1 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:41:07.35uoLHCWX40 (1/10)
2 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:42:06.83uoLHCWX40 (2/10)




硝煙の匂いが漂う。

一発、また一発と引き金を引くことに、もはや躊躇いや葛藤は何も無かった。


 「て、……ッ」
 
 春紀「お前の遺言を聞いている暇は無いんだ、悪いな」


最後の一人が喋りかけたところで、容赦なくその眉間に銃弾を叩き込む。

仕事は終わった。本日の任務は完了。


 春紀「……」


辺りに散らばる今回の暗殺対象を眺めて、小さく息を吐いて目を閉じる。込み上げる吐き気を、何とか抑え込む。

顔を覆った黒いマスクの下で、目を開く。

ふと、背後に感じた気配に振り向くと、其処にはいつも変わらない無表情の仕事仲間が立っていた。


 薫子「……定刻通り、任務完了を確認。学園長がお呼びだ」

 春紀「あぁ」


小さく息を吐き出しながら返事をすると、機械的に死体を処理していく薫子の背を眺める。

心の無い機械………昔の知り合いに似たような人間はいたが、薫子は更にそれを突き詰めたような性格だ。

特に会話したこともないが、こう何度も顔を突き合わせると少しは気に掛けるようになった。

まぁ、仕事以外の話をしたことはないが。


 春紀「(……ダメだな)」


またしがらみに取りつかれそうになる。そんな思考を断ち切る様に頭を振る。

学園長直々のお達しに遅れる訳にはいかない。

無駄な思考を断ち切り、早歩きで目的の場所へと向かう。



あれから五年。今日もこの世界は変わらない。

何人もの人間が息絶えていく渦中、"私"は今日も命を奪っていく。

何様のつもりだと聞かれれば、こう答えた。


ただの人間様だと。






3 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:42:36.02uoLHCWX40 (3/10)


  
 目一「お疲れ様、春紀さん」

 春紀「……あぁ」


最上階の学園長室へとエレベーターで昇り、其処に鎮座している女を睨み付ける様にして歩み寄る。

五年前のあの日以来、私はこの学園の犬に成り下がった。

殺して殺して殺し尽した先にあったのは、更なる殺し。


人間を殺す事に慣れてしまう恐怖感というものは、日に日に肥大していった。


 目一「……相変わらず、貴女の瞳は変わらない」

 春紀「恩義は忘れていない。ただ、憎むべき相手なのは変わらない、だろ」

 目一「そうね。そしてそれを忘れてしまわない様に気を付けなさい。」


立ち上がった彼女は、私の頬に手を伸ばす。

反射的に下がりそうになってしまった体を床に縛り付け、ただ鋭い視線を向ける。

愛おしそうに頬を撫ぜながら"目一"は


 目一「前任者の従順さとは反対に、少し油断すれば噛み付かれてしまいそうな軍用犬。それが貴女の良さなのだから」

 春紀「……私が何かに"飢えている"とでもいいたいのか?」

 目一「さぁ、それはどうでしょうね。軍用犬と抽象的な表現をしたのにも理由があるのか、もしくはそのままの意味なのか。」

 春紀「……」

 目一「この五年間、守護者として貴女はとても良く働いてくれました。そろそろ褒賞の一つも必要かしら?」

 春紀「だったら、ニオに会わせてくれ」

 目一「……あら、即答ね」


番場は精神病棟に、東は暫く学園に監禁された後、GPSを"体内に"取り付けられて解放された。

約一年間、狭く白一面の部屋に閉じ込められていた東の姿は、引き締まっていた体型から筋肉が消えて細々としていた。

ただ、解放される時まで彼女の意志は頑なに晴ちゃんの事を想い続けていた事に、私は畏怖した。

私の中での大事だと思うモノから、伊介様がとうに消え去ろうとしていたから。

ニオや家族の事で埋め尽くされた私の中には、犬飼伊介という人物が薄れて行った。


 『ま、悔いのないように生きなさいよ』


いつの日か耳にしたそんな言葉が頭を過ぎり、ギリギリと歯を噛み締める。

私の人生は、悔いばかりが残っていった。



 目一「でも残念ながら、それは出来ないわ。」

 春紀「何度も聞いた。昏睡したまま意識が戻らないと。……それでも、顔ぐらい見せてくれねぇのか」

 目一「逆に言えば、"ソレ"以外の願いなら多少の無理も通しましょう。」

 春紀「……なら、」


次に来る言葉は、お互いに理解している。

それは"私"が守護者になってから五年間の間、何度も交わされたやり取りだからだ。

私は躊躇いなく右手に握り締めた薄く小さな折り畳みナイフを目一の心臓に突き出し、





4 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:44:23.22uoLHCWX40 (4/10)


