1以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:14:09.49y+HZEnIj0 (1/57)


 軍艦と言えば歓迎される時代があったというのは、平成の世、軍や戦争という言葉すら忌み嫌われる時代に生まれた身にしてみれば信じられないことでした。

 特に私、海上自衛隊初のほぼ全通甲板を持つ輸送艦、おおすみからすれば。



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2以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:14:49.65y+HZEnIj0 (2/57)

本作は自衛艦の艦娘風擬人化モノです。ほとんどオリキャラしか出てこないので、タイトルのわりに艦これ要素はほぼありません。

今回は実際の事件を下敷きとしていますが、あくまでフィクションであり、事実と異なる点、脚色されている点が多くございます。また実際の組織、人物、団体、事件、艦艇その他作中に登場する一切すべては現実とはまったく関係ありません。ご了承ください。

タイトルに3、とありますが、1、2とは特につながりもありません。こちらからお読みくださっても全然大丈夫です。



3以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:16:02.97y+HZEnIj0 (3/57)


 1998年。

 私は、横須賀の第1輸送隊に所属する先輩を訪ねていました。

みうら「初めまして、おおすみ! 私はみうら型輸送艦、一番艦のみうらだよ!」

 私に比べれば小柄な、若干高校生ぐらいの女性でした。明るい茶髪を後ろで一つ括りにした、快活そうな少女です。

 みうら型の制服でもある灰色のブレザーを身にまとっているため、本当に高校生に見えました。もちろん、年齢も経験もかなり上ではありますが。

おおすみ「来月就役致します、おおすみ型輸送艦おおすみです! 若輩者ではありますが、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します!」

 一方の私は、おおすみ型の新しい制服である詰襟の学生服とスカートに、制帽です。髪色は黒で、首元までの短さに揃えてあります。
 
 排水量は海自でもトップクラスの8900トンのため、身体の方は大学生ぐらいでしょうか? 曖昧な答えになってしまうのは、実年齢はまだ2歳だからなんですが……。




4以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:16:49.50y+HZEnIj0 (4/57)


みうら「いーよいーよ、そんなに固くなくて。輸送艦同士がんばろーね! にしても……」

 みうら先輩は、私の身体と艤装をなめるように上から下まで見回します。

みうら「ほんっとーに空母みたいだねー。すごいなー、海自もまさかこんな艦娘持つまでになるなんてなー。こんごうの時でも驚いたのに」

おおすみ「いえ! 私は空母なんかじゃありません! 航空機の運用も全然できませんし……」

みうら「でもあれ使えるんでしょ? LCAC! すごいよねー。最先端だよねー」

おおすみ「ええ、まあ。いっちゃん、にぃさん、みうらさんにご挨拶を」




5以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:17:51.72y+HZEnIj0 (5/57)


 私の後ろから、少女と幼女の境界ぐらい位の女の子が二人顔を出します。エアクッション艇の制服である、シャツとサスペンダー、灰色のスカートとカボチャパンツでばっちり決めていました。

 ちなみに髪型はおそろいで、二つ括のお団子です。

LA-01「どーも! いっちゃんたい!」

 一人はもじゃもじゃの髪の毛と良く日に焼けた肌を持つ、ぱっちりおめめの1号さん。

LA-02「同じく02どす。どうかよろしゅう」

 もう一人は、対照的に白い肌と癖のない黒髪、狐のような切れ目の2号さん。

 この二人が、私が搭載するLCAC、エアクッション型揚陸艇のお二人です。実はアメリカ出身なのですが、なぜこんなに訛っているのか……。

みうら「おーおー、元気イイ子たちだねー!」

いっちゃん「子供扱いしとったらダメやけんね? これでもみうら達より色んなとこ行けるんよ?」

みうら「そりゃすごいねー! おねーさん頼りにしちゃうよー!」

 みうらさんが二人の頭をごしごしと撫でると、

みうら「二人とも! うちの司令がお菓子用意してるから、ちょっともらってきな!」

いっちゃん「ホントっ!? はよ行くばい、にぃ!」

にぃさん「ちょっとイチ? そない走ると転びますえー!」

 二人はLCACの機動力を見せつけるように、バタバタと応接間を出て行きました。




6以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:18:43.88y+HZEnIj0 (6/57)


おおすみ「……もしかして、何か?」

みうら「うん。ちょっとあの子たちには聞かせたくなくて、さ」

 みうら先輩の顔は、さっきまでの柔和な表情から一変、真剣そうに引き締まっていました。

みうら「あなたの配属先が、呉に決まった」

おおすみ「呉、ですか?」

みうら「ここでなら、ある程度あなたを守れたんだけどね」

 先輩は少し悲しそうに顔を伏せました。しかし、私にはあまり意味が分かりませんでした。

みうら「私さ、これでもハマの番長って呼ばれててね。ある程度顔が利くんだけど、向こうじゃちょっと……。だからもしかしたら、あなたをつらい目に合わせてしまうかもしれない」

