796 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:15:42.021DkYOICX0 (5/20)


「悪いな。だが、俺も、じっと見てるのは性にあわねぇんだ」

「そう言うと思うとったわ。正直な、助かるっちゃ助かるんよ。ウチも前線出るからな、客観的に戦況を把握できて、指示できるヤツは置いときたい」

「任せてくれるなら、全力で当たる」

「んで、一応そっちの要望、できる限りは叶えたったけど……おっさん正気か? 失敗したら死ぬで?」

「勝機はあるさ」

「ま、詳しい話は、あっちでやろうか」

 そう言って龍驤は足早に集団の先頭を切った。ブランケットを肩に、ぐんぐんと風を切って進むその姿には、威風堂々たる貫禄があった。

 漣と響が何やら話している。響はいつにもまして暗い、落ち込んだ様子だった。それを漣が慰めているようにも見える。
 神通は雪風と話していた。そこに霧島が混ざり、敵の戦力分析や戦術を、一足早く議論しているらしい。

 鳳翔さんが大井を促しているのが視界の端で捉えられる。大井は何を思っているのだろう。これからの戦いに際して、どんな心構えなのだろう。攻撃的な言葉を吐く人間が、おしなべて強い精神を持っているとは、俺には到底思えなかった。




797 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:16:34.921DkYOICX0 (6/20)


 心が落ち着かない。浮足立つ。一刻も早くやらなければ、為さなければならぬ何かがどこかにあるようで、だけどもその正体が見つからない。それが焦燥感の正体に違いなかった。
 待つのも仕事のうちだ。十分に休息を取り、備える。機を待ち、然るべき時に動く。人間とは不思議なもので、仕事をすることよりもしないことのほうが、よほど落ち着かなくなるらしい。

 だから泊地へ向かう足がつい早まるのもそのせいなのだと思う。

 泊地に辿り着く。一目散に目指すのは、会議室という名の空き室。扉を開ければ既に扶桑がいて、いくつかの長机と、人数分の椅子。その数十四。
 扶桑の体調は恢復にほぼ近づいていた。海域捜索に出ていなかったのは、最大戦力でぶつからなければいけない時までの温存だ。

 それぞれが腰を掛けていく。前に龍驤と鳳翔さん。そこから時計回りに神通、夕張、響、雪風、大井、霧島、最上、俺、漣、58。最後に扶桑が扉を閉め、座った。赤城のための椅子だけが、空席だ。




798 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:17:49.491DkYOICX0 (7/20)


「みんな、お疲れさん。色々訊きたいこと、言いたいこと、あるやろうが……まぁ口上が長くなってもあれやな。まずは戦闘の映像を送る。各自確認して欲しい」

 龍驤が手元でキーを叩くと、俺の――俺たちのもとに一つの動画ファイルが送信されてくる。
 件の新型が映っている映像だ。

「……」

 沈黙。誰もが素早くファイルを開き、食い入るように見ている。
 当然、俺も。

 映像の中で、海は凪いでいた。曇り空が水平線の向こうまで広がっている。龍驤を除く四人が映っているということは、映像の撮影者は龍驤だということになる。
 示されている時刻は十四時の三十分丁度を指していた。

「……軌跡」

 神通がぼそりと呟いた。巻き戻して確認すれば、なるほど確かに、波と陽光の反射に紛れた中にも、一本の細く白い線を見つけることができる。
 魚雷の線。

 爆裂が撮影者本人――龍驤を襲う。しかし龍驤の対応はまるで神がかっていた。すんでのところで完全回避、と思えば次の瞬間には既に全機発艦を済ませている。いつ経巻の展開を行ったのかさえ見えなかった。
 化け物じゃねぇか。こんな神業をたった一度だって見たことはない。隣の漣も驚いているようだが、他の艦娘たちは平然とした顔。




799 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:19:03.391DkYOICX0 (8/20)


 宙に浮かぶは梵字、九字、五行と五芒。空を飛ぶ艦攻、艦爆、艦戦に爆戦。おおよそ八十機。

 丸い悪鬼が大編隊を組んで向かって来ていた。艦載機はそれらを片っ端から打倒していき、その奥にいる青い気炎目指して飛行を続ける。
 獣の咆哮。姿勢を低くして突っ込んできた尾と巨大な砲塔を、夕張と雪風が体を張って止めた。大きく波打ち、響が吹き飛ばされる。その際に雪風が何らかの悪態をついたが、聞きとることはできなかった。

 黒と赤が視界の端でたなびく。

 螺旋のようにうねりを挙げて、同時に粒子となって辺り一帯を黒く染めて、三体の奥からずるり、ずるぅり、一歩ずつ、もったいぶったかのように、前へと歩を進める巨大な姿があった。

 一瞬、新型が三体いるのかと思った。しかしすぐに己の考えを改めることになる。



800 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:19:43.391DkYOICX0 (9/20)


 本体は中央にいる人型で、真っ白な長髪を三つ編みに足首まで垂らしており、両目からは黒く、そして赤い炎が立ち上り、口の中には鋭利な牙。拳の周囲に単装砲を二基ずつ展開させている。
 そしてその両脇、俺が別個体だと誤認した「それ」は、あくまで予想の域を出ないものの……魚雷の化身に見えた。神聖な言葉を深海棲艦に使うことが許されるのであれば、大権現に違いなかった。

 ヲ級が飛ばしてくる丸い悪鬼にも似た、けれど段違いで巨大な「それ」。あんぐりと開いた口には深海棲艦の象徴たる牙と舌こそ見えないものの、反面、剣山の見間違うほどの細長い筒が――魚雷発射管が、口内から生えている。
 十? 二十? ……いや、そんなもんじゃあない。片方だけでも五十はくだらない。

 雷巡。嘗て漣が言っていた艦種を想いだす。大井はなれずじまいだった、北上がそうであった、雷撃特化の巡洋艦。




801 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:20:23.981DkYOICX0 (10/20)


「これはっ!」

 大井が叫んだ。殆ど悲鳴と言っても差し支えなかった。

「北上さんじゃないっ!」

「あぁ、そうや」

 龍驤も即座に返す。

「新型は北上やない。こんなのが北上であっていいはずがない」




802 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:21:05.141DkYOICX0 (11/20)


 映像の中での新型は、もしかしたら雷巡を模しているのかもしれない。そして北上にも似ているのかもしれない。だが、龍驤の言うように、これはどう見ても化け物だった。魚雷が人の形をとっただけの代物だった。

「只今より、映像に出とる新型を、『雷巡棲鬼』と呼称する。以後ウチらトラック泊地は、この雷巡棲鬼を、全力を以て打倒することとする」

 映像の中の雷巡棲鬼は、巨大な悪鬼を従えて、片方へ腰かけ、もう片方へ肘を乗せ体重を預けた。体が水面から僅かに浮く。優雅で、かつ怠惰な姿勢。
 あふ、と声が聞こえてきそうな欠伸をした。気味が悪くなるほど人間に似たそのしぐさをきっかけにして、巨大な悪鬼が二体、膨張する。

 映像の中の龍驤が何かを叫んだ。怒気と緊急性が交じり合って、最早人の言葉になっていない。それでも四人はその意図を察したらしく、即座に反転、雷巡棲鬼と可能な限りの距離をとるよう試みる。
 膨張したものが次にどうなるのか、考えなくてもわかることだ。

 即ち、収縮。

 辺り一面を埋め尽くすほどの魚雷が、二体の悪鬼から吐き出される。

 轟音が響き渡った。炸裂は炸裂を呼び、連鎖に次ぐ連鎖、炎と閃光と水柱が視界を覆い、収まる様子すら見せず、ただ全力で走る龍驤の手足だけを映し出している。



803 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:21:32.251DkYOICX0 (12/20)


 映像はそこで切れた。

「とりあえずここまでや。もっと長いのもあるが、それはまた後で渡す。まずはブリーフィングや」

「ブリーフィング、ったって……」

 最上が大井を見た。大井は椅子に深く腰掛けて、薄く笑みを浮かべながらも、眼には涙も湛えている。すっかり放心状態だ。

「……そう、北上さんでは、なかったのね」

 ぽつりと零れたその言葉の意味を、俺はどう解釈すればいいのかわからなかった。

「きついのはわかる。別にうちも無理に参加しろとは思っとらん。大井、席を外すか?」

「……いえ、いいわ。私にも使命感というものがあるもの。
 北上さんの姿を深海棲艦が真似るなんて、許されるはずないわ。それは北上さんへの侮辱に他ならない。コケにされて黙っているほど、私、大人しくないから」

「……ほうか。ならわかった。大井、あんたも前線に出るんやな」

「そのつもりだけど、もし足手まといになるようなら、遠慮なく言ってくれて構わないわ」

「考慮にいれとく。
 んで、参加辞退するやつはおるか? 一応ウチとしては、トラック泊地全体であたらにゃならんことだと考えとる。種別は『鬼』、見てみぬふりはできんし、手をこまねいとる間に事態はいくらでも悪化しうるからな。
 ただ、やりたくないことをやらせるつもりもない。強制力をウチはなるべく持ちたくないし、行使したくもない。それはみんなわかってくれとると思うが」




804 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:22:04.581DkYOICX0 (13/20)


「……」

 誰も手を挙げなかった。瞳には意志、心には決意。生きるべきは過去にではなく未来に。

「……響」

 押し殺すような低い声が発せられた。誰何するまでもなく雪風である。

「雪風」

 予想していたのか、龍驤の窘める言葉も早い。

「でも」

「『でも』やない。あんたにその権利はない。それは雪風、あんた自身が一番よくわかっとるんちゃうか」

「……」

 雪風は今度こそ押し黙った。響は自らの手元に視線をやって、手を硬く握りしめている。

「おらんか? ……おらんな。わかった。ならこの十三人で、ことにあたろう」

「赤城さんはどうしましょう?」

 鳳翔さんがおずおずと声をあげる。
 たった一つの空席。赤城は今も海に出ているはずだ。

「あたしがやるよ」

 58が立ち上がる。




805 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:22:55.651DkYOICX0 (14/20)


「ゴーヤに任せてほしいでち。本当は、もっと最初になんとかしなくちゃいけないことだったんだ。龍驤もゴーヤも、気ィ遣って後手後手に回って、その結果がいまのこれなら、あたしがやらなくちゃ。
 ね、龍驤。いいよね。それでいいよね? 赤城はもう十分苦しんだでち。楽になってもいいと思う」

 約束を思い出す。きっと58は、今度こそ赤城を沈めることに抵抗はないはずだ。
 いまここに赤城がいないことが、58の想いを一層強くしている。

 正論ならいくらでも述べることができる。しかし、そんな誰もが吐けるような言葉は、既に二人の間で吐き尽くされたに違いないのだ。
 だから龍驤は頷かざるを得ない。それが一番の選択ではないことを理解しつつも、熟慮の末の激論、激論の果ての回答は、しっかりとした重みを持っているから。

「……異論がなけりゃ、次に進む」

 議題は二転三転する。十二人の艦娘による聯合艦隊での出撃が決まったのはいいものの、第一艦隊と第二艦隊の割り振り、及び作戦目標に関してはまとまりが悪かった。具体的には、集中して雷巡棲鬼を沈黙させるべきか、それともヲ級やレ級と戦闘を行い引き付けておく役割の部隊を用意すべきかで議論が紛糾したのだ。

 どちらの案にもメリット/デメリットがあるのは当然として、問題は敵作戦群の規模だった。今回の攻撃は電撃作戦でなければならない。更なる追撃の手を差し向けるほどの余裕は、いまのトラックにはないのである。




806 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:23:27.571DkYOICX0 (15/20)


 その点では一体残らず根絶やしにするのが上等。頭のすげ替えが効く可能性を考えれば、手足諸共に沈めるべきだと主張したのが神通だった。

 だが鳳翔さんも論陣を張る。敵の殲滅に足るだけの銃弾、燃料の補給が、洋上では不可能なのだ。
 何も敵はヲ級、レ級、雷巡棲鬼だけではない。道中でイ級を初めとする雑魚との戦闘が不可避であることを考えれば、雷巡棲鬼を集中攻撃し沈黙させ、即座に転進すべきであると。

 現実的には鳳翔さんの案一択であるように思われた。神通の案は確かに問題の根源から断ち、脅威を遠ざけるという意味でも有効だ。しかし今回の作戦は、繰り返しになるが電撃作戦でなければならない。失敗は許されない。
 最悪のパターンは弾薬と燃料が枯渇した状態で敵作戦群中央に取り残されること。神通の案では、その可能性は十分にある。今回は殲滅よりも漸減を主眼に置かなければ、万が一のときに再起不可能な損失を被る。




807 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:23:53.501DkYOICX0 (16/20)


 神通はようやく頷く。取るべき作戦は決まった。が、まだまだ決めねばならないことは多い。
 艦隊の編成もそうだったし、最終作戦海域に到達し、目標艦隊と対峙した際に、誰がどのように動くのか。それ以前に各個の役割の割り当ても必要だ。全員が吶喊し、頓死。そんなくだらない死は何としてでも避けなければならない。
 無尽蔵に湧いてくる深海棲艦とは違って、俺たちの命はひとつしかない。それを燃料とし、燃やしてこそ成せるなにかがある。その覚悟こそが俺たちがやつらを撃滅しうる唯一の要素。

 既に龍驤たちが帰投してから五時間が経過していた。外はとっぷりと闇に覆われ、議論は苛烈さを増すが、議決には程遠い。進展がある部分も当然あるものの、議題によっては何度も同じ議論を繰り返すばかりという光景もままあった。

 頭が痛い。気分が悪い。
 精神的な疲労のせいだろうか。

 俺でさえこうなのだから、戦闘を終えて戻ってきた五人が辛くないはずはなかった。全員に覇気がない。殆ど根性ばかりが体を動かしている。




808 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:24:30.461DkYOICX0 (17/20)


「……龍驤」

「なんや」

「一旦お開きにしないか。明日か明後日、また集めよう。体力を回復させて、頭もすっきりさせて……でないと身のある話し合いにはならなさそうだ」

 そうだ、雪風や夕張は怪我さえろくに治療していないのだ。

「……時間がない」

「一秒を惜しんで誰かが沈んでもいいのか」

 卑怯な言い方だという自覚はあった。しかし、こうでも言わねば、龍驤や神通や、他の艦娘たちは止まらないだろう。

「おっさんに言われるのは癪やな」

 小さく舌打ちをして、立ち上がる。

「解散や。明日の夕方に、またここで。日付が変わっても終わらなんだら、また解散して次の正午。そこまでで何としても決める。ええな」

「了解」

「わかったわ」

「うん」

 各自が返事をし、三々五々、疲れた体を鈍重に動かしながら、部屋を後にしていく。言葉は少ない。雑談をする気力はなかろう。それ以上に、何を話せばいいのか混乱しているのかもしれない。
 かくいう俺も人に対して意見できるくちではなかった。体が重い。なにより頭が重い。熱っぽく、ぼんやりする。胃が裏返った感覚。不快感。倦怠感。吐き気。怠さ。
 身を床に投げ出してしまいたかった。

 このまま消えてしまいたかった。




809 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:24:58.911DkYOICX0 (18/20)


「ご主人様、あの、その」

「あぁ、漣。どうした」

 椅子の背もたれに体を預けていると、心配してくれているのか、漣がおずおず近づいてきた。

「だいじょうぶ、ですか?」

「……なんとかな」

 あまり強がる気はなかった。ばればれな嘘をつくくらいなら、いっそ正直の方が得も多い。

「先に家、戻っていろ。少し休んだら戻るから」

「……」


「大丈夫だって。安心しろ」

 頭を撫でてやる。そこに漣は自らの手のひらを重ね、ぎゅっと握った。

「本当ですね? ちゃんと戻ってきてくださいね。待ってますから」

「おう」

 どうして待つ必要があるのかはまったくわからなかったが、それでようやく満足そうな顔になり、部屋を出ていく。




810 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:25:31.051DkYOICX0 (19/20)


 部屋には俺と龍驤だけが残っていた。

「龍驤」

「なんや」

「話がある」

「知っとる」

 詳しい話は、あっちでやろうか。龍驤自身が言ったこととはいえ、あのときの言葉をしっかりと覚えていてくれていたようだった。

「策があるんやろ。言うてみぃ。モノによっては、オールインしたる」

「策なんかねぇよ」

 笑い飛ばしてやった。

 頭が痛い。

 いま、俺はどんな顔をしているのだろう。
 ちゃんと笑えているか?
 精一杯の虚勢を張れているか?

