306304/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:47:29.74M8lWXEdT0 (133/158)

あすか「お! やっとか!」


 そう言って、あすか先輩はケータイを見始めた。


あすか「……ふむふむ。……よし!」


 あすか先輩はそう独り言つと、なにやら返事を送り始めた。
 それは、とても楽しげな様子だった。今までの『くよくよ』はどこへ行ってしまったのやら。
 ケータイをポケットに仕舞う。


あすか「じゃ、麗奈ちゃん、タオルを一枚いいかな? ちょっと汚れるけど。」


麗奈 「はい、御姉様。」


 高坂さんがタオルを一枚取って、あすか先輩に渡そうとすると、彼女は、


あすか「いや、使うのはわたしじゃないんだ。……お、来たな。……全く、タイミング良過ぎでしょ。絶対『作者』に仕組まれてる。」


 と言って、にやつきながら、かなたへと目を遣る。
 私もその方向を見る。
 二人分の人影。


久美子「……あ。」



307305/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:48:00.65M8lWXEdT0 (134/158)

 仲良く並んで歩いて来たのは、ミドリちゃんと葉月ちゃんだった。


葉月 「お、あすか先輩だ。……あと久美子! ……久美子お、さっきは良くも見捨てて逃げてくれたねー。……御蔭で私、吸血鬼になっちゃったよー。」


 と、戯けて言う。


あすか「ナ、ナンダッテー?」


 なぜか、あすか先輩が棒読み。


あすか「いくんだ久美子ちゃん! 麗奈ちゃん! ここはわたしに任せて!」


久美子「え?」


葉月 「おや、いいんですか? 今の私は不死身の吸血鬼。力があふれて来るんですよー? 普段の私とは一味も二味も違うんですよ?」


あすか「さあ二人共! 早くいくんだ!」


久美子「いや、でも……。」


あすか「いいから!」


 良くない。このままだと葉月ちゃんが殺される。



308306/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:48:30.25M8lWXEdT0 (135/158)

葉月 「ふっふっふー♪」


麗奈 「さあ、いきましょう。」


久美子「あ……。」


 高坂さんに促されたので、仕方無く、私も歩き始めた。


あすか「走れ!」


 仕方無く、走り始めた。


久美子(ああ……。)


 さよなら葉月ちゃん、君の事はとわに忘れないよ……。
          *


麗奈 「あったわ。」


 走っていた高坂さんはそう言うと、立ち止まった。
 私も立ち止まると、高坂さんは私に教える様に、指を指した。
 その先を見遣る。
 水道の蛇口だった。



309307/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:48:59.73M8lWXEdT0 (136/158)

麗奈 「いきましょう。」


久美子「え、いくって……。」


麗奈 「御姉様からの指示よ。太股にこびりついた血を洗いなさいって。」


久美子「あ……。」


 そういう事か。
 高坂さんの後ろに付いて、水道に向かって歩く。


久美子「その『指示』って、テレパシーで?」


麗奈 「ええ。」


久美子「そっか。……でも、それ勝手に使っちゃっていいのかな?」


麗奈 「いいでしょ。御姉様が洗えって言ったんだから。」


久美子「……え?」


 どういう理屈だ。
 水道にゆき着いた高坂さんが、蛇口の取っ手を捻る。



310308/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:49:29.76M8lWXEdT0 (137/158)

麗奈 「さあ洗って。タオルもあるわ。」


久美子「ああ。」


 その為のタオルだったのか。
 水はじゃあじゃあと流れていた。もう後戻りは出来ない。


久美子「じゃあ……。」


 いいのかな? と思いつつ、不請不請、手に水を付けた。
          *
 洗っていると、出し抜けに、


麗奈 「久美子、マーライオンだわ。」


 と声を掛けられた。


久美子「……え?」


麗奈 「マーライオン。シンガポールにある、石像みたいな奴。」


久美子(石像……。)

久美子「……ああ、あれね。……ピラミッドの横にある。」



311309/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:49:59.75M8lWXEdT0 (138/158)

麗奈 「それはスフィンクスよ! ……マーライオンよ。口から水を吐いてる奴。」


久美子「ああ、そっちか。」


 ようやく頭の中に、白くて水を吐いている像が浮かんだ。


久美子「……で、それがどうしたの?」


麗奈 「うん、吸血鬼の不死身の体なら、さっきみたいに小腸を切って蛇口に繋いで水を注いでも、死なないわよね。」


久美子「うん。」


麗奈 「その状態で水圧を最大にしたら、マーライオンみたいに、口から水が勢い良く出るんじゃないかしら。」


久美子「……うん。」


 高坂さんがそう言うなら、そうなんだろう。
 だからどうしたと言うのか。


麗奈 「久美子。」


 高坂さんが、目をきらきらと輝かせながらこっちを見て来る。
 はっとした。


久美子「……あ! 遣らないよ? 絶対遣らないからね?」



312310/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:50:29.73M8lWXEdT0 (139/158)

