758 ◆9.kFoFDWlA2017/06/18(日) 23:51:17aDxwcLGU (13/15)


 そして、その他の重巡以上の艦娘であるが、


足柄「私はいつだって洗練されたボディよ!! 自己管理は基本! 誰にも負けないわ! それはそれとしてロードバイクは早く欲しいけど!!」

愛宕「お腹がぱんぱかぱかぱかぱかぱかぱーーーん――――なんてことはなかったわ! うふふっ。マメに運動してるもの♪」

霧島「お姉さまたちのカロリー計算は、この霧島が完璧に管理しています。金剛型の頭脳ですから」

長門「ビッグセブンは非番であろうと常在戦場! 日頃より鍛え方が違うのだ!」

陸奥「そうね、この体を保つための努力は怠らないわ。私だってビッグセブンだもの、うふふ」

武蔵「フッ、この武蔵とて抜かりはない」

日向「今日も瑞雲は美しい……美しい瑞雲を駆る我々航空戦艦もまた、日々を漫然と過ごすことなく、意義あるものとしなくてはな」


 そして意識高い系は、常に自分磨きを忘れない。それは勤勉と言うより、もはや習性とか本能とか魂に染みついた宿縁とか不治の病とかそういう類のものである。


加古「くぁ…………ねみィ…………今日は非番だし、天気は良いし、ゴロゴロして過ごすかなァ」

古鷹「もー、加古ったら。ご飯食べてすぐに寝ちゃうと牛になっちゃうよ!」

青葉「そーだよー。せっかく天気がいいんだし、皆でサイクリングいこーよー」

衣笠「そうそう、青葉の言う通り! 今日は風も緩やかだし、いいサイクリング日和よ!」


759 ◆9.kFoFDWlA2017/06/18(日) 23:55:12aDxwcLGU (14/15)


加古「それもそっか……眠気覚ましだ。しっかしアレだね、島風と夕張のレースも観てみたかったけど……あたしらは試乗会でバイク買ってよかったなぁ」

最上「今日も昼カレーがおいしいなぁ。提督が一緒なら毎日でもいいのに」モグモグ

熊野「ですよね、最上さん。はむ、はむはむはむ!! ん~~♪ 今日のカレーも実においひぃれすわぁ~~~♪ あら? むぐ、ごくん……どうしましたの鈴谷? 食べないのですか?」モグモグ

鈴谷「…………」

熊野「今日は、もぐ、哨戒任務、もぐだから、食べなきゃ、はぐ、もちまふぇんわよ?」

那智「その腹を見て察してやれ……全く嘆かわしい。そもそも体型が劇的に変化するなどと言うことがあるのか? 全く貴様といい羽黒といい、改装したわけでもあるまいに……設計書に不備があるのではないか?」

鈴谷(そのサ〇ヤ人の髪型理論はどうかと思う)

羽黒(な、那智姉さん……今日も心に突き刺さるお言葉です)

妙高「三隈さんは、もっと食べた方がいいのでは? なんだか、また細くなってるみたいです」

三隈「モガミンや鳳翔さんにもそう言われてるんですけれど、私、胃が小さいのか小食で……皆が羨ましいです。ここのお食事は美味しいけれど、あまり食べられなくって」

妙高「ふふ、確かに損してるみたいですね。ですが、確かに細くなってますね……(提督に相談しようかしら……差し出がましいかしら?)」


 というか彼女たち重巡・航巡……そして一部の空母・軽空母は戦艦に次ぐ健啖家が多いが、朝にガッツリ食べて昼は少な目、夜は炭水化物の摂取も控えめという太りづらい食事の摂り方をしているため、理不尽というほどでもない。

 三隈に至っては痩せすぎであった。健康診断でも毎回貧血気味と言われているので、鳳翔と間宮と伊良湖があれこれ苦労して食事の面倒を見ている。

 しかし最上や加古、そして瑞鶴や龍驤はかなりの理不尽体質である。食った先から燃焼してパワーに変えていく類の体質で、朝も昼も夜もガッツリ食べてなお全く体重に変化がない。


760 ◆9.kFoFDWlA2017/06/18(日) 23:58:01aDxwcLGU (15/15)


 熊野と那智は元々が太り難いのだろう。那智は毎晩酒まで嗜んでいるというのにスレンダーなプロポーションを誇っている。

 だが、彼女たちはまだマシな部類である。本当の理不尽というものは、もっと残酷で、どうしようもなく―――――。


潮(う、うーん、潮、やっぱりちょっと太ったかなぁ……制服が、ちょっときついかも)ボボンッ

千歳(千代田に口を酸っぱくして言っていた立場だけど、なんか体重増えたかしら。胸のあたりが……)ボボボン

扶桑(ふぅ、実戦がなくなったせいか、運動不足なのかしら………肩がこるわ)バァーン

山城(はぁ………今日も今日とて肩が凝って仕方ないし……ホント不幸だわ)デデン

浜風(カレーがメッチャ旨いですマジ堪能ありがたや)ガツガツガツガツ


曙(潮は大切な妹で、大切な親友だけど――――このたわわだけは嫌いだわ)

千代田(千歳おねえ!? ずるい! ずるいよそれ!?)

満潮(駄肉がッ………)

時雨(扶桑と山城には失望したよ……)

不知火(沈め)


 極一部分だけ体重が増えるというチート染みた存在である。


761 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:00:120uELiMpk (1/18)


 いずれにせよ排水量(意味深)が増した艦娘達の心は一つであった。


艦娘((((提督(司令)にバレたら地獄を見る))))


 きっと悪魔のような笑みを浮かべてブートキャンプを開始するだろう。ここぞとばかりに。

 信賞必罰。戦で活躍した艦娘を褒め称え相応の褒賞を与えるのも提督の仕事。

 そして軍人、軍艦にあるまじき無様を晒したものに罰則を与えるのも提督の仕事。

 そういうところに関して、ここの提督は恐ろしく容赦がないのだ。

 慈悲なく容赦なく万遍なく、肉体と精神を追い込みにかかるだろう。


ゴーヤ「最近は燃料調達の出撃も少なくなってきて、ゴーヤたちも暇な時間が増えたでちね! ロードバイクが届いたら、ぱーっとサイクリングに繰り出そうね!」

イク「趣味の時間が増えたってことなのね! てーとくに教えてもらったバイク、早く届かないかな……待ちきれないのね!」

はち「………そうね。提督と一緒に過ごせる時間が増えるのは重要だと思います」

イムヤ「司令官と一緒に潜ることはできないけど、走ることはできるわよね!」

まるゆ「みんなで自転車でのーんびり風景を楽しみながら走ってみたいなぁ」

しおい「あ、いいね! いいと思う!!」


762 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:01:520uELiMpk (2/18)


 いずれにせよ排水量(意味深)が増した艦娘達の心は一つであった。


艦娘((((提督(司令)にバレたら地獄を見る))))


 きっと悪魔のような笑みを浮かべてブートキャンプを開始するだろう。ここぞとばかりに。

 信賞必罰。戦で活躍した艦娘を褒め称え相応の褒賞を与えるのも提督の仕事。

 そして軍人、軍艦にあるまじき無様を晒したものに罰則を与えるのも提督の仕事。

 そういうところに関して、ここの提督は恐ろしく容赦がないのだ。

 慈悲なく容赦なく万遍なく、肉体と精神を追い込みにかかるだろう。


ゴーヤ「最近は燃料調達の出撃も少なくなってきて、ゴーヤたちも暇な時間が増えたでちね! ロードバイクが届いたら、ぱーっとサイクリングに繰り出そうね!」

イク「趣味の時間が増えたってことなのね! てーとくに教えてもらったバイク、早く届かないかな……待ちきれないのね!」

はち「………そうね。提督と一緒に過ごせる時間が増えるのは重要だと思います」

イムヤ「司令官と一緒に潜ることはできないけど、走ることはできるわよね!」

まるゆ「みんなで自転車でのーんびり風景を楽しみながら走ってみたいなぁ」

しおい「あ、いいね! いいと思う!!」


763 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:02:410uELiMpk (3/18)


ニム「ロードバイクなら、対潜に強い駆逐艦や軽巡にも負けないから!」

夕立「勝負するの、楽しみっぽい! 新しい遊びっぽい! これなら提督さんとも一緒に遊べるっぽい!」

村雨「いいかもね! 私たちも、そろそろ戦い以外のことに目を向けても良い頃なのかもしれないわ」


 そんなこととは関係ない者達は、純粋に平和を楽しんでいる。

 だが、一方で現実を認めないものは存在する。


阿賀野「………」


 彼女は軽巡洋艦・阿賀野型のネームシップである阿賀野。そう、阿賀野である。

 その胸は豊満であった。

 豊満であったが……。


阿賀野「………」チラッ


 阿賀野型の制服は、へそ出しルック。これはもはや世界的な常識である。


764 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:04:160uELiMpk (4/18)


 阿賀野は美少女であった。

 ややあどけなさの残る顔立ちは上品で、しかし快活な性格が少女らしい健康的な快活さを残しつつも、スタイルは抜群。

 顔は小さく胸もおしりも健康的な丸みを帯びている―――だが、今の阿賀野はそうではない。


阿賀野腹「ヤァ」デブーン


 下っ腹が出ている。

 決して隠せない、隠しきれない大罪の一つ『怠惰』が物理的にHello, World!していた。決して残像などではない。質量を持った実体である。


阿賀野「………大丈夫!」ウン


 かつてイタリア遠征(という名のサボリ旅行)に行ったとき、街では良く見た光景だ、と阿賀野はうんうんと頷き、己を納得させた。

 自分に甘く、妹にはだらし姉。

 人、それを最新鋭軽巡(笑)という。


765 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:05:200uELiMpk (5/18)


能代「アウト」ガシッ

阿賀野「えっ」

矢矧「アウトね。もう我慢の限界……ここは日本よ、阿賀野姉さん」ガシッ

阿賀野「えっ、やだ、心を読まないで……」

酒匂「ぴゃあ~、アウトだねっ!」ガシッ

阿賀野「えっ………いやいや、なんでお姉ちゃんを引きずるの? ねえ、なんで? ねえ………なんか言ってよ、言ってちょうだいよ、怖いよ三人とも、ねえ………」


 たとえイタリアで良く見る光景だとしても、ここは日本であった。

 そしてこのまま阿賀野が堕落すればいずれイタリア腹はアメリカ腹となるだろう。肥満率が全人口の50パーセントを越えると言う狂気の国だ。

 阿賀野の妹たちは、そんなネームシップの堕落を許しはしないのだ。これも愛ゆえにである。


矢矧「阿賀野姉さん……私たちね? 姉さんのだらしない腹にはいい加減にウンザリさせられてるの」

阿賀野「酷くない?! ねえ、実の姉にそれは酷くない!?」

酒匂「ぴゃ~、ヒドイのはお姉ちゃんの生活習慣とそのお腹だよぅー。阿賀野原広し? みたいな?」

能代「酒匂の言うとおりです。平和になった途端、来る日も来る日も食っちゃ寝食っちゃ寝……」

阿賀野「も、燃え尽き症候群って言うか? ほ、ほら、平和なんだし、いいかなーって……」


766 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:06:420uELiMpk (6/18)


矢矧「思い付きで始めたランニングもスイミングも長続きしないでダメ………屑かしら?」ハァ

阿賀野「」


 愛ゆえの鞭であろう。


矢矧「こうなれば手段を選んでいられないわ。提督にバレる前に、強制的にロードバイク地獄に入ってもらうわ」

阿賀野「うぇえっ!?」

能代「川内型のお三方が先日ロードを納車したそうだから、ちょっとお借りしてひとっ走りと行きましょう。大淀さんにもお借りできるか聞いてみます」ズルズルズル

阿賀野「え、ええーーー? そのぅ、まだ大淀さんと川内さんらに確認もしてないうちに、借りられるの前提で話を進めるのはどうかなー……なんて」

川内「え? そういうことならいいよ。私のロードでいいなら使ってちょうだい!」

阿賀野「トントン拍子で話が進んでいくゥ!? え? の、乗らないの!? 今日!?」

川内「いやー、昨日納車したんだけどね……あんまり嬉しくってさ……」

神通「我ながら度し難いとは思うのですが………」

那珂「シャカリキに乗ったせいで、体中あちこち痛くってぇー。那珂ちゃんってば、ついはしゃいじゃった☆」

川内「……てなわけで、今日は安息日! 鬼怒と妹たち連れてカラオケ行くんだー! あ、でも阿賀野は乗せないでね? その、遠回しに言うけど……なんか重さで壊されそう……」

阿賀野「ホンットに失敬な上に遠回しになってねーわよ、この夜戦バカ!! ちょっぴりバルジ増えただけで、私よりまだ戦艦の方が重いわ!!」


767 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:07:400uELiMpk (7/18)


矢矧「戦艦の方々と比べる時点で終わってます。大丈夫です、川内さんのバイクをお借りするのは私ですから」

阿賀野「やだこの妹、姉に容赦ない!?」

川内「矢矧だと私のバイクじゃ少し小さいかもしれないけど、ちょっとサドル高上げれば乗れると思うよ! でも絶対コケないでよね? 約束よ?」

矢矧「ええ、お約束します。有難いわ」


 愛ゆえの厳しさであったらいいな。


大淀「話は聞かせていただきました。今日は五十鈴さんと日用品の買い出しに行く予定があるので、終日使用しても構いません。私のはチタンなので、派手に落車さえしなければ早々壊れませんから、是非阿賀野さんに」

能代「ありがとうございます。傷一つつけさせません。お約束します」

阿賀野「勝手に約束しないで!? ねえ!? お姉ちゃんの話聞いてる!?」

神通「私のバイクでよろしければ、能代さんが使ってください。ああ、念のために明石さんに整備してもらってからの方が」

能代「あ、はい! もちろん明石さんにフィッティングしていただいてから走ります。大淀さん、神通さん、ありがとうございます」

神通「ええ――――能代、矢矧? やるからには徹底的に、ですよ」

能代「はい!」

矢矧「勿論です。助かります、神通先輩」

阿賀野「なにがはい! だ!! なにがもちろんです、だ! 助かりませんよ?! 阿賀野は全然助かってないから!!」


768 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:09:270uELiMpk (8/18)

※ミス多くてすまんな。大淀の台詞、当初チタンに乗せる予定だったのの名残がまだこんなところに。

×:私のはチタンなので
〇:私のはスチールなので


769 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:10:080uELiMpk (9/18)


那珂「はい、那珂ちゃんのキャワイイロードバイクだよー♪ 酒匂ちゃん、那珂ちゃんだと思って大事にしてね~?」

酒匂「ぴゃああ、ほんとにすっごく可愛いバイクだぁ~! 嬉しい! 那珂ちゃんってバイクもきゃわいいんだぁ、ぴゃぁああ!!」

阿賀野「お願い聞いてよ!?」


 愛はあるのだろうか。


能代「さあ、軽く200キロほど走りましょうか」

阿賀野「軽いの定義が私と違う!?」

天龍「お、いいな。オレらも同行していいか?」

矢矧「ええ、是非。のんびりと時速40キロほどで走りますので、帰りは夕方になりますが」

阿賀野「のんびりの定義すら違う!? え!? これから正味5時間ノンストップで走るの!? 馬鹿なの!?」

龍田「あら~? 平均時速50キロに上げて4時間コースがお望み?」

天龍「お。平地に絞ればそれも無理じゃねえな。めっちゃストイックに行ってみるか?」

阿賀野「」


 愛の呼ぶ方向はどこだろう。


770 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:13:020uELiMpk (10/18)


矢矧「調べたところ、ツール・ド・フランスでは一日で300キロを走る時もあるとか。その2/3程度、しかも有酸素運動、補給食もあるし、ボトルも途中で飲み切ったら買って補充すればいいことよ。全く問題ないわね」

天龍「そだな! 隊列組めばロテーションもできるしよ。この人数なら単縦陣でラクショーだぜ」

阿賀野「問題しかないわよねー!? それってプロの話でしょぉおおおおおお!!」

酒匂「大丈夫だよー、酒匂もご一緒するからね、ぴゅう♪ それにロードバイクで走るのは楽しいから、4~5時間なんてあっという間だよー!」

阿賀野「神は死んだ! 否、死んでいるよ!! ぎゃあああああ助けてぇえええええ!!」


 ――――そもそも愛ってなんだ?

 仮に阿賀野型四姉妹の長女を除く三名に聞けば、こんな答えが返ってくることだろう……(姉へのスパルタ教育を)躊躇わないことさ、と。

 かくしてズルズルと引きずられていく阿賀野。虚空を掻く手が掴めるものは何もない。


阿賀野「ちょ!? や、あっ………て、提督さん、たすけ……あっ、いない!? な、長良ッ! 長良ちゃんッ、たすけっ、助けて、助けてッ!!」ジタバタ


 史実におけるトラック島での海戦―――阿賀野を曳航した長良に、阿賀野は助けを求める。


長良「! もぐ、もぐ、もぐ………ごくん」


 昼食を楽しんでいた長良は、スッと立ち上がると、


771 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:14:050uELiMpk (11/18)


長良「さらば阿賀野。本艦が再び貴艦を曳くことはないだろう。

   それでも貴艦を曳くことがあるならば、願わくば海上ではなく陸上――――ロードレースにおける協調の機会であることを祈る。

   おさらばだ阿賀野。レースで会おう。貴艦がその駄肉を削ぎ落とすと同時に誇りを取り戻し、レースにて栄光を掴まんと欲するならば、すぐにでも逢える。

   レースで待っている――――阿賀野、おさらば!」サッ

阿賀野「」


 現実は非情だった。軍人口調となった長良は、無意識のうちに直立し、敬礼のポーズを取っていた。

 そこには確かに憐憫があった……悲しい女への哀れみがあったのだ……。


電(口元、ケチャップまみれなのです……)


 長良の本日の昼食はナポリタンであった。ウィンナーとミートボールマシマシの大盛であるが、長良が太るなど電が命を助けることを諦めるぐらいありえない話であった。


772 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:14:540uELiMpk (12/18)


 長良型の姉妹も次々に口を開く。


五十鈴「っていうかその腹はないわ。軍人としては失格。艦娘としては的。かと言って女としては終わってる……。

    何がしたいの? その腹で何が成せるの? 何が出来たの? のんべんだらりと生きてるのって、そんなに楽しい?

    デブ野って呼ばれたら、あんた笑っていられるの?」

阿賀野「」


 五十鈴の辛口は今日も絶好調であった。表情に嘲りはない。ただただ呆れがある。


大潮(五十鈴さんは今日もドーンと激辛ですね!)

満潮(食べてるのは甘口カレーだけどね)


 五十鈴は辛いものが苦手であった。

 五十鈴は朝を軽めに、昼をガッツリ食べて、夜はまた軽めというやや変則的な食生活であった。

 むしろ由良や鬼怒の方がよっぽど食事に気を遣っているにもかかわらず、見事なプロポーションを保っている。肌の艶ハリも陸奥がうらやむほどであった。

 その秘訣を探ったところ、偏に「そういう体質だから」の一言で片付いた。その呆れたチート具合に、しかし陸奥は激昂した。


773 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:15:550uELiMpk (13/18)


名取「そ、その……ダイエット、頑張ってくださいね」

阿賀野「」


 当たり障りのない名取の言葉は、むしろ阿賀野にとって大ダメージであった。

 当たり障りがない……さらりと出た言葉というのはその実、大体が本心である。

 遠回りに『痩せないとヤバいでしょその腹』と言われたも同然であった。

 ところで何の因果か、名取の昼食は酢豚定食である。


由良「今度、由良とも一緒に走ってくれると嬉しいな。由良についてこれるようになってね?」

阿賀野「」


 煽りナシ悪気ナシの由良の純粋な言葉もまた、阿賀野のハートの柔いところに突き刺さる。

 要は『そのデブ腹引っこめて私についてこれるだけの身体作って出直してこい』である。これは痛い。

 由良はシーフードサラダとバゲットのコーヒーセットという軽めの昼食である。朝にガッツリ摂るタイプの由良であった。


774 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:18:420uELiMpk (14/18)


鬼怒「そのお腹マジパナイ!! 引っこむ前に今度触らせてね!」

阿賀野「」


 無邪気に笑い声を上げる鬼怒の言葉も、これまた悪意ゼロ。

 さながら幼少期の幼子が蟻を踏みつぶすことを楽しむかのような、純粋無垢な悪意であった。

 鬼怒の昼食は鶏がらダシの効いた和風ラーメン+小チャーハンである。

 鬼怒は自身を太らない体質と思っているが、単に摂取カロリー分だけ運動で消費しているだけである。

 そして運動がライフワークなので今後、その真実に気付くことはないであろう。


阿賀野「ッッッ………!? あ、あぶちゃん! あぶちゃん、助けて!!」


 最後の砦、長良型末女の阿武隈へと恥も外聞もなく助けを求める阿賀野であった。第一水雷戦隊の職務を考えれば、一番妥当な人選ではある。

 だが、やはり現実は無常である。


阿武隈「昔……あたしの名前、阿賀野さんがなんて書いたか覚えてます?」

阿賀野「え?」


775 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:21:290uELiMpk (15/18)


阿武隈「………泡魔(あぶくま)ですよ。一文字たりともあってない上に文字数すら足りてないとか、あれはショックだったなぁ……」

阿賀野「あ゛っ」

阿武隈「あたし的には激おこですよ、激おこ。二重の意味で」

阿賀野「」


 阿賀野に悪気はなかった。ただ頭が悪かった。それだけである。

 阿武隈は笑顔だったが、阿賀野はその背後に修羅の如きオーラを纏ったヴィジョンを見た。意外と阿武隈は根に持つタイプである。

 もうやめてあぶちゃん! とっくに阿賀野のライフはゼロよ!