 弱音を吐くな。強がれ。自信を持て。恐れるな。堂々としていろ。龍驤に信じ込ませろ、勝ち目があるのだと。
 体が震える。自分の指揮で、采配で、艦娘たちが傷つき沈むかもしれないということを考えるのは、途轍もない重責としてのしかかってくる。それでも逃げることはできない。

 俺は、提督だから。

「あるとしたら……」

 それは策なんかではなく。
 もっと不確かで、曖昧な……。

 言うなれば、賭けに違いなかった。




811 ◆yufVJNsZ3s2018/05/12(土) 07:28:02.791DkYOICX0 (20/20)

―――――――――――――――――――
ここまで

漣が思ったよりヒロインしてて予想外な喜び。
こりゃ多分2スレ目が必要になるな。キリのいいところで移ります。

待て、次回。


812以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/12(土) 11:46:57.53tWMHGPhAO (1/1)

いくらでも待つぞ
書きたいことを書き切ってくれ


813以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/12(土) 12:09:59.47cDeM1lxko (1/1)

おっつおっつ


814以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/12(土) 16:00:09.74RQUm6/f50 (1/1)

ここで指揮権委譲で漣のログインボイスが流れれば胸アツすぎる


815以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/12(土) 19:22:15.72BEawUQ33o (1/1)

おつ


816以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/12(土) 21:16:12.38WuWu1lxtO (1/1)


神通の案を提督が可能にするのかな


817以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/12(土) 21:37:11.2018aTzwcE0 (1/1)

おつでち


818 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:08:28.09x2roJrSC0 (1/17)


 ずくずくと頭が痛んだ。
 胃が張って、内容物が逆流してきそうだった。

 気分が悪い。理由は明白だった。だが俺はその理由を見据えたくなかった。真っ向から向き合いたくなかった。自分が最低の人間だと認めるのは勇気がいることで、俺は勇敢な人間ではないのだった。
 空気を求めて深く呼吸。体調不良は、認知の歪みを引き起こす。と同時に、嫌な記憶さえも呼び起こしてしまうものだ。

 比叡のことを想った。

 それは苦しいことだ。必ず、後悔と懺悔がついてまわる。あの時ああしていればだとか、もっといい方法があったんじゃないかとか、さして意味がないとは知りつつも。
 過去を振り返ることは辛さしか齎さないのに、なぜ俺はこうも頻繁に向き合うのだろう。答えはいまだに出ない。過去に対する答えも、同様に、未解決問題。
 ただ、責任は果たさなければならない。そうしなければならないと俺の心が告げている。俺のあの時の行動が与えた影響は万事に大きく、利益を享受したのなら、損失も被るのが筋というものだ。




819 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:08:57.87x2roJrSC0 (2/17)


 冷たい海に比叡は沈んでいった。そして家族とも会えず……いや、会うべきではなかったのかもしれないが、それは誤魔化しに過ぎない。
 死してなお彼女は祀り上げられている。俺はそれが身もよだつほどに恐ろしかった。自らが神になろうとした結果ならばともかく、生きた人間が物言わぬ死者を好き勝手に装飾することへの生理的な拒否感が、胸の内に確かにあった。
 民衆の手によって神になれるのならば、悪魔にだって貶められる。全ては印象操作一つでがらりと変わる。

 比叡のことを想うたびに胸が痛むのに、もうあいつのことなど忘れたいと思ったことがないのは不思議なことだった。それこそ責任の為せる所業なのかもしれない。あいつを忘れて俺だけ楽しく生きようなんてのは、虫の良すぎる話だ。

 胸を張って生きていきたかった。

 胸を張って生きていきたいのだ、俺は。

 こうやって生きていくのだと。こいつと生きていくのだと。そう、比叡にきちんと言えて初めて、責任を果たせたことになる。まだ道の途中でしかない。




820 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:09:49.15x2roJrSC0 (3/17)


 一人の夜道は暗い考えに囚われる。漣が隣にいればどれだけ安らぐだろう。あの、少女特有の落ち着きのなさが、落ち着くのには必要だった。

 龍驤との話し合いは一通り済み、けれど予想できない部分も多い。策ではなく賭け。いくら小細工を弄しても、最終的には運を天に任せることとなる。龍驤が賛成してくれたのにはほっと胸をなでおろした。
 恐らく龍驤もいまが、これこそが、千載一遇の好機と読んでいるのだ。トラックに蔓延する澱んだ空気を吹き流す南風だと。
 そうでもしなければ、いずれ赤城は死ぬ。そうすれば他の艦娘たちも、一人、また一人と消息を絶つに違いない。確信めいた予感はあった。

 トラックの夜は、今日に限って少し肌寒かった。気温が、というよりは、風が冷たい。強く吹き付けるわけでもないのに骨身に沁みる。

「……」

 そんな夜更けに、少女が一人、俺の目の前に立っていた。




821 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:10:14.63x2roJrSC0 (4/17)


「司令、お話があります」

 雪風。

 俺は何かを言おうとして、結局口を噤んだ。驚きはない。予想はしていた。こいつは決して龍驤に刃向おうとはしないから――圧倒的な力量差を知っているから、それくらいには賢しいから。
 だから俺へと狙いを定めるのだ。

 用件はただ一つ。

「響を前線に連れていかないでください」

 月夜を反射する何かが、後ろ手に握られているようだった。ナイフ。また物騒なものを持ち出してきたものだ。
 無理やりにでも俺の首を縦に振らせようと、そういうことだろう。

 笑ってしまいそうだった。雪風を軽んじているがための笑いではない。あぁ、こいつはやはり子供で、どこまでも幼くて……その精一杯を見て、微笑まずにいられるものか。
 俺なんかはもう大人になってしまったから、雪風や響や、もしかしたら漣も該当するような、よい意味での盲信を失っている。視野や世界が狭いことは一般には悪しざまに言われがちだが、だからこそ振り絞れる力もあるのだと、こいつらを見て思う。




822 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:10:46.66x2roJrSC0 (5/17)


 年齢を重ねるごとに人間は賢しくなり、そして自らの全能感や万能感を失う。自分の正しさを信じきれなくなる。
 雪風にはまだそれが残っていた。だから、刃物を持ち出してまで、響を前線から遠ざけようとする。目的のために手段を正当化して、それこそが唯一無二の正しい行いだと信じているから。

「へっ」

 ……上から目線で、なにをわかったふうなことを考えるのだ、俺よ。

 別にニヒルに酔っているわけではない。少なくとも、そのつもりではあった。
 ただ、子供を導くのは大人の役目だと、昔から相場が決まっている。

 暴力に暴力で返すつもりはなかった。雪風の暴力に屈するつもりも、またなかった。

 響も信じている。強くなって誰かを助けることによって、助かり続けてきた自分の過去を清算し、未来を見据えて歩けるようになるのだと。
 俺は俺がため、響もまた幸せにせねばならない。




823 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:11:43.26x2roJrSC0 (6/17)


「雪風」

 その名を呼んだのは俺ではなかった。風上から、足音を立てずに、気配さえ殺して、ゆっくりと人影が現れる。

「もうやめましょう。やめてください」

 神通だった。悔悟の表情を張り付けて、敗北を悟ったかのようで。

「響の好きにさせましょう。私たちの出る幕はどこにもありません」

「そ、そんな、神通さんまでっ!」

 雪風がナイフを取り落とした。神通の登場と発言はあまりにも雪風にとって衝撃的だったようだ。

「なんでですかっ!? なんでいきなりそんなことを!? 龍驤さんに説得されましたか、それともその男に絆されましたか!
 だって神通さん、あなた言ったじゃないですか! 言ったんですよ! あなたが言ったんです、自分から! 『もう誰も死なせやしない』って! 嬉しかった! 志を同じくする仲間だと思った! だから雪風は、ずっとあなたと一緒に、それなのに!」

 神通に縋りついて雪風は叫んだ。まるで見捨てないでと泣いているかのようだった。




824 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:12:14.47x2roJrSC0 (7/17)


 とはいえ、忘我は俺をも襲っていた。神通がここにいるのはこの際置いておくとして、なぜ今更俺の味方を? 長く連れ添った少女を傷つけてまで。
 
「雪風、もういいんです。私が間違っていたんです。『誰も死なせやしない』という旗印を降ろしたつもりは毛頭ありませんが……」

「じゃあなんで、どうしていきなりそんな意地悪を言うんですかっ!」

「強ければ死なない。私は、私がみなを鍛えれば、強くすれば、戦いで生き残れるように育て上げれば、それでよいと思っていました。そうすれば誰一人欠けることなく日々を過ごせると」

「その通りじゃないですか! 強ければ死なない、間違ってないです、だって雪風はほら! いまちゃんと生きてる!」

「ならなぜ!」

 冷えた風を切り裂いていく、神通の怒声にも似た叫び。
 怒りの矛先は雪風ではなく、当然俺でもなく。

 前にも一度似たような状況に遭遇したような気がする。

「響は戦場に赴こうとするのでしょうか! 赤城さんは命を削ってまで敵の殲滅を目論むのでしょうか!
 ……強さには、限りがありません。そして、頑健な肉体、強靭な精神、豊富な経験、それらを求めて戦いの場に人が向かうというのなら、『強さ』こそが人を殺し得る刃なのです。
 雪風、私はあなたに謝らなければなりません。響にも、です。私は、刃を研ぐことばかりを教えて、鞘にしまうことは一切教えなかった。いえ、鞘の作り方すら、教えていない」




825 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:13:04.93x2roJrSC0 (8/17)


 強ければ死なない。強ければ誰かを護ることができる。雪風の言葉は正論だ。常に正しい強者の論理。
 しかし響は、そういった強さを得るために、命の危険を冒そうとしている。
 そういった強さから、雪風は響を護ろうとしている。

 ブリーフィング時に58は言っていた。「本当は、もっと最初になんとかしなくちゃいけないことだった」と。
 神通、彼女もそうなのだ。もっと、ずっと前にそうすべきであったことが、負債となって重く圧し掛かっている。
 58も含めて彼女たちを愚かだと評するつもりは無論まったくない。泊地が襲撃され、大半が死に、絶望の中で最適解を求め続けられるのはナンセンスが過ぎる。そもそも俺自身が過去の最適解に苦しんでいるというのに。

「いまさら、いまさらそんなことを言わないでください! 言われてもっ!」

 どうすればいいのだ、と無言で叫んでいる。




826 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:13:30.65x2roJrSC0 (9/17)


「……申し訳ありません。私も、最近、ようやく目が覚めたんです」

「うぅうううぅっ……」

 ついに雪風はその場から走り出した。最早どうすればいいのかわからなくなっているのだ。よろめきながら、道の向こうへと消えていく。

「雪風ッ!」

 駆け出そうとして踏みとどまる。夜道は危険だ。だが、それで俺があいつに追いついて、どうすればいい? なんて声をかければいい?
 わかった、響を前線に連れ出さないとでも言うか? 生き方を変えようと諭すか? 神通ともう一度話し合ったらどうだと大人の対応をしてみるか?

 それがあいつのためなのか?

「……」

 振り向いた。神通は依然そこにいて、微動だにしていない。
 今すぐにでも舌を噛み切って死ににいきそうなほど、その表情は虚ろ。




827 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:14:19.48x2roJrSC0 (10/17)


「神通、どうして」

 同じ言葉で、同じ意味を、目の前の少女へと問いかける。
 あれほどに凛として背筋の通っていたその姿は、いまや迷子になった子供のように頼りなかった。

 ……あぁ。いや、そうか。
 違うのだ。
 今の神通が弱弱しく見えるのではなく、真っ直ぐに力強く立っていた彼女が本当の姿なのではなく。

 単純なことに気が付かなかった。思いを馳せることができなかった。
 だとしたら、俺も、俺だけじゃなく、龍驤や鳳翔さんや夕張や……泊地の全員が、神通を苦しめていたことになる。

「遠征」

「遠征?」

「はい、遠征です。響が、漣さんと、出ていましたよね。それを決めたのは提督であるとお聞きしました」

「……そうだが」

 話の着地点が見えない。

「遠征でも、経験になります。戦うよりは少ないかもしれませんが、ずっと安全で、効率も決して悪くない。違いますか」

「違わないな」




828 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:15:01.82x2roJrSC0 (11/17)


「ですよね。……恥ずかしながら、私の頭には、それすらもなかったのです。
 強くせねば、強くせねばと焦っていました。多少スパルタになったとしても、前線へ連れまわし、トレーニングを積むべきだと。そうしなければ深海棲艦の餌になると」

 先ほど雪風が叫んだように、そのやり方そのものが間違っているとは思わなかった。
 しかし神通の口調は違う。間違っていたのだと、そう言外に伝えてくる。

「近視眼的でした。何も見えていなかった。あの子たちの幸せを願って、生きていればいつかいいこともあるだろうと、そのためには辛いことを乗り越える実践的な力をと思って、稽古をつけてきました。
 ですが気づけば二人の仲は劣悪です。きっとそれは私のせいなのです」

 顔に陰り。なにかを言わなければ、風と共に溶けてなくなってしまいそうな。

「……結局、私も、父親の真似をしていたんだと気付いてしまって……その途端、自分があまりにも愚かな人間に見えてしまって……」

 父親。
 神通の実家は武道の道場だと言っていたのは誰だったか。
 酒を呑んだ次の日の朝、神通は俺の脚を枕にして、なんと寝言を呟いていたか。




829 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:15:42.46x2roJrSC0 (12/17)


「親父さんが嫌いなのか」

「……頑固で、融通の利かない、時代錯誤の堅物です。女は家を守れ、大学になんか行かなくていい、そんなことを平気で言う人でした。あの人は、『厳しいことを言うのも全てお前のためだ』と教育をしてきましたが、それがあの人の価値観を私に押し付けているだけなのは、すぐにわかりました」

 だから、艦娘の適性があると知ったとき、家を出られると喜んだのです。訥々と神通は語る。

「あぁ、ですが、血には抗えません。親の薫陶の賜物です。私はすっかり、自分が嫌いだったはずの父親と、同じような押し付けがましさを発揮して……」

 両手で顔を覆った。彼女の目の前にはいま絶望の仄暗い沼が広がっていて、それから必死で眼を背けているのだと思った。

「私は、あの二人の幸せを願っていたはずなのに、そのはずだったのに……!」

 なんで。

 湧き上がってきたのは、世の中の理不尽に対する疑問と、伴う猛烈な怒りだった。

 誰も間違えていない。誰もが誠実で、誰かのことを考えている。
 強くなければ戦場で生き残れないという雪風の言葉は絶対的に正しいし、かと言って強さを求め続けた結果が雪風と響の不仲で、それを放置してきた神通の後悔も有り余るほどに理解できる。
 おかしい。どうしてこうなってしまうんだ。




830 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:16:10.56x2roJrSC0 (13/17)


 神通たちの悲しむ理由なんて、どこにもありはしないのに、現実問題三人はどうしようもない袋小路にはまり込んでしまっている。

 それが人生ってもんさ。煙草の紫煙とともに吐き出そうものなら、それこそニヒルの病に罹っているといってもいい。

「お前の努力を無駄にはしない。させるもんかよ」

 行動、想い、全てが間違いであるかのように彼女は言うが、そんなことはない。「誰も死なせやしない」と誓った志、それには確かに意味が、価値があったのだと、証明してみせる。

「神通、お前はもしかしたら、見落とした部分があったのかもしれねぇ。だけど、お前のおかげで、二人は助かる。幸せになるんだ。お前のやってきたことは、褒め称えられるべき行為だったんだ」

「……ふふ、ありがとうございます」

 お辞儀をして、

「……そうなら、よかったんですけど」

 走り去っていった。




831 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:16:43.20x2roJrSC0 (14/17)


 ……付け焼刃の言葉では、流石に届かない、か。
 自分を信じられない人間が他人を信じられるはずもない。言葉が無力だとは思わないが、もし本当に神通の眼を覚まさせたいなら、現実を目の前に突き付けてやるしかないのだろう。

 俺にできるのか?

 できるしかない。やるのだ。

 お前みたいな人間に? 本当に? 

