532以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/10/31(水) 18:17:53.77DRMKFrEu0 (3/3)

暗闇に落とされ、音も無く、触るものも無い。

呼吸はできないが苦しさは無く、四肢は動かないが寒さも暑さも無い。


コブラ「………」




コブラは無を漂っていた。

進む事も戻る事も、止まる事も無い処。

それも、前に彼が経験した無とも異なる。

肺はホルンとならず、心臓はドラムを打ち鳴らさず、血潮は踊らない。

エイトビートは沈黙している。ロックは聞こえないのだ。




コブラ「………」





























コブラ「……?」






その終わりさえ無い無の世界に、コブラは一つの小さな輝きを見出した。
視力さえ与えられない世界においては矛盾する現象だが、彼は確かに見ているのである。

青白い輝きは徐々に大きさを増し、輝きが増すごとにコブラの五識は一つ、また一つと回復していく。
回復した五識は思考に作用し、輝きがコブラの眼前に止まる頃には、遂にコブラは温度感覚を除いた心身の機能を完全に取り戻していた。



コブラ「キミは……」



無重力の世界で、巨大な青白い輝きは宇宙を内包し、少女の空気を纏っている。
その空気に右手を伸ばし、コブラが光に触れようとした瞬間…


コブラ「!!」


空気は一変し、輝きは消え、コブラの前には少女ではなく、緑の眼を持つ白き柘榴が現れた。
柘榴は触手を伸ばし、差し出されていたコブラの右手を絡め取ると、無を飛翔し始める。
その無の世界も、コブラが冷たさ無き風を感じる毎に薄れていく。

そして突如、世界は閃光と共に無を失い、真白い光に満たされたのだった。


533以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/10/31(水) 18:34:15.56/Q3jI/AM0 (1/1)

感覚剥奪拷問の時か、懐かしいな


534以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/01(木) 01:21:01.67Ze6aFrT80 (1/2)

白い光の世界を突き進む柘榴に牽引されながら、コブラは思考の中で状況を整理する。
アーリマンの闇に取り込まれ、無に放り込まれてどれほどの時が経ったのかは分からない。
四肢の感覚はあり、思考も鮮明だ。
だが踏むべき足場も、見渡す地表も、見上げる空や太陽も無い。


柘榴の触手については、触れているという感覚はあるが、温度を全く感じない。
さらに不可解なのは、柘榴の形状である。
柘榴の体は竜のようであり、天使のようでもあるが、しかし翼も、二股の尾も奇妙な青白い触手で構成されている。



コブラ(不思議だ……こいつはどう見ても、正体の分からない怪物だ)


コブラ(なのに俺は、光に包まれていたとはいえ、コイツを年端も無い女の子だと思い込んだ)


コブラ(何故だ?…何が俺にそうさせたんだ?)



疑問に答える者とも出会うことなく、コブラは光の中を飛び続けた。
時間の感覚は確かにあるが、その感覚はコブラに時が進んでいないと告げている。
しかし、確かに何かへと近づいているという感覚もまた、コブラの中では強まっていた。
そして…



コブラ「!」



柘榴がコブラの手を離し、緩やかに上昇を始めた時…

コブラは、白光の中に更なる光を見た。

光はコブラの顔を、輝く両手でそっと包むと…



















535以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/01(木) 04:26:06.63Ze6aFrT80 (2/2)

ビュゴオオオオオオオォォォ!!!


ジークマイヤー「む……なん…なんの音だ?」ガチャッ…


洞穴の中を強い風が吹いているような音に、ジークマイヤーは眼を覚まし、身体を起こそうと両肘を石床に着く。
すると一文字に設けられた兜の視界の端に、ビアトリスの掌が見え、ジークマイヤーは顔を上げた。
ビアトリスは石床に手をつき、へたり込んではいるが、意識は明瞭なようだった。


ジークマイヤー「人が悪いではないか。起こしてくれても……」


と、そこまで言いかけたところで、ジークマイヤーは異変に気付いた。
白い光に照らされたビアトリスが、何かを凝視している。
いや、そもそも光がある事自体がおかしいのだ。
ジークマイヤーは、自身が闇の嵐に飲まれたことを思い出すと同時に、ビアトリスが見つめる光の光源を目で追った。


ジークマイヤー「なっ!?…こ、これはっ!?」


眩い白光に眼を奪われているのは、ビアトリスとジークマイヤーだけではない。


オーンスタイン「グウィンドリン様、この光は……この男に何が…」

グウィンドリン「分からぬ……だが、これは我ら神々の力では無い。このような力は、何者も持ち得ないだろう…」

グウィンドリン「王のソウルを与えられし者でも、このような輝きは……」

レディ「………」


意識を取り戻し、両手に槍持つオーンスタインも。
傷を癒され、ジークマイヤーの手から離れてオーンスタインの横に立つグウィンドリンも。
常に一定の冷静さを保ってきたレディも、皆一様に光の前に立ち竦んでいた。



クリスタルボーイ「バカな…貴様は今…」



コブラ「………」


クリスタルボーイ「今、確かに……俺の前で死んだはず…!!」




クリスタルボーイに見上げられているコブラは仁王の如く立ち、風を巻く轟音を辺りに響かせながら、全身に白金色の輝きを纏っていた。
光は爆発のように揺らめき続け、闇の嵐と対決し、嵐を部屋の四隅に押し詰めている。
更にはクリスタルボーイからアーリマンの影を千切らんばかりに遠ざけ、クリスタルボーイに片膝をつかせていた。
瞳なきコブラの両眼からも刺すような白光が漏れており、その双眸にコブラの意思は介在していない。
意識無いままの剥き出しの闘志と、執念を超えた力そのものとさえ思えるような“何か”が、コブラから噴火しているのだ。


ヒュイイイイイィィィ…


光の奔流の中で、コブラがサイコガンを天井へ向け構えると、サイコガンの銃口から、神秘の音と共に宇宙の輝きが立ち昇る。
深淵の闇に星々の光を湛えたその輝きは、サイコガンを包み、まとまり、サイコガンそのものを一振りの大剣へと昇華させ…


キイイィン!


大剣を流れる星々は終に一つとなり、蒼い月光と化した。
コブラは月光の大剣に右手を添えて、光を一瞬、より強く輝かせると、クリスタルボーイへ向け袈裟懸けに振り下ろした。



ヴァオオォォーーン!!!


クリスタルボーイ「オッオオオーーッ!!」



宇宙の輝きは暗い光波となってクリスタルボーイを呑み、結晶の肉体に無数の亀裂と穴を穿ち、その鉤爪を割った。
光に呑まれた二枚の竜翼は、その流れに千々と引き裂かれて砕け散る。角は熱泥に溶けゆく金のように崩れ、霧散した。
闇の嵐も輝きに打ち消され、女王の間を包む暗黒は晴らされたのだった。


536以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/01(木) 07:14:54.71xv/mnH0Oo (1/1)

エーブリエタースたんか!?


537以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/01(木) 07:29:09.02QTcSjXXDO (1/1)

え、まさかのブラボ?
コブラサイドは知らないしダクソにそんなの居たかなあと悩んでたら


538以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/01(木) 16:36:39.29L1JDyARp0 (1/1)

そういやビルゲンワースの教えっぽい言葉が出てたな


539以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/16(金) 04:17:49.51KNjYn5HK0 (1/2)

一際強烈な閃光に、部屋にいた者はコブラを除いて一様に怯み、不死などは背を丸めていた。
そして輝きが収まり、部屋に再び暖かな太陽の光が射し始めた時、早くに怯みから回復したオーンスタインが部屋を見渡した。


オーンスタイン「下郎め、逃げたか!」


部屋の中央には、幾らかの煌びやかな小片が散らばっている。
しかしそれらはクリスタルボーイの全身を構成するには少なく、かの者の黄金色の骨片も含んでいない。


バギッ!! ダダァーーン!


固く閉ざされていたはずの両開きの扉も、スモウの怪力によって引きちぎられ、倒れた。


グウィンドリン「器は持ち去られたか…あの者の気配も無い…」

オーンスタイン「しては、奴はすでにアノール・ロンドの外に?」

グウィンドリン「左様…うっ…」

オーンスタイン「グウィンドリン様!?」

グウィンドリン「いや…大事ない…先の光に傷は癒されている。力を吸われ、ややふらついているのだ」


レディ「コブラッ!」


グウィンドリン「!」


コブラは不死達に囲まれ、レディに抱き上げられているが、呼ぶ声には反応を示さない。
意識を失っているのだ。


ビアトリス「コブラ…今度はどんな無茶を…」

ジークマイヤー「し…死んではおらんのだろう?」

レディ「ええ、生きてはいるわ。でも…今彼に何が起きているのかは…」


グウィンドリン「………」


その昏倒しているコブラを見つめ、グウィンドリンは逡巡し、だが決心した。
護るべきものを奪われ敵を逃したとあれば、今この場で優先されるべき選択はひとつ。
敵を唯一退けた者を護ること。それはいかなる痛みと引き換えにしても余りある行いだった。
黒い外套の男の正体は知らず、しかしその灯火に纏わりつく影が如き執拗さと周到さを知るグウィンドリンは、予見したのだ。
負けるはずのない戦いにおいても、敗北を喫した場合の含み針は決して軽んじはしない。あれはそういう者なのだと。


グウィンドリン「四騎士の長とその従者、処刑者に命ずる」


オーンスタイン「!」

スモウ「!」


グウィンドリン「使命に挑みし者達と我が命を追手より護り、この死地を切り抜けよ」


ジークマイヤー「試練に挑みし…えっ?」

ビアトリス「かっ…神たる皆様方が、我々を護ってくださるのですか!?」

グウィンドリン「そうなるだろう。だが多くを望むな。これは決して我らからの恵みではないということを心せよ」

レディ「………」


グウィンドリン「これよりアノール・ロンドを放棄し、暗月の火防の元へ逐電する。その火の元にコブラを休め、暗黒神へと抗する術を探るのだ」


グウィンドリン「我が月と我が太陽に、そして我らに炎の導きがあらんことを」






540以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/16(金) 07:41:25.78KNjYn5HK0 (2/2)

グウィンドリンの号令の下、二体の黄金騎士は行動を開始した。
オーンスタインはグウィンドリンを抱え、スモウは右脇に2人の不死を、左脇に2人の異邦人を抱えて…


ズドドォーーン!!!

ビアトリス「うっ」

ジークマイヤー「うぷ!」


それぞれ二階から一階へと飛び降りた。


レディ「その兜の中で吐いたら地獄よ?」

ジークマイヤー「分かってる…うっぷ」


オーンスタインは主君を背負い直し、右手に槍を持つ。スモウは両脇に抱えた者共を離して、両手に大鎚を持った。
意識の無いコブラはレディに抱えられている。そのレディを皆で守るのだ。


オーンスタイン「スモウ、お前が先頭を行き、道を開け」

ドズン!


オーンスタインの声を聞いたスモウは返事もせずに一団の先頭に立ち、歩を進め始めた。
そのスモウ背中から少し離れた地点に、オーンスタインは槍を構え、彼の背にいるグウィンドリンは杖に魔力を輝かせる。
オーンスタインの背後にはレディが歩き、彼女の周囲を二人の不死が警戒した。
一団はつい先程死闘を演じた大広間を行き、広間の出口まで歩いたが、スモウは突如として脚を止めた。
ローガンの倒れた大広間の中央に立ち、一団に声を投げかけた者がいたからである。



母の仮面「何かと思えば……スモウ、貴様のような愚鈍が先頭では、危機の察知に遅れが出るじゃないか」



レディ「この声…!」

ジークマイヤー「仮面の騎士…やはり戻ってきたか…」

ビアトリス「先生…」



聞き覚えのある声にコブラの仲間達は戦慄したが、オーンスタインは臆せず声を発する。



オーンスタイン「貴様らの主人はすでに逃げたぞ、雇われ。もはや褒美も得られぬ戦いに、褒美のみを求める貴様らが何をこだわる」

母の仮面「ふふふ……褒美など、手渡しで有らずとも得られるではないか。私が仕えている法官が誰で何処にいようが、そんなもの私の知ったことでは無い」

母の仮面「私が主従に想うのは誓約の内容だけだ」

オーンスタイン「!」



母の仮面「倒した者の遺骸を漁り、好きなだけ武具を剥ぎ取れる誓約……まったく素晴らしい。かつて無いほど素晴らしい話ではないか」



オーンスタイン「世迷いごとを言うな。そのような外法な約定を成す神など、アノール・ロンドが建てられて後、今日に至るまで一柱たりとも生じてはおらんわ」

グウィンドリン「………」


仮面の騎士の言葉を否定しつつも、神々は皆確信していた。
だが、法官の正体を知らぬ敵対者を前にして、暗黒神アーリマンなどという名を口に出すわけにはいかなかった。
恐らくは不死人の騎士であろう者に闇の神の存在など、お伽話の一片でさえ匂わせてはならないのだ。


母の仮面「そうか…まぁいい。神だろうが悪魔だろうが、誓約が良ければ仕える者の本性なんぞどうでもいい」

母の仮面「私の目的はコブラから全てを奪うこと…珍妙な赤い服も、小洒落たベルトも、手の中に収めた触媒も全て私の物だ」


オーンスタイン「………」


母の仮面「しかし、流石は四騎士の長。敵対者が一人では無いことを見抜くとは」


541以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/20(火) 20:14:12.53ainhJUb20 (1/1)

ササッ…


仮面の悪霊の声に笑みが含まれると、両の足先を青く光らせた者達が、大広間に舞い降りた。

苔むした石の大剣を握り、盗賊装衣に身を包んだ者。
左手にガーゴイルの斧槍を持ち、右手に短刀を持つ重装騎士。
黒い重鎧から生足と細腕を覗かせ、両手にレッサーデーモンの槍を握る者。
身の丈ほどもある大弓を担ぎ、右手に杖を持つ革鎧の軽装騎士。

いずれの者も、密やかながら異様な陽気を放っており、彼らの眼には少年の如き純粋な黒い輝きが灯っている。
恐れるものなど何も無く、広い世界に快楽を求めるその八つの瞳の焦点は、定かではない。


グウィンドリン「我を降ろせ、竜狩り。スモウのみでは手に余る」

オーンスタイン「!…しかしそれでは…」

グウィンドリン「案ずるな。ソウルを吸われたとて、我には暗月の光がある。貴公は力を振るわれよ」

オーンスタイン「………」


命を受けたオーンスタインは音もなくグウィンドリンを降ろすと、スモウの背後から抜け出て…

ジャキィン!

十字槍を中段に、敵対者たちへ向け構えた。



母の仮面「残念だよ。私の友を見抜いたというのに……なんだその諦めの悪い構えは。まるで負ける事など眼中にないようじゃないか」

オーンスタイン「たかが不死などに遅れは取らん」

母の仮面「分かってないな。取ったからこそ私達はここにいるんだ」

オーンスタイン「なに?」


シュゴォーーッ!!


革鎧の軽装騎士の杖から迸り出たソウルの槍は…


シュバァン!!


オーンスタインの槍に斬り弾かれ、二つに別れて空中に消えた。



ジークマイヤー「今の音……」

ビアトリス「ソウルの槍!先生が戻ってきたんだ!」

レディ(でも、彼だとしても一体何に向かって魔法を撃ったの…?)

グウィンドリン「違うな、あれは貴公らの同胞ではない」

ビアトリス「!?」

グウィンドリン「既に我らを知る者に、姿を隠す事も無かろうな」

グウィンドリン「退けよスモウ。皆で戦うべき敵のようだ」


主君に促されたスモウは一歩身を引き、グウィンドリンと不死達、二人の異邦人を敵対者たちの眼に晒す。


ビアトリス「そんな…まさか、さっきのソウルの槍は…」

ジークマイヤー「仮面の悪霊!?やはりまたしても……」

レディ「あれが仮面の騎士……」



母の仮面「なんと…嬉しいぞ…なんて淫麗な全身鎧だ…!」

母の仮面「やはりあの法官の誓約を受けて正解だった……私はこの出会いに感謝する!」



542以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/11/26(月) 01:50:22.771PDF737dO (1/1)

なんて良スレを見つけてしまったんだ……ぐあああ仮面巨人の狙いが気になるウワァァァァ


543以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/03(月) 12:36:07.19IXTofyRq0 (1/1)

カッ!

ジークマイヤー「むっ!」

キリキリキリ…


軽装騎士は杖を懐にしまうと、大弓を石床に突き立てて矢をつがい、引き絞る。
不死達は身構え、神々の眼は敵対者たちの気配が一層膨張する瞬間を見た。


バヒュ!!


大矢が放たれると同時に…


ババッ!


仮面の騎士とその仲間たちは駆け出した。
飛翔した矢はやはり十字槍に弾かれたが、矢の主はまるで臆さず、仮面の騎士を先頭に疾走を続ける。
その疾走に向け、ビアトリスとグウィンドリンの杖が光った。


グウィンドリン「五月雨矢だ、魔女よ」サッ

ビアトリス「っ!」サッ

ドヒュヒュヒュゥーッ!!


敵対者たちに対してグウィンドリンが放ったソウルの矢は、ビアトリスの知る魔法の常を大きく外れていた。
花のように開いた蒼色の光は、打ち水の如く空中で弾けて数十もの光弾となり、光の尾を引きながら敵対者に殺到する。
その神の力に一瞬ひるんだビアトリスだったが、すぐさまグウィンドリンの意図を汲み、自らは狙いを澄ましたソウルの太矢を、輝く雨に忍ばせた。


ビュオオオッ!!


風を切って舞い込むソウルの矢を、敵対者たちは人並み外れた身のこなしによりかわす。
ある者は鞠の如く転がり、ある者は己を透過させるが如き最小の挙動で脅威から逃れていた。
だが、そのような者達にも回避のしようがない脅威はある。

重装騎士「!」バスン!

盗賊「ぬっ」バシィン!

動作の終わり際を狙われては、いかに身軽といえど回避のしようもない。
無秩序に殺到する輝きの雨に凶弾が紛れているとあっては、回避どころか見極めすらも困難だった。
だが敵対者達の疾走は止まらない。死すらも彼らの情熱を止めることができないのだ。


オーンスタイン「構えい!」


竜狩りの号と共にスモウは大鎚を構え、ジークマイヤーは盾を背に掛け、特大剣を両手に握る。
しかしレディはフランベルジュは抜くことができない。彼女の胸の内にあるコブラはまだ、深い眠りに落ちている。
そして仮面の騎士の脚が、竜狩りの制空圏へと触れる瞬間…

盗賊「………」ザザッ

盗賊は脚に力を入れて急停止。
両手に持った石の大剣を掲げた。


ヴォン…!


ジークマイヤー「むっ!?」

レディ「えっ!?」

ビアトリス「!」


苔むした石の大剣から発せられた黄緑色の空気の波は、神の身にあらぬ者達の両脚にしがみつき、見えぬ重りを吊るす。
闘いをやめるように懇願し、祈るようなその力はしかし、二人の不死と一人の異邦人から闘いを回避するためにある脚の自由を奪った。


ガキィーーッ!!


オーンスタインの繰り突きを仮面の騎士は結晶に覆われた盾で防いだ。
盾の結晶は槍を覆う雷のほとんどを宙へと散らし、ごく低い電圧を仮面の騎士の鎧に漏らすだけだった。


544以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/03(月) 15:26:22.59Ma1tF/S20 (1/1)

ダクソわからんが察するに敵の使ってる武器はどれもこれも強力なボスから毟り取ったチートじみた逸品なのかな


545以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/04(火) 23:36:53.175Y3w7RH10 (1/1)

竜狩りと鍔迫る仮面の騎士の鎧には、コブラに刻まれた損壊が無い。
割られた仮面も元に戻っており、それらの防御効果は揺るぎない。


オーンスタイン「結晶とはな……如何にして王の封印も解かずに白竜公の書庫に忍び入った」

母の仮面「あの封印なら何度も解いた。貴様に言っても分からんだろうがな」


ガキィッ!!


オーンスタイン「!」

ジークマイヤー「ぬおおお!!」

ガァン!キィン!


竜狩りと仮面の騎士が短い問答を交わしている間に、仮面の騎士の同業者達は二人の不死と二柱の神々に斬りかかっていた。
ビアトリスとグウィンドリンの展開する弾幕にジークマイヤーとスモウは守られているが、仮面騎士の同業達は野犬の如く二柱と二人に纏わりつき、矛や刃を執拗に振るっている。
その矛も刃も、ジークマイヤーとスモウに切り払われていたが、特大剣と大鎚での剣勢には剣速に限りがある。

ダッ!

オーンスタインは同胞と主君に助太刀すべく踵を返し…

ガヅッ!!

背中にクレイモアの突きを貰った。
クレイモアは剣身に混沌を秘めており、混沌の炎はオーンスタインの背面鎧を赤熱させた。


母の仮面「なに余所見している。まだ私は死んでいないぞ」

オーンスタイン「貴様…」



ジークマイヤー「ええい鬱陶しい!!」ブーン!!

デーモン槍の騎士「クスクスクス…」ササッ

ビアトリス「無闇に振ってもダメだ!こちらは脚を抑えられている!剣筋を読まれて隙を突かれるぞ!」

ジークマイヤー「しかし我慢ならん!堂々と闘わず一太刀振っては逃げ回るの繰り返しなど、騎士の闘いではない!」


軽装騎士「騎士の闘いときたぜ」シュタタタ…

盗賊「くだらんなぁ。勝てばよかろうに」シュタタタ…


グウィンドリン「………」


敵対者達の煮え切らぬ戦運びに不死達が苛立ち始める中、グウィンドリンはソウルの雨を放ちつつ、密かに熟考していた。
一見単調な敵対者達の動きにも理由があるのだ。
苛立ちなどは戦において必ず沸き起こる感情であり、苛立ちが過分な敵意へと変わるのも必然である。
過分な敵意は過分な攻撃性へと繋がり、過分な攻撃性は無謀の起点となる。敵対者達は一人孤立する者が生じる時をひたすら待っているのだ。


グウィンドリン「賢しいな。あくまで誘うというならば見せてやろう」

ビアトリス「えっ?」

シュオオオオォォ…

ビアトリス「え…うそ…」


杖を高く掲げ、蒼い嵐を杖先に巻き起こし始めたグウィンドリンを見て、ビアトリスは驚愕した。
神の大魔法に驚いたというのもあるが、それ以上に驚くべき事態に、彼女は唖然としたのだ。
ジークマイヤーのように戦に様式を求める訳ではないビアトリスは、思慮を重んじ、戦況というものを読むよう努めている。
故に彼女は敵の動きに挑発の意思が含まれれば察知し、決して乗るまいと努めるのだ。
その最大限かつ微々たる努力による戦略構成を、事もあろうに神が御破算にしたのである。


ブオオオォーーッ!!


杖を中心に渦巻くソウルは解放され、ソウルの雲となって大広間の天井を埋め、敵対者達に降りかかった。
文字通り雨の如く降るソウルの矢を避け切る事は不可能であり、敵対者達は皆、一・二発の被弾を許した。
だが、このソウルの雨は決定的な威力に欠けていた。手や足を撃ち、血を流させる事は出来ても、脳や心臓、心を打ち砕くには足りないのだった。


546以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/07(金) 20:16:29.45S9m+e/He0 (1/1)

周回勢強いな……SL無視でマッチングするようになったロードランだと考えたら地獄すぎた


547以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/10(月) 18:41:34.86cTCnWpQ+0 (1/1)

ジークマイヤー「ふおお…なんと…」

ビアトリス「っ…!」シュイィーッ!


吹き荒れるソウルの雨に敵対者たちの動きが鈍り、ジークマイヤーの注意が散漫になる中、ビアトリスは突如変わった自陣の戦法に対応すべく、ソウルの太矢による狙撃を再度行う。
狙撃はやはり一定の効果があり、敵対者たちは竜狩りと一騎打ちに興じている仮面の騎士を除いて、次々と撃ち抜かれた。
だが敵対者たちはビアトリス同様に不死立っている。エストが彼らの傷を癒す限り、必殺足り得ない加撃をするだけビアトリスの魔法が損耗されるのみ。


ダン!

ビアトリス「やはり…!」


それを知ってか、ソウルの雨から逃げ回りつつ隙を伺うなどというまどろっこしさを捨て、一直線にコブラへ向かって走り出した者がいた。
斧槍を持った重鎧の騎士。彼の眼はフルフェイスの兜に隠され、情熱に燃えていた。
グウィンドリンが広げた雲は徐々に薄くなり、ソウルの雫も数を減らしていく。

シュバン!!

そのフルフェイスの兜をソウルの太矢が撃ち抜く。
兜には踵程の大きさの穴が空き、穴の闇からは脳漿が吹いた。

ガッ!

ビアトリス「なにっ!?」

しかし重装の騎士は倒れず、駆ける脚には淀みすら無い。


ボグシャアアーーッ!!!


スモウの大鎚を上半身に貰い、おびただしい量の血を鎧の隙間から噴き出しても…


ガッ!

ビアトリス「ば、馬鹿な!」

ギャリギャリギャリィ!!


重装騎士は力強く踏み止まり、大鎚側面に身体を擦り付けるようにしてスモウの得物から脱出し、再度コブラの元へ走り始めた。
重装騎士の胆力に敵対者たちは歓喜して、動きを一つに一斉に地を蹴った。
狙いは面倒な砲台。弾幕を展開するだけの能力を持つグウィンドリンである。


ブオオオォーーッ!!


天井の雲から振り続けるソウルの雨に加え、グウィンドリンは右手の杖から新たにソウルの雲を放ち、更なる雨を降らせた。
重装の騎士を除く敵対者たちの脚は再び回避を強制されたが、彼らに焦りはない。
彼らの目的は砲台の無力化にある。左手の盾で矢を受けたならば、右手の剣で敵を突けば良いのだ。


ドガーッ!!

ビアトリス「グッ!」


重装騎士はビアトリスを跳ね飛ばし…


ジークマイヤー「止まれいっ!!」ガコォーン!!


ジークマイヤーの横振り左手で受け…


ジークマイヤー「おおお!?」バギーッ!


左手を振ってジークマイヤーごとツヴァイハンダーを払いのけた。
左手の手甲からは折れた骨が突き出たが、重装騎士の走りは揺るぎない。


レディ「クッ…!」サッ


レディはコブラを片手で支え、余った手でフランベルジュを握った。
しかしフランベルジュは半ばから折れている。とても全身全霊を賭けて振り抜かれるであろう斧槍を受けきれる状態では無い。
だがそれを承知でレディは剣を構えた。その命を捨てることになろうとも、レディはコブラと共に死ねるならばそれも本望に思っていた。


548以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/11(火) 01:19:07.96YaGE1yn00 (1/1)

ドスドスドスドスッ!!


重装騎士「!」

レディ「!」

ビアトリス「ああっ!?」



コブラ目掛け振り上げられた斧槍は、振り上げられた頂点で静止した。
月色に輝く4本の矢に正中線を貫かれ、重装の騎士は動きを止めていたのだ。


グウィンドリン「………」


軽装騎士「おお?」

盗賊「その手があったか…」


グウィンドリンのソウルの雨は多くの魔法と同じく、発現してしまえば杖による制御を必要としない。
挑発に掛かる演技でソウルの雨を展開したグウィンドリンは、後は雨を残しつつ一人なり二人なりを誘い寄せ、コブラの元へ招くだけでよかったのだ。
王手を刺さんとする者は舌なめずりをするか、視野を狭めてひたすら剣を振るうだろう。その背中は赤子の背のようにかわいらしいというのに。


重装騎士「!…!…!…」


重装騎士は腸を抜かれ、横隔膜を抜かれ、心臓を抜かれ、中脳を抜かれて尚も倒れず、斧槍を力強く握っている。その手を、レディが指で軽く押すと…


グガシャーッ!

ビアトリス「お…おおおぉ~…」


重装騎士は倒れ、鎧と共に空中に姿を消した。竜狩りと鍔迫り合う仮面の騎士は溜息を吐く。


母の仮面「呆れた…己の戦略に己を掛ける馬鹿がいるか」

オーンスタイン「友に恵まれなかったようだな」

母の仮面「友?やめてくれないか」


ガギッ!ズザザザッ…


竜狩りの腹を蹴り、飛翔した仮面の騎士は転がるように着地。しかし竜狩りは仮面の後を追わない。
深追いの愚を見た後では行く気など起きるはずもなく、そもそもオーンスタインは深追いに用心を加えるを良しとしていた。
仮面の騎士は腹の底で竜狩りの甘さを嘲笑し、結晶の盾を捨てて新たな草紋盾を背負い、クレイモアを両手に持ち直す。



グウィンドリン「闇の子らよ、臆したか。それとも騎士たるを重んじるか」

デーモン槍の騎士「ほほっ…仕返しかい」

盗賊「フン」

軽装騎士「………」


竜狩りの一騎打ちを他所に、グウィンドリンは敵対者たちへ意趣を返す。
かつて神の軍を率いた神国の騎士が、馬の骨如きに引けを取ることはあり得ないという、確固たる信頼がグウィンドリンの心胆を滾らせるのだ。
その堂々たる立ち振る舞いを見て、ビアトリスは一瞬でも彼の神を疑ってしまった己を恥じるとともに、瞳に崇敬の光を灯す。
そしてその崇敬の光を見たのはジークマイヤーも同じだった。彼はグウィンドリンを疑いはしなかったが。


グウィンドリン「貴様らが矛を収めるのならば、我らも槍を退かせ、ここより去ろう」

軽装騎士「去るだと?まだ貴様の僕と仮面の騎士が闘っているだろう」

グウィンドリン「竜狩りは殿を務める。あれも我が騎士だ。我らが去る頃には任を終え、我らの元に帰るだろう。スモウ、鎚を納めよ」

スモウ「………」ズズズ…

軽装騎士「……てめえ」


大弓を背負う騎士は、かつて己が味わった事も無い程の侮辱に、己らが晒されている事を自覚はしていたが、飛び掛かるを望む衝動を抑えた。配下の者に得物を下げさせるのも、歩き去るという意思表示も、全てはハッタリの臭いを漂わせる見え透いた罠である可能性もあるのだ。


549以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/11(火) 02:00:57.19KjA/PzlYo (1/1)

殺しても復活しちゃうからなぁ
なんとか半殺しにして拘束出来たらいいが人数多いとそれも厳しい…


550以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/17(月) 22:12:24.666KBiMhVu0 (1/1)

母の仮面「だらしのない…やはり信用できんな」


ガキキッ!!


追撃に躊躇する同業者達を横目で見つつ、仮面の騎士は己に向かって振り下ろされた十字槍をかわした。
槍は石床を叩き、細かい石片を散らせる。

ダン!

突如グウィンドリンへ向けて踵を返し、駆け出した仮面の騎士だが、竜狩りの対応に遅れは無かった。
オーンスタインは右手の槍を持ち直しつつ、左手に小さな雷を纏わせると、それを槍状に束ねて放った。
コブラに投げつけた大槍とは違い、その槍は小さく細く、軽い。だが突かれた者はただでは済まない。


バシュン!

オーンスタイン「!」


しかし、仮面の騎士は背後から飛来する槍を一瞥すらせず回避した。
槍は空中を進んで柱に当たって消え、オーンスタインは突進の構えを取る。


ガッ!


仮面の騎士が駆け出した事を好機と捉えた軽装の騎士は、大弓の固定具を石床に突き立てた。
デーモン槍の騎士は緑花草という体力増強効果を持つ野草を口に放り、盗賊服の者は再び大剣に力を込める。
だがグウィンドリンとビアトリスもまた、杖に魔力を光らせていた。


ドヒュン!!


軽装騎士の放った大矢を…


ジークマイヤー「ふん!!」ガキィン!!


カタリナの騎士は特大剣で打ち落とした。
だが特大剣は二の太刀を生みにくく、使い手の隙も潰してはくれない。


デーモン槍の騎士「馬鹿が!」ババッ!

ドカッ!!

ジークマイヤー「ぐはっ!」


デーモン槍による渾身のランスチャージを横っ腹にもらい、ジークマイヤーは大きく体勢を崩した。
だが、その槍が回転してジークマイヤーの腑を裂く前に、ビアトリスの魔法はデーモン槍の騎士に届いていた。


デーモン槍の騎士「グッ!」ドパッ!


ソウルの太矢に吹き飛ばされ、デーモン槍の騎士は槍をそのままにジークマイヤーから離れた。
得物を失った騎士の手には短刀のみが残される。しかしこれで、ビアトリスは数秒ほど無防備になった。


ヴッ!


その隙を活かすべく盗賊は石の大剣を掲げ、刃から平和たるを祈る魔力を放たんと力を込めた。


グオワアアァーーッ!!!


が、その魔力はクリスタルボーイの表皮を焼いた蒼色の爆発に掻き消された。
グウィンドリンが放った圧倒的な破壊力に、粗末な盗賊服が耐えられるはずもなく、盗賊服の男は身体を千々に引き裂かれて塵になってしまった。
貴重な戦力をまたも失った仮面の騎士は、仮面の内でほくそ笑んだ。


ドン!!!


竜狩りの突貫が、仮面の騎士の背中を貫き、帯電した刃先は仮面の騎士の片肺をしぼませる。
仮面からは血が溢れ、槍先を覗かせる右胸から噴き出た血は、グウィンドリンの顔を汚す前に雷に焼かれ、消えた。
仮面の騎士の右手中指には、暗蒼の輝きを放つ指輪がはめられている。だが手甲に隠れたそれを見抜ける者は少数に限られる。
幸いグウィンドリンはその一柱だったが、死にゆく者の手甲の中などには、別段興味があるわけでも無かった。


551以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2018/12/29(土) 05:36:00.45LAqz379u0 (1/1)

暗蒼に輝く一つの指輪。
それはかつて、グウィンドリンがよく知る一柱が身につけ、多くの逸話と名誉をアノール・ロンドにもたらした。
指輪には本来、力は無い。指輪の持ち主である神国の騎士の戦いが、強靭高潔なその魂が、いつしか指輪に力を染み込ませていたのだ。
グウィンドリンには見抜けるはずもない。指輪の主人たる狼の騎士はすでに亡く、指輪は永遠に神代から失われているのだから。


ズルッ

ビアトリス「!?」

グウィンドリン「!」

オーンスタイン「なっ…」


竜狩りが驚愕を声に出した時、十字槍に血と臓腑の一部を残して、仮面の騎士は既に跳躍していた。
指輪が与える強靭なる精神力は、仮面の騎士の脳から春の淡雪の如く痛みを消し去っている。


ガッ!!


仮面の騎士のクレイモアがグウィンドリンの杖に打ち込まれた時…


バキャッ!


グウィンドリンの長杖は砕け折れた。
神代の宝具は暗黒の力をその身に受け、既に限界を迎えていたのだ。
杖を砕いたクレイモアは、グウィンドリンの首筋向け刃を滑らせ…


ズカーッ!!

オーンスタイン「!」



スモウの右掌を貫き、グウィンドリンの細首を斬ることなく、その動きを止めた。



グウィンドリン「スモウ!」

スモウ「………」


スモウは、かつて敵の前でただの一度も大鎚を手放さなかったが、今その両の手の指は、大鎚の握りに置かれていない。
巨大な盾ともなり得る大鎚を投げ捨て、咄嗟に動いたからこそ間に合った右掌からは、ソウルの白光が漏れている。



ドカッ!!


クレイモアの持ち主、仮面の騎士の首がオーンスタインの槍先に跳ね飛ばされた直後…


ドスッ!!

ビアトリス「あっ!」


スモウの脚の腱に軽装騎士の大矢が深々と突き刺さった。
後悔しながらもビアトリスは杖に魔力を込めるが、彼女の悔いは彼女の身に余る。
神がまさに殺されんとした瞬間に、その神から眼を離せるほど、ビアトリスは神秘を否定できる人格を持ち合わせていなかった。


ボォン!!

軽装騎士「ぬぅ!」


ソウルの太矢に肩を撃ち抜かれ、よろける軽装騎士。


バシューーッ!!

軽装騎士「がっ!」


その腹を、竜狩りの十字槍は貫いた。



552以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/05(土) 06:42:06.30zhk6enN+0 (1/1)

オーンスタイン「散華せよ!」

バヂイィィーーン!!!


激しい電撃に内臓から頭髪までを焼かれ、軽装の騎士は火にくべられた油の如く弾け飛び、沸騰した血肉と共に装備を辺りにばら撒いた。
撒かれた血肉は焼け焦げた臭いを放ちつつも、霞のように空気に溶け込み、装備も形を崩していく。


オーンスタイン「お怪我は!?」

グウィンドリン「大事ない。ただ、錫杖が折られてしまった」


竜狩りに応えたグウィンドリンの視線はしかし、折れた長杖に注がれていた。
純白の長杖の断面はひび割れ、所々に雨錆のような黒い染みを浮かび上がらせている。



デーモン槍の騎士「………」



一人残された敵対者は動けずにいた。
槍を失い、短刀を構えてからわずか数秒で、仮面の騎士を含めた全ての同業者達を失ったという事実に心を折られたのだ。
今や騎士の頭の中を巡るのは、コブラの装備の質ではなく、死地からの数多ある脱出法だった。


ジークマイヤー「ふん!ここに来てまさか降参とはなるまい」グビッ

スモウ「………」ズボッ…


その数多の脱出法も、急速に成功の確率を落としていく。
槍を腹から引き抜いたジークマイヤーの負傷は、その手に持ったエストに癒され、スモウの脚からは大矢が抜かれた。
だが、彼らを率いる暗月の君主は、彼らに攻撃命令を下さなかった。


グウィンドリン「やめよ」

スモウ「………」

ジークマイヤー「?…何故でございますか?」

グウィンドリン「短剣のみでは動けぬ者は、殺してはならぬ。殺せば槍もこの者の手に戻り、再び我らに挑むだろう」

ジークマイヤー「では、この槍は…」

グウィンドリン「貴公の物だ。さて敵対者よ」

デーモン槍の騎士「!」


グウィンドリン「この槍を砕かれたく無くば、我らにどう処するべきかも分かっていような」


デーモン槍の騎士「……俺を脅すのか…神が…」

グウィンドリン「ならば試練と取るがいい。神々を見送るだけの、容易い栄誉に浴せよ」



グウィンドリンの言葉に神なりの慈悲があるなどとは、デーモン槍の騎士はもちろん考えていない。
敵対者に残された選択肢は三つ。
帰還の骨片という不死の小骨片の神秘を使い、武器を失い城内の篝火の元へ戻るか。
対多数などには全く使えぬ短刀を頼みに、三柱の神や二人の不死と斬り結ぶか。
槍を諦めて神々を逃し、その場に留まり同業者達の復活と再集結を待つか。
どれを選ぶにせよ槍は諦めなければならない。神の原盤を注いだ槍を失う事に耐えられない敵対者にとって、二つ目ではないのならどちらでもいい。
そして敵対者は、所持品をより消耗しない方を選んだ。


デーモン槍の騎士「………」

グウィンドリン「賢明だ。オーンスタイン、先導を」

オーンスタイン「御意」


槍を立て、オーンスタインは再び一団を率いて歩を進め始める。
スモウは大鎚を拾い上げ、ジークマイヤーとビアトリスは敵対者に警戒の目を向けつつも、敵対者の前を通り過ぎる。
その敵対者の目線はというと、歩き去り行くレディとコブラに向けられていた。

二人を見ながらも、デーモン槍の騎士は考えていた。
敵を殺さずして無力化するというのなら、何故自分は今、武具を剥がれず所持品も奪われないまま、捨て置かれているのだと。
騎士は見抜いていたのだ。暗月の君主には略奪の時間さえも惜しく、それ程までに戦力の疲弊が著しいことを。


553以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/06(日) 00:02:36.71JcSsiuvKO (1/1)

まだやってたか追いかけるは


554以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/10(木) 05:39:47.686CS5iLrL0 (1/1)

そして、その事実を見抜いていたのは、デーモン槍の騎士だけではなかった。


ゴリゴリゴリ…ガキン!

レディ「?…今の音は…」

オーンスタイン「大扉の仕掛けが動いた!スモウ!」バッ!

スモウ「!」ドドッ!!


大広間の隅に設けられた回転式のレバーが、ひとりでに動くと、開かれたままの大扉が閉じ始める。
スモウは大扉へ駆け、オーンスタインは回転式レバーの元へ跳んだ。
レバーには透明な手が掛けられていたが、その手はオーンスタインの接近を感じとり、透明な特大剣を抜き…


ガゴオォーーッ!!

オーンスタイン「しまった!」


オーンスタインの槍が振られる前に、レバーの可動部を叩き斬り、仕掛けを破壊した。
制御機構を失った大扉は動作を止める事なく、ゆっくりと正面入り口を閉ざし始めたが…


ガキッ!!

ジークマイヤー「おおっ!」


張りつめられたスモウの両手が、その動きを阻害した。


スモウ「………」ミシミシ…

グウィンドリン「何事か」

オーンスタイン「失われた濃霧の指輪でございます!構えよ!不死達よ!」バヒュッ!!」


レバーの防衛に失敗したオーンスタインは、グウィンドリンの元へ跳びのき、槍を構えると共に不死達に警戒態勢をとらせた。
グウィンドリンと、コブラを抱えたレディを守るように、二人の不死とオーンスタインは円周防御の陣を組む。


デーモン槍の騎士(濃霧の指輪だって?……じゃあまさか、こいつは…)

オーンスタイン「姿を全く消した敵が、大扉の仕掛けを打ち壊したのです!ご注意をッ!」

ジークマイヤー「敵!? 敵などどこにいるのです!?」

ビアトリス「だから姿を消していると申されているだろっ!浮遊するソウルで探ります!」ヒュイィッ…

グウィンドリン「濃霧の指輪…白猫アルヴィナの封印せし失敗が何故…」

オーンスタイン「掘り出した者がいるのでしょう。不死達よ、この陣のままスモウの元へ」


姿の見えない新たな敵対者を警戒しつつ、二柱と四人はスモウがこじ開けている扉を目指す。
遅々としたその歩みは、欠如なく警戒意識を維持するためのものだが、歩みは事実、謎の敵対者の動きをある程度は封じた。
下手に歩みを速めれば、重装のジークマイヤーか、素早く動けぬビアトリスか、得物を折られたグウィンドリンか、コブラを抱えるレディか、いずれかの脚は必ず乱れる。
敵対者はその乱れを期待し、オーンスタインはその乱れを抑えた。そして観念したのは敵対者の方だった。


シュイイィーッ!!