 みうらさんの瞳がまっすぐ私に飛び込んできます。

みうら「でも、これだけは覚えておいて。おおすみ、あなたはこれからの日本に絶対必要な艦娘なんだから。あなたの力が、いつか誰かを救うから」




7以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:19:27.94y+HZEnIj0 (7/57)

~~~~~~
 
 呉の港には、大勢の人々が集まっているのが見えました。 

おおすみ「人が多いですね……。歓迎、かな?」

と思ったのは、私もまだまだ未熟だったからでしょう。出迎えてくれたのは歓声ではなく罵声と怒号でした。

『侵略兵器おおすみ配備反対!』

『空母おおすみは出ていけ!』

『騒音の塊LCACはいらない!!』

 色とりどりの幟と横断幕に彩られた激しい拒絶の言葉に、私の身体は一瞬固まってしまいました。




8以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:20:19.71y+HZEnIj0 (8/57)


『憲法違反の自衛隊は、とうとう海外派兵のために本格的な強襲揚陸艦を……』

『おおすみは侵略に十分活用できるうえ、空母になる! 周辺諸国に脅威を……』

『おおすみ配備は軍国主義再来の象徴だ! 軍靴の音が……』

 拡声器を通した声が、海まで響いてきました。基地周辺の岸壁に出張っていた人だかりは、海上の私の姿を認めるとさらに勢いを増します。

おおすみ「え、えっと、その……」

 私は空母じゃない。

 侵略なんかしない。

 必死で言葉を紡ごうとしますが、あまりの衝撃に声になりません。せめてこの光景をLCAC達に見せないよう、背中のウェルドックをぎゅっと抑えることしかできませんでした。




9以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:21:12.97y+HZEnIj0 (9/57)


「何してんの?」

 突然声をかけられました。振り返ると、私と同じ艦娘の方が、迷惑そうに私を見つめていました。

 見るからに気が強そうな方でした。長い黒髪には、頭の上の四角い飾りがついたカチューシャ。身長は私と同じほどでしたが、私と違ってグラマラスで年上の雰囲気を漂わせていました。

 郵便局員を思わせる制服と、武装のほとんどない艤装、そしてその特徴的な髪飾りから、補給艦の方とお見受けします。

 彼女は嫌そうに言いました。

「ここで立ち止まられると邪魔なのよ。入港しないならさっさと帰ってくれない?」

おおすみ「すみません! 私、本日付けで呉基地に配属になった……」

「新型輸送艦でしょ? おおすみ、とかいう。知ってるわ。沢山お客さん引き連れてきちゃって、こっちはずっと迷惑してるのよ」

おおすみ「も、申し訳ありません! あの、あなたは……」

「私? 私は」

とわだ「とわだ、よ。とわだ型補給艦の」

 これが、私ととわださんの出会いでした。



10以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:23:58.55y+HZEnIj0 (10/57)


総監「あー、悪いな、おおすみ。盛大に歓迎してやりたかったんだけど、外があんな状況だから……」

おおすみ「いえ、滅相もありません」

 海自自衛艦娘艦隊呉地方総監部総監は申し訳なさそうに窓の外、門の前で抗議活動を展開する市民団体の皆さんに目をやりました。

総監「にしても……、本当に空母みたいだな。まさか全通甲板型の艦を海自が持つ時代が来るとは」

おおすみ「その、それってそんな珍しいんでしょうか?」

 私は自分の艤装を見回します。全通甲板、と言うわけではありませんが、確かに右側に寄った艦橋と言い、何もない平らな甲板が艦尾から艦首まで続く様と言い、空母と間違われるのも無理はないかもしれません。

総監「空母保有は海自の悲願だからなぁ。二次防で潰されてから……っと、そんなことはどうでもいい。おおすみも、航空機の運用能力はあるんだろう?」

おおすみ「いえ、せいぜい離発着が出来るぐらいです。それも甲板後部にヘリ一機分の飛行甲板があるだけですから……。固定翼機ももちろん飛ばせません」

総監「ああ、それは聞いてる。だがひえいの奴が興味津々だった。また話をしてやってくれ」

おおすみ「私なんかで良かったら……」

総監「頼むよ。あと寮の部屋なんだが、君は自衛艦隊の直轄艦になるわけだから……」




11以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:24:55.59y+HZEnIj0 (11/57)


~~~~~~

とわだ「なんであんたが私の部屋にいるの」

おおすみ「その……、直轄艦同士同じ部屋がいいだろうと、総監が」

 とわださんは不機嫌そうに私を見つめます。あまりの気まずさから、私はそっと目をそらしました。

 ちなみに私の隣には、いっちゃんとにぃさんもちょこんと正座しています。現在、二人は私の搭載艇扱いなので、同じ部屋になるのです。

とわだ「ま、総監の言うことなら仕方ないわ。でもいびきとかやめてよ! そこのガキンチョ二人もね! 補給艦は忙しいんだから、たまの休息ぐらいちゃんと休ませなさい!」

 とわださんはそれだけ言うと、「まったく、何考えてんのよ」と文句を言いながら部屋を出て行きました。




12以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:26:10.45y+HZEnIj0 (12/57)


おおすみ「……あー、聞いた通りです。二人とも、とわださんにご迷惑をおかけしないようにね」

いっちゃん「うちやってそんな子供じゃなかと! まかしとき!」

にぃさん「せやねぇ。そうや、うちらの荷物がそろそろ届くさかい、とりに行きまへん?」

いっちゃん「やった! じゃあおおすみ、行ってくるたい!」

 二人はバタバタと部屋を出て行きました。

 一人残された部屋で、私は荷ほどきを始めます。静かになってしまったせいか、デモ隊の声がよく聞こえました。

 おおすみはいらない。

 おおすみは侵略兵器だ。

 おおすみは……。私は、……。

 繰り返されるシュプレヒコールに、私の気持ちも落ちていきます。



13以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:26:58.47y+HZEnIj0 (13/57)


 思えば創設されてから今日まで、自衛隊は日陰者であらんとしてきました。そんな中で私のような、まるで、空母のような外観の艦が配備されれば、反発は必須なのです。

『自衛隊は国民に理解され、愛されなければならない』

 存在が極めてデリケートな自衛隊が、円滑に行動するためにはこうするしかありません。しかし私の存在が、そんな自衛隊の姿を大きく壊してしまっているような、そんな錯覚を覚えてしまうのでした。




14以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:27:37.37y+HZEnIj0 (14/57)




 さっそく、私の呉での生活が始まりました。と言っても、ほとんどが訓練。それも基本的なものを中心としたメニューです。

 呉のみなさんは、初めは物珍しそうに、ですが優しく私と接してくださりました。ですが、

とわだ「何? 今日の動き。艦隊運動が全然あってないじゃん」

おおすみ「えっと、それは……。私、皆さんに比べるとどうしても低速で」

とわだ「あんたの言い訳が聞きたいんじゃないの! そんなんで有事の時、どうするつもりなの?」

おおすみ「うぅ……」

とわだ「ほら、またべそかく。そんなんじゃ、ろくに何も守れないんじゃない?」

 とわださんの厳しい態度だけは一向に変わりませんでした。そして、

『おおすみは出て行けぇーっ!!』

 市民団体の抗議もまた、衰えを知りませんでした。



15以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:28:43.79y+HZEnIj0 (15/57)


ひえい「……おおすみ、大丈夫ですか?」

 はるな型ヘリコプター搭載護衛艦のひえいさんが、心配そうに声をかけて下さりました。

 今日はひえいをはじめとする第4護衛隊群の方々との訓練でした。艦隊機動のほか、ひえいさんの艦載機であるSH-60J哨戒ヘリを私の甲板に着陸させる訓練を行ったのですが、

