303以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 20:31:46.61eRuspO3go (4/13)




薬売り「そんな、貴方を深く知る永琳が、消える間際にあっしへ五つの示唆を託しました」

薬売り「それは、貴方を深く知る永琳をも深く知る、永遠亭の真の主からの教授でした」



薬売り「――――”姫君が残せし五枚の符”。そこに貴方の、答えがある」



レイセン「ズベル…………ガード…………?」



 そうそう永琳と言えば、これを忘れてはならなかったな。
 永琳が薬売りに託せし「符」は、別に姫君だけのものではなく、この幻想郷では広く知れ渡った常識なのじゃ。
 幻想郷に住まう者なら誰しもが持っておる物。故にその使い方も多種多様。


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 とは言いつつも、此度の符は、この幻想郷に置いてもやや特殊だったようで……
 流石の身共も、少してこずらされたわい。
 



【難題】龍の頸の玉-五色の弾丸-
【神宝】ブディストダイアモンド
【難題】火鼠の皮衣-焦れぬ心-
【神宝】ライフスプリングインフィニティ
【難題】蓬莱の弾の枝-虹色の弾幕-




――――この符が示す、”答えの解き方”にはな。






304以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 20:51:16.58eRuspO3go (5/13)



薬売り「この符は……竹取物語における五つの難題を模した物」

薬売り「して五つの難題とは、かぐや姫が求婚を断る為に用いた方便」

薬売り「故に”難題”。これらの品々は、どこを探そうと、どこにもありはしない」


 そう、かぐや姫が課した難題は、最初からこの世に存在せぬ物。
 存在せぬが故に提示できるはずもなく、よって大手を振って求婚を断れると言う、なんともまぁ~意地の悪い難題じゃ。
 さりとて「はいそうですか」と引き下がれぬのが貴公子の辛い所。
 果たせぬとわかりつつ、あの手この手で何とか難題に答えんと奮闘していた小話は、まぁ皆も知る所じゃろう。
 

薬売り「しかしどうでしょう……果たせぬが故の【難題】。にも拘らずその頭文字には、確かに【神宝】の文字があるではありませんか」

薬売り「あるはずがないのに、あたかもそこにあるように置かれる【神宝】の頭文字」

薬売り「これは一体……何を意味するのでしょう」


 【難題】が果たせぬ「幻」を意味するならば、【神宝】は存在そのものを指す「現」。
 言い換えれば「在る・無し」と置き換える事が出来よう。
 姫君の符は、その名の通り「五つの難題」を模した者である。
 その中に「在る」を意味する頭文字が混ざる、その所以は――――


薬売り「言い換えるならば、【難題】と【神宝】の頭文字こそが、姫が示した”答え”」

薬売り「ほら、よくご覧なさい……三つの【難題】と二つの【神宝】」

薬売り「この中に、確かに……”貴方を指す”言葉が、あるじゃありませんか」


 ふふ……ッと失礼。いやはや、関心しておったのだよ。
 「嫁ぎたくない」ただそれだけの為に咄嗟に出た方便にしては、よくできた御題目じゃと思うての。
 かの書を読んだ際は「なんだこの性悪女は」とタカをくくっていたが、しかし改めて見てみれば、こう……
 確かにこの難題ならば、相手の身分に関係なく、まんまと求婚を断り抜けようものぞ。



薬売り「目を背けてはなりません。貴方を知る者が、貴方を一体どう思っているのか」


薬売り「それこそが貴方の望みを果たす唯一の術……隔てし境を打ち破る、唯一の答え」



 この姫君、やるのぅ。どうして中々、存外に賢しき姫君じゃ。 
 これほどに頭の回る姫ならば、うむ。なるほどの。
 咄嗟の間際であろうとも、このような示唆も十分できようものぞ。




薬売り「その全てが……ここにある……!」




 確かにこの符には、しかと記されておるわ――――”兎はモノノ怪ではない”とな。






305以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 21:11:08.53eRuspO3go (6/13)



薬売り「今一度思い出すのです。かつて貴方が、何を欲していたのか」

薬売り「欲した物を手に入れるために何を交わしたか。奈落の底に堕ちてまで手に入れたかった物は何か」


レイセン(――――???)


薬売り「してそれは――――誰に与えられた物だったのか」


レイセン「ぞ…………レバ…………」





【鈴仙】





(随分……待たせてしまいました)

(あの約束を交わしたあの時から……何がふさわしいか、ずっと悩んでいたのです)

(ずっとずっと、長い時間をかけて……考えてたのです……)

(……姫様と、二人でね)




レイセン「アダジガ…………欲ジガッダ物…………」




(こうして渡せる日が訪れた事を……心から感謝します)

(さあ、受け取りなさい……今日から貴方は――――)




薬売り「その言葉は、永遠を生む枝から咲く、一輪の花から取った言葉だった……」



【憶】



うどんげ「――――その意味を知ったのは、此処へ来てしばらく後だった」




レイセン(じゃあ…………)


レイセン(うどんげって…………!)




【覚】




306以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 21:23:54.77eRuspO3go (7/13)



薬売り「ずっと……気になっておりました……」

薬売り「存在せぬはずの五つの難題の中で……何故姫君は、蓬莱の玉の枝のみ”本物を所持している”と、言い張っているのか」



【蓬莱の玉の枝】



うどんげ「あたしがこいつに……教えたのよ……」


レイセン(じゃあ…………)



 先ほど述べた通り、蓬莱の玉の枝とは、不老不死の薬の元になる原料である。
 多少の差異はあれど、不老不死に纏わる大抵の物語に出てくる故な。
 五つの難題の中では、最も名の知れた品なのではないだろうか。

 さもあれば、不老不死と言う広く知られた表の顏もさることながら……
 実はこの蓬莱の玉の枝。もう一つ”裏の顏”がある事は、ご存じかな?



レイセン(”本物の蓬莱の玉の枝”って…………!)



 それは――――枝に咲く花の逸話じゃ。
 蓬莱の玉の枝には、もう一つの伝説があっての。
 それもズバリ”三千年に一度だけ花を咲かす”と言う伝説じゃ。



【咲】



 三千年に一度……おそらく大多数の者共が一生お目にかかる事はないであろう、大変に珍しい花よ。
 そんな、あまりに度を超えた希少さが故に、じゃ。
 一度咲けば――――”三千年分の吉祥を振りまく”と言う、これまた大層な逸話もあるのだ。



薬売り「あくまで、推測にすぎません……が」



 そんな二つの顏を持つ蓬莱の玉の枝。
 その枝に咲く花は、誰がつけたかこう名付けられた――――



307以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 21:25:27.12eRuspO3go (8/13)








【開花】






薬売り「――――”貴方の事”だったんじゃないですか」


薬売り「姫君だけが所持する……”本物の蓬莱の玉の枝”とは」




【――優曇華ノ花――】



 ……もう、お分かり頂けただろう。
 優曇華の花を咲かす蓬莱の玉の枝に、無しを意味する【難題】が頭についておる。
 よってこれらを結び合わせれば、浮かび上がる意は「蓬莱の玉の枝は無し」となる。
 つまり、言い換えれば――――「モノノ怪は優曇華ではない」と読める。と、言う事じゃな。


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308以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 21:29:02.74eRuspO3go (9/13)

メシ


309以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 21:38:40.563yWtMGbTO (1/1)

一旦乙


310以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 22:12:16.339VrC1l3u0 (1/1)

スペカが難度取り混ぜだったのはこういう仕掛けか、見事


311以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 22:55:04.32eRuspO3go (10/13)



レイセン(ウソ……)


 いやぁ、にしても……何と言おうか……
 竹取物語などさして興味はなかったが……なんだか、段々と身共も興が湧いて来たわ。



レイセン(じゃあ……あたしは……あたしには……!)



 月よりいずるかぐや姫……か。
 まだこの地上におるならば、是非一度お会いしたいものよ。



薬売り「恐れる必要はなかった……いや、恐れなど、最初からありはしなかった」

うどんげ「ありもしない恐れに怯え、ありもしない幻に、勝手に狂気に満ちた鬼を想像していた……」



……阿呆! 求婚を申し込みに行くわけではないわ!
 身共はただ、測りたいのだよ。 
 この聡明精錬にして明晰な頭脳を存分に発揮できる、知恵比べ相手としてな。
 


【至】



薬売り「あるのただ、単純な一つの事実のみだった」

うどんげ「あたしがお師匠様から最初に教わった、教え……それが全てだった」



レイセン(あたしが…………あたしも…………)





【答】





薬売り・うどんげ「――――(私・貴方)は”愛されていた”」




 ブワリ――――その瞬間、薬売りが貸し与えた札が、辺り一面に飛び散った。
 ひらひらと周囲に舞い散り、瞬く間に闇夜に消えゆく札。
 それはまるで、春の終わりを告げる桜の花びらのようであった。


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 しかしそこに、風はなかった。
 風無き空に札だけが舞う……そうじゃ。
 兎の中の”恐れ”だけが、形を失ったのだ。




【解】     【恐】     【之】

    【放】     【怖】     【殻】



  


312以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 23:06:57.67eRuspO3go (11/13)




レイセン(嗚呼…………)



【塵】



レイセン(消えていく……あたしが……あたしの存在そのものが……)



【理知】



薬売り「貴方を知る者は……何も、貴方自身だけとは限りません」

薬売り「貴方と同じ過去を過ごした他人もまた……貴方を知る者の一人であるのです」



【反転】



レイセン(じゃあ……あたしも……他人なの……?)


薬売り「あなたは一体誰なのか――――そんな事は、最初から分かり切った事だったのですよ」



 してそれらの舞い散る札を、薬売りは気にも留めぬままに、懐からまた私物を一つ取り出した。
 それは、モノノ怪を斬る退魔の剣にあらず。
 掌に収まる程度の、おなごが身なりを整える際に使われる物――――
 一枚の、手鏡である。





313以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 23:30:46.23eRuspO3go (12/13)




薬売り「ほら、ここには……”最初から一羽の兎しかいない”」



【反射】



レイセン(ほんとだ……)


レイセン(おんなじ…………だ…………)



 鏡越しに見る闇夜には、しかと映っておった。
 舞い散る札の一枚一枚の、その中心に――――
 優曇華と名付けられし、一羽の兎が。



レイセン(最初から……おんなじだったんだ……)



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――――故に願いも、また同じとなりし。




【同】



【願】



【――――安ラギヨ永遠ニ】


       
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314以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/21(日) 23:31:18.25eRuspO3go (13/13)

本日は此処迄


315以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 01:24:31.913hpyWw77O (1/1)

乙!
お見事です…!


316以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 20:41:41.09qusnPhudo (1/1)

いよいよクライマックスかな


317以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 22:04:34.163uu0rWtyo (1/6)



ドーン


【散】



ゴーン



【札】



ボーン



【紛・闇夜之中】



――――静寂が、辺りを包んだ。
 丑三つ時に相応しき、闇夜にあるべき静けさである。
 その静けさは、意図的に作られた静けさであった。
 薬売りと兎。
 この両名が黙す事によって、出(いず)る事を許された、いとも儚き静寂なのだ。
 


薬売り「…………行くのですか」


うどんげ「…………ええ」



 儚きが故、打ち破るのもまた容易な事で――――
 薬売りが、ポツリと訪ねた。
 してその返答は、すぐに返ってきた。
 そしてその返答を気に、飛び交う音のやり取り。
 結果、あっという間に静寂は消え申した。
 しかし返事の主の姿は、もはや背中でしか見えなくなっていたのである。 


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薬売り「そんなに息を押し殺して……一体何処へ行こうと言うのです」

うどんげ「行くんじゃない。生むの」

うどんげ「永遠亭が永遠足りえる……いつまでも変わらない静寂を」


 玉兎の決意は、この一言に集約されておった。
 こうまで言われては、もはや誰にも止める事はできぬ。
 まぁ、なんだ……結局また、振り出しに戻ったわけだ。
 紆余曲折を経て導き出された答えは、最初の通り、亭から逃げ出す事のままだったのだ。



【元ノ鞘】




318以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 22:17:29.283uu0rWtyo (2/6)



【満】


うどんげ「止めないの?」

薬売り「止める必要がない……貴方がモノノ怪ではないのなら、どこで何をしようが貴方の勝手」

うどんげ「冷たい奴。こういう時は、社交辞令でも止めるフリくらいはするものよ」

薬売り「それに……自信がないのですよ」

うどんげ「自信?」

薬売り「あっしにはどうも……兎の脚に追いつける自信がありませぬ」


 それは何も心のあり様の話ではない。実際問題無理なのだ。
 一度逃げ始めた兎を捕らえる事は、本当に至極困難である。
 と言うのも――――単純に”速い”のだよ。


うどんげ「頼りない奴……ほんとに大丈夫なの?」

うどんげ「あんた……言ったわよね? ”モノノ怪は必ず斬る”って」


 知っておるか? 兎は時として、馬よりも速く駆けるのだ。
 さもあれば、人の脚程度では到底追いつけぬ速さである。
 「脱兎の如く」の語源は、まさにそこにあるのだ。

 そんな兎の脚を止めるには、何か別の手段が必要となろう。
 そうじゃな……まぁ、強いて言うならば、だ。
 「罠を仕掛ける」事。それが一つの、定石であろう。


薬売り「ええ……斬りますよ、モノノ怪はね」

うどんげ「だったら……モノノ怪を斬り終えた暁には……」


 玉兎は、言伝を頼んだ。
 それはモノノ怪が去りしこの地にて、残されし者への”声明”であった。

 玉兎はその身に宿せし思いを、こう言い表した。
 「永遠は終はらず」――――。
 自分が逃げ続ける限り、亭の永遠は潰える事はないと言う意である。


薬売り「確かに……承りました」

うどんげ「……はぁ、あたしもヤキが回ったわ」

うどんげ「あんたみたいなうさんくさい奴にしか、こんな大事な頼み事をできないなんて」


 モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事なら、亭を守るのが玉兎の仕事。
 一見なんら関係のない責務であるが、両者の利害が一致しているとあらば、手を組まぬ道理はない。

 しかし玉兎からすれば……まぁ、やはり不安であろうよの。
 手を組む相手が、どうにも”うさんくさすぎる”。



【夜八つ】




319以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 22:32:22.303uu0rWtyo (3/6)



薬売り「僭越ながら、あっしからも、お節介を一つ……」

うどんげ「あによ」

薬売り「貴方の中に在りし、もう一人の貴方の事です」


 亭を守るのが玉兎の仕事なら、モノノ怪を斬るのが薬売りの仕事。
 玉兎が不安を感じると同時に、薬売りもまた、一抹の不安を抱えておったのだ。
 
 よって薬売りは、身の丈もわきまえず、釘を刺した。
 姉弟子に対し末弟子の分際で、指図紛いの忠告を、最後の最後に言い放ったのである。


薬売り「モノノ怪を成すのは、人の因果と縁(えにし)――――」

薬売り「人の情念や怨念がアヤカシに取り憑いた時、それはモノノ怪となる」


うどんげ「……」


薬売り「貴方の中のもう一人の貴方……モノノ怪でこそなかったものの、その情念は十分モノノ怪を成すに足り得る」

薬売り「よって万が一、優曇華の幕が下り、レイセンなる一匹のモノノ怪の幕が開けた、その暁には……」

薬売り「斬りに来ますよ――――”約束通り”ね」 


 にしても、言い方が……
 要するに「お前がモノノ怪になったら、追い掛け回してぶった斬る」と言う事だろう。
 別れの言葉とは思えん。これではまるで脅迫ではないか……
 彼奴の態度もまた、永遠なのかのぅ。



うどんげ「……”そうなったら”ね」



 陰ながら切に願っておるぞ……二度と再開せぬ事を。





320以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 22:48:37.923uu0rWtyo (4/6)




うどんげ「んじゃ――――」



薬売り「お達者で――――」




【疾風】


【消失】




薬売り「…………」



――――別れは、存外に淡泊な終わり方であった。
 大層な餞もなく、淡々と。まるで一時の別れであるかのようである。
 しかしながら、双方共に、再び会いまみえるなど思っていない。




【土煙】




薬売り「…………ふぅ」




【脱兎の如く】




 「脱」――――兎が蹴った駆け足だけが、最後の音であった。




【来たる】


【――――暁七つ】







321以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 23:04:21.853uu0rWtyo (5/6)



薬売り「いやぁ…………」


薬売り「にしても…………」


薬売り「なんと言いましょうか…………」


薬売り「存外に…………”良い話だった”と言いますか…………」



 兎は、本当に瞬きをする間もなく、闇夜に消えた。
 その地には、兎が掘った穴と、兎が蹴った痕しか見えなかったと言う。

 そして一人残されし薬売りは……月を見上げながら、ポツリ言葉を呟いた。
 傍から見ればまるで、月に語り掛ける、面妖なうさんくさい男が一人である。
 しかしそれは――――確かに”会話”であったのだ。



薬売り「”守る為に逃げる”ですか……確かに、少々わかりづらいでしょうな」

薬売り「ですがその理は、確かに繋がっていた……兎の、嘘偽りなき真と」



 薬売りは語った。
 玉兎の秘めし思い。決意。そしてそこから伴う行動が、やや”分かりにくかった”事を。
 しかし幸運にも、兎が話し上手であった為か。
 その理は、最後には”理解足り得る物”であった事も。



薬売り「臆病な兎だから……いや、臆病な兎だからこそ、辿り着く事のできた兎の理」

薬売り「だったのかも知れません……ねぇ?」



 理解足り得るが故に、結ぶことができたのだ。
 兎なき後の永遠亭の、あってはならぬ”怪”を排除する役目。
 「モノノ怪を斬り払え」――――薬売りにしか託せぬ、兎の命である。



薬売り「そう、思いませんか…………」



 だからこそ、だろうなぁ……
 如何に見聞に長けた兎とて、よもや、露も思わなんだろう。

 




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 その薬売りが、まさか――――先に”モノノ怪と手を結んでいようとは”。






322以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/22(月) 23:06:50.293uu0rWtyo (6/6)

メシ


323以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 00:27:56.64yA5aoPY9o (1/8)




(ハァ――――……ハァ――――……)



【同刻】



(ハァ――――ハァ――――)




【兎側】




「ハァ――――ハァ――――ッ!」



【止】



うどんげ「あ”~……」




【竹林の境にて】




うどんげ「喉……渇いたぁ……」




――――ウサギは、あっという間にゴールまで到着しました。
 馬より速いと評判のウサギの瞬足を持ってすれば、どこであろうと、辿り着くのはいとも容易い事だったのです。


 ですが最終的にその脚は、カメより遅い鈍足となってしまいます。
 瞬足にかまけ、あろうことか、ゴールの手前で居眠りをしてしまうからです。



うどんげ「またあんたなの……」





324以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 00:40:11.89yA5aoPY9o (2/8)



 ウサギがのんきに熟睡している間に、カメはウサギを抜かし、結果カメはウサギより早くゴールに辿り着きました。
 そうです。これは所謂「ウサギとカメ」。
 このまさかの結果に終わった事で有名な、ウサギとカメのかけっこですが……
 実はこの話には、続きがあったのはご存じでしょうか。


うどんげ「…………」


 負けたウサギはその後どうなったのか。
 勝ったカメは何を得たのか。
 勝者と敗者。栄光と挫折。
 この相反する二匹が辿る、数奇な運命とは一体――――


うどんげ「…………」



――――知りません。
 むしろこっちが聞きたいくらいです。
 話し手はまだ、続きを読んでいないですから。 



うどんげ「ってオイ」





325以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 00:51:18.16yA5aoPY9o (3/8)



 だって……しょうがないじゃない。
 読もう読もうって言ってたくせに、今やすっかり忘れちゃってるんだから。


うどんげ「っさいな~、あんときゃ勉強で忙しかったのよ」


 だったら、最初の行先は人里で決定ね。
 頼めば一冊くらい、貸してくれるかもよ?


うどんげ「バカね、なんでわざわざこんな夜更けに童話を読みに行かないといけないのよ」

うどんげ「あたしらと違って、人は夜眠る生き物なのよ。人里に向かうなら、その辺考えないと――――」



(ぐぅ~)



うどんげ「……」



――――とか言いつつも、やっぱり最初の行先は人里でした。



うどんげ「……食料よ! 食料の調達に行くのよ!」

うどんげ「ほら、腹が減ってはなんとやらって言うじゃない!? ていうか、そもそもまだなんも食べてなかったし!?」


 はいはい、そういう事にしてあげる……
 別に、どうとでも言えばいいんです。
 どんな屁理屈を述べたって、結局は意味がないんだから。
 いくら言い訳を並べたって、結局は筒抜けなんだから。



うどんげ「ほら、行くわよ…………”一緒に”ね!」



 だって、あたし達はずっと一緒なんだから。





326以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 01:04:51.85yA5aoPY9o (4/8)



うどんげ「……でも」


 でも?


うどんげ「許されるなら、まだ……」

うどんげ「あんたさえよければ、もうちょっと、あと少しだけ……」



 あ~……


 ……どうぞ、ご自由に。



うどんげ「…………」



 優曇華は、体を前にしたまま、首だけでくるりと振り返りました。
 そしてしばしの間、夜のくらぁい竹林を、じ~っと見つめ続けていました。


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 じぃ~……ちょっとだけと言う割には、結構な間です。
 やっぱりこいつは、嘘つきだと思いました。



うどんげ(さよなら……あたしの永遠亭……)



 でも、「別にいいんじゃない?」って感じです。
 もう互いに、目を逸らし合う必要はないんですから。
 誰にも言う必要はないんです。
 その時の優曇華が何を考えていたのかは、あたしだけが知ってれば、それでいいんです。



うどんげ(さよなら……あたしの故郷だった場所)






327以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 01:21:27.84yA5aoPY9o (5/8)



 思い出を過去に。未来を眼に。
 これから兎は、ご自慢の逃げ脚で、どこまでも走り続けます。
 


うどんげ(さよなら…………永遠と思ってた今)



 時に疲れてしまう事もあるでしょう。
 時には脚を止め、休息に浸る事もあるでしょう。 
 それらと同じく、もしいつか、今のように振り返りたくなる時が訪れたなら……
 いつだって、目を合わせてあげるつもりです。



うどんげ(さよ…………なら…………)



 だって、あたしはあなた。あなたはあたし。
 鈴仙と優曇華は、どっちも同じ、兎なのだから――――。




うどんげ(――――)




――――そして今から、始まるのです。







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 新しい二人のk






――――





――











【鈴仙・優曇華院・イナバ】×





328以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 01:42:56.11yA5aoPY9o (6/8)




薬売り「…………」



 薬売りは兎が去りし後、立ち上がる事すらせぬままに、じぃ~っとその場に座し続けておった。
 喋らず、動かず、瞼すら開かず。
 兎去りし夜の竹林にて、ただ、静かなるままに……


 ……何? この時薬売りが何を考えていたかだと? 
 知るか。どうせ眠くなったから目を閉じたとかそんな所だろう。
 というか、わかるわけがなかろう……身共とこやつは、赤の他人なのだから。



薬売り「……逝ったか」



 ああでも、一つだけわかるぞ。
 ……いやだから、薬売りの事ではないと申すに。
 そっちじゃなくて、身共が言いたいのは、ここの”面子”の事よ。



薬売り「ではこちらも……そろそろ、参りましょうか」



 ひーふーみー……ほれ、おぬしらもやってみよ。

 よいか、最初に面子は「六」人おったのじゃ。
 そして後に「三」人がいなくなり、「一」人は無関係とわかり、たった今「一」羽が逃げ出した。
 ならば残りし数は何とならん。

 如何に平民風情とて、このくらいはできるであろう?





329以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 01:47:37.99yA5aoPY9o (7/8)





【八意永琳】×

【鈴仙・優曇華院・イナバ】×

【蓬莱山輝夜】×

【八雲紫】×

【藤原妹紅】×





 ま、と言うわけで、残りし数は後一人……いや、一羽じゃな。





【残】因幡てゐ



 

 果たしてこの最後の因幡兎は、一体どんな因果を抱えておるのやら。
 してその因果は、一体どのような形でモノノ怪と結びついておるのやら。
 目玉を形作るモノノ怪は一体何を見据え、薬売りはその視線に、一体いかような理を見出したのやら。
 


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 全てが明らかとなる時は近い。
 ではでは皆の衆。
 直に訪れる終幕を、努々見逃すことなかれ――――。
 



【突入】



【寅の刻】




薬売り「残る因果は――――”後一つ”!」





                         【後編へつづく】






330以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 01:48:30.04yA5aoPY9o (8/8)



【御知らせ】

またしても書き溜めが尽きました
なのでしばらく休みます
感覚は前と同じくらいだと思います
例によって、再開の目途が立てば報告しにきます
一応次の再開で完結する予定です

ではではそういうわけで、しばし御免


331以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 01:55:32.73NIA92u12O (1/1)

乙でございまする!


332以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 09:13:35.82sHFix48co (1/1)

乙!

こんだけ意味ありげな回だったのにうどんげ犯人ではなかったというw


333以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/23(火) 12:45:14.09zyPN71K0O (1/1)

紫以外で目に関係するキャラってうどんげしかいないと思ってたが、違うのか


334以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/24(水) 23:04:55.19Du2MhX33o (1/1)

スペカのヒントおかしくね?
読み方はわかったけどこれだと犯人二人いる事になるじゃん


335以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/24(水) 23:17:40.56DbQfPPCyo (1/1)

んんんマジかぁ!
楽しみに待ってるよ!


336以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/05/26(金) 08:17:10.80c84eJ9WMO (1/1)

>>334
共犯がいるって事だろ



337以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/06/17(土) 12:24:35.12Ippp5Mj90 (1/1)




338以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/06/25(日) 00:01:34.31Pe//o5w/o (1/1)

【御知らせ】
すんませんもうちょいかかりそうです


339以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/06/25(日) 00:04:02.76BHH5fiKJo (1/1)

了解


340以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/06/27(火) 10:43:02.54jUhe9nJZO (1/1)

待ってるよー


341以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/06/28(水) 18:15:12.28iRUhd6Uho (1/1)

おk
焦らず無理なくやってね


342以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/06/29(木) 04:58:39.875iAcMxhD0 (1/1)

追いついた
これは近年稀に見る東方SSですねえ・・・


343以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/07/16(日) 02:29:23.41imehHrz2o (1/1)


【定時報告】

少女書溜中……………………


344以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/07/16(日) 14:25:23.50XD/2BLtNo (1/1)

がんがれ


345以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/07/27(木) 00:39:33.81U1mHusAko (1/1)

俺の退魔の剣がカチカチ言ってる


346以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/08/15(火) 21:21:39.57vHqjlvRXo (1/2)
347以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/08/15(火) 21:23:06.05vHqjlvRXo (2/2)



■■■■■■■■■■■■□□□□
                 ↑
               今この辺


348以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/08/15(火) 21:25:29.64i/Gof5RBo (1/1)

待ってる


349以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/08/15(火) 21:26:36.18azE3kceWO (1/1)

舞ってる


350以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/08/15(火) 21:28:23.00bdRTNWJro (1/1)

このスレ好き
何時までも待ってる


351以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/08/20(日) 12:19:14.40Cn4G/k50o (1/1)

乙ですよ
生存報告さえ時々あればいつでもok


352以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/09/16(土) 21:58:42.55D3H37+Wjo (1/3)
353以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/09/16(土) 21:59:47.31D3H37+Wjo (2/3)

遅れてる理由=画像増やしすぎたから(言い訳


354以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/09/16(土) 22:00:24.95D3H37+Wjo (3/3)



■■■■■■■■■■■■■■□□
                    ↑
                  今この辺



355以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/09/16(土) 22:01:00.963GgtAC4Ho (1/1)

すげえ…

待ってます


356以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/09/17(日) 16:47:49.58Ozt+8u+zo (1/1)

画像凝りすぎィ!


357以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/09/18(月) 20:25:17.11u+qtu9s4O (1/1)

これ全部1から描いてるのか・・・?
大変だろうに別にそこまでやらんでも


358以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/15(日) 22:55:20.034p4TfLqBo (1/3)
359以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/15(日) 22:56:18.034p4TfLqBo (2/3)


■■■■■■■■■■■■■■■□
                      ↑
                    今この辺



360以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/15(日) 22:57:08.334p4TfLqBo (3/3)

今月中に正式アナウンスできると思います(勘


361以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/16(月) 00:39:36.307tUa7hTI0 (1/1)

わぁい


362以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/16(月) 12:42:30.84FD4TjOtwO (1/1)

相変わらず謎の画力だな


363以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/16(月) 22:01:23.78BjNblBIbo (1/1)

絵描けないからホント尊敬する


364以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/29(日) 21:48:53.17A7eP/3iAo (1/1)

【御知らせ】
来月に再開します
詳しい日程はまだ未定ですが、さすがに11月を超える事はないと思います(と思いたい
というわけで、決まり次第また言いに来ます
そろそろいい加減にします。はい。いや、マジで
ttps://dotup.org/uploda/dotup.org1375320.jpg


365以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/29(日) 21:50:16.26GckSN+8Co (1/1)



ぶっちゃけ絵が大変なんじゃないか?w
文字だけでも全然いいのよ


366以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/10/30(月) 12:53:15.00MGWIW1cxO (1/1)

何枚描いてんだ?


367以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/01(水) 01:07:04.23ZSrYbvzNO (1/1)

作者のこだわりを読者が止めるのは無粋よ
思う存分つくりこんでええんやで


368以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/02(木) 16:28:21.58pWNyoXozo (1/1)

待ってる


369以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/19(日) 19:27:09.48vwCayPXXo (1/1)

【御知らせ】
来週再開します


370以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/19(日) 23:17:07.171RSPGFSy0 (1/1)

やったぜ


371以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/20(月) 12:39:18.26/WzIJq06O (1/1)

ずいぶんかかったな


372以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/20(月) 23:51:17.597IHPOuqW0 (1/1)

ガタッ


373以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/23(木) 16:19:37.867wR2/Lo+0 (1/3)
374以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/23(木) 16:31:02.537wR2/Lo+0 (2/3)
375以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/23(木) 16:37:56.89mgCwioc2o (1/1)

見える


376以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/23(木) 17:22:59.347wR2/Lo+0 (3/3)

>>375
あざす


377以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 21:25:31.81cTjbZ6OQ0 (1/14)




――――問題は、まだ誰も見ていない物を見る事ではない


    誰もが見ているのに


    誰もが考えなかった事を考える事である――――
  


https://i.imgur.com/AXBskxw.jpg




378以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 21:37:31.54cTjbZ6OQ0 (2/14)



【ギイ】


 草木も眠る丑三つ時。
 家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
 それらを生むが、すなわち、闇――――
 夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。


https://i.imgur.com/7ocVFIy.jpg




【ギイ】


 人々はその闇夜に目覚める存在を、妖と名付けた。
「人が寝静まる頃に目を覚ますのだから、やはりそれは、人ならざる存在なのだ」。
 実に人間本位な理屈である。
 だがその理屈は、あながち間違いではない。


https://i.imgur.com/V1YYzOs.jpg




【ギイ】


 妖は、往々にして怪を成す。
 程度の差は万別なれど、人の理から大きく外れた妖の理は、やはり人からすれば奇怪そのものなのだ。
 いつしか人々は、その怪を書物と言う形で残すようになった。
 妖の存在を認め、妖の存在を受け入れたのだ。


https://i.imgur.com/BIy0zkP.jpg




 だがそれでも人々は、最後まで認める事はなかった。
 「妖は常に我らと共にある」。
 しかしながら、いくら歩み寄ろうとも――――”決して相容れぬ存在である”と。



「…………おっ」



 草木も眠る丑三つ時。
 この世ならざる存在が跋扈し始める、妖の刻。
 しかしその妖ですら眠りにつく、真なる静寂の刻がある。


https://i.imgur.com/fII0iOn.jpg



 その名も――――【寅】の刻。
 この世の何もかもがいなくなる刻。
 全ての存在を食らうが如き刻。
 偶然か必然か、寅を冠するその名は、まさにおあつらえ向きであろう。











379以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 21:47:15.06cTjbZ6OQ0 (3/14)



「…………」


https://i.imgur.com/Ln3HLjQ.jpg



 そんな、誰しもがいなくなるはずの、無常の刻の最中……
 その場にはただ一つだけ、足音を擦りながら潜む、一つの影があった。



「…………ははぁん」


https://i.imgur.com/LsqqHHx.jpg



 影は、かのような夜更けにも関わらず、明かりもつけぬままに歩を進めておった。
 その様はまさに忍び足。
 音を立てまいと必死に忍びつつも、やはり少しばかり漏れる足音は隠せない。



「なんか……意外な形してるわね」


「まぁ……いっか」



 ギィ……ギィ……闇に鳴る小さな音。
 してその音を鳴らす、小さな影の正体とは――――




(いただき…………まーす…………)




https://i.imgur.com/eEvmLJJ.jpg





380以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 21:54:01.31cTjbZ6OQ0 (4/14)




「…………う”ッ!」



【詰】




「う”っ…………ん”っ…………ぐぅ…………ッ!」




【積】




「う”…………」




【摘】

 


「…………んんんんま”ッ! 何これ!?」



「――――超”旨い”んですけど!」




【舌鼓】





381以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 22:02:32.48cTjbZ6OQ0 (5/14)



「ちょ、ほんとうまい! ヤバイヤバイ、マジ止まんないって!」


「こんな事なら皿持ってこればよかったわ――――”みんなにも”ちょっと分けてあげたいくらいよ!」


 口いっぱいに広がる旨味は、影本人も想定外だったのであろう。
 予期せぬ舌鼓に、最初の警戒も何のその。乱雑に鷲掴みにしたあげく、一心不乱に食し始めたのだ。
 ガツガツ、ボリボリ、ゴリゴリ……静寂であるはずの刻に食の音がなる。
 さながら腹をすかせた猛獣のように、食にありつくその姿は、まさに寅の如くである。 


「さすがお師匠様だわ……まさか、”食べれる薬”だったなんて」


「なんて、なんて画期的なアイデアなの!」


 影は、人知れず感動していた。
 伸ばす手が止まらぬ程に旨い薬。
 しかもその効能が、自身が長年追い求めていた”薬”だったとあらば、その感動はさらに倍増である。
 

「だめよあたし、耐えるのよ。これ以上はきっと、もう……」


「一つだけ! 後一つだけ…………やっぱ無理!」



 誰もがいなくなる寅の刻。
 妖すらも眠る闇夜に、ただ一つ、身を震わしながら食にありつく影が一つ。

 しかし影は、舌鼓にかまけすっかり忘れておった――――
 いくら旨かろうと、所詮薬は薬。
 薬を服用する事は、決して「食べる」とは言わない事を。





(ダメですよ……そんなにがっついちゃぁ……)



「――――ッ!?」





 そんな当たり前の忠告が、影の耳に届いた――――その時。





(薬は……用法、用量がキチンと決められているのですから……)





https://i.imgur.com/8PZnFNX.jpg





 「あんぎゃあ――――……」
 静寂は、絶叫にかき消された。




382以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 22:09:01.35cTjbZ6OQ0 (6/14)



薬売り「おや……」


【反転】


てゐ「あ、あひゃ、あひゃあ……」


【半天】


薬売り「大丈夫……ですか?」


 次の瞬間、その場に影はいなくなった。
 影は盛大にひっくり返った後、その勢いで持って、偶然にも近くの明かりを灯したのだ。
 そして影は露と消え、代わりに現れたるは――――奇怪にも頭と足が逆さになった、「妖兎」の姿であった。


てゐ「おば、おば、おばおばちんどん屋ァッ! い、一体どっから湧いて来てんのよ!?」

薬売り「そちらこそ……あっしは最初から、ここにおりましたが?」

 
 そして、ついに姿を現したる妖兎は、起き上がると同時に溢れんばかりに言葉を放つ――――ありったけの「文句」を載せて。
 まぁ正直、「またか」と言った所である。
 薬売りに文句を垂れる者は、何も妖兎に限った話ではないのだ。
 

薬売り「いえね、足音が聞こえましたので、”明かりがついたら”声をかけようと思ったのですが……」

薬売り「姉弟子様が、いつまで経っても、明かりをつけないもので……」

薬売り「故に、声をかける機会を……失ってしまった次第で……」


 薬売りの悪い癖だ。こやつはいつも、本当に唐突に現れよる。
 このやりとりはもう幾度となく見せられた事やら……もはや思い起こすのも億劫である。
 と言うわけで、夜更けが織りなす雅な静寂は……この相も変わらずな薬売りのせいで、文字通り台無しとなったのだ。


薬売り「むしろ、こちらの方がお尋ねしたい――――”何故に明かりをつけないので?”」


 今回の弁明は曰く、「声をかける機会がわからなかったから」と言う事らしい。
 ただでさえ暗い亭の中。さらにはその中で、明かりもつけずに忍び足を擦っているとあらば、まぁそうなる気持ちもわからんでもない。


てゐ「何故もなにも……あんたさぁ、空気読めないって言われない?」

薬売り「空気……ですか?」


 にしても……こいつに限っては、やはり”わざと”だったと、身共は断じよう。
 だって、そうであろう?
 いくら暗がりとはいえ、そこで誰が、何をしているかなど……薬売りだけはハッキリとわかっていたはずではないか。


てゐ「ったくもう……まじで……心の臓が飛び出るかと思ったわよ……」

薬売り「床が、汚れてしまいましたな」

てゐ「おかげさまでね。口ン中おもっきし吹き出しちゃったわよ、このアホンダラが」

薬売り「ご心配なく……後ほど、雑巾を御貸ししますので」

てゐ「――――お前が拭けよ!?」


 まぁ……薬売りの倫理感など、所詮はこの程度である。
 そういうわけで、だ。
 床に散らばった吐しゃ物は「誰が拭くのか」など、そんな事はどうでもよいのだ。
 肝心なのは――――この妖兎が”何を吐いたのか”にかかっているのである。



【零】




383以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 22:19:41.35cTjbZ6OQ0 (7/14)



てゐ「……で、いつ戻って来たの?」

薬売り「つい先ほど……ちょうど、寅の刻を過ぎた頃合いでしょうか」

てゐ「あっそ。じゃあ……”先にうどんげと会ってきた”わけね」

薬売り「ええ……まぁ……」


 そう、この目前における、至要たる事実は決して忘れてはならない。
 この妖兎・てゐは此度の騒動に置ける唯一の生き残り。
 モノノ怪の神隠しを逃れし唯一の存在であり、なおかつこの消失劇を”他人事”のようにふるまい続けたあの態度は、決して忘れてはならない事実なのである。


てゐ「で…………うどんげは」

薬売り「行きましたよ……一足先に、ね」

てゐ「……あっそ」


 薬売りは慎重を期すかのように口数を減らした。
 それはやはり妖兎が、この期に及んでまだ態度を変えぬ事に一因する。
 その証拠に……薬売りの返答に対する妖兎の様相は、やはり顔色一つ変えぬままであった。
 悲しむでもなく喜ぶでもなく……同胞の兎が”どこに行った”のかなど、おのずと想像がつきそうな物なのに。


てゐ「あいつもバカよね。逃げるつもりで飛び出して、逆に取っ捕まってりゃ世話ないわ」

薬売り「見ておられたのですか……?」

てゐ「ハハ、違う違う――――想像よ」

てゐ「あいつがなんで逃げ出そうして、どんな決意で逃げて、んでどこで転んでほえ面下げたか……なんて」

てゐ「ほんともう、手に取るようにわかるわけ」


 そして薬売りは確信するに至る。
 やはりこの妖兎は、”全てを知っている”。
 先ほど玉兎が見せた、玉兎の中だけにある闇。
 してその闇に解を示す、真と理と――――


https://i.imgur.com/ZcU67Vs.jpg



薬売り「してその心は……」

てゐ「そんなの簡単な話よ」

てゐ「あいつ――――”バカだから”」

薬売り「…………」



 さらにはそれのみならず――――永琳、妹紅、姫君。
 彼女らが如何様な理を持ち、そして何ゆえにモノノ怪に狙われるに至ったか。


https://i.imgur.com/cltz2Fb.jpg


 妖兎は全てを知っている。
 故に深入りを避けた。
 それは――――”モノノ怪の獲物に自分が入ってない”と、密やかに確信していたから。
 もはやそうとしか考えられないのだ。



【確信】




384以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 22:27:58.92cTjbZ6OQ0 (8/14)



てゐ「だってあいつ、まじバカじゃん? ”この薬”の事だってそう……」

てゐ「そもそも……誰も……蓬莱の薬だなんて……」

てゐ「一ッ言も! 言ってなかったのにさぁ!」


(――――蓬莱の薬は、絶対に知られてはいけなかったのに!)


