338 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:12:55DfnGENps (1/25)


【#31】光を

ギギィ バタンッ!

僧侶「!!」ビクッ

勇者「……僧侶」

僧侶「っ、来ないで下さい!!」

勇者「……」ザッ

僧侶「来ないで!!」カッ

ボウッッ! ジュゥゥ…

勇者「……」ザッ

僧侶「……やめて、お願いです。それ以上、私に近付かないで下さい」

ギュッ

勇者「僧侶、何があった」

僧侶「手を離して!! 私に触らないでっ!!」

勇者「目を逸らすな、俺を見ろ」

僧侶「あ、貴方なんかいなくなればいいんだ!! 貴方がいたから私は!!」


339 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:14:15DfnGENps (2/25)


勇者「俺が、どうした」

僧侶「貴方のせいで全てが壊れたんだ!! 信仰も神も、私が信じていたのは全て偽物だった!!」

僧侶「修道士が人間を聖水に変えていたんです!! 何事もないように淡々と!! まるで何かの作業みたいに!! 人を、命を、あんなことっ………」

勇者「……」

僧侶「神に仕える者が、救いを求める人々の命を奪っていたんです。叫び声を無視して、家族の目の前で、顔色も変えずに……」

僧侶「っ、私はあれに頼っていた!! 貴方も知っているでしょう!?」

僧侶「私は人の命を道具として扱ってたんです!! 私は人殺しだった!! 何人も何人も殺していたんだ!!」

僧侶「貴方と出逢って全てが変わってしまった!! 貴方とさえ出逢わなければ何も知らずに済んだのに!!」

勇者「………そうかもな」

僧侶「っ、もう行って下さい。私は貴方の役には立てません。もう、いいです」

勇者「それが本心なら、何で目を逸らす」

僧侶「う、うるさいっ!!」

バチンッ!

勇者「……気は済んだか?」

僧侶「私を見ないで!! もう出て行って下さい!! 貴方の顔なんか見たくないっ!!」


340 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:16:00DfnGENps (3/25)


勇者「何があった。話せ」

僧侶「何もないですっ!!」

勇者「嘘が下手なんだよ、お前は。大方、夢魔に何か吹き込まれたんだろう」

僧侶「な、何もないと言っているでしょう!! 私は貴方なんてーーー」

騎士『君は、彼を愛しているんだよ』

騎士『ほらね。私が壊すまでもなく、君の信仰など既に消え去っている。胸の内は彼で溢れている』

騎士『自覚しているかどうかの問題だ。今はそうでなくとも、君はいずれ必ず、彼を愛するだろう』

僧侶「っ、私は貴方なんてっ!!」スッ

ガシッ

勇者「俺が、何だ。言え」

僧侶「……」

勇者「言うんだ」

僧侶「……私は神を捨てたのだと、貴方を愛しているのだと、夢魔にそう言われました」


341 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:17:14DfnGENps (4/25)


僧侶「事実、貴方だったんです」

僧侶「全部、貴方だった。助けを祈った時、浮かんで来るのは神ではなく貴方だった……」

僧侶「何度祈っても、何度目を閉じても、浮かんで来るのは貴方の顔、貴方に掛けられた言葉。それだけだった」

勇者「……」

僧侶「見たことのない景色、触れたことのないもの、貴方がくれたものばかりが浮かぶんです」

僧侶「私には、それが怖ろしくて堪らなかった。今までの全てが壊れてしまったようで怖ろしかった……」

勇者「……」

僧侶「……貴方と会うのが怖かった」

僧侶「こんな自分を見られたくなかった。それなのに、貴方が来てくれたことが嬉しくて堪らないんです」

僧侶「私には、もう何が何だか分からなくなりました……何が正しくて、何が間違いなのか……」

勇者「誰を愛してるかどうかなんて、お前自身が決めることだ。誰かに言われて決めることじゃない」

僧侶「……」

勇者「お前は追い詰められて参ってるだけだ」

勇者「こんな場所で四日も責め続けられたんだ。そうなるのも仕方がない。自分を責めるな」

僧侶「っ、でもーーー」


342 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:19:21DfnGENps (5/25)


勇者「僧侶」

僧侶「っ、はい」

勇者「何が正しくて、何が間違いなのか分からないって言ったな」

僧侶「……」コクン

勇者「俺にだって、何が正しくて何が間違いなのかなんて分からない」

勇者「絶対に正しいなんてことはないんだ。正しく見えても間違ってることだってある」

勇者「でもな、俺は此処に来たことを間違いだなんて思わない。正しいことをしたと信じてる」

僧侶「っ、うぅっ……」

勇者「……よく耐えてくれたな。お前が無事で良かった。ありがとう」ポンッ

僧侶「っ!!」バッ

ぎゅっ

僧侶「怖かったです。本当に、本当に怖かったです。暗くて、寒くて、独りで、ずっとずっと……」

勇者「……」ギュッ

僧侶「あっ……」

勇者「………僧侶、遅くなって悪かったな。さあ、此処から出よう」


343 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:25:47DfnGENps (6/25)


【#32】観測者の心情

勇者「立てるか?」

僧侶「はい、大丈夫で……あぅっ」クラッ

勇者「無理するな。ほら、掴まれ」

僧侶「ご、ごめんなさい……」ギュッ

グイッ

勇者「謝らなくていい。ほら、行くぞ」

僧侶「ま、待って下さい」

勇者「どうした?」

僧侶「腕の傷が癒えているようですけど、誰かに治癒を?」

勇者「ああ、さっき牢屋から出したガキが治した。血塗れなのは変わらねえけどな」

僧侶「治せたんですか!?」

勇者「そんなもん見りゃあ分かるだろう。何を驚いてんだ?」

僧侶「夢魔に聞いたんです。魔術による度重なる治癒は対象の治癒力を著しく低下させる」

僧侶「そうなると魔術でしか治癒しなくなり、治癒させた者の魔力しか受け付けなくなると」


344 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:27:12DfnGENps (7/25)


勇者「それは重度の魔力依存だ」

僧侶「……やっぱり、知っていたんですね」

勇者「ああ、知ってた」

僧侶「っ、ごめんなさい……」

勇者「謝るなって言ってんだろ」

勇者「龍に焼かれた時にお前が治癒しなかったら俺は死んでたんだ。感謝してる」

僧侶「でも私、何も知らなくて……それなのに何度も貴方を治癒してーーー」

勇者「お前は知らなかったんじゃない。知らされてなかったんだよ。おそらく意図的にな」

僧侶「えっ?」

勇者「お前には悪魔や魔術の基礎知識がある」

勇者「それなのに、魔術による治癒の危険性を知らないってのはどう考えてもおかしい」

勇者「これは憶測だが、重篤患者を治癒した際に罪悪感を自覚させない為の措置だったんだろう」

僧侶「……」キュッ

勇者「色々言われたみたいだが気にすんな。俺はそうなっちゃいない。その証拠にガキの魔術で傷は癒えてる」

僧侶「っ、今はそうかもしれない!! でも、私は貴方を確実に蝕んでる!!」


345 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:29:19DfnGENps (8/25)


僧侶「癒しているように見えるだけなんです」

僧侶「確かに傷は癒える。だけど、私が癒すたびに貴方の体は着実に壊れていく。まるで……っ、まるで毒を盛るみたいに……」

ガシッ

勇者「もう止せ、自分を追い詰めるな」

僧侶「でもっ、私は今まで貴方をーーー」

勇者「いいから呼吸を整えろ。そのままだとぶっ倒れちまう」

僧侶「っ、はい」

勇者「お前は考え過ぎなんだ。傷を癒すことは罪じゃない」

勇者「傷を癒したいと思うことも罪じゃない。小難しいことは考えるな、お前は間違ったことはしていないんだ」

僧侶「……頭では分かっているつもりです。でも、私が貴方を蝕んでいるのも事実です」

勇者「相変わらず面倒くせえ奴だな。俺が気にすんなって言ってんだから良いだろうがよ」

僧侶「……嫌なんです」

勇者「?」

僧侶「もし貴方がそうなってしまったら思うと、それを想像するだけで嫌なんです……」

勇者「お前が嫌でも、これは戦の旅なんだ。傷を負うことは避けられない。俺も、お前もな」


346 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:30:59DfnGENps (9/25)


僧侶「……分かっています」

勇者「なら、話は終わりだ。解放した奴等も外に出さなきゃならない。さっさと行くぞ」

僧侶「…………はぃ」

勇者「(コイツ、また何か余計なこと考えてるな。そう言えば、こういう奴だったっけな)」

僧侶「(せっかく助けてくれたのに迷惑を掛けてばっかりだ。やっぱり、私なんかが一緒にいたらーー)」

勇者「おい」

僧侶「え? あ、はいっ。何でしょう?」

勇者「……」

僧侶「あ、あのぅ、どうかしました?」

勇者「お前には随分と救われてる」

僧侶「へっ?」

勇者「俺には傷を癒やせない。お前がいないと困るんだ。だから、いつまでも俯いてないでさっさと来い」

僧侶「……」

勇者「どうした。来るのか、来ねえのか」

僧侶「い、行きますっ!!」


347 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:32:24DfnGENps (10/25)


勇者「そうか。なら、これを持て。お前のだ」スッ

僧侶「短剣……」

勇者「お前が使う前に俺が使っちまったが、これからはお前が持ってろ」

僧侶「ありがとうございますっ」ギュッ

勇者「……ほら、もう行くぞ。さっさと出ないと面倒なことになる」

僧侶「はいっ、分かりました」

勇者「(少しは吹っ切れたみたいだな。後はどうやって奴等を出すかだな……)」ザッ

僧侶「(良かった……私の魔力に依存していなかったんだ)」

僧侶「(これからは私も戦おう。少しでも、この人が傷を負わなくて済むように)」ギュッ

勇者「………行くぞ」

ギギィ バタンッ

巫女「あ、来た」

勇者「何だ、本当に待ってたのかお前」

巫女「みんな待ってるよ?」

勇者「分かった。今すぐ行く」


348 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:33:34DfnGENps (11/25)


僧侶「あの、この子は?」

勇者「巫女っていうらしいが詳しくは知らねえ。コイツが俺の傷を癒したガキだ」

僧侶「この子が……」

巫女「あのね? この人、すっごく頑張ったんだよ? また会えてよかったね」ニコッ

僧侶「う、うん」

僧侶「(何だろう、この不思議な感じ)」

僧侶「(法力、魔力は感じる。だけど、この子自身の色がない。無色透明と言うより、薄膜で包まれて見えないような……)」

勇者「何してる。行くぞ」

僧侶「あ、はい」

クイクイ

勇者「何だ、一々引っ張るな」

巫女「おんぶして?」

勇者「……ついさっきも汚れるって言っただろうが、それでも構わねえってんなら勝手に掴まれ。その白い服が大事ならーーー」

ヨジヨジ


349 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:35:30DfnGENps (12/25)


勇者「……何やってんだ」

巫女「しゅっぱつ!」

勇者「(本当に何なんだコイツは、普通なら近付きたくもねえはずだ。何も感じないのか?)」チラッ

僧侶「?」

勇者「(まあ、それはコイツも同じか。この姿を見て悲鳴一つ上げなかったしな)」ザッ

巫女「ねえ」コソッ

勇者「あ?」

巫女「あなたは僧侶の魔力に依存している」

巫女「龍と戦った傷を癒された時から様子はおかしかったはず。あれは蘇生に限りなく近い治癒だったから……」

勇者「……」

巫女「今や小さなかすり傷ですら僧侶の魔力なしには治らない。なんで嘘を吐いたの?」

勇者「……」

巫女「彼女を傷付けたくないから? それとも傷付いてる彼女を見たくないから?」

巫女「その優しさは本当の優しさじゃないって、あなたも分かっているはずなのに……」


350 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:36:36DfnGENps (13/25)


勇者「黙ってろ」

巫女「これからも見せてね、貴方を。貴方が何を見せるかで、私達は決まるの」

勇者「(私達ってことは他にも妙なのがいるのか? まあいい、コイツから話を聞くのは後だ)」

僧侶「どうしました?」

勇者「いや、なんでもない」

僧侶「?」

巫女「♪」フフーン

勇者「(コイツの魔力は僧侶と同じだった)」

勇者「(魔力の完全一致なんてのは双子でも有り得ない。なら、コイツはーーー)」

>>来た!みんな、勇者さんが来たぞ!

>>あの娘も無事だったのか、良かった……

>>しかし、残ったのは我々だけか……

>>ええ。地下に連れて来られた時はあんなにいたのに、本当に少なくなったわね……


351 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:37:53DfnGENps (14/25)


勇者「下りろ。ちょっと話してくる」

巫女「わかった」トスッ

勇者「僧侶、お前はコイツを見ていてくれ」

僧侶「はい。分かりました」

勇者「頼むぞ」ザッ

僧侶「(あの背中、凄く久し振りに見たような気がする。まだ四日しか経っていないのに……)」

巫女「ねえ、おねえちゃん」

僧侶「はい?」

巫女「おにいちゃんって優しいね」ニコニコ

僧侶「……うん。そうだね」

巫女「え~、それだけなの? もっとないの?」

僧侶「あ、あるよ! 沢山ある……」

僧侶「だけど上手く言えないの。優しいとか、そういうことだけじゃない。言葉にするのが難しいだけ」

巫女「……そっか。おねえちゃんは、あの人の傍にいたいの? つらくても一緒にいたい?」

僧侶「うん。もう何も出来ないのは嫌だから。どんなに苦しくても、一緒にいたい」


352 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:39:36DfnGENps (15/25)


巫女「なんで?」

僧侶「えっ、何で? 何でかな……」

巫女「……」

僧侶「多分、安心するからだと思う」

僧侶「あの背中を見てると安心するの。でもね? それだけじゃないんだよ?」

巫女「?」

僧侶「あの人には本当に心休まる時なんてないの」

僧侶「だから、少しでも安心させたいなぁって思うんだ。迷惑を掛けてばかりだけど……」

巫女「たくさん痛い思いをしたのに一緒にいるの? これからだって、きっと……」

僧侶「それでもいい」

巫女「後悔しないの?」

僧侶「……きっと、何度後悔しても一緒に行くと思う。変えたいことがあるから」

巫女「変える?」

僧侶「あの人が生きたいと思えるようにしたい。旅の終わりを、あの人の終わりにしたくない」


353 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:40:51DfnGENps (16/25)


巫女「それが、あなたの叶えたい夢?」

僧侶「そ、そんなに大層なものじゃないよ。ただ、そうしたいなぁって思うだけだから……」

巫女「(過去の境遇への同情ではない、復讐に生きる彼への憐憫でもない。なら、これは何?)」

勇者「僧侶、ちょっと来てくれ!!」

僧侶「はい、今行きます!」

巫女「(魔女の意志は固い)」

巫女「(魔女は何としても彼を絶望させようとするだろう。この荒廃と堕落の世界、全ての穢れを滅ぼすために)」

僧侶「さあ、行こう?」ニコッ

巫女「うんっ」

巫女「(でも、そうなると決まったわけじゃない。まだ不確かではあるけれど、覆すことは出来る)」

巫女「(彼女の決断、或いは彼女の行動次第で何かが大きく変わる。彼さえ堕とされなければ)」

テクテク

僧侶「どうしました?」

勇者「眼や脚が不自由な奴等がいるんだ。病人もな。急で悪いが今すぐに治してやって欲しい」


354 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:42:00DfnGENps (17/25)


巫女「わたしも手伝う!」

勇者「……分かった。僧侶の邪魔はするなよ」

巫女「ジャマしない。大丈夫です」ハイ

勇者「(全てを知ってるような口を利いたかと思えば、無垢な子供みたいに笑いやがる。掴めねえ奴だ)」

僧侶「(治癒。大丈夫なのかな……)」

勇者「心配しなくても大丈夫だ。あの程度じゃ魔力依存にはならねえよ」

僧侶「(うっ、相変わらず見透かされてる)」

勇者「向こうに集めてる。早く行って治してやれ。俺は動ける連中と街から出る用意をしてくる」

僧侶「えっ、一緒に?」

巫女「……」

勇者「牢屋から出して終わりじゃないからな」

勇者「こいつ等には居場所がない。外に出ても化け物共の餌だ。出したからには最後までやる」

僧侶「(やっぱり変わったのかな?)」

勇者「しかし、難民狩りとはな……」

勇者「俺が思ってた以上に世の中は腐ってるみてえだ。もっと用心深くならねえと」


355 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:49:28DfnGENps (18/25)


僧侶「……」キュッ

勇者「あの時の、村の女達も無事だといいんだがな……」

僧侶「っ、きっと無事ですよ!」

僧侶「お金だって沢山渡したんでしょう? だったら今頃空き家を買って、それで、きっと幸せに……」チラッ

勇者「…………そうだな」

僧侶「(ううん、違う)」

僧侶「(やっぱり変わってなんかいない。この人は元々こういう人なんだ。悪魔や魔物、龍さえ絡まなければ……)」

勇者「取り敢えず、治療は頼む」

僧侶「はい、分かりました」

勇者「よし。俺達が行けば此処には年寄りと女子供しかいなくなる。その時は任せたぞ、いいな」

僧侶「は、はいっ!」

勇者「張り切るのはいいけど力抜け。此処には来させないようにする。でも、万が一の時は頼む」

僧侶「えっと、はい」ダラン

勇者「っ、ハハハッ! 何だよそれ。ちょっと猫背になっただけじゃねえか。あ~、腹痛え」

僧侶「(力抜けって言うから真面目にやったのに……)」


356 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:52:16DfnGENps (19/25)


勇者「そんじゃあ、行ってくる」

僧侶「あのっ、気を付けて下さいね?」

勇者「分かってる。お前等、準備は出来たな!行くぞ!!」ザッ

>>言われた通り甲冑着たけど大丈夫なのか?

>>今更何をビビってんだ? 此処で死ぬよりマシだろうが

>>俺達が死んでも嫁子供は逃げられる。いい加減に腹を括れ

>>……そうだな、その通りだ。分かったよ

ザッザッザッ

僧侶「(色んな人があの人と一緒に歩いてる。何だか変な感じ。なんていうか、本当にーーー)」

巫女「本当の本当に勇者みたいだね? みんなが勇者って言ってるよ?」

僧侶「う、うん、そうだね」

僧侶「(でも、彼等を助けたことで勇者ではなくなってしまう。きっとあの人は、それも分かっててーーー)」

巫女「あのね?」

僧侶「どうしたの?」

巫女「命には価値があるんだって」


357 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:54:17DfnGENps (20/25)


僧侶「えっ…」

巫女「それでね、わたし達の命には価値がなくて、わたし達を助けたら世界にも神様にも嫌われちゃうんだって」

僧侶「誰がそんなことーーー」

巫女「騎士の偉い人が、あの人にそう言ってたの。世界と神様に従ってるだけで悪くないって、そう言ってた……」

僧侶「……っ」ギュッ

巫女「おねえちゃん?」

僧侶「そんなの間違ってる。難民を、人間を聖水にするなんてどう考えても間違ってる」

僧侶「でも、今は間違ってることが当たり前になってる。きっと、そういう風に出来てるんだ……」

巫女「……」

僧侶「あっ、ごめんね?」

僧侶「向こうで患者さんが待ってるから治療に行こう? 今は出来ることをしないと」

巫女「うん、わかった」

トコトコ…

僧侶「(そう、考えてる暇なんかない)」

僧侶「(とにかく患者さん達を治すんだ。誰かを助けたいという気持ちは、間違ってなんかいない……)」


358 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:55:37DfnGENps (21/25)

ーーー
ーー


僧侶「はい、もう大丈夫です。治癒した直後ですから安静にお願いします。もう少しで出られますからね?」

>>嬢ちゃん、ありがとうよ

>>あの子も疲れているだろうに……大したことは出来ないけど、私らも何か手伝おう

>>ああ、そうだね。じゃあ、何か使えそうなものがないか探してくるよ

>>私達も行くよ。上が本部なんだ、毛布か何かをありったけ持ってこよう

僧侶「……ふぅ、もう一頑張りだ」

巫女「休まなくてもいいの?」

僧侶「うん、平気。あの人も頑張ってるから」ニコッ

巫女「(本当に不思議だ。彼女は彼に、彼は彼女に同じものを見出している。きっと、それこそがーーー)」

僧侶「大丈夫? どうかしたの?」

巫女「ううん、なんでもない」

僧侶「?」

巫女「(変えられるかもしれない。もしかしたら別の在り方に辿り着けるかもしれない。彼の結末は変えられないとしても)」


359 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:57:09DfnGENps (22/25)


【#33】羊の群れを率いる男

勇者「出来たか?」

>>ええ、馬車の準備は出来ました

>>騎士団の使ってる馬か、流石にいい馬だな。これなら長く走れそうだぞ

>>いやぁ、本部の傍に厩があって助かったよ。戦うのは御免だからね

勇者「食糧はどうだ?」

>>騎士団本部の食糧庫から手分けして運んでいるところです

>>あるだけ持って行こう。どれだけ持って行っても困るものじゃない

勇者「……」

>>勇者君、どうしたんだい?

勇者「ん? いや、妙に静かだと思ってな」

>>言われてみればそうですね。いつ見廻りの騎士が来るかと冷や冷やしていたんですが……

>>なあ、勇者さん。やっぱり地下にいた奴等で全員だったんじゃないのか?

勇者「いや、それはないはずだ」

勇者「この街には二つの騎士団、北の騎士団と修道騎士団がある。あれで全てだとは思えない」


360 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:58:36DfnGENps (23/25)


勇者「だが、見廻りがいないのは好都合だ」

勇者「馬車に食糧を詰め込んだら地下の奴等を呼べ。速やかにこの街を出る」ザッ

>>あの、勇者さん? 一体何処へ?

勇者「武器を取り返しに行く」

勇者「この街から無事に出られたとしても外には化け物共が待ってる。流石に丸腰じゃあ行けない。お前達は此処にいろ」

>>あの、取り戻すと言っても心当たりはあるんですか?

>>騎士団本部にはそれらしいものはなかったぜ? 別の所にあるんじゃあないか?

勇者「ああ、それは分かってる。此処にないってことは教会にあるはすだ。すぐに戻る」

勇者「もしも見廻りの騎士が来たら本部の中でじっとしてろ。戻って来たら片付ける」

>>ちょっと待ってくれないか

勇者「あ?」

>>勇者君、私も行くよ

>>俺も連れて行ってくれ。探すなら人手があった方がいいだろ?

勇者「何を言ってるか分かってんのか? 何が起きてるか分からないんだぞ」


361 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 19:59:32DfnGENps (24/25)


>>何か起きてたら大人しく引き返すよ

>>そうだな、折角助かったのに死にたくないし

>>アンタみたいに戦えないが、隠れて探すくらいなら出来る

>>まあ、何だ、少しくらいは役に立たせてくれや

勇者「……悪いな。助かるよ」

>>お礼は要らないよ。さ、そうと決まれば早く行こう

>>お前、膝が笑ってるじゃないか。怖いなら無理して来なくても良いんだぞ?

>>正直行きたかねえよ。でもな、此処で行かなかったら嫁にどやされるんだ

勇者「……」

>>勇者さん、どうしたんだい?

>>何を突っ立ってんだ? アンタが動かなきゃ始まらないだろう

勇者「あぁ、悪い。教会は向こうだ、行こう」

ザッ

勇者「(助けた後は手のひら返し。そこからは何で早く来なかっただの罵詈雑言の嵐。そうなるとばかり思ってた)」

勇者「(まさか手伝うなんて言い出すとはな。こういう奴等って、まだいたんだな………)」


362 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:00:32DfnGENps (25/25)


ザッザッザッ

勇者「……」

『何であんな奴等を助けたんだよ』

『ん?』

『あいつ等、あんたに助けて貰ったくせに当たり前みたいな顔してるぜ?』

『世の中には色んな人がいるんだ。そればかりは仕方がないんだよ』

『っ、だからって、あんな奴等の為にまで血を流すのかよ!! 何でそこまでーーー』

『ああいう人達ばかりじゃない。親切な人だっている。この前のお婆さんは優しかっただろ?』

『あんたは信用し過ぎなんだ。人間を……』

『疑って生きても苦しいだけだぞ?』

『あんな奴等、どうやったら信じられるんだよ』

『無理をしてまで信じる必要はないさ。ただ、自分を信じてくれる人くらいは守れるようになれ』

勇者「(……そうは言うけどさ、俺はあんたのようにはなれないよ)」


363 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:08:507nA4u0d. (1/19)


【#34】亡骸の王

>>うっ…な、何だよこれ

>>っ、酷い有り様だな。床一面が血に塗れてる

>>通りで静かなわけだ。まさか教会の騎士全員が死んでいるとは……

>>ゆ、勇者さん、一体何があったんでしょう? 何者かに殺害されたんでしょうか?

勇者「いや、どうやら違うみたいだ」

勇者「どの遺体も武器を持ってる。おそらく、こいつらは殺し合ったんだ。それが自らの意思かどうかは分からないけどな」

シーン

勇者「取り敢えず、武器を探してくれ」

勇者「俺は地下を見に行く。お前達は聖堂と上の階を手分けして探してみてくれ」

勇者「一つは金砕棒、もう一つは鉄の板みたいなやつだ。後は短めの剣が四つ。見れば分かるはずだ」

>>わ、分かりました

>>さ、さっさと見付けて此処から出ようぜ。こんな所に長居したくねえよ

>>ああ、そうだな。騎士連中は心底憎いが、この惨状は見ていて気分が良いものじゃない


364 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:09:497nA4u0d. (2/19)


勇者「(これも夢魔の仕業なのか?)」

勇者「(暗示が切れて混乱状態にでも陥ったのか。それとも、こうするように指示してあったのか)」

勇者「(……考えても仕方がないな、俺も探すか。地下への入り口は向こうだったな)」

ガチャ コツコツ

勇者「(階段にも死体があるな)」

勇者「(どれも背中を斬られてる。地下に逃げ込もうとして斬られたのか。ってことは、正気の奴もいたってことか?)」

夢魔『街の皆には寝てもらってる。だから裸でも平気なんだ。満月の夜はいつもこうしてる』

夢魔『この時だけは自由になれる。何でも出来る。何者にも縛られず、自由でいられるんだ』

勇者「(夢魔は満月時なら操れると言っていた。なら何故、全員を暗示に掛けなかった?)」

勇者「(これにも何か意味があるとしたら別だが、騎士を皆殺しにするのが目的だとしたら妙だ)」

勇者「(どうにも嫌な感じがする。さっさと出た方が良さそうだ。最悪、武器は諦めてーーー)」

ギギィ

勇者「(何だ?)」

従士「アアアアアッ!!」ブンッ


365 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:10:557nA4u0d. (3/19)


勇者「危ねえな」

従士「ハァッ、ハァッ、き、貴様、勇者か!?」

勇者「(こいつは確か、管区長の従士だったか)」

勇者「(かなり取り乱してるが、まだ正気は失っていないみたいだな。危険な状態に変わりはねえが)」

従士「私の質問に答えろォォッ!!」ブンッ

ガシッ

従士「ヒィッ!? 離せッ!離せえッ!!」

勇者「うるせえ奴だな、質問する度に剣を振り回すんじゃねえよバカが」

従士「し、正気なのか!?」

勇者「お前よりはな」

従士「そ、そうか、貴様は異端者だがこの際どうでもいい。私を助けてくれ! 急に殺し合いが始まったんだ!!」

従士「目が覚めたら武器を持った連中が目を血走らせて襲い掛かって来たんだ!!」

勇者「分かった。分かったから落ち着け。俺の武器は何処にある?」

従士「あ? あ、ああ、貴様の武器なら騎士が持ってきた。奴の部屋にあるはずーーー」


366 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:12:087nA4u0d. (4/19)


勇者「おい、どうした」

従士「違うッ!! 違う違うッ!!」

勇者「何を言ってる?」

従士「聞いてくれ! 私じゃない!!」

従士「あいつに操られていたんだ!! そうだ、私は殺してない!! 管区長を殺したのは私じゃない!! 私は異端者などではないッ!! 殺してない私は殺してない私は殺してない!!」

ドゴォッ

勇者「そんなもん知るか、俺に言うな」

従士「私じゃ…ない……」

勇者「チッ。仕方ねえ、奥の部屋にでも入れとくか。また騒がれても面倒だしな」

勇者「(つーか、コイツも地下施設に関わってたんだ。だったらコイツもーーー)」

従士「……女が…来た……」

勇者「あ?」

従士「あの女、黒い服、女が笑って……」ドサッ

勇者「っ、クソッ!!」ダッ

勇者「(魔女だ。教会は夢魔の仕業じゃない。あいつがやりやがったんだ)」


367 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:13:217nA4u0d. (5/19)


勇者「(俺が武器を取り戻しに来るのを分かってたのか? 奴はまだ教会にいるのか?」

勇者「(いや、教会に入った時は気配を感じなかった。今も感じない。奴は何を企んでる?)」

勇者「(もう武器はどうでもいい。さっさとあいつ等を連れて此処から出ねえと)」

ガチャ!

>>あ、勇者さん! 見付けましたよ!

>>それにしても重いな。うっ、腰にくる

>>勇者君の言ってた通り、正しく鉄の板だ。切っ先もなければ刃すらない

>>これを刀剣とするなら処刑人の剣に酷似しているな。刃もなく、大きさも違うが

勇者「お前ら!武器はもういい!! 今すぐ此処から出るぞ!!」

サァァァァ

勇者「ッ!!」バッ

魔女「ふふっ。折角来たんだもの、そんなこと言わないでゆっくりして行きなさいよ」フワッ

勇者「出やがったなクソ女」

魔女「あら、酷い言われようね。宿屋で助言してあげたのに、悲しいわ……」

勇者「黙れ、事ある毎に絡んで来やがって。お前にはうんざりなんだよ。声も聞きたくねえ」


368 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:15:007nA4u0d. (6/19)


魔女「つれないこと言わないで頂戴よ。それに私、貴方以外に興味なんてないもの」

勇者「前置きはいい。何が目的だ」

魔女「あら、貴方の為に教会にいる騎士共を掃除してあげたのに、お礼の一言もないわけ?」

勇者「礼だと? 頭湧いてんのかボケが」

魔女「あの子は無事だった?」

勇者「武器をくれ」ガシッ

勇者「よし。お前達は戻ってろ。こいつを片付けたら、俺もすぐに行く」

魔女「はぁ、せっかちなのは相変わらずね。夜は長いのよ? もう少しお喋りしましょ?」

勇者「てめえと話すことなんぞねえよ!!」ダンッ

ブォンッ

勇者「チッ…」ズダッ

魔女「(以前より力が増している。けれど、まだまだ足りない。これでは勝てない)」スッ

ズズズ…

勇者「またそれか、芸のねえ奴だな」

魔女「前とは違うわ。退屈な女だと思われないように、今回はちょっと趣向を凝らしてみたの」


369 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:16:267nA4u0d. (7/19)


勇者「(何だ、死体が……)」

ズルズル ゴキッ メキメキッ

勇者「(死体が、一ヶ所に……!!)」

魔女「どうかしら? これなら退屈しなくて済みそうでしょう?」

勇者「(バカみたいにでけえ。今は四つん這いだが、起ち上がれば聖堂の天井に届く)」

魔女「自作の人形、亡骸の王様。中々に良い出来栄えでしょう?」

勇者「随分と気色の悪い人形だな。お前の趣味の悪さを改めて理解した」ダッ

バギャッ!

勇者「(脆い。見てくれだけだ。腕を破壊した後で頭をぶっ壊せば終いだ)」

ゴシャッ!

勇者「そのまま這いつくばってろ」

魔女「流石に数多の血を吸ってる剣は違うわね」

勇者「(うるせえ奴だ。さっさとコイツを片付けてーーー)」

魔女「その剣、あまり見ない類いの武器だから気になって調べてみたのよ」

魔女「そしたら、調べていく内に意外なことが分かったの。先の勇者様って処刑人だったのね」


370 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:17:597nA4u0d. (8/19)


勇者「……」

魔女「あら、知らなかったの?」

勇者「……下らねえことを言うな。次にあの人を語ったら殺すぞ」

魔女「あら、これは事実よ?」

魔女「優秀な処刑人であった彼に贈られたのが、貴方が今持っている処刑人の大剣なのよ」

魔女「剣として扱うことなど不可能なそれで、彼はとある罪人の首を刎ねたわ。そして、その罪人こそが先の先の勇者様」

勇者「黙れ」

魔女「彼は力を受け継ぎ、後に出奔した」

魔女「処刑人という在り方に疑問を抱いたのか、人々に忌み嫌われる処刑人の生き方を恥じたのか、それは分からないけれどね」

魔女「彼は自らの罪を雪ぐかのように善行を重ねた。貴方を救ったのも、自分の罪から解放されたかったからじゃないかしら?」

勇者「黙れって言ってんだろうがッ!!」ダンッ

魔女「いいの? よそ見なんかして」

勇者「!?(腕は破壊したはずーーー)」

ドガッッ ガシャンッ


371 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:19:027nA4u0d. (9/19)


勇者「ぐっ…」

魔女「そういうところはあの女と同じね」

魔女「疑いもせず、盲目的に信じている。貴方が慕う勇者様にも後ろ暗い過去があるのよ?」

勇者「お前、何か勘違いしてねえか」

魔女「?」

勇者「あの人に救われたってことに変わりはないんだ。過去に何があろうと関係ない」

勇者「あの人が処刑人だろうが何だろうが、俺にとってはあの人こそが勇者なんだよ」

魔女「……」

勇者「罪からの解放だ? ふざけんな」

勇者「何も知らねえクセに知ったような口を利きやがって、あの人の心を語るんじゃねえ」ダッ

ゴシャッ!

勇者「……おら、下らねえ人形遊びは終わりだ。さっさと降りてこい、その口を塞いでやる」

魔女「そうね、楽しいお遊戯はこの辺でお終いにして、そろそろ本題に入りましょうか」スッ

ドッッッ!

勇者「(ッ、骨が弾けーーー)」バッ


372 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:21:047nA4u0d. (10/19)


勇者「(……何だ、痛みも何もねえ。あの野郎、逃げやがったのか)」

サァァァァ

魔女「どうかしら?」

勇者「あ?」

魔女「あら、一瞬のことで気が付かなかった? 自分の体を見てみたら?」

勇者「(……骨? いや、甲冑か? 関節や指先、全身が包まれてる)」

勇者「(重みも息苦しさもない。甲冑越しなのに剣を握る感覚がはっきりし過ぎてる。これは……)」

魔女「それが、これからの貴方よ」

勇者「へえ。で、これがどうした」

魔女「それは引き寄せの甲冑」

魔女「いえ、正確には甲冑ではないわね。それは痛みも何も防げない。言わば、新たな皮膚」

魔女「甲冑に見えるだけで血は流れる。血を流すのは貴方ではなく甲冑だけれど、痛みは感じるわ。魂に直接ね」

魔女「私が生きている限り、その甲冑を外すことは出来ないわ。私が外そうと思わない限り」

勇者「なるほどな」

勇者「要はさっきの骨やら血肉やらを貼り付けて、俺を化け物にしたってわけだ」


373 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:22:257nA4u0d. (11/19)


魔女「あら、驚かないのね」

勇者「姿形がどうなろうとやることは変わらないからな。殺してやるから降りてこい」

魔女「ふふっ、あははっ!! 私、貴方のことがますます好きになったわ!!」

勇者「気狂い女が」

魔女「はぁ、貴方って本当に素敵よ? どんな姿になっても輝きは失われないもの……」

勇者「……」

魔女「貴方は独りでいるべきだわ。勇者ごっこなんかさっさと辞めて、復讐を果たしなさい」

勇者「お前の指図は受けねえよ」

魔女「あらそう。別に強要はしないわ。でも、その姿でどこまでやれるかしらね?」

魔女「その甲冑は貴方を狙う者にとっての導となる。人魔に拘わらず引き寄せられるでしょう」

魔女「そうなれば、貴方が救った人間にも災いが降り掛かる。勿論、あの女にもね」

勇者「……」

魔女「あの女は化け物となった貴方を、悪魔となった貴方を受け入れてくれるかーーー」

勇者「(目を切った)」ダンッ

ドズッッ!


374 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:26:357nA4u0d. (12/19)


魔女「けほっ…やっぱり貴方は最高だわ」ボタボタッ

勇者「やっと当たりか、初めて会った時からこうしたくて堪らなかったぜ」

魔女「あら、それは嬉しいわね。貴方になら何をされても構わないわよ?」ハラリ

勇者「!?」

魔女「私の顔を見ただけで驚くのね。自分の体が変わっても驚かなかったのに……」

勇者「お前はーーー」

魔女「焦らないで? それはまだ秘密。とにかく、貴方の驚いた顔が見られて嬉しいわ」

ちゅっ

勇者「…………」

魔女「これで二度目ね。それじゃあ、また会いましょう? 私の愛する人でなし、亡骸の王………」

サァァァァ…

勇者「……」

>>勇者君、無事かい!?

>>見てて冷や冷やしたぜ。おい、大丈夫か?

勇者「えっ? あ、ああ、俺なら大丈夫だ。っていうか何で……」


375 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:28:137nA4u0d. (13/19)


>>助けてくれた人を見殺しには出来ないからね

>>あんたに何かあったら大変だろ?

>>あんたが倒れたら、頃合いを見て担いで逃げようと思ってな。庭の茂みに隠れてたんだ

勇者「隠れてたってことは聞いてたんだろ?」

>>あ~、うん。悪いけど、かなり気持ち悪いよ

>>骨は真っ黒だし、血管は浮き出てるし、なんか脈打ってるしな

>>顔面だって酷いもんだぜ? 夜中に見たら確実に卒倒する自信がある

勇者「そういうことを言ってるんじゃない」

勇者「俺といると魔物が寄ってくるんだ。その意味、危険性が分からないのか?」

>>逆に聞くけどよ。あんた以外に誰を頼れって言うんだ?

>>魔物を引き寄せようと、姿形が怪物だろうと、我々を救ってくれたのは君だろう?

>>他の奴がやろうともしなかったことを、あんたはしてみせたんだ

>>あんたは、俺達にとっての勇者なんだよ

勇者「(……勇者ごっこか、確かにそうかもな。ここで投げ出せば、ごっこ遊びで終わる)」


376 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:29:337nA4u0d. (14/19)


>>勇者さん、何を考えているんだろう?

>>さあ、表情が分からないから怖いんだよな……

>>戻ったら他の奴等に説明しないとな

>>どうやって説明するんだ? 魔術はさっぱりだから説明しようがないぞ?

>>……そこら辺は知らん。魔女の呪いに掛かったとかでいいだろう

>>いやいや、おとぎ話じゃないんだから……

>>やかましい!それ以外に説明のしようがないだろうが!!

