280 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:29:12.98ABaWR+nR0 (6/20)



「手伝うさ。俺には教会にも頼れる伝手がある。なにも魔王軍を手中におさめる必要はない」


 そうだ、わざわざ自ら危険に飛び込む必要なんてない。もう、魔王のことなんて、俺のことを殺そうとする体のことなんて忘れて、二人でゆっくり暮らすのもいいじゃないか。


「そんな、つまんないこと言わないでよ!」


 遊び人は、その目に大粒の涙をためていた。
 何故だ。なぜキミはそこまで、魔王に執着しているんだ。


「頭だけの私には、どうにもならないの。お願いだから手伝ってよ勇者」


 今までみたこともない激昂ぶりに、俺はたじろぐ。以前の喧嘩でも、彼女はここまでの怒りは見せなかった。一体何が、彼女を突き動かしているというのだ。


「もう正直、私の目的なんてどうでもいい。……いや、どうでもよくはないけどどうでもいい!」


「お、落ち着けよ」


「落ち着いていられるわけないでしょ。なに!? 酒に酔えない身体になったってどういうこと!?」


「それは、女神からもらった耐性の力で……」


「もう、一緒にお酒をシコタマ飲んでも二人で酔って、笑って、馬鹿話に講じることもできないってこと!? そんなの私には耐えられない! 私は、酔っぱらって心中だだ洩れのそんな勇者が好きだったんだ!」


 そういうと、彼女は本格的に泣き出してしまった。うわああうわあああとまるで子供のように声をあげて泣いている。

 俺は、立ち上がり彼女の目をぬぐう。ああ、愛しい女を泣かしてしまうなんて俺は勇者として、いや男として失格だ。
 剣を腰に差し、クロークをまとう。彼女に一声かけ、彼女の頭をマフラーごと腰に結わえ付ける。


「勇者?」


 彼女は、心配そうに俺を見上げている。俺は、それに微笑み返しカウンターバーに並べられた酒瓶に向き合う。片っ端から手に取り、その琥珀色のアルコールを体に充填していく。空になったら、次を、それが空になったら更に次を。何杯も、何杯も、何杯も。

 だが、俺の体は一向に酔う素振りを見せない。悔しさに、視界がにじむ。だが、その手は緩めない。
 腰に結った頭が、声をあげる。「がんばれ」と。その声は、少しずつ大きくなっていく。遂には、部屋中に遊び人の声援が響き渡った。 


「がんばれ勇者! キミは、ビールなんかにとどまる男じゃない! そんなアルコール度数の、チェイサー程度の男じゃない! ぐつぐつぐつぐつと魂を燃やせ! 煮詰まった醸造酒は蒸留酒を生むんだ! そうだキミはビールなんかじゃない! その魂は、勇者という生きざまに染まったスピリッツだ!」


 酒瓶を握る手に力が入る。


 あまりに力を籠めすぎたせいか、思わず眩暈がする。足元がふらつき、全身の力が抜けていく。
 巡る思考はまわりすぎて、その複雑に絡み合ったシナプスをほどいていく。

 魔王を倒すのが勇者の役目。彼女の体に関する誤解。酒造業界で一丸となって禁酒法を無くしたいという遊び人の思惑。勇者の力を失い、再びアルコールに酔う身体を取り戻す。そのすべてが、今やどうでもよくなっていく。とりあえず、よくわからないが魔王を倒せばいいんだろう。酔っ払い特有の、短絡的結論にたどり着いたとき、俺は「飛べる」確信を得た。

 
「千鳥足!」


 遊び人の顔を伺う。彼女は動かない頭で、頷いて見せた。
 俺たちは、タイミングを合わせ二人同時に掛け声をあげる。



「てれぽおおおおおおおおおおおおおとおおおおおおおお!!!」


281 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:29:53.18ABaWR+nR0 (7/20)

 日の光が僅かにさしこむ倉庫。その、両脇には木箱が高く積み上げられ少ない日差しを更に遮っている。どこか懐かしい香りのする場所だ。


 千鳥足テレポートは大成功だった。そこには、扇情的に縛り上げられた彼女の体を片手でほどくこうと苦戦している魔王がいた。


「魔王みいいいいいいいつうううううううううけええええたあああああああああああああ」


 今度は、こちらの番だとばかりに魔王にタックルをかます。俺と魔王は、組み付いたまま積み上げられた木箱に突っ込んだ。魔王は驚きの表情ながらも、突然の来襲に的確に対応した。片腕の力で、組み付く俺と自身の体に無理やり隙間をこじあけ、そこに膝を見舞ってきた。


