1以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:13:21YFhFFZAw (1/1)

地の文あり、独自設定あり。

同タイトルの完全版です。
SS速報ではR描写厳禁なので、こちらに引っ越しました。


2以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:17:09t8gH6LFs (1/43)


 イクが大笑いしていた。

 イムヤがしかめっ面をしていた。

 ゴーヤがきょとんとしていた。

 ハチが軽蔑した目をしていた。

「変態なの!」

「……変態」

「変態でちか?」

「変態、です」

「違う! 誤解だ、本当だ、信じてくれ!」

 俺は必死で否定をするも、スクール水着を手に持った状態では、何を言っても説得力など皆無だった。

 俺の両手には、いま、充分に撥水加工の為された紺色の布が握られていた。古き時代のスクール水着というやつだ。肩や膝まで布の伸びたタイプではなく、脇や太ももが露出するタイプのもの。
 なるほど、確かに女性用の――否、女子用のそれを手に、力強く語る男がいたら変態だろう。そしてその男とは俺のことである。即ち俺は変態である。見事な三段論法に不備はない。

 ではない。


3以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:17:59t8gH6LFs (2/43)


「いいか? これは単なる水着では、ない!」

 先ほどの説明を、今度こそ理解してくれと願いながら、もう一度繰り返す。

「露出した部分には空気の層を多段生成することにより高効率な断熱性を持たせることに成功している。それに伴って耐衝撃性、耐摩耗性も著しく向上した。海の中だけではなく、外でも一貫して着用できる性能になっている。

 当然布地の部分も最先端技術が施されていて、微細な繊毛によってミクロの泡を付着させ、あるいは消失させることによって、浮力の助力をこれまで以上に得られやすくしているわけだ。潜航と浮上に必要な時間を八割まで落とせるという試算が出ている。

 また新開発の形状記憶素材を各関節部に取り入れることによって、この水着はお前たちの動きの癖を認識し、それをサポートするような形へと変化をしていく。巡航速度も飛躍的に上昇するだろう」


4以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:18:31t8gH6LFs (3/43)

 そこまで喋って、ハサミを取り出した。それを水着に当て、二度、刃を進める。
 当然水着には大きな切れ込みが入った。

「さらに! ある一定の間隔でナノマシンが縫いこまれていて、仮にこのように破れたとしても!」

 切断面を継ぎ合せて一撫ですれば、先ほどの切れ込みは跡形もない。指で触っても、歪な凹凸は感じられなかった。

「修復機構によって一瞬で修繕がなされる、機能美に溢れた最先端の制服、それがこの潜水艦娘専用制服なんだ! これをスク水と呼ぶことは、俺が許さん!」

 大上段からの熱の籠った演説。俺の目の前の四人も、思わず手を叩いていた。

「でも教官」

 ゴーヤが手を挙げた。

「なんでスク水なんでちか?」

 だからスク水ではないと言っているだろうに。
 たとえ見てくれがいくらスク水であったとしても、である。

「なんで? なんでって、そりゃ……」

 俺は口ごもった。なぜか。その理由を、俺自身がわかっていなかった。

 その無言はどうやら四人には決定的だったらしく、各々が視線を巡らせ、頷く。


5以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:19:16t8gH6LFs (4/43)


「変態なの!」

「……変態」

「変態でちか?」

「変態、です」

 頭痛がしてきた。全て誤解だったが、誤解を解くような材料は、何一つ俺の手元には残っていない。

 新たな艦種として「潜水艦」が徴用されるとなったとき、人員の選定、訓練は勿論だが、その制服についても策定しなければならなかった。俺は計画立案の段階から深く携わっていたから、どのような機能が備わっているべきかについて、考えない理由はどこにもなかった。
 戦場において求められる機能は、まず第一に耐衝撃性。汚損にも強くなければならず、海の上ではなく中を往く潜水艦には、隠密性と断熱性も必要だ。
 そう言った諸処の要素を取捨選択……するのではなく、予算の関係で「全部載せ」してしまった結果、おおよそ量産には不向きな超絶機構の制服が誕生する運びとなった。シーレーンの確保にどれだけ防衛省が頭を悩ませているのかがわかる予算の使い方だ。

 だが、どうしてスクール水着なのかは、まるでわからない。

 実戦配備はまだ先の話で、それこそこの四人が結果を出してくれなければ、全てが水の泡。予算をペイするため、俺には何としてでもこの制服を四人に着せる使命があった。


6以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:19:57t8gH6LFs (5/43)


「教官はやっぱりイクたちをそう言う目でみていたのねー」

 やっぱりってなんだ。栄養が全部頭ではなく胸に回ってしまったのか。
 あるいは余程訓練生時代のシゴキが足りなかったと見える。

「俺じゃねぇよ。機能や装備に関しては要望を出したが、まさかこんなかたちになるとは思ってもみなかった」

「まぁ、でも、そりゃ水着だとは思ってたけど」

 イムヤの弱弱しいフォローですら心に響く。
 水に潜る艦と書いて「潜水艦」なのだから、水着。それは確かに理に叶っている。抵抗の高い服を着て海の中を泳ぐのはナンセンスだ。そう言う意味では何ら恥じることはない、はずなのではあるが。
 それでも胸のところに名前を書く白ゼッケンはいらないと思うし、それになんというか、スクール水着という選定には他意が感じられてしょうがなかった。ならビキニがよかったとか、パレオ付がどうとか言うつもりは全くないのだが。

 有体に言えば、開発部の趣味に違いなかった。


7以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:21:07t8gH6LFs (6/43)

「……とりあえず、申し訳ねぇが、着替えてもらっていいか。これからお前たちと泊地で暮らす一年は、お前たちの仮登用でもあると同時に、このスク水の試験の場でもあるんだ」

「あ、スク水って言ったでち」

「……」

 俺は何も知らないふりをした。

* * *


8以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 21:22:44t8gH6LFs (7/43)

* * *

 二十分が経過しても、いまだに四人は戻ってこなかった。
 手の中のアメリカンスピリットは、残り二本までその数を減らしている。

 かかりすぎだと思ったが、俺は平均的な女子の着替えに要する時間を知らない。文部科学省の統計調査室をあたれば、そんなくだらない資料さえも揃うだろうか。
 いや、いきなり教官に呼びつけられ、その後の命令が「水着に着替えろ」では戸惑うのも当然だ。更衣室での俺への文句は想像したくない。しかし、悲しいかなこれも俺の仕事なのだ。

 真面目な話、着替えにかかる時間さえも割り出す義務だってあるのだった。本当に二十分もかかるのならば、警報が発令されてからでは間に合わない可能性が高い。逆に普段から水着で生活をして、不便がないとは言い切れない。
 そのあたりを逐一報告書に挙げ、制服の量産体制、及び潜水艦娘の徴兵体勢が万端整った際に、より効率的な運用を目指すための実験モデルが俺の率いる小集団の正体だった。
 イムヤ、ゴーヤ、ハチ、イク。彼女らとは訓練生時代に教えていた仲である。付き合いは長く、かれこれ二年、もうそろ三年目に突入する。艦娘適性がある子女の中でも、潜水艦はかなりのレアケース。上からもうまくやるようにと言い含められていた。


9 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:23:40t8gH6LFs (8/43)


「教官! イムヤ以下三名、更衣より戻りました!」

 敬礼とともに四人が現れる。当たり前だが、全員スクール水着姿で。

 直立の体勢をこそとっているものの、イクを除いた三人は、どこか落ち着きがなさそうに思える。逆にイクはその豊満な体を惜しげもなく曝け出し、腰に手をついての仁王立ちさえしてしまいそうだった。

 イムヤとゴーヤ、そしてハチは上にセーラー服を羽織っていた。あれは艦娘が一般的に身に着けているものと同様の素材で作られている。耐摩耗性や撥水性が強い。防寒機能も十分だ。
 寒い……わけではないだろう。四月の陽気が上から降り注いでいる。ならば、やはりというべきか、恥ずかしいのだ。

 俺だって直視すべきかせざるべきか、迷っているのが本音である。それでも、先ほどのイクではないが、おもむろに視線を逸らせばこいつらの肢体を意識していることになる。それを認めるのは非常にまずい。
 個人の尊厳としても、教官の立場としても。


10 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:25:08t8gH6LFs (9/43)

「あの、教官」

 ハチが手を挙げた。

「あー、言い忘れていたが、もう教官はやめてくれ。今月の一日付で、泊地を預かる『提督』の肩書を貰った」

「あ、そうなんですね。おめでとうございます。
 で、あの、提督」

「どうした」

「セーラー服、上だけじゃなく、下はないんですか? やっぱりちょっと、はっちゃんは恥ずかしく思います」

「あー、あたしも気になる、かも」

 イムヤも追随する。俺は口角が引き攣る感覚を覚えた。

「悪いが、上だけだ。下……まぁスカートだな。それを穿くと、致命的に水中での抵抗が強くなって、航行速度がガタ落ちだそうだ。上ならそれほど影響がでねぇっつーことなんだが」

「うー、脚がすーすーするよぅ」

 不安げに露出した太ももを触るゴーヤ。申し訳ないが、そこに関しては、俺の具申の及ばない範域だ。


11 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:25:48t8gH6LFs (10/43)

「うひひひひっ! 三人ともイメクラみたいなのー!」

「……?」

「?」

「っ!」

 空気が凍る音が聞こえた。多分、俺と……ハチ、お前もか。
 初見から思っていたとしても、決して考えないようにしていたのだが。どうやらイクは空気を読む気がないようだった。まぁ今に始まったことではない。慣れてしまったといえば慣れてしまっていて、その事実は俺たちの間の年月を感じさせた。

 スク水の上からセーラー服を羽織っているというその恰好は、どう考えても常人の発想の限界を超えている。フェチズムの極みというか、カリフォルニアロールというか。煩悩の合わせ盛り感が視覚を通じて俺の脳をびしばしと叩いていた。
 イクは大笑いしていたが、それどころではないのが俺とハチである。イムヤとゴーヤはきょとんとしているばかりで、俺は二人に「そのまま真っ直ぐ育ってくれ」と願った。


12 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:26:18t8gH6LFs (11/43)


「提督、そのっ……はっちゃん、ちょっとあっつくなってきました。から、脱ぎますです、はい」

「……おう、そうするといい」

 知らんふりするのがこの場合の優しさだろう。

 ハチはその場で制服の上を脱いだ。イクに負けずとも劣らず、豊満な肢体が露わになる。
 正直目のやり場に困る光景だった。

 こいつらと数年の付き合いがあって、まるで親戚の娘みたいな扱いをしていた俺でさえこう思ってしまうのだから、実戦投入されてからだとどうなるのだろう。初対面の提督と艦娘同士で、何か間違いが起こらないとも限らない。
 俺の仕事はそのあたりをきちりと記述することだ。報告することだ。ということはつまり、俺が覚えてしまった劣情すらも下敷きにしなければならない。

 誤魔化すことは簡単だった。簡単だったが……将来的な問題を見てみぬふりをしてまでやるべきことでは、ない。この仕事にはそれくらいの重責はある。


13 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:27:16t8gH6LFs (12/43)


「てーとく? なにぼんやりしてるんでちか?」

 少し拗ねたような眼でゴーヤが俺を見ていた。シャツの裾をくいくい引っ張っている。見破られたか、どうなのか。少しばつが悪そうになりながらも四人へと向き直る。
 あぁ……「まるで親戚の娘みたいな」? 「何か間違いが起こらないとも限らない」? どの口で言っているのだか。

「とりあえず、各自の荷物は既に部屋へと届いている。今日は荷解きと、近くの地理を覚えるところから始めてくれ。本格的な訓練は明日から行う」

 はーい、と元気のいい返事が前から聞こえてきた。

* * *


14 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:28:08t8gH6LFs (13/43)


* * *

 俺にあてがわれた執務室は十畳ほどの広さだった。スチールのラックと、テーブルが置かれている。取調室にも見える簡素な部屋だ。
 隣室は俺の居住空間となっていて、扉一枚で行き来ができる。そちらにはベッドやテレビ、クローゼット、冷蔵庫などが備え付けられていた。

 潜水艦娘たち四人はそれぞれ一人部屋があてがわれている。訓練生時代は相部屋だったから、かなりの待遇改善といってもいいだろう。この泊地の下見には俺自身も同行しているが、悪いつくりではなさそうだった。
 そもそもが大きな建物ではない。二階建てで、嘗ては小中合同の学校だったと聞いた。人数が減少して廃校になったのを再利用しているというわけだ。

 ネット回線を確認し、パソコンを立ち上げる。軍の人事課含め、お歴々は新しい「潜水艦」の未来に興味津々であるらしい。連絡の確立をあらためることは何よりも重要だった。 不手際がないようにしなければ俺の首が飛ぶかもしれないのだ。
 勿論それは俺だけの問題ではない。俺を教官として、さらには提督として推薦してくださった田丸三佐の顔に泥を塗るような真似はできないし、それ以上に俺を慕い、こんな僻地まで着いてきてくれたあの四人の期待に応える義務が俺にはある。


15 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:29:09t8gH6LFs (14/43)


 戦いの訓練などをしなくとも、あいつらは楽しく真っ当に生きていけたはずだった。選択肢があってなかったような俺とは違って、高校生活を笑いあって過ごすこともできた。そしてそれを選ばなかった。
 ……俺が選ばせなかったのだ。彼女らへの期待を口にし、同情も惹いた。手練手管は若干歳の少女たちには覿面だったろう。

 四人が優秀だったのは事実だ。でなければ、俺もここまで遮二無二にはならなかった。優秀な人材が集まりませんでした、第一次潜水艦計画の見直しを希望します――そう俺に言わせなかっただけの逸材なのだ、彼女たちは。

 思わずぼんやりとしてしまっていた。既にOSは起動し、ログイン画面を映し出している。
 と、そこで扉が控えめにノックされた。三回。続けて二回。合計五回のノックが、ある種の符丁であることを、俺はとっくに理解している。

「……入れ」

「……えへへ」

 照れくさそうに、ゴーヤ。格好は先ほどまでと同じスクール水着に、上だけがセーラー服。やはりあまりにも場違いに見える。眩暈がするほどに。


16 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:30:39t8gH6LFs (15/43)

「他の奴らは?」

「荷物を広げてるよ。あ、でも、やっぱり足りないものも多くって、あとで買い物に出たいって言ってた」

「買い物? 歩いてかなりかかるぞ」

 確か、地図上では徒歩で一時間近くかかったはずだ。

「うん。だから、てーとくの車を貸してほしいでち。ほら、イムヤが」

「あぁ、言っていたな、そういえば。免許取ったと」

「安全運転させるからさ。ね、お願い!」

「まぁ別にいいが、気をつけろよ。慣れない道なんだし」

「もちろんでち! それに、慣れる必要もあるでしょ? 最低でも一年はここに住むことになるんだし」

 一年、か。長いようで、しかしきっと、日常の中に溶け込んでしまえば一瞬なのだろう。こいつらと過ごした訓練生時代の数年間が一瞬だったように。

 ポケットからキーケースを取り出そうとしていると、ゴーヤはてくてくとこちらへ近寄ってきた。少し頬が紅潮している。意地悪そうな笑み。なんとなく考えていることがわかって、わかってしまって……期待している自分もいて。


17 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:31:18t8gH6LFs (16/43)


「なんだ」

 だから、そんなあからさまなことを問うてしまう。

「えへへー」

 ゴーヤは一度笑うと、椅子に座っている俺の、さらに股座の間に座ってくる。大したサイズのない椅子はそれだけで窮屈で、必然、ゴーヤの尻と俺の下半身、背中と俺の胸板が密着するかたちになる。
 それだけでは飽き足らず、まるで猫が毛繕いをするかのように、その桃色の髪の毛を俺の首筋に擦り付けてきた。ふわっと潮の香り。午前中は海に潜っていたから、そのせいだ。
 俺はそのにおいが嫌いではなかった。ゴーヤのものである、というのがその理由の大半を占めていた。

「んー、てーとく分の補給でちっ」

 口の中で、もう一度「てーとく」と転がすゴーヤ。これまで「教官」と呼んでいた俺たちの関係性は、だからといって変わることはない。
 手持無沙汰になったのと、触られっぱなしというのもなんだったので、ゴーヤの腹に手を回した。スクール水着の滑らかな、それでいて少し肌に引っかかる独特の質感。


18 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:32:15t8gH6LFs (17/43)


「えへへー」

 くすぐったそうに身を捩じらせる。本気で避けないのは、止めてほしくない証左。俺はそのまま腹をまさぐるのを続行した。
 日がな一日海に潜っているからか、見てくれは少女然としているにも関わらず、ゴーヤの体は引き締まっている。余分な脂肪があまりついていない。それでも筋肉が硬いわけではなく、しなやかでよく伸び縮みする。これは生まれ持った天性の資質だ。

「あんなこと言って、結構スクール水着、好きなの?」

「別に、普通だ」

「でも、イクとかハチのおっぱい、見てたでち」

 首元で囁かれると、なぜだかぞわりとした怖気が走る。もしかしたらゴーヤがこの部屋を訪ねてきたのは、案外これを言いたいがためではなかろうか。
 まじまじと見ていたつもりではないが、気にならないと言えば嘘になる。それが悲しい男のサガというものなのだ。
 ……もちろん、こいつに対してそんなことを言えるわけもない。


19 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:33:29t8gH6LFs (18/43)


「二人はおっきいもんね。……ゴーヤのは、もう飽きちゃった?」

 腹に回していた手が、ゴーヤの手に誘導されて、上へ上へとあがっていく。
 そっとスクール水着とセーラー服の隙間に差し込まれた。

 少し張りのある生地の、その奥にある柔らかさが、俺の指先に確かに感じられる。

「……あは」

 これまでとは声色の違うゴーヤの笑み。

「最近ご無沙汰だったしね」

 ゴーヤの下半身の柔らかさと、俺の股間の怒張。どちらか一方が押し付けているという状態ではなく、どちらも互いに。爛れた空気が俺たちの間に一瞬で満ちる。

「てーとくも悪い男でち。教え子に手を出すなんて」

 鎖骨に軽い口づけが交わされる。せめてもの抵抗として、ゴーヤの胸の先端を引っ掻いてやった。

「誘ってきたのは、お前からだろう」

「襲ってきたのはっ、んっ、てーとく、でちっ」

 マウントの取り合いをするつもりはなかった。確かに教え子に手を出した俺が、万人の意見を俟つまでもなく、悪いに決まっている。
 だが、悪人だと後ろ指を指されてなお後悔しないほどの魅惑が、俺の目の前の桃色には有り余る。それだけはこの身を以て保証してもよい。


20 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:34:19t8gH6LFs (19/43)


「ふ、んぅ、てーとく」

 差し出された唇にこちらの唇をあわせてやる。と、ゴーヤは俺のうわっつらを一舐めして、飛び跳ねるように椅子から降りた。

「んふー」

 努めて意地の悪い表情を作っているのが明白な、ゴーヤの表情。

「おい」

「これは罰でち。おっぱい星人のてーとくには、ちょっとだけおしおきが必要でーち!」

「お前なぁ」

「でも、本当にもう時間だもん。あんまりイムヤたち待たせるのもあれだし」

「変に感づかれてもまずい、か」

「まぁもしかしたら、とっくにばれてるかもしんないけどね。さすがに少しも気づかれてないとは、ゴーヤは思ってないかな。イムヤは潔癖だから、知らんぷりしてるけど。ハチはむっつりだし、イクは……」

「イクは?」

「同じ人間とは思えんでち」

 さもありなん。


21 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:35:15t8gH6LFs (20/43)


「わかったわかった。悪かったよ。ほれ、鍵だ。もってけ」

「ありがとっ、てーとく!」

 鍵を受け取って、ゴーヤがとことここちらへやってくる。

「続きは夜にゆっくり楽しもうねっ」

 それだけをぼそりと告げて、ゴーヤは手を振りながら走って部屋を出ていった。
 残された俺は一人、頬杖をつきながら、パソコンにログインする。少しだけ……いや、見栄を張っても仕方があるまい。だいぶ、かなり、「そういう」サイトにアクセスしたくなる衝動が迸るも、一応ゴーヤに操を立てておくべきだと判断。メールチェックにとどめる。

「……」

 着任当日では大したメールは来ていなかった。それも当然か、とパソコンを閉じる。大きく伸びをし、椅子から立ち上がった。
 四人の買い物についていくべきだったか。僻地ではやることも特にない。うーむ、どうしたもんか。


22 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:36:18t8gH6LFs (21/43)


 こんこん。控えめなノック。
 俺は思わず腰のホルスターへと手をやった。この泊地には、俺たち以外はまだ誰もいないはずだった。
 だが物取りがいちいちノックをするだろうか。そう考えて、体を弛緩させる。着任当日であるがゆえの予期せぬ来訪者など、いくらでも心当たりはあった。

「ごめんください、広報部のものです」

 あぁ、なるほど、そういうことか。胸をなでおろす。
 潜水艦の新規徴用に関して、それなりの戦果や作戦遂行における役割が求められることは当然として、それらの功績を広く内外に知らしめる必要があった。
 対深海棲艦の軍備費用は増加の一途を辿っており、艦娘制度という民間からの徴用も含めて、一般市民が納得できるだけの広報は必要不可欠だ。それが多少なりとも虚飾にまみれたものであったとしても。

「おう、入ってくれ」

「失礼します」

 やってきたのは薄紫色の髪の毛の少女だった。正しく水兵の格好で、カメラを首からぶら下げている。
 向こうは俺の顔に見覚えなどないようだったが、逆にこちらは彼女のことを知っていた。

「お初にお目にかかる。間違っていたら申し訳ないが、貴女は青葉海士長か?」

「や、これはお恥ずかしいです。青葉のことを知っておられるとは」


23 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:37:17t8gH6LFs (22/43)

「艦娘として任務に就きつつ、同時に広報部の活動も一線でこなす仕事ぶりは聞いている。うちの教え子たちからも『青葉さんくらい熱心に働け』と言われる始末だ。いやはや、和製『スターズ・アンド・ストライプス』は伊達ではない」

「あはは。そんな、特別なことはしていません。ただ趣味が高じただけです」
 あと、申し訳ありませんが、年度替わりで昇進を致しました。今は三曹です」

 青葉は階級章をちらりと見せた。

「これは申し訳ない」

「いえいえ、頭を挙げてください。それに、そちらのお噂もかねがね聞いておりますよ。新進の潜水艦部隊を率いる、将来有望な司令官であると。同期よりも数年早くの三尉とは、並みではありませんよ」

 教え子に手を出したことまでは、さすがに話題になってはいるまいな。


24 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:38:13t8gH6LFs (23/43)


「まだ正式な徴用ではありません。あくまで仮設置です。ここから一年、あるいはもっとの年数をかけて、確かな運用のかたちを作り、昇格してもらわなければなりません。
 青葉さんがこちらへ窺ったのも、その件であると推測しますが」

「慧眼ご明察、そのとおり。青葉はいま、全国を回って艦娘に関するニュースやトピックスを中心に記事にしておりまして、世間一般では『艦娘通信』などと呼ばれているのですが、今回はその一環としましてですね」

「あぁ、はい。聞いたことはもちろんあります」

「いえ、それに加えて、田丸三佐からの書簡も預かっておりまして」

「三佐から? 直截ですか?」

「ええ。そちらにはなにも?」

「はい。連絡は来ていないのですが」

 メールチェックで見逃したか? いや、まさかそんな。

「密書ですからまさか封は開けられません。ご確認のほど、よろしくお願いいたします」

 と、青葉は俺に一枚の封筒を差し出した。簡素だが、丁寧に蜜蝋で封がしてある。……丁寧すぎて怪しくなるくらいに。


25 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:39:29t8gH6LFs (24/43)

「それと、潜水艦の艦娘たちはどこですか? インタビューをしたいのですが」

「あぁ、すいません。いまさっき入れ違いで街へと買い物に出かけましたよ」

「なんと」

 封を開ける。便箋が、都合二枚、入っている。直筆。文字は確かに田丸三佐のもので間違いないようだった。
 さっと目を通して……うん。うん?

「まぁゆっくりしていかれたらいい。もうすぐ最後のバスも出てしまう。一緒に食事を摂りながら。どうです」

「いやぁご一緒したいのはやまやまなのですが、おかげさまで多忙な身でして」



「あー、それなんだがな、『青葉』」



 嘆息を一つ。階級は青葉のほうが下だ、こんな状況になってしまえば、最早敬語をいつまでも使う必要もないだろう。
 青葉は少したじろいだ、ように見えた。こちらの雰囲気の変わったのを察したに違いない。記者は時流を読むのがうまい。それは要するに、人の機微に敏いということに他ならない。

「いい報せと悪い報せ、どっちから聞きたい」

 スターズ・アンド・ストライプス。アメリカ風に尋ねるのはせめてもの余裕の表し方だった。


26 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:40:24t8gH6LFs (25/43)


「……いい報せ、からで」

 警戒心を露わにした青葉の返答。そりゃそうか、と俺は思う。

「よかったな、明日からは随分と楽になるぞ」

「……それは、どういう」

「悪い報せのほうだが」

 青葉の言葉をぶった切って、俺は続けてやった。

「これから一年、よろしく頼む」

 非常に申し訳ないことなのだが、で始まる文章には、予算の逼迫、議会での反対、からの過半数の賛成をとれなかったことが大まかに記されていた。見切り発車で動いていた潜水艦計画は、今年一年を以て凍結、最悪の場合解体もあり得る、と。
 不幸中の幸いは二佐が諦めていなかったことだ。潜水艦の意義は、確実に、存在する。俺も彼も、そこだけは違えたことがない。

 これは戦争ではなく政争だった。争いの場には、それぞれの流儀がある。銃を撃ち、血を流すのではないかたちで、決着をつけなければならない。
 期間は今年いっぱい。その間に、世間と議会を動かすような成果を、あるいは戦果を。広報のために青葉をつける。潜水艦たちと、青葉と、なんとかして存在価値を示してほしい。

 いや、示さなければならない。

 末尾はそう結ばれていた。


27 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:41:27t8gH6LFs (26/43)


「……ははっ」

 乾いた笑いが出る。
 なんだこれは、まるで馬鹿みたいじゃないか。何のために俺はあいつらを鍛えてきたというのだ。何のためにあいつらは、楽しい友人関係を反故にして、輝かしい学校生活をふいにして、こんな!

 俺は机に拳を打ち付けた。スチールの机が、僅かに曲がる。それ相応の痛みが拳を襲っているが、知ったことではない。

「青葉、お前に選択権はねぇ。俺と一緒に四人を騙せ。世間を騙せ。あいつらの存在価値をでっち上げろ。汗も涙も、何もかも、ひとつ残らず無駄にゃあしねぇぞ……!」

 床に膝をつける。手のひらをつける。額を擦り付ける。

「頼むっ……!」

 青春を犠牲にしたあいつらに、俺ができることなどそう多くはない。だから、せめて、犠牲の上にようやく手にすることのできたものは、それくらいは、俺が、いや、俺でなくてもよくて、誰かが、誰か、あいつらのために、せめて何かを!


28 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:42:04t8gH6LFs (27/43)


「……」

 青葉の無言が、ただただ恐ろしい。

「……資料」

「えっ」

「だから、資料です。四人の。それがなくちゃ、はじまりません。美談をところどころに挟んで、あとは専門的な戦略的意義も交えて……なんですか、そんな目で青葉を見て」

 一体どんな目を、顔を、俺はしていただろうか。青葉は確実に俺を蔑むように見ていたが、その顔に宿る決意は、俺の希望的観測でなければ――それを願うばかりだが――本物だった。

「青葉も結局、逃げ場はなさそうってことですから」

 短くそう言って、袖をまくる。
 感謝の言葉を俺は何度も何度も呟いていたと思うが、忘我の情が圧倒的に強く、仔細は覚えていなかった。

 とにもかくにも、こうして俺たちの一年戦争が始まったのだった。


29 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:43:46t8gH6LFs (28/43)


* * *

「ご飯、作れるんですね」

 テーブルに頬杖をつきながら青葉が呟いた。テーブルの上には大きなボウルに入ったサラダが中央に構えている。キッチンの炊飯器は驚くなかれ十合炊きで、そばに茶碗が六つ。ちなみに米は少しだけ玄米が混ぜ込んである。
 コンロが三口なのも嬉しかった。丸く形を整えた合挽き肉は常温に戻している最中で、もう少しで焼く頃合いだろう。サツマイモのポタージュは、あとは温めるだけ。人参のグラッセもあるがあいつらは食べるだろうか。
 祝いの日はとりあえず洋風を出しておけとは母の言葉だ。甘んじて従うことにした結果が今日のメニュー。

 青葉はサラダからセロリをひとかけら手に取って、ドレッシングを掬い、口の中に放り込んだ。「あ、おいしい」。意外そうな言葉は言われ慣れているものの、ゆえの辟易もまたある。


30 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:44:41t8gH6LFs (29/43)


「これ全部手作りですか?」

「ドレッシングとグラッセはな。ハンバーグも、まぁ手作りっちゃそうなるか。ポタージュはレトルトだけど」

「ほえー」

 しゃくしゃくしゃくしゃく。小刻みにセロリを齧る音が響く。兎のようだな、と思った。無言でじっとこちらを見てくるところなどが、実家のロップイヤーにそっくりだった。

「栄養管理も俺の仕事だからな」

「なんでもできるんですねぇ」

「できるようにさせられたんだよ。予算と日程の都合上、俺がなんでも一人でこなさにゃならん」

 本当は事務系と技術系の部下も配属されるはずなのだが、実験艦隊の不遇なところである。

「それで料理も、と」

「料理は嫌いじゃねぇし、あいつらは放っておけばスナック菓子ばかり喰いやがる」

 甘味やら清涼飲料水やら、全てが体に悪いなんて暴論を吐くつもりはなかったが、変に栄養価が偏ったりカロリー過多になっても困る。お目付け役は必要だった。


31 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:45:33t8gH6LFs (30/43)


「保護者ですね」

「実にな」

 青葉はセロリをぽりぽり鳴らしながら、今度こそ俺から目を離した。
 青いリングファイルが彼女の手元には四冊置かれていて、それぞれに潜水艦たちの経歴や身体能力、学業成績、精神鑑定の結果などが記載されている。
 本来は完全なる秘匿情報なのだが、開示請求に対して判を押すのは提督たる俺の仕事だった。青葉がうまいこと話を膨らませて記事を書くためには、やはり、充分なバックボーンが必要となる。

「まぁ、うまく使ってくれ」

「そりゃもう。ですが青葉個人としましては、直接面と向かって会話をして、人となりを知ることこそが重要だと考えてます。勿論事前の情報収集は必要ですけどね。
 文字には血が通っていません。こう言った資料は特に、です」

「記者が書き起こしたルポやら新聞やら、あるじゃねぇか」

「はい。ですから、本来血の通わないはずの文字を組み合わせ文章にし、そうして血を通わせ活き活き色づかせることが、記者のみならず文筆家全般の使命なのですよ。所謂一つの才能ってやつです」

 使命感。職業倫理。それは多分に大事なことだ。人は容易く一線を踏み越える――踏み外してしまうから。

「さて、そろそろ時間だ。一緒に飯、運んでくれ」

「わかりました」

 青葉はトレイに食事を乗せて、隣の食堂へとテキパキ運んでいく。


32 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:46:55t8gH6LFs (31/43)


「司令官、一ついいですか?」

「ん? どうした」

「繰り返しますが、青葉は取材において、何よりもナラティブであることを重視します。それが記事に魂を吹き込むと信じているんです。
 そして、それは、あなたも対象です」

 ぴたりと脚を止めた青葉は、首だけを捻って、肩越しに俺へと視線を送っている。

 真剣なまなざし。俺も、意識して脚を止める。

「あなたの言葉と土下座が嘘じゃないってことくらいは青葉にもわかります。潜水艦のコたちが不憫だってのも納得できます。
 その上で、言います。嘘はつかないでください。あなたがどんなに下種な人間だろうとも、どんな下心があったとしても、包み隠さず青葉に伝える。それが手伝う条件です。その上で、青葉は仲間になります」

「……今言うんじゃねぇよ。飯が冷めるだろうが」

「……そうですね。失礼しました」

 俺たちは歩き出す。前を向いて。

「俺はそういう人間に見えたか」

 下種で、下心があって。
 私利私欲のためにあいつらを、年若い、世間知らずの子女を、使い潰そうとしていると。


33 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:47:46t8gH6LFs (32/43)


「人間だれしも少なからずは」

 青葉はさりとて興味がなさそうに言う。「そういうもんじゃないですか?」。
 深い含蓄がその言葉にはあった。それは限りなくフラットな態度だった。フラットであろうとする態度でもあった。

 使命感。職業倫理。俺は青葉の背中を見ながら、口の中で呟いてみる。

「例えば外面は滅法よく、しかし腹の中には常に他人を貶める算段を働かせている人間がいるとしましょう。意識的にか、それとも無意識的にか。司令官はどちらのほうがより悪人だと思いますか?」

 食堂のテーブルには格子柄のクロスが敷かれている。椅子は五つ。青葉のぶんを勘定に入れていなかったから、一つ足さなくてはならない。

「意識的にだな」

 俺は即答した。そして皿と器を並べていく。ことん、ことん。セラミック製の食器の奏でる音は軽い。
 質問の意図はわからないまでも返答は必須。彼女は俺を手伝うと言ってくれたが、それは決して信頼や信用と同義でない。俺と青葉を結びつけているのはそういった清廉さに非ず、しがらみだとか上下関係だとか損益だとか、もっと現実と地続きにある何かだ。