おおすみ「ま、待ってください! なかなか安定しなくて……」

ひえい「大丈夫です! 着艦拘束装置を使えば」

おおすみ「そ、それ積んでないです~」

ひえい「え、えっと~、でも! スタビライザーが! フィンスタビライザーが」

おおすみ「それもないんです~!!」

 と言うことで、ヘリの離発着は困難を極めたのでした。




16以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:29:40.75y+HZEnIj0 (16/57)


ひえい「う~ん。おおすみはヘリの運用は向いてないかもしれませんねぇ」

おおすみ「うう、そうですよね……。そもそも本職は輸送艦ですし……」

ひえい「で、でも! 一緒に頑張りましょう! 拘束装置がなくても大丈夫です!」

おおすみ「ありがとうございます……」

 ひえいさんに励ましの言葉をもらっても、私の心は晴れませんでした。

 ふ頭から寮に帰る道では、今日も市民団体の集会が開かれているのが見えました。

 今日はヘリコプターの運用訓練を行ったので、集会の勢いも増しています。



17以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:30:23.85y+HZEnIj0 (17/57)


『LCACの訓練は想像を絶する騒音が!!』

『米軍との一体化、戦地への自衛官の派遣にっ!!』

『市民が一体となって、おおすみ廃棄に向けて邁進を!!』

『戦争の記憶を呼び覚ます強襲揚陸艦おおすみは直ちに廃艦せよ!』

 いつも通り見ないふりをしようとしました。ですが、見覚えのある幼子二人の姿が見え、私は足を止めました。

おおすみ「……いっちゃん、にぃさん!?」

 二人が、フェンスの内側から抗議集会の様子をじっと見つめていました。

おおすみ「二人とも! 何してるんですか!?」

 今日はドックで入渠の予定だったはずです。LCAC用のドックはもっと離れたところにあるのに。それでなくても、出来るだけこの光景を見せないよう、総監と相談して遠ざけていたのに。



18以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:30:59.58y+HZEnIj0 (18/57)


 慌てて駆け寄ると、二人は泣きそうな顔で私を振り向きました。

いっちゃん「あんね、街に行きたいって、うちが言ったんばい。ここに来てから、一回も言ったこと無かったけん」

おおすみ「ま、まだ街には行ってはいけないと、私からも総監からも言っていたでしょう!」

いっちゃん「ん……」

にぃさん「堪忍しておくれやす。うちも反対せんかったさかい。……噂には聞いとったけど、直接見るんわ思いのほか応えるなぁ」

 普段から飄々としているにぃさんも参った様子でした。いっちゃんは、普段の勝気な瞳に涙をためて言いました。

いっちゃん「うちら、いらん子なん?」





19以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:31:57.49y+HZEnIj0 (19/57)


 もう、限界でした。

 二人を部屋に送ると、私はたまらず寮を飛び出してしまいました。

 誰も来ないだろう建物の裏で、1人しゃがみ込みます。

 私はいらないのです。

 人々に恐怖を与え、戦争の記憶を呼び起こし、守るべき国民から拒絶され、そのくせ期待された役割も担えないポンコツです。

 なぜ私は生まれたのでしょう。なぜ私を生み出したのでしょう。

 恨みとも、悲しみともつかぬ感情が、私の瞳から涙を押し出します。



20以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:32:58.13y+HZEnIj0 (20/57)


おおすみ「うっ、なんで……、なんで……」

とわだ「何やってんのよ輸送艦」

 誰も来ないはずのこの場所に来たのは、同室のとわださんでした。

とわだ「まったく、ガキンチョ二人部屋に残して何してんの」

おおすみ「いや、その……」

 見られたくない人に見られた、と思いました。正直、とわださんは少し苦手でした。自らの痴態をごまかすために、私は涙を拭いて、何事もなかったかのように振る舞おうとしました。

おおすみ「特に、何も」

とわだ「泣いたら上手にヘリを使えるようになると思った?」

おおすみ「…………」

 それは叶わなかったようです。私は何も言えませんでした。その沈黙をついて、とわださんは次々とまくし立てます。

とわだ「それとも、基地の前で騒いでる連中に迎え入れられると思った? だとしたら相当おめでたい頭してるわよ、輸送艦」

おおすみ「そんなわけ……」

とわだ「じゃあなんで泣いてるのよ? そんなことしてる暇があるの?」




21以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:33:45.40y+HZEnIj0 (21/57)


 私は唇をかみしめました。何を偉そうに、という反発が生まれていました。

おおすみ「あなたに、……あなたに何がわかるというんですかっ!」

 だから、叫んでいました。とわださんに噛みつかんばかりに近づきます。

おおすみ「生まれた瞬間に存在を否定されて! なのに変な期待ばかりされて!! そんな私の何があなたにわかるっていうんですか!!」

 とわださんが言葉を失ったのが、はっきりわかりました。彼女が息をのむ音が聞こえました。

おおすみ「…………。申し訳ありません。失礼な真似をしました」

とわだ「……わかるわよ」

おおすみ「……え?」

とわだ「自衛隊が、そもそもそんな組織じゃない」

おおすみ「…………」

とわだ「…………。ごめんなさい。私も言い過ぎたわ」

 それだけ言うと、とわださんは踵を返して走っていってしまいました。残された私は、呆然と立ち尽くします。するとそこに、

総監「あー、悪いな。盗み聞きするつもりは、その……。なかったんだ」

 総監が、頭をぽりぽりと掻きながら現れたのでした。




22以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:35:47.11y+HZEnIj0 (22/57)



総監「ま、安いお茶っ葉だが、どうぞ。いつもなら秘書艦のひえいに入れてもらってるんだが、あいにく今日はもうあがっててな。淹れ方もへたくそで申し訳ない」

おおすみ「申し訳ありません。本来なら、私が……」

総監「いいんだ。別に。部下の話を聞くのも上司の務めさ」

 私は総監が入れて下さったお茶に口をつけました。

総監「LCACの二人なら、ゆらが面倒みてるから安心しろ。揚陸艦と揚陸艇だから、気も合うみたいだしな」

 総監はどこか気楽そうに言います。

総監「で、どうしたんだ? おおすみ。まあ、大体のことは察せるが」




23以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:36:40.66y+HZEnIj0 (23/57)