ビアトリス「!」

ジークマイヤー「えいやぁぁーーっ!!」ブン!


浮遊するソウルは姿なき敵対者を明確に捉え、その者が立つであろう地点へ向け飛んで行った。だがソウルの光球は全て空を抜け、空中で消えた。
ジークマイヤーは特大剣を上段に構えたが、振るべき相手が見えないのでは、構えはむしろ隙となった。


ギンッ!!


しかし、その隙を活かしたのはオーンスタインだった。
味方の隙は敵の隙になり得る。ジークマイヤーの眼前を通り過ぎた十字槍の横一閃は、確かに金属を削り…

ジークマイヤー「お、おお…」


何者も立たぬ空中からは一筋の赤色が流れ、僅かに石床に滴った。


555修正版2019/01/16(水) 07:07:10.18cUl7YnTu0 (1/3)

そして、その事実を見抜いていたのは、デーモン槍の騎士だけではなかった。


ゴリゴリゴリ…ガキン!

レディ「?…今の音は…」

オーンスタイン「大扉の仕掛けが動いた!スモウ!」バッ!

スモウ「!」ドドッ!!


大広間の隅に設けられた回転式のレバーが、ひとりでに動くと、開かれたままの大扉が閉じ始める。
スモウは大扉へ駆け、オーンスタインは回転式レバーの元へ跳んだ。
レバーには透明な手が掛けられていたが、その手はオーンスタインの接近を感じとり、透明な特大剣を抜き…


ガゴオォーーッ!!

オーンスタイン「しまった!」


オーンスタインの槍が振られる前に、レバーの可動部を叩き斬り、仕掛けを破壊した。
制御機構を失った大扉は動作を止める事なく、ゆっくりと正面入り口を閉ざし始めたが…


ガキッ!!

ジークマイヤー「おおっ!」


張りつめられたスモウの両手が、その動きを阻害した。


スモウ「………」ミシミシ…

グウィンドリン「何事か」

オーンスタイン「失われた濃霧の指輪でございます!構えよ!不死達よ!」バヒュッ!!


レバーの防衛に失敗したオーンスタインは、グウィンドリンの元へ跳びのき、槍を構えると共に不死達に警戒態勢をとらせた。
グウィンドリンと、コブラを抱えたレディを守るように、二人の不死とオーンスタインは円周防御の陣を組む。


デーモン槍の騎士(濃霧の指輪だって?……じゃあまさか、こいつは…)

オーンスタイン「姿を全く消した敵が、大扉の仕掛けを打ち壊したのです!ご注意をッ!」

ジークマイヤー「敵!? 敵などどこにいるのです!?」

ビアトリス「だから姿を消していると申されているだろっ!浮遊するソウルで探ります!」ヒュイィッ…

グウィンドリン「濃霧の指輪…白猫アルヴィナの封印せし失敗が何故…」

オーンスタイン「掘り出した者がいるのでしょう。不死達よ、この陣のままスモウの元へ」


姿の見えない新たな敵対者を警戒しつつ、二柱と四人はスモウがこじ開けている扉を目指す。
遅々としたその歩みは、欠如なく警戒意識を維持するためのものだが、歩みは事実、謎の敵対者の動きをある程度は封じた。
下手に歩みを速めれば、重装のジークマイヤーか、素早く動けぬビアトリスか、得物を折られたグウィンドリンか、コブラを抱えるレディか、いずれかの脚は必ず乱れる。
敵対者はその乱れを期待し、オーンスタインはその乱れを抑えた。そして観念したのは敵対者の方だった。


シュイイィーッ!!

ビアトリス「!」

ジークマイヤー「えいやぁぁーーっ!!」ブン!


浮遊するソウルは姿なき敵対者を明確に感知し、敵対者が立つであろう地点へ向け飛んで行った。だがソウルの光球は全て空を抜け、宙空で消えた。
ジークマイヤーは特大剣を上段に構えたが、振るべき相手が見えないのでは、構えはむしろ隙となった。


ギンッ!!


しかし、その隙を活かしたのはオーンスタインだった。
味方の隙は敵の隙になり得る。ジークマイヤーの眼前を通り過ぎた十字槍の横一閃は、確かに金属を削り…

ジークマイヤー「お、おお…」


恐らくは跳び退いたのだろう。何者も立たぬ空中からは一筋の赤色が流れ、僅かに石床に滴った。


556以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/16(水) 07:29:11.35cUl7YnTu0 (2/3)

「勘がいいな…冴えている」


宙に浮かぶ赤い筋が言葉を発した。
だが、その赤い筋も徐々に薄れ、透き通っていく。


「今までの者とは違う。霧は外そう。このままでは事故が起きそうだ」

オーンスタイン「今までの者とは誰だ。先の仮面の騎士の口ぶりといい、我らの同胞といくらか剣を交えたようだが」


透明な者は、オーンスタインの問いかけに答えなかった。
問いによって敵の隙と心を探り、戦意をそらし、友や主を逃すという策など、透明な者は飽きるほど見てきたのだ。


スッ…


透明な者はただ、透き通る右掌に左掌を掛け、指輪を外した。









父の仮面「では、改めて」








完全な透明を解いた新たなる敵対者は、先の仮面騎士と同じく、巨人の黄銅鎧を身に纏っていた。
だが手に持つ剣はクレイモアより重く、大きく、被る真鍮仮面は巻きひげと巻き髪をたくわえている。


ジークマイヤー「仮面の悪霊!?しかし、仮面が…」

ビアトリス「声も男の声だ…まさか組で動いているのか…?」

ズッ…


新たなる仮面騎士が、黒鉄色の特大剣、グレートソードを腰溜めに構える。
しかしジークマイヤーは円盾を構えず、ビアトリスもソウルの矢を発さなかった。
仮面の騎士と一団の間には無意味とも言える『間』が空いている。

その間は槍斧に手応えを与えず、槍に血をつけない程の広さだった。
よほど遠くに跳び退いたのか、ランスチャージさえも可能なほどに彼我の距離を空けて剣を構える敵対者には、オーンスタインにさえも一部の隙を生んだ。
刃先を十倍にでも伸ばさぬ限りは、弾かれる権利さえ持てない剣など、槍を持つ神が受けようはずもないのである。


ブン!!

オーンスタイン「!?」

ガギイイィーーッ!!!

ジークマイヤー「!?」

ビアトリス「えっ!?」


だが仮面の騎士は剣を伸ばしてみせた。
人ならざる一撃を胸に受け、オーンスタインは両脚を浮かせる。
ただし、仮面の騎士とオーンスタインの間を通った鋼鉄の特大剣など、誰の眼にも映ってはいない。


ガシャッ!


オーンスタインが着地すると同時に…


ダダッ!


仮面の騎士は駆けた。
しかしその両足裏は、石床の上をまるで絹のように滑り、一歩たりとも竜狩りとの間を詰めてはいなかった。


557以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/16(水) 08:34:30.87cUl7YnTu0 (3/3)

スッ スッ スッ スッ…


ジークマイヤー「な、なん…?…なんだ?何をしている!?」

ビアトリス「幻影?……虚像なのか…?」

オーンスタイン「…これは…」


石床の上を空振りし続ける両脚など気にも留めていないように、仮面の騎士は、石床を組む一枚の石版の上で駆け続けた。
だが、仮面の騎士の足音は大広間中を駆け回り、一団の周りを取り囲んでいる。


デーモン槍の騎士「はは…はははは!お前らはもうおしまいだ!他の英雄様と同じく、お前らはロードランを彷徨う仮面の悪霊の餌食になるのさ!」

ジークマイヤー「ぬ、ぬかせ!このような幻術、今すぐにでも…」


ドカーーッ!!


ジークマイヤー「!!」

デーモン槍の騎士「ぐはっ…お…お前…」


無力となった敵対者の重鎧の胸から、赤黒く濡れた大刃が突き出た。
オーンスタインが見ると、進まず駆けていたはずの仮面騎士は消え、代わりに敵対者の背後に、かの騎士は仮面を覗かせている。


父の仮面「すまないが、私の狩りに野良犬はいらないんだ」グチュルルルッ

デーモン槍の騎士「………」ゴポ…


片肺を貫通した特大剣を心臓にねじ込まれ、デーモン槍の騎士は瞬時に絶命した。
その骸に向かい、ビアトリスのソウルの矢が飛んだが…


ドシャッ


ソウルの矢は、石床に崩れ折れたデーモン槍の騎士の頭上を通過した。
仮面の騎士の姿は無い。


ビアトリス「なんだ…これ…」

オーンスタイン「グウィンドリン様!私を置いてお逃げください!この者の手、この竜狩りの命捨てずしては阻めません!」

グウィンドリン「何を言う。我は…」


ブワオォン!!


竜狩りを引き止めようとグウィンドリンが伸ばした手を、オーンスタインは振り返りもせず跳躍。
石床に槍を払い、神々にのみ許された力、白霧を放った。
霧は一団と竜狩りの間に壁の如く立ち込め、大広間を二つに区切り、竜狩りと仮面の騎士を正門から切り離した。


グウィンドリン「貴公…!」

レディ「本当に死ぬ気…!?」

ジークマイヤー「いかん!このジークマイヤー、助太刀に馳せ参じまするぞ!」


竜狩りの捨て身の策に、ジークマイヤーは僅かながら助力にならんと霧に突進した。
だが霧は硬く閉ざされており、ジークマイヤーのカタリナ鎧は音もなく霧に受け止められるだけだった。
仮面の騎士はその霧の大広間にあって、グレートソードの切っ先を石床に置き、杖持つ老紳士のように落ち着いていた。


グウィンドリン「何故だ…何故こんな勝手を……我には命じた覚えも、つもりも無いのだぞ!」

ビアトリス「グウィンドリン様!お気を確かに!」



父の仮面「なるほど、神はこうして霧を作り出していたのか。珍しい光景だ」

オーンスタイン「………」

父の仮面「しかし、私は誤った選択肢を選んでしまったようだ。あの騎士は生かしておくべきだった」


558以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/17(木) 02:39:11.90Ujr5meaP0 (1/2)

ガイィーーン!!

オーンスタイン「!」

ガイィーーン!! ガキィーッ!!


仮面の騎士は再び、だが今回は幾度も特大剣を素振りする。振り回されたグレートソードはその度に石床を打ち、けたたましい金属音を響かせた。
その一挙一動を、槍を中段に構えたオーンスタインは注意深く見定めようとしたが、やはり石床を打つのは鍛え抜かれただけの特大剣であり、素早く力強い振りは、魔力の類いを一切帯びてはいなかった。


ドガガガガーッ!!

オーンスタイン「ぐっ…!」


仮面の騎士の素振りが終わった時、オーンスタインの全身を実体無き剣勢が打ちのめした。
竜狩りは膝をつき、仮面の騎士は竜狩りへ向け歩み出すが、その両脚はやはり一歩たりとも進んではいない。


オーンスタイン(ありえぬ……影や風はおろか、刃の煌めきすらも見えぬなど…)

オーンスタイン(虚空だ……虚空が我が鎧を叩いている……)

フッ…

オーンスタイン「!」


不意に、竜狩りの眼前から仮面の騎士の姿が消えた。オーンスタインは咄嗟に振り返り…


ドガガーーッ!!


十字槍の白刃で、グレートソードの一撃を受け止めた。


父の仮面「やはり誤りだったな。貴公に手の内を知られてしまったようだ」

オーンスタイン「然り!」

ガシッ ガアン!!

父の仮面「!」


密着に近い形で鍔迫合った仮面の騎士の首に、オーンスタインは左手を掛け、頭突きを見舞った。
仮面の騎士が両手で握るグレートソードは、竜狩りが右手に持つ十字槍に受け止められているうえに、密着状態が生む閉塞性によって膂力をも失っている。
頭突きを貰った騎士の仮面はひび割れ、欠片を竜狩りの兜に飛ばす。


バジイイィーーン!!!


次にオーンスタインは左掌から雷の槍を放ち、激しい雷光を大広間に轟かせた。
オーンスタインの左手からは掴まれたはずの首が消え、十字槍を押すグレートソードも重みを無くし、竜狩りの視界から消失した。


オーンスタイン「………」


だが、仮面騎士の消失はむしろオーンスタインの心胆を凍えさせ、焦燥を強めさせた。
敵対者の姿は消えたが、ソウルの気配は感じず、吸収の感覚もオーンスタインには無いのだ。
それらが意味するところは敵対者の存命であり…


ガキュッ!!

オーンスタイン「オオオッ!」


己が主君に向く凶刃の存命であり、不意を突かれるという可能性の増大である。
仮面騎士のグレートソードはついにオーンスタインの鎧を破り、オーンスタインは背後から太腿を貫かれた。
傷口から噴出するソウルの輝きは陽光のようであり、輝きの強さは仮面の騎士に確かな充足感を与えた。


ガッ

オーンスタイン「ぐっ……貴様……何を用いた…」

父の仮面「術だよ。神々を追い落とし、闇と火を貪るため、人が生んだ業の威光だ。聞いたところで神には使えんさ」


再び膝をついた竜狩りに、仮面の騎士は両手を広げ、己の技を誇らしく語った。


559以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/17(木) 04:50:16.54w6Aa3xfDO (1/1)

まさかとは思うけどこれは…チーターと同じくらい嫌われるアレなのか


560以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/17(木) 08:13:53.39Ujr5meaP0 (2/2)

竜狩りが窮地に追いやられている頃、グウィンドリンは暗月の君主という名とそれが背負うであろう重責の元、苦渋の選択を迫られていた。
霧の向こうからは、明らかに苦戦を強いられていると推察できるオーンスタインのうめきと、勝ち誇るかのように饒舌を振るう敵の声が漏れる。


グウィンドリン「………」


グウィンドリンは振り返り、これからの長い旅路を共に行くであろう者達を見る。
二人の不死の顔には不安と焦燥が入り混じり、意識を失ったままのコブラを支えるレディは、食い入るように霧を、その向こうに展開される戦いを見つめている。


グウィンドリン「………」


大扉に挟まれ、両門を支え、波打ち際の巌の如く立つスモウの足首には、大きな矢傷が穿たれている。
しかし暗月の力に癒しの力は無い。魔法ではなく、奇跡こそがその傷には必要だった。


グウィンドリン「………スモウ…」


スモウ「………」


グウィンドリン「……我が無力を…許してくれ」


グウィンドリンの沈んだ言葉は、純粋に己の不甲斐無さを謝罪するものだった。
傷を癒せぬことと、敵を打倒できぬこと。忠義の士に犠牲を強いてしまうこと。迷い悩み、策を決めかねていること。
それらをまとめて口に出し、いよいよ選択肢を挙げねばという状況に、己を追い詰めるための言葉でもあった。

だが、鈍ではあるが愚かではないスモウは、主であるグウィンドリン以上に、この闘いに思いを巡らせていたのだ。
過分な重責を負い、しかし戦場に赴いては決してならぬ者には確実に備わらない、戦場の教養。
それがスモウの義心と混ざり、火花を起こしたのだ。


バアン!!

グウィンドリン「!」


正門の大扉をスモウは渾身の力で跳ね上げ、全開させた。
そして鈍い脚を奮い立たせ、大鎚さえも拾わずに…


ドドオォン!!

グウィンドリン「!? 待て!スモウ!」

ジークマイヤー「ふおおお!?」

レディ「みんな伏せて!」サッ

ビアトリス「くっ…!」ササッ


霧に向かって跳躍し、抵抗無く霧に飲まれた。



父の仮面「では、別れの時だオーンスタイン」

オーンスタイン「………」


万事休す。あらゆる打つ手を失い、いよいよ斬り刻まれるのを待つのみと悟ったが、槍は手放さないオーンスタイン。
その竜狩りから四間ほど離れた所に立つ、仮面の騎士の眼に…


ボオォン!

父の仮面「あ」


霧を巻いて打ち破り、竜狩りの遥か頭上を飛び越えて飛来するスモウが映った。


ドグワアアアァーーッ!!!


馬小屋程の大きさもある金属塊の飛び蹴りを喰らい、騎士の仮面は粉砕し、全身を包む巨人鎧は、矢に射抜かれた鳥の羽毛のようにスモウの周りを舞った。
蹴り散らかされた仮面騎士は、鎧を剥がれたボロを着たまま、大広間を飛翔したあと、蹴鞠のように石床を四度跳ね、スモウから十七間は離れた地点に墜落した。
しかし、オーンスタインは勝どきを上げず、スモウを讃えもしなかった。
むしろ竜狩りの背には哀しみさえのしかかっていた。
まるで、避けられぬであろう悲劇を避けるよう努め、しかし敗れたと嘆くかのように。


561以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/18(金) 06:18:40.59HyP25ayL0 (1/1)

オーンスタイン「スモウ…お前はなんということを…」


スモウ「………」


オーンスタインの嘆きを知ってか知らずか、スモウは竜狩りへは振り返らず、大広間の隅まで飛んだ仮面の騎士を一点に見つめている。
竜狩りがスモウに成せる事と言えば、神の奇跡をスモウの足首へ注ぎ、矢傷を癒すことだけだった。


オーンスタイン「貴公に王の導きあれ」

ダガッ!


石床を蹴ったオーンスタインの向かう先は、手負いの仮面騎士ではない。


ブワッ!

レディ「!」

ジークマイヤー「あっ!」

グウィンドリン「まさか…」


霧から飛び出たオーンスタインは十字槍を背負うと…


ガッ

ジークマイヤー「!?」

ビアトリス「わっ!?」


右手にビアトリス掴み、右脇にジークマイヤーを抱え…


ガッ

グウィンドリン「な…なにを…」


左脇にグウィンドリンを抱えた。
そしてオーンスタインは跪き、無言の促しをレディに漂わせた。
レディは一瞬ためらった。誰の眼にも明らかに、一団にとって大きな存在であるはずの者が欠けている。
その事実をどう受け止め、この促しにどう答えるべきかを迷った。


レディ「………分かったわ。行きましょう」


だが、レディはその一瞬で決断した。
レディはオーンスタインの、そしてスモウの意志を汲むことを選んだのだ。
剣を納め、コブラを右手で胸に抱き寄せ、レディは左手でオーンスタインの背中にしがみついた。
彼女の両脚は竜狩りの腰に回された。


グウィンドリン「…やめよオーンスタイン…これでは誓いを違えるではないか…」

オーンスタイン「グウィンドリン様」

グウィンドリン「気迷うな!あのような騎士ごときに、我らが遅れをとるなどあり得ぬ!我を降ろし槍を持…」

オーンスタイン「グウィンドリン様!!」

グウィンドリン「っ…!」

オーンスタイン「今より駆けます。あなた様はどうか、スモウが王の導きに浴せる事をお祈りください」

オーンスタイン「そしてこの亡都より生き延び、暗月の君主を守りし輝ける大鎚の名を、新たな神代にお伝えください」


グウィンドリン「…………」


ドガッ!!



オーンスタインは正門に向かって駆けた。
かつての友を棄て、多くの神話に彩られた大いなる家を飛び出し、黄金の矢のように。
霧からは金属がぶつかる音が響く。それはスモウの鎧が切り裂かれる音だった。


562以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/18(金) 20:59:49.89VVBXT4do0 (1/1)

ついにスモウが


563以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/18(金) 22:43:17.21Z+27kE5do (1/1)

本当に神様なのかってくらいこの人たち弱いな
だから都が滅んじゃったんだろうけど


564以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/18(金) 22:50:25.63WQbxucxSO (1/1)

まぁダクソの神って人間とは違う種族みたいなもんだから


565以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/19(土) 00:52:47.91T+kNmReN0 (1/1)

クソ…泣かせるぜスモウ…


566以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/19(土) 06:53:30.63PkqqzrqU0 (1/2)

大広間の隅に叩き込まれた仮面の騎士は、辛うじて一命を取り留めはしたが、傷は極めて深く、意識を失うのには十秒とかからないはずだった。
だが不死の肉体は強く、仮面の騎士のエストは一滴たりとも失われてはいない。


ダガッ!


あるだけのエストを全て飲み、仮面の騎士が負傷を完治させると同時に、竜狩りは霧を抜け出した。
遠くから響く、石を叩いたような衝撃音を聞いて仮面の騎士は歯噛みしたが、悔しさはすぐに忘れた。
二兎の片方が手に入った。その事実を仮面の騎士はせめてもの幸運に思ったのだ。


父の仮面「大鎚も持たずに飛び込んでくるとは思わなかった。初めての経験だ」


スモウ「………」


バッ!!


仮面の騎士は大仰な独り言を呟くと、スモウに向かって床を蹴った。
その脚は確実に石床を蹴り、正しくスモウへ近づいてはいる。
だがスモウの眼には、現れては消えるを繰り返しつつ接近する、剣すら構えぬ仁王立ちの仮面騎士の姿が映った。


ブオォン!!!


その奇怪な挙動を示す騎士が剣勢域に入った瞬間、スモウは剛拳を騎士の頭に振り抜いた。
だが、仮面の騎士の頭を貫通した拳には、一切の手ごたえが無かった。


ドガッ!! ガキィッ!!


仮面の騎士はスモウの両脚に特大剣を叩き込み、怯ませ、スモウの足捌きを封じた。
巨体を誇る者は、巨体であるが故にそれを支えるものへ頼る。


父の仮面「コブラを逃し、エストも空とは。いい教訓になったよ」


人界の戦における巨躯殺しの鉄則は、神に対しては全く通じないが、それは人界における人のための鉄則である。
決して滅びぬ肉体に、神の聖遺物に鍛えられし武具を備え、尽きることのない暗き欲望を宿した時、人は鉄則を砕き、神同士の戦いの域に踏み入るのだ。


バギィッ!!


竜狩りの槍さえも鍛えたという原盤に力を得たグレートソードが、スモウの胴鎧を食い破り、確かな感触を仮面の騎士の両腕に伝えた。
スモウは両膝をつき、頭を垂れる。その頭を、傷口から溢れる太陽色の輝きが照らした。


ガシッ

父の仮面「……往生際が悪いな」

ゴオッ!!


だが深傷を負ったからと、誓いし使命を棄てるなどという恥を、スモウは認めなかった。
自身に打ち込まれた特大剣を右手で掴み、仮面騎士の胴へ左の拳を見舞う。
だが拳はやはり仮面騎士の胴を透り抜け、風を切った。


父の仮面「………」スッ…


仮面騎士はグレートソードを手放し、背中からクレイモアを抜くと…


バギッ!! ガコッ!! ベキッ!!


大剣を上段に構え、スモウの頭を滅多打ちに斬りつけた。
幾度も幾度も加えられる重打に、スモウの兜はヒビ割れた岩のように歪み…


ゴシャッ!!


脳天に叩きつけられた一撃に遂に敗れ、大きく凹み、太陽色の光を漏らす。
漏れた光はスモウの全身各部位からも漏れ、一つとなり、大きな輝きとなってスモウを包んだ。
そして輝きは弱まり、霧散し、仮面の騎士に吸われると、後には塵のひとつも残しはしなかった。


567以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/19(土) 12:28:19.50PkqqzrqU0 (2/2)

ボファッ!


維持する者がいなくなり、薄れゆく白霧を、仮面の騎士は突き抜けた。
霧の先にはやはりコブラの姿は無く、仮面の騎士の脚は止まらない。


バッ!


仮面の騎士は正門を抜け…



バシイィィーーッ!!



ソウルの槍に背中から射抜かれた。



父の仮面「フ……フフフ…」



正門の扉の陰から、大袈裟に大きい帽子を被った魔術師が姿を現わす。
大帽子の老人はやや息を荒げていたが、杖に込められた魔力は揺るぎない。
仮面騎士はその場に両膝をつき、先に倒した神々の一柱の死に様を思い返した。


父の仮面「やれやれ……お前がずっと隠れていたせいで、神が一人死んだぞ」

父の仮面「かわいそうに……加勢してやれば、助かったかもしれなかったのに」


ローガン「不意打ちでもせぬと、貴公にソウルの槍は当たらんのでな」


ローガン「それにこれでも急いだ方なのだよ。不死とはいえ、老骨というわけだ」

父の仮面「老骨か……フフフ…」


ドシャッ…


ローガン「………」



倒れ、力尽きた仮面の騎士が消えゆく様を見ながら、ローガンはすれ違ったオーンスタインと、竜狩りに抱えられる神を思った。
暗月の君主グウィンドリン。謎多き異形の神。
竜狩りオーンスタイン。古竜を狩り、神代を支えた四騎士の長。
それらが旅の一行に加わり、不死と異邦人を助けた事にも甚だ驚いたが、ローガンの心を掴み離さぬものはまだある。

すれ違う一瞬、ローガンは竜狩りに抱えられたグウィンドリンの声を聞いた。
それは偲びの言葉であり、太陽の光の王の導きに働きかける祝詞だった。


ローガン(忘れられし神はただ何処かへ去ると思っていたが……神々にも死があるとはな…)

ローガン(死に祈りを捧げ、主君に祈りを捧げ、去りゆく死者を偲ぶ……神が最初の死者に祈る…)

ローガン(神が神たる最初の死者に祈るのならば、最初の死者は何者に祈る?)


仮面の騎士の亡骸は、膨大なソウルを残して消滅した。
その騎士がどこの篝火に蘇るかを案じつつ、ローガンは来た道を戻る。
戻りながらも、グウィンドリンの祈りにローガンの心は珍しく動かされていた。

魔道とは、神の恵みの一つたる魔法を、信仰ではなく理知によって探求し、不変の理を見極め、人をより高みへと誘わんとする行いである。
不死立ち、魔道を極めんと神の地に至り、ローガンは改めて智慧を深め、神の持つ智慧ではなく、神の持つ神力と物語に憧憬を馳せる信仰を否定してきた。
だが、探求すべき智慧持つ神々には物語があり、その物語は酷く人間的だったのだ。
神は感情に揺らぎ、不確かで、脆く、しかし輝かしく、圧倒的に大きなうねりを容易く育むのである。
その様はローガン自身を含めた、人と似ていた。


ローガン「美しき暗月よ、泣いているのだろうか」


帰路を歩きつつ、ローガンはらしくなく、恐らくは人生で始めて詩的な『らしきもの』を呟いた。
ある一柱が没し、旅の助けにもなったであろう戦力を喪ったというのに、大魔術師の心は智慧に満ちていた。
その智慧は、聖職者の説く信仰にも似て…


568以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/19(土) 13:02:09.88u9mvtmp/0 (1/1)

またあの野郎は生えてくるとはいえじーちゃんが一矢報いてくれた


569以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/19(土) 18:10:03.21AA/LlWkDO (1/1)

ゲームをやってた頃は単なるボスキャラくらいにしか思わなかったけど凄くいいなあこれは…
クラーグもそうだけどグウィンドリンこれからどう変わっていくのか期待


570以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/20(日) 15:57:30.07yrQ8T9au0 (1/1)

ローガンでさえ不意を突かないと倒せないってやっぱ周回勢ヤバいな
コブラの復活が心から待たれる…


571以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/22(火) 09:52:17.85Y9f1kPfa0 (1/1)

ある篝火に、またも男の意識は目覚めた。
だが意識は酷くおぼろげで、己の目的や、己が何者であるかも、男は既に失っている。
この地が何処であるかも、何故このような苦しみに喘ぐのかも、何故剣を持ち、ろくに見えぬ眼を動かしているのかも。
次に死ねば、苦しみとは何かすらも男は失うだろう。



ガッ!


篝火を守る火防女は、再生途中の盗賊が握る、石の大剣を踏みつけた。


真鍮鎧の騎士「これで二十八回目…」

真鍮鎧の騎士「もう恐れるな。また死ぬ時間が来ただけだ」

シュパン!!


そして蒼紫色の魔力を纏う細剣を振るい、真鍮鎧の騎士は神の敵の首を再び撥ねた。
ローガンから敵対者についての忠告を受け、そして実際に一度、強大な闇の顕現を王城に感じた彼女は、疑わしきを斬り殺す修羅と化している。
不死のために篝火を守る者である前に、暗月の騎士であるがゆえに。


真鍮鎧の騎士「既に半ば灰だな。あと二度ほど斬られれば、貴公も篝火に休めよう」


崩れ去った遺灰を篝火に寄せ、自らも篝火に当たりながら、真鍮鎧の騎士は火を見つめた。
幾年も過ぎ去った日々と変わらずに。



ドガガァーーン!!

真鍮鎧の騎士「!」



その静とした空間に、神と不死と異邦人を抱えたオーンスタインが降り立った。
降り階段を全て飛び越えた跳躍は風を起こし、盗賊の遺灰を散らした。
一団を降ろす竜狩りに、真鍮鎧の火防女は困惑の声を漏らす。


真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様……それにグウィンドリン様までも…」

真鍮鎧の騎士「…やはり、闇が現れたのですか?」

オーンスタイン「左様。我らに仕えし法官こそが、深き闇の者だったのだ」

オーンスタイン「その闇はコブラが制したが、闇の手の者に襲われ、スモウが斃れた。継承も許されなかった」

真鍮鎧の騎士「………」


しかし真鍮鎧の火防女は、驚愕を言葉にはしなかった。
グウィンドリンに仕える身として、暗に主を責めるような行いも慎むべきと、心に決めていたからである。
たとえ言葉に込められた思いに、主への疑いや責めなどが、一片たりとも含まれていなかったとしても。


真鍮鎧の騎士(スモウ様のソウルを継承なされなかったとは……さぞ無念でありましょうに…)

オーンスタイン「昇降機は既に破壊し、白霧も張った。彼奴らが試行の果てに断崖を登ろうとも、霧を潜れば我と矛を交える」

オーンスタイン「易々とは通れまい。下賤の輩に、恐れながらも王より賜った王城を貸すなど、癪ではあるが」

真鍮鎧の騎士「それでは、ヨルシカ様とプリシラ様は…」

グウィンドリン「案ずるな。あれらは王より、絵画での隠遁を命ぜられている。忌み者の人形が失われている今、我らよりも安寧にあろう」




572以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/26(土) 10:32:38.17pnV2MKAP0 (1/1)

ビアトリス「………」

ジークマイヤー「………」


熾烈な戦いの連続に、不死たちは言葉も無く篝火にあたっていた。
ジークマイヤーは憔悴と無力感に苛まれ、ビアトリスは神をも凌駕する強大な敵の出現に絶望していた。
コブラを篝火のそばに寝かせ、その手を握るレディに、慰めの言葉をかける余裕も二人には無い。

神代の武具に身を固める敵対者達。おぞましき仮面の者共。
爪を持つ黄金の異形。そして、暗黒神アーリマン。
それらの圧倒的な力に対し、遂に一矢報いる事さえできなかったという認識に、二人は身も心も打ちのめされていた。


ボウッ


音を立て、篝火が前触れも無く強まる。
二人の不死と一人の異邦人は顔を上げ、真鍮鎧の騎士は腰だめに剣を構えたが…


ローガン「ふぅ…帰還の骨片が無ければどうなっていたことか」

ビアトリス「!」


篝火の熱から現れたのは、正気を無くした敵対者ではなく、ローガンだった。


ジークマイヤー「 ローガン老……」

ビアトリス「先生!ご無事でしたか!」

ローガン「一度死んだぐらいでは亡者にはならんさ。人間性もまだいくつかあるのでな」


師の正気を知り、目に見えて気力を戻したビアトリスに笑みを返しつつ、ローガンは一室を見渡した。
目立つのは眠るコブラと、それぞれ篝火にあたる二柱の神々の姿。


ローガン「私が死んでいる間に、予想だに出来ぬ御客神を迎えたようだね、ビアトリス」

ビアトリス「…いえ、迎えたというよりは…この方々はコブラにこそ用がありまして、我々はついでと言いましょうか…」

ローガン「ついでか。ならばそのついでに感謝せねばな」


ローガンは神々に向き直り、大帽子を取り、胸元に抱えた。
白髪頭のローガンの眼は、皺に老け込んだ顔に比べ、若く煌めいている。


ローガン「私、ヴィンハイムのローガンと申します。人の世においてはビッグハットなどと呼ばれておりました。以後、お見知り置きを」


丁寧にローガンが一礼をすると、グウィンドリンも口を開いた。


グィンドリン「名乗られたのなら、応じねばなるまいな」

グィンドリン「我が名はグィンドリン。太陽の光の王の娘にして、陰の太陽の君主。暗月の剣の長なり」

グウィンドリン「そして、この者は竜狩りのオーンスタイン。王の四騎士の長にして、我が命を帯びし神代の守護者なり」

オーンスタイン「………」


主君に名を扱われたオーンスタインは、立ち上がり、槍を正中線に立てて不死達に礼を示したが、心中は重かった。
戦に斃れた同胞を看取れずして、何が守護者か。その言葉は硬い心と鎧に阻まれ、不死達には伝わっていない。
神々が名乗った以上、それに即応しなければと焦燥する不死達に、竜狩りの心痛を汲めるはずも無いのである。


ガタッ

ジークマイヤー「わ…私めはジークマイヤーと申しまする。カタリナという辺境にて、中堅所の騎士なんぞをしておりました」

ビアトリス「私はビアトリスと申します。ヴィンハイムにて魔術を習い、不死立ったのちは、その……不死の使命を探求しております」


神の前というのもあり、ビアトリスはあっさりと師にも明かさぬ本来の目的を口走りそうになったが、どうにか堪えた。
グウィンドリンとローガンは彼女の偽りを既に見抜いたが、グウィンドリンは詮索はせずに頷いた。


ローガン「………」




573以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/26(土) 19:03:22.01FV2QVn7m0 (1/1)

アイサツは大事
じーちゃんいると不死サイドがうまくまとまる安心感


574以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/27(日) 19:29:46.53oVg8pz5N0 (1/1)

騎士の友情がやはりアツい。スモウとオンスタはやっぱ良いなぁ


575以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/28(月) 08:46:11.133NslWmrV0 (1/1)

レディ「私は……そうね…どこから話せばいいのかしら」

ジークマイヤー「“うちゅう”の海賊…で、いいのではないか?」

レディ「そうは思うんだけれど、分かりにくい話だし…」

グウィンドリン「貴公らの世の理など、言わなくともよい。ただ何者かだけを言えばいい」

レディ「あらそう?それなら…そうねー…」

ジークマイヤー(神を前にして、先ほどからなんと不遜な言葉遣いだ…肝が冷えてたまらん…)


レディ「私の名前はレディ。でも、この身体になる前の私は、エメラルダ・サンボーンと呼ばれていたわ。サンボーン公国の王女だった頃は、人間としての身体を持っていたのだけれど、戦争に巻き込まれて一度死にかけた時に、コブラに助けられて、アーマロイドとして生まれ変わったの」


ジークマイヤー「サンボーン公国?……王女?…」

ビアトリス「……あの、それ始めて聞いたんだけど…」

レディ「それはそうよ、今初めて話したんだもの」

レディ「だけど『宇宙海賊の相棒』と言ったところで、結局は色々話すことになったんだし、ものはついでという事ね」

ローガン「どうりで堂々とした立ち振る舞いであったわけだ。王女とくれば、我らより人を知っていよう」

ジークマイヤー「こ…これまでのご無礼、いったいなんとお詫びをすれば…!」

レディ「いいのよ別に気にしなくたって。今の私はレディで、エメラルダはもういないの。それに、貴方は私のナイトじゃないでしょう?」

ジークマイヤー「しかし…まぁ…確かに…」

レディ「そういうことよ」


グウィンドリン「………」


人の語らいを聞き、グウィンドリンはしかし、レディの発した一言を反芻していた。
生まれ変わりとは、遂に人の世で恵まれなかった者達へ、豊穣の女神グウィネヴィアが差し伸べた、せめてもの救いの手である。
異形として生まれ、追われて奪われ、心砕かれた人々。
それらは皆、唯一己を救う奇跡にすがり、人心を神とその住まいへと、火へと馳せたのだ。
その偉大なる奇跡を、殊更に特別視するわけでも無く語るレディを見て、グウィンドリンは諦めとも呆れともつかない、疲れた笑みを口に浮かべた。

日々に奇跡が溢れる世があるのなら、奇跡にまみれた日々に生きるコブラに、神への敬意が芽生えるはずも無い。


グウィンドリン「コブラが不遜であるのも、必然か」

レディ「えっ?」

ジークマイヤー「?」

コブラ「なに、俺がどうかしたって?」

ジークマイヤー「!?」

ビアトリス「コブラっ!?」



コブラ「ふぁ~~…ったく、うるせぇなぁ。人が気持ちよく寝てるってのに~」



グウィンドリンの言葉を聞いたか聞かずか、コブラは身体を起こし、首筋をふた掻きした。
篝火の温もりには神秘が宿る。温もりは不死も神も、異邦人さえも癒すようだった。


ジークマイヤー「おお…いつまでも目覚めぬから、どうなることかと思っていたぞ」

レディ「コブラ…あなたもう起きて大丈夫なの?」

コブラ「大丈夫なもんか。コーヒーは淹れなくってもいいぜ。はぁ~おやすみ~」ゴロリ

グウィンドリン「いいや、起きててもらおう」

コブラ「はぇ?」


グウィンドリン「貴公には、見なければならぬ物がある。世を救い、貴公らを救うを望むのならばな」


コブラ「………」



576以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/28(月) 20:52:12.886I5BJHij0 (1/1)

コブラ再起動キターーーーーーーーーー!!!!