34 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:48:41t8gH6LFs (33/43)


 現実が伸身した先にあるそれらが楔となる関係を、けれど悪だと、正しくないと、拒むだけの若さは俺には最早ない。俺はすっかりとこの世に染まってしまった。どうやら青葉もそうであるらしい。
 好都合極まりない。俺たちは夢の世界に生きているわけではないのだから。

「罪を憎んで人を憎まずというが、ありゃ嘘だと俺は思うな。本当に憎むべきは……」

「意識、ですか」

 冷蔵庫を開けても? キッチンへと向かった青葉の声が届く。お茶をとりますよ? 俺は「あぁ」と二つ返事。

「衝動的な殺人よりも、欲望にまみれた痴漢の方が、意識の分だけ醜悪だ」

「なるほど」

 青葉は二リットルのペットボトルのお茶を持ってきた。左脇で抱え、右にはコップ。

 この一連のやり取りがどんな意味を持ち、役割を果たすのか、いまだに曖昧だ。それでも勝手に打ち切ることは許されないだろう。これは青葉なりのインタビュー、あるいは口頭試問なのだ。


35 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:49:22t8gH6LFs (34/43)


「誤解を招いても困るので、最初に前提をお話ししておきますが……青葉は、別段司令官がどれだけの悪漢であったとしても、気にはしません。いや、気にはしないというのは語弊がありますね。『それ』と『これ』とは別であると青葉は思っていますから」

 それは嘘ではないにしろ見栄なのだろう。青葉、彼女の僅かばかりの逡巡を見抜ける程度には、俺も十分政治の世界が似合うようになってしまった。
 フラットであろうとするその態度が、なにに由来するものなのか、短いかかわりでは全く判断がつかない。責任感。職業倫理。可能性ならばいくらか思い当たる。そこから派生して、彼女の性格も。

 軍人だから、上官の命令は絶対的であると考えているのかもしれない。上意下達は組織の常だ。それがあるからこそ俺たちは、心配を頭から排除して行動に移すことができる。
 あるいは、ジャーナリストとしての矜持だろうか。ナラティブであることを重視するということは、俺の言葉を重視するということだ。言葉、つまりは表現。思想と理念。青葉のそれが混じりこまないようにするための、妥当な態度。


36 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:50:03t8gH6LFs (35/43)


「ジャーナリズムというものは、真実をただ書き出すことにその本質があるわけではないと、そう信じています。真実は多面体の様相を呈しています。球体なのは、あくまで事実のみ」

 確固たる事実が、万人において同じ効用を示すとは限らない。

 コップがテーブルに置かれていく。俺から見たその円筒形は、灰色に青い釉薬が塗られた磁器。しかし青葉に向いた面はどうだろうか。
 無性に居心地の悪さを感じていた。逃げてはいけない。それはわかる。だが、青葉のその目が俺を責めたてているようで……。


37 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:51:22t8gH6LFs (36/43)


 朦朧とした俺の意識を現実に強く引き戻したのは、イムヤからのコールだった。泊地の通信網は自由に使用できる。傍受に強い秘匿通信。
 この、連絡が頭に鳴り響くという感覚はまだ慣れなかった。顔を顰めると、青葉が「大丈夫ですか?」と尋ねてくるが、俺はなんともないふりをして「通信だ」と答える。情けない姿は見せたくなかった。

 バーチャル・ウインドウを呼び出す。グループ・チャンネルを起動。回線をオープンへ。

「どうした?」

『帰ってきたよ。いま部屋。車の鍵返そうと思ったんだけど、執務室にいないみたいだから』

 イムヤの声が空間に響き渡る。回線のオープンは本当ならばあまり推奨はされないが、頭に響くよりかはこちらのほうが随分と楽だ。

『提督、どうしたの? いまイクたちは戦利品のお披露目で忙しいのー!』

『ゴーヤ、そんなのいつ着るのよ』

『お子様のイムヤにはまだまだ早いでーち』

『ハチはハチで嵩張るもの買いすぎなの!』

『大丈夫。本棚も買ったから』

『うそっ? どこにあるの?』

『注文。明後日には届く、はず』


38 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:51:54t8gH6LFs (37/43)


 ひたすらに上機嫌そうな声。戦利品……そんなに沢山買って来たのか?
 まぁ金なんて使わなければ黴が生えるばかりだ。どうせ泊地周辺では使う機会など滅多にない。可能な限りのびのびとやれたほうがいいに決まっている。

「あいつら呼ぶぞ。ファイルは片しておいた方がいいな」

『誰かいるんでちか?』

 あぁ、そうだな。青葉の紹介も済ませてしまわなければ。

「それはおいおいな。とにかく飯だ。早く降りてこい」

『いえーい!』

 ゴーヤが叫んだ。どたどたばたばた、宙に浮かんだウィンドウから、慌ただしい音がする。

『きょーおの ごっはんは なーんでーちかー』

『待って! 待つのね、提督! イクが当ててみせるの!』

『あんまり慌てると転んじゃうよ?』

『ご飯は逃げないと、思います』


39 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:52:40t8gH6LFs (38/43)


「うるせぇ」

 通話を叩き切った。姦しいと言う字は女が三つ。さらに一人増えているのだからなおさらどうしようもない。
 青葉がこっちを見ていた。驚きに目を丸くして、俺と視線が合うと、困ったように笑う。

「凄いですね」

「だろう」

「青葉も高校生だった時がそりゃありましたが、あそこまででは」

「体力が有り余ってんだ。体育会系だからな」

「なるほど」

「青葉、悪いが自分の椅子を持ってきてくれ。隣の隣が物置だ。そこにあるはず」

「あ、はい。わかりました」

 ファイルを小脇に抱え、青葉が部屋の外へと出ていこうとして、

「……青葉」

「……?」

 俺は思わず彼女を引きとめていた。


40 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:53:46t8gH6LFs (39/43)


 きょとんとした顔で、どうかしましたか? と小首をかしげている。何か言葉を返さなければまずいのだが、しかし、考えなしの行動であったことは確かに認めなければならない。

 下種。悪漢。
 ナラティブ。言葉。思想と理念。

 事実。

 なによりの真実。

 その一連の流れが切り替わったことは、俺にとっては幸運であり、同時に不幸でもあった。このまま恙なく終わらせることができるのであれば、無論それに越したことはない。けれど改めて話題を蒸し返されるのは御免だった。
 いまここでケリをつけるべきなのではないか。その咄嗟の判断が青葉を呼び止め、僅かの躊躇から二言目がでない。

 青葉は俺のことを知っていた。俺が青葉のことを知っているよりも、その量や質は多いだろう。きちんとした準備をした上で調査に臨むのは、記者ならば当たり前の態度のように思う。
 あぁ、だから俺は確信を抱いているのだ。全てを知られたうえで、何事もなかったかのように流すことは、誰のためにもならないと。
 そして青葉もそれを理解しているからこそ、ああいう話題を振ってきたのだと。


41 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:54:32t8gH6LFs (40/43)


「……」

「……」

 無言。互いに。

『お腹空いたのねー!』

 イクの声が上階から聞こえてくる。どんだけ大声なんだ、あいつは。

 俺はため息をついて、

「……悪い。なんでもない」

「……そうですか」

 極めて冷静な振る舞いで、青葉は部屋を出ていく。俺も冷静に努めようと深呼吸。息を細く、深く、吸って吐く。

 さて、そろそろ冷蔵庫から出した肉も常温に近づいていることだろう。出てくる順番が違うとあいつらはすぐに文句を言う。素早い手つきで一気に五人分を作るのは、最早慣れっこになってしまったが、今日は加えて青葉もいるのだ。
 フライパンを温めて、スープも同時にやって、グラッセは冷えているほうが温度の差が口の中で楽しいか? おっと、ドレッシングをさかさまにしておかなければ。


42 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:55:14t8gH6LFs (41/43)


「ぐうっ!」

 キッチンへ向かおうとして、思わず足が縺れる。つんのめってサラダに顔面を突っ込まなかっただけマシだろう。
 俺は椅子の背もたれに手をやって、イクたちがやってくるまでのおおよそ十秒間は、そこに全体重を預けようと心に決める。


43 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 21:55:51t8gH6LFs (42/43)




 失ったはずの左足が、ここまで痛むのは久しぶりだった。


44 ◆yufVJNsZ3s2018/11/19(月) 22:00:10t8gH6LFs (43/43)

――――――――――
ここまで

プロットが整ったので再開します。
モチベが上がるので褒めたり貶したりしてください。

1スレで終わらせることを目標に頑張りますが、期待は厳禁。
あと、濡れ場が今後出てくるので、苦手な方は非推奨です。


45以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 22:48:07o4wcyzrQ (1/1)

待ってた!
乙!


46以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/19(月) 23:58:02ioYNWJjU (1/1)

短編で終わってたと思ったらやるじゃん


47以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/20(火) 05:54:31UPrVGzmE (1/1)

イムヤとの濡れ場はよ


48以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/20(火) 17:17:05Bwn3xEhk (1/1)


そういやSS速報VIPはRダメだけどRが大丈夫なSS速報Rもあるよ


49以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/21(水) 15:17:59Ukn2i8us (1/1)

乙!
深夜は艦これスレ少なめだし是非とも完走してほしい


50以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/22(木) 16:35:08ZC7DR3ns (1/1)

楽しみー


51 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:51:06k8vQnJj2 (1/12)


「重巡洋艦、青葉です。階級は海士長。『艦娘通信』を発行してまして、名前くらいは聞いたことがあると自負しております」

「イムヤ二等海士です。艦種は潜水艦。伊号の168で、イムヤ。よろしくお願いします」

「同じくハチ。はっちゃん、とお呼びください」

「ゴーヤでち。食べ物じゃないよ?」

「はーい! イクなの! 青葉さんに会えてすっごい嬉しいの!」

 夕食と聞いて降りてきたときよりも、随分と四人は嬉しそうだった。それだけ青葉のネームバリューが絶大だったということであり、俺はその点において、彼女を見縊っていたことを自覚する。
 イクからは握手を求められ、ハチからはサインをねだられ、青葉は困ったような、それでいてまんざらでもなさそうな表情をしている。そろそろハンバーグが焼きあがるというのに席に着く気配すら見えない。


52 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:51:56k8vQnJj2 (2/12)


「なんで青葉さんがここにいるんですかっ?」

 興奮した様子でイムヤが言う。青葉は俺に振り返った。流石に弁えている。説明をするのならば、それは俺の仕事だった。
 どのみち、少し長い話にもなる。立ち話で済ませるつもりはなく、ならば食事を摂りながらと、俺は着席を促す。

 もとより四人に真実を明かすつもりはなかったけれど。

 それに関しては、ある程度の大筋は青葉と検討してある。彼女もそうしたほうがいいと同意はくれた。殊更に詳らかにするメリットは、こと今回のような事態においては、皆無と言っていい。
 未来のことはわからない。わからないことで不安にさせる必要がどこにある? それくらいならばいっそ黙ったまま、目の前の訓練に集中してもらった方が断然ましというものだ。

 長期的な計画、中期的な計画、短期的な計画とあって、それらは戦略、戦術、戦法と対応している。あいつらはあくまで兵士であり、訓練生に過ぎない。今はとにかく短期的視野に基づいて、新環境に慣れること、その中の訓練を通して能力を上昇させなければ。

 未来を見据える必要がないとは言わないが、現状その役目は俺だけのものだった。そのための「提督」の肩書だ。


53 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:52:27k8vQnJj2 (3/12)


「今年度、一年を通して、青葉にはお前らの活動を追ってもらうことになった。潜水艦は現状では対外的には秘匿されているが、いずれお披露目の時が来る。どうやら上は、大々的に鳴り物入りで発表するつもりらしい」

 四人が顔を見合わせた。緊張が生まれたのだとすぐにわかった。

「別に珍しいことじゃねぇだろう? お前らだって、中学高校とスポーツ記者に追われてきたはずだ」

「まぁそりゃそうだけどさー」

 イムヤは頬を掻く。今更照れることには思えなかったが、ドキュメンタリーの材料にされるのは、少し勝手が違うのかもしれない。

「え、じゃあ、青葉さんもこの泊地に住み込みってことでちか?」

「そうなるな。部屋はいくらでも余ってるから問題はないし」

「新鮮ですね」

「あはーはーはー! 今日はお祝いの酒盛りなのー! 提督、ビール開けてもいーい?」

「座れ」

 危うく冷蔵庫へと向かいそうになったイクを着座させる。お前は距離の詰め方が極端なんだよ。そもそもまだ未成年だろうが。


54 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:53:17k8vQnJj2 (4/12)


「そんな堅っ苦しいこと、今更言うのはなしでちよ」

「記念日というのは何事においても大事だとはっちゃんも思います」

「お前らなぁ……」

 青葉はお前らの取材に来ていると話した傍から飲酒をするやつらがいるか。勿論そんなことを記事になぞできないが、こいつらは世間と離れた生活が長いせいか、内輪の盛り上がりがそのまま世間に通用すると思っている節がある。それでは困る。
 俺はため息をついたが、その実こいつらの飲酒はどうでもいいことだった。明日に響かない程度に、ゲロを吐かない程度によろしくやってくれるのであれば。

「イムヤ、助けてくれ」

 唯一の良心に助け舟を求めると、困り顔で目を逸らされた。無慈悲。

「わかったわかった。ただし、飯を食ってからにしろ。青葉もお前らとシラフで話したいだろうし、俺も酒が入るまでの青葉と話したいことがある」

「えっ? あ、その、青葉お酒はちょっと……」

 潜水艦たちから「えー」という抗議の声が上がる。

「なんだ、下戸か」


55 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:54:23k8vQnJj2 (5/12)


「ていうわけではないんですが、すぐ寝てしまうたちでして。お風呂とか、その日のメモのまとめとか、全てを終わらせてからじゃないと飲まないように決めているんです」

 なるほどな。確かに、ナラティブを重視する青葉にとって、単純に書き出された文字列はあまり意味を持たないだろう。ボイスレコーダーの音声も然り。
 仕事の邪魔はできない。四人もそのことをわかっているようで、少し意気消沈しているようだ。

「いえ、でも、皆さんの言うことにも一理あります。全部が終わったら声をかけますので、その時皆さんの都合がよろしければ」

「いえーい!」

「でーち!」

 イクとゴーヤが手を叩く。

「明日に残すなよ」

「大丈夫じゃない? 二人は強いし」

 あたしは弱いけど、とイムヤ。まぁ、大した心配はしていない。形式的にでも声はかけておかなければ、というくらいだ。

「ほら、お前ら、さっさと飯にするぞ。冷めちまう」

 ハンバーグのプレートを人数分用意して、俺たちは手を合わせた。

「いただきます」


56 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:55:06k8vQnJj2 (6/12)


 ナイフとフォークがぶつかりあう音をBGMに、俺はかねてより訊きたかったことを青葉に向ける。

「お前がやってる艦娘通信ってのは、結局広報部の仕事を肩代わりしてるのか? それとも従軍記者の扱いなのか?」

「んー、どっちでもない、って感じですかねぇ。厳密に言えば広報部の息はかかってるといいますか、検閲は入ってますよ。映しちゃだめな画像とか、文章とか、そのあたりは勿論確認してもらってます。
 ただ、別に次の取材はどこどこで誰々を、ってのは無縁です。基本的には」

 最後につけたしたのは、今回のようなことがあるからだろう。兵士なんてのは上層部の手足に過ぎない。青葉の言葉には少しばかりの悲哀と憤懣があった。

「広報部ってのは、海軍の」

「はい。防衛省広報部の下の、特務警備広報室、だったかな? 神祇省のことはよくわかんないです」

「提督、イクたちにもわかる話をするのねー」

「お前ら、座学でやっただろうが」

 俺が教鞭を執った日々を忘れたとは言わせねぇぞ。

「あはーはーはー」

 笑いでごまかすんじゃねぇ。


57 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:55:40k8vQnJj2 (7/12)


 艦娘は防衛省の海軍所属であるが、艦娘を生み出す方法――子女に嘗て存在した艦艇の付喪神を降ろすというもの――に関しては、完全に神祇省の技術となっている。ゆえに艦娘は単純に防衛省の旗下にあるわけではなく、寧ろ真逆で、極めてきわどいパワーバランスの上に成立している。
 あるいは、最初から今まで、一瞬たりとも成立したことなどなかったのかもしれないが。

 つまり、艦娘の運用は防衛省のみでは行えない。神祇省の技術供与がなければ、そもそもの根底が揺らぐことになる。
 しかし人は強欲で、気を抜けばすぐに権力の虜になってしまうから。
 防衛省も神祇省も、あわよくば艦娘を手中に収めたいと考えている。

 艦娘の全権を握るということは、これから先の国防を一手に引き受けるということでもある。敷衍してシーレーンを、海運を、経済を牛耳る糸口となる。
 嘗てならば一笑に付すことさえしなかったそんなお伽噺も、深海棲艦などという化け物が出没する現在では、それらは限りなく重要なトピックスだ。


58 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:56:33k8vQnJj2 (8/12)


「……あの、なら青葉さんも、艦娘はやっぱり『兵器』だって思ってるんですか?」

「……あー……」

 イムヤの質問は手探りのものだった。応ずる青葉も、返答を手探りで探している様子。

 艦娘は「人」なのか「兵器」なのか。艦娘という存在が生まれた当初から喧々諤々の議論が交わされ続けているが、いまだに単一の、統一の、見解は出ていない。

「防衛省は――というか、海軍は、ですね。兵器として扱いたいって魂胆が丸見えです」

「……それは、まぁ、はい。感じてます。
 でも、言ってもよかったんですか?」

「なにを仰いますやら。イムヤさんから訊いてきたんじゃないですか」

 青葉の言葉には、少なくとも字面ほどの厭味は感じられなかった。

「独立した個人に戦いを任せられないというのは、組織ならば仕方がないことかもしれませんけどね。あくまで海軍が計画を定め、提督が実行し、艦娘はそれに従っていればいいというドクトリンは、ある程度の一貫性はあるでしょう。納得もできます。
――青葉が艦娘でなければ」

 自らの手を握り、開いて、青葉は笑う。

「だって青葉、兵器じゃないですもん」


59 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:57:48k8vQnJj2 (9/12)


 兵士であり、兵器ではない。
 そこには彼女なりの向き合い方、矜持が見え隠れしていた。

 あくまで人間として生き、人間として職務を全うし、その上で殉ずる覚悟すらあれど、決して一発の弾丸、一山の火薬、一滴の重油ではないと。

「……でしょう? ねぇ、司令官」

 背筋が凍る思いをしながら、俺は鷹揚に頷いて見せる。あぁ、その通りだ、などとのたまいながら。

 左足が痛い。とっくに失って久しいそこが。
 幻肢痛は今も俺を苛んでいる。それから逃げようとした結果が今の俺なのに、その痛みは俺の選択が誤っているのだと突きつけているようで。

「……提督? 大丈夫ですか」

「痛む、でちか?」

 俺の演技も随分とお粗末だったらしい。脂汗が滲むのはさすがにどうしようもなかったか。
 ハンバーグを最後の一切れ口の中へと放り込み、サラダ、スープで嚥下する。味なんてわからない。それでも喰わねば体がもたない。


60 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 00:59:40k8vQnJj2 (10/12)


 なるべくテーブルに体を預けるように立ち上がった。

「すまん、少し部屋で休む」

「肩、貸すでちよ」

「いや……」

 俺の言葉が言い終わるより先にゴーヤが動いていた。俺の肩の下に体を入れて、全身で支えてくれる。

「悪いな。あとは女だけで仲良くやってくれ。
 ……酒盛りをするなら、一応声、かけてくれよな。調子も多分、すぐに戻るだろうから」

 最後のそれは嘘だった。調子が戻るはずなどないと、俺自身が微塵も信じていないのだから。

「歩けるでちか? 反対側も支えてもらう?」

「なんとか」

 ゴーヤの甘酸っぱい香りの中に、少しだけ汗のにおいも紛れ込んでいる。俺を心配そうに見上げて、視線が交わったことで安心したのか、ゴーヤはまた前を向きなおした。
 一歩、一歩、確実に歩いていく。


61 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 01:00:15k8vQnJj2 (11/12)


 脚が痛む。

 存在しない脚が。

 吹き飛ばされたはずの脚が。

 だが、痛みの根源はそこにはなかった。俺は知っている。知ったうえで、どうしようもできないでいる。
 罪悪感。

 愛してくれる彼女を、愛した彼女たちを、騙し、利用しているという事実が、俺にはどうしようもないくらいに耐え難かった。


62 ◆yufVJNsZ3s2018/11/23(金) 01:01:30k8vQnJj2 (12/12)

――――――――――――――
ここまで

説明回。設定自体は「ギャルゲー的展開ktkr」と同一……というか全作同一。

待て、次回。


63以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/23(金) 06:23:00cvn2rwYs (1/1)

乙乙
しかし青葉以外は明石や大淀もいないらしい鎮守府で前回の描写からして艦娘の追加は無さそうな感じかな?


64以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/23(金) 19:49:17Uk.Mf12U (1/1)

おつおつ


65以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/24(土) 10:37:44QA3bCZc6 (1/1)

復活乙なのです!


66以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/24(土) 13:45:40qFC3CPpU (1/1)

おつでち


67以下、名無しが深夜にお送りします2018/11/26(月) 17:44:27yUMidoCg (1/1)

待つぞ!


68 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:15:18QBYrAgBk (1/17)


 脚の痛みは悪夢を引き起こす。

 あるはずのない左足が痛む。膝の少し上より下は、そっくりと義足に置き換わっていた。当然神経は通っていない。のに、痛む。
 幻肢痛だと医者は言った。聞いたことくらいはあった。精神的な要因が大きく、薬は処方するが、それで治るわけではないらしかった。

 それ以上のことを医者は言わなかった。具体的にどんな話をしたか、殆ど覚えていない。ただ診断の終了間際に「あなたがきちんと脚を失くしたことを認め、乗り越えられた暁には、その痛みはきっと引くでしょう」などと世迷言を言われたことははっきりと覚えている。

 床に臥せて痛みをじっと堪えていると、そのうち次第に睡魔が襲ってくる。半覚醒、半睡眠状態。おぼろげながらも意識はきちんとそこにあり、そして夢を見ているのだ。
 現実と夢の境界線がどこにあるのかはわからない。が、ある瞬間から、「ここは夢なのだ」と思うようになる。そのとき俺は意識だけの存在となって、過去や、現在や、あるいはもっと突拍子もない夢物語――文字通りの意味だ――を体験することとなる。


69 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:16:01QBYrAgBk (2/17)


「国村健臣」

「はい!」

 俺の名前が呼ばれた。そのままスーツ姿の男性のもとへと歩いていき、少し前で止まる。踵をあわせて直立不動。
 男性は手に賞状を持っていた。それを読み上げていく。男子個人、自由形、優勝。俺が三年の時の水泳の国体の記録は、高校新記録にあとわずかに及ばない範囲で、けれど優勝には十分だった。

 自分で言うものでもないのだろうが、実際、俺は将来を嘱望されていた。誰もが、俺が水泳の選手として未来の五輪大会に出るものだと信じて疑わなかった。そして俺もそのつもりだった。
 高校卒業後、特に水泳に強い大学の水泳部に入り、そこでも俺は一年目から実力者であり続けた。当然、高校とは比べ物にならないくらいにトレーニングは過酷だったが、それは望むところだった。
 過酷なトレーニングは、ある種先輩たちからのやっかみやシゴキの要素もあったのかもしれない。俺はとにかく泳いだ。走った。肉体づくりに勤しんだ。それが俺の為すべきことだと信じて疑わなかったし、これまで努力が俺を裏切ったこともまたなかったからだ。


70 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:16:46QBYrAgBk (3/17)


 記録は徐々にであるが確実に伸びていた。スランプもあったが、克服した。家は寝るための場所で、大学の単位は常にぎりぎりのラインだった。それでよかった。泳ぐことは嫌いではなかったし、何より、たった一つの目的にひたむきになることが、とても性に合っていたのだ。
 雑誌の記者からの取材もいくらかあった。俺は今や日本水泳界の期待の星となり、雑誌に取り上げられる回数が増えるにつれ、愛想笑いのうまさにも拍車がかかる。
 幸か不幸か見てくれは悪くなかったため、それも取り巻きが増える原因だったのだろう。ただ、その時の俺にとってはあまりにも邪魔だった。集中を乱される環境はごめんだった。

 結果的にではあるが。
 いまだからこそ言えることではあるが。

 俺にあったのは水泳の才ではなかった。努力というべきか、集中というべきか。目の前のことに全身全霊を注ぐことが、どうやら俺は人よりもよほど得意だと気付いたのは、皮肉にも脚を失ってからなわけなのだが。


71 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:17:44QBYrAgBk (4/17)




 大会の遠征の帰り。

 俺の――俺たちの乗ったフェリーは、深海棲艦の襲撃に遭った



72 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:18:34QBYrAgBk (5/17)


 醜悪な歯の生えた黒い球体。シャチほどもある金属質の生命。人の形をした、けれど明確に人ではない、なにものか。
 船が揺れる。どこかの火災を告げる警報。遅れてスプリンクラーから放水が為され、なにがなんだかわからないままに外へと転がりこんだ。しかし外には悪鬼がわらわらといて……たった今閉じたばかりの扉を開く。
 どこにも逃げ場などないと言うのに。

 当時はいまほどには深海棲艦の周知もされておらず、艦娘の配備されていない地も多く、救難信号から初動到着まではゆうに三十分はかかった。
 その時間は、俺が深海棲艦に襲われるには十分な時間。

 揺れは断続的に、そして徐々に巨大になっていく。火災報知器が鳴り響く中、俺はスプリンクラーの放水を受け、ずぶ濡れになりながら走る。どこへ? 逃げ場がどこにある? どこかへ隠れたって、どうせこの船は沈むだけだぞ?
 一際大きな揺れが船を襲った。脚を滑らせて肩から壁へと激突する。骨の軋む音。しかし、激痛よりも今は、割れた窓から放り出された人々の行方が気になった。思わず目で追って、そのことを後悔する。

 俺もああなりたくはなかった。


73 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:19:14QBYrAgBk (6/17)


 鵺のような声が耳を劈く。
 顔を向けた先には、歯。

 歯、歯、歯。空を飛ぶ歯の大群が。

「うああああああっ!」

 左足は、奇怪な化け物の口の中へと呑みこまれていった。
 今でも耳に残っている。皮膚が裂ける音、肉が千切れる音、骨が砕ける音。そして悪鬼たちの咀嚼音。

 やめろ、やめてくれ、それは俺の脚だ。お前らのものじゃない。俺のものだ。お前らの餌なんかじゃない!
 血の泡を吹きながら叫ぶ。これは夢であって夢ではなかった。辛く苦しい現実が、俺の前には確かに横たわっていて、それはいまだに長く尾を引いている。
 見聞きしたくないことが生きる原動力であるというのは、あまりにも皮肉が効きすぎている。

 カンカンカン、と硬質な金属音。何かで何かを叩きつけるような……例えば、デッキを靴底で勢いよく蹴飛ばすような。

「大丈夫ですか!?」

 見てわからないのか。真っ先に沸いたのは、喜びよりも見当はずれな怒りだった。


74 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:19:56QBYrAgBk (7/17)


 激痛に切られかけている思考の糸を手繰り寄せて、なんとか声の主を、人物の誰何を試みる。助けが来たのだ。途切れかけの意識の中で、それだけは確信が持てた。それだけで十分だったとも言える。
 俺を助けてくれたのが「艦娘」の、「比叡」という娘だったことは後から知った。

 乗客七十八名のうち、死者は五名。重軽傷者は十二名。
 重軽傷者の中には、当然、俺の名前も。

 命が残っただけでも儲けものだと、そんなありきたりな慰めは要らなかった。本質的には、それは俺の心を土足で踏み躙る行為に等しい。たとえ事実であったとしても。

 脚を失った人間が、どうやってこれから泳いでいけるというのだ?

 失意に底があるのだとすれば、あのとき俺のいた場所がそうに違いなかった。水泳はもう俺とともにはなかった。脚と一緒に、天国に、あるいは地獄に旅立ってしまっている。残されたのは国村健臣という、ただ右往左往するばかりのちっぽけな人間が一人。
 周囲からの失望は皆無だった。日本水泳界の宝が、と嘆きながらも、深海棲艦に襲われた悲劇のインパクトに全てが霞んでいるのだろう。


75 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:20:39QBYrAgBk (8/17)


 それは救いでもあったし絶望でもあった。泳げない俺にこの先を期待されることはこの上なく辛かったし、かといって泳げないという現実の重みに一人では耐えられそうにもなかったのだ。
 いや、結局のところ俺は、単に全てに嫌気がさしていたに違いない。叱咤激励を望みつつも、実際にもらえば「俺のことなど何一つわからないくせに」と悪罵をぶちまける、そんな生き物が俺の正体だった。

 泳ぎたい。泳ぎたかった。
 それが叶わないのだとすれば、せめて俺に生きる希望を、誰か、くれよ。

 寄越せ!

「いいだろう」

 壁へと無造作に叩きつけたテレビのリモコンが、かしゃんと音を立てて地面に落ちた。裏蓋が外れ、電池が転がる。入ってきた人物は単四電池を拾い上げ、まるで俺の叫びなどなんでもないさと言うように、手渡しでそれを返してくる。
 心の叫びを聞かれてしまった恥ずかしさはない。羞恥は未来があってこそだから。


76 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:21:32QBYrAgBk (9/17)


 中年の男性だった。四十の半ばくらい、だろうか。ワイシャツに、スラックス。ネクタイは身に着けていない。色黒でがっしりしている。単なるサラリーマンとは少し雰囲気が違っていた。
 なぜか白い手袋をはめている。潔癖症なのかもしれない。それにしては、右手だけなのが気になった。

「田丸剛二、という。はじめまして」

 野太い声。不思議と通るその口調から、普段は多人数に向けて話す人間なのだと、なんとなく思った。

「……誰だ?」

「暴れるのは体に障るんじゃないかな」

 俺の質問を頭から無視して、男は鼻を鳴らした。

「何しに来た? なんだ、あんた」

「きみに生きる希望をあげようというのだよ」

 田丸という男は、自らが海軍の人間だと名乗った。

 俺が乗ったフェリーを襲ったのは深海棲艦。そして助けてくれたのは「艦娘」と名付けられた海軍の兵器。新聞の片隅で見たことがある単語が矢継ぎ早に繰り出され、咀嚼と理解に時間がかかったものの、なんとか嚥下する。
 深海棲艦―――俺が見た、あの化け物。現状、それほど話題にはなっていないが、それはあくまで報道管制が敷かれているからに過ぎない。深海棲艦の被害や目撃情報は顕著に増加しており、それに対応するための準備を、海軍では行っているのだという。


77 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:22:17QBYrAgBk (10/17)


「いずれ隠し通せなくなる時が来るだろう。それは最早時間の問題だ。ことが露見する前に、先手を打って海軍では、記者会見を開く。そちらのほうが主導権を握ることができる」

 一体誰と争っているのか、その時の俺には判然としない。
 というよりも、この目の前の男は、なにを語っているのか。

「……だから?」

「軍人にならないかね、きみ」

「……スカウトなんて、わざわざ、俺を……」

 言葉はそれ以上出てこなかった。何を言えばいいのかもわからなかった。最もわからないのは、この田丸という男の魂胆だった。

「『艦娘』は兵器ではあるが、人間でもある。残念なことにね。メンテナンスが大変なんだ。導入コストは安くても、ランニングコストがかかる……そんな事例は枚挙に暇がない。
 深海棲艦は艦娘がいなければ太刀打ちできない。これもまた、残念なことだ。だが、仕方がない」

「話が長いって言われないか?」

「性分でね。だが、言われたことはない。俺に意見をできる人間は、そう多くはない。
 ……長い話が嫌いだと言うのなら、可能な限り、端的に言おう。国村健臣くん、きみには教官になってもらいたい」


78 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:23:13QBYrAgBk (11/17)


「……」

 教官。その言葉の意味。
 話の流れからして、それは、俺が艦娘とやらに何かを教えるということに他ならなかった。だがなぜ俺だ? 俺の一体どこに惚れこんで、何を見込んで、この田丸とやらはわざわざ病室まで足を運んできたのだ?
 こんな片足の無い男になにができるというのだ?