 私は話しました。自分の思い、苦悩。とわださんとの関係。先ほどの喧嘩。

 自分でもまとめられず、まるで子供のように無茶苦茶な内容でした。ですが、総監はしっかりと聞いて下さりました。

総監「なるほど、生まれた瞬間に否定されているのに、期待が寄せられている、ね。確かにおおすみにも当てはまるし……」

おおすみ「自衛隊にも、ですか?」

総監「そうだな」

 総監は椅子の背もたれに深く寄りかかりました。

総監「『自衛隊は、日陰者だ。君たちが国民からちやほやされ、歓迎されている事態とは、国や国民が危機に瀕しているときに他ならない。君たちが一生国民から感謝されない方が、国民は幸せなのだ』」

おおすみ「……吉田茂ですね」

総監「ああ。自衛隊という組織を、実によく言い表した言葉だ。まったくその通りだと思うよ」



24以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:37:50.85y+HZEnIj0 (24/57)


おおすみ「…………」

 私は俯きます。私の願いを非難されているように感じました。国民に受け入れられたいと願うことは、それすなわち私が活躍し、歓迎される事態を私が望んでいるということに他ならないのですから。

総監「だけど、な?」

 しかし、総監は続けました。

総監「それは、私たちは日陰者に甘んじなければならない、というものとは違う」

おおすみ「……はぁ?」




25以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:39:10.55y+HZEnIj0 (25/57)


総監「自衛隊は創設以来、自ら日陰者であらんと思って行動してきた。国民に配慮し、諸外国に気を使い、出来るだけ、可能な限り目立たないようにしてきた。だが、それは間違いだった」

 総監は私の方を向きながら、私を見ていませんでした。遠くの何かを見つめていました。

総監「災害や有事は、どれほど起きるなと願っても起きるときは起きる。その時、国民が頼れるのは私たちだけだ。それなのに、『ごめんなさい、準備ができていないのであなたたちを救えません』と言うことは、絶対に許されない」

 それは、強い決意の言葉でした。

総監「だから、私たちは守るべき国民からどれほど非難されても、国民を守るために必要なことを行う。万が一事が起こった時に、人々を、この国を救えるように、だ」

 総監の視線が、私の元に帰ってきました。

総監「おおすみ、君はこれからの海上自衛隊を象徴する艦だ。君の持つ輸送能力と揚陸能力は絶対に必要なものだ。君の空母のような形状も……、これからのために、必要なんだ」

おおすみ「総監……」

総監「おおすみとLCACには苦労をかけていると思う。私には、君らの愚痴を聞くぐらいのことしかできない。だけど、何を言われても自信を失わないでくれ。君はいざとなれば、たくさんの人々を救うことが出来る艦娘なんだから」

おおすみ「……総監は」

総監「……どうした?」

おおすみ「……総監は、経験がおありなんですね? 『準備ができず、人々を救えなかった』経験が」

 総監は一瞬黙りました。そしてぼそりと言いました。

総監「……3年前、神戸でね」




26以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:40:13.69y+HZEnIj0 (26/57)


 部屋に帰ると、電気もつけていない中でとわださんが座っていました。

とわだ「……おかえり」

おおすみ「只今、戻りました」

とわだ「飛び出したはいいけど、外泊が取れなかったのよ。格好がつかないわね」

 とわださんはぷい、とそっぽを向いて言い訳をしました。

おおすみ「……私もです。総監に部屋に戻るよう言われてしまいました」

とわだ「ガキンチョは?」

おおすみ「ゆらさんが、お部屋で預かってくれています。もう寝てしまったので、今日はそのままで」

とわだ「そう」

おおすみ「……電気、つけてもいいですか?」

とわだ「…………。いいわよ」

 ぱちりと正銘のスイッチを入れると、目元を腫らしたと


27以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:41:27.77y+HZEnIj0 (27/57)

とわださんの顔が、蛍光灯の下に現れました。

おおすみ「とわださん……」

とわだ「……見ないでよ」

 とわださんはうつむいて、自分の顔を隠しました。

とわだ「総監と何話してたの?」

おおすみ「まあ、色々と。自衛隊の話とか、昔の話とか」

 とわださんはそれを聞いて、しばらく黙っていました。そして、何かを決意したように顔を上げました。

とわだ「阪神・淡路大震災の時も、私はここにいたわ」



28以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:43:54.29y+HZEnIj0 (28/57)

 それは、1995年1月17日午前5時46分、兵庫県南部を震源として発生した地震による、戦後最悪の地震災害。

 その対応は、災害大国を自称する割にはあまりにもお粗末だったといいます。

とわだ「なんでも、総理大臣が地震を知ったのは朝のニュースで。官庁から正式に報告が来たのはもっと後だったそうよ?」

 とわださんや呉基地が『関西で大地震が起きて、どうも大きな被害が出ているらしい』という情報を断片的に把握できたのも、8時近くになってからだったといいます。

とわだ「当時の総監が、被災地にあった阪神基地隊救援の名目で、隷下のとかちとゆらに緊急出航を命じたの。私も自衛艦隊から、救援物資を詰め込んで基地救援の命令を受けて出航したわ」

 自衛隊の行動は、法律により規定されています。被災地の救援には『災害派遣』が行われますが、前代未聞の災害による混乱と、組織的、法的不備により、正式な要請は10時近くに。呉地方隊への要請は、夜の7時になったといいます。そのため当初は、基地救援や訓練などの名目で、航空機や艦艇が現地に派遣されました。



29以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:44:56.71y+HZEnIj0 (29/57)


とわだ「ただね、岸壁が被災して使えなかったから、私は沖合に停泊して、物資を渡すことになったのよ。ちまちま、ちまちまね。後で阪基の掃海艇の子たちが必死で岸壁を調査して、何とか接岸できるようになったけど」

とわだ「でももし、あそこに大きな港がなかったら? 海自の基地がなかったら? 港湾の被害がもっと大きかったら? 私たちの活動はもっと遅れていたでしょうね。そうなれば、被害はもっと……」

 とわださんは拳を握り占めていました。

とわだ「私も、ゆらも、とかちも、あの災害に関わった子みんな、何かしら後悔してる。もっと早く、もっとたくさんの人を救えたんじゃないかって。私たちはそれを成すために生まれたんじゃなかったのか、って」

 そして、じっと私を見つめます。

とわだ「3年たった今でも、あんたを見るたびに、あの時あんたがいれば、って思っちゃうのよ。私は。たぶん、他のみんなも」



30以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:46:08.31y+HZEnIj0 (30/57)