 春紀「"お前を殺したい"」

 「……悪いな、寒河江。」

 春紀「あぁ、いつもの事だ。私の願いは変わらない。"百合目一"という女の死を以て、私の人生は完結する」

 目一「……」


ナイフを握る腕は、何時の間にやら現れた青髪の女に捻り上げられる。

目一は、自分に対して殺意を抱く存在は女王蜂感染者という人種である以上嫌という程に見てきた。

だが、目の前の娘だけは違う。

それはあまりにも純粋かつ単純な殺意。

一切の濁りの無い、純度の極めて高い、ただ"殺したい"という願い。


 涼「いつもの事だから、問う。一人の人間を殺す事で自分の人生が本当に何もかも全て遂げられると思うかの?」

 春紀「分からない。それでも、私の暗殺者としての"運命"を決定づけたのは百合目一だ。だから殺す」


五年前に驚嘆した一つ、それは首藤涼が生きていたこと。

あの時確実に絞め殺した感触があったにも関わらず、その後死体はすぐに蘇生作業に移され、数時間の昏睡の後意識を取り戻した。

そして、首藤涼はかねてより"全ての黒組に"名を残していた本物の百合目一という女の働き蜂だったということ。


 涼「……本当に、人間死にとうても死ねんものじゃ。」

 春紀「相変わらずの"死に方を気にし"なければ、私がアンタを殺してやるよ、首藤涼」

 涼「まぁ、今の黒組を放棄する訳にも行かん」

 目一「………ふふ」


あぁ、働き蜂同士のやり取りはどうしてこうも愛おしい。

片や不完全な恒久の命を持つ人間と、たった二十数年の中に壮絶な人生を歩んだ人間。


 目一「(壊れてきってしまえば、楽。)」




5 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:45:06.37uoLHCWX40 (5/10)




番場真昼という少女は、ついには番場真夜という本来有り得ない人格とのせめぎあいの果てに心が壊れた。

精神病院で彼女は、永遠に光の戻らない瞳でゆらゆらと揺れている。

揺れるという行動に意味は無い。そうでもしていなければ、彼女はおそらく自分の命すらも断つ。

生きるという事に意味を見出す為の無意味な行動。傍から見る異常者の頭には、誰が映っているのか。

壊れた少女に、百合目一という女は興味を示さない。それは当然、壊れた玩具はすぐさま買い替えるタイプの人間だからだ。

この場合、買い替えると言うよりは、中古品をリサイクルしきったとも言えるか。


 目一「(壊れきれないのは、走り鳰と寒河江冬香に続く家族が居るから)」


ある意味で依存しきっている。

寒河江春紀という少女を形作っているのは、幼い頃から家計を支える為のせわしない日々。

愛する家族の為、そして今はもう一人の眠り続ける家族に近い存在の為、暗殺者としてあり続けている。

では、その"あり続ける為のモノ"全てが寒河江春紀という少女の精神を、未だ崩壊寸前に納めている。


それはあまりにも脆く突っかかった棒切れ。いつ外れてもおかしくは無いそのタガを、必死になって、寒河江春紀は支え続けている。

自分は間違っていないと、そう心に強く念じ続けている。

捻られた腕を振り払い、ナイフをスーツの内側に仕舞うと、結い上げたセミロングの赤髪を翻して


 春紀「"アタシ"の最期の暗殺対象はお前だ、百合目一」


数にして五度目となる暗殺予告を突きつけて、学園長室を立ち去る。

その背中を、様々な思惑をない交ぜにした目一の視線が負い続けていた。






6 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:46:48.19uoLHCWX40 (6/10)




