1 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 16:57:28h.AtNgAc (1/7)

ちかりこ妊娠物。

千歌妊娠、梨子ftnr生えてます。
行為シーンはほぼ無いです。

ちょいグロ。


2 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 16:58:12h.AtNgAc (2/7)

揺れる──乱れたベッドが、肌に食い込む爪が、蕩けそうな唇が。
重なる肉体が汗と混じり合い、香りとなって鼻腔をくすぐり、垂れ落ちていく──液体と液体の交差点を臨界点を破壊し、世界はこみ上げる耐えられない天国へと導いてしまった────。

「はぁ.......!はぁ──!はぁ.......!」

解き放った劣情に心臓が痛い程高鳴り、脈打つそれに合わせて震える腰は生まれたての小鹿で、摩擦を起こす度に踏ん張る腕の力は無くなり、私の部屋が大好きな香りで満たされ、温もりへその身を委ねた。

「はぁはぁ.......はぁ.......はぁ.......気持ち良かった?梨子ちゃん」

脳がショートしそうな程甘ったるい声が呼吸に乗せられ優しく、敏感な耳へ届き全身を愛撫されたような錯覚に堕ちる。

「う、うん.......気持ち良かったよ.......千歌ちゃん」

「良かった.......」

涙と涎と汗でぐしょぐしょな私の頭を千歌ちゃんは母性で撫でてくれる。空いてる手は背中を愛おしくあやし、白濁の劣情を受け止めた膣は根元まで安心するかのように温かく、他の女の子に生えてないそれを──抱きしめてくれていた。

「ねぇ梨子ちゃん.......」

余韻が抜けきらないまま抱き合い、手を頬に添えられて──。

「キス、してもいいかな?」

幸せ、という言葉で片付けられない程幸福すぎる時間の中、甘ったるいその声に私はただ頷きゆっくりと瞼を閉じ好奇心で始めた行為を愛おしい唇で蓋をした。

2人だけの、秘密のお遊びに。


3 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 16:59:32h.AtNgAc (3/7)

「千歌ちゃん大丈夫?」

「曜ちゃん.......うん大丈夫だよ!」

あれから2週間──今朝から体調が悪いのだろうか、千歌は授業中居眠りすることが多くなり、練習もどこかおぼつかなかった。

「最近体調がよろしくないみたいですが、今日はもう休まれた方が」

「──大丈夫です!」

「でも全然ステップに追いついてないよ。千歌無理してない?」

夕日が沈むにはまだ早い時間帯。
屋上で荒く息をする千歌に果南は問いかける。
他のメンバーも明らかいつもとは違う千歌に心配の目を向けていた。

「も、もう皆まで!ラブライブ近いんだからこれくらいでへこんでたら──」

取り繕った笑顔は前触れもなく崩れさり、千歌は口元を抑え屋上を走り去ってしまう。吐くのを堪えるかのように。

「千歌ちゃんッ!」
「千歌ッ!」

真っ先に飛び出したのは曜と果南。
ダイヤはその場に残り他のメンバーを止めていたが、その顔には戸惑いが見え隠れ。
しかし梨子たけは制止を振り切り追いかける。
名前のない不安が胸で疼いたから。


4 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:02:32h.AtNgAc (4/7)

「おぅえ.......ッ!!!おぇぇっ!!!」

トイレまで間に合わなかったのか、階段の踊り場で千歌はひたすら吐き続ける。吐いても吐いても何も出ないのに。強烈な嘔吐感に苛まれ、その場に座り込み立てなかった。

「な、なに.......?どうなって.......おうぇぇ!」

止まらないえづきはやがて過呼吸を招く─それでもそれでも嫌悪感は減ることなく増していき、やがて。

「千歌ッ!!!!!」

追いついた果南達の前で激しい痙攣を引き起こし意識がぶち切られた。


5 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:03:48h.AtNgAc (5/7)

♢♢♢

自宅で療養中の千歌から連絡があったのは夜中だった。
「砂浜に来て」
簡潔なメールの文章に梨子は家を飛び出し、暗がりの中目立つ蜜柑色の髪を目印に近づく度、あの日感じた不安が胸の中でゆっくりと侵食していく。

「ごめんね。急に呼び出しちゃって」

そこに立っていたのは微笑む顔が優しい千歌ではなく、散々泣きはらし真っ赤な目の──足元から崩れ落ちそうな千歌だった。

「一体どうし────」

近くまで来て分かった。
千歌の片手に握られてるものが何か。

「ねぇ、どういうことかな?」

月明かりが残酷なまでに照らすのは検査キット。
陽性を示す妊娠の検査キットだった。
引かれた一直線の線、それが指し示すのは──千歌の子宮に命が宿った、という事実。

「生理、こなくて、でも怖いから隠してたんだけど、こっそり買って試したら.......」

検査キットを握る指は力なく垂れ落ち、千歌は泣き崩れてしまう。相手は誰か?言わなくても梨子は分かっていた。好奇心の交わりで種を放出したのだから。声にならない泣き声で震える千歌に頭が真っ白となり、ようやく絞り出した声は──。


6 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:04:27h.AtNgAc (6/7)

「み、みんなに相談.......しなきゃ」

Aqours、千歌の家族だった。

「だめぇぇぇ!!!」

ヒステリックに近い叫び。
それはまるで助けに縋る少女のようで、恐怖と絶望に塗りつぶされていた。

「だめだめだめ!言っちゃダメ!言えないよこんななこと!」

女子高生が子供を作る──それだけで世間の目は冷たいのに相手は男の人のものが生えた女の子。
誰に言えるのだろうか?
家族と千歌以外には秘密にしてる事実すらも伝えるのに戸惑いが付き合う。

「じゃあ.......どうするの?」

こんなこと言ってはいけない。
お互い最前の手は分からないのだから。
しかし、梨子は委ねてしまった。

「.......分からない分からないよ!!!」


7 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:05:32h.AtNgAc (7/7)

駄々っ子のように頭を抱え泣きじゃくる千歌に、梨子はただ言葉を無くす。
数日前まで明るい道が見えていたのに、今はもう何も見えなくて──。
海のさざ波さえ愚かな2人を嘲笑ってるかのようだった。

「とりあえず家に帰ろう?身体冷えるよ.......」

停止した頭が絞り出した言葉はあまりにも現実逃避を帯びており、泣き崩れる千歌へ手を伸ばすと───。

「梨子ちゃんは.......それでいいと思ってるの?」

その手を千歌は振り払った。

「隠しても赤ちゃんは大きくなるんだよ.......?」

絶対に隠し通せない事実は突きつけられると心臓が苦しくなるほど握られ、強く睨みつける千歌の瞳に自分の無責任さを痛感する。
隠さなかったらどうするの?と問いかけたとしてもきっと答えは出ない。