 失敗すれば、あいつらは、ずっとあのままになってしまう。

 別にいいだろう。所詮は他人なんだから。

 架空の声が俺を苛む。

 頭の痛みが、気持ちの悪さが、ぶり返してきた。
 道中出会ったのが雪風と神通でよかった。最悪の邂逅を果たしていたら、俺はどうなっていたかわからない。発狂してしまっていたかもしれない。

 脂汗が滲む。脚が縺れる。
 すれ違う通行者が、必ず俺を見てひそひそ言った。




832 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:17:29.03x2roJrSC0 (15/17)


 やっとのことで自宅まで辿り着く。漣の部屋はまだ明るかった。待っていると言っていたが、本当に待っていてくれるとは、思いもしなかった。
 あぁ、だが、すまん。心の中で謝罪する。この状態で、漣、お前とまともに話すことは不可能だ。お前に何を吐き散らしてしまうかわかったものじゃない。

「……」

 心臓が跳ねた。
 俺の部屋の扉の前に、人がいる。

「……どうして」

 どうしてお前がここにいるんだ。

 まさか、俺の心を読んで、咎めに来たのか。

 大井。




833 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:18:09.46x2roJrSC0 (16/17)




 北上が見つからなくてよかったと思った俺を、罵倒しに来たのか?





834 ◆yufVJNsZ3s2018/05/13(日) 02:21:02.56x2roJrSC0 (17/17)

――――――――――――――――――――――
ここまで。

年少組は子供ゆえの愚かさを強調して、誇張して、書いている部分はあります。勿論漣も。
そしてそれらと全く無関係に、誰もが立ち向かわなければならない何かがある。
皆さんで彼らを応援してやってください。

待て、次回。


835以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/13(日) 05:59:52.26ZwSSKsUmo (1/1)

おつ


836以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/13(日) 15:00:10.21Y91KqTmwo (1/1)

おっつおっつ


837以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/13(日) 19:25:16.615MIAAGGoO (1/1)

おつ
待つぞ


838以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/13(日) 21:29:31.407K5FiaG10 (1/1)

おつなの


839以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/14(月) 21:10:09.534dXnYXOEo (1/1)

おつ


840 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:12:00.09UpItBwFj0 (1/20)


 逃げ出したい。いますぐ踵を返して、どこかへ隠れることができたなら、きっと迷わずそうしただろう。どこへだってよかった。雨風が凌げるかどうかさえ問うつもりはない。
 実際には、俺の脚は楔で打たれたかのように大井の前に固定されている。磔刑に処された聖人もかくやと言わんばかりだ。

「随分と遅かったのね」

 大井が言った。心配するかのような口調だった。俺を責めるようなそれではなく。

 あぁ、当たり前の話なのだ。他人の心を読むことなんてできない。
 そんなことにさえ、たったいま合点がいくこの俺の混迷具合ときたら!

 とても素晴らしいことだと思った。知らぬが吉とは古人もいいことを言うじゃないか。俺の悍ましい考えなど大井は知る由もないし、金輪際知ることもない。それでいいのだ。誰も傷つかず、平和裏に全てが済む方法があるのだとすれば、それしかない。
 自らの後ろ暗さを全て曝け出すことが、即ち絶対的に肯定されることであるとは思わなかったから。




841 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:13:22.22UpItBwFj0 (2/20)


「……?」

 大井はこちらを覗き込んでくる。十センチと少し低い身長差を背伸びで埋めて、真っ直ぐ向こうに綺麗な瞳があった。

「どうしたの? 何かあった?」

 って、ないわけないでしょうけれど。いつも通りの澄ました微笑。

 あ、だめだ、これは。
 愕然と理解が襲う。俺は知ってしまった。この少女の、苛烈さと苛烈さの隙間に、溺れることを逃れられない。

 大井のやけに眩しい微笑みが、俺の心の薄汚い部分に差し込まれていく。決して見せまいと、隠し通そうとしてきた汚泥が、ごぼりごぼりと音を立てて沸騰していくのがわかる。
 謝らなければならなかった。そして一度ならず二度三度、殴打して罵倒してもらわなければならなかった。それさえも全て自分のためで、この罪の重さから逃げたいがための行為でしかなくて。

 それでも俺は楽になりたかった。

 こんな罪悪感を抱えたまま、大井と作戦行動に参加することは、到底不可能だった。



842 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:13:58.53UpItBwFj0 (3/20)


「大井、すまない」

 細い手首を引っ掴んで部屋の中へと引きずり込む。頭の中はぐちゃぐちゃだ。俺のため、大井のため、言うべきだ、言ってはならぬ、まとまりのない思考の嵐が吹き荒れている。

「え、ちょっ、なに、やめ、やめて!」

 当然の反応。大井は俺を突き飛ばし、よろめく。俺は大井の華奢な細腕の、大してない腕力でさえ、前後不覚になって……俺は部屋の床へと転んだ。

「あ、え? ……なに、どうしたのよ。本当に大丈夫?」

「大井」

 言葉が止まらない。

「俺はお前を裏切った。お前の信頼に背いてしまった。
 ……新型が北上でなくてよかったと、そう思ってしまった……!」

「は? ちょっと、何を言っているの?」

 大井と龍驤、二人の口からブリーフィング中に聞かされた言葉、「新型は北上ではない」。それを受けてまず俺の中に去来したのは、何よりも喜びだった。北上でなくてよかった。俺は確かにあのときそう思ったのだ。
 信じてもらえないことを承知で言うが、俺自身、そんな考えが浮かんだことに驚愕した。何を言っているのだろう、どうしてそんなことを。次いでやってきたのは狼狽だ。

 その理由を紐解いていって、答えらしきものにたどり着くまで、そう時間はかからなかった。




843 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:14:27.40UpItBwFj0 (4/20)


「……どうやら俺は、あんなやつらに言われたことを、真に受けているようなんだ」

 嘗て、俺が英雄から戦犯へと転げ落ちたとき。
 やつらは言った。何も知らない群衆は俺に石や卵やペットボトルを投げつけながら、調和の破壊者めと。深海棲艦とコミュニケーションがとれたかもしれないのにと。友好的アプローチをなぜ模索しなかったのだと。

 馬鹿言ってんじゃねぇ。そう叫び返した気がする。

 そんなことは認められなかった。あいつらは所詮他人事だと思っていて、現場も知らず、思いつきを口にするばかりなのだ。だから簡単に難題を提示する。拒否すれば二言目には「努力が足りないんじゃないか?」などと。
 深海棲艦、あんな存在が知的生命体なはずはなかった。コミュニケーションをとれるわけがなかった。だから、殲滅するしかない。戦った比叡は決して間違っていないし、……彼女を送り出した俺も、間違ってはいない。

 間違ってはいないのだ。

 間違っていないはずなのだ。

 ……本当に?




844 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:14:58.00UpItBwFj0 (5/20)


 深海棲艦に意志はない。あるとしてもそれはあくまで生存本能であって、蟻や蜂がコロニーをつくるのとなんら違いはない。蟻や蜂を駆除して心が痛むか? なぜ殺したのだと文句を言われるか?

「それでも、不安だったらしい。恐れていたらしい。立ち止まって考えるのは初めてだった。深海棲艦が、知的生命体なんじゃないか、なんて……考えたことはなかった。大井、お前はあるか?」

「……ないわ。ない。だって」

 そんなことを考えたら撃鉄を起こせないでしょう。引金を引けないじゃない。

 大井の答えは明瞭。ゆえに想定内。

 俺と同じ。

「もし報告にあった新型が北上だったなら、でなくとも、知的生命体だったなら……そんなことはあっちゃならねぇことだ。だから俺は願った。願っていたことに、今日、ようやく気づいたんだ」

 お前の助力を得ながら。信頼を得ながら。
 お前はあんなにも北上の生存を熱望していたというのに。

 その実俺は、北上が生きていないことを、希望していた。




845 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:16:15.55UpItBwFj0 (6/20)


 大井、お前が虚弱な体に鞭を打って、障害のある心臓を酷使して、新型との戦線に加わるために――実妹である僅かな望みに賭けたその決意を。努力を。意志を。俺は知っていたのに。
 応援してさえいたのに。
 心の中では、頑張りが全て無に帰すことを、願っていた。

 それが裏切りでなくてなんだ。背信でなくてなんだ。

 善悪の定義については興味がなかった。しかし、他人を利用し、益だけを貪ろうとする行為が、善として罷り通るとは思えなかった。
 俺を利用しようとした軍の上層部と、俺は同じことをしてるじゃあないか。

 いまなら神通の気持ちが痛いほどによくわかる。自らがこうはなるまいと嫌悪していた存在と、知らず知らずのうちに近しくなり……それどころかそのものに変質してしまったとしたら、嫌悪の感情は自らへと向く。
 もう死んでしまいたかった。塵一つ残さず消えてなくなりたかった。自分がこんな人間だとは知りたくなかった。




846 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:16:49.21UpItBwFj0 (7/20)


「すまん、大井。本当に、すまない」

 もうトラックにはいられまい。決戦を前にして抜けることはさすがに無理だとしても、ひと段落ついたら姿を消す心づもりだ。でなければいつ、また誰かに不義を働くか、わかったものではないから。

 比叡はやはり、俺の犠牲になったのだ。

 俺は自分が生き残る確率を少しでも上げるために、あいつを持ち上げたにすぎないのだ。

 気づきたくなかった事実は重く、頭を大きく揺さぶった。
 知らなければ幸せに、とはいかないまでも、自身の善良さに疑いの目を向けることもなかっただろうに。

 涙は出ない。俺が俺を悲しんでどうするのだ。加害者と被害者の垣根を飛び越えることが許されるわけがない。
 いくらでも拳を振るってくれて構わなかった。どれだけの悪辣な罵倒でさえ今の俺には生ぬるい。いや、懲罰そのものが、俺が自らを楽にさせる行為なのだとすれば、無言の非難の視線こそが最も効果的な責め苦かもしれない。

「……」

 無言が暗闇を支配する。あちらの動きは感じられない。
 それからどれだけの時間が流れただろうか。五分? 十分? あるいは、まだ数秒しか経っていないのか?




847 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:17:16.51UpItBwFj0 (8/20)


「……馬鹿ね」

 端的な言葉。それは事実だった。

「本当に、馬鹿なんだから」

 郷愁を感じた。声が震えている。大井が? なぜ? どうして? 
 なんでお前が泣いているんだ?

「立ちなさいっ! 前を向きなさいっ!」

 軍隊式の発声方法で大井は俺の名前を叫んだ。隣の部屋で漣が、驚きのためだろうか、がたんと転げた音が聞こえた。

「立てと言っているでしょうっ!」

 その言葉でようやく体が動く。染み付いた動き。踵をあわせ、爪先を三十度に開き、芯を入れたように背筋を真っ直ぐぴんと張る。

 初めて大井と目があった。頬に二筋、涙の零れた跡がわかる。
 しかし表情は笑っていた。俺を馬鹿にしている笑いだった。それでいて、困ったような顔でもあった。

「北上さんだったらだったで、それでいいじゃない。生きていた、よかったでいいじゃない。
 違ったら違ったで、それでいいじゃない。仲間と殺し合いにならなくて済んだことを素直に喜べばいいじゃない」

 勿論、そりゃあ、生きていてほしかったけれど。大井はぽつりと呟く。




848 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:17:55.93UpItBwFj0 (9/20)


「生きるのが下手なんだから。あなたは、ずっと前から、本当に……損な役回りばかりを背負って、自分に責任の所在があるんだと思い込んで」

「……大井?」

 言っていることの意味が、ちっとも理解できない。
 俺はお前とあったことがあったか? ……いや、そんなはずはない。こんな顔に見覚えはない。

 大井は一歩踏み込んできた。それだけで、手の届く距離になる。
 彼女の右手が俺の左の頬に触れた。冷たく、ほっそりとした指先だった。

「でも、そんなあなただから。不器用で、要領がいいわけでもなくて……天才でもなんでもない、どこまでも平凡なあなただから、私は」

 頬に触れた手がゆっくりと下がり、肩へ、そして脇腹へとたどり着く。
 もう片方の腕もするり、伸ばされ……大井はそこで、さらに一歩、詰めた。
 必然、俺へと抱きつく形になる。

 柔らかい感触と、甘い匂いと、仄かな暖かさ。
 何より、優しい声。

「私は、あなたに憧れたのよ。あなたのおかげなの。あなたがいたから私は、決して腐ることなく、今もこうして艦娘をやれているの」




849 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:18:31.86UpItBwFj0 (10/20)


「……どこかで、会ったか?」

 尋ねるが、どこまで記憶を遡っても、大井との接点は見当たらない。

 そんなわけないでしょうと大井が首を横に振った。そうして余計に腑に落ちない。一体、なら、どこで俺を。
 とそこまで考えて、はっとした。その可能性は十分にあった。

「テレビで、俺を」

 英雄として祀り上げられていたころ、俺の姿がテレビに映し出されないときはなかった。名前も、生い立ちも、家族構成も、全て包み隠さずに報道されたはずだ。
 大井は幼少期から病院に通っていた。暇な時間を潰すのは、本か、携帯ゲーム機か、でなければテレビと相場が決まっている。

「私は妹がいたから生きてこれたわ。『また明日』。その約束を何としてでも守るために、必死だった。新薬の投与はなるべく受けたし、そのためなら艦娘にだってなってやろうと思った。
 結果的に容態は安定したわ。自分の脚で風を切る喜び、水を手のひらで掬う気持ちよさ、芝生の上で寝転ぶ爽快感、あなたは知っているかしら。あれほど世界が輝いて見えたことは、一度もなかった」

 大井はさらに腕に力をこめてきた。密着度があがる。俺は手の置き場所に困るばかり。




850 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:18:58.79UpItBwFj0 (11/20)


「だけど、人間、欲が出てくるものよね。恢復にも健康体にも程遠い私だったけれど、艦娘になったからには、みんなの役に立ちたかったのよ。家族の住む国を護りたかった。それって変なことじゃあないでしょう?
 でも駄目だったわ。艦娘に適性があるってことと、ちゃんと動けるってことはイコールじゃない。見たでしょ、転んでばかりの私の醜態を。訓練校にいたころも酷くて、怒られてばかりで、授業をサボるなんてことはしょっちゅうだった。
 ……そのたびに、みんなに捜索されて、連れて帰られたけど」

 その話を、俺は嘗て、どこかで。
 ……比叡から、聞いたことがあった、気がした。

「艦娘に選ばれたことが、即ち特別の証じゃないってことに気付いたのはいつだったかしら。子供のちっぽけなプライドはずたぼろで、自分があまりにも矮小な人間で、いやになって、こんな自分にできることなんて一つもないと思って。
 ……そして、あなたを見たの。テレビの中のあなたを」

「……」

 幼少の彼女の目に、俺は一体どのように映っていたのだろうか。上官の遺志を継いで深海棲艦を打ち倒した英雄、その凱旋。見せかけの輝きも区別がつかなかったに違いない。




851 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:19:50.08UpItBwFj0 (12/20)


「凄い人だけど、特別な人じゃなかった、って言っていたわ。いまなら理由がわかる。特別な人間が特別なことをするよりも、一般人が特別なことをするほうが、より功績が強調されるから、なんでしょうね。
 そして幼い日の私は純粋で――まぁ今もなんだけれど――その策略にあっさりと引っかかってしまった。嵌ってしまったの」

 つまり、ね。大井はいたずらめいて、また笑う。
 こいつの笑みは不思議だった。常に笑っているように見えるのに、同じ笑いには見えないのだ。

「こんな普通の人でも英雄になれるのだから、私だってきっといつか、誰かの役に立てるに違いないと、思ったのよ」

 誰かの役に。
 俺のように。

「それを杖にして、私はここまでやってきた」




852 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:20:17.18UpItBwFj0 (13/20)


 津波のような「なにか」がやってくる気配があった。音が聞こえる。震動を感じる。さきほどとは異なる理由で、これはだめだ、と思った。
 自分が自分でなくなってしまう。
 抗いがたい未知への恐怖。

 それほどまでに強い喜びの感情を覚えたことはなかったから。

 俺は誰かの役に立ちたかった。誰かを幸せにしたかった。生きている理由が欲しかった。誰かから生きていてもいいのだと承認を得たかった。
 そしてその全ては目の前にいるこいつが持っていた。
 とっくの昔に俺は為し得ていたのだ。ただそれに気づかず、ただそれを知らず、ゆえに路頭に迷っていただけだった。

 知らないほうがいいこともある、なんて言ったのはどこのどいつだ!

