる為に、前へ。

 助けてもらった命。救われた命。数多の命を踏みにじった末に在る命。

 助けてもらったからには簡単には死ねない。

 救われたからには、簡単には死ねない。

 数多の命を踏みにじったからには、簡単には死ねない。

 義務がある。

 だから、死ねない。 

 俺は、まだ―――!



 気付けば、光が迸っていた。

 気付けば、獰猛な何かはどこかへ吹き飛ばされていた。

 気付けば―――彼女がそこに立っていた。


 ―――問おう。貴方が私の―――


 紡がれる言葉。

 差し込む月光を背に佇む彼女は、言い様もなく幻想的で。 

 その凛とした瞳は、どんな宝石よりも清廉で。

 だからこそ、心の底から感じたのだ。

 この光景を、俺は一生忘れないだろう、と。










3 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:53:19.65SoHlR5BC0 (3/11)



 ―――ジリリリ!


 けたたましいアラームが、眠りを引き裂いた。

 重い瞼を空けると、時間は既に9時を回っている。

 驚いた、というよりも思わず呆けてしまった。

 確かにカルデアでは魔力消費を抑えるため、消灯時間は睡眠をとるよう義務付けられている。

 とはいえ、サーヴァントとなったこの身であって、まさか寝坊などするとは。

 ……事実は事実。

 今さら慌てたところで、もう遅い。

 カルデアのキッチンも昔と違い人員も増えた。

 自分一人が欠けたとして、やりくりできるだけの猛者は揃っている筈だ。

 勿論、少なくはない迷惑を被ってはいるだろうが。


「全くマスターの事を言えないな、これでは」


 自嘲気味に笑い、部屋を後にする。

 普段ならばキッチンに籠っている事もあってか、この時間帯のカルデアを歩くのは新鮮だった。 

 視界に映るのは、古今東西から集められた高名たる英霊達。

 今では慣れた光景だが、当初は驚いたものだ。

 一人一人が一騎当千たるサーヴァントを何十にも集め、人理を守る為の力とする。

 通常の聖杯戦争ではとても考えられぬ、超規模な理念だった。

 結果として人理修復は成し遂げられ、世界は平穏を取り戻した。


(……何故今になってあの時の事など、夢に……)


 英霊達がひしめく通路を歩きながら、思案する。

 人類最後のマスターに召喚され、2年ほどが経過した今。

 なぜ今更、あの転換の光景を思い出したのか。

 抑止の代行者となり、永劫に思える時を過ごした。

 もはや人だった頃の過去など殆ど忘れてしまったが、それでも今でも鮮明に思い出せる情景が二つある。

 一つは、あの月下の誓い。

 呪いにも似た夢を、ある男から受け継いだ。

 もう一つは、あの運命の出会い。

 聖杯を巡る十数日の戦いを、共に駆け抜けた。

 例え、この身が地獄に落ちようと、決して忘れる事のない二つの光景。

 その一つを、今更ながら夢に見た。




4 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:54:39.30SoHlR5BC0 (4/11)