「..............」

「もうすぐ、ラブライブだったのに」

とても重い──呪いの言葉。
梨子へ、そして自分へ向けられた戒め。


8 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:08:23cmBou0ik (1/49)

♢♢♢

「今日も千歌は休み?」

屋上の練習、果南の言葉に胸が痛む。
あれから2ヶ月経ったけれど、解決策など見つかる訳もなく無駄に時間のみが過ぎていく。
千歌は1ヶ月目は時々学校へ来ていたけれど、2ヶ月目になると頻繁に学校を休むようになり、メンバーの顔色が梨子へ訴えかけてくる。
「何があったの?」と。

「ねぇ梨子ちゃん。千歌ちゃんと連絡取れてる?」

焦燥感に煽られる心境を悟られないためにも、曜からの心配する言葉に返すための言い訳を必死に探してしまう。

「わ、私も取れてないかな。家に行っても会ってくれなくて」

梨子自身も連絡が取れず、ベランダ越しに見える景色はいつも閉ざされている。

「.......そう、なんだ」

曜の明るい顔が黒く曇ってしまう。
大切な幼馴染なのだから当然。
だからこそ真相を話したくなかった。


9 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:09:03cmBou0ik (2/49)

♢♢♢

「今日も千歌は休み?」

屋上の練習、果南の言葉に胸が痛む。
あれから2ヶ月経ったけれど、解決策など見つかる訳もなく無駄に時間のみが過ぎていく。
千歌は1ヶ月目は時々学校へ来ていたけれど、2ヶ月目になると頻繁に学校を休むようになり、メンバーの顔色が梨子へ訴えかけてくる。
「何があったの?」と。

「ねぇ梨子ちゃん。千歌ちゃんと連絡取れてる?」

焦燥感に煽られる心境を悟られないためにも、曜からの心配する言葉に返すための言い訳を必死に探してしまう。

「わ、私も取れてないかな。家に行っても会ってくれなくて」

梨子自身も連絡が取れず、ベランダ越しに見える景色はいつも閉ざされている。

「.......そう、なんだ」

曜の明るい顔が黒く曇ってしまう。
大切な幼馴染なのだから当然。
だからこそ真相を話したくなかった。


10 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:09:45cmBou0ik (3/49)

「.......ちょっと行ってくる」

果南はそう言葉を残し屋上を後にしようとする。
「ダメ!」と身体が咄嗟に反応してしまい、あと少しで去り抜く肩を掴みそうになると──。

「て、うわっ!?どうしたの!?」

果南がドアを開いた先、練習着に着替えた千歌がもう少しでぶつかりそうになり驚いていた。
以前のように明るく、あどけない顔立ちの千歌が。

「千歌!?」

「あ、はは.......果南ちゃん、心配かけてごめんね?」

「.......大丈夫なの?」

果南は千歌が痙攣を起こした時居合わせたからなのか、目の前で平然と立っている千歌に心配の心を隠しきれないでいた。

「うん。もう大丈夫だよ。ちょっと無理してたみたい」

申し訳なさそうに寂しく微笑む千歌は屋上に足を踏み入れ、メンバーを見回す。1人ずつ順番に。当然ながら別の視線を送る梨子のことも。

「みんなごめんね。でも今日から復帰したから!それにもうすぐラブライブだもんね!頑張ろう!」


11 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:10:28cmBou0ik (4/49)

元気よく、まるで何事も無かったかのように振る舞うその姿に違和感しかなくて、それでも何も言えない梨子。屋上にあるのは当たり前の光景なのに。

「.......」

しかしダイヤだけはじっと千歌をまるで観察するかのように、些細な変化が訪れた千歌を見ていた。

「ダイヤさん?」

「.......千歌さん。少しよろしいですか?」

そう歩み寄ると優しく、千歌の腹部をそっと撫でる──まるで赤子を愛でるかのように、力を加えず刺激しないように。
きっと誰もがダイヤの行動を理解出来ないだろうけれど、梨子は思わず固唾を飲み込む。
見透かせる訳が無い、と鷹を括っても。

「えと、どうしました?」

それは千歌も同じで、先程と打って変わって声音に緊張が走りどことなく震えていた。
息するのさえ忘れるほどに張り付いた空気の中、ダイヤがそっと離れた。

「ごめんなさい。なんでもございませんわ。ただ、休みの間運動を怠ってましたわね?」

勘違いなのか、恥ずかしそうにほくろをかくダイヤは誤魔化すように千歌へ戒めるように告げる。
千歌は「え!?あ.......あぁそうなんです!何でバレたんですか!」と大袈裟にリアクションをし、自身のお腹を擦る。


12 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:12:47cmBou0ik (5/49)

「ですがいきなり動くのも身体に悪いですから、今日は見学だけにしなさい」

そう僅かに膨らんだ腹部へ語りかけるダイヤの目線は誰にも伺えないけど、果南と鞠莉だけはその真意を知ってるかのように渋かった。

「それでは練習を再開しますわよ!」

どこか納得しない空気のまま、千歌だけを残してストレッチが始まる。誰も言葉をかけられないまま。

「.......んで」

「っ!千歌、ダメ!」

まるで千歌をこの場から遠ざけるかのような空気に、しかし傍から見ればなんてことない空気に千歌は背中を向けるダイヤへ掴みかかってしまう。
彼女の瞳に宿る真意を知らないまま。

「なんで!?千歌は練習出来るよ!?」

背中越しに叫ぶ剥き出しの怒り、
それは届いてるのか分からないまま、それでも千歌は感情をコントロール出来ず、周囲が怯え困惑する中ダイヤへぶつけてしまった。
言いたくないのに溢れ出る術を知らない怒りを。

「千歌が練習休んでたからなの!?ダイヤさんって千歌が健康だって分からないの!?ねぇ何か言って──」

屋上に響き渡るのは怒号ではなく、乾いた静かで悲しい怒りの音だった。


13 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:13:43cmBou0ik (6/49)

「貴女は自分の状況が理解出来ないほど、愚かではありませんわよね?」

「答えなさい千歌さん──」

肩で荒く、爆発しそうな感情を歯を噛み締め必死に抑えるダイヤの頬に伝い堕ちる一雫の涙が語る──千歌の身に起きた無責任な事実へのドロドロに混ざり合った怒りと悲しみを。