 俺の行動は、決して無駄ではなかった。

 その認識が浸透するには、ほんの少しばかり、感動が邪魔をして時間がかかった。




853 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:20:51.44UpItBwFj0 (14/20)


 多幸感は三半規管さえも犯す。またも前後不覚を覚えて、今度は大井ごと、俺は床へと倒れる。咄嗟に大井を抱きしめてしまい、華奢な体はすっぽりと収まる。
 心臓が早鐘を打っていた。俺のものなのか、大井のものなのか、まるで判断がつかない。相手のせいにするのはあまりにも容易く、どうやら大井はその選択肢を採ったようで、こちらに非難の視線を向けている。

「……それからあなたのことを調べたわ。英雄から堕してなお、ね。情報にフィルターがかからなくなって、ようやく真実らしい情報にも、手が出せるようになった。
 辛かったでしょうね、なんて月並みな言葉は言わないわよ。心情は察するに余りあるけれど。
 ……提督」

 俺の両肩に手をついて、大井は自分の上半身を持ち上げた。

「私はあなたを信じるわ。たとえ世界の他の全員があなたを嘘つきだと指をさしても、私はあなたを信じる。
 だからあなたも私を信じて頂戴。私はあなたの期待を、裏切るつもりはない」

「……あぁ」

 それだけを言うのが精一杯だった。

 精神的にも、肉体的にも、疲労困憊。柔らかい大井の肌を指先に感じながら、俺の意識はゆっくりと暗闇へ埋没していった。




854 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:21:17.93UpItBwFj0 (15/20)


* * *

 とても心地よい夢を見ていた気がする。

 床にはカーペットが敷いてあるが、それでもまだ硬い。関節の痛みを覚えつつも、俺は状態を起こした。

「あぐっ!」

「っつぅ!」

 俺の額がなにかに当たった。眼を開けてみれば、大井が口元を抑えながら、こちらを睨みつけている。
 カーテン越しの窓からは朝の陽ざし。どうやら床で寝てしまっていたようだが、妙に頭の下だけが柔らかいのが謎だ。

「……なによ」

 大井の脚だった。俗に言うひざまくらというやつを、俺はされているようだった。




855 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:21:51.03UpItBwFj0 (16/20)


「あ、その、……すまん!」

 ひざまくらもそうだし、昨日の醜態もそうだ。大井は恐らく一晩付き添っていてくれたようなので、それについても。
 関節の痛みなどなんのその、恥ずかしさと申し訳なさが勝って、俺は跳び起きた。大井も少し遅れて、脚の痺れを誤魔化しつつ、立ち上がる。

「……大丈夫?」

 問われた。真っ直ぐに返すのは戸惑いも大きいが、しかし、それが筋だろう。

「あぁ、もう大丈夫だ。ありがとう」

「……別に。
 今日のブリーフィングは正午からよ。遅れないようにすることね」

 さっと大井は踵を返す。すっかり皺のついた濃緑の制服がひらりと舞う。

「これから、よろしく」

「……こちらこそ」

 ぱたん。ゆっくりと扉が閉まって、俺は部屋に一人になった。
 だが、どうしたことだろう。まるで一人であるような気がしないのだ。心強いなにかが、力強いなにかが、炎となって体の中心に存在しているように思えた。




856 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:22:17.61UpItBwFj0 (17/20)


「御主人様ッ!」

 打って変わって大きな音をあげ、漣が扉を叩きつけて飛び込んでくる。

「昨日はなんだったんですかどうしたんですか、大井さんの声が聞こえてきてご主人様の声もわっ! って感じで、一体何があったんですか!? なんで二人は一晩を共にしているんですかっ!?」

 漣は昨晩待っていたんですよ、と俺の腰をべちんべちんと叩いてくる。それに関しては非常に申し訳なく、弁論のしようもないのだが、もし間に合うようならば今すぐにでも聞かせて欲しい。

「もういいです! どうせブリーフィングまでそんなに時間はないですか! ぷんすこ!」

 擬音を口で表現する滑稽さは残ってはいるが、どうやら漣は本当に怒っているようだった。




857 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:22:47.77UpItBwFj0 (18/20)


「ん? あれ?」

 漣が俺の顔をじっと見る。

「どうした」

「なんかついてます。おデコんとこ」

「え? あぁ……」

 指で擦ると、薄桃色の塗料のようなものが付着した。きっと大井がつけていたリップグロスか何かだろう。

「あ、まだついてますよ」

「そうか?」

 額をこするが、鏡がないので場所がいまいちわからない。

「あ、そっちじゃなくて」

 漣は俺の顔を指さして、




858 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:23:15.22UpItBwFj0 (19/20)




「こっちです、唇」






859 ◆yufVJNsZ3s2018/05/14(月) 22:27:12.82UpItBwFj0 (20/20)

―――――――――――――――
ここまで。

ひとまず大井ルートでしたとさ。まぁ攻略というか、とっくのとうに攻略済みというか。
もうちょっと可愛く書けたんじゃないかって後悔もあるし、でも満足感もあるし。

あ、物語はぜんぜん続きます。あと十回ぶんくらいかな? 予定は未定ですが。
もう少々おつきあいくださいませ。

待て、次回。


860以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/14(月) 22:49:05.07YWaQReqso (1/1)

おつおつ
ついつい吸い寄せられるようによんじゃう


861以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/14(月) 23:29:12.39tUqR5hhXo (1/1)

おっつおっつ
大井っちは良いな


862以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/15(火) 00:10:18.45Ib+CfLAA0 (1/1)


続きが読めるって事はありがたいな


863以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/15(火) 00:56:36.73ecAlssIQo (1/1)


あと十回くらいだなんて寂しいな…


864以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/15(火) 01:25:48.916YFBAZXA0 (1/1)

おつおつ
これはどんどん加速してくな(修羅場的な意味で


865以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/15(火) 08:34:34.25QSQkjdiDO (1/1)

大井っち滅茶苦茶かわいいじゃないか…
待つぞ!


866以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/15(火) 11:33:50.74pDMt/hfi0 (1/1)

おつでち


867以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/15(火) 12:49:43.56zvoygg0iO (1/1)

これはおつ


868以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/17(木) 08:23:18.65uAyZ919tO (1/1)

あと10スレ?


869 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:43:47.49dc2E7mY00 (1/21)


「ねぇねぇ、なにがあったんですか? ねぇったらー」

 泊地へと向かう俺の袖を先ほどから漣が引っ張り続けている。話題は変わらずに、昨晩俺と大井の間になにがあったのか。
 しつこいな、と声を荒げることは簡単だった。しかしそれでは漣に義理が立たない。折角得たであろう信頼を、こんなこと――というには聊か軽んじすぎてはいるが、ともかく大井とのやりとりで失うわけにはいかなかった。
 とはいえ、包み隠さず話したとして、それが信頼の失墜につながる可能性も少なくはない。

 その塩梅が最も難しい。

 第一、どこから話せばいいのかも曖昧だった。俺が遅くなった原因は龍驤との話し合いだし、そこに雪風と神通の一件が輪をかけている。大井とのやりとりを話すには、俺の過去に触れるのだ。
 ナイーヴな部分を曝け出したくない、という気持ちは俺にだってあった。仮初の英雄「鬼殺し」と評されたあの過去が、たとえ大井によい影響を与えたのであったとしても、やはり手放しでは喜べない。そこまで単純にはなれない。




870 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:44:26.52dc2E7mY00 (2/21)


「そんなに気になるのか」

「んー、誤解されちゃ困るんですけど、隠し事を暴きたいってわけじゃないんです。喋りたくないなら喋りたくない、でいいと漣は思うわけです。そしたら漣だって尋ねたりはしませんよ?
 ただ、ご主人様の感じ、すっごい疾しさがあるっぽいんですよねー。後ろめたさ? とにかく、そーゆーの」

 鋭い指摘だ。本当にプライベートな問題なら、そう言えばいい。そうすれば漣も訴追はしてきまい。
 きっと俺は初動を間違えてしまったのだ。堂々としていればいいのに、それができなかった。大井との一件があったのだから仕方がないと今ならば開き直れるが、少しタイミングが遅い。

「……大井は俺のことを知っていたみたいでな」

「……? だって、そりゃそうでしょ? 最初に会ったときに『鬼殺し』だって」

「それで、なんというか、あんまり自分で言うのも恥ずかしいんだが……俺のファンだったらしい」

「嘘乙」

「だよなぁ?」




871 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:44:54.95dc2E7mY00 (3/21)


 即答に対して素直な感想だ。逆の立場だったら、きっと俺も「はいはいそうだな」と返していただろう。
 昨晩のことを思い出せば自然と恥ずかしくなってしまう。大井は俺のことを知っていた。それは、俺が「鬼殺し」であるという事実以上についての理解であり、その上で俺のことを肯定してくれたのだ。

 そして俺もまた大井に対しての一定の理解を得た。お互いの弱みを曝け出した、とまではいかないが、彼女が俺を信頼すると言ってくれたように、俺もまた彼女のことを掛け値なしに信頼できると思う。
 俺は決して特別な存在ではなかった。それでも為し得たことには、きっと特別ならざるがゆえの価値があるのだろう。
 
「特別、ねぇ」

 そうである人物と、そうでない人物、二人を隔てる事柄が浅学な俺にわかろうはずもない。結局はどの方向から見るか、なんじゃないかとも。




872 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:46:41.27dc2E7mY00 (4/21)


「して、なぜに大井さんはご主人様のファンに?」

「俺ははねっかえりだからな」

「わかります」

 わかられて堪るか。

「大井も皮肉屋で、どうにも気が合うらしい」

「漣は? 漣とは?」

「合う合う。頼んだぜ、相棒」

「えへへへへー」

 屈託なく漣は笑った。ぴょんぴょん跳んで、俺の少し先を歩く。

「ヒーローになりたかったんだっけか」

「え?」

「お前はさ。ヒーローになりたかったって言っていたろう。あの夜」

「あぁ……そうですね。なりたかったですよ」




873 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:47:29.27dc2E7mY00 (5/21)


「今は?」

 それはかねてからずっと引っかかっていたことだった。
 弱者を見捨てず、手を伸ばせ。敷衍すれば「助けようとし続けろ」。漣は俺にそう言って、自らも可能な限り手伝うからと言ったが、しかし、ならば、それを自らに適用しないのはダブルスタンダードではないのか。

 ヒーローになりたかった。今は?
 もしそんな自分を過去に置き去りにしてきてしまったのだとしたら、漣は、そんな自分をこそ見捨てずに手を伸ばさなければならない。
 あるいは、見捨てずに手を伸ばさなければならなかったのではないか。

 後悔が漣のその言葉の源となった可能性は十分にあったが、迂遠な話の持っていきかたは不得手だ。こいつ相手ならば直球に尋ねたほうがいい。

「今は? 今は……うーん、サポート役ですかねぇ。これは、ほら、ギャルゲーの世界ですから。主人公はご主人様で、漣は……悪友そのいち、みたいなもんです。お助けキャラっていうか」




874 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:48:16.16dc2E7mY00 (6/21)


「主人公ってガラじゃねぇやな」

「ですか?」

「だよ。
 なら漣、どんなやつなら主人公に向いてるのか教えてくれよ」

 軽口を叩きながら泊地を目指す。あと五分も歩けばつくだろう。
 漣は顎に指を当てて、少し考えているふうを見せた。

 その指を俺に向け、

「まず両親が海外出張してます」

「いきなりハードルたけぇなぁ、おい」

「んでんで、留守を任された幼馴染が起こしに来てくれるんです」

 二分の二、当てはまらない。
 どうやら俺はやはり主人公の器ではないようだった。

「高校は坂の上にあって、桜並木が少しだけ有名で、変な部活に無理やり所属させられて、そのせいで生徒会長からも目をつけられるんです。で、都市伝説的なおまじないがちょろっとだけ流行ってるから、真偽を確かめるべく活動していくうちに不思議な事件に巻き込まれて……」

「空から女の子が降ってくる?」

「あははっ、それもありですね」

 漣はくるくると回った。花びらの舞う中を踊るようにも見えたし、寧ろ彼女自身が桜の花びらのようにも見えた。




875 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:49:28.99dc2E7mY00 (7/21)


「漣」

「なんですか、っとっと」

 制動があまく、少しよろめいた。俺は手を取って立たせてやる。

「ありがとうございます。
 ……なんですか?」

 頬をむにむにと摘まむ俺と、怪訝そうな顔でこちらを見てくる漣。

「あんまりそんな顔すんな」

「どんな顔ですか?」

「辛そうな顔だよ」

 女の涙は苦手だった。苦手だというのに、この島に来てから、やたらとそんな場面にばかり出くわすものだから……俺だって機微には多少なりとも敏くなる。
 殆どごまかしのようなものだ。こいつの頬を触って何がどうなるというわけでもない。

 ってか、こいつの頬、めちゃくちゃ柔らかいな。何を喰ったらこうなるんだ。




876 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:50:10.42dc2E7mY00 (8/21)


「……心配かけて、ごめんなさい」

「別に、たいしたことじゃねぇよ。子供が大人に心配をかけるのは当たり前だ」

「本当は、漣もちゃんとお話ししたいと思ってるんですけど」

「焦んな。気が向いた時でいい」

「でも」

 顔を真っ直ぐに見据えてくる漣。

「ご主人様はいなくなっちゃうんでしょ?」

「……」

 もしかしたらこいつはついてくる気なのかもしれないな、と思った。
 それが自惚れであればよかった。こんな敵の多い人間に連れ添った先に、幸せなんて待っているはずがない。

「ほれ、着くぞ」

 泊地が見えてきた。

「うん」

 俺の人差し指を控えめに握りしめながら、漣は俺の隣で洟を啜る。




877 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:50:58.45dc2E7mY00 (9/21)


* * *

 昨日と同じ一室には、昨日と同じ数の椅子が並んでいて、昨日と同じ面子が腰かけている。
 即ち、赤城はいない。

 龍驤と58は最早その件について深く考えるのをやめたようだった。空席を一瞥し、嘆息。58が「必ず来るようにとは言ったんだけどね」と弁明めいたことを言うも、それで赤城がやってくるとは誰も思っていなかっただろう。
 それよりも周囲の関心はおおよそ二人に集まっていた。雪風と神通。どちらも佇まいこそしっかりとしているが、その厳格さの中には過度な排他性を有している。
 会話もない。そもそも瞬きをしているのか、息をしているのかさえ、瞬時には定かにはならなかった。

 龍驤と目が合う。何かがあったんだな、と睨みつけるように問われた。俺は沈黙で以て雄弁に返す。




878 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:51:27.51dc2E7mY00 (10/21)


 龍驤がどこまで二人のことを――そして雪風と神通それぞれのことを知っているか、俺は知らない。だがなんとなくの想像はつく。きっと個々人の領域に踏み込むような真似はしなかったに違いない。
 やはり龍驤は決定的に間違ってしまったのだと思う。58も同じで、本当ならば見捨ててはいけないはずの事柄を、不干渉に澄ませてしまった。勿論それはいまだから言えることで、その時その時では、二人の対応は決して間違ってはいなかったのだろう。

 あとから来た俺がとやかく言うのは万事に失礼だった。先人には敬意を持ってあたるべきだ。そしてその示し方は、何も言葉である必要はない。
 俺が同じ轍を踏むことだけは避けなければならなかった。でなければ、それこそ不敬というものだ。

 大井とはついぞ視線が合うことはなかった。避けられているふうでもなかったが、大井ならそれぐらい白々しいことも平気でやってのけるに違いない。
 大体、なんて訊けばいいのか。お前俺にキスしたか、だなんて、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
 きっとあれは夢だったのだろう。唇の汚れは、まぁ、あれだ。偶然だ。




879 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:52:24.95dc2E7mY00 (11/21)


「んじゃ、まぁ、第二部を始めようか」

 龍驤が指で机を小さく叩いた。こんこん、と軽い音が部屋に響く。

「鳳翔さん、発信機の位置は昨日から動いとらんのやったな?」

「はい。ポイントF-6から変わらず」

「状況に変化がなければ、出発は明朝八時を想定しとる。総勢十二名による聯合艦隊。水上打撃部隊を構築し、全力で以て敵作戦行動群中央部を突破、新型――雷巡棲鬼を打倒し次第帰投する。大まかなプランは以上や」

「中央部突破はいいけれど、作戦群の規模は判明しているの?」

 問うたのは大井だ。龍驤はその言葉を受けて頷く。

「大体はな。ちゅーても正確やない。索敵機を数機飛ばして、あと58にも昨晩いくらか突っついてもらった程度や」

「作戦行動群に動きは無し? 見つかったから逃げる、ではなく」

 霧島が不思議そうに呟いている。

「迎撃はあった。ただ、移動はいまのところ見られん。そこが所謂本拠地なのか、それとも雷巡棲鬼が傷を癒しているだけなのかは、判断がつかんな」

「もう死ぬかと思ったでちよ。駆逐とか軽巡級ばっかで、対潜はきっちりしてたかな」




880 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:53:22.11dc2E7mY00 (12/21)