          *
 洗い終わってタオルで拭くと、


麗奈 「じゃあいきましょう。もう一つ指示があるの。」


 と言われ、来た方向とは反対側に、更に導かれた。
 歩いていると、進む先に突然人が現れ、


香織 「あれー? 歯形が付いてるー。今度は誰に噛まれたのかなー?」


 と、態とらしく声を出して来た。
 それは、良く知った顔だった。そして、背中に誰かをおぶっていた。


麗奈 「香織先輩……。」


 高坂さんの声と表情に、警戒がにじみ出ていた。しかも、香織先輩の発言は……。
 更に、物陰からもう一人、歩いて出て来る。


遥香 「あすかの言ってた『御使い』ってこれの事ね。」


 小笠原先輩だった。彼女も、誰かをおぶっていた。


香織 「そっか。じゃあ働いて貰おっか。……ね? 吸血鬼の高坂さん。」



313311/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:50:59.75M8lWXEdT0 (140/158)

麗奈 「さっきはよくも……。」


香織 「んー? なーんか反抗的ー。……遥香。」


遥香 「しょうがない。……ってゆーかさっさとなんとかしなさいよ。服務規程違反よ?」


 そう言いながら、小笠原先輩は背中に誰かをおぶったまま、右手を首に遣り、なにかを――


久美子「あっ!」


 目が回る。体が強張る。
 十字架は嫌い。わたしはバンパイア。
 次の瞬間――


久美子「お。」


 体に衝撃が走り、思わず声が出る。
 浮遊感。
 そして、衝撃。
 数秒経ってから気付いた。私は、蹴られて地面に引っ繰り返り、天を仰いでいたのだった。
 その視界に、小笠原先輩が現れ、


遥香 「じゃ、黄前さん、この子運んで貰える?」


 と言った。
 そこでようやく顔が見え、小笠原先輩が誰をせおっているのかが判った。夏紀先輩だった。



314312/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:51:29.71M8lWXEdT0 (141/158)

          *
 二人の吸血鬼ハンターは、私達に、気絶している二年生二人を、あすか先輩達の居る場所まで運ばせた。
 あすか先輩は、案の定、葉月ちゃんの首を手にしていた。


香織 「あすかー、久し振りー。噛んでー♪」


あすか「噛まないよー? 久し振りって言ってもまだ一時間数十分しか経ってないよ。……や、御疲れ。」


 先輩は、私達の顔を見ると、労いの言葉を掛けた。


遥香 「御楽しみだったみたいね。」


あすか「ん、ちょっとね。……じゃーサファイヤ川島、カトちゃんの手足をくっつけて上げな。」


 あすか先輩の脇に佇んでいたミドリちゃんが、文句も言わずに働き始める。良く見ると、シートの上には葉月ちゃんのばらばら死体があった。


麗奈 「あの、御姉様……、二人共、……知ってたんですか?」


 高坂さんは、なにかにショックを受けていた。


香織 「そーだよー? 私達の方がずっと付き合い長いんだから。……我慢して損した? せっかく黙ってたのにねー♪」


麗奈 「ぐう……。」


 今度は、謎の理由で怒っていた。但し、怒りの対象ははっきりしている様に思われた。



315313/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:51:59.81M8lWXEdT0 (142/158)

あすか「ああ、もういいよ。あとはわたしが遣るから。下がって。」


 ミドリちゃんが身を退くと、葉月ちゃんの首無し死体が不気味に浮き上がり、あすか先輩の側に移動した。
 先輩はふわりと浮き上がると、葉月ちゃんの平らな肩の上に首を置き、何事も無かったかの様に、元の位置に着地した。


あすか「じゃー二人をシートの上に寝かせようか。……所で、先に気絶から回復するのは夏紀かな?」


遥香 「え? 先に人間に戻したのは中川さんの方だったから、多分そうだと思うけど……。」


あすか「そっか、やっぱりか。……麗奈ちゃん、御出で。」


麗奈 「はい。」


遥香 「……なんで分かったの?」


あすか「ん? まあ、久美子ちゃんがヒロインだからね。」


遥香 「はい? ……所であすか、なんか処分対象が増えてるんだけど……。」


香織 「そうそう、優子ちゃんもまた吸血鬼に戻ってるし。せっかく私が人間に戻して上げたのに。……ねえ?」


優子 「え……、なんで分かったんですか……。」



316314/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:52:29.81M8lWXEdT0 (143/158)

あすか「そりゃ、優子ちゃんが香織を見ておどおどしているからだよ。誰だって、さっきの記憶が戻っていると気付くさ。……次、久美子ちゃん。」


香織 「うん。……大丈夫、さっきはびっくりしたよね? 怖い記憶は全部私が消して上げる。御出で?」


麗奈 「優子、行っちゃ駄目よ。」


香織 「あー、今度の御主人様は高坂さんだったんだねー。……優子ちゃん、私と高坂さん、どっちが好き?」


優子 「え……、それは……。」


麗奈 「考えないの。そこは即答しなさい。」


優子 「はい、麗奈様……。」


久美子「うーん!」


 伸びをする。ようやく肩の荷が下りた。
 ふと葉月ちゃんの顔を見ると、首を動かしてこちらを見詰め返して来る。もう体は全て治っているみたいだった。


久美子「あの、御姉様、葉月ちゃん……。」


あすか「ああ、そうだね。ほら。」


 空中で直立していた葉月ちゃんの体が、すとんと地面に落ちる。



317315/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:52:59.76M8lWXEdT0 (144/158)