「そのお腹は太ったわけではありませんわよね?」

崩れ落ちる梨子。
現実を受け入れられない千歌。
この世界はどこまでも残酷で、他のメンバーは何が起きてるのか知らぬまま眼前の光景を見ることしか出来なかった。

「.......びょ、病気だよ」

「病気なら病名を教えていただけませんか?ねぇ、梨子さん」

もう誤魔化せない。
千歌のお腹を触った時にダイヤはきっと僅かな可能性に気づいたのだろう。信じられないことだけれど、最早疑いは存在せず確信のみがそこにあった。

「え、あ、その.......あの.......」

言葉が凍りついて喉に張り付き、震える唇を閉ざさなくとも無呼吸で窒息しそうになり、千歌へ目線を投げかけても無駄だった。

「.......どうして千歌さんの容態について知っているのか正直に話していただけます?」

終末のベルが頭の中で鳴り響き、救いの手は全て消え失せる。ここから逃げられる訳が無い。

「そ、それは.......千歌ちゃん、から聞いて.......」

「何言ってるの?梨子ちゃんは何も聞いてないよ?」


14 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:14:32cmBou0ik (7/49)

「貴女は自分の状況が理解出来ないほど、愚かではありませんわよね?」

「答えなさい千歌さん──」

肩で荒く、爆発しそうな感情を歯を噛み締め必死に抑えるダイヤの頬に伝い堕ちる一雫の涙が語る──千歌の身に起きた無責任な事実へのドロドロに混ざり合った怒りと悲しみを。

「そのお腹は太ったわけではありませんわよね?」

崩れ落ちる梨子。
現実を受け入れられない千歌。
この世界はどこまでも残酷で、他のメンバーは何が起きてるのか知らぬまま眼前の光景を見ることしか出来なかった。

「.......びょ、病気だよ」

「病気なら病名を教えていただけませんか?ねぇ、梨子さん」

もう誤魔化せない。
千歌のお腹を触った時にダイヤはきっと僅かな可能性に気づいたのだろう。信じられないことだけれど、最早疑いは存在せず確信のみがそこにあった。

「え、あ、その.......あの.......」

言葉が凍りついて喉に張り付き、震える唇を閉ざさなくとも無呼吸で窒息しそうになり、千歌へ目線を投げかけても無駄だった。

「.......どうして千歌さんの容態について知っているのか正直に話していただけます?」

終末のベルが頭の中で鳴り響き、救いの手は全て消え失せる。ここから逃げられる訳が無い。

「そ、それは.......千歌ちゃん、から聞いて.......」

「何言ってるの?梨子ちゃんは何も聞いてないよ?」


15 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:15:29cmBou0ik (8/49)

感情の許容量が限界を超えてしまったのだろう。今の彼女の目に写ってるのはきっと平和な世界、とても脆い現実逃避な世界。
それは崩壊寸前の塔を必死に支える愚かさに等しく、ストレスに晒され続けた千歌は割れそうだった。

「.......いい加減にしなさい」

ダイヤの涙を噛み締める声音に果南が駆け寄るけれど、それを制してでも言葉を続ける。

「これ以上隠してどうしますの.......?千歌さんは赤子を身篭ってますのよ?」

ざわつく。
赤子を身篭る、という今の自分達にとってはまだ縁のない言葉に。ましてや千歌が。
しかし最近の体調不良と欠席、引き起こした痙攣が嫌でも納得させる。
つまり、そういう。

「ちょ、ちょっと待ってよダイヤ。千歌が身篭ったって千歌にそんな浮いた話なんて」

納得はしたけれど信じられないのは果南だけではなく、メンバーもそうだった。

「私も分かりませんわ。ですが重要なのは何故ではなく──」

視線を向ける。
この世から崩れ去りそうな千歌と、
罪悪感にまみれ「私のせいだ私のせいだ」とただ繰り返すのみの梨子へ。
それは断罪なのか、救済なのか。
許されないことは事実だけれど、

「千歌さん、梨子さん──今まで苦しかったでしょう?2人だけでずっと抱え込んで」

それでも千歌と梨子を憎み責める理由など無かった。自分が想像している以上に、2人はずっと辛い思いを小さな身体に抱えてきたのだから。


16 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:16:19cmBou0ik (9/49)

「ほんとに.......ぶっぶーですわ」

優しく、絶望の底で苦しみ続ける千歌と梨子を抱きしめた。母親のように全てを包み込んで。
この先残酷な選択肢を迫ることになるけれど、それでも彼女達の衰弱した心を受け止める。
ダイヤの胸に吐き出された涙はとても重く、彼女達が背負ってきたものがどれだけの痛みを与えたのか、いつまでも止まることは無かった。

♢♢♢


17 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:16:53cmBou0ik (10/49)

「ほんとに.......ぶっぶーですわ」

優しく、絶望の底で苦しみ続ける千歌と梨子を抱きしめた。母親のように全てを包み込んで。
この先残酷な選択肢を迫ることになるけれど、それでも彼女達の衰弱した心を受け止める。
ダイヤの胸に吐き出された涙はとても重く、彼女達が背負ってきたものがどれだけの痛みを与えたのか、いつまでも止まることは無かった。

♢♢♢


18 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:18:03cmBou0ik (11/49)

「そういう、ことでしたのね」

後日、心の整理がついた梨子から申し出があり黒澤家で事の発端をダイヤは一語一句逃すことなく飲み込んだ。

「.......気持ち悪いですよね。こんなものがあるなんて」

スカートで隠れてても必死に裾で抑えて隠そうとする梨子。
千歌にバレた時、受け入れてもらえたことでお互いに好奇心が実り、初めて奥深い所まで挿入してしたことで吹っ切れてしまった。

「確かにほかの女の子にはないものですが、それも含めての梨子さんですわよ」

そう柔らかく微笑むダイヤに梨子は目頭が潤むほど熱くなり、思わず泣きつきそうになる衝動を我慢する。
優しくしないで、と。

「.......ずっと辛かったでしょ?」

それでもダイヤの包み込む温もりは涙を溢れさせ、気づいた時には屋上の時のように胸の中で何度も赤子のように泣いてしまった。

だから、

「.......先程は取り乱してごめんなさい」

落ち着いた時にはせっかくの服を濡らしてしまったことに、梨子は頭を下げた。


19 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:18:46cmBou0ik (12/49)