薬売り「確かに、貴方様は「知られてはいけない薬」の事など、一言も漏らしていなかった……」

てゐ「なのに勝手に勘違いして、襲い掛かってきて、発狂ついでに全部ゲロってんの」

てゐ「言ってはいけないはずの秘密を、自分から……しかもみんなに聞こえるくらいの大声でね」


 そう言う妖兎の語りは、やや恨み節のようにも見受けられた。
 それはやはり、先刻の玉兎との痴話喧嘩が起因であろう。
 あの時は、薬売りを尻目に随分と派手な弾幕が飛び交っていたが……その原因が”玉兎の勘違い”であったとあらば、そりゃまぁ腹正しいであろう。
 喧嘩両成敗とはよく言うがな。あの場に限っては、妖兎は一方的な被害者であったと言えようて。


てゐ「正直まだヒリヒリするんわ。あのバカ、マジで弾幕ぶっ放してきやがったかんね」

薬売り「災難……でしたな」

てゐ「ほんとほんと、とんだ災厄兎よね」

てゐ「月の兎だかなんだかしんないけど、新参者の分際で無駄に偉そうだし」

てゐ「拾ってやったのに感謝しないし。アホの癖にやたら賢ぶるし……」


薬売り「……」


てゐ「勘違いを認めないし、謝らないし、詰めたら発狂しだしてめんどくせえし」

てゐ「ていうかそもそも、なんでタメ口なのこいつって話だし?」


 よほど溜まる物があったのか、妖兎はよい機会だと言わんばかりに、あらゆる愚痴を綴り続けた。
 妖兎の玉兎に対する悪態は個人的な不満でありながら、そこまで的外れでもなかったのは流石である。

 そんな妖兎からすれば、玉兎の失敗に終わった脱走は「ざまぁ見晒せ」と言った所であろう。
 相手の失態をあざ笑う趣向は、この妖兎の大好物である事を薬売りは知っている。
 しかし薬売りは、煽り建てる妖兎の口調から――――”一筋の本音”を感じ取った。



てゐ「あんなバカでアホでトラブルばっか起こす問題兎…………”外に出しちゃダメ”」

てゐ「そう、思わない?」



 悪態と嘲りの末に、導き出された結論――――
 それは此度のモノノ怪騒動と、同じであったのだ。



【籠の中】





385以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 22:39:27.88cTjbZ6OQ0 (9/14)



薬売り「とどのつまり……貴方もまた、最初から知っていたのですね」

薬売り「あのうどんげの中に御座す――――もう一つの影の事を」


【物問】


てゐ「知ってるも何も、見るだけでわかるっつーの」

てゐ「あいつをここへ運んだのは、他でもないあたしよ? この竹林のど真ん中でぶっ倒れてた、見知らぬ謎の長身兎」

てゐ「しかもしかもいざ亭へと運んでみれば、なんとお師匠様のお知り合いだって言うじゃない」

てゐ「んなの……どー考えても”ワケアリ”なの、丸出しじゃん?」


 妖兎は語る。
 あの竹林で行き倒れた玉兎を最初に発見したのは、他でもない自分である事を。
 次いで語る。
 身なり、経緯、生活態度、その他諸々……
 同じ兎と括られる事が多い二羽の間で、あまりにも相違点が多すぎる事を。


てゐ「むしろ、わかんない方が不思議って感じ」

薬売り「見るだけで……ですか」


 そして最終的に結論付けた。
 単なる性格の違いと片づけるには、どうにも理屈が合わない。
 よって「こいつには何かある――――」そう察するのは自然な成り行きであると。
 してその察しは、結果として大正解であったのだ。


てゐ「ついでに言っとくけど、あんたが”うどんげに何をしたか”も想像つくわよ」 

薬売り「ほぉ…………してその心は」

てゐ「気持ちよかったでしょ? あいつ、かしこぶってるけど基本バカだし」


てゐ「――――”獲物が狙い通りに罠にかかる姿”なんて、愉快痛快もいい所よね」


薬売り「…………」


 このように、妖兎はやたらと”察する力”に長けていた。
 それは月とは違う、地上の兎であるが故なのか。
 はたまた出生など関係なく、この妖兎だけが持つ特技であるのか……
 とかくいかような経緯であろうと、そこは臆病で非力な兎。
 食われる立場の多い兎からすれば、それは紛れもない「長所」と言っても差し支えないであろう。




386以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 22:52:15.96cTjbZ6OQ0 (10/14)



てゐ「最初は新参者の癖に生意気だから懲らしめてやろうって、ただのそれだけだったんだけど」

てゐ「おもしろいくらい引っかかるから、なんかもう、いつの間にか病みつきになるくらいハマっちゃって……」

薬売り「向こうからすれば、災難そのものでしょうな……」

てゐ「そんなのお互い様よ。だから、あんたの気持ちも、よーくわかる」

てゐ「高飛車で偉そうで思わせぶりな素振りしてる奴を……”一発引っかけたくなる”その気持ち」

薬売り「…………」


 しかし薬売りにとっては、その長所は壁でしかなかった。
 妖兎のやけに鋭い「察し」の前に、薬売りの企みは、明らかに発覚していたのである。


(――――だったのかも知れません……ねぇ?)


 そう……先刻、薬売りは確かに、玉兎を”ハメ”たのだ。
 言葉巧みに理を聞き出した挙句、果てにその理が、不要とわかるや否や――――まるで、紙屑を屑籠に入れるように。
 

てゐ「おあつらえ向きじゃない。残り物には福があるってね」

てゐ「てなわけで……続きしよっか。ちんどん屋」

薬売り「続き……?」


 同じ兎がそんな目にあわされたとあらば、ただでさえ臆病な兎の猜疑心を揺り起こすのは必須。
 そしてそんな悪行をしでかした薬売りの人となりは、こうしてすでに発覚し終えている。
 しかも不幸な事に――――よりにもよって”最後に残した一羽に”である。


てゐ「ほら、余計なチャチャ入って中断してた……」



てゐ「――――【弾幕勝負】の続きをよ」



薬売り「…………」


 薬売りは、妖兎の問いかけに応ずることなく、そっと瞼を閉じた。
 それは心を落ち着けんが為。
 強いては妖兎の嘲りに、心乱され隙を見せぬ為である。



てゐ「ゲロさせてみなさいよ。ほら――――”うどんげの時みたいに”さ」



 薬売りにとってはまさに、ここが正念場であった。
 モノノ怪へ至る各々の理。その最後の一つが、こうして明らかなる対峙の姿勢を見せている。
 さもあらば、この妖兎を攻略せぬ限り、モノノ怪へと辿り着けぬが同義である。


https://i.imgur.com/wBeFKtu.jpg


 避けて通るはもはや不可能なこの状況――――
 仮に如何なる不足があろうとて。
 よもや、しくじる事など、許されるはずがなかったのだ。



【夜明けの番人】




387以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 22:59:24.64cTjbZ6OQ0 (11/14)



てゐ「何よ、何今更ビビってんのよ」

てゐ「あんときゃノリノリで刀突き立てて来たじゃない――――”あたしをモノノ怪と思って”さ」


 薬売りは、しばしの間押し黙った。
 口を閉じ、眼を閉じ、座を保ったまま、妖兎の煽りに堪えておった。

 まぁ……迷っておったのだろうな。
 「この圧倒的に不利な状況を、以下にして乗り切らんか」。
 まさに難題を突き付けられた、貴公子さながらである。


てゐ「何を迷う? 単純な話じゃない」

てゐ「あたしとの弾幕勝負に勝てたら、全部吐いてあげるつってんの」


 しきりに弾幕勝負にこだわる妖兎の姿勢。
 薬売りにとっては慣れぬ文化であろうが、この幻想郷ではこれが当たり前なのだ。

 弾幕勝負――――弾幕で決着をつけ、弾幕で持って白黒をハッキリさせる、弱肉強食の如き絶対の掟。
 妖らしい、実に野蛮な掟である。だが必要な掟であるのもこれまた事実。



てゐ「でも、万が一あんたが負けたら…………」


てゐ「負けたら……負けようものならば…………」



 此度の対峙も、まさにその範疇であろう。
 弾幕至上主義の幻想郷の理。
 それはこの地に足を踏み入れた以上、何者であろうと、一切の関係がないのである。



てゐ「…………ごめん、あたしが勝ったらどうするか、そこ考えてなかったわ」



【度忘れ】



388以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 23:11:05.67cTjbZ6OQ0 (12/14)



薬売り「…………」

てゐ「ごめんごめん、ごめんって! そうよね、これじゃあ決闘が成立しないわよね!」

てゐ「だからぁ~…………えっとぉ…………」

薬売り「…………」


 そしてその掟は、以下の契りで終結する。
 「――――弾幕勝負は、勝者が敗者のスペルカードを奪い取る事ができる」。
 もう一度言うが、これは幻想郷そのものの理である。
 よって、妖兎の提案は至極真っ当。妖兎はあくまで、この世の理に従っただけにすぎない。



【幻想郷――――之・理】



 故に、薬売りに拒否する権利などあるはずがなかったのだ。
 如何に不利であろうと、受け入れる以外に術はなかった。



てゐ「――――わかった! じゃあ、こうしましょ!」



 その結果が、齎した物は――――



https://i.imgur.com/meOQIXg.jpg



てゐ「あたしが勝ったら――――”退魔の剣を貰う”」


てゐ「どう? これで対等な条件じゃない?」


薬売り(こいつ…………)



 薬売りの勝機を、さらに狭めた。



【籠の中の鳥】





389以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 23:21:38.86cTjbZ6OQ0 (13/14)



てゐ「そりゃそーでしょ。あんたの持ち物でスペカに相当する物って、ソレしかないじゃない」

てゐ「モノノ怪を斬る事ができる唯一の剣……だっけ? 唯一無比の価値だからこそ、勝ちの証に相応しい」

てゐ「違う?」


 妖兎の謀りは留まる事を知らず、確実に薬売りを追いつめつつあった。
 一見すると平等な賭けの提案であるが、当然その腹に平等の二文字などありはしない。

 地の不利。弾幕の不利。理の不利。能力の不利――――
 あらゆる状況が、すべからく妖兎の味方をしている事実。
 「妖兎の提案が、確かな勝算に基づいている」。
 如何に夜更けであろうとも、そんな露骨な打算に気づかぬ程、未だ薬売りは呆けていなかったのだ。


薬売り「一つ、お聞きしたい……」

てゐ「あ? 何よ」

薬売り「この退魔の剣を指定すると言う事は……万一あっしが負ければ、もはやあっしにモノノ怪に対抗する術がなくなると同義」

薬売り「そして、術がなくなる事で……”得をするのは一体誰か”」

てゐ「まどっろこしいなぁ。一体何が言いたいわけ?」

薬売り「貴方はやはり、モノノ怪の正体に気づいている……そして”全てを知った上でモノノ怪を庇おう”としている」

薬売り「あっしに斬らせない為に……退魔の剣を奪い、モノノ怪すらも永遠の一部にする為に」


 うむ……身共も薄々感じていたが、やはり薬売りもその結論に達したか。
 これまでの妖兎の態度から察するに、妖兎も”モノノ怪側”であったと断じざるを得ないのだ。
 それが如何様な理か、推し量る術はない。
 しかしやはり、妖兎の今迄の軌跡を振り返るに……”モノノ怪に組していたから”と考えれば、全ての合点が通ってしまう。

 
てゐ「何……探り入れてんの?」

薬売り「いえ、滅相もない……しかしそう感ずる程に、貴方の行動は不振に塗れていたのもまた事実」

薬売り「差し支えなければ……理に触れぬ範囲で結構ですので、お教え願えませんか?」

薬売り「貴方の行動が……”一体何に沿った行動であったのか”を」


 それは、今の薬売りにできる、精一杯の足掻きであった。
 かつて数多の「真と理」を白日に晒してきた薬売りが、今や懇願する事でしか知る術がないのだ。
 こうなれば、よもや……妖兎が上手い事、口を滑らす事を願うばかりである。


――――しかし




てゐ「ちんどん屋さぁ……”シュレディンガーの猫”って知ってる?」


薬売り「猫……?」



 かのようなか細い稀など、往々にして起こるはずもなく――――
 妖兎の口から、またも新たな謎が生まれたのだ。



【理論】


390以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/25(土) 23:22:13.71cTjbZ6OQ0 (14/14)

夜中また来る


391以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 02:21:18.77N+y5bzEE0 (1/9)



てゐ「あのね、とある猫を箱の中に入れて、一緒に50%の確率で毒になる餌を入れたのね」

てゐ「その状態で丸一日くらいほったらかしにしました。さて、では箱の中の猫は生きてるでしょうか、死んでいるでしょうか……って奴なんだけど」

てゐ「聞いたことない?」


 妖兎は薬売りの問いかけに、問いで返すと言う手段を取った。
 しかもその問は何ら関係のない問い。話題逸らしもいい所である。
 ううむ、やはりそこは謀り上手な妖兎。そう簡単に、尻尾は掴ませてくれないか……


https://i.imgur.com/jCqGQe1.jpg


 ……で、結局その「すれてんがーの猫」とやらは生きているのか? 死んでいるのか?


薬売り「……その時の状況によりますな」

てゐ「お、なんか新解釈」


薬売り「50%の確率で毒になるならば、運がよければ毒にならずにすむ可能性もある」

薬売り「それ以前にそもそも猫は腹をすかしておらず、一日程度なら餌を口につけないかもしれない」

薬売り「それにその箱の中に入れたと言う状況……その箱がどのような箱だったのかで話は変わる」

てゐ「おお、なんかドンドン深い話に」


薬売り「箱の中は快適な小屋だったのか、はたまた粗雑なただの物入れだったのか……」

薬売り「そして猫は、飼い猫だったのか野良猫だったのか」

薬売り「言い換えれば、”飼い主”に入れられたのか、”見知らぬ人間”に入れられたのか」

てゐ「ははーん、なるほどなるほど……」


薬売り「猫は箱に入れられる事をどう感じていたのか。それによって、結果は随分と左右されましょう」

てゐ「で……つまり?」



薬売り「――――”開けてみるまでわからない”。これが答えとなりましょう」


 な……なんだその答えは!  
 「開けてみるまでわからない」って……そんなもの、誰だってそう答えるわ!
 新たな頓知だと思い少し考えてしまったではないか……ったく。
 妖兎も妖兎だ。素直に話を逸らせばよかろうに、よりにもよってこんな思わせぶりな台詞を吐くなどと……


てゐ「あー、結局そうなるわけ……」



 ……ん? 思わせぶり?




392以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 02:35:00.34N+y5bzEE0 (2/9)



てゐ「これはね、実はちゃんとした答えがあって」

てゐ「開けてみるまでわからないってのは正しいんだけど……この問に関して”だけ”で言えば、残念ながらハズレなのね」

薬売り「して……その心は」


てゐ「正解は――――生きてもいるし、死んでもいる状態」


てゐ「つまり、”生死が同時に起こっている状態”が答え……ってわけ」


薬売り「……えっ」


 ……はぁ? こやつは一体何を言っているのだ。
 生死が同時に起こるだと? おいおいバカを言うな。
 毒を食らわば猫は死ぬし、食わねば無事生き残る。
 答えがどちらかこそ開けてみるまでわからぬが、結果はどちらか”片方しかない”のは明白ではないか。


薬売り「受け売り……ですか?」

てゐ「鋭いわねちんどん屋。そーよ、これはお師匠様から聞いた、ただの丸暗記」

てゐ「”りょーしがくりきろんに基づくしそー実験”って奴らしいわ。正直、あたしもちんぷんかんぷんなんだけどね」

薬売り「それがモノノ怪と……何の関係が……」

てゐ「その話は、いつぞや、うどんげといた時に聞いた話だった」

てゐ「うどんげはわかったフリしてウンウンうなづいてたけど、その実全然わかっていなかった」

てゐ「だからちょっと突っ込まれたらアッと言う間にボロを出して……って、そこは関係ないわね」


 ぬぬ……これが月の英知の片鱗か……
 何が何やらさっぱりわからぬが、永琳直々の教授ならば、それは確かなる一つの論理なのだろう。
 むぅ……修験ではなく、学者にでもなるべきだったかのぅ。
 さすれば今頃、身共も賢者と讃え呼ばれておったやもしれぬのに。


てゐ「でも……あたしは何となく、こう……理屈じゃなく、感覚でわかった」

てゐ「なんとかかんとか論とか、小難しい事は一切わかんないけど……でも”確率”の事を言ってるんだってのは、すぐに理解できたの」

薬売り「確率……?」


【学論】


てゐ「こう見えて、昔から”確率計算”だけは得意でね。ま、使う機会のない特技なんだけど」

てゐ「でもその分、何かに例える事が出来る」

薬売り「差し支えなければ……お教え願えませんか」

てゐ「そうね……あんたっぽく言うと……」



【――――確率之・理】



てゐ「と、言った所かしら」




393以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 02:48:21.81N+y5bzEE0 (3/9)



てゐ「確率は、不確かなようでとある理に沿って動いている」

てゐ「そしてその理は、人には決して理解できない理」

てゐ「理解できないけど、確かに存在する理。全てが異なる独自の理」

てゐ「なのにその理は、時として現実世界に影響を及ぼす」

薬売り「それは……」

てゐ「これって……あんたの言う”モノノ怪と同じ”じゃない?」


 まったく、何を小難しい事を言い出すのだと思ったが……「理解できずとも問題ない」とわかれば一安心だ。
 すれてんがーの猫とやらは、要は例え話。
 確率が持つ独自の法則が、モノノ怪の生態と酷似すると、妖兎はそう言いたかっただけに過ぎないのだ。
 

てゐ「お師匠様は、この確率が起こす矛盾を、こういう風におっしゃったわ」


てゐ「――――”確率は観測される事で初めて一つに集約される”」


薬売り(観測……)

てゐ「これがその、りょーしなんとか論の結論らしいわ……まぁ、そっちはさっぱりわかんないけど」


【理屈】


てゐ「でも……最初にその剣の抜き方を聞いた時、あたしはピーンと閃いた」

てゐ「退魔の剣が【形と真と理】を必要とするのは――――このシュレディンガーの猫と同じなんだって」


 しかしながらその例えは、実に興味を引く話であった。
 箱の中の猫云々は存ぜぬが、確率の話ならば身共もわかる。
 要は、「丁半博打」の事を言っているのだろう?
 ふふ、懐かしいのぅ……身共も若かりし頃、夜な夜な街に繰り出しては博打に明け暮れたものよ。


てゐ「退魔の剣を抜く事は、猫の入った箱を開けるのと同じ事……見えない世界にいるモノノ怪を、観測することで一つの結果に表す事と同じ」

てゐ「だから斬る事ができる……いや、”斬ると表現”する事ができる」


 そういえば、この薬売りは博打を嗜むのかのう。
 なさそうだな……なんとなくこいつは、そう言った運否天賦とは無縁な気がするよの。
 ま、元々が薬売りである故な。こやつは理に沿ってのみ動く「お堅い」人種と言えよう。

 だからこそ、疑問に思うはずだ。
 薬売りが持つ退魔の剣。と、その所以。
 何故に剣は、形と真と理を求め、何故にモノノ怪を斬る事ができるのか。


 
薬売り「この剣が……観測を……?」


 ひょっとしたら、妖兎の説は図星だったのかもしれん。
 今だからこそ言うが、身共もほとほと不思議に思っていたのでな……
 あんな摩訶不思議な刀、一体どこで手に入れたのやら――――そして如何様にして、抜き方を知ったのか。


https://i.imgur.com/8aBMcb2.jpg




394以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 03:03:58.61N+y5bzEE0 (4/9)



てゐ「あんたの言う通り、結果は開けてみるまでわからない」

てゐ「でも言い換えれば、開けてみるまで”確率は無数に存在している事になる”」

てゐ「だから、生きてもいるし、死んでもいる状態……そんな矛盾が、確率の世界では往々にして起こる」


【確率解釈】


てゐ「その剣は、そんな矛盾を紐解くことができる。矛盾を観測することで、一つの事象に表す事ができる」

薬売り「この剣が…………確率を…………?」

てゐ「だから、退魔の”見”。もしかしたらそれ……刃はついてなかったりして?」

薬売り「…………」


 ひょっとして……知らなかったのか?
 おいおい頼むぞ薬売り。自分の得物を昨日今日会ったばかりの兎に看破されたとあっては、今迄斬られたモノノ怪達が化けて出よるわ。

 妖兎の仮説は、今の所筋が通っておる。
 というか、たった一晩でよくぞまぁ……そこまで推察できた物よ。
 身共も全てを知るわけではないがの。
 身共の知る範囲の中では、今の所妖兎の説は、見事なまでに的中しておるのだ。


てゐ「その剣に顏みたいなのついてんのも、ひょっとしたらそういう事なのかもね」

薬売り「考えた事も……ありませんでしたね」

てゐ「アホ、薬売りなんだから自分の商売道具くらい知っときなさいよ」

薬売り「肝に銘じて……おきましょう……」

てゐ「まっ、でも――――”剣がなくても薬は売れる”わよね?」

薬売り(くっ…………)


 妖兎が剣を引き合いに出したのは、やはり謀りの範疇であった。
 得意な確率論とやらで結論を導き出し、その果てに「剣の取得が絶対条件である」と結論付けたのだ。
 そうなれば、いよいよ持って窮地である。
 かつて数多の真と理を紐解いてきた薬売りが、よもや……
 ”自分が解き明かされる側になろうとは”、一体誰が想像できたであろう。 






395以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 03:45:11.08N+y5bzEE0 (5/9)



てゐ「わかる? 今のあんたから見たあたしは――――”モノノ怪でありモノノ怪でない”」

てゐ「仮にあたしがモノノ怪なら……退魔の剣を奪う事は、あんたから身を守る事と同じ」

てゐ「逆にあたしがモノノ怪じゃなかったなら……あたしはその剣を手にする事で、モノノ怪から自力で身を守る事ができる」


薬売り(その所以は……おそらく……)


てゐ「何故ならば、モノノ怪の理に最も近いのはこのあたし」

てゐ「どちらの確率も観測できるのは、最後に残ったこの因幡てゐしかいない」



【丁半】



てゐ「その剣を抜くのは――――あたしこそが相応しい!」



薬売り(自らの手で退魔の剣を抜こうと言うのか――――!)



 この妖兎……小さき成りで、とんだ食わせ物であった。
 かのような童さながらの姿から、如何様な怪奇極まる論理が飛びでよう等と、一体誰が予見できたであろうか。
 薬売りがしくじる姿を見るのは愉快ではあるがな。
 しかし、事はあまりにも……本当に、後一歩の所なのに。


https://i.imgur.com/dWuqAgV.jpg




396以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 04:36:25.02N+y5bzEE0 (6/9)



てゐ「まさにシュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの兎?」

てゐ「箱の 中の 兎は いついつでやる――――ってか?」


 他の者にかまけ、不振とわかりつつ放置してしまったせいか。
 月の話に魅せられ、地上の兎に目を向けなかったせいか。
 薬売りは妖兎の煽り言葉を前に、実しやかに噛み締めておった――――この妖兎は”最後に回すべきではなかった”。

 タガの外れた妖兎は、もはや誰にも止める事が出来ぬ。
 何故ならば、妖兎を諫める唯一の存在……”八意永琳”。
 彼女はもう、とおの昔にいなくなってしまったのだから。


てゐ「――――さぁてちんどん屋ァ! おしゃべりタイムはもう終わり!」

てゐ「あたしってば、決闘の前にベラベラおしゃべりすんの、あんま好きくないのよね!」


 あわよくばを狙った薬売りの儚い企みは、こうして露も残らず消え失せた。
 これから決闘をする者同士、交わすべきは言葉でないのは明白である。

 ベラリ――――次の瞬間、妖兎は意気揚々と一枚の札を取り出した。
 その札こそが、この幻想郷に置ける決闘の合図。
 その名も「すぺるかうど」。
 妖兎の持つこの特有の符が、もはや待てぬと言わんばかりに今、薬売りの眼前に突き付けられていたのだ。


https://i.imgur.com/Q8ttjXJ.jpg




397以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 04:44:14.28N+y5bzEE0 (7/9)



てゐ「【カード宣言】――――これからあたしは、この符であんたに弾幕を仕掛ける!」


てゐ「――――一つ! 妖怪が異変を起こし易くする為!」


てゐ「――――一つ! 人間が異変を解決し易くする為!」


 妖兎が数える掟は、薬売りに対する秒読みと同義であった。
 この秒読みが始まってしまえば、もう誰にも止める事はできない。
 再三に渡って繰り返すが、これはあくまで幻想郷そのものの理。
 よって始めると宣言した以上、勝敗を決することでしか、もはや逃れる道理はないのだ。



てゐ「――――一つ! 完全な実力主義を否定する為!」


薬売り「致し方…………ありませぬな…………」



 薬売りはポツリと諦めの言葉を吐いた後、懐に入れた退魔の剣に、そっと手を伸ばした。
 それは弾幕勝負に乗る事の表れ。
 妖兎が声高らかに告げる最後の理念が伝え終われば、次の瞬間、あの無数に飛び交う「弾幕」が、薬売り目がけて一斉に飛び込んで来るのである。

 それらを空手で捌ききれるはずもなく、薬売りもまた、弾幕で対応するしかなかった。
 札か、天秤か、はたまたイチかバチか――――”退魔の剣が抜ける事”に賭けるのか。
 如何様に対処するのかは、これから薬売り自身が決める事である。



てゐ「――――一つ! 美しさと思念に勝る物は無し!」


薬売り(くる…………!)



【来光】



398以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 04:47:27.85N+y5bzEE0 (8/9)



――――幻想郷に置ける弾幕を用いた決闘法。通称「弾幕ごっこ」
 至る所で当たり前のように起きるこの決闘法であるが、此度の決闘は、ちと特殊であった。
 それは、対峙する片方が”幻想郷の住人ではない”と言う事。
 郷に入っては郷に従えと言わんばかりに、半ば強引に決闘へと引きずり込まれた、哀れな一人の対峙者である。



てゐ「さあ――――行くわよ!」



薬売り「…………!」



 そんな事情など知った事かと、幻想郷は、掟を容赦なく新参者に押し付けた。
 妖兎・てゐ――――この者の宣言によって、夜更けの晩に、一つの決闘が幕を開いたのだ。




(――――)




 そして決闘は、幕を開くと同時に――――




(………………えっ)





https://i.imgur.com/1Tif662.jpg






薬売り「――――参りました」





(ええええええええ~~~~~~~~ッ!?)




――――無事、閉幕を迎えた。



【投了】




399以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 04:47:58.08N+y5bzEE0 (9/9)

本日は此処迄


400以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 20:17:34.716gW1A0FH0 (1/1)

う、うぉ~・・・続きが気になり過ぎる。


401以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/26(日) 20:44:49.42BAqaw/Flo (1/1)

退魔の剣渡しちゃってどうすんだろう?


402以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/27(月) 17:18:34.72AypDDfNJO (1/1)

復帰早々飛ばしてきたな


403以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 00:50:14.44ZInpvyTS0 (1/15)



てゐ「え、ちょ…………ええっ!?」

薬売り「いやぁ……さすが姉弟子様です。八意永琳の弟子だけあって、実に聡明で……」

てゐ「いやいや……」

薬売り「”お手上げ”ですよ、完全に……何をどうしたって、あっしに勝機など見当たりませぬ」


 ……阿呆かこいつはァァァァ! ぬぁ~にを潔く負けを認めておるのだ!
 しかもしかも、健闘の末に惜しくも及ばずならまだしも……やる前から諦めるとは一体どういう領分なのだぁッ!
 その宣言が何を意味するかわからぬはずはない……はずなのに……
 と言うかそれ以前に、男としてどうなのだ! そこはッ!


薬売り「だって……そうでございやしょう? 仮にあっしがその、弾幕勝負とやらに応じたとして」

薬売り「対面ならまだしも……”多勢に無勢”とあらば、どうして勝利を収める事が出来ましょうか」


 ぐう……なんと言う腰抜け……
 見苦しい言い訳にしか聞こえないが、まぁ……一応薬売りは薬売りなりの理由があるらしいので、一応聞いといてやろう。

 ウオッホン! では気を取り直して……
 薬売りは此度の決闘を「多勢に無勢」と言った。
 決闘なのに多勢とはこれ如何にと言った話であるが、要は、薬売りはちゃぁんと記憶しておったと言う事よ。


てゐ「……かぁ~、なんだぁ、バレてたんだぁ」

薬売り「ええ、そりゃ、もう……」


 降参した分際で爽やかな笑顔を見せる薬売りに、若干の怒りを今日この頃である。
 が、妖兎本人が認めるように、やはりそれは列記とした罠だったのだ。

――――パチン。薬売りの降参を合図に、妖兎が軽く指を鳴らした。
 そしてさらに、その音を合図に姿を露にする「妖兎の罠」。
 その正体は、その正体こそが――――妖兎の使役する、”兎の群れ”だったのである。


https://i.imgur.com/m165g5n.jpg




404以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 00:55:47.74ZInpvyTS0 (2/15)



薬売り「やっぱりね」

てゐ「みんな、もう解散しておっけーよ。なんとこいつ、”始まる前に降参”しやがったわ」


 「解散」。妖兎の言葉を皮切りに、兎は兎らしく、可愛げに跳ねながら散っていった。
 その帰り際は、なんとなしに「肩透かし」的な哀愁を感じなくもない。
 まるで待ちぼうけを食らった妾のようである。
 でもまぁ、これでよかったのかもしれん……いかに行け好かぬ薬売りとて、知人が獣の供物となりて食われる姿など、見とうなかったのでな。


薬売り「いやはや、危ない所でした……あともう少しで、全身を齧り切られる所でしたよ」

てゐ「いや、別にそこまでするつもりはなかったんだけど……」


 妖兎の指示に忠実に従うこの兎共は、言わば妖兎直属の配下。
 玉兎とは違い、この妖兎は単身でありながら無数の分身を所持していたのだ。
 こうなればある意味、最初に因縁をつけられたのは「不幸中の幸い」だったと言うべきか……
 妖兎が【兎を操る力】を持つなど、あらかじめ見ておかねば、きっと気づけぬままであったろうて。


薬売り「あの時、あっしの札を竹毎齧り切った、凶暴な兎達……しかし兎とは、元来臆病な生き物」

薬売り「臆病なはずの兎が、何故にあの時に限りあれほど興奮していたのか……答えは実に簡単だ」

薬売り「誰かがそう指示したからです。あの時最も興奮していた”長”からね」



(――――このうさんくさいちんどん屋を全員で取り囲め~~~!)