 LCAC達なら、岸壁があろうとなかろうと、物資や人員を揚陸できます。私はヘリコプターも使えます。車両も戦車も運べます。そして病院船としての機能も整備されています。

とわだ「だから、みんなあんたに期待してる。あの時私たちにできなかったことを、あんたなら出来るって思ってるから。そして私は、どうしてもイライラしちゃうんだよ。何をいまさら、とか。もっとしっかりしろ、とか」

おおすみ「とわださん……」

とわだ「情けない話で、理不尽なことを言ってるってのも自覚してる。でも私はまだ、あの時のことを超えられない……」

おおすみ「とわださん」

 私はとわださんの前に座りました。

おおすみ「……私に何が出来るのか、まだ、私にはわかりません」

とわだ「…………」

おおすみ「でも、いつか私が必要になった時に、『ごめんなさい、出来ません』とは言いたくありません」

とわだ「…………。そう」



31以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:47:02.52y+HZEnIj0 (31/57)


おおすみ「だから私に、指導をつけて下さりませんか?」

とわだ「……は? なんで?」

おおすみ「とわださんが言ったんじゃないですか。『もっとしっかりしろ』って」

とわだ「え、いや、そりゃそうだけど……」

おおすみ「それに私の訓練の様子を、いつも細かく見て下さっていたじゃないですか。お忙しいにもかかわらず」

とわだ「そ、それは……」

おおすみ「お願いします。とわださん」

とわだ「…………。はぁ、わかったわよ」

 とわださんは観念したように息を吐きました。

とわだ「私の訓練は厳しいけど、ついてこれる?」

おおすみ「行きます。絶対に」

 じっと、とわださんのまなじりを見つめました。

とわだ「ふっ、そう」

とわださんはふっと笑いました。

とわだ「じゃあさっそくヘリの発着訓練からね。別に拘束装置がなくても運用はできるわ。見本見せてあげるから訓練場に行きましょう」

おおすみ「え、今からですか?」

とわだ「何言ってんの、当たり前でしょ。やる気がないなら別に辞めてもいいんだけど?」

おおすみ「やります! 艤装の準備してきますね!」




32以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:49:07.12y+HZEnIj0 (32/57)


 とわださんの訓練ははっきり言って過酷でした。

とわだ「あんたは輸送艦のわりに速度が速いから、もっと落ち着きなさい。急ぐのと慌てるのは違うんだからね」

おおすみ「はいっ!」

とわだ「ガキンチョはもっとゆっくり帰ってきなさい! あんたたちの艤装は柔らかいんだから、気を付けるのよ!」

いっちゃん「おっけーばい!」

にぃさん「了解どす」

 しかし、あきらめるわけにはいきません。

とわだ「いい? 着艦の瞬間が一番慎重になるのよ。甲板上の事故は本当にシャレになんないんだから」

おおすみ「う……、こ、こうですか!?」

とわだ「……うん、良くできたじゃない。……おおすみ」



33以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:50:59.42y+HZEnIj0 (33/57)


こうして必死に食らいついているうちに、1年が経ちました。

それは、間もなく秋になろうかと言う日のことでした。

とわだ「おおすみ、今日の午後は空いてる?」

おおすみ「はい!」

とわだ「じゃあ、一四〇〇に訓練海域に集合。あんたの全通甲板を使って車両の積載訓練をするわ。総監の愛車使うから、海に落とすんじゃないわよ?」

おおすみ「了解です!」

とわだ「もうスタビライザーがないって弱音吐くんじゃないからね」

おおすみ「大丈夫ですよ。私は、やれる限りの全力を尽くしますから」

とわだ「はいはい、じゃ、私は食堂の手伝いに入るから、あんたはちゃんとご飯食べるのよ? 食事は基本なんだから」

おおすみ「とわださん、食堂に入られるんですか! 今日はごちそうですね」

とわだ「そんなこと言ってもおまけしないからね~」

 とわださんは最近、厨房にお手伝いに入ることが多くなりました。どうも、補給艦として艦娘にもっと何かできないかと考えた時、料理と言う結論に至ったそうです。

 私はとわださんが作ってくれたからあげ定食を食べながら、何の気もなしに食堂のテレビを見ていました。



34以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:52:02.43y+HZEnIj0 (34/57)


『続いてのニュースです。トルコ北西部で現地時間8月17日に発生した地震で甚大な被害を出したイスタンブール近郊のイズミットでは……』

『政府はトルコ政府に対し、国際緊急……』

 そんなニュースが流れてきたのと、

『非常呼集非常呼集、おおすみ、ぶんごは直ちに総監室に出頭せよ。繰り返す、おおすみ、ぶんごは』

 館内放送がそう告げたのは、ほぼ同時のことでした。

 私は食べかけの食器を急いで片付けると、総監室に駈け出しました。



35以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:53:24.66y+HZEnIj0 (35/57)


総監室に入ると、すでにぶんごが待っていました。総監の横には、秘書艦のひえいさんもいます。

ぶんごは私と同期に当たる、うらが型掃海母艦の2番艦です。ベリーショートが特徴的で、ぱっちりとした目と、筋の通った鼻筋は、美人を通り越してかっこいいと形容すべきでしょう。まるで外国人のモデルみたいです。容姿だけなら。

機密にあふれた機雷戦を担当する掃海母艦らしく、ぴっちりとしたスーツにベストやベルトを巻いたスパイのような制服です。

私がぶんごの隣に立つと、総監が口を開きました。

総監「8月に、トルコ共和国北西部で大地震が起きたことは知っているか?」

ぶんご「ああ、ニュースでやってたよ」

 ぶんごが答えます。

総監「日本はトルコ政府の要請を受けて、被災者支援のために自衛隊による国際緊急援助隊のトルコ派遣を決定した。おおすみ、ぶんご。二人には、これからトルコに行ってもらう」

おおすみ「海外派遣、と言うことですか?」



36以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:56:48.29y+HZEnIj0 (36/57)


 自衛隊の海外派遣は、ほんの10年ほど前までは厳に慎まれていたことでした。ですが湾岸戦争の結果、具体的な国際貢献を諸外国から求められたため容認されたという事情があります。そして事情が事情なので、根強い反対論も今だくすぶっています。

おおすみ「私たちが、トルコに物資を輸送するということですか?」

総監「そうだ。仮設住宅をはじめとする支援物資の輸送が、今回の任務だ」

 総監は作戦指示書を手渡しました。




37以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:57:48.18y+HZEnIj0 (37/57)