久美子「ねえ、大丈夫?」


葉月 「……。」


 しかし、返事は無かった。その場に立ったまま、猜疑と怒りが入り交じった様な表情で首を小さく動かし、私を見たり、周りに目を遣っていた。


あすか「楽しかったねカトちゃん。また遊ぼうね。」


 葉月ちゃんの視線が、あすか先輩に釘付けになる。


あすか「……それとも、今遊ぶ?」


 釘付けのまま、表情が恐怖と絶望に変わってゆく。


あすか「……今遊ぼっか♪」


遥香 「こらこら、あんまり苛めないの。」


あすか「えー? 苛めてないよ。カトちゃんだってあんなに遊びたそーな顔をしているじゃないか。」


遥香 「……あれが『遊びたそーな顔』?」



318316/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:53:29.74M8lWXEdT0 (145/158)

あすか「そーだよ。わたしの事が嫌だったらとっくに居なくなっている筈だよ。……でしょ?」


 あすか先輩が、葉月ちゃんに呼び掛ける。
 しかし、最前より葉月ちゃんは、蛇に見込まれた蛙の如く、唯じっと立っているのみだった。その行いに好悪の感情が関係していない事は、誰の目から見ても明らかだった。


あすか「……ま、居なくなったらなったで、代わりにマスターをばらして遊ぶけど。ねえ?」


 そう言って、あすか先輩はミドリちゃんを引き寄せた。えげつなっ。


遥香 「あー、そーゆー主従関係か。」


あすか「ほおら。」


 あすか先輩が、ミドリちゃんを後ろから抱き締める。


あすか「ね? カトちゃん、……わたしの事、……嫌いじゃないよね?」


 ミドリちゃんの体を、両手で撫で回しながら訊く。


あすか「ねえ返事は? ……嫌いじゃないよね?」


葉月 「……はい。」


 葉月ちゃんの声は、若干上擦っていた。



319317/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:53:59.73M8lWXEdT0 (146/158)

あすか「じゃあ、こっちへ御出で?」


 葉月ちゃんが、ゆっくりと歩き始める。
 私には、その様子を黙って見ている事しか出来なかった。御免、葉月ちゃん……。
 二人の手前で、葉月ちゃんが立ち止まる。
 すると、あすか先輩は、笑みを浮かべながら人質の体を解放し、葉月ちゃんに向かって


あすか「よしよし。」


 と言ってから、おもむろに振り返った。
 ミドリちゃんも、若干振り向く。


あすか「ねえ、夏紀を『処分』したのって、正確には何分くらい前だった?」


 すると、その発言を待っていたかの様に、ミドリちゃんがこちらに振り向き、口に左手の人差指を当てる。
 「しー。」と音は出さないが、葉月ちゃんや私に対して、発言をしない様に促す仕種だった。


遥香 「何分って言われても……。」


 ミドリちゃんが葉月ちゃんの手を取り、こっそりと、歩き始める。


遥香 「……ん?」


 小笠原先輩も気付いた様だった。
 しかし、あすか先輩は、振り返らない。
 二人が駆け出す。
 誰も追い掛けない。



320318/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:54:29.84M8lWXEdT0 (147/158)

遥香 「……あーあ。……ほんっと鬼畜ね。」


香織 「そおかな? 私だったら大歓迎だよ? ……どおかな?」


 香織先輩が科を作って水を向けるが、あすか先輩は黙ったままだった。
 状況がさっぱり分からん。誰か説明してくれ。
 あすか先輩が、こちらに振り返る。


久美子(!)


 彼女の嗜虐的な表情を目にして、ようやく、はたと気付いた。見す見す見逃した責任を、追及されるかも知れない。


久美子「あの……、逃げちゃいました……。」


あすか「んーん、逃げちゃったんじゃなくて、わたしがカトちゃんを連れてこっそり走り去る様に、事前にテレパシーで命令しておいたんだよ。だから、ぜーんぶ指示通り。」


麗奈 「……やっぱり御姉様が噛んでたんですね。」


 高坂さんが、非難がましくぽつりと漏らす。


あすか「うん。……麗奈ちゃんを噛んだ時には、まだ噛んでなかったけどね。」


麗奈 「分かってますよ……。」


 高坂さんは、明らかに不機嫌だった。



321319/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:54:59.80M8lWXEdT0 (148/158)

あすか「じゃ、いこっかな。」


 そう言ったあすか先輩の体が、緩やかに上昇してゆく。
 空中で止まり、体の向きを変え、


あすか「あっちに居る。」


 指差したのは、逃げ去って行ったのとは全く別の方向だった。


あすか「じゃあ行ってくるね。三十秒で戻るよ。」


 次の瞬間、びゅう! という音と共に、あすか先輩は消えた。注視していたのに、わたしの目には残像すら残らなかった。
          *
 無防備な夏紀先輩の寝顔が、なんともいとおしい。
 悪戯したい、と思いながら眺めていると、


香織 「あ、帰って来た♪」


 と声がした。
 顔を上げる。どこだ。


あすか「ただいまー。」


 後ろだった。振り向く。
 いつの間にか、あすか先輩が立っていた。
 両脇に、葉月ちゃんとミドリちゃんを抱えている。



322320/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:55:29.75M8lWXEdT0 (149/158)

あすか「もー動いていいよん。」


 その言葉と共に、二人がおもむろに体を動かし始め、ぎごちなく着地する。


あすか「また遊ぼうね。……次は『かくれんぼ』じゃなくて『鬼ごっこ』をしよう。……全力で逃げてね♪」


 あすか先輩は、そう言って葉月ちゃんを更に脅えさせてから、わたし達の方に向かって、歩き始めた。
 哀れな葉月ちゃんは、その場に立ち尽くすのみだった。
 逃げる事も出来ない。隠れる事も出来ない。況して、戦うなんて以ての外。しかも、恐らくミドリちゃんは、あすか先輩に口止めされていて、なにも話して遣る事が出来ないのだ。
 代わりに私が慰めにいこうか。
 しかし、そう思った矢先――