 ところでその日の阿武隈の昼食は、何の因果かトンカツ定食であった。

 ガチのクライマーである阿武隈は、最近摂取カロリーが増加傾向にある。

 さておき繰り返す――――長良型はナチュラルに相手の精神を追い込んでいくスタイルである。

 長良達の声援――――という名の死刑宣告――――に、他の艦娘達も次々と立ち上がり、温かい励ましの声――――という名のヤジ――――を投げかけていく。



曙「あたしよりあたしの名前が似合うようなその肥満体、さっさと直してきなさいよね。ふんっ」


 曙はツンデレめいたつっけんどんな態度であったが、言ってることは実際酷かった。


776 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:22:320uELiMpk (16/18)


満潮「前々からその腹がウザいと思っていたの」


 とにかく容赦のない満潮。


霞「心底どうでもいいわ」


 そっぽを向いて吐き捨てるのは、完全に興味がない霞。見る価値もないという意志が、その態度から伝わってくるようだった。


叢雲「豚」


 一瞥し、一言に伏すのは、マジで豚を見る目をしている叢雲である。

 カワイソーとか一切思わないけど、このまま地獄のツーリングで気力体力を絞りつくすのねって感じの。


龍驤「さよならや、阿賀野。ついでにその無駄乳もへこめ」サッ

大鳳「さようなら阿賀野。いっそ潰れてしまえばいい」サッ

瑞鶴「さようならえぐれろ沈め」サッ

葛城「さらば阿賀野、さらば縮むか萎びろ」サッ

瑞鳳「貴女の食べりゅ卵焼きはないわ」サッ


777 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:26:340uELiMpk (17/18)


 射撃場へ行ったはずの瑞鶴まで混ざって、誰もが阿賀野に温かい言葉をかけていく。

 冷感と温感の差ってなんだったっけ? という突っ込みは無粋であった。


漣「呪われよ悪魔の果実め……永遠に実を結ばぬよう!!」サッ

長月「もしくは熟れて弾ける裂果の如く散ってしまうがいい!!」サッ


 みんな阿賀野のことが大好きな艦娘ばかりであった。


阿賀野「ジッ……ジーザスッ……!!」


浦風「何を金剛さんみたいなこと言っとるんじゃ! いーからとっとと痩せてき!!」


 かくして、阿賀野はロードバイクにのめり込んでいくのであった。



 ――――海軍最強の軽巡と畏れられた阿賀野が、再びその最強を手に入れられるかどうかは、また別の話である。


778 ◆9.kFoFDWlA2017/06/19(月) 00:27:390uELiMpk (18/18)

※こげなところで、次回は提督と島風とゆきかじぇ(噛んだ)


779以下、名無しが深夜にお送りします2017/06/19(月) 07:59:57/PLzRyMc (1/1)

ちマ乙


780以下、名無しが深夜にお送りします2017/06/19(月) 08:57:33kDm0OJr2 (1/1)

おつ乙
五十鈴はじめ長良型は相変わらず可愛い&切れ味鋭いのう
個人的には鬼怒ちゃんが可愛い


781以下、名無しが深夜にお送りします2017/06/19(月) 13:24:00a9/DdGoM (1/1)

阿賀野型のロードバイクが楽しみになってきたな。
そろそろ各社の2018モデルが発表される時期だし、選択肢も増えるだろうからいそいで公開しないと!



陽炎型スキーとしては、彼女らの選択が気になります。

はよ。


782以下、名無しが深夜にお送りします2017/06/19(月) 20:06:1857urpbhA (1/1)

乙です、阿賀野のふくよかナデナデしたい


一部に初風+デュラハンでデュラ初風というネタがある模様、確かシマノの最高級コンポがデュラエースだよね?


783 ◆9.kFoFDWlA2017/06/28(水) 23:14:37ogU94BL. (1/1)

明日明後日にはイケるかな
ペダルについても触れられたらいいな


784以下、名無しが深夜にお送りします2017/06/29(木) 00:43:56D0CBEzkU (1/1)

無駄乳…? おまえはなにを―なにをいっている―?

この世界に 無駄な乳など、―いくらおおきく描いてもよい― ない。

そう ありはしないのだ。
故にこそ阿賀野…おむねの肉は更に豊満に

それ以外は何処ぞのオリョクルズにでもくれてやって、僕の―僕のベッドへいらっしゃーい↓


785以下、名無しが深夜にお送りします2017/06/29(木) 08:00:35whoZPihY (1/1)

龍驤もだして?(はぁと


786 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:27:41eSn.dfmk (1/9)


………
……


 キリスト宗派でもない阿賀野が食堂の入り口でクライシスな叫び声を上げた頃のことだ。

 そんなことを知る由もない提督と島風はサイクリングロードへ繋がる橋を渡ろうとしていた。


島風「…………」


 提督の後ろにつき、黙々とペダルを回す島風は、じっと提督の挙動を眺めていた。

 つい数分前の話だ。

 昼食を終えた後、ジャージとレーパンに着替えた島風が鎮守府入口に向かうと、そこには既に提督がいた。


提督『お? 来たな島風―――――そんじゃ、行こうか』


 いつも軍服かスーツ姿、鍛錬時には運動着を着ている提督が、テレビや雑誌で見たサイクルジャージにレーパンというサイクリスト装備で待っていた。

 ただ提督と一緒にサイクリングに行けることを楽しみにしていた島風が、その姿を見て感じたことは一つだった。


787 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:32:54eSn.dfmk (2/9)


島風(――――――速い)


 堂に入っている、という言葉がある。

 島風は、提督にとって二人目の建造艦だ。提督とは初期艦を除けば最も付き合いが長い最古参に入る。

 まだ着任したばかりの提督の姿が、島風の脳裏をよぎった。その時ですら、本当に新任の提督なのかと疑うほどに隙の無い立ち姿だったことを覚えている。

 その時に感じた奇妙な信頼感を思い出す。熟達した技術の粋を塊にしたような――――まさに堂に入った姿だ。

 軍服の上からでもそれを分かるほどに締まった肉体が、体のラインが浮き彫りになるジャージを纏ったことで、一目で明らかになっている。

 余さず、しかし無駄なく鍛え抜かれたバランスの取れた筋肉だ。サラブレッドを思わせる無駄のない肉付きうっすらと張った脂肪の下にある筋肉に自然と目が向く。


島風(き、着やせする人だとは、思ってたけど……)


 脚から肩にかけてを観察した島風の視線と、ふと提督の視線がかち合うと、


提督『―――――島風』

島風『な、なにっ?』


 視線が合った瞬間、にんまりと笑みを浮かべた提督は、


788 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:35:56eSn.dfmk (3/9)


提督『見過ぎだ、えっち』

島風『ぉうっ!?』

提督『俺の身体に興味があるのか』

島風『ッ~~~~~~~~~!?』


 島風は瞬間湯沸かし器を思わせる速度で頬を赤らめた。あからさまにからかいであると分かっていてもだ。天津風も真っ赤な速度である。

 その後、散々に島風はからかわれて、提督がすけべな子からは逃げなきゃとばかりにサイクリングがスタート。実に締まらない出発であった。


島風(いつか泣かせちゃる)


 そう心に誓ったのが数分前の事。

 サイクリングロードに入った今も、島風は提督の後ろについて、その姿をじっと観察していた。

 見慣れぬその装いが、恐ろしく似合っていた。

 大本営や他の鎮守府の提督からは、その切れ味鋭い指揮や作戦立案能力からデスクワーク派と誤解されがちだが、その実、艦娘達はもちろん、同期の提督達は知っている。

 提督は生粋の武闘派である。


提督「今日は追い風が弱いが、湿気が少ない良い日だな」


789 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:40:31eSn.dfmk (4/9)


島風「う、うん」

提督「しかしビンディングにしたんだな」

島風「あ、はい! スピードプレイにしたの! 天龍や長良とおそろい!」

提督「感想は?」

島風「世界一速いチュッパチャプスです!」

提督「くはは、斬新だな。その発想はなかった」

島風「にひひひっ!」


 時折提督は振り返りながら、島風に笑って話しかける。

 島風は相槌を打ち、笑みを返し、時に笑い声を上げる。作り笑いではない。島風は楽しんでいた。

 楽しい時間だ。掛け替えのない時間だ。大好きな提督と過ごせる時間は、島風にはいつだって楽しい。

 任務であろうと、ましてプライベートであればなおさらだ。

 だが、そんな提督とのひと時も、島風にはどこか上滑りしていく感覚があった。


 島風の視線は、やはり前を走る提督の筋肉――――ひいてはその両脚。

 ペダリング技術、その挙動に釘づけだった。


790 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:43:26eSn.dfmk (5/9)


島風(提督のペダリング、綺麗だ)


 島風には分かる。ロードバイクを始めてまだ一月に満たぬ身で、知識という点では長良達に数歩譲るものの、センスにおいてそれを理解した。

 下死点での完全な脱力を実現している足の動き。島風は感覚でそれを体現しているが、提督のそれは更に高い次元で成し遂げている。

 何気ない雑談をしながらも、その動きが恐ろしくスムーズだ。体幹もまるでブレていない。

 無意識であろう。だが、それは何百万何千万と繰り返し続けたことで染みついた、技が業に昇華された動きだ。

 どれだけ狂信にも等しい密度の鍛錬を積めば、この領域に至れるのか――――島風には分からなかった。

 分かることは、


島風(――――提督が、多趣味な人だってことは知ってる)


 島風は、己が着任していた頃を思い出していた。

 提督につきっきりで秘書官任務を務めた日は、あまり走り回ることができない。

 それを憂鬱に感じていた時期もあったが、いつからだろう。


島風(もう、三年以上になる。提督が並の人じゃないってことは、とっくに知ってる)


791 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:46:37eSn.dfmk (6/9)


 次の秘書官を務める日が来るのを、待ち遠しく思うようになったのは。 


島風(提督は、きっと、ここからだったんだ。こっちの人だったんだ)


 それが、島風には信じられて、同時に信じられなかった。島風にとって提督は、初めて出会った時から『提督』だからだ。

 今でこそ英雄ではあるが、当時はその運用に荒もあった。演習や深海棲艦との戦いで、負けた日もあった。だが同じ相手に二度負けることは一度としてなかった。

 正しい勝ち方を知っていると同時に、勝ちへ繋げるための前向きな負け方すら知っている。負けを最小限にするための努力を知っている。

 苦い敗北から何を、如何にして学んで勝つか、その術を知っている。

 島風にとって、提督は様々な勝ち方を知っている、色合い豊かな人だった。

 なによりも――――。


島風(島風を、世界最速の駆逐艦にしてくれた)


 その地位を得るに至った過程には、間違いなく島風の努力はあった。しかし提督がいなかったら、と問われたら、島風は間違いなく不可能だったと断言するだろう。

 得難き出会いと積み上げた鍛錬、どちらが欠けても成し得なかった。それを忌々しく思うことはない。むしろ、島風にとってそれはとても誇らしいことだった。

 提督は島風の憧れだ。仕事が速い。指揮が速い。判断が速い。

 様々な速さを、島風に見せてくれた。魅せつけてくれた。速さ以外の素晴らしささえも。


792 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:52:39eSn.dfmk (7/9)


 ゆっくりと過ごすことの大切さを説きながらも、その楽しさをも教えてくれた。


提督『絶対的な速さなんてもん、面白くもなんともないぞ?』


 緩やかでありながらも、時に急ぐ。緩急があるからこそより速度が輝くことを知った。

 120の速さを一瞬出すこと、それはきっと速いことだ。

 だが100の速度をずっと維持し続けることは遅いのか?

 10の速度から一瞬で120に達することは速いことではないのか?

 ――――様々な速さを知った。観測すればただの数値に過ぎぬ速さが、より色を鮮やかに、そして深めていくのを感じた。

 絶対速度にこだわっていただけの己がいかにちっぽけな存在であるかを思い知らされる一方で、自分もそうなりたいと思える眩さがあった。

 白か黒か、勝つか負けるか以外の世界を教えてくれた。速いだけでは駄目だと知り、それでも島風の見える世界は広がっていった。


島風(速いことは、島風にとって特別だけど…………きっと、速いことだけ求めてたら、今みたいにはなれなかった)


 回り道があった。決して最短のルートを駆け続けてきたわけではない。

 だがその道程を想う度に、島風の心に去来するものは、全力疾走した後の絞り切った充足感だった。

 だった、筈なのに。


793 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:57:38eSn.dfmk (8/9)





 キリ、と音が鳴る。

 島風の口中から奏でられた、音。

 それは、焦燥と悔恨の情によって紡がれた、歯ぎしりであった。


島風(島風にはまだ――――勝ってない人がいる。二人もいる)


 島風が追い越せないもの。

 太陽と、月と、星々のきらめき。そして水平線。

 振り向いた先にいる、既に追い越した仲間。

 そこから、ロードバイクを得たことで、失ったものがある。新たに得たものもある。

 しかし、島風が追い越せないものは、本当は更にもう二つあった。

 それは夕張にとっても、それ以外の艦娘にとっても、きっと少なくとも一つは存在するものだろうと、島風は確信めいたものを感じている。

 その共通の一つこそが、提督の背中だ。もう一つ、島風にとっての追い越せないものは、ロードバイクを得たことでどうなったのか、今はまだ分からない。

 しかし、提督の背中――――それはいつだって島風の目の前にあった。それを嫌だと思ったことはなかった。それが島風にとって最速最適なお手本だったからだ。


794 ◆9.kFoFDWlA2017/06/30(金) 23:59:11eSn.dfmk (9/9)


 上司として尊敬する人だ。

 人間として大好きな人だ。

 その思考すら瞬発力があり柔軟性があり、驚くべき厚さと熱さ、時に冷たさがあり、更には耐久力すら備えている。

 だからこそ、島風は改めて思う。


島風(―――――提督、と…………今、勝負したら、どうなる?)


 島風の反射神経・動体視力は、艦娘内でも一二を争う。

 よどみないペダリングの正確性もさることながら、そのしなやかな淀みない動きの一瞬一瞬を捉え、その筋肉の強靭さを見て取っていた。

 島風の内側が、揺らぐ。

 稚気のようなその想いが、次第に増していく。


島風(――――提督の、前を)


 島風は、そう思った。いつだって、本当はそう願っていたのだ。

 与えてくれたのだから、いつかは返さなければと。


795 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:00:09OzJjJXH2 (1/10)


 守っているつもりだった。否、守っていたのは確かだ。

 だけど、本当に大事なところで島風を守ってくれていたのは、誰だったのか。それに気づかぬほど島風は鈍感ではない。


島風(島風の速さは、提督に、通じるのかな……)


 両足が疼く。試してみたいと心の奥で何かがざわめくより先に、脚が急いているのが分かった。


島風「…………」


 知らず右手の中指が、シフトレバーに伸びる。


島風(前傾姿勢になってから………思い切り踏み込んで、レバーを三回クリックして)

島風(――――ギアをMAXまでもっていけば、もう後は、きっと)


 それはとてもとても素敵な時間が訪れるだろう。

 確信めいた予感に、ぶるりと島風の身体が嘶く。


796 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:04:09OzJjJXH2 (2/10)


島風「―――――にひ」


 口端がつり上がり、弧を描いていく。夕張に挑んだ時と同じ表情。

 あの時と同じく、特大の闘志に満ちていた。


島風(提督にしては、迂闊じゃない? 島風が、島風なら、島風だから――――二人きりでロードバイクなんて素敵なものに乗ってたら)


 ゆら、と島風の頭が沈む。

 ハンドルを握りしめる両手に力がこもり、眠たげな瞳が、一秒ごとに鋭利さを増していく。


島風(何をするなんて…………分かり切ったものだと思うのに、ね)



 口元は、今度こそ明確な笑みを模った。

 攻撃的な笑み。


島風(ひょっとして、分かっててなの? 島風を、誘ってたのって、ホントに『誘ってた』んだ?)


 ひゅう、と口をすぼめて息を吸う。はぁ、と大きく艶めかしげな息を吐く。


797 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:11:19OzJjJXH2 (3/10)


島風(嬉しいなあ――――勝負してくれるんだよね、島風と。島風を、敵として見てくれるってことでしょ?)


 血が滾る。肉が踊る。骨が硬度を増していく――――臨戦態勢。

 この三年余りで丹念に調教して檻に囲った、速度という名の獣。

 夕張との一戦で完全にタガが外れたそれが、今再び解き放たれようとした。

 その直前のことだった。


提督「駄目だぞ、島風」

島風「ッ!!?」


 目の前にいたはずの提督の声が真横から聞こえ、はっと横を向くと、


提督「てい」

島風「おうっ!?」


 軽い、しかし鋭い衝撃がおでこに走る。すぐに島風はデコピンされたのだと理解した。


798 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:15:01OzJjJXH2 (4/10)


提督「駄目だぞ」


 柔らかな口調に、しかし有無を言わせぬ威がある。

 海軍全体を見渡しても、比肩しうる戦力は存在しない、そう謳われる鎮守府の長がそこにいた。

 島風の本能的な部分が、その事実を容易に察らせた。


 ――――――今はまだ、勝てないと。


 だが、それだけならば島風が止まる理由には足りない。

 負ける可能性が高い?

 負け戦だから尻込みするほど、島風の精神は可愛らしいもので出来てはいない。


提督「今からサイクリングロード出て、市街地に入る。信号あるし、道幅も狭くなるからな――――それにほら。よく見てみろ」


 口を開こうとした島風に、しかし提督が先んじて言葉を被せる。

 提督が指さす先の物を見て、島風は悟る。


島風「あっ」


799 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:24:21OzJjJXH2 (5/10)


 島風は夕張との一戦で、速度で負けるという恐怖を呑みこむ術を思い出した。

 最速たる己の誇りを取り戻した。

 だが、それ故にすっぱりと忘れてしまったものもあった。

 それを今になって思い出したのだ――――自重である。どれだけ己が冷静でなかったのか、証左が『そこ』にある。


島風「そ、そんなぁ……て、提督ぅー、なんでぇ!?」

提督「なんでも何も、サイクリングっつったろ。俺も今のところ調整中でな。全てにおいて万端とは言い難い」

島風「ぅー…………」


 『それ』を認識した途端、島風の戦意は萎んでいった。

 ロードバイクの知識はまだまだ浅い島風でも、流石に『それ』はナイと思うほどの理由が、指さす先にあったのだ。


提督「今日はおまえとサイクリングを楽しみつつも、俺の鍛錬に、おまえの鍛錬に――――ま、色々だ」

島風「―――――……ぶー」


 極上の料理を前にお預けを喰らった子供、そのままの不満さを隠そうともせずに表情に出す島風。

 ぷく、と膨らんだ頬を、提督はつんつんと突っつき、


800 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:28:10OzJjJXH2 (6/10)


提督「そうブー垂れるな。俺はやらんとは言ってないだろ。どうせやるなら、もっと楽しい時、楽しい場所でだ」

島風「――――あ……!」

提督「戦ろう。いつかなんて遠い話じゃない。何、すぐだ」

島風「! ……う、うん!」


 その言葉に、一転して破顔する。


提督「今はゆっくり時間を使って、俺もお前も、時間の密度を上げる必要がある」

島風「そう、だね!」

提督「今日はお前にヒルクライムを知ってもらわなきゃだしな」

島風「え? ヒルクライム?」


 きょとんと目を見開く島風に対し、提督は逆にジトリと目を細め、


提督「やっぱり俺の話、聞いてなかったなおまえ?」

島風「えっ」


801 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:30:44OzJjJXH2 (7/10)


提督「さっきからその話してただろーが………」

島風「え………えっ」

提督「粛清!」

島風「――――ぉうッ!?」


 再度指先でおでこを弾かれる。

 おでこを摩りながら、島風は困った顔で唸った。




……
………


802 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:38:50OzJjJXH2 (8/10)


………
……



 梅雨入りを間近に控えた六月中旬、比較的からりとした陽気に恵まれた本日も、しかし海から吹く風には夏の予感を感じさせる確かな生暖かさが混じりだしている。


「よーし! しれぇと島風ちゃんは、山に向かったって間宮さんと伊良湖さんがゆってました! 追撃します!」


 そんな中、鎮守府の入り口から、一人のロードバイク乗りが飛び出した。

 駆るバイクは鎮守府の試乗車。

 ジャージやレーパン、メットやグローブといった装備だけは先駆けて自前のものを揃えた彼女は、口元を無邪気な笑みで彩っていた。

 すぅ、と息を吸い、はぁ、と大きく吐く。

 むんっ、と胸を張って、ぱんぱんと頬を叩く。

 そうして、ぎゅっとハンドルを握って、再び息を吸い――――叫ぶ。


803 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:40:36OzJjJXH2 (9/10)


雪風「―――――ゆきかじぇ! 抜錨します!!」


 思い切り台詞を噛んでいた――――そんな彼女はロードバイク鎮守府において、ひいては提督にとって初めての建造艦。

 そして島風が唯一、明確に一度も勝てなかったことを認める駆逐艦。

 並み居る改二駆逐艦娘を尻目に、着任から一度としてエースの座を譲り渡すことのなかった無敵にして無敗の少女。


 駆逐艦・雪風。


 彼女もまた提督らと同様に、締まらないサイクリングの滑り出しであった。




……
………


804 ◆9.kFoFDWlA2017/07/01(土) 00:42:13OzJjJXH2 (10/10)

※続くゥー

 ネタバレ:この雪風はもはやバグ性能


805以下、名無しが深夜にお送りします2017/07/01(土) 02:24:33SikCd6ks (1/1)

