381以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/20(水) 01:05:10lRk3.Imo (1/1)

向こうってのを教えてくれ死ぬ程更新を待ってる


382以下、名無しが深夜にお送りします2019/02/20(水) 06:05:29E8O.u7nI (1/1)

速報Rだよ 今ならさほど苦労せずに見つかるよ

とだけ言っておく


383以下、名無しが深夜にお送りします2019/04/22(月) 11:13:56YYiMyUNw (1/1)

初書き込みなのでマナーなってなかったらすいません。

昨日車で一時間かけてバイクショップに行き、初めてクロスバイクとロードバイクに乗ってきました。
(島風ちゃんの乗ってるスペシャライズドの直営店?みたいなお店でターマック?というのに乗りました)
乗ったのは10分少々でしたが、速さ、ギアのパチンとはまる感じ、とても気持ちよかったです。
このSSを読んで自転車に興味をもち、実際に体験してみてもっと興味が沸きました!

投稿者の方、レスで興味深い記載をしてくださる読者の皆様、ありがとうございました!


384以下、名無しが深夜にお送りします2019/04/22(月) 12:01:02ngdqWRsQ (1/1)

>>383
実際に自分のロードバイクを手に入れてみるとびっくりするほど楽しいぞ。


と、このスレの影響でロード沼にはまった先達として助言しておくわ。


385以下、名無しが深夜にお送りします2019/04/23(火) 20:14:24oOeuaM5o (1/1)

先日、シーパラまで20kmくらいなのでお散歩がてら走ってきた。
開園から閉園近くまでがっつり遊んだら筋肉痛になったw自転車での筋肉痛じゃないよな…


386以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/04(土) 23:05:20D.Xey2Lc (1/1)

ロードバイクって車道走るの?
車に轢かれたりしないんか?圧倒的に車とスピード違うけど
ママチャリで歩道しか走ったことの無い俺には想像も出来ん世界だ


387以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/05(日) 04:20:16g5L9KCro (1/2)

>>386
車道じゃないと速度出せないし逆に危ない
でもバイクや車には勝てないから、上手く譲ったり避けて走るよ
疲れるけど楽しい+トレーニングにもなる+移動費浮かせるetcと良いことは多い
ミラーもハンドルの端につけられるから、後方確認もミラー→直視と安全面に気を使えるぜ


388以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/05(日) 06:37:22mikBEF2g (1/1)

車運転する側としてはこの上なく邪魔なんだけどな!


389以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/05(日) 12:20:39g5L9KCro (2/2)

>>388
俺も車運転するから分かるよ。だからそこは側溝脇まで避けてどんどん譲るよ


390以下、名無しが深夜にお送りします2019/05/05(日) 16:23:31NXmTzZR2 (1/1)

普段は譲るけど、冬に豪雪地帯でムチャやってた時は避ける場所が無いのと半端に避けると逆に引っ掛けられて死にそうになったから左轍を占拠してたなぁ
もろちん、大名行列になったタイミングで適宜脇道とかに逃げて、後続車両のヘイトを稼ぎ過ぎないように工夫してたけど

ついでに、そんなムチャやった経験ではアイスバーンに強いタイヤは、実はロード用の細いやつ


391以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/15(木) 21:25:11S9mlLr3g (1/1)

台風で乗れぬ・・・


392以下、名無しが深夜にお送りします2019/08/24(土) 09:22:01bbqRUO1I (1/1)

今更ながら影響受けてクロスバイク買ってみたわ

ママチャリとは違いすぎて初めて乗ったときに笑ったわ


393以下、名無しが深夜にお送りします2019/11/22(金) 15:20:41fyQmjrWA (1/1)

もうこないのかねぇ


394 ◆gBmENbmfgY2019/11/28(木) 23:36:37FmezigXg (1/5)

※お久しぶりです

 流石に間が開きすぎたので土日にでも投下させていただきます

 内容が分からない人のためにあらすじ


395 ◆gBmENbmfgY2019/11/28(木) 23:38:43FmezigXg (2/5)


【大体合ってる1話目のあらすじ】

長良「いい物に乗っているではないか」

提督「おお長良、乗りたいのか? じゃあお前の奴を」

長良「司令官が乗っているそれがあるではないか……寄越せ」

提督「え? い、いや、サイズが大分違うし、これは俺のだし思い出もこれから……」

長良「――関係ない。それを寄越せ」

提督「」


396 ◆gBmENbmfgY2019/11/28(木) 23:50:24FmezigXg (3/5)

【大体合ってる2話のあらすじ】
 大淀が自転車に興味を持った。ただしそれがルック車(LOOKのことではない)だったことを知り提督がプッツン。共に自転車ショップまで二人連れだって自転車を走らせることになったのだ。

大淀「提督と自転車デート♪ 自転車デート♥」

青葉「デートと申したか」

大淀「!?」

長良「公道を走るとな? この長良に先んじて……」

大淀「わ、私はそのようなことは……」

 口は禍の元。大淀のどでかいつぶやきを聞いていたパパラッチと軽巡界覇者がお目見え。 共に河川敷を走った先には、見たかったものが見えた。戦い、戦い、戦い抜いて得た平和があった。人がいた。思い思いに励んでいる。遊んでいる――笑っている。

 このために戦ってきたことを実感した彼女たちは、

青葉「青葉、また司令官に、泣かされちゃった……」

大淀「私は、私は、このために戦ってきたんだって。これを知った以上、私はどこまでも強くなれるんだって、そう思いました」

長良「これからは私たちも、生きる場所……心が滾る。自由になっていく。なんてすばらしい心地なんだろう」

 感涙にむせびながら、彼女たちはいつまでも河川敷の光景を見つめていた。そして後日――。


397 ◆gBmENbmfgY2019/11/28(木) 23:53:24FmezigXg (4/5)


提督「おまえのDOGMA-F8が届いたぞ。流石のイタリア謹製、コンポは全て電動デュラ。ホイールもフルクラム! 直線じゃあちょっと他に負けない強さのあるいいフレームだぞ」

長良「一番気に入っているのは」

提督「なんだ?」

長良「(司令官との)お揃いだ」

提督(きゅん)

 泣いて帰って来たのは罪だから罰として、司令官は五十鈴やら衣笠やら明石やらにボコボコにされた。


398 ◆gBmENbmfgY2019/11/28(木) 23:57:21FmezigXg (5/5)

【大体合ってる3話あらすじ】

 五十鈴以下、長良型の姉妹たちは激昂した。必ずやかの容姿端麗にして才気煥発な提督におねだりせねばならなかった。
 五十鈴らにはロードバイクはわからぬ。だがそのロードバイクに長良だけが夢中になっているのは我慢ならなかった。
 「くれ」という申し出に対し、提督は即座に「いいよ!」と返す。
 好みのロードバイクが全てが純正イタリアンブランドだったりしたが、スムーズに受け渡しは終了。

 鬼怒が誰の股下が一番長いかなんてことを言いだすまでの話であった。平穏なんてものはすぐに崩れてなくなる、悲しいものなの。


399 ◆gBmENbmfgY2019/11/29(金) 00:02:01FWsp9qxM (1/3)

【大体合ってる4話のあらすじ】
 島風が挑んだ。生身で。
 夕張が受けた。ロードバイクで。
 提督の介入により、勝負の途中で島風がロードバイクを得た。
 夕張は滾っていた。これまでの悔しさ、劣等感を吹き飛ばすほどの島風の一言が、夕張を熱く燃え上がらせた。

 ――夕張は、速いね。

 どれだけ嬉しかったのだろう。
 絶対に認められるはずがないとあきらめていた人からの称賛は、夕張にとってはいかなる勲章にも勝る栄誉であった。
 そして島風もまた滾る。
 自分よりも前を走る存在がいる。本気で頑張っても追いつけないかもしれない、そんな存在は初めてだった。
 レースが始まる。
 初めてのレース。
 そして、これからも続く二人にとっては、まだ一回目のレースに過ぎなかった。


400 ◆gBmENbmfgY2019/11/29(金) 00:05:23FWsp9qxM (2/3)

【大体合ってる5話のあらすじ】
 雪風は初心者である。されどそのヒルクライム技術は初心者にして初心者を逸脱した恐るべきクライマーであった。
 島風と共に初体験となる山岳――ヒルクライムに挑むも、その脚質の違いを見せつけるようにするすると坂道を駆けあがっていく。
 そして雪風の一言が、提督の魂に火を点けた。

 上がるケイデンス、上昇し続ける体温と心音のビート。
 勝利の女神が山頂で微笑むのは、果たしてどちらか。


401 ◆gBmENbmfgY2019/11/29(金) 00:06:15FWsp9qxM (3/3)

※こんなところじゃね。明日明後日をお楽しみに


402以下、名無しが深夜にお送りします2019/11/29(金) 01:19:41wYO5CWM. (1/1)

待ってた
ずっと待ってた
お帰りなさい


403以下、名無しが深夜にお送りします2019/11/29(金) 09:59:26RwEv3oU2 (1/1)

舞ってた


404以下、名無しが深夜にお送りします2019/11/29(金) 11:41:49gLZSYS/6 (1/1)

まってたよ。潜水艦娘が提督選定のジャージ(ツルツルして空力的)を身に纏って輪になって「ワオーン」ってウルフパックごっこするのはまだですか?


405以下、名無しが深夜にお送りします2019/11/29(金) 12:48:00Qh6iEEwE (1/1)

待ってたよ


406 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 21:53:09hgJRyAx. (1/43)


>>376の続き

提督(大淀も俺の知らんところでやらかしがあるんだな……普段はきっちり仕事を定時内に片づけ、他の艦娘達の規範となるべく振る舞っているデキる子の大淀が。

   …………かはは、なんだよ、そんなカワイイ一面もあるのかあいつ)


 何故か提督の好感度を上げる鬼畜メガネ。


提督(まあそれはそれとしてやってることはイカレなので、夕張ともどもきっちり叱るか)


 なお個人的な好悪は別として、司令官としての人格は明確に二人への罰則が必要だと訴えているので、きっちり締めるところは締める。

 それは古参の艦娘ならば、誰もが知っていることだった。


イムヤ(…………)


 もちろんそれは、イムヤも。

 また聞こえ出した。嫌な『音』が聞こえた。いつもの『音』だ。鉛色の音は、喪失の音。

 はじまりの音で、おわりの音。


407 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 21:54:45hgJRyAx. (2/43)


提督「――まあ、そういうことで、だ」


 雑な話題転換の言葉を枕に、提督はぱんと手を打ち鳴らした。


提督「基本は押さえられただろう。コンポの違い、フレームとコンポのチョイス、クロモリという選択。フレームについてはそれこそ星の数ほどあるからな。明石のところで予約して他の試乗車に乗りながら決めてもいい」


 はーいと元気よく返事をする潜水艦の同僚たちの声。提督が会話の締めに入る気配を感じ、イムヤはびくりと肩を震わせた。

 このまま、提督を帰らせてしまってもいいのだろうかと思う。

 胸の内の不安を、彼に打ち明かすべきではないかと思う一方で、このまま杞憂と決め込んで抱えてしまった方がいいと思う自分がいた。


提督「さて、そろそろ俺はお暇するよ」


 ――どうすればいい。言うべきか、言わざるべきか。

 そんな葛藤が心を締め付けた時だった。


提督「――イムヤ」


408 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 21:56:02hgJRyAx. (3/43)


 声が、意識に差し込まれる。


提督「少し、外を歩かないか? 見送ってくれ」


 イムヤの返答を待たず、提督は椅子を立った。有無を言わせぬ決定事項は、僅かに命令の『色』を帯びているのを察したイムヤは、粛々と頷き、同じように立ち上がる。


ろー「はいはいはい! それ、ろーちゃんも行きたいって――ごふっ」


 ぴょんぴょん跳ねながら立候補する無邪気な少女の首筋に容赦なく手刀を打ち下ろす軽空母がいた。


龍鳳「当て身」


 龍鳳だ。その胸部装甲は甘やかな顔立ちに似合わぬほど豊満であった。

 ぴくぴくと死にかけたGのように地べたを這うろーちゃんを一瞥すらせず、龍鳳はにこりと笑い。


龍鳳「では提督。ご一緒したいところではありますが、少しばかり個人的な要件がありますので、ここで失礼させていただきます」

提督「ん。あんまり遅くならないようにな。おやすみ、龍鳳。おやすみ、みんな」


409 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 21:57:16hgJRyAx. (4/43)


 ひらひらと手を振って、イムヤと連れ立って潜水艦寮のリビングを出ていく提督に、各々がお休みの言葉を返す。ろーちゃん以外は。

 ばたん、とドアが閉められたところで、ろーちゃんは怨嗟の声を上げた。


ろー「な、なして……? なして今、ろーちゃんは龍鳳さんにぶたれたんですって……? でっち……おしえて?」

ゴーヤ「空気を読めてねーんでち。そしてまだ喋る余裕があるおめーのフザケた口がホザいた言葉によって、ゴーヤもおめーを殴らねばならなくなったでち。ゴーヤの拳が光って唸る」

ろー「お慈悲!」


 いつもの二人がいつもの様子でじゃれ合う中で、龍鳳や他の潜水艦娘たちは、静かに提督とイムヤが出て行ったドアを見る。


龍鳳「はっちゃん」

はち「はい、龍鳳さん」


 わずかに緊張した面持ちで、はちが龍鳳に向き直って敬礼する。


龍鳳「――もう、大丈夫でしょうか?」

はち「はい。この部屋はプライベートルームを除けば、比較的防音が効いている部屋です」


410 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 21:58:35hgJRyAx. (5/43)


 そう前置きした後、龍鳳は深くため息をついた。


龍鳳「あの子の心配性や、自分に信を置けないところは……結局治らず仕舞いでしたか」

はち「……面目ありません。繊細なあの子を支えていかなきゃならなかったのは、私たちだったのに」

ニム「? ???」


 二人のやりとりに疑問符を浮かべるのは、この中では最も新参であるニムだった。空気を読んで黙っていたし、イムヤが何か思い悩んでいることは察していた。

 だがその真意は、未だに分かっていなかった。

 そんな様子を察したのだろう、龍鳳は柔らかく笑って、ニムへと伝えた。


龍鳳「ニムちゃんは知ってるかしら。あの子は――イムヤはね、先読みがすごいんですよ」

ニム「は、はい。それはもちろんあたしも知ってます」


 終戦も間際ではあった。だがニムは何度も出撃を経験している。その際に、何度も何度も先輩にあたる彼女たちの強さに驚かされた。

 特にイムヤの――敵の居場所を察知するあの能力には、瞠目に加え、畏敬すら覚えたほどだった。


411 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 21:59:29hgJRyAx. (6/43)


龍鳳「そう。それじゃあこれは知っていましたか。あの子の耳が、とても良いことと――」


 言葉を区切り、居住まいを正す龍鳳の様子に、ニムもまた表情を引き締めて頷く。

 これはきっと、真面目に聞かねばならない話だと、彼女は察した。


龍鳳「――あの子は、元々はこの鎮守府の艦娘じゃあないんです」


 龍鳳の口から語られるのは、悲劇の物語だ。

 それは、とてもとても『嫌な音』の話。



……
………


412 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:00:04hgJRyAx. (7/43)


………
……



提督「――昼間は少し暑いくらいだったのに、やっぱり夜はそれなりに冷えるな」

イムヤ「……はい」


 呟く声は遠いようで近く、中天の星をわずかに揺さぶらせた。

 夜の鎮守府は明るい。広大な面積を誇る鎮守府道路は、設置されているライトで足元がはっきりわかるほど照らされていた。

 それでもイムヤにとっては、まるで大雑把に煤を散らした画用紙の上みたいに感じられた。

 先行する提督の歩みはゆっくりだ。それに合わせてイムヤはその三歩後ろから、同じようにゆっくりと進む。

 それきり、提督は何も言わなくなった。沈黙が両者の間を包む。

 だけど、イムヤにとってそれは不快なものではなかった。気まずくなる要素など何もなかった。

 だって、『音』が聞こえるからだ。その『音』が知らせてくれる。司令官は別に怒っているわけでも、動揺しているわけでもないと。

 ただ、待ってくれている。

 そう、信じられている。


413 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:00:50hgJRyAx. (8/43)


イムヤ「ねえ、司令官」

提督「なんだ」


 だから口を開いた。口火を切るとはよく言ったものだと、イムヤは思う。


イムヤ「覚えてる? 潜水艦隊……最初は、私とゴーヤだけだったよね」

提督「ああ、覚えてるとも。すぐに龍鳳が――大鯨が来た。ゴーヤのやんちゃっぷりに最初はあわあわしてたっけな」

イムヤ「うん、そう。そうだった」


 もう三年近く前になる。初夏を迎える直前の晩春の頃、イムヤはこの鎮守府に着任した。

 泳ぐには冷たい夜の海の底で、震えていた自分を救い上げてくれた人。


イムヤ「司令官、約束したこと、覚えてる?」


 イムヤは思い出す。嫌な『音』を、思い出す。


イムヤ「もう叶えてくれた約束よ」


414 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:02:02hgJRyAx. (9/43)


 嫌な『音』は、いつだって聞こえていた。今ではもう、あまり大きくないけれど。

 それでも聞こえている。戦争が終わったあの日に、聞こえなくなったと思っていたのに。


イムヤ「司令官、イムヤはもう、ひとりぼっちじゃないわ」


 提督は立ち止った。背後のイムヤの足音が聞こえなくなったからだ。

 振り返った先で、イムヤは俯いていた。


イムヤ「司令官が、いっぱい仲間を連れてきてくれた。だから……」


 ゆっくりと見上げた、その顔は。


イムヤ「イムヤはもう、さびしくないわ」


 とても悲しげで、寂しそうだった。そんな顔で、イムヤは孤独じゃないと呟いた。


イムヤ「司令官、いっぱいイムヤとの約束をかなえてくれたよね。私、本当に嬉しかったのよ」


415 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:02:36hgJRyAx. (10/43)


 大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


イムヤ「でもね、司令官。私、きっと弱くなっちゃった」


 先ほど提督は、春先の夜は冷えると言った。その寒さに凍えるほどのものはない。

 それでもイムヤは、己の身体を掻き抱いた。震える体を温めるように。


イムヤ「こわいの、こわいのよ」


 思い出すのは、戦争が終わった日の事。


イムヤ「あれだけ頑張ったのに、みんなが、みんなで、一生懸命がんばって、戦争が終わった。終わったの。やっと平和になったのに」


 あの時、イムヤが感じたのは、恐怖だった。漠然とした恐怖だった。今はそれが、明確な形を持っている。


イムヤ「イムヤ、こわいの。嬉しくないの、ないの、ない、のよ」


 戦争が終わった日に感じた思いの正体を、やっと理解した。そう思った理由までも。


416 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:03:41hgJRyAx. (11/43)




イムヤ「だって、戦争が終わっちゃったら、平和になっちゃったら」


 その恐怖の正体が、やっとわかった。


イムヤ「司令官はきっとイムヤのこと、いらなくなっちゃう――」


 自分でもよくわからなかった思いが、するりと言葉に出た。

 発露した思いを自覚した瞬間、イムヤは己の感じていた焦燥と恐怖の正体を理解した。

 イムヤには、何もない。

 何もない自分を救い上げてくれた。

 何もない自分を掬い上げてくれた。

 そんな彼の事が好きだった。好きで好きで、どうしようもないぐらい好きで、だけど自分は彼にふさわしい存在ではないことを、イムヤ自身が認めて諦めていた。 


イムヤ「司令官は、立派だもの。なんだってできる人だもの」

提督「そりゃ買い被り過ぎだ」


417 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:06:21hgJRyAx. (12/43)


 そうかもしれない、とイムヤは思った。だけど、こうも思うのだ。


イムヤ「私がいなきゃ、できないってことは、ないでしょう?」


 あの日の事を思い出す。この鎮守府に来るきっかけを思い出す。


イムヤ「司令官に、必要とされなくなっちゃうって思うの。悪い子なのよ」


 あの日も、イムヤは何もできなかった。それでも司令官は来てくれたのだ。イムヤがいなくても、きっとできたのだろう。

 平和を迎えることが、できたのだろう。


イムヤ「だって、イムヤは………『聞こえる』だけだもの」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。


イムヤ「敵がいっぱいいるところが聞こえるだけだもの。何をしようとしているのかが聞こえる、だけだもの……行こうとするところが分かるから、そこを張ってるだけ」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。


418 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:07:06hgJRyAx. (13/43)


イムヤ「なのに、司令官や友達のことが、わからないんだもの」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。

 だけど、イムヤには何もできなかった。出来なかったのだ。


 イムヤは、海域で保護された艦娘だ。

 だが、ドロップ艦娘と呼ばれる深海棲艦が艦娘へと『反転』した存在ではない。


 イムヤは、別の鎮守府の艦娘だった。

 もう、今はどこにもない鎮守府の――――所属艦娘だった。



……
………


419 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:07:39hgJRyAx. (14/43)

………
……




 ――駄目だよ、そっちに行っちゃ駄目だよ。戻らなきゃ。鎮守府に戻らないと。


 イムヤは仲間たちに、そして自らの鎮守府の長たる司令官に、そう訴えた。


 ――敵が待ち伏せしてるんだよ。そっちに行ったら駄目だよ。いっぱいいるの。私たちの倍はいるの。迂回しなきゃ……『聞こえる』んだもの、そっちには、いっぱい敵がいるの。


 その日のイムヤは、連合艦隊の一員として、ある作戦に参加していた。


 ――だって、聞こえるじゃない。エンジン音が、艦載機のエンジン音が。


 必死に彼女は、自身の司令官にそう訴えた。


 ――声だって聞こえる。どうして、みんなには聞こえないの――!?


 通信が入る。彼女にとっての、当時の司令官の声だ。決して無能な人ではなかった。


420 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:08:50hgJRyAx. (15/43)


『………艦隊の誰もが、そんなものは聞こえないと言っている。すまないが、その意見はとても受諾できない』


 此度の作戦は連合艦隊による任務。イムヤの司令官は、多くの鎮守府が合同で参加するその作戦に乗った。責任者は、彼女の司令官ではない。

 どうしようもなく、巡り合わせが悪かったと言えばそれまでだった。

 だがそれはイムヤにとって、死刑宣告にも似た声だった。ただし死刑が宣告されるのは、イムヤではなく――――。


 ――駄目だよ、駄目なのに、なんで、みんな死んじゃう。みんな死んじゃうよぉ……!!


 イムヤを除く、艦隊の仲間達だ。

 同じ艦隊にいたけれど、イムヤは諜報として別行動を取っていた。

 その異常な索敵能力を、イムヤはうまく説明できなかった。説明できていたとしても、理解してくれたかもわからない。それほどまでに信じがたい話だった。

 それでも、イムヤには聞こえていた――深海棲艦たちが待ち伏せを目論んでいる会話が。

 イムヤにはずっと聞こえていた。そしてもう一方で、ある鎮守府を襲撃しようとする二面作戦の内容が。

 最初からすべて――――イムヤには聞こえていたのだ。

 イムヤは決断を迫られた。連合艦隊を護りに行くか、鎮守府に襲撃をかけようとしている別動隊を叩くか。


421 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:11:00hgJRyAx. (16/43)


 イムヤは後者を選択した。距離の問題があった。僅かに鎮守府に戻る方が距離が短い。

 命令違反と叱責を受けようと、最悪解体されることになっても、その方がマシだった。

 だが、時間と距離の残酷さが立ちはだかる。

 ――浮上してどれだけ急いで航行しても、鎮守府まで一日半はかかる距離に、イムヤはいた。

 それでも、イムヤは必死に泳いだ。


 一緒にご飯を食べた仲間。

 明日はどんな世界になるだろうと、夢を語り合った友達。


 ――ゴーヤちゃん。ゴーヤちゃんがいる。助けなきゃ、助けなきゃ。


 誰にも聞こえない全ての声と音が、イムヤにだけは聞こえていた。

 世界で自分だけが孤立しているような気分を味わい、そして、一日が経った。

 唐突に、暗い音がする。何かが爆発する音だ。


 ――あ。


422 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:11:58hgJRyAx. (17/43)


 次いで音が響いた。何かが壊れていく音だ。


 ――ああ。


 聞こえたのは、鉛の音。

 もうそれしか、聞こえない。


 ――あああああああああああああああああ!!


 あふれる涙をそのままに、イムヤは泳いだ。泳ぎ続けた。ますます音は耳朶を打ち鳴らす。

 助けて、という言葉が聞こえた気がした。そんな気がした。気がしただけだ。イムヤには聞こえない。


『――――助けて、イムヤちゃん。いたいよぅ。いたいのいたいの、とんでかないよぅ』


 そんな悲痛な声が聞こえた……気がした。気がしただけのはずだ。だから、イムヤには聞こえない。

 だって、そんな声が聞こえるはずがないのだ。


423 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:12:37hgJRyAx. (18/43)


 ――ああ、そうだ。司令官の言う通りだ。私がおかしいんだ。そんなの、聞こえるわけがない。


 イムヤが必死に危険を訴えた時、イムヤが潜航する海域は、彼女たちが出撃していった海域と――――600km以上も距離が離れていたのだ。

 もうイムヤは、泳ぐのをやめた。

 海の底で耳を塞いだ。必死に耳を塞ぎ続けた。


 そしてイムヤは――本当に、ひとりぼっちになった。


 海の底は、落ち着いた。

 嘘だ。

 何も聞こえない。

 嘘だ。

 自分の心音。

 そちらの方が、小さく聞こえた。

 どんどん苦しくなってきた。


424 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:13:53hgJRyAx. (19/43)


 イムヤの存在に気付いた深海棲艦が、絶望する彼女を取り囲んで嘲笑する。

 もう、このまま死んでしまってもいいと思った。

 そんな折だった――今の鎮守府の司令官が――彼が、艦隊を率いて駆けつけてくれたのは。


 ――――あ。


 イムヤの瞳に、光が灯った。

 だってその人の心音が、とてもとても綺麗だったから。

 自信にあふれた音だ。生きている音だ。

 義憤に高鳴る鼓動は、猛々しいマジェンタの色。

 冷徹に凍てつく鼓動は、透明感のあるシアンの色。

 慈愛に溢れた鼓動は、お日様のようなイェロウの色。

 三原色の色合いが、奇跡のようなバランスで配置されていた。素晴らしい色を持つ音だった。

 
 だから、もう一度だけ、もう一度だけ縋ってみようと思った。


425 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:16:05hgJRyAx. (20/43)


 ―――――初めてその心音を聞いたその時から、イムヤは提督に恋をした。


 海の中にいると、嫌な音が聞こえる。

 どうしようもなく、耳にこびりついて離れない。

 今も聞こえる。

 どうしようもなく聞こえる。

 どうすればいいのか、わからない。

 気付けばイムヤは、自分の心音が鉛色に聞こえるようになっていた。

 だけど司令官の音は、何一つ変わらない。

 変わらないまま、大きくなった。背丈も、そのスケールも、地位も、何もかも――――心音さえも。

 それを、あらためて実感できた。


提督「イムヤ」


 過去に沈んだ意識が、その声で引き揚げられた。


426 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:19:59hgJRyAx. (21/43)


 察しの良い人だと、イムヤは知っている。

 イムヤが何を考えているのかも、察してくれたのだろう。


提督「イムヤがいなくなっちまったら、誰が俺を守ってくれるんだ?」


 提督の心音は変わらない。

 激情のマジェンタ。

 冷徹のシアン。

 慈愛のイェロウ。

 その配置は、イェロウの割合が強くなっていた。だから、イムヤは笑った。優しい人だから、笑えた。


イムヤ「あは、嬉しいなぁ……でも、イムヤがいなくなっても、いっぱいいるじゃない。司令官を護ってくれる子、いっぱいいるよ。イムヤよりずっと強くて、可愛くて、綺麗で……」

提督「イムヤ」


 色合いが、濃くなった――最初はそう思った。

 だけど違った。単純に、音が大きくなった。


427 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:22:53hgJRyAx. (22/43)


提督「俺の『ここ』には、もうお前がいる」


 抱き締められていた。イムヤの耳に、司令官の胸が密着していた。


提督「イムヤがいなくなってしまう寂しさは、いったい誰が埋めてくれるんだ?」


 わずかに音が高鳴った。どうしてか、その色合いに鉛の色が混ざり出す。

 聞いたことのない音だった。


提督「俺が望む幸せの形の中には、もうイムヤがいるんだ」


 マジェンタの色は、怒りの色。ひときわに濃くなった。


提督「誰かがいなくなると、心にはその人の形と大きさの穴が開く。どんなに優しい人でも、どんなにきれいな人でも、その形にぴったりと嵌る人はいない」


 シアンの色は、悲しみの色。染みのように広がっていく。


提督「俺が嘘を言っているか?」


428 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:26:13hgJRyAx. (23/43)


 イェロウの色は、優しさの色。その色で、司令官の音が溢れた。


提督「居なくなってしまった悲しさは、完全には埋まらない。時間が立てば、その人を形作っていた空白を色んなものが埋めてくれる。

   友達、仲間、兄弟、恋人――――それでも、隙間が残る。その人の形を取れるのは、その人だけだ。その人が居てくれなきゃだめなんだよ、イムヤ」


 その色に、どうしてか鉛の色が縁取る。

 ――ああ、そうか。この色は。この音は。


提督「前にも教えただろ、イムヤ。痛いなら、苦しいなら、声を出さなきゃだめだって。息をしなきゃだめだって」


 ――私の音だ。私の色だ。その色が、司令官の中で混ざって、ひとつになっている。


提督「お前ほど耳は良くないけれど」


 イムヤの身体を、太い男の腕がきつく抱きしめる。


提督「俺は痛いと声を上げてくれるなら、助けて欲しいという声が聞こえたなら、いつだって助けにやってくる」


429 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:30:57hgJRyAx. (24/43)


イムヤ「ほ、んと、に?」

提督「もちろんだ」


 心が跳ねた。イムヤの心音がだ。

 ばくんばくんと、かつてない音で響く。

 その色合いが、鉛の色ではなくなっていくのを、イムヤは確かに感じた。


提督「お前が与えてくれるなら、痛みでも、悲しみでも、喜んでそれを受け入れよう」


 その色はどんどん提督の色と混ざっていく。


提督「俺だって痛いのは嫌だ。でも、イムヤが一人で痛いのは、それ以上に嫌だ。イムヤが喜びを与えてくれるなら、そっちのほうが嬉しいよ。

   でも、痛みを俺にくれるってことは――――それは信頼があるからこそだ」


 提督の色もまた変わっていく。


提督「イムヤがいない人生を考えるとな、もう辛い。信じられないぐらい辛いよ。そういうことは抱え込まずすぐに言えっての」


430 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:36:58hgJRyAx. (25/43)


提督「イムヤがいなくなる? あーやだやだ、俺はとても寂しい。寂しくて死ぬ。そんなのは嫌だ。俺は嫌なのは嫌だ。だって、嫌なものは嫌じゃあないか」

イムヤ「なに、それ……ふふ」


 イムヤは笑った。嬉しかったからだ。彼としての彼も、司令官としての彼も。変わらず、イムヤを大切に思ってくれている。それが『色』で理解できた。


提督「イムヤのことがいらなくなるわけないだろう――俺がジジィになっても、例えイムヤが耳の遠いバァさんになったってだ。イムヤは俺の傍にずっといるんだ」

イムヤ「あはは、あははは、やめて司令官、やめて、あははは」


 泣きながら笑った。

 聞こえる音に、もう鉛色はなくなっていた。

 その代わりに、幸せの色が聞こえた。


 幸せの色は、とても淡くてきれいな――――桜の色をしていた。




……
………


431 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:47:20hgJRyAx. (26/43)


………
……



龍鳳「――ということがあったんです」


 ――未来の鎮守府でも、その話は語り継がれていた。


イヨ「……ちょ、自分、涙いいすか」

ヒトミ「びぇええ、びぇええええ」

ごー「イムヤしゃん……」

しおん「……その、ゴーヤさんは」

ゴーヤ「ん? 呼んだでち?」

しおん「い、いえ。その……イムヤさんが元々着任していた鎮守府のゴーヤさんは……」


 その時のゴーヤは、今はもう―――。


432 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:50:40hgJRyAx. (27/43)


ゴーヤ「え? だから呼んだでち?」


 提督が救い出し、もうこの鎮守府に馴染んでいる。


イヨ「えっ」

ヒトミ「えっ」

ごー「えっ」

しおん「えっ」

ニム(うっわー、すごいデジャヴが。デジャヴ)


 なおニムが説明された時もべえべえ泣いて、ゴーヤが生きてると知ったときにはゴーヤに抱き着いて更にべえべえ泣いていたのは内緒である。


龍鳳「――まあ、そういう話ですよ。つまりイムヤちゃんに内緒話はできないって事です」

イヨ「う、うん……? そんな雑な締め方でいいのかな?」

ヒトミ「だ、だけど、イムヤさん……今はとても楽しそうだし、それでいいんじゃない、かな……?」

ごー「ヒトにレキシありってこういうことを言うのね」


433 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 22:55:57hgJRyAx. (28/43)


しおん(何かが違う気がします)


 それを口に出さないだけの優しさがしおんにはあった。


ゴーヤ「んなことより、さっさと昼練いくでち! オラッ、つまんねえ昔ばなしは終わりです!」

龍鳳(つまらない?)


 ゴーヤの檄が飛び、ひええと新人潜水艦達が悲鳴を上げる中、龍鳳は密かにゴーヤへの教育値を高めた。


イク「イクのー!! もう道路でイムヤちゃん待ってるの!」

はち「今月末の駆逐艦・潜水艦・海防艦クラスのレース、私たちがいただきです! 追い込んでいきますよ!」

ろー「ですって! げきあつですって!」

まるゆ「まるゆとしおいちゃんは今回は応援ですが、練習にはまるっとおつきあいです!」

しおい「うん! いっぱい応援するからね! 目指すは優勝だよ、優勝!!」


 夏が来る。一年前とは違う夏が来る。


434 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:01:24hgJRyAx. (29/43)


 駆け出した潜水艦娘たちが向かう先には、オリョクルズのリーダーがいる。

 鉄の絆はそのままに。

 鉛の色は遠く消え。

 銀輪がアスファルトを切り裂く音が近く響く。

 春の温かな空気が、既に灼熱のそれに変わっていても。



イムヤ「さあ、今日も気合入れていこう!!」



 今日もイムヤの世界は、優しい桜の色で包まれている。


【4.5 鉄血のオリョクルズ】

【大成功!】



【続く!!】


435 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:02:27hgJRyAx. (30/43)


********************************************************************************

海大VI型 潜水艦:伊168改
【脚質】:パンチャー
 ――――奪え。

 鎮守府内で提督の七色ボイスを見破る、もとい聞き破ることのできる艦娘の一人。聴覚のギフトを持つ。
 『ほぼすべての海上艦の天敵』とまで呼ばれている『鉄血のオリョクルズ』リーダーにして、駆逐艦を含む最強のパンチャー。というか対潜能力を持たない深海棲艦にとっては悪夢以外の何物でもない。
 陸上型は魚雷無効? 残念、しおいの晴嵐さんと、はっちゃんのアハトアハト(レギュレーション違反)がある。もうやだこいつら。なお例の瑞雲狂いにとってはさほどの脅威でもないとか。日向マジ日向。
 当鎮守府最強の艦娘たる武蔵でも艦隊内演習で相手艦隊にイムヤがいると聞くと仮病を使ってまで出たくないと言い張る。五十鈴が相手艦隊にいると今度はイムヤが嫌そうな顔をする。
 色聴の共感覚を持っている。紛れもないギフトであるが、それを抜きにしても異常なまでに広い探知能力を持つ。それに磨きをかけて反響定位(エコロケーション)を物にしているのであった。
 その聴力は日常生活においても常人の数倍にも及び、艤装補助を受けて海の中に潜れば数百倍にも及ぶ。
 海中においては千キロ先の敵すら補足する。鯨か何か? 師は大鯨ですがなにか? 妙な説得力を付けるのはよしなされ。
 ロードバイク鎮守府で最も信用度の高い艦娘ソナーであり、敵艦隊の配置を丸裸にする。『音海の狩人(スナイパー)』とは良く言ったもの。なおその能力はS級秘匿事項であり、提督以外だと龍鳳およびオリョクルズメンバー、そして大淀を始めとする司令部メンバーや極一部の艦隊旗艦にしか知らされていない。
 駆逐艦で知ってるのは霞・初霜、それと卯月ぐらいである。最後の卯月っていうのが大問題であった。
 ロードレースにおいてもエコロケーションを活用。というか常時展開。路面状況の把握に、敵チームの心拍の乱れやギアチェンジの音でアタックタイミングを容易に察する。ヒソヒソ内緒話も聞こえちゃう。
 ヘタな駆け引きするだけ無駄。前提としてイムヤに勝る地力がないと勝負にもならない――――のだが。

卯月「…………」

 悪魔の頭脳の持ち主は、それを利用してくる。嘘ついてる時に心拍が変わらない奴がいるとは夢にも思わぬイムヤちゃん。
 提督に一目惚れ勢。正しくは一聴き惚れ勢。
 初めて提督の心音を聞いたときから好きだったというお話。この話を出すと茹蛸のようになって悶えるのであまり弄るとオリョクルズが怒る。弄っていいのは私たちだけだとばかりに。
 イムヤ曰く『透明感のあるコバルトブルーの内側でマジェンタが炎のように揺らめくように聞こえる』らしく『聞いていると安心する一方でとてもどきどきする』とか。成程、わからん。極めて特殊な才能を要する感覚の領域だ。

 閑話休題。その聴覚を活かした敵のアタックタイミングの察知に長ける。というか心音や呼吸音からフェイントかそうでないかまで100%バレる。敵への挑発なども心音からファンブル判定可能。ガチート。
 レースにおいても司令塔であり、潜水艦のみに伝わるハンドサインで言葉を介さず意思疎通可能。OK、オリョクル!


436以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/01(日) 23:03:35ZB/ohLIg (1/1)


イムヤ嫁提督だからイムヤメインの話が読めて嬉しかった!
向こうのスレの方も期待してるね!


437 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:07:45hgJRyAx. (31/43)

 そして敵チームの心音や呼吸音が聞こえるということは、完全に相手の疲労度を測ることができるということ。そしてイムヤはパンチャーだ。もうお察しであった。
 アップダウンコースにおけるイムヤの逃げ成功率は、100%である。逃げる時は成功が確約されている時。
 別の見方をすると、そこまでにアタック潰しの名手(特に大井)を潰しておかなければならないムリゲーめいた難易度を達成しなければならないのだが、それは別のオリョクルズに適任がいる。アタック潰しを潰すスペシャリストだ。

【使用バイク】:CUBE LITENING C:68 SL(Team Wanty)
 イムヤのバイクはドイツの新興ブランド・キューブ、そのフラッグシップのライトニング・C68よ!
 え、知らない? んー、まあそれならそれでいいけれど。
 日本じゃあ知名度のないバイクかもしれないけれど、あのツール・ド・フランスにもレース機材を供給したメーカーなんだからね!
 これで私は一番になるの! そ、そして、表彰台で、その、司令官に、えっと……だ、だめ! 言えないわ!

