1名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:17:476lY (1/37)

SS速報スレからの引っ越しです。

注意事項をいくつか。

・全編地の文で進行します。コンマ、および安価は物語の特定箇所で発生しますが、頻度は非常に少ないです。
安価・コンマスレというより分岐型ノベルと思っていただければ幸いです。

・タイトルにコナンとありますが二次創作「ではありません」。作中に「名探偵コナン」は出ますが、あくまで作中世界に同作品が存在するというだけのことです。
とはいえ、本作のストーリーに全く名探偵コナンが絡まないわけではありません。どう絡むかは本作をお読みください。

・全編ほぼシリアスです。ある種の残虐シーンやR15程度のベッドシーンが存在しますのでご注意ください。

・ミステリ要素が多分に存在します。雑談・感想など歓迎です。


2名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:18:426lY (2/37)

それでは、少しずつ投下を開始します。


3名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:21:276lY (3/37)

【4月28日、11時13分】


映画を見るときのCMみたいのが、ぼくはたまらなく苦手だ。なんですぐに映画を流してくれないんだろう。
ビデオカメラのおばけみたいのが映画どろぼうとか言ってるけど、ぼくたちの時間を盗んでるのはおまえらじゃないか。ぼくはイライラして、手元のコーラを飲んだ。

「ママぁ、まだ始まらないのぉ」

うんざりしたように、妹の蘭が言った。ママは苦笑いして、蘭の頭をなでた。

「もうちょっとだから我慢しなさい。ほら、湖南お兄ちゃんだって大人しくしてるでしょ?」

ぼくの名をママが呼んだ瞬間、隣のお兄さんがちらっとぼくを見た。こういうのは一度や二度じゃないけど、居心地はよくない。
ぼくは冷たいコーラをもう一口飲んだ。ぼくももう小学4年生だ。イライラを表に出すほど、もう子供じゃないんだ。

スクリーンにはちょうどカメラのおばけが警察みたいなのに追いかけ回されてた所だった。そろそろかな。

「め、珍しい名前だね。本名?」

その時、隣のお兄さんが遠慮がちに話し掛けて来た。やっとというところなのに。ぼくはむっとしながらうなづいた。

「……そうかあ。コナン君がコナンを見るんだね」

ぼくはお兄さんを無視することにした。気弱そうなお兄さんだ。中学生ぐらいかな。
部活帰りなのか、バットが入ってるみたいなバッグが下に置かれてる。

映画はそろそろ始まりそうだ。ぼくは少しため息をついて、スクリーンを見ることにした。


4名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:22:076lY (4/37)

#

ぼくの名は「名探偵コナン」から付けられた。パパとママが好きなマンガだからだ。何でも出会いのきっかけがコナンだったって前に聞いたけど、あんまり興味はない。妹の蘭も同じように、ヒロインの名前から名付けられた。
ぼくはマンガのコナンは好きだけど、自分の名前は好きじゃない。それでいつも注目されちゃうからだ。少し目が悪くなって、眼鏡をかけるようになってなおさらそんな感じになった。
学校のみんなはぼくの名前に慣れてるけど、病院とかで名前を呼ばれると周りが一斉にぼくを見るんだ。恥ずかしくて、逃げ出したくなる。

名探偵コナンのテーマが流れ始めた。ママの隣の席には誰もいない。本当はパパが来るはずだったんだけど、急に仕事が入ったらしい。

パパは英語の名前の会社でお薬を作る仕事をしてるらしいけど、ぼくにはよく分からない。優しくて好きなパパだけど、たまにこうやってお休みの日に仕事が入るのだけは嫌だった。
パパも映画を楽しみにしてたのにな。お休みの日に仕事なんて、やんなきゃいいのに。


5名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:22:426lY (5/37)

【4月28日、11時37分】


映画が始まった。去年は安室が大活躍したけど、今年も彼が主役みたいな感じだ。
赤井や黒の組織との絡みもある。もちろん、コナンも一緒になって謎に立ち向かってる。
蘭はお話についていけてないみたいでうとうとしてるけど、ぼくとママはスクリーンに釘付けになった。これは去年と同じか、それ以上に面白いぞ。

ふと横のお兄さんを見た。スマホを弄ってる。何のためにここに来たんだろう。こんなに面白いのに。

……そう思ってスクリーンに目を移そうとした時、ぼくはお兄さんが何かすごく焦ってるか、悩んでるかしてるように見えたんだ。



ぼくは、この時に気付くべきだったんだ。



彼が映画を見に、ここに来てるんじゃないってことに。


6名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:23:096lY (6/37)

【4月28日、11時48分】


埼玉県警に第一報。熊谷リバーサイドモールで銃撃事件発生。犯人は少なくとも4人。映画館で発砲、多数の死傷者ありとの情報。


7名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:23:356lY (7/37)

【4月28日、12時01分】


熊谷リバーサイドモールの犯人は映画館を出た後も無差別発砲。2人ほど合流、なおも犯行継続中。死傷者はさらに増えたもよう。


8名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:24:006lY (8/37)

【4月28日、12時11分】


埼玉県警熊谷署から強行班が到着。特殊部隊SWATの応援も要請。激しい発砲あり、警察にも負傷者。


9名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:24:226lY (9/37)

【4月28日、12時16分】


犯人グループの一人が負傷、投降。学生のもよう。なおも抵抗続く。


10名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:24:436lY (10/37)

【4月28日、12時18分】


SWATが到着も学生による犯行であるため対応が協議される。銃撃はなおも散発的に続く。


11名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:25:156lY (11/37)

【4月28日、12時23分】


犯人グループの一人とみられる、少年Aを射殺。


12名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:25:516lY (12/37)

【4月28日、12時25分】


SWAT突入が決まった直後、犯人グループが集団投降。少年3人、少女1人その場で確保。
全員13~14歳と学生証で判明。抵抗なく、その場で逮捕。


13名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:26:176lY (13/37)

【4月28日、17時】


埼玉県警熊谷署で会見。死者158人、負傷者316人と発表。なおも死傷者は増える見込みとのこと。
初動の遅れに非難相次ぐも説明はなし。

事件名が「熊谷リバーサイドモール無差別殺傷事件」とされる。

最終的な被害者は、死者233人、負傷者412人。死者の約半数が、TOCHIKUシネマにいた。
後に「熊谷大虐殺(ジェノサイド)」として記憶される、犯罪史上最悪級の「テロ」である。


14名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:26:506lY (14/37)

【5月6日、22時25分】


「時間を止めようと人はいろんなことをする。
しかし、そんなことはできない」

そう言った詩人がいた。確か、ボブ・ディランだったか。
僕は時折この言葉を思い出す。そう、時は止められないし、戻ることもできない。

だけど、人は誰でも大なり小なりの後悔を抱えて生きるものだ。
あの時、ああしていれば。あの時、何かをしていなければ。そんな後悔に囚われて生きる人は少なくない。そして、その願いは叶えられることはない。


「普通」は。


僕は大きく息を吐いた。そろそろ、奴が通りかかる時間だ。電柱の影で、気配を殺す。
背中のほとんど何も入ってないはずのリュックが、急に重さを増した。数時間後の僕は、今から行おうとすることを後悔しているだろうか?

……そんなはずはない。僕がこれから行うことは、掛け値なしの正義だ。大丈夫、間違ってはいない。
僕は右手の「銃」を強く握った。



全ての、悪夢を、終わらせよう。




15名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:27:196lY (15/37)

#



殺人者コナン



#


16名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:28:126lY (16/37)

【5月21日】


妙な湿っぽさを感じ、俺は目を覚ました。外からはサァ……と音が聞こえる。もう梅雨か、嫌な季節だ。
どうも眠りが浅かったか、頭にぼんやりと靄がかかっている。時刻は5時47分、ちゃんとコーヒーを淹れるぐらいの時間はある。

キッチンに向かい、ティファールの電気ポットの電源を入れる。その間にネルをセットし、湯が沸くのを待った。
バチっとポットの電源が落ちるのを確認し、ネルにサッと湯を通す。そして、粗挽きのグァテマラをネルに入れ、ゆっくり馴染ませるように湿らせた。
ここからが難しいところだ。教室でも教わったが、なかなか上手くできない。
20秒ほど待って、ポットから湯を「の」の字を書くようにゆっくり回しかける。泡が消えるかどうか見計らい、もう一度。それを俺は3度繰り返した。
カップに十分な量のコーヒーがたまったのを確認し、俺はネルを取り外した。すぐに粉を捨て、ネルを洗う。終わる頃には、コーヒーは適温になっているという算段だ。

できあがったコーヒーを一口飲む。強い苦味と香ばしさが、口の中に広がった。ただ、わずかに雑味がある。まだ練習が足りないか。
エアロプレスで淹れればもっと楽に飲めるのは知っている。だが、ネルを使うことそのものが、俺にとっては楽しいのだ。
簡単な方法に流れることは合理的かもしれない。だが、そこに面白味はない。地味で手間のかかる作業だからこそ、できたものに対する愛着が湧く。そんなものだ。

捜査もそれと良く似ている。足を使って地道に情報を積み重ねることでしか、真実には辿り着けない。

俺はポットの残りを鍋に移し、ネルを入れるとそれを火にかけた。こうして消毒しないと、ネルがダメになる。手間だが仕方がない。
時間は6時13分。食パンにバターを塗ったものと、栄養ゼリー。そしてコーヒー。これが普段の朝食だ。テレビからはNHKの無味乾燥なローカルニュースが流れている。
スマホを確認したが、誰からの着信もなかった。少し前なら、木暮管理官や赤木警部からの呼び出しがあったが、さすがになくなっている。

2週前に川越で起きた中学生の不審死の捜査は、暗礁に乗り上げつつあった。


17名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:29:026lY (17/37)

#

「仁さん、相変わらず早いっすね」

7時過ぎに本部のオフィスに付くと、ヤスがヒラヒラと手を振っているのが見えた。

「お前もな、『安川警部捕』どの」

ヘヘヘと、ヤスは悪戯っぽそうな笑みを浮かべた。

「もう一度、色々洗い出してるんすよ。最近、警察も未解決事件が多くなって世間の目が厳しいじゃないすか。この前の不審死も、何とかならないかなと」

「キャリアのペーペーが偉そうに。……何を調べてる」

「過去のお宮入り(未解決)事件と関係がないかって思ったんすけどね。まあ何ともですわ」

ヤスはおどけたように肩をすくめた。

普通なら「新人風情が何をやってる」とどやしつけるところだが、ヤスは極めて優秀な刑事だった。
去年の10月に奴が配属されて半年と少し。その間に、お宮入りしていた殺人事件を3件、解決に導いている。
一応あれは強行犯捜査3係全体の手柄になっているが、突破口を見つけたのは常にヤスだった。どういうわけか知らないが、奴は最短距離で俺たちが気付きもしなかった証拠を見付けてくる。

当初はキャリアのヤスが捜査一課、それも埼玉県警本部に配属されたのを訝しく思う奴もいたが、もはや奴を警察庁からの「お客さん」と見る者はいない。
役割が近い強行犯捜査4係の若手や中堅、それとお宮入り事件を手掛ける特捜係からは疎まれているようだが、その明るく飄々としたキャラは、俺は嫌いではなかった。


18名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:29:476lY (18/37)

「お前がそう言うってことは、余程だな。川越の連中が言うように、自然死という線はないか、やはり」

「どうっすかね。鑑識の倫さんは死因が特定できないって嘆いてましたけど。そういや、明後日でしたか。再検査の結果」

「まあな。何か出るといいが」

溜め息を付いて、俺は新聞を広げた。タブレットとかを使った方が楽なのは分かっている。あれなら検索も切り抜きも一瞬でできる。
だが、手を動かした方が何か覚えやすい気がする。ヤスは「んな馬鹿な」と苦笑していたが、俺には俺のやり方がある。

「……また変死か」

「またっすか。どこで?」

「福島だ、状況は同じ。ナイフを持った男が、交際相手の玄関前で、銃でズドン、だ」

ヤスは額にシワを寄せ、ふーっと溜め息をついた。

「何とかなんないすかね?まあ、相変わらずマル害が穏やかじゃない状況ですけど」

「何らかの犯行直前で死んでる、ってことだな。これで今年に入り全国で8件目か。ネットじゃ『バッドエンド・ブレイカー』とか言われてるらしいが」


19【37】2018/09/09(日)23:30:13e3s (1/2)

スレタイにコンマと入れないとレスのコンマ以下が表示されないから、おーぷんの機能の!randomを使うといいよ(名前欄に入力すると0~100のランダムな数値が表示される)


20名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:30:336lY (19/37)

そう、この手の殺しが全国各地で相次いでいる。最初の殺人は千葉県船橋市。1月中旬、小学校の正門前で、白昼堂々と40代の男が射殺されていた。脳天を一撃。ほぼ即死だった。
男の手には刃渡り50cmの牛刀が握られ、後日小学校を襲撃する旨の犯行声明文が男の自宅から発見された。

そこからわずか5ヶ月。北海道、金沢、大阪、広島、高松、大分で、同様の射殺事件が発生した。やり口は皆同じ、ヘッドショット一発だ。
もう一つの共通点は、殺人の犯行直前に撃たれていたことだ。大阪や高松の事件のように、後日マル害による殺人事件が発覚したケースもある。
同一犯との見解を警察は公式には取っていないが、あまりの符合にネットでは一連の事件を繋げる見方が定着しつつあった。


ヤスが溜め息をつく。

「凶悪犯になる手前のクズとはいえ、殺しは殺しなんすよねえ。英雄みたいに持ち上げるのはいかがなものかと思いますけど。それに、ホシの手掛かりもないじゃないすか。
派手な銃殺ばっかなのに何で捕まえられないんすかね?銃の身元くらい、分かってるでしょ」

「千葉県警の友人に聞いたが、『前』のない銃らしい。密輸銃かもしれないが……。まあ、予断は入れないことだ。地道にファクトを積み重ねるしかない」

「そんなもんすかねえ。そもそも、何で犯行前の凶悪犯のところに姿を現すのか、さっぱり原理が分からんですよ。ネットじゃデスノートのキラの亜種みたいに、オカルトじみた説まで出る始末っすよ?」

ヤスはコーラのペットボトルに口を付け、一気に飲み干した。


21名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:31:546lY (20/37)

「おいてめえら早いな、感心なことだ」

その時、猫背の中年男が俺たちに近寄ってきた。顎には無精髭が生えている。

「赤さんも、まだ就業前ですよ。まだ4係なんて、誰も来てないのに」

「うちもホシが見付かってないのがあるからな。二つ抱えるのは沽券に関わる。これが川越の連中や若葉課長『殿』の言う通り自然死ならいいんだが、どうもそりゃないな」

赤さんこと赤木警部は、懐から棒のようなものを取り出してくわえた。最近流行りの加熱式タバコらしい。

「まあ、それが本筋ですよね。……赤さんは、『あっち』の件ですか」

「おう。3月の、荒川のホームレスの奴だ。もう一度資料を見ようと思ってな。どうにもひっかかってる」

俺の言葉に、赤木警部は頷いた。ヤスが机からひょいと資料を出した。

「これっすね。どうぞ」

「お前もか。川越の件と絡みがあると?」

「……と思ったんすけどね。どうにも接点が」

「まあ、場所が近いぐらいしか共通点がないがな。こっちももっとナシ(証拠)があると思ったんだが、不自然にない。
例の『バッドエンド・ブレイカー』の筋でもなさそうだ。殺しの手口が違う」

パラパラと資料を読みながら、赤木警部がこぼした。3月に富士見市の河川敷にホームレス、児島隆太の射殺体が発見された事件の資料だ。
仏は蜂の巣にされており凄惨な状況だったが、身寄りがないためかすぐに忘れ去られた。木暮管理官はともかく、若葉課長は捜査に酷く消極的だったのを覚えている。
今でも捜査を継続しようとしている俺たち強行犯捜査3係に対して、彼は冷淡だ。若葉課長は害者が子供か女という「価値のある」事件にしか、関心を示さない。
さらに言えば、徹底した事勿れ主義だ。お宮入りしそうな事件には、早くから事件性を否定する傾向がある。

「もう一度、現場に行きますか。とりあえず『現場百遍』ですし」

「……そうすっかな。仁の言う通り、足使うしかないな」

赤木警部はポリポリと頭をかいた。俺は自分のPCを立ち上げて、メールボックスを開く。


クリックした瞬間、俺は固まった。


「……何だこれは」



22名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:32:476lY (21/37)

#

差出人:SHELLY
件名:情報提供です

毛利仁様

突然のメール、申し訳ありません。情報提供になります。以下の2人の身柄を、可及的速やかに確保していただきたく思います。

鶴岡和人
練島瑠偉

恐らく、3月の荒川の殺人事件に関与しています。今後、さらに重大な犯行を起こす可能性が極めて高いと考えています。
他にも共犯が複数いるはずですが、確証は持てません。ですが、私の知りうる限り、この2人は間違いなく関与してます。
今後の犯行抑止のためにも、動いていただきたく思います。よろしくお願い申し上げます。

なお、私の素性については詮索されぬよう申し上げます。

SHELLY




23名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:33:426lY (22/37)

意味が分からない。直接接触されると都合が悪い一般人が匿名を使うことは良くある。だが、このメールには違和感しかなかった。
わざわざ「素性を詮索するな」とある点。逮捕でなく「身柄の確保」を求めている点。
そして何より、代表アドレスではなく、俺の個人アドレスに直接名指しで送ってきた点。どれもがおかしい。


……何者だ、こいつは?