暗殺者として、これまで殺した人間は数知れず。

本当にそれだけの人数を、私は殺し続けてきた。


 春紀「……わたし、だなんて。」


この私という一人称も、強制された訳ではなく、"寒河江春紀"としての呼称を変えたかったから無理にそう口にしている。

私とアタシは別の存在。そう考えでもしなければ、私の心は壊れていたに違いない。

人殺し。文字に起こしてみればあぁなるほど簡単な事だと、今手にしている支給された携帯端末を眺めてそう思った。

検索エンジンにかけた殺人事件の内容、それらを見る度に、私は度し難い衝動を胸に抱く。

……まだ何も知らぬガキの頃に見た、現実味の無かったはずの"リアル"の中に、自分はいるのだ。


 春紀「(……また、吐くか)」


五年間、何度嘔吐しただろうか。人を殺した次の日には必ずと言って良いほどに私は胃の中身を吐き出す。

洋式トイレに向かって抑える事も無く胃液まで吐き出した私は、ハンカチで口元を拭い、個室を出る。

胃がギリギリと締め付けられる。まるで雑巾か何かの様に絞られているかのような錯覚に陥る私は、フラつく頭を殴りつけながら別館へと出た。


そこはかつて、十年黒組と呼ばれる特別学級が開かれていた場所。

今は、順当ならば十五だが、十一年を境に前任の"守護者"が行方不明となったことで一度休止していた。

今年は十二年、そして首藤涼もまたその一人として参加している。

だが、大きく違う点は、現在の黒組に暗殺者と呼ばれる裏の仕事を生業とする生徒は一人もいない。

いたって普通の、少し世の中から除け者にされ傷付いた少女が集まる学級。


別館に居た少女のうち、気の弱そうな一人があからさまに顔色の悪い私の下へと駆け寄ると、


   「だ、大丈夫、ですか?」

 春紀「ん、あぁ、気にしないでいい。」

   「でも、その……」


私は不意に、ポケットから取り出した仕事用とは別の黒革の手袋を嵌める。

そして、その右手で彼女の頭を撫ぜると、

 
 春紀「いけ。他人の体を労わる優しさは忘れないようにな」


ポンと背中を軽く押して、出来る限りの笑みを浮かべる。

全く上手くは出来ていない引き攣った笑いだったかもしれないが、それでも、私が笑みを浮かべるのはここだけだろう。

心に傷を、体に傷を負った彼女たちが少しずつ心を開きながらもここへ通う姿を眺めるだけで良い。

心の安寧の一つには、なっている。

だからこそ、この薄汚れた素肌は絶対に触れない。触れれば最後、きっと私は身勝手な自責の念で一生悩んでしまうだろう。

それだけ、今の寒河江春紀という女の精神はグラグラと崩壊寸前だった。





7 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:47:14.86uoLHCWX40 (7/10)