「でもそれって、逆に言えば戦闘力自体はそれほどでもないってことだよね?」

「そうや。最上が今いったように、真正面から会敵することを恐れるほどではないと、うちは睨んどる」

「聯合艦隊とはいえ正面からの中央突破は難しいのではないかしら。自分で言うのもなんだけれど、私、あまり戦力にはならないわよ」

「勿論それも考えた。敵戦力の漸減やな。だけど、雷巡棲鬼がいつまで滞留しているかわからんのはネックや。昨日も話したが、やっぱり電撃作戦でいくべきやと思う」

「電撃作戦は構わないけどさ」と最上「中央突破が危険性も高いってのは大井の言った通りで、リスクとリターンは見合うのかなぁ」

「そこは、うーん、土壇場にならないと判断できん部分もあるんよ、正味の話な。
 燃料と弾薬は背反関係にある。最短距離で敵を倒せば弾薬は使うが燃料の消費は抑えられるやろうし、なるたけ敵の薄い地点を選んでいけば、時間はかかって燃料喰うけど弾は最低限や。作戦目標とぶつかった際に、偏りのないようにチャートを都度都度で修正していけたらなぁ、と思っとる」




881 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:54:21.32dc2E7mY00 (13/21)


 そのあたりが落としどころだろうな、とは感じる。机上で全てが済むのなら、そもそも戦闘は発生しない。人死にも出ない。だが現実は机上はあくまで机上であって、何事もそううまくはいかない。
 俺たちが考えるのは目的と目標だけでいい。なんのために、どうするか。それが最も重要だから。

「水上打撃部隊の第一艦隊、第二艦隊の案は、一応草案ではあるが、考えてあるんよ。うちと、あとは……まぁそこのおっさんやな。二人で昨日ちょこっと話した。
 勿論決定稿やないから、こうしたほうがええんやないか、みたいのがあったらどんどん言ってくれて構わん」

「……あー、一応今紹介に預かった。作戦立案に関しては、俺も少し口を挟んだ部分がある。気に入らなければ言って欲しい」

 俺は胸ポケットからメモ用紙を取り出す。

「第一艦隊は本隊だ。メンバーは……」

 俺は名前を読み上げていった。
 既に脳内では何度も反芻していた言葉の羅列。

 夕張、霧島、龍驤、鳳翔さん、大井、扶桑。




882 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:55:04.71dc2E7mY00 (14/21)


「旗艦は龍驤に任せる。航空機による索敵と、出合い頭での爆撃による強襲で、まずは敵の戦力を削ぐことが重要だ。大火力で可及的速やかに殲滅が可能な面子を選んだつもりだ」

「……」

 特に反論の声は上がらない。俺はひとまず胸をなでおろす。
 が、まだ一山すら超えていないのだという自覚はあった。次、第二艦隊。その話がどれだけ拗れるか、想像もつかなかった。龍驤も覚悟の上だと思いたいが。

 第二艦隊は必然的に消去法で判明している。先ほど呼ばれなかった名前が、第二艦隊である。
 即ち、神通、雪風、響、58、最上、漣。

 ならば、なぜ、どうして、紛糾するのを恐れるかというと……。

 唇を舌で湿らせて、一息で俺は言い切った。




883 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:55:32.54dc2E7mY00 (15/21)




「旗艦は響だ」






884 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:56:47.32dc2E7mY00 (16/21)


 当然か。雪風が机を思い切り叩きつけて立ち上がった。それは想定の範囲内のできごとではあるが……その剣幕に、心臓が暴れる。視線に質量があったとしたら俺は押し潰されて死んでいるだろう。
 そして、驚愕しているのは雪風だけではなかった。神通も、漣も……大井や霧島でさえ怪訝な表情でこちらを窺っている。考えはみな同じ、「こいつは何を言っているのだ?」か。

「旗艦は単なるお飾りじゃありません! 司令と私たちの間を仲介する唯一無二の存在です! 旗艦の大破はそれ以上の作戦の遂行不可を示します、それくらい司令、あんただって知っているでしょう!?」

「あぁ」

 気弱にならぬよう努めて言う。

「百歩どころか千歩、一万歩譲って、響を前線に連れ出すのは目を瞑ったとしても! それを仮に響が望んで、雪風にも誰にも止められないのだとしても! してもです! なぜこいつを、こんなよわっちいやつを旗艦に据える必要があるんですか!
 愚かです、自殺行為です! 響が随伴艦なら、中破しても護衛をつけて帰せばいい。でも旗艦ならそうはいかない。今回は電撃作戦でなければならないとは龍驤さんが言った通りで、二度目があるかはわかんないんですよ!」




885 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:57:38.30dc2E7mY00 (17/21)


「……そうだ。そのとおりだよ、司令官」

 響は気圧されながらも凛とした声を響かせる。

「どうしてだい? 私を旗艦にするのは、リスクだけが高い。リターンなどあってないようなものじゃないか。そこの説明がないと、私も……誰も、わかったとはならないよ」

 そりゃそうだ。俺は龍驤を窺った。彼女も当たり前だというふうに頷く。

「こんなっ、こんなよわっちいやつがっ……!」

「雪風ッ!」

 椅子を後ろに倒しながら雪風が立ち上がった。もう我慢がならないといった様子で、そのまま足早に部屋から出ていこうとする。

「待ちぃや!」

「雪風!」

「雪風、止まりなさい」

 咄嗟に伸ばされた神通と響、両者の手を振り払って、雪風は叫ぶ。

「触んなっ! あんたらなんかもう仲間じゃない!
 雪風がっ、雪風だけがみんなのことを想って、考えてるのに、それなのにどいつもこいつもそれをおじゃんにしようとするんだ!」




886 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 01:58:40.28dc2E7mY00 (18/21)


 扉を開け放って部屋から飛び出していく。響も短く悲鳴のように叫んで、雪風のあとを追った。
 最上が立ち上がる。漣もまた。扶桑と霧島、夕張と鳳翔さんが、それぞれ目を合わせ、席を立つ。

 大井がこちらを見ていた。

 龍驤が目を伏せていた。

「ボクは追うよ」

「漣も、です」

「私たちも、一応」

「年長者がいたほうがいいでしょ」

「あたしも行くよ。怪我でもされたら厄介だし」

「私は……心の休まる飲み物でも、用意しておきます」

 駆け足で部屋を出ていく者、ゆっくりと地を踏みしめる者。

「前言撤回はしないわよ。理由、あるんでしょう?」

 大井はそれの返事を待たずに去っていった。聞くまでもない、ということなのだろう。
 その信頼は、こんな俺という人間には過ぎたものだったが……それでもやはり、ありがたい。




887 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 02:00:00.04dc2E7mY00 (19/21)


「刺されんでよかったな」

 机に頬杖をついて、龍驤は言った。めっきり疲れてしまったような口ぶりだった。

「ひやっとした」

「あはは、おっさんもさすがに刺されたくないか」

「……悪いな」

「ん? いきなりなんや」

「話を拗らせるような真似をして。いざこざを起こさせたのは、間違いなく俺だ」

「許可したのはウチや。勘違いしてもらっちゃ困るよ、この泊地の提督は、ほんとはウチやで? ええっちゅーたらええねん」

「だが、うまく行く保証は……」

「なに急に弱気の虫が顔出してるのさ。あほう。あんたよりもウチのほうが、みんなの幸せ願ってるんや。説明くらいはなんぼでも労力割いたるから。
――なぁ? 神通」

 喧騒から解き放たれたような静寂を身にまとい、神通は椅子に座ったまま、微動だにしていなかった。
 雪風のいなくなったほうをじっと見ている。そこには、当然、誰もいない。しかし神通の目は確かになにかを捉えている。




888 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 02:01:14.16dc2E7mY00 (20/21)


「……仲間じゃないと、言われてしまいました」

「言葉のあやや、そんなもん」

「……雪風だけが、みんなのことを考えているのに、と言っていました」

「子供にありがちな肥大した自尊心や。気にせんとき」

「わたしは」

 か細い、消えてしまいそうな声。

「みなさんを、仲間と思わなかった日は、信頼しなかった日は、一日たりともありません。みんなのためを思い、二人を想って、これまで……こういう言葉は好きではないのですが、私はこれまで『頑張ってきたのに』」

「諦めるのはまだはえぇよ」

 今や、最初に出会った時のような白刃めいた鋭さは、神通からは抜け落ちている。触れれば指さえ落ちんといったふうの雰囲気は、もしかしたら他者を寄せ付けないためのものでもあったのかもしれない。
 雪風と響を二本柱として神通はトラックを生きてきた。それしか彼女には支えがなかったのだ。
 そして、それも失われた。俺の選択が一枚噛んでいるのは、否定のできない事実である。

「俺は」

「ウチは」

「お前も」

「アンタも」

「幸せにするために動いているんだ」
「幸せにするために動いているんや」




889 ◆yufVJNsZ3s2018/05/23(水) 02:03:13.76dc2E7mY00 (21/21)

――――――――――――――
ここまで

イベントとイベントの間が本当に苦手。この悪癖直さないとなぁ。
随分投下まで時間がかかってしまいました。

次回はいつもより半分くらいの文章量になりそうです。

待て、次回。


890以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/23(水) 05:16:19.26VFPrJifRO (1/1)

いいね、盛り上がってきた
待つぞ


891以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/23(水) 12:27:38.98jWG1SA/WO (1/1)

おっつおっつ


892以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/23(水) 13:34:31.30BOU1+7oJ0 (1/1)

おつです


893以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/23(水) 15:25:22.54X/joTxoA0 (1/1)

おつおつ
楽しくなってきたなあw


894以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/23(水) 16:22:21.18gVmJxneio (1/1)

おつ


895 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 14:55:01.23TQxeMSFf0 (1/23)


 夕暮れはセンチメンタリズムを増幅させるが、そもそも浸れるような感傷は俺にはなかった。比叡との思い出はどうやったって俺を苛む。それ以降の思い出ならば猶更だ。
 データ上の資材の確認は済んだし、装備も同様。弾薬と油はありったけをかき集めて、補給も万端。漣と響が毎日遠征に出てくれなければ、恐らく足りなかったに違いない。
 全員のバイタルチェックも済んで、あとは明日の出発を待つだけである。

 結局、雪風は戻ってこなかった。追った響も憔悴している様子で、二人の間でどんなやり取りが交わされたのか、俺は知ることができなかった。
 鳳翔さんと夕張、そこに扶桑が混じって、四人で話をしていたことは聞いた。俺が出る幕ではない。決定的に拗れさせたのは俺で、龍驤は「許可を出したのは自分だ」と言ってくれてはいたものの、どうにも俺自身を納得させられなかったのだ

 ただ、響や雪風、他のメンバーに対する申し訳なさはあっても、決定の正しさには自信があった。響も、雪風も、神通も、まとめて絶望の淵から掬い上げるためには、多少の無茶はしなければならない。



896 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 14:56:20.85TQxeMSFf0 (2/23)


 全てがたちどころに解決する術は、もしかしたらないのかもしれない。仮にあったとしても、それはきっと、多大な痛みを伴う手法だ。
 痛みは俺が負うつもりだった。もし他者が傷つくことが不可避だったとしても、その痛みは必要なものだと説得して、納得してもらえるだけの信頼が必要だった。

 信頼。――信頼。
 どうだろうか。俺は果たして、信頼されているのだろうか。

 作成した航路図を全員に送付しても、雪風だけが未読である。赤城でさえ確認しているというのに。

「……大丈夫? 落ち込んでない?」

 漣が心配そうに顔を覗き込んでくる。
 俺たちはちょうど帰路についていた。

「落ち込みはしてねぇよ」

 強がりではなかった。それでも、心が少しだけ弱くなっている自覚はあった。

 響を旗艦にするという案は結果的には受け入れられた。意図も、意義も、存分にある。艦娘たちはみな、神通がぽつりと漏らしたように、仲間想いのいいやつらだ。こちらが熱意を持って説明すればわかってくれるだろうとは思っていたが。
 あとの懸念は間に合うかどうかだけだ。これだけはわからない。実際に会的し、どれくらいの敵の密度なのかで大きく変わる。




897 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 14:57:12.95TQxeMSFf0 (3/23)


「ご主人様」

「ん?」

「手」

「ん」

 漣が差し出してきたので、俺も差し出す。自然と手が繋がれる。

 殆ど無意識の行動だった。あまりにもその動作が滑らかで、俺は全てが終わってから、ようやくなにをやっているんだろうと思ってしまう。
 なんだかとてもまずい気がした。俺は自分がよくない領域に片足を突っ込んでしまっているのではないかと不安になる。

 いやまさか。俺はアレではない。
 ボンキュッボン至上主義ではないにしろ、こんな中学生相手に意識してしまうようでは、人間としておしまいだろう。

「……なんですか?」

「なんでもねぇよ」

「見惚れちゃいました?」

「たぶんな」

「まぁ仕方がないですねー。漣は美少女ですから」

 無難に否定をしないでおくと、漣はそれに機嫌をよくしたのか、ぶんぶんと繋いだ手を大きく振り出した。歩きにくくってしょうがない。




898 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 14:58:46.60TQxeMSFf0 (4/23)


「ね、ね。ご主人様。漣はご主人様の特別ですか?」

 甘えた口調の漣だった。
 特別。つい先日もそんな単語を聞いた気がして、少し躊躇う。だが今そんなことはどうでもいいことだ。

「特別だよ、特別」

 こいつは俺の秘書艦で、極論、俺の仲間はこいつだけ。その構図は今も昔も変わりない。
 大井は俺のことを信頼していると言ってくれはしたものの、本当に俺があいつらと仲間になるためには、踏まなければならない手順があった。
 俺はまだトラック泊地の提督ではないのだ。

 なりたいなぁ、と思った。それは二つの意味で。

 一ヶ月と言わず、三か月と言わず、一年と言わず。トラックに腰を落ち着けて、こいつらと一緒に生きていきたいと思った。

「ご主人様も特別ですよ」

 ふふふ、と笑う。




899 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 14:59:39.59TQxeMSFf0 (5/23)


「特別、ね」

 特別だと名乗ることは難しいことだ。無根拠な自信に基づくだけなら、いずれ砕けて消えてしまうだろう。無根拠な自信を貫けるなら、社会で生きていくことはできないに違いない。
 俺は平凡な人間だ。特別という要素があるのなら、特別嫌われているという悲しい事実くらいのもので、他人に比べて優れているなにかがあるわけではない。

 だが、そんな俺の平凡さこそが大井を救えたのならば、彼女の一助になったのならば、それは素晴らしいことだった。

 きっと順序の問題なのだ。平凡だから/特別だから、偉業を成せない/成せるのではない。偉業を成し得た人間に対して帰納的に付与される表彰状が「特別」という周囲からの認識。でなければ初めから「特別」として生まれなければ、人生に価値など見いだせなくなる。




900 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:03:25.71TQxeMSFf0 (6/23)


 俺は、神通、彼女が自らを卑下することに耐えられなかった。自分を愚かだとこきおろし、平凡で、故に成果を出すことができなかったと決めきっているあの態度。演繹的手法。そんなことはないと示してやりたかった。
 平凡だろうが特別だろうが、俺たちにできることは必ずあるはずなのだ。

 龍驤を見てみろ。泊地の復興に一度失敗したのであろうあの少女は、けれど今でも前を向いて、なんとか立ち上がろうとしている。全員がうまくいくように考えている。自身の価値などあとからついてくることを知っているから、レッテルを貼ったりなど絶対にしない。

「……明日が決戦ですね」

「そうだな。怖いか」

「怖い……まぁ、不安はあります。漣にできることは、きっとそれほど多くないから、それを精一杯にやるだけなんですけど」

「んなこと言ったら、俺にできることの方がずっと少ないさ」

 海の上に立てないのだから。

「でも、ご主人様は、いろいろやってくれてます」

「なんだそりゃ」

 笑う。いろいろアバウトな漣の言葉はいまいち要領を得ないが、思いやってくれているのだということは理解できる。




901 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:04:00.86TQxeMSFf0 (7/23)