初期艦→雪風→島風っておいwww


806以下、名無しが深夜にお送りします2017/07/01(土) 11:08:53QYUi1uPg (1/1)

どーゆーヒキしてんだwwwwww


807以下、名無しが深夜にお送りします2017/07/03(月) 06:21:42rjrIE9tI (1/1)

>>735で言ってた「悍ましい何か」はやはり雪風だったか

阿武隈が既に大概なチートなのにさらにあれを上回るような性能って想像つかんw

イニシャルDばりに積んだ豆腐を崩さない運転でもしてんのか……


808 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:43:14jQfcxJ2E (1/9)


………
……






 太腿を上げて、下げて、また上げて。

 規則正しくひと回し。

 踏みしめる感触と引き上げる感触がクリートを伝わって、押したり引っ張ったり。

 
雪風「すぅー……はぁー……」


 せわしない足の動きと裏腹に、雪風はゆっくりと呼吸を繰り返す。

 若草の青々としたにおいと、海の匂いを乗せた空気を吸って、雪風は御機嫌だった。


雪風(大好きな、においがします)


 温かさと熱さの中間にあるお日様の温度。左手を見れば、きらきらと輝く海面があり、ぬるい風が吹いて体を押してくる。

 今日は雪風の大好きな、ぽかぽか陽気の天気だった。


809 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:47:24jQfcxJ2E (2/9)


雪風(とても、とても……大好きなにおいです)


 草木のにおい。

 土のにおい。

 海のにおい。

 日常のにおい。

 血と硝煙のにおいが日常と化していた日々は、もう遠く。

 きっとこれが、平和のにおいなんだと思った。

 これを胸いっぱいに吸える今を、雪風は幸運だと思った。

 恐くて、辛くて、お腹が空いて――――帰って来た時に出迎えてくれた提督の手が、頭を撫でてくれて、とても優しかったことを覚えてる。

 その熱さを言い訳にして、とめどなくこぼれていく涙と鼻水を啜りながら飲んだ、提督の作ったスープの味を覚えている。

 雪風は、全部――――覚えている。


810 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:48:09jQfcxJ2E (3/9)


雪風(だいすきな音が聞こえます)


 騒がしくも心落ち着く音だった。聞き入る様に、ふと足の動きを止める。

 色んな音が聞こえた。

 車の走る音。

 すれ違う人の息遣い。

 子供たちがはしゃぐ声。

 川辺の土手からは「ピー」という草笛の音。

 運動場では「かきーん」と、金属音。野球のバットだ、と雪風は思った。

 そして雪風自身の脚のやや後方から、カンパホイール独特の「チリリリリ」というホイールのラチェット音が響く。

 その全てが、雪風にはどんなオーケストラにも勝る素晴らしい音曲に聞こえた。

 かつての海上。かつての前線。かつての戦場。

 敵の砲弾の風切り音を警戒する必要もない。雪風はそれを、幸運だと思った。

 耳をすませば、遠く波打ち際の漣が寄せては引く音まで感じ取れるのではないか――――雪風の心が、一秒ごとにわくわくしていく。

 人々の生きる、生活の音が、雪風は大好きだった。


811 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:50:14jQfcxJ2E (4/9)


 橋を渡って、サイクリングロードに入れば、もっといろんな音やにおいを感じることができるのではないかと思い、再起動する脚の動きがにわかに速度を増していく。


雪風「わぁあ……!!」


 匂いと音の次にやって来たのは、大好きな光景――――河川敷に辿り着いた。

 雪風は、長良さんたちが泣いちゃったのも分かるなあと、少しだけしんみりした気持ちを覚えた。

 欲しかったものが、全部そこにあった。

 街並み、行き交う人、楽しげに笑う人、穏やかな顔で散歩する人、雪風が大好きなものばかりだ。

 そう感じることのできる自分を、やはり雪風は幸運だと思った。


 振り返れば――――辛くも楽しい日々だった、と思う。


 風化にはまだ早い昔、美化するには近すぎる昔。恐さがあって、怒りがあって、悲しみがあって、だけど雪風はそれを思い返した時に、きっと、あれはあれで楽しかったんだと思えた。

 過ぎ去った日々は、もう何十年も遠い昔のように感じられた。長く遠い道のりを経て、またここに戻ってこれた。

 そう思える自分がここにいることが、雪風にはたまらなく嬉しかった。幸運だと思った。

 そして、これからは本当に楽しい日々が待っているんだと、そう信じられた。

 誰一人失わずに、この大地にいる。日本にいる。いずれ海外に遠征中のみんなも帰ってくる。きっと帰ってくると信じられる。


812 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:51:55jQfcxJ2E (5/9)


 ますます、雪風の心は踊る。舞風の気持ちが分かった気がした。

 守ったものの、全てが此処にある。踊りたくもなると、雪風も分かった。


雪風(きれーな、空です……) 


 空を見上げる。とてもきれいな空がある。戦場の真っ暗な空や、真っ赤な空はない。敵艦載機に神経をとがらせる必要もない。

 遠くに、乗客を乗せた旅客機が見えた。きぃんと音を立てて、北の空へと飛んでいく。

 あの飛行機はどこへ行くのだろう? 瞳と共に、心もまた遠くへと想いを馳せる。

 北の大地は、此処と比べてまだまだ寒いのだろうかとか。

 いずれそこへ、雪風も行けるのだろうかとか。


雪風(そういえば雪風、ああいう旅行用のひこーきに乗ったことってないですね)


 いつかきっと、乗ってみたいと思った。その先にはきっと雪風が見たこともないところがある筈だ。

 知らないにおい、知らない音、知らない風、知らない光景が、きっとある。

 心と体が広がっていく心地だった。羽根のように軽く、飛ぶように前へと進む。

 どこにだって行ける気がした。どこへだって行けると思った。


813 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:54:02jQfcxJ2E (6/9)


 海は世界中と繋がっているのに、今は限りある大地の島国にいるのに。

 ロードバイクが、雪風と世界を繋いでるように思えた。

 海の上ではどこにでも行けたから、どこにも行けなかった。

 そして、雪風の心にある帰りたかったところは――――いつも一つで、それはいつだってもう帰ることができるのだ。毎日帰っている、鎮守府に。

 雪風は、自分がとても幸運だと思った。幸運でいられたのは、きっと自分が関わったすべての人たちのおかげなんだと思った。


雪風(たのしーなぁ)


 前を見る。何処までも続いているように見えるサイクリングロード。

 天気は快晴とはいえ、陸は海と違って遮るものがいっぱいで、それがまた雪風の心を躍動させる。

 知らないことはきっと怖い。

 未知であることはきっと不安だ。

 だけど、そこに敵がいないというだけで――――こんなにも心があったかくなってくるのか、と。

 雪風は、満面に笑みを浮かべて、思った。


雪風(―――――たのしい!)


814 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:55:23jQfcxJ2E (7/9)


 止めていた足が目を覚ます。また「くるくる」とペダルを回す。目指す先は、サイクリングロードを途中下車して逸れて行った先にある、山道だ。

 ハンドルにつけたGPS付きのサイコンを起動させ、目的地までのナビを起動させる。

 ぴぴ、という電子音。目的地までの距離と案内する声。それは新たに雪風の好きな音に加わった。

 指し示す先に、大好きな仲間と、大好きなしれぇがいる――――そう思うと、もう心の加速を止められなかった。


雪風「すー…………はー…………」


 深く吸って、深く吐く。雪風が集中する時の儀式のような動作。

 この動作を行っていたのは、いつも訓練の時と実戦の時。集中力を高め、意識をただ一つのことへと埋没させていた。

 だけど、今は違う。

 一つである必要はない。二つや三つなんてものでもない。

 目に映る綺麗なものも、鼻に感じる好きなにおいも、肌で感じる温かい風も、耳に聞こえる優しい音も、その全てをそのままに甘受できる。


815 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 22:59:29jQfcxJ2E (8/9)


 ただ、あるがままに。


雪風「雪風は…………また成長できそうです、しれぇ」


 そう呟いて、雪風は走る。

 風を切って、走る。

 幸せに向かって。

 幸せは、いつだって自分で迎えに行って掴むものだと、知っているからだ。



【5.山を制する脚質(前)】

【完】



……
………


816 ◆9.kFoFDWlA2017/07/09(日) 23:00:19jQfcxJ2E (9/9)

※ちょいと短めですが、ここの雪風はこういう子です


817以下、名無しが深夜にお送りします2017/07/09(日) 23:17:32F5rBg/sk (1/1)

乙乙。
死神と呼ばれて心を凍らせる
ゆっきーはいなかったんだね

ちとほっとした


818以下、名無しが深夜にお送りします2017/07/10(月) 18:56:25cFOECmZU (1/1)

>>816
海外賠償艦というくくりだけで見たときの『ここの響』との落差に微笑む。

ただ、ここの雪風は駆逐艦最強ということらしいから、このほんわかした精神状態で粛々と敵を磨り潰していくんだろうなぁ。



続きが愉しみ。


819以下、名無しが深夜にお送りします2017/07/14(金) 20:12:09ECTNqwec (1/1)

アラフォーだけどパンチャーになりたいです()

今日たまたまあるブログで「脚質は"スプリンター"と"クライマー(オールラウンダー)"の2種類しかない」説ってのを見た
よく考えてみるとクライマーとTTスペシャリストとルーラーって脚に作用する負荷は似てるし、つまりオールラウンダーとクライマーは同種
スプリンターとパンチャーの違いはアタックのタイミングと回数だけで、本質的には速筋を使って瞬発力を武器にするタイプ
今巷で云われる脚質ってのは、むしろ体重や性格、技術、戦術を加味した概念で、卓球の戦型やサッカーのポジションに近いのだとか

なるほど、つまり比叡は元々の脚質がスプリンター側で、サポート戦術を遂行しようとした結果がパンチャーなのかもかも


820以下、名無しが深夜にお送りします2017/07/27(木) 17:33:12YIztdckU (1/1)

保守


821 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:17:36j7TiwJcE (1/19)

※毎日は無理でも少しずつ投下していこう


822 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:18:49j7TiwJcE (2/19)


【5.山を制する脚質(後)】


 雪風がサイクリングロードを走り始めた頃、提督と島風は、小さな山岳の麓へとたどり着いていた。

 石垣の上に立つ家が順路を挟むように連なるうねった道の先、梅雨の時期を間近に控えた青々とした山がどっしりと居を構えている。


島風「サイクリングロード逸れたところに、こんな道もあったんだ……なんか楽しそう!」


 無邪気に笑う島風の笑顔が、提督の目には数週間前にここに連れてきた長良の笑みとダブった。

 その時は僅か一時間後に『よくもだましたぁあああああ!!』と叫ぶ長良の姿があったが、果たして島風はどうであろうか、と。


提督「さて、それでは」


 提督が指さす先、延々と連なる坂道がある。

 この場所から、広い駐車場を有するレストハウスのある終点までの距離はおよそ20km、平均斜度6.2%。
 ・・・・・・・・
 中間の休憩所までは緩やかな斜度と平地が交互に続く、初心者から中級者向けの優しい坂道――――と提督は言う。


提督「ここを、ロードバイクで登る――――前に」

島風「前に?」


823 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:22:04j7TiwJcE (3/19)


提督「水分補給をしておこう」クピ

島風「えー? 島風、全然余裕ですよ?」

提督「少しでいいから飲んどけ。後がしんどいぞ」

島風「んー……提督がそう言うなら、わかった! んむ……」チュー


 島風は素直にボトルを傾けた。ひんやりしたスポーツドリンクの甘みを味わうだけの余裕が、今の島風にはあった。

 十分後にはこの笑顔が苦渋に満ちたものになろうとは、誰あろう島風には知る由もなかった。提督は大体想像がついていることは言うまでもない。

 それもその筈――――島風は、ランニングで坂を上るトレーニングこそ幾度となく積んだことがあるものの、自転車で山を登ったことは一度もないのだ。

 ロードバイクに乗るようになってまだ一月と経たぬ島風。自転車の乗り方こそ以前から知ってはいるが、ママチャリの遅さに失望した彼女はこれまで自転車に乗る機会がなかった。

 いかに自分が無知であったかを、この僅か数分後に島風は思い知ることとなる――――十分後に思い知った鬼怒の最短記録を更新であった。はやーい!


提督「さあ島風―――――『頑張って』行こうか」

島風「はーい!! よーし、負けませんよー!」


 そして坂を上り切った後の提督の説明で、その言葉が罠だったことに気づくのだ。

 かくして元気よく、頑張って坂を上り始めた島風は――――。


824 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:30:06j7TiwJcE (4/19)


島風「あ………あ、れ?」


 昇り始めてすぐは「なんのことはない」と、くるくるペダルを回し続けていた島風だった。だが察しすら早い島風は、違和感を覚えた。

 気のせいかと思い、同じ調子でペダルを回して数分後――――その違和感が正しいことに気づく。

 坂とは言ってもなんのことはない。山中の獣道を全速力で行軍する多摩プレゼンツの『リアル猫ごっこ』と称される山籠もりキャンプに比べれば、平地と見まがうほどの緩やかな坂道だ。

 だったが――――登り始めて数分と待たず、島風はその違和感を心の中で言語化していた。


島風(す―――――進まない!? 速度が、乗らない!? なんで!?)


 島風にとってロードバイクは、回せば回すだけ、勢いに乗れば乗った分だけ前へ進む素敵な乗り物であった。

 風を後押しする風。光る風に乗る鋭き翼。それが島風にとってのロードバイクだ。

 その認識が、覆ろうとしていた。


島風(そ、速度……だ、出さなきゃ……前傾に――――)

提督(悪手だそれは)


 島風のやや後方について成り行きを見守っていた提督が、心中で評価を下す。


825 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:37:56j7TiwJcE (5/19)


 スプリント前の加速を予感させる、迫力ある前傾姿勢となった島風は、最大戦速を発揮せんと思い切り両足に力を込め、


島風「ッ、は、はぁっ、は、はぁッ、ぜぇっ……!!」


 十秒後――――本能の領域で悟った。これは、やっちゃだめなやつだと。


島風(く、く、くる、くるし………苦しい!?)

提督(筋疲労と心拍の両方を持っていかれたな)


 重めのギアに極端な前傾姿勢により、酸素供給量の減るライディングポジションは、体内の酸素をあっという間に消費する。

 島風の心肺能力は並ではなかったが、取った行動が悪すぎた。


島風(マラソンで、何キロも走った後みたいに、喉が痛い……胸の内側が、肺が痛い! 呼吸が、酸素が足りない! 息が続かない!! なんで!? ロードバイク乗ってるのに!)


 ぽたりぽたりと汗が伝い、ハンドルを濡らしていく。それは島風にとって初体験であった。

 ロードバイクに乗っているときはいつだって速くて、かいた汗なんてものはすぐに風が後方へと追いやっていくものだった。

 その事実と共に、島風の眼前――――前傾姿勢になったが故に、嫌でも目に飛び込んでくるのは、サイコンに映る速度表示である。


826 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:45:00j7TiwJcE (6/19)


島風(じゅ、じゅ……10km/h!?)


 絶句である。なんせ島風のアベレージはトラック競技でワールドレコードに迫るほどであった。

 純粋なスプリントにおいては、非公式ながら世界記録を塗りつぶしている。そんな島風が10km/hである。


島風(し、島風が、遅い……!? 島風がスロウリィ!? そんなこと、あってたまるか!! たまるもんかぁあああ!!)

提督(お、いい目してるねえ)


 己への不甲斐なさで、火が点いた。眠たげな瞳がカッと見開き、俯いた頭が前を向く。

 意地である。興奮である。怒りである。

 それらすべてが、この一瞬において島風から疲労と苦しさを認識させなかった。再び激烈たる速度でペダルを回し――――やはりそれは一瞬で潰えた。


提督「ぜ、ぜー、ぜーっ、ぜーっ、ぜぇーーーーっ……」


 提督は「まあ、そうなるな……」という日向めいた表情で、完全に心拍が死んだ島風を微笑ましそうに眺めている。


島風(汗が、止まらない……っ!? あ、脚が、太腿が、もう熱くなってきた!? まだ、山に入ってから、全然走ってないのに……)


827 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:46:51j7TiwJcE (7/19)


 呆然とする思考で、しかし島風はふと気づいた――――後ろを走る提督は、どうだろうかと。ちらと首を傾けて振り返ると、


島風「!?」

提督「なんだ? 大事なものでも落としたか」


 余裕綽々な表情で、汗一つかいていない提督の姿があった。それに驚愕して、視線を前に戻す。

 「どうして」とか「なんで」なんて思いはない――――提督は速い、そんなのはとっくにわかっていたことだ。

 島風が振り返ったのは、そんな提督の様子を見るためではない。


島風(ギ、ギア、だ……! 提督、ギアを、軽くしてた……!! なんで、こんな、簡単なこと……島風も、ギアを軽く、軽くすれば……)


 楽になりたい、そんな気持ちが島風になかったとは言えない。

 シフトレバーに伸びた指先は、知らず押しっぱなし―――リアギアは、多段シフトで最小ギアまで変速した。

 初心者が陥りがちで、坂道で最もやってはいけない悪手である。


島風(ッ!? 空回りして………あっ、あっ!? せっかく頑張って上げた速度が、落ちてく……!?)


 スカを喰らう、という言葉がある。


828 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:52:55j7TiwJcE (8/19)


 ロードバイクはおろか、ギア付きの自転車に乗り始めたばかりの初心者ならば、誰でも経験することだ。

 平地を気分よく走っていたところ、ちょっとした坂と遭遇して、特に気にすることもなく坂を上り始める。

 そして「あ、ちょっとギア重いかな。軽くしよう」と思い、ギアを最小まで一気に下げる――――そんな時に起こる現象だ。


島風(ッ……し、まった! ギアが、か、軽すぎるんだ……!!)


 察しの速い島風だが、もう遅かった。

 ペダルを回しても、動力が推進力に変わらない。本来ペダルを回す時に感じるはずの重みが消え、まるでスカを喰らったような軽い感触が足に残る。

 当然の帰結として速度は落ちる。もちろん速度が落ちてくればスカを喰らう足にもやがて本来の感触が戻ってくるのだが―――。


提督「よう、落ちてきたな」

島風「ふぎぃっ!?」


 思わず叫んだ島風が、まさに今それを痛感していた。後方を走っていた提督は一切速度を上げていない。つまり島風が遅くなったのだと、島風自身が理解した。

 サイコンに再び目を向けるのが怖いぐらいであった。


島風(お、重い……!!? なん、で? ギア、軽くしたのに!?)


829 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:56:28j7TiwJcE (9/19)


 ギア管理の拙さは、ロードバイク初心者にとってのチュートリアルレベルの問題の一つであった。

 理屈で学び、実戦で培ってあっさり解決できる。

 今の島風はただの実体験としてそこに重さを感じている。だが島風にはその理由が分からない。その知識がないからだ。


島風(か、身体、が……鉛に、なってる、みたいに、お、お……重いぃいいいい!!)


 とうとう筋力まで売り飛ばした島風のライディングが乱れ、ふらふらと左右に揺れながら減速していく。


島風(だ、だめ、と、止まっちゃう!? こける!? ッ――――ダンシングを!!)


 立ち上がり、ペダルの回転に己の全体重をシフトさせる。島風の持つ最大の武器の一つであった。


提督(選択としては正解の一つ…………だが)


 それはキツ目で短い坂をスピーディに乗り越えるときに活躍する乗り方であり、既に疲れ切った状態で用いたならば、


島風「っ、が………!?」


 死んだ筋肉に鞭を撃つ。否、まだ死んでなかった筋肉まで死なせる行為に等しい。


830 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:58:20j7TiwJcE (10/19)


島風(す、すむ、けど……苦しさが、ば、倍増、したぁっ……!!! な、んで……!?)

提督(まず姿勢がNG。使う筋肉がNG。回し方も消耗の一途を辿るばかり。スプリントなら大正解なんだが、それじゃあポアルージュはやれんな)


 提督の芯ちゅうの淡々とした評価などいざ知らず、島風は解消されぬままに心に浮かびつづける疑問が飽和していく感覚に、混乱し始めていた。


島風(す、すすま、ない……回しても、踏んでも、なんで……島風、こんな、遅かったっけ……?)

提督(そうだ。学べ島風。昔教えたことだ――――どこでも速い奴なんてのは、あんまいないって)


 提督の教育方針の一つに、臨機応変というものがある。

 それを用いた結果、島風を始め、長良や鬼怒には最も効く教育方法を導き出した。


 そう――――痛くなければ覚えない、というものだ。


 理屈より先に実体験を重く見るという価値観だ。それは欠点というわけではない。

 『習うより慣れろ』とか『あれこれ考える前にまずはやってみるさ』という考え方は、そこでの失敗を学ぶ度量があれば決して悪いことではないのだ。

 何せヒルクライムとは、そういった習うより慣れることが重要な競技だからである。


提督(戸惑ってるようだな。無理もないが――――島風よ、言葉で説明するよりも、その体験は実に雄弁だろう?)


831 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 22:59:06j7TiwJcE (11/19)


島風(す、すむ、けど……苦しさが、ば、倍増、したぁっ……!!! な、んで……!?)

提督(まず姿勢がNG。使う筋肉がNG。回し方も消耗の一途を辿るばかり。スプリントなら大正解なんだが、それじゃあポアルージュはやれんな)


 提督の心中の淡々とした評価などいざ知らず、島風は解消されぬままに心に浮かびつづける疑問が飽和していく感覚に、混乱し始めていた。


島風(す、すすま、ない……回しても、踏んでも、なんで……島風、こんな、遅かったっけ……?)