 晴「……兎角、いる?」


随分と伸びた赤銅色の髪を揺らしながら、海辺のテラスに立つ一人の女性。

シーサイドには似合わない黒いスーツに身を包んだ彼女は、従者であり、伴侶でもある名前を呼ぶ。

気配を殺し、まるでそこにはあたかも最初から居たかのように現れた白いスーツの女は、


 兎角「あぁ。どうした?」

  晴「……ミョウジョウ学園のリストの事はもう聞いた?」

 兎角「東兎角と一之瀬晴が載せられているのは随分と前の話だったな」

  晴「それだけじゃない。"犬飼 恵介"さんにも。」

 兎角「犬飼の養父か」


体内に取り付けられていたGPSは、数年前に兎角が解放された直後に解析・破壊に成功している。

だからこそ、こうして国内に居てもあまり嗅ぎつけられていない訳だが、そもそもアパート暮らしの筈の二人がどうしてこうなったのか。

それは単純な話、晴がプライマーとしての力を存分に振るい、気づけば一つの"組織"として、そこそこの資金力と人員を持った集団になった。


  晴「春紀さんは、変わらず?」

 兎角「アイツは、未だに人を殺している。もう、三桁は難いだろう」

  晴「……春紀、さん」


一之瀬晴が、寒河江春紀という人物の事について知っているのはわずかだ。

一緒に文化祭の準備をして、お菓子を一緒に食べたり、ネイルの事を喋ったり………もう、それも五、六年も前の話。

でも、彼女も暗殺者なんだなと思った時、特大の違和感を感じた。

この人は、人を殺せる人間ではない。そう、直感のようなモノが働いた。


結果的に、ミョウジョウに加担して十年黒組のメンバーを殺して回った実動犯となってしまったが。

それでも、きっと、寒河江春紀という人物は誰かを殺せる人間ではない。

他人の機微や感情に敏感なプライマーである晴でもそう思ってしまうのだから、きっとそうなんだろう。

 
 兎角「(……)」


監禁されていた場所から解放された時、満足に立つことも出来ない私を支えてアイツは言った。


 春紀『……なぜ、アンタは其処まで晴ちゃんを信じられる?忘れられずにいられる?大切に、想う事が出来る?』


殆どの食事を拒否し、点滴と投薬で過ごしてきたせいか、栄養不足から私の脳はグラグラと揺れている。

だからこそ、その質問に対する答えをあっさりと口にしてしまった。



8 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:49:47.51uoLHCWX40 (8/10)





 兎角『それだけ私が、一之瀬晴という人物に生きる意味を見出したからだ。間違いなく、晴は私が生きる理由そのものだ。』

 春紀『………』


寒河江は何を思ったのか。

私の晴に対する思いを、狂気と受け取ったか……それを知る由もない。

ただ、確かに自分の真意を伝えた。だからこそ、家族や"ニオ"の為に暗殺者としての任務をこなし続けているのだろうか。

ニオの意識はあれから戻らず……"という建前で"、白一色の部屋から、無理やり昏睡させられて厳重に拘束されているのを見た。


"今"の寒河江春紀は、一種の爆弾だ。

かつての彼女は素人上がりのチンピラと変わりなかったが、今は違う。確かな実力をつけているのは、度々の監視で確認している。

犬飼恵介からも教練されたことで、より一層"暗殺者"としての力が増している。それに加えて、数々の経験だ。

人間の死に多く触れたことで、精神的にもより強固なモノとなった。いや……"心が固まった"とでも言うべきか。

片目の視力を完全に失くし、この五年の中で目立った失敗は一度のみ。

その一度の失敗の際、両腕の神経を痛めて腕力・握力は著しく低下している。しかし、ソレを補って余りある"足技"の数々。


今、家族かニオのどちらかに異常が発生した場合、おそらく爆発する。それも、これまで感じ取ってきた死の匂いをまき散らす事になるかもしれない。


 兎角「………晴。私の"仕事"の報酬は、どれくらい溜まった?」

  晴「兎角。私も、兎角と思ってる事は一緒だよ。でも、もう少しだけ、待ってほしいの」

 兎角「ああ、それも承知の上で聞いている。これは"お願い"だ。計画を、なるだけ早めてくれないか?」


そして、いまにも爆発してしまいそうな危うい爆弾を止める為の手段。

それは、私自身が解体班の役割をすればいい。

晴はもう何年もかけて、ミョウジョウの、具体的にはプライマー百合目一勢力の解体を狙っている。




9 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:50:56.33uoLHCWX40 (9/10)



