394 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:40:05COshComs (8/25)



「ん、んむ、ぅ、はぁ」

 てらてら光るそれへと舌を這わせる。愛おしむように、慈しむように。

「ちんちん、す、ごぃ」

 大きく舌を出して、口を開いた。

「て、とく……きもちかった、ですか? はっちゃん、のぉ、おく、……おくち、まんこ、きもちぃ、かったぁ?」

 俺の返事を待たずして、また奉仕しようとするハチを、一旦押し留める。彼女は上目遣いでこちらを見やり、本当にわけがわからない様子で、泣きそうにすらなっていた。
 なんで? なんで? そう無言で訴えかけてきている。

 正直なところ、変貌ぶりに俺は少し気後れしてしまったというのが本音ではあるのだが、理解との同時進行でもあった。きっとハチは「そういう」気質なのかもしれない。
 誰にだって性欲はある。あとは多寡の問題でしかない。それでさえ、人に迷惑をかけなければ、どうだっていいことなのだ。
 ハチは肉体関係を通じて性欲の処理ができればいいじゃないかと言っていた。あの言葉はどうやら少なからず本当らしい。


395 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:41:59COshComs (9/25)


 満足してくれるなら、それでいいじゃないかという気持ちは、確かに、ふつふつと湧いてくる。
 自分に都合のいい考えなのかもしれないが。楽な方に逃げているだけなのかもしれないが。

「してもらってばっかりは、不公平……だろう」

「……ですね」

 うなじにキスを降らせる。ちゅ、ちゅ、と音が鳴るたびに、小刻みな嬌声が耳元へと届いた。
 ゆっくり水着の肩紐に指をかけ、左、そして右、爪を立てないように丁寧に降ろしていく。ハチはその間ぺたぺた俺の腹筋や背筋を触りながら、体を身悶えさせて脱がせやすいように誘導してくれた。
 白い肌は、水着に隠れていた部分がより白かった。少し窮屈な胸元ばかりはてこずったが、次第に慣れる。

 弾力のある胸が零れ落ちるように水着から解き放たれた。汗で蒸れていて、深い谷間には珠のような汗さえ滲んでいた。普段服の上から見るだけでもボリュームの感じられたハチの胸は、今なおはっきりと主張している。
 うなじから首筋、鎖骨とキスの位置を変え、ついに胸元へと下りた。汗のせいか、少し塩辛い。それでいて、香水なのか、洗剤なのか、ボディソープの類なのか、柑橘系の爽やかさ。僅かに赤子のような甘いにおいもする。

 ハチは俺の体を掴む手に一層の力を込めた。


396 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:43:09COshComs (10/25)


「……」

 俺は一旦ハチから顔を離し、ぼんやりとしたハチの両足、膝の部分から一気に掬い上げる。一緒に背中をもう片方の手でかかえて、所謂「お姫様抱っこ」というやつだった。

「え、え?」

 困惑するハチ。しかし、俺がベッドまで連れていこうとしているのだと気付くと、すぐに口角を緩めた。すっかりしまりのない顔になってしまっている。

「……サイズあってんのか、あれ」

「あは。だいじょうぶ、です。謎の技術は、すごい、ですね」

 自室のベッドにハチを横たえる。まさかこんなことになるとは思っていなかったため、掛布団などはとっちらかったままだ。
 ハチは一度大きく深呼吸をして、

「……ていとくの、においがします」

 と言った。当たり前だ。当たり前のことを言われているのに、なぜだか羞恥心が生まれるのはなぜだ。


397 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:44:18COshComs (11/25)


「続けるぞ」

「いちいち、言わなくていいです」

 早く、と促す。

 胸元に浮いた汗を舐めとるように、肌の熱いところを重点的に、凹凸に沿って這わせていく。

「んっ、う」

 ハチが俺の頭を抱きしめてきた。柔らかさの海に頭から突っ込んで、危うく溺れそうになる。
 息苦しさを覚えながらも、視界が潰れた代わりに鼻孔一杯にハチのにおい。俺はたまらずに目の前にあった柔肌を舐め、口づけし、甘く噛んでみたりもする。そのたびにハチは小さく喘ぎながら体を震わせた。

 さすがにこれ以上抱き締められては本格的に窒息してしまいそうだ。深い胸の谷間には、それだけの力がある。俺は宝石を扱うように丁寧に、彼女の小さな手を取って、互いの指と指を嵌めあわせる。
 完全に押し倒す体勢になった。目の前にはハチの顔がある。
 幼さが依然として残るはずのその顔には、いまや発情した女の表情だけがあった。涙で濡れ、頬を上気させ、だらしなく開いた口からは妖艶に舌が覗く。


398 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:45:18COshComs (12/25)


「……はさみ、ありますか?」

「鋏? なんで」

「いい、ですから。はやく。
 ……全部脱ぐのは、めんど、ぉ、だから」

 鋏を渡すと、ハチは自らの水着の下腹部あたりを引っ張って隙間を作り、そこへ刃を差し入れた。そうして躊躇なくじょきん、じょきん、じょきん、三度刃を進める。
 布が切断されて、秘所を覆っていた部分が、ぺらりとめくれた。

「おま、え、なぁ……」

 言葉が詰まる。何やってんだと言おうとして、言ってやりたくて、けれど、俺はその光景に意識の大部分を奪われてしまっていた。

「えへへぇ」

 ハチが笑う。それとも、俺を笑ったのか。

 どうせ元に戻るんだからいいでしょ、と顔が言っている。

 それは確かにそうだが、しかし……。

 あぁ、だめだ。


399 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:46:17COshComs (13/25)


 ハチの秘所はてらてらと濡れていた。濡れそぼっていた、とさえ言ってもよかった。先ほど切り離した布地、クロッチ部分には大きく船底形の染みができあがっており、愛液が糸を引いている。
 髪の毛と同じ色の陰毛は短く、少し硬質的に見える。太ももの丸み、腰へと繋がる鼠蹊部のラインの陰影、潰されて少しだけはみ出して見える尻肉、全てが扇情的だった。
 なにより、僅かに開き、閉じるたびに、奥から新たな愛液を沁みださせるそこが、完全に俺を待ち望んでいて……。

 ハチは自らの中指をそこへやった。クリトリスを根本で、入り口を先端でそれぞれ軽く触るだけで、喉の奥から「あ、あっ」という嬌声が漏れる。ぴちゃ、ぴちゃ、ぐちゅり、準備ができたことを告げている。
 噎せ返るほどの欲望のにおいが充満していた。

 股間が痛いほどそそり立っている。
 赤黒く充血し、腹につかんとしている。


400 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:48:10COshComs (14/25)


「……普段から、そうやってオナってんのか」

「……はぁい」

「エロ同人で?」

「それも、っ、んぅ、あるしっ……提督の、こと、考えたり、も、……ん、し、ます」

 ……あぁもうこいつは!

「イくとこ、見ててやろうか」

「んっ、やぁ、や、です」

 駄々をこねる子供のように、ハチは大きく首を振った。弄る指を止めることなく。

「やだ、指じゃ、やぁ。てい、てぇとくが、提督、のぉ、ちんちん、が、いい、れすっ」

 そう言いながらも指は速さを増していく。左指でクリトリスを、右手の中指は根元まで埋まり、楕円を描くように動く。
 空気が撹拌。愛液と混じり合って、指と秘所の隙間から時折とろりとした液体がシーツに汚れを広げていく。

「あっ、あっ。やっ、やぁ、めっ、だめ、とまんないよぉ、ゆびぃ、てぇとくの、ちんひんがっ、あ、んくっ! いいのにっ」

 ハチは最早俺のことを見ていないようだった。


401 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:50:14COshComs (15/25)


「てっ、とく、ごめ、ごめんらひゃ、なひゃいっ! おまんこっ、きもちぃすぎてっ! イ、イっちゃい、まふぅ……!」

 告げるとともにハチの指がより深いところを抉った。電流が走ったようにその小柄な体が痙攣し、弓なりに背筋が仰け反る。
 たっぷり数秒はそうしていただろうか。殆ど落ちるようにベッドへ体を落ち着けて、長い長い無呼吸から復活した彼女は、前後不覚のままで空気を求める。
 大きく息を吐き、吸うたびに、自重で潰れている胸が上下した。

 指が収縮のために押し出される。粘液が泡立ち、白濁している。

 教え子の痴態を目の当たりにして、俺の下半身は萎えるどころかより一層の硬度を増していた。肌という肌の神経が全てそちらに移動してしまった錯覚が先ほどから脳を支配しているのだ。
 欲望にいま、体は全ての支配権を握られていた。必死に理性が総動員され、せめて、せめてと口から出かけようとする言葉をぐっと堪える。ここに来てもなお、俺は自らが積極的にハチと関係を持とうとするか否かを最後の防衛線としているようだった。


402 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:51:57COshComs (16/25)


 だから、彼女が、引き抜いたばかりの指を、いまだ生き物のように動いている秘所に添えて、

「わらひぃ、ばっかり、ふこーへ、い、ですよねぇ……。
 てえとくの、ぉ、ために、いっぱい、ほぐしておきました……からぁ」

 飲みこんだ唾液の音がやけにうるさい。

「はっちゃんの、おまんこ、でっ、ちんちん、きもちいく、なってぇ、ください」

 らんぼうにして、おくにたくさん、しゃせいして、ください。

 そう言われたとき、歯止めが効くはずなどなかった。


403 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:53:03COshComs (17/25)


 やはり、エロ同人の読みすぎだとも思ったが、彼女が熱に浮かされているように、俺の脳みそも茹っている。ふつふつと競りあがってくる溶岩が体内で暴れている。
 ゴーヤの顔がちらついた。けれど彼女は、俺の袖を引いて止めてくれはしなかった――都合のいい妄想だ。ただの誤魔化し。言い訳。

 ハチに覆いかぶさる。

 乱暴に――そうするつもりはなかったのだが、むしゃぶりつくように彼女の胸の先端へと吸い付いた。硬くなった突起を舌先でこねくり回しながら、頭をまたも抱きかかえられながら、俺は自らのものの根元に手をやって、角度を調節する。
 体内で荒れ狂う溶岩と同じように、彼女のそこもまた熱く滾っていた。潤んでいた。尻まで愛液が垂れ、既にいつでも受け入れる体勢はできている。

 腰を押し込んだ。

 抵抗はなかった。


404 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:54:12COshComs (18/25)


 ハチが息をのんだのがわかった。苦しくなるくらいにこちらを力強く抱きしめて、耐えているのが痛みなのか快楽なのかは判然としない。俺自身、彼女を斟酌してやれるほどの余裕はなかったから。
 彼女の中は想像以上に燃えていて、何よりきつかった。だのに十分な潤滑のせいで、動きだけはとてもスムーズだ。少し動くたびに収縮し、嬌声が部屋に響く。

 半分ほど埋まったところで俺は一旦動きを止めた。ハチの手を外すと、力なくベッドへ落ちる。ふぅ、ふぅ、と荒い息をしている。

「……はい、ったぞ。平気か? 痛くないか?」

 言動の限りだとは初めてのように思われたが、直接的に尋ねるのは憚られた。

 ハチはぼんやりと、全身を重力にされるがままとしていた。俺が尋ねてようやく視線をこちらに戻し、何かを言おうとしたらしいのだが、脱力のせいか声がうまくでないようだった。代わりに首を小刻みに振る。
 彼女の手をとって、繋がっている部分に導く。「そこ」に「それ」がしっかりと入っていることを、恐る恐る指でなぞって確認し、その事実を頭でしっかり理解すると、にこやかに笑う。


405 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:54:55COshComs (19/25)


「これ、っ、で」

 深呼吸交じりの苦しそうな声。

「まだ、半分、なんですか」

「無理させるつもりはねぇぞ」

「……あはは」と困ったように、また笑う。「言ったじゃないですか。その……お、おまんこ、で、きもちくなっていいんですって」

 まったく、と俺は思った。まったく、本当にこいつは。

 左手を彼女の右手と絡め、残る右手は豊満な尻の下へとやって、少しだけ腰を浮かさせる。指が沈みこむ。すべすべした肌の感触だけで達してしまいそうだ。
 角度が変わって、当たる場所も変わって、中は奇妙なうねりをあげていた。縋るもののなくなったハチは、それだけがよすがであるように、絡めた指先と、そして俺のシャツの端を強く掴む。

 さらに彼女の奥深くへと進む。

 ここまで来てしまえば、誰にも止めることはできない。俺自身でさえ。


406 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:56:09COshComs (20/25)


 いっぱいいっぱいに腰を押し込んでも、根本までは収まりきらないほど、ハチのそこは小さい。反応を確かめながら進んでいったものの、どうやら本当に大丈夫らしい。ハチはいま、俺のシャツのボタンを外し、胸板を貪っていた。
 唇と舌が通過していった部分だけが、やたらに痺れてしょうがない。

 ゆっくりと前後させる。愛液が絡み付く。俺を逃がさないように内部が締まる。
 抽送を開始するとハチからの攻勢がすぐさま止んだ。わかりやすいやつだ、と思う。

 肌と肌がぶつかって音がなる。規則正しく、一定のリズムを打つ。愛液と先走りの混じったものがあぶくとなって淫靡な音を響かせる。そのたびに、ハチは強く俺の手を握った。体を震わせた。
 とはいえ、俺にもそこまでの余裕はない。収縮して締め付けられるたびに、そのまま彼女の中へと全てを吐き出してもいいんじゃないかという衝動が殴りつけてくる。
 入り組んだ肉の襞は俺の裏筋を的確に攻めてきていて、それがたまらなく気持ちいいのだ。

「ひゅ、すご、ちんち、んっ、すごいぃ……すごいよぉ……」

 またもきゅっと膣内が収縮して、あたかも俺の射精を早く早くとねだっているかのようだった。


407 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:57:28COshComs (21/25)


「て、とく、おまんこ、いっぱい、です、いっぱ、にぃ、なってます、っ。
 どう、ですか? き、もぉ、ちー……ですかぁ?」

 返事をする余裕などなかった。それこそが返事だった。
 一心不乱に、最早速度だとか深さだとか、ハチをいたわる余裕はなかった。力任せに腰を打ち付けていく。快楽を貪っていく。
 しかしそれこそがハチにとっては最も心地いいようで、体全身を丸め、助けを求めるように腕で、脚で、俺に抱きついてくる。
 ぐち、ぐちゅ、ぶちゅり、結合部から音が響く。頭を犯す。

「いいっ、きもひっ、いいよぉっ、てぇ、てえとく、しゅ、好きっ、しゅきですっ」

 耳元で為されたその宣言こそが、俺の理性を決壊させる最後の一発だった。

 湧き上がってくる射精衝動はもう抑えられそうにない。

「すまんっ」

 大きなストロークから、小刻みなストロークへ、自然と変わる。

「あはっ」

 ハチは嬉しそうな声をあげた。俺の意図を察したのだろう。

「せえし、ください、てい、とくのっ、せ、っし、なかで、ぜんぶっ」


408 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 15:59:20COshComs (22/25)


 唇を無我夢中のままにあわせ、舌を貪った。歯が音を立ててぶつかるのなど気にはならないほどの一心不乱。

 光が迸る。
 獣のような唸り声が喉の奥から、心の底から、放たれる。
 粘っこい、熱い、半固形の欲望が、尿道を我先にと掻き進んでいく。背中が粟立ち、自らの姿勢を保持できない。

「――っ」

 睾丸と陰茎が喜びに打ち震えた。終わりの見えない射精がハチを内側から穢していく。
 伴って、ハチの内側もまた喜びに打ち震えているように感じられた。嘗てないほどにぎゅっと俺を優しく包む。全身で俺を抱きしめている。

 俺もハチも息を止めていた。

 お互いを抱き締めあって、唇を塞いで、脚を絡めて、距離を可能な限りゼロにして。

「……ぷは」

「ふぅ、はぁ……」

 永遠に続くかと思われるほどの射精は、終わってみれば数秒で、その量は莫大で。
 ぴったりと密着していたはずの結合部からでも、僅かに、じわり、じんわりと、白濁したものが零れていく。


409 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 16:01:25COshComs (23/25)


「……すご」

 ハチはそんな自らの下半身などお構いなしで、いましがたの感情の奔流をどう処理すればいいのか、少し混乱しているようだった。ぼんやり天井を眺めている。
 俺はと言えば、出した直後の倦怠感、気怠さといったものが一気に圧し掛かってきていた。体力の消耗もある。俺もベッドにねそべりたい。
 体を動かそうとするも、ハチがどこに眠っていたのかという力強さで押し留めてくる。不機嫌そうな顔。

「ぬいちゃ、だめ、です」

 疲れ切った状態では一語一語をはっきり選ばないと言葉にならない。その感覚はよくわかる。だから俺も、必死に頭を回転させて、いまここで言うべき何かを見つけようとするのだが、如何せんうまくはいかなかった。
 いや、駄目と言われても……駄目ならば、しょうがないのか?

 全てが億劫で面倒くさくなり、ハチの上にそのまま倒れこむ。ハチは「おもたぁ」と文句を言うが、心からの文句ではなかった。楽しそうに喋っているから。

 頬に柔らさ。さらに、もう一度。

「……なんだ」

 なぜキスをする。


410 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 16:02:57COshComs (24/25)


 振り向こうとしたら止められた。頭で強く押し返される。頭蓋骨とぶつかっている頬骨が痛い。

「……ちょっと待ってください、いま、考えてますから」

「……おう」

 やや無言の間があって、ようやく言いたいことがまとまったのだろう、ハチは俺の指を――手ではなく、人差し指を――握った。

「我儘言って、ごめんなさい」

「……」

 俺は、なぜだか、泣きたくなった。
 どうして第一声がそれなのか、問い質したくなった。傲慢かもしれないが、自分勝手なのかもしれないが、しかし、だけど、

 俺が求めていたのはそんな言葉ではなかった。

「はっちゃんは、満足しました。ありがとうございます。……提督のことが、好きです」

 俺は、やはり、泣きたくなった。

 当然堪える。

 ハチが泣いているのに、俺まで泣いてしまっては、全てがおじゃんになってしまう気がしたからだ。


411 ◆yufVJNsZ3s2019/05/30(木) 16:04:49COshComs (25/25)

――――――――――――――
ここまで

一回分にまとめようと詰め込んだら長くなった。
しかし、濡れ場のための語彙が少なくて死ぬ。

待て、次回。


412以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/31(金) 14:19:54QmtBLMgk (1/1)

はっちゃんエロすぎる…そしてせつない


413以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/31(金) 15:17:26wusU4GUw (1/1)

コレは果たしてこの一度きりで済むのだろうかなぁ……乙乙


414 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:33:30H/ThIME6 (1/31)


 ハチは小柄で、抱き締めるのに苦労はなかった。

 何も見ていない。聞いていないのだ。そう自分に言い聞かせながら、小さく丸くなって、なんとか嗚咽を噛み殺そうとしている彼女とぎゅっとしてやる。

「……」

 射精の後遺症だ。一気に、船に揺られたような三半規管の狂いがやってきた。渦の中心に向かって落ち込んでいくのにも似た眠気だった。
 せめて後始末くらいはと思うのだが、この状態から動くことは実質的に不可能である。ハチからは動こうとする意志がまるで見えない。子供のように縮こまるばかり。

 ため息をついた。失望、あるいは面倒くささのためではなかった。下半身の不快感はこの際置いておこう、別に死ぬわけでもあるまいし、三人が返ってくる前にシャワーでも浴びればいいのだ。
 ハチの背中をぽんぽんと叩いてやる。子供にやるあやしかただったが、こんな時にどうすればいいのかなんて、経験があるはずもない。

 控えめに、シャツの襟を指でつままれた。それ以上のことはない。
 きっとそれが距離感なのだ。なのだろう。ハチは過去などないと、あったところでどうしようもないと言っていたが、その理論を自らが完全に実践できているかと言えばそうではないのではないか。
 誰しもそうだ。理解と納得は別物で、実践との間にある溝は深い。


415 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:34:22H/ThIME6 (2/31)


 いつの間にか俺も眠りに落ちていて、意識を取り戻したのは、ハチが俺の肩を揺すってようやくだった。

「提督、提督」

「ん……」

 窓から差し込む陽光に輝く金髪が起き抜けの瞳に厳しい。眼を細めて、彼女の姿を認め、俺は「あぁ」と思った。具体的に何を思ったのかは定かではない。
 ハチは平静で――あくまで平静に見えた。先ほどまでの情事が全て夢の出来事だったかもしれないと錯覚してしまうほどに。
 あくまで何もなかったことにするのならば、俺もそれに乗るしかない。深追いしても誤魔化されるだけだろうから。

「さっきイムヤから連絡在りました。いまから戻るそうです」

 それは、後処理を完璧にしておけよと、そういう遠まわしな釘刺しだろうか? それとも単に勘繰りすぎか? だとすれば、やはり、俺とハチの間のことは筒抜けだということになる。
 ……いや、やめよう。いま考えても意味がないことだ。実際に後処理はきちんとせねばならないわけだし。


416 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:35:02H/ThIME6 (3/31)


 事に及ぶまでは太陽が窓から見えなかった。となれば、大体今の時間もわかる。十六時前といったあたりだ、三十分強眠っていたことになる。

「体がべたべたするな……」

 汗やら、それ以外の体液やらで。

「シャワー浴びますか?」

「おう。お前も……」

 ハチたちは基本的に浴場を使っているが、俺は自室に備え付けのユニットバス。しかしなぜかハチは俺の後をついてきていた。

「時間節約です」

 ふんす、と鼻を鳴らす。自慢げに。頭いいでしょう、私。そう顔が言っている。
 んなわけあるか、この性欲爆発娘め。体ばかり豊満に育ちやがって。

「だめだ」

「えぇ? いいじゃないですか」

 俺を後ろから抱き締めてくる。胸が背中で大きく、心地よく、形を変える。
 少し鼻にかかった吐息が背後から。押し付けられた胸の先端が、意識的にか無意識的にか、肌に擦り付けられているのだ。


417 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:36:19H/ThIME6 (4/31)


「ん、っ……」

「発情してんじゃねぇ」

 半ば無理やり引き剥がす。危うい。やばい。あんまりこいつの旺盛な性欲に巻き込まれてしまえば、とにかく泥沼だ。
 ハチはぶうたれ顔を作ったが、さすがにこれ以上はまずいという判断ができる程度には頭が生きていたようで、軽いステップを踏み踏み距離をとる。

「まぁ、一緒にお風呂は、今度ってことで」

「は?」

 こいつは何を言ってるんだ?

「え?」ハチはきょとんとした顔をする。本当に、まったく、俺の言っていることがわからないという風に、「どういうことですか?」

「それは俺が聞きたい。今度?」

「今度。はい。今度」

「今度?」

 また? 二度目?
 うん?

「そんなこと言ったか?」

「いえ。でも、ないとも言ってません」


418 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:36:55H/ThIME6 (5/31)


「待て。違う。違うぞ。俺はこれっきりだと――」

「言いましたか? 言ってませんよね?」

「……」

 確かに、そんな約束をした覚えはなかった。なかったが。

「はっちゃんが性欲を持て余していたということは、お恥ずかしい話ですが、提督もよく分かったと思います。機械にはメンテナンスが必要です。兵器も然り、人間もまた然り、です」

 恥ずかしい自覚があるのなら、そのドヤ顔をやめろ。誇らしげに胸を張るな。そもそも早く水着を着ろ。前を隠せ。
 桜色の乳首から視線を隠すように、俺は呆れたふりをして――事実として半ば呆れていた――顔に手をやる。

「自分で発散しろ」

「二人一部屋だと、いつもというわけにはいきませんで、はい」

「一人部屋を何とかしてあてがってやるから」

「それよりも提督の部屋にお邪魔したほうが早くないですか?」

「急いては事をし損じる、だぞ」

「兵は拙速を尊ぶものでして」

 ああ言えばこう言われてしまう。埒が明かない。


419 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:39:13H/ThIME6 (6/31)


「良く考えてみてください。このままでは、はっちゃんは夜の街に男漁りに繰り出さなきゃいけなくなります。不特定多数を相手にするよりも、情欲を管理してくれる人がいてくれた方が、色々便利じゃないですか。
 提督がこの体に不満があるのでしたら拒否も仕方がありません。でも、この豊かなおっぱいと、すべすべの肌、そしてむちっとした太腿とお尻。随分と気にいってくださったようなので」

「理詰めはやめてくれ」

 本当にやめろ。言い返せなくなる。それは即ち敗北のレールに乗っかってしまっているということで、実にまずい。
 行為に及ぶ前にも同じようなやりとりをした気がする。一度手を出してしまえば、説得力は否が応にも増す。反論がとにかくしづらい。確かにあの肉体を味わってしまえば、そして痴態を見てしまえば、男は誰でもくらっと来てしまうに違いない。
 術中に嵌ってしまったか? これは一服盛られたか?

