1 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:05:07.20uP4TAhH40 (1/8)

ゴトン ゴトン

青年(僕はバスに揺られている。乗客は僕以外誰も居ない)

青年(二十歳になったら、家に来なさい――そう祖父に言われ、僕は遠くの祖父の家に向かっている)

青年(祖父の田舎は初めてだ。小さな頃一度だけ行った事があるらしいが、もう覚えてない)

青年(しかし、大切な話がある……とは、何の事だろうか。やけに真剣な声色だったな)

青年(まあ、考えても仕方ないか)


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2 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:08:12.03uP4TAhH40 (2/8)

青年「あー……疲れた……」

青年(地図を見ながら、ようやくたどり着いた)

青年(覚悟はしてたけど、バス停から家まで遠かったなあ)

青年(祖父の家は昔ながらの一軒家だ。祖母は僕が生まれる前に亡くなってしまった)

青年(家の前に咲いているのは桜の木か? 何だか懐かしく感じる)

青年(このインターホンは、はたして使えるのか……?)ピンポーン

祖父「……青年か。久しぶりだな」

青年「うん、久しぶりだね」

祖父「まあ、入りなさい。少し早いが夕飯にしよう」

青年「うん」


3 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:10:42.16uP4TAhH40 (3/8)

青年「いただきます」

青年(食卓にはナスの味噌汁、ナスと卵の炒め物、ナスの漬物)

青年(……ナスしか無い……近所の人から貰ったのかな)

祖父「ナスは縁起が良い野菜だ。沢山食べなさい」

青年(どうしたんだろう、少し神妙な顔つきをしている)

青年「……美味い!」

青年(ナスの漬物はキュッとした歯ごたえで美味い)コリ

青年(炒め物は、にんにくとごま油が香るナスに、ふわふわの卵が絡まっている)

青年(卵はめんつゆで味付けされている。これはご飯が進む)

青年(味噌汁も、ナスによく味が染みていてほっとする)

青年「御馳走様でした。それで……話って何なの?」

祖父「……お前はもう二十歳になったな」

青年「うん」

祖父「……痣を見せなさい」

青年「!」

青年(そう、僕の胸には生まれつき奇妙な痣がある)

祖父「この痣はな、猩々の呪いなんだ」

青年「……ショージョー?」


4 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:17:24.24uP4TAhH40 (4/8)

青年(祖父によると、すぐ側の山には「猩々」と言う猿の神が居るらしい)

青年(この村の血縁者には、ごく稀に猩々の呪いである痣が憑く)

青年(痣を持つ彼らは、「猩印」と呼ばれる)

青年(猩印は二十歳になってから三年以内にこの村に戻ってきて)

青年(満月の夜、猩々にこの村で作った酒を献上しなければ死んでしまう)

青年(それが昔から伝わる、「猩々の呪い」らしい)

青年「……」

青年(信じられないけど……祖父がここまで真剣に話しているんだ)

青年(つまらない冗談は言わない人だ。きっと本当なんだろう)

青年(それに、二十歳になってからたまに痣が痛む。きっと無関係じゃなさそうだ)

青年「それで、どこに行けばいいの?」

祖父「……分からん」

青年「ええ……?」

祖父「村に古くから伝わる言い伝えがある」

祖父「山に入ると、猩印のみが入れる「赤い道」が現れるそうだ」

祖父「酒はこの瓢箪に入れてある」スッ

青年「む、無理だよそんなの、遭難するじゃないか!」

祖父「少し進んでいくと、猩印を案内する何かが現れるそうだ」

祖父「彼らは光を嫌う。明かりを消して待つようにしなさい」

青年「真っ暗な中一人で居るの……?」

祖父「ああ、それも真夜中の山だ。何が起きるか分からん」

祖父「……こんな事をお前にさせたくは無かった」

祖父「それでも、私の知っている限りでは、四人の猩印が猩々参りをせずに死んでいる」

祖父「だから、どうか……無事に帰ってきてくれ……!」

青年「爺ちゃん……」


5 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:19:40.19uP4TAhH40 (5/8)

青年(翌日の夜は、満月が爛々と夜道を照らしていた)

青年(こんな風習で死ぬのなんて馬鹿げてる)ザッ

青年(それでも、祖父は聡明な人間だ)

青年(下らない風習を孫に押し付け、危険な夜の山に送るような人じゃない)

青年(それに、何だか心の中で否定出来ない何かを感じるんだ)

青年(本当に神が居るのだろうか)

青年(……迷う前にすぐ引き返そう)


6 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:20:49.56uP4TAhH40 (6/8)

青年(ようやく山の入り口に着いた)

青年(しかし、これは……!)