ボロアパートを抜け出して、全てを終わらせようと決意してから五年。充分な戦力と資金は集まってきていた。

あとは"機"を待つのみ。そうして、機会を待ち続けていたのだが、ミョウジョウの勢力は弱まるところを知らない。

かといってこれ以上待っていれば、"爆弾"は爆発してしまうだろう。


  晴「………もう、ずるいよ。そうやって、晴の手をとるの。」

 兎角「私も、我ながら卑怯だとは思う」


そういって苦笑する私の顔を、晴は嬉しそうに満面の笑みで返す。

私に表情を灯してくれたのは、彼女が居てくれたから。人間らしさを取り戻せたのは、紛れもなく彼女のおかげだ。

膝をついて手を取る……自分の中で最上級の敬愛を意味する行為に、晴はふぅと小さく息を吐くと、


  晴「"道具"は一式揃えられるよ。それだけ、兎角は頑張ってくれたから」


私が取り出した手帳の切れ端を渡すと、晴は一通り眺めて頷く。

これは、私が晴の元で行ってきた工作活動の集大成。

五年を費やしたこの力で、ミョウジョウを潰す。

表向きとしてのミョウジョウ学園は、ずっと都内の学び舎として機能してきた。

その功績は認めよう。しかし、それ以上にソレを運営してきた権力者に多大な問題がある。


ミョウジョウは敵を作り過ぎた。それも、放り出すべきではなかった強大なプライマーを。


 兎角「"私自身が"、ニオと寒河江を助けたい。手助け、してくれるか?」

  晴「うん。私は、兎角の強さを信じてるから」


立ち上がった私を抱き寄せると、そのまま唇を重ねる。

思いは伝えた。

私は寒河江春紀と、"走り鳰"を救いたいと。

それは二十数年の短い人生の中で生まれた二度目の、私の願い。




10 ◆NDD5HaAhTA2017/01/04(水) 08:52:33.89uoLHCWX40 (10/10)


一先ず書き溜めた分を出しました。トリップ変わってしまいましたが(前のが思い出せない)、本人です。

関係ないですが、最近グリザイアシリーズを原作アニメ見ました。とても面白かったので、リドルとそれを題材にしたクロスSSなんかも面白そうです


11以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/01/04(水) 23:19:17.76cwzLH1AiO (1/1)

どうしてリドルss書く人ってワンパターンなんだろうね
兎角マンセーでキャラ崩壊もんor同室カプで似たり寄ったりなもんばかりで面白いのか?


12以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/01/05(木) 16:43:42.68k7Olbvj40 (1/1)

面白すぎる
最終章頑張って書き上げてくれ



13 ◆NDD5HaAhTA2017/01/08(日) 06:33:05.16RWoHCM3E0 (1/2)