「響ちゃんを旗艦に据えたこともそうですし、その前の遠征も……大井さんとも、うまくやったんだと思います。龍驤さんとだって作戦練ってたんですよね? だから漣もそれに報いなくちゃって」

「前線で血を流すのがお前らなんだから、俺こそがそれに報いなきゃなって話だ」

「お互い様ですね」

「そうだ」

 その通りだ。

「自惚れだとは思ってますけど、聞いてもいいですか?」

「ん? いいぞ」

「前の約束守ろうとしてくれてます?」

 弱者を見捨てない。
 絶対に手を差し伸べる。

「それも、当然ある。だけどもともとそれは――お前との約束な、あれは結構、俺の目的とも合致してるんだ。俺は俺の存在意義を確立させるためにここに来た」

「ここ? トラック?」

「あぁ」

「自分探しってことですか?」

「似てるような、そうでもないような」




902 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:04:51.41TQxeMSFf0 (8/23)


 こんな子供じみたことを考えているのは俺くらいなものかと思っていたが、なかなかどうして、世の中には為すべきこと――天命とでも言える何かの探究者が多いようだ。
 道に迷い、悩んで、後悔しながら、自分の価値を見出していく。

「見つかりました?」

「見つかったような、そうでもないような」

 もし、俺が本当に、心からみんなに迎え入れられて、トラックの提督になれた暁には、全てが満たされるのだろう。
 そのためにやるべきことは少なくない。

 漣はふーん、ほー、と話を聞いていた。何か反応があるかと思いきや、別にそれ以上話を膨らませる気はないらしく、ぼんやりと歩き続ける。
 握られた手の力だけが少しだけ強くなった気がした。

 家が見えてくる。と、漣は咄嗟に口にする。

「お話があるんですけど」

「あぁ、そういえば言ってたな」

 待っているとか、なんとか。

「あの日はご主人様来てくれませんでしたけど、今日はいいですよね? 明日が決戦で、それにまつわる大事なことだから」

「作戦についてか?」

「んー、違います。ま、すぐにわかりますよ」




903 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:05:29.71TQxeMSFf0 (9/23)


 先の戦いのことを思い出せば、漣はどうしても古参の面子には見劣りする。場数を踏みなれていないことによる不安は大きいだろう。
 俺は漣を含めて誰も死なせるつもりはなかったし、漣だって死ぬつもりはない。だが、覚悟が全ての恐怖に打ち克てるとは到底信じがたい。

 家の扉を開ける。女子中学生の部屋に入るよりは、そちらのほうがデリカシー的ななんやかんやでマシだという判断だった。

「おっじゃまっしまーす」

「おう、入れ入れ」

 部屋の中の空気は生ぬるかった。窓を少し開けて出てきていたのだが、それくらいでは大した換気にはならなかったようだ。
 仕方がなしに扉を全開。一気に、少しだけ潮の匂いのする風が、部屋へと満ちた。

 俺の背後ではばたんと扉が閉まって、がちゃりと鍵がかかる。

「鍵なんかかけなくっていいだろうに」

 物取りが入るわけでもあるまい。

「いや、まぁ、邪魔が入っても困るんで」

「邪魔?」

 またよくわからないことを言っているなぁ。振り返った俺の目に飛び込んできたのは、




904 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:06:08.83TQxeMSFf0 (10/23)


「……は、おい」

 なにやってんだ。

 漣がスカートの脇を少しいじると、重力に負けて、するり、スカートが玄関へと落ちる。

 その下には短パンやスパッツなどは身に着けられておらず、当然、白い下着が露わになった。
 ローファーを脱いで、スカートから脚を抜き、部屋の中へと一歩。そうして今度は上着へと手をかけ、赤いスカーフをとった。胸元のチャックを開き、すっぽりと頭から脱ぐ。

 フリルがあしらわれたキャミソール。生地は薄く、そのためかブラが透けて見える。下と同じ白い花柄。

「……おい」

 言葉が出てこない。違う。何と言ったらいいのかわからない。
 俺の頭の中に、対応策などそもそもない。

 漣はうっすらと笑った。楽しそうな、ではない。妖艶に。これから起こることを予期している笑み。

 思わず眼を背けた。漣の意図はわからないまでも、この空気に呑まれてしまってはいけないと思った。

 なんだ? なんだなんだ何が起こっている? どうしてこうなった? くそ!




905 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:06:36.86TQxeMSFf0 (11/23)


「ご主人様」

 その声もいつもと違って聞こえる。熱っぽさが混じった……いや、気のせいだ。俺の脳が混乱して、偏向して聞こえてしまっているだけ。そうであってほしい。
 ぎ、ぎ、一歩漣がこちらへ近づくたびに、床が微かに軋む。逃げ出そうと思えば逃げ出すことは可能だった。しかし、それで何が解決する? この状況をほっぽって、俺は明日からどうやって生きていけばいい?

「漣」

 意を決して振り向いた。

 大きく背伸びした漣の顔が眼前に大きく映し出されていて、

 がちん。歯と歯が、唇と唇が、勢いよくぶつかって音を立てる。
 そのままの勢いで俺たちは床へと倒れこんだ。

 俺の上にまたがっている漣の、太もも、そして尻、柔らかい感触が、シャツ越しに感じる。今朝に頬を触って柔らかいなと感じたあの瞬間がまるで嘘のようだった。
 漣は自分の唇にうっすらと滲んだ血を舌で舐めとった。味に少し顔を顰める。「キスって難しいなぁ」とぼそりと呟いたのを、この至近距離では聞き逃すはずがない。




906 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:07:10.09TQxeMSFf0 (12/23)


「約束を守ってください、ご主人様」

「やく、そく?」

 なんだそれは、一体どういうことだ。
 問い質そうとした瞬間に、それが先ほどのやりとりの延長線上にあることに気が付く。気が付いてしまう。

 弱者を見捨てない。
 絶対に手を差し伸べる。

 瞬間、俺は理解した。全てをと言っても過言ではなかった。

「……漣、お前は」

「あはっ、さすがご主人様、話が早いです」

 自虐的に笑う漣の顔には陰りがある。それは神通と同じだった。自らの価値がわからず、特別だと思うこともできず、人生を彷徨する迷い子の顔だった。

 なぜ漣がトラックへと志願したのか。

 雪風と真っ向から対立したのか。

 響を助けようと思ったのか。

 あんな約束を俺にとりつけたのか。

 漣が嘗て雪風に向かって切った啖呵。「強くなれなくたっていい。強く在れなくたっていい。弱いままで、それでも幸せに生きていくことができる世の中に」。あのときは、それは響と、響に辛くあたる雪風に向けての言葉だと思っていたが。
 もし「そう」なのだとすれば。

 そう思わなければ心が折れてしまいそうだったのだとすれば。




907 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:08:02.24TQxeMSFf0 (13/23)


「漣はこれまで嘘ばっかりついてきました。ごめんなさい。
 漣、トラックの艦娘のことなんて、どうだっていいです。響ちゃんのことも、本当は、辛くてあんまり見てらんないです。
 誤魔化して、騙して……自分の言葉で喋らないで、どっかで聞いたことある言葉とか、キャラクターとか、上っ面だけ塗って……」

 でも、だって、しょうがないじゃないですか。
 そこだけ、そこだけは自信ありげに――そんな自信など意味はないと言うのに――漣は言い放つ。

「漣は特別じゃないんだから。
 ご主人様みたいにヒーローにはなれないんだから。
 ……大井さんや神通さんには、見抜かれてたっぽいですけどね」

「お前、俺のことを、知っていたのか」

「んーん。知ってたっていうか、ほら、大井さんが『鬼殺し』がどうのって言ってたでしょ? あのあとに調べたんですよ。そしたらわんさか出てくるじゃないですか。史上初、戦艦棲鬼を倒した、稀代の英雄。ご主人様のことでしょ? 写真ありましたよ。
 知らないふりをしてたのはごめんなさい。トラックに飛ばされてくるくらいだから、きっとなんかあったんだろうなって、変に刺激して嫌われてもやだなって」




908 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:09:52.57TQxeMSFf0 (14/23)


 脱力感があった。漣が俺のことを知らずにつきあってくれているというのは、完全に俺の愚かな勘違いだったのだ。
 それどころか、まったくの正反対で。

「あぁ、こんな特別な人の下で、漣は働けるんだって、とっても喜ばしかったです」

 違う、違うんだ、漣。
 俺は決して特別なんかじゃない。

 たとえ特別という評価があとからついてくるものであったとしても、その「特別」は捏造されたものだ。お前が夢見ている像は、メディアによって作られた紛い物であって、真実には掠りもしない。
 だが漣がそんなことを今更聞き入れようとしてくれないのは明白だった。

「でも、漣、ご主人様のことはちゃんと好きです。本当です。これは、嘘じゃない」

「なにをしたいんだ? どうして、なにが、お前をそこまでさせるんだ」

 下着になって。俺を押し倒して。そうやって関係を持とうとしてまでやりたいことなんて、想像もつかない。




909 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:10:41.86TQxeMSFf0 (15/23)


「大したことじゃないですよ。漣は特別になりたいんです。特別になれば、自分に自信が持てるでしょ? 自信が持てたら、もっと人生、楽しく、強く、生きていけるでしょ? そうでしょ?
 でも漣はヒーローにはなれないから。なれないってわかったんです。分不相応だって。なら、せめて特別な人の特別な人になろうって、そうしたら幸せになれるかもって思って」

 その先に本当に幸せはあるのか?

 口をついて出そうになった言葉を嚥下する。

 他人を杖にする生き様を俺は否定できない。人間、独りでは生きていけないというのは、そんな意味を含んでいるからだ。誰しもがそれを経験則的にでも、あるいは本能的にでも理解しているからだ。
 しかし漣の今言った言葉は、言うなれば依存。他人を杖にするのではなく、他人を脚にして、他人の背中に乗って生きていくと言うこと。

 子供がゆえの愚かさだと思った。中学生にありがちな自尊心の肥大、そして自意識の発露。承認欲求と、現実を直視してのギャップ。誰しもが罹患する思春期特有の症候群に違いなかった。
 本当ならば時間が解決してくれる問題だ。だが、漣は艦娘で、決戦を前にして生き急ぐ。そして龍驤や神通たちと戦場を経験するごとに、自らの矮小さや無力さを痛感するのだろう。
 それが一層焦燥を強くする。症状を悪化させる。




910 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:12:14.34TQxeMSFf0 (16/23)




「本当は、漣もちゃんとお話ししたいと思ってる」






911 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:15:06.14TQxeMSFf0 (17/23)


 けれど、自分の言葉で自分の本心を伝える勇気が、いまの漣には、きっとない。

 それはなんとも悲しい話だ。

「約束を守ってください、ご主人様。漣を助けてください。手を差し伸べてください。……漣をご主人様の特別にしてください。そしたら漣、なんだってやります。絶対に頑張れるって、そう思うんです」

 甘ったるいにおいが鼻孔を衝く。白い、きめ細かい肌が目の前にある。興奮のためか、羞恥のためか、頬を少し赤らめた漣は、俺の胸元と首筋に存在を固着させるように、髪の毛を擦り付けてくる。
 鎖骨と首筋に軽い口づけ。柔らかい唇と、熱い舌の感触。心臓が跳ねそうになるのを根性で抑えつけた。

 ここで漣を抱くことは簡単だった。だが、抱いてどうする? その先に幸せがなくとも、同情でそうして、責任を取って……俺がしたいのはそんなことではない。
 後悔しない生き方を探して、自分に胸を張って生きていきたいとそう願って、そのためにトラックにきたのだ。ここで無責任に、安易な選択肢を採ることは、比叡の教訓を何も活かしていないのと同義。

 漣は俺の股間に手をやった。




912 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:16:11.52TQxeMSFf0 (18/23)




「でっかくなってない!」

 そうして、叫んだ。






913 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:17:45.15TQxeMSFf0 (19/23)


「え、え、なんで!?」

 困惑の表情。それが余りにも年齢相応すぎるので、堪えきれずに笑ってしまう。

 やっぱり漣、お前には妖艶な顔は似合わんよ。それくらい大口開けて、感情豊かに驚いたり、笑ったり、そっちのほうがずっといい。
 よっぽど可愛いし、魅力的だ。

「……ご主人様って、もしかして、アレですか?」

「アレじゃねぇよ」

 っていうか、アレってなんだアレって。

「こんな状態で中学生相手にチンコおっ立たせてるやつがいたら、そっちのほうがよっぽどアレだ」

 俺は違う。誓って違う。

「アレってなんですか?」

 知らねぇよ。

「な、舐めたりすれば?」

「やめてくれ」

 その歯をむき出しにして大口を開けるのはマジでやめろ。男として本能的な恐怖があるから。




914 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:18:40.33TQxeMSFf0 (20/23)


「うー、なんなんですかぁ、もー!」

 地団駄を踏むかのように漣は俺の胸板に拳を振り下ろす。どすん。息の詰まる衝撃とともに、漣の涙もまた、俺のシャツに沁みこんでいく。
 それから暫し、八つ当たり気味に俺の胸を叩き続けていた漣であるが、感情が落ち着いてきたのかそれとも体力的な問題か、ついに体を俺の上へと投げ出した。柔らかな頬を俺の肩へとくっつけて、こちらを涙目で睨みながら、浅く呼吸をしている。

「……うぅ」

 洟を啜る音が聞こえた。

「強くなりたい、強くなりたいよぅ……」

 こんな自分でも好きになってあげたいよぅ。

 アニメや、漫画や、ゲームの言葉ではなく。
 ネットのスラングでもなく。

 それが漣の本心だった。

 ゆっくりと、触れる場所を考えながら、俺は漣の頭と背中へ手を回す。力を籠めないように抱きしめ、とりあえず、頭を撫でてやった。
 漣からの反応はない。相変わらず洟を啜る音ばかり。




915 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:20:07.10TQxeMSFf0 (21/23)


「……する?」

「しない」

「……」

 またも無言。

「……ごめんね」

「いいってことよ」

 結局、力尽きた漣は、そのまま眠ってしまった。
 俺は変に動くこともできず、ひたすらに思考を巡らせるばかり。

 さて、どうしたものか。




916 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:20:37.65TQxeMSFf0 (22/23)


* * *

 次の日、出撃は三時間半という大幅な繰り上げとなった。

 赤城が独断で出撃したとの一報が入ったためだった。




917 ◆yufVJNsZ3s2018/05/24(木) 15:23:33.40TQxeMSFf0 (23/23)

―――――――――――――――
ここまで。
半分くらいの文章量になると言ったな? あれは嘘だ。

大井がクレイジーサイコノンケだったら提督は死んでた。

最終決戦入ります。
多分こっからズルして、視点が提督のものとは限らなくなりますので、ご了承くださいな。


918以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/24(木) 15:56:25.10N/coqYZ0O (1/1)

おつ
漣は笑顔が可愛いよな
抱き締めたい


919以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/24(木) 17:01:07.66BMDykGBvo (1/1)

おっつおっつ


920以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/24(木) 20:46:45.72p+qT47HU0 (1/1)

おつう


921以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/25(金) 01:55:30.95DPCx9/M8o (1/1)

18禁版ならエロシーンだった


922 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 02:03:21.57FPx4nitK0 (1/10)

>>921
ギャルゲーであってエロゲーじゃないからね……
気が向いたら場所を移して後日談で実現でも


923以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/25(金) 02:54:09.90LVgiU1OJ0 (1/1)

提督艦娘共に誰も悪いことしてないのに皆負い目を背負って卑屈に自分を罰しながら生きてるのが悲しいのう


924以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/25(金) 05:23:28.983YEk1yzoo (1/1)

いいよねBADエンド…


925以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/25(金) 07:40:02.98mMmtQgx2o (1/1)

おつ


926 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:38:14.15FPx4nitK0 (2/10)


 飛び起きた。

 漣が俺の上から転がって、着地に失敗した猫のような声をあげる。しかし非難の声は来ない。桃色の少女は起き抜けの瞳を真ん丸にして――きっと俺も同じような顔をしていることだろう――俺を見ている。

「嘘っしょ……?」

 嘘だったらどんなにいいか!

 漣に返事をしている暇はない。俺は叫ぶ。

「58ァッ!」

『でちっ!』

「どういうこった! どうなってるんだ!」

『どうもこうもないよぉっ! 夜の哨戒が終わってっ、赤城と交代しにいったらっ!』

 赤城がいなかったんだもん!

