436 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 19:53:21.16cdGZSoBF0 (12/19)

僧侶「大事な人……紋章持ちの仲間ということでしょうか」

勇者「そうかもしれないし、違うかもしれない。そこは行ってみないとわからないかも」

紅目のエルフ「ふうん、結構漠然としたことしかわからないのね」

勇者「これでも以前よりは大分感じ取りやすくなった方なんだよ」

勇者「最初の頃はそうだな……右か左かでいえば右、っていうのが分かる程度だったんだから」

勇者「北方連邦国に向かったのもその程度の理由から」

紅目のエルフ「へえ。じゃあ徐々に勇者の力を使いこなせるようになっているってわけ?」

勇者「……そうだね。そういうことだと思う」

紅目のエルフ「ふうん……」

紅目のエルフ「それで、その麓の集落まではどれ位で着くのかしら?」



437 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 19:54:09.79cdGZSoBF0 (13/19)

暗器使い「明日に着く駅から馬で一週間程だそうだ」

僧侶「また馬を借りることになりますね」

勇者「大陸中を機関車が走っているとはいえ、最後は結局馬に乗らないと行けない所は多いからね」

勇者「線路の要らない機関車が登場すれば、もっと便利になるんだろうけど」

暗器使い「線路の要らない機関車か……どんなものか思いつきもしないな」

僧侶「私達が生きている間に発明されると良いですね」

紅目のエルフ「私なんかは立ち会えそうだけどね……老い先短い人間ではどうでしょうね」

勇者「こういう時は亜人が羨ましくなるよ」

紅目のエルフ「長く生きることって、良いことばかりではないけどね」

暗器使い「ま、そうだろうな」



438 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 19:56:22.41cdGZSoBF0 (14/19)

暗器使い「俺なんかは仕事柄恨みを買いやすいから、長く生きてちゃ抱えきれないほどの恨みを抱えちまう」

暗器使い「ある程度でさっさと死んでしまうほうが良いと思っているぐらいさ」

僧侶「そんな……」

暗器使い「心配するな、ただの気分の話だ。実際に死んでやろうってわけじゃない」

僧侶「そうですよね、死んじゃったりしないですよね……?」

僧侶「もう親しい人が亡くなるのは沢山です……」

暗器使い「……悪かった、話題として適切じゃなかったな」

紅目のエルフ「まったくよ。私の僧侶ちゃんを泣かさないでくれる?」

僧侶「エ、エルフさん……苦しいです……」

暗器使い「悪かったって。ほら、話題変えようぜ」



439 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 19:57:04.99cdGZSoBF0 (15/19)

暗器使い「ほら……勇者、何かないか?」

勇者「えっ、そんな無茶ぶり……」

勇者「それよりせっかく買ったんだからトランプやろうよ」

紅目のエルフ「トランプー? 今そんな気分じゃないのだけれど……」

勇者「こういうのはどう? 一番の人は最下位の人になんでも一つ、命令出来るっていうのは」

紅目のエルフ「……ほー、いいわね……」

僧侶「何故かは分かりませんが、エルフさんを勝たせてはいけない気がします……」

僧侶(自分がトップを目指すのではなく、エルフさんが勝たないように上手く試合を運ばなければ……!)

暗器使い「……トランプか……」

紅目のエルフ「どうしたの? まさかやったことが無いなんて言わないわよね」

暗器使い「……悪いがそのまさかだ。娯楽の類は酒以外関わらずに育ったものでな」


440 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 19:57:43.27cdGZSoBF0 (16/19)






勇者「さて、ようやく集落に着いたね」

僧侶「かなり山奥まで来ましたね……」

勇者「うん、このまま更に奥に進むのは危険だから、寝床が借りられないか聞いてみよう」

暗器使い「……頼む、今晩もう一戦だけ……」

紅目のエルフ「駄目よ。もう私が一位で貴方が最下位なのは覆らないわ」

僧侶「経験の有無が関係ないババ抜きを選んだはずなのに、見事に暗器使いさんがボロ負けですものね」

僧侶「ここに来るまでの一週間での暗器使いさんの勝率、一割を切っているような気が……」

暗器使い「絶対におかしい……なにか仕組まれているはずだ……」

紅目のエルフ「暗器使い相手にイカサマやれるほど器用じゃないわよ私達は」

僧侶「それにしても暗器使いさん、変わりましたよね」



441 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 19:59:12.07cdGZSoBF0 (17/19)


暗器使い「俺がか……?」

僧侶「ええ、最初に出会った頃よりもずっと、感情を表に出してくれるようになった気がします」

暗器使い「……そうだろうか」

紅目のエルフ「ま、勇者の影響でしょうね」

勇者「え、僕の?」

紅目のエルフ「自覚は無いかもしれないけれど、貴方にはそういうところがあるのよ」

紅目のエルフ「罰ゲームは好きなタイミングで使わせて貰うわね。楽しみにしていて」

暗器使い「はあ、お手柔らかに頼む」

紅目のエルフ「さあて、それはどうしましょうかね」


442 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 19:59:47.01cdGZSoBF0 (18/19)



楽しそうに鼻歌をしながら歩く紅目のエルフを先頭に、勇者たちは集落の中で部屋を貸してくれるという酒場を目指した。

その酒場の主人曰く、ここより先に何かがあるとすれば山の仙人の住処だという。

仙人とはこの集落で古くから伝わっている山の主で、数百年も前から度々その姿が目撃されているという。

その仙人が勇者の探している者かは分からないが、一行は一晩を集落で過ごすと、伝承にあるという一際険しい山道を進んだ。




443 ◆8F4j1XSZNk2019/03/03(日) 20:00:33.99cdGZSoBF0 (19/19)

《過去の英雄》編です。
あんまり長くはないです。


444以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/03/03(日) 21:39:25.77v09+sAZDO (1/1)

乙乙
待ってた


445以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/03/04(月) 07:45:58.80Oe6kDEZaO (1/1)


書き込みしてないけど見てる


446 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 13:51:57.584+gFEq4K0 (1/38)

>>444 >>445
いつもありがとうございます。


447 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 13:56:20.264+gFEq4K0 (2/38)






そして、その住処らしき場所は呆気なく見つかった。

呆気なく、とは言うが険しい山道であったことは確かだ。

しかしその途中で何者かの妨害があったり、罠が張り巡らされていたりという事は無かった。

山頂付近の台地にあるその建物は、かなり古いがきちんと手入れされている様子で、ここに何者かがいることは確定だった。

勇者は警戒しつつ、その扉を叩いた。


勇者「すいません、どなたかいらっしゃいますか」


勇者の声に帰ってきたのは沈黙で、間をおいてから再び扉を叩こうとしたとき、向こう側で鍵を開ける音が聞こえた。

中から顔を覗かせたのは、勇者よりも幾つか下に見える短髪の少女だった。

あまり大柄では無いが、その引き締まった筋肉と身なりから何らかの武術家ではないかと予想された。


448 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 13:57:03.654+gFEq4K0 (3/38)



勇者(お、女の子……!? この娘が仙人ってこと……?)

褐色肌の武闘家「……どうぞ、お師匠様が中で待ってるよ」

僧侶「(……彼女の師が仙人と呼ばれている方なのでしょうか)」

勇者「(うん、流石にこの娘が仙人っていうことは無さそうだね……)」


四人は案内されるがままに奥の間へと進むと、そこは甘ったるい白煙が立ち込める異様な空間だった。


暗器使い(この煙は……まさか……)

暗器使い「お前たち下がれ。この煙を吸うな」

僧侶「なっ、まさか毒……!?」

暗器使い「毒ではないが……似たようなものだ」

紅目のエルフ「これは……麻薬よ。かなり流行りのものね」



449 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 13:58:49.034+gFEq4K0 (4/38)

僧侶「ま、麻薬……!?」

勇者「一体なんでこんな所に……」

褐色肌の武闘家「……お師匠様! それは控えてって何度も言っているじゃないか!」


短髪の少女がそう怒鳴ると、部屋の奥で横たわっていた人物は面倒臭そうに白煙を吐き出した。

少女は喫煙具を取り上げてから、窓を全て開けて部屋の換気を行った。

それから十分に換気ができた頃に、もう一度勇者たちを招き入れた。


褐色肌の武闘家「先程は師が失礼を……ほら、しゃんとして!」


師と呼ばれた人物は少女に叩き起こされて、ようやく勇者たちと顔を合わせた。

その虚ろな目をした人物は女性だった。

武闘家の少女ほど幼くは無いが、やはり仙人と呼ぶには若いように見えた。


450 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:00:23.714+gFEq4K0 (5/38)



武闘家の師「……やあ、来たね」


女性は仕方がなく普通の煙草を咥えて、しかしやはりひどい隈の虚ろな目で勇者たちを見て言った。


武闘家の師「君たちは当代の勇者一行だろう?」

勇者「……何故それを?」

武闘家の師「そりゃ分かるさ。全員紋章を宿しているじゃないか」

武闘家の師「それが分からなくなるほど頭はやられちゃいないよ」

武闘家の師「しかし君が当代の勇者か……ふむ、なるほど」


武闘家の師は勇者の顔を覗き込むように身を乗り出した。

露出の多い服の間からは彼女の入れ墨まみれの肢体が覗いていた。


勇者「あ、あの……?」



451 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:02:05.684+gFEq4K0 (6/38)

武闘家の師「……他は何も似ていないが、瞳だけはそっくりだ……」

勇者「え……?」

武闘家の師「……いや、なんでもない……」

勇者「…………」

勇者「……あの、貴女は……」

武闘家の師「ん? なんだ?」


勇者「……貴女は、初代格闘家様ではありませんか?」


紅目のエルフ「なっ……」

暗器使い「何だと……?」

僧侶「何を言っているんですか勇者様!? 初代格闘家様は千年も前の人物なんですよ!?」



452 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:05:43.404+gFEq4K0 (7/38)

武闘家の師「……何故そう思う?」

勇者「……夢に出てくる姿にそっくりなので」

武闘家の師「夢?」

勇者「ええ。この剣の影響だと思うのですが、最近良く夢の中で見るんです」

勇者「初代……いえ、歴代の勇者の断片的な記憶を」

武闘家の師「この剣が……?」

勇者「貴女はこの剣について何かご存知ではありませんか?」

武闘家の師「いや、残念ながら私は何も知らない……だが」

武闘家の師「その剣が見せたという夢の信憑性については保証しよう」

僧侶「え……それではまさか本当に……」


453 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:06:32.814+gFEq4K0 (8/38)



武闘家の師→初代格闘家「そういうことだな。私が初代勇者一行の格闘家だ。よろしくな」


暗器使い「馬鹿な……千年前の話だぞ! 人間はおろか、亜人でさえ生きるのは難しい年月だ」

紅目のエルフ「そうね。強力な力を持った人外以外は千を超える歳を生きる事は不可能だわ」

初代格闘家「勿論私自身の力じゃない。一種の呪いみたいなもの」

初代格闘家「千年前のあの日以来、ずっと死ねない身体で彷徨って来た」

初代格闘家「この辺りに腰を据えたのは五百ぐらい前のことだったかな」

初代格闘家「この辺は、ほら……薬が手に入りやすいから」

褐色肌の武闘家「お師匠様……」

僧侶「かつては世界を救った英雄が、何故そんな薬に手を出して堕落しきっているのですか……?」

初代格闘家「疲れたのさ」



454 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:11:27.884+gFEq4K0 (9/38)

初代格闘家「目的も目標もない。愛する家族もいない」

初代格闘家「そんな中で死ねないまま永遠に生きるなんて気が狂う」

初代格闘家「何度も死のうと試したけど、“あいつ”の力はそんな全てを無視して私を生かした」

初代格闘家「毒を飲もうが、火に炙られようが、身体を真っ二つにしようが、数千の高さから身を投げ出そうが……私だった肉の塊は必ず私に戻る」

初代格闘家「薬だって駄目さ。すぐに脳みそは正常に戻ってしまう」

初代格闘家「だけど逆に言えば、いつまでたってもこいつが効きにくくなるって事はない。何時だって少量でも飛べる」

初代格闘家「こいつを吸っている間だけはどこまでも沈んでいける」

僧侶「そんな……」

初代格闘家「後ろのお二人はこいつを知っていたようだけど……ふふっ、やったことあるのかい?」

暗器暗器使い「俺は仕事柄、あんたみたいな連中を相手にすることもあったってだけだ」



455 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:14:22.064+gFEq4K0 (10/38)

紅目のエルフ「私も似たようなものね」

初代格闘家「なーんだ、仲間が増えるかと思ったのに」

初代格闘家「それで、こんな薬漬けの女に何のようだい? この山奥に偶然来たってことは無いだろう?」

勇者「それも、おそらくはこの剣の力で……」

勇者「僕たちが行くべき場所が、何となく分かるんです」

初代格闘家「それがここだと」

勇者「はい」

初代格闘家「しかしここには何もないよ?」

初代格闘家「今起こっていることも大体は知っているが、私は関わるつもりはないし」

暗器使い「関わるつもりがない、とは……」



456 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:15:10.534+gFEq4K0 (11/38)

初代格闘家「そのままの意味だよ。私はその新生魔王軍とやらが何をしようと、興味は無いから」

僧侶「そんな……! 大陸を揺るがす大事態なのですよ!? かつて世界を救った貴女が一体何故……!」

初代格闘家「世界を救った……ね。別に私はそんなつもりじゃ無かったんだけどね」

初代格闘家「結局は自分の周りの小さな世界を守るのに精一杯だったのさ」

初代格闘家「そして私は、それすらも手に入らなかった……」

初代格闘家「もうどうだって良いのさ。勝手にやっていてくれ」

僧侶「しかし……!」

勇者「初代勇者……僕のご先祖様が残してくれたこの世界を、一緒に守ってくれはしませんか……」

初代格闘家「……あいつはこんな世界は望んでは居なかったさ」

初代格闘家「結局昔と変わらない……いや昔よりも酷い種族間の差別が大陸中に蔓延している」



457 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:20:23.534+gFEq4K0 (12/38)

初代格闘家「その極めつけが今回の件なんじゃないのかね」

初代格闘家「本当に救うに値するのかい、この世界は」

褐色肌の武闘家「…………」

暗器使い「……時間の無駄だ、さっさと下山するぞ」

勇者「暗器使い……」

暗器使い「あれは死人の目だ。肉体は生きているが、精神は死んでいる」

暗器使い「死人に生者の声は届かない」

初代格闘家「彼の言う通りだ。もし君たちがこの世界を救いたいと言うのなら、ここで油を売っている暇なんて無いんじゃないかね?」

勇者「……最後に一つ良いですか?」

初代格闘家「何だい?」


458 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:21:01.744+gFEq4K0 (13/38)



勇者「後の二人は、どこへ?」


初代格闘家「…………」

勇者「最後の戦いで行方不明になったのは貴女と、初代剣士様と、初代アサシン様だ」

勇者「彼らがもし、貴女と同様に何らかの手段で生き永らえているとしたら……その行方をご存知なのではないですか?」

初代格闘家「……それは……」


初代格闘家「ん……?」

褐色肌の武闘家「お師匠様……!」

勇者「これは……!」

僧侶「何か、来る……!」

暗器使い「やばいな、かなりの力を感じる……」



459 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:22:20.924+gFEq4K0 (14/38)

紅目のエルフ「……ふん」


勇者たちが外へ飛び出すと、そこには赤色と銀色の甲冑に身を包んだ二体の人外が待ち構えていた。

彼らか感じる力はやはり、勇者ら誰よりも強大なものであった。


ゼパール「彼奴が当代の勇者であるか」

サロス「なるほど最初の報告のように、貧弱そうな男よ」

サロス「それが今や驚異となりつつあるとは本当か。にわかには信じられん」

暗器使い「ちっ、この間の騎士と言いデタラメな力を持ったな奴らが出てきたな……」

勇者「ゼパールとサロスだ……皇国に出たっていうレライエと同じレベルの人外だと思っておいていいよ」

サロス「ほう、我らを知るか。やはり勇者の系譜であることは確かなようだ」

ゼパール「レライエか……あの女は魔王軍幹部の面汚しである。あんな辺境の教会一つ落とせぬとは、我より序列が上であったことに疑問が残る」



460 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:27:23.724+gFEq4K0 (15/38)

サロス「さあ勇者よ、長旅ご苦労であった。ここでその命、散らして貰おうか」

ゼパール「まあまてサロスよ。この程度の者ら、我一人で十分だ」

サロス「……そう言うのであれば譲ろう」

ゼパール「ふふ……そちらは一人と言わず、全員でかかってくると良い」

ゼパール「参るッ!!」

勇者「来るっ……!!」


赤い甲冑のゼパールが勇者の方へ一直線に迫った。

彼の剣による刺突を弾いた勇者は身をかがめてゼパールの足を薙ぎ払おうとする。

しかしそれは跳躍によって避けられ、ゼパールの剣は勇者へ向けて振り下ろされた。


暗器使い「させるか……!」




461 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:28:25.904+gFEq4K0 (16/38)

その一撃は暗器使いの投擲した鎖に絡め取られて阻害された。

得物の動きを封じられたゼパールの顔面に対して勇者が刺突を繰り出す。

しかし、剣が鎖で絡め取られているにも関わらずゼパールはそれを構え、振り抜いた。

鎖を握っていた暗器使いは地面に叩きつけられ、勇者は剣を弾かれてしまい肩に一撃をもらってしまう。

傷は浅いとはいえ不利な状況であるため、一旦後ろへ跳んで距離を取らざるを得なかった。


暗器使い「くっ……!」

勇者「やはり、強い……!」

ゼパール「良い……良いぞ貴様ら。報告よりも遥かに強くなっている」

ゼパール「特に勇者。剣術が様になってきたようだな」

ゼパール「これは潰し甲斐がある……」



462 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:29:13.694+gFEq4K0 (17/38)

勇者「相手さんは余裕って感じだ……」

僧侶「勇者様、傷を……」


僧侶が手をかざすと勇者の傷はみるみる内に塞がった。

ゼパール「ふむ……それが噂に聞く僧侶の力か……」

ゼパール「徐々に削っていたぶってやるのが楽しみだったのだが、その女は少々邪魔である」

ゼパール「サロス、その女は譲ろう」

サロス「……勝手なことを。だが、承知した」

勇者「……! 僧侶! 下がって!」

サロス「遅い……!」


勇者が叫んだ時には既にサロスは背後に回り込んでおり、彼の剣が僧侶の首筋を捉えていた。




463 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:31:38.844+gFEq4K0 (18/38)