577以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/29(火) 02:14:05.1462kY2Pf8O (1/1)

普通なら死んでる所から不死でもないのに再起動するのはコブラとホワイトグリントの得意技


578以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/01/29(火) 07:15:02.29kYXZ6FAF0 (1/1)

グウィンドリン「コブラ…貴公はソウルを得る時、ソウルの主の記憶を覗き見た覚えはないか?」

コブラ「記憶ね…… そういえば教会でガーゴイルの像を壊した時に、そいつが何処で作られ、何をしていたのかは見たことがあるな」

グウィンドリン「そうか。ならば『物』の記憶を覗き見たことは?」

コブラ「物の記憶?」


グウィンドリン「ロードランも、人界も、この世の全てはソウルが形を成したものなのだ。それは岩や木、剣や盾も例に漏れない」


コブラ「重さのある精神か。ダンカン・マクドゥーガルが踊りだしそうだ」

コブラ「それで、その物の記憶がどうしたんだ?見たことない奴はどうなる?」

グウィンドリン「どうもせぬ。だが、これから私が明かすものを貴公が見るには、物の記憶を覗く素養も求められるのだ」

グウィンドリン「剣を抜け、コブラよ。剣を我が前に」

コブラ「………」


要件をあえて話さないグウィンドリンを疑いつつも、コブラは黒騎士の大剣を暗月の君主の前に差し出した。
疑いを口に出し、問いただしたところで、答えをすんなりと教えてくれる神など、コブラは知らない。
グウィンドリンは黒騎士の大剣を、両の細腕で受け取り、石床に突き立てた。


グウィンドリン「心を鎮め、剣に触れよ。さすれば剣は、貴公に記憶を流すだろう」

コブラ「難しいことを言うなぁ。俺は集中すると煩悩が増すタイプでね」

グウィンドリン「煩悩がもたげるのなら、恐れて想うがいい」


グウィンドリン「死を」


コブラ「!」



グウィンドリンの言葉を聞き、コブラの脳裏に、ある光景が浮かんだ。
追われて彷徨い、夜に弱った身体に振り下ろされる、大きな刃。
斧に左腕を切り落とされる瞬間に、決して濁ることのない恐怖がある。
その恐怖は雑念を喰らう。
恐怖に抗う、密やかな熱い血潮が喰らうのだ。



コブラ「…フフ…流石は神だな。十字架を背負う男への鞭の打ち方が、よく分かってらっしゃる」

グウィンドリン「………」


心を無に沈め、コブラは剣に触れた。


コブラ「!」


その瞬間、知るはずのない思い出が、コブラの中に膨れ上がった。
熱き混沌より生じるデーモンを打ち払う為、鍛えられた大剣。
火に耐える黒き鎧を身に纏う、多くの人ならざる者が、この剣を握り、振るい、消えていった。
そして混沌を制した大剣は、最後の使い手に握られ、使い手は大いなる篝火を目指した。
その目指すところ、大いなる篝火が放った大炎により、使い手は焼き尽くされ、心を喪い彷徨った。

だが、彷徨う者はある時討たれ、剣を奪われ、灰の山となる。
剣を奪った者は…



コブラ「……そうか…見えたぜ!」

コブラ「鍛治の巨人に作られたこの剣が、誰の手を渡り、何を斬ってきたのかが、俺にも見えた!」

コブラ「これが物の記憶か!」

グウィンドリン「拓かれたようだな。その業は、神々の力に揺さぶられた全ての者が持つ」

グウィンドリン「故に神に呪われし不死も、神同様にこれを持ち、神の如く世の由緒を見る」

グウィンドリン「コブラ。貴公にその力を与えたものは、恐らくは貴公の内にある、我らが大王の封印だろう。ならばこそ、暗黒神が器を置かぬ今のうちに、貴公の力を見極めなければならなかったのだ」



579以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/01(金) 05:17:46.4106u0vSk90 (1/2)


コブラ「待て、器を置かぬうち?いったい何の話をしてるんだ?」

グウィンドリン「それを説くだけの時間も、もはやあるかも分からぬのだ」

スッ

コブラ「!」


グウィンドリンの両手が、コブラの左腕を取り、包んだ。
その手から伝わるソウルの温もりは、コブラの意識を容易く揺さぶり、輝きを感じさせる。



グウィンドリン「見てもらうぞ、我が記憶を」



グウィンドリンのその言葉を最後に聞き、コブラの意識は、コブラにのみ感じ取れる輝きに飲まれていった。








580以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/01(金) 06:42:13.4506u0vSk90 (2/2)




コブラ「はっ!」




コブラの意識は、灰色の空と岩、灰色の大樹と眠り竜が広がる、果てしなき荒野の只中で形を成した。
その隣には、陰の太陽の王冠を被らぬ、グウィンドリンが立つ。
灰色の大樹は葉をつけず、竜達はみな首を垂れ、動かない。



コブラ「ここは……」


グウィンドリン「我が記憶の内。より正しく言うならば、見たものの記憶だ」


コブラ「見たもの、か。光あれと言う前の世界にしちゃ、随分ゴチャッと……ん?おい、あんた…」


グウィンドリン「なんだ?」


コブラ「あんた男だったのか!?」


グウィンドリン「………」



周囲を見渡すついでに、視界の端にグウィンドリンを捉えたコブラは、感じた驚きをそのまま口に出した。
グウィンドリンの胸からは、細やかながらも主張した双丘が消え、頬には少年のそれと同じ、若干の引き締まりが生じている。
小さい喉仏を通して発せられる声の色は変わらないが、それは発声と紛れもなく連動していた。



グウィンドリン「少し歩こう」


コブラ「おぉっと、俺としたことが、つい本音を口に出しちまった。怒らせちゃっ…」

コブラ「!?」


グウィンドリン「心が繋がっているのだ。貴公の思慮も全て露わになる。恥じることでは無い」


コブラ「まいったぜ…罪の告白は苦手なんだ。神が騙し討ちなんてしていいのか?信心が離れるぜ」


グウィンドリン「元からありもしないだろう」



一人と一柱は語らいながら荒野を歩いた。
竜は目覚めることも無く、野を吹く風はコブラの身体を通過し、グウィンドリンの衣服を揺らさない。



グウィンドリン「我が力は月の女神のものであり、我が身体も、月の女神のものではある」

グウィンドリン「だが、心は太陽の光の王のもの。我が有り様もそれ故だ」


コブラ「するってぇと……あんたは心が男だから、この精神世界では少年として存在してるっていうのか?」


グウィンドリン「精神世界とは、面白い名で呼ぶのだな」

グウィンドリン「貴公の読みだが、それは当たっているぞ。我が王、我が兄妹、我が臣下たちは我が心の有り様を憐れに思ったが、こうして生まれたことは我が誇りだ」

グウィンドリン「もっとも、仕草には難があったのだから、憐れみも仕方のない事ではあったが」


コブラ「男勝りのやんちゃな女神か。オシメするのも一苦労だ」

コブラ「しかしだ。周りがあんたを憐れに思った原因ってのは、性別よりもその脚にあると思うぜ」


コブラの先を歩くグウィンドリンの蛇脚は、荒野を滑り、岩肌を抜ける。
グウィンドリンはコブラの言葉に顔を向けず、目的の場所へとコブラを導いた。



581以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/03(日) 04:22:32.69JzhD+8380 (1/6)

コブラ「なにっ!?」

グウィンドリン「………」



荒地を歩き、大樹すらも周囲に生えない灰の野に立ったコブラは、目の前に広がるすり鉢状の窪地に、眼を奪われた。



クリスタルボーイ「………」



すり鉢の底に屈み、灰に手を着ける宿敵の姿に、コブラは闘争心を剥き出しにしつつも、グウィンドリンへ対面した。
その気迫は記憶の世界においては如実に現れ、コブラの髪は逆立ち、サイコガンは熱を帯びた。


コブラ「何故だ!何故ヤツがあんたの記憶の中にいる!?あんたはヤツを知らなかったんじゃないのかっ!」

グウィンドリン「静まれ、コブラ。ここは我が記憶の内であると共に、暗黒神の記憶の内でもあるのだ」

コブラ「暗黒神っ…!?」


グウィンドリン「謁見の間にて我らを襲った闇の嵐は、神々のソウルさえも食い尽くすべく、我が心に斬り入った」


グウィンドリン「その試みは貴公の発した神秘により阻まれ、我らは一命を取り留めはした。しかし、暗黒神のソウルの記憶の一部……少なくともロードランにおける彼の邪神の記憶の欠片が、我ら神々の記憶に流入してしまったのだ」


コブラ「それじゃあ、コイツは……あんたの記憶ではなく…」

グウィンドリン「然り。だが、恐らくはそれだけではない」

グウィンドリン「見よ」



グウィンドリンの言葉に促され、冷静さを取り戻したコブラは再び宿敵を見た。
クリスタルボーイは塵に触れた手を地面から離し、立ち上がる。
そして動かぬ口で、ただ一言声を発した。



クリスタルボーイ「現れろ」



一声が小さく響くと、透明な掌が触れていた地点から塵の山が盛り上がり、塵の山は風に吹かれ、形を崩していった。
側面からは白い柔肌が覗き、割れた頂点からは白真珠の如く輝く細髪が露わになる。
肩から垂れ下がり、崩れる事なく残った塵は、乳白色の天衣に姿を変えた。



グウィンドリン「我らが知らぬ何者かに、宇宙より無へと堕とされ、暗黒神はかつての己の器を呼び戻した」

グウィンドリン「だが、それでは力が足りぬ。何よりも暗き力を持つ故に、同様の暗き力、暗き心が、暗黒神の完全なる復活に必要だった」

グウィンドリン「故に、暗黒神は無より生み出でし兵……古竜よりも、光が生む闇を求めた」

グウィンドリン「故に望んだのだ。まずは光あれと」



塵の山から姿を現したのは、慈悲深き女神の姿。
その腹は膨れ、子を宿し、女神の両手は慈しみを込めて、膨れ腹に置かれている。
女神は眠っている。クリスタルボーイはその女神の腹に手をつけ、眩い輝きをひとつ抜き取ると、輝きを頭上へ掲げ、また声を発した。


クリスタルボーイ「散れ。散って俺の糧になるがいい」


声を受けた輝きは弾け、いくつかの光球に分かれると、方々へ飛翔し、広漠たる地平線の彼方へと消えていった。
光球が消えると同時に、女神の顔には苦悶が浮かぶ。
苦しむ女神は屈み込み、クリスタルボーイの足元へ、膨れ腹から蒼白い肉塊を産み落とした。


クリスタルボーイ「お前は全ての母だ。お前は多くを生み、そして滅ぼすだろう」


そう言い残し、クリスタルボーイは闇の霧となって暗い世界に溶け込み、姿を消した。
後に遺された、全ての母と呼ばれた女神は、あてどなく彷徨い始める。
胸に歪な子を抱きながら。



582以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/03(日) 07:56:38.34JzhD+8380 (2/6)

コブラ「!」


女神が一人彷徨う荒地が、波に飲まれる砂山のように溶け、姿かたちを変えていく。
そして再び纏まった時、コブラの目の前には女神と、彼女に対面する、冠を被りし白髪白髭の豪奢、偉丈夫の姿が現れた。
偉丈夫の背後には、銀の鎧に身を包む、あまたの兵の姿。
女神の胸に蒼白い肉塊は無く、偉丈夫は女神の手をとり、己の胸の内を吐露した。



冠の偉丈夫「不思議だ……余はそなたを知らぬ……しかし、そなたを我が身、我が心のひとつとしか見定められぬ…」

冠の偉丈夫「そなたは何者であるか…まるで見切れぬというのに…」



女神「わたくしにも分かりませぬ……わたくしが、誰であるのか…」

女神「ですが、あなたをやはり、知らぬわけでは無いのです……まるで永らく離れた、想い人のように…」



手を握り返す女神はそう言うと、偉丈夫の胸に寄り添い、顔を埋めた。
偉丈夫の両手は女神の腰を抱き、女神は偉丈夫の胸から顔を上げ、王冠を被る顔の頬を、そっと撫でた。



冠の偉丈夫「…これは夢か……」


女神「夢ならば、良い夢です」


女神「夢で無いのなら、醒めることもありません」



そして二人は、唇を重ねた。
銀騎士達は一斉に剣を取り、刃先を暗い天に、刃の腹を自身の眼前へと立て、変わらぬ忠誠と繁栄への祈りを示した。
その銀騎士達の隊列を抜け、二つの人影が女神と偉丈夫に近付き、祝言を送る。
祝言の送り主の一人は、偉丈夫に劣らず大きく、豪奢な出で立ちと歳を刻んだ顔をしている。
その隣に立ち、同じく祝言を送る者がいる。暗い外套を纏い、皮膚の下に黄金色の骨と、透明な肉を忍ばせる者が。



グウィンドリン「祝言を受ける方々は、我が父上と母上だ」


コブラ「!?」


グウィンドリン「かの暗黒神に導かれ、母上と父上は出逢い、子を成した。我が兄上も、妹達も、全ては暗黒神の望む通りに」


コブラ「それじゃあ、この王様が太陽の光の王で、こっちの別嬪さんが、月の女神様ってやつなのか?」

グウィンドリン「然り。父上の名はグウィン、母上には、父上が名を授けた。もはや禁じられた名ではあるが」

コブラ「禁じられた?なぜだ?」

グウィンドリン「その顛末は、これから貴公も見るだろう。焦ることは無い」

コブラ「ちぇっ、まーたこれだ。いっつもそうやって焦ら…」


コブラ「ん?……ん~?」


グウィンドリン「?」

コブラ「待った、なんかおかしいぜ。俺はこの結婚に異議を申し立てる」

グウィンドリン「なに?」

コブラ「ひとつ!女神様の抱いていた青っちろいグニャグニャが居なくなっている。神が子を捨てるってのは、イマイチ感心できない」

コブラ「ふたつ!そもそも無の世界なんだろ?暗黒神が作った女神様とドラゴン以外に、なんでこんなに大勢むさいのがいるんだ?ただの幻覚見せて洗脳しようったって、簡単に騙される俺じゃないぜ」

グウィンドリン「幻ではない。父上とその騎士も、暗黒神の被造物だ」

コブラ「な、なんだって!?」

グウィンドリン「母から抜かれ、方々へ散ったソウルが、新たな命として栄え始めたのだ。神々を生み、魔女達を生み、人を生み、ソウルは灰の大樹ではない木々や草花、獣達さえも生んだ」

グウィンドリン「そして生まれし者達は皆、その意識の有無に関わらず、一様に来るべき時を待った。暗黒神さえも求める、あるものの現れを」


583以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/03(日) 09:46:59.21JzhD+8380 (3/6)


再び景色は移り変わり、コブラとグウィンドリンは暗い地の底に立っていた。
地の底はやはり暗く、水音さえも響かないが、不思議と完全な闇に埋め尽くされる事はなく、コブラは自身の足元や指先を確認することができた。


コブラ「今度はなんだ?」

グウィンドリン「墓場だ」

コブラ「墓っ?まさか、あんたのファザーとマザーのだったりしないだろうな?そういう深刻な流れは苦手なんだ」

グウィンドリン「ふむ……似てはいるが、違う。ここは我が父上の叔父の墓。神が最初に作りし墓だ」

コブラ「最初の墓とはまた、漁り甲斐のありそうな所だなぁまったく」



グウィンドリンはそう言うと、暗闇を指差した。
指の示す方向にコブラは眼を凝らし、闇に慣れた眼は、それを捉えた。



コブラ「こいつは……骨か?えらい巨人だぜ。しかもいくつか、俺くらいの大きさの人骨が上に折り重なっている」

コブラ「十人…十五人……神の埋葬にしちゃあ、ちと雑すぎるんじゃないの?」


グウィンドリン「太古の我らは、今ほどソウルの働きに乏しくはない。ゆえに死しても肉体が残るのだ」

グウィンドリン「ならばせめてと、神々は最初の死者たる神、ロイドの聖体に死者を祀ったのだ。古竜に脅かされし卑小な存在であろうと、安らぎを得られるように」

グウィンドリン「だが、神々の不遇も終わりを迎える。今、この時に」


コブラ「?……なんだアレは…」



コブラの視界に広がる、全くの静寂たる闇に、か細い光が灯った。
光は巨神の胸骨内部から発せられており、その輝きは輪郭を持ち始め、炎のように揺らぎ始めている。


ガッ!

コブラ「!」



その揺らぎを、胸骨を押し広げて掴んだのは、巨神自身の白骨の左腕だった。



ズワァーーッ


コブラ「オオーッ!」



神々の骨を纏いし巨神の遺骨は、命無きまま超然と起き上がり、左掌に灯された炎の如きソウルを、眼球を失った眼底で見定めた。
もはや身体となった骨の山からは、黒い瘴気が巻き起こり、黒い瘴気から伸びた一本の塊は、巨神の胸骨に潜り込んで一振りの巨剣となった。
そして巨人がその剣を、自身の骨山から抜き取ると、瘴気は再び巨神の身体に満ち溢れ、外套のように巨神を包んだ。




584以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/03(日) 14:20:41.72JzhD+8380 (4/6)

×そして巨人がその剣を
◯そして巨神がその剣を


585以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/03(日) 18:06:27.42JzhD+8380 (5/6)

「ああ…それが、偉大なるソウルなのですね……」


コブラ「!」


背後からの不意なささやきに、コブラは振り向いた。
振り向いた先には月の女神が立ち、女神の視線は瘴気を纏った巨神に向けられている。


月の女神「無に神が生まれ、無に生が生まれ、神が死に、生が死ぬ時…」

月の女神「生命は定義され、皆の求めしものは来たる」

月の女神「最初の死者よ。偉大なる死よ。そなたは死の護り手であるがゆえ、生をも輝かせるでしょう」

月の女神「すべて、あのお方の予言した通りに」


月の女神「神々に、太陽の時代を」



月の女神の言葉と共に、最初の死者は立ち上がり、鍾乳石が垂れる墓所の天井に触れた。
すると天井は腐り落ち、砕けた岩と泥となって降りかかり、底に触れる前に塵へと姿を変えた。
最初の死者は地上を目指す。己に死を与えた不滅なる者共に、死の安寧を与えるために。



コブラ「思い出したよ……最初の死者……石版にあった最初の死者ニトっていうのは、あいつのことだったのか…」


グウィンドリン「貴公、知っていたのか?」


コブラ「ああ。色々ありすぎて今の今まで忘れていたがね。俺達がここに来る原因になった物に、最初の死者の名前が書いてあったのさ」

コブラ「そうだ…だんだん思い出してきたぜ。なんで今まで忘れていたんだ。グウィンの雷…魔女の炎!誰も知らぬ小人!」

コブラ「グウィンドリン!俺の記憶消失も、王の封印に原因があるのか!?」


グウィンドリン「それも大いにあり得るだろう。王の封印は、闇の者の手から『真に尊きもの』を守るためにある。貴公の心…貴公のソウルを闇から守るために、我が王が封を施したのならばな」

グウィンドリン「だが貴公が望む疑問は、それだけではないだろう?」


コブラ「ああ、まだだ。俺はまだ知らなければならない!」

コブラ「生命が定義された時、現れる答え!」

コブラ「あのお方とやらの予言の中身をな!」



暗い墓所は溶け、コブラとグウィンドリンは転移した。
一人と一柱を新たに包んだのは、闇と静寂ではなく、眩い輝きと暖かい風。
コブラの眼が輝きに慣れ始めると、その瞳には、灰の地平線まで続く灰色の大樹の森と、厚く黒い雲海。
そして、その雲海を所々突き抜け、大樹の森をまだらに照らす、暖かな陽光が映った。
だが、天変を見る者は、グウィンドリンとコブラだけではなかった。



法官「クックックック……」



法官「フフフフ……フハハハハハハ!!」



銀騎士達を従えず、王の側にも付かず、灰の荒野の只中にひとり立ち、輝きに照らされる黒い外套の男。
男は暗黒の化身であるというのに、輝きを見上げ、高らかに笑い声をあげていた。



586以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/03(日) 23:23:13.15JzhD+8380 (6/6)


コブラ「クリスタルボーイ…いったいお前は何を企んでいる。空が晴れはじめているのも、お前のせいだったりするのか?」


グウィンドリン「この輝きは、暗黒神の力によるものではない。偉大なるソウルは最初の火に照らされ、現れたとされている。空に登る太陽も、最初の火により生まれたと」

グウィンドリン「だが、この輝きが生じるように画策したのは、他でもない暗黒神だ」


コブラ「画策したにしては、その策とやらを実現できそうな装置が無いぜ。暗黒マジカルパワーを使わずにこんなマネができるとも思えない」


グウィンドリン「その答えは、これから聞けるだろう」



コブラとグウィンドリンが会話を終わらせる頃、黒い外套の男の高笑いと吹き笑いも、沈静していた。
外套の男は黒いフードを取り去り、仮初めの顔を陽光に晒す。
天を仰ぎ、まるで敵を挑発するかのように。




法官「どうだ、この俺が見えるか。見えていて手が出せないのか?それともこの光は本能だ、とでも言い訳をするか?」


法官「お前の力は、生命あるところ全てに行き渡る。悪が生命に巣食うように、お前もまた生命に巣食うのだろう?」


法官「だが、お前も忘れている訳ではあるまい。光あるところには必ず闇が生まれる。そして闇は光に近づくほどに、より濃く、より大きく成長するのだ」


法官「俺は無の世界に追放されたが、そこで生命を作った。老いては傷つき、生まれては死ぬを繰り返す、完全な生命を」


法官「その生命にお前の光が満ちる時、この無の世界は命と光に溢れ、そして闇を孕むだろう」


法官「この世の全てを飲み尽くし、貴様をも滅ぼす、深き暗黒をな」




明確な挑戦の意を向けられた輝きは、揺らぐことも無く法官を照らし続ける。
その揺らがぬ温もりを嫌うように、法官は再びフードを被り、光から背を向け、歩き出した。




グウィンドリン「コブラよ。これが現れし答えだ」


コブラ「……らしいな。まったく、なんともスケールのデカい話さ」


グウィンドリン「最初に火が起こり、それによってあらゆる差異が生まれたわけではない」

グウィンドリン「最初に未完の命が起こり、それが完全なる命となった時……暗黒神を貶めた何者かの力により、あらゆる差異がもたらされたのだ」

グウィンドリン「コブラ…我はこの世の多くを図らずも知る身となったが、暗黒神を貶めた者が何者であるのかは知らぬ」

グウィンドリン「あれほどの闇を無へと落とした神とは、何者なのだ?」


コブラ「アフラ=マズダさ。俺の元いた宇宙では光明神と名乗ってる。彼女が言うには、自分は善と光の神様で、命あるもの全ての守護者なんだと」


グウィンドリン「善と光の女神…アフラ=マズダ、か……」


コブラ「その命の守護者たるお方が、なんとも情けないぜ。まんまとライバルにハメられたあげく、その尻拭いをまた俺にさせるっていうんだからな」


グウィンドリン「またとは……前にも一度、覚えがあるのか?」


コブラ「ああ、バッチリ覚えてるぜ。その時もハズレくじ一枚よこさなかった



587以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/05(火) 01:34:07.78e+ev1iY/0 (1/1)

神々の時代を見るとか羨まし過ぎィ!!!俺も立ち合いたかった


588以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/05(火) 01:49:56.00IThW/PYjO (1/1)

アーリマンによって古龍の時代が起きて、
差異が生まれて死ぬようになったんじゃなく命がいずれ死ぬまともな命になった事でアフラマズダが引き込まれて偉大なソウルになり
光が生まれた事で闇と分かれ、そうやって産まれた差異が闇を濃くする事でアーリマンを強化、いずれアフラマズダを滅して闇の時代になる、つまり闇のソウルはアーリマン
って事で良いのかな


589以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/05(火) 16:45:29.231ynKsyNb0 (1/2)


コブラ「それにこの分じゃ、今度もまたアフラ=マズダのお力添えは期待できそうに無いなぁ」


グウィンドリン「なぜそう言い切れる?」


コブラ「言ったろう、経験済みだからさ。彼女の千里眼はとてつもない。宇宙の端から端までを見渡して、俺に白羽の矢を立てるなんて訳ないくらいにはな」

コブラ「だが、この現象は意図的にアフラ=マズダが恵みをもたらしたというより、蛇口をひねって水を出すように、クリスタルボーイが法則をただ利用しただけに過ぎない」

コブラ「当の女神様は暗黒神の企みはおろか、この世界の存在にすら気づいちゃいないだろう。気付いていたなら、歴史の教鞭はアンタではなく彼女が執っていたはずさ」


コブラ「グウィンドリン、講義は終わりだ。ボーイの計画が闇の成長というのなら、ここで単位をボーナスしてる場合じゃない」


グウィンドリン「闇の増長を止めることを、望むというのだな?」


コブラ「ああ止めるさ。分かったなら早いとこ…」


グウィンドリン「ならん。闇を止めると望むならば、その闇について知らねばならない」


コブラ「おいそりゃどういうことだ?俺を留年させる気か?この先どうなるかなんて俺はもう知ってるんだ」

コブラ「偉大なソウルを手に入れた神々と竜の間で戦争が勃発。神の軍隊はその戦いに勝利して、火の時代だの光の時代だのを作ったが、火が弱まってそれも台無し。人間の世界に朝が来なくなって、代わりに呪いが流行り始めた。だろ?」


グウィンドリン「それは事実ではあろう。だが断片にすぎぬ。神の僕たる人と巨人を、怖れより遠ざける為の気休めだ」


コブラ「気休めだと?」


グウィンドリン「然り。神々の勝利は、差異に生まれた偉大なるソウルにより成された。差異は喜びと繁栄をもたらし…」


グウィンドリン「偽りの安寧と、闇の時代を生んだ」




灰の大樹が溶けはじめ、降り注ぐ陽光が霞み始める。
新たな転移は、コブラとグウィンドリンを灰の荒野より連れ運び、薄暗い夜明けへと立たせた。
竜も、大樹の一本さえも生えない地平線からは、陽光が射し、夜は白み始めている。
だが、大地を薄暗く照らすのは、太陽ではなく、地平線の端まで広がる赤々とした業火だった。


炎に照らされ、炎の生む光以外に何も無い、無の大地。
その大地から立ち上がり、炎に向かって細い身体を、幽鬼の如く揺らす者達が、炎を見つめるコブラの側を通り過ぎた。
通り過ぎ行く者達は小さく、コブラの横腹の高さに亡者の如き頭があり、腹は一切の内臓を欠いているかのように細い。裸体には性器さえも無かった。
一つの頭と、二本の腕と、二本の脚を持つだけの骨と皮。そうと形容する他ない者達が、まばらに地平線の炎へ吸い寄せられている。



コブラ「ここは…また地下か?こいつらはなんなんだ?」


グウィンドリン「これらは、人の祖だ」


コブラ「こいつらがか?確かにロードランで腐るほど見たが、もうちょっと瑞々しくても良いはずだろ。類人猿にも見えないぜ」


グウィンドリン「否、これらは確かに人の祖だ。これから人に成ろうとしている」



炎を目指す者のうち、一人が崩折れ、うずくまった。
誰からも顧みられこと無く、ひび割れた地に顔を擦り付けるその者は、やがて呼吸を止めた。
炎を目指す者達はひとり、またひとりと倒れ、誰一人として炎に辿り着くこと無く、その姿を消す。
そして荒涼とした地と、炎の地平線だけが残った。


だが、うずくまった最初の者はただひとり、上体を起こした。


何者でも無い其の者は、枯れ枝のような両手で土を掬いあげ、幼子を抱くかのように胸元に引き寄せる。
その両掌には炎は無く、光も無い。ただ見えるのは、炎にさえも照らされぬ、ひと握りの陰のみ。
それは炎に照る掌中にできた、ただの影でもあった。
だが、影は炎のように身を焼かず、冷たい安息と、暖かな希望を其の者に与えた。



590以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/05(火) 18:52:51.501ynKsyNb0 (2/2)


影をその手に納めた其の者は立ち上がった。
皮膚を通して炎の透ける細脚を張り、曇り空さえ無い漆黒の天に掴んだ影を掲げ、声帯の無い喉を広げ、眼球の無い眼窩から涙を流した。
誕生の喜びに打ち震え、希望の出現に感謝するかのように、其の者は身体を震わせ、声を出せずとも叫び続けた。

すると、かつて倒れた者達も起き上がり、叫ぶ者へ向け歩きはじめた。
そして辿り着いた者から、叫ぶ者の身体にすがりつき、掲げられた手に、細腕を伸ばし始める。
伸ばされる手は増え続け、叫ぶ者にすがる者が五人を超えると、叫ぶ者は重さに倒れた。

倒れようとも、叫ぶ者はなお叫んだ。
欲する者達に皮を喰われ、腕をちぎられ、脚をもがれ、肋骨を抜かれようとも、なお叫んだ。
欲する者達は増え続け、叫ぶ者はついには人山に見えなくなったが、求める者は増え続けた。
そして増え続けた人々が、その動きを止めた時…



コブラ「!」



四つ這いで人を貪る者達の身体に、変化が起き始めた。

細く筋張った四肢は徐々に豊かになり、骨の浮いた背中には肉と体温が生じ始める。
枯れた木ノ実のような頭からはヒビと皺が減り、様々な色の髪の毛が育ってゆく。
その姿は、かつてコブラの見知った『人間』という者達に近くなっていった。



グウィンドリン「火に照らされた人の内に、あるソウルが生じた」

グウィンドリン「そのソウルは、他の偉大なるソウルと異なり、決して輝かず、火の内に生まれぬもの」

グウィンドリン「人の内にのみ生まれるソウルは、人にのみ宿る心を人に与え、人にのみ従う力を人に与えた」

グウィンドリン「故に人は、そのソウルを『人間性』と呼んだ」


コブラ「人間性?……こんな悪趣味な現象で生まれるソウルが、人間性だと?」


グウィンドリン「然り。人間性は決して神に依らず、火に依らぬもの」

グウィンドリン「しかし人間性とは、あらゆる物を求め、飲み尽くすもの。神であろうと、火であろうと、全てを闇に帰せしめるもの」

グウィンドリン「故に、我らが王と、我ら皆は、人間性を恐れた」



グウィンドリン「それを『ダークソウル』と名付け、神に従うよう導いたのだ」



四つ這いで貪る者達の溜まりから、一人立ち上がる者がいた。
立ち上がった者には隆々とした筋骨といきり勃つ男根が備えられ、顔には生気と、力に輝く双眸が現れている。
そして男の皮膚の下には、黒い嵐が巻き上がり、燃え上がっていた。



人間「オオオオオーーッ!!!」



両拳を天に突き上げ、男が全身を震わせ、顔を真っ赤に咆哮をあげると、地平線は炎と共に溶けた。
灰の荒地には大樹が森を作り、まばらに陽光を漏らす灰色の空は、やはり地平線の彼方まで続いているが、彼方からは灰色の塊が迫りつつある。
転移した先を知っていたのは、グウィンドリンだけではなく、コブラの心にも大きな驚きはなかった。



ズガガガーーッ!!!

コブラ「オオッ!?」



だが背後への落雷に、コブラは思わず飛びのいて、音の出所へ顔を向けた。
雷は荒地を撃ったわけではなく、太陽の光の王の右手に集約した時に、轟音を発していた。
太陽そのものとさえ言える輝きを握る王は、右腕を大きく振りかぶり…


バオオオーーッ!!!


輝ける太陽の光の大槍を、地平線を埋め尽くす古竜の群れへ向け、投げ込んだ。




591以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/16(土) 12:08:54.56Op2Rf6Pz0 (1/1)

空をゆく大槍は、雲間から漏れる光をも細槍に変えて引き連れ、古竜の群れに殺到する。
大槍は一頭の古竜の頭を撃ち抜き、背後に控える数匹の古竜を砕き、細槍たちは古竜達の翼や鱗を焼いた。


バッ!


太陽の光の王の冠と、瓜二つとも語り得る冠を被ったある偉丈夫は、勢いを削がれた古竜に追撃を加えるべく号令を放った。
天へ向け指された掌を合図に、最前列の騎士隊は雷の槍を、中堅の騎士隊は雷矢を、後衛の騎士隊は竜狩りの大矢を構える。
掲げられた掌は一拍を置いた後、振り下ろされ…


バババババーーッ!!!


光が覗き始めたとはいえ、未だ暗い曇天を、中小様々な雷と大矢が埋め尽くした。
殺到した第二波に飲まれ、古竜の群れはついに荒野へと墜落し、灰色の大樹の森は薙ぎ倒され、巻き上げられた土埃は天を衝く壁のように、神々に迫る。
その壁に向かい、神の軍勢の背後に控える魔女達は、掌に炎を巻き、太陽と見紛うほどに眩い火球の群れを放った。


ドドドドドドドド!!!


荒野を揺さぶる轟音と共に、土埃の壁は、薙ぎ倒された大樹と共に焼き尽くされ、神々の視界は確保された。
墜落した古竜達はしかし、太陽の光の槍による直撃弾を浴びた者達を除き、早くも鱗を生やし直し、翼の穴を塞ぎかけている。



コブラ「古竜との戦争か……俺の目には気休めには映ってないぜ。習った通りの景色だ」


グウィンドリン「………」


コブラ「どうだ?フィールドワークはここまでに…」


「かかれい!!」


回復しかかる古竜達へ向け、コブラの声を遮り、号令が鳴り響いた。
響いた声には聞き覚えがあり、コブラはとっさに声の主の立つ方向に顔を向ける。
コブラの視線の先には、古竜達へ向け槍を掲げるオーンスタインが立っており…


ズアァーーッ!!

コブラ「あっ!?」


オーンスタインの背後から、竜狩りの騎士を飛び越えて黒い塊が古竜へ向かった。
塊は黒い骨を思わせる鎧を纏う騎士達の集まりであり、その跳躍は矢のようだった。
竜狩りは、風を切って古竜へ殺到する闇の騎士達に、槍を用いて指示を送っている。



グウィンドリン「古竜を狩ったのは神々だけではない」

グウィンドリン「人は欲深く、あらゆる物を求める。ならば、無の世界を支えし竜達を逃すはずも無い」

グウィンドリン「人とは無明たる者。ゆえに我ら神々の力さえも求めたが、その欲を我らは助力と救済により満たした」

グウィンドリン「神の支えにより、力を使う方向を定められた人間達は、まさしく無敵だった」


コブラ「…ってことは、今の黒ずくめの連中は…!」


グウィンドリン「貴公も見ただろう。人がダークソウルを得た瞬間を」

グウィンドリン「竜狩りに仕えし者達は、原初の人騎士。神々をも凌駕する暗黒なのだ」



古竜達の元に飛翔した闇の騎士達は、勢いをそのままに古竜達へと斬り込んだ。
黒い炎を纏った特大剣を両手に握る者。黒い炎を輝かせる槍を持つ者。黒い炎を迸らせ、剣身を長く延長する片手剣を振るう者。
それらは一様に肉色のソウルを身に纏い、得物を振るう度に、肉色のソウルも振るった。
人間達の力は圧倒的であり、太陽の光の王の一撃にしてようやく倒れる古竜を、一騎につき三は斬り滅ぼした。
肉色のソウルと暗黒の炎を剣に纏わせ、古竜の正中線を両断したならば、ほんの一瞬、曇天が全くの闇に塗り替わるほどだった。

人間達の奮闘に、太陽の光の王は勝利を確信し、軍を進めた。
接敵した銀騎士達は、人間の巻き起こす破壊の渦を潜り抜け、衰弱した古竜に雷を突き立てる。
その銀騎士達を率いるのは、王の王冠に近しい冠を被る偉丈夫だったが、その偉丈夫だけは人に並び、殺気立つ古龍に雷の杭を叩き込んでいた。
魔女の炎は尚も嵐となって古竜の退路を塞ぎ、最初の死者ニトの放つ死の風は、人と神の手から逃れた古竜を腐らせ、塵へとかえしていった。



592以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/17(日) 00:51:56.26DNdEuj+S0 (1/1)

グウィンドリン「人の力を支えとし、神々は勝利を収めた」

グウィンドリン「我らが大王の人に対する心は、神々を凌ぐ人の力を前に決まり、後の世へと伝わっていく」

グウィンドリン「だからこそ、竜との同盟が必要とされたのだ」


コブラ「?…待ちなよ。その竜ならさっき全滅しちまったぜ?」



古竜達は圧倒的な力を前に、しかし強い抵抗を示した。
だがオーンスタインを含めた王の四騎士と、魔女の娘達の参戦を受け、徐々に古竜達の抵抗は弱まり、王が大剣を手に取った最後には、古竜達は敗れて骸の山となった。
大樹は焼き尽くされ、岩は塵となり、竜の流した血は骸の山を降り、荒地に吸い込まれていく。
瞳無き白竜は曇天より舞い降りて、骸の山の頂に座った。



コブラ「!…こいつは、鱗の無い白竜か!」



白竜シース「………」




古竜の骸に立つ白い竜に、岩の如き鱗は無い。
それどころか両目も無く、翼は蜻蛉の羽のようであり、後ろ足の代わりには関節の退化した未熟な蛸足が一対、生えている。
胴体から生える前脚は人の腕のようであり、竜と言うにはあまりに歪なその白竜は、骸の山に右手を突っ込んだ。
そして一枚の鱗を掴み取ると、力を失った竜鱗を握りつぶし、咆哮を上げた。
その様は望む物を無くした子供のようだった。
あるいは、積もる怨みを遂に晴らした快感に、打ちひしがれているようにも。



グウィンドリン「コブラよ、貴公は確か青っちろいグニャグニャと申したな」


コブラ「?」


グウィンドリン「この白竜公こそが、まさにその青白だ」


コブラ「!? こいつがあんたの母親から産まれたっていうのか!?」


グウィンドリン「然り。白竜公は竜の似姿を持つが、その有り様はむしろ神に近しい」

グウィンドリン「白い身に満ちるは純然たる月の魔力であり、朽ちぬ古竜の持つ偽りの炎の力では無い。のちに偉大なるソウルの分け身の器と成れたのも、無からは遠き神たる性質ゆえだろう」


コブラ「そうか……だからシースは古竜を裏切った!いや、裏切らざるおえなかったのか!」


グウィンドリン「左様。白竜公の魔力は我が母上の原始結晶から受け継がれており、魔力を特に濃く受け継いだ公は、蒼き結晶の魔力を秘めるに至った。古竜供にはさぞ異質に見えたことだろう」

グウィンドリン「そして、白竜公に古竜供の有り様は忌まわしかったのだ。寿命と無縁である古竜の命を、神であるが故に、公は得られなかったのだから」


コブラ「おっと待った、さっきのその原始結晶ってのはなんだ?」


グウィンドリン「我らが母上の力を指すものだ。我ら月の兄妹や白竜公を産み落とした揺籠であり、魔力と呼ばれるあらゆるものの祖となった恵みだ」


コブラ「なるほど。神と言えど、母は強しか」



静まり、うなだれるシースを、闇の騎士達は見上げる。
人たる彼らの、その髑髏状の兜の奥に開く双眸は、はたしてシースの肉を捉えているのか、あるいは力を捉えているのか。
それを知る者はおらず、地平を埋める古竜達の骸を踏みつける、第二の冠被りし偉丈夫の眼は、虚空を見つめていた。
戦に勝利した銀騎士達と四騎士は、得物の刃先や先端部を曇天に向け、祈りと忠誠、感謝と弔意を王に示す。
だが太陽の光の王は、大音声に勝鬨を上げることもなく、ただ音も無いまま雲間の陽光へ向けて大剣を掲げた。
そして静かなる終戦と共に、あらゆる景色はまたも溶け消え、コブラとグウィンドリンは転移した。



593以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/02/19(火) 00:15:30.75XPHUwH8Q0 (1/1)

>>572に訂正
グウィンドリンの名前表記が一部「グィンドリン」になってますが、正しくは「グウィンドリン」です。
名乗りのシーンでこれじゃあ格好がつかない。


594以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/03/31(日) 22:51:43.52iDX4c3VCo (1/1)

隻狼にはまってるのかな?


595以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/04/09(火) 02:53:10.16wUOcHHr50 (1/1)

荒廃の風景を抜けたコブラとグウィンドリンを待ち受けていたのは、荒廃などとは程遠いアノール・ロンドの華々しさだった。かつて仮面の騎士と矛を交えた大広間にコブラは立ったが、コブラの眼には殺気立つ者の姿など映らない。
場内を歩く者は、皆一様に人と比べて大きくはあるが、人のそれに似た文化を思わせる出で立ちと、振る舞いをコブラに見せた。
流麗な外套を纏い、そこかしこで声を交えては微笑む者達。書を手に持ち、しかし急がず、怠けもせずに歩き回る小間使い達。簡素ではあるが粗末ではない服を着た巨人と、彼らに何事かを命じる銀鎧の騎士。
どれもがコブラにも受け入れられるほどの人らしさを纏うが、そのどれもが、人の世には決して纏えぬ清らかさと、暖かな安心感を放っていた。


コブラ「アノール・ロンドの隆盛、か……俺の世界の古代芸術史にヴァン・ダイクって画家がいるが、そいつが喜んで描きそうな美人がそこらじゅうにいるぜ」


グウィンドリン「今貴公が見ているものは、かつて在りし平穏。わが故郷のあるべき姿だ」


コブラ「らしいな。貴族趣味の収集家が好みそうな景色だが、これが闇を倒す事とどう関わる?それともただの自慢か?」


グウィンドリン「確かに郷愁の想いもある。だが闇を弑するというのなら、闇の成り立ちも覗かねばならぬだろう」


コブラ「闇の成り立ちとやらはもう見ただろ。人食いの裸踊りはキョーレツだった」


グウィンドリン「子が生まれた事そのものを成り立ちなどとは呼ばぬ。子の成り立ちを語るならば、育ての親の有り方と、子の境遇も語らねばなるまい」

グウィンドリン「焦ることは無い。貴公が見聞きするものは全て記憶の情景だ。現世にある貴公の身には瞬きの瞬間さえも訪れてはおらぬ」


コブラ「なるほどね……いくらか借りを作っちまってるようだし、あんたのその言葉は信用しよう」

コブラ「もう少しだけ付き合ってやる。なるべく退屈しないように頼むぜ」


グウィンドリン「では我が手を取れ。先を見せよう」



コブラがグウィンドリンの手を取ると、城内の景色はコブラの頭上や側面を通り過ぎ、コブラの眼前に柱の森の大広間を引き寄せた。
大広間には、かつてコブラを追い詰めたオーンスタインではなく、謁見を受ける為の第二の玉座に座る、冠の偉丈夫の姿がある。
王の四方には銀鎧の騎士達が立ち、王の右隣では筆記官が書を開き、王の左隣には月の女神が座についていた。
月の女神の身は、控えめながらも美しい細工の施された白灰色のドレスで整えられ、野にいた頃の妖艶な清らかさは、なりを潜めている。


法官「使いを向かわせるには畏れ多き要件が多々あるゆえ、私が直々に馳せ参じた次第にございます」


その二柱の前に跪いていたのは、身を偽るクリスタルボーイだった。長旅をしてきたのか、黒い外套の端には砂埃が付着している。


冠の偉丈夫「要件とは?」

法官「まずはイザリスの魔都を呑みし混沌についてです。我らが第一王子は問題無く混沌をお収めいたしました。黒騎士達の被害も最小にございます」

冠の偉丈夫「よろしい。して、魔女達はどうしたのだ?イザリスは?」

法官「イザリス様は、多くの姉妹達と共に亡くなられました。混沌はイザリス様の術により生じたと、辛うじて生き残った幾人かの魔女たちは申しておりました」

冠の偉丈夫「愚かなことを…火を畏れよと申したあの口は、すでに驕っていたか…」

月の女神「世を照らす火の弱まりに、最初に気付いたのは彼女のはず………やはり火の弱まりを止めようとして…」

法官「いえ、弱まりを止めるというよりは、火が消えた時のための“控え”をこしらえようと画策し、事を仕損じたようです。生み出された炎は歪み、本来産むべき命と温もりの代わりに、デーモンと灼熱を産みました。難を逃れた魔女たちも尽く異形と化し、あるいは本来の魔力を失いました。もはやあの魔都の再建は叶わぬでしょう」

月の女神「………」

冠の偉丈夫「…ならば、太陽の光の王グウィンの名の下に、都に封を施そう」



冠の偉丈夫は、家臣である法官に改めて己の名を告げると、掌に黄金色のソウルを溢れさせ、法官へ向け漂わせる。



コブラ「封……そうか、これが例の王の封印ってやつか」

グウィンドリン「左様。この封印は、多くのものを縛ることになる」



黄金の霧となったソウルは、法官の胸元に吸い込まれ、消えた。


月の女神「…封印するというのですか?」

グウィン「魔都の門へ再び赴き、その封を放て。さすれば混沌の染み出しも防げよう。封を放ったのちは兵を置き、見張らせよ。常に兵を絶やすな」

グウィン「して、その方の言い渋る凶報とは?」


596以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/05/19(日) 23:55:20.92IqlMA4dA0 (1/1)

法官「………」


法官はしばしの間、口を噤んだ。
法官は本来即答も可能な言葉を敢えて溜め、重さを加え、そして語った。


法官「ウーラシールにて地の底より見出された古き人が、闇を放ちました」


グウィン「!…闇とな…」

月の女神「な…ならば都は?ウーラシールはどうしたのですか?」

法官「急報ゆえ、事の全貌はまだ……しかし生じた闇はウーラシールの王廟を覆うほどに大きく、光の者たる我ら神々の力は及ばぬかと…」

グウィン「及ぶか及ばぬかは余が定めること。では、要は何も分からぬと言うのだな」

法官「はっ…」

グウィン「………」



グウィン「よろしい。他に申すべき事はあるか」

法官「ありません」

グウィン「ならば行け。ウーラシールの闇を調べ、暴いたものを余に伝えよ。輪の都と小ロンドに使いを送り、闇の兆候を探らせるのだ」

法官「仰せのままに」


法官は王に礼をし、女王に礼をすると、踵を返して謁見の間から歩き去った。
後に残された太陽の光の王に、その妻が語りかける。
静かで細いその声には、怒気を微かに含んでいる。



月の女神「なぜイザリスをお見捨てになるのですか?ウーラシールのように、闇に蝕まれたわけでは無いのでしょう?」

月の女神「貴方と契りしこの身は、月の女神であると共に、太陽の女神でもあるのです。わたくしの太陽の癒しを以ってすれば…」


グウィン「ならぬ」


月の女神「何故?」


グウィン「我が月…我が太陽よ。そなたの癒しを受け継ぐは、我らが娘がひとつ、グウィネヴィアのみ」

グウィン「他はみな、敵を破る太陽と月。都は守れど、癒す事は出来ぬ。末の娘は闇を封ずる術を持つが、まだ幼く儚い」

グウィン「ゆえにそなたを危地へは向かわせられぬのだ。神を喰らいかねん闇が蔓延る地になど、なおのこと」

グウィン「混沌と闇を打ち破るは、我らの剣と槍。雷と閃光である。そなたの出る幕はない」


月の女神「………」




月の女神は太陽の王から視線を外し、やや俯いて眼を伏せると、意を決したように再び太陽の王の眼を見た。




月の女神「わたくしでは……わたくしの力では闇と混沌を治められぬと言うのであれば、竜の力をお頼りになるべきです」


グウィン「竜の…?」


月の女神「そうです。竜ならば、その身が無であるがゆえ、闇にも容易くは飲まれないでしょう。混沌の熱も、あれが仇なすのは神と人だけ。いずれの炎でもない第三の炎の使い手ならば、混沌にも耐えましょう」




597以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/04(火) 15:36:07.94aP07wPkHO (1/1)

楽しみ


598以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/21(金) 07:55:45.59tY1lRiTlO (1/1)

なんで神は人間のことこんなに信じてないんだろうって思ってたがこういう成り立ちだったのね……嫌悪感隠しながら利用してたくらいの勢いだったのか


599以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/06/25(火) 03:54:27.06aa7490Ni0 (1/1)

グウィン「………」


女王の進言に、王は押し黙った。沈黙は否定や肯定を必ずしも表すものではない。
グウィンドリンがやや俯くと…


コブラ「!」


王と女王の微かな動きも止まり、広間の空気は全く動きを失った。
記憶の世界がグウィンドリンのものであるが故に、記憶の動きもまた、グウィンドリンに従う。



グウィンドリン「我が王は悩み、しかし終に、竜との同盟を結んだ」

グウィンドリン「女王にはかつて、白竜公を神の国の誠なる友とした功がある。そして白竜公の出自を知らぬ王が恐れたのは、何より濁り水の流行りだった」


コブラ「水道代でもケチったのか?」


グウィンドリン「その程度で済めば、憂いも露と消えよう」

グウィンドリン「だが、看過は不可能だった」


ブォン…


静止した時の中、グウィンドリンが虚空に右手を差し伸べると、空中に楕円形の鏡のような物が現れた。
鏡の数は二枚。どちらにも一切の装飾は無く、額縁や鏡台すらも無い。
そして薄氷のような二枚には、それぞれ異なる人物が映っていた。
一枚に映るのは、緑色の瞳と銀の長髪を備え、額に一対の短い角を生やす、色白の女の顔。
もう一枚に映るのは、緑色の瞳と銀の長髪を備え、首に波打つヒダを現し、目元に白鱗を生やす、色白の少女の顔。


ボオォ…


次に、グウィンドリンが虚空に左手を差し出すと、その掌にも同様の鏡が現れる。
鏡の数は先と同様に二枚。一枚には何事かを話し込む、幾人かの神々の姿。
もう一枚には、夕暮れを背に佇み、翼を広げる三つ目の黒竜の姿が映った。
グウィンドリンは両の手を下ろし、四枚の鏡をコブラの周囲に展開させる。


コブラ「濁り水ってのはコレか?確かに何となく陰謀がありそうな組み合わせだ」


グウィンドリン「奸計の類では無い。起きるべくして起きたことだ」

グウィンドリン「二柱の女神は我が姉妹。角を持つ者は姉のプリシラ。目元に白鱗をたたえる者は妹のヨルシカという。いずれも我が母から産まれ、この暗月のグウィンドリンや白竜公と同じく、月と竜の力を持つ」

グウィンドリン「古竜であるシースを許容し、半竜であり王家の血筋たる我らを害するなど、その害の大小を別にしたとて、我が父には許しがたい行いだったのだ。故に父と兄上は、竜を弑した身でありながら竜を受け入れた。総ては父が母を愛したが故」


コブラ「兄…いや、今はいい。続けてくれ」


グウィンドリン「うむ……だが王の懸念する濁りとは、厄事の重なりそのものを指していた」

グウィンドリン「ダークソウルによる、人の国ウーラシールの破壊。その報を受けた王は、闇を孕む人世界に対して警戒を強め、神の世を護るべく、人への不干渉に近い政を執ろうと考えた。だがそれが人の世に知られれば、人は絶望に駆られ、更なる闇を孕む」

グウィンドリン「そのような事態を避けるには、人に大義を示す必要があり、その大義こそが『古竜の残滓を追い立てること』だったのだ。だが、そこに矛盾が生じたのだ」


コブラ「なるほどな…人の闇に対抗するために竜との協力体制を結ぶと、人に示す古竜討伐の大義が崩れて人からの不信を招くし、かといって竜と結ばずに闇を放置すると、闇への対抗手段が無くなっちまって、人間社会がドロドロに腐り落ちるわけか…」


グウィンドリン「左様。そして竜との戦いという大義を保つためには、竜が居なければならない。故にアノール・ロンドは、竜の討伐をあえて怠った。だがその大義も、優れた騎士であるが故に戦の怠りに気付いた『鷹の目のゴー』と『竜狩りオーンスタイン』からの不信により揺らぎ、戦いの戦果を巡る神同士の不和と不信も相まり、遂に限りを迎えつつあった」

グウィンドリン「我ら月と竜の子らを守るため、神の国を護り、人の世を保つため、王が選ぶべき道は一つしか無く、他の道は許されなかった」



止まった時はそのままに、王とその妻は溶け、大広間は崩れ去っていく。
転移にも慣れたコブラの眼前からは、四枚の鏡も消えた。
割れた天井からは晴天が滲み出し、空に輝く太陽に、コブラは思わず顔に手影を作った。


グウィンドリン「王は人からの不信を受け入れる事を選んだ。時が充分にあれば、他の道も模索のしようがあっただろう。しかし母も父も、それが許されない事を知っていた。知っていたからこそ、例え策が不足であろうと、我らが未熟であろうと、発令を急いだのだ」





600以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/07/07(日) 07:22:11.98j/J4l8yd0 (1/2)

カオルちゃんは夜早く寝かせて朝早く起こしてくれるような存在だった…?