夏紀 「ん?」


久美子「ん? ……あ。」


 夏紀先輩が、目を覚ました。


久美子「御姉様! 夏紀先輩が起きました!」


あすか「おー、そうか。」


夏紀 「なにこれ……。」


遥香 「ん? 予想より大分早い……。」



323321/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:55:59.77M8lWXEdT0 (150/158)

あすか「いーじゃん、一杯居た方がゲームは盛り上がるよ?」


久美子「ゲーム?」


あすか「そう。吸血鬼ハンター対、吸血鬼のね。……やあ、夏紀、気分は?」


遥香 「別にそんな遊びに付き合う気は全然無いんだけど。」


夏紀 「あ、あすか先輩、これは……。」


香織 「えー? じゃあなんで来たの?」


あすか「ん、だいじょーぶ。じっとしてな。」


遥香 「……私は、香織がいくならいくわよ。相棒だし。」


夏紀 「その、私、なにがなんだか……。」


香織 「またまたあ。ほんとは遥香もあすかの事好きなんでしょ? 正直に言っちゃいなよー。」


あすか「平気、直ぐに思い出させて上げるよ?」


遥香 「正直にって……こらそこ! ……おっ。」



324322/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:56:29.78M8lWXEdT0 (151/158)

 その時、突如として小笠原先輩がこちらに向かって突進し、見えないなにかにぶつかった。


遥香 「このお!」


 小笠原先輩が、見えない「なにか」を全力で押す。


夏紀 「な……。」


遥香 「ううー!」


あすか「お? 結構力が増したんじゃない?」


 あすか先輩はそう言ったが、見えない「なにか」を押す小笠原先輩の体は、全く前進してはいなかった。


遥香 「このっ! このっ! このっ! あっ!」


 小笠原先輩が見えない「なにか」に三度体当たりした所で、体を「手」にでも握られたのか、全く動けなくなった。


あすか「まあ落ち着きなよ。そこで吸血鬼が増える様を、じっくり見てるんだ。特等席だよ?」


 あすか先輩の顔には、若干嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
 逆に、小笠原先輩は、苦虫を噛み潰した様な顔だった。



325323/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:56:59.87M8lWXEdT0 (152/158)

あすか「じゃ、思い出そっか。」


夏紀 「え、思い出すってなにを……。」


 夏紀先輩が(略)。
          *


あすか「おはよう、夏紀。」


夏紀 「あ……、御姉様……。」


 夏紀先輩が、意識を回復した。言われなくても最初から「御姉様」と呼んでいる辺り、前の主人もあすか先輩だったのかも知れない。


あすか「全く、どうしてあんなに離れたんだい? 歯形祭りのルールを忘れたの?」


久美子(ん?)


夏紀 「あ……、御許し下さい御姉様。逃げるのに必死で、つい……。」


あすか「全くだよ。あの二人が一時間近くも掛かるんだから。」


久美子「御姉様、今『はがた』って言いませんでした?」



326324/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:57:29.86M8lWXEdT0 (153/158)

あすか「そうだよ。県祭りの夜に吸血鬼が歯形を付ける! 詰まり、歯形祭り!」


香織 「んー、そのセンスはどうかと思うよ?」


遥香 「うん。」


 全くだ。「チュパカブラ」で「大きなカブ」くらい酷い。


あすか「えー? ……ま、とにかく遣ろうよ。……第一回歯形祭りのフィナーレ、吸血鬼対吸血鬼ハンターのバトル!」


遥香 「余程気に入ってるみたいね。……所で、加部さんは?」


あすか「ああ、多分起きないよ。もう直ぐ物語の終わりだし。」


遥香 「……はい?」


あすか「久美子ちゃん、御出で。」


久美子「はい。」


 いつもの。


あすか「んー、三四五の三二四か。今回はあんまり進んでないね。……でも、そろそろだね。」



327325/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:57:59.83M8lWXEdT0 (154/158)

久美子「はい……。」


 終わりが来たらどうなるんだろう。


遥香 「……え? 今のなに?」


香織 「……さあ? ……黄前さんを拷問してみたら、なにか判るかも。」


 不吉な単語が聴こえてしまった。目を合わせない様にしよう……。


あすか「で、ルールは? なにをされたら負けにする? ボディーに一撃を食らったり押さえ込まれたらでいい? ……あ、勿論わたしは筋力強化以外に呪力は使わないよ?」


遥香 「は? 舐めんじゃないわよ。いいから全力で来なさいよ。じゃないと真性に対する実践的な訓練にならないでしょう?」


 さっき手も足も出なかったのに、偉く血気盛んだった。それぐらいじゃないと吸血鬼ハンターは務まらないのかも知れない。


あすか「じゃあ遥香はそれでいいね。香織は?」


香織 「噛まれたら負け♪」


あすか「却下。」



328326/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:58:29.86M8lWXEdT0 (155/158)