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438 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:08:56hgJRyAx. (32/43)


【夜空を焦がす】


雷「ライトニングと聞いて飛んできたわ!」

電「あの稲光、なのです!」

提督「雷、電。ライトニングと言っても綴りはLightning(稲光)の方じゃなくて、Litening(照準ポッド)の方だ」

雷「あ、あら、先走っちゃった?」

電「な、なのです……だけど、来てよかったのです! イムヤさんのロードバイク、とても素敵なのです! 可愛いのです!」

イムヤ「海のスナイパー、イムヤにぴったりでしょ?」

雷「でも68だと、1が足りないわね」

電「妖怪1足りないの仕業なのです」

提督「あの野郎絶対許さねえ……!!」


 なおこの妖怪はこの鎮守府においても頻繁に出没するが、「うるせえ沈め」とばかりにルール違反のもう一発でゴリ押しする艦娘ばかりである。

 提督的に許せないのは「てめえらみたいな海の塵屑が無駄に生き汚い足掻きしたせいで弾薬一発分を余計に消費したぞ……!!」っていう慈悲なき怒りだ。


439 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:09:55hgJRyAx. (33/43)


イムヤ「ふふ、そうよ。1はね、足りないの――――今はね」

ろー「??? どういう意味ですって?」

提督「このバイクで、レースで『1』番になったら?」

ろー「え? ……! おおー!? かしこい!!!」

イク「い、いくぅ……」

ニム「に、にむぅ……」

提督「ろーもかちこいぞ(ちゃんと察してくれる当たりが他の残念な子と比して特に)」

イムヤ「そ、それと、こ、恋の、結果でも、その、うん……」

雷(綺麗な顔してる)

電(こっちまでドキドキしてくるのです)


 イムヤは純粋に提督のお嫁さんになりたい。子供は五人ぐらい欲しい。

 そこまでは提督も知っている。というか初対面の時に知ってた。だが提督すら知らないことがあった。


440 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:11:19hgJRyAx. (34/43)


イムヤ「司令官とくっつくと、なんだかドキドキするの。なんでかな……凄く気恥ずかしい気分になって、だけどもっとくっついていたいって気持ちになってさ……ちゅ、ちゅーとかしたくなっちゃったりして」

はち(ふむふむ)

イク(きゃっ)

ニム(いやーん)

イムヤ「ちゅ、チューしたら、あ、赤ちゃんできちゃうもんね。我慢我慢」


ゴーヤ・はち・イク・ニム((((それはひょっとしてギャグで言っているのか!?))))


 イムヤは子供の作り方までは――――知らない。スマホの使い方が下手だからだ。これを知った時は流石の提督も絶句であった。

 やはり性教育の導入は急務であると思う一方で、それによっていらぬトラブルが発生しそうな気がしていてならない。


しおい(そういえば赤ちゃんってどうやってできるんだろう?)

まるゆ(キャベツ? レタス? 白菜? でしたっけ? その権化らしいですよ、赤ちゃんって)


 サイバイマンかな? そのままでいて欲しい、しおいとまるゆ。


441 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:13:57hgJRyAx. (35/43)


イムヤ「愛する人と一緒にキャベツ畑に行ってキスをする、その儀式を行うことで、抑止の輪より天秤の守り手たる黄金のコウノトリさんが荘厳なBGMと共に突如として飛来し、赤ちゃんを運んできてくれるって聞いたわ」


 なおこの説明をしたのは秋雲だ。純粋無垢にして性的な知識のない朧と共に、キラキラした瞳でそんなことを聞かれてしまったのが、折り悪く秋雲だったのである。

 秋雲は頑張った。頑張って言葉を濁したのだ。その背後で待機していた漣と朝霜は同意を示すように神妙に頷きながらも、内心では「笑いてぇよぉおおおwwウォオオンwwww」ってな具合で必死に腹筋を制御していたのだ。


しおい「そうなんだ! なんだか素敵だね!」

まるゆ「なるほどー!」

ゴーヤ(色々混ざってよくわからない異教の儀式と化してるでち)

ろー(ろ、ろーちゃん、流石にそれは知ってるって……保健体育のお勉強、でっちとがんばりましたって……)


 以前提督が入浴中の浴場に突撃したことがあるろーちゃんは、ゴーヤによってきっちり教育されていた。

 かくしてオリョクルズの絆は日々深まっていくのだ。相互理解はチームにおいてとても大切である。つまりはKENZENだ。


442 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:16:24hgJRyAx. (36/43)


【一方その頃のOCHIDO】

不知火「赤子? フッ……舐めないで貰いたいわ。キスすればできるに決まっているでしょう?」

天津風「あっはっは、不知火姉ったら冗談ばっか………り……―――――ッ!? ッ……!! ッ~~~~~~~~~~!!」


 流石に冗談だろうと思ったが不知火がマジの顔をしていたので全てを察し、物凄く何か言いたげだが、何を言っても姉の顔を潰すことになるので言葉に詰まる天津風。


陽炎「……」


 オロついてる天津風の肩に手を置き、無言で首を左右に振る陽炎。彼女も頑張ったのだ。以前説明したことさえある。だが理解不能になった不知火はそのまま鼻血を噴いて気絶し、目覚めたときには性知識を失っていた。


親潮「」


 同じく察した結果、絶句する親潮。


雪風「さすが不知火おねえちゃんです! はっ!? ど、どうしましょう!? ゆきかじぇ、しょっちゅう幸運の女神のキスをかんじちゃってます!」

不知火「大丈夫よ雪風――――おでこやほっぺたで赤ちゃんはできません。ましてや女の子同士で、赤ちゃんはできないわ」


443 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:17:23hgJRyAx. (37/43)


雪風「さすがは不知火おねえちゃん! さすしぬ!」

不知火「褒めてくれるのは嬉しいのだけれど、その略し方はやめてくれますか、雪風。『流石に死ぬ』みたいに聞こえるわ」

雪風「さ、さすぬい!」

不知火「『刺して縫う』みたいなマッチポンプというか、長く楽しめるかのようなサイコパスを感じるからそれもちょっと……」

時津風(ま さ に 落 ち 度)

陽炎(どうしよう。一周回って酷く愛しいっていうか、尊いものを感じるわ)

黒潮(自分が酷く穢れた存在に思えてくるからやめーや)


 なんですか? 不知火に落ち度でも?


444 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:28:42hgJRyAx. (38/43)


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巡潜3型 潜水空母:伊8改

【脚質】:ルーラー(スピードマン)/ランドヌーズ

 ――――長距離巡航の持続力なら、誰にも負けませんっ!

 海に8.8cm KwK 36(アハトアハト)持ち込んで敵戦艦をくり抜いたことがあるレギュレーション違反に定評のあるはっちゃん。人呼んで【オリョール海のマジ○チ】である。
 本人は大変遺憾に思っており【オリョール海の知将】とか言ってほしいらしい。誰もが苦笑いするばかり。
 なおロードレースの実力だが、前述の発言に偽りなく、長距離巡行の持続力はマジで誰にも負けないんだよなあ。ペース走を得意とする一方、急激な速度変化やアップダウンの多いコースは苦手。
 長距離クリテリウムなどの平地メインの周回レースでは名取・由良にも匹敵する巡航を魅せる。
 自分のペースで一定距離を走らせたら、自己ベストをぽんぽこ更新する点では自己管理能力トップクラス。スケールの違いはあるが、足柄に匹敵する。
 実はチームレースより個人レースの方が得意。といっても僅差だ。元々自己管理能力も他者への指示出しもうまいからだ。まだチームが完熟していないから個人レースの方が得意という意味である。
 アタック潰しは少し苦手だが、他のチームへの体力を伴わない精神的駆け引きに長ける。

【使用バイク】:FOCUS IZALCO MAX(Black/Yellow)
 はっちゃんのバイクは、ドイツのフォーカス・イザルコマックスです。
 コンポーネントはカンパニョーロ……―――スーパーレコードEPSです。
 ええ、古きよきものとしてポタリング用のバイクは別に用意していますが、はっちゃんのレース用決戦仕様はこれですね。
 ええ、アイウェアにもこだわりがありましてね。私のはオークリーのフライトジャケット・プリズムロードです。
 1枚レンズは視野角が広いのがいいですね。どうです、似合ってますか? うふふ、ありがとうございます、提督。

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445 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:30:16hgJRyAx. (39/43)


【フォーカスというバイクについて(ろんぐらいだぁす!の倉田亜美ちゃんも乗ってる)】

提督「おおー……フォーカスというとシマノ組みばっかり見てたが、なかなかどうしてカンパが似合うじゃないか」

はち「ドイツメーカーですからね。ゲルマンは完璧主義の傾向が強いので、とっても造りが丁寧で精度がいいんですよ?」

提督「(その割にプライベートやDIY的な日常大工はすっげえ雑な印象が強いが)なるほど」

イムヤ(あっ、司令官、今、本心を押し隠すような心音に……!!)

しおい「乗り味はどうなの? きもちー?」

はち「ええ、もちろん。よく言えば全く『くせ』がないわね。回さなきゃ進まないとか、ひたすら硬いとか、安定感に欠けると言ったデメリットがありません。ハンドル高を高めにすればロングライドでも全く問題なく行けます」

イク「ほえー、万能なところに纏めてきてるのね」

ろー「それもまたドイツらしさですって! はい!」

はち「悪く言えば……面白みに欠ける、と言ったところでしょうか」

提督「そうか? どんなコンディションでもイケるってのは非常に頼もしい相棒じゃないか。俺、長丁場で山多めのステージをガンガン攻めてくんだったらオールラウンド性の高いバイクってすげー好き。

   フォーカスは直進安定性にも定評がある扱いやすいバイクだよ。ピーキーさがないのはロードバイクの乗車姿勢に慣れていない初心者にも、極限状態におけるトラブルを避けたい玄人にも広くお勧めできる安心感だ」

はち「! はい! 提督にそう言ってもらえると、はっちゃん嬉しいです」


446 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:32:11hgJRyAx. (40/43)


提督「はは、しかしイイの選んだね。フォーカスはパッと見だとありがちな近代ロードバイクのテンプレート的な外観だが、かなり細部にこだわったメーカーだ」

イムヤ「!? なにこのシートポスト!? 穴が開いてる!?」

ゴーヤ「ヘッドチューブ、かなりボリュームあるでち……って、このアウターケーブル受け!? 見たことない形してるでち!」

ろー「わぁ、シートステーとチェーンステーが細いですって! すっごくスマート……あっ、フロントフォークもしなやかですって!」

イク「塗装も丁寧でつややか……すっごくピカピカなの!」

まるゆ「あ、あれ? よく見る形だなあって最初思ってたのに、じっくり見てると、どんどんカッコいいところが見つかっちゃいます……?」

はち「ふふ、でしょう?」

提督「そんなカッコいいフォーカスの特徴と言えば、その『素直さ』だな」

しおい「素直さ?」

まるゆ「です?」


447 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:34:02hgJRyAx. (41/43)


提督「どうペダルを回せば進むのか―――回すタイプ、踏むタイプ、もがくタイプ、振るタイプ。

   反応性――――トルクをかけるとギュンッとシームレスに加速するタイプ、じわりとパワーを均(なら)すようにグングン加速するタイプ。

   回した時に足に来る感触―――ひたすら固い一枚板タイプ、微かにしなるタイプ、あからさまにバネを感じるタイプ。

   重心が下に来るタイプ、上に来るタイプ、その中間。

   フレームには各メーカー・各国によっての特色があり、狙った性能があり、それによって癖がある。

   フォーカスはライダーに対して『こうやって乗るんだよオラァン!?』みたいな強いる乗り方と言うものがない。とても素直で穏やかだ」

ニム「吹雪型の子みたいに普通ってことですね」

提督「吹雪型をディスるのやめろ。吹雪だけだ、普通なのは」

ゴーヤ(てーとくが一番吹雪ちゃんをディスってると思うでち)

イムヤ(いいえ、アレはディスってるようで信頼の裏返しよ。吹雪ちゃんほど、正しく『普通』を体現している子はいない。いい意味でよ?)


 イムヤは真剣な顔で言う。


イムヤ(彼女ほど多くの海域で活躍した駆逐艦はいないわ。全海域制覇かつ出撃数だけならウチの最多よ、最多)


448 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:36:29hgJRyAx. (42/43)


【提督指定の……】


提督「しかしまあ、なんだ。改めてお前たちを見ていると」

ゴーヤ「でち?」


 ずらり勢ぞろいした潜水艦娘たちのロードバイク用の正装は――――。


提督「水着姿じゃないお前たちを見てると、なんだかほっとするんだよ」


 もちろんレーシングジャージであった。お揃いのオリョクルズマークが胸と腕に刺しゅうされた、色違いのジャージ。


提督「男としちゃあ複雑というか、誤解を招きかねんのだが」

イムヤ「……司令官のえっち」

イク「あははー! イクの水着が見たいなら、提督にならいつだって見せちゃうの! スクール水着じゃない水着でもOKなのね!」

ろー「ですって! みんなお揃いです! れんたいかん? がげきあつになるんですって!」


449 ◆gBmENbmfgY2019/12/01(日) 23:45:20hgJRyAx. (43/43)

※今日はここまでですね。

 改めまして遅くなって申し訳ない。

 実はけっこう書き溜めあるんだけど、リクエスト聞いておこうかな。

 少し手直しすればすぐに投下できそうな設定集や小話、レース話があるんだ。

【各艦娘】

・睦月型
・吹雪型(特Ⅰ型)
・綾波型(特Ⅱ型)
・白露型
・改白露型
・朝潮型
・初春型
・夕雲型
・秋月型


【レース】
1.足柄さんはポタリングに行きたいようです(レース。え? 時系列的に離れてるので別スレ立てる)

2.那珂ちゃんは、泣かないよ(レース。時系列的に離れてるので別スレ立てる)

3.軽巡洋艦最速決定戦(ワンデーレース。本編)

×:加賀と瑞鶴の確執(※本編用。まだ発表するには早すぎる時期なので凍結)


450以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/01(日) 23:54:44/2heHpAU (1/1)

おつおつ
その中だと個人的には秋月の話が気になるな


451以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/02(月) 01:18:02jeXe0O3I (1/1)

乙ー

別スレ建てるのは勿体無いので本編投稿希望

> 日向マジ日向
まぁ、そうなるな


452以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/02(月) 02:39:19qis2OfI6 (1/1)


質素倹約の秋月型がどんなバイク乗ってるか気になる


453 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 12:27:46/sduyqbU (1/35)

※おお、忘れてた。他にも候補あるよ。
 オリョクルズのバイク紹介と小話終わったら正式にリク取ってみよう
 じゃけん上記で挙げた秋月型とかも含め、詳細内容も断片的に添えて羅列しておきますね~。なお全部書くよ。見たい順番を参考までに聞くだけ。

【各艦娘】(本編)
・睦月型:提督とポタリングする話。瑞雲の話をしていたらヤツがきた。提督の女子力に如月が轟沈する。キレてねーっつってるじゃないすか。卯月さまはとても頭の良い御方。望月はかったるいことでもガンバるようです。カワイイね!
・吹雪型(特Ⅰ型):吹雪はダメダメな艦娘だったようです。頑張り屋の白雪。ズイフター初雪。叢雲は槍女で鼻が利く。健気な磯波。ド根性浦波。深雪様はピュアッピュア。
・綾波型(特Ⅱ型):思春期の艦娘は提督に恋愛対象として見てほしい。自転車活用術。ぼのたんは多趣味。天霧と朧はトレーニングジャンキー。狭霧は絵になる。漣はオチ担当。潮は子供。敷波は可愛い。綾波は釈迦。
・白露型:後述の改白露型を後日譚とするお話で、白露型・改白露型でレースするお話。白露がいっちばんを目指す理由。江風がいっちばんを目指す理由。涼風がかっこいい話。ちょっとだけ満潮。
・改白露型:上述の白露型のお話の後日譚。江風は井の中の蛙だったようです。山風が鎮守府の中心でタスケテを叫ぶ。海風はピッコロさん。涼風は寝ている。提督とパワトレする話。
・朝潮型:白露と共に朝潮がレースで詐欺にあう話。詐欺……いったい何月の仕業なんだぴょん……。アゲアゲ大潮。平地最強格の荒潮と山雲のあははあららうふふ。朝潮はいい子だからこそ、エースになれないという話。朝雲おねえちゃん。霞ガンガン。霰フリーダム。満潮は頭を抱えた。
・初春型:子日は駆逐艦内最強のオールラウンダーのようです。今日はどんな日なのか、いつも気になっていた。だけど今は、明日が気になる。今日は、子日の日だ。初春と叢雲の話。若葉は辛くてキツくて長く続く苦しい壊れちゃいそうなのがお好き。はつしもふもふ。
・夕雲型:夕雲型の長女はヤベーやつのようです。陽炎と双璧のヤベーやつ。秋津洲と高波は自転車のバラ組に挑戦。朝霜ちゃんはクソガキムーブな乙女。長波様は子日に勝ちたいようです。
・秋月型:初月は終戦間際に着任したせいで大分甘やかされていたようです。秋月っていうヤベーやつと照月っていうヤベーやつ。ロードバイクを欲しがります、勝ったから。提督の愛も欲しい二人。だが誘惑方法が80年代。
・海外艦娘たち:艦種問わず。ビスマルクたちが鎮守府へ帰還。みんながロードバイクに乗ってることにプンプンするようです。海外の文化についても少しだけ。レーベが尊い。マックスがデレッデレ。リベが尊い。そうだ、湖畔を走ろう。


454 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 12:48:42/sduyqbU (2/35)


・神風型:とんでもねえ鎮守府に着任しちまった彼女たちの日々はそれでも過ぎていくようです。鎮守府施設や福利厚生、給料諸々。下積み時代だがんばれ。
・海防艦たち:明石がハンドメイドフレームに挑戦するようです。やだいやだい佐渡さまもロードバイク乗りたいんだい! 子供特有の欲にも応えてくれる匠の技。もう二度とばかしなんて呼ばせない。だが彼女は馬鹿だった。

提督(一人に作ったら、ほかの子も欲しがるに決まってんだろ……おまえ自分の腕の良さ分かってんのか……? こないだの夕張んときから何も成長していない……)

【小話】
・球磨型:大戦後、北上さんがニートになった話。バイクの話だ。バイクのな……。
・ゴトランド:ゴトランドは提督にロードバイクとフィンランド式サウナ(ロウリュ)の設置を求めるようです。由良や明石と一緒にサウナでゆらゆらする話。サイクリングもしちゃう。サウナに入る時にはね、もっと静かで、落ち着いていて、なんていうか救われてなきゃあダメなのよ。
・ロードバイクテクニック講座(大丈夫? 提督の教導だよ?):多くの艦娘が登場。小競り合いも発生。舞風や野分、一部艦娘は講師役で大活躍。きぬぅ!!
・天龍ちゃんと龍田ちゃん:あちこち走り回っている彼女たちが気付いたこと、疑問に思ったことを提督が応えていくスタイル。体重が落ちすぎるって話とか。冬場? 積雪時? アキラメロン。
・隼鷹が悪夢にさいなまれている話。遠くに行きたかった。誰も自分の事を知らないところへ行きたかった。
・菊月がトランペットに憧れる少年のように、とあるロードバイクに惚れ込むお話。ほちい。
・ガンビーが日本横断するようです。太平洋から日本海への約360kmライド。果たしてガンビーは迷わず辿り着けるのだろうか(※無理です) ベーイ、ベーイ(泣き声)
・デ・ロイテルはオランダバイクの良さをわからせてやるようです。わかるわかる? コガよ!
・提督のパーフェクトスプリンター育成教室。長良や霧島が悲鳴を上げるようです。
・暁「一人前のレディとしてビンディングペダルにするわ!」


455 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 12:59:11/sduyqbU (3/35)

・雲龍が提督と姉妹たちと共に渋峠に上り、雲海を見下ろして感慨にふけるお話。真面目なお話。それと草津の湯。
・提督に騙される艦娘たちは、あちこちの峠を走らされるようです(メンツは度々変わったり常連がいたり)

【以下、本編に組み込むのでよっぽどリクエストが来ない限りは単独では書かないボツ】
・響「山岳用決戦ホイールは結局どれがいいんだ!」(底なし沼・山岳編)
・赤城「ビッグプーリー? 小さいのとは違うのですか?」(プーリー編)
・球磨「グルメライドするクマー♪」(美味しそうな匂いのするお話編)
・葛城「BB規格が多すぎて何が何だかわからない……」(超生臭い話編)
・まるゆ「シマニョーロ?」(禁断の果実編)
・鳳翔「そ、その、提督……この格好は、少し、私には、その……はしたないというか……」(サイクルウェア編)
・大鳳「ま、またパンク……?」山城「不幸だわ……」(パンク修理編)
・日向「手組ホイール! そういうのもあるのか!」(ホイール手組編)
・熊野「フレームをガラスコーティングしますわ!」(コーティング編)
・漣「ご主人様ぁ……漣の脚、揉んでぇ?」(スポーツマッサージ編)
・瑞鶴「来たわよ空母ババア……カタパルト寄越せ!!」空母棲姫「カエレェエエ!!」(瑞鶴の狂犬時代+蹂躙)


 カタパルトだ! 持ってんだろおまえ!! カタパルト出せ! カタパルトだよ!! カタパルトォオオオオオオオオオオオ!!!

 出さないなら殺す! 出したら楽に死なす! もったいぶるなら殺して奪う! 出せ! カタパルト! 私に必要なもんなんだよあの腐れ一航戦に一泡吹かせるためによォオオオオオオオオ!!!


456以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/02(月) 21:34:09xWpODVLk (1/1)

神風型見たい


457以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/02(月) 22:11:45ttcUCqdA (1/1)

北上さまの婿提督なのでぜひ読みたい


458 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:22:33/sduyqbU (4/35)


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巡潜乙型 潜水空母:伊19改

【脚質】:TTスペシャリスト/クラシックハンター(クラシックスペシャリスト)

 ――さぁイクの! 地平線の彼方までカッ飛ばすのね!

 脚質はスプリンターとTTスペシャリストの両方のいいとこどりであり、どっちかと言えばTTが得意という誤差のレベル。上り坂? 死んでほしいの!
 【オリョール海の魔神】の異名を持つイク。いつも曖昧になってるわけではない。曖昧になるのは魚雷外した時や難しい話をされた時だけだ。何よりも曖昧の先の領域に開き直られると面倒である。
 とにかくトルクにモノを言わせたペダリングにより、トップスピードに達するまでが速い。だが落ちるのも速い。それだけならガッカリ性能なのだが、イクは回復するのも速くゾンビの如し。
 性格は極めてマイペースで悪意のない自分本位(わがまま)で、かつ刹那的快楽至上主義者。当て感が良いなんてレベルではないぐらい魚雷を当てまくる。勝負勘が強い。感覚派の極みに位置している。
 個人ワンデーレースが性に合ってるのは当たり前の事であった。根拠とか過程を抜きに、感覚のみで最適解を導き出す類の、集団生活を送る上では厄介なあれ。イムヤが苦労させられたのはもちろんである。
 とはいえチームワーク皆無ではオリョクルズでやっていけるはずもなく、そのあたりのルールは大鯨(龍鳳)やらイムヤやらにきっちり仕込まれた。ほぼ催眠に近い方法で。

龍鳳「出撃が終わったら、好きにしていいんです。でも出撃中は自分勝手なことをしてはいけません。もししたら……」
イク「し、したら……? ど、どうなっちゃうの?」
イムヤ「――死ぬ」
イク「い、逝くぅ……」

 死にます。逝きます。そういう暗示がかかっている。ひでえ話もあったものである。なお着任当初の話であり、今は自発的に協力する。チームワークは大事! なの!(※死ぬので)
 とはいえ、イクはそもそも戦うことなんて大嫌いなのだ。戦いを刺激とするほどウォーモンガーではない。原則ぐーたらしていたいし、人の面倒を見るなんてのも性に合わなかった。
 誰かと目的を共有してそれを達成する喜びは実感としてわかるが、個人的な勝利こそを至上としていた。
 そんなイクの意識が変わったのは、終戦も間際の事。
 伊26――ニムが着任したことがきっかけである――。
 続きは本編で。


459 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:23:31/sduyqbU (5/35)


【使用バイク】:SPECIALIZED S-WORKS TARMAC (gloss chameleon purple)
 イクのバイクは、スペシャライズド・Sワークスのターマック! なの!
 もちろんコンポはスラムのRED-eTAP! 無線の時代がキてるのー!
 かたろぐ? すぺっく? ぶっちゃけよくわからないけど、多分これがイクにとってベストな一番速いバイクだと思ったの!
 イクの両脚がうずうずしてるの! 戦艦だろうと空母だろうと、イクの大逃げを止められるものなら止めてみろ、なの!

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460 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:24:28/sduyqbU (6/35)


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巡潜乙型 潜水空母:伊26改

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ――――私は、チームを勝たせるためにここにいる。だから、だから……だから!!

 オリョクルズのみんな絶対勝たせるウーマン。
 オリョール海の新たなる刺客。オリョール海の深海棲艦は潜水艦を見る度に震え上がるほどのトラウマを抱える破目に陥る。
 【オリョール海の新たなる死亡フラグ】【三つの問いかけ】【どう答えても魚雷】。終戦後だというのに、オリョール海へしつこく間引きに行くオリョクルズ達。そのときに貰った二つ名。
 イクと正反対に相手の気持ちを慮ったり空気を読んでの大人な対応ができる。勉強熱心で料理上手。
 本編開始時点でオリョクルズの中では一番の新参だが、イクを始め潜水艦隊のみんなとの関係も良好である。面倒見も良い。きっと後輩たちが入って来た時には良き先輩となるだろう。
 そんなニムの脚質はルーラー。万能な脚質はチームレースでのサポートに特化しており、本人の気質もあいまってやる気満々。進んで誰かのフォローができる。
 イクとは着任当初こそ不仲とは言わないまでも壁や距離を感じていたがあったが、既に阿吽の呼吸でやってのける。ハンドサインもばっちり。オーケイ、オリョクル。
 今ではイクのみならず、潜水艦仲間のやらかしをバッチリフォローできる立場に。イムヤと同じく苦労人気質かもしれない。
 イムヤやゴーヤにとっては救いの女神に等しい。やっと、やっとまともな後輩が入ってくれた……! はっちゃん? あれはヤベーやつよ。

【使用バイク】:SPECIALIZED S-WORKS TARMAC (Red)
 ねえ! ねえねえねえ、聞いて! ニムのバイクが納車されたの!
 イクお姉ちゃんと同じ、スペシャライズド・Sワークスのターマック! いいでしょ、いいでしょいいでしょ!
 もちろんコンポもお揃いでスラムのRED-eTAP! 無線の時代がキてるね! キてるキてるキてるよ!
 これってすっごいバイクなんだって? なんかいっぱい、有名なレースで勝ったり、有名な選手がこれに乗ってたりするんでしょ?
 これなら私も、お姉ちゃんやオリョクルズのみんなを立派にサポートできるよね! できる! できるできる!
 まだまだ新参で無名に等しいあたしだけど、ここでいっちょう凄いことを、艦隊のみんなにアピールしなきゃね! 見ててね! 見てて見てて!

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461 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:26:11/sduyqbU (7/35)


【お揃いSワークス】

提督「出たなターマック……!! レアなフレームがいいと言った割には王道で攻めてきたじゃあないか」

イク「色合いがレアなの! それと多分このバイク、すっごく速いと思うし、イクの脚にも合ってると思ったのね!」

ニム「お姉ちゃんが選んだから多分間違いないかなって! ねえねえねえ、そうでしょ?」

提督「お、おう……(当たってるよそれ。根拠なしに決めてるくせしてどーしてそうなる? イクってば徳の高い何かが憑いてんじゃね?)」


 このターマック――提督が島風へプレゼントするロードバイクを考えた時、最後まで残った候補であった。スプリンターやTTスペシャリスト、オールラウンダー御用達の名車である。


イムヤ「そんなにいいバイクなの?」

提督「ああ。輝かしい栄光に彩られたロードバイクフレームだ」


 とてもとても分かりやすい硬度を備えた直線スプリントに強いオールラウンドフレームであり、様々な試乗会において一二を争う人気を誇っている。


提督「すっげえ扱いやすいのよコレ。加速力もグンッッと来る感じで、踏み心地もパリッとインパルスが走ったような反応を返してくれる。

   つーか俺も欲しいんだよね。ローバルのホイールも試してみてーし」


462 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:27:54/sduyqbU (8/35)

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巡潜乙型改二 潜水空母:伊58改

【脚質】:オールラウンダー

 ――――まだ、行けるでち。そうでしょ?

 ロードバイクチーム・鉄血のオリョクルズ、そのエース。特にステージレースを得意とする。
 海においては【オリョール海の必殺仕事人】とか【深海棲艦絶対殺すウーマン】とか【伝説の始まり】とか呼ばれている。
 とにもかくにも深海棲艦には死んでもらいます。殺意高め。勝利への嗅覚はイクの方が優れているが、それを補って余りある勝利への執念はゴーヤが勝る。プレッシャーに強い。正しくはそれをねじ伏せる術に長ける。
 提督に対するスタンスはお兄ちゃん勢――――ではなく、御屋形様勢という希少種。
 義理と人情を重んじるゴーヤにとって、自分とイムヤを救ってくれた提督は足を向けて寝れない大恩人である。もちろんその人間性においてもゴーヤにとっては好ましいらしく、尊敬と敬愛と敬意を持っている。
 実は提督の言葉はすべてに優先すると思っており、死ねと言われれば笑って死ぬレベルの忠義の輩。これには朝潮もマッハで首を縦に振って同意。ヤンデレ予備軍。
 もちろん提督は誰がそんなこと命じたよ頼んでもいねーよと度々苦言を呈している。
 そう提督に言われてからは、一見するとお兄ちゃん勢っぽい接し方になった。ゴーヤはそのあたりは頑固ではないので、普段は提督にも結構お気楽な態度で接している。なお朝潮は改善しないもよう。
 提督に軽んじられるのは彼女にとって堪らない苦痛であるらしく、自己研鑽は怠らない。この辺りはイムヤと同じだ。必要とされなくなるのが怖いのだ。史実における戦後処理の事も恐らく響いている。無用物になりたくない。
 着任当初からイムヤを支え続けた。イムヤにしかわからないイムヤの苦悩に寄り添い、励ましながら頑張り続けてきたオリョクルズ影の功労者である。素でいい子。
 そんなゴーヤにも転機が訪れる。ドイツからの友軍であるUボート――U-511の面倒を見ろと、提督直々に命が下された時のことだ。続きは本編で。

【使用バイク】:MERIDA SCULTURA 10K-E
 ゴーヤのバイクは、台湾のメリダ、そのオールラウンダーモデルの最上位、スクルトゥーラのフラッグシップでち!
 そう、日本の誇るロードバイク選手、新城幸也選手も乗ってるメーカーなんだよ!
 コンポはもちろん、提督指定のデュラエースDi2だよ! やっぱり提督が愛用してるだけあって、すっごく機能的でち!
 軽量オールラウンドモデルを謳っているだけのことはあって、すっごく軽いし加速性能も登坂性も両立した名機です!
 これでゴーヤは勝って見せるね、提督! 誰にも負けないよ! 誰にも――――あの馬鹿にも、でち。

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463 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:30:10/sduyqbU (9/35)

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呂号潜水艦:呂500

【脚質】:スプリンター

 ――――げきあつですって!!

 かつてはドイツのUボート。ユーと呼ばれた少女は、斜め上の方向へと成長してろーちゃんとなった。
 【オリョール海のスマイリーデス】とか【苦瓜のお供】とか【最恐の助手】とか【天使のような悪魔】とか。
 オリョクルズ最強のスプリンター。がるるぅー、がるるー! 後半の伸びが凄まじい。というか粘りが凄い。一度抜かれた後に再加速とか信じられないことをやってのける。
 典型的な競うタイプで、そこで強者を名乗れる域に達している。
 下積み時代にとっても苦労した経験が、今も生きている。それも全てはゴーヤのおかげと言ってのける。
 ゴーヤのことが大好きで、そのことを隠そうともしない。ゴーヤはいつものむっつり顔で適当にあしらってるが、内心ではまんざらでもない。
 チームレースではチーム、ひいてはゴーヤのアシストとしてしおいと共にアタックしかけまくりポイント狙いまくり。
 エーススプリンターとしてそこそこポイントも取れる。


【使用バイク】:CANYON AEROAD CF SLX
 ろーちゃんです! はい! ろーちゃんのロードバイクはドイツのキャニオン! えあろーどしーえふ、えすえるえっくす――ですって!
 えへへ、かっこいいでしょ? プロ選手のマルセル・キッテルさんも使ってるバイクなんですって! げきあつですって!
 ねっと販売だけのメーカーなんですって! でっちと龍鳳さんと一緒に組んだんですって!
 それでね、でっちったらね、文句言いながらも組むの手伝ってくれました! ろーちゃんもがんばって組みました! すごいでしょ? 褒めて褒めて!
 レースもサイクリングも、いっぱい楽しみたいって! それにてーとくと一緒に、温泉にも行きたいですって!
 でっちも誘って、今度行こうね! ぜったいです!

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464 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:32:30/sduyqbU (10/35)



【ユーのもくひょう】

 ユーは、ほんとうはいやでした。

 ニホンにくるの、いやでした。

 しらないクニ。しらないコトバ。しらないヒトたち。

 どうしてユーなんだろうって、あたまのなかでぐるぐると、なんどもなんどもいやになりました。なやみました。かえりたいっておもいました。

 だけどこたえはでなくって、うまくニホンゴがしゃべれなくて。

 こわくて、ふあんで、こころぼそくて、ユーはしくしくなきました。

 ひとりぼっちで、なきました。さびしくてさびしくて、かなしくてかなしくて、いっぱいいっぱいなきました。


「――――世話の焼けるやつでち」


 だけど、そんなユーをひとりぼっちにしてくれないひとがいました。

 ゴーヤという、せんぱいでした。

 ユーのせんぱいは、「でちでち」いうひとでした。とってもカワイイこだけど、とてもコワイひとでした。


465 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:33:14/sduyqbU (11/35)


 ゴーヤってよべっていわれたけれど、でちでちいってるからでっちってよぶことにしました。でもよぶとおこります。こわい。


「いいでちか? 魚雷の狙いはこう」


 いわれるままに、いっしょうけんめいがんばりました。

 ユーはまだまだニホンゴがへたっぴで、うまくいしそつうができなかったけれど。

 ゴーヤは、ユーをみすてませんでした。ユーがわかるまで、ずっとずっとおしえてくれました。


「手紙を書く? そりゃ喋るのも厳しいおめーにゃ難易度高いでちねえ……箸の握り方から教えてやりてーとこでちが……しゃーないでち、付き合ってやるでち。いいでちか? ここは……」


 このおてがみも、ゴーヤがかきとりのべんきょうをしてくれたおかげでかけました。あ、ないようは、ないしょです。はずかしくて、つたえられないから。

 なんどもなんどもかきなおすことになったけれど、ゴーヤはずっとずっとかきとりのおべんきょうにつきあってくれました。ニホンゴは、だんだんじょうたつしてきたとおもいます。

 ゴーヤには、かんしゃのきもちでいっぱいです。

 ゴーヤだって、いっぱいいっぱいくんれんして、へとへとなのに。

 ユーのおせわをしてくれながら、にんむだってこなしているのに。

 そうおもったら、ユーは、なみだがでました。


466 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:34:19/sduyqbU (12/35)


 ユーはまたなきました。いっぱい、しくしくなきました。

 だけど、それはかなしいからじゃありませんでした。

 くやしかったからです。

 ユーはおにもつなんだって、やくにたてていないんだって、それがくやしくてくやしくて、なみだがとまりませんでした。

 あるひ、ゴーヤとぎょらいのくんれんをしてるときに、たえられなくて、ユーはまたなきました。

 くやしい、くやしいっていって、なきました。


「本当に、世話の焼ける奴でち」


 ゴーヤはあきれたようにそういって――だけど、それでもユーをみすてませんでした。

 なさけなくなきじゃくるユーを、ちからいっぱいだきしめてくれました。


「最初は誰だって役立たずでち。だけど、役立たずのままじゃいられねーんでち。その点、おめーはよくやってるでちよ。

 ――なぜならおめーは、それが悔しくて、情けなくて、そんな自分のままじゃあいたくないって、ここで強くなろうと足掻いてるからです。

 おめーは泣き虫ですが、立派な潜水艦でち――どれだけ泣いても、どれだけ悔しくても、おめーは毎日訓練してる。諦めることを考えていない」


467 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:35:17/sduyqbU (13/35)


 それはゴーヤでもむずかしいことなんだって、ゴーヤはそういいました。


「だから、泣かずに――――ここで強くなろ? ゴーヤと一緒に、ね?」


 みあげたゴーヤは、やさしいえがおをユーにむけてくれました。

 ユーはまたなきました。

 いっぱい、ゴーヤのうでのなかで、なきました。

 くやしかったし、かなしかった。だけど、それいじょうにうれしかったからです。

 ユーにとってたいせつなひとができました。

 ゴーヤは、ユーのたいせつなひとになりました。

 いつかりっぱなせんすいかんとして、ゴーヤといっしょにたたかいたいとおもいました。

 だから、ユーのもくひょうは。



 ――ゴーヤといっしょに、へいわなうみをとりもどすことです。


468 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:36:33/sduyqbU (14/35)


………
……


ろー「でっちー! ねえねえ、でっちー!」

ゴーヤ「でっち言うなと言ってるサルゥ!! 仕舞いにゃ五体解体(バラ)して魚の餌にしてやるでちよ!?」

ろー「で、でも、ゴーヤはしょっちゅうでちでち言ってるって。だからでっちー」

ゴーヤ「だからでっちってのは丁稚っつー昔の下働きの小者未満って意味があるって言ってるでち!! 現代じゃ蔑称そのものでち!」

ろー「そ、そうなんだ……で、でも」

ゴーヤ「でも、なんでち?」

ろー「ろーちゃんにとって、でっちはでっちですって。その、べっしょう、なんかじゃ、ないですって。

   でっちの口癖、優しい感じがします。ろーちゃん大好きですって」

ゴーヤ「っ、ば……」



 それからユーは、がんばってつよくなって。

 ユーは、ろーになって。


469 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:41:00/sduyqbU (15/35)


 ニホンで、大切なお友達ができました。いっぱいいっぱい、できました。

 イムヤちゃん、イクちゃん、はっちゃん、まるゆちゃん、ニムちゃん。

 駆逐艦の人たち、軽巡、重巡、軽空母、空母、戦艦の人たち。

 ほかにもいっぱいです。

 だけど、一番の大切なお友達は、やっぱりゴーヤで。

 そんなゴーヤに出会えたのも、ろーちゃんがユーだったときに、ここに来たおかげでした。



 ろーちゃんは、日本にこれて、良かったと思っています。




……
………


470 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:43:07/sduyqbU (16/35)


【宛名はドイツのビスマルク】

ビスマルク「ユーから……ろーからの手紙は読んだかしら、グラーフ。私が昔、バルト海を暴れまわってた頃に貰ったのよ。私はもちろん日本語だって完璧だから当然読めたんだけど、それがまさか仇になるとは……なつかしいわね……グラーフ? グラーフ?」

グラーフ「ちょっと目から水漏れがな……おまえは平気か、ビスマルク」

ビスマルク「フフ、そりゃあ平気よ――――何せ昨日の夜に読み返したら不覚にも涙ボロッボロで既に枯れ果てたわ!!」

グラーフ「……なるほど、道理で目が赤いわけだな」

アイオワ(堂々と言う事じゃないわゼッタイ)


 ビスマルクの言動はいちいち『スゴ味』があった。


レーベ「この手紙読んでると、ボクも昔を思い出すなあ」

マックス「この戦線ももうじきひと段落―――そろそろ帰らない? 日本へ」






【ユーのもくひょう――つづく】


471 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:47:03/sduyqbU (17/35)



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潜特型 潜水空母:伊401改

【脚質】:パンチャー/クラシックスペシャリスト

 ――――ここのポイント、貰い受けるよ!