総監「今回の任務では、その特色と日程から、エジプトのアレクサンドリアまで補給を行わずに行くことになる。海自でも前例のない航海だが……、ペルシャ湾にも行った、とわだ型補給艦の『ときわ』が同行する。経験も豊富で頼りになるだろう」

ぶんご「この日程では、20日以上無寄港で航海することになるね。さすがに無茶じゃないかい?」

総監「現地は間もなく冬が来る。だから、一刻も早く物資を届けることが重要だ」

 私の知る限り、このような長期遠洋航海は海上自衛隊創設以来例がありません。

 思わず喉が鳴りました。

総監「おおすみ、ぶんご両艦はぶんごを旗艦とするトルコ共和国派遣海上輸送部隊を編成し、トルコへの支援物資輸送に当たれ! 多くの人々が我々を待っている。頼んだぞ」

おおすみ「はい!」

ぶんご「任されたっ!!」

ひえい「二人は、神戸港でときわさんと合流してコンテナを積んでください。手筈はすべて整えています! 頑張ってください!!」

総監「よし、行けっ!」

 私たちは敬礼で返し、準備のために総監室を出て行きました。



38以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 00:58:50.94y+HZEnIj0 (38/57)


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ひえい「ですが……、前代未聞の任務もあったもんですねぇ。それも新型輸送艦のおおすみに行かせるなんて。スタビライザーがないと、安定した外洋航行も難しいのに」

総監「海幕は、この派遣を通じておおすみ型の実力を測りたいんだろう。2番艦、3番艦も計画されているからな」

ひえい「上は本当に期待してるんですねー、おおすみに」

総監「PKOを本格化させるうえで必要不可欠な大型輸送艦だ。それに、南西諸島も最近きな臭いが、そこをにらんだ揚陸艦としての機能も申し分ない。災害救援時の洋上指揮艦と救助母艦にも見据えてるって話だ。それにあの形状は次期DDHを……っと電話だ」

とわだ「内線ですか?」

総監「ああ。受付からだな。もし、総監……。何ぃっ!?」



39以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 01:11:19.72y+HZEnIj0 (39/57)

続きは明日上げます。


40以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:18:23.66y+HZEnIj0 (40/57)


 出航しようとした私たちを阻んだのは、基地内になだれ込んできた市民団体でした。

 顔の知られている私はあっという間に取り囲まれました。

ぶんご「な、なんだいこいつら!?」

女「こいつらとは何よ! 私たちは…………」

 女性が名乗った団体名はよく聞こえませんでしたが、彼女たちの目的はよくわかりました。

男「ニュースで聞いたぞ! トルコに派遣されるそうだな!」

おおすみ「そ、それは! 地震救援のためで」

女「そうやってなし崩し的に海外派兵を進める気なんでしょ!」




41以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:26:10.61y+HZEnIj0 (41/57)


おおすみ「そんな!」

男「我々市民は平和を乱す自衛隊の動きに断固抗議する!!」

女「あなたもさっさと廃艦になりなさいっ!!」

男「諸外国に恐怖を与えるおおすみ型は……」

女「帝国主義の残滓を追放せよ!」

男「戦争犯罪―――っ!」

女「侵略者の……!」

 私が聞き取れたのはここまでで、そこからは何を言っているのかわからない喚き声の塊になってしまいました。

 警務隊員が必死に引きはがそうとしますが、団体は強固に抵抗します。

 大勢の人間に口々に罵られ、私の脳裏にいつかの記憶がよみがえります。

 私は、侵略兵器で、人々に恐怖を与えて、いらない子で……。

 思わず両腕が頭に伸びそうになった時、




42以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:27:38.70y+HZEnIj0 (42/57)


「あんたたちは何をしてんだぁぁぁぁ!!」

 それこそ、腹の底から唸るような声でした。声のしたほうを見ると、とわださんが立っていました。

 彼女の気迫に市民団体は一瞬ひるみましたが、すぐに気炎を吐きます。

男「わ、我々は、自衛隊の海外派兵という、憲法の精神を踏みにじる政府・自衛隊の暴挙に抗議を!」

とわだ「黙りなさいっ!」

男「ひっ!?」

 市民団体が言葉を失いました。その隙に、とわださんはまくしたてます。

とわだ「その子たちはね! 今から、災害で苦しんでいる外国の友人を助けに行くの! 何の得にも利益にもなんない。それでも行くの! 救いに! あんたたちはそれを邪魔するつもり!?」

 そして私を見ました。

とわだ「行きなさい、おおすみ! 今、助けを待ってる人がいる! 行っても歓迎されないかもしれない。非難されるかもしれない。でも行きなさい! 助けなさい! それがあんたの生まれた意味でしょ!! いつまでもうじうじしてんじゃないわよこのバカっ!!」

ぶんご「ははっ、それもそうだね!」

 ぶんごが人ごみを無理やりかき分けました。

男「あ、に、逃げる気か」

ぶんご「どきなぁっ!!」

男「ふぐっ!?」

女「ぼ、暴力よ! これは市民に対する暴行よ! 正式に抗議……」

ぶんご「うるさいね! 抗議でもなんでも受けて立つから、今はここから離れなっ!!」

 ぶんごが道を作ります。

ぶんご「行くよおおすみ!」




43以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:29:11.24y+HZEnIj0 (43/57)


 私は一度とわださんを振り向きました。

 とわださんは睨むように私を見つめ小さく頷きました。

おおすみ「……おおすみ、出発します!」

 私はそう叫んで、ぶんごが作った道を進みました。






とわだ「……いってらっしゃい、おおすみ」




44以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:30:21.80y+HZEnIj0 (44/57)



 とわださんの妹で、今回の任務に同行するときわさんとは神戸の港で合流しました。

ときわ「初めまして~。とわだ型2番艦のときわです。よろしくね~」

 ときわさんは、緑がかった髪を肩まで伸ばした、おっとりとした雰囲気の方でした。とわださんと同じ郵便局員のような制服と、特徴的な四角いカチューシャをつけています。

 とわださんと同じくグラマラスですが、彼女と違い少しだけ幼い雰囲気です。細い目をさらに細めてほほ笑んでいました。

 しかし、ときわさんは糸のような目の奥に真剣な光を宿して言いました。

ときわ「今回の任務は危険はないですが、急がなくてはいけません。向こうは間もなく冬で、今だ多くの人が寒さに震えているとのことですから」

ぶんご「ああ。覚悟してるよ。物資を搭載次第、すぐに出発する」

ときわ「はい~」

おおすみ「はい!」





45以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:32:14.11y+HZEnIj0 (45/57)