 玉兎が乱す力を持つように、妖兎は兎を操る力があった。
 普段は雑用作業の延長線でしかない能力であるが、それ故に”いくらでも応用が利く”。
 これこそが月にはない力。
 当人の使い方次第で、如何様に便宜を図れる【地上の力】。


薬売り「こんな有効な手段、この場で使わぬ道理はなし」

薬売り「足を引っ張るもよし、盾になるもよし……従える兎の数だけ、いくらでも介入できる」

てゐ「だぁ~~~~もうわかった! そうです、そのとーりです!」

てゐ「インチキしようとしてましたごめんなさい! どお!? これで満足!?」


 妖兎の白状が、崇高な決闘を一個人の謀りへと変えた。
 あれほど掟だなんだと煽っていたにも拘らず、その実「虎視眈々」を狙う腹積もりは、逆に関心すら覚えると言う物よ。

 しかし問題は……こいつ。
 何やら意気揚々と妖兎の企みを暴いておるが、やってる事はただの腑抜けである。


てゐ「でもさぁ……ドヤってる所悪いけど、あんた、ほんとにわかってる?」

てゐ「スペルカードルール下において、降参を宣言する事がどういう事か……知らなかったは通用しないわよ」

薬売り「ええ、重々承知ですとも」


 そう。如何様な謀りがあり、いくらそれを見抜いたとて……薬売りが取った手段は、結局「諦め」でしかないのだ。
 弾幕勝負に待ったはない。それは我らの決闘とて同じ。
 「参った」――――この言葉を吐いた瞬間、薬売りの敗北は決定してしまったのである。



【決着】




405以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 01:06:00.55ZInpvyTS0 (3/15)



てゐ「じゃあ……ええと……こんなケースはあたしも初めてなんだけど」

てゐ「一応まぁ、放棄試合と言う事で……勝者は敗者のスペルカード、またはそれに準ずるものを……」

薬売り「もう、置きましたよ」

てゐ「――――準備よすぎィ!」


 勝利の証はすでに、妖兎の足元に置かれてあった。
 勝利の栄光を称えるかのように、キラリと光るは「退魔の剣」。
 これは理と引き換えに提示された、紛れもなき勝者の証明である。


てゐ「そ、その手には乗らないわよ……」

薬売り「何の、手ですか?」


 そして薬売りのあまりの手回しの良さを前に、妖兎に不信感が湧き出る事もまた、至極道理。
 よって妖兎は、小さくもハッキリと零した――――「こんなうさんくさい奴が素直になるはずがない」
 そうなるのも当然だ。なにせ、他でもない自分がそうなのだから。


てゐ「……実はすでに剣には兎取りが仕掛けて合って」

薬売り「ありませんよ。寸尺的に無理でしょう」

てゐ「……とった瞬間この頭がガブッと噛みついてくるとか」

薬売り「しませんよ……できるならとっくの昔にやっています」

てゐ「ハッ――――わかったわ! この先っちょに薄いワイヤーみたいなのが括りつけてあってそれがあんたの指と(ry

薬売り「やれやれ……疑り深い方だ」


薬売り「そこまで言うなら――――これならどうです?」


てゐ(はう――――!)


 そう言うと薬売りは、両の手を大きく上へ掲げた後、肘を折り曲げ、掌を頭の後ろへ追いやった。
 まるで岡っ引に捕えられたコソ泥のような、実に哀れな姿勢である。
 そんな情けないにも程がある姿を、何故だか自信満々に。
 しかも「してやってる」と言わんばかりに、妖兎の眼前に恩着せがましく見せつけたのだ。


https://i.imgur.com/AzhVk8d.jpg


薬売り「必要とあらば目を瞑りましょう。それでも不安ならば頭を垂れましょう」

薬売り「そこまでしてもまだ不信感が拭えぬのなら……拭えるまで、トコトン付き合いましょう」


薬売り「――――”夜が明けるまで”、ね」


てゐ「う……」


 妖兎は困った。実に困った。
 妖兎の脳裏には、未だかつてどこにも存在しなかったのだ。
 謀った相手が怒り狂う様は幾度も見て来たものの――――自らの「負けを強く主張する者」など、いくら遡ろうと、どこにも。


薬売り「どうしました……勝利を手に取らないのですか?」

てゐ「く、くっそ~……」

 
 怪しすぎるのは重々承知。が、それでも妖兎は手に取らねばならぬ理由があった。
 否。それはもはや「義務」とすら言えよう。
 何故ならば……見慣れぬ掟にも関わらず、薬売りはちゃ~んと従ったのだ。

 それは、名付けるならば――――「敗者の掟」。
 さもあれば、今度は勝者が勝利を手にする事も、これまた”掟”の範疇であったのだ。


【責務】



406以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 01:11:10.59ZInpvyTS0 (4/15)



てゐ「と、取るわよ……?」

薬売り「どうぞ」

てゐ「ほ、ほんとに取るわよ……?」

薬売り「そのように」


 今までの強気な態度はどこへやら。
 退魔の剣を取らんと伸ばすその手は、臆病と呼ばれる兎そのままに、ぷるぷると震えておったのだ。

 その様はさながら、ヘビに睨まれたカエル……もとい、剣に睨まれた兎。
 それは剣が顔貌の如き形を持つ故か。
 妖兎からすれば、剣が新たな主人となる自分を、じっと睨んでいるようにも見えたのであろう。



退魔の剣「 」


てゐ「お…………」


薬売り「はやくしてもらえませんかね……手が痺れて参りました」


てゐ「う、うっせ! 急かすんじゃないわよ……」


 震えつつも少しずつ近づいていた妖兎の手が、寸前でピタリと止まった。
 薬売りが掟を遵守した以上、今度は自分が守らねばならぬ。
 そんな事は重々承知の上である……が、そんな妖兎の葛藤は、身共もよ~く理解できようぞ。

 「――――最高に胡散臭い」
 身共が妖兎なら、やはりその言葉を吐くであろうな。
 退魔の剣の風貌も去ることながら、この”自身に都合の良すぎる展開”は……
 兎の臆病な性を、そりゃあもぉ~激しく刺激したのだ。




407以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 01:26:43.78ZInpvyTS0 (5/15)



てゐ「う…………」


てゐ「ぐ…………」



薬売り「…………」



てゐ「…………んぉ~~~~~~~~~ッ!」



 それでも妖兎は、ついに意を決し――――退魔の剣へと手を伸ばした。
 


薬売り「おおっ」



 瞬間――――ぬめりとした感触が、妖兎の掌に駆け巡った。



てゐ「…………」


 そのぬめりは、手汗の感触であった。
 自身でも気づかぬうちにかいた大量の汗が、当たり前のように感ずる触感すらも滲ませたのだ。

 手汗が齎す滲んだ感触。
 しかしそれは勝利の実感に同義。
 その感触が掌に、しかと伝わる程に――――妖兎の手が今、確かなる勝利を掴んでいたのであった。



てゐ「と……とったどー……」


薬売り「おめでとう……ございます……」



 この瞬間、妖兎は掟に基づき、晴れて勝者となった。
 過程こそ意外であったものの、それでも勝ちは勝ち。
 小さき掌に伝わる剣の感触は、紛れもなく勝者の感触と言えよう。



てゐ「……一つ、言っていい?」


薬売り「どうぞ」



 得てして、妖兎の勝利は。もはや何人たりとも覆せぬ確かな”真”となった。
 そんな勝利の実感に、思う所がないはずもなく……
 妖兎は己が心中を抑えきれず、思うがままに、声高らかに吠えたのだ。





てゐ(うれしくねぇ――――!)




 その心中は――――「やっぱり勝った気がしない」。
 そんな思いで、満たされていたのだった。



【確立】


408以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 01:34:27.65ZInpvyTS0 (6/15)



てゐ「ほんと、初めてよ……こんなに複雑な気分の勝ちは」

薬売り「いいじゃないですか……如何様な過程であろうと、それでも勝ちは勝ち」

薬売り「あっしが降参せざるを得ない程、貴方は狡」


【訂正】


薬売り「強かった」

てゐ「何噛んでんのよ」


 勝者への賛辞が、どこか棘がある風に聞こえるのは気のせいか。
 いまいち気乗りしない様子の妖兎に、薬売りはこれまた微妙な祝福を投げかけた。
 まぁ、確かに実感はないだろうな……何せ、何もしていないのだ。
 妖兎は妖兎なりに練ったであろう謀りの数々。これらがある種、「全部無駄になった」とも言えるのだから。
 

薬売り「まぁ、そう思っていれば……いいんじゃないですかね」

てゐ「ふん、あんたの下手な世辞なんてどうでもいいわよ」

てゐ「そんな事より、これ……よく見ると、中々かわいいじゃない」


 薬売りの世辞こそ響かぬままであったが、それでも妖兎は、徐々に機嫌を取り戻しつつあった。
 その所以はやはり、その手に掴んだ退魔の剣。
 モノノ怪を斬ると言う唯一無比の価値とは別に、「個人的に好ましい形」が、いつの間にか妖兎の心をがっちりと掴んでいたのである。


てゐ「ふむふむなるほど……刀っつーより、脇差? に近いわね」

薬売り「まぁ、懐に収めれるくらいですからね」

てゐ「それに……軽い。これならあたしでも、十分取り廻せそう」

薬売り「特に貴方様は、背丈が小さいですからね……」


 剣と呼ぶには少し短い寸尺は、薬売りの言う通り、妖兎の背丈にピッタリであった。 
 「よっほっは」と取り廻す姿も、妖兎の小ささが相重なり、存外様になっておる。
 ふむ……確かに、ある意味薬売りより妖兎の方が、主に相応しいかもしれぬ。
 それ程までに、退魔の剣と妖兎との「上っ面」の相性は、抜群であったのだ。


てゐ「なんか……なんか、テンションあがってきた!」

薬売り「それはそれは……ようござんした」


 楽し気にじゃれる妖兎に、その様子を冷ややかな目で見守る薬売り。
 妖兎の童に近い姿も手伝い、一見すると、まるで親子かのような実に微笑ましい光景にも見えよう。



【宴】



 しかしながら――――所詮は幻。
 そういう風に見えた所で、無論親子なわけはないし、どころか同じ種族ですらない。
 如何に盛り上がった所で、たかだか偶然なる一期一会。
 故に二人の関係は、どこまで行っても――――”赤の他人”に過ぎなかったのだ。


薬売り「あ・それ。あ・それ」

妖兎「ほぉぉぉぉ……とおッ!」


 そんな事は、当人同士こそが一番よく存じ上げていた。
 故にあえて、流れに身を任せた。
 そう、不意に訪れたこの愉快な一時は――――これから始まる【本当の決戦】への、わずかな余暇にすぎなかったのだから。


https://i.imgur.com/MoSD5GX.jpg



409以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 01:35:24.41ZInpvyTS0 (7/15)

メシくってくる


410以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 02:47:36.80ZInpvyTS0 (8/15)



てゐ「決まった……」

薬売り「大変、様になっておられます」

てゐ「ねね、ところでさ――――この子ってさ! 頭ついてるけど、喋ったりできないの!?」

薬売り「ああ、やはりそこが気になりますか……」


 夜も深まりし寅の刻。
 深淵とも呼ぶべき暗黒の最中にて、何故か宴会さながらの盛り上がりを見せておる酔狂者が、この場に二人だけおった。
 宴はまだまだ宴もたけなわと言わんばかりである。
 しかしながら……楽しみも悲しみも、いつかは終わりを迎えると言う物。
 それは、この闇夜ですら例外ではない。


 夜の中で最も深き刻――――【寅】。
 そう、この刻は最も深きと同時に、”最後の”刻でもあったのだ。


てゐ「もっちろん! だって、この子とおしゃべりできれば、暇な時間を楽しく過ごせるじゃない!」

薬売り「なるほど……そいつぁよかった」


 酉の刻から始まる夜は、またの名を暮六つとも呼ぶ。
 この「暮」とはすなわち夕暮れ。
 日が沈み、空が闇に染まる。その始まりを意味する言葉である。

 してこの日暮れの齎す不鮮明さは、いつしか人々に、とある言葉を吐かせる事となった。
 「誰ぞ彼――――」これが所謂、【黄昏時】の由来である。



てゐ「ってことは~~~~?」

薬売り「ええ……喋りますよ。貴方の期待通り、ね」



 しかしながらこの黄昏時……実は”二つある”のをご存じかな?
 この由来に基づくならば、暁の刻もまた、黄昏時となるのである。
 


てゐ「マジ!? やったぁーーーー!」



 同じ刻を表す言葉が二つある――――言い換えれば、「暮でもあり暁でもある」と言う事。
 しかしながら、二つの刻が入り混じる事など、一度たりともあってはならない。
 よって人々は、いつからかこの二つの黄昏を、”呼び名を変える”事で解決を図り申した。



薬売り「――――貴方が”理を解けば”、ね」


てゐ「…………」



 「彼は誰」時――――またの名を【卯の刻】である。


https://i.imgur.com/IweAE5K.jpg




411以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 02:56:09.55ZInpvyTS0 (9/15)



薬売り「貴方がそうやって、退魔の剣を求め続けた理由……それこそが、貴方の理なんじゃないですか」

てゐ「……ちょっとなに言ってるのかわかんないわね」

薬売り「もう……いいじゃないですか。だって、そうでございやしょう?」

薬売り「周りがモノノ怪に振り回されるその裏で、貴方は虎視眈々と、あっしの剣を狙っていた……」

薬売り「故に周りに何が起ころうと、徹底して知らぬ存ぜぬを突き通した……と、言うより」

薬売り「――――”構っている暇がなかった”」


 薬売りがそう告げた瞬間、あれほどはしゃいでいた妖兎の動きは、ものの見事にピタリと止んでしまった。
 まぁ、気持ちはわかる。気に入りつつあった分、それだけ落胆も強かったのだろうて。
 少し可哀想な気もするがな。
 まぁ……妖兎が如何に可愛がろうと、剣は、あくまで剣にすぎぬと言う事よ。
 

薬売り「退魔の剣を抜くには条件がある……形・真・理の三つが揃わなければ剣は抜けぬ」

てゐ「それは知ってるって」

薬売り「ならばあえて、貴方にわかりやすいように言うならば……」

薬売り「――――”箱を開ける鍵”とでも、言いましょうか」

てゐ「……それも知ってる」


 剣とはすなわち、人を斬る為の道具。
 時の剣豪、高名な刀匠、歴史に名を刻んだ武将――――それらの愛用品として価値が付いたのは、あくまで後の話である。
 後に如何なる値打ちが付こうとも、それは持ち主の関せぬ事。
 彼らが剣を手にしていた当時は、剣は、紛れもなく人殺しの為だけにあったのだ。


薬売り「貴方は剣が欲しかったのではない……自らの手で斬りたかったのです」

薬売り「貴方には、そうせねばならない理由があった……他の者には任せられない”理”があった」


 それは退魔の剣も例外ではない。
 退魔の剣が存在する理由。それもまた、モノノ怪を斬る為”だけ”に存在するのだ。
 よって退魔の剣は、嗜好品として愛でるには少々荷が重すぎた。
 当然だ――――”モノノ怪はまだそこにいる”のだから。


薬売り「もうそろそろ、話して頂けませんかね……」

てゐ「…………」

薬売り「いいじゃないですか……どうせ、理を告げねば剣は抜けないのです」

薬売り「剣を抜かねばモノノ怪は斬れない……モノノ怪を斬らねば――――”攫われた者共は帰ってこない”」


 よって妖兎の度重なる不振さは、とある仮説に基づけば、その片鱗を垣間見る事ができた。
 その仮説とはすなわち――――”自らの手で決着をつける事”。


薬売り「仮にモノノ怪が……自分の内から溢れた情念であったとしても」


 何故ならば、この妖兎こそが――――この地を守護する”番人”なのだから。



【兎兵法】




412以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 03:05:04.22ZInpvyTS0 (10/15)



てゐ「なる・ほど……ハナっから、これが目的だったってわけ」

薬売り「滅相もない……兎にまんまと化かされてしまった人間の、最後の悪足掻きですよ」

 ふむ……そうか……あぁ、なるほどのぅ。
 いやにあっさり負けを認めたと思えば、その実はこういう事であったか。
 薬売りが言う「最後の悪足掻き」とは――――すなわち、妖兎が持つ不安の一切を排除する事に合ったのだ。


てゐ「ふん、何とでも言えばいいさ……結局、あんたの目論見通り、”あたしはあんたの前で吐かざるを得なくなった”んだから」


 ただでさえうさんくささ極まる薬売り。
 加えて妖兎は、当初から誰よりも、この薬売りに不振を持っておった。
 一個人の印象もさることながら、この地を守る番人としての嗅覚がそうさせたのだろう。
 よって妖兎が口を閉じる原因が、他でもない自身のせいとあらば――――その他の一切を放棄するしか、術はなかったのだ。


てゐ「じゃああんた、立場的にはただの野次馬って事になっちゃうけど、その辺はおっけーなわけ?」

薬売り「構いませんよ。むしろここまで来たなら、最後まで見届けねば夢見が悪い」

てゐ「なにそれ……ただの好奇心じゃない」

薬売り「そうですね……”貴方と同じ”です」


 退魔の剣を放棄した薬売りが理を知る事は、何ら一切の関係がないただの傍観となる。
 普通なら「見世物ではないぞ」と追い立てたくなる所であるが、しかし妖兎は渋々許可を与えた。
 それは先ほど妖兎が述べた師の受け売り、「確率の観測」とやらに起因する。
 すなわち、二つの可能性の片割れ――――”もしもモノノ怪が自分なら”。


薬売り「言伝があれば……伺いますが」

てゐ「ないわよバカ……”うどんげじゃあるまいし”」


 玉兎と違い、妖兎に後見人は必要なかった。
 後を託すには余りある配下共が、頼まずともどうせ、妖兎の弁を一言一句漏らさず残してくれるのだ。
 よって妖兎が薬売りを残す理由など、どこにもありはしない。

 にも拘らず置いておく、その理由は――――
 ”かつて教わった師の言葉”が脳裏を掠めた。ただのそれだけに過ぎない。
 

てゐ「あんたはただ、見届けるだけでいい……事の一部始終を、その不気味な目つきで」

薬売り「そのように……」


 【――――確率は観測される事で初めて一つに集約される】
 その言葉だけが、薬売りがこの場に御座す事を許したのだ。




413以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 03:11:29.21ZInpvyTS0 (11/15)



てゐ「ま……ぼちぼち潮時かぁ……」

薬売り「そうです……いつまでも、この状況を放置しておくわけにもいきますまい」

てゐ「いや、うん……まぁ、そういう意味じゃないんだけどね」


 妖兎は全てを把握し、意を決したそぶりを見せた。
 しかしその素振りの中に、やはりほんの少しだけ「躊躇い」があったのは否めない。
 よって妖兎は、薬売りに一つ問いを投げかけた。
 答えが欲しかったのではない。ただ少しだけ、背中を押してもらいたかっただけなのだ。


てゐ「図々しいかもだけど……もう一つだけ、教えて貰いたいわ」

薬売り「はい、なんでしょう」

てゐ「全てを言えば……本当に剣は抜けるの?」


 薬売りはその問に二つ返事で答え、その結果、妖兎の戸惑いが少し薄れたように見えた。
 妖兎からすれば一安心と言った所である……が、しかしそこは薬売りと言う男。
 この男の持つ「意地の悪さ」を持ってすれば、この期に及んで無駄な不安を煽る事は、ごく自然な成り行きだったのだ。


薬売り「ま、未だかつておりませぬがね……”あっし以外に剣を抜いた人物など”」

てゐ「……」


 せっかく収まった躊躇いが、また元の木阿弥に戻った。
 「自称・確率計算が得意」な妖兎からすれば、その一言がまたも無数の確率を生む事は想像に難くない。
 余計な事を……と叱責したいのは山々である。
 が、しかしこの場で薬売りを責めるのは、まさに「お門違い」である。

 何故ならば……薬売りはもう、関係ないのだ。
 退魔の剣を持たぬ薬売りは、もはや一介の薬売りにすぎない。
 そんな人物に励ましを貰おうなどと、「図々しいにも程がある」。
 そう言ったのは、他でもない妖兎自身である。




414以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 03:27:14.64ZInpvyTS0 (12/15)




てゐ「ふん……いいわよバカ。そんな事言ったって、剣はあんたに返さないんだから」


 そして妖兎は――――再び黙した。
 妖兎が黙すことで、薬売りは口を開く機会を失い、結果両者に言葉は無くなった。
 夜更けに相応しき静寂が、ようやっと戻ってきた……とも言えなくもない。
 しかしこの期に及んでまだ黙す妖兎の姿は、薬売りには、未だ躊躇っているとしか思えなかったのだ。



薬売り「…………ん?」



 【刻】【刻】【刻】――――延々と続く言葉無き静寂。
 にも関わらず、だ。
 はてさてどういうわけか……妖兎の手にある退魔の剣が、何やらカタカタと震えだしたではないか。



てゐ「あたしってば……うどんげみたく、ベラベラと口が回る方じゃないからね」


てゐ「だから……”実際に見せた方が速い”と思うわけ」



 妖兎が黙した理由。
 その実は、戸惑っていたわけでも尻込みしたわけでもなかったのだ。
 真相は、本当に些細な所作である。
 単に――――「服を脱いでいたから」。



てゐ「これが…………あんたが知りたがってた”あたしの理”」



 妖兎がそう零すや否や、次の瞬間――――ハラリ。
 妖兎の召し物の上半分だけが、器用に体から折れ落ちた。



薬売り「な…………」



 要は……「服を脱ごうとして着崩れた」。
 ただのそれだけに過ぎなかった――――はずなのに。




【御目通り】




薬売り「こ…………れは…………」



 しかしながらそれは……確かに、妖兎の言う通りであった。
 露わになる肌。刻まれし真。滴る理――――
 それらはやはり、あの薬売りですら、寸分違わず同意せざるを得ないほどに……
 ”言葉よりも見た方が速いシロモノ”であったのだ。





(あんまし…………ジロジロ見んなって…………)





https://i.imgur.com/EuOxmAA.jpg



415以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 03:41:53.48ZInpvyTS0 (13/15)



薬売り「なんと…………」

てゐ「はいそこ、引かない引かない……ったく、そうなるからヤだったのよ」

てゐ「グロいのはわかるけどさ。見せろ見せろっつってしつこくせがんできたのは、あんたの方なんだからね」


 妖兎本人が自覚するように……
 その傷は思わず目を背けたくなる程の、実に生々しき”傷”であった。

 そして妖兎は語る。
 曰くこれは――――妖兎がかつて受けた【古傷】であると、妖兎はそう申したのだ。


薬売り「古…………傷…………?」


 しかしその説明は腑に落ちなかった……
 門外漢の身共ですらそう感ずるのだから、その道に詳しい薬売りには一目瞭然であろう。
 そう、傷は――――古傷と呼ぶには、あまりに”新しすぎた”のだ。


てゐ「そう、古傷……これでも随分、マシになった方よ」


 今にも血が滴りそうな、真新しくも深き傷。
 にも拘らず妖兎は、あくまで「古傷」と主張し続け、しかもなおかつ「収まりつつある」と、そう言いのけたのである。

 ならば、これを古傷と呼ぶならば……
 元々の傷は……一体どれほどの……
 うっぷ。すまぬ皆の衆。何やら身共、突然気分が……



416以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 03:52:06.12ZInpvyTS0 (14/15)



てゐ「同情はいらない。その言葉はすでに聞き飽きたから――――」


てゐ「慰めもいらない。自分が惨めになるだけだから――――」


 あいや、失礼した……全く、最後の最後でえらい物を見せられたわい。
 こんないと大きなる傷を抱えて、よくぞまぁ今の今まで過ごせたものよ。
 同情は聞き飽きたとは言うがな……
 そりゃそんな傷を目の当たりにすれば嫌でも見入ってしまうし、むしろ心配せぬ者などどこにもおらぬであろうて。


【刻印】


 しかし――――おかげで傷は、早くも一つの真を解いたな。
 ”何故に妖兎がこの地に辿り着いたか”。
 まず間違いなく、この傷が所以であろう。


薬売り「永遠亭の最初の客人は…………貴方だった?」

てゐ「逆よ薬売り。永遠亭を薬屋に変えたのは、他でもないこのあたし」

てゐ「どうせ帰る気がないのなら、そのまま地上の民になればいい――――”地上の薬売りとして”つってさ」


 やはりと言うか案の定と言うか、妖兎が語る理の片鱗は、いきなり亭の発祥を解いて見せた。
 薬売りすら敬う、名高き【薬師】八意永琳。
 その地位を与えしが、その実一羽の兎の「入れ知恵」だったとあらば……
 同じ薬売りとして、一体奴は何を思うのか。



退魔の剣「~~~~~~~~!」



 そんな、驚きを隠せない薬売りに同調するように、退魔の剣の震えも、人知れず激しく鳴っておった。
 妖兎と薬売りの掛け合いの裏で……退魔の剣の側からも、しかと見えておったのだろう。



(――――かごめ かごめ かごの なかの とりは)


(――――いつ いつ でやる)



 ひょっとしたら……剣も驚いておったのかもしれんな。
 薬売りから見て背。剣から見て銅。
 両側から見えるこの実に痛々しい傷が、妖兎の全身の余す所に点在しておったとあらば……




(いつ いつ でゃる……)




――――まるで瞼のように開く、この傷を。



https://i.imgur.com/CRP7Df0.jpg



417以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 03:52:38.49ZInpvyTS0 (15/15)

本日は此処迄


418以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/28(火) 18:19:15.97B3gG2njDO (1/1)

これてゐがモノノ怪じゃなかったとしたら詰みなんじゃ


419以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 00:47:44.17rqejUdQb0 (1/9)



薬売り「見え透いた仮病をと思っておりましたが……まさか、本当に痛がってたとはね」


 うむ……これほどの大怪我、見ている側も痛々しく感ずるほどだ。
 ならば無論、当人が感じる”痛み”は計り知れないであろう。
 さもあらば、次なる欲求が生まれるは至極道理。
 「この傷を何とかして治したい」――――妖兎はそう、強く願っておったはずだ。


薬売り「だからあっしに頼んだ……永琳が精製し、どこぞに隠した、全ての病を治すと言う【万能薬】の在処」

薬売り「もう一人の兎に……”あらぬ誤解”を抱かせる事も、覚悟の上で」

 
 そして、「全ての邪魔者がいなくなった所で、夜中にこっそり服用しよう」と企てた。
 そこまでは良い。そこまでは合点がいくのだ。

 しかしだとすれば、今度は別の疑問が沸く。
 そもそもな話――――何故に今迄傷は放置されていた?
 わざわざ万能薬になど頼らずとも、すぐそばに世界有数の医者がいたのに。


てゐ「薬なんかに頼らなくても、”お師匠様に頼めばすぐ治してもらえただろ”って、そう言いたいんでしょ」

薬売り「ええ、まぁ……」

てゐ「言われずとも……とっくの昔に診てもらったわよ」

薬売り「診た……だけですか?」


 しかし傷は未だ残る事実。
 よってその答えは、自然と「二つの可能性」が浮かび上がると言う物よ。

 一つは、「永琳が治療を拒否した」可能性。
 妖兎の普段の行いを顧みるに、度重なる悪戯に手を焼いた永琳が、「戒め」として治療を拒否した可能性十分に考えられる。
 

てゐ「シュレディンガーの猫……この傷は、それと同じなの」

薬売り「机上の空論に……現れる矛盾……」


 だが、そうではなかったとしたら……残る可能性はただ一つ。
 これは、実に考え辛いのだが……
 しかし、仮に……「永琳ですら治せなかった」とすれば。


【不治】




420以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 00:59:30.85rqejUdQb0 (2/9)



てゐ「この傷はね――――お師匠様曰く、”傷であって傷でない”の」

てゐ「だから治せないんだって。だって、傷なんてどこにもないんだからって」

薬売り「同時に起こりうる矛盾……まさに、箱の中の猫」


 して永琳は最終的に、実に頓珍漢な診断を下した。
 自身でもおかしいとわかりつつも、そう言うしかなかったのだろう。
 見るからに痛々しい無数の傷々。
 しかしその傷は、永琳だけが持つと言う、月の医学を用いて診れば――――
 はたまたどういうわけか、最終的に「無傷」と言う結果となってしまうのである。


てゐ「精々、簡単な薬草を貰うのが関の山だったわ。塗る奴と飲むタイプの奴」

てゐ「痛くなったら使えっつって。これって、本当の薬じゃないんでしょ?」

薬売り「ただの痛み止めですね……」


 これは先ほどの「すれてんがーの猫」とやらに酷似する。
 二つの事実が同時に内在する様。通常ならありえぬ、机上の空論の中だけに現れる矛盾。
 なはずが、どういうわけか……この妖兎の身にだけ、現実として引き起こされておると言うこの事実。


薬売り「なるほど……だんだんと、見えて来ましたよ」

てゐ「見えてきた……だぁ……?」

薬売り「ええ……今の話からして……貴方に起こった事とは」


薬売り「貴方が罹りし――――病とは」


 まさに妖の仕業と思しき、実に奇怪なる奇病。
 しかしその理は、やはり流石と言うべきか……
 双方を専門に扱う薬売りにだけ、推し量る事ができたのだ。





薬売り「――――【幻肢痛】ですか」





【幻】





421以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 01:17:00.88rqejUdQb0 (3/9)



てゐ「……」

薬売り「どうか、しましたか?」

てゐ「いや、なんつうか……」

てゐ「あんたって、ホントに薬売りだったんだなって言うか……」

薬売り「……?」


 妖兎よ安心しろ。そこらへんは、今まで薬売りと出会った全ての者共が、すでに突っ込み済みよ。
 あの神妙不可思議にして奇怪な見た目からは想像できぬ程に、この真理を鋭く診る眼力は、さすが薬売りを名乗るだけあると言うものよの。

 現に、今この時においても、たったあれだけの説明で見事「真」を言い当てよった。
 それは当の妖兎自身がよぉくわかっているであろう。

 して、今回の薬売りが対面せしめた、この妖兎の身に罹りし真とは――――
 人呼んで――――【幻肢痛】。
 無くしたはずの四肢が、まるで、幻のように痛み出す病の総称であったのだ。


https://i.imgur.com/3opsgFZ.jpg


薬売り「最初から、そう名乗っておりましたが?」

てゐ「あー、うん。そうね、もういいわ」


 そして薬売りは続ける。
 幻肢痛は、所説はあれど未だ解明されぬ、一つの”現象”であると。
 在るのに無い――――故に治せない。
 いみじくもその語りは、かつて永琳が妖兎に下した診断と、すべからく一致していたのであった。



【因幡てゐ――――之・真】




422以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 01:27:17.08rqejUdQb0 (4/9)



てゐ「まぁ、そーゆーわけで……お師匠様ですら匙を投げた謎の奇病が、よりにもよって弟子のあたしに罹っちゃってるってわけ」

薬売り「できる事と言えば、精々痛みを和らげる程度……発病そのものまでは防げない?」

てゐ「そーそー。ま、おかげである意味医学に貢献してると言えるけど」

薬売り「被験者として……ですか?」


 確かに、その病は、病と呼ぶにはあまりにも奇怪すぎた。
 数ある奇病の中でも、その症だけは、如何なる病よりも”非現実的”であったのだ。

 こうなれば、妖兎が例の「すれてんがー」に拘る理由が、なんとなく推し量れた気がするな……
 自らの身に罹った「在るのに無い」病。
 これをなんとか完治せんとする糸口を、妖兎は妖兎なりに探していたのだろうて。


薬売り「幻肢痛……なるほど……しかしそれが原因であるならば、こっちとしては、むしろ”好都合”だ」

てゐ「好都合……だと……?」


――――しかしながら、そんな「悲惨」の一言で表せられる病を前に。
 薬売りはむしろ「よい機会」と言わんばかりに、意気揚々と、独自の診断を述べ始めたのであった。


薬売り「幻肢痛とは……元来、失った四肢に起こる物」

薬売り「失った四肢があたかもそこにあるかのように、痛みだけが幻と現れる奇病」

薬売り「しかし、貴方の場合は……それが”全身に蔓延っている"」


 さすがの薬売りとて、空手のままに真理を解く事は叶わぬ。
 しかしそれは、言い換えるならば――――”ほんの一欠片の手掛さえあれば”。
 
 薬売りからすれば、やはりこの状況は「好都合」と言う他になかった。
 【幻肢痛】。その片鱗を見るや否や、薬売りの脳裏の中に、瞬く間に「妖兎の真」を積み重ねる事ができたのだから。



薬売り「四肢は無事。しかし痛みだけが、全身に”幻”となりて現れる……その所以は」


薬売り「おそらく……貴方が失った部位とは……」


 ま、なんと言うか……ようやっと、らしさを取り戻したな。
 と言うかむしろ、そうこなくてはこちらが困ると言う物よ。
 思い起こせば、薬売りとは、たかだか一期一会の縁であったが……
 身共ですら明かせなかったモノノ怪を、見事暴いたあの眼力。
 それがそんじょそこらの兎に敗れたとあったら、身共の沽券にすら係わってくるのだよ。





薬売り「――――【皮】だ」




てゐ「…………」




 返事がなくともその解答は、十分真に触れておると分かった。
 何故なら――――手放したはずの退魔の剣が、より一層震えを増したのだから。




423以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 01:43:50.30rqejUdQb0 (5/9)



薬売り「まぁ……こんな感じでしょうか」

てゐ「あ……? なにがよ」

薬売り「お節介ながら、少々実演させていただきました……”退魔の剣の抜き方”ですよ」


 カタカタ・カチカチと明らかに増した剣の震えを、直接その手で掴んでいる妖兎が気づかぬはずもなかった。
 そして、増した震えが示す事実は、ただの一つしかない。
 薬売りは確かに――――”妖兎の真を得た”。
 それは言われずとも、当の本人が、誰より深く存じていたはずだ。



薬売り「さて、あっしにできるのはここまでです……これ以上は、もう、何も見えませぬ」


てゐ「…………」


薬売り「”貴方が抜く”んですよ、退魔の剣を」

薬売り「貴方の中にある真を見せる事で――――嘘偽りなき理を、述べる事で」



https://i.imgur.com/9mofc3e.jpg



424以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 01:53:33.49rqejUdQb0 (6/9)



てゐ「…………」


 長かった……実に長かった。
 長きに渡って隠し続けられた「妖兎の理」が、ようやっと、日の目を見る時が来たのだ。
 

【灯】


 日の目――――そう、日の目だ。
 妖兎はこれから、自らの理を述べる。
 してその時刻は、なんとも間のイイ事に……ちょうど【寅三つ】を過ぎた頃であったのだ。


【彼誰】


てゐ「惨めで……哀れな半生だった」


てゐ「誰よりも愚かで……何よりも小さき生き物だった」


 明けの刻まで、残り一刻。
 もう一刻もすれば、この長く続いた闇夜は開け、暦と共に日が昇る。
 そして日が昇れば、陰陽が如く空は白み始める――――まさに、卯の毛皮の如く。


https://i.imgur.com/NYiDRsb.jpg


 まさにおあつらえ向きの舞台ではないか。
 よって改めて言わせて貰おう――――「宴もたけなわ」
 宴の締めには挨拶がつきものだ。
 というわけで、この妖兎自身に是非、締めて貰おうではないか。



てゐ「だけど――――”幸せだった”」




 最後まで残った妖兎の理――――一体、「彼は誰」なのか。




【因幡てゐ――――之・理】





425以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 02:38:03.98rqejUdQb0 (7/9)

眠い
明日やる


426以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 02:57:02.50da66oYyj0 (1/1)

眠い
明日頑張ってください


427以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 23:48:27.68rqejUdQb0 (8/9)



てゐ「どこまで……遡ろうか……そうだ」

てゐ「そういや、まだ言ってなかったわよね……あたしの出身」

薬売り「月……ではないですよね」

てゐ「うん。あたしの育った所はね……遥か遠くにある、小さな小さな島だったの」


【島】


薬売り「ほぉ……列島の産まれでしたか」

てゐ「ううん、そんなんじゃない……あれは……言うなれば”孤島”」

てゐ「半日のあれば一周できるような、とても小さくて、とても孤独な島……」

薬売り「孤独な島……?」


【孤独】


てゐ「そんな場所だから……そこに住んでる連中もまた、やっぱり小さくって」

てゐ「あたしはその連中を――――”小さき民”って呼んでた」

薬売り「…………」


――――島の暮らしぶりは、何もかもが小さかった。
 小さな人間。小さな獣。小さな小動物。小さな爬虫類。小さな鳥。小さな虫……
 ただでさえ小さい連中しかいない島なのに、その頭数すらもやっぱり小さくって。
 そんな島の生き物の過ごす日常も、案の定、とても小さい暮らしぶりだった。


【矮小】


てゐ「各々が最低限生活できるような、小さななわばりがあって……その中で互いに干渉する事もなく、こじんまりと過ごしてた」



 でも――――そんな小さな島の中で、大きなる生き物が一羽いたの。



てゐ「その生き物は、獣でありながら、あらゆる種族と言葉を交わす事が出来た」

てゐ「その生き物は、小動物の癖に、身の丈以上ある捕食者と対等に渡り合えた」

てゐ「その生き物は、畜生の分際で……人間以上に、頭がよかった」


 そんな飛びぬけた能力を持った生き物は、いつしか周りを”小さき民”と断ずるようになった。
 小さき生き物。小さき文化。小さき島。小さき存在――――
 口にこそ出さなかった。でもその内心は、知らず知らず態度に現れていたと思う。


てゐ「それが――――”あたし”」

てゐ「大きなる存在と”思い込んでいた”、何よりも小さい……小さな一羽の兎風情」


薬売り「…………」



【自尊】




428以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/11/30(木) 23:58:16.59rqejUdQb0 (9/9)



 そんな小さき島に、ある日、大きなる嵐が起こった。
 つっても、今思えば大したことないただの時化(シケ)だったんだけど。
 あの小さな島の連中にとっちゃあ……そんな時化も、大嵐と同じでね。
 

https://i.imgur.com/1XB1W14.jpg


 慌てふためいた「小さな民」は、こぞってあたしの所に集まって来たわ。
 ほんと、何を思ったやら。
 たった一羽の兎に過ぎないあたしに、揃いも揃って助けを懇願してきやがったの。


てゐ「まるで蟻んこみたいだと思った……群がり蠢く、どこまでも小さき民」

てゐ「でも、なんだかんだで助けてやった――――何故なら、あたしには本当になんとかできたから」


 と言っても別に、嵐そのものを消すわけじゃないわ。
 あたしができたのは――――あくまで「嵐を回避する方法」を提案する事。
 

てゐ「嵐がいつ上陸して、いつまで島にいて、どれだけの被害をもたらし、そして何時去るのか」


 あたしにはそれが、”なんとなく”わかった。
 理由はわかんない。けど、ただちょっと空を眺めるだけで、それらが一目でわかったの。

 だったら後は簡単な話だった。
 「いついつくらいに来て、いついつくらいに去るんだから、だったらその間高台にでも避難しとけばいいんじゃない?」
 あたしが言ったのは、ただ、それだけだった……のに。


てゐ「今思うと、あの島の連中は、やっぱりどこかおかしかったと思う」

てゐ「だってそうじゃない。船乗りでもなんでもない、ただの兎の勘を鵜呑みにしてさ……本当に、一言一句その通りに行動したんだから」

薬売り「信頼されていた……んじゃないですか」


 ま、向こうがどう思ってたかは知んないけど……正直、笑っちゃったわ。
 連中の集会に聞き耳を立てて見れば、「何時に集まって、何時に出発して、安全地帯までたどり着くのは何時だから……」とかって、全部あたしの当てずっぽを元にしてんの。

――――でも、結果的にそれは大正解だった。
 あたしが勘と当てずっぽうで言っただけの提案は、自分でもびっくりするくらい、ものの見事に的中していたのよね。







429以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 00:06:05.49EID7KJ+P0 (1/15)



薬売り「例の……得意な確率計算とやらですか?」

てゐ「それを自覚するのはまた後の話……あの時は、計算って概念を知らなかった」

てゐ「それに、知ってた所でどうせ伝わんないしね」

薬売り「それも……そうですね」


 内心驚いてるあたしを尻目に、小さな民共は、それはもう大はしゃぎだったわ。
 連中ったら、勝手に「生きて帰れぬやもしれぬ」とか思っちゃってたらしくてね。
 よくあるただの時化なのにね……本当に、肝っ玉まで小さな奴らよ。


薬売り「島の人間にとっては、それほど大事(おおごと)だったのでしょう」

てゐ「無理に擁護しなくていいって。そもそも、あいつらときたらさ……」


 あいつらったら、本当にバカでね。
 死ぬかもしれないと思ってたのに、蓋を開ければ「無事生きたまま乗り切った」。
 その事実になんかテンション上がっちゃったらしくて、あろうことか、その場で宴会をおっぱじめやがったのよ。


てゐ「避難中の食料とか、備蓄品とか、一時的に同じ場所に集めてたんだけど……ノリと勢いで、全部その場で使い始めやがってさぁ」

薬売り「それはそれは……まぁ……」


 もちろんあたしもその宴会に参加した……って言うか、強制的に引きずり込まれた。
 命の恩人だっつって持て囃してきて、それ自体は悪い気はしなかったけど。
 だけどほら、みんな酒入ってるから、こう……色々と痛いし荒いしで、もう散々だった。


(――――だぁ~もう! お前ら、うざったいのよさ!)