勇者「(こんな時に呑気な連中だ……)」

勇者「(こいつ等が死ぬのは見たくない。やれるとこまで、無茶だろうが何だろうが死ぬ気でやってみるか……)」

『無理をしてまで信じる必要はないさ。ただ、自分を信じてくれる人くらいは守れるようになれ』

勇者「(出来るかどうか分からないけど、やってみるよ。俺を信じてる奴等くらいは守りたいんだ)」

勇者「……行こう。皆が待ってる」ザッ


377 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:31:207nA4u0d. (15/19)


【#35】馬車の行き先

ガラララ

僧侶「あのぅ」

勇者「あ?」

僧侶「ひぃっ!」ビクッ

勇者「あのなぁ、無理して一緒に乗らなくても良いって言っただろうが」

僧侶「が、外見で判断するのはーーー」

勇者「はいはい、口では何とでも言えるよな。心は貴方だから、どんな姿でも平気だとか何とか」

僧侶「うっ…だって、想像以上に怖いんです。これは仕方がないと思います」

勇者「そうかよ。で?」

僧侶「えっ?」

勇者「えっ、じゃねえよ。何か話したいことがあったんじゃないのか?」

僧侶「あっ、そうでした。ちょっと皆さんの反応に驚いてしまって……」

勇者「しこたま石ころ投げられたな。お前は腰抜かしながら魔術使おうとしてたしな」


378 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:33:327nA4u0d. (16/19)


僧侶「ご、ごめんなさい……」

勇者「仕方ねえよ」

勇者「こんなのを見たら誰でもそうなる。元は人間ですとか言われても信じられねえよ。俺なら殺してる」

僧侶「……まあ、貴方ならそうするかもしれませんね。じゃなくて、その後の行動です」

勇者「ああ、聖水か?」

勇者「実の所、考えてはいたんだ。でも、まさか向こうから提案してくるとは思わなかったな」

僧侶「使う気だったんですか?」

勇者「いや、使う気はなかった」

勇者「真夜中の移動だ。聖水を使うのが一番現実的なんだが、奴等の肉親だからな。提案したところで拒否されるのは分かり切ってた」

僧侶「それを、貴方に使ったんです」

勇者「……」

僧侶「その意味は分かるでしょう?」

僧侶「どんなに怖ろしい姿になっても、皆さんは貴方を勇者として見ているんです」

勇者「みたいだな。本当に変わった連中だよ」

勇者「気の良い奴等だ。出来ることなら、もっと前に出会いたかったよ」


379 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:34:297nA4u0d. (17/19)


僧侶「あの、勇者さん」

勇者「お前にそう呼ばれたのは初めてだな。寒気がするからやめろ。気持ち悪ぃ」

僧侶「ふふっ。はい、分かりました」

勇者「勇者か……」

僧侶「?」

勇者「本当の勇者は凄えんだろうな。街の一つや二つ簡単に救っちまうんだろう」

勇者「誰もが納得するような方法で、誰が犠牲になることもなく、誰も傷付かず、綺麗にさ」

僧侶「……」

勇者「対して、俺はこの様だ」

勇者「大勢殺して、助けた連中なんて一握り。今や国賊兼化け物だぜ? ざまあねえよな?」

僧侶「そんなこと知りません」

勇者「何怒ってんだ、お前」

僧侶「比較対象がいないので分かりません。私が知っている勇者は貴方しかいませんから」

勇者「……」

僧侶「……貴方が勇者なんです。他なんていない。だから、そんなこと言わないで下さい」


380 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:37:327nA4u0d. (18/19)


勇者「………分かったよ」

僧侶「あの」

勇者「ん?」

僧侶「その体は、痛みでなくても感じるんですか?」

勇者「ああ。仕組みは分からねえが、こうなる前と何も変わらない。感触は直に伝わる」

ギュッ

勇者「……」

僧侶「……分かりますか?」

勇者「分かるって言っただろ。つーか冷えてるな。ほら、毛布でも被っとけ」バサッ

僧侶「……」

勇者「……」

ガラララ

僧侶「東、でしたよね」

勇者「巫女の話が本当ならな。今はそれを信じるしかねえ。他に行き場なんてないからな」


381 ◆GC8HKbhIcg2018/09/27(木) 20:38:467nA4u0d. (19/19)


僧侶「……彼等を送り届けたら、龍と戦うんですか?」

勇者「それが元々の目的だからな。奴を殺して、旅は終わる」

僧侶「貴方は? 貴方は、龍を倒したらどうするんですか?」

勇者「さあ、どうだろうな。そんなこと考えたこともねえよ。どうしたんだ急に」

僧侶「い、いえ、ちょっと気になっただけです」

勇者「終わりの事なんて考えるな。これから更に厳しくなるんだ。俺もこんな体だしな」

僧侶「私も頑張りますから大丈夫です。何があっても、貴方と一緒にいますから」

勇者「……」

僧侶「……」

ガラララ

勇者「なあ、僧侶」

僧侶「はい?」

勇者「これからも頼む」

僧侶「はいっ!」ニコッ


382以下、名無しが深夜にお送りします2018/09/29(土) 11:32:03SPqP/GN6 (1/1)

ひそかに乙です


383以下、名無しが深夜にお送りします2018/09/29(土) 12:23:24igX5DPm. (1/1)

むっちゃ面白い!
続き待ってます!


384以下、名無しが深夜にお送りします2018/09/29(土) 13:44:26tpMO5drU (1/1)

乙です
楽しくよませてもらってます


385 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:08:36OdEG6pmI (1/33)


※※※※※※


悪が物質から来るものとすれば、われわれには必要以上の物質がある。


また、もし悪が精神から来るものとすれば、われわれには多過ぎるほどの精神がある。



ヴォルテール


386 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:09:59OdEG6pmI (2/33)


【#1】痕跡

村娘「よいしょ……」

女将「あ~、くたびれた」

村娘「あ、女将さん。お疲れさまです!」

女将「元気だねえ。やっぱり若いっていいわ」

村娘「若くても大変ですよ。若いだけじゃ、お客さんは満足してくれないし……」

女将「ふっ、はははっ! まったく、相変わらず面白い子だね。雇って正解だったよ」

村娘「そうかなぁ。あたしは女将さんみたいに聞き上手じゃないし、話し上手じゃないよ?」

女将「そういうのは後から付いてくるもんだよ。気取ってないからいいのさ」ニコッ

村娘「(こんな風に、綺麗な笑い方が出来る人になりたいな。もっと頑張ろ)」カチャカチャ

女将「仕事には慣れた?」

村娘「ん~。後片付けと洗い物は好き、かな」

女将「喋らないから?」

村娘「……うん。相手は酔ってるし、何言ってるのか分からないし」

女将「聞いてあげればいいのよ。下手に口を挟まずに、きちんとね」


387 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:10:55OdEG6pmI (3/33)


村娘「なるほど……」フム

女将「ふふっ。さてと、後は私がやるからあがって良いわよ? 妹が待ってるでしょうから」

村娘「えっ? でも、まだこんなに……」

女将「いいのいいの。ほら、早く行きなさい」

村娘「ありがとうございます。じゃあ、また明日!」

女将「はいはい。明日も頼むよ?」

村娘「はいっ!」

キィィ パタンッ

村娘「(こんなに早い時間にあがれたのは初めてだ。気を遣ってくれたのかな。いつかお礼しないと)」トコトコ

ドンッ

村娘「あ、ごめんなさい」ペコッ

ガヤガヤ…

村娘「……」

村娘「(街は広い、人も多い、仕事は大変だ。でも、あの村にいた頃よりはずっといい)」

村娘「(きっと、いつかはこの街を好きになる日が来る。皆で、幸せになるんだ)」


388 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:12:18OdEG6pmI (4/33)


村娘「(……あの子が待ってる。早く帰ろ)」

トコトコ…

村娘「ただいま~!」

少女「おかえりなさいっ!」トテテ

村娘「おっとと。遅くなってごめんね? 大丈夫だった?」

少女「うんっ、今日もなってないよ? お姉ちゃん、毎日おつかれさまです」ニコニコ

村娘「あははっ、ありがと。お腹空いてるでしょう? 今作るから、ちょっと待っててね?」

少女「見ててもいい?」

村娘「勿論。さて、始めようか」

トントントン…

少女「お姉ちゃん」

村娘「ん~?」

少女「みんなはいつ帰ってくるかな?」

村娘「そろそろ帰ってくるんじゃない? でも、どこも人手が足りないから大変なんだってさ」


389 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:17:12OdEG6pmI (5/33)


少女「今日はみんなで食べたいなぁ」パタパタ

村娘「そうだね。この家に二人じゃあ、ちょっと広いもんね」

少女「うん……」

村娘「寂しい?」

少女「朝はへいき。でも、夜は寂しい」

村娘「お友達は出来たんでしょ?」

少女「うん。でも、そういうのじゃないの。この街に来てから、空も山も、動物とかも、全部全部遠くに行っちゃったみたいでこわい」

村娘「遠くに……そうかもしれないね」

少女「お姉ちゃんはどこにも行かない?」

村娘「何言ってんの、あたしはあんたのお姉ちゃんだよ? どこにも行かないよ」

少女「よかったぁ」ホッ

村娘「(不安にさせちゃったか。ここの所、仕事にばっかり気を取られてた。こんなんじゃダメだね)」

村娘「(新しい土地に来て不安を感じてるのはあたしだけじゃない。この子だって毎日頑張ってるんだ)」チラッ


390 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:19:08OdEG6pmI (6/33)


少女「ふふーん」パタパタ

村娘「(お金はまだあるけど、あのお金には極力頼らないようにしないといけないし。しっかりしないと)」

少女「あのお兄ちゃんは元気かなあ?」

村娘「きっと元気だよ。あの人は、ちょっとやそっとで挫けるような男じゃないからね」

少女「いつかまた会いたいね?」

村娘「………そうだね。また会えたら、その時は、嫁にでもしてもらおうか?」ニコッ

少女「お婿さんがいいなぁ。そしたらね、みんなで一緒にごはんが食べられるもん」

村娘「あははっ、婿か。そいつはいいね」

ドンドンッ

少女「お客さんだ!」トテテ

村娘「あ、ちょっと……もう」

トコトコ

村娘「(誰だろ。女将さんかな?)」

ドンドンッ

村娘「はいはい、今開けますよ」ガチャ


391 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:20:07OdEG6pmI (7/33)


狩人「今晩は、お嬢さん」

狩人「私は狩人。貴方にお訊ねしたいことがあるのですが、少しばかりお時間を宜しいですか?」

村娘「(何だか気味が悪いね)ちょっと奥に行ってて、すぐに終わるから」

少女「は~い」

狩人「小さな小さなお嬢さん」

少女「わたし?」クルッ

狩人「君は、この人物を知っているかな?」スッ

村娘「悪いけど、そんな男はーーー」

狩人「貴方には聞いていないのだがね」

村娘「(っ、コイツ……)」

狩人「お嬢さん、彼を知っているかな?」

少女「うん、知ってるよ?」

狩人「ありがとう。助かったよ」ニコリ

村娘「(っ、こうなったら仕方ない)後はあたしが話すよ。ちょっと待っててね」

少女「うん」トコトコ


392 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:20:45OdEG6pmI (8/33)


村娘「……で、何を聞きたいんだい?」

狩人「中に入っても?」

村娘「妙なことをしたらーーー」

狩人「先程から心外だな。私は、貴方が想像しているような悪しき人間ではない」

狩人「誓って言うが、危害を加えるような真似はしない。私はただ、彼に関わった人間から話を聞きたいだけなのだよ」

村娘「それは悪かったね」

村娘「あんたが普通の人間とは雰囲気が違うから警戒してるんだ。肌も、妙に青白いし……」

狩人「そうか、それは実に分かり易い理由だ。しかし、私には貴方を安心させる術がない」

狩人「私を信用してくれ。と言うほかに方法がないのだが、どうだろうか?」

村娘「……外でも良いなら」

狩人「有難い」

パタンッ

村娘「そんなに時間はないよ。あまり一人にはしておけないんだ」

狩人「分かっているとも。質問の前に、貴方は彼が勇者であると知っていたのかね?」

村娘「この街に来るまでは知らなかったよ。村では旅人だって言ってたから」


393 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:21:45OdEG6pmI (9/33)


狩人「彼が勇者だと知ったのは?」

村娘「少し前に勇者の似顔絵とかが出回っただろ? それで知ったんだ。あたしも、皆もね」

狩人「(嘘ではなさそうだな)」

村娘「あたしも聞きたいね。あんたは何者なんだい? 何の為にあたしのところに?」

狩人「私が何者か? それについては簡単には説明出来ないな。少々複雑な経緯なのでね」

狩人「此処へ来たのは彼を捕らえる為だ」

狩人「居場所は特定出来るが、彼の人物像が見えない。捕らえるに当たって、少しでも多くの情報が欲しいのだよ」

村娘「随分と正直だね」

狩人「情報を得る為だ。正直に話すとも」

村娘「捕らえると言ったけど、捕らえてどうするつもり? あの人が何をしたって言うの?」

狩人「捕らえるのは保護する為だ」

狩人「現在、様々な勢力が彼を狙っている。それより先に、勇者を手に入れなければならない」

村娘「……」

狩人「彼が何をしたかについてだが……此処だけの話、とある街から連絡が途絶えてね」

狩人「どうやら、騎士団が壊滅したらしいのだよ。それが彼の仕業だとされている」


394 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:25:02OdEG6pmI (10/33)


村娘「そんなバカな話がーーー」

狩人「貴方が信じようが信じまいが関係はない。私は正直に話したのだ。貴方にもそうして欲しいものだ」

村娘「っ、分かったよ」

村娘「先に言っておくけど、そんなに知らないよ。関わったと言っても、ほんの短い間だからね」

狩人「構わない。貴方がどういう経緯で此処にいるのか、それは既に知っている」

狩人「私が知りたいのは、彼がどういう人間だったのかということだ。そこで、幾つか質問したい」

村娘「あたしの答えでいいんだね?」

狩人「ああ、貴方個人の答えで構わない。まず、彼は何故に貴方達を?」

村娘「人として生きたくはないかと言われたよ。自由になりたくはないか、わたしたちの力になりたいとも……」

村娘「そう言われた時、あたし達は初めて助けを求めたんだ。何が起きたのか、何をされたのか、すべて話したよ」

狩人「彼を信用した理由は?」

村娘「声を聞いてくれたからだよ。あたしが泣いてて何言ってるのか分からないはずなのに、それでも傍にいてくれた」

狩人「他には?」

村娘「他には何も。後は俺がやるから、お前達は待っていてくれって、それだけさ」


395 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:26:29OdEG6pmI (11/33)


狩人「(ふむ……)」

村娘「ただ、心底憎んでるのは確かだと思う。悪魔だと言ってたから」

狩人「村人を悪魔と?」

村娘「そう。あんな行いは人間には出来ないって言ってたよ。あたしもそう思う。今でもね」

狩人「(やはり、自身の過去と重ね合わせたとして間違いはなさそうだ。衝動的とも言えるが)」

狩人「(強い憎しみと、復讐の念が根底にあるのだ。激情に振り回されているのだろう)」

村娘「質問は終わりかい?」

狩人「いや、もう少しだけ。彼は、殺人を好む傾向にあると感じたかな?」

村娘「そんな風には思わなかったよ。あたし達に笑いかけた顔は、とっても優しかったから」

狩人「優しい? 貴方達を助けるだけならば殺人を犯す必要はなかった。私はそう思うがね」

村娘「あんたには分からないさ」

狩人「何か理由が?」

村娘「話したところで理解出来ないよ。あんたのような、強い人間にはね……」

狩人「彼は理解していたと?」

村娘「多分ね」


396 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:27:28OdEG6pmI (12/33)


狩人「……ふむ。では、もう一つ。彼女、僧侶について何か知っているかね?」

村娘「特に何も、考え込んでるみたいで話すことは殆どなかったよ」

狩人「……」

村娘「そろそろいいかい?」

狩人「ああ、参考になったよ。最後に一つ。此処へは個人的に来た。貴方への調査を命じられたわけではない」

狩人「貴方が勇者と関わったことは口外しない。それについては安心してくれたまえ」

村娘「それはどうも……」

狩人「では、私はこれで」

村娘「ねえ、あたしからもいいかい?」

狩人「何かな?」

村娘「あんた、あの人を殺すつもりなんじゃないのかい?」

狩人「まさか、私の目的は捕らえることだ。戦うのが目的ではないよ」

村娘「その言葉、信じても良いんだね?」

狩人「ああ、勿論だとも」


397 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:28:19OdEG6pmI (13/33)


村娘「……」

狩人「……」

村娘「………正しいやり方では救われない奴もいるんだ。あたし達みたいにね」

狩人「貴重な意見をありがとう。その言葉は覚えておこう」

村娘「っ、それじゃ」

ガチャ パタンッ

村娘「はぁ……」

少女「お姉ちゃん」

村娘「あっ、待たせたね。さて、料理の続きーーー」

ぎゅっ

村娘「どうしたんだい?」

少女「……ここには来ないよね?」

村娘「!!(こんなに震えて……ここ最近は大丈夫だったのに……)」

少女「お姉ちゃん、この家には来ないよね? もう大丈夫なんだよね?」

村娘「っ、大丈夫。もう大丈夫だよ。村の連中はもういない。旅人のお兄ちゃんが、勇者がやっつけてくれたんだ」


398 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:29:46OdEG6pmI (14/33)


少女「ほんとう?」

村娘「本当に本当さ。悪い奴はもういない。だから、怖がることはないんだよ?」

少女「……うん」

村娘「もう少し、こうしてようね。大丈夫、お姉ちゃんは何処にも行かないから。皆が帰って来たら、ご飯食べようね」

少女「……」コクン

村娘「(傷は消えない。終わってなんかいない。私にも皆にも、これは、ずっと続く……)」

少女「お姉ちゃんは、こわくないの?」

村娘「お姉ちゃんは大丈夫。あんたが一緒にいれば怖くない。幾らでも強くなれる」

狩人「(成る程……)」スッ

少女『……ここには、来ないよね?』

少女『お姉ちゃん、この家には来ないよね? 大丈夫なんだよね?』

狩人「(だからか、だから勇者は村人を……ああいった類の正義を貫く輩は実に厄介だな)」

狩人「(性格上、素直に聞き入れはしないだろう。やるべきことに変わりはないが、一人では手こずりそうだ)」

狩人「(……ふむ。向こうに着いたら助手でも捜してみようか。使える者がいればいいが……)」ザッ


399 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:31:21OdEG6pmI (15/33)


【#2】真偽

ガヤガヤ

兵士「(この街の住人は呑気なものだ)」

兵士「(自分達だけは安全だとでも思っているのだろうか? 知らないというのは幸せだ……)」

トントン

兵士「?」

衛兵「よう、お疲れ」

兵士「お疲れ様です。随分と遅かったですね。今から昼食ですか?」

衛兵「ああ、本部地下の調査に時間が掛かってな。まったく酷い有様だよ。教会はどうだった?」ストッ

兵士「教会も同様です。修道騎士団の従士1名だけが生存していました。気が触れているようでしたが」

衛兵「生き残りは一人か。皆殺しと変わらないな。しかし、一夜にして全滅するとは……」

兵士「あれは、事実なのでしょうか?」

衛兵「勇者の仕業って話か?」

兵士「はい、勇者とは国王陛下と教皇によって正式に認められた人物です。民も我々も、そう認知しています」

兵士「そんな人物があのような凶行に及ぶなんて、俄には信じられませんよ」


400 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:32:49OdEG6pmI (16/33)


衛兵「……」モグモグ

兵士「先輩はどう思いますか?」

衛兵「さあな、俺にも分からないよ。だが、上がそう言ってる。既に部隊は編成されてるって話だ」

衛兵「勇者を捕らえるのか、それとも殺すのか。我々国王軍か教皇庁か、どちらが捕らえるかで話はまた変わる」

衛兵「どちらにせよ、勇者には居場所も逃げ場もない。世界を敵に回したようなものだからな」モグモグ

衛兵「ただ」

兵士「?」

衛兵「ただ、何かあるのは確かだろう」

衛兵「罪人を逃がす為に騎士を皆殺しにするなんて有り得ない。流石に無理がある」

兵士「裏があると?」

衛兵「大体、何故勇者が騎士を殺す? 得るものはなく、全てを失うだけだ。そんな真似をする意味が分からない」

衛兵「正直な話、彼を陥れる為の罠か何かだとしか思えない。あんな取って付けたような説明では納得出来ないだろう?」

衛兵「もし本当に彼の仕業だとするなら、そうせざるを得ない何かがあったんだろう。何かがあって、そうしたんだ」

兵士「そうせざるを得ない何か、ですか」

衛兵「俺はそう願いたいね。勇者が人間を裏切ったなんて考えたくもない」モグモグ


401 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:34:00OdEG6pmI (17/33)


兵士「そうですね……」

衛兵「ふぅ、ごちそうさま」

兵士「……」

衛兵「どうした、急に黙り込んで」

兵士「実は、気になることがありまして」

衛兵「気になること? 何だ、話してみろ。溜め込んでも良いことないぞ」

兵士「教会の地下室で従士を発見したのは自分なんです。何があったのかと問うた時、彼は……」

衛兵「……」

兵士「彼はとても怯えた様子で、騎士達は突如として殺し合ったのだと、そう言いました」

衛兵「殺し合った?」

兵士「はい。他にも、これは全て悪魔の仕業だとか、自分は異端者ではないとか……」

兵士「何を訊ねてもそればかりを呟いて、最後には暴れ出したんです」

衛兵「気が触れていたんだろう? お前が言っていた通りじゃないか」

兵士「気が触れているのは確かだと思います。しかし、階段の遺体はどれも切り口が違っていました」

兵士「おそらく、別々の人間がやったのだと思います。どの遺体も武器を握ったままでした。殺し合ったというのは嘘ではないかもしれません」


402 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:36:02OdEG6pmI (18/33)


衛兵「色々と引っ掛かるのは分かる。あんな話をしたばかりだからな。しかし、それだけでは何ともーーー」

兵士「それだけじゃないんです」

衛兵「何?」

兵士「遺体が足りないんですよ」

兵士「聖堂には四散した肉片や骨がありました。しかし、遺体が何処にも見当たらない」

兵士「勿論、同行者である僧侶が魔術を行使したという可能性もあります。或いは他の者の仕業かも分からない」

兵士「そういった可能性を一切考慮せず、全ては勇者の仕業であるとしている。それが不可解なんです」

衛兵「確かに。となると本当に……」ウーム

兵士「……あの、先輩」

衛兵「ん?」

兵士「調べてみませんか?」

衛兵「お前、それは本気か?」

兵士「はい」

衛兵「お前の気持ちは分かるよ。俺だって真実を知りたいさ。だけどな、その先を考えろ」

兵士「危険だということですか?」


403 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:37:05OdEG6pmI (19/33)


衛兵「それだけじゃない。危険を冒して真実を知ったとして、その先はどうするってことだ」

衛兵「何かを変えたいのか? 上に真実を話せとでも言う気か? 言っとくが、そんなことは不可能だぞ?」

衛兵「言いたかないが、俺達のような者には何も変えられない。勇者のようにはなれないんだ」

兵士「分かっています。自分はただ……」

衛兵「何だ、言ってみろ」

兵士「自分はただ、納得して戦いたいんです。もし何かを隠蔽しようとしているのなら、そうした理由が知りたい」

衛兵「それが到底許容出来ない事実だとしてもか? だからこそ隠蔽しているのかもしれないんだぞ?」

兵士「そうだとしても、疑問を抱いたままで戦うよりはマシです」

衛兵「……分かった。付き合うよ。放っておいても一人でやりそうだしな」

兵士「すみません……」

衛兵「いいさ。俺が焚き付けたようなものだしな。但し、今夜だけだ」

兵士「何故です?」

衛兵「何度も忍び込めるとは思えない。今夜中に何も見付けられなければ諦めろ」

衛兵「ヘマをしたら俺達は勿論、隊の仲間にも疑いの目が向くかもしれない」

衛兵「だから、今夜が最初で最後だ。何もなければ、それで納得しろ。俺もそうする。いいな?」


404 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:38:34OdEG6pmI (20/33)


兵士「……分かりました」

衛兵「そんな顔をするな。やるからには本気でやる。きちんと協力するよ。俺だって真実を知りたいからな」

兵士「先輩……ありがとうございます……」ペコッ

衛兵「今夜だけだぞ? 忘れるな?」ニコッ

兵士「はいっ!」

衛兵「決まりだな。準備は俺がしておく。細かいことは夜に話そう」ガタッ

兵士「分かりました。では、夜に」

衛兵「そわそわして気取られるなよ? いつも通りにしろよ?」

兵士「了解しました」

衛兵「じゃあ、夜にな」

ザッザッザッ

衛兵「(見張り番でも代わって貰うか。教会か騎士団本部か、どちらかを調べられれば御の字だ)」

衛兵「(出来ない場合は潔く諦めるしかないだろう。こればかりは、運次第だな……)」


405 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:40:01OdEG6pmI (21/33)


【#3】暴きの瞳

兵士「騎士団本部の地下」

衛兵「ああ、お前は教会を見てるからな。調べるなら地下の方がいいだろう」

衛兵「調べられるのは地下だけだ。見張りを代わったのは良いが時間は限られてる。良いな?」

兵士「了解しました」

衛兵「一応、こっちの服に着替えておけ。その方が楽に入れるだろう」

兵士「済みません。何から何まで任せてしまって……」バサッ

衛兵「いいさ、気にするな。さて、まだ時間があるな。何か気になることはあるか?」

兵士「地下には何かありそうでしたか? 何か気になった点は?」

衛兵「いや、俺は何も見付けなかった」

衛兵「と言うか、何かを気にしてる暇はなかった。教会とは違ってそこら中に遺体があってな。俺は搬送が主だったんだ」

兵士「……」

衛兵「安心しろ。そう簡単に痕跡は消せないさ。幾ら有能な連中でも痕跡の抹消は不可能だ」


406 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:41:19OdEG6pmI (22/33)


兵士「そうでしょうか……」

衛兵「ああ、もし本当に隠蔽しようとしているなら何かしらは残っている」

衛兵「どんなに些細なことも見逃さなければ必ず見付けられる。と言うか、それが出来なければ何も掴めないぞ?」

兵士「っ、そうですよね。了解しました」

衛兵「だが、限られた時間でそれを見付けるのは困難だろうな。そればかりは運だ」

兵士「運、ですか?」

衛兵「運は大事だぞ? 幸運の後には不運が、不運の後には幸運がって言うだろう?」

兵士「少々意外です。先輩はそういったものは信じていないと思ってました」

衛兵「信じてるというか、何だろうな……理屈では説明出来ないこともあるだろ?」

衛兵「運と言うより偶然ってやつだな。そういうものに助けられる時もある。その逆もな」

兵士「なるほど。しかし、深く考えると怖ろしい話ですよね。何か、人智を超えた力が働いているようで……」

衛兵「そんな何かがいるなら、さっさと世の中を良くして欲しいもんだ。ん、そろそろ時間だな」

衛兵「いいか、何か異変があればすぐに中止だ。例え何かを見付けてもだ。いいな?」


407 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:43:46OdEG6pmI (23/33)


兵士「了解しました」

衛兵「改めて聞くが、これは疑いを晴らす為であって何かを証明する為じゃない。そうだな?」

兵士「はい。自分は知りたいだけです。混乱や更なる疑念を招くつもりはありません」

兵士「何もなければ、それで納得します。金輪際、このようなことはしません。追求もしません」

衛兵「……それを聞いて安心したよ。さ、行こう」ザッ

兵士「先輩」

衛兵「どうした?」

兵士「協力ありがとうございます。それから、自分の我が儘に付き合わせてしまって申し訳ありません」

衛兵「良いんだよ。昼間に言っただろ? 俺も知りたいってな。ほら、行くぞ」

兵士「はいっ!」

ザッザッザッ…


408 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:44:24OdEG6pmI (24/33)


>>ん、来たか

衛兵「無理を言って済まないな」

>>そっちが例の?

衛兵「ああ、そうだ」

兵士「……」

>>しっかり見張れよ? ヘマしたら懲罰じゃあ済まないからな

兵士「はい(深い意味はなさそうだ。考えすぎか……)」

衛兵「どうした?」

兵士「いえ、少し肌寒いなと思いまして」

衛兵「そう感じるのも無理はない。気分の良い場所じゃないからな……さあ、下りるぞ」

兵士「……はい」

コツコツ…

兵士「(一段毎に不気味さが増していくようだ)」

兵士「(嫌な空気だ。充満した湿気が纏わり付いてくる。こんなものは体感したことがない)」

兵士「(この先で何が起きたのか、見なくとも容易に想像出来る。肌が、粟立つ……)」


409 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:46:14OdEG6pmI (25/33)


キィィィ

兵士「……」

衛兵「大丈夫か?」

兵士「少しだけあてられたようです。でも、この程度なら影響はありません。始めましょう」

衛兵「そうだな。別れて探索しよう。何かあれば言ってくれ。俺は入り口近辺を見てみる」

兵士「了解。自分は牢獄付近を見てきます」ザッ

ザッザッザッ

兵士「……」

兵士「(錆び付いてはいるが強度は問題なさそうだ。この辺りは無理矢理開けられた形跡があるな)」

兵士「(ひしゃげている。素手でやったのか? 血痕、血塗れの足跡。同じ跡が数ヶ所ある)」

兵士「此処に立って、格子を掴んだ……」スッ

兵士「(ひしゃげているのは此処までだ。他の牢は鍵で開けられている)」

兵士「(妙だな。鍵があるなら、何故最初から鍵で開けない? 何か問題でも起きたのか?)」

兵士「(それに、僧侶の足跡がない。共に戦ったのなら彼女の足跡も残るはずだ)」


410 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:47:27OdEG6pmI (26/33)


兵士「……此処にはいなかったのか?」

兵士「(魔術による破壊は見られない。床や壁にあるのはどれも物理的な傷だ)」

兵士「(向こうも見てみよう。地面に何かしらの痕跡があるかもしれない。しかし、やけに広いな……)」

ザッ

兵士「(土の盛り上がり、魔術の傷跡、何でもいい。何かあってくれ)」

ジャリッ

兵士「……?」スッ

兵士「(硝子片? 分厚いな。それらしいものは何もなかったけど何でこんなところに?)」

兵士「(この辺りだけ何もない。血の跡も、何も……いや、あったのか? 何かがあったから、此処には血痕がないのか)」

兵士「(此処には何かがあったんだ。だから血の跡も何もなかった。しかし何が?)」

兵士「(おそらく、何かを設置していたんだ。そうでなくてはこの区画を設ける意味がない)」

兵士「(……ほんの僅かに擦ったような跡がある。大きい、箱のようなものだ。それが幾つもあったのか)」

兵士「(想像すると異様な光景だ。此処は本当に監獄なのか? 何か別の目的があったんじゃないのか?)」

兵士「(大体、こんなものが置いてあったら気付かないはずがない。嫌でも目に入るはず……)」


411 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:48:50OdEG6pmI (27/33)


衛兵『いや、俺は何も見付けなかった』

衛兵『と言うか、何かを気にしてる暇はなかった。教会とは違ってそこら中に遺体があってな。俺は搬送が主だったんだ』

兵士「何故、先輩はーーー」

衛兵「この場合、運が良かったと言うべきなのかどうか分からないな……」

兵士「!!」バッ

衛兵「お前は凄い奴だよ。目が良い。勘も良い。そんなものを見付けるなんてな」

兵士「どういうことです……」ザッ

衛兵「そう構えるな。俺は何もしない」

コツ…コツ…

兵士「(誰か来る。見たことのない服だ。あれは兵士じゃない。何だ、この悪寒は……)」

衛兵「お前のお陰で助かったよ」

兵士「(先輩は何を言っているんだ? 理解出来ない。僕は、殺されるのか?)」

コツ…コツ…

衛兵「条件は揃ってる。これで良いんだろう?」

狩人「ああ、君に用はない。何処へなりとも行きたまえ」


412 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:50:00OdEG6pmI (28/33)


兵士「先輩、待って下さい!! これは一体どういうことなんです!?」

狩人「説明は私がしよう。君はもう行きたまえ」

兵士「先輩!!」

衛兵「……悪いな」ザッ

ザッザッザッ…

兵士「そんなっ…」

狩人「そう怯えることはない。私が疑問に答えよう。知れば、怖れは消えるさ」

兵士「貴方は一体……」

狩人「私は狩人。まあ、自己紹介は後にして答え合わせをしようじゃないか」

兵士「何をーーー」

狩人「彼も運が悪い。本来ならあるはずのないものを見てしまった。偶然とは怖ろしいものだ」

兵士「……そうか。僕を、売ったのか」

狩人「察しが良いじゃないか。概ねその通りだ。見て、知って、彼は殺されるはずだった」

狩人「だが、私が条件を出した。真実を見定める瞳を持つ者を差し出せば助けてやると」

狩人「彼は運が良いのだろう。君を差し出し、見事生き延びることが出来たのだからね」


413 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:51:18OdEG6pmI (29/33)


兵士「此処はただの監獄じゃない。先輩は何を見たんですか」

狩人「ははは。君は面白いな。知識欲が恐怖に勝っている。実に素晴らしい逸材だ」

兵士「……答えて下さい」

狩人「此処は地下錬金施設。人体から魂を抽出、聖水を精製していたのだよ」

兵士「勇者はそれを知って……騎士団との衝突はそれが原因で……」

狩人「正解だ。彼には許せなかったのだろうね。全ては人間の為だと言うのに、愚かなことだ」

兵士「……」

狩人「このような施設があるのは此処だけではない。今の人類は、数多の命の上に立っている」

兵士「それは、どういう意味です」

狩人「ふふっ。良い生徒だな、君は。まあいい、教えようじゃないか……」

狩人「今や世に蔓延る魔物。それが街に侵入出来ない理由は何だと思うね?」

兵士「……」

狩人「外壁の真下。水路に似せて張り巡らせた陣に聖水を流しているのだよ。その量は街によって異なるが、都では常にね」

狩人「失われた多く命が、今も流れ続けている。民には知らされていない秘密だ」


414 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:52:42OdEG6pmI (30/33)


兵士「何故、それを僕に……」

狩人「君は知りたいのだ。善悪に囚われず、知りたいのだよ。それは生まれ持った性だ」

狩人「私は君のような存在を捜していた。私情に流されず、真実を優先する人間を」

兵士「僕はそんなーーー」

狩人「惚けるのはやめたまえ。私が真実を告げた時、君はどうした? 驚きさえしなかった」

狩人「知識、真実を得るためならば死をも怖れない。君は超絶の精神を持っているのだよ。片眼を失った彼のようにね」

兵士「………僕に、何をしろと言うんです」

狩人「私と共に来い。君は良い助手になる。求めるものは与えよう」

兵士「僕が行かなければ先輩は助からないんでしょう?」

狩人「ああ。君が断れば、彼は死ぬ」

狩人「彼だけではない。知ってしまった以上、君にも消えてもらわなければならないだろう」

狩人「喋られては困るからね。非常に残念だが、そうせざるを得ない。全ては人の為だ」

兵士「ひ、人の為人の為って、何なんですかそれは!!」

狩人「聖水が生命で造られていると知ったらどうなるかね?」


415 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:54:24OdEG6pmI (31/33)


兵士「それは……」

狩人「そう、本来は知らなくて良いのだよ」

狩人「人々は、ただ待っていれば良い。新たな時代が訪れるまでは目隠しをしなければならない」

兵士「目隠し?」

狩人「醜さになど気付かなくていい。残酷な現実など見なくとも良い」

狩人「いずれ人の醜さを知る者は消えるだろう。そして、穢れを知らない美しい時代がやってくる。私はその為に戦うのだ」

兵士「(この人は、本気だ……)」

狩人「さあ、どうする?」

兵士「(っ、選択肢なんてない。そんなの断れるはずがないじゃないか)」

狩人「答えたまえ」

兵士「…………きます」

狩人「聞こえないな」

兵士「行きます」

狩人「結構。君は今この時より私の助手だ」

狩人「さあ、私に付いて来たまえ。旅立ちの前に酒でもご馳走しよう」


416 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:57:41OdEG6pmI (32/33)


兵士「別にそんなことしなくてもーーー」

狩人「私がそうしたいのだ。君は表情が固い。酒を飲めば緊張も解れるだろう」

狩人「今日は実にめでたい日だ。自己紹介も兼ねて、じっくり話そうじゃないか」ニコニコ

兵士「(……悪人ではなさそうだけど、そんなこと言われても気持ちが付いて行かない)」

狩人「何かな?」

兵士「いえ、何でもないです。あの、旅の目的は?」

狩人「勇者を捕らえ、勇者を手に入れる。それだけだよ。さあ、早く行こう」

兵士「捕らえるって……」

狩人「彼は要らざることをしたのだ。あろうことか材料を解放して逃亡した」

狩人「分かるかな? 危うく目隠しが外れるところだった。それは好ましくない、非常にね」

兵士「だから彼を?」

狩人「当然の判断だろう。彼の正義は弱者を救うが、同時に多くの悲しみを生む」

狩人「彼からすれば悪魔なのだろうが、此処で散った騎士にも家族がいた。彼は危険なのだよ」


417 ◆GC8HKbhIcg2018/09/29(土) 21:58:49OdEG6pmI (33/33)


兵士「……」

狩人「私が嫌いか?」

兵士「好きとか嫌いとか、そういう話じゃ……ただ、分からないだけです」

狩人「今はそれでいい。君はただ、私に付いてくる他にないのだから」

兵士「……先輩は、助かるんですよね?」

狩人「勿論だとも。そういう約束だ」

兵士「(良かった……)」ホッ

狩人「フフッ。君は変わっているな」

兵士「そんなことはないと思いますけど……」

狩人「普通なら自分を売った人間を気に掛けはしないよ。怒り、憎むだろう」

狩人「それに加え、他人の生死には敏感なのに自分の生死には鈍感だ。更には知的好奇心と欲求。自覚はないだろうが君は中々に……」

兵士「?」

狩人「いや、何でもない。さあ、来たまえ」

コツ…コツ…

狩人「(……中々に、狂っているよ)」


418以下、名無しが深夜にお送りします2018/09/30(日) 02:25:098stiyCdk (1/1)

こっちでやってくのな
これからも読ませてもらう転記大変だろうけどがんばってくれ乙


419 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:04:05YCVYTfsc (1/49)


【#4】狩人の夜

狩人「さあ、掛けたまえ」

兵士「……」トスッ

狩人「酒を持ってこよう。少し待っていてくれ」

コツ…コツ…

兵士「(言われるままに付いて来たけど大丈夫だろうか。僕を助手にすると言っていたけど、それも本当なのか?)」

兵士「(あの人が何を考えてるのか分からない。いきなり首を斬られたりしても不思議じゃないぞ)」

兵士「(いや、やめよう。此処まで来たんだ。腹を括るしかない。何か別のことを考えよう)」

兵士「(……この家、貴族でも住んでいたのかな)」キョロキョロ

兵士「(剥製に毛皮、高価な燭台と食器類。部屋の内装も随分と凝ってる。ん? あれは何だろう?)」

兵士「(何だか変わった形をしてる。部類としては曲刀か? 大きいし、使い手を選びそうだ)」

狩人「あれに興味があるのかね?」

兵士「うわっ!?」ビクッ

狩人「これは失礼。驚かせてしまったかな?」ニコ

兵士「(絶対わざとだ。はぁ、死ぬかと思った。と言うか、生きた心地がしない……)」


420 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:05:59YCVYTfsc (2/49)


狩人「さてと」トスッ

狩人「待たせて申し訳ない。置いてあるのはどれも良い酒でね。少々迷ってしまったよ」

トクトク…コトッ…

狩人「では、乾杯」スッ

狩人「…コクンッ…うん、これは良い酒だ。あまり詳しくないが、そうに違いない」

兵士「……」

狩人「ははは。そう怖がらなくても大丈夫だ。毒など入っていないよ?」

兵士「いや、別に疑っていたわけでは……」

狩人「本当かな? まあ、無理をして飲む必要はないよ。少しばかり寂しいが我慢しよう」

兵士「いえ、頂きます…コクンッ…」

狩人「美味しいだろう?」ニコリ

兵士「とても飲みやすいです。あまり飲まないので、味とかは分からないですけど……」

狩人「気に入ってくれて良かったよ」

兵士「(正直、酔わないと保てそうにない……)」

狩人「ああ、そうだった。自己紹介がまだだったね。私は狩人、勇者捕縛の命を受けた者だ」


421 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:07:44YCVYTfsc (3/49)