「どうした、仁。……メールか」

「ええ。荒川のホームレスの件で、情報提供が。でも、妙なんです」

赤木警部がメールにさっと目を通した。表情がたちまち険しくなる。

「何者だこいつ。お前の知り合い……じゃねえよな」

「全く。だとしたら偽名を使う意味がありません。どこで俺の名とアドレスを?」

「お前のことだからプライベートでアドレスを渡したりする軽率な行動には出ないと確信してる。それだけに妙だ。
そもそも、放置しておけばさらに重大な犯罪が起きる、だと?不穏極まりねえな」

俺は頷き、もう一度メールを読んだ。……これは。

「……この名前、どこかで……」

異変を感じたのか、ヤスもこちらに来た。

「どうしたんすか二人とも。メールっすか?」

「匿名のたれ込みメールだ。信頼性は定かじゃない。だが、色々妙だ。何より、この名前だ」

俺は「鶴岡和人」の文字を指差した。

「確か、ボクシングの『鶴岡三兄弟』の末っ子と同じ名だ。同一人物かは知らないが。テレビで出てたのを覚えてる」

「あー、あの!長男が世界チャンピオンの。評判は最悪もいいとこっすけどね」

「そう。で、実力が怪しい上二人と違って、末っ子のこいつだけは本物ってことになってる。頭もなぜかいいらしく、十番中に通っているって話だ」

赤木警部が顔をしかめた。

「十番中ってあそこか。東大に数十人入るって名門御三家の。鶴岡家のガラの悪さからは考えにくいな」

「まあ確かに。しかし、何でこいつの名が?確かに、志木に住んでるって話ですが。それに、和人はまだ中2とかだったはず」

ヤスが俺を見た。

「仁さん、ボクシングに詳しいんすね。競馬やサッカー見るのは知ってましたけど」

「昔ジムに通ってたこともあってな。今でもたまにホールには行く。……それにしても」


24名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:34:366lY (23/37)

俺はPCのモニターを見つめた。鶴岡家に恨みがありそうなのは何人もいる。長男の光輝は怪しいジャッジを繰り返し、八百長や脅迫などの黒い噂も絶えない。
日本タイトルをかけて対戦予定だった大杉選手が2年前に事故死したのも、鶴岡陣営がやったとのまことしやかな話があるぐらいだ。
奴を不倶戴天の敵と見ているボクシングファンも少なくはない。だが、メジャーな長男ではなく、まだ中学生の和人を名指ししたのは、やはり変だった。

「胡散臭いたれ込みだが、念のため当たってみるか?どうにも妙だ」

「ヤサは割れてないですが、面は分かります。夕方から志木駅で張りますか」

「だな。それまではもう一回現場だ。ヤスも来るか?」

ヤスはうーんと唸った。

「俺は川越の方、当たっていいすか?でも、相方どうしようかな。白島さんか、青葉さんか……」

その時、誰かがポンと、ヤスの肩に手を置いたのが見えた。

「私じゃ不足かな?」

「……!木暮管理官……」

振り向くと白髪混じりの男性がいた。眼鏡の奥の瞳は、穏やかに細められている。

「悟さんが行かれるんですか?一課のナンバー2になっても、つくづく現場が好きですね」

「どこまで行っても私は一刑事だ。部下にやらせるというのは趣味じゃない。何より、荒川のと同じで証拠らしい証拠も、目撃者も誰もいない。
確かにこの件には事件性がないかもしれないが、納得行くまで調べたいと思うのが刑事の性ってヤツだ」

赤木警部の言葉に、木暮管理官は静かに笑った。

「い、いいんですか!?勉強させてもらいます」

「いや、そこまで恐縮されても何も出ないよ、安川君。君の洞察力は頼りにしている。何分、50近くなって勘が鈍くなってね」


25名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:35:296lY (24/37)

木暮管理官がメールに気付いた。

「これは?」

「荒川の銃殺について、身元不明のたれ込みですよ。ただ、書かれてる内容が妙で。ボクシングの鶴岡三兄弟の末っ子が関与してると」

木暮管理官が何かを考えている。しばらくして、「私の思い付きだが」と切り出した。

「川越の件、亡くなった鬼束直哉君、だったか。彼は確か、武蔵野中の2年生だったね。
あそこも御三家の一角だ、鶴岡君と接点があるやもしれん。一応交遊関係をもう一度洗い直すことにしよう」

木暮管理官は踵を返した。

「安川君、まずは川越署に行こう。ご遺族からも話を聞こう」

「はいっ」

俺は二人の後ろ姿を見送った。赤木警部がニヤリと笑い、白い煙を吐く。

「さすがは悟さんだな。鶴岡の名だけでそこまで思い至るとは。……ってことは、鬼束は荒川の殺害に関わってる、って見てるのか?まさかな」

「どうですかね。確かに子供が事件直前に河川敷で騒いでたという目撃証言が1つだけありましたが、同定できなかったんですよね」

赤木警部は舌打ちした。

「そうだ。周辺の監視カメラを当たったが、何故か一つだけ前から故障してやがったからな……あれに写ってたかもしんねえんだが。とりあえず、俺たちも行くぞ」


26名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:36:086lY (25/37)

立ち上がった時、痩せた中年男が入ってきた。若葉警視正だ。埼玉県警刑事部捜査一課長でもある。

「おや、随分と早いですねえ。もう捜査ですか?」

「おかげさんでね。木暮管理官はもう出ましたよ」

青葉課長はふっと陰気そうに口の端を上げた。

「また現場ですか。出世を捨てて愚かなことだ。大方、解決する見込みのない事件に手を出してるんでしょう?あなたたちも」

「解決するするかしねえかは、蓋を開けなきゃ分からんでしょう。悪いが、あんたの戯れ言に付き合っちゃいられねえんだ。行かせてもらいますよ。行くぞ、仁」

「4係の相澤君みたいに、堅実に実績を上げてはくれませんかねえ」

俺は拳を強く握った。気付いたのか、赤木警部が俺を制し、わざとらしい大声を上げた。

「そっちこそ、安全なネタばかり追ってないでくれって伝えてくれますかね?まあ、行きますんでよろしく」

向こうにいる性犯罪捜査1係のベテランである葛飾警部が、訝しげにこちらを見たのに気付いた。
赤木警部は、足早にその場を立ち去った。俺もそれを追う。「ふん」と嘲笑う声が、後ろから聞こえた気がした。


27名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:37:036lY (26/37)

【5月22日】


「Sometimes I feel like I don't have a partner
Sometimes I feel like my only friend
Is the city I live in
The city of angles
Lonely as I am
Together we cry……」


イヤホンから物寂しい曲が流れている。傘に当たる雨音が、雰囲気をさらにウェットなものに変えていた。

あたしは軽く溜め息をつく。疲れは澱のように溜まっていた。明日の夜番が終われば束の間の休みだけど、多分家事もそこそこに突っ伏して寝るだけだろう。
遊びに行ったり、ネットで誰かを探したりする気力は、こっちに越してきてからの数ヵ月でとうに失せていた。
そもそも、彼氏はおろか友達だっていない。全てを投げ出して地元の高崎に戻れたら、どれだけ楽だろう。

けれど、それは許されないことだった。そして多分、そうしたらあたしは殺される。
どんなに辛かろうが、どんなに寂しかろうが、今は我慢するしかないのだ。

大丈夫、きっとそのうち慣れる。あたしはそう言い聞かせた。


28名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:37:516lY (27/37)

「I don't ever want to fell
Like I did the day
Take me to the place I love
Take me all the way……」

あたしは笠幡公園に入った。ここを突っ切るのが、家への近道だ。たまにガラの悪い中学生や高校生がたむろしてるけど、この雨ならまず出くわすことはなさそうだ。

「Under the bridge downtown
Is were I drew some blood
Under the bridge downtown
I couldn't get enough……」

足早に歩く。今はただ、一刻も早く、家に帰りたかった。


その時だった。


キィ……キィ……


金属が擦れるような音がする。……ブランコ?この雨の中?


キィ……キィ……


やっぱり気のせいじゃない。あたしは少し気になって、その音のする方に近付いた。
ちらっと誰がいるのか見たら、何事もなかったかのように帰ろう。あたしはそう思っていた。


29名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:38:406lY (28/37)

そこにいたのは。


ボロボロに傷付いた、眼鏡と蝶ネクタイの少年だった。


傘も差さず、ずぶ濡れのままブランコをこいでいる。……これはマトモじゃない。


「どうしたの!?」

あたしは思わず、彼のところに駆け寄った。顔にはいくつもの擦り傷があり、服も所々破れている。一見して、誰かに暴行を受けたのは明らかだった。

少年は虚ろな瞳であたしを見た。

「あ……助けて、ください」

「今警察と救急車呼ぶ……」

「ダメです!!」

少年が怯えた瞳で叫んだ。あたしはその剣幕に固まる。
そして、彼は泣きそうな顔でうつむいた。

「警察とかは、ダメなんです。……父さんの所に、また戻されるから……」

「その傷は、お父さんから?」

少年は弱々しく頷いた。児童虐待?

「酷い……でも、すぐに手当てしなきゃ。あたしなら……」

あたしは言葉を飲み込んだ。何をしようとしてるの?何で厄介事に、自分から首を突っ込もうとしてるの?そんなことは、もうするまいとずっと前に決めたじゃない。

少年の、眼鏡の奥の瞳が潤んでいる。「お姉さんしかいないんです」と言われたような気がした。

あたしは大きく溜め息をついた。

「……分かったわよ。あたしなら、応急処置ぐらいはできる。これでも看護師なの。多少の薬も家にある。
とりあえず、あたしの家に来なさい。このままだと風邪を引くか、あるいは傷口からバイ菌が入ってもっと酷いことになる。……キミ、名前は?」

少年は躊躇したように黙り、そして口を開いた。


30名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:39:216lY (29/37)




「コナン、です」




31名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:41:066lY (30/37)

一時休憩します。

>>19
ありがとうございます。コンマを使うのは今のところ2ヵ所までしか決めてませんが、その時には!randomを使わせていただきます。


32名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:42:246lY (31/37)

なおタイトルが微妙に変わっているのは仕様です。意味は分かるかもしれませんし、不明なままかもしれません。


33{100}2018/09/09(日)23:43:11e3s (2/2)

ちなみに不正しようとするとこうなる


34名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:55:136lY (32/37)

【5月23日】


「よう、久しいね」

廊下を歩いていると、向こうから白衣を着た初老の女性が手をあげた。髪は短く切り揃えられ、サングラスが額にかかっている。

「倫先生ですか。今日はどうし……ああ、例の結果ですか」

「そう。悟ちゃんに呼ばれたんでね。これからの会議で、あんたらにプレゼンすることになってる。しかし、難儀だね」

「事件のことですか?」

倫先生は少し辺りを見渡した後で、俺に耳打ちした。

「……それもあるけどさ。若葉課長さ。『地上(地方公務員上級資格者)』で、上狙ってるんだろ?これまでは警備部回りで、刑事部なんて柄じゃないって話だけど。
現場は相当やりにくいんじゃないかい?」

「……まあ。木暮さんの同期ってのもあるみたいですけど」

倫先生はふうと息をついた。

「まあ悟ちゃんは現場一筋の刑事馬鹿だけどね。でも上昇志向が強い若葉ってのとは相性最悪だろうよ。
悟ちゃん派と見られてるあんたら3係は、随分やられてるんじゃないかって心配になってね」

「正直、課長には言いたいことはありますが……上がどうであれ、やるしかないですよ」

倫先生が窓の外をちらりと見た。

「そうね。……まあ今回のは、立ち上がりさえちゃんとやっときゃ分かったかもしれないけど」

「どういうことですか?」

「それはつまり……ってそろそろ時間じゃないかい」

俺はスマホの時計を見た。集合5分前だ。倫先生と一緒に、足早に会議室に向かった。


35名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:56:036lY (33/37)

#

「仁、遅いよ。これ食べるかい」

既に3係の面々は集まっていた。空いた席に座ると、隣にいた巨漢の青葉巡査部長が苦笑している。階級は俺より下だが、年齢は3つほど上の36歳だ。

「チョコレートですか。また変わってますね」

「タイショー社の新作だよ。ベネズエラ産カカオを使ってるらしいよ」

俺は勧められたチョコレートを一つまみした。苦味の中にオレンジの風味がある。

「旨いですね。コナコーヒーと合いそうだ」

「相変わらずコーヒー党だねえ。ま、適当に食べてていいよ。まだいくらかあるし、皆にも渡してるから」

「ちょいといただくよ」と、倫先生がひょいと手を伸ばした。コホンと木暮管理官が咳払いをする。

「チョコレートはほどほどに。全員揃ったな、会議を始めよう。
話は川越の変死事件、そして荒川のホームレス射殺事件だ」

緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。暢気な顔をしていた青葉巡査部長も、刑事らしい鋭い眼光になった。

「知っての通り、両方ともホシは上がってない。そもそも川越のに至っては、川越署は自然死で通す腹積もりらしい。
本来なら捜査本部を立てるべき案件だが、若葉課長は動きそうもない。我々だけが、殺人を立証しようとしている状況だ」

木暮管理官が軽く息をついた。

「だが、一つ悪いニュースがある。今後も応援は望めそうもないということだ」

「悟さん、どういうことです?若葉の奴が動かないのはいいとして、何でそこまで弱気なんですか?」

赤木警部は、少し苛立ったように訊いた。それを制したのは、八代倫・埼玉県警主任監察医だ。


36名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:56:566lY (34/37)

「そこから先はあたしが説明するわ。端的に言って、このままじゃ殺人事件として立件できないってことよ」

「立件不能?じゃあ、検査結果は……」

倫先生は首を振った。

「赤ちゃん、想像通りよ。死因となる薬物は、検出できなかった」

部屋が重苦しい空気に包まれた。予感はあった。当初の司法解剖では、鬼束直哉の死因は呼吸器不全による窒息死とされた。原因は不明だ。
腰の辺りに赤い僅かな火傷痕が2つと、左腕に針で刺した痕のような小さな傷が1つあったため、まず俺たちは毒殺を疑った。しかし、彼を死に至らしめた毒物が特定できない。
注射痕があっても、それが死の原因となったことを証明できなければ、殺人事件としては立件できない。そこで改めて再検死を倫先生に依頼したのだが、結果は変わらなかった、というわけだ。

「……そうすか。間違いなく殺しなのに、ここまでとは」

「まあ手口は大体分かってるんだけどね。後方からスタンガンか何かで腰に一撃。スタンガンじゃ人は殺せないけど、腰上部や首筋みたいな神経が集中している場所に当てれば、さすがに気絶はさせられる。
そして倒れたところに、即注射。注射痕からして、実に正確な静注(静脈注射)だわ。間違いなくやったのは、医療に携わる者よ。そして、その注射で、鬼束少年は死んだ。多分ね」

ホワイトボードに倫先生が手早く人の絵を描いた。

「さっき薬物は特定できなかったって言ったけど、再検死で死ぬまでのプロセスは分かった。
脳の小脳部分が、著しく萎れてた。分かりやすく言えば、体のコントロール機能が何らかの理由で絶たれたってことだね」

倫先生が頭の部分に×を付けた。

「そこから呼吸器不全が起きてる。基本、この症状は神経毒によるものね。神経をやられ、小脳がボロボロになり、文字通り『息の根』を止めてしまうわけ。
フグ毒のテトロドトキシンが有名だけど、多分こいつはそれよりずっと強い。恐らく、倒れてから静注されてほぼ即死だっただろうから。
その意味じゃ、ロシアがスパイ殺害に使った暗殺用薬剤『ノビチョク』に近いかもしれないね」


37名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:57:376lY (35/37)

倫先生は体の部分にも×を書いた。赤木警部が「ちょっと待って下さいよ」と切り出す。

「ロシアの化学兵器って?そんな馬鹿な!中坊殺すのに、そんなもん使うわけ……」

「あたしはその物とは一言も言ってないけど?ここからが話の肝よ。
あたしがノビチョクに例えたのは、致死量1mgで触るだけで死ぬという強烈な毒性のためだけじゃない。あれは『痕が残りにくい』のよ。元々NATOの検出装置の穴をつくためにノビチョクは作られたわけだけど、この鬼束少年を死に至らしめたと思われる毒物も、それに近いものだと思われる。
多分、投与されたら体内で分解される性質のものね。肝臓が僅かに肥大してたのも、それを裏付けてる。
そして、ノビチョクと違い未知の毒物だと思う。もし、最初の司法解剖をあたしが手掛けてたら、まだ毒物が残ってたと思うし殺人と立証できたでしょうけど。今回に限れば、お手上げ」

「しかし、それにしても異常ですよ。未知の毒物って……ホシは相当特殊な立場の人間ですな。医療関係者を片っ端から洗いたいが」

赤木警部の言葉に木暮管理官が唸った。

「殺人事件と現状では立証できない以上、こちらの行動にも制限がかかる。赤木君の気持ちも分かるが、あまり派手には動けないだろう。
だから、こちらの事件を軸に話をしたいと思う。荒川のホームレスの件だ。こいつの解決が、彼の死の真相に繋がるやもしれん」

今度は木暮管理官がマーカーを手に取った。


38名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:58:486lY (36/37)

「一昨日の聞き込みは大きな手掛かりになった。そうだね、安川君」

「ええ。俺が説明しても?」

「構わない」

ふーっと息をついた後、ヤスが話し始めた。

「既に赤さんや仁さんには話してますけど、やはり鬼束少年と鶴岡、練島両少年とは接点がありそうです。まだ確証があるとまでは言えないすけどね。
この春休み前後から、鬼束少年の交遊関係が派手になったらしいとは聞いてます。教育熱心な親御さんみたいで、度々注意はしてたみたいすけどね。
何でも『集中勉強会』と称して夜遅くまで帰ってこないこともあったようです。実際、中2になってから成績は全国トップレベルになったらしいすけど。
一方、飲酒の形跡とかもあったとか。ゴールデンウィーク前には、深夜に誰かの車で送ってもらったこともあったみたいす。
その時に、たまたま父親が車を運転していた男を見たわけですが……それが鶴岡光輝。和人の兄です」

木暮管理官が鬼束少年の写真と鶴岡光輝、和人の写真を貼り、それらを矢印で結んだ。

「相手は有名人だ。鬼束君の父親は毎朝新聞の社会部部次長とはいえ、普通に生きていて付き合うような相手じゃない。
ご両親は鶴岡選手らの関与をハナから疑っていたようだったが、もし推測される殺しの手口が倫先生の言う通りなら、その線はまずないだろう。毒殺というのは、非力な人間が採る手段だからね。
まあともあれ、鬼束君と鶴岡和人君との繋がりはどうもありそうだ。問題はどこから話を聞くか、だが」

管理官の目線が俺に向いた。

「昨日、一昨日と鶴岡のヤサを探しましたが、収穫なしです。そもそも志木駅にすら現れなかったのを鑑みると、電車通学でない可能性すらあります。
これなら六本木にある彼らのジムで張った方がいいですね。取り巻きに邪魔されそうですが。
後、例のメールにあった練川瑠偉という少年ですが。練川ってのは和光市地盤の建築会社で『練川建設』ってのがあったのが見付かりました。
ここかどうかは分かりませんが、珍しい名字ですしね。一族かもしれない。こっちも当たってみる価値はあります。
なお、荒川の現場周辺での聞き込みは収穫ゼロだったのを付け加えます。以上です」

「ありがとう。差し当たり、六本木の鶴岡ジムと、和光市の練川建設に行くことになるな。後は、鬼束君が発見された初雁中周辺をもう一度聞き込みする形だろう。前の時は有力な証言はなかったが」

静かに向かいの白島巡査部長が手を挙げた。

「……一つ、いいですか?何故仁さんの情報にそこまでベットしてるんです?ただの中傷かもしれない」

白島は29歳の寡黙な刑事だ。3係の中では慎重なタイプで、若葉課長との関係もさほど悪くはない。

木暮管理官が頷いた。

「そう、君の言うことはもっともだ。ただ、鬼束君と鶴岡光輝との繋がりは、少々無視できない。
毛利君のメールの送り主が誰かは分からないが、今はそれは問題ではない。2つの事件に繋がりが見えつつあることの方が重要だろう」