香織 「えー? 噛んでよお。」


 こっちはこっちで真性吸血鬼にめろめろだった。なんでこんな人に吸血鬼ハンターが務まっているのだろうか。


あすか「じゃあ、遥香はルール無用で、香織は素手の格闘でいいね。……十字架は?」


遥香 「こんな雑魚共には必要無い。」


あすか「使った方が実践的じゃないの?」


遥香 「うるさい黙れ。」


あすか「まあ、前にそれで失敗してるしね。……で、ルールは決まった。チームは人間上がりの……いち、にい、さん、しい、ごお、六人と、ハンター二人の二チームでいいよね?」


久美子「あの、」


遥香 「え、あすかは?」


あすか・久美子・遥香「……。」


 殆ど同時の発音だったが、若干私の方が早かった。



329327/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:58:59.81M8lWXEdT0 (156/158)

あすか「……なんだね? 久美子ちゃん。」


 よし。


久美子「……なんで私まで?」


あすか「えー? 遣りたくないの? ……戦闘だよ? 徒手空拳の格闘だよ? ……どお? 吸血鬼の血が騒いでこない?」


久美子「……いえ、全然。」


あすか「んー? そんな事は無いでしょ。だって、人間上がりは兵隊として戦う為に、心と体が攻撃的になってる筈だもん。……自覚無いの?」


久美子「いや……?」


 首を傾げる。
 他の人はいざ知らず、私はそれ程攻撃的にはなっていないと思う。


あすか「で、わたしがなに?」


遥香 「あすかは遣らないの?」


あすか「勝った方と戦う。それとも、一対八で戦う? わたしは別にそれでもいいけど。」



330328/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:59:29.78M8lWXEdT0 (157/158)

遥香 「良くない。二対六で遣ったあとに、二対一で遣る。」


 だからなんで私まで……。
 それに、葉月ちゃんが戦えるとは思えない。


あすか「そっか、じゃあ決まりだね。……という訳だ。みんな聞いたね? 十字架を心配する必要は無い。一気に突っ込んじゃいな。ばらけてると各個撃破されるよ? じゃあ、時間も無い事だしさっさと始めようか。レディー……ゴー!」


麗奈 「やっ!」


 高坂さんが、一気に駆け出す。


香織 「はっ! 甘い! てやっ!」


 相手は香織先輩だった。


あすか・久美子・緑輝・夏紀・葉月・遥香・優子「……。」


 そして、他は誰も動かなかった。


遥香 「……いくわよ。」


 一瞬で距離を詰め、吉川先輩を沈める。



331329/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/06(水) 23:59:59.62M8lWXEdT0 (158/158)

遥香 「ぼさっとすんな!」


久美子「ひっ。」


 次は私だった。
 顎に、一撃。
 体の自由が利かない。


夏紀 「おごっ。」


 側に居た夏紀先輩の声。
 私の体が倒れる。


緑輝 「あっ、葉月ちゃんは駄目え! ……げっ。」


葉月 「緑っ!」


遥香 「ああ?」


葉月 「ひっ。」


遥香 「ふんっ、臆病者め。……あすかあー!」



332330/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:00:29.77ScalZ/xB0 (1/18)

香織 「いくよっ!」


あすか「ははっ。やっぱりそう来た!」


遥香 「速い! 不味い!」


あすか「そら♪」


遥香 「ぐっ。」


あすか「ほら、……御出で?」


香織 「……てやっ!」


あすか「ははっ。……ほらっ。ほらっ。……そりゃっ! つっかまえたー♪」


 体を起こす。
 そして周りを見る。全てが終わっていた。
 人間上がりの『雑魚共』は全員地面に転がっていて、小笠原先輩は、案の定「手」に体を掴まれたと思しき状態で、足が若干地面から浮いていた。香織先輩は、あすか先輩に、正面から体を抱き締められていた。腕が全く使えない状態だった。


あすか「一応、これで勝負ありなのかな。」


香織 「ええ。」



333331/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:00:59.95ScalZ/xB0 (2/18)

遥香 「……完敗ね。」


香織 「うん。……去なすだけで、殴ろうともしなかったね。」


あすか「そりゃ、こんな可愛い子を殴るなんて、振りでも出来ないさ。」


香織 「まあ、紳士。」


あすか「まあね。……遥香は――」


香織 「ん。」


 あすか先輩が言い掛けた所で、香織先輩がその唇に、軽く口付けを交わした。
 先輩の動きが止まる。


あすか「……わ、わたしの初めて。」


久美子「え?」


香織 「んー。」


 香織先輩は、躊躇わずに二発目を繰り出した。



334332/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:01:29.87ScalZ/xB0 (3/18)

香織 「ん……、あ……。」


 しかも、今度はディープキスだった。


香織 「ん……、んー……。」


 あすか先輩は相当ショックが大きかったのか、されるがままになっている。
 なんという攻撃。さすが吸血鬼ハンター。


香織 「ん……、ん?」


 香織先輩を拘束していた、腕の力が緩む。戦意喪失か。


香織 「あは♪」


あすか「ん……、ん……、んあ……。」


 いや、そうではなかった。あすか先輩の応戦が、既に始まっていたのだった。彼女の両腕が、ゆっくりと上昇してゆき、


あすか「ん……、あはあ……。」


 両手が、香織先輩の頭部を、優しくつつむ。
 そうして、一気に貪り始める。



335333/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:01:59.75ScalZ/xB0 (4/18)

あすか「んー……、んー……、かおい……、んー……。」


 猛攻。
 なんだ、やはり吸血鬼ハンターよりも、真性吸血鬼の方が強かったのだ。
 香織先輩は、防戦一方だった。
 というより、攻撃されるのを楽しんでいる様に見えた。


あすか「あはあ……、はあ……、はあ……。」


 吹部のマドンナの唇を堪能したあすか先輩が、唇を離す。


あすか「……香織、結婚しよ?」


 そして、プロポーズ……って、なんで?