 ほんと……あんな経験は二度と味わえないと思うわ。
 人も・獣も・鳥も・虫も・爬虫類も――――生物の垣根を超えた、乱痴気騒ぎはね。


https://i.imgur.com/SmfPIBJ.jpg




430以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 00:14:56.44EID7KJ+P0 (2/15)



薬売り「でも……楽しんでいたんでしょう?」

てゐ「……まぁね」


 酔って、歌って、踊って、飲んで――――。
 あたしもその場の勢いに任せて、口汚い暴言を随分吐いたわ。
 小さな民だっつって内心見下した事を、酒に任せてぶちまけてやったりもした。

 それでも宴は終わらなかった……どころかさらに盛り上がって行ったわ。
 あたしの本音を皮切りに、みんなもみんな、普段思っていた事を言い合い始めたの。


てゐ「酔いに任せた本音と本音のぶつかり合い。ほんと喧嘩になるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたもんよ」


 それくらい盛り上がってた。それくらみんな、我を忘れてた。
 ほんとこいつらいつ帰るんだってくらい、みんなで囲み合って、みんなで酔いしれていた……
 まるで――――”夢の中にいるかのように”。


てゐ「バカ丸出しで、普段はデカイ口聞く癖に、ちょっと何かあれば途端にビビリまくる、死んでも治らなさそうなレベルのアホ共……」


てゐ「でも――――そんな連中が、”あたしは大好きだった”」


薬売り「…………」


 そしてふと気づけば、時化の名残はすっかり消えていたわ。
 ま、長い事どんちゃんやってたからね……いつの間にか空は、曇りのない晴天に変わっていたの。

 で、空模様の変化に気づいたあたしは――――まぁ、お開きの合図だと思ったのよ。
 これほど明るいなら、ちょっと酔っぱらってても、まぁみんななんとか帰れるだろうって思ったわけ。


てゐ「今思うと……”あの時振り返らなければよかった”」

薬売り「…………?」


 一人、一匹、一頭、一群――――
 島の生き物は段々と姿を消していき、そして最後には、その場に誰もいなくなった。
 そうして、一晩限りの夢は終わった……
 小さな民は、まるで夢から覚めるように、またあの小さな日常へと帰っていった。



(――――あれ……誰もいない)



てゐ「ずっとあの、乱痴気騒ぎの中で……小さな連中と……小さな夢を囲っていればよかった」



 でも、その中で――――夢の中から帰れなくなった民が、一羽だけいたの。




【隔絶】




431以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 00:22:54.69EID7KJ+P0 (3/15)



てゐ「夢の終わり。宴の終焉。記憶が途切れる瞬間……その最後の景色だけは、今でもはっきり覚えてる」


 曇りが消えた空は――――透き通るほど澄んだ青だった
 それに、雨上がりの後だったからね。
 青空には、思わず見惚れる程の、それはそれは綺麗な【虹】がかかっていたの。


てゐ「その景色が――――あたしだけを、”夢の中に縛り付けた”」


 本当に、切り取って額縁に飾りたいくらいの風景だった。
 宴なんてそっちのけで、ただひたすら、じーっと景色だけを見ていた……
 一人、また一人と帰っていく民を尻目にさ。
 誰もいなくなるまで、気づかないくらいに。
 

てゐ「その時になってやっと、我に返ったの」

てゐ「ハッと振り向けば、とっくにみんな帰った後だった……気づいた頃には、そこにはもう、散乱した宴の痕しかなかった」


 そして、気づいてしまったの……
 日常と言う名の現実に、自分だけが背を向けていた事に。
 

てゐ「気づいてしまったの――――青空に架かる虹の橋が、”あたしの知らない世界”と繋がっていた事に」


https://i.imgur.com/2QyWtf6.jpg





432以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 00:29:04.00EID7KJ+P0 (4/15)



薬売り「虹が、貴方を縛り付けた……?」

てゐ「そう、ね……あの虹がなければ、あたしが外に気づく事はなかった……とも言える」


【虹の檻】


 その日から、あたしはその高台に通うのが日課になった。
 目的はもちろん、あの時みた景色をまた眺める為。
 毎日毎日ずっと……飽きもせず、一日中ずっ~と、同じ景色だけを見てたわ。
 

てゐ「起きてる間は、ほとんどそこにいたんじゃないかしら」

てゐ「ほんと、我ながらよく飽きないなってくらい。毎日昇って、四六時中そこにいたっけ」
 

 でも、何度通ってもあたしは満たされなかった。
 風景はほぼほぼ同じ。でもそこには、あるべきはずの物がなかった。
 なかったのよ――――あの時確かに見たはずの、外へと続く虹の橋が。


てゐ「あたしは躍起になった。あの時と同じ風景を見る為に、何度も何度もあの時と同じ場所に通った」

薬売り「それでも現れなかった……そこまで貴方を魅了せしめた、七色の橋が」

てゐ「で、そんなあたしの行動は……”周りが不審がる”に十分だった」

 
 そんなあたしを見かねた誰かが、変な噂話を流したらしくってね。
 おかげであらぬ誤解を一杯受けた……
 よく言われたのよ。ほら、「どこか怪我をしたのか」とか「何か悩みがあるのか」とか。
 こういう時って、説明が大変よね。
 「ただ景色を見てただけ」なんて事言おうもんなら、変に勘繰られて、逆にもっと心配されちゃうんだから。



【気掛】




433以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 00:34:42.87EID7KJ+P0 (5/15)



てゐ「だからもう、面倒だったから、思ってる事を正直に答える事にしたの」

てゐ「それが……いけなかったのかもしれない」

薬売り「……?」



(実は……あの虹の橋を渡ってみたいと思ってるのよさ)



てゐ「思いを吐露した、次の日から……今度は、誰も話しかけてこなくなった」

薬売り「……えっ」



(――――ケッ。何さ、この恩知らず共が)



薬売り「何故……」

てゐ「明確にハブられたわけじゃなかったけど……連中の態度が、明らかに余所余所しくなってたのはすぐ察せたわ」



(――――あーそうですか、わかりましたよ)

(――――そんな態度でくるんなら……こっちだって、考えがあるんだから)



てゐ「海の向こうへの欲求が、日に日に強まっていった……同時に、島への情が沸々と薄れていった」



(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)



 そしてあたしは、ある日から――――景色を眺めるのをやめた。



【発起】





434以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 00:35:08.64EID7KJ+P0 (6/15)

メシくってくる


435以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 01:49:05.44EID7KJ+P0 (7/15)



薬売り「……いやに唐突ですな」

てゐ「そうね……うどんげなら、その辺もうちょっと上手く語れるんでしょうけど」

てゐ「けどダメね。あたしが言うとどうも、言葉に詰まる……実は結構、悩んだりしたんだけどさ」

薬売り「いえ、そうではなく……」

薬売り「”小さき民”ですよ。あれほど貴方を慕っていたのに」

てゐ「ああ……そっち」


 連中が何を思ってそういう行動に出たのか――――”その時は”わからなかった。
 でも、それが島を出る「キッカケの一つ」になったのは確かだった。
 正直、頭に来てた……あんなに頼ってきた癖に。あんなに輪に入れたがった癖に。


てゐ「頭に血が上ってた……何かに八つ当たりしてやりたい気分だった」

てゐ「ちょうどその時だった……”一匹の和邇”が、あたしの前を通り過ぎた」

薬売り「和邇……?」


 そん時の和邇は、なんか知んないけどやたら上機嫌だったのを覚えているわ。
 よくわかんないけど、とりあえず何か”良い事”があったらしい。
 妬みってこういう事を言うのね。
 人がちょっと凹んでる時に、こう、嬉しそうに泳ぎ回る和邇を見てたら……なんか無性に、イラっときて。


てゐ「煽ってやろうと思って、和邇に声をかけた――――おい! そこのアホ丸出しのウロコヤロー!」


 「てめー何人のなわばりで悠長に泳いでんだコノヤロー!」
 我ながら意味不明な因縁だけど、ま、イライラしてたからね。
 そう言って喧嘩腰に話かけたら、案の定和邇は、すぐにこっちを振り向いたわ。



(――――ヤバ~……やってしまったのよさ……)



 その時……あたしは我が目を疑った。
 だって、あたしの声に反応した和邇は、一匹だけじゃなかったもの。


https://i.imgur.com/N8UT8c2.jpg


てゐ「和邇は一匹だけじゃなかった。一匹に見えたのは、和邇の群れの中で、”たまたまあたしが見える範囲にいた”一匹に過ぎなかった」


 完全にやらかしたと思ったわ。
 機嫌がよかったのは、なんてことない。和邇も宴の真っ最中だったのよ。
 つっても和邇の宴って、ちょっと想像つかないけど……
 まぁ要は、仲間同士集まって海の中でどんちゃんやってたらしいわ。



てゐ「まるで――――いつかのあたしみたいに」



【和邇の宴】






436以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 02:11:31.16EID7KJ+P0 (8/15)



 和邇は案の定、みるみる内に集まって来た。
 「おい兄弟、一体どうしたよ?」
 「いやさ、なんかこの兎がいきなり……」
 そう言いながら海から顏を出す和邇の数と来たら、もう御一行様なんてもんじゃなくてさ。
 例えるならこう、海の中に「和邇の村」があって、その村の住人が、全員一つの場所に出てきたって感じ?
 

てゐ「あたしは……知らなかったのよ。海の中にも、こんなに生き物がいただなんて」


 後はまぁ、想像つくよね。
 集まって来た和邇が、事情を知るや否や、思いっきりあたしを睨んできてんの。
 それもなんか、無駄に数が多いもんだから、なんか段々とねじ曲がって伝わって……


てゐ「最終的にあたし、何故か”和邇の一族を皆殺しに来た殺戮兎”って事になってたわ」

てゐ「意味わかんなすぎて苦笑いも出なかったけど、そこはこう、和邇だけに尾ひれがついたって事にしといた」


 明らかに誤解されてるけど、もう弁明すんのもめんどいとおもってさ。
 だって、どーせ連中は所詮和邇。
 どんなけ怒らせても、こっちが島の奥まで逃げりゃあ追ってこれないし。
 それに三日もすりゃすぐ忘れるだろって……そう思ってた。


薬売り「逃げなかったのですか…………?」

てゐ「逃げなかった……と言うより、”逃げれなかった”」



(――――その井出達、よもや、かの地にて大蛇を下せし神人の如し)



てゐ「誤解した和邇が例えたあたしは……”向こうの世界”の英雄だった」



(――――八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を)



てゐ「逃げるわけにはいかなくなった……だってあたしは、まさにその”八雲の地”に行こうとしてたんだから」

薬売り(八雲……?)



【八雲】




437以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 02:21:57.17EID7KJ+P0 (9/15)



(――――ちょ、ちょっと! その話、詳しく聞かせてほしいのよさ!)


てゐ「向こうの世界には――――常日頃から、事欠かない話題が飽きる程に溢れてる」

てゐ「それは島にはない現象……たかが時化如きに大騒ぎするような島には、決して訪れる事はない”稀”」


 よく考えたら、当然の事だった。
 だって和邇は、島と世界とを隔てる”海”に住んでるんだもの。
 島には噂すら届かない向こうの世界の出来事が、海の中までは十分届く。
 その証拠に、和邇は案の定、たくさんの事を知ってたわ……”あたしの知らない事”を、たくさんね。


てゐ「そんな和邇の群れに出会ったのは、もはや運命としか思えなかった」


 和邇の宴がやたら盛り上がってたのもそのせい。
 だって、和邇が海の中にいる限り、話のネタに尽きることはないもの。
 だから……”この機会を逃せば永遠に向こうに辿り着けない”。そんな気がしたのよ。
 だってあたし兎だし……兎は海を、泳げないし。


てゐ「でも半端に怒らせた分、すんなり頼まれてくれるとも思えなかった」

てゐ「そこであたしは考えた――――”取引をしよう”」

てゐ「この和邇共を何とか言いくるめて、必ず向こうの世界へ渡ってやる……あの時は、その事しか頭になかった」



薬売り(…………ん?)




【?】





438以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 02:30:54.45EID7KJ+P0 (10/15)



てゐ「あたしは和邇に聞いた。あんたらやたら大所帯だけど、全部で何匹いるかわかってんの? って」

てゐ「和邇はすぐに返事を返した。俺たちゃ全員家族も同然。そんな事、気にもしたことがない。って」

てゐ「だからあたしは言ってやった。だったらあんたら、一人くらいいなくなっても、気にも留めないのねって」


 和邇は言い返した。
 「そんなわけがあるか」「家族がいなくなるのは辛いじゃないか」。

 あたしはさらに煽った。
 「だってあんたら、何匹いるかもわかんないなら、誰かがいなくなってもわかんないじゃない」。

 和邇はなおさら強く反論してきた。
 「俺たちは常に一緒だ。だから誰かがいなくなるなどありえない」。

 だからあたしは、ビシっと論破してやった。
 「じゃあ、たった今あたしに絡まれてたのは、どこのどちらさんだったかしら?」。



てゐ「群れから離れて泳いでたからこそ、あんたに声をかけたんだけど? って」



 そう言った瞬間、海の中からヒソヒソ話が聞こえてきた。
 「言われてみれば」
 「なんで離れた?」
 「いやなんとなく、気分で……」
 そしてあたしはトドメに一言言ってやった……
 「もしあたしが本当に殺戮兎なら、今この瞬間、少なくとも一匹は殺せてたわね」ってさ。



てゐ「案の定、連中は食いついて来たわ――――じゃあ、俺達は一体どうすればいい?」



 「大事な家族が気づかぬ間にいなくならないようにするには、一体どうすればいい?」
 こうなりゃ後はこっちのもんよ――――「大丈夫、あたしが数えてあげるから」。
 言い様に扱われてるとも知らずに喜んでる姿は、内心、そりゃもう滑稽ったらなかったっけ。



薬売り(いや……待て……)



【疑問】



てゐ「あたしは指示した……とりあえずお前ら、全員一列に並べって」

てゐ「そしてあたしは続けた。これからアンタらの上を跳んで、一匹一匹数えていくからって」



薬売り(それは…………)



てゐ「いーち、にー、さーん。頭を踏んずけられてるのに文句ひとつ言わない和邇は、あの時何を考えてたんでしょうね」



――――話中の所失礼する。
 黙って聞いているつもりだったが、しかしその話、どうにも突っ込まざるを得ないのだ。
 というのも、なんと言うか、その……
 ”どこかで聞いた事がある話”な気がするのは、気のせいだろうか。
 


【既視感】





439以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 02:48:35.41EID7KJ+P0 (11/15)



てゐ「百八……百九……大分数えたつもりだったのに、まだまだ先は長かった」

てゐ「さすがにキツかったわ……それにぶっちゃけ、少し飽きてきてた」

てゐ「だからあたしは、息抜きがてら――――ふと後ろを振り向いたの」


……いや、やはり気のせいではない。
 今宵初めて聞かされるはずの、妖兎の身の上話。
 な、はずなのに――――何故身共は、この”続きを知っている”?


てゐ「振り向いた先には……本当の意味で、小さくなった島があった」

てゐ「自分の育った場所が……風船みたいに萎んでしまっていた」


薬売り(その話は…………)


 薬売りも勘付きよったか……。
 そうだ。この話を知っているのは何も身共に限らぬ。
 この後妖兎が如何様な行動を取り、如何様な目に合い、そして最後に誰と出会うのか――――
 それは、我ら二人だけが存ずる話ではないのだ。
  

てゐ「――――あの時の和邇には、本当に悪い事をした」

てゐ「騙すつもりなんてなかった……ちゃんと最後まで数えてやるつもりだった」

てゐ「なのに……彼方へ縮んでいくあの島を見てたら……”どこまで数えたか忘れてしまったの”」


薬売り(まさか……こいつ……)


 身共の予想通りだ……やはり妖兎は、”和邇を数えなかった”。
 だとすれば、もう決定的だな。
 あの退魔の剣すらも、妖兎が偽りを申しておらぬ事を、震えで持って証明しておるわ。


てゐ「ほんとうに……また同じ事を……”あの時振り返らなければよかったのに”」


 知らぬ者を探す方が難しい程、広く知られた御伽の話。
 それがどういうわけか、妖兎の語る過去とすべからく一致しておる。
 これらを顧みれば、妖兎の真の是非など――――たった一つの「解」しか残されておらなんだ。



てゐ「おかげ様で……しっかりと”戒め”られちゃった……」




薬売り(因幡の白兎――――!)



https://i.imgur.com/SMQQw5c.jpg




440以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 02:54:16.36EID7KJ+P0 (12/15)



てゐ「今更……ごめん忘れちゃったなんて、言えなかった」

てゐ「かと言って……最初からやり直しなんてできなかった」

てゐ「何故なら、向こう側はもう目前――――あたしが目指した世界は、すぐ目の前にまで迫っていた」


 その後妖兎を襲った悲劇は、もはや言われずとも想像に難くない。
 苦し紛れに強がり、嘲り、うそぶき、そして和邇の報復を受けた。
 全てがかの話と繋がっておる……もはや確かめる術もない、「太古の史実」である。


薬売り「ではその傷は……その時の……」

てゐ「キッカケは……ほんの些細な自己保身だった」

てゐ「しでかした失態を何とかごまかそうと思って……”わざとそうした事にした”」



(――――や~いや~い、アホが雁首揃えて騙されやがった!)



てゐ「心の中で謝りつつも……陸地にさえつけば、”後はこっちのもん”だとも思ってた」



(――――う…………あああああああああ!!)



https://i.imgur.com/g2OHP01.jpg





441以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 02:59:26.32EID7KJ+P0 (13/15)




(――――痛い……痛いよぉ……)



てゐ「あたしは知らなかった……和邇の牙が、あんなに鋭い物だなんて」

てゐ「あたしは知らなかった……海にいる和邇が、あんなに速いだなんて……」



(――――おい……そこの人間! ちょっとこい!)



てゐ「あたしは知らなかった……目上に対する口の利き方を」



(――――お前だよお前……みりゃわかんだろ! とっとと助けやがれ! このバカ!)



てゐ「あたしは知らなかった……傷口を塩を塗れば、傷は余計に悪化する事を」



(――――あ”あ”あ”あ”あ”痛い”い”い”い”い”体中が痛い”い”い”い”い!!)



てゐ「あたしは知らなかった……あれも、これも、全部――――”何も知らなかった”」




(――――痛い……痛いよぉ……)

(――――なんで……こんな目に……なんで……あたしだけが……)



てゐ「何も、何も知らなかった……体を走る痛みも、なんでこんな目に合ってるのかも、今どこにいるのかも」

てゐ「どころか……”自分の身の程”でさえも」


(――――こんなに痛いのに……こんなに辛いのにさん)

(――――あたしはどうして…………”まだ生きている”の?)



【転機】




442以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 03:10:47.10EID7KJ+P0 (14/15)




(――――ただの……兎ですぅ……)

(――――あたしは卑しくて惨めな…………どこにでもいる…………ただの兎風情なんですぅ…………)



てゐ「そんな自分が…………たまらなく憎かった」



(――――兎の分際で……身の程を弁えなかったから……こんな目に合っているんですぅ……)



てゐ「愚かな自分を…………許す事が出来なかった」



(――――ありがとうございます。優しい旅の御方)

(――――この御恩、決して忘れません…………あなたに旅路の果てに、どうか幸運が訪れますように)



てゐ「だからあたしは――――旅に出た」

てゐ「無知で愚かな自分を捨て去る為に……”賢き者として生まれ変わる為に”」



(――――結婚なさるなら、心優しくて聡明な方が相応しいと思います……いつか出会った、あの方のように)



てゐ「今度は……振り向かなかった」



【旅立ち】



https://i.imgur.com/jcwJbtY.jpg





443以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 03:11:14.01EID7KJ+P0 (15/15)

本日は此処迄


444以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/01(金) 13:16:55.30tqsvSCobo (1/1)

イラストが綺麗だなぁ

因幡の兎はね…色々やらかしちゃったよね


445以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/02(土) 22:30:49.23+MfZcAh6o (1/1)

引っ張るねえ


446以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:03:16.56u3ex58150 (1/17)



薬売り「…………」

てゐ「なによ、なにをボケっと呆けてんのよ」

薬売り「いえいえ、とんでもない……ただ」

薬売り「貴方様の語る過去が……”あっしが知っている話”と、よく似ておりましたので」


 薬売りが緩んだ表情になるその気持ち、身共もよく推し量れようぞ。
 遠く出雲の地に御座す、かの高名な社。
 そこに奉られる一羽の御神体が……よもや目の前におるなどと、一体誰が予想できたであろうか。


てゐ「あ……もしかして、眠くなっちゃった?」

薬売り「めっそうもない……逆ですよ」

薬売り「むしろ眠気など、とおの彼方に吹き飛びました……貴方様の話を、より深く聞きたいが為に」


 全く……薬売りとここまで意見が合う日が来るとはな。
 かく言う身共も今、腰が抜けそうな程仰天しておるわけだが……
 と言うのもだな。まっこと、恐ろしいまでの偶然なのだが、実は……
 この妖兎は、身共にとっても縁深き兎でな。


てゐ「なによ……急に乗り気になっちゃって」


 かつて若かりし頃、修験の修行に明け暮れておった頃の話だ。
 今となってはお恥ずかしい話なのだが……修行のあまりの厳しさに耐え兼ね、幾度か脱走を試みた事があってな。
 皆が寝静まる夜分深くに、こっそり山を抜け出してな……
 我ながら、よくぞあの真っ暗闇の山の中を、一人で降りようとしたものよ。


てゐ「人の失敗談が、そんなに楽しい?」


 夜の山が如何に危険であるかなど、今時童ですら知っている。
 しかしながら、当時の身共には、僅かながら一つの「勝算」があったのだ。

 と言うのもだな。修行場である霊山の頂からは――――視界一面に広がる”海”が見えたのだ。
 そして当時の身共は思った。
 あの一面の大海原から漂う、潮の香を辿れば、「迷うことなく山を下りれるのではないか」と。
 

てゐ「言われなくとも言ってやるわよ……そうしないと、この剣は抜けないんでしょ」


 しかし所詮は若造の浅知恵。
 そんなものが早々上手くいくはずもなく、結局は失敗に終わったのは、今や笑い話である。
 だがもしも、仮に、あの時の逃走が成功していたならば……
 身共は辿り着いていたはずなのだ。


てゐ「それにもうじき……”夜が明ける”」


薬売り「それも……そうですな」



 脱走の標と定めていた、霊山の目と鼻の先――――兎神の社である。


https://i.imgur.com/gXMaR1V.jpg




447以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:08:48.63u3ex58150 (2/17)



てゐ「夜明け……そう、あたしの旅は、まさに夜明けだった」

てゐ「後に日出国と呼ばれるようになる世界を……あたしは、縦横無尽に駆け巡った」


――――外の世界は、本当に知らないことだらけだった。
 毒キノコを食べて腹を壊したり、底なし沼にハマって溺れかけたり、家畜と間違えられて食われそうになったり……
 その他色々、何度も何度も、数えきれないくらいのヘマをやらかした。

 そしてその度に学んでいった……
 空っぽだったあたしの頭に、着実に「知」が積み上げられていった。


てゐ「高みへ昇っている気がした……まるで、日の出のように」


 そんな日々を繰り返していたせいか……
 いつの間にやら、人間の間でちょっとした有名人になっててね。
 
 人間は、会うたびに必ず一つ尋ねて来た。
 「兎や兎、何故にそこまで苦難を駆ける?」
 その問に対する返答は、いつも決まっていた。 
 「不幸とはすなわち代償。遥かなる高みへ昇る為の、言わば等価のような物に過ぎぬのです」。

 人間は、えらく関心してたわ。
 あたしの言葉によっぽど感銘を受けたのか、こっちが引くくらいあたしを讃えてきた。
 でもそれって、ちょっとおかしくない?
 要は「目標を達成するには多少の困難は付き物でしょ」って言いたかったんだけど、そんなの当たり前じゃん。
 兎より遥かに賢いはずの人間が、そんな事すら知らないとは、到底思えなかった。


てゐ「今思うと……”やっぱり人間の方が正しかった”」


 不自然に讃えてくる人間を尻目に、あたしは旅を続けた。
 道中の出来事は相も変わらず。行く先々でなんか起こって、その度に命からがら助かった。
 そうやって繰り返した――――何年、何十年、何百年と。

 ずっとずっと、同じ事を繰り返した。
 同じ事を繰り返して、その中で学んで……
 気づいたら、そんじょそこらの人間顔負けの、物知り兎になってたわけ。


てゐ「気づかぬうちに、地面が見えないくらいの高みに辿り着いてた……努力の成果がやっとこさ現れたんだって、そう思った」


 先が見えた気がした……
 いつか目指したあの高みが、ようやっと手の届く範囲まで来たんだって、そう信じてた。


てゐ「それでも、新たな災厄は――――あたしが昇る以上の速さで、次から次へと振って来た」




448以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:13:52.27u3ex58150 (3/17)



 いつからだろう。長く続いた旅の途中で、心境の変化があった。
 なんていうかな……「今度は何が起こるんだろう」「今度は一体どんな目に合ってしまうんだろう」ってな具合でさ。
 段々と、旅そのものに臆病になってる自分がいたわけ。


てゐ「まぁでも、何百年もピンチになり続けたら当然よね」
 
てゐ「でもそれも、経験から来る危機管理能力って奴? 旅で学んだ「知」の一つだと、思ってた」


 でも……違った。
 あたしが新たに覚えた警戒心は――――ただ元からある、臆病な兎の性に過ぎなかった。


てゐ「違ったのよ……何もかも。あたしが見た事、聞いた事、学んだ事……全部」


 何百年も続いた旅路の果てに、出来上がったのは――――”何も変わらない”小さなままの兎だった。
 その事を教えてくれたのは……やっぱり人間だった。
 そう、人間なのよ。
 何万人もの人間に出会って、喋って、もはや対等とすら思っていた人間……。
 その人間の事すらも、あたしは知らなかった。



(――――Oh! It's a cute Rabbit!)


(――――は……? なんて?)



 あたしは、またしても知らなかった……今こうして当然のように話してる言葉。
 このあって当然の言葉すらも、数えきれないくらい、たくさんの種類がある事を。



【種】



449以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:19:16.07u3ex58150 (4/17)



(――――What's!? Rabbit speaking!?)


(――――え? え? ちょ、何!? あんた一体何を言ってるの!?)



てゐ「その時出会った人間は、今迄出会った人間とは、何もかもが違った」

てゐ「黄金色に輝く髪。砂浜以上に白い肌。熊みたいにごつい体。そして…………”言葉”」



(――――So crazy……Japanese rabbits are like human beings……)


(――――わかんない……あんたの言ってる事…………全然わかんないよ!)



てゐ「あたしは……知らなかった」

てゐ「人間にもいろんな種類があって、その種類ごとに様々な違いがあって……さらにはその違いには、「知」そのものも含まれていた事に」


 そう、同じだったのよ。
 あたしが長年の旅路の果てに得た「知」は、あのちっぽけな島の中とまるで同じ。
 小さな生き物が集うあの小さな枠の中で、周りと比べればほんのちょっと大きかっただけの、”あの時の兎のまま”でしかなかった。


てゐ「あたしは知らなかった……国とは、そんな同種の人間が寄り添い集まってできた、言わば「小さななわばり」みたいなもんなんだって」



 だから、あたしは知らなかった。
 あたしが世界と思っていた場所ですら――――”小さな島に過ぎなかった”事を。
 


https://i.imgur.com/TBO3pHf.jpg



てゐ「長年かけて気づいたのは……何も変わっていない自分」

てゐ「ただ無意味に、年月を重ねただけの……一羽の賢しい兎風情」


 そしてあたしは知ってしまった。
 あたしが高みに近づいてたんじゃない。

 空があまりに広すぎて。
 出る日があまりに大きすぎて――――

 勝手に、近づいてる風に見えただけだって事を。




450以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:23:39.77PehadAREo (1/1)

東方世界で英語が出て来るとなんか新鮮
まあ外人キャラはたくさんいるけど


451以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:26:19.37u3ex58150 (5/17)



薬売り「世界はあまりに広すぎた……人間ですら、一粒の砂に見える程に」

てゐ「そんな砂粒以下の兎が、大層な事に世界を駆けると言い出せば」

薬売り「世辞の一つも、零しやしょう」

てゐ「そんな皮肉にも気づかないくらい……”兎はどこまでも無知だった”」


 後から知ったんだけど、あの当時は異国との交流が始まったばかりの頃でね。
 まぁ、文通みたいなもんよ。国と国の間に、互いの使者を送りあったりしてたんだって。
 そこから段々と、プレゼントを贈ったり、貰ったり、呼んだり呼ばれたりの関係になって……
 はは、こう言うとまるで、恋人同士みたいね。


てゐ「あたしが出会った異国人も、案の定そのクチで入って来た人間だった」

てゐ「”あたしの知らない”変わった物をたくさん持ってたわ。あれも今思うと、貢ぎ品かなんかだったんでしょうね」



(――――We came from here……)


(to――――……”THIS”)



てゐ「その中に……一枚の地図があったの」



(――――は、はは…………まじかぁ)




452以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:32:26.31u3ex58150 (6/17)



てゐ「今のに比べるとだいぶいい加減な地図だったけど……それでもちゃあんと、描かれてた」



(こんなに……小さかったんだぁ……)



 描かれた世界を見る事で……あたしはまた一つ、学んだ。



(…………たい……)



 それが、あたしにとっての――――”最後の知”だった。



(あ……だ……い……痛い……痛い…………!)


(――――What's?)



てゐ「あの時の異国人には…………悪い事をしたわ」




 だって、さぁ……





(――――あ”あ”あ”あ”あ”あ”!! い”だ”い”い”い”い”い”い”ッ!!)



(――――NOOOOOOOOOOOO!!)




 あたしが「諦める事」を覚えた瞬間……
 目の前に”皮の剥がれた化け物”が、現れたんですもの。


https://i.imgur.com/ZaCAwtY.jpg





453以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:39:54.82u3ex58150 (7/17)



薬売り「諦めたら……傷が……?」

てゐ「そう、傷。あんたもよく知ってる話とやら……の中で付けられた傷が、”時を超えて再び現れた”」

薬売り(どう言う……事だ……?)