提督(そうだ。学べ島風。昔教えたことだ――――どこでも速い奴なんてのは、あんまいないって)


 提督の教育方針の一つに、臨機応変というものがある。

 それを用いた結果、島風を始め、長良や鬼怒には最も効く教育方法を導き出した。


 そう――――痛くなければ覚えない、というものだ。


 理屈より先に実体験を重く見るという価値観だ。それは欠点というわけではない。

 『習うより慣れろ』とか『あれこれ考える前にまずはやってみるさ』という考え方は、そこでの失敗を学ぶ度量があれば決して悪いことではないのだ。

 何せヒルクライムとは、そういった習うより慣れることが重要な競技だからである。


提督(戸惑ってるようだな。無理もないが――――島風よ、言葉で説明するよりも、その体験は実に雄弁だろう?)


832 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:03:14j7TiwJcE (12/19)


 自転車に乗れるようになった子供は、遅かれ早かれ知る。

 誰もが実体験で、理屈云々を抜きに理解するのだ――――坂道では、ペダルが重くなるのだと。

 だが、ママチャリに早々に見切りをつけた島風は、今までそれを知らなかった。まだランニングの延長上にロードバイクがあるという認識であった。


提督(流石に可哀想だしな…………軽いのにしてきて良かった)


 島風の走りをつぶさに観察していた提督は口を開け、


提督「よし、島風。大体わかった――――ちょっとストップだ」

島風「はぁっ、はぁっ、はっ………ふえ?」


 唖然とする島風を尻目に、路肩に己のロードバイクを停車した提督は、疲労困憊の極致でハンドルにうなだれたままの島風に近づき、


提督「ヴェンジヴァイアス貸して。ンで、その間にちょっと呼吸整えろ」

島風「はー、はー、はぁー………!! ぐび、ぐび、ぐび!!」

提督「あんま飲みすぎるなよ。水っ腹だとますますこの先辛いぞ」


 ぺたんと坂道の路肩に腰かけた島風は、ぐびぐびとスポーツドリンクのボトルを吸った。


833 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:05:20j7TiwJcE (13/19)


 ちゅぽと呑み口からさくらんぼのような小さな口を離し、はぁはぁと息を荒げている。

 呼吸が整うと、思考にも肉体にも余裕が戻ってくる。余裕を得た島風は提督のしていることが気になってきた。


島風(提督のロードバイクの……ホイールと、島風のヴァイアスちゃんのホイールを……外した?)

提督「………~♪」

島風(ブレーキシューも外して…………アレは予備? それも交換?)

提督「ほいっと」カシャン、カシャン

島風(えっ、わたしのホイールと、提督のホイールを入れ替え? ヴァイアスちゃんのホイール、使ってみたかったのかな……?)

提督(ホイール換装してきて正解だったな――――それと)クルクル

島風(シ、シートポストとハンドル……サドルの位置まで調整!? なんで!? 島風のセッティング変わっちゃうよー!?)

提督(ふむ、このぐらいだろう。明石ならもっと適したポジショニングに変えられるが……贅沢過ぎるな)


 ハンドルをしゃくり、シートポストを下げ、サドルは前よりにセッティングした。


提督「よし―――――ああ、島風。いいもん呑んでんな。くれよ」

島風「えっ……で、でも、提督、自分のあるんじゃ」


834 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:07:37j7TiwJcE (14/19)


提督「くれよ」

島風「う、うん……(か、間接ちゅー……?)」


 島風はそれなりに思春期であったが、期待通りの光景は目の前に広がらなかった。


提督「~~♪」スッ

島風「えっ!?」


 提督は島風から受け取ったボトルをそのままジャージのポケットに押し込み、あろうことかヴェンジヴァイアスのホルダーに収まったもう一本のボトルまでもを同様にねじ込んだ。

 そして己のロードバイクに跨り、言う。


提督「さ、行くか」

島風「て、提督! ちょ!?」


 再出発の時であった。島風も慌ててヴェンジヴァイアスに跨り、再びペダルをこぎ出す。


島風「あ、あ、あれ?」


835 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:09:45j7TiwJcE (15/19)


 今度の違和感は、すぐに確信へと変わった。


島風(こ、漕ぎ出しが、軽い!? ギアのせい!? い、いや、でも……違う、漕ぎ出しだけじゃない!)


 それは、つい数分前まで島風が知っているロードバイクだった。速い。軽い。進む。


島風「さ、さっきより、楽だ……? な、なんで? なんでぇ?」

提督「さーて、なんでだろーねー」


 答えは今、島風の姿勢が物語っていた。胸を張る様な姿勢。高く視野を取るライディングポジションは、前方からの風をモロに受けてしまう姿勢だ。

 スプリントならば間違いなく最遅のライディングポジション。だが、それは一転してヒルクライムにおいては、


島風「は、走れる! 走れるよー!? 何やったの提督ーーーーっ!!?」

提督「答え合わせは登り切った後でな(あー重ッメェ……ただでさえクソ重いってのに、やっぱカーボンディープで坂ならリム軽いやつだなァ)」


 提督はヒルクライム用の軽量カーボンホイールを装備してきていた。

 それを島風のヴァンジヴァイアスに装備されたカーボンディープホイール――――ZIPP808と交換したのがつい先ほどである。

 前後のリムだけで重さは1600gを超え、タイヤを装備すれば至っては耐パンク性能重視のために前後合計でおよそ2kgである。


836 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:11:24j7TiwJcE (16/19)


 対して提督が元々履いていたホイールレイノルズRZR46――――タイヤを含めての前後の総重量はなんと1kg程度。

 島風のバイクから1kgの重石が消え去る計算である。

 1kgという差がどれだけ大きいのか、駆逐艦の中においては高身長とはいえ、ただでさえ細身で軽い島風の身体への恩恵は計り知れなかった。


島風(軽い……軽い、軽い!! 進める!! まだ遅いけど……進めるよ!!)


 まして提督は島風のボトルを二本奪った。一本は750ml容量にまだ半分以上のスポーツドリンクが満たされたボトルで、もう一本に至っては満タンのボトルだ。

 合計で約2.5kgの軽量化を果たした島風のバイク――――軽く感じるのは当たり前であった。

 そして提督は、もちろん約2.5kgの増量である。ヒルクライムにおいてはほとんど舐めプに等しい重量増であったが、そこはそれ、提督にとっては所詮は初心者向けの坂である。

 この程度の重量増など、せいぜいがトレーニングに対する重石になるかならないかであった。とんだ化け物である。


提督「さて、島風――――勉強の時間だ」


 今度は提督が、後方へ振り向く。

 島風へと、振り返る。


提督「次は俺が前を走ろう」


837 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:16:04j7TiwJcE (17/19)


島風(あ………そっか、そっか。提督の姿勢をマネしてみよう)


 すぐに提督が言わんとすることを理解した島風は、真っ直ぐに前を見る。

 その行為こそが、己のヒルクライムにおいては現状最速の構えであることは、今はまだ島風本人には分かっていないだろう。


提督(うむ……俺の意図を察する速さは流石だ……しかし島風よ。ヒルクライムは恐らくおまえに合わん。走れはするだろう。だが、きっと速くはなれん)


 その評価には蔑みはない。ただ少しだけ悲しい。

 山では、島風とは競うことはないだろう、そう提督に確信させたのだ。


提督(誰か……俺と暗峠走ってくれないかな……大阪行きたいな……誰か俺と暗黒ヒルクライムスプリントしてくれないかな……)


 「司令官、私がいるじゃない!」という幻聴が聞こえてきそうであった。


提督(雷がなかなかのセンスしてたよな……昨日見た感じだと、那珂がイイ線行きそうなんだがなあ。素敵なパンチャーは出てこないものか……)


 「ヒルクライムが苦しくっても! 那珂ちゃんのことは嫌いにならないでください!!」という幻聴が聞こえてきそうであった。

 後に黒潮や龍驤がタコヤキとお好み焼きに釣られて提督に暗峠に連れていかれ「ウチをだましたなぁああああ!」と叫ぶのはまた別の話である。


838 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:18:08j7TiwJcE (18/19)


 暗峠(くらがりとうげ)――――大阪において日本で最も冥府に近いとされる闇の峠である。最大勾配は41%と言われている。

 この峠の最悪なところは、序盤は10%程度の並の勾配が後半に連れて20%、30%と増えていくところにある。しかも休憩ポイントが一切ない。ド外道坂ここに極まれりである。

 もはや自転車を圧倒的なまでの悪意で拒絶している峠であった。

 第四水雷戦隊モードになった那珂ちゃんすら泣き出す悪魔の峠である。

 そこを住処とする悪魔の一人がこの提督であろうとは、この時点では鎮守府の誰も知らなかった。


 オ ッ ソ ー イ
 閑話休題。


 こうして提督というペースメーカーを得て、重量を失った島風は、麓から10km地点――――中間地点の休憩所に辿り着いたのだった。約1時間の時間をかけて、である。



……
………


839 ◆9.kFoFDWlA2017/08/01(火) 23:23:22j7TiwJcE (19/19)

※ヒルクライム初心者殺しチュートリアル編

 次回は基礎すっとばして異次元殺法決める豪運艦のお出ましに、なるといいですね


840以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/02(水) 20:10:11Rzh1QOZ. (1/1)

>>821
毎日でもいいのよ?

……雪風はあれか、島風以上ひと踏みごとに成長する妖怪艦なのか


841以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/03(木) 21:30:50GKHs.qwY (1/1)

>>839
おつおつ

この提督、デストライドで王を名乗れる世界に住んでるだろ絶対


842 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 22:54:41gyBB0R0U (1/14)


………
……



 人の手の入った道路の両端から民家が少なくなり、今は混沌とした秩序に従って茂る木々の群れがある。

 中間の通過地点として設定し、スルーするはずだった休憩所――――そこが島風のリタイア地点であった。

 休憩所の対面、峠道に面して石畳が詰まれ、その中間に差し込まれた竹からは、豊かな湧き水が溢れている。

 ぐびぐびと水を飲んだのち、空になったボトルに再び湧き水を汲んだ提督は踵を返し、


提督「生きてるか? 飲む?」

島風「ぜー、ぜぇっ、ぜぇっ、かっ、ごほっ……かひゅっ、ひゅっ………ぁ、あぅあうあー……」


 地べたに大の字で倒れ込み、まるで死にかけの金魚のように喘ぐ島風にぶっかけた。

 その反面、弾んだ呼吸はさながら火焔の如し。激しく胸が上下するたびに、ぜいぜいと喉が鳴っている。

 此処に至るまでの道中、提督からの献身的と言えるほどのサポートを受けてなおこの様であった。


843 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 22:58:30gyBB0R0U (2/14)


提督『特製のスペシャルスポーツドリンクだ。飲むんだッ』ゲンキデルカラ


 時にドリンクを補給し、


提督『間宮印の補給羊羹だ。食うんだッ』ゲンキデルカラ


 時に補給食を食べさせ、


提督『ただの冷たい水道水だ。被れッ』ゲンキデルカラ


 時に灼熱に燃える体に、頭から水をぶっかけた。


提督『島風、もっとハンドルのポジションを使い分けろ』

島風『ぜぇ、ぜぇ、ぜっ? ぜひっ?』

提督『そうだ。上部を握れ。自然に体が起き上がってくるだろ? 上体が起き上がっている方が呼吸しやすい――――その実感はあるか?』

島風『おっおっ! おぅっ! おぅうっ!!』


844 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:00:08gyBB0R0U (3/14)


提督『そうだ。使う筋肉も姿勢一つで変わってくる。次は坂道での回し方だが、島風の乗り方ならこのように――――』

島風『ふぎ、ふがっ、はぁっ、はふっ!!』

提督『うんうん、いいぞ。上手だ島風』


 島風は既に呼吸で会話していた。

 何言ってんのか全然分かんないのに、提督にはその意図が伝わっている当たり大概な洞察力であった。

 そんなこんなであれこれ提督が世話を焼いたものの、焼け石に水、初心者に付け焼刃―――島風の超級スプリンターの脚を、まさに柳に風とばかりに坂道は受け流していく。

 かくして一時間ほど走ったにもかかわらず、未だ麓から10km地点の中間ポイントで往生した島風であった。


島風「み、みじゅ、みじゅっ……て、とく、み、みじゅぅうっ………!!」

提督「あいよ、おかわりな」


 もはや立ち上がる気力すら残っていないのだろう、寝転びぐるぐると目を回したままに水を求める島風の口元に、提督は再び汲んできた湧き水に満ちたボトルの先端をねじ込んで押し込んだ。


島風「ごぎゅ、ごぎゅ、ごぎゅごぎゅぎゅぎゅぎゅ」

提督「これもまた一つの餌付けのような……不思議と球磨を拾った時を思い出すな」


845 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:05:52gyBB0R0U (4/14)


 水を飲んでひと心地付いたのか、島風が呼吸で会話する生き物から言語を話す知的生命体にまで戻った頃、


島風「ば、ば、ば……馬鹿なッッッ!!」


 島風は叫んだ。心の底からの絶叫であった。


島風「し、島風が、こ、こんな……こんな、遅い、なんて……ば、馬鹿な……!! こんなこと、ありえないもん!!」

提督「こっちが高雄よろしく馬鹿めと言ってやりたいところだがな? 良いことを教えてやるぞ島風――――サイクルコンピュータは嘘をつかない」


 速い乗り手には祝福と言う名の現実を、遅い乗り手には『見ろよこのグロ画像をよォ!』とばかりに絶望を突きつけるだけの機械である。

 そしてヴェンジヴァイアスから取ってきたサイコン画面を、島風の眼前へ突きつける。


提督「ほれ」

島風「ぎゃあああああああ!!」


 麓からここまでかかった平均時速――――小数点以下切り上げで、ギリギリ10km/hであった。


846 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:11:00gyBB0R0U (5/14)


島風「だま、した……」

提督「はい?」

島風「よく……も……よくも島風を」


 寝ころんだままに、提督を射抜かんとするほどに鋭い瞳には、怒りが燃えていた。島風にとっては正当なる怒りであった。


島風「よくも島風をッ、だましたなァアアアアア!!」

提督「その台詞を鬼気迫る表情セットで叫ぶのって、ひょっとして流行ってんの?」


 なお数週間前に長良と二人でこの山に来た時も、長良が同様の台詞を叫んだのである。

 いつものサイクリングロードを走っていたところ、長良がやらかしたのだ。


長良『今日は別のところを走りたいです! あの山の向こうとかどうでしょう!』

提督『おまえの死に場所はそこか』


 そんな感じで色々あって、提督がしぶしぶ連れてきたのだ。

 この時、提督も長良も平地御用達の重めのカーボンディープ装備だったため、当初は渋った。しかし、


847 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:13:01gyBB0R0U (6/14)


長良『大丈夫! 長良、速いですから!!』

提督『あっ(察し)』


 速い遅いの話ではないと提督がなおも説得するが、長良は言うことを聞かない。

 人の話を聞いたらそもそも長良ではないのだ。

 そして坂道を走り切った後、長良は呼吸を整えて、開口一番に叫んだ。


長良『よくもだましたァアアアアア!!!!! だましてくれたなァアアアアア!!!』

提督『なんでそんな鬼気迫ってんだよこえーよ』


 長良の怒りは、実は己に向けたものであった。

 この日、走行時間3時間で平均45km/hを記録できるところが、この坂道のせいでパーになったせいだと後で知った提督は、なんか納得した。

 そもそも乗り始めて一月未満が目指せる領域ではない。

 天龍と龍田も初めてこの峠に訪れた時こそしんどそうではあったが、


天龍『よっし!! けっこーコツが掴めた! 龍田ぁー、ついてこいよー。ポジションとかいろいろ試してみると楽な乗り方が見つかると思うぞー!』

龍田『はぁ、はぁ……もー、天龍ちゃんったら上手……』


848 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:17:29gyBB0R0U (7/14)


提督『ほー……天龍は苦手がないな。スプリントもかなりのモンだったし……(天龍も龍田も、どちらもオールラウンダーの素質がある。トレーニングメニュー組んでやろうかな)』


 二週間もしないうちに乗り方のコツを掴んで、今ではスイスイと昇ることができるようになっている。

 遅い自分が気に入らなかったのか、なにくそとばかりに毎朝早起きして坂道に挑んだ結果である。天龍の素晴らしい向上心に提督もご満悦であった。

 が――――そのまた別の機会では鬼怒が叫んだ。


鬼怒『よく、も……よくも鬼怒を……よくも鬼怒をォ! だましたなァ!!』

提督『長良といいおまえといいなんなんだよ別にだましてねーよ。長良は人の話聞かねーし鬼怒に至っては『一緒にヒルクライム行こう!』って誘ってきたのおまえじゃねーか俺が何をした』

由良『はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ…………さ、坂道って、疲れるのね……』

名取『う、うん…………へ、平地と、はぁ、ひぃ、同じ走り方じゃ、はひ……だめみたい……』


 由良と名取は結構ひぃひぃ言ってはいたが素質あり。

 我武者羅に意地を張って回し続けた鬼怒は、途中で完全に筋肉がオーバーヒートして後はフラフラであった。

 事前に提督が鬼怒のホイールをヒルクライム向けの軽いホイールに換装していたため、登りきることこそできたものの、島風にすら及ばないタイムであったという。

 平均8km/hという現実を、鬼怒はマジパナイとすら言えず絶句して見ていた。


849 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:21:11gyBB0R0U (8/14)


 そして、阿武隈と五十鈴だが――――。


阿武隈『んんんんっ!! 坂道って楽しい!! ヒルクライムっていいですね!!』

提督『ウッソだろおまえ!?』

五十鈴『ウッソでしょアンタ!?』


 瞳に星を光らせる阿武隈の姿があった。水を得た魚の如くイキイキとした目で、するすると坂道を登っていく姿に、提督まで楽しい気持ちになったものである。

 かく言う五十鈴も大概である。息が上がっているとはいえ、最期まで阿武隈の背中を視界に捉えていた。

 五十鈴が万能の天才ならば、阿武隈はヒルクライムの大天才であった。何より楽しめることが一番の素養である。


阿武隈『う、うそ………い、五十鈴お姉ちゃんに、か、勝った? あたしが!? や、やったぁ!! ね、提督! みて、た……あや……きゅう』

提督『おっと………大丈夫か、阿武隈』


 山頂に辿り着いた後、よろけて倒れそうになる阿武隈を抱きかかえた提督は、ぐるぐると目を回しているだけの阿武隈の無事に安堵しつつ、内心では驚愕していた。


提督(まさかの回復型か! 後先考えず搾り切るだけ絞ってアタックして、緩やかなところで足溜めて回復して、またアタック繰り返して……登頂後にブッ倒れるタイプだ……)

五十鈴(あ、あ、あ……阿武隈ァ………!!)