香織 「……はい。」


 しかも、婚約が成立。
 ファーストキスから一分くらいしか経っていないというのに、二人は婚約してしまった。いいのか? そんなに簡単に決めてしまって。……本当にいいのか?
 などと思いながら見ていると、不意に、体がふわりと浮きあがる様な、妙な感覚に襲われた。


久美子「え?」


 どんどん、体が軽くなっている。



336334/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:02:30.16ScalZ/xB0 (5/18)

久美子「なにこれ、御姉様が?」


あすか「いや、わたしはなにもしてない。」


 直後、完全な闇が訪れる。


久美子「え、今度はなんですか!」


あすか「あ、そうか! 始まったんだ! 世界の『崩壊』が始まったんだ! 『物語の世界』の、終わりが来たんだよ!」


久美子「え! ……あ。」


 遂に、私の足が、地面から浮き上がってしまう。


遥香 「なに! どういう事なの! あすか!」


あすか「説明している暇は無い! 全員ケータイを出して! 明かりで位置を確認するから!」


久美子「ちょっ! ケータイありません!」


あすか「そーだった! ……ん? なんだこれ!」


遥香 「どーしたの!」



337335/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:02:59.75ScalZ/xB0 (6/18)

 しかし、あすか先輩の返事は無い。
 近くが光る。
 夏紀先輩だった。


夏紀 「お、圏外だ。」


 どうやら基地局は「崩壊」してしまったらしい。
 直後に、高坂さんと吉川先輩も、立て続けに暗闇の中に浮かび上がった。ケータイの画面程度の明るさでも、完全な暗闇の中では、かなり明るく感じられた。しかし、彼女達が辺りを照らし出してくれても、香織先輩とあすか先輩の姿は、どこにも見出せなかった。二人は、どこかへと消えてしまっていた。


あすか「駄目だ、居ない! 人が居ない! わたし達以外に、一人も人が居ない! なにも感じないよ!」


 声は、上の方からだった。


遥香 「なんですって?」


あすか「取り敢えず、香織を頼むよ。一緒に居て。」


 今度は後ろの方からだった。あちこち飛び回っているらしい。忙しい人だ。


あすか「しまった! 居ない!」


 また上からだった。


遥香 「え、今度はなに!」



338336/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:03:29.83ScalZ/xB0 (7/18)

あすか「……サファイヤ川島だ! サファイヤ川島とカトちゃんが、もうこの世界のどこにも居ない! 消えちゃった!」


 なんだって?
 それまで二人が居た方向に、目を向ける。
 直後、視界の中に、あすか先輩が下りて来る。
 先輩がケータイの光を向けると、そこには地面と、地面の「ふち」があった。そこから上は、完全なる闇だった。


あすか「やっぱりそうだ!」


 なにかに気付いたらしい。
 直ぐ様、こちらへ向かって飛んでくる。


あすか「タオル一枚貰うよっ!」


 その言葉と共に、踵を返す。
 今度は地面摩れ摩れを、割合ゆっくりと進んでゆく。
 程無く、そのままの高さで静止し、


あすか「そらっ!」


 タオルを振る。


あすか「……やっぱり!」


 なにかに納得したあすか先輩が、今度は、私達の頭上に素早く遣って来て、止まる。



339337/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:03:59.99ScalZ/xB0 (8/18)

あすか「いくよ……!」


 なにかを始めたらしい。


香織 「遥香、あれ!」


遥香 「……え、ちょっと! なに遣ってんの! あすかー!」


あすか「見れば分かるでしょ! 石畳を融かしてるのさ!」


遥香 「だからなんで!」


あすか「見てれば分かる! 一番遠い溶岩にだけ注目してて! 今度はこっち!」


 その言葉の直後、私の前方の石畳が、部分的に、明々と光った。十メートルくらい先だろうか。
 更に、一メートルずつくらいの間隔をあけて、石畳の上に、赤い「飛び石」が次々と形成されていった。それは丸で、見えないなにかが、一歩一歩進んでいるかの様だった。仮に、透明なゾウが蓄光塗料を踏んだ状態で真っ直ぐに歩いて行ったなら、こんな感じの足跡が、残されてゆくのかも知れない。


あすか「ここまでかな。」


 その言葉と共に、ゾウの歩みが止まる。


あすか「四人共、良く見ていて御覧。一番遠くの部分だ。」


 言われなくても、みんな既に目を注いでいた。



340338/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:04:29.84ScalZ/xB0 (9/18)

麗奈 「あ。」


 私より前方の空中を漂っていた高坂さんが、声を上げる。
 間も無く、私にも分かった。立ち止まったゾウの前足が、爪先側から消えていたのだった。
 軈て、その溶岩は、完全に消え去った。


あすか「みんな見えたね? 真っ黒い闇が、ちょっとずつこの世界を侵食している。しかも、あの『闇』に触れた物質は、この世界から消滅してしまうんだ。……それは、さっき麗奈ちゃんのタオルを使って確かめたから、間違い無い。……御免、麗奈ちゃん。タオルが一枚、少し短くなっちゃった。」