「構いませんわ。頼れる人がいないのはとても辛いですから」

優しく、時に厳しい。
その言葉を体現してるダイヤにルビィが何故あんなにも甘えん坊なのか、心に刻まれるほど身に染みた。

「ありがとう、ございます.......」

「どういたしまして」

それより、とダイヤは言葉を続けた。

「これからどうするんですの?」

声に緊張感が宿り、梨子は改めて背筋を正す。
決して避けられないことだから。

「私達に残された道はひとつしか.......」

言葉尻が自信なく萎んでいき、どうしてもダイヤの顔色を伺ってしまう。その道はあまりにも身勝手だから。

「.......それしかありませんわね」

正座した膝の上に置かれた拳をダイヤは力強く握り、下した無責任な決断をギリギリのところで抑える。

「千歌さんのところへ行きますわよ」


20 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:19:47cmBou0ik (13/49)

ダイヤと梨子は部屋を後にし、別室で控えてる千歌へ会いに行く。
最善で無責任な決断を伝えるために。

「.......」

部屋へ入ると、身体の目まぐるしい変化とストレスがお腹の張りと重なり暗く元気の無い千歌が、布団の上で横たわっていた。

「千歌さん、具合は大丈夫ですか?」

「.......そんなこといいから早く教えてよ」

声音に棘が篭もっており、妊娠のストレスからなのかこれから伝えることへの小さな反抗なのか、どちらにせよ梨子は口を開くことすら怖くなる。

「梨子さん」

でもここで先延ばしには出来ない。
もう、前みたいに逃げてはいけないのだから。

「あ、あのね」

吐きそうになりながらも絞り出した声──まだそれだけなのに頬を温かいものが伝い、千歌の肩も僅かに震えてるのが見えてしまった。

「私達の、私、と千歌ちゃんの.......」

唇を噛み締め泣かないと強がっても止まらなくて、拭っても拭っても言葉にならないほど零れ、ダイヤが寄り添ってくれても心の痛みはより激しさを増し、

「赤ちゃんはね.......!!!」


21 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:20:20cmBou0ik (14/49)

ダイヤと梨子は部屋を後にし、別室で控えてる千歌へ会いに行く。
最善で無責任な決断を伝えるために。

「.......」

部屋へ入ると、身体の目まぐるしい変化とストレスがお腹の張りと重なり暗く元気の無い千歌が、布団の上で横たわっていた。

「千歌さん、具合は大丈夫ですか?」

「.......そんなこといいから早く教えてよ」

声音に棘が篭もっており、妊娠のストレスからなのかこれから伝えることへの小さな反抗なのか、どちらにせよ梨子は口を開くことすら怖くなる。

「梨子さん」

でもここで先延ばしには出来ない。
もう、前みたいに逃げてはいけないのだから。

「あ、あのね」

吐きそうになりながらも絞り出した声──まだそれだけなのに頬を温かいものが伝い、千歌の肩も僅かに震えてるのが見えてしまった。

「私達の、私、と千歌ちゃんの.......」

唇を噛み締め泣かないと強がっても止まらなくて、拭っても拭っても言葉にならないほど零れ、ダイヤが寄り添ってくれても心の痛みはより激しさを増し、

「赤ちゃんはね.......!!!」


22 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:21:51cmBou0ik (15/49)

>>21
前スレが重複しました。


23 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:22:50cmBou0ik (16/49)

言いたくない。
この先を伝えたくない。
声を上げ泣いてるのは梨子だけではないから。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっても、嗚咽が酷くとも、千歌はずっと待ってくれている。
下される決断を。

だから、

「───堕ろそう?」

抱きしめる権利がなくとも、梨子はただ抱きしめた──赤子のように泣きじゃくる千歌を。
残酷な選択肢を突きつけられた千歌を。

「私達の赤ちゃんなんだよ!千歌の中で生きてるんだよ!なのに、なんで!!!ねぇなんでなの!?」

「この子は望まれない子だったの!?生まれちゃいけないの!?なにか悪いことしたの!!?答えてよ梨子ちゃん!!!」

自分達で摘み取る命の重さは、
充分すぎるほどの後悔と贖罪を未熟な2人に突きつけた。


24 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:23:44cmBou0ik (17/49)

♢♢♢

「入るね」

あれから必要だったのは時間だった。
きっとこれからも必要なのだろう。途方もないくらい。

「.......」

メンバーに妊娠したことをちゃんと告げ、そして中絶の旨を伝えたら誰もが責めることはしなかった。言いたいことはきっとある、でも千歌と梨子の苦しみも同時に理解してくれていたから。

しかし、

薄暗い部屋の中、何かを腕の中で抱える千歌に梨子は固唾を飲む。
何度見ても慣れない。

「あ、梨子ちゃん来てたんだ。今ね」

足先が床に散らばる道具へとぶつかり、からんからんと軽快な音を立て玩具のマラカスが転がっていく。

「ほら大丈夫だよ~梨子ちゃんが来たんだよ?」

まるであやすように、腕の中のそれへ優しく話しかけゆっくりと揺らす──まるで「母親のように」

「そうだ!梨子ちゃんも抱っこしてよ!きっとこの子も喜ぶよ!」

向けられるのは純粋な笑顔。
何一つ曇りのないはずの笑顔。

「う、う~ん。私だと落としそうだしいいよ。それより暗いし窓開けるね」


25 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:24:53cmBou0ik (18/49)

♢♢♢

「入るね」

あれから必要だったのは時間だった。
きっとこれからも必要なのだろう。途方もないくらい。

「.......」

メンバーに妊娠したことをちゃんと告げ、そして中絶の旨を伝えたら誰もが責めることはしなかった。言いたいことはきっとある、でも千歌と梨子の苦しみも同時に理解してくれていたから。

しかし、

薄暗い部屋の中、何かを腕の中で抱える千歌に梨子は固唾を飲む。
何度見ても慣れない。

「あ、梨子ちゃん来てたんだ。今ね」

足先が床に散らばる道具へとぶつかり、からんからんと軽快な音を立て玩具のマラカスが転がっていく。

「ほら大丈夫だよ~梨子ちゃんが来たんだよ?」

まるであやすように、腕の中のそれへ優しく話しかけゆっくりと揺らす──まるで「母親のように」

「そうだ!梨子ちゃんも抱っこしてよ!きっとこの子も喜ぶよ!」

向けられるのは純粋な笑顔。
何一つ曇りのないはずの笑顔。

「う、う~ん。私だと落としそうだしいいよ。それより暗いし窓開けるね」


26 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:26:11cmBou0ik (19/49)

>>25前スレ重複です。


27 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:36:15cmBou0ik (20/49)