 自分の身体を賭けの代に使う人間は時たまいるもので、そういう輩は大抵厄介なものである。俺も、田丸を初め軍の上層部と多少の交流はあるため、なんとなくだがそういうやつらは目を見ればわかる。


420 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:40:20H/ThIME6 (7/31)


 人間には二種類いる。実行できるヤツとできないヤツ。脅しだけでは済まず、本当にビルから飛び降りることのできる、頭の螺子が外れた存在。そんなヤツは強い。
 ハチは恐らく前者だった。俺が首を縦に振らない限り、本当に夜の街に繰り出すだろう。そして問題を起こす。そのあとに笑いながら「だから言ったじゃないですか」とあっけらかんと釈明して見せる。そんな未来が確かに見えた。

 我儘言ってごめんなさいと、先ほど泣いていた人間の言動とは思えなかった。

 ……ある種喜ばしいことでもあったけれど。

「別に提督に損はなくないですか? 勿論ゴーヤが拒否すれば、これ以上は言いません。本当に提督が嫌なら、無理強いもしません。週一で抱きしめてくれるので手を打ちましょう」

 ドア・イン・ザ・フェイスはやめろ。心が揺らぐじゃねぇか。そんなテクニックを誰に教わった。
 ……訓練生時代に俺が教鞭を執った気もする。忘れよう。

 きっとハチはゴーヤに話をきちんとつけるだろう。「本当に」と枕詞を置いたということは、押せば俺が落ちるという確信を抱いてもいるはず。


421 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:40:57H/ThIME6 (8/31)


 ハチが先ほどしていたように、理詰めで考えた場合、俺に断る理由はないことが最大の問題点であった。勿論道徳的、倫理的な側面はある。だがハチがゴーヤと何らかの協定を結んでいることは恐らく確実で、ハチと肉体関係を続けることは、俺にとっての損はない。
 あまり面と向かって、真っ直ぐに認めづらい事実ではあるのだが、確かにそうなのだ。俺にはハチの申し出を拒む理由がどこにもない。それこそが目下のところのネックであった。
 道徳的、倫理的側面を除けば。

 そしてハチはそんなことどうだっていいと思っている節がある。

 手のひらがじっとりとしている。
 きっと、俺は拒めないだろうなという、極めて他人事のような理解があった。

 ゴーヤを惚れさせようとして、それは成った。ハチに対してもそうだ。俺は罪悪感に苦しんでいたが、ゆえに責任をとらねばならないとも、思うのだから。


422 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:42:18H/ThIME6 (9/31)


「……その話は、またあとでやろう。ひとまずシャワーだ。部屋の換気もせにゃならん。あいつら帰ってくるんだろう? 顔を顰められるのは、ごめんだ」

 逃げの一手を打ったものの、逃げ切れないことは明白。さりとてこのまま時間を浪費することもできず。
 ハチは少し不満顔だった。ただ、俺の言いたいことはわかってくれたようだ。こいつは寧ろ利口な方なので、助かる部分も、困ってしまう部分も多い。

「提督」

 顔を覆っていた手を取られた。ハチの顔が眼前にある。
 その気になれば唇が簡単に触れ合える距離で、俺たちはしかし、口づけを交わさない。

「ん?」

「今日言ったことは、嘘じゃありませんから」

「……」

 俺を愛しているということを。
 交わりに快楽を覚えていたということ。

 そして……謝罪。

 どれについてだ、とは訊かなかった。


423 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:43:30H/ThIME6 (10/31)


「それでですね、あの」

 恥らいながらハチが上目遣いで尋ねてくる。

「今度、試してみたい同人誌のシチュエーションがあるんですけど……」

「……」

 こいつ頭おかしいんじゃねぇのか。

* * *


424 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:44:32H/ThIME6 (11/31)


* * *

 その後、帰ってきた三人は久しぶりの買い物に疲れ果てていたようで、デパートの紙袋を両手に談話室のソファにぐったりとしていた。
 俺とハチが出迎えて、荷物を自室へ運び込むことを手伝う。中身をちらりと見たが、俺にはよくわからないものだった。服と、化粧品の類だったようにも思うが、同定には至らない。

 青葉も取材から戻ってきて、五人揃っての食事。テレビをつけながら会話に花を咲かせる。毎回同じ面子では話題も尽きてしまいそうな気がするのに、イクやゴーヤはとにかく感受性が豊かで、興味深いことからどうでもいいことまで話題を俎上にもってくるのだ。
 たとえば、いかにデパ地下がきらびやかな空間なのかを一席ぶってみたり、新しく買った服のデザイナーについてだったり、かと思えば対爆雷の戦術論だったり、道端に顔を出し始めたヨモギやツクシの話だったり。


425 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:45:18H/ThIME6 (12/31)


 ハチの様子は普段と変わらなかった。少なくとも俺にはそう見えた。し、応対するゴーヤやイムヤ、イクの姿も、普段通りに思えた。
 ただ食事を終えて各自が自室へと戻る中、ゴーヤが珍しく俺の仕事を――食器の洗い物と明日の朝食の用意を手伝うと言ったとき、そしてやたらと隣に立ちたがり、隙あらば手を繋ごうとしてきたとき、さすがに俺だって察する。

 当然俺はゴーヤに言い訳めいたことを言うつもりはなかったが、かといって知らんふりするのも違う気がした。ゴーヤが知らないという態度をとるならばそれに付き合うし、それでいて心配を和らげてやると言う行為は、決して矛盾するものではない。
 ゴーヤの手を握ってやると彼女は心底嬉しそうに、同時に安堵したようにも見えた。なら初めからハチと関係を持つべきではないというのはあまりに大人の意見だろう。


426 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:46:29H/ThIME6 (13/31)



 ゴーヤは俺の手のひらに刻まれた線を指の先でなぞった。むず痒さが変な笑い声を引き起こす。
 手相を見ているわけでもあるまいに、どうした、いきなり急に。尋ねても曖昧な笑みが返ってくるだけだった。きっと意味はないのだろう。世の中、意味のないことのほうが多い。甘く見積もっても半々がいいところだ。

「てーとく」

「ん?」

「これから手伝ってあげるでち。手伝ってもいーい?」

「そりゃ助かるな」

 良識ある人間は俺をなじるのかもしれない。断罪するのかもしれない。それは、もしかしたら、仕方ないことなのかもしれない。

 ただ。

 彼女に真摯に向き合うことによって、ハチを――イムヤもイクも含めて、他の誰一人として蔑ろにするような真似はしたくなかった。
 それが俺にできる最善の行動だと思ったし、最低限の筋の通し方だと思った。


427 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:47:30H/ThIME6 (14/31)


 過去はなくならない。清算できるものではない。償う行為に意味がないとは言わないが、そんなのはあくまで自己満足に過ぎない。そんなことに血反吐を吐くくらいなら、今を見据えたほうがずっと、よっぽど、生産的だ。
 ハチはそう言った。納得できる意見だった。少なからず、ある程度は。
 俺の人生観を、何より罪悪感を、百八十度転換させるには至らないけれど、いくばくかの心の支えには十分だ。

 できることをしよう。

 騙し、嘘によってできあがった関係であったとしても、いずれそれが本物になり替わる日が来ることを信じて。
 こいつらが少しでも笑顔でいられるように、俺は一秒でも長く提督でいよう。

 そう思った。

* * *


428 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:48:37H/ThIME6 (15/31)


* * *

 それから一ヶ月が経った。俺たちは定期的に近海掃討を行い、練度を上げ、赤ヶ崎へ向かって演習に臨む。いまだに勝ち星はゼロだったけれど、日々の訓練、そしてブリーフィング、なにより神通や球磨による薫陶の賜物か、手ごたえは日に日に充実してきていた。
 これならば正式な任務に就けるのもそう遠くはないだろう。データ上の数値もそれを裏付けている。心配事は、ひとまずない。

 俺は日報をまとめ、きりのいいところまで四人のデータを解析にかけると、椅子から立ち上がって伸びをした。どうして二時間ごとのこんな些細な行為が気持ちいいのだろうか。
 考えなければならないこと、備えなければならないことは多々あるものの、将来についての心配はそれほどでもない。無論、皆無というわけにはいかない。目的はもっと長期的なものだからだ。
 けれど、遠洋に出る許可はまず間違いなく降りるだろうし、赤ヶ崎以外の泊地への遠征許可も申請済みだ。第五海域攻略中の佐世保鎮首府に田丸が口を利いてくれたということもあって、活躍のチャンスは広がっている。

 あとはどうやって潜水艦がゆえのメリットを上層部に認識させられるか、そこがポイントになってくるだろう。


429 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:50:03H/ThIME6 (16/31)


 と、ノックがあった。パソコンを閉じ、バーチャルディスプレイもピンチアウトで畳む。

「てーとく? 大丈夫でちか? 仕事終わった?」

「おう、ナイスタイミングだな。ちょうどだ」

 ゴーヤが静かに入ってくる。俺は満面の笑顔でそれを受ける。

 扉が閉じた瞬間にゴーヤは俺の胸へと飛び込んできた。風呂上りだからだろうか、いつもよりシャンプーのにおいが強い。桃の香り。主張しすぎない、ふわりとしたものだ。
 彼女の香りを至近距離で嗅ぐたび、己の内側の衝動が強くなっていくのを感じる。力いっぱい抱きしめたくなるのをなんとか我慢して、可能な限り優しい手つきでゴーヤの頭を撫でたり、頬をさすったり、髪の毛を梳いたりする。

 為されるがままにされていた彼女が眼を瞑ったのを見て、すかさず口づけを交わす。それだけで満足そうに、俺の胸元へと顔を埋めた。何度やっても恥ずかしそうに、腕をバタバタさせながら、シャツを強く握ってくる。


430 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:50:46H/ThIME6 (17/31)


 においによって衝動を強化させられるのは俺だけではないらしかった。ゴーヤは既に耳まで紅潮させ、言葉にはしないけれど、何かを期待している。

 ……その何かは言うまでもなかった。俺は部屋の電気を豆球にして、二人、もぞもぞとベッドに潜り込む。

「てーとく、好き」

 俺の上に跨って、腰を一番下まで降ろしながら、ゴーヤは言った。

* * *


431 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:51:19H/ThIME6 (18/31)


* * *

「……えへえ」

 胸元に飛び散った精液をハチは指で丁寧に拭い、舐めとっていく。まずいまずいと言いながらも、ハチは絶対に、白濁したそれを口へ運ぶのをやめなかった。

「おっぱい、気持ちかったです?」

 わかっているだろうに。なんとなく正直な言葉を口に出すのも負けた気がして、俺は髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやった。

「できない日でごめんなさい」

 ハチは謝ったが、それが正しいのかは判断がつかない。俺がしてやれなくてすまないというべきだったのかもしれないし、そもそも女性の体はそう言う風にできているのだから、誰のせいでもない気もした。
 俺が答えにあぐねていると、ハチは精液と唾液にまみれた俺の股間に舌を伸ばす。きれいにしますからねと言って、そうしてまたまずいと顔を顰めるのだ。


432 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:52:59H/ThIME6 (19/31)


 ……結局俺はハチとの逢瀬を続けることにした。「続けることになった」という表現もできたが、適切ではない。的確ではない。まるで自分の意志ではないかのような言い方は、ハチにも、ゴーヤにも、失礼な気がしたからだ。

 二人が示し合せているのかはわからないが、ハチは週に一度、ゴーヤは週に二度、俺の部屋を訪ねてくる。するときもあればしないときもある。どちらかと言えばするときのほうが多い。
 まぁ、示し合せているのだろう、とは感じていた。そこを深堀することは、よくない結果しか生まない気がして、俺は気にしないようにしている。

「提督」

「ん?」

「ぎゅーってしてください」

 俺は言われるがままに抱きしめてやった。胸が肋骨にあたって心地いい。

「……もっかいします?」

 手のひらに唾液を塗りこんで、俺の勃起を促しながら、ハチは自慢げに一瞥した。

* * *


433 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:53:31H/ThIME6 (20/31)


* * *

 食堂で夕食の準備をしようと思ったら、既に先客がいた。イクがソファに寝転がりながら本を読んでいたのだ。
 珍しい、というのが素直な感想だった。イクはどちらかといえばアウトドア系で、本を読むのはもっぱらハチがイムヤだと思っていた。
 もしかしたらハチあたりから借りたのかもしれない。

「あ、提督さん! ご飯の準備?」

「そうだ。お前は何読んでんだ?」

「流体力学」

 さらりとイクが言った。流体力学。心で呟く。

「またなんつうか、難しいもんを」

「なんかねー、最近伸び悩みっていうか、航行と雷撃の調和がとれてない気がするのね」

「そうか? データ上は特に問題なかったと思うが」

「ちっちっち。そういう数値に現れない微妙な誤差から、大事故は起きたりするものなの」


434 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:54:54H/ThIME6 (21/31)


 そういうものかもしれないが、こいつの感覚は俺にはどうにも理解できない。それは決して俺だけではなく、他の三人もそうなんだろうが。
 だから、流体力学、か。本を読んでどうにかなる問題なのかどうか、それさえも俺にはあやふやだが。

「理解できんのか?」

「半分くらいは?」

 すげぇな。高等物理の世界じゃないのか?

「イクには構わなくていいから、提督さんはおいしいご飯作ってほしいのね」

「おう、任せろ」

 それは俺の役目なのだから。
 キッチンに向かった俺に、イクが「そうそう」と声をかけてくる。

「ゴーヤとはどうなの?」

「おかげさまで、うまくやってるよ」

 関係を公言はしないけれど、周知の事実だという前提で振舞う。それが最も妥当な落としどころだというのは、全員の共通認識としてあった。


435 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:55:52H/ThIME6 (22/31)


「ハチとは?」

「……まぁ、そっちもな」

「そっか。ならいいけど、あんまり女の子を泣かすような真似をしたらだめだかんねー?」

 言われずともわかっているが、実践できるかどうかは別問題である。勿論なんとしてでも実践しなければいけないことなのだけれど。
 イクも、そしてイムヤも、俺のことを軽蔑しないでいてくれることだけが本当にありがたかった。女を弄ぶくそやろうだと思われてしまうことが何より避けたいことではあったから。
 いや、事実ではあった。事実として俺はあいつらの感情を利用しているくそやろうだった。そこを誤魔化すわけにはいかない。履き違えてはならない。俺は悪人だ。

 悪人のままで、四人を笑顔にするのだ。
 全てを成功に導くのだ。

「イクもそのハーレムの中に加えてもらおうかなぁ」

「勘弁してくれ」

 これ以上は体がもたない。
 そう言うと、イクは手を大きく打った。

* * *


436 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:57:34H/ThIME6 (23/31)


* * *

 それから、さらに一ヶ月が経った。

 談話室にはブルーシートが引かれ、イクが一升瓶を抱きしめたまま眠っている。ソファに折り重なるように倒れているのはハチ。青葉はテーブルに突っ伏し、何やら寝言をもごもご言っていた。
 転がった缶チューハイや菓子の袋、乾きものなどが見るも無残である。
 俺は、なんだか異常なほどの体の重さを感じ、目をしばたかせた。すると重たさも当然か、ゴーヤが俺の腹を枕にしていたのだった。頬をこすりつけながら、涎を垂らしている。見ているこちらまで顔が綻ぶほど幸せそうな寝顔がそこにはある。

 ようやく意識がはっきりしだす。昨日は初めて赤ヶ崎との演習に勝利をおさめたので、その祝勝会が開かれたのだ。そうだ、イクがどんどん日本酒をついでくるから、危うく記憶が飛びかけていた。


437 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 00:58:56H/ThIME6 (24/31)


 そういえば、イムヤがいない。一足先に自室に戻って、ベッドで眠っているのかもしれない。それとも風呂にでも入りに行ったのか。

 いまだ明晰でない頭を回転させ、あぁこの惨状を片付けるのはいやだなぁと考えていたところ、イムヤから通信が入る。

「どうした?」

『高速修復剤の希釈液ってある?』

「棚に並んでなかったか?」

『いや、ラスイチ使っちゃったみたいでさ。裏の物置にあるかな?』

「いやぁ、そっちにはないと思うぞ。……どうした? 怪我でもしたか?」

『そういうわけじゃないけど。……あれって二日酔いに効くんだよ』

 なんと。そういうことなら俺もその効果に預かりたいものだが。

『いや、だめでしょ』

 イムヤが笑った。まぁそうだろうな、と俺も笑って返す。
 そんな使い方をしているから、希釈剤がすぐになくなるのだ。呆れ交じりの声でそう言うと、イムヤは下手くそな口笛で誤魔化しにかかる。困ったやつだ。


438 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 01:00:06H/ThIME6 (25/31)


「とりあえず、急ぎで頼んでおくよ」

『ありがとー』

 現在時刻は八時過ぎ。今日のスケジュールは、思いだせる限りでは、全て午後からだったはずだ。もう一度眠ってもいいが……。
 とりあえずのメールチェック。重要そうな連絡は二通、佐世保の第五海域攻略が難航していることと、来月からその佐世保鎮首府との連携しての任務が追加されること。
 こう言ってはなんだが、第五海域の攻略が難航していることについては、ありがたい話ではあった。すんなりと制圧が済んでしまえば俺たちの出番などなくなってしまう。海上艦では対処できないこと、潜水艦にしか対応できないこと、俺たちが求めているのはそれなのだ。

 レ級と呼称される新型の深海棲艦が猛威を振るっていること、そして複雑な海流と海風のため、望んだ方向への進軍が難しいことが、難航している理由として挙げられていた。
 さて、どうなるか。


439 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 01:00:46H/ThIME6 (26/31)


 ネットのニュースサイトでは、ついに明らかにされた深海棲艦と艦娘の存在で、連日もちきりになっていた。深海棲艦とはなんなのか。どうやって対処するのか。艦娘とはなにか。人権侵害ではないのか。喧々諤々の議論が繰り広げられている。
 俺たちに言わせれば、それらの話はとっくに済んだことだった。既に内々で全てはまとまっていて、外野が大きく騒ぎ立てたとしても、結論は変わらない。そういうものだ。そういうことになっているのだ。

 見切り発車と事前の根回しで世の中の大半は成立している。俺が大人になってから知った重要なことの一つ。

「うぅん……うん?」

 ゴーヤがぺたぺたとビニールシートを触っている。いきなり筋肉質の枕がなくなったので、違和感を覚えているのだろう。
 残念ながらそれほど尻に――頭に敷かれる趣味はない。あまり午前中をだらだらと過ごすのも不健康だろう。俺はカーテンを勢いよく開ける。
 眩しい光が飛び込んでくる。

 朝食にはベーコンエッグなんてどうだろう。

* * *


440 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 01:01:25H/ThIME6 (27/31)


* * *

 俺と青葉はチェーンの喫茶店で待ち合わせをしていた。泊地から大きく離れた、東京の店。寂れた商店街にはない代物だ。
 俺は同じく提督業を務める者たちの同期会で、青葉は艦娘通信の発行に関して広報部との折衝があるとのことで、それぞれ数時間の道のりをやってきたのだった。
 どちらも互いの仕事は済ませた。青葉が電車で帰ると言うので、ならばいっしょに俺の車で帰ろうと言う話になり、その前に伝えたいことがあるとのこと。正直全く想像もつかない。


441 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 01:02:30H/ThIME6 (28/31)


 青葉に任せている用件の筆頭は赤ヶ崎泊地の性的虐待についてである。しかし、二か月を過ぎてなお、いまだ気配は掴めなかった。最早俺と青葉の間には、性的虐待なんて存在しないんじゃないかという空気さえ漂っている。
 とはいうものの勝手に調査を打ち切りになどできない。定期的に報告は田丸へとあげているのだが、中止の指示は出ない。証拠を捏造しろとまでは言われないのがせめてもの救いではある。

「あ、待たせてすいません」

 青葉がやってきた。手には大きいサイズのアイスカフェラテを持って、サングラスとマスク、特に特徴のないシャツにセーター。

「どうした?」

「……まぁ、色々と」

 煮え切らない返事は青葉には珍しかった。

「それで、どうした」

 同じ言葉で、本題を促す。

「……」

 無言だった。青葉はサングラスとマスクを外さない。辺りを警戒しているようにも思える。
 こいつは、そういえば、命を狙われているのだ。それを思えば人ごみを気にするのも当然なのかもしれなかった。今でこそ普通に過ごせているが、それも田丸の権力あってのもので、今後どうなるかはわからないのだ。


442 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 01:04:55H/ThIME6 (29/31)


 その恐ろしさを俺には想像できなかった。脚が戻らないのとは、わけが違う。眠れない夜だってあるのかもしれない。

「……あの、ですね」

「おう」

「……」

 またも、無言。言い辛いのか。言葉を選んでいるのか。

「まだ、未確定な情報というか、裏がとれていない話というか……どう取り扱えばいいのか、青葉も判断にあぐねておりまして」

 長い長い前置き。少しばかり言い訳じみた、こちらの覚悟を問うような。

「いや、それでもやはり、これを青葉一人のものにはできないなと。気のりはしないのですが、国村提督にお伝えしなければ、始まらないなと思いまして」

「……なんだ」

 空気がぴりぴりと痛む。口内が渇く。
 手元にあったブレンドで唇を濡らしたが、渇きがなくなったようには思えなかった。
 すっかりブレンドは冷めてしまっていたのに、なぜだか手に汗が滲む。

 なんだ。なんなんだ。
 青葉。

 お前は一体何を、


443 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 01:06:10H/ThIME6 (30/31)






「あの四人は経歴を詐称しています」





 ……言っているんだ?


444 ◆yufVJNsZ3s2019/06/01(土) 01:07:14H/ThIME6 (31/31)

――――――――――――――
ここまで。

ラストスパートに入ります。
あと三分の一くらいかな? 構成次第、悩み中。
最後までお付き合いください。

待て、次回。


445以下、名無しが深夜にお送りします2019/06/01(土) 01:07:356WWvDd7I (1/1)

お疲れ様です。
舞ってる次回


446以下、名無しが深夜にお送りします2019/06/01(土) 08:19:40LlbYMWvg (1/1)

乙乙、一気に時間が進んだと思ったら……4人って、4人のことだよな……どうなる次回


447以下、名無しが深夜にお送りします2019/06/04(火) 01:52:11SfrtCzc6 (1/1)


待つぞ


448以下、名無しが深夜にお送りします2019/06/07(金) 05:13:47G7YtkRFI (1/1)

すげーひきこまれる


449以下、名無しが深夜にお送りします2019/06/29(土) 18:39:19iOuQZPZ6 (1/1)

もしや作中の経過時間に投稿ペースを合わせる高度な仕込みを……?
なんにせよ続き読みたい欲を抑えつつ待機


450 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 18:53:39mW99/TnI (1/17)


――――――――

 最初は、単なる好奇心と言いますか、深い意味はなかったんです。
 赤ヶ崎の性的虐待を調べるに際し、青葉は田丸三佐から頂いた内密のデータは勿論、過去の新聞や雑誌、ネットニュースなどでも情報を探しました。

 司令官は水泳の全国大会に出場し、見事優勝したと窺いました。将来を嘱望された、とも。それが潜水艦たちの教官として任命された理由ならば、恐らくあの四人もそうであったのだろうと、ふと思ったのです。

 ……いろいろ漁ってみたのですが、彼女たち四人の名前は全く出てきませんでした。ただの一度たりとも、です。そういうこともあるのかもしれないと最初は気に留めませんでした。水泳の実力者が、イコールで軍人として有能かは関係ありませんからね。
 ですが、名前が引っかからない、それはおかしな話だと思い直したんです。公式の大会の出場選手一覧にさえなかったのは、あまりにも不自然。
 司令官、どうですか。あなたはあの四人の履歴を知っているはずです。中学、高校と帰宅部だった――そんな記録にはなっていません。

「……あぁ」


451 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 18:54:53mW99/TnI (2/17)


 可能性は二つです。大会の記録が間違っているのか、データがおかしいのか。青葉は後者だと思いました。
 調べましたよ。あの四人が高校生だった頃の水泳の大会、その選手一覧。名前に頼れないのなら、顔写真しかありません。勿論上位入賞者くらいしか顔なんて載りませんから、一苦労でした。

「……あったのか」

 はい、なんとか、ありました。山陰地方の小さな大会で、メドレーリレー、二位。幼かったですが、間違いなく、イムヤさんでした。ただし名前は違うし、イムヤさんは山陰地方になんて住んだはずはなかったはずです。
 人違い? いえ、とてもそうは思えませんでした。あんなに瓜二つの他人がいる確率を信ずるくらいなら、入力をミスのほうを疑える程度には。
 論より証拠。司令官、確認しますか?