601以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/07/07(日) 07:23:02.36j/J4l8yd0 (2/2)

うああい誤爆った ごめんなさい


602以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/07/07(日) 21:58:59.56KoztDckNo (1/1)

ストーリーの解釈がホント面白い


603以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/08/11(日) 00:41:27.48g1U5LN89O (1/1)

待機


604以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/08/12(月) 07:11:31.66mOGgf22A0 (1/1)

抜けるような晴天と眩い太陽がアノール・ロンドを見下ろす中、王城の正門前では、神々による『儀式』が行われていた。
長い階段の最頂部に、銀騎士の背丈ほどもある大剣を穿いた王が立ち、その両脇には太陽の第一王女と第一王子が立つ。
王の背後には女王が控え、その隣には法官の影が差している。
月の子らの姿はどこにも無く、階段の両脇には黒騎士が層を成して立ち並び、剣を胸元に立てていた。
宙に浮かぶ銀騎士達には神々が混じり、そこにはオーンスタインの姿もあった。


コブラ「流石だな。神話時代の全盛ともなると、空を飛ぶくらいは普通ってわけか」


グウィンドリン「我ら神々が火を受けた時、備わった力だ。アノール・ロンドも飛翔を前提とし、建てられている」

グウィンドリン「だが皮肉と言うべきか、世界の火の弱まりによって最初に失われたのも、この力だった」


コブラ「あんたらの翼も蝋だったわけだ。で、王様は何処に行こうとしてるんだ?剣を持ち出すんなら、バカンスってわけでも無いんだろ?」


グウィンドリン「然り。アノール・ロンドを築く前は、人の闇が強き時であったため、火の弱まりもまた、勢いを早めていた」

グウィンドリン「ゆえに我らが王はこの日に、火継ぎへと向かわれたのだ」


コブラ「火継ぎ?……するってえと、最初の火とやらに薪でも焚べに行くのか?」


コブラ「!!……まさか、あんたが俺を大王グウィンの後継にしようとしたってのは…!」




ゴオンッ!


太陽の第一王子、冠の偉丈夫が、幅広の刃を持つ剣槍を、石畳に突き立てた。
それを合図に銀騎士達は一斉に剣を掲げ、大王は階段を降り始めた。
大王が黒騎士の一柱の前を通り過ぎると、黒騎士は王に続いて段を降り、黒騎士の列は王が歩を進める毎に、王の隊列に加わった。
王の子らは声を上げず、家臣達は顔を上げず、貴民達は音を立てない。




グウィンドリン「貴公の心は今、我が心と繋がっている」

グウィンドリン「言い淀むことは無い。貴公の疑いは既に知っている。貴公の思う通りだ」


コブラ「………」


グウィンドリン「王は薪となり、身に宿るソウルを燃やし、世界を保つ」

グウィンドリン「謁見の間にて我が姉の幻影が語ったのは、その役を貴公に引き継がせるという意」

グウィンドリン「大いなる火の薪となる者。不死の試練とは、その者を選び出すための謀なのだ」



階段を降り終わり、王は地を歩くように、空中を歩いた。
黒騎士達もそれに続き、あるはずのない足場を踏みしめては、鎧を擦らせる音のみを零した。
飛べぬ者のための回転階段は動かない。その先に続く、絵画の館に隠れる者達に、儀式への参加は認められていない。



グウィンドリン「真実を知ったが故の驚き、疑いも、我は全て見渡せる。だが、驚くべきはやはり我が方であろうな」

グウィンドリン「貴公は何故、我を恨まぬのだ?」


コブラ「止むに止まれぬ事情ってヤツには、俺も懐が深くてね」

コブラ「それに俺の世界は、あんたなんか及びもつかないような大悪党ばかりでな。貧乏くじ引かされただけの政治家なんか、数に入らないのさ」


グウィンドリン「貧乏くじ、か…」


コブラ「よしてくれ、今更センチになる歳でも無いだろ?」


グウィンドリン「…いや、消沈しているわけでは無い」

グウィンドリン「ただ、安堵しているのだ。貴公に弑されることも、謀った者の権利と義務であるがゆえに」




605以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/08/12(月) 13:58:55.36NoT3irZ5O (1/1)

まあそんなこと言われても大人しく火にくべられる男じゃないしなコブラ
しかし世界そのものが詰んでるなここは


606以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/08/14(水) 03:35:02.12wD4UrRil0 (1/1)


ヴン!!


コブラ「!」



突如、記憶の風景が消滅し、闇がコブラとグウィンドリンを包んだ。
空も地も無く、上下さえも定かではない。



コブラ「停電か?それとも上映終わり?」


グウィンドリン「王が火継ぎに旅立ったのち、我ら月の子らは再びアノール・ロンドの奥へと秘され、政から離された」

グウィンドリン「法官の策も停滞に入り、彼奴の動きにも暫くは目立った所が無い」

グウィンドリン「故に、新王となった我が兄が何を行ったかは、他の法官……クリスタルボウイとは異なる者達の残した書により、切れ切れに知るのみだ」

グウィンドリン「故に、映るものも無い」


コブラ「あらま」


グウィンドリン「グウィン王無き後、新王は人の秘めたるダークソウルへの対抗として、人と共に築いた人の都…輪の都を人知れず封印した」

グウィンドリン「神からの働きかけ無くして、アノール・ロンドに干渉できぬようにとの事だろう」


コブラ「臭いものに蓋したわけだ」


グウィンドリン「蓋というより、遺棄と言うべきだろうな」

グウィンドリン「次に新王は、先王が人を御す方法を試すためにと築いていた別の人国、小ロンド国へ赴いて闇を忌むべきものと定めさせ、新たに王を四人と定めて互いに尊信するようにと命じた。小国は公国となり、四君主を頂点とした民主制を築き、神の庇護を一身に受けた人国となった」

グウィンドリン「小ロンド公国は栄えた。人と神の築く文明国として、理想と言える形を成した」


コブラ「当てようか。……だが、思ったほど長くは続かなかった。だろ?」


グウィンドリン「左様だ」



肯定の言葉とともに、闇は再び色を放ち始めた。
コブラの足元には白い石畳が現れ、周囲の虚無は竜狩りと処刑者がコブラの一行と矛を交えた大広間を浮かび上がらせた。
大広間の最奥、大王の立像の前には玉座が置かれ、そこに座すのは太陽の新王。
その新王の眼には、広間両脇を埋める神々と、己の正面に書を持って立つ、一柱の女神の姿が映っていた。



新王「我を前に、もう一度申してみよ」



低く厳かな声で、新王は事を確かめた。
再び発言するよう求められた黒髪の女神は、臆することなく、国を揺るがすほどに危うい題を告げた。



罪の女神ベルカ「神々の審判者にして、暗月の魔力の信奉者。魔女にして罪の女神たるベルカの名の下に、汝に告げる」


ベルカ「この場を以って名をとこしえに封じ、王の座を捨て、アノール・ロンドより去れ」





607以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/08/22(木) 15:52:27.87sLWvM18eO (1/1)

ベルカ!!


608以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/10(火) 01:21:00.20dRuSYwHz0 (1/2)

コブラ「クーデターか。ますます神話らしくなってきたぜ」


尊位を堕とし、支えられた法に異を唱える行いこそが神話であるというコブラの認識を、グウィンドリンは否定しなかった。
ただ黙して聞き入れ、かつての法官が眺めたように、過去を見渡している。
意志ある者を縛るのは、やはり力と法、そして因果応報なのだから。


新王「なにゆえに」


ベルカ「とぼけまいぞ。すでに汝の成した悪行も聞き及んでいる」


コブラ「白鳥に化けて尻でも触ったか?」


ベルカ「今、王の四騎士の二柱たる竜狩りと鷹の目は、竜の残滓を追い立てるべく隊を連れ、西に東にと散っている。その二柱が人界において戦神と崇められている事は、我らも知るところである」

ベルカ「だがその二柱が異郷の地にて竜を見出し、王たる汝に撃滅の認可を求めるたびに、どういうわけか人の都にて凶事の報が降り、騎士は帰郷を余儀なくされた」

ベルカ「凶事には虚実あり。アストラの魔物を人に討たせるべく、人に啓示を示す結果になる時もあるが、根無しの風評を掴まされ、おとぎ話が人の世に流れるのみに終わる時もある」

ベルカ「ゆえに逃したのだ。朽ちぬ石の竜も、瘴気の眠り竜も、黒竜も。四騎士一の雄たるアルトリウスと、対竜において功を積みし岩のハベルを擁しながらな」

ベルカ「戦神たるならば、確かに人の求めに応じ、力を貸さねばならぬ時もあろう。だが真偽定まらぬものに精査もせずに向かわせたとあれば、事の責は四騎士にではなく、それらに命を下す者にこそ生じよう」

ベルカ「大法官ライブクリスタルよ、前へ」

法官「はっ」



コブラ「ライブクリスタルだぁ?」


グウィンドリン「聞き覚えがあるのか?」


コブラ「ああ、あるぜ。クリスタルボウイの身体を構成してる物質の名前だ」

コブラ「悪趣味とは前から思ってたが、ネーミングセンスにも遊び心が足りないとはな。人生初の偽名とはいえ引き出しが少なすぎやしないか」



大法官と呼ばれた者はやはりクリスタルボウイだったが、コブラは訝しんだ。
クリスタルボウイが謀りを働く事無く日々の職務に励んでいたのであれば、竜の討伐の怠りを放置する事も無く、王への弾劾という大事に関わることも無かったはずだ。
ましてや、クリスタルボウイの記憶をソウルに刻まれたグウィンドリンが、クリスタルボウイの企みを『飛ばす』はずがない。
だが疑問をグウィンドリンにぶつけるのは、新王への弾劾の記憶が終わってからでも遅くはない。
コブラはひとまず言葉を切った。あくまで、ひとまずは。


ベルカ「竜狩り…人からの信仰…人への封じ…闇への見張り…そして火の守り…」

ベルカ「それらは王の命と、神々皆の献身と結束によって成される」

ベルカ「ライブクリスタル。汝は王に、人界にて凶事が生じる度、その凶事への精査を進言したか」


法官「進言致しました」


ベルカ「では、王はなんと?」


法官「人の望むがままに力を貸し、人が眼を眩ますうちに闇を見定め、凶事に備えよと」


ベルカ「では人の国たる輪の都には何をした?」


法官「王の命により、太陽の末娘たるフィリアノール様を贈り、都を封印致しました」


法官の言葉を聞き、神々はざわめいた。
フィリアノールは、輪の都とアノール・ロンドの断交があくまで一時的な措置である事を証明する役を背負っているはずである。
しかし、先王グウィンは措置を内密に恒久的なものとしており、フィリアノールは見棄てられ、新王はグウィンのその措置を継承してしまっていたのである。
措置の中身を知り、そして変える事もできるというのに、それも行わずに。


ベルカ「名を失いし王よ、汝に問う。人の信仰を求めて人に応じるならば、なにゆえに人の都を封印したのだ?」

ベルカ「人が闇を孕むなどは承知の上で、我らは人を縛り、人を導いたはず。神々を信仰により強めるために」

ベルカ「だが汝は、王の血筋を闇の小川に棄て置いてまで人を拒むというのに、人の求めに応えると宣う。竜狩りをも怠ってまでその矛盾を守り、アノール・ロンドの神々にどのような正義があるというのか」


609以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/10(火) 02:44:11.54n5OTuh82o (1/1)

眠り竜シンか
2要素も拾ってくれるとは


610以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/10(火) 14:59:18.01dRuSYwHz0 (2/2)

コブラ「ふーむ…つまりは敵を騙すにはまず味方からってヤツをやろうとして、上手くやりすぎたんだな」


グウィンドリン「味方を騙す?何を言うか貴公は…」


コブラ「俺の世界のコトワザさ。太陽王の息子の妹…いや、弟であるアンタでさえこの考え方に馴染みが無いとすると、相当に徹底してたみたいだな」

コブラ「人の信仰によって神々が力を強めるってんなら、力の増幅装置とも言える人間に、同調するヤツらも少なくなかったはずだ。というか俺の経験から言わせてもらえば、そっちの方が多くなる。神を名乗るヤツは決まって俺よりも強欲で自信家だからな」

コブラ「でだ、そんな連中がそうでない連中と1つ屋根の下で暮らすとなると…まぁよくて美人を巡って殴りあい、悪くて派閥間の殺し合いに発展しかねないだろ?アンタの兄貴はそれを嫌ったのさ」

コブラ「人を拒んで遠ざけると神は弱くなり、闇への監視もおざなりになるから世界の闇も大きくなる」

コブラ「人を受け入れて近付くと、神は強くなるが、神同士の仲間割れの危険が増える。驕った人間が神に挑戦してくる可能性も出てくる。まぁこれについては分からんでもないがね。いやこれはタチの悪い冗談。へへへ…」


グウィンドリン「………」


コブラ「更にあんたの記憶によれば、ウーラシールっていう人間の国が闇に破壊されちまってるし、しかも神が人間を恐れているとは、万が一にも人間に察知させるわけにもいかない。とくれば、あとはもう誤魔化すしかない」

コブラ「人に対して、どっちつかずの矛盾にまみれた態度を貫き通し、突き放しはするが信仰も求めるってわけだ。そんな綱渡りがいつまでも続くはずがなかったのさ」


コブラの呆れたような、それでいて得意げなような解説に、グウィンドリンは返す言葉も無かった。
後の事の運びを知る者として、コブラの分析は多くの面において的を射ていたのだ。


コブラ「しかし、そうなると恐ろしくデカい疑問が出てくる」


グウィンドリン「貴公の敵が動かぬことか?」


コブラ「それもある。だが本当に分からないのは、おたくの兄上が反論しないことさ」


罪の女神の弾劾に、名を失いし王は一切口を挟まなかった。
神々を前に、矛盾を抱えた政がいかにアノール・ロンドに必要であるかを説くことも可能だったが、自身を責められるに任せた。
先王の冠を象った輝ける王冠に宿る威光をも、振るおうとしない。


ベルカ「名を失いし王よ。汝は大法官に闇を見定め、凶事に備えよと申したが、その見定めと備えには、輪の都にて古竜に強いた闇食いも含まれているのだろうな?」


ベルカの言葉は、またも大広間をどよめかせた。
そのどよめきは先のものより大きく、王に疑問を呈する声も上がった。


「ミディールに闇を喰ませるなど、それではカラミットを愛で、育むことと変わりが無いではありませんか!」

「人への統治を怠り、闇を縛らず、更には闇を我らが敵に与えるなど、王はアノール・ロンドを滅ぼすことを望むか!」


神々からの疑問は、王に向けるならば余りにも畏れ多いものだったが、それにも名を失いし王は反論を行わなかった。
闇の時代の到来を恐れるあまり、人への積極的な干渉統治を行わない王の弱腰姿勢を不安視する勢力は、決して少なくはない。


「異議を申し立てる」

「竜が敵と申すにしても、言葉をお選びいただきたい。仮に先の言葉を通すにしても、白竜公と暗月の血を敵と含まぬ事を確約していただきたい」


その不安の言葉に対して声を発したのは、白竜シースに仕える六目の伝道者達の一人と、その者たちの長だった。
神の都にて奇跡ではなく魔術を嗜む彼らにとって、暗月の血と白竜公の安全の確保は、何にも代え難い事項だった。


コブラ「おっと場外乱闘か。レフェリーの女神の出番だ」


ベルカ「静粛に。含むところがあれば場を設けるが、その場はここではない」

ベルカ「名を失いし王よ。この場は、我が汝に課した罪に対し、汝が釈明を行う機会も兼ねている。しかし釈明を行わぬのならば、言い渡されるままの罰を受けることになろう」


新王「ならば言い渡されるままの罰を受けよう。全ては真実だ」


ベルカ「………」


名を失いし王は玉座から立ちあがり、冠を外す事も無く、その右手に剣槍を持った。
太陽の剣槍は古い竜狩り譚にも記されている。その冒険譚は、長旅の末の戦いの物語だった。


611以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/10(火) 19:30:33.40xOw1oi6DO (1/1)

コブラの説明が解り易くて助かる


612以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/10(火) 21:43:44.88wYXAqMVgo (1/1)

なんか説明を聞けば聞くほどこんな世界滅ぶなら滅んでしまえ感が……


613以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/09/11(水) 03:18:40.25eROt+AEL0 (1/1)

剣槍を携え、ベルカの横を通り過ぎ、大広間から歩き去らんと歩を進める王に、神々は気圧されるように道を開けた。
王が歩く最後の道には、恥を知らぬかと王に罵倒を浴びせ掛ける者、見捨てられると怯える者などの声が二、三転がり込んで来たが、それが石床に消えるほどに、道は静かだった。
王へ注がれる視線は様々に心を含んでいたが、王はどれとも視線を絡めず、足元さえも見ずに歩き去っていく。


ベルカ「太陽の長子。無名の王よ。汝に太陽の導きを」


背中に仮初めの惜別を投げかけられても、無名の王は振り向かず、立ち止まりもしなかった。


無名の王「太陽は既に導いた。ゆえに我は示された地へとゆくのだ」


王はそのまま歩き去り、大聖堂を出て大階段を二、三降ると、剣槍を天に向け掲げた。
空の雲は剣槍に惹かれるようにして集まり、風と共に剣槍と王を取り囲む。
足元にも雲と風の塊が生じ、周囲を飛び回る風に雷が含まれはじめた瞬間…


ドドォーーッ!!


無名の王は激しい落雷と共に姿を消し、遠くの空の雲間には、小さく輝きながら遠ざかる点が一瞬現れ、その輝きも消えた。
人への弱腰や、闇と竜の増長などを不安視していた臆病な者たちは、王を庇わなかった身でありながら追放について難色を示す。
広間の神々が互いに様々な言葉を行き交わせている間、ベルカとクリスタルボウイだけが、王が去っていった正門を静かに見つめていた。


グウィンドリン「兄上がアノール・ロンドを見捨てたのか、それとも我らが兄上を見捨てたのか、兄上がついに仔細を語らなかったゆえ、最早分からぬ」

グウィンドリン「だがこの後に起きた事を思えば……兄上は恐らく、我らが犯してしまった誤ちが何であるかを、遥か以前に看破していたのだろう」


コブラ「その過ちってのはなんだい?」


グウィンドリン「それは明確には……いや、分からぬ……だが確かに、我は言い知れぬ焦燥を思うのだ」

グウィンドリン「この怖れは、クリスタルボウイの記憶を知る遥か前……父上が我ら月の子らを秘する事を決めた時から、我が内に巣食っている」

グウィンドリン「兄上の追放は、先王だった父上の行った政を兄上が崩さなかった事に起因しているが……だが、先王グウィンの政により、アノール・ロンドは栄え、神々は栄え、人も栄えた…」

グウィンドリン「コブラ…我は恐ろしいのだ…兄上がどのような真実を見出したのか…それを知る勇気が無い…」

グウィンドリン「我が記憶に、兄上の見た真実が無い事に…心から安堵してしまうのだ」



コブラ「知りたくない事があるなら、俺もそこは詮索しない」

コブラ「俺とレディはただ生きて古巣に帰りたいだけだ。あんたの古傷を抉ることや、新たなる恐怖みたいものにも興味は無いのさ」

コブラ「だが、知らなきゃならんと言い出したのはアンタだ。苦しくならない程度に続きを頼むぜ」


グウィンドリン「…ああ、そうだな」



神々の喧騒は崩れ、大広間は溶け始める。
新たな転移はグウィンドリンとコブラを、また別の広間に立たせた。
横長の広間の中心には、横たわる大碑石を背負ったピラミッド状の低階段があり、低階段の頂部に置かれた椅子には、古き日のグウィンドリンが座していた。
大広間の光源は、縦に長い大窓からの陽光のみであり、ゆえに広間は薄暗く、コブラに寒々しささえ感じさせた。


コブラ「今度はアンタの軟禁部屋か……お付きの者の一人や二人、せがんだってバチは当たらないんじゃないか?」


グウィンドリン「父上と兄上がアノール・ロンドを去り、ただ位の繰り上げが生じたに過ぎないのだから、扱いなども重くある必要は無いと自重していたのだ」

グウィンドリン「それに、従者をつけたところで、命じるような事も起こらぬのでな」



静謐な孤独を守る広間に、どこからか石を擦り合わせる音が小さく響く。
石の足音は広間の入り口手前で止まり、音の主は跪いた。


古き日のグウィンドリン「来訪者よ。暗月の君の聖廟に、何用で参った?」


古き日のグウィンドリンは、薄闇に半ば眠っていた意識を覚醒させ、音の主に問いかけた。


石鎧の戦士「岩のハベル様の使いでございます。無名の王追放の際に、反乱の恐れありとしてベルカ様の命の元行われた、我が主の主導による白竜公の裁定が定まりましたので、その旨の御報告に参りました」


614以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/05(土) 02:39:57.77wyHlKdSF0 (1/1)

古き日のグウィンドリン「報告?我ら月らである我が身に、何かせよというのか?政を執り行う権利は、竜の血を引く忌子には無い」

古き日のグウィンドリン「それとも、白竜公を書庫にではなく、我が居室に押し込めよとでも言われたか」


石鎧の戦士「………」


石鎧の戦士に、霊廟の主は母から聞いた事実に、現状への怒気と諦観を含めて言葉を返した。
石鎧の戦士は投げ返された言葉に身じろぎのひとつしない。
それだけでも、かつてのグウィンドリンは事実が覆い隠す真実を看破したが、確信を持つためにも更に言葉を連ねた。



古き日のグウィンドリン「竜の敵対者が竜を護るなど、信奉者達への突き放しにあたると、汝は疑いは持たぬのか?」


石鎧の戦士「我が主は岩のハベルに在らせられるゆえ」


古き日のグウィンドリン「そうか。では下がれ」


石鎧の戦士「はっ」



ハベルを信奉する戦士は跪いたまま更に頭を深く下げると、立ち上がり、石音と共に霊廟を去った。
残された霊廟の主は、再び微睡みの中に沈み込む。
ハベルはその信奉者共々、やはりシースの追放においても巌のごとく動かぬことを知れたのだから。


グウィンドリン「岩のハベルに、白竜公は斬れぬ」

グウィンドリン「白竜シースには暗月の光が流れ、暗月は太陽と混ざり合ったのち、このアノール・ロンドを築いたのだから」


コブラ「つまり岩のハベルとかいう奴は、王にではなく女王……アンタの母上殿に忠誠を誓っていたってわけか」


グウィンドリン「そう言い切るだけの根拠を聞こう」


コブラ「簡単な理屈さ。最初の王がいなくなってその後継者も弾劾の末に追放されたとあっちゃあ、女王にではなく王に忠誠を誓う騎士に、不安因子の隔離なんていう任務が回ってくるはずが無い。囚人の監視に囚人を使う刑務所なんて、どこのお偉いさんも使いたがらないさ」

コブラ「それに、どうせアンタの国もお馴染みの後継者争いなんかをやらかしたんだろ?だったら尚のことってものだろ」


グウィンドリン「ふむ……概ね貴公の察しの通りではあるが、それは一つの面に留まる」

グウィンドリン「我が母、月と太陽の女神に、岩のハベルは確かに忠誠を誓っていた。だがそれ故に享受した任務を、かの神はただ遂行するだけの者でも無い」

グウィンドリン「岩のハベルは自らを白竜公の敵対者とし、月と太陽の子たる白竜シースを護り、我ら月の子らを護り、神々から不和の種をひとつ摘み取る道を選んだのだ」

グウィンドリン「たとえそれが友たるシースとの今生の別れとなり、その絆を永久に穢し、覆い隠すものであったとしても」


コブラ「じゃあ、アンタがさっきの使いっぱしりに不機嫌だったのは…」


グウィンドリン「魔法に抗する術を創るならば、魔法を師とし、魔法の術理を知らなければならない」

グウィンドリン「皮肉なものだ。魔術の敵にして竜断の神と呼ばれしハベルの心中を察していた者が、我ら月の子らと、知りたがりの大鎚騎士だけだったとはな」


コブラ「大鎚騎士?誰なんだそいつは?」


グウィンドリン「気にする事は無い。愉快な者ではあったが、あれも輪の都に発って随分経つ。最早生きてはいない」

グウィンドリン「貴公が知るべき者達は別にある。それらは先だ」



古き日のグウィンドリンと、かの神を囲む広間と静寂は、闇の中に崩れて消える。
次の転移がどのような景色を映すのか、少し以前からコブラは内心楽しみに思い始めていた。
だが崩れた景色は闇に染まったまま、石床も灰の荒野も映さない。



コブラ「ん?また記憶が無いのか。それともコンセントが抜けたかな?」



コブラの軽口が闇に吸い込まれたが、闇は何もみせず、音も返さない。


615以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/05(土) 11:28:09.493AxRpwQMO (1/1)

話を聞けば聞くほど詰んでるわこの世界という気持ちが強くなっていく……


616以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/06(日) 10:39:08.34nAUZyT2m0 (1/3)

>>614
誤・古き日のグウィンドリン「報告?我ら月らである我が身に、
正・古き日のグウィンドリン「報告?月の子らである我が身に、


617以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/06(日) 16:09:49.68nAUZyT2m0 (2/3)

グウィンドリン「白竜公が書庫に幽閉された日を境に、我ら月の子らへの隔離も、より深く明確なものになっていった」

グウィンドリン「我が姉上プリシラと妹のヨルシカが、当時どのような処遇にあったかも、母と話さなければ知らずにいただろう」

グウィンドリン「だが少なくとも、我が耳に入る言葉は、新たな統治者が現れるまでは処遇が定まらぬ身であった、権限の少なき者……我が母の言葉のみとなった」

グウィンドリン「この時の景色が映らぬのもそのためだ。広間の外から聞こえる母の声以外に、我が暗室に価値など無い」


コブラ「分かるぜ。つまらんCMばかりじゃテレビも消したくなる」

コブラ「だがひとついいか?アンタの記憶にはクリスタルボウイの記憶も混ざってるんだろ?この時もアイツは暗躍していたはずだ。何故ヤツの記憶が無い?」


グウィンドリン「クリスタルボウイが与えられた任をただ果たしていたからだ。これからしばらくは、あの者は動かぬ」

グウィンドリン「動く必要も無い。それほどまでに貴公の敵の謀りは完成していたのだ」


「グウィンドリン」


コブラ「!」



闇の中に鈍く響く声は、水中で聞く囁きのように微かであり、コブラは言葉を止めた。
囁きの主は月と太陽の女神であり、その調子から、決して愉快な用事があるわけではないという様子が伺えた。



月と太陽の女神「グウィンドリン…無事なのですね?」

月と太陽の女神「ならば、全てを話してもいいのでしょうね……実はしばらくの間、貴方と貴方の姉妹達に、刺客を放とうという動きがあったのです」


コブラ「フッ、飛ばすね。もう暗殺か」


月と太陽の女神「貴方の知る通り、あなた達月の子らと私には、王座へ王が座らぬ今、政を束ねる力は許されていません」

月と太陽の女神「それをいいことに、ベルカは臨時政府を発足して、このような画策を働いたのです……幸いにも、寵愛のフィナと岩のハベル、刺客達の長たる王の刃キアランの奔走により、大事には至りませんでした。太陽の第一王女たるグウィネヴィアの力添えも大きいでしょう」

月と太陽の女神「ですがヨルシカは幽閉され、プリシラは冷気を纏う身であるがゆえに、流刑の地たる冷たい絵画へと追いやられました」


古き日のグウィンドリン「……母上」


古き日のグウィンドリン「我らに政を束ねられぬと仰るのなら、何故我らは脅かされねば成らぬのですか?」



闇の中を、かつてのグウィンドリンの声が響く。
グウィンドリンの声は鈍くは無かったが、その主の姿は無く、やはり暗闇だけがコブラの眼には映っていた。



月と太陽の女神「全貌はまだ暴きようも無いでしょう……ですがグウィネヴィアの一声ですぐに動きを止めたのですから、何が起こっているにせよ、あなた達を脅かすことによって、ベルカの目的は達成されたのでしょう」


古き日のグウィンドリン「……ベルカは、我らの姉上を王に……次なる薪とするつもりなのですか?」


月と太陽の女神「それもまだ分かりません。ですがもしそうなら、アノール・ロンドは偉大なるソウルの系譜を失い、強い薪を生む力を弱め、遠く滅びます」

月と太陽の女神「かの神はそれを見ぬほど愚かではありません。グウィネヴィアを王とはしないでしょう」


月と太陽の女神「………」


月と太陽の女神「ともかくとして、私達への危機は一時にせよ去りました。我が子である貴方に、楽観せよとは言えないけれど…」

月と太陽の女神「それでも、多くの神々があなた達の影で支えとなっています。貴方の母も、そのひとつ」

月と太陽の女神「心細く感じた時は、どうかそれを思い出して」



コブラ「母の愛ってのは泣かせるね。アンタにも優しいお袋がいた時代があったわけだ」


グウィンドリン「子に優しくなければ、火に焚べる薪など育てられんさ」


618以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/06(日) 21:50:09.29iMFr2bLpo (1/1)

ハベルとシースが仲いいって斬新だけど説得力ある


619以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/06(日) 22:21:03.92nAUZyT2m0 (3/3)

グウィンドリン「我らがアノール・ロンドも、その地に住む神ですら、全ては火を護り、あらゆる生命を存続させるための生贄にすぎない」

グウィンドリン「我が母上の慈愛もそこに帰結する。だが運命は皮肉を心得ていたようだ」



グウィンドリンの言葉と共に、暗闇は晴れて、先程映ったばかりの風景を再び形作る。
白い柱の広間を一杯に埋め尽くす神々と、空の玉座の隣に立つ罪の女神ベルカの姿は、コブラにここが弾劾の場である事を瞬時に悟らせた。
どのような意図のものか、虜囚の身である月の子らも揃って参席を許されていたが、真に驚くべき点は、裁かれる者達の姿である。



オーンスタイン「我らが竜狩りを怠り、怠惰の限りを尽くしていたと言うだけならば、まだよい。だが前王を侮…」


巨人「まだよい!まだよいだとォーッ!!」


ズドドオオォォーーッ!!!


コブラ「おおっ!?」



ベルカの眼前に立つ竜狩りの隣で、足裏を石床に打ち付けた巨人がいる。
巨人は胴と手足に鉄を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにした巨人が立っていた。
踏みつけられた石床は蜘蛛の巣の如くひび割れ、揺らぎは王城中を響き渡り、巨人の兜の覗き穴からは、炎の如く燃える真っ赤な目が、周囲に矢のような気炎を放っていた。
その恐ろしさに、弾劾の場を見張る銀騎士達でさえも、巨人に剣を向ける事を躊躇した。



ベルカ「不服とのたまうか。鷹の目のゴーともあろう者が児戯のごと…」


ゴー「王より我らが仰せつかった任は世を護る清き使命であり、それに込められし威光はあくまで絶対!!我らの忠義を疑うなど、貴様は我らを辱めるだけでは飽き足らぬというのか!!」


ベルカ「我が言葉がいつ王の座を穢したというのだ。かような思いに耽る、汝の心根こそが腐臭を放っているのではないのか?」


ゴー「オオオオーーッ!!!」グワッ!

ガシイィーー!!