白島は「分かりました」とあっさりと引き下がった。

「さて、これから早速動こう。私と安川君が練川建設、赤木君と毛利君が鶴岡ジム。白島君、青葉君は現場の聞き込みを頼む」


39名無しさん@おーぷん2018/09/09(日)23:59:556lY (37/37)

#

「しかし、金のかかってそうなジムだな。誰もいねえが」

「TVマネーを注ぎ込んだ宣伝搭みたいなものですからね。人がいないのは、時間のせいもあるでしょうが、まあ真っ当な人間は入りたがらんでしょう」

俺は赤木警部と六本木に向かった。六本木一丁目の住宅街の一角に、鶴岡ジムはある。ガラス張りのジムの中には、高価そうなトレーニング器具がズラリと並んでいる。
有名芸能人やIT企業の社長が会員と喧伝されているが、ジムには人っ子一人いなかった。怪しまれないように、俺たちは少し離れたらカフェに入り、遠間から観察する。
……男二人が小洒落たカフェのテラスでパンケーキを食うという光景自体、かなり不自然なのだが。

「それにしても落ち着かねえな。ここしかねえのか」

「赤さんもあのセキュリティは見たでしょ。あちらこちらに防犯カメラ、まるで要塞ですよ。それだけ色々警戒してるってことですけど。
あんなとこで張り込んでたら、捕まえられるもんも捕まえられない。兵隊(巡査)呼ばれるのも、桜田門(警視庁)との絡みを考えたらできるだけ避けたいですし」

赤木警部がふーっと長い息をついた。ちらちらと向こうの女性客が視線を送っている。

「何でそこまでするんかね?お宝でもあるってのか?」

「さあ。ただ、鶴岡家がヤクザと揉めてるって話はあるからそれでしょうね。奴らのケツモチは大誠会ですが、大阪にいた時は菱友組で、出ていく時に不義理をしたらしいですから。
襲撃とかされないように、ああしてるんでしょう」

俺はリコッタパンケーキを一口放り込んだ。ふんわりとした口当たりだ。旨いが、コーヒーは適当なブレンドを適当に淹れているのがよろしくない。
あくまで若い女向けのカフェ、といったところか。

「時刻は、そろそろ4時ですね。学校帰りにジムに寄るなら、そろそろですが」

「まあな。あまりここは長居するとこじゃな……っと誰か来たぞ」

金髪の少年がジムに入っていくのが見えた。高校……いや、中学生ぐらいか。

「あんなガキでもボクシングやるんだな。DQNに憧れた口かね」

「目鼻立ちからして、ハーフかなんかですね。あれは地毛かも」

雑味だらけのコーヒーで、パンケーキを流し込む。赤木警部は紅茶のお代わりを頼んだ。


40名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:01:37ktY (1/36)

そこから30分間、次から次へと少年たちがジムにやって来た。眼鏡の気弱そうな少年。ジャニーズ系の快活そうな少年。いかにもお嬢様然とした少女までいる。……ひょっとしてこれは。

「これはジムにトレーニングしに来たわけじゃなさそうですね。『勉強会』とやらかも」

「それっぽいな。実際、あの金髪の奴も少しサンドバッグ打っただけですぐに引っ込んでる。本当に勉強してるのかね」

そこに、黒いヴェルファイアが止まった。中から誰か出てくる。影になって見にくいが……あのオールバックは。

「鶴岡和人ですね。親と次男の大和も一緒だ」

「出待ちだな。ナンバーは」

「控えました。至急U号(車輌所有者照会)かけます」

「よし、じゃあ後は出待ちか。車内待機に切り替えだ、出たところで訊くぞ」


41名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:03:49ktY (2/36)

#

そこから2時間、動きはなかった。疑われないよう、こまめに車両を移動する。

そこに、電話が入った。

「赤さん、あの黒のヴェルファイア。練川秀悟の所有と判明しました。練川建設の社長ですね」

「なるほどな。これで悟さんの見立ては裏付けられたか」

木暮管理官からは、練川建設の情報が入っていた。

「練川建設が、鶴岡家のケツモチの一つって話ですね。表向きは新進気鋭のパワービルダーですが、裏では大誠会と繋がりがあると。
強引な営業から業界の評判は悪いようですがね」

「まあ、糞にはハエがたかるってのと同じ話だな。練川瑠偉についての身内の話は聞けなかったらしいが、小学の時の同級生は酷く怯えてたらしいな。
『ニコニコしながら、裏で酷く暴力を振るう』と。これで筑紫大附属中ってんだから世も末だ」

赤木警部はふうと白煙を吐いた。

そこにさっきのヴェルファイアがやってきた。少年と少女が次々に乗り込む。
そして、夜の街へと向かい始めた。交通量が多く、捕捉が困難だ。

「まっずいな。所轄外だ、ここまでにしとくか?Nシステム(自動車ナンバー捕捉システム)で追いたいとこだが、生憎嫌疑はかかってないしな」

「ですね。ヴェルファイアの持ち主は割れてますし、明日朝、練川の家で張りましょう」

「了解だ。明日に備え引くか」

俺は頷いた。


この時、ヴェルファイアを追わなかったことを、俺は後悔することになる。


42名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:04:16ktY (3/36)

【5月24日、0時12分】


和光市△△、○-○-○の路上で倒れている少年を発見。通行人が救急車を呼ぶが心配停止。
30分後、死亡が確認される。死因は呼吸器不全。


身元は学生証から練川瑠偉と確認された。




43名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:05:13ktY (4/36)

【5月23日】


あたしはあの後、すぐに彼にシャワーを浴びさせた。全身にはまだできて間もないと思われる痣と擦り傷、そして火傷があった。多分、「根性焼き」と呼ばれるものだろう。
すぐに家にあるありったけの絆創膏と包帯をかき集め、軟膏を塗って傷口を巻いた。コナン君は少し痛そうな顔をしたけど、泣くどころか唇を噛み締めて声をこらえていた。

ビックリするぐらい我慢強い子だ。こんな状態になったら泣き叫ぶのが普通なのに。

一通り傷口の保護を終えると、抗生物質を念のため飲ませた。少し発熱があったのと、相当辛そうだったので、その日はそのまま寝かせてあげた。
明日は児童相談所に行ってみよう。そう悪いことにはならないはずだ。その時は、そう思っていた。


44名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:06:36ktY (5/36)

翌日。目を覚まして驚いた。……朝食が、もう準備されてたのだ。それも、かなり美味しそうなのが。

「ちょっと……何よこれ」

コナン君は申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめんなさい、せめてものお礼をと……冷蔵庫の中のものは、弁償します。お金なら、いくらでもありますから」

あたしはコナン君を少し睨んだ後、テーブルの上の皿を見た。
トーストにふわふわのオムレツ。カリカリに焼いたベーコン。きれいに整えられたサラダと、ヨーグルトにレーズンを入れたものが置かれていた。

「これ、君が作ったの?」

コナン君は、遠慮がちに頷いた。

「いつも、父さんに作らされてたんです。気に入らないと、すぐにぶたれて……でも、お姉さんに恩返しするなら、これぐらいしかないですから」

あたしは軽く溜め息をついた。こりゃ厄介な子を拾っちゃったな……。

「まあ食べてあげるけどさ。それと、お姉さんじゃなくって吉岡愛結。アユでいいわ」

ナイフをオムレツに通す。すると、半熟のタマゴが切り口からとろりと出てきた。
口に運ぶと、濃厚なタマゴの味と強いコクを感じた。

「……これ、ただのオムレツじゃないわね。チーズとか入ってる?」

「はい!おつまみ用の裂けるスモークチーズを細く割いて、卵液に混ぜたんです。こうすると、チーズのコクが出るだけじゃなく、スモークフレーバーもオムレツに付くんです。……お口に合いませんでした?」

あたしは首を振った。

「とんでもない!すごい美味しい。火の通し方も完璧だし……あ、ごめんね。嫌なこと、思い出させちゃったかな」

「いいんです。喜んで貰えると、嬉しいですから」

はにかむコナン君を見て、何だか微笑ましくなった。ただ、いつまでも彼をここにおいておくわけにはいかない。

「ありがと。でも、これからどうするの?警察は嫌っていっても、あたしがずっと置いておくわけにもいかないわ。誘拐犯になっちゃう」

「それなら大丈夫です。父さんは、捜索届は出さないですから」

「……えっ?」

コナン君は確信があるかのように言い切った。

「どうして?」

「父さんにとって、僕は召し使いみたいなものなんです。だから、いなくなれば探すでしょう。母さんも、もういないですし。
でも警察に捜索届を出せば、虐待の事実も明らかになってしまう。世間体が大事な人ですから、きっとそれはしないでしょう。探すなら、自力でやってくるはずです」

部屋を重たい沈黙が包んだ。……何を言えばいいんだろう?


45名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:07:31ktY (6/36)

無理矢理にでも児童相談所に連れていこうか?そうした方が、多分正解だ。
でも、このまま人の手に委ねるのは、なぜか気が引けた。自分で探すだろうというという父親に見つかったら、この子はきっと、ただじゃ済まない。

こんな訳ありの子なんて、捨ててしまえばいい。そんな思いを、あたしは必死で打ち消した。
これじゃ、「あの時」と同じじゃないか。あたしが「あの子」を見捨てなければ、彼女は死なずにすんだ。同じ過ちを、また繰り返すつもり?

悩んでいると、コナン君がリュックから何かを取り出した。リュックは、彼が持っていたものだ。

「……これじゃ、足りませんか」

手には5万円が握られている。あたしはぎょっとした。

「えっ、そのお金って……」

「父さんのところからくすねてきたんです。足りなかったら、まだ大分あります。
アユさんには、迷惑をかけません。料理も、掃除もします。だから……父さんが僕を諦めるまで、しばらく置いてくれませんか」

震える瞳で、彼はあたしを見上げた。

お金は、正直欲しい。高崎にいるはずの「奴」から逃げてきてから、ずっとお金は苦しかった。貯金はろくにない。
やっと看護師の仕事にありつけたのは、ほんの少し前のことだ。それにしたって臨時雇用で、いつ首を切られるか分からない。

でも、この子は明らかに訳ありだ。かわいそうだからといって、あたしに守れるだろうか?


46名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:08:16ktY (7/36)

「……君、どこに住んでたの」

「横浜です。できるだけ遠くにと思って、東横線から東武東上線に乗ったら、川越市ってとこが終点で。
どこか休めるところをって思って、あの公園にたどり着いたんです」

横浜か。……ならかなり距離がある。コナン君の父親も、そうそうここには辿り着けないはずだ。

「分かった。しばらくの間だけよ。でも、あたしもいつまでも君をおいていけない。だから、1週間……ううん、2週間たったら君を誰か信頼できそうな人に預ける。
誰にするかは、ちょっと調べてみる。本当は、あたしの母さんがいいんだけど……」

それはできない選択だった。「奴」は、あたしと母さんの接触を見逃さないだろう。
となると、口の固い民間の養護施設かどこかを探すしかない。それがどこかは、これから考えないといけないのだけど。

コナン君の顔がぱあっと明るくなった。

「アユさん、ありがとうございます!このご恩は、決して忘れません!あ、ただいくつか約束してください」

「約束?」

彼が首を縦に振った。

「まず、1日につき5000円、僕に払わせて下さい。大丈夫です、7万円ぐらいなら持ってます。
それと、僕を外に連れ出さないでください。アユさんが疑われそうですし。その分家事は僕ができるだけやります」

お金については驚いたけど、二つ目はまあ納得だった。家事は、さっきの料理を見る限り本当に大丈夫そうだ。

「いいわ、それだけ?」

コナン君の目が鋭くなった……ように見えた。

「リュックの中身だけは、絶対に覗かないでください。絶対です。もし覗いたら、僕はここにはいられなくなる」

その迫力に、あたしは思わず唾を飲み込んだ。あれに、お金以外の何があるというんだろう?

「……分かった。とにかく、2週間だけよ。学校は?」

「いいんです。勉強は自分でできますし」

賢そうな子だし、言葉遣いも振る舞いも子供のそれとは思えない。しかし、それで大丈夫なのかな。

あたしの思考を読んだかのように、コナン君は微笑んでぺこりと頭を下げた。

「心配しないでください。これからしばらく、お世話になります」


47名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:10:12ktY (8/36)

#

その日は遅番ということもあって、お昼にコナン君の着替えを買った。27の独身女が、小学生の服を買うってのは少し奇妙に見えたかもしれない。
戻ると、コナン君は大人しく本を読んでいた。文庫本だろうか?

「ただいま。本、好きなの?」

「はい。あまり小学生が読む本じゃないかもですが」

見せてもらうと、「エドガー・アラン・ポー短編集」とあった。

「何か難しそうね。確か、漫画のコナンで、名字のもとになった人だっけ」

「ええ。推理小説の草分けみたいな人なんです。アユさんも、後で読みます?」

「うーん、本はあんまり得意じゃないんだ。あたし、専門卒で馬鹿だし。コナン君は頭良さそうだけど」

彼は苦笑した。

「そんなことはないですよ。……もう、学校には1年行ってないですし」

「そんなに!?……ごめん、まずいこと聞いちゃったね」

「いいんです。それより、アユさん何か好きなものあります?夜勤前に、何か作りますよ」

「えっ……あたし、お酒のおつまみぐらいしか作れないから、冷蔵庫にはあんまないよ?」

ふむ、とコナン君は何か考えるそぶりをした。

「確か、トマトはあったからカプレーゼもどきは作れますね。焼き鳥の余りは、少し手を加えて炊き込みご飯にしましょうか。大丈夫です、慣れてますから」

コナン君はトテトテとキッチンに向かった。冷蔵庫の中身を覚えていたようだ。
……そう言えば、いつの間に掃除してくれてたんだ。散らかってた部屋が、随分すっきりしている。

「……コナン君って何歳なの?小学生だとは思うけど」

「……9歳です。アユさんは……って、女の人に年齢訊くのは、失礼ですね」

「ハハハっ、そんなこと子供が気にしなくていいの。27よ。完全に、行き遅れだけど」

「そんなことないです。アユさん、きれいですし……」

コナン君の頬が赤くなったように見えた。子供なのに、いっちょ前に色気付いてるんだな。

「お世辞でも嬉しいわ、ありがと。音楽かけていい?」

「構わないですよ」

あたしはスマホを弄り、スピーカーにセットした。簡易スピーカーから、音楽が流れ始める。


48名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:10:35ktY (9/36)



「I got dosed by you and
Closer than most to you and
What am I supposed to do
Take it away
I never had it anyway
Take it away
And everything will be okay……」


「……レッチリですか」

「えっ、この曲知ってるの?」

「あ、ええ。母さんが元気な時、よく聞いてた曲だったんで」

レッチリを小学生が知ってるなんて、珍しいな。って、元気な時ってことは……多分、お母さんは亡くなったんだ。

「……そうなんだ」

「ええ。悲しい曲ですよね。それでいて、きれいな」

あたしは、コナン君に何も言えなかった。この子が背負ってるものは、9歳としてはあまりに重すぎる。

少しでもいいから、守ってあげたい。そう思ったんだ。


49名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:11:03ktY (10/36)

【5月24日、7時11分】


夜勤は、特に何事もなく終わった。後は、引き継ぎを早番の子にするだけだ。
あたしはうーんと伸びをして、ナースセンターで付けられているTVニュースをぼーっと見ていた。入院患者への配膳も終わり、少し一息つける時間帯だ。

「埼玉県和光市の路上で死亡が確認された中学2年生、練川瑠偉さんについて、警察は事件と事故の両面から捜査する方針です……」

中2の子が、かわいそうに。事件じゃなきゃいいけど。

そして、あたしの思いは家で帰りを待つはずのコナン君に向かっていた。

彼は留守中、大丈夫だろうか。「奴」があたしの居場所を突き止められるとは思えないけど、万一のことがあったら。
あたしは嫌な想像を振り払うかのように、首をぶんぶんと振った。そんなことはないはずだ。

#

家に帰ると、コナン君はすうすうと寝息を立てていた。


その時、新しく増えた擦り傷に、あたしは気付かなかった。


50名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:14:53ktY (11/36)

【5月25日】


人には、誰にでもやり直したい時間がある。あの時ああしていれば、こうしていれば。
でも、やり直せないからその時の行為を後悔し、心を苛む。何かあってはその時のことを思い返し、苦痛に浸るんだ。

今の僕もそうだ。あの日、屋上に行かなければ。もう少し大人だったなら。そして、「彼」があの日のことを知らなければ。
きっと今、僕はこうして誰かに怯えることはなかっただろう。心安らかに、日々を送れていただろう。

だが、それが僕の罪だ。決して消えることも、逃げ出すこともできない。
今はただ、これ以上悪くならないよう、何も起きないよう、ただただ祈るだけだった。


僕は時計を見る。15時46分。最後の授業が終わり、ホームルームの時間が近付いていた。そして、下校の時間だ。

あそこに行きたくはない。けど、行かないと多分、僕は破滅する。


51名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:15:33ktY (12/36)

深い溜め息をつくと、後ろからポンと肩を叩かれた。

「よう、ジョー。どうした、昨日から元気がねーぜ?」

「あ、いや……ヤクには関係ないよ。ただ、少し寝不足なだけ」

「寝不足か、さすが全国2位の天才は違うねー。どんだけ勉強してるんだよ」

僕は級友の、薬師丸英華に苦笑を向けた。言葉は男っぽいし、ガサツで女らしさの欠片もないけど、昔からの腐れ縁だ。

「大してやってないよ。塾にも行ってないし……地道に、普通にやってるだけさ」

「かーっ!またそんなことを言う。だから天才君には友達ができないんだよ。
どうせどっか別のとこで、秘密の勉強会とかやってるんだろ。オレも呼んでくれないかなー」

僕は一瞬、言葉に窮した。

「……そんなことは、ないよ」

ヤクがにやっと笑った。

「冗談だって。ジョーにオレ以外の友達がいるって、ちょっと考えられねえもん。あ、佳純が呼んでるわ。またなー」

僕の背中に、冷たいものが走った。あいつは、時々スゴく勘が鋭い時がある。だからあんななのに、国立の学園大付属に入れたんだ。


「勉強会」のことは、誰にも知られてはいけない秘密だった。




52名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:16:51ktY (13/36)

#

池袋で地下鉄に乗り、飯田橋で乗り換える。誰か知り合いがいないか、僕は注意深く見渡した。……よし、いない。
南北線で六本木一丁目へ。そして後ろを気にしながら、鶴岡ジムに向かった。