僧侶「やっ……!」

紅目のエルフ「させない……!」


間一髪の所で、その剣は紅目のエルフが生み出した太いツタによって阻まれた。


ゼパール「……ふむ」

ゼパール「耳長よ、なぜ貴様は戦闘に参加しない」

紅目のエルフ「……私にも色々事情があるの……!」


紅目のエルフは僧侶を抱きかかえて大きく後ろに距離を取った。


紅目のエルフ「この娘は私に任せて。二人はゼパールに集中しなさい」

勇者「わかった……!」

暗器使い「ああ……!」



464 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:32:46.864+gFEq4K0 (19/38)

ゼパール「くくく……気合を入れいるのは良いが、我に一撃でも入れてからにするのだな……がっ!?」


ニヤリと笑っていたゼパールの横顔に、強烈なストレートが叩き込まれた。


褐色肌の武闘家「はい一発目」

ゼパール「……この小娘があ……!」


ゼパールが薙ぎ払った剣を跳躍して避けた彼女は、更に膝を顔面にお見舞いした。


褐色肌の武闘家「勇者さん、今だよ!」

勇者「う、うん!」


呆気にとられていた勇者だったが武闘家の声でハッとし、ゼパールの元へ跳躍して縦に一閃、剣を振るった。


暗器使い「おまけだ!!」


どこからか取り出した槍を構えた暗器使いが、それをゼパールの胴体めがけて投擲した。



465 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:34:55.204+gFEq4K0 (20/38)

それは先が少し刺さった所で、ゼパールの手によって止められてしまった。

しかしその隙きにもう一撃、勇者の剣がゼパールの首筋を斬りつけた。

だがゼパールはそれすらも浅く喰らうだけで回避してしまった。


ゼパール「ぬううううっ小癪な……!」


致命傷は与えていないが、しかし確実に勇者たちのペースだった。

素早く、小回りの効く武闘家の立ち回りのおかげで少しずつゼパールは押されていった。


サロス「ゼパール殿。これは全力を出したほうが良いのでは?」

ゼパール「分かっておる……! やるぞ……!」

サロス「仕方があるまい、手伝おう」

暗器使い「何かは分からんが術を発動する気だ! 止めるぞ!」



466 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:35:59.374+gFEq4K0 (21/38)

サロス「遅い!」


暗器使いが叫んだ頃には既に遅く、ゼパールとサロスによって何らかの術は発動されてしまった。


暗器使い「……何も、起きない……?」

僧侶「ゼパールやサロスの持つ特別な力……それは確か……愛……?」


ゼパール「参る……!」

サロス「覚悟……!」


ゼパールと先程までエルフと僧侶を牽制するだけだったサロスが同時に攻撃を仕掛けて来た。

ゼパールの重い剣撃を、勇者は受け止めるので精一杯だった。

その背後からサロスの剣が迫る。


僧侶「勇者様!」



467 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:42:35.054+gFEq4K0 (22/38)

勇者「くっ……!」

勇者(ギリギリ……躱せる……!)


勇者がそう思った、その時であった。


褐色肌の武闘家「……ごっ……ふ……!」


勇者とサロスの間に割り込んだ武闘家の腹部に、剣が深々と突き刺さっていたのだ。


勇者「なっ……!?」

暗器使い「そいつを抱えてこっちに引けっ……!」

紅目のエルフ「援護するわ……!」


暗器使いの援護を受けながら勇者は武闘家を抱えてゼパールらの挟撃からどうにか逃げる事ができた。

腕の中の武闘家は衰弱しており、息も絶え絶えであった。


468 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:47:35.764+gFEq4K0 (23/38)



僧侶「治癒します……!」

勇者「何で僕を庇ったんだ……! まだあって間もない相手をどうして……!」

褐色肌の武闘家「ゆ、勇者……様……」

ゼパール「不思議か、勇者よ」

勇者「ゼパール! 一体何をした!」

ゼパール「これこそが我らの力……愛情を操る力である」

ゼパール「その小娘の愛情の矛先が、全て貴様に向けられるようにした」

サロス「我々二人での重ねがけだ。その愛情は深く深く、燃え上がったのだ」

サロス「命を投げ出してでも助けたいと思えるほどにな……」

サロス「非常に……美しく燃え上がり、散った。甘美なものだ」



469 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:48:33.734+gFEq4K0 (24/38)

勇者「お前達……!」


勇者の眉間に皺が寄り、剣を握る力が増した。

何かが内側から溢れ出すような感覚がした。


初代格闘家「人の家の前でうるさいんだよお前たち」


勇者が立ち上がろうとしたその時、初代格闘家が屋敷の中から姿を表した。

口には煙草、手には酒壺と相変わらずの格好ではあったが、その瞳は先程までとは少し違っていた。


サロス「女、何者だ。邪魔立てをするのであれば貴様も……」

ゼパール「……待て、まさか……その顔は……!」

ゼパール「初代格闘家……であるか……!? しかし、馬鹿な……!」

サロス「何……!?」



470 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:52:09.794+gFEq4K0 (25/38)

初代格闘家「やあやあ久しぶりだねえ。最近はずいぶんと馬鹿なことをやっているみたいだけど……」

ゼパール「ふん、我々を止めるか……」

初代格闘家「いやあ興味が無いと言った手前、手を出さないでおいたんだけどね」

初代格闘家「でも弟子に手を出されたんじゃ、今回限りはこちらも黙ってはいられない」

初代格闘家「馬鹿な子だよ。放っておけと言ったのに」

サロス「ゼパール殿、此奴は危険だ。いま消さねばならない」

ゼパール「待て、此奴は……!」


ゼパールが静止した次の瞬間、サロスの上半身が消滅していた。

初代格闘家の拳によって。


初代格闘家「身内に関わんなきゃ、私も何もするつもりは無いさ。後は好きにやりな」




471 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:52:49.004+gFEq4K0 (26/38)

勇者の腕の中で傷を完全に治癒された武闘家を抱えて初代格闘家は後ろへと引いた。

武闘家を自分の膝で寝かせて、彼女自身は胡座をかいて酒を煽り始めた。

手を出すつもりは本当に無いらしい。


紅目のエルフ(これが初代勇者パーティーの一員の力……)

ゼパール(ぬううう、まさかこんなイレギュラーが存在するとは……! 失態だ。せめて勇者の命を取らねば引くことは出来ん……!)

勇者「ねえゼパール、聞かせてよ」

ゼパール「……何だ……」

勇者「どうして急に“僕を殺すことにしたの”?」

暗器使い「…………」

僧侶「それって、どういう……?」



472 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:58:36.814+gFEq4K0 (27/38)

ゼパール「気が付いていたか、勇者よ」

勇者「そりゃね。僕を殺すタイミングなんていくらでもあったはずだ」

勇者「まずは僕と僧侶の両親が殺されたあの日。父さんを殺すついでに僕も殺すことが出来たはずだ」

勇者「そして何より法国でのダンジョン攻略の時……」

勇者「他のダンジョンでは最深に辿り着いた攻略者を結界で閉じ込めて、その後に結界内の自爆の魔法陣でそれらを全滅させる仕組みになっていた」

勇者「実際、結界やその自爆の魔法陣を解除できなかった攻略者らは死亡、良くても重症の者がほとんどで、実力者を失った各地は大打撃を受けた……」

勇者「それなのに僕たちの攻略したダンジョンには、その自爆の魔法陣が無かった」

勇者「僕を殺すつもりなんて初めから無かったんだ」

僧侶「で、でも北方連邦国では影使いに殺されかけたじゃないですか……!」

暗器使い「後で遺体を確認したが、あれは人間だった」



473 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 14:59:19.454+gFEq4K0 (28/38)

暗器使い「恐らくは貴族院が別に雇った者だったんだろう」

紅目のエルフ「で、何で新生魔王軍の皆さんは勇者を殺さずに見逃し続けたのかしら?」

勇者「それは……」

勇者「それは僕が稀に見る弱い勇者だからさ」

僧侶「え……」

勇者「勇者の力の継承システムはこうだ」

勇者「基本的には男女を問わず、勇者の子が勇者の力を受け継ぐ」

勇者「その引き継ぎのタイミングは先代が亡くなった瞬間、あるいはその子供の齢が二十に到達した時」

勇者「しかし勇者が子を授からずしてなくなった場合、最も近縁の者に継承権が移る」

勇者「例えば兄弟や、従兄弟など」



474 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:00:58.284+gFEq4K0 (29/38)

勇者「つまり勇者を殺しても次の勇者がすぐに誕生する」

勇者「勇者の候補を全て見つけ出して殺すというのは現実的ではない」

勇者「だから奴らは方針を変えたんだ。最も弱い勇者に、長くその力を所持して居てもらおうって」

ゼパール「その通りである……しかしやはり初代勇者の呪いは恐ろしいものだ」

ゼパール「貴様のような小僧を、みるみる内に強き者へと成長させていった」

ゼパール「その芽を、刈り取らざるを得なくなったのだ」

勇者「……じゃあもう、怯えている暇なんて無いんだね」

ゼパール「安心しろ。その暇もなく殺してくれる!」


ゼパールの目にも留まらぬ素早い攻撃が、勇者の首を切り落とした。

ように見えた。


475 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:01:52.414+gFEq4K0 (30/38)



ゼパール「がっ……! 馬鹿なっ……!!」


実際には勇者の剣がゼパールの片腕を切り落としていたのだ。


勇者「──“俺”も、もう前に進まなくてはいけない時が来た」


僧侶「勇者……様……?」

紅目のエルフ(いや……“誰だ”……?)

暗器使い「…………」

ゼパール「何だ……この力は……まさか……!」

ゼパール「くっ……!」


ゼパールは身を翻してこの場からの撤退を試みた。

しかし、突如目の前に現れた植物の壁にそれを阻まれる。




476 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:02:23.084+gFEq4K0 (31/38)

紅目のエルフ「貴方に逃げられるの困るのよねえ」

ゼパール「耳長っ……! 貴様ァ……!!」

勇者「トドメだ……!」

ゼパール「ぐ……あああああああああっ!!」


勇者の剣が、ゼパールの身体を縦に両断した。


初代格闘家(今一瞬……)

初代格闘家「……いや、まさかね」


477 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:08:13.884+gFEq4K0 (32/38)






僧侶の早急な治療の甲斐もあって、武闘家は一命をとりとめたどころかすぐに元気になった。

だが初代格闘家が無理にでも休めと命令をしたため、今は奥の寝室で寝息を立てている。


初代格闘家「……あの子は孤児でね。私が気まぐれで里に降りた時にたまたま出会ったんだ」

初代格闘家「ただの気まぐれだったんだけどね……もしかしたら意識はしていたのかもしれない」

初代格闘家「勇者も孤児で、拾われた身だった。そしてその勇者がまた私を拾ってくれた。そういう繋がりをね」

初代格闘家「随分と自分らしくないことをしたという自覚はあるよ」

僧侶「そんなことは……」

初代格闘家「そんな事より、だ。さっきの件で向こうさんも本腰を入れてきたって事が分かったんじゃないか?」

初代格闘家「ここで道草を食っている時間はあまりなさそうだね?」



478 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:08:47.904+gFEq4K0 (33/38)

勇者「……そうですね」

初代格闘家「……とにかく紋章持ちを全員探し出すことを優先したほうが良い」

初代格闘家「それが次に繋がる鍵になるから」

勇者「……! 分かりました……!」

初代格闘家「まあ今日はもう遅い。ゆっくり休んで明日発つと良いよ」

紅目のエルフ「そうね、お言葉に甘えさせてもらおうかしらね」

初代格闘家「人数分は無いけど奥の寝室を適当に使っていいから」

初代格闘家「勇者君、私の可愛い武闘家ちゃんを襲ったら駄目だからね」

勇者「襲いませんよ!!」


479 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:09:35.034+gFEq4K0 (34/38)






???「やあ、寝たばっかりなのに悪いね」

勇者「いえ……大丈夫です」

勇者「……やはり今日のは……」

???「うん。かなり“進行”したね」

???「君が俺の力を使えば使うほど進んでいって、更に力が発現しやすくなる」

???「負の連鎖さ」

勇者「そんな風には思っていませんよ」

勇者「僕自身の力だけでは、救えるものも救えない」

勇者「貴方の力があってこそだ」



480 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:10:09.554+gFEq4K0 (35/38)

???「そう言ってもらえると、俺も少しは気が楽になるよ」

勇者「そんな顔しないでください。これは代々受け継がれてきた使命なんでしょう?」

勇者「なら僕も、目一杯利用させて貰いますよ」

勇者「“初代勇者様”……貴方の力を」

???→初代勇者「……ああ……そうしてくれ」


481 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:14:06.884+gFEq4K0 (36/38)






翌日、勇者らは初代格闘家の家を出発し、次の目的地へと向かった。

同時期に、大陸会議で取りまとめられた帝国、王国、共和国による共同攻撃が魔国に向けて行われたが、それは完全に失敗に終わってしまった。

まるで、作戦の全てが筒抜けであったように。

現在各国は内通者の存在を疑っている。

特に、あの会議の場に居た者が疑わしいとされている。


482 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:14:41.744+gFEq4K0 (37/38)



《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 黒い騎士 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 フードの侍 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス


483 ◆8F4j1XSZNk2019/03/31(日) 15:15:38.264+gFEq4K0 (38/38)

《過去の英雄》編はここまでです。
次回は《出会いと》編です。


484以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/04/01(月) 06:10:44.66b+z5XT7DO (1/1)


エタったかと心配してたが杞憂だったな良かった


485 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 15:36:32.85r8B/g0op0 (1/20)

《出会いと》


初代格闘家の隠れ家で新生魔王軍の幹部を打ち破ってから二ヶ月が経過した。

道中で新生魔王軍に感化された人外らとの小競り合いなどには何度か巻き込まれたが、魔王軍そのものの幹部級の襲撃は一度しか無かった。

おそらくは戦線の激化に伴って遠方に割ける戦力も多くは無くなってしまったのだろう。


暗器使い「こっちには第五聖騎士団長が言っていたっていう、初代勇者の剣術に大きく影響を与えた流派の里が有るんだってな?」

勇者「うん、今はそこを目指そうと思って」

紅目のエルフ「そこで勇者が修行を始めるなんて言い出したら、私達は何をしていれば良いのかしら」

僧侶「仮にそうなったとしたら、退魔師ギルド員としての仕事をしましょう」

僧侶「実力者が多く戦線に招集されている今、今までのような安全確保がままならない地域も有ると聞いてます」

僧侶「それならば自由に動ける我々は出来る限りのことをするべきでしょう」



486 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 15:37:14.83r8B/g0op0 (2/20)

紅目のエルフ「真面目ねえ……」

紅目のエルフ「はあ、それにしても……」

暗器使い「言いたいことは分かるが、改めて実感するな」

紅目のエルフ「広すぎるのよ帝国は……! 汽車であと一体何日移動すれば着くのかしら……!?」

僧侶「途中で車両のトラブルも有りましたからね……まだしばらくはかかるでしょうね」

紅目のエルフ「あーもう。次に停泊する街では酒をたらふく飲んでやるわ」

僧侶「それはいつも通りでは……」

紅目のエルフ「暗器使い、付き合ってよね」

暗器使い「仕方があるまい」

勇者「暗器使いもしょうがなくじゃなくて、行きたくて行ってるでしょ」



487 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 15:41:36.15r8B/g0op0 (3/20)

暗器使い「どうだろうな」

勇者「まあ二人がお酒で問題を起こしたことは無いし良いんだけどさ」

勇者「とにかく今は僕の感じるままに大陸を旅することしか出来ない」

勇者「法王様の仰っていた通りなら、紋章持ちの仲間を探すっていう当初の目的通りになるし」

勇者「それに初代格闘家様も紋章持ちを全員探すことを優先しろって言っていたし」

僧侶「紋章持ち……勇者の仲間には一人一人に役割がある、という事でしたね」

勇者「もしそれが本当なのだとすれば、この大陸を取り巻く状況を良い方向に持っていくきっかけになれるかもしれない」

暗器使い「こうして大陸の端から端まで周っている内に事は解決していそうな気もするがな」

勇者「と、とにかく急げる様に頑張ろう」

暗器使い「ま、徒歩と馬だけの時代よりはよっぽど早いはずだ」


488 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 15:48:29.12r8B/g0op0 (4/20)



暗器使いはパンをひとかじりして新聞を広げた。


暗器使い「戦線は完全に停滞、か……」

暗器使い「戦線に面していない国……北方連邦国や、皇国などの力も必要になるはずだ」

暗器使い「この間の会議を経て、各国の連携が上手くいくようになれば少しは状況打開への道が見えるのかもな」

紅目のエルフ「いがみ合っていた者同士に共通の敵が出来たから一致団結……なあんて単純にはいかないとは思うけどね」

僧侶「ですが会議において各国の法が一斉に変わることになりました」

僧侶「真の信頼とか、そんな子どもじみたことを言うつもりはありませんが、確かに大陸は一つの方向を向こうとしています」

紅目のエルフ「……まるで新生魔王軍は大陸の平和への礎みたいね」


それから数日、蒸気機関車は目的の駅に到着した。


489 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 15:57:09.93r8B/g0op0 (5/20)






蒸気機関車の駅から定期便だという馬車に二日揺られた頃、勇者たちは目的の集落にたどり着いた。

昔は隠れ里のようなものだったと聞いているが、今では山中の重要な中継地点として多くの人が行き交っていた。

その集落の大通りに、建物は少し古ぼけているが、それとは対照的に新しい看板が掲げられた施設があった。


勇者「失礼します」

山中集落支部の受付係「ようこそ退魔師ギルドの支部へ! ご依頼ですか?」

勇者「いえ自分たちは……」


勇者がギルドの会員証を見せると、受付係の男はかけている眼鏡のように目を丸くして驚いた。


山中集落支部の受付係「あ、あなた方が当代の……!」

勇者「ええ、旅の途中ですがしばらく滞在することになりそうでして」



490 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 15:57:57.77r8B/g0op0 (6/20)