「何をさせるつもりだ」

「教官、だよ。呼んで字のごとくだ」

「誰かに何かを教えられるほどの学はねぇ。俺にはもう何もねぇ」

 水泳さえも、手から――否、脚から、零れていった。

「泳ぐのが得意と聞いたが」

「――ッ! だからっ! 俺にはっ!
 バカにしてんのか、片足なくして何ができるってんだ!」

「ならば用意させよう」


79 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:23:47QBYrAgBk (12/17)


「……はぁ?」

「世の中には出回らない逸品というものは、確かに存在するのだよ、きみ。作ったはいいが、生産ベースに乗らなかったもの、というものがね。俺たちは当然艤装を――あぁ、まぁ、兵器の呼び方とでも思ってもらえればいいさ。それを開発しているわけなんだが、その副産物として、義手や義足のノウハウもある」

 それはあるいは、戦闘で四肢を欠損した「艦娘」たち用のものなのかもしれなかった。

「それをきみに供与しよう。過酷な訓練でも使用可能なのは実証済みだ。以前と同様に動ける。まぁ、水泳の大会に出ることはやめてもらいたいが……目立つと困るんでね」

 俺は自らの左足に目を向けた。ズボンの膝から下が不自然に潰れている。ぺしゃんこに、真っ平らに、まるで中身が何もないかのように。
 いまだにそこには俺の脚がきちんとあるように思われた。意識をせずとも、そこにあるはずの、勝手に動くはずの、俺だけの脚が。だが、全てはまやかしにすぎない。痛みはないことが余計に現実感を喪失させている。


80 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:24:59QBYrAgBk (13/17)


「……俺にそんなことをして、あんたに利益があるって言うのか」

「従順な犬が欲しくてね」

 と、田丸はこともなげに言った。
 ペットショップに行きやがれ、とは思っても言えなかった。

「『艦娘計画』はとっくに動き出している。第一次は無事終わり、第二次も半ば……いずれ彼女たちの存在は、深海棲艦とともに人口に膾炙するだろう。今は水上艦だけだが、恐らくそうはなるまい。
 俺はね、きみ、将来的な優位を得たいのだよ。『潜水艦娘計画』を考えていてね、泳ぎの得意な少女たちも数人、見繕っている。俺が立ち上げる。俺が長になる。俺の息のかかった教官が――」

 と、田丸は俺に視線をやって、意味ありげににやりと笑った。

「――彼女たちを教える。そうして巣立っていった艦娘たちは、全て俺の兵器だ。そのためには必要なものが多い。有能で従順な教官は必須だ」


81 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:25:55QBYrAgBk (14/17)


 現実味のない話だった。それはこの男の夢物語が、というわけではない。いきなりやってきた権力闘争は、まるで別世界の出来事のようで、俺のことを話されているのに、全然我がことのような気がしないのだ。

 潜水艦。そりゃあ、名前くらいは聞いている。あれだろう? 沈んだりするやつだろう?
 泳ぎの得意な人間が必要な理由もなんとなくはわかった。だが、それだけでは理由には弱い気もする。自らに従順な犬が欲しいのだとは田丸の自己申告の通りだろうが、それくらいならば海軍の中からいくらでも探し出せるはずだ。わざわざ俺を択ぶ理由なんてない。

「……断ったら?」

 恐る恐るの問いに、田丸は笑った。失笑だった。

「断らないさ、きみは」

 なぜ? どうして? そう思えるんだ。
 確かに義足は魅力的な話のように思えた。車椅子の無い生活。歩ける生活。動ける生活。失ったものはしょうがないと思えるほどに俺は達観はできなかったけれど、しかし、失われてしまったからこそ、嘗ての生活は宝石のように輝いて映る。


82 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:26:57QBYrAgBk (15/17)


「きみの脚は深海棲艦によって奪われた。未来も。水泳も。何もかもだ。軍人になれば、教官になって艦娘を鍛え上げることができれば、それは、きみの復讐となる。違うかい」

「復讐……」

 俺の脚は失われたのではなかった。それは正確ではない。語弊がある。

 俺の脚は奪われたのだ。

 深海棲艦に。

 未来とともに、水底に沈んだ。

「恨みはあるだろう。俺が部屋に入ったとき、きみは怒っていたね。壁にリモコンを叩きつけていたが、違うだろう。そうじゃない。怒りの矛先は、病室の壁なんかじゃあない。
 ともに深海棲艦を駆逐しようじゃないか。痛みを受けたぶんだけ返す権利が誰にでも存在する。それに、きみが共感となって有能な艦娘を送り出せば送り出すほど、同じような犠牲者を減らすことができるんだ」

「……その過程で、あんたは昇進を果たす、か」

「些細なことじゃないか」

 それはその通りだった。俺には、こいつの椅子がどれだけ豪華になろうが、さして興味はないのだ。
 俺がしたいのは、俺の願いは……。

 失われた脚の――奪われた脚の、熱量が、俺の体の、どこに潜んでいるかと言えば。


83 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:28:38QBYrAgBk (16/17)


 心臓が熱い。不随意筋は熱を感じるはずがない。だからこれは、まったくの幻覚に違いなかった。

「……断ったら?」

 再度の問い。

「断らないさ、きみは」

 再度の答え。

「なぜわかる」

 疑問であり、詰問だった。既に俺の答えは決まっていた。

 田丸は狂乱に輝く瞳で、自らの右手の白手袋に指をかける。中指の先を摘まんで、一気に引き抜いた。

 ……その中には。

「さぁ、国村くん。潜水艦たちの教官になってくれるね?」


84 ◆yufVJNsZ3s2018/12/02(日) 11:30:12QBYrAgBk (17/17)

――――――――――――
ここまで

ついに艦娘が出ない箇所が出てきてしまった。
「ギャルゲー的展開」のほうとは意図的に構成変えてあります。

待て、次回。


85以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/02(日) 20:09:43TyoCMhoo (1/1)

待つ、次回


86以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/03(月) 01:30:401Pa33EgE (1/1)

ここまでガッツリ地の文の文章を深夜で読んだのは久方ぶりっすわ
でも良い感じの読後感なんで、なる早のおかわりプリーズです


87以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/04(火) 01:00:57stZbutlU (1/1)

おつなんだぜ


88以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/04(火) 21:50:098XxN41bw (1/1)

今回も面白い、おつ


89 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:18:23uiesM3ME (1/13)


「今日からお前たちの教官となる、国村健臣だ。長い付き合いになるだろう。よろしく頼む」

 目の前の四人に向かって、俺は頭を下げた。

 きらきら瞳を輝かせながら四人、こちらを窺っている。実際に会うのは初めてだが、資料は穴が開くほど熟読してある。それ以前の問題として、彼女たちの顔と名前くらいは、水泳雑誌で見たことがあった。
 どうやら田村の言った「才能がある少女を集めた」という言葉は本当だったらしい。

 そして、それは俺に限ったことではないようだった。桃色の髪の毛に大きな飾りをつけた少女が俺を指さして、

「本物だー!」

 と叫んだからだ。

 本物も偽物もあるものかよ、と内心で呟く。俺が有名だったのは海難事故に巻き込まれるまで。あれからリハビリで一年、「提督」として必要な能力を得るために二年が経過していて、俺はすっかりと過去の選手になってしまっているらしい。
 だが、それは寧ろちょうどよかったようにも思える。水泳は水底に沈んだ。それに気を向けることは、決して俺の利にはならない。


90 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:19:16uiesM3ME (2/13)


 やるべきことはただ一つ。たった一つ。シンプルで、わかりやすいこと。

 深海棲艦は殲滅しなければならない。

 同期として、同じく「提督」を志す何人かと、俺は二年間共同生活を送っていた。彼らにもさまざまな理念があって、単純に興味があっただけというやつもいれば、実家が海沿いで被害にあったやつもいた。日本国民を守りたいのだという崇高な志しのやつも。
 覚悟や誇りに貴賤はない。俺は自らが復讐心で動いていることをきちんと理解していたし、そのことを恥じるつもりも、ましてや誰かに言い訳めいたことを言うつもりもなかった。とはいえ、それはおおっぴらにするのとはまた異なる。戦いを私物化はできない。いわんや国防をば。

 少女たちはそれぞれ自らの名を名乗った。潜水艦の名前ではなく、素体名を。本名を。除隊するまで別れを告げるそれらを。

 元気な声だった。何より、健気な声だった。
 こいつらの後ろにいる田丸や、俺なんかの、権力や憎悪やそういったどす黒い汚濁など、一切知らない彼女たちは、だからこそ輝いていた。それは新雪にも似ている。
 気高くあろうと生きる人間は美しいものだが、汚れを知らない無垢な存在もまた、別のベクトルで美しいのだ。


91 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:20:28uiesM3ME (3/13)


 俺はそのまっさらで真っ白な平原に、さてどうやって足跡をつけていくべきか、目の前にして悩んだ。いくらかシミュレートはしていたけれど、いざ往かんとしたときには、やはりそうはいかないらしい。

 それでも後には退けないのだ。俺は最早、田丸の従順な犬と化した。それ以上に、自らの復讐心の鬼となっている。育てたのは俺だ。ならば、鎖で繋ぐのも俺であるべき。解き放したりしないのが最低限のマナーだろう。

 左足に触れた。新素材のそれは、セラミックより軽く、硬い。カーボンナノチューブは柔軟性と弾力、そして伸縮性に優れ、関節のどんな可動域にも対応できる。
 俺の新たな足は、恐らく肉と骨と皮と血よりも、性能はいいのだろう。入念なメンテナンスは必要だったが、ある一定以上の機能を維持する場合、そんなのは肉体でも変わらない。
 それでも俺は本物が良かった。体温を感じる肉と骨と皮と血のほうが、何倍も何十倍も、俺のものであるような気がした。


92 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:21:04uiesM3ME (4/13)


 この義足のメンテナンス費用なども、全て田丸が賄ってくれている。「先行投資だからね」とやつは底冷えのする笑いとともに言っていた。俺に求められているのは、提督としてこの少女たちをきちんと導いてやること。
 正しく兵器に仕立て上げること。

 そのためならば、あらゆる汚辱は被る覚悟があった。卑怯な手段も講じるつもりがあった。

 艦娘はあくまで一つの駒にすぎない。戦略的には、勿論そうだ。何より、こいつらは俺の礎だった。俺の復讐と未来と義足と、その他諸々のための道具だった。
 どうやって俺の言うことをきかせるか考えたとき、尊敬の念を抱かせたり、単純に立場から指示したり、選択肢はごまんとある。取り得る手段は一つきりではない。時には複合して、うまく手なずけていく必要がある。

 だから、これもその一環に過ぎないはずだった。

 恋愛感情を利用するのは、それこそ、最も手っ取り早いように思われた。

 所詮高校生など、いくらでもやりようはあるはずだから。

――俺の脚が、ずきん、と痛んだ。


93 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:21:50uiesM3ME (5/13)


* * *

 ひんやりとした心地よさを感じて、俺は薄ら目を開けた。ぼやけた視界が徐々に輪郭を取り戻していき、真っ先に視界のなかに、一杯の桃色が映る。

「……あ、おこしちゃった?」

 心配そうにこちらを覗き込んでくるゴーヤの表情には、一切の衒いがない。こいつらはどこまでも真っ直ぐだ。全てに全力でぶつかるのは、若い者の特権なのかもしれないが、たまに行き過ぎることもある。
 ただ、それが俺にはどうしようもなく眩しく見えるときがあって、そんなとき、俺はこいつらを直視できず、思わず目を細めてしまう。

 顔を動かすと、額に置かれていた何かがずれ、視界の半分を覆った。ゴーヤが「もう」と軽く笑って、それをまた額に戻してくれる。硬く絞った濡れタオルのようだ。

「凄い苦しそうな顔、してたでち」

「……そうか」


94 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:22:24uiesM3ME (6/13)


「ゴーヤたちの名前、呼んでた気がしたけど」

 そんなつもりはなかったが、ゴーヤが言うからにはそうなのだろう。

「……夢を、見ていた。昔の。お前らと会った時の、光景を」

「珍しいでちね。そんな感傷的な感じになるなんて」

「そうかな……」

「そうでち。だって提督は前を向きっぱだから。そういう、過去に頓着するのは、珍しいかもって」

「……」

 言われてみれば、確かにそうかもしれなかった。
 いや、前を向く原動力が過去にあるのだとすれば、俺は一体どちらを向いて生きていることになるのだろう。

「大丈夫? 脚」

「まぁ、ある程度は」

 嘘だった。寧ろ痛みは増しているくらいだった。

 見れば、ゴーヤの頬は紅潮していた。息から微かに甘い、アルコールの匂いがする。
 時間はわからないが部屋は暗く、窓から見える外もまた暗い。深夜。食堂で話していた歓迎会がお開きになったのか、はたまた途中で抜け出してきたのか。


95 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:23:00uiesM3ME (7/13)


「他の奴らは?」

「多分寝ちゃったんじゃないかな? ゴーヤも、そろそろ寝ようと思って、最後にちょっとだけ様子見ようってだけだったから……」

 となると、もうだいぶ夜も深いらしい。変な時間に眠ってしまったからだろうか、何もかもが判然としない。
 いや、悪夢のせいか。

 かぶりを振った。悪夢のせいですらなかった。俺は万事に通じているとは口が裂けても言えないけれど、それでも、幸いにも――あるいは不幸にも、俺自身のことは理解ができているから、この身に何が起きているかくらいは納得ができる。

「……大丈夫?」

「……」

 ゴーヤの顔が、近くにあった。

 酩酊が作り出した表情筋の弛緩は、暗闇の中では扇情さだけが際立っている。少女であり、女性でもある年頃。髪の毛は艶やかで、肌は透き通るほどに白く、制汗剤と虫除けの混じった匂いが僅かに首元から漂って……。
 まるで夏の具現じゃないか、と俺は思った。塩素くさい25mプールと降り注ぐ陽光ばかりが俺の真夏ではあったが、創作の世界の中にしかないはずの情熱や熱気や、何より胸の高鳴りがここには確かに存在していた。春の東日本、田舎の廃校舎の一室に。


96 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:23:54uiesM3ME (8/13)


 気づけばゴーヤの頬に手をやってしまっている。彼女は少し驚いて、だがすぐに勝ち誇ったように笑った。へへーん。わざとらしく鼻さえ鳴らしている。
 ゴーヤはくすぐったそうに手から逃げ、その実ぎりぎりの、触れるか触れないかと言った感触を楽しんでいた。俺の指先に自らの肌を擦り付けているようにさえ見える。

 手のひらが、指先が、手の甲が、彼女に触れられた箇所が熱い。

 同意の上の白々しさによって、手が自然に/導かれて口元へと向かう。手はまだ頬にある。しかし、親指が口の端へとかかっている。
 ゴーヤはそれをぺろりと舐めた。柔らかい、唾液に濡れた舌で。

「……えへっ」

 笑う。

 俺はもう、自らの屹立したものが痛いくらいだった。


97 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:24:35uiesM3ME (9/13)


 どうしたらいいだろう。どうすべきだろう。俺は今すぐにでもこいつを抱きしめて、唇を貪り、唾液を啜り、押し倒しながら服をはぎ取って、前戯もほどほどに突っ込んでかき回してやりたい衝動に駆られるも、そうできないのだ。そうしてはならないのだ。

 ゴーヤが手を伸ばしてくる。互いに、背中へ腕を回し、きつくきつく、抱き締めあう。

 この冷えた体に気づかれないか、気が気でない。

 なんでもすると言ったろう! 深海棲艦を殲滅し! この脚と、未来の借りを返すためならば! 小娘の四人くらいを手玉に取るのなんて、へいちゃらだと言ったろう!
 そのために田丸の犬になり、そのためにリハビリにも耐え、苦しい教練を乗り越えたのではないのか!

 脚が痛む。

 あぁそうだ。だからそうした。そうしたじゃないか。その結果がこれだ。目的は果たした。田丸は、少なくとも俺の仕事には満足している。俺だってうまくやれている自負はある。
 計画の頓挫は予想外だが、まだ決まったわけじゃあない。最善を尽くすつもりは十分に有る。でなければ報われない。


98 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:25:17uiesM3ME (10/13)


 報われない? 誰が?

 俺が?

 こいつらが?

 プランの完遂には、どうしても不幸な犠牲はついて回るものだ。

 犠牲とは誰のことを言っている?

 今更こいつらに情が湧いたか? と心の奥底で誰かが問うた。
 俺は台風を恐れる子供のように、ゴーヤに回す手に力を籠める。

 誰か、俺の代わりに、「あぁ」と答えてくれ。

 どうやら俺はゴーヤのことを愛してしまっているらしい。


99 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:27:08uiesM3ME (11/13)


 それはあまりにも致命的で、どこまでも致命的で、ことごとく致命的だった。綺麗に肋骨の隙間を抜けて心臓へと深々突き刺さる一本の薄刃。ゴーヤは夏の具現でもあり、そして暗器の具現でもあったのだ。

 ミイラ取りがミイラになってしまったと気付いたのはいつごろだろう。挨拶を交わして、半年も経たぬうちに、自然と目で追ってしまっていたはずだ。快活でよく笑い、少しだけ面倒くさがりで、けれど責任感は誰よりも強い彼女は、いつだって俺の背中から「教官」と呼んだ。
 復讐心が薄まっている自覚はあった。奪われた脚と俺の未来。深海棲艦をこの世から根絶やしにするという気持ちは、今も昔も変わらない。そのためなら全てを利用するつもりだった。いくらでも田丸に利用されてやるつもりだった。

 そして俺は、利用するつもりで彼女に――彼女たちに近づいたのだ。

 惚れさせてしまえば、どんな無茶でも聞き入れるだろうと高を括って。

 こいつらは人間を既に止めた身だ。神をその体に降ろす、護国のための決戦兵器。だから俺たちがいかに扱ったって構いやしない。そうじゃないか?

 そうだろう?


100 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:27:38uiesM3ME (12/13)


 脚が痛む。

 過去の気持ちが偽りだったからと言って、今の気持ちが偽りだとは限らない。恋人のなれ初めが常に相思相愛であるわけではない。わかっている。わかっているのだ。
 それでも、偽りであった関係が、いつの間にか本当の関係にすり替わっているのだと都合のいい考えに徹することはできない。

 奪われた脚への想いは、今でも俺の中心に、大きく居座っているから。

 だから痛みを笑顔で隠し、大してなんでもないふうを装うのだ。

「ゴーヤ、愛してるぞ」

 その言葉だけは、偽りではない。


101 ◆yufVJNsZ3s2018/12/08(土) 23:28:33uiesM3ME (13/13)

―――――――――――――
ここまで

次回は濡れ場かな。
ゴーヤと寝てこないと……。

待て、次回。


102以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/09(日) 00:38:16XaIVVgOg (1/1)

待つぞ


103以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/09(日) 02:37:40jQYWcUK2 (1/1)

いくら提督としてのガワを身につけたとはいえ、元がひたすらに水泳一筋だった人が搦め手に手を出したら、そりゃあなぁ


104以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/09(日) 16:16:03CG5LPwJ6 (1/1)

溺れちゃってる


105以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/18(火) 23:56:073bYJ.Pew (1/1)

年明ける前には一回更新来るかねー?


106 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:01:49Lq4003/Y (1/13)


 裸になることには抵抗があった。

 年甲斐もなく恥じらいがあるわけではない。ただ、トレーニングを欠かさずとも、全盛期とはどうしたって筋肉のつき方が違う。身体の衰えがある。醜くなる己の体は嫌だったし、比較して否応なく過去は輝いて見えて、それもまた嫌だった。
 なにより義足を外したその痕が、奇怪な凹凸の断面が、俺にはどうしても自身の身体の末端であるとは信じられなかったのだ。

 だから、俺の上にゴーヤが跨ってくれるのは、口にはしないがありがたいことだった。下半身は彼女の向こうに隠れて見えない。ただひたすらに快感だけが俺のそこを支配している。
 引き締まった腹筋と、控えめな乳房があった。比較して、尻や太ももの肉づきはいい。片手で握って少し余るくらいのボリュームは、いくらでも、いつまでも、触っていたくなる。


107 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:02:49Lq4003/Y (2/13)


 俺の陰毛とゴーヤの陰毛が、汗なのか汁なのか最早わからなくなったものによって、てらてらと濡れそぼっている。彼女が腰を俺の腰へと打ち付けるたび、飛沫が跳ね、また汗なのか汁なのかわからない何かがにじみ出ていく。
 ゴーヤは随分と軽かった。150にも満たない小柄さのせいだけではなく、しなやかさがその肢体にはあるように感じられた。彼女は俺の腰骨に手を衝いて、その細い腰を持ち上げ、降ろす。そのたびに少し粘ついた音が聞こえるのは、勿論向こうの耳にも届いているだろう。

 俺のものを自らの最奥にまで納めると、一度抽送を止め、ゴーヤは身震いした。長い吐息。魂まで出ていってしまわないか心配になるくらいの。
 正直、少しだけ助かった。あと少し往復を続けられていれば、あっけなく果ててしまうところだったからだ。ゴーヤは寧ろそれこそを楽しみにしている節があったが、俺にも矜持というものはある。そう易々と音を挙げては沽券に係わる。


108 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:03:48Lq4003/Y (3/13)


 ゴーヤを抱きしめてやる。さりげなく尻を揉むと、自慢げに笑った。
 いつもとは違ってゴーヤは俺を抱きしめ返しはしなかった。ただ為されるがまま、俺の腕の中で、俺に身を預けている。心までもと言ってしまうのは自惚れが過ぎるかもしれないが、行為の最中くらいは誰が咎めるだろうか。

 俺が萎えないように少しずつ刺激を与えながら、桃色の髪の毛が俺を窺うように揺れる。どちらが精神的な優位に立つのかを、ゲームとして楽しむ癖がこいつにはあった。俺はそれがこいつなりのスパイスなのだと考えていた。
 俺から余裕を奪おうと百戦錬磨のように振舞ってみたかと思えば、俺に組み敷かれて意思と関係なしに犯されることに奮えているときもある。それを「好きもの」の一言で片づけるのは、きっとこいつには失礼なのだろう。

 ……「恋人」という言葉と出会わないように、俺はひたすらに回り道を、回り道をと辿ってきた。それは鬼門だ。鬼門以外のなにものでもない。


109 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:04:44Lq4003/Y (4/13)


 上下が揺らぐことは、有り得ることだ。ゴーヤがその揺らぎを楽しんでいるのは、裏を返せば、恐れていると見ることもできる。揺らぐのは人と人の関係だけだから。
 教官と教え子の関係が、提督と艦娘の関係が、揺らぐことはない。何故ならば、その関係性はそもそも上下によって定義づけられている。教え子が上で教官が下、そんなことは有り得なかった。

 揺らげば揺らぐほどに、俺たちは提督と艦娘の関係から逸脱している/いくのだ。ゴーヤはきっとそれを望んでいる。

 田丸はきっと激怒するのだろうな、と思った。

 艦娘は兵器だ。兵士ではない。

 青葉は夕食時に、自らを兵士であると語った。俺はその点について価値判断をする気はない。すれば、俺は自身に田丸の影を見るだろう。それはとても腹立たしいことのように思えた。
 無論俺はやつに対して深い感謝と恩義を感じている。犬になることに否やはない。ただ、全てがやつの思想に染まれるわけでもない。


110 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:05:27Lq4003/Y (5/13)


 防衛省と神祇省の縄張り争い。艦娘の技術と指揮権の綱引き。
 戦力を最大限効率化するのは当然のことで、そのために統一されたドクトリンは必要で……ならば艦娘たちが兵器と化すのは必然。それをそうとわからないように、うまく艦娘たちを手なずける術が提督には叩き込まれる。
 俺もそうだ。

 兵士に恋愛感情を抱くことはあるだろう。だが、兵器に恋愛感情を抱くのは、ただの異常者でしかない。
 人間は銃を愛さない。剣を愛さない。火薬を愛さない。

「こーら」

 俺の顔を両手ではさみ、ゴーヤは眉を顰める。

「他のことを考えるのはマナー違反でちよ」

「……そうだな」

 その通りだった。俺は訴追を防ぐため、ゴーヤの口を自らの口で塞いだ。舌を絡めながら、尻を両手で軽く支える。
 ゴーヤは俺の胸板に頬を擦り付けるようにしなだれかかってきた。俺はそこに揺らぎを見る。最早彼女は主導権を握る気はないようだった。


111 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:06:12Lq4003/Y (6/13)


 抽送を開始する。「あっ、んっ」という小刻みな嬌声が、俺の首筋から聞こえてくる。
 ゴーヤの中は熱く濡れ、充分に柔らかくほぐれていた。奥を衝けば俺のものを離さないかのように収縮し、引けば逆に全身から力が抜けていく。
 全力で腰を打ち付けたい衝動に駆られるも、本能の荒波に曝されながら、理性はなんとか体勢を残していた。俺はあえて焦らすかのように、ゆっくりと、これまで何度も味わい楽しんできたゴーヤの中の、新たな個所を探る。

「ん、はぁ……」

 ゴーヤが背筋を震わせた。僅かに視線が揺らぎ、口元から涎が垂れる。俺はそれを吸い取ってやるが、向こうには反応の余力も残っていない。
 遅々とした速度で引き抜かれる俺のものを、ゴーヤの中は襞の一つ一つが離そうとしないようで、くびれをいやらしい感触が襲う。それでも見る限りではゴーヤのほうが快楽は上のようだ。こちらの鎖骨に顎を乗せて、手さえもだらりと流れ落ちている。全ての体重が、尻に回した俺の手にあった。


112 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:07:03Lq4003/Y (7/13)


「あぁー……あぁ……」

 呂律も怪しい。

「気持ちいいか?」

「んー? へへ、ふふっ、うへへぇ……きもちー、いー、でちー」

 蕩けた表情は眩暈がするくらい扇情的だった。理性が崩落していく最中で、それでももっとこいつの陶酔を見ていたいとも思う。

 太腿と陰部の間で、粘ついた糸が長く、豆電球の灯りで輝く。

「どこが?」

「んー? えぇー? もぅ、てーとくはぁ、変態さん、んっ、んぅ、……ちょっと、話してる途中でキスはずるっこ、でちよぉ」

 ゴーヤは俺の耳朶に息を吹きかけた。むず痒いような感覚と、甘美な音。世界から彼女以外の存在が締め出されたかのような。

「……てーとくのおちんちんで、ゴーヤのおまんこきもちよくしてもらって、とっても幸せ、でち」

 それだけでは飽き足らず、首筋を甘噛みしてくる。
 柔らかく暖かい舌が肌の上を這いずる感覚に、そろそろ昂ぶりを抑えられそうにない。

 角度を少し変え、またもゆっくりと、しかし今度はゴーヤの奥に向かって進めていく。瞬間、ゴーヤは体をびくりと震わせ、先ほどの弛緩はどこへやら、爪先までぴんと伸ばして俺の肩へと爪を立ててきた。


113 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:07:57Lq4003/Y (8/13)


「――っ、んぅ、ん、ふぅううぅ……!」

「動くぞ」

「んっ、んっ!」

 それが了承の返事だと都合のいい解釈をして、俺は一気にゴーヤの中へと身を埋めた。

「んーっ!」

 流されないように、呑まれないように、ゴーヤが俺に必死にしがみつく。俺としてはいくらでも流されて、呑まれて、いいと思っていた。遠慮をするつもりはない。そのままゆっくりと引き抜いて、また勢いよく中へと己の欲望を叩きつけていく。
 ぱちん、ぱちんと肌が鳴った。淫猥な音。汗や粘液の音も、暗闇の中でははっきりと聞こえる。

「ん、んっ、あっ、ふ、ぁ、やぁ」

「気持ちいいか?」

「んっ、うんっ! きも、きもちー、でち……!
 てーとく、はぁ?」

 返事の代わりに最奥を衝いた。ゴーヤの体が一際大きく跳ね、自分の力ではどうしようもないのか、俺の胸に顔を埋める。ちゅ、ちゅっと啄むような口づけが胸板に降る。
 その姿が愛しくて愛しくてたまらない。


114 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:08:34Lq4003/Y (9/13)


「あっ、やっ! だ、だめっ、だめだめっ、ずる、い、よぅ……! てーとく、もっ、いっしょに……」

「お前が先にイけ」

 少しの悪戯心は行為のスパイスだろう。

「いっしょに、イきたいなぁ……」

「っ」

 あぁ、もう、こいつは!

 いや、俺が単純すぎるだけか? ――これだから男ってやつは! と苦し紛れに責任を拡大して転嫁。

 脳髄がぴりぴりする。腹の奥底がむず痒い。白く真っ赤に滾る本能が、あぶくを立ててふつふつ唸る。
 酸欠気味になりながらもゴーヤの唾液や、肌に浮かんだ珠のような汗を、どうしたって啜らざるを得ない。密着が足りなかった。このまま溶けて交じり合ってしまいたかった。

「ふぅ、ぁ、あぅ、っ!」

 ぐちり、ぐちゅり、愛液と先走りが交じり合ったものは、既に俺たちの太ももを濡らし、シーツに染みを大きく作っている。
 殆ど力任せにゴーヤを犯す。小さく軽いゴーヤの体は、一突き一突きで面白いくらいに跳ねる。


115 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:09:12Lq4003/Y (10/13)


「てーとく、てーとくっ! いいでちか!? ごめっ、ごめんなさい、あの、もう、ゴーヤ、イってもいいでちかぁっ!」

 俺が快楽を貪るためにゴーヤを動かしているように、ゴーヤもまた、快楽のために自ら腰を上下させていた。引き抜くに合わせて腰を落とし、奥へ、もっと奥へと貪欲に俺のものを咥えこむ。
 許可を乞うゴーヤに対して、何かを言おうとしたのだが、意識は言葉にならない。掠れた吐息が月光の中で際立つ。

 最早我慢が利かなかった。込み上げてくる「それ」は、感情よりももっとずっと明確ななにか。

 ゴーヤの尻を一際強く掴んだ。なるたけ爪を立てないように配慮しつつも、実際、そうできたかは自信がない。
 その柔らかな肉を、俺は殆ど力任せに自分の腰へと叩きつけた。最奥をめざして先ほどのゴーヤのように、強く、強く。


116 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:09:48Lq4003/Y (11/13)


 視界が爆ぜる。
 下半身が別の生き物のように膨れる。堪えきれなかった俺の中の欲望が、決壊した堤防のように、容赦なくゴーヤの中へと流れ込んでいく。
 音さえ聞こえてきそうな射精。小さなゴーヤの体の、小さな最奥にはすぐに入りきらなくなって、粘液とはまた違ったぬめりが逆流してくる。

 しがみついたゴーヤの体がぶるり、震えた。伴って中も。
 零れ出ていく精子を惜しむようなその動きに、思わず変な声が出てしまった。
 絶頂はまだ続いているのか、時折痙攣しながら、ゴーヤは唇を噛み締めている。眼もきつく瞑って、この現実から放り投げられないように。

 そんな彼女の頭を撫でてやった。俺はここにいる、と言外に伝えたつもりだった。

 たっぷりと十秒近い射精。そしてゴーヤもようやく快楽の波が収まりつつあるようだ。口はいつの間にか半開きになり、吐息が俺の肌を焼く。視点も、いまいち定まっていない。

「んん……」

 ゴーヤが体重を預けてきた。受け止めようとして、けれどうまく力が入らない。そのまま抱きしめる形でベッドへと横になる。
 萎えつつあるものとゴーヤの隙間から、精子がどろりと零れ出て、陰毛や太もも、シーツを汚した。それ以前に既に体液まみれだ。不快感というか、危機感というか、あぁ拭かなければという意識はあるのだが、そんな現実的な思考はこの場には不必要だった。


117 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:10:56Lq4003/Y (12/13)


 余韻。

 ふわりふわりと漂う香り、汗で貼りつく肌と肌、心音、吐息、それら全てが愛おしい。
 この小柄な桃色の少女の全てを感じていられさえいれば、いまの俺には他になにもいらない。そう断言できるほどに満ち足りている。

「……てーとくぅ」

 胸板に頬摺りしてくる。火照った体が少し冷えてきて、俺は毛布を引き寄せた。そのままゴーヤを抱きしめて、彼女ごと包む。

「ね、ね」

「ん?」

 ごそごそと動いて何をするのかと思えば、毛布の中に潜り込んで、だいぶ柔らかくなった俺のものを舌先でぺろぺろとやり始める。

「きれいにしてあげる、でち」

 ……そんなことまで教えたつもりはないのだが、甘んじて受け入れることにしようか。


118 ◆yufVJNsZ3s2018/12/21(金) 01:14:59Lq4003/Y (13/13)

―――――――――――――――
ここまで

濡れ場、ちょー疲れる。遅れてすいません。
この部屋の防音は完璧です。

あと個人的に身長と胸のサイズ感は
身長 19>168>8>58
胸  8>19>58>168 
こんな感じです。あくまで妄想の範疇で、各自ご自由にお楽しみください。

待て、次回。


119以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/21(金) 02:12:138qFdKMe2 (1/1)

お疲れ様です
かわいいなぁ


120以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/22(土) 00:57:29C9H2Flck (1/1)

おつおつ、今回もいいねぇ


121以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/22(土) 01:38:52UBSwyBes (1/1)

イムヤちゃんのちっぱいprpr


122以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/24(月) 03:23:27kTEtsZeo (1/1)

またひとつブクマが増えてしまった
是非完結させてくれ


123 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:45:13i8Z1BkWE (1/17)


「……」

 朝日が眼に沁みて、そこでようやく朝が来たことを知った。どうやらまぐわいのあと、疲労のままに寝入ってしまったらしい。
 俺の隣には暖かさはなかった。シングルベッドには俺しかいない。当たり前の話ではある。だが、そんな当たり前が、少し寂しくも思った。

 悪夢の記憶はない。ゴーヤのおかげだ。

 彼女は自分の部屋に戻ったのだろう。そう結論付けて、上体を起こす。あまり未練たらしいのは情けなくなるから。
 時計を確認すれば、現在時刻は朝の六時。昨夜は随分と早寝だが、起きる時間に変化はない。そういうものだ。体内時計は既に、常に、セットされている。

 まだ少し疲労感が残っている。それが、我が潜水艦泊地の置かれている状況から来るものなのか、それとも昨晩のゴーヤとの行為から来るものなのかはわからない。ただ、そんな頑張った気はしなかったけれど。
 惰眠を貪りたい欲求を頭の奥底にしまいこんで、体温に慣らされた寝具へお別れを告げる。ゴーヤを抱いた後、シャワーも浴びていない。下半身を重点的に不快感が途轍もない。


124 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:46:04i8Z1BkWE (2/17)