>>25の前のシーンです。
「.......久しぶり」

2週間ぶりに訪れた千歌の部屋は薄暗く、ベットの上で膝を抱えてる千歌の隣へ梨子は腰掛ける。

「鞠莉ちゃんには感謝してもしきれないね.......」

中絶費用は高校生の身分には到底払えなかった。
けれど鞠莉は家族にちゃんと話すことを条件に全額負担してくれた。

「.......うん。でも梨子ちゃんは.......」

千歌から逃げずに向き合うと決意したものの、高校を卒業すれば遠い所へ引っ越すことになってしまった。

「.......また会えるよね?」

きっとそれは叶わない約束。
だからこそ梨子は首をふれなかった。

そっと指が自然と重なり合い、雨音だけが静寂を弱々しく破ってくれる。恋愛感情があったかは分からないけれど、伝わる温もりが招いた過ちは記憶の中にずっと残り続け、決して消えない。

「そうだ。これ」

梨子は1枚の茶封筒を手渡し、千歌と一緒に開封すると──人工中絶を行う前に撮影したエコー写真。
そこには確かにとても小さな、か弱くてそれでも必死に生きようとした赤子の存在が刻まれていたけれど、

今の千歌はあの時の愛おしさと言葉で例えられない強い感情が抜き取られたように空っぽで、手放したくないとしがみついていた気持ちを無くしたことに──懺悔した。


28 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:38:26cmBou0ik (21/49)

>>25の続きです。
逃げる言い訳を探すために閉じ切ったカーテンへ指をかけ、明かりが梨子と千歌と──。

「そっかぁ。この子絶対喜ぶと思ったんだけどなぁ」

千歌の手に抱かれた赤子の人形を照らす。

「ねぇねぇ!この子初めて笑ったよ!ほら!」

嬉しそうに見せびらかすのは人形。
血の気のない人形。
千歌のお腹にいた赤子とは全く別。

「ふふ。やっぱり嬉しいのかな。梨子ちゃんと一緒にいるの」

部屋に散乱した赤ちゃんのグッズを日光が暴き出し、飲ませようと零したミルクの痕や臭いが鼻をつく。
それでも気づかない。気づくことが出来なかった。

今すぐにでも逃げようか──そう最初の頃は思っていたけれど、それは千歌を見捨てること。
味方がいない千歌に唯一寄り添えるのは自分だけだから。

「ねぇどうしたの?あ!わかった!ミルク欲しいんだね!」

ベッドの脇に置かれた哺乳瓶を手に持つと、中のミルクが揺れる。
誰にも飲まれることの無い栄養が赤子の人形の口を伝い、洋服を、ベッドを白く汚していく。

「ふふ。美味しいよねぇ?」

「.......千歌ちゃん」


29 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:39:20cmBou0ik (22/49)

指が痛いほど掌にくい込み、唇を噛み締めてしまう。最善だと思った行動が結果的に大切な人に深すぎる傷をつけてしまった。

「もう梨子ちゃんが怖い顔するから泣いちゃったよ?」

昔のように笑う。
あどけなさが残るその顔で。

「ご、ごめんね」

見ていられない──梨子は抗えない吐き気を催して部屋を後にしてしまう。
向き合い続けないといけない地獄は旅館から抜け出してえづいても終わることなく、自室に戻ったとしても所詮現実逃避だった。


30 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:45:14cmBou0ik (23/49)

「私の、せいだよね.......」

カーテンを締め切った部屋は千歌と同じく薄暗いけれど、自身を罰するには丁度良くて。

「こんなのがあるから!」

脱ぎ去ったスカートと下着、顕になったのは本来女性にはない「もの」
だらり、と垂れ下がり千歌に種を植えた忌まわしいもの。

「こんなのが.......あるから!!!」

ネガティブな思考は梨子を追い詰め、暗闇は最低な逃避を選択してしまう。
鋏を手に取り震える手でその刃の口を開くと、嗚咽混じりに「もの」の根元へ──あとは力に任せれば。
しかし、
来訪を告げるチャイムによりかき消される。

「梨子、お友達よ」

急いでスカートを履いたことで最悪な行為は未遂に終わったけれど、

「やっほ。梨子」

望まない来客に顔を顰めてしまう。
千歌の幼馴染である果南。
いつもと変わらない様子で笑顔を向けていた。

「急にごめんね」

2人だけの部屋。
笑ってはいるけれどその瞳は伝えたいことが強く訴えかけている。


31 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:46:43cmBou0ik (24/49)

「いえ。1人だとちょっと.......」

「ちょっとなに?」

「.......」

「まさか、変なこと考えてないよね?」

見抜かれていた。
果南の目付きが鋭くなり、床に置いた手を力強く握られる。温かいはずなのに薄暗い部屋より罰するかのようで。

「辛いのはわかるよ。でもね」

ベッドの下へ投げ込んだ鋏を果南は空いてる片手で容易く見つけてしまい、

「こんなことしたって、千歌は戻らないよ」

地獄のような世界で深く傷つけながらも向き合う義務から逃げてはいけないと、果南は訴える。
2人の苦しみの当事者とは違うけれど。


32 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:48:42cmBou0ik (25/49)

「でも、でも!!!」

壊れたら楽。
そう梨子は痛い程思い知ったけれど、ギリギリの淵で思い留まる苦しみに押し潰れそうだった。

「でも.......梨子まで逃げたら誰が千歌を支えるの?」

「..............」

千歌の幼馴染だからこそ、何も出来ない自分がもどかしくて身勝手だけど梨子に託すしかない。
その無力さにまた彼女も苦しんでる。
きっと誰もが同じなのだろう。

「お願いだから逃げないで。千歌には梨子しかいないの」

怯えてるその声はとても弱々しく、とても残酷だった。

だからこそ、2人で抱きしめ合い枯れる限り涙の叫びをあげた。
色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、心の底に沈んだものが大量に吐き出されていく。


33 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:49:16cmBou0ik (26/49)

「でも、でも!!!」

壊れたら楽。
そう梨子は痛い程思い知ったけれど、ギリギリの淵で思い留まる苦しみに押し潰れそうだった。

「でも.......梨子まで逃げたら誰が千歌を支えるの?」

「..............」

千歌の幼馴染だからこそ、何も出来ない自分がもどかしくて身勝手だけど梨子に託すしかない。
その無力さにまた彼女も苦しんでる。
きっと誰もが同じなのだろう。

「お願いだから逃げないで。千歌には梨子しかいないの」

怯えてるその声はとても弱々しく、とても残酷だった。

だからこそ、2人で抱きしめ合い枯れる限り涙の叫びをあげた。
色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、心の底に沈んだものが大量に吐き出されていく。