 【オリョール大サーカス】とか【焦げたしばふ】とか【スズメバチ】とか【素晴らしき晴嵐さん】とか【脱ぎ女】とか多くの異名を持つ。真っ二つ。
 ロードバイクチーム・オリョクルズにおいての役割はマルチプレイヤー。遊撃である。ステージレースにおけるポイントハンターであり、あの手この手でどぼーんとアタックしていく。
 潜水空母としての能力と同様、ロードバイク乗りとしても隙のないマルチプレイヤーかつ、超攻撃的なレース展開を得意とする。
 アタック。アタック。そしてアタック。地形問わず仕掛けてくるあたりが嫌らしい。いい意味で空気を読まないし悪い意味でも空気読まない。
 個人ワンデーレースにおいては自身の勝利を積極的に狙っていくアタッカー――かと思いきや、意外とクレバーで冷静なレース運びをする。
 提督はお兄ちゃん勢。メッチャ甘える。ごきげんようと挨拶するのは、提督の気を引きたいのもある。おしゃま。
 だが羞恥心がなかった。知識もねえ。提督が入浴時に乱入しようとする(故意・事故問わず)未遂を起こした数は数知れず、全艦娘中最多を誇る。
 しおんの着任によって改善――されるといいな、と提督は消極的かつ楽観的な希望を抱いている。思考を放棄した提督はゴミだと教えたはずだがな。
 かつて、蒼き鋼と共に霧の艦隊を撃退した際、海域で発見された艦娘。今はいない潜水艦の少女との間には、確かな友情があった。

【使用バイク①(ポタリング用)】:GIOS REGINA
 ごきげんよう! これがしおいの蒼き鋼! ジオスのレジーナだよ!
 うーん、いいですよね、この深い青! レースでメインに乗るのとは別で、これにはしおい、思わず一目惚れです!
 はい、やっぱり思い出しちゃいますよね、あの子の事!
 ――イオナちゃん、元気かなあ。タカオさんやハルナさんも、きっと元気にやってるよね。
 また……逢えるよね。逢えますよね、提督。


472 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:47:36/sduyqbU (18/35)



【使用バイク②(レース用)】:Daccordi 80+1(Ottanta Piu Uno・Matt Black/Blue)
 じゃじゃーん! しおいのレース用バイクはこれ! イタリアはダッコルディのおったんた……ええと、お、お、おった、おったん……。
 …………て、提督、読んで?
 …………お、おったんた、ぴう、うの! ですよ! 読めました、へへ……。
 高耐性カーボンを使った、すっごいカーボンフレームなんです!
 ハンドメイドのバイクもいいけれど、そういう老舗が作るカーボンも、いいよね? いいと思います!

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473 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:50:11/sduyqbU (19/35)


【お目付け役】


提督「くれぐれも頼んだぞ、はち。イムヤやゴーヤがフォローできないところについては、君の手腕にかかっていると言っても過言ではない。嫌なプレッシャーだとは思うが、よろしく頼んだ」

はち「お任せください、提督が危惧していることは分かっています。このはっちゃんの目が黒いうちは決して――――」


 初夏の陽気。その日、提督はオリョクルズと共にサイクリングを楽しむことになったのだが――。


しおい「はー、暑い暑い……ジャージの前、開けちゃお……あー、風が入ってきてきもち―。良いね、良いと思います!!」

ゴーヤ「確かに暑いでちね……って、しおいィィィイイイ!? なんでおめーインナー着てねえんでちィィイイイイイ!? それで前全開って、羞恥心どこに捨ててきたァアアアア?!」

しおい「はー? 何それ、おいしいのー? 別にいいじゃない、減るもんじゃないよ」

イク「またしおいちゃんの露出癖が出たのぉ! お茶の間にちょっとしたえっちなハプニングをお届けするあざとい作戦なのね!!」

しおい「え、なにそれ? って、あ! 提督だ! おーい、おおーーーい!! 今日は楽しくサイクリングしよーねー!」

ゴーヤ「ギャーーーー!? てーとく、こっち見ちゃ駄目! ダメったらダメでちぃいいいい!!」

イク「ニ、ニム! 早く! 早くモザイク持ってくるのぉおおお!!」

ニム「ゴッドモザイク! ゴッドモザイクはどこ!? しまった、ポタリングで油断してた持ってきてない!」


474 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:52:25/sduyqbU (20/35)


 しばしば曖昧になるイクのご尊顔を隠すため、ニムはゴッドモザイクを持ち歩いている。


はち(目が黒いうちどころか、まだ目を付ける前のやらかしなんて想定外にも程があるでしょう?)

提督「きゃああああああああああああああああ!?」

はち「ああっ!? 提督が絹を引き裂くような悲鳴を上げながら自主的に記憶を抹消しようと、また岩を!! 見ちゃったんですね!? だから岩を!! 頭で!!」

鬼怒「え、鬼怒呼んだ? 鬼怒を引き裂くとか不穏な単語も聞こえたけどやる気? うっかり殺しちゃうよ?」

まるゆ「うわああああ!? なんでこのタイミングでぇ!? あっちいけ! あっちいけぇ!! 長良型の悪魔!!」


 長良型はナチュラルに精神を追い込んでくる上に、人が嫌がるベストタイミングを狙いすましたかのように突っ込み、進んで嫌なことをする軽巡の鑑である。



 オーリョクールズ
 閑話休題。



提督「全く君には呆れましたよしおいさん」

しおい「ねえ、なんでしおい、正座させられてるの? そして提督、なんで敬語なの? それと大丈夫? 頭から血がいっぱい出てるよ?」


475 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:54:30/sduyqbU (21/35)


提督「おまえが【ハレンチ学園黙示録】したっつーその事実だけを残して映像記録を抹消したんだよ言わせんなクソ痛い」

しおい(提督が何を言っているのか、しおいはたまにわかりません)


 そろそろ理解してほしい提督と、本気で分かっていないしおい。平行線なのだ。いくら提督がインナーを着ろと言っても、


しおい「ええー? やだよー、暑いもーん」

提督「おだまりなさい。君はまだインナーウェアの重要性や快適性を知らないだけなのです」


 言って、提督はポケットからサッとインナーウェアを取り出した。用意の良い事である。


提督「このノースリーブのメッシュインナーを着なさい。今なら提督からの厚意で本来なら1着のところを3着プレゼント」

しおい「でも、お高いんでしょ?」

提督「プレゼントっつってんだろ」

しおい「タダより高いものはない!」

提督「うまくないぞぉう」


476 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:55:53/sduyqbU (22/35)


 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」


477 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:57:28/sduyqbU (23/35)


 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」


478 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:58:12/sduyqbU (24/35)


しおい「えっ」


 しおいは知らない。


提督「残念だ、しおい。俺が優しく説得しているうちに、君は素直に耳を傾けるべきだったのだ。

   そも俺もお説教対象となる。俺が悠長に、そのうち羞恥に目覚めるさなんて思って楽観していたのもいけない。共に地獄を見よう」


 しおいはもう、詰んでいたのだ。

 鴉に続いて、次は猫だ。野良である。

 彼らはその存在に対して、道を作るかのように、綺麗に列をなしてごろんと地面に転がった。


提督「小動物が自主的に自らを贄にしろと腹を見せだした……来るぞ……!!

しおい「い、一体、何が――」


479 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 22:59:51/sduyqbU (25/35)




竜飛「淑女を心がけない子がいると聞きまして」

しおい「」


 【マッマ】【おかん】【おかあさん】【おっかさん】【マンマ】【ママーーーッ!】。

 うっかりそう呼んでしまった艦娘の割合、なんと八割越え。(青葉通信Vol.34:2015年度)

 彼女を前にした瞬間、全てを悟ったしおい。

 小麦色のしおいの肌が、漂白剤をブチ込まれたかのような驚きの白さに。

 なお武蔵の時も同じだったもよう。


龍鳳「………ちょっとこちらへ」


 龍鳳もついている。

 微笑んでいた。


しおい「や、やだ……やだやだやだやだやだ、やだぁああああああああああ!!!」


480 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:01:01/sduyqbU (26/35)


 しおいは己が何を間違ったのか分からない。

 だが悟った。本能がそれを悟らせた。

 ――――恐ろしいことが起こる。

 ――――自分は何かとてつもない間違いを犯していて、そのせいでこれからとっても怖い目に合うのだ、と。

【りざると:しおい】

・異性の前で脱がなくなった。

・そもそも野外で脱がなくなった。

・お風呂にどぼーんはする。これはもはや常識。そしてしおいのアイデンティティ。

・だが彼女の小麦色の日焼け跡に変化が。そう――水着の肩紐部分がくっきりと白くなるようになったのだ。


【りざると:提督】

・鳳翔をしばらく「さん」付けで呼ぶことになった。自主的に。

・ガミガミされた時に「そんなに怒らないでくれよ母さん」と思わず母さん呼びしたところ、何故か赤面されてビンタされた。首から上がすっ飛んだかと思った。雑木林に頭からダイブする威力。提督、全治一週間。

・今度、居酒屋鳳翔で飲み食いすることになった。わけがわからないよ。


481 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:04:08/sduyqbU (27/35)


********************************************************************************

三式潜航輸送艇:まるゆ改

【脚質】:クライマー/ダウンヒラー

 ――――土竜の登坂を見せてあげる。

 艦ダム・マルユトス。【オリョール海の白い悪魔】とか【白い土竜】とか【忍者】とか。最後の異名の由来はそのうちわかる。
 ロードレースにおいては山岳における最強のアシストであり、ヒルクライムレースにおいては文句なしのエースでもある。山岳ゴールではないがコースに超級山岳があり、続く平地などがゴールとなる場合、まるゆ以上のアシストはいおない。
 チームレースでメンバーにまるゆがいるだけで、地獄のような山岳コースも確実かつ最速なヒルクライムをお約束。超頼もしい。(なお苦しくないとは言っていない)
 潜水艦で最も小柄な体型、されど単位時間当たりの最大出力は駆逐艦含め最強という脅威のポテンシャル。これには島風もびっくり。平地を流すような速度で坂を……!?
 思考は固いが、記憶力に優れる。記憶の引き出しを検索する能力が優れており、既存の戦術をなぞるのが上手い。
 読み筋以外の新手に弱いのが弱点と言えば弱点だが、長考の余裕さえあれば最低でも堅実に対応し、うまくいけば打開策を練り上げて見せる。
 ただ本人は勘が鋭い。鋭い故に己の中の戦闘論理とたまに相反するため、上手く歯車がかみ合わないと空回りしてしまう。いわゆる「野生」と「理性」が上手く調和しないのである。
 「嫌な予感がする」とのこと。それなりに虫の知らせがあるらしい。伊19や伊13も同じこと言ったらトラブル確定。未来予知かな? フォース的な? ニュータイプ的な?
 趣味は相撲観戦と将棋、押し花。他の潜水艦の仲間と同じくダイビングを好む。谷風らとは趣味が合う。お相撲さん達はおっきくてかっこいいので好きとのこと。
 たいちょーも一緒に、素潜りどうですか? まるゆ、近代化改修も済ませて練習もして、とっても上手になったんですよ! ちゃんと浮かべますし!
 平地巡航は雪風より少しだけマシってレベル。別に体力無いわけじゃないが、体重と最大出力の都合上、まるゆは絶対的に見ると持続できるパワーが足りない。
 シフトウェイトをうまく使って最大出力以上の絶対的なパワーを引きずり出すのが極めて苦手。平地のアタックとか苛め以外の何物でもないと思ってる。素の体重が軽すぎた。
 見た目通り体重が軽く、華奢で小柄ながらも非常にリズムよく丁寧なペダリングでスルスル坂を上っていく。八割の力を九に見せたり、時に五に見せたりするあたりが業師である。はい! もぐもぐアタックです! 土の中の土竜は正体不明と言いたいらしい。
 平地はとってもとっても苦手。といっても単独で信号なしノンストップで平地巡航35km/hはクリアしている。これでも駆逐艦の運動能力平均値から見てもかなり遅いレベルである。
 集団内にいるなら50km/hを30分ぐらいならイケる大丈夫。
 同じ陸軍出身のあきつ丸とは深い交流があり、気心の知れた友人関係。時折、あきつ丸のやらかしに巻き込まれることもあるが、それを加味しても仲良しである。なおあきつ丸も組手は強い。ダブル烈風拳。モロに喰らうと相手はしばらく飯が食えねえ。そういうことである。
 木曾は憧れの人で大好きである。まるゆにとって木曾は着任当初からヒーローだった。
 既に木曾が幾度とない挫折と難渋を乗り越えた末に改二となり、頼もしくなっていたこともあるが、弱いまるゆをいつも励ましてくれた。だからまるゆは天龍のことも好きだ。だから提督も好きだ。
 大好きがまるっと繋がっていくこの鎮守府が大好きだ。


482 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:05:52/sduyqbU (28/35)


【使用バイク】:YONEX CARBONEXHR (Graphite)
 はい! まるゆのロードバイクは日本国産、ヨネックスのカーボネックスです!
 え? ヨネックスって言ったら、テニスやバドミントンだろ……って? そんなぁ!?
 すっごく軽くて登坂には最高のフレームなんですよ!
 あ、コンポはカンパニョーロにしました。はい、機械式のスーパーレコードです! やっぱりエルゴパワーがまるゆの手にはしっくりきます。
 日本国産のフレームと合うかなあって心配でしたけど、どうです? カッコよくないですか?
 で、ですよねたいちょー! たいちょーもカッコいいって思いますか! そうですか!

********************************************************************************


483 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:24:35/sduyqbU (29/35)


【もぐもぐ登坂(弱)】

 ――――なおそんなまるゆも、乗り始めはヒルクライムが苦手であった。


まるゆ「はぁ、ふぅ、へひぃ……ぅわぁあん……へとへとだよぉお……」


 特別おかしなことではない。ヒルクライムの技量とは積み上げるものである。

 ヒルクライム初体験時にホビーレーサーの中堅どころを軽く凌駕するテクや結果を残した雪風や阿武隈の方が圧倒的におかしいのである。


まるゆ「……ぅう、たいちょー……ヒルクライムが、どうにもまるゆ苦手で……」

提督「しょうがないにゃあ……(多摩声) んー、今度一緒に走ってみるか。俺の後ろについて、俺の真似しながら走ってみそ」


 そんなこんなで、提督と共に近場の中級者向けの山岳コースまで走ったのだが、


まるゆ(何、この安心感……!?)

提督「呼吸を整えてー、深く吸ってー、吐いてー。あんまり下は見ないことー。アップライトに構えて、胸を張って、息をまた大きく吸ってー」

まるゆ(たいちょーの大きな背中に隠れて、次の坂道が見えない……なのに)


484 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:25:27/sduyqbU (30/35)


 言われた通り、まるゆはただついていくだけ。駆けあがっているのは、辛さに負けて足を突いてしまったことのある坂道だった。

 それが、どうしようもなく楽になっている。


まるゆ(たいちょーの走るラインに合わせていれば、ただケイデンスだけに気を払ってれば……あっ? ライン取りが変わって……?)


 提督が走るライン取りを変えながら、ちょいちょいと地面を指さすジェスチャーを取る。まるゆがその指先を視線で追えば、


まるゆ(あ! 地面にクラックあったんだ……まるゆ、全然余裕がなくって、気づけなかった)

提督「はい、上を見てー。何が見える?」

まるゆ「えっ、あ―――さ、山頂が!!」


 永遠に続くと思われた坂道が、そのゴールがすぐそこまで。


提督「んじゃラストスパート! ギアを二段上げて、ダンシング開始するぞー。ケイデンスはできるだけ維持しなさい」

まるゆ「あ、はい! えい、えいっ」


 ジャコンジャコンと、小気味よい音を立ててギアが上がる。


485 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:26:00/sduyqbU (31/35)


 その度に両足にかかる重さは増していったけれど。

 まるゆはもう、山頂がそこにあることを見た。

 心が、軽くなっていくようだった。


提督「さ、立ち上がれ。そろそろお尻も疲れてきちゃったろ?」

まるゆ(あ……まるゆ、ずっと座りっぱなしでペダルを回してたんだ)


 何気ないアドバイスの一つ一つが、まるゆにとっては新鮮で、とても有意義なものだった。


まるゆ(ふぅ、ふぅ……ダンシングって疲れるけれど、座りっぱなしで固まってる筋肉がほぐれる感じがします……そっか、たまにはダンシングを入れないといけないんだ)

提督「そこで力をかけすぎない」

まるゆ「!?」

提督「潜水艦らしく肺活量も中々だ。トルクかける走りもいいが、基本は心拍で走れ。筋力使うのはここぞってところがいい」


 そう言って、まるゆに並走する提督は、優しく微笑みながら、ヘルメットごしにまるゆの頭をぽんぽんと撫でた。


486 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:27:17/sduyqbU (32/35)


提督「センスあるぞ、まるゆ。ヒルクライム頑張れば、きっとすごい乗り手になれるぜ」


 前を向けば、もう山頂まで100m程度。


提督「牽かれることで、すごく楽に走れただろ? 何よりも気持ちが」


 そうだ。心が軽くなったんだ。その気持ちを、まるゆは覚えている。

 だから、なりたいと思った。


提督「山岳がキツいレースにおいて。山岳では誰もが頼りにする――――そんな子になるのはどうだ?」


 ――そうなりたいと、思ったのだ。


はち「やってみせ、言って聞かせて、させてみて」

ゴーヤ「誉めてやらねば、人は動かじ……まるゆは自分に自信のねー子でち。未知のことについては、特に」

はち「自分で自分の才能に蓋をしてしまいがちですからね。提督に先を越されちゃいましたか」


487 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:28:04/sduyqbU (33/35)


ゴーヤ「てーとくの手を煩わせちまったでち。罰として今日はゴーヤと一緒にスプリント地獄でちよ、ろー」

ろー「」



 ろーは納得できなかったが口ごたえできなかった。


【もぐもぐ登坂(弱)・完】


488 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:28:45/sduyqbU (34/35)

※こんなところですね

 次からは別の話(本編か小話)になりマッシュ。


489以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/02(月) 23:39:02zaz9wW/. (1/1)

乙なのね!

悩ましい、実に悩ましい!
全部読みたいぞ全部だ!

でもまずは秋月型かな


490 ◆gBmENbmfgY2019/12/02(月) 23:48:50/sduyqbU (35/35)

※秋月型のリクエストが多いのは何故だろう





 何故だろう
 ぼくにはかいもくけんとうがつかない


491以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/02(月) 23:49:28ZH.B2jyI (1/1)

乙なのです
朝潮型が読みたいのです


492以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/03(火) 07:18:46f7e36tGY (1/1)

吹雪の描写とか見てるとそれだけで
この作者の艦これは安心して読めるって
気持ちにさせてくれるのが良い

……魔法レアトレジャーも余裕できたら再開してほしいね


493 ◆gBmENbmfgY2019/12/03(火) 21:02:37hqf5poSc (1/7)

※ご感想およびリクエストありがとうございます

 秋月型が3票と獲得数最上位なので秋月型にするかな

 ちょっと書けるとこまで書き足して投下していく

 その次当たりに神風型と朝潮型か、もしくは北上さんだ。さらにリクエストあれば前向きに考慮はする。(やるとはいってない)

 なお北上さんがニートになる話は、正しくはニートじゃない。

 大戦が終わった北上さんが燃え尽き症候群になって部屋の隅で膝を抱えて虚空を眺めつづけて一日を終えるという状態が続いたことで、異変に気付いた大井っちがギャン泣きしながら提督に土下座で助けてくださいと懇願する話である

 提督は結婚をはぐらかされたカイザーみたいな顔をしている


494以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/03(火) 22:01:52.f45OP8w (1/1)

北病みさんとか最高じゃないか……!
ひょっとして初期艦大井っちだったりするのだろうか?


495 ◆gBmENbmfgY2019/12/03(火) 23:49:58hqf5poSc (2/7)


【6.秋月型トレーニング!】

 初月が鎮守府に着任してから、約半年が過ぎた。

 週に一度、バイキング形式で振る舞われる月曜日の朝食ですら、初月にとっては堪らないひと時だ。


 ――今日も一日がんばるずい!


 むんと両手を握りこぶしの形に固め、自らに言い聞かせるように声を出す初月の姿がある。その名に関する一文字を体現したような初々しさを感じさせるしぐさだった。

 今日も一日が始まる。訓練が始まるのだ。優しくも厳しい、理想的な先輩たちに囲まれ、充実した一日となるだろう。

 慣れというものは恐ろしいものである。よその艦娘がこの訓練に参加した日には、一日を待たず一時間で脱走するか死ぬかする訓練だ。だがこれこそがここの鎮守府にとっての平常運転なのだから、大戦が激化していた時は比較にならない程に辛かったのだろう。推して知れる。

 だからこそいつまでも新人気分ではいられないと一念発起する彼女は、秋月型四番艦・初月だ。怜悧な顔立ちからクールな印象を抱かれがちな彼女はその実、心の内側に熱い情熱を秘める頑張り屋である。

 瑞鶴主導による対空射撃訓練から始まってしまう陰鬱かつ凄惨なはずの月曜日が、この朝食のおかげで待ち遠しさすら感じる曜日になる。

 艦娘や憲兵、鎮守府のスタッフたちでいっぱいになった食堂には列ができる。まだ朝六時だというのに、艦娘も憲兵もスタッフもバッチリカッチリと各々の制服を着こなして、活気に満ちた顔色を輝かせていた。

 思い思いが食器を手に持ち、列を形成している。その始点には、大量の卵と色とりどりの食材が並ぶ移動式の調理台――――その前にはフライパンを持った間宮や伊良湖、そして瑞鳳と鳳翔、たまに提督までもが立っている。

 オムレツやスクランブルエッグ、目玉焼きや卵焼きを焼いてくれるのだ。その順番待ちの列である。

 卵の調理方法を選んだ後、中に入れる具材はリクエストに応えてくれる。そのための背後の大量の食材だ。


496 ◆gBmENbmfgY2019/12/03(火) 23:51:37hqf5poSc (3/7)


 瑞鳳の焼いてくれる卵焼きも人気だったが、提督のオムレツや鳳翔の出汁巻き卵、伊良湖の絶品ふわトロオムレツスフレ、間宮のトロたまベーコン巻きも負けていない。

 特に初月は提督が作ってくれる刻んだタマネギとハム、チーズにトマトを大匙一杯分加えた、中ぐらいのサイズのオムレツが大のお気に入りだった。

 初月好みの焼き加減を熟知しており、それに違うことなく仕上げてくれるので、提督に調理してもらえる日はとてもツイている。

 もちろん今日の初月が並んだのは提督の列だ。今日は一番人気で列が最長である。両隣の鳳翔と間宮がむぅと頬を膨らませているのが見える。両者の視線にどこ吹く風で、いつも通りの笑顔で艦娘たちに料理を手渡していく提督は図太い男であった。

 かくして朝の糧を手に入れた初月。一番先に手を付けるのは、瑞々しい採れたての、色とりどりの野菜で構成された至高のサラダだ。シャクシャクと噛みしめると、わずかに残っていた眠気がスッキリ取れてくる。

 思考と味覚が鋭敏になってきた頃、まだアツアツの提督特製オムレツにナイフを走らせる。

 割ってみれば、期待を裏切らない極上のふわふわとろとろ、中身がこぼれない絶妙かつ究極の焼き加減だ。表面は黄金色のくせに、中には指定した食材がぴったりと収まっている。

 たまらずフォークで掬って口に放り込む。


初月「…………♪」


 初月の頭頂部、その左右から飛び出した髪の房が、ぴこぴこと揺れる。


初月(か、完璧だ……完璧に、僕のイメージした、僕の理想とする、オムレツだ……好きな具材が適当に入った焼き卵じゃない。卵というシルクの帯に、食材という宝石が最も美しい配列でちりばめられている……)


 意外と詩的な初月である。


497 ◆gBmENbmfgY2019/12/03(火) 23:53:28hqf5poSc (4/7)


 意外と詩的な初月である。

 重層の帯が重なり合ったような半熟の卵に絡む、タマネギの食感とジューシィなハムの旨み、芳醇な酸味弾けるトマトと薫るチーズ……混然とした旨みが、舌の上でとろりと解ける。


初月(きっとジ○リアニメの登場人物は、毎日こんなのを食べているに違いない……!!)


 添え物のマッシュルームの肉厚な歯ごたえと風味が口の中をさっぱりさせ、次の一口への欲求をこれ以上なく掻き立てた。

 サクサクの焼き立てクロワッサンをほおばり、もぐもぐと咀嚼した後に、菊月の珈琲を流し込む。

 ごくりと喉を鳴らして嚥下すると、ずっしりとした心地良い重みが胃を満たしていく――――ああ、食べた。いっぱい食べたなあ、と。

 仕上げとばかりに、伊良湖が趣味で作り出したカスピ海ヨーグルトに旬の果物をトッピングしたものを掻きこみ、濃厚なエスプレッソを三口で嚥下すると、初月の気力ゲージは最大限に高まっているという寸法である。

 これだけで『今日も一日頑張るずい!!』という気持ちになれる。週の始まりに欠かせない活力の源であった。

 それは初月のみならず、多くの艦娘達にとってもそうだ。


加賀「――――素晴らしい。今日も朝からやる気がわいてきます」

赤城「はふはふ、おいしいですねぇ……あら、加賀さん、今日は変わり種で納豆オムレツにしてもらったんですけど、これもイケまふよぉ」

加賀「オムレツに、納豆ですか」


498 ◆gBmENbmfgY2019/12/03(火) 23:55:47hqf5poSc (5/7)


 表情こそ変わらないが、加賀は驚きからぱちぱちと瞳を瞬かせた。


赤城「はい。意外とイケます」

加賀「ふむ……成程、私の常識からするとなかなか発想の浮かばない組み合わせです。しかし物は試しと言いますね……ええ、それでは一口頂けますか? 私のチーズとほうれん草のオムレツもどうぞ」

赤城「はい」

加賀「ありがとうございます。では………む、これは、確かに……意外な組み合わせのようで、いえ、思えば納豆に卵を割り入れることもありますね。加熱によりナットウキナーゼが死ぬという話も聞きましたが、おいしいは正義……加熱の有無でここまで違いが……ふむ、ふむ、美味ですね」

赤城「いえいえ、ではこちらも……まあ、これもまたおいひぃれふねぇ……あむ、はぐ……」

蒼龍「あのお二人は本当に美味しそうにご飯食べるなあ」

飛龍「いいじゃない。ごはんが美味しいって、それって幸せってことよ。ね、多聞丸!」

蒼龍(うん、貴女も負けてないけどね飛龍)


 戦艦や空母らは五回ぐらい並び直して大盛おかわりする始末である。

 纏めて調理してもらうようなことはしない。巨大なオムレツや卵焼きは見た目が愚劣である。それに出来立ての方が美味しいから何度でも並ぶのだ。


499 ◆gBmENbmfgY2019/12/03(火) 23:56:30hqf5poSc (6/7)


伊勢「うん、うん、ふふ、おいしいねえ日向」

日向「ああ。空っぽの腹に、力強く染み渡っていく……今日も瑞雲の光をあまねく世界に輝かせようという活力が湧いてくるな」

伊勢「え?」

日向「ん?」


 ロードバイク鎮守府――――衣食住においても比類する鎮守府はそう多くない。とても無碍な話をすれば資金力が違う。

 特に体を資本とする艦娘達へのクオリティ・オブ・ライフ(生の質)への、提督の力の入れようは半端ではなかった。


扶桑「はぁ……今日もスッキリ快眠、訓練の疲労も抜けて、月曜日の朝ご飯はとっても美味しい……幸せね、山城」

山城「扶桑姉さま……油断してはいけません。禍福は糾える縄のごとしと言います」

扶桑「あのね山城……貴女にはもっと前向きに生きて欲しいなって思うの。姉さま思うの。思うのよ……割と本気で。どれぐらい本気かというとスリガオ海峡で敵艦隊をブッ沈滅(ちめ)た時並に」

山城「前向きだからこそ、油断なく一歩一歩を踏み出すのです、姉さま……機雷とは『え、嘘、そこに?』ってところに潜むものです」

扶桑(うん、やっぱりこの子が西村艦隊の旗艦よね。私が支えてあげなきゃ……)

時雨(山城は今日もいつも通りの山城だなあ……うん、今日の月曜モーニングも、いつも通り……美味しいね)


500 ◆gBmENbmfgY2019/12/03(火) 23:57:56hqf5poSc (7/7)


 寝台一つとっても艦娘一人一人にあった寝具を手配、医療施設においても女所帯である鎮守府の体制を鑑みて、女性比率の高い医療スタッフが常勤、作戦開始時から終了までの期間は非常勤スタッフも増える。

 トレーニング施設も充実の一言。都内のジムならば月額数十万円はかかるだろうトレーニング器具や艦娘の身体能力を熟知した一流どころのインストラクターを取りそろえ、科学的なスポーツ療法までもを盛り込んでいる。

 なんせ提督が率先してこの体制を生み出したのである。なお経費は鎮守府の収入で賄っているから大本営の援助金はない。文句を言おうものなら「じゃあウチんとこより劣る施設でウチより戦果上げるか、使った費用に対する効果、即ち戦果を示せ」と返すのが定期である。

 あれこれ難癖付けて異動させ、この鎮守府を慰労施設にしてしまおうという意図が隠す必要もなく見え見えなのだから、提督も怒り心頭である。維持するだけの金も捻出できん癖に人の所有物をねだるあたり、我儘なクソガキよりもタチが悪いと提督は思う。提督はナリだけの大人というのが大嫌いであった。


長門「うむ……やはり朝はプロテインよりもこの素晴らしき朝食よな。やるぞ、やってやるぞ、という気持ちになる」

陸奥(それでも起き抜けにプロテイン飲むわよね貴女。ホエイのプレーンのやつ。まあ、提督も推奨してはいるけれど)


 不足しがちな栄養素はサプリで補うのは今や常識的である。可能な限りは食事で摂取するという点においては実に健全であろう。

 憲兵的にも自分たちの健康維持のためにウルトラOKですってな代物だ。なんせ艦娘らと交流を深めつつ旨い朝食で活力を得られるのだから反対する理由が一つもない。

 艦娘達にとっても、提督以外の男性との会話になれるための、ある種の社会勉強の一環と認識しつつも、純粋に会話を楽しみながら食事をとる。

 提督が前述した台詞通り、かけた費用に対してあげる戦果の割合、即ち利益で考えるととてつもなく高い。使った金は高くつくが、それ以上に利益を出し、利益率が極めて高いとなれば文句のつけようがなかった。

 他の鎮守府の艦娘からも「あそこで建造・ドロップ、あるいは異動できたら日常生活面の充実を150%保証」と言われている。余った50%は想像以上という意味だ。

 そもそもロードバイク鎮守府への異動に当たっては、並の艦娘では達成不可能レベルに厳しい条件がある――――達成できた艦娘は、極僅かな例外を除き、五指で数え切れる。

 しかも無事に異動できたとしても、トレーニングはシャレにならないぐらいキツいのでトントン、むしろややマイナスと言ったところか。


501 ◆gBmENbmfgY2019/12/04(水) 00:05:56x9H3IH0c (1/6)


 そう、マイナスなのだ。それでもマイナスになる。それほどの訓練密度である。

 だがそれも慣れる。慣れるまでが大変で、慣れてしまえば天国だ。ただし、この天国には常に地獄が隣接している――否、ミシン目のように編み込まれているのだ。

 即ち、初月が今立っているのはそのミシン目なのだ。直面している地獄は、


秋月「――食制限をしますよ、初月。一週間の合宿です」

照月「体を締めるわ。イエスと言いなさい、初月」

初月「絶対にノゥ! 奪うのか!? 与えておいて、それを今更僕から奪うのか!!!? 姉さんたち!?」

秋月「はい。今更何かを言えた話ではありませんが、初月――私たちは、貴女を可愛がりすぎました」

照月「うん。甘やかしすぎたよ。ちょっとそのあたり、秋月型が有する力に目覚めてもらうためにも、合宿への参加はマストだからね」

初月「なんて、ことだ……」


 こんな旨いものは食べたことがないと、着任当初は食事のたびに涙を流していた。

 一食二食ぐらいならば粗食はいいだろう。むしろ初月自身が望むところである。事実、秋月・照月は節制と健康を心がけ、贅沢な食事は多くても月に三回程度であった。そちらの方が喜びも大きいという実体験が、初月に「贅沢とはたまに味わうからいいものだ」という実感を与えていた。

 ただ初月の場合問題なっているのは、その頻度だ。毎日である。朝がっつり贅沢したらあと粗食。朝と昼に粗食だったら夜贅沢、といった有様。

 それが一週間……これは立派な罰ゲームであった。一週間ともなればもはや拷問だ。


502 ◆gBmENbmfgY2019/12/04(水) 00:08:19x9H3IH0c (2/6)



 これから初月は、一日に一度の贅沢が許されない。一週間の禁欲生活(食)に入るのだ。

 汗水流して、へとへとになって、さあご飯だ、楽しみだなあ―――――そんなところに脂っ気の少ないお料理。新手の拷問である。それ以外の何物でもなかった。

 タンパク質は脂の滴る肉や魚からではなく、植物性の大豆や、さっぱりとした鳥のササミから摂取することを強いられる。これが先が見えるならいい。一週間後は贅沢なご飯が待ってるという希望があれば耐えられる。

 ―――それを断つ所業だ。鬼! 悪魔! 提督!

 阿賀野が以前ダイエットしていた時に食していたプランであるが、阿賀野の時とは事情が違う。阿賀野には体重が減少し体がみるみる動くようになることの楽しさというモチベーションアップの要素があった。

 初月にはない。だって素晴らしいスタイルをもともと持っているからだ。体だってピンピン動く。

 だが逆らえぬ理由があった。提督、その人自身である。

 他のトレーニングを経て、提督はヘロヘロ状態だ。誰が見たってやせ我慢しているし、生まれたての小鹿のほうがまだガッツがあると思うだろう。

 だから。


初月「ッ――――やってやろうじゃないか!!! この血の一滴、この肉の一片に至るまで、姉さんたちと鶴姉妹に鍛えられたんだ!! 僕の憧れた、あの人達に!! この僕を、秋月型を舐めるな!!」


 なおこの決意は、数分と持たないのは誰もが予想可能であった。


503 ◆gBmENbmfgY2019/12/04(水) 00:09:09x9H3IH0c (3/6)

※かるーく導入編ですね

 秋月達にはお腹いっぱい食べて欲しい欲がある提督は意外と多いのである


504以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/04(水) 00:25:00KWSyRr02 (1/1)


飯テロでこんな時間なのにお腹が空いてしまった


505以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/04(水) 11:04:45TfvjDvmI (1/1)

乙おつー


506 ◆gBmENbmfgY2019/12/04(水) 23:42:28x9H3IH0c (4/6)


 さて、物語は少しばかり前後する――。

 提督は人間である。たまに自信がなくなるとは艦娘たちの言葉だ。古参の艦娘ほど答えに窮し、悩んだ末に「人間だ――多分な!」と、自信たっぷりに自信なさげに答えるという有様。

 そんな提督は最近、ロードバイクで速くなりたい艦娘たちを募って、個人練習なるものを定期的に行っている。

 各人のレベルや脚質、身体能力を加味した上で方針を立てるのだ。得意分野を伸ばす、あるいは苦手分野を無くす、得意分野を作る、苦手分野は捨てる――目的は様々、狙いも様々だが、共通していることはトレーニングを望む艦娘たちの個人個人に方針を立てて、そのトレーニングプランを考えているということ。


提督『懐かしいな。まだウチの鎮守府の規模が100人未満だった頃にはしょっちゅうやってた。こういうのも俺の仕事だったんだよ。やれ砲撃の威力を高めたいとか、命中率上げたいとか回避重視で立ち回りたいとか、いろいろあったなァ』


 鎮守府で正式に雇っているトレーニングスタッフ(艦娘への心理的ストレス軽減を鑑みて女性オンリー)が舌を巻くほどの、艦娘たち一人一人の事が分かっていなければとても立てられないプランを矢継ぎ早に作成し、後学のためトレーニングスタッフたちにも確認してもらい、文句なしに太鼓判を得た後に実施するという念の入れよう。

 とはいえ、これには問題があった。提督の仕事が増える、という点もそうだが、ロードバイクの技量を教え込む人員が、提督以外に居ないという点である。スタッフの中にも少しばかりロードバイクについてかじっている人間はいた。だが提督の経歴を聞いて、誰もが身を退いた。退かざるを得なかった、そんな経歴だったという。

 与えられた計画に乗っとってトレーニングを進める艦娘たちにも、疑問は出てくる。このトレーニングのやり方は? 意図は? そこは提督を信じてるから聞かないけれど発展するにはどうすればいい? そんな質問が飛んできた場合、提督はどうするか。

 ――――時間の許す限り、同行するのだ。主に鎮守府内道路を使ったテクニック講座や、登坂でのスキルにおいては自転車のソフトを用いたローラー台での実演など、その方法は多岐にわたる。

 提督はへとへとだった。体力的な面でも精神的な面でも搾りつくしている。

 そんなタイミングで、今度は初月のトレーニングに付き合ってくれるという。


初月(多くの先輩方が、こいつを尊敬するわけだ。視線が同じなんだ――司令官として、僕たちの上位者として、そこに絶対の線を引いておきながら、それをするりと飛び越えて寄り添ってくれる。同じ嬉しさや悩みを共有してくれる……ああ、これは)


507 ◆gBmENbmfgY2019/12/04(水) 23:50:30x9H3IH0c (5/6)


 戦いの中で寄り添われた艦娘たちは、どれだけ嬉しかっただろう。どれだけ心強かっただろう。それが初月にも理解できる。

 ――堪らない男だと、初月は思った。子供と言っても過言ではない年齢なのに、しっかりとやることは大人だ。初月の目には、提督がとても好ましい男に映った。

 翻って、自分はどうなのだ?

 初月は思う。まだ初月は与えられる側に過ぎない。新人であるなしは関係がない。

 まだ何一つ、提督に返せていないのだ。

 そんな男の傍に立っても見劣りしない存在になるには、どうすればいいのだろう。


秋月「強くなりなさい」

照月「強くなるしかないわよ」


 姉たちが口を揃えてそう言った。初月も同意した。心の底からそう思った。しかし大戦は終わった。既に戦果を挙げられる場所は欧羅巴圏や、亜米利加圏に僅かに残るばかり。

 初月は既に、そこでも戦い抜けるだけの力は有していた。

 ここに所属してからわずかに半年だが、されど半年――――修羅の鎮守府と呼ばれるここに所属する先輩艦娘たちが、惰弱を惰弱のままにのさばらせてくれるはずもなく、初月は相応のトレーニングを積んで強くなっていた。まだレ級はワンパンできないけれど、ワンツーで倒すことぐらいはできる。

 しかし、そうして戦果を上げれば、彼にふさわしい存在になれるだろうか――自覚のない恋心が、初月を悩ませ、考えさせた。考えて考えて――考えても分からなかったので、提督を見ることにした。

 気づいたのだ。彼はロードバイクが、本当に大好きだということが。


508 ◆gBmENbmfgY2019/12/04(水) 23:54:36x9H3IH0c (6/6)

※毎日更新を目指してゆっくり投下していきます。
 こういうコメントは今後なるべく控えます。
 切りの良い節々で差し込みます。
 でも読んでいただいたら感想いただけるとモチベが上がって島風スプリントや夕張スプリントがすこぶります。
 感想はもちろん、この子の話が読みたいといったご要望もあればじゃんじゃん書いてってください。励みになります。


509以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/05(木) 03:30:49f1Qd.nbI (1/1)


やっぱ貧乏性の秋月型とか機械オンチっぽいイメージのある神風型とかが人気よね
意外性があってどんなバイク乗ってるか想像がつかない分見てみたくなる


510以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/05(木) 09:48:24GRmx1vCg (1/1)

乙おつ
いつも楽しませてもらってます
連載中断してた間も何度も読み返して待ってました
本編の流れ的にはまだまだキャラ紹介や序盤の段階っぽいですが、島風と夕張の時みたいな熱いレースも早く読みたいぞー!