 春紀「……恵介さん、いるか?」

 恵介「おかえり、春紀ちゃん」


GPSを体内に埋め込まれていたのは兎角だけでなく、私にも同様だった。

右腕に仕込まれたソレはどこまで行っても感知されるが、逆に言えばこの範囲内さえ守れば自由に動ける。

"任務"の時だけは特別に許可を得て県外に出向いたりもしたが、基本的には都内が範囲。

仕事が終わった後、敢えて自分から実家には戻らず、ずっと恵介さんの隠れ家に世話になっている。

勿論、単に寝床を借りるだけではないけど。


 春紀「今日は六人殺した。」

 恵介「ご苦労様。」


このやり取りも慣れたモノだ。

私が始めた定期報告、恵介さんも初めは眉を顰めていたが、こうすることで不当な事を"正当化"しようとしている事を察してくれた。

これも一つの心の拠り所のようなモノ。カウントすることで、自分自身の行いを忘れずに生きるための。

この隠れ家は転々とする中の一つで、今は高層マンションの上部。

何でも、一か月単位で待ち伏せしなければならない"標的"が現れたらしく、暫くここに住み続けている。

恵介さんは手にしていたカップの一つを私に差し出し、ソファに座るよう促す。

受け取ったまだ湯気の立つコーヒーを一口啜り、"仕事用"の手袋を外してソファに深く沈み込む。

少しだけ疲労感が取れた感じがして、目を閉じかけたがすぐにはっと目を開く。


 春紀「これで、何人目だ?」

 
五年。五年の月日の中で、これを聞いたのは今回が初めてだ。

それは心境の変化というところが大きく………正直、もう私の心は拠り所で誤魔化せる程持ちそうになかった。

勿論、肉体的な限界もある。一度、失敗して尋問されたことで四肢を切断寸前までいたぶられたことで、奇跡的に両脚は元通りでも腕の方が言う事を聞かなくなった。

それからはナイフやガントレット、ワイヤーなどの暗器からあれだけ忌避していた拳銃に頼りだした。

そうして、遂に吐き出した弱音に、


 恵介「……春紀ちゃん、その答えを口にしていいのか?」

 春紀「熱意や根性だけでどうにか出来る歳でも無くなった。やっぱり、三年前のアレが効いてる。」

 恵介「流石にアレは、君が死んでしまったかと思ったよ」


ゆっくりと目を閉じると、瞼の裏に浮かび上がる一週間に渡る地獄の日々。

半分トラウマとなった尋問は、長年にわたってミョウジョウを敵対視していた"被害者"の集まり。

権力を潰された者、親類を殺された者、資産を奪われた者。

あらゆるモノを失くした人間が多い組織に捕まったとなれば、まさしくミョウジョウの手先がどうなるか。

ここまでで二年間、アタシはまだ殺す事にどこか心の片隅で躊躇っていた。

初めは暗殺対象を速やかに始末して足を消そうと工作したところで、死体処理に手間取り拘束された。




14 ◆NDD5HaAhTA2017/01/08(日) 06:33:59.18RWoHCM3E0 (2/2)