向かいのカフェに、怪しげな男もいない。いたらすぐ引き返すよう、和人からは言われていた。

僕はブザーを鳴らす。音もなく、ガラスの扉は空いた。ジムには、いつものように誰もいない。
和人のお兄さんたちは、フィリピンに行っているらしい。出稽古……ということになってるけど、本当のところは知らない。

ジムの2階に、僕らの「勉強会部屋」はある。内側から、オールバックの少年が現れた。


そして、ズドンと僕の腹にパンチが打ち込まれた。




53名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:17:35ktY (14/36)

「……っ……!!げえっ……」

「おせえよ。翔一もアゲハも、もう来てる。ああ、吐いたら埋めるぞ。今度は本当にやる」

僕は戻しそうになるのを必死でこらえた。部屋の奥、パソコンの前には翔一がいて、二つあるベッドの手前の方にアゲハが腰かけている。

「ジョー、危機感なさすぎ。マッポに尾行られてないわよね?」

「そ、それは、大丈夫。間違いない」

和人が睨んだ。

「本当だろうな。……本当にいねえな」

ブラインドの隙間から、和人が外を覗いた。

一昨日は警察らしいのがいたと、向かいのカフェのオーナーから連絡が入っていた。何でか知らないけど、警察が僕らを嗅ぎ付けつつあるようだった。

「誰が情報流した?てめえなら速攻殺すぞ」

「僕じゃない!僕はそんなこと『できない』って、皆知ってるだろ?皆も、裏切れないはずだ」

奥にいた翔一が、にこやかに僕の方を見た。

「そうだよ。僕も和人も、そしてアゲハも、絶対に互いを裏切れない。裏切ったら、僕たちだけじゃなくって家族の人生も破滅する。そういうようになってる。
それは死んだ瑠偉や直哉も、ちゃんと分かってたはずだよ」


54名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:18:23ktY (15/36)

部屋を沈黙が包んだ。そう。「勉強会」のメンバーだった練川瑠偉は、昨日死んでしまったんだ。

「殺し、なのか?直哉の時は、自然死って話だったが」

「そういう方向にもっていった、が正解。でも今回も上手くできるかは分からないわ。
荒川の件でつつかれたくないし、本当の病死ならいいんだけど」

アゲハが巻き毛の先をくるくるさせながら言った。それに和人が気色ばんだ。

「病死??んなわけあるかよ??直哉に続いて、『勉強会』メンバーが二人だ。こいつは、絶対に殺しだ。間違いねえ」

「でも誰も、ここを漏らしてないだろ?『勉強会』の存在は知ってても、誰がいるのか知ってる人はいないはずだ。まして僕らが『何をして』『何をしようとしてる』かなんて、知りようがない。
誰かが狙ってるのかもしれないけど、それは未確定事項だ。だから、しばらく『勉強会』をやめて、ほとぼりを冷ます。警察に追われないためにも、必要だ」

翔一の言葉に、再び皆が黙った。和人すら、彼には逆らえない。有無を言わさない説得力がある。


55名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:19:17ktY (16/36)

「……でも、じゃあ『アイスキャンディ』は?あれがないと、成績維持できそうもないし」

「君なら素で桜岡中のトップになれるだろうに」

「イヤよ!私はトップの桜岡で一番でなきゃいけないの。二番じゃだめ。それに、あれがあるから、セックスがあんなに気持ちいいんだし」

僕は一瞬、顔をしかめた。彼女、金路アゲハは黙ってれば誰もが振り返るルックスだ。実際、その道では有名な読者モデルらしい。
しかし、その実は14にしてとんでもないビッチだ。「勉強会」にいなければ、多分関わりようのない人種だろう。

翔一は僕に気付かないようだった。苦笑いして、彼女に告げる。

「そう言うだろうと思って、20錠ほど皆に用意してある。まあ、使用回数にもよるけど3ヶ月ぐらいは大丈夫。見付かっても完全に合法だけど、あまり派手にやり過ぎないようにして。
とにかく、瑠偉のことは残念だった。殺人とかじゃないことを祈ろう」


56名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:19:58ktY (17/36)

和人が翔一を見た。

「『計画』、進めんのか?二人もいねえんだぞ」

「それは勿論。『僕らに残された時間』は、もうそんなに長くない。絶対に成功させて、日本をあっと言わせてやろう」

「……そうか。じゃあ今日はこれでお開きか。次は3ヶ月後、第4金曜。それまで絶対にスマホだろうがLINEだろうが、互いに接触・連絡しないといういつものルールな」

「だね。あと、まあ君なら大丈夫だと思うけど、警察の捜査には徹底して弁護士つけさせて。君だけ、確実に面は割れちゃってるから」

ふん、と和人が鼻を鳴らした。

「俺を誰だと思ってる?それに、天下の佐倉法律事務所がついてる。完黙すれば、何も出てくるわけがねえ。それに……」

和人がちらりとアゲハを見た。ぷいと彼女は目線をそらす。

「あまり私に期待しないで。まあ、大丈夫だと思うけど」

僕は、瑠偉を誰もちゃんと悼まないのに腹が立っていた。直哉の時もそうだ。人が死んでるのに。
そりゃ、友達ではなく、利害関係と薬とセックスだけで結ばれた、歪んだ関係かもしれないけど。それでも、まるで知らない人間じゃない。


57名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:21:40ktY (18/36)

翔一が僕に、白い錠剤を差し出していた。にこりと、邪気のない顔で笑う。

「ジョーも、イライラしてないで飲もうよ。もう二人は飲んでるよ」

「うおおおお!」と、和人が叫び始めた。アゲハは、上気した顔で、下着越しに胸と股を弄っている。


「アイスキャンディ」。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、そして触覚。五感を全て倍に高めるだけじゃなく、思考能力や記憶力も倍増させる薬。
「勉強会」とはいうけど、実際にはこれを飲むだけでいい。即効性の上に、思考能力と記憶力については効果が持続するからだ。毒性も、依存性も、副作用も何もない。しかも合法。夢のような薬だ。

それをなぜか、翔一は持っていた。どこから手に入れているかは、誰も知らない。ただ、彼が供給源なのは間違いなかった。


そして、「勉強会」でやることといえば……


58名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:22:19ktY (19/36)

翔一はいつの間にウイッグをつけていた。下にはブラジャーとショーツを着けている。

「僕は今日、和人とするよ。瑠偉に挿れたかったけど、しょうがないね。ジョーは、アゲハかな」

僕は躊躇った後、錠剤を飲み込んだ。身体中の全ての感覚が、鋭敏になる。……もちろん、性感も。
股間と前立腺に血が一気に集まるのを感じた。アゲハは、下着をとうに脱ぎ捨てている。皆への怒りが、激しい性欲に変わっていく。

「じょお、早くこっち来てよぉ。あんたのそのおっきいの、挿れて?」

誰がこんな女なんか。そう思いながら、引きちぎるように僕は服を脱いでいく。向こうのベッドでは、和人のを翔一が愛おしそうにくわえていた。


全部、全部ぶっ壊してやる。僕の理性は焼き切れた。


挿入の瞬間、僕はアゲハの歪んだ顔を見た。僕は思わず、それをヤクのに上書きしていた。


ヤク、ごめん。


そこから先は、いつも通り覚えていない。


59名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:23:34ktY (20/36)

【6月1日】


「また行き詰まりかよっ!」

加熱式タバコをくわえた赤木警部が、苛立った様子で足元のゴミ箱を蹴飛ばした。ゴミ箱は凹み、紙ごみが辺りに散らばる。

「赤さん落ち着いて。俺達のせいじゃ……」

「わーってるよ!!俺ら3係は捜査の中枢から外され、何もできやしねえ。しかも4係はまた自然死で片付けようとしてやがる。脳ミソ腐ってるんじゃねえか??」

ヤスが宥めるが、赤木警部は収まらない。無理もない。練川瑠偉の死は、殺人として立件しない方向になっていたからだ。

俺は、短くなったアメスピを強く吸い殻入れに押し付けた。そこにはコーヒー豆の出し殻が敷き詰めてある。
警察も喫煙者には厳しくなりつつある。喫煙室も、臭い防止のためこういう臭い消しが必須になっているというわけだ。

「気持ちは分かりますよ。嫌なぐらいに。だが、県南部の殺しは4係の担当。北部担当の俺らは遊軍として補佐するしかできない」

「だからといってこのまま若葉の馬鹿の言う通りにしろってのか、仁?てめえも白島みてえに丸めこまれ……」

「なわけはないでしょう。だから、川越の鬼束少年の件はまだ追ってる。鶴岡和人にだって、やっと接触できたじゃないですか」

赤木警部が俺を睨んだ。殴りかかられると一瞬身を固くしたが、「けっ」と向こうを向いた。

「成果ゼロだったがな!あのガキ、弁護士を呼べ、一切本件については話さないの一点張りだ。悪知恵だけは無駄に回りやがる」

ヤスが溜め息をついた。

「……キツいのは、アリバイの証拠だけは弁護士経由で後日どっちゃりと送り付けてきたことっすね。ジム前の防犯カメラの画像データ、立ち寄ったという店のレシート。
鬼束殺しについては、完璧にアリバイありっす。荒川のホームレス射殺についても、アリバイを裏付ける複数証言が音声データで」

「んなもんいくらでも捏造できんだろ?……少なくとも、奴は絶対に何か隠してやがる。それは間違いない」

赤木警部は白煙を勢い良く吐き出した。


60名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:24:10ktY (21/36)

「鍵を握るのは、『勉強会』とやらですけど……あれから開かれた形跡がないんですよね。あの金髪が練川瑠偉だったのを考えると、残りの3人を捕まえたいとこですが」

「だな。問題は、どうやってそいつらを同定するかだ。鬼束の遺族は、詳細まで認識してない。とすると、鶴岡の身内か」

「どうでしょうね……連中はマル暴みたいなもんです。口を割らせるのは、簡単じゃない。どこかに突破口があるといいんですが」

ふう、と赤木警部が息をついた。

「……倫先生の検査結果は。練川の肝臓、本庁の科捜研に回したと言ってたが」

「週明けです。電話で話した時、自信があるようなないような、微妙な感じでしたけど」

「それで殺しと分かれば、本部立てて一気に行けるんだがな……」

俺のスマホが震えた。この震え方は、メールの方だ。


「ちょっと待ってください。……えっ……!?」




61名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:24:41ktY (22/36)

#

差出人:SHELLY
件名:追加情報です

毛利仁様

またも突然のメール、申し訳ありません。捜査していただいているのでしょうか。
あなたのことです、恐らくは動いたのでしょう。練川が殺されたのは、私にとっても予想外でした。あなたを責めはしません。

練川を殺した人間は分かりません。ただ、普通の殺しでないのは確かです。
あるいは、私みたいなのが他にもいるということなのかもしれません。かなり事態は混迷しています。私も整理できていません。

間違いないのは、鶴岡和人を確保すべきだ、ということです。難しいのは知っています。
練川瑠偉の線から崩すことを想定していましたので、彼が自発的にうたうのは望みにくいでしょう。彼の仲間が誰かも、現状ではつかみにくいかと思います。

一つ、言えることがあります。鶴岡のグループは、全て超難関の国立・私立中の人間であったということです。
鶴岡や練川がそうであるように、成績優秀で名が通っている人物である可能性が高いでしょう。

このメールが真相究明に繋がることを欲してなりません。
くれぐれも、鶴岡一派の確保をお願いします。

返信は不要です。


SHELLY




62名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:25:30ktY (23/36)

「……またか?」

凍り付く俺に気付いたのか、赤木警部が寄ってきた。

「何……前のタレコミと、同じ送り主じゃねえか。しかもこいつ、練川の件を『殺し』と断定してやがる。……何者だ?」

ヤスも覗き込んできた。読み終えるなり、今までに見なかったような険しい表情になる。

「どうした?」

「いえ……俺の推測が正しければ……」

俺はもう一度、文章を読み返す。強烈な違和感がいくつもあるが、この言葉遣いは。

「警察関係者?」

少しの間の後、ヤスが頷く。

「多分。これなら仁さんのアドレスも知ってて当然です。自白を『うたう』と言ったり、『確保』という表現だったり、警察じゃなきゃしないでしょうね。しかし、誰だろう。仁さんのことは知ってるみたいっすけど」

「俺の知り合いなのは疑いないが、まるで心当たりがない。一瞬4係の誰かかと思ったが、偽名使ってやるかは疑わしい。若葉課長を警戒したにせよ、これだけ情報を持ってるなら自分で捜査するだろう。
そもそも、なぜ鶴岡の周りの連中が、エリート中の人間だと知っているかだ。『勉強会』の話は、俺ら3係しか知らないからな」

赤木警部がふむ、と唸った。

「このシェリーってのが誰か、調べたいとこだな。メアドはフリーアドレスか」

「ですね。こいつは、俺らよりも情報を持ってる。そして、にもかかわらず捜査に関わっていない。さらに、鶴岡たちに対し強い感情もあるように思われる。
考えられるとしたら、所轄の誰かか……」

「考えても始まらねえ。こういう時は」

「まず手と足を動かせ、でしょ?返信不要とありましたが、接触を試みます。こいつに会えれば、何か分かるかもしれない」


63名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:26:00ktY (24/36)

赤木警部が加熱式タバコを吸った。

「だな。あと、こいつの助言通り有名国立・私立中に聞き込みか。まだ捜査本部もない状況だ。桜田門ともめないように、静かに……だな」

「それは俺がやります。ツイッターとかからも情報は取れますし、裏サイトも大体はある。一応、これでも開明出身ですしね」

ヤスが赤木警部を見た。確かに、東大卒キャリアのヤスならその辺りの事情は詳しいだろう。

「了解だ。さて、晩飯にすっか。明日は一応オフだが、飲むか?」

「あー、俺はやめときます。ちょいと用事が……」

ヤスが申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせた。

「ん、女か?」

「まあ、そんなもんっす。仁さんは?」

「俺も先約が。赤さん、また次の機会に」

「付き合いわりいな。まあ、俺も嫁と娘の機嫌を取らないといかんからな。ホシを挙げて、パーっとやっちまおう」

赤木警部が苦笑した。俺にとっても、理由はどうあれ久々に落ち着けそうな週末だ。

そして、今日ばかりは外せない理由もあった。


64名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:26:31ktY (25/36)

#

「遅くなりました」

「ううん、私も今来たとこだから」

駅の改札前に、小柄な女性が手を振って待っていた。髪は少し茶に染めたショートボブ、黒のジャケットと紺のタイトスカートを着ている。

「美和さん、すみません。仕事が忙しくて、なかなか時間が取れませんでした」

「いいよ。私もそれなりに忙しいし。どこに行こうか?」

「コッテリ系がいいんでしたっけ。この時間で近場だと、『ジャンキーガレージ』が空いてますかね。でも、女性に次郎系は……」

「いいよ、遠慮しなくて。食べてもそんなに太らない体質だし。それにいつも上品な塩や醤油じゃ飽きちゃうしね」

ニシシ、と美和が歯を見せて笑った。少しだけ八重歯が見える。

「じゃあせっかくだから、行きますか。でも量が多いから、無理しないでくださいよ」

「うん、その時は仁さんにお願いしようかな。じゃ、行ってみよ」

美和は跳ねるように歩き出した。そのしぐさが小動物のようで、俺は思わず微笑んだ。


65名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:26:56ktY (26/36)

宮原美和は、俺の行き付けのカフェで知り合った女性だ。カフェでは月1でコーヒー教室をやっているが、俺も彼女も何回かそれに参加していた。その時に意気投合して今に至っている。
お互い食い歩き、特にラーメン店巡りが趣味ということもあり、たまにこうやって互いの仕事帰りに会うような関係になった。

恋人と呼べるような女性は、警察に入って以来いない。忙しかったのもあるが、誰かを俺の生活圏内に入れたいと思えなかったのが大きい。
何より、自分に誰かを愛し、愛される資格があるとは思えなかった。

だが、美和は少し違った。あっさりと、俺との距離を縮めてきた。29という歳の割に子供っぽく見える時と、年相応の思慮深さの両方を併せ持つ彼女に、俺は心惹かれていた。
彼女も、自惚れでなければ俺に好意を持っているはずだ。互いのことはそこまで踏み込んで話したわけではないが、多分上手く行くだろう。根拠のない自信があった。


66名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:27:25ktY (27/36)

#

「どうでした?口にあったならいいんですが」

美和はぱあっと笑った。

「よかったよー。思ってたより随分食べやすくて。でもすごい行列だったねえ」

「リピーターが多いんですよ、次郎系は。麻薬に例える人もいるぐらいで」

「麻薬、ねえ。そこはあまりピンと来ないけど」

「脂と糖分と旨み成分が過剰だと、本当にそういう働きを起こすらしいですね。次郎系は大体化学調味料をどっさり入れますし。グルタミン酸やイノシン酸は、一種の麻薬なんです」

ふうん、と美和が言った。

「確かに『チャイニーズ・キュイジーヌ・シンドローム』ってあるらしいしね。化調たっぷりの中華に慣らされると、全部が物足りなくなるってやつ。
……で、今日はこれから?仁さんがもう一軒行きたいって、珍しいよね」

「ラーメン、も一応は出しますけどね。……ここです」

俺は「MAYOIGA」という看板の前で立ち止まった。美和が少し緊張した様子になる。

「バー、だよね。お酒か……」

「嫌でした?」

「そんなことはないよ。ただ、私、言わなきゃいけないことがあるから……」

珍しく美和の表情が曇っている。どういうことだろうか。


67名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:28:08ktY (28/36)

バーに入ると、マスターが俺らを一瞥した後、「いらっしゃいませ」と挨拶した。客は2人ほど、いずれも静かに飲んでいる。
彼は元筋者で、ここは情報収集にたまに使っている。美和を連れていたことで、プライベートと判断したのだろう。
もちろん、彼が作る締めの醤油ラーメンが絶品というのは、嘘ではない。次郎系とは対極の、無化調のラーメンだ。

「飲み物は?」

「じゃあ……この季節の生フルーツカクテルがいいかな。仁さんは?」

「ギムレットで」

マスターがシェイカーを振り始めた。

話は美和から切り出された。

「ごめんなさい、こういうとこに来た、ってことは、つまり……そういうことだよね。
私も気付いてなかったわけじゃないの。ううん、私も仁さんのこと、好きだよ。友達じゃなく、男性として。
でも、お互い話してないことってあるでしょ?……受け入れてもらえるか、不安で」

しばらく沈黙が流れた。マスターが無言で、2つのカクテルグラスを差し出す。

「……話してないこととは?」

少し溜め息をついて、逡巡した後、美和が話し始めた。

「実は、子供がいるの。5歳の」

瞬間、俺の目が見開かれた。

「そんな感じには、見えなかった」

「平日は熊谷の両親のとこに預けてるの。休日は、基本的に一緒。月1のコーヒー教室の時は、預けてたけど」

「そういうこと、ですか。旦那さんは」

美和は外資系運用会社で働いている。多忙な故のすれ違いかと思ったが、違った。


68名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:28:34ktY (29/36)