兵士「僕は、兵士です。軍には志願して入隊しました。他には特に何もないです」

狩人「年齢は?」

兵士「17です。あの、狩人さんは?」

狩人「ああ、これは済まなかった。私は十九だ」

兵士「えっ!? あっ、失礼しました」

狩人「ははは。別に構わないさ」

兵士「(凄く落ち着いてるから二十代半ばくらいかと思っていた。大人っぽい人だ)」

狩人「君と出逢えて良かったよ」

兵士「ングッ、ケホッ…ケホッ…」

狩人「大丈夫かい?」

兵士「ケホッ…はい、何ともないです。そ、それより聞きたいことが」

狩人「何だね?」

兵士「地下錬金施設のことです。監獄にいたのは本当に罪人なのですか?」

狩人「難民だ」

兵士「……隠さないんですね」


422 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:10:24YCVYTfsc (4/49)


狩人「教えると言ったからね…コクンッ…」

兵士「やはり、上層部の説明は偽りだったんですね。勇者は、彼等を救出する為に戦っていた」

狩人「理由はどうあれ、彼は叛逆者だ」

兵士「しかし、それではあまりにーーー」

狩人「私に言わないでくれ。君と善悪について議論する気はないよ。楽しくないからね」

兵士「……」

狩人「いいかね? これは善悪の問題ではない。聖水の加護がなければ人は生きていけないのだ」

狩人「納得するしないの話でもない。あれがなければ、滅びてしまうのだからね……」

兵士「(……きっと、狩人さんは分かっている。人間が間違いを犯しているということを)」

狩人「後悔しているのか?」

兵士「後悔というか複雑な気持ちです。やり方はどうあれ、人々を守る為に行動している」

兵士「難民を救い出した勇者も、人の存続に尽力する国も、どちらも分かります。相容れないのだと言うことも……」

狩人「……」

兵士「知りたかったのは認めます。しかし、真実を受け入れられるかどうかは分かりません」


423 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:11:43YCVYTfsc (5/49)


狩人「真実とはそういうものだ」

狩人「輝いて見えたそれが、ひとたび近付けば目を被いたくなるほどに醜く歪む。だからこそ、人はそれを必死に隠す」

兵士「……」

狩人「ん? 私の顔が気になるのか?」

兵士「い、いや、別にそういうわけでは……」

狩人「ふむ。気のせいか」

兵士「(一瞬、存在が薄らいだように見えた。どこか悲しげで、今にも消えてしまいそうな……)」

兵士「(彼女も何かを知ったのだろうか? それとも、何かを背負っているのだろうか?)」チラッ

狩人「…コクッ…」

兵士「(病的なまでに白い肌、凍て付いたような瞳、どう見ても戦に不向きな華奢な体)」

兵士「(それなのに、不思議と勝てる気がしない。彼女を女性として見るのが躊躇われるくらいだ)」チラッ

狩人「……」ジー

兵士「!!」

狩人「少し手を伸ばせば簡単に触れられる距離だ。盗み見るような真似をしなくてもいいだろう」

狩人「それに、観察するようにちらちらと見られるのは気分が悪いな」


424 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:20:07YCVYTfsc (6/49)


兵士「申し訳ありません……」

狩人「私に興味があるのか?」

兵士「は? いや、興味と言えばそうですけど、その、狩人さんは女性ですよね?」

狩人「どう見たら男性に見えるのかね。君は失礼な奴だな」

兵士「ち、違います。決してそういう意味ではーーー」

狩人「なら、どういう意味で言ったのかね?」

兵士「それはその、何故貴方のような女性が危険な旅をするのかと疑問に思ったんです」

狩人「命を受けたと言ったはずだが」

兵士「そうじゃなくて……いや、もういいです。忘れて下さい」

狩人「何だそれは、弁明するならしっかりしたまえ」

兵士「……差別的な意味ではなくて、女性一人の旅は大変ではなかったのだろうかと聞きたかったんです」

狩人「最初からそう言えばいいものを、妙なところで気を遣うんだな、君は」

兵士「(女性として接すると気を悪くすると思ったけど、気にしすぎだったみたいだ……)」

狩人「……なる程、先程の熱っぽい視線はそういうことだったか。君、私に惚れたな?」


425 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:22:46YCVYTfsc (7/49)


兵士「なっ、違いますよ!!」

狩人「何を焦っている。冗談だ」

兵士「からかうつもりなら真剣な顔で言うのはやめて下さい。分かりにくいので……」ゴクゴク

狩人「それは済まなかったね。む、こんな時間か、私はそろそろ風呂に入ってくるよ」

兵士「ッ…ケホッ…ケホッ…気が利かなくて申し訳ありません!! すぐに帰ります!!」ガタッ

狩人「何を言ってるんだ君は」

兵士「いやいや、僕は何一つおかしなことは言ってないですよ。一度戻って朝にまた来ます」

狩人「明日から共に行動するのだ。今日はこの家に泊まると良い」

兵士「(まるで話を聞いていない……)」

狩人「どうしたのかね? 何か不都合が?」

兵士「気持ちは有難いですけど荷物があるのでーーー」

狩人「安心したまえ。君の荷物なら既に寝室に運ばせてある」


426 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:23:54YCVYTfsc (8/49)


兵士「……ありがとうございます」

狩人「此処は貴族の屋敷だったようだ。旅に出れば風呂になど滅多に入れない。堪能するといい」

兵士「……そうします」

狩人「風呂は私の後でも構わないかね?」

兵士「お先にどうぞ、僕は暫く後に入りますから……」

狩人「そうか、では先に入るとしよう」コツコツ

ガチャ パタンッ

兵士「(はぁ、振り回されてばかりだ)」

兵士「(まさか荷物まで運び込まれてるとは……全ては狩人さんの思惑通りか)」

シーン…

兵士「(………明日から旅に出るのか、まるで現実感が湧かない。勇者を捕らえるだなんて、そんなことが可能なんだろうか)」


427 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:26:48YCVYTfsc (9/49)

【#5】旧き名を

兵士「(……失敗した。先に部屋の場所を聞いておけば良かった。勝手に探すわけにもいかないし、お風呂から上るまで待っていよう)」

シーン…

兵士「(……結構長いな。それも当然か。狩人を名乗っていても女性なんだ。きっと、髪の手入れとか大変なんだろう)」

兵士「(しかし不思議だ。彼女のような女性なら戦わなくても生きていける。嫁ぐとか、奉公に出たりとか、方法は幾らでもある)」

兵士「(そういう生き方に抵抗があったのだろうか? だから戦う道を……いや、止めておこう。失礼だ)」

狩人「おや、まだ此処にいたのか」

兵士「ひぃ!!」ビクッ

狩人「ははは。何だ今の情けない声は、君は本当に面白いな」

兵士「……狩人さん、足音を消して近付くのはやめて下さい。お願いします」

狩人「で、どうした? 私を待っていたのか?」

兵士「(頼むから話を聞いて欲しい)」

狩人「何かな?」

兵士「……いえ、何でも。部屋の場所を聞いていなかったので案内して頂けますか」

狩人「ああ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れていたよ」


428 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:28:12YCVYTfsc (10/49)


兵士「(意外と抜けているのかな……)」

狩人「風呂はそっちの扉を出て一番奥にある。寝室はこっちだ。来たまえ」

コツ…コツ…

兵士「(こんな屋敷に泊まるのは初めてだ。何だか歩いているだけで緊張するな)」

狩人「此処だ」

兵士「ありがとうございます」

狩人「今日はゆっくり休みたまえ。明日からは忙しくなるからね」

兵士「あの」

狩人「何かな?」

兵士「勇者を捕らえると言いましたが、居場所は分かるのですか? 手掛かりがなければ追うのは困難だと思いますが」

狩人「そう言えば話していなかったな。安心したまえ。手掛かりはある」

兵士「手掛かり。既に軍が捜索を?」

狩人「そうではない。存在を感じるのだ」

兵士「あの、意味が」

狩人「済まない、説明するのは少々難しい。魂の音色とでも言うべきか、それが非常に強く発せられている」


429 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:29:45YCVYTfsc (11/49)


兵士「魂の音色……」

狩人「この世に二つとない稀有なものだ。この街で事件が起きた時と同じくして、それは突然感じられるようになった」

狩人「力の発露か暴走か……その理由は解明出来ていないが、彼のものに間違いはないだろう」

兵士「そんなものをどうやって? 僕には何も感じませんよ?」

狩人「ははは。いずれ分かるさ」

狩人「その方法は旅の中で授けよう。気になるのは分かるが、今日はもう休みたまえ」

兵士「す、すみません。引き留めてしまって……」

狩人「構わない。君はそれでいい」

兵士「……」

狩人「……君は私の助手だ。明日から宜しく頼むよ?」


430 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:30:59YCVYTfsc (12/49)


兵士「……はい、了解しました」

狩人「では、私はそろそろ休むとしよう。今日は疲れただろう? 風呂に入って、ゆっくり休みたまえ」

コツ…コツ…

兵士「狩人さん」

狩人「?」

兵士「明日から宜しくお願いします。お休みなさい」

狩人「お休み。良い夢を」

コツ…コツ…

兵士「(何をすれば良いのか分からないけど、行くしかない。役に立たないと分かれば消されるかもしれないんだ)」

兵士「(……駄目だな。どうしても悪い想像ばかりしてしまう。お風呂に入って休もう)」


431 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:31:58YCVYTfsc (13/49)

ーーー
ーー


兵士「んっ、眩し…」

狩人「よく眠れたかね?」

兵士「ひぃ!!」ドタッ

狩人「くくっ、はははっ!」

兵士「は、ハハハじゃないですよ!! 悪戯はやめて下さい!! って言うか何してるんですか!?」

狩人「悪戯ではない。君が中々目を覚まさないものだから起こしに来たのだ。感謝したまえ」ウン

兵士「(ああ言えばこう言う。子供じゃないんだから……)」

狩人「何だ、不満かね?」

兵士「……いえ、有難いです。でも、普通に起こして下さい。お願いします」

狩人「着替えも持ってきた。今日からは制服ではなく、これを着用するように」


432 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:33:34YCVYTfsc (14/49)


兵士「(また無視か……)」

狩人「何をしている。早く着替えたまえ」

兵士「分かりました。今すぐ着替えますから出て行って下さい」

狩人「む、何だかキツい物言いだな」

兵士「……今すぐ着替えますので、部屋の外で待っていて下さい。お願いします」

狩人「うむ、良いだろう」

ガチャ パタンッ

兵士「(人をからかうのが好きなのか? 思っていたより子供っぽいのかもしれない)」ヌギヌギ

狩人『出来たかね?』

兵士「まだですよ!! 分かってて聞いてるでしょう!?」

狩人『ははは』

兵士「(また笑ってる。気に入られたのか、馬鹿にされてるのか……早く着替えよう)」

兵士「(何か、外套みたいな感じだな。昨夜、狩人さんが着ていたものと似ている)」バサッ

兵士「(よし。え~っと、荷物はこれだけか、大体は支給された物だったからな……行こう)」

ガチャ パタンッ


433 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:35:04YCVYTfsc (15/49)


兵士「お待たせしました」

狩人「うむ。中々に似合っているよ。ところで、昨夜は眠れたかな?」

兵士「お酒を頂いたので、すぐに眠れました」

狩人「そうか、それは良かった。さあ、朝食を食べよう。用意はしてある」

コツ…コツ…

兵士「(あ、いい匂いがする)」

狩人「さ、掛けたまえ」

兵士「あ、はい。あの、これは狩人さんが作ったんですか?」

狩人「ああ、家庭料理を作るのは初めてだが、きっと美味いだろう。私が作ったのだからね」

兵士「(その根拠のない自信はなんなんですか……)」

狩人「では、頂こうか」モグモグ

兵士「……」

狩人「おや、食べないのかね? 中々美味しく出来ているよ?」

兵士「(何か妙なことしてないか不安だけど、食べないのは失礼だ。もし悪戯してたら怒ろう)」モグモグ


434 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:39:39YCVYTfsc (16/49)


兵士「……あ、美味しい」

狩人「フフッ、そうだろう。遠慮せずに食べたまえ」

兵士「は、はい。ありがとうございます」

モグモグ…

兵士「……ごちそうさまです。あの、食器は何処に?」

狩人「いや、片付けはしなくていい。それより、話しておくことがある」

兵士「話しておくこと?」

狩人「君はもう兵士ではない。兵士の君は昨夜に死んだ近々、ご家族にも連絡が行くことだろう」

兵士「(存在の抹消。秘密を知った以上、生かして帰すことは出来ないと言うことか……)」

狩人「冷静だな。それでいい」

兵士「狩人さん」

狩人「何かな?」

兵士「先輩は本当に無事なんですか? 軍が許すとは思えない」

狩人「私は約束を守った。軍が彼をどうするかなど知らないよ」


435 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:42:18YCVYTfsc (17/49)


兵士「そんなっ……」

狩人「あれはあくまで私と彼の間で交わされた約束だ。軍と彼の間にどのようなやり取りがあったのが、それは私にも分からない」

狩人「しかし、彼の生死を確かめる術はない。君は今日から、彼とは別の道を歩むのだから」

兵士「……」

狩人「何を悲観する。これは君が選んだ道だ」

狩人「私と出会ったのはその結果に過ぎない。秘密を暴き、真実を求めたのは君だ」

兵士「っ、分かっています」

狩人「結構。君は今から助手と名乗りたまえ」

助手「……はい。了解しました」

狩人「これから新しい人生を歩むのだ。君にはもう、悔いる過去などない。私が何もかもを見せてやろう」

助手「何もかも……」

狩人「そうだ、君は旅を通して様々なことを知るだろう。そして、全知の者となる」

狩人「君はただ付いて来ればいい。それが今の君に出来る唯一なのだからね」

助手「(全知? 何を言ってるんだ。まるで意味が分からない……)」

狩人「疑問は必ず解ける。だが、今ではない。さあ、馬は手配済みだ。そろそろ出発しよう」 ザッ


436 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 09:45:20YCVYTfsc (18/49)


助手「……」ザッ

狩人「(そうだ、君は抗えない。私と出会う前から魅入られているのだ。何もかもに)」

キィィィ バタンッ…

狩人「君はそちらに乗りたまえ」

助手「はい……」

狩人「新たな門出だ、そう暗い顔をしないでくれ。君を裏切るような真似はしないよ。約束だ」

助手「(そんなの、信用出来るはずがない……)」

狩人「嫌われたものだな。まあ、それも仕方のないことだ。すぐに信じろとは言わないよ」

狩人「だが、いつまでもそんな顔をしないでくれないか? 私が面白くない」ニコリ

助手「っ、了解しました」

狩人「宜しい。では出発しよう。私から離れるなよ」


437 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 10:38:05YCVYTfsc (19/49)


【#6】到来

ガガッ…ガガッ…

狩人「勇者は東に向かっている」

狩人「しかし、どうもおかしい。騎士の調査書によると、龍は北端の山村にいるとあった」

助手「彼の目的が見えませんね……」

助手「東側は被害が大きいと聞きます。わざわざ向かう理由がない。しかし、此処から直接東側と言うと……」

狩人「ああ、山を越えるしか方法はない。通常なら危険を避け、北東から迂回するように進むだろう」

狩人「何を焦っているのかは分からないが、一刻も早く東側に行きたいのだろうな」

助手「……どうするのですか?」

狩人「迂回して行こうと思う。わざわざ危険を冒さずとも追い付けるだろう。彼が引き付けてくれているからね」

助手「?」

狩人「彼の存在を感知出来るのは人間だけではないのだよ。魔物、悪魔と呼ばれる者も同様だ」

狩人「今の彼に味方はいない。人間にとっても悪魔にとっても危険な存在となってしまった」

助手「……それでも山越えを選んだのは、軍との戦いを避ける為でしょうか?」

狩人「かもしれないな。しかし、魔物との戦闘は避けられない。当然、その歩みは遅くなる」


438 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 10:39:45YCVYTfsc (20/49)


狩人「麓の森は深く、山へ入るのは一苦労だ。それに加えて魔物の襲撃がある」

狩人「疲弊は相当なもののはずだ。これなら、余裕を持って追い付くことが出来るだろう」

狩人「北東に進むと放棄された砦がある。まずはそこを目指す」

助手「了解しました」

ーーー
ーー


助手「(……もうずっと走り通しだ。日も傾き始めた。砦まで保つだろうか)」

狩人「止まれ」

助手「どうしたんです?」

狩人「何か来る」

助手「(何だ? あれは兵士? 何処の隊だろう? 彼等も勇者を捕らえる為に……!?)」

狩人「仕方がないな」スタッ

助手「何をしてるんですか!? 早く逃げましょう!!」

狩人「残念だが既に気付かれている。今更逃げても無駄だよ。馬を下りて私の後ろに来たまえ」


439 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 10:42:39YCVYTfsc (21/49)


助手「そんな無茶なーーー」

狩人「来いと行っている。二度も言わせるな」

助手「っ、分かりました」スタッ

助手「(何なんだあれは、あんな魔物は見たことがない。
    姿は人に近い。馬に乗って、剣を持って、鎧だって装備してる。あれが、悪魔なのか?)」

狩人「……か」

助手「え?」

狩人「伏せたまえ」グイッ

助手「(っ、狙いは本当に僕達なのか? 勇者に向かっているんじゃないのか?)」

狩人「……」ジャキッ

助手「(曲刀?)まさか戦う気ですか!? どれだけいるか分からないんですよ!?」

狩人「戦う以外にないだろう。悪魔と話し合いなど出来るわけがない。頭を下げていろ」

ガギャッ!

助手「うわっ!?」

狩人「大丈夫だ。君に触れさせはしない。そのまま、じっとしていろ。すぐに終わる」


440 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 10:46:32YCVYTfsc (22/49)


狩人「……」

助手「(何とか防いでいるみたいだけど、こんなの無理だ。そもそも数が違う)」

ボタボタッ…

助手「……血?」

狩人「何をするんだ。痛いじゃあないか」

助手「狩人さん!!」

狩人「……」ガクンッ

助手「(っ、今度は複数騎で向かって来る。こんなの捌ききれない。何とかして助けないと)」

狩人「動くなと言ったはずだ。私の邪魔をするな」

助手「!!」ゾクッ

狩人「(奴等、私を、人を笑っているな。人間などこんなものだと思っているのだろう)」

狩人「(……まだ、まだだ。さあ、来るがいい。その首、まとめて刈り取ってくれる)」

ガガッ…

狩人「…………死ぬがいい」ガチリ

ヒュパッッ…ドサドサッ…


441 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 10:49:15YCVYTfsc (23/49)


助手「(曲刀が、鎌に……)」

狩人「ははは。馬を止めたか。動揺したね?」トッ

狩人「それでは、殺してくれと、そう言っているようなものだよ。さあ、死にたまえ」

ズパンッ! ドサドサッ…

狩人「……」

>>ビクッ!

ガガッ…ガガッ…

狩人「…………退いたか。悪魔も恐怖を感じるようだ」

助手「大丈夫ですか!?」タッ

狩人「ああ、これくらいの傷なら何のことはないよ。それより、早く馬をーーー」

助手「腕を見せて下さい!!」グイッ

狩人「……」

助手「っ、酷い。取り敢えず、止血だけでもしておきましょう」スッ

グルグル…ギュッ…


442 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 10:51:00YCVYTfsc (24/49)


助手「これでよし」

狩人「………ありがとう。助かるよ」

助手「いえ、僕にはこれくらいしか……魔術でも使えれば良かったのですが……」

狩人「君は」

助手「?」

狩人「君は、実に忙しい奴だな」

助手「はい?」

狩人「先程までは這い蹲って泣き叫んでいたのに、私の心配をしたり、落ち込んで見せたりする」

助手「泣き叫んではいないですよ……」

狩人「はははっ。それは済まなかったね。取り敢えず、荷物を拾って歩けるだけ歩こう」ザッ

助手「了解しました。何処かに身を隠せるような場所があればいいですけど……」

ザッザッザッ

狩人「(……あのような悪魔が現れるとはな。これ以上の面倒が起きなければいいが、そうもいかないのだろうな)」


443 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:03:15YCVYTfsc (25/49)


【#7】心音

助手「馬は見付からなかったですね……」

狩人「荷物があっただけでも幸いだよ。
   しかし、このまま進むのは危険だ。引き返したところを見ると、何処かに陣取っている可能性がある」

助手「では、引き返しますか?」

狩人「うむ、私の目的は勇者の捕縛であって悪魔討伐ではないからね。それに、馬がなければ先回りするのは困難だろう」

狩人「面倒だが少しばかり引き返して麓の森に入り、そのまま勇者を追う」

助手「了解しました。あの、狩人さん」

狩人「何かな?」

助手「先程の悪魔は新たに現れたのでしょうか?」

狩人「おそらくはそうだろう。この近辺に悪魔が現れたという報告はなかった。
   出現が偶然なのか、それとも勇者を狙って現れたのか、それは分からないがね」

助手「……何だか、嫌な予感がしますね」

狩人「予感で終わるのを願うばかりだよ。さあ、頭を働かせるのは後にして、そろそろ行こうじゃないか」ザッ

助手「そ、そうですね。了解しました」

ザッザッザッ…


444 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:06:35YCVYTfsc (26/49)

ーーー
ーー


ザァァァ…

助手「(暗いな。木々のざわめきが不気味だ……)」

狩人「向こうに洞穴があるな。中を見てみよう」スタスタ

助手「(まるで怖がっていない。きっと魔物なんて敵じゃないんだろう。さっきも、全く動揺していなかった)」

狩人「何もいないようだ。今日は此処で休もう」

助手「了解しました」

狩人「では、洞穴の入り口にこれを撒いてきてくれ」

助手「(これは、聖水……)」

狩人「どうしたのかね? 何か問題が?」

助手「っ、いえ。問題はありません」

狩人「そうか。では、頼むよ」

助手「了解しました」

ザッザッ


445 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:08:22YCVYTfsc (27/49)


助手「(何を躊躇っているんだ、僕は。今まで何度も使ったことがあるじゃないか)」

助手「(狩人さんだって言っていた。正しいかどうかじゃない、これは必要なことなんだ)」チャプン

助手「これが、命……」

助手「(こんな小瓶に詰め込んで、生きるために命を撒くのか。これに入っているのは誰なんだろうか。彼、彼女にも人生があって、家族だって)」

助手「……っ!!」

パシャパシャ ポタッ…ポタッ…

助手「(気が狂いそうになる。幾ら否定したって使わざるを得ないのは分かる。分かるさ。分かるけど………)」

助手「………っ、戻ろう」クルッ

ザッザッ

助手「戻りました」

狩人「どうした? 浮かない顔をしているが」

助手「いえ、何でもありません。ただ、悪魔なんて存在を見たのは初めてだったので」

狩人「そうか。では、今日はもう休むといい」

助手「あの、狩人さん」

狩人「何かな?」


446 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:10:59YCVYTfsc (28/49)


助手「さっきはありがとうございました。軍にいたのに守ってもらうなんて情けない話ですけど」

狩人「礼など要らないよ。約束しただろう?」

助手「(何で、そんな涼しげな顔で……僕のことを足手まといだとか迷惑だとか思わないんだろうか)」

狩人「明日からは山に入る。決して私から離れるな。君は先程のようにしていればいい」

助手「えっと、それは這い蹲っていろってことですよね?」

狩人「そうだが、何か問題が? 他に何か出来るというなら話は別だが」

助手「(うっ、はっきり言う人だな。でも、変に気を遣われるよりはずっと良い)」チラッ

狩人「?」

助手「あの、何か役立てることはないですか?」

狩人「今のところは何もないな」ウン

助手「そ、そうですか……」

狩人「ははは。そう落ち込むな」

助手「(普通は落ち込みますよ)」

狩人「出来ないことは出来ないのだと受け入れることだ。無理に背伸びをする必要はないよ」


447 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:12:23YCVYTfsc (29/49)


助手「……」

狩人「あまり考えるな。明日からは戦闘も増えるだろう。今は脳も体も休めることだ」

助手「了解しました。しかし、この調子で追い付けるのでしょうか? 僕はまだ歩けますよ?」

狩人「問題はないよ。あの悪魔が現れた時と同じくして、勇者も歩みを止めている。今もね」

助手「なら、今こそ追うべきでは?」

狩人「それでは君が保たないだろう?」

狩人「先はまだ長い。道々で君が倒れた場合、どの道止まらなければならなくなる」

狩人「君の実力を過小評価しているつもりはないが、過大評価するつもりもない。現段階の能力以上のものは期待しないよ」

助手「(一言一言がキツい……だけど、狩人さんの言う通りだ。僕は狩人さんのようには戦えない)」

狩人「質問は以上かな?」

助手「はい、以上です」

狩人「そうか。では、今日はもう休むといい」

狩人「ああ、それから、食料はそこの鞄に入っているから空腹なら食べるといい」


448 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:13:32YCVYTfsc (30/49)


助手「分かりました。お休みなさい」

狩人「おやすみ」

助手「(狩人さんは横にもならないのか……このまま、お荷物でいるのは嫌だな)」ゴロン

助手「(何かを見込まれたようだけど、僕には何が出来るんだろうか……)」

ーーー
ーー


助手「んっ…?」

助手「(いつの間にか寝ていたのか。あれ、狩人さんがいない。外かな)」ザッ

ザッザッ…

狩人「……」

助手「(どうしたんだろう?)」

狩人「何だ、もう目が覚めたのか。まだ夜は明けていないよ?」

助手「何だか目が冴えてしまって……狩人さんは眠らないのですか?」

狩人「一度は横になってみたのだが眠れなかった。私も目が冴えてしまってね」

助手「(意外だ。狩人さんも悩んだりするのだろうか)」


449 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:14:59YCVYTfsc (31/49)


狩人「君には」

助手「?」

狩人「君には、私が冷酷非情に見えるか?」

助手「えっ、どうしたんですか急に……」

狩人「ある女性から、私のような人間には弱者の気持ちなど分からないと言われてね」

狩人「その女性からすると、私は強い人間なのだそうだ。君もそう思うか?」

助手「……そう思いたくなるほどに強い人だとは思います」

狩人「ふむ。成る程」

助手「その女性の言葉を気にしているのですか?」

狩人「気にしていると言うか、妙に耳に残っている。何故かは分からないが」

助手「……その女性を理解したいと、そう思ったのではないですか?」

狩人「そうだろうか?」

助手「え、いや、聞き返されても……」

狩人「ははは。そうだな、すまない」

助手「(悩んでいると言うよりは、悩む自分に戸惑っているように見える。気のせいだろうか)」


450 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:16:25YCVYTfsc (32/49)


狩人「しかし、強者が弱者に寄り添うのは、弱者からすると嫌味なだけではないだろうか?」

助手「それはまあ、そういうこともあるかとは思います。人によるでしょうが」

狩人「そうだろう?」

狩人「誤解を生まないためにも、弱者には弱者として接した方が良いと思うのだが」

助手「それだと傲慢だとかって余計に誤解されるんじゃ……」

狩人「む、そうか、中々に難しいものだな」

助手「強くなりたくても強くなれない人もいます。弱者だって、そのままでいいとは思ってないんです」

狩人「そうなのか?」

助手「ええ、まあ……(自分で言ってて悲しくなってくる)」

狩人「強くなれないというのは、それほどに苦痛なのか? 諦められないほどに」

助手「弱い自分が恥ずかしいとか、認めたくないとか、色々ありますよ……」

助手「強い人の傍にいれば尚更にそう思うはずです。自分の弱さが浮き彫りになりますから」

狩人「……」

助手「(この表情は理解してなさそうだ)」

助手「(きっと止まったことがないのだろう。強くなろうとして、強くなれる人なのだろう)」


451 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:20:39YCVYTfsc (33/49)


助手「(でも、あまりに鈍い気がする。他人と関わったことがないのだろうか?)」

狩人「君もか?」

助手「え? 何がですか?」

狩人「先程言っていたように、自分の弱さに苦しんだり、恥じたりするのか?」

助手「は、はい」

狩人「…………すまない。考えてはみたが何と声を掛けて良いのか分からない」

助手「い、いえ、大丈夫です。変に気を遣わなくてもいいですよ」

狩人「そうは言うが、君が不憫でならない」

助手「(言い方が……本人に馬鹿にしてるつもりはないのが余計につらい)」

狩人「……座って目を閉じたまえ」

助手「は?」

狩人「早く」

助手「わ、分かりました」ザッ

狩人「何か見えるかね?」

助手「いえ、何も……」


452 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:21:46YCVYTfsc (34/49)


狩人「……」

助手「……」

狩人「今度はどうだ。何か見えるかね?」

助手「……ぼんやりとですが、体を光の粒のようなものが流れています」

狩人「私が見えるか?」

助手「薄らと見えますが、脚が見えません」

狩人「光の粒を全体に行き渡らせるのだ。それは君の意のままに動く」

助手「(粒を、流れを、全体に……)」

狩人「……」

助手「見えました」

狩人「宜しい。一度手を離すが、その状態を維持しろ。離したら、自分の手に集中したまえ」

助手「や、やってみます」

狩人「……」スッ

助手「……狩人さんが消えました」

狩人「自分の手は見えるかな?」


453 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:23:46YCVYTfsc (35/49)


狩人「それでいい、君は正常だ」

助手「あの、これに何の意味がーーー」

狩人「両手を伸ばせ」

助手「は、はい」スッ

ギュッ…

助手「!?」

狩人「動揺するな、集中しろ。脈は感じるか?」

助手「……感じます」

狩人「流れを想像したまえ。君と私の血の巡りは両腕を通して繋がり、行き来する」

助手「(行き来する)」

狩人「呼吸は深く、血の流れに意識を集中させる。体を手放すように脱力する」

助手「……」

狩人「感覚は広げず、私にのみ集中しろ。感じるものだけを感じればいい」

助手「……はい」


454 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:24:38YCVYTfsc (36/49)


狩人「……」

助手「……」

狩人「今度はどうだ。何か見えるかね?」

助手「……ぼんやりとですが、体を光の粒のようなものが流れています」

狩人「私が見えるか?」

助手「薄らとは見えますが、脚が見えません」

狩人「光の粒を全体に行き渡らせるのだ。それは君の意のままに動く」

助手「(粒を、流れを、全体に……)」

狩人「……」

助手「見えました」

狩人「宜しい。一度手を離すが、その状態を維持しろ。離したら、自分の手に集中したまえ」

助手「や、やってみます」

狩人「……」スッ

助手「……狩人さんが消えました」

狩人「自分の手は見えるかな?」


455 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:25:43YCVYTfsc (37/49)


助手「手は見えます」

狩人「では、光の粒を操って私を捉えろ。私を描け」

助手「(急に難度が高く……でも、やってみよう。こんなところで失望させたくない)」

狩人「焦るな、徐々にでいい。私を描けるまで続けるのだ」

助手「り、了解しました」

助手「(線でなぞろうとすると途切れてしまうな。粒を貼り付けるような感覚の方が良さそうだ)」

助手「(段々と見えてきた。粒を通して音を感じる。これが狩人さんの言ってた音なのか?)」

狩人「……」

助手「(あまり起伏はないけど、落ち着く音色だ。魂にも性格が出るんだろうか)」

助手「(でも、何だか覗き見してるみたいで気が引けるな。これ以上は止めておこう)」


456 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:26:59YCVYTfsc (38/49)


狩人「……」

助手「狩人さん、出来ましたよ?」

狩人「……」

助手「狩人さん?」パチッ

狩人「すぅ…すぅ…」

助手「寝てる。はぁ、待たせすぎたな」

狩人「………すぅ…すぅ…」

助手「(でも、何で急に……)」

狩人『……すまない。考えてはみたが何と声を掛けて良いのか分からない』

助手「(まさか、気を遣ってくれたのか?)」

狩人「……ん…」

助手「(理由なんてどうでもいいか。力になってくれたことは事実なんだ。素直に感謝しよう)」

助手「(しかし不思議だ。感覚的には魔術ではなさそうだし、一体どんな力なんだろうか……)」


457 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:28:20YCVYTfsc (39/49)


【#8】迷い子

狩人「……?」

助手「(あ、起きた)」

狩人「……眠っていたのか」

助手「ええ、ほんの少しですけど」

狩人「そうか。まだ夜明け前のようだが、君はどうだ? 眠らなくてもいいのか?」

助手「はい、睡眠は充分です」

狩人「……ふむ」

助手「どうしますか?」

狩人「そうだな、少しばかり早いが食事を取ってから出発しよう。これ以上休む必要もない」

助手「了解しました」


458 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:29:23YCVYTfsc (40/49)


助手「……」モグモグ

狩人「ところで、成功したのかね?」

助手「はい。時間は掛かりましたが何とか出来ました」

狩人「私はどう見えた」

助手「あの状態で見ると、粒の集合体のように感じました」

狩人「その他には何かを感じたかね?」

助手「音を感じました」

狩人「……そうか、それは良かったよ」

助手「あの、あれは何なのですか? あんな感覚は初めてです。魔術ではないですよね?」

狩人「ああ、魔術ではない。あれは元々、人間に備わっていたものだ。言わば、魂そのものの力」

狩人「遠い過去の人間は、日常生活の中で当たり前のように使っていたようだ」

助手「(魂そのもの……)」

狩人「理解を深めることで範囲は広がり、更に多くのものを見聞きすることが可能になる」

狩人「熟達すると、遠く離れた場所の出来事さえも手に取るように分かるという」


459 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:32:25YCVYTfsc (41/49)


助手「あの」

狩人「何かな?」

助手「何故そんなに便利な力が失われてしまったんでしょうか?」

狩人「さあ、原因は私にも分からないよ」

狩人「魂が曇っただとか、肉体に囚われ続けた結果だとか、それらしい理由はあるがね」

助手「(そんなものを何処で知ったんだろう。というか、どうやって修得を……)」

狩人「何が原因であれ、閉ざすという意味では過去も現在も変わらない」

助手「それは、どういう意味ですか?」

狩人「結局、何も見たくはないのさ。目を逸らし続けた結果たのだと、私はそう思う」

狩人「もしかすると耐えきれないのかもしれないな。真実、或いは現実というものに」

助手「……」

狩人「そんな中で君のような存在は珍しいと言えるよ。未知を怖れながら、未知に踏み込もうする」

助手「……街の一件は未知ではなく、隠匿されていただけです」

狩人「ははは。確かにその通りだ。あれは世が、人が直隠しにしていただけに過ぎない」

狩人「しかし、施された目隠しを自らの手で外したのは君だけだ。誇っていいと思うが」


460 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:35:11YCVYTfsc (42/49)


助手「そんな風には思えませんよ。探ったのは自分の意思ですが、先輩に誘導されたのも大きいです」

助手「結局あの夜の僕は、狩人さんの思惑に沿った行動をしたに過ぎないんですから……」

狩人「だから、君を助手にしたのだ」

助手「……」

狩人「何だ、踊るのは嫌いかね?」

助手「いえ、踊るだけなら問題はないです。ただ、踊らされるのが嫌いなだけで……」

狩人「ははは。では、次は気付かれないように踊らせてみせよう」

助手「勘弁して下さい……」

狩人「さて、冗談はこの辺にしてそろそろ出発しようか。食事が済んだかね?」

助手「あ、はい。もう大丈夫です」

狩人「そうか。では、早速出発しよう。君はそっちの荷物を頼む」

狩人「何度も言っているが私から離れるな。私に何があっても、何もするな。いいね?」

助手「……了解しました」

狩人「宜しい。では行こう」ザッ

助手「(まだ一日二日なのに、狩人さんの背中を追うことに慣れてきてる。情けない話だ……)」ザッ


461 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:37:08YCVYTfsc (43/49)

ーーー
ーー


カァー カァー

助手「っ、酷い臭いだ……」

狩人「魔物の死骸か、どれも損傷が激しいな」

助手「何か大きなもので叩き潰されたのでしょう。通常の刀剣ではこうはならない」

助手「狩人さん、向こうを見て下さい。死骸はこの先にも続いているようです」

狩人「ふむ。これは彼の仕業だろうな」

助手「……凄まじいですね。この数の魔物を相手にしながら進んでいるなんて」

狩人「確かに。これを見ると、単純に強いだけではないことがよく分かるよ」

助手「……捕らえるんですよね?」

狩人「何だ、不安なのかね?」

助手「不安というか、可能なのでしょうか? こんなに獰猛な人物を相手にするんですよ?」

狩人「ははは。獰猛か、そうかもしれないな」


462 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:38:18YCVYTfsc (44/49)


助手「笑ってる場合じゃないですよ……」

狩人「そう怯えるな。私達に対しても『そうする』とは限らないのだからね」

助手「これを見た後だと、そうされるような気がしてなりませんよ。話が通じる人であることを切に願います」

狩人「それは私もだよ。話し合いで説得出来るのなら、それに越したことはない。さあ、進もう」ザッ

助手「了解しました」ザッ

グチャ…

助手「(っ、嫌な感触だ。飛び散った肉片か何かだろうか? 確かめる気にもならない)」

助手「(というか、人間にこんなことが可能なのか? 魔物の仕業ではないかと疑いたくなる)」

狩人「……勇者に動きはない。この調子で行けば追い着けるかもしれないな」

助手「あれから一歩も動いていないんですか?」

狩人「ああ、何か問題でも起きたのだろう。これ程に歩みを止めたことはなかったからね」

助手「問題……」

狩人「何はともあれ私に運が向いているのは確かだ。出来るだけ距離を縮めよう」

ザッザッザッ…


463 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:39:55YCVYTfsc (45/49)


助手「山道が荒れていますね」

狩人「魔物が増えて山道を利用する者、山に立ち入る者自体も減った。その影響だろう」

助手「……また歩けるようになるといいですね。何かを怖れることなく、安全に」

狩人「時代は変わる。そしていずれ、魔物のことなど知らない世代が現れる」

助手「魔物のいない時代ですか……」

狩人「信じられないかね?」

助手「何とも言えないです。魔物が存在して当たり前ですから、消えるなんて想像出来ませんよ」

助手「でも、そうなったら世界は変わるでしょうね。きっと、今よりは穏やかになるはずです」

狩人「穏やかに、か」

助手「ええ、自然に囲まれて生活する。なんてのが当たり前になるんです」

助手「外で昼寝をしたり、子供達が山で遊んだり。今ならあり得ないことが、当たり前に……」チラッ

狩人「……」

助手「狩人さん?」

狩人「ん? ああ、そんな世界なら美しいだろうね」

助手「狩人さんにはないんですか? 世界がこうなったらとかーーー」


464 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 11:41:11YCVYTfsc (46/49)


狩人「来い」グイッ

助手「うわっ!? 何をーーー」

どちゃっ…

助手「ひぃっ!? な、何ですかこれ?」

狩人「ぱっと見ただけでは分からないが、どうやら吹き飛ばされた頭部のようだな」

助手「空から降って来ましたよ!?」

狩人「説明なら幾らでもする。だから、まずは落ち着きたまえ」

助手「も、申し訳ありません……」

狩人「おそらく、この先で魔物と戦っている者がいる。魔物同士かも分からないがね」

助手「……どうしますか?」

狩人「此処まで登って来たのだ。今更引き返して別の道を探すわけにも行かないよ」

狩人「君の声で気付かれた可能性もある。逃げたところでどうにもならないだろう?」

助手「すみません……」

狩人「何、過ぎたことだ。気にするな。なるべく様子を窺いながら進もう」

助手「は、はい。了解しました」ザッ


465 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 12:59:31YCVYTfsc (47/49)


ザッ…

助手「狩人さん、これは……」

狩人「ああ、昨日現れた悪魔のようだ」

助手「ということは、あの後に勇者を追って来たのでしょうか?」

狩人「かもしれないな」

狩人「ある程度の統率も取れていたようだ。ということは、指示を出す存在がいるのだろう」

助手「魔物に統率が? そんなはずーーー」

狩人「これまでの常識は捨てたまえ。君も見たはずだ。馬に乗り、武器を持った悪魔の隊列を」

助手「……」

狩人「奴等は私と交戦し、仲間がやられたと見るや即座に撤退した。それも見たはずだ」

狩人「悪魔を知性なき獣などと思うな」

狩人「軍で何を教えられたのか知らないが、それは誤った認識だ。あれは、人間の敵なのだ」

助手「人間の、敵……」

狩人「そう、敵だ。人間を誇るのは良い。ただ、侮るのは止めたまえ」


466 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 13:01:48YCVYTfsc (48/49)


助手「っ、はい。了解しました」

狩人「宜しい。では、先に進もう」ザッ

助手「(怖ろしい存在だということは分かる。でも、魔物と何が違うんだ?)」

助手「(悪魔って一体何なんだ。何処にいて、何処から現れる? 何故今まで現れなかった?)」

狩人「止まれ。こっちに隠れるんだ」

助手「え? どうしたんでーーー」

ゴシャッ…メキャッ…

狩人「どうやら、あれのようだな」

助手「うっ…何なんですか、あれは」

ゴシャッ!