511以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/05(木) 13:48:56piJCSsYk (1/1)

>>509
神風おばあちゃんの事を機械オンチとか言っちゃダメだろ!いい加減にしろ!


512 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 22:44:55Fk1pz5TE (1/10)


秋月『貴女が知りたいと思った人の為人が知りたいならば、まずはその人の気持ちになって考えなさい』


 当たり前の事。だがその当たり前の何と難しい事かと、初月は改めて姉の偉大さを知った。

 ロードバイクについて教えたり実践して見せる時の提督は、年相応の幼さがにじんで見えた。弱冠19歳という異例の栄達。最速の英雄。全鎮守府の頂点。彼の心が休まるときはいつなのだろうと考えた。

 それがきっと、これなのだろう、と。

 出撃した時の事を思い出す。

 出撃前は母港で集合だ。それぞれが艤装を身に着け、提督からの激励の言葉を水面の上で待つ。

 波止場の上に立ち、海面に集結する艦隊を見下ろす提督の表情は真剣そのもので、そこに笑みはない。生きて帰ってこいと伝えられて、出撃する。

 思い返してみれば――提督は苦しんでいたのではないか。

 そのままだが――着せたくない服を着た少女を見る。そんな目で見ていた。

 だが、今はどうだ?


提督『お、利根! 新しいジャージ、カッコイイじゃないか!』

利根『目の付け所が違うの、提督! 吾輩かっこいい? かっこいいじゃろ! そうじゃろそうじゃろ♪』

提督『ヘルメットもアイウェアもばっちりだ! 筑摩に選んでもらったのか? センスいいなあ』


513 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 22:51:40Fk1pz5TE (2/10)


利根『そうじゃろそうじゃろ! 筑摩のせんすは天下一品じゃからな! お揃いで吾輩も筑摩もすーぱーかっこいいのじゃ!』

筑摩『まあ、利根姉さんったら……お褒めの言葉、ありがとうございます、提督。提督から頂いたロードバイクにぴったりあうジャージを選んだつもりです』

提督『ん。楽しんでるようで何よりだ』


 ――楽しんでいるのは、提督のように見えた。

 提督は艤装よりも、私服を好む。

 私服よりも、ロードバイクを楽しんでいる子達を見ると、本当に嬉しそうに笑うのだ。

 何故か、初月はその笑顔を見ているたびに、温かな気持ちと一緒に、悲しい気持ちになってくる。

 それがどうにもわからなかった。

 考えても考えても分からなかったので――今分かっていることを実践しようと思った。

 提督はロードバイクが好きだ。彼の言葉を借りるなら、愛している艦娘たち――――が、己の好きなものを好いてくれるから、余計に嬉しいのかもしれない。

 ならば、提督は――ロードバイクで速く走れる艦娘は、もっと好きになってくれるのではないか?

 初月が辿り着いた答えはそこだ。

 姉たちが自分を合宿で鍛えると言い出したのは、渡りに船だったのかもしれない。


514 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:00:25Fk1pz5TE (3/10)


 これより初月が参加する合宿名は――――ロードバイク合宿というそのままのネーミングだ。

 一週間の間、ロードバイク漬けのトレーニングを中心に日々を過ごし、食事についてもプロのロードレース選手がツアー中に実際に食しているものと同じ献立で組まれる。

 かくしてへろへろの提督を伴っての合宿が、次の日から幕を開けた。なお昨日までへろへろだった提督は、あっさりばっちり完全に回復していた。

 かくして始まる一つ目のトレーニングは――。


提督「――――おまえたちの最大値を測る」


 まずは実力を確かめようということだろう。この場には多くの艦娘たちが集まっていて、その中の一人に過ぎない初月はそう思ったが、半分は間違っていた。

 実力を測ると同時に、トレーニングにもなる――そんなアクティビティだ。


提督「ローラー台に自転車をセットし――20秒間、全力でこぎ続けろ。その後は10秒のレストタイム(休憩)。終わればもう一度20秒スプリント、10秒のレスト。スプリントとレストを1セットとし、これを8回連続で行う」


 聞いた時、艦娘たちの反応は様々だった。

 新人ほど「そんな簡単でいいの?」と疑問符を頭上に浮かべた。初月もまた疑問に思った側だ。

 中堅の艦娘は「あ、ヤベ」と顔色を悪くした。

 古参の艦娘は「気合入れていかねば」と、まるで戦場に赴く直前のように、口元を引き締めた。


515 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:16:12Fk1pz5TE (4/10)


 どんなトレーニングなんだろう、そんなに辛いのだろうかと、期待と不安をそれぞれ1:1の割合でカクテルされたものが心の中に満ちている初月の耳に、ある駆逐艦たちのやり取りが聞こえてきた。

 ――タバタ・プロトコル、と。

 話していたのは、天霧と朧だ。そして続く言葉に、初月の心の七割を不安が占拠し始めた。

 ――何人、立って終われるかな、と。

 その言葉の意味を、この時の初月は理解していなかった。誰も彼もが気合を入れた表情をしている。瑞鶴も、翔鶴も、そして――秋月と照月も。

 途端に心に闘志が流れ込み、不安も期待も一切合切を吹き飛ばした。何が何でも『僕は立って終わらせてやる』と決意した。

 このトレーニングの成否は、それが全くの逆だったとも知らず。


 そうして艦娘たちが順番に提督の指示を受けて、トレーニングを終えた頃。

 ――初月は、立って終われた。

 望み通りの結果だった。先ほどまで気合を入れてトレーニングに挑んだ古参の艦娘たちが全員倒れているのに、初月は倒れなかった――倒れることが出来なかったのだ。

 そうだ。倒れてしまうほどに、己を追い込めなかったのだ。

 ――タバタ・プロトコル。このトレーニングの狙いは心肺機能上昇と持久力向上にあるが、8セットから成る『疲労困憊に至る間欠運動』を前提、否、目的とする。

 8セットのトレーニングタイムは合計で僅かに4分。無酸素運動と有酸素運動を交互に行うトレーニング。無酸素運動では常に全力で20秒間。有酸素運動では軽い運動に留める。


516 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:23:34Fk1pz5TE (5/10)


 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。


517 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:24:14Fk1pz5TE (6/10)

※>>516ミス


518 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:24:54Fk1pz5TE (7/10)


 その内の休みは合計で1分20秒。実際に全力を出しているのは、僅かに2分40秒に過ぎない。

 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。


519 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:33:02Fk1pz5TE (8/10)


 見れば、初月以外の新人、新人上がりの多くは、倒れ切れていなかった。

 それでも、全員が出来ていないわけではなかった。

 吹雪型――浦波は見事にやり遂げていた。

 綾波型――天霧もそうだ。

 神風型――達成できたのは旗風だけだ。

 誰もがこのトレーニングの真意を知り、悔し気に俯いていた。俯くだけの余裕がある自分が、初月も悔しかった。

 どうしてだ。なんでだ?

 初月は自問自答する。姉たちに教わったように。

 ――身体能力なら、僕はこの中で特別劣っているわけじゃない。瞬発力、持久力に優れる天霧や浦波には及ばないだろう。

 だけど、旗風は達成できている。

 僕よりも身体能力では、間違いなく下と断言できる旗風がだ。

 どうしてこうなるんだろう。

 悔しさで頭の中が真っ赤になった思考で考えたが、答えは出なかった。

 酷い敗北感で、初月の心は千々に乱れた。


520 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:38:44Fk1pz5TE (9/10)


 ――僕は、駄目な奴なのだろうか。


 そんな思考が脳裏をよぎった。

 慌てて首を振って考えを払拭させる。諦める思考に陥りそうになっていたのを自覚した。

 深く呼吸する。浅く呼吸する。出し切れなかったため、次第に呼吸と共に思考は落ち着いてきた。

 冷静になって考える。

 ――僕にはなくて、旗風や天霧、浦波には、僕にはない何かがあった。

 そう考えることにした。ではそのないものはなんだろう?

 そればかりは、どうしてもわからなかった。

 達成できなかった他の新人たちも同じことを考えているのだろう。一様にむっつりと押し黙り、思案に耽る。

 そんな折だった。提督が声をかける。


 ――何が何でも達成してやるって意志が、足りなかった。正しくはその達成してやるって気持ちを燃やし続ける術を知らんのだ、おまえたちは。


 言葉に冷たいものはなかった。だけど、僕はその言葉が痛かった。自分には根性がないんだと、口先ばかりの奴なんだと、言われた気がした。

 涙がこぼれそうになった。こんなんじゃ、こんな様じゃあ、あいつの傍にはいられない。立つことなんてできない。


521 ◆gBmENbmfgY2019/12/05(木) 23:47:44Fk1pz5TE (10/10)


 そんな初月の内心を見透かしていたわけでは――ないのだろう。だが続く言葉には、確かな糧があった。


 ――今感じている『それ』だ。『それ』だって燃料になるんだぜ。


 今感じている思い――憤怒、悲哀、後悔、情けなさ、不甲斐なさ、無力感。


 ――そいつをもう二度と味わいたくないっていうのもまた、燃料だ。

 ――そして達成できたときに何を得られるのかを考えろ。


 僕は、達成できなかった。考えるより先に、達成できた人たちを見た。

 瑞鶴も照月姉さんも、まだ苦しそうだった。翔鶴も秋月姉さんも、まだハンドルにもたれかかったまま動かない。

 だけど、声が聞こえた。苦しげだけど、嬉しそうな声だった。


 ――これで、一航戦にまた近づけた。

 ――赤城さん、加賀さんの……一航戦の先輩たちの背中は、私たちが守るんです。

 ――これで、朧先輩に負けない。

 ――比叡さんも、霧島さんも、護り抜ける強さを、掴むまでは。


522 ◆gBmENbmfgY2019/12/06(金) 00:00:49V/II/Ac. (1/3)


 初月は唖然とした。

 だけど、否定してはいけないものだと思えた。何の事情も知らない初月が、訳知り顔で『そんな理由』などと言ってはいけないことだと思った。

 並々ならぬ何かがそこにあるのかもしれない。あるいはないのかもしれない。

 誇りなのか、安いプライドなのかはわからない。


 ――お前たちには、そんな苦しい思いをしてまで勝ちたいという欲がない。心に闇を飼っていない。飼いならせていない。


 言って、提督は新人たちから視線を切り、古参の艦娘たちに――――新人と同じく、達成できなかった古参の艦娘に―――向ける。

 視線の先には、朝潮と深雪と皐月がいた。

 彼女たちが今『茫然自失』の状態にあることは、遠目に見る初月にも分かった。


 ――お前たちは今日、自分に負けたんだ。強かったかもしれない自分か、弱かったかもしれない自分に。そんな自分に勝ちたいなら、悪い子にならなきゃならない。いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。


 びくり、と三者の肩が震えた。大きな瞳には涙が浮かんでいたが、気丈にも上を向いて、決して溢れないようにと、悲痛な表情で歯を噛み締めているのが、初月には見えた。

 初月は――――僕はこの時に気づいたんだ。

 強くなるためには、目的がいる。どうして強くなりたいのかという、明確な理由がいる 強くなるという大きな目的と、それを達成するための質なり量なりを伴う理由が必要なんだと。


523 ◆gBmENbmfgY2019/12/06(金) 00:07:57V/II/Ac. (2/3)

※ミス修正
>>518
×:苦しい戦いには慣れている?

  ――もう二度と言えない。
○:苦しい戦いには慣れている? 誰の言葉だっただろう。

  少なくとも僕には――もう二度と言えない。


524 ◆gBmENbmfgY2019/12/06(金) 00:11:30V/II/Ac. (3/3)

※キリ良しとする。前哨戦終了。

 合宿は続く。初月には強くなるための燃料が足りない。

 強くなりたいという願いはいくらあってもいい。大きなものが一つでもいい。

 だけどそれを絶対に達成してやるんだもんげ!という燃料をどっから持ってくるかという話。

 照月がフラグ立てたろ。アレだ。秋月型が持つ能力をイカせ。

 という次回予告で続きは明日。またの投下をお楽しみに。


 タバタきついよ。死んじゃうぐらいきついよ。自分の性根と向き合えるよ。初心者から玄人までお勧めだよ。死んじゃうけど。


525以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/06(金) 02:01:29MbbpBIi. (1/1)

おつ


526以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/06(金) 08:28:18cVx1tL3c (1/1)


トレーニングの段階で熱さが伝わってきそうな展開
メンタル面でも鍛えにいくのかな


527以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/06(金) 23:27:11eqwkHPVQ (1/1)

だもんげを読んだ瞬間心のギアが三つくらい落ちた
してやられたぜ


528以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/08(日) 01:48:04p6c8m0Qw (1/1)

オレの中ではロードバイク提督は空自の官品息子説が半ば確定してしまったのだが、作者様的にはソレが創作の邪魔にならないか少し心配ではある


現状あんまり関係無いけど、オレが個人的に知ってるリアル提督こと「海自隊員の艦これ提督」で最も階級が高いヒトは、確か空自の官品マンだったな


529 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 03:22:41zDNbxelo (1/11)


>>528
※そのうち落ち着いたら過去を小出しにしていこうと思っていましたが、少しだけバラします。(つーか以前>>1が書いたSSで晒したネタをちょいちょい拾い集めて繋げた設定を流用している)

 そういうのが嫌な人は次のレスをスルー推奨。


530 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 03:27:06zDNbxelo (2/11)


 致命的なネタバレを伏せてバラしますと、老舗料亭の次男坊という設定だったりする。叢雲の舌はこれで陥落した。五人兄弟。

 十歳以上年の離れた跡取りの兄(料亭の跡取り。こと料理に関しては提督以上のスキル持ち。ただし超がつくコミュ障。嫁がいる)、七歳年上の姉は製薬会社の社長(すんげえ蓮っ葉なお姉さん。すげえ美人だがメシマズ。提督に対しブラコン気味)、双子の妹が一人、六歳離れた妹が一人(カワイイ)の構成。

 提督はいわゆるギフテッド。同時にタレンテッド。提督の兄と姉も提督ほどではないがギフテッド。そのおかげで親の理解があったという幸運に恵まれ、姉の同伴で幼少時からイギリスで生活、その後ドイツ。行く国のメシがことごとくマズい。そして姉のメシがマズい。提督はまず料理を覚えた。

 かくして非営利活動法人のギフテッド養成機関で専用のカリキュラムを組まれてすくすく成長。当時の担当教員や機関長からの評価は歴代最高。そらイムヤも『何でもできる人』だという。

 「極めて多才。興味を示した分野はもちろん、示さない分野でも高レベルの結果を残す。八種の多重知能全てにおいて均衡の取れた万能のギフテッド。

 創造力の分野においても卓越しており、好奇心旺盛で知識に貪欲、高度な思考能力を備え、既得権益を淘汰することなく新たなビジネスモデルを展開していくバランス感覚に優れる。

 高いリーダシップあり。他のギフテッドの少年少女らの中でもひときわ高い能力を持ち、リーダーシップを発揮。たまに愉快犯。扇動者になる危険性あり。

 ソーシャル・スキルにおいて特に稀有な能力を有しており、道を誤まれば新興宗教立ち上げてヤベー教祖になりそう。それと身体能力マジパナイ。ぶっちゃけ人間じゃないっすわあの子」

 これが教育者の言うことかよ。マジブリカッス。だが合ってるぞ流石だグレートブリテン。ある意味不変のコロンビア。マルチプレイヤー。スペシャリストにしてジェネラリスト。子供の頃から色々ビジネスに手を伸ばしており、不労所得いっぱいのガチな高等遊民である。

 そら天才の島風やら雪風、イムヤ、まだ掘り下げてない他の天才艦娘たちの気持ちが痛いぐらい理解できるわけである。

 競える人間がいない、理解してくれる人がいない、孤独感を感じる、自分以外の人間が馬鹿に見える――それがたまらなく辛いことだというのを実体験で知っている。

 なお叔父の方が自衛隊関係者。ただし陸自。なお空挺教育隊のエリートのもよう。フィジカル・メンタルにおいて無敵を誇る。未だ現役。アホみてえに優秀な叔父。

 もちろんロードバイクやらモーターバイクを始め、サバイバーな趣味を教えたのはこの叔父の仕業。提督が真っ向のステゴロ勝負で勝てない数少ない人類。

 環境が人を作るというが、そういう点では誰よりも恵まれているガチート。なお上記のネタバレでも全然致命的なネタバレは含んでいないので、行間を読んで想像するのもよいのではないかと。


531 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 03:33:17zDNbxelo (3/11)


 僕にはきっと、それがない。すぐに気づいた。トレーニングが終わった後、僕は動けなかった。

 だけど――朝潮と深雪と皐月は、すぐに動き出していた。申し合わせたかのように三者はトレーニングルームの飲食スペースに移動し、プロテインを飲んだ。アミノ酸、電解質、炭水化物を含んだサプリメントも摂取した。

 僕はまだ、提督に言われた言葉がぐるぐると頭の中をめぐって、動く気力すら湧き上がってこなかったのに、彼女たちはすぐに切り替えた。

 黙々とストレッチをしつつも、その瞳に決意の火を灯す者、己が信頼し尊敬する艦娘に教えを乞う者、再び己を追い込みはじめる者。

 行動は三者三様、しかし彼女たちには悩んだり落ち込んだりするよりも先に、やるべきことがあると分かっている。
 
 
 ――僕に、あるのだろうか。できるのだろうか。強くなりたいという思いを次々に作り出し、燃やし続けることが。


 そんな不安を抱えたまま、全員の計測が終わった。今日のデータをもとに、提督が次の日のトレーニングメニューを考案するという。


 ――初月、体が冷えるわ。ひとまずプロテイン飲んで、柔軟しましょう。


 呆然とする僕の肩を叩いて誘ってくれたのは、瑞鶴だった。

 乱れた心拍と呼吸を整え終わったのだろう。秋月姉さんと照月姉さん、そして翔鶴も合流した。


532 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 03:45:48zDNbxelo (4/11)


 ――基本的に、ねっ? 負けず、嫌い、なの、よっ……私に、限らずっ、艦娘ってっ、そう、いう、もの……よっ。


 長座体前屈で筋肉をほぐしながら、瑞鶴はそう語り出した。


 ――まあ、艦娘に限らずとも、多かれ少なかれ負けたくないって気持ちはあるものよ。誰にだってそう。


 同意するのは、翔鶴だった。言われてみれば当たり前の事なのだろうけれど、初月には意外に思えた。いつもおっとりとして、上品な彼女にも、そんな気持ちがあるのだろうか、と。


 ――ええ。それは誰にでもある。誰だって負けたくないのよ。だけどそこから『どうするのか?』……それは人によって異なるわ。


 秋月の言葉で思い出すのは、やはり先ほどの三人の事だ。朝潮と、深雪と、皐月。


 ――飛び越えられなかったハードルにまた挑むのもいい。諦めるのもいい。諦めた、負けた、と。そう認めることができるなら。折り合いをつけることができるならね。


 照月はそこに「だけど」と付け加える。


 ――それを認めないのは、駄目よ。『最初から戦っていない』とか『本気でやっていなかったから』とか『自分は駄目なやつだから』とか……そんな理屈で自分を誤魔化すなら、もう駄目よ。


 その言葉に、初月は背筋に氷柱を突きこまれたような恐怖を覚えた。


533 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 04:00:48zDNbxelo (5/11)


 図星だった。トレーニング直後に脳裏をよぎった『僕は、駄目な奴なのだろうか』という考え。

 必死に否定しようとしたけれど、その考えは少しずつ、初月の心を侵していった。軋みを上げる心の内側の感覚が、次第に鈍くなっていく。

 そこに、滑り込んでくる言葉がある。


 ――だから照月はこう言うわ。『そんなことはないよ』と。その人が駄目にならないうちに。


 じわりと少しずつ腐っていくような感覚が走る心に、確かな震えを感じた。


 ――小さな勝利を積み上げる。大きく勝つことを知る。それを知ることで、『負けたくない』という気持ちが強まる。障害が発生した時、闘争か逃避かを選択する。自然な在り方です。健全と言えますね。知性を備えた生物は、選択していくことによって強くなる。誰かが言った言葉だったかしら。


 続く翔鶴の言葉もまた、小さく、しかし確実に心を揺らす。


 ――負けることは怖いわよね。私だって怖いわよ。だって負けるのって嫌だもの。悔しいもの。不甲斐ないって思うもの。でもね、初月。それ以上に怖い事ってあるのよ。 


 立ち上がった瑞鶴は、真剣な面立ちで言う。


 ――冷たくなっていくこと。自分の中に確かにあった情熱が、崩れ落ちていくこと。強くなりたいと誓った自分を、嘘つきにすること。


534 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 04:15:46zDNbxelo (6/11)


 鼓動が熱を持った。初月は己の内側で、『それ』が跳ねる音を聞いた。

 思い出したことがある。

 いくつもの思い出があった。

 着任した時の事。提督との初顔合わせの時、酷く緊張していたことを思い出す。

 姉と再会したこと。右も左もわからない初月に、姉たちは張り切って鎮守府を案内してくれた。

 その時に鶴姉妹に抱き締められたこと。二人とも本当に嬉しそうに、初月との再会を喜んでいた。

 そして、共に訓練に励んだこと。充実した日々だった。訓練は辛く厳しかったけれど、それでもあの時の初月は、一度だって弱音を吐かなかった。


『海を平和にするんだ。皆で笑い合うんだ』


 そんな気持ちが、確かに胸の内側で燃えていた。

 その時の熱とは異なる、確かな熱が心の内側で燃えている。

 ――ここにあったんだと、心が叫ぶ。


「あ」


535 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 04:20:28zDNbxelo (7/11)


 すとんと、二つの事が理解できた。

 終戦後、初月がどこか漫然と日々を過ごしていた時だった。遠く、雷鳴のように聞こえる声があった。


『――見つけた!! これだよ!! 提督!! これだった!! 私が欲しかったのは!! これだった!!』


 その声に導かれ、出逢ったものがある。


『ッ……おッ、りゃあああああああああああ!!!』


 雷鳴のような声が、幾度も聞こえた。


『――――な、んです、か、あれは……?』


 窓の外には、初月の知らない乗り物を駆る、島風と夕張の姿があった。


『し、知らない。し、新兵器?』


 姉二人も知らないその乗り物は、銀輪を携えた漆黒の馬と青緑の馬だった。


536 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 04:46:59zDNbxelo (8/11)


『おお……!! アレは凄いな、姉さん!』


 あれを見た時の興奮を、今でも覚えている。あんなにも速く、大地を駆け抜けることができる乗り物があるのかと思った。


 ――僕も、あれに乗ってみたい。


 始まりは、そんな単純な欲求だった。

 それが提督から与えられた時のことも思い出す。ぴかぴかのフレームだった。これが今日から自分の者になると思うと、心が弾んだ。

 一日中、飽きもせず乗り回して、体中のあちこちが痛くなって、姉たちと笑いあったことを覚えている。

 それに乗った人たちが集まって、誰が一番速いかを競うレースがあると知ったときの興奮を覚えている。

 個人レースもあれば、チーム編成でのレースがある――それを知った時のことを。

 初月は、覚えている。


 ――ああ、そうだ。僕は、僕は……僕がやりたいことは。譲れないことは……。


 それを思い出して、初月はぎゅうと強く左胸を押さえた。掌に伝わる鼓動は、熱く、そして速かった。


537 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 04:47:46zDNbxelo (9/11)


 ――それでもはき違えて欲しくないことがあります。艦娘の本分は、海上での戦いにこそある。


 初月の思考に、秋月の言葉が割り込んだ。とても優しい声だった。


 ――貴女が今感じていること、想像はできる。だけど、正確なところはわからないの。


 そうだ。初月はまだ一度も伝えていない。呆然としていたところに姉と鶴姉妹に話しかけられて、ただ伝えられる言葉を聞いていただけだった。

 何がしたいのか。

 どうしたいのか。

 その意思を、伝えていない。

 初月は自分が甘ったれていたことを自覚する。

 手を差し伸べられるのを、待っていたのだ。助けてあげると、言ってほしかったのだ。浅ましくも。女々しくも。

 初月はそんな自分に、腹が立った。


538 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 04:48:55zDNbxelo (10/11)


 ――どうしたいの、初月。これは趣味に過ぎない。本気でやろうと、手を抜いてやろうと、どっちだっていいのよ。


 諦める、と言えば、きっとそれでもいいと言ってくれるのだろう。

 どうもしたくないなんて、誤魔化そうとすれば、きっとすぐにバレてしまうのだろう。

 怒られるのかもしれない。

 悲しまれるのかもしれない。

 呆れられてしまうかもしれない。

 ……見捨てられてしまうかも、しれない。

 それはとてもイヤだった。

 だけど、それよりもずっとずっとイヤなことがある。


 ――……ロードバイクで、速くなりたい。レースに出たい。ぼ、僕は―――。


 胸から、熱があふれ出た。言葉が閊(つか)えた。行き場を失った熱量が、瞳から火のように溢れ出して、ぼろぼろと零れ落ちた。

 それでも熱は失われなかった。次々に胸の内側に溢れ出す熱が、大粒の涙となっていく。

 未だ心に燃えているこの熱を、もう失いたくなかった。誤魔化したくなかった。


539 ◆gBmENbmfgY2019/12/08(日) 04:52:32zDNbxelo (11/11)




「姉さんたちと、ロードレースに出て、優勝したい……みん、など、いっじょ、に……はじりだい、でず……それを、あ、あぎらめだぐ、ない……」


 悔しかった。提督に言われた言葉が辛くて、苦しくて、それでもあの三人みたいにすぐに動けなかった自分は『負けた』と思ったのだ。

 ――だけど負けたという思いから目を逸らした。僕は駄目な奴なんだと、姉さんたちに思われたくなくて。

 ――悔しくなんてないと、自分に嘘をつこうとした。

 だけどもう駄目だった。抑えられなかった。誰が好きとか、何を失いたくないだとか、もう関係なかった。


「僕を、鍛えて、ぐだざい……おねがいじまず、おねがい、じまず」


 ――ロードバイクが、好きなんだ。

 提督が好きだったからじゃなかった。

 初月自身が、既に惹かれていた。

 呆れたように―――だけど瑞鶴は、優しく笑った。翔鶴と同じ笑みだった。


「ちゃあんと言えるし、泣いちゃうぐらい悔しいなら――――そこにあるじゃない。貴女の燃料」


540以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/08(日) 14:44:40KO6M2MQ6 (1/1)

いっぱい更新されてる!
レースはまだ先かな


541以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/08(日) 23:18:476ORMXbQA (1/1)

やっぱ胸熱な台詞は良いな
乙です


542 ◆gBmENbmfgY2019/12/09(月) 23:52:07y4axZzL6 (1/1)

※忘年会、を、わすれて、た
今のテンションだと邪神系列のしか書けないので明日明後日あたりにどうか、どうか……


543以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/10(火) 20:25:43ugT8qspg (1/1)

待ってる


544以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/10(火) 21:31:21VlYsF7RQ (1/1)

>>1のおかげでクロスバイクを買って自転車にハマって今日ピナレロの17年式GAN S アルテグラを新車で買ったわ

>>1本当にありがとう


545 ◆gBmENbmfgY2019/12/12(木) 23:28:38uvs5v5VM (1/6)

>>544
おお、おめでとうございます! 私のSSの影響で買ってくれたと言われるとすごくうれしいです。こちらこそありがとう。
初のロードバイクでPINARELLO GAN S ULTEGRAとはお目が高い。レースもロングライドもイケちゃいますな。
世界中で高評価な東レのカーボンt700を使用、安心と信頼のスレッド式BB、そして所有欲を満たしバッチリ変速が決まるアルテグラ。
素晴らしい選択だと思います。
艦娘でGAN Sに乗せる予定の子がすでにいたりしますのでお楽しみに。


546 ◆gBmENbmfgY2019/12/12(木) 23:29:53uvs5v5VM (2/6)


………
……


 同日同刻、同鎮守府の異なる場所においても、初月が願ったように、他の艦娘達も同じことを願った。

 ロードバイクで速くなりたい、と。

 弱い自分に負けたくない、と。

 強い自分ですら上回る自分になりたい、と。


吹雪「――ありますよ」


 こともなげに、深雪の姉……吹雪はそう言った。己の限界を超える方法は、確かにあるのだと。

 深雪は、その言葉を信じた。否応なく信じられた。

 何故ならば――誰あろう吹雪こそが、その限界を次々に越えてきた艦娘だからだ。

 それは深雪のみならず、彼女の経歴を知る誰もが認めるところだった。その軌跡は決して華やかではなかったかもしれない。だが、深雪は知っている。

 決して才能があるとは言えない吹雪は、人よりも多く失敗した。時に涙を流し、時に辛酸を舐めることもあったが、それでも一切腐ることなく、できることを探し、見つけ、挑み、失敗し、成功し、弛まずに歩み続けた。

 深雪はそれを知っている。恥ずかしくて本人に言うことはできなかったけれど、いつだって尊敬している姉だった。


547 ◆gBmENbmfgY2019/12/12(木) 23:47:35uvs5v5VM (3/6)


 吹雪は変わらない。自らを衒うことなく、極端に卑下することもなかった。ありのままの自然体で、いつだって一生懸命だった。

 それでも雪風や島風すら上回る駆逐艦最多の出撃数、誰よりも多くの海を越えてきた経験は、確かな自負となって吹雪の中で根付いている。確かな背骨が、真っ直ぐに彼女を立たせている。

 その吹雪が言うのだ。同情でもおためごかしでもない。深雪の瞳を真っ直ぐに見つめる瞳には、真実だけがあった。


吹雪「耐久力や強さ、そしてスピード……あらゆるものには物理的な限界というものがあるよね。それは人間でも、もちろん私たち艦娘にもそれはある。

   だけどね、深雪ちゃん――『自分の事を自分以上に知ってる人』がいないと思うのは大間違いだよ?

   案外、自分で思ってるよりもずっとずっと高い能力があるもの。当の本人が気づいていないだけで、深雪ちゃんもそうだよ」

深雪「……根性論、か?」

吹雪「うーん、それがないわけじゃあないんだけど……それを言っちゃうと、ホラ」 


 吹雪は苦笑いしながら深雪の背後を指さした。釣られるように深雪が振り返ると、果たしてそこには根性なんて欠片もなさそうなのがいた。

 初雪だ。初雪は先ほどのタバタ・プロトコルで見事に結果を出していた。単純な出力だけならば、吹雪型でも最高の結果を叩き出していた。

 そんな初雪はゲームをしている。据え置きハードでの格闘ゲームだ。対戦相手は叢雲であるが、その優劣は一目瞭然である。


初雪「なぁにその甘えた攻撃……本気出していいのよ叢雲?」

叢雲「ア、アンタ、この叢雲様を煽って……!?」


548 ◆gBmENbmfgY2019/12/12(木) 23:53:10uvs5v5VM (4/6)


 淡々と処理を行うように淀みなくスティックとボタンを操作する初雪に対し、叢雲の表情は必死であった。

 程なくして、叢雲の本日初めてとなる「きぃいいいいい」という叫び声が上がった。勝敗は、もう見るまでもなかった。


初雪「ハチュユキィ、ウィン」

叢雲「く、き、ぎぎぎ……も、もう一度よ! もう一度勝負!」

初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」


 ぎゃあぎゃあと喚きながらTVゲーム――鳳翔や磯波が言うところのぴこぴこ―――に興じる彼女たちは、とても楽しそうであった。

 ひとしきりその様子を眺めた後、深雪は吹雪へ向き直った。

 苦虫をかみつぶしたような顔だった。別に勝負していたわけではないが、深雪は思った。

 ――あたしはあんなのにすら劣るのか、と。


吹雪「深雪ちゃんがさっき言ってた根性論……初雪ちゃんにあると思う?」

深雪「ハハッ、ナイスジョーク」

吹雪「あるよ」

深雪「あるのかよ!!」


549 ◆gBmENbmfgY2019/12/12(木) 23:56:32uvs5v5VM (5/6)


 猛烈にツッコミを入れる深雪に、助け船を入れるのは白雪だった。


白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

   正しくは『健全な精神は健全な身体に宿れかし』です。

   意味するところは『健全な精神は健全な体に宿るべきなのになあ』という願望というか、そうあれかし、そうあるべきという意味なんですよ」

叢雲「デキムス・ユニウス・ユウェナリスだったかしら? パンとサーカスで有名な?」

白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


 二度目の「きぃいいいいいい!」が響いた。


白雪「……誤用された原因は大体、世界大戦で主要各国が上げたスローガンのせいですが、まあそれは置いておくとして――」

深雪「あたしは……鍛え方、足りねえのか?」

白雪「う、うーん、そっちのネガティブ思考になっちゃいますか、深雪ちゃんは」

叢雲「鍛えは足りてるけれど、単に頭が悪いのよアンタの場合」


 いつの間にか叢雲が深雪の横に仏頂面で立っていた。振り返った先では、初雪がうつぶせのまま倒れ伏していた。恐らく槍女に槍されたのだろう。ぴくりとも動かなかった。


550 ◆gBmENbmfgY2019/12/12(木) 23:57:33uvs5v5VM (6/6)

※助け船入れるってなんだよ脳味噌邪神かよ

 助け船を出すだよね。出す方が邪神っぽい気がしてきた。ので今日はここまで。


551以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/13(金) 07:22:53zBKJ3Lds (1/1)


それにしても秋月姉妹や鶴姉妹が
身体中から色々なもの排出しつつゼエゼエしている空間に出くわしたら
絶対正気や理性失う自信あるわ


552 ◆gBmENbmfgY2019/12/13(金) 20:26:07YTX8C94c (1/1)

※先日の投下で誤字脱字誤記多すぎて死にたくなったので投下し直していいですかダメっすかそうすか

>>548
×:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」
○:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける要素はかけらもないし……」

>>549
×:白雪「健全な精神は健全な身体に宿る、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。
○:白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

×:白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」
○:初雪「この初雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


今日は頑張って投下しよう。

>>551
その反応はきっと健康的な男子としては健全ですが、きっと>>551が望む描写はどっかの邪神に満たされたSSの方にあると思うんだ


553 ◆gBmENbmfgY2019/12/14(土) 00:02:1839liyFfo (1/5)


 そして深雪も動けなくなった。膝をついて五体投地だ。いつもの深雪ならば馬鹿呼ばわりされた怒りで叢雲に噛みついているところだったが、タバタを達成できなかったのが殊の外堪えていたらしい。


吹雪「叢雲ちゃん、言い方」

叢雲「何よ。本当の事じゃない? できるはずのないことをやろうとして、当たり前のように達成できなくて、当たり前の事なのに落ち込む。馬鹿以外のなんだっていうの?」

深雪「た、達成できないのが当たり前なんてわけねえだろ?」

叢雲「――いいえ、少なくとも今のアンタには達成不可能よ。さっき白雪が言ったのとは別に、原因はいくつかあるけれど……まずアンタ、司令官の言うことを鵜呑みにして、馬鹿正直に全力でやりすぎたんだもの」

深雪「………どゆこと? だって全力でやらなきゃ意味がねえトレーニングだろ? そんぐらいあたしだって知ってる……やったことだって、ある」


 深雪とて最古参の一人だ。大戦時から提督が指導するトレーニングの中にはタバタ・プロトコルはもちろん、様々なHIIT(High Intensity Interval Training)が含まれていた。

 そのやり方は提督から艦隊旗艦たちへと伝えられており、軽巡たちも非常にこのトレーニングを好んでいたし、深雪たちが所属する三水戦――川内もまた頻繁に訓練へ取り入れていた。

 名取率いる五水戦――皐月が所属する水雷戦隊もそうだ。神通らが率いる二水戦――朝潮もまた、それを好んだ。だが三者ともに、自転車では失敗した。

 深雪も、皐月も、朝潮も、それらを全て達成してきた。だからこそ、今回の失敗はショックだったのだ。


叢雲「自転車でタバタやるのは今回が初めてだったでしょ?」

深雪「そりゃそうだけどよ。結局のところやることは同じだろ!? 全力で20秒間体を動かして、10秒休む! あたしはちゃんとやったぞ? やって、やったけど…………8本目のラストで、全力出せなくなっちまった、けど」


 言葉を紡ぐごとに、深雪の気勢が萎れていく。その一方で、叢雲は頭痛を抑え込むようにこめかみを揉んだ――呆れたのだ。深雪が自信なさげに言ったことの、あまりの凄さにである。


554 ◆gBmENbmfgY2019/12/14(土) 00:11:3939liyFfo (2/5)


 なのに当の深雪が、どれだけ凄まじいことをしているのか、気づいていないのだ。

 吹雪もまた気付いていた。白雪も。そして初雪もだ。磯波は深雪と同じグループ枠でタバタ・プロトコルに参加していたため、おそらく気付いていなかっただろう。


叢雲「だからアンタは馬鹿なのよ。いえ、司令官の言葉を借りれば『いい子』なのよ」

深雪「いい子じゃ、駄目だって……だ、だけど」

叢雲「そう。司令官がトレーニング後に言ってたでしょ――『いい子』のままじゃあ、勝てないって」


 深雪は目に見えて落ち込んだ。意味が分からなかった。分かったことは一つだけだ。司令官が言うなら、きっと自分はいい子なのだろう、と。だけどそれじゃ勝てないという。

 ならば悪い子になろうと思う。だけどその方法が分からない。自分がどうしていい子と呼ばれてしまったか、その原因が分からないからだ。手を抜く、というのはきっと違うと思う。それじゃあトレーニングは、本当に達成できなくなってしまうからだ。


初雪「呆れた――じゃあぶっちゃけ初雪がもう答えの一つを教えてあげるんだけど……」


 ピクリとも動かなかった槍女に槍された被害者・初雪がむっくりと起き上がり、深雪にダウナーな雰囲気のままに告げる。


初雪「あのさ、深雪。朝潮も皐月もそうだったけどさ……タバタやってたときはひたすらに『踏む』ペダリングしか、してなかったじゃん?」

深雪「…………え? 駄目なのかあれ?」

叢雲「この、馬鹿……できるわけないでしょ。むしろできるギリギリまでやってのけたアンタは凄いのよ、あんな馬鹿丸出しの手法で!」


555 ◆gBmENbmfgY2019/12/14(土) 22:46:2939liyFfo (3/5)


 全力、と提督は言った。これが『いい子』にとっての罠なのだ。吹雪たちが推測するに、恐らくは提督が意図的に伏せた罠である。

 その全力とはその時折のセットで出せる全力の事を指しており、別にペダルの回し方、使っていい筋肉については指定していない。

 だが『己と戦うタイプ』の乗り手は、更に自分を追い込む。

 即ち使える筋肉すら特定して、自身を追い込んでいくのだ。

 朝潮も、皐月も、深雪も、見事にその罠に嵌ったのだ。だがもし分かっていたとしても、おそらく同様の結果になっただろう。

 この三人には、ロードバイクにおいて共通する欠点がある。

 ――――ペダリングが凄まじく下手という点だ。三名共に、ペダリング時に重要となる引き足を活用できていない。

 ペダルをひたすらに踏み続ける。クランクを引き上げる際にも力を籠め続け、あっという間に呼吸は乱れ体力は目減りし、ライディングポジションも崩れ、生簀で餌をねだる鯉の如くに口をパクパクし始めるのだ。