 こんな時にタオルの話か。


あすか「あの『闇』が、地球の殆どの物質を、あっという間に消し去ってしまったらしい。だから重力が存在しない。……というか、多分物質だけではなく、時間と空間も消滅している。あの『闇』の向こうには、もう我々の知っている宇宙は存在してはいないだろう。……あと、上から石畳を見ていて、確認出来た事が一つある。」

あすか「実は、一直線に伸びた石畳の、『闇』に触れている両端の部分から、最も遠い場所に……、久美子ちゃんが居る。……多分、主人公だから、特別扱いされているんだ。だから、今から久美子ちゃんの周りに、全員を集める。以上! ……香織と遥香と夏紀には意味不明だろうけど、質問は認めない。」


 あすか先輩はそう捲し立てると、ハンター二人の方へと飛んだ。


あすか「んー! 御免ね、香織、さびしかった? 二度と離さないよ?」


香織 「うん、あすか、愛してる……。」


 そういえば、あすか先輩にはフィアンセが居たのだった。



341339/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:04:59.92ScalZ/xB0 (10/18)

遥香 「いや、抱き付いてないで、早くなんとかしなさいよ。自由に動けるのはあすかだけなんだから。」


あすか「分かってるって。……ほら、優子ちゃんを捕まえな。」


 その台詞を聞いて顔を前に戻すと、高坂さんの体が吉川先輩の近くにあって、二人が御互いの手を掴む場面だった。両者共に、手にケータイを持っていたので、少し遣りにくそうだった。


あすか「よし。次は夏紀だ。」


 二人の体が、夏紀先輩に向かって動いてゆく。


あすか「夏紀、優子ちゃんを掴め!」


 夏紀先輩が、吉川先輩の腰に、手を伸ばす。


あすか「よし! いいぞ! ……しっかり掴んで、絶対離すな?」


 夏紀先輩は、吉川先輩の腰回りに、きつく抱き付いた。
 その上で、あすか先輩の方へ、顔を向ける。


夏紀 「御姉様、早く! 近くまで来てます!」


遥香 「そーよ。さっさと終わらせなさいよ。」



342340/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:05:29.80ScalZ/xB0 (11/18)

 振り向いた。
 確かに、世界を終わらせる「闇」が、かなり側まで、迫っていた。
 悠長に頭上で長話なんかしているから、こうなるのだ。


あすか「だいじょーぶ! 『闇』の進行はどんどんペースが落ちてるから。だから地球の殆どは最初の数秒で消滅しちゃったのに、わたし達は今でも生きてる。……多分、久美子ちゃんに近付けば近付く程、なにか抵抗する力が強くなるのかも知れないね。このペースなら……、ここまで来るのにあと十秒は掛かるよ。わたしなら余裕で――」


久美子(!)


夏紀 「あっ!」


 それは死亡フラグです! と警告する間も無く、あすか先輩がこちらに顔を戻した直後に、「闇」が一気に侵食し、三人はこの世から消え去った。
 なんという事だ。


麗奈 「不味いわね……。」


 全くだ。あすか先輩はこの中で、一番消えてはいけない存在だった。


麗奈 「ねえ優子、手を離して。」


優子 「え?」


麗奈 「早く!」


優子 「あ、はい……。」



343341/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:05:59.89ScalZ/xB0 (12/18)

 吉川先輩が手を離すと、高坂さんが、吉川先輩の体を掴む。


麗奈 「出来るだけ動かないで。」


優子 「はい……。」


久美子(え? あれってまさか……。)


 次の瞬間、高坂さんは、吉川先輩の上半身を両手で押して、その体から離れた。
 高坂さんの体が、こちらへ向かって来る。


優子 「……え? ……え?」


 吉川先輩は、信じられない、といった表情だった。しかも、押された所為で、ゆっくり回転しながら移動していた。
 高坂さんが、わたしに抱き付く。
 私の体もまた、ゆっくりと二人から離れ始めた。


久美子「ちょっと! 酷くない?」


麗奈 「なに言ってんの久美子。その為の眷族じゃない。」


久美子「そーだけど! ……でも、夏紀先輩は……。」


麗奈 「大丈夫。彼女も、優子を踏み台にすればこっちに来られるわ。」



344342/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:06:29.81ScalZ/xB0 (13/18)

優子 「ちょっと! 夏紀もその積もりなの?」


麗奈 「さあ、手遅れになる前に、早く。」


夏紀 「……いや、私はいかないよ。友達を死なせてまで生きようとは思わないし。しかも、既に結構離れてしまって、成功するとも限らないし。更に言えば、成功してもどっち道、この世界では生きられないでしょ。……それに、さっきあすか先輩に『絶対離すな』って言われたしね。……私は優子と死ぬ事にするよ。」


優子 「夏紀……。」


夏紀 「優子……。」


優子 「あー! やだー! なんで夏紀なのー! 香織先輩か麗奈様と一緒が良かったー!」


 せっかくの夏紀先輩の覚悟が、台無しだった。


麗奈 「優子!」


 高坂さんが一喝。


優子 「はい……。」


麗奈 「見苦しいわ、優子。静かに死になさい。」


優子 「麗奈様……。」



345343/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:06:59.83ScalZ/xB0 (14/18)