 58も負けじと叫んでいる。焦りを苛立ちに変換して俺にぶつけているかのようだった。いや、それで済むなら問題はない。最悪はそれだけでは済まない。
 散歩か、買い物か、トイレか、風呂か。そのうちのいずれかであればどんなにいいことか。しかし、恐らく、現実は過酷だ。こんな時に限って俺たちの予想を裏切ってはくれやしないのだ。くそ!




927 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:38:46.23FPx4nitK0 (3/10)


「心当たりは本当にそれだけなのか!?」

『わかんないけど、こんなこと初めてだもん!』

『事実や。冗談やないで』

 通信に介入。龍驤だった。
 そうか、龍驤はトラック所属の艦娘の位置情報を割り出せるから……。

『赤城は現在海上や。真っ直ぐに敵の本拠地むかっとる。距離から類推して、二十分以上前には出てるやろうな。ほぼ日の出とおんなじや』

 となると、殆ど計画的な行動ということになる。
 後悔が襲ってくる。赤城に海図を渡すべきではなかったか? いや、それではだめだ。赤城の助力は目的の完遂には必要不可欠だ。彼女ならば黙って同行するだろうと予測していたが、まさか同行ではなく先行するとは。

 だが、解せないのは、なぜ赤城がこのタイミングで動き出したのかということだ。俺たちの出撃を待たない、待てない理由が、何かあるのか? それともただ単に、やはり深海棲艦は自らの手で抹殺するのだと意気込んでいるだけか。




928 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:39:16.43FPx4nitK0 (4/10)


「58、赤城に今回の作戦の話は伝えたか?」

『つ、伝えたよぉ。でもそれは龍驤にもてーとくにも言っておいたでちよ!』

 やはり赤城はこちらの計画が動き出すよりも先に、そういう意図を持って出た。そして俺たちが気づき、急いで後を追ってくることも想定内なのだろう。

『とりあえず全員港に集合、今すぐや! 総員起こし! 全軍、全速力で赤城を追う!』

 龍驤と58の通信が切れる。二人とも泡を喰って港へと向かったようだ。
 俺たちも急ぎ向かわなければならない。漣は既にセーラー服と艤装を身に着けている。すぐに出る準備は整った。

 だが。

「……ご主人様?」

 本当にいいのか? 大丈夫なのか?

 これで計画を遂行して、間に合うのか?

「……だめだ。間に合わない」

 計画は瓦解を告げていた。事前の計算と航路、そこに赤城の性格を加味すれば、結論は明らかだった。
 かといってリプランの猶予は与えられていない。いま、手持ちの財産で、軌道を修正するしかない。




929 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:39:53.42FPx4nitK0 (5/10)


「ご主人様、どうしたんですか? 早くいかないと!」

 間に合わなくなっちゃいます。漣はそう俺を急かすが、寧ろ最早遅きに失したくらいなのだ。赤城が先んじた時点で、全ては終わっている。

 だから。

 終わっているなら、一から始めるしかない。

「漣」

 思ったよりも強い声が出た。漣は昨晩の気まずさのせいか、俺と直接目を合わせることを避けているようだったが、不安げにこちらをちらりと窺う。

「……はい」

「説明している時間はない。勿論、追って話すつもりだが……頼みがある」

「漣にできることなんてないよ」

「ある」

「ない」

「ある」

「ないもん!」

「あるから俺が頼んでんだろうがっ!」

 人が何かを成し得る際に、「特別」は先立つ理由にはならない。
 世界は酷薄で、現実は残酷で……だが、そういうところだけは、妙に平等主義的なのだ。




930 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:40:19.91FPx4nitK0 (6/10)


「お前、最初にレ級と戦ったあと、言ってたよな。『死ぬのは怖くない』って。んで、そのあとに、こうも言った。『でも』」

 死ぬのは怖くない。もっと怖いものは山ほどある。
 たとえば……、

「何も成し得ずに死ぬこと、とかな」

 自分が生きた後に残ったものが、ただの墓標ひとつだけでは、あまりにも寂しすぎるじゃないか。
 漣は何かを成し遂げたくて、だけれど特別な、ひとかどの人物には到底なれそうもなくて……そして人より少しだけ、往生際が悪かった。
 普通なら大人になる過程で身に着けるはずの「諦める」という行為が、ちょっとだけ苦手だった。

 この少女は恋い焦がれていたのだ。俺に、ではない。「特別」という概念に。




931 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:40:51.66FPx4nitK0 (7/10)


「これはお前にしか頼めないことだ。引き受けて欲しい」

「なんで? なんで漣にしか頼めないことなの?
 みんないるじゃん。いっぱいいるじゃんか!」

 なんで? なんで、か。

「……なんでだろうな」

「はぁっ!?」

「ぶっちゃけ言えば、いまちょうどここにお前がいたから、かな?」

「は、ちょ、ま、えっ!? うそ、いやいや、ぶっちゃけ過ぎじゃん!? ここはもっと、こう、なんてーの? いいこと言う時じゃないの!?」

「でもなぁ、漣、よく聞いてほしいんだが」

「だめ、だめだよ! 漣は誤魔化されないんだかんね!」

 そんなつもりはねぇよ。

「経験上、理由なんてのは大抵後付で……大体は『ただちょうどそこにいたから』ってパターンが多いんだぞ」




932 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:42:02.31FPx4nitK0 (8/10)


 比叡と俺が、ただちょうどあそこにいたから。
 仲がいいとか悪いとか、好きとか嫌いとか、大義の有無とかは、結局のところ局面を大きく左右はしないのだ。
 仮にあそこにいたのが俺ではなく高木だったら、あるいは齋藤だったら、事態は変わっていたのかもしれない。しかし現実は、あそこにいたのは俺で、その結果こうなってしまっているという厳然たる事実だけが、長く伸びて横たわっている。

「……ご主人様は、特別なんでしょ? 特別じゃないの? 英雄なんでしょ? 前人未到を成し得たんでしょ!?」

「そうかもしれんな。それでいいよ。それも全ては、俺と比叡があの時あの場所に偶然いたから成し得たわけだが」

「……なにそれ」

 浪漫がない。呆然と漣は言う。

「そして、だ。漣」

 俺はバーチャルウインドウを呼び出し、編成画面を表示させる。

「ここには俺がいて、お前がいる。お前が選ばれる理由はそれで十分。違うか」

 特別とか、平凡とかではなく。
 そんなものにかかずらわっている暇があるのなら、一秒でも早く海へと出るべきだった。




933 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:42:39.20FPx4nitK0 (9/10)


「……」

 逡巡して、

「……ううん。違わない、です。
――違わない!」

「頼まれてくれるか」

「はい! ご主人様!」

「あいわかった」

 編成画面に二人の艦娘を放り込む。
 第三艦隊。旗艦に響。随伴艦に漣。

「お前ら二人は別海域にて別行動だ」




934 ◆yufVJNsZ3s2018/05/25(金) 23:44:01.23FPx4nitK0 (10/10)

――――――――――――――
ここまで
短いやつはここに構成されました。

次回から2スレ目に移るつもりです、よろしくお願いします
決戦突入でタイミングもいい

待て、次回。


935以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/26(土) 00:03:34.16sdgne6NQ0 (1/1)

おつ
土壇場の決断力は期待できる人物だから指示がどう転がるか楽しみだ


936以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/26(土) 00:21:57.45W6mzy7eS0 (1/1)

乙乙


937以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/26(土) 00:37:10.87cfp+XUKYo (1/1)

おつ


938以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/26(土) 09:14:35.324XHWI+/eO (1/1)

おつ
待つぞ


939以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/26(土) 15:18:59.13/immQwnKo (1/1)

おっつおっつ


940以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/26(土) 20:03:30.64TMYxrVXB0 (1/1)

まつでち


941以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/27(日) 20:05:19.17sKLCcyoQ0 (1/1)

やっと追いつきました
素晴らしいssですね。
待ってます。


942 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:41:15.88FuTol7nv0 (1/18)


 母は良家の出だった。

 夜明けすぐの海風は非常に冷たく、その中を切って進むものだから、体感温度はもっと低い。息が白く曇らないだろうかと心配になるくらいだけれど、トラックは今日も熱帯気候。寒さは私の大いなる勘違い。

 良家の出であることが即ち幸福にはつながらない。勿論、良いこともたくさんあっただろう。贅沢や放蕩を許してもらえるかとはまた別に、いい洋服を着ていい家に住み、いいものを食べさせてもらっていたはずだ。
 でも、母は一回りも離れた、社交場で顔を数度としか合わせたことのない男のところへ嫁がされた。十八歳。高校卒業後すぐ。

 政略的な意味を多分に含んだ結婚でも、私は両親の間に愛がなかったとは思えなかった。何故なら私には兄がいて、世継ぎを生むためだけの胎だったとしたら、私はこの世に生まれていないから。
 恋は恋愛へ、恋愛は愛へ、愛は愛情へ、愛情は情へ、年月とともに移り変わる。そして伴侶の最期の瞬間に情けへと変わり、菩薩へと至るのだと、嘗て有名な僧侶は口にした。

 私にはその真偽はいまだわからない。




943 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:41:43.88FuTol7nv0 (2/18)


 母は確かに父を愛していた。きっと幸せだったことだろう。ただ、心残りがなかったと言えば……賛同しかねる。
 口癖のように聴かされていた言葉。「あなたは自立しなければだめよ」。自立。自らの脚で立つこと。転じて、自分の道は自分で選ぶこと。自分の決めた道を進むこと。

 母には選択肢はなかった。現在が満ち足りていたとしても、過去、もし別の選択を択べていたとしたら。そう思うことは非難されるべきことではない。

 もし、別の選択を択べていたら。

 私はどうしただろうか?

 専守防衛に意見を翻しただろうか?

 それともやはり、反攻作戦を支持しただろうか?

 脚に巻きついた鎖は重く、胸に打たれた楔は深く。
 私を過去に留めて逃がしはしない。

 奇怪な声が聞こえた――眼前にイ級の群れ。

「……ありがたいですね」

 戦闘状況が開始してしまえば、過去の呪縛から解放される。

 敵を殲滅するだけの愛国の士へと変貌できる。
 仲間の死を悼むだけの憂国の士へと転生できる。

 その時だけ、私は全てから解放され、「自立」して生きていくことができるのだ。




944 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:42:15.90FuTol7nv0 (3/18)


 矢筈は塗り分けられている。艦爆が赤、艦攻が青、艦戦が緑。そして赤と緑の縞模様が爆戦という具合に。
 それぞれは九字、梵字、五行に対応している。ここ数日、夜なべしてひたすらに書き取りに努めた甲斐があり、残弾は十分にあった。丸一日はゆうに戦える。

 術式展開。矢筈に弦をかけると対応した文字が浮かび上がる。艦爆の赤、そして九字。「臨兵闘者皆陣列在前」と網膜に投射され、遠山の目付でイ級群をぼんやりと睨む。距離は目測で七十五、北西からの微風、誤差調整……捕捉。

 射た。

 一本の矢から九字が噴き出るように分散し、それらは十機ほどの爆撃機へと生まれ変わった。初速をそのままに、猛速度でイ級群上空へと到達、即座に爆撃で殲滅を図る。
 爆弾投下。直撃。
 イ級の群れは爆散し、血なのか油なのか、肉なのか機械なのか、神経なのかコードなのかわからない、ぬめった何かが海へと浮かぶばかり。しかし安心をする暇はない。はぐれたイ級ではなく、群れとしてのイ級が現れたということは。

 私の眼前に立ちはだかる、深海棲艦の群れ、群れ、群れ。




945 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:43:06.33FuTol7nv0 (4/18)


「敵にとって不足なし。航空母艦、赤城、参ります」

 足元は揺らめく波のはずなのに、私の脚はしっかりと固定され、何を踏みしめているのかは定かではなかった。しかし、確かに踏みしめている。存在感ははっきりとある。
 鼓動を感じた。それが母なる海のそれなのか、私自身のそれなのか、不思議と判別できない。

 艦戦を一本、艦攻を二本、番える。曲芸のような射撃にも随分と習熟した。
 発射と同時に海を蹴る。たったさっきまでいた場所が、今は弾幕の渦中。イ級はその巨大な頭部と顎部でこちらを磨り潰そうとしてくるし、敵艦載機もこちらに負けじとその数を増やしつつあった。
 和弓は射程距離と速度こそ勝るけれど、そのぶん大ぶりで、連射が利かない。無論龍驤のような式神形式とは一長一短があって、どちらが上位互換であるというわけはないのだが、こんなときばかりはあちらが羨ましくもあった。




946 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:43:34.85FuTol7nv0 (5/18)


 矢筒から四本――爆戦、艦戦、艦攻、艦攻。そのうち縞模様を一本口に咥え、残りの三本を一気に射出。艦戦と爆戦が敵艦載機を一度に吹き飛ばし、敵群の中央部を艦攻から放たれた魚雷が貫いていく。

 私は跳ねた。

 人の形により近い深海棲艦、ツ級がその巨大な手を叩きつけてきたのだ。私は横っ飛びになりながらも口に咥えた一本を放つ――ツ級の頭部に命中、撃沈。
 五行が術式展開。木火土金水の五文字とともに、艦攻が更なる魚雷で追撃。激しく揚がる水しぶきの中へと自ら体をねじ込んでいく。

 戦艦タ級巨大な砲塔が私を狙っていた。爆戦を誘導、爆弾投下でその射線をずらす。
 振動が空気を震わせ海面を抉るも、放たれた砲弾は数機の艦爆を巻き込んだだけだった。その間に、既に私はタ級へと肉薄し、矢筒から抜いた矢を二本、無造作に握りしめる。




947 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:44:14.13FuTol7nv0 (6/18)


 タ級が二発目を構える。その顔面へ爆撃。
 揺らぐ上体、その鳩尾へ――果たして深海棲艦に横隔膜など言うものが存在するのでしょうか? ――爪先を叩き込み、足掛かりとしてさらに一歩、私は宙へと跳びあがる。
 右手に握った矢を二本、顔面へと突き刺した。

 一本は眼球から脳内へ達し、もう一本は口腔内を貫いて首筋まで。

「術式展開」

 そのまま艦攻へと変化させ、上半身が木端微塵に霧散する。

 倒れたタ級の体を踏み潰す勢いで、その後ろから大群が。イ級、ヘ級、リ級。背後には艦載機を放ちながらのヌ級もいる。
 流石にその数相手には分が悪いと判断、反転して距離を置く。追いすがる大群の戦闘へと矢を適当に放ち、適宜数体ずつ削りながら、私は果てしなく広い海の上を転戦する。

 狙いの大して定まっていない砲弾を恐れる必要はなかった。死が切迫した時の、肌へと氷が流れたような刺激、嘗ての戦場にはいまだ遠い。
 大群は黒い津波のようにその数を膨れ上がらせて、私を飲み込もうとしている。意志の感じられない本能的な攻撃、統率のとれていない奔放な移動。しかし、狙いはぶれることなく私を一筋。




948 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:44:40.42FuTol7nv0 (7/18)


 脚を止めた。矢を抜き、番え、艦爆と艦攻がリ級を一体、ヘ級を三体、まとめて吹き飛ばす。
 爆炎の中からイ級が先陣を切って現れたのを確認すると、私はまた走り出す。

 58からの着信があった。それを無視して、海図へと目をやる。うん、当初の予定通りだ。波は高くない。敵の数は多いけれど、想定を上回ってはいない。このままならば真っ直ぐに敵艦隊中央へとたどり着ける。
 今頃陸では大わらわになっているのかもしれない、と思った。58からの着信があったということは、私の家がもぬけの殻になっていたことに気付かれたということで、海へ出ている可能性には真っ先に辿り着くだろう。
 追ってくるまで十分か、二十分か。それ以上はきっとない。このアドバンテージをなんとか活かしたいものだ。

 振り返りざまにツ級を撃ち抜く。

「ふぅ」

 汗を拭う。出発時の寒さはどこへやら、既に汗だくだ。

 陸の面子には悪いことをした。とはいえ謝るつもりは毛頭ない。
 というよりも、謝る機会が訪れるとは、思えなかった。

「まったく」

 矢の射過ぎだろうか、人差し指と親指が、僅かに痛んだ。

「私は本当に大馬鹿者ですね」




949 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:46:03.51FuTol7nv0 (8/18)