 正しい姿勢で正しいペダリングが出来ないというのは、それだけで余計な体力を消耗する要因となる。


吹雪(まあ、だからこそ本当の意味で全力すぎて、正しい意味ではタバタ・プロトコルを行えているんだけれど……それをどうにかしないと、ロードバイクで速くなるという目的には届かないよ)


 吹雪はそれをあえて口にしなかった。言わない方が深雪の成長につながるという確信があったのだ。

 吹雪自身もペダリングは上手くない。むしろ下手な部類に入る。

 だからこそ、吹雪は工夫する。亀の歩みであっても、己の成長を諦めることはしない。

 クランクのひと回しひと回しを丁寧に。新雪の野を征くがごとく、己の両脚に、そして足のみならず、自らの肉体の動きに集中して、その反復動作を馴染ませる。


556 ◆gBmENbmfgY2019/12/14(土) 23:20:4139liyFfo (4/5)


吹雪「それにね、深雪ちゃん。深雪ちゃん、レストの時にちゃんと休めてた?」

深雪「や、休めてたよ。ちゃんと、次の20秒間で走れるように、必死こいて息を整えてたさ」

吹雪「その時に考えてたことを当てようか? 『はやく呼吸を整えなきゃ』とか『こんなに苦しいのに次の20秒間を走り切れるんだろうか』とか、焦ったり不安に思ってた。そんなところじゃない?」

深雪「…………!」


 驚きのあまり言葉が出てこない様子で、深雪は硬直した。まさにその通りだったからだ。


吹雪「それは休めてないよ、深雪ちゃん」

深雪「吹雪は、違う……のか? そんな不安は、なかったの、か?」

吹雪「私がレストの時に考えていたのは、少し違うかな。私はただひたすらに体を楽にできるように姿勢を整えたり、今自分の身体でどこが一番疲弊しているのか探ったり、次のセットではこうやって足を回そうとかイメージしながら、正しいペースで息を吸って吐いて――ただひたすらに回復することに『集中』してたの」

深雪「そ、それ、あたしのと、なんか違うのか?」

初雪「そりゃあ違うよ」

白雪「全然違います」

叢雲「そういうのはオタついてるって言うのよ」

深雪「おめーらあたしにセメントだな!? つーか磯波よぅ!? さっきから黙ってねえで深雪様を助けてくれよ!? 弾幕薄いよ!? 何やってんの!?」

磯波「ごめんなさい。今、浦波ちゃんのマッサージで忙しいから、深雪ちゃんはまた後で……」


557 ◆gBmENbmfgY2019/12/14(土) 23:28:3439liyFfo (5/5)


 うつぶせにマットに倒れ、息も絶え絶えに喘ぐ浦波と、その浦波の身体を跨ぎ、四肢を献身的に揉み解す磯波に、流石の深雪も押し黙るほかなかった。

 浦波はタバタ・プロトコルが終わった瞬間に、支えを失った丸太のように横倒れとなった。

 横で監督役としてついていた軽巡が受け止めたため大事なかったが、それが深雪の劣等感をますます煽ったのは言うまでもない。

 深雪も本当は気付いていた。吹雪が前述したとおりだ。

 「今のあたしには、決定的に集中力が欠けている」と。


 ――集中するということ。

 ――精神と肉体は、密接に影響を及ぼし合っているということ。


 先ほど白雪が言いかけた、そして言いたかったことの真意はそこにある。

 そして初雪もだ。深雪がタバタ・プロトコルに失敗した答え―――その「『一つ』を教えてあげる」と前述したのはそこだ。

 肉体と精神のバランス。

 心ばかりが先行していては、肉体はついてこない。逆も然りなのだ。精神が肉体の在り方を正しく認識し、それに応じて肉体を動かさねばならない。それこそが健全な精神と健全な肉体の理想的な在り方なのだ。

 深雪が失敗した原因は、ペダリングだけに非ず。

 何に集中すべきなのかを見定める判断力。そしてその集中をどうやって持ってくるか。どうやったらそれをより強く深く、そして長く維持できるのか。

 目的を定め、その目標を達成するための手段として、自身が何をどうすべきかを選択し、それに没頭する力。それが集中力だ。


558 ◆gBmENbmfgY2019/12/15(日) 23:46:10CfDvoho. (1/3)


 即ち、己の心の火を―――提督が言うところの『燃料』を―――モチベーションを向上・維持するための引き出しが、深雪には足りていない。それが最大の要因と言っても過言ではなかった。


吹雪「集中力を鍛えるということ、高めた集中力を維持できるということ、それは己のパフォーマンスを引き出すことに繋がります。本番で緊張して実力が発揮できないなんてことはよく聞くでしょう? というか、体験がある筈です」


 吹雪の丁寧な説明を受け、深雪は頷いた。覚えがある。今でも覚えていることだった。

 深雪がまだ鎮守府に着任して、さほど時間が経っていない頃の時だ。

 今の新人たちは、しっかりと座学や訓練で実力の下地を作ってから実戦投入――表向きは平和なためあくまでも遠征や資材調達の体ではあるが――されている。

 深雪たちの時は、それはなかった。必要最低限な情報を与えられ、軽巡に率いられ、海に飛び出し、敵と戦う。それほどまでに情勢は悪化の一途を辿っていた。沖ノ島を突破するまでの一ヶ月間の内に着任した艦娘達は、皆そんなものだった。

 初陣となる深雪はその日、まるで緊張はしていなかった。むしろ浮かれていた。生前は果たせなかった実戦だ。意気軒高で海へと飛び出した。

 だけど、そんな気分は続かなかった。海に出てしばらくして、同伴の艦娘達の様子がおかしくなった。深雪と同様、今回が初陣となる駆逐艦たちだ。

 単縦陣が――陣形が乱れだす。それに檄を飛ばそうと口を開いて、深雪は声が出ないことに気付いた。喉がカラカラだった。

 持たされた水筒で水分を補給しようとした。だけど、どうにもうまく蓋が開かないのだ。

 深雪が、自分の指先が震えていることに気付いたのは、その時だった。

 艦娘とは大雑把に言えば――人の血と肉と骨でできた身体に、艤装の補助が入った存在。ベースは艦なのか、それとも人なのか。いずれにせよ、艦艇だった頃には存在しなかった感触と心がそこにある。

 ――出来上がったばかりの心が叫ぶのだ。怖いと。死にたくないと。戦いに赴く前は、あんなにも戦いたかったのに。

 気づけば深雪は、他の随伴艦たちと同様に、カチカチと歯を鳴らせて、涙でにじむ視界のまま、朧げな航海をしていた。後悔しながらだ。


559 ◆gBmENbmfgY2019/12/15(日) 23:57:55CfDvoho. (2/3)


 とても戦える状態ではなかった。だが敵は待たず、確実に航海の先に待ち受けている。そして敵が迫って――――それでも深雪は、いま生きている。

 実戦とスポーツの違いが明確に存在するとすれば。軍人と一般人の違いを、あえて明文化するのならば。その答えの一端は、そこにある。

 記者会見で、試合前の選手が言う――『命懸けで戦う』と。同じく言う――『全力を尽くす』と。

 その言葉は、軍人はもちろん、艦娘の心には響かない。

 『お前ら、負けても死ぬわけではないだろう? その死はキャリアや選手としての寿命って意味だ』

 『私たちは違う――私たちは負けたら死ぬんだ。死ぬんだよ。本当に』

 蔑んでいたわけじゃない。ただ羨ましかった。そういうことができるのが平和なんだって、信じられた。取り戻さなきゃと思った。そのときはそう思ったが――その羨んだ存在に、今の深雪は届かない。

 初月もそうだったが、深雪もまたそうだった。大戦時は『海を平和にしたい、静かな海を取り戻したい』という一念があった。執念と言っていい。

 提督から発せられるその意思が、艦娘達にも伝播した。何が何でも己でそれを成し遂げて見せるという覚悟を感じたのだ。それが自らの力を高め、信じられないほどの力をひねり出した。


深雪「みんなは、何を燃料にしてんだ?」

吹雪「燃料……集中する時のモチベーションって事だよね? 私はもちろん、楽しむことかな」

深雪「なるほど」


 深雪はしっかりとメモした。――芋い、と。


560 ◆gBmENbmfgY2019/12/15(日) 23:58:38CfDvoho. (3/3)


白雪「より自分を高めたいって欲求ですね。乗り始めの頃はあちこち体が痛くなって、10kmも走ったところでお尻が痛くなっちゃったりしたけれど、だんだん走れるようになる、速くなってるって言う実感は嬉しいものです」

深雪「なるほどなるほど、あんがと」


 深雪はしっかりとメモした。――意識高い系、と。


初雪「達成感以外に何がある? ダルいしツラいことでもさ、できずに終わるのとできて終わるのじゃあ、その後の気持ちに違いが出てくるし……初雪はやればちゃんとできる子だって、ちゃんと証明したいし」

深雪「すげえ納得した」


 深雪はしっかりとメモした。――意外とストイック、と。


叢雲「私以外の速いヤツはどいつもこいつも脚攣ってしまえという気持ち」

深雪「前から思ってたけど、やっぱり叢雲ってヤベーやつだな」


 深雪はしっかりとメモした。――叢雲はヤベーやつ、と。


深雪「………天龍、は?」

初雪「天龍、好きだよね……深雪は」

白雪「お世話になった人だものね。深雪ちゃん、すごく懐いていましたし。川内さんが妬けちゃうなあなんて茶化すように言ってましたね」


561 ◆gBmENbmfgY2019/12/16(月) 00:05:25dYxR59vA (1/1)


叢雲「その天龍がどうやってるのか知りたいなら、明日トレーニングルームに行けばいいじゃない――――今日私たちがやったタバタ、明日は軽巡と重巡の方々がやるそうよ」


 ――軽巡。つまり、天龍も参加するということだ。


吹雪「深雪ちゃんの心の燃料が、「負けたくない」ってだけなら、いい勉強になると思う。見ているだけできっと、深雪ちゃんに伝わってくるものがある筈」

初雪「ん。初雪も川内さんがどうやってクリアするのか見てみたい」

白雪「私もです」

深雪「そっか……天龍が、走るのか」


 呟きながらも、深雪の意識はとても似てはいるが、別のところに集中していた。

 深雪の初陣の時。あの時、何があったのか、あまり覚えていなかった。必死に戦ったことは覚えている。駆逐艦一隻を撃破する戦果を上げて、意気軒昂に鎮守府に帰還したころまで、時間が飛んでいる。

 ――どうして、という言葉が頭にリフレインする。


深雪(あの時、この深雪様はどうして強くなりたいと思ったんだろう―――)


 その一端、あるいはすべてが、明日わかる。深雪がロードバイクで速くなりたいという目的を達成するための、燃料は何なのか。その燃料を燃やしつくすほどの火は何なのか。

 それが分かるのが、明日の軽巡洋艦・重巡洋艦が実施するタバタ・プロトコルで判明する。


562 ◆gBmENbmfgY2019/12/17(火) 00:13:49cSOC.1m2 (1/5)


………
……


 ――いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。


 司令官に言われた言葉がぐるぐると頭の中で廻っている。

 朝潮は自分という存在が真っ白になっていくような、得も言えぬ虚脱感に包まれていた。

 皐月や深雪もまた悔しがり、落ち込んでいたのは何となく覚えていた。

 けれど、朝潮は分かっていた。呼吸を整え、体をほぐし、再びロードバイクにまたがっていても、鬱屈とした心地は晴れない。

 朝潮は分かっていた。


 ――司令官が仰ったあのお言葉は、きっと私にだ。

 ――私に『だけ』向けられていたんだと。


 朝潮の認識は、間違ってはいない。単なる被害妄想というわけではない。概ね間違ってはいない。

 実際のところ提督は、その言葉のほとんどを朝潮に向けて放っていた。

 だが――肝心な受け手である朝潮が、言葉の真意を勘違いしていた。あえて提督がそれを言わなかったこともある。朝潮本人が気づかねば意味がないと判断したのだろう。


563 ◆gBmENbmfgY2019/12/17(火) 00:20:45cSOC.1m2 (2/5)


 それに気付くことができたならば、朝潮は信じられないほどの成長を遂げると、期待を――否、確信していた。


朝潮(だって、朝潮は……私は、あの言葉を、昔も言われたことが、あった……司令官にも、そして――)


『そんな『いい子』は戦場では通用しませんよ』


 ――厳しい顔立ちで叱責する神通さん。そして。


『あんたさ……融通が利かなすぎだよ。『いい子』なのは結構だけど、それだけじゃ疲れない? あたしにはさ、なんかさ……あんたが酷く余裕のない奴に見えるよ』


 ――心配そうに朝潮に構ってきた、敷波にも。


朝潮(お三方とも、きっと清濁を併せて呑むことの重要さを、私に諭してくれていたのだと思う)


 正義のみを受け入れるのは狭量なのだと。悪徳を受け入れられる器を持たねばならないのだと。そう説かれていたのだと思う。

 朝潮は優秀な艦娘だ。座学においても、訓練においても、この鎮守府における水準以上の成績を残している。

 だが、演習や実戦で、まるで結果が振るわなかった時期があった。


564以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/17(火) 00:25:30hOag6kpE (1/1)

朝潮ちゃん!


565 ◆gBmENbmfgY2019/12/17(火) 00:27:20cSOC.1m2 (3/5)


 ある演習の総評で、朝潮は名指しで神通にとがめられたことがある。

 二班に分かれた二水戦の模擬演習結果――もちろん朝潮は惨敗した。


神通『立ち回りが素直すぎます。基本に忠実で、教本通りであることは否定しません。

   実に素晴らしい――素晴らしく愚かです。教わったことをなぞるのみ。それをなぞることの難しさはあるでしょう。
 
   ですが朝潮。貴女にとってそれは『とても簡単』でしょう? 楽な方へ楽な方へという考えです』


 その言葉の意味が、言われた時には理解できなかった。

 だって、正しいことは正しい事じゃあないか――そう思った心を、言葉にして言い返せない自分が、とても惨めに思えた。

 神通の言葉の意味を正しく理解できたのは、しばらく経ってからのことだ。

 妹たちが、どんどん強くなっていった。

 座学でも、訓練でも、そして演習でも。

 朝潮は勝てない艦娘だと言われたこともあった。


朝潮(ああ、そうだ……私は、『何も考えていなかった』んだ。勉強して、砲撃や雷撃の訓練を頑張って……だけど、私には人の心が分からない)


 目標があっても、そこに至るまでの道筋はいつも一本道だった。それは明確に道が見えているという意味ではない。たった一つの事しかしていない、それ以外にやれることをしらないのだ。


566以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/17(火) 00:33:38GgJjZJWo (1/1)

神通=サンだって、根はそういう真面目一辺倒だろうに
潜った地獄の数の差か、ソレとも蕨の死が「扉を開けて」しまったのか


567 ◆gBmENbmfgY2019/12/17(火) 00:36:29cSOC.1m2 (4/5)


 ――北上さんとは、大違いだ。北上さんはいくつも枝分かれした岐路で、己の道を『それのみ』と選び取った。

 ――朝潮は、私は……自分がこうなりたいという願望はあっても、ただ我武者羅にやるばかりだった。

 ――それ以外に道はないのか、探そうともしなかった。何も考えていなかった。なりたい自分が、わからない。

 明確なヴィジョンがないのだ。かつて香取の授業で行われた『将来の自分』というテーマの作文で、朝潮は目指すべき目標だけは書けたが、自分がどうなりたいのかだけは、ついに書けなかった。

 言われたことをやる。言われたことをやり遂げる。言われたことだけは、教わったことだけは、できた。きっと誰よりもできたという自負がある。

 それでも、言われなかったことは? 教わらなかったことは? 初めて相対する物事に、どうやって取り組めばいい?

 失敗と敗北を繰り返した。それを経験していれば、未知は既知となる。だが再び新しいことに遭遇してしまえば、朝潮はあっけなく敗北した。

 そして今回もまた、朝潮は失敗した。

 だから、聞きに来たのだ――神通に。


神通「――貴女は常に気を張っています。常在戦場を問うのであれば素晴らしい事です。ですが日常生活においてのそれは、ただの注意力散漫です」


 朝潮は膝をついた。今日も神通の言葉は的確に朝潮の小さな腎臓を狙い打つキドニーブローである。流石だ、と朝潮の表情が苦悶に満ちる。


神通「対潜哨戒任務においては実に頼もしいの一言なのですが、そうして普段から集中力を常に垂れ流していると、いざという時にはからっぽで使えないでしょう?」


 朝潮は立ち上がった。今日も神通の言葉は下げてから上げてくる。長良型とは一味違うフォロー溢れた素晴らしい上司の鑑であった。長良型なら下げた後に奈落へ落としてくるという徹底的というか容赦のなさがある。流石だ、と朝潮は口元をへの字にして、再びむんと神通へ向き直る。


568以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/17(火) 02:28:14I0y3/rdk (1/1)

長良型の方が神通さんより辛口なのか意外だ


569以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/17(火) 02:45:523gCPMPSs (1/1)

某所の即堕ち時空の朝潮ちゃんならここらへん上手くやりそう


570以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/17(火) 22:30:35gj/6NAiw (1/1)

この鎮守府の長良型で、落とすつもりで落とすのは五十鈴だけ
残りは落とす気は特に無いけどナチュラルに落とすねん


571 ◆gBmENbmfgY2019/12/17(火) 23:43:27cSOC.1m2 (5/5)


神通「ロードバイクは好きですか、朝潮」


 力強い声で肯定を返答し、こくこくと頷く。


神通「その気持ちを大事にしましょうね。大事にしながら乗り続けなさい。そして、嫌いになってしまったなら、降りてしまうのもいいでしょう」


 今度は返答できなかった。困惑がある。神通の言葉とはとても思えなかった。優しいという意味ではなく、厳しくないという意味だ。

 同じことのように思えるが、全く意味が異なる。これが訓練だとして、訓練をやめるなんて言い出した途端――もちろんそんな馬鹿は艦娘に居なかったので想像ではあるが、十中八九―――。

 ――死ぬでしょう。

 朝潮には確信があった。駆逐艦なら誰もがそう思うだろう。つまり確率としては100%ではない『十中八九』が付いていても、そう思った子が十割なので確実絶対に死ぬということだ。


神通「ふふ。不思議ですか? 私の言葉とは思えない、と?」


 朝潮は神通がエスパーだと思った。朝潮は顔に出るタイプなので、誰が見ても「ありゃそう思ってやがるな」と確信されてしまう。つまり朝潮の落ち度だ。


神通「貴女がこれからもずっとロードバイクの事が大好きならばいいでしょう。

   ですがレースでの結果を求めるというのなら、いくつかの覚悟が必要です。正しさだけではどうにもならないことを、楽しいだけではどうにもできないことを、乗り越える覚悟。

   そしてロードバイクの事が、嫌いになってしまう覚悟です」


572 ◆gBmENbmfgY2019/12/19(木) 00:08:24.GjKxMqA (1/6)


 今度こそ朝潮は、ぽかんと口を開けて固まった。

 自ら望んでロードバイクに乗り、それを競わんとレースに参加する。そこまではわかる。だがそれでどうして嫌いになってしまうのか。


神通「分かりませんか、朝潮。それは次までの宿題としておきましょう。あまり時間はありませんよ。遅かれ早かれ、その答えは貴女のもとにやってくる」


 提督と違い、神通はあっさりと答えを教えてくれることは少ない。だがその言葉が脅しでないことと、朝潮の事を軽んじて言っているわけではないことは、長い付き合いもあって理解できた。

 神通がそう言うのならば、そうなのだろう。必死にならねばならないと、朝潮は強く心に刻んだ――その必死さこそが、彼女に残酷な答えを迎え入れさせることになるとも知らず。

 そのアドバイスをしっかりと心の中で反芻することに夢中で――――今の神通がどんな顔をしているのか、朝潮は気付けなかった。


神通(…………その素直さは美徳ですが、争いごとにおいては決して利点とはならない。気付きなさい、朝潮。

   ――海戦と、レースは、違う。今まで、敵は敵に過ぎなかった。だけど朝潮――レースで争うのは、味方なのですよ。

   やはり朝潮、貴女は……)


 そこまで考え、神通は首を横に振った。


神通(いいえ)


 まだ結論を出すには早いと、二水戦所属の可愛い部下を見定めるには、まだいくつかの段階を経なければならないと、そう自分を戒める。


573 ◆gBmENbmfgY2019/12/19(木) 00:23:14.GjKxMqA (2/6)


神通「……いずれにせよ、私から言えることはあまり多くありません。だから――」


 神通は薄く笑みを浮かべ、それを見た朝潮の表情が凍った。戦いに赴く際の神通が、時折見せる表情と寸分たがわぬ笑みだった。


神通「明日実施されるタバタ・プロトコルで、私や……他の軽巡・重巡の方々をよく見ておきなさい。きっと――何か伝わるものがあるでしょう」


 奇しくも吹雪が深雪へと告げた言葉と同義であった。

 硬い唾を飲み込みながら、朝潮は敬礼した。今の時点でも、既に伝わるものがあった。

 ――神通さんの瞳には、確かな闘志があります。

 一体何を見据えての物なのか朝潮には窺い知れぬことだったが、確実に分かるものがある。

 ――越えたい、と思っている。

 自分に。誰かに。その意志で押し通らんとする覇気がある。

 歌が聞こえた。二水戦の歌。戦いの歌。意を貫く歌。


 ――通りませ、通りませ、ここは神通の路なれば。


……
………


574 ◆gBmENbmfgY2019/12/19(木) 00:42:12.GjKxMqA (3/6)

※キリ良しとする。皐月? さっちゃんは殺月と書いてさつきと読めになっちゃうからね。(嘘です)

 次回は皐月視点にするか軽巡・重巡らのタバタにするかは少し考え中です。どっちの方が面白いかな。面白いと思った方にします。

>>564
 かわいい!

>>566
 真面目にも種類があります。極論を言えば、真面目さが目的になっちゃってるのがこの朝潮。朝潮、その先は地獄ゾ。
 ここの神通にとって真面目さは手段に過ぎない。神通、とっくの昔に地獄に在住してるゾ。
 神通さんは『いい子』です。提督によって『いい子』の仮面を付けられていますが、その留め金が誰あろう提督の手によって外されようとしている。外れる時にその時の回想シーン入ります。おっぞましいぞ。

>>568
>>570
 神通の辛口は入り口に過ぎず、結果的に相手の成長につなげられるようにフォローすることが多いので優しさに通じています。ご立派、旗艦の鑑。
 長良型の辛口はありのままそこに起こっている事実を指してセメント攻撃である。
 そしてセメント攻撃で落ち込んでるところに「落ち込んでたらまたダメな結果に終わっちゃうよ?」と事実だけど突き付けられると大激痛で救いはねえ物言いが待っている。
 「ピンチの自分はヒーローの自分で救うんだお前を救ってくれる都合のいいヒーローはこの世に提督ぐらいしかいねえ」というスパルタ形式。特に五十鈴。提督という保険があるのをわかってる分、とても容赦がない。

>>569
 あっちの節穴提督ならまだしも、ここの提督が見抜けない訳ないんだよなあ……。


575以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/19(木) 09:58:001ryxtM9A (1/1)

>>574
節(くれだったモノを)穴(に挿れる)提督の方も待ってるよー


576以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/19(木) 21:36:46Ph6AT11g (1/1)

腹黒朝潮ちゃんすこ


577 ◆gBmENbmfgY2019/12/19(木) 23:05:16.GjKxMqA (4/6)


………
……


 この世界に生まれ落ちた時の事を、今でも覚えている。

 聞こえたのは潮騒。鼻孔に広がるむせ返るほどに満ちるのは磯の香り。瞳に映るのは青く澄み渡った空と、どこまでも広がっていく水平線。

 それまでは漣一つ立たぬ鏡面の水面へ立っていたはずなのに、足元が酷く揺れていた。鏡面は既にその形を失い、波立った海面となっている。

 背後に誰かの気配を感じる。意のままに動く両足を――船首を返せば、見たことのないヒトガタがいる。本来ならば戸惑い、驚き、あるいは恐怖する場面だったのかもしれない。

 だけど、どうしようもないほどに彼女たちが『自分の仲間』だとわかった。

 初めて耳にする音、初めて嗅ぐ香り、初めて見た風景、初めて出会ったヒト。

 全てに奇妙な懐かしさを感じ、どこか温かいものを覚えた。

 奇妙というよりそれは異常なのだろうと知ったのは、彼女たちに迎え入れられて、自らが『艦娘』と呼ばれる存在であると、頭で理解した時の事だった。

 人は世に生まれ落ちた時、自らが何者なのか理解していることなどないという。周囲の環境を学習し、次第に自己を確立していくものだ。

 だけど、彼女にはすぐに自分の名前が分かった。そしてその役割も。何をするべく、この世に生まれたのかも。

 元大日本帝国海軍の艦艇。峯風型・神風型の流れを汲む最後の艦型。


 ――ボクは睦月型駆逐艦五番艦――『皐月』なんだと。


578 ◆gBmENbmfgY2019/12/19(木) 23:21:44.GjKxMqA (5/6)


 だけど、今はもうそれが分からなくなっていた。戦うために生まれたはずだ。そのためだったのに、戦争は終わったという。

 終わったことを聞いて、皐月は当初こそ素直にそれを喜んだ。もう戦わなくていいんだと思えた。これからは楽しい日々が待っているんだと、無邪気にそう信じられた。

 その平和が見せかけの平和だと知ったのは、すぐのこと。皐月はとてもしょんぼりした。

 鍛錬は続く。訓練は続く。密かに、戦争は続く。大人の事情というものらしいとは、皐月が所属する第五水雷戦隊旗艦・名取からの説明だ。

 皐月には難しくてよくわからない話だったが、日本が一人勝ちをしている状況や、深海棲艦によって皮肉にも人の悪行が制限されているという事実、そして戦後の艦娘達の扱い――それを考えた時、提督がブチ切れながら出した結論はこれが限りなく最善に近い次善なのだという。

 それでも皐月は納得した。よくわからないけれど、司令官がいいというならそれでいいのだ。カワイイのだ。だからよしなのである。

 何より――提督に貰ったロードバイクに乗るのは、すごく楽しかった。

 だけど、いつからだろう。どこか頭にチラつくものがあった。それがはっきりとわかったのは、先刻のタバタ・プロトコルに挑んだ時の事。

 自らが生きる理由を。

 存在することの価値を。

 戦争するために生まれてきたはずの自分は、一体何をやっている? 

 冷めた自分が頭の中で自分に囁くのだ。

 『いい子では勝てない』と提督は――司令官は、そう言った。だけど、もしもそのことで思い悩む自分が『いい子』なのだとしたら。


 ――ボクは、悪い子になりたくない。


579 ◆gBmENbmfgY2019/12/19(木) 23:42:21.GjKxMqA (6/6)


提督「――――で、皐月よ。そんなことを悩んじゃった君は真っ先に俺のところに飛んで来るんだな。さてはおまえ俺の事が好きすぎだろ? 今日も最強にカワイイやつだなおまえは」

皐月「いっ……な、なんで司令官はいきなり茶化すかなあ!? ボク、大真面目に言ってるんだよ!? 可愛くないなあ!!」

提督「おまかわ。そんな怒るな。そしてあんま詰め寄るな。それ以上近づかれると不可抗力とはいえ、皐月のカワイイスカートのカワイイ中身が見えちまうぞ」

皐月「ッ、司令官のえっち!! セクハラだぁ!!」


 ムキー、とスカートを押さえながら顔を真っ赤にしてぷんぷん怒る皐月のやや下方から、からからと笑い声が響く。むしろ未然に防いでるあたり超健全だろうがと、欠片も悪びれない男だった。

 人気のなくなったトレーニングルーム内、トレーニングマットが敷かれた区画内で、提督は逆立ちしていた。

 提督が前述した言葉通り、皐月はタバタ・プロトコルを終えて解散となった後、ルーム内に人気がなくなったのを見計らって司令官と話をすべく突撃した。

 どうして逆立ちしているのかを問いただせば、『軍人としてのトレーニング』だという。成程、体力の向上や維持に努めるのは軍人として正しい在り方だろう。皐月はそれを咎めるほど狭量ではないし、その権限もない。

 だが、皐月とて突っ込みたいところがいっぱいある。

 例えばその逆立ちが、一般的にイメージされるそれとは逸脱しすぎた代物だとか。

 片手倒立である。しかもマットに接地しているのは左手の指先だけだ。75kgはあるだろう提督の肉体――両脚先を綺麗に揃えて、天井から糸で釣られているのではないかと錯覚するほどの見事な倒立を成し遂げている。

 そんな状態で制止するならまだしも、あろうことか腕立て伏せをやっていた。皐月はこんなエグい倒立を見たことがなかった。メッチャキレッキレであった。よどみなく提督の身体は上下する。

 皐月は筋肉が好きである。ぶっちゃけ提督ほど素晴らしい筋肉の持ち主には、鎮守府広しトレーニングスタッフや憲兵多しといえど、同性ではお目にかかったことがない。女性では長良とか長門とか、同じ駆逐艦なら天霧や朧だ。ありゃあすごい。

 しかも提督は上半身裸で、余すところなく筋肉の躍動が皐月の視界に飛び込んでくる。プッシュアップ動作で身体が上下するたびに玉のような汗がデコボコとした肉体を滑り落ちていく様は、皐月には目の毒すぎた。


580 ◆gBmENbmfgY2019/12/21(土) 01:25:527mbL1rnA (1/3)


提督「それでどうするんだ? ああ、悪いが話は引き続きこのままの体勢で聞くぞ? コレも俺の仕事の内だからな。今日は加圧スーツ着てないから回数こなさにゃならん。なあに、あとたった50回だ」


 なお既に右手は実施済みだという。左手側では皐月が覚えている限り、既に50回を数えている。


皐月「司令官は一体何を目指してるんだい!? 最強かな!?」

提督「馬鹿言え、とっくの昔に世界最強の艦隊司令官だ。しかも現役。交流がてらの他鎮守府との演習で負けなし。実戦でもブッチギリでトップの戦果。違うか?」

皐月(フィジカルの話してんのになんか強引に話が変えられた気がするんだけど、本気で言ってるなあ! 事実だもんね!)


 提督の言葉には事実を背景とした凄みがあった。少しばかり話がねじ曲がったとしても、そこに確かな実績や肩書、立場というものが付随すると妙に説得力のある言葉に聞こえてくる。これも一つの力である。


提督「……さて、話の続きだ。君の言いたいことはわかった。そのうえで問うが、皐月はどうしたい?」

皐月「ど、どうしたいって……」

提督「よし、聞き方を変えよう。皐月はどうなりたい? 少しずつでいいから、自分の中にある望みを口に出してみろ。その望みを叶える過程や、立ちはだかるであろう障害は無視していい」

皐月「無視していいって……でも、それが一番大事なんじゃ……」

提督「忘れたか、皐月。かつて俺は教えたはずだな? 夢はデカく持てって」

皐月「あの、ボク……そういう不安があって、どうにも集中できないって話をしてたと思うんだけど」

提督「ああ、そうだな。その話からブレてねーぞ」


581 ◆gBmENbmfgY2019/12/21(土) 01:36:157mbL1rnA (2/3)


皐月「えっ」

提督「集中力を発揮するために必要な要素はいくつかある。その中の一つが『喜び』や『楽しみ』と言ったプラスの感情だ……っと、ぷはー、これで終わりだ」


 エグいプッシュアップを終え、器用に体を折り曲げて両脚でマットの上に立つ提督。いい汗かいたと言わんばかりに微笑む姿に、皐月はドギマギした。

 先ほどまでは鬼が宿ってそうな提督の背中を見て会話していたのが、急に提督の胸元が視界に飛び込んでくればキョドりもする。

 司令官は、皐月がかつて知っていた司令官とは違う。こうして対峙するとますます理解できた。

 着任当初から、皐月と比べて頭一つ分大きかった司令官は、既に頭二つ分以上身長で引き離されていた。

 かつては少年の域を出ない、どこか女性的ですらあった端正な顔立ちも変わった。綺麗な顔立ちは変わらないが、背丈が伸びてしっかりと筋肉が付き、匂い立つような男の風格を備え始めている。

 熱い吐息を腹式呼吸で整えながら、汗拭きタオルで首元を拭うさまも、その度に収縮と弛緩を交互に繰り返す筋肉の動きも、皐月の眼を惹き付けてやまなかった。


提督「夢中になれることって楽しいよな。終わってみるとあっという間に時間が過ぎていたような錯覚を覚えたことがあるだろう? 皐月が俺の胸をさっきからチラチラ見てるのもある意味では集中力が働いている結果だ」

皐月「ッ、ボ、ボボボボボクをいつ司令官のムネに大好きで夢中だって証拠だよ!?」

提督(初々しいなあ。この純朴さの一割ほどが木曾にもあって欲しかった)


 結果はあの進駐軍も真っ青な、風呂場への強制連行である。苦笑しながらタオルを首にかけ、マット横のベンチに腰掛ける。

 ちょいちょいと手招きすれば、真っ赤な顔をした皐月はしぶしぶながら提督の横にちょこんと腰かけた。


582 ◆gBmENbmfgY2019/12/21(土) 01:47:097mbL1rnA (3/3)


提督「矛盾しているように聞こえるかもしれんがな。苦しいことをやり遂げるために必要なものがまさにそれだ。楽しむということ。よく言うだろ?」


 ――『楽しいことは、苦にならない』。この言葉を聞いて皐月が思い出すのは、やはり天龍だった。皐月は第五水雷戦隊所属だったが、数えきれないほど天龍や龍田と共に出撃や輸送任務を行ったことがある。

 何のことはない。天龍の口癖がまさにそれだったのだ。そこまで考えたところで、ふと皐月は気づいた。その言葉の意味を、深く考えたことは今まであっただろうかと。


提督「文字通りそれよ。楽しさで苦しさを忘れちまおうかって手法だ。苦しさそのものを楽しめと言っているわけじゃあない。それは若葉だ」

皐月「若葉ちゃんへの熱い風評被害をやめよう!」

提督「根も葉もある時点で事実なんだよなあ。話ズレそうだから戻すけど、要は苦しさの中に、あるいはそれを乗り切った先にある楽しさを見出すことで、モチベーションも上がれば発揮できるパフォーマンスも上がる。一種の自己暗示だな」


 提督はいくつか例を挙げて説明を続けてくれた。

 純粋にフィットネスとしての側面で、これをやり切れば筋肉が増強するぞ、代謝が増えて痩せることができるぞ、とか。心肺機能が上がるぞ、強い強度でもっと長く走ることができるようになるぞ、とか。

 こんな苦しいことができる自分って凄いなという達成感。それは自信と誇りに繋がる、確かにプラスとなることだと。短期的な夢ならばそれでいいのだという。だがもっと大きなことを目指すのならば、


提督「レースで勝ちたいって思うなら、勝った自分を……『勝てる自分』をイメージしなきゃな」

皐月「ッ……」


 工夫が必要だという。


583以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/21(土) 10:27:486Pxom5.I (1/1)

F1のチームよろしく鎮守府の人間サイドで
提督以外にロードバイクに関わってるスタッフはおらんのかね
ふと思ってしまった


584 ◆gBmENbmfgY2019/12/22(日) 01:55:155NNworRw (1/5)


提督「それにな、皐月よ。前提からして少しズレてるぞ君は。集中できない理由があるのならそれを排除しちまえばいいだけの事だし、何より集中しよう集中しようと思って集中できないなら、集中へ至るためのアプローチを変えていかねばならない」

皐月「え? そ、それってどういう……?」

提督「まずは気が散る要素からな。コイツを消すぞ。これから集中しなきゃって時に、君が言った『こんなことをしてていいのか』っていう、ミョーな罪悪感にも似た疑問が湧くってところ。ブチ消すぞ。こいつは簡単だぜ。速攻で消し去ることができる――スライム相手に使うニフラムのようにな」

皐月「じょ、冗談だろう、司令官? そんな都合のいい呪文みたいな……」

提督「冗談なんかじゃない。本当に一言で済む」

皐月「ど、どうすればいいの?」

提督「よろしい、魔法の言葉を教えてやろう」


 もったいつけるように腕を組み、提督はカッと目を見開いて――言った。


提督「そんな疑問が浮かんで来たら、次からこう思え……あるいは叫べ!」

皐月「はい!」

提督「『全部司令官のせいだ。あの野郎……!!』だ!」

皐月「はい! ………は!? え!? ええ…………?」

提督「あるいはこうだ……『よし、司令官に相談して、そういう悩みは全部考えてもらおう!』だ!」


585 ◆gBmENbmfgY2019/12/22(日) 01:59:095NNworRw (2/5)


皐月「ボク……いい子じゃなきゃ絶対嫌ってわけじゃないけれど……そんな最低最悪な子にはなりたくないよ……」


 それは丸投げである、と皐月は思った。

 絶対にやってはいけないことだし、やりたくないことだとも思った。


提督「何がだ?」

皐月「だ、だって、そんな……ボク、そんな大事なこと、司令官に押し付けられない……」

提督「押し付けられてないぞ?」

皐月「え?」


 皐月は見上げるように首を傾けた。心底不思議と言わんばかりの表情をした提督は、ぽつりと零すように言う。


提督「今、ちゃんと俺に相談してくれたろ?」

皐月「――――」


 今度こそ皐月は、思考が止まった。微笑む提督が手を伸ばし、金色の髪の頭頂部を、ぽんぽんと叩くように撫ぜる。

 かっと皐月の胸の中に、熱がこもった。それはきっと、足りないと言われていた『燃料』だ。そこに火がつこうとしている。


586 ◆gBmENbmfgY2019/12/22(日) 02:03:165NNworRw (3/5)


提督「ごめんな、皐月。君は真面目で頑張り屋で、いつも明るい笑顔で俺を元気にしてくれる。だからきっと、甘えちまってたんだな――そんなに悩んでたなんて、気づかなかったのは俺の落ち度だ」


 その表情に嘘はなかった。皐月にはないとしか感じられなかったし、頭を撫でてくれる掌がとても温かくて優しかったから、司令官は本当にそう思っているんだと確信できた。


提督「相談してくれてありがとう。すぐに答えは出ないかもしれないけれど、考えような――俺と皐月で、一緒にだ。皆も巻き込んじまおうか?」

皐月「っ…………」

提督「ん」

皐月「う゛ん……」


 声が濁り、皐月の瞳にはまた涙が滲みそうになった。タバタ・プロトコルを失敗した時の悔しさとは違う、嬉しさに端を発する涙は、止められそうになかった。

 自分の頭に乗っている、節くれだった男の指から伝わる温かさが嬉しかった。この絶対的な安堵を与えてくれる掌が、皐月は好きだった。

 それでも、零れ落ちる寸前で、乱暴に袖で目元を拭った。今は泣くときじゃないと、そんな意地があった。


提督「よし、一個解決だ。じゃあ次な。集中したいって時だ。そもそも『集中しよう』とか、『集中しなきゃ駄目』とか思ってる時点で力みが入ってる。それはわかるよな?」

皐月「あっ、そ、そうか……前に座学で教わったっけ。ルーティンとか、ゾーンとか……集中に入る、技法」


 皐月もまた古参だ。そうした海戦で役立つ集中力の底上げや、それを発揮するための準備など、座学で一通り叩き込まれている。


587 ◆gBmENbmfgY2019/12/22(日) 23:43:255NNworRw (4/5)