 魔王の膝蹴りは、見事に俺の腹へとつきささり思わず俺の口から胃液が飛び出す。更に、その凄まじい衝撃は俺の体を倉庫の天井付近まで浮かび上がらせた。


 俺は、ぐうと喉を鳴らし痛みに耐える。そして浮かび上がったまま、踏ん張りの聞かない体勢ではあるが上半身をあらんかぎりの力で引き絞る。体が上昇するスピードは徐々に和らぎ、そしてこんどは重力に惹かれ自由落下を開始する。俺は、身を任せ全体重に自由落下の速度を上乗せし、さらには引き絞った上半身を開放し、魔王の頭上から全力の拳をお見舞いする。


 残念なことに、俺の拳は魔王に届くことはなく、地面に大きなクレーターを形作るにとどまった。その光景に、無様に身を転がし拳を躱した魔王の目は大きく見開いている。やつも俺の拳を恐れている、その事実が俺を勇気づける。


 だが、俺が次の攻撃に移る前に魔王は動いた。地面に突き刺さった拳を抜こうとしている俺へと、魔王の蹴りが襲う。何とか、ガードをするが衝撃で俺は木箱の山まで再び吹き飛ばされ埋もれてしまう。木箱の中から、身を乗り出そうともがいていると魔王の魔法詠唱が聞こえてきた。


「千鳥足テレポート!」


 魔王は、再び千鳥足テレポートを使ったのだ。


「追うよ勇者!」


 腰の頭が、俺に声をかけてくる。


「応っ!」


 俺は、彼女へと返事をし俺に覆いかぶさっている木箱の一つに腕を差し込む。そして、藁の緩衝材で敷き詰められた箱の中から緑色をした瓶を取り出す。ビンには魔王軍の紋章が刻まれている。間違いない、あの工場で作られているビールだ。俺は、ビンの頭を木箱でたたき割り、中の液体を無造作に口へと流し込む。


「いくぞ遊び人! 千鳥足テレポート!」


282 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:30:21.84ABaWR+nR0 (8/20)


 魔王の驚いた表情を見るのは、今日だけで何度目であろうか。俺たちが、千鳥足テレポートを使えることを知らない魔王にとっては、俺たちがいかにして魔王を追ってこれるのか理解ができないのであろう。


 木箱の山のお次は、樽が大量に敷き詰められた石造りの部屋だった。部屋には冷たい空気が満ちていた。どうやら、何かの保管庫らしい。そこには、窓が一つもなく蝋燭の灯だけがゆらゆらと俺たちの姿を照らしている。

 
 魔王が、樽を抱え上げ俺へと投げつけてくる。樽の剛速球を、なんとか受け止め地面に置く。樽の中身が、ちゃぷんちゃぷんと液体特有の音をあげる。間髪おかずに、二個目三個目の樽が飛んでくるが、俺はそれを受け止めつつ魔王へと前進を続ける。


 足を止めない俺を見て魔王の表情に、恐怖が浮かぶ。


「こっちに来るなあああああああああ!」


 数えきれないほどの樽が、魔王によって放られた。俺は、その一つを受け止めきれずに顔にもらってしまう。だがチート耐性の頑丈な頭に、割れ砕けるのは樽の方だった。砕けた樽は、そのの中身を俺の全身へと浴びせた。頬を伝う液体をチロリと舐めると、それは質のいい赤ワインだった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 突然、何処に潜んでいたのか縄をほどかれた彼女の体が、頭がないはずなのに腹に響く重低音をまき散らしながら俺へと突進してきた。デュラハンの血が覚醒したのか、先ほど戦った時よりも幾分も力が増しているように感じられる。彼女の体は、俺の背後から組み付き俺の歩みをとめる。彼女の膂力に屈したわけでは無い、背中に当たっている何か柔らかいものが一瞬俺の思考を止めてしまったのだ。