助手「(酷いな、死骸を潰しているのか? あんなに大きな武器を軽々と……)」

ゴシャッ…ビチャビチャ…

助手「(っ、まだやるつもりなのか。もう死んでいるのに、何故あそこまで執拗に叩き潰す必要がある)」


467 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 13:05:14YCVYTfsc (49/49)


助手「(もう、全身が真っ黒だ……)」

助手「(あれはおそらく、日が経って返り血が固まった所為だろう。彼女はずっと、殺し続けていたのか……)」

ゴシャッ!

助手「(悪魔なのだと、そう言われた方がしっくりくる。それ程までに、あれは異様だ……)」

>>ビタッ

助手「(止まった。このままやり過ごして)」

ジャリッ…

助手「(こ、こっちに来る!!)」

狩人「……」ザッ

助手「(狩人さん!? 何でーーー)」


狩人「初めまして、私は狩人と申します。貴方は僧侶さんですね?」


468 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 19:41:41ApQW85BY (1/7)


【#9】対

僧侶「狩人……」

狩人「ええ、そうです。ところで、勇者さんの姿が見えませんが、彼は何処に?」

僧侶「あの人を、追ってきたのですね」

狩人「その通りです」

助手「(狩人さん!? 何故素直に言ってしまうのですか!?)」

僧侶「貴方の目的は何です?」

狩人「勇者を捕らえよとの命を受けましてね。街で彼が何をしたのか、それは御存知のことだろう」

僧侶「何に属する誰にですか」

狩人「国そのものに」

僧侶「命じられたのは貴方だけですか」

狩人「ええ、そうです。私のような存在はそうそういないのでね」

僧侶「……そうでしょうね」

狩人「私から手荒な真似はしないと約束します。会わせては頂けませんか?」


469 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 19:44:00ApQW85BY (2/7)


僧侶「それは出来ません」

狩人「……質問を変えましょう。貴方は何故此処に? 下山していたのには何か理由があるのでは?」

僧侶「言いたくないです」

狩人「彼を渡せば、貴方だけは助けますよ?」

僧侶「私だけでは意味がないですよ。あの人の傍には、沢山の人間がいますから」

狩人「成る程。人間ですか」

僧侶「はい、人間です。この世の何処にも居場所のない、居場所を奪われた人間です」

狩人「あくまで彼を信じると? 人間の敵となると、そういうのかね?」

僧侶「本当の人間は、人間の命を食べたりはしません。命を奪って命を救うなんてこともしない」

狩人「そうしなければならないということは知っているはずだ」

僧侶「貴方は受け入れたんですね……」

狩人「現実を受け入れただけだ。他に道はない」

僧侶「他に道がないとしても、あんな方法を受け入れることは、私には出来ません」


470 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 19:46:56ApQW85BY (3/7)


狩人「彼の影響か、困ったものだな」

僧侶「私はこれで良かったと思っています。後悔はしていません」

狩人「彼によって希望を奪われた人々はどうする? 遺族達は、これからどう生きればいいと言うのかね」

狩人「人の世の平和。それが目的であることを何故理解しない? 全ては未来の為だというのに」

僧侶「居場所を失い、国に裏切られ、目の前で家族の命を奪われた人々は、これからどうするのです?」

僧侶「あの小さな瓶に詰めて、いなかったことにするのですか? 全てを過去に置き去りにして」

狩人「……」

僧侶「……」

狩人「貴方の考えは分かった。否定はしない。肯定もしない。ただ、非常に残念だ」

僧侶「それで構いません。貴方は、あの人を捕らえてどうするつもりですか?」

狩人「勇者は人間の為に戦う存在だ。人間には勇者が必要なのだよ。勇者がね」

僧侶「……そのまま立ち去ってはくれませんか。私にもやらなければならないことがあるのです」

狩人「彼を捕らえたら速やかに立ち去るよ」

僧侶「そうですか……」ズシッ

狩人「僧侶が金砕棒を振るうとは世も末だな。とてもじゃないが聖職者には見えないよ」ジャキッ


471 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 19:49:12ApQW85BY (4/7)


僧侶「これでいいんです」

僧侶「悪魔に教えは説けませんから……それに、祈るだけでは誰も救えない」

狩人「ははは。私は悪魔かね?」

僧侶「どうでしょう。あの人なら、そう言うかもしれません」

狩人「戦いに馴れていないのだろう? 無理はしない方がいいと思うが」

僧侶「いえ、戦います。あの人なら、きっと戦いますから」ダッ

狩人「(踏み込みは早い)」

僧侶「んっ!!」

ブォンッ!

狩人「(振りも早い。風の補助か)」トンッ

僧侶「……」グルン

ブォンッ!

狩人「(付け入る隙はあるが、その割に次が早いな。あの圧力と攻撃速度は脅威的だ)」

狩人「(うっかり飛び込めば一瞬でやられるだろう。急ぐ必要はない。疲弊するのを待つか)」スタッ


472 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 19:51:01ApQW85BY (5/7)


僧侶「……」ジャキッ

狩人「背中に金砕棒、腰に剣を四つ。そんなに武器を持っていて大丈夫かね?」

僧侶「もう慣れました」ザクッ

狩人「(地面に剣を……)」

ピキピキッ…バキンッ! ザクザクッ…

狩人「成る程、剣を杖代わりに……器用なものだな」ボタボタッ

助手「狩人さんっ!!」

狩人「何故来た。動くなと、何度も言ったはずだが」

助手「それ以上は無茶ですよ!! 腕の傷だって癒えていないんです!! もうやめましょう!?」

狩人「煩いよ」

助手「しかしーーー」

狩人「分かった、分かったよ。だから、耳許で叫ぶのは止してくれ……」

助手「っ、僧侶さん、この氷を消して下さい。このままでは狩人さんが死んでしまう」

助手「もう決着は付きました。早く消して下さい、お願いだから……」

僧侶「その人は、貴方が思っているような人間ではありませんよ……」


473 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 19:52:19ApQW85BY (6/7)


助手「何をーーー」

ミシッ…ガシャッ!

狩人「助手にあれこれ言うのは止めてくれないか。さあ、君は下がっていろ」ダンッ

助手「(じ、自力で砕いたのか!? それに、腕の傷が消えて……)」

ガギャッ…

僧侶「っ!!」

狩人「騙していたわけでも隠していたわけでもない。ただ、口で説明するより見せた方が早いと言うだけの話だ」ガチッ

僧侶「(っ、武器の形状が変わっーーー)」

ヒュパッ…ブシュッ!

僧侶「うっ…あぅ…」ボタボタッ

狩人「悪く思わないでくれたまえ。生まれながらにこういう体質なのだよ」

僧侶「はぁっ…はぁっ…」ジャキッ

狩人「魔術か。二度は使わせない」

ギャリッ…ガランッ…

僧侶「(やっぱり敵わない。でも、諦めちゃ駄目だ。あの人の所へは絶対に行かせない)」


474 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 19:55:07ApQW85BY (7/7)


狩人「さて、どうするね」

僧侶「(何か、何か方法を考えないと。でも、どうしたら………!?)」ダッ

助手「!?」

僧侶「伏せて下さい!! 早く!!」

助手「!!」バッ

ゴシャッ!

僧侶「(痛っ…腕が……)」ボタボタッ

助手「(は、背後に悪魔が迫っていたのか……じゃあ、彼女は僕を守るために……)」

僧侶「っ、あっ……」ドサッ

狩人「……」

助手「狩人さん、彼女はーーー」

狩人「ああ、分かっているとも。さあ、早く治療箱を出したまえ」

助手「は、はいっ!!」

狩人「(遂に勇者は現れなかったか。彼の性格からして、彼女に任せるような真似はしないはずだ。
    彼女の様子を見ても、彼の身に何かが起きたのは確実と言えるだろう)」


475 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:08:38GYy.mLZs (1/16)


【#10】欺き

助手「眠っているみたいです」

狩人「睡眠を取っていない上に、慣れない戦闘での疲労が蓄積していたのだろう」

狩人「傷よりも、そちらの方が大きい。私と戦わずともいずれはこうなっていた」

助手「しかし、こんなになるまで戦うなんて……」

狩人「守ろうとしていたのかもしれないな」

助手「勇者は動けない状態にあると?」

狩人「私はそう考えている」

助手「だとしたら単独行動をする意味が分かりません。彼女は魔術を使えます。勇者が傷を負ったのなら既に治療しているはずでは?」

狩人「何か理由があるのだろう。魔を憎む彼が、彼女一人に悪魔を任せるとは考えられない」

狩人「何せ、龍に一人で挑むような人物だ。動けるのなら彼自身が戦っているはずだ」

助手「龍に、一人で……」

狩人「彼の根底にあるのは私怨なのだよ。それが戦う理由であり、生きる目的でもある」

狩人「それ故に強い。強いが、その場の感情に流されやすい。非常に厄介な人物と言える」


476 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:09:37GYy.mLZs (2/16)


助手「私怨とはどういうことですか?」

狩人「彼は野盗によって故郷と家族を失った。育ての親は龍との戦いで命を落としたそうだ」

狩人「全ては分からないが、それらの出来事が多大な影響を及ぼしたのは確かだろう」

助手「復讐……」

狩人「そう単純であれば良かったのだが、中々に複雑なようだ」

狩人「復讐心や憎悪が龍にのみ向いていれば問題はない。しかし彼は、それを人間にさえ向ける」

助手「それは、地下施設でのことですね」

狩人「街で見た騎士の手記や調査書類によると、他にもあるようだ。人として問題が多い」

助手「……疑問を持たず、悪魔や魔物を倒すことにのみ尽力すべきだと、そういうことですか」

狩人「勇者であるならそう在るべきだ」

狩人「勇者は人類へ奉仕し、存続させるべく戦う存在。感情に任せた行いは愚か者のそれだ」

助手「……」

狩人「彼の行いは人間の行く末に直結する」

狩人「これは決して大袈裟な表現ではない。彼は自分が何者なのかを自覚するべきだった」


477 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:10:41GYy.mLZs (3/16)


助手「(狩人さんの言うことは分かる)」

助手「(確かに彼は国のやり方に背き、罪を犯した。その行いは間違っている)」

助手「(でも、人間を存続させようとする国の方法そのものも間違っている。だから勇者は戦った)」

助手「(勇者はその方法を否定したんだ。そこは理解出来る。しかし、他に方法がない以上は納得出来なくても受け入れるしかーーー)」

僧侶「……ん…」

狩人「目が覚めたようだね」

僧侶「……」

狩人「そう睨まないでくれないか」

僧侶「私をどうするつもりですか」

狩人「何もしないよ。私から危害を加えるつもりはないと言ったはずだ」

狩人「第一、襲い掛かって来たのは貴方だ。私は身を守ったに過ぎない。違うかな?」

僧侶「……」

狩人「(随分と嫌われたものだ。こうも警戒されていては何も聞き出せそうにない)」

狩人「(彼女が人質として役に立つかどうかだけでも知りたかったが仕方がない。まだ距離はあるが、勇者の下へ向かった方が早そうだ)」


478 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:12:03GYy.mLZs (4/16)


助手「あの、僧侶さん」

僧侶「……何です」

助手「勇者に何が? 貴方は何の為に山を下りていたのですか?」

僧侶「話したくありません」

助手「っ、我々を信用出来ないのは分かります」

助手「しかし、このままでは何も進展しない。それは貴方だって分かっているはずだ」

僧侶「……」

助手「っ、貴方はやるべきことがあると言っていた!! それは勇者に関わることではないんですか!?」

僧侶「……っ」キュッ

助手「僧侶さん」

僧侶「…………あの人は死の際にいます」

狩人「何?」

僧侶「昨日、悪魔が放ったと思われる矢から私を庇って倒れました」

助手「思われる? それは一体……」

僧侶「感知出来ない場所から放ったのだと思います。私には引き抜くことも破壊することも出来ませんでした」


479 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:13:38GYy.mLZs (5/16)


狩人「それだけで死ぬとは思えないが」

僧侶「刺さった矢が胸に向かって徐々に動いているんです。あの矢は、魔力の塊のようでした」

僧侶「これは推測でしかないですけれど、矢を放った術者を倒す以外に取り除く方法はないのだと思います」

狩人「(成る程、山を下りていたのはその為か。動けないのは好都合だと思っていたが厄介なことになってしまったな)」

僧侶「疑うのなら確かめてみて下さい」

狩人「それは此方で判断する。彼の猶予は」

僧侶「進行は遅らせましたが、持って二日程度かと思います」

狩人「(未だ、勇者に動きはない。彼女の言動からして、これは陽動や囮ではないだろう)」

狩人「(今すぐに捕らえても二日では無理だ。彼に宿った力が消えてしまえば、人間は勇者を失ってしまう)」

僧侶「(この人の狙いが私の思っている通りなら、あの人を救える。そうでなかったら、戦うしかない。次は確実にーーー)」

狩人「位置は分かるのかね?」

僧侶「山の北東です。後を追ってきた悪魔もそこから来ています」

助手「僧侶さん、それ程に強力な矢を放てるのなら、何故もう一度仕掛けて来ないんでしょうか?」

僧侶「放たないのではなく、放てないのだと思います。追っ手を差し向けたのはその為でしょう」


480 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:14:57GYy.mLZs (6/16)


助手「差し向けたということは」

狩人「組織されているということに間違いないだろう。策を用い、勇者を抹殺しようとしたのだ」

助手「悪魔が、軍を……」

狩人「数は分からないが、どうやらそのようだ。何せよ、排除する他に道はなさそうだ」

助手「わ、我々だけでですか!?」

狩人「勇者を失うわけにはいかないだろう?」

助手「それは分かります。しかし、こういう場合は援軍を呼んだ方がーーー」

狩人「編成から出発までにどれだけ掛かる?」

狩人「二日以内に片が付くなら今すぐにでも伝えに行くが、軍はそう簡単に動かない。それは君にも分かるだろう」


481 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:16:24GYy.mLZs (7/16)


助手「それは……」

僧侶「……」

狩人「(それに、彼女をこれ以上刺激するのは避けたい。私が何かを企んでいると思えば何をするか分からない)」

狩人「(平静を装ってはいるが精神肉体共に危うい状態だ。この類の眼をした人間は、何でもする)」

助手「しかし、追って来たであろう悪魔だけ見ても相当な数です。何か策をーーー」

僧侶「大丈夫ですよ」ポツリ

助手「え?」

僧侶「大丈夫です。数は減らしましたから」

助手「(っ、悪魔を叩き潰していた時と同じだ。この目は何だ、彼女は正気なのか?)」

僧侶「それで、貴方はどうするんですか?」

狩人「そう怖い顔をしないでくれないか。勇者を失って困るのは私も同じだ。貴方に協力しよう」ニコ

僧侶「そうですか、それは助かります。では急ぎましょう。あの人も、皆も待っていますから」ニコリ


482 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:18:22GYy.mLZs (8/16)


【#11】二人と、一人

助手「僧侶さん、一つ聞きたいことが」

僧侶「何です?」

助手「先ほど、皆と言っていました。その『皆』というのは?」

僧侶「街の地下施設に囚われていた方々です」

助手「じ、じゃあ、街を出てから此処まで難民と一緒に!? あの数の魔物から守りながら!?」

僧侶「ええ、勿論です。安全な場所に届けると約束しましたから」

助手「安全な場所……」

僧侶「東にあるということしか分からないですけど、そこを目指しています。おかしいですか?」

助手「決してそんなことはありません。難民を送り届けるというのは僧侶さんが?」

僧侶「いえ、それはあの人が決めました。助けたからには最後までやるって、そう言って……」

助手「(狩人さんから聞いた人物像とはまるで違う。復讐に囚われた人間の行動とは思えない)」

助手「(彼は何を思って彼等を導く? これも感情に任せた行動に過ぎないのか?)」

僧侶「質問は以上ですか?」

助手「は、はい。時間を取らせて申し訳ありません」


483 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:19:33GYy.mLZs (9/16)


僧侶「いえ。では、行きましょう」ザッ

助手「(落ち着いているように見えるけど、どこか不気味な感じがする。本当に大丈夫なのか?)」

ザッザッザッ

僧侶「……」

巫女『お姉ちゃん、本当に行くの?』

僧侶『うん。追っ手が沢山来てる。此処に辿り着かれる前に倒さないといけない』

巫女『……』

僧侶『大丈夫。この結界には常に私の法力が供給されてる。魔物は近付けないよ』

巫女『でも、それだとお姉ちゃんが……』

僧侶『私は平気。食料は置いていくから、皆と相談して食べてね?』

巫女『うん……』

僧侶『……なるべく早く終わらせるから。だから、待ってて』

ナデナデ

巫女『皆で、お姉ちゃんの帰りを待ってるから』

僧侶『うん。それじゃあ、行って来るね?』ザッ


484 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:20:47GYy.mLZs (10/16)


巫女『待って!!』

僧侶『?』

巫女『何があっても自分を見失わないで。お兄ちゃんには、お姉ちゃんがいないとダメだから』

僧侶『分かった。何があってもやり遂げる。必ず帰ってくる。ねえ、巫女ちゃん』

巫女『なあに?』

僧侶『終わったら話して欲しい。貴方が知っていること、抱えていること。貴方の本当のことを』

巫女『……』

僧侶『隠しているわけじゃないのは分かるんだよ? でも、そのままだと苦しくなるんじゃないかって思う』

僧侶『自分で答えが見付からない時は、誰かを頼った方がいい。そうしないと、もっともっと分からなくなっちゃうから』

巫女『本当のことを話しても怒らない?』

僧侶『怒らないよ。約束する。だから、いつかは話して?』ニコリ

巫女『……わかった。わたしも約束する』

僧侶『うん、約束。それじゃあ、行って来ます』

巫女『いってらっしゃい!』


485 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:22:30GYy.mLZs (11/16)


僧侶「(皆、大丈夫かな……)」

助手「僧侶さん、待って下さい」

僧侶「何です?」

助手「お気持ちは察しますが少し休んだ方が良いですよ。あれから何も話し合っていませんし、これでは連携は取れない」

僧侶「私は平気です。戦闘については素人なので、何を話しても上手く行くとは思えません」

狩人「いや、待ってくれ。そのことについて、私からも話がある。聞いてくれないか」

僧侶「……何でしょう」

狩人「まず一つ。顔を洗いたまえ。面と向かって言うのは気が引けるが少々気味が悪い。助手も怯えている」

助手「えっ!? いや、僕は何もーーー」

パシャパシャ…

僧侶「これでいいですか?」

狩人「ああ、これで話しやすくなった。次に戦闘についてだが、助手」

助手「はい、何でしょうか?」

狩人「君は森に残れ。聖水は渡しておく、我々が戻るまでは身を隠しておけ」

狩人「おそらく、敵は強大な魔力を持っている。君を守りながら戦う余裕はないだろう」


486 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:23:45GYy.mLZs (12/16)


助手「し、しかし」

狩人「安心したまえ。君が逃げ出すなどとは思っていないよ」

助手「そういうことじゃないです!! 二人に何かがあったらどうするんですか!?」

狩人「確かに、それもそうだな。だが、我々に何かがあった場合、君に何が出来るのかね?」

助手「それは……」

狩人「戦力にならない者を駆り出し、むざむざ死なせるわけにはいかないよ」

狩人「言っておくが、これは決して君を馬鹿にしているわけではない。分かってくれ」

助手「っ、了解、しました」

狩人「宜しい」

僧侶「何故ですか?」

狩人「何故、とは?」

僧侶「助手さんの背後に悪魔が迫っていた時は、助けようとすらしなかったのに」

助手「えっ?」

狩人「貴方が人間を助けるかどうか確かめる為だ。貴方が動かなければ、私がやっていた」


487 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:28:21GYy.mLZs (13/16)


僧侶「それが貴方のやり方なんですね」

狩人「状況に応じた行動をしたまでだ」

僧侶「そうですか、それならそれで構いません。私も確かめたかっただけです。貴方がどういう人なのかを」

狩人「……」

僧侶「助手さん、ごめんなさい」ペコッ

助手「えっ?」

僧侶「意地悪するつもりで聞いたわけではないんです。ただ、どういう意図があったのか知りたくて……」

助手「え、ええ、分かっています。自分は大丈夫ですから」

僧侶「言いたいことがあるなら言った方が良いですよ? どんなに思っていても、伝えなければ届きませんから」

助手「何で、そこまで……」

僧侶「だって、一緒にいる人のことが分からないのってつらいでしょう?」

僧侶「自分の方が弱くても、役に立てなくても、その人を心配する気持ちは本当でしょう?」

助手「……」

僧侶「狩人さんも、一緒にいる人は大事にしないと駄目です。一人って、とっても寂しいですから」


488 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:29:43GYy.mLZs (14/16)


狩人「……」

僧侶「……私は、この先で待っています」ザッ

ザッザッザッ

狩人「(まるで自分のことのようだな。それだけ勇者を信頼しているのか、それとも……)」

助手「狩人さん」

狩人「何かな?」

助手「彼女はとても不安定です。失うことに対して非常に敏感になっているように見えます」

狩人「分かっている。君を囮のように使ったことに憤慨しているようだったからね」

助手「僕は構いません。ただ、彼女に対しては慎重に行動して下さい。発言もです」

狩人「了解したよ。ただ、誤解はしないで欲しい。君の命を軽んじたつもりはない」

助手「必要なことだったのなら仕方ありませんよ。僕は平気です」

狩人「それは本当か?」

助手「本当です。自分で言うのも何ですけど、確かめる為には必要な判断だと思っています」

狩人「ふむ、そうか。しかし、待っていろと言った時は寂しそうな顔をしていたようだが」

助手「それは自分が不甲斐ないと思っただけです。狩人さんの判断に不満はないです」


489 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:30:54GYy.mLZs (15/16)


狩人「本当か? 一人で寂しくはないか?」

助手「僕は兵士だったんですよ? それくらい大丈夫です。大体、子供じゃないんですから寂しいだなんてーーー」

狩人「戻ったら抱き締めてあげよう」

助手「狩人さん、こんな時にからかわないで下さい……」

狩人「ははは。悪かったね。そう膨れるな。すぐに戻ってくるさ」

助手「(あくまで僕が寂しいことにしたいのか……)」

狩人「聖水は此処に置いていく。撒くのを忘れるな」

助手「了解しました。狩人さんの無事を祈ります」

狩人「……」

助手「彼女のことを守ってあげて下さい。彼女自身も言っていましたが戦闘に関しては素人です」

助手「信頼を得るのは非常に難しいでしょうが敵対は避けるべきです。彼女だって、それを望んではいないはずですから」

狩人「……」

助手「狩人さん?」

狩人「いや、なんでもない。では、行ってくるよ」


490 ◆GC8HKbhIcg2018/09/30(日) 20:33:03GYy.mLZs (16/16)


助手「了解しました。お気を付けて」

狩人「……」ザッ

狩人「(何か妙だな。こんな感覚は初めてだ。見送りなど鬱陶しいだけだとばかり思っていたが、不思議と悪い気がしない)」

僧侶『一緒にいる人は大事にしないと駄目です。一人って、とっても寂しいですから』

狩人「(勇者に縋っているわけではない。依存心から来ているわけでもないようだ)」

助手『狩人さんの無事を祈ります』

狩人「(助手の、私に対する感情とは違う。何が彼女を動かす? 勇者に何を思う?)」

ザッ…

僧侶「……」クルッ

狩人「……」

サァァァァァ…

僧侶「……助手さんと、お話は出来ましたか?」

狩人「ああ、待たせて済まなかった」

僧侶「いえ。では、参りましょう」ザッ

狩人「(確かに彼女は不安定だ。不安定だが、確かな何かがある。魂の音が、そう告げている)」


491以下、名無しが深夜にお送りします2018/10/04(木) 08:28:02TU7mINmo (1/1)

まだ?


492以下、名無しが深夜にお送りします2018/10/04(木) 10:28:54PsSqvdv6 (1/1)

再投稿が最新話に追い付くまで放置だな


493以下、名無しが深夜にお送りします2018/10/04(木) 12:00:45KwQTw5xM (1/1)

あと300レスぐらいはかかりそう


494 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:10:04Ac1QeNPA (1/35)


【#12】進軍

狩人「ところで、僧侶さん」

僧侶「?」

狩人「貴方は相手が何であるのか理解しているのかね?」

僧侶「ええ。あの矢を見た……いえ、感じ取った時に分かりました。おそらく、羅刹王と呼ばれる者です」

狩人「その者の姿は敵には見えず、魔術による攻撃を最も得意としたが、矢の雨をも降らせた。だったかな?」

僧侶「知っているのですか?」

狩人「伝承の中でも有名な存在だからね」

狩人「矢の雨は降らなかったようだが、貴方の話を聞いた時にそうではないかと思った」

狩人「貴方は感知に優れている。感知出来ない距離から矢を放ったとなれば、悪魔の中でも高位の存在に違いない」

僧侶「そのことは、助手さんに話したのですか?」

狩人「話していないよ。不安を煽るだけだ。羅刹王などと言ったところで助手には伝わらないだろう」

僧侶「……そうですね」

狩人「貴方は伝えたのか? 貴方を待つ人々に」

僧侶「いえ、話していません。余計に怖がらせてしまうだけですから……」


495 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:12:06Ac1QeNPA (2/35)


狩人「それは賢明な判断だ」

狩人「しかし敵の数、力量を知りながら、それでも戦いを挑むのは無謀だと思わなかったのかね?」

僧侶「無謀だろうと何だろうと、それしかないのなら戦います。逃げるわけには行きません」

狩人「貴方には似合わない台詞だな。それも彼の影響か?」

僧侶「そうかもしれません。あの人と歩いて、生きるには戦うしかないと知りました」

狩人「良くも悪くも、彼は刺激が強すぎるようだな。貴方には他の道もあったはずだ」

僧侶「ええ、無知なままでいることも出来ました。逃げ出すことも出来たでしょう」

僧侶「でも、そうすることはなかった。寧ろ、これまでの自分に疑問を抱くようになりました」

狩人「それで選んだのが、今か」

僧侶「選んだと言えるのかは分かりません。私はただ、あの人の背中を見ていただけです」

僧侶「龍に焼かれ、過去を穢され、魂に傷を負っても、あの人は戦った。その姿を、私はずっと見ていました」

狩人「……」

僧侶「何が今を選ばせたのかは分かりません。ただ一つだけ確かなことは、あの人が何かを与えてくれたということです」ギュッ

狩人「(連環の腕輪。森を出る前も何度か触れていたな。癖か、まじないの類か……)」


496 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:13:08Ac1QeNPA (3/35)


僧侶「貴方にはいますか?」

狩人「何がかな?」

僧侶「今を与えてくれた人です」

狩人「そんな人間はいないよ。何が影響しようと最後は自分で決めるのだ。必要とは思えない」

僧侶「必要としないのは、必要とされる人だから?」

狩人「貴方は中々に鋭いな。その通りだよ。今は必要とされている。多くの人からね」

僧侶「苦しくはないのですか?」

狩人「苦しみなどない」

僧侶「そんなはずはないでしょう。だって、貴方の体は……」

狩人「貴方には分かるのか。そんな人間と出会ったのは初めてだよ」

僧侶「貴方にだって、他の道はあったはずです」

狩人「はははっ。そんなことを言われたのも初めてだ。だが、私には道を探す時間などない」

狩人「どれだけ長い時間があったとしても、これ以外の道を選ぶつもりはない。歩くつもりもない」

僧侶「……貴方の道とは何ですか」

狩人「道を歩くつもりはないと言っただろう。私は土を耕し、道を作らなければならない。進化の道を」


497 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:15:02Ac1QeNPA (4/35)


僧侶「(……進化)」

狩人「異物で溢れた世界で、この先も人が生きて行くには、進化するしかない。私はその為にいる」

僧侶「その進化に、あの人の力が必要なのですか」

狩人「さあ、どうだろうね。私も全てを話すわけにはいかないよ」

僧侶「(読めない。油断はしていないけど、もっともっと用心しなきゃダメだ)」

狩人「……そろそろ来そうだ。何かに魔力を割いているようだが問題はあるかね?」

僧侶「(やはり気付いていた)いえ、問題はありません」

狩人「結構。では、貴方には後方支援を頼む。奴等が現れたら氷で足を止めてくれ」

狩人「私は砕きながら前に出る。その後に続いて欲しい。指示は私が出す。了解か?」

僧侶「分かりました」

狩人「貴方の魔術に頼ることになるが、魔力の心配はしなくとも良いんだね?」

僧侶「大丈夫です。倒せるのなら何でもします」

狩人「……そうか、いいだろう。私も全力を尽くそうじゃないか」


498 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:16:06Ac1QeNPA (5/35)


ガガッ ガガッ

僧侶「……」ジャキッ

狩人「来たか……」ガチッ

僧侶「(今だけは信用出来る。後のことは考えるな。一刻も早く、あの人を助けるんだ)」

狩人「流石に数が多いな。先は長そうだ」

僧侶「……」ギュッ

狩人「動きが遅れたら終いだ。魔術は可能な限り広範囲に放て、一匹も通すな」

僧侶「分かっています」スッ

狩人「待て」

ガガッ! ガガッ!

狩人「……今だ」


499 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:17:23Ac1QeNPA (6/35)


僧侶「(凍て付け)」ザクッ

ピキピキッ…バキンッ!

狩人「行くぞ。一気に駆け抜ける」

狩人「(範囲、威力共に凄まじい。あの時の比ではない。彼女も本気と言うわけか)」ダッ

ズパンッ! ドサドサッ…

僧侶「(凄い。あんなに大きな鎌を自在に操っている。やっぱり、あの時は手を抜いていたんだ)」ジャキッ

バキンッ! ガシャンッ…

狩人「(見れば見るほど素晴らしいな。魔力が尽きる様子もない。このまま押し切る)」ダンッ

ヒュパッ! ゴロンッ…

狩人「(順調だが、そう簡単には行かないか。ん? 何だ、この影………っ、まさかーーー)」

ドドドドッ…


500 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:19:31Ac1QeNPA (7/35)


【#13】霧散

狩人「(この影は……っ!!)」ガシッ

狩人「(死体に鞭打つようだが、これで防ぐ他に方法はない。全ての矢は防げないだろうが仕方がない。しかし彼女がーーー)」

ズズンッ!

狩人「これは……」

ドドドドッ! パラパラッ…

狩人「(岩の壁。いや、頭上も覆われている。あの一瞬で創り出したというのか)」

僧侶「……無事ですか?」

狩人「ああ。済まないな、指示は私がするなどと言っておきながら助けられてしまった」

僧侶「借りを作るのは嫌いですか?」

狩人「ははは。まあ、好きではない。しかし、ここまで術の発動が速いとは思わなかったよ」

僧侶「何度か戦っているうちに慣れたんだと思います。何とか間に合って良かった……」

狩人「(たかが数回の戦いで? 才能があるのは確かだろうが、その成長速度は異常だ)」

僧侶「あの、何か?」

狩人「いや、何故最初から矢を放たなかったのかと思ってね」


501 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:20:52Ac1QeNPA (8/35)


僧侶「私もそう思います。初めからこの攻撃を仕掛けていれば、私とあの人を殺せたかもしれない」

僧侶「先に放った矢と比較すると精密さと威力は数段落ちますけど、そこは範囲の広さで補える」

狩人「確かに、これは貴方が話していた矢ではないようだな。これには動く気配はない」

僧侶「おそらく、矢に込めた魔力の質が違うのだと思います」

狩人「では、少なくとも二種類の矢を放てると言うわけか。他にもあると厄介だが、何らかの欠点はありそうだな」

狩人「連射が出来ない。または矢の性質で飛距離が異なる。今はそれくらいしか思い浮かばないがね」

僧侶「(理解が早い。きっと魔術に詳しいんだ)」

僧侶「(この人にはあまり手の内を見せたくはないけど、そんな戦い方だと敵に通用しない……)」

狩人「どうしたのかね?」

僧侶「いえ、何でも。このまま前進しましょう」

僧侶「あの人に刺さった矢でなければ防ぐのは難しくはありません。何度でも防ぎます」

狩人「そうか、では行こう。今の攻撃で我々を取り囲んでいた敵は全滅したようだ」

僧侶「……最初から、こうするつもりで兵を向かわせたんでしょうか?」

狩人「恐らくね。我々の足を縫い止め、今の攻撃で片を付けるつもりだったのだろう」

僧侶「これ程の力を持ちながら、何故こんな無茶な攻撃を? 敵は私達だけなのに……」


502 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:22:05Ac1QeNPA (9/35)


狩人「ふむ、それもそうだな……」

僧侶「(犠牲を払わないと成立しない魔術? 犠牲祭? でも、そんな効率の悪い魔術を使うとは思えない)」

狩人「これは憶測でしかないが、単純に近付かれたくないのかもしれない」

僧侶「近接戦闘が不得手?」

狩人「断定は出来ない。秀でた遠距離攻撃で終わらせたかっただけとも考えられる」

狩人「だが、そうなると兵を巻き添えにしてまで矢を放った意味が分からないな。道具としか思っていないのなら別だが」

僧侶「なるほど……でも、これ以上は考えても分かりませんね。私達には、近付いて倒すしか方法はありません」

狩人「そうだね。では、行こうか」ザッ

僧侶「はい」

ーーー
ーー


狩人「後続は来ないようだ」

僧侶「今のところは攻撃してくる気配もないです。強い魔力と、存在は感じますけど……」


503 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:23:23Ac1QeNPA (10/35)


狩人「見ているのかもしれないな」

僧侶「慎重なのでしょうか?」

狩人「だとしたら厄介だ。必死に攻撃を仕掛けてくる方が楽だったよ」

僧侶「印象とは異なりますね。文献には、傲慢で己の力に絶対の自信を持っているとありました」

狩人「神、悪魔に負けないとも記されていた。他にも、人間にしか倒すことは出来ないとあった」

僧侶「だからこそ慎重になっているのかもしれないですね。それが事実なら、ですけれど……」

狩人「いつかも分からない遠い過去だ。我々が見極めるしかないだろう」

僧侶「(お互い、羅刹王の名は知っている。知識だってある。それなのに何も見えてこない)」

僧侶「(もし、文献に記されていたことと違っていたら……っ、弱気になっちゃダメだ)」

僧侶「(存在する以上、必ず倒せる。どんなに強い力を持っていても、死は避けられない)」

ザッザッザッ…

狩人「砦跡が見えてきたな。奴はあの中か」

僧侶「そのようです。凄まじい量の魔力が砦を覆っています」

狩人「まるで濃霧だな。敵に姿が見えないという伝承の正体はあれか」


504 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:25:02Ac1QeNPA (11/35)


僧侶「そうだと思います」

僧侶「本来なら内側で魔力を練って放出しますが、羅刹王は放出した魔力を操作する」

狩人「つまり、奴の腹の中というわけだ。放出した魔力で場所の特定を困難にしている上に、砦内の何処からでも魔術を行使出来る」

僧侶「ええ。相手には一切攻撃させず、一方的に攻撃し続ける。正に理想の形です」

狩人「策はあるのかね? 私が魔術を使用出来ない以上、貴方に頼る他にない」

僧侶「策はあります。ただ、貴方には傷を負って貰わなければなりません」

狩人「……ふむ。話してくれ」

僧侶「まず貴方一人で砦の中に入り、私は魔術範囲外から砦を覆う魔力の霧を消します」

僧侶「その時間は短いでしょうけど魔術を封じられる。隙を作り出すことは出来ます」

狩人「何をするつもりか知らないが、一度で決めなければ終わりだ。次の手はない」

僧侶「ですが、他に方法はありません」

狩人「それは分かる。二人で砦に入って四苦八苦するよりは良いだろう」

狩人「だが、私ではなく貴方に向かった場合はどうする? そうなっては意味がない」

僧侶「貴方には魔力の感知以外に、魂を感知する力がある。だから、あの人の居場所が分かった」

狩人「(……彼女にも聞こえるのか? それとも、知っているだけなのか)」


505 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:26:31Ac1QeNPA (12/35)


僧侶「中に入ったら、すぐに羅刹王に向かって下さい。そうすれば、敵は動かざるを得ない」

狩人「中に入ったら注意を引き、貴方が霧を晴らすまでは傷を負い続けろと言うのか?」

僧侶「はい。それは貴方にしか出来ません。魂を感知することが出来る、貴方にしか……」

狩人「傷を負うのは構わないが、あれは貴方の魔力ではない。消すことなど可能なのかね」

僧侶「完全には難しいですが、あの霧の中に私の魔力を混入させることで、一時的に妨害することは出来ます」

狩人「理屈は分かるが、それにはどれだけの魔力を必要とするのか理解しているのか?」

僧侶「難しいけど、やってみせます。絶対に……」ギュッ

狩人「(私に言っているのか、勇者に誓っているのか。本気なのは分かるが、どうしたものか)」

僧侶「……信じてはくれませんか?」

狩人「一つ、拭いきれないものがある」

僧侶「何です?」

狩人「貴方が一人で羅刹王と戦って勝利出来るか否か、それは一先ず置いておこう」

狩人「ただ、この機に乗じて私を亡き者にしようとしている可能性は否定出来ない。そこで」

僧侶「……」

狩人「貴方が裏切らないという確約が欲しい。この戦いが終わるまで信用出来る証がね」


506 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:27:16Ac1QeNPA (13/35)


僧侶「(っ、やっぱり)」

僧侶「(でも、疑って当然だ。立場が逆なら私だって疑っている。だけど、証なんてーーー)」

シャラ…サラサラ…

僧侶「……」ギュッ

勇者『それより見ろ、個人的に凄え気に入った腕輪があるんだ』

僧侶『銀の鎖がさらさらしてて不思議な感じがします。どうやって造ったんだろう?』

僧侶「(嫌だ。だって、これは……)」

勇者『気に入ったんだろ?』

僧侶『それはもう! でも、値段が』

勇者『面倒くせえな、欲しいんだろ? 店の奴を呼んで来るから待ってろ』

僧侶「(これは、あの人が……)」

僧侶『この腕輪、ずっとずっと大切にします!』

勇者『そうしてくれ。その腕輪、俺も気に入ってるから。ほら、次は剣だ。行くぞ』

僧侶『はいっ!』

シャラ…サラサラ…


507 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:28:17Ac1QeNPA (14/35)


僧侶「(……っ、これしか、ない)」カチリ

狩人「……」

僧侶「これを、貴方に預けます」

狩人「その前に教えてくれ。その腕輪を渡すことが、貴方にとってどんな意味を持つ?」

僧侶「この腕輪はあの人からの贈り物です」

僧侶「これを渡して裏切れば、私は私を許せなくなる。この腕輪が証です。受け取って下さい」 

狩人「……いいだろう」スッ

僧侶「貴方も約束して下さい。証なんていらない。ただ、何があっても倒して下さい」

僧侶「もし貴方が逃げ出すようなことがあれば、私は貴方を絶対に許さない」

狩人「了解した。全力を尽くすと約束する」

僧侶「では、行きましょう」ザッ

狩人「………?」クルッ

狩人「(音が変わった。何をしている? 頼むから馬鹿な真似はしてくれるなよ)」ザッ


508 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:29:10Ac1QeNPA (15/35)

ーーー
ーー


狩人「ようやく着いたな。依然、奴以外の気配はない。兵はあれで全てだったようだ」

僧侶「気を付けて下さいね。無茶をお願いしておいて変な話ですけど……」

狩人「互いに出来ることが違うのだから仕方がないさ。貴方は霧を晴らすことに集中したまえ」

僧侶「はい、分かりました。出来る限り急ぎます。それまでは何とか耐えて下さい」

狩人「分かっている。機会は一度、互いに全力を尽くそう。では、頼んだよ」ザッ

ザッザッザッ…

僧侶「(狩人さんの言う通り、この方法は何度も通用しない。一度で終わらせる……)」


509 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:31:43Ac1QeNPA (16/35)


【#14】拝謁

狩人「(崩壊している。酷い有様だ)」

コツ…コツ…

狩人「(確かに魔力の量は多いが、濃度はそれ程高くない。歪ではあるものの音は感知出来る)」

狩人「(後は目標に向かって進むのみ。狙いに気付かれる前に、奴の意識を私に集中させなければ)」タッ

タッタッタッ…

狩人「(この辺りは得に損壊が酷い。魔物が侵入し……近い。いや、近付いて来ている。望んだ形にはなったが、王位相手とはな)」

ズズン…ズズン…

狩人「……」ジャキッ

ズズン…ズズン…

羅刹王「……」

狩人「(巨躯、灰の肌、銅色の瞳、怪しく輝く歯。正に、文献通りの威容)」

羅刹王「共に生きた。何も変ってはいない」

羅刹王「あの時はそうだった。皆、共に生きていた。数え切れない時がそれを薄れさせた」

羅刹王「居た。此処に。俺は此処に居た。時が守護者を遠ざけた。世が忌避した」


510 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:33:00Ac1QeNPA (17/35)


狩人「(守護者? 何を言っている?)」

羅刹王「人は進化を止められない。神を崇めながら、何者であろうと上に立つことを認めない」

羅刹王「常に他種の台頭に怯え、猜疑心に囚われた支配者。人は勝利者であろうとする」

羅刹王「獣に打ち勝ち、飢えに打ち克ち、病に打ち克ち、人に打ち克つ。生命そのものにさえも」

狩人「(あの目、何処を見ている……)」

狩人「(まさか、惚けているのか? 知識に魘された譫言のようにも聞こえる)」

羅刹王「何を得ようと止まることはない。人とは淘汰に取り憑かれた進化の獣」

羅刹王「故に牙を剥く。あらゆる生命に戦いを挑む。対等の存在など認めはしない」

狩人「(今仕掛けても攻撃は通るだろうが、行動が読めない。魔術を警戒、彼女を待つ)」

羅刹王「序文。諸君、己が思い描く神を目指せ。探究の果てに到達する日は近い」

羅刹王「その扉をくぐれば満たされるだろう。欲望の生命より解放され、だるまとなる」

狩人「……来た」タンッ

羅刹王「忘れるな。汝もまた、人である。あの偉大なるーーー」


511 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:34:01Ac1QeNPA (18/35)


狩人「さらば、羅刹王」ガチッ

羅刹王「………?」

狩人「(惚けていても王位の悪魔。首を刎ねるだけでは心許ない。頭を割り、首を刎ねる)」ググッ

ゴシャッッ! ズパンッッ!