提督「皐月。君は俺の事を信じているか?」

皐月「う、うん! もちろんだよ、司令官!」

提督「んじゃ、少し付き合え――ロードバイク乗るぞ。ローラー台でだ。ただし――」


 指を立てて、提督は言う。


提督「今度は負荷をかけず、ゆっくり乗る」

皐月「え? それって、トレーニングじゃ……」

提督「有酸素レベルだからな。俺の筋トレ後のサイクリングに付き合ってくれ。皐月は好きに回していいよ。ただし丁寧にな」

皐月「わ、わかった! ボク、ロードバイク取ってくるね!」


 ぱたぱたと忙しない様子でロードバイクを取りに行く皐月は、まだ気づいていない。

 これが提督からの教導なのだと。

 バイクを二揃え。一つは提督のピナレロ・ドグマF8。並ぶのは皐月のロードバイク。


提督「俺の言葉をイメージしながら走れ。勝つイメージのプロセスの一例を、おまえに刷り込ませる」

皐月「わ、わかった! いつでもこい!」


588 ◆gBmENbmfgY2019/12/22(日) 23:59:065NNworRw (5/5)


 皐月は自然と、目を閉じていた。体幹を意識し、両足の回転にのみ意識を費やす。

 ――思考にノイズが走る。こんなことをしてていいのだろうか。


皐月「し、司令官や皆と考える! 今はロードバイク!」

提督「お、いいぞ。その意気だ。次はこう考えろ」


 提督の言葉に耳を傾ける。これは簡単に集中できた。何を言ってくれるのだろう、何を教えてくれるのだろう、心の中にわくわくがいっぱいだ。


提督「まずは己のレベルを知れ。お前たちは今、ロードバイク乗りとしての練度は1だ。どいつもこいつも団栗の背比べよ」


 ――そうだ。みんな一緒なんだ。海戦の時とは違う。才能が有る無しは仕方ないことかもしれないけれど、始めた時期はそう変わらない。


提督「ロードバイクに勝つためのトレーニングは厳しい。今日のタバタ・プロコトルなんて序の口だ。アレを30分にわたって行うHIITだってある。

   それは想像するにも恐ろしくキツいだろう。勝利のためとはいえ、その前に凄まじい艱難を極め、乗り越えるために幾多の難渋を強いる」


 皐月の眉根が苦渋によって寄せられる。そんな苦しいトレーニングじゃ、とても達成できている自分をイメージできない。

 だけど、提督はどんどん言葉を紡ぐ。


589 ◆gBmENbmfgY2019/12/23(月) 00:01:221nwj.P5c (1/6)


提督「しょうがねえさ。最初はちっぽけなもんだ。振り返ってみてみれば、なんのこたあない。あんなちっぽけなもんに自分は苦戦してたのか――――後になればそう思うさ」


 ――それは皐月がもう強くなっていくことをイメージさせてくれる言葉。


提督「でもな、思い返すべきはそこではない。そこについてきたモノこそが、原動力になる」


 ――思い返すこと。即ち実績。司令官に褒められた。旗艦の名取さんに褒めてもらえた。MVPを取った時。つまり敵をやっつけた時だ。

 この時、皐月の中からは『今それをすべきなのに、どうしてここでロードバイクに乗っているのか』という疑問は想起されなかった。
 

提督「思い返してみろ。海の上でも、陸の上でもどこでもいい。クリアできなかった課題をクリアできたときの達成感を」


 倒せなかった敵を倒せた。演習で勝った。お料理ができるようになった。将棋で勝った。

 次は――ロードバイクで勝つ。


提督「その時、褒めてくれた友達はいたか? 仲間はいたか? 憧れた者でもいい。部下でも上司でもいい。あるだろう、そんな思い出が。無い子はいない筈だ」


 ――ロードレースでは、それはまだいない。だけど勝てばきっと褒めてくれる。

 ――睦月型の姉や妹たち。艦娘の友達。名取さん。そして、司令官。


590 ◆gBmENbmfgY2019/12/23(月) 00:01:581nwj.P5c (2/6)


提督「仲間たちと掴んだ勝利は、どんな気持ちだった?」


 あれは、あれは―――言葉にできなかった。あんなに嬉しくて、そのあまり疲れが完全にどこかへ消えていく心地だった。


提督「それを誇らしいと思えるなら、きっとそれはお前たちの中で黄金にも勝る宝だろうよ」


 ――そうだ、誇らしかった。ボクが頑張れば頑張るだけ、海は平和に近づいていくのが分かった。あんなに嬉しかったものはない。こんなにも頼もしい自信はない。


提督「悔しいこともあっただろう。辛いこともあっただろう。これからもある。今日かもしれない。明日かもしれない。だけど」


 ――ロードバイクにおける悔しい事、辛い事、それはわかる。練習だろう。毎日毎日乗り続ける。きっとしんどいものだろう。


提督「笑っていた時の記憶が多い方が、嬉しいよな。笑える記憶にしたいよな。だから今のうちにズルして備えちまおうぜ。レースやるって話は聞いただろう?」


 ――それでも、それに見合うものがあると信じて足を回す。


提督「お客さんもいっぱいくる。艦娘が陸上で、ロードバイクで走ったらどんなことになるのか――――好奇心で来る人もいる。応援に来てくれるファンだって来るぞ。知ってたか、おまえらには少なくないファンがいる」


 ――お客さん。外部の一般国民の人たちすら集めてのロードレース大会。


591 ◆gBmENbmfgY2019/12/23(月) 00:03:351nwj.P5c (3/6)


提督「友達だって来てくれる。他の鎮守府にも、いくつか招待状を出した」


 ――容易くイメージできた。知っている艦娘達が大勢来てくれる。


提督「苦しいレースになるだろうか。いやいや、自分が大きく逃げ切って、大勝ちしてしまうかも」


 ――ああ、きっとそれはとても苦しい。悔しい思いを味わうかもしれない。あるいはとても楽しい気分になれるのかもしれない。皆を出し抜いて逃げなんて、とてもワクワクしてしまう。観客のみんなが、誰もがボクを見ている。


提督「だけど、やっぱり苦しいよな。そんな時に、声をかけてくれる。見知らぬ女性が、男性かもしれない、おじいさんやおばあさん、子供かもしれない」


 ――見える。コースの両脇に設置された仕切り板の向こうで、観客が叫んでる。その名前が、ボクのだったら、ボクの名前を呼んでくれるなら。


提督「口を大きく開けて、言ってくれるんですよ――――皐月、がんばれ、がんばって……って」


 ――ふと、力が入った。すっかりタバタ・プロトコルで腑抜けた両脚が、どんどん回転数とトルクを上げていく。そうしたかったからだ。まるで苦しくないからだ。

 何よりも――楽しかった。


提督「海の上じゃ、仲間同士で掛け合っていた言葉だろ。通信越しだったこともある。直接かけられる時は、曳航する時される時だ。それが、かけられる」


592 ◆gBmENbmfgY2019/12/23(月) 00:05:511nwj.P5c (4/6)


 万雷の声が聞こえるのだ。島風と夕張がやり合った時の、数十倍もの言葉だ。


提督「嬉しい、だろうなあ。でももっと嬉しい声をかけてくれる――――ゴール前で」


 ――皐月のイメージは、像を結んだ。あっさりと想像できる。今自分が置かれている状況を正しい意味で幻覚し、その世界で――。


提督「そんな衆人環視の中で―――――この中の誰かがチャンピオンに……カンピオニッシモになる」

   チームレースじゃ、エースをゴール前へ送り出すアシストがいるだろう。その姿を見届けることができる位置にいるだろうか。いないのならば、歓声が答えを運んでくれるかもしれない」


 勝利する。駆逐艦・潜水艦で厄介なエースは限られている。その厄介な奴らのどんなちょっかいがあろうと、理想のボクはへっちゃらへーな飄々さで、彼女たちを出し抜く。そして――。


提督「接戦のスプリントか? 白熱のヒルクライムか? 怒涛の逃げ切り大勝利か? いやいや意外な結末に終わるかもしれない。己がその勝利を掴める時を、想え。ありったけの気持ちで想え――――」


 スプリントでも! ヒルクライムでも! 逃げ切りでも! ダウンヒルやアップダウンでだって!! ボクが勝つ! 勝ったら、それは――。
 

提督「勝った。勝ったぞ! 自分が! 自分のチームが! 勝った! 勝ったんだ!! ってな!」


 ――うれしい。うれしい! うれしい! こんなに、うれしいことはないと思えた!


593 ◆gBmENbmfgY2019/12/23(月) 00:11:181nwj.P5c (5/6)


提督「……目を開けろ、皐月」

皐月「……はぁ、はぁ、はぁっ、はぁっ」

提督「――できたじゃねえか、タバタ」

皐月「はぁ、はぁ……は? え、え? あ、あれ……?」


 自転車から降りようとビンディングペダルを外した途端、身体から力が抜けた。そのまま引力に従うまま、皐月の身体はゆっくりとマットレスに頭から吸い込まれていき――。

 ――提督の両腕で、抱きとめられる。


皐月「し、しれぇ、か……ぼ、ボク……?」

提督「その感覚を覚えておけ。お前は今、タバタ・プロトコルを実施した。あっという間だったろ?」


 提督の話術に従っていたら、自然とペダルを回す速度が速くなり、時にゆっくりと回し、再び激しく―――皐月が気付いていないだけで、それは20秒×10秒×8セットの、タバタ・プロトコルだった。

 それを皐月は今度こそ見事に――達成していた。もちろん出力はガタ落ちしていた。でも持てる全てを『出し尽くした』のだ。


提督「――それが、集中だ」


 皐月だけはこの日――掟破りの二度目のタバタ・プロトコルに挑み、それを見事に達成した。


594 ◆gBmENbmfgY2019/12/23(月) 00:21:001nwj.P5c (6/6)


提督「この世で最も得難く、そして心を躍らせるものの一つは、いつだって最高の勝利だ。堪らないだろ、今感じてる充足感は」

皐月「はぁっ、はぁっ、う、ぅん……そ、だ、ね、けほっ、けほ、これ、くせに、な、り……こほっ」

提督「ああ、まだ無理に喋んな。筋肉も疲弊してんだし、呼吸整ったらプロテイン飲め、ほら」

皐月「はぁっ、あ、ありが、と……はっ、はぁっ、ぐ、ごく……ッ!? げほっ、げっほ!!」

提督「呼吸整ったらって言っただろ? 落ち着け、皐月。ほら、口元拭くぞ。零れちまってる」

皐月「ご、ごめ、ん。で、でも、う、うれしくて、はぁ、ぜぇっ」


 心に満ちる炎。まだ燃料がそこにあった。

 尽きることなく燃え上がっている。

 心臓の音の高鳴りと同時に、熱く熱く全身に燃え広がりそうな気分だった。


皐月「司令官、ボ、ボク……悪い子、に、なっちゃ、った……?」

提督「――ハッ、何言ってやがる。皐月はいい子のままだ。いい子のままで――やってのけちまったな。凄いやつだぜ」

皐月「そ、そっか、あは、あははっ……ボク、嬉しい」


 ――ボクはきゅっと抱き留めてくれる司令官の首に抱き着いた。本当に嬉しかったのだ。


595以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/23(月) 22:53:16y00LOtAg (1/1)

熱いじゃねぇか……!


596以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/23(月) 23:21:23vqxSdj1o (1/1)

素晴らしいアツさ


597 ◆gBmENbmfgY2019/12/24(火) 23:31:44jcHdMFYE (1/1)

※今日明日(ヘタすりゃ明後日まで)は書き溜め中。
 比較にならんほど熱いヤツを。
 ストーブもヒーターもいらん奴を頑張ります


598以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/24(火) 23:42:09TxAfZSrc (1/1)

待ってる


599以下、名無しが深夜にお送りします2019/12/25(水) 01:03:53y48bl8x. (1/1)

ロード提督(もはやロードバイク提督ですらなくLord提督)が規格外にストイック過ぎて、実家の老舗料亭に行ったらドーピングコンソメスープとか喰わされるんちゃうか疑惑ががが


正直、軽重問わず巡洋艦でタバタ失敗する面子はなかなか想像つかない
加古なんか失敗しそうだけど、初雪が達成してると途端にヤれそうに見えるから恐い
「典型的な『他人と競うタイプ』」の阿賀野はちょっと怪しいかもだが、むしろ長良への対抗意識を自覚したら捩じ伏せるくらいの馬力ありそう
那珂ちゃん・・・は無いな、此所の那珂ちゃんは那珂ちゃん=サンだから


600以下、名無しが深夜にお送りします2020/01/19(日) 05:43:45mZ6Wicb2 (1/1)

待ってます


601 ◆gBmENbmfgY2020/01/21(火) 23:09:56ML9/ZEiM (1/1)


 見た目通りにか細く、弱々しい腕で縋りついてくる皐月の身体を抱き上げる。掌から伝わる運動の熱、吐息と共に上下する胸元、しっとりとした汗までもが熱い。

 苦しげに息を乱し、くったりと力の抜けた皐月の軽い体は、すんなりと持ち上がった。

 煽情的でさえある汗だくの肢体の熱さは湯殿のそれ、若い活力の漲る肌には張りがあった。そんな皐月を抱き上げる提督は、不埒とは程遠いことを考えていた。


提督(――ふむ。俺の言霊にずっぽりはまり込む子は他にも何人かはいた。司令部施設を用いた海戦においてだが……皐月はこれほど高い適応率は示さなかった筈。

   それは海戦ではなくレース――自身の勝利を空想する、イメージするという点において適性があるということ。

   ならば皐月、おまえは――)


 提督は確信する。

 ――皐月はチームレースにおけるエースが備えて然るべき勝利へのヴィジョンを持てるようになるかもしれない、と。


提督(文月や望月が向いていると思ったが、皐月も負けていないな。皐月は、勝利することをモチベーションにできる引き出しを得た。これでコイツに好敵手が出てくれば……楽しくなってきた)


 そんな乗り手になるのだろう。提督の最近の楽しみはそれだ。

 艦娘が新たに艦隊に加わるたびに、提督は喜びと期待で胸がわくわくした。その気持ちが、今度はロードバイクに乗る艦娘の数だけ同時にやってくる。

 酷く高揚した。提督はロードバイクが大好きで、艦娘達の事も大好きなのだ。彼女たちはそれぞれどんな乗り手を目指すのだろう。どんなレースを見せてくれるのだろう。

 個人では? チームでは? ステージレースでは? 時にはロングライドもいいだろう。シクロクロスも悪くない。


602以下、名無しが深夜にお送りします2020/01/27(月) 22:05:22gpl.IXiE (1/1)

きたー( ・∇・)


603 ◆gBmENbmfgY2020/02/02(日) 23:57:44fwcE2siY (1/1)


 そんな折だ。


 ――司令官は、立派だもの。なんだってできる人だもの。


 ふとそんな言葉が脳裏をよぎる。イムヤに言われた言葉だ。イムヤだけではない。二十年に満たない人生の中で、似たような言葉を聞いた。

 時に称賛として。

 時に嫉妬として。

 時に怨嗟として。

 時に憎悪として。

 時に嫌味として。

 言われ続けてきた。そんな人生を送って来た。出来ない事なんてなかった。


提督(なんでもできるってことはな、イムヤ。なんにもできないことと同じだよ)


 その未知の最高峰に立つ人間には勝てないということだ。それ一辺倒にやってきた人には絶対に勝てないのだ。

 それでも勝てたとしたら、それは最初から底の浅いものだったのだろう。才能で努力を覆してしまえる程度のものなのだろう。

 だから提督は選んだのだ。


604 ◆gBmENbmfgY2020/02/03(月) 00:00:55RuHXJyBE (1/2)


 なんでもできる彼が、何か一つだけは『誰よりも』できるようになりたいと。

 深海棲艦の侵攻により、提督は『誰よりも』を一つ手に入れた。

 ――司令官としての能力だ。

 では、次は?


提督(――ロードバイクにも、才能というものはある。あらゆるスポーツには全てあると言っても過言ではない)


 提督は見たかった。才能の輝きに惹かれている一方で、才無き者たちがどこまでやってくれるのか。

 ロードバイク――ロードレースは過酷なスポーツだ。それに参加することは、時に楽しみを奪ってしまう。神通が朝潮に対し危惧していたことがまさにそれだった。

 一踏みで軽く進んでいく自転車への高揚を楽しむ余地は、そこにはない。

 移り変わる風景を眺める暇はない。困難な坂道を駆けあがった後の達成感もない。

 心地よい風や、時に障害となる風を感じて、時にはしゃぎ、時に悲鳴を上げて、しかしそこにいる誰かと笑いながら走る――そんな潤いはない。


 ――勝利のために、走るからだ。


 定められた食事制限。ステージレースともなれば日に日に体力と共に体重が落ちていく。それでも食べねば走れない。娯楽と化した食事は、機械的な栄養摂取の場に成り代わる。

 好きなものを好きな時に食べられない。これまでは好きなことをできていた余暇の時間を、ロードレースの練習や勉強が埋めてしまう。


605 ◆gBmENbmfgY2020/02/03(月) 00:06:37RuHXJyBE (2/2)


 練習に次ぐ練習。好きな分野、得意な分野のみならず、苦手な走り方、苦痛に感じるコース、全てを走り続ける。

 辛く、苦しく、もう嫌だと思う――それでも走る。その果てにある栄光を信じてだ。

 ロードバイクはまさに『努力が結果に反映しやすい』スポーツなのだ。努力が報われてくれる。素晴らしいことだと提督は思う。その一方で――。


提督(皮肉なことに、俺の大好きなあいつらには、頑張る奴らしかいない)


 個人レースの頂点に立つ者は一人。チームレースでは1チーム。

 スプリント賞はある。山岳賞もある。敢闘賞や、新たに着任した艦娘達がロードレースに興味を示し、その身を投じていくのならば、新人賞も用意されるのだろう。

 しかしその枠は限られている。涙の味を知るものは出てくる。何度大会を開催するだろう。十回だろうか、それとも百回だろうか。

 その全てで負け続ける者は、きっと出てくる。

 それでも、と提督は思った。


提督(俺の想定を覆す偉大な結果を、俺の予想を凌駕する見事な成長を、俺の期待を上回る灼熱のレースを。

   それを見せてくれないかと、見せて欲しいと、願う自分がいる)


 きっとこれは己のエゴなのだろうと提督は思った。レースの楽しさを知って欲しいと思う一方で、負けて泣き出す子の顔を見たくはない。


606 ◆B2mIQalgXs2020/03/10(火) 23:19:25mIVCJMso (1/4)


 これが艦隊戦ならば、敵が深海棲艦ならば。

 何が何でも勝つという気概を持って、出来ることをやればよかった。

 勝利を目指せばいい。

 全ての艦娘に共通する勝利だ。目指す場所は同じで、辿り着く場所は一つだ。

 艦隊の勝利は全員の勝利。

 だが今回の勝利は、得られる枠がひとつっきりだ。


提督(我ながら度し難い。俺が長良に告げた言葉がそっくりそのまま俺を呪っている)


 『俺は、司令官だからな』

 ――提督は、誰も贔屓することができない。

 レースに出場するならば、もう全員が平等なのだ。海戦とは違う。最前線には最前線の、突撃部隊には突撃部隊への、支援艦隊には支援艦隊への、それに応じた指示を出せる。

 ――提督は、誰も助けることができない。

 艦娘達が日常を送る上での労働シフトも各々が異なる。即ち練習時間や、練習する相手の質や量にも差が出てくる。

 この合宿一つとってもそうだった。初日から七日間通しで参加できる艦娘もいれば、途中から参加する者もいる。隔日参加する者もいる。

 ――提督は、誰も平等に接することができない。


607 ◆gBmENbmfgY2020/03/10(火) 23:26:59mIVCJMso (2/4)


提督(皐月が俺に直接聞きに来たのは、まァ……セーフと言えるか。せめて多くの気づきの機会を与えてやりたい)


 艦娘が求めるならば、提督は己の持つ全てを授けるつもりでいる。

 新人も古参も区別なくだ。ロードバイクの基本的なテクニックから、レースでの戦略・戦術、ちょっとした戦法に至るまで、その何もかもを。

 ――提督に教わってなかったから負けた。

 そう謗られることを覚悟の上で。


提督「……」

皐月「……? 司令官?」


 思案に耽る様子に気付いたか、訝し気に腕の中で声を上げる皐月に、提督は「なんでもないよ」とかぶりを振った。

 皐月の呼吸が整ったことを確認して、彼女の身体をゆっくりと床に降ろす。


提督「――間を置かずに励め、皐月。レースする時には、カッコイイとこ見せてくれよな」

皐月「う、うん!! 了解だよ!」


 快活に笑って敬礼する彼女の金糸の髪を撫でつけながら、提督は微笑んだ。


608 ◆gBmENbmfgY2020/03/10(火) 23:40:29mIVCJMso (3/4)


 一方その頃、その日にタバタに参加していなかった艦娘達が何をしていたかと言えば――提督の指示のもと、鳳翔に率いられ、とある山岳にいた。

 クライマーやパンチャー脚質の艦娘や、アップダウンの対応力をつけたい子たち、そして一部問題を抱えてた艦娘――主に体重的な意味でだが全員がダイエット成功している――を連れて、彼女は近所の初心者向けの峠にいる。


大和「」

赤城「」

蒼龍「」

翔鶴「」

高雄「」

摩耶「」

鈴谷「」

羽黒「」

望月「」

初雪「」


 死屍累々の有様であった。

 誰もが『酸素を下さい』って顔で疲労困憊の極致にある。


609 ◆gBmENbmfgY2020/03/10(火) 23:55:41mIVCJMso (4/4)


 彼女たちはこそこそダイエット生活を送ることで、元通りのカタログスペックを取り戻した。へっこんだ腹部に喜ぶ彼女たち。


高雄『これで提督の前に出れますよ!』

摩耶『やったな姉貴!』

初雪(あっ)

望月(おい馬鹿やめろ)


 ――だがそれが逆に提督の逆鱗に触れた!

 そう、結局のところ太ったことがバレたのだ。自主的に申し出てくるならまだしもこっそりと己が怠惰だったことの事実を脂肪ごと消滅させようとしたことが提督の勘気に触れたのである。

 軍人のみならず艦娘とて体が資本。まして最古参から古参揃いだったことが提督の怒りを加速させた。それはそれ、これはこれである。

 怠惰に日常を過ごし、腹に慢心を抱え込んだ事実は消えることはない。

 かくして鳳翔に命じての特別トレーニングと相成った。

 なお阿賀野は翌日のタバタ参加予定のため、不参加だ。ホッと安心する阿賀野だったが提督がそんな逃げ道を赦すはずもなく、後日マンツーマン指導が待っている。


武蔵「…………」


 時間はおよそ2時間ほどさかのぼる――アップダウンの対応力を身に付けたい艦娘の一人――同伴する武蔵の顔色は極めて悪かった。


610 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:10:03MMem8xpE (1/19)


 はしゃいでいるのは中堅どころの艦娘ぐらいである。武蔵を始めとする古参や最古参の顔色は極めて悪い。まるで厳冬期に屋外で放置された腐れ芋の如しである。

 顔色が悪い理由、それはもちろん―――この先頭を曳く存在である。


鳳翔「もうすぐ提督指定の坂道に着きますよ」

龍驤「せやな」


 鳳翔と、龍驤――もう嫌な予感しかしなかった。ここで嫌な予感を覚えない奴は古参じゃない。もしくは長良とか鬼怒とか島風とかだ。

 なお軽空母は脚質問わず強制参加であった。瑞鳳は「ぴよぴよ」とひよこみたいに鳴いて現実逃避していたし、祥鳳は「このロードバイクジャージ、露出が多くて派手じゃないかしら」とトチ狂ったことをほざく有様。

 隼鷹はいつも通り「うひひ」とか「うへへ」とか呟いててとても隼鷹だったし、飛鷹もまたいつも通りしっかりと遺書をしたためてからトレーニングに参加するという念の入れよう。

 千歳と千代田は初夏の陽気で青々と高い空を眺めては「あの空にかかる虹の向こうでまた会いましょう」「うん、千歳お姉」とかやたら私的なことをのたまっている。虹はどこにもかかっていない。

 春日丸は「よいしょ、よいしょ」とペダルをこいでいる。まだ立ちごけが怖いのかビンディングではなくフラットペダルだ。一生懸命であった。

 かくして辿り着いた山岳――斜面の手前で停車した彼女たちは、一様にその坂を見上げ、絶望した。

 前日に現地で指示を出した提督曰く。


提督『――――この激坂(笑)を登って降ってを繰り返しだ。なあに――ほんの勾配12~15%をたったの800mだ』

鳳翔『なるほど』


611 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:12:25MMem8xpE (2/19)


 悪魔のような顔をした提督がいたという。


鳳翔「この坂を登って下さい。そうですね、7割から9割ほどの力です。ええっと、え、『えふてーぴー』換算です」

赤城(かたこと!)

加賀(相変わらず、なんとお可愛らしい方……! ですが仰る内容が鬼のそれ)


 ――FTPとは!

 Functional Threshold Powerの略称であり、ペダリングパワーの一つの指数である。

 その数値は「1時間維持できる限界出力」を示し、その数値はW(ワット)数で記される。

 これは絶対的な数値ではない。というのも数値が高いからといって一概に凄いと言えるものではないのだ。高いほど良いのは間違いないが、この数値は乗り手の体重によって大したものではないものに成り下がる。

 例えば体重50kgの乗り手が出す400w。

 例えば体重70kgの乗り手が出す550w。

 さて、凄いのはどちらか? それを測るにはwをkgで割ればいい。

 前者は8.0w/kg。後者は7.85w/kg。つまり1kg当たりの重量に対する出力比が高い前者の方が速く走れることになる。

 ピンと来ない方もいると思われるので補足しよう。


612 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:16:41MMem8xpE (3/19)


 FTPとは! 「意識がなくなる寸前くらいのギリッギリの限界パワー」で! 「1時間ペダルを回し続けた時」の! 平均パワーであるッ!!

 鳳翔さんはそれを7割から9割出せとの仰せだ。提督の指示とはいえこれはひどい。

 そして続く鳳翔のアナウンスを聞いた艦娘達の顔は一様に引き攣ることになる。


武蔵「ど、どれぐらい走ればいいのかな、鳳翔さん?」

鳳翔「そうですね。2時間程度でいいでしょう」

武蔵(死んだ)


 武蔵は遺書をしたためてこなかったことを酷く後悔した。


赤城(一航戦だって死にます)

加賀(死は免れません)


 赤城と加賀も、各々の微笑と鉄面皮が崩壊気味であった。


鳳翔「だ、大丈夫です。私も坂道はとても苦手ですが、がんばりますからね! それに今日は帰ったら腕を揮いますから――美味しいご飯がみんなを待っていますよ!」


 むんっ! と力こぶを作るポーズで微笑む鳳翔の姿がそこにあった。


613 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:21:22MMem8xpE (4/19)


加賀(だからこそ死ぬのです。終わったわね)


 ――鳳翔は、坂がめっぽう苦手であった。その鳳翔が死ぬほど頑張るのである。古参にとっては死の宣告に等しい。

 「鳳翔さんが頑張ってるのに、自分は頑張らないのか?」

 そう問いかけられているようなもので――できる訳がなかった。酷い人質作戦もあったものである。提督の思惑通りであった。

 頑張らないとかクソだと思った。そんな不届き千万な艦娘がいたら武蔵が手ずから海の藻屑にするだろう。否、武蔵が手を下すまでもなく、おそらくは――。


龍驤「なんや? なんか文句でもあるんか……おどれら……司令官の命令で指示出しとるウチと鳳翔に……つまり売っとるんか……司令官と、ウチに」


 付き合いの長い軽空母達は言わずもがな――その場にいる艦娘の誰もが、明らかに龍驤の雰囲気が変わったことに気付く。


龍鳳「い、いえいえ、滅相もありません。質問がありまして、よろしいでしょうか」

龍驤「さよか。ええでええで、龍鳳! なんでも聞いてええんやで~」


 コロコロと殺人鬼と美少女の顔を切り替える龍驤。

 鎮守府において鳳翔と並ぶ最古参であり。

 着任から現在に至るまで一貫して――最強の軽空母である。


614 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:36:03MMem8xpE (5/19)


龍鳳「こ、このトレーニングの名前と、その目的を教えていただきたく」

龍驤「おお、説明したるでー! 鳳翔が!」

鳳翔「はい! こほん、それではご清聴下さい……トレーニングの名前はえ、えすえふあーるトレーニングです!」

赤城・加賀(尊い)


 一航戦が香ばしくなっているが説明は続く。


鳳翔「激坂を重いギアの高負荷で登ることで、高いトルクで回す能力を獲得するのが目的の『一つ』――と、提督は仰っていました」


提督『このトレーニングにはもう一つ狙いがある。

   呼吸器や循環器系、そしてスポーツにおいてエネルギー供給の要となる身体の代謝と分解能力の改善だ。

   正しく行うことで効率的かつ滑らかなペダリングスキルを身に付け、有酸素運動能力強化に大いに効果がある』


 提督に受けた事前説明を思い出しながら鳳翔が語り終えると、再び質問が上がる。蒼龍だ。


蒼龍「ちゅ、注意点や、その―――制限などはありますか?」

龍驤「あるで」


615 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:51:19MMem8xpE (6/19)


赤城(あるんですかやっぱり)

加賀(あるのねやっぱり……)


龍驤「このトレーニングはいわば筋持久力トレーニング……低ケイデンスで重いギアを回すことが肝要や。故に速度の下限は問わん。

   ただし…………インナーローは禁止な♪ 最低でもミドル寄りで走れや」


※インナーロー:最も軽いギアの組み合わせ。フロントギアはアウター(重)・インナー(軽)、リアギアはトップ(重)・ロー(軽)で表記される。

 ミドル寄り:この場合「フロントをインナー、リアギアは11速の場合は4速から8速程度のギアを使用しろ」ということである。


瑞鳳「――ぴよ?」


 ――瑞鳳はクライマーである。そしてギア管理を走りの武器とするタイプだ。

 瑞鳳は、おそらくこの中で最も自転車の専門知識が薄い。だが、最もヒルクライムを知っている。坂道を登るのが大好きなのだ。彼女にとっては平地である。『なぜか自分以外が遅くなってしまう平地』なのだ。

 その彼女がインナーローを封じられる。


瑞鳳「……………ぴよ?」

 
 雛鳥を彷彿とさせる顔で硬直する瑞鳳であった。これがエンガノ沖で伝説を打ち建てた栄えある軽空母がしていい顔であろうか。


616 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:57:58MMem8xpE (7/19)


 だが誰もそれを嗤わなかった。地獄オブ地獄の訓練で名高い一航戦・二航戦でさえ顔色が悪い。

 そして悟る――――あ、これって自転車を動かす筋力の徹底的な底上げが狙いだ、と。鳳翔が言ったとおりであるが、これは特に非力な奴を狙い打ちにしている。まさに坂道での基礎能力を身に付けるのにもうってつけであろう。

 ぶっちゃけSFRトレーニングとはそういうものである。

 ケイデンス40~60程度でギリギリ回せるギアでひたすら坂を上り続けるという、想像するだけで地獄が垣間見える類の。

 なお提督は2時間を指定したが、これが完全に罠である。


提督『――2時間は無理だ。ケイデンス50~60ならいいとこ1時間。ケイデンス40~50程度だと、限界は40~45分程度だと見ておけ』

鳳翔『? ではなぜ2時間を指定して……――ああ、そういうことですね』

提督『1時間真面目にやればブッ倒れる。武蔵や赤城、加賀……それに飛龍あたりはそれでもやりかねないから君たちで止めろ。根性云々の話じゃなく、膝への負担も大きいから絶対にやめさせるんだ。

   だが他の奴が1時間経過してもまだ走れるようならば、それは――』

龍驤『――サボッてたと判断してええってことやな?』


 日常の練習にも地雷を設置することに勤しむ提督である。これだから地獄鎮守府と陰で言われるのだ。

 かくして説明の後にトレーニングが開始し、冒頭の死屍累々へと至ったのである。


617 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 00:59:48MMem8xpE (8/19)


 トレーニングが始まってすぐ、龍驤は思い出していた。


龍驤『なぁなぁキミぃ。これって前に教えてもらったタバタと何がちゃうん? 同じ全身フル稼働の筋トレちっくやん?』

提督『大いに違う。タバタプロトコルは短時間で限界のちょっと上まで『死ねよ』って勢いで急な追い込みかけることで心肺機能と筋力それぞれの上限値をアップさせるのが主な狙いだ。

   が、それを成すために試されるのは心根。

   なんせ本気で取り組んだら本当に死ぬ。こっちの方は少しばかり実戦志向が強めだ』

龍驤『? それって実走やからか? タバタは固定ローラーやもんね』

提督『まあそれもあるんだが、走ってるうちに、すぐ気づくよ……このトレーニングのコンセプトはな――『筋力を上げてトルクで走れ』だ』


 800m――――ロードバイクならばあっという間の距離だろう。全力で飛ばせば1分と掛からない。これが平地であれば。

 それが12%の坂道となれば話はまるで別物になる。


龍驤(た、たったの、800m……そのはず、そのはずや……いつもの、ウチなら、すいすいやぞ、こんなん……け、けど――――)


 ギア管理を制限されることがどれだけ恐ろしいか、それを龍驤は身をもって味わっていた。

 シンプルに『キツい』のだ。


618 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 01:15:46MMem8xpE (9/19)


蒼龍(お、重ッ……重ッ、重ぉぉおおおおぉい!!!? し、しかもこの坂、後半にかけて14%に、徐々に、傾斜が、ましてるぅ……!?)


 それは蒼龍もまた同じだ。空母内では低身長、だがやや重めの彼女は、2~5km/h程度の速度で、錆び付いた歯車のようにのろい動きで坂道を登っていく。


飛龍(すっごく、キツ……い! でも、その分、しっかりペダルを回せば、身に付く……高負荷での、回し方が……!)


 呼吸を乱しつつも、目的に沿ったスキルを身に付けんと意識を集中させるあたりが飛龍が飛龍たる所以である。逆境にあってこそその判断力、観察力が輝く艦娘であった。


加賀(ッ、もう、脚に来ましたか……呼吸も、乱れる。整えながら……速さは、いらないと、そう仰っていましたね。ならば、丁寧、にっ……)

赤城(エネルギーが、エネルギーが、枯渇していく……ほ、補給食を食べてもいいかと、事前に聞いておいて、良かった……)


 二人が取り出したるは間宮印の羊羹だ。もぐもぐして、クラスターデキストリンもたっぷり溶かしたBCAAドリンクもごくごくして、必死にペダルを回し続ける。

 1kgにも満たないボトルの重さすら今は恨めしいと思いながらも、適切な摂取量を心がける当たりは流石の一航戦であった。


武蔵(と、遠い……800mが……そ、それが……永久に思えるぐらい、遠い……と、遠ぉい……と、と……遠ォオオオオオオオオオオ!)

大和(死、死んじゃう、死んじゃうぅ……!!)


 大和・武蔵もびっくりの高負荷である。それでもギアを決して軽くしようとしないのは、連合艦隊旗艦を務めたものの意地か、戦艦としての誇りか、大和型としての自負か、或いはすべてか。


619 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 01:18:26MMem8xpE (10/19)

※このSSの欠点はわかってるんだ

 酷く個人的なことになるんだけど、書くと乗りたくなるのよ

 だから深夜帯に書くわけなんだけど、日中に疲れ果ててるとどうにもこうにもならん

 遅い投下で本当に申し訳ないですが、エタるつもりはないので気長に待って楽しんで下されば本望

 早くレースさせてあげたいなあ


620以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/11(水) 09:47:52RlGjpQx2 (1/1)

乙乙
自分もここ見ると乗り行きたくなる
コロコロでシーズン初めのレースが中止になって寂しい…


621 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 22:52:43MMem8xpE (11/19)


初雪(なん、で……初雪、と……望月、だけ……? きょ、今日はもう、タバタ、やってる、のに……き、きつい……だらけてたから、司令官、怒ってるんだ……)

望月(太ったの、隠してた、から、か……ち、ちきしょお……)


 先ほどのタバタ・プロトコルを走り切った中で、この二人だけは更に強制参加だ。提督の名指しである。

 寝正月を過ごしたことを悔やむ二人であったが、実はそれは不正解である。どっちにしろ二人は参加させられていただろう。

 この両名に共通している点がある。ロードレースにおいて、それは島風や雪風が今は持っていない武器になりうるのだ。


提督『ああそうそう――鳳翔、龍驤。初雪と望月には目をかけてやってくれるか』

龍驤『はいよー…………ん? 聞き間違いか? 目を『付ける』、じゃなくて? 目を『かける』?』

提督『聞き間違いじゃあない。目を『かけて』やれ。むしろよく観察してみろ……あの二人に自覚はないだろうが、以前ヒルクライムに同行した時、かなり面白いことをやっていた。

   特に鳳翔はよく見ておくといい。君の抱えている課題の解決策が見つかるかもしれん。クライマーの龍驤にとっても十分に参考に値するほどのことをやっているぞ』

龍驤『ふーん……? ようわからんけど、了解や。バッチシ目をかけとくで!』

鳳翔『は、はい…………?(クライマーとしては、確か特型では磯波ちゃん、睦月型では菊月ちゃんが実力を備えつつあると聞いていましたが……初雪ちゃんと、望月ちゃんを?)』

提督『まァ、タバタ・プロトコル後だからな……膝壊されても困るし、長くても30分程度で上がらせてやってくれ』


 提督の言葉通りだ。二人はまだ自覚していないだろうが、初雪と望月の両名は『休むことが上手い』のだ。


622 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:00:51MMem8xpE (12/19)


 サボリ癖が……ないという意味ではないが、そうではない。

 力を最小限にとどめるための運動効率――即ち『課題の条件を満たしつつ手を抜く余地があれば必ずそこを見つけ出してサボる』――そんな能力が高いのだ。


鳳翔(…………!? これ、は)

龍驤(なんや、こいつら)


 鳳翔と龍驤は二人の後ろに位置取りし、その動きを観察していた。

 否、それはもはや観察というより――。


鳳翔(こ、これは……休んで、いる? この二人……!! 提示した条件を、きちんと満たしたまま! 休めている!? で、出来るのですか、こんな……?)

龍驤(…………う、巧い。何が上手いって――何もかも巧い)


 ――魅入っていた。

 坂道では、己の脚に嘘を付けない。かつて前述したとおりだ。常に己の体重とロードバイク自体の重量が重くのしかかる。鳳翔も龍驤もそれを知っている。まさに味わっている。

 だがそこで消耗する体力を温存する走り方というものはある。あるのだ。それを実践している者達が、目の前にいる。

 それをそうとは知らず実践している――初雪と望月。ひたすらに無駄を省く――即ち『疲れたくない』という欲求からだ。


623 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:02:55MMem8xpE (13/19)


鳳翔(提督のペダリングとは違う。純粋なペダリングとしてならば、提督や赤城さん、加賀さん、神通ちゃんに比べればまだ粗がある。

   けれど……下死点における足の脱力を、ダンシング時もシッティング時も完璧に成し遂げています……二人ともが! これに限れば、神通ちゃんを超えているかも……?)

龍驤(つーかライン取りがメチャウマやなおどれら?! よぉ路面を見とるわ……路面のクラックはもちろん、アスファルトの僅かなギャップまで……きっちり躱しとる!?

   それでいて登坂のラインは最短、或いは最も傾斜が楽な場所を選んで……!? 上体を起こして、姿勢も斜面に合わせて変えとる……!)