「……いや、いい」

 ……そうですか、わかりました。


452 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 18:56:58mW99/TnI (3/17)


 残念ながら、残りの三人については、情報は何も得られませんでした。しかしそれは裏を返せば、そもそも四人とも、「この世に存在しない人間である」ということを証明しています。
 たとえどんな不世出の人間であろうとも、司令官、公的な資料にさえ名前が一つも乗らない人間てのは、ありえないんです。

 小学校、中学校、高校。入学式、卒業式、その他イベント。あるいは自治体の統計調査。全てが別人だなんて、宇宙人じゃあるまいし。

「……なんのために? そんなことをする理由、なんて」

 いくらでもあります。反田丸派の妨害工作の可能性なんて一番高い。でなくとも、息のかかった構成員を送り込んで、有利に事を運びたい陣営もいるでしょう。

 司令官、あの四人は嘘にまみれているのですよ。

* * *


453 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 18:58:45mW99/TnI (4/17)


* * *

 青葉の言ったことを全て鵜呑みにはできなかった。まず、突拍子もなさすぎる話だというのが一つ。経歴を偽ることのメリットが俺にはどうしても理解できなかったのだ。
 過去を改竄してどうする? だいたい身辺調査をどうやって潜ったのだ。青葉の論は四人が経歴詐称した前提で進んでいるが、百歩譲って理由をさておいたところで、いまこうして無事に、何事もなく日常が過ぎていることを証明していない。
 彼女の言うことを逆手にとれば、そういう青葉こそが俺たちの信頼関係をがたつかせようとしている妨害工作なのではないかとさえ言えるのだ。

「あの四人の過去にはなにもなさすぎます」

 青葉は言った。
 それでは先ほどの説明の焼き直しではないか。そう反駁しようとした俺の口を、手で制してくる。


454 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 18:59:31mW99/TnI (5/17)


「仮に経歴に詐称がなかった場合、です。
 艦娘には、普通の子女はなれません。ならない、じゃないんです。なれないんです。深海棲艦の話が絶対に漏れるわけにはいかず、かつ艦娘という存在も秘密裡で、しかしそれでも人手は集めなければならない」

「だから、それは、人事部が、口の堅い奴を」

 赤ヶ崎だけの話ではなく? 頭と口が同期しない。俺が本当に尋ねたいのは言葉の裏側にあった。

「もう後がない人間を選んでいるんですよ。それしかない人間を。
 たとえば金銭。家族が借金を抱えていたり、稼業が破産寸前だったり、重たい病気の家族がいたり。今後の職を融通してくれるというのもあるでしょうね。足元を見られていたとしても、そのことに気づいていたとしても、飲まなければならない要求はあるものです」

 彼女自身、命を狙われて、身を護るために艦娘をやらざるを得なかったように。

「――それか、復讐か」

 その言葉に心臓を突き刺された気分になる。脚がにわかに痛みだした。
 復讐。怒り。奪われ、喪ったものへ鎮魂歌を捧げる行為。


455 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:01:09mW99/TnI (6/17)


「家族を深海棲艦によって奪われた人間は、決して多くは有りませんが、確実に存在します」

 あぁ、知っている。知っているさそんなこと。

「艦娘をぱっとやめられちゃ困るわけですよ。だから、やめない人間を――やめることなんて到底できないような人間を選ぶ。選んでいる。それなのに、あの四人の過去にはなにもない。それは理屈にあいません」

「……まだ実験部隊だ。特別扱いというか、その枠組みの中にいないだけじゃないか?」

「……司令官がそうお考えなのでしたら、青葉はなにも言うことはありませんが」

 あぁ、くそ。そんな言い方をするんじゃねぇ。
 確かに、そうなのだとすればそうなのだろう。青葉の論陣が多少結論ありきの恣意的なものだとしても、指摘された部分に関しては、そういう可能性は、確かにある。
 あるさ。あるとも。

 あるが、しかし。

 しかしだぜ?


456 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:01:53mW99/TnI (7/17)


 イムヤこと本田美弥は幼少期から東京で過ごし、両親ともに健在で、水泳の関東大会まで出場した。本戦は惜しくもコンマ数秒差の四位でインハイ出場は叶わなかったが、その実力は折り紙つきだった。

 ゴーヤこと楠聡子は転勤族の父親と専業主婦の母のもとに生まれ、北は北海道から南は福岡まで、全国を転々と過ごしてきた。大きな大会には出場できなかったが、ずっと水泳はスクールで習っていたという。

 ハチこと一条さくらは資産家の一人娘として大事に育てられたが、母親と癌で死別してから、それまで複数かけもっていた習い事を水泳一本に絞った。高校入学当初から、北九州大会のレベルでは上位常連。

 イクこと後藤奈々は中学までは飛び込みの選手だった。しかし引っ越しを機に、周囲に飛び込みのできるプールがない環境となり、競泳へと転向した。持ち前の勘の良さですぐに頭角を現し、高3の夏にはインハイ出場経験もある。

 ……それら全てが嘘だと、俺にそう信じろと?


457 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:04:03mW99/TnI (8/17)


 青葉曰く、誰一人として有名な選手ではないそうだ。少なくとも情報は見つからなかった。四人が自らのものとしている経歴と、事実には、乖離がある。深い深い海溝が横たわっている。
 俺は当然、四人の経歴に対して、裏などとってはいない。それは俺の仕事ではないからだ。書類と事実に食い違いがある場合、普通は書類が間違っているという判断をひとは下すだろう。それが意図的にしろ、過失にしろ。

 本当にあの四人が、青葉の言った通り、反田丸派の一員だというのか? それともまるで逆で、青葉こそが俺たちの心をかき乱そうとする裏切り者なのか?

「……」

 青葉を見た。彼女もまた、真っ直ぐにこちらを見返してくる。その視線に虚偽や衒いは見受けられない……俺の目が節穴でなければ。
 一息つこうとして、思ったよりも大きく、深く、息が出た。長い、長い、吐息。自らの精神的な疲労と戸惑いを初めて知るも、同時に頭は明朗だった。


458 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:04:39mW99/TnI (9/17)


 体が重い。俺は椅子に背中を預けて、震える、覚束ない手で、ポケットから携帯電話を引き抜く。電話帳からその名を探す。

「……どうか、しましたか?」

 問われるが無視する。
 心当たりは、大いにあった。

「……もしもし」

「やぁ、久しぶりだね。きみから連絡を寄越すなんて珍しい。どうしたんだい」

「……あの四人の」

「うん?」

「あの四人の経歴について、なにか、知っていることはないか」

「……」

 僅かな沈黙のあと、電話の向こうで、「ふむ」と声が聞こえた。

「なるほど。ばれてしまったか」

 田丸剛二。

 やつは、まるで悪びれもせずに、そう呟く。


459 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:06:07mW99/TnI (10/17)


 俺はあの四人が敵であるとは思えなかった。そこには当然希望的観測も多大にあったけれど、訓練生時代の数年、そして本格始動してからの数か月を考えれば、彼女たちの行動におかしなところは決して存在しない。
 そう。繰り返しの結論になるが、日常は無事に過ぎているのだ。仮にあいつらが敵方だとしても、この現実との差異の説明にはならない。

 ならば青葉が敵の一員で、妨害工作を行っているのか? だとしたら、それもまたお粗末な話だ。こんなすぐ調べればわかるような話を以てして、戦力の分断など正気の沙汰ではない。寧ろその事実は青葉への信頼をより増しさえするだろう。

 あの四人は敵でなく、青葉もまた敵でない。それでも書類と事実は食い違っていて、だとしたらあの四人は嘘をついており、けれど敵ではなく――それは論理の堂々巡り。
 嘘をついている。しかし敵ではない。この要素を同時に満たす解が必要だった。

 青葉は言った。艦娘になるには理由が必要だと。俺は、その言説には肯定的であるけれども、全てが正しいとも思えない。というよりは説明が僅かに狭量なのだ。
 俺ならばこう言うだろう。「深海棲艦と戦うには」理由が必要だ、と。


460 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:13:10mW99/TnI (11/17)


 戦いに理由が必要なのは艦娘だけではない。俺もだ。俺もまたそうなのだ。
 金であったり、復讐であったり、それ以外の大事なものであったり。

 田丸だってそうなのではないか?

 あの四人だってそうなのではないか?

 もっと言ってしまえば、あの四人は田丸が連れてきたのではなかったか?

 経歴の改竄が人事部や田丸の目をすり抜けた可能性が低いのであれば、逆説的に、それは人事部や田丸こそが経歴の改竄を意図的に見過ごしていることの証左になる。

 そして何よりも、ありとあらゆる理屈を弄する前に、そもそも俺は田丸を疑うことにしているのだ。

「お前が知らないはずはないだろう」

「いや、困ったね。信頼されたものだ。疑われたものだ、と言ったほうがいいのかな」

「質問に答えろ」

「性急だね。だが、まぁ、誤魔化し続けられるとは思っていなかった。嘘はいずれ露見する。あんな急ごしらえの改竄なんて、所詮間に合わせだ」


461 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:18:35mW99/TnI (12/17)


 田丸の言葉は余裕で満ちていた。揺らぎはない。常に自信満々で、堂々としていて、事実こんな状況になったとしても、本当に予定の範囲内なのだろう。
 あぁそうだ。田丸が心からあいつらの経歴詐称を秘匿したいのであれば、適当にでっちあげたウェブサイトなどを形だけでも準備しておけばよかったのだ。だが、田丸はそうしなかった。なぜか。そうする必要がなかったからだ。

 少しの間だけ保たせられればそれでよかった。

 理由は、いまの俺にはわからない。

「田丸。どうしてあいつらの経歴を書き換えた。そんなことをして、一体なんの意味がある」

「よくわからない話だね。きみはその意味をわかっていない。ならば、改竄してもしなくても同じようなものだ。それなのに、きみはわざわざ電話してきてまでおれを詰問する。おれはそれが、とても……喜ばしい」

「喜ばしい?」

 どういうことだ?

「おれはね、きみ、『誰かのためになら頑張れる』と、そう信じているんだよ。きみは信じてくれないかもしれないがね。いや、事実おれも信じられなかったんだが、どうやら、そうらしい」


462 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:19:58mW99/TnI (13/17)


「……お前の話なんてどうだっていい。俺の質問に答えるんだ、田丸」

「答えてあげているじゃないか。だからだよ。おれは別に、復讐が動機となって、原動力となって、そんなきみのことを否定するわけじゃあない。けれどね、それじゃあ大きなことは為せないんだ」

 人間は言い訳が得意な生き物だからね。田丸は自嘲気味に呟く。

「ちょっと躓いた時や挫けそうなときに、自分のために生きていると、人間は容易く嘘をつける。失った脚は悔しかろう? でも、それを許容して、前向きに生きることだってできる。あえて良い言い方をすればね。だけど実際はこうさ――『復讐なんて何も生まない』なんてしたり顔で、苦境から逃げようとするだけなんだ。
 自分のために生きる人間は、そうやって自分を誤魔化して、辛い現実から逃げたがる。別にそうする人間をおれは十把一絡げに否定はしないが……でもね、きみ、潜水艦娘計画で、おれのプランの中で、そんな人間を置いておけるほど、おれは妥協しぃじゃあない」


463 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:20:36mW99/TnI (14/17)


「……俺を選んだのは、あんただ」

「あぁそうさ。言ったろう? 復讐ってこと自体を否定しやしないんだ。否定できる身分じゃあない。おれが言いたいのはね、きみ、復讐心はきっかけであって、最初の一歩を踏み出す力であって、走り続ける活力にはなり得ないということなんだよ」

 俺は、……何かを言おうとして、ぐ、と堪えた。言おうとした言葉が自分の中には最早存在すら希薄であることに、いまさら、ようやく、気が付いたのだった。

 失った脚の痛みにとって代わる心の暖かさを、俺は知ってしまっていたから。
 田丸の言葉を借りるとすれば、俺が走り続けていられるのは、あの四人と、そして青葉がいてくれるからだという側面を、決して無視できなかったから。

「あぁ、確かにきみの察した通り、おれはあの四人の経歴を改竄した。あの四人の境遇は、そりゃあもう酷いものだよ。貧困、家庭崩壊、一家離散、犯罪加害者遺族……それらを脱しようとする力は凄いものだった。
 輝かしい人生を希求する度合いが、とにかく群を抜いていた。だからあの四人が、新しい計画に抜擢された」


464 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:21:48mW99/TnI (15/17)


 あの四人が? 本当に?
 俺が見てきた笑顔の裏側を、俺は推察することさえしてこなかった。……少なくとも、出会った当初は。
 俺もまた自らの復讐で手いっぱいだった。

「けど、そんな世界でいつまでも暮らしていられると、計画が立ちいかなくなってしまう。想像してもみなよ。あの子たち全員が、止むにやまれぬ事情があって深海棲艦と戦っていると嘗てのきみが知ったなら、きみはどうにでもなれと、どうせ後に退けぬ身だからと、あの子たちを半ば自棄に使ったろう?
 あの子たちだってそうだ。きみが失った脚のためにのみ戦っていると知れば、そこに信頼関係は生まれなかった。それでは困る。困るんだよ」

「田丸、お前は」

 一体どこまで、遠くを見据えている? 人の心を見透かしたように話す?


465 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:23:10mW99/TnI (16/17)





「だからおれがあの子たちに言ったんだ。きみと親密な仲になるようにね」




 どうしてそんな的確に、俺が知りたかった、そして知りたくなかったことを伝えてくる?


466 ◆yufVJNsZ3s2019/07/06(土) 19:24:17mW99/TnI (17/17)

―――――――――――
ここまで

間が空いてしまってすいません。会社が変わり、生活リズムが変わり、執筆の時間がとれませんでした。
慣れるまではのんびり更新になります。ご了承ください。

そして、全部田丸が悪い(二度目)

待て、次回。


467以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/06(土) 20:45:37u7Iy.kTk (1/1)

待ってた乙!

人の心が分かる人でなしってタチが悪いんやなって


468 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:05:05pabx.kI. (1/12)


 苦しい。胸が重い。
 心が、とっくに過去へ置き去りにしてきたはずの心が、ずきずきと痛む。

 息ができない。溺れてしまいそうだ。このままでは。早く。
 どうして。
 俺は、泳ぐのは、泳ぐのだけは、得意だったはずなのに。

 泳ぐことこそが俺の価値で、俺そのものだったはずなのに。

 当然か。今の俺には、脚がないのだから。

 あぁ、誰か、誰か、誰か、助けてくれ。

 「誰か」と呼ぶにつけ、俺の脳裏には、より燦然と輝きを増す四人の少女たちの姿があった。
 全ては嘘で、偽りで、そんな関係だったというのに。

「それをっ!」

 酷くヒステリックな声が飛び出て、周囲、喫茶店の客が何事かと俺を見る。

「……どうして今更俺に言う。言うんだ。俺が激昂して、お前のもとを去るとは思わないのか」


469 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:05:45pabx.kI. (2/12)


「去らないだろう、きみは。だから言ったじゃあないか。間に合わせだと。
 きみと四人が良好な関係を築けていれば、きみも四人も、最早自らの利益では逃げやしないさ。しかもきみは、他の泊地での虐待、その事実を調査中の身だ。後任が下種である可能性は捨てきれないだろう?」

 俺の胸中を見透かしたような田丸の声音。ともすればあいつらを人質にとっているかのようにさえ聞こえる。

「……お前は、どうして、なんのために、そこまでして」

 俺たちの関係性を無理やりにねじ込んでまで、

「計画を成功に導こうとするんだ」

「どうして? そんなことは決まっているじゃないか」

 田丸は心底おかしそうに笑った。
 笑って、「復讐だよ」と言った。

「……」

 これ以上、話すこともないだろう。寧ろそうであってくれ。そんな気持ちを籠めて通話を切る。
 ずっしりとした積乱雲は重なり続け、喉から溢れそうな勢いだった。頭痛がひどい。誰かが脳みその奥底でドラム缶を蹴飛ばし続けている。


470 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:08:46pabx.kI. (3/12)


 一部始終を聞いていた青葉は、困ったように笑った。辟易しているようにも見える。どんなに飼い主が悪人だとて、人倫を介さぬ人間だとて、餌をくれるうちはありがたい存在だ。俺たちはそうやって生かされている。
 田丸の犬。きっとそうなのだろう。やはり、そうなのだろう。

「困ったものです」

 その言葉が何に向けたものなのか、誰に向けたものなのか、判然としない。

「……車、運転できますか? 大丈夫ですか?」

「……」

 大丈夫などではなかった。しかし、それでも、帰らなければならない。
 なぜ? どうして?

 あそこには俺を待っている人間などいやしない。いや、違うのか? あいつらは俺を待っていてくれているのか? あいつらはなんなんだ? 俺は、俺たちは、一体……?
 真実と虚偽の境界はどこまでも不鮮明で、不明瞭で、まるで溶け合っているようにさえ思えた。座っている椅子、手首の腕時計、首筋を伝う汗、それらまでも田丸が仕組んだという懸念が拭えない。


471 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:09:34pabx.kI. (4/12)


 なにを善良ぶっているのだ。なにを被害者ぶっているのだ。俺が言う。どこかで醜態を嘲笑っている。はじめたのはお前じゃないか。そうしようと思ってそうしたのだ。それなのに悔やむ、そんなのは無責任というものだ。
 俺の影は悪魔のような誹りをぶつけてくるが、悪魔のくせに正論だった。正論しか言わない存在とは悪魔的存在で、故に正論攻めは悪魔的所業に等しい。

 許してくれ。なんで、どうして、いまさら、俺にそんなことを言うのだ。確かにあいつらを騙そうとした。恋愛の情に任せれば言うことをきくと思った。どうせ年端もいかぬガキなのだから、大した手間ではないだろうとさえ考えていた。

 それでも俺は、今や、あいつらのことを愛しているのだ。途轍もなく大事な存在なのだ。今が良ければそれでいいなんてことをぬかすつもりはないが、過去を顧みての自省に全ての価値を置く必要はないと、ハチが教えてくれたのだ。

 誰かの笑顔を見ることが、自分が笑顔になるよりも、ずっと心が暖かくなることを知った。誰かの隣にいる温もりが、孤独に吹きさらされる夜よりも、ずっと脚の痛みを和らげることを知った。全てゴーヤのおかげなのだ。


472 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:10:04pabx.kI. (5/12)


 あいつらの笑顔は、作り物だった。田丸の指示だ。そうなるべくしてそうなった。俺だけが知らない。滑稽な。なんとも、滑稽な。

 だけど、だけれども。

 俺の胸には一抹の希望が残っていた。確かに最初はそうだったかもしれない。いや、ここにきて曖昧な言葉を使うのはやめよう。確かに最初はそうだった。俺はあいつらなぞ決して好いてはいなかった。
 ところが今はどうだ。人は変わる。少なくとも俺はそうだった。あいつらが変えてくれた。それがよかったのかどうかはどうだっていい。どうでもいいことだろう。

 だって俺はいま満ち足りている。

 砂上に立つ楼閣が、崩れただなんて続きはない。

 音を立てて椅子から立ち上がる。一歩を踏み出す。前払い制がありがたかった。一刻も早く、俺はあの泊地へ戻りたかった。ここまでの気持ちは初めてだった。


473 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:10:36pabx.kI. (6/12)


 法定速度を二十も三十も超過して、それでも事故を起こさなかったのは奇跡と言っていい。俺は駐車場の白線を跨ぐように止め、車のキー、サイドブレーキさえ今は惜しいと、車を飛び出す。

 走る。

 泊地の扉を勢いよく開け放つ。

 娯楽室に四人はいた。大富豪に興じている。驚いた顔――物音にか、俺の形相にか。

「っ……」

 言葉に詰まる。四人を前にして、言おうと決めた言葉はあったのだが、いざ直面してしまえばすぐさま奥へと引っ込んでしまった。こんなところで臆病の虫がちらつくのだ。

「……あ」

 イムヤがぞっとした顔をした。

 俺と彼女が、同時に息を呑む。

「俺はっ! お前らを、愛している!」

「やめてぇっ!」


474 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:11:19pabx.kI. (7/12)


 きぃん、と鋭い金切り声が、俺の必死の絶叫を打ち消した。切迫。悲痛。懇願。それは俺が知るイムヤの声ではなかった。俺の知らない少女の声だった。
 走ってきたせいか息が上がっている。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 鼓動がうるさい。汗が滲む。――本当に走ってきたせいか?

「っ、ひ、っぐ、うぅ、うぇ」

 ゴーヤが、自分の顔を手で覆って、嗚咽を漏らす。
 イムヤは色の消えた無表情で、すっと立ち上がった。
 ハチの手が優しくゴーヤの頭、そして肩に降ろされる。
 ゆっくり立ち上がり、イクが俺とゴーヤの中間点に動く。


475 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:13:07pabx.kI. (8/12)


「……」

 呼吸のペースは戻っても、鼓動と、汗が、戻らない。

「そっか。ばれちゃったんだね」

 ぽつりと、イムヤ。

「悪いことは、できないなぁ」

「行きましょう、ゴーヤ」

 介添えのハチとともに、ゴーヤは袖口で止め処なく溢れる涙を拭い、拭って、拭い続け、目元を真っ赤に腫らす。

「ひっ、ひっく……うん、うぅ、っ……」

 三人が揃って部屋を後にしようとする。俺の頭はいまだに嵐が吹き荒んでいたけれど、思考能力など皆無に等しかったけれど、それでも自然と体は動いた。自分がどうすべきかなど初めからわかっていた。
 追いすがる。そうするしかない。


476 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:13:40pabx.kI. (9/12)


「待て」

 待てよ。待てってば!

 待ってくれ!

 一歩踏み出したところで、恐らくわかりきっていたのだろう、イクが行く手を阻んだ。堂々と、胸の前で腕を組んで。

「……退け」

 退かすことも、可能ではあった。しかしそれは俺の望むことではない。

「やだ」

「イク」

 頼む。後生だから。

「何も解決しないのね。この世は信じられないようなことが頻繁に起こるの。そういうのに慣れちゃうとね、信じたいはずのことも信じられなくなっちゃう」

「なにを言ってるんだ」

「イクたちは提督の敵じゃないよーって。騙してたのはごめんなさい。その様子じゃ、田中のおじさんにも話は聞いてるんでしょ?」

 田中? 田丸のことか?


477 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:14:30pabx.kI. (10/12)


「謝って許してもらおうとは思ってないの。提督さんが許してくれたとしても、ね。田中のおじさんのせいにもしない。話を持ち掛けてきたのはあっちだとしても、決めたのはイクたちだし。……手段も含めて」

 田丸は、親密になるように、と四人に言い含めていたらしい。どうやら、イクの言葉を信じる限りでは、本当に文字通りの意味だったようだ。手段は問わずと。

「……それで、それに、俺が頷くとでも?」

「力づくでどうにかできる問題じゃないのね。かといって、愛でもどうしようもない。愛が全てを解決するのは」

「――フィクションの中だけ、か?」

「ううん。違うの。愛が全てを解決するのは、『愛で全てを解決できるような段取りの上』でだけなの」

 ……今は、違う、と?
 俺はそれに頷いて、従わなければならないと?