「……亡くなったわ。5年前に」

「……!!それは、失礼しました」

美和が苦笑いした。

「いいの。黙ってたのは、私だし。……正直、受け入れてもらえるか不安で」

俺はギムレットを一口飲んだ後、彼女に微笑んだ。

「驚かなかった、と言ったら嘘になります。でも、あなたとなら、きっといい家庭が作れると、俺は思う。
一度、会わせてください。あなたのお子さんに」

「……!!ありがとう……!!うぐっ……」

彼女が俺の胸に泣きながら倒れ込んだ。俺は彼女の小さな頭を、静かに撫で続ける。

どのぐらいそうしていただろうか。美和が、何かに気付いたように俺を見上げた。

「……この匂い。やっぱり、あの人に似てる」

「あの人って、亡くなった旦那さんですか」

「そう。仁さんって、公務員だったよね。ひょっとして、警察?」

俺はもう一度、目を見開いた。まさか。

「殉職、ですか」

「……うん。やっぱり、そうなんだ。道理で、好きになるわけね……。
でも、あなたは死なないで。もう、耐えられそうもないから」

俺は答える代わりに、美和の手をぎゅっと握った。


69名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:28:57ktY (30/36)

#

家に帰りついたのは、日付が変わって少ししてからだった。美和の娘さんである、亜衣ちゃんには来週会うことになった。いきなり一児の父親か。……上手くやれるだろうか。

スマホが震えた。「SHELLY」には、素性が誰かという質問と、直に会いたいという内容のメールを送っている。返事だろうか。



70名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:29:25ktY (31/36)

#

差出人:SHELLY
件名:そのうちに

毛利仁様

メール、どうもありがとうございます。ただ、現時点では私の身の上をお話はできません。その点、ご勘弁いただきたく思います。
そのうちに、お会いすることもあるでしょう。全ては、そこでお話いたします。
もちろん、それまでに全ての決着が付くのが望ましいのは、言うまでもありませんが。

それでは、失礼します。


SHELLY


71名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:30:19ktY (32/36)

【6月3日】


「アユさーん、ご飯できましたよ」

コーヒーが部屋にふわりと香った。枕元の時計を見ると、もう9時過ぎだ。しまった、寝過ごした。
焦ってがばりと身を起こして気付いた。……今日は非番なんだった。

「えっと、もうちょっと寝ていい?」

「ダメですよ、中番明けで疲れてるのは知ってますけど。朝ごはんちゃんと食べないと、ホルモンバランスにも影響が出るんですから」

寝室に青いエプロンを付けたコナン君が入ってきた。わざとらしく頬を膨らませているのがかわいくて、あたしはつい吹き出した。

「ぷっ、何かお母さんみたい。あー、ごめんごめん。今起きるわ。今日のは?」

「ちょっと凝ったのにしてみました。エッグベネディクトにホウレンソウのソテーサラダ、それとヨーグルトです。お口に合うといいんですけど」

「え、えっぐべね……?何それ」

「いいから早くしないと冷めちゃいますよ。ほら」

背中を押されて入ったリビングのテーブルには、もう朝食が準備されていた。
何か丸いパンのようなものの上に、半熟卵とハム。そしてとろっとしたチーズがかかっている。

「サンドイッチというか、ハンバーガーみたいなの?」

「似てるようで違いますよ。ほら、どうぞ」

コナン君に勧められるままにかじると、濃厚な黄身とチーズのコクが一気に襲ってきた。気を付けないと口の端から垂れてしまいそうだ。
柔らかめのパン――マフィンだっけ――も、卵とチーズソースを吸って美味しくなっている。
あたしは二つあるマフィンのうちの半分を、あっという間に平らげた。

「お、美味しい!本当、何でも作れるのね」

「お仕事大変そうでしたから。お昼も夜も、何か食べたいのがあったら言ってくださいね」

コナン君がニコッと笑う。あたしは思わず何を言ったらいいか忘れた。

「い、いいのよ?気をそこまで使わなくて。材料費とかは君持ちではあるけど、そこまで贅沢言えないから」

「大丈夫ですよ。お金なら全然ありますし。そりゃキャビアとか白トリュフとか言われたら難しいですけど」

そもそもそんなものはこの近くに売ってないんじゃ、という突っ込みをあたしはこらえ、エアロプレスからコーヒーを注いだ。


72名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:38:58ktY (33/36)

#

「美味しかったぁ。いつもありがとね。……今日どうしようかな。結構いい天気だけど」

外からは公園に向かう子供たちの声が聞こえていた。今年の梅雨は、随分遅いらしい。

「僕は気にしなくていいですよ。アユさん、この前のお休みもずっと家でしたし……」

「コナン君の傷の具合が気になったってのもあるけど、あたし元々インドアな方なんだ。こっちに友達もいないし。それに、君連れてどこか行くわけにもいかないし……」

コナン君はうーんと唸った。

「本当に、行きたいとこはないんですか?」

本音を言えば、ちょっと池袋まで出て買い物をしたかった。川越の辺りじゃ、かわいい服なんて見付からないし。
ただ、お金はあんまりないし、これまで我慢してきた。

思えば、こうやって外出しようとか前向きになれたのは、久々かもしれない。コナン君が来て、あたしの生活は随分変わった。
ご飯だけじゃない。家に帰って誰かがいるということ。他愛ない話を聞いてくれる人がいるということ。たったそれだけで、あたしのカサカサに乾いた心は、それこそ10数年ぶりに潤ったんだ。

彼を家に置くのは、あと3日だけってことになってる。でも、もっと彼といれたらいいのにと、あたしは思い始めてた。それは、恋とかそういうんじゃないと思うのだけど。……多分。


でも、人混みに出るのが怖い別の理由もあった。

あたしは、命を狙われてる。確実に、奴はあたしを殺そうとしてる。

まず見つからないだろう、とは思ってる。でももし万一見つかったら?そして、それにもし万一、コナン君がそれに巻き込まれでもしたら?そんなことは、考えるだけで悪寒がした。


どうしようか。


73名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:39:24ktY (34/36)

(最初の分岐点です)

1 「じゃあ、外出しようか」

2 「じゃあ、今日も家にいようか」


74名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:40:27ktY (35/36)

多数決は0110から始めます。3票先取です。それまでもし質問があれば受けます。


75名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)00:51:07ktY (36/36)

多数決の時間を大きく繰り下げ、翌朝まで質問タイムとします。
(初見の方には読むのに時間がかかることを考慮しました)


76名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)07:10:56AMN (1/2)

1


77名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)07:14:21AMN (2/2)

人増えてきたとは言ってもまだこの形式のスレをやるは辛いんじゃねえかな


78名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)09:22:28riT (1/1)




79名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)11:42:23Qbq (1/1)

>>77
確かに難しい所がありますね。とりあえず暫定更新といったところです。

多数決は開始します。これまで票が入ったものは採用します。


80名無しさん@おーぷん2018/09/10(月)12:46:47bVg (1/1)

引っ越し乙



81名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)00:00:44G4V (1/18)

少し更新します。

なお、1は一時的に安価・コンマ進行になる選択肢でした。愛結パートはたまにこういう展開になりますのでご了承ください。

仁パートは1ヶ所重大分岐の安価がある程度です。ジョーパートは最終局面で1回コンマ判定を予定しています。


82名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)00:02:00G4V (2/18)

#

「コナン君、準備できた?」

「ええ。サイズもピッタリです。ありがとうございます」

コナン君は一昨日ZOZOから届いた子供服に着替えていた。こっちに来た時にユニクロで買った普段着でも良かったのだけど、池袋に行くのにあれじゃちょっとコナン君がかわいそうだ。
結局、彼を児童相談所に託す時に着させるつもりでちょっと奮発して買ったのにした。デニム風のパンツに、シンプルな白系のポロシャツだ。

外出するのに、コナン君を連れていくかは正直迷った。ただ、一人で行くのも味気ないし、彼を残していくのもちょっとかわいそうだ。
結局、連れていくことにした。何かあれば、親戚の子供で通るだろう。
それに、彼とはもう少しで別れることになる。あたしも、彼との思い出が欲しいのかもしれない。

……いけないなあ、大分情が移っちゃってる。あたしはそんな自分に苦笑した。

「アユさんもきれいですよ。その……とても似合ってます」

コナン君が顔を赤くして言った。そろそろ思春期だから、少し意識してるのかもしれない。

「うん、ありがと。お世辞でもうれしいな。きっと君、大きくなったら女の子が放っておかないよ」

「……ありがとうございます」

顔がさらに赤くなった。本当にかわいい子だ。
この性格と家事スキルがあれば、どこの里親の元に行っても大事にされるだろう。……あたしはちょっと寂しくなるけど。


83名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)00:02:47G4V (3/18)

#

池袋までは駅から40分弱だ。他愛のない話で時間を潰す。

ゆっくり彼と話をする機会は、実はこれまであまりなかった。あたしの仕事が忙しいのが、一番大きな理由だった。
看護師の仕事は、基本は早番と中番、そして夜勤を含む遅番のローテーションだ。これが4~5日続いて1日休み。拘束時間は長いし、ストレスも結構たまる。
コナン君はそんなあたしの様子を見てとっているのか、平日はあまり必要以上に絡んでこなかった。そんな距離感の取り方も、彼は子供離れしていた。

いくつか彼について知っているのは、料理を含めた家事は達人といっていいほどだということ。ちょっと難しい、古めの推理小説が好きらしいということ。
そして、あたしと同じでレッドホット・チリ・ペッパーズが好きらしいということだ。
あと、彼の名前と同じ「名探偵コナン」が好きなのも分かった。「今までの単行本は全部持っているんです」と満面の笑顔で言われたけど、あれを揃えるのって相当お金がいるんじゃないだろうか。

そんなことを思っているうちに、東武東上線の急行は志木駅を通り過ぎていく。
そういえば「ゼロの執行人」ってまだやってたっけ。面白いなら、コナン君と見に行ってもいいかな。

「ねえ、コナン君。池袋で買い物した後、映画でも見な……」


その時だ。


84名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)00:04:27G4V (4/18)




「あ"あ"あ"あああっっっ…………!!!!」



彼は急に唸り出し、頭を抱えた。
顔色は真っ青で、全身は細かく震え、何かに酷く脅えているようにも見える。

乗客の注目が、一斉にこっちに向いた。

「どうしたの??傷がまた痛むの??」

ブンブンと、彼は首を大きく振った。

「どうしよう、お医者……」

「いいです!!……すぐに、落ち着きます」

はぁはぁと荒い息をしながら、コナン君は言った。顔には脂汗が滲んでいる。

「落ち着くって……!普通じゃないよ、頭かどこか痛むの??」

彼は小さく首を振った。さっきよりは落ち着いてるようだ。

「いえ、そんなんじゃないです。……ごめんなさい、映画だけは、やめてくれますか」

「えっ……?どうし」

「どうしてもです!!!」

今まで聞いたこともないような強い調子で、コナン君が叫んだ。車内がザワザワとし始める。
あたしは何を言ったらいいか分からなくなって、身体が震えた。目に熱いものが溢れ始める。どうして??

コナン君はそんなあたしの様子に気付いたのか、軽くあたしの手に彼のそれを重ね、静かに言った。

「……ごめんなさい、怖がらせるつもりはなかったんです。本当に、ごめんなさい。
ただ、映画館だけは、行けないんです。詳しい理由は言えませんけど、どうしても、ダメなんです」

申し訳なさそうに、彼は視線を落とした。……さっきの様子を見ると、本当に何かあるのかもしれない。

あたしは顔を拭い、彼の手を握り返した。こういう時は、大人がしっかりしなきゃ。

「分かったわ。よく分からないけど、君の触れたくない場所に触っちゃったのかもしれないね。
その代わり、今日は君の行きたいところに連れていってあげる。そんなにお金はないけど、池袋にあるものなら付き合うよ」

コナン君がぎゅっとあたしの手を握った。

「ありがとう、ございます。……それじゃ……」


85名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)00:05:22G4V (5/18)

※コンマ判定です。!randomを使ってください。コンマ下3です。

01~10 コナン君の目が、急に鋭くなった
11~95 通常進行
96~99 コナン君が急に驚いた表情になった

00 えっ……!?
100 コナン君が向こうの方をちらりと見た。「行き先、変えてもらっていいですか」


86【96】2018/09/12(水)00:07:06iLV (1/2)

はい


87名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)00:22:59G4V (6/18)

下3だとまだ人がいないから難しいですね。
この下のコンマを採用します。


88【93】2018/09/12(水)00:24:12yqn (1/1)

そい


89名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)00:28:01G4V (7/18)

通常進行シナリオです。
なお、コンマ判定は数回はあります。

更新は明日午後になります。


90名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)13:10:58G4V (8/18)

少し進めます。


91名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)13:11:24G4V (9/18)

#

「ずいぶん並んでるね……」

あたしは半笑いで行列を見ていた。30人ぐらいはいるだろうか。

「前に母さんと来た時は、こんなものじゃなかったですよ。大分すいてる方です」

半笑いのあたしをよそに、コナン君が声を弾ませた。


PARCOで買い物を済ませた後、コナン君のリクエストでお昼はラーメンにすることになった。
お母さんが生きてた頃に一緒に行った、思い出の店らしいんだけど……。

「何回か来たことあるの?ラーメンにこんなに並ぶの、初めて見た」

「はいっ。1時間待ちぐらいなら、そんなでもないと思いますよ。巣鴨の『辰』なんて6時間待ちとかあったらしいですし」

「6時間?何やって過ごすのよそれ」

「何でも整理券配って、ディズニーのファストパスみたいな感じにしてるらしいですよ。……ってお茶来ましたよ」

見ると、頭巾を被った店員が行列待ちの客に麦茶を配っていた。少し暑いだけに、これは助かる。
あたしはそれを受け取り、軽く喉を潤した。

「これはありがたいね。でも、お母さんはコナン君に優しかったんだね」

「……そうですね。色々と教えてくれましたし。その分、父さんからは随分と酷いことをされたようですけど」

「……ごめん、嫌なこと思い出させちゃったかな」

コナン君は首を横に振った。

「平気です。こうやって、『PASSO』に来れるなんて思いもしませんでしたし。アユさん、ありがとうございます」

あたしは微笑んだ。そして、彼にいい里親がついてくれることを、心から願った。


92名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)13:12:13G4V (10/18)

#

ラーメン……というよりコナン君の強い薦めでつけ麺を食べた。小麦の香りがする太麺と、しっかりとしたスープがとてもよく合っていた。
ラーメンはあまり食べてこなかったけど、1時間待つ価値は十分あった。確か川越にも有名なお店があるらしいし、今度行ってみようかな。

「ごめんなさい、付き合わせちゃって。今度はアユさんが行きたいところ、行っていいですよ?付き合います」

「えっ?でも、もう服は買っちゃったし……」

コナン君の申し出に、あたしは戸惑った。確かにまだ13時過ぎぐらいだけど、行きたいところか……。
ちょっと足が疲れたから、ゆっくりできるところがいいな。そうなると……

あたしはスマホでお店を調べた。方向は逆だけど、そんなに時間はかからないかな。

「ん、じゃあお言葉に甘えて……コナン君、甘いのは大丈夫?」

「ええ、好きですよ。カフェか何かですか」

「うん。『ミルキーウェイ』ってパフェ専門店。テレビでやってて、1回行ってみたいなって。若い子が多そうだから、浮きそうだけど」

「そんなことないですよ!アユさんは、十分若くてきれいだと……」

コナン君がまた赤くなった。あたしはふふふと笑う。

「いいのよ、お世辞は。そういうのは君に大切な人ができたら言ってあげて。じゃあ、いこっか」


93名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)13:13:11G4V (11/18)

※コンマ判定です。

01~20 急に、コナン君の目が鋭くなった
21~90 通常進行
91~99 コナン君の目が、通りすがりの女子高生の方に向かった

00 えっ……??
100 コナン君がニヤリと笑った

コンマ下2、!randomでお願いします。


94【14】2018/09/12(水)13:16:59iLV (2/2)

えい


95【95】2018/09/12(水)13:17:44rEm (1/1)




96名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)13:21:49G4V (12/18)

再開は夕方か明日午後です。

なお基本的に上のコンマの方がコナン、あるいは愛結にとって良い内容です。


97名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)16:10:36G4V (13/18)

>>93
女子高生→女子学生に変更します。失礼しました。


98名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)16:40:44G4V (14/18)

#

ここから「ミルキーウェイ」までは10分ぐらいかかる。駅を突っ切って行くのが早いみたいだ。人混みは好きじゃないけど、仕方ない。

「お母さんとは、よく池袋に来てたの?」

「ええ。母さんは寄居が実家で。行く途中、たまに寄ってたんです」

なるほど、道理であのラーメン屋を知ってたわけだ。スマホで調べたら、どうも結構な有名店らしい。

西武百貨店が近付いて来た時、コナン君が急に足を止めた。鋭い目をしている。
その視線の先には……女の子3人のグループが立ち話をしていた。少しギャルっぽいけど、皆かなりかわいい。年齢は高校……いや、中学生かな。
特に茶髪のセミロングの子は、どっかのアイドルにいそうなぐらいだ。

「どうしたの?あの子たちが気になる?」

「いえ……ちょっと。行きましょう」

あたしは首をかしげた。かわいいから気になった、ということなのかな。


と思った次の瞬間、彼は女の子たちの方に歩き始めていた。


「えっ、ちょっと待って!?そっちだと少し遠回りだよ?」

コナン君はあたしの言葉が聞こえないのか、歩みを止めない。
そして、そのまま早足で彼女たちの前を通り過ぎていった。あたしも彼にようやっと追い付く。

「聞こえなかったの?そっちだとちょっと遠回りなんだってば」

コナン君がバツの悪そうな表情になった。

「あっ、ごめんなさい。こっちの方が近いのかと……人もそんなにいないですし」

確かに彼が向かう地下道は人が少ないから、歩くスピードも速くできそうだった。でも。

「そうだとしても、勝手に行っちゃダメだよ。迷子になるじゃない」

コナン君はしゅんとして「ごめんなさい」と謝った。しかしこれまで徹底してほぼいい子だった彼が、こんなことをしたのはちょっと不思議な気分がする。

※90以上で何かに気付く
(!randomでお願いします。コンマ下)


99【29】2018/09/12(水)16:46:30EII (1/3)




100名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)17:51:03G4V (15/18)

#

「ミルキーウェイ」のパフェは、とても美味しかった。星座をイメージした色鮮やかなトッピングに、上品な甘さ。値は少し張ったけど、それに見合う味だった。

しかし、あたしたちってどんな関係に見えてるんだろう?歳の離れた姉弟……が妥当なのかな。
お店にいる数少ない男性は、スタッフの人かカップルかだ。コナン君は、さすがにちょっと浮いている。

「どうしたんです?」

コナン君がスプーンをくわえて訊いてきた。こうして見ると、年相応の男の子にしか見えないな。

「ううん、いいの。付き合わせちゃってごめんね」

「いいんですって。僕も結構な甘党ですから。……本当は、もっとアユさんと色々行きたかったです」

ズキン、と胸が痛んだ。そうか、もうこういう機会は、ないんだな。
コナン君を、別のしっかりした人に託す。それは大人として、当然のことだ。そもそも、コナン君の父親が訴えたなら、あたしは立派な犯罪者だ。このままでいいわけがない。

だけど、彼といた1週間ちょっとは、まるで世界が色付いたかのように鮮やかに見えたんだ。
「あの時」以来捨てたと思っていた、人としての幸せが、やっと戻ってきたような気がしていた。



ああ、あたしは独りでいることに耐えられなくなっているんだ。





101名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)17:51:42G4V (16/18)

ほんの少し、あたしを思いやってくれる誰かと、こうやって過ごしただけなのに。
どうして、こんなに弱くなっちゃったんだろう。

いや、はじめからあたしは弱かったんだ。だから高崎からも過去からも逃げて、こうやってひっそり生きることを望んだ。
でも、それはもう限界に来ていたんだ。コナン君が来たのは、ただそれを自覚するきっかけにしか過ぎない。


彼が去った部屋で、あたしはこのまま生きていけるんだろうか?