「おや、重役出勤だねぇ、今日は」


 気付けば、食堂に着いていた。

 習慣というのは恐ろしいもので、無意識の内に足を運んでしまっていたらしい。

 朝食という一つ目の鉄火場を乗り越えて、キッチンは落ち着いている様子だった。

 声を掛けて来たのはブーティカ女史。

 紅茶を片手に朗らかに笑いかけてくる。


「紅い人がいない分今日はきりきり舞い……キャットは謝罪と報酬を所望する……」

 
 その隣では、タマモキャットが疲れ切った様子で机に突っ伏している。

 やはり、自分が抜けた穴はそこそこに大きかったのだろう。


「おや、エミヤさんでちか。今日はどうしまちたか?」


 奥から現れたのは紅閻魔。

 手中のお盆には、余り物でつくったまかない料理が乗せられている。

 三人に謝罪をしながら、その近くへ腰を下ろす。

 正直に寝坊をした、と告げると、三人共に呆れたような表情をした。


「エミヤ君は無理するところがあるからねぇ……」

「厨房に戦場にマスターの世話焼きに……挙句サーヴァントの身で寝坊する程に疲労困憊……まさに社畜の鏡……」

「ワーカーホリックなのもいいでちが、もう少し自分を大切にすることも必要でちよ……」


 自分としては別段無理をしているつもりもないのだが、そう思われるだけの行動をとっているのだろう。

 ……少しカルデアでの自己の在り方について見詰め直した方がいいのかもしれないか。


「今日は任務もないんだろう? なら、丸一日ゆっくり休みなって。こっちは何とかしとくからさ」

「うむ、紅い人にはいつも世話になっている所存。過労死を防ぐためにも、キャットも一肌脱ぐワン」

「今日は羽根を伸ばして、自分のために時間を使うんでち。間違っても手伝おうとはしないように。分かりまちたか?」


 あれよあれよと、休日を押し付けられる。

 この三人ならば何の心配もないだろうが、いきなりの休日と言われても何をすれば良いのか。

 考える間もなく、厨房から締め出される。

 ここにいればどうせ働いてしまうだろうからとの、三人満場一致での見解だった。


「あ、そういえば―――」


 さて、どうするかと考えながら、食堂を後にしようとしたその時、ブーティカ女史が思い出したように口を開いた。


「小さな騎士王さん、心配してたよ。あんたがいないって。ちょっと顔を見せにいってあげれば?」


 からかうように微笑みながら、彼女はそう告げた。








5 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:55:46.28SoHlR5BC0 (5/11)



(セイバーが心配していた、か)

 
 ブーティカの一言を反芻しながら、考える。

 流石にもう慣れたものの、思い返すとやはりこのカルデアは不思議な環境だった。

 かつて共に戦い、かつて敵対した彼女が、今また仲間として側にいる。

 まさかサーヴァントの身でありながら、彼女と肩を並べる日が来るとは思いもしなかった。

 そして、共に並び立つからこそ思い出す。

 彼女がどれほどに頼もしい存在であったかを。

 常に前を向き、どんなに強大な敵が相手であろうと怯まず、どんなに困窮した状況であろうと屈せず。

 手にした聖剣の名の通り、勝利を約束する者。 

 騎士の中の王―――アルトリア・ペンドラゴン。

 今回の人理修復の旅に於いても、彼女がどれほどの貢献を果たしたかは、計り知れない。


「おや、アーチャー。こんな所にいましたか」


 ふと、声が掛かる。

 視線を向けると、そこには夢の中で見た少女の顔が、今もまさに思案していた少女の顔が、あった。


「今朝は厨房にいなくて心配しました。具合でも悪いのですか?」


 透き通るような微笑みを向けてくる彼女は、初めて出会った時のそれとはまるで違って見える。

 自分がそうであったように、あの運命の戦いを経て、彼女も何かが変わったのだろう。

 どこか余裕のない様子も、聖杯に対する悲観的な願いも無い。

 騎士の王として、何よりもアルトリア・ペンドラゴン個人として、このカルデアの中で生活している。


「どうしました、アーチャー。私の顔に何か?」


 あんな夢を見たからだろうか。

 遠い過去に捨て去った筈の、遠い過去に消え去った筈の記憶が、おぼろげに蘇ってくる。

 サーヴァントとして参戦した聖杯戦争ではない。

 彼女のマスターとして参戦した、遥か遠い聖杯戦争。

 出会いの記憶は鮮明であるが、その後の戦いは薄ぼんやりとしか思い出す事ができない。

 抑止力としての長き絶望の日々によって、記憶はもはや擦り切れてしまっている。

 だが、この瞬間は、彼女を見るとほんの少しだけ、思い出せるような気がした。





6 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:56:29.11SoHlR5BC0 (6/11)