478 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:15:10pabx.kI. (11/12)


「ごめんなさい。迷惑かけて、かけっぱなしで」

 イクはそこで踵を返した。たった二歩か、三歩か、それくらいの距離。そもそもゴーヤたちだって自室に戻っただけなのだ。無限などでは決してない。そう思えてしまうのは、あくまで俺の勘違いに過ぎない。
 動け、動け、俺の脚よ。なくなったはずの脚よ。今動かずして、なら、なんのためにある!?

 扉が閉められる。

 テーブルの上、大富豪が途中で投げ出された、トランプの束。渾身の2が、ジョーカーで流されている。

 娯楽室の空気は静かで、しんと冷えていて。

 笑い声も、楽しかった光景も、全ては過去へと消え失せて。

 俺の手の中に残ったものが、僅かにそんな、過去の美しい映像ぽっちだとは、信じたくなかった。


479 ◆yufVJNsZ3s2019/07/07(日) 00:15:51pabx.kI. (12/12)

――――――――――
ここまで

オリキャラはいくらでも曇らせてよい。古事記にもそう書いてある。

待て、次回。


480以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/07(日) 08:52:35AqGOe7IQ (1/1)

乙 待つぞ


481以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/07(日) 09:46:498ObLthaM (1/1)

数時間後に更新くるとか思わんやんけ(歓喜)

一瞬でお互いに全てを察してるの本当に同じ時間を積み上げてきたんだなって


482以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/14(日) 19:40:56jJprgcDk (1/2)

おつです
やっと追いついた・・・くそえぐいストーリーになってて心臓ドキドキしてるわ
この話にハッピーエンドはあるのか・・・?


483 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:18:45lC4hwocw (1/14)


 眼を覚ます。

 全てが夢だったらどんなによかっただろうか。そんな有り触れた、使い古された、陳腐な言い回しを、俺は一体人生において何度使ったか知れない。
 深海棲艦に襲われたとき。ベッドの上で、脚の喪失に気付いたとき。ゴーヤたちとの生活での幸せと、自責の念に板挟みになっていたとき。

 そして、今。
 なにより、今。

 いつも通りの時間に起きて、着替え、ランニングに出る。泊地に戻り汗を流し、そのまま食堂へ。六人分の朝食をさっと作って、皿に盛り、テーブルへと並べる。
 食事を摂りながら今日のスケジュールの確認。赤ヶ崎泊地での演習が午前から入っている。あんまりのんびりとはしていられない。俺は手早くかきこみ、新聞を読んでいる青葉を促した。

 すっかり冷めてしまった四人分をゴミ箱へと捨てる。


484 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:19:59lC4hwocw (2/14)


 既に一週間が経過しても、亀裂がふさがる様子はなかった。それどころか地殻変動のように、より深く、より後戻りのできない破断が起きている気さえする。

「提督」

「ん」

 イムヤがぺたぺたとスリッパを鳴らしながら降りてくる。差し出された手に、俺は車の鍵をくれてやった。

 赤ヶ崎泊地への演習は、直近二回、あいつらだけでいっていた。対外的には俺の多忙が故、となっている。それで騙しとおせているのかは自信がなかったけれど。
 他人からの拒絶がここまで恐ろしいものだということを、俺はここにきてよくよく理解させられた。追いすがった先に突き付けられたノーは、二度、三度と重ねられて、俺の脚を縫いつける楔となっている。

 案外時間が癒してくれるのかもしれない。それは敗者の戯言である。わかっている。だが、そんな薄っぺらい未来を信じたくなるほどに、俺とあいつらの距離は開いてしまっていた。


485 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:20:50lC4hwocw (3/14)


 イムヤとは事務的な会話をするばかりである。お互い、率先してそれ以上のやりとりをしようはしなかったし、なんなら視線さえあわさなかった。
 イクは比較的良好な関係を築けている。はずだ。少なくとも、三人の様子はそれとなく教えてくれる。かといって、俺と、特にゴーヤの関係については完全に口を閉じてしまっている。
 ハチについてはよくわからなかった。彼女が俺に、何らかのアプローチをかけようとしているらしくはあるのだが、結局こちらまでやってこないのだ。何かを言いたげな顔をして、去って行くばかり。

 ゴーヤの姿はあの日以来一度も目にすることはなかった。

 きちんと食事は摂っているだろうか。スナック菓子と清涼飲料水ばかり飲んでいやしないだろうか。0時の消灯を厳守しろとは言わないが、夜更かしはしすぎていないだろうか。体調は崩していないだろうか。
 笑えているだろうか。

「司令官」

「ん?」

「第五海域のほう、戦力の追加投入が決まったそうですよ。動くならそろそろはじめないと、出遅れます」

「ん……そうだなぁ」

 ソファに体を預ける。中古で買ったソファは、中央部分のスプリングが少しだけへたっていた。


486 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:21:48lC4hwocw (4/14)


 第五海域の攻略は、はっきり言って難航しているようだった。敵の新型、戦艦とも空母とも呼べないごたまぜの何か、奇怪で醜悪な化け物が、とかく猛威を振るっているとのことだった。
 さらに、第五海域は全体的に暗礁が多く、かつ孤島が密集しているため、風や波が読みづらい。そのこともまた円滑な運用に支障を来しているらしいのだ。

 戦力の逐次投入は愚策と誰もが知っている。この機を逃せば、一枚噛むことは難しいだろう。

 しかし。

「お前、こないだの演習のログ、見たか」

「……えぇ、まぁ」

「どうだった」

「……」

「どうだったか、と聞いているんだ。『青葉海士長』」

「……僭越ながら、申し上げますと……酷い、の一言につきます」

「そうだな。はっきり言ってクソだ。なにもできちゃいない。それどころか、できていたはずのことさえグダついている。基礎さえ守れてなきゃ、そら何もできねぇわな」


487 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:23:21lC4hwocw (5/14)


 直近二回のデータは、それはもう酷いものだった。散々を通り越して、惨憺たる結果である。赤ヶ崎の神通や球磨とも、ようやくなんとか粘れる程度になっていたはずのあいつらは、一体どこへ行ってしまったのか。
 それが、俺たちの間の一件に端を発するものなのだということは、想像に難くなかった。

 あいつらも苦しんでいるのだろうか。あるいは、苦しみ続けていたのだろうか。そうであったらいいなと思う俺は、他人の不幸を願っていることになるのだろうか。極悪人なのだろうか。

 それか、もしかしたら。
 もうやる気をなくしているのかもしれない。俺を騙していたことがばれて、良好な関係を築けないままに無駄な一年を過ごしたところで、どうせ潜水艦娘計画は成功しない。必要以上に頑張る必要はない。

 いや、しかし、どうだろう。
 そんな簡単に諦めるような人間を――青葉も言ったことだ。もう後に退けない人間を選んでいると。悔しいけれど、田丸の選別が大きく外れるとは、俺には思えなかった。

 だが、それでも、なんにせよ。
 どんな事情があったとしても、いくら田丸が人を見抜く眼識の持ち主だとしても、事実としてあるのは有り得ない落ち込みを見せる数値なのである。このままではまずい。計画はおじゃんだ。


488 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:25:34lC4hwocw (6/14)


「あーあ」

 青葉が新聞を畳み、俺の隣に座る。

「このまま、青葉、死んじゃうんですかねぇ」

 ぽつりと、他人事のように漏らしたその言葉が、なんだか俺は非常にツボに入ってしまった。

「くくっ。暢気なもんだ」

「まぁ、その、なんですか。覚悟はしてましたから。司令官に報告しないという選択だってできたわけですし……」

「そうだな」

 それでも青葉は伝えてくれた。なぜ、理由はわからない。きっとそれこそがジャーナリストの矜持なのだろうと感じるが、具体的にはさっぱりだ。
 潜水艦娘計画の失敗が即ち青葉の死ではない。だが、絞首台の階段を、二段、三段飛ばしで駆けあがっていくようなものだ。青葉の命は、彼女の立場と、田丸の権力によって守られている。


489 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:26:26lC4hwocw (7/14)


「大体あなたがもっとうまくやらないからですよ。大人のくせに、どうして強い心をもってないんですか」

「強い心で職務に臨んだんだよ。だからゴーヤはころっと落ちた」

「手を引っ張られて、あなたも一緒に落っこちた、と」

「違いない」

「もっと踏ん張ってください」

「そりゃあ無理筋ってもんだぞ。俺みたいなおっさんが、あんな天真爛漫さに中てられたら、こうなるのも当たり前だ」

「たとえそれが毒餌だったとしても?」

「まだそうと決まったわけじゃない」

「そんなもんですか」

 青葉は嘆息して、

「あーあ。死にたくないなぁ」と呟いた。それがやはりあまりにも他人事のようだったので、俺はどうにも面白くなってしまう。

 毒餌と評されたゴーヤの、あるいは四人の態度が、果たして本当に毒であったのかどうかは自信がない。あいつらが田丸の話に乗ったのは、あくまでそこに彼女たちなりの利益があったからだ。金か、あるいは将来か、その両方。


490 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:27:38lC4hwocw (8/14)


 しかしそれらはどのみち、潜水艦娘計画が成立してこその話である。ならば俺とあいつらは目的を合一にしている。俺を籠絡させるのは――俺があいつらを情愛で絡め取ろうとしたのは、あくまで手段に過ぎない。それは決して目的ではない。

 だから、いま、こんな状況を生み出すことは、そもそもが彼女たちの利益に反しているのだ。もっと言えば田丸の利益にさえ反している。

 おかしな話だ。

 俺はそこに希望の光を見る。

 そこに死の暗闇を見ている青葉には申し訳ないが。

 俺とあいつらを繋ぐ絆とやらに、一縷の可能性を懸けている。

「ねぇ、司令官」

 ぎ、とソファのスプリングが軋んだ。座面の不安定感を嫌ったのか、青葉が少しだけ、こちらへと詰めてくる。
 薄紫色の髪の毛が、視界の半分以上を埋め尽くす。

「なんだ」

「ゴーヤさんとハチさん、どっちが本命なんですか?」

「……藪から棒に、どうした」

「いえ。こんな時くらいしか聞く機会もなさそうでしたので」

 なぜ俺とハチの関係を知っているのか、そこへの疑問は最早なかった。女性関係について根掘り葉掘り尋ねられるなんて、俺も随分と有名人になったものだった。


491 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:29:27lC4hwocw (9/14)


「夜な夜な逢瀬を重ねていることは知っていますが、その経緯を知りませんで。ゴーヤさんとのほうが長いのでしょう? なぜハチさんも? お二人はなんと言っているんですか? イクさんとイムヤさんは抱かないのですか?」

「俺を性豪のように言うな」

「違うのですか?」

「他人のセックスなんて気にしたこともねぇよ」

 そんな余裕のある人生など送っていない、という悲しき事実がそこにはあった。

「じゃあ青葉を抱いてみます?」

「は」

 喫煙を嗜む人種でなくてよかったと、心底思う。きっと咥え煙草を膝へと落としてしまっていただろうから。
 眼がまんまるになっている覚えはあった。目の前の青葉は、悪戯めいた、そうやって本心を隠して生きるのがこいつの処世術なのだとありありわかる笑みを浮かべ、上目遣いにこちらを見ている。
 大体、大抵、「してみます?」と聞いてくる人間に碌なやつはいないものだ。こちらに選択を委ねているようで、その実してほしいのだ。


492 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:30:37lC4hwocw (10/14)


 してほしい?
 青葉が? 俺に?

 まさか。

「死ぬ前に男っ気がないってのも、そりゃあ心残りがありますから」

「あるのか」

「あるんです」

 嘘だろうな、とは思った。十割が嘘だと決めつけられるほど、女心にも読心術には通じていなかったが。

 青葉は清潔感の香りがした。決してデオドラントのそれではない、透き通ったにおい。それはあいつらのような、健康的で、僅かに甘いものとはどこかが、しかし確実に違う。

「……遠慮しておくよ」

 気づけば俺たちの距離は随分と縮まっていた。心理的にも、物理的にも。それだのに俺は、申し訳ないことなのかもしれないが、青葉を抱こうなんて気持ちは微塵もありゃしないのだ。
 彼女の名誉のために言っておくならば、それは魅力がどうとかいう問題ではなかった。たとえば、全てが最早手遅れで、俺にできることは何もなくて――ただ待つことすらも許される身ではなかったのだとしたら。
 ならば俺は、きっと、多分、恐らく……いや、確実に、この青葉の誘いにのっていたのではなかろうか。あぁそれもいいかもな、どうせ時間が流れるのを待つばかりなのだし、と。


493 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:31:30lC4hwocw (11/14)


 一時の無聊は気持ちを殺ぐ。

 俺はまだ、終わってはいない。

「そうですか」と青葉は言った。「なら、満足です」と。

 彼女は続ける。

「それなら、青葉にも、まだ希望がもてます。青葉は――青葉も、まだ、終わっちゃいないってことですか」

「買い被りすぎるのもよしてくれよな」

「一応これでも記者のはしくれでしてね。ひとの気持ちは、わかるほうなんですよ。司令官、あなたは、ふふっ」

 なぜ笑う。どうして笑う。

「ひとの期待を裏切るのが苦手な人種ですね?」

「……笑うんじゃねぇよ」

 単なる利害関係の問題だろう。


494 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:32:23lC4hwocw (12/14)


「あとの半年間、ただただ肉体的快楽を貪るだけの堕落モードも、興味がないと言えば嘘になりますが――やはり、繰り返しになりますけれど、青葉はまだ死にたくない。第五海域のほう、ねじ込んでみます」

「田丸も好きに使え」

 俺たちをこんな目にあわせてくれたのだ。それ相応の仕事をやつにもしてもらわねば割に合わない。

「もちろん! 『過労死』が、日本が世界に誇る文化だってこと、あの男に叩き込んでやりますよ!」

 俺たちは硬く握手をして、どちらともなく笑った。
 いまが絶望の泥沼に嵌っていたとしても、どんなにお先が真っ暗闇でも、そこには何一つ問題などありはしない。あいつらのことを想うたび、春の木洩れ日を散策するような、どこか落ち着かない、浮足立つ、そんな気分にさせられる。

 俺は知っている。嘗て、何十年も、何百年も、あるいは何千年かもしれないそんな昔。

 雲の切れ間から覗く光にも似た感情を、希望と呼んだ。
 地平線の先、地球の果て、どこまでもいけるほどの情熱を、愛と呼んだ。

* * *


495 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:33:03lC4hwocw (13/14)


* * *

 それから一週間後、北上が赤ヶ崎の提督を撃ったとの一報が入った。


496 ◆yufVJNsZ3s2019/07/14(日) 22:34:13lC4hwocw (14/14)

――――――――――
ここまで

初期プロットでは希望を持てずに青葉と堕落していくはずでしたが、思ったよりこの男は強かった。

待て、次回。


497以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/14(日) 23:28:16jJprgcDk (2/2)


次はまた一週間後かな?急展開の連続で次の更新が楽しみだ・・・


498以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/15(月) 02:23:07traQVyQM (1/1)

乙んぽ、いやはやここからが回天かと思わせてから~の北上の一報とかこの>>1はドSぞ


499以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/15(月) 03:32:49RhTJH07w (1/1)




撃った!?


500以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/15(月) 20:08:01mMuCaDAM (1/1)

乙、待つぞ


501 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:34:56mveeixSM (1/14)

の世は信じられないことばかりが起こる。

 目の前の、「田中」と名乗った男の説明を聞いて、あたしは――あたしたちは、絶句していた。徹頭徹尾が空想的。深海棲艦だとか、艦娘だとか、戦争だとか、シーレーンだとか。
 なにより、積み上げられた札束だとか。
 鈍く銀色に光るアタッシュケース、それに詰められた一万円札だなんて、映画でしか見たことがない。

「……」

 部屋にはあたし以外に三人いて、そしてあたしを含めて四人とも、ちょっと待って何が何だか全然わかんないと言おうとしながらも、言葉は現金の輝きに呑みこまれていた。

「……」

 金髪で眼鏡の女の子は冷静さを装うと精一杯。顔こそ澄ましているけれど、膝の上でセーラー服のスカートをぎゅっと握りしめて、小刻みに貧乏ゆすりをしている。
 桃色の女の子は真逆で、すぐにわかるくらい顔を顰めていた。理解が追いつかないのか、あるいはこれが夢の中だとでも思っているのかもしれない。
 左右と後ろ、三つに髪の毛をくくった女の子は、腕を組んで思案顔だ。田中の言葉の真意を探ろうとしているのか、でなければどうやって逃げるか算段を組んでいるのかもしれない。


502 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:36:31mveeixSM (2/14)


 あたし? あたしは、口角があがるのを抑えるので必死だった。

 この世は信じられないことばかりが起こる。

「君たちは新しい艦種、『潜水艦』の候補者として選ばれた。もし引き受けてくれるなら、現在の不安を全て掻き消すことのできる契約金、そして安定した将来を保障しよう」

 あたしの場合は全てが悪いことだった。映画みたいな、クソみたいな、信じられないことばかりだった。
 お父さんが人をふたり殺してから、どこに逃げても悪評はつきまとった。現代日本は隣人関係が希薄だなんて言うけれど、そんなの嘘っぱちだ。誰も彼もが他人の粗探しばかりをしている。騒音とか、ゴミ出しの曜日を守らないとか、父親が人殺しだとか。
 北海道に逃げても、福岡に逃げても、東京に逃げても、どこからともなくあたしの環境は周囲に漏れ出る。どんなに必死に隠したところで、一年もたてば、あたしがあの男の娘だということは広まってしまう。


503 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:37:18mveeixSM (3/14)


 引っ越しだってただじゃない。職を転々とすれば、そりゃあお金なんて貯まらない。
 お母さんはある日倒れて、満足に病院にかかることもできず、そのままころっと逝ってしまった。

 貧乏が悪かったんじゃない。あのクソ親父が悪かったのでもない。
 ただただ運が悪かった。それだけだ。それだけが全てなのだ。

 あたしはそうやって割り切って生きてきたし、そのおかげか、ようやくここらであたしにも、来るべきものがやってきたのだ。

 そうしてあたしたちは候補生としての生を歩み出した。くそったれな人生からおさらばした、輝きに満ちた第二の人生。他の三人も誰一人辞退しないのは少し驚きだったけれど、きっと大なり小なり理由があるのだろう。そんな顔をしている。
 毎朝鏡で見る顔だからわかる。

 あたしたちは本名を名乗ることを許されなかった。経歴は全て与えられた。その意味は告げられなかった。「田中」のおっさんは随分と柔和な笑みを浮かべ、だけど全く底知れない。逆らわないほうがいいと本能が教えてくれている。詮索するな、とも。
 別によかった。興味もない。きちんと給金を振り込んでくれれば、それで役目は果たされている。そのぶんだけあたしたちも頑張ってご覧に見せようってな具合。

 イムヤ。それがあたしの名前。


504 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:39:12mveeixSM (4/14)


 「田中」のおっさんは、まず、これからやってくるあたしたちの上司――教官と親密にしてくれ、と言った。必ずや、と。手段は問わない、と。

「理由はいくつかある。まず、共同生活に信頼関係は必要不可欠だ。彼は悪い男ではないけどね、しかし、気難しい男でもある。きみたちか彼、どちらかが胸襟を開いてこそ形成されうるということを、肝に銘じてほしい。
 次に、この潜水艦娘計画の最高責任者はおれだけれど、実質的に現場の指揮を執るのは彼だ。采配は全て任せてある。つまり、きみたちの上申は全て彼次第ということさ。くだらない諍いは誰の得にもならない。開けた将来を棒に振りたくはないだろう?」

 媚び諂って、ご機嫌をとって、見捨てられないようにしろ、か。
 それは信頼関係うんぬんよりも、ずっともっと、はっきりわかりやすい。あたしはわかりやすいほうが好きだ。いたずらに物事を迂遠にするのは趣味じゃない。
 おっさんの言うことは正論であるように思えた。折角、思いがけずに回ってきた、この信じられない運の良さ。ただ上司に嫌われただけで不意にするにはさすがに惜しい。


505 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:40:37mveeixSM (5/14)


「……国村健臣だ。これからお前らの教官になる」

 よろしくすら言わない男がそうしてあたしたちの前に現れた。眼の隈がやたらと酷いけど、なによりも、右足の膝から下が大きく欠けていた。白い、滑らかな、セラミックにも似た脚へとすげ変わっている。
 いけ好かない男。それが第一印象だった。人間性がとにかく疑わしい。打算的で、常に頭の中で算盤を弾いているような、そんなやつ。あたしたちのことを道具としか思っちゃいないのが丸わかり。

 おっさんはやつのことを「悪い男ではないが気難しい」と評したけど、あたしにはさっぱりわからなかった。どこからどうみてもクソヤロウじゃんか!

 でも、そっちのほうが好都合と思い直す。相手がいいひとだったなら、きっと情が移ってしまうに違いない。突き抜けた駄目人間の方が、いっそ開き直ることができる。


506 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:41:22mveeixSM (6/14)


「どうします?」とハチが言った。彼女はとことん自分の意見を表に出さない。かといって勝ち馬に乗ろうと言う気概もない。いや、違って、そもそも自分の意見というものがないのだ。
 彼女はいつもすぐに意見を尋ねる。こちらにふる。それは一見すればリーダーシップなのかもしれないが、よぉく見れば似て非なる小狡さでしかない。卑怯者の責任逃れ。

「どーでもいいけどぉー」とゴーヤが言った。ポーズではない。心底どうでもいいと思っているのだろう。彼女がこうした、厭世的で意欲に欠く発言をするのも毎度のことだった。
 殆どそれは投身自殺のようなものだ。彼女は、いざとなれば、その身ひとつで深海棲艦とやらの群れに突っ込むことさえ躊躇わらないだろう。きっと、幸せな将来を想像することが壊滅的に苦手なのだと想像がつく。

「艦娘が男にはなれないってのが本当なら、発言権なんかないに等しいの」とイクが言った。星がキラキラと輝くその瞳は、まるで焦点があっていない。酒や薬のせいではなさそうだし、かといって重度の斜視にも見えなかった。
 あたしはたまに、この脳みそがてんでバラバラになってしまったような言動のこの女が、実は全てを知ったうえで、その全知に飽いてしまったのではないかと妄想することさえある。


507 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:41:55mveeixSM (7/14)


「なら、あたしにちょっと考えがあるんだ」

 ゲームをしようよ、とあたしは言った。

 どうせ男なんてのは馬鹿で単純な生き物なのだから、あたしたちは華の女子高生――を投げ捨てることを余儀なくされた不幸者――なのだから、ちょっと胸でも押し付けてやれば、鼻の下を伸ばすに決まっている。
 でも、急に四人が、なんてのは現実的ではない。相手に身構えられたらおしまいだ。

「だからさ、一人ずつ回そうよ。順番こに、半年くらいの長めのスパンで、あの男を懐柔してやるの。偽物の愛でしばりつけてやるの。首輪を付けた犬を見てみたくない?」

「別に、いーんじゃない?」

 どうでも、とゴーヤ。

「はーいっ、イクは賛成なのっ!」

 机を叩いてイクが叫んだ。

「それなら、はい。いいと思います」

 そしてお決まりのハチの追従。


508 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:42:42mveeixSM (8/14)


 最初はぐー、じゃんけんぽん。
 順番はあっさりと決まった。ゴーヤが最初。次がハチ。イクが三番目で、ラストがあたし。
 まぁ、別にいいんじゃない? どうだって。……とゴーヤの真似をするつもりはなかったけど、この時点であたしは、そもそもあたしの番が回ってくるだなんて思っていなかった。ハチかイクの大きな胸にやられてしまうだろうと踏んでいたからだ。

 そして、その予想は大きく外れた。

 外れてしまった、と言うべきか。

「……」

 車は、対向車さえほとんどいない山間の道を抜けていく。時折標識が曲がっていたり、ガードレールがない部分があったり、そんなところにびくりとしてしまう。
 助手席ではイクがいびきをかいていた。

 後部座席で、ゴーヤが顔を覆っている。眠っているのか、いないのか。

 ハチは静かにゴーヤの手を握るばかり。


509 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:43:15mveeixSM (9/14)


 全てあたしが悪いのだ――そんなヒロイックな感傷に身を委ねたところで、何一つ解決しやしないということは、他ならぬこの身が最もわかっている。それでも、それが事実なのだ。厳然たる。確固たる。
 あたしがあんな性根の腐った提案をしなければ、きっと、誰も傷つかなかった。ゴーヤは泣かず、ハチも悲痛な顔をせず、提督だって笑えていた。