麗奈 「大丈夫、どうせ私も直ぐに死ぬわ。……あの世で一緒にトランペットを吹きましょう。」


優子 「……はい!」


 その直後だった。


夏紀 「あ……。」


優子 「え? あ……。」


 二人の姿が、「闇」のかなたへと消えていった。


久美子「……二人だけになっちゃったね。」


麗奈 「いいえ、多分まだ三人よ。……直に二人だけになるでしょうけど。」


久美子「……ああ。」


 そういえば、トランペットの先輩がもう一人居たのだった。
 彼女は、目覚めずに死んでゆくのだろうか。それとも、目覚めてから死んでゆくのだろうか。仮に体が普通の人間に戻っているのだとしたら、前者の方が幸いであろう。
 ならば、彼女の悲鳴が聴こえて来ない事を祈ろう。若しも苦痛を感じる為だけにここに存在しているのだとしたら、それはあまりにも悲しい。
 そう思って、はたと気付いた。



346344/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:07:29.72ScalZ/xB0 (15/18)

久美子「ねえ、結局、私達の『存在意義』ってなんだったんだろうね。」


麗奈 「ああ、あの、久美子が主人公だから、っていう?」


久美子「うん。」


麗奈 「まあ、確かに、こんな状況でもまだ生きているんだから、というか、生かされ続けているんだから、久美子にはまだなにか特別な理由、あの人が言っていた『存在意義』という物が、あるのかも知れないわね。……なにかしら。」


 そう言って、彼女は考え始めた。


麗奈 「この状況でも出来る事……、久美子が、こんな状況でも出来る事……。」


 ケータイの明かりに浮かび上がるその表情は、真剣その物だった。


麗奈 「今まで久美子が敢えて遣らなかった事で、こんな状況でも……あ。」


久美子「え、なに?」


麗奈 「あ、いえ、なんでも無いわ。」


久美子「んーん、言って。それが答えかも知れないし。」



347345/345 ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 00:07:57.86ScalZ/xB0 (16/18)

麗奈 「いや、絶対違うし……。」


久美子「全然構わないよ! それに、それがなにかヒントになるかも知れないしさ。」


麗奈 「そっか、なら言うけど、……見当違いでも怒ったりしない?」


久美子「しないしない!」


 寧ろ、早く言わないと怒る。


麗奈 「そう。……じゃあ言うわね。私……。」


 高坂さんはそこまで言うと、大きく息を吸った。
 そして、こちらを見てくる。
 美しい高坂さんの瞳と目が合い、少しどきりとした。


麗奈 「私、やっぱり久美子のマーライオンが見たかったわ。」


久美子「……ちょ、もー! 今それ言う?」


〈了〉



348総括(1/2) ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 20:54:16.60ScalZ/xB0 (17/18)

スレを建てたら[たぬき]のAAと共に「またバグだ」と表示されていたのでスレ建てに失敗したのだと思った。
そうしたら他の人に2getされていた。一生の不覚。

連投スクリプト対策の25秒は私には長過ぎた。
ここに書いても無意味かも知れないが、15秒ならもっと楽に投稿が出来ていた。



349総括(2/2) ◆WJBKjMiKIY2018/06/07(木) 20:55:28.86ScalZ/xB0 (18/18)

>>2がなにを期待してどのくらい期待外れだったかが気になる。
400枚分は大変だろうが、見たら感想が欲しい。

個人的にはこれで遣りたい事は(「ドラえもん」を含めて)全部遣った。
あとは感想と質問を待つのみ。



350以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします2018/06/08(金) 08:06:32.97UMaHYU7SO (1/1)

後書きがくさい


351 ◆WJBKjMiKIY2018/06/08(金) 23:55:17.92RhpCyDPZ0 (1/1)

後書きの感想(?)ありがとう。
出来れば本編の感想が欲しかったな。



352以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします2018/06/10(日) 20:04:30.25aZ7FOYupo (1/1)

>>2だけど
面白かった
特徴とかよく掴めてると思う違和感覚えないし
もっと百合感が強くても良いと思いました
もっとグロ描写きつめかと思ってた
これなら茶の間で家族とも大丈夫な親切作品ね
2getしてすまなんだ
おつおつ


353後書き ◆WJBKjMiKIY2018/06/12(火) 23:15:45.00z9RGZXuf0 (1/1)

感想ありがとう。
特に質問も無さそうなので依頼してきました。

因みに部長の名前は正しくは「遥香」ではなく「晴香」でした。日曜の深夜に名前の誤りに気付きました。
執筆の終盤で何度も「晴香」を目にする機会があったのに、正誤が逆の可能性に思い至らなかったのは一生の不覚(※今月二回目)でした。

因みに、当時(2015年)の日記やらなにやらを見たら、5月21日には「はるか」と書いていて、6月2日には「晴香」でした。
いつ、いかにして記憶が変化したのか、突き止めたら学会に報告しようと思います。

序でに、3年前から今日に至るまでに思い付いたネタは以下のスレに投稿しました。
まだ忘れているネタがあるかもですけど、さすがに三年分の日記の検索は億劫なので遣りませんでした。

ふと思いついた小ネタ(スレタイ含む)を書くスレinSSRその1
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1468086173/

2015年は吸血鬼が登場する作品が多過ぎでした。
個人的には気に入らないのは吸血鬼物だけではありませんが、取り敢えず吸血鬼滅ぶべし。

本編と後書きをここまで読んでくれた人はありがとう。
本編を読まずにここまでスクロールした人もありがとう。

それでは、御機嫌よう。



354以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします2018/06/16(土) 09:03:28.15CK4KJw39o (1/1)

おつおつ
次も会えることを楽しみにしてる
また2getできるように頑張るね