……

ざわ ざわ ざわ

青年(不気味なほど静かだ。真っ暗で何も見えない)

青年(時折風で葉が擦れる音がする。それが一層不安を煽ってくる)

青年(本当に……この中に、一人で入るのか……?)ゾク

青年「……ちくしょう」

青年(そうして僕は、深淵の中に足を踏み入れた)


7 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:24:58.11uP4TAhH40 (7/8)

ざっ ざっ

青年(真っ暗な中、僕の足音だけが山に響く)

青年(夜の山の湿った匂いがする)

青年(じっとりとした空気が、肌に纏わりついている)

青年(頬を伝う汗は、何だか妙に冷たい)

青年(僕の頼りないライトの光は、ふっと消えて夜の闇に呑み込まれてしまいそうだ)

青年(すぐ側に何かが居るんじゃないか、後ろから追いかけているんじゃないか)ドクン

青年(恐ろしい想像ばかりが僕の心臓を膨れ上がらせる)

青年(ほんの少しでも気を抜くと、パニックを起こしてしまうだろう)

青年(怖い。怖い。どうして僕はこんな事をしているんだ)

青年「……落ち着け……誰も居ない……」

青年(そもそも、少し進むってどれくらいなんだ)

青年(この辺りで良いか……?)

青年「……よし」フッ


8 ◆XkFHc6ejAk2018/07/22(日) 21:30:13.12uP4TAhH40 (8/8)

青年「!」

……

青年(うっ……これは……思っていたよりもキツい!)

青年(何も見えない……僕は何処に居る……?)

青年(ライトだけは手放すな……落としたら終わりだ……)ドクン

青年(くそ、くそっ……)バクバク

青年(こんな静寂……とても耐えられない)

青年(張り裂けそうな心臓の音が体中に響く)

青年(頭がおかしくなってしまいそうだ……!!)

青年「ふー、ふーっ……」

ガッ! 

青年「いっ!?」

青年(な、何だ今の音は!? すぐ近くからだ!)バクバク

青年(何にせよまずい、野生動物なら襲われる!)

青年(どうすれば――)

フワ……

青年(あ、あれは……蛍? 赤い光だ……)

青年(赤い蛍達が集まってきた)

青年(光がかなり強い……道を照らしてくれている?)

青年(まるで、祭りの赤提灯のようだ)

青年(それに……良く見えないけど近くに獣が居る。敵意は無さそうだ)

フワ……フワ……

青年(獣と共にゆっくりと移動していく……着いてこいと?)

青年(……これが「赤い道」?)

青年(何はともあれ、僕は赤い蛍と謎の獣に導かれるまま、山を進み始めた)


9 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:23:43.312zAdGycV0 (1/11)

ザッ ザッ

青年(不思議だ)

青年(赤い蛍と獣の後を僕は歩いている)

青年(何処に向かっているのかも分からない)

青年(なのに、安心して身を委ねている自分が居る)

青年(あんなに怖かった闇が、自分を守ってくれているように感じる)

青年(何だか、昔行った祭りを思い出す)

青年(騒がしかったのに、祭りが終わればびっくりするくらい静かになって)

青年(何だか寂しかったのを覚えている)

青年(……そこそこ進んだな。まだ着かないのだろうか)

サアアァァ……

青年(! 何だか気温が下がってきた)

青年(蛍の光がぼやけている……霧が出てきたのか?)

青年(包まれていく感覚がする……でも嫌な感じじゃない)

青年「!」ハッ

青年「……えっ!?」

青年(此処は……一体!?)

青年(僕は前を進んでいたはずだ)

青年(何故右を向いている!? それに視界が……)

青年(気が付けば、僕は満月の光が眩しいくらいに降り注ぐ場所に居た)

青年(後ろは壁だ……どうやって此処まで?)

青年「!」

猿「……」ポリポリ

青年(仮面を着けた猿……! これが僕を案内していたのか)

青年(階段がある。登ればいいのかな)ザッ

……ボッ!!