850 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:26:39gyBB0R0U (9/14)


 阿武隈の身体を抱き支える提督は、五十鈴から見ればさながら古典的な物語の中で姫を支える王子の如くであった。

 その光景を敗者の立場で見せつけられた五十鈴――――心の導火線に火が点いた。

 それからというもの、五十鈴はしばしば山に阿武隈を連行しては、ひたすら戦っている。

 ちなみに戦っているのは五十鈴だけで、阿武隈は逃げているだけだ。五十鈴から。


五十鈴『手を抜いたら絶対に許さない』

阿武隈『は、はぃい……!!(でもあたしが先に登頂したらしたですんごい目で睨むじゃない!? 本当にやめて欲しいんですけど!?)』

響『私たちも一緒に走らせてもらえるとは、光栄だね』

暁『朝もやのただよう山の空気、実にレディ! レディだわ!』

雷『レディかどうかはわかんないけど、楽しいわね、電!』

電『み、みんな、はやいのですぅ! お、おいてかないでぇ!!』

阿武隈(こ、この子たちの、見てるところで、ぶ………無様な走りは! 見せ! られない!!)クワッ

五十鈴『そうよ!! 全力で走りなさい! それに挑み蹂躙してこそ意味があるのよ!!』


 無邪気に同伴する駆逐艦たちの手前、阿武隈が手を抜くことは許されなかった。五十鈴の作戦勝ちである。

 こうして阿武隈がヒルクライムでの連続アタックが得意となる下地が着々と作られていくのであった。


851 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:46:37gyBB0R0U (10/14)


 ――――そんな話を唸り声を上げる島風に聞かせた提督であった。鬼怒よりは速いぞ、鬼怒よりは、と。

 しかし、島風は「ぜんぜん納得いってません」とばかりに手足をばたつかせていた。だって鬼怒じゃないですか、鬼怒、と。


島風「ぅー、うー! うぅーーーー!!!」

提督「まァ落ち着けよ」


 苦笑した提督が寝転ぶ島風を抱き起し、路肩に座らせる。その横に並ぶように提督も胡坐をかいて座った。


島風「……提督」

提督「ん?」

島風「……島風、体力無いのかな」


 しばし無言になった後、と膝を抱えた島風はぽつりとつぶやいた。


提督「ンなわけねえだろ。神通のシゴキに耐えるおまえは、そこらの自称アスリートの数倍は体力があるよ」

島風「で、でも……全然、遅かったし……」

提督「…………そういや、脚質の話をしてなかったな」


852 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:51:19gyBB0R0U (11/14)


島風「? お昼に言ってたお話ですか?」

提督「そう。人には得意不得意があるって話だ。ロードバイクでもそれはある。それが脚質って奴だ…………ちょっと待ってろ」


 ジャージのポケットからチョークを取り出し、提督は地面にカリカリと字を書いていく。

【スプリンター】
 高い瞬発力を持つ脚質
 爆発的加速力と高い最高速度を発揮する

提督「とまあ、簡単に言えばこういうことだな。恐らくこれが島風の脚質だ」

島風「じゃ、じゃあ、島風がやっぱり一番速いってことね!」

提督「そう一概に言えないんだなーこれが」

島風「えっ………でも、島風速いよ?」

提督「平地では、な。んー、他にも脚質があるってのは分かるか? それも説明していこう」


 提督が再びチョークで地面に脚質を書き連ねていく。スプリンターの脚質にも更に補足を入れていった。


853 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:53:03gyBB0R0U (12/14)


【スプリンター】
 特徴:高い瞬発力を持つ脚質

 メリット:爆発的加速力と高い最高速度を発揮する

 デメリット:その反面、筋持久力が他の脚質に比べ低めで、登坂やアップダウンの多いコースに弱い


【TTスペシャリスト(クロノマン)】
 特徴:平地を高速巡航することに特化した脚質

 メリット:高い筋力によって高速域を維持し、平地でのアタックが成功すれば単独大逃げもありうる。チームの牽引にも強い

 デメリット:筋量が物を言うため往々に体重が重くなりがち、必然的に登坂力が低め


提督「この二つの脚質は言ってみればパワータイプ。平地での加速力・最高速度においては他の脚質に大きく優る」

島風「?? どっちも平地が速いんですよね? 何が違うの?」

提督「この二つは非常に似たタイプと思われがちだが、要はどこを重点的に鍛えるかによってタイプが変化する。

   瞬発力を鍛え、急激な加速力と最高速度を誇るのがスプリンター、平地での高速巡航能力をひたすらに磨き抜く、持久面も備えているのがTTスペシャリストだ。

   要は短距離が速いのがスプリンター、長距離で速いのがTTスペシャリストって覚えておくといい。

   スプリンターは瞬間的な加速によって他の追従を許さない。しかし平地での高速巡航、その継続性においてはTTスペシャリストに一歩劣る。

   視点を変えれば、TTスペシャリストはひたすら平地で高速域のままブッ飛ばすことができるが、瞬間的な最高速においてはスプリンターに一歩劣る」


854 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:55:28gyBB0R0U (13/14)


島風「あっ……そういえば、提督がホイール変えて、ボトルもってっちゃったあたりで、凄く楽になったんですよね。あれは軽くなったから?」

提督「そういうことだ。登坂では軽さが物を言うのを実感できただろう?」

島風「うん。じゃあ、島風が一番速い?」

提督「島風はそればっかりな。あくまでも脚質なんてのは人それぞれだ。未熟なスプリンターは訓練されたクライマーにすら最高速で劣る。要は努力次第だ」

島風「んー……島風は山が速くなれないんですか?」

提督「まだ結論付けるのは早い。速けりゃいいもんじゃないって言ったろ?」

島風「おぅ……」

提督「次の脚質、登坂タイプの説明だ」


【パンチャー】

 特徴:小柄だが高い瞬発力を備えた人に多い脚質。軽さゆえの加速力に優れる。

 メリット:アタック力に優れ、アップダウンの多いコースを得意とする。

 デメリット:軽い故にトルクパワーが低く、平地での最高速度ではパワー型に劣る。また長い登りはクライマーに一歩劣る。


855 ◆9.kFoFDWlA2017/08/03(木) 23:57:27gyBB0R0U (14/14)


【クライマー】

 特徴:体重が軽く、上り坂を得意とする脚質。登り坂特化。

 メリット:登り坂での速度を追求しているため、他の脚質の中で最も登坂に強い。

 デメリット:軽さを追求した反面、最大出力・瞬発力のパワーを犠牲としているため、パワー型には最高速度・巡航能力で遥かに劣る。


 この説明を見て、島風が気づいたように目を見開いた。


島風「!! この、クライマーって脚質……私と、逆だ」

提督「気付いたか? スプリンターとクライマーは真逆の性質を持つってことに。

   おまえは体重と言う意味じゃ軽いが、非常に速筋……瞬発力とパワーを司る筋肉の割合が多い(という定期検診によるデータを明石から得ている。ピンク筋もヤベーって言ってたな確か)」

島風「えっと、どういうことです?」

提督「速筋は最高速をひねり出す、瞬間的にパワーを出すことにかけては非常に優れている。しかし、持久力がないという欠点がある。

   それを補うのが持久力を司る遅筋であり、その二つの筋肉のバランスによって能力は決まる。この割合は生来のもので、後天的に割合が変わることは無い」

島風「つ、つまり?」

提督「島風は遅筋が少ない。つまり持久力が重要となる登りと、平地における高速巡航の維持に関しては苦手分野となるな」

島風「そんなー……じゃあ島風は、長いコースや山じゃ勝てないんですか?」


856 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:00:55XRZkOYAc (1/9)


提督「そう決めつけるのはまだ早い。残る二つの脚質が、島風が今度どうなりたいのかを示してくれるかもしれん」

島風「え?」

提督「残る二つは、『反則級』の脚質だ」カリカリ


【ルーラー(スピードマン)】

 特徴:体重が軽く、かつ高速巡航や瞬発力が高めな万能型の脚質。

 メリット:平地・登り坂・アタック・高速巡航と苦手がない。

 デメリット:苦手がないが故に決定力に欠ける。平地も登坂も瞬発力も申し分ないが、個々のポテンシャルは他の特化型脚質には届かない。


提督「まずルーラー。これはバランス力に長けている。軽さと瞬発力、そして高速巡航に登りまで、苦手と言うものがない。

   苦手が少ないと言う意味ではパンチャーと同じだが、平地を一定のペースで走り続けることを得意とする者がルーラーには多い。

   二つの差は、パンチャーより平地の巡航で勝るが、アップダウンでの対応力は劣る、瞬発力は大差ない、そんなところか」

島風「なんか速くも遅くもない速度で、地形問わず走ってる感じ?」

提督「おいおい、ルーラーをバカにすんなよ? さっきの登坂中で俺がやってたことがルーラーの役割の一つなんだぜ」

島風「えっ!?」


857 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:02:11XRZkOYAc (2/9)


提督「チームレースじゃ非常に重要な役割を担っている。アシストって言ってな。割愛するが、高いタフネスが重要になる。

   苦手がないってことは、余裕のある分、競争相手の苦手なところでアタックかけられるし、他の仲間をフォローできるってことなんだから。兵站は大事、だろう?」

島風「あ、そっか。そうですね! 平地が速いだけじゃダメなんだっけ。万能に活躍できるってすごいんだね!」

提督「ウム。万能さは大事だな。だがその結論もまだ早い」

島風「?」

提督「では最後の脚質だ。見て驚け」

島風「?」


【オールラウンダー(正しく万能。トリックスター)】

 特徴:登り・高速巡航を問わず、高いレベルでこなすことができる脚質。スプリント能力の有無は条件に含まず。

 メリット:苦手なコースがなく、どんな地形であれ優れた走りを実現する。

 デメリット:ない。


島風(゚д゚)オウッ!?

提督「おう」


858 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:03:54XRZkOYAc (3/9)


島風「ない!? デメリットがないってなに!」

提督「苦手などない。それがオールラウンダーだ。どこでも速い。苦手がないと言うより好き嫌いがない。どこだろうとバランス良く速い」

島風「なんですかこの反則」

提督「だから万能型という名前のチートなんだよ。そもそも脚質なんてのは後付けでな。その人が得意とするコースやシチュエーションで概ね割り当てられるもんでしかない」

島風「ど、どーゆーこと?」

提督「スプリンター脚質の、仮にA選手とB選手がいるとしよう」

島風「うん」

提督「A選手は坂道が極端に苦手だが、B選手は坂道もそこそこ登れる。だがこの二人はどっちもTTも巡航もアップダウンも苦手だから、大別すると一緒くたにスプリンターとされてしまうわけだ」

島風「詐欺だッッ!!」

提督「更に」

島風「え、まだ続きがあるの?」

提督「じゃあスプリントでAとBが戦ったとしよう。どっちが勝つ?」

島風「え、そ、それはもちろん、A選手でしょ? 坂道が苦手なんだから、その分スプリントがはっやーいんじゃないの?」

提督「そうとも限らん。B選手はスプリント能力でA選手を純粋な技量で上回ってるなんてこともありうる」

島風「なんだそれーーーーー!?」


859 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:06:27XRZkOYAc (4/9)


 長良などがまさにそうである。天性の脚であった。鬼怒もまた黄金の脚を持つ艦娘である。

 その気になれば特級のスプリントもこなすオールラウンダーを目指せるのだが、


長良『坂道嫌いです……ぷいっ』

鬼怒『鬼怒も!! 嫌い!! ぷんぷん!!』

提督『そ、そうか』


 長良も鬼怒も純粋にスピード狂であった。長良などはスプリントもこなすオールラウンダーにもなれる。

 ロングスプリントを得意とする鬼怒は元々粘りのある剛脚を持ち、坂道だって鍛えれば一級クラスになれる。

 だが本人の嗜好と才能はまるで相容れないなんてことはままあることであった。

 どれだけ望んでも、駆逐艦は戦艦になれないように。戦艦もまた駆逐艦にはなれないように。清霜の泣き声が聞こえるようであった。


島風「………どの地形もおっそーいって人はオールラウンダー?」

提督「それはオールダメンダーとかド素人とかエンジョイ勢という」

島風「だよね」


 別に悪いことではない。


860 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:09:35XRZkOYAc (5/9)


島風「はー……けどなにこれ……オールラウンダー? こんなの反則だよ……」

提督「スプリンターより平地で速い癖に、山じゃクライマーより速いふざけたオールラウンダーがこの世にはそれなりにいる。

   スプリンターにスプリントで勝っちゃうパンチャーとかルーラーもいる」

島風「なにそれ………狩人漫画の水見式みたいな……スプリンターは強化系みたい……」


 島風がまるで水見式だと言ったのは、案外正鵠を得ている。

 結局のところ、本人のコンディション、その資質と努力、コースへの己の脚との相性などで、スプリンターが直線でクライマーに負けたり、クライマーが山でスプリンターに負けたりすることはないわけではないのだ。

 かつてエースを山で置き去りにして煽ったりしたとんでもねえ怪物オールラウンダーが有名選手でいたりする。


島風「………じゃあ、島風は……オールラウンダーの人より遅いの?」

提督「そんな島風に耳より情報だ」

島風「え?」

提督「クライマーは作るもの、スプリンターは天性のもの、という言葉がある。そしてオールラウンダーもまた作り上げるものだ」

島風「え……」

提督「スプリンターはな、強化系じゃない。むしろ真逆の特質系なんだよ。どれだけ本人が望もうと、欲しようと、もともと持っていないのならば手にはいらない」


861 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:11:55XRZkOYAc (6/9)


提督「山は鍛えれば一定以上の速さは得られる。しかしスプリンターは先ほど言ったように、速筋と遅筋の割合が生来から変化しないという性質から、生まれ持ってのものだ。

   いくら本人がスプリンターになりたいと望もうと、素質がなければ一定レベルで頭打ちとなる。

   しかしヒルクライムは違う。山は走れば走るだけ、学べば学ぶだけ速くなれる。センスも必要だが、センスより重要なのはどれだけ努力したか。

   島風はもともとクライマーとしての最低条件である『体重の軽さ』はクリアしている。あとは走り込んで登りを速くしつつ、平地での速度を落とさず更に磨きをかければ……」


島風「なんか……それって悲しいね……」


 島風は俯いた。


提督「それは違う。間違っているぞ島風」


 そして提督が否定した。明確に、提督が否定することは珍しいことだと知っている島風は、口元をぽかんと開けて固まった。


提督「いいか、島風。ロードバイクでの競争は、みんなで一緒に走るもんだ。陸上競技のタイムを競うものじゃない」

島風「う、うん」

提督「ロードバイクでもそういう競技はある。トラック競技って言うんだが、それはタイムを競うもの。だがロードレースはみんなで走る。何故だと思う?」

島風「え、えっと、えっと………なんでだろ?」


862 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:15:45XRZkOYAc (7/9)


提督「タイムは関係ないからだ」


 それが、ロードレースの醍醐味の一つである。


提督「みんなで一緒に走って、その中で一番先にゴールした奴が優勝だ。仮に10kmのコースを走るレースだったとして、10分でゴールしようが1時間でゴールしようが、一番にゴールにバイクを叩き込んだ奴が優勝となる」

島風「で、でも、結局それじゃ、一番速い人が勝つよね?」

提督「途中で転んだら?」

島風「え?」

提督「タイヤがパンクしたら? チェーンが外れたら? スプリントしようとしたタイミングで、他の選手とぶつかったり、前を塞がれたら?」

島風「―――――」


 島風にも、その意味が分かってきた。提督が言わんとしていることは、つまり―――遅い人でも、ゴールするまでは勝ちの芽があるのだ。


提督「ロードレースはそんなトラブルと駆け引きがつきものだ。それは全ての選手に平等に与えられる。

   複雑な癖に単純なルール、本当に速い奴は、一番先にゴールにたどり着いた者という『ことになる』。それが面白い。

   分かるか、島風――――単に他の連中を出し抜いて先にゴールすりゃ、勝ちなんだよ」

島風「――――」


863 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:19:38XRZkOYAc (8/9)


島風(速いだけじゃ、駄目なのね……でも)


 ぞく、と島風の背筋が泡立ち、にわかに瞳が輝き始めた。口元には獰猛な笑みまで浮かんできている。


提督「良い目をするじゃないか。そうだろ? 単純に一定距離のスプリントでタイム競うなら、お前に勝てる奴はそういない。でも、そんなの面白くないだろ」


 満足げに頷いた提督が、口元を緩ませながらもやや鋭くなった目で島風を見る。


提督「一番速い自分を、一番速く叩き込むために、何をするのか、何を考えるのか、どうすれば良いのか、両脚だけじゃなくて頭も使って、自分以外の誰かをも使って、証明する」


 熱のある視線だった。情熱がある。猛りがある。差配を振るう提督が、しばしば大戦の時に見せていた顔だ。


提督「勿論、地力と才能がある奴の方が有利だろう。しかしそれだけじゃあ勝てない」


 そうだ―――それだけでは、つまらないのだ。


提督「精神論や地道な努力、小細工だって顕著に出る。速いと言うことは、頭が良くて、努力して、美しく、正義であるということが認められる。

   これほどおっかなく燃えるスポーツは、俺にとって他にないね」

島風「おうっ……!!」ブルルッ


864 ◆9.kFoFDWlA2017/08/04(金) 00:21:07XRZkOYAc (9/9)

※疲れた。寝る。雪風ー! はやくきてくれー!


865以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/04(金) 02:16:31BcboJl6Q (1/1)

>>864
おつ―!!
早く来るの待ってる―!!


866以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/04(金) 05:55:43wKGo5fQQ (1/1)

>>864
おつおつ

そういえば、最近は駆逐艦の装備を何でも使える戦艦が誕生してたよーな
駆逐艦は戦艦になれないけど、戦艦は駆逐艦になれるのかも知れない


867以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/04(金) 06:00:45FcAZ2q4s (1/1)

乙です


868以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/04(金) 07:56:38iowpfcpw (1/1)

>>841
暗峠の住人にどこの誰が挑むというのかww


869 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 00:14:24YB6lUFpA (1/40)


提督「武者震いか。島風もそうだろ。お前はそういう『他人と競う』ことに燃えるタイプだしな」

島風「はいっ!! やる気が湧いてきました!! よーし、鍛えるぞー!」

提督「そりゃあ良かった。ま、島風はどこで輝きたいのか、心の声に従って決めると良い。今度、トレーニングメニュー組んでやるよ」

島風「ほんと!? お願いします! スプリンターもいいけど、オールラウンダーやルーラーもいいなぁ……どうしようかなあ……」

提督(まァ、確実にスプリンターだろうな。嗜好と才能が見事に合致しているってこともあるし)


 この手の予想が覆ったことはない提督であった。


提督「いずれにせよ、少なからずヒルクライムの勉強と練習はしないといけないぞ。何故か分かるか?」

島風「えーっと……平地でいくら速くても、コースに坂道があって、そこで遅れちゃったら意味ないから?」

提督「まあ正解だ……なにより、ヒルクライムってのは実力差はもちろん『時間差が付きやすい』競技だからな」

島風「? はーい」


 提督の言葉に少し違和感を感じた島風だったが、提督が差し出したものに、その疑念は霧消した。何故ならば、


提督「さておき……ここまで頑張ったご褒美だ。間宮特製の補給食をあげよう」スッ

島風「あ、羊羹だ!! いただきまーす!!」


870 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 00:18:27YB6lUFpA (2/40)


提督「間宮印の補給羊羹だ。携帯用に試作させてみたが、これが実にウマい」

島風「……うん! おいひー!」

提督「実にいい仕事だ、間宮……更に腕を上げたな」

島風「だね! さっきは味わう余裕なかったけど、ほんとにおいしーよこれ!」

提督「餡子は単糖類で脂肪分が少ない。純粋な糖質に近い故に、即効性の高いエネルギー補給食だ。気に入ったら二人のところで買うといい」

島風「はーい! おいしー! なんかいつもよりおいしー!」


 島風の補給食が決まった瞬間であった。

 なおこの間宮印の携帯羊羹、そしてあんぱんは、この月から本格的に販売開始となる。

 ならざるを得なくなった――――鎮守府における『最速』の代名詞たる島風は、本人が思っている以上に注目を浴びている。

 『島風が食べているのなら』と、興味から手が伸びる者も少なからずいた。

 有名人御用達というのはそれだけで一定の評価を得るものである。まして間宮の羊羹だ。旨さは保証されている。

 おかげで間宮と伊良湖はこれから嬉しい悲鳴を上げることとなるのだが、それはさておき、


提督「奥が深いだろ、島風」


871 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 00:21:57YB6lUFpA (3/40)


 羊羹をすっかり食べ切った島風は、深く頷いて同意した。


島風「――――はい。ロードバイクにも色んな速さがあるって分かって、私……ますます好きになれそうです、ロードバイク」


 ロードレースの面白みの一つが、この得意分野の違い。

 言ってみれば陸上競技の短距離選手と長距離マラソン選手がごった煮状態で派手に個人やチームで競い合うのだ。

 高速域でのドラフティング効果があるからこそ成立するものだが、一流選手となれば個々のレベル差は微々たるもの。

 しかし、チーム戦ではその僅かな優位を持つエースを勝たせるために、ほんの一呼吸分でも温存させてゴール前で発射させる。

 個人戦では他の選手の動向に気を払いつつも、他者を出し抜くために知略を巡らせ、チャンスに目を光らせる。

 このギリギリ感がたまらない。

 島風もまた、その面白みを想像して笑みを深めた。口元にはどこか不敵な闘志を宿していた。

 いずれ夕張と、再び最速を競う機会があるかもしれない。

 夕張以上の乗り手が現れるかもしれない。そんな未来を想像して、心が躍るような心地だった。


提督「さて、補給も済んだし、そろそろ続きと行こうか島風。さっき教えたことが出来てるか、今度は後ろからチェックしてやるよ」

島風「おーーーうっ!」


872 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 00:23:25YB6lUFpA (4/40)


提督「ここからちょーっと島風にはキツいところが続くかもしれんぞ」

島風「お、おー……ぅう……………………あ!」

提督「ん? どうした?」

島風「そう言えば提督? 提督の――――」


 『脚質はなんですか?』と、質問しようとした時だった。


提督「ん?」

島風「――――あれ?」


 二人がその音を捉えたのは、ほぼ同時だった。

 振り返った先、誰かが自転車で駆けてくるのが見えた。

 小柄な影だ。木漏れ日の合間を縫うようにして、微かなラチェット音と共に段々と近づいてくる。

 身に纏うジャージは白。フレームもまた純白で、キラキラと光を反射して輝いている。

 その乗り手もまた真っ直ぐに前を見つめていたためか、すぐに提督と島風の存在に気が付き、ぶんぶんと手を振った。


873 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 00:29:48YB6lUFpA (5/40)


雪風「しれぇーーー!! 島風ちゃーーーーん!!」

提督「おお――――雪風」

島風「あっ、雪風ちゃんだ!」


 にぱ、とお日様みたいな満面の笑みを浮かべた雪風が、


雪風「ゆきかじぇ、追いつきましたーーーーー!!」


 盛大に噛みながら、坂道を駆け上がってくる。


提督「お、おう……(噛んだ)」

島風「お、おう……(噛んだよ)」


 あまりにいつも通りの『雪風らしさ』に苦笑いする二人は、それ故に気づかない。

 笑みを浮かべながら叫び、ハンドルから手を放して左右に振っても『まるで速度が落ちない』雪風のライディング。

 その在り様が、どれだけ異常なのかを。


874 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 01:11:09YB6lUFpA (6/40)


提督「雪風? どうしてここに? 偶然か?」

雪風「はいっ! 大淀さんが、お二人がここにきていると聞いたので、追いかけて来ちゃいました!」

提督「ああ、大淀に聞いたのか」

雪風「雪風もご一緒していいですか!」

提督「いいだろ、島風?」

島風「うん、もちろん!! 今ね、提督にヒルクライムの乗り方を教わってるんだ! 一緒に教えてもらお!」

雪風「はいっ! がんばります!」

島風「頑張ったらダメだッッッ!! だまされるッッ!!」

雪風「ほぉあ!?」


 鬼気迫る表情で叫ぶ島風に、雪風は目を白黒させた。


提督「叫ぶな島風……流行らんし流行らせんぞ……それより雪風、よくロード借りれたな(駆逐艦がこぞって借りてるって話だったが……偶然余ってたんだろうな)」


 だって雪風だもの――――これで大体納得できる者は、鎮守府には多かった。


雪風「はいっ! お借りできました!! あ、ジャージは自前なのです!」


875 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 01:14:32YB6lUFpA (7/40)


島風「真っ白いジャージ、似合ってるね。そのバイクもカッコいいよ!」

提督「お、トンプソン……それもヒルクライム御用達のフレーム……ホイールも決戦向けの軽量ホイールか」


 納車を待ちきれない子や乗り比べをしてみたい子の為、提督と明石が組み上げた試乗車、その一台であった。


提督「コンポもスラム……ペダルはルックのKEOブレードって……ピンポイントでヒルクライム狙い撃ち装備じゃあないか。明石が融通してくれたのか?(相変わらず運がいい)」


 内心にとどめてはいたが、仮に口にしていたら、雪風とて提督にだけは言われたくない台詞であろう。初霜やプリンツですら苦笑いする筈だ。


雪風「はい! それがですねー……」


 一時間半ほど時間は遡り、雪風が明石の工廠にロードバイクを借りに行った時のことだ。

 そこでは明石と大淀が談笑しており、工廠の隅――――ロードバイク置き場からは最新鋭軽巡(笑)の「やめろー! はなせー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!」という叫び声が響いていた。

 明石と大淀がガン無視を決めているのと、だんだん声が遠ざかっていくところから察するに、最新鋭軽巡(笑)の話は誰も聞いていないことが察せられた。


雪風(ロード! ロード! しれぇと島風ちゃんとロードバイク!)