「おい! 密着しすぎだ我が娘よ!」


 俺は、魔王の言葉に我を取り戻し、反動をつけ遊び人の体ごと前転をくりだす。俺の体を軸に、大きく円を描いた遊び人の体は地面にたたきつけられた。


「ぐえ」


 俺の腰のあたりから、カエルがつぶれたような声が届いた。む、彼女の頭が、その体とダメージを共有していることをすっかり忘れていた。だが今は、そんなことを気にしている余裕はない。俺は、倒れ伏せた遊び人の両足をつかみ思いっきりのフルスイングをかます。


「ぐえええええ」


 先ほどよりも、僅かだが確実に大きくなったうめき声が届いたところで俺は一気に手を離す。宙に舞った彼女の体は、魔王のほうへと飛んでいき、それを受け止めた魔王は勢いそのままに石の壁へと叩きつけられた。



「ち、千鳥足テレポート!」


 再び、テレポートで飛んだ魔王をしり目に俺はワイン樽に拳をたたきこむ。割れた樽から、流れ出るワインを手ですくって口へ運ぶ。


「おい! 私にも! 私にも!」


 腰で騒ぐ遊び人の口元にも、ワインを運んでやる。彼女は、俺の手ずからであることを気にする様子もなくワインを飲んで見せる。
 

「いくよ! 千鳥足テレポート!」


 そしてワイン蔵に元の静寂が訪れた。


283 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:30:48.64ABaWR+nR0 (9/20)



 どうしてこの魔法を使った後は、みんな驚いた表情で出迎えてくれるのだろうか。いや、突然何もないところから腰から頭を吊り下げた男が現れたらそうなるのも仕方ないか。というわけで、大柄で禿頭の男は俺たちを見て開いた口がふさがらない様子を見せつけてくれている。

 その手には、酒をグラス注ごうと傾けられたビンが握られており、驚きで固まった大男は既にグラスが酒で満ち溢れているのに構わず注ぐ手を休めようとしていない。……って、この大男、いつかの宿屋の主人ではないか。


「ままままたかよ! 頭のない死体を担いだ片腕の男の次は、頭を腰に吊り下げた男かよ……って、兄ちゃんどこかで?」


 主人に構わず視線を動かすと、今まさに遊び人の体を担いだ魔王が更なる千鳥足テレポートで飛び立つ瞬間だった。


 俺は、落ち着いて懐から銀貨1枚を取り出し、主人の前に置いて見せる。


「こりゃなんだ?」


「酒代だ」


 俺は、主人の前に置かれたグラスを奪い喉に流し込む。
 やはり机に置かれていた酒瓶は、遊び人の口に直接差し込んでやる。

 懐かしい不味さに胃が拒絶反応を起こす。「まずいまずいまずい!」と「こんなものを流し込むな」と悲鳴をあげたのだ。だが、その不味さに不快さはない。それどころか、なぜか愉快な気持ちになってくる。二人で飲めば、こんなにまずい酒でも楽しいのか。その事実がまた、俺を愉快にさせる。


 視線を下に落とすと、遊び人が準備完了とばかりにウインクして見せた。



「千鳥足テレポート!!!」


 魔王、逃げても無駄だ。俺たちは、どこまででもお前を追い続けるぞ。


284 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:31:14.71ABaWR+nR0 (10/20)



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 転移先は、実に騒がしいところだった。大樽や、パイプが張り巡らされたそこは死角が多く視線が通らない。だが、各所から沸き上がる雄々しい叫び声でそこに大勢の人や魔物たちが争っていることが見て取れる。


「魔王軍の秘密醸造所!? 戻ってきたのか」


 機材の間をかきわけ、中央の最も大きな通路へ出ると魔物たちと白装束の男たちが剣やこん棒を手に血と汗を散らしていた。


「魔王おおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 人ごみの中に、意中の相手を見つけた俺はわき目もふらずにその中へと飛び込む。積もり積もったダメージで這う這うの体の魔王の足取りは重い。俺は、すぐに魔王に追いつきそのクロークを掴み無理やり引き寄せる。クロークはびりびりと音を立てて引きちぎれてしまった。