青年「!」

青年(階段の両端に並んだ灯篭に炎が!)

青年(不思議だ……これが神の世界)

青年(……行こう)


10 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:26:37.352zAdGycV0 (2/11)

青年(階段を上りきった先には、えも言えぬ美しさの池が存在していた)

青年(その透き通るような青緑色の中央に、満月がとぷりと浮かんでいる)

青年(その池のすぐ側には古ぼけた祠があり)

青年(苔むした屋根の上に、それは座っていた)

猩々「……」

青年(どっしりとした体躯、見た目は猿と言うよりはオランウータン)

青年(そして、何よりも特徴的なのが……夜でもはっきりと分かる、逆立つ深紅の毛並)

青年(両目はそれよりもさらに深い色の光を放っている)

青年「……っ」

青年(何て威圧感だ……身体が動かない)

猩々「お迎えご苦労さん。下がってええ」

猿「……」バッ

青年(声は思いのほか親しみやすい。もっと低い声を想像していた)

猩々「まぁ兄弟、そんな固くならんでええ。何も取って喰ったりせん」

青年「……!」ピク

青年(身体の強張りが消えた!? 何だこの安心感は……)

猩々「せっかく知りおうたんや、少し話そうぜ」


11 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:29:16.922zAdGycV0 (3/11)

猩々「とにかくアレやな、痣見せてみい」

青年「は、はい」スッ

猩々「ほいっと」ペタ

青年(猩々が僕の胸に手を当てた)

青年(次の瞬間、かっと胸の表面に熱が走り、すっと消えていった)

青年「……あ、痣が無い!?」

猩々「こんな山ン中ご苦労さんやで」

青年「……あ、あの、酒を……」

猩々「ん? ああ、頂こうか」

猩々「ほう、瓢箪に入れてるとはええね。瓢箪はええで」ゴクゴク

猩々「あー……ええ酒や。作った人間の色がよぉ出とる」

青年「あの、僕は青年と言います。貴方は一体……」

猩々「わしは猩々や。この山の神や」

猩々「まあ、アンタも一杯どうや?」

青年(そうして猩々は、腰に着けていた白い瓢箪を僕に渡した)

青年(……何だろう、不思議な良い匂いがする……今まで嗅いだ事の無い香りだ)クン

青年「……うわあ、美味しい」

猩々「せやろ? この山のええもんがぎっしり濃縮されとる」

青年(この神は……本当に悪い神なのだろうか)


12 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:32:54.842zAdGycV0 (4/11)

猩々「ええやろ、この場所」

青年「……はい。空気が澄みきっていて……山の一部になったみたいです」

青年(不思議な空気が漂っている)

青年(草木の呼吸を感じる。月の光を感じる)

青年(何もかもが一体になったようだ)

猩々「ほれ、山の奴らも来たわ」

青年「わあ……」

青年(赤い蛍達、それに鹿や猪が……)

猩々「今日は紅蛍達が活発になる日や。わりと珍しいんやで?」ニカ

青年(美しい……なんて綺麗なんだろう)

青年(何だか、とても穏やかだ)


13 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:34:46.192zAdGycV0 (5/11)

猩々「昔はな、人間も神も此処で一緒に暮らしててん」

猩々「でも、段々わしらから離れていった」

猩々「その時、人間が神の逆鱗に触れる何かをしたらしくてなあ」

猩々「この土地の血縁者には、時々呪いが出るようになってしもた……」

青年「そうだったんですか……」

猩々「どんどん人間は世界を広げてきとる」

猩々「それが悪い事とは思わん。でも、わしはこの場所だけは守りたいんや」

猩々「例え人間と争う事になっても、しゃあないと思うとる」

青年「……そう、ですね。悪いのは人間だ……」

猩々「まあ、その時はその時や。お互い恨みっこなしや」

猩々「この土地の奴らは、みーんなわしの兄弟や」

猩々「せめて今日くらい、ゲラゲラ笑って阿呆になろうぜ」

青年「……うん」ニコ


14 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:37:58.812zAdGycV0 (6/11)

青年(それから、僕と猩々はお互いの事を話し合った)

青年(まるで知己の仲のように、僕らは笑いあったんだ)

猩々「……せっかくの縁や。わしの力を分けたるわ」

青年「? 力を分ける?」

青年(猩々はそう言うと、杯を取り出し、自分の酒を注いだ)

猩々「ほれ、そっちの酒も注がんかい」

青年「? うん」

猩々「いつつ……ほら、これを飲むんや」

青年(猩々は爪で自分の指を少し切ると、自らの血を杯に落とした)

青年「……」

猩々「毒や無い。安心せえ」

青年「……南無三!!」ゴク

猩々「だから死なんて」

青年「うっ……」ドクン

青年(熱っ……何だこれ、脊椎が発熱している……!?)