「…………どうしたんですか」

コナン君がじっとあたしを見ていた。頬には、いつのまにか生暖かいものが伝っている。

「えっ、あっ、これはその……何でもないの、気にしないで」

「何でもなくないですよ。……ずっと思ってました。僕が言えた口じゃないですけど、アユさんは何か隠してませんか。
隠している、というより、何かに脅えているような」

あたしはギクッとした。時々、この子はあたしの心を見透かしたような発言をする。

「そ、そんなことは……」

コナン君は黙ったまま、あたしを見つめていた。視線がなかなか外れない。

あたしは溜め息をついた。隠し通すわけには、いかなそうだった。

「……分かった。でもここじゃ話せない。家に帰ったら、ゆっくり話すわ。
その代わり、コナン君のことも、もう少し聞かせて。もうそろそろお別れだけど……せっかくだし」

コナン君は少しだけ目をつぶった。そして微かに頷いた。

「……アユさんだけってのも、不公平ですしね。ただ、少し驚くかもしれない。それでもいいですか」

「ええ」

彼が普通の小学生じゃないのは、間違いない。でも、何で映画をそんなに恐れるのだろう?そこだけは、聞いておきたかった。


102名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)17:52:44G4V (17/18)

※コンマ判定です。

00 えっ……!?
01~40 コナン君の目が鋭くなった
41~90 通常進行
91~100 ……ごめんなさい、家じゃなくていいですか。代金は僕が持ちます

コンマ下2、!randomでお願いします。


103【73】2018/09/12(水)17:58:34EII (2/3)

ふみ


104【100】2018/09/12(水)18:14:31EII (3/3)

人いないし連投

ランダムだしいいよね


105名無しさん@おーぷん2018/09/12(水)18:25:00G4V (18/18)

中断します。再開は明日になると思います。

まだ過疎なので、あまり過度でなければコンマ限定で連投ありとします(ただしケースバイケースです)。
また、ゾロ目ボーナスは優遇しての振り直しなどで対応します。なお、100>99です。
(つまり今回について言えば、ご都合主義にならない範囲で何かが大きく動きます)


106名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)04:31:53wqn (1/4)

冒頭のコナンとこのコナンは同一人物で、カバンの中のものとバッドブレイカーが繋がってるんだろうか、中学生たちと謎の合法ドラッグは製薬会社のコナンの父との関連ありそう、ミスリード?
テロについてもう少し情報がないとやはり全体的な統合が難しい
何にせよ続き期待してます


1071062018/09/13(木)05:27:07wqn (2/4)

コナン=バッドエンドブレイカーだと時系列がおかしいか
最初は実は西暦のズレがあるという手法かと思ったけど、そうでもなさそうだし何とも


108名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)06:18:04wqn (3/4)

書き出したりしながら読んでみたら、コナンの正体については仮説ができたけど、どれくらいまでファンタジー要素が入ってくるか分からん


109名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)08:40:31mZI (1/1)

再開は多分昼頃です。

>>106
多分かなりいい線は突いてます。ファンタジー、というよりはSFですね。


110名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)15:47:17TrE (1/13)

夕方から更新します。

なお今回、軽い残虐シーン(殺害シーン)とごく軽いベッドシーンがあります。ご了承ください。
また、作中の店は現実のそれとは一切関わりがないことも明記しておきます。


111【16】2018/09/13(木)15:59:575DU (1/1)

判定自体が少ない中での100の効力はやばそう


112名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:15:58TrE (2/13)

※100……ある程度話が進みます

#

「じゃあ、行こっか」

サンシャイン通りから池袋駅に向かおうとした時、コナン君の足がまた止まった。

視線の先には、さっきの女の子だ。サングラスと顎髭の、いかにも危険な感じのする男と腕を組んでサンシャイン方面に歩いている。

「……何なの、あの子。知り合いなの?」

「……ごめんなさい。わがまま、言っていいですか。さっきの話、アユさんの家じゃなくて、別のところでさせてください。
理由はちゃんと話します。それと、夕食代も僕が」

そう言うや否や、彼はあたしの手を握った。そして、子供とは思えない力で引っ張る。……あの子を追ってるの??

「どうしたのよ急に!それに、お金……あっ」

彼は、いつものリュックを背負っていた。「盗まれると嫌だから」と、持ってきていたのだ。
そしてあの中には……いくらあるかは分からないけど、お金がある。それも相当の。

「お金の心配はしなくていいです。僕が秘密にしてたことと、彼女を追っていることは、ちゃんと関連性があります。
彼女がこのままラブホかどこかにしけこまないなら、多分僕の言っていることが分かると思います。少し我慢してください」

「一体何なの……ってちょっと!」

コナン君がすたすたと、女の子たちを追って人混みの中をすり抜けていく。あたしはその後についていった。

女の子たちはラブホ街を抜け……あるビルの前で止まった。そしてインターフォンを鳴らす。
看板もないビルの分厚い扉はゆっくりと開き、彼女たちはその中に消えた。


113名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:17:05TrE (3/13)

「ここは?」

「会員制の割烹ですよ。とは言っても、金を出せば一見でも入ることはできる」

そう言うと、躊躇いなくコナン君はインターフォンを押した。いくらかのやり取りの後、扉はゆっくりと開く。

「……何でこんなお店を?」

「母さん……いや、もう嘘を言うのはやめましょう。『昔』来たことがあるからです」

黒服が現れ、恭しくお辞儀をした。

「……新規の藤原さま?」

「ああ。これが入会金だ。詮索はしないでくれ」

コナン君は、財布から10万円ぐらいを黒服に渡した。黒服は大きく一礼し、「どうぞ」とエレベーターへとあたしたちを促した。
そして、通された先は……高級旅館の一室のような部屋。いかにも高そうな花瓶や掛け軸が飾ってある。

「えっ、何ここ……」

「アユさんは心配しなくていいです。……ああ、水炊きのコースを」

黒服はお辞儀をして去っていく。こんな場所でお食事なんて、経験したことがない。

「一体君って……何者なの」

コナン君が目を閉じた。数秒後、意を決したようにそれを開く。

「説明は少々長くなります。本当は、あなたに事実の一部しか話すつもりはなかった。ただ、このチャンスを逃すわけにもいかなかった。
……あの女子中学生、何者かご存知ですか」

あたしはブンブンと首を振った。

「でしょうね。金路アゲハ。中高生には絶大な人気のある読者モデルです。
男の方は、IT企業の社長で仮想通貨発行をやっている……と表向きはなっている、白馬伸。実態は菱友組の準構成員です」

「何でそんなこと知ってるの??というか、これって聞かれちゃ」

「そこは大丈夫です。防音は完璧ですから。……とにかく、あの女を『消す』必要があります。今日はその下準備、というわけです」

「『消す』って……!?」


114名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:17:47TrE (4/13)

恐ろしい言葉が聞こえた気がする。聞き間違いだろうか?
あたしの疑問を感じ取ったのか、コナン君があたしの目を見つめた。

「残念ながら、これは聞き間違いでも何でもない。彼女は殺人者です。それも、少なくとも2人を既に殺してる。生かしておけば、もっと遥かに多くの人が不幸になる」

そう言うと、彼はリュックから大きいスマホのような物を取り出した。そして、何やら操作する。

『あっ……!いいよぅっ……!!』

女の子の喘ぎ声が聞こえると、コナン君が忌々しげに額に皺を寄せた。

「……失礼、まずは行為に及んだみたいだ。20分後メドにもう一度繋ぎましょう」

「繋ぐって?」

「さっきはすみません、言うこと聞かなくて。彼女に、超小型のGPS発信器兼盗聴器を付けたんです。
ヤサが分かれば今日はそれで十分と踏んでたんですが、まさかこう早く会えるとは。
彼女が行為後白馬に話す内容で、彼女がいかに危険か分かると思います」

コナン君は、部屋据え置きのボタンを押した。

「ボタンを押さない限り、店員はこちらに来ないようになってます。僕の話は一旦脇に置いておきましょう。まずは、アユさんです。……何かあるんですか」


115名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:18:29TrE (5/13)

「えっ、あたしから……?」

コナン君が頷いた。

「こんな状況下です。僕から話をするのが筋ですが、金路アゲハが何者かを知ってもらった上での方が、多分受け入れてもらいやすい」

あたしは躊躇した。この子が何者か、そのこと自体に恐怖しはじめてたからだ。
本当にこの子は、信用できる子なのだろうか?

ただ、これまでの1週間ちょっとが全て嘘だとも思えなかった。彼の気遣いや優しさは……多分本心からだ。
あたしに人を見る目がないのは自分でもよく分かってるけど、そこは信じたかった。

少し目線を落とし、それからコナン君の目を見た。

「……追われてるの。ストーカーから」

「そこまで危険な男だと?そもそも、今までそんな気配は」

「今のところは。元々、高崎に住んでたの。結構馬鹿なことも、たくさんやった。『売り』だってした。色々、自棄起こしてたし。……ごめんね、汚い女で」

コナン君は静かに首を横に振り、「続けてください」と言った。

「ありがと。……その客の一人が、あいつだった。最初はただの、金払いのいい常連だったわ。時間は拘束されたし、正直下手くそだったけど、何とか我慢できた
でも、それはすぐに、甘い考えだったと分かった」

あたしは拳を握り、唇を噛んだ。

「奴は独占欲を剥き出しにしてきて、あたしの『表』の生活まで干渉してきたの。結婚を求められる程度ならまだよかった。でも、違った。
君には言えないようなことを、色々させられたわ。変態的で、受け入れがたいような……思い出したくもない。
そしてクスリを射たれて輪姦されそうになった時、あたしは逃げた。確実に殺されるって」


116名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:19:10TrE (6/13)

黒服が、前菜のようなものを運んできた。サバにゴマがかかっている。
コナン君はそれを一切れ口にして、あたしを見た。

「男がアユさんを今でも追っているという、根拠は」

「奴は、まず高崎中を探し回ったわ。どうやって知ったか知らないけど、母さんの家にまで電話をかけて脅してきた。
母さんは、間一髪で福島の親戚の家に逃げ込めたけど、あたしはそうもいかなかった。手下は、あちこちにいるから……一度、前橋に逃げた時に捕まりそうになったし。警察も、相手にしてくれなかった。民事不介入だって」

「手下?ヤクザか何かですか」

あたしは拳をさらに強く握った。

「……もっとたちが悪いわ。家電量販店、『アキヤマデンキ』の御曹司、秋山雄一。各店舗にあたしの顔写真が貼ってあって、表向きは万引き常習犯として周知されてるみたい。
当然、奴は裏の世界とも繋がりがあるって話。キモい上に執念深い。……あたしの知る限り、最悪の男」

「まだ諦めてないと」

「……諦めたのを祈ってる。でも、粘着質な男だから……今の家だって、いつ見付かるか分からないわ。
アキヤマデンキのない駅をと探して見付けたのがあそこだけど……」

あたしはいつの間にか、ガタガタ震えていた。視界が熱いものでぼやける。

そして彼は、あたしの肩をそっと抱いた。

「……よく分かりました。そういうことだったんですね。
……僕があなたを守ります。必ず」

あたしは彼を見上げた。

「……できるの?君が?」

コナン君は、力強く頷いた。

「できます。あなたが思うほど、僕は弱くはない」

「でも、相手は大人よ??それもヤクザみたいなものよ??子供が一人で、守りきれるわけが……」

「でもいつかは見付かる。警察も、ストーカー問題には冷淡だ。アユさんだって、ずっと逃げ続けられるわけじゃない。そうでしょう?
相手が来るなら、立ち向かうまでです。大丈夫、僕にはそれだけの力がある」


117名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:19:57TrE (7/13)

コナン君がスマホを取り出して頷いた。

「予定してた20分になったようです。僕のことを話しましょう」

そして何かを操作すると、スマホから女の子の荒い息が聞こえてきた。

『はぁっ、はあっ、さいっこう……!!まだ1回戦だよ、できるよね?』

『……少し休ませてくれ。アラフォーのおっさんには、少々しんどいんだよ。お前の性欲は。……『アイスキャンディー』、一粒くれねえか』

『だぁめ。これはあたしのなの。あげてもいいけど、すっごく高いよ』

『いくらだよ』

『1000万円。まけられないわ』

男が黙り込んだ。「アイスキャンディー」?まさか、アイスを舐めながらしてるわけじゃないよね。

「……クスリ?」

「ええ。……まだ話は続いてます、静かに」

コナン君が話すのと、男が口を開いたのと、ほぼ同時だった。

『それは出せねえよ。ていうか、力尽くで奪ってもいいんだぞ?』

『ふうん。じゃあ量産化の話はなしね。今日終わったら、一粒あげてもよかったんだけど』

『……てめえ。足元見てやがるな』

ふふっと女の子が笑った。

『もちろんそっちもただじゃないわ。サンプルとしての提供料は4000万円。量産化の際のマージンは2割。当然、同質のものに限る。
あなたにもビジネスチャンスが来るし、悪い話じゃないけど?』

『高ぇよ。JCのガキの癖に生意気な……』

『でもそうなると、ママの会社からの融資は無理よね?財務、1月の暴落で火の車なんでしょ?呑むしかないと思うけど』

男がまた黙った。……このアゲハって子、相当黒い。
でも、人を2人も殺してるなんて、まだ信じられなかった。


あたしの認識は、数分後覆される。



118名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:20:51TrE (8/13)

『……条件がある。まず、3000万円にまけろ。それと、今日1粒使わせろ。まだ一回しか使ったことがねえんだ。お前のペースに合わせるには、それしかねえ』

『……ふうん。ま、いいわ。はいこれ』

『……!!た、助かる。しかも2錠??』

『大人は効きが弱いのよ。それならいいでしょ』

ガサゴソと音がした。多分、クスリを飲んでいるんだろう。

『……おお。おおおおっっっ!!!効いてきた!!チ○ポがガキの頃みたいにガッチガチだぜ!!
頭も熱い!!よぉし、ヤるか!!!』

『きゃっ』という声と、バサッという音がした。押し倒したんだろう。

「コナン君、もういいよ。こんなの聞きたくな……どうしたの?」

コナン君の顔色が青くなっている。

「今、2錠って言いましたよね」

「確か、そう言ってた。それが?」

「……外道がっ」

コナン君が、小さく、しかし怒りを込めて呟いた。


119名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:21:33TrE (9/13)



その意味は、すぐに分かった。


『よぉおおし、股開け。濡らす必要ないよなぁぁぁ??
頭が熱いぜ!!身体もチ○ポも熱い!!!
燃えるようだ……って……。

あちいいいいぃぃぃ!!!!!!』

男が急に絶叫し始めた。ああああだとか熱い熱い熱いだとか、声にならない声をわめき散らしてる。


そして。


『ああ……あちゅい……あちゅくて、あちゅくて……あ"あ"あ"』


それを最後に、男の声は途絶えた。そして、女の子が嘲笑うかのように吐き捨てたのだ。

『ばーか。あんたなんかに、そんな端金で売ると思う?そこで死んでなさい。あーあ、2粒無駄にしちゃった。……一応、救急車呼んどくかなあ』




120名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:22:25TrE (10/13)

コナン君が、何かの電源を切った。声はもう聞こえない。

「……これで、3人目か」

「って、何??あの子、さっきの人を殺しちゃったの??」

コナン君が頷いた。

「『アイスキャンディー』のオーバードーズ……過剰摂取ですよ。間違いなく、あの性質を知っている。
『アイスキャンディー』の件だけ押さえるつもりが、とんだとこに居合わせてしまったな……強請って誘き出すには好都合だが」

「ゆするって……警察呼ばなきゃ!!殺人だよ??」

「無駄ですよ。さっきも言ったように、ここの防音は完璧だ。それに、アゲハも分かってる。これは殺人として立件されない。
オーバードーズの証拠である『アイスキャンディー』の成分は、極めて短時間に体内分解される。現状では、クモ膜下出血による自然死と区別がつかないはずです。
だから奴は、悠長に救急車を呼んだんです。安全だと思ってるから。多分、良くて腹上死扱いでしょう」

救急車のサイレンが遠くから聞こえてきた。コナン君は鋭い目で窓の外を見る。

「これで分かったと思います。金路アゲハは、生きていてはいけない類いの人間だ。
そして、こういうのが彼女以外に後3人いる」

「……何でそんなこと知ってるの?それに、『アイスキャンディー』とか何とか……あまりに詳しすぎる。
コナン君、あなた……何者なの?」

コナン君はあたしの方を向いた。強い意思を、そこから感じる。


121名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:23:36TrE (11/13)

「『江戸川コナン』がどういうキャラかは、知ってますよね」

「え、ええ。『たった一つの真実見抜く、身体は子供、頭脳は大人の名探偵』……まさか??」

コナン君が強く頷いた。

「そう。僕も同じです。詳しくは話せませんが……僕の年齢は、見た目通りじゃない。


そして、僕は。いや僕こそが……


『バッドエンド・ブレイカー』です」




122名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:24:29TrE (12/13)

今回は以上です。次回は仁視点から。


123名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)17:46:19wqn (4/4)