 あのときあんなことを言いださなければ。

 いや、それとも、方向修正をしようとしなかった報いなのか? 嫌な予感は確かにあった。こんなことやめようと言う機会はいくらでも存在していたはずだ。
 あたしたちの教官は確かに嫌な男ではあったが、それだけの男ではなかった。不器用ながらもあたしたちに理解を示そうとしてくれていたし、寄り添おうとしてくれた。仕事はきちんとこなして、不足なんてあったためしもない。
 ゴーヤはあたしたちの中でもとりわけ家族というものに飢えているようだったから、提督に懐くのは案外すんなりといって、決して演技ではない笑いとともに会話をしている姿は何度も見た。

 あたしだって、この人に使われるのも悪くはないかな、なんて思っていたのだ。


510 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:44:36mveeixSM (10/14)


 たとえばゴーヤが熱を出したなら、林檎のすりおろしたものとヨーグルトを混ぜてやって、それと卵雑炊をもってきた。自分の夕食はすっかり冷めきった生姜焼きにも関わらず、それさえも手早く胃袋に収め、夜にはスケジュールの微調整に入る。
 バレンタインデーにハチが戯れにチョコレートを買ってくれば、まるでばかみたいに驚いて、喜んで、きちんとホワイトデーにはお返しをくれた。三倍には足りないかもしれんが、なぁんて、どれだけ世間知らずなんだか。
 イクが減圧症で意識を失いかけたとき、怒って怒って大変だったこともある。それから少しだけ過保護になった。大体いつも護岸に腰かけながら、バイタルサインを逐次確認するのだ。

 昨日があたしの誕生日だったことを何気なく話せば、一日遅れですまないと謝って、ケーキさえ買ってきた。その日の夕食はハンバーグだった。飾り付けをしたほうがよかったか? なんて言うもんだから、そうだ、あたしたちは堪えきれずに笑ってしまったんだった。


511 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:45:19mveeixSM (11/14)


 あたしは知っていた。いつからか、ハチの提督を見る眼が、それまでと違っていることを。

 ハチは決して自主性が皆無の人間ではなかった。ただ、常人よりもずっと深くに眠っていて、陽の光を浴びてこなかっただけ。それをなんとか掘り起し、芽吹かせたのは提督その人だ。
 彼はとにかく根気よく訊いた。体調や訓練のきつさ、座学でわからないところ、もっと単純に夕食のメニューはなにがいいか。最初は「なんでもいい」「別にない」としか答えなかったハチも、いつの間にか絆されて。

 あたしたち四人の仲はもちろん悪くない。だけど、だからこそ、触れちゃいけないラインがあることも何となくわかる。あたしはお父さんが人殺しだということを知られたくなんてなかったし、きっと似たようなことが、他の三人にもあったのだと思う。
 荒れ地にも根気よく水をやれば、いずれ生命を息づかせよう。もしかしたらあたしたちは提督を籠絡するつもりでいて、その実、薬として彼を活用していたのかもしれない。

 あぁ、だから、やっぱり、そうだ。

 ハチがゴーヤに「役目を変わって」と言ったとき、全てを終わらせるべきだったのだ。
 ごめんなさいと提督に謝って、心の底から頭を下げて、そうして彼が許してくれた時に初めて、

 違う。


512 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:46:45mveeixSM (12/14)


 許してもらえるまで頭を下げなくてはならない。そうすべきだった。そうしなければならなかった。
 やるべきことをやらなかったがために、あたしたちは、血の滲むほどに唇を噛み締める羽目になっている。

 誰か、それとも神様、言い訳を許してほしい。あたしたちが自らの首を絞めたのは、ひとえに怖かったから。臆病だったから。どこまでも打算的な人間だったから。
 誰かに嫌われることが孤独の夜よりも恐ろしいなんて知らなかったから。
 それを知ってしまったから。


513 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:48:33mveeixSM (13/14)


「私は、教官のことが好きなんです。ゴーヤ、もういいでしょ? 少し早いけど、私の番にして」

 ……いま、後部座席で顔を覆っているゴーヤの姿を、過去にも見た。このいまは本当に「いま」なのだろうか?

 ハチにそう告げられた彼女は、媚びるように笑い、困ったように眉を寄せ、苦しいように息を吐いて、

「……ゴーヤも、……ゴーヤッ、教官のことが、好きになっちゃった、よぉ」

 罪悪感に押し潰されるように、泣いたのだった。


514 ◆yufVJNsZ3s2019/07/16(火) 23:50:19mveeixSM (14/14)

――――――――――――
ここまで

唐突な回想は大事。
ゴーヤとハチの仁義なき争い。

待て、次回。


515以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/17(水) 06:40:413GTgmehQ (1/1)

ミイラ取りがミイラに…


516以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/17(水) 06:57:40USRsnccY (1/1)

こっちもこっちで…
待つぞ!


517以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/17(水) 06:59:3140qpY9jQ (1/1)

お疲れ様
待ってる次回


518以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/17(水) 07:34:08n3sBbdxY (1/1)

この頻度で更新来るとはありがたや
しかし艦娘視点で見た提督がドチャクソ甲斐甲斐しくて何ともまぁ
乾いた心にそれはもう響いちゃうよなと


519 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:30:05HWVKcRI. (1/16)


 ゴーヤは本当に馬鹿だと思う。
 ゴーヤは本当に阿呆だと思う。
 ゴーヤは本当に愚かだと思う。

 でも。
 だからこそ。

 私は彼女にも、提督にも、幸せになって欲しいのだ。

 気が付いたらあの人のことを目で追っていた。自覚はそこからだった。行動が感情を引き連れてきて、私の前へと突き出したのだ。これが下手人です、と。いかにしてやりましょうか、と。
 だけど私は知っている。本当の黒幕は透明人間なのだということを。光学迷彩を纏った感情が、行動を唆して、そうさせたのだ。


520 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:30:39HWVKcRI. (2/16)


 どうしてあのひとを好きになったのかと尋ねられても、私はきっと、正解を導き出すことはできないと思う。
 確かに格好いい。有体に言えばイケメンだ。スタイルもいいし、頭もきっと悪くないのだろう。
 性格は……わからない。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる姿もあれば、幸せそうなわたしたちを見て酷く泣きそうになっている時もある。わけもなく怖い顔をしているときだって。

 最初の頃、彼はとても死んだ目をしていた。その「とても死んだ」という形容が不可思議である自覚はあるのだけれど、事実いまでもそうだったとしか思えない。彼は生きていて、生きていなかった。
 言葉遊び? 違う。そんな揶揄はてんで的外れ。

 彼は生を謳歌していなかったのだ。

 それがいつからだろう、顔に、瞳に、光と力が宿り出したのは。

 いや、やめよう。そんな張り合いをしたって意味がないことは私が一番よくわかっている。

 ゴーヤと付き合いだしてからだ。


521 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:44:12HWVKcRI. (3/16)


 めでたしめでたしといけばよかったのだけど、残念ながら私は生きていたし、生きていかねばならなかった。生きるために何が必要かさえわからなかった私が、だ!
 必要最低限にさえ満たない常識しか持ち合わせていない私の生きる将来は、あまりにかそけき道だったと言ってよかった。田中三佐が私の身柄を引き受けに養護施設へやってきたときは、みんな胸を撫で下ろしたことだろう。

 本の外にしかないこともある。知識としては知っていたその文言を、私は軍に入って共同生活を送る中で、骨身に沁みさせた。生きるために仕方なくと割り切っていた訓練や座学は、いつの間にか私を前向きに生きる原動力とさせた。
 ゴーヤにしろイムヤにしろイクにしろ、しっかりとした理由を持ってこの計画に臨んでいる。しかし私には何もない。自らの空洞を見つめたことは何度もあったのに、十八年目なってようやく恐れを覚えるなんて。

 あの悪趣味なお遊びもそうだ。それは田中三佐からのオペレーションも兼ねていて、なんのためにそんなことをしたかと問われれば、私たちの未来のためと答えるしかない。少なくとも私以外の三人は、明確な目的意識を持って、彼を騙そうとした。


522 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:45:06HWVKcRI. (4/16)

 私だけ。私だけが、流されて、ただなんとなく賛成して。
 そうすることが何よりも楽だから。

 かぶりを振る。私は人間として満足に生きる力こそなかったけれど、満足に生きよう、生きたい、生きるべきなんじゃないかという気持ちだけは、なんとか持つことができていた。
 理由の明白な、それでも解決の目途の立たない焦燥感が、四六時中肋骨の内側を掻き毟っていた。
 それから逃げるように、ただ走る。ひた走る。このままどこかへ行けるのではないかと思いこめるくらいに。

 その先に彼がいたのだ。
 とても死んだ目をした彼が。

 なぜ? どうして?
 そんな目になっているのに生きるんですか。
 そんな目になってでも生きたいんですか。

 私は勿論、当然のように彼のことなど知らなかった。興味もなかった。だからその目が、体を引きずるようにして歩く姿が、単なる寿命の残滓なのか、はたまた炭と化しながらも命を酷使する殉教者なのか、判断がつかない。


523 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:46:47HWVKcRI. (5/16)


 どちらにせよ、そんなぼろぼろの体になってまで生きるべき価値が、為すべき何かが、人生にあるものだろうか? いつの日か私にも充足が得られる日が来るのだろうか?

 問うた私への返答はぶっきらぼうに過ぎた。

 お前がいま何をしたいかで生きろ。
 俺もそうしているのだから。

 相も変らぬ死んだ目で、私のことなどまるきりどうでもよさそうに――それでも律儀に、何かを確かめるように。もしかしたら私に向けられた言葉ですらなかったのかもしれない。
 そうなの? 本当に? 嘘だ。私はそれらの言葉をぐっと飲み込んだ。吐瀉物を飲み込むよりはずっと楽。そのかわり、顔は余計に変な風になったけれど。
 彼の言葉は、彼が死んだ目をしている説明に、なにひとつなっていない気がした。

 それでもその言葉は私にとってのしるべとなった。
 だから私は彼を目で追うことにした。少なくとも、自分の中では、そういう目的がきちんとあった。はず。


524 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:48:19HWVKcRI. (6/16)


 それはまさしく私の人生の転機といっても過言ではなかっただろう。両親の歪んだ教育の根は深かった。本と両親が全ての世界では、他者との交流は不必要で、故に意思さえもいらなかったから。
 誰しもの胸の内には炎がある。自分のどこを探しても気配すら掴めなかったそれは、いま、ようやく、さも初めからいましたよと言う風に、すまし顔で、心の中心にどっかと腰を下ろしている。

 私はこの人が好きだ。
 そうか。好きなんだ。

「……ゴーヤも、……ゴーヤッ、教官のことが、好きになっちゃった、よぉ」

「……」

 泣きじゃくる彼女を見て、私は小さく「あぁ」と呟いた。なんて馬鹿で、阿呆で、愚かなことか。交流が長く続けば続くほど、情も深くなるなんてのは、本を読むまでもなくわかりきったことなのに。
 それでも、彼を死地から救ってくれたのが、ゴーヤその人であることに疑義の挟みようなんてなかった。

 もしかしたら私は、「あぁ」のあとに続けて「そうだよね」と言いたかったのかもしれない。「わかるよ」と。
 いいひとだもん。


525 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:49:33HWVKcRI. (7/16)


 愛に悩み恋に苦しむのが、有るべき青春の姿なのだろう。小説や映画に出てくるようなきらきらと輝くジュブナイルは、大抵そういうものだった。
 だけどゴーヤは違う。板挟みで苦しんでいる。騙して、その末に手に入れたものの汚らわしさに耐えきれないでいる。
 ならそれを手放してよ。いらないんならちょうだい。間違ったこと言ってる? 言ってないよね?

 そうひどく思う反面で、私は憤りさえも感じていた。それはゴーヤに対する止め処ない怒りだった。そんな簡単に諦めんなよ、めそめそすんじゃねーよ、泣くくらいならもっと他にやることがあるだろうがよ、という。
 彼を死地から救った、掬い上げてくれた彼女なら、笑顔で見送れる気がしたのに。


526 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:50:51HWVKcRI. (8/16)


 きっかけがなに? 騙していたからなに? どうだってよくない? いや、どうだっていいは言い過ぎかもしれないけれど、過去って今よりも未来よりも価値あるものなの?

 だったらつまり、つまりだよ?

 私は両親の教えをこの先ずっと守って生きていかなきゃならないってこと?
 体の芯から湧いてくる無限の熱量を封印してかなきゃならないってこと?

 そんなはずがあるわけない。

 幸せになればいいじゃん! なっちゃえばいいじゃん! なれよ! なっちゃえよ、もう!
 五人で生活して、笑いあって、おいしいご飯食べて、ちょこっとだけ恋をして……今したいことってそれじゃないの? それを捨てて代わりに手に入れたのが悲しみと涙?
 ふざけんな!

 提督も同じだ。腹が立つくらいに似たものどうし。どんなしがらみがあったのかなんて知らないけど、変なところで度胸を発揮する癖に、最後の一線だけは絶対に超えてこない。しかもその一線が、所謂「常識」「良識」とかじゃあなくて、自分の中だけで決めた頑ななやつだから困ったもの。


527 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:54:35HWVKcRI. (9/16)


「胸を張って生きていきたいんだ。全てが終わった後に、俺は『あぁよかったな』と思いたいんだ。そう思いたいということを、ようやくわかったんだ」

 提督、あなたはそう言いましたね。きっとあれこそが本心なのでしょう。どんな紆余曲折があったのか、想像することさえも困難に違いありませんが、死んだ目をしていたころのあなたはもういない。ゴーヤが殺した。生まれ変わらせた。
 だから私はゴーヤが嫌いになれない。
 彼女に――彼女にも。

 私と両親だけの閉じた世界の轍など踏んでたまるか。

 幸せになって欲しい。

 胸を張って生きていたい。奇遇ですね、私だってそうです。ゴーヤも、そうなんでしょう。畢竟イクやイムヤだって。

 胸を張って生きていたいからこそ、ゴーヤの涙は止まらない。
 このままじゃあ燃えがらのまま生きていくことしかできないと知っているから。


528 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:57:12HWVKcRI. (10/16)


「……提督、怒ってるよね」

 しゃくりあげすぎて、掠れた声でゴーヤが言う。意識していなければ車の走行音にすら掻き消されてしまいそうだった。

「……怒ってもくれないか」

 幻滅されちゃったから。あたりまえだよ、利用されたら、普通の人は、やだもんね。しかも、こころなんて、何より一番大切で、大事にしなきゃならない……それを、利用なんて。

 ゴーヤは気づいているだろうか? この件に関しては、別に彼女だけが一人でやったわけではない。この車に乗っている人間はみな同罪なのだ。
 関係性なんていくらでも変わり得る。いつまでも過去に拘泥することは誰も幸せにしない。そうは言ってみたものの、ゴーヤは「……うん、そうだね」と聞いているのかわからない生返事。何度も繰り返したやりとり。


529 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:57:52HWVKcRI. (11/16)


 結果論的に遡って語る最善、最良に意味はないだろう。私たちは、私たちがあのときとり得る可能性の中で、一番効用の高そうな選択肢を択んだ。その結果が私たちに牙を向いているのなら、また、いま、最善と最良を目指した選択をすればいいだけだ。

 そうでしょ? 違う?

「……うん」

 あーもう!

「全部言うしかないんじゃないの?」

 ……え?

 前方から声が聞こえてきた。代わりに、先ほどまで聞こえていたいびきがなくなっている。

「ゴーヤは自分の気持ちを楽にしたいだけなの。あー、ごめん。責めてるんじゃなくて……それくらい提督さんのことが好きだから、回り回って臆病になりすぎてるってこと。それじゃあ正しい判断は下せないと思うのね」


530 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 22:59:09HWVKcRI. (12/16)


「……」

「勇気が出ない? 度胸がない?」

 イクはこういうひとだった。唐突にやって
きて、一気に物事全てを解決の方向へと導いていく。
 ある種の剛腕、解体現場の重機を容易に想起させるほどの。先ほどの私の言葉を引用するなら、「これが最善。ただし、やれるなら」という辣腕でもある。

 ただし、やれるなら。

 正論は定義として「正しい論」であるのだから、正論が正しくないことはありえない。だからこその「ただし」。正しいからこその。
 正誤と善悪は近いようでいて、遠くもある。なにより私たち人間が、きっと、そういう生き物ではない。

 全てを説明して、一から十まできちんと喋って、そうして謝る。結局のところ私たちにできることはこれだけで、提督に許してもらうことしかできない身なのだ。降って湧いたような幸運など訪れるはずもない。

 できるならとっくにやっている。


531 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 23:00:09HWVKcRI. (13/16)


 ことはそう単純ではない。簡単ではない。ゴーヤでなくとも身が竦む。
 提督に嫌われるのは怖かったし、見捨てられるのも怖かった。拒絶を想像しただけで、胸の奥底がきゅっと縮こまる。それに、計画はどうなるのだ。潜水艦は? 私たちのこれまでは、これからは。
 ……自らに反吐が出そうになる。結局私たちは、自らの利益のために提督を利用してなお、いまだに自らのことしか考えていない。傷つけた彼の心配をしつつも、己の破滅をも気に病んでいる。
 どちらも手に入れるなんて都合のいい話、あるはずなんてないというのに。

「……」

 ゴーヤは、喋らない。

「……そうだよね」

 だから、イムヤがため息交じりに応えたのには、少々驚いた。
 いや、よくよく考えれば当然か。責任逃れをするわけでは決してないけれど、イムヤが言いださなければこんなことにはならなかったという可能性は、どこにいっても付きまとう。現状に胸を痛めていないというのは、あまりに私が早計だった。


532 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 23:01:11HWVKcRI. (14/16)


「やっぱり、それしかないですよね」

 追従する。誤解しないで欲しい。私の悪癖が出たのではない。私はきちんと考えて、信念を持って頷いたのだ。
 私は提督に言ったから。今がなによりなのだと。過去でもなく、未来でもなく、いま。私たちにはいましかないと。

「ゴーヤは、どうしたいの?」

 慈愛に満ちたイクの言葉。

「……わかんない。わかんないよ。なんて言ったらいいのかもわかんない。どんな顔をしたらいいのかもわかんない。息をするのだって、頭ん中がぐちゃぐちゃになって、忘れちゃいそうになるんだ」

「ゴーヤは、どうなりたいの? 夢があるから、将来のために、田中三佐の下に就いたんじゃないの?」

「……わかんない。それも、わかんない。だってあのとき、確かにゴーヤには夢があったんだ。二つ。たったふたっつの、それさえあれば生きていけるって、ゴーヤは思ってた。
 家族が欲しくて、深海棲艦が憎くて、そのためならなんだって犠牲にできるって……学校の友達も、故郷も、自分の体も、嬉しいとか楽しいとかそういうのも、全部、なくなってもいいからって」


533 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 23:01:56HWVKcRI. (15/16)


 ゴーヤの体が、手が、震える。イクがこちらを見ていた。私は頷いて、桃色の髪の毛へと優しく手を伸ばし、冷たい指先も握り締める。

「お母さんを殺した深海棲艦が嫌い。私を捨てたお父さんが嫌い。でも、でも、そんなことのために、嫌いななにかを理由に、誰かを騙したり傷つけたりして夢を叶えようとすることが、……」

 うぅ、とゴーヤの口から堪えきれない嗚咽が零れた。

「……わかんない。わかんないよ。胸を張って、生きていける何かが欲しいよぅ」

「……」

 海の輝きが見えた。木々の隙間から、少し先、開けた岬のほど近くに、赤ヶ崎泊地が確認できる。

 ゴーヤは泣いていた。
 彼女を慰めることができるのは、きっと世界にただひとりしかいないだろうと思われた。

 その人物は、最早私たちの隣には、いない。


534 ◆yufVJNsZ3s2019/07/20(土) 23:02:59HWVKcRI. (16/16)

―――――――――
ここまで

おしまいまであともう少し。夏が終わるまでには。

待て、次回。


535以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/21(日) 01:00:523USeFIaQ (1/1)

おっつー


536以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/21(日) 09:17:01eGoIENI. (1/1)

乙乙、潜水艦娘の正式採用後の話もいつか読めたらなーって


537以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/21(日) 11:45:31wfiCKoEM (1/1)

乙!待つぞ!


538以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/21(日) 12:11:53L8Ek358. (1/2)



イムヤの父は殺人犯、ゴーヤの母は深海棲艦の犠牲者、ハチの両親はハチを監禁の後何らかの理由で施設送り
さて、イクの見てきた地獄はどんなモノかな?


539 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:48:39Cs8kk5rk (1/18)


 眼を瞑る。

 と、勿論何もかも見えなくなって、真っ暗闇が広がる。その状態を続けていくと、なにもしていないのにどんどん周囲の音さえも遠ざかっていって、どこかのタイミングでふっと体が宙に浮く錯覚に囚われる。
 その宇宙と見間違うような空間に――いや、宇宙なんて一度も行ったことはないんだけど――どろどろした、半固形の、泥濘にも似た何かがあった。
 子供のころからそうだ。施設の布団で眠りにつく最中、わたしは幾度となくこの泥濘を見つめていた。ふつふつあぶくを立てる泥濘を。

 怒りや憎しみは形を持っている。
 これがそうだ。

 私はこれのために生きてきたといっても過言ではなかった。


540 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:49:23Cs8kk5rk (2/18)


「……」

 ぢうぢうと音を立てる肉汁、白くけぶる鉄板、ゆっくりと溶けていくパセリ入りのバター、芳しいにおいの最上級ステーキ。店のランクがゆえだろう、テーブルの端に調味料の類は置かれてなくって、給仕が恭しくお辞儀をしながら「お使いください」。
 テーブルマナーなんて習ったことはなかった。もたもたしながら、ナイフとフォークの左右を入れ替えつつ、しっくりくる方を選ぶ。

 肉の先で、「田中」と名乗った男は笑みを浮かべていた。

「……なに?」

「いや、なんでもないさ。きみの所望で連れてきたんだ、食事中に話をするほど、おれはマナーの悪い人間ではない」

 この田中という男、軍人であることはなんとなくわかったのだけど、どうして施設にやってきて、わたしを連れ出そうとしたのか、それだけがわからなかった。
 親族ではなく、面識すらない。ただ彼が施設長と話をした後、あっさりと外出許可が降りて、「何か食べたいものはあるかな?」という質問にわたしがこう答えただけだ。「おいしいお肉」。


541 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:49:58Cs8kk5rk (3/18)


 上等な肉と言えば霜降りとかいうやつだろう、程度の認識しかなかったわたしにとって、その食事は至福を越えた驚愕の連続だった。肉がやわらかい。のに、脂っこくない。けど、うまみっていうのだろうか、そういうあれが凄く濃密で、なんか、凄く……凄い。
 付け合せのマッシュポテトやグラッセでさえも、もうほっぺたが落ちそうになって、施設の栄養士さんたちには悪いけど、これからの食事への価値観は大きく変革されそうだ。

 けど、いくらわたしが馬鹿だからって、ただより高いものはないという言葉くらいしっている。うまいだけの話はない。おいしいステーキが何に変わるのか、代償は一体なんなのか。

 それを考えるなら奢ってもらうべきではなかったのかもしれないけど、いざとなれば踏み倒す覚悟は満々だった。わたしはただ、この田中とかいうひとの厚意に甘えたにすぎない。


542 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:50:28Cs8kk5rk (4/18)


「お母さんの仇をとりたくないかい?」

 鋭い金属音がレストラン中に響き渡った。

 わたしがやつの右手を、持っていたフォークで突き刺そうとしたのだ。しかしそれは失敗した。ぶつかりはしたけど、突き刺せなかった。
 田中の右手、白い手袋の下は、義手だった。

「お母さんの話をするんじゃあ、ねーっ!」

 もっと言えば、家族の話なんてしたくはなかった。

「きみのお母さんを殺した化け物は深海棲艦という」

 わたしの話をまったく無視して、田中は続けた。こちらがどうであれ続ける気しかないのだろうことは、想像に難くなかった。彼の瞳にはそれだけの力があったからだ。
 けれど、わたしが黙ったのは、決して彼の眼力に負けたからではない。口ではなんと言おうとも、田中のその話に興味がないはずもなくて。


543 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:51:17Cs8kk5rk (5/18)