 ベッドの脇においていた義足を装着する。ぱちん、ぱちん、ぱちん。三か所の留め金で固定して、俺は立ち上がった。一刻も早く体液を流したかったからだ。

 本当に体表を流す程度に抑えておいて、俺は手早く下着を吐き、通気性のいいジャージを上下身に着けた。
 規則正しい生活、そして日常的な運動は、これまでの俺の人生の中で鮮やかに息づいている。他の皆よりも少しだけ早く目覚め、散歩ともランニングともつかない速度で、辺りをぐるりと回るのが俺は好きだった。

 準備運動は念入りに。靴ひもの結びもきちんと確認して、俺は朝の空気の中へ身を躍らせる

 この泊地は廃校となった施設を利用している。グラウンドも、さほど大きくはないがある。しかしそれではあまりにもつまらないだろう。潮風の匂いのする方へと、俺は脚を向けた。
 いくつかの例外はあるものの、泊地や鎮首府といった建物は、おおよそ海の傍に建っている。周囲に古めいた民家や車が多いのは、海が近いことの証左だった。塩分は金属の大敵だから。

 木の種類も俺が暮らしていたところとは違っているように思えた。気候のせいだと断定できるほど、俺は植物に詳しくはない。


125 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:46:46i8Z1BkWE (3/17)


 早朝では車通りはなかった。信号機が誰もいない交差点で働いている。俺は一応律儀に守って、視覚障碍者用の音を追い抜いて走る。
 商店街はシャッターばかりだった。営業時間外だからなのか、そもそも畳んだ店なのか。

 そのままアーケードを抜け、時間にして十五分ほどか、俺は泊地へと戻ることにする。
 少し速度を落とす。クールダウンも兼ねて、てくてくと歩く。駐車禁止の標識がひしゃげていた。誰か事故でも起こしたのだろうか。

 泊地の入り口には門がある。嘗ては学び舎を守っていたのだろうが、今はもう錆のせいでびくとも動かなくなってしまっている。黒い塗料はところどころが禿げ、赤茶けた錆の浮いた下地が目立つ。

 青葉はそこにいた。


126 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:47:33i8Z1BkWE (4/17)


 カメラを構えて、地図からも消えて久しい学校の名前をぱしゃり、空を見上げて晴天をぱしゃり、振り返って校舎に据え付けられた大きな時計をぱしゃり。

「朝から仕事熱心だな」

 俺が声をかけると、青葉は「恐縮です」と答えた。

「朝は早いほうか」

「夜討ち朝駆けは記者の基本、ですから」

「お前は艦娘だろう」

「あはは、そうでした。ついうっかり」

 青葉は笑って舌を出す。なんと返したものかわからずに、俺は話題を変えた。

「昨日はだいぶ飲んだんじゃないのか?」

 いや、「あいつらに飲まされたんじゃないのか?」が正しい表現なのかもしれないが。
 あいつはとにかく人懐っこい。誰に対してもそうだ。俺との出会いからそうだった。
 その性質があの四人特有のものなのか、それとも年頃の女子は大抵あんな感じなのか、よくわからない。俺自身の青春を紐解いてみても見つかりはしなかった。


127 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:48:52i8Z1BkWE (5/17)


「えぇ、まぁ。とは言っても、青葉はそれほど強くないので、缶ビール二本くらいで十分満足でした」

「話は聞けたか?」

「はい。ただ、酒の席の話は半分くらいに聞いておかなければならないですけどね。人という生き物は、とにかくすぐに話を盛りますから」

「体験者は語る、だな」

「そうですね。あちらにも悪気がないのがまた悪い、と言いますか。折角、わざわざ、遠方から話を聞きに来てくれているんだから、つまらない話ばかりじゃ申し訳が立たない……そう考えてしまいがちなんです」

「まぁ、うまくヨイショしてくれよ。鳴り物入りで配属された期待の新人なんだから」

 それは事実であって事実ではなかった。潜水艦泊地は方々から良くも悪くも注目の的ではあるが、その大部分は田丸の根回しによるものである。

「勿論ですとも、大船に乗ったつもりでいてください。
 司令官は、ランニングですか? 朝の日課でしょうか」

「そんなもんだ。椅子に座って事務仕事、堤防に腰かけて指揮……そんなんじゃ腹が出るばかりで、どうにもな」

「なるほど。体型を気にしてらっしゃる、と」

「新しくできた艦隊の司令が、だらしのない格好のおっさんじゃあ見栄えが悪いだろう」

「――と、田丸三佐がおっしゃっていた?」

「……まぁ、な」


128 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:49:23i8Z1BkWE (6/17)


 青葉の脇を抜けようとした俺を、青葉は真正面から逃すまいと立ちふさがる。
 魂胆はわかっていた。昨日の続き。仕切り直し。
 結局あのあと、俺は悪夢に魘されて、青葉は酒が入って……碌な会話はできなかった。再開しようというのだ、いま、ここで。

 恐らくカメラで周囲を撮影していたのはブラフなのだろう。あそこに張って、俺が帰ってくるのを待っていたに違いない。

 青葉、こいつの魂胆はわかったけれど、しかし胸中を見通せているかと問われればノーだ。その理由や理屈、言い換えれば信念といったものらは、言動の端々からはまるで透けてこない。

 俺の本心が聞きたい? ナラティブ――限りなく本人の生活史から紡ぎだされた言葉たち。


129 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:49:58i8Z1BkWE (7/17)


 俺が悪漢でも別に構いやしない。青葉は確かに昨晩そう言った。だが、本当にそうだろうか? 初対面の人間の言葉を鵜呑みにして、痛い目を見た人間の話など腐るほどある。案外俺が伝えたことをそのまま四人に喋ることだって有り得るのだ。
 かといって極端なごまかしが通用する相手だとも思えなかった。少なくとも、姿勢はプロのそれのように見える。言葉の端々にフェイクを差し込んでいくくらいならばばれなかろうが、全くの虚構を事実のように述べてみても、眉を顰められるだけだろう。

 いや、考えていても埒が明かない。きりがない。結局、こいつとは今だけの付き合いではないのだから、ある程度お互い腹を割って――少なくともお互いが腹を割ったと認識できるくらいには、頭を使ったやりとりをしなければ。


130 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:54:33i8Z1BkWE (8/17)


「何が聞きたい。俺は何を言えばいい」

「田丸の犬には理由があります」

 耳に痛い単語が聞こえてきた。青葉を見る。真っ直ぐに俺を射抜くその瞳は、思っていたのとは違っていた。糾弾や批判の色が見えない。

「餌をちらつかせて、人を飼い慣らします、あの男は。だから、司令官。あなたにもきっとそういう事情がおありなのだと、青葉は考えます」

「……だから?」

 それがどうした。お前に関係のあることではない。
 それでも訊きたいというのなら、相応の覚悟が必要だろう。

 田丸は決して手放しで褒められた人間ではないが、ある種どこまでも人間らしい人間であると俺は思っていた。善人も悪人もこの世にはいない。俺はそもそも善悪の判断をなるべくならしたくない。
 出世を願うのも、失った右手の復讐を誓うのも、限りなく人間らしい感情によるもの。目的を達成できたかどうか、あるいは途中で何人が犠牲になったか、それらはまた別の評価軸だろう。


131 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:56:35i8Z1BkWE (9/17)


 少なくとも俺はあいつの出世欲、そして復讐心のおこぼれを預かっている身だ。あいつがいなければ、俺は殆ど廃人だったに違いない。そして……こう言うのは実に恥ずかしいのだが、ゴーヤにだって会えていなかった。
 そう言う意味で、田丸は俺にとっての恩人だった。どれだけ悪人であったとしても、そこを認めないことには、俺が俺ではいられない。

「話が長いのは、青葉、お前もあいつと同じだな。お前がそうやって俺のことを訊くのは、記事のためか? それともゴーヤたちのことが心配か?」

 軽口交じりの言葉が以外にもクリティカルだったらしく、青葉は何かに驚いた、怯えた顔を作る。

「……」

「……急に黙るんじゃねぇよ、困っちまうだろうが」


132 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:57:06i8Z1BkWE (10/17)


「理由、は」

 そこまで言って、一度言葉を切る。
 下唇を噛んで、逡巡しているようにも見えた。だがすぐに吹っ切る。

「単一ではありません。記事のこともそうです。あのコたちのこともそうです。そして、何より、青葉もあなたと同じ、あいつの犬です。潜水艦泊地を成功へと導かなければならない理由があって……。
 司令官。復讐は何も生まない、なんて知った口を利くつもりは毛頭ありません。深海棲艦との戦いに赴くわけなんて、金か、復讐か、大体どちらだと青葉は知っています」

 知っている、ね。思っているではなく。

「経験則なわけだ」

「はい。特に田丸三佐はそういうかたでした。だから司令官もそうであることは知っています」

「なら、話が早いな」

 俺はジャージの裾を太腿のあたりまで捲り上げた。白く、ところどころ銀色の、俺のものであって俺のものでない脚がそこにある。

 青葉は無反応だ。当たり前だが、驚きはない。嫌悪も同情も浮かんでいない。
 それは実に助かる反応だった。復讐は何も生まないとたった今青葉は言ったが、嫌悪や同情だって随分と非生産的。


133 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 10:59:39i8Z1BkWE (11/17)


「脚と人生を奪われたら、躍起にもなるさ。いまだに夢に見る。本物の脚がきちんとくっついていて、俺はいつかの五輪で、表彰台に立っているんだ。夢の中では幸せの絶頂で、だからこそ目が覚めたときの落差に……まぁ、そうだな、死にたくなる」

 こんな目に合わせてくれたやつらを殺したくなる。

「そのためならば、年端もいかない子女を利用してもいいと?」

「利用? なんだそりゃ。ゴーヤたちのことか?」

「違いましたか」

「ん……」

 俺は応えようとして、一拍置いた。青葉の問いへの回答を持っていないことに気付いたからだ。いま、そのはざまで揺れ動いている最中なのだから。
 とはいえそれを馬鹿正直に告げるつもりもない。そんなことをしたってびた一文の得にもなりゃしないだろう。

 利用しようとした。あぁ、そうさ。高校生などガキだ。俺自身のことを思い出しても、思慮に欠ける、浅はかな生き物だった。あいつらだってそうだ。
 だが、いまや俺の手には負えない。

 ……否。俺の手に負えなくなっているのは、俺の心のほうかもしれないが。


134 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 11:00:49i8Z1BkWE (12/17)


 昨日の青葉の問いに対し、俺は意識が重要であると答えた。意識。何が為せたかではなく、何を為すつもりだったのか。ならばやはり、俺は自らを断罪すべきなのだろう。業を背負って生きていくべきなのだろう。
 ただ、ゴーヤのあの、晴れ晴れとした笑顔が曇ることだけは許されなかった。
 それで罪が雪げるのならば、率先して俺は……。

「……今回の作戦の遂行には、あいつらの協力が必要不可欠だ。寧ろあいつらが主役と言ってもいい。俺たちは所詮裏方さ。あいつらが気持ちよく踊ってくれるように下準備をすることが、利用ってんなら……そうだな、俺は四人を利用していることになるのか」

「復讐のためにあのコたちを使っているのでは?」

「滅多なことをいうもんじゃねぇぞ、青葉」

 努めて冗談めかしたつもりだったが、果たして本当にそんな声音で、そんな表情で言えているかは怪しい。


135 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 11:02:02i8Z1BkWE (13/17)


「深海棲艦は殲滅する。それが、例えば国のためだとか、故郷においてきた女のためだとか、そう言えりゃあ恰好いいわな。だが実際、お前の言った通り、俺は田丸の犬で……復讐のために提督になった」

 厳密に言えば、俺の復讐心を田丸に嗅ぎつけられた。

「だけど、そこまでだ。それだけだ。やるこたぁちゃあんとやるよ。あいつらを死なせやしない。その上で、俺は潜水艦娘計画を成立に導かなきゃならん。どっちもとる。それでいいじゃねぇか。不服か?」

「いえ、まったく。寧ろ、司令官のお気持ちがわかって嬉しい限りです」

「本当かよ」

「はい。生半な気持ちではないことがわかりました。『利用している』と開き直って口にしてくれた方が、青葉としてはスタンスが明確で助かります」

「お前、さっき言ったな。お前も犬か」

 俺が復讐心を見初められたように、青葉、彼女もまたこの計画に乗らなければ理由があったとしたら。失敗できない理由があったとすれば。


136 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 11:09:45i8Z1BkWE (14/17)


「えぇ、まぁ」

 と青葉は困ったように笑う。

「何があった」

「んー……まぁ、こちらだけ聞くのはフェアでないというか、イーブンではないというか、ですかねぇ」

「いや、言いたくないなら言わなくていいぞ。トラウマを掘り起こす真似はしたくない。
 金か、復讐か……」

 彼女自身が言った、「金か、復讐か」。経験則。勿論取材を重ねる中での統計的なものもあるだろうが、そもそもの体験談なのではないか。自らの話なのではないか。

「え? 違いますよ」

 違うのかよ。

「別にいいですけど……口外しないでくださいね?」

「しねぇよ」

「本当に?」

「本当だっつーの」

「殺されても知りませんからね?」


137 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 11:18:09i8Z1BkWE (15/17)


「は?」

「実は青葉、軍の上層部から命を狙われておりまして」

 今朝の星座占いのことを話すかのように、

「田丸三佐が失脚すると、後ろ盾がなくなって、東京湾に沈むことになってるんですよね」

 あっけらかんと、青葉は言った。

「……はぁ?」

 話題の急展開に、俺は頭がついていかない。
 なんだ? こいつ、いま、何を言った?


138 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 11:18:58i8Z1BkWE (16/17)





「トラック泊地での不正の証拠を、ばっちりスクープしてしまいまして」



139 ◆yufVJNsZ3s2018/12/30(日) 11:20:10i8Z1BkWE (17/17)

――――――――――
ここまで

一作目で回収できなかったストーリーラインを二作目で回収するという暴挙。
とはいえ本線からは外れるので、次回こっきりですが。

待て、次回。


140以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/30(日) 18:06:05rQpVnUXk (1/1)

待つぞ


141以下、名無しが深夜にお送りします2018/12/30(日) 18:08:27BTL5UElg (1/1)

おつおつ
この青葉は有能だな・・・


142以下、名無しが深夜にお送りします2019/01/04(金) 02:58:46Y6ueOFBM (1/1)

おっつおっつ
ようやく追いついた。今後も楽しみにしてる。


143以下、名無しが深夜にお送りします2019/01/08(火) 19:31:12AXHd8WvY (1/1)

おっつおつ


144以下、名無しが深夜にお送りします2019/01/24(木) 18:02:02Ud0bLdZ. (1/1)

読み応えがあるのにサラッと読めちゃう良スレだけに直ぐ続きが欲しくなってしまう罠
58以外の娘らとのやり取りももっと見たい待機


145以下、名無しが深夜にお送りします2019/01/30(水) 02:21:50Pl9QfleY (1/1)

まーつーわ


146 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:42:47wgZ/YSCM (1/14)


 泊地や鎮首府は海軍の首輪つきなれど、予算や裁量についてはある程度の権限が与えられている。それは、そこが単なる詰所であるというだけでなく、艦娘たちの生活の場であることが理由として大きい。
 小規模な基地は十人程度の人員であり、それくらいならばシフトを組んで勤務する、という制度を採用しているところもある。が、艦娘の数が三十、五十、果ては百人近くなると、帳票類の作成や決済だけでも莫大な時間が失われる。上層部はそれを浪費と判断した。

 どのみち深海棲艦はこちらのことなど気にしてはくれないのだ。殆ど寝起きを共にして、生活の拠点をまるごと仕事場に移した方が、先行投資は必要になるが、長い目で見ればよほど効率的。人数が多ければ多いほどに集団生活の有用性が高まるという調査の結果もそれに拍車をかけた。
 伴って、提督の持ちうる裁量もまた大きくなった。どこに予算を投入するかというのは決して弾や油についてだけではない。宿舎が手狭になってきたから増改築をしようとか、近所だけでは生活必需品を賄いきれないので購買を作ろうとか、そのあたりの判断もまた任せられる。


147 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:43:59wgZ/YSCM (2/14)


 需要は供給を生む。そして雇用も生む。艦娘たちのアルバイト兼ごっこ遊びで成り立っているところもあるようだったが、機械のメンテナンス、物流、インフラの整備などはどうしたって外部の力を借りなければならない。

「トラックの提督が、賄賂を受け取ってたってことか?」

 トラック。遠い遠い、南東の地。俺は決して地理に明るくないが、名前くらいは聞いたことがあった。氷室大尉という有能な提督がいる、とも。

「違いますよ。あんまり結論を急がないでください」

 そうして青葉は語り出す。昨日のことのように思い出せます、という言葉から。


148 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:44:41wgZ/YSCM (3/14)


――青葉は当時艦娘ではありませんでした。大学を出て二年目、まだぺーぺーの新米記者。……そうです、青葉、これでも社会人なんですよ。
 努力の甲斐もあって、高い倍率を勝ち抜いて、第一志望の帝都新聞に入社することができました。ただ、人生全てがうまくいくわけなんてありませんよね。青葉の所属は文化部。所謂「花形」って呼ばれるような社会部とか政治部とかじゃなかったんです。

 いや、新人のうちはいろんなところをたらいまわしにされるのが慣習だってのは、青葉にもわかりました。適性もありますし、他の部署との連携だってありますから。
 それに……いま、こうして「艦娘通信」なるものが好評頂けているのは、きっとあのときの経験がもとになっていると思いますから。


149 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:45:52wgZ/YSCM (4/14)


 失敬、話が逸れましたね。当時の青葉は熱意の塊でした。この国の行く末を案じ、ジャーナリズムとはかくあるべきと持論を戦わせ、ゆくゆくは自らが上梓した原稿が人口に膾炙するのだと、そう夢を見ていたのです。
 実にお恥ずかしい話なのですが、その時の青葉は急いでおりました。逸っておりました。このまま文化部に籍を置いて、やれ囲碁だ、やれ将棋だ、薔薇園で人が賑わっているだの寺山修二展がどうしたの、無形文化遺産がなんぼのもんじゃい! ――と。
 もっと自分にはやるべき仕事が、相応しい記事がある、そう思い込んでいたんです。このまま三十になって、四十になって、そこでようやく大きな仕事を任せてもらえる……そんな遠い未来のことを信じられなかったのかもしれません。


150 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:46:22wgZ/YSCM (5/14)


 ちょうど知り合いが、国内での大麻使用の合法化の賛否に関する取材について、人手が足りないと声をかけてきたのは渡りに船でした。外国で一人の取材。渡航費は出る。現地で通訳もつく。報酬も十分。青葉がそれに飛びつかないわけがありません。
 ……いえ、トラックの泊地で大麻が使用されていたという事実を青葉は知りません。とはいえミクロネシア諸島一帯はマリファナの使用が常態化していますから、青葉が目星をつけたのはそのあたりが関係していました。
 青葉は英語ならそこそこいけますが、チューク語となると話は別です。通訳がいても取材はうまくいかないこともしばしばで、参りました。ミクロネシア諸島はまだ日本の統治下にあった時の文化が残っていて、日本語の話せるお年寄りもいるというのは少し希望だったんですが、それもあっさりと打ち砕かれて……。


151 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:47:00wgZ/YSCM (6/14)


 えぇ。当然泊地には伺いましたよ。氷室大尉と龍驤さん、あとは大井さん、夕張さん、鳳翔さんの四人がいました。すっかり二晩もお邪魔してしまって、トラック含むミクロネシアの話も聞きましたし、逆に日本は最近どうだという話も。
 当時、深海棲艦や艦娘については、恐らく一般向けの説明はそれほど出回っていなかったかと思います。青葉は新聞記者のはしくれでしたから、幸運でした。広報を通してアポを取って……。

 いや、あれが不幸の始まりだったのかもしれませんね。
 あの仕事を受けなければ、ミクロネシアに渡らなければ、……もっと言ってしまえば、トラック泊地に寄りさえしなければ、青葉はもしかしたら、まだ記者をやれていたのかもしれません。

 あそこには大きなドックがあって、貨物の荷捌きも兼ねていました。大きなクレーンが据え付けられて、船の上のコンテナを動かし、トラックに積まれるもの、また別の船に乗せられるもの、泊地の艦娘たちの手によって持ち運ばれていくもの、様々でした。
 青葉、ああいう施設は、泊地に付属しているから、海軍の管轄下にあると思っていたんです。でも調べてみたら運輸省と折半なんですね。そりゃそうかって感じです。泊地に通関士の資格もった人がいるとは限りませんもんね。


152 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:47:34wgZ/YSCM (7/14)


 ……あぁ、ごめんなさい。話はもうちょっとで終わりますんで。でも、関係がある話なんですよ。

 海運は特に重量物や小口の多いものの運搬に適しています。ただしシーレーンは当時既に深海棲艦の危機に曝されていました。運輸省としては艦娘に頼らざるを得ません。例えいくらか不本意であったとしても。
 そして防衛省がその弱みに付け込まない理由はありませんよね。



 あいつら、横流しと密輸やってます。



 ……?

 ……大丈夫ですか?
 あ、続けていい。わかりました。


153 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:48:24wgZ/YSCM (8/14)


 こほん。それが全国的に行われているかどうかまでは、青葉にはわかりません。少なくともトラックでは、ということになります。帳簿を見れば巧妙にズレの整合性を図った痕跡が見つかりましたし、そもそも直感でなんか変だって気づきましたよ、青葉。だって港に運び込まれる物資の量と、運び出されていく物資の量に辻褄が合わないんですもん。
 最初は、トラックは諸島ですから、そこからさらに細分化されて運び出されるのかとも思いました。でも、違うんですよね、規格が。ほら、コンテナにもサイズとか梱包の手段とかあるじゃないですか。それが変で、おかしいなぁ、って思って……。

 話を聞いたら、トラックの艦娘が関与しない集配貨があるっていうんです。でも、海運は深海棲艦の脅威に曝されてる。どうやって?
 トラックの艦娘たちじゃなくて、港の管理に携わる運輸省が、海軍から艦娘の供与を受けてって説明はされましたけど、それってどうなんでしょうね。運輸省が独自の戦力を開発することは理に叶っています。だけど艦娘っていう、いまだ公になっていないくらいに機密の戦力を、なんの担保もなしに供与されるってのは、ちょっと軍部がお人好しに思えました。
 そのときに気付いちゃったんですよ。深海棲艦って凄い便利な言葉じゃありません? だって、「輸送の最中に深海棲艦と遭遇、これを撃滅したが、物資は奪われた」って言われたら、もう誰も文句つけられないじゃないですか。はいそうですか、って言うしかない。


154 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:49:53wgZ/YSCM (9/14)


 そして、青葉は、世の中の偉い人は大概悪人だってひねた考えの持ち主でして。

 それから半年間は、そらもうわくわくしっぱなしでした! もしかしたら青葉はすっごいでっかい事件に出会ってしまったんじゃないか! やっぱり青葉には才能があったんだ、新聞社のいち会社員なんかに収まってられない器だったんだ!
――って、朝も昼も夜もその事件のことを追い続けて、会社も辞めて、……あはは。

 そしたら? そしたらですね、あー、うーん、まぁ、その、あれですよ。

 ホームから突き落とされました。

 電車待ってたら、こう、どーん。

 タイミング的に、退避場所に逃げ込むだけの時間があったのが、九死に一生を得ましたね。
 すぐに気が付きました。あ、これは青葉、やばいことに首を突っ込んじゃったなって。
 帰ったら家燃えてましたし。

 車はさすがに乗れませんよね。ブレーキ抜かれてるかわからないし。かといって電車もいつホームにまた突き落とされるかわかんない。かといってぶらぶらしてるだけじゃ命の無駄遣いで、じゃあ誰に「もう調べ回りませんから」って言えばいいのかもわからなくて。


155 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:50:25wgZ/YSCM (10/14)


 カプセルホテルを転々として、誰かの足音に怯える日々が……二週間くらい続きましたかね。精神的にも参ってしまって、いま聞こえる足音が幻聴なのか、それとも青葉を殺しに来た誰かのものなのかさえ判断がつかなくなってました。
 気が付けば銀行の口座も凍結されてて……あの時は笑ったなぁ。

 退路はありませんでした。このまま放っておいたって抵抗はするつもりありませんでしたし、そもそも餓死も現実的なラインが見えてきたくらい。
 それでも世の中ってのは青葉を逃がしてくれるつもりはないようだったんですね。公園の水道でお腹を膨らませていたら、向こうからやってきたのは、フードをかぶったいかにも怪しそうな男。

 諦観が体を支配すると、もう何もする気が起きなくなります。無力感って言うか、空気が全部コンクリートになったみたいになるんです。
 あぁもう、早く楽にしてよ、殺してよ、なぁんて思いながら、その男が近づいてくるのを見てましたっけ。

 そいつの腹が弾けて、
 次いで頭が吹き飛んで、


156 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:52:17wgZ/YSCM (11/14)


 ……あっという間に死体になったそいつなんてまるで気にしないふうに、ピストルを握った女の子が二人、金髪のツインテールと、薄紫色のポニーテール、そいつらが手を伸ばしてきたときには、やっぱり死にたくないって叫んじゃいましたけど。

「静かに。我々は殺し屋ではありません」

「あたしたちはあなたを助けに来たんですよぅ」
 
 ――と、青葉はそこまで一気に話を終えて、困ったように肩を竦めた。


157 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:53:22wgZ/YSCM (12/14)


「……信じます?」

「今更かよ」

「別にぜーんぶ嘘で、今度封が切られる映画のあらすじだってことにしてもいいんですけど?」

「……どうだかな。事実は小説よりも奇なり、なんて眉唾もんだと思っていたが……深海棲艦が現れちまった以上、宗旨替えは余儀なくされちまったからな。
 それに、お前がいま言った言葉が本当かどうかは、結局のところ目的に大した影響を与えねぇだろう」

「そうですか?」

 嬉しそうに首をかしげる青葉。

「青葉はそうして田丸三佐に拾われました。海軍とて一枚岩ではない。艦娘をそういうふうに――私腹を肥やし、自らの欲望のために利用することに、嫌悪感や忌避感を抱いている人間は軍部にもいます」

 あるいは、まだそういう時ではない、というだけなのかもしれないが。

 利権とは成長しきった大樹に差し込めるほど硬く力のある刃ではない。まだ若い、新芽のときにこそ突き刺しておくべきなのだ。しかし拙速は枯死を招く。角を矯めて牛を殺す真似だけは避けなければならない。
 田丸は「艦娘」が形作る巨大なシステムの上、そこに鎮座したがっている。ちょっとやそっとの甘い汁では靡かないだろう。


158 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:54:10wgZ/YSCM (13/14)


 結果的にやつが正義漢だと思われているのは、それは滑稽でもあったし癪でもあった。この世の正義はどこかしら歪んでいる。

「青葉はトラック泊地で行われた不正の証拠を手に入れました。ただし、これを公表するつもりは、いまはありません。どうせトカゲのしっぽを切られておしまいでしょう。もっと巨大な一撃になるまで、力を溜めておかなきゃならないんです。
 そして青葉は死にたくもない。東京湾に沈むのはごめんです。駅の線路でばらばらになるのも嫌です。田丸三佐と、国村司令官、あなたに青葉の命がかかっているんです」

 是非とも、是非とも、計画を成功へと導きましょう。青葉は俺の手を取ってそう言った。

 失われたはずの脚が痛む。
 そんなことはこちらも望むところだった。


159 ◆yufVJNsZ3s2019/02/05(火) 00:55:09wgZ/YSCM (14/14)

―――――――――――――
ここまで

書きたくなったから書いた。お待たせしました。申し訳ございません。
謎の話。展開的に必要だったのか……?

待て、次回。


160以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/05(火) 15:32:23CZXCUkVY (1/1)

乙乙ん
艦娘化した上に知名度のある存在になってても後ろ盾が無くなったら消されちゃうかもって大本営がブラック過ぎるんじゃが


161以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/06(水) 14:31:36UcbXChME (1/1)

おっつおっつ


162 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:10:01XWkfq2u6 (1/13)


「てーとく! てーとくー!」

 大声を上げながら走り寄ってきたのはイクだった。ご丁寧にきちんと水着を着こんで、その白い肌を惜しげもなく朝陽の下へと曝け出している。
 一歩地面を踏んで、そして蹴り上げるたびに、髪の毛や肢体や……まぁ、なんだ、主張の激しい胸が大きく揺れた。紺色のスクール水着は随分とこいつには窮屈そうに見えたが、最新の技術のおかげだろう、特に苦しそうな雰囲気はない。

 俺は青葉との会話を打ち切った。いまだ話すべき内容はあったが、しかし一度に全てを終わらせなければいけないわけではない。必要以上に青葉に同情的になれば、目的を見誤りかねないのだ。優先順位を違えることだけは避けたかった。
 青葉は田丸に救われた。それから、本人の言動より察するに、「田丸の犬」として活動してきたのだろう。そのために艦娘としての訓練を受けて、軍人になった。記者を目指していた少女が。
 なんともやるせない話じゃねぇか。


163 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:10:43XWkfq2u6 (2/13)


「おはよーなの!」

 びしっと敬礼。イクの瞳の中には、朝でも星が浮かんでいる。にひひと今にも笑いそうに口角があがり、俺は一体何が彼女をそこまで楽しくさせるのか、いまだに理解ができない。
 きっと常人ならざる世界が見えているのじゃないだろうか。幻覚だとか夢だとかじゃあなくて、当然幽霊なんかでもなくて、もっと哲学的な話である。
 空が青くて気持ちいい。風が健やかで幸せ。小鳥が鳴いているからハッピー。俺には到底真似のできないようなそんな生き方もあるのだ。

「おはよ。どうした、今日は珍しく早いな」

「ふっふっふ、イクは目覚まし時計を追い越したのね!」

 同室は……ゴーヤだったか。

「他の奴らは?」

「あと十分もすればのそのそ起き出してくると思うの」

 ならそろそろ飯の準備を始めたほうがよさそうだ。朝から一切の躊躇なしに胃袋へ詰め込むからな、こいつらは。
 無論俺たちは遊びにきているわけではない。吐いてでも喰って、栄養を摂取してもらわなければ困るのだが。


164 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:11:55XWkfq2u6 (3/13)


「あれ? お話はおしまい?」

「ん? 別に大した話をしてたわけじゃねぇよ。雑談だ雑談。なぁ?」

「はい。ランニング帰りの司令官さんと偶然出会いまして」

「ふーん。提督、今日のスケジュールはどんな感じ?」

 そんないきなり言われても出てこねぇよ、ちょっと待ってろ。
 空中を二度タップ。バーチャルディスプレイを立ち上げる。フリック、フリック、フリックしてからのアジェンダを起動。

「今日から三日間は慣らし運転だ。新型の制服の性能を見つつ、お前らそれぞれに適応する時間も必要だからな。あとはトレーニングと……そうだな、多少遠泳もするか」

「それは近海の哨戒ってこと? 掃討任務も兼ねる?」

「いや、そこまではいい。艤装の発射機構のチェックを一通り済ませないと許可が降りんからな」

「りょーかい、なのっ」


165 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:13:05XWkfq2u6 (4/13)


「あの、それって艤装なんですか? 昨日から気にはなっていたんですが」

 スク水を――否、潜水艦娘専用制服を指さしながら、青葉。
 ここで「勿論だとも」と胸を張れればどれだけいいだろう。いや、事実として間違ってはいないのだが、あとは俺の勇気と度胸の問題である。
 かといって、ここできちんと説明しておかなければ、俺が度し難い変態として君臨するばかりの話。信頼や信用以前の問題だ。俺は既に一般人からは落伍してしまったけれど、それでもまだ人間ではいたい。

「……開発部の趣味でな」

「ほえー」

「第二開発部のひとたちも、基幹技術課のひとたちも、みーんなアホなのね」

 困った困った、とイクは下手な演技でかぶりを振った。こいつがそこまで考えていないことは明らかだった。

「そのぶん腕は確かだけどな。調子はどうだ。寒くはないか?」

 朝の空気は澄んでいて、清々しい。とはいえ水着一枚なら本来は出歩ける気温ではない。
 イクは笑顔で大きくピースをしてみせた。

「ばっちしなの!」

「体温調節機能は問題なし、と」


166 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:14:17XWkfq2u6 (5/13)


「んじゃ、司令官。青葉はちょっと調べものをしてきますんで、もし用事があれば通信ください」

「あと三十分くらいで朝飯だが、喰うよな?」

「えぇ、えぇ、勿論ですとも!」

 青葉から秘匿通信。『ですが――』

 するりと青葉は俺の脇を抜けていった。首からぶら下げたカメラの銀色の部分が、きらりと光を反射して、目に痛い。
 すれ違いざまに意味ありげな微笑。ポニーテールが揺れる。

『――動くなら早い方がいいでしょう? 潜水艦が認められるために必要な戦果、それをいい感じの嗅覚で、こう、ぐいっとやるためには』

 ふわふわしたニュアンスの言葉だった。だが、意味は伝わる。
 青葉の姿は嘗て校舎だった建物の中へと吸い込まれるように消えていったが、秘匿通信は続いている。

『勿論田丸三佐からのお膳立てがないとは思いません。反田丸派からの妨害も、こちらのあずかり知らぬところではあるのでしょう』


167 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:14:48XWkfq2u6 (6/13)


 だからこそ予算は通らなかったのではなかろうかと、俺は踏んでいた。あの男が大事な事柄について見切り発車をかますとはどうにも思えなかったのだ。きっとひっくり返されるような権力のやりとりがあったに違いない。
 俺たちは潜水艦の有用性を認めさせなければならず、そのためには首を縦に動かし得る戦果が、働きが、求められている。そしてそのタイミングは限られている。降って湧いてくるわけでもない。

 青葉の判断は賢明だ。一年を無為には過ごせないのであれば、戦果をあげる機会に目を凝らすことは重要だろう。
 艦娘拡充の過渡期において、それは殊更難しいことのようには思わなかったが、それでも潜水艦の運用は海上艦と少しばかり趣が違いすぎる。

 海上艦には不可能で、潜水艦には可能なこと。そして海軍に多大な利益を齎すこと。

『あるのかね、そんなものが』

『見つけなくちゃいけないんですよ。じゃないとみぃんなお先真っ暗です』

 真っ暗筆頭に言われてはたまらない。俺は肩を竦めた。


168 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:16:17XWkfq2u6 (7/13)


「てーとく! なにぼーっとしてるの?」

「あぁ、すまん。そろそろ飯の支度でもするかと思ってな」

「今日はなーに?」

「なにったって、大してバリエーションがあるわけでもないが」

 トーストにジャム、目玉焼きとヨーグルトでも用意してやれば、こいつらはいとも容易く喜んでくれる。作る側としては、それはこの上なくありがたい反応だ。
 別に俺は料理人でもなければそれを目指しているわけではないけれど、こいつらが楽しそうに、嬉しそうにしてくれるのならば、ならそれでいいじゃないかと思えるだけの愛情が、こいつらにきちんとあった。

「学校のやつらとは連絡取ったりしてるのか」

「急にどうしたの? お父さんみたい」

「いや……」

 イクの言葉は正しかった。どうしたというのだ、俺は。

「……寂れた商店街を見ていたら、なんとなくそう思ってな。お前らにも友達がいたんだろうと」


169 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:17:51XWkfq2u6 (8/13)


 お国のために挺身することが悪いことだと言える立場の人間ではない。ただ、それこそが最善で最良の行動であるという規範、それを盲目的に信じて生きるのは窮屈だろうとも思う。
 俺は二年間をこいつらと過ごしてきて、だがまだ全てを知った気にはなれない。資料は穴が空くほど読んだ。だが、それがなんだというのだ。

 こいつらはまだ自らの置かれている立場を知らない。知ることなくこの一年を過ごせればどれだけいいだろう。神様、と俺は願う。願わずにはいられない。

「友達はいるけど、あんまり連絡はとってないのね。いま海軍に所属してることは機密、なんでしょ?」

「まぁ、そうだな」

「いつか艦娘がもっと世間に認知されて、そのときにびっくりの種明かしでもしてやろうかなぁって、今はそれが楽しみかな」

「……そうか」

「そうなの! てーとく、ほらほら、早くご飯をつくって欲しいのね!」

 イクが俺の手に飛びついて引っ張った。二つの柔らかさが俺の肘でかたちを変える。
 これにどぎまぎしてしまうほどの初心は忘れてしまった。が、誰に見られても言い訳が面倒だったし、何より俺も少なからず男なのだ。多少強引にイクを俺から引きはがす。


170 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:19:57XWkfq2u6 (9/13)


「あんまりくっつくな。恥じらいを持て、恥じらいを」

「えー? うひひ、イクたちの仲なのにぃ」

「親しき仲にも礼儀あり、だ。貞操観念も頭も緩いんじゃ、俺は心配だぞ」

「ほんと、お父さんみたいなの」

 てくてくとイクは先行する。

「イクだけ割り喰ってる気がするのね」

「お前は……あー」

 言おうとして、呑みこんだ。プロポーションの話をするのは間違いなくセクハラだったし、そういう目で見ていることを明言するのは、職務上差し障る。
 勿論イクは自らの体がどれだけ男の注目を集めるか、理解しているのだろう。理解してのこれなのだ。困ったものだ。

「恥じらいを持て、ってことだな。やっぱり」


171 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:21:02XWkfq2u6 (10/13)


「あんまりくっつくな。恥じらいを持て、恥じらいを」

「えー? うひひ、イクたちの仲なのにぃ」

「親しき仲にも礼儀あり、だ。貞操観念も頭も緩いんじゃ、俺は心配だぞ」

「ほんと、お父さんみたいなの」

 てくてくとイクは先行する。

「イクだけ割り喰ってる気がするのね」

「お前は……あー」

 言おうとして、呑みこんだ。プロポーションの話をするのは間違いなくセクハラだったし、そういう目で見ていることを明言するのは、職務上差し障る。
 勿論イクは自らの体がどれだけ男の注目を集めるか、理解しているのだろう。理解してのこれなのだ。困ったものだ。

「恥じらいを持て、ってことだな。やっぱり」


172 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:21:39XWkfq2u6 (11/13)


「イクはおっぱいが大きいもんね。ハチもだけど」

「ノーコメントだ」

 俺に振るんじゃない。

「ねぇ、てーとく」

「ノーコメント」

「やっぱりゴーヤくらいがいいの?」

 は?