 魔王は、その反動か前のめりに倒れてしまって。魔王は、一歩でも前に進もうと左手を前へと伸ばす。


「ま、魔王様!」


 伸ばされた手の先では、ちょうど炎魔将軍と女神正教の大司教が剣を交えているところであった。軍配は既に炎魔将軍にあがっていたようで、大司教は肩で息をしている有様だ。魔王に気づいた炎魔将軍が、大司教そっちのけで魔王に駆け寄る。


「炎魔! 我が右腕よ! 頼むから予備の右腕を急ぎ持ってきてくれ!」


 魔王の懇願ともとれる指示に、炎魔将軍は涙を流しながら「御意」と駆けだした。


「おおっ! 勇者様が、魔王を追いつめているぞ!」


 どこからか、僧兵の一人が大声をあげる。俺たちに気づいた、周囲の魔物や僧兵たちが剣を打ち付け合うのを徐々にやめ中央へと集まってくる。彼らは、俺と魔王を取り囲み。自然と、人と魔物の屈強な肉体でリングが形成されていく。その中には、首から上のない彼女の体も見て取れる。


285 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:31:42.01ABaWR+nR0 (11/20)


 
 魔王は、隻眼のミノタウロスに支えられ小さな樽に腰かけている。周囲の魔物たちが、これでもかと甲斐甲斐しく介抱し魔王は幾分かの体力を取り戻したようだ。

 
 俺は、決戦に備えクロークをぬぎ、剣をはずす。すると、頼みもしないのに僧兵の一人が恭しくそれを預かってくれた。


「勇者、ついに使命を果たす時がきたな」


 なんとか息を整えた大司教が、俺の背をポンと叩く。


「しっかりやってこい!」


 俺はコクりとうなずき、腰に吊り下げていた遊び人の頭を大司教に預けた。大司教は、「げっ」と顔をしかめながらも、彼女の頭を大事に受け取ってくれた。


 正面を見据えると、既に新しい義手を取り付けた魔王が腕をグルングルンとまわしている。こちらの視線に気づいた魔王は、先ほどまでの弱弱しい男とはまるで別人と思えるほど生気に満ち溢れている。なるほど、王として情けない姿は配下に見せられないということか。


「……さて勇者よ。もう追いかけっこはおしまいだ。憎き女神の使徒であり、超ド級の変態である貴様を倒して我が魔王軍の勝鬨としてくれる! 」


 魔王の後ろからは、炎魔将軍が憎々し気に視線を送ってくる。


「勇者! 約束を違えるとは見損なったぞ!」


 批難の声をあげる炎魔将軍に、俺はフンと鼻を鳴らす。そもそも、酒の席で約束をする方が悪いのだ。


286 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:32:09.18ABaWR+nR0 (12/20)


 俺は、軽やかにステップを踏み身体の調子を整える。対する魔王は、付けたばかりの義手を相変わらずグルングルンとまわしている。


「合図が必要だな」


 焦れたミノタウロスが、そう呟き隣に立っていた僧兵から兜を奪い取る。そして、それを持っていた斧でカーンと打ちならした。

 
 魔王の右ストレートが、俺の左頬へと突き刺さる。あまりの速さに、俺は魔王の動きを全く捕らえられなかった。意識が転よりも高く飛びあがりそうなのを、歯を食いしばって耐える。


 俺は、お返しとばかりに拳をふりあげ、魔王の顎を砕いてやる。確かな感触があった。だがしかし、魔王は倒れない。

 
 ステップを刻む暇などない、超近距離のインファイトが続く。お互いが互いの急所へと必殺の一撃を見舞い合う、ただそれだけの戦略性から最も遠くかけ離れたただの肉弾戦だ。だがそれは、美しさからの欠片もないその戦いは男たちの血をを熱くたぎらせた。一歩も引かずに、拳の応酬をつづける両者に魔物達も人間達も変わりなく声援を送った。


「させ! カウンターだ! ほら今だ、させ! 勇者っ!」


 大司教の皺がれた声には、年不相応な熱がこもっていた。そして、その右手にはなみなみと注がれたビールジョッキが握られている。


「うひょおおお! なんですか今のアッパーは! あんなの食らって立ってられるとは流石魔王様!」


 炎魔将軍が、その姿に似合わず甲高い歓声をあげる。その右手には、やはりビールジョッキが、そして呆れることに左手には乾きものが握られている。


287 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:32:35.64ABaWR+nR0 (13/20)