 環境を認識し、最善を選ぶ――それは雪風の持つ『眼』と同じであったが、発想が違う。使い方が異なるのだ。そして最善に対する認識も違う。

 より速く己を頂上へ連れていくためにではなく、いかにして疲れないように最大を発揮するか。

 似ているようで違う。雪風のそれは残った体力・気力を全て使い潰すためだ。だが初雪と望月はそうではない。坂を登り切った後にまだ続いているコースを見据えているような走り方だった。

 山岳をゴールとするヒルクライムレースならば、雪風の走り方は正しい。

 だが、あくまでも山岳賞が狙いではない、その先にあるポイント賞や優勝を狙っていくレースであれば――。


鳳翔(この二人――化けますね)

龍驤(こんな走り方が、あったんか……!)


 二人は勘違いしていたが、まさに提督の言葉通り、鳳翔と龍驤は初雪と望月から学んでいた。

 何せこの二人は、今もなおサボろうとしている。


624 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:07:41MMem8xpE (14/19)


初雪(うう、駄目だ。力任せで踏むと、つ、疲れる……踏み抜いちゃ、駄目だねこれ……クランクが0時~3時のところできっちり力入れて、後はもうぷらーんとさせよう……こっちの方が、疲れない)

望月(うへぇ……足がプルプルしてきたぁ……サドルやハンドルに持たれちゃダメだこりゃ……足の使い方変えよ……上体起こそう……すーはーはー、すーはーはぁーーーーー……あー、少し整ったぞぅ)


 弟子に教わる、とは少し異なるが、鳳翔と龍驤は瞠目した。

 鳳翔はただ耐え忍ぶようにペダルを回し続けるだけだった。

 龍驤は本来の適正ギアに変えられないことに歯がゆい思いをしながら、同じく回していただけだった。


鳳翔(初雪ちゃんも、望月ちゃんも……今、まさに成長しようとしている……! タバタで消耗した二人を参加させると聞いたときはどうかと思いましたが、これが狙いだったのですね。

   そして私への提督の狙いも……二人のこれを見せるため! 私は、坂道が苦手です。こいでも回しても速度が出ない、耐え忍ぶだけの競技だと……こんな走り方があったのですか。

   この二人は、『疲れずにペダルを回す動作』を、知らず習得している……!! 私に足りないものを持っています……!!)

龍驤(やるやないか、この二人……サボリ常習犯の悪ガキどもとしか見とらんかったが……悔しいけど、見習わせてもらう! そんで盗ませてもらうで、そのスキル!!)


 二人の目に火が灯った。その視線を感じ取った初雪と望月は――げんなりとした。


初雪(う、うー……龍驤さんが、見てる……なんですか、初雪、サボりませんよ……? 信用無いのかな……司令官、初雪に、がっかりしちゃったのかな……帰ったら、ちゃんとごめんなさいしよう……許して、くれる、よね……?)

望月(な、なんだよぉ鳳翔さん……ちゃんとケイデンスも維持してるし、ギアだってミドル寄りでやってるじゃんかぁ……ただでさえしんどいのに、プレッシャーまでとか……ホントに司令官、怒ってんだな……嫌われたら、泣きそう)


625 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:24:17MMem8xpE (15/19)


 なお帰った後に提督に謝ったところ、纏めてぎゅうと抱き締められて幸せいっぱいな顔する二人である。

 だが――提督にとって想定外だったのは。


武蔵(――成程、ああいう走り方が)

大和(取り入れましょう。艦種は違えど、序列も違えど―――彼女たちは私たちの、先輩なのですから)

赤城(加賀さん……あの子たちにできて、私たちにできないことはあってはいけません)

加賀(もちろんです、赤城さん――二航戦は無論、五航戦たちも日に日に練度を上げている……強くなるための糧は、全て喰らいつくしていきましょう)

蒼龍(あー、うん、なるほど…………なんだ、意外と簡単。最初からこうすれば良かったんだね……といってもキツいものはキツいけど、大分マシだ)

飛龍(ッ、私が辿り着いたやり方と、ほぼ同じ……!? いえ、二人の方が上手い……!?)

翔鶴(提示された条件の中で、やれることを探す……私は探していたでしょうか、あの二人のように――――今からでも、遅くはないわよね)


 意識の変化だった。


瑞鳳(そ、そっか……ペダリング改善が、目的なら……試さなきゃ、ね)

祥鳳(ええ、やりましょう……良き技術、素晴らしいやり方は、どんどん取り入れて糧とする――それが私たちの鎮守府の力。私たちの絆なんですから)

飛鷹(ふ、う……どうやら、あの二人のマネすれば、遺書は無駄になってくれるかもね……)


626 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:27:00MMem8xpE (16/19)

       モン
隼鷹(いい技術もってんじゃねえのおチビども――あたしに寄越しな、ソレ)

高雄(馬鹿め、と言って差し上げますわ……今の私に。そしてそれでいいのよ、と言って差し上げます――これからの私に!)

摩耶(ガキどもより、頭漬かってねえのか私は……ああクソ、クソが! 頭来るぜ! 頭来るけど――あとで褒めてやるよ、初雪ェ! 望月ィ!!)

鈴谷(マジあり得ないし……この鈴谷が、あんなちびっこたちに教わるとか……頭切り替えてかないとダメだねこれは)

羽黒(すごい、すごい……二人とも、戦艦や空母の方々が出来なかったこと、出来てる……!! わ、私だって、やってみせます!)

千代田(あ、あー……なるほど、そういう。それじゃあ――いただきね!!)

千歳(凄いじゃない、あの二人……!!)

春日丸(へひ、はひぃっ……す、すごい。小さな子たちも、あんなに、がんばって……私も、がんばらなきゃ……がんばらなきゃ)


 武蔵も、大和も、そして他の重巡や空母・軽空母達も、この二人を見習いだしたことだろう。

 軍艦としての誇りとは、目下の者を軽んじることに非ず。むしろ正しく評価し、優れた技術を生み出したのならば諸手を挙げて称賛し、受け入れるべきことこそが大器であると認識している。

 提督がまさにそうだった。

 古参・最古参が多いこのメンツで、提督がそうして成長してきたのを、彼女たちは見ている。

 水雷戦隊の運用――駆逐艦や軽巡洋艦に分からないことがあれば積極的に質問し、疑問点を洗い出しては戦術に組み込む。

 空母機動部隊も、連合艦隊も、提督に問われなかった者は一人としていない。そして二度同じことを聞かれることは、一度たりともなかった。


627 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:33:12MMem8xpE (17/19)


鳳翔(ふ、ふふ――私と貴女のお目付けは、最初からいなかったのかもしれませんね、龍驤さん)

龍驤(せやなぁ……そうかもしれん。んじゃまあ、このやり方を研ぎ澄ませて……行ってみよう!!)


 全員の瞳に火が灯る。いつだって駆逐艦の奮闘が、彼女たちの心に火を点けた。

 小さな体、短い射程、ちょこまかと動き回る敏捷性――だけどいつも不安だった。

 手の届かないところで、沈んでしまうかもしれない。あんな装甲で、敵の攻撃を耐えられるのか。

 そんな子が、今また頑張っている。


 ――――ここで燃えなきゃ、軍艦として恥だと。


 誰もがそう認識したのだ。

 そんなこんなで一時間が経過し――。


武蔵「ま、まだ、だァ……ごっ、ごの、むざじは、まだっ、い、いけるぞぉ……!!」

加賀「が、鎧袖、い、一触、よ……たかが、あと一時間程度……私ならばやれる。やれます……私は、一航戦……ここは、譲れません」

鳳翔(提督の予想通りに!?)

龍驤「はいはい、終わりやでー。最初にいた二時間はな――ウソや」


628 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:36:00MMem8xpE (18/19)


 その龍驤の宣告に、一同は一瞬凍り付いたように押し黙る。

 そして叫ぶ。

 例の言葉をだ。



 ―――よくも騙したァアアアアアアアアアアア!!!



 その大咆哮は、峠の奥の奥まで、遠く遠く染み渡っていったそうな。



……
………


629 ◆gBmENbmfgY2020/03/11(水) 23:38:25MMem8xpE (19/19)

※提督は嘘をつかないと言ったな

 アレは嘘だ

 騙して悪いが、提督は地雷を設置するのが好きなのだ

 さて、いよいよ合宿初日が佳境。お食事の後は睡眠。

 二日目には、軽巡・重巡ら(一部不参加あり)のタバタ・プロトコルが開始です。

 ただし普通のタバタとはちょっと毛色が違います。そう、いつもいつも提督って奴が悪いんだ。


630以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/12(木) 00:45:53r0yaSN/w (1/1)

乙。


あぁうん、全盛期くらいの時期ですら42-26なんて甘えたギアで登坂してたオレには耳が痛い


631以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/13(金) 00:26:19Q1Y.OFME (1/1)

バイクに浮気してたけど、このスレ読んでると乗りたくなる……
足も細くなってきたし、さっさとフレーム組み終えて乗ろう


632 ◆gBmENbmfgY2020/03/13(金) 00:43:41a0vO2vQc (1/5)

………
……


 合宿一日目のプログラムは、日の入りと共に完遂された。

 座学においては大淀と明石主催による自転車の整備方法やパンク時の対応、レースにおける基本的なルールや特記事項の説明が行われた。


嵐『すぴすぴ、すやり……』

大淀『てい!』

嵐『ぁぅ』

まるゆ『明石さん、明石さん、まるゆ、シマニョーロという画期的ないいとこどりを考えて――』

明石『そぉい』

まるゆ『ぅゃっ』


 寝てる子や関係のない質問を飛ばす子には、容赦なく二人のチョークが飛んだ。時速120kmぐらいで。


白露『す、すいません大淀さん! 夕立が! ウチの夕立が!!』

時雨『ハンモック持ってきて堂々寝始めてるんだ……ごめんなさい。今日合宿があるのを楽しみにしすぎて、昨日はロクに寝付けなかったんだ……』

大淀『いい度胸してますねこの子……』


633 ◆gBmENbmfgY2020/03/13(金) 00:45:28a0vO2vQc (2/5)


夕立『ぽいちょむにゃむにゃ……ゆらゆらしちゃう……こいのとぅーふぉーいれぶん……よどさんはおに、あくま、きちくめがね……』

大淀(#^ω^)


 大淀のチョークは飛ばなかったが、チョークスリーパーに切り替わった。夕立が激痛で目覚めた後にオチる五秒前のことである。そんな問題があったが、それ以上の問題もあった。


夕張『マイクロロン処理について教えてください』

明石『ほう』

大淀『!?』


 明石がとある話題に食いついてしまったのだ。


大淀『そんなニッチかつ効果が本当に発揮できてるのか、発揮していたとしても実感できないレベルで微妙なものは後です』

夕張『な、なんてこと言うんですか大淀さん!!』

明石『そうですよ! メカニックの立場から言わせていただきますが、選手が乗る機材は少しでも良いものにしたいというこの工作艦魂を――』

大淀『時間外にやって下さい』

夕張『 (´・ω・`)そんなー』

明石『 (´・ω・`)そんなー』


634 ◆gBmENbmfgY2020/03/13(金) 00:46:38a0vO2vQc (3/5)


 大淀のメガネが光り出したあたりで、ようやく全員が真面目に座学に取り組むようになった。補給食を取るタイミングや、練習方法によっての諸注意など、説明しなければならないことは山ほどある。

 その一方、テクニックにおいては一部のバランス感覚に優れた艦娘が講師となって、実演形式で指導していた。


子日『子日うぃりー! Wheelieeeeeeeeeeeee!!!』

若葉『なるほど。これはカッコいい』

初春『惑わされるでない、若葉よ。アレはレースには必要ない技術じゃ。まさに無駄よ。無駄無駄、無駄無駄無駄無駄……』

子日『えー? でもレースで優勝してゴールした後にこれを披露できたら……』

初霜『か、カッコイイわ……!!』

初春『惑わされるなと言っておるーーーーッ!!』


 これぐらいはまだ可愛いものであり、スタンディングスティル(※)練習中に問題は起こった。

 ※スタンディングスティル:自転車のトリックの一つであり、自転車に乗った状態でペダルを回さず静止し、足を地面に着かずにバランスをキープする技である。

 レース技術というよりは、日常的な自転車活用法である。信号待ちなどで使える。そして使えるとカッコイイのだ。

 なおミスってコケると自転車に凄まじいダメージ、そして凄まじい恥ずかしさが同時にやってくる。

 格好悪い上に歩行者や車のスゴイ=メイワクになるので、いい子の提督たちは時間と場所と自らの自転車乗りとしてのスキルの分は弁えなよー!

 そんな練習中のことである。


635 ◆gBmENbmfgY2020/03/13(金) 00:50:47a0vO2vQc (4/5)


 練習用のバイクにまたがって必死にバランスを取り、よたつきながらも『お? コツが掴めてきた?』と口元に笑みが浮かび始めてきた加古の姿がある。

 そんな加古を卯月はキラキラした瞳で見つめている。卯月が懐く数少ない先輩艦娘の一人が加古であった。古鷹や夕張も好きである。その時、悲劇が起こった。


野分『ノワッチ!!』

加古『ぶっはwwwwwwwってうぉあああああ!?』

卯月『か、加古ーーーーっってぴょーーーwwwwwなんwwwだっwwwwぴょんwwwwそれwwwww』


 スタンディングスティル練習中に、いつかの陽炎型シェイクダウン時に開眼したノワッチ乗りが不意打ち気味にお披露目。爆笑した加古、そして加古のみならず被爆した艦娘たちは、尽く横倒しとなった。

 なお左右にマットを敷いての練習だ。大事はない。だが急に難易度が上がった。絶対に笑ってはいけないみたいな空気になってしまったのだ。


日向(耐えろ、堪えるんだ日向……瑞雲を、瑞雲の数を数えるんだ……瑞雲は幾多の海域を私と共に乗り越えてきた戦友……私に勇気を与えてくれる)


 そんな日向のところに、サドルの上に逆立ちしながら自転車を転がす舞風がいっきまーすぅ!!


舞風『あ、日向さん! 上手に乗れてますね。良いですよ、その調子その調子ぃ!』

日向『煽っているのか君は!? って、あっ』


 日向ー、アウトー。


636 ◆gBmENbmfgY2020/03/13(金) 00:52:58a0vO2vQc (5/5)


 マタツマラヌモノヲカイテシマッタ
 閑  話  休  題。

 各艦娘の課題に合わせた練習はつつがなく終了し、各々が大浴場へと向かっていく。

 各々が一日の汗を流しながら訓練の内容を共有し、反省点や得られたものを語り合う。

 以前は艦娘としてのトレーニング内容を語り合っていたが、この日ばかりは誰もがロードバイクのことだけを口にしている。

 一日の汚れを疲れと共に洗い流し、湯船につかり始めた頃には、そんな彼女たちの頭の中は『あるもの』一色になっていた。


 ――――ごはん!


三隈(体の中のグリコーゲンが枯渇しているような……全身の細胞が食べ物を欲しているような心地……ロードバイクに乗るときは少なからず感じていましたが、こんなに明確に食欲が出てきたのは久しぶりです)

古鷹(いっぱい動いたから、とてもお腹が空きましたね……提督にいっぱい補給食を頂いていきましたが、まだお腹空くなんて……あんなに食べたのに)


 ――鎮守府内では食が細い三隈や古鷹ですらそう思う。誰だってそう思う。


清霜「おなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいた……御夕飯、なんだろう? お肉がいいなあ……」

霞「肉は……どうかしらね。プロのロードバイク選手を意識したメニューって言ってたし……あんまり脂っこいものは出ないと思うわよ?(食べたくないとは言ってない)」


637以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/13(金) 00:57:17oo31GyXU (1/1)

ジャストインタイム乙


638以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/14(土) 08:08:20wB6YwwkE (1/1)


>>613のRJちょっとリーゼントっぽくなってませんかね


639以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/14(土) 10:40:27IADL56pY (1/1)

龍驤はお屋形様勢かな?
立会人やってそう


640以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/14(土) 14:49:59rHRMzmm2 (1/1)

>>633の夕立の寝言、由良さんも那珂ちゃんも四水戦旗艦だったか


チョークスリーパーがマトモに喉仏に入った時の痛みって独特だよね、デカい鈍痛というか


641 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:11:40sON9gTFc (1/13)


隼鷹「ロードバイク選手が食う食事ねえ……? 糖質制限だとか脂乗ってるのはダメとか、無味乾燥なモンばっかりなんだろうなあ……今日はあたしらのグループ、メチャクチャ坂道走ったから肉が良いよ肉ぅー!」


 隼鷹が「それと酒」と言わない当たり、その飢餓っぷりは推して知れたものである。他の空母・軽空母も似たり寄ったりで、これからの夕食に各々が思いを馳せていた。

 何にしてもお腹いっぱい食べたいが、それすら叶うかすら分からない。不安げな者、食べられるなら大丈夫と空元気で笑う者、様々であった。

 そんな中、初月は――。


初月「ロードバイク選手が食べてる食事が出るんだろう? 知ってるぞ。僕は知ってるんだ……大丈夫。僕は秋月型だ。清貧なんてへっちゃらへーだ。が、頑張るずい!」


 一人湯船に肩までつかりながら決心を新たにする初月。その両隣では姉二人も神妙にうんうんと頷いた。



 ――が、その期待は大いに裏切られる。初月にとっては良い意味と、悪い意味の両方でだ。



……
………


642 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:12:49sON9gTFc (2/13)

………
……




 かくして食堂へと場面は移る。

 ある艦娘はウキウキ気分で、ある艦娘はげんなりしながら、各々の歩みの軽重は異なっていた、が――彼女たちは忘れていた。

 提督がふるまう料理はハズレなしである、ということ。


提督「今日、鳳翔旗下でSFRトレーニングしたグループと、足柄旗下でスプリントトレーニングしたグループ、こっちの席に座りなさい。

   筋肉を酷使し、グリコーゲンも底をついているであろう諸君らは、これをモリモリ食べなさい。鳳翔も手伝ってくれた逸品揃いゾ」


 それはそれは見事な――料理の数々であったという。


足柄「あら」

清霜「わぁあっ!」

霞「え、嘘っ……!?」

島風「おぅっ!?」

三隈「えっ」


643 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:14:27sON9gTFc (3/13)


 提督のスペシャリテは本日、このグループにふるまわれた。

 まずは鳳翔旗下・足柄旗下のグループのメニューである。

【肉・魚料理(選択制。もしくは両方も可能)】
・鳳翔特製~蜂蜜酒の温製酔鶏(酔っ払い鶏)風~
・ヒラメの蒸し焼き・提督特製豆腐ソース

【サラダ】
・キヌアサラダ~インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え~

【メイン】
・サフランリゾットを用いたラグーとチーズのアランチーニ(シチリア・パレルモ風)

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


提督「筋肉酷使してきた自覚がある奴は、メインより肉・魚を食え。上質のたんぱく質でいっぱいだぞ! ミネラルやビタミンもだ!」

隼鷹「う、うぉおおおおお!? め、メッチャうまそう……!!?」

鳳翔「ふふ、腕によりをかけると言ったじゃないですか」


 かくしてお腹を空空均せた欠食艦娘達は、ほかほかの料理から上り立つ食欲誘る香気に誘われ、アッというまに夕食会は開始された。


644 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:17:21sON9gTFc (4/13)


隼鷹「う、うめえ……やっべ、うめっ……このスープリ……じゃなかった、アランチーニ? 肉とチーズがゴロンゴロン入ってて、すげえ食い応えあるぅ……染みるぅ……でもグループでメニュ―違うのなんで?」

提督「トレーニングメニューが違うからだ。炭水化物は例外なく摂取してもらうが、筋肉酷使した奴にはタンパク質を多めに取ってもらう。

   足りない分はサプリメントやプロテインから補ってもらうが、なるべくちゃんとした食事でとってもらいたい」

霞「意外ね。ロードバイク選手用の料理っていうから、もっとパサついた鶏ささみに塩ゆでパスタにチーズだけ、みたいなのを想像してたわ」

提督「ステージレースで消耗しまくった選手はひたすら炭水化物でグリコーゲン貯めさせるけどな。お前らにはまだ早いよ」

清霜「このコロッケの中に入ってるお肉、すっごく柔らかくておいしい!!」

島風「うん! おいしいね! ちょっとご飯が少なめ? でも美味しい! いっぱい食べてもっと速くならなくっちゃ!」


 このグループに提供される食事は、PFCバランス的に言えば、たんぱく質を重点的に摂取させようという意図が丸わかりな献立であった。


提督「三隈も筋肉つけような」

三隈「が、がんばりますわ! いただきます!」

提督「おいしい?」

三隈「はい、とっても。疲れた身体に染みていくような優しいお味ですわ」


 本心からそう思っているのだろう。儚げなれど嬉しそうな笑みに、提督も満足げに頷く。ならばよし、と。


645 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:20:29sON9gTFc (5/13)


提督「さて、本日タバタ参加後に座学、もしくはスケジュール関係上、座学しか参加してない、或いはその後のテクニック講座以外の運動はしてない子達――それと参加してなかったとしても、戦艦はこっちだ」

【肉料理(一択)】
・提督特製~温製鶏むね肉のトマト生姜煮~

【サラダ】
・キヌアサラダ~インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え~

【メイン】
・ラグーソース(牛肉のワイン煮込み)かけパスタ

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


 選択肢が一部異なる。というかない。一択だ。これに疑問の声を上げるのは、戦艦達である。


伊勢「…………白米、は?」

提督「おまえたちはおパスタ食べろ」

武蔵「あっちの連中が食べてる、ライスコロッケ……アランチーニは?」

提督「ねえよ? 消費カロリー差だ。大体だな武蔵ちゃん、お米は朝とお昼に食べたでしょ?」

武蔵「私をボケ老人の如き扱いするな! 炭水化物!! よこせ!!」

提督「あるだろ? ジャガイモ、パスタ、キヌア(※)が。好きなの選べよ」


646 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:22:27sON9gTFc (6/13)


大和「こ、米、は……?」

提督「戦艦をこっち呼んだ理由がそれだ――おまえら、米食いすぎだ。朝と昼にな。だからダメ。炭水化物欲しいならキヌアサラダ食え!! たっぷりとな!!」


 ※キヌア:ヒユ科アカザ亜科アカザ属の可食植物。粟(あわ)や稗(ひえ)と同じ雑穀に分類される。

  インカ帝国の時代から存在している食物であり、『チソヤ・ママ』と呼ばれる神聖な食べ物であったという。ママーーーーッ!

  炭水化物を多く含むが、特筆すべきはタンパク質含有量である。なんとおよそ14%。極めて粘性の高いでんぷん質を豊富に含んでいる。粉末にして麺に打ち込むとコシのある麺が作れるゾ。


提督「本日の武蔵の運動量と食事のタイミング、食べた内容、そして補給食の内容……総摂取量から逆算して――食べていいのはこの中からだ。コレ以外はダメ。武蔵は炭水化物取りすぎなので、本来は朝昼でリミットです」

武蔵「パスタはいいのか……? なんで米は、ないんだ……?」

提督「パスタはいいんだよ。白米に比べて血糖値上がりづらいから。武蔵の場合、米は駄目」

武蔵(その白米がないのが痛いんだよぉ……!!)


 戦後、食の欧米化が急速に進んだとされる日本にあって、当然のように武蔵はお米派だった。

 そこに不満がある子は一定数いた。今後は朝昼は好きにお米食べてもいいが、夜は米なしという風に、だんだんと切り替わっていくだろう。金曜のカレー曜日だけは例外的なチートディ扱いだ。

 その説明が終わると、艦娘の多くが納得し、それを受け入れた。まあロードバイクで速くなるためなら文句はないという風に。

 ――だが、一部の例外はいる。その不安要素は――初月だったのだが。


647 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:24:34sON9gTFc (7/13)


初月(…………? 戦時の一汁一菜すらままならなかった頃に比べれば、十二分に贅沢では?

   …………あ、あれ? 最初は凄く嫌だったけれど、このラインナップなら僕は全然耐えられるが?)


 ――秋月型や雲龍型。何故か彼女たちは個体ごとにある程度の差はあれど、質素倹約が建造・ドロップ時から染みついている。本来なら特型駆逐艦の方が、史実の建造時には世界恐慌とモロに衝突していたため、よほど清貧を強いられていたはずなのにだ。

 艦娘として生を受け、現代の食事事情に一種のジェネレーションギャップというか、カルチャー的ショックを受けることはあれど、質素であることをさほど苦痛と思わないのである。

 そんな不思議な認識の相違があった。

 具体例を挙げるとすれば――初月にとっての粗食とは、後述のような献立のことを言うのだ。


・ふかした吹雪


 以上である。芋である。芋とは吹雪だ。それをふかすんだから戦争ってのは地獄だぜフゥーハハー。

 仮に「今日の夕食はこれだけだよ?」と提督ににこやかに言われて吹雪(芋)を差し出されたならば、大半の艦娘は「提督は私たちの事が嫌いになったんだあ……!!」と悲観に暮れ、芋(吹雪)はふくれっ面を晒して怒るだろうが、少なくとも初月は違う――食べられるものがあるならそれでヨシ! ってな具合である。

 これで満足できないなら「よし魚を釣ってこよう」って発想になるのが彼女だ。後に着任する涼月は自給自足が板についており、家庭菜園――と呼ぶには規模がでかすぎる――を営む山雲あたりとは、姉妹ともども仲良しになるのはまた別の話である。


 さて――得意料理が麦飯に沢庵、芋の味噌汁の初月。カレーや牛缶をこの上ない贅沢品と言う。


 現代人にはピンとこないかもしれないが、当時の日本は戦争云々以前に、その日の食事に困る人間は一定数以上いた。


648 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:25:57sON9gTFc (8/13)


 戦時中の食糧難の時代は、食糧や調味料が配給制。麦ごはん(米が入っているとは言っていない)が基本である。おかずに使われる食材も品目が乏しい。

 米の代用食としてさつまいも(吹雪)・じゃがいも(吹雪)・水団(すいとん)・草殻・もち草・柏の葉・サトイモ(吹雪)・かぼちゃ――の、葉や茎まで食べるという有様だ。吹雪と吹雪と吹雪が被ってしまった。

 農家であっても米なんかない。政府から供出制度(簡単に言えば米は全部買い上げますよっていう話し。なお強制である)により、軍隊に全部持っていかれるのだ。

 農家以外の家庭も十分な米の配給を受けられない、極めて深刻かつ絶望的な食糧不足の時代である。「お米食べろ? その米がねェんだよ!! 政府が強権揮って持ってくから!!」という有様だ。

 そんな食事がフツーであった。ただしこれは民間人の話であり、軍は除く。これで暴動が起きないどころか、戦時中の民間人は「贅沢は敵だ」なんて言ってるのだから、当時の日本の末期的状況は推して知るべしであろう。

 ――さて、何故かそんな民間の食事事情が何故か記憶に染み付いている秋月型である。

 そら着任当初、初月が提督に提供された料理を食べた時に「こんなうまいものはこの世にない」と言って泣き出すわけである。

 着任から半年が過ぎた初月は、この米のない夕食に耐えられるのかと言えば――。

 
初月(思ってたよりおいしい……この肉の入ったパスタ、すごくおいしい。パスタも見たことない形状……きしめん? に似てる? 未知の味と食感だ……僕、これ好き……好きぃ……♪

   ワインもついてくるのか……1杯だけならいいって言ってたけど、僕はいらないな)


 ワリと余裕であった。幸せいっぱいにラグー(牛赤身肉の煮込み)ソースがかかったパスタを頬張る初月であった。チーズもたっぷりかけちゃうのだ。付け合わせのブロッコリーやサラダもたっぷり食べる。

 頭頂部の髪の房は、朝と同じようにぴこぴこと左右に揺れている。

 少し話は脱線するが、初月の好きな男性のタイプは料理上手な人である。かつ大人だったら最高。理想がほのぼのしているが、提督のせいでかなりハードル高くなっていることに本人は気付いていない。

 何にしても、この料理は初月にとって嬉しい誤算だった。未知の美味なる料理――照月にとってはモチベーションを上げるだけのものだった。


649 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:30:02sON9gTFc (9/13)


初月「なんだ――これなら僕、全然頑張れるぞ! なあ、姉さんたち――」

秋月「…………」

照月「…………」

初月「? 姉さん? どうしたんだ、そんな辛そうな顔で料理を見て……!?」


 そう、誤算があったとすれば、初月ではない。

 秋月型の――二人の、姉。




秋月「…………おこめが、食べたいです」

照月「今日は味の濃いものをおかずに、お米が食べたかったなあ……」

初月「!? ね、ねえさん、たち……!?」


 【提督って奴のせいで】悲報――たらふく食べさせた結果がこれだよ【とっくに舌が堕落しているんだッッ】

 そう――姉二人の方が、着任してからの期間が長いため、贅沢品に対する耐性が無くなっていた。

 何せ照月の着任日の時点で、初月の着任日からは一年以上の差がある。秋月に至ってはほぼ丸二年の差……!!


650 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:32:22sON9gTFc (10/13)


 二人の記憶に呼び起こされるのは、着任した当初から今日に至るまで、提督からふるまわれた料理の数々――春、夏、秋、冬、季節折々の旬の素材を使った料理の数々。初月はまだ着任半年で、初冬から初夏にかけての料理しか知らない。この差はデカい。

 秋月が秘書艦研修に初参加する日――その朝の出来事である。

 顔合わせこそ済んでいたが、食事を通して為人を知ろうと、食堂で鶴姉妹らも含めて朝食を共にした時であった。


秋月『え!? 今日は秋月も銀シャリ(白米)食べていいんですか!?』

提督『きょ、今日『は』って何……?』

秋月『…………? 私が秘書艦としてお勤めする初日だから、お祝いというわけではないのですか?』

提督『え? あ、あのさ君……着任したの、四日前だよね? なんか酷い苛めでも受けてんの……? それまでメシどうしてた……?』

秋月『? いえ、普通に食堂で麦と菜っ葉と沢庵を配給していただいていましたが』

提督『は?』


 ――この時期の秋月は、食堂で好きなものを注文できると知らなかった。秋月にとって食堂とは配給場所である。

 周りの艦娘らがどんなに美味しそうなものを食べていようと、「彼女たちが贅沢品を食べているのは何か特別な日か、もしくは大きな戦果を上げた優秀な艦娘なのでしょう」ぐらいにしか思っていなかった。

 なお着任した秋月に鎮守府内施設の案内をしたのは、立候補した鶴姉妹である。

 自然、提督の殺意は二人に飛んだ。


651 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:35:22sON9gTFc (11/13)


提督『おい、翔鶴……』

翔鶴『ど、どうしてそんな目で私を見るんですか、提督!? ち、違いますよ……! わ、私も瑞鶴も、ちゃんと説明しました! し、しました! 本当ですぅ!!』

提督『ほんとぉ? ほんとにぃ? おい、二人とも――俺の目を見ろ』

瑞鶴『そこでなんで私に殺気込めた目を向けんの!? ち、違うからね!? なんかこの子、よくわかんないんだけど無駄に清貧気質なのよ!? 自炊もできるっていうから任せてたんだけど、進んでお昼におにぎりと沢庵だけを美味しそうに食べてるの! ほ、本当よ!?』

提督『なにそれ可哀想……あ、あのな、秋月? 別に毎日、白米食べていいんだよ? おかずもね? 度が過ぎる偏食さえなければ、好きなものをしっかり食べて、しっかりトレーニングして、しっかり眠って英気を養っていいんだぞ?』

秋月『え……? す、好きなもの、を……? だって、配給制だから……あ、あれ? そういえば配給おねがいしますって鳳翔さんにお願いしたら、不思議そうな顔をされて、何を食べますかって……え? だから、秋月、たくあんと、麦飯を……麦飯、白米が多めに入ってて、鳳翔さんって優しい人なんだなあって……』


 後に事情を知った鳳翔がほろりと泣き崩れ、秋月に美味しい料理をふるまったのは言うまでもない。


翔鶴『!? そ、そうよ? いえ、違うのよ!? ごめんなさい、私たちの説明が足りなかったみたい……! あのね、秋月――食堂ではね、好きなお料理や定食を頼んでいいの。御品書きにあるものはなんだって頼んでいいのよ?』

秋月『え? あれは高級士官や大活躍をした艦娘、そして空母や戦艦たちのための特別な御品書きではなかったのですか?』

瑞鶴『そんなわけないでしょッッッ!? 艦娘だろうと憲兵だろうと、それこそあんたの言う高級士官だろうと、あそこにある御品書きは好きなもの注文して食べていいのよ!?』

秋月『!?』


 信じられないことを聞いたという目で秋月は提督を見た。鶴姉妹の言葉を疑っているわけではないのだろう。だがそれは秋月にとってあまりにも衝撃的すぎて、現実味がなかったのだ。

 提督は、静かに頷いた。


652 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:41:03sON9gTFc (12/13)


秋月『ッ、ッ~~~~~!! し、司令、ぢれぇ……!!』

提督(な、泣いてる……!? たんとお食べ……?)


 提督の焼いた一夜干し縞ホッケは肉厚で、脂と旨味たっぷりだった。焼き加減も絶妙で、外はカリッ、中はフワトロ、かつ味わいは期待通りのジューシィさ。噛み締めるほど塩気と共にグルタミン酸が染み出してくるようだった。

 添えられた大根おろしもまたたっぷりだ。贅沢に――贅沢に!――醤油を垂らして味の変化だってできるし、吹雪たっぷりの御味噌汁までついてきて、何よりご飯と吹雪汁はお代わりだってできる! 当たり前だ!

 ほろほろのホッケの切り身を咀嚼しながら熱々のご飯を頬張ると、味の奔流が口の中で爆発した。やがてそれは収束し、後にはとろけるような旨みが噛み締めたご飯の甘味と混然一体となって、舌に残るものはもはや幸せだけになる。

 秋月の瞳からは笑顔のままに涙がとめどなくあふれてきた。

 秋月は『お腹がいっぱいということはなんと幸せなことなんだろう』と思った。この食事事情を護るために、秋月は護国魂を燃やした。護らねば、このご飯を。

 後に『魔弾の射手』とか『マリアナ沖の守護天使』とか『防空女帝』とか『五航戦最強の盾』とか称される最強の防空駆逐艦――海軍駆逐艦ランキング七位・『覇天』の秋月。

 その強さの原動力が美味しいご飯だったなどと誰が知るだろう――鎮守府の古参はワリと知ってる。


653 ◆gBmENbmfgY2020/03/15(日) 23:42:50sON9gTFc (13/13)

※秋月型ったら、また泣きながらご飯食べてりゅ……

 次は照月よー。そしていよいよ2日目の軽巡・重巡タバタよー

 もちろんSFRやスプリントトレーニング参加した子は疲労が残ってる状態よー

 それでもきっちり追い込むのよー。走れー、わー、提督の鬼ー

 ご期待ください


654以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/16(月) 05:44:47388gFuSQ (1/1)


洋食珍事府みがある


655以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/16(月) 12:07:059RZyP8T2 (1/1)

GCNJapanのYouTubeチャンネルでやってた土井ちゃんおすすめの朝食メニューがなかなか良さそうだったなぁ


656以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/16(月) 12:51:13uOm7.DOI (1/1)

作者は芋に、いや吹雪に何か恨みでも?w


657以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/16(月) 14:20:50QR.83U5s (1/1)

思いがけず日本の食の歴史だった


658 ◆gBmENbmfgY2020/03/16(月) 23:47:49bite6EM2 (1/2)

>>654
 まだそれを覚えていてくれた人がいるとは……ベースはこっちだったりする

>>655
 アレいいですよね。ロングライド前の食事とか。パスタ+塩コショウ+チーズは結構うまい

>>656
 >>1のリアル艦これは吹雪と始まったんだゾ。
恨み? まさか! 愛だよ! 

>>657
 ブッキーは戦時も大人気だ。だってお芋は蒸しても焼いてもみそ汁の具にもなる。
 だから焼き吹雪も蒸し吹雪も吹雪汁も大好きだ


659 ◆gBmENbmfgY2020/03/16(月) 23:51:48bite6EM2 (2/2)


 そして照月である――前回の反省点から、鶴姉妹と先任たる秋月は、食堂の使い方を間違いなく、過不足なく、完璧に、照月に教えた。

 照月もまた涙をぽろぽろ零しながら食堂で美味しいご飯に舌鼓を打った。薄切りの牛肉を鳳翔手製の割り下で作ったすき焼きは、すわ天上の食べ物かと茫然自失するほどのおいしさで『いつか、いつか涼月や初月にも食べされてあげたい』と強く願った。秋月姉、タッパーウェアどこー?

 その巡り合える日が必ず来る。その日までに生きねばならない。彼女たちが沈んだ海に、迎えに行かねばならない。そう――生きて、強くあらねばならない。かくして鎮守府に着任した二人目の防空駆逐艦の力が目覚めた。

 ―――秋月型が持つ力とは、食事の力。清貧を至上とする彼女たちが初めて出会った現代の食文化。飽食だ無駄だといくら声高に叫ばれようと、圧倒的美味の前では無駄無駄の無駄である。

 そこから何を得るのか。秋月は『ご飯を護る。つまり国を護る』という極めて高いモチベーションを得た。そう、食事の幸せをモチベーションに変え、何かを成すのが秋月型が目覚めた力。

 ――集中力の持久・瞬発が、共にズバぬけている。一瞬を無限に、無限が一瞬に感じるほどの長く短い時間の中で、月の輝きは決して途絶えず欠けぬように、その光を照らし続ける。

 雲霞の如く迫りくる敵艦載機。その軌道を読み切り、砲撃を放ち、射撃を放ち、通過すべきところに置くように撃つ。当たるのは当然、当たらば堕ちるは必然、即ち防空駆逐艦の本懐なり――と真面(マジ)で言ってのけるが、秋雲型の流儀である。

 照月もまた『いつか妹たちと美味しいご飯を食べる。鳳翔さん、すき焼き、美味しゅうございました……!!』という夢を、己が強くなって生き延びることを達成することで成し遂げようとした――必要なものは、圧倒的な力。力。力だ!! 何千、何万と、鶴姉妹の元で対空射撃訓練を繰り返した。

 秋月の異名に肖った『光弾の射手』と称される照月は、誰からも異論を赦さぬ防空駆逐艦へと成長し、至った姿こそが――――海軍ランキング十三位・『紅天』の照月。 

 これには提督も青空笑顔。このままエンディングの流れでもおかしくないほどにパーフェクトであった。

 だが無情にも、悲報は届く。意外なことに、その悲報の語り手が、雪風であった。


雪風『し、しれえ!! 照月ちゃんが、照月ちゃんが――――お風呂場で、石鹸で髪を洗ってました!!!』

提督『』


 これには流石の提督も求婚をはぐらかされた時のカイザーのような顔で、握りしめた万年筆を縦に粉砕した。


660以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/17(火) 00:52:20sJ7xkR9k (1/1)



芋≡総て吹雪では勿体無いだろ、白雪ちゃんがサトイモだったり峯雪ちゃんがヤマノイモだったり深雪様がコンニャクイモだったりすべきでは?

あと秋雲オメー、過去の型式不詳を逆手に取ってネームシップ立ち上げたな?