自殺しないよう顎に麻酔を打ち込まれ、目隠しに両腕をベルトで固められた私は地面に転がされる。

専用の地下室なのか、冷たいコンクリートが体温を奪い去り、徐々に思考までもがあやふやになる。

続く尋問という名の拷問。鬱憤を晴らす為という事も兼ねてか、入れ替わり立ち代わり様々な性別・年齢と思しき人間が入っていた。

一日目の終わりには、少し伸び始めていた髪が無理やり引きずり回されたことで出血しながらボロボロになり。爪も片手は全部剥がされた。

打撲や切り傷は当然の事、この時点で既に反射的に涙を流していた。

爪を剥がされる痛みは、おそらく人生の中で最もと言って良い程だった。腹にナイフを刺された時よりもひどい。

ジクジクと神経を焦がすような痛みは、ドクンドクンと波打つ心拍と同時に激しく襲い掛かる。

二日目、見せしめの様に両腕をつるし上げられたボロボロの姿を撮影され、腫れ上がった頬を更に殴り付けられる。

"そういった"嗜虐趣味なのか、数人の男達は度々麻酔を打たれて開きっぱなしの私の顎を掴んで腰を振る。

グジュッグジュッという水音が、自分の流れ出る涎だと気付くのに数秒かかった。何度もえずき、腹の中には殆ど何も無かったにも拘わらず数回吐いた。

そのまま女としての自分を蹂躙され、失神した後も散々痛めつけられた……らしい。この辺りは記憶がおぼろげだ。

三日目、簡易な食事を無理やりとらされ、体の汚れを適当に水をかけられて取り去られる。

水分が裂けた傷に染み込むたびに激痛が走り、唸るような悲鳴と共に勝手に体がのたうち回った。

涙は、もう、枯れていた。

四日目、連日の"尋問"に常に意識が朦朧として、視界がグルグルと回る。

目の前に注射器が差し出された時、嫌だ嫌だと心では思っていても、既に力なく吊るされたままされるがまま。

それがかつて番場が使用していた一時的に強引に興奮状態に引き上げる薬だと知ったのは後々。かつて自分もこの薬を二度使用した事も思い出した。

またそのまま男達の相手をさせられる。自分の意志と反した性交渉ほど苦痛なものは無い。

薬のせいで感じられた快感に身を任せて、元々薄っぺらかったプライドも全てズタズタに引き裂かれる。

五日目、薬の反動で精神的にも肉体的にも苦しみが襲い掛かる。狂ったように叫び続け、殴られても蹴られても裂かれても関係なかった。

六日目、両脚の爪が剥がされ、痛覚がだんだんと鈍くなっている事に気付く。気付いた時には、何も身に着けていない体の至る所から血が流れていた。

本当に死んでない方が奇跡の様なモノだ。自分の傷痕を見た途端に、ズンッとした鈍痛が全身に広がり、そして意識までもが薄れようとする。

ここで目を閉じたら、自分も逝けるのだろうか。

七日目、無理やり治療を施されて目を覚ました七日目には、いよいよというべきか腕の切断と見えない片目を抉りだそうとする。

そこまで口を割らなかった私も流石に言葉を零しそうになったが、家族やニオの事を思うとそれだけで言葉が詰まる。

いよいよ、目の前にあえて痛みを与える様に切れ味の悪い鋸が差し出された時、


地下室の奥から小さな悲鳴がいくつも聞こえ、それがこの組織の人間のモノだと気付いた時には目の前に一人の人物が立っていた。

犬飼恵介は、正式なミョウジョウからの"依頼"を受け、きっちりと一週間後に寒河江春紀を救出に来た。

恵介さんは裸の私に着ていたコートを被せると、


 恵介「少し痛むかもしれないが、我慢してくれ。」


小型のチェーンカッターの様なモノを取り出して、腕に巻き付いていた鎖を断ち切る。

乱雑に巻かれて長く吊るされた腕は薄く紫色になり、全く動かなかった。





15 ◆NDD5HaAhTA2017/01/11(水) 07:22:35.58aUcP1NRp0 (1/2)



組織の拠点から救出された後、私は12月の寒さに凍えながらも、貰っていた上着を深く被った。

倒しきった車のシートに寝かされた私は、顔だけを恵介さんの方に向けて、


 春紀「……何日、経ちましたか」

 恵介「一週間。丁度経ったね」

 春紀「……」

 恵介「本当に、一週間良く生き延びられたモノだ。俺の以前連絡を取っていた知り合いは、二日でゲロって殺されたよ」

 春紀「今も、本当に生きているのか実感は無いです」

 恵介「男女の大きな差は、様々ある中で最もなのが肉体的に慰み者とされる事だ。そして、そのおかげで生き延びられる事もある。今の様に。ただ、」


普段、滅多に吸っているところを見せていなかった短くなった煙草を一度手に取ると、吐き出した煙が車外へと消え、


 恵介「女性という性別の尊厳は蹂躙される。この世界はそういう世界だ」

 春紀「……"アタシ"は、まだ覚悟が足りていなかった」


私も恵介さんの知り合いの様に二日目には情報を吐いていた。それでも監禁されていたのは、単純にミョウジョウへの憂さ晴らしとして残されていた。

いつ来るかもしれない死への恐怖を、此処に来て思い出した。――――――過去の記憶と共に。

腹に突き刺されたナイフも、肉を抉ろうと貫かれた裁ちバサミも、肉塊へと変貌させようとする爆弾も。

あの時は妙なアドレナリンのせいか感じられなかった原初的な"死"が、襲い来る。

ガチガチとかみ合わない歯を震わせ、溢れ出る涙を抑えようともしない。

頭の中を恐怖が支配する中、恵介さんが差し出した小型拳銃を目にする。


 恵介「君が本当に、この蛇の道を突き進むというのなら止めはしない。ただ、最低限の力と知恵は教えてあげよう」


震える体を抑える為に動いた私の手は、しっかりと拳銃の柄を握りしめる。

途端に止まった体の震えに、何より自分自身が驚いた私はそのまま引き金を惹き絞る。

ガギッ、という不快な金属音と共に、火薬と弾丸が込められていない空虚な撃鉄が響き渡る。

ただ、その音が"不快"なモノであると同時に"安堵"を得られるモノだと気付いた時、私は理解した。


もう、戻れはしないと。




16 ◆NDD5HaAhTA2017/01/11(水) 08:10:44.37aUcP1NRp0 (2/2)


※訂正 


私も恵介さんの知り合いの様に二日目には情報を吐いていた。それでも監禁されていたのは、単純にミョウジョウへの憂さ晴らしとして残されていた。 ×

この文章は矛盾しているので訂正します。推敲が足りていませんでした、申し訳ありません





17 ◆NDD5HaAhTA2017/02/03(金) 01:25:07.686QYvOsJv0 (1/1)