スモウをも超える巨体を目にも留まらぬ疾さで動かし、ベルカの胴を鷲掴んだゴー。
その右肩には、既に竜狩りが立っていた。



ゴー「!」


オーンスタイン「それ以上の狼藉は許さん。罪の女神を離さなければ、貴公の首を斬る」


ゴー「オーンスタイン……貴公、王より与えられし友情を捨てるかっ……!」


オーンスタイン「友であるから警告を挟めたのだ」


ゴー「………」



己が既に、多くの面で死に体であることを悟った鷹の目は、ベルカを元いた石床に起き、自らは玉座の前に直った。
息の乱れどころか声さえ震わせず、ベルカは粛々と語る。



ベルカ「竜狩りオーンスタインならびに鷹の目のゴー。古竜狩りを怠り、長子の奸計に与した事への罰を、これより汝らに申し渡す」

ベルカ「鷹の目ゴー。今より汝から騎士の位を剥奪し、汝を他の巨人達同様、元の被使役階級に戻す。だがこれまでの功績に免じ、同盟の地たるウーラシールでの隠遁を許す」

ベルカ「オーンスタイン。イザリスの混沌から染み出す毒沼が、日に日にアノール・ロンドへ近づいているとの報は、汝も知るところであろう」


オーンスタイン「………」


ベルカ「故に我ら暫定政府は、汝を古竜狩りの任から解き、新たに王城の護りの任を与えることを決定した。四騎士の長が城勤とあれば、皆々も心安まろう」



620以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/07(月) 13:14:45.12e5A9POpf0 (1/1)

コブラ「毒沼……ふーん、そういうコトか」

コブラ「権力を握って増長したか。この女神様のサドっ気が増してきたぜ」

コブラ「俺が見たアノール・ロンドには蛆虫一匹湧いちゃいなかったし、それどころか鉄の巨人が護ってた砦にだって、病み村のヘドロは染み出しちゃいなかった」

コブラ「こいつは警護にかこつけた体のいい軟禁だ。それも無期限のな」

コブラ「それにこの巨人、鷹の目といったか?鷹の目っていやぁ、前見た記憶では四騎士の一人ってことになってたはずだ。大戦争で名を挙げた四大英雄の二人にこんな悪ふざけをやったんだ、どうせ残りの二人にもロクでもない事してるんだろ?」


グウィンドリン「然り。ベルカはゴーを追放し、オーンスタインから多くの権限を奪ったのちに、すぐさま王の刃キアランを捕え、牢に繋いだ」


コブラ「やはりな。キアランってのは、例の刺客達のボス格のことだったか?王家に仕える暗殺者が王家の衰退と共に仕返しをされるなんていうのは、よくあることだ」

コブラ「だが変だぜ。暗殺者には必ず雇い主と協力者がいる。王という雇い主は消えたかもしれないが、協力者はまだいるはずだ」

コブラ「そいつらのツテを使えば、腕の良い暗殺者がのろまな近衛兵なんかに捕まるわけが無い。だがアンタはキアランがすぐに捕まったと言った」

コブラ「まさかとは思うがそのキアランってヤツ、ベルカとの繋がりをベルカ本人に恐れられて、ズバーっとやられたんじゃないのか?」


グウィンドリン「それはありえんな」


コブラ「なに?」


グウィンドリン「王の刃にはただひとつの掟が課される。掟とは『王の命により剣を振るうこと』のみ」

グウィンドリン「一度命があれば、それが誰であろうと斬るのが、かの女神の使命なのだ。それが敵や味方であろうと、己や友であろうと、例え王であろうとな」

グウィンドリン「そしてキアランの剣を収める事ができるのもまた、王のただ一柱のみ」

グウィンドリン「ゆえに玉座が空である時は、キアランは決して剣を抜かぬ。敵や味方に斬られようと、己や友に裏切られようとも」


コブラ「流石に仕事一筋か。もし会うことがあれば、まずはお化粧チェックだな」


グウィンドリン「職人気質から来る行いでは無い。忠義に厚く、闇の中でただひとつ輝く神の都を愛しているがゆえだ」


コブラ「やれやれ、全てはサラマンダー総統のために、か。報いてくれる保証も無いのによくやるねまったく」


グウィンドリン「サラマンダー?誰のことだ?」


コブラ「場末のバーで千年もクダ巻いてた酔っ払いさ」


グウィンドリン「……問われた際に煙に巻くのなら、はじめから皮肉など言うな。貴公の悪い癖だぞ」


コブラ「あーらら、説教されちゃった」



弾劾の場から神々が消え、裁かれる者たちも消え、次の転移が始まる。
移りゆく景色を眺めながら、親しい者が追いやられていく場面で言う冗談では無かったと、コブラは内心反省した。
もっとも心同士が繋がっている以上、その真意もグウィンドリンに筒抜けなのだが、真意を胸に秘めるという癖もまた、コブラの治らぬ癖のひとつだった。
そしてグウィンドリンは、その癖に父と兄の背を見、母の声を想った。
霧降のアノール・ロンドに、果たして真意を語れる者がどれだけいたのだろうか、と。



コブラ「ん?」



転移が終わり、コブラは僅かだが拍子抜けした。
柱の森を埋める神々の姿も、玉座を前に裁かれた者たちも、そしてグウィンドリンとグウィネヴィアを除く王の系譜の姿も消えたが、場所は全く変わらなかったのである。
空の玉座の正面右隣には罪の女神が立ち、その周りには見届け役として、暫定政府の面々と思しき神々が並び、それに混じって法官が書を開いている。
空の玉座の正面左隣にはグウィネヴィアとグウィンドリンが立ち、彼らの背後には、月と太陽の女神が立つ。



ベルカ「入れ」



罪の女神の声と共に、群青色のサーコートを鎧の上に羽織った騎士が、寒々しい大広間に歩を進めた。



621以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/07(月) 13:48:07.18FOjWf0GqO (1/1)

アルトリウスか


622以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/09(水) 16:50:09.02UUCTd9UBo (1/2)

このベルカとかいう奴少しは痛い目みりゃいいのに……って思ってしまう


623以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/09(水) 18:53:16.39Pt1A5g6W0 (1/1)


ザッ ザッ ザッ…


入場の許しを得て、群青の騎士は大広間を縦断していく。
騎士の体格は大きく、背丈はオーンスタインよりも頭ひとつ半ほど高いが、その歩みには鈍重さのかけらも感じられない。
鷹とも狼とも見える兜からは、サーコートと同じ色に染められた長房が揺れる。
そして騎士は、その兜を脱ぐことも無く玉座の前へと立ち、空の玉座へ向け跪いた。


ベルカ「如何なる用で参った?闇霊狩りアルトリウスよ」


闇霊狩りと呼ばれた騎士は、跪いたまま。
しかし兜を脱がずに応えた。




アルトリウス「如何なる用でも、お申し付けください」




騎士の言葉は容量を得ぬものであると、ベルカの周りにいる神々は眉をひそめた。
用があって呼びつけるならまだしも、用を求めて呼びつけるなど礼を失すること甚だしい。


「四騎士ともあろう者が何を言う。録に残るのだぞ?」


神の一柱が当然の苦言を呈する中、法官はこの場で交わされた言葉を一句漏らさず書に書きとめている。
だがベルカは、その唇に賞賛の意を込めて笑った。


ベルカ「フフッ……そうきたか」

ベルカ「四騎士というのは王の命で戦うばかりで、政や謀りなど分からぬものと思っていたが、存外話が分かるではないか」


アルトリウス「………」


ベルカ「何らかの任を仰せつかったのちに無事役を果たし、恩赦によって友たる騎士達にかつての役を与えようと、汝は考えた」

ベルカ「しかし自ら名乗り出るのであれば、今までの汝の行い同様、報酬を求めぬ忠義から来る行いであると神々に示すことになり、褒めの言葉一つで事を収められる可能性がある」

ベルカ「だが我らが汝に申し付けるという形になれば、我らは汝の行いに対して見返りを与えなければならない身となり、汝はかつての友を取り戻せる」

ベルカ「よい策だ。我らの慣例の盲点を突いているし、我も流石にこのような真似はせぬと高を括っていたのは確かだ」


ベルカ「だが悲しいかな、その策は我々が『用など無い』と言ってしまえばそれで消えてしまう、あまりに儚いものだ」

ベルカ「それに万が一にも役を与える事になろうとも、その役を果たした者に恩赦を与えられるのは王のみ。王子でも王女でも、ましてや我らでも無い。王ただ一柱のみなのだ」


アルトリウス「………」


ベルカ「……しかし王が不在である今、王が座につくまで一切の事を治めないとなれば、暫定政府の意義が問われるはめに陥ろう」

ベルカ「ここは王による恩赦ではなく、暫定政府が存続する限りは有効とする、暫定的な新たな恩赦を作らねばなるまい」


アルトリウス「!」


「何を仰るのです!?」

「闇霊狩りはまだ何も求めてはおりませんぞ!それに恩赦を与えるというのですか!?」

「我らに仇なさんとした鷹の目はどうなります!?アルトリウスが任を果たせば、鷹の目に再び王城の門をくぐらせることになるのですぞ!」


神々が口々にベルカへ忠告を入れる中、ベルカの微笑みは弛まずアルトリウスへ向けられている。
その表情に、コブラは飽きるほどの見覚えがあった。


コブラ「……そりゃあ恩赦も出すか」


コブラ「生きて帰らせるつもりが無いんだからな」




624以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/09(水) 20:36:26.92UUCTd9UBo (2/2)

本当このベルカとかいう奴どうにかして……マジで最悪やん……


625以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/10(木) 04:38:14.53O/ri+cnk0 (1/1)

ベルカは懐から黒鉄色の小箱を取り出した。
小箱には銀色に輝く頭蓋が彫られており、頭蓋の眼窩はアルトリウスを見返している。
その小箱を見て、神々は口を開くのをやめた。


ベルカ「この箱の頭蓋が何を示すか、汝も知るところであろう」

ベルカ「頭蓋は解呪の証であり、光たる神に降りかかる災いを闇たる人で拭うことを示すが、この箱に収められている宝具はその類いとも異なる」スッ…


ベルカの指が小箱の隙間に差し込まれる。
そしてアルトリウスへ向け開かれた小箱には、闇霊を狩る者にのみ与えられる紋章を刻まれた、銀のペンダントが収められていた。


アルトリウス「…これは、闇狩りの……」


ベルカ「あらかじめ汝の紋章を刻んでおいた。アノール・ロンドに大いなる闇が迫る時に備え、闇を打ち払う算段が昔に整えられていたが、遂に闇も現れず、多くの宝具が死蔵された。この名も無きペンダントもそのひとつだ」

ベルカ「これを握り念じれば、闇狩りの光が放たれる。闇は光に貫かれ、千々と消えるだろう」


跪いたまま小箱を受け取り、アルトリウスはペンダントを手にする。
長い鎖に繋がれていたが、装身具部分は神の身には小さく、人の掌にしてようやく釣り合うような大きさをしていた。
ベルカはペンダントが抜かれた小箱を懐に仕舞い直し、しかしアルトリウスの前に立ったまま、話を続けた。


ベルカ「アルトリウス。汝がそのような申し出をするのを、我は実のところ待っていたのだ」


アルトリウス「………」


ベルカ「汝の友を牢や僻地へ送ったのも、あくまで前王の愚行を広く弾劾するための一計。アノール・ロンドに渦巻く王家への不信を分散し、発散させる為の行いだったのだ」

ベルカ「不信が収まった頃を見計らい、我は王の四騎士に暫定的な恩赦を与え、騎士を再び集結させ、新たなアノール・ロンドの護り手とするつもりでいたのだが……それも遅すぎた」

ベルカ「今や竜狩りは我らに不信感を強めておるし、鷹の目は王家への忠誠が過ぎ、柔和さを失っている。最早我らが再起を願っても、聞く耳など持たぬだろう」


アルトリウス「…闇の巣食うウーラシールに……ゴーに遣いを出したのですか?」


ベルカ「うむ。だが、その遣いも遂に行方が途絶えた。恐らくは闇の者の手か、もしくは怒れるゴーの手に掛かったのだろう」


アルトリウス「ゴーがそのような事をするはずがございません。アノール・ロンドへの愛を持つ勇が、アノール・ロンドの民を討つなどあり得ません」


ベルカ「承知している。だが闇が神の心を惑わし、蝕むことは、汝も知っていよう。すでに遅いが、行かせるべきではなかった。これは我らの誤ちだ」


アルトリウス「………」


ベルカ「汝が訝しむのも分かる。だがこれは、皆がどうかは知らぬが、我が本心である事は保証する。その為に大法官にも録を残させた」

ベルカ「万が一に我からの申し出が謀りでも、国の興りからある至宝を棄て、勇士を弑するなど、神代が永久に続くが如く永久に語られる大恥となろう」

ベルカ「さすれば、スモウの大鎚に磨り潰されるのも我が身だ。どうにせよ、汝の願いは叶えられようというもの」


アルトリウス「!…そのような事は、断じて考えてはおりません。王の四騎士の名誉に誓えます」


ベルカ「そのような誓いは立てる事は無い。ただ任を受け、友を救えばよいのだ」



ベルカは再び微笑むと、元いた場へと戻り、姿勢を改め、令を発した。



ベルカ「闇霊狩りアルトリウスよ。汝はこれよりウーラシールへと向かい、深淵の主たるマヌスを征伐せよ」

ベルカ「無事征伐した暁には、汝に三つの恩赦を与え、それを四騎士の復権に使う事を許す」

ベルカ「では行くがよい」



令を受けたアルトリウスは、跪いたまま頭を一度下げると、立ち上がって踵を返した。
足甲が立てる細やかな金属音が、徐々に遠ざかっていく。
その背中に、ベルカは三度目の微笑みを向け、神々は愚か者に向ける哀れみの視線を贈る。
結局のところ、誠実なる四騎士の背中に祈りと不安の視線を向けたのは、太陽と月の三柱のみであった。


626以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/10(木) 09:43:38.86w2ahAbi0O (1/1)

ダクソでこういう権謀術数は新鮮だわ
実際本編過去でもあったんだろうな


627以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/11(金) 04:15:35.63j+TiaUXt0 (1/2)

グウィンドリン「アルトリウスは使命を負い、そして戻らなかった」

グウィンドリン「当時、我ら月の子らは政の表層すらからも離されていた。政の最奥、ましてや秘されしものなど、知り得るはずもない」

グウィンドリン「ゆえにアルトリウスを陥れた罠に、我は遂に気づくことができなかった」

グウィンドリン「……一日ほど遡るぞ」


コブラ「?」


グウィンドリンの言葉を飲み込む暇も無く、大広間は溶け、新たな転移に運ばれたコブラの前に、薄暗い部屋が現れた。
長方形型の広い一室には、刺繍の施された橙色の絨毯が縦横に敷かれている。
長方形の奥には祭壇、中間には左右に並べられた八つの長椅子、手前には白いドアが開いており、そこから部屋を一望することができた。
そして、その入り口をコブラが通った直後に…


コブラ「!」


コブラの背後から、法官を連れたベルカが入室した。
部屋をひと眺めしたベルカは長椅子のひとつに姿勢を正して座り、法官は祭壇の前に立った。


コブラ「これはボウイの記憶か。つまり、ここでヤツはまた動きだすわけか」


グウィンドリン「然り。この時より、貴公の敵は謀りを速めた」


法官は祭壇から巻子本を取り出すと、本を開き、懐から印判を取り出す。
書物の書き手が誰であるかを保証するためのそれは、本の始めに押されると、懐にしまわれた。
ベルカはつつがなく職務をこなす法官を余所に、視線を伏せ、何事かを思い詰めるような表情を浮かべている。


法官「何を思い詰めておられるのです?」


ベルカ「……思い詰める?…何を理由に、そのようなことを…」


法官「貴女様は大王を追放いたしました。その息子も。あれはあの者達が神代を脅かしたのが悪いのです」

法官「神の身でありながら竜の肩を持ち、強欲な人間どもに望むがままを与えてやるなど、本来ならば死罪をも考慮されるべきでしょう」


ベルカ「何を言う、口を慎め。今の言葉はその身に過ぎるぞ」


法官の言葉に、語気を荒げるベルカ。
その両眼には静かなる怒りが込められていたが、コブラにはその他にも何か、濁りが感じられた。


コブラ「へっ、流石に良心が咎めてるか」

コブラ「王に怯えるようなヤツが、王を追い出したりするからだ。酒にコインを入れすぎたな」


グウィンドリン「ベルカの怯えは、確かに王へ向けられている」

グウィンドリン「だがそれは恐れの欠片に過ぎぬ。かの神の恐れの多くが向かう所は、王などではない」


コブラ「なに?」


ベルカの声を聞いた法官はしかし振り向かず、巻子本をゆっくりと巻いている。
その様子を見つめるベルカは二の句を継がず、法官が何を言うかを待っているようだった。



法官「


628>>627で誤爆をしてしまったので再度書き込み2019/10/11(金) 04:37:41.77j+TiaUXt0 (2/2)

グウィンドリン「アルトリウスは使命を負い、そして戻らなかった」

グウィンドリン「当時、我ら月の子らは政の表層すらからも離されていた。政の最奥、ましてや秘されしものなど、知り得るはずもない」

グウィンドリン「ゆえにアルトリウスを陥れた罠に、我は遂に気づくことができなかった」

グウィンドリン「……一日ほど遡るぞ」


コブラ「?」


グウィンドリンの言葉を飲み込む暇も無く、大広間は溶け、新たな転移に運ばれたコブラの前に、薄暗い部屋が現れた。
長方形型の広い一室には、刺繍の施された橙色の絨毯が縦横に敷かれている。
長方形の奥には祭壇、中間には左右に並べられた八つの長椅子、手前には白いドアが開いており、そこから部屋を一望することができた。
そして、その入り口をコブラが通った直後に…


コブラ「!」


コブラの背後から、法官を連れたベルカが入室した。
部屋をひと眺めしたベルカは長椅子のひとつに姿勢を正して座り、法官は祭壇の前に立った。


コブラ「これはボウイの記憶か。つまり、ここでヤツはまた動きだすわけか」


グウィンドリン「然り。この時より、貴公の敵は謀りを速めた」


法官は祭壇から巻子本を取り出すと、本を開き、懐から印判を取り出す。
書物の書き手が誰であるかを保証するためのそれは、本の始めに押されると、懐にしまわれた。
ベルカはつつがなく職務をこなす法官を余所に、視線を伏せ、何事かを思い詰めるような表情を浮かべている。


法官「何を思い詰めておられるのです?」


ベルカ「……思い詰める?…何を理由に、そのようなことを…」


法官「貴女様は王を追放いたしました。その配下の者にも然るべき報いを与えました」

法官「全てはあの者達が神代を脅かしたのが悪いのです」

法官「神の身でありながら竜の肩を持ち、強欲な人間どもに望むがままを与えてやるなど、本来ならば死罪をも考慮されるべきでしょう」


ベルカ「何を言う、口を慎め。今の言葉はその身に過ぎるぞ」


法官の言葉に、語気を荒げるベルカ。
その両眼には静かなる怒りが込められていたが、コブラにはその他にも何か、濁りが感じられた。


コブラ「へっ、流石に良心が咎めてるか」

コブラ「王に怯えるようなヤツが、王を追い出したりするからだ。酒にコインを入れすぎたな」


グウィンドリン「ベルカの怯えは、確かに王へ向けられている」

グウィンドリン「だがそれは恐れの欠片に過ぎぬ。かの神の恐れの多くが向かう所は、王などではない」


コブラ「なに?」


ベルカの声を聞いた法官はしかし振り向かず、巻子本をゆっくりと巻いている。
その様子を見つめるベルカは二の句を継がず、法官が何を言うかを待っているようだった。



法官「……口を慎む?何故です。既にこの国とは関係のない者に、義理を立てる必要もありますまい」

法官「貴女は正しいことをしたのです。奸計を断ち、アノール・ロンドを清めた。大法官であるこの私が保証しましょう」

法官「それに、例え貴女が悔いた所で、今更貴女に何ができるというのです」

法官「神々の前で堂々と罪を曝け出させ、名まで奪った王に、再び玉座へ座れと命じるおつもりですか?」

法官「そのような都合の良い話、今更通りませんな」

法官「太陽の光を強く受け継ぐお方は今やグウィネヴィア様のみ。残るは暗月の方々です。その暗月にもしもの事があれば、このアノール・ロンドもいよいよ陰るでしょう」


629以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/23(水) 03:48:31.93XGF7BpPT0 (1/1)

>>623
騎士の言葉は容量を得ぬものであると×
騎士の言葉は要領を得ぬものであると〇


630以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/23(水) 04:31:22.45MzWV9SEIO (1/1)

何を企んでるんだか………


631以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/25(金) 07:07:30.63JyVx6aTo0 (1/2)

ベルカ「もうよい。今更自明を語るなど、汝の魂胆も見え透いている」

ベルカ「しかし、この罪の女神を策で飲み込もうと、汝を待つのは仮初めの政を束ねる席にすぎぬぞ」


法官「何を仰っているのか分かりませんな。私はただ、月の血筋を真の支配者に立てるのなら、太陽は良い隠れ蓑になると言っているだけです」



ベルカ「なっ…!?」


コブラ「へっ、傀儡政治かぁ」



法官「気付かないとでもお思いでしたかな?」

法官「大王も、その御子息も、大いなるソウルを得て竜を破りはしましたが、竜に心を奪われた。そして人間にも屈し、長子は自ら去って末娘は棄てられ、残っている太陽の子は人の貧者を救うことにかまけているグィネヴィア様のみ」

法官「実のところ、貴女もすでに分かっているのでしょう?太陽は弱い。冷たい月こそが人を縛り、神を支えるに足る血筋であると」


ベルカ「な…何を世迷いごとを…」


法官「世迷いごとではありません。貴女こそが正しいのですよ」


ベルカに背を向けたまま法官は話を続ける。
コブラは、今まさにベルカを陥れようとするクリスタルボウイへ向け歩き出し、祭壇を回り込み、祭壇を挟んで法官と対峙した。
そしてコブラは、ベルカからは見えぬ法官の手元に、アルトリウスへと渡された銀色のペンダントを見た。


法官「アノール・ロンドに残った太陽の子らは僅かに一柱。しかし月の血筋の者は、大王の妻である太陽と月の女神を含めて、四柱も残っている」

法官「そして篝火の薪となる大いなるソウルは、月の女神にも流れている。ならばもはや薄れゆく一方となった太陽の血筋よりも未来ある月の血筋を取るのは、薪に頼る身としては当然の判断でしょう」


ベルカ「………もはや是非も無い…」

ベルカ「全てはアノール・ロンドのため…世を照らす炎のために…」


法官「分かっていますとも。だからこそ私は、貴女をお支えしたいのですよ」


慰めの言葉とは裏腹に、コブラが眼にしたのは法官の不敵な笑みだった。
その笑みと共に法官はペンダントを右手に握り込み、自らの頭上に掲げた。



カッ!!


ベルカ「!?」


シュゴオオォーーーッ!!!


コブラ「! この光、アーリマンの力か!」



そして長方形の一室にある、ありとあらゆる影が、尾を引いて法官の右拳に集まり始めた。
集まった影は拳を中心に渦を巻き、拳の隙間からは紫色の刺すような光が漏れている。
祭壇の蝋燭は火を失って風に倒され、ベルカは突如現れた禍々しき輝きに圧倒され、思わず立ち上がり、闇の風に衣服をはためかせた。


ゴゴゴゴ…


だが風は10秒と続かず、すぐに収まって影を元の所へ手放し、輝きは消えた。
後には遠方からの微かな雷鳴に似た響きが数瞬続き、右拳を降ろす法官の周りには、倒れた燭台以外に破壊の痕跡は残らなかった。
法官はその燭台を左手で拾うと、祭壇の上に戻し、ワインをグラスに注ぐかのような静かな動作で、順々に火を灯していった。


632以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/25(金) 09:18:42.48JyVx6aTo0 (2/2)


ベルカ「今のは……」


法官「珍しい魔術というものですよ。女神であるとともに魔女でもある貴女なら、今の行いに魔力が働いた事も分かるでしょう?」


ベルカ「………」


法官はゆっくりと振り向いたのちに、歩きながらベルカに語り掛ける。
自らの脚の存在を忘れているのか、ベルカは一足退がることさえ出来ず、その場に立ち竦んでいた。


法官「太陽の血筋を弱めるのならば、突くべき弱みがあります」

法官「それは心です。まずは太陽と、太陽を慕う者達の心を攻撃するのです」


ベルカの前に立った法官は、汗ひとつ無い右掌をかの神の前に差し出し、指を開いた。
そこにはベルカの知るままの姿として、宝具として何の変哲も無いと言えるペンダントがあった。


法官「ひとつを去らせ、ひとつを封じ、ひとつを繋ぎ、ひとつを殺す。全てを殺してはならない。全てを繋ぎ止めてはならない」

法官「人も神も、こと支配被支配の関係という点については、いくつかの共通点があるという事は、貴女も見てきたはずだ」

法官「だからこそ今回は殺しが必要なのです」



ベルカ「まさか…そなたは…」



法官「アルトリウスを殺しなさい」

法官「あれが死ねば四騎士は封じられ、太陽の血筋の復権を求める者は去り、暫定政府の力に浴する者達は貴女に繋がれる」


グウィンドリン「………」


女神の瞳の中に陰りを見た法官は満足すると、ベルカにペンダントを握らせ、ベルカの隣を抜け、歩き去って行く。


法官「神々に黄金の時代を」


一室の出入り口を出る際に、法官は一言そう漏らして、去って行った。
クリスタルボウイの記憶の風景であるために、法官が去った一室は闇に溶け始め、崩れてゆく。
ベルカの動きも止まり、蝋燭の炎も揺らぐ事なく、その形を揺らがせてゆく。
溶けゆくベルカの眼の焦点は定かではなかったが、その瞳からも、コブラには多くのものが読み取れた。
またも闇へと転移するその一瞬、コブラが見たもの。
それは強い焦燥や後悔、恐怖の類だった。



コブラ「後悔したってもう遅いぜ。真面目な奴ほど同類を殺すはめになる。神の国に引きこもってないで、もっと外を見ておくべきだったな」

コブラ「しかしボウイの奴も派手な魔法を使いやがる。本当に誰にもバレなかったのか?」


グウィンドリン「アノール・ロンドの城内にて闇の魔術が振るわれる事など、本来あってはならないはずだった」

グウィンドリン「だが、我が父と兄が人の闇を探り始めた時より、城に闇の気が漂うなども、さして珍しい事では無くなっていたのだ」

グウィンドリン「シース公の結晶には、人の闇と似た呪いが込められている。その結晶を大書庫に置き、六目の伝道師達が物品を持ち寄って毎日のように城と書庫を行き来したとあれば、闇の気も移る」

グウィンドリン「ゆえに目撃者無き闇の気の乱れとあれば、疑いの目も法官ではなく、大書庫にこそ向けられようというもの」


コブラ「影を隠すなら闇にってワケか」


グウィンドリン「これからしばらくの間、映る記憶は無い。全てが終わったのちに、神々のしたためた書物による知識として…」


コブラ「ただ知るのみである、だろ?」


グウィンドリン「それに尽きる」


コブラ「OK、それじゃあ話してくれ」


633以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/25(金) 13:20:32.13miruY51Yo (1/1)

そういやこのベルカって奴は今どこで油売ってるんだ……?


634以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/25(金) 14:11:53.60lza1CYQxO (1/1)

>>633
ゲーム内だとガチの消息不明



635以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/28(月) 23:27:59.81aD8xBuhO0 (1/1)

一気読みした。
このSS読んでると今プレイしているダクソリマスター版が、仲間と協力して試練を乗り越えていく、正統派冒険RPGのように思えてくるから困る。
実際はほとんどBGMすらない中何度となく死にまくりながら進み、最終的に登場キャラの大概が死ぬか亡者と化す世界だというのに。


636以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/29(火) 06:55:21.17yOY1b+4D0 (1/3)


グウィンドリン「うむ。ベルカと暫定政府は、アルトリウスを死地へと向かわせたのちに、月の血を引く者を再び幽閉した。そして暫定政府の横暴に批判的、あるいは反発していた者達の立場も、アルトリウス行方知れずの報がアノール・ロンドに届くと、一層に危うくなった」

グウィンドリン「暫定政府の神々を色恋により翻弄し、移り気と罵られながらも、我らと我が母を陰ながら護った寵愛の女神フィナ」

グウィンドリン「月の血を秘すべき指導者に立てるという、ベルカの真意に気付くことなく、シースと我ら月の子らを厳しく縛り、我らの無力を暫定政府に訴え続けた岩のハベル」

グウィンドリン「同じくベルカの真意を知らず、しかしすでに傀儡と化した己の身を知る太陽の王女。暫定政府に、王家の者としての尊厳ある立場を、月の血筋の者達に約束するよう訴え続けた我が姉グウィネヴィア」

グウィンドリン「その三柱を中心とした、神々と被使役層の巨人達による旧体制派も、急速に力を落としていく事となった」


コブラ「王家大好きな四騎士がもういないんじゃ、政治的拮抗ってやつも御破算か」


グウィンドリン「然り。録を付ける者は法に仕えなければならず、その法はベルカの手中にあった」

グウィンドリン「ゆえに我が読んだ多くの録にも、この沙汰に関する項が極めて少なく、多くが省略されている」

グウィンドリン「最も事細かく記したものも、一行半程度で済まされていた」


コブラ「この一大事件がか?どんなマジックを使えばそうなる?」


グウィンドリン「録にはこうあった」

グウィンドリン「『太陽の血筋を重んじる多くの神々が、被使役層の巨人と共に暫定政府への反意を示したが、ベルカ三権長が、グウィネヴィア王女の身の安全は自身の全責任において保証すると広く宣言すると、彼らの反意は収められた』と」


コブラ「こらまた上手にまとめたもんだぜ。王女を人質に取りました、じゃ正当性が通らないもんな」


グウィンドリン「録を書く者はいたが、それを見聴きし伝える者は何処にもおらぬのだ。本来ならば正当性とやらも気にかける必要は無い。ただ、悦に浸ったのだろう」

グウィンドリン「だがその愉悦も……否、愉悦を抱いたからこそ、更なる反意を育んだのだろうな」



グウィンドリンがひとまず語り終えると、新たな転移が行われた。
コブラとグウィンドリンはまたも新王を弾劾した大広間に立ち、コブラの眼には今や見慣れた者達の姿が映った。
法官と暫定政府の神々。銀騎士達。広間を埋める神々の姿。空の玉座の隣に立つベルカ。場の警護を任されたオーンスタイン。
彼らの視線は、玉座の前に四つん這いとなっている、被告者たる一体の被使役巨人へと向けられている。
その被使役巨人に憐れみの眼を向けたのは、見せしめを見ざるを得ない立場にある、王家の者達だけである。
だが被告たる巨人が受けるのは、アルトリウスが得た任ではなかった。



巨人「いやだ!いやだ!王様、たすけて!」

ガシッ!


空の玉座に助けを求める巨人の首根っこを掴み、引き倒したのは、オーンスタインだった。
ベルカが巨人に言い渡した刑罰を執行するため、広間の隅にある昇降機から姿を現したのは、大鎚を担いだスモウ。


コブラ「…粛清か…」


ベルカ「これより、王女グウィネヴィア様への拉致を画策した罪により、汝を死刑に処する。最期に言い遺しておくべき事はあるか」

巨人「お、おれ、おれ、お偉い方々に戻ってほしかっただけ!昔みたいに!おれ、王女様さらわない!」

ベルカ「ではスモウ、刑の執行を」

巨人「いやだ!いやだあああ!!あああああ!!」


被告者たる巨人は四つん這いの身体を起こそうと、全身に必死の力を込めるが、オーンスタインの竜の如き大力に首を抑えられ、ただ糞尿を漏らすだけだった。
辺りに立ち込める悪臭に神々は顔をしかめ、笑う者や罵倒を叫ぶ者もいた。
月の子らは哀れみによって皆うつむき、彼らの母もたまらず巨人から眼を背けたが、王女グウィネヴィアは溢れんばかりの涙を溜めた目で、もがく巨人を見つめた。
王家の者の言葉は、容易く均衡や公平性を損なわせるという事を、グウィネヴィアは知っている。だからこそ、助けにも眼で応えるしかないのだった。


コブラ「うっ!」

グウィンドリン「………」


あらゆる尊厳を奪われた巨人は尚も、その場にいもしない王を呼び続け、そしてスモウの大鎚は振り下ろされた。
広間を揺るがす轟音と共に、巨人は頭と下半身と両腕を残し、一撃のもとに叩き潰され、瞬時に絶命した。
被使役層の者であるとはいえ、被告者たる巨人は超常の存在である。破壊された巨人の肉体はすぐにソウルとなってスモウの身体に纏わり、消えた。
そして跡には、漏れ落ちて人の膝ほどの高さに積み重なった糞尿と、涙の水たまりが残った。



637以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/29(火) 19:40:45.23yOY1b+4D0 (2/3)

グウィンドリン「………」


グウィンドリン「…コブラよ。この場で落命せし巨人に、我が姉上をさらう事はできるか?」


コブラ「無理だろうな。城の護りはオーンスタインが固めているし、騎士連中もいる。第一、巨人の身体で入り込める場所なんてのは、この城には殆ど無い」

コブラ「こいつは見せしめだ。容疑も容疑者もどうでもいいのさ」


グウィンドリン「然り。録にはこの者を含め、多くの大罪者が記されてはいた」

グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、真実を暴こうとした者は暫定政府に貪欲との誹りを受け、貪欲者の烙印を押され、卑小な者へと堕とされた」

グウィンドリン「例えそれらの見せしめが、太陽の血を縛り、月の血を立てるため、ベルカが行った致し方の無い生贄であるとしても、我には許しがたい行いだ」

グウィンドリン「真実を知らぬ者達にとっては、尚のことであろう」



処刑場からコブラとグウィンドリンは転移し、再び闇だけが二者を包んだ。
グウィンドリンは語りを続ける。



グウィンドリン「太陽の血筋を重んじる者達と、月の血筋を重んじるベルカ率いる暫定政府の対立は、急速に深まっていった」

グウィンドリン「対立が闘争へと変じるのに時は要さず、戦いによって多くの神々と巨人が誅殺され、あるいは追放された」

グウィンドリン「我ら月の子らは、太陽の派閥の者が処刑される時のみ、束の間の解放を許されたが、我らはそれを恐れた」

グウィンドリン「我らは牢から放される度に、我らの前に何者が跪いているのかを想った」

グウィンドリン「そして、引きずられた者が友で無く、顔も知らぬ者であったとしても、我らの心はその者達と共に穢され、不名誉に死んでいったのだ」


コブラ「………」


グウィンドリン「戦いは終始、ベルカの優勢だった。のちに知ったことだが、ベルカは王家の者の名を皆使い、王の刃たるキアランを手駒としていた」

グウィンドリン「王家の血を絶やさぬ訳にはいかぬ身で、かつ幽閉によって政から離されていたとあれば、キアランとて、正常な判断が出来得るはずもない」

グウィンドリン「結果として、キアランの双短剣は神々の血肉に染まり、力を弱めて身体を残さぬ身となった者からは、キアランは多くのソウルを吸収することとなった」


グウィンドリン「処刑者スモウも例外ではない。大鎚を振るって神々を弑するその姿を、太陽の派閥の者達は恐れ、また忌み嫌った」

グウィンドリン「スモウは処刑に愉悦し、犠牲者の骨肉をすり潰し、もって自分の精にしていたと彼らは風潮した。酷薄な者であるがゆえに、大王も四騎士の列に序さなかったのだとも」

グウィンドリン「スモウが異形の神であり、故に吐息も吹き笑いと聞こえる事をいいことに、彼らはスモウを散々に罵っていた」


グウィンドリン「アノール・ロンドの行ったオーンスタインへの仕打ちは苛烈の一言に尽きる。竜狩りは仮にも味方たる暫定政府に疎まれ、嘲笑を浴びせかけられ、太陽の派閥にはかつての同胞ばかりがいた」

グウィンドリン「王家に忠誠を誓い、前王から雷の秘術を学ぶ程に太陽の威光を信じていた身でありながら、オーンスタインは多くの同胞をその刃に掛けるよう命じられたのだ。共に太陽を信奉し、雷を学んだ者達を」

グウィンドリン「そして、暫定政府はそのような身に陥ったオーンスタインに、報いることは決して無かった」


コブラ「………」


グウィンドリン「臣民の落命は止まることなく、神心は荒廃し、戦いは収まる気配すらも見せぬ。希望の見えぬ世にあっては、己の命の尊さを忘れる者も少なくはない」


グウィンドリン「我らが母も、その一柱であった」


コブラ「なに…?」



コブラの疑問と共に、闇には月光が差した。
月光に照らされた闇からは、夜影に染まった一室の壁が現れた。
新たな転移は、ドアから月光が差している、かつてのグウィンドリンが幽閉されていた一室に、コブラを立たせていた。


「母上……」


コブラの背には、呆けたようなグウィンドリンの声が掛かり、コブラの眼前には、オーンスタインを連れた月と太陽の女神が立っていた。




638以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/29(火) 23:26:08.10yOY1b+4D0 (3/3)

古き日のグウィンドリン「何故……如何にしてここに…?」


かつてのグウィンドリンからの問いに女神は応えることなく、オーンスタインを置いて一室へと入り…


古き日のグウィンドリン「!」グイッ


我が子の細腕を掴み、椅子から立たせると、部屋の外へと連れ出した。


古き日のグウィンドリン「あ、姉上?…それに…」


一室から抜け出たグウィンドリンの眼に映ったのは、母とオーンスタインだけではなかった。
神妙な面持ちで立つ寵愛の女神フィナの後ろに、グウィネヴィア、プリシラ、ヨルシカの三柱が、不安に陰る目線をかつてのグウィンドリンに送っていた。
アノール・ロンドの夜に輝く月光は、長い廊下の左側に一定間隔で続く大窓から、光の柱を差し込んでいる。


月と太陽の女神「オーンスタイン、追っ手の気配はありますか?」

オーンスタイン「近付いてきます。既に時は無いかと存じます。早急な脱出を」

古き日のグウィンドリン「脱出…?」

月と太陽の女神「分かりました。細かい話は歩きながら話しましょう。着いてきて」グイッ

古き日のグウィンドリン「あっ…」


状況の掴めぬかつてのグウィンドリンは、ただ母に腕を引かれるままに、廊下を足早に歩かざるを得なかった。
オーンスタインを殿に置き、王家の子らを率いる月と太陽の女神の横を、コブラと今のグウィンドリンは歩いた。
コブラもその軽口を開かない。この先何が起こるのか、グウィンドリンに尋ねるにはあまりに酷であるとコブラ判断していた。


月と太陽の女神「グウィネヴィア、貴女は火の神フランを訪ねなさい。あの方は火継ぎの法を考案し、フラムトを友としています。追っ手が掛かる事は無いでしょう」


グウィネヴィア「わ、分かりました…」

月と太陽の女神「ヨルシカ、貴女は竜の血を最も濃く受け継いでいます。故に前王も、太陽の血筋を快く思わぬ者達も、貴女を歓迎するでしょう」

月と太陽の女神「ですが最も安全と思えるのは…」


ババッ! ダン!


月と太陽の女神「!」


速歩きに廊下を進む神々を飛び越えて、オーンスタインは月と太陽の女神の前に降り立つと同時に、十字槍を構えた。
オーンスタインの目の前には、光差す窓と窓の間に直立する、黒い人型が置かれている。


月と太陽の女神「オーンスタイン!」

オーンスタイン「構わずお行き下さい。私めはこの者を打ち破り、直ぐに後を追います」


ゴオオォーーッ!


槍を中腰に構え、人型に向かってオーンスタインは跳躍した。
矢のような突貫に人型も駆け出し、その顔を月光に晒した。


オーンスタイン「!」ドガッ!


人型の顔を確認し、オーンスタインは石床を踏み砕きながら槍を押し留め、止まった。



キアラン「王の刃キアラン、暗月の命を受け、馳せ参じました」



オーンスタイン「キアラン…来てくれたか」


オーンスタインも、王家の者達も、人型が被る純白の面には見覚えがあった。
四騎士の長たる竜狩りは、王の敵を弑する刺客達の長からの救援に、心から感謝し、勇気を震わせた。
そして誉れ高き竜狩りの十字槍で、困惑とともにキアランからの黄金色の一閃を防いだ。


639以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/30(水) 05:50:01.50hsyy272W0 (1/1)

>>628
コブラ判断していた×
コブラは判断していた◯

>>637
グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、×
グウィンドリン「しかし大罪者が行ったとされる罪の仔細は録に残されておらず◯

寝て起きたら間違いに気付くという長文あるある
プロの作家ってすごい


640以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/30(水) 08:58:22.92MibxF2sIo (1/1)


誤字脱字はセルフチェックだとどうしてもね……
ダブルチェックしててもダメなときはダメだけど


641以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/10/30(水) 17:05:55.79e+zhadnXo (1/1)

プロの作家には当然校正のプロがついてるからねしょうがないね


642以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/11/04(月) 06:36:46.31O7i5hxZS0 (1/1)

>>619
巨人は胴と手足に鉄を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにした巨人が立っていた。×
巨人は胴と手足に鉄甲を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにし、その身に比しても大きいと言える歪な大弓を背負っている。


643以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2019/12/15(日) 10:38:09.47x4I+PxLGO (1/1)

まってる


644以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/13(月) 07:28:29.05doNv1YA50 (1/1)

カァーン!

コブラ「!」

オーンスタイン「ぬぅっ!」


殺意無き刃などは、神域にある者にさえ防ぐのは難しい。
足運びや重心の移動といったものを一切捨てた、文字通りの型破りな槍捌きにより、確かに辛うじてオーンスタインは一閃を防ぎはした。
だが片脚を浮かせ、大きくのけ反る姿勢で攻撃を受けたとあっては、返す刃も無い。


古き日のグウィンドリン「!」


そして、はためく暗蒼の衣から音さえ立てず、しかし宙舞う葉の影のように、キアランは王の血筋たちの元へ走った。
その左手には暗銀に輝く鋸刃の短剣が握られている。


ガッ! ズダァン!


だがキアランの凶刃は王家の者の首を掻かなかった。
のけ反った姿勢から更に身を翻したオーンスタインが、倒れ際にキアランの左腕を掴み、その身ごと押し倒したのだ。


ブンッ!


倒れ込んだキアランは、自身の左腕を拘束するオーンスタインの右腕に、空いていた手を掛けると、そこを起点に車輪の如く回転。

バキバキッ!!

オーンスタインの右腕を捻り折り、拘束から逃れ…

ダッ!

再び王家の者たちへ向け駆け出し…


ドカッ!!


キアラン「!」ドサッ


オーンスタインの左腕が投げ込んだ十字槍に右太腿を貫かれ、再び転倒した。
はじめのキアランの斬撃から、彼女の脚が貫かれるまでは、二秒と経っていない。
ゆえに制止の声が遅れ、その内容に矛盾が生じるのも必然であった。


月と太陽の女神「お止めなさい!王の四騎士ともあろう其方らが、王の命なく何故に剣を交えるのか!」


折れた右腕を癒すこともなくオーンスタインは立ち上がり、地に伏したキアランは上体を起こして、制止の声に聞き入った。
そして声を受け入れたキアランの心情をコブラは汲み取った。
刺客の長にも迷いがあり、それは軽々しいものでも無いのだと。


「剣を交えさせたのは貴女様でございましょう」


数俊の静寂の後、廊下の奥の暗闇から、新たな声が響く。
神々は皆声へ顔を向け、何が起きているのかグウィンドリンに尋ねようと口を開きかけたコブラは、再び口をつぐんだ。


ベルカ「オーンスタイン…四騎士たる者がその身の任を忘れたか。雀蜂が王の血を吸うとでも?」

ベルカ「だが……おかげで事も荒げずに済んだ。王家の者を捕らえ、毒の刃で脅す事と比したならば、四騎士の血が流れることなど軽いのでな」

月と太陽の女神「我らの名を以ってキアランを動かしたと聞き及んではいましたが、そなたに恥は無いのですか!?」

月と太陽の女神「眩んだ統治者とはいえ、今そなたが行うべきは我らへの罪状提示と、キアランへの謝意のはず!」

ベルカ「謝意などは全てが済んでからです。今はこの事態を治めなくてはなりません」

ベルカ「あなた方がなんとしてもこの地より逃れたいと願うならば、我らはなんとしてもそれを阻まなければならないのです」




645以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/13(月) 21:26:38.12BOpq8V7AO (1/1)

殺し合わせるとは中々に鬼畜


646以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/14(火) 04:58:34.78vE/hdyzg0 (1/1)

挑戦的だが頑なでもある様子で語る罪の女神を、月と太陽の女神は真っすぐに見据え、一歩だけ近付いた。
寵愛の女神フィナがかの女神の前に身を乗り出すが、その肩もかの女神は手で制し、退かせる。


月と太陽の女神「なんとしても……それは真の言葉ですか?」

ベルカ「偽り無く」

月と太陽の女神「………」


コブラ「……」


グウィンドリン「……」



月と太陽の女神「…キアラン、残滅をこれへ」



キアラン「!!」ピクッ


ベルカの短い返答からやや間を開け、かつての大王の妻たる者が口にした命令を聞き、キアランは背中を斬られた者の如く顔を跳ね上げ、かの女神の眼を見た。
その眼は硬い決意を湛えて静かに、しかし結晶のように冷たい光をキアランに返している。
冷たい決意が何を示すかをオーンスタインとフィナは知っていたが、かの女神の子供たちは事の成り行きに漠然とした不安を感じるだけであり、それはベルカも同じだった。
同じではあったが、ベルカの抱いた不安は今にも火を吹きそうなほどに膨らんでいた。
そしてコブラもまた…


コブラ「…グウィンドリン。こんなものを俺に見せて本当にいいのか?」


グウィンドリン「後悔は無い。世の為であるならば」


コブラ「世の為、か…」



並んで記憶を見届ける者に、グウィンドリンはただ応えた。
刺冠に隠れたその顔はコブラからは窺い知れない。だが心が繋がるのなら、哀しみもまた繋がっている。



キアラン「でっ…」


月と太陽の女神「………」


キアラン「…できません…」

月と太陽の女神「貴女が出来ないのは我が命を拒むこと」

キアラン「ならば四騎士の位などすぐにでも棄てましょう。ですからどうかそれだけは…」


縋り付くような小さな声を震わせて、口速に懇願するキアランの言葉を、決意の正体に見当がついたベルカの怒声が覆い消した。


ベルカ「そ、そうです!罪の女神の法において許されぬ事です!い、いや如何なる神世に!人界にあっても到底許されない!」

ベルカ「闇が迫りつつある人界に神の自死など伝わっては、如何なる事が起こりうるか承知しているのですか!?」

ベルカ「それこそあらゆる手管を用いて秘匿せねばならぬのですよ!?そのような事を行えば、血筋の者を除いた貴女様の遺す全てを、アノール・ロンドより隠滅することになりましょう!」

月と太陽の女神「ええ、そうなるでしょう。オーンスタイン」


ゴゴゴォォン…!!


ベルカ「なっ…!」


主君の命を受け、オーンスタインは左掌に雷球を握った。
動揺を隠さぬベルカの前で、雷球は曇天を裂くような雷鳴を上げながら細り、槍のように尖っていく。
全身に寒気を覚えたキアランは自身の右太腿を貫く十字槍に手を掛けたが…

ドガシャアアン!

雷の大杭を握ったオーンスタインに背中を踏みつけられ、石床に縫い止められた。


647以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/14(火) 07:38:31.64G34iFYqNO (1/1)

うわあああ


648以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/14(火) 08:37:20.19NgCvFBIdO (1/1)

あわてふためくベルカを見てちょっとザマアと思ってる俺がいる


649以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/15(水) 05:37:47.56wifFd3Lt0 (1/3)

ベルカ「よせ!」


ヴオォーン!