* * *

「あのっ、大馬鹿もんがっ!」

 全身全霊を込めての全速力。ウチを先頭に総勢十名、海の上を菱形の隊列で進んでいく。
 赤城の位置は提督権限で追跡ができている。陸から殆ど一直線に、敵の本拠地を目指していた。途中、多少の蛇行や反転が見られたが……それは恐らく会敵、及び戦闘の証左なんやろう。
 赤城、あいつに敵との戦闘を避けるだなんて高尚なオツムがあるとは思えん。敵がおれば打ち倒すやろう。やけど、油にも火薬にも限りがあって、それすらわからんほどポンコツになっとるとは信じたくはなかった。

 あくまで赤城はクレバーに戦う。あいつは死地にこそ喜んでいくが、それは死にたがりを意味してはおらず、常に最善を尽くし続ける。だからこそ今回の突出には疑問が残る。どうしてあいつは、わざわざウチらを出し抜くようなことを?
 いくら考えてもわからんかった。まぁ、もともと頭を使う作業は得意やない。そういうのはこれまで提督やら大井やらに任せてきたし、きっとこれからもそうすべきなんやろうなぁということは、なんとなく実感はあった。
 
 やけど、それがよくなかったんやろうなぁ、という自覚もまたある。




950 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:46:34.78FuTol7nv0 (9/18)


 役割分担で、苦手なことをお願いして、得意なことを引き受けて……勿論社会っちゅーのはそういうもんや。組織も同じ。自分のおまんま、全部一から作るか? 畑耕して、魚釣って、牛やら鶏やら育てて? は、アホくさ。
 そうした役割分担の結果、ウチはたぶん、赤城について考えることをやめたんやと思う。いや、赤城だけやない。辛い思いをしたみんなの苦痛を惹起させんようにすることに専念して、それから先に頭を回すことを止めた。
 答えが出ずとも考え続けるべきやったんかな。赤城に寄り添って、神通に寄り添って、どうすべきか一緒に考えてやるべきやったんかな。

 どうなんやろう。

 そう言う意味では、おっさん、あの男は素直に凄い。「鬼殺し」の異名を頂くあいつがどうしてトラックに漂着したのか、うちは寡聞にして理由を知らん。大井辺りに聞けばわかるやろうが、そうすることはしなかった。
 ただ、おっさんは殆ど自分とウチら艦娘を同一視しとるように見えた。勿論変態的な意味やなく、自分のことのように艦娘を――例えば最上やら響やらを大事にしとる。
 この世に「絶対」はおらんくとも、「絶対」幸せにしたるんやっちゅー目を見張るほどの意志の力がそこにはあった。




951 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:47:14.01FuTol7nv0 (10/18)


 あぁ、提督。結局ウチは頭には向いとらんかったよ。あんたの代わりは務まらんかった。
 指輪に誓ったあんたとの約束、反故にするつもりは毛頭ないが、やっぱり適材適所っちゅーもんはあるんやね。

 恐ろしいくらいに海は静かやった。稀に見る凪。この進んだ先で赤城がドンパチしているとは、これまでの事情がなければ信じられん。

「鳳翔さん、発信機は正常か?」

「えぇ、はい。移動はありません。……赤城さんは」

「こちらも変わらず、や。目的地目指して全速力。時折戦っとるみたいで、立ち止まったりもしているみたいやから、追いつく可能性は十分にある」

 赤城のことを想った。

 赤城の想いを想った。

 聯合艦隊は十二人の艦娘によって編成される。おっさんの秘書艦である漣を加えれば、トラックには現在十三人がおって、必然的に誰かが一人があぶれる。

 赤城は来なかった。ならば、その誰か一人とは、赤城にならざるを得ない。

 どこまであいつの読み筋なんやろうか。




952 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:47:40.13FuTol7nv0 (11/18)


 ただし、当然誤算もあるはずやった。赤城が先行したことにより、響と漣が第三艦隊として離脱したことは、本人は知る由もない。それはウチだって寝耳に水で……あぁ、そうや、口惜しいことに認めたくはないが、そこがおっさんの長所。

 迷いがないのだ。

 いや、その認識には、きっと誤謬がある。迷いがないというよりは、迷いを断ち切る速度が尋常ではない。そんな暇が自らにないことを理解し、生き急いでいる。
 ウチはあのおっさんに乗ることを決めた。今更尻込みをするつもりはなかったし、失敗した時のことを考えるつもりもまたなかった。そういうのは性に合わん。結果は常に過程のあとにある。
 全てが間に合うことを願うだけや。

「龍驤さんっ、あれ!」

 夕張の慌てた声。一瞬、赤城を見つけたかとでも思ったが、まさかそんなはずはなかった。
 だが、似て非なるものではあった。

 ぐずぐずに溶けていく最中の、深海棲艦の残骸。黒い油が海に流れ、微粒子となって深海へと戻っていく。



953 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:48:16.35FuTol7nv0 (12/18)


 それがおおよそ二十数体分、積み重なっていたり、まばらに間隔をあけて倒れていたり、広い範囲にぷかりぷかり浮かんでいた。イ級を初めとする雑魚から、リ級やタ級といった強敵まで、軒並み雁首揃えて息絶えている。
 破壊の痕を見ればほぼ全てがヘッドショット。でなくとも、限りなく致命傷に近い箇所を積極的に狙っているのがわかる。

「……まずいな」

「なんでですか?」

「戦闘を短く終わらせる気ィ満々や」

「それのどこがまずいんです?」

「ウチらに追いつかれたらまずいっちゅー意識が赤城にあるってことや。あるいは、油と弾の問題を気にしとるのかもしらん」

 たとえどんなに赤城が強かろうとも、艦娘である以上は、燃料と弾丸の限りでしか戦闘を続行できない。短時間で戦闘海域から脱するのはリソースの消耗を抑える一番手っ取り早い方法だ。
 ……それはずっと前に、ウチが赤城に直々に教えた戦いのコツ。こんなにも複雑な気分になるとは思わんかった。




954 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:49:00.15FuTol7nv0 (13/18)


「早く行きましょう、龍驤さん」

 雪風が神妙な面持ちで先を促した。赤城の強さを雪風ももちろん知っとるはずやが、もしかしたらそれは伝聞によるものが大きかったかもしれない。鬼神のような戦いの片鱗を見て、飽くなき強さを求めるコイツは、一体何を考えているのだろう。

「……そうやな。ぼーっとして、これ以上差を広げられても困る」

「放っておいても縮まるよ」

「……58」

 水面から頭だけ出して、58は吐き捨てるように言う。

「赤城が敵作戦群に突っ込んだら、あとは追いつくだけ」

「そん時に、あいつは跡形ものうなっとるかもしれんのやで」

「それを理解してない赤城だとは思わんでちよ」

「死ぬつもりで出とるっちゅーことか?」

「どうかな。死ぬつもりはなくても、死ぬ覚悟はあるかもしれない」

「言葉遊びはやめーや、58。あんたには似合わん」

 そういうのは大井か霧島あたりに任せておけばええ。




955 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:50:36.39FuTol7nv0 (14/18)


「龍驤、58は真面目に話をしているでちよ。真面目な話を、しているでち」

 ……妙に突っかかってくるやんか。

 赤城に寄り添うことをしなかったウチであっても、赤城のことを慮らなかったということにはならない。言い訳がましく聞こえるかもしれんが、ウチはウチなりに赤城のことを考えた結果、不干渉を貫くことに決めた。それが正解であったか不正解であったかは、この際どうでもええ。
 反攻作戦の草案を出したのは間違いなく赤城。やけど、じゃあ、赤城が反攻作戦を唱えなければ素直に専守防衛に移ったかとなると、そこはかなり怪しい。
 ウチも58も赤城をそれについて責めたことは誓って一度もないし、大井だってそう。提督も、死の淵まで、恨み辛みを言うことはなかった。

 それでも赤城は責任をとろうとした。とろうとしている。
 58はその介助をして……最悪、介錯すらもする気でいる。




956 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:51:14.99FuTol7nv0 (15/18)


「赤城は何らかの意図を持って、あたしたちよりも先行した。それが子供じみた癇癪だったり、功に逸っただけだったり、そんなことだとは思わないんだ。それは龍驤もそうじゃないの?」

「……そうやな」

 無謀な戦いこそするやつではあるが、その背後には必ず策があった気がする。

「こんな土壇場で、赤城が何を考えてるのかは、あたしにはわかんない。だけど目的があるのはわかる。強く心に決めたからこそ赤城は動いた。この行動には覚悟がある」

「だったらなんやっていうのさ。覚悟があるからなんやって?」

「覚悟がある人間にかける言葉を、58たちは持ってるのかなって言いたいんでちよ」

 あちらの問題なのではなく。
 こちらの問題だと、58は言っている。

 赤城に追いついて、それで? それでウチらはなんて声をかければいい?
 お涙頂戴は苦手や。クサい台詞は好きくない。抱き合って涙を流せばわかりあえるなんてのはお伽噺もいいところ。
 じゃあ、それ以外の手段ってなんやの?




957 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:51:42.06FuTol7nv0 (16/18)


 ……まったく。

「因果が巡り巡ってきとるな」

 頭を掻いた。赤城のことが大事なはずなのに、赤城をどうすれば救えるのか、まるで考えが浮かばないのだ。

 それはあまりにも恐ろしい事実やった。過ぎ去った過去が牙を向いてきている。

「死にたいなら、黙って死なせとくのが人の心ってやつやろ」

「龍驤ッ!」

 58がここまで感情を昂ぶらせるのは初めて見た気がした。いつもは怠惰で、ごろごろしていて、様々なことに我関せずを貫く昼行燈だった。
 あんたも結局赤城を放置して、腫物に触るように扱って、ここで今更宗旨替えか? それでウチを責めるのか? あんたにそんな資格はあるんか? 

「ウチはウチを嫌いになりたくない。今ここで態度を翻したら、これまで守り続けてきたもんの価値は一体なんだったんや」

「今ならまだ間に合う。いや、間に合わなくても、58たちは『今』なんでち。今後悔しておかないと、この先もっと後悔することになる!」

「……あんたの言っとること、ぜーんぜん」

 わかるよ。

「わからんなぁ」




958 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:52:29.10FuTol7nv0 (17/18)


 赤城を助けたい。もし助からないのなら、自分の手でケリをつけたい。58がそう言ったとき、ウチは怒るべきやったんやろう。
 物事の正誤は後にならないとわからないから、振り返って反省することに大して意味はないけれど、きっとあの時に最も大きく道を違えてしまったのだと、ぼんやりと思った。
 「あんたにケリなんかつけさせんよ。赤城はなんとしてでもウチが助ける」。どうしてその言葉が言えなかったのか。

「……龍驤。58に龍驤を、見損なわせないで欲しい、でち」

「……ほうか。ごめんなぁ」

「……」

 58は無言で海に潜った。気づけば艦隊は随分と先に進んでいて、58と話している間に大きく後れを取ってしまったようやった。

「なぁ、みんな」

 九人の背中に呟きかける。

「赤城をなんとしてでも助けてくれな」

 まったく。

「ウチは本当に大馬鹿者やね」




959 ◆yufVJNsZ3s2018/05/29(火) 02:54:13.86FuTol7nv0 (18/18)

――――――――――――――
ここまで。

大馬鹿者二人。
関西の人ってやっぱり心の声も関西弁なんだろうか?

余りにも眠くて2スレ目立てるの忘れてました。
次回投下分こそは。

待て、次回。


960以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/29(火) 07:23:24.54yLYh8egdo (1/1)

おつ


961以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/29(火) 12:38:49.64j7/4FUbd0 (1/1)

赤城の原動力はタチが悪いなあ、回りを不幸にする


962以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/29(火) 17:49:11.11dwbYosr5o (1/1)

おっつおっつ


963以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/05/29(火) 18:53:46.33ORBEI9ABo (1/1)

おつ
待つぞ


964 ◆yufVJNsZ3s2018/06/03(日) 02:02:43.58tODhHfXt0 (1/2)


2スレ目突入しました。最後まで、どうぞよろしくお願いします。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527957337/


965以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/03(日) 12:35:13.40riWK5tYv0 (1/1)


こっちのスレはどうするんですか?


966以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/03(日) 16:45:59.33o30ycpIgo (1/1)

こっちは埋めるんか?それとま依頼出すんか?


967 ◆yufVJNsZ3s2018/06/03(日) 19:01:16.01tODhHfXt0 (2/2)

依頼出したいと思ってますが、機能していないとも小耳に挟んだような?
埋めてしまえるならそっちのが手っ取り早いと思ってます。


968以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/04(月) 09:09:34.86lSVoN/0o0 (1/1)

じゃあ埋めちゃうか
うめ


969以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/04(月) 09:54:59.19BYo8tdY7O (1/1)

埋めー


970以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/04(月) 16:54:05.30ndoS8BUN0 (1/1)

ちょっと遠いが1日1埋め


971以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/04(月) 17:07:57.01ZIaDRQ+MO (1/1)

>>1の成功を祈って埋め


972 ◆yufVJNsZ3s2018/06/04(月) 21:50:09.06vhCazgPa0 (1/2)

自演埋め

ここだけの話、最初期プロットにはづほもいたんですよ……。
要素は雪風と赤城に吸収されました。


973以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/04(月) 22:26:05.69DGvjJWJno (1/1)

おりゅりゅ?


974以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/04(月) 22:30:10.95KrIgerI80 (1/1)

おりゃん…


975 ◆yufVJNsZ3s2018/06/04(月) 22:32:29.73vhCazgPa0 (2/2)

軽空母三隻は多いし、物騒なのが三人いても困るという理由でいなくなってしまいました。
キャラのリストを見ると潜水艦枠のところに19と書いてあるので、どうも58じゃなくて19を出すつもりだったようです。


976以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/04(月) 23:04:38.25NSNYy7Xho (1/1)

物騒なづほという新境地が頭から離れない埋め


977以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/05(火) 00:31:15.32Itqig0APo (1/1)

提督の卵焼きに毒仕込んで生きてたら合格


978以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/05(火) 09:01:35.27K9XNKlwF0 (1/1)

うめ


979以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/05(火) 10:16:08.001NBa7GfC0 (1/1)

うめ


980以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/05(火) 11:25:33.13pnfOlAM60 (1/1)

埋めりゅううううううううう


981以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/05(火) 20:16:03.07f1GDbFKR0 (1/1)

埋めりゅ?


982 ◆yufVJNsZ3s2018/06/05(火) 22:12:33.61qCZrNHrT0 (1/1)

>>976
エンガノ囮組は、この話の設定と舞台の関係で、絶対にPTSD再発するんで……。
包丁で提督の脇腹刺したイメージが浮かんできて、こりゃだめだと思った記憶有ります


983以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/06(水) 00:03:52.67PuKbCrEt0 (1/2)

うめ


984以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/06(水) 09:59:35.56eObRbXu+0 (1/1)

うめ


985以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/06(水) 14:39:43.79quY3psth0 (1/1)

かゆ
うめ


986以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/06(水) 22:27:44.23PuKbCrEt0 (2/2)




987以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/06(水) 22:35:04.93w5d2Z0lro (1/1)

梅寄越せよお茶でも可


988以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/07(木) 08:16:33.81Y3+kIZor0 (1/1)

あと梅四つでやっと日の丸弁当が…!


989以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/07(木) 14:28:12.00e1DPvFzT0 (1/1)

達成すると驚くほど渋くなる
うめ


990以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/07(木) 21:54:33.884xBFTHY7o (1/1)

うぬ


991以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/07(木) 22:42:59.23HEVYnNIz0 (1/1)

うほ


992 ◆yufVJNsZ3s2018/06/07(木) 23:29:52.48g29J3/ci0 (1/1)

埋め
次回作はなにやろっかな


993以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/08(金) 20:26:17.50i1axQRWk0 (1/1)

うめうめ


994 ◆yufVJNsZ3s2018/06/08(金) 20:55:27.327/wrXDok0 (1/1)

埋め

八月までに終わらせないとならない書きものがあるので、次回作投下の機会に恵まれることになったとしても、
それは八月以降になるのかなぁ。
息抜きで短編かければいいけどなぁ


995以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/08(金) 21:05:49.342/boTFWhO (1/1)

うめめ


996以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/08(金) 21:26:16.21VDL3o9gP0 (1/1)

うめ


997以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/08(金) 22:10:29.82dtGg65mk0 (1/1)

海苔


998以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/08(金) 22:34:40.03VXtbyz4Wo (1/1)

おかか


999以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/08(金) 22:52:38.47t750dhpZ0 (1/1)

うめ


1000以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/06/08(金) 22:54:58.73bOmKYox1o (1/1)

1000ならさざ波大勝利