勇者「何かお手伝いできることがあればと、一応登録と挨拶に」

山中集落支部の受付係「そ、そんな、勇者様御一行のお手を煩わせるなんて……」

僧侶「いえいえ、ぜひ手伝わせて下さい。勇者様が用事が済むまでは我々三人は時間が余っていますので……」

紅目のエルフ「私はお酒を飲むのに忙しいのだけれど……」

僧侶「三人共暇ですので……! ぜひ!」

山中集落支部の受付係「そ、そうおっしゃって頂けると……ありがたいお申し出です」

山中集落支部の受付係「それでは早速簡単なお手続きの方を……いえ、署名を頂くだけで結構ですので」


勇者を含めた四人は支部への登録を済ませると、掲示板に貼り付けられた現在引き受けられる仕事の依頼書に目を通した。


紅目のエルフ「危険魔獣の駆除から幽霊騒ぎまで様々ね」

僧侶「あれ……これは物盗りの捕獲依頼ですか? こんなのも依頼として舞い込んでくるんですね」



491 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:01:19.56r8B/g0op0 (7/20)

山中集落支部の受付係「ああそれは、犯人が人為らざるものだって噂で……」

僧侶「ああ、なるほど……えっと、依頼主は……剣術道場……?」

僧侶「これって……」

山中集落支部の受付係「ああそれは……」

山中集落支部の受付係「どうにも物盗りっていうのが、力の宿った特殊な剣や、曰く付きの得物ばかりの狙っているらしいんですけれど……」

山中集落支部の受付係「最近近くの街の富豪の蔵からも盗まれたとかで、あの道場も警戒しているんじゃないでしょうか」

山中集落支部の受付係「“あの”道場に限って、剣が盗られるなんて無いとは思いますが」

勇者「……その道場の場所、教えて頂いても良いですか?」

山中集落支部の受付係「ええ、今地図を書きますね」


492 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:02:28.27r8B/g0op0 (8/20)






勇者「やっぱりこの二ヶ月大きく変わったよね」

僧侶「ええ。亜人や他の人外の皆さんもこうして街角で多く見かけるようになりました」

暗器使い「もう平気なのか?」

僧侶「はい。エルフの里で頂いたこのペンダントが効いているみたいです」

紅目のエルフ「婆様曰く、効果は完全ではないらしいから気をつけなさいよ」

僧侶「はい、分かっています」


それからしばらく歩くと、ギルドで教えてもらった場所に到着した。


勇者「さて、ここがその道場か……」

僧侶「大きな門ですね。まるでお城みたいです」



493 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:03:44.00r8B/g0op0 (9/20)

勇者「すいませーん! 誰かいらっしゃいませんか!」


勇者が戸を叩いてからしばらくして長く白い髭の老人が姿を表した。


白髭の老人「ここに何か用かね?」

僧侶「退魔師ギルドの依頼で来たのですが」

白髭の老人「ギルドの依頼……? 全く馬鹿共が、平気だと言っておろうに……」

白髭の老人「悪いがお前さん達、盗人ごときにどうにかされるような場所では無いのでね」

白髭の老人「後で依頼の取り消しをしておくから、帰ってもらって構わんよ」

僧侶「えっ、あの……」

勇者「……申し遅れました、僕は当代の勇者です。依頼の事を抜きにしても、ぜひ貴方とお話をしたくてここに来ました」

白髭の老人「……私と話を、か」



494 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:05:06.52r8B/g0op0 (10/20)

白髭の老人「よく私がここの師範だと分かったな」

勇者「あはは、流石に分かりますよ」

紅目のエルフ(……ただの掃除の爺さんだと思っていた)

僧侶(……同じくです)

白髭の老人→古流剣術師範「よし、付いて来なさい」

暗器使い「……随分と大きな道場だ」

古流剣術師範「初代剣士様が修めたという剣術で、初代勇者様にも大きく影響を与えた……と聞けば自然と人も集まるものだ」

古流剣術師範「その名にばかり惹かれてきた者など、すぐに厳しさに耐えかねて辞めていくがね」

古流剣術師範「さ、立ち話も何だ。お前さん達も座ると良い」

僧侶「失礼します」



495 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:06:01.49r8B/g0op0 (11/20)

古流剣術師範「それで、話とは何だね」

勇者「率直に言いますと、僕の剣を見てほしいんです」

古流剣術師範「……確かに勇者一族の振るう剣術に、我々の流派は大きな影響を与えた」

古流剣術師範「しかし、やはり同じ物ではない。大きく得られるものが有るとは限らないが良いのかね?」

勇者「僕は一族に伝わってきた剣術を習うだけで、十を学べるほどの才能はない」

勇者「だからその成り立ちについて、初代勇者様と同じように辿って行く必要があると思うんです」

勇者「急ごしらえではあるけれども、昔ながらの剣術の基礎は第五世騎士団長さんに叩き込んで貰いました」

勇者「だから次はここに来たんです」

古流剣術師範「……なるほど、それなら丁度いい」

古流剣術師範「ここに訪れてまだ日が浅い奴が居るのだが、中々に筋がいい」



496 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:09:28.72r8B/g0op0 (12/20)

古流剣術師範「師の元で指導を受けるような段階では無いはずなのだが……奴も剣術そのものを習いに来ている訳ではないからな」

勇者「……その方と、一試合するという事ですか?」

古流剣術師範「察しが良いな。その通りだ」

古流剣術師範「おい、少し時間をもらえるか」

疲れた様子の黒髪の男「……何でしょうか」

古流剣術師範「此奴は当代の勇者でな、一戦だけ交えてやって欲しいのだが」

疲れた様子の黒髪の男「……分かりました」


黒髪の男は少し気怠げに腰を上げて勇者の方を見た。


勇者「お疲れの所すいません」

疲れた様子の黒髪の男「俺なら大丈夫だよ」



497 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:10:17.11r8B/g0op0 (13/20)

古流剣術師範「勇者よ、お前さんの得物はこれだ」


古流剣術師範は勇者に一振りの刀を手渡した。


勇者「これは……刀?」

古流剣術師範「うちの流派ははるか昔、皇国より伝わった剣術を取り入れたものだ」

古流剣術師範「流派そのものでは両刃剣を使うが、その芯を理解するにはそいつを使うのが手っ取り早い」

勇者「で、でも刀なんて使ったことが……」

古流剣術師範「ならば尚更頑張るのだな。両者構えい」


黒髪の男が腰に下げていた刀を抜いたため、勇者も慌てて構えた。


古流剣術師範「始めっ!」


開始の合図と共に黒髪の男が踏み込んできた──かのようの見えたが、それは気迫の見せた幻影で、実際には男は一歩一歩すり足で近づいて来ているに過ぎなかった。



498 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:13:10.89r8B/g0op0 (14/20)

しかしにじり寄ってくる彼の構えに、勇者は隙きを見出すことが出来なかった。


勇者(何だこの威圧感は……!?)

疲れた様子の黒髪の男「……なあ」

勇者「えっ……」

疲れた様子の黒髪の男「やる気、有るの?」


勇者が気づいた時には、その手から剣が叩き落とされていた。


疲れた様子の黒髪の男「戦う気の無い奴に割く時間は無いよ」

勇者「いや、これは……その……」

紅目のエルフ「あらあら、飲まれちゃってるわね」

僧侶「勇者様……」



499 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:13:46.88r8B/g0op0 (15/20)

暗器使い「……ったく……おい勇者」

暗器使い「せっかく時間を取ってもらっているんだ。中途半端は失礼だろ」

暗器使い「殺す気でいけ」

勇者「……わ、わかっている……!」

勇者「もう一回お願いします」

疲れた様子の黒髪の男「よし、来い……!」


それから数十分、二人は何度も剣を交えた。

しかしその内で一度でも勇者の剣が黒髪の男に届くことは無かった。


疲れた様子の黒髪の男(まだまだ荒削りで俺には遠く及ばない……)

疲れた様子の黒髪の男(だが、何故だ……この短時間で着実に上達している……)



500 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:14:36.84r8B/g0op0 (16/20)

疲れた様子の黒髪の男(そういう事か……師範の狙いはこれだったのか)

疲れた様子の黒髪の男(勇者の末裔と言うからには幼い頃から剣術には打ち込んでいたはずだ)

疲れた様子の黒髪の男(この男には剣術の才能はない……勇者の子孫と言えど凡人のそれだ)

疲れた様子の黒髪の男(だけれど、二十年の人生で積み上げてきた努力は本物だ)

疲れた様子の黒髪の男(才能が無いから、勇者一族の剣術に眠る基礎に自分で到達が出来ていなかった)

疲れた様子の黒髪の男(だからあえて、その根幹にあたる片刃の実戦を行うことで、身体に気が付かせるってことか……!)


勇者の刺突を、黒髪の男が弾く。


勇者(せめて一本は……!)

勇者(全力で……! 倒す気でいかなくちゃ駄目なんだ……!!)

疲れた様子の黒髪の男「……!?」



501 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:19:48.71r8B/g0op0 (17/20)

疲れた様子の黒髪の男(何だ!? 急に雰囲気が……!)

疲れた様子の黒髪の男(この感覚……後ろの剣か……!?)

疲れた様子の黒髪の男(覚えがあるぞ……これは“アレ”と同じような……!!)

勇者「っ!!」

疲れた様子の黒髪の男「チィッ!!」


砂埃が舞ったその先で、勇者の刀が黒髪の男の喉元を捉えていた。


僧侶「やったぁ!」

暗器使い「ふう……惜しいな」

僧侶「えっ……?」

古流剣術師範「実戦ならば、その刀が喉を貫くよりも先に、お前さんの胴が真っ二つだったな」



502 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:21:03.16r8B/g0op0 (18/20)

紅目のエルフ「黒髪の彼……本当に強いわね」


よく見ると黒髪の男の刀は、ピッタリと勇者の胴に当てられていた。


勇者「……はあ、参りました……」

疲れた様子の黒髪の男「いや、最後のは惜しかった。この短時間でよくここまで出来たものだね」

疲れた様子の黒髪の男「しかし……一つ良いかい」

勇者「……?」

疲れた様子の黒髪の男「後ろに置いてある剣……普通のものではないと見た。例えばそうだな……“中に何かいるのかい”?」

勇者「…………さ、さあ、何の事やら」

勇者「我が家に代々伝わるという点では普通では無いのかもしれませんが……」

疲れた様子の黒髪の男「……そうか。いや、少し気になっただけなんだ」



503 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:22:32.56r8B/g0op0 (19/20)

古流剣術師範「よし、二人共お疲れだったな。時間もそろそろ遅い。皆さんもこちらで夕食に参加してはどうかな?」

暗器使い「し、しかし……」

古流剣術師範「なに遠慮することはない。もともと大所帯だ。数人増えた所で変わりはしない」

僧侶「そういうことでしたら是非……」

紅目のエルフ「おじさま、美味しいお酒はあるかしら?」

古流剣術師範「せっかくの歓迎の席だ。とっておきのを持ってこよう」

紅目のエルフ「やったぁ!」

僧侶「まったく貴女は……」

古流剣術師範「お前は修練場の連中に声を掛けてくると良い」

疲れた様子の黒髪の男「……分かりました」


504 ◆8F4j1XSZNk2019/04/26(金) 16:23:08.10r8B/g0op0 (20/20)

GW中にもう一度更新予定です。では。


505以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/04/26(金) 23:23:37.58fIk3moFDO (1/1)

乙乙
楽しみ


506 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:12:26.40mEfttAV60 (1/16)






紅目のエルフ「美味しい! 何これ!? 何のお酒!?」

古流剣術師範「米から作られたもので、これも皇国から伝わったものだな」

紅目のエルフ「これは一度皇国にも行かないと駄目ね」

勇者「僕にはまだ少し香りがキツイかも……」

紅目のエルフ「お子ちゃまねえ」

僧侶「そうですよお、こんなに美味しいのに」

勇者「今日は飲みすぎないようにね……」

僧侶「言われなくても分かっていますう」

暗器使い「勇者がしばらくお世話になる事になったようで……急なことですみません……」



507 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:13:25.53mEfttAV60 (2/16)

古流剣術師範「なあに、こちらとて勇者に剣の指南をするとは光栄なことだ」

古流剣術師範「お前は飲まないのか?」

疲れた様子の黒髪の男「……いえ、自分は」

古流剣術師範「欲を切り離すことが精神の成長に繋がるとは限らないぞ。ほれ」

疲れた様子の黒髪の男「しかし……」

柄の悪い門下生「師範が飲めって言ってるんだから飲めよ」

柄の悪い門下生「正確には門下生ですら無いくせにでかい面しやがって……」

疲れた様子の黒髪の男「……そういうつもりは無いんだけど、不快にさせてしまったのであれば謝るよ」

古流剣術師範「折角の歓迎の席だ、止めないか」

柄の悪い門下生「……師範も師範ですよ」



508 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:30:25.61mEfttAV60 (3/16)

古流剣術師範「お前さんたちの稽古の時間を削ったり、手を抜いたりはしていないだろう」

古流剣術師範「こいつには少し、特別な事情があるだけだ」

柄の悪い門下生「へっ、結局は特別扱いじゃねえか」

柄の悪い門下生「邪魔したな客人ども」


柄の悪い門下生は酒瓶を一つ奪って自分の席へと戻っていった。


紅目のエルフ「なあにあれ、感じ悪いわね」

疲れた様子の黒髪の男「師範に特別な稽古をつけてもらっている自分が気に食わないらしい」

疲れた様子の黒髪の男「こちらは諍いを起こすつもりなど無いんだけどね……」

暗器使い「ああいう手合は無視するに限ると思うが」

古流剣術師範「腕は確かなのだが、精神面ではまだまだ未熟だ」



509 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:37:44.90mEfttAV60 (4/16)

古流剣術師範「そういう意味では奴もお前さんと同じような修行が必要かもしれないな」

疲れた様子の黒髪の男「……」

勇者(うーん、ちょっと人間関係が難しいのかな……)

勇者「あの、貴方は皇国出身なんですか?」

疲れた様子の黒髪の男「うん、そうだよ。皇国の奥の、何もない田舎で生まれた」

疲れた様子の黒髪の男「何もないけれど、良いところだった」

疲れた様子の黒髪の男「平凡な農家の息子だったあの頃の俺は、こうやって刀を握ることになるなんて思いもしなかった」

疲れた様子の黒髪の男「……勇者は何故剣を取った?」

勇者「何故と言われると、それが一族の使命だったから、としか言えないです」

勇者「初代勇者様のように、素晴らしい理由はないです」



510 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:38:31.91mEfttAV60 (5/16)

疲れた様子の黒髪の男「確かに前向きな理由では無いが、後ろめたい理由でもない」

疲れた様子の黒髪の男「それに比べて俺は……本当にどうしようもない理由さ」

疲れた様子の黒髪の男「取り返しのつかないことをしてしまった」

勇者「……僕は、剣をはじめた理由はその程度だったけど」

勇者「今も握っている理由は、別にあります」

疲れた様子の黒髪の男「今の……理由……」

勇者「僕は、僕の守りたいものを守る。そのために剣を握っています」

勇者「エゴに満ちた理由だけど、それでも僕はやるって決めたんです」

勇者「またこんな事が繰り返されないようにするために。僕たちの代で終わらせるために」

僧侶「勇者様……」



511 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:39:45.77mEfttAV60 (6/16)

勇者「……偉そうに言いましたが、そんなふうに考え出したのはつい最近のなんですけれどね」

疲れた様子の黒髪の男「……そうか」

疲れた様子の黒髪の男「ああ、そうだ。もっと普通に話してもらって構わないよ。俺は敬われる立場ではないからさ」

勇者「分かった。そうするね」

疲れた様子の黒髪の男「……勇者が良ければ、明日も一本、稽古に付き合って貰えないかな」

勇者「勿論いいよ、任せて。むしろよろしくおねがいしますって感じ」

暗器使い「ふう。やはりしばらくは俺たちだけで依頼をこなすことになりそうだな」

紅目のエルフ「みたいねえ」

僧侶「眠いです……」

紅目のエルフ「はいはい、貴女はもう寝ましょうね~」



512 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:40:59.44mEfttAV60 (7/16)

僧侶「はあい」

紅目のエルフ「んじゃ、この娘寝かせてくるわね」

暗器使い「ああ。済んだら戻ってこい。この酒瓶は空けてしまって良いらしいのでな」

紅目のエルフ「そうするわね」

紅目のエルフ「今晩は勇者にも付き合ってもらうわよ」

勇者「えっ」

暗器使い「諦めろ。あいつが寝るまでは終わらないからな」

勇者「暗器使いって、毎回相手してあげてるよね」

暗器使い「誰かが相手をしてやらんと不機嫌になるだろう」

暗器使い「まあ、あいつの飲み方に付き合える人間は多くは無いだろうからな」



513 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:41:46.19mEfttAV60 (8/16)

勇者「そりゃそうだよ……」

暗器使い「今のうちに水を飲んでおけ」

勇者「うん、そうするよ……」


514 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:42:34.65mEfttAV60 (9/16)






それからしばらく、勇者は師範の元で剣術修行に励み、他の三人は退魔師ギルドにある依頼をこなしながら過ごした。

そしてある日、ギルドに気になる依頼が舞い込んだ。


僧侶「またこの依頼……盗人から刀を守ってほしい、ですか」

紅目のエルフ「今回の依頼人はこの道場ではないみたいだけれどね」

古流剣術師範「この依頼人は……ふむ」

僧侶「ご存知なんですか?」

古流剣術師範「まあ、な。趣味の悪い金持ち、とだけ言っておこうか」

古流剣術師範「おそらくはコレクションの一つが例の盗人に狙われているとか、そういう話なんだろう」

古流剣術師範「しかし、刀ばかり狙う人外の盗人か……修行の一環として相手してみるのも面白いかもしれんぞ?」



515 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 17:43:18.31mEfttAV60 (10/16)

勇者「えっ、それって」

古流剣術師範「もちろん勇者と……お前も行ってくると良い」

疲れた様子の黒髪の男「自分も……ですか?」

古流剣術師範「誰かと共に闘う。これが今のお前にとって良い刺激になるかもしれん」

疲れた様子の黒髪の男「……そういうことであれば……」

勇者「それじゃあ早速依頼人のところに行ってみようか」

僧侶「あれ、暗器使いさんは?」

勇者「少し用事があるって言っていたけれど」

紅目のエルフ「ふうん?」

門下生A 「こちらに暗器使い様がいらっしゃいましたら、行き先をお伝えしておきますよ」



516 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 18:10:13.08mEfttAV60 (11/16)