コナン=バッドエンドブレイカー=5年前に亡くなった(?)コナンの父親(製薬会社勤務)かな
今後は中学生集団を巡ってコナンvs警察って構図になるのかしら
気になるのはメールの差出人かなぁ、あとどうしても「犯人はヤス」の思考汚染ががが


124名無しさん@おーぷん2018/09/13(木)19:39:21TrE (13/13)

>>123
犯人はヤス……懐かしいですね。

そろそろ登場人物紹介を逐次掲載したいと思います。
また、現実逃避スレを立てましたのでそちらも併せて読んでいただければ。


125名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:21:509NM (1/9)

再開します。軽い分岐があります。


126名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:22:039NM (2/9)

【6月4日】


「重要連絡事項あり。0800に本部へ集合」

職務用スマホの震えで目が覚めた。木暮管理官からのメッセージは簡潔だが、それだけに重いものを感じさせる。
連絡魔の赤木警部と違い、木暮管理官はあまり不要なメールをしない。逆に言えば、彼が動く時は何かが大きく動く時だ。

日課のコーヒーを今日は飛ばし、適当にコンビニで菓子パンとゼリー飲料で朝食を済ませることにした。
案件は見当がつく。恐らくは、練川殺しの一件だ。倫先生が、恐らくは毒殺の証拠を押さえたのだろう。
とすれば捜査本部が立つ。ローラー作戦に割ける人員も一気に増す。

高揚感を感じながら、俺はYシャツに袖を通した。

#

だが、会議室に入るなり、それは誤りだったと気付いた。
先に来ていた木暮管理官と倫先生の表情が、明らかに冴えない。
そもそも、冷静に考えればこんな強行3係だけのミーティングにはならない。若葉課長も交えた大会議になるのが普通だ。

「おはよう毛利君、さすがに早いな」

「いえ、いつものことですから。……倫先生、結果が」

彼女はうーんと唸った。

「まあ一応、だね。詳しくは後で話すけど、実に微妙な結果だったわ。正確に分かるには、もっとかかりそう」

「それで召集を?」

木暮管理官が俺を見た。

「それもある。あと、安川君が調べてくれた主要校の生徒データが上がってくるはずだ」


127名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:22:559NM (3/9)

そこに書類の束を抱えたヤスが現れた。顔には幾ばくかの疲労の色が見える。

「……お待たせっす。まとめましたよ、何とか」

「どうだった」

ヤスがどや顔でVサインを作った。

「へへっ、そこは抜かりなく。一人、超有力なのが見付かりました。こいつは当たってみる価値ありです。まだ赤さんや青さんは来てないっすけど、フライングで」

ヤスが書類の束から1枚の雑誌のコピーを取り出した。緩く髪をカールさせた少女だ。少し切れ長の目が、上品さと性格のキツさを感じさせる。
10人が見れば全員が美少女だと断言するであろう程度には整っているが、俺のタイプではない。

「ヤス、そんな子が好きなのか。俺はもうちょい、清楚な方がいいな」

ヤスの後ろから赤木警部が口を出してきた。ちょうど入室したらしい。

「あっ、赤さん。はよっす。個人的にはもうちょいギャル入っててもいいんですけどね。……集まってきたし、始めちゃいます?」

青葉も白島もやって来ていた。木暮管理官は、静かに頷く。

「じゃあ始めようか。こんなに早く集まってもらったのは、あまり他に情報を漏らしたくないということがある」

「どういうことです?若葉の奴に知られちゃまずいってことですか」

「確実に彼は止めに来るからな。練川少年の件が蒸し返されれば、自然死扱いされかかっている鬼束少年の件も、再捜査が必要になるだろうからだ」

「じゃあ毒殺の立証が……!」


128名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:23:489NM (4/9)

興奮気味の赤木警部を、倫先生が制した。

「と言いきれないのが辛いとこね。グレーというのは分かったけど、グレーを黒にするには時間がかかるし、なるかどうかもまだ分からない。それが現状」

「どういうことですか?」

倫先生がペットボトルのお茶を飲んだ。

「グルタミン酸、ってご存じ?」

「旨味を構成するアミノ酸、ですね。化学調味料にもグルタミン酸ナトリウムとして含まれてる」

「仁君、その通り。それが普通の知識ね。しかし、これがとてつもない猛毒であるのは、あまり知られてない」

「どういうことです?」

倫先生は頷くと、脳の絵を描き始めた。

「グルタミン酸は色々な役割を持つわ。旨味を感じさせるだけじゃなく、記憶力を向上させる働きも持ってる。
ところがある特定の状況下においては、最強クラスの神経毒になるの。
脳虚血とか、かなり脳が深刻な状態にある場合、グルタミン酸は神経毒として脳細胞をアトポーシス……自己破壊させるわけ。鬱病の原因ともされてるらしいわね」

「でもそうだとすると、旨味調味料自体が危ないんじゃ?」

「そうはならないわ。何故なら、グルタミン酸は直接脳には届かないから。どんなに食べても血液脳関門という脳へと血液が回るところでブロックされる。
よく似た構造のグルタミンだと脳に入れるけど、神経毒は出さない。むしろ疲労回復効果があるとされてるわ」


129名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:24:329NM (5/9)

図を描きながら倫先生が説明する。赤木警部が渋い顔で訊いた。

「いや、よく分かんねえんですが。つまりどういうことです?」

「ごめん。こういうことよ。『本来脳に入り込むはずのない超高濃度のグルタミン酸が大脳皮質でごく少量見付かった』。
もっと正確に言えば『神経毒を出す可能性が極めて高い、グルタミン酸の新しい変位体が見付かった』ってとこね。
ただ、これがどういう経緯で体内に入ったのか。そして練川少年の死との相関性がどれほどかまでは分からない。
前にも言ったけど、『ノビチョク』が厄介なのは毒性が高いからだけじゃなく、『未知』だから。
未知の化学物質が何なのか、死との因果関係を証明するにはどうしても時間がかかる。科捜研に送ってるけど、しばらくかかりそうって言われたわ」

木暮管理官が手を挙げた。

「というわけだ。若葉課長は、何故かこの問題を『穏便』に済ませようとしている。だが、私の勘では、こいつは100%殺しだ。それを補強する何かが要る。
証明されるまで大人しく待って、それを上にあげた方が無難かもしれない。だが、3人目の被害者が出ては遅すぎる。
だから、君たちには静かに、かつ鋭く迫ってもらう必要がある。
……そこで、安川君。君の出番だ」


130名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:25:349NM (6/9)

「はいっ」とヤスが立ち上がり、全員にさっきの書類を渡していく。

「これは、前に言ってた国私立の一流校の話か」

「そうです。いやあ、難しいですね。最近の裏サイトは、普通じゃ検索できない。皆LINEのグループに潜ってて、情報がほとんど漏れないんすよ。
だから、この書類にあるのは、半分以上ある女の子についてだけっす」

「ある女の子?さっきのか」

ヤスがニヤリと笑った。

「仁さん、その通りっす。開明中は天才とか言われてる子は何人かいましたが、妬みやっかみばかり。学園大付属も、あんま目立った子はいなかったっす。
せいぜい、水泳で全国行った薬師丸英華って子が話題なくらいでした。まあ、一応マークはしといた方がいいかもですが。
問題はこいつ。桜岡中の金路アゲハ。読者モデルもやってる、ちょっとした有名人すね」

ヤスがさっきの女の子の写真をホワイトボードに貼った。

「面白いのは掲示板もSNSも、『皆が絶賛してる』ってことなんすよ。普通、やっかみとかあるはずなんです。しかもこいつ、学年トップらしいっすからね。
プライドの高い子が多い桜岡じゃ、絶対嫉妬されます。しかもお世辞にも美形が多いとは言えないので有名な、あの桜岡ですよ?
気になって調べてみたら、なかなか香ばしい人脈が。次のページを」


131名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:26:159NM (7/9)

ページを捲ると、どこか見たような中年女性がいる。長髪で皺がほとんどなく、30代前半のようなルックスだ。確か、テレビによく出ている。こいつは……。

「嫌な女の顔だねえ。あたしゃこういう女を武器にしてるようなのは大っ嫌いなんだよ。
民生党代議士、金路栞だろ?こいつは、その女の娘か」

倫先生の言葉に、パンとヤスが手を叩いた。

「正解っす。まさにそうです。民生党次期党首と言われ、一部に熱烈な信者がいる、金路栞。アパレル大手『SHIORI』創業者としても有名っすね。
SNSじゃその攻撃的な言動から袋叩きにあってますが、老人や中高年女性、そして一部の若者にはえらい人気がある。
シングルマザーであるのを、テレビや女性誌でえらい強調してますしね。
んで、雑誌にこいつの娘だとあってピンと来たんす。多分、否定的な投稿は消されていると。彼女ならしそうな話っす」


132名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:26:569NM (8/9)

「ふむ」と赤木警部が唸った。

「しかし、関係性が弱いな。鶴岡との繋がりは?」

「鶴岡の自宅があるとされる志木は、金路栞の地盤です。鶴岡一家のパトロンであるのは、隠そうともしてない。
総合して考えると、アゲハ嬢から話を聞くのが最速っすね」

「なるほど。じゃあ、彼女との接触を最優先だな」

赤木警部の言葉を受け、木暮管理官が続けた。

「そうなるな。そこで3つに分かれたい。まず、桜岡中近辺での張り込み、聞き込み。ただ、色々うるさい学校とも聞いている。行動には注意だな。
もう一つは金路栞の自宅周辺。彼女は現役の衆議院議員だ、ヤサは大体分かる。
最後は、一応念のためだが学園大付属だな。こっちは押さえということだ」

……


133名無しさん@おーぷん2018/09/16(日)23:28:029NM (9/9)

※安価選択です。

1 桜岡に行く
2 自宅に行く
3 学園大付属に行く

※コンマ判定はほぼありません。どれを選んでも大勢に影響はありませんが、会う人物が異なります。

※安価下1~3の多数決です。


134【53】2018/09/16(日)23:30:26O4L (1/1)

3


135【87】2018/09/16(日)23:31:17JWs (1/1)




136名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)00:00:22juX (1/3)

上げます。


137名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)00:08:59CDZ (1/1)




138名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)00:14:48juX (2/3)

失礼しました。ここも速報同様ID変わるんでしたっけ?
変わるなら137のみ有効として再投票にします。不手際、申し訳ありません。


139【63】2018/09/17(月)00:24:00iuN (1/3)

改めて2


140名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)00:37:20juX (3/3)

上げます。


141名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)07:37:05uzT (1/2)

もう一度上げます。


142【79】2018/09/17(月)08:34:476Sz (1/1)

3


143名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)09:03:27uzT (2/2)

3で決定します。今週中には上げます。


144名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)21:25:15AFt (1/6)

再開します。


145名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)21:38:52AFt (2/6)

金路アゲハを追いたい気持ちはある。あれは間違いなく、鶴岡のジムにやってきた女の子だ。
だが、残りの2人が誰かはまだ分からない。彼らが何者か分かるのは、俺と赤木警部だけだ。

俺はその考えを木暮管理官に告げた。

「確かにその通りだ。なら毛利君には学園大付属中へ、赤木君には開明中へ行ってもらおう。
青葉君には桜岡中、安川君は金路栞の自宅だな。白島君は、私とちょっと来てくれ」

「私が、ですか」

無表情で呟いた白島に、木暮管理官は頷いた。

「君にはあることをしてもらいたい。頼まれてくれ」

「ちょっと待ってくださいよ。白島に何を?そいつは若葉派ですよ??」

赤木警部が語気を強めた。木暮管理官は静かに笑う。

「そのうちに分かる。決して君たちの損になることはない。
まだ明かせないのはそれなりの理由があるからだ。少し戸惑いもあるだろうが、我慢してくれ」

隠し事をする性質でない木暮管理官にしては珍しい。何故白島を?
だが、それを詮索するよりまず目先の任務だ。
俺は「はい」と短く答えた。


146名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)21:57:02AFt (3/6)

#

学園大付属は中高一貫の国立の学校だ。自由な校風で知られており、制服などはない。
皆思い思いの服で登下校しているが、大体はそれなりなのは面白い。

俺は通行人のふりをして、下校する薬師丸英華を待つ。ネットで調べた限りだが、少し色黒だが活発そうな笑顔が印象的な子だ。
金路アゲハとは、ある意味対照的な印象だ。さすがに彼女が「勉強会」の一員ということはないだろうが、何かきっかけはあるかもしれない。

直観だが、そんな気がした。

※コンマ判定です。コンマ下の!randamが90以上で城隆一郎(ジョー)と一緒に下校


147【97】2018/09/17(月)22:02:01iuN (2/3)

はい


148名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)22:18:46AFt (4/6)

※ジョーと接触

待つこと20分。ラフなパンツとTシャツに半袖を合わせた少女が校門から出てきた。確か、あれが薬師丸英華だ。
そして、その後ろには……

「あれだ」

鶴岡ジムに入っていった一人だ。地味で目立たない印象だったが、辛うじて思い出せた。
これは僥倖かもしれない。俺は早足で彼らに近付いた。

「ちょっとごめん。少しいいかな?」

きょとんと少女は俺を見る。あまり人を疑うことを知らない目だ。

「えっ、どうしたんですか急に」

俺は懐から警察手帳を見せた。明らかに、後ろの少年の顔が引きつったのが分かった。

「埼玉県警捜査一課の毛利といいます。君たち……というより、後ろの子に少し用事があるんだけど、ちょっと時間いいかな?」

「えっ、警察……?それも捜査一課って、殺人とか捜査するところですよね。どうしてオレ……じゃなかった、私たちに?」

驚いたように少女が後ろを振り返る。

「ジョー、何か心当たりあるの?」

「い、いや、別に……。人違いじゃないですか」

俺は軽く息をついた。少年が嘘をついているのは明白だ。

「鶴岡和人、金路アゲハ。知らないとは言わせないよ。
ああ、もちろん君を疑っているわけじゃない。君が彼らと友人であるのを知っているというだけだから」

「そんな有名人。人違いじゃないですか」

「あるいは。だが、職業柄、人の顔の覚えはいい方なんだ。駅に落ち着いた喫茶店を見つけたから、そこで話そうか」

ジョーと呼ばれた少年は、俺をじっと見たまま固まっている。
この子が犯人である可能性は、多分ない。ただ、後ろ暗い所がある人間特有の表情ではある。
ここで彼が断わっても、話に乗っても、彼がキーマンであるのはほぼ間違いないと言えた。

※コンマ判定です。コンマ下の!randamが75以上でジョーに聞き込み可能


149【65】2018/09/17(月)22:23:19aHW (1/2)




150名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)22:38:24AFt (5/6)

※聞き込み失敗

「いえ、多分誰かと間違えてるんです。行こう、ヤク」

「う、うん……」

少年は足早に去って行った。思いの外口は堅いようだ。だが、彼を追う方針はこれで固まった。
何度かここに足を運ぶことになりそうだ。問題は、彼が何を隠しているのか、だ。

#

俺はメッセージで今のやり取りを3係全員に共有した。1分後赤木警部から電話がかかってきた。

『よう仁!でかいの捕まえたな』

「初見は逃げられましたけどね。ただ、あの分なら多分口は近いうちに割りますよ。
本名は不明でしたが、薬師丸英華とは親しい関係のようでした。
恋人とかそういうのではないにせよ、彼女から彼の話は多分聞けるでしょう」

『そうだな。ていうか、どうにもこっちは見つからなくてなあ。
あの地味なのがジョーってのなら、ジャニーズ系の美形が最後の一人だ。
だが、そんなのはちっともいやしねえ。いかにも勉強ばっかりやってますというような奴ばっかだぜ、ここは。
ああいうのがいれば、速攻で見付かるはずなんだがね』

「学校が違うとか、そういう話かもしれないですが」

『かもな。金路アゲハとジョーってのは、ヤスの読み通り超一流中だったが、
最後の奴は違うって線はあるかもな。……っと、青から連絡だ』

俺のスマホにも表示が出た。

「学校のガードが堅すぎる上、校内のロータリーに入る高級車が多過ぎる。
あれで登下校の送り迎えをされていたら捕まえるのは至難」

『青にしちゃ珍しく淡々としてるな。相当きついのかね』

「でしょうね。青さんでもこれとなると、思いのほかアゲハ嬢を捕まえるのはきつそうだ」

『だな。あるいは、しばらくそっちが本線になるかもしれんな。
何にしろ、交友関係が見えてきたのは朗報ちゃ朗報だ』

俺は「ええ」と相槌を打ったが、何かが妙に引っかかっていた。

何故ジョーと呼ばれた少年は、俺に怯えた表情をしていたのだろう?
後ろめたさを感じる理由が何かしらあると、俺の直感は教えていた。


151名無しさん@おーぷん2018/09/17(月)22:40:59AFt (6/6)

次回、予定を変更してジョーパートです。


152【79】2018/09/17(月)22:41:57aHW (2/2)

おっつ


153【80】2018/09/17(月)22:43:50iuN (3/3)




154名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:02:49XzT (1/10)

更新します。安価やコンマはありません。


155名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:03:25XzT (2/10)

【6月6日】


夕方、今はもう使われなくなった、工場の3階。「奴」は、僕に背を向けて立っていた。
その時何を言われたかは、ちゃんとは覚えてない。ただ、絶対に許せないことを言われたのは覚えている。

「奴」が振り返り、下卑た笑いを浮かべる。僕の頭に、一生分の血が昇った。


ガンッ


強い手応えと、何かが外れたような音。宙に向かって仰向けに倒れ込む「奴」。
そして何かを掴むように、滑稽に手足をばたつかせた。ゆっくりと、スローモーションのように「奴」は遠ざかり……


グシャ


頭は地面に叩き付けられ、割れた。


「奴」の顔は、黒塗りになってて思い出せない。だけど。

あの時の手応えだけは、今もこうして手に残ってるんだ。



156名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:04:15XzT (3/10)

#

「はっ!?」

僕は強い不安に刈られ、目を覚ました。身体中から、脂汗が滲み出ている。

時計を見た。午前4時56分。起きるには、まだ早い時間だ。
僕は再び眠りにつこうと、目を固く閉じた。


……でも、心臓の音がうるさくて、眠れない。昨日もそうだ。また、あの時の夢を見てしまった。


原因は分かってる。あの刑事が、僕の前に現れたからだ。

#

昨日は裏門から出た。もう、あの刑事と会いたくなかったからだ。
ヤクはとても心配してたみたいだけど、本当のことなんて、あいつに言えるわけがない。


僕が、2人も殺した殺人者だなんて、言えるわけないじゃないか。


とりあえず、昨日はそれで済んだ。でも、またあの刑事に会ったら?僕の過去を暴こうとしてきたら?