コブラ!」


かの女神の腹めがけ、オーンスタインが雷の大槍を振り上げた瞬間、ベルカの手元から、紫色に輝く光線で形作られた円陣が放たれた。
回転しながら空中を直進した紫光の円陣は分かたれて、ベルカを除く全ての神々に巻きつく。
その拘束は神々から体の自由こそ奪いはしなかったものの…


バリバリッ…


オーンスタインからは、僅かな火花を残して雷の大槍を奪った。


コブラ「今のはなんだ?」


グウィンドリン「ベルカの禁則。人の世では沈黙の禁則と伝えられている、ソウル封じの術だ」


ソウル封じの術と聞き、コブラは自身に打ち込まれた王の封印に意識を一瞬そらしたが、すぐに見るべき修羅場へ視線を戻した。
術を封じられたオーンスタインには太陽の雷も癒しも生じない。右腕も治せず、手甲の隙間からは白いソウルが漂っている。


ベルカ「そこでじっとしていろオーンスタイン!そなたは既に囚われの身!」

ベルカ「月の君よ!貴女には禁則と共に因果応報も掛けさせていただいた!竜狩りが貴女を害するならば、竜狩りが深傷を負うでしょう!」

ベルカ「己の生命を蔑ろには出来ましょうが、忠義者を弑するなど貴女には出来ぬはず!」

月と太陽の女神「下がりなさい」


ベルカ「!?」


月と太陽の女神「ここに立つ者みなに命じます。下がりなさい」


ベルカ「……?…」


かの女神からは十全に距離を取っているベルカは、かの女神の真意をまたも取り損なっていた。
暗銀の残滅を持つキアランもかの女神からは離れて伏しており、得物も命に逆らって、手放していない。
オーンスタインには既に武器が無く、唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
例えキアランの脚から槍を引き抜き、それを用いるとしても、やはり因果応報を破ることはできない。

急行してきた銀騎士達が脱走者をみな捕らえ、再び繋ぎ止めるだろう。
考えを巡らせたところでベルカにはそれ以外の答えを見出せず、それは王家の子らも同じだった。
皆一様に静まると、かの女神は子を説く母のように柔らかく、しかし瞳に何も映さず、誰へともせず語りかけはじめた。


月と太陽の女神「ベルカ、貴女は何を恐れているのです」


ベルカ「…恐れ?」


月と太陽の女神「竜ですか?それとも私達?」

月と太陽の女神「外の世の有様ですか?地位の失墜ですか?」

ベルカ「…何を、話しているのですか?」

月と太陽の女神「それとも人が…闇が恐ろしいのですか?」


ベルカ「!」


月と太陽の女神「このアノール・ロンドは私の夫無きあと、私の末娘を捨て、私の息子を追放し、私の子供たちを封じてきました」

月と太陽の女神「それには私の夫の行いも含まれているでしょう。多くの英雄の犠牲と、罪無き者の罪を以って、行われたのでしょう」

月と太陽の女神「神の国は闇への恐れと共に生まれ、闇への恐れと共に生きてきたのでしょう。それは私も同じです。私達皆が闇を恐れているのです」


月と太陽の女神「何故なら闇とは我々だから。我々はみな闇を食み、闇を友としてきたのです」



650以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/15(水) 06:00:11.05wifFd3Lt0 (2/3)

>>649
×唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
◯唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の生命を害することはできない。


651以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/15(水) 07:50:56.65wifFd3Lt0 (3/3)

古き日のグウィンドリン「…?」

ヨルシカ「おかあさま?」

プリシラ「………」

グウィネヴィア「お母様…何を仰っておられるのですか…?」


ベルカ「………」


月と太陽の女神「ベルカ、貴女には分かるでしょう?私の話の、その意味が」


ベルカ「…いえ…それは見当違いです」


月と太陽の女神「貴女は生まれながらの魔術の使い手」

月と太陽の女神「そして、アノール・ロンドに生まれた生粋の魔術者たちは、貴女を除いて皆、白竜公さえも私から産まれました。」

ベルカ「貴女は思い違いをしている。そうでなければ時間稼ぎだ。このような…」

月と太陽の女神「ですが貴女は私と違い、月の魔力とは別の魔力を宿しています。それは貴女だけのもの」

月と太陽の女神「そう……私達は血の繋がりは無くとも、あるいは父を違えた姉妹なのでしょう」

グウィネヴィア「父を…違えた?……お母様、先程から何を…」

グウィネヴィア「!」


母を問いただそうとした王女を、位さえ許されぬプリシラが目で制した。
ほつれ始めた弓を引き絞るような緊張を宿す視線は、他の兄弟姉妹たちに口を開かせなかった。


ベルカ「…何を言って…」



月と太陽の女神「あのお方は皆を御作りになり、私と貴女を見ていたのです」



ベルカ「!!!」


心胆を凍えさせる言葉にベルカは眼を見開き、一歩二歩と退く。
そして開いた眼を自身の足元に落とした。まるで見てはならぬ者を見たように。


月と太陽の女神「気付かないとでも思いましたか」

月と太陽の女神「貴女が太陽の血を傀儡にして、月の血に神代を握らせようとしたことを、隠しおおせると思いましたか」

月と太陽の女神「闇に抵抗する力が強い暗月に、貴女は太陽の血筋を、アノール・ロンドを、私達を護らせようと画策したのでしょう」

月と太陽の女神「あのお方の望み…それを看破できぬ身であっても、貴女は精一杯、アノール・ロンドを護ろうとしたのでしょう」

月と太陽の女神「ならば見るのです。今のアノール・ロンドを。この黄昏を」



ベルカ「………」



月と太陽の女神「貴女の護った臣民は、ここにはいません。貴女の護った英雄は、輝きは、ここにはいません」



ベルカ「……私は…ただ…」


月と太陽の女神「教えてベルカ。貴女の心はどこに追いやられたのですか?」


ベルカ「貴女には…貴女には分からない…安息などは一時たりとも無かった。貴女が王と共に世の春を謳歌している間、私は…」

月と太陽の女神「ならば語らうべきだったのです。あのお方に知られようとも、光が無ければ闇もまた深まりません。それをあの方も知って…」

ベルカ「あの者の策謀に逆らわなかったのは貴女も同じだ!あの者の望み通りに世を歩き、死者を見届け、子を成し、子を放したではないか!私の味わった苦渋を責めるというのなら、それを捨て置いた貴女は何だというのだ!貴女は私と共に神々を誅殺し、巨人達に重きに過ぎる罰を与え、人に亡国を与えたのだ!そのような私と同罪である貴女が私を責めるというのなら、貴女はなぜ牢から逃れてここに立っているのだ!!罪の女神たる私を差し置き、私を裁いて己だけ許すというのか!!」


652以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/15(水) 10:59:24.536EwuS/0BO (1/1)

グウィンェ………


653以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/16(木) 00:14:10.03uIlizDYj0 (1/2)

ベルカが溜まらず思いの丈を吐き散らした直後、記憶の世界は静止した。


グウィンドリン「この時、母とベルカの言う何者かというのは、我が父グウィンを指すものとばかり思っていた」

グウィンドリン「幾つかの矛盾を承知しつつも、それは己が未熟の身であるがゆえに、多くを見渡せぬからだと」

グウィンドリン「暗黒神の陰謀など梅雨と知らず、例え語られようと、信じはしなかっただろう」



グウィンドリンの独白が終わると、記憶の世界は再び動きだした。
ベルカからの弾劾を受けたかの女神は数秒の間を置き、ベルカが平常を戻すのを見ると、語りかけた。



月と太陽の女神「ベルカ」

ベルカ「!」

月と太陽の女神「我ら火によって生を受け、生を広め、また生を失う」

月と太陽の女神「去りし生は闇に還り、火は闇に還り、光は闇に還る」

月と太陽の女神「ベルカ。人がなぜ無明たる者であり続けるのか、貴女は分かりますか?」

ベルカ「それは…きやつらが闇に生まれ、闇の力を持つゆえと決まっているでしょう」

月と太陽の女神「それもあるわ。でも、彼らが闇たる者であり続ける真意は、別のところにあるのです」


月と太陽の女神「それは、闇が暖かく、愛おしいから」


月と太陽の女神「闇は、火が遠ざけ虐げてきた者達を受け入れ、我らをも、その温もりで包むから」


月と太陽の女神「私はあのお方の意思に背くこと無く、貴女と共に、あらゆる凄惨を見てきました」


月と太陽の女神「ですが、私は愛を知っています。闇の温もりを知っています。それが、我ら神々の内にあることも」


ベルカ「………」




月と太陽の女神「だからこそ、私は我が子を護り、エレーミアスの名は冷たい絵画にのみ遺るのです」






月と太陽の女神「オーンスタイン!」

ベルカ「!?」

ガッ!

号令と共にオーンスタインはキアランを踏みつけに、エレーミアスへ向け跳躍した。
キアランの右手は飛びゆくオーンスタインの脚へ伸びたが、人差し指を踵に掠らせるのがやっとだった。


ドガッ!!

ベルカ「なっ!?」

グウィネヴィア「あっ!」


折れたはずのオーンスタインの右腕が渾身の力で振るわれ、エレーミアスの胴を突き破ると…


バキイィーン!!


その傷口からは紫色の威光が放たれ、光はオーンスタインの全身を砕き、突風となって辺りにいた者の衣服をなびかせた。
鎧の全ての隙間からソウルを吹き、オーンスタインは崩折れる。

ガン!

だが、致命傷を負ったはずのオーンスタインは踏み留まった。
そして漂うソウルを全身から吸い上げつつ、倒れゆくエレーミアスの首を掴み、持ち上げた。


654以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/16(木) 01:36:25.081ykH99AsO (1/1)

エレーミアスが月の女神だったとは


655以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/16(木) 07:16:32.97uIlizDYj0 (2/2)

コブラ「………」


ベルカ「貴様っ、何てことをーッ!!」


禁則はあらゆる魔術と奇跡を封じ、それはベルカも例外ではない。
それすらも忘れて駆け出したベルカの心は、怒りと困惑、焦燥に掻き乱されていた。
オーンスタインを組み伏せるべく手を伸ばそうとも、それはただの手に過ぎないというのに。

ズボォッ!

オーンスタインは脱力したエレーミアスの腹部から、ソウルの白煙を上げて右腕を引き抜いた。
その腕にベルカは絡みついたが、主君を弑する程に硬い意思で動くそれを制するなど、術無しの身では不可能であった。


ブンッ!ドカーッ!!

ベルカ「ぐはっ!」


ベルカは竜狩りの膂力に振り回され、壁に窪みを掘るほどの勢いで叩きつけられると、白煙を吐いて石床に伏す。
ヨルシカと古き日のグウィンドリンは呆けたように母親を眺めていたが、その視線を身で遮ったプリシラに抱き寄せられた。


プリシラ「グウィネヴィア!見てはなりません!」

グウィネヴィア「…母様……どうして…」

プリシラ「グウィネヴィア!!」


オーンスタインは自由になった右腕を再び握り込むと、エレーミアスの首を締める左掌に力を入れ、かの女神を壁に押さえつける。
そして葛藤かも怒りかも、哀しみかも分からぬ震えに苛まれた右腕を振るった。

ガゴッ! バギッ!

かの女神の顔に二度殴打が加えられたところで、グウィネヴィアがオーンスタインの背に飛び付き、かの女神から引き剥がそうとし始めた。

ゴッ!

三発目の拳がエレーミアスの片眼からソウルを吹き出させた時、キアランはようやく自らの脚から十字槍を引き抜き、オーンスタインへ向け這いずりをはじめた。

グシャッ! バシャッ!

頭部への殴打に耐えかねたのは、かの女神ではなく竜狩りの方だった。
オーンスタインは殴打をやめ、代わりとして穴の開いたかの女神の腹部に右腕を突っ込み、ソウルを肉と共に掻き出しはじめた。
エレーミアスは小さく呻き声を上げるようになり、コブラはたまらずグウィンドリンへ声を荒げた。


コブラ「なぜだ…なぜオーンスタインは彼女を苦しめる!なぜ安らかに死なせてやらない!」

グウィンドリン「神が死ににくいからだ。首を折ろうが胴を抜こうが、ソウルがその身にある限り神は死なぬ。故に幾度も斬り、抉らねばならぬ」

グウィンドリン「故に、禁則の威力を受けぬ癒しの力が、数多の妨害を受けるであろうオーンスタインには必要だったのだ」

グウィンドリン「コブラ。今オーンスタインの身体を動かしせしめている物は、我が姉グウィネヴィアの加護が加えられた、ひとつの指輪だ」

グウィンドリン「それは我が母が窮地への備えと偽り、グウィネヴィアに命じて、グウィネヴィアからオーンスタインに授けさせた物」

コブラ「命じただと…?」

グウィンドリン「これは母が望んだことなのだ」


コブラ「………」


グウィンドリンが、怒りの気炎を上げるコブラに、自らを納得させるような言葉をかけている時も、記憶の世界のオーンスタインはかの女神を虐げていた。
エレーミアスの身体は徐々に薄く透けはじめ、指先はひび割れて、ようやく崩壊の兆しを見る者に示しはじめる。
それはオーンスタインに、主君の苦しみに終わりがもたらされはじめたことと、主君の生命が間も無く危害に屈することを教えた。
だが同じく伝えた。主君を手にかけたその拳を、決して止めてはならぬということも。


ガキッ!

キアラン「オーンスタイン!何故貴公がっ!何故こんなああ!!」


オーンスタインの脚元に辿り着いたキアランは、右手に持つ黄金の刃をオーンスタインの太腿に突き立てた。
足甲の隙間を貫通した刃は、震える手からの膂力を受けて、少量の白煙を吹き出させた。
噴出したソウルは空中を一瞬漂うと、また傷口に戻っていくようだったが、キアランはそれには構わずに刃を起点としてオーンスタインの脚を這い上がった。
そして黄金の残光を足甲から抜くと、次にそれを竜狩り鎧の脇腹に突き刺した。



656以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/17(金) 00:26:28.59qR5uH+dJ0 (1/1)

確かにボスは特大剣を頭に叩きつけてもソウルが散るだけで即死はしないもんな。
神族殺そうとしたらこれくらいやらなきゃいかんのか。しかし凄惨だな。


657以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/18(土) 07:14:29.21nE/5JVwn0 (1/1)

キアランの黄金の刃は幾度も振るわれた。
ひと刺しするたびに刃に絡むソウルはしかし、揺るぎなき祝福が施された指輪の力によって鎧の中へと戻るが、それは刃を止める理由にはならない。
だがあくまで眩ましの刃のみで竜狩りを傷つけ、必殺の一撃を振るわぬのは、同じ主君をいただく戦友へのせめてもの情けだろうか。

一方オーンスタインは、エレーミアスの腹部の大穴に刺した右腕に渾身の力を込め、水瓜を握り潰すが如くにソウルを絞り出していた。
白く輝く大穴に何があるかはコブラには見えなかったが、エレーミアスの呻き声が一層増したのを見、口には出さず、ただ察した。


プリシラ「グウィネヴィア!およしなさい!これまでです!グウィネヴィア!」


グウィネヴィアは岩の如く退かぬオーンスタインをなんとか引き剥がそうと、濡れ口も濡れ眼も締め、顔も赤らに、竜狩り鎧の胴に回した手に力を込めていた。
怒声をあげるプリシラに制止を受けようが、素手で引くには鋭すぎる鎧に指を切られようが、グウィネヴィアの心は母を救うこと唯一心だった。


エレーミアス「ごほっ…」


そして、中々に死ねぬ女神は力無い咳と共に、幾度めかも知れぬ白煙を吐いた。



オーンスタイン「……キアラン…我が友よ…」

キアラン「!!」

弱々しさを震えに隠し、オーンスタインは友の名を呼ぶが、その声にキアランは激情に満ちた目線を返した。
オーンスタインはその消え入りそうな声で、二の句を告げた。


オーンスタイン「残滅を…頼む…」


キアラン「……残…」


グウィネヴィア「なりません!!オーンスタイン!癒すのです!私の指輪でお母様を癒して!!」

プリシラ「癒してはなりません!これは母の望んだこと!そなたもそれは承知のはず!引く後はもはや無いのです!」

オーンスタイン「…もはや…手遅れに…」

グウィネヴィア「あなたがお母様をこのようにしたのでしょう!?手遅れなどと泣き言を言える身ですか!?」


エレーミアス「キア…ラン…」


グウィネヴィア「! お母様っ…!?」



身を刻まれ、息も絶え絶えなかの女神の細声に、誰もが口を閉ざし、耳を澄ませた。



キアラン「!!」



だが、かの女神は皆が聞くべき言葉は言わず、ただキアランに微笑み、ぎこちなく頷いたのみであった。



グウィネヴィア「………お母様…?」


小さい疑問の声が無音を打つと、キアランは左手に残滅を握り、片足跳びにエレーミアスへ刃を滑らせた。
矢のような一閃はグウィネヴィアに止める糸間も与えずに、音もなくエレーミアスの首筋を斬った。


グウィネヴィア「えっ…?」


暗銀の残滅には、神をも容易く落命せしめる猛毒の秘術が仕込まれている。
エレーミアスの身体から流れるソウルは灰色にくすんで消えはじめ、エレーミアスの四肢は衣服を残して、灰とも塩ともつかぬ白粉に砕けていく。


グウィネヴィア「…そんな、嘘…嘘よ…」

母の死を目にし、グウィネヴィアは腰砕けに壁に背をつけると、へたり込み、丸まって大声で泣きはじめた。
猛毒は真珠のごとき軟肌を灰色の石粉のような有様に変えたが、しかしエレーミアスからは、微笑みだけは最期まで奪わなかった。
オーンスタインの左手から抜けたかの女神の胴体は、壁を擦って石床に落ち、脆い壺のように砕け散ったが、頭はその手に残った。
オーンスタインはエレーミアスの頭部を胸に抱え込むと、崩れ落ちるように跪いて、嗚咽を漏らしはじめた。


658以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/18(土) 08:51:07.43TAmDT7YDO (1/1)

オーンスタイン…


659以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/18(土) 15:20:36.49cPWlk++So (1/1)

ツラいね……


660以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/18(土) 15:39:25.83ije0zXblO (1/2)

ゲーム中で何度も斬りつけなきゃ倒せない理由をこう解釈するとは
斬新で面白い


661以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/18(土) 15:49:49.13ije0zXblO (2/2)

ゲーム中で何度も斬りつけなきゃ倒せない理由をこう解釈するとは
斬新で面白い


662以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/18(土) 16:05:47.852lqAOutDO (1/1)

どれだけ周回補正乗ろうと頭への落下致命で一撃死する古の飛竜ェ


663以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/26(日) 10:33:01.22HHDh2TBt0 (1/1)

グウィンドリン「太陽の血筋を犠牲に月の血筋を立て、神代に変革をもたらさんとしたベルカの謀は、こうして終わりを迎えた」

グウィンドリン「我が母はキアランによって弑された。オーンスタインは母の遺言に添い、グウィネヴィアを追放されし火の神フランの元へ送ると、我が兄、名を禁じられし長子の元へと去った」


コブラ「………」


グウィンドリン「我ら月の子らは幽閉より解放され、太陽の子は散り散りに旅立った」

グウィンドリン「各々支える者を失い、戦う理由を無くした争いは、石床に撒かれた熱水のように冷めていった」



ベルカ「うっ…ぐぐ…」

ベルカ「はっ!」バッ


伏していたベルカは目を覚ますと、すぐさま跳ね起きてかの女神の姿を探した。だが視界に映るのは、泣き崩れる者や押し黙る者の姿ばかり。
ベルカは負傷を圧して、その者たちの一柱たるオーンスタインに歩き寄ると、何が起きたかを知った。


ベルカ「……エレーミアス様…なんということを…!」


オーンスタインに抱かれた灰色の塊は、ベルカに言葉を返さず、オーンスタインは黄金の鎧の奥に嗚咽を噛み殺している。
沈黙ばかりが返されて全てを悟ったベルカは跪き、その顔には悔恨と苦悩が満ち、両眼は涙に濡れた。


ベルカ「エレーミアス様…私は…こうなる事など……望んでは…」

オーンスタイン「…ならば何を、望んだというのだ…」

ベルカ「あの者の……あの者の秘める闇の恐ろしさを知ることがあったならば…エレーミアス様も、このような事など…」

オーンスタイン「決して起こらぬはずであったと口を滑らすつもりではあるまいな!!」


ベルカ「!」


竜狩りが怒声を張り上げた途端、泣きすする者も押し黙る者も一様に、口を閉じ眼を見開いて、跪くオーンスタインを見た。
灰色の塊を抱く竜狩りの腕は震えず、声にも既に震えは無い。
しかしその怒りは天を衝かんばかりに膨れ上がり、十字槍を拾おうものならその場にいる者を誰彼構わず斬り伏せかねない程に、吐口を求めていた。
それを抑えて捻じ伏せるように、続くオーンスタインの声は低く、穏やかなものであった。


オーンスタイン「貴様の護るべき血筋の母……エレーミアス様は崩御なされた。弑した者は貴様だ、ベルカ」

オーンスタイン「貴様がいかなる謀を企て、何を成したのかは最早どうでもよい。我らの主が亡き今、貴様の恐れた何者かの謀も既に絶えたか、あるいは既に手遅れだろう」

オーンスタイン「ならば貴様の生命にも、我が生命にも、続く価値など無いのだ」


ベルカ「…殺すのなら、今にこそ頼…」


オーンスタイン「ならばニトに祈りを捧げてみるか?応えはせぬぞ」

オーンスタイン「行け。ここに貴様の死は無い」


ベルカ「………」



哀しみに精根尽き果て、しかし介錯さえも許されぬ身に堕ちた女神は、言葉も無く立ち上がり、神々に背を向けて歩き始める。



オーンスタイン「光の中に、闇の中に、永遠に生きるがいい」



その背に効力も不確かな呪いの言葉を受け、ベルカはしばし立ち止まったが、再び寄るべ無く歩き始めた。
帰る家を永遠に失い、背く主さえも失くしたその背は、まるで流浪の人のようだった。



グウィンドリン「この事変を皮切りとし、太陽の血筋を奉ずる多くの神々がアノール・ロンドを去った」

グウィンドリン「寵愛の女神フィナも失意の中に都を去り、ハベルも自身の武具を捨て、己を呪いながら元いた野へと消えた」

グウィンドリン「王家の血にある者を弑した罪により、キアランはベルカ無き暫定政府による裁きを受けたが、王家の血の者の命にあくまで忠実であったからこその凶刃であったと認められ、死罪の代わりに、王命あるまでの幽閉を受けた」


664以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/26(日) 16:10:27.65HQCWNiNVo (1/1)

これら全てはクリスタルボーイの掌の上だったのだろうか……


665以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/01/27(月) 00:15:21.95+5yarfx00 (1/1)

この時点で既にウーラシールは深淵に沈み、イザリスは混沌に呑まれてるわけだ。詰んでるなぁロードラン。
ニト様はもう巨人墓地に籠ってるのだろうか。
なんというか、アノールロンド、イザリス、シースあたりの繋がりはなんとなーく想像できるのだけど、ニト様と他のメンツの関わりというのがイメージできないのよな。ずっと地下でご隠居してそう。


666以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/02/02(日) 06:05:53.88Qu5hoY050 (1/1)

月光に照らされた惨状が闇夜に混ざり、次の転移が始まる。
古い景色を飲み込み、依然コブラとグウィンドリンを包む闇は、そして新たに景色を生み出した。
コブラはやや広い円形の暗がりに立ち、新たな景色を見渡す。
足元に広がるのは石畳。天井も同様に石造りであり、中心には篝火が置かれている。
その篝火を、壁に設けられた二ヶ所の通路の片方から差し込む陽光が照らしていた。
だが目立つのは、壁に掘られたグウィンの立像と、円形の部屋にひしめいて言い争う、数多の神々の姿だった。



グウィンドリン「ベルカを含め、多くの神々を失ったアノール・ロンドは力を弱め、残った神々も尽く月の派閥に傾倒した」

グウィンドリン「月の派閥は神の威光の復活を願い、我を主神に立てるよう事を進めた」

グウィンドリン「しかし、座に我が就く前に、注意深く見張っていたはずの小ロンド公国が深淵に落ちたとの報が届き、神々は自らの誤ちを知った」

グウィンドリン「誤ちはふたつ。ひとつは人を恐れ、太陽による人への慈悲の危うさを恐れたあまりの、人への消極的干渉という姿勢を月の派閥が貫いてしまったこと」

グウィンドリン「そしてもうひとつは、誰も降りようとはしなかった一連の争乱によって、アノール・ロンドの国力の荒廃が著しく加速してしまったことだ」

グウィンドリン「神の恩寵を受けし人の国を二つも闇に堕としたという事実は、それによる闇の力の隆盛に、闇の竜たるカラミットとミディールが呼応する可能性をも浮かび上がらせ、それらの解決を巡り、月の派閥も多数の派閥に分裂した」



言い争う神々の群れから一柱、また一柱と、付き合い切れぬと離れる者が出る。
細る群れの中心に立つ、古き日のグウィンドリンは、彼らを止めることもなく見送った。
政の経験など皆無に等しいかの神に、彼らを止めるに足る闇への打開策など思いつかず、例え止めようと、離れる者の心は既にアノール・ロンドには無いのだ。
そしてとうとう、古き日のグウィンドリンと、どう転ぼうと不毛な答えしか導き出せない激論を交わす、幾柱かの神々のみが議場に残った。
言い争う者達の言葉には月の血筋の者達の意向も、更にはアノール・ロンドさえも抜けつつあり、論戦の内容は国のためというよりは、目の前の論敵を破るためだけの物となりつつあった。



コブラ「グウィンドリン」


グウィンドリン「………」


コブラ「あんたはなぜアノール・ロンドに残ったんだ?ここの連中は誰一人としてあんたを、王の家系ってやつを見ていない」

コブラ「どいつも自分のことばかりで、あんたの名前を出すにしたって叩き棒がせいぜいだ。連中はあんたを信用しちゃいなかったはずだ」


グウィンドリン「然り。我にでき得ることは何も無かった。しかしアノール・ロンドは王家の家であり、神々の家でもある」

グウィンドリン「例え皆が去っても、誰かが留守を預からねばならぬだろう」


コブラ「帰って来たいと思えるような家ならな」



コブラの溜息と共に、円形の議場に差し込む陽光は沈んだ。
かと思うと、月光に成り代わり、次の瞬間にはまた陽光が議場を照らした。
時間が加速している。議場を行き交う神々は尾を引いて、コブラとグウィンドリンの周りを駆け巡った。
そしてやはり、コブラは異変に気付いた。


コブラ「会議に顔出す神の数が減ってるぜ。どうやら出て行きたい家になっちまったようだ」


グウィンドリン「否。粛清と総括が繰り成されているのだ」


コブラ「!?」

コブラ「お、おいおい、この期に及んでまだやりあったってのか!?あんたはどうして止めなかったんだ?」


グウィンドリン「我を担ぎ上げ、その声を何者が握り、そして伝えるのか…そのような話が持ち上がった時、神々はすでに正気では無くなっていたのだ」

グウィンドリン「恐怖に唆されたのか、絶望に蝕まれたのか、野心に、もしくは貴公の敵の闇に知らずのうちに毒されたのか、それはもはや分からぬ」

グウィンドリン「かの法官にも動きは無かった。だが、その中で我がひとつの派閥に寄ればどうなるかは、当時の我が身にも予想できた」

グウィンドリン「これは逃れ得ぬ殺戮だったのだ。我が兄が旅立ち、争いの果てに母が死に、ベルカを含めた神々がアノール・ロンドから消えた時から、定められたこと」

グウィンドリン「我が動こうが動くまいが、民は寄る方を喪い、神々は死んでいくのだ」


議場を流れる神々の姿は、装衣もそのままにやつれていった。
瞳は疑いと欲に満ち、並べる言葉は神が減るたびに美辞麗句に塗れ、彼らの内の真実を隠した。
そして議場を埋めた神々が半数程に減ると、神々は議長の一声とともに議場に一切姿を見せなくなり、代わりに伝言を抱えた書記官の姿が議場を埋めた。
書記官の数も徐々に減り始めると、銀騎士を侍らせた書記官が現れるようになり、その銀騎士も減り始めると、ついに神々がまばらに姿を現し始めた。
しばらくのちに議場は銀騎士と書記官と神々で満杯になったが、その華やかさとは裏腹に神々は皆声を潜め、相手が誰かも悟られぬよう、他者を盾として話した。
そして彼らは、議場の端で篝火を眺めるかつてのグウィンドリンには、いつ如何なる日も挨拶のみをかけ、あとは知らぬ存ぜぬという様子だった。


667以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/02/25(火) 21:02:50.61QNahQNMBO (1/1)

やるせねぇ……


668以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/04/06(月) 01:39:23.34xBafDjzso (1/1)

待ってる


669以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/04/21(火) 01:47:53.76iOIDHq2k0 (1/1)

いかに愚かしく不毛であろうと、古き日のグウィンドリンは如何なる議論にも、その終わりが来るまで留まった。
アノール・ロンドは神と王の家。その思いは真実であり、グウィンドリンにはそれこそが最後の因であるが、それは神々には通じず、今や人からの信仰さえも持たない。


「もうよい、議論はもはや尽くされた。これより政府決定を下す」

「我らはこれより、鉄鎧の竜狩り騎士の名を、人である身の上を熟考に加えたうえで、アノール・ロンドのいかなる筆録において書き記すことを禁ず」

「これはアノール・ロンドを深淵より遠ざけ、神の威光、太陽と月の輝きを人の闇から護るための決定である」


多くの神々を抱き込み、あるいは討ち墜したであろう神の案を、ベルカの後任を務める暫定議長が採用した。
これにより、竜を狩った神々の物語から、人の世の英雄の名が永久に消滅することとなった。
神代の英雄譚たる『固い誓い』に残される神の名は、今や竜狩りオーンスタインのみ。
人と神々の絆を象徴し、弱きを助け強きを挫いた太陽信仰は、今この時より人の世において忘れ去られる事が運命づけられたのだ。

古き日のグウィンドリンは、幾度めかも分からぬ疑問を、またも諦観の想いの中に沈めた。
この決定がアノール・ロンドの窮地に対していかなる助けとなり得るのか。
人に再び光を見つめさせ、神代から闇を遠ざけ魔女や巨人を救うことに、この決定がどのような役割を担うというのか。
それを愚直に議会へ訴えたところで、かえって神々の求めぬ真実を再来させることになり、何も生み出さぬ不毛な争いが繰り返されるのみ。
どうにしろ不毛であることに変わりないのなら、命が消えぬ方が幾分心やすらかだ。

議論が決着すると、暫定議長は古き日のグウィンドリンに鵞筆と議事録を渡し、もはや慣例となった儀式を、無言のままグウィンドリンに促した。
古き日のグウィンドリンはいつものようにそれらを受け取ると、録を見もせずただ名を記し、それを大法官ライブクリスタルこと、クリスタルボウイへと渡す。
そしてクリスタルボウイは録の大部分を占める繰り言の如き討論を、政府決定文から切り取り、討論を懐に、決定文を己の補佐官に渡した。


暫定議長「これにて本会議を閉会とする」

暫定議長「我らに炎の導きのあらんことを」


議長が、捧げる者を失った祈りを唱え、神々がそれを復唱すると、会議は解散となった。
神々は皆、去り際に古き日のグウィンドリンに会釈をしたのちに議場から出て行くが、あくまでこの慣例を守るのは己らのためである。
月の覚えめでたき身となり、月の神秘にまみえること。忠義者を演じ、他の神々に己の威光を見せつけること。
我も無く慣例に従う身を演じ、他の神々を探ること。目的は百者百様であったが、いずれも月への敬いと、そして知性が欠けていた。


古き日のグウィンドリン「………」


神々が皆去り、あとには大法官とその補佐官、そして古き日のグウィンドリンのみが議場に残る。


大法官「グウィンドリン様、如何したのです?」


無言のまま立つ、力無き君主に大法官が声を掛けると、君主はやはり何も言わず、議場を立ち去った。


大法官「フッ…」


無神の議場で含み笑いを浮かべた大法官は、補佐官の頭へ掌を向ける。
次の瞬間、補佐官はその身に纏う衣服ごとソウルの塊となり、握り拳ほどの大きさに縮んだ。
縮んだソウルは金剛石の如く輝く小結晶となり、大法官の掌に乗ると、更に指輪ほどの大きさにまで縮んだ。

アーリマンの記憶をも見られる景色である以上、大法官が何をしたのかも今のグウィンドリンには理解できた。
闇の神アーリマンはあらゆる生命ある者を輝く石へと変える事ができるのだ。
あたかも、人の闇や呪いが、遂には暗い結晶へと変じるかのように。


コブラ「グウィンドリン。あんた今、人から生える結晶に似てるなって思っただろ?紫水晶みたいな結晶に」


グウィンドリン「気に障ったか?」


コブラ「いいや、むしろ安心したよ。俺のよく知る人間っていうやつは、あんたの考えるような闇だの呪いだのとは無縁なんだってな」


グウィンドリン「…かつての貴公の世界…宇宙、とやらが懐かしいのだな」


コブラ「まぁそんなところだ。宇宙はいいところだぜ?色んな宗教があるから神様もラクができる」

コブラ「ハンバーガーも食えるしな」



コブラが軽口を叩くのが先か、それが起きるのが先かという瞬間だった。
議場の外から、空気を震わせる大音と共に、黄昏色の空に一瞬の朝をもたらす程の大雷が閃いた。



670以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/04/21(火) 07:06:47.90tlLvoUldo (1/1)

来てた



671以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/05/09(土) 06:32:52.29lNHOfaru0 (1/1)

大法官「ようやくか」


大法官は、他の神々がするように羽根の如く宙に浮き、滑るように議場から去ると、登り階段のついた昇降大橋を飛び越し、アノール・ロンドを象徴する建造物へと飛行した。
ある者はその建物を大聖堂や大神殿と呼び、またある者は王城と呼ぶ。
その神聖不可侵たる巨大な城からは、数多の悲鳴と雷鳴が漏れていた。


大法官「何事か!」


あたかも取り乱す心を理性によって抑えているかのような素振りで、大法官は王城正門の前に降り立つ。
両開きの正門の片側は内向きに突き開けられており、半分のみ開かれたその門からは、黄金色の雷光と断末魔に混じり、神々の群れが我先にと溢れ出していた。
雪崩をうって遁走するその者たちの多くは、大法官に目もくれず飛び去っていく。


「だ、大法官殿!それが…!」

「近づいてはなりませぬ!これは叛乱でございます!あやつめは、ベルカ様の令を破り…」


ズバオオーーッ!!


大法官の問いに幾柱かの神が応えたと同時に、片開きの正門から大雷が飛び出した。


ドガガガーーッ!!


宙を一閃に裂いた大雷は、空へと逃げゆく神々の幾柱かを撃ち抜き、千々と砕いた。
神々にぶち当たって破裂した大雷は消えることなく、幾つもの小雷となって花火の如く散らばり、大雷を避け得た神々さえも貫いた。
太陽も月ももはやいただかぬ、卑小な神々を殺すなど、大雷の主には造作もない。
護るべき者を尽く捨て去った裏切り者共にかける慈悲などを持ち合わせているならば、アノール・ロンドに帰還する事も無かったのだ。


ドガシャアーッ!


大法官に事の詳細を伝えんとした二柱の神々が、後方に見える哀れな神々と共に雷に焼かれ、吹き飛んだ。
雷の残滓は大法官の外套をも焼いたが、大法官が神の力を退ける身であるがゆえに、雷はただ外套の装飾だけを焦がした。


大法官「フン、手当たり次第か」ブツッ


焦げた装飾を引きちぎり、大法官は駆け、正門を潜った。
いかにも、自らが慌てふためいた小間使いであるかのようにふるまって。


ガキィン!


銀騎士たちの槍衾を右手の得物で叩き伏せ、王城に攻め入った騎士は…


バシィン!ゴロゴロゴロ…


左手に大雷を握った。




オーンスタイン「兜を脱ぎ、我が前に跪け!!我の最後の情けを受けるがいい!!」




銀騎士たちは折れた槍を捨て、剣を抜いたが、一様に腰が引けていた。
ある者は左手の盾を捨て、猛る獣をなだめんとするかのような身振りを見せるが、それはありもしない救いへの懇願であろうか。
盾も剣も捨てた者さえもいる。そして、うちの一柱が声を絞り出す。


銀騎士「りゅ、竜狩り殿。どうか槍をお収めください。我らは…」

バガァン!!

その一柱に向けてオーンスタインは大雷を投げ込み、声を上げた銀騎士を爆散させた。
剣も盾も持たぬ銀騎士が、踵を返してたまらず逃げ出す。

ビュン!!

竜狩りが消失と見紛う程の速さで跳び、逃げる銀騎士の眼前を一瞬通過すると、逃げる銀騎士の身体は頭部を失って、枯れ葉のように舞った。


672以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/05/09(土) 15:31:08.67ufck7m2no (1/1)

今度は何が起こったんだ……ロクでもないことなのは確かみたいだが


673以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/05/14(木) 03:32:15.83XQmos0se0 (1/1)

大法官「オーンスタイン殿!血迷われたか!」

銀騎士の一柱「だ、大法官様!」


ズシャアァーーッ!!


銀騎士たちが大法官の声に振り向き、その姿に一縷の救いを見出した時、竜狩りの槍は横薙ぎにひらめいた。
同時に胴を両断された銀騎士たちは、その身を宙に舞わせながら雷に焼かれ、鎧のみを散らばらせて消えた。
逃げる力も無く大広間に取り残され、壁際に身を縮める幾多の神々のうちの一柱が、恐怖に顔を歪ませ悲鳴を上げる。

ズカッ!

オーンスタインがその口に槍先を突き込み、壁に縫い止めると、悲鳴は止まった。
短刀さえも握らぬ卑小な女神の一柱であったが、槍を握るオーンスタインの手に躊躇はなかった。


神々の一柱「なぜです!我らが何をしたのですか!?なぜかような目に遭わせるのです!?」


恐れ慄く神々の群れからまたも声が響く。
うずくまる者、壁に張り付く者は居れど、かの者たちは一柱とて、同胞を庇いはしない。


オーンスタイン「何故…何故だと?」

オーンスタイン「自らのさまを見て、あくまで知らぬと宣うつもりか?」

オーンスタイン「己らが何を行い、何を捨て、何処へ堕ちたかも分からぬのか!!」バッ!

大法官「オーンスタイン殿!矛を下げよ!すでに死は多くもたらされた!」


己の罪禍を意識せぬ神々に、オーンスタインは激昂して槍を振り上げたが、槍の前に大法官は立った。


大法官「あくまで天罰を下すというのなら、まず初めに我が胸に槍を突き立てるのが道理のはず!」


ドウッ!!


大法官「グッ!」ドサーッ


しかし大法官に対して振るわれたのは、槍ではなく拳であった。
罪禍を知る者には償いの機会が与えられるべきという考えがあっての事か、それとも怒りに満ち、正気など喪われているのか。
竜狩りの心のあり様などいくらでも想像がつく大法官にとって、かの戦神が正気か否かを測るなどは、些細なことだった。
いずれにせよ、忠義者の仮面が竜狩りを欺き果せたという事実さえあれば、それで良かったのだ。
狸寝入りに転がる大法官の、いや、クリスタルボウイの心はオーンスタインへの嘲笑に満ちていた。
そしてその冒涜ともいえる嘲笑を、コブラは知ってしまった。
オーンスタインが仕える、暗月の御子グウィンドリンの心を通して。


オーンスタイン「我が身は追放を受けたが、我が心は民に、使命に…太陽と月の御心と共にあった…」

オーンスタイン「我が心はアノール・ロンドを喪わなかった…」

オーンスタイン「だが貴様らはアノール・ロンドにいながら、棄てた!」


オーンスタイン「アノール・ロンドを棄てたのだぞ!!貴様らが!貴様らのような下衆どもが!神代の犠牲に足る神都の主神か!!」


神々の一柱「ひ、ひいぃ!」


オーンスタイン「ならば漂うソウルとなって…!!」カッ!


バリバリバリッ!!


上段に構えた竜狩りの槍に、あらん限りの雷をみなぎらせ…



オーンスタイン「アノール・ロンドに残るがいいーッ!!」



己の心身の無念を全て吐き散らすかのように、石床目掛けて槍を叩きつけた。



674以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/05/14(木) 12:44:25.10KbtGL1L+o (1/1)

これでアノールロンドに残ってた神は全滅したのか……?