「……なんであいつが出てくる」

 顔の引きつりを抑えられたか、自信がなかった。

「うひひっ!」

 イクは一際大きく悪戯っぽく笑って、けんけんぱでもするかのように、一歩、二歩、三歩と大股で先を行く。そうしてこちらを振り返る。
 トリプルテールが空中を舞う。

「朝ごはん楽しみにしてるのねー!」


173 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:22:26XWkfq2u6 (12/13)


 ぺたぺた足音を立てながら、階段を上っていってしまった。俺は追わない。参ったな、と呟いてみるが、それで物事の解決するはずもなく。
 冗談めかした忠告と、単なる冗談の溝は深い。しかしその深度を測る術を俺は生憎持ち合わせていなかったし、あのイクという少女は天真爛漫と人外の狭間にいるような傑物だ。俺如きの理解は及ぶまい。

「……飯、かぁ」

 そうだな。そうしよう。そうするべきだ。
 俺の腹の虫もそう言っている。


174 ◆yufVJNsZ3s2019/02/07(木) 14:23:20XWkfq2u6 (13/13)

―――――――――――――――――
ここまで

リハビリ中。
のんびり勘を取り戻していきます。

待て、次回


175以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/07(木) 18:15:56NfmBqmK. (1/1)

舞ってる次回


176以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/07(木) 19:33:52smz6lecQ (1/1)

サラサラとしてドロドロしてる


177以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/07(木) 20:30:49V/7hDpwU (1/1)

乙乙、潜水艦にしかできない事か……この状況だと弾除け要員とか冗談でも言えないよなぁ


178以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/08(金) 14:38:39ioa7QbNw (1/1)

イク可愛い、心安らぐ…


179 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:23:32B.fFT2qg (1/14)


 俺たちが住んでいるのは廃校を改装した施設である。従って、壁や窓の作りは薄く、きちんと戸締りをしてもどこか肌寒さを感じてしまう。
 足元はよくある塩ビを硬質化させたようなタイルだ。リノリウム、という単語だけは書籍で見たことがあった。しかし敷き詰められているそれが、果たして本当にリノリウムとやらなのかどうか、俺には自信がなかった。別にどうでもいいことではあったが。

 気持ち程度の断熱効果を求めて執務室のデスク周りにはカーペットが敷いてある。靴下はあまり好きではないから裸足で、裏起毛のスリッパを穿いている。もともと学校なのだから、裸足で生活するようにはできていないのだ。
 潜水艦たちは裸足をぺたぺたと鳴らしながら生活しているものの、あれこそがイレギュラーなのだ、本来は。体温調節に伴って生成される断熱層は足の裏まで達しているそうだから、なにかを踏んで怪我をしたりすることはないそうだが……。
 科学の力、恐るべし、である。「進歩しすぎた技術は魔法と同じ」とは使い古された文句だが、目の当たりにしてしまえばこれほど腑に落ちる言葉もない。


180 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:24:31B.fFT2qg (2/14)


 執務室は所謂一般教室の半分くらいの大きさで、恐らく準備室か教員の待機室に使われていたのだろう。部屋の中心にデスクがあって、俺は採光のために大きく作られた窓ガラスを背に、現在パソコンに向かっている。

「……」

 モニタに映し出されているのは、ここ数日間の訓練によって取得された値である。
 心拍数、血圧、体温の変動。訓練所時代と比較しての射撃/水泳/格闘データ。空間認知と瞬発的対応。作戦立案から行動に至る流れさえ評価され、数値化されている。

「……」

 空中を叩く。バーチャル・ディスプレイが起動。フリック、フリックからのメーラーを立ち上げて、添付ファイルを長押し。「ダウンロードを始めますか?」――YES。
 バーチャル・ディスプレイとの同期は済ませてある。ダウンロードが完了すると同時に、パソコンのほうにもポップアップ。「共有ファイルに20xx0325.palvを保存しました」。


181 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:25:10B.fFT2qg (3/14)


 俺は分析/解析の専門家ではない。勿論数値を読み取り、解釈することは人並みにできる。が、本来的には、俺の仕事はそこからだ。数値の向上を目的としたトレーニングメニューの立案/実行/監督、及び栄養管理。
 ある程度の具申は認められている。なんせあいつらと生活を共にしているのは他ならぬ俺自身であり、俺しかいない。数値だけで全てを判断することの危険性を、田丸や開発部が理解してくれているのはありがたいことである。
 どれだけ潜水艦娘専用制服が優れていたとしても、効果を最大に発揮するためには、まずあいつらにやる気になってもらわなければならないのだから。

 手段はいくらもあった。飴と鞭。あるいは、北風と太陽。

 俺は籠絡を選択した。

 脚がずきりと痛む。冷えるのはよくない。キャビネットから毛布を取り出す。

「ねぇ、もうちょっとかかりそうでちか?」

「ん。悪いな」

 部屋の隅に置かれたソファに体をゆったりと預けながら、ゴーヤは首をゆるゆる振った。

「お仕事だもん。しょうがないよ。しょーがない……」


182 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:25:51B.fFT2qg (4/14)


 ゴーヤの髪の毛は少し湿っている。今日は朝から15時まで訓練があった。少し天気が荒れてきて、海もいずれ時化るとのことだったので、早めに上がることにしたのだった。
 このあいだ街に繰り出した時に借りてきたという映画を、潜水艦たち四人で見るとのことだったが、折角ならと俺と青葉も誘われた。生憎俺は仕事があると伝えると、ならば待つと言われてしまい、今に至る。

 善意を無碍にするのも悪いと思ったのは間違いだったか。俺の仕事は一時間を経てなお終わる気配が見えない。明日に回すか、でなくとも小休止としてもいいのだが、そういうタイミングでもなかった。
 あまり待たせるのも申し訳ない。あと十五分ほどしてもキリよくならないようならば、俺抜きで楽しんでもらおう。
 ゴーヤは首を横に振るだろうが……。

 俺は名残惜しさを感じ、これっきりとの決意を胸に、ゴーヤへ視線を写した。当然気付かれないように。


183 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:26:28B.fFT2qg (5/14)


 ベッドにもたれかかった彼女はこの世を憂いた表情で、ぼんやりタイルの模様を見ている。スクール水着とセーラー服の上だけという、特異な恰好。投げ出された脚は肉付きがよく、滑らかに白い。
 太腿に舌を這わせるとそれだけで心地よさに涙を浮かべる、夜のゴーヤを僅かに思った。そしてすぐに頭から追いやる。仕事中に発情しているんじゃない、俺よ。馬鹿め。

 イクは俺にゴーヤくらいの胸が好きなのかと先日尋ねてきたが、そんなことはない。そもそも俺には好みをおおっぴらにできるほどの経験がない。
 あえて答えを出すならば、やはり、「個々の部位よりもシチュエーションのほうが大事」だろうか。アダルトビデオもあまり女優や体型で選んだ記憶はなかった。

 ……しかし、イクめ、やつはどうしてあんなことを急に言いだしたのか。字面通りに受けとれば、それはゴーヤとの関係が露見しているということになる。


184 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:27:05B.fFT2qg (6/14)


 それ自体は半ば覚悟の上だった。隠し通せるとは思っていなかったし、隠し通すつもりもない。いずればれる時が来る、それが俺たちの共通了解であったから。
 だから、一応とゴーヤに伝えたときも「そうでちか。ま、しゃーないでちね」とあっさりしたものだった。彼女たち四人の間でそれ以上の、それ以降に、何かがあったのかもしれないが、俺は知らない。聞く気もない。

 やめやめ、やめだ。仕事に集中しよう。

 数値に向かい直す。砲撃や泳ぎなど、実践的なものについては全体的に伸びている。当然四人それぞれに得手不得手はあるものの、ひとまずは順調と言っていいだろう。実包の使用許可も先日降りた。
 スク水――否、潜水艦娘専用制服についても、だいぶ記録は採れてきたようだ。縫いこまれたナノマシンが四人の動きの癖を読み取って、独自に成長した結果でもある。


185 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:27:38B.fFT2qg (7/14)


 砲撃の命中率、及び戦闘の要所における勘についてはイクがトップを独走している。勝負勘が冴えているというやつなのか、咄嗟の判断を基本的に間違えない。
 その反面行動に落ち着きがない。メインタンクブローが特に怪しい。いくら敵を倒すためとはいえ、このまま急潜航急浮上を多用する戦闘を行い続ければ、いずれ減圧症でぶっ倒れる時が来る。

 そう言う意味ではハチがうまくブレーキをかけてくれることに期待だ。周辺視野が広く、戦場全体の像がよく把握できるハチは、司令塔にうってつけだ。ただし、性格由来とはいえ、イクやゴーヤを抑えつけておけるだけのパワーが足りない。そこをなんとかしなければ。

 運動性能はイムヤが突出している。敵影発見も今は殆ど彼女の仕事だ。だが、そのぶん被弾も多い。自分の機動性を過信している部分もあるだろうが、それよりも、一人先行してからの会敵というシチュエーションが眼を引く。
 イムヤ自身に忠告すべきか、それともハチに手綱を引かせるか。悩ましい。


186 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:28:43B.fFT2qg (8/14)


 You gotta mail.とバーチャルディスプレイから響く。

「……やっと来たか」

 差出人とサブジェクトだけを確認すると、俺は通信網を拡大し、潜水艦泊地のさらに外へと繋げていく。
 シンクコール。画面が立ち上がり、暗い四角が数秒間浮かんでいたが、すぐに明かりがつく。

『早い返事はありがたい』

 田丸剛二が画面の向こう側で笑っている。相も変わらぬ屈強な肉体と、生命力に満ち溢れた相貌をこちらに向けて、しかしその瞳の奥は茫洋としてまるで知れない。

「今はお時間大丈夫ですか?」

『ははっ。堅苦しい敬語なんて、どうしたんだ。おれにそんな口を利くのは珍しいじゃないか』

「部下が部屋にいますので」

 ちらり、とゴーヤへ視線を送ると、彼女はソファの背もたれと自らの肘を枕にして、心地よさそうに眠っていた。

「……こっちのほうがいいか?」

 田丸は依然として笑っている。いや、笑みを崩していない、という表現の方が正しいだろう。


187 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:29:30B.fFT2qg (9/14)


『あぁ、そうだね。きみはそっちのほうが随分ときみらしい。おれなんかは、もうきみのそう言うところに慣れてしまったんだなぁ』

「本題に入りたい」

『そうだね。メールで送った通りだけれど、演習の申請は通ったよ。相手の選定はこちらで勝手にやらせてもらった。それでよかったろう? そういう話だったと思うが』

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」

『どういたしまして。首尾はどうだい? データは逐一確認させてもらっているし、報告書も目を通しているけれど、順調そうじゃあないか』

 それだけではだめなのだ。順調なだけでは。それがわからない田丸ではあるまい。
 俺をおちょくっている? 違うな。予定調和の会話をこいつは好む。全てを見透かしたようなあの瞳が、笑いが、気に喰わねぇ。

「一人前の兵隊にはできるだろうな。あいつらはやけに従順だ。あれくらいの女子高生ってのは、みんなそういうもんなのか?」

『きみの高校時代を思い出してごらんよ』

 水泳漬けの青春に、異性の記憶なんて大してなかった。田丸の言葉を無視して続ける。

「ただ、パンチが足りねぇ」

『パンチ』

 田丸は一際大きく口角を歪めた。今度こそ本当に笑っている。俺の言葉の選択がツボに入ったのか、それとも……自らの思惑通りに事が進んでいるからなのか。


188 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:30:10B.fFT2qg (10/14)


「一人前の兵士を四人増やしたところで、意味がねぇとは言わんが、あくまで戦闘レベルだな。戦略的……百歩譲って戦術的には、どうだか。
 実際に外洋に出られるのはいつごろになりそうだ? 実包使用許可は下りた。演習願いも通った。近海掃討は来月末をめどに済ませるつもりだ。作戦行動に参加させたい」

『そうだね、近海掃討のスコアにもよるだろうね。数字を多少誤魔化すことはできるけれど、きみはそれをよしとはしないだろう』

「あぁ」

 気持ちは急く。しかし焦ってはならない。実際に戦いの場に身を躍らせるのが俺でないのだから、猶更その一線は見誤ることはできない。
 多少の背伸びと冒険は必要だろう。しかし、分不相応な戦場に向かったところで、あいつらは傷つくだけだ。田丸がたった今言ったように、俺はそれをよしとはしない。あいつらの身を危険に晒すような判断はできない。
 たとえ過保護だと言われようとも。


189 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:31:20B.fFT2qg (11/14)


『なら、確かな成果をお願いするよ。来月末に近海掃討でいい結果を出せるなら、再来月……うん、再来月の半ばには、外洋まで出られる申請が通せる』

「わかった。頼む」

『頼まれたよ。あぁ、そうだ。あとで演習相手の泊地のデータを送っておくよ。暗号鍵も一緒にね。演習先までの地図と、交通手段はきみの車でよかったかな?』

「暗号鍵?」

 わざわざこの流れの電話で済ませない意味と一緒に考えれば、不穏な、きなくささが鼻につく。
 田丸は蔑んだ目でどこかを見る。俺ではない。自室の何か。

『まぁ、いずれわかることさ。きみはもしかしたら知らないかもしれないけれど、おれはきみのことを十分、いや、十二分に買っているんだぜ?』

「ありがとよ」

 全くありがたくはない。

『それでは、よろしく頼むよ』


190 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:32:14B.fFT2qg (12/14)


 通話が切れる。俺は即座にメールが鳴らないことを確認すると、バーチャル・ディスプレイを全てピンチインで消去して、椅子から立ち上がった。大きく伸びをする。
 ごき、ぽき、と関節が音を立てた。そのままずり落ちた毛布を引っ掴み、ゴーヤのもとへと寄る。

「……んぅ」

 すやすや気持ちよさそうに寝息を立てている。胎児のように身を丸めて、やはり少しは寒いのかもしれない。毛布を掛けてやるとすぐにそれを手繰り寄せ、さらに一際小さく丸くなる。
 屈んで彼女の顔を覗き込んだ。桃色の髪の毛が、長めの睫毛にかかっている。赤らんだ頬。柔らかそうな――事実として柔らかい唇。首から肩へのラインの艶やかさ。

 人差し指を恐る恐るさし出す。いままで何度も肌に触れ、それどころか体の内側にまで触れたことさえ何度もあると言うのに、眠っている彼女の肌に指を這わせるというただそれだけのことが、どうしてか恥ずかしくって仕方がない。
 それは僅かばかりの罪悪感を伴っていた。大人しく眠らせておけよ、というもう一人の自分の忠告を無視した行いだからだ。


191 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:34:28B.fFT2qg (13/14)


 一本。一本だけ。人差し指の、その先端ですらなく、甲のがわの第二関節で、唇の下の窪みや口の端や、外耳の手前をつつつ、となぞる。ゴーヤの反応はなく、安心したような、それでいて少し悔しいような……。

 俺は一瞬息を呑んで、弾けるようにゴーヤから手を離す。

 両手で顔を覆った。なんだか無性に恥ずかしくて仕方がなかった。
 それは、いましがたの自分の行いによるものではない。もっと本質的で、内面的な。

 こんな一回り近くも離れた純粋無垢な少女に、俺は本当に熱を上げてしまっているのだという事実が、途轍もなく悪いことのように思えてしまったのだ。

 あぁちくしょう。

 なんでこいつ、こんなに可愛いんだ。

 可愛くなければ俺もこうにはなるまいに、というのは後の祭りが過ぎるだろう。


192 ◆yufVJNsZ3s2019/02/08(金) 23:35:20B.fFT2qg (14/14)

――――――――――――――
ここまで

我々人間は、可愛いものには勝てぬようにできているのです。

待て、次回。


193以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/09(土) 00:41:56iOVHiZgg (1/1)

早めの更新嬉しい乙
トレーニングからの分析による各艦娘への評価に58の名前がないのは、いの一番に済ませたからなのかそれとも……
その辺を踏まえて4人のパワーバランスを想像しつつ待機


194以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/09(土) 21:41:19G2XiDxjY (1/1)

更新が早くてウレシイ……ウレシイ……
次回もお待ちしてます


195以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/11(月) 01:34:52wQhx1fnU (1/1)


待つぞ


196 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:32:021D74/eo2 (1/12)


「……なにやってんですか?」

 その声音は特徴的なものだった。

 たとえば「なにやってんですか?」ならば、それは単純な疑問だろう。俺がたった今ゴーヤにした小ッ恥ずかしい一連の行為、それらを見ていない可能性すらある。

 たとえば「……なにやってんですか」ならば、それは呆れである。俺がたった今ゴーヤにした小ッ恥ずかしい一連の行為、それらの一部始終を眼に収めた上での、溜息とともに口から零れる言葉。

 そして、俺の背後、扉にもたれかかったイムヤの口から放たれた言の
葉は、それら二つのちょうど中間地点だった。呆れと疑問の混合体。こいつは一体何をやっているんだ? そんな彼女特有の冷静がそこにはあった。
 桃紅色のポニーテールが小刻みに揺れている。しかし姿勢や瞳は揺れていない。しっかりした体幹に支えられたボディラインと、強い意志に支えられたまなざし。

 俺の心に去来したのは、焦燥と羞恥の二種類だった。どういう言い訳をしたものか。俺たち二人の関係性についてもそうだったし、俺の行為そのものについてもそうだ。


197 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:33:081D74/eo2 (2/12)


「ノックをしろよ」

 とりあえず誤魔化しから入ってみるが、思えば悪手だったように感じる。完全に後ろめたい行為をやっていた人間の第一声だ。

「したよ?」

 マジか。
 まるで聞こえていなかった俺は、自らの質問を撤回した。何もなかったこととして、なるほどね、と頷いてみせる。

「どうした。なんか用事か」

「いや、ゴーヤ。映画どうする? って」

「あぁ……」

 俺とイムヤは同時にゴーヤを見た。ソファの上で毛布にくるまっている彼女は、とても気持ちよさそうな寝顔だ。

「起こすか?」

「いや……」

 困り顔のイムヤ。


198 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:33:541D74/eo2 (3/12)


「ってかさ、セクハラ?」

「は?」

 なにが? なんのことだ?

「いや、ゴーヤの顔、触ってたじゃん」

「あぁ……」

 かお、さわってた。イムヤに聞こえない程度の声音で反芻する。それは事実であり……あくまで表層的だ。

「どこから見てた」

「扉ンとこ」

「いや、そういうことじゃなくて」

 さして面白みのない冗談は、今この場においては寧ろマイナスだった。俺の緊張感が跳ねあがっていく。
 イムヤはどこから見ていた? どこまで知っている? 俺とゴーヤの関係を、類推しているのか、それとも認識しているのか、イクと同じように、それともゴーヤ本人から?

 軽蔑されたか? だとすれば誤解を――いや、誤解ではないのかもしれないが、認識を改めてもらわなければ。


199 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:34:241D74/eo2 (4/12)


「毛布かけたあたりから、かな。提督は仕事忙しかった?」

「ん、まぁな」

「そっか。じゃあゴーヤが邪魔しちゃったのかな」

 姉のような慈しみの目線をイムヤはゴーヤに送っている。
 桃色の少女は、いまだソファの上で毛布にくるまり、心地よさそうな寝顔を見せつけてくれやがる。

「邪魔っつーか……勝手に待ってて、勝手に寝た」

「あはは」とイムヤは笑う「らしいや」。

 その言葉には同意だった。勝手にやってきて、勝手に眠る。それは実に彼女「らしい」と思ったから。
 イクとはまた違った方向性で、ゴーヤは純粋であり、素直だった。自分の感情に嘘をつかない。嬉しいときは笑うし、悲しいときは泣くし、我儘を言うこともしょっちゅうで、そして必死に自省する。
 努めて誰かに迷惑をかけないように生きている。


200 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:35:251D74/eo2 (5/12)


「提督はさ」

「あぁ」

「ゴーヤのことが好きなの?」

 その言葉は銃弾だった。それか、もしくは、銃口だった。いや、照星か?
 非生産的な思考はぐるぐると回る。俺は縺れた糸を断ち切って、直線状の全てを貫くイムヤの視線に立ち向かう。
 俺とイムヤは一直線上に存在する。当たり前の話。二点間を真っ直ぐ結ぶのが直線の定義であるのだから、当然線上に点AとBがなければおかしい。だが、そういうことではないのだ。そんな数学的な、国語的な話はしていない。

 まっさらな平原に俺は立っていて、こちらを見るイムヤの姿だけが、確かな存在感をもってあるのだった。

「……あぁ」

 その言葉は嘘ではない。けれど、吐きだすまでに必要な勇気は相当量あった。
 自分のことを本当に自分が理解しているのかわからなく、仮にわかっているのだとしても、「俺は自分のことを理解しているのだ」と公言するのは無知の知から最も遠い行いのように感じられた。

 その上で俺は言葉を重ねる。

「俺はゴーヤを愛している」

 年の差や立場の差で非難されようとも。


201 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:36:501D74/eo2 (6/12)


「やっぱりね。付き合ってるんだね」

「……?」

「……あれ?」

 首をかしげる俺に、イムヤもまた首をかしげた。

「つき、あう?」

「え? 付き合ってんじゃないの?」

「……?」

「え? え? 好きなんでしょ?」

「……おう」

「付き合ってないの?」

 ……?

 なんだ? どういうことだ? 一体なにが起きている?
 イムヤとコミュニケーションが成立しているようで、その実、まるで成立していない。

「……恋人らしいことは、してやれてねぇな」

 俺はとりあえず凡庸な言葉を返す。ばつが悪くて、痒くもない頬を掻く。


202 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:37:281D74/eo2 (7/12)


 買い物だとか、映画を見たりだとか、イベントに出かけたりだとか、そんな行いとは俺たちは無縁だった。欲求がないのではない。とにかくその機会に恵まれてこなかった。
 俺たちの関係はいずれ露見する。その覚悟は俺もゴーヤも持っていたけれど、それは決して秘匿しない理由にはならなかった。俺には俺の立場があって、それこそ軽蔑の視線を向けられないように信頼を勝ち取るまで、不用意な動きは避けたかったのだ。

 俺たちの関係は男と女である以前に教官と生徒である。大事な大事な生徒に手を出すような人間は、教官失格の烙印を押されても文句は言えない。

 ……恋愛感情を利用しようとしたにすぎなくとも。

 色恋営業は、しかし、結果として失敗した。大失敗だ。

「それはやっぱり、あたしたちに遠慮して? まぁそうか。そうだよね」

 勝手に納得するイムヤ。話が早くて助かるというか、なんというか。
 だが、イムヤは言葉の上でこそ飲み込んだふりをしているが、不可思議な感情が声の上に乗っていた。怒りではない。侮蔑でもない――幸いなことに。心配? 不安? 焦り? 一体何に対して? 俺たちの関係? やはり、そうなのか?


203 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:38:541D74/eo2 (8/12)


「イクにも似たような、含みのあることを言われたよ。もうお前らは知ってんのか」

「知ってる……ん、そうだね。知ってるよ。わからないわけないじゃん。二年も一緒にいるんだよ? 友達のことがわからないなんてことはないよ。
 ……想わないなんてことも、ない」

「それは、悪かった。風紀を乱すつもりはなかったんだ。どこまで信用してくれるかわからんが……」

「信じるよ。だって提督はちゃんとしてるもん」

「してるか?」

 自覚はなかった。意識もない。その上で俺がそう見えるのだとすれば、原因が復讐心にあることは想像に難くない。
 発明の母が失敗なのだとすれば、父は「必要」だろう。俺にはそうすべき理由があり、そうする必要があった。こいつらから、何が何でも信頼を勝ち得なければいけなかった。

「これからは隠さなくてもいいよ。目の前でいちゃつかれるのはアレだけどさ」

「しねぇよ」

 それこそ風紀の問題だ。俺はゴーヤを愛しているが、お前ら三人を蔑ろにするつもりは微塵もないのだ。


204 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:39:511D74/eo2 (9/12)


「イムヤ」

「なに?」

「ゴーヤがなんか言っていたか?」

「……」

 イムヤの眼が泳いだ。額が引き攣る。

 自らの感情を隠したり、取り繕ったり、辻褄をあわせたり……そういった技術に関しては、やはり俺の方がこいつらよりも一日の長がある。だてに十年近く長生きしているわけではないのだ。

 俺がゴーヤのことを愛しているという宣言を受けて、イムヤは「付き合ってるの?」と尋ねた。それはおかしい。あまりにも整合しない話。
 なぜイムヤは俺たちが両想いであることを前提としたのか。俺の一方的な恋慕である可能性に至らなかったのか。――イムヤが予めゴーヤとのやりとりを経ているというまぎれもない証左。

 とはいえ、別になにかを疑われているというわけではないはずだ。今、こんな会話をしているのは、あくまで偶然の産物。イムヤは最初から俺とゴーヤの関係を問い質すつもりで扉をノックしたわけではないから。


205 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:41:421D74/eo2 (10/12)


 もし追及するとしたら、それは彼女たちの間で交わされた会話の内容に焦点が絞られるのだろうが、生憎そこまで野暮ではなかった。
 年頃の少女が友人に相談をする。それほどまでに健全で健康なやりとりがあるか?

「ん……」

 ソファの上で眠っていたゴーヤは、一際大きく毛布を手繰り寄せ、しかしそこで違和感を感じたらしい。体を少し捩じらせて、薄く目を開く。
 俺を見て、イムヤを見る。

「……あれ? どうした、でち?」

 要領を得ない曖昧な問い。俺たちは会話を打ち切って、顔を見合わせて笑う。

「映画そろそろ見ようと思ってさ。提督も仕事終わったみたいだから」

 厳密に言えば完璧に片が付いたわけではないのだが、いまここで否定できるほど仕事熱心な男ではない。それに折角の貴重な機会を不意にしてしまうのは、こいつらと仲を縮めるのにマイナスだから。


206 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:42:241D74/eo2 (11/12)


「……へへ、ほんとぉ?」

 まだ寝起きで頭が蕩けているようだった。ゴーヤは湯煎にかけられた表情筋で、甘ったるい笑顔を作る。
 感情の手が俺の眼から飛び込んできて、肺腑と心臓を一気に掴みあげる。桃色の芳香で息がつまりそうだ。

 その後、俺たちは食堂のテレビにBDを挿入して、六人で映画を見た。「アンドロイドシャーク3」というB級映画に、五人の艦娘は腹を抱えて笑っていたが、申し訳ないが俺にはまるで笑いどころがわからなかった。艦娘にだけ効果のある何らかのサブリミナル映像の存在を疑ってしまう。
 何より恐るべきは、こんな映画が第三弾まで公開されていることだろう。もしかしたら俺の感性がおかしいだけなのか?