【再現】


薬売り「傷は……癒えていなかった?」

てゐ「半分正解だけど、半分ハズレ――――傷は癒えてもいたし、癒えてもいなかった」

てゐ「ここまで言えば、もうわかるでしょ……その現象に名がある事を知ったのは、さらに先の話だった」

薬売り(猫……)


――――ここへ来てまたも「すれてんがーの猫」、か……
 学者の頓知遊びと言えば聞こえはいいがな。しかし門外の我らにとっては、論を思い出すのも一苦労と言う物だ。
 ただ……そんな無理問答も、薬売りにだけは解決でき申した。
 それは学者としてではない。「薬売りを生業とする者」が持つ見地が、たまたま同じ解を指したに過ぎなかったのだ。


薬売り「そうか……そう言う事だったのか……」

てゐ「そーよ。傷は明らかに、あたしの心に反応していた」

てゐ「長い時を経た今ですら、こうして残るように……あたしの心を、まるで鏡に映すかのように」


 あるはずがない箇所に走る幻肢痛。
 未だ解き明かされぬ奇病であるが、だがその入り口だけは、うっすらと見えていた。
 あくまで仮説の段階である。
 しかしまぁ、医学的な見解からすれば、数多ある可能性の中では最も有力なのだろう。



薬売り「あなたが本当に傷つけられたのは……」


てゐ「あたしが本当に、傷ついていたのは――――」



 してその説とは……これまた何の因果であろう。
 奇しくもそれは、薬売りが最も得意とする分野であったのだ。



てゐ「――――”ここ”だった」



 モノノ怪を生む情念。その根源を湧き立たせる箇所――――【脳】である。


https://i.imgur.com/BknU2Ah.jpg




454以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 00:41:29.82u3ex58150 (8/17)

メシくってくる


455以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:00:39.18u3ex58150 (9/17)



てゐ「あたしのこの、中途半端に賢しい頭脳が、何をどうしても「不可能」の答えを導き出した」

てゐ「それほどまでに、世界は大きかった……そして世界の大きさに対し、”あたしは余りにも小さすぎた”」


 文献によると、幻肢痛には脳と蜜月な関係があると言う説がある。
 その所説を紐解けば、結論として「脳が自身の変化に気づいていない」と言う事となる……らしいのだが。
 何がどうなってそうなるのか、ほとほと理解できぬは重々承知。
 だがまぁ、この妖兎の場合に限って言えばだが……
 はたまたどういうわけか、「癒えた記憶」だけが、すっぽり抜け落ちていると言う事となるわけだ。


薬売り「その事に気づけるほどに卓越した頭脳こそが、あなたを苦しめる原因でもあった」

てゐ「やめてよ卓越だなんて……”兎にしては”よくできてたってだけなんだから」


 手短に言えば、「脳の誤認知」と呼ぶべきか。
 してその誤認知は、それ自体は病ではなく、往々にして我らの身近にも起こりうると言う物。
 ほれ、皆の衆も一つくらい覚えがあろう? 
 勘違い、見間違え、聞き損じ、その他諸々の些細な失態……。
 思い返してもみよ。それらの「誤」が起こりし時の事を。
 その時その瞬間、一体何があった?。


てゐ「これを医学用語でなんて言うか……知ってる?」

薬売り「心的外傷。ですか?」

てゐ「はは、やっぱり知ってたか……」


【外目】




456以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:03:00.65u3ex58150 (10/17)



てゐ「想像つかないでしょ……全身の皮を剥がれて、さらにその傷口に塩をたんまり塗った時の痛みなんて」

薬売り「想像……つきたくありませんね、むしろ」


――――あたしの脳裏に「諦め」が過った時、”傷は再び現れた”。
 剥がれていく皮。滲む血。開く傷。そして、痛み……
 マジで、発狂するかと思ったわよ。
 大声で叫びながらその場を転げまわる兎は、周りから見たら獣同然だったでしょうね。
 ホントマジものすごい声を出したわ……今やれっつっても、絶対できないくらいのさ。


薬売り「そんな傷が……再び貴方に現れた」


 自分でもわかってるのよ。のたうち回る自分が、客観的に見てどれほど醜いのか……
 でも、体が勝手にそうするの。
 度を超えた痛みが、体も心も、何もかもを支配するの。


てゐ「度を超えた痛みは、体だけじゃなく、心も喰い散らかす」

てゐ「そして痛みは、どこまでも喰い続ける……喰らう物が無くなるまで」



 だから、迎える結末もやっぱり同じ。




てゐ「そしてあたしは、間もなく――――”壊れた”」




 体も、心も、何もかも――――過ごした時の記憶でさえも。




てゐ「あたしはその瞬間から……また、元に戻った」




 あの小さな島にいた当時と同じ、”何も知らない兎”に……ね。



【回帰】





457以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:08:24.64u3ex58150 (11/17)



薬売り「挫折が、幻肢痛の引き金だった…………?」

てゐ「かもね……まぁ、詳しい事まではわかんないけど」


 ああ、そうそう。
 元に戻るっつっても、何も100%全部を忘れるわけじゃないのね。
 当時の記憶であろう断片は、一応残ってはいるのよ。
 例えばほら、今言った島にいた事とか、宴をした事とか、和邇を怒らせた事とか、人間に助けられた事とか……


てゐ「ただ……その前後関係がない。言い換えれば、”なんでそうなったのか”を覚えていない」


 毒キノコを食べてお腹を壊した事は覚えているけど、なんで毒キノコを食べようとしたのかがわからない。
 底なし沼にハマって溺れかけたのは覚えているけど、なんでそんな沼にハマったのかがわからない。
 家畜と間違えられて食われそうになった事は覚えているけど、なんで家畜に間違えられたのかがわからない。


てゐ「わかる? あたしの記憶は、全部”結果”でしかないの」

てゐ「そこに至るまで過程を省いた、チグハグな欠けたパズルのような記憶……」

てゐ「だから、根こそぎ全部かき集めても、どこにも繋がっていない」

てゐ「どこにも繋がってないから……覚えていない」


――――この話……まるで浦嶋子の物語を彷彿とさせるな。
 ん? 誰だそれはだと? おっと失敬……「浦島太郎」の事で御座るよ。

 で、もう一度言うが、似ていると思わんか? 
 皆も知っての通り、浦島太郎は竜宮城から帰還して初めて、何百年もの時が経っていたと知ったのだ。
 すなわち竜宮城は地上と時の流れが違っていた……言い換えれば、”時が流れる自覚がなかった”。


てゐ「あたしは今……”何回目”の旅を繰り返していたのかさえも」


 ほれみよ、やはりそっくりではないか。
 この妖兎も同じくして……時が流れた記憶など、なかったのだから。




458以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:10:38.48u3ex58150 (12/17)



てゐ「おかしいと思っていたのよ。話しかけてくる人間がやけに馴れ馴れしいし……どころか異国人まで絡んでくるのよ?」

てゐ「言葉が通じないはずの異国人が、当然のように話しかけてきて、しかも親切に異国の品々を見せてきた……」

てゐ「で、なんであたしに――――その記憶”だけ”が残っているのか」


 まぁ浦島の方は、最終的に「時相応」の見た目になったから、ある種それでよかったのかもしれんがな。
 しかしこの妖兎は違う。
 妖兎は老いるでもなく、玉手箱のような何かを得たわけでもない。
 ただ、ある日唐突に――――未来へと、飛ばされたのだ。
 

薬売り「異国の言葉を知っていた……いや、その時点では学んでいた」

薬売り「どの程度習得していたのかは存じませんが……少なくとも、他愛ない会話はできる程には」

てゐ「でもそんな折角の知識も、今や何にも覚えていない」

てゐ「憶えてないのに増え続ける、どこにも繋がらない記憶の欠片達」

てゐ「かろうじて残る小さな断片が、紡ぐ答えは――――”最も知りたくなかった答えだった”」


 我ながら言い得て妙な表現である。
 時を駆ける兎……か。
 そんな摩訶不思議な体験ができるなら、身共も是非体験してみたいと言う物である。
 ”覚えてさえいれば”な。 



てゐ「あたしは――――”同じ旅を繰り返していた”」



https://i.imgur.com/queKosL.jpg




459以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:16:09.08u3ex58150 (13/17)



てゐ「あたしは繰り返していた。何度も何度も……同じ野望を持ち、同じ志を目指し」

てゐ「何十年、何百年と、何度も何度も……いつか不可能だと悟り、諦めるまで」



――――そしてその過程は、痛みがキレイさっぱり喰らい尽くしてしまう。



てゐ「そして何もかもを忘れたあたしは、いつかまた、志す……世界の「知」を得る為に」

薬売り「その旅路の果てに、またいつか、不可能を悟る……」



――――そして、また戻る。
 中途半端に残った、記憶の断片と共に。



てゐ「決して終わる事のない旅……広い空の下で、延々と巡る大きな輪っかのような道筋」



 そんな終わりなき旅路を、人は――――”永遠”って呼ぶのよ。



【廻旋】


460以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:18:58.35u3ex58150 (14/17)



てゐ「どお? 笑っちゃうでしょ……あたしってば、夢破れる事すらできないのよ」

てゐ「誰しもが、いつしか悟る、分相応……あたしは全知を望みながら、なのに身の丈すらも測れないの」

てゐ「本当に……ホント……おかしいったらさんありゃしない……」

薬売り「……」


――――妖兎の口数が、目に見えて減っていた。
 自身の半生を思い起こす事で、自身が如何に悲しき性を持つのか。
 それらの全てを、改めて認識し直したのだろう。

 そして、憐れんだ……自分自身を。
 その眼には、うっすらと涙が浮かんでいたようにすら見えた。



てゐ「あまりに愚かで……惨めにも程がある兎」


てゐ「何もかもを忘れて……何も積み重ねる事が出来ない、ただの獣」


てゐ「…………」



 退魔の剣は、ただ震えるのみであった。
 してその震えが、妖兎が、嘘偽りなき真を述べている事をしかと表しておる。

 薬売りからすれば、その震えは、数ある真の中の一つに過ぎぬのだろう。
 しかし身共からすれば……と言うより、”薬売り以外からすれば”。
 妖兎の涙に応え、励ましていたように見えなくもなかったのだ。




461以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:36:18.83u3ex58150 (15/17)




薬売り「ん……?」



 さて……ここまでくれば後少しと言う物なのだが。
 しかし肝心の妖兎が、こうして語りの最中に口を閉じてしまった。
 さっきまでの饒舌ぶりはどこへやら。
 今や、うっすらと涙を浮かべながら……ただひたすら天を仰ぐだけの存在に成り果てたのだ。



薬売り「これは、これは……」



――――しかし心配はご無用。
 誰が何と言おうと、妖兎の真は、すでに”最後まで語られる事”が決まっておるのだから。
 


薬売り「いつの間に……戻ってこられたのですかな?」



 故に妖兎がいくら押し黙ろうと、何ら一切の問題がない。
 そう、妖兎は持っているのだ。
 自らが口を開かずとも――――思いの丈を、”勝手に代弁”してくれる者共が。 


https://i.imgur.com/dDdPrWG.jpg





462以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:45:07.45u3ex58150 (16/17)



薬売り「なるほど、ね……」


(…………)


薬売り「巻き戻る記憶の中で、幻となった記憶の断片……」

薬売り「その欠片こそが…………”貴方方兎だった”と言うわけですか」


 薬売りは、妖兎が操るこの兎の群れこそが、”無くした記憶の断片達”であると推察した。
 それが当たっているかどうかはわからない。
 だが、薬売りにはどちらでもよい事である。
 妖兎の持つ、真と理を知ることさえできれば――――集いし兎の正体など、どうでもよかったのだ。



(きゅう~)



薬売り「ええ……わかっておりますとも」

薬売り「では、そろそろ終わらせるとしましょうか……」

薬売り「この永遠亭が残せし……”最後の理”を」


 薬売りはそう言うと、兎に向かってとある物を投げつけた。
 その物は、投げられると同時フワフワと宙を漂い、そして兎の頭上へと緩やかに舞い降りて行く。

 ”凜”――――着地と同時に綺麗な鈴の音がした。
 そうだ。薬売りの投げたそれは、いつぞやの【天秤】であったのだ。


https://i.imgur.com/DiiXVWw.jpg


 前から思っていたのだが……この天秤、やはりただの天秤ではない。
 曰く「モノノ怪との距離を測る為の物」らしいが、効果は明らかにそれだけではない。
 なんせ身共もその場にいたのだ。そして、確かに見た。
 「真を手繰り寄せる」――――そう言った直後、真が風景となりて現れる様を。



薬売り「……おや」



 此度の天秤もその時と同じである。
 薬売りはあの時のように、天秤を用いて、妖兎の持つ「真の風景」を浮かべようと画策したのだ。



 そしてやはり――――現れた。





薬売り「これは……」





 自称「惨め」で「愚か」で「何よりも矮小」でありつつも――――”誰よりも幸せだった”真が。



https://i.imgur.com/l3KnLHf.jpg




463以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 02:45:44.54u3ex58150 (17/17)

本日は此処迄


464以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/04(月) 14:19:35.003hIYZVQw0 (1/1)

これは面白い


465以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/05(火) 19:26:08.25UKsGVWwuo (1/1)

モブ兎まで絡んで来るのか


466以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/06(水) 23:50:20.05OyDXWpe50 (1/1)



薬売り「雪景色……ですか」

薬売り「随分果てまで、旅した物ですな」


――――気に入ってたのよ。
 だってこの白い景色、ほら……まるで、兎みたいじゃん?


薬売り「それにここなら……”醜い自分を覆い隠せる”とでも?」


 むかつく言い方……だけど、当たってるのが辛い所ね。
 そうね。確かにここなら、皮が剥がれようが血みどろになろうが……白いままでいられる。


「でも、それだけが理由じゃなかった……てゐがこの地に長く留まったのは、笑えるくらい単純な話」


薬売り「してその理由とは……」


――――ちょうど、”折り返し地点”だったのよさ。
 永遠に続くと思ってた、長い長~い旅路のね。


https://i.imgur.com/ACOXu4o.jpg




467以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 00:09:26.127pMgIB7e0 (1/15)



薬売り「ああ、なるほど……」


 行きと帰り。往復する分道が二つ重なってたから……
 その分、その地にいる時間が増えたんだ。
 

薬売り「だから……そんなにも」



【蒐集】



兎「まぁ当の本人は、そんな事、てんで覚えていないでしょうけど……さ」


薬売り「いいじゃないですか。その分……貴方”方”が、いるんですから」


兎「それもまぁ……そうね」




((そーーーーだねーーーー))



https://i.imgur.com/cI0XemN.jpg



468以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 00:11:11.637pMgIB7e0 (2/15)

>>466
間違えて消した
https://i.imgur.com/QNWSWJb.jpg


469以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 00:21:54.077pMgIB7e0 (3/15)



薬売り「おや……」


【雪】


薬売り「また……降り始めましたな……」

兎「北国だからねえ。むしろこんなのは日常茶飯事」

兎「酷い時には、全身すっぽり埋まっちゃうくらい積もるんだから」

薬売り「寒く……なかったので?」

兎「ふふん……そこはやはり素人ね、ちんどん屋」

兎「いい事? 兎ってーのはさぁ……とっても寒さに強い生き物なのよさ」

薬売り「ほほぉ……」


 いい機会だから教えといてあげるけど、あたしら兎にとっちゃあ、冬ってーのはまさに桃源郷でね。
 ほら、うちら冬眠とかしないじゃん?
 だからうちらにとっちゃぁ、雪ってば、言わば「自由への合図」なのよさ。



((キャハハハハ――――))



 うちらを襲う天敵は、雪と同時に夢の中。
 その間どこへ行こうが何をしようが、誰にもなんにも目をつけられない。
 おまけに餌はどんだけ放置してても腐らないときた……
 いやはや、まさに素晴らしいの一言だわね。



https://i.imgur.com/UM07Zcu.jpg




兎「それにさぁ…………ほら」
 



https://i.imgur.com/EVaOyCe.jpg




 雪みたいに――――”白いままでいられるから”。





470以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 00:28:45.927pMgIB7e0 (4/15)



薬売り「あれは……何巡目の兎なのでしょう」

兎「さぁねえ……途中から、数えるのやめちゃったし」

薬売り「おや、どうしてまた……?」

兎「だって、どーせキッチリ数えたって、すぐに数は変わっちゃうしさ」

兎「そもそもただでさえ大所帯で大変だし。そんなの、面倒くさくてやってらんないわさ」

薬売り「数を数えるのが……お嫌いなのですね」




(ぎゃあああああ――――……)




兎「――――ほら、噂をすれば」



https://i.imgur.com/8oKSygT.jpg



兎「はい、おつかれさん――――”今回の一生”はどうだった?」



――――ほんともうマジ最ッ悪!
 変なガキがいきなし弓矢で狙ってきてさぁ! 
 あのクソ成金、一体どういう教育してんのかしら……
 子供のしつけくらい、ちゃんとしとけっての!



兎「あらあら、それはそれは……」



 あーあ……折角いい寝床を見つけたと思ったのになぁ……
 あ~もうむかつく! 
 金輪際、あの家には絶ッ対近寄らないんだから!



兎「でもあんた……そもそも家主に許可取った?」



 う……取って……
 
 …………ますん。



兎「おぅけぃ。取ってないのね」


薬売り(兎が……”産まれた”)



【御産】





471以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 00:40:05.457pMgIB7e0 (5/15)




(か~ご~め~か~ご~め~)



兎「おや、今度はやけに楽し気だね」

薬売り「童歌……」

兎「ほんと好きだねぇ……ついさっき、ガキに殺されそうになったばかりだってのに」




 かごめかごめ 籠の中の鳥は

 いついつ出やる 

 夜明けの晩に

 鶴と亀が滑った



https://i.imgur.com/Ax8R02Z.jpg




 後ろの正面だあれ?




https://i.imgur.com/j9aDFm6.jpg




兎「はい、おつかれ~」




472以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 00:51:13.347pMgIB7e0 (6/15)



兎「で……今度はどうだった?」


 つ、疲れた……
 それはもう、しばらく動けないくらいに……


兎「おや、そりゃまたどうしてだい?」


 ほんとマジ聞いてよ……なんか気のいい人間がいてさ。
 あたし用の部屋を貸してくれるって言うから、お言葉に甘えて転がり込んだのさ。


兎「あら、いい人じゃん」


 と、思うじゃん? そこまではよかったんだけど……まんまと引っかけられたわ。
 住んでびっくりよ。
 そこはなんと、日々たくさんの人間が出入りする”貸宿”だったのさ。


兎「おおう……そりゃまたご苦労さんなこって」



https://i.imgur.com/sMv82cB.jpg



 人間のしたたかさ、マジ侮り難しって感じよ。
 兎相手にそこまでやるかってくらい、そりゃもう馬車馬の如く働かされたわ。
 毎日毎日、見知らぬ人間と握手握手握手…… 
 あのババアめ、ハナッからあたしを、客寄せに使う気だったんだわ。


兎「何それ。千両役者みたいでウケる」


 で~も~……ふふん。
 働いた分の報酬は、キチっと受け取って来てやったわよ。



兎「あっ」


薬売り「…………」



 じゃ~~~んッ! 今巷で話題の「鶴の織物」!
 ババアが代金代わりに受け取ったのを、さらにぶんどってきてやったのさ!




兎「いーなー」




((いぃ――――なぁ――――))



https://i.imgur.com/SOsadnN.jpg





473以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 00:58:43.987pMgIB7e0 (7/15)



兎「とまぁこんな感じで、段々と増えてって……気がつけば、ちょっとした大所帯になってたって話だわさ」

薬売り「してその全ては……同じ兎から枝分かれした自分」

兎「詩的だねぇ。そんな大層なもんでもない気もするけど」

薬売り「いえ……ただ……随分と似ているなと……」



(――――だって……あたしは常に、あんたと一緒だもの)



兎「んお? 誰とだい?」

薬売り「なんでもありません……ただの、独り言です」

兎「見た目通りの、変な奴だねえ」




(あ”あ”あ”あ”あ”! い”だい”い”い”い”い”い”!!)




兎「とか言ってる間に、まーた一羽増えたわさ」

薬売り「……お疲れ様です」



 ――――え、ちょ、誰……? 
 そのちんどん屋みたいな格好の奴。



兎「ああ、こちら、最近越してきた薬売りさん」

兎「なんでも……てゐの真と理が知りたいそうだよ」

薬売り「どうも……」



 はぁ……。
 なんかよくわかんないけど、遥々ご苦労なこってです、ハイ。



【会釈】


474以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 01:04:09.127pMgIB7e0 (8/15)



兎「でも、中々見えなくて困ってらっしゃるのよさ」

兎「だってほら……”本人自身が忘れちゃってる”からね」



 あー……なるほど。お手上げな感じなのね。



薬売り「延々と繰り返す堂々巡りの前に……よもや、永遠にたどり着けないのではとすら思えます」



 ま、確かに。残念ながらてゐが「知」を得る事は、永遠にないんだけどさ。
 でもさ、でもさ、別に……この旅自体は、永遠じゃないわよ?



薬売り「旅に終わりが……?」



 百聞は一見にしかず。
 その眼で確かめてごらんよ――――ほら。




(こ……こ……は……?)
 



 長い長い旅路の果てに――――ついに、辿り着く事ができたわけ。




(ここ……は……)



(この…………”島”は…………!)




兎「文字通り、一周してきたのよさ――――”最初の場所にね”」



https://i.imgur.com/BKUzadl.jpg





475以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 01:04:45.207pMgIB7e0 (9/15)

メシくってくる


476以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 02:25:26.187pMgIB7e0 (10/15)



兎「何もかもを忘れてしまう、老人顔負けの痴呆兎だけどさ」

兎「でも、あの島の事だけは、ちゃ~んと覚えてた」



(は、はは…………まじかぁ…………)



――――で、もちろんてゐが知ってるから、うちらもあの島を知っている事になる。


兎「あの島は、この長く続いた旅路の……始まりの地でもあり、終わりの地でもある」



【到達】



兎「これ以降……仲間が増える事はなかった」
 


 何故ならば、てゐはもう、何も忘れなかったから



(夢の中の風景だと思ってた……まさか、本当にあっただなんて)



兎「痛みが現れなかったから……記憶はずっと、てゐの中に残り続けたんだ」

薬売り「言うなれば……”心折れる事が無くなった”」



【出航】




477以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 02:31:33.397pMgIB7e0 (11/15)



【漕】



(よっこらせ――――うんとこどっこいせ――――)



薬売り「船……ですか」

兎「そ、船。つってもまぁ、その辺の廃船をテキトーにかっぱらってきただけなんだけどね」

薬売り「今度は……和邇を伝っていかなかったのですな」

兎「はは、そりゃそーでしょ。前回あいつらにどんなけえらい目に合わされたと思ってんのって話よ」



(し、しんど……ちょっと休憩……)



兎「でもまぁ……結果的には、そう大差なかったんだけどね」

薬売り「…………?」



 近づけば近づくほど、在りし日の記憶が脳裏を過った。
 やっぱり島は島だった……もはや、いつぶりの帰郷かも忘れてしまっていたけれど。
 それでも島は、あの時振り返った光景と、何も変わっちゃいなかったんだ。



兎「島は何も変わっていなかった……けどてゐの方は、当時と異なる”決定的な違い”があった」



 それが――――うちら。
 てぬが忘れてしまった記憶から生まれた、ウン万年分の知の欠片達。



【智識】


478以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 02:35:20.797pMgIB7e0 (12/15)



兎「ウン万年以上も溜め込んだんだから、そりゃあ、探せば一羽くらいいるわさ」

兎「――――”船の直し方を覚えた兎”くらい、さ」


(くっそー……やっぱり帆くらいつけとけばよかったかも……)

(風の勢いに任せれば、こんな程度、ビューンと一っ跳びなのに~……)


 とかって本人は言ってるけど、実はこれ、結果的には大正解だったのよね。
 あんたも思ったでしょ? 直し方を覚えたにしては、えらいボロっちいなって。


薬売り「まぁ……修繕済と言う割には、どうもいい加減と言いますか……」


 ま、確かに元々朽ちた廃船だったけどさ。
 でも別に、いい加減に直したってわけじゃないのよさ。 

 この時のてゐは――――望んでたのよ。
 快適な船旅よりも、”一刻も速く”辿り着く事をね。



兎「でも……」


薬売り「でも……?」



薬売り「――――おや?」



【暗雲】



479以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 02:41:24.487pMgIB7e0 (13/15)



薬売り「見るからに……雲行きが怪しいのですが……」

兎「ふふん、まぁ見てなって」



(なんか……すこぶるやな気配……)


(――――ゲッ!?)



兎「船の作り方を覚えた兎がいるんだから、”天気の読み方を覚えた兎”がいても、おかしくないよね」

兎「だからその兎は、今後の荒れ模様をこっそりと教えてあげた……けどその告げ口は、すでに海の上にいるてゐには意味がなかった」



(うそでしょぉぉぉぉおおお――――ッ!?)



https://i.imgur.com/U5TLhYA.jpg



――――都合優先で直したボロ船は間もなく崩壊。
 てゐは海の中へと放り込まれ、荒れる海の中を死に物狂いで泳いだ。
 多分この時、本気で死ぬと思ったんじゃないかな。
 だとしたら滑稽よね……”すでに何度も死んでる”ってーのに。
 





480以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 02:57:35.767pMgIB7e0 (14/15)




【浮】



(ブハッ――――ガボッ――――)



薬売り「これが……正解……?」

兎「うん、正解」



【沈】



(ガハッ――――ゴボボボボボ――――!)



薬売り「どう見ても……溺れているのですが」

兎「”泳ぎ方を覚えた兎”が付いてあげてたみたいだけど、どうやら、途中で中断したみたいね」

薬売り「何故……?」



【雷雨】



 知ってたからよ……この荒れる海原は、この島の周辺にはよくあるただの時化だって。



【暴風】



兎「知ってたからよ……これは久しぶりに帰って来た兎への、あったかな出迎えだったんだって」




 知ってたからよ…………


 これは…………


 一羽の兎を育ててくれた…………


 島の…………






((やさしい…………やさしい…………))






【波浪】




https://i.imgur.com/jEvPkjl.jpg





481以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/07(木) 03:01:28.017pMgIB7e0 (15/15)

本日は此処迄


482以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 20:56:14.68U8yEZtnF0 (1/12)




【そよ風】



薬売り「…………」



【さざ波】



兎「…………」



【波打ち際】



薬売り「中々……打ちあがってきませんな」

兎「ありり? 場所を間違えたかなぁ」



【待ち惚け】



薬売り「この辺りは潮の流れが複雑だ……船乗りですら、時折間違える事もある」

兎「でもまぁ、ほっときゃその内どっかに着くと思うけど」

兎「まぁ……いいか」

薬売り「……?」



――――しょうがない。先に行って待っとこうか。



薬売り「何処へ……?」

兎「ついてきて……そんなに遠くないから」


https://i.imgur.com/4zHDS9h.jpg




483以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 21:02:53.10U8yEZtnF0 (2/12)



兎「ところで薬売りさんはさ……やっぱり”てゐの事モノノ怪だと思ってるの?”」

薬売り「いえ……どちらかと言うと”貴方方の方が近いかと”」

兎「う~ん、ハッキリと物を言う奴だわさ」


――――でもさ、でもさ。
 最初にあんたの言い分を聞いて、ずっと引っかかってた事があるのよね。
 「モノノ怪は斬らねばならぬ」。
 そりゃ悪さばっか働くってんなら、ぶった斬って懲らしめてやんなきゃって話だけど?


兎「でも、じゃあ、仮に……モノノ怪が”生きとし生ける者の為に”存在しているのだとしたら」

薬売り「モノノ怪が……命ある者の為に?」


 だって、考えてもごらんよ。
 かつてこの島は、全てが一つだった……人も、獣も、虫も、花も。
 相容れないはずの全くの別種の生き物。
 なのにそんな別物同士が、この島に限り、共に宴に酔いしれるくらい一つだった。


兎「……なんでだろ?」

薬売り「……なんででしょう」




484以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 21:09:21.71U8yEZtnF0 (3/12)



 これって、人間同士でも同じ事が言えるよね。
 例えば、さっき見た北国のガキンチョと、一面海に囲まれた島で育ったここの子供。
 果たして彼らは、同種の人間と言えるだろうか。


薬売り「全く同じ……と言うわけには、いきませんな」

兎「そ、言えないよね~。だって、生まれも育ちも、何もかも違うんだもんね」

兎「育った環境が違うから常識も違う。発想も違う。生き方も違う。ついでに言葉使いも若干違う」

薬売り「ま……多少の分別は避けられないでしょう」

兎「そんな違う者同士を、仮にこう、狭ッ苦しい同じ家へと入れた時……果たしてこの違う者同士は、どうなっちゃうだろう」

薬売り「当然……そこには”摩擦”が生まれる」

 

『――――互いの内にある些細な違いが、双方に細かな傷をつける。
 細かな傷は、擦れば擦る程に増えていく。
 それはまるでやすりのように、続けば続くほど、ドンドンとすり減り削られて行く……
 そして最後には、消える』



兎「その場合、残るは強度に優れた鉄製のやすりか、加工に秀でた銅製のやすりか……」

兎「はたまた、”両方共消えてしまうのか”」

薬売り「どちらにせよ……壊れた道具は、捨てられるのが常ですぜ」

兎「道具はね。でも、生命はそうじゃない」

兎「ほら、見てごらんよ。ここにはそんな……”擦り合った痕”がいっぱいだ」



【墓】




485以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 21:14:49.81U8yEZtnF0 (4/12)



薬売り「墓地……?」

兎「ねえ薬売りさん……薬売りやってんなら、不思議に思った事はないかい?」

薬売り「なにが……?」


 何もかもが違う所だらけの生き物なのにさぁ。
 こうやって……”命尽きた者への対処”は、みんな一緒だよね。


兎「誰に教わったわけでもないのに、自然とみんな、土に埋めるよね~」

兎「……なんでだろ」

薬売り「その問に答えるのは簡単だ…………”宗教”ですよ」


『その者の生きた証であり、大地への寄与でもあり、時には権力の誇示にも使われる。
 してその根源は、”奉る”事。
 無を認めず、故人に思い馳せる事で、「浄土にあり続ける」と思い込もうとしている――――』


『そしていつか我が身が骸と化した時。
 自らもまた浄土へ至らんと言う……言わば、生者の理。』


薬売り「ま、細かく言えば、それもまた各々で異なるようですが……ね」

兎「――――アホ。誰が墓の起源を語れと言ったんだわさ」

薬売り「おや、違うので……?」


 ったくこれだから天然は……
 ごく一般的な考えでいいんだわさ。
 ごく普通に考えて、人間は墓を立てて、一体そこで何をするんですかって話だわよ。


兎「祈るんでしょうが……死者の幸せを」



兎「――――あんな風に」



https://i.imgur.com/a568Rgs.jpg




486以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 21:24:30.99U8yEZtnF0 (5/12)



薬売り「いつの間に……」

兎「伝え聞かなくても、誰にも教わらなくても、ああやって死者の前では、みーんな同じ事をするよね」

兎「こう、両手を握って……目を閉じて、祈る」

兎「まるで、眠りにつくかのように」


【祈祷】


 人も、獣も、虫も、鳥も――――誰もかもが、死者の前では皆、ああして等しく同じ作法を真似る。
 不思議だよねぇ。教わるどころか意思疎通すらできない者同士なのにさ。 
 だとしたらさ、これはひょっとして、ひょっとすると……
 全ての生き物は――――”元々一つだった”のかもしれないね。


兎「元々一つの生き物だった時に覚えた事が、今も頭のどこかで残ってる」

兎「だから、無意識に同じ行動をとる……って考えたら、しっくりこない?」

薬売り「わかるような……わからないような……」


 ごめんごめん、ちょっと話が飛躍しすぎたわさ。
 別にご高説垂れたいわけじゃないの。
 ただ、ちょっと例えたかっただけ。
 この墓の下に眠る彼らと……一つの時を共有した、一羽の兎とさ。


薬売り「ではこの墓に眠るのは……かつて共に宴に酔いしれた、八百万の生き物達……?」

兎「そしててゐが旅してる間に、てゐだけ残してみーんな土の中」

兎「……ってもまぁ、何百年も経ってんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど」


 天寿を全うした彼らの死に目に立ち会えなかった事に、思う所あったんでしょうね。
 だからああして、祈った……
 

【悼】


 遅すぎた哀悼。後悔先に立たず。
 喧嘩別れ同然だった最後の記憶が、てゐの心にズンと圧し掛かる重しを乗せた。



兎「同時に猛った――――”また仲間外れか”と」



 そもそも、別れの原因が「仲間外れにムカついた」だったからね。
 こうなるともう、とてつもなくびみょ~な心情よさ。
 怒りをぶつけようにも、あの時の面子はもう誰も残っちゃいない。
 かと言って、大手を振って喜べる程の憎しみも、残っていなかった。



兎「結果、何とも言えぬわだかまりが残った……哀悼と背徳が、同時に内在していた」 



https://i.imgur.com/1psnbhh.jpg




兎「でも――――そのわだかまりは、すぐに打ち解ける事になる」



【真実】



487以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 21:31:53.52U8yEZtnF0 (6/12)




(ふざ……けんなよ……)



 真相は――――仲間外れなんかより、もっともっと”意地の悪い物”だった。



(どいつもこいつも……よってたかって……)



 そうして久方ぶりの故郷は――――てゐに今度こそ、一生消えない”傷”をつけた。



(最低よ……本当に……)



(最……低……)




 その傷こそが――――あんたの言う【理】って奴さね。




薬売り「これは、これは……」

薬売り「なんとも立派な……理で……」

兎「そ、所謂……”加護の中”って奴だわさ」



https://i.imgur.com/XOrka1R.jpg




488以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 21:44:48.30U8yEZtnF0 (7/12)



薬売り「ここはよもや……先ほど兎が言っていた……」

兎「鋭いね薬売り。そう、この場所こそが……”かつて兎が世界を見た場所”さ」


https://i.imgur.com/AIcST5h.jpg


兎「う~ん、やっぱりいつ見ても絶景だわさ」

薬売り「なるほど……確かに、切り取りたくなる風景だ」

兎「さすがに雨が降ったらちょっと霞むけどね……でもその後は、”決まって虹が架かる”」

薬売り「その虹が架かっていたからこそ……”世界は兎の目に触れた”」


 みんな気づいてたんだわさ……兎が外に行きたがってる事をね。
 だってそりゃあさ、毎日よろしくやってた兎が、突然景色ばかりを見るようになったんですもの。
 大変だったと思うわさ……”わざと気づいてないフリ”をしてやるのも。 


薬売り「兎がいなくなったこの地で……残された者共は、兎の墓を建てた」

兎「墓って表現はちと微妙だね。この場合、”兎がいなくなる前から進んでた”って言った方が正しいわさ」

薬売り「おや、どうして……?」


 兎の思惑に感づいた島の生き物たちは、こっそりと、とある計画を企てた。
 その内容こそが「海を渡る方法」。
 島の生き物達は、決まった時間に話し合いの席を設けた――――兎だけを外してね。


兎「こういうのを、異国の言葉で”さぷらいず”って言うらしいわさ」

薬売り「驚き……の意ですな」


 ただ一つ、その「さぷらいず」計画には問題があったのよさ。
 悲しい事に……揃いも揃って”アホ”だった。
 もう、それは、今では考えられないくらい……だーれも、なーんも知らなかったのよさ。


兎「作り方とか以前に、船と言う存在すら、もうほんと、何もかもを」
 
薬売り「まぁ時代が時代ですから、そこは……」


 おかげで秘密の計画は大幅に遅延……ていうか、始まりすらしなかったわさ。
 だって、だーれもなーんも知らないんだもんね。
 そして、何も始まらないまま、兎だけが知らない秘密ができた……



(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)



 結局、そんな内緒の「さぷらいず計画」は、一つの不幸を生んでしまった。
 本人も言ってた通り――――兎がそれを「仲間外れ」と受け取ってしまった事さね。



【曲解】




489以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 21:47:50.23fvR4o3gDo (1/1)

島に住んでるのに舟も知らないとは確かに酷いな


490以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 22:10:38.01U8yEZtnF0 (8/12)



兎「みんな、そりゃあもう困ったでしょうね……誤解を解きたくても、解けなかった」

兎「辛かったと思うわさ。だって……みんな、”てゐが大好きだったから”」

薬売り「……」


 そうやって切羽詰まってきた末に、ある日誰かが言い出した。
 「――――海の事は海の生き物に聞けばいいじゃないか」。
 本来、陸の生き物と海の生き物に接点なんてない……はずなんだけど、その島の住人だけは、ちょっとしたコネがあってね。


薬売り「…………和邇?」


兎「そう、和邇――――まぁ、接点っつーより”因縁”に近いけど」


 陸と海。異なる場所の異なる生き物同士。
 お世辞にも良好な関係とは言えなかった……けど。
 その時その瞬間、両者はついに垣根を超える事ができた。


兎「キッカケは、兎――――兎を思う気持ちが、ついに大地と海とを跨ぐ”橋”となった」


【以心】


 その時、ようやっと計画は動き出したんだわさ。
 島の生き物は、見返りとして”共に酔いしれる楽しみ”を教えた。
 そして目覚めた――――仲間と言う概念を。


【伝心】


 酔いしれる楽しみを覚えた和邇は、約束通り海を渡る方法を教えた。
 この時和邇が島の連中に教えたのが、「船」と呼ばれる物だった。
 これは後に、島に「海の幸」を齎す事になるんだけど……これはまた、別のお話さね。


兎「これがキッカケで、島と海の生き物は共に手を取り合う事ができるようになった……ま、それでも小さな諍いはあったようだけどさ」



【締結】


491以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 22:31:25.68U8yEZtnF0 (9/12)



薬売り「しかし……肝心の兎がいなかった。両者は手を結ぶ事ができた代わりに、当の兎は孤独になっていった」

兎「そう……やっとの思いで船を完成させた時。兎はもう、”島の住人じゃなくなっていた”」

 
 手渡される事のなかった船は、それでも大事に扱われ続けた。
 いつか兎に、秘めた思いを伝える為に……

――――そこで連中は話合い、まずは船の保管場所を決めた。
 兎を含めた全ての島民が知る、共通の場所。
 そこは、「かつて兎と酔いしれたあの場所が相応しいだろう」と、満場一致の決議がなされた。


薬売り「それが……”ここ”」

兎「そう……”ここ”」


 後に誰かの提案で、この場所を示す目印が建てられた。
 帰って来た兎がすぐに気づけるように。
 天にも届きそうな程の、高い高い目印を建てた。

 さらに後に、これまた誰かの提案で、雨風に晒されぬ保管用の倉庫までもが建てられた。
 時と共に朽ちてしまわぬように。
 いつか渡す時まで、守り切れるように。

――――さらにさらにその後。
 誰かの悪ノリをキッカケに、周囲ははあれやこれやと過剰な装飾で飾られていった。
 やれ石像だの、やれ縄だの、旗だの、布だの、箱だの……
 本来必要としなかった物が、次々と足されていった。



兎「そうやって思いつくままに手を加えながら、何日も何日も待ち続けた――――何か月も、何年も」



 結果、ただの高台だったはずのその場所は、明らかに元の形から離れていった。
 家でもなく倉でもなく、休憩所にしては無駄に豪勢だし、宿に使うならちと狭い。
 そうやって気がつけば……元の目的からすらも大きく外れる、用途不明の建築物と化していたんだ。



薬売り「言い換えれば……”時と共に成長していった”」



 そう……島の生き物達はずっと待ち続けたのよさ。
 健やかに育ちながら……全ては”来るべき時の為に”。
 毎日兎が訪れた、あの虹の架かる高台へとね。



【思做】



薬売り「それでも兎は来なかった……何故ならば、”とおの昔に旅立った後だったから”」

兎「そんな事なんて知る由もなかった……”兎が全てを忘れてしまっている事なんて”」



 そうして、何もかもを知る事のないままに――――ついには全員、逝ってしまった。



【未達】



492以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 22:41:30.50U8yEZtnF0 (10/12)



薬売り「その後、その用途不明の建築物を、誰かが崇め奉る場所と勘違いし……今や立派な”社”となった」

薬売り「と、言った所ですかな」



(――――痛い)



兎「そうね、大体そんな感じ……だけど……」

薬売り「……?」



(痛い――――痛いわ――――体中が――――走るように――――)



兎「それよか…………頭、下げといた方がいいよ」

薬売り「なにが……」




(痛い――――痛い――――痛い――――!)
 