675以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/05/16(土) 23:58:13.75xWOP+Wh6o (1/1)

だから神も残ってはいなかったのか…


676以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/05/17(日) 18:29:50.31z2r6HZP10 (1/1)

大広間に炸裂した雷の爆発は、白い石床も、象牙色の柱も砕かなかった。
王城内部を駆け巡った雷は、ただ生命あるものを焼いた。
司祭、銀騎士、銀騎士長。
神々に仕える侍従たち。神々に仕える執事たち。
小姓たちに、小間使いたち。法官たち。
書記官たちと、残りし神々。暫定議長。
雷はかの者たちを尽く滅ぼしたが、何も知らずに牢に繋がれていた鍛治の巨人を焼かなかった。
牢に繋がれし刺客の長を焼かなかった。
暗月の女神たちを焼かなかった。
忠義者たるスモウを焼かなかった。
闇を秘めし大法官を焼かなかった。
そして、グウィンドリンを焼かなかった。

だが、雷は老いたる者を焼いた。

若き者を焼いた。

男神も。女神も。

赤子さえ。



コブラ「………じゃあ、城の巨人騎士たちの中にあったソウルは…」


グウィンドリン「夥しい量のソウルを用いて、我は幻術を練り、銀騎士を形作り、翼もつデーモンを引き留め、ガーゴイルを動かした」

グウィンドリン「巨人の鎧に生命を宿らせ、アノール・ロンドに偽りの太陽を掲げた」

グウィンドリン「かつて愛した、同胞たちの残滓によって」


竜狩りの雷は神々を焼くと、さらにその亡骸をも滅ぼした。
赤子の小さな手からソウルが吹き出し、女神の顔は砂山の如く砕け、男神の外套は引き裂かれ、風に消えてゆく。
神秘色に輝く王城の中に、オーンスタインの叫びが響く。
太陽を失い、月をも棄てた者たちは神として半ば死しており、雷の前にさえも酷く脆弱だったのだ。


グウィンドリン「そして、オーンスタインが神々を討ったこの日に、我らは人に伝えし最後の物語を書き記した」

グウィンドリン「“神の怒り”……それはあまりに長き、苦しみと怨嗟の物語」

グウィンドリン「ゆえに人は、神都を裂く憎しみの輝きを畏れて、物語を刻み、封じ、忘れた」

グウィンドリン「己に近しい者達を尽く滅ぼす輝きなど、この世にあってはならない、と」



雷が消え、雷鳴が止むと、大広間には二柱の神のみが残っていた。
広間の中心にはオーンスタインが佇み、竜狩りの後方、破れた正門の近くには、大法官が立っていた。
大法官の気配は影に潜む血の如く溶け、消えており、オーンスタインはかの者に背を見られていることに気付かない。


オーンスタイン「………」


オーンスタインは手に持つ竜狩りの槍を見る。
その槍先には血の一滴も付いておらず、臓腑の一切れも巻かれていない。
槍はまるで鍛えられたばかりとでも言わんばかりに、端正な真新しさを見せていた。

何故オーンスタインが怒声さえも上げず、長槍を叩き折りもしないのかを、コブラは痛みを覚えるほどに理解していた。
代償さえも払わずに、護るべきものを喪ったこと。愛する者に裏切られ、もはや元に戻らぬそれらを自らの手で滅ぼすこと。
哀しみに打ちのめされ、生はおろか死さえも選べぬほどの絶望。その苦しみをコブラは知っていた。
だがオーンスタインは、コブラのように星を砕かんばかりの怒りを以て、絶望を飲み込むことはできないだろう。
もはや怒りも無く、怒りを抱ける者も無い。
オーンスタインは立つ地を無くしたかのようにへたり込んだ。
槍を保持する力も無く、掌からこぼれた槍は、音を立てて石床に転がった。


「オーンスタイン!」


静寂が横たわる大広間に声が響く。
だが、オーンスタインは友の言葉に声を返すことすらできない。
それどころか、顔を上げることさえも。


キアラン「オーンスタイン!聞こえるか!?オーンスタイン!」


オーンスタインの元に駆け寄った者は、王の刃キアラン。
雷は牢番さえも焼いているが、牢番が居ようが居まいが、刺客の長の身ならばいつでも破牢は可能であり、それを今まで行わなかったのは、ひとえに王家の名のもとに身を控えていたに他ならない。
だがキアランは牢を抜けた。王城を揺るがす雷鳴が響き、牢番が蒸発した時に、かの女神は全てを悟ったのだ。
臣民無き国には王も無し。王家の名を王家のもの足らしめるもの、その国家たるあらゆる規範が消え去ったことを。


677以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/05/17(日) 19:55:34.22oBmIX81Ho (1/1)

そうか巨人騎士だけじゃなく銀騎士も紛い物だったのか


678以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/07/23(木) 06:12:44.80CVlKPQwho (1/1)

待ってる


679以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/08/15(土) 14:47:35.18UHFm7eW/o (1/1)

保守


680以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/08/17(月) 03:37:00.80d4JScyJb0 (1/1)

友に肩に触れられ、兜を覗きこまれても、竜狩りの騎士は立ち上がらない。
立ち上がる力も、理由も無いのだ。


キアラン「オーンスタイン、すまない……貴公ではなく、私がやるべきだったのだ」


キアランの震える声に、オーンスタインは僅かに応える。


オーンスタイン「…王命も、それに類する命も受けられぬ身であった貴公に、振るえる凶刃ではない…」

オーンスタイン「そして、もはや何者もその刃を振るわぬだろう…」

オーンスタイン「…総ては終わったのだ…」


竜狩りはただそれのみを呟いた。
キアランは輝く双剣を身に帯びていたが、それらがオーンスタインの首を掻くことはない。
裁きを下す者は無く、法も信義も、それらを見る民さえ、遥か昔に喪われていたのだから。


ドズゥーン…


大広間の奥からささやかな地鳴りが響き、キアランは振り返った。
かの女神の視線の先には、スモウとかの神の肩に乗る暗月の君主の姿が。


シュルルッ…


王城に充満する神々の気配と、怒りに満ちた雷光とを知り、全てを悟ったその君主は竜狩りに駆け寄った。


古き日のグウィンドリン「愚かなことを……そなたばかりが何故に、こんな…」


オーンスタイン「………」


キアラン「グウィンドリン様、私には決して…」


古き日のグウィンドリン「言うな。そなたに友を斬れとは言わぬ」

古き日のグウィンドリン「竜狩りの騎士を逆徒と視る法も、それらに浴する者も既に亡い。臣民に棄てられ、臣民を棄てた我が身も……もはや位など持たぬ」

古き日のグウィンドリン「それでも命を求めるならば命じよう。汝、友を殺すなかれ」


位を棄てし暗月の女神の言葉に、キアランは何も言わず、ただ首を垂れて深い謝意を示した。
キアランの白磁色の仮面から小さく漏れる吐息は、かすかに震えていた。


古き日のグウィンドリン「オーンスタイン、行こう」


オーンスタイン「………」


古き日のグウィンドリン「貴公の雷はあらゆる番兵を焼いたが、白竜公も、貴公らの友でもある鍛冶師もまだ牢の中だ」


オーンスタイン「…既に、この地には神々に報いてくれるものも、神々が護るべきものもありません」

オーンスタイン「そのような地で…殺戮に穢れた我が腕に、何を行えと言うのです……」


古き日のグウィンドリン「………」

古き日のグウィンドリン「…もう、よいのだ、オーンスタイン」

古き日のグウィンドリン「貴公が手を下さなくとも、いずれはこうなっていたのだ。神が裁かぬなら人が、雷が焼かぬなら闇が、この地を呑んだろう」

古き日のグウィンドリン「闇に蝕まれたならば、こうして我らは話もできず、城さえも塵となったはず」

古き日のグウィンドリン「焼けた家が田畑を焦がす前に、貴公は家を打ち壊しただけなのだ」


オーンスタイン「………」


古き日のグウィンドリン「さぁ、槍を取り、共に牢を破ろう。スモウも大鎚を背負っているのだ。力を合わせれば、白竜公もすぐに自由となろう」


681以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/08/17(月) 08:53:43.29xKQQG1z+O (1/1)

神々が全滅…放逐した一部の神は幸運だったのかはたまな


682以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/08/17(月) 14:13:19.09tBkm0hjtO (1/1)

客観的に考えて生きてるより死んだほうが楽かもしれないと真面目に考えられる時点で相当詰んでる世界だな……


683以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/09/26(土) 00:21:16.06Q3AQdp9SO (1/1)

いくらでも待てる


684以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/11/16(月) 00:47:36.15ycer57U4o (1/1)

保守


685以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/11/16(月) 21:41:10.99xIxc2dDk0 (1/1)



グウィンドリン「我らは書庫へと向かい、白竜公を牢より解き放った。だが、白竜公は書庫に身を潜めたまま、術理の探究に身をやつしていった」

グウィンドリン「書庫を閉じる大王の封印はしかし、封じているのはあくまで門のみ。翼を用いて空を飛ぶ者にとっては、かの封印は他者を締め出すための塀にしかならなかった」

グウィンドリン「無論、太陽の光の王が敷いた封印である以上、闇の手の者たちは塀を越えられず、例え超えても力を削がれ、結晶の番兵に轢き潰されることとなるが」

-
グウィンドリン「……そして、アノール・ロンドを冒す者たちに、闇の手の者どもが混じり始めた頃、我らは大王グウィンの火が弱まり始めたのを悟った」


コブラ「ボウイの手下どもだな。鬼の居ぬ間になんとやらか」


グウィンドリン「不死人とは人の世のみならず、神々の世においても忌み者とされている。彼奴等の一部が、本来の己が立つはずの闇に惹かれるのも、無理からぬことだ」

グウィンドリン「闇の手となった不死人は闇霊となり、なおも我らを下せぬと見るや、より手近な者を殺し、力を高めることに専念しはじめた」

グウィンドリン「火が継がれるまでの間を希望と共に生きるために、街を作った不死たちは数多くいたが、闇霊どもはその地の尽くを襲撃し、死なぬ者たちを殺戮し続けた」

グウィンドリン「そうして生まれたのが、おそらくはあの仮面の騎士たちであろう。何故我らを熟知し、我らの武具を扱えたのかは分からぬが」


コブラ「あんたにとっても奴らは謎だらけか。ただあいつらの口ぶりだと、どうもあんたらと奴らは何度かやりあってるみたいだぞ?」

コブラ「いや、それだけじゃない。あいつらは俺の仲間たちにすら詳しかった。装備、戦法、思考の癖……まるで心を読んでいるかのようにな」

コブラ「だが連中のことを知らないという、あんたの心に嘘が無いことも分かる」

コブラ「ある意味でボウイよりも不気味な奴らだぜ」



時は加速し、景色は切り替わったが、今や切り替わった先の景色をコブラは見慣れていた。
水を打ったように静まりかえっている謁見の広間には、今や何者でも無くなった暗月の神が立っている。
長子の像が無くなって久しいその広間には、もはや玉座すらもない。
その間に入り、暗月の前に跪いたのは、オーンスタイン、スモウ、キアランの三柱であった。


オーンスタイン「いかなる用も、お申し付けください」

その言葉に、コブラとグウィンドリンは強い既視感を覚えたが、古き日のグウィンドリンはただ応えた


古き日のグウィンドリン「うむ。実はかねてより、思うところがあってな」


オーンスタイン「と、言いますと」

キアラン「……」

スモウ「……」


古き日のグウィンドリン「…貴公らを、騎士の任より解こうと思う」


オーンスタイン「!」




686以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/11/17(火) 08:26:13.023dOIRCzVO (1/1)

そりゃコブラ達の立場からすりゃ闇霊ってマジで不気味だよなぁ……


687以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2020/11/17(火) 14:12:31.01VQVR48s+o (1/1)

衰退を見るのは中々にきつい…
しかも本編じゃ結果的に荒らしてしまったわけだしなぁ


688以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/01/29(金) 06:10:11.06si94mcblo (1/1)




689以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/02/11(木) 12:02:08.30TWGllzqL0 (1/1)


世が世ならば論戦を巻き起こし、人の世に伝わる信仰さえも揺るがす言葉となっただろう。
だが忠士たちを護国の騎士たらしめるものが霧散し、人の世からの信仰が、神々の乱れにより同じく歪んだ今、もはやアノール・ロンドに残りし騎士たちは皆、騎士という名誉的称号などに何ら価値を見出すことは無い。
ただ、各々がその自嘲した考えを心底に仕舞い込むことは、ある種、保守的とも言えた。
いざ主君に口に出されてしまうと、己に対してならばまだしも、己が仕える主君に対して申しわけが立たないと考えていたからである。
しかし、その申しわけの立たせようなどはとうに失われていると、騎士たちは皆理解しており、主君もその理を既知していた。


オーンスタイン「………」


古き日のグウィンドリン「そなたらの心苦しさは理解しているつもりだ。だが、この地に残る栄華の残滓などに、みなの生命を細らせるほどの価値があるとは思えぬ」

古き日のグウィンドリン「名ばかりの王たる暗月になど、後ろめたさを思う事などない。枷より抜け出て、自由となるのだ」

古き日のグウィンドリン「しかしなお後ろめたいと思うことも、無論許そう」

古き日のグウィンドリン「だが…我が願いも、偽りなき本心だ」


オーンスタイン「……自由ならば、すでに謳歌いたしました」


古き日のグウィンドリン「待て。そなたのかつての行いを責めているわけではない。我が母の意思は固く。都も既に腐って…」

オーンスタイン「承知しております。そのことではなく、我が身がすでに一度、ベルカの統治の崩壊とともにアノール・ロンドより離れた事についてです」

オーンスタイン「この竜狩りは、グウィネヴィア様を火の神たるフランの元へと逃した後、名を奪われし王子…グウィンドリン様の兄上様のもとに身を寄せておりました」

オーンスタイン「そのような身であったからこそ、知るのです。自由とは、常に失望の影にすぎないことを」



コブラ「フッ……言ってくれるなオーンスタイン」

グウィンドリン「図星か?」

コブラ「この俺にもサイコガンなんぞ捨てて、サラリーマンに戻っちまいたくなる時があるのさ」

コブラ「心ってのは勝手なもんだぜ。不自由だからこそ受け取れるささやかな自由ってヤツを知っちまうと、特にな」



オーンスタイン「振るうべき時に槍を振るえなかったこの身は、しかし、故郷を失えど主君は失わぬ身でもあります」

オーンスタイン「王の都は滅びました。ですが、かつての王都を王都たらしめた光のうちの一筋は、いまだ我が眼を照らしているのです」

オーンスタイン「この竜狩りは、その光から悉く眼を背け、民を棄て、保身へと走った者達と、墓所を同じくするつもりはありません」


古き日のグウィンドリン「………」


古き日のグウィンドリン「…そなたの言葉を頑迷と断ずるのも、容易かろう」

古き日のグウィンドリン「しかし廃都に住み着く流浪の者が、場を穢さぬと言うのならば、あるいは廃都の亡霊も、流浪の者を受け入れるべきなのだろうな」

古き日のグウィンドリン「オーンスタイン。そなたが住まうことを、この亡霊は許そう」

オーンスタイン「…!」


ドスーン


オーンスタインの居候が認められると、処刑者は大鎚を背負ったまま、腕を組んで座り込んだ。
廃都にならば気を遣うことも無く、居候がひとつ増えることなど、誰も咎めぬとでも言わんばかりのその態度は、言質を取ったから現したというだけではなかった。


古き日のグウィンドリン「はは…早くも増えたか。寛がれよ、旅の者よ」


キアラン「………」


690以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/02/11(木) 17:30:32.18gBx+FbjMo (1/2)

キアランの堂々とした居座りっぷり好き


691以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/02/11(木) 17:31:34.46gBx+FbjMo (2/2)

あかん間違えたキアランじゃないスモウだわ


692以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/02/21(日) 06:34:07.57FDABxSs60 (1/1)


キアラン「…グウィンドリン様……貴方様があくまで、自らをして神都の王たり得ぬと仰るのならば、この身も既に王の刃ではありませぬ」

古き日のグウィンドリン「それも道理であろう」

キアラン「ですがこの身は…奮闘が足らず…貴方様の御母君を御救いできなかったばかりか、アノール・ロンドを堕ちるに任せた、罪深き身でもあります」

キアラン「ただ去るなど許されていいはずがないのです」


古き日のグウィンドリン「………」


キアラン「この身は刃の欠けた、大罪者に過ぎませぬ……どうか、お裁き下さい」


古き日のグウィンドリン「…法無き廃都に佇む、ありもせぬ罪を背負いし者を…」

古き日のグウィンドリン「同じく廃都に巣食う亡霊に過ぎぬ我が意思により、スモウの大鎚の贄とすべし、と?」

古き日のグウィンドリン「スモウ?」


廃都に巣食う亡霊は、大鎚を背負って座る巨神に微笑みかけた。
巨神の組まれた腕には、大鎚を握る気配はない。


古き日のグウィンドリン「ふむ。大王の裁きの大鎚と、ベルカの裁き大鎚と、暫定政府の裁きの大鎚の腹は、満たされているようだ」


キアラン「グウィンドリン様…」


古き日のグウィンドリン「オーンスタインとスモウのように、この半蛇の亡霊を主に選び、廃都に住まうもよい」

古き日のグウィンドリン「“元来は亡霊も、暗月の子にして王家の血筋である”と頑なに想い、その王族だった者からの裁きをあくまで欲するもよい」

古き日のグウィンドリン「しかし、この亡霊にも“我”というものがある。グウィンドリンの大鎚を求めるならば、仮面を取り、我がもとへ」


しばしの逡巡の後、キアランは主の声に従い、暗月の君子の前に跪き、兜と仮面を外して胸元に抱えた。
群青色の兜と白磁の仮面から現れた女神の髪は、白金色の艶を纏う金であり、その顔は、幼さを残しつつも精悍さを備えていた。
しかしその表情は暗く沈み、罪悪感によって、眉はひそめられていた。


古き日のグウィンドリン「あくまで王なき都に王を見出し、罪無き身に罪を見出し、法なき場に裁定を求めると言うのならば、裁こう」

古き日のグウィンドリン「このアノール・ロンド最後の主にして、暗月の血筋の長子グウィンドリンの名のもとに、汝に裁定を下す」


キアランの表情から険しさは消えることが無かったが、かの女神の放つ緊張がいくらか和らいだことを、コブラは察知した。
欠けた裁きの刃は王家の威光という、欠けること無き真なる裁きの刃によってのみ、その身をようやく憩う。
その時が来たのだ。


古き日のグウィンドリン「四騎士が一柱、王の刃キアラン。汝をこれよりあらゆる寵愛、あらゆる庇護、あらゆる栄誉、あらゆる任から外し…」

古き日のグウィンドリン「また、それらから生ずるあらゆる責、あらゆる禁則、あらゆる罪科から解放する」


キアラン「ッ!?」


だが時はくれども、威光はキアランを砕かなかった。
大鎚は振られるどころか、握られることさえもなく、スモウの背に掛けられたままである。
暗月の君子は、驚愕をあらわに見上げたキアランに構わず、声を紡げる。


古き日のグウィンドリン「よって、そなたが身に帯びる武具はこれよりアノール・ロンドの尊名より離れ、そなたのものとなる」

キアラン「お、お待ちください!何を言うのですかっ!?それでは道理に反します!」

古き日のグウィンドリン「道理がなんだと言うのだ?」

キアラン「なんっ…!?」


古き日のグウィンドリン「我は王ではなく、ここは神都ではなく、汝らも騎士ではなく、規範は無い」

古き日のグウィンドリン「我はそなたの生命を尊く想った。そして道理はそなたを虐げ、踏み躙りはしたが、我はそれが気に食わぬ」

古き日のグウィンドリン「ゆえに我は、道理の言葉など聞かぬことにした。それだけだ」


693以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/02/23(火) 21:09:57.11cajqfL8Do (1/1)

きてた!


694以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/02/23(火) 21:18:38.56Y1nkHgtv0 (1/1)

乙。
こうして複雑な顛末があった末に無人のアノロンを守り続けてた、とすると、窓から乗り込んで散々荒らしてすみませんでした、という気分になるな。わざわざ隠し部屋に安置してあったハベルの遺品までぶん盗ったし。
いやまあ、不死の試練は活きてたわけだから、招かれて出向いていった立場だとも思うけど。


695以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/03/25(木) 19:20:42.32AwNoTluC0 (1/2)

テスト


696以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/03/25(木) 19:41:37.13AwNoTluC0 (2/2)

テスト


697以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/03/25(木) 22:59:45.05c7N4hi8fo (1/1)

何のテスト?


698以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/03/26(金) 06:02:21.23N9GwjPOO0 (1/1)


キアラン「……なにゆえに…」


古き日のグウィンドリン「裁かぬ暗月を怨むなら怨め。罪なき身を呪いたいのならば、止めもせぬ」

古き日のグウィンドリン「だがそなたが何と言おうと、暗月は意を曲げぬ。折らぬ。断固としてな」

古き日のグウィンドリン「それでも尚、そなたが裁きを欲すると言うのなら、もう構わぬ。そなたを黒森に追放する」


キアラン「!!」


暗月の君子の言葉の末を聞き、キアランは驚愕を露わに顔を上げた。
黒森。またの名を、黒い森の庭。
そこはかつて、人の国の領地であり、今は捨てられ、神の盟友に護られた封地となって久しい。

しかし、かつて王家の森庭と語られたその地に眠るのは、人の豪族たちだけではない。
ウーラシールに赴いたかの神は、しかし帰らず、ただ残った功績と伝説と共に、名をその地に葬られている。
そして、アノール・ロンドに生きる神々には、あるひとつの葬祭の掟が伝わっている。

倒れし者の魂は、倒れし者にとっての真の友のみが継ぎ、心と力を継承する。
神代では、それは戦友の習わしであったのだ。



キアラン「グウィンドリン様…」


古き日のグウィンドリン「立ち去りたまえよ。裁きはくれてやったのだ。もはや我らに用もなかろう」


暗月の君子は返答を求めない言葉、捨て台詞をも吐いたが、声はあくまで柔らかく、優しさを宿していた。
キアランは顔を伏せて涙した。
喪いし半身。半ば死した心。それらを産んだのは、ある戦神を帰さなかった、静かなる森の暗がり。
かつての友が闇を歩き、闇を祓ったその森に送られることが何を指すのかは、戦友の習わしを知るキアランは、涙する程に理解していた。
誰にも護られず、見られぬままひとり逝き、多くの友と未練を残した、供養もされぬ無念の魂が、ようやく憩うのだ。
底深き暗月の慈悲によって。


キアラン「…このキアラン…しかと、神罰を賜りました…」


立ち上がったキアランは涙声まま、涙に濡れた顔を拭うと、兜を被り、仮面をつけた。
顔は隠れたが、はるか以前から暗く沈んでいたその気には、わずかに光がさしたようだった。
そしてかの女神は踵を返し、謁見の広間から去った。



コブラ「ちょいとばかし、俺はあんたを誤解していたみたいだな」


グウィンドリン「誤解?」


コブラ「いやなに、案外と粋なところもあるんだなと思ってよ」


グウィンドリン「粋か……いや、いささか疲れたというだけだろう。この身も心も、多くに長らく縛られていた」

グウィンドリン「その縛りへの、ささやかな反抗心だったのだろう」


コブラ「ふーん…それにしちゃ、女の子を泣かせた時のあんたの口元は、得意そうだったぜ」

コブラ「少しは気が晴れたんじゃないのか?」


グウィンドリン「フッ……そうかもな」



風景が溶け、神々の姿が描き消えていく。
それと共に、コブラは頭の奥底に覚醒の気配を感じていた。
記憶の世界が狭まり、辺りが闇に包まれると、その闇も白みはじめ、眼に陽光の温もりを感じ始める。
消えゆく世界の中で、グウィンドリンに手を触れられて、コブラはその眼を閉じた。



かくして、月と太陽の光の女神の名は忘れさられ、アノール・ロンドは失われた。






699以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/03/26(金) 18:05:28.12mKnJ4g35o (1/1)

そうかアルトリウスか


700以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/03/27(土) 09:04:58.90fKHVpoEao (1/1)

そろそろ話は現代に戻るのかな?


701以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/05/08(土) 15:02:57.59D0vCWM5O0 (1/1)

>>698
×立ち上がったキアランは涙声まま、涙に濡れた顔を拭うと、兜を被り、仮面をつけた。
◯ 立ち上がったキアランは涙声のまま、涙に濡れた顔を拭うと、兜を被り、仮面をつけた。


702以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/05/31(月) 19:56:53.25Aivb6gtgO (1/1)

>>673
ここめっちゃデビルマン


703以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/22(火) 03:25:58.99aNONZ8sW0 (1/2)




コブラ「!」



立ったままのコブラの眼前には、陽光に照らされたグウィンドリンが立っている。
それだけでは現世への帰還に確信を持てなかっただろう。
だが幸いにして、グウィンドリンの肩越しに、見知った相棒であるレディの姿があったことで、コブラはすぐさま状況を認識できた。


レディ「…コブラ?」

コブラ「大丈夫だレディ。俺ならバッチリだ」

コブラ「グウィンドリン、どれくらい時間が経った?」


グウィンドリン「全ては数瞬のうちに過ぎたことだ。ふた息と経ってはおらん」


コブラ「そうかい、アレが一瞬の出来事だとはな。なんだかどっと疲れたぜ」

オーンスタイン「だが休んではおられぬぞ。大法官…いや、暗黒神の憑代たるクリスタルボウイが王の器を置くまで、もはや幾許もない」

グウィンドリン「そういうことだ。我らは急ぎ、祭祀場のフラムトの元へと赴き、器を取り戻さなければならない。ゆえにもはや語らわぬ」

グウィンドリン「火防女よ、そなたも参れ。アノール・ロンドは既に陥ちた。篝火の火を掬い、手に収めよ」


暗月の君主がそう言うと、真鍮鎧の騎士は篝火に屈み、踊る炎を両手で掬う。
掬われた炎はみるみる小さくなり、騎士の手袋を焦がすこともなく、掌に消えた。


ジークマイヤー「お待ちくだされ!コブラに何が…」

ローガン「今は語る時ではないようだ。続きは移動しながらにでも」



グウィンドリンとオーンスタインを先頭に、コブラ一行は篝火が消えた一室から出ると、使者の運び手たるレッサーデーモンが待つ高台へと向かった。
そして道中、ジークマイヤーはたまらず疑問を口にした。


ジークマイヤー「…急いでいるのならば、篝火で語らうことも…いや結構、今のは言わなかったことに」

ビアトリス「どうした?言ってみればいいだろう?言葉を交わす最後の機会かもしれないぞ」

ジークマイヤー「よしてくれ、分かってる。唯一闇を祓えるコブラが目覚めるまでは、我らは動けなかったのだ。そういじめるな」

ローガン「恥じることはない。誰も触れぬ疑問に問いを投げかけることは、探究の始まりとなろう」


遠回しなローガンの嫌味を聴きつつ、オーンスタインは戦友たる狼騎士に想いを馳せた。
唯一闇を祓える者と、かの騎士も呼ばれたが、騎士は遂に戻らなかった。
その事実は、オーンスタインに不吉な結末を予感させるに十分だった。

かくして高台に到着した一行のもとに、二十匹のレッサーデーモンの群れが現れた。
そのうちの十二匹は、コブラ、レディ、ビアトリス、ジークマイヤー、ローガン、真鍮鎧の騎士をそれぞれ掴み上げると、再び飛翔した。
しかしそのまま飛び去ることはなく、残りの八匹のデーモンがことを終えるのを待った。
八匹のデーモンのうち、二匹は二つの大椅子をぶら下げていたのだ。

その椅子は一見して簡素な作りではあったが、それゆえに堅牢に見え、上に伸びた背もたれと手すりからは、四本の縄が垂れている。
ところどころに小さく施された彫刻は、その椅子が高貴な者のためにあることを周囲に見せるものだった。
デーモン達が二つの大椅子を高台に置くと、グウィンドリンが先に椅子に座り、続いてオーンスタインが座った。
そして八匹のデーモンは二組にわかれ、一方はグウィンドリンの椅子の縄を掴み、もう一方はオーンスタインの椅子の縄を掴み、主の声を待った。


グウィンドリン「火継ぎの祭祀場へ」


主がそう言うと、二つの大椅子は宙に浮き、八匹のデーモンは十二匹のデーモンとともに、アノール・ロンドを離れた。
神を失った都は、徐々に陽光の輝きをうしなってゆく。
グウィンドリンが祭祀場に着く頃には、都は夜を迎え、闇の手の者の跋扈を許すだろう。


コブラ「皮肉だな」

グウィンドリン「何がだ?」

コブラ「蛇が神の国を追われてる」


笑みを浮かべたコブラの言葉に、グウィンドリンも唇を綻ばせた。


704以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/22(火) 03:57:40.607zjjCm7DO (1/1)

グウィンドリン様だんだんコブラの影響を受けておられる…


705以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/22(火) 12:42:11.63aNONZ8sW0 (2/2)



フラムト「………ふーむ…」


火継ぎの祭祀場の奧で、蛇は疑問に唸っていた。
アノール・ロンドの潜む方角から、悍ましい闇の息吹を感じたと思えば、その息吹は異質なる輝きの気配に掻き消された。
しかし闇は消えたわけではなく、薄く散らばり、方々へ潜んでいるのだ。


フラムト「あの闇の気配…我らが創造主が目覚めたにしても、あの方を祓う力など、神々にあろうか…?」

フラムト「ううむ…見えぬ…我が友の世が続くに越したことはないのだろうが…」


「けっ、しばらく留守にしてる間に、やたら腐臭に塗れやがる。篝火も消えちまうし、離れ時かねぇ」


悩む蛇の長髭に、男の小さな愚痴りが響いてきた。
愚痴は足音と共に大きくなり、石床を踏みしめ、蛇の元へと姿を現した。




悪人面の男「っ!?クソ化け物が!どっから現れた!?」




木製の大盾を背負い、長槍を杖代わりに歩いていたその男は、蛇を見るや否や槍を構えて怒声を上げた。
睨みをきかせた禿頭には、青筋が立っている。


フラムト「何処から?」

悪人面の男「!?」

フラムト「見ての通りではないか。地の底から伸びておる」

悪人面の男「………」ゴクリ…


悪人面の男「へ、へへへ、なんだ喋れるじゃねえか。俺はてっきり、あんたが人喰いの化け物だと思ったんだぜ?」

フラムト「ふむ?食おうと思えば食えぬこともないが…」

悪人面の男「とっ、とおっ!」ガチャガチャ…

ガラン

悪人面の男「あっ!」


人を食えると言った怪物に盾を構えるはずが、手がもつれてしまい、男は盾を落とした。
反りが設けられた大盾は蛇のそばまで転がってしまった。


悪人面の男「………」


悪人面の男「クソ!!」

フラムト「怯えることはない。食おうと思えばの話じゃ。わしはおぬしを食わぬ」

悪人面の男「化け物を信じろって?なんの冗談だ」

フラムト「信じるか否かではない。事実を話しておる。おぬしは食われておらぬだろう?」

悪人面の男「ああ今はな。だが先のことなんぞ分からんぜ」

フラムト「頑固な者じゃな。ならばわしが寝入った時にでも盾を拾うがよかろう。老いた身じゃ。少し待てばそれで済む」


フラムト「!」ピクッ


間の抜けた男との問答の最中、不意にある気配が湧いた。
その気配は、男がここに来る前まで蛇の心中にあった疑問のもの。潜みし闇の気配であった。


フラムト「不死人よ」

悪人面の男「なんだよ」

フラムト「おぬしの言う通りじゃ。先のことなど何者にも見えぬ。この祭祀場の篝火は消えた。お主は他の篝火を探すとよいじゃろう」


706以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/22(火) 14:02:30.06Q9JbOnBOo (1/1)

パッチきたああああ


707以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 07:23:58.28joB1L1uj0 (1/9)

悪人面の男「………」


食えると言いはしたが食わず、頑固者と呼ばわったかと思えば、お前は正しいと言う。
人を煙に撒くこの言いぶり、上から目線の妙な臭さに、男は不信感を一層募らせた。
このような言葉の連なりは、大抵何かを隠している。
見覚えも、聞き覚えも、やり覚えもあるこの嘘のつき方は、男にとっては徳とやらが高いだけの堕落した聖職者のそれにすぎない。
もっとも、男は聖職者ではなかったが。


悪人面の男「…大蛇の旦那、嘘はいけねえぜ」

悪人面の男「あんた、何か隠してるだろ?俺には分かる、それがなんにせよ大事なことなんだろ?」

フラムト「隠してなどいない。おぬしを救いたいのじゃ」

悪人面の男「ほーら来た!そういうこと言う奴だと思ったぜ。安心しろよ、俺は口が硬いんだ。話してみろよ」


清貧であれ豪奢であれ、聖なる者を自称する者達に共通するものを、男は嫌悪していた。
秘密を秘密のままとして、自らを偽り、目も耳も塞ぐ身でありながら他者に正道を説く、その厚かましさ”も“気に食わないのだ。
だが秘密を暴き、人の俗悪と偽りに触れ続けたがために、自らは悪党となったということを、男は教訓としてこの場で意識するべきだった。
目も耳も理由があって塞ぐ。秘密を暴くものは、その秘密がなんであれ、不運や業を背負うということを。


フラムト「愚か者め!逃げよと言うとろうに!」ガッ


蛇は大盾に噛み付くと…


ブン  ガラァン!

悪人面の男「ハハッ、おいおい落ち着けって!俺は何もしやしないぜ?」


男の足元に投げ落とした。
男はわざとらしい呆れ笑いを浮かべながら大盾を拾う。
その目つきは、何かへの確信がより強まったことを蛇に教える。
だが蛇にとって、今この時だけは、一人の不死人の企みなどはどうでもよかった。
人が神代を支える命ならば、その命はひとつでも多く、災厄から逃れなければならないのだ。


フラムト「分からぬか!あのお方はおぬしをも喰らうぞ!」

悪人面の男「あのお方?そいつは今どこにい…」



何処にいる、という疑問を男が口にし終える前に、空が暗くなった。



悪人面の男「!? な、なんだぁっ!?」



男が空を見上げると、そこには夜空と、欠けた太陽があった。
輝く太陽の中心に見える、塗りつぶしたような、あるいは穿たれたような黒は、徐々に広がり、太陽を食っていく。
それに伴って、夜空に輝く星々も消失を始め、空に赤い輪が浮かぶ頃には、空も地も暗がりに包まれた。
赤い輪とはすなわち、太陽の残り火。闇の印である。


悪人面の男「お、おい…てめぇ、何しやがった!こりゃあなんだよ!」

フラムト「闇じゃよ」

悪人面の男「ああ!?」


蛇に槍を向けた男の脳裏からは、すでに企みなどは無い。


フラムト「偉大なる暗黒。創造の神アーリマンが降臨なさるのじゃ」

悪人面の男「か…神だぁ…?」



男が蛇の言葉を測りかねていると、空と太陽を覆う闇が、水から分たれた黒油のように粒をなして、空と太陽から分離し、剥がれはじめた。
天から剥がれた闇は降り注ぎ、地から剥がれた闇と溶け合って、ひとつどころに向かって渦を巻く。
蛇の眼前、男の眼前に収束する闇の渦は、人の形を成していき、色を発し始めると、天も地も平時の有り様を取り戻していく。
そして天地の全てが、何もなかったかのような静けさに戻った時、そこには明らかなる異物、異形が形を成していた。

透き通る皮膚と、黄金の人骨。二又の鉤爪と、黄金の異相。闇の化身、クリスタルボウイが。


708以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 10:05:12.11L7UcDr3Xo (1/1)

クリスタルボウイは神になったのか……?


709以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 11:17:13.96joB1L1uj0 (2/9)

クリスタルボウイ「ふん、誰かと思えば貴様か、鉄板のパッチ」


パッチ「!?」


クリスタルボウイ「久しぶりだなフラムト。まだ懲りもせず、不死の使命なんぞに夢中になっているのか」

クリスタルボウイ「しかもこのような盗っ人とも絡むとはな。神の墓での働きに興味でも湧いたか」


フラムト「…人の世における貴賤は、この地では関係ありませぬぞ。不死の使命はすべての不死に課されているゆえ」


蛇と怪物が言葉を交わす中、パッチと呼ばれた男はただ、立ち竦んでいた。
暗闇が寄り集まって生じた怪物が、言葉を発した。
それだけではなく、怪物は男の名をも知っていた。
仇名と、盗人という素性。そして恐らくは、犯してきた全ての所業をも。
神も悪魔も、聖者も信仰せぬパッチの心が、クリスタルボウイに屈服するには、それだけで十分だった。
神も悪魔も聖者も、それら全てを見抜くことは決してなかったのだから。


クリスタルボウイ「貴賤は関係無いか。貴様らしい、甘ったれた考えだな」

クリスタルボウイ「だが、気持ちは理解してやれるぞ。人のためと称して人を陥れている貴様も、決して清い者ではないのだからな」

フラムト「わしが清濁のどちらであれ、わしは正道を歩きたいのです。人は闇から生まれ、しかし闇を恐れ、不死と亡者を恐れております。貴方様がお造りになった、神々と同じように」

フラムト「ならばわしは、人と神が望む光の世界を守るだけのこと。貴方様の復讐のために使い果たされるべき命など、この世にはありませぬぞ」

クリスタルボウイ「それを決めるのは俺だ」カシャッ


ズガガガァーッ!!



蛇の言葉に、怪物は鉤爪を返した。
蛇の首に突き刺さった鉤爪は、そのまま伸び進み、頭だけでも人の全身ほどもある巨大な蛇を、石壁に叩きつけた。
上半身まで引きずり出された蛇は壁を突き抜け、その後ろの岩壁にまで押し込められて、たまらず前足を腕のように使い、鉤爪を掴む。
蛇は竜の眷族であるがゆえに、体の造りはむしろ、蜥蜴に似ている。アーリマンがそう定めたのだ。
神は、尊い者に己の似姿を与える。
ゆえに鱗持つ神は、鱗持つ眷族を生むのだ。


フラムト「ゆ…許しは乞いませぬぞ!…貴方様は古き日より…誤ちを重ねている…」

クリスタルボウイ「誤ちか。そう見えるのなら、毒を食らわば皿までだ」メキメキ

フラムト「うごぉ!」


右手の鉤爪で蛇を締め上げている怪物は、その目に暗い輝きを迸らせた。
すると、暗い輝きは鉤爪を通して蛇に伝わり、見える限りの蛇の全身を包む。


フラムト「グアアアーーッ!!」


途端、蛇は叫び声をあげながら、身体の末端から黒紫色の結晶に覆われていった。
輝きそれ自体が、結晶を作り、また蛇の身体を結晶そのものへと変えているのだ。
結晶化は急速に進行し、十秒と経たずに蛇の全身を置換すると…


ベキベキベキッ


空間の全ての方向から押し潰されるかのように縮み、遂には蛇を、人差し指ほどの小さな結晶塊へと変えてしまった。
クリスタルボウイは、鉤爪に掴まれたその結晶を、鉤爪とともに手元に引き寄せると…


ペキッ


結晶を握りつぶした。



ドサッ


パッチは尻餅をついた。
腰を抜かすことは初めてではないが、圧倒的な力への恐怖に屈服したことは、初めてだった。
勝ち目のない戦い、勝ち目のない相手からはいつも逃げてきた。そしてそれらはいつも成功した。
だが、今度ばかりは逃げられない。逃げた先にも、この恐るべき怪物が作った何某かがあるのだから。


710以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 11:21:03.47Gcqo6kQUo (1/1)

フラムト…


711以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 12:02:41.41joB1L1uj0 (3/9)

クリスタルボウイ「さて、ついでにお前にも面白いものを見せてやるぞ、パッチよ」

ガシッ

パッチ「!!」グンッ


クリスタルボウイは、へたり込んだパッチの胸ぐらを掴むと、石ころを拾い上げるような軽やかさで持ち上げた。


パッチ「や、やめろ!頼む!やめてくれ!」

クリスタルボウイ「フッ、遠慮しなくてもいいだろう。俺とお前の仲じゃないか」


そして、やはり重さを感じさせない歩みで、蛇が顔を覗かせていた大穴へと向かう。
パッチの脳裏に、絶対に考えたくない想像が顔を覗かせる。


パッチ「ま、待ってくれ!待ってください!なんでもします!こっ、こう見えても役には立ちますぜ!旦那!なぁ頼むよ!」

クリスタルボウイ「ほーう、なんでもするのか」

パッチ「は、はい!!なんでも!へへ…」

パッチ「へ……」


希望が見えたと喜んだのも、束の間だった。
なんでもすると言ってしまった以上、今最も考えられる己の末路も、その選択肢の内に入ってしまうことにパッチは気付いた。


パッチ「…あ…穴に落ちろっていうの以外は…はは…」

クリスタルボウイ「安心しろ、俺にも仏心はある。落ちろとは言わんさ」

パッチ「……」ホッ…

クリスタルボウイ「ついて来い」

タッ


パッチ「!!!!」


クリスタルボウイは、穴に向かって一歩踏み出した。
パッチを掴み上げたままに。



パッチ「あああああああああああああああああああああああ!!!」


全身を叩く突風の中で、パッチの頭は絶望一色だった。
崖下に突き落とした聖職者の一行のことなど、一片たりとも思い浮かばない。
人の世での経験や、ロードランでの経験なども、走馬燈とはならず、ただ恐怖と絶望だけが吹き荒んでいる。
パッチという男は過去を顧みず、今だけを見据えるをモットーとしている。
なればこそ、現在に絶望が横たわり、そこからはどう足掻いても決して逃げられないと悟ったならば、心はただ砕けるばかりなのだ。


クリスタルボウイはしかし、喚くパッチをを黙らせるでもなく、鉤爪を暗い縦穴の壁に突き刺した。


ガギイィィィ!!

パッチ「あがっ!」ガクン


急な減速でもんどりを打ったパッチは嘔吐しそうになったが、不死人ゆえに胃袋はからであり、胃液のひとつも出なかった。
熱く輝く糸を撒き散らしながら、金切り音を上げてクリスタルボウイは縦穴を落下し続け…


ガヅッ


パッチ「!!!!」


ある高さまで来ると、鉤爪を壁から外した。
パッチは再び始まった加速にまたも恐怖したが。

ドガァン!!

着地の衝撃で気を失った。


712以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 13:08:11.28joB1L1uj0 (4/9)

バチン!!

パッチ「ぐはっ」

バチン!!バチン!!