34 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:50:27cmBou0ik (27/49)

>>33読み込み不良で前スレと重複しました。
投稿したら何故か読み込みが遅くなり、スレが重複します。


35 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:52:42cmBou0ik (28/49)

♢♢♢

「落ち着いた?」

泣き疲れ、ベッドで横になっていた梨子と果南は日も暮れた頃に目を覚ました。

「はい.......ごめんなさい」

「いいよ。私もだから」

寝起きの無防備な顔を見られた恥ずかしさを覚えるほど、気分は少し回復してることに驚いた。

「恥ずかしいとこ、見せちゃいましたね」

そう静かに笑い合う。
いつ以来なのだろうって。

「じゃ、私はちょっと千歌に会いに行ってから帰るね」

そう優しく微笑み部屋を出ていく果南。
きっと元々千歌に会うために来ていたのだろう。

「でも忘れないで。梨子には私達がいるから」

「.......ありがとうございます」

ひとりぼっちの部屋に戻ったけれど、先程とは違って薄暗くても平気だった。


36 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:53:27cmBou0ik (29/49)

千歌には梨子しかいない。
その言葉が胸に刻み込まれ、翌日に目を覚ました梨子は部屋のカーテンを開いた。

「だったら──」

朝日が照らす外は眩しいけれど、千歌の部屋は相変わらず薄暗くて、そこの主もボサボサの髪に生気を失っていた。

「ねぇ千歌ちゃん」

隈だらけの瞳が向けられ、汚れ悪臭を放つ赤子とも目が合ってしまうけれど覚悟を決め息を飲み込む。

「ちょっとデートしよっか」

赤ちゃんも一緒に、ね。と梨子は精一杯微笑んだ。

「まずはオシャレ、しちゃおっか!」


37 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:55:22cmBou0ik (30/49)

♢♢♢

「梨子ちゃん凄いね」

基礎レベルで千歌を清潔にするのは簡単ではなく、彼女の気分次第で泣いたり笑ったりする赤子に合わせる必要があり頑張って人形をあやすことに精神を疲弊しそうだった。

「そ、そうかな?千歌ちゃんが元々可愛いのもあるよ」

それでもボサボサだった髪はある程度まともな形になり、暗かった顔も血色が良くなった。

「ふふ。嬉しいなぁ。この子もほら笑ってる」

千歌の後に待ち受けていた赤子の沐浴は千歌以上に集中力と精神をすり減らしたけれど、汚れていた人形は無事悪臭が無くなる。

「うん。喜んでるね」

きっちり洗濯した玩具の洋服を着せ、心の端っこで「本当の赤ちゃんならどれだけ良かったか」と思ってしまう気持ちを無理矢理にでも抑え込む。

「ねぇこの子も一緒にデート行っていいよね?」

満足そうに赤子を抱える千歌に梨子は「もちろん」と頷くけれど、

「その前にやることがあるわ」

梨子は荒れ果てた部屋を見渡す。
見捨てられ、放置することが薬だと思われた部屋を。


38 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:56:10cmBou0ik (31/49)

♢♢♢

「風が気持ちいいね」

片付けは思った以上に難航し、ある程度の目処がたった頃には夜も更けていたが、梨子にとっては都合がよくデートと称して旅館前の砂浜に連れ出せた。

「その子も喜んでるかな?」

ずっと手放さない人形は風に吹かれても当然ながら反応はなく、それでも声をかけることが千歌の心に寄り添うこと。

「それがね、寝ちゃってるの」

慈愛の瞳で人形を見守る千歌。
きっと沐浴で気持ちよくなったのかな?と笑う。

こそばゆい幸せ。
でも張りぼての幸せにすぎなくて。
家族揃って初めてのデートはあっけなく終わるけれど、自室に戻った瞬間疲労で寝てしまった。


39 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:56:56cmBou0ik (32/49)

♢♢♢

昼頃に目覚めた梨子は洗面所の鏡で顔を確認すると酷い顔の自分がいた。

「だよねぇ」

昨日の今日であまりにも無理をしすぎた。
いや、負荷をかけすぎた。
自分に出来ることを実行したけれど、一時的にメンタルが麻痺していただけにすぎなくて。

「身体が重いなぁ」

肉体的、精神的疲弊が一気に襲いかかる。

「千歌ちゃん.......」

きっと千歌ちゃんの方が辛い。
自分を責めるのはあまり良くないと思うけれど、つかの間の休息は嫌でも思考させる。

「私がこのままじゃだめだよね」

だからこそ思い立ったら吉日。
頭に浮かぶのは果南の「梨子には私達がいるから」
頬を叩き、梨子は自身へ気合を入れた。

向かう場所はそう、ちょっとばかり気が重いから。


40 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 17:57:44cmBou0ik (33/49)

「つまり、私に面倒を見てほしいと?」

黒澤家の客間、正座して向かい合うのはダイヤ。湯のみのお茶に手をつけるのすら緊張が張り巡らされる。

「はい。千歌ちゃん、ずっと家にいるから.......だからと言って赤ちゃん、を連れたまま外出なんて出来るわけないですし.......」

千歌が抱く人形を赤ちゃんと口にすることに違和感が出るけれど、そういう場合ではない。

「それで私達が面倒を見て、梨子さんがその間に千歌さんを遊びに連れていくと」

我儘なのは承知している。
ダイヤの鋭い瞳が梨子の心に突き刺さり、思わず固唾を飲み込む。

「は、はい。そうしたら千歌ちゃんの気分に変化あるかなって.......」

ここで引いては意味が無い。
飲まれそうな空気の中、膝の上で重ねられた両手に力を入れて覚悟する。


41 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:01:03cmBou0ik (34/49)

「.......はぁ。分かりましたわ」

「え!?」

しかしダイヤの返答は予想してたよりあっさりで、身構えていた梨子は思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。

「ふふ。怒られると思いましたか?」

先程とは打って変わって優しく温かい眼差しを向けてくれた。

「ずっと1人で千歌さんを支えてくれてますもの。怒るなんて有り得ませんわ。むしろ私達の方こそ、何も出来なくて申し訳ありません」

「そ、そんな!元々私が千歌ちゃんにしたから.......!」

必死になる。
元を辿れば自分達で蒔いた種だから。

「だからこそ、貴女には私がいますのよ?」


42 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:02:08cmBou0ik (35/49)