 そして雪風も結果的に無視した。既に提督や島風と一緒に走ることで頭の中がいっぱいだったこともある。


876 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 01:18:16YB6lUFpA (8/40)


雪風『明石さん! 大淀さん! こんにちは!』

明石『あら、いらっしゃい、雪風ちゃん!』

大淀『こんにちは、雪風。今日はどうしたの?』

雪風『はい、ロードバイク! 一台、雪風に貸してくださいな!』

明石『OK! どのロードバイクがいいかしら? 今なら二台が選べるわよー』

雪風『えーっと、えっと……どっちも白くてピカピカしてます! 雪風、まよいます! 雪風、白色大好きです!』

明石『あははっ、ゆっくり決めたらいいわよー』

雪風『そ、それが、雪風はゆっくりしてられないのです……ど、どっちがいいんでしょうか? 早くしないと、しれぇたちに追いつけなくなっちゃいます!』

大淀『あら、提督を追うのですか? 提督なら島風と一緒に山へ向かうと仰っていましたよ。住所も伺ってますし、そう遠い場所じゃないので慌てることもないかと』

明石『山? ヒルクライムってこと? ……ならこのバイクがいいと思うわよ』


 その中の一台が、雪風が今乗車しているベルギーのロードバイク――――トンプソン・マエストロである。

 ヒルクライムに興味を持った艦娘の中では、なかなか評価の高いバイクであった。


雪風『ほぁ? なんでこのバイクがいいんです?』

明石『軽いバイクの方が山だとすいすいなのよ。かなーり軽量に仕上がってるやつなの』


877 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 01:21:43YB6lUFpA (9/40)


雪風『そうなんでしゅか!』

明石『そうなんでしゅよ』

雪風『ほぁあっ!?』

明石『にひひっ! ま、さておきヒルクライム走った子からはかなり評判良いわよ? 無理強いはしないけど……どうする?』

雪風『いえっ! 明石さんがそうおっしゃるなら、ゆきかじぇ、これにします!!』

明石『はい、了解しました。それじゃ準備するからちょっと待っててね(噛んだ……カワイイ)』

大淀『ふふ……しかし雪風、今のうちに着替えてきたらどうかしら?(噛みました……可愛い……意外なことでもない!)』

雪風『!? き、着替え……!! い、急いできます!!』

明石『あ、これ心拍計のベルト。あとボトルも忘れないようにねー。まだ涼しいとはいえ、脱水症状は怖いから』

大淀『サイコンに山への住所とナビ入れておいてあげますね』ピッピッ

雪風『何から何までありがとーございますっ! ゆきかじぇ、すぐに着替えてきますね!』


 そんな経緯で、雪風は提督たちを追いかけてきたのだった。


提督「成程な。しっかし、随分急いで来たんだな。俺らが気づかなかっただけで、すぐ後ろを走ってたのか?」


878 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 01:43:21YB6lUFpA (10/40)


雪風「いえ、雪風が鎮守府を出たのは『12時半』ですよ。自転車に乗ってからは、そこまで飛ばしてもいないです!」

提督「…………? なあ、雪風はロードバイクに初めて乗ったのはいつだった?」

雪風「ふぇ? えっと……夕張さんと島風ちゃんがレースしたときの、次の日ですよ?」

提督「…………そうか」

島風「? それより雪風ちゃん、よくこの場所が分かったねー」

雪風「はい! このサイコンのナビゲーション機能にいっぱい助けてもらって……」

島風「へー! こんな便利な機能もあったんだー……あ、そーだ! 羊羹食べる?」

雪風「ようかん!! ありがとうございます、食べますっ!!」


 雪風と島風がきゃいきゃい話す傍ら―――提督の頭の中には、ある一つの疑問が浮かんでいた。


提督(……俺と島風が鎮守府を出たのは、昼食後の12時過ぎ……。

   雪風は12時半に鎮守府を出たと言った……つまりは、30分ほどスタートの時間差がある)


 着替えにモタついていた雪風は、結局提督たちから遅れて30分後に出発した。だがそれこそが、まさに提督に疑問を抱かせる点であった。


提督(俺と島風がこの中間ポイントに到着してから――――休憩に要した時間は10分)


879以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/12(土) 07:36:16uP01iI1Y (1/1)

寝落ちかな?


登坂中の片手離しはキツい


880 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 18:46:55YB6lUFpA (11/40)


 提督が己のバイクのサイコンへと目を走らせた。正確には、現在時刻を示す時計機能にだ。

 現在時刻は13時35分。

 提督と島風は13時25分にこの中間ポイントに到着し、10分の休憩を挟んで今に至る。


提督(…………麓で水分補給と島風への説明のために停まっていたのは2分程度。途中でホイール交換に要した時間は3分足らず……合計で約5分のインターバル……)


 つまり提督と島風がここに来るまでに要した時間は、道中の5分を引いて1時間20分。

 しかし雪風は、僅か1時間5分でここへ到達したことになる。

 平地15km+山岳10kmの計25kmの行程。たったの25kmの行程で、当初は30分あった時間差を、僅か15分差まで詰めたのだ。

 15分の時間を、雪風は埋めた――――独力で。

 この事実に提督は、今更ながらに戦慄した。


提督(普通に考えれば、島風とどっこいの素人である雪風は……あと15分後にここにきているのが自然……いや、不自然だ)


 何せ提督と島風は、かなりの速度でサイクリングロードを上っていた。

 島風はスプリンター。

 平地での巡航速度は一番の得手とは言えないものの、麓まではおよそ45km/hを出していた。この時点で相当な差がつくはずなのだ。


881 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 18:50:17YB6lUFpA (12/40)


提督(……鎮守府からこの中間ポイントまで島風の平均速度は約19km/h……峠だけで見れば平均10km/h未満……)

提督(ならば雪風は……雪風の自己申告が正しいなら、平均速度23km/hということになる――――峠を含めて!)

提督(問題は雪風の自己申告……『そこまで飛ばしていもいない』という言葉)

提督(仮に30km/hで麓まで走っていたとして……よし面倒くせえ――――ー後でサイコン見せてもらおうか雪風ェ!!)


 提督は考えるより見せてもらった方が早いと判断し、高速思考を中断した。ところで提督がここまでの思考に有した時間は0.3秒である。バケモンだ。

 提督は、知らず高揚していた。もうほとんど答えは見えていたのだ。それしか考えられない――――だが、だからこそ信じられないのだ。

 ロードバイクにおいて、スプリントが苦手な脚質のものがいる。高速巡航やアタックが苦手な者がいる。

 しかし、彼らは往々にして優勝を掻っ攫う者が多く潜んでいる。

 その理由を考えれば、自ずと答えには行きつく。しかし、


提督(………昨日今日、ロードバイクを始めた、雪風が……まさか、『そう』なのか?)

雪風「間宮さんと伊良湖さんから、もぐ、山へ行ったーって聞いたときは、はぐ、どーしようと思いましたがっ、大淀さんから、もぐ、住所を、あむ、このじーぴーえすというのは便利ですね!」

島風「島風の、がぶ、サイコンも、あぐ、同じことできるのかー、んぐ……」

提督(食いながら話すな)


882 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 20:44:22YB6lUFpA (13/40)


 提督は改めて雪風の様子をじっくりと観察した。

 呼吸に乱れがない――――坂を登って来たばかりであるにもかかわらずだ。

 チラリと覗き見た雪風のサイコンに映る平均速度は、やはり23km/hであった。

 それよりも提督を驚愕させたのは、雪風の心拍数である。

 140―――それは余裕綽々であることを示している。

 足にも震えがない。筋肉疲労を起こしていないことは一目瞭然だった。


提督(…………雪風の本気の走りを見てみたい、が……今日は我慢だな。島風もいることだし、俺も――――)


 半ば確信を得た提督は、しかし首を振る。

 脳裏によぎった欲求と、少しの後悔を振り払うように自転車に跨り、提督は二人に呼び掛けた。


提督「―――――そろそろ行こうか。島風が先頭、その後ろに俺、最後に雪風だ」

島風「はーい!」

雪風「はいっ! 行きますっ!」


 かくしてヒルクライムが再開され――――提督と島風は、有り得ないものを見る。


883 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 21:07:05YB6lUFpA (14/40)


 そしてヒルクライムが再開して、五分後のことである。


提督「―――――平地におけるペダリングは」

雪風「はいっ!」

島風「ぜっ、ぜっ、ぜひっ!」


 先頭を提督に交代し、ヒルクライム講座を聞きながら、二人は坂道を上る。

 雪風は余裕綽々で。

 島風は呼吸で会話する生き物となって。


提督「上手い下手を別にすれば簡単だ。回そうと踏もうと、前に進むからな。

   ホイールにせよ動力たる身体にせよ、勢いさえついていれば前へと進む慣性が働くからだ……だがヒルクライムは別だ。

   下向きの重力がその慣性を殺しにかかる。つまり、常にペダルを回して、推進力を与え続けなければ止まってしまう」

雪風「な、なるほど! わかりません!!」

提督(そういえば雪風も感覚派だったな)


884 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 21:14:55YB6lUFpA (15/40)


島風「おうっ! ぜぇぇええっ! お゛おぉうっ! お゛う゛っ!!」

提督「そうか、分かったか島風……そうだ、平らなところにビー玉を転すと良く転がる。だが坂道に逆らうように転がすとすぐに止まって落ちてくるってことだ」

島風「お゛っお゛っ! お゛お゛っ!」

提督「うむ……重力は下向きに働く……子供も知っている常識だ。常に体とバイクには下向きに重力がかかっている。だから山の斜面を登る時には、脚に嘘が付けない」

雪風「ふおぉお……! しれぇ! ゆきかじぇ、よくわかりました!」

提督(なんで脳味噌に酸素行ってない島風の方が雪風よりも理解力が高いのであろうか? てーとくは訝しんだ)


 坂道は、重力が明確に敵に回る。


提督「筋力、即ちパワーは筋肉が付くほど増大する一方で、重量増を伴う。重くなると重力に逆らう際に更なる力が必要となるのは分かるな、雪風?」

雪風「軽いものは『ひょい』って上がりますが、重いものを持ち上げるときに、『ぐにに』ってなるってことですよね!」

提督「(ぐ、ぐにに?)……お、おう。そうだ」


 平地では動力が物を言う。重さはさしたる重要性を持たず、より強いパワーを、より効率的に伝達できるものが速いのだ。


提督「つまり力が弱くとも軽いのならば、坂道では高い速度を維持できるということだ」

雪風「な、なるほど……でもしれぇ! 島風ちゃんが、死にそうです!! 雪風とあんまり体重変わらないのに!」


885 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 21:25:20YB6lUFpA (16/40)


提督「まだ行けるそうだ」

雪風「でも死にそうです! この先、もっと坂道が凄くなるんでしょ?」

島風「お゛ッ……!!」

提督「思い出させないでって言ってるぞ」

雪風「ごめんなしゃい!!」

島風(む、むし、ろ……!!)

提督(多分、俺と同じこと考えてるな島風………むしろ)


 雪風が異常であった。まるで息が上がっていない。

 しかも振り返って島風を気遣うほどの余裕がある始末。聞けば本日はヒルクライム初体験だという――――流石の提督も「嘘をつくなッ!」と叫びたい気分であった。

 現在はローテーションで、提督が先頭を走り、その後ろに雪風、最後方に島風という隊列を組んでいる。

 未だに提督の前を走っていないため、提督には雪風のフォームもペダリングもわからない。

 だがそれも、すぐに明らかになる。


提督「――――と、五分経ったな。雪風、交代だ」

雪風「はいっ! がんばります!」


886 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 21:35:17YB6lUFpA (17/40)


島風「おうおうお゛ーッ!!」

提督「がんばるんじゃあないってよ」

雪風「なんで!?」

提督(多分、島風が本当に死ぬからだ)


 提督が後方を確認しながらラインをズラし、ゆっくりと速度を落としていくと、そこに雪風がやや速度を上げて滑り込んだ。

 そして提督はあえて最後尾に回らず、雪風の後ろについた。島風は前方に来た提督のペダリングや体重移動を参考に、少しだけ余裕を持ったライディングフォームに修正される。

 僅かながらペースが上がると共に、提督の目が鋭く、そして冷たく据わっていった。

 じっと目の前の雪風の四肢に視線が向く。

 雪風はその幼げな雰囲気と裏腹に、体格は駆逐艦の中では平均より高い身長を誇る。島風との身長は1センチ程度。

 すらりとした長い手足もまた島風と似ていた。

 つい数秒前に雪風の自己申告があったが、体重差もほとんどないだろう。


提督(さて――――どんな走りを見せてくれる?)


 先頭に躍り出た雪風が、まず行ったことは――――。


887 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 21:39:14YB6lUFpA (18/40)





雪風「こぉー、こぉー、すぅーーーーーーーむんっ!」


 一際に長く深い――――呼吸。


提督「!!」

雪風「こぉおーーーー……すぅーーーーー……はぁああーーーーー……」

提督(………登ってる時に聞こえてた音は、これか。ヒルクライムの呼吸法を、理屈じゃなく本能で理解してやがるのか)


 そして雪風は、踏み込んだ。

 踏み込むと同時、やや頭が左右に揺れているが、それは苦しさに喘ぐ動作ではない。


提督(このペダリング……体幹を引きつけて上半身の体重と共にペダルを踏んで、理想的なリズムを刻んでいる)


 そして視線は常に前へ――――向けられていない。

 サングラスの内側で、その眼球はせわしなく動いていた。


888 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 21:42:37YB6lUFpA (19/40)


提督(スプリンターとクライマーは真逆……スプリンターは他人との競争、『コイツに負けたくない』とか『俺が一番速い』っていう気概や闘志で走る。これに例外はない)


 島風のように。

 長良のように。

 夕張のように。

 そしてまだ見ぬスプリンターたちもそうである。


提督(つーか、その想いがないヤツは同等以上の相手には勝てん。絶対勝てない。限界ギリギリまで体力搾りつくした後で、意地っつー燃料で走る生き物だからだ。

   だがクライマーはそうとは限らない。それだけでは勝てんのだ。

   他人がどうこうじゃない。ただひたすらに己の精神と闘う。前の自分よりも速く、ひたすらに自分を苛め抜く。

   もう足を止めて楽になりたいと言う誘惑を振り切って、地獄へと走っていく)

雪風「―――――ふぅっ、はっ……ふっ!!」


 僅かに呼吸が乱れた。提督がそう感じた瞬間、雪風はお尻を上げて、ダンシングに入った。

 より深く頭を左右へと振る。しなやかな両脚のライン上に、ちょうど雪風の頭が来るような位置取りで。


提督(――――――間違いない。あれ、理屈でやってない。完全に……「多分これが正解ですよね」ってな具合で決め打ちしてやがるんだ)


889 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 21:56:47YB6lUFpA (20/40)


 雪風のやっていることは、体を無駄に振っているように見える。

 だがその実――――踏み込む脚に、人体で最も重いとされる頭の重量をシフトさせている。

 体を振るという動作は、一見無駄な動作に思えるが、使う筋肉を分散させるという点においては、疲労を軽減させることに繋がる。


雪風「ふっ、ふっ……ふーーーーーーっ」カチッ、シュコンッ

提督(! 次はどっしりとしたシッティングで、回転重視に切り替えたか。ギアも一段下げた……成程、分かった)


 提督はここにきて、確信へと至る。 


提督(雪風のライディングは……全身を無駄なく使い分けている。新城選手が言っていた言葉があるが……)


 曰く『無理やり足を回すと、余計な筋肉が付く――――左右均等に使うことが肝要である』と。

 そしてこうも言った――――『体の中にいくつものエンジンがあり、それを使い分けている』と。
 

提督(それを体現したような動き……だが、ここからだぞ)

雪風「む――――」


 視線の先、遠目にも明らかなほどに傾斜が増した坂道があった。


890 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:02:38YB6lUFpA (21/40)


島風「お゛ッ……!!?」

提督「リタイア、ね。分かった。そこで待ってろ、島風」

雪風「ふぁあ!? い、いいんですか?」

島風「お゛」

提督「ここで待ってるから登り終えたらケータイに連絡くれとさ」

雪風「わ、わかりました!!」


 僅かな喘ぎ声一つからそれを読み解く提督は少しだけ人間をやめているのかもしれない。


提督「ごめんな、島風。俺の意図を組んでくれたんだろ?」

島風「お……」

提督「ちょっくら見てくるわ、あいつの速さ――――何、登り切って戻ってくるまで、30分もかからんよ」

島風「」コクリ


 島風はとうとう呼吸を止めた。


提督(さあて……ここからの斜度は9%を超え、傾斜は終盤にかけてどんどんキツくなってくる……深いシッティングのフォームじゃ、ペダルに力が掛からない)


891 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:10:32YB6lUFpA (22/40)


 この峠は、麓からゴール地点となるレストハウスまでの距離が約20km、平均斜度は6.2%。

 だがその実、中間地点の休憩所までの斜度はせいぜいが3%――――後半の最大斜度は15%にも達する。

 初心者から中級者向けの優しい坂道と提督は言った。その言葉に嘘はない。

 確かに優しい――――現実を突きつけるという意味でだ。


提督(どんなペダリングを見せる? 足を前に突き出すようなペダリングは、平地ならばともかく坂道では体力の預金残高をあっという間に減らしていく……ダンシングも数秒前に使ったよな)


 そんな提督の思考に割り込むのは、


雪風「しれぇ」


 雪風の声。


雪風「速く登り切って戻りましょう―――――ここからは本気で走って、いいですか?」


 その言葉の意味を、提督はたっぷり一秒を使って飲み込み、


提督「ははは―――――そう来るかよ」


892 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:25:20YB6lUFpA (23/40)


 ここまでは本気どころか、余力を十二分に残していたことを暗示するような、言葉。


提督「いいぞ、やってみろ」


 言葉の裏に潜む「できるものなら」という意図を読み取ったかは分からない。

 だが雪風は――――。


雪風「はい!!」


 真っ直ぐに前を向き、力強く返事をした。


提督「まだいけるだろうと思っていたら、あっという間に息が上がるぞ? どうするんだ、雪風?」

雪風「ぐぬぬ………こ、ここ、はっ!」カチッ、ジャコンジャコン


 傾斜があからさまに牙を剥く前に、雪風はシフトレバーを大きく二度タップした。


提督(! ギアを、重く!? 同時にシッティングポジションを前に変えた?)

雪風「止まるわけにはいきません!! たぁあああああ!!」ギュッ


893 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:28:04YB6lUFpA (24/40)


提督(肘を曲げて前傾姿勢を深く……付きだしがちになりそうなペダリングが、一転して力強いものに……!)