 一体何発のパンチを見舞い、何発のパンチをもらっただろうか。膝が震え、肩を揺らし、目は腫れ視界がかすむ。まともな人間、まともな魔族であれば幾百回の死を迎えるであろう威力を正面から受け止め俺と魔王はともに限界を迎えつつあった。


 白く霞んだ世界から、突然魔王の拳が目の前に現れた。精神が高まっているせいか、その拳はひどくゆっくりと俺に向かって飛んでくる。何とか交わそうと、上体を揺らすが力が思うように入らない。


 魔王の拳が、俺の額にあたった。乾いたパンという音に、限界を迎えた肉体と精神が同じくはじけ飛んだ。俺は、前のめりにゆっくりと崩れおちた。


 ミノタウロスが駆け寄ってきて、高らかに腕をあげカウントをはじめる。


「1、2、3……」


 あぁ、遊び人。やっぱりキミのお父さんは化け物のように強い男だ。長年の旅で身に着けた、如何なる耐性をもってしても奴の拳を耐えきることがついぞできなかった。

 
 声がきこえる。だが、その優しい声は猛々しい男たちの声援にかき消されてしまう。


4、5、6……


「ゆ……ひざ……ら!」


 ああ、気持ちいい。自身が不眠症であることが信じられないくらい、今日は安らかに眠れそうだ……。


「ひざま……らし…あげ……!」


 誰だ? それになんだ? 人の睡眠を邪魔するのは……。


7、8、9……


「魔王に勝ったら、今度は私が膝枕してあげるっていってるの!」


 俺の体は、まるで羽が生えたかのよう軽くなる。気づけば、俺は既に立ち上がっていた。


288 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:33:03.37ABaWR+nR0 (14/20)



 ミノタウロスが、俺の顔を覗き込んでくる。


「やれるが?」


 俺は、目だけで肯定を伝える。


「よじ、やれ! ふぁいっ!」


 魔王が驚いた表情で俺の姿を見ている。なぜ、立ちあがれる。もう、お前は倒れたではないか。そういいたげな顔だ。


「もうっ、貴様の負けだっ……!認めろっ勇者ぁっ!」


 魔王の表情に再び恐怖が浮かび上がる。そうだ、お前は俺を恐れていたのだ。腕を斬りおとされ、徹底してその姿を地下へとくらましたのは、何より勇者が怖かったからだ。恐れは、剣を鈍らせる。お前は、このリングに立った時点でもう負けていたんだよ。


 俺の拳が、既にヘロヘロで、虫すら殺せない威力であったが、それは確かに魔王の頬へとたどり着いた。魔王の目からは、光が消え、そのまま仰向けに倒れこむ。


 ミノタウロスが、魔王へと駆け寄り。声をかける。そして、何かを悟ったかのように立ち上がり両手をクロスさせた。
 その瞬間、地鳴りのような大歓声が倉庫に響き渡った。後の世に、その声は遥か王城まで届いたと言われるほどの大歓声が、人も魔物も分け隔てなく勇者の勝利を称えた。


289 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:33:30.82ABaWR+nR0 (15/20)



 翌朝、目が覚める。傍らには、遊び人の頭が転がっていた。すやすやと気持ちよさそうに、寝息を立てている。
 周囲を見渡すと、倉庫の地べたに魔物も僧兵たちも入り混じれて雑魚寝している。倉庫の中には血や汗、そしてビールの混じり合った酷い匂いが立ち込めている。どうやら、勇者の祝勝会と魔王の残念会が同時に、そして盛大に行われたらしい。


 ひどい頭痛に、思わず頭をおさえ唸り声をあげる。


「起きたか……勇者」


 大樽に寄りかかった魔王が、声をかけてくる。その腫れあがった顔が、昨日の激戦を思い起こさせる。だが、その程度気にもとめないばかりに、魔王の右手にはビールジョッキが握られていた。