羅刹王「」グラッ

ドサッ…

狩人「……霧は消えた。音もない。あまり実感はないが、本当に倒したようだな」

狩人「しかし何が目的だったのだ。勇者を攻撃した理由はあるはずだい。いや、待て。確か、勇者は彼女を庇っーーー」

タッタッタッ…

僧侶「狩人さん、無事ですか?」

狩人「ああ、傷一つないよ。譫言のように呟くばかりで何も仕掛けては来なかったからね」

僧侶「えっ?」

狩人「どうも惚けているようだった。私を認識していたのかも疑わしい」

僧侶「……惚け。譫言と言いましたけれど、何と言っていたんです?」

狩人「人は淘汰に取り憑かれた進化の獣であり、他種の台頭に怯える支配者なのだそうだ」


512 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:35:02Ac1QeNPA (19/35)


僧侶「進化の獣……」

狩人「発した言葉は殆どが意味不明で、理解出来る部分と言えばそれくらーーー」

ゾブッッ!

狩人「っ…ゲホッ!」ビチャビチャ

僧侶「………えっ?」

狩人「(何だ、これは。腹から、腕が)」

羅刹王「はは、は」

僧侶「な、んで………」

狩人「(頭部は割れ、首は落ちたままだ。再生はしていない。何故、動ける)」

羅刹王「う、裏がりのものがあ」ブンッ

ドシャッ…ゴロゴロ…

狩人「…ゲホッ…ゲホッ…」ビチャビチャ

僧侶「狩人さんっ!!」

羅刹王「は、ははは」

ギュルルルッ! ブヂュブヂュ…


513 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:36:34Ac1QeNPA (20/35)


僧侶「(っ、再生して……)」

羅刹王「な、な、何故、何故だ。何故、俺に牙を剥く。共に生きよう。あの時のように」

羅刹王「あ、あの時のように、滅ぼしが始まる前に、あの歪みを消し去らなければ」スッ

羅刹王「そう、一刻も、早く」

ズォォォォ…

僧侶「(っ、霧が戻っている。魔術を使う気だ。狩人さんは……)」

狩人「ぐっ…」

僧侶「(治癒は始まってるけど間に合わない。それに遠すぎる。ここからじゃあ届かない)」ダッ

羅刹王「な、何だ。此処は。此処は何処だ。は、ははは。これではまるで白痴だなあ」

ゴゴゴゴ…

僧侶「(全方位に矢を……っ、矢の雨が来る。もう少し、もう少しで、届く)」

羅刹王「お、俺を消し去るのか。再び締め出す気だな。いつかのように………」

僧侶「間に、合えっ!!」ジャキッ

羅刹王「そ、そうなのだろう!? 獣ども!!」スッ

ドドドドッ! パラパラッ…


514 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:37:59Ac1QeNPA (21/35)


僧侶「はぁっ、はぁっ……大丈夫ですか?」

狩人「済まない。これで二度目だな……」

ドガンッ! ドガンッ!

僧侶「……岩は何層にも重ねてあります。少しの間なら安全です」

狩人「それは助かる。現段階では不明な点ばかりだ。文献で得た知識はあまり役には立たないようだな」

僧侶「ええ、そうですね……」

狩人「お互いに感じたことを話そう。どんな些細なことでもいい。貴方にはどう見えた」

僧侶「意識は混濁していますけど、私達を敵であると認識したようです」

狩人「敵か。奴の眼には、私達がどのように見えているのだろうな。とても正気とはーーー」

ドガンッ! ドガンッ!

狩人「……そう長くは持ちそうにないな」

僧侶「狩人さんはどうです? 何か分かったことはありますか?」

狩人「奴の蘇りは私の治癒とは質が違うようだ。あの時、魔力は完全に消え失せていた」

僧侶「なら、どうやって……」

狩人「蘇りについては分からない。だが、倒せなかった原因は私にあるのかもしれない」


515 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:41:01Ac1QeNPA (22/35)


僧侶「どういうことです?」

狩人「人間にしか倒せない。これが事実だという前提で話す。一つ、仮説を立てた」

僧侶「仮説?」

狩人「貴方は気付いていたが、私は体内魔力の異常回転によって生きている」

狩人「それによって通常ではあり得ない速度で治癒、再生する。回転を上げれば更に上昇する。魔術は使えないがね」

僧侶「(それだけじゃない。回転は激しい痛みを伴い、体内の急激な劣化を引き起こす)」

僧侶「(故に、その体質の人間は寿命が短いとされる。おそらく、狩人さんは……)」

狩人「もし、仮にこれが原因で人間の定義から外れているとしたら、私に奴は殺せない」

僧侶「では、私なら倒せると?」

狩人「確証はないがね。攻撃の手順は先程と変わらない。私が囮になる。だが、もし私の推測と違っていたら……」

僧侶「分かっています。羅刹王が死ぬまで、何度でも殺し続ける。それしか方法はない」

狩人「(眼が変わった。魔力の高まりを感じる。やはり、彼女の魔力は桁が違う)」

僧侶「(回転速度が上がっている。狩人さんも、傷を負う覚悟は出来ているんだ)」

狩人「……準備は出来た。私はいつ出ても大丈夫だ。合図は貴方が出してくれ」

僧侶「分かりました。では、岩を弾き飛ばしたと同時に左右に散りましょう。3、2、1……行きます」


516 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:42:11Ac1QeNPA (23/35)


【#15】幻視の海

勇者『……?』

コポッ…コポコポッ…

勇者『何だ、此処は……水の中? いや、息は出来る。夢なのか?』

勇者『奇妙な感覚だ。夢にしては意識がはっきりし過ぎてる。上も下もない。痛みも、ない』

コポコポ…

勇者『綺麗だな。光の揺らめきが見える。光ってのは、こんな場所にまで差し込むのか……』

>>やっと

>>ようやく

>>貴方と会えた

勇者『?』

>>貴方が

>>そう、貴方こそが


517 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:44:34Ac1QeNPA (24/35)


勇者『声? 何処から……』

>>最後の一滴

>>雨の中のひとしずく

>>貴方が最後のひとしずく

勇者『……』

>>いずれまた

>>命の最期に

>>貴方の最期の時に

勇者『お前等は何だ。何でこんな場所にいる』

>>忘れないでくれよ?

>>全ての還る場所に、私達はいるの

勇者『っ、沈ーーー!?』

>>もう繋がっているんだ

>>何処にいても、貴方を見ているよ

コポッ…コポコポ…


518 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:45:59Ac1QeNPA (25/35)


勇者『っ、プハッ! ケホッ、ケホッ…』ガバッ

僧侶『大丈夫?』

勇者『…………………宿?』

僧侶『どうしたの? 惚けた顔をして』

勇者『いや、何でもねえ……』

僧侶『あらそう。随分と苦しそうだったけれど、本当に大丈夫なの?』

勇者『ああ、妙な夢を見ただけだ』

僧侶『また、あの夢を見たの?』

勇者『いや、いつものやつじゃない。よく分からねえ夢だ。俺は水の中にいた。それだけだ』

僧侶『そう……』

勇者『どうした?』

僧侶『私、ずっと考えていたのよ』

勇者『?』

僧侶『龍を倒したら、旅が終わったら、貴方はどうするのだろうって』


519 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:47:02Ac1QeNPA (26/35)


勇者『随分と暇な奴だな』

僧侶『うるさいわね。私は真剣なのよ』

勇者『そうかよ。おら、さっさと行くぞ』

僧侶『はぐらかさないで』

勇者『あのなあ、そんな話をして何になる? どうしちまったんだ、お前』

僧侶『貴方、龍と戦って死ぬつもりなんでしょう?』

勇者『んなわけねえだろうが馬鹿』

僧侶『私を守るって言ったのに、嘘吐き』

勇者『お前は何が言いてえんだ。はっきり言え』

僧侶『貴方は私を置いて、一人で龍と戦ったわ』

勇者『はぁ? 何言ってんだ、お前?』

僧侶『まだ、思い出せないのね……』

勇者『思い出すも何も、まだ戦ってもいねえんだぞ。頭大丈夫か?』

僧侶『私が目を覚ました時には終わっていたわ。息絶えた貴方と、傷だらけの龍がいた』

僧侶『何度も甦らせようとしたけれど、幾ら魂に呼び掛けても戻っては来なかった』


520 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:48:26Ac1QeNPA (27/35)


勇者『何を、言ってる……』

僧侶『魂は繋がり始めた頃だと思うのだけど、どうやらまだみたいね……』ザッ

ガシッ

勇者『待て、何があった』

僧侶『離して』

勇者『僧侶、答えろ』

僧侶『……その名で私を呼ぶ意味を、貴方は理解しているの?』

勇者『うるせえな。意味だの理解だの、お前を呼ぶのにそんなに小難しいもんが必要なのかよ』

僧侶『っ、必要なのよ。今は』

勇者『何だそれ。お前ってそんなに面倒くせえ女だっけ? 今日はやけによく喋るしよ』

僧侶『こんな風になったのは貴方の傍にいたからよ。全部、貴方の所為……』

勇者『そうかよ。つーか、何で泣いてんだ』

僧侶『……うるさいわね。こっちを見ないで』

勇者『何かあったら言えって言っただろうが』


521 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:50:06Ac1QeNPA (28/35)


僧侶『憶えているのね。私に言ったこと……』

勇者『当たり前だろうが、そう簡単に忘れるか』

僧侶『ふふっ。貴方って本当に……」

勇者『おい、大丈夫なのか?』

僧侶『ええ、私は平気。ねえ』

勇者『ん?』

僧侶『……………ありがとう』

勇者『何だよ急に、気持ち悪ぃな』

僧侶『だって、生きているうちに伝えないと意味がないって言ってたじゃない』

勇者『ああ、確かに言った。だが、今のお前が言うと俺が死ぬみたいに聞こえる。さっきも妙なこと言ってたしな』

僧侶『………そうね、そうよね。ごめんなさい』

勇者『何で泣くんだよ。お前、本当にどうしたんだ?』

勇者『龍と戦って死んだとか、お前を置いていったとか、意味が分からねえ』


522 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:50:59Ac1QeNPA (29/35)


僧侶『ねえ、私が僧侶だと分かる?』

勇者『当たり前だろうが、お前みたいな女を忘れるわけねえだろ』

僧侶『きっと、もうすぐ思い出すわ。すべてが重なれば、私が誰なのか分かる……』

勇者『話せないことなのか』

僧侶『そうじゃないの。話しても伝わらないのよ。貴方自身が思い出すしかないわ』

勇者『さっきの話と関係あるのか? 僧侶、お前は何を見た。何があった』

僧侶『………私を忘れないで。貴方の魂のその奥に、私はいるわ』

サラサラ…

勇者『っ、体が……おい、しっかりしろ!!』

僧侶『思い出して、私は』

勇者『僧ーーー』

サァァァァァ…


523 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:52:04Ac1QeNPA (30/35)


巫女「(矢は消えたけど魂が壊れかけている。この甲冑は魂と深く繋がっている。魂に直接矢を受けたと言っていい)」

巫女「(未だ、龍に受けた傷も癒えていないのに……魂が砕けていないのが不思議でならない)」

巫女「(難解、複雑な構造。どうやって甲冑と魂を? 魔女は、この甲冑に何を……)」

勇者「……ッ!!」ガバッ

巫女「だいじょうぶ!? しっかりして!!」

勇者「はぁっ、はぁっ、はぁっ」ズキンッ

勇者「(今のは何だ。何故あいつを僧侶だと? くそっ、頭が重い。何故、矢が消えている? 何があった?)」

ギュッ…

勇者「!!」

巫女「落ち着いて、わたしの声が聞こえる?」

勇者「あ、ああ、大丈夫だ。悪いな……」

巫女「ううん。でも良かった、目を覚ましてくれて。みんなも心配してたんだよ?」

勇者「……そうか。あいつは? 僧侶は何処にいる?」

巫女「僧侶は矢を消すために砦に行った。消すには、術者を倒すしかない」

勇者「矢が消えてるってことは殺したのか。あいつが……」


524 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:53:27Ac1QeNPA (31/35)


巫女「ううん。倒せていない」

勇者「殺したから消えたんじゃねえのか」

巫女「一度は倒した。だから矢は消えた。だけど、倒せてない。今も戦ってる」

勇者「そいつが何なのか分かるか?」

巫女「僧侶が戦っているのは、おそらく逸した存在。世にある生命の枠から外れた者」

勇者「……冗談を言ってる顔じゃあねえな。どうすりゃ殺せる」

巫女「あなたなら倒せる。あなたには、その力がある」

勇者「前から妙な力を持ってるとは思ってたが、そんなことまで知ってるとはな……」

巫女「黙ってて、ごめんなさい」

勇者「謝る必要はねえよ。場所は?」

巫女「場所は北東の砦跡。でも、本当に行くの?」

勇者「そのつもりで話したんだろ?」

巫女「……そうだけど、死んじゃうかもしれないんだよ?」

勇者「死ぬかもな。だが、俺が行かなければ僧侶が死ぬかもしれない」


525 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:55:32Ac1QeNPA (32/35)


巫女「……」

勇者「巫女、あまり頭ん中でごちゃごちゃ考えるな。俺は死にに行くわけじゃない」

巫女「なんで分かるの?」

勇者「顔に出てるからな。分かり易くて助かる」

巫女「なら、なんで何も聞かないの? わたしのことを疑ったりしないの?」

勇者「そういう奴には見えねえからな」

勇者「理由は分からねえが息苦しそうな顔をしてる。裏切るつもりなら、そんな顔はしねえだろ?」

巫女「……」

勇者「続きは帰ってからだ。話したいことがあるなら、その時に話せ」

巫女「怒らない?」

勇者「内容によっては怒るかもしれねえな」


526 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:56:27Ac1QeNPA (33/35)


巫女「……いじわるな人」

勇者「んなことは言われなくても知ってる」

勇者「そんじゃあ行ってくる。腹減ったら何か食え。疲れたら寝ろ。無理はするな。いいな?」

巫女「う、うんっ!」

勇者「お前等も無理はするなよ」ザッ

>>勇者君、気を付けるんだよ?

>>さっさと帰って来いよ。殺されたら許さねえからな

>>待ってるからね? 必ず戻って来るんだよ?

勇者「……ああ、必ず戻って来る」

ザッザッザッ


527 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 21:58:05Ac1QeNPA (34/35)


ーーー
ーー


助手「まただ、また音が消えた」

助手「(三つ目の音。つまり、悪魔の魂が消えた。これで何度目になるだろう)」

助手「(これが意味することは、悪魔が復活しているということだ)」

助手「(まさか不死? いや、そんなはずはない。生物である以上は必ず殺せる)」

助手「(何らかの仕掛けがあるはすだ。おそらく、二人はそれを見抜けていない。何か手掛かりを……)」スッ

ズズズ…

助手「っ、駄目だ。これじゃあ分からない」

助手「(もっと、はっきり聞こえるように出来ないのか? これが限界なのか?)」

狩人『光の粒を全体に行き渡らせるのだ。それは君の意のままに動く』

狩人『熟達すると、遠く離れた場所の出来事さえも手に取るように分かるという』

助手「(……この程度が限界ではないはずだ。集中して、意識をもっと遠くに)」


528 ◆GC8HKbhIcg2018/10/04(木) 22:01:58Ac1QeNPA (35/35)


助手「……」

ズズズ…バチッ!

助手「(痛っ! 何だ、何かが見える。これは弓? っ、消えた。これ以上は無理か)」ボタボタッ

助手「(……鼻血? 肉体に負担が掛かるのか。便利だけど、あまり多用しない方が良いみたいだ)」ゴシゴシ

助手「(でも、一瞬だけ見えた。あの弓には何か意味があるのか? 伝えた方が良いのだろうか)」

助手「(……伝えるべきだ。当てにはならないかもしれないけど、直感がそう言っている)」

助手「(未だに音は止まない。二人は苦戦しているんだ。出来ることはやらないと)」ザッ

助手「(もう昼過ぎ。何とか夕方までには辿り着きたいけどーーー)」

カカッ…カカッ…

助手「(今のは馬の足音か? 逃げ出した馬でもやって来たのだろうか? これは運が良い)」ザッ

ブルルッ…

助手「あ、やっと見つけ………ひっ!?」



勇者「あ? 何だ、お前」


529 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:22:268fK/WWnY (1/25)


【#16】死期の訪れ

勇者「誰だ、お前」

助手「(骨? 骸の悪魔? 攻撃して来ない? 会話は出来るようだ。昨日の悪魔とは違……いや、待て。この魂の音は聞き覚えがーーー)」

勇者「さっさと答えろ」

助手「まさか、貴方が勇者……」

勇者「追っ手か。面倒だな」ジャキッ

助手「っ、待って下さい!! 僕には伝えなければならないことがあるんです!!」 

勇者「軍の連中にか」

助手「何をーーー」

勇者「所作で分かる。お前、軍人なんだろ?」ザッ

助手「(下手な誤魔化しは通用しない。いたずらに刺激するだけだ。正直に話すしかない)」

勇者「お前らと戦ってる暇はねえんだ。伝えられると面倒なんだよ」ザッ

助手「確かに僕は軍人でした!! ですが、今は違います!!」

勇者「そうかよ」ジャキッ

助手「僕は狩人さんの助手として貴方を追って来ました!! その狩人さんは、僧侶さんと共に悪魔と戦っています!!」


530 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:24:198fK/WWnY (2/25)


勇者「……」

助手「事情は僧侶さんに聞きました。貴方が難民を救い出し、東を目指していることも」

助手「二人は貴方に刺さった矢を消し去る為に戦っている。何故貴方が此処にいるのかは分かりませんが、二人は今も戦い続けています」

助手「僕も連れて行って下さい。説明なら幾らでもします。今此処で問答を繰り返している時間はないはずです」

勇者「……」

助手「(表情からは何も読み取れない。信じてくれたのだろうか?)」

勇者「来い。知ってることは全て話せ。いいな」

助手「わ、分かりました」

ーーー
ーー


ガガッ! ガガッ!

勇者「魂の力」

助手「はい。初めは僕にも信じられませんでしたが、その力は確かに存在します」


531 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:26:008fK/WWnY (3/25)


勇者「それで弓を見たわけか」

助手「そうです」

勇者「森にいた理由は」

助手「守りながら戦うことは出来ない。君は此処にいろと、狩人さんに……」

勇者「何だお前、置いて行かれたのか」

助手「……はい」

勇者「納得出来ねえなら無理矢理にでも付いて行ったら良かったじゃねえか」

助手「僕が行っても迷惑を掛けるだけですから……」

勇者「迷惑だ? そんなもん無視しろよ」

助手「え?」

勇者「お前、俺に連れて行けと言った時、そいつの迷惑になるから止めようとか考えたのか?」

助手「いえ……」

勇者「ほらな。相手の迷惑になるだとか、そんなことを考えてたら何も出来ねえまま終わっちまうんだ」

助手「(これが彼の思想なのか? 刹那的と言えるが、彼は難民を救っている。利己から来るものではないはずだ)」


532 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:32:128fK/WWnY (4/25)


勇者「……」

助手「貴方は何故そこまで刹那的な思考を? 難民を助けた時は悩まなかったのですか?」

勇者「それを知ってどうする」

助手「善悪を、見極めたいんです」

勇者「お前、俺が何をしたのか知ってんだよな? 狩人って奴にも聞いたんだろ?」

助手「聞きました。しかし……」

勇者「なら聞くな、答えは出てるはずだ」

助手「それが、まだ分からないんです。どちらも正しく、どちらも間違えてるようで……」

勇者「やめとけ。俺に聞いても余計に迷うだけだ。答えなんて出ねえ」

助手「いつかは見つかるでしょうか?」

勇者「知るかよ。それはお前次第だ。それより、そろそろ頭を切り替えろ」

助手「はい、了解しました」

勇者「……」

助手「(想像していた人物とはまるで違う。まさかこんな姿になっているとは思わなかった。と言うか、僕は勇者と話したのか……って、そうじゃない。集中するんだ)」


533 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:33:568fK/WWnY (5/25)


勇者「……」

助手「(やはり、僅かに異なる二つの音が重なっている。本来、音は一つのはずだ)」

助手「(魂が二つあるなんて有り得ない。だとしたら、この音は一体……)」

ガガッ ガガッ…

助手「ち、ちょっと止まって下さい」

勇者「あ?」

助手「あれを見て下さい。悪魔の遺体に矢が刺さっています。矢が、消えていません」

勇者「……」

巫女『僧侶が戦っているのは、おそらく逸した存在。世にある生命の枠から外れた者』

勇者「馬を下りるぞ。矢を調べる」スタッ

助手「了解しました」スタッ

ザッザッ…

助手「ただの矢のように見えますね」ソー

ガシッ!


534 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:37:148fK/WWnY (6/25)


助手「!?」

勇者「化け物の矢だ。触れるな」

助手「は、はい。迂闊でした。申し訳ありません」

勇者「矢が何で出来てるのか分からねえが、消えてねえってことは魔力じゃねえってことか。これは、文字のようだな」

助手「ええ、細かく彫り込まれていますね。何か意味がありそうですが……」

バシュッ!

助手「今のを見ましたか!?」

勇者「ああ、骸が一つ消えた。何か細工をしてるみてえだな」

助手「……?」ピクッ

勇者「どうした」

助手「丁度馬を下りた時に音が消えたのですが、遺体が消えた直後に音が戻りました」


535 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:38:508fK/WWnY (7/25)


勇者「確かか」

助手「はい。音にはずっと注意していました。距離も先程より近いので間違いはありません」

勇者「……矢を破壊するぞ」

助手「了解しました」

バキンッ…バキンッ…

勇者「(文字の彫り込まれた矢。呪術か? だが、こんな文字は見たことがない)」

バキンッ…バキンッ…

助手「(この一本だけ、他の矢とは文字が違うような気がする。他のと見比べてみたいけど時間がーーー)」ボタボタッ

助手「(また鼻血? このやり方だと負担が掛かるのかも知れないな。気を付けよう)」ゴシゴシ

勇者「終わったか?」

助手「はい、終わりました」

勇者「よし。予想が当たっているなら、これで蘇りは出来ねえはずだ。砦に行くぞ」


536 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:40:028fK/WWnY (8/25)


ーーー
ーー


僧侶「んっ!!」ブンッ

ゴシャッ! ドサッ…

僧侶「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

ズルルルッ!

羅刹王「く、来る。滅ぼしが、来てしまう」

僧侶「(やっぱり駄目だ。倒したのが私でも狩人さんでも結果は変わらない)」

狩人「諦めるな。もう一度だ」

僧侶「はいっ」ズシッ

羅刹王「お、おお。霧が、晴れていく」

僧侶「(そうだ。諦めちゃ駄目だ。終わるまでは、何度でも倒し続ける)」

羅刹王「……獣かと思えば出来損ないじゃあないか。幻を見せたか、狂わされたか」


537 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:41:368fK/WWnY (9/25)


僧侶「行きます」

狩人「待て、先程までと様子が違う」

羅刹王「お前達の意識は明瞭か? 俺に戦いを挑んで無事に済むと思っているのか?」

狩人「今まで惚けていたのは演技かね」

羅刹王「毒は抜けた。どこぞの誰の仕業かは知らないが、やってくれる」

僧侶「(……毒?)」

羅刹王「歪な娘よ、俺に魔術合戦を挑むとは傲慢だな。傲慢故の歪みか」

狩人「言葉は通じるようだが、会話にはならないようだな」ジャキッ

羅刹王「待て。待て待て。お前達では殺せない。この有様を見るに、既に試したのだろう?」

羅刹王「無駄だ。徒労だ。何度やろうと俺に死は訪れない。だが、お前達には訪れる。蒼白の娘よ、生きたいか」

狩人「何?」

羅刹王「その命、持って二十年。残りは僅か。俺ならば延ばしてやれる。歪みを消し去れば、与えてやる」

狩人「……歪みとは何だ」

羅刹王「その娘。そして、共にいる男。生かしておけば、人すらも滅ぼすだろう」


538 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:49:318fK/WWnY (10/25)


僧侶「そんなことは有り得ません」

羅刹王「何を馬鹿な。あの男は既に人を殺したはずだ。己の掲げる正義を信じてな」

僧侶「違う」

羅刹王「何が違う。身勝手な正義を振り翳し、激情に任せて剣を振るう狂える獣、世にも稀な殺人者」

僧侶「違う!! あの人は戦うしかなかった!! そうしなければ、あの人も皆も殺されていた!!」

羅刹王「救うためならば、殺人すらも正当化するか。生命の略奪さえも是とするか。何とも身勝手な考えだ」

僧侶「そんな人じゃない!!」

狩人「悪魔に耳を貸すな、落ち着ーーー」

羅刹王「愚かで短慮。故に偽善に酔い痴れたか。実に醜い。己の罪から目を背け、積み上げた屍の上で勇者を騙るとはな」

僧侶「ふざけるなっ!!」ダッ

ガシッ!

僧侶「離して下さい!!」

狩人「落ち着くんだ!! 挑発に乗るな!!」

僧侶「あの人は罪から目を背けたりしません。罪を背負って戦い続けているんです。幼い頃から、ずっと……」

狩人「……………」


539 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:56:448fK/WWnY (11/25)


羅刹王「そうか。ならば来い」

羅刹王「何を迷う必要がある。侮辱を許すな。思い慕う男の名誉を守ってみせろ。思い焦がれているのだろう? あの男に」

僧侶「っ!!」バッ

狩人「待つんだ!!」

羅刹王「まるで、赤子のようだな」ズォ

狩人「(弓?) 逃げろ!!」

羅刹王「もう遅い。これで、歪みは一つ消える」

ドッッ!

僧侶「……あ…ぅ?」

ドサッ…

狩人「僧侶!!」ダッ

羅刹王「今更何をしても無駄だ」サァァ

狩人「(っ、姿が消えた。先程までとはまるで戦闘方法が違う。音を探さなければ)」


540 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 18:58:028fK/WWnY (12/25)


羅刹王「無駄だと言ってる」

ガシッ!

羅刹王「首をへし折ったらどうなる。試したことはあるか?」

ギリギリ…

狩人「ぐっ…っ!!」ガチリ

ザクッ!ザクッ!

羅刹王「何度やろうと同じだ。お前は脅威ではないが、動かれると面倒だ」

ギリギリ…

羅刹王「苦痛に喘ぎ、己の意思で死ぬことは出来ず、限られた時まで生かされ続ける。呪われた命」

狩人「知った風な口を、利くな……」

羅刹王「鎌を使うのは、命を支配したいという願望の表れか?」

狩人「……」

羅刹王「虚しい娘だ。己の命すら自由に出来ないというのに、命を刈り取るべく鎌を振るう」


541 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:02:378fK/WWnY (13/25)


狩人「下らない妄想だ」

羅刹王「まあいい。所詮はお前も罪人だ。血に塗れた体、穢れた血。本来の人ではない」

狩人「貴様のような存在に言われたくはないよ。自分の罪は棚に上げて、よくもまあ偉そうに言えたものだ」

羅刹王「お前のような存在と一緒にするな。俺は超越者。神に
、罪などない」

ゴキャッ…

羅刹王「脆いな。さて、歪な娘よ」

僧侶「……っ、うぅ」

羅刹王「お前は存在してはならない歪みだ。その矢が、お前を殺すだろう」

僧侶「…ゆ…がみ……」

羅刹王「そうだ。故に消し去らなければならない。一度はあの男に防がれたがな」

僧侶「(最初から、私を狙っていたの? でも、何故?)」

羅刹王「一つ聞きたい。お前は何処から来た。我々とは異なる進化を遂げているようだ。まさか、我々以前の存在なのか」

僧侶「なにを……」

羅刹王「お前は疑問を抱かなかったのか? 俺の魔術を妨害する程の魔力を扱えることに」


542 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:04:228fK/WWnY (14/25)


僧侶「……」

羅刹王「あのようなことは、嘗ての我々にも不可能だ。お前は如何にして、そこに辿り着いた」

僧侶「(かつて?)」

羅刹王「本当に、何も知らないのか。それならば、それでいい。お前が辿る結末は変わらない」

僧侶「(っ、矢が止まらない。でも何で? この矢は、あの人に刺さっているはずなのに)」

羅刹王「……来たか。奴の音が聞こえる」

僧侶「(音? 音なんて何処から……まさか、羅刹王にもーーー)」

ジャリッ…

僧侶「そんなっ、何で……」

羅刹王「ハハハッ!! そうか、そのような有り様になっていたか。誰かは知らぬが面白いことをする」

羅刹王「だが、それこそが相応しい姿だ。お前は生命の敵。死を振り撒く病に違いない」

羅刹王「………その目、あくまで足掻くつもりか。良いだろう。そのひび割れた魂、今度こそ砕いてやる」


543 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:05:518fK/WWnY (15/25)


【#17】影

僧侶「なんで……」

勇者「話は後だ。お前は矢を止めることだけを考えるんだ。いいな」

僧侶「そんな状態で戦ったら、次は確実に……」

勇者「分かってる。僧侶、すぐに終わらせる。それまでは何とか耐えてくれ。『頼む』」

僧侶「はいっ、任せて下さい」ニコリ

勇者「……」

ザッ…

羅刹王「亡骸の寄せ集め。お前の魂を映したかのような姿だな。死を呼ぶ醜悪な本質そのものだ」

勇者「……」

羅刹王「狂った音色がまた一段と大きくなったぞ。身を焦がす程の闘志と殺意を感じる」ズォ

勇者「(あれが、奴の弓か)」

羅刹王「醜き獣、歪みの男。そのひび割れた魂、何時まで持つのか見物だな」


544 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:08:018fK/WWnY (16/25)


勇者「言ってろ」ダッ

羅刹王「(この矢で、仕留める)」

勇者「(退かねえな。弓に余程の自信があるのか)」

助手『貴方の言うように矢を通じて魂を供給しているなら、弓にも何らかの細工が施されていると思われます』

助手『弓こそが幾度もの蘇りを可能にしている呪物、或いは術具であるのかもしれない』

勇者「(体には届かねえが、弓には届く)」

羅刹王「(踏み込みが浅い。そこからでは届かん。俺の矢が先にーーー!!)」バッ

ズガンッ!

勇者「(外したが、どうやら当たりのようだ)」

羅刹王「……」

勇者「どうした化け物、随分と大袈裟に避けたな」

羅刹王「(今のは間違いなく弓を狙った一撃。単に武器破壊を狙ったとも考えられるが……)」

勇者「……」

羅刹王「(気付いて、いるのか……)」


545 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:10:118fK/WWnY (17/25)


勇者「……」

羅刹王「(僅かに探りを入れているような感もあった。確信はないと言ったところか)」

勇者「口数が減ったな。良いことだ」ダンッ

羅刹王「(ここで退けば気取られるかも分からん。打って出る)」ギリリ

キュドッッッ!

勇者「(早いが、見える。避けられる)」

羅刹王「(この距離で躱すか。まあ良い。そのまま詰めてこい。矢は幾らでもある。雨は、避けられまい)」ズズズ

勇者「……」ダンッ

羅刹王「愚か者が、周りが見えんのか」

勇者「見えてねえのは、てめえの方だ」

フッ…

羅刹王「(矢が消えーーーっ、まさか!?)」

僧侶「……」

羅刹王「(馬鹿な。あの娘、矢が刺さった状態で俺の魔術を妨害したと言うのか)」


546 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:11:368fK/WWnY (18/25)


勇者「くたばれ」

羅刹王「ッ!!」

バギャッ!

羅刹王「……」ボタボタッ

勇者「(野郎、咄嗟に弓で弾きやがった)」

羅刹王「やってくれたな……」

勇者「弓は破壊した。次で終わらせる」

羅刹王「獣の分際で自惚れるな。それを可能にしたのは、お前ではない」ザッ

勇者「……」ジャキッ

羅刹王「どうやら見くびっていたようだ。真に警戒すべき脅威は、お前などではなかった」ダンッ

勇者「(っ、狙いは僧侶か!!)」

ガシッ!

僧侶「あうっ…」

勇者「僧侶!!」

羅刹王「動くな。動けば、この娘を殺す」


547 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:12:518fK/WWnY (19/25)


勇者「ふざけんなよ、化け物が」ザッ

羅刹王「動くなと、言っている」

ギリギリ…

僧侶「あっ、うぅっ……」

勇者「……」

羅刹王「それでいい。武器を捨てろ」

勇者「黙れ」

羅刹王「……強い怒りを感じるぞ。いや、迷っているな。まさか、娘ごと俺を斬るつもりか?」

勇者「……」

羅刹王「ハハハッ!! 実に醜い。憎しみに囚われた目をしている。この娘の命より俺への殺意が勝るか。それで勇者とは笑わせてくれる」

僧侶「くっ、うぅっ……」

勇者「……」

羅刹王「俺は、どちらでも構わんぞ」

勇者「……」ガランッ…


548 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:14:468fK/WWnY (20/25)


羅刹王「下らん。今更、人を気取るか」

ドゴォッ!

勇者「ぐっ……」ガクンッ

僧侶「うぅっ!!」ジタバタ

勇者「(僧侶……)」

ドガッ!

勇者「がっ……」

羅刹王「強靭な意志を持っていると、俺を脅かす存在であると、何を犠牲にしても挑んで来ると、そう思っていた」

勇者「ハァッ、ハァッ」

羅刹王「所詮は弱者。お前には意志を貫く力など有りはしない。お前に俺は殺せない」ガシッ

ブンッ! ドガンッ!

勇者「」ドサッ

羅刹王「………消えていない。今ので砕けたと思ったが、どういうことだ」


549 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:16:108fK/WWnY (21/25)


僧侶「……て」

羅刹王「何?」

僧侶「もう、やめーーー」

羅刹王「黙っていろ」

ギリギリッ

僧侶「かっ、はっ……」

勇者「……せ」

羅刹王「藻掻くな。今、終わらせてる。塵も残さず、消し去ってくれる」ズズズ

ガシッ!

羅刹王「?」

勇者「そいつを、離せ……」

羅刹王「この期に及んで人のような口を利くとは驚いた。獣の分際で、大したものだ」

ドガッ! ドガッ! ドガッ!

勇者「離…せ……」

羅刹王「(……馬鹿な。やはり、この男は危険だ。いずれは全てを脅かす)」


550 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:17:028fK/WWnY (22/25)


羅刹王「その力、此処で断ち切る」スッ

ザクッッ! ボタボタッ…

羅刹王「な……に?」グルリ


助手「はぁっ、はぁっ、勇者さん!! しっかりして下さい!!」ガクガク


勇者「(何で来やがった馬鹿野郎。終わるまで隠れてろって言ったのによ……)」

羅刹王「何だ、お前は……」ガクンッ

助手「勇者さん!!」

勇者「……」ジャリッ

羅刹王「これは、どうしたことだ? こんな、こんな馬鹿なことが、この傷は、このような奴が、俺に傷を」

助手「勇者さん、早く!!」

勇者「……分かってる」ガシッ


551 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:18:338fK/WWnY (23/25)


羅刹王「巫山戯るなあああッ!!!」ガバッ

勇者「うるせえんだよ、化け物」

ゴシャッッ!