僧侶「ありがとうございます」

勇者「ええっと、場所は町外れの豪邸だったかな」

柄の悪い門下生「──ちょっと待てよ」

柄の悪い門下生「その依頼、俺も参加させろよ。俺のほうがそいつよりも使えるってことを教えてやるぜ」

古流剣術師範「参加させろと言われても、自分の一存ではなんとも言えないぞ」

勇者「僕は別に構わないよ。人手は大いに越したことは無いしね」

柄の悪い門下生「へっ、勇者様は話が分かるじゃねえか」

勇者「とにかく直接話を聞いてみないと何もわからないから、行くとしようか」


517 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 18:42:41.87mEfttAV60 (12/16)






集落の成金男「おお勇者殿、よく来てくださいましたな。貴方が居てくだされば百人……いえ、千人力ですな」

勇者「早速ですが見せてもらってもいいですか?」

集落の成金男「ええ勿論ですとも。ささ、こちらです」


成金男の先導に付いていくと、大きな倉庫のようなところにたどり着いた。

そこには様々な国から取り寄せたと思われる品が溢れかえっていた。

その奥の方に、目的のものは飾られていた。


集落の成金男「皇国のとある有名な鍛冶師が打ったと言われる妖刀でございます」

疲れた様子の黒髪の男「…………」

紅目のエルフ「ふうん? これが……」



518 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 18:44:12.13mEfttAV60 (13/16)

勇者「……」

勇者(何だこの刀……異様だ……)

勇者「……どこか少し、似ている……?」

僧侶「勇者様?」

勇者「……ん、いや。何でも無いよ」

勇者「それで、何故この刀が賊に狙われていると気がついたんですか?」

集落の成金男「最近この辺りの地域で刀剣を狙った賊が出ているのは知っているでしょう」

集落の成金男「そしてつい先日、見張りの者が見つけてしまったのです。屋敷の外を何度も調査しに来たであろう足跡を」

集落の成金男「足跡は北の丘側と、南の大森林側に見られました。そのどちらかから賊が来るものだと私は踏んでいます」

勇者「なるほど……じゃあ三手に別れよう」



519 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 18:46:19.45mEfttAV60 (14/16)

疲れた様子の黒髪の男「いや、四手だ。個人的に気になることがあるから単身行動をさせてもらうよ」

柄の悪い門下生「ちっ、勝手なこと言いやがって」

勇者「わかった。じゃあ北側には僕が、南の森側はエルフさんが担当しよう」

紅目のエルフ「ま、適任ね」

勇者「現地は僧侶と門下生さんでお願いします」

僧侶「お、お願いします」

柄の悪い門下生「へいへい」

勇者「ほぼ全員が個人行動になるから、もし相手が単身じゃないとわかったら無理をせずに撤退をして」

勇者「これだけは約束してほしい」

疲れた様子の黒髪の男「……分かった」



520 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 18:46:52.59mEfttAV60 (15/16)

紅目のエルフ「知ってるでしょ? 逃げるのは得意なんだから」

勇者「それじゃあ各々情報を集めに行こう」


521 ◆8F4j1XSZNk2019/05/03(金) 18:47:59.02mEfttAV60 (16/16)

もう一回GW中に上げたいですね……
どうなるかは分からないですが


522以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/05/04(土) 00:26:29.906qKfvimDO (1/1)

乙乙
待ってるぜ


523 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 12:55:34.80hdVxsX6L0 (1/11)






──集落北側の丘


勇者(これが見回りで見つけたっていう足跡かな)

勇者(あそこの木の枝、よく見ると切り取られている……偵察の邪魔になるから、かな)

勇者(……ん、この足跡……まだ新しいぞ)

勇者(そしてこの木の周りだけ不自然に葉が落ちている……という事は……!)

勇者「上か!!」

フードの侍『チィッ!!』


上からの襲撃者の刀と、勇者の剣がぶつかった甲高い男が辺りに響き渡った。


フードの侍『今ので倒れてくれれば良いものを……』




524 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:00:38.36hdVxsX6L0 (2/11)

その声は小柄な体躯には似合わず、低く淀んでいた。


勇者「……人では無いね」

フードの侍『分かるか』

勇者「まあね」

フードの侍『お前はあの屋敷の主に雇われたのか?』

勇者「うん、退魔師協会に依頼が出ていたから」

フードの侍『となると、お前は退魔師か』

勇者「そう言うことも出来るね。専門ではないんだけど」

フードの侍『なるほど、面白い……』

フードの侍『同業者とやり合えるとはな……!』



525 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:01:14.01hdVxsX6L0 (3/11)

勇者「なっ……! それは協会の会員証……!!」

フードの侍『隙きありだ……!!』

勇者「しまっ……!?」


以前の勇者ならば、その一撃で斬り伏せられていただろう。

しかし、その刀は勇者に届くことはなく、ギリギリの所で受け流されてた。


フードの侍『……今のに反応するか……』

勇者「あ……危なあ……」

フードの侍『並の腕ではないな。何者だ?』

勇者「い、いや僕自身は大した者じゃないんだけどね? 一応当代の勇者って事になっているよ」

フードの侍『勇者……! お前がか……!』



526 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:03:02.78hdVxsX6L0 (4/11)

フードの侍『……お前が勇者であるとして、それならば何故、あんな屋敷の主に雇われているのか』

勇者「どういうこと……?」

フードの侍『ふん、知らないのか。あそこの屋敷にある物は多くが盗品だ』

フードの侍『あの成金と部下共は、盗賊団上がりの犯罪者共なんだよ』

勇者「なっ……!」

フードの侍『勇者サマが犯罪者の手助けをするのか?』

勇者「……か、仮にその話が本当だとしても、犯罪者相手だから盗み返しても良いって理屈にはならないよ」

勇者「きちんとした手続きを踏むべきだ」

フードの侍『……これが人外相手だったら、そんな面倒なことをしないで殺したって罪には問われないのにな』

勇者「えっ……」



527 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:16:45.59hdVxsX6L0 (5/11)

フードの侍『……とにかく、あそこに恩人の大切な形見があるんだ。退かないと言うのであれば、斬ってでも進む』

勇者「……君の話を信用するには、まだ証拠がない……」

フードの侍『……そうか、では……』

勇者「……だから、証拠を見せてよ。もし君が言うことが本当なら、僕も手伝うよ」

フードの侍『参る……って、ええ?』

勇者「だって君の言うことが本当なら、野放しには出来ないよね」

フードの侍『し、しかし……良いのか?』

勇者「僕は自分が正しいって思うことをしたい」

フードの侍『…………』

フードの侍(似ている……彼に……)



528 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:17:30.77hdVxsX6L0 (6/11)

フードの侍『しかし証拠か……。持っているのは鍛冶師の売却証書だけだ。これは自分にとっての目安にはなるが、第三者にとっての証拠とはなり得ない……』


疲れた様子の黒髪の男「……証拠は無いけれど、証人ならいるよ」


フードの侍『っ……!』

勇者「あれ、何でここに?」

疲れた様子の黒髪の男「誰よりも早くそいつを見つけ出すつもりだったんだけどね……先を越されたか」

フードの侍『な、何故……何故お前がここにいる!!』


フードの侍は何か恐ろしいものを見るような目で、刀を構えて黒髪の男と向き合った。


勇者「知り合いなの?」

フードの侍『勇者よ……お前は何故こんな男と一緒にいる……!』

勇者「何故って、お世話になっている道場での稽古の相手で……今回は一緒に依頼を受けてくれることになって……」



529 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:25:05.81hdVxsX6L0 (7/11)

フードの侍『こいつは……妖刀に取り憑かれて罪なのない人外を斬って回っていた、辻斬りという男だ……!!』

勇者「え……」

疲れた様子の黒髪の男→辻斬り「……久しぶり」

辻斬り「お前は相変わらず自分を隠しているんだな」


フードの侍「……勇者を騙して“善い人”を演じていたあなたには言われたくないかな」

勇者「えっ……その声、女の子!?」

勇者(猫の耳が生えてる……化け猫か何かなのかな……?)

辻斬り「隠していたわけではないよ」

辻斬り「……俺はあの男に敗れ、お前に刀を折られてから、逃げるように皇国を去った」

辻斬り「自分を支配していた妖刀が消えてしまって、自分自身を見失ってしまったから」



530 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:25:59.72hdVxsX6L0 (8/11)

辻斬り「だけれど結局この手には刀が握られていた。生きていく術を、他に知らないんだ。だからせめてこれ以上見失わないように、俺は道場の門を叩いた」

辻斬り「結局未だに、自分のことを理解する事は出来ていないけれどね……」

フードの侍→猫又「……じゃあ何? 今はもう悪いことはしていなくて、更生目指して頑張っています、とでも言いたいの?」

猫又「信じられるわけないじゃない!」

猫又「あなたは、私を、彼を、あの神サマを……殺そうとしたんだから……!」

辻斬り「……許してもらえるとは思っていない。だけれど、今は信じてほしい」

辻斬り「俺は、お前の言っていることが正しいと勇者に証明しに来たんだ」

猫又「なっ……」

勇者「じゃあ証人っていうのは……」

辻斬り「ああ、俺だ」



531 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:33:35.07hdVxsX6L0 (9/11)

辻斬り「あの刀を打ったのはその猫女の……家族だ」

辻斬り「詳しい事情は知らないけれど、その猫女は大陸中に散らばった盗品を回収してまわっているらしい」

辻斬り「盗品でなくとも、危険な刀は大金を積んで買い取っているとも聞いている」

辻斬り「それなのにわざわざ今回は盗み出すという手段を取っている。これはつまり、あれが盗品であるということなんだろう」

勇者「そんな事情が……」

猫又「なんであなたがそこまで知っているの」

辻斬り「……自分も関わったことだから。多少は情報を仕入れるさ」

猫又「…………」

辻斬り「それよりも早く戻ろう。アレは俺もよく知る種類のやつだ……早めに回収して処分してしまったほうが良い」

猫又「……うん、そうだね。あなたのことを信用した訳ではないけど、あれは長いこと放置しておきたくない」



532 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:36:11.87hdVxsX6L0 (10/11)

勇者「あの刀はそんなヤバイものなの?」

辻斬り「……ああ。あれは……」

辻斬り「持った者の殺戮衝動を増長させる、そんな効果がある」

辻斬り「……そう。俺を人外殺しに変えた刀と、同じ気配がするんだ」


533 ◆8F4j1XSZNk2019/06/01(土) 13:37:39.96hdVxsX6L0 (11/11)

GW中に三回更新すると言って出来なかった分です。
辻斬りや猫又(フードの侍)を思い出せない方は >>1 から過去スレを読み直して頂けると幸いです。


534以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/10(月) 10:14:33.36QpCimaKDO (1/1)

>>533
正直忘れてたけどすぐに思い出した…けどまた読み直して来た

…のにまだ更新されて無いのは一体どういう訳じゃ?



535 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:16:44.15WDKhBHLy0 (1/14)

>>534 書き直し部分ができてしまったため遅れてしまいました。申し訳ございません。
現状書き直せたところまで今晩投下します。


536 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:17:44.05WDKhBHLy0 (2/14)






暗器使い「遅れて来てみれば……何だこの状況は」

僧侶「あ、暗器使いさん……! 実は彼があの刀に触れた瞬間、急に暴れだして……!」

柄の悪い門下生「ウ……ウオオオオオオオオオッ!!」

暗器使い「妖刀は聞いていたが、本物だったのか……」

柄の悪い門下生「コロス…………!!」

暗器使い「ちっ……! 僧侶は下がってろ」

柄の悪い門下生「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

暗器使い(速いな……!)


門下生が刀を振り下ろすと、石畳が大きく抉れた。




537 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:18:26.62WDKhBHLy0 (3/14)

暗器使い「お前みたいなパワー馬鹿とは正面でからやり合いたく無いな……!」


暗器使いはどこからともなく鎖を取り出してそれを門下生の持つ刀に巻き付けた。


暗器使い「そいつを奪えば勝ちなんだろ! 楽勝だ……!」

柄の悪い門下生「グギギギ……」

暗器使い「って、この馬鹿力……!」

僧侶「暗器使いさんっ……!」


暗器使いは鎖で刀を奪うどころか、逆に鎖で手繰り寄せられそうになってしまった。

しかし暗器使いは更に鎖を取り出し、門下生の体中に巻きつけて動きを完全に封じた。


暗器使い「流石にこれなら動けないだろう。刀を奪うことも出来なくなったがな……」


そこに勇者たちが遅れて駆けつけた。




538 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:19:07.47WDKhBHLy0 (4/14)

勇者「この状況は……!? 僧侶は平気?」

僧侶「ええ、暗器使いさんが来てくれたので……」

僧侶「それよりもそちらの方は……」

猫又「その刀に縁がある者とだけ。しかし、予想通り刀の力に飲み込まれてしまっているね」

辻斬り「…………」

猫又「昔の自分に重ねるのは勝手だけど、今はあの刀を奪い取ることに集中して」

勇者「刀を奪うって言っても、一旦暗器使いの鎖を解かないと……」

柄の悪い門下生「……新参者ノクセニ、生意気ナ……」

暗器使い「その必要は無さそうだ……構えろ!」


門下生は鎖を引き千切り、辻斬りに向かって飛びかかった。




539 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:19:57.69WDKhBHLy0 (5/14)

柄の悪い門下生「オ前ヲ殺シテ、俺ノ方ガ優レテイルト証明シテヤル!!」

辻斬り「チッ……!」


門下生と辻斬りの刀がぶつかり合って火花を散らした。

二人の戦いはほぼ互角のように見えて、徐々に辻斬り側が押され始めていた。


勇者「僕たちも加勢しよう……!」

古流剣術師範「それは駄目だ」

勇者「師範さん……いつの間に?」

古流剣術師範「野暮用でついさっきな。しかし予感は的中か」

古流剣術師範「この方は以前目にしたことがあってな。その時から嫌な雰囲気は感じ取っていた」

古流剣術師範「様子を見るに、おそらくあの刀はあいつの過去に大きく関係したものだ」



540 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:20:41.33WDKhBHLy0 (6/14)

古流剣術師範「ここで立ち向かうことが今のあいつには必要だ」

勇者「でも……」


辻斬りは明らかに劣勢に転じていた。

このままでは勝敗は明確だ。


古流剣術師範「あいつは過去の自分に負い目がある。それでもなお刀を握ったならば、何をするべきなのかを理解する必要がある」

古流剣術師範「ところでお前さん」

暗器使い「自分ですか」

古流剣術師範「少し頼みがある」

暗器使い「……?」


師範が暗器使いに何やら耳打ちをしている間、勇者は辻斬りらの戦いから目を離せないでいた。



541 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:21:18.16WDKhBHLy0 (7/14)

明らかに辻斬りの方が実力は上なのだが、その体はすでに限界を迎えようとしていた。

それはおそらく、その過去の自分への負い目のせいなのだろう。


辻斬り「ハァ……ハァ……」

勇者「……僕も、後悔はいっぱいある」

勇者「今も矛盾を抱えながら生きている。沢山の犠牲の先に僕たちは立っている」

辻斬り「…………」

勇者「でも、この剣を握っている限りは止まれないんだ。一度踏み込んでしまった僕や君には、やり遂げることに責任があるんだ……!」

辻斬り「やり遂げる……責任……?」

勇者「だからそんな所で立ち止まってないで、自分自身の責任を果たしに行こう」

辻斬り「…………」



542 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:22:06.36WDKhBHLy0 (8/14)

柄の悪い門下生「ヨソ見ヲスルナァァァァァッ!」

辻斬り「……ああ、そうかもしれない……」


辻斬りの刀から迷いが消えた。


柄の悪い門下生「グアッ!?」


辻斬りは門下生の刀を弾き飛ばした。

すかさずその刀を猫又が『妖刀折りの妖刀』で破壊すると、門下生は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。


猫又「……これで、最後の一本だ」


猫又は刀のリストを小さく畳んでポケットへとしまった。

ちょうどそこに、成金男が駆け込んできた。


集落の成金男「こ、この状況は何ですかね!?」

古流剣術師範「ああ、これはこれは丁度いいところに」

集落の成金男「……?」


543 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:22:58.52WDKhBHLy0 (9/14)






成金男の資産の多くが盗品によるものだった。

暗器使いが途中で師範から指示を受けていたのは、その証拠となる書類の回収だった。

帝国軍と昔から縁の深い道場の主として、前々から大盗賊団の頭領の疑いがあった成金男の調査が指示されていたのだという。

多少の抵抗はあったが、屋敷の外で控えていた帝国軍兵と門下生らの協力もあって全員がお縄についたのであった。


猫又「……過去の罪は、いずれ消えると思っているの?」

勇者「いや、僕はそうは思わないよ」

勇者「罪を一度背負ったら……それが相手に許されないのだとすれば、背負ったまま歩き続けなきゃいけないって思うんだ」

暗器使い「…………」

辻斬り「……俺はかつて、本当に取り返しの付かないことをしてしまった」



544 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:26:44.93WDKhBHLy0 (10/14)

辻斬り「妖刀の力によるものとは言え、この手で多くの人外を殺してしまった」

僧侶「……でもそれって、妖刀のせいであって、辻斬りさんが全て悪いというわけでは無いんじゃ……」

辻斬り「罪というのは、望まなくても背負ってしまうことがある。そういうことなんだろうな」

猫又「……望まなくても背負う、か……」

猫又「それを言うなら、私もこんな刀を生み出したご主人様を止められなかった」

猫又「あの時はただの猫だったから、どうしようもないと言えばそれまでだけど」

猫又「私はご主人様の罪を代わりに背負って、今ここに立っているってことなんだね」

猫又「……君を、君の故郷を巻き込んでしまって、ごめんね」

辻斬り「……そんな、俺は……!」

猫又「私は君に斬りかかられた事は許すよ。他のことに比べたら些末な事かもしれないけど、少しでもその方の重荷を下ろしてあげたいんだ」



545 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:27:20.79WDKhBHLy0 (11/14)

辻斬り「……俺も」

辻斬り「俺もこの運命が、お前やお前のご主人のせいであるとは思わない。これは俺の心の弱さが生んだ結果なんだ」

辻斬り「だから、お前もその肩の上の物を少しは下ろしてくれよ」

猫又「……うん。さっきは丘で散々な言い方をしちゃって、ごめんね」

辻斬り「あれは事実だ」

辻斬り「……何の因果か、俺はここまで生き延びてきた」

辻斬り「出来ることと言えば、刀を握って戦うぐらいだ。ならばせめて、この腕を誰かのために役立てたい」

辻斬り「勇者。俺もお前たちの旅に同行させてくれないか」


そう言って差し出された辻斬りの腕に、淡い光とともに紋章が現れた。


僧侶「こ、これは……!」



546 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:27:54.54WDKhBHLy0 (12/14)

勇者「剣士の紋章……!」

暗器使い「お前が次の仲間という訳だな」

辻斬り「……の、ようだね。勇者さえ良ければ、助力させてくれないかな」

勇者「勿論、歓迎するよ」

勇者「早くエルフさんにも教えてあげないとね」

僧侶「まだ南の森から帰ってきていないんですね」

暗器使い「ああ、こちらが片付いたのがまだ伝わっていないようだな。呼びに行くとしよう」

猫又「……待って」

勇者「どうしたの?」

猫又「南の森側……何か変だよ……」



547 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:28:28.92WDKhBHLy0 (13/14)

暗器使い「変だと?」

猫又「私は猫又だから、霊とか、そういう死に纏わる気配に敏感なんだけど」

猫又「南側に沢山の“死”を感じる……」

僧侶「言われてみれば、確かに感じます……!」

勇者「……! 急ごう……!!」


548 ◆8F4j1XSZNk2019/06/10(月) 20:30:12.26WDKhBHLy0 (14/14)

投稿予告しても有言不実行になりそうなので、今まで通りにやっていきます。
半年後ぐらいに思い出してください。申し訳ございませんでした。


549以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/12(水) 01:37:01.78A9v4qX2DO (1/1)

>>548

狐神読み直してそのノリで突っ込んだだけだから気に病む事はあらぬのじゃ!