「……」

「謎の生物に、家族で乗った客船が襲われたそうだね」

 赤ん坊のころの話だ。一歳くらいのときの。だから正直、そのときの記憶は、ない。お母さんの顔もお父さんの顔も覚えていないし、船を襲ったという怪物のことだって。
 だけどお母さんはビデオカメラを回していた、らしい。らしいというのはそれもまた伝聞に過ぎないからだ。そこには得体のしれない奇妙な生物が映っていて、そいつが客船に攻撃を加えていて……でも、誰も信じなかった。

 どういうわけかテレビにも取り上げられたその映像は、新種の生物かもだとか、某国の新兵器かもだとか、いろんな憶測を呼びに呼ぶ。
 その結果、あれはスタジオで撮られた特撮物の映像に過ぎず、程度の低い子供だましであると、専門家と名乗る女性が言っていたのだという。

 わたしが一連の話を知ったのは、物心ついた時、施設に入れられてしばらくしてからだったけど。

 客船が襲われ、母は死んだ。わたしと父親は一命を取り留めたが、その後父親は蒸発した。
 わたしはひとりぼっちになった。


544 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:52:00Cs8kk5rk (6/18)


「あのときの生物の正体がわかった。我々海軍は、現在、あいつらと戦う準備を進めている。とはいえ誰でもいいというわけではない。適性と、なにより覚悟を持った人間の助力を求めている。
 もし少しでも気になるというのなら、この名刺に電話をくれたまえ」

 差し出された名刺には、「田中 幸太郎」と書かれていた。わたしはそれを無造作にポケットにしまって、ドリンクバーをおかわりしにいく。

 ふりをして、店の外へ出た。
 お目当てのものはすぐに見つかった。十数メートル先、横断歩道を渡ったところ、タバコ屋の角にそれはある。

 公衆電話。
 わたしは名刺をポケットから取り出して、電話をかける。

「もしもし」

「……驚いたな」

 田中は本当に驚いているようだった。

「今からテーブルに戻るから、さっきの話、もっと詳しく聞かせてよ」


545 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:52:34Cs8kk5rk (7/18)


 わたしの人生には二つの目標がある。
 ひとつは、お母さんの復讐。お母さんの命を奪った化け物が、本当にこの世に存在するのなら、それを始末するのはわたしの役目だと思った。一匹殺せばひとつぶん、二匹殺せばふたつぶん、お母さんの魂の救済になると思った。
 もうひとつは、お父さんへの復讐だ。どうしてお父さんがわたしを捨てたのかは定かではない。已むに已まれぬ事情があったのかもしれない。だけどそんなことはわたしにはどうだっていい。

 深海棲艦は全員殺す。
 お前らさえいなければ、わたしにも、休日の公園で笑いあう未来があったはずなのに。

 父親みたいにはならない。
 家族を捨てたりはしない。いつか、誰かと、仲睦まじく生きていくのだ。

 そんな決別を持って生きていこうと誓った。

 心の暗闇の中、でんと構える泥濘のために、わたしは生きていこうと思った。

 きっとそれは間違いだった。

 そもそもが、後ろ暗い感情を燃やし続けて生きていくことが、人間には向いていないのだ。生きることは命を燃やすことでもある。それは、煌々と明るく光で、これからの人生を照らす行い。
 邪な気持ちはその過程で溶けてなくなる。


546 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:53:11Cs8kk5rk (8/18)


 なんて素晴らしいことだろう。汚泥に塗れた濁った心でさえも、生きてさえいれば、泣いたり笑ったりしていれば、誰かを愛してさえいれば、いずれはどうにかなるのだ。
 わたしの心の泥濘も、いつの間にやらさっぱり消えて。

 ……わからない。どうなんだろう。本当に消えてしまったのか、それともただ単に、わたしが愛や友情といった眩しさに目が眩んで、それを見失ってしまっただけなのかも。
 どちらにしたって効果は覿面。復讐という暗い感情のためにこの身を捧げていたはずのわたしの心は、いつの間にか人並みの明るさを取り戻して、だからこそ夜道を彷徨する旅人になってしまっている。
 なんて皮肉。

 提督を利用することに躊躇はなかった。それでしか願いが成就できないのならなりふり構わずそうするべきだし、そうすることで僅かでも期待値があがるなら、やはり構わずそうするべきだろう。
 だから、そう、結局はしっぺ返しが来ただけのお話なのだ。どこまでいっても寓話的な、いじわるじいさんが不幸な目にあっただけにすぎない。

 彼の笑顔や、声や、体温、それら全てが懐かしい。


547 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:54:05Cs8kk5rk (9/18)


「……」

 全てを明らかにして、謝罪すれば、彼は許してくれるだろうか。またわたしに優しくしてくれるだろうか。許されるのが目的ではなく、誠心誠意に謝ることが目的なのだと、わかってはいるのだけど。
 「こうなるだろうな」と「こうなった」の間には信じられないほどの乖離がある。彼に嫌われるであろうことは、彼に嫌われることとは、全く別種の重みをもつ。

 臆病者のわたしには、とにかくそれが恐ろしい。

 それでも。

「うん。うん……わかってるよ。わかってるんだ。しなくちゃ、だよね。しなくちゃ。だめだ」

 ハチの手が、イクの視線が、イムヤの無言が、なにより柔らかい。

 優しい。

 無目的となってしまったわたしにも、寄り添ってくれる友人がいるという事実だけで、なんとか歩いていけそうだった。

 車が止まる。ゆっくりと、ハチの肩に手をやりながら、重たい体を動かす。大地を踏みしめるように、前後不覚になっても平気なように、確かめながら地に降りる。


548 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:54:41Cs8kk5rk (10/18)


「あぁ、やっぱり健臣はいないんだ?」

 黒髪、おさげ。赤ヶ崎泊地の筆頭秘書艦である北上がやってきて、へらへらと笑いながら、わたしたちへと近づいてくる。
 その表情には敵意こそないけど……なんだろう。なんて言うのだろう、不穏な、剣呑な、思わず身構えてしまうなにかがある。

「提督は、どうも最近忙しいみたいなのねー」

 イクがあしらう。もう赤ヶ崎の泊地内は知り尽くしている。今更迷うはずなんてないのに、どうして北上がここにいるのか。
 牽制も届いていないようだった――あるいは、無視しているのか、北上は砂利を踏みしめながらさらに距離を縮めてくる。

「ふぅん。あいつが、ねぇ。まぁいいけど。……健臣は元気?」

「元気なの。いや、仕事で疲れてるのかな?
 ね、そろそろイクたち、酒井提督にご挨拶しにいきたいんだけど……退いてくれない?」

「あは」

 北上は笑う。笑った。どうしてか。


549 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:55:16Cs8kk5rk (11/18)


「演習しにきたんだっけ。そうだよね。ごめんごめん、忘れてたよ。あんまり弱かったからさぁ」

「ぁん?」

「イムヤ。
 ……そういう挑発には、イクたちは乗らないことにしてるのね。どういう意味があるのかは知らないけど」

「どっちが先なの?」

「どっちが? どっちって、なに。あんまり時間を喰わせるんだったら、無視したっていいの」

「だぁ、かぁ、らぁ」

 わたしは初めて、人間はここまでいやな顔ができるんだということを、北上の表情を見て知った。
 この世の悪意を全部丸めて投げつけてきたみたいな、ただただ、わたしたちを困らせてやろうと言うだけの、表情。

「見捨てられたから弱くなったのか、弱いから見捨てられたのかってこと」

「その口利けなくしてあげようか?」

「イムヤッ!」

「大丈夫。だけどあたしは、自分とこの上官馬鹿にされて、へらへら笑ってられるほどいい子ちゃんじゃない」


550 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:56:34Cs8kk5rk (12/18)


「あはっ。その反応、ホントっぽいね。うはぁ。やっぱり。だろうと思ったよ。いつかそうなるだろうさとはね」

「なんなんですか。なんであなたは、なんのために、わざわざ、こんな」

「ハチちゃん、いいことを教えてあげよう。おねーさんはきみたちよりちょっとだけ、艦娘を長くやってるからね。うまくやっていくコツってのをさぁ、親切心でさぁ」

 息が、苦しい。目の前の、この北上という艦娘が、得体のしれない……深海棲艦なんかよりも、ずっと歪な存在に見えて、しょうがない。
 やめてほしかった。もう、これ以上苦しめないでほしかった。わたしたちと提督の間にあるものをかき乱さないでほしかった。

 決意が、揺らぐ。

 ぐらぐら、ぐらり。

 軋む音がする。


551 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:57:08Cs8kk5rk (13/18)


「期待しちゃだめなんだよ。上の人間なんかに期待しちゃだめなんだ。だってあたしらは艦娘なんだから。艦娘ってことは兵器ってことさ。つまり、人間じゃない。一山いくらの銃弾にすぎない。代わりなんていくらでもどうにかなる。
 先週あたりからだっけ? 随分とまぁ、四人とも傷心したみたいで……おねーさんは涙ちょちょ切れですよ」

「随分と知ったふうなことを言うじゃんか」

「そりゃあね。あたしはあんたたちよりも、艦娘のことは当然知ってるし、健臣のことだって知ってる。だから、知ったふうなことも言うよ。
 あのね、あの男はあんたたちを利用しようとしているだけなんだ。そうじゃないと説明がつかない。あの水泳馬鹿が、今更軍隊に入って護国への熱意に燃えるだなんてことありゃしないんだからさ」

「利用?」

「そっ。あいつには、ほんと、水泳しかなかったからね。あいつの脚を見たっしょ? 泳げなくなったってのは、聞いてたけど……復讐かな? それとも、治療費が嵩んでるのかな?
 行動には目的ってのが必ず先立つものなんだよ、お嬢ちゃんたち。無目的には大事は成せない。わかるでしょ? わかんないかなぁ」


552 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:58:49Cs8kk5rk (14/18)


 わかる。痛いほど、そのことはよくわかっている。
 寧ろその事実がわたしをいま痛めつけているんだから。

「あんたたちは、大人の食い物にされたんだ」

「……」

 北上の言葉はあまりにも唐突で、だけどわたしたちはみんな、そんなこともあるだろうな、とは思っていた。
 それは提督がどうというわけではなくて、田中三佐がそうであるように、そしてわたしたち自身がそうであるように、結局はみんな自分の都合で動いているのだ。そのそれぞれの「都合」のかたちが違うだけなのだ。

 だから、提督も、あの人も、彼も、自分の「都合」で動いているのは自明だった。あにかの理由があって、提督になって、わたしたちを教えて、鍛えて、計画を成功に導こうと努力している。

 それは、もしかしたら北上が言うように、脚のためなのかもしれない。将来。未来。そして復讐。なんとも実感できる話ではある。

 そりゃあそうだよね、というところ。


553 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 12:59:58Cs8kk5rk (15/18)


 だから、北上には申し訳ないけれど、本人は衝撃の事実、不本意に満ちたこの世界の真実を伝えたつもりなのかもしれないけれど、大した重さもなくわたしたちの体を素通りするだけだった。
 ただひとつの予感を残して。

「だからさぁ……」

 苛立ち極まりない様子で、北上がこちらを睨みつけてくる。

「どうしてそんな顔ができるのさっ! 前を向いて歩くんじゃない! 騙されたんだ、利用されたんだ、ひどいめにあわされたんだっ! 笑うな! 泣け! もっと絶望しろよ! 結局、どこまでいってもどうしようもないって、なんで思わないんだ!
 なんで、なんでだよっ! なんでっ!」

 わたしはそのとき、目の錯覚に違いないのだろうけど、北上の胸中に泥濘を見た。真っ赤な炎に包まれて、燃えているそれを見た。

 途端に理解する。

「あんたらがそんなだと困るんだ! 困るんだよっ! あたしが! あたしがさぁっ!」

 北上は子供のように喚き散らかしている。

 そんな光景を、ぼんやりと眺めていた。

「あたしがみじめになるじゃんかっ!」


554 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 13:00:59Cs8kk5rk (16/18)


 景色が色を失っていく。耳と、頬が、じんわり熱を帯びている。
 提督もそうだったのだろうか? もし、北上の言った内容が十割とはいかずとも、半分、いや三割でもいい、的を得ていたとして、それならば提督も、わたしたちを利用した罪悪感に苦しんでいたのだろうか?
 苦しんでくれていたらいいなぁ、悩んで、眠れない夜があってほしいなぁ、なんてのは、人間性がひどすぎるだろうか?

 わたしは、自分がこれまで復讐のために生きてきたと思っていたけれど、それはどうやら間違いだった。善悪ではなく、正誤の領域で。
 復讐のために生きてきたんじゃない。復讐心を燃やすために生きてきた。もっと言えば、燃やし尽くすために。黒い汚濁では、生き続けることはできないと、どこかで認識していたから。


555 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 13:02:14Cs8kk5rk (17/18)


 空っぽになったんじゃない。健全になっただけなのだ。

 代わりのものを心にしまう時が訪れたというだけなのだ。

 心臓が跳ねる。
 
 恋の音がした。

 これからわたしは、誰かのためになら――彼のためになら、生きていけると、確信できる。

 ハチを見る。イムヤを見る。イクを見る。
 全員と目があって、頷く。

「提督が、失くした脚のために提督になったっていうんなら」

 うん。そうだね。そうだよ。
 そうなんだ。

「わたしたちが代わりになるでち」


556 ◆yufVJNsZ3s2019/07/21(日) 13:03:51Cs8kk5rk (18/18)

――――――――――――
ここまで

書きたかったところは書くのが早い。

待て、次回。


557以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/21(日) 13:35:05L8Ek358. (2/2)

乙。
連日の投稿、とっても嬉しいのね


558以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/22(月) 07:27:380aRhaSQM (1/1)

乙乙
更新が楽しみで仕方ないぞ


559 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:22:26k36TZte6 (1/15)


「……それで?」

 俺は尋ねた。
 北上は、特殊強化ガラス越しに、薄く笑う。

「それで? だからだよ」

「だからっ!」

 ガラスを力いっぱいに叩きつける。青葉がそっと俺の肩に手を置いた。

「あんまり騒がしくすると、刑務官が来てしまいます。無理やり席を外してもらってるんでしょう」

「……」

 視界が明滅していた。赤くなったり、暗くなったりしていた。怒りや、悲しみや、驚きや、嬉しさや、今まで俺の中の片隅で埃をかぶっていた感情までもが、溢れ出て止まらないのだ。
 拘留中の北上とこうして話ができるのは、田丸の口添えがあったおかげだ。取り調べに対して彼女が完全黙秘を貫き続けているというのもある。俺になら話す、そう言ったらしい。

 そうして彼女の口から零れてきたエピソードは……なんといったらいいのか。少なくとも俺の平静をかき乱すには十分だった。


560 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:23:28k36TZte6 (2/15)


「俺、は」

 唾を呑みこむ。

「どうして、お前が、あいつらに対してそう言ったのか。そして、あいつらがそう答えて、お前が、そうしようとしたのか。それを聞いているんだ。『北上』」

「依子」

 北上は――俺の幼馴染は、寂しそうに笑う。

「そう呼んでよ。あたしだけが健臣って呼ぶのは、不公平じゃん?」

「……依子」

「うん」

 満足そうな顔。ガラスの向こうでなければ、さぞかし輝いていたろうに。

「依子、頼む。俺に真実を話してくれ。俺を信頼してくれ、というのは難しいかもしれないが、お前がまだ俺のことを健臣と、親しみを込めて呼んでくれるのなら、それも可能じゃないのか?」

「あはっ。そう言われると弱いなぁ。
 ……あたしは、健臣、死刑になるかな?」

「……ならんだろう。酒井は一命を取り留めたそうだ。いくらお前が明確な殺意のもとに酒井を撃ったとしても、殺人未遂じゃ死刑にはならない」


561 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:24:22k36TZte6 (3/15)


「罪にはなる?」

「……それは、まぁ、……そうだな」

「本当に?」

「依子?」

「罪を憎んで人を憎まず、って言うじゃんか。あたしは最近ね、やっとその意味が、ちょっとでもわかりかけてきたんだ。
 ねぇ、健臣。艦娘って人かな? 兵器かな? 個人を尊重してもらえているのかな? それとも大人にとって都合のいい道具なのかな?」

 歌うように諳んじる依子の視線の先にはなにが見えているのだろうか。ガラスでも、透過した先のコンクリ壁でも、ないように感じられた。

「もしもあたしが人間なら、あたしの罪はあたしが償うべきだ。当然だよね。でも、もしあたしが兵器だって言うなら……人間じゃないって言うなら、あたしの罪は持ち主が償うべきだ。そうじゃない? 違う?
 監督責任。使用者の責任。人には、銃は裁けないよ」

 ……依子の言葉の意味はわかる。極めて筋道だった話ではある。しかし、それと、彼女の意図が理解できるかどうかはまるで別の話だ。
 俺はこの話の着地地点がわからない。霧で見えない道を、手を引かれて歩いているような、そんな錯覚に陥る。


562 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:25:35k36TZte6 (4/15)


 人間は結局のところ自分の都合でしか動けない生き物なのだ。俺はそのことを、この数年間で嫌というほど思い知った。一生分も味わった。
 巡り巡って、ゴーヤたちのために生きることができるんじゃないかと至ったのは、つい最近のことだ。それだって本当かわからない。またいつか、どこかで、ああすればよかったんじゃないか、こうしておけばよかったんじゃないかと後悔する日が来るとも知れない。

「早く裁かれたい。あたしが殺人未遂で懲役を喰らえば、それは、それって、とっても嬉しいことだと思わない? だって国が、この日本がだよ? あたしが人間だってことを保障してくれてるってことじゃんか!
 不思議な気分。おかしな話だよね。でも、おかしいのはあたしだって、あたしは思えないんだ」

「……お前は、なにに、そんな……酒井に人間扱いされなかっていうのか? だからあいつを撃ったのか?」

 尋ねつつも、俺は心当たりがあった。そうであってほしくないという思いが、直接口に出すのを躊躇わせた、悍ましい単語。

 性的虐待。


563 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:29:21k36TZte6 (5/15)


「ん……違わないよ。違わないけど……だからさぁ、言ったじゃん。あのコたちだよ。あのコたちがいなければ、あたしはそんなことしなかった」

「あいつらが何をしたんだ。すまん、依子。俺は本当にわからないんだ」

「幸せってのは相対的なもんだからさぁ」

 頬杖をついて、呟いた。

 その瞳は澱みきっている。濁りきっている。前を向いているのに、下を見ている。後ろを振り返っている。
 そこでようやく、自らのあまりの愚かさを呪いたくなるほどに、依子が深い深い絶望に囚われていることを理解した。

 本当の絶望は今にはない。闇は未来にあるのだ。否、未来が闇に呑まれている――覆われている、ではなく――ことに疲れてしまったからこその。


564 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:30:48k36TZte6 (6/15)

あのコたちは。違う。みんなそうだったんだ。大人に騙されて、食い物にされるだけの、道具。そうだったはずなんだ。行き場のない人間を集めたタコ部屋なんだから。
 だけど、あのコたちったらずるいんだぁ……。あんな、前向いちゃってさぁ。
 健臣、あのコたちとなんかあったっしょ? それを気に病んでて、でもどうやったらあんたに許してもらえるか、なぁんて……考えちゃって……考えやがって」

 ここでどんな言葉を口にしたとして、全てが傲慢になってしまうようにも思えた。それでも、しかし、発言権は俺にしかない。動かずして依子を救いだすことはできない。
 誰も傷つけず、自らも傷つかずに、偉業を成せるひとかどの人物になれればどれだけいいだろう。生憎俺はそんな人間ではなかった。茨の道をもがきながら進んでいくのが国村健臣という人間だった。


565 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:32:06k36TZte6 (7/15)


「それの、なにが悪い? 誰だって間違える。過つことはある。確かに善悪で言えば、そりゃあ悪だろうよ。間違えるよりは間違えないほうがいいに決まってる」

 それでも。

 俺だから言えることを。

「でもそれはあくまで理想だ。人間にはまねのできない生き方だ。反省して、許してもらおうとすることのどこが悪い?
 確かにあいつらは俺を騙していたのかもしれねぇ。でも、俺だってあいつらを利用していた。そんなことに一生囚われて生きるのは、俺はごめんだ」

 そんなふうには、あいつらにだって生きて欲しくなかった。

「それがムカつくんだよね」

「……そんなの、ただの」

 八つ当たりじゃないか。

 こちらの表情で何かを察したのか――なんといっても幼馴染なのだ――依子は泣きそうな顔をした。そんなひどいことを言わなくてもいいじゃんか、という顔だった。
 ひどいこと。きっと、内容ではない。そもそも正論を言うな、ということだ。
 正しくは在れないのなら、正論になんてさしたる意味もない。


566 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:34:05k36TZte6 (8/15)


「そうだよ。だから、眩しくって、見てらんなかった。あたしにはそんなことはできないのに。ずるいなって。どうしてあたしはこんなんなんだろ、って。
 ……どうして、あたしのそばには健臣がいてくれないんだろうって」

 そんなことは誰かにわかることではない。強いて言うなら、神様とやらか。
 俺と依子の距離は、こんなに近くにいるというのに、ガラス一枚がなによりも遠い。

「それまで満足できてたことが満足できなくなっちゃったんだぁ」

 なっちゃったんだなぁ。
 他人事のような口調。本当に他人事ならばどれだけよかったろう。いや、それは不幸を押し付けているだけで、本質的な解決にはなっていない。
 テレビの向こうの悲惨な光景を見て、戦争や飢餓、環境破壊を見て、この国は平和だなぁとぼやいているのに過ぎない。

 反吐が出る。

 頼む。頼むから、そんな諦念に満ちた顔をしないでくれ。お願いだ。


567 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:35:45k36TZte6 (9/15)


「……あたしね、酒井のおもちゃだったの。別にそれでいいと思ってた。あいつ、趣味は気持ち悪かったけど、まぁ慣れたら慣れたでたまにはね、気持ちいいときもあったし。……大井っちのためなら、平気だったから」

「大井?」

「大井っちってさ、過去に色々あったわけ。艦娘になる前から男運が悪くて、それで男がだめになっちゃって、いろんなところで問題起こして……艦娘やるしかなくなっちゃった。でも、なんとか酒井には慣れてたんだよ。復調の兆しがあった。
 酒井はクソやろうだったけど、それが大井っちに知られたら、きっとあのコは立ち直れなくなる。社会では生きていけない人間になる。この世の半分は男なんだからね。だから、なんてーの? あたしが一肌脱いでどうにかなるなら、一件落着でしょ」


568 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:36:28k36TZte6 (10/15)


 性的虐待の事実は衝撃的で、けれど予想の内でもあった。同時に自らの無能を恥じる。俺がもう少しなんとかできていたら、依子はここまで追い込まれなかったのではないかという自責が、さきほどから止まないのだ。
 どうして周囲に悟られなかったのか、あるいは依子が助けを求めなかったのか……きっと道具だったのだ。何かで縛られていた。それぞれの都合を盾に、あるいは人質にされて。
 二人が結託して隠しているのだから、ばれるはずもない。

「誰かのためなら頑張れるって信じてた。……でも、限界があった。
 あのコたちのせいだよ。どうしてあたしの提督が健臣じゃないんだろうって、健臣の下であのコたちは楽しくやってるのに、あたしは酒井の下で奴隷になってんだろうって。考え出したらキリがなくってさぁ……」

 無性に、無性に、腹が立ってさぁ。

 気づいたら、撃ってた。

 と、依子は舌をぺろりと出す。まったく悪びれてない様子で。


569 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:37:36k36TZte6 (11/15)


 話を聞く限り、依子には十分、いや十二分に情状酌量の余地がある。心神耗弱状態だったと言い換えてもいい。どう考えても悪いのは酒井であって、それこそ酒井は自らの銃の暴発に見舞われたのだ。
 しかし問題は、恐らく依子は、情状酌量など微塵も望んでいないということだろう。寧ろ厳罰を求めているようにさえ見える。

 俺はなにかを言わねばならないと思い、音を立てて椅子から立ち上がるけれど、依子のどこまでも暗く落ちていきそうな瞳を見て、言おうとしていた言葉全ての無意味さを瞬時に理解してしまった。
 これがこいつの望んだ結末なのだ。こうなるように行動して、こうなった。だから文句はない。あるはずもない。

 そんなのでいいのか? 本当に?
 こんなことが許されるのか?