頼もしく微笑む。
到底許されない道を進んだ自分へ、仲間だと優しく。

「ありがとう、ございます.......」

そっとダイヤが両手を広げてくれる。
また胸の中で泣いてもいい──でも今は堪える。甘えてる場合ではないから。
ダイヤも分かってくれたのか、少し残念そうに手を戻した。

「でも大丈夫なんですか?その、赤ちゃん.......」

自身から提案したこととは言え、預けるのは赤ちゃんではなく「人形」

「私を誰だと思ってますの?問題ありませんわ」

それでもダイヤは受け入れてくれる。
まるで本当の赤子の面倒を見るかのように。

「ただ、ルビィには教えないでくださりますか?」

人形とわかった上で。

「あの子には刺激が強すぎる」


43 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:05:21cmBou0ik (36/49)

♢♢♢

「それで今日はどこ行くの?」

週末、人形のお世話をダイヤへ任せると梨子は千歌を日差しが照らす外へ連れ出した。おめかしをした千歌のあどけない顔を見ると今までのことが嘘のようで。

「1回遊びに行ってみたかったの」

「あ、水族館!」

「千歌ちゃんは何回も行ってるかな?」

「ん~小学生以来かも」

近所の水族館だけれど、何か気晴らしになれば──そう願う気持ちで入口へ向かう。

「あの子も連れてきたかったなぁ」

ボソリ、と呟く千歌の言葉は嫌でも梨子を現実に引き戻す。しかし強引にその手を取ると、

「また今度3人で来ればいいじゃない」

水族館デートの幕を上げた。


44 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:06:31cmBou0ik (37/49)

不安が付きまとうかも、と思っていたけれど水槽の中で泳ぐ魚を見ている内に千歌の笑顔は心無しか増え、

「梨子ちゃん!魚に餌あげられるって!」

屋外の餌やり場では元気にはしゃぐようになっていた。

「うん!一緒にあげよっか!」

お金を払い餌が入ったカプセルを取ると、開いてプールで泳ぐ魚へ投げていく。

「あ!梨子ちゃんの方魚多くてずるい!」

1個投げる度に散らばっていた魚が集まり我先にと食べる様は、梨子にとってお世辞にも可愛いとは言えないのにどうしてか多く集まった。

「ほらほら。千歌ちゃんの方も餌待ってるよ」

水しぶきを立てながら口を開く魚達へ餌を投げ入れ、全部無くなる頃には手が独特の臭いになっていた。


45 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:08:02cmBou0ik (38/49)

「楽しかったね、梨子ちゃん」

近場の水道で手を洗う中、梨子へ向けられるのは最も知る笑顔。自分達の抱えることが夢だったらどれだけ幸せだったか。

「私も楽しかったなぁ。みんな可愛いかったね」

「うん」と柔らかく笑う貴女に心が痛む。

「あ!イルカ見に行こうよ!」

温かい日差しが照らす屋外のプール、元気なアシカやイルカの鳴き声、水が跳ねる音、お客さんの歓声──はしゃぐ千歌。

「ふふ。果南ちゃん思い出すね」

小さなプールで自由に泳ぐイルカは愛らしいのに、籠に囚われてる梨子と千歌のようで。

「じゃあペンギンはダイヤさんかな?」

自由だけど自由じゃない。
いつ崩れるかわからないハリボテの幸福が恐ろしくて、でも現実逃避が居心地良かった。

だからこそ、

「あれ?千歌さん、梨子さん?」

終わりは唐突にやってくる。
悪意も無く。


46 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:08:54cmBou0ik (39/49)

「ルビィちゃん、花丸ちゃん!」

きっと休みの日だから遊びに来てるのだろう。
他の人と変わらない。
ただ梨子は後悔する。
ダイヤから妹の予定を聞けば良かったと。

「千歌さん元気そうで良かったです」

2人は知らない。
千歌が赤子を堕ろしてからのことを。
学校はしばらく休んでること以外は。

「2人ともごめんね。ラブライブのこと」

梨子は足元がひび割れる。これ以上長居してはいけない。

「いいえ。千歌さんが元気ならまるは大丈夫です」

「ルビィも、早く元気な千歌さんと会いたかったので!」

あぁどうしてルビィと花丸はこんなにも育ちが良い子なのだろう。と梨子は心が苦しくなり、強引にでも話題を変えたかった。そう、変えたかった。

「千歌は元気だよ!だって──」


47 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:09:52cmBou0ik (40/49)

「っ!ダメッ!!!」

「元気なあの子がいるから!」

元気なあの子。
しいたけかな?と誤解なんてするほど、ルビィと花丸は愚かではない。
必死に止めようとする梨子と、あの子をまるで「赤子」のように話す千歌。
何もかもが崩れた。

「でね、千歌がミルク与えると喜んで飲むの!」

「千歌ちゃん!ほら、お腹!お腹すいたからご飯食べに──」

「梨子さん!どういうことですか!?」

怯えて絶句してるルビィとは違い、千歌の話すあの子との話を信じられない花丸は梨子に詰め寄る。
やめて、という叫びも聞こえぬまま。

「花丸ちゃんお願い聞かなかったことにしてお願いだから」

「それでね、それでね!梨子ちゃんが会いに来てくれると喜んでね。て、ちょっと聞いてるの?」

積み重ねてきたものが壊れる。どん底へ堕ちてから少しでも改善しようと、良くしようと頑張ってきたことが無駄になる。

「あ、ルビィちゃん写真見る?この子なんだけどね。とっても可愛いんだよ!」


48 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:10:45cmBou0ik (41/49)

いい加減にして───!!!
花丸の叫ぶ声はルビィの悲鳴に掻き消され、全てが手遅れになってしまった。

「ちょっとルビィちゃん。いくらなんでも失礼じゃない?」

集まる。周りの視線が。異様な世界に。

「違う違う違う.......赤子じゃ、ない.......!」

花丸がルビィに寄り添いこの場を離れようとするけれど、ルビィは荒くなる呼吸と涙で愛らしい顔を歪め、千歌が見せる画面から逃げられなかった。

「千歌、さん.......それは」

「人形ですよ。赤子じゃない人形です!!!!!」

それは拒絶であり、現実逃避を繰り返す梨子と千歌への──花丸からの制裁だった。
花丸は目線をそらさず鋭い目を突きつける。

「千歌さん。それは人形さんですよ?赤子はもう堕ろしたんですよ?」

「おろ、した?え?だってここにいるよ?」

もうダメだったのだ。あの時、堕ろす決意を下した時から千歌の心は現実に耐えられなくなって壊れたのだ。

「いい加減にして!千歌さんは.......千歌さんは!」

マルを救ってくれた人なのに.......と流した涙はとても重く、でも千歌はその雫の意味を知らなくて。


49 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:11:34cmBou0ik (42/49)