550 ◆8F4j1XSZNk2019/06/17(月) 23:00:51.39kGe2xwg10 (1/1)

>>549
乙ありがとうございます。更新頑張ります。


551以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/24(月) 07:27:17.75ZDw34mNLO (1/1)

今の辻斬りのランクはどれくらいなんだろ


552 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:03:45.788Mb4mLm20 (1/36)

>>551
この話の終わりにランク表を出しますが、変化がないとだけお伝えしておきます。
妖刀の狂気に飲まれた強さは無いですが、修行で剣士としてステップアップしたのでプラスマイナスそのままという事です。


553 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:05:28.508Mb4mLm20 (2/36)






勇者達が南の森に駆けつけると、そこには異様な空気をまとった甲冑の軍団が待ち構えていた。

その先頭に立っているのは、法国のダンジョンで遭遇した新生魔王軍の四天王の騎士だった。


黒い騎士「久しいな、勇者よ」

勇者「エルフさんをどこにやった……!」

黒い騎士「……あの森の民か……」

黒い騎士「知らんな」

勇者「……! 居場所を言えっ!」

僧侶「ゆ、勇者様……」

黒い騎士「今はあの女の心配よりも、自分たちの事を気にしたほうが良い」


554 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:06:55.108Mb4mLm20 (3/36)



黒い騎士の後ろに控えている甲冑の騎士たちが動き出した。

その数は二十ほどだ。


僧侶「あの全てが死霊です……! ですが、何かがおかしいです……」

僧侶「あそこにいる以上の数の気配を感じるんです……」

暗器使い「伏兵か……!?」

猫又「……違うよ……」


猫又は、その猫の耳を丸めて怯えていた。


猫又「あの先頭のヤツ……アイツに“沢山いる”……!」

辻斬り「あの騎士そのものが、死霊の集合体なのか……!」

黒い騎士「今はあの時と状況が違う」



555 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:07:52.488Mb4mLm20 (4/36)

黒い騎士「手は抜かないと思え。行くぞ」

死霊騎士「オオオオオオッ!」


黒い騎士が剣を抜くと同時に、死霊の騎士たちが一斉に勇者たちに襲いかかってきた。

勇者、暗器使い、辻斬りはそれぞれ得物を抜き、遅れて猫又も怯えながらも刀を抜いた。

聖なる加護のない普通の武器では霊体を斬ることは出来ないため、暗器使いと辻斬りは敵の動きを封じる事に集中した。

そしてそれらを、勇者の剣と、猫又の持つ『霊体斬りの刀』が一体ずつ葬っていった。

しかし一体一体が驚くほど強いというわけでは無いが、数の差のは覆せなかった。

それに加えて黒い騎士の存在が勇者たちを追い込んだ。


黒い騎士「驚いたな。この数ヶ月で見違えるほど強くなった。」

勇者(ぐっ……! こんなじゃ駄目だ……! もっと“受け入れないと”……!)




556 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:09:08.278Mb4mLm20 (5/36)

勇者をまとう雰囲気が、格闘家の隠れ家での一戦のときのように一変した。


黒い騎士「ほう、まだ強くなれというのか……!」

黒い騎士「だが、足りないな!」


黒い騎士の剣が、勇者の首筋を切り裂いた。


勇者「が、がああああああああああああっ!!」

僧侶「勇者様!!」


直ちに僧侶が勇者の傷を治療した。


勇者(おかしい……! ダンジョンの力の恩恵を受けていたはずのあの時と、今の黒い騎士が同じぐらい強い……!)

黒い騎士「不思議か、勇者よ」

黒い騎士「まあ知らずとも良い。貴様はここで死ぬのだからな」



557 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:10:31.378Mb4mLm20 (6/36)

黒い騎士「厄介な能力を持つ僧侶とともに葬ってやろう」


黒い騎士が剣を振り上げた。


暗器使い「チッ! 間に合わねえ……!!」

黒い騎士「さらばだ」

僧侶「あ……」


僧侶は、死んだ、と目を伏せたが、その剣が僧侶を切り裂くことは無かった。

ギリギリで飛び込んだ辻斬りの刀がそれを受け止めたのだ。


辻斬り「ぐ……おお……!」

辻斬り(何て重い……!)

黒い騎士「剣士の紋章持ちか……」



558 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:11:33.858Mb4mLm20 (7/36)

黒い騎士「やはり勇者は早めに葬るべきであったか」

黒い騎士「来い……! その剣技を俺に見せてみよ!」

辻斬り「……!!」


辻斬りは黒い騎士と善戦はするが、やはり少しずつ押されていった。


黒い騎士「どうした! そんなものか!」

黒い騎士「あの島で戦った正騎士団長や、先の戦場で葬った将の方が強かったぞ!」

辻斬り(猫又の話ではこいつは霊体の集合体らしいが……ちゃんと肉体は持っている)

辻斬り(ならば俺の刀でも倒せるはずなのだが……それが届かない)

辻斬り(最近は精神修行に専念しすぎていた……勇者との稽古があったとは言え、やはり体が出来上がっていないか……)

辻斬り(流石に今の実力差では……)



559 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:12:32.578Mb4mLm20 (8/36)

黒い騎士「もう終わりか? ならば望み通り……」

猫又「ちょっと君! 何諦めてんの!」

猫又「休んでいる暇があったらこれを使いなさいよ!」


猫又が投げたものを受け取ってみると、それは鞘に収まった一本の刀だった。

その雰囲気に、辻斬りは覚えがあった。


辻斬り「馬鹿な……これはさっきお前が折ったはずでは!?」

猫又「君が昔持ってたのとも、さっきのとも別。帝国に来る途中に盗賊から取り戻したの」

猫又「それを使えばまだ太刀打ちできるんじゃないの?」

辻斬り「だがこれは……!」

猫又「ああもう! 言ってる場合じゃないでしょ!」



560 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:13:24.468Mb4mLm20 (9/36)

猫又「今の君なら大丈夫だから! さっき自分で誓ったことをもう忘れたって言うの!?」

辻斬り「それは……」

黒い騎士「……参る!」

辻斬り「……!」

辻斬り(俺は……せめて死ぬまでは誰かのために刀を振るうと決めた)

辻斬り(だが死ぬのは、今じゃない……!!)


辻斬りが妖刀を抜くと同時に、その身に嫌な感覚が走った。

よく覚えている、懐かしい感覚だった。


辻斬り(俺はもう、あの時とは違う……! 憎しみや、怒りに飲まれない……!)

辻斬り「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」



561 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:14:24.928Mb4mLm20 (10/36)

黒い騎士「何っ…………!?」


辻斬りの一太刀が、黒い騎士を袈裟斬りにした。


黒い騎士「ぐうううううううっ!?」

辻斬り「ハァ……ハァ……」

辻斬り「もう俺の信念は、曲げさせはしない……」

猫又「ふう……やれば出来るじゃん」

猫又「仮に暴走しちゃったら、また私が止めるから安心しなよ」

辻斬り「いや……もうあんな事は、させない」

猫又「……そ。なら良いんだけど」

辻斬り「トドメだ」



562 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:15:22.838Mb4mLm20 (11/36)

黒い騎士「……! 来い! 死霊騎士達よ!!」


黒い騎士の呼び声に応じて甲冑の中から霊体が飛び出し、彼の身体へと吸い込まれていった。

すると辻斬りから受けたはずの深い傷は塞がり、何事も無かったかのように立ち上がった。


黒い騎士「……仕切り直しと、いこうか」

勇者「そうか……アイツは『霊体を吸収して強くなる力』を持っているんだ……!」

勇者「だから法国の地下墓地でもあれほどの強力な力を有していたんだ!」

暗器使い(冗談じゃねえ……俺も勇者も体力の限界だ。辻斬りだってもう一回剣を交える余裕は無いはずだ)


勇者達が満身創痍で得物を構え直したその時、僧侶がその後ろですっと立ち上がった。


僧侶「……今の様子からすると、やはり肉体はあってもその本質は生霊で構成されているようですね」

勇者「僧侶……?」



563 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:16:43.068Mb4mLm20 (12/36)

僧侶「貴方が以前よりも力が増しているというのも、二ヶ月前に三国との大戦で沢山の生霊を吸収できたからではありませんか?」

僧侶「ならば、これが効くはずです……!」

僧侶「戦闘が始まってからずっと溜めさせて貰いました! 聖なる光をくらいなさい!!」


僧侶がそう叫ぶと、その両手からまばゆい光が放たれた。

しかしそれは目くらましのためのものではなく、霊体に絶大な威力を発揮する聖属性の術だ。

かつて旅立ちの前に、王都の郊外でゾンビ相手に放った一撃よりも更に強力なものが、黒い騎士の体を直撃した。


黒い騎士「があああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


光と砂埃でその姿は見えないが、苦しむ騎士の声が辺りに響いた。

次こそ終わりだと、辻斬りが踏み込んで刀を振り下ろした。


しかし、その刀は宙を斬った。




564 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:18:48.948Mb4mLm20 (13/36)

黒い騎士「やはりその力は厄介だ。ここで斬り捨てなければいずれ我軍の損失に繋がるだろう……!!」


辻斬りも勇者も無視をして、黒い騎士が狙ったのは僧侶だった。


僧侶「やっ…………!」

暗器使い「僧侶っ!!」


先ほどと違い、誰もが間に合わない場所に立っていた。

次の瞬間には、ごろんと僧侶の首が地面に転がっていた。


565 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:29:28.908Mb4mLm20 (14/36)






──はずだった。

僧侶の首の代わりに地面に落ちていたのは、黒い騎士の腕と剣だった。


黒い騎士「……馬鹿な……! 間に合う距離では無かったはずだ……」


それを斬り落としたのは、勇者だった。


勇者「僧侶を……殺させはしない……!」

勇者「“俺”は……!!」


黒い騎士は瞬時に判断した。

消耗した今では確実に“これ”には勝てないと。

眼の前に立っている男は、自分の知る勇者では無いと。


566 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:30:21.758Mb4mLm20 (15/36)



僧侶「きゃっ!?」


黒い騎士は僧侶と自分の腕を抱えてその場を離脱することにした。

作戦による撤退以外で、敵に背を向けたのは初めてだった。

それほど圧倒的な何かを、勇者から感じたのだ。


勇者「僧侶を離せええええええええっ!!!!」


その背後から勇者が迫った。

背中の傷で死ぬとは、何とも不名誉なことだ、と騎士は思った。


迫る勇者の肩に、矢が突き刺さった。

勇者も良く知る、生木から削り出された特殊な矢だ。


勇者「な、んで……!」




567 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:31:19.998Mb4mLm20 (16/36)

射手は、木の上からその紅い瞳で勇者たちを見下ろしていた。


僧侶「エ、エルフさん……! 一体何で!!」

紅目のエルフ「…………」


勇者達が初代格闘家の隠れ家を出た直後に入ってきた情報を思い出した。


>大陸会議で取りまとめられた帝国、王国、共和国による共同攻撃が魔国に向けて行われたが、それは完全に失敗に終わってしまった。

>まるで、作戦の全てが筒抜けであったように。

>現在各国は内通者の存在を疑っている。

>特に、あの会議の場に居た者が疑わしいとされている。


勇者「内通者って……エルフさん、だったの……?」

紅目のエルフ「……そうよ」



568 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:35:22.748Mb4mLm20 (17/36)

勇者「いつから……!」

紅目のエルフ「最初からよ。私は新生魔王軍の弓兵なの」

僧侶「そんな……」

紅目のエルフ「私ね、人間なんて大嫌い」

紅目のエルフ「私が何であそこまで奴隷商人達を追っていたか教えてあげるわ」

紅目のエルフ「昔、私も奴隷だったのよ」

紅目のエルフ「ハイエルフの白い肌に、ダークのエルフの紅い瞳が珍しいって、随分な高値で取引されたのを覚えているわ」

紅目のエルフ「一緒に妹も奴隷として市場に並んでいた」

紅目のエルフ「でも妹は身体が弱くて、粗悪な環境に耐えられなかった」

紅目のエルフ「安値で叩き売りされて……それで買った奴は妹を連れて行く際に何ていったと思う?」



569 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:37:14.468Mb4mLm20 (18/36)

紅目のエルフ「『壊れる前に沢山使ってやる』ってね」

僧侶「ひ、酷い……」

紅目のエルフ「私や妹みたいな目にあった亜人は、大陸中に幾らでもいるはずよ」

紅目のエルフ「そして皆、人間を恨んでいる」

紅目のエルフ「現に、奴隷商から救い出された人外奴隷達の多くがこちらの軍門へ下ったわ」

暗器使い「エルフの森で奴隷商から情報を聞き出した途端に、各地で奴隷市場が襲撃されたのはそういう事か」

紅目のエルフ「そうよ」

僧侶「法国での検問を突破できたのはどういう事なんですか……!?」

紅目のエルフ「それは簡単なことよ。まだ魔王軍での契の儀式をしていないから、術の検知に引っかからなかったの」

紅目のエルフ「何でかは知らないけれど、勇者一行の紋章まで出ちゃうもんだから、内通者にピッタリでしょう?」



570 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:38:19.508Mb4mLm20 (19/36)

紅目のエルフ「法王サマは、紋章持ちにはそれぞれ役割があるなんて言っていたけれど、私の役割って何だったのかしらね」

紅目のエルフ「勇者一行を騙して出し抜いてやるってのが役目だったのかもね、あははっ」

僧侶「エルフ、さん……」

紅目のエルフ「皆上手いこと騙されてくれて良かったわ」

暗器使い「……薄々は、気がついていた」

紅目のエルフ「あら、そうなの?」

暗器使い「まず内通者の存在を疑ったのは、あまりに都合よく敵が現れる事からだ」

暗器使い「始めのうちは勇者の行く先を阻むように何度も……今思えばこれは紋章持ち探しを妨害するためだったんだろう」

暗器使い「そして法国での一件を皮切りに、勇者を排除する方針に変わった訳だが……」

暗器使い「あんな山奥に幹部級が二体も現れたのはおかしかった。確実に行き先を流している奴が身近にいなければな」



571 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:40:01.098Mb4mLm20 (20/36)

紅目のエルフ「ま、私達の中に内通者がいるとすれば消去法で私よね」

暗器使い「……いや、それでも仲間であるお前を疑いたくは無かった」

紅目のエルフ「……あっそ」

暗器使い「だが確信に変わったのは、ある事に気がついたからだ」

勇者「ある事……?」

暗器使い「法国でその騎士に出会ったときからそうだ」

暗器使い「お前、一度だって新生魔王軍の配下相手には直接攻撃をしていないだろう」

勇者「……確かに……」

僧侶(言われれば……)

暗器使い「法国のダンジョンでは違和感なく戦闘から離脱できるように、あんな芝居を打って俺達と離れたんだろう?」



572 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:40:48.738Mb4mLm20 (21/36)

紅目のエルフ「芝居を打ったなんて酷いわ。あの時はこの騎士サマが本気で勇者を殺しに行くから」

黒い騎士「……俺はあの時点で、勇者が危険な力を秘めていると感じ取っていた……」

暗器使い「……そう、“そこに俺は違和感を感じていた”」

紅目のエルフ「違和感……?」

暗器使い「その時もそうだしが、何より……」

暗器使い「何故格闘家の隠れ家での一戦で、サロスから僧侶を庇った! 最後にゼパールの逃亡を妨害した!!」

紅目のエルフ「……!」

暗器使い「お前の行動にはゼパールも解せない表情をしていた」

暗器使い「お前は恐らく……」

紅目のエルフ「……違うわ」



573 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:42:01.088Mb4mLm20 (22/36)

暗器使い「お前は勇者達が、仲間が大切に感じられるようになっていたんじゃ無いのか!!」

紅目のエルフ「違うわよ!!!!」

紅目のエルフ「勝手なこと、言わないで……」

紅目のエルフ「少しあなた達のおままごとに付き合ってあげただけよ」

紅目のエルフ「早く撤退しましょう。これ以上は時間の無駄だわ」

黒い騎士「……ああ……」

僧侶「は、離して……!」


黒い騎士が僧侶を抱えて踵を返した。


僧侶(駄目……もう一度術を打つ力の余裕がない……)