青年(身体が熱い……熱い……!!)

青年「……ぷはっ、はっ」

青年「!」ゾク

青年(さっきよりも、山の気配が鮮明に感じ取れる)

青年(動物の音、風の音、水の音)

青年(あらゆる情報が僕に入ってくる)

青年(情報が多すぎて……処理が追いつかない!)

猩々「その力は、いつかアンタを守ってくれるやろ」

青年(何だか、自分がとても大きくなったような感覚だ)


15 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:41:34.902zAdGycV0 (7/11)

猩々「神は、たまに黒い悪神になってまう事がある」

猩々「もし……わしが黒に堕ちたらな、アンタにわしを殺してほしいんや」

猩々「この土地の奴になら殺されてもええ」

青年「そんな事、言わないでよ……」クラ

猩々「……おっと、身体が敏感になりすぎて酔いが回ったか?」

猩々「もしもーし、起きとるか? ……あかんか」

青年(せっかく知り合えたのに)

青年(悲しい)

青年(寂しい)

猩々「……山の入り口まで送ったるか」

猩々「よっこいせ、と」ヒョイ

猩々「はは、軽い軽い」


16 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:51:55.502zAdGycV0 (8/11)

「覚えとるか、わしは昔アンタに会った事があるんや」

「わしが神を継ぐ前の話や」

「あの時わしは小猿でな、一緒に夕暮れまで遊んだんやで」

「だから今日アンタの気配を感じて、驚いたし……嬉しかった」

「もう会えんと思ってたからなあ」

「わしは神になった。アンタは大きくなった」

「もうガキの頃みたいに、何も考えんと……ただ純粋に遊ばれへんようになった」

「切ないよなあ」

「時が経つのはなあ、早いもんや」

「それでも、わしらは前に進んでいくしかないんやなあ」

「……ここらでええか。ほいしょっと」

「もう会う事は無いやろう」

「達者でな。青年」


17 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 20:55:24.572zAdGycV0 (9/11)

青年「……!」ハッ

青年(朝になっている!? 猩々は!? 何故山の入り口に!?)

青年「……あっ!」

青年(目の前には、大きな葉で包まれた沢山のどんぐり)

青年(そうか、思い出した)

青年(僕は小さな頃、あの桜の木の下で……猿と遊んだ事がある)

青年(あの時も君はどんぐりをくれたんだ)

青年「どうして、忘れてたんだ」

青年(僕は山を見回した)

青年「君は今、何処に居るんだろう」

青年(僕は虚空へ問いかけた)

青年(山はいつも通り、無干渉を貫いていた)



18 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 21:04:21.842zAdGycV0 (10/11)

青年(あれから、僕は祖父の家に帰った)

青年(祖父は涙を流して、僕の生還を喜んでくれた)

青年(……あの夜の事は話していない。多分詳しく話すべきじゃないんだと思う)

青年(祖父も僕の気持ちを尊重して、あまりしつこく聞いて来ない)

青年(明日はこの家を出る。もう彼に会う事は無いんだろう)

青年(それでも僕は忘れない。彼を、彼が守っているあの場所を)

青年「さようなら、猩々……いや」

青年「……兄弟」

青年(僕は窓から遠くの山を見やった)

青年(そうして、僕は部屋の灯りを消す。日常に戻っていく)

青年(目を閉じ、明日の事を考える)

青年(それでも、脳裏にはあの夜が浮かんだままでいる)

青年(僕はきっと忘れないだろう)

青年(あの、蛍月夜の猩々参りを)


19 ◆XkFHc6ejAk2018/07/23(月) 21:05:46.922zAdGycV0 (11/11)

終わりです。ありがとうございました。


20以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/07/24(火) 21:31:32.83zaD+aTZ9o (1/1)

スレタイで貴方だと思いました
たまには長いのも読みたい