 10km/h前後だった速度が、あっという間に15km/hへと、速度が跳ねあがる。


提督「おお………!!」

雪風「すぅーーーーーーーー………ふぅーーーーーーー……しゃっ!!」


 続けて再び、ダンシングを開始。15km/hを維持したままに、9%の斜度をぐんぐんと昇っていく。


提督(こ―――――こいつ、傾斜を完全に見極めてやがる……なんて目ェしてやがんだ……改めて思い知らされたぞ)


 傾斜に応じてフォームを変え、適切なギアに変速、己のペースとリズムを一切崩さない。言うは易し、行うは難しだ。

 なにせ坂道の傾斜をどれぐらいの力で回せばいいのか、どのギア管理がベストなのか、それを学ぶのは経験からだ。

 経験からの、筈だ。

 だが、それを覆す存在を目の当たりにした提督は、その常識が揺らいでいた。

 斜度がきつくなるや否やダンシングを使い、速度を保つ。

 速度が落ちれば、その速度を取り戻すために後で力を使うことになる。つまり再加速のためにエネルギーを使うことになる。雪風はそれを嫌っているのだ。


894 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:35:54YB6lUFpA (25/40)


 雪風はそれが無駄だと、理屈ではなく感覚で理解していた。


雪風「はー、はー、はぁー………にぎぎぎぎぎぎっ」


 心拍が乱れかけた途端、今度は負荷を―――筋力を使い始めた。

 それもまた使う筋肉が異なる。今度は大臀筋を意識した乗り方である。


提督(こればかりは努力でどうこうできるレベルを超えている……間違いない、雪風、こいつは生粋のクライマーだ)


 戦う相手は、己自身。

 如何にして己の全てを使いつくせるか――――そこに楽しみを見出す類の、性。


提督(ドシロートの走りじゃない……ヒルクライム初体験の初心者がヒルクライムで取る選択は得てして二つだ。ほとんどは、諦めてギアを売り飛ばしてゆっくり走るか、我武者羅に頑張るか、その二つ)


 ギアを売り飛ばしてゆっくり走る――――坂道では力を抜いて走ろうとする。

 成程、聞いてみる限りでは正しいように感じる――――だが不正解である。

 それどころか、これはヒルクライムで『最も体に負担がかかり、苦しみが長くなる走り方』だ。

 何せ重力は常に肉体にかかり続けているからだ。間断などない。常にである。


895 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:38:52YB6lUFpA (26/40)


 意外や意外――――実はさっさと坂道を通り抜けるのが最も肉体への負担が小さい。山岳を走る時間を削減できるからだ。


 では我武者羅に頑張る方が正解か? これもまた不正解である。

 筋肉には、乳酸の蓄積量が急上昇する運動強度というものがある。この強度が上がるとエネルギーを運ぶための酸素供給が追い付かず、無酸素による糖代謝が増えていく。

 非常に分かりやすく言えば、『苦痛』である。

 山岳だけに焦点を絞るのなら我武者羅に走ることも決して間違いではないのだが、レースとなると話が変わってくる。

 常に全力疾走ができるほど、ロードバイクは便利な乗り物ではない。

 途中でエネルギーが枯渇し、脚が完全に止まってしまうことも往々に有り得る乗り方である。



提督(ほとんどはそのどっちか―――雪風は響や阿武隈と同じ選択を採った……『色々と試す』タイプだ)


 坂道は更に暴虐を増していく。

 続いては斜度12%の見通しの悪いつづら折り――――と見せかけた初見殺しの罠。

 生い茂る木々の影で隠れているが、イン側にはとてつもない地雷が潜んでいる。

 ライン選択を誤れば、最大で20%近い傾斜を登る破目に陥るのだ。


896以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/12(土) 22:40:10UfVL56VE (1/1)

あ やべえ
同じ山2周して1周目より速くなるタイプだこいつ


897 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:41:33YB6lUFpA (27/40)


 この坂に際し、初めて訪れた時の阿武隈と響はモロに罠を喰らい、速度を落としたが――――。


雪風「! に、にぎぎ……う、迂回、です。こ、このすごい坂は、流石に、無理……」スッ

提督(カーブの外に広がって……斜度の緩やかなコースを……見極めたか。流石だ)


 提督は、それ自体は驚かなかった。雪風は駆逐艦の中で、特に目の良い部類に入る。

 秋月や朧、吹雪に勝るとも劣らぬ視力は、数十キロ先の敵影すら見逃さない。たかが影に潜む傾斜の罠など見極めて当然であった。

 あったが、提督を驚かせたのはその後の行動である。


雪風「はぁ、はぁ……こ、ここを超えたら、少し傾斜が楽になるので……」ハァハァ

提督(息が上がりかけた状態で、登った先の路面状況を見てやがる…………ので?)

雪風「ここは――――」グッ

提督(!? 下ハンだと!?)

雪風「せいいっぱい、がんばって……楽なところで休みます……!」グンッ、グンッ、グンッ

提督(短い激坂を下ハンダンシングで強行突破だとォ!? おまえ本当は雪風じゃなくてパンターニの生まれ変わりじゃねえだろうな!?)


 近年で言えばナイロ・キンタナの権化か何かであろうか。


898 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:44:36YB6lUFpA (28/40)


 気が付けば、サイコンの示す速度は20km/h。


提督(あ、阿武隈や響でさえ、もっとあれこれ試行錯誤していたというのに……雪風の場合は試してることが、ほとんど正解だと……?)


 『もう少しで休めるから気を抜こう』ではなく、『ここで頑張れば次の楽な場所で力を温存できる』と考える。

 坂道で速い人間の自然な思考であるが、実際に実施しようとしたら常軌を逸した考え方であることが分かる。


 なにせ――――恐ろしく辛いのだ。痛いのだ。苦しいのだ。

 やがて思考は埋め尽くされていく。

 「なんで、こんなところで頑張っているのだろう」と。

 虚無感である。どうして自分はこんなに苦しんでいるのかという、哲学的な考えが脳味噌を埋め尽くしていくのだ。故にこそ、ヒルクライムは己との闘い。

 そう、つまり――――。


雪風「はぁ、はぁ………あは、あはは♥」

提督(雪風……こ、こいつ……)


 ――――人はそれを、ドMの思考という。


899 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:53:47YB6lUFpA (29/40)


提督(も、もともと、そういうケがある子だとは思っていた。やる気と才能は密接に関係してるが、実際のところあくまでも別物だ。モチベーションやバイタリティを抜きにしても、雪風――――このセンスは)


 坂は襲い来る侵略者に対し、不動のままに在る。

 ただそこにあるだけだ。

 だからこそ――――雪風にとっては手玉だった。

 雪風は、いつだって見ていた。

 いつだって感じていた。

 そこにあるものを、害ある存在を感知していた。


提督(この傾斜への観察眼と適応力……氷の上を滑るような、綺麗な動きだ……せわしなく動く視線……路面状況を視認して、瞬時に最適なラインを見極めているのか)


 海戦における敵艦と違って、坂はただそこにあるだけ。止まっているだけだ。迎え撃つ必要はない。ただただ蹂躙すればよい。

 ただペダルを回して、狙いのラインにホイールを乗せて行けばいい。

 雪風にとって、それはルーチンワークに等しい作業だ。

 雪風の目には、道が光り輝いて見えた。己の走るべきラインが光の帯を放って、突き進むべき道を示唆してくれる。


900 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 22:58:44YB6lUFpA (30/40)





 ――――その果てが見たい。

 ――――その果てを知りたい。


雪風(きっと、幸せがある)


 ぞくぞくと、性感を知らぬ初心な体に、それに似た何かが這い上がっていくのを、雪風は感じた。

 魂が高揚する。

 肉体が高揚する。

 心が高揚する。


雪風「しれぇ!」


 雪風は振り返り、紅潮した頬と真っ白な歯を見せつけるように、笑みを浮かべた。

 直列に励起していく三つの昂ぶりが、雪風にその言葉を引き出させた。


901 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:01:49YB6lUFpA (31/40)


雪風「もうちょっと速度出してもいいですか!? 全力の、全力で!!」

提督「くッ――――――は」


 提督に『それ』を聞くことの意味も、解らずに。より速く走るということ。

 それは気づかいだ。後に続くものが『遅れないように』という配慮。島風がいた時ならばいざ知らず、重ねてのその問いかけ――――当然のように、


提督「―――――いい度胸じゃねえか」


 提督は、挑戦と受け取った。サングラスの奥で、冷たい感情が渦を巻く。

 それを見た雪風は、己の背筋に焦燥感にも似た感覚が走るのを感じた。

 即座に前に向き直る。

 その蓄積された膨大な戦闘経験が雪風に、海の上でないにも拘らず――――最大限の警戒を要する、と――――雄弁に伝え、


雪風「―――――――――シィッ」


 迎撃重視の戦闘態勢を取らせた。

 無論、雪風にとってヒルクライムは初体験。何を以て迎撃に適したものかは分からない。


902 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:03:13YB6lUFpA (32/40)


 だが、備える。提督が何を起こそうとそれを観察し、即座に対応する集中力を全身にみなぎらせる。

 雪風の最大最強の武器こそが、それであった。

 島風をして決して及ばぬと認めざるを得なかった――――集中力の質と持続力、そして観察力だ。

 島風は勘のいい艦娘だ。その勘の良さは、島風自身の肉体の反射速度と相性が良い。

 だがその島風をして、雪風の異常なまでの観察力からなる予測には、後れを取った。

 即ち――――。


雪風「スー……ハー……スー……ハー……スー……ふぅうううううう…………すぅうううううう…………」


 雪風の息は長く、そして深い。五感の内の四つの感覚を総動員。

 視覚・聴覚・触覚・嗅覚――――特に尋常ならざる視力からなる観察力が、雪風の最大の武器であった。

 そこから知り得た全てから、次に起こりうる事態を予想し、どのように己が行動すべきかを決め打ちする能力。

 海上において、この能力は深海棲艦において絶望的なまでに凶悪だった――――遮蔽物がない海域においては、半径20km圏内が全て雪風の感知圏内。即ち射程距離である。

 海戦における雪風のそれは、まさに神がかっていた。着任当初から次第にその観察力は成長を続け、着任二年目から現在に至るまで、雪風は一度の被弾も経験していない。

 つまりなんらかの危機が迫った次の瞬間には、既に雪風は対処済みというあべこべの事態が起こる。

 そしてその能力は防禦や回避の時は無論―――敵艦のバイタルパートを正確に撃ち抜く、最強の鉾となった。


903 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:10:57YB6lUFpA (33/40)


 数十キロ先の敵影すら見逃さぬ視力――――敵艦の脆い部分、苦手な行動、砲撃や雷撃時の癖など、全てを瞬時に見破る。

 その能力が――――遮蔽物塗れで、精々周囲10m四方を感知できれば十分な、陸上で発揮される。

 それがどんな意味を成すか、島風には容易に想像がついた。

 雪風と付き合いの深い島風には、分かっていたのだ。


 ――――雪風ちゃんは、きっと提督に勝負を挑む――――挑むことになる、と。


 触れること能わず。

 退かず、負けず。

 そして、沈まず。
 

 海軍駆逐艦番付――――誰もが認める最強をも超えた不沈艦。



雪風「元大日本帝国海軍所属――――第二水雷戦隊所属、駆逐艦・雪風。参ります」



 『四不』の異名を持つ、ロードバイク鎮守府自慢の、無敵の駆逐艦である。


904 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:13:31YB6lUFpA (34/40)


 それに対する提督の動作を、雪風は『観』た。


雪風「!」

提督「ふぅー……はぁー……」


 深呼吸を一回。

 息苦しそうに襟首に指を入れ。

 左手のグローブを締め直し、反対側も同様に。

 そして、ヘルメットを軽く押し下げて、再び上げる。

 最古参中の最古参たる雪風は、提督の行うその動作を、知っていた。


雪風(しれぇが…………司令部施設を使って……本気で指揮を執る前の、癖です!)


 軍服ではない、サイクリストとしての姿であっても、その癖は変わらない。


雪風(い、いいえ、むしろ――――もともと)


 ロードバイクに乗る際に本気になる時の癖が、指揮の時の行為に現れていたのではないかと、雪風は思った。


905 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:16:42YB6lUFpA (35/40)


 その証左とばかりに、そこからは雪風が見たことのない提督の癖が続いていた。

 ハンドルから手を離し、カチカチと音を立てて、左右のビンディングシューズのダイヤルをキツく締め付けていく。

 そして、ハンドルに両手が戻った瞬間、


雪風「ッ……!!」


 雪風のペダルが重くなった。

 その動作を終えた提督の空気が、明らかに変わったのだ。


提督(久々のヒルクライム『戦』だ。その稀有なる才能に敬意を表して、ここはお前に華を持たせてやる――――)


 一瞬だけ、提督は優し気な笑みを浮かべ、




提督「―――――かはぁ」




 ――――瞬時にそれが魔王のそれへと変貌した。


906 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:31:40YB6lUFpA (36/40)




 一足―――否。

 一息―――否。

 一瞬―――是。


提督(――――なんて訳にはいかんなァ。そうだ。俺はこの瞬間をおまえたちと、何度でも味わうために――――今日まで戦い続けてきたんだよ)


 提督のテンションは、一瞬でMAXまで跳ね上がった。

 己の認識一つで肉体と感情を戦闘モードに切り替える。提督の本領発揮であった。

 雪風は振り返らなかった。多分振り返ったら夢に見るほどの顔があると察したのだ。

 つい先日のオフ日に振り返ってこれを見てしまった艦娘がいる―――――那珂だ。本日は休養日と称してカラオケに行くらしいが、実際は那珂ちゃんを慰める会であった。

 かくして――――


雪風「ぅ、あ……ッ、つぁああああああああああああっ!!」

提督「しゃ……!」


 両者は同時に、激烈たる踏力でペダルを掻き回した。


907 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:37:53YB6lUFpA (37/40)


 だが、


雪風「ッ………!!!」


 先行する雪風の横に並ぶ影に、雪風は目を見開いて驚いた。

 雪風は、完全に予見していた筈だった。

 提督が回す直前に備え、全くの同時にペダルを回した。その筈だった。

 異なっていたのは、ただ一つ。


雪風(回すのは同じでも、ギアが違えば……一踏みで進む速度は変わる)


 雪風が挑む前の時点――――雪風が2段上げたあのタイミングで、提督は3段上げていた。


雪風(そ、それに――――)


 明らかな、踏力の差があった。効率の差があった。

 横に並んだ雪風は、そのペダリングを『観』た。


908 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:42:59YB6lUFpA (38/40)


雪風(速い……!! 雪風の方が、軽いギアで回してるのにッ……!!)


 そのケイデンスは、雪風と並ぶ。

 つまり、


雪風「あーーーっ!?」


 抜かれる。あっという間のことだった。

 雪風が叫んでいる間に、提督は雪風の前にラインを取り直し、


提督「終わりか?」

雪風「―――――いいえ」


 瞬時に、提督の真横につけた。提督はそれに驚かない。


提督(―――――雪風が叫んだ瞬間、僅かに雑音が聞こえた……驚いて叫び声を上げたどさくさに、ギアを2枚上げたなコイツ……抜け目のない奴め)

雪風「ここからです、しれぇ!!」


909 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:47:05YB6lUFpA (39/40)


 素晴らしい反応と対応力に、提督は内心で舌打ちをした。

 「おのれ、神通――――教育が行き届きすぎだ」と。八つ当たりである。

 そんな内心をおくびにも出さず、提督は笑みを深め、


提督「いくらでも上げてこい」

雪風「はいッ! 雪風、行きます!!」


 戦いに意識を戻す。


提督(弟子とは師なり、という言葉があったな。毎日実感させられる。お前たちの成長には日々驚かされる)


 それでも、意識はかつての日々に思いを馳せる。


提督(夢のようだ。砲やら魚雷やら、似つかわしくねえもん持たせて、世界中の海を駆けずり回らせて、戦わせて)


 雑念が、脳裏をよぎる。


提督(そんな人でなしの俺を提督と、司令と呼んで慕ってくれるお前たちと、今ここで走れる)


910 ◆9.kFoFDWlA2017/08/12(土) 23:56:35YB6lUFpA (40/40)


 再び先行する提督。しかし距離は開かない。

 ぴったりと背中に、雪風の視線がへばりついているのを感じた。

 ここまで余裕を見せていた雪風が、確かに消耗している呼吸音も聞こえる。

 それがどうしようもなく、提督を高揚させる。


提督(素晴らしい…………その闘争心が素晴らしい!! 普通挑むか!? 誰が挑む! 初めてのヒルクライムで、その未体験の苦しみの中でなお勝利をもぎ取らんと尽力する奴が、どこにいる!!)


 悪魔のような笑みが、転じて子供のそれに変わっていく。


提督(あの頃は、いなかったぞ…………一人だっていなかった。誰もが俺と勝負しなかった。小さくまとまって顔色伺って……どいつもこいつも二位争いしやがって)


 それもつかの間、再び魔王に。喜怒哀楽の入れ替わりが激しい男であった。だが、その全てを力に変える強かさも確かにあった。


提督(やっべえな………ゾクゾクしてきた。ああクソ、『全力』で回してえなあ。でも、あとたった2kmしかねえってのがイラつく)


 ポタリングがてらのツーリングで、誰かと走る楽しみとは違う。

 勝敗を分ける。黒白を決める。曖昧なものを明確にしていくのは、気分が良かった。

 いつだって白一色で、そうなることすら分かり切っていたところに、黒の気配がよぎる。


911 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:01:16XmBArZ8Y (1/83)


 それを嫌だと思う。だが、憎しみはまるでなかった。

 だから、試す。


提督(――――よう、雪風。このアタックにはついてこれるか?)


 だから、速度を上げる。

 ついてくんなと思う一方で、頼むから俺を一人にしないでくれという願望を宿して、ペダルを回す。
 
 ふと振り向けば、どこかで見たことのあるフォームを取る雪風がいた。


雪風「ふっ、ふっ、はっ、ふっ、ふぅーーーっ、はぁーーーーっ……!!」

提督「おおおお……!?」


 力強い目とペダリングだった。

 正確無比な回転と、一秒ごとに完成されていくライディングフォーム。

 呼吸はますます荒く激しくなっていく一方で、瞳の輝きが増していく様に、提督は感嘆の声を上げた。


提督(――――これは、俺か)


912 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:05:19XmBArZ8Y (2/83)


 皮一枚のところで食らいついているようでいて、違う。

 勝利を諦めていない目だ。貪欲な目だ。その両目は提督の全身を捉え、それを己に取り込んでいる。


提督(俺から、盗み取っているのか)

雪風(しれぇ――――――すっごい)


 雪風には常軌を逸した観察力があった。

 だが、それを言語化する術を持たない。巧く情報を処理して、僚艦たちに伝えることが苦手であった。

 旗艦としての適性はなく、こと海戦における戦闘感覚を共有できる艦娘は一人もいなかった。

 それを、雪風は少しだけ、寂しいと思ったことがある。


雪風「しれぇがすごいことが、雪風、とてもうれしいです」


 そんな雪風の日常は、訓練と実戦を行き来していた。

 神通の休養の命令すら聞かず、姉や妹たちの心配する声すら振り切って、ただひたすらに戦いに明け暮れた。

 もっともっと、強くならなきゃと。

 一生懸命に頑張った。一生懸命に。


913 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:16:02XmBArZ8Y (3/83)


 奇跡なんかじゃ、ないんだと。死神なんかじゃ、ないんだと。

 今度こそ、証明するために。

 もう二度と、あの日に戻らないように。

 あの日が来ないようにと。

 繰り返し繰り返し、あの日をなぞるように――――頑張って、頑張り続けた。

 それでも雪風は、毎日悪夢を見た。


雪風(赤城さん、加賀さん……蒼龍さん、飛龍さん…………………………比叡さん)


 そして汗びっしょりになって、目を覚ます。目を覚まして、両手を見る。日付を見る。外を見る。

 朝になって、夢の中に出てきた人たちを探し――――そこでやっと、雪風は夢だったことを知る。

 みんな、生きてるから。

 ここに、いるから。

 もう戦争なんて終わったから。

 だから、もう大丈夫。

 そう自分に言い聞かせる。


914 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:28:15XmBArZ8Y (4/83)


 だから幸せなんだと。


雪風(なのに)


 それでも、夜な夜な悪夢がやってくる。

 終戦の日以来、雪風の心をさいなむ光景が、夢の中には広がっていた。

 始まりから終わりまで、いつだって帰結はあの終戦だ。

 一緒に日本に帰れると思ったのに。

 ずっとずっと一緒だと思ったのに。 

 なんだ、これは? 


雪風(――――雪風が、雪風が………あたしが何をしたっていうんです……)


 夢の中のみんなが指をさす。みんなは雪風を、死神と呼んだ。

 運を吸い取って死へと追いやる、死神だと。

 違うと叫んでも叫んでも、夢から覚めても再び夢に堕ちて、彼女たちは叫ぶのだ。

 死神と。


915 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:35:46XmBArZ8Y (5/83)


雪風(…………がんばったのに)


 がんばったのに。

 がんばっても、がんばっても、がんばりに見合うだけの結果が得られなかったのは、軍艦だった頃のこと。

 欲しくない戦果ばかりが残っていく。

 欲しくない言葉ばかりが積もっていく。

 大切なおねえちゃん、いもうと。

 大事ななかま。

 帰りたかったくに。

 雪風の―――――なまえ。

 全て、失った。

 それでも。


提督『よろしくな、雪風』

提督「――――――――遅れんなよ、雪風」

雪風「!!」


916 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:39:33XmBArZ8Y (6/83)


 己の名前を呼んでくれる人の声に、意識は現実へと引き戻される。

 いつだって引き上げてくれたのは、提督だった。



雪風(ああ、そうだ――――しれぇは、一度だって……)



 雪風の『しれぇ』は、一度だって雪風に、『頑張れ』とは言わなかった。

 死神とは、言わなかった。雪風は、幸運の女神が付いているとも、言わなかった。

 だって、


提督『雪風は、頑張り屋さんだからな』


 観ていてくれたから。


提督「――――おまえの『努力の結晶』、その全てをぶつけてこい」


 知っていてくれたから。その言葉で、全部が報われた気がした。


917 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:43:25XmBArZ8Y (7/83)


 今までも。これからも。きっと『しれぇ』は、雪風に頑張れと言わないのだろう。

 雪風が頑張ってるのを、知っているから。


提督『雪風は沈まんし、誰も沈まんよ――――約束しようぜ』

提督「それとも、ここで終わりか? 俺はまだまだ元気いっぱいだぜ」


 観察力を武器とする雪風が、読み取れるものはいっぱいあった。

 人の感情。敵の行動。どうすればいいのか。

 色んなものを読み取れて、それでも読み切れないものがある。 

 一番知りたい、明日のできごと。

 そして――――ただ一人読めなかったのが、提督だった。

 だから。初めて会ったあの人と同じように、声高に叫ぶ。



雪風『「雪風は、沈みません!!」』



 一つ一つ、『しれぇ』のことを知って行こうと思った。


918 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:51:24XmBArZ8Y (8/83)


 雪風をどきどきわくわくさせてくれる、この『しれぇ』を想う度、心に勇気が湧いてきた。

 いつしか雪風は、あの悪夢を見なくなっていた。

 覚めぬ夢はない。悪夢でも、希望にあふれた夢であろうとも。

 新たな夢がやってくる。時には悪夢も来るのだろう。

 だけど、どうせ見るなら楽しい夢だ。見たい夢を見るために、幸福を掴みに行く――――きっとそれが頑張るということだ。

 きっとみんな、同じなんだと雪風は思った。

 みんな頑張ってるんだと、雪風は分かった。

 だから今は、


雪風「勝負です――――雪風、勝ちます!」

提督「ハッ、十年はええよ」

雪風「むぅ……な、なら、十年をちぢめます!!」

提督「更に十年引き延ばしてやるぜ」


 その夢を見るために。

 幸福を掴むために。


919 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 00:53:35XmBArZ8Y (9/83)


 雪風は、鎮守府に着任した時と同じように――――誰よりも先んじて、提督に勝とうと決めたのだ。

 瞳に力を入れて、雪風は全身全霊で提督の動作を『観』る。


提督(先ほどより洗練されたが、おまえには俺の乗り方はきっとベストじゃないぜ。お前にはもっとこう―――――そう、こういう回し方が合う)


 更に速度を上げる提督――――その動きをトレースし、己に取り込む雪風。


雪風(しれぇを見てると、速くなれる! さっきより、雪風はずっとずっと速くなってるのが分かる! お手本を、見せてくれてるのです!)