「……なぁ、セイバー」


 魔術の一つすら満足に使えぬ中、偶然にも参戦した聖杯戦争。

 何をどうやって勝ち残り、生き残り、どんな結果に至ったかすら思い出せない。

 だが、それでも、ほんの少しだけ思い出せるとしたら、それは―――、


「少し、トレーニングでもしに行かないか?」


 セイバーから師事を受けた事。

 寒気が占める道場で、竹刀を持ち、戦い方を教わった。

 結果はボロボロでしかなかったし、その経験が聖杯戦争の中で活かせたかは分からない。

 それでも、彼女から師事を受けたという事実は、自分にも確かに在った。

 予想外の申し出だったのだろう、セイバーは少しばかり呆けたような表情を浮かべ、


「―――いいでしょう。受けて立ちますよ、アーチャー」


 その後で、存外嬉しそうに微笑みながら、頷いた。








 十数分後、カルデアのトレーニングルームにて、私はセイバーと対峙していた。

 仮想空間のため、魔力は無尽蔵。痛みは感じるが、ダメージは残らない。

 つまりは、やりたい放題にやって良し、まさにサーヴァントにはうってつけトレーニングルームだった。


(……分かってはいたつもりだが、よもやここまでとはな)


 心の底まで見通すかのような真っ直ぐな瞳。

 風の鞘に包まれ、不可視の聖剣。

 そして、一縷の隙も見られない構え。

 正面から相対すればこそ分かる、セイバーの圧。

 二度の聖杯戦争、此度の人理修復を経て数多の敵と対峙してきたが、これ程までの圧を感じた事はそうない。

 
(かつては手も足もでなかったが、さて)


 マスターだったかつて、彼女から師事を受けた際は、戦いという次元にすら至っていなかった。

 だが、あの頃とは違うという自負はある。

 それこそ命を投げ捨てるかのような修練をし、命を投げ捨てるかのように様々な争乱に身を置き、進んでいった。

 今日はその全てを彼女にぶつけたいと思った。

 一人の英霊としてではない、遥か過去に捨てた『エミヤ』という個人として、彼女と戦ってみたい。


「さぁ―――来なさい、アーチャー」


 此方の心情を読んだかのように、零すセイバー。

 その一言を呼び水に、私は双剣を翳してセイバーへと直進した。



7 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:57:15.82SoHlR5BC0 (7/11)


 縮まる間合い。

 打ち込む連撃は、常人であれば反応すらできないものの筈だが、騎士王にとっては微風に等しい。

 全てが不可視の剣に叩かれ、逸らされ、防がれる。



(正面からの突破は困難。ならば―――)


 
 距離を取り、弓矢を投影。

 数発の射撃を見舞う。

 が、全て防がれる。当たる気配は微塵と感じられない。

 近距離は駄目。遠距離も駄目。

 目の前の壁は、馬鹿正直に当たって崩せるものでは、とてもない。

 分かっている。

 彼女は、強い。


(だからこそ、俺は―――!)


 彼女が立つ地面を撃ち抜き、土埃で視界を奪う。

 同時に双剣を三組投影。内の二組を弧を描くように投擲する。

 残る一組に魔力を込め、刀身を巨大化させ、刃の強度を引きあげる。

 再び突撃、その体勢を僅かでも崩そうと全力でもって刃を振るった。

 金属音が響き渡るが、ただ、それだけ。

 セイバーは表情すら崩さず、こちらの渾身を受け止めきった。


「まだだ!」


 一度の渾身で届かぬならば、届くまで渾身を繰り返すまでだ。

 何十と振るわれる渾身の剣戟に、セイバーの表情が僅かに険しくなった。

 同時に、僅かに後退。

 ほんの数センチ。だが、確かにその体勢を崩す事には成功した。

 その瞬間に、先に投擲して置いた二組の双剣が、彼女を挟み込むように殺到する。

 我武者羅な連撃に、彼女も意識を裂かれていたのだろう。

 後方から迫る刃に反応が遅れている。

 体勢も崩れている今、対応もできていない。

 このままいけば―――刃が、届く。


「―――やりますね、アーチャー」


 戦闘の最中、セイバーの声が聞こえた気がした。

 剣戟の応酬の中だ。

 例えセイバーでも言葉を紡ぐ暇はなかっただろうし、追い詰めている今その余裕もない筈。

 だが、確かに。

 確かに、そんな言葉が聞こえたのだ。

 ―――直後、暴風が吹き荒れる。



8 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:58:31.12SoHlR5BC0 (8/11)