僕は、机の鍵付きの引き出しに厳重にしまってあるあの薬のことを思い出した。あれを使えば……

僕は強く首を振って、その恐ろしい考えを打ち消した。馬鹿な、逃げ切れるわけがない。
大丈夫だ、こうなった時のことも、翔一は教えてくれたじゃないか。そもそも、彼らが僕らの繋がりを知っても、表面的なら大丈夫のはずだ。
第一、「アイスキャンディ」は合法なんだ。これで捕まったり、僕の過去が暴かれるなんてことはない。多分。


むしろ、僕らを狙っている誰かの方が、ずっと問題なんだ。警察は敵じゃない。そうだ、そうじゃないか。

悶々としているうちに、夜は白み始めていた。


157名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:04:57XzT (4/10)

#

「ジョー。謝らなきゃいけないことがあるんだ」

珍しくしょんぼりとした感じでヤクが言う。

「……刑事さんのこと?」

「そう。昨日も来てたから、ジョーの名前、教えちゃった。オレ、ジョーのこと信じたいし……本当に、何もないんだよね?」

少し上目遣いで、ヤクが訊いてきた。……凄く心が痛む。僕は、お前の考えてるような人間じゃないんだ。

でも、僕は全力の作り笑顔で答えた。

「もちろん。ただの刑事さんの勘違いだよ。今日会うかもしれないけど、ちゃんと言ってくる。信じてもらえるさ」

「……ならいいけど」

ヤクの目に微かな不安の色が見えた。勘が鋭い彼女だ、薄々何かおかしいとは気付いてるんだろう。

でも、僕は嘘をつき続かなきゃいけない。僕と、僕の家族と、ヤクのために。

一限の授業が始まった。僕は束の間、刑事についてのことを意識の外に置くよう努力した。
それは結局、無駄な努力だったんだけど。


158名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:05:37XzT (5/10)

#

「城隆一郎君だね」

校門を出ると、早速一昨日の刑事がいた。横には、いかにも刑事ドラマに出そうな中年男がいる。

「赤さん、彼で間違いは?」

「ねぇな。……俺たちは別に、お前さんを犯人だとか言ってるわけじゃない。昨日の子が随分熱心に語ってくれたよ。
俺たちが聞きたいのは、お前さんの人間関係、特に亡くなった鬼束直哉と練川瑠偉の話だ。
……ここで立ち話もなんだ、駅前に喫茶店がある。そっちに行こう。ああ、俺は埼玉県警捜査一課の赤木航警部だ。毛利の上司に当たる」

僕は小さく頷いた。ここでしらを切り通すのは、どう考えても無理な話だった。

#

「さて……と。俺はホットコーヒー。仁は?」

「同じく、グァテマラがあればそれで。君はコーヒーはまだ早いかな」

「……それで」

初老の店員が、静かに去っていった。

「……さて。まず、改めて聞きたい。君と鶴岡和人、そして金路アゲハは友人関係にある。そうだね」

若い、がっちりとした体格の男が訊いてきた。
僕は出されたコーヒーを、一口飲む。無理してブラックで飲んだからか、ちょっとむせた。

「……友人というほどでは。ただの知人です」

「そうか。しかし君も『勉強会』の一員だと思っていたが?」


159名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:06:36XzT (6/10)

僕は一瞬、目を見開いた。そこまで知ってるなんて。
男の声は穏やかだが、しかし低い。有無を言わせぬ圧力がある。これは確信を持っている。ブラフじゃない。
……でもどこまで知ってるんだろう?僕は言葉をできるだけ慎重に選んで、答えた。

「……はい。その通りです。主な難関校の、最上位の生徒が自主的に集まって勉強会を開いてるんです。
彼らとは、模試の上位者ってことで名前は知ってました。興味本意で集まって、もう半年以上になります」

「じゃあ友人じゃねえか」

中年男がコーヒーを飲んで、剣呑に訊いてきた。この程度の揺さぶりは、想定内だ。

「勉強のライバルを、友人とは言いませんよ。正直、好きではないですし。
ただ、単純に学力を高めあうだけの存在です」

「でもこれ以上頭良くなってどうすんだ?勉強会の目的はなんだ」

「将来、社会を背負って立つには大学受験の先を見なきゃいけないんです。そのための勉強会です」

今のところは、翔一の想定通りだ。中年男が不機嫌そうに頭をポリポリ掻いている。若い方が、顔色変えずに右手で3本、指を立てた。


160名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:07:08XzT (7/10)

「……じゃあ質問を3つ。まず、君は何故一昨日嘘をついた?別に逃げる必要はなかったはずだが」

「いきなり刑事さんに会ったら、誰だってびっくりします。それで、ちょっと気が動転して……ごめんなさい。ちゃんと言えば良かったです」

「……まあそれはそれでいい。二つ目、何故鶴岡ジムに?勉強会やるなら、図書館でもいいだろう」

「パソコンとかの設備が整ってるんです。テレビ電話で、海外の講師ともやり取りできますし」

動揺せず、翔一の言われた通りにできてる。あと一つだ。

「なるほど。じゃあ最後の質問だ。鬼束君と練川君、二人も勉強会の一員だったと聞いている。二人が『殺された』理由は知ってるか?」


161名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:07:49XzT (8/10)

僕はすぐ答えようとして思い止まった。これは、罠だ。二人が「殺された」なんてニュースは、どこにもない。

「……『殺された』んですか」

刑事二人が一瞬視線を交錯させた。

「……厳密には、まだ分かってないんだ。だから、手掛かりがないか、君に聞きにきてる。
もちろん、殺人だとしても君を疑ってるわけじゃない。犯人は極めて高い確率で大人だからね」

僕は安堵した。やはり、二人は僕の過去を探ろうとしてるわけじゃない。「アイスキャンディ」の件でもなさそうだ。

「そうですか……彼らは確かに、勉強会のメンバーでした。でも、殺される理由なんて……」

それは本当だった。少なくとも「勉強会メンバーを狙い撃ちされる」理由は、ない。
「アイスキャンディ」関連とは思えないし、「例の計画」が漏れるとも思えない。
各メンバーには皆脛に傷がある。だからそれを理由に殺されることは、あるいはあるかもしれない。
でも、勉強会自体が狙われることは、ないはずだ。


162名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:08:24XzT (9/10)

中年男の刑事がうーんと唸った。

「本当に、ねえのか。何か隠してはねえのか」

「理由なんて、全然。何で二人が死んだのかすら、よく分かってないんです」

「……こりゃあの嬢ちゃんの言う通りかもしれねえな」

中年男が肩を竦めた。

「確かに。忙しいところ、邪魔したね。また話を聞きに来るかもしれないが、その時はよろしく」

若い男が微笑み、カップのコーヒーを一気飲みして席を立った。

「こちらこそすみません、お役に立てず」

「いいんだよ。こういうことは、よくある。コーヒーは奢りだ」

僕もほっとして席を立った。その時だ。


「おっとそうそう、忘れていたよ。荒川のホームレスの殺人。それについては知らないか?」


僕の全身の毛穴から、一気に汗が吹き出た。


そんな。馬鹿な。


あの件は、絶対に僕らに疑いがかからないはずじゃ。


刑事二人の視線が、鋭く突き刺さる。そうか、二人があっさり引き下がろうとしたのは……僕を油断させ、安心させるための、演技……。

僕は気力を振り絞って、言葉を紡いだ。

「……いえ。何ですか、それは。知らないです」

「……そうか?ならいいんだが。じゃあ『また会おう』」

僕はその場に立ち尽くすしかなかった。


彼らは、勉強会が犯した殺人を知っている。




163名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)00:09:16XzT (10/10)

今回はここまでです。明日から登場人物紹介を入れます。


164◆Try7rHwMFw2018/09/19(水)14:21:325pl (1/1)

今後は鳥付けます。よろしくお願いいたします。


165名無しさん@おーぷん2018/09/19(水)14:24:54Pcd (1/1)

りょ


166◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)12:39:063v0 (1/1)

夜に再開しますが、一ヶ所修正します。160を以下に差し替えます。

#

「……じゃあ質問を4つ。まず、君は何故一昨日嘘をついた?別に逃げる必要はなかったはずだが」

「いきなり刑事さんに会ったら、誰だってびっくりします。それで、ちょっと気が動転して……ごめんなさい。ちゃんと言えば良かったです」

「……まあそれはそれでいい。二つ目、何故鶴岡ジムに?勉強会やるなら、図書館でもいいだろう」

「パソコンとかの設備が整ってるんです。テレビ電話で、海外の講師ともやり取りできますし」

動揺せず、翔一の言われた通りにできてる。あと一つだ。
若い男が中年男の顔を見て、一服置いた。

「まあ、納得しがたいがいいだろう。勉強会の残ったメンバーは君に鶴岡君金路さんと、あと一人は?」

「……翔一とだけ聞いてます。彼だけは、よく分からないんです」

嘘半分、本当半分だ。彼が佐倉法律事務所の所長の子だというのは知ってる。開明中らしいということも。
でも、それ以上は何も知らなかった。もし知っていたとしても、翔一の話だけはできない。そう、厳に言われていた。

「翔一君ね……彼がリーダー?鶴岡君?」

「リーダーとか、そういうのはないんです。自然と集まっただけなんで……」

「なるほど。じゃあ最後の質問だ。鬼束君と練川君、二人も勉強会の一員だったと聞いている。二人が『殺された』理由は知ってるか?」


167◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)21:58:52tAb (1/10)

再開します。


168◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)21:59:40tAb (2/10)

【6月6日】


「やはり黒でしたね」

赤木警部は頷き、つけ麺を一気に啜る。

「崩すなら荒川の件というのは正解だったな。敢えて緩くやって、油断させてガブリ、だ。中坊にはかなり堪えただろうよ。
これで一応の突破口はできた。とはいえ、城たちと荒川の銃殺を繋げる物証はない。
そもそも、何で中坊が銃なんて持ってるのかって話だ。銃弾の旋条痕も、『前』がない。意味が分からねえ。
さらに言えば、消えた監視カメラの映像だ。身内が隠蔽した可能性すらある。まだ分からねえことは多過ぎるな」

俺は頷き、太麺を噛み締めた。川越の本店には遠く及ばないが、それでも駅構内のラーメン屋としては十分な水準だ。

「やはり、当面は経過観察ですかね。鶴岡ら勉強会のメンバーと接触するかもしれない」

「だな。後は平行して金路アゲハ、それと鶴岡和人だ。奴らのヤサは一応押さえた。
ただ、殺人の捜査本部が立たねえと、部屋借りての張り込みができねえ。奴ら、お付きがあまりに堅すぎる。
青が『どっちも身の危険を感じる』って言うなんて、かなり余程のことだからな」

この2日間、金路と鶴岡の自宅近辺での張り込みを結構しようとした。しかし、どちらもその筋の者がいて近寄れないとのことだった。
青葉は見掛けによらず、かなり肚の座った武闘派だ。その彼が弱音を吐く、ということは、恐らくは相手は「プロ」を使っている。

暴力団に屈するほど、俺たちはヤワではない。だが、それは数と組織の後ろ楯があってこそだ。単独で突っ走り、消えた刑事は稀にだがいる。
そういう刑事に対して、警察は冷淡だ。「突っ込むべきではないヤマに突っ込んだ」ということになる。勝てる状況なら、相手が総理だろうと何だろうと立ち向かう。
だが、裏を返せば「勝てない喧嘩はしない」というのが、悲しいかな今の警察組織だ。ある種の官僚主義と言い換えてもいい。

俺は、それを堪らなく情けなく思う。だが、そこには幾ばくかの理もある。それもまた、事実なのだ。

「子供一人に『プロ』ですか。いよいよ怪しいんですがね」

「全くだ。だから、消えた映像を見付けるか、城ってガキがゲロるか尻尾出すのを待つしかない。
ま、長丁場だな。……おい姉ちゃん、スープ割頼むわ」

若い女性が、ポットからスープを注いだ。赤木警部は、レンゲでそれを掬う。

「……しかし、リーダーは翔一って奴っぽいな。どう見る」

「城少年は、明確に彼をかばってますね。その少年が控えめに言ってキーマンでしょう。今度接触したら、彼の話をしましょうか」

「だな。ヤスにも情報あげとくかね……」

俺も辛つけ麺のスープを飲み込んだ。上手く行っている、はずだ。
……しかし、何だろうか。この胸騒ぎは。


169◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:00:23tAb (3/10)

【6月10日】


嫌な、夢を見た。もう何度となく忘れようとしていた夢……いや、事実だ。


俺はあの日、あいつに一緒に帰らないかと誘った。あいつは笑って「恥ずかしいからいいよ」と答えた。俺は仕方ない奴だなと、その手を離した。


そして、次に彼女を見た時……あいつは、喉を切り裂かれた屍になっていた。
その苦痛と絶望の表情が、俺を目覚めさせるのだ。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


額の汗が凄い。俺は手でそれを拭う。

もし、あの時俺が無理矢理にでも引き留めていたら、あいつは死なずに済んだだろう。あるいは、一緒に行っていたら、死なずに済んだかもしれない。


だが、全ては無意味だ。
何をしても、妹は帰っては来ないのだ。


こんな日に、最悪の夢を見てしまった。もう7時になろうとしている。俺は日課のコーヒーを淹れることにした。

案の定、その日の出来は最悪だった。こんなので、人前に出れるものだろうか。


170◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:00:49tAb (4/10)

#

悪夢を見る時は、決まって何かが上手く行っていないか、緊張している時だ。両方の要素は、確かにある。

城隆一郎の監視は、今のところ不首尾と言えた。怪しい動きは、一切ない。勉強会の連中との接触もないようだった。
金路アゲハと鶴岡和人にしても、遠間から見る限りにおいては不審な印象はないという。
アゲハについては「何か終始不機嫌そうだ」と青葉が言っていたが。あるいは、何かあるのかもしれない。ただ、まだそれは表に出ていなかった。
やはり赤木警部の言う通り、長期戦を覚悟しなければならないようだ。

もう一つは、緊張だ。美和の娘と、コーヒー教室の場で初めて会うことになる。
せめて気に入られるといいのだが。何分こういう類いの緊張は、味わったことがない。

俺は溜め息をつき、上福岡の駅を出た。向かうは隣のふじみ野駅。そこから徒歩10分で、そのカフェはある。「カフェ・ドゥ・ポワロ」だ。


171◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:01:40tAb (5/10)

#

「おお、来たねー。まだ誰も来てないよ、気が早いよー」

店に入るなり、エプロン姿の男が弾んだ声を出した。俺は苦笑する。

「茶菓子を作らなきゃいけないだろ、文彦。コーヒーはともかく、こっちの方は俺の腕が上だしな」

「まあねえ。警察なんかやめて、カフェやりゃいいのに。きっと繁盛するよー」

「俺の無愛想な顔じゃ、客が逃げ出す。こういうのは、人が好きな奴がやるべきだ。それは俺じゃなく、お前だ」

「またまたー。でも、仁のお陰で助かってるよ。コーヒー教室、仁目当てのマダム多いんだぜ?」

「……そうか?」

俺は美和とのことを言うべきか迷った。文彦とは、大学からの付き合いになる。気のおけない悪友だが、まだ少し早い気がした。

「そうだよー。って早速来たね。美和さん、いらっしゃい」

美和がペコリと頭を下げた。彼女の後ろに、ポニーテールの女の子がいる。彼女が愛結か。
俺たちの姿を見るなり、美和の影に隠れてしまった。人見知りする子なのだろうか。

「ええ。マスターも、仁さんも準備中ですか?」

「うん。嫁は買い出し中。仁がニューヨークチーズケーキ作るってさ」

「さっすが仁さん。あ、この子は娘の愛結。ほら、挨拶は?」

女の子は頑なに出てこようとしない。これは参ったな、初印象は良くないらしい。

「こらっ、愛結ったら……本当ごめんなさい。いつもはこんなんじゃないのに」

「そうなんだ。というか、美和さんに子供がいたって話、初耳だよー。仁は知ってたの?」

「まあ、な。……携帯鳴ってるぞ」

文彦は慌てた感じになった。

「げっ、嫁さんからだ。迎えに来いって。ちょっくら行ってくるよ。その間、仁よろしくね」


172◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:02:54tAb (6/10)

訂正します。愛結→亜衣です。申し訳ありません。


173◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:04:21tAb (7/10)

文彦は慌ただしげに店を出ていった。美和がクスクス笑う。

「あの二人、いつも仲良さそうだよね。付き合い長いんだっけ?」

「だな。文彦が商事を辞めてこの店を開いても、ちゃんとついてきたのは驚いたよ。まあ、いい夫婦だな」

「……だね。ああ、改めて。娘の亜衣。よろしくね。亜衣、挨拶は?」

「……こんにちは」

か細い声で女の子が言う。子供用のハローキティのハンドバッグを持っているのか。かわいらしいな。

「もう、もっと大きな声で言えないのかしら。……緊張してる?」

ふるふると女の子が首を振った。美和が不思議そうに首を傾げた。

「おかしいわね、いつもこうじゃないのに……気付いてるのかな」

「子供は勘が鋭いしな。あるいは」

「そうかもね。あ、ちょっとお手洗い行ってくる。亜衣見といてね」

俺は女の子と二人取り残された。……何か妙な緊張感があるな。
何か話しかけようとした、次の瞬間。女の子がバッグから、ボールペンとメモを取り出した。何か、書いている。ここで落書き?


174◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:04:47tAb (8/10)

しかし、その予想はすぐに裏切られた。
そこにあったのは、5歳児とは到底思えない、美しい字。そして……


そこにある文を読んだ時、俺は人生で最大級の衝撃を受けることになる。


175◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:05:26tAb (9/10)





「はじめまして。私がSHELLYです」





176◆Try7rHwMFw2018/09/25(火)22:06:06tAb (10/10)

今回はここまで。次回はコナンパートです。


177◆Try7rHwMFw2018/09/28(金)17:38:45Tjf (1/1)

ちょっと休載します。SS速報復旧の際は再移転しますが、この時に一部を大きく手直しするかもしれません。
展開が破綻したわけではありませんし、エタることもありませんが、少し時間を頂ければ幸いです。


178名無しさん@おーぷん2018/09/28(金)17:52:50s3k (1/1)




179名無しさん@おーぷん2018/09/29(土)19:21:2535H (1/1)

もう戻る気ないんじゃなかったんか
まあ乙


180◆Try7rHwMFw2018/09/29(土)19:54:59L78 (1/1)

>>179
この点については色々考えた結果ですね。あと、極めて現実的な問題として、スマホからオープンへの投稿だと反映されないことがたまにあるのもあります。

もし復旧しないならまた考えますが、復旧したら様子を見て戻るかもしれないという感じです。


181◆Try7rHwMFw2018/10/19(金)21:52:03VJ0 (1/1)

速報にて連載を再開しました。よろしくお願いします。

殺人鬼コナン
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1535027130/