 ゴーヤたちのことを想った。青葉のことを想った。田丸のことを想い、俺自身のことを想った。

 こんな思いをしているのが、依子だけだとは俺には思えなかった。


570 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:46:26k36TZte6 (12/15)


 目頭が熱い。思わずガラスに手を衝く。込み上げてくる嗚咽を、必死になって飲み下す。
 誰かを助けることは、他の誰かを助けられない可能性を孕んでいる。潜水艦たちとの関係性を築き上げる裏側で、依子や、もしかしたら俺の知らない誰か、俺を必要としている誰かとの関係性の構築に失敗しているのかもしれない。
 考えるだけ無益なことだ。わかっている。それでも、俺は、俺は。

「健臣、いま喋ったこと、誰に話してもいいけどさ……大井っちにだけは、内緒にしてね。絶対。絶対だよ。絶対だかんね。
 あたしは大井っちのためなら、頑張れるんだから」

 それは、こいつが、大井から、自らの提督を撃った女として認識されるとしても?

 いつか、嘗ての祭りの日、依子が別れ際に不意打ちしてきた口づけの感触が甦る。褪色した記憶の美しさを伴って。
 大事なものが失われる苦しみを俺は知っているはずだった。脚。俺の脚。将来。輝かしい未来。水泳。表彰台のてっぺん。もう二度と、絶対に、一つたりとも離してたまるものかとさえ覚悟していたはずなのに。
 共に過ごした幼馴染は失われた。膝から下と同様に。


571 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:47:22k36TZte6 (13/15)


 俺はまた、ゴーヤたちのことを想った。

 不特定多数の、俺にとっては大事ではないけれど、他の誰かにとって大事な誰かを想った。

 存在しなかった、存在したかもしれない、依子との暖かい家庭を想った。

 ありとあらゆる感情が錯綜し、最早とうに許容値を超えてしまっていた。心は暴れ回るそれらに切り裂かれてずたずただ。

「話したいことは全部話したよ。聞きたいことなんて、もう、ないでしょ」

 そんなことはない。そんなことはないんだ。
 お前のことを一瞬たりとも忘れたことはない、なんて、そんなおためごかしをするつもりはない。けれど、このままでは、こんなことが、お前が、俺は、お前を、依子!
 お前を助けることのできなかった俺がしゃしゃり出る幕はないのかもしれない。それでも、依子、俺は、お前を、せめて、お前を助けることはできなかったけれど、このままでは、あぁ、このままでは、決して、決して、終わらせない。

 終わらせることなんてできない!


572 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:56:14k36TZte6 (14/15)


「早く帰ってあげなよ」

 依子はそして、初めて笑った。満面の笑みだった。

 全身から力が抜ける。堪えて堪えて、堪え続けた涙が、その勢いで一気に頬を伝う。口からは夜の森のような音だけが零れる。頭の嵐はその勢力を増したままに移動を続けている。
 膝を力任せに掴んだ。義足は俺の握力ではびくともしない。
 
 わたしたちが提督の脚になる。

 あいつらは、そう言ってくれたらしい。

 大事なものを取り戻すことはできなかったけれど、代わりになるものを、俺は確かに手に入れることができた。それは、あるいは、大事なものよりもよほど価値のあるもののようにも感じられた。

「司令官」

 青葉が、ここでようやく口を開いた。顔を真っ赤にしている。涙と洟を我慢しているのだ。

「帰りましょう」

 あぁ。

「みなさんが、待っています」

 あぁ。

 泊地へ帰ろう。

 俺たちの戦争は、まだ終わってはいないのだ。


573 ◆yufVJNsZ3s2019/07/23(火) 21:56:50k36TZte6 (15/15)

――――――――
ここまで

北上は好きな艦娘のひとりです。

待て、次回。


574以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/23(火) 22:39:52nuHRxRy6 (1/1)

乙した


うん、変態性欲者オスが男性恐怖症メスを認識したら、まぁ最高の玩具だよね


575以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/24(水) 01:23:48FHjPo3h2 (1/1)

最近更新多くて嬉しい
待つぞ


576以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/25(木) 01:32:11FKRT.qHg (1/1)

おつ
主は大井が嫁艦かな?


577 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 01:58:566dHNmbXA (1/17)


 依子は俺だった。俺たちだった。
 ガラス越しに会話をして、俺はそこに自分自身を見た。鏡写しの自分だった。左右が反転した、ほんの少しだけ、けれど決定的に異なる自分。
 俺はいまが人生の絶頂だとは思わなかったが、それでも上向きになりつつあるのを感じていた。その理由の大部分が、ゴーヤたちと出会ったことだというのは、異論を待たないだろう。俺だって異を唱えるつもりはない。

 だから先ほど依子が涙したように、どうして? と尋ねられても、実のところ参ってしまうのだ。率直に言えば運の良しあしという一言に尽きる。尽きるのだが……それは助けを求める手を払いのける行いに等しいだろう。
 もしゴーヤたちがおらず、そして彼女と恋仲になっておらず、歪な関係でも少しずつ前進できていなかったのなら――悔しいことに田丸がいなかったのなら――ガラスの向こうにいるのは俺だったのかもしれない。依子ではなく。
 あるいは、ゴーヤたちか。


578 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:00:426dHNmbXA (2/17)


 そんなことはさせない。させるものかよ。
 仮定の話だとしても、到底許せる話ではない。

 俺にはゴーヤたちがいて。
 自意識過剰かもしれないが、ゴーヤたちには俺がいて。

 彼女には、それがいなかった。

 いや、いなかったと決めつけるのは早計だろう。なにより大井に失礼だ。依子は大井のためにその身を擲ち、手に入れるべきものはきちんと手に入れて……自分自身を零れ落としてしまった。
 どんな集団にだって悪人はいる。俺だって、自らが悪人でない、などとは勿論言えない。それでも、だから悪人であったとしてもいいやなんて開き直りもできない。
 どうして誰もあいつを助けてやれなかったんだ! そんな責任転嫁じみた怒りがふつふつと混みあがってくる。


579 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:02:496dHNmbXA (3/17)


 俺はなんとなくだが理解していた。あいつは、依子は、社会の犠牲になってしまったのだと。
 社会保障やら、政府の在り方やら、主義思想やら、そんなことは興味がなかった。ただ、どんな集団にでも悪人はいるように、どんな社会にだって落伍者は生まれる。ゼロを志向するのはゼロにできなどしないから。
 必要性のある犠牲ではない。ただ、必然的に生まれる犠牲。

 涙を拭う。

 ゼロになどできない。きっとどこかで軋轢が生まれて、その狭間で苦しむ誰かは生まれるだろう。
 それでも、無策で挑むのは、違う気がした。

 田丸のことがほんの少しだけわかった気がした。

 やつはいたずらに誰かを使い潰したりはしない。きちんと計算して、生贄に捧げる。手駒として扱う。それがどんなに非人道的であろうとも、倫理に悖るとしても、トータルでの被害者を減らせるならば躊躇わないだろう。
 そうに違いないはずだ。

 だから。


580 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:05:346dHNmbXA (4/17)


「青葉、運転できるか」

「え? ……できますけど、どうしました」

「用事ができた」

 田丸、お前は俺の命令を、拒むことはできない。

 青葉の返事を待たずにバーチャル・ディスプレイを立ち上げた。メーラーを起動。いくつかのファイルを雑多に、とりあえず一つのフォルダへまとめ、圧縮して添付、送信。同時に秘匿通信をぶちこむ。
 ひたすらに長く感じるコール音。実際はそうではないのに、五分も十分も待たされているような、焦燥感が首筋を焼く。

 後部座席に乗り込む。

 青葉がハンドルを握る。ため息とともに。

「どうしたんだい?」

 永遠にも感じられる時間を超えて、田丸はいつもどおりの声音で応対した。俺とゴーヤたちの現状、演習のデータ、依子に――北上に会いに来たこと、全てを知っているだろうに。
 俺はそんなやつの声を聴くにつけ、ずっと手のひらで踊らされているような感覚に苛まれる。思わず舌打ちをしてしまいそうな苛立ちが、額の中心を痺れさせている。

「過労死に興味はあるか」


581 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:10:156dHNmbXA (5/17)


「……くくっ」

 笑いをかみ殺す田丸。どうやら本当に愉快であるようだ。初めて聞くかもしれない声音。

「ないと言えば、ノーかな?」

「それなら話が早い」

 これまでの四人の演習データ、そして暇な時間を存分に使って収集した海図、海底地形図、予測される海流、風向き、彼我の戦力差、田丸に届けたものと同一のそれらを次々ポップアップさせる。

「現在攻略中の第五海域――5の5にあいつらをぶちこめ」

「……」

 電話越しの沈黙は、これも初めてだが、田丸の絶句だった。


582 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:12:536dHNmbXA (6/17)





「潜水艦ルートを開拓する」



583 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:13:336dHNmbXA (7/17)


「……話を聞こうか」

 話が早い。助かる。
 いつぞや、やつは自分が俺と似ているというようなことを口走った。かたや膝から先を失くした人間、かたや手首から先を失くした人間。そのときはただそれだけだと思っていたのだが。

「最新海域の攻略に難儀していると聞いた。その理由は大まかにわけて二つだ。まず一つ、敵の新戦力が強力であること。そしてもう一つが、風と海流による航行の困難さだ」

「なるほどね」

 そういうことかい、と田丸は言った。その理解力に俺は恐ろしささえ感じられる。

「あぁ、そうだ。
 風と海流の影響が大きいのなら、水面下を行けばいい」

 そのための潜水艦だろう。


584 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:16:436dHNmbXA (8/17)


「データは全て漁った! 洗った! 全てだ、文字通り、過去の制圧任務十四回分、全て俺は詳細に読み込んだ! それらを基に推測した流速、距離、到達時間! 必要な燃料、深度、航行速度! 俺の手元に、いま、ある!」

 時間はいくらでもあった。四人が俺の傍から居なくなって、俺は抜け殻のようだった。
 しかし抜け殻に用はない。

 俺たちの戦争は終わっていない!

 俺にはまだやることがたんまりと残っている!

「敵戦力に太刀打ちできていないのは、確かに敵が強いってこともあるが、それ以上に詳細が不明だからだ! 装甲も火力も行動適性もわかっていない、圧倒的な情報アドバンテージの不足! 敵の出没、及び到達の不確実性と相まって、それが一番のネックになっていると俺は判断した!
 田丸! 俺の部隊に任せろ! 任させろ! 戦うだけが戦いじゃねぇ、戦うだけが戦争じゃねぇ! あいつらの練度はまだまだ足りん、会敵してからの撃破には程遠いだろう!」


585 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:17:366dHNmbXA (9/17)


 唇を湿らせる。唾液を飲み込んで喉を潤す。

「だが! だが、田丸! 軸はそこじゃねぇ。俺たちの勝利条件はそこじゃあねぇ!」

 大事なことは。俺たちの目的は。

「潜水艦隊を設立させることだ! つまり、必要性を提示することだ、認めさせることだ!
 あいつらには十分な利用価値があると信じさせることができるなら! たとえあいつらが新米だろうとも! 戦闘力が劣っていても!」

 上層部は俺たちを切ることができなくなる!

 やつらは艦娘の存在を公にしてしまった。深海棲艦という脅威を公言してしまった。悪手だ。それははっきり言って、悪手に他ならない。
 同時に俺たちにとっては神の一手が如き。

 これから日本は戦争の渦中に巻き込まれていくだろう。人間は未知を恐れざるを得ない。備えはいくらあってもありがたいものだ。もしもの時にのために、海上では戦えない時のために。
 強い弱いはここまで来てしまえば殆ど関係はなかった。ゴーヤたちの有用性は、最早問題にはならない。焦点はもっと遠く、巨大だ。


586 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:19:366dHNmbXA (10/17)


 個人はいずれ磨滅するけれど、役割は決して摩滅しない。代替が現れるだけであり、その期間はよほど長い。有用性とは個人に付するものではない。

「今後、どこかでまた、強大な脅威と遭遇するときがあるだろうよ! そのときに、あいつらの――潜水艦の存在は、絶対に必要となる! 首を縦に振らせりゃあ俺たちの勝ちだ、一年戦争はそこで終結する!」

 そして、その幕を下ろすには、残念ながら俺では力不足なのだ。

「田丸! お前がやるんだ! お前にしかできないことなんだ!
 データは全部くれてやる! わからねぇところがあったら即座に直す! だから、だから、田丸! 俺たちのために動け! 働け! 俺たちがお前を豪華な椅子に座らせてやる!」

 政治的手腕や繋がりがものを言う世界において、俺はやつの足元にも及ばない。俺ではだめだ。だめなのだ。


587 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:20:086dHNmbXA (11/17)


 それは半分本心ではあったけれど、もう半分は怒りでもあった。俺たちを随分と引っ掻き回してくれやがってという。そのぶん俺たちは身を粉にしてきたのだから、心を砕いてきたのだから、お前だって俺たちのために、たまには働け。
 喉がひりひりする。乾燥で、口蓋と舌がくっつく。
 言いたいことは言い切った。実力的に先遣隊へ割って入ることが難しい現状、残された道は邪道――それこそ、波濤をものともしない水面下を往くしかない。
 田丸もそれはわかっているはずだ。わかっていてくれ。お前がわからないはずはないだろう。

 頼む。

 俺を、まだ提督でいさせてくれ。

 あいつらと一緒に生きさせてくれ。

「ふむ」

 と、田丸は呟く。珍しくわざとらしくない感情の籠った声で。

「データは受け取ったよ。確認は今日の夜になる。……なるほどね。なるほど」

 電話越しにコンソールを弄る音。

「わかった。ご苦労だった。……この線でいってみよう」

 そのときの俺の喜ばしさといったら!


588 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:21:436dHNmbXA (12/17)


 資料も怒声も、田丸のその一言を引きだすがためのようなものだった。俺ごときの頭では、やつの脳内に描かれているであろう絵図の全貌を理解することは難しいだろうが、それでも食らいつかなければならないときは必ず来る。
 いまがそうだ。
 何としてでも、全てをこのままにするわけにはいかないから。

「あと、田丸。別件で、ひとつ、頼みがある」

「珍しいね。殊勝な態度なんて」

「……俺に政治を教えてくれ。政治のやり方を、教えてくれ」

「……」

「俺は、わかった。わかっちまったんだ。この世はクソだ。誰もかれもが自分の都合で動いて、平気なツラして他人を傷つける。俺だってそうだ。責めることはできない」

「それと政治と、関係があるのかい?」

「ある」

 限りなく強い言葉で、俺は応えた。

「俺はそれを許容できそうにない」


589 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:24:346dHNmbXA (13/17)


 世の中全てを掬い上げる人間にはなれない。かといって、シニカルな態度で全てを傍観する愚かさもない。

 俺に救える誰かがいるのなら、その誰かを救うことに躊躇をしないつもりだった。
 救うことのできなかった誰かに詰られ、罵られ、後ろ指を指されようとも。

「田丸。俺は、提督になるよ」

「……きみがそうしたいのなら、おれとしては助かるさ」

 なにかを安心したようにそう口にし、田丸との通話が切れる。思わずため息が零れた。ほぅ、とバーチャル・ウィンドウをぼんやり見ながら、意識がふらついているのをもとに戻そうと試みる。

「首尾よくいきそうですか?」

 青葉は前方から目を離さずに言う。

「お手伝いしますよ。ジャーナリストは決して正義の味方ではないですが、自らの正義に殉じる覚悟を持った者をこそ、ジャーナリストと呼ぶのです」

「それ以前に艦娘だろう?」

「艦娘以前にジャーナリストなんですよ」

 そうか。そうだったな。


590 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:25:116dHNmbXA (14/17)


 彼女は依然として真っ直ぐに前を見据えているが、その視界に捉えているのが前方車両のナンバーなのか、それとも刺客に追われた自らの過去なのか、はたまた先ほどの依子の笑顔なのかは、俺には判断がつきかねた。
 恐らく険しい道のりだろう。ある者はそれを自殺行為とすら呼ぶかもしれない。だが、俺はやはり胸を張って生きたいと思っていたし、ハチに倣って過去への過度な執着に意味がないとも思い始めている。
 なにより、ゴーヤたちのことを考えた瞬間から、心臓のトルクが一段上昇するのだ。どくんと跳ねて、どるんと動く。

 つきましたよ、と青葉は笑った。


591 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:28:216dHNmbXA (15/17)


 飛び出すようにして車の扉を開け放つ。ざく、ざく、と砂利が足元で鳴る。意識と身体が噛みあっていないのか、二歩目で前へとつんのめった。気合で耐える。早く、一歩でも前へ、一秒でも先へ。
 草木についた朝露はまだかすかに残っていて、視界の下方で煌めいている。宝石の中を歩いているような錯覚。浮足立つ。息が上がる。大した距離を歩いていないのに、緊張で、息継ぎに失敗した。

 空は青いだけでなく、水平線のあたりに大きな雲の塊が見えた。積雲か、積乱雲か。もしかしたら俺の運命を暗示しているようにも思えて、だがそれがどうしたというのだ。いま晴れている、それだけで快い気分になれる。

 大地を踏みしめている脚が、まるで自分のものではないようだった。義足。確かにそうだ。その通りだ。それを自分のものにしようと足掻いてきて、その過程で誰かの思惑に乗ったり、嵌ったり……誰かを利用したり、傷つけたり。
 不思議なことだった。俺はいま、明確に目的に近づいているはずなのに、義足だけが身体の同一性から外れていく。代わりになにが穴埋めしてくれているのだろうか。

 考えるまでもないことではあるが。


592 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:29:296dHNmbXA (16/17)


 泊地が目の前にある。入り口。扉。

 立って、生きるのに、必ずしも脚が必要ではないことを知った。

 扉へと手をかける。

 引く。

 力を入れずとも扉は開いた。

「おかえりなさいっ!」

 出迎えは四人分の体重。

「あぁ、ただいま」

 こいつらのために頑張ろう。
 こいつらのために頑張れる。

 それぞれの熱を感じながら、俺はやはり、そう思った。


593 ◆yufVJNsZ3s2019/07/28(日) 02:31:546dHNmbXA (17/17)

――――――――――――
ここまで

事実上の完結……?
明日の夜か、明後日の夜に「一文だけ」投稿します。
その後、一回投稿して、(恐らく)おしまいです。

最後までお付き合いくださいませ。

待て、次回。


594以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/28(日) 03:46:31ocXnl2LE (1/1)

待ってる次回

May God bless i58


595以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/28(日) 09:18:47ChbHEN1E (1/1)

乙!待つぞ!


596以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/28(日) 10:05:41SErQgcf2 (1/1)

乙なのね! 最終回、楽しみです!


597以下、名無しが深夜にお送りします2019/07/28(日) 11:40:38KdV0MN9M (1/1)

乙乙ん
クライマックスですなぁ……完結の気配が喜ばしくもあり、名残惜しくもある


598 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:33:44CAgJ3EhE (1/13)


「……あー」

 百に近い視線を浴びせられて、聊か緊張しているきらいはあった。インタビューは慣れているが、ひとり前に立って何かを喋るというのは、少しばかり趣が違う。
 赤ヶ崎泊地の艦娘は、総勢で四十二。そして俺の横、距離を置いた位置に、潜水艦たちが四人直立不動の姿勢で立っている。

「本日付でこの泊地を預かることになった、国村健臣という」

 前方に動揺はない。こうなることへの予期がそこにはあった。ただし、それは決して俺が認められたこととイコールではない。
 酒井提督の退任については、赤ヶ崎泊地の艦娘たちには、北上との間でトラブルがあったことに起因する更迭と説明されていた。その説明はおおむね間違っていない。しかし、詳しい事情は勿論教えられないし、それゆえに勘繰りや不信を抱かれるのも仕方がないとは思っている。
 それでも、隠すことは必要だ。海軍にとってもそうだろうし、北上――依子、あいつの気持ちを俺が汲まずしてどうする。


599 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:34:20CAgJ3EhE (2/13)


 こいつは一体どういうやつなのだろう。酒井提督はどうして任を解かれたのか。そんな思いをひしひしとぶつけられている感覚。

 それに負けないように、僅かに声を張った。

「気になることは多々あると思う。不満も、不安も、あるだろう。俺は……着任一発目にこんなことを言うのもなんだが、それら全てに応えることはできない。口を噤まなければならんことは少なくない。
 だが、だからこそ、知っていて欲しい。そういうこともある。そして俺は、そういうことがないようにするために、ここにいる」

「……」

 伝わったかどうかはわからない。値踏みする視線と、ひそひそ声。

 ぱち。ぱち、ぱち。まばらな拍手が聞こえてくる。
 見れば球磨や神通が神妙に手を打っていた。思うところもあるだろうに、そうしてくれるだけの大人の態度が、随分と心へ染みた。


600 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:35:12CAgJ3EhE (3/13)


 たったいまの宣言は嘘ではない。欺瞞は欠片もなかった。俺は、こいつらもあいつらも、そして自分自身をも、誤魔化しながら生きていく道には戻れなかった。
 きっとよくあることなのだろう。どこにだってあるに違いない。世の中に疎い子女を手籠めにしたり、食い物にしたり……あるいはトカゲの尻尾きりで、部下に責任を押し付けたり、甘い汁を吸うことに躍起になっていたり。
 残念ながら、この世の悪を滅したり、全てを正しく矯正させようと思えるほどには、俺は青くはなれない。けれどそれは、許容とは決定的に異なっている。

 正義のヒーローなどではなかったし、気取るつもりもない。それでも自分の手の届く範囲を救ってやりたいと思うのは、傲慢とは言うまい。

 一通りの着任の挨拶を済ませてから、疲弊した体を引きずって、新しい執務室の椅子へと腰を下ろす。おおよそ酒井のものは証拠品として押収されてしまっていた。執務室はがらんとしている。


601 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:36:33CAgJ3EhE (4/13)


 小耳に挟んだ話ではあるが、余罪がぼろぼろと出るだろうという特捜部の目論見は、随分とあてが外れたらしかった。横領であるとか、他の艦娘も脅迫していただとか、そのような証拠は一切見つからかったという。
 それが、酒井の巧妙な証拠隠匿なのか、はたまた本当に依子に熱を上げていただけなのか、俺にはわからない。知る由もない。

 ただ、きっとなにかを、どこかで、間違えてしまったんだろう。心に傷を負った少女たちを受け入れる、嘗て聞いた酒井の人物像と、ガラス越しの依子の笑顔を回想するたびに心が痛む。

 俺たちがそうならなかった保証はどこにもない。

 と、ノック。

「入るクマ」

「おう」

 水兵さながらの格好をして、球磨がのんびりと入ってくる。


602 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:38:56CAgJ3EhE (5/13)


「とりあえず、着任お疲れ様って感じかな?」

「ひとまずは、な。これからやらなきゃならんことが大量に控えてる」

 当分の間、俺に球磨があてがわれたのは幸運だった。殆どが初対面のこの泊地のなかで、彼女や神通、初雪などは、潜水艦たちの相手でそれなりに知った仲だ。

「そこは仕方がないクマ。球磨たちはあんたの仕事を手伝うことはできても、肩代わりすることはできないかんね」

「わかってるさ。俺の仕事は俺のもんだ」

「そして、球磨たちの仕事は球磨のもん?」

「まぁな」

「ステイタスだとか、演習の映像だとか……あぁ、あとは航行記録と海底地形図、海流計のログも? 多分そっちにもいってると思うけど、気になるのがあったらどんどん言って欲しいクマ。いろいろ、なにかと物騒だから」

 球磨の口ぶりは神妙だった。物騒。北上の一件を揶揄しているわけではないと思いたかったが。


603 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:41:13CAgJ3EhE (6/13)


「一応駆逐と軽巡に関しては、球磨たちもケアに回ってる。重巡……軽空母もかな。そのあたり以上は、年齢層も高いから、それなりに理性的。ただ、まぁ、焦らずに長い目で見てよ。内心穏やかじゃないコも、きっと、多い」

 わかっているつもりではあるが、釘を刺されると身も引き締まる。功を急くことはない。足元を疎かにしてはならない。
 気苦労をかけてすまないな。そう言うと、球磨ははにかむように笑う。照れの入りまじった、真正面から受け止めていいのか不安がっているようにも見える、子供のような笑み。