 聖剣を包む鞘と化していた風の結界が、セイバーの号令と共に解き放たれる。

 烈風はセイバーを中心として発生し、その周囲の全てを吹き飛ばす。

 飛来する筈だった双剣も、刃を振るっていた自分すらも吹き飛ばして、戦場を蹂躙した。

 今度は此方の体勢が崩されていた。

 吹き飛ばされた身体で無理矢理にセイバーの方を見やる。

 視界を染めるは、真身をさらした宝具から放たれる黄金の輝き。

 彼女がそれを上段に振り上げるのが見えた。


(―――まだだ)


 黄金の剣でもって此方を狙い定めるセイバー。

 宙を舞う身体。回避は不可。

 ならば、正面から受けて立つ―――!



(―――まだだ)


 手中に残っていた双剣に、魔力を集中させる。

 更に強く、大きく、固く、刃を研ぎ澄ます。

 固有結界の発動に用いるものと同等以上の魔力を、双剣に籠める。




(―――まだ!)



 一際強い輝きと共に、セイバーはただ一歩で間合いを詰めた。

 振り抜かれる聖剣を、贋作の―――だが、己がもてる全てを込めた―――双剣で受け止める。

 均衡は、一瞬だった。

 双剣を粉々に破壊した聖剣が、胴体を薙ぐ―――。



『霊核破壊―――トレーニング終了』


 
 そんなアナウンスを聞きながら、俺は地面に転がった。








9 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 22:59:46.39SoHlR5BC0 (9/11)




「お疲れさまでした、アーチャー」


 軽やかな足取りでセイバーが、近付いてくる。

 対する自分はというと、消耗しきっていた。

 時間にして僅か数分程の短い戦いだったが、余りに濃密。

 全力で刃を振るい、魔力回路をフル稼働させ続けた。

 何よりセイバーの圧を正面から受け続け、その振るう刃を幾度と受けたのだ。

 魔力消費やダメージはないものの、立ち上がることすらできない程疲れ切っていた。


「気迫ののった良い攻撃でした。対応が遅れていれば、負けていたのは私かもしれない」


 対するセイバーは、そう冷静に分析するだけの余裕はあったらしい。

 まさに完敗。

 分かっていた結果だったが、実際に突きつけられると悔しさが込み上げるものだ。

 疲労に加え、なけなしの自尊心もズタボロ。

 当分は復活できる気はしなかった。

 此方を見下ろすセイバー。

 その表情は先程までとは打って変わり、温かな微笑みがたたえられていた。

 そして、正面から私を見据えながら、告げた。



「―――強く、なりましたね」



 ……その言葉を聞いた時、再び思い出される記憶があった。

 道場で倒れ伏す俺にを見詰めながら、優しく微笑む彼女。

 あの時も、そうだった。

 師事の最中では武人を貫く彼女だが、特訓が終わるといつもの様子に戻って、今のように優しく微笑むのだ。

 



10 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 23:00:20.39SoHlR5BC0 (10/11)

 
(ああ、そうか。今日は―――)


 擦り切れた記憶から、かつての日々をすくい上げていく中で、気付く。

 なぜ、今更にあの夢を見たのか。

 彼女との出会いである、あの光景。

 決して忘れられぬ、邂逅の瞬間。


(今日は、彼女と私が出会った―――)


 運命との、出会い。

 その日付が、まさに今日だった。

 だから、あの瞬間の夢を見て、彼女の事ばかりを思い出しただろう。


「……セイバー。昼食を振舞わせてくれないか?」

「―――是非。今朝はアーチャーの料理を食べれませんでしたからね。その分まで楽しませていただきましょう」



 サーヴァントの身でありながら、共に戦い、共に生活をする。

 このカルデアという特殊な環境の中であるからこそ有り得た奇跡。

 そして、その奇跡の中だからこそ、思い出せた幾つかの記憶。

 久しく感じていなかった温かい感情を胸に秘めながら、私とセイバーは肩を並べて、トレーニングルームを後にした―――。

 



11 ◆XVOS/FY0A/il2020/02/06(木) 23:01:10.49SoHlR5BC0 (11/11)

以上で終了です。
HTML化依頼出してきます。