 うるさいはずの黄色い笑い声は、不思議なことに心地よいBGMだった。頭ではなく、心が知っている。こいつらが笑いあえる環境こそが、この世の天国であることを。
 天国。あぁ、そうだ。俺は、こんなときがずっと続けばいいなと思った。


207 ◆yufVJNsZ3s2019/02/11(月) 21:44:151D74/eo2 (12/12)

―――――――――――――――
ここまで。

200レス突破。五分の一も消化してしまったのか。
大井愛の高まりを感じるので、大井の話も書かないと……。

待て、次回。


208以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/11(月) 23:17:14bUiIL5zs (1/1)

お疲れ様。
ゴーヤかわいいなぁ
交ってる次回


209以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/17(日) 01:35:54WREGxGX. (1/1)

おっつでち


210以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/18(月) 00:06:35YyWxqSfE (1/1)

乙ー
別のとこで短編かなんか書くんなら一応ここで宣伝しといてほしい


211以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/21(木) 00:15:39MSJwokXc (1/1)

やっぱりあんたの書く大井は最高だな・・・


212以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/21(木) 00:21:18Kc952rBk (1/1)

>>211
どこどこ?
教えて下さい


213 ◆yufVJNsZ3s2019/02/21(木) 22:24:22M/8RG4q. (1/1)

戦艦水鬼「光溢れる水面に、わたしも」
【艦これ】大井「顔、赤いですよ。大丈夫ですか」
【艦これ】赤城「おいしいご飯を食べる方法」
【艦これ】加賀「幸福と空腹は似ている」
曙「百年早い」
【艦これ】「潜水艦泊地の一年戦争」
雲龍「魔法の指輪」
提督「あー……おっぱい触りてぇなぁ……」漣「……」
【艦これ】大井「顔、赤いですよ。大丈夫ですか」
【艦これ】大井「今晩寝かせるつもりはないわ」
R-18【艦これ】大井「愛の天秤」 
【艦これ】大井「禁煙」
【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」(長編)

>>212
なぜかURL書き込めなかったのでタイトルだけ。
あるいはトリップで検索していただければpixivのアカウント出てくるかと思います。そちらにも全部保管してあります。

別件での締切に追われており、次回投下まで暫し時間を頂きます。
申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。


214以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/23(土) 06:55:58i1eXuAes (1/1)


確かに天国だがずっと続けばいいはフラグ過ぎるんだよなぁ


215以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/23(土) 19:13:5174eHdk12 (1/1)

ありがたや、ありがたや


216 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:48:24oNs1gIDk (1/14)


 天国なんてものは存在しない。

 俺は無神論者ではなかった。神様はきっとこの世にいない。けれど、自分が信ずるなんらかの概念や哲学は、「神」と呼ばれて然るべきだ、そう思う。

 天国はなく、ゆえに地獄もない。全ては現実と繋がっている。地続きになっている。それはこの世に楽天的になることを許さず、同時に不必要な絶望も肯定せず、今生きている世界を見据えろということに他ならない。
 見据える。言うは易し、行うは難し。少なくとも今の俺には難しい話だ。結局のところ、ゴーヤを含むあいつらとの日常は、俺の欺瞞と策謀の上に成り立った、所詮ハリボテの代物なのだから。

 罪悪感は、ある。
 後悔も、またある。


217 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:49:11oNs1gIDk (2/14)


 ところどころ舗装の古くなった道を俺たちは往く。少し広めの普通自動車。助手席に青葉。後ろにハチ、イク、イムヤ。最後部にじゃんけんで負けたゴーヤが荷物と一緒に。

「ほーおらねー、そおっくりな猿がぁ、ぼくを指さしてるー」

 ラジオから流れてくる歌に合わせて潜水艦たちは唄っていた。愛をください、愛をください、と。

「あと少しでつくぞ」

 途中で渋滞に巻き込まれ、一時間半のはずの旅程は二時間を少し超えそうなくらいになっていた。先方には既に連絡をしてあるから問題ないが、帰りのことを考えると、あまり知らない道を暗い中走ることになりそうだ。それは少し気落ちする。

「てーとくは動物にたとえたら、たぶんワンコでちねっ」

 トンネルを抜け、木々の隙間から見えてくる海の輝きに興奮しながら、ゴーヤは言った。歌の影響だろう。


218 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:49:51oNs1gIDk (3/14)


「うん。それも、小型犬じゃなくって、大型。レトリバーとか」

 ハチがぼんやり言った。残る二人もそれに追従する。

「犬、ですって」

 青葉がこっそりと告げてくる。皮肉った笑顔。それは多分、俺にだけ向けられたものではなく、自らにも。
 ゴーヤがどういう感性を発揮して、俺を犬と喩えたか、俺にはわからない。
 犬はあまり好きではない。嫌い、というほどの積極的な感情はなかった。だが、あのあまりにも従順な性格は、見ていると悲しくなって、苛立ちさえ覚える時がある。首輪なんてつけられやがって。お前にはもっと、自分の足で行きたいどこかがあったんじゃないのか。

 いや。飼い慣らされる期間が長ければ、きっとそんなことは思いもよらなくなるのだろう。別天地や理想郷など時間に風化して消えていく。物理上にあるものも、形而下にあるものも、時の洗練を回避することはできないから。
――だから、俺はまだ大丈夫なはずだった。牙は抜けていない。このまま田丸の言うことだけを聞いて生きていくつもりはない。


219 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:50:25oNs1gIDk (4/14)


「あー! 見えてきたの!」

 林が途切れた一瞬をイクは見逃さなかったらしい。立方体がいくつか連なった、ベージュの建造物。これから俺たちが向かう先。
 演習の先。

 そして、俺が田丸から申しつけられた、任務の対象。

 事前に説明されていた駐車スペースに車を止め、俺はスーツケースを引っ張り出した。仕事道具が一式入っている。着替え、書類一式、ビデオカメラ、ノートパソコン。
 ネットワークや通信の回線はここの泊地のものを借り受けられるが、念には念を入れ、自前のものがあったほうが何かと安心できる。一応、まがりなりにも潜水艦計画は部外秘であるので、データなどの漏れがあっては一大事だ。

 俺がそうしている間、車から勢いよく飛び出した潜水艦たちは、わいわいきゃっきゃとはしゃいでいた。車に乗って出かけることはあっても、他の泊地や鎮首府へ赴くことなど、今まで殆どない。こいつらは自分たち以外の艦娘をそもそも見た経験が少ないのだ。
 だから、青葉が恐ろしいほどに落ち着いているのは、考えれば当然だった。彼女は艦娘通信とやらで全国を回っている。おおよそ唯一無二の、所属の母港を持たない艦娘。
 もしかしたらここにさえ来たことがあるのかもしれなかった。


220 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:51:54oNs1gIDk (5/14)


 演習相手として選出されたのは赤ヶ崎泊地である。海軍規定の定める区分のうちでは小規模拠点に属している。所属艦娘は、資料によれば二十五名。
 地域の拠点というよりは、大規模拠点の補佐が主な役割となる。ここからさらに北東へ車を三十分走らせれば、所属が八十人近くの準大規模拠点が存在するため、メインの邀撃はそちらが担当しているらしい。

 あまり練度の差が開いていても演習として効果は薄い。特にうちの艦娘たちは実戦経験もそこそこしかないのだから、下手に力の差を感じて意気消沈されても困る。
 まぁそんな性格のやつらではないのだが。

「お前ら、あんまりはしゃぐな」

 スク水、否、潜水艦娘専用制服に身を包んだ四名は、各々の鞄を小脇に抱え、整列した。その瞳は輝いている。

「初めての対外演習で興奮する気持ちはわかるが、何事も最初が肝心だ」

「舐められないようにしろってことなのね!」

 イクが叫んだ。ハチも頷いて、シャドーボクシングの真似事をする。

「大丈夫です。顔面に一発くらわせてやります」

「中々過激じゃん?」

「ふっふっふ、ゴーヤの実力見せてやるでち!」


221 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:52:38oNs1gIDk (6/14)


「総員整列!」

 腹の底から叫んでやると、全員が即座に、きちりと横一列に並ぶ。踵を揃えて背筋を真っ直ぐ伸ばし、俺の方を見る。
 ……どうやら鈍ってはいないようだった。そうでなくては困る。俺も、外に出てまで小言を言いたくはない。

「調子に乗るな。訓練生時代に、さんざん礼儀を説いたと思うが?
 番号!」

「いち!」

「にぃ!」

「さん!」

「しっ!」

 四人もまた腹の底から叫んだ。各自手荷物を放り投げ、寸分狂いのない敬礼。
 ここまで改まった必要はないにせよ、礼儀――挨拶であるとか、その場にそぐう振る舞いであるとか、相手に失礼のないように動けるかは、重要なことだ。水泳の世界も軍人の世界もそれは変わらない。

 じっと四人を見た。数秒、俺もやつらも、動かない。


222 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:54:03oNs1gIDk (7/14)


「……楽にしてよし。
 お前らはまだ全然ひよっこのぺえぺえだ。実戦経験もほとんどない。先輩たちの胸を大いに借りるつもりで挑め。無様に負けろ。敗北から学べ。涙を拭いて立て。できるか?」

「はいっ!」

 四人の声が揃う。

「とはいえ、さっきイクはいいことを言った。舐められないようにすることは大事だ。だが、繰り返すが、お前らが戦いにおいて舐められないようにするのは難しい。まだ、な。
 ならお前らにできるのは、人間性を見せつけてやることだ。わかるか? ただのガキだと思われて、演習のあとに陰口を叩かれないようにするために、何ができる?
 ハチ、どう思う」

「はい。そうですね……挨拶をきちんとする、とか」

「そうだな。繰り返すが、礼儀は大事だ。お前らが立ち居振る舞いを損なえば、人格も損なわれる。他には?」

「諦めないこと」

 イムヤが決意を籠めて言う。俺は大きく頷く。


223 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:56:32oNs1gIDk (8/14)


「それもある。恐らくお前らは負けるだろう。初めの数回は、特にこっぴどく、もうどうしようもないくらい完膚ないまでに……だからといって戦いを投げるな。
 これは演習だが、演習だということは頭から忘れろ。お前らの後ろには大事な人が助けを求めているのだと思え。意地を見せつけてやるんだ。そうすれば、お前らの名前は、向こうの頭に刻まれる」

「はいっ!」

 再度四人の小気味よい返事。

「覚悟はできたな? なら、行くぞ。
――待たせたな」

 泊地からの使者が一人、入り口のところで壁に背を預けているのは知っていた。だがこちらにも準備というものはある。人を待たせることは多少礼儀をこそ欠くけれど、喝を入れることはそれ以上に重要なことだろう。
 いくらかの申し訳なさを表明しながら、そちらを向く。


224 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:58:02oNs1gIDk (9/14)


「……ん?」

 黒いおさげと深い緑色のセーラー服が際立って目立つ、一人の少女。
 眠そうな、気怠そうな、少し生気に欠く瞳。
 その姿には見覚えはなかった。けれど、だが、しかし、その雰囲気に俺はどこか懐かしい要素を感じていた。そしてそれは相手も同じようだった。

「……あれ? あぁ、やっぱり?」

 うんざりした様子で少女は笑った。おさげが海風に揺れる。
 その笑い顔は、声は、俺の頭に稲妻を走らせるには十分すぎたようだ。ばちん、と幻聴が響いて、一瞬で、一瞬だけ、頭の中が白くなる。

 白さは衝撃だけによるものではなかった。真夏の太陽。公園。上を向いた水道の蛇口。輝く水飛沫。そこに寄る薄い、淡い色の唇。
 棒アイスを咥えた俺と、ジャングルジムによじ登る、歳の離れた幼馴染。あれは都合のいいおもり役だったのだと今ならわかる。


225 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 22:58:50oNs1gIDk (10/14)


「依子?」

「やめてよ、健臣にーちゃん。あたしその名前嫌いなんだってば」

「お前、なんで、艦娘に……適性があったのか」

「あぁ、まぁねぇ……色々、あってねぇ。そっちだって色々あったんじゃん?」

 視線は俺の、銀色の脚に向いている。

「……そうか。そりゃそうだよな。でも、依子」

「北上」

 有無を言わさぬ様相で俺の言葉を遮る。

「その名前は嫌い。あたしは『北上』。軽巡北上。忘れないでよ」

「肝に銘じておく。悪かったな」

 太陽が首筋を照らして、俺の頬を汗が一筋流れた。


226 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 23:00:06oNs1gIDk (11/14)


 背後ではゴーヤたち五人が怪訝な表情を浮かべている。事態が飲み込めていないのだろう。説明を求められるほどではないが、仮に求められたとしても、そんなこと俺にだってできやしない。

 長峰頼子は俺の幼馴染だった。といっても、歳は十ほど離れていて、関係としては兄妹に近かったかもしれない。
 俺たちは団地の同じ棟に住んでいた。俺が一階、依子が四階。親同士が多少顔見知りだったということと、鍵を忘れて泣いていた依子を助けたという一件もあって、それ以来依子は俺によく懐くようになった。俺の後を追って水泳を始めたほどに。
 その水泳は、言い方は酷いかもしれないが、凡人の壁にぶち当たって、ほどなくやめてしまったようであるが。

 肌の粟立つのを感じた。田丸から言い渡された任務、暗号鍵付のファイルにあった一文を思い出す。

 果たしてこれはまたとない好機なのだろうか? それとも予想外の角度から飛び込んできた厄介なのだろうか?
 思わず青葉を見る。青葉は少し遅れて俺が熱視線を送っていることに気づいたらしく、初めはきょとんとした顔をしていたが、すぐにあくどい顔を作った。


227 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 23:02:20oNs1gIDk (12/14)


『特定の相手がいないか調べておけばいいんですね?』

 秘匿通信で自信満々に言われた。
 まるで違う。ノーコンピッチャーかよ、くそ。

 依子――北上は、あくまで俺の単なる幼馴染にすぎない。詮索される謂れはない。
 恋人なんかじゃないんだ、とゴーヤに目線で説明する。俺にだって過去がある。別に仲のいい女の一人や二人くらいいたって当たり前の話だろう、と。
 随分とあちらからの視線が険しかったので、あぁこれは伝わっていないなと思った。誤解されている。変に焦って説明をしようとしたのがよくなかったのかもしれない。だけどしょうがないじゃないか。俺はゴーヤに嫌われたくないし、疑われたくすらないのだ。
 
 ……ただ、向こうがどう思っていたのかは、正直なところ自信はない。
 今まで忘れていたはずの、あいつの唇の柔らかさが、不意に真夏の陽炎と祭りの喧噪、そして粘ついた湿度を伴って、薄ら戻ってくる。


228 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 23:03:07oNs1gIDk (13/14)


『青葉。あとで少し、話がある』

『……了解』

 流石に空気は読んでくれた。青葉の目つきが、獲物を狙う肉食獣のそれだ。

 限りなく内密に、隠密に、誰にも知られぬように。
 危機管理上、当然そうであるべきだと思われた。田丸からの文書にはしつこいくらいに念押ししてあったが、されてなかったとしても、俺はそうするに違いない。

 この泊地で性的虐待が行われているとは信じたくなかった。
 たとえ天国がこの世に存在しないのだとしても。


229 ◆yufVJNsZ3s2019/02/24(日) 23:06:26oNs1gIDk (14/14)

――――――――――――
ここまで。大体全部田丸が悪い。

北上! 北上じゃないか!
これで恐らく全ての登場人物が(恐らく)出揃いました。あとは勢いつけて畳むだけだ!
まだ先のことですけどね。

待て、次回。


230以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/25(月) 02:22:04kle3mF9. (1/1)


待つぞ


231以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/25(月) 10:37:54MHOIs7mk (1/1)

おっつおっつ


232以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/25(月) 21:25:17.iqadsOM (1/1)

演習で駆逐軽巡からの弾除け役をして貰ってるのに申し訳なさを感じたり感じなかったり
まぁでも役割があるってのは大事だから良いよね乙


233 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:47:52oizIvrP6 (1/10)


 艦娘を食い物にしている提督がいるという。

 そのメールの一文を見たときの、俺の驚きと言ったら! 筆舌に尽くしがたいとはこのことだろう。
 田丸さえも俺の心の内を知る由はない。あいつは俺がうまくやったと思い込んでいる。いや、事実うまくやったのではあるが、その「うまくやった」は翻っていつの間にか俺へと降りかかり……。
 いや、そのことについて考えるのは、今はやめよう。桃色の少女の深みに嵌ってしまった愚かな生き物のことをあいつは知らない。それでいい。あいつは自分以外の人間が艦娘を私的に利用することを許さない。

 赤ヶ崎泊地を田丸が選出したのは、立地が近いからでも、ましてや偶然でもなかった。十割が意図的。俺を――田丸の犬を合法的に、素知らぬ顔で敷地内へ放り込むための方便に過ぎない。
 どうやらそこの泊地を治める提督は、田丸と対立する一派に所属しているようなのだった。そしてそれはトラック泊地で物資の密輸と着服に手を染めているやつら、青葉を疎ましく思っているやつらに近しい。


234 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:48:51oizIvrP6 (2/10)


 そのあたりの力関係は俺にはわからなかった。知りたくもない。踏み込んではいけない領域は世の中にはあるもので、生憎俺は田丸ほどの功名心はない。
 ただ、田丸が正義かと尋ねられれば、俺は首を横に振るだろう。結局は権力の奪い合いなのだ。艦娘という新たな戦力を、脅威を、どれだけ手中に収められるかという政治ゲームなのだ。

 そう、艦娘は権力の駒であり、同時に金のなる木でもあった。やがてゆくゆくは大樹に育つ、その若芽だった。所詮若芽に過ぎないとも言えた。
 成長しきってしまえばおよそ個人の手には負えない代物になる。そうなる前に、少しでも自分の影響を及ばさんとするものが、海軍内には夥しいほどいるのだろう。田丸も、無論その一人。

 だから物資の密輸や着服も行われるし、……。


235 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:49:26oizIvrP6 (3/10)


 ……俺はゴーヤのことを想った。下劣と後ろ指をさされるかもしれないが、あいつの白い肌と桜色の乳首、そして濡れやすい秘所のことを考えた。
 若い子女を抱きたくない男がいるだろうか。「提督」という職業は、男がやるには少し理性へのダメージが大きすぎる。
 いやいや何を言うのだと外野は喚くのかもしれない。常に自らを律してこその大人、社会人、あまつさえ人間であると識者は言う。その大層ご立派な発言が、大層な誤謬だと知ることもなく。

 我が泊地の潜水艦たちの前で、同じことが言えるものかよ!


236 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:50:03oizIvrP6 (4/10)


 権謀術数渦巻く政治の世界の中で、女を懐柔する手練手管など無数にあるはずだった。薄汚れた粘糸に引っかかる蝶がいないとは思えない。世迷言だと、風説の流布だと、切って捨てるのはあまりにもリスキー。

 性的虐待。

 欲望に任せて艦娘を甚振る、屈強な男のイメージが脳裏によぎる。

 田丸は決して正義の男ではない。単なる善意から行動を起こすとは思えなかったし、俺に善意を求めるとも思えなかった。だから、この任務には、もっとやつのプラスになるような意味があるに違いない。それは敷衍すれば俺のプラスにもつながる。
 ならばやらなければならない。田丸のことを散々こき下ろした俺だけれど、そんな俺自身、正義漢とは程遠い。

 それでも不幸になる人間は少ない方がいい。

 赤ヶ崎泊地の提督が反田丸派に属しているというのなら、スキャンダルが明るみに出て失脚することは、些細かもしれないが田丸の益になるはずだ。しかし、田丸が俺にわざわざ内密な指令を出すのだから、ことを露見させたくないということになる。
 ひっそりとことを収束させろ。秘密は全て自らの手中に収める。そういう腹積もり。


237 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:50:35oizIvrP6 (5/10)


 それは勿論敵対する組織、あるいは人物に対してのアドバンテージとしての側面もあるだろうが、対外的な面も多分にあるように思われた。
 海軍で、兵隊を指揮する立場にある人間が、兵隊へと性的虐待を働いていた。いかにも耳目を惹きそうな話題だ。潜水艦だけではなく、艦娘にまつわる様々な計画に不都合が起きると予想は容易で、田丸はそれを嫌っているのではないだろうか。

 俺があいつの立場だったらそうする。少なくとも、そう感じる。権力を笠に非道を働く人間と一緒くたにされるのは業腹だ。
 いかに政府の組織と言えど、いや、政府の組織だからこそ、地域住民からの理解と助力なしには運営もままならない。予算だってそうだ。悪臭のする事業には誰も融資の手を差し伸べたりはしないのである。


238 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:51:13oizIvrP6 (6/10)


 俺には直々に極秘の任務が下ったけれども、それは俺の本懐ではなかった。やるべきことではあるが、やらねばらならぬことではあるが、俺一人に任されているわけではない。全ての成果を手中にする必要はない。
 少なくとも数か月は、我が泊地は赤ヶ崎泊地と交友を深めつつ、適宜演習を交えていく方向になっている。機会は何度もある。それに、別に、俺の本職は間諜などではないのだから、あまり多くを期待されても困るのだ。

 とはいえ危機感もまたある。ここに来るまでは殆ど他人事であった。しかし、この泊地に依子が、いまや軽巡北上となって在籍しているとなれば話は別だ。十年近くの別離を経ての邂逅ではあるが、友愛の情がなくなったわけではない。
 あいつを情報源にするという手もあったが、そこまでうまく話をもっていけるかどうか。青葉の方がよっぽど弁が立つはずだ。

 そういう意味では青葉を俺は多分に信頼していた。俺たちは目的を合一にしている。ともすればあちらの方が必死かもしれないと感じる程度には。


239 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:51:50oizIvrP6 (7/10)


 青葉は、俺が事の次第を説明すると、露骨に不機嫌そうな顔をした。嫌悪感に満ち満ちた表情。当たり前だ。俺だって最初は随分と不快な気分になったし、それが女で艦娘という立場の彼女ならばなおさらだろう。
 「デリケートな話題ですね」と青葉は言った。「隠そうとするひとも多いでしょう」と。

 その考えには俺も至っていた。身内の恥や埃を広めたい炉悪趣味な人間は限られている。
 しかし青葉はそんな言葉に対し首を横に振った。「それもありますが、そういうことではありません」。

「セカンドレイプ、という単語を聞いたことがありますか? 性犯罪、特に強姦や近親からの性的虐待にあった被害者に対し、その話を掘り下げて聞こうとするその行為自体が、被害者に深い爪痕を刻みかねません。
 知らない者は当然答える術を持たないでしょう。知っている者の中にも隠したい者はいるでしょう。そして、当事者もまた、自らの身に起きた出来事を呪い、隠し、傷つきながらも墓場まで持っていきたいと思ってしまうのです」

 しまうものなのです、と青葉は悲しそうに言う。


240 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:52:25oizIvrP6 (8/10)


「……田丸直々の申しつけではあるが、あくまで俺たちの目的の添え物にすぎねぇぞ」

「そうです。えぇ、そうですとも。ですが、青葉は艦娘であり、同時にジャーナリストの心を忘れたことはないのです。
 システムを悪用する人間は裁かれて然るべきです」

「……あついな」

 情に篤く、情が熱い。

「冷房を利かせますか?」

 そういうことではなかったが、頷く。

「して、青葉は何をすれば」

「とりあえず、情報収集から入ろう。『提督』のひととなり。交友関係。評判。行動パターン。自ずと浮かび上がってくるだろう」


241 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:53:18oizIvrP6 (9/10)


「艦娘の情報は?」

 必要ないとは考えづらいが、どうだろうか。優先順位は一段落ちる気がした。

「了承しました。どうせ青葉は、演習の間は暇っこですからね。顔も知れてるでしょうし、うまくやりますよ」

「頼んだ。すまない」

「えぇ、えぇ、いいってことです」

 顎に手を当てて、熟考する。熱が出ているようだった。少し回転させすぎたのかもしれない。
 田丸は恒常的な説明不足だ。自らが他人のことをわかりきっているから、他人にも同じレベルの理解度を要求する。そう、俺たちは理不尽な要求をされている。
 暇を持て余させてはくれないらしい。うまくやらなければ取り返しのつかないことにもなり得る。兵は拙速を尊ぶが、生憎俺は兵ではない。将には将なりの行動規範というものがある。

 性的虐待。
 それが単なる誤解であれば、どんなにいいものか。

 純愛であってくれと俺は願った。


242 ◆yufVJNsZ3s2019/02/26(火) 23:56:11oizIvrP6 (10/10)

――――――――――――
ここまで。短め。提督はみなよく考えます。

二次創作でありがちな憲兵ネタとエロ同人を大鍋で十時間煮込んで再構築した感じのやつ。

待て、次回。


243以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/27(水) 05:51:12sFnOdHco (1/1)

乙でち

最近の自衛隊とりわけ海自は下半身の不祥事が多いからね仕方無いね


244以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/27(水) 13:11:26UuLvXhnE (1/1)


待つぞ


245以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/27(水) 18:28:07xVnJfRQk (1/1)

待つ次回(全裸正座待機で)


246以下、名無しが深夜にお送りします2019/03/07(木) 05:02:43Fd9jGswE (1/1)

おつ
次回も楽しみにしている


247 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:14:17tZtnPtso (1/14)


 純愛――純愛!

 純愛だって?

 純愛だとよ!

 俺が。この俺が、だ!

 うくく、と笑いがこみあげてくる。腹の奥底、一番深いところ、光も届かない、感情の死骸が山積する、核にどこよりも近い場所から。
 どす黒い石油にまみれた笑いをなんとか喉で濾過しようと試みる。こんな声を誰かに聞かせるわけにはいかなかった。

 自らのために少女を騙し、手籠めにして、虜囚としようとした人間が、一体何を願っているのか。自分を棚に上げて、他者の純愛を願うなんてのは、おこがましいにもほどがある。
 寧ろ賦活するべきなのだ。俺のような人間がいるのだから、と頬を叩いて。
 そうだ。「俺のような人間がいるのだから」。俺のような人間がいるのだから、性的虐待なんてのは蔓延していると見て然るべきだろう。

 それとも、俺のような人間などどこにでもいるものではない、と思ったほうがいいのか?


248 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:16:00tZtnPtso (2/14)


 しかし、どのみち、任務は任務。俺の感情がどうであれ、境遇がどうであれ、そんなことにはお構いがなく、一切合財関係なしに、やらねばならぬ。

 俺は更衣室でワイシャツからジャージへと着替えた。フォーマルな服装で赤ヶ崎の提督と挨拶すべきなんじゃないかとは思ったものの、それがあちらからの指示なら仕方がない。
 更衣室は男性と女性で別れていたが、随分と古びているようだった。経年劣化、というわけではない。あまりにも不使用が行き過ぎて、空気が滞留しているのだ。時計が過去で止まっている。

「随分と時間がかかってたね」

 廊下へと出た俺を待ち受けていたのは、我が泊地の潜水艦。
 青葉はいない。恐らく、さっそく情報収集に向かったのだろう。仕事熱心なことだ。

「色々考え事をしててな」

「ふーん」

「さっき、北上さんから言伝がありました。執務室まで来てほしい、提督が……ここの、ですね。呼んでいるって」


249 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:20:08tZtnPtso (3/14)


 ハチは一人振り返り、俺たちを促す。

「場所は聞いてます。行きましょう」

「よっしゃー、いっちょやったるのね!」

 イムヤとイクも続く。ゴーヤは、ゴーヤだけが、少し遅れて。

 一歩踏み出す際にちらりと俺を一瞥する。しかし言葉はない。怒りの入りまじった不安、とでも言うのだろうか、詰問の視線。
 それが北上と俺の一件に端を発するのだろうことは、想像に難くない。それにしたって不安症がすぎるんじゃないかとも思うが。
 男は肉体的な結びつきを、女は精神的な結びつきを重要視すると聞いたことがある。もしその言説が正しいのだとすれば、なるほど、確かに俺たちの間に恋人じみたイベントは数少なかった。ゴーヤはそのようなことも含めて、心配しているのかもしれない。

 どこかでひと段落ついたら、一緒に遊びに出かけるのもいい。

 ハチに連れられて扉の前へとついた。執務室。「必ずノック!」と手書きの札がぶら下げられている。
 文言にもあるように、まずノック。


250 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:21:11tZtnPtso (4/14)


「お忙しいところ失礼します。沓澤泊地のものです。御挨拶に伺いました」

「入ってくれて構わないよ」

 すぐさま部屋の中から返事があった。扉は冷たい鉄扉である。ドアノブを掴んで、ゆっくりと開く。

 さほど広くもない部屋だった。十畳くらいはあるのかもしれないが、部屋の左右にキャビネットや本棚がどかんと構えているので、随分と体感は狭い。
 奥には別の部屋へ通じる扉があった。提督の自室と繋がっているのかもしれない。
 大きくない窓に、さらに鉄の格子がかかっているため、部屋の中は薄暗かった。昼でもLEDの灯りが照らしている。

 窓に向かう形でデスク、そしてパソコンが置いてあって、足元には小さな冷蔵庫。メッシュ生地の椅子は、恐らく人体工学に基づいて設計された、そこそこ値の張る品だ。

 軽く椅子を軋ませながら、男が立ち上がる。

「どうも、お待ちしておりました。このたびは演習相手に我が泊地を択んでいただいて、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、こんな出来立ての泊地の演習を快諾していただいて」

「お互いにもメリットのあることですしね。
 御挨拶が遅れました。ぼくはこの赤ヶ崎泊地を預かっております、酒井と申します」

「国村です。よろしくお願いします」


251 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:21:46tZtnPtso (5/14)


「潜水艦……新たな艦種。その後ろのコたちがそうですか?」

「はい」

「なるほど。話は多少は伺っていますが、あくまで多少に過ぎません。なんでも戦況を――戦場を覆す力があるとか?」

 酒井は面白そうに笑っている。年齢は四十近いようだが、みてくれは随分と若い。三十前半と言っても通じるだろう。染めているのか白髪さえも見えない。
 好感のもてる男だった。清潔感がある。快活としていて、こちらに嫌な気を微塵も起こさせないような。
 それが天性のものなのか、はたまた意図的に造られたものなのかはわからない。勿論誰だって表面はしつらえるものだ。特にこういった社交の場では猶更である。だから、こんな一瞬のやり取りで、酒井が黒か白かを判別などできやしない。

 切れ長の瞳が俺と、後ろにいる四人を捉えている。興味が半分、値踏みが半分。
 俺は舌で唇を湿らせた。俺もうまく外面をしつらえる必要がある。


252 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:23:34tZtnPtso (6/14)


「その予定ではあります。いまはまだ……まぁ、有体に言って、練度が足りません」

「なるほど、そうか。となれば苦労も多いでしょう。ぼくは赤ヶ崎の設立から立ち会っていますが、随分と大変なことは多かった。勿論嬉しいことや楽しいこともひとしおですけどね。
 新しい艦種の立ち上げにかかわるとなれば、同じくらいか、きっとそれ以上なんでしょうね。貸せる力はお貸ししますよ」

「ありがたいです。なんせうちの潜水艦たちは、実戦経験が余りにも少ないので」

「えぇ、お聞きしています。一応、うちも潜水艦に対応できるメンバーを集めました。召集は既にかけていますが、大丈夫ですか? 準備などがあるなら一時間ほど時間を置きましょうか?」

「……どうする? イムヤ」

 リーダー格は便宜的にはイムヤということになっている。


253 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:25:18tZtnPtso (7/14)


「海の温度と潮流、あとは風向きかな。仮想戦闘海域の範囲も知りたい。それさえわかれば、いつでもいいよ。
 みんなも大丈夫だよね?」

「はい」

「うん!」

「おっけー!」

「だってさ」

 もう少し言葉遣いを丁寧にしろと言いたかったが、ここでお小言も違うだろう。俺は口を噤んで頷き、

「一時間はいりません。二十分ほどで済むと思います」

「わかった、ならそう伝えておきますよ。海図と海域のデータは今送ります」

 酒井が手元のバーチャル・ディスプレイを操作して、ファイルを空間に放り投げる。
 俺はそれを人差し指でおさえ、ピンチ・アウトで解凍した。そのままウィンドウを閉じ、うちの泊地の閉じた回線へと放流。


254 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:26:40tZtnPtso (8/14)


「御厚意感謝します」

「状況はイーブンでないと、ですから」

「イムヤ。回線に流したから、データを確認してくれ。
 酒井提督、四人を演習海域に向かわせても?」

「勿論。大井、北上、入りなさい」

――北上。

 俺は思わず振り向いた。と同時に開いた扉の向こうには、濃緑の制服に身を包んだ二人の少女が立っている。

「この四人を演習海域へと案内してくれ。大事なお客だ。丁重に扱ってくれよ」

「言われなくてもわかってます」

 北上の隣のもう一人、栗色の髪の毛の少女は、ぶっきらぼうに言った。先ほど大井と呼ばれていた気がする。
 目鼻立ちの整った美少女だった。垂れ目気味で、しかし雰囲気は鋭い。澄ましていればよほど人当たりもよさそうなものだが、今はそれが逆に強い拒絶の空気となってしまっている。

 自らの泊地の長にその態度とは、俺を含めて全員が驚くばかりだが、北上も酒井も慣れているらしい。眉一つ動かしていない。
 事務的? いや、違う。それは理解と度量が為せる業なのだ。


255 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:27:42tZtnPtso (9/14)


「お前らも、粗相のないようにな」

「心配しなくてもいいのねっ!」

「はい。はっちゃんも大丈夫です」

 イクは親指を立て、ハチは頷く。
 だからそれが心配だというのに。

「挨拶……は、歩きながらでいっか。とりあえず、沓澤泊地のひとたち、ついてきてよ」

 北上は手をひらひら、四人を促す。四人も大人しくついていった。
 大井も一緒に行くのかと思いきや、部屋の中へと一歩、二歩と歩みを進め、俺の目の前で立ち止まる。

 そうして、ぼそりと、

「北上さんに手ェ出したら殺す」

 とだけ呟いた。

 踵を返して駆けていく。北上を追ったのだろうことは想像に難くなかった。少なくとも、決してこの場から逃げ出したわけではないことは明らかだった。
 なんだ? 俺が何かしたか?