「謝礼は言葉よりも現物でお願いするクマ。こっちのことはこっちでなんとかするから、あんたはあっちをきっちり、かっちり、まとめないと」

 こっちとあっち。
 海上艦と、潜水艦。

 田丸の尽力もあって、潜水艦娘計画については、おおよそ本決まりになるとのことであった。
 俺たちが赤ヶ崎泊地へ移籍してきたのには、そのあたりの運用についての事情もある。酒井の後任としてであると同時に、潜水艦を泊地規模で運用するにあたり、これまで何度もの演習を繰り返してきた赤ヶ崎に所属させるべきだという判断が下ったのだ。


604 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:42:54CAgJ3EhE (7/13)


 ようやく一息つける結果にはなったが、かといって安穏としていられるかと問われれば、否となるだろう。反田丸派は依然として健在だし、これからは潜水艦だけではなく赤ヶ崎の艦娘たちともうまくやっていかなければならない。
 課題は山積み。しかし辟易とはしない。あいつらがいるから……といってしまうのは、少々くさすぎるか。

「そんじゃ、球磨はさっさとお暇するね」

「ん、忙しいところ悪い」

「別に球磨がどーこーってことじゃなくて……」

 球磨はため息をひとつついて、親指で自らの背後を指した。

「おら、てめーら、そんなとこでこそこそしてんじゃねークマ」

 そのまま何かをむんずと掴んで、ぽいぽいぽいぽい、四つの人影を執務室の中へと次々放り込んでいく。
 変な笑いがこみあげてきて、上がる口角を隠そうと、顔の半分を手で覆う。まったく着任初日から忙しないやつらだ。


605 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:46:22CAgJ3EhE (8/13)


「あはは……」

 イムヤが頬を掻く。

「お疲れ様、でち」

「仲好きことは素晴らしきことかな、なぁんて昔の人は言ったけど、規律を乱すようなことは慎むクマ」

 あっけらかんと笑いながら球磨は部屋を出ていった。俺はわずかにぎくりとしたが、なんとか平静を装う。まるで冗談になっていない。

「なにやってんだ、お前ら」

「なにって……」

 四人が顔を見合わせる。

「ありがとうと、おめでとうを、その……」

「言おうと思ったのねー」

 天を仰ぐ。埃の溜まった蛍光灯の傘が見えた。

「こっちの台詞だ」

 言いたいことは多々あった。しかし膨大な言葉は喉を通って行かないし、逐一選んでいては日が暮れる。端的に自分のこころを伝えることのなんと難しいことか。
 とはいえこれで終わりではない。ここがゴールではない。深海棲艦との戦いは熾烈を極めていくだろうし、伴って艦娘の数は増えるだろう。こいつらは最初の潜水艦として周囲の手本とならなければいけない。


606 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:49:09CAgJ3EhE (9/13)


 ただ、それはそれとして、たとえ一時の安寧だとしても、それに身を委ねることの幸福が確かにあった。

 ゴーヤが俺の胸元に飛び込んでくる。桃のような甘いかおりが鼻孔一杯に広がる。そのまま勢い余って、椅子ごと俺たちは後ろへと倒れこんだ。
 衝撃に息が詰まるも、なぜだか笑いがこみあげてきて、眼の端に涙すら滲むものだから、俺はまったくどうしていいかわからなくなってしまった。こんなことは初めてだった。

 正体不明の感覚にやり場がなくなった腕で、とりあえずゴーヤの体を抱きしめる。手首から先がお留守だったので、そのままわしゃわしゃと、無造作に洗髪でもするかのようにかき乱す。
 ゴーヤはやめてやめてと言いながらも笑っていた。眼の端に涙すら滲ませていた。彼女自身、まったくどうしていいかわからないようだった。

 俺はなぜだかそれが楽しくて楽しくて仕方がない。


607 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:50:16CAgJ3EhE (10/13)


 大丈夫ですかと駆け寄ってきたハチすらも、巻き添えにしようと俺は首根っこを掴んで引き寄せてやった。ゴーヤと二人まとめて抱きしめてやる。二人は頬をくっつけながら、俺のシャツの裾を、襟を、それぞれ力いっぱいに握り締める。
 ハチが俺の胸板に頬を寄せながら、好きです、好きですと繰り返すので、ゴーヤの眉が見る見るうちに吊り上る。イムヤとイクも呆れ顔だ。返事に困ったものの、誤解怖れることなく再度言ってやる。「こっちの台詞だ」。

 なにやってんのよ。そう呟きながらイムヤが手を差し出してくる。握手を求められているのだと察して、当然それに応じる――芽生えた悪戯心のままに、イムヤも一気に引き倒す。
 ゴーヤとハチも愉快そうにイムヤをもみくちゃにした。あんたらお酒でも飲んだんじゃないの、なんて叫ぶイムヤだが、その動作に抵抗の様子は見えない。


608 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:51:14CAgJ3EhE (11/13)


「ほらっ! イクも来るでち!」

 叫んだゴーヤにあわせて、イクが跳んだ。……跳んだ?

 どすんと衝撃。少女特有の柔らかさが、腕やら脚やら、腹やら胸やら、なんなら顔にまで押し付けられて、窒息死寸前。ただでさえ幸せで胸が詰まっているというのに、これ以上は胸がはちきれてしまいそうだ。

 嘗て俺の人生は水泳とともにあり、そして失われた脚とともにあった。
 けれど、こいつらは言った。言ってくれた。自分たちが俺の脚の代わりになるのだと。それが果たしてどれほどの効果を齎したのか、こいつらは知っているのだろうか? どれだけその言葉で救われたのか、理解しているのだろうか?

 義足の感覚と、四人分の重みを、俺は交互に意識する。

 これからの人生は、こいつらとともにあるのだろう。

 脚の痛みは、既にない。


609 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:53:14CAgJ3EhE (12/13)


田丸が倒れたと聞いたのは、その四日後であった。


610 ◆yufVJNsZ3s2019/08/13(火) 17:58:04CAgJ3EhE (13/13)

――――――――――
ここまで。

いろいろと嘘をつきました。
大人は嘘をつく生き物なので…

次回でおしまいです。

待て、次回。


611以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/13(火) 20:22:35cw3xnzFs (1/1)

乙なのね


田丸=サン、カロウシか


612以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/13(火) 21:32:31Vu52aOWw (1/1)

お疲れ様です


613以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/13(火) 23:36:4266qUk08Y (1/1)

乙んつん

大団円(仮)と思わせてからの……待つ次回


614 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:14:29ot2jFbd. (1/11)


「過労死とは言ったが、本当に倒れるとは思ってなかったぞ」

 病院の特等個室には面会謝絶の札が掲げられていた。そんなものはまるきり無視して部屋へと入れば、広々とした病室の窓際に上質そうなベッド、その上に田丸が横になっている。
 とはいっても寝たきりという感じではなく、背中や腰、足元まで角度の調節が効くベッドで、楽な姿勢になって読書をしていた。
 大きなサイズの薄型テレビが壁にかけられているが、主電源が切られている。室内はほぼ無音に近く、換気扇の回る音だけが僅かに響いていた。

「クーラーもつけてないのかよ」

 直射日光のせいだろうか、部屋の温度は随分と高い。

 田丸はそこでようやく俺の姿を確認すると、こちらを見ているのか見ていないのか極めて曖昧な、目的を悟らせない顔をした。
 付き添いの部下やら秘書やらがいたはずだが、一体どこへいったのか。俺の訪問を予期して下がらせた? まさか――と言い切れないだけのなにかがこいつにはある。

 読んでいた本を畳み、僅かに口角を上げながら、「もうそういうのもわからなくなっていてね」と田丸。


615 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:15:29ot2jFbd. (2/11)


 心の芯が震えた気がした。大地に深く打ち込まれているはずのそれを、田丸の一言は容易く揺らす。

「そういうの、って」

「肌の感覚とか、味覚とか……目と耳は、最期まで残るらしくてね。それだけは幸いなんだが」

「癌とかか」

「ん……まぁ、似たようなものさ」

「治らねぇのか」

 そんなはずはないだろう、と半ば決めてかかっていた。そうであってくれとさえ。
 俺の知っている田丸剛二という男はそういう男だった。権力の椅子の虜で、他人の心を操ることに長け、良心の呵責など欠片もない。そんなやつが静かに一人で、病床に伏せるだなんてことはありはしないのだ。

「治すチャンスはいくらでもあったけどね」

「どうして」

 そんなのは緩やかな自殺じゃないか。


616 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:16:37ot2jFbd. (3/11)


「おれが死ぬと喜ぶやつも多いからなぁ、好機と見てなにをされるかわかったものじゃない。特に、潜水艦計画の手柄を奪いたいやつだとか……あとは、そうだな、重病だと知られると、求心力が落ちると言うのもある」

「じゃあ、なにか。潜水艦計画が決着するまで、お前はひた隠しにし続けていたってか」

「そうだね」

「俺にも」

「ははっ」

 バカにされたようで気分が悪い。

「そんな特別な関係じゃあないだろう、おれたちは。ただの、単なる、似た者同士さ」

 手首から先を失った男と、膝から下を失った男。
 どちらも深海棲艦への復讐に燃えていて。

「どうして」

「どうして?」

「治療を遅らせてまで、どうして」

「……」

 田丸はここで初めて口を噤んだ。言うべきか言わざるべきかを迷っているのではなかった。「言う」という行為は既に決めていて、なんと言葉にすればいいのかを探している。
 それはこの男にとっては珍しいように見えた。少なくとも、俺が表情から意図や思考を察することができたのは、記憶にあるのはこれが最初だ。


617 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:17:40ot2jFbd. (4/11)


「前にも言ったと思うけれど……」

 そこで言葉を切る。

「……いや、やめよう。おれにも矜持というものはある。露悪趣味ではないものでね」

「……?」

 言っている意味が解らない。いや、こいつの言葉の深奥を、俺が捉えられたことなどいまだ嘗て存在しなかったのかもしれなかったけれど。

「そんなことはいいんだ。おれのことよりも、きみのことさ。そのために呼びつけたんだ。
 国村提督、きみに政治を教えてあげよう。俺の後を継いでくれ。潜水艦隊と、自分の立場は、そうやってでしか守れない」

「でないと、食い物になる?」

 依子のように?

「いまはまだ、そうだね。青葉くんのように。北上くんのように。きみの知らない沢山のコたちのように」

「……死期を悟って、ようやく善人に鞍替えか? 地獄が怖くなったか」

 皮肉交じりにそう言うと、田丸は心底愉快そうに笑った。

「あはっ、あはは、ははっ! まさか! そんなはずがないだろう? 悪人だとか善人だとか、興味はないよ。目的のために手段を選べるほど、できた人間じゃあない」

 その目的さえも、ようやくわかったところなのに。そう呟いたのがはっきりと聞こえた。

* * *


618 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:18:23ot2jFbd. (5/11)


* * *

 田丸は、それから半年後に死んだ。ゴールデンウィークも終わり、そろそろ梅雨にさしかかろうという頃合いだった。
 寂しくも悲しくもなかった。本当だ。ただ、何らかの感情は確かに残った。その名前を俺はまだ知らないだけなのだろう。

 赤ヶ崎泊地は、なんとか前線基地としての体は保てていた。役目も果たせていた。俺の手柄なんて殆どなく、球磨や神通などの面々が半ば管理職として折衝にあたってくれたからだし、負けじと潜水艦たちも必死に戦果を挙げたからだ。
 青葉は依然として艦娘通信を発行し、色々なところへと取材に駆け回っている。潜水艦の名前も売れた。今度、海軍のお偉方が、直々に視察に来るらしい。
 噂ではどこか別の鎮首府に第二の潜水艦隊を設立するのだとか。それは非常によい報せだった。規模が拡大され根を降ろせば、最早誰かの一存でお取り潰しになることはないはずだ。


619 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:20:01ot2jFbd. (6/11)


 俺は喪服に着替え、電車の時刻表を改めて確認した。うん、まだ余裕がある。

 本来ならばゴーヤたちも田丸の直属だったのだから、葬式に顔を出すべきなのだろうが、生憎深海棲艦はこちらの事情なぞ汲んではくれない。俺ひとりが代表として顔をだし、四人は連名にしておくことにした。
 そのような理由とは別に、彼女たちを大人の薄汚い世界に触れさせることに抵抗があったのも確かではあるが。

「おう、ゴーヤ」

「なんでちか?」

「名前教えろ。香典に記名するから」

 俺の知っているこいつらの経歴は、変わらず改竄されたもののままだ。今更差し替えるわけにもいかず、手も加えられないでいる。つまり俺はこいつらの本名を未だ知らないことになるわけである。
 なんとも不思議な話だ。

「えぇ……伊58じゃだめ?」

 だめに決まってんだろうが。
 額をぺしんと叩いてやると、ゴーヤは困った顔をした。


620 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:21:26ot2jFbd. (7/11)


「あんまりいい思い出ないから、ヤなんだけど……」

 そこで、はっと気づいたように、

「ね、ねっ! 提督と結婚したら名字変わるよね、ねっ!?」

「いずれな」

 反射的に言ってから、しまったと思った。しかし時間は戻らない。時すでに遅し、ゴーヤは満面の笑みを浮かべて俺へと抱きついてきている。

「絶対でち! 絶対だかんね!」

 そのつもりは、俺にもあった。しかしもっと、こう、なんというのだろう、ムードあるときにこちらから言いだす予定だったのだが。
 照れ隠しでゴーヤを抱きしめ返そうとも思ったのだが、さすがに真昼間の泊地でそんなことはできない。公私混同はまずい。

「とりあえず今回は諦めろ。俺の顔を立ててくれ」

「んー……」


621 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:22:22ot2jFbd. (8/11)


 ゴーヤは逡巡して、



 田丸ひより、



 と名乗った。


622 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:23:44ot2jFbd. (9/11)


「……」

 俺は、あぁ、と声が漏れたのを理解した。それだけしか喉を通らなかったと言い換えてもよかった。
 目頭が熱い。

「ど、どうしたの、提督!? そんなに嬉しかったでちか!?」

 あぁ、あぁ、と頷くことしかできない。

 どうして潜水艦計画を成功に導きたかったのか。
 どうして艦娘が食い物にされることを嫌悪していたのか。

 いつか、嘗て、奴が電話口で漏らした言葉を思い出す。

「おれはね、きみ、『誰かのためになら頑張れる』と、そう信じているんだよ。きみは信じてくれないかもしれないがね。いや、事実おれも信じられなかったんだが、どうやら、そうらしい」

 あぁ、田丸よ。きっとそうなのだろう。そうなのだろうさ。自分のこれまでと、お前の振る舞いを見て、あぁ、田丸よ、聞こえているか、お前は何一つ間違ってはいなかった。

 胸が熱い。苦しい。
 居ても立ってもいられない。


623 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:24:45ot2jFbd. (10/11)


 こんなにも、これほどまでに、必死になれる理由があるだろうか!

 ゴーヤの手を握った。彼女はいまだに事態を飲み込めていないようで、大きな瞳をぱちくりとさせていたが、距離が近づいたことでその柔らかそうな頬を赤らめる。
 この手の中にある暖かな存在を、俺はもう二度と手放すつもりはない。

 生きる理由が、またひとつ。

<了>


624 ◆yufVJNsZ3s2019/08/14(水) 23:28:03ot2jFbd. (11/11)

――――――――――
おしまい

途中更新滞ったり、構成にも心残りはありますが、ゴーヤといちゃいちゃさせられたので問題なし。
おつきあいくださりありがとうございました。

次はどうしようかなー。冬コミ受かったらそっち書かねばだし、そろそろバトルも書きたくもあり。
よろしければpixivでもフォローしてやってください。

またどこかでお会いしましょう。

待て、次作。


625以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/14(水) 23:28:13kU3ZLl.Y (1/1)

乙、夏が始まるんやなって……


626以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 04:35:44fPNlzhb6 (1/2)

乙でした。


なんと、義父公認!?


627以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 07:31:04fPNlzhb6 (2/2)

あ、連レスになったら御免でち

軍人は「喪服」は使わないというか、公式に喪服として制服を使うのが規則だよ
オレも、オヤジの法事に制服で参列した


628以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 07:33:21POPVRj3s (1/1)

そうかい?
自衛隊の親戚は普通に喪服着てたが


629以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 10:13:53ufxktTwc (1/3)

名前を偽ってたのはそういう事だったか……でも孫(多分)を引き取って育てるでもなく鉄火場の最前線に立つ事になる艦娘への道を用意したって事になるのか
他の艦娘達の人選やら新規立ち上げの潜水艦部隊への編成やら田丸の立場やら娘(息子)夫婦との間に有ったかもな確執やらを思うと何とも複雑やなぁ……

乙乙ん!またどこかで会えるのを楽しみにしてるっす
願わくば他の潜水艦娘と四人の掛け合いなんかも見れたらなと


630以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 10:17:27ufxktTwc (2/3)

あ、ゴーヤは両親の顔覚えてないんだったか……じゃあ順当にいって……

連レス失礼、もう一度通しで読み返してくるっす


631以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 13:25:47dVVVL9s. (1/1)

いつも良いものを書きなさる
次も楽しみにしてる


632以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 21:17:17FjXBsgB2 (1/1)

すごい良かった
でもこれ潜水艦みんな田丸姓だったら笑う


633 ◆yufVJNsZ3s2019/08/15(木) 23:34:19xI4jaI9I (1/1)

>>627
情報提供ありがとうございます。
軽く調べてもわからなかったので、とりあえず喪服、としました。
広義の礼服、いわゆるフォーマルな制服(=普段着のシャツやスラックスとは別物)とでも読み替えていただけると幸いです。

田丸関連は……やはりわかりづらかったでしょうか。
オリキャラの描写に割くのは読者諸兄抵抗あるかなと思いましたが、本末転倒ですね。

説明や33.5話は蛇足になるのだろうか?


634以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 23:55:57ufxktTwc (3/3)

単純に間が開いた事による情報の抜けだから通しで読む分には分かりづらさとかはなかったっす

裏設定やら解説、説明、幕間がある分には個人的には喜ぶ、とても
他の三人が背景を語られた事で一人だけ背景を語られてない誰かさんへのある種の疑惑の答えなんかがあると更に喜ばしい


635以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/16(金) 05:52:115Ga4gxlE (1/1)

>>633
ウェブ検索結果:自衛官服装規則 - 防衛省 情報検索サービス
 ttp://www.clearing.mod.go.jp/kunrei_data/a_fd/1956/ax19570206_00004_000.pdf
> 第8条 自衛官は、次の各号に掲げる場合には、甲武装又は特殊服装をする場合を除き、第1種礼装、第2種礼装又は通常礼装(以下「礼装」という。)をするものとする。
> (1)(略)
> (2)公の儀式に参列し、又は公の招宴に出席する場合
> (中略)
> 4 自衛官は、冠婚葬祭等私の儀式又は招宴にあたり、必要がある場合には、第3項の規定にかかわらず、礼装をすることができる。


この辺を引用して、上官の葬儀であれば公式の部隊葬・普通の民間葬儀を問わず、制服の中でも礼装を着用します
オレがオヤジの葬儀で制服を着用したのも、ちょうど第8条の4を引用した行動ですね

こういうことは条文を検索しても微妙にイメージしにくいですし、結婚式と違って葬儀の情報は積極的に
ネット公開しない傾向があることですし、別にクレームを入れる意図はありません
単に、こういう知識があることと何時か次に創作なさる際にチラリとでも意識頂ければ、望外の喜びです


636 ◆yufVJNsZ3s2019/08/16(金) 23:08:23PUEFHwLo (1/4)

>>635
なるほど、学生の詰襟などと同じ扱いということになるのかな?
情報提供ありがとうございます。この情報検索サービスも含めて、今後の作品作りに活かしていきたいと思います。

そして、蛇足&馴れ合いという批判を覚悟の上で、設定開示などを

田丸について
田丸は58の実父です。ただし58自身は両親の顔を覚えていないので、彼が父親とは気づいていません。
また、田丸は58が自分の実子であるという事実を知っていますが、それは58が潜水艦計画のメンバーとして選ばれてからのことです。
彼は自分と妻の乗っていた船が深海棲艦に襲われ、妻と、自らの手首から先を失いました。あまりの怒りと絶望の中で、自らの娘すらも捨て、深海棲艦への復讐のために生きてきました。
潜水艦計画を立ち上げたのも、国村提督が推測した通り、海軍において自らの地盤を強固にするためでした。当初は。

様々な艦娘が大人に利用され、ボロ雑巾のように使い捨てられていくさまを、そういうものだと一顧だにしてこなかった田丸。彼自身そうやって人を使い捨ててきた部分もあります。
しかし、潜水艦計画に自分の娘が応募し、適合し、候補者となったとき、思ったのです。「こんな海軍に入れるわけにはいかない」「誰かの食い物にされるわけにはいかない」と。

勿論それは欺瞞に他なりません。甚だ憤るほどの矛盾です。他人はどうだっていいけれど、身内は、しかも一度捨てたはずの娘をなんとしても守りたいというのは。
それでも、彼は強い人間でした。倫理や道徳を打ち棄ててでも強く慣れる人間でした。
自分の復讐のために生きていた彼は、初めて「誰かのためならば頑張れる」ことを知ったのです。あるいはそれまでも妻の無念を晴らすために邁進していたのかもしれません。


637 ◆yufVJNsZ3s2019/08/16(金) 23:17:10PUEFHwLo (2/4)

そうして探しました。自分の眼鏡に叶う人物を。自らの娘を任せてもいいと思える、正しく導いてくれると信じられる人物を。
それが国村健臣そのひとです。

赤ヶ崎の性的虐待について調べさせたのも、国村提督に義憤の念を抱かせるとともに、58が毒牙にかからないようにする意味もありました。

田丸にとって潜水艦計画は絶対に成功させなければならない計画となりました。
国村提督と親密になるように言いつけたのも、一度既成事実を――肉体関係の範疇にとどまらず――作ってしまえば、
決して悪いようにはしないだろうと当て込んでのことです。その目論見は正しく、そもそもそう言う人間を彼は初めから選んでいました。

病床に伏してなお、彼の心は満ち足りていました。彼は善人でなく、悪人とさえ呼ばれるべき人間です。
自分がこんな気持ちのまま逝っていいのだろうか。病室を訪ねてきた国村提督の表情と、そして潜水艦たちのことを想いながら、
彼はそのまま意識を失いました。


638 ◆yufVJNsZ3s2019/08/16(金) 23:27:22PUEFHwLo (3/4)

伊19について。

伊19は阿片窟の生まれです。
両親は反社会組織の末端として大麻を自宅で栽培し、自身らも大麻の常習者でした。
生後間もないころから阿片の煙を吸っていた彼女は、重度の離脱症状を患うまでになり、
それ自体は関係機関の尽力により恢復したものの、彼女に天才とも白痴とも呼べる能力を授けました。

単純な学力もそうですが、彼女は超能力という精度で他人の思惑を理解できます。その上で、ありとあらゆる人間関係に飽き、倦んでいます。
自分の知らない、ちからの及ばない「異常な世界」や「ひととひととの関係性」を求めて、戦争へと身を投じることに決めました。


639 ◆yufVJNsZ3s2019/08/16(金) 23:30:59PUEFHwLo (4/4)

設定開陳はこんなもんです。
本文で表現しろ? ごもっともです、申し訳ありません。

あまりオリキャラを出しゃばらせたくなかったという点、一回の投下である程度の区切りをつけなければいけないという点、
以上の二点で田丸や19は構成からはみ出してしまいました。完全に実力不足です。

酷い蛇足におつきあいくださいまして、誠にありがとうございました。

リクエストがあればそのキャラで短編書きます。
それか、また漣か大井に回帰します。

待て、次作。


640以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/16(金) 23:59:48.886vx.2 (1/1)

不幸な山城と不幸を共にしたい話を


641以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/17(土) 01:27:18YADidieE (1/1)

乙です
潜水艦娘4人と主人公の幸せでえっちな絡みが見たい


642以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/18(日) 00:38:16D2eXv6m2 (1/1)

乙です
良いものを読ませてもらった…いつか機会があれば続編もお願いします
リクとしてはあなたの比叡や瑞鶴とのいちゃいちゃが見てみたいなぁ