 その航海は、今までのどんな訓練よりも過酷でした。

 南シナ海を通り、マラッカ海峡を抜けてインド洋へ。大洋の波は想像していたよりも厳しいものでした。

ときわ「おおすみさん、大丈夫ですか~」

 こういった時、船の揺れを軽減するフィン・スタビライザーが役立ちますが、あいにく私には搭載されていません。遠洋航行能力を少しでも削ぎ、外国侵略に使用するためとの批判を少しでもかわすための処置です。それが今は、少し恨めしく思います。

ぶんご「おおすみ、行けるかい?」

おおすみ「すみません。コンテナの扱いが難しくて……。ですが、大丈夫です」

ときわ「こればかりは仕方がないですねぇ~」

ぶんご「あたしもだ。ちっ、もうちょっと真面目に輸送任務の訓練をしとくんだった」

 仮設住宅を満載したコンテナは、私の場合平らな甲板にも大量に積まれています。がっちりと固定はしていますが、油断をするとバランスを崩しそうになるので神経を使うのです。

 それでも、私たちは進み続けました。途中、エジプトのアレクサンドリアで1日だけ補給をして、再びイスタンブールへと向かいます。

 そして、日本を出発して27日目。



46以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:33:16.06y+HZEnIj0 (46/57)


ぶんご「見えた。あれがイスタンブールだね」

ときわ「長かったですね~」

おおすみ「…………」

 目的地である、イスタンブールのハイダルパシヤ港が見えてきました。

 大勢の人々が集まっているのが、洋上からでも見えました。
 
 私にとって、入港するたびにデモ隊が集まっているのは見慣れた光景でした。思わず視線を下げます。

 幸いと言うべきか、トルコ語はわかりません。どれほど罵られようと日本語よりはダメージは低いはずです。大丈夫、私は……。




47以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:34:59.79y+HZEnIj0 (47/57)


ぶんご「おおすみー? あんた、なに下ばっか見てるんだい?」

ときわ「顔、上げた方がいいですよ~?」

 促されるまま前を向くと、そこには

 日の丸とトルコ国旗を振る群衆の姿がありました。

おおすみ「あ、え、ええと、え?」

ときわ「大丈夫ですか~?」

ぶんご「大歓迎、だよ、おおすみ」

 人々はみな笑顔でした。歓声を上げ、口々に何かを叫んでいました。

ときわ「『バルチック艦隊を破ったあの日本海軍の末裔が我々を助けに来てくれた!』『ありがとう!』だそうですよ~?」

ぶんご「こ、言葉、わかるのかい?」

ときわ「中東には少々土地勘があるので~」




48以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:36:26.38y+HZEnIj0 (48/57)


 旗艦のぶんごさんから入港していくと、私たちにはたくさんの花が投げられました。きれいな歌声も響いていました。花びらの雨の中、ぶんごさんが私に言います。

ぶんご「おおすみ、ほら」

おおすみ「わ、私ですか!?」

ぶんご「旗艦命令だよ」

 私は改めて人々を見つめました。そこに映るのは、期待でした。安心でした。そして、希望でした。

おおすみ「……我々は、日本国海上自衛隊ですっ! 皆様に、救援物資を届けにきました!!」

 ひときわ大きい歓声が上がりました。

いっちゃん「お、おおすみ!? さっきから何、事、た……いぃ!?」

にぃさん「えらい賑やかど、す……なぁ……」

 いっちゃんとにぃさんがウェルドックから顔を出し、そして呆気に取られていました。

おおすみ「私たち、どうやら歓迎されているみたいですよ」



49以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:37:17.89y+HZEnIj0 (49/57)


 子どもたちが歓迎の踊りを踊ってくれました。

いっちゃん「行ってもいい? 行ってもいい!? うちも踊りたかっ!!」

おおすみ「どうぞ。にぃさんもいいんですよ?」

にぃさん「ま、これも国際貢献どすな」

おおすみ「そんなこと言って。うずうずしてるじゃないですか」

いっちゃん「にぃも踊りたかったと? 我慢せんでもええばい!」

にぃさん「いらん事言わんでよろしっ!」

と、なんだかんだ言いながらも、LCACの二人も踊りの輪に混ざります。

ときわ「さあさあ~、私たちはコンテナの搬出を始めますよ~」

ぶんご「おう! そうだね」

おおすみ「了解しました!!」




50以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:38:28.26y+HZEnIj0 (50/57)


 私を見つめる人々の笑顔を、もう一度見つめます。

 助けられたんだ。私たちが、この人たちを。

 嬉しさよりも、安心感の方が勝っていました。

ときわ「おおすみさん」

 コンテナを下ろしながら、ときわさんがにこりと笑いました。

ときわ「あなたがいなければ、この方たちは凍えながら冬を越すことになっていたかもしれません。あなたがいてくれて、本当に良かった」

ぶんご「ちょ、ちょっとあたしはどうなんだい!? 旗艦だよ!」

ときわ「もちろん、あなたのおかげでもありますよ~、ぶんごさん。これは、私たちみんながつかんだ……、勝利です」

 こうして、私の初めての海外派遣は成功に終わったのでした。



51以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:39:21.38y+HZEnIj0 (51/57)


 それから、私は様々なところへ、色々なものを運びました。

 戦後間もないイラク。独立直後の東ティモール。

 国内外の災害派遣にも、私は奔走しました。2011年の東日本大震災では、LCACを使った物資や人員の輸送も行いました。

 そして、



52以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:40:14.55y+HZEnIj0 (52/57)


2013年 フィリピン共和国 レイテ島



 台風によって甚大な被害を受けたこの地域への救援活動のため、自衛隊も派遣されていました。派遣されたのは私と、

いせ「はいはい、オッケー! 伝えとくね~」

 ひゅうが型ヘリコプター搭載型護衛艦『いせ』さん。そして

とわだ「いせ、司令官はなんて?」

 とわださんでした。

いせ「うん、大臣から撤収命令が出たって」

とわだ「はいはい。そろそろ頃合いだとは思ってたのよ」

おおすみ「復興の方も大方目処がたちましたしね」

いせ「では、以上で『サンカイ作戦』を終了します! 安全第一で日本に帰りましょう!」




53以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:46:46.23y+HZEnIj0 (53/57)