256 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:28:26tZtnPtso (10/14)


 思わず酒井を見た。困ったような顔をしながら、額に手をやっている。

「いや、失礼。あのコは少し……その、何と言ったらいいのか。仲間への愛が、少し強すぎるみたいでして。この泊地に来たのも同日で、部屋も一緒で、気の合うところがあるから、独占欲みたいなものだとは思うんですが。機嫌を悪くされたら申し訳ない」

「あぁ、いえ……」

 戸惑いを覚えながらも、北上と潜水艦たち、そして大井の去って行った廊下を見る。

「お酒は呑まれますか? 演習が終わってから、一杯どうです」

「申し訳ないんですが、車でして」

「そうですか、それは残念だ。北上と旧知なのでしょう? あいつの昔話を少し聞いてみたい気もしたんですが」

「俺たちの関係をご存じで?」

「存じ上げている、というほどではないですけどね。北上自身が、ついさっき漏らしてました。幼馴染だった、と」

「まぁ、ですが、車で来たなら帰りは気を付けたほうがいい。このあたりは田舎ですからね。街灯も大してありませんし、野生動物も出る。狸や狐くらいならまだしも、鹿と衝突すれば被害甚大はこちら側だ」


257 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:29:55tZtnPtso (11/14)


 酒井は俺に笑いかける。気のいい、人当たりのいい、おっさん。そんなイメージしかない。休日に率先して犬の散歩に出かけるような。
 俺は会話を通してこの酒井という男の人物像を見極めるつもりでいたのだが、しかし、いまだに攻略の糸口すら見つけられないでいる。性的虐待をするような男には、少なくとも思えなかった。

 無論、それはそう「見える」だけである。そしてえてして疾しい人間の方が外面はいいものだ。やつらは自らが内に秘めたものが、どれほどどす黒く醜い汚濁かを理解しているから、それを隠すために邁進する。
 ならば酒井、こいつはどうだろうか。

 艦娘と肉体関係にあって、権力をちらつかせた虐待なのか。
 艦娘と肉体関係にあって、相思相愛の純愛なのか。

 そもそも、全てが根っからのでまかせなのか。

「……」

 いや、まだ出会ったばかりだ、探りを入れるには尚早すぎる。もう少し打ち解けてからでいい。秘密の共有ができるくらいには。こっそりと、自分の悪事を吹かしたくなるくらいには。


258 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:30:29tZtnPtso (12/14)


 会話を丁度いいところで打ち止めて、俺は執務室を後にした。曲がりなりにも俺は潜水艦たちの監督をする責務を負っているのだから、あまり目を離すのはまずいのだ。
 とはいえ、ここまで来てしまった以上、俺にできることなど最早ない。提督という肩書は俺の地位を顕している。逆説的に、俺は艦娘ではないということも。戦うのは艦娘であって人間ではないから。

 あぁ、それは実に不憫なことだった。ゴーヤたちを想う。トラック泊地を想う。性的虐待について想う。
 金のためか、名誉のためか、愛国心のためか、率先して手を挙げた彼女たちは、大人の食い物となる危険性と常に隣り合わせになっている。彼女たちは人間ではあるが、人間扱いされていない――自分たちに利益を齎す都合のいい存在。

 俺の復讐の道具にされ。
 横領と横流しに利用され。
 性的な欲望を叩きつけられる。


259 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:31:02tZtnPtso (13/14)


「……どこだ、ここは」

 どうやら迷ってしまったらしかった。ドックの方に行きたかったのに、なぜか中庭へと出てしまっている。

「あぁ、ここを突っ切っていくんだよ」

「北上」

 木陰で伏し目がちに、俺の幼馴染は煙草をふかしていた。

 紫煙が揺れて拡散し、外気へと溶け込んでいく。霧散。アスファルトから立ち上る夏の熱気。夏祭りの喧噪。言葉には言い表せない幻想的な景色。色鮮やかさは、恐らく「昔日の美しい思い出」という補正のせいだろうと思われた。
 北上の口から煙草のフィルターが離れる。薄く色づいた唇。

 今なら俺は、あの日、あの時、別れ際の、こいつの口づけの意味を、笑いながら聞ける気がした。


260 ◆yufVJNsZ3s2019/03/09(土) 00:32:53tZtnPtso (14/14)

―――――――――――――
ここまで

泊地の名前は沓澤泊地に決まりました。いまさら!
そして書けば書くほどに提督がでしゃばる。早くゴーヤといちゃいちゃしろ。

待て、次回。


261以下、名無しが深夜にお送りします2019/03/09(土) 15:04:55BI9KygL. (1/1)

舞って次回


262以下、名無しが深夜にお送りします2019/03/10(日) 16:22:04nmgZZiB6 (1/1)

事前情報があると演習相手の執務室の描写と併せて、なんとも影を感じさせられてしまうな
でも大井っちの様子も踏まえると或いは全く別の可能性も……?
乙乙、待つ次回


263 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:08:44XgIYlmBM (1/12)


「……待っていて、くれたのか」

「ん。まぁね。初めて来た人は大体迷うから、ここ」

 ふぅ、と北上は紫煙を吐き出す。

「あと、煙草も吸いたかったから」

 大井っちには怒られるけどね、と北上。

「あいつらは?」

「潜水艦? なら、大井っちが連れてったよ。今頃は説明も終わって、動き出してんじゃないかな? こっちの演習組も向かってるってさ」

「そうか」

 なら、問題はなさそうだった。


264 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:09:25XgIYlmBM (2/12)


「……」

「……」

「なに?」

 棒立ちの俺を不思議そうに眺めている。

「いや、案内してくれねぇんだな、と思って」

「するよ。するする。するけどさ、ちょっと待っててよ。一本くらい吸いきらせてってば」

 しっかりと肺に入れて、そして吐く。俺は煙草を吸わないが、そんな俺でさえなかなか堂に入った吸い方だなと思う程度には、北上の手つきは手慣れている。恐らくここ最近ではあるまい。
 手持無沙汰も気まずいのだが、会話の糸口が見つからない。もしこれが初対面ならばきさくに話もできよう。天気の話から始めたり、くにの話から始めたりすれば、ひとまず表面上は取り繕える。
 しかしこいつ相手だとそれが効かないのだ。なまじお互いのことをある程度知っているから、話題を択ばないと嫌な空気が流れてしまう。


265 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:16:35XgIYlmBM (3/12)


 とはいえ、俺がこいつのことを知っているのは、俺が高校を卒業するまでだ。大学は地元から離れていた。それどころか高校だって、水泳の強いところを探したため、殆ど寮に住んでいたのだ。一週間に一度帰ったかどうかの地元で、十近く離れた幼馴染に会う機会などなかったと言っていい。
 だから俺が知っているのは小学生までのこいつである。そして実家に帰った時にたまに相手をしてやったくらい。記憶の中の長峰依子は、お気に入りのアニメキャラがプリントされたトレーナーがお気に入りだった。

 ……いや。最後の日は夏祭りだ。あの日、あいつは浴衣を着ていた気がする。

 気づかれないように呼吸を整える。導入に無難な話題とは相場が決まっている。天気の話か、知己の話か。

「おばさんは元気か?」

「よそに男作って出ていったよ」

「……」

 地雷だった。
 こんなことなら手持無沙汰の方がずっとマシだ。


266 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:17:44XgIYlmBM (4/12)


「悪い」

「別に? だいぶ前の話だし……そっか、健臣は知らないんだっけ」

 俺がこいつのことを「依子」と呼べないのに、こいつは俺のことを「健臣」と呼んでくるのは、少し不公平な気もした。そこは立場の違いだと割り切るが。

 煙草は根元まで灰になって、その火も殆ど消えてしまっている。それでも北上は煙草を口から離そうとはしない。
 恐らく、何か言いたいことがあるのだろう。そんな機微を感じられないほど俺は朴念仁ではなかった。ただ、北上は口を開かない。地面に落ちた煙草の灰をぐりぐりと踏み躙る。

「……行こうか」

「……おう」

 歩き出す。

 お互いにいろいろあったのだ――そう述懐することは難しくなかった。難しくなかっただろうと思われた。だがしかし、残念ながら俺については、いまだ過去のものとすることは難しい。
 義足の調子は上々である。これが今後も上々であり続ける保証はどこにもない。誰もしてくれない。
 俺だ。俺が、自らで掴みとるのだ。


267 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:20:30XgIYlmBM (5/12)


 俺たちが演習場へとつくと、そこには我が泊地の潜水艦たちが、ちょうど準備運動から戻ったところだった。太陽の下で健康的な汗が輝いているが、それ以上にあいつらの笑顔が眩しい。
 四人は俺を見つけるや否や、駆け寄ってきた。

「どうだ、調子は」

「いつもと違う海で泳ぐのは、気分がいいでち」

「堤防の形と消波ブロックのせいだと思います。少し流れの変なところがありました」

「一応海図には落とし込んだよ。各自確認しておいてね」

「りょーかい! なの!」

 問題はなさそうだ。「心配がない」こととイコールでないのが残念だったが。

「もう少しでみんな来るって」

 北上が言う。大井がいないので、彼女が呼びに行っているのだろう。

 俺はバーチャル・ウインドウを立ち上げて、ローカル回線を構築する。演習の目的は潜水艦たちの練度の向上にあるものの、データの収集や、ひいては俺自身の指揮や采配も見られている。下手は打てない。無駄にもできない。
 俺たちに与えられた時間は一年間しかないのだから。


268 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:24:28XgIYlmBM (6/12)


「お待たせしました」

 大井が少女たちを引き連れてやってくる。四人。全員が凛々しい表情で、背筋を真っ直ぐ天へと伸ばし、確かな足取りで地面を踏みしめる。
 やや遅れて酒井も現れた。俺と同じように、ジャージ姿。休日で川沿いを散歩する父親という印象はどうしても拭えなかった。

「左から、神通、球磨、初雪、夕立。そちらが四人ということですので、数を揃えました。よろしかったですか?」

 酒井に紹介された四人は一礼する。張り詰めた緊張を見る限り、率いているのは神通と呼ばれた少女なのだろう。赤を基調とした衣装がよく似合う。
 他の三人、球磨、初雪、夕立も、多少の弛緩はあるものの、決して油断はないように見えた。俺は海上艦に関する知識はさほどないが、例えば手に持っている砲や腰に備え付けられた魚雷を見れば、手入れが行き届いているのは瞭然。

「胸を借りるつもりで、よろしくお願いします」

「おねがいしまーす!」

 潜水艦たちの大声。酒井もにんまりと笑う。

「さぁ、これから演習を始めよう」

* * *


269 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:25:52XgIYlmBM (7/12)


* * *

「イクゥッ!」

「はいなのっ!」

 ゴーヤの声に合わせてイクが魚雷を生成する。人差し指を真っ直ぐに球磨へと向け、四発全てを射出、同時に自らも水中を高速で移動する。
 海上へと飛び出したハチもそれに合わせた。本を開く――魔方陣が顕現。こちらは球磨を全方位から狙う、全天球型魚雷の包囲網。

「あれ、どういう仕組みなんですか?」

 折り畳み式の椅子に座る酒井が訊いてきた。俺は誤魔化すように笑って首をかしげる。本当だ、俺も知らない。最新技術と先端科学の融合に、神道というスパイスを散らして出来上がった代物だとは聞いているが。

 イムヤが魚雷のタネを巨大化させた。至近距離から叩きつける――しかし球磨の反応の方がずっと早い。魚雷の弾頭は海面を強かに叩き、炸薬が二人を一気に吹き飛ばす。

「くぅううっ!」


270 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:27:04XgIYlmBM (8/12)


 体勢を先に立て直したのは球磨。いや、そもそも彼女は、イムヤの攻撃を避ける時点ですでに行動のモーションに移っていた。爪先に全重心を寄せて、爆風と光の中を一気に突っ切ったのだ。
 駆け抜け様に手当たり次第ばらまいた爆雷が、イクの放った魚雷を軒並み葬る。海面がざわめきたち、人を丸呑みできる大きさの水柱が、二本、三本と続けて立つ。

 イクが放った最後の一本を球磨は跳躍で回避した。しかしそこはハチの読み筋だ。空中を進む魚雷の進行方向には、寸分の狂いもなく球磨がいる。

「逃がさん、でちっ!」

 ゴーヤの意志に沿って魚雷が海中から姿を顕す。イムヤと球磨の間に割って入るように躍り込む。
 しかし球磨は冷静さを失わなかった。どころか、楽しそうな表情をその幼い顔に浮かべ、唇を舐める。


271 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:32:23XgIYlmBM (9/12)



 金属の鈍い音がした。重低音。それが、球磨が、ハチの放った魚雷を踵で蹴り飛ばした音だと全員が認識するより先に、既に彼女は宙を跳んでいる。
 さらにもう一発を踏み台にして、球磨は上方向への移動を無理やり下方向への移動へと捻じ曲げる。単純に恵まれた脚力、そして足された重力によって、球磨の着水までの時間は一秒を切っている。

 ゴーヤが恐怖にその顔を引き攣らせた。しかし自らの仕事は、それだけは、なんとか奮い立たせた心で実行する。一目散にイムヤへと駆け寄って、乱暴にその手首を掴み、球磨の攻撃半径からの離脱を試みたのだ。
 海上では球磨に負けるかもしれないが、海中なら――少なくとも追っては来られまい。恐らくゴーヤはそう考えたのだろう。それは堅実で現実的な判断には違いない。
 違いないが、しかし。

 ゆえに読まれやすい。

 球磨は既に海中での二人の位置に目星をつけている。


272 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:32:53XgIYlmBM (10/12)


 脚力と重力による超加速、球磨の着水と同時に海面が凹んだ。海が揺れる。波が生まれる。そのままの勢いで彼女は右手を海中へと突っ込んで、制御を僅かに乱したゴーヤの右腕をしっかり掴み、そのまま一気に引きずり出した。

 そして、

「……これで終わりクマね?」

 背後から迫るイクの眼前に砲を突きつけて、不敵に笑う。

 酒井は厭味の無い笑みを浮かべていた。

 神通は虫を見る眼で今の戦いを見つめている。

 初雪は怠そうに体育座りで縮こまり。

 夕立は盛り上がって球磨へと手を振って。

 大井と北上は離れたところで談笑していた。

「……一対四にしても、これか」

 12戦0勝12敗。
 言い逃れのできない惨敗であった。


273 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 14:35:23XgIYlmBM (11/12)

―――――――――――
ここまで

戦闘シーンの実績解除。
そろそろ濡れ場を書かねばならぬ。

待て、次回。


274以下、名無しが深夜にお送りします2019/03/14(木) 19:58:50dj2g9HBI (1/1)

乙乙、レベル1潜水艦を駆逐や軽巡にぶつけるなんて鬼畜な……と思ったけど
その辺の運用ノウハウが全くの0なんだもんな、これはキツイな


275 ◆yufVJNsZ3s2019/03/14(木) 22:42:42XgIYlmBM (12/12)

https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1552569729/

艦これではありませんが、書きました。
バーナード嬢曰く。の二次創作です、よろしければご覧ください。


276以下、名無しが深夜にお送りします2019/03/29(金) 21:59:40/RfLEOLk (1/1)

おっつ


277以下、名無しが深夜にお送りします2019/04/08(月) 19:45:269Xhx93us (1/1)

待つわ


278 ◆yufVJNsZ3s2019/04/18(木) 23:52:179NEnfLdY (1/7)


 雨が執務室の窓を叩く。叩きつけられている。ばちばちと。大粒の雨が。

 奇しくも彼女たちの心模様を写すかのように、天気は急に崩れた。時たま遠くの空が白く光っている。子供の頃は秒数などを数えてはしゃいでいたものだが、もうそんな年ではなかった。

 彼女たちの胸のうちにも、光り輝く一筋の雷鳴が鳴っていることを、俺は祈った。

「……部屋を用意するように言っておくよ。いや、タオルが先かな」

 酒井は濡れた俺の姿を見て、苦笑しながら言う。
 突如として勢力を増した低気圧が、予想に反した流れ方をしているらしい。その直撃を、現在この赤ヶ崎泊地は受けている真っ最中で……当然、俺たちも巻き添えを喰らった。

 少し外に出てみただけで、肩は濡れ靴下の裏に染みてくる。路面状況は最悪だ。酒井の言うとおりに周辺は街灯も少ないようだし、土砂崩れの注意報さえ出ているのだ。
 山の天気は変わりやすいですからね、海辺の天気も。酒井はこともなげに言う。随分と急変には慣れているような口ぶりである。海と山の端境にあるこの泊地は、確かに厄介な立地なのかもしれない。


279 ◆yufVJNsZ3s2019/04/18(木) 23:53:139NEnfLdY (2/7)


「あと食事もだね。空腹でしょう?」

「申し訳ありません」

「なに、たまには知らない誰かと長話するのもいい。こんな辺鄙な場所、誰も来たがりませんからなぁ。
 あぁ、そうそう。こちらからお泊めすると言っておいてなんですが、一度に五部屋を開けることができそうになくてですね」

「そんな、お気遣いなく」

 俺なんかはソファで大丈夫だったし、あいつらも四人にまとめておいたほうが心配事が少なくっていい。
 そう言ってはみたものの、酒井は首を大袈裟に振った。客人にそんな待遇はできませんとのことだったが、客人、ただの演習相手にあまりにも大仰じゃないか。
 そんな堂々たる立場ではない。ただ、ホストの申し出を断るのは、二回が限度だろう。儀礼的な拒否はしつこすぎても関係の悪化を招く。厚意に預かることの重要性を、俺は少なからず理解しているつもりだった。

 結果的に三部屋が空いたということで、ゴーヤとハチ、イクとイムヤ、そして俺が個室とあいなった。まぁ、妥当だろう。


280 ◆yufVJNsZ3s2019/04/18(木) 23:54:269NEnfLdY (3/7)


「食事の支度はこれから始めますから、一時間少しですかね。それまではお好きにしてくださって結構ですよ。夕食、楽しみにしていてください。うちでは夕食は当番制なんですが――まぁ人数が少ないものでね、呉や横須賀などは炊き出し係がいるんでしょうけど――今日は初雪なんです。あいつは鍋とカレーとロールキャベツしか作れませんが、代わりにどれも絶品で」

 そう話す酒井の表情は実に楽しげだった。気のいい家長と言った雰囲気がぴたりと似合う。
 酒井の執務室にはいくつもの写真が飾られていた。真新しいものから、少し古いものまで。どれも海を背景に同じ構図で、中心に酒井。しかし残りのメンバーが僅かに違う。

「あぁ、記念写真ですよ。年に一度、年明けに撮ることにしているんです。一期一会といいますからね」

 兵隊はやくざな商売だ。特に俺たちのような中間管理職は。
 ただでさえ不慣れな少女たちの世話に加え、未知の化け物との活路を開き、上からの期待にも応えるなんてのは生半な責務ではない。確固たる目的か、でなければ手段の目的化が必要になる。


281 ◆yufVJNsZ3s2019/04/18(木) 23:56:189NEnfLdY (4/7)


「おっと、長々と失敬。では、時間になったらまたお呼びしますよ。泊地内の案内はいりますか? 北上をつけますが」

 北上。
 俺は丁寧に辞退した。

 執務室を後にして、俺はあてがわれた客室へと向かう。向かって左端がイムヤとイク、真ん中がゴーヤとハチ、そして右端が俺。しかし今は、四人は中央、ゴーヤとハチの部屋へと集まっている。
 入るべきか入らざるべきか、少し悩んだ。扉の前で立ち止まる。そうして意を決する。

 控えめにノック。

「入るぞ」

 返事は待たなかった。返ってくるはずがないと思っていたから。

 折り畳み式のベッドが部屋の壁際に二つ置かれている。ゴーヤはそれに突っ伏していた。イムヤは部屋の隅で蹲り、口惜しそうに下唇を噛む。イクはハチの胸の下、鳩尾のあたりへと自らの顔を埋めて唸り、ハチはそれを無言で見つめている。


282 ◆yufVJNsZ3s2019/04/18(木) 23:57:139NEnfLdY (5/7)


「……」

 誰も、何も、喋らない。
 俺の姿をハチやイムヤは捉えているだろうに、それでもなお、口を開こうとしない。

 だから、動くならば俺からだった。場を動かすのは俺のほうだった。

「お疲れ。やはり今日はここに泊りになりそうだ」

「……」

「夕食はここの艦娘たちが用意してくれるらしい。お前らは少しでも休んで、今日の疲れを取るといい。一時間と少しと言ってたから、それまでとりあえず自由時間だな」

「……なにか」

「ん?」

「なにか、言うことはないんでちか」

「あぁ、そうだな。あんまり好き勝手に動くなよ。ここはよその泊地なんだから」

「じゃなくてっ!」

 ゴーヤはベッドを力任せに殴りつけた。ぼすん、と間の抜けた音が虚しい。

「ゴーヤは、ゴーヤたちは、ぼろぼろだったでち。ちゃんとやった。ちゃんとやったよ。やれたって思ってた。実感もあった。訓練通りにできた。陣形も、連携も。でも、それでもっ、たった一人にのされちゃった……!」


283 ◆yufVJNsZ3s2019/04/18(木) 23:57:529NEnfLdY (6/7)


「……そうだな」

 言葉を択ぼうとして、結局失敗してしまう。教練の中でこんなときのケーススタディも実践していたはずなのに。

「うぅ……!」

 なにを言って欲しいのかをゴーヤは結局言わなかった。怒って欲しいのか、慰めて欲しいのか、励まして欲しいのか、それともアドバイスが欲しいのか。
 悔しさはわかる。全ての物事に壁はある。ぶち当たる時がいつか来る。遅いか早いかの違いは有れど、才能か努力かの違いは有れど、誰しも等しく挫折はあるものなのだ。
 だがしかし、俺が知ったふうにそう諭したところで、一体どれだけの意味があるだろう。世の中の全員がそうであったとしても、いまのこいつらにはまるで関係がない。向き合うべきは自分であり、自分の中の悔しさであって、他者の出る幕はどこにもないから。

「不甲斐ない、です」とハチ。

「調子に乗ってた自分、ダサダサだったのね」とイク。

 イムヤは相変わらず無言のままに、瞳から大粒の涙をぽろぽろと零している。


284 ◆yufVJNsZ3s2019/04/18(木) 23:59:339NEnfLdY (7/7)


「練度にはかなりの開きがあった」

 慰めではない。慰めにもならないだろう。

「関係ないっ!」

 ゴーヤは叫ぶ。

「だってゴーヤたちは強くなくちゃいけないんだもん! 強くならなくちゃいけないんだ!」

「ゴーヤッ!」

 はっとしたようにイムヤは叫ぶ。涙は依然頬を伝っているが、いま彼女の顔に浮かんでいるのは、恐れにも似た何か。
 僅かな混乱を覚える。イムヤのそれは叱咤だった。窘める行為だった。
 なんだ? ゴーヤの何が、怒りに触れた?

「……敵が強かったから、あっちのほうが練度が高かったから、負けちゃいました。なんて言い訳が通用するもんじゃないじゃん」

 自らの膝を抱きかかえながらイムヤ。表情は脚に隠れて見えない。
 ナイーヴになっているのかもしれなかった。肉体的にも精神的にも、こいつらは今日一日で随分と打ちのめされた。なればこそ、人間にはよすがが必要で……俺はいまだこいつらについて知らないことの方が多い。こいつらの使命感の源泉を掴みかねずにいる。


285 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:00:26rM3sVX7A (1/8)


 青葉は、艦娘に身を窶す子女などというものは、大概が金銭か私怨であるというようなことを言った。なるほどそれは随分と腑に落ちる回答だ。

 とにもかくにも、まずはこいつらの今である。過去などでなく。

「誰だって最初は弱い。抜群にうまい素人なんているもんかよ。
 ありきたりかもしれんが、強くなりゃいいんだ。悔しさをばねにしてな」

「提督、それはイムヤもゴーヤもわかってることなのね」

「です。頭ではわかっていても、すぐに納得できれば苦労はしません」

「……だな。すまんな」

「いえ……」

 ハチは笑ってみせるが、どこか心ここに非ずといった具合である。
 なにより、本来気を使わなければいけないこいつらに、俺の無力を気遣われているようで……。


286 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:07:39rM3sVX7A (2/8)


 それはとにかく業腹だった。自らの非力に打ちのめされているこいつらと、それを慰めることのできない俺自身の非力。
 自らの力の及ばないことなど山ほどある。俺は少なからずこいつらより長生きしていて、その事実を噛み締めることも多い。反面いくらばかりかの才能にも恵まれていたために、多くが超えることのできなかった壁の先にいたこともある。

 全て他人が何とかしてくれるなんて都合のいい話があるはずもない。かといって、全て自分で解決しろと言うのも薄情な話だと思う。世の中はもう少し、優しいものだと信じたかった。

「イムヤの言った通りだ。敵が強かったで済ませることは許されない。だが、気合と根性でどうにかなるのにも限度がある。撤退は敗北じゃねぇ。玉砕を俺は認めない。絶対にだ。
 ……各自、思うところもあるだろうが、今日はゆっくりと休んでくれ。戦力が上の相手とどう戦えばいいか、どうすれば向こうのように強くなれるのか……余った時間で考えてみるのもいいだろう」


287 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:09:07rM3sVX7A (3/8)


「……」

 応えはなかった。俺は、こんな俺の言葉でも、こいつらの心に僅かながら落ちることを期待して、言葉を紡ぐ。

「お前らにしかできないことがある。潜水艦ってのは、そのための艦種だ。だから、腐るな。腐らないでくれ。頼む」

 それは本心からの言葉だった。そこには決して打算はなかった。復讐の激情すらもまったく色褪せてしまっていた。
 一年の期限を四人が知っているはずもなかったが、俺は確かに、自分や田丸などの大人の思惑からこいつらが自由であることを願った。こいつらの努力と、犠牲にしてきたこれまでのことが無駄にならないことを祈った。自ら打ち捨ててしまわないことを信じた。
 誰のためでもなくこいつらのために。

 不思議と快い。

 脚の痛みは、いまはひいている。


288 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:10:09rM3sVX7A (4/8)


「……」

 応えはなかった。俺は、こんな俺の言葉でも、こいつらの心に僅かながら落ちることを期待して、言葉を紡ぐ。

「お前らにしかできないことがある。潜水艦ってのは、そのための艦種だ。だから、腐るな。腐らないでくれ。頼む」

 それは本心からの言葉だった。そこには決して打算はなかった。復讐の激情すらもまったく色褪せてしまっていた。
 一年の期限を四人が知っているはずもなかったが、俺は確かに、自分や田丸などの大人の思惑からこいつらが自由であることを願った。こいつらの努力と、犠牲にしてきたこれまでのことが無駄にならないことを祈った。自ら打ち捨ててしまわないことを信じた。
 誰のためでもなくこいつらのために。

 不思議と快い。

 脚の痛みは、いまはひいている。


289 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:10:58rM3sVX7A (5/8)


 俺は扉を閉める。部屋は隣だ、すぐに戻り、ベッドで一息つく。急ごしらえで用意してもらったにしては、悪くない。心遣いがありがたかった。
 空中を二度タップしてメーラーを呼び出す。新着メールは三通。第二開発部基幹技術課からスク水……もとい潜水艦娘用制服について。債権管理課から再来月の予算について。そして音楽隊がコンクールで上位入賞を果たしたという広報。
 どれも急を要するものではない。俺はウィンドウを閉じる。

 田丸からの仕事も進めなければいけないが、どうにも気が向かなかった。青葉にある程度任せてあるというのも理由の一つだが、俺にはどうにも、この泊地の雰囲気が悪いようには思えないのだ。
 いや、わかっている。わかっているのだ。悪党ほど悪事を隠すのだから、素人の勘などあてにはならない。なにより俺は田丸の犬であるのだし。

「……」

 まぁ、まだ時間はあるだろう。希望的観測だろうか。いや、だが、しかし、今考えるべきは四人についてである気もする。


290 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:13:25rM3sVX7A (6/8)


 雨がばちばちと窓を強く叩いている。

 と、控えめなノック。俺は即座に応じる。

「おう」

「……失礼、します」

 四人のうちの誰かかと思ったが、違った。一瞬俺は、その姿が北上のものに見えて、背筋を凍らせる。けれど違ったようだ。少し小柄で、おさげもない。

「どうした、初雪」

「んー、いやー……その、ご飯。もうそろそろ準備、できる、から」

「ありがとう。聞いていたよりも随分と早いな」

「食材、足りなかったらしくて……出前、頼んだ、から」

「そうか」

 こんな嵐の日に、配達員に申し訳なさもあるが。


291 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:15:12rM3sVX7A (7/8)


「隣に、四人、いるでしょ? 返事がないから、どうしようかなって」

「あー……」

 もう少し四人だけにしてやりたかった。涙も乾いてはいないだろうし、自分の中に落ちてもいないだろう。

「少しそっとしておいてやってくれ。必要になったら俺が連れ出すから」

「ん。わかっ、た……」

 初雪はぼそぼそと喋って、大きく頷く。少し楽しそうなのは気のせいだろうか。

 辛いことがあっても、悲しいことがあっても、腹は減る。寧ろ泣けばこそ空腹も加速するものだ。あの四人がまた頑張ろうと一歩踏み出すその隣に、俺がいたいと思うことは、きっと、決して、間違っていない。


292 ◆yufVJNsZ3s2019/04/19(金) 00:17:22rM3sVX7A (8/8)

――――――――――――
ここまで

お待たせしました。モチベ出るまでに一か月かかるなんて。
引き続き書きたいときに書きます。

待て、次回。


293以下、名無しが深夜にお送りします2019/04/19(金) 07:50:06/GdTDJZs (1/1)

乙した


潜水艦を相手にワンサイドゲームとは、既に専用シフトが完成してるのか、いや逆に潜水艦側の戦術が未発達で水上で凹られた?


294以下、名無しが深夜にお送りします2019/04/19(金) 10:05:25WblDE1V6 (1/1)

これはひょっとして潜水艦の娘らは自分達の置かれた状況について知っているのか……?
それか上司からまた別に話がされてるとか……ツラ……

乙乙、また楽しみに待ってる


295以下、名無しが深夜にお送りします2019/04/23(火) 02:34:26znWlnbpE (1/1)

おっつ


296以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/07(火) 21:09:28wEILO6bE (1/1)

待つぞ


297 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:36:564sOzGRho (1/16)


「うーん、なんて言いましょうか。あれなんですよ。単純に動きが遅いんですよね」

 お猪口を傾けながら、神通は言う。

「と言っても鈍いというわけではなくて、体の使い方……そうですね。その表現はぴたり来る感じがします。体の使い方がこなれていない。最短距離で稼働していない。だから後の先をとられる――まぁそれに関しては、策が先読みされていて……先読みされていることに気が付かないからでもあるのですが」

 潜水艦たち四人は神妙な面持ちで聞いている。その赤い。誰もそのことを指摘しないでいてくれたのはありがたいことだった。

「特に偏差的な行動を集中して訓練する必要があると思います。砲撃、雷撃に限らず、です。作戦行動にはまず当然プランがあり、そして、遂行の最中にリプランを行うのもまた当然。
 遂行しつつあるプランの進捗と、相手の対応が想定よりどれだけ逸脱しているのかを常に頭の中で吟味し、速度を上げる、ないしは落とす臨機応変さを学ばなければ、建て直しが効きませんね」


298 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:40:034sOzGRho (2/16)


 俺の対面に座っている酒井が困ったように笑った。彼とは今日顔を合わせたばかりだが、「こうなると長いんだ」とその表情は語っている。
 だろうな、と俺は思った。根拠はない。ただ、なんとなくそんな気はしていた。事実として神通の長広舌は留まるところを知らず、話題はより実践的な段階に移っている。

 我が泊地の四人は時折頷きながら熱心に耳を傾けていた。ハチなどは、手元にあればメモすらとっていたかもしれない。
 それは本来ならば俺の仕事ではあったが、俺だけの仕事ではないのもまた確か。神通の、そして四人の熱心に水を差す理由があるだろうか? それに、いくら提督と言えど、結局海で戦うのは艦娘なのだ。ならば同じ艦娘の視点で語られる情報は有益だ。

 夕食、初雪が頼んだ出前はピザだった。日本酒にピザはあうのか、神通を見ていて少し疑問に思う。

 既に食事は終わっている。赤ヶ崎の艦娘たちは三々五々に散って行った。初雪だけが、食堂のソファでごろごろとしている。時折こちらへ視線を送ってくるものの、別に話題に入るでもなし、かといって何か言いたげであるようにも見えない。
 食堂には、酒が入ってこころなしか声の大きくなった神通の教導と、そして今どき珍しいアナログのテレビが洋画を垂れ流していた。


299 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:41:034sOzGRho (3/16)



 それらはそれなりの音量をもって俺の耳に届いたものの、だからこそ逆に、この赤ヶ崎泊地の寂しさを一層際立たせる結果となっていた。
 酒井曰く、泊地とは別に艦娘の寮があり、赤ヶ崎所属の艦娘たちは基本そこに寝泊まりしているのだという。だからだいたいこの建物には人は少ない。大雨で足止めを喰らったのは俺たちだけではないということだ。

「普段はこの建物には酒井提督おひとりですか?」そう尋ねた俺に、酒井は「秘書艦はついていることも多いね」と返した。

「……」

 メモ帳になにか書き物をしていた青葉の手が一瞬だけ止まる。しかし、すぐにペンは流れるよう走り始めた。他人が見ればそれは思考の澱みにしか見えなかったかもしれないが、生憎俺たちは目的を一部共有している。
 視線は合わない。が、ゴーサインは確かに出た。
 仕方がない。気は向かないが。


300 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:42:144sOzGRho (4/16)


「秘書艦は常に固定で?」

「大体一週間を二、三人でまわしているかな。一人に任せっきりだとどうしても不都合はでるからねぇ。人数が多くなればなるほど、秘書艦の仕事も多くなるだろうけど、赤ヶ崎はまだそこまででもない」

「北上か大井あたりが?」

「大井は正解。あいつはどうにもぼくの仕事っぷりが気に入らないようで、ぐちぐち言いながら書類仕事を手伝ってくれます。北上はめんどくさがってね、どうにも」

 そう言う酒井の口調は寧ろ楽観的というか、あっけらかんとしている。

「まぁ大井が週に四日、残りの三日を五十鈴と妙高に割り振って任せる感じですかね。勿論遠征や出撃の頻度との兼ね合いもありますが」

「この泊地で夜を過ごすのは少し寂しいように思いますね。『二人なら猶更』」

 少しカマをかけてみる。酒井は何も二人きりとは言及しなかったが、もし本当に夜の建物に二人きりなら、性的暴行のチャンスはいくらでもある。その場合は、いま名前の挙がった三人が、被害者として真っ先に挙げられるだろう。
 結果として酒井は否定しなかった。「まぁ慣れたものですよ」と笑う。「いくら歳が親子ほど離れていも、上司が宿舎――女の園に寝床を置くわけにはいきませんからね」。


301 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:43:024sOzGRho (5/16)


「そういえば、聞きましたか。新しい海域への進出が認められたそうですが」

 その話は俺も小耳に挟んでいた。第五海域。正式名称を、被制圧重要海域の5。今月の頭から、佐世保の鎮首府が主体となって攻略を始めたとのことだった。
 その話題は恐らく海軍内ではホットなものなのだろうが、我が泊地にはあまり関係がないように思えていたし、それ以上に酒井の露骨な逸らしに感じられた。勘繰りすぎか?