【陣痛】




薬売り「これから……世界を股に駆けた、壮大な”出産”が始まるから」




【誕生】





薬売り(な――――ッ!?)



https://i.imgur.com/7WGYeSJ.jpg






493以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 22:46:47.46U8yEZtnF0 (11/12)




 その日、その地一帯に未曾有の豪雨が訪れ、周囲の川々が龍の如く荒れ始めた。
 その日、その地一帯に巨大の竜巻が吹きすさび、塵々を吸い上げた風は暗黒の如き黒に染め上がった。
 その日、その地に繋がる山脈の一つが突如火を噴き、轟々とした溶岩が、巨人の如く大地を塗り替えていった。



兎「数多の稀が、各地で同時に起こった――――後にその稀は伝承として、各々の地で現在まで伝えられていく事となる」

薬売り「バカな……これではまるで……」



 しかし、真に稀なる事は――――この天変地異の如き大災害が、結局は”誰も傷つけなかった”事にある。



【災難】



兎「全てを飲み込む川が氾濫した結果、水に乏しかった地に大きな水源ができた」

兎「全てを吸い上げる風が塵々をばらまいた結果、花々は世界中に咲き誇る事が出来た」

兎「全てを焦がす溶岩が大地を覆った結果、生き物が住める新たな島ができた」



【祭納】



薬売り「稀……確率……内在する二つの可能性……」

薬売り「よもや……」

薬売り「兎が産んだ物とは…………!」



――――気づいた、ようだね。



兎「てゐの力は、兎を操る力なんかじゃない…………この”稀を起こす力”だったのよさ」


 
 それをどこかの誰かがこう名付けたのよさ――――。
 【幸運を与える程度の能力】ってさ。




494以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 22:47:15.62U8yEZtnF0 (12/12)

メシくってくる


495以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/10(日) 22:56:30.8964kWh03Bo (1/1)

一旦乙

そもそもなんでてゐだけ長寿なんだろう
月組とは事情が違うし


496以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 00:52:34.091YXGx6kN0 (1/6)




(痛い……体中が……痺れるように痛い……)



 思い起こせば……てゐが痛みを感じる毎に、どこかで何かしらの稀が起こった。
 その稀は決まって、”誰かに幸せにする”稀だった。



(痛い……体中が……焼けつくように痛い……)



兎「痛みと言う不幸と引き換えに……命芽吹かせる幸が生まれた」

薬売り「しかし……全て、この兎が産んだと言うのか……!」


 島の生き物は、溢れんばかりの幸を与えられ、誰よりも健やかに育っていった。
 それは体だけじゃなく、心も……
 そうやって、いつしか船すら知らなかったアホ共は、世代を追うごとに自力で世界へ旅立てる程に成長していった。


兎「そしてさらに広まっていく……兎が産んだ幸が、大海原を超えて、世界へと」



【越境】






497以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 01:02:21.881YXGx6kN0 (2/6)




(痛い……体中が……死んでしまいそうなくらい……痛い……)



 長い、長い年月をかけ――――世界が幸に満たされていく。
 幸は新たな幸を生み、心に豊かさを与え、豊かとなった心が、生命を尊ぶ意識を生んだ。
 そして尊ぶ事を学んだ生き物は、それを”学問”と言う形で後世に残した……
 いつか、時の流れの中で、消えてしまわぬように。


薬売り「そうして学び受け継いだ先に……覚えた」


兎「目を閉じ、両手を合わせ……まるで”墓前のように”振舞う所作を」



【祈】



兎「さながら、故人を偲ぶように」


薬売り「ただしその所作は……」




【析】




(もう……だめ……)




(あ…………)





(……………………)





【折】






498以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 01:26:31.791YXGx6kN0 (3/6)




(どうか、いい人と巡り合えますように)



【刻】



(どうか、あの人と結ばれますように)



【国】



(どうか、末永く幸せになれますように)



【告】



 兎は――――そうやって祈りを捧げられる存在になった。
 時には地元から、時には遠方から、時には異国から。
 数多の人間がやってきては、兎に祈りを捧げるようになった。
 みんな幸福が訪れると信じて……それでも、本人に自覚はなかったけど。



兎「不思議だよね……人間にとっては”哀悼と参拝は同じ”なんだね」

薬売り「……」

兎「ん? どした?」


【文句】


薬売り「やはり……宗教であってたんじゃないですか……」

兎「ええっ!? まだそれ言うの!?」


 い、意外と根に持つ奴だね……まぁ別に、合ってる事にしてやってもいいけど。
 でも個人的には、やっぱり微妙な所だわさ。
 だってほら、宗教って――――要は、”見えない物を崇める事”だろ?


兎「だとすると、ほら…………”まだそこにいるし”」


薬売り「……あっ」




(――――ハッ、まぁたアホ共が雁首揃えてきやがった)


(――――ほ~んと、いつになったら気づくのかねえ……”あたしゃ目の前にいる”って事にさ)



https://i.imgur.com/jN8vlOW.jpg




499以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 01:41:29.891YXGx6kN0 (4/6)



 見えない御利益にあやかりに来たのに、実はやろうと思えば見ることができたって言う……
 説法的な話じゃないよ。本当に、”幸せは目の前にいた”の。
 

薬売り「じゃあ何故……人々は、兎を見ることができなかったんですかね」

兎「んなの単純じゃん……”いないと思い込んでたから”」


 幸せは目に見える物じゃない――――「形なき存在である」。
 概念的な存在であり、決して理解できない”独自の理”によってのみ動く。
 長年かけてそう刷り込まれたもんから……見えなかった。
 と言うより、”見えてるのに認識する事ができなかった”。


兎「だから求めた……幸せを、目に見える形で認識する事を」

薬売り「だからこうして訪れた……遠路はるばる、世界中の土地から」


 そうそう、ちなみに余談だけど、特にやってくるのは「つがい同士」が多くてね。
 あんたも御存じの【因幡の白兎】。この話からもじって、兎はいつの間にやら「良縁を取り持つ仲買兎」って事になってたのよ。
 実はな~んもしてないのに……ま、噂の起こりなんて所詮こんなもんさね。


薬売り「それに……知ったところでどうせ見えませんしね」

兎「そんな感じで、噂が噂を呼び、尾ひれ背びれが大量についたあげくの果てに、さ」

兎「もはやてゐは――――”自分でもよくわからない”存在になった」

薬売り「……」


 真偽不明の噂を真に受けてやってくる連中を、てゐはずーっとここから眺めてた。
 そして言った……「アホ共め」。

 祈りを捧げた連中に、御利益が訪れたかまでは知らない。
 あのつがい同士は無事結ばれたのかなんて、知ろうとも思わない。
 ただ、祈りを捧げた後に、やたら「幸せそう」な顏をしてる連中の姿を見て……てゐは思ったわけ。


兎「何か……わかるかい?」

薬売り「いえいえ、御仏のお考えなさる事など、恐れ多くてとても……」

兎「あ、茶化してる~」


 でもまぁ、てゐ本人は何時だってシンプルさね。
 てゐは思ったのさ――――”世界は向こうからやってくる”。
 かつて手に入れたがった「知」の欠片たちが、 わざわざ自分から足を運ばずとも、向こうの方から各々の「知」を述べに来る。
 そうなりゃもう、旅なんてする必要ないよね。


兎「だからてゐはもう、島を出ようと思わなかった……」

兎「てゐはただ、かつての友が残した箱で、ゆらゆら揺れてるだけでよかった」


 自分を育ててくれた島の中で、かつての記憶に思い馳せているだけで――――
 それだけで、誰かに幸せを与えられたから。


兎「旅に費やした以上の、長~い長~い時の中で、ね」


https://i.imgur.com/QnpYjIQ.jpg


500以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 01:59:39.491YXGx6kN0 (5/6)



薬売り「……」

兎「おや、まだなんかあんのかい?」

薬売り「いえ……ただ……」

兎「わかってるわさ――――”最後の欠片が足らない”って言いたいんだろ?」



(ふわぁ~……疲れた)

(毎日毎日誰かの愚痴ばっか聞かされて……いい加減、耳がバカになりそう)



兎「もうそろそろ……来ると思うんだけどね……」

薬売り「誰が……?」



(巫女さんでも雇おっかな……賽銭でもわけてやりゃ、誰か食いついてくるでしょ)



兎「…………お」




(――――こんにちは、お兎様)




兎「後はそいつに聞けばいいよ……そいつがてゐを、”幻想郷に呼んだ張本人”だから」




(あ? 誰あんた)




【誰そ彼】



https://i.imgur.com/TwUhcgI.jpg



501以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 02:00:08.391YXGx6kN0 (6/6)

本日は此処迄


502以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 16:33:08.2787nP+RbOo (1/1)

大国様か?


503以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/11(月) 18:42:39.73p+ygH5NXo (1/1)

面白い


504以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/13(水) 23:06:55.66M+tBv7c20 (1/7)



(参拝客? 悪いけどうち、営業は夕方までって決まってんのよね)

(はは、違いますよ――――”貴方と同業の者”です)

(はぁ……? 同業だぁ……?)



兎「この場合の同業者って、一つしかないよね」



(覚えておりませんか? かつて貴方が縁を取り持った、一人の弱き人間……)

(…………へ?)



【恩人】



(――――の、息子ですよ)

(……あぁぁぁああ~~~~ッ!)



兎「ある日突然現れたこの男は――――かつてこの日出国を興した一族の、子孫だった」









505以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/13(水) 23:17:48.48M+tBv7c20 (2/7)



てゐ「はいはいはい……似てる! 言われてみれば似てるわ!」

てゐ「目元とかマジそっくり……へぇ~知らなかった! あの人の子供、こんな大きくなってたんだ!」

男「その説は、父上が大層世話になりまして……」

てゐ「いやいやいや、なーに言ってんのさ!」

てゐ「助けられたのは寧ろこっち! いやーあんときゃほんと助かったわ!」

男「はは、恐縮です……」


https://i.imgur.com/VXKpYCc.jpg


てゐ「で、オヤジさん元気?」

男「ええ、元気ですよ……むしろ、元気過ぎて少しくらい休んでいただきたいくらいなんですがね」

てゐ「なんでよ。元気してんならいいじゃない」

男「いやいや、元気すぎるのも困りものですよ……想像できますか? 自分の知らない兄妹が増える苦労を」


https://i.imgur.com/MaTXhKM.jpg


てゐ「あー……確かにあの姫様、美人だったしねぇ」

男「私実は今、とある理由で、その兄妹連中の所在を巡っているのですが……」

男「しかし幾分にも、こう……数が多くてですね」

てゐ「人間でもたまにそんな奴いるわねぇ……無駄にお盛んな奴」

てゐ「で、あのオヤジさん結局何人子宝こさえたのさ。10? 20?」

男「そうですね、私が知る限りで……」


男「…………181名程でしょうか」


てゐ「――――181ィッ!?」


https://i.imgur.com/608iXCa.jpg


男「しかも全員、腹違いです」

てゐ「あ、あのオヤジ……絶倫すぎんでしょ……」

男「いやはや、参りましたよ……この間も、諏訪の国にいると言う妹に会って来たのですが」

男「会うや否や”誰だ貴様は”と追い立てられてしまいました。むしろそれは、こちらが言いたい台詞なんですがね」

てゐ「こ、今年一番の衝撃ニュースだわ……」


https://i.imgur.com/oPwKihh.jpg




506以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/13(水) 23:26:11.88M+tBv7c20 (3/7)



てゐ「で……なんでまた、そんな多すぎる兄妹の居所を巡ってるのさ」

男「かつて……父上は国造りの祖として励み、そして大地を開拓していったのは周知と思います」


 長い時をかけ、国の礎を作り、そしてその全てを後継ぎに託した後、自身は隠居の身となりました。
 所謂「国譲り」って奴ですね。
 そんな苦労の甲斐あって……巨大な島に過ぎなかったこの大地は、名実ともに一つの国となりました。
 今我々がいる、この地も含めてね。


男「一見すると万事無問題のように思えますがね……ところが近年になって、とある問題が浮上しまして」

てゐ「あによ。なにがあったってーのよ」

男「”我々”ですよ――――貴方のおっしゃる通り、多すぎる兄妹が”再び国を分かち始めた”」


https://i.imgur.com/2YqWAoZ.jpg


 父上は何も、考えなしに子をこさえたわけではありません。
 国を興すにはあまりに広すぎる大地が、必然的に子孫の繁栄を促したのです。
 そうして各地に点在していった、のべ181名の子ら……。
 彼らは父上の思惑通り、各地の長として、その地を興していきました。


男「しかし181名もいれば、当然中には異を唱える者もいます」


 彼らは各地の守り神を自称し、次第に治める地の利権を主張し始めました。
 今までもそう唱える者は何人かいましたが、父上の力で何とか抑え込んでいました。
 しかし時が流れ、段々とその威光も薄れていき……兄妹同士の全面衝突は、もはや避けられない事態となったのです。
 

男「神が荒れれば大地が荒れる。大地が荒れれば人が荒れる。人が荒れれば命が荒れる」

男「結果、国が荒れる――――荒れた国は千切れ、別れ、またしても小さな島に戻る」

男「そして家族は……”憎むべき仇”となってしまう」

てゐ「――――はっはーんなるほど、わかったわ! あんたがここに来た理由!」



 だから、別れつつある神々の仲を取り持て――――そう言いに来たんだと、思ってた。





507以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/13(水) 23:32:36.69M+tBv7c20 (4/7)



てゐ「……えっ」

男「いえ、ですから……”兄妹喧嘩はもう収まりました”」

てゐ「…………じゃあ何しに来たのさ!?」


 男は言った。
 「もう解決したのでご心配なく」と。
 兎は言い返した。
 「だったら何しに来やがったんだ」と。
 その問いに男はこう返事を出した。
 「私の用事は貴方そのものだ」と。
 兎は強く勘ぐった。
 「まさか、騒動にかこつけて、この島を乗っ取りに来やがったのか!?」と。



 でも――――男の出した結論は、そのどれでもなかった。



男「私が来たのは…………貴方に”お礼”を言うためです」


てゐ「お……礼……?」



 男は言った――――。
 「今言った兄妹喧嘩はとっくに解決した問題で、今や皆、多少の文句は垂れつつもなんだかんだでうまく纏まっている」と。
 兎はもちろん、即座に聞き返した。 
 「それがあたしと、どう関係があるのさ!」



男「いつぞや起きた奇怪な超常現象――――あれを見て、すぐにわかりましたよ」



 そして男は答えた。
 その答えは、ぐうの音も出ないほど……兎と深く関わっていたのよさ。



男「これを……」


兎「なに……これ……?」



【古之事之記】



508以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/13(水) 23:38:40.90M+tBv7c20 (5/7)



男「これは……我が一族の成り立ちを記した書物です。ほんとは、勝手に持ち出しちゃあいけないんですがね」

てゐ「きったない本……これがお礼?」


薬売り(神々の……家系図……?)


男「ま、まぁ本の劣化はさておきですね……先ほど言った通り、この書物には父上と、我々兄妹の所業が事細かに記されておるのですが」

男「その中には……何故でしょう、”我が一族とは無縁の者”が載っているではありませんか」


 そう言いながら、男は本を”逆から”開き始めた。
 逆から開いた本は一番新しい頁が頭に来て、頁をめくるたびにどんどん古い話へと遡っていく。
 本の開き方としてはおかしいけど、でも間違えたわけじゃない。
 わかりやすいよう、わざとそうしたのよさ。


男「曰くこの者は、よく童と戯れる姿が目撃されていたようです」

てゐ「…………」


 男は、解説を加えつつ頁をめくり続けた。
 それはきっと「親切」のつもりだったんだろうけど……むしろ余計なお世話だった。

 だって……語られるまでもなく、てゐはすぐに気づいたのよさ。
 東西南北に散らばる、181名の神々が記された家系図――――
 で、あるはずなのに、その全ての行に、何故か”一羽の兎が”載っていたのを見たらね。




509以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/13(水) 23:47:10.44M+tBv7c20 (6/7)



男「各々の地の有力者は、揃ってこう言ったそうです――――童の折、”此れとよく似た兎と戯れた事がある”と」

男「そしてこれとほぼ同様の話が、何故かこの、181名の兄妹が治める地全てに伝わっている……」

男「さらにはこの話が記された時系列を紐解けば、これまたどういうわけか……”この島に兎はいなかった”事になっているのです」


 丁寧な解説が、逆にイラついたわさ。
 オヤジ譲りかなんなのかしんないけど、じれったいったらありゃしない。
 ここまで言われりゃバカでも気づくっつーのに……ねえ?



(これって……)




――――だから、自分から言ってやったのさ。


 

(……あたし?)



https://i.imgur.com/81s2QQe.jpg




510以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/13(水) 23:57:03.99M+tBv7c20 (7/7)



薬売り「神々の家系図に、なぜ兎が……?」

兎「――――ってな顔をしながら、あっけにとられる兎を尻目に、男はさらに続けた」
 

 曰く――――てゐと遊んでた子供が、全員何らかの形で名を馳せている事。
 てゐが住んでた家が、末代まで続く名家になってた事。
 てゐに部屋を貸した宿が、連日満員の一流旅館になってた事。
 その他色々と、これと似たような話が、兄妹連中が治める各地で点在している事。
 

兎「そしてその話が記された時期――――ちょうどてゐが、世界を旅していた期間だった事」



(のべ181名もいる我が兄妹ですが……誰一人として、国の一巡を成し遂げた者はおりませんでした)

(それは父上ですら成し遂げられなかった偉業……数多の子宝をこさえやっと収めたこの巨大な島を、たった一人で渡り歩いた者がいた)


 しかもその者は、一族どころか人間ですらなかった。
 オヤジが国造りを始めた裏で、人知れず世界を渡り歩き、兄妹達がその地に着く前からその地を興していた者がいた。
 「始祖を自負していた自分が、実は二番煎じだった」。
 その事実は、神々にとってもえらく衝撃的だった……らしい。


(この事実を突きつけた時、兄妹喧嘩は一発で収まりましたよ)

(あの時の意気消沈した顏は、実に見物でした……まるで童のように、キョトンとしておりましたから)


 確かに、向こうの立場で考えれば大問題だろうね。
 男の言う問題とは、国が分かれそうになった事なんかじゃなかったのさ。
 「――――神々を名乗る者共が、たった一羽の兎にとっくに先を越されていた」事実。
 そんな事も知らずに各地でえばりくさってた神々は、あまりの恥ずかしさに、揃って顏を真っ赤に染め上げた……らしい。


(語られぬ歴史の裏で……国造りの一躍を担った者が、もう一人いたのです)

(してそのキッカケは、ほんの小さな親切に対する、ほんのささやかなお礼だった……わかりますか?)

(小さな気持ちが集ってこそ国になるのに……あの神々を名乗る連中は、そんな事すらすっかり忘れておったのです)


 そう語る男の表情は、何故だか妙にうれしそうだった……自分も、その神の一人なのにね。




511以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 00:03:48.54wRncuJPX0 (1/11)



薬売り「日出国の始祖……それが兎の……真?」

兎「ところがどっこい、そんなものすごい肩書なのに、肝心の本人にその自覚は全くないときた」

兎「だから、この期に及んでまだ思い込んでるのよさ…………”自分はただの兎だ”って」

 
 兎はその話を聞き終えたと同時に、黙った。
 小難しい事を考えてたわけじゃない……ただ、あっけに取られてたのさ。


兎「男が語る話が、兎のちっぽけなお脳に収めるには大き過ぎたってだけ」

薬売り「それは……こちらとしてもそうなのですが」


 唐突に壮大な話を告げられ、お脳の処理がおっつかなかったんだわさ。
 だから、何も言い返せなかった。
 ただ景色を見つめる事しかできなかった。

――――そんな心中を察してか、男も一緒に黙った。
 兎と男。一人と一羽は言葉を交わさぬままに、二人仲良くずーっと景色を見ていた。


兎「まるで、かっての素兎と人間のようにね」

薬売り「……?」



 その時の空は――――ちょうど、日が暮れる頃合いだった。



https://i.imgur.com/ZC6X6c1.jpg




512以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 00:04:41.50wRncuJPX0 (2/11)

メシくってくる


513以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:04:39.58wRncuJPX0 (3/11)



兎「い……よっと。ハイ」

兎「それがこの、自称始祖達の家族日記さね」

薬売り「勝手に取っても……よいのですか?」

兎「いーのいーの。どうせこれも、後に広まってくもんだし」

薬売り「はぁ……」


【書】


兎「それにさぁ…………こんな機会でもない限り、永遠に知る術はないさね」

兎「折角だからついでに知っときなよ。太古の昔から語り継がれる……伝承の真なんて」

薬売り「…………」


【捲】






514以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:05:34.16wRncuJPX0 (4/11)



――――昔々、因幡の国のとある島に、一匹のうさぎがいました。
 うさぎはかねがね因幡の国へと渡りたいと思っていましたが、海を渡る方法を知りませんでした。
 そこでうさぎは思いつきました。「海の中の和邇共を騙して並ばせれば渡れるじゃないか」。
 ずる賢いうさぎは口先八調で和邇を説き伏せ、和邇はうさぎの思惑どおり、まんまと一列に並ばさせられました。



薬売り(イナバの白兎……)



――――昔々、とある所に、八十の兄弟と一人の末弟がいました。 
 八十の兄弟と一人の末弟は、ある日、因幡の国にヤガミヒメと言う大層美しい姫がいると聞きつけました。
 八十の兄弟と一人の末弟は、その姫様を嫁に貰うべく、因幡の国へと旅立ちました。
 しかし末弟だけは、みるみる内に他の兄弟から引き離されて、かろうじてついていくのがやっとでした。
 理由は簡単でした。末弟は、ただ、荷物持ちとして無理やり連れてこられただけだったのですから。



薬売り(オオナムヂの国造り……)



――――昔々、出雲の国にクシナダヒメと言う大層美しい姫がいました。
 姫は誰もが羨む美貌を持ちながら、にも拘らず、毎晩涙で袖を濡らしておりました。
 その涙には、とある理由がありました。
 その地に棲み付くヤマタノオロチと呼ばれる怪物が、あろうことか、姫を食らうと宣告してきたのです。



薬売り(スサノオのオロチ討ち……)



――――昔々、高天原と呼ばれる、神の住まう土地がありました。
 神は高天原より地上を眺め、時には使者を送り、時には自らの神力を使いながら、着々と国を作り上げていきました。
 そうして国作りがある程度進んだ頃、神は頃合いを見て、行宮の儀を取り行う決定を下しました。



薬売り(アマテラスの天岩戸…………)



 神は降臨の地を入念に選んだ後、因幡国内の”八上”という地に降りる事に決めました。
 神にとっては初めての地上でした。故に神は、少し不安を感じていました。
 高天原から見る地上は平穏なれど、実際に降りれば、一体そこにはどんな光景が広がっているか……
 天から眺めるだけでは、まるで想像できなかったのです。



薬売り(…………ではない?)



【止】



515以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:16:45.71wRncuJPX0 (5/11)



兎「どうしたのさ…………速く読みなよ」


薬売り「…………」


 期待と不安を胸に秘めながら、神は地上へと舞降りました。
 そして、降りた先に広がる光景は――――
 今迄の不安をかき消す程に、それはそれは美しい景色が広がっていたのです。


https://i.imgur.com/8mIIuOm.jpg


 その光景は、神にとっても期待以上の物でした。
 おかげで神は実に上機嫌なまま、国見を続ける事ができました。

 途中、神は記念がてら、御頭に冠した冠を、道中で腰かけた石にそっと残していきました。
 その石は後に「御冠石」と名付けられ、地上の人々に末永く大事に扱われました。



兎「今思うと……まるで、童みたいな方だった」



 そうして機嫌よく行宮を終えた神でしたが……
 しかし、帰る間際になって、ようやっと気づいたのです。



兎「だって、あっちゃこっちゃ行ってははしゃぎまわってさ……お供連中を、これでもかってくらい振り回すんだもの」




 いない――――神をこの地へと案内した【兎】の姿が、どこにも見当たらない事に気づいたのです。
 



薬売り(兎――――!?)




516以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:18:58.769oLeYQwdo (1/1)

まだ続いていたのか


517以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:21:55.05wRncuJPX0 (6/11)



兎「神様はその時、降臨の地をどこにしようか悩んでいたのさ」

兎「ほら、人間もたまにやるじゃん? 所謂……”お忍び旅行”って奴よ」


【国見】


兎「つっても内緒の降臨だから、宮とか社とかには降りれないよね。かと言って、全くの未開に降りるのはさすがに気が引けたのよさ」

薬売り「バカな……天照が地上に降臨していた……? そんな話は聞いた事がない……!」

兎「ずっとずっと悩んでらした……その時だった」

兎「ちょうどいいタイミングで、神様の服の裾をくいくいって引っ張る、”小さな兎”が現れたのよ」


 その兎は、因幡国内にある”ヤガミ”って土地を指し示した。
 改めて見てみると、そこは出雲国からそこまで遠くなく、かつ地形的にバレにくいって言う……お忍びにはと~っても都合のいい場所だったわけ。
 神様はすぐにそこに降りると決め、兎はその地の案内を買って出た。
 後はそこに書いてあるままさ。兎は無事案内を務め上げ、神様は実に機嫌よく天へと帰っていった……


兎「そして天へと帰っていく神様を見届けた後、兎はこっそり地上へ消えた……らしい」


薬売り「らしい……?」


兎「そして一人地上へと残された兎は、ヤガミの地に安住の場所を見つけ、そのままそこに棲み付いた……らしい」


薬売り「ヤガミ…………」



【夜神】



薬売り「ヤガミ…………!」




兎「――――旧因幡国八上領・高草群。通称”高草大林”」


兎「後に――――【迷いの竹林】と呼ばれる場所……らしい」




薬売り(なん…………)



https://i.imgur.com/f3PDzFc.jpg




518以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:31:53.61wRncuJPX0 (7/11)




(綺麗な……夕日ですね)

(……そうね)



兎「そうしてまんまと地上の棲み処を手に入れた兎だったけど……残念ながら、そこも長くは持たなかったんだわさ」



(あれほど青かった空が赤く染まり、日は黄金色に輝き、大地は暗き緑に覆われ……そして薄き水色を経た後、闇夜へ染まる)

(まるで虹のような……暗明を繋ぐ、架け橋のような)



兎「その棲み処はまるで夢の中のように、とっても居心地のいい場所だった」

兎「だけれども、不運な事に……”時期が悪かった”」



(そしてまた、日が昇る……今度は、明暗の架け橋が現れる)

(日が昇れば数多の命が目覚め……次第に、命と命が繋がっていく)



兎「ちょうどその時、その地一帯で大規模な川の氾濫が頻発しててね……案の定、それは因幡国にも起こった」

兎「津波と見間違うほどの大洪水だった……川はまるで蛇のように、あの穏やかな森林を丸飲みにしてしまった」

兎「もちろん――――”中にいた兎もろとも”ね」


 こうして兎の夢は、たったの一夜にして消えてしまった……そりゃもう、大層悲しみに明け暮れたさ。
 そしてそれ以上に――――恐怖を覚えた。
 何故ならば、ふと辺りを見渡せば、そこは何もない空間。
 見渡せど見渡せど、闇しか見えぬ暗黒の世界でしかなかったんだ。



【常世】





519以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:35:10.63wRncuJPX0 (8/11)



(なんか浸ってる所悪いけど……うちら夜行性なんだけど)

(おっと失敬……そういえばそうでしたな)


 闇に取り残された兎。
 そしてその中で朧げに浮かび上がる「食われた記憶」が、さらに絶望を確信に変える。
 「もしかしてここは黄泉の国で、自分もあの時一緒に消えてしまったのでは――――」。
 そんな発想に至るのは、ごくごく自然な成り行きだったと思う。


兎「絶対に死んだと思ってた。でも、生きてた」

兎「その事を教えてくれたのは……天をも照らす、まばゆい光だった」


 兎は思わず目を眩ました。
 だって、さっきまで黒一色だった世界が、いきなり真っ白に輝き始めたんですもの。


【照】


 そして輝き始めた世界は、徐々に正体を露わにし始めた……
 青い空、白い雲、茶色い大地、生い茂る緑――――それと、さざ波の音色。


兎「よく見知った風景だった……思わず”誰かにお勧めしたくなる程”のね」 


 もしかしたら、黄泉の国にも似たような風景がある可能性、無きにしも非ずではあるけども。
 でも兎は、そこが黄泉の国ではない事はすぐにわかった。
 単純な話さね。結局はなんてことない――――兎は最初っから、”どこにも行ってなかった”のさ。


兎「黄泉どころか国境すら超えてなかったのさ…………人間が勝手に引いた、境目すらもね」



 だって、振り返ったすぐ後ろには――――


https://i.imgur.com/j7lo52n.jpg



(ならばなおさら、よくご覧になるでしょう……この夕景によく似た、もう一つの景色を)

(……まぁね)



兎「旧因幡国隠岐郡・隠岐諸島――――後にとある兎が、身の程を思い知る場所だったのさ」



【起来】





520以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:53:06.60wRncuJPX0 (9/11)



薬売り「……一つ、お尋ねしたい」

兎「ん、なぁに?」


【確信】


薬売り「この書物には神が兎に案内を命じた……とあるが、貴方の語り草はむしろ逆」

薬売り「むしろ、兎の方から神に働きかけたように聞こえる……」


【核心】


薬売り「それも……ただ……”自分が地上に降りたかった”が為だけに」

兎「……そうとも言えるかも~」


【天】


薬売り「高天原に御座す神と言えば、十中八九【天照大神】を指す……しかし」

薬売り「そんな天照に、指図紛いの進言ができる者など――――”片手で数える程に限られる”」

兎「ほんと、無駄に博識だよねえ。ほんとに薬売り?」


【三柱】


薬売り「天照とは、大地を起こしたイザナギの左目から生まれた子……」

薬売り「そしてイザナギは、他に右目と鼻を用いて……天照の他に”二人の兄弟”を生んだ」

兎「その内の一人は、やたら英雄みたいな扱いされてるよね」


【三貴子】


薬売り「親神は三人の子供に役割を与えた――――一人は天を、一人は大地を」



薬売り「そして――――最後の一人には――――」



https://i.imgur.com/8JyHndz.jpg




薬売り「貴方は…………いや、貴方”様”の真とは…………」



薬売り「よもや…………」



https://i.imgur.com/jVWWXLq.jpg





521以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:55:43.61wRncuJPX0 (10/11)



薬売り「お聞かせ、願いたく候…………!」

兎「…………」



【み空ゆく 月讀壮士】



(おわかりいただけますか、貴方は……いや、貴方様こそが……)

(森羅万象の全てにまたがる――――唯一無比の”架け橋”であったです)


兎「ん~、まぁ、なんだ、その……」

兎「その問いに答えるのは……ちょ~っと難しいかも~」

薬売り「何故……」



【夕去らず】



(人と人を、国と国を、命と命を、縁と縁を)

(天と大地を、日と月を――――二つに分かれた、昼夜ですらも)



兎「だって……曖昧なんだもの」


(さっきからわかりにくいのよ……表現が曖昧過ぎて)



――――夜の神。食の王。暦の祖。昼夜の起源。日月剥離の戦犯。
 良くも悪くもたくさんの肩書があるけども、でも、その全部が不確かで曖昧。
 その曖昧さ加減は姿形にすらも及ぶわ。
 だって、大々的に奉られる二人の姉弟に比べてさ。一人だけ、描かれる事自体がなかったんだもの。
 


【目には見れども】



(これは失敬……では、単刀直入に言いましょう)


 
 描かれないから残らない。
 記されないから伝わらない。
 けれど遡れば、節目節目に確かに存在する、境目の神。



(貴方がいなければ――――”この日出国は産まれなかった”)



 「いるのにいない神――――」。
 そんな矛盾を抱えていたからこそ、自由に動き回れたのかもね。



兎「兎の体を借りて、さ」



【因るよしもなし】




522以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 01:56:14.94wRncuJPX0 (11/11)

本日は此処迄


523以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 12:32:53.1479t5w3Aqo (1/1)

ちょっと話が壮大になりすぎてごっちゃになってきた。本当は神様なのにそれを忘れて
島暮らししてたってこと?健忘症になったのは皮剥がれたトラウマのせいじゃなかったってこと?