「ねぇ赤子ってなに?」
「え~なに?Aqoursの子達って妊娠したの?」
「しかも堕ろしたの?」
「うわ、こっち向いた!」

「花丸ちゃんもルビィちゃんも変なの。さ、行こっか────」

快晴の青空に響く乾いた音が一瞬で静寂を訪れさせた。

「はぁはぁ.......!そんなこと、言わないでよ!ねぇ!?大切な仲間でしょ!?お願いだから.......」

悔しかった。何もかもが。
変わり果てた今も、千歌も、自分自身も。

「梨子、ちゃん?」

「ねぇ.......よく聞いて」

だから逃げるのはもうやめた。

「赤ちゃんはね.......もういないんだよ?」


50 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:12:21cmBou0ik (43/49)

♢♢♢

「千歌ちゃん、おはよう」

開いた襖が照らすベッドに横たわるのは、糸が切れた人形のような千歌。

「.......」

話しかけても反応はなく、不自然すぎる程片付けられた何も無い部屋に後ずさりしそうになる。

「ご飯、ちゃんと食べてるかな?お腹空いてるかなってミカン持ってきたんだけど」

ベッドの側へ寄っても壁に向けた目がこちらを捉えることなく、

「ねぇ千歌ちゃん」

肩を揺する。
温もりを感じられるはずなのに生気がなく、底から冷えるかのようで。

「ごめ、ごめんね.......私の、せいで.......」

縋りついて流した涙は虚しく零れ落ち、壊れた千歌を支えていたのが「赤子」だと知ってたのに奪ってしまったことを後悔してもしきれない。

「ごめんなさい.......ごめんなさい.......!」

梨子は逃げようと思えば逃げられる。
でも千歌はずっと苦しみ続ける。
支える術もなく。


51 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:13:17cmBou0ik (44/49)

千歌の部屋を後にした梨子は外で待っていた果南に、思わず涙腺が緩んでしまう。

「よく頑張ったね」

罰せられて当然のはずなのに、果南は手を広げ受け入れてくれる。大切な幼馴染を傷つけたのに。

「そ、んな、私は──!!!」

資格は無いはずなのに、包み込む優しさは心をせき止めるダムを決壊させてしまう。

「私こそ千歌を守りきれなくてごめんね」

千歌がおかしくなった時から提案されていた話を、果南は千歌の家族と相談していた。
どうにかなると信じて。

「.......施設、か」

抱き合いぐちゃぐちゃになるまで流した涙を拭う人はいないけれど、些細な好奇心の重さが立ち直れない程の痛みを永遠に残してしまった。
今はただ、全てを吐き出したかった。

「.......梨子ちゃんの嘘つき」


52 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:14:03cmBou0ik (45/49)

♢♢♢

「明日には、もう」

夜中、どうしても寝付けない梨子は閉め切ったカーテンの向こう側を見つめていた。

「.......私、何やってたんだろう」

このまま私も一緒に施設へ入ろうか?そう自虐気味に笑うけれど虚しい空間へ吸い込まれ、

「千歌ちゃん.......」

平和だった頃、スクールアイドルとして一緒に輝こうとしていた千歌が眩しくて手が届かないことに激しい後悔が押し寄せる。

その時、

「え!?」


53 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:14:47cmBou0ik (46/49)

携帯の画面に写る「砂浜に来て」
という千歌からの簡素なメール。
急いで向かった砂浜はどす黒く、波打つ暗黒の海に息を呑む。

「千歌ちゃん!」

そこに立つのは闇夜に彩られた千歌。
振り向くその顔は不気味に歪んで、梨子の姿を確認するとさらに歪め笑い出す──壊れたように。

「ふ、ふふ。やっと来てくれた」

その手には「検査薬」
梨子は思わず心臓が止まりそうになるけれど、表示は陰性だった。だからこそ何をしたいのか恐怖が渦巻く。

「ねぇ何度検査しても陰性なの。何でだろ?千歌には赤ちゃんがいるのにね」

手から滑り堕ちる。無意味なものが。


54 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:16:13cmBou0ik (47/49)

「あ!そうだ!梨子ちゃんが果南ちゃんと浮気してるからだ!家の前で抱き合ってたもんね!」

目を見開く。頬には涙の筋を伝えさせながら。

「梨子ちゃんのお家でも一緒に寝てたもんねぇ!なんで浮気するの?ねぇ赤ちゃんは?」

梨子は怯え足の力が無くなり、その場にへたり込んでしまう。あの時のことを見られていた恐怖。浮気では決してないのに。

「そっか!千歌に赤ちゃんいないのは簡単なことだったんだ!」

飛びかかってくる千歌に抗うすべなく、冷たい砂浜へ押し倒され馬乗りされてしまう。
種がほしい.......そういう理由ではない。

「赤ちゃんは梨子ちゃんにいるからだよぉ!」


55 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:16:56cmBou0ik (48/49)

懐から取り出したカッターナイフの刃が梨子の鼠径部へ生えてるそれごと突き刺さる。丁度子宮に刺さるように。

「ねぇ千歌の赤ちゃん返してよ!ほらほら!ほらら!梨子ちゃんの中にあるんでしょ!?」

その刃は何度もピストン運動のように梨子の肉を抉り、ものをぐちゃぐちゃに切断し、想像を絶する痛みは血飛沫の射精となって千歌へ降り注ぐ。

「あ、折れちゃったけどいいっか」

折れても次の刃を取り出し、折れては取り出し──やがて全部なくなった頃には梨子の鼠径部は肉の海となり、刃が痛々しいほど突きつけられていた。罪の十字架のように。

「どこぉ?千歌の赤ちゃん?」

傷ついても、血塗れになっても指で必死に掻き分け探し出す。迷子の我が子を。

梨子の命はもうじき消える。
千歌を追い込んだ罰だと絶望しながら。

「あっ!あった!」

帝王切開で赤子を取り出すように梨子の子宮を持ち上げる千歌。
鮮血に染まる砂浜はまるで分娩台の上で行われた帝王切開のよう。

「千歌の.......赤ちゃん.......」

いつまでも止まない千歌の笑いに似た慟哭は、まるで望まれない産声だった。

「なま、え.......かんがえ、たかったなぁ.......」

今はもういない「あの子」の名前を、梨子は最期まで呼べなかった。


56 ◆XksB4AwhxU2019/05/16(木) 18:18:12cmBou0ik (49/49)

終わりです。