羅刹王「ひっ、ひゅっ……」

ドサッ…

助手「や、やった!! やりましたよ!!」

勇者「……」

助手「あの、ところで狩人さんはーーー」

勇者「僧侶を抱えて此処から離れろ」

助手「え?」

勇者「まだ僧侶の矢が消えてねえ!! さっさとしろッ!!」

ズルルルッ!


552 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:19:448fK/WWnY (24/25)


助手「!?」

羅刹王「小僧ォォッ!!」

助手「しまっーーー」

ガギャッ!

助手「………?」

勇者「行けッ!!」

助手「は、はい!! 僧侶さん!!」ガシッ

僧侶「っ、待って下さい。まだ、あの人が……」

助手「無理です!! 今は勇者さんの言う通り此処から離れましょう!!」

ダッダッダッ…

僧侶「待っ……て……」ガクンッ


553 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:21:248fK/WWnY (25/25)


羅刹王「無駄なことを」

勇者「(どういうことだ……)」

勇者「(俺から受けた傷は殆ど消えているが、助手から受けた脇腹の傷は消えていない)」

羅刹王「あの娘は直に死ぬ。直接手を下さずともな」

勇者「(あの傷だけが治癒しなかった理由は分からねえが、あの傷を狙う他に方法はない)」

羅刹王「言ったはずだ。お前に、俺を殺すことは出来ないとな」

勇者「(もう魔術は防げねえ。使われたら終いだ。問題は、この距離をどうやって詰め……?)」

勇者「(……そうかよ。なら、やってやる)」

羅刹王「獣に、神は殺せない」

勇者「笑わせんな化け物」

羅刹王「口だけは達者だな」サァァ

勇者「それはお前もだろうが、獣相手に逃げ隠れするんじゃねえよ。神様なんだろ、おい」

羅刹王「あの娘はいない。お前に魔術は防げんだろう。これで最後だ」

勇者「聞いてんのか腰抜け。おら、何とか言えよ。神様気取りの化け物が」

キュドッッ! ボタボタッ…


554 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:36:03i0xexttk (1/6)


勇者「……ゴフッ」

羅刹王「俺にそのような口を利いた奴は、お前が初めてだ」

勇者「(熱い。目が焼ける)」ガクンッ

勇者「(音がうるせえ。体中が燃えて爆発してるみてえだ。髪の毛一本、血の一滴まで……)」

羅刹王「何故、砕けない」

羅刹王「ひび割れた魂が、何故そこまで耐えられる。その身に何をした?」

勇者「……か」

羅刹王「……二つ。そうか、甲冑に魂を分けたな? 半分は剥き出しになるが、もう半分は守られる仕掛けか」

勇者「……だ」

羅刹王「成る程、ようやく解けたぞ」

勇者「……ま」

羅刹王「それは呪いではなく加護。あの娘の仕業か。魂を引き裂くとは残酷なことをするものだ」

勇者「………ろ」

羅刹王「何?」

勇者「……か、さっさとしろ。まだか、さっさとしろ」


555 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:37:16i0xexttk (2/6)


羅刹王「(懇願。痛みに屈したか)」

羅刹王「(当然だ。魂は守られるだろうが、肉体の崩壊は避けられん……?)」

バサバサッ…ギャアギャア

羅刹王「塔を旋回する鳥を見るがいい。お前の死を待ち侘びているようだ」

勇者「……」

羅刹王「(あの目、見えているのか、いないのか……何とも見苦しい。終わらせてやる)」スッ

バサッ…バサバサッ!

勇者「……何してる。さっさとしろ」

羅刹王「死を望む程に苦しいか。良いだろう。今、とどめを刺してやる」


狩人「これでも急いで来たのだ。無茶を言わないでくれ」


羅刹王「!!?」バッ

狩人「姿を消そうと無駄だ。音は、捉えた」

ゴシャッッ! ズパンッッ!


556 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:38:17i0xexttk (3/6)


狩人「……」スタッ

羅刹王「カッ…カッ……ヒッ」グラグラ

ドサッ…

狩人「……」

勇者「……」

狩人「もう再生はしないようだな。君、立てるかね。手を貸そうか」

勇者「いや、いい。一人で立てる」ザッ

狩人「そうか。では、行こう」

勇者「どうやって壊すつもりだ」

狩人「ああ、これのことか」スッ

羅刹王「」

ズル…ズル…

勇者「まだ生きてんだろ。肉が追って来てる」

狩人「ああ、再生はしていないが安心は出来ない。これは助手に任せようと思う」

狩人「どうやら、助手には破壊出来るらしい。詳しい説明は後にしよう」シャラ


557 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:39:18i0xexttk (4/6)


勇者「(今の音、こいつの服の中か?)」

狩人「何かね?」

勇者「何でもねえよ」

狩人「……大丈夫、壊れていないよ。合流したら必ず返す。安心したまえ」

勇者「分かってたなら最初から言え。おら、行くぞ」

狩人「……」

勇者「おい、どうした」

狩人「君が来てくれて助かったよ」

勇者「お前、変わった奴だな。いずれ殺し合う奴に礼なんて言うなよ」

狩人「はははっ! 君は正直な奴だな。だが、それはそれ、これはこれだ……っ」

勇者「痛むのか」

狩人「これ程までに苦戦したのは初めてでね。あまり気にしないでくれ」

勇者「分かった」

ザッザッザッ…


558 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:40:17i0xexttk (5/6)


狩人「……」フラッ

ドサッ

勇者「……」

狩人「……」

勇者「……」グイッ

ザッザッザッ…

狩人「助かったよ。快適ではないがね」

勇者「黙ってろ」

狩人「怪我の影響か、かなり痩せているようだな。戻ったら何か食べたまえ」

勇者「……体が見えるのか」

狩人「音を捉えることが出来れば見える」

勇者「便利だな。次は最初から使え」

狩人「む。言っておくが、その責任は君にある」

勇者「あ?」

狩人「君の音があまりに大きい為に、羅刹王の音を捉えるのに時間が掛かってしまったのだ」


559 ◆GC8HKbhIcg2018/10/05(金) 19:41:00i0xexttk (6/6)


勇者「そうかよ」

狩人「そうだとも」

勇者「……」

狩人「……」

勇者「……一つ、頼みがある」

狩人「何かね?」

勇者「あいつ等を届けるまでは待って欲しい。用事は、その後にしてくれ」

狩人「……済まないが、すぐには返答出来ない。少し、考える時間をくれないか」

勇者「ああ、分かった」

ザッザッザッ…

狩人「…………………」


560以下、名無しが深夜にお送りします2018/10/06(土) 10:25:51yY.DknBs (1/1)

ひそかに楽しみ
一気に貼ってくれてもいいんだよ?


561 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:03:43UUobO9Fk (1/23)


【#18】二つ、二つ

狩人「遅れて済まなかったね」

助手「狩人さん、勇者さん……」

勇者「僧侶は」

助手「この建物の中にいます」

助手「矢が消えた直後にご自身で治療していましたが、暫くして気を失ってしまいました。疲労からだと思われます」

勇者「そうか……」

狩人「早速で悪いが、君に頼みたいことがある」スッ

羅刹王「」ビクビク

助手「ひっ!? な、何でそんなものを……」

狩人「どうやら、頭部が生きているようなのだ。君に壊して欲しい」

助手「え!?」

狩人「気は進まないだろうが、やってくれ」

助手「で、ですが、僧侶さんの矢は消えていますよ? 音もしないですし大丈夫なのでは?」


562 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:07:14UUobO9Fk (2/23)


狩人「念のためだ」

ゴトッ…

羅刹王「」

助手「(き、気持ちが悪い。頬や瞼が僅かに痙攣している)」

狩人「どうしたのかね」

助手「あの、勇者さんでは駄目なんですか?」

勇者「傷を負わせることは出来たが、破壊するには至らなかった」

狩人「一方、君の負わせた傷は治癒しなかった。この中で、唯一君だけが癒えぬ傷を負わせた」

狩人「私は君が負わせた魂の傷を広げることで、何とか羅刹王を倒すことが出来たのだよ」

助手「しかし、何故……」

狩人「それは私にも分からない。ただ、古い書物の中には、人間にしか殺せないとあった」

助手「人間、ですか」

狩人「ああ。何を以て人間とするのかは定かではないが、どうやら君には可能なようだ」

助手「……分かりました。やってみます」チャキッ


563 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:08:11UUobO9Fk (3/23)


羅刹王「」

助手「(うっ。目が、こっちを見ている)」

羅刹王「あ゛あ゛あ゛」ブルブル

助手「ひぃっ!?」

狩人「はははっ」

助手「わ、わ、笑い事じゃないですよ!!」

狩人「コホンッ。そうだな、済まなかった」

助手「(心臓が飛び出るかと思った)」

羅刹王「や゛めーーー」

勇者「うるせえ」ゲシッ

羅刹王「」ゴロン

助手「そ、そんなことをしたら呪いや祟りがーーー」

勇者「呪ってやると言って死んだ奴ならいるが、未だに何もない。死んだら終わりだ。何も出来やしねえよ」

助手「(なんて説得力だ)」

狩人「いきなり言われて困惑するのは分かる。今日出来ないなら、日を改めてでも構わない」


564 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:09:16UUobO9Fk (4/23)


助手「やります」

狩人「む、そうか? それは助かる」

助手「一人に、してくれませんか……」

勇者「……分かった。俺は中で待ってる。終わったら来い」ザッ

狩人「大丈夫なのか?」

助手「大丈夫です」

狩人「……そうか。では、私も中で待っているよ」ザッ

助手「(僕にしか出来ない。皆、この悪魔に殺されかけた。終わらせるんだ)」


565 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:10:13UUobO9Fk (5/23)

ーーー
ーー


僧侶「…ハァッ…ハァッ…」

勇者「……」

狩人「君は何ともないのか? その甲冑に傷はないようだが、魂は未だにひび割れたままだ」

勇者「一度、砕けるような感覚はあった。意識が爆発して吹っ飛ぶみたいにな」

狩人「だか、生きている」

勇者「ああ、みたいだな。俺にも分からねえ」

狩人「ふむ……」

勇者「何だよ」

狩人「君は聞こえていなかったかもしれないが、二つあると言っていた。魂を分けたとも」

勇者「お前には、どう見える」

狩人「概ね、羅刹王の言っていた通りだ」

狩人「その甲冑には魂が宿っている。勿論、君の魂だ。だが、ほんの僅かに音が異っている」


566 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:11:06UUobO9Fk (6/23)


勇者「異なる?」

狩人「君の魂に間違いはないが、確かに違う」

狩人「君の音が大きいと言ったが、甲冑から発せられる音が異様に大きいのだ。それ故に気付くのが遅れた」

勇者「あいつ……助手は、俺の音を追ってきたと言っていた。この甲冑の音か」

狩人「そのようだ」

狩人「その音は、ある時から強く発せられるようになった。街から出た時期と合致する」

勇者「(なる程。引き寄せの甲冑ってのは、そういうことか)」

狩人「ところで、誰がそれを?」

勇者「魔女と名乗る女だ。街を出る間際にな」

狩人「素性は」

僧侶「……ン…」

僧侶『きっと、もうすぐ思い出すわ。すべてが重なれば、私が誰なのか分かる』

僧侶『そうじゃないの。話しても伝わらないのよ。貴方自身が思い出すしかない』

勇者「……分からねえ。ただ、この甲冑を外せるのは創り出した本人だけみてえだ」


567 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:12:04UUobO9Fk (7/23)


狩人「それは確かかね」

勇者「何とも言えねえな。あの女を殺すか、あの女が外すか、それしかないと言っていた」

狩人「そうか。それから接触は?」

勇者「ない。事ある毎に絡んで来たが、ここ最近は現れてねえ」

狩人「何か狙いがあると思うか」

勇者「……」

僧侶『その名で私を呼ぶ意味を、貴方は理解しているの?』

僧侶『私を忘れないで。貴方の魂のその奥に、私はいるわ』

勇者「さあな……」

狩人「話してくれないのかね」

勇者「お前の答えを聞いてからだ」

狩人「私の答えが君の望むものではなかったら、君は、どうする」


568 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:13:07UUobO9Fk (8/23)


勇者「……」

狩人「……」

僧侶「……んっ? あっ」

狩人「目が覚めたようだね」

僧侶「大丈夫ですか?」ギュッ

勇者「ああ、大丈夫だ。待たせて悪かったな。無理に起き上がるな、もう少し休め」

僧侶「いえ、私はもう大丈夫です。貴方が無事で良かった……」

狩人「……」

ザッ

助手「お待たせしました」

僧侶「助手さん。無事で良かった。本当に終わったんですね」

勇者「……ああ。今、終わった」


569 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:15:16UUobO9Fk (9/23)


【#19】個々

勇者「……」

狩人「……」

助手「(空気が重い。だけど、それも当然のことだ。二人は全く別の場所に立っている)」

助手「(悪魔を倒した今、二人を繋ぐものは何もない。何が起きても、不思議じゃない)」

狩人「……」

助手「(狩人さんは国の考えに賛同している。人の世。その未来の為なら犠牲は厭わない)」

助手「(犠牲になるのが人であっても、それを受け入れている。現実的だけど、諦めているとも言えるんじゃないだろうか)」

勇者「……」

助手「(勇者さんは認めないだろう。それは既に行動で示している。騎士と戦い、難民を救い出した)」

助手「(国の在り方を否定、頑として戦った。そこには共感出来る。だけど、それが新たな犠牲者を生んでしまった)」

勇者「……」

狩人「……」

助手「(人を守り、人を存続させる。その為に、人は人を犠牲にしている。それが、今だ)」

助手「(最良の策がそれなのだとしたら、そこに善悪などないのだろうか。正義や悪さえも)」


570 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:16:23UUobO9Fk (10/23)


僧侶「あ、あのっ」

勇者「何だ?」

僧侶「皆のところに戻らないのですか?」

助手「(勇者さんが来てから雰囲気が変わった。表情が柔らくなって声も落ち着いた気がする)」

助手「(山で見た時とはまるで違って見える。きっと、これが本来の彼女なのだろう)」

僧侶「あの、聞いていますか?」

勇者「……そうだな。おい」

助手「は、はい」

勇者「お前は馬に乗って先に行け。僧侶を連れてな。あいつ等の所へは、僧侶が案内しろ」

僧侶「えっ、でも……」チラッ

狩人「私は構わないよ」

助手「し、しかし、そう簡単に決めて良いのですか? そんな話は一度もしていないのですよ?」

狩人「君は先に見てくると良い。今後どうするかは、そこで決めることにしよう」

僧侶「そ、そんなのーーー」

狩人「信用出来ないか?」


571 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:17:16UUobO9Fk (11/23)


僧侶「……はい」

狩人「それはそうだろうね。私の目的は彼を捕らえることだ。それに変わりはない。無論、此処で逃がすつもりもない」

狩人「彼はそれを分かっているからこそ、君と助手に先に行くように言ったのだと思うがね」

僧侶「……」

狩人「そんな目で見ないでくれ。私も彼と話したいと思っているのだ。今後の為にね」

勇者「決まりだ。お前達は先に行け」

僧侶「嫌です。そんな状態で狩人さんと二人になるのは危険です」

勇者「こんな状態だから、この女は手出し出来ねえんだ。まともな状態なら殺し合ってる」

僧侶「でも、貴方を殺すのが目的だったりしたら……」

勇者「だったら、とっくに殺されてる。僧侶、少し冷静になれ。今の俺を殺しても意味はない」

僧侶「……」ギュッ

助手「狩人さんはそんな人ではないですよ。出会って間もないですが、それは確かです」

僧侶「……」

勇者「急がねえと日が落ちる。いつまでも膨れっ面してんじゃねえ」


572 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:20:02UUobO9Fk (12/23)


僧侶「っ、分かりました……」

狩人「話は以上かな? では、僧侶さんにこれを返そう」スッ

僧侶「あっ」

狩人「言っただろう。約束は守るとね」

僧侶「……ありがとうございます」ギュッ

助手「あの、お二人はどうしますか? 夜明けまで此処に?」

狩人「いや、後から行くよ。今から歩けば麓の森には辿り着けるはずだ」

助手「分かりました。僧侶さん、行きましょう」

僧侶「……」チラッ

勇者「何してる。早く行け」

僧侶「(せっかく矢が消えたのに、また離れ離れになっちゃうんだ。嫌だ、離れたくない……)」

勇者「どうした。何かあるなら言え」

僧侶「……なんでもないです。早く来て下さいね?」

勇者「分かってる。あいつ等にはお前から伝えておいてくれ」


573 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:22:29UUobO9Fk (13/23)


僧侶「はい、分かりました……」

トボトボ…

助手「……狩人さん、先に行きます」

狩人「うむ。ああ、待ってくれ。聖水はあるかね?」

助手「はい、一応持って来ていますが」

狩人「それは良かった。一つくれないか、それがなければ落ち着いて会話も出来ない」

助手「しかし……」チラッ

勇者「……」

狩人「彼ではなく私が使うのだ。問題はないよ」

助手「そ、そうですか。分かりました」スッ

狩人「ありがとう。では、行きたまえ」

助手「はい。では、先に行きます。お二人も、道中お気を付け下さい」ザッ

ザッザッザッ…


574 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:23:57UUobO9Fk (14/23)


【#20】感情論

狩人「彼女には随分と好かれているようだね」

勇者「お前はそんな話がしたくて残ったのか?」

狩人「迂遠な会話は不要か……では、早速本題に入ろうじゃないか。その力を渡せ」

勇者「それは出来ねえな。渡そうにも甲冑が邪魔をする。蓋をされてるようなもんだ」

狩人「それが事実だと証明出来るのかね」

勇者「出来ねえな。殺して確かめてみるか? 欲しいものが消えちまっても知らねえけどな」

狩人「……質問を変えよう。君はどうするつもりだ?」

勇者「あ?」

狩人「君はその力で何をしようとしているのかと聞いているのだ」

勇者「龍を殺して終わりだ。他にはない」

狩人「終わった後なら譲渡すると?」

勇者「その時、誰かがいれば、そうするかもしれねえな」

狩人「(蓋云々の話は嘘だろうが、万が一にも力が消えてしまえば、そこで終わりだ)」

狩人「(やはり、魔女とやらを排除しないことにはどうしようもないようだな)」


575 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:25:09UUobO9Fk (15/23)


勇者「お前はどうなんだ」

狩人「どう、とは?」

勇者「何故、国のやり方に従う」

狩人「どちらが正しいのかという話なら遠慮するよ。言い争いになるだけだからね」

勇者「議論するつもりなんてねえよ。ただ、お前を知りたいだけだ」

狩人「……」

勇者「お前は俺のことを色々と知っているみてえだが、俺はお前を知らない。善悪なんてのはどうでも良い」

狩人「……」

勇者「話したくねえなら、それでいい。こっちもそうするだけの話だ」

狩人「……必要だからだ」

勇者「あ?」

狩人「間違いだ何だと言われようと、今の人々にそれが必要ならば、私はそれを受け入れる。今は、受け入れるしかないのだ……」

勇者「……受け入れた先に何があるんだ。人は弱い。真実に、押し潰されるだけだ」

狩人「ああ、分かっているさ。だから、見えないようにしているのだ」

狩人「罪は背負う。後には残さない。未来を生きる者達には、理想の世界を届けてみせる」


576以下、名無しが深夜にお送りします2018/10/06(土) 19:31:34UUobO9Fk (16/23)


勇者「……」

狩人「数多の屍を踏み拉いてでも、人は進まなければならない。人でなしと罵られても構わない」

狩人「苦しみのない世界を届けること。それが、私が死者に出来る唯一の弔いだ」

勇者「その未来に、この力がどう関係する」

狩人「それを話す前に、君はその力がどんなものか知っているのかね」

勇者「滅ぼす力だ」

狩人「端的に、極めて分かりやすく言えば、そうだな。だが、それは表面的な部分でしかない」

狩人「それは遙か昔から存在する力だ。神の一欠片、滅びの遺児、様々な呼び名がある」

狩人「時代の時々に現れては、ふと消える。そして、また現れる。未だ、解明はされていない」

勇者「それで?」

狩人「その力は様々な恩恵を与えると言う」

狩人「王位の悪魔と対等に戦える力、強靭な肉体、龍の炎にすら耐えうる堅固な魂」

勇者「大袈裟に言うな。何度か耐えられるってだけの話だ。死なないわけじゃねえ」

狩人「だが、それ程の力を持つ人間は君の他にはいない」


577 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:33:09UUobO9Fk (17/23)


勇者「お前も戦っただろうが」

狩人「君と私では違う。私が羅刹王に真正面から挑んでも勝てなかっただろう」

狩人「私にはこの体質を生かして、先程のように不意を突くくらいしか方法はない」

狩人「それも、君が羅刹王を引き付けてくれてやっとだ。王位相手に一人では戦えない」

勇者「それは俺も同じだ。僧侶がいなければ、魔術でやられていた」

狩人「意外だな……」

勇者「何がだ」

狩人「他人を認めるような発言をするとは思わなかった。彼女を、信頼しているのだな」

勇者「……」

狩人「……まあいい。君はそう言うが、私は逆だと思う」

勇者「何?」

狩人「君が窮地に陥ったのは、その甲冑と僧侶さんの存在があったからだ」

狩人「君が一人ならば、そうはならなかったはずだ。僧侶さんがいなければ矢を受けることもなかった」


578 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:35:16UUobO9Fk (18/23)


勇者「煩え女だな」

狩人「それは済まなかった。では、話を戻そう」

狩人「先程も言ったように、それ程の力を持つ人間は君の他にはいない」

狩人「悪魔を打ち倒す力、強靭な肉体、堅固な魂を持っている。正に、人を超えた存在だ」

勇者「それは聞いた。何が言いたい」

狩人「君は、進化したのだよ」

勇者「進化だと?」

狩人「そうだ。君だけが進化したのだ。自分以外の人間を置き去りにしてね」

勇者「……」

狩人「責めているわけではないよ。それは君個人に宿った力だからね」

狩人「しかし、おかしいとは思わないか? 何故個人に宿る。継承も一人にしか出来ない。それでは不公平だ」

勇者「……目的は、力の共有か。その為に俺を?」

狩人「より正確に言うなら君ではない。君の持つ力が必要なのだ」

狩人「その力が全ての人間に宿れば、人は何ものにも縛られない完全な種となるだろう」


579 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:36:17UUobO9Fk (19/23)


勇者「本気で言ってんのか?」

狩人「勿論だ。君は知らないだろうが、既に幾度か研究されているのだよ」

狩人「これまで力を宿した人間全てが、君のように戦いの道を選んだわけではない」

狩人「その力を人類の発展に役立てようとした探求者は、確かに存在したのだ」

勇者「やけに詳しいな。何処で知った」

狩人「……」

勇者「……」

狩人「……そう遠くない過去」

勇者「?」

狩人「先人の遺志を継ぎ、全人類への継承を夢見た研究者がいた」

狩人「彼女は力を宿していた。言わば、当時の勇者だ。彼女が着目したのは肉体の強化だった」

狩人「どんな障害、如何なる体質を持つ人間も、それによって改善または克服出来ると信じていた」

勇者「……」

狩人「だが、力の複製を目的とした研究は危険視され、教会は禁忌に触れると糾弾した」

狩人「研究で得られたものは全て焼き尽くされ、彼女は程なくして捕らえられた」


580 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:38:22UUobO9Fk (20/23)


勇者「彼女はどうなった」

狩人「大罪人として処刑されたよ」

狩人「要は悪用すると考えられたわけだ。彼女は弁明したが、遂に受け入れられることはなかった」

狩人「誰からも理解を得られないまま処刑台に上がり、衆目に晒され、罵声を浴びながら……」

勇者「……」

狩人「彼女は、最期まで抵抗しなかった」

狩人「力を使えば逃げることなど容易かっただろう。牢を破壊することも出来たはずだ」

狩人「それをしなかったのは、自分の研究は人類の為であったのだと証明する為だったのかもしれない」

勇者「それが、彼女の最期か」

狩人「……いや、まだ続きがある」

狩人「彼女は力が消えぬよう、死に際に力を託したそうだ。自らの命を絶つ存在にね」

勇者「……」

狩人「処刑に用いられたのは切っ先も刃もない鉄の塊。優秀な処刑人に主君から贈られた品だ」

狩人「処刑人は、主君にそれを使うことを強要された。見事、首を刎ねて見せろと……」


581 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:39:35UUobO9Fk (21/23)


勇者「……」ギュッ

狩人「彼は見事、首を刎ねて見せた」

狩人「二人がどのような関係だったのかは分からない。ただ、彼だけは泣いていた。彼女の為に」

勇者「そうか……」

狩人「君と会うことが出来たら、どうしても聞きたかったことがあるんだ」

勇者「何だ」

狩人「彼がその後に歩んだ道は正しかったか?」

勇者「そう信じてる。あの人も、人の為に生きた。最期まで……」

狩人「……そうか。それならば良いのだ。彼女も報われることだろう」

勇者「だと良いけどな……」

狩人「長くなってしまったな……」

勇者「構わねえよ。聞いたのは俺だ」

狩人「……君は本当に、復讐の為だけに戦うつもりなのか?」

勇者「それだけで良いと思ってた。戦って戦って、最期まで戦い抜いて死ぬ」


582 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:40:36UUobO9Fk (22/23)


狩人「今も、同じか?」

勇者「どうだろうな。良く、分からねえんだ」

勇者「あいつと歩いている内に色んなものを貰っちまった。今はあいつ等もいる。もう、俺だけじゃない」

狩人「……」ギュッ

勇者「どうした」

狩人「君は勇者に相応しくない。その力は相応しき者へと渡すべきだ」

勇者「……」

狩人「それが、もう一つの捕らえる理由だった」ザッ

勇者「良いのか、それで」

狩人「そう簡単に答えは出ない。魔女とやらと倒すまでは共に歩こうと思っている。今はね」


583 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 19:41:27UUobO9Fk (23/23)


勇者「答えは出る。必ず」

狩人「君の望まない答えかもしれないがね」

勇者「それでも良い。今はそれだけで充分だ」

狩人「では、行こうか」

勇者「ああ、行こう。まだ間に合う」

狩人「ああ、そうだな……」

ザッザッザッ…

魔女『…………』

サァァァァ…


>>彼女は選んだ

>>連なる一つが、未来が、また一つ確定した


584 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:26:29PRgANrq2 (1/43)


【#21】不在

巫女「…スー…スー」

僧侶「……」

僧侶「(あの人は今、どの辺りにいるんだろう。本当に大丈夫なのかな……)」

僧侶「(ううん、きっと大丈夫。考えがあってのことだ。大丈夫、明日には合流出来るんだ)」ウン

巫女「…スー…スー…」

僧侶「(でも、早く会いたいな……)」コテン

僧侶「(あの人がいないと、何だか変な感じがする。話したいことだって沢山あったのに)」

僧侶「(……駄目だ。さっきから同じことばっかり考えてる。疲れてるのに、眠れないや)」

シーン…

僧侶「……」

羅刹王『一つ聞きたい。お前は何処から来た?』

羅刹王『どうやら我々とは異なる進化を遂げているようだ。我々以前の存在なのか』


585 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:28:52PRgANrq2 (2/43)


僧侶「(動揺を誘っただけだ)」

僧侶「(あの言葉には何の根拠も証拠もない。それなのに、何故こんなにも引っ掛かるのだろう)」

羅刹王『お前は疑問を抱かなかったのか? 俺の魔術を妨害する程の魔力を扱えることに』

僧侶「(そんなの知ってる。言われるまでもなく、知ってることだ)」

僧侶「(私の当たり前が、皆の当たり前ではないことくらいは分かってる)」

僧侶「(そもそも、悪魔の言葉に意味なんてない。深く考える必要なんてないのに……)」

騎士『こんな体になって更に痛烈に突き付けられた!! 私が独りだということを!!』

騎士『誰も助けてはくれない。この苦しみを分かってくれる同類などいない』

騎士『私を救ってくれたのは後にも先にも唯一人。勇者様だけだ。同じ印を持つ、たった一人』

僧侶「(どっちも同じ、悪魔の言葉)」

僧侶「(そのはずなのに、頭から離れない。声に宿った熱も、想いの強さも、胸を刺すような痛みも、消えてくれない……)」

巫女「…スー…スー…」

僧侶「(っ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。このままじゃ駄目だ。気持ちを切り替えないと)」ザッ

ザッザッザッ…


586 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:31:28PRgANrq2 (3/43)


助手「……」

僧侶「助手さん?」

助手「え? あっ、僧侶さんでしたか……」

僧侶「どうしました? 眠れないのですか?」

助手「ええ。こうも静かだと、余計に考え込んでしまって」

僧侶「何かありましたか?」

助手「特別なことは何も……ただ、此処に来て、皆さんと話して、考えさせられてしまいました」

僧侶「そうですか……」

助手「あくまで理想、甘い考えですが、誰もが希望を抱いて生きることが出来たらと、そう思います」

僧侶「私もそう思います。今や、痛みや悲しみで溢れていますから……」

助手「ええ。魔物が異常に増え、それによって被害も増した。今も増え続けていることでしょう」

助手「元凶である龍を倒せば魔物は消えると言う。しかし、軍や教会による幾度かの討伐は失敗に終わっています」

助手「だからこそ、人々は勇者という存在に希望を抱いている。僕も、その一人です」

僧侶「……」

助手「僧侶さんの前でこんなことを言うのは気が引けますが、神様は何処で何をしているのでしょうね……」


587 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:32:58PRgANrq2 (4/43)


僧侶「えっ?」

助手「神が世界を創造したと言うのなら、何故こんな世界にしてしまったのか。神は、この現状すらも創造したのか……」ウーン

僧侶「……ごめんなさい。私にも、分かりません」

助手「えっ!? いやあの、決して責めているわけではないですよ?」

僧侶「……」ギュッ

助手「……僧侶さん。良かったら、話して下さいませんか。話すだけでも、楽になります」

僧侶「……………よく、分からないんです」

助手「分からない?」

僧侶「色々知って、分からないことが増えて、自分が分からなくなっていくんです」

僧侶「上手く言えないですけれど、知らない存在になってしまうような。そんな気がして……」

助手「……」

僧侶「知っていますか? 悪魔も恋をするんです」

助手「えっ?」

僧侶「傷付いて、迷って、誰かに縋る。弱くて、悲しい、一人ぼっちの女の子でした」

僧侶「悪魔だったのか人間だったのか、それは今でも分からないけれど……」


588 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:33:57PRgANrq2 (5/43)


助手「……」

僧侶「ごめんなさい。変な話をしてしまって……」

助手「いえ、そんなことは……分からないのは、僕も同じですから」

僧侶「?」

助手「狩人さんと出会って、たった数日で世界の見え方がすっかり変わってしまった」

助手「知り得た一つ一つが大きくて深い。これまで生きてきたのが、幻だと思えてしまう程に」

僧侶「幻……」

助手「世界は分からないことだらけです。でも、分からないのなら知ればいい」

助手「そうすれば、いつかは分かる時が来る。答えは見つかるはずです」

僧侶「ありがとうございます……」ペコッ

助手「いえ、そんな……」

助手「(こうしていると、同じ年頃の女性にしか見えない。金砕棒の存在が異質だけど)」


589 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:35:09PRgANrq2 (6/43)


僧侶「一つ、聞いても宜しいですか?」

助手「何でしょうか?」

僧侶「どうして狩人さんと?」

助手「……街の地下を見て、真実を知って、そこで助手になるように言われました。強制的でしたけどね」

僧侶「後悔はないのですか?」

助手「ない、とは言えないです。ですが、これで良かったのではないかとも思っています」

僧侶「何故です?」

助手「元は兵士でした。民を守る兵士として、自分なりに出来ることをしてきたつもりです」

助手「でも、僕は何も知らなかった。世界の仕組みも、こんなにも人間が窮地に立たされていることも」

僧侶「……」

助手「それが、この数日で真実を知って、狩人さんと出会って、本当のことに触れている」

助手「それが嬉しくもあり、怖ろしくもあります。付いて行くのに必死ですけどね」ニコリ

僧侶「ふふっ、私もです」

助手「何だか不思議ですね。こんな風に話せるなんて思ってもいませんでした」

僧侶「……この出会いが、良い方向に進んで行くと、そう信じたいです」


590 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:36:25PRgANrq2 (7/43)


助手「勇者さんが心配ですか?」

僧侶「心配というか……勿論心配ですけど、あの人らしくないような気がして……」

助手「らしくない?」

僧侶「ん~、らしくないと言うか、何でしょうね」

僧侶「あの人が、狩人さんと共に行動するだなんて思いませんでした。はっきりしている人ですから」

助手「(確かに、危うく殺されるところだった。敵と判断したら容赦しない人なのだろう)」

僧侶「向かって来る敵は何がなんでも倒す人です。目付きが変わって、倒すことだけを考えるんです」

僧侶「そういう姿を何度も見ていますから、何があったのかなあって……」

助手「そんなに意外なのですか?」

僧侶「疑えというのが、あの人から教えられた一つですから……」


591 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:43:25PRgANrq2 (8/43)


助手「ですが、僕を信じてくれましたよ?」

僧侶「ええ、そこにも驚いています」

僧侶「街を出てから考えることも多くなったようですし、何かあったのかなあ……」

助手「うーん。気になるのは分かりますが、そればかりは本人に聞くしかないですよ」

僧侶「そ、そうですよね。そうしてみます」

助手「(何だか、僧侶さんが小さく見える。いや、大きく見えていただけなのかもしれないな)」

助手「(こんなに小さな体躯で悪魔と戦っていのか。きっと、それだけ強く、勇者さんをーーー)」

僧侶「どうしました?」

助手「いえ、良い関係だなと思っただけです」

僧侶「?」

助手「(二人は、互いを信頼しているのだろう。狩人さんと僕も、そうなれるだろうか……)」

サァァァ…

助手「(……たった数日。たった数日が、僕のこれまでを容易く塗り替えた。この先にも、更なる何かがあるのだろう)」

助手「(その間に、僕は何かを見つけられるだろうか)」


592 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:44:46PRgANrq2 (9/43)


【#22】次々と

巫女「早く、来ないかな……」

僧侶「昼までには来ると思う。もう少し待っていよう?」

巫女「わたし、あの人に話したいことがあるの」

僧侶「……そっか、でも本当に大丈夫? 無理に話さなくても良いんだよ?」

巫女「ううん、わたしは話さなきゃいけないの。もう、決めたの……」

僧侶「頑張ったんだね。今まで、ずっと我慢していたんでしょう?」

巫女「ガマン、なのかな……わたしも、よく分からない。あの人を見て、決めたの」

僧侶「?」

ザッ

助手「僧侶さん、おはようございます」

僧侶「あ、おはようございます。どうしました?」

助手「もうすぐ来ると思います。昼まで掛かると思いましたが、急いで来たようですね」


593 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:45:51PRgANrq2 (10/43)


僧侶「そうですか、良かった……?」

ザワザワ…

助手「到着したようですが、何だか騒がしいですね」

僧侶「行きましょう!」タッ

ーーー
ーー


勇者「悪い、待たせちまったな」

僧侶「いえ。それより、皆さんが……」

ザワザワ…

狩人「まあ、歓迎されていないのは分かる」

助手「昨夜説明したのですが、まだ受け入れてはいないようです」

狩人「それはそうだろう。もう一度、私からも説明した方が良さそうだ」ザッ

僧侶「ど、どうしましょう?」

勇者「俺が行く。お前等は此処にいろ」


594 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:47:08PRgANrq2 (11/43)


狩人「……」

>>彼女が狩人か……

>>僧侶さんによると国側の人間らしい

>>それは昨日の男も同じだろ?

>>昨日の子は無害そうだったじゃない

狩人「(こうなると想定はしていた。しかし、思ったよりも多い。これは苦労しそうだ)」

>>どちらも国側の人間だ

>>昨日は受け入れてたじゃないか

>>全員が納得してるわけじゃないわ

>>本当に信用出来るのか?

狩人「(この雰囲気を見るに、私が幾ら話しても良い結果は得られそうにないな)」

ザッ…

勇者「俺が話す」

狩人「済まないね。そうしてくれると助かるよ」


595 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:48:48PRgANrq2 (12/43)


勇者「聞いてくれ」

勇者「こいつは俺の力を狙っているが、この甲冑が外れるまでは手出しは出来ない」

勇者「甲冑が外れるまでは協力すると言っている。裏切ることは、まずないだろう」

勇者「お前等には近付けない。俺の傍に置いて監視する。それで納得してくれないか」

>>何で、そんな奴と一緒に?

>>置いてくれば良かったじゃないの

狩人「そうされても追うだけだ。大して意味はない。傍に置いた方が楽だと考えたのだろう」

狩人「安心したまえ。彼の目もある。貴方達に手出しは出来ないよ。手出しをするつもりなどないがね」

狩人「勿論、戦闘には参加する。彼との約束は守る。質問は以上かな?」

シーン…

狩人「宜しい。では……」

勇者「遅れを取り戻す。此処からは急ぐぞ」ザッ


596 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:49:58PRgANrq2 (13/43)


>>態度のデカい女だったな

>>それは彼にも言えることだろ?

>>お前達、いつも守られといて良く言えるな

>>単に性格の話だよ。そう目くじらを立てないでくれ

>>狩人さんか、綺麗な女性だ

>>ああ、肌なんか真っ白だ。不健康そうだけど

>>やめてよ、こんな時に気持ち悪いわね

>>なっ!? そういう君だって、助手とかいう男を可愛いとか何とか言っていたじゃないか!!