661 ◆gBmENbmfgY2020/03/17(火) 23:11:18aRODnWyE (1/7)


 提督と共に執務に励んでいた大淀と、工廠での開発結果報告のために訪れていた明石も口を押さえて驚いた。

 共に激務の最中にあったが、思わず手を止めて雪風を問い詰める大淀と明石。


明石『せ、石鹸? 石鹸って、せっけんよね?』

雪風『せ、石鹸です』

大淀『しゃ、シャンプーは? リンスは? コンディショナーは?』

雪風『雪風もそう聞いたら『なにそれ』って言われました』

島風『島風も見てたんだけど……むしろこの子の常識が『なにそれ』って感じだった』


 偶然、雪風と共にその衝撃映像的な現場に居合わせた島風も、神妙な顔で頷くばかりである。


提督『ッッ…………しま、った』


 提督は己のやらかしを悟った。

 秋月型には何故か――何故か!――戦時の民間人の生活をそのままサクッとスライドさせて記憶に埋め込んでいるかのようなちぐはぐさがあった。それは秋月が着任する以前から、ある程度は分かっていたことだ。

 と言うのも、秋月型にとどまらず、艦娘にはしばしば見られる特徴であった。

 建造された工廠が関西の方面ではないのに関西弁を話す艦娘や、東京方面でないのに江戸っ子口調だったり、名前から連想される動物をモチーフにしたような特徴的な語尾で会話をしたりと、艦娘とは摩訶不思議な存在だキソ。


662 ◆gBmENbmfgY2020/03/17(火) 23:24:04aRODnWyE (2/7)


 その奇妙な固定観念は食事関係のみに留まらない。むしろ留まっているとどうしてそう思ったのだろう。

 艦娘は着任当初が特に常識の差異が顕著であり、どこか現代的な常識と噛み合わない部分がある。鎮守府で時を過ごしていれば、先輩艦娘達からの指導もあり自然と学んでいくのだろうが、座学としてきちんと教わるのと環境から受動的に学んでいくのとでは習熟度合いはまるで違ってくる。

 それをうまくかみ合わせるための教育体制を整えるのも提督の仕事であった。

 だが生憎と――着任から一年と四ヶ月が経過した頃――照月が着任した当時の提督は、『サーモン海域チキチキ蹂躙作戦(副題:戦艦レ級eliteの内臓がボロンとまろび出るよ! 何色かな?)』という大仕事が佳境に入り、頭脳の大半が深海棲艦絶対殺すマンと化していた。

 常識や道徳、情操教育などを後回しにしたうぬが不覚よ。無理やりに改造手術を施しておきながら、洗脳を後回しにするヌケサクな悪の秘密結社の如きマヌケっぷりである。

 そんな殺すマンな脳味噌が冷静さを取り戻した瞬間、提督の脳裏に雷撃的に駆け抜けた記憶がひとつある――かつて提督が戦時の民間人の生活や風俗をまとめた書記をテキトーに速読で流し読みした時の事だった。


提督『せ――洗髪の頻度か……!!』

大淀『あっ』

明石『あっ』


 その提督の一言で、大淀と明石の二人もまた察した。二人ともに、かつての教え子をビデオで見た時の安西先生みたいな顔だったという。

 なんやかんやと幅広い知識を持つ二人である。

 洗髪頻度が高くなり始めたのは、日本では戦後からだったという。


663 ◆gBmENbmfgY2020/03/17(火) 23:29:29aRODnWyE (3/7)


 聞いて驚け、むしろおののけ。


 1950年ごろまで、日本人の洗髪頻度は『月に平均2回』だ。


 『日』ではない。『月』だ。マメな人でも週に1回程度だったというから、現代人からすれば鳥肌が立つレベルであろう。

 なお比較対象として、平安時代で年1回。江戸時代では多い人で月1~2回であったという。バッチイか? バッチイに決まってる。

 『江戸っ子は綺麗好きだった』なんてフレーズでピンと来る人もいるかもしれないが、その綺麗好きで知られる江戸時代においてすら、多くてもそんなもんなのだ。

 悲しいことにそこから「まるで成長していない……!!」のが当時の日本である。現代から過去へ転生なんてやるもんじゃねえとお判りいただけるだろう。その英知でこの不潔っぷりを何とかして見せろ!!

 なるほど、戦時は食糧難だったのだろう。その日に喰らうおまんまにありつければマシな方であったのは間違いない。

 だがそれは食料だけか? 勿論否だ。あらゆる物資が規制され、手に入りづらくなる。


 ――じゃあ石鹸は?


 答えはシンプルだ――食事より悲惨である。洗濯用を含む家庭用石鹸は『油脂性』だ。当然のように政府から規制対象――配給制となった。

 こうした物資不足は戦局の悪化と比例して下降の一途を辿る。国内で配給される石鹸は、石鹸成分がわずか30%、粘土や陶土が70%を占めるという、もはやこれは石鹸なのか芸術家気取りの陶芸家が叩き割った駄作の破片なのか判然としないものとなる。

 香料? 色素? ああ? 入ってねえよんなモン。しかもこの石鹸、入浴用と洗濯用の『兼用』である。地獄か? 地獄であろう。


664 ◆gBmENbmfgY2020/03/17(火) 23:32:27aRODnWyE (4/7)


 配給という名の地獄の時期を乗り越え――戦後の経済的急成長の陰には、こうした文化的な成長もあった。


 さて、ここに一つの命題がある。


 ――そんな時代の常識が、女の子の形にモールドされ、さながら型抜きのように『ポンッ』と海の上に放り出されたとしよう。


 こんにちは! 私、照月です!!


 ――そんな子をお風呂に入るのを勧めたとしよう。


 どうする?











 どうなる?


665 ◆gBmENbmfgY2020/03/17(火) 23:35:47aRODnWyE (5/7)




照月『こんな柔らかくてきれいで、泡立ちが良くて、すごくいい香りのする石鹸で髪を洗えるなんて……!!』

雪風『』

島風『』


 ――あんのじょう、こうなりました。

 雪風はダムを破壊されたビーバーのようなご尊顔を晒し、島風は顔面を迷路にしたアザラシのごとき変顔で硬直した。

 嬉しそうに石鹸で髪を洗い始める照月を止めるどころか、流石の二人も茫然と見ているしかなかったという。絶句とはこのことだ。

 視界の中でキュゥキュゥと、不思議な音が聞こえてくる。それは照月の髪から奏でられる音――キューティクルが死んでいく断末魔である。

 なおその光景を見ていたのは、雪風と島風だけではない。


綾波『…………』


 大浴場の湯船に浸かりながら南無妙法蓮華経を唱えていた綾波が声を失った。

 アルカイックな笑みを浮かべたまま、しかし流石にショックを受けていたのか、左右の手は来迎印と摂取不捨印を結びながら硬直していた。

 その鼻から一筋の血が流れた。理解が追いつかない。なんだ? 一体何が起こっているのだ? どうすればよいのだ? レ級を片手間で肉塊にする彼女だって、困ることぐらいあった。


666 ◆gBmENbmfgY2020/03/17(火) 23:40:52aRODnWyE (6/7)


夕立( ゚Д゚)


 そして綾波の隣で同じく湯船につかりながら、玩具のアヒルで遊んでいた夕立もまたそれを見た。


夕立( ゚д゚ )


 こっちみんな。

 夕立は半笑いと驚愕を絶妙にミックスした形容しがたい表情のまま、あっちこっち見ていた。

 夕立は自由奔放なわんこ気質である。アクティブで常に動き回っている忙しない彼女は、この時、完全に自分を見失っていた。


吹雪「ふー…………」


 そんなことを知る由もない吹雪は、一人静かにサウナでぽかぽかとふかし芋風味になっていた。

 駆逐艦の最上位勢が揃いも揃ってこのダメっぷりであるが、さもありなん。


667 ◆gBmENbmfgY2020/03/17(火) 23:46:19aRODnWyE (7/7)


 そして照月は執務室に呼び出され――。


照月『毎日髪を洗わせていただけて、照月は幸せですよ! ちょっと贅沢しすぎですかね、うひひ♪』

提督&大淀&明石『OTZ』

照月『提督と大淀さんと明石さんが挫けた!? そ、そんなに経済がひっ迫していたのですか……!? 私、なんてことを……!?』


 明石と大淀は挫けたというより、無力感からの五体投地であったという。照月の言葉が更に彼女たちを打ちのめし、やがて鎮守府の好感度を上げるがごとくうつぶせに倒れ伏した。


提督『ちくしょう、ちくしょう……!!』


 提督は純粋なDOGEZAだ。キューティクルを殺してしまったことへの罪悪感が並の乙女より強い男であった。

 着任より一年と四ヶ月――彼はまだまだ未熟であった。

 新任の艦娘向けのマニュアルはおろか、鎮守府内のあらゆる施設のマニュアルが徹底的に見直されたことは言うまでもない。


提督『おのれ深海棲艦……!!』


 そして深海棲艦への怒りを燃やす。全ての経験を、あらゆる苦汁を、『全て敵のせいだ』と闘志に変換していると言えば聞こえはいいが、ただの八つ当たりであった。ただし誰にも迷惑をかけない八つ当たりである。だって相手は深海棲艦だもの。


668 ◆gBmENbmfgY2020/03/18(水) 00:08:40gTTQmrQ6 (1/1)


 閑話休題――そういう意味であれば、初月は非常に良い時期に鎮守府に着任したと言えよう。

 共にソロモンでやらかした綾波の『世紀末迷子事件』や、夕立の『伝説のスーパー白露型事件』といった諸々の問題の当事者にならなかったし、とっくに戦艦レ級eliteの内臓は無事に海の藻屑と化した後に南方海域は攻略(蹂躙)済みである。鎮守府内のあらゆる施設は充実の一途を辿り、新任艦娘への教育制度も日々バージョンアップしつつも骨子は完成していた。


秋月『いいですか初月――髪を石鹸で洗ってはいけません』

照月『その通りよ初月――そして食堂は配給場所じゃあないわ』

初月(姉さんたちは一体、何を言っているのだろう)


 時に怪訝な目で見られようと秋月と照月は挫けなかった。あの悲劇を知ってるからだ。身をもって。

 今や二人は食堂で堂々と季節のランチ(10食限定)を注文してしまうし、なんと大浴場ではシャンプーで髪を洗うのだ! 文化的!

 洗髪後にトリートメントは欠かさないし、タオルドライ後のヘアオイルは入念に、しかもドライヤーまでかける! ブルジョワ的!

 お出かけ時にはUVケアで髪と肌を守るし、おしゃれ着だって部屋の桐たんすに10着も入ってる! おしゃれ!

 だがそんな二人は今や、


秋月「……」

照月「……」


 どこか暗い雰囲気で夕食のパスタを食む。初月には理解不能である。こんなにおいしいのに、一体全体どこが不満なのかと。


669以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/19(木) 15:06:43Xu0npiGI (1/1)

>>1のために吹雪の参考画像を拾って来た
http://dec.2chan.net/60/src/1584592848576.jpg


670以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/19(木) 18:38:48.LpDOef6 (1/1)

>>669
なんてすけべなんだ


671以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/19(木) 21:44:07xN0mqGo6 (1/1)

今後の新規着任者には女子力講習を受けさせなきゃならないな
鎮守府にて最強の女子力って誰? 陸奥? それとも提督?


672 ◆gBmENbmfgY2020/03/19(木) 22:57:06/zDhuaTg (1/1)

>>669 >>670
これはとてつもなくすけべな吹雪ですね。マジカル味を感じる。

>>671
>鎮守府にて最強の女子力って誰? 陸奥? それとも提督?
女子力の定義によるかなあ……。
ここの陸奥は自己管理や自分磨きという意味だと非常に熱心でフレキシブル。紛れもなく天才だがそれを嫌味に感じさせない柔軟な立ち振る舞いができる。
極めて優等生。提督とかいうバグみたいな存在を知ったせいか、高飛車や高慢とは無縁。第三砲塔の調子もいい。
慢心に過信に油断で一度天狗っ鼻を叩きおられて成長した赤城・加賀とはタイプが異なる。調和を大事にしつつも、恋愛で一歩先を行けるしたたかさがあります。強さと弱さの使い分けが上手い。
提督が大型二輪免許(一発)取ったときにしれっと隣でご一緒に取得(一発)してたりする。機を見るに敏、そして妖艶で意味深。これには潮や如月も憧れる。なるほど、女子力高い子です。
ただしこの鎮守府における女子力の定義を提督基準にすると誰も勝てないというオチな。髪型変えた? 香水変えた? リボン変えた? 艤装のオイル変えた? 髪1mm切った? やだこのひとこわい。ヘタなホラーよりホラー。

管理能力って意味の女子力ならダントツが二人います。大淀と足柄です。

大淀は他者への管理能力が極めて高い。なんでもできちゃう。管理職の鑑。手が長いのだ。まさに痒い所に手が届くマルチプレイヤー。パーフェクト軽巡の異名は伊達ではない。全ての艦娘に同時に指揮が出せますけどってレベル。
大淀旗下にいる限り、どんな時でもまず間違いなく不調になることはない。ただし新人への教育は苦手。むしろ絶対にダメ。その子がぶっ壊れる。提督が親潮の教導に大淀は有り得ないと言ってた理由がこれ。
ある一定レベルに達した駆逐艦を複数に教導するというなら問題なし。その集団のレベルに合わせられる。が、マンツーマンだと考えすぎてダメになる。大淀には凡人の気持ちが分からない。

ここの足柄は自己管理においては大淀以上にズバ抜けて完璧です。他者への管理も範囲は狭いが、手が行き届く範囲内では最高水準。
メタ的な話で言えば、決戦の日程をあらかじめ通達しておくと自身含め、自身の部隊の艦娘達のCOND値をMAXにしておいてくれる。そら長良や球磨が懐くわけよ。
提督、皆のCOND値MAXにしておいたわよ! これには提督も心がキュンとする。
なのに飲み会だとからあげに勝手にレモンかけてマヨネーズ添えて、いつの間にか大量に揚げたカツまで添えてくるのが足柄。これには提督も殺人鬼みたいな顔する。

だが海軍の公的なパーティ(海軍の将校やエリートが集う堅苦しい場)に連れていく際に、艦娘を一人選ぶという状況があったとしよう。
提督が迷わず声をかけるのは――。

――飛鷹か隼鷹です。

ギャグでもなんでもなくこの二人が最有力候補。高水準で教養を身に着けている戦艦勢もこれには悔し涙。
だってここの飛鷹と隼鷹、一般教養や語学、社交性、マナー、政治、ダンスまでこなせるもの。化粧に着付けも完璧ですよ。酒さえ、酒さえ……。


673以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/19(木) 23:22:18TH4Ozf5. (1/1)

前もって与えておいたら自爆だから、ご褒美としてぶら下げておけば完璧ってことですね


674以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/20(金) 01:51:25zmc9N/p2 (1/1)

同じ天才同士大淀とイムヤってマンツーマンの相性いいのかしら


675以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/20(金) 07:51:40LVx2BqDE (1/1)

潜水艦は対潜軽巡が嫌いでち


676 ◆gBmENbmfgY2020/03/22(日) 01:55:365AoOO.k. (1/1)


提督「明日の朝はグレインブレッド出すからな。あとハチミツと豆乳混ぜた奴にミューズリーを一晩漬けたやつ」

千代田「げ」

提督「オムレツとかはいっぱい食べていいよ」

秋月「グレインブレッド、かあ……」

照月「ミューズリーかぁ……」

初月「あっ」


 初月はその二つを食べたことがない。だが姉二人の表情でなんとなく察した。

 グレインブレッド:ドイツ風雑穀パン。あの黒っぽいヤツ。察して。カロリー欲しいならそこにヌテラ(チョコクリーム。超高カロリー)をべっとりして喰らうがよい。意外とイケるよ。

 ミューズリー:未調理の加工穀物にドライフルーツやナッツをブチ込んだやつ。味? 味とか以前にまず『硬い』。

 牛乳や豆乳、ヨーグルトなどで一晩漬けおきしとくと比較的柔らかくなって、比較的美味しく食べやすい。食べ応えもある。所謂一つのキュケオーン。お通じも良くなっちゃう。

 タンパク質に不満があるなら、そこに蜂蜜代わりのバニラ味プロテインや、蜂蜜そのままにプレーン味のプロテインをブチ込めばよい。味はお察しだ。マズくはないがウマくもない。

 朝からロングライドしちゃうって時の朝食の選択肢に入るだろう。


提督「それと補給食な。間宮と伊良湖にレシピ渡したから、外を走る奴は鎮守府を出立前に忘れず受け取るようにしましょう」


677 ◆gBmENbmfgY2020/03/23(月) 23:08:40mWYLMsow (1/2)


 提督レシピによる間宮・伊良湖謹製の補給食――今は羊羹だけだったが、次第にバリエーションが増えていく。


提督『試作したから食べてみろ、間宮、伊良湖。まずバナナワッフル、こっちはジャム挟んだくるみゴマクッキー。こっちはバナナとナッツ類を挟んだクッキーサンド。

   それとチーズ入りのライスケーキに、これはドライフルーツたっぷりのグラノーラバーだ』

間宮『あら、おいしい! これ、おいしいですよ提督!』

伊良湖『本当に美味しいです! これ、お菓子として出しても――』

提督『食ったな?』

間宮・伊良湖『えっ』

提督『今……間宮が二つ食べた、その何気ないバナナワッフルのカロリー、400kcal超えてるぞ。伊良湖の方は一つだったがな……チョイスが拙かったね。そのチーズ入りライスケーキに至っては700kcalを超える凄いヤツだ』

間宮・伊良湖『』

提督『食ったならば走る。これはロードバイク乗りの常識! 食ったら乗る! 乗らぬなら食うな! そして乗ったら食って良し!! これがルール!

   さあおまえたちの分のロードバイクも納車したぞ!、鎮守府回りを5周して来い! それでカロリー消化できるだろうよ!』

間宮(は、はめられたぁ……)

伊良湖(提督さん、こういうことするから……もぉ。一緒に走りたいなら、そう仰っていただければいいのに……)


 そんな内心の間宮も伊良湖も、嬉しそうだった。裏方で食事を作り続ける日々を送る二人にとって、提督と過ごせるのは朝や昼、夕食時のキッチンでの仕事がメインだ。


678 ◆gBmENbmfgY2020/03/23(月) 23:32:56mWYLMsow (2/2)


 もっと提督と触れ合いたいという想いは、二人にもあった。なんのことはない。少し迂遠ではあるが、提督からの間宮・伊良湖へのポタリングのお誘いである。勿論望むところだった。

 かくしてロードバイクに魅入られた間宮と伊良湖ものめり込むようになっていき、二人もまたロードバイク合宿への参加が決定した。

 上手い食事、適切なトレーニング、上質な休息プランもついてくる。後に如月の女子力を木っ端みじんに破壊する、提督の女子力が炸裂する日は近い。

 具体的には睦月型とポタリングした日に起こる。それとは関係のない悲劇もだが――さておきだ。


提督「――明日の朝一は軽巡洋艦、重雷装巡洋艦、練習巡洋艦、重巡洋艦、航空巡洋艦に、タバタプロトコルを実施してもらう」


 その言葉に、長良を始めとする参加予定者の操るカトラリーの動きが、ぴたりと止まった。

 皆一様に動きを止め、提督に視線を向ける。

 不敵に笑みを浮かべる者。楽しみで楽しみで仕方ないと笑い声をあげる寸前の者。

 いつも通りの気負わぬ表情で佇む者。いつも以上に闘志に満ちたオーラを纏っている者。

 緊張と困惑と不安に、身を縮こませる者。泰然自若として表情が読めぬ者。

 多種多様な在り方で提督を見つめる彼女たちに、提督は言う。


提督「少しばかり趣向を凝らしている。各々、励めよ。俺もずっと見ている――ロードバイクとはいえ、トレーニングとはいえ、お前たちのカッコいいところを間近で見れるのは嬉しい。とても楽しみにしている」


 ――提督は、すごく楽しそうだった。それを見て、艦娘達も笑った。


679以下、名無しが深夜にお送りします2020/03/24(火) 18:02:31Ev4Xl2uo (1/1)

「少しばかりの趣向」とやらによって笑顔が苦悶に歪む未来が見える気がする……
乙です


680 ◆gBmENbmfgY2020/04/06(月) 23:02:51sEhcdCmI (1/4)


 言葉は違えど。場面は違えど。表情は違えど。空気は違えど。

 軽巡は、雷巡は、練巡は、誰もが気付いていた。

 駆逐艦たちの多くが気付いていないことに、彼女たちは一人の例外もなく気付いている。

 海の上での戦いではない。レースとは陸の上で行われる競技だ。深海棲艦を斃すという共通目的の果てには、同じ勝利があった。辿る道筋は違っても、至るべき終点は同じだという確信があった。

 それが今はない。

 楽しそうに笑う提督の表情には、どこか出撃を命じる時に通じる真剣さがあって、更には一抹の弱々しさがあった。

 この中の誰かが沈むわけではない。それでも――負ける者は出てくるのだと。

 だからだろう。提督が少しだけ、寂しそうに見えた。

 いつも自信満々で、元気という概念が人の皮をかぶって歩いているような彼が、年相応の青年に見えた。

 ――だから、艦娘達は笑ったのだ。

 各々が、提督を安心させようとする笑みを浮かべた。


 提督の通達をもって、合宿一日目はこれにて終了。

 だがそれでも、艦娘の中の一部の聡い者は気付く。


長門(……不純、とは言うまい。難渋を乗り越えてこそ、我ら提督旗下の艦隊、そしてその艦娘たる)


681 ◆gBmENbmfgY2020/04/06(月) 23:03:25sEhcdCmI (2/4)


武蔵(相棒よ――タバタプロトコルに、競争の概念を盛り込む気か?)


 長門と武蔵は、示し合わせたかのように、ほぼ同時にその予想に至った。長門はどこか確信を持っているようだった。

 答え合わせは明日と、言葉にすることこそなかったが――。


陸奥(やりかねないわね……軽巡クラスは普通のタバタなら、それこそ新人の鹿島ちゃんだってやり切れるでしょうけど……そうなると辛いかもしれないわね)

大和(矢矧は……気付かないでしょうね。気付かないなら気付かないでいいのですが、懸念されるのは気づくタイミングです。よりにもよってタバタ中だと、取り返しがつかなくなるかもしれない)


 陸奥と大和もまたそれを想定した。ありえない話ではない。だからこそ沈黙し、指摘することはなかった。

 もし彼女たちの予想が合っていれば、提督はそれを直前に告げられた際での対応力や心の強さをも量っている。知らせれば台無しともなりかねない。だからこその沈黙だ。


霧島(……流石は司令。駆逐艦らとは違い、私の分析が正しいならば、それはより軽巡・重巡クラスに相応しい、順当なステップアップを経た課題と言えます)


 霧島も同じ分析の元、それに辿り着く。ただし好意的にだ。より強くなるという点において、それは一切の支障はない。

 勝つということは強いということ。負けたということは劣っていたということ。そしてその敗北をバネに強くなってきた古参とは違い、中堅や新人上がりは未だそれを知らない。

 それを乗り越えてこそ歴戦となる。敗北から得られるものなどないと突っぱねるならそれまでのことだ。霧島は軽巡・重巡らが現在どのような成長を――あるいは退化しているのかを、見極めたかった。


日向(……なるほど、己との戦いだけではなく、他との戦いもか。さては、いや、やはりというべきか――提督、君は航空戦艦だな……?)


682 ◆gBmENbmfgY2020/04/06(月) 23:04:00sEhcdCmI (3/4)


 発想は上記五名と同じだが結論がイカ○トンチキ。


山城(えっぐいこと考えてるに違いないわあの人だもの……そうなると、ああ、不幸ね最上……私の不幸が貴女に感染ったのかしら)


 最上の不幸は自前だ。


龍驤(タバタは自らの限界に挑む。つまり自分との戦いや……もしも、そこに競わせる要素を入れるなら、どう受け止めるかがキモやな。なんせ脚質の違いで、結果は天と地ほどまで開くでぇ? 脚質によっちゃ負けても負けやない)


 龍驤の想像通りのタバタプロトコルが実施されたならば、確実に劣るものが出てくる。だがその劣るものは気付かなくてはならない。

 ――劣っているからこそ、レースでは優勝できる可能性もあることを。


赤城(……どんな趣向をこらそうと、やることは変わらない。変わらないのです。それに気づけぬ者は負ける。

加賀(けれど、それに気づけずとも勝つ者がいたとすれば――)


 それはきっと、一つの超越者だろう。

 一つの頂点に立つものだろう。

 一航戦のように。

 もし、そんな艦娘が出てきたならば、加賀は、そして赤城は――。


683 ◆gBmENbmfgY2020/04/06(月) 23:04:33sEhcdCmI (4/4)


 そんな参加する軽巡・重巡らの決意、観客として見学する戦艦や空母達の思惑。

 異なる思惑や想念を胸に、鎮守府の夜は更けていった――。


684以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/06(月) 23:19:399lIkQxlI (1/1)

ドキドキ(*´∇`*)
いつも楽しみにしてます
乙!


685以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/07(火) 23:14:22XysF9/4A (1/1)

続きがめちゃくちゃ楽しみです


686 ◆gBmENbmfgY2020/04/07(火) 23:44:140fDHyAmI (1/3)


………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は香取に対し苛烈極まるものだった。


687 ◆gBmENbmfgY2020/04/07(火) 23:44:510fDHyAmI (2/3)


………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は鹿島に対し苛烈極まるものだった。


688 ◆gBmENbmfgY2020/04/07(火) 23:45:520fDHyAmI (3/3)

※疲れている。少しずつ行きたいですね


689以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/08(水) 00:46:39C3CFpNNc (1/1)

乙です


あやや、物欲クイーンが人格フォーマットされかけてら


690 ◆gBmENbmfgY2020/04/08(水) 23:35:06fI9aLRlo (1/3)


 鹿島に本格的な指導を開始する際に、香取はこんな話をしたという。


香取『私の名である香取、その由来は香取神宮……軍神たる経津主(フツヌシ)を祭る神社です。

   軍神とは戦勝や武運長久の祈願を聞き届ける神――もちろん私は神ではありません。はいそうですかと結果のみを与えることはできない。

   強くなりたいと願う者には、強くなるための試練を与える者でありたい』

鹿島『香取姉……! はい!』


 香取の言葉に感動する鹿島だった。私の姉はこんなにも立派な理念を持つ教育者の鑑なんだと、鎮守府のみんなや提督に自慢したくなるほどに。


香取『では試練を与える者として――まだ生まれたての殻のついたヒヨコに過ぎない新人の艦娘を正しく教え導くためには、練習巡洋艦には何が必要だと思いますか?』


 香取の問いかけに、鹿島はうんうん唸って頭を悩ませた。


鹿島『…………あ、愛?』


 熟慮した結果、そう答える。

 この答えに、香取はにっこりと笑みを浮かべた。花開くような笑みだった。


691 ◆gBmENbmfgY2020/04/08(水) 23:46:26fI9aLRlo (2/3)




香取『大間違いです――強さですよ』

鹿島『えっ』


 なんだか空気がおかしくなった。鹿島はこの教導を姉妹の絆を深める、もっとこう姉妹水入らずというか朗らかなイベントだと思っていた……もちろん大間違いである。

 香取の教導は、提督からの評価が極めて高い。誉め言葉として『何事も卒なくこなす』ことができる艦娘に鍛え上げる上では最適解の一人だろう。ただし、香取自身には個々の秘められた才能を見出すほどの才気はない。

 香取自身は、地力の人であり、努力の人だ。大淀とは違うベクトルで優秀なのだが、乱暴な言い方をすれば大淀が大天才とすれば、香取は秀才止まりである。

 そんな香取が行う指導の主旨は『出来ないことを無くす』ことに尽きる。苦手だろうと普通だろうと優秀だろうと関係ない。とにかく普遍的に水準に至らせるのだ。

 まず指導する対象に全力でマウントを取りに行くことから始まる。どちらが上で、どちらが下か。視線だけで見下す側と、這いつくばって仰ぎ見る側を決めねばならない。

 だから見せつけるのだ――香取自身は全てを一定水準以上にこなすことができることを。そのベンチマークを示し、分からせるのだ。身体と精神にだ。

 この提督評においては『とても優しい教導』であるが、もちろん実際に彼女から教導を受けた艦娘からは悲鳴にも似た歓喜の声が上がった――本当に悲鳴だったという説もある。後に着任する海防艦たちが震えあがる地獄の教導だ。


香取『愛? 友情? 努力? なるほど、育めばよろしい――勝った後にです。勝つためには何が要りますか? 勝つ方法を教えるには何が必要ですか?

   ――強さ以外に何があると? 弱いものから教わることはありません。教わろうとも思いません。その無様さや軟弱さから察することはあれど、弱者から教わることなど何一つとして在りはしない。

   弱者が強者に教えることができるなどと、発想そのものが烏滸がましい。そうは思いませんか?』

鹿島『』


692 ◆gBmENbmfgY2020/04/08(水) 23:53:19fI9aLRlo (3/3)


 ――誰だ?

 鹿島は香取がどこかへ行ってしまったような錯覚を覚えた。目の前にいるこの『ワレハ悪魔・鬼畜メガネ……コンゴトモヨロシク』とか言いそうな仲魔は一体誰だと。

 不可思議な現象によってメガネのレンズが光って見える。その向こうにある筈の瞳がどんな色をしているのかが、鹿島からは見えない。

 
香取『繰り返します――練習巡洋艦に必要なものはまず強さです。新人と一口に言っても様々な艦娘がいます。

   気性の荒い者、気弱な者、自らの力量を見誤る者、ハネッかえり……どれも一筋縄ではいきません。

   故に最初に理解させ、発揮させるのです――自らの力の臨界を。その程度の臨界では、練習巡洋艦にすら届かないということを。

   そしてこれも繰り返し言います。貴女が理解するまで何度だって言いましょう――弱きものに教わることなど何もありはしない。強くあらねば誰もついてこない。言うことを聞かない』

鹿島(ポケモンのバッジの話だよね?)


 鹿島は現実逃避し始めた。理解できるけど理解したくなかった。

 何を理解したくなかったかと言えば、もちろんこの後の論理の帰結だ。

 鹿島は――残念というか、喜ばしい事というべきか、香取とは違うタイプだった。どちらかと言えば大淀に近いタイプ――天才型だ。

 つまり、分かるのだ。

 見えるのだ。

 どんなオチが自分に降りかかってくるのかが、分かってしまう。


693 ◆gBmENbmfgY2020/04/09(木) 00:12:20R.8Ops8g (1/2)




 即ち、このような――。


香取『鹿島……貴女もまた私と同じく鹿島神宮より由来する名を持つ艦娘。鹿島神宮の祭神――軍神たる建御雷神(タケミカヅチ)の如くあれ。

   強くありたい、強くなりたい、勝利したい、負けたくない――そんな艦娘たちの願いをオールサポート。ただしまずはどちらが上か理解してもらうぞ、という具合ですね。

   繰り返します――我々は練習巡洋艦。練習とは同等以上でなくては強くなれないもの。貴女にはまずその強さを体験してもらうことから始めましょう』

鹿島『えっ』


 香取は一振りの大太刀を構えていた。駆逐艦たちが震えながらに語るところの、通称『絶対マウント取る構え』だ。普段なら切っ先を喉元に突き付けて殺気を飛ばし、駆逐艦が尊厳喪失するところで終わりだが――香取は実は、とてもすごく浮かれていた。

 鹿島が着任したことを誰よりも喜んだのは、香取であった。この子は絶対強くしなきゃと思っていたのだ。そして先日、提督から鹿島への教導許可が下りた。

 本当に嬉しかった。でも妹だからと言って手心は加えない。身内に甘いなどと噂が立てば、それは香取のみならず鹿島にとっても傷になる。

 だから鹿島が尊厳喪失してもやめるつもりはなく、怯えて竦んでガチガチ歯を鳴らして命乞いするまでやる所存であった。成程、完璧な理論だ。トラウマになる可能性があるってことを無視すればの話だがな。


香取『ええ、もちろんこれは実戦を想定してのただの模擬戦――鹿島、貴方も抵抗して構いませんよ? ――全部無駄だと分からせますので。大丈夫、貴方の姉さんは―――とても強いですよ?』

鹿島『お慈悲!!!』


 ねえよンなモン。トラック諸島の北西75kmあたりに捨ててきたわ。


694 ◆gBmENbmfgY2020/04/09(木) 00:18:22R.8Ops8g (2/2)


香取『いざぁ』

鹿島『ぎゃああああああああああああああああああ』


 このような無惨な訓練の末、鹿島は強さを手に入れた。色々失ったけれど手に入れたものがある。

 おめでとう、鹿島もまた修羅の仲間入りだ。Bキャンセルはできない。

 カトリネェーー!!
 閑話休題。


 さてそんな香取と鹿島、そして他の軽巡・雷巡・重巡・航巡は先にトレーニング施設に入っており、


初月「もう軽巡と重巡クラスの人たちはアップを始めているみたいだが――ずいぶんと観客が多いな」


 大和と武蔵。長門と陸奥。

 金剛四姉妹に、扶桑姉妹。伊勢姉妹。

 現時点で鎮守府に着任済みの日本の戦艦が、全員がローラー台の周囲に陣取っている。駆逐艦たちもいっぱいだ。

 軽空母の面々も勢ぞろいしていた。二航戦の蒼龍・飛龍の姿もある。水母――秋津洲や、補給艦・速吸もプロテインや各種サプリメントをテーブルに広げている。

 そしてローラー台では既に、タバタプロトコルを行う軽巡勢・重巡勢が各々ウォーミングアップを始めていた。


695以下、名無しが深夜にお送りします2020/04/09(木) 20:30:068d6pruo2 (1/1)

むーざん むーざん
きちくめーがねの かーこいもの


696 ◆gBmENbmfgY2020/04/19(日) 23:54:07y7CQfZ/g (1/2)


照月「それだけ注目を集めているということよ。軽巡・重巡の方々は古参・中堅揃い……長く鎮守府に在籍しているだけ交流も広いし、戦艦や空母の方々も気にするでしょう」

秋月「提督が仰っていた言葉も気になりますしね」


 初月は昨夜の提督の言葉を思い出す――少しばかり趣向を凝らしている、と言っていた。

 惹かれなかったかと言えば嘘になる。初月自身は達成できなかったタバタ・プロトコルに、提督は何か別の要素を付け加えようとしている。

 それによって難易度が上がることはあっても、きっと下がることはないだろう。参加する当の軽巡・重巡クラスはひしひしと感じているのだろう。だからこそ入念にアップしている。

 提督の無茶振りは、慣れたものだ。その無茶を無理にしないために、彼女たちもまたベストを尽くす。提督は無茶を振る。やれると思っているからだ。無理は振らない。出来るわけがないからだ。


初月(…………なんだか、いいな。こういうの。凄くいい雰囲気だ。僕は、個々の鎮守府に拾われて、本当に良かったと思える)


 ――ごはんも美味しいし、とは口に出さなかった。着々と秋月型の才能が芽吹き始めている初月である。


天城「ううん、でもやはり駆逐艦の子たちが多い……比率を考えればそれも当然ですが、まあ納得ですか。

   昨日とは違い、本日は軽巡・重巡クラスがそろい踏み……多くの駆逐艦たちにとって直属の上司に当たる人が走るのです」

初月「……なるほど、それもあるのか。そういう意味では、僕は――」


 初月は防空駆逐艦という、対空火力特化型の駆逐艦だ。その特殊性ゆえに通常のカリキュラムとは少し異なる研修を受けていた。


697 ◆gBmENbmfgY2020/04/19(日) 23:55:38y7CQfZ/g (2/2)


 全ての駆逐艦を始め、新人たちには必須となる共通科目こそ変わらないものの、多くの駆逐艦たちはまず天龍や龍田の元で基本的な教育を受ける。


初月「天龍と龍田以外の軽巡の方とは、あまり接点がなかったか」


 艤装の完熟訓練、乗組員妖精の活用方法、海上での航海練習、それらは演習や座学を通じて学ぶ。トレーニングも余念がない。

 新人は特に必要最低限のスタミナをつけるため、筋トレと有酸素運動を交互に行う。プロテインやサプリメントも専門のインストラクターがついての徹底管理だ。

 その後、天龍・龍田の報告から見出された適正を元に提督が仮配属を決め、以後はその隊を取りまとめる軽巡洋艦・重雷装巡洋艦・練習巡洋艦の教育方針に基づく研修が始まる。

 初月が知っている限り、配属先は以下の通りだ。どこも一筋縄ではいかない、くせの強い艦娘たちの集まりである。

 第一水雷戦隊――阿武隈旗下。

 第二水雷戦隊――神通・能代・矢矧旗下(一部の軽巡・駆逐艦が臨時旗艦を務めることあり)。

 第三水雷戦隊――川内旗下(名取が第五水雷戦隊旗艦兼任・夕張が臨時旗艦を務めることあり)。

 第四水雷戦隊――那珂・由良旗下(長良・木曾が臨時旗艦を務めることあり)。

 第五水雷戦隊――名取旗下(長良は臨時旗艦を務めることあり)。

 第六水雷戦隊――夕張旗下。

 第十一水雷戦隊――酒匂旗下(長良・多摩・天龍・龍田がフォローとして随伴する)。

 特設水雷戦隊――北上・大井・五十鈴・鬼怒旗下(いわゆる作戦時の特殊編成部隊であり、対潜特化や雷撃特化・対空特化など再編されることしばしば)。


698 ◆gBmENbmfgY2020/04/20(月) 00:00:56VU.6VtrU (1/2)


 その他の遊撃部隊や戦隊を担当している球磨や多摩、長良や阿賀野らにつくこともあれば、配属先の水雷戦隊の研修の一環で一時的に他の部隊へ預けられることもある。

 重巡が仕切る戦隊、そして長良が仕切る戦隊――果ては空母や戦艦付きの護衛艦も。

 前述の香取による練習遠洋航海などもそれに当たる。

 そして前述の通り、防空駆逐艦として特殊な立場にある初月は――。


瑞鶴「この公開タバタ・プロトコル練習で、初月が見るべき艦娘は誰か、わかるわよね」

葛城「最強の防空戦力は貴女たち秋月型と――――もう一つ」


 二人の空母が視線を向ける先は、ウォームアップ中の重巡洋艦のグループだ。

 誰もが輝くような威と圧を発するその中で、ひと際研ぎ澄まされた刃のような気を発している者がいる。

 最強の防空重巡洋艦――。


初月「摩耶、か」

秋月「摩耶先輩と言いなさい」

照月「それと朧先輩や秋雲先輩――野分と舞風もよ。今日は走らないけれど、あの四名は一航戦付の護衛艦なのだから。ご挨拶もそのうちね」

初月「は、はい。姉さんたち」


699 ◆gBmENbmfgY2020/04/20(月) 00:08:05VU.6VtrU (2/2)


瑞鶴「…………まあ、摩耶についてはそこまで真剣に見る必要はないかもしれないけれど」

初月「えっ」

瑞鶴「摩耶に関しちゃ特にね。あの人はなんていうか……しょーもないもの見れると思うわよ。あんまり参考にならないからね」

雲龍「…………まあ、そうでしょうね。天龍や五十鈴ちゃん、鬼怒ちゃんあたりがいいんじゃないかしら」


 あまり会話に入ってこない雲龍さえ同意する。

 初月は言葉の真意が掴めず、やや不満げな表情を見せたが――すぐにわかるだろう、と誰も説明しなかった。

 防空重巡洋艦・摩耶。

 彼女が着任したのは鎮守府発足から一ヶ月の間。即ち最古参の一人である。

 そこからずっと一位だったわけではない。

 だが今や不動の一位だ。『着任から半年』でその地位を確立し、以後はその王座を占有している。

 ――それは初月も知っている。だからこそ、先ほどの不満げな表情は、「僕は彼女に届かないと、劣っていると判断されたのか」という誇りを傷つけられたことによるもの。

 だが嫌でも理解するだろう。海の上でなくとも、陸の上での、ただのトレーニングを見ているだけでもわかるだろう。


雲龍(――摩耶。あの人はあらゆる意味で規格外すぎる)