「提督」

 大井が食堂の入り口付近から呼んでいた。酒井は食堂にかかっている時計を見て、次いで自らの腕時計へ視線を落とし、小さく「あちゃあ」と呟く。

「電池が切れてるな、あれ」

「一昨日からですよ。知らなかったんですか? まったく」

 呆れ顔の大井。

「一応仕事の時間ですが、どうします? 沓澤泊地の方々とまだ話を楽しまれるんでしたら、先に私だけで始めてますが」


302 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:43:544sOzGRho (6/16)


「あぁ、いや」と酒井は俺を見る。「申し訳ない。ぼくはお暇するよ。この食堂は自由に使ってもいいので、最後に電気だけを消してくれたら」

「いえ、俺も」、そう言って潜水艦たちに視線を移す。まだ神通の講義は続いているようだった。「今日の演習のまとめがありますんで」

 潜水艦たちは、とりあえず放置でいいだろう。あまり夜更かしをさせるつもりもなかったが、彼女たちに必要なのは外部との交流だ。新しい風は活発に取り入れるに限る。空気も水も澱めば腐る。
 青葉もまだ食堂に残るようだった。ひたすらに何かを書き記している。神通と潜水艦たちの会話をメモしているのか、それとも反応ややりとりから何らかの知見を得ているのか。

「大井、部屋まで届けてあげなさい」

「そんな、お構いなく」

「まぁまぁ。この泊地は少し不親切な造作になってますから」


303 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:45:214sOzGRho (7/16)


 頑なに断る理由もなかった。大井は不満げな顔をしていたが、思えばこいつは常にそんな顔であるようにも思えて、俺はそれ以上考えるのをやめる。
 顎でしゃくって俺を連れ出す大井。椅子から立ち上がると、潜水艦たちがそれぞれに声をかけてくる。ばいばい、またね、おやすみ、それじゃ。ゴーヤがテーブルの下で手を振っていたので、俺も背中で隠して手を振りかえす。

 灯りの少ない廊下を歩く。まだ雨が強く窓を打ち付けているものの、食事の前よりは勢いが弱まった。

「……」

「……」

 互いに無言。数分の交わりに和気藹々がそこまで必要でもなかろうが、こうもだんまりだと気も落ちる。
 なんらかの話題を出そうと頭を絞ってはみたが、そもそも共通の話題が出てこない。困ったら天気、しかしこの嵐では明るいトークにならないだろう。


304 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:46:534sOzGRho (8/16)


「北上さんとは、旧知なんですっけ?」

「……まぁな」

 意図のわからない質問にぼんやりと返す。いや、意図なんてなくって、大井なりのコミュニケーションなのかもしれない。
 それ以降大井はまた静かになった。俺の返事がお気に召さなかったのか、それともなにか対応を間違えたか?
 俺を客室へと送り届けると、すぐさま踵を返し、大井の姿が曲がり角へと消えていく。

 回線が確立していることを確かめると、俺はノートパソコンを開き、日報の作成へと取り掛かることにした。

* * *


305 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:47:514sOzGRho (9/16)


* * *

「……ふぅ」

 意識していない大きな息が出た。疲れているのか、悩んでいるのか――両方か。

 ひとまず日報はつけ終わった。今日の演習のデータもある程度形になる程度まではまとめることができた。あとはこれを開発部の解析班に見てもらって、装備とスク水、否、潜水艦娘専用制服のアップデートを行ってもらおう。
 やはりというべきか、これまでの慣れ親しんだ海域での訓練よりも、動きの精度が落ちていたようだ。四人に自覚はあるのだろうか。それが初めての遠征、演習による緊張から由来するのであれば、まだよかった。

 結局のところ、彼女たちの未来は未知の連続なのである。そもそも本質的に艦娘の仕事とはそういうものだ。第一に俺たち自身、深海棲艦とは何なのかをよく理解できていないのだ。
 よくわからない敵に彼女たちを送り出すことこそが俺たちの仕事である。俺はそれに今のところ成功しているとも言えたし、いや、犯してはならない大失態をしでかしてしまったとも言える。

 後悔はない。


306 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:48:394sOzGRho (10/16)


 雨は俺が戻ってきたときよりも、一段と弱まっている。これならば明日の朝は問題なく出発できそうだ。

 と、ノック。赤ヶ崎泊地の誰かかとも思ったが、時間が時間だし、用件や名乗りをあげないのは不自然だった。

「……誰だ?」

「あの、てーとく。ゴーヤ」

 恐る恐るといった調子で、桃色の髪の毛と髪飾りが扉の隙間から現れた。

「入っていい?」

 少し廊下を気にしながらだった。俺が返事を出すよりも早く、ゴーヤは客室へと滑り込んでいる。
 流石に寝る時まで制服ではなかった。ショート丈のパンツとノンスリーブのキャミソール。どちらも薄く花柄をあしらっている。どうにも寝る前だったように見えるが。

「どうした?」

「どうしたっていうか」

 ゴーヤはそのままてこてことこちらまで歩いてきて、

「……甘えようと、思って」

「……?」

 この可愛い生き物を俺はいまだ嘗て見たことがなかった。


307 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:49:494sOzGRho (11/16)


 危うく変なことを言ってしまいそうになる。が、堪える。
 ゴーヤが甘えったがりなのは知っていたし、スキンシップ過多であることもわかってはいた。だからこうやって夜に俺の部屋を訪ねることはそう珍しいことではない。
 ただ、直接的に言葉にするのは普段の彼女とは違っていた。ゴーヤは間違いなく「察してもらいたがり」だ。にやにや笑いながら俺に肌をこすりつけ、俺がその気になるのを待っていることのほうが圧倒的に多い。

「……だめ?」

「だめじゃあねぇが」

 だめなはずなどあるわけもなかった。
 俺が言うなり、ゴーヤは俺の胸に飛び込んでくる。背中に手を回してきて、少し息苦しくなるくらいに抱きしめられたので、俺は少し腹筋に力を入れながら彼女を抱きしめてやる。

「……ごめんね」

 なにに対する謝罪なのかわからなかった。皆目見当がつかず、返事ができない。

「……演習。負けちゃって」

 俺の不理解が通じたのか、ゴーヤは続けてぽつりと漏らす。


308 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:50:294sOzGRho (12/16)


 演習。確かに彼女たちは負けた。完敗、あるいは惨敗とすら言ってもいいくらいだった。だがたった一度の負けにさほどの意味はない。負けてこそ学ぶことも多い。さきほどの神通の長広舌がそれを示している。
 そのことを、少なくとも演習に臨む前から、彼女たちには言い聞かせてきたつもりだった。勿論初めての敗北のショックが大きいのはわかる。しかし、それも立ち直ったと思っていたのだが。
 食事前のあの無力感がまだ尾を引いているのだとしたら、立ち直らせるのは提督である俺の役目であったし、なにより……。

 俺だ。
 俺が。

 ゴーヤの落ち込んだ姿を見たくなどない。

「でも、ほんとだったら、ゴーヤたちが負けちゃったら、敵が……」

 それは一つの真実ではあった。実戦で敗北は、いや、勝利すらも死や破壊と密接に関連しているのだ。
 ただしこいつは思い違いをしている。

「実戦だったら、お前らはお前らだけで戦ってるんじゃねぇよ」

 だから負けてもいい、とはならないが。
 それでも、一人ではなく、四人でさえないのだと思うことは、彼女の人生においての杖になるのではないか。


309 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:52:174sOzGRho (13/16)


「……」

 たっぷりの間があって、

「……そっか、そうだよね」

 と呟く。心に落ちてくれたかは自信がない。ただ祈るばかりだ。

「ね、てーとく。ゴーヤのこと嫌いになった?」

「なんでだ。急にわけわからんこと言いだすんじゃねぇ」

 抗議の意をこめて髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやる。ゴーヤはやめてやめてと笑った。ぐりぐりと額を鳩尾に擦り付けてくる。
 ふわり、シャンプーの香りがした。

 俺の動揺が伝わったのではない、はずだ。そう願いたかった。
 ゴーヤは潤んだ瞳でこちらをじっと見つめてきて、それだけならばまだ抵抗のしようはあったのだけれど、少し火照った頬と、甘い吐息さえもそこに混じって……。


310 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:53:094sOzGRho (14/16)


 思考を見抜かれたのだとすぐにわかった。言葉が脳髄を引っ掴む。背筋がぞくりと凍る。
 いや、いや、だめだ。よくない。ここはそもそもうちではない。余所の泊地で、客室で、俺は性的虐待の証拠を掴まなくてはならなくて。

「てーとく」

 ゴーヤがもう一度言う。

「好き」

 それに返すべきか返さざるべきか、逡巡が襲った。返事をするということは、つまりは見えている落とし穴を踏み抜くという所業に等しい。それでも俺は、やはり、結局、自ら穴に落ちようと思った。既に落ちているのだから、とも。
 同意の言葉がきちんとした日本語になったかどうか、わからない。言い切るよりも先に柔らかい唇が俺の口を塞いだからだ。

 舌と舌がゆっくり絡み合う。歯列をなぞる。歯の裏側や、口蓋の上の唾液を舐めとるたびに、ゴーヤの小さな肩が快感に震える。


311 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:54:064sOzGRho (15/16)


「これから先は、さすがに」

 それだけのことを口にするのに、一体どれだけの熱量が必要だったことか。
 欲望に、三大欲求に打ち克つのは生半ではなく、俺はそれほど自制の利く方ではない。

 「だいじょー、ぶ」

 顎まで伝った涎を一度親指の腹で掬い、ゴーヤは笑う。
 少女に似合わない淫靡な笑み。

 彼女の手が、柔らかく、僅かにふっくらとした指先が、俺の膨らんだ股間へと延びる。ズボンの上から優しく、四本の指がそれぞれ独立した意思を持つかのように、つつ、つ、と滑っていく。

「てーとくは、ただ気持ちよくなってれば、いいでち」


312 ◆yufVJNsZ3s2019/05/13(月) 20:55:434sOzGRho (16/16)

――――――――――――
ここまで

つぎ濡れ場。
コミティアに行ってモチベの高まりを感じているので次回は早いはず。

待て、次回。


313以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/13(月) 21:24:22j44eDXjE (1/1)

続ききてた!しかし環境が違うと興奮するのは分かるし色々あった後だから何だけど、この場でそれはヤバそうなのがなぁ


314以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/13(月) 22:46:08Kk3./cKE (1/1)

乙ー

やはり神通=サンは教え魔、なるほど二水戦が強い訳だ

コレは墓場でカラカラになるやつ


315以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/14(火) 00:39:35x6SgcwF2 (1/1)

こいつら正気か


316 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 02:51:31C/1PTb3c (1/12)


 電気を消したのはまずかった。何よりも、まず真っ先にそう思った。

 部屋の扉に鍵をかけ、さらに念には念を入れ、就寝したように見せかけようと部屋の灯りを落とす提案をしたのは俺だ。だが、今思えば、暗い俺の部屋からゴーヤが出てきたのを目撃されれば、それこそ言い訳のしようがない。
 そしてなによりそれ以上に、とにかく、感覚が下半身に集中するのがまずい。

 暗闇の中で、俺の下のほうから、ぐちゅ、ぷちゅ、という粘ついた水音だけが響いている。聴覚。他にはなにもない。暗闇の中、いまだけは幻肢痛もどこかへ消え失せて、ただただ下半身から全身へと駆け巡る陶酔だけがそこにはある。
 ゴーヤの体は小さい。四人の中で最も。だから当然その口も小さくて、きっと気のせいに違いないが、唇も薄らとしているように思えた。


317 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 02:52:19C/1PTb3c (2/12)


 そんな狭い隙間に、俺の屹立がぴったりと収まっている。先端から三分の二ほどが、暖かく、柔らかい、心地のよいぬめりに覆われている。

 涎と先走りの混じった液体が根本に溜まり、あるいは睾丸の方まで垂れて、ゴーヤは時たまそれを舌で掬う。毛はてらてらと濡れそぼっているのだろう。
 唇がくびれを行き交うたびに言葉にできない快感がじんわり太腿を熱くする。ぐち、ちゅ、ぢゅるると耳までも犯される。

 別段、口淫は初めではなかった。しかしここまで腰が砕けそうになるのは初めてだ。それはゴーヤの技量が上がっているというよりは、どちらかといえば俺自身の問題でもあるように思えた。
 彼女への愛情であるとか、背徳感であるとか、暗闇だとか。


318 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 02:52:59C/1PTb3c (3/12)


 手のやり場に困って彼女の頭へと手を置く。一瞬だけびくりと体を震わせたが、なにも俺が強引にしたいわけではないのだと察すると、今度は逆にもっともっととせがむ子供のように、その一本一本が細い髪の毛を手のひらへと擦り付けてきた。
 頭が前後に揺さぶられるたび、くびれを唇が往復し、裏筋を舌が撫でまわす。じっとり、ゆっくりとした緩やかな動き。俺の射精を急かせているのではなかった。自惚れかもしれないが、ゴーヤ自身が、俺を味わっているように感じた。

 口内に溜まった唾液や、俺に塗布されたものをこそぎ落とすかのように、口の中がすぼめられ、それでもやはりゆっくりと、前へ、後ろへ、動く。暖かい。
 ゴーヤの鼻息が俺の根元へと当たって、それだけが少しくすぐったかった。それがある種の助けでもあった。でなければすぐにでも達してしまいそうだったから。


319 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 02:54:07C/1PTb3c (4/12)


「苦しくないか、無理しなくていいからな」

 半分だけの本音。もう半分は、早漏だと思われたくないという見栄を張るためでもある。
 僅かに動きが止まって、返事はなく、今度は少し速度を上げる。射精を促しているのではない。大丈夫だということを言外に伝えたかったのだろう。

「てーとくもっ」

 ちゅぴ、という音とともに、口の中から俺自身が開放される。

「無理しなくていいでちよ。出したくなったら、出してくれて」

 小鳥のような口づけが降る。先端。くびれ。中腹ときて、涎だまりを軽く啜ると、また口内へ納める。

「……気持ちいいぞ」

 頭を撫でてやる。舌が大きくうねって、それが応え。

「んっ」

 くぐもった声。俺のではない水音が、さらに下の方から響く。
 暗闇の中、月明かりも満足に入らない雨の日であっても、その瞳が俺へと向いている気がした。なぜだか確信があった。ゴーヤは頭を撫でて欲しがっているという。


320以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 02:55:25C/1PTb3c (5/12)


 髪の毛を梳くように撫でる。つむじからこめかみへ流れるように、そして耳を少しだけ弄って、きめ細やかな一本一本を愛おしむように、慈しむように、後頭部へと回す。
 ゴーヤの口の中の潤みが増した。さらに動きが滑らかになる。同時に、俺のものではない水音も、はっきりと耳に聞こえるようほどまで。
 ぐち、ぐちゅ、淫靡な音。俺に聞こえていることに気付いているのだろうか。あえて聞かせているのかもしれない。もしくは、そこまでの余裕がないのかもしれない。

 ん、ふ、んう、くっ。ゴーヤの口から、空気の漏れる音ではないものが混じり始める。俺のものは過熱したローションの中を泳ぐ。
 飲みこみ切れなかった唾液は唇から溢れ、線を煌めかせ、絨毯に染みを作る。
 往復するたびに膝が折れ曲がりそうになった。思わず腕に力を籠めそうになって、代わりに撫でる指先に意識を集中させる。肌が熱い。耳が熱い。それは彼女が興奮しているからなのか、俺が発情しているからなのか、判断できるほどの余裕はなかった。


321以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 02:56:17C/1PTb3c (6/12)


 ゴーヤの小柄な体が小刻みに震える。肩から全身にかけてが、びくん、ぶるり、痙攣する。
 調整が最早効かなくなっているのだろう、どう考えても身に余るサイズのそれを、ゴーヤは勢いに任せて根元まで口の中へと挿入していく。わからない、あるいはそれは、俺が無意識のうちに彼女の頭を自らの腰へと叩きつけているだけなのかもしれなかった。
 腰が自然と動く。抽送に合わせて、申し訳ないとは思いながらも、最大限に快楽を求める動作が止まらない。全ては本能が支配していた。

「悪い、もっ、いきそ」

「んーっ」

 それは同意か了承だった。そうに違いなかった。そうであると思うことにした。
 熱に浮かされた俺の頭は、ゴーヤの頭を撫でることも忘れ、彼女が逃げないようにその後頭部と側頭部へと手を回させる。
 腰の奥底から衝動がこみあげてきて、それを理解してからは一瞬だった。少しでも長くこの快感を味わっていたいという願望が我慢を命ずるけれど、それよりも本能の奔流は比べて圧倒的で、すぐに理性は決壊する。


322以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 02:56:55C/1PTb3c (7/12)


 詰まっていた全てが押し流される快楽。小さな口内に目一杯、そこすらも自分のものであるかと誇示するように、俺は彼女へと精を吐き散らかす。
 あわせてゴーヤの体が震えた。苦しそうな、くぐもった声。だがその震えが全身から来ていることはすぐにわかった。二度、三度と俺が尿道に残った精を絞り出すたび、舌でそれを迎え入れ、小柄な体もまた震える。

 永遠に続くかと思われた射精も、冷静になればものの数秒だったに違いない。ゴーヤはゆっくり、唇をぴったり俺のものにあわせて、これまで以上にゆっくりと、一滴も零さんとした様子で口から引き抜いていく。
 ゴーヤの体が脱力する。両手が俺の腰を掴み、明らかに汗とは違うぬるりとした液体が、肌へとはりつく。

「んー」

 俺のほうへとそのまま倒れこんできた。一旦腰へと抱きついた彼女の、その両脇へと腕を差し込んで、抱き締めて支える。向こうも腕を俺の背中へと回してきたけれど、その力は弱弱しかった。
 顎の下でごくりと嚥下の音。なにもそこまでしなくても、と言葉が口をついて出そうになるものの、そういえばティッシュなどの用意もしていない分際で、それはあまりにもあまりにもな発言だと考え直す。


323以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 02:57:38C/1PTb3c (8/12)


「……ごちそうさまでした」

 青臭い吐息でゴーヤが笑う。男とは単純な生き物で、そんな言葉一つでまた下半身が反応しそうになってしまった。

「出してもいいとは言ったけど、こんなにたくさん出してもいいとは言ってないでち」

「……いや、それは」

 自らのことであったとて、調整の効かないことは多々存在する。

「……気持ちよかったし」

「……なら、よし」

 いいのか。
 まぁお許しを頂けたのなら幸いではあるが。

「今度はゴーヤも、もっと気持ちよくしてくだち」

 いまだ粘液に濡れた指先が、唇へと突きつけられる。
 それについては申し開きもできない。言葉を交わすよりかはと、彼女がさきほど俺にしてくれことを真似て、中指を薬指を一本ずつ口へと含んだ。

「ん、やっ」

 いや? と聞くほどの度胸はない。少し塩気の混じる指先を、爪の間から指の股まで丁寧に、そこれこそ「奉仕」という言葉が似合うくらいに、丹念にしゃぶりあげた。
 関節を舌が這いまわるたびにゴーヤは微かに身悶えし、小さく息を吐く。そんな姿を見て嗜虐心が湧いたが、既に頭はなんとか冷静になっていた。


324以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 03:01:08C/1PTb3c (9/12)


 五分ほどそうしていただろうか。ゴーヤの指から口を離すと、俺の唾液にまみれた指を、またゴーヤは口に含んだ。そうして「へへ」と笑う。

 思わず抱き締めてしまった。

 そろそろ脱力からも解放されたらしいゴーヤは、俺の背中に手を回し、今度こそ力いっぱいに抱きしめ返してくる。痛くはない。寧ろ密着度が上がるほどに、物理的な隙間が埋まるのと相関するかのように、心が幸せで満たされる。



「――」



 脚が痛んだ。

 肉が弾け、神経が爆ぜるような。
 針で傷口を何度も何度も突き刺されるような。

 既に合成樹脂に置き換わっているはずの俺の脚が、ないはずの脚が。
 深海棲艦によって奪われた脚が。

 痛い。
 痛む。


325 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 03:03:26C/1PTb3c (10/12)


 あぁ、それでも、俺は偉い。自分で自分を褒めてやりたい。だって唐突に襲い来るこの理不尽にさえも、木枯らしにコートの前を掻き合わせるかのように、なんでもない顔で、平気なツラして、ゴーヤを抱きしめ続けることができるのだから。

 あぁ、それでも、俺は知っていた。わかっているのだ。ゴーヤを愛せば愛すほど、大事に思えば思うほど、罪悪感が首を刎ねてくる。
 嘘は真実にいつかすげ変わる。いや、最早すげ変わって久しい。そう主張しても、「だから?」と冷めた目で俺を見てくる俺が、暗闇の隅に潜んでいる。

 きっと俺は最初から間違えてしまった。それとも、ゴーヤが俺を間違えさせたのか。

「……明日も早い。名残惜しいけど」

 強く抱きしめたままに言う。

「……うん」

 ゴーヤが力を緩めても、俺の腕からは力が抜けていってくれない。
 困ったようにゴーヤは笑った。「さびしがり屋さんでちねぇ」と俺の頭を撫でてくれた。

「……ごめんな」

 そう言って、半ば突き放すように彼女を解放する。

「ね。キスしてもいーい?」

 それは、俺が彼女の口の中に出したことを気にしての発言だったのだろう。言葉を返さず、頭を軽く撫でてやって、二度、唇を食むような口づけを交わした。
 ゴーヤは満足そうに頷いて、扉へと向かう。


326 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 03:04:00C/1PTb3c (11/12)


「……出る時、気をつけろよ。誰かに見つかったら」

「わかってるよ」

 洒落にならないことになる。
 ならば初めから、こんな出先の、他の泊地でおっぱじめなければよかったのに。良識者はそう言うに違いない。俺だってそう思う。きっと俺は気が振れているのだ。桃色の気配に中てられてしまったのだ。
 ゴーヤは扉に耳を当てて廊下の気配を窺っていた。どうやら大丈夫だと確信が持てたようで、音を極力殺しながら、扉を開く。

「……」

 ハチが立っていた。


327 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 03:07:21C/1PTb3c (12/12)

―――――――――
ここまで

どっかで一旦巻きを入れないとまずいんじゃないか……?
特技はプロットの逸脱です。

待て、次回。


328以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 07:31:22YjE.DdFM (1/1)

やべえよやべえよ……


329以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 07:56:48n65nKiDY (1/1)

舞ってる次回


330以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 08:06:513zr8EA/2 (1/1)

ままならぬ程良いものという事で。乙です。次も楽しみにしております


331 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:24:50BK2Ik1aw (1/12)


「……」

「……」

「……」

「……」

 ゴーヤが固まっていた。
 ハチは無表情に、扉の隙間からこちらを見つめている。

「……」

「……」

 ゴーヤは無言で扉を閉めた。

「……」

「……」

 振り向いて、俺を見る。困惑でもなく、助けを求めているのでもなかった。いま扉の向こう、消灯された廊下の薄明かりの中にぼんやり立っていたパジャマ姿の少女が、幽霊の類だったかどうかを尋ねているのだ。
 寧ろ幽霊でない方が恐ろしかった。


332 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:25:58BK2Ik1aw (2/12)


 手のひらにじっとりと汗が滲む。

 ゴーヤの体も、首から上だけしか満足に動いていない。

 その強張った体で、もう一度彼女は扉を開けようとチャレンジした。ドアノブの握りを確かめて、腕に力を入れ、可能な限り音の出ないように、ゆっくり、扉を開く。

「……」

「……」

 ハチが立っていた。

 やはり、ハチが立っていた。

 変わらない無表情のまま、僅かに開いた扉の隙間からでも、こちらに視線を向けているのがわかる。

「……」

「……」


333 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:26:51BK2Ik1aw (3/12)


 無言。

「……」

 のままに、ゴーヤは引き攣った表情で扉を閉めようとして、

「……」

 同じく無言のまま、ハチが扉の隙間に無理やり脚をねじ込んでくる。そしてさらに、扉の内側へと指をかけ、力任せに一気に開いた。

「ぎゃ――」

 慌てて叫び声を上げそうになるゴーヤ。そんな彼女の口をハチが素早く塞いだ。左手で、アイアンクローの要領で叫びを潰し、体を室内へと滑り込ませると、右手で扉を勢いよく閉める。
 素早く澱みのない動きだった。訓練された、あるいは完全に想定された動きだった。

 俺たちの前に、大地をしっかと踏みしめて立つハチの姿に、ついにゴーヤも叫び声を上げる気力を失くしたようだ。ハチの指から解放されると、数歩よろけて後ろに下がる。

 ぱちり、と音がして、暗闇を切り裂く室内灯の光。


334 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:27:21BK2Ik1aw (4/12)


 ハチは依然として無表情だった。怒りも、悲しみも、そこには見えない。普段から感情表現の多い方ではなかったが、いまはまるで能面のようだ。
 ただ、それでも圧があった。身をちりちりと焦がす炭火のような熱が、ハチの体から吹き荒んでいる。

 心臓が早鐘を打つ。汗は手のひらだけでなく、首筋や胸元にさえ薄ら現れる。
 急激な視界の変化に目が痛い。呼吸がうまく整わない。

 正解は。正解はどこだ。俺たちがとるべき針路はどこにある。

「提督」

 ようやくハチが口を開いた。落ち着いた、湖面のような声。朝靄さえも今は見えそうなほど。

「ゴーヤ」

「は、はいっ?」

「なにをやっていたんですか?」

 質問ではない。詰問ですらない。それは単なる確認作業で、ハチの様子から察するに、この部屋の中で行われていた一連の行為は既にばれている。具体的な内容まではさすがに、と思いたかったが、少なくとも俺たちが愛し合っていたことに彼女は疑義を抱いていない。
 ごまかしは選択肢に含まれなかったが、かといって素直に全てを洗いざらい話すのも躊躇われた。罪悪感、後ろめたさ、あまりにも後先考えない春の暴走――それをあけっぴろげにするのは、難しい。


335 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:30:43BK2Ik1aw (5/12)


 ハチは一旦目を瞑り、大きく二度ずつ、吸って、吐く。

「言いたいことが……」

 視線が上へとずれた。何かを考えている。

「……いくつか、あります」

 数える途中で面倒になったことは明白だった。それは俺とゴーヤにとって、先の見えない恐ろしさを予感させた。

「まず、ゴーヤ」

「な、なんでちか……?」

「夜にこっそり抜け出すのなら、もう少しうまくやって。足音で気づくから。だから、こんなことになる。私だって眼を覚まさなければ、こんなことはしない」

「……うん。ごめん」

「この際、どっちから誘ったかなんてことは追求しません。自然とそうなったってこともあるだろうし」

 ジト目でハチは俺を睨みつけてくる。

「ただ、TPOって言葉を知るべきです」

「……返す言葉もございません」


336 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:31:17BK2Ik1aw (6/12)


 ハチの言葉は全て正論で、ゆえに俺は退避以外のしようがなかった。逃げ場がない。行き所もない。正しい論の前では、愛や一時の情熱など何の意味も持たない。
 もしかしたら、人によっては俺のそんな考えを戯言と評するだろう。無責任だと。ただの言い訳だと。もっときちんと、立場ある大人の行動をしろと。

 ……よくないなぁ。
 うん。これは、よくない。
 水泳に全てを捧げすぎてきたというのもあるし、女に免疫が少ないというのもあるし、少し、ゴーヤに入れ込み過ぎているきらいはある。

 襟を正せというハチの主張は実に心が痛い。

「ほんとですよ。まったく。ここは他の泊地ですよ? 別に、沓澤でサカる分には、みんな見て見ぬふりしてんですから」

「……」

「……」

 さもありなん。なんとなくわかっていた、なぁなぁにしていた事実ではあった。
 ゴーヤは顔を羞恥に染めているが、彼女だって嘗て自ら言っていたのだ。この関係が周囲にばれていないとは思っていないと。とはいえ先ほどのハチの言葉から察せる限りだと、相当に早い段階から、そして何度も我慢を強いてしまったのかもしれない。


337 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:32:16BK2Ik1aw (7/12)


「悪かった。少し、周りが見えてなかったかもしれない」

「てーとくぅ……」

 ゴーヤが震えながら俺を見た。俺は視線を逸らす。やめろ、こっちを見るな。俺にその恥ずかしさの肩代わりはしてやれない。

「二人の関係が本気だというなら止めやしませんが、わざわざ、こんな、エロ同人みたいなことを」

「エロ同人?」

 きょとんとした顔のゴーヤ。無邪気な疑問の声。

「って、なんでちか? エロ本とは違うの?」

「……」

「……」

 何度目かもわからない無言だった。
 というか、ハチはそこで、ようやく自らが墓穴を掘ったことを理解したらしい。一気に耳まで赤くして、困った顔で俺を見る。

 ……俺を見るなよ。なんでだよ。俺も名前くらいしか聞いたことねぇよ。


338 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:33:52BK2Ik1aw (8/12)


「てーとく?」

「いや、俺は、そういうのはよく知らん」

「べっ! 別に私だって、エロ同人? とか! そういうのよくわかんないですし!?」

 その「俺は」という表現には、決して意図したものはなかったのだが、ハチは違う捉え方をしたようだった。

「はーやだやだ、これだからほんとにもう、男のひとは困っちゃうんですよね! あれが! もうほんとに、ほんと、もう、あれですわぁー! あれ!」

「具体性が消失してんぞ」

「いいんです!」

 いや、よくはないと思うが。

「大体! たとえ本気だとしても! 本気なら……っ!」

 ハチの声には張り裂けそうな色が浮かんできていた。少し、声が大きい。あまり注目を引きたくはないが、大丈夫だろうか。
 瞳には既に涙さえ滲んでいて、それが興奮のせいのようにはどうにも思えず、俺は怪訝な顔で彼女を見る。

 目が合った。

「私の方が、ゴーヤよりも早かったのにっ……!」

 頭をがつんとやられた。


339 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:37:38BK2Ik1aw (9/12)


 眩暈がする。足元が覚束ない。正常だったはずの五感は僅かの間に消えてなくなり、ただただ言葉が胸でつっかえる。
 ハチの言葉は、俺の自惚れでなければ、そういうことだった。俺が今まで気づかずに蔑にしていた彼女の救難信号だった。

 しかし、

「ハチ。その話は、もうとっくに終わったでち」

 ゴーヤの続いた台詞が、何よりの衝撃で。

 困ったような顔こそしていたが、それでいて決してぶれない芯のようなものを、確かに感じた。俺の知らないところで、既に話は済んでいて……それでもハチは言葉にし、ゴーヤはきっぱりと終結を告げている。
 ハチの気持ちを知った上で俺との逢瀬に励むのは、酷い背信行為であるように思えた。俺の知っている桃色の少女は、確かに少し短絡的で直情的なところはあるものの、結果として誰かを傷つけることはあるかもしれないが、そこまで愚かではなかったはずだ。

 ゴーヤに何か考えがあるのか、過去の話とやらでなんらかの協定が結ばれたのか。


340 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:38:40BK2Ik1aw (10/12)


 ハチは手の甲で目を擦り、涙を拭う。いつもによく似た冷めた顔で、うっすらと笑った。

「そうだね。順番、だもんね」

 順番? なにがだ?

「提督も、ゴーヤのこと、好きなんですよね」

 ハチはともかくとして、ゴーヤまでもが、なぜだか泣きそうな子供のような表情で俺を見ているのが印象的だった。

 縋るように。助けを求めるように。
 溺れて、息を喘ぐように。

「……あぁ」

「愛してるんですよね」

「あぁ」

「幸せなんですよね」

「あぁ」


341 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:40:43BK2Ik1aw (11/12)


「そっか。ならやっぱり、はっちゃんの出る幕はないようなので……でも、それでも、ちょっとは思いますよ、提督。思うの、ゴーヤ。
 ずるいなぁって。もしかしたら、そこにいたのは私だったのかもしれないなぁって」

「ハチ、ゴーヤは……」

「『その話は、もうとっくに終わった』。でしょ?
 まぁそれでも、罪悪感がちょっとでもあるって言うなら、ね、二人とも。はっちゃんのお願い、きいてほしーなー……」

 ハチは、また笑う。今度は意地の悪そうに、そして妖艶に。
 肘を抑えて腕を組む。彼女の豊満な胸が、ゆっさりと揺れる。

「ちんちん見せて」


342 ◆yufVJNsZ3s2019/05/16(木) 17:41:51BK2Ik1aw (12/12)

――――――――――――
ここまで

はっちゃんはむっつりすけべぇ。
次は濡れ場じゃないです。

待て、次回。


343以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/16(木) 23:02:21u09e7n1o (1/1)

提督は罪な男よな
はっちゃんがいつも持ってる本は薄い本(分厚い)だったんやな


344以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/17(金) 14:39:50TOW0iRJo (1/1)

スケベェ……

乙!


345以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/19(日) 00:48:42lbTTpgTw (1/1)

おうふ、下半身の不祥事は海軍=サンあるあるですなぁ