524以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/14(木) 18:16:20.70yuYYxfLzo (1/1)

まさか月読まで出てくるとは


525以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/15(金) 20:03:59.42jidiJOoqo (1/1)

体の傷が因幡の白兎で脳の傷が案内兎の時についたって事じゃね


526以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 20:02:53.22gi94QXUf0 (1/13)



(…………ねえ)


(…………はい)


(じゃあ…………その話が本当なら…………)



(――――”あたしは一体誰なの”?)



 てゐの理解を遥かに超えた顛末は、てゐにとっては混乱しか生まなかった。
 ま、お節介も度が過ぎれば迷惑と同じって事さね。
 おかげでてゐは――――今度こそ”自分が誰かわからなくなった”。


(……ご当人にすらわからない事を、私が知る由もございません)


(なにそれ……変なもやもやだけ残しやがって)


(ただし…………その”お手伝い”はできるかと)


 その「お手伝い」こそが、男の言う「お礼」だった。
 わざわざ仲の悪い兄妹達に会いに行ってたのはこの為。
 時に追い立てられながら、時にボロクソに煽られながら……
 てゐの為だけに、必死に探し回ってたらしい。


(かつて、”貴方によく似た兎”が最初に住んでいたとされる地……この書によれば、未曾有の洪水によって飲まれて消えたとありますが)


(――――消えてなかったんですよ。あの月に愛された大林は……”今も確かに存在している”)


 すなわち、「てゐの探し物を一緒に見つけてあげる」事。
 と言いつつもまさか、ここまで苦労させられるとは思ってなかったみたいだけど。
 でもまぁ、なんだかんだで、結局は見つけれたのよさ。
 自分達すらも知らなかった――――”もう一つの世界の入り口”をね。





527以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 20:10:38.85gi94QXUf0 (2/13)



(そこは曰く、”幻の集う地”と言われておるようです)

(嘘か真か…………長い時をかけて少しずつ忘れ去られていった者達が、最後に集う幻想の地だとか)


 そこは、調べれば調べる程不思議な場所だった。
 幻を冠する癖に、確かに存在すると言う矛盾を持った土地だった。
 しかし神々にとっては、幻はむしろ、懐かしさすら感じさせる地だった……らしい。



【懐郷之地】



(人も、獣も、虫も、鳥も、魚も――――その範囲は、神を名乗る者にすら及ぶ)

(幻であるなら、なんだって……幻となれば、仮に”生命ならざる物だって”)


 多分、既視感を感じていたんだと思う。
 今でこそドロッドロの兄妹仲だけど、国を作り上げていた当時は、家族は確かに手を取り合っていたんだから。

 そんな在りし日の自分達と重なった……んだろうと、個人的に思ってる。
 だって、そうじゃない。
 家族で同じ夢を目指した裏で、どこかの誰かが、かつての自分達と全く同じ夢を見ていたんだから。



【幻想之郷】



(どこの誰がそんな大それたもんを……あんたの兄妹の誰か?)

(そこは、最後までわかりませんでした……ただ)


 数多の生命を乗せた、国と言う神の加護の中。
 それらと同じく、数多の幻を詰め込んだ誰かの箱庭が、この国のどこかにある。

 そしてその箱庭は、発覚するや否や、瞬く間に神々の間でも話題になった。
 そりゃそーさ。なにせ181もいる神々の誰もが、存在自体に全く気付かなかったんだからね。


(その誰かは……間違いなく”父上に影響を受けている”)



【懐かしき東方の地】



528以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 20:21:30.11gi94QXUf0 (3/13)



(かつて父上が国造りの主と呼ばれたように……その者も”主”を自称しているようです)

(それは、我が一族にしか通じぬ意味を持った言霊)

(だとすれば、述べ181名御座す兄妹の内の誰か……その推察は、あながち間違いではないかもしれませんね)


 どうやってそんな大それた世界を作ったのかはわからない。
 何が目的なのか知る由もない。
 勿論、誰の仕業かなんて皆目見当もつかない。
 ただ、唯一一つだけ――――わかる事があるとすれば。
 


(”八雲”――――その者は自らを、そう名乗っているようです)



(それって……)



https://i.imgur.com/V1cQsPq.jpg



薬売り「スキマ……?」



【八雲立つ】




529以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 20:31:46.21gi94QXUf0 (4/13)



薬売り「彼女がその、181名の内の誰かだとでも……?」

兎「おや? まるで知り合いみたいな言い草だね」

 
 幻を真とし、夢を現と成す、八雲の箱庭。
 ありえない矛盾で成り立つ世界の存在は、もちろんてゐのお脳に、無数の「?」を浮かばせた。
 話だけ聴くと、童の空想といい勝負よ。
 「下らない」。普段のてゐなら、きっとそう言い捨ててる所ね。


(ねえ、だったらそこへは、どうやって行けば――――)


 でも――――今回ばかりは、聞き捨てちゃいけないと思った。
 ちゃんとわかるまで、最後まで付き合わないといけないと思った。
 だって男は自称・同業者。
 感謝と幸福を紡ぐ、かつての恩人の子孫だったんですもの。




(……………………あれ?)




 そんなてゐの思いも空しく……返事は返ってこなかった。



【夢消失】



 ふと振り向けば――――そこには、”誰もいなかった”のよ。
 ついさっきまで隣にいたはずなのに。
 影も形も何もかも……存在そのものも。
 

薬売り「消えた……?」


兎「そうとも言えるし……見方を変えれば、”最初から誰もいなかった”とも言える」


 
【夢想】




530以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 20:44:23.29gi94QXUf0 (5/13)




(………………まじかぁ)


 あたかも最初から誰もいなかったかのように、さざ波の音だけが鳴り響いた。
 ザザーン、ザザーンって寄せては返す波の音が、次第にてゐの心へ冷静さを取り戻させた。
 おかげでてゐは、呆然としつつもゆっくりと考る事ができた。
 そして、緩やかに結論へ辿り着いた――――「もしかして、夢でも見ていたのかな」って。
 

兎「時間が過ぎる事に、ついさっきの出来事のはずが、途端に夢か現実かわからなくなった」

兎「ひょっとしたらうたた寝でもしてたのかもしんない。波の音色に誘われてついうとうと……なんて、よくあった事だしさ」


 あの時唐突に現れた男が、夢か現実だったのか……それは今でもわかんない。
 でも、男が語った話は、いつまでもてゐの中に残ってた。


兎「――――自分は一体何者なのか」。


 兎の身でありながら、あらゆる生き物と会話を交わし
 兎の身でありながら、童のような身なりをし
 兎の身でありながら、やけに計算に強く
 兎の身でありながら、奉られる程に信頼を浴び
 兎の身でありながら、人知を超えた奇怪な奇病に罹り
 兎の身でありながら、それでも生物の枠を超えて生き続ける自分。


https://i.imgur.com/OHsXqth.jpg



兎「自分に纏わるあらゆる謎が、一本の線で繋がってる気がした……いたかどうかもわかんない、男の話の中にね」

薬売り「つまり、最終的に――――”勘”で動いた?」

兎「平たく言えばそうなるねぇ……でも、てゐの勘は”ただのあてずっぽうじゃない”事を、あんたはすでに知ってるはずだよ」



 だから、表すことができた……
 ”内在する二つの可能性”として。





(――――うわっ!?)





【衝撃】




531以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 20:55:38.25gi94QXUf0 (6/13)



薬売り「何事……!?」


兎「大丈夫、慌てなくてもいいよ……ただの地震だから」


(全然大丈夫じゃない~~~~ッ!)



【鼓動】


【大地】


【轟音】



薬売り「収まった……」

兎「ほら、大した事なかったろ?」



(あ~……びっくりした……)



兎「慣れてないとちょっとびっくりするかもだけど……心配はいらないよ」

兎「一度たりともないんだから……てゐの力が、誰かを傷つけた事なんて」



【倒壊】



薬売り「しかし……これは……」


薬売り「この……現象は……!」


――――ほ~んと、不思議だよねぇ。
 地理的に、地震なんて早々起きない場所なのにねぇ。
 てゐにちょ~っと好奇心が芽生えたタイミングで……こんな事が起こるだなんてねぇ。



https://i.imgur.com/BlU6716.jpg



薬売り「貴方の……仕業か?」

兎「おいおい勘弁してくれよ。ただの兎がこんな事、できるはずないだろう?」

兎「ただの偶然だよ。ただの……」




(…………行けって、言ってんの?)




兎「てゐの好奇心に重なるように――――”偶然”船が崩れ落ちてきた。それだけさ」



【迎賓】






532以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 21:05:38.41gi94QXUf0 (7/13)



兎「おっ……ほら、あっち見てごらんよ」

兎「まるで旅立ちを促すように……海に立派な橋が架かってるよ」

薬売り「今度はなんだ……」


https://i.imgur.com/2DXflp6.jpg



薬売り「なんと……」

兎「波がいい感じに飾ってるねえ……まるで浮世絵のようだ」

兎「まさにうってつけな光景じゃん? こんなん見せられたら、余計に好奇心揺さぶられるってもんでしょ」



【送出】



薬売り「一体どうなっている……これではまるで……あまりに……」

兎「いい方向に起こる偶然……これを異国の言葉で”らっきぃ”って言うらしいよ」



【意図】



薬売り「――――誰かが手引きをしているとしか思えない……!」

兎「そうだねえ。誰かが手引きしているとしか思えないよねぇ――――”かつてここにいた連中のように”」



【作用素】



兎「でも……これはあくまで現実だ」

兎「作り物でも、誰かの所業でも、ましてや何らかの意思が籠っているわけでもない……」


兎「――――”てゐが実際に見た光景”。それだけが全てだよ」



【未知数】





533以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 21:23:00.73gi94QXUf0 (8/13)



薬売り「しかし……これほどまでに稀が重なるなど……!」

兎「はぁ――――いいかい、薬売りさん」


 ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。
 と言う事は、どこで何が起ころうと、誰にも認識されなければ、何も起こってないのと一緒なんだ。
 それはこの光景だって一緒。
 そこがどれだけ素晴らしい世界だろうと、誰も知らない場所は、何もない荒野と同じなんだよ。



【講義】



薬売り「いまいち……何をおっしゃっているのかわかりかねます……」

兎「じゃあ例えば……仮に誰かが、今の地震の原因を突き詰めようとしたとしよう」


 するとその誰かは、結論を求めて走り出すだろう。
 まぁ途中で諦めるとかあるけど、そこはないと仮定してだね。
 地震ならなんだろ……「地盤のひずみ」とか「海底の地割れ」とか、そんな感じかな。
 とかくそうして、いつか納得に足る【結論】に辿り着く。


薬売り「それが人の歩んだ歴史だ……そうやって人は、今日まで発展を遂げてきた」

兎「じゃあ逆に聞きますけど。そうやって長年かけて発展してきたはずなのに――――”本質は一向に変わらない”のは何故だい?」


 知識を重ねて、知恵に昇華し、現実を染め上げ、時が濃厚にしていく。
 にも関わらず、器は何も変わらない。
 絵と一緒だよ。紙をどれだけ色鮮やかに描こうが――――”描いてる当人は何も変わっちゃいない”。

 変わってないんだよ。何も。
 変わったのはあくまで周り。
 人の数だけ染められた現の色々。
 それを光が照らすから…………”鮮やかに見えるだけ”。



兎「どこにいようが、何をしようが――――”どこから来ようが”」



【不変式】



 赤色・橙色・黄色・緑色・水色・青色・紫色。
 命の数だけ色があり、現実を染めていく。
 そして数の分だけ、数多の色々は混ざりあう……したらどうなるだろう。
 

兎「あら不思議。全部まとめて消えてしまったじゃないか」

薬売り「……」


 一度描いた絵を、寸分違わず描き映す事は不可能だ。
 例え傍目にはどれだけソックリできてようが、色合いとか、線の加減とか、その他諸々……。
 必ずどこかで、違いが出るから。
 


兎「描く対象が――――”自分自身だったとしても”」


https://i.imgur.com/Aop8iLL.jpg





534以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 21:36:27.64gi94QXUf0 (9/13)




 全く同一の存在なんて、この世のどこを探そうと存在しない。
 異なる部分が一部でもある以上、それは等しさと結びつかない証明となる。
 あるとすれば、それは等記号で結びつく世界――――すなわち、机上の空論の世界のみ。


https://i.imgur.com/DIbkLI2.jpg



兎「皆、考えるべきだ……全ての事象が、観測されることで初めて、結果として現れると言うならば」


兎「皆、考えるべきだ……ならば観測者が現れるまでは、”事象は如何なる状態であったのか”」


 有か無か。1か0か。幻か現実か。生か死か。 
 観測する事で可視世界に引き上げられた固有事象は、その実無数の多重事象を孕んでいたのではないのか。
 ならば事象とは、元来複数の状態で構成されているのではないか。
 それを矛盾と蔑むならば――――その状態こそが、”本来の姿”なのではないのか。



【物質ノ多元性質】



兎「本質とは、それぞれ異なる事象の重なり合い……結果とは、目に見える範囲の一部に過ぎない」

兎「認識できないだけで確かに存在する事象――――同じであり違うと言う、内在する不可視の矛盾」



【証明スル波動行列】



 あんたも見たはずだ……そんな矛盾を孕んだ兎が、ここには”もう一羽いた事を。


https://i.imgur.com/HLRn584.jpg




535以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 21:47:39.41gi94QXUf0 (10/13)



兎「そこにあるのに認識できず、理解足りえぬ矛盾を、”稀”の一言で終わらすならば――――」

兎「だったら”自分が誰であるのか”など、誰も証明できない事となる」



【量子脳理論】



兎「夢の中の自分は、果たして現実世界の自分と同一と言えるのか」

兎「認識とはとどのつまり、押し寄せる矛盾から、自己確立の為に選ばれた一つの事象にしか過ぎないではないのか」

兎「ならば、稀と矛盾に溢れているからこそ……自己の存在を確立できるのではないのか」



【ポカン式】



 みんな……そこんとこが今一つわかってないんだよ。
 意識なんて物は所詮、無神経な蛋白質の固形体に過ぎないのに。
 自我なんて物は所詮、数多に重なる矛盾の中継地点に過ぎないのに。

 なのにそれを、進化だなんだって持て囃すから……。
 だから、何時まで経っても、同じ事を繰り返す。
 


【結論】






兎「”世界はいつだって稀で溢れている”――――なのに、誰もそれが、見えちゃいないから」





 だから――――モノノ怪なんて物が生まれるんだ。




536以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 21:58:33.63gi94QXUf0 (11/13)



薬売り「生命の歩みを……真向から否定なさるおつもりか?」

兎「ハッ、あんたがそれを言うかよ――――因果と縁を斬り払うお前がよ」

薬売り「…………」


 ま、そういうわけで……改めてもう一度言おう。
 ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。

 いくら突き詰めようと、どこまで行っても、実際に在った事以上の事はわからない。
 でもその事実を認めたくないから、各々が、持てる限りの色々で、勝手に解釈を染め上げようとする。
 

【着色】


 そして、安心する……
 結果に理由をつけて、全てを知った気になって……そこまでしてやっと、満足そうな顔で床に付ける。 
 明日になれば幸せが訪れると信じて……
 何が起こるかなんて、誰にもわからないはずなのに。


兎「そうして結果は、より都合のいいように、どんどんと鮮やかな色々で塗り固められていく」

兎「安心を大義名分に、鮮やかさ以外の一切は取り払われ……いつしか、完全な別物に成り替わる」



 そして、夢の中で踊り続ける――――わかってしまうのが、恐ろしいから。



兎「そこまでいけば……もはやただの”嘘”だね」

薬売り「嘘が……お嫌いか?」



【虚構】



兎「真を理を追う者とは思えない台詞だね……でもまぁ、一応答えておこう」




――――別に、いいんじゃん?





537以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 22:09:17.84gi94QXUf0 (12/13)




薬売り「おや、稀を起こす張本人とは思えない台詞ですね……」



 いや、んな事言われても、だってさぁ……



(わかってる……みんなわかってる……)

(みんなのおかげで今の自分がある事も……ここで育ったから、こうしてまた、夜を迎える事ができるのも……)



 うちんとこの”りーだぁー”様がさぁ……



(なのにあたしは……また……同じ事を繰り返そうとしている事も……)

(それでも送り出してくれるなら……懲りないあたしを、どうか許してくれるなら……)




 なんか、こうしてさぁ……




【求】




(まだ――――”あたしを愛してくれるなら”)




【返礼】







てゐ「あたしは二度と――――”何も忘れたりなんかしない”」





――――幸せそうに、納得してんだもん。



https://i.imgur.com/LBZXRz1.jpg




538以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/17(日) 22:09:49.13gi94QXUf0 (13/13)

メシくってくる


539以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/18(月) 00:11:36.725atcrKdS0 (1/7)



薬売り「……」


兎「……ふわぁ」


【波】


【葉擦】


【凪】



薬売り「おや……眠くなってしまいましたか?」

兎「いや……ちょっと喋り疲れただけ」


【夜】


兎「でもまぁ……そろそろお開きにしたいなとは思っている」

薬売り「ようやく……意見が合いましたな」


https://i.imgur.com/yGWJDuY.jpg


兎「さて……と、言うわけで」

薬売り「と、言うわけで……」



【闇】



兎「ここから先はもう言う必要もない……全部、あんたも知っての通りさね」

薬売り「無事、辿り着いたのですな……消えたはずの”家”へ」



【月下】



兎「まぁ実は、そこに至るまでにも色々やらかしエピソードがてんこ盛りなんだけど……そこはいーっしょ」

薬売り「またの機会があれば……是非」


 ま、そんなこんなで、今度こそ「本来の住処」に帰ってきたてゐなわけだけど……
 そこに待ち受けていたのは、次なる出会いで……それがご存じ「八意永琳」。
 月の民を自称し、かつててゐが目指した【賢者】の名を、欲しいままにする人物だったってわけさ。


薬売り「そういえば……かねがね、誰かに弟子入りするような気質ではないと思っておりましたが」

兎「そこはまぁ、マジモンの賢者様だからねぇ。敵対するよか、下っといた方が得だとか思ったんじゃない?」


 それにさ……たぶん、嬉しかったんじゃないかな。
 だってほら、てゐにとっては初めての事だったし。
 ずっと一人だったてゐにとって……自分ちに「同居人」ができる事なんてさ。



【共存】





540以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/18(月) 00:29:01.465atcrKdS0 (2/7)



薬売り「だからこそ、守ろうと思った?」

兎「八意永琳は医術と言う手段を用いて、他者に”回復”を与える人物だった」


薬売り「既視感めいた物を感じた?」

兎「八意永琳は知を振りまく事で、他者の”成長”を促す人物だった」


薬売り「内心……嫉妬していた?」

兎「そんな八意永琳が目指した物は――――”誰かを幸せにする事”だった」


 互いにない物を持っていた――――お互いが”最も欲する物を持っていた”。
 パズルみたいなもんだよ。こう、ちょうどいい具合に凸凹がハマったもんだから……
 だから、上手い具合に混ざり合った……のかもしれないね。


薬売り「しかし……」


兎「そう――――永遠なんて、やっぱりどこにもなかった」


https://i.imgur.com/FI5gMUR.jpg


兎「嗚呼、まるで砂上の城のよう……長年かけて積み重ね続けた永遠は、須臾も待たずに崩れ去った」


https://i.imgur.com/n9GZFTV.jpg


兎「永琳もてゐも同じ気持ちだっただろう。共に手を取り合い、永遠を目指し続けた二人の心情は、察するに余りある」

兎「でも、両者の間には――――たった一つだけの決定的な違いがあった」


https://i.imgur.com/SiwQR01.jpg


兎「それこそが……てゐにとっては、すでに”観測し終えた結果”だった事」


https://i.imgur.com/yDW6e3j.jpg




541以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/18(月) 00:40:06.375atcrKdS0 (3/7)



薬売り「此処もまた、すでに幻……でしたな」

兎「そう、そしてその幻すらも、また失おうとしているこの事実」

薬売り「どうしてこうも……奇怪な稀ばかりが起こるのでしょうか」

兎「そんなのこっちが聞きたいよ……でも仮に、稀に意味を見出すならば」


 永遠に失い続ける性を持った悲しき兎。
 いつしかそれを受け入れる事で、自我を保ち続けた哀れな兎。
 そんな惨めで矮小なる兎が、何の因果か、たった一度だけ――――”永遠に反旗を翻す機会”を得た。
 


兎「どうせ崩れる永遠ならば、自らに罹った永遠をも、共に崩してしまえ」

兎「それが誰かの幸せに繋がるならば……降りかかる痛みが、福音となりて振りまかれるのなら」



【求】



薬売り「結果……兎が兎でなくなろうとも」


兎「卯が全てを失っても」


薬売り「傷など、最初からなかった事になっても」


兎「卯が――――月の手を離れようとも」



【及】



兎「月に愛されし卯が、一介の畜生に成り果てたとて――――」



【給】



兎「そうなって初めて……卯はやっと、ただの兎になれるのかもね」



【泣】




542以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/18(月) 00:50:36.745atcrKdS0 (4/7)



薬売り「なるほど……貴方様のおっしゃる通りだ」

薬売り「確かに、”誰とも同じではない”」



【――兎神之理――】



兎「つってもほら、誰しも一度くらい思った事あるだろ?――――”もしも過去をやり直せたなら”」

兎「もしも仮に、そんな機会が訪れたなら……あんたは一体、何を変える?」



(あのちょ~うさんくさいちんどん屋……未だかつてないくらい信用ならないけど……)


(でも、あいつの言ってた話が……仮に本当なら……)


(それができるのが……あたしだけならば……!)



兎「てゐの理を紐解く鍵は、きっとそこにある……んだと思う」

兎「本人すら知らない……箱を開ける鍵が」



【――白兎之理――】



薬売り「全ての…………可能性は…………」

薬売り「観測する事で…………初めて…………」




(みんな……もうちょっとだけ、我慢しててね……)



(全部済んだら……”すぐに出してあげるから”)



https://i.imgur.com/c3fXd59.jpg





543以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/18(月) 01:07:38.995atcrKdS0 (5/7)




兎「してその観測者は、この場合誰になるのか……それはもう、言わなくてもわかるよね?」

薬売り「ええ、誰が見るのかなど……”すでにわかりきっていますとも”」




【――兎之理――】




兎「話が速くて助かるねぇ――――おぉい、聞いたかい? みんな」




((嗚呼、楽しみだ楽しみだ……))


https://i.imgur.com/JJbjDi4.jpg




兎「ほんと、楽しみだねぇ……訪れるのは既視か未視か……」




((楽しみだ…………楽しみだ…………))


https://i.imgur.com/0mxvpuK.jpg





544以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/18(月) 01:19:46.355atcrKdS0 (6/7)




【因幡てゐ――――之・理】



兎「あー楽しみだ。今度の箱は、どちらの可能性に集約されるのやら……」


https://i.imgur.com/X1cQgOW.jpg




兎「さぁ、果たして――――」


兎「”今度はどちらの結果に転ぶのやら”」




【――ひさかたの

     天照る月は 神代にか

      出で反るらむ 年は経につつ――】



https://i.imgur.com/UH9pMHl.jpg











545以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/18(月) 01:20:12.615atcrKdS0 (7/7)

本日は此処迄


546以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 00:31:46.59quhZaAAU0 (1/8)



てゐ「――――ハッ!」


薬売り「…………」



【起床】



薬売り「おはようございます……」


てゐ「あ、え……あれ?」


 両者をまたぐ沈黙は、ようやっと終焉を迎えた。
 理を話すと言いながら、突如黙し始めた妖兎の様相は記憶に新しい。
 その所以は、まぁ、わからんでもないよの。
 話す内になにやら「込み上げる物」でもあったのかと、十二分に察する事ができようぞ。


てゐ「あ、ごめ……なんかちょっと……うとうとしてたかも」

薬売り「いえいえ……どうか、お気になさらずに」


 そんな妖兎を諫めるわけでもなく、薬売りはただ、静かに見守るのみであった。
 実に薬売りらしからぬ所作である。
 それは、ひょっとするとひょっとして、薬売りなりの「気遣い」のつもりだったのかもしれんが……
 しかしながら、それもどうも、やはりズレていると言うかなんと言うか。


てゐ「えと……どこまで話したっけ?」


薬売り「ああ、その事については、もうご心配に及びませぬ」


 やはり慣れぬ事はするものではないな。
 勝手掴めぬ振る舞いは、往々にして物事を悪化させると言うものぞ。
 それは、今この時についてもそう。
 手前勝手な沈黙の補助は、貴重な刻を、無駄に費やさせる結果しか生まなかったのだ。



薬売り「もう――――”貴方様の理は知れました”ので」



 そう、ついに終わってしまったのだ――――人々が【夜】と呼ぶ、暗黒の刻限が。



【暁光】



547以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 00:41:20.83quhZaAAU0 (2/8)



てゐ「え、もういいの?」

薬売り「ええ、もう、十分ですとも」


 薬売りの唐突な言葉に、案の定妖兎は困惑の表情を見せた。
 妖兎本人からも感じる程に、足らぬ言葉の皮算用。
 加えてふと目線をやれば、明らかに「退魔の剣が変化していない」この事実。
 

てゐ「そ、そうなの……? まだなんも、言ってない気もするんだけど」


 それらが故に、妖兎は暫しの間混迷に苛まれた。
 が――――しかしそれも、直に収まり申した。
 その旨趣を知る術こそないが、次に出る妖兎の言葉から察するに、おそらくはこういう風に考えていたのかもしれぬ。


てゐ「えと、じゃあ……あんたはどうする?」

てゐ「もし帰りたいってんなら……”今の内に”出しといてあげるけど」

薬売り「…………フフ」


 「目を向けるべきは、今ではなく先にある――――」。
 つまりはこの、胡散臭い部外者を追い出した後に起こる事態。
 すなわち、この永遠亭の存在そのものを賭けた【大一番】への布石に過ぎぬのだ、と。



548以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 00:50:49.41quhZaAAU0 (3/8)



てゐ「これからこの竹林は戦場になる……いつぞやの痴話喧嘩とはわけが違うわよ」

薬売り「戦場……ねぇ」

てゐ「そいやあんた――――【博麗の巫女】って知ってる? こいつがその戦場の火種なんだけど」

薬売り「その名は……」


 して妖兎は、この幻想郷における現状を赤裸々に語り始めた。
 これから降りかかるであろう「月が振りまく火の粉」は、ごっこを冠した弾幕遊びとは異なる、正真正銘の戦(いくさ)であると。


【火蓋】


 妖兎はさらに続け様に語る。
 曰く、降りかかる火の粉が「月」による物ならば、まず間違いなくスキマが動く。
 そしてスキマが動けば、同じくして、必ずや件の【巫女】とやらが動くであろうとも。
 

てゐ「こいつがこの幻想郷で最も厄介な人間でね……異変の解決屋なんて言えば、聞こえはいいけど」

てゐ「実際にやる事つったら、殴り込みからのごり押しからの超絶フルボッコ」

てゐ「こいつの手に罹れば、和平交渉も途端に全面戦争に早変わりするわ……幻想郷全体を巻き込んだ一大戦争よ」

薬売り「それはそれは、なんとも……」


 件の巫女……巫女にあるまじき評判の悪さである。
 しかしその悪評は「此れ即ち誇りの証ぞ」と、是非その巫女に申してやりたい。

 と言うのも、身共には巫女の気持ちがよぉ~くわかるのだ。
 この柳幻殃斉の成し遂げし、数多の悪鬼悪霊共を払い清めたる奇譚は、皆も知る所であると思うが……。
 天性の資質と弛まぬ努力の賜物でもって、世の為人の為に奮闘し続ける日々。
 ううむ、我ながらなんと徳高き存在。


薬売り「そんな粗暴な巫女の中には、もちろん」

てゐ「うちらの事情なんて、含まてるはずがない」


 かのように、身共のような人々の寵愛と感謝を一手に受ける存在はだな。
 しかし逆に言えば、妖共から相応の”恨み”を買っておると言う表れでもあるのだよ。


https://i.imgur.com/SoA7WJx.jpg


 そう、巫女もまた、すべからく解決してしまうのだ。
 真も理も、幻想郷を取り巻く異変とやらも。
 全ての一切合切を――――”力”と言う剣を、突き刺す事によって。 




549以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 00:59:49.74quhZaAAU0 (4/8)



薬売り「その巫女と……”共闘する”と言う道は、なかったのですかな?」

てゐ「……無理ね。確かに、そうなれたら理想的だったけど」

てゐ「けどやっぱり無理。何度考えても……やっぱり、”敵対する未来しか見えない”」


 それが何故かと問われれば、やはり話は元に戻る――――”スキマの存在である”。
 スキマの月に対する異様な執着心が、必ずや和平の境を隔てるであらんと言う確信。
 そんなスキマと巫女が、懇意な関係であると言う現実。
 さらに言わば、巫女は巫女で、この幻想郷のあらゆる所に顔が利くと言う有様――――この永遠亭を除く全てである。


【囲】


 そんな様を、妖兎はこう言い現した。
 「――――スキマある限り、永遠亭に同志なし」。
 如何に幻想郷広しと言えど、永遠亭は徹頭徹尾”孤立無援”であると、妖兎はすでに結論を出し終えていたのだ。


薬売り「お得意の……「確率論」ですか?」

てゐ「と言うより、「暗黙の了解」。幻想郷の存在そのものが一番の異変だなんて、口が裂けても言えないんだから」


 スキマからすれば、此度の騒動は”月への意趣返し”のまたとない機会とならん事は明白である。
 ならば「現存する全てを用いて此れに当たる」は至極道理。
 であるならば、スキマが巫女に協力を仰ぎ、むろん巫女に断る理由もなく、巫女がまた誰かに協力を仰ぎ……
 結果、永遠亭が増々孤立していく様は想像に難くない。


薬売り「つまり……”月人が来ない限りは誰も干渉してこない”?」

てゐ「願わくは……ずっとそうであって欲しかったけどね」


 そして、月と言う「共通の異変」を与えられた二人の隙間に――――果たして”そこへ住まう者への趣など存在するのか”。
 こちらもまた、語るまでもない事よの。





550以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 01:14:28.47quhZaAAU0 (5/8)



てゐ「ま、そゆわけで……こっちはこっちでカツカツな事情なわけよ」

薬売り「心中……お察し申し上げ候」

てゐ「だからまぁ、ぶっちゃけ今、あんたに構ってる暇はないって言うか……」

てゐ「正直――――出てってくれた方が助かる? みたいな?」


 この永遠亭に絡まる、複雑極まれり因果を解きほぐす事は至極困難である。
 それをこの妖兎は、ただの一羽で引き受けようと言うのだ。

 その全ては――――永遠亭を守る為。
 強いては、”永遠に続く幸福”を、守る為に。


てゐ「心配しないで……全部終わったら、この剣は返してあげるから」

薬売り「おや……折角勝ち取ったのに?」

てゐ「そりゃ、手元に残しておきたいのは山々だけどさ」

てゐ「”直に持ち主がいなくなる”ってんなら……この子も可哀想だしね」


 まさに決死隊ならぬ決死兎。
 泰平の世になりて久しい昨今にて。如何様な心構えを持つ者が、一体どれほどに存在すると言うのか。
 この妖兎の確固たる信念は、我らの生き様も深く考えさせてくれようものぞ。

 すなわち――――『生命とは何か』。
 生に何を見出し、命を何と見極めるのか。
 これはもはや、泰平の世が産んだ、新たなる学問と言えよう。



【哲学】





551以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 01:25:49.97quhZaAAU0 (6/8)



てゐ「あ……」

薬売り「おや……」


https://i.imgur.com/nLIBNt4.jpg


てゐ「もう、朝、か……」

薬売り「もう、朝です」


 妖兎は、窓から漏れる光を、何やら神妙な面持ちで見つめ始めた。
 妖兎本人が口走るように、夜行性の兎にとっては、朝の木漏れ日は夢現への入り口と同義なのだ。
 しかしながらまぁ……だからと言って、必ずや朝に眠るとは限らん。
 そこはほれ、我ら人でもそうであろう?