「娘を襲った変態に負けるとはな……我は父親失格だ」


「お義父さん……」


 「お義父さん言うな」魔王はそういって、俺に手招きする。
 痛む身体を引きずるように、魔王へと近寄ると彼は俺にビール瓶を寄越してきた。


「グラスはないから、悪いが貴様は瓶だ。……乾杯といこうじゃないか」


「完敗? 俺の勝ちってことでいいんだな?」


 俺の軽口に、魔王はフッと笑って「どっちでもいいさ」と呟いた。
 俺は、魔王の隣に腰を下ろし瓶を受け取る。


「乾杯」


 今となっては、どちらが発声したのかはわからない。だが、俺たちは長年の因縁を乗り越え初めての乾杯を交わした。


 男たちの汚い寝息の中で、ぶつかりあったジョッキとビール瓶がカチンと乾いた音を響かせた。
 そして俺は、その日久方ぶりの酷い二日酔いに悩まさることとなった。

――――――

 ラストオーダー
 最後の一杯  勇者根性スピリッツ

 おわり

――――――


290 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:33:57.76ABaWR+nR0 (16/20)

――――――

エピローグ

――――――


291 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:34:24.74ABaWR+nR0 (17/20)


 目の前に置かれた逆三角形のグラスには、赤い液体で満たされ、更にその中にはチェリーがプカプカと浮かんでいる。


「マンハッタンでございます」


 マスターに、「ありがとう」と感謝の意を伝え、グラスに口をつける。


「ねえ、私の話きいてた?」


 白と黒のチェック柄のワンピースに、赤いマフラーをまとった、金髪の美少女が不満げに話しかけてくる。


「ごめん、聞いてなかった。なんだって?」


「もう!」


 彼女は、プリプリと頬を膨らませて見せる。


「まぁまぁ、ほらこっちもできたよ」


 マスターが、彼女の前に俺の物と委細同じカクテルを届ける。彼女は、打って変わって嬉しそうな表情をうかべ、それを一気に飲み干した。


「だからさ、教会と魔王軍が手を組んで酒造業界一丸となって禁酒法と戦う道筋はできたんだし。私たちも時間が空いたわけじゃん」


292 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:34:51.71ABaWR+nR0 (18/20)


「ん」


「だからさ、また旅に出ようよって話をしてるの」


「旅だって?なんだって今更」


「だってパパは私たちのことを認めてくれたけど、勇者はまだママに会ってないじゃん」


「ママ?」


「そ、いつだったか仕事命のパパに愛想つかして出て行っちゃって、今は行方不明なの。今度は、そのママに挨拶に行こうってこと」


「行方不明のママねえ。俺は構わないが……」


 どこからかカチカチカチカチと音が鳴っている。


 ふと、音の先を伺うとマスターの手元がそれであった。白いナフキンを持ち、いつものようにグラスを磨くマスターの手は明らかに震え、その爪の先がグラスへと叩きつけられていたのだ。マスターを見上げると、その表情こそ変わらないが血の気が引き真っ青となっている。

 あのマスターが……まさか怯えているのか!?


 俺は、あわてて彼女を振り返る。


「ママは、パパより強いし頑固だから覚悟しててね勇者」


「ふん、望むところさ」


 どうにか精いっぱいの強がりを見せてみるが、どうにも酒は俺の心を丸裸にするらしい。
 マスターの手元と同様に、俺の強がった台詞は恐怖に駆られ酷く震えたものだった。


293 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:35:19.43ABaWR+nR0 (19/20)



――――――

遊び人♀「おい勇者、どこ触ってんだ///」 

おわり

――――――


294 ◆CItYBDS.l22019/06/08(土) 22:41:33.30ABaWR+nR0 (20/20)

長らくお付き合いいただき有難うございました。
変なところがあれば指摘してもらえると助かります。頂いたご指摘は、小説家になろうに投降している同作品の方で修正していきます。

酔いどれ勇者は、今日も千鳥足で魔王を追っています!
https://ncode.syosetu.com/n4689et/

どうぞこちらのほうにも、感想評価をよろしくお願いします。
重ね重ね、ありがとうございました。


295以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/09(日) 00:01:37.204R9QK5Njo (1/1)

おつおつ
次も期待しているぞ!
魔王倒したから酔えるようになったのかなめでたい!


296以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/09(日) 01:54:26.84AxKE45/DO (1/1)

そういやなろうの方も有ったんだわな
もうガラケーから見れないから忘れてた
何はともあれお疲れ様