>>下らない喧嘩は止せ。早く来ないと置いて行かれるぞ


勇者「……」ハァ

狩人「ははは。賑やかで良いじゃないか」

勇者「まあな、そこら辺は助かってる。落ち込まれるよりはずっと良いからな」


597 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:51:08PRgANrq2 (14/43)


狩人「ところで、目的地のことだが」チラッ

巫女「……」サッ

狩人「やれやれ。それで? 目的地は何処なのかね?」

勇者「東にあるとしか聞いてねえな」

狩人「君は馬鹿なのか?」

勇者「言わねえもんは仕方ねえだろうが、何度聞いても着けば分かるとしか言わねえんだ」

クイッ

勇者「?」

巫女「言っても信じないから、言わないだけ」

勇者「だとよ」

狩人「彼女には随分甘いじゃないか。それで良いのか、君は」

僧侶「(な、仲良くなってる)」

僧侶「(何を話したんだろう? でも、戦うよりはずっと良い。ずっと良いけど……)」ギュッ


598 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:52:29PRgANrq2 (15/43)


勇者「近々話す。そうだろ?」

巫女「う、うんっ!」

狩人「そうか。では、楽しみに待っておこう」

勇者「目的地が何処でも文句は言うなよ」

狩人「……ふむ。君、本当は既に知っているね? 何故言わない。皆も不安がると思うのだが」

勇者「それも、後で話す」

狩人「いいだろう」

ザッ…

助手「あの、少し宜しいですか」

勇者「どうした?」

助手「ちょっと此方へ。直接見た方が早いと思われます」

勇者「分かった。僧侶、代わってくれ」

僧侶「えっ? あ、はいっ」

巫女「……」

狩人「言いたいことがあるなら、言った方が良い。隠し事は、時に悲劇を生むからね」コソッ


599 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:53:37PRgANrq2 (16/43)


巫女「……」

狩人「私には見えている。変わった魂の形をしているな。敵ではないようだが、何故隠す」

巫女「真実は、時に人を傷付ける。私にも目隠しが必要だと判断しただけ」

狩人「それが貴方の本性かね。貴方が何を話すのか、非常に興味がある」

巫女「……」

ザッ…

勇者「何してる」

巫女「……」

狩人「いや、なんでもないよ。それより、何があったのかね」

勇者「聖水の入った小瓶が割れた」

狩人「あれはそう簡単に割れるものではない。管理者は何をしていたのだ。残りは幾つある」

勇者「ない」

狩人「何?」

勇者「俺達が所持していた聖水も、助手の奴が所持していた聖水も、全て割れていた」

狩人「割れていたのではなく、割られていたの間違いではないのか」


600 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:54:26PRgANrq2 (17/43)


勇者「出発前に確認した時は割れていなかったらしい。助手のもな」

狩人「私達が合流してから、それ程時間は経過していない。割られたのなら分かるはずだ」

勇者「だろうな。だが、誰も異変には気付かなかった」

狩人「他に手掛かりはないのかね」

勇者「小瓶には針を刺したような複数の穴があった。それ以外にはない」

狩人「保管方法は」

勇者「複数人が分担して所持していた」

狩人「不可解だな。誰一人気付かないとは……」

勇者「お前が持っていたのはどうだ」

狩人「……その可能性は考えたくはないが、確かめた方が良さそうだな」スッ


601 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:56:02PRgANrq2 (18/43)


勇者「……」

狩人「……」

勇者「半分、残っていたな」

狩人「そのはずだ」

勇者「……面倒なことになったな」

狩人「どういうことだ。衣服は濡れてすらいない……」

勇者「(手の込んだ嫌がらせだな。魔女の仕業か?)」


僧侶「魔物が来ます!!」


勇者「考えるのは後だ」ジャキッ

狩人「ああ、分かっている」ガチリ


602 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:56:54PRgANrq2 (19/43)


【#23】異種の台頭

勇者「皆、下がれ!!」

巫女「結界はわたしがやる」

僧侶「うん、お願い。皆さん、落ち着いて一ヶ所にまとまって下さい!」

狩人「助手、私の背後に付け。万が一魔物が抜け出した場合の処理を頼む」

助手「了解しました」

ザザザザザ…

勇者「(雑魚相手に癪だが、いつも通り避けながら戦うしかねえな)」ダンッ

ズドンッ!グシャッ…

勇者「(何だ、この数は……!!)」

ガリッ!ガリガリ…

勇者「ぐっ、離…せッ!!」ガシッ

ゴキンッ!

勇者「(魔物って言っても犬畜生じゃねえか。くそ、こんな奴等に噛まれた程度で……)」


603 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 20:57:59PRgANrq2 (20/43)


僧侶「んっ!!」

ゴシャッ! ドサドサッ…

僧侶「立って!! しっかりして下さい!!」

勇者「……っ、分かってる」

僧侶「(もう出会った頃とは違う。この人に頼るわけにはいかない。私が、守る)」ジャキッ

僧侶「土、掴め」ザクッ

ゾゾゾゾッ!

僧侶「狩人さんっ!!」

狩人「了解した」ダンッ

ズパンッッ!

狩人「……減る気配がないな。どうする。このままでは押し切られて囲まれてしまうぞ」

僧侶「私がやります。下がって」

狩人「了解した」タンッ

僧侶「(岩、壁)」ザクッ

ドゴンッ!ドゴンッ!


604 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:02:55PRgANrq2 (21/43)


僧侶「……」ジャキッ

狩人「(壁で挟んだ。が、塞いだわけではない。彼女は何をするつもりだ……)」

僧侶「焼き尽くせ」ザクッ

ゴォォォォッ…

狩人「(一匹残らず、確実に殺す為の壁か。土から炎、つまりは属性の切り替え。その上、この高威力……)」

僧侶「終わりましたね」

勇者「皆は無事か」

僧侶「はい、大丈夫です。魔物は一匹も通していません。あの、立てますか?」スッ

勇者「悪いな……」ガシッ

グイッ…

僧侶「さあ、先を急ぎましょう?」ニコッ

勇者「……僧侶」

僧侶「何です?」

勇者「助かった。ありがとな」

僧侶「へへっ、私も戦えるようになったでしょう?」


605 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:04:20PRgANrq2 (22/43)


勇者「ああ、そうだな……」

僧侶「どうしました?」

ザッ

狩人「おそらく、貴方に戦わせるのが心苦しいのだ。女性に無理を強いるのは、男性としては恥ずべきことらしい。助手がそう言っていた」

僧侶「へっ?」

助手「えっ!? いやその、別に僕は聞かれたから答えただけであって……」チラッ

勇者「……」ザッ

僧侶「あっ、待って下さい」タッ

ザッザッザッ…

狩人「ふむ、行ったか」

助手「狩人さん、何であんなことを……」

狩人「少し二人で話がしたくてね。ところで、君は彼女をどう思う」

助手「えっ、僧侶さんですか? 凄まじい魔術の使い手だと思いますが」

狩人「彼女はね、まだ数回しか戦っていないそうだ。実戦で魔術を扱うのも、数えられる程度だ」


606 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:05:24PRgANrq2 (23/43)


助手「そんな馬鹿な……」

狩人「戦いに関してはは素人だが、突出した魔術の才能を持っている。最初はそう考えていた」

狩人「だが、人間には、属性の異なる高威力の魔術をほぼ同時に扱うなど出来はしない」

狩人「少なくとも、彼女以外にそのようなことが出来る魔術師を、私は知らないよ」

助手「何が、言いたいのですか……」

狩人「そう戸惑うな。魂に異常はなかった。彼女は間違いなく人間だよ。しかしーーー」


羅刹王『歪みを消し去れば、与えてやる』

羅刹王『その娘。そして、共にいる男だ。生かしておけば、人すらも滅ぼすだろう』

羅刹王『お前は存在してはならない歪みだ。その矢が、お前を殺すだろう』


狩人「しかし彼女は、何かが違うようだ。何かがね……」


607 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:06:40PRgANrq2 (24/43)


【#24】岩屋

僧侶「男性は此方にお願いします」

>>男の方が狭いような気がするな

>>こんな時に文句言うな。眠れる場所を作ってくれただけ有難いと思え

>>彼女がしてくれる。それが当たり前になってるのさ。感謝は長続きしない

>>みたいだな。俺達は忘れないようにしよう

>>そうだな……

ザワザワ…

狩人「まさか此処までとはな。簡易的だが、寝床まで場所まで作ってしまうとは驚いた」

助手「あの状態を維持するにも魔力を消費するはずですよね……」

狩人「勿論だ。四方を囲む岩の壁、簡易住居、結界。彼女にしか出来ない芸当だよ」

ザッ…

僧侶「あの、狩人さんは私と一緒でも良いですか? ちょっと離れた場所ですけど……」

狩人「私は何処でも構わないよ。面倒を掛けて申し訳ない」


608 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:07:42PRgANrq2 (25/43)


僧侶「助手さんは、その隣です」

助手「わざわざ別の場所に? 心遣い、感謝します」

僧侶「いえ、今日はお疲れ様でした。短い時間ですけど、しっかり休んで下さいね」

狩人「ところで、彼は?」

僧侶「えっと、向こうです。今は巫女ちゃんと一緒にいます。大事な話があるらしいです」

狩人「……」

助手「勇者さんは、いつも一人なのですか?」

僧侶「はい、あの姿に慣れていない方が多いので……」

助手「……そうでしたか」

僧侶「では、行きましょう」

助手「は、はい。お願いします」

トコトコ…

狩人「(あの二人が何を話しているのか、非常に興味がある。だがーーー)」

僧侶「狩人さん、行きましょう?」

狩人「(なる程、監視は彼女に任せたと言うわけか。仕方がない、ここは従うとしよう)」


609 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:14:45PRgANrq2 (26/43)


【#25】我

勇者「で、話ってのは何だ?」

巫女「わたしのこと、僧侶のこと。そして、魔女のこと」

勇者「何故、俺にだけ話す。あいつには話さないのか?」

巫女「話しても受け止められない。混乱を招くだけ。出来ることなら、貴方から伝えて欲しい」

勇者「何故だ」

巫女「その方が安全」

勇者「取り敢えず話せ。それからだ」

巫女「分かった。まず、僧侶と私の魔力が同じであることには気付いていた?」

勇者「ああ、会った時にな。だが、今の魔力は出会った時とは違う」

勇者「魔力の質を変えるなんてのは聞いたことがねえ。偽装は出来ないはずだ」

巫女「全ては僧侶の為にしたこと。僧侶は、私や魔女とは違う。記憶を持たない」

勇者「記憶がない? いや、いい。続けてくれ」

巫女「魔力が同じなのは、私と僧侶が同じ存在だったから。それから、魔女も」


610 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:16:02PRgANrq2 (27/43)


勇者「……続けろ」

巫女「元々は同じ場所にいた」

巫女「あらゆるものを見渡せる場所で、あらゆるものを見渡せる目を持った存在として」

勇者「……」

巫女「始めは存在と呼べるのかさえ分からない何かだった。見ているだけの何かだった」

巫女「見ているという意識などなかった。見ていたというのも、正しい表現なのかどうか分からない」

巫女「私は生命の移り変わりを、大地の形成を、種の滅びと誕生を、その繰り返しを見ていた」

巫女「私が私を認識したのは、人が誕生してからだった。いや、認識させられた」

勇者「人間にか」

巫女「そう。人は奇妙なことをし始めた。存在しないはずの何かを崇め、祈り、願い、愛し、怖れた」

巫女「供物を捧げ、踊り、歌った。それは人だけが取った行動だった」

巫女「太古の獣にも、木から下ることを選んだ獣にも、そんなものはなかった」

勇者「……」

巫女「それは無視できないものとなり、私はそこにいられなくなってしまった」


611 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:17:27PRgANrq2 (28/43)


勇者「何故」

巫女「世界を自由に飛び回り、全てを見渡す目を持った鳥が、突然窓のない箱に閉じ込められた。それが、どれ程のことか分かるでしょう」

勇者「……」

巫女「視野は急速に狭まり、全ての私が一つとなり、私は私に押し込められ、更に混乱を来す」

巫女「私は何とかしようとしたけれど、事態は改善しないまま、時だけが過ぎた」

巫女「その間も聞き続けていた。貴方達の声を、あらゆる声を、私は聞き続けてきた」

巫女「私を呪う声、私に救いを求める声、存在を揺るがす程の叫びが、長い長い間、私を苦しめた」

巫女「遂には、私は私を忘れ、更に小さな存在となって、何も知らぬまま、此処にいた」

勇者「居た?」

巫女「そう。移動したわけではなく、物質として、肉体を得て存在して、私は此処にいたの」

巫女「ただ、以前の記憶を失っていたのは幸運だった。同じような混乱は避けられた」

巫女「私は此処で生きる人々と同様に無知で、何かに縋らなければ生きていけない、弱い生物となっていた」

勇者「……」

巫女「そして、初めて出会ったのが、貴方」

勇者「待て。お前は出会った時から知識を持っていた。無知ではなかったはずだ」


612 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:18:21PRgANrq2 (29/43)


巫女「貴方が教えてくれた」

勇者「何かを教えた覚えはねえな」

巫女「貴方が私を助けてくれた」

巫女「無知で希薄な私を守ってくれた。世界を見せてくれた。私を教えてくれた」

勇者「何をーーー」

巫女「私は貴方の傍にいることを望んだけれど、貴方は私を置いて龍と戦い、敗れた」

勇者「なっ……」

僧侶『貴方は私を置いて、一人で龍と戦ったわ』

僧侶『私が目を覚ました時には終わっていたわ。息絶えた貴方と、傷だらけの龍がいた』

僧侶『何度も甦らせようとしたけれど、幾ら魂に呼び掛けても、貴方は戻って来なかった』

巫女「どうしたの?」

勇者「いや、今はいい。続けてくれ」

巫女「分かった。私は何度も蘇生を試みたけれど、貴方が蘇ることはなかった」

巫女「私には、貴方の死を受け入れられるはずがなかった。そして、爆発が起きた」


613 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:20:04PRgANrq2 (30/43)


勇者「爆発?」

巫女「そう、あれは爆発だった。芽生えた自我と、溢れ出る強烈な感情が、元々の記憶を呼び覚ました」

巫女「そして、一ヶ所だけを残して、あらゆるものが爆発に巻き込まれた」

勇者「何?」

巫女「それが、今目指している場所。貴方が行くべき場所。戦う意味を、探す場所」

勇者「……」

巫女「話が逸れた。爆発は力を生んだが、一つの存在には、到底耐えられるものではなかった」

巫女「想いに任せた爆発の連続が終わった時、気付けば、私達は三つに分かれていた」

勇者「それが、お前と僧侶、そして魔女か」

巫女「そう。何が起きたのかを把握するには、私にも時間が掛かった」

巫女「彼女。いや、魔女は、元に戻ったと言っていた。次は、自分自身の意思で決めるのだと」

勇者「何を決める……」

巫女「救うに値する生命なのか、救うに値する世界なのか、人の望みし存在として、世界を見定める」

勇者「……」

巫女「魔女は既に決めている。貴方を利用して、滅ぼそうとしている」


614 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:21:53PRgANrq2 (31/43)


勇者「神としてか? 馬鹿げてる」

巫女「そうしたのは、人。私達をそうしたのは人の意思。信仰と、呪詛」

勇者「人が、神を創ったってのか……」

巫女「その解釈が正しいとは断言出来ない。私達は、始まりから存在していたから」

勇者「押し付けたんだな。人が、お前達に、この世界の全てを……」

巫女「……」

勇者「一つだった時と今は違うのか? 誰が三つに分かれることを決めた?」

巫女「決めたのは、元の私。一番近いのは魔女。多くの力と、感情を引き継いでいる」

巫女「魔女は、私や僧侶とは違う。何か別のものを宿している。だから、魔力も違う」

勇者「僧侶は何なんだ。あいつには僧侶としての記憶、過去がある」

巫女「僧侶は創造された命、創られた過去、極めて人に近い性質、信仰と現実で揺れる存在」

勇者「意味が分からねえ。何故そんなに面倒なことをした」

巫女「僧侶は人間として決める。それが役目」

勇者「何もかもが偽りか」

巫女「彼女の中では本当の過去。でも、綻びはある」


615 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:22:52PRgANrq2 (32/43)


勇者「綻び?」

巫女「爆発によって生まれた歪み。記憶の辻褄が合わない部分は必ずある」

勇者「気付くのか」

巫女「いずれは」

勇者「半端臭えことしやがって……」

勇者「お前は俺から伝えろと言ったが、俺が言ったところで混乱する」

巫女「私も力を貸す。矛盾をなくす」

勇者「そんなことは不可能だ」

巫女「私には、それが出来る。信じて」

勇者「……もう一つ、聞きたいことがある。この屍肉と骨には、魂が宿っていると言っていた。狩人が言うには俺の魂らしい」

巫女「だから貴方は……」

勇者「あ?」

巫女「貴方が羅刹王を倒せなかったのは、魂が分散していたから。よって、力も分散した」

勇者「それはいい。お前には魔女が何をしたのか分かるのか?」

巫女「過去と呼んで良いのか分からないけれど、過去の貴方の魂を宿らせたのだと思う」


616 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:24:33PRgANrq2 (33/43)


勇者「どうやって? お前の言ってることが真実なら、その俺は既に死んだはずだ」

巫女「無理矢理に魂を呼び起こし、定着させたと考えられる。爆発の際に持ち出したのかも分からない」

勇者「何でもありだな」

巫女「そうでもない。貴方を蘇生出来なかったのが、その証。優れた力も、扱えなければ意味がない」

勇者「それで爆発か。ガキみてえだな」

巫女「正しく、その通り。あの時の私は、生まれたばかりの赤子同然だった」

勇者「お前は何処まで知っている。全てが見えているのか?」

巫女「今の私には見えない。何もかもが見えていた頃の私には、決して戻れない」

勇者「……」

巫女「話を戻す。先の話が事実なら、魂は重なり始めているはず。何か兆候は?」

勇者「夢を見た」

巫女「夢……」

勇者「俺は夢の中で、魔女を僧侶だと認識していた。以前からそうだったようにな」

勇者「どんな関係だったかは知らねえが、随分と気を許していたよ」


617 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:26:07PRgANrq2 (34/43)


巫女「記憶の混乱はあるの?」

勇者「ああ、気持ち悪くて吐きそうだ。夢を見てからな」

巫女「完全に繋がるまでは、それが続く」

勇者「……繋がれば、どうなる」

巫女「分からない。魂の同化が何を及ぼすのか想像は出来ない。見たことがない」

勇者「死んだ俺は、俺と違うのか?」

巫女「僧侶と出会うまでは同じ。貴方と僧侶だけが、前とは違う。歪められた存在」

勇者「(歪みってのは、このことか)」

勇者「死んだ俺とは何が違う?」

巫女「そんな姿にはならなかった」

勇者「魔女はいねえからな。それは分かる。他にはねえのか」

巫女「それから、狩人と助手はいなかった。旅は私と貴方だけ。全てが同じにはならない。貴方も、前とは違う」

勇者「何が?」

巫女「前は私を育ててくれた。兄であり、父のような、頼れる存在だった」


618 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:27:58PRgANrq2 (35/43)


勇者「冗談だろ……」

巫女「冗談じゃない。本当」

勇者「俺が育てただと? 馬鹿言うな、そんなことをするはずがねえ」

巫女「あの人を悪く言うのはやめて。貴方だって、勇者を馬鹿されたら怒るくせに」

勇者「……悪かったな」

巫女「別にいい」

勇者「しかし、育てたってのはどういうことだ? まさか、赤ん坊の状態から育てたのか?」

巫女「違う。この状態から育てた。此処に来た時の姿が、私」

勇者「成長するのか」

巫女「元の私は成長した。成長速度は人間とは違う。精神に見合った姿になる」

勇者「いきなり大人になるってのか」

巫女「そんな感じ」

勇者「……そうか。つーか、お前ってそういう奴だったんだな。いつものは演技か?」

巫女「あれは違う」

巫女「私は薄いから、巫女のような人格を作った。それは巫女も薄々分かっている。理解出来ているかは分からないけど」


619 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:28:49PRgANrq2 (36/43)


勇者「薄いってのは何だ」

巫女「感情が希薄。表現が下手」

巫女「これでは人に溶け込めない。だから創った。魔女が感情を色濃く受け継いだから、そうなった」

勇者「僧侶は?」

巫女「自我が芽生え始めた頃の私に似ている。世界を知り始めた時の私に近い」

巫女「あの年頃の性格に近付ける為に、意図的にそうしたのだと思う。それぞれ違う」

勇者「肉体的な状態もか?」

巫女「精神的にも肉体的にも違う。原型となった姿も三つある」

巫女「私は最初の頃、子供。僧侶が中間、子供と大人の間。魔女は成長した後、大人」

勇者「……」

巫女「どうしたの?」

勇者「お前も魔女も、最初から僧侶の存在を知っていたんだよな」

巫女「知ってた。魔女は僧侶が大嫌い」

勇者「それは分かる。僧侶も嫌いだろうけどな。だが何故? 元は一つなんだろ?」


620 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:30:35PRgANrq2 (37/43)


巫女「だから嫌いなの」

巫女「何も知らない頃の、貴方を失う前の自分を見せられているようで、許せないんだと思う」

勇者「……お前は、どうなんだ」

巫女「私は力になりたい。僧侶は、私や魔女とは違う。過去に囚われず、前を見ている」

巫女「囚われる過去がないとも言えるけど、私や魔女のように記憶があったら、私達と同じだったと思う」

勇者「……そうか」

巫女「貴方はどうするの?」

勇者「何も変わらねえよ。龍を殺し、魔女も殺す。それしかねえだろう」

巫女「魔女と、戦える?」

勇者「それ以外に、何がある」

巫女「……魂が完全に繋がるまでに何とかした方が良い。そうしないと、躊躇いが生じる」

勇者「何てことはねえさ……なあ、巫女」

巫女「?」

勇者「よく、話してくれたな」


621 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:32:21PRgANrq2 (38/43)


巫女「信じるの?」

勇者「どうだろうな。何となく理解はしたが、信じられるかどうかは分からねえよ」

勇者「お前と僧侶の魔力が同じなのは気になってたが、こんなことになるとは思わなかった」

巫女「魂が繋がれば、信じる」

勇者「……かもな。ところで、聖水の小瓶を割った奴を知ってるか?」

巫女「知らない。以前は、そんなことは起きなかった」

勇者「……そうか。なら、何とかするしかねえな。もう話すことはないか?」

巫女「昨夜のことを話したい」

勇者「昨夜? 何かあったのか?」

巫女「昨夜、助手が言っていた」

巫女「神は何処にいるのかと、何故こんな世界にしたのだと、神が居てくれたらと……」

勇者「お前は神じゃない。世界を創ったのも、お前じゃないんだ」

巫女「分かってる。でも、考えた」

勇者「何をだ」

巫女「もしも私が神だったら、どうするのだろうって」


622 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:34:57PRgANrq2 (39/43)


勇者「どうするのか、決めたのか?」

巫女「分からない。でも」

勇者「……」

巫女「でも、もし、私が神だったら、今のような世界にはならなかったと思う」

勇者「そうか、そうかもな……」

巫女「神が憎い?」

勇者「いなくて清々してる」

巫女「じゃあ、私のことは?」

勇者「お前が神なんかじゃなくて良かったと思ってるよ」

巫女「これからも、一緒にいていいの?」

勇者「他に行くとこがあるのか?」

巫女「……ない」

勇者「だったら、此処にいろ」

巫女「う、うんっ!」

勇者「さあ、そろそろ休め。今日は疲れただろ」


623 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:35:50PRgANrq2 (40/43)


巫女「待って」

勇者「ん?」

巫女「僧侶とも話をして欲しい。悩んでいるみたいだったから」

勇者「分かったよ」

巫女「……ねえ、あなた」

勇者「ん?」

巫女「知りたいこと、聞きたいことは、まだ沢山あると思う。でも、直に分かる。何もかも」

勇者「そうかい……」

巫女「きっと、大丈夫。前と同じにはならない。僧侶がいる。皆もいる。私もいる」


624 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:37:06PRgANrq2 (41/43)


勇者「そうか、そうだな。ありがとう……」

巫女「ねえ、もう少しだけ、一緒にいてもいい?」

勇者「好きにしろ。こんな化け物と一緒でいいならな」

巫女「貴方は化け物じゃない。幾ら魔女でも、貴方の心までは変えられない」

勇者「……」

ポカッ…

巫女「なんで?」

勇者「随分と気が利く返しをすると思ってな。巫女、変に気は遣わなくていい。お前が疲れるだけだ」

ポンッ…

巫女「(あっ。これ、懐かしいやつだ)」

勇者「いいか、ちゃんと戻って寝ろよ。俺が連れて行くと、あいつ等が叫ぶだろうから」

巫女「(前とは違うけど、本当は違わない。この人は、この人のままだった……)」


625 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:38:50PRgANrq2 (42/43)


簡単に

全部見える。見えるだけ。自我とかない何か。

人が進化、神と名付けた何かに祈ったりし始めた。

私は私を認識した。一つの存在になる。狭い。

人増える。宗教作る。祈り続ける。

苦しい。私はますます存在を固定されて、以前のように飛べなくなる。

私はそれに耐えきれずに墜落。肉体を得てしまう。容量少ない。記憶ない。

勇者と出会う。勇者が助ける育てる旅をする。

私は懐いた。とんでもない速さで成長した。

勇者が私を置いていく。追う。絶対見つける。



626 ◆GC8HKbhIcg2018/10/06(土) 21:39:27PRgANrq2 (43/43)


勇者が龍と戦って死んでいた。

勇者死ぬのは絶対嫌だ。私は私を思い出した。目茶苦茶しても助ける。

爆発。良く分からないけど時間が戻った。

とんでもない力だ。私は一つの存在ではいられない。元の私を三分割。

魔女、巫女、僧侶。

魔女と巫女は自分で決めること。僧侶は勇者と旅して人間目線で決めること。

僧侶はそれを知らない。勇者と出会う。旅をする。

魔女は滅ぼすと決めた。




627 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:18:18em74N0TY (1/18)


【#26】彼女の気持ち

助手「はぁ」トスン

助手「(狩人さんと旅をしてから、一日一日の内容が濃すぎる。多分、まだ三日くらいのはずだ)」

助手「(もう何ヶ月も旅をしているような感じがする。しかも勇者さんと一緒に旅するだなんて……?)」

僧侶『あの』

狩人『何かな?』

助手「(そ、そういえば隣だった。壁際だからか、僅かに声が漏れてくる)」

助手「(速やかに此処を出るべきだろうか。しかし、他の人も警戒していたしーーー)」

僧侶「何故、あの人と一緒に?」

狩人「やれやれ、まだ私を疑っているのか。少しは彼の判断を信じたらどうだ」

僧侶「それは……」

狩人「まあいい、このままでは互いに疲れるだけだ。貴方にも話しておこう」

僧侶「えっ?」

狩人「何を驚くことがある。彼には既に話しているのだ。今更隠す必要もないだろう」

僧侶「それは、そうですけれど……」


628 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:19:15em74N0TY (2/18)


狩人「意外かな?」

僧侶「……はい。他人に目的を知られるのは、極力避けているように思っていました」

狩人「それも仕方のないことだよ。そう思われて当然の言動を取っていたからね」

狩人「では、一度しか話さないから良く聞きたまえ。質問は後にしてくれると助かる」

僧侶「はい。分かりました」

ーーー
ーー


僧侶「……彼女を処刑したのが、先の勇者」

狩人「そういうことになるね。我ながら、過去に縛られているとは思うよ」

狩人「その点で言えば、私も彼のことは言えない。彼と私では、目指すものが違うがね」

僧侶「(彼女は、狩人さんにとってどんな人だったんだろう。母親、とかなのかな?)」

僧侶「(あらゆる障害の克服。進化。それは、狩人さんにとっても希望だったはずだ)」

僧侶「(もしかして、復讐するつもりだったのかな。力を受け継いだ、あの人に……)」チラッ

狩人「いや、そんなつもりはないよ。彼にも、先の勇者にも、憎しみはない」


629 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:21:31em74N0TY (3/18)


僧侶「何も言ってないです」

狩人「顔に出ていた。彼と再会してからの貴方は、非常に分かりやすいよ」

僧侶「うっ……はぁ、あの人にも同じことを言われました。お前は分かりやすい女だって」

狩人「はははっ、まあ良いじゃないか。知られて困るようなことでもないだろう」

僧侶「でも、何か嫌です……」

狩人「(小さくなってしまった。こうして横顔を見ると、まだ少女の域を出ないな)」

狩人「(少女のような振る舞いに反して、魅惑的な身体。本人は気付いていないようだが、ある意味で危うい女性だ)」

狩人「(庇護欲そそる女性というのは、このことを言うのだろうか? 私には理解出来ないが)」

僧侶「あの、狩人さん」

狩人「何かな」

僧侶「狩人さんは、彼女の為に研究を?」

狩人「影響を受けたのは確かだが、決めたのは私だ。言っただろう、進化の道を作ると」

僧侶「勇者とは人に奉仕する存在だと言うのもそこから? 勇者であった彼女の姿を見ていたから、貴方はあの人を……」

狩人「……」

僧侶「ご、ごめんなさい。勝手に推察してしまって……」


630 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:23:10em74N0TY (4/18)


狩人「いや、構わないよ。彼を勇者だと認めなかったのは、それも関係しているだろう」

狩人「勇者が人に尽くす存在であるべきだという考えは、今も変わらない」

僧侶「今でも、あの人が嫌いですか?」

狩人「好き嫌いではないよ。ある点に於いては信頼出来るが、全てを信じているわけではない」

僧侶「じ、じゃあ、あの人の体が元に戻ったら? あの人と戦うのですか?」

狩人「それを決めるのは私だけではない。彼がどのような決断をするかで、また変わる」

僧侶「そう、ですよね……」

狩人「あまり楽しい話ではないな。この話は、もうやめよう。貴方の精神にも良くない」

僧侶「……はい」

狩人「僧侶さん、私からもいいかな。少し別の話をしよう。気分転換だ」

僧侶「気分転換? 何でしょうか?」

狩人「彼をどう思っているのかね」

僧侶「えっ!?」

狩人「私ばかり情報を与えるのは不公平と言うものだ。貴方もそうするべきだと思うのだが」

僧侶「そんなことを言われても、と言うか、気分転換になってないです……」


631 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:24:35em74N0TY (5/18)


狩人「無理に話さなくてもいい。ただ、その場合は此方で勝手に判断する」

僧侶「は、話します。話しますから、そういうのはやめて下さい」

狩人「む、そうか」

僧侶「(変な誤解されるのも嫌だし話そう。狩人さん、あんまり興味なさそうだけど……)」

僧侶「ありふれた言葉ですけど、とても大切な人です。色々気付かせてくれた人でもあります」

僧侶「あの人、今はとても弱っているから……私が守りたいなって、そう思います」

狩人「肉体関係はあるのかね?」

僧侶「あははっ、そんなのないですよ……ん?」

狩人「……」

僧侶「に、肉体関係!? ないですよ!! 貴方は何を言い出すんですか!!」

狩人「これは至って真面目な質問だ。街で見た幾つかの資料にはそう記されてあった」

僧侶「……神聖娼婦、ですか?」

狩人「ああ、貴方の項目にはそうあった。しかし、貴方を見ていると、どうもそのようには見えなくてね」

狩人「獣性を収めるだけの肉体関係では、そこまで献身的にはなれない。記載内容とは違うと思ったのだよ」


632 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:26:09em74N0TY (6/18)


僧侶「……」

狩人「複雑な事情があるなら、話さなくても構わない」

僧侶「いえ、話します。私も、それについては整理したいと思っていたので」

狩人「……」

僧侶「私は、あの人の力になるようにと、司教様の計らいで同行することになりました」

僧侶「もしかしたら、そのような役目も期待されていたかもしれません。あの人も知っていたかも知れない」

狩人「……」

僧侶「けれど、私は一度たりとも、そのような行為を強いられたことはありません。行為を求められたこともありません」

僧侶「望まれたことも。勿論、他に何らかの理由があって行為に及んだこともありません」

僧侶「私は、そのような存在として、あの人の傍にいたことはありません」

僧侶「あの人は、そんな人じゃない……」ギュッ

狩人「……」

僧侶「今も傍にいるのは私自身の意思です。私が、そうすると決めました」

狩人「……そうか。済まないな、結局嫌な話になってしまった」

僧侶「いえ、話せてすっきりしました。ずっと、もやもやしていたので良かったです」ウン


633 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:27:38em74N0TY (7/18)


狩人「それは良かったよ。しかし、別の面で気になってしまうな」

僧侶「何がです?」

狩人「いや、数ヶ月共に過ごしているのだろう?」

僧侶「はい、そうですけど……」

狩人「彼は大丈夫なのかと思ってね。性欲、それによる獣性の昂ぶりというのは馬鹿に出来ない」

僧侶「へえ~、そうなんですか」

狩人「……」

僧侶「?」

狩人「本当に、何もなかったのか」

僧侶「な、ないですってば。あの人は強いんです。そんな気持ちには負けません」

狩人「成る程、それは素晴らしい。性衝動に抗うには余程の精神力、自制心が必要だからね」

僧侶「そうです。あの人は強いんです。そういう素振りは見せたこともないですからね」ウン


634 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:30:09em74N0TY (8/18)


狩人「ふむ」ジー

僧侶「えっ、何ですか」

たゆんっ

狩人「まあ、貴方に問題があるわけではなさそうだ。貴方を女性として見た時、興奮しない男性はいないだろう」

僧侶「興ふ………………ん!?」バッ

狩人「どの部位に興奮するのかは、人それぞれだがね」

僧侶「部位とか言わないで下さい……」

狩人「だとすると、彼の方に問題があるのかもしれないな」

僧侶「へっ?」

狩人「今の時代、男色の気があるのは別段おかなしなことではない」

僧侶「あははっ。まさか、あの人に限ってそんなことは有り得ませんよ」

狩人「……」

僧侶「……本気で言ってます?」

狩人「勿論だ」

僧侶「絶対に有り得ません。あの人がいやらしい目で見られていたことはありますけどね」


635 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:31:34em74N0TY (9/18)


狩人「男性にか?」

僧侶「いえいえ、性別を問わずです。露骨にそのような誘いをする方もいましたからね」ウン

狩人「何故貴方が誇らしげなのだ」

僧侶「それは、えっと、あの人、顔立ちは良いですから。今はちょっと、あれですけど……」

狩人「顔や肉体の造形が美しいのは私も認めるよ。男性まで虜にするとは驚きだ。しかし」

僧侶「?」

狩人「しかし、それは何の証明にもならない」

僧侶「」

狩人「戦いの途絶えない旅路の中、貴方のような女性が傍にいる。その先は想像に難くない」

狩人「そう考えると、彼が何かしらの問題を抱えていると思わずにはいられないのだよ」

僧侶「問題なんてありません。あの人は男性的です。口調や振る舞いを見れば分かるでしょう」

狩人「そうは言うが、此方には助手がいる。少々不安なのだよ」

僧侶「ば、馬鹿なこと言わないで下さい!!」

狩人「証明出来るのかね?」

僧侶「出来ます!! えっと、え~っと…………!!」ハッ


636 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:32:34em74N0TY (10/18)


狩人「?」

僧侶「も、揉まれたことならあります!」

狩人「揉まれた? それを?」

僧侶「それとか言わないで下さい」

狩人「失礼。乳房を揉みしだかれたわけだね?」

僧侶「違います。揉みしだかれてはないです。揉まれただけです」

狩人「それで?」

僧侶「それだけですけど……」

狩人「それでは何の証明にもならないだろう」

僧侶「ぐっ。もうっ、何なんですかさっきから!! 何が言いたいんですか!?」

狩人「事実を述べているまでだよ」

僧侶「事実無根です! そっちだって証明出来ないでしょ!?」

狩人「いや、私は男性として少々問題があるのではないかと言っているだけだよ」

僧侶「疑ったら何とでも言えるじゃないですか!! ないものは証明出来ませんよ!!」


637 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:33:36em74N0TY (11/18)


狩人「ほう。随分と必死じゃあないか」

僧侶「ば、馬鹿にしてますねぇ?」イラッ

狩人「いや? そんなことはないよ?」

僧侶「くぅ……!!!!」ハッ

狩人「ふふっ、どうしたのかね?」

僧侶「狩人さんっ!! 貴方、本当は女性が好きなんでしょう!?」

狩人「何を馬鹿な。それこそ有り得ない」

僧侶「じゃあ証明してみて下さいよ!!」

狩人「!?」

僧侶「おやぁ? どうしましたかぁ? 早くして下さいよ、さあさあさあっ!!」

狩人「いや、私はただーーー」

僧侶「3、2、1。ほら出来ない!! 同じことですよ!! はいっ、この話は終わりっ!!」バンッ

狩人「……っ」

僧侶「(ふん、勝った。狩人さんに勝ってやった。私の勝ちだ。馬鹿なこと言うからだ)」


638 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:34:42em74N0TY (12/18)


狩人「くっ。フフッ、アハハハッ!!」

僧侶「え?」

狩人「私はからかっただけだよ。それを貴方は、勝ち誇った顔で……っ、アハハハッ!」

僧侶「……私もからかっただけですけど?」

狩人「フ、フフッ、見え透いた嘘と、その顔はやめてくれ」

僧侶「……」

狩人「からかっただけですけど? フフッ…」

僧侶「真似しないで下さい」

狩人「フフッ…」

僧侶「ひ、人の気持ちを弄ぶなんて最低です!」

狩人「人聞きの悪いことを言わないでくれないか。貴方が勝手に話しただけだ」

僧侶「っ、屁理屈じゃないですか!!」

狩人「ちなみに、胸を揉まれたと高らかに言い放ったのも貴方だ」

僧侶「~~!!」カァァ

狩人「ハハハッ、冗談だよ。悪かったね。貴方の反応があまりに面白くて、つい」


639 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:35:41em74N0TY (13/18)


僧侶「ふん、もう良いですよ。真面目に考えた私が馬鹿でした」

狩人「真面目に?」

僧侶「っ、真面目にもなりますよ。だって……」

狩人「……」

僧侶「……」

狩人「……言わなくてもいい。何となくだが、貴方を見れば察しは付く」

僧侶「そんなんじゃないです。この感情がどんなものか、自分でも分からないですから」

狩人「大丈夫だ。彼も、男性も気があるわけではないよ。それは私にも分かる」

僧侶「そんな心配はしていません!!」

狩人「貴方に手を出さないのは、己を強く律しているからだろうね」ウン

僧侶「あの、からかうのか真面目に話すのかどちらかにしてくれます?」

狩人「それを可能にしているのは、貴方に対して特別な思いを抱いているからに違いない」

僧侶「無視しないで下さい。と言うか、何故言い切れるのですか?」

狩人「彼は貴方の手を取った。それが証明だ」

僧侶「それだけで特別だなんて、言い過ぎですよ……」


640 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:37:24em74N0TY (14/18)


狩人「私の手は掴まなかった」

狩人「それも、魂が砕け散ってもおかしくない状態で、羅刹王の矢に貫かれたにも拘わらずだ。どうかな、少しは安心したかね?」

僧侶「……安心とは、少し違います」

狩人「いや、ひょっとすると、単に貴方を性行為の対象として見ていないだけなのかもしれないな……」

僧侶「えっ?」

狩人「彼は私のように細身の女性が好みなのかもしれないよ? 性的、肉体的嗜好と言うやつだ」

僧侶「……」ジー

狩人「?」

僧侶「(確かに、細身だけど艶めかしい。病的に白い肌が、妖しさを醸し出している)」

僧侶「(男性って、こういう雰囲気の女性に弱いのかな。妖艶と言うか、魔性と言うか)」

僧侶「(手首なんて、握ったら簡単に壊れちゃいそうだ。守りたいって、思うのかなぁ……)」

狩人「そこまで遠慮なく観察されると注意する気もなくなるよ。存分に見たまえ」

僧侶「い、いえ、もう結構です。ありがとうございました」

狩人「ふふっ、そうか。それで? 私の身体を見て何か分かったかね?」

僧侶「と、とても、お美しいと思います。白くて、細くて……(そもそも綺麗だし)」


641 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:38:37em74N0TY (15/18)


狩人「ははは。ありがとう」

狩人「しかし、まじまじと見ておいて感想はそれだけか。もっと、じっくり見てもいいのだよ?」

僧侶「(うっ。思わずドキリとしてしまった。こういうことをさらっと言えるのが大人なのかな)」

狩人「ああ、言っておくが先程のも冗談だから安心したまえ。彼は私に欲情などしていないし、そもそも、私をそういった目では見ていない」

僧侶「……」

狩人「悪かったね。つい、からかいたくなってしまった」

僧侶「冗談には聞こえないので今後はやめて下さい」

狩人「はははっ。分かったよ」

ザッ…

僧侶「?」

勇者「僧侶、ちょっと来い」

僧侶「は、はいっ! 今行きます!」

狩人「良かったじゃないか、誘われて」

僧侶「狩人さん、本当に怒りますよ」

狩人「早く行きたまえ。彼が待っているよ?」


642 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:39:31em74N0TY (16/18)


僧侶「くっ……」

狩人「何かな?」

僧侶「何でもありません。では、行ってきます。すぐに戻りますので」

狩人「遠慮は要らないよ。ゆっくりしてくるといい」

僧侶「すぐに、戻りますっ!!」

ザッ

狩人「……行ったか。ああして話すのも、悪くなーーーッ、ゲホッ、ゲホッゲホッ…?」

ボタボタッ…

狩人「(当然の結果だ。王位と戦って、無事に済まないことは分かっていた)」

狩人「(あれだけ回転を速めたのだ。寿命を縮めるのは承知の上だ。しかしーーー)」

狩人「ッ、ゲホッゲホッ」グラッ

狩人「(しかし、これ程までとはな。少々、無理をしすぎたようだ)」

ザッ…

助手「狩人さん、しっかりして下さい!」

狩人「……大丈夫だ。まだ、大丈夫だよ。少し横になれば、落ち着く」


643 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:40:57em74N0TY (17/18)


助手「僧侶さんを呼んできます」

ガシッ!