勇者「待て……!!」



574 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:45:49.188Mb4mLm20 (23/36)

暗器使い「追うな勇者!!」

勇者「だけれど!!」

暗器使い「こっちはもう全員が満身創痍だ。下手に深追いして敵の罠があったらどうするつもりだ……!」

辻斬り「……俺も同意見だよ。これ以上は危険だ」

勇者「このままじゃ僧侶が殺されてしまうんだよ!?」

暗器使い「いいか。今追えば敵の思う壺かもしれない」

暗器使い「僧侶が攫われたのは、俺達の力が足りなかったからだ。この足りない力では、世界どころか僧侶だって救えない。そうだろ?」

勇者「くっ……!」

暗器使い「それに……気休めかもしれんが聞いてくれ」

暗器使い「僧侶は恐らく殺されない」



575 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:46:33.708Mb4mLm20 (24/36)

辻斬り「……なんでだい?」

暗器使い「初めの頃、勇者が殺されずに見逃されていた理由と同じだ」

暗器使い「僧侶を殺せば次の僧侶の紋章持ちが現れるだけだ」

辻斬り「なら、殺さずに捕らえておいた方が良い、か」

暗器使い「ああ。奴らはあの能力がこちらの陣営にいることを厄介に思っていたようだからな」

暗器使い「それに、殺すならこの場でも出来たことだ」

暗器使い「黒い騎士はそうしようとしていたが……アイツはそうはしなかった」

勇者「……エルフさん……」

暗器使い「……良いか勇者」

暗器使い「今の俺達に出来ることは二つだ」



576 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:47:19.828Mb4mLm20 (25/36)

暗器使い「一つは今まで通り、残りの紋章持ちを探すという事」

勇者「……残りは魔法使いと格闘家の紋章持ちだね」

猫又「へえ、紋章持ちっていうのは全部で七人なんだ」

暗器使い「……そして二つ目は、俺達自身がもっと強くなることだ。もう二度と負けないためにもな」

勇者「うん……そうだね」

暗器使い「それから勇者。お前に一つ聞いておきたい」

暗器使い「その剣と、お前自身についてだ」

勇者「…………」

暗器使い「そろそろ俺達も、知っておいて良いんじゃないのか?」

勇者「……分かった。話すよ」


577 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:48:01.208Mb4mLm20 (26/36)



勇者は街まで戻り安全が確保できた所で、暗器使い達に剣の秘密を語った。


暗器使い「……驚いたな。その剣の中に“初代勇者様がいる”って言うことになるのか?」

勇者「そうだと思う」

勇者「初めの内は夢にぼんやりと出てくる程度だったんだけど、最近ははっきりと認識できるようになったんだ」

勇者「剣のおかげで僕は初代勇者様の力を借りることが出来る」

勇者「それこそ最近は……かなり力が馴染んできた感覚があるよ」

暗器使い(時折別人のように強くなるのはそのせいか……)

暗器使い「しかし何で今日までその事を黙っていた? 何か問題でもあるのか?」

勇者「それは……その……ほら、確証が持てなかったって言うか」

勇者「この剣に宿っているのが誰かをきちんと認識できるようになったのは最近だから、言い出すタイミングがなくて」



578 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:53:04.528Mb4mLm20 (27/36)

暗器使い「……そうか。そういう事にしておこう」

勇者「うん……」

猫又「あのさ、初代勇者の魂と一体化したような状態になったおかげで記憶の共有も出来たのなら、あの騎士のことも何か分からないの?」

勇者「ええっと、まだ完全に記憶が共有できている訳じゃ無いんだ」

勇者「現に魔王の事ですら何にも頭に浮かんでこないんだ」

勇者「ただそれにしても恐らくは……あの騎士は千年前の大戦の時にはいなかったはずだよ」

辻斬り「新しく加入した幹部って事か」

辻斬り「ま、新生なんて名乗るぐらいだし中身は結構別物って可能性は高いね」

辻斬り「初代勇者の記憶……場合によっては俺達にとってかなり有益な情報をもたらしてくれるかもしれないね」

暗器使い「かもな……」



579 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:53:50.278Mb4mLm20 (28/36)

暗器使い「そんで、これからそうするんだ? いつもの直感で行きたい場所は無いのかよ」

勇者「それがね……中々ピンと来なくて」

勇者「もしかしたら、ここで少し腕を磨いていけって事なのかもしれない」

辻斬り「そういう事なら付き合うよ」

辻斬り「俺もかなり、剣筋に鈍りがあるみたいだからねえ」

暗器使い「お前はどうするんだ?」

猫又「私? ……うーん……」

猫又「君たちが良ければだけど、しばらくは一緒に行動してみようかな」

猫又「妖刀の監視もしなきゃ、だし」

辻斬り「それは心強いけど……何でまた?」



580 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:54:39.948Mb4mLm20 (29/36)

猫又「盗品の刀は今回で全部回収できたから、私の生きている目的っていうのは果たされてしまったわけ」

猫又「前はね、その目的が無くなったあとどうしたら良いんだろうって不安だったの」

猫又「でもね、皇国で知り合ったある二人組のおかげでその不安も消えた」

猫又「どんな些細な、どんな下らない事でもまた次を見つければ良い。簡単なようで難しいことだけど、そう思うようにしてるの」

猫又「しばらくは君たちが歴史をどう動かしていくのか眺めているのも面白いかなあって」

暗器使い「同行者が増えるのは心強いが、大丈夫なのか?」

勇者「あんまり紋章持ち以外が仲間になると良くないとは聞いているけど、一人や二人なら何の問題も無いはずだよ」

勇者「実際初代勇者様だって色々な人と冒険していたからね」

勇者「猫又さんが良いなら是非」

猫又「それならしばらく厄介になるね」



581 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:55:12.098Mb4mLm20 (30/36)

辻斬り「あんたと一緒に行動する日が来るとはね……」

猫又「それはこっちのセリフ。あのときの傷跡残っているんだから」

辻斬り「それは……悪かったよ」

猫又「ま、いずれ何かの形で返してもらうわ」

辻斬り「ああ、そうする」

辻斬り「さて、取り敢えずは道場に戻るって事で良いんだよね」

勇者「うん、そうしようかな」

辻斬り「それじゃあ行こうか」

辻斬り(初代勇者が宿った剣か……恐らくはこの刀も……)

辻斬り(いろいろと調べてみる必要が有りそうだな)


582 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:56:56.758Mb4mLm20 (31/36)






──数日後、魔国にて


百目の異形「では無事に僧侶の紋章持ちを捕獲できた、と」

黒い騎士「ああ……だが肝心の勇者を仕留めきれなかった」

隻腕の忍「あっちには剣士の紋章持ちも加わっていたんだろ? それは予定外だったから仕方が無い」

隻腕の忍「あの紋章持ちは毎度毎度、単純戦闘力が飛び抜けているからな」

妖艶な術師「だからこそ、発展途上の今に叩いてしまえれば良かったのだけれど」

黒い騎士「済まない……」

妖艶な術師「まあ、僧侶の力と貴方の魂の相性は最悪だからね……不意打ちを食らったのであれば仕方が無いけれど」

百目の異形「もう少しそちらに兵力を回せれば良かったのだが、敵の目を掻い潜るためにはあまり大所帯では困るのでな……」



583 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:58:53.528Mb4mLm20 (32/36)

隻腕の忍「何より人間の連合国側の攻撃が苛烈になってきているからなあ。主力はやはり前線に置きたい」

隻腕の忍「向こうも先の作戦の失敗分を取り戻そうと必死なんだろう」

百目の異形「うむ。その件については見事な働きだったぞ、エルフよ」

百目の異形「まさか勇者パーティー内に間者がいるとは思いもしなかっただろう」

紅目のエルフ「……それはどうも」

妖艶な術師「それにしても、僧侶は殺さなかったのね」

妖艶な術師「当代はかなり強い力を持っているみたいだから殺して次に移しても良かった気がするけれど」

妖艶な術師「長いこと一緒に居て情でも移っちゃった? エルフちゃん?」

紅目のエルフ「……まさか」

新生魔王軍の長「そこまでにしておけ」



584 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:59:27.288Mb4mLm20 (33/36)

新生魔王軍の長「黒い騎士が殺さずに捕獲をしたのであれば、あれは騎士の物だ」

新生魔王軍の長「四天王は互いに過干渉をしてはならない……そう決めたはずだ」

妖艶な術師「分かっているわ。ちょっと疑問に思っただけよ」

新生魔王軍の長「今回は先の戦の穴を突いて黒い騎士らを送り込めたが、この先は警戒も強まってそう簡単には行かないだろう」

新生魔王軍の長「残りの転移魔法陣も多用はでき無いのでな」

新生魔王軍の長「勇者本人を叩けなかったのは痛かったが、回復役を削げたのは大きい」

新生魔王軍の長「次の機を見て当代勇者は消す」

新生魔王軍の長「四天王はこの先も自身の役割を果たせ。良いな?」

百目の異形「うむ」

妖艶な術師「はあい」



585 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 15:59:59.798Mb4mLm20 (34/36)

黒い騎士「承知した」

隻腕の忍「へいへい」

新生魔王軍の長「紅目のエルフも今後は別の役割を与えることになる。頼んだぞ」

紅目のエルフ「分かりました……」

新生魔王軍の長「傲慢な人間共からこの大陸を奪い取る。その日まで我々は止まれん」

新生魔王軍の長「さあ奴らにもう一泡吹かせてやろうか……!!」


586 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 16:00:44.728Mb4mLm20 (35/36)



《ランク》


S2 九尾
S3 氷の退魔師 長髪の陰陽師 初代格闘家

A~ 黒い騎士

A1 赤顔の天狗 共和国首都の聖騎士長 第○聖騎士団長
A2 辻斬り 肥えた大神官(悪魔堕ち) レライエ  ゼパール 勇者(初代の力)
A3 西人街の聖騎士長 お祓い師(式神) 赤毛の術師 隻眼の斧使い サロス

B1 狼男 赤鬼青鬼 暗器使い
B2 お祓い師 勇者 第○聖騎士副団長 褐色肌の武闘家
B3 猫又 小柄な祓師 紅眼のエルフ

C1 マタギの老人 下級悪魔 エルフの弓兵 影使い オーガ 竜人 ゴロツキ首領 柄の悪い門下生
C2 トロール サイクロプス 法国の熱い船乗り 死霊騎士
C3 河童 商人風の盗賊  ウロコザメ 

D1 若い道具師 ゴブリン 僧侶 コボルト
D2 狐神 青女房 インプ 奴隷商 雇われゴロツキ 粗暴な御者
D3 化け狸 黒髪の修道女 天邪鬼 泣いている幽霊 蝙蝠の悪魔 ゾンビ


※あくまで参考値で、条件などによって上下します。
 ※黒い騎士は特に条件変動が激しいためA~とします。
※聖騎士団長は全団A1クラス
※聖騎士副団長は全団B2クラス
※前作「フードの侍」を「猫又」に変更。
※勇者(初代の力)は名前の通り、剣の力に頼った状態でのランクです。
※お祓い師(式神)は、狐神の力を借りている時のランク。



587 ◆8F4j1XSZNk2019/07/02(火) 16:01:33.998Mb4mLm20 (36/36)

《出会いと》編でした。
次回は《不毛の大地》編です。


588以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/07/03(水) 02:08:25.04PPMgNJKDO (1/1)

待ってたぜ!乙乙


589 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 19:57:31.58B6eGxfUL0 (1/32)

《不毛の大地》


──紅目のエルフが裏切り者だと判明し、僧侶が新生魔王軍に攫われてから二ヶ月が経過しようとしていた。


連合国と魔国の戦いは一進一退で終りが見えず、日に日にお互いが疲弊していくのが感じられた。

紅目のエルフの裏切りが露見した事もあり、過激派がより一層人外を糾弾するようになった。

彼らと人外擁護派の衝突によって戦線から遠い街の治安も悪化の一途を辿っていた。

勇者達はそんな各地を回って暴動や事件を治めながら、他の紋章持ちを探して帝国から共和国へと拠点を移すことになっていた。


勇者「あ、暑い……」

暗器使い「これはキツイな……」


帝国と共和国の国境を越えてしばらく、勇者達は巨大な砂漠の真ん中を進んでいた。


辻斬り「地域的に暑いのは当然なんだけど、こうも植物がないと肌を刺すような暑さになってしまうんだねえ……」

猫又「水ちょうだい……」



590 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 19:58:18.69B6eGxfUL0 (2/32)

辻斬り「はいはい」

勇者「次の集落まではどれ位かな」

暗器使い「日が沈むまでには着けそうだな」

猫又「良かった。夜は日中と打って変わって冷え込むから」

辻斬り「その距離なら水も十分持ちますね」

暗器使い「ああ、あと少しだ。頑張って行こう」

勇者「……そうだね」


休憩を終え、砂漠でのメジャーな移動手段となる砂漠アシダカドリに各々騎乗した。

最後に腰を上げた勇者は身長こそ変わらないものの、少し逞しい背中に成長していた。


591 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 19:58:48.75B6eGxfUL0 (3/32)






目的の集落が近付いて来た時、勇者達はある異変に気がついた。


猫又「何か騒がしいね」

勇者「うん、行ってみよう……!」


勇者達が騒ぎの起こっている方へと駆け付けると、集落で逃げ惑う人々の姿があった。


砂漠の村人A「に、逃げろおおおお!!」

砂漠の村人B「ヒイイイイイッ!!」

勇者「一体何があったんですか!?」

砂漠の村長「た、旅の人かね……! ここは危ないから逃げなさい!」

砂漠の村長「“ヤツ”らが現れたのだよ……!!」



592 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 19:59:43.17B6eGxfUL0 (4/32)

暗器使い「ヤツら……?」


その時、勇者達の背後の砂の中から巨大な影が姿を現した。


砂漠の村長「あ、危ないっ……!!」

暗器使い「何だ!? ジャイアントワームか!?」


巨大なミミズのような怪物が、勇者達を飲み込もうとその口を開けて迫ってきた。


勇者「っ!!!!」


しかし、次の瞬間には勇者の抜いた剣によって真っ二つに切り裂かれてしまった。


辻斬り「うん、だいぶ様になってきたな」

勇者「……まだまだ、辻斬りさんには敵わないよ」

砂漠の村長「あ、貴方がたは一体……」



593 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:00:19.17B6eGxfUL0 (5/32)

勇者「僕は勇者です。ここは僕たちにお任せを」





しばらくして、集落に大量発生していた怪物たちは一掃された。

お礼に、と勇者達は快く集落に招き入れられたのだった。


砂漠の村長「勇者様方にはなんとお礼を言えば良いのか……」

勇者「そんな、当然のことをしたまでですよ」

辻斬り「それにしても、さっきの怪物たちは一体……」

砂漠の村長「あれはジャイアントワームの砂漠固有種、サンドワームです」

砂漠の村長「砂の中から馬や牛ですら一飲みにしてしまう恐ろしい怪物ですが、ある特定の音を嫌がるという性質が有りましてな」

砂漠の村長「その音を砂中に流し続ける特殊な魔法の鐘で集落を守るのがこの辺りでは普通の事なんですよ」



594 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:02:44.16B6eGxfUL0 (6/32)

猫又「そんな事を知らずに砂漠越えをしていたね」

辻斬り「最悪睡眠中に食われていたかもねえ」

暗器使い「まったく運が良いんだか、なんだかなあ……」

暗器使い「それで、今回はその鐘が有りながらなんであれ程のサンドワームが集落に?」

砂漠の村長「最初は鐘の故障を疑ったのですが、どうやらそうでは無いらしく……」

砂漠の村長「サンドワームの生態に詳しい者によると、何やら奴らは怯えた様子だったと言っていましてね」

猫又「普通なら嫌がる鐘の音を無視できる程の何かから逃げてきた、と」

砂漠の村長「うむ……」

砂漠の村長「先程他の集落からも同様の報告が来ましてね。この砂漠で何かが起こっている可能性は高いでしょうな」

勇者「サンドワームが怯える程の何か……」



595 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:03:36.41B6eGxfUL0 (7/32)

勇者「…………」

砂漠の村長「…………」

砂漠の村長「勇者様のお考えになっていることは分かります。ですがご自身の目的のためにここは早く出られたほうが良いでしょう」

勇者「で、ですが……」

砂漠の村長「今回は急にヤツらが現れたものだから対応に遅れましたが、警戒をすれば何てことは有りませんな」

砂漠の村長「既に周辺集落との連携も始めていましてね」

暗器使い「勇者、村長のおっしゃる通りだろう」

暗器使い「実際さっきの戦い、彼らの活躍が大きかっただろう?」

村守護のダークエルフ「町へ食糧の買い出しに行っている間にこんな事に……申し訳ない」

砂漠の村長「何、自分の人員配分ミスだ」



596 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:04:13.28B6eGxfUL0 (8/32)

砂漠の村長「我々はこの砂漠で代々ずっと暮らしてきた民族でしてね」

砂漠の村長「この程度の困難、乗り越えてみせましょう」

勇者「……分かりました」

砂漠の村長「しかしやはり砂漠に現れた何かについて、勇者として気になる点は有るのでしょうな」

砂漠の村長「他の集落からの情報をまとめると、方角は恐らく南東側……」

砂漠の村長「この共和国の首都の方角とおおよそ一致しますな」

砂漠の村長「あちらの方がより情報が手に入るでしょう。元々の目的地のようですからな、丁度良いのでは?」

猫又「そういう事なら明日の朝にはまた出発した方が良さそうだね」

辻斬り「うん。今晩はお言葉に甘えてここで休ませて貰おうか」

砂漠の村長「ええ、しっかりと疲れを取って下され」


597 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:05:00.79B6eGxfUL0 (9/32)






翌朝、村長の厚意で携帯用のワーム避けの鈴を貰い、勇者達は共和国首都を目指して出発した。

更に砂漠の案内人としてダークエルフが同行してくれる事になった。


勇者「すいません、わざわざ僕たちのために……」

村守護のダークエルフ「旅人を送り届けるのも我々の仕事だ」

勇者(確かにそれなりのお金も取られたけど……この地で暮らすために必要な仕事なんだろうな)