頬に走った激痛で、パッチは目を覚ました。そして痛みの波に揉まれていることを知った。
パッチに馬乗りになって両拳を振り下ろしている銀仮面の騎士に、拳を止める気配はない。


パッチ「ま…まって…」

銀仮面の騎士「ああ?」バチン


仮面の奥からは、若い男の声がした。


パッチ「ぶっ…ま、まって…」

銀仮面の騎士「聞こえねえんだよ」ブリブリ

ぬちゃっ

パッチ「ぐ!?むぐぐーっ!?」

銀仮面の騎士「聞こえねぇんだよー俺の糞なんて食ってるからー」

パッチ「もがあああああああ!!」

銀仮面の騎士「暴れんなよお前さぁ。お前のためなんだぜ?けつの穴に糞団子つめて、それ出してさ、それお前に食わしてさ、それっぽくするの」ぬちゃぬちゃ

パッチ「かっ…か……」

銀仮面の騎士「不死人は糞できないからな。それっぽくするには、他人の糞詰めるしかないんだよね」ぐりぐり

銀仮面の騎士「でも、おかげで懐かしいんだよな。糞ができるって生きてる証拠だよ。食べてる証拠なんだ」

銀仮面の騎士「尊厳を汚すってことは、尊厳があることを認めることなんだ。ホントに尊厳の無い奴は馬鹿にする気にもなれないからさ、あんたは誇っていいんだよね」


ひとしきり独り言を喋り尽くすと、騎士は馬乗りをやめてパッチを蹴り転がし、糞まみれとなった彼の口にエストを突っ込むと、下半身の装備を身につける。
焼いたパンのように顔を膨れさせたパッチは起き上がれず、力なく口から糞を吹き、エストに溺れながらも、絶え絶えの息を続けるのがやっとだった。


銀仮面の騎士「アーリマン様、パッチが目を覚ましました」


目を覚ますどころか窒息しかけ、今や毒をも食わせられて瀕死となっているパッチの耳に、聞き覚えのある名前が入る。
そして、絶望的な落下からはともかく生還したということを知った。
パッチはどうにか上体を起こし、糞と、糞に刺さったエスト瓶を吐き出した。


クリスタルボウイ「ひどいザマだなパッチ。子の仮面に好き放題されたな」フフフ…

パッチ「ここは…どこだ……子の…仮面…?」ヨロッ…


掠れた声を出しつつも、パッチは糞にドリップされたエストの効果で、皮肉にも活力を取り戻してしまった。
糞の毒に犯された身体も、一時の活力のおかげで、どうにか立ち上がるだけの力を絞り出せてはいる。


子の仮面「よっ」


照れ臭そうに声を掛けてくる騎士を前に、パッチはまたも戦慄した。
仮面騎士の悪霊の伝説は、正気を保つ全ての不死人が知る呪われた物語である。
幾百、幾千もの不死人や怪物たちを殺戮し、その死に何を見出しているのかも分からぬ者達。
その血塗られた伝説が、目の前にいるのである。
その姿、その存在を疑おうにも、物語にある彼らの恐ろしさは、パッチは既に体験している。


クリスタルボウイ「こいつは叩き伏せた相手に糞を投げつけるのが大好きでな。汚物に塗れた相手を指差して笑う、妙な趣味を持つ男だが、なかなかどうして使える奴でな。こうして俺のそばに置いているのだ」

子の仮面「ここだけの話、俺はこの人を殺すために使われてるフリをしてるんだ。これ内緒だからな」

パッチ「………」




713以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 13:37:09.37hHLIO3M/O (1/1)

こりゃまたとんでもないキチガイが


714以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 14:51:52.11joB1L1uj0 (5/9)

クリスタルボウイ「なかなか面白いヤツだろう?だが、俺が見せたかったのはこの男ではない」

クリスタルボウイ「これだ」



クリスタルボウイが右手の鉤爪を掲げると、二又の爪の間から、白い輝きが走った。
その輝きは鉤爪から離れ、クリスタルボウイの頭上に位置すると、大きさを増し、質量を伴っていった。
そして輝きが収まると、あとにはひと抱えもある巨大な器が残った。


クリスタルボウイ「これが神々が、貴様ら不死人に託そうとした使命。王の器だ」

クリスタルボウイ「もっとも、この器も神々の計画、真の不死の使命とやらの始まりに過ぎんがな」


王の器と呼ばれた大器は、クリスタルボウイの視線に導かれ、宙を移動し、置かれるべきところの真上で止まった。
器があるべき場所とは、石の大門の前。枯れた古木の切り株の上である。


パッチ「…なんなんだよ…あんたら…」

パッチ「不死の使命なんて…俺はどうでもいいんだ…なぁ帰してくれよ…頼むよ…」ゴホッ

クリスタルボウイ「返すさ。お前にはメッセンジャーになってもらわなければな」

パッチ「メッセンジャー…?」


クリスタルボウイ「この時の歪んだロードランの地にある篝火は、縁で全て繋がっている」

クリスタルボウイ「過去の篝火も、現在の篝火も、未来の篝火も、僻地のものだろうが、死地のものだろうが関係無くな」

クリスタルボウイ「あの器は、その全ての篝火の縁を利用した転送装置なのだ。器の持ち主は、篝火のあるところに望みのものを転送できるのだ」

クリスタルボウイ「そして篝火の縁は、無の世界に生まれ、世界に光と闇、熱と冷たさ、生と死を生じさせたはじまりの篝火とも例外なく繋がっている」

クリスタルボウイ「更には今は、空前絶後の規模と言える時の合一が起きている。繋がりはより強固に、より正確なものになっているだろうな」

クリスタルボウイ「繋がっているからといって、はじまりの篝火をタダで受け継ぐとはいかんがね」ククク…


クリスタルボウイ「ならばパッチよ」


パッチ「…?」




クリスタルボウイ「はじまりの篝火から生じたものが、他の篝火に移動できるのなら、はじまりの篝火に照らされたものも移動できると考えるのも、自然なことだろう?」




パッチ「………」

パッチ「……あんた…なに言ってんだ……なにをやろうってんだよ…」


クリスタルボウイ「狼煙をあげるのさ」

クリスタルボウイ「この俺の、反撃の狼煙をな」



ガコン…


王の器は、重々しい音を響かせて、古木の切り株の降りた。
そして器の中心からは、地響きとともに、炎にも似た輝きが揺らぎ始める。

しかし、その揺らぎは小さくなり、器の外縁部から立ち上る闇の霧に囲まれ、食い荒らされ、肥大した。
その肥大した様は黒い炎とも言える様であり…



ゴワアァァーーッ!!!




天に向かって噴出する様は、山が自らの死の瞬間に噴き出す、赤黒い火柱のようだった。




715以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 16:06:53.39joB1L1uj0 (6/9)



クラーグ「!?」ボワッ

戦士「うおっ!なんだよいきなり」


種火を調べ終え、次に種火の入れ物を調べていた魔女が、突如として蜘蛛の炎を強めた。
そして飛び起きた戦士に構わず、魔女は種火の入れ物に蓋をして、蜘蛛糸で巻くと、蜘蛛の燃える腹毛に粘りつけた。


ラレンティウス「どうしたんですか?何か不調でも…」

クラーグ「この感覚……まさか…」

ラレンティウス「…?」

クラーグ「魔術師!太陽の小僧を叩き起こせ!」

グリッグス「!?」


ガサササーッ


グリッグスの返事を待たずに、クラーグは蜘蛛足を走らせて、篝火から離れてしまった。
何事かと思ったグリッグスはクラーグの行く先を目で追い、ことの重大さを把握した。
戦士もいきなりのことで若干の苛立ちと共に、炎の蜘蛛魔女を目で追い、同じく事態を知った。



グリッグス「おいソラール!起きろ!」ゆさゆさ

ソラール「なん…なんだ?…どうしたんだいきなり…」

戦士「俺は先に行ってるからな!ラレンティウス!」ダダッ

ラレンティウス「お、おう」ダダッ


グリッグスとソラールを残して、戦士とラレンティウスは、クラーグの後に続いた。


グリッグス「ソラール!はやく起きるんだ!」

ソラール「ちょっと待ってくれないか…いったい何のことだか…」

グリッグス「封印が消えた!」

ソラール「……え?」



グリッグス「消えたんだよ!王の封印が!綺麗さっぱり無くなってるんだ!」



その報は、ソラールの頭を覚醒させるのに十分なものだった。
兜を被り、剣を腰にはいて、グリッグスが指差す方向を見る。
そして見た先には、黄金色に輝く霧は無かった。


ダッ!


ソラールは石畳を蹴って駆け、崩れかかった長階段を滑り降り、土をはねて走り、封印のあった場所に立つクラーグの横に立った。
横一列に並んだ旅の一行の前には、熱気の無い石造の大広間が広がっており、その向こうには、焼土を縦にくり抜いて作った空間に、石の階段を敷いた景色が見えた。



ソラール「何が起きたんだ!?大王の封印が解かれたのか!?」


クラーグ「いや…違う…これは、解かれたのではない」


ソラール「では、どうして…」


クラーグ「砕かれたのだ……誰か、あるいは何かに…」


ソラール「…何か…?」

ソラール「何かとは…それは…なんなんだ?」


716以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 18:12:06.80joB1L1uj0 (7/9)

ゴワアァァーーッ!!!



グウィンドリン(間に合わなかったか…)

コブラ「オッオオオーーッ!!」


祭祀場に開けられた長方形型の穴から噴き上げた、赤黒く輝く力の奔流に、コブラ一行を運ぶデーモンたちは巻き上げられ、方向感覚を失った。


コブラ「クッソーまたこのパターンかーっ!どーしていつもこーなるのー!」グワングワン

レディ「落ちるわコブラーっ!」グラグラ

ジークマイヤー「どわーっ!?」ガシャーン

ビアトリス「ジークマイヤー!?」

ローガン「祭祀場の遺跡に落ちただけだ!運のいい奴よの!」

真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様!グウィンドリン様をお願…」

オーンスタイン「グウィンドリン様!」ダンッ!


大振りに揺られる者、きりもみに落ちる者がいる中で、オーンスタインは求められるより速く、大椅子から飛び上がり…

ズバッ!

グウィンドリンの大椅子を吊る、四本の縄に十字槍を一閃。切断し、大椅子ごとグウィンドリンを抱え…

ガンッ ガンッ スチャッ…

岩壁や遺跡の石積みを蹴って、柔らかく着地した。


ドザーッ!


その隣に、レディを抱えたコブラが砂埃を上げて着地。
一方、ローガンとビアトリスは、高所から飛び降りたとは思えぬほどの静かさで降り立った。
二人の脚には、淡く青色に輝く魔法、落下制御がまとわりついている。


ジークマイヤー「ぐはっ!」ズダーン!


ジークマイヤーは無理矢理に遺跡から飛び降りて、したたかに腰を痛めたが、エストを飲んで事なきを得た。


真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様!グウィンドリン様にお怪我は!?」ガチャッ


木に身を投げた真鍮鎧の火防女は、木から降りつつもオーンスタインに訪ねる。
その声に、グウィンドリンは「大事ない」と応えた。



コブラ「どうも、とんでもないことが起きちまったみたいだなぁこりゃ」

グウィンドリン「大王の封印が解かれたのだ。貴公に施された封印も、既に無いはず」

コブラ「なに!?そいつはいいぜ、俺のサイコガンもついに復活ってわけだ」

グウィンドリン「だが、器を置いたのはアーリマン……貴公の敵、クリスタルボウイだ。篝火はすでに安全ではないだろう。器が置かれたということは、フラムトかカアスのどちらかが、クリスタルボウイに火継ぎの使命を伝えてしまったはず」

グウィンドリン「ならば、クリスタルボウイは火継ぎの儀式を行い、はじまりの火を闇の力で簒奪するか、もしくは消してしまうだろう。まことの闇の力を求るがために」

コブラ「まったく、人が寝てる時にイタズラするような奴はダメだね。躾がなってないな」

グウィンドリン「兎も角、我らは今すぐ王の器を奪い返さねばならない。皆々、寄ってくれ」


グウィンドリンの招集に、不死たちは集まり、コブラも、レディも、オーンスタインも、離れることはない。


グウィンドリン「あの強大な闇に対する策を、我ら神々はついに持つことができなかった。ゆえに戦力と言えるものは、コブラに秘められた謎多き力と、サイコガンだけとなる」

グウィンドリン「しかし、コブラ単身を死地に向かわせるわけにはいかぬことは、貴公らも思うところであろう。コブラ一人を戦わせるなどは、か細き希望をより細め、恩義を忘れ、信義にもとる行いだからだ」

グウィンドリン「ゆえに貴公らも、我らとともに戦ってほしい。時が少なく、多くの語るべきことを語れぬ身で言うのも厚かましいが…もはや我には、そうとしか言えぬのだ」

グウィンドリン「そのような暗月の神に力を貸すと言うのなら、我が身に触れてほしい。我が転移の術は、短い距離ならば容易く飛び越える。我が身に触れれば、瞬く間にはクリスタルボウイの眼前であろう」


717以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 22:43:23.88joB1L1uj0 (8/9)

コブラ「まぁ、そういうことだ。頼むぜグウィンドリン」


グウィンドリンの右掌を、コブラは握った。
それとほぼ同時に、真鍮鎧の騎士の手は右の二の腕に触れていた。
オーンスタインの右手は、グウィンドリンが皆を呼び集めた時から既に、かの神の右肩に手を置いている。


ジークマイヤー「…友と枕を並べて死ねるなど、騎士の誉よな……」

ジークマイヤー「ましてや世のため、人のためにともなれば、今死ねずして何が騎士か」フフフ…

ジークマイヤー「コブラ!この命、貴公にくれてやろうぞ!」ガッ


ジークマイヤーの手は左の二の腕に…


ローガン「神秘を追い求めた老骨が、世の神秘の真髄に触れて死ぬというのも、あるいは乙なものであろうなぁ」

ローガン「騎士が命を預けるならば、魔術師は理力を預けよう」スッ…


ローガンの手は左肩に…


ビアトリス「…偉大なる師を死地に送り、己は逃げたとあれば、私は野にいる自分を誇れないでしょう」

ビアトリス「何より、私には果たすべき使命があるのです。その道を阻む者は、例え暗黒神だろうと討たねばならないでしょう。例え、命が尽きようとも」

ビアトリス「御無礼、お許しください」


ビアトリスの手は、左肘に触れた。
恐るべき大敵を前にして心構えを口にするなど、あるいは意味を持たないかもしれない。
だが心ある者は皆、それぞれに信じたいのだ。
例えその信念が、幻や虚飾、酔いの類であろうとも。
それが、それだけが力となっていくのだ。



コブラ「よぉし、じゃあ地獄に落ちてやるとしようぜ!待たせちゃ悪いからな!」



グウィンドリンを中心として、黄金色の光の陣が現れると、コブラ達一行の姿は薄まり、消えた。





718以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/23(水) 22:59:49.79joB1L1uj0 (9/9)



そして、コブラからの目配せに応えて、残った者が一人。
本当に王の封印が解かれたならば、呼びかけに応えるものもあるはずなのだ。



レディ「………」



さしものレディも、決して小さくはない不安を覚えている。
グウィンドリンの背後に回り、触れているかのように皆に見せつつも、こうして残ったことは正しかったのか。
だがコブラが思ったように、レディもある可能性を思い、それに賭ける価値もあったからこそ、レディはやはり、不安を考えないことに決めた。



レディ「頼んだわよ、コブラ」










719以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 00:26:36.38W9cmFSa50 (1/9)

ブォーーン…



クリスタルボウイ「フッ、来たかコブラよ」



王の器の前に立つのは、使命の簒奪者たるクリスタルボウイ。
その男の背後の暗闇に、輝きが生じると、そこから現れた一団はそれぞれの武器を構えた。


コブラ「王様気取りが好きだなクリスタルボウイ。だが、お遊びもこれまでだ」スッ


サイコガンをゆっくりと抜くコブラに、たまらず駆け出しそうになったのは仮面の騎士だった。
しかしクリスタルボウイからの許しがないために、動けずにいた。


コブラ「その隣のデカブツはお前の新しいお仲間かい、ボーイ?それとも国民第一号か?」

子の仮面「刺客だよ。あんたを殺したあとは、この人も殺すんだ。これ、内緒だからな」

コブラ「やれやれ、オツムのおかしい子としか仲良くできないなんて、なぁんて可哀想なヤツなんでしょ」


ジークマイヤー「仮面の悪霊か……いや、闇の親玉の仲間にしては、あれが一人だけというのも我らには救いだな…」ヒソヒソ…

ビアトリス「だが子の仮面は、仮面の悪霊の中でも特に危険だと聞く。クリスタルボウイはコブラに任せて、我々は奴を食い止めよう」ヒソヒソ…

ローガン「しかし、あのような者との遭遇には慣れたくなかったものだな」ヒソヒソ…


クリスタルボウイ「フッ……サイコガンか。まさかそれが本調子になったからというだけで、俺の前に現れたわけでもあるまい」

クリスタルボウイ「それとも、一度は俺を退けた、貴様にも制御できないあの力に賭けたとでもいうのか?」

クリスタルボウイ「だとしたら、少々期待外れだな」


コブラ「分かっちゃいないな、クリスタルボウイ」


コブラ「いつでも俺は、俺に賭けてるんだ!」ジャキン



ズバオオォーーッ!!!



放たれたサイコガンがクリスタルボウイにぶち当たり、戦いは始まった。
子の仮面は矢のように敵目掛け飛び出し、コブラ目掛けてデーモンの大鉈を渾身の力で振り下ろす。


ガコォーーン!!


その大鉈がコブラの頭に届く前に、竜狩りの槍が一撃を防いだ。


ジークマイヤー「ふんっ!」ブン!


敵陣に突っ込んできた子の仮面の背後から、ジークマイヤーは特大剣を振り回す。
しかし、巨体に見合わぬ素早さで、仮面の騎士はバックスタブから逃れ、ジークマイヤーのツヴァイヘンダーは空を斬った。


ダダッ!

子の仮面「あっ、待って!」


クリスタルボウイに向かって駆け出したコブラを追うべく、仮面の悪霊は踵を返すが…


子の仮面「あ!」


グウィンドリンの展開した浮遊するソウルの雨に、行く手を遮られた。
それだけなら回避行動で突破する自信が、仮面の悪霊にはあった。しかし実行はしない。
ビアトリスとローガンが回避した先に魔法を合わせてきては回避などできず、そこにオーンスタインの雷が叩き込まれれば目も当てられないことになる。


子の仮面「めんどくせえなぁーお前らみんなぶっ殺すからな」


720以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 00:30:17.55W9cmFSa50 (2/9)

今回の投稿はここまで。
あと>>950まで行ったら次スレ立てます。


721以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 00:38:58.42HWvbMP5DO (1/1)

ダクソ基準なら仮面は為す術もなくフルボッコだがさて…


722以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 04:09:39.21jfjpfAuOo (1/2)


子の仮面が一番ヤバいやつっぽいな



723以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 06:17:06.37W9cmFSa50 (3/9)

母仮面
↑装備コレクターの周回勢
同類の仲間を引き連れて敵を待ち伏せる出待ち上等の対人厨
強い

パパ仮面
↑武人気取りのラグスイッチャー
邪魔な味方は普通に切り捨てる
ラグを使わないと緊急事態に対応できず不意打ちに弱い
強い(ラグが)

子仮面
↑糞団子と下指しジェスチャーを常備した煽り厨
倒した相手を煽りまくるが味方も煽りの対象
何考えてるか分からない
強い(多分)

黒森でいっぱい見た


724以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 06:26:20.96W9cmFSa50 (4/9)

いきなりスカトロ描写をするなんてキモ、引くわと感じた方もいたと思うので、仮面巨人が揃ったタイミングでの注意書きでした。
ダークソウルはスカトロ描写多いゲームなんです。ホントに。みんなすぐウンコ投げます。
>>723のレスは物語の上ではかなりメタい内容なので、万が一まとめる際には>>724もろともカットでお願いします。


725以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 06:50:06.54jfjpfAuOo (2/2)

>>723
言われてみたら確かにラグだわ
オマージュ?の発想が凄い


726以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 07:25:25.86W9cmFSa50 (5/9)

ガギィーーッ!!


王の器に一直線に向かうコブラの前に、クリスタルボウイが立ち塞がった。
黒騎士の大剣と黄金の鉤爪が鍔迫り、火花を散らす。


コブラ「俺の仲間をアイツ一人で引き止める気か!?ワンオペのブラック企業は評判悪いぜ!」

クリスタルボウイ「どうせ不死人だ!死んでも蘇れるだろうよ!」ドガァッ!


クリスタルボウイの前蹴りを喰らい、吹き飛ばされたコブラは元いた地点まで押し戻されそうになったが…

ガガガガァーッ

特大剣を地面に突き刺し、ブレーキをかけた。
クリスタルボウイの両目に暗い輝きが走る。
コブラはサイコガンをしまい…


コブラ「勝負だ!ボーイ!」

ダンッ!


特大剣をそのままに、全力で地を蹴って、クリスタルボウイの頭上目掛けて飛び上がった。
そして上昇しながらも、剣から鞘を抜くように、再び義手に手を掛けた。


クリスタルボウイ「バカめ!空中で避け切れると思うな!」

クリスタルボウイ「死ねっ!コブラーっ!!」カッ!!


ズオオォーーッ!!!


クリスタルボウイの目の輝きがより強まった時、その全身から闇の嵐が解放され、空中のコブラ目掛けて殺到する。
コブラはしかし、サイコガンを抜かず…


ピシュッ  ガッ!


王の器が置かれている古木の切り株に、ワイヤーフックを引っ掛けた。
そしてフルパワーで牽引した。


クリスタルボウイ「なにっ!」

コブラ「残念でした!コブラ盗塁しまぁーす!」ビュオォーッ!


空中で急加速したコブラの足先を、闇の嵐は抜け、広大な暗い空間に消える。


クリスタルボウイ「くっ!」バシュッ!


器を目掛けて飛翔するコブラに、黄金の鉤爪が放たれた。


バギイィーーッ!!


その鉤爪を、オーンスタインの雷の大槍が落とした。
鉤爪は全くの無傷であったが、軌道を逸らされてあらぬ方向へ飛んで行く。


クリスタルボウイ「オーンスタイン!貴様…!」


コブラ「でりゃあーーっ!!!」


ガゴオォォーーン!!



王の器が台座に置かれていることが悪いのなら、その台座から蹴り落とせばいい。
コブラを取り逃がしたクリスタルボウイの目の前で、コブラは王の器に飛び蹴りを浴びせた。




727以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 10:37:30.22W9cmFSa50 (6/9)

ドザッ!


金属を打ち付ける確かな手応えを足に覚えつつ、コブラは背中から着地。
その姿勢のまま上体を上げて、古木の切り株の方へと目をやった。


コブラ「なにっ!?」


王の器は、切り株に乗ったままだった。
それどころか、蹴る前と比べても微動だにしておらず、足跡ひとつもついていなかった。


クリスタルボウイ「何をするかと思えばそんなことか」

コブラ「!」チャキッ


ヴァオオーーン!!


闇の嵐による不意打ちを喰らう寸前、コブラは咄嗟にサイコガンを抜き、サイコエネルギーで嵐の威力を軽減した。
しかし、なおも闇は重く…


コブラ「ぐふっ!」ズガーッ!


コブラは宙を舞い、その身を石の扉に叩きつけられた。


クリスタルボウイ「器は俺を選んだのだ。俺以外に、アレを操作することはできん」

コブラ「…ああ、そうみたいだな」ゴホ…


石の門の前で、コブラは起き上がりつつも、何やら手元を気にしている。


クリスタルボウイ「ほう、まだ奇策があるというのか」

コブラ「ああ、あるぜ」ピシュッ


クリスタルボウイの頭目掛けて、コブラはワイヤーフックを発射した。
そのフックをクリスタルボウイは頭を傾けて交わすと、鼻で笑いつつコブラに近付く。


コブラ「これだ!」ダッ!


ワイヤーフックはクリスタルボウイの後方、崖の側の石床に引っかかっていた。
コブラはウィンチの巻き上げをフルパワーのまま固定しており、巻き上げが生む推力と、自身の足が生んだ推力で、弾丸のように速さでクリスタルボウイに突撃し…


ドガァーーッ!


その透明な胴体に、強烈なタックルを決めた。
クリスタルボウイの脚は宙に浮き、コブラ共々崖に向かって突っ込んでいく。

ズザザッ!

そして、崖の手前でコブラは急停止し…


ブワッ!


跳ね飛ばされたクリスタルボウイは、奈落へと堕ちていった。









クリスタルボウイ「お前にはガッカリしたぞ、コブラ」ズオォ…


しかし、クリスタルボウイは奈落から再び現れた。
暗い空中に浮遊する宿敵の姿に、コブラは思わず疲れ笑いを浮かべた。


728以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 12:00:05.24W9cmFSa50 (7/9)

コブラ「やれやれ、ここはラスベガスじゃないんだぜ?マジックショーは間に合ってるだろ」

クリスタルボウイ「そう言うな。奇術が下手なお前に、この俺が本物の奇術を教えてやろうというのだ。ありがたく頂戴しておけ」スッ…

コブラ「!」


ブゴワァッ!


クリスタルボウイが左手をコブラにかざすと、その掌から闇の飛沫が放たれた。
コブラは転がるようにそれらを回避し、回避の終わりぎわに片膝を立てて発砲姿勢を取り、今度はマグナムを二度撃った。


ドウドウーッ!

クリスタルボウイ「フフフ…」カンカァン!

コブラ「くーっ!やっぱりこの弾じゃダメかぁ」


マグナムの弾は尽きて久しい。
装填されているものも、控えているものも、弾丸は全て巨人の鍛冶屋の急増品である。
今や何でできているかも分からない、クリスタルボウイの透明なボディには、傷はおろか埃もつかなかった。


コブラに打つ手なし。
そう判断したクリスタルボウイは、王の器のもとにゆっくりと降り立つ。


コブラ「やめておけ!そいつに指一本でも触れてみろ!後悔することになるぜ!」


クリスタルボウイ「ならば止めてみろ。できるものならな」


器の中心に、クリスタルボウイの左手が置かれると、器の中心に水が溜まっていく。
だが水は、水というにはあまりに暗く、澱んでおり、奇妙な温もり、懐かしさを感じさせる気を纏っている。
おそらくそれは、人の、闇の郷愁なのだろう。


クリスタルボウイ「マジックショーと抜かしたな」





クリスタルボウイ「生憎、ショーが始まるのはこれからだ」







729以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 13:13:48.32W9cmFSa50 (8/9)

ジークマイヤー「おおりゃー!!」ブォン!!

ジークマイヤーが横振りに振り回した特大剣を、子の仮面は転がって回避し、その勢いのままビアトリスに向かう。

ガギャアッ!!

その仮面の悪霊に向かってオーンスタインは槍を振り上げた。
しかし、その槍先は結晶の盾に防がれ、刃は通らず、雷も悪霊を十分には焼かなかった。
ただ、衝撃は悪霊に伝わったために、子の仮面はローガンに向かって跳ね飛ばされた。

シュゴォーッ!!

ローガンは向かってくる子の仮面に向かい、ソウルの槍を放った。
一方、子の仮面は背中から抜いた大剣を石床に突き立てて身体を止め、そのクレイモアを放置して、ヘッドスライディングの形でローガンの足元に突進した。
急に敵が目の前から消え、足元に出現したために、ローガンはソウルの槍を外した。

ジークマイヤー「危なっ!」ガシャン!

尻もちをつく形で、ジークマイヤーがソウルの槍をかわしきったのと…

子の仮面「……」グビグビッ

子の仮面が、ローガンの腰に下がったエストを呑むのとは同時だった。

ババッ!!

そこへと突き出される、竜狩りの槍の二連突きを、子の仮面はバク転で回避すると…

子の仮面「ていっ」ドン

ビアトリス「えっ?」

浮遊するソウルを展開したばかりのビアトリスを、奈落へ向けて突き飛ばした。


子の仮面「……」ボボボン!

ジークマイヤー「うおおっ!?」ガバッ


仮面の悪霊が浮遊するソウルを全弾浴びた瞬間、ビアトリスは崖から落ちる寸前に、ジークマイヤーの伸ばした手に助けられた。

子の仮面「んぐっ、んぐっ」

ソウルに顔を焼かれながらも、仮面の悪霊は自前のエストをラッパ飲みする。
重鈍なジークマイヤーは、ビアトリスの救出に手間取っており、手が離せない。

ドスドスッ! ボン!

子の仮面は、自身にグウィンドリンの放った弓矢と、ローガンのソウルの太矢が刺さっても、エストを飲むのをやめなかった。
エストの回復力が、攻撃の威力を上回っている。

ビュンッ!!

エストを強引に飲み続けた子の仮面の首目掛け、オーンスタインの目にも止まらぬ横凪が一閃されたが…

バオッ!!

先程までとは比べ物にならないほどの身のこなしで、子の仮面は蜥蜴のように、地表を滑るように槍を回避。
ローガンに組み付くと…

子の仮面「これあげる」ブンッ!!

グウィンドリン「!?」ドォーン!

ローガンをグウィンドリンへ向けて投げ飛ばした。
極めて高い膂力で放られたローガンを受け止めるほど、グウィンドリンの膂力は強くはない。
グウィンドリンはローガンに跳ねられ、ともに闇へ落ちるところで…

バッ!!

オーンスタインの両手に、ローガン諸共抱き止められた。

ズガーッ!

オーンスタイン「ぐっ…!」

仮面の悪霊はオーンスタインの背中にダガーを突き立てた後…

ドゴオォーーッ!!

ジークマイヤー「なっ!?」

ビアトリスを引き上げてる途中のジークマイヤーに向かい、かの騎士の背後でフォースを炸裂させた。
ジークマイヤーとビアトリスは衝撃波によって吹き飛ばされ、縦穴の闇へと落下を始めた。


730以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/24(木) 15:24:31.57W9cmFSa50 (9/9)

ドシュッ!!


子の仮面「おほっ!?」


思わず驚嘆の声をあげた仮面の悪霊を、オーンスタインは無視した。
その右脇にはグウィンドリンとローガンを抱え、左手には竜狩りの槍を持っている。
その槍先は、ジークマイヤーの鎧の右脇と、ビアトリスのロングスカートを貫いていた。
ジークマイヤーの鎧は丸く膨れており、内部に空洞が多い。
曲面に弾かれぬほどの鋭い一閃を精妙に発せたならば、曲面を貫き、装着者を傷つけないことも可能だろう。
逆さ吊りにされたビアトリスは、杖持つ右手で帽子を押さえつつ、残った左手で必死に槍にしがみついている。


オーンスタイン「ふんっ!!」ブオォアッ!!

子の仮面「!」


二人の不死をぶら下げた槍を、オーンスタインは横に振った。
仮面の悪霊はやはり屈んで回避しようとしたが…


ガコォン!!

子の仮面「ぶぇ!」


ぶら下がったジークマイヤーの脚に引っ掛かり、顔に踵落としを食らった形となった。


ジークマイヤー「おうっ!?」ガララァン!

ビアトリス「きゃ!」ドサッ


遠心力で槍から抜けた二人の不死は、多少は混乱しつつも再び戦闘態勢をとり、石床に降ろされたローガンとグウィンドリンも杖を構える。


子の仮面「あー、食い物が食えたらな。吐けたなぁ今の」


仮面の悪霊は脳を強かに揺さぶられ、石床に手をついて、頭を振っていた。
オーンスタインはその頭に向け、竜狩りの槍を上段に構える。




ドゴゴゴオォォーーッ!!!!



その槍は振られることなく、オーンスタインは構え直した。
王の器の中から突如として噴き出た黒い大火は、冷たい不吉な光で大空間を照らす。
その光が人の顔を照らしたならば、そこには死相が見えた。


ジークマイヤー「なん、なんとぉ!?」

ビアトリス「神の器から闇が!?」

ローガン「これは…人間性?…いや、しかし…」


オーンスタイン「グウィンドリン様!?これは…」


グウィンドリン「そんなはずは…このようなことはあり得ない!」

グウィンドリン「王の器から闇の力が放たれるなど……神と、神が作りし物は、強い闇を受ければソウルを食われ、存在は喪われるはず!」

グウィンドリン「『闇に成る』などと、そのようなことがあり得るならば、なにゆえアルトリウスは深淵より戻らなかった!」


クリスタルボウイ「この器が神の物なら、確かに闇を受ければ砕けるだろう」

クリスタルボウイ「だが、これは貴様ら神々が思うようなものではないのだ」


グウィンドリン「………」


グウィンドリン「まさか王の器を作りしものは……我が父上ではなく、世界の蛇……闇撫での、カアス…」




731以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/06/25(金) 07:56:43.21QhrgqKxDo (1/1)

一気に来てた
今から読むぜ


732以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/07/08(木) 05:43:10.72FpoEiwS80 (1/1)

オーンスタイン「カアス!?あやつが…!?」


クリスタルボウイ「ようやく気付いたか。その通り、あの器を作ったのはヤツら世界蛇だ」

クリスタルボウイ「俺が器を作ってしまえば、なんらかの不可抗力で俺が神々を食い損ねた場合に何かと都合が悪いが、かといって貴様ら神々に器を作らせるわけにもいかん。計画に余計な手間が増える」

クリスタルボウイ「だが竜から生まれ、闇へと流れて蛇となった世界蛇が、器を作ったとなれば話は別だ。俺の企みが貴様ら神々にバレたところで、俺の秘密兵器である器の真の力は明かされることは無く、神々が世界の蛇を探ろうにも、世界の蛇はフラムトを除く全てが闇の勢力下にある。神々が闇に触れられぬとなれば、こちらはフラムトだけを騙すだけで事足りる」

クリスタルボウイ「俺の記憶にも存在しない器だったおかげで、探し出すのに一苦労したが、それも保険と思えば安いものだ」

クリスタルボウイ「しかし実に滑稽だったぞ!フラムトは最後まで、火と光が人間を、そして神々を導くと信じて死んでいったわ!」


グウィンドリン「クリスタルボウイ…貴様……父上の友たるフラムトをも、その手にかけたというのか!」


クリスタルボウイ「安心しろ、俺はまだまだ手にかける。手広く仕事をするのは慣れているからな」


クリスタルボウイが挑発していることなど、グウィンドリンには分かっていた。
だが父グウィンの遺した、故意には行われなかったであろう裏切りと、フラムトの死。それらを嘲笑う者の存在を、グウィンドリンはこの瞬間だけは許すことができなかった。
グウィンドリンはクリスタルボウイに杖を向け、ソウルの大光球を放とうとしたが、蒼く輝くその杖をコブラに制された。


グウィンドリン「コブラ!なにを…!」

コブラ「やめときな。ジークとビアトリスもこっちに来てくれ。小休止さ」


口惜しくも杖を下げたグウィンドリンの元へ、ジークマイヤーとビアトリスが合流し、コブラの一行は一箇所に集まった。
それを見下ろすクリスタルボウイと、コブラ一行を正面に見据えて立っている仮面の悪霊に、攻撃の意思は無い。
子の仮面は倒しきれぬ相手に斬りかかるほど愚かではなく、クリスタルボウイにとっては、今のコブラは金鉱である。
光がより強まる時、闇もまた強まる。今殺すには惜しいのだ。


コブラ「らしくないなクリスタルボウイ!耳寄り情報で時間稼ぎなんて、まるでセールスマンみたいだぜ!」



クリスタルボウイ「フッ、慣れないことはするものじゃ無いな」

クリスタルボウイ「だが、時間を稼いでいるのは貴様も同じだろう」


コブラ「大当たり」ニッ




コブラ「今だ!レディ!」




コブラが腕時計に号令をかけると、縦穴の上奧、まさにこの大空間の唯一の物理的出入り口から、閃光が走った。
突然の輝きに、コブラ以外の全ての者が頭上を見上げようとした。
しかし、輝きは彼らに見上げることを許さぬほどに眩く、そして破壊的だった。


子の仮面「あ」


ドゴゴアアァーーッ!!!


ビアトリス「うわぁっ!」

ジークマイヤー「ぬおおっ!?こ、これは!?」

グウィンドリン「くっ…!」


縦穴の幅を広げ、クリスタルボウイに直撃したエネルギーの奔流は凄まじく。
クリスタルボウイに降り注いだ光は、強大な暴風と熱を伴っており、クリスタルボウイの近くにいた仮面の悪霊を蒸発させた。
コブラの一行は、雷の使い手たるオーンスタインさえも含めて、輝きにひるみ、暴風に飛ばされまいと身を伏せた。
その一向に向けて、爆風に吹き飛ばされたパッチが転がり込んだが、あまりの輝きの強さに、誰一人としてそのことには気付かないようだった。
そして輝きが収まり、辺りが砂埃に包まれている時に…


ゴワァァーーッ!!!


その砂埃を巻き上げて吹き飛ばし、タートル号は舞い降りた。



733以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/07/08(木) 16:38:38.81dU2azOwho (1/1)

タートル号!?


734以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/07/08(木) 19:29:37.93RQs3B/yuO (1/1)

どうやってここに!?


735以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/07/10(土) 18:38:30.72oDMU19Fv0 (1/1)

ジークマイヤー「なっ……!?」

ビアトリス「なんだぁっ!?」

ローガン「せ、石棺が空を飛んどる…」


コブラ「紹介するぜ。こいつが俺の船、タートル号だ。さっきのどデカい光はタートル号の主砲、スーパーブラスターから発射されたものさ」

コブラ「ブラスターの威力は宇宙戦艦も鉄クズに変えちまうほどだ。レディはここら一帯を吹っ飛ばさないようにパワーセーブは掛けていたみたいだが、仮に最弱設定でも直撃弾を食らって破壊されないサイボーグはいないぜ。ボウイのやつがサイボーグですら無くなったってんなら、話は別だがな」


オーンスタイン「船…?…これが…?」

真鍮鎧「こんな鉄の塊が、宙に浮くというのか…」

グウィンドリン「コブラ、これはいったい…」


コブラ「時の大合一に賭けたのさ。過去の物も未来の物も、秘境も公園の空き地も全てがこのロードランでは存在するんだろ?」

コブラ「たしかに、この前まではコイツを呼び出すことは出来なかった。だが貴い物を封印して守るという、王の封印が解かれたらどうなるかは試してなかった」

コブラ「呼べたら万々歳。呼べなかったら……まぁその時の俺に任せたさ」

オーンスタイン「任せた……」

コブラ「しかし王様は中々の審美眼をお持ちのようで。封印されてたおかげで、この前メンテナンスした時と何も変わってないぜ」


スーパーブラスターが撃ちこまれた地点、クリスタルボウイが浮遊していた石畳は、黒く炭化し轟々と炎をあげている。
消滅した仮面の騎士の、莫大な密度を持つソウルはその炎の周りを漂っていた。


レディ「戦況を聞こうかしら、コブラ?」ウイィーン


滞空飛行中のタートル号の開いたハッチから、レディはコブラに尋ねる。
コブラは肩をすくめた。


コブラ「いやもうぜーんぜん駄目。押しても引いてもビクともしない。出直しだ」

コブラ「ボウイのヤツは…」

オーンスタイン「残念だが、貴公らの船でも、死には至らしめぬようだ」

コブラ「なに?」


燃え盛る炎の周囲を浮遊するソウルが、千々に分かれて炎に吸われた。
ソウルを吸った炎からは、黄金色の輝きが垣間見える。
だがその黄金色は、神の雷とは相反する者の輝きである。
そして輝きは炎を割って、擦り傷ひとつも無い透明な身を露わにした。



クリスタルボウイ「今の秘策は中々斬新だったぞ。昔の俺なら砕かれていただろうな」



ジークマイヤー「オ…オオォ…」

ビアトリス「そんなバカな…」

コブラ「へっ、なんてタフさだ。俺にはもう、お前が何者なのか分からなくなってきた」


クリスタルボウイ「何者だろうと構わんよ。お前を殺し、アフラ=マズダへの復讐を果たせればそれでいい。あとはギルドの好きなようにさせるさ」


クリスタルボウイ「さてと、それではひとつ、俺のほうの答え合わせもぼちぼち始めるとしようか」

クリスタルボウイ「俺の秘策は、これだ」




クリスタルボウイは左手を掲げ、パチンと指を鳴らした。
行ったこと、そして他者が目で確認できることは、それだけだった。







736以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2021/07/11(日) 02:28:42.85SXB4DH/W0 (1/4)


蜘蛛魔女のクラーグは、火勢を抑えた蜘蛛腹に不死たちを載せ、溶岩だまりを歩いていた。

王の封印の先には、魔女たちから直々に炎の魔術を教わった、デーモンの炎司祭が番兵として立っていたはずだったが、炎司祭の姿は無く、混沌に飲まれて機能を狂わせた石像たちも、姿を消している。
ゆえに封都への道程も、驚くほどに何事も起きない。
不死を荷のように担いで歩くという無茶も、その平静に頼った行いだった。
その静かな行進の容易さのためには、クラーグも荷馬車の真似事の屈辱を我慢できた。


戦士「うぉ…」


不死たちの一人が声を上げたが、驚いていたのは他の不死たちも同じだった。
地下の大空洞を煌々と照らす溶岩だまりは、クラーグの足元から、遠くに見える岩の塔の向こうまで続いており、その大空洞の至る所に、燃える木々と、朽ちた竜の下半身が点在している。


グリッグス「ここは…」

クラーグ「我が故郷、イザリスだ。今は混沌に呑まれ廃都と化しているが、昔は母上の生み出した偽りの太陽に照らされ、地上のように緑も豊かな都だった」

クラーグ「病み村が腐敗に沈む前は、かの大水道も我らの物だった。都には水が引かれ、小川も噴水も、畑もあった」

クラーグ「魔女の神秘や智慧を求めて、人や神が都を歩き、魔女見習いの呪術師たちが彼らの生活を支え、炎の魔術に長けたデーモン達が皆を守っていた」

クラーグ「そのような栄華を極めし時も、この都にはあったのだ」



ラレンティウス「………」



クラーグ「……生意気だな、ラレンティウス」

ラレンティウス「!? なん、なんでしょうか」

クラーグ「未熟者の分際で同情などしおって。この都は貴様の明日の姿かもしれんのだぞ」

クラーグ「炎を前にするならば、奢った想いは捨てよ。哀れみなど不要だ」

クラーグ「制御を知り、制御できぬを知る。それを畏れておればよい」

ラレンティウス「……申し訳ありません、でした」

ソラール「………」
















ドドゴアアァァーーーーッ!!!!



クラーグ「!」


燃える都の岩塔が、轟音を上げて突如、溶岩だまりに沈んだ。
沈下の速度はあまりにも速く、その様は沈下というより落下と言えるものであり、更に沈んだのは岩塔だけではなく、その周辺の溶岩だまりや竜の脚までも飲み込み、沈下の範囲を急速に拡大させていく。
沈下現象は燃える木々を飲み込み、炭化した亡骸を飲み込み、焼けた遺跡群をも沈めていく。


戦士「なんだ!?何が起きた!?」

クラーグ「地盤が割れた!逃げるぞ!」

ラレンティウス「地盤が…!?」

クラーグ「混沌が溢れた折に、地下の多くが破壊を受けたのだ!掴まっていろ!振り落としても拾いはせ…」


不死たちが蜘蛛腹の長毛にしがみついた瞬間、廃都イザリスの遺跡群があった地点から、音すらも聞こえぬほどの大爆発が起きた。
その凄まじい閃光は不死たちから視力を奪い、その音は鼓膜を破り、放たれた熱波と衝撃波は、炎を操るクラーグの力に遮断されてなお、鎧を熱し、衣服を炙った。
クラーグは炎の土石流とも言える爆発を、逸らし、弾き、相殺したが、衝撃波に押され、今にも宙へと放り上げられんばかりにその身を揺さぶられた。