助手「狩人さん、何を……」

狩人「止せ、呼ばなくて良い」

助手「しかし、そのままでは」

狩人「私に治癒の魔術は通用しない。私の体が邪魔をするのだ」

助手「そんな……」

狩人「そんな顔をするな。君にはまだ教えることがある。まだ、逝くことはしないよ」

助手「本当に、大丈夫なんですね?」

狩人「ああ、この痛みは以前にも経験したことがある。助手、聞いてくれ」

助手「な、何ですか? 何でも言って下さい」

狩人「盗み聞きは、感心しないな」ニコリ

助手「い、いやっ、僕は別に」

狩人「ふふっ、まあいいさ。最初から、君に聞こえるように話していたからね」

助手「(……やられた。この人には、あらゆる面で勝てる気がしない)」


644 ◆GC8HKbhIcg2018/10/07(日) 17:42:25em74N0TY (18/18)


狩人「研究内容については、いずれ話す」

狩人「君には、もっと多くのことを知って貰わなければならないからね」

助手「はい、お願いします」

狩人「……たった数日で、顔付きが変わったな。少しだけ頼もしくなったような気がするよ」

助手「……」

狩人「しかし、その瞳は変わらないな。いいか、助手。決して、曇らせてはならないよ?」

助手「……はい」

狩人「分かればいいのだ。私は、少し眠るよ」

助手「此処にいます」

狩人「フッ。まったく、君は心配性だな。まあいいさ、好きにしたまえ……」

助手「(狩人さんには残された時間は少ない。その時間を、無駄にはさせない)」


645 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 08:50:50SIP/yJ0M (1/27)


【#27】受心の兆し

勇者「……」

僧侶「(この人が私を呼ぶなんて珍しい。巫女ちゃんと話したことで何かあったのかな?)」

勇者「お前、何か気になることはあるか」

僧侶「気になること、ですか……」

勇者「……」

僧侶「……羅刹王は、貴方と私を歪みと言っていました。それが気掛かりで、少し不安です」

勇者「……」

僧侶「あのぅ、聞いていますか?」

勇者「ああ、聞いてる。そのことだが、ついさっき巫女から聞いた」

勇者「あの化け物が、俺とお前を歪みと称した理由も分かった」

僧侶「分かったって、どういう……」

勇者「自分から言っといて何だが、今は話せない」


646 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 08:53:06SIP/yJ0M (2/27)


僧侶「何故ですか……」

勇者「少し、聞いてくれ」

僧侶「……分かりました」

勇者「聖水の件でもそうだが、事実を知って傷を負うこともある。今回もそうだ」

勇者「話したくないわけじゃない。どう伝えるべきか、俺にはまだ分からないんだ」

僧侶「(この人も悩むんだ。でも、そうだよね。何を聞いたのかは分からないけれど……)」

勇者「けどな、必ず話す。あいつ等を預けて落ち着いたら、必ずな」

勇者「だから、何だ……今話さない理由は、お前に対しての疑いや何かが原因じゃない」

僧侶「大丈夫です。それは分かります」ニコッ

勇者「……」

僧侶「?」

勇者「僧侶、俺はお前を裏切らない。何があっても、お前を死なせはしない。いいな」

僧侶「は、はいっ」

勇者「まあ、お前から守られてる俺が言えたことじゃないけどな」

僧侶「(びっくりした。この人が、そんなことを言うなんて……)」


647 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 08:59:38SIP/yJ0M (3/27)


勇者「俺からは、それだけだ」

僧侶「あのっ、それを言う為だけに私を?」

勇者「何だ、不満か?」

僧侶「いえ、別にそういうわけでは……」

勇者「そうかよ」

僧侶「(へへっ、嬉しいな。もっと頑張ろ)」

勇者「無理はするなよ」

僧侶「はいっ!」ニコッ

勇者「じゃあ、もう寝ろ」

僧侶「えっ……」

勇者「何だよ、その面は」

僧侶「もうちょっと話したりしたいです」

勇者「何? 何かあんの?」

僧侶「………あの、男の人が好きだったりしないですよね?」


648 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:14:01SIP/yJ0M (4/27)


勇者「次に言ったら殺すぞ」

僧侶「ひっ、ごめんなさいっ!!」

勇者「……チッ、真剣に聞いてんのは分かる。お前が言うような嗜好を持った奴等は確かにいる」

僧侶「え?」

勇者「国の権力者、教会の指導者。どいつもこいつも、似たような奴等ばかりだったよ」

僧侶「何で、そんなことを……」

勇者「見てきたからさ」

僧侶「……」

勇者「美しさは力になる。力は利用する。使えるものは何を使ってでも生きる。何でもな」

僧侶「……」

勇者「僧侶。お前は、そのまま生きろ」

僧侶「!!」

勇者「いいな」

僧侶「……」コクン

勇者「さあ、もう戻れ。戻って、狩人と下らねえ話でもしてこい」


649 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:20:38SIP/yJ0M (5/27)


僧侶「はい……じゃない!! 聞いてたんですか!?」

勇者「聞こえたからな。悪かったな、いつまでも手を出さなくて」

僧侶「別にそういうのは望んでません!!」

勇者「そういうのって何だよ」

僧侶「そういうのはそういうのです!」

勇者「肉体関係と性行為だっけ?」

僧侶「っ、そうです。でも、私には必要ないです」

勇者「こうなる前に抱いてやれば良かったな。女としては不安になって当然だ。傷付けちまってごめんな?」

僧侶「抱くとか言わないで下さい。そもそも傷付いてなんかいませんから」フイッ

勇者「そうなのか?」

僧侶「そ、そうなんです……」

勇者「ふーん」

僧侶「……あの」

勇者「ん?」

僧侶「私が神聖娼婦と記されていたことを知っていたんですか?」


650 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:26:23SIP/yJ0M (6/27)


勇者「知らねえ」

勇者「つーか、知ってたら何なんだよ。どうでもいいだろ、そんなもん」

僧侶「どうでも、いい?」

勇者「お前は神聖娼婦じゃねえんだ。だったら、それでいいだろうが」

僧侶「……」ギュッ

勇者「何、他にもあんの?」

僧侶「何で私を? 同行を断ることだって出来たはずなのに」

勇者「置いて行こうとしたけど付いて来た。お前が折れなかっただけの話だ。俺は何もしてない」

僧侶「(……きっと、何もかも知っていた。だから、今まで何も言わずにいてくれたの?)」

勇者「……」

僧侶「……もう少し、良いですか?」

勇者「あ?」

僧侶「さっきの続きで、気になることがあって……」

勇者「続き? 何だよ」

僧侶「貴方って、やっぱりその、経験豊富なんですか? 女性の対応とか慣れてそうですし」


651 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:29:03SIP/yJ0M (7/27)


勇者「はぁ? 何だそれ、必要?」

僧侶「い、嫌だったら答えなくても大丈夫です」

勇者「あ、そう。じゃあ、言いたくないから言わない」

僧侶「えっと、何歳くらいで経験するものなんですか?」

勇者「知らね」

僧侶「えっと、初めての時は緊張ーーー」

勇者「何なんだよお前、性への興味で脳内満たされたのか? そんなにやりてえの? 性の獣?」

僧侶「せ、性獣じゃないです」

勇者「うるせえ。卑しい性獣、肉欲の僧侶」

僧侶「変な二つ名を付けないで下さい……」

勇者「月夜に吠える妖しき変態の方がいいか?」

僧侶「何ですかそれ、どっちも嫌ですよ」

勇者「残念だな、とても似合ってるのに」

僧侶「(結構真面目に聞いたのに、すぐにからかう。確かに変な質問だったけど……)」

僧侶「(そう言えば、悩んでる理由を聞いてなかった。今なら、聞けるかな)」チラッ


652 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:32:56SIP/yJ0M (8/27)


勇者「どうした?」

僧侶「……最近、貴方が悩んでいるような気がして……何か、あったのですか?」

勇者「別に何もねえよ」

僧侶「でも、以前の貴方なら、狩人さんと一緒に行動するなんて判断はしなかったはずです」

勇者「殺してたかもな」

僧侶「じゃあ、何で……貴方らしくないというか、何か、変わったようにも思えます。何かあったのですか? 」

勇者「どうだろうな」

僧侶「(はぐらかされた。やっぱり、私には話してくれないんだ……)」

勇者「……俺が変わったように見えるなら、変わったんじゃない。多分、変えられたんだ」

僧侶「変えられたって、誰に……」

勇者「お前さ、全部言わなきゃ分からねえのか」

僧侶「……………あっ……」カァァ

勇者「落ち込んだり赤くなったり忙しい奴だな」

僧侶「だって、そんなこと一度も言わなかったじゃないですか……」

勇者「君のお陰で僕は変わったって? んなこと言うかよ、馬鹿じゃねえのか?」


653 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:35:30SIP/yJ0M (9/27)


僧侶「(久々に言われた気がする)」

勇者「でもまあ、確かにらしくねえかもな」

僧侶「そ、そんなことはありませんっ!」

勇者「どっちだよ。そう言ったのはお前だろ?」

僧侶「それはもういいです。それが悪いって言ってるわけじゃないですから」

勇者「へえ、女ってのは気が変わるのが早いんだな」

僧侶「それは、あれです。変化を受け入れただけです。そういうのも大事ですよ」ウン

勇者「へ~、そうなんだ」

僧侶「うっ。あの、ここから先は真面目に聞いて下さい。本当に大切な話ですから」

勇者「なに?」

僧侶「……私が貴方を守ります。絶対に死なせません。何があっても、貴方を守ります」


654 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:39:03SIP/yJ0M (10/27)


勇者「それは、お前の意思か?」

僧侶「当たり前です。私以外に誰がいるんですか。勿論、私の意思です」

勇者「……そうだな」

僧侶「(暗い顔、どうしたんだろう……)」

勇者「なあ、僧侶」

僧侶「何です?」

勇者「お前は、お前のままでいてくれ」

勇者「誰に何を言われても、自分の存在を疑うな。俺もお前を信じる。それから……」

僧侶「……それから?」

勇者「……」

僧侶「……」

勇者「俺が、傍にいる。これからも」

僧侶「は、はいっ。私も、貴方の傍にいます! これから先も、ずっと!」


655 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:47:02SIP/yJ0M (11/27)


【#28】遠雷

勇者「……」ゴロン

シーン…

勇者「……」

僧侶『私が、貴方を守ります。絶対に死なせません。何があっても』 

勇者「……守る」

バチッッ!

勇者「ッ、何だーーー」

勇者『次から次へと出てきやがって』ダンッ

ゴシャッ!ズドッッ!

勇者『チッ、最近多いな。まあ、龍を殺せば、それも終わるか』

僧侶『……』

勇者『おい、無事か』

僧侶『わたしは平気』


656 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:48:06SIP/yJ0M (12/27)


勇者『ならいい。行くぞ』

僧侶『ねえ』

勇者『どうした?』

僧侶『わたしは戦わなくてもいいの?』

勇者『俺一人で戦える。お前が戦わなくても問題ない』

僧侶『わたしが戦った方が早く終わる。あなたの役に立ちたいの』

勇者『……いいか、僧侶。確かに、お前には強い力がある。魔術の才能もあるだろう。でもな、お前に頼るわけにはいかないんだ』

僧侶『なんで?』

勇者『……』

僧侶『?』

勇者『子供は戦わなくていい。子供が武器を手に取るようになったら、この世は終わりだ』


657 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:50:01SIP/yJ0M (13/27)


僧侶『わたしが戦ったら、世界が終わるの?』

勇者『そうじゃない。お前に頼るようになったら、俺の終わりってことだ』

僧侶『よく、わからない……』

勇者『分からなくていい。さあ、行くぞ』

僧侶『……うん』

勇者『大丈夫だ。今は分からなくても、いつかは分かる。その時が来る。きっとな』

僧侶『ほんとう?』

勇者『ああ、本当だ』

僧侶『わかるまで、傍にいてくれる?』

勇者『………ああ』


658 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:51:16SIP/yJ0M (14/27)

ーーー
ーー


勇者『ぐっ…』ガクンッ

ザザザザ…

勇者『……うじゃうじゃいやがる。数だけは多いな、人食いの化け物共が』

僧侶『っ!!』ダッ

勇者『よせっ!! やめろ!!』ダンッ

ズドッッ!ズシャッッ!

勇者『はぁっ、はぁっ、はぁっ……』

僧侶『血がーーー』

勇者『触るな。俺は何ともない。お前は何もするな。これまで通りだ、いいな』

僧侶『っ、何でなの!? 貴方はいつもそう言うばかりで何も話してくれない!!』

勇者『黙ってろ』

僧侶『こんなんじゃ大きくなった意味がない!! 貴方を助けたくて大きくなったのに!!』


659 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:54:24SIP/yJ0M (15/27)


勇者『聞こえなかったのか、黙れ』

僧侶『っ、嫌だ。もう言いなりにはならない。私だって戦える。もう大人だもん』

バチンッ!

僧侶『っ、何でーーー』

勇者『いい加減にしろ。お前はまだガキだ。耐えられるわけがない』

僧侶『私が子供なら貴方だって子供じゃない!!』

勇者『俺とお前じゃ違うんだ。俺はガキの頃から殺してる』

僧侶『だから何だって言うの!?』

勇者『殺したのは化け物だけじゃない。人も殺してる。大勢な』

僧侶『そんなの嘘だ』

勇者『嘘じゃない。お前が気付いてなかっただけだ』

僧侶『何で、人を殺したの……』

勇者『敵が化け物だけとでも思ったのか? 俺を付け狙う奴等は大勢いるんだよ』

勇者『見えていないだけだ。この世界は、お前が思っているような美しい世界じゃない』


660 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 09:56:26SIP/yJ0M (16/27)


僧侶『……』

勇者『……化け物だろうが人間だろうが、殺すってことは終わらせるってことだ』

勇者『そいつらが歩むはずだった道も、そいつらが生きるはずだった未来も、何もかもをな』

勇者『そいつらの顔、声が焼き付く。相手がどんなに屑でも、家族には心底恨まれるし憎まれる』

勇者『罪だと感じる。自分を疑う。それが死ぬまで続く。お前はそれに耐えられるか?』

勇者『ついこの前まで子供だったお前が、殺した奴等の命を背負って生きていけるってのか?』

僧侶『私は、ただ……』

勇者『考えたこともなかったか? それがガキだって言ってんだよ』

僧侶『そんなの関係ない!! 私はただーーー』

勇者『俺の役に立ちたいか? 俺のために戦って、俺のために殺すのか。そんなんじゃ続かねえ』

勇者『すぐに折れる。いつかは耐えられなくなり、いずれは俺を憎む。罪を押し付ける』

僧侶『そんなことはしない!!』

勇者『だったら、もう少し考えろ。お前が戦う理由を見付けろ。お前の意思で、決めるんだ』

僧侶『……』ギュッ

勇者『……話は終わりだ。行くぞ』


661 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:01:46SIP/yJ0M (17/27)

ーーー
ーー


勇者『ッ!!』ダンッ

ゴシャッ!

勇者『僧侶、此処はもういい。お前は上に戻れ』

僧侶『囚われの難民を助けるんでしょう? 一人じゃ無理だよ。私も手伝う』

勇者『……分かった。下に何がいるか分からねえ。俺から離れるなよ』

僧侶『うん、分かってる』

ザッ…

勇者『此処は……』

僧侶『……あれは、なに?』

勇者『ッ、見るな。お前は此処に隠れてろ』

僧侶『ねえ、あれは何なの? 何で人が溶かされているの? ねえ、何を造っているの!?』


662 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:04:50SIP/yJ0M (18/27)


勇者『僧侶、落ち着ーーー!!』

ゾロゾロ ガチャガチャ!

勇者『ッ、何が出て来るかと思えば騎士に修道士……そうか、人を捨てたんだな、お前等は』ダンッ

ドギャッッ! ドサドサッ…

勇者『僧侶!! お前は逃げろ!!』

僧侶『何で、あんなことを、同じ人間なのに、何で……だってあれは、私も、何度も使って……』ガクガク

勇者『しっかりしろ!! 此処は俺が抑える。早くーーー』

僧侶『や、やめてっ、来ないで!』

勇者『!!』バッ

ザクッ!ザクッ!

勇者『……』ボタボタッ

僧侶『……?』

勇者『……行け』

僧侶『あ、あ、あぁ、そんなっ……』

勇者『いいから、行け。俺が突っ込んだら走れ。いいな』ダンッ


663 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:05:39SIP/yJ0M (19/27)


僧侶『嫌、待っーーー』

ゴシャッ!

勇者『はぁっ、はぁっ……』

僧侶『……』フラッ

勇者『何してる!! 早く行け!!』

僧侶『……』ヨロッ

勇者『僧侶!! ッ!!』ダッ

ゴシャッ!

僧侶『(また、いつもと同じ。あの人を置いて、一人安全な場所に逃げるの?)』クル

僧侶『(見ているだけで……)』

ザクッ!

勇者『ッ、あああっ!!』ググッ

ドギャッッ!ズドンッ!

僧侶『(いつまで、あの人に傷を負わせるの? いつまで、あの人だけに背負わせるの?)』


664 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:11:18SIP/yJ0M (20/27)


勇者「はぁっ、はぁっ……ッ!!」ダッ

僧侶『(苦しみだけを与え続けて、何もしないまま終わり? 本当にそれでいいの?)』

僧侶『……』 ギュッ

僧侶『(奴等は人を喰らう怪物と変わらない。戦うべきだ。消し去るべきだ。思い知らせるべきだ)』

僧侶『……私は』

僧侶『(あの所業を、許せるの?)』

僧侶『……許せない』

僧侶『(あの人を傷付ける存在を許せるの?)』

僧侶『許さない』

僧侶『(私には力がある。きっと、あの人の為に授かったんだ。今が、その時なんだ)』

ザッ…

僧侶『焼けて、爛れろ』

ゴォォォッ!

勇者『あの炎は……まさか……』ダッ


665 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:13:24SIP/yJ0M (21/27)


僧侶『……』

勇者『僧侶……』

僧侶『……ごめんなさい、あなた』クラッ

勇者『!!』

ガシッ

勇者『しっかりしろ』

僧侶『……私も、一緒に背負う』

勇者『……』

僧侶『もう、貴方だけにはーーー』

ぎゅっ…

僧侶『あっ』

勇者『苦しいだろ。無理するな』


666 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:15:06SIP/yJ0M (22/27)


僧侶『……苦しくない』

勇者『嘘言うな』

僧侶『嘘じゃないよ』

勇者『……』

僧侶『本当に大丈夫だよ? 私、何にも苦しくないよ? だって私が殺したのは、人じゃ……ないもん』

勇者『……』

僧侶『人じゃない……グスッ…あれは、怪物だった。そうでしょう?』

勇者『……』ギュッ

僧侶『う、うぅっ……』

勇者『……俺が傍にいる』

僧侶『…うん……うんっ』ギュッ


667 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:17:17SIP/yJ0M (23/27)

ーーー
ーー


勇者『何してんだ?』

僧侶『この腕輪が気になるのよ。こういった類の物には詳しくはないけれど、とても綺麗だわ』

勇者『腕輪? お前が?』

僧侶『なに? 悪いの?』

勇者『いや? しかし、お前が腕輪に興味持つなんてな』

僧侶『い、いいじゃない別に。もう大人だもの』

勇者『大人ね……』

僧侶『何よ、文句あるの?』

勇者『どれだよ』

僧侶『え?』

勇者『だから、どれが気に入ったのかって聞いてんだよ』

僧侶『こ、これ。この連環の腕輪。綺麗でしょう?』


668 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:18:19SIP/yJ0M (24/27)


勇者『ふーん。じゃあ買うか』

僧侶『へっ?』

勇者『欲しくねえのかよ』

僧侶『欲しいけど、いいのかしら……』

勇者『誰も文句言わねえだろ。つーか言わせねえ。買ってくるから待ってろ』ザッ

僧侶『あっ、もう……ふふっ』

ザッ…

勇者『ほら、買って来たぞ』

僧侶『……』

勇者『何だよ』

僧侶『何だか、あまり嬉しくないわ。他に言い方があると思うのだけど』

勇者『だったら他の男にでも頼め。今のお前なら簡単に引っ掛けられるだろ』


669 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:20:04SIP/yJ0M (25/27)


僧侶『そんなことしないわよ。貴方でいいわ』

勇者『そうかよ。ほら、さっさと手ぇ出せ』

僧侶『ねえ、もうちょっと優しく言えないの?』

勇者『今更優しくしてどうなるもんでもねえだろ。ほら、手を出せ』

僧侶『はいはい、分かったわよ』スッ

勇者『細いな。もっと食え、そんで太れ』

僧侶『絶対に嫌よ。私は綺麗でいたいの』

勇者『この前まで子供だった奴がよく言うぜ』 

僧侶『うるさいわね。さっさとしてよ』

カチリ…

勇者『ん、出来た』

僧侶『綺麗……』

勇者『壊すなよ?』

僧侶『ええ、ずっと大切にするわ。こんなにも何かを気に入ったのは、初めてだから……』


670 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:22:37SIP/yJ0M (26/27)


勇者『……そうか。そりゃ良かったな。さあ、行くぞ』

僧侶『ねえ』

勇者『ん?』

僧侶『私、貴方と出会えて良かったわ』ニコッ

勇者『何だそりゃ、腕輪買ってくれたからか?』

僧侶『茶化さないで。私は真面目に話してるの』

勇者『……』

僧侶『初めて会ったのが貴方で良かった。心から、そう思っているわ』

僧侶『運命なんて信じないけれど、貴方と出会えたのが運命なら、信じてあげてもいい』

勇者『そうかい。いつにも増して偉そうだな』

僧侶『前世では偉人か何かだったに違いないわ。だって、こんなにも優れた魔術を使えるのだから』

勇者『そうかもな』

僧侶『あら、否定しないのね』

勇者『お前はきっと、何か大きなものになれる。俺なんかより、ずっと大きなものに』

僧侶『これ以上大きくならなくてもいいわ。今のままで、貴方の傍にいたいから』


671 ◆GC8HKbhIcg2018/10/08(月) 10:24:30SIP/yJ0M (27/27)


勇者『……』

僧侶『ちょっと、なにか言ってよ』

勇者『もう、子供に掛ける言葉は言えない』

僧侶『何を言っているの?』

勇者『お前は此処に残れ。俺とは別の道を歩くんだ。お前はもう、一人で歩けるはずだ』

僧侶『っ、急に何を言い出すの!? そんなのーーー』


バチッ!


魔女「……」

魔女「……そんなの嫌よ。いつまでも傍にいるって言ったじゃない。だったかしら」

魔女「……」スッ

シャラ…サラサラ…

魔女「…………運命」


672 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:17:19gs5rTee2 (1/17)


【#29】失われた時の中で

勇者『今のが、魂の記憶……』

僧侶『どうかしら? 主だった記憶の断片は見せたつもりだけれど』

勇者『夢の中で夢を見るってのは妙なもんだな。何というか、他人の記憶を垣間見た気分だ。時間の流れが早過ぎて、付いて行けねえ』

僧侶『直に慣れるわ』

勇者『……そうかい。で、お前は誰なんだ? 前に夢を見せたのはお前なのか。姿は魔女に近いようだが』

僧侶『私は三人の元となった存在。その残滓。貴方の夢だけに生きる者』

勇者『色々いて誰が誰だか分からねえな』

僧侶『そう難しく考えることはないわ。どの私も私だもの。私達は一つから生まれた。皆が貴方を知っているのよ』

僧侶『過ごした時間、場所、体験。違っていても、共に過ごした人間はただ一人。貴方だけ』

勇者『……お前は、どのお前だ』

僧侶『面白いことを言うのね。どういう意味?』

勇者『さっきも言ったが、お前の姿は魔女に近い。だが、感じるものはまるで違う』

僧侶『私は、現在の巫女に近いわ。過去にではなく、未来を生きようとしている』

僧侶『その逆、誰よりも過去に囚われているのが魔女。彼女は、過去を取り戻そうとしている』


673 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:18:44gs5rTee2 (2/17)


勇者『囚われていると言ったな』

僧侶『ええ、魔女は元の存在の気質を最も強く受け継いでいる。誰よりも強いけれど、それ故に危うい』

勇者『元のお前とは? どんな奴だ』

僧侶『先程、貴方も見たでしょう。貴方に甘え、貴方を慕い、貴方の傍にいることだけを望んだ存在を』

勇者『……』

僧侶『何を犠牲にしても貴方を選ぶわ。その性質をそのまま受け継いだと言っていい』

勇者『……』

僧侶『大丈夫? どうしたの?』

勇者『本当に、俺が育てていたんだな。あれで育てたと言っていいのか分からねえが』

僧侶『貴方が育て、貴方が守り、貴方が教えたわ。全ての私達に』

勇者『一つ、聞きたい』

僧侶『なにかしら?』

勇者『何故、俺を恨まない。違う人間と出会っていたら、今とは違った未来を生きていたはずだ』

勇者『お前を決めてしまった俺を、そうしてしまった俺を、何故そうまでして……』


674 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:20:00gs5rTee2 (3/17)


僧侶『貴方は、先の勇者を恨んでいるの?』

勇者『馬鹿な。あの人を恨むわけがない』

僧侶『それと同じよ。どんなに過酷な道を歩むことになろうと、恨みなど抱かないわ』

僧侶『貴方が彼を慕うように、私もまた貴方を慕った。貴方が、私を与えてくれたのよ』

僧侶『どの私にも、それは共通している。抱いた想いは違うかも知れないけれど……』

勇者『……』

僧侶『その中で、僧侶だけが違う。人間のあの子だけが、前を見ているわ』

僧侶『先程見た通り、あの子が経験したことは私と殆ど同じよ。なのに、あの子は違う。何故だと思う?』

勇者『……俺だろ』

僧侶『そう。貴方が違うからよ。貴方は、共に歩くことを認めた。あの子もそれを選んだ』

僧侶『嘗ての私のように、貴方の存在に依存し、寄り掛かるのではなく、支えようとしているのよ』

勇者『……』

僧侶『元の私を置いて行ったことを後悔しているのね? 貴方は、あれが原因だと思っている』


675 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:24:10gs5rTee2 (4/17)


勇者『どうだろうな。まだ、飲み込めてねえ……』

僧侶『貴方が決めるのよ。魔女と戦うのか、それとも別の道を見付けるのか。全ては貴方が決めるの』

勇者『あいつを育てたのは俺なんだろう? だったら、最期まで面倒は見るさ。どうなるにしてもな』

僧侶『……私からも良いかしら』

勇者『何だ』

僧侶『何故、私を置いて行ったの?』

勇者『……やめてくれ。置いて行ったのは、今の俺じゃない』

僧侶『それでもいいわ。答えが欲しいのよ』

勇者『……きっと、さっきの夢の言葉通りだ。お前には生きていて欲しかったんだろう』

勇者『或いは、俺の最期に付き合わせたくなかっただけかもな。正直、よく分からねえ』

僧侶『あの子、僧侶はどうなの?』

勇者『どういう意味だ』

僧侶『何故、あの子と共にいることを選んだの?』

勇者『俺の意味を教えてくれたからだ。お前になら、この言葉の意味は分かるはずだ』

僧侶『……そうね。とても良く分かるわ。ありがとう。答えをくれて』


676 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:25:12gs5rTee2 (5/17)


勇者『……』

僧侶『また、会えるかしら?』

勇者『生きてりゃ会えるさ』

僧侶『……そうね。さあ、そろそろ起きて。巫女と、あの子が待っているわ。おそらく、魔女も』

勇者『待て、魔女は多くを受け継いでいると聞いた。滅びと言ったが、何をするつもりか分かるか』

僧侶『いいえ、私には分からないわ。彼女の存在は異質なのよ。人でもなく、私達でもない』

勇者『何?』

僧侶『彼女もまた、歪んでいると言うことよ』

僧侶『ただ、魔女もまた深い悲しみを背負っているわ。それだけは、分かって欲しいの……』

勇者『……』

僧侶『決断を誤っては駄目よ。躊躇いは己を滅ぼす。己を曲げてはならないわ。最期まで貫いて』


677 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:26:30gs5rTee2 (6/17)


勇者『ああ、分かってる……』

僧侶『では、また会いましょう。今の貴方が、前の貴方の死を乗り越え、その先に進むことを祈っているわ』

サァァァ…

勇者「(……まだ、夜明け前なのか。長いこと眠っていたような気がする)」

ザッ

勇者「?」

僧侶「おはようございます!」ニコッ

勇者「……お前は元気だな。まだ夜明け前なのによ」

僧侶「ご、ごめんなさい。声、うるさかったですか?」

勇者「いや、そんなことねえよ。眠れたなら良いんだ。さあ、皆を集めて出発しよう」

僧侶「はいっ」ニコッ

勇者「(死を、越えた先……こいつとなら、もしかしたら、見つけられるのかもしれねえな)」


678 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:29:18gs5rTee2 (7/17)


【#30】移りゆく

ザッザッザッ…

勇者「(死を乗り越えた先……前の俺は龍に負けて死んだのだと、巫女はそう言っていた)」

勇者「(龍に負けたってのは分かるが、何故負けたのかが分からねえ)」

勇者「(前の俺は、この姿にはなっていない。今の俺より弱いってことは絶対に有り得ない)」

勇者「(何が足りなかった。単に、この力を使い熟せていないのか。どうすれば勝てる?)」

勇者「(何より、この体をどうにかしないことには戦いにすらならねえ。魔女が何を考えてるかも読めねえ)」

勇者「(殺せば消えると言ったが、居場所も分からねえ。何も仕掛けてこないってのも妙だ)」

勇者「(甲冑を依り代として魂を繋げたことには意味があるはずだ。同化させた先に何が……)」

クイッ

勇者「?」

巫女「考え事? 何かあったの?」

勇者「……ああ。また、夢を見た」


679 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:30:49gs5rTee2 (8/17)


巫女「記憶を辿ったの?」

勇者「断片的にな。感覚的には、辿ったと言うより見たって方が近い。他人の記憶をな」

巫女「まだ完全には同化していないから、そう感じるだけ。いずれは、違和感も消える」

勇者「だと、良いけどな……」

巫女「今は、あまり考えない方がいい。貴方には、どうしようもないことだから」

勇者「……そうだな」

巫女「不安?」

勇者「不安ってわけじゃない。ここ数日で考えることが増えた。まだ理解が追い付かないだけだ」

巫女「ごめんなさい……」

勇者「謝るな。抱いていた疑問の答えが出たのは確かなんだ。お前には感謝してる」

巫女「でも、貴方に押し付けた」

勇者「僧侶に伝えてくれって話か?」

巫女「うん」

勇者「お前も協力するって言ったじゃねえか。押し付けたってのは違うだろ」


680 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:31:58gs5rTee2 (9/17)


巫女「そうかな……」

勇者「何だ、不安なのか?」

巫女「うん」

勇者「何故?」

巫女「だって、もし貴方が前と同じになったら、私には何も出来ない。元の私がしたようには、出来ないから」

勇者「巫女、それが当たり前なんだ。普通は、やり直しなんて出来ない。命は一度きりだ」

巫女「……それでも、失いたくなかった」

勇者「……」

巫女「前の私がそうしてしまったことを、命を歪めてしまったことを話すのが怖かった」

巫女「貴方にとって、きっと、あれが終わりだった。だから、貴方は蘇りを拒否したのだと思う」

勇者「……」

巫女「あの時の私は、貴方の決意と覚悟を踏みにじった。もう一度、苦しみを与えてしまった」

巫女「苦しみから遠ざけたくて、他の何かを与えたくて、貴方の傍にいると決めたのに……」

勇者「後悔してるのか」

巫女「私は、後悔してると思う」


681 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:33:24gs5rTee2 (10/17)


勇者「……そうか」

巫女「何故、何も言わないの?」

勇者「巫女」

巫女「?」

勇者「俺も、あの人に会いたいと思ったことがある。もう一度会えたらって、何度も願ったよ」

勇者「話したいことや、教えて欲しいことは沢山あったからな。でも、幾ら願っても会えなかった」

巫女「……」

勇者「そう願ってしまうのは、きっと普通のことだ。そう簡単には、死は受け入れられない」

勇者「でも、いつかは受け入れる。納得しようとする。死に意味を持たせる。そうやって、その先を生きていくしかない」

勇者「でも、前のお前は、死を覆す力を持っていた。それは、お前にしかない力だ」

勇者「願いを叶える力、可能にしてしまう力、神を求めた人間に押し付けられた力だ」

巫女「……」

勇者「お前は願ったに過ぎない」

勇者「本来なら諦められるのに、そんな力を得たために、諦めることすら許されなかったんだ」

勇者「叶ってしまうこと、可能に出来てしまうこと、それが引き起こしたことだ。それに……」


682 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:34:15gs5rTee2 (11/17)


巫女「?」

勇者「それに、お前を育てたのは俺だ。そうさせた俺にも責任はある。育て方が悪かったのかもな」

巫女「そんなことない」

勇者「だったら、後悔するな。俺の為にしたんだろ? なら、それでいいんだ」

巫女「でも……」

勇者「大丈夫だ。ちゃんと貰ってる」

巫女「えっ?」

勇者「お前にも、僧侶にも、苦しみ以外のものを貰ってる。だから、俺は進めるんだ」

巫女「ほんとう?」

勇者「ああ、本当だ。だから、泣くな」

巫女「……うん」グシグシ

ザッ

勇者「狩人か」

狩人「邪魔してしまったかな」

勇者「いや、大丈夫だ。巫女、お前は僧侶の所にいろ」


683 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:35:33gs5rTee2 (12/17)


巫女「うん、わかった」

トコトコ

狩人「泣いているようだったが……」

勇者「まだ子供なんだ。泣きたくなる時だってあるさ」

狩人「私には、彼女が子供には見えないがね」

勇者「お前には見えるんだったな」

狩人「ああ、今までに見たことのない形をしている。何者かは分からないが、推し量れない存在であることは確かだ」

勇者「俺やお前と変わらねえよ」

狩人「ほう、それはどういうことかな?」

勇者「泣くし、笑う。感じるものに違いはねえ」

狩人「……ふむ。君がそんな言葉を口にするとは思わなかったよ。まあいい、分かったよ」

勇者「分かった?」

狩人「彼女については詮索しない。今はね」

勇者「……ありがとよ。で、何だ。聞きたいことがあったんだろ?」

狩人「ああ、そうだった。私の記憶が確かなら、この先にある街の向こうには何もない」


684 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:36:39gs5rTee2 (13/17)


狩人「その先にあるのは湖だけだ。あの辺りに人里はなかったと記憶している」

狩人「それで、君は何処に向かっているのかと疑問に思ってね」

勇者「この辺りに詳しいのか」

狩人「以前、住んでいたのだよ。彼女と共にね」

勇者「ってことは、あの人の……」

狩人「そうなるね。と言うか、知らなかったのかい?」

勇者「……あまり、過去の話はしなかったからな。話したくないのも、今なら分かる」

狩人「……」

勇者「悪い、目的地についてだったな」

狩人「おや、教えてくれるのか」

勇者「いつまでも隠しておけねえしな。目的地は湖だ。そこに、隠れ里があるらしい」

狩人「……ふむ」

勇者「お前の話では人里はないらしいな」

狩人「ああ。あの近辺には、あまり良い噂がなくてね。昔から人が近付かなかった」


685 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:37:59gs5rTee2 (14/17)


勇者「噂?」

狩人「神隠しさ。魚釣りに行って行方不明になる人が非常に多かったらしい」

狩人「不思議なのは、数日後には必ず戻ってくるという点だ。その上、誰も行方不明中のことを話さない」

勇者「化け物の仕業ではない」

狩人「と言うことだろうね。しかし、他の存在がいるなら知れ渡っているはずだ」

勇者「……」

狩人「彼女は、他に何も?」

勇者「湖に隠れ住む人間がいると、それだけだ。騙してるってことはない」

狩人「……そうか。それなら、そこまで警戒することもないかもしれないね」

勇者「聞いてみるか?」

狩人「いや、いいよ。私だって、先程まで泣いていた子供から無理矢理聞き出すような真似はしたくない」

勇者「お前がそんな言葉を口にするなんて意外だな」

狩人「心外だな。私を何だと思っているのだ」

勇者「もっと、冷たい奴だと思っていたよ」


686 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:39:07gs5rTee2 (15/17)


狩人「君が思っている程じゃあないさ」

勇者「みたいだな」

狩人「……話は済んだ。助手の所に戻るよ」

勇者「ああ」

狩人「引き続き、警戒はしてーーー」フラッ

勇者「おい、大丈夫か?」

狩人「……ゲホッ。何のことはないよ。大丈夫だ」

勇者「お前……」

狩人「いつものことだ。私のことは気にしなくていい。君が気に掛けるべきは彼等だ」

勇者「……」

狩人「体力的にも、精神的にも厳しい。急がないと、辿り着く前に倒れてしまうぞ」

勇者「分かってる」

狩人「それならば良い。君は、君がすべきことだけを考えろ。安心したまえ、迷惑は掛けないよ」ザッ


687 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:41:16gs5rTee2 (16/17)


勇者「狩人」

狩人「何かな?」

勇者「お前とは、まだ話したいことがある」

狩人「……悪いが、恋愛相談なら他を当たってくれ」

勇者「お前も、そんな冗談を言うんだな」

狩人「はははっ、私だって人間だよ? 冗談くらい言うさ」

勇者「……」

狩人「……私もだよ」

勇者「?」

狩人「私も、君と話したいことがある」

狩人「到着したら、ゆっくりと話そうじゃないか。彼女のこと、彼のこと。二人の、勇者の話を……」ザッ


688 ◆GC8HKbhIcg2018/10/09(火) 18:42:14gs5rTee2 (17/17)


勇者「……」

ザッ

僧侶「何か問題が起きたのですか?」 

勇者「いや、何もない。お前はこれまで通り、皆の様子を見ていてくれ」

僧侶「分かりました」

勇者「頼むぞ」ザッ

僧侶「あのっ」

勇者「ん?」

僧侶「山を越えてから冷えてきたような気がします。体調には気を付けて下さいね?」

勇者「分かった。お前も気を付けろよ? 一番負担が大きいのはお前なんだ。何かあったら言え」

僧侶「はいっ。では、私は向こうに戻ります」

勇者「分かった」

ヒョゥゥ…

勇者「……………冬か」

ザッザッザッ…


689 ◆GC8HKbhIcg2018/10/15(月) 19:24:45S2l3SwPs (1/22)


※※※※※※


孤独な者よ、君は創造者の道を行く。


君は深い愛をもつ者としての道を行く。


君は君自身を愛し、君自身を軽蔑しなければならぬ。

深い愛をもつ者だけがする軽蔑のしかたで。



ニーチェ