 
………深く、深く沈み込んでいたソファの上で目を覚ます。

神経までやられた片目は既に閉じている。まだ生きている右目を大きく見開くと、ゆっくりと閉じる。

明瞭になってきた視界で、目の前には表情を変えずに携帯端末を操作している恵介さんの姿があった。


 春紀「……二十分か」

 恵介「お疲れの様子だったからそのままにしておいたよ。問題は無かったかい?」

 春紀「あぁ。………それで、さっきの問いの答えを聞かせて貰ってもいいか?」

 恵介「258人。君がその手で殺めてきた人間の数だ」

 春紀「意外と少ないな」

 恵介「………俺と比べちゃいけないよ」

 春紀「そうか。……何人だ?」

 恵介「四桁は超える。宗教など信じてはいないけど、まぁ、俺は俗に言う天国には行けないだろうね」

 春紀「はは、だろうな」


乾いた笑いは本当に心の底から絞り出た空の感情。呆れすら通り越したそれは、どことなく安心するものがあった。


 恵介「今更だが、君は考えうる中でもっと過酷な道を選んだ。そして五年間、よく五年ももった」

 春紀「無理にもたせただけだった」

 恵介「その無理が、"普通の人間には"中々厳しい。だが君は無理を押し通してここまで来た」


カップから手を離すと、恵介さんは衣装棚から引っ張り出してきた長大なジュラルミンケースを開く。


 恵介「伊介の未練を断ち切る意味でも、これを春紀ちゃんに渡しておく」


抱え上げられた狙撃銃とは別に、掌に収まるサイズの黒いグリップのみのナイフを手渡される。

 
 恵介「本当は伊介に渡すつもりだった、射出出来るナイフだ。それも、このサイズで限界の速度で放つことが出来る。」


暗殺に必要な全てを詰めた一発のみのナイフを手にした後、恵介さんは"狙撃手に対する最適解の行動・戦術"を私に叩き込んだ。

妙に具体的だったその内容。

まさか、そう思った時、恵介さんの手にする狙撃銃に視線を向け静かに歯噛みする。



最後にして最大の強敵が立ちはだかろうとしていた。その事実に、"私"の頭は更に熱を帯びる。





18 ◆NDD5HaAhTA2017/02/08(水) 01:01:37.97LZWOMdcv0 (1/1)



 
 目一「………暗殺者。人の身で同族を殺した上で生き続ける悲しい人生」

 涼「人間の生き方なぞ、それこそ幾星霜じゃ。それでも儂は、目一、お前の生き方には賛同せんが。」

 目一「それでも、貴女は守護者になった。自分の欲望の為に。ふふ、本当に面白いわね。……人生というモノは」



宙に浮かび上がった近未来的なモニターのいくつかを眺め、満足げに唇を歪めた目一の傍に立つ涼は静かに目を閉じる。

10年黒組で過ごした時は決して"命令されたから"だけではない。神長香子との出会いは自分の考え方に影響を与え、東兎角と一之瀬晴との出会いは大きな刺激を受けた。

そんな彼女らも殆どが命を落とした……いや、"始末された"計画書を見た時、目一に多少なりと反対意見を出した。

しかし、結果的には止められなかった。手筈通り偽装死体と成り替わり、そして走り鳰ですらも"表"の守護者から外されていった。

首藤涼がここにいる理由はただ一つ。向こう数十年はかかる"ハイランダー症候群の治療薬"を得る為。

百年近いこの人生に終止符を打つため、言い換えれば"理想の死を遂げる"為に此処に居る。

暗殺者などには微塵も関わり合いが無かったにも拘わらずそのまねごとをしているのは、穏やかな死を迎える為。


結局、自分も我欲の為に他人を陥れる女に傅いているのだ。何も、変わらない。


 涼「捜査員の情報によれば、"成功例"と"プライマー"が動き出そうとしているそうじゃの」
 
 目一「……もうじき全てが終わる。私自身も、貴女も」

 涼「かつての儂なら、此処でお前を見限っただろう。じゃが、これはあくまでも先に逝った娘達の為。その時まで、儂はお前の守護者で居続ける」


ゆっくりと目を開けた涼は、こちらを眺める目一の視線に視線をぶつけ、互いの唇を一度重ねた。

首藤涼の願いは穏やかな死。

"だった"。






19 ◆NDD5HaAhTA2017/03/15(水) 16:38:23.00/0WeReoo0 (1/1)

申し訳ありませんが、このスレッドはHTML化します。

創作意欲が低下したためです。申し訳ありませんでした


20以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2017/03/16(木) 06:23:23.60DkLdanBm0 (1/1)

えええええ
待ってたのに…