村守護のダークエルフ「村のことは大丈夫だ」

村守護のダークエルフ「……この砂漠は広いが、生き物が暮らせる場所は限られている」

村守護のダークエルフ「水が湧き、わずかに緑が茂る場所に少数が寄り添う……そんな村々が点在している」

村守護のダークエルフ「一つ一つの規模が小さいからこそ、昔から有事の際は皆で結託をして乗り越えてきた」



598 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:08:43.68B6eGxfUL0 (10/32)

村守護のダークエルフ「今回も“何か”が起こっていると思われる場所の周囲の者は、比較的広い集落へと避難させ、我々ダークエルフが重点的に守護にあたっている」

暗器使い「ダークエルフは古来よりこの砂漠に住まう亜人種なんだな?」

村守護のダークエルフ「……古来言うほど長い歴史は無い。せいぜい八百年ほどだろう」

猫又「八百年でも十分長いけれど……」

辻斬り「俺達と亜人とでは時間の尺度が違うのさ」

勇者「失礼な質問になってしまうんですが、良いですか」

村守護のダークエルフ「気にするな。だいたい聞きたいことは分かる」

村守護のダークエルフ「何故こんな不便な場所に住んでいるのか、だろう?」

村守護のダークエルフ「理由は森の民と大体同じだ。過去の大戦で人間と人外が対立した後、教会勢力がいる国々では俺達亜人も迫害の対象になった」

辻斬り「森の民……エルフか」



599 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:09:47.88B6eGxfUL0 (11/32)

村守護のダークエルフ「ああ。だが俺達と奴らとでは境遇が違った」

村守護のダークエルフ「千年前の当時、俺達の祖先の多くは魔王軍側に加わっていた」

村守護のダークエルフ「エルフに領土を分け与えた王国も、流石にダークエルフに干渉することは出来なかったみたいだ。そのときには既に、教会の力は絶対的なものになっていたからな」

暗器使い「初代勇者パーティの弓使いもエルフだったと聞くからな。そういう点も、当時の国王の行動が見逃された理由の一つだったんだろう」

村守護のダークエルフ「その口ぶりでは今回もエルフなのか?」

勇者「うん……今は訳あって居ないけれど」

村守護のダークエルフ「……詳しくは聞かないでおこう」

暗器使い「やつの瞳はお前たちのように燃えるような紅色だった」

暗器使い「本人曰く、どこかにダークエルフの血が混ざっているらしいが」

村守護のダークエルフ「エルフのとダークエルフの混血か……珍しいな」



600 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:10:34.34B6eGxfUL0 (12/32)

村守護のダークエルフ「かの大戦後は我々は砂漠に、奴らは森に籠もっているからな。交流は無いに等しい」

村守護のダークエルフ「大戦以前も良い間柄では無かったようだしな」

村守護のダークエルフ「さて話を戻すか」

村守護のダークエルフ「この砂漠に留まる理由……それは俺達ダークエルフも、あの集落の人々も同じだろう」

村守護のダークエルフ「ここが故郷だからだ」

村守護のダークエルフ「先祖がここに住み着いた理由は関係ない。それは彼らも同じだろう」

村守護のダークエルフ「生まれ育った場所を簡単に捨てることは出来ないものさ」

辻斬り「故郷、か……確かに大事なものだね」

猫又「…………」

辻斬り「しかし大丈夫なのかい? ここの国のお偉いさんには人外亜人嫌いが多いと聞くけれど」



601 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:11:02.63B6eGxfUL0 (13/32)

村守護のダークエルフ「その心配はない……まあ街に着けば理由も分かってくるだろう」

辻斬り「…………?」


602 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:11:46.74B6eGxfUL0 (14/32)






集落を発って一月近く、ようやく一面砂の景色から変わって人々が多く行き交う場所に到達していた。

しかし彼らの顔はどこか暗く、活気が感じられなかった。

その空気は首都に到着しても同じで、少しメインストリートから外れればならず者がたむろする怪しい地域に迷い込んでしまうようになっていた。


村守護のダークエルフ「流石にこの先はついて行けない。この先の酒場で仕事を探しているから、また用があれば来てくれ」

村守護のダークエルフ「次は大値引きするさ」

勇者「はは、分かりました。ありがとうございます」


ダークエルフに別れを告げると、予め退魔師ギルド経由で連絡を取っていたとある人物に謁見するために中心部に向けて歩き出した。

足を進めると少し賑やかさが出てきたようで、出し物などをしている姿も散見された。


観光客らしき男「食いもんはここまでだ。夜に食べられなくなっても知らねえぞ」



603 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:12:12.88B6eGxfUL0 (15/32)

観光客らしき女「ふん、わしの胃が底なしであるという事を忘れたのかのう?」

観光客らしき男「俺の財布が底ありなんだよ!!」


観光客のような人々の姿も増えていき、ようやく中心部らしい雰囲気になってきた。

しかしそれでもどこか影があるのは、今が戦争中だからなのだろうか。


604 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:15:45.58B6eGxfUL0 (16/32)






それからしばらくして、勇者らは目的の人物と卓を囲んでいた。


眼鏡の共和国外交官「久しぶりですね勇者殿。会議以来なので半年以上ですか」

勇者「お久しぶりです……」

眼鏡の共和国外交官「そちらが剣士の紋章持ちの方と……また新しいのが“一匹”紛れ込んでいますね」

勇者「そんな言い方は……!」

猫又「気にしないよ。私猫だし」

眼鏡の共和国外交官「また同じ轍を踏むのですか、勇者殿」

眼鏡の共和国外交官「例の内通者のことはとっくに耳に届いています」

勇者「…………」



605 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:16:37.36B6eGxfUL0 (17/32)

眼鏡の共和国外交官「人外共は我々を同じ知的生命だとは思っていない。家畜と同じです」

眼鏡の共和国外交官「分かり合うことなど出来ないのですよ」

勇者「それは、貴方も同じなのでは無いですか……?」

眼鏡の共和国外交官「そうです。だから争うしか無いのです」

勇者「でも少なくとも僕は……僕たちは違います」

勇者「全員が納得の行く方法なんて無い……だから僕は僕の信じたようにやるんです。それは貴方と同じことのはずです」

眼鏡の共和国外交官「……後悔してからでは遅いのですよ?」

勇者「後悔はもう十分してきました。これからも沢山するでしょう」

勇者「でも僕はやります」

暗器使い「勇者……」



606 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:17:08.09B6eGxfUL0 (18/32)

眼鏡の共和国外交官「……そうですか。ならば好きにすると良いでしょう」

眼鏡の共和国外交官「ただしここは我々の国です。ルールには従っていただきます」

勇者「勿論です」

眼鏡の共和国外交官「さて本題ですが……ここ最近共和国で入手できた情報について教えて欲しい、でしたか」

勇者「はい」


607 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:19:35.86B6eGxfUL0 (19/32)






暗器使い「やはり戦線は厳しい状態か……」

眼鏡の共和国外交官「例のダンジョンの罠で各国とも主力を多くを失いましたからね」

眼鏡の共和国外交官「最深部に誘い込みダンジョンごと爆破するとは卑劣な手段を……」

眼鏡の共和国外交官「勇者殿はよく生還できたものだ」

勇者「僕に関しては恐らく、あの時点では向こうが殺すつもりが無かったんだと思います」

眼鏡の共和国外交官「ふむ……?」

勇者「実は……」


勇者は眼鏡の共和国外交官に事情を説明した。


眼鏡の共和国外交官「勇者の力のシステムを逆手に取るために、勇者の力を見極めていたという事ですか……」

暗器使い「予想に反して勇者が成長し始めたから、始末するって方針に変わったようだがな」



608 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:20:19.44B6eGxfUL0 (20/32)

辻斬り「相手は勇者の力を厄介におもっているようだからねえ。紋章持ちが全員揃うのも快く思わないんじゃないかな」

眼鏡の共和国外交官「そうですか……しかし残念ながら我が国で紋章持ちが覚醒したという話は聞いていない」

勇者「そうですか……」

眼鏡の共和国外交官「力になれず申し訳ない」

眼鏡の共和国外交官「その件に関しての情報はありませんが、少し気になる話が有りましてね」

暗器使い「気になる話?」

眼鏡の共和国外交官「ここから南西に向かった砂漠の中にダンジョンらしき建造物が現れ、そして消えたという噂です」

勇者「ダンジョンらしき建造物……!」

辻斬り「へえ……?」

眼鏡の共和国外交官「元々は古代の遺跡があった場所なのですが、それとは似て非なるものが一晩だけ観測されたのことで、今聖騎士達が調査の準備をしているところでしてね」



609 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:20:51.96B6eGxfUL0 (21/32)

眼鏡の共和国外交官「勇者殿は戦線ではない地域で活躍することに注力している様子なので、良ければ聖騎士らに話を通しましょうか?」

勇者「……よろしくお願いします……!」


610 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:21:41.36B6eGxfUL0 (22/32)






勇者達は案内されるがままに、大聖堂横の聖騎士の兵舎へとやって来た。

そこに現れたのは修道女にしては顔の険しい、騎士にしてはあまりに身軽な女性だった。

その姿を一目見て、勇者は気がついた。


勇者(人間じゃ、無い……? 教会に何故……)

目付きの悪い細身の女性「貴様が勇者か」

勇者「う、うん……」

目付きの悪い細身の女性「付いて来るが良い」

勇者「は、はい……」

暗器使い(怖い姉ちゃんだな……)



611 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:26:21.39B6eGxfUL0 (23/32)

辻斬り(しかもかなり強そうだ)

猫又(お腹空いたなあ)

目付きの悪い細身の女性「何故我がこのような小間使いのような……」


終始機嫌の悪そうな女性に付いていった先は小さな応接間のような場所で、既に何人かの人物が待機していた。

その多くがフードを深く被っており、異様な雰囲気に包まれていた。

その中心にいる騎士らしき男だけが柔和な笑みで勇者達を招き入れた。


共和国首都の聖騎士長「私はこの首都教会の聖騎士長を任されている者です。よろしくお願いします、勇者御一行様」

勇者「よろしくお願いします」

共和国首都の聖騎士長「案内を任せてしまって済まなかったね。こちらも慌ただしくて」

目付きの悪い細身の女性「二度とやらんぞ」


612 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:27:30.80B6eGxfUL0 (24/32)



ぶっきらぼうな女性の物言いに、控えていたうちの一人が立ち上がって不機嫌そうな顔を見せた。


赤毛の術師「貴女、誰の温情で今存在できているのかまだ理解できないみたいね」

目付きの悪い細身の女性「……それは貴様が言うことではなかろうが、雌餓鬼が」

赤毛の術師「は?」

目付きの悪い細身の女性「あ?」

共和国首都の聖騎士長「こらこら二人共、お客様の前だ」

赤毛の術師「しかし……!」

共和国首都の聖騎士長「落ち着いて、な?」

赤毛の術師「…………はい」


火花を散らす女性二人を、聖騎士長が困った顔をしながらその場を収めた。




613 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:28:13.18B6eGxfUL0 (25/32)

暗器使い「(うちの子はこうじゃなくて良かったな……)」

辻斬り「(いやいや、この子も意外と凶暴だよ?)」

猫又「(……あ?)」

勇者「(ま、まあまあ……)」

辻斬り「(それにしても案内してくれた子も、赤毛の子も並の実力じゃない……)」

暗器使い「(何よりあの優男……法国の正騎士団長に劣らない力を感じる)」

猫又「(首都を任されるにはそれだけの力が必要って事なんじゃないの?)」

猫又「(これだけの実力者が集まる必要があるものなの? ダンジョンってやつは)」

勇者「(うん。決して油断できない場所なんだ)」

共和国首都の聖騎士長「さて少し狭いけれど席に着いてもらえますか」



614 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:28:56.02B6eGxfUL0 (26/32)

共和国首都の聖騎士長「まさかこのタイミングで勇者殿らが訪れてくださるとは、これも導きなのでしょうか」

暗器使い「砂漠にダンジョンらしきものが出現したとの事だが……」

共和国首都の聖騎士長「恐らくはダンジョンで間違いないみたいですね。本来あの位置にあるはずのダンジョンが宣戦布告時に現れなかったそうなので」

辻斬り「本来あるはず……? 何故そんな事を知っているんだい?」

共和国首都の聖騎士長「敵の情報を握っている者はこっち陣営にもいるってことですよ」

目付きの悪い細身の女性「…………」

共和国首都の聖騎士長「ダンジョンを出現させた者の検討もついています」

共和国首都の聖騎士長「非常に強力な敵です。ここの戦力だけで勝てるかどうか……」

暗器使い「それほどの……!?」

共和国首都の聖騎士長「ええ。“理”側の存在と考えていいでしょう」



615 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:31:05.54B6eGxfUL0 (27/32)

勇者「つ、つまり……素の状態でもランクSなのは確定だと……」

目付きの悪い細身の女性「しかも生半可な者ではではない」

目付きの悪い細身の女性「死ぬ気がないのであれば残って寝ているが良い」

勇者「…………!」

共和国首都の聖騎士長「本来ならば“あの方”の協力を得たかったのですが」

赤毛の術師「『この街からは出ない』との事で……」

共和国首都の聖騎士長「やれやれ、いつも通りですか……」

勇者(ランクSの凄さは目の当たりにしてきた……)

勇者(初代格闘家様やダンジョンでの黒い騎士……皆自分一人では及ばない強さだ……)

勇者(でも……!)



616 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:31:40.37B6eGxfUL0 (28/32)

勇者「この剣が、行かねばならないと言っているんです……!!」

暗器使い「勇者、それは……」

勇者「うん、そらくは」

目付きの悪い細身の女性「……好きにしろ……」

共和国首都の聖騎士長「よし。それならこの先の話に進めましょうか」

共和国首都の聖騎士長「やはりダンジョンの主は、“アレ”で間違いないのですね?」

目付きの悪い細身の女性「うむ、確実だ」

目付きの悪い細身の女性「彼処に眠っていたのは海の王レヴィアタンと対を成す、ベヒモスと呼ばれる獣だ」

赤毛の術師「……ベヒモス……!」

猫又「私でも知ってるぐらい有名な怪物だね」



617 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:32:27.24B6eGxfUL0 (29/32)

猫又「でも確かレヴィアタンと同士討ちで死んでしまったんじゃなかったっけ?」

目付きの悪い細身の女性「ふん、それは違うな」

目付きの悪い細身の女性「かの大戦が終結した後も、ベヒモスとレヴィアタンは戦い続けていた」

目付きの悪い細身の女性「奴曰く……真の死を求めてとの事だが、我にはあの考え方は理解できん」

目付きの悪い細身の女性「そしてその戦いに巻き込まれた男がいた…………初代戦士だ」

勇者「もしかして初代戦士様が海上で亡くなった原因って……」

目付きの悪い細身の女性「その時の消耗によるものだろうな」

目付きの悪い細身の女性「結果として初代戦士は死に、ベヒモスは瀕死に……レヴィアタンは生死が不明だそうだが恐らく死んだだろう」

目付きの悪い細身の女性「ベヒモスはそのまま数十年眠り続け……そして目覚めると辺り一面が不毛の大地と化していたという」

辻斬り「その言い方だと、あの砂漠が出来たのは大戦の後だったのかい?」



618 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:33:18.27B6eGxfUL0 (30/32)

目付きの悪い細身の女性「何だ、何も知らんのか」

目付きの悪い細身の女性「いかに初代戦士と言えど、あの怪物二体を同時に相手して致命傷を与えるなど無理な話だ」

勇者(その通りだ……剣の記憶をたどってみても、あの方一人だけではそんな芸当が出来るとは思えない……)

勇者(駄目だ……! 何か引っかかる……記憶が……)

目付きの悪い細身の女性「やはり“正しい歴史”は伝えられていないのか」

目付きの悪い細身の女性「……やれやれ」

目付きの悪い細身の女性「あの砂漠と同じような地域がこの大陸にあるだろう。そこについて調べてみることだな」

猫又「随分と詳しいんだねえ。それにさっきの口ぶりからすると……」

目付きの悪い細身の女性「……その通りだ。我は元々魔王軍下にあった」

暗器使い「やはりか……しかし何故」



619 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:33:44.73B6eGxfUL0 (31/32)

目付きの悪い細身の女性「経緯は省く」

目付きの悪い細身の女性「ただ単に、自分の愚かさに気がついただけだ」

赤毛の術師「…………」

目付きの悪い細身の女性「奴らの近くにいた立場からの言葉としてもう一度聞くが良い」

目付きの悪い細身の女性「勝てると思うなよ」


620 ◆8F4j1XSZNk2019/08/15(木) 20:35:05.24B6eGxfUL0 (32/32)

今日はここまでです。続き頑張ります。


621以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/08/16(金) 20:15:08.64m2te1SYDO (1/1)

乙乙
続き待ってるよ!