 日本に帰る道すがら、私はふといせさんに尋ねました。

おおすみ「いせさんは、レイテは大丈夫でしたか?」

いせ「んー。まあ、もう70年近く経ってるからねぇ」

 そういいながらも、いせさんは遠い目で青い海を見つめていました。

 かつての航空戦艦『伊勢』は、このレイテで行われた大海戦にも参加していたはずです。

 魂は名前に宿るのでしょうか、あるいは何か因縁のようなものがあるのか、自衛艦娘は、同名艦の記憶や性格、さらに容姿を受け継ぐことが多いようです。

 特に艦種の似通った方にその傾向があり、いせさんは色濃くかつて戦艦伊勢の記憶を保持していました。

いせ「でも、もう一回この海に来れるってのは予想外だったかなー。しかも戦争じゃなくて災害救助で。……平和になったね、日本も」

おおすみ「昔むらさめさんもおっしゃっていましたね。イラクに一緒に行ったときですけど」

とわだ「そりゃ昔に比べりゃ平和になったかもしれないけど、一応油断なんない情勢なんだけどね、今も。っていうかおおすみの件に関してはマジで平和じゃない奴だし」

おおすみ「政府見解では非戦闘地域ですし」

いせ「ははは! 何それ」

 と笑いつつも、いせさんが続けます。



54以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:47:34.07y+HZEnIj0 (54/57)


いせ「まさか私が、『いせ』の名を持つ艦娘が、ここに来られたってのが、本当に驚きだった。それを受け入れてもらえるってのも」

おおすみ「いせさんのこと、レイテでも日本でも、みなさん歓迎してくれていましたもんね」

いせ「うーん。でも、ちょっと複雑でもあるんだよね。ほら、言われたじゃん。『自衛隊が歓迎される事態と言うのは、国や国民が大変な目にあっているときだけである』って」

おおすみ「……確かに我々自衛隊は、日陰者の身にあったほうがいい存在です」

 とわださんがちらりとこちらを見ました。が、気にせず話を続けます。

おおすみ「ですが、国や国民の方々が暗闇に包まれることは、悲しいですがあります。災害も有事も、ある日突然私たちの前に現れ、全てを奪おうとしてきます。そんな時に、私たち自衛隊が国民を守り、国を救い、人々の希望の灯にならなくてはいけません」

 私は背後の水平線に消えゆくレイテ島を振り返りました。

おおすみ「レイテの皆さんがあなたを歓迎したということは、あなたに希望を見いだせたからです。自衛艦としての本分を果たしたからです。それは誇っても良いことだと、私は思いますよ?」

いせ「……ありがとう」

おおすみ「これでも、貴方より長く全通甲板背負って自衛隊にいた身ですからね」




55以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:48:37.92y+HZEnIj0 (55/57)


 いせさんは、海自初の本格ヘリ空母……、ではなく、全通甲板型のDDHとして建造されました。

 どうも我々おおすみ型は、このひゅうが型DDH、そして進水したばかりのいずも型DDHの方々の布石、もしくは世論の反応を見るアドバルーン的存在だったようです。

 私に対する抗議は、あの後からずいぶんと減ってきました。
 
 ひゅうがさんやいせさんの時にはもう一部の方々だけに留まり、本格軽空母、ではなく海自始まって以来の大型DDH、いずもさんの頃には、そういった懸念や批判はほとんど聞かれませんでした。いや、もちろん一部には根強い反対論もありますが。




56以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:50:20.89y+HZEnIj0 (56/57)


とわだ「言うようになったじゃん、おおすみ」

 私はめんどくさいという感情を一切包み隠さずに、とわださんを見ます。

おおすみ「だから、あなたの前でこんなこと言うの嫌だったんですよ。愛する後輩の指導を取りましたが」

とわだ「しっかし、あのめそめそうじうじしてたおおすみがねー。いやぁ私も年取ったなぁ」

おおすみ「お互い様ですよ。あなた、そんな快活なお姉さんキャラじゃなかったでしょ?」

とわだ「そりゃいつまでもカリカリしてるわけにはいかないでしょ。っていうかおおすみもなんだか神経が図太くなったというか、可愛げが無くなったというか。昔の方が正直好きだったんだけどなー」

おおすみ「それはどうも。私だっていつまでも初心なままではないんですよ」

いせ「え、あのおおすみに初心な時代があったの!?」

おおすみ「あなた何そこに驚いてるんですか。私はいつでも純情でしょうに」

とわだ「いやぁ、呉に着任したてのおおすみは」

おおすみ「とわださん!!」

いっちゃん「ならあたしから教えてやるばい! 昔のおおすみは」

おおすみ「いっちゃん!?」

にぃさん「いっつもびくびくしとる感じでなぁ」

おおすみ「にぃさんまで!?」
 
とわだ「よし! じゃあ三人で手分けして話してあげようじゃない。あれはまだ冬の……」

おおすみ「と、とわださんがその気にならこっちにも考えがありますよ! 私たちの部屋で一人」

とわだ「あ、コラ! それは言わない約束でしょ!」

おおすみ「そんな約束してないでしょ!」

とわだ「なら私だって! 二人で訓練してる時の」

おおすみ「あああああ!! それはなし! それはなしですぅ!!」


 私の悲鳴が、あの時に比べれば幾ばくか平和になった海に響き渡るのでした。



57以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/30(土) 22:55:06.62y+HZEnIj0 (57/57)


 以上です。「おおすみ」という艦に関する真面目な話は元々考えていたのですが、先日戦艦伊勢・日向と、護衛艦いせ・ひゅうがについて書かれた素敵なSSを拝見し、内なるリビドーを抑えきれなくなりこうして発散させていただいた次第です。

 閲覧いただきありがとうございました。


58以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/07/01(日) 00:03:59.08aYb/lyVm0 (1/1)


おおすみさんも何だかんだもうベテランの域だねぇ


59以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/07/01(日) 11:32:47.15fJ+V5vXm0 (1/1)

なぜ艦隊これくしょんのカテゴリーに入れるのかがわからない


60以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/07/05(木) 06:32:37.95BcdAiqIMo (1/1)


次回も楽しみにしてる