てゐ「なんか……不思議な感じ……うちらにとっては眠りの合図なのに」


 我らとて、享楽にかまけ気が付けばついつい明け方まで……なんて、往々にして起こる事。
 特にこの場合は、空に輝く月明かりが――――自身の”最後の光景”になるやもしれぬとあらば。
 眠る間も惜しんで、いつまでも見つめていたいものよ。


薬売り「まぁ、如何に夜行性とて……時には例外くらい、ありましょう」

てゐ「そう、ね……つかよく考えたら、夜行性とかあんまり気にしたことないかも」
 

 そう言うと、妖兎は不意に語り始めた。
 その内容は、他愛もない世間話であった。
 「思えば、随分と奔放に生きた物だ――――」
 そう切り出した妖兎の真意は、過去への夢心地と共に、ほんの少しの”後悔”も含まれていた……のかもしれぬ。
 

てゐ「夜更かしならぬ朝更かし……つか、徹朝もしょっちゅうだったっけ」

薬売り「人の生活に、合わせていたのですか?」

てゐ「はは、違う違う……あたしったら、一日の予定とかなんも決めてなくってさ」

てゐ「腹が減ったらメシ食って、出掛けたくなったらどっかに消えて、飽きるまで遊び続けて、眠くなるまでずっと起きてて……」

てゐ「時間なんて関係なかった。したい時にしたい事だけをしてた」

てゐ「――――逆に言えば、”それしかしてこなかった”」


 そんな妖兎だからこそ、律義に予定を守り続ける玉兎が、不思議でならなかったそうな。
 自分程とは言わずまでも、一日くらい・一刻くらい・一瞬くらい……玉兎は、それすらも破らなかったそうな。

 言うなれば、【時間に縛られた飼い兎】と【時間から解き放たれた野良兎】。
 この全く異なる二つの生き方は、「果たしてどちらが正しいのか」。
 そう、問われた時、誰にも答える事などできやしまい。





552以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 01:41:13.00quhZaAAU0 (7/8)



薬売り「よくそんな生活が……続きましたね」

てゐ「だってあたし、別にうどんげみたく薬師とか目指してないし」

薬売り「いえ、そうではなくてですね」


――――ただし、その問に「薬師の見地」が加われば、話は変わる。
 生きとし生ける物には全て、絡繰りの如き「仕組み」が存在するのだ。
 絡繰りとて、定期的に「手入れ」をせねばやがて動かなくなる道理。
 それがさらに複雑な「生物」とあらば、望む望まぬ関わりなく、時には「したくない」事もせねばならぬのだ。



薬売り「すぐさまに体を壊しそうな、生活っぷりですが」


てゐ「そーいえば……ここへ来てからは、病気とかなった事ないかも」



 如何に腹が満ちていようとも。

 眠気など寸でも沸かずとも。

 体を動かし野山を駆けまわりたくとも。




てゐ「でもまぁなった所で、ここ薬屋だし、そこは――――」




 良薬が、如何に苦かろうと。







てゐ「…………あ”?」







 生命の仕組みを、維持する為には。





https://i.imgur.com/ZJBKMhF.jpg





――――妖兎の眉が、少しヒクつくのが見えた。




553以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 01:41:53.79quhZaAAU0 (8/8)

本日は此処迄


554以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/21(木) 04:57:16.47jIo5U3N0o (1/1)

不審な気配が漂ってきた…


555以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 22:05:21.60ILnw9GSu0 (1/9)



てゐ「……今、なんか言った?」

薬売り「いえ? 何も……」


 それは、瞬きする間もないほんの一瞬の所作であった。
 しかし薬売りは確かに見た。
 明らかに気分を害した妖兎の心情。
 その心情を表すかのような「しかめ面」。
 その中に――――兎を含む獣の本能が見えたのである。


https://i.imgur.com/AqgAzqR.jpg



薬売り「どうか……いたしましたかな?」

てゐ「…………」


 さらにはこの一瞬の変化は、何も妖兎のみに限らずであった。
 薬売りが妖兎の表情を目撃したのと同じく、妖兎もまた、刹那に薬売りの本能が見えたのだ。

 その顔は――――確かに”笑って”おった。
 それも歓喜の笑みではない。
 かつて自身幾度も向けられた、なじみ深くもいと憎し表情。
 矮小なる者を笑うかの如き――――”嘲り”の笑みである。


てゐ「何よ……言いたいことがあるなら、ハッキリいいなさいよ」

薬売り「そうですか……なら、遠慮なく」


 妖兎は、この薬売りの変化を明らかに察知していた。
 そして「やはり見間違いではなかった」と確信するに至る。
 ならば、この唐突に訪れた態度の変わり目は、一体何を意味するのであろう――――
 その答えは、やはりただの一つしかなかった。



薬売り「フフ…………フフフ」



【失笑】



薬売り「フフフフ………………ハッハッハ」



【冷笑】




(フフフフフ――――ハハハハハ――――)




【嘲笑】



てゐ「――――何笑ってんだよ!」



 真の敵は、月でも巫女でもスキマでもない――――
 この目の前のうさんくさい男こそが、最大の”敵”であったのだ、と。



【不倶戴天】




556以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 22:14:00.84ILnw9GSu0 (2/9)



てゐ「何……ついに頭おかしくなった?」

薬売り「いえいえめっそうもありません……あっしは至って正常ですよ」

薬売り「と言うより、可笑しいのは……むしろ」



【御前】



薬売り「の、方かと」


てゐ「――――はぁ!?」


 ついには体裁を繕う事すらしなくなった薬売り。
「言いたい事を言えと言われたから言っただけだ」。
 そう言わんばかりに吐き連ねる言葉の節々は、見事なまでに他者への敬意を感じさせない。


てゐ「なんだお前……何いきなりグレ出してんのよ……」


 思えば……身共と対面した時もこんな感じだったの。
 第一印象としてはこう、敬意とは反対の……そうだ。
 あれは言うなれば、”軽蔑”の眼差しと言った所か。


薬売り「だって……そうじゃないですか……」

薬売り「笑わない方がどうかしてる……こんな……」


 皆の衆努々忘れることなかれ。
 そう、このすごぶる意地の悪~い様相こそが、薬売りの持つ本来の姿なのだ。
 いや、絶対そーに決まっておる。嗚呼~間違いない!
 この根拠なく他人を苛立たせる性は、まさに天性・天資・天賦の資質。
 もはやそれ以外に、考えられぬのだよ。
 


【笑】



薬売り「壮大で……雄大で……永遠に近き時を跨るまでの……」


 さすれば退魔の剣の持ち主は、やはりこの薬売りこそが望ましきかな……
 えぇい! この際だからキッパリ断言してしまおう!
 よいか? 他者に纏わる情念・因果・思いの丈、その他諸々諸行無常の数々――――。
 この薬売りにとっては、それらの一切などな。
 あくまで、”退魔の剣を抜く為の道具”に過ぎぬのだよ。



薬売り「……………………”茶番”など」




【(笑)】




てゐ「 ん だ と コ ラ ッ !」




557以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 22:21:37.04ILnw9GSu0 (3/9)



てゐ「言うに事欠いて……茶番だぁ……!?」


薬売り「違う……とでも、言いたいのですかな」


 この薬売りのとてつもなく無礼な一言が、案の定妖兎に、一つの情念を露わにさせた。
 その情念とは、とどのつまり「怒り」。
 秘めたる理を、よりにもよって”茶番”などとバッサリ言い捨てられては、無論妖兎の気分を余す事無く「害する」事請け合いである。


てゐ「さすがのあたしも読めなかったわ……まさか、このタイミングで”喧嘩”売られるたぁね」


薬売り「売ってるのはむしろ油じゃないですかね……それも、貴方の方が」


 あれほど表情豊かだった妖兎の顔が、怒気一辺倒へと偏っていく。
 この怒気が深める皺の一本一本が、まるで兎の持つ毛皮のようにも見えなくもない。
 結果、妖兎が時を追うごとに、ますます眉を顰める最中にて。
 しかしそれでも、まだまだ薬売りはへらず口を辞めなかったのだ。


薬売り「一分一秒も……惜しいのではなかったのですかな」


薬売り「――――”無駄な”足掻きをする為に」



てゐ「このッ――――」



 そしてついには――――妖兎は、言い返す事すらもしなくなった。
 怒りの行き着く果ては舌戦にあらず。
 それは妖兎に限らず、生きとし生けるもの全ての理と言えよう。
 しかしいみじくも妖兎にとって、薬売りのこの唐突な挑発は、脳裏に描かれし「戦」への、丁度よい前哨となったのだ。
  

https://i.imgur.com/r0kldUy.jpg


てゐ「それ以上舐めた口を効いたら――――”今度こそ撃つ”!」


薬売り「おや……おや……」


 にしても、薬売りも薬売りだ。
 一体全体、何を思ってこんな真似を――――と、皆は思うであろう?
 
 よいのだそれで。今はそのままでいい。
 この時は、”まだ”誰にもわからなかった。それこそが、唯一の正解なのだから。



【決闘・再び】





558以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 22:27:06.28ILnw9GSu0 (4/9)



てゐ「そろそろ笑って済ませらんないわよ……ちんどん屋ァ……!」

薬売り「ご無体な。よもや、丸腰の相手に弾幕を放つおつもりですかな?」

薬売り「弾幕とは……優雅さと可憐さを優先した、”誇り高き決闘”と聞き及んでおりましたが?」

てゐ「――――黙れッ! 煽って来たのはお前だろ!」


 妖兎が放つ怒りの訴え、まさに一言一句がその通りである。
 此度の薬売りが放ったは暴言は、もはや失言などと言う段階ではない。
 露骨に、誰が見ても、あからさまかつ明らかに、「わざと」である事は明白であった。


てゐ「自分の立場……わかってんのかお前……」

薬売り「立場? はて……”たかが兎”に立場などあるのでしょうか」

てゐ「そのたかが兎の手を借りないと――――”帰る事すらできない”のは、どこのどいつだ!」


 さらに言わば、この突如反逆し始めた時機もすこぶる不自然である。
 妖兎も感じていたはずだ――――ここは【迷いの竹林】。
 この妖兎に代表する永遠亭の者が、”たまたま”その場所におったからこそ、迷い人が帰路につけると言うのに……
 案内人なくしては、”永遠にさ迷い続ける”場所なのに。


てゐ「今すぐボッコボコにしてやりたいけど、今はそんな暇はない……」

てゐ「だから……”今の内に”謝れば、ギリ水に流してあげる」


 なればこそ、薬売りの真意が見えぬままであった。
 この身を焦がす怒りに値する理由が、薬売りには存在しなかった。
 妖兎は憤怒に身を任せつつも、虎視眈々と思案に明け暮れた。
 慎重と大胆さを混在させつつ、なんとか薬売りの【真】を得んと、人知れず奮闘していたのだ。


薬売り「ならば……”後になっても”謝らなかったら、一体どうなってしまうんですかね」


てゐ「そうなった暁には――――”今後の一切は保証されない”」



 そして妖兎は、ついに最後の手段に出た――――弾幕の出現である。



【――光――】




559以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 22:35:38.43ILnw9GSu0 (5/9)



てゐ「もう一度言うわ……”今度こそ撃つ”」

てゐ「この無数に湧いて出る弾幕を……避けきれるもんなら避けてみればいい……」



【熱】



てゐ「たかが兎とほざくなら――――やってみるがいい!」



【冷】



 妖兎の中の怒りと冷静の割合が、徐々に傾きつつあった。
 その方向は――――「冷静」に向く。 
 唐突さが故に少々面食らった物の、よくよく考えれば、俄然有利なこの状況。
 加えて薬売り最大の武器である『退魔の剣』すらも、自身の手元にあるとあらば。
 「狂うに値しない――――」妖兎はすぐさま、その結論に辿り着いたのだ。



【明白】



薬売り「そう、その光だ――――」


てゐ「…………あ”?」



【白明】



薬売り「その弾幕が放つ光……貴方にとっては、あの空を照らす日月よりも身近な光」


薬売り「否。この幻想郷に住まう者全てが持つ光……四肢を動かすようにして放つ、色彩々の光」



【薄命】



薬売り「かの如く、光があまりに身近過ぎたが故に――――」


薬売り「貴方の視野は、”朧に霞む運びとなった”」



 しかし此処へ来て、また新たな感情が沸いて出た――――”意味不明”。
 まるで説法の如き薬売りの語りが、文字通り「意味不明」としか言い現わせられなかったのだ。



てゐ(は――――?)



 なれども薬売りの供述は、紛れもなき【真】であった。 
 何に言い換えるでもない。
 言葉の通り、”光が妖兎の眼を覆った”のである。





560以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 22:48:12.43ILnw9GSu0 (6/9)



薬売り「一説によると……兎は”光を感じる器官”が、強く発達しているそうです」

薬売り「それは、兎が夜行性な為……元来、”光の薄い環境下”で生息する生き物が為」


てゐ「だからなんだってんだ……」


薬売り「ただし……それ故に【色彩感覚】に、やや難があるそうです」

薬売り「理屈は簡単だ――――”光が色を薄くしてしまうから”」


てゐ「それが……なんなんだよ……」



『――過剰なる光への追及が彩を欠き、彩欠けし眼は霞を生む。
   霞は目視を鈍らせ、滲ませ、ついには現すらをも遠ざける――』



薬売り「ただしその分、幻とはよく馴染む……闇夜と言う名の、幻には」



てゐ「だ~~~~もう! 一体何が言いたいんだよッ!」



 時に――――話を遮って申し訳ないが、ふと思い出した事がある。
 いやな、身共の知り合いに、とある絵描きの男がいるのだが……
 その者がいつだったか、熱心に語っておった話を、ふと思い出したのだよ。



薬売り「貴方が真に見るべきは、一寸先の闇ではなかった――――”今ここにある光”だったのだ」



 その者は、若い頃に”色の使い方”に悩んでおったらしくてな。
 と言うのも、絵の「線」ばかりを描き連ね、「色」を学ぶ事をおざなりにしていたそうな。
 おかげで線形こそ卓越なれど、無色無彩が故に、心無き者から「洛書」と評される事がしばしばあったとか。

 そこでその絵描きは編み出した――――”色彩を無彩で表す方法”である。
 曰く、『明暗の差異を強調する事で、あたかもそこに色があるかのように見せる』画法とかなんとか。
 よくわからんが、南蛮にも似たような画法が存在するらしい。
 そこにちなんで、絵描きはその画法を、こう言う風に呼んでおった。



【コントラスト】





561以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 23:02:20.59ILnw9GSu0 (7/9)



薬売り「もう見えるはずだ……陽の光満ちつつある、この白々明の刻ならば」

薬売り「その赤き瞳ならば――――その”光感ずる眼があるならば”」


 まぁ、何故にそんな話を思い出したのかと言うとだな。
 あの時あの絵描きが語った画法が、まんま「今のこの二人」を指す言葉にピッタリだと思うたわけよ。



てゐ(な…………にを…………?)



 光と言う”白”を感じる眼を持った兎に、因果と言う”黒”を見透かす薬売り。
 まさに明暗と言い現わすにふさわしきこの両者が、「ぶつかり」「争い」「煽り合い」激しく「自己主張」し続けた結果――――
 そこには、確かに”色が現れた”のだ。


https://i.imgur.com/vkOud01.jpg







562以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 23:14:02.60ILnw9GSu0 (8/9)




てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/Ln3HLjQ.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/NXwsyX4.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/a1qBtQk.jpg



てゐ(……………………)



https://i.imgur.com/RL4Cb72.jpg


https://i.imgur.com/rMoJLQ4.jpg





 あるのにないと認識されていた――――【内在する二つの可能性】として。





てゐ(……………………月?)



https://i.imgur.com/M4OZBjD.jpg















薬売り「そう……”こちらだったんですよ”。貴方が捜し求めていた物は」




てゐ(な――――――――ッ!?)



https://i.imgur.com/MxsHD07.jpg




563以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/22(金) 23:16:57.79ILnw9GSu0 (9/9)

ナイスク見てくる


564以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/23(土) 00:41:06.59HSad9Dqq0 (1/5)




てゐ「え――――え? え?? え???」



 この瞬間、またしても別の色が現れた。
 まさに「青冷める」とはよく言った物で、物の例えであるが、その言い回しは実に言い得て妙である。
 その証拠に、まるで顔料を塗りたくられたが如く……
 本当に妖兎の顔が、みるみる内に蒼く染まっていくではないか。



てゐ(なんで――――似てたから? 流したせい? こんな単純な字を?)



 漆黒の如き闇夜の中を、人々が認知する事は叶わず。
 しかしそこには、確かに何かがいる。
 人々はいつしか、その闇夜に蠢く何かを、妖と名付けた――――
 夜に生きる生き物とを、分ける意味合いで。



てゐ「な…………んでぇ…………? どぉしてぇ…………?」



【答】


薬売り「だから、最初に申し上げたんですよ――――”何故明かりをつけないのか”と」

薬売り「如何に夜分深き最中とて、ほんの少しの明かりさえあれば…………」

薬売り「貴方なら…………”見えたはずだったのに”」



 草木も眠る丑三つ時
 家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
 それらを生むが、すなわち、闇――――
 夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。



てゐ「暗…………かった…………から…………?」



 しかし仮に闇夜に目覚めたとて、真なる闇の前には何も見えぬ道理。
 「見」は光無くしては叶わぬ。
 それは、如何に光感ずる眼を持とうとも――――輝きなくしては、そこはただの暗黒にすぎぬのだ。



薬売り「だって…………ねえ? ほら、言うじゃないですか…………」


薬売り「兎は――――”耳がいい代わりに目が悪い”んだから」



 すなわち――――”光届かぬ場所こそ真なる闇”。
 そんな場所など……いつだって、人々の心の内にしか、なかったのだから。



【無明】




565以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/23(土) 00:55:30.90HSad9Dqq0 (2/5)




てゐ「そんな…………じゃあ…………これって…………」



【不穏】



てゐ「あたしが……口に入れた物は…………」



【不吉】



てゐ「あたしが…………”そうだと思って”食べた物は…………!」



 妖兎は、恐る恐るその手を壺へと伸ばした。
 その手は細切れのように震え、滲み、肌色は顔面動揺、実に青く染まり切っておった。

 妖兎は、抗っておったのだ――――恐怖と。
 恐怖とはすなわち、この場における最悪の結末。
 して妖兎にとっての最悪とは、”思い描いていた最善の真逆”。



【呉牛喘月】




566以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/23(土) 01:12:13.83HSad9Dqq0 (3/5)




薬売り「さにあらず。あるはずもない、絵空事同然の産物……だが」


薬売り「なればこそ、仮に……無を有と認識し直せば」



https://i.imgur.com/Kzi0Bmm.jpg



薬売り「内在する二つの矛盾が…………観測することで初めて現れると言うならば」



https://i.imgur.com/kzMR7jS.jpg




薬売り「”永遠は終わらず”と――――その言葉を信するならば」
 


https://i.imgur.com/DcCWGmH.jpg



 途切れる息を耐えながら。
 溢れる汗を拭いながら。
 気が狂いそうな程の恐怖に抗いながら……妖兎の手はついに、真を掴んだ。


https://i.imgur.com/Rkhdaq9.jpg



 そして、映した。
 今昔の刻を跨ぎし、確かに存在する真を――――その光感ずる眼にて。



薬売り「傷を治す、どころか…………」










薬売り「――――”永遠にそのまま”と、言う事に」



https://i.imgur.com/ya7I1Qc.jpg






567以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/23(土) 01:22:36.11HSad9Dqq0 (4/5)




(…………あっ)



【折】



(あ…………あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ)



【諦】



(あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ――――!)



【悟】



https://i.imgur.com/3YrZtRh.jpg




【覚醒】






【――原始の痛み――】





 「あ”あ”あ”あ”あ”――――」
 今度は、実に鮮やかな【赤】が降り注いだ。


https://i.imgur.com/HzfKklX.jpg




568以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/23(土) 01:23:19.18HSad9Dqq0 (5/5)


本日は此処迄


569以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/24(日) 18:28:03.04B/cCW2fBo (1/1)

キナくさくなってきたな


570以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 20:29:47.47nrMdkQ4a0 (1/17)




【あ】



https://i.imgur.com/vgcGFCu.jpg



【 あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 
  あ あ あ あ あ あ あ あ あ 】




てゐ「あ”あ”あ”あ”あ”あ”――――痛”い”い”い”い”い”い”!!」



てゐ「傷口が開ぐう”う”う”う”う”痛”い”い”い”い”い”い”!!」




薬売り「これは、これは…………」



 恐らく、永遠亭創設史上類を見ない喧噪が今、巻き起こっておるであろう。
 その思たる要因。まるで太鼓の用に鳴り響くその音は、おおよそ生物の範疇を超えた”鳴き声”による物である。
 朝の雄鶏を遥かに凌ぐこの凄まじき鳴き声。
 その全てが「たった一羽の兎」によるものだとは、努々誰も思うまい。



【激痛】


【狂騒】


【阿鼻叫喚】





てゐ「あ” あ” あ” あ” ぁ” ぁ” ア” ア” ぁ” ぁ” あ” ア” ! ! ! ! 」




 その様はまるで――――「理性を無くした獣」。
 かのように形容したのは、他でもないこの声の主である。

 そう、全ては本当に、妖兎の語る通りであったのだ。
 絶叫の起因たる「生きたまま生皮を剥がされる」痛み。
 その痛みが形作るは、南蛮人すら裸足で逃げ出す「血染めの化け物」。
 そして、血染めの化け物は荒れ狂う――――自分を見失う程の痛みに、為されるがままに。 



【外道祭文】




571以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 20:42:14.82nrMdkQ4a0 (2/17)




てゐ「(形容不能)――――!!!!!」



 荒れ狂う猛獣と化した妖兎が、部屋の隅々をありとあらゆる手段で破壊していく。
 ひっかき、殴り、蹴り、頭を叩きつけ、代わりに全てを【赤】く印づけていく。
 部屋が部屋たる所以の物を、片っ端から破壊していく”さっきまで兎だった”生き物。
 こうなれば、もはや一種の「災害」と呼ぶのが相応しかろう。



薬売り「…………」



 かのように、悪夢の如き光景を目の当たりにしている薬売りであるが――――ほとほと呆れる。
 そんな実に繽紛たる光景を、あろうことかこやつは……”見てすらいなかった”のだ。




(あ”あ”あ”あ”あ”――――……)




薬売り「……いやはや、実に興味深い物です」

薬売り「記憶を巻き戻すはずの幻肢痛が、永遠に続くと言うこの矛盾……」

薬売り「となれば……少なくとも、今度は戻る事すらできなくなる」

薬売り「前にも後ろにも進めなくなる……”今しか生きられなくなる”」




(ア”ア”ア”ア”ア”――――……)




薬売り「いいじゃないですか……別に……例え、本人にとってはどれほど不幸な出来事であろうとも」

薬売り「”心折れる事で”新たな道が、拓ける事も……あるのですから」




(A”A”A”A”A”――――……)



https://i.imgur.com/8vJxXPm.jpg




572以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 20:53:14.98nrMdkQ4a0 (3/17)




薬売り「…………おや?」


 まぁそんな、見るも悍ましき修羅の最中であるがな。
 とにもかくにも、一言だけ申したい――――「阿呆」。

 ったく、本当にこやつだけは……
 大体な、猛り狂う獣が、目の前で荒ぶっておると言うのにだな。
 何を呑気に、ぶつくさと「独り言」を呟いておると言うのか。




(貴――――様ァ――――!)


 

 速い話が、とっとと逃げればよかったのだ。
 少なくとも、この暴れ狂う獣の「視界から外れる」猶予くらいはあったはずだ。

 まぁ……今更こんな事を言うても、もう手遅れである。
 それに見方を変えれば、せっかく訪れたまたとない機会とも言えよう。
 これを機に、この薬売りも一篇、己が身で味わってみればよいのだ。
 


薬売り「どうか……しましたかな?」



【捕】



【掴】





(許サナイ…………絶対ニ…………許サナイ…………!)





――――モノノ怪を成す程に深き、情念の痛みを。



https://i.imgur.com/hgTVeA0.jpg






573以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 21:03:25.97nrMdkQ4a0 (4/17)




「お前だけハ…………許サナイ…………!」



薬売り「……これは、これは」


 かくして、化け物と形容されるほどに変貌せしめた妖兎の姿は、激しき痛みの果てに、もう一段階の変貌を遂げた。
 その姿は――――薬売りにとっては、よく見知った姿であった。
 その証拠にまるで、「古い顔なじみに再会したかのように」表情を緩ませる薬売りの姿が、そこにはあったのだ。
 目前の相手が、”怨みに塗れた”朱き兎にも関わらず、である。



https://i.imgur.com/PJavFJb.jpg



 未だ得体の知れぬ薬売りが、知人と称して懐かしむ存在。
 その相手もまた、同じく得体の知れぬ存在である。
 そんな、懐かしくも忌むべき面影が、何故か兎から現れた……
 とどのつまり、兎はついに成したのだ。




【”怪”眼】




 因果と縁に憑りつきし魔羅の鬼――――すなわち、”モノノ怪”である。





574以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 21:14:19.77nrMdkQ4a0 (5/17)




「騙ジダな”…………お前ハ”また”あたしヲ、騙ジダんだ”!!」


薬売り「はて……また?」

薬売り「貴方様とお会いするのは……昨日が御初だったと記憶しておるのですが」



【沸】



「 黙 レ え ェ ェ え え ぇ ッ ! お前も”アイツラ”と同じダッ!!」


「あたしガもがき苦しむ様ヲ、見世物のように見ていた”アイツラ”…………」


「あたしガ壊れるのヲ、嬉々とした目デ見てイた”アイツラ”…………ッ!!」



【溢】



「何もカもガ、同じジャないカッ!! まタ同じ事ヲ! コノあたしニ……!」



【連呼】



「オ前が壊しタ…………何もかもヲ…………お前が……まタしてモ、お前ガ……ッ!」



 妖兎――――もとい「元兎」は、誰が見ても錯乱に陥っておった。
 薬売りが上手く言い返せぬのも無理はない。
 悲痛ながらいまいち要領を得ぬこの訴えからして、おそらくは過去。
 それも後々までに語り継がれる「痛ましい一幕」が、今昔の区別なく混同しておるのだと思われる。



【積年の恨み】





575以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 21:29:29.76nrMdkQ4a0 (6/17)




「許サナイ”――――あたし達ヲ壊したお前ハ――――絶対ニ許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



薬売り「と、言われましてもねえ……」


 支離滅裂を訴える兎の化け物は、ついにはその口を、大きく開き始めた。
 ベリベリと裂けそうな程に開いたその口腔からは、兎特有の、実に先鋭なる牙が現れた。
 そんな実に禍々しき牙が、ゆっくりと薬売りの頭上へ昇っていく……
 ここまでくればもう、何をしようか一目瞭然である――――”齧る”つもりだ。
 


https://i.imgur.com/JpLzMmh.jpg



薬売り「堪忍してくださいな……如何に藪と評されたとて、やってもいない事を責められては、あっしも面目が立ちませぬ」

薬売り「それに今回は……”貴方が勝手に”間違えただけじゃないですか」

薬売り「貴方が自ら……己が無知を”棚に上げて”」


 そしてそんな危機的状況にも拘らず、俄然態度を崩さぬ薬売り。
 怯え慄き、命乞いでもすればまだ人間味もあると言う物だが……
 どころかさらに「開き直り」始めたとあらば、やはりこやつも人知から遠いよの。



「許サナイ”――――許サナイ”――――許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



 はて……そういえばいたな。
 ほれ、いただろう。かの書の冒頭にて、主役の血縁者と思えぬくらい、どうしようもなく畜生な連中が。
 やたらと利己的で、無駄に性悪で、異様に執念深く、かつ意味もなく悪趣味で――――とりわけ”嬉々として誰かを陥れる”。
 そんな、まるで今の薬売りに瓜二つな人物が。



【八十】



 かのように、かつて自分を陥れた人物と、薬売りとが重なって見えた……のか?
 うむ、ならば仕方がないな。
 此度の妖兎に訪れたこの不幸な出来事は、明々白々”薬売りの仕業”なのだから。
 


薬売り「致し方……ありませんな……」






【――――待った】






576以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 21:39:25.48nrMdkQ4a0 (7/17)




薬売り「よいのですかな――――このままあっしの頭を齧れば、永遠に”永遠から回帰する術”は無くなりますが」



「何…………だとォォォォオ”…………?」



【提言】



薬売り「侮るなかれ。如何に藪とて薬師の端くれ」

薬売り「罹りし病如何なる大病とて――――少なくとも、”診る”事はできる」


 これはこれはまた酔狂な事を。
 この期に及んで何を宣うかと思いきや、言うに事欠いて「診てやる」だと?
 風邪や頭痛とはわけが違うのだぞ……
 仮に全ての薬師をこの場に集めたとて、誰が「永遠」なんぞを治せると言うのか。 
 


「言”え”ッ! あだじは一体ドゥ”すレ”バ…………言” え” ッ !」



 そりゃあ、当人は藁にも縋りたい面持ちであろうがな。
 しかし努々忘れてはならぬ――――”相手はあの薬売り”。
 薬師として見た場合の薬売りは、もはや藪どころの話ではない。
 関わる者皆すべからく不幸に見舞わす、まさに厄災が服を着て歩いているような存在なのに。


薬売り「服用者に永遠を齎すなどと言う、実に摩訶不思議極まる薬……」


薬売り「なれども――――永遠が薬の形を成す限り、永遠もまた”薬の理”から逃れられぬが道理」


 そして薬売りは解く。
 薬の成り立ちから服用の仕方、種類、成分、その他薬に纏わる諸々、等々、色々……。

 ……ぇえいこの藪め! やはり教える気などないではないか!
 学術語だらけで全くわけがわからぬ……と、素面の身共ですらこの様だ。
 とあらば無論――――”壊れ行く兎”に、伝わる事などあるはずがない道理なわけで。





577以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 21:49:10.07nrMdkQ4a0 (8/17)



薬売り「つまりですね――――」



【焦】




「は”や”ぐ”言”え”ぇ”ぇ”ぇ”え”え”ぇ”ぇ”え”え”え”ぇ”ぇ”え”!!」



 しかしそんな、難解極まる薬売りの教授も、かろうじて理解できる事が一つだけあった。
 否、わかると言うより「知ってた」と言うべきか。
 ほれ、よく言うではないか。
 薬と言えど、用法用量を守らねば”転じて毒となる”と。




薬売り「――――”下す”んですよ。貴方の身を侵す、永遠と言う名の”毒”を」





(毒――――?)




【応急】




578以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 21:58:39.65nrMdkQ4a0 (9/17)



薬売り「永遠とは……求める者にとっては薬となり、そうでない者にとっては毒となる」

薬売り「まさに、今の貴方そのもの……貴方にとっての永遠とは、何物にも受け入れがたき毒でしかなかった」


【毒】


薬売り「毒の解毒は時間との勝負です。一度体に入り込んだ毒は、時を増すごとに体の隅々を駆け巡る」

薬売り「毒が強くあればあるほど、さらにその時は短くなる……そして、直に手遅れとなる」


【切迫】


薬売り「しかしご心配なく。薬毒の誤飲など、往々にして起こる事態」

薬売り「さらには此度の場合ですと、まだ含んでからの時が浅い……よって、”正しき処方”を施せば、回復は十分見込まれます故」


【希望】




「言エ”……その正しキ処方とハ……一体なンダ……!」




【的確】


【処置】


【解】




薬売り「――――”吐く”んですよ。文字通り」


薬売り「毒を含んだその口から、全てを吐き出すように……いままで食らった全てを、ね」



【自己誘発性嘔吐】





579以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 22:06:23.54nrMdkQ4a0 (10/17)




「う”――――か”ぁ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!」


 「吐く」――――その言葉を聞いた妖兎は、すぐさまその指を喉奥へと突っ込んだ。
 ただでさえ血塗れの指が口に入る事で、唾液と交ざったか、ぐちゅぐちゅと不快な音が掻き立てられていく。
 しかしそれでもかまうことなく、指は一心不乱に動き続けた。
 まさに泣きじゃくる赤子の如く……溢るる嗚咽を、大量に漏らしながら。



(――――え?)



 しかしそんな決死の行為も、”ある時”を境にピタリと止まってしまう。
 それはやはり、兎の持つ性が故なのであろう。

 そう、兎は――――聞こえてしまったのだ。
 空耳と思しき小言。なれども聞き捨てならない、希望の言葉を。




薬売り「そう言えば…………確か…………」




【呟き】


【疎覚え】


【聞き齧り】






薬売り「”四つ葉のシロツメクサ”に…………そのような効能が…………」





【想起】





(四つ葉のシロツメクサ――――!)



https://i.imgur.com/s0VIFPB.jpg





580以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 22:14:17.80nrMdkQ4a0 (11/17)



 「――――四つ葉のシロツメクサ」。
 その単語を聞くや否や、兎は一目散に飛び出して行った。
 勢いついでに「ドンッ」と薬売りの身を突き飛ばしたのだが、しかし当人は気づいてすらいなかったであろう。
 言わば他の一切が知覚できぬ、矢庭の走。
 だがその決断と行動の速さたるや、これもまた、兎の性が故であった。



【跳】



 すなわち――――【脱兎の如く】。
 そうして兎はたった今、確かに、”自らの意思”で、外へと飛び出していったのだ。




薬売り「あったような……」




【飛】



 あれほど守ると宣った永遠亭から――――
 あれほど憎んだ、薬売りの元から。




薬売り「なかった……ような…………」




【兎卯・亡】






581以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 22:24:57.84nrMdkQ4a0 (12/17)




【孤立】


【無縁】



薬売り「やれ、やれ…………」


 そして、亭は――――ようやっと、本来の静けさを取り戻した。
 さながら狼藉者に押し入られたかのような、乱雑に散らかされた一室ではある。
 だがしかし、これらの乱れを片そうとする者など、どこにも存在しない。
 この乱れに文句を垂れる者など……もはや誰一人として、いないのだ。



【森閑】



薬売り「全く…………最後まで懐かない、うさぎさんでしたよ」

薬売り「如何に臆病な気質とて……もう少しくらい、愛想を振りまいてくれても良さそうな物ですが」



【無常】



薬売り「まぁ、確かに……少々強引な手段を使ったのは、認めますがね」

薬売り「よいのですよ。こうして無事、果たす事ができたのですから……」



 竹林に佇む一軒の御屋敷の最中にて――――
 本来そこに居るべき住人が、誰もいないとはこれ如何に。
 いるのはただ、空に語り掛ける、どうにもうさんくさい男が一人。




薬売り「――――”貴方との約束”を、ね」




 と、最後まで誰にも認知される事のなかった――――【六人目の住人】の、二人と。



【盟約】




582以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 22:36:08.32nrMdkQ4a0 (13/17)




薬売り「さて……では……」


【凜】


薬売り「後の方は…………”よろしく御頼み申し上げ候”」


【臨】


 そう言うと薬売りはそっと着物を整え、静かに座した。
 そして、待つ。
 「もはや為すべき事はなし」「もはや自分には、座して待つ以外に為せる事はなし」
 そんな事でも考えてそうな、何とも言えぬ呆けた表情を浮かべながら。



薬売り「…………」



 そしてそんな「静」を貫く薬売りとは対照的に、「もはや待ちきれんと」ばかりに蠢く、一つの物があった。
 そう、皆もご存じ――――『退魔の剣』である。



薬売り「…………そう急くな」


退魔の剣「~~~~ッ!」



 「奪われたはずの剣が何故薬売りの元へ戻っているのか」。
 その答えは至極簡素な理屈である。
 速い話が、”忘れ去られた”のだ。
 折角奪い取ったにも関わらず、焦る余りに置き去りにしてしまった、あの荒ぶる兎によって。



薬売り「直に…………戻って来る」


退魔の剣「~~~~ッ!」


薬売り「直に自ら…………”全てを返しにやって来る”」


退魔の剣「~~~~ッ!」



 「だからただ、待っていればいい」。
 これまたそんな事でも考えてそうな、澄ました顔で――――
 薬売りはただひたすらに、待ち続けているのであった。



【――――いってらっしゃい】


https://i.imgur.com/zV0A8yA.jpg








583以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 23:03:51.86nrMdkQ4a0 (14/17)
584以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 23:17:57.89nrMdkQ4a0 (15/17)




(……………………)



【再】



https://i.imgur.com/2VHoXFj.jpg



【進】



https://i.imgur.com/g8yWRFR.jpg



【進】
【進】
【進】
【進】



(――――だ)



【進】
【進】
【進】



(ど――――こだ――――)



【進】
【進】
【進】



(どこに――――いゃる――――)



【進】
【進】



https://i.imgur.com/9poGSSu.jpg





585以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 23:20:25.50nrMdkQ4a0 (16/17)



【進】


【至】




(――――!)




【発見】


https://i.imgur.com/BdbtvlT.jpg












(四つ葉のシロツメクサはどこにある――――!)




【――最後ノ獲物――】




586以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/26(火) 23:20:59.96nrMdkQ4a0 (17/17)

本日は此処迄


587以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/12/30(土) 01:45:45.579QvYt9c00 (1/15)




「どこだどこだどこだ――――四つ葉のシロツメクサは、一体どこにある!!」



――――兎は、一心不乱に探し続けた。
 傷だらけの御身を引っ提げ、ただでさえ薄暗き竹林の中を、あるかどうかもわからぬ「四つ葉のシロツメクサ」だけを求めて。
 


(どこだどこだどこだ――――どこだどこだどこだ――――!)



 兎にとっては、まさに死活問題であった。
 文字通りまんまと盛られた一服。
 してその効能は”望まぬ永遠”。

 「――――永遠は望む者には薬となり、望まぬ者には毒でしかない」
 薬売りの言葉を借りるなら、妖兎にとっての永遠は、まさに毒でしかなかったのだ。



「速く――――見つけないと――――」



 何故ならば、永遠とはすなわち不滅と同義。
 そして不滅が齎すは、兎の存在そのもの。
 なればこそ、言葉の通りに兎を「永遠の存在」にしてしまうのだ――――”全身を痛めつける古傷と共に”。



「速く見つけないと――――あたしは――――あたし”達”が――――!」



 しかしながら、兎が真に危惧する事は、傷の不治ではなかった。
 兎が真に願いし事――――すなわち永遠亭の守護である。
 傷の治療を目指し、暗躍し続けたるは未だ記憶に新しい。
 しかしそれらは、あくまで目的遂行に至る、過程の一部でしかなかったのだ。

 だが――――それもこうして、夢半ばに潰えようとしている。
 兎の計り事が、”どこぞの薬売りのせいで”大幅に狂った事は、もはや言うまでもない事であろう。