622 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:48:59.63zmSxpxYN0 (1/24)

>>621 頑張ります


623 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:50:14.88zmSxpxYN0 (2/24)






──ダンジョン目撃場所への道中


辻斬り「なあなあ、おねーさん」

目付きの悪い細身の女性「……気安く話しかけるな」

辻斬り「ヒュウ怖い」

辻斬り「元魔王軍にいたってことで、内通者騒ぎの時に疑われなかったの?」

目付きの悪い細身の女性「ふん、当然疑われた。今も監視がついている」

目付きの悪い細身の女性「裏切ろうにも“枷”のある今は不可能だと言うのにな」

共和国首都の聖騎士長「枷なんて言い方しなくても……」

目付きの悪い細身の女性「貴様もああいった自体を想定して施したのだろう? 用意だけは周到な男だからな」



624 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:52:14.82zmSxpxYN0 (3/24)

目付きの悪い細身の女性「お陰で必要以上の取り調べは無かった。そこは感謝しよう」

赤毛の術師「もう少し感謝が伝わるような言い方が出来ないの?」

目付きの悪い細身の女性「言い方一つで価値が変わるならば、それは真の気持ちと言えるのか?」

赤毛の術師「流石に屁理屈過ぎる……!!」

目付きの悪い細身の女性「何とでも言え」

目付きの悪い細身の女性「……しかし、裏切り者か」

目付きの悪い細身の女性「紅目のあいつも、そんな役をやる羽目になったな」

勇者「エルフさんのことを知って……って当然か」

目付きの悪い細身の女性「新生魔王軍としていまの軍勢が立ち上がった後、奴とは共に行動することが多かったのでな」

目付きの悪い細身の女性「……昔、弓も少々指南してやったな」



625 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:53:08.10zmSxpxYN0 (4/24)

目付きの悪い細身の女性「奴とは主に、仲間を増やすために各地を巡って回っていた」

目付きの悪い細身の女性「特に大戦後に多く捕らえられた亜人……エルフなどを探し回った」

目付きの悪い細身の女性「多くの者は故郷へと戻ったが、中には我の配下として下る物好き共も居てな……」

共和国首都の聖騎士長「西人街で戦った彼らですか……」

目付きの悪い細身の女性「そうだ」

目付きの悪い細身の女性「命も奪わず無力化し、人目につく前に故郷へ送り返すとは器用な真似をしてくれたものだ」

目付きの悪い細身の女性「……その件も、感謝している」

共和国首都の聖騎士長「どういたしまして」

赤毛の術師「…………」

暗器使い「しかし紅目のエルフのことを知っていたのに内通者であると密告しなかったのは何故だ?」



626 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:53:39.49zmSxpxYN0 (5/24)

暗器使い「昔の部下への温情か?」

目付きの悪い細身の女性「どうであろうな……温情、というのは違うだろう」

目付きの悪い細身の女性「やはり奴が紋章持ちとして選ばれたその意味を、見届けてやろうと思ったからかもしれんな」

辻斬り「紋章持ちとして選ばれた意味、か……」

暗器使い「…………」


それからしばらく続いた沈黙を破ったのは勇者だった。


勇者「聖騎士長さん。どうして外交官さんがあそこまで人外を毛嫌いするのか、その理由をご存知ですか?」

勇者「もちろん話せない内容でしたらこれ以上は聞きません」

共和国首都の聖騎士長「……いや、話しましょう」

共和国首都の聖騎士長「嬉々として言いふらすような事では決してありませんが、親しいものなら皆知っていることですので」



627 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:54:25.72zmSxpxYN0 (6/24)

共和国首都の聖騎士長「よくある話といえば、よくある話です」

共和国首都の聖騎士長「あの方が兵士として活躍されていた頃に、大規模な暴動事件が有りましてね」

共和国首都の聖騎士長「その際に奥様とお子さんを亡くしているんです」

共和国首都の聖騎士長「その暴動の中心にいたのが人外だった……という事です」

共和国首都の聖騎士長「国を、街を守るために戦ったが、家族を守ることは出来なかった……その事実があの方を縛り続けているんでしょうね」

共和国首都の聖騎士長「せめてこの国、この街だけは守らなければ、と」

共和国首都の聖騎士長「しかしこの国はご覧の有様です。広大な不毛の大地に加えて生き物の住まわない死の海域……おまけに地下資源にも乏しく多くは輸入に頼り切り」

共和国首都の聖騎士長「そんな最中に隣国の皇国で巨大な炭鉱が発見された」

共和国首都の聖騎士長「だからこの国はあんな馬鹿な真似をしてしまったのでしょうね」

勇者「皇国にある教会を利用した例の工作の事ですか」



628 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:55:09.70zmSxpxYN0 (7/24)

共和国首都の聖騎士長「命令とはいえ、関わった私にものを言える筋合いは無いのですがね」

暗器使い「工作活動の失敗による賠償に加えて魔国との戦争による更なる疲弊……」

暗器使い「首都があんな空気になっているはずだ」

辻斬り「ダークエルフの彼が言っていた、砂漠にいる彼らが放置されている理由……」

辻斬り「放置されていると言うより、そっちに手を回す余裕が無いって事なんだろうね」

猫又「みたいだね」

目付きの悪い細身の女性「不毛の大地と死の海域か……」

目付きの悪い細身の女性「あれらをどうにかする方法は無くはない……」

共和国首都の聖騎士長「何か知っているんですか?」

目付きの悪い細身の女性「……まあ、現実的な話ではない。忘れろ」



629 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:55:58.84zmSxpxYN0 (8/24)

目付きの悪い細身の女性「さて、そろそろ目的の場所が近いのでは無いのか?」

共和国首都の聖騎士長「ええ、例の遺跡が見えてきました」


聖騎士長の視線の先には砂風によって朽ち果てた太古の遺跡が見えた。

しかしそれは昔ながらの姿であり、ダンジョンのような異形の姿と化してはいなかった。


共和国首都の聖騎士長「これは報告通りですね……しかし……」

辻斬り「うん、確実に“何かいる”ね」

目付きの悪い細身の女性「……確実に奴の気配だ。精々気をつけるが良い」


事前の打ち合わせ通りに散開し、前衛と後衛がうまく連携できるように準備を進めた。

そしていよいよ、聖騎士長らが率いる前衛が遺跡へと進行を始めた。

そこで待ち受けていたのは遺跡の眼の前でじっと動かない、様々は獣が溶け合ったような異形の巨大な姿だった。


630 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:56:51.23zmSxpxYN0 (9/24)

共和国首都の聖騎士長「西人街での“偽物”とは大きさも力も比べ物にならないですね」

レライエ「当たり前だ。こんな怪物を完全に再現できるわけがなかろう」

レライエ「……まあ、まずは我に任せろ」

ベヒモス「……何者だ?」

目付きの悪い細身の女性「我だ」

ベヒモス「その声は…………レライエか? グハハハハ、久しいな」

勇者(このお姉さんの正体はレライエ……! やはり幹部級だったのか……!)

ベヒモス「今はいつだ? どれほどの時が経った?」

目付きの悪い細身の女性→レライエ「眠りについてから二百年少々だ」

レライエ「他の者は全て目覚めている。貴公は少々寝過ぎだ」



631 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 16:59:12.59zmSxpxYN0 (10/24)

ベヒモス「の、ようだな。遥か遠くから大きな戦の気配がする」

レライエ「目覚めが遅れたのは術の不具合か何かだとは思うが……」

レライエ「何故折角のダンジョンを崩壊させた? 我々後発組とは発生までにかけた年月が違う」

レライエ「完成したダンジョンの力も更に強大なものとなっていただろう」

ベヒモス「フン……あんな小細工がなくとも我は全てを屠れる」

ベヒモス「しばらくは我の望む戦いが無いと判断し、眠りにつくのも悪くはないと思ったから従ったまでの事……」

レライエ「ふう……貴公はそういう者だったな……」

レライエ「しかしそうだとしても、何故転移陣を使わずここで油を売っている」

ベヒモス「戦局の見極めだ。どう立ち回るのが一番面白いのか、それを知りたい」

ベヒモス「貴様がここに来てくれたことでだいぶ手間が省けたぞ」



632 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:00:01.46zmSxpxYN0 (11/24)

ベヒモス「…………貴様、人間に敗れたな?」

レライエ「…………」

ベヒモス「グハハハハッ、人間と共に行動する貴様を見ることが出来るとはな!」

ベヒモス「勝利は成長を促すが本質を変えることは無い。敗北は時に両方をその者に与える……」

ベヒモス「そういう事だろう」

レライエ「だとすれば、何だ?」

ベヒモス「グハハハハッ、決めたぞ! やはり我はこちらの陣営に残る! 人間とはいつの時代でも予想外の手を打ち、我らを楽しませくれるからな!!」

レライエ「そうか……残念だ」

レライエ「──今だ」

共和国首都の聖騎士長「魔導隊! 放て!!」


633 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:00:54.18zmSxpxYN0 (12/24)



聖騎士長の掛け声と共に、後方に控えていた魔導隊が練り上げていた術を一斉に解き放った。


赤毛の術師(西人街のダンジョンの件で貴様に術の類が有効であることは分かっている! 最大出力の雷槌に焼かれて死ねっ!!)


赤毛の術師や、他の術使いが放った雷が、炎が、氷がベヒモスに向かって一直線に降り注がれた。

ベヒモスが避ける間もなくそれらは全て直撃し、爆音とともに大量の砂が舞い上がった。


赤毛の術師「よし当たった……」

辻斬り(あのフードの集団、やはり一人一人が強い……だが)

赤毛の術師「まあ、この程度で終わるならこんなに入念な準備はいらない」


砂煙が晴れた先では、表情一つ変えずに同じ場所にベヒモスが鎮座していた。


赤毛の術師「それならもう一発……!」


赤毛の術師が手をかけたのは地面に突き立てられた巨大なランス。



634 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:01:58.32zmSxpxYN0 (13/24)

その表面にずらっと紋様が現れたその時、共和国首都の聖騎士長がそれを手に取りおおきく振りかぶってから投擲した。

ベヒモスに向かって一直線に飛んでくランスは、バチリと大きな音を立てて輝き出した。


ベヒモス「雷の槍か……面白い! 来い!!」


やはりベヒモスはそれを避けることはなく、体で受け止めた。

しかし聖騎士長の力で投擲された槍を無傷で受けきることなど無理な話で、腹部に深く突き刺さり、次の瞬間には体中を電撃が走り回った。


ベヒモス「ぬうううううううううううううううううううっ!!!!」


ランスの刺さった場所は勿論、最初の一斉攻撃による傷口からも血が滲み出ては焼け焦げた。

普通の相手ならばとっくに絶命しているであろう。

しかしそれでもベヒモスは一歩も動かず、そしてその瞳は勇者達を捉え続けていた。


ベヒモス「面白い。この時代にも優秀な術者共がこれ程に存在しているとは」



635 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:02:53.43zmSxpxYN0 (14/24)

ベヒモス「やはりまずはこちらの陣営で暴れた方が楽しめそうだ」

共和国首都の聖騎士長「ふう、そこまで平気そうな顔をされると困ってしまいますね」

ベヒモス「否。人間だけでよくもここまで出来るものだ」

ベヒモス「千年前と同様に驚かされる」

ベヒモス「しかし人間の主力の術者共はかの大戦終結の際にあの国ごと滅んだのでは無かったか?」

共和国首都の聖騎士長「……今は亡国と呼ばれる連邦国に接した魔導の国の事ですか」

暗器使い(亡国……あの半島にかつて存在していた国で大戦は終結したと言われているが、あそこが魔導師の国だったとはな)

共和国首都の聖騎士長「確かに国は滅び、民の殆どは死に絶えたと聞いています」

共和国首都の聖騎士長「ですが初代魔法使い様によって多くの術が体系化され、世に広められました」

共和国首都の聖騎士長「貴方がたの敵となりうる者が、千年前と同じ程度しか存在しないと思わない方が良いですよ」



636 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:03:31.27zmSxpxYN0 (15/24)

共和国首都の聖騎士長「彼女のように、亡国の民の生き残りの子孫も各地にいますしね」

赤毛の術師「…………」

ベヒモス「グハハハハッ、ますます楽しめそうで涎が滴る」

ベヒモス「まずは貴様らを屠ることで目覚めの一食目とさせてもらおうか」


痛みを感じていないのだろうか、腹に深く刺さったランスをずるりと抜き、その大きな口を歪めてニタリと嗤った。

その肩の傷口に、矢が刺さった。


ベヒモス「む…………?」


その矢は何の変哲も無い普通の矢で、鏃に猛毒などが仕込まれている訳でもない。

しかし、その矢を放った者が問題だ。


レライエ「そこまで深く抉られていれば、この細い矢も芯へと突き立てられる」



637 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:04:02.13zmSxpxYN0 (16/24)

ベヒモス「レライエ……貴様ごときの力では我を殺せぬという事を忘れたのか?」

レライエ「その油断を待っていたのだ」


その鏃に毒はない。

しかし、レライエが放った矢はその標的の体を侵食し、腐り落とす。そういう事になっているのだ。

次の瞬間にはベヒモスの臓物に到達した矢の周りが、ドロリと腐り始めた。


ベヒモス「何っ!?」

レライエ「今の我は……不本意ながら聖騎士長の使い魔という事になっている」

レライエ「術者の絶対的な支配下に置かれる代わりに、我の力は底上げされている」

レライエ「この力ならば貴様に届く」

ベヒモス「貴様……!」


638 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:08:14.27zmSxpxYN0 (17/24)



ベヒモスがこのまま腐った肉塊へと変わり果てる。そう思ったのもつかの間だった。


ベヒモス「グオオオオオオオッ!!」


ベヒモスは自らの腹の中に爪を立てた手をねじ込み、腐り始めたモツを引きずり出してしまった。


猫又「なっ!」

辻斬り「……! 避けろっ!!」


猫又は辻斬りに襟首を掴まれて投げ飛ばされた。


猫又「げほっ!」


先程まで猫又がいたところにはベヒモスの姿と、逃げ切れなかった前衛の兵士達……だった物がバラバラに転がっていた。

ベヒモスが口に含んだものぐちゃぐちゃと咀嚼すると、みるみる内に腹部を含めた全身の傷が回復し始めた。


ベヒモス「レライエェ……我を殺したくば心の臓を狙うのだったな」

ベヒモス「しかしその機会ももう巡って来るとは思わぬことだ」



639 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:08:56.88zmSxpxYN0 (18/24)

レライエ「チッ……!」

共和国首都の聖騎士長「やはり倒すことは出来ませんか……ならば」

ベヒモス「ダンジョンからの脱出用に用意されている転移魔法陣で我を突き返すか?」

ベヒモス「楽しくなってきた所だ、その手には乗らんぞ」

共和国首都の聖騎士長「……!!」

ベヒモス「聖騎士長と言ったか……貴様も楽しめそうだが、向こうには更に楽しめそうな気配を感じる」

共和国首都の聖騎士長(首都の方角……! この怪物をあそこに向かわせるわけにはいきませんね……!)

ベヒモス「レライエを使い魔として使役するとは、貴様の力はまだまだ底が見えるものでは無さそうだな」

共和国首都の聖騎士長「いえいえ、買いかぶり過ぎも困りますね……」

ベヒモス「無理矢理にでもそのヤワな面の下を拝ませて貰おう」

ベヒモス「さあ、始めようではないか……!!」


640 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:09:37.17zmSxpxYN0 (19/24)






──一方、共和国首都にて


共和国外交官の護衛「失礼します」

眼鏡の共和国外交官「……入ってください」

共和国外交官の護衛「報告です」

共和国外交官の護衛「勇者および聖騎士長らが目標との戦闘に入りました」

眼鏡の共和国外交官「それで、戦況は」

共和国外交官の護衛「劣勢、と言っていいでしょう」

眼鏡の共和国外交官「詳しく」

共和国外交官の護衛「通信術式の様子から推測しますと正騎士団長様は勿論、勇者殿一行の猛攻で何とか耐えているようですが」



641 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:27:33.20zmSxpxYN0 (20/24)

共和国外交官の護衛「ベヒモスはどれだけ傷つけられても立ち上がってくるそうです」

眼鏡の共和国外交官「やはり伝説の怪物はそう簡単には倒せませんか……」

共和国外交官の護衛「やはり“あの方”に出て頂く他ないのでは」

眼鏡の共和国外交官「それが出来れば早いのですが、やはりこの街を出るつもりは無いらしくてね」

共和国外交官の護衛「そうですか……」

眼鏡の共和国外交官(私が政治で国全体を、彼がその力で都市を護ると確かにあの日そう決めた……)

眼鏡の共和国外交官(だが……)


???「この街にも危害が加えられる可能性がある、か」


共和国外交官の護衛「い、いつの間にいらっしゃたのですか!?」

眼鏡の共和国外交官「お前……! 出てきていたのか」


642 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:28:38.57zmSxpxYN0 (21/24)



いつの間にか部屋に姿を現していたその男は、そのやつれた顔と、肌という肌に掘られた入れ墨のせいか異様な雰囲気を放っていた。

彼は三白眼の呪術師と呼ばれ、共和国最強の術者として長い間この首都を守り続けてきた男だった。


???→三白眼の呪術師「転移魔法陣で送り返すという算段は勘付かれたようだな」

眼鏡の共和国外交官「ああ……」

三白眼の呪術師「当然だ。向こうはあの伝説の怪物だ」

眼鏡の共和国外交官「だが、お前ならば戦えるはずだ」

三白眼の呪術師「この街を出ないという誓いを破るつもりはない。もし奴がここへと来るのであれば迎え撃つことは約束する」

共和国外交官の護衛「……た、たった今、追加の報告です!」

共和国外交官の護衛「ベヒモスがこの首都に向けて進行を開始したとの事です……!!」

眼鏡の共和国外交官「何っ……!?」



643 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:29:05.44zmSxpxYN0 (22/24)

三白眼の呪術師「……なるほど、準備はしておこう」

三白眼の呪術師「お前も軍の方と連絡を取って準備を進めておくといい」

三白眼の呪術師「周辺諸国との連携も考えた方が良いかもしれないな」

眼鏡の共和国外交官「た、帝国や皇国の力など……!」

三白眼の呪術師「……私情に流されて、“また”失っても俺は知らんぞ」

眼鏡の共和国外交官「ぐっ……」

眼鏡の共和国外交官「各位に通達の準備を……!」

共和国外交官の護衛「はっ!」

眼鏡の共和国外交官「……お前はどうする」

三白眼の呪術師「当然奴がここに現れた際の対策は進める……」



644 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:34:49.42zmSxpxYN0 (23/24)

三白眼の呪術師「だが、もう一つやる事があってな」

眼鏡の共和国外交官「この緊急時に一体何を……」

三白眼の呪術師「数日前に自分の元にとある若者が訪ねてきていてな」

三白眼の呪術師「彼らにとあるものを託しておいた」

三白眼の呪術師「知っての通り俺の力は、そう使い勝手の良いものではない」

三白眼の呪術師「だからこそここで迎え撃つ必要がある」

三白眼の呪術師「だが彼らの力にちょっとした手助けをすることは出来る」

三白眼の呪術師「同じ……運命を司る者としてな」

眼鏡の共和国外交官「まさか、お前と同じような術者が……!?」

三白眼の呪術師「モノは違うがその本質は同じ、とだけ言っておこうか」

三白眼の呪術師「俺達みたいな老人はそろそろ引退して、ああいう若者に任せていこうじゃないか」


645 ◆8F4j1XSZNk2019/09/11(水) 17:35:56.46zmSxpxYN0 (24/24)

あと二回ほどで「不毛の大地」編は片が付きます


646以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/12(木) 00:54:28.84LgNyABaDO (1/1)

乙乙



647以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/15(日) 12:04:38.14L72ZccVJO (1/1)

何気に前回の話にお祓い師達らしき人達が出てる件