提督(じゃあ、これはどうだ?)


 提督はギアを最も軽く落とし、ケイデンスを110から130にまで跳ね上げる。

 この斜度ではむしろ体力の浪費になる無駄な回転――――されど下死点から一切の無駄を省いた高速ペダリング。

 提督からすれば筋力よりも心拍を使う時や、呼吸を『故意に』荒くし、バテていると他の選手に印象づかせる際の『騙しの戦術』の一つであるが、


提督(雪風、おまえはどうする? この回し方は、お前には合わないぞ?)


 雪風もまた提督と同様に、指を伸ばし――――。


920 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:00:12XmBArZ8Y (10/83)


雪風(あっ、いじわるです! これはうそっこです! これは、雪風は遅くなっちゃう乗り方です!)


 途中で引っこめた。理屈などない。論理などなく理論はなく、言語化した思いですらない。

 ――――しれぇは嘘をついている、と。ただそう感じたから真似しなかった。


提督(おや…………これが不正解だと分かるのか。俺の真似をするだけではなく、その良し悪しさえも見定めるか)


 感心したように提督は騙しのペダリングを切り替え、元のペダリングへと戻し――――。


雪風「ッ――――しゃっ!!」

提督「っと……!」


 雪風がその隙を突いてアタックを仕掛けようとしたことを察し、ラインを塞ぐ。


雪風「むぅううううう!!!」

提督「甘い甘い(やっべえ)」


 内心では冷や汗ものであった。


921 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:10:48XmBArZ8Y (11/83)


提督(山岳に限るなら、俺がいずれ手も足も出ない存在に成長する素養が十分にある――――が)


 いずれ負けるから、ここで負かせてやる――――なんて他愛もないことを、提督は考えない。


提督(ここで負け方を学んでおけ――――次へ繋がる負け方を)


 勝負の最中に在ってなお、提督は提督であった。ゴールと定めたレストハウスまで、残り400mを切り、


雪風「しれぇ!! ヒルクライムは、楽しいですね!!」


 弾む声に惹かれて振り返った先には、雪風の満面の笑みがある。


提督「そうだろ! 勝ったらもっと楽しい――――だから俺が勝つ」

雪風「だめです! 雪風、勝ってみせます!!」


 燃え上がるような二人の戦いの決着は――――僅か48秒後に着いた。

  

……
………


922 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:15:30XmBArZ8Y (12/83)


………
……



 呼吸を整え、体力を回復させた島風が受けた電話。

 液晶画面に表示される名前は『雪風ちゃん』――――その結末は、ある意味で必然であったのだろう。


雪風『負けちゃいました!!』

島風「おうっ!?」


 その電話を受けた島風は、雪風の声に思わず呻いた。

 電話口にそぐわぬ大声だったこともあるが、その声は余りにも――――。


島風(楽しそうだな…………やっぱり、さっき……サイクリングロードで挑んでおけばよかった。雪風ちゃんだけ、ずっこい)


 不満げに頬をぷぅと膨らませる島風は、少しだけ雪風が羨ましいと思った。


雪風『今から戻ります!! 一緒に鎮守府に帰りましょう!!』

島風「むぅ………了解だよー」


923 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:45:03XmBArZ8Y (13/83)




 ――――そうして通話は終了し、島風は提督たちが降りてくるのを待つことにした。早く降りてこーいと、思いながら。

 その一方、レストハウス前に停車した雪風、そして提督は、


雪風「しれぇ、山の空気はおいしーですね!」

提督「ぜ、ぜっ、ぜぇっ、ぜっ!!(美味しさとか今は分からんから水寄越せ、水を!!)」

雪風「はい、お水です! 雪風、いっかいも追い抜けませんでした!! しれぇはやっぱり、しれぇですね!!」

提督「げふっ、ごふっ、ぜぇ、ぜぇ(きょ、興が乗りすぎて、ペース配分、ミスった……!! あ、後、もう100m続いてたら、間違いなく……不覚を、取っていた……!!)」

雪風「ええっ!? あたし、そこまで追い込めてたんですかっ!? く、くやしーですっ! もっかい! もっかいやりましょ、しれぇ! ね! しれぇ!」

提督「はぁ、はっ、ぜっ、ぜひ、ぜー……!!(ふっざけんなアホ、すぐにできるか!!)」

雪風「ゆ、雪風をあほっていーましたね!? あほってゆったほうがあほです! あほ!! あほしれぇ!!」


 雪風はまだ元気いっぱいであったが、提督は島風並に呼吸で会話する生き物となっていた。

 己の持つハンデを忘れていたわけではない。単に、雪風が己の持つ自転車スキルをみるみる吸収していくのが楽しくなってしまい、見せすぎたのが原因だ。


提督(つ、次からは、小細工使おう……! ブロックも心理戦も舌戦もブラフも、使えるもの何でも使わなきゃ、次は勝てん!! 負けるとは言わんが、勝てん! 長丁場のヒルクライムで、雪風との真っ向勝負は自殺でしかねえ……!!)


924 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:48:19XmBArZ8Y (14/83)


 意地だけではどうしようもない。ヒルクライムとはそういう競技である。

 アタックにはアタックなんて、基本ではあるものの馬鹿正直な戦略を提督が今回取ったのは、提督もまた雪風とヒルクライム勝負するのが楽しかったこともある。

 溜まる疲労感。落ちない心拍。乳酸に満ちたハムストリング。両脚どころか両腕にまで広がってくる震えは、紛れもなく筋疲労の限界付近にある証左である。

 そして灼熱という表現すら生ぬるい、紅のプロミネンスが全身を焼く。

 己の肉体と精神が限界の遥か先に向かったことを実感してなお、雪風は笑いながら坂道を登っていく。

 提督主催のブートキャンプに並ぶ密度の、極めて濃厚なひと時であった。龍飛&龍驤プレゼンツのデスマーチが一瞬脳裏をよぎる場面もあったぐらいだ。

 提督が雪風にそれでもその戦法・戦略を貫いたのは、単なる意地であった。経験者が素人に対して戦略を駆使するのは大人げないという悲しい男のプライドがあった。


雪風「し、しれぇのあほ!! ばか!! 犬のう〇ちふめ!!」

提督「ぜぇぜぇ!! はぁふぁっ!?(ふっざけんなってちょおま、ダウンヒルは気を付けて下れよ!!)」


 言いたいことを言ってロードバイクで坂を下っていく雪風に、提督はただそれだけを叫んだ。


雪風「はい、しれぇ! それと雪風、今日は負けちゃいましたけど――――」


 それに対する雪風の返答は――――。


925 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:52:28XmBArZ8Y (15/83)


雪風「次は、『本気』で『全力』のしれぇにも勝ってみせますから!!」


 『読み切った』ことを表す、雪風の宣誓だった。


提督「ぜひっ、ぜっ、ごふっ、げはっ!!(気づいてたならもうちょっと配慮しろアホ風ェ!!)」

雪風「うわーん! またアホってゆった!! しれぇなんて牛さんのう〇ちふめ!!」


 最初から締まらないヒルクライム――――終わりもまた、そんな締まらぬ終わりであった。



……
………


926 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:53:41XmBArZ8Y (16/83)


………
……



【5.山を制する脚質】――――【否】



【5.山を蹂躙する怪物ども】――――【YES】



【ロードバイク鎮守府に最大最強のバグが発生しました】

【大本営は「異常はありません。つーかあの鎮守府は何もかも異常」と震えながら見て見ぬ振りをしています】

【可哀想なのでそっとしておきましょう】


山「カエレッッ!!」




……
………


927 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:56:03XmBArZ8Y (17/83)


【夢の後日談(表)】


提督「なー雪風ー、機嫌直せよー」

雪風「雪風はげきおこちゃんです。ぷんぷんしてます。しばらくしれぇにはすのーういんど対応です」プンプン

提督「雪風だけに?」

雪風「つーん」


 あほ呼ばわりされた雪風は、次の日の秘書艦であった。ほっぺたをぷっくりと膨らませて書類整理をする雪風は、まさにげきおこちゃんであった。


提督「怒るなよー。お詫びにいいものやるから」

雪風「えっ、何かくれるんで…………! ふ、ふんだ。雪風はいつまでも『もの』につられてコロッと機嫌を直すようなお子様じゃないんですよ!」

提督「あらら、まあそう言わず」

雪風「ふふん、何を出すのか知りませんが、雪風は『おやすいおんな』じゃないのです! 絶対、しれぇを簡単に許してあげたりなんかしないんですから!」


 きりっとした表情で雪風はそう冷たく言い放った。

 そんな提督が雪風に差し出したもの、それは、


928 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 01:59:39XmBArZ8Y (18/83)


提督「ほら、おまえのロードバイクだ。俺が組み上げたばっかりだぞ」スッ

雪風「しれぇええええええええ! この気持ち! まさしく愛です!! 愛の女神のキスを感じちゃいます!」キラキラ


 雪風でなくとも、誰にも予測可能な展開であった。


提督「ほれ、またがってみてもいいぞ。飛行甲板床に模様替えしてあるから」

雪風「ほ、ほぁあああ!! ほぉおおお!!」


 真ん丸に開いた目を瞬かせながら奇声を上げる雪風。


提督(テンション上がりすぎて言葉になってねえぞ雪風)


 それもその筈、雪風にとってそのロードバイクは、意外と物事にこだわりが深い雪風のセンス、ドストライクなデザインであった。


雪風「ぴ、ぴ……ピッカピカです!! 真っ白で、凄くキレイです!!」

提督「お、やっぱりサイズぴったりだな。そのままじっとしてろ。ちょいと調整する」

雪風「すごい、すごくしっくりきます!! それにこれ、キレイなのにカッコいいです! 雪風、白色だいすきです!!」

提督「気に入ったか? 陽炎型じゃ雪風と秋雲だけ発注してなかったが」


929 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:02:09XmBArZ8Y (19/83)


雪風「はい!! 気に入ったのが見つからなかったので、ずっと悩んでて……でも!! これ、いいです!! すっごく好きです!! しれぇは雪風の好み、ばっちり知ってたんですね!」

提督「おまえとも随分長い付き合いだしなァ……うん、雪風にはやっぱり白が映えるな」

雪風「し、しれぇ………!」

提督「昨日はスラム使ってたが、カンパの使い心地が好きだっつってたろ? コンポはカンパ中心に、極めて軽量に仕上げてあるぞ」

雪風「ほ、本当ですか!?」

提督「おう。決まりだな。そいつは今日から雪風のバイクだ」

雪風「し、しれぇえええええ!!! 雪風は! ゆきかじぇはどこまでもしれぇにお供します!」

提督「(噛んだな)――――俺を許してくれるか?」

雪風「もっちろんです!! ゆきかじぇはしれぇのこと大しゅきです!! 仲良しですもん!!!」

提督「はっはっは、雪風は可愛いなぁ(噛みまくってるな)」ヨシヨシ

雪風「えへへ……」

提督(鎮守府に着任する前に……レアなクライムフレームゲットしたけどフレームサイズの都合で乗れずにお蔵入りしてたのを引っ張り出しただけなんだけどな。

   色合いも雪風好みだったのは運がいい……俺にとってというか、雪風にとってか)


 大人は汚い生き物である。


930 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:03:42XmBArZ8Y (20/83)


雪風「しれぇ! だっこ! だっこ!!」ピョンピョン

提督「なんだ? 抱っこしてほしいのか?」

雪風「ちがいます! こんないいものをくれたしれぇに、幸運の女神のハグをしてあげます!」

提督「おお、そりゃあ嬉しい。じゃあ頼むぞ……っと!」


 雪風の両脇の下に手を差し込み、提督は一気に抱き上げた。


雪風「ふわぁ、わああああ、高い! 高いです、しれぇ!」キャッキャッ

提督「雪風は軽いなァ。本当にクライマー向きだな」

雪風「はー、とっても高くて………って、しれぇ! ぎゅーです、ぎゅー! これじゃあ高い高いです!」ジタバタ

提督「はいはい。ぎゅー」ギュッ

雪風「えへへぇ………わー、しれぇ、いいにおいがします! 爽やかな森のような香りです! こうすい、ってやつですか?」ムギュー

提督「おう。段々あったかくなってきたからミント系のヤツだな。雪風もお日様みたいなぽかぽかした匂いだな」ヨシヨシ

雪風「はー、そうなんですかー。あ……あったかくって、ゆきかじぇ、ねむく、なってきまひ、た………」ウツラウツラ

提督「寝るな寝るな。幸運の女神の加護を頼むよ」

雪風「はっ!? そうでした! えいっ! えいっ!」ガバチョー


931 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:04:49XmBArZ8Y (21/83)


 その二人のやりとりを、執務室前の扉の隙間から覗き込む者達がいた。

 ―――言わずと知れた、雪風以外の陽炎型姉妹である。


陽炎「雪風の将来が心配だわ……ヘンなおじさんにホイホイついて行っちゃダメよ?」

不知火「我が妹ながらなんたる落ち度……(司令にだっこですって?)」ギギギ

黒潮「そ、即堕ち二コマ漫画かいな……」

親潮「あ、あんな子だったんですか雪風って……? 伝説の駆逐艦とは思えないほど無垢な……可愛いですね」


 新参の親潮は、まだ艦隊の面々と交流を深めている最中であった。


初風「良くも悪くも純粋なのよ、あの子。提督のあの計画通りとでも言いたげなドヤ顔がイラッとするわ」

谷風「まぁまぁ、別に誰が不幸になるわけでもなし、いーんじゃなぁい?」

浜風「雪風が提督に懐柔されたようですねって、提督が直々に組んだバイクのプレゼントですって羨ましい……!」

浦風「雪風は陽炎型の中で時津風と並んで一番のおこちゃまじゃけえ…………おどりゃ提督さんの手組バイクじゃと!?」

磯風「ふん……司令からのプレゼント程度で犬のように尻尾を振るとはなんと浅ましい、陽炎型の面汚しよおのれこの磯風も抱きしめろ……!!」

嵐「姉貴たちは何を言っているんだ……? 提督が雪風の好みを把握してんのがそんなに気に入らねえのかな。それとも提督手組ってのが羨ましいのかな?」ヒソヒソ


932 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:09:15XmBArZ8Y (22/83)


萩風「あ、嵐はあんまり抜身の言葉を吐くものじゃないわよ……まあ、谷風の言う通り……雪風が嬉しそうなのは何よりですね」

舞風「うんうん! でもいいなぁー! あたしたちのロードの納車、まだかなぁ……自分のってなったらやっぱりひとしおじゃないかな」

野分「そうね。ロードバイクって組み上がるのに結構時間かかるんでしょ? もうそろそろ二週間になるけど……私たちの分、いつ届くかしら……」

天津風「……私も早く自分のロードバイクが欲しいわ……島風とも一緒に走りたいし……(提督とも……)」ジー

時津風「雪風ばっかりずるい! 時津風も欲しい! あーん、欲しい欲しい欲しい欲しいぃーーー!! しれー! しれぇー!! よーこーせー! かーまーえー!」

秋雲「あー、ねーちゃんたちこんなとこにいた。どしたの?」


 そんなやり取りを大声でやっていれば、自然、提督も雪風も気づく。


提督「あー……扉の前にいる陽炎型姉妹、おまえらのロードバイク、今日の昼頃には届くぞ。今週末あたり全員休暇を入れといたんだが」

雪風「そーなんですか!?」


陽炎型「「「「!!!!」」」」


提督「本日の午後は各員でバイクのフィッティングと調整に使うとして……週末に、俺と一緒にひとっ走りいかないか。もちろん雪風も」

雪風「えっ!! また一緒にですか!!」

提督「おう――――陽炎型がロードバイクを駆った際の速さ、週末に見せてくれないか」


933 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:12:18XmBArZ8Y (23/83)


 ――――人の矜持や誇りに働きかけ、乗せるのが上手い男であった。



雪風「わぁあ……陽炎型みんなでサイクリングですね!!」

陽炎「陽炎! 一生ついていきます!!」ビシッ

不知火「司令! 不知火は、不知火は最初から司令のことを信じておりました!」ビシッ

浜風「提督、この浜風、お供させていただきます」ビシッ

浦風「ええねぇ、ええねぇ。楽しい一日になりそうじゃ♪」ビシッ

磯風「ははは、陽炎型を、ひいてはこの磯風をそこまで重く見てくれるとは、流石は司令だッ!!」ビシッ

秋雲「ねーちゃんたちが走ってるとこ、いっぱいスケッチしていーかな?」

黒潮(ちょ、ちょろい……こいつら、ちょろすぎやでえ……)

親潮(眩暈が……あ、でも、黒潮さんと一緒にサイクリングできるのは嬉しいわ)

初風(……頭痛、してきた)



……
………


934 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:15:25XmBArZ8Y (24/83)


………
……


 そして、待望の週末が訪れた。再び山のレストハウス前にまで場面は移り、そこには――――。


雪風「わーい、また雪風の勝ちです!!」

谷風「っしょぉ………もーちょっとだったんだけどねぇ」フゥフゥ

黒潮「あ、アカン……雪風、速すぎやで……」ヒィヒィ

初風「くっ………川内姉さんと、今度ヒルクライムの特訓しなきゃ……」ハァフゥ

親潮「がっ……ひっ、あ、あば、あばば……(し、死ぬっ、死にゅうっ………な、なんなの、このハイペース、なんなんですか……)」ゼヒゼヒ

谷風「でもー? 帰り道は下り坂♪ ダウンヒルは谷風さんの十八番なんだねぇ! お先に失礼っとぉ」ギャルンッ

雪風「あーーッ!? 谷風、ずるい!!」ズヒュッ

黒潮「きゅ、休憩無しかいな!? たまらんなぁ……」シャッ

初風「ちょ、ちょっと、ま………や、休ませなさいよ。あまり坂道、得意じゃないのに……」フゥフゥ

親潮「ぎ、ぎぶあっぷです……む、む、むり……(こ、この人たち、ど、どういう、体力、してる、の……?)」ゼェゼェ


935 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:19:26XmBArZ8Y (25/83)


 雪風はやはり別格であった。


提督(やっぱ感覚的に理論が身についているな。谷風もそれになんとかついていけるぐらい速い、が―――)


 ダウンヒルバトルに入った面々を見つめながら、提督は一人一人の脚質を見極めていく。


提督(ダウンヒルは谷風が段違いで、今度は雪風がついていけんとは……つーか谷風、ブレーキレバー握ってねえ……神経ブッ千切れてるな……。

   黒潮はクライマー寄りのパンチャー……初風は……さっきの平地巡航の鋭さと登りの両方を見る限り、ルーラー寄りか?

   二人とも賢いし、周りを良く見ているから、リーダー向きだな。

   細かいアップダウンが多いところなら、二人といい勝負をするだろうが………親潮はやはり基礎体力面に不安がある)


 新参の親潮については、提督は教育方針を決めかねていた。はっきり迷っていたのだ。


提督(脚質云々以前の話か……神通か矢矧に調練を……時期尚早か? 心も体も壊れかねんな。

   長良か球磨に……だめだ、肉体的に死ぬ。かと言って五十鈴や名取、多摩や那珂だと精神的に死ぬ……。

   北上と木曾はそもそも教導に向かん……既にモノになった駆逐艦を付けてこそ輝くのがあの二人だ。

   やはり由良か大井か香取に……鹿島も付けて理屈から覚えさせるのもいいか。一番安定……いやいや待て待て……安定とか。どんな花が咲くかも分からんのに無難なのはだめだ)


936 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:22:06XmBArZ8Y (26/83)


提督(基礎的な技量を身に着けるためには、引き続き天龍か……夕張、阿武隈も……この三人からは真の高潔さと気高さを学べるだろう。

   川内……はナイな。江風や萩風と嵐はいい具合にハマッたが、恐らく親潮はモノにはなるが本来の持ち味を活かせん。

   鬼怒と酒匂……むしろあの二人に自信つけさせる意味ではいいかもしれん……。

   そして阿賀野と大淀と龍田だけは有り得ん。博奕にも程がある……モノになるか死ぬかの二択しかない)


 最近艦隊に加わったばかりの親潮は体力面においてまだまだ伸びしろがある――――見方を変えれば未熟であった。

 だからこそ悩む。嬉しい悩みであった。きっと素晴らしい駆逐艦になるだろう。ならば、


提督「よし、もう一度面談して方針固めるか」


 かくして親潮もまた正しく修羅として成長するための教育方針を固められることとなったのである。

 つまり大体提督が悪い。


提督「さて、天津風と時津風は――――」


 視線を坂道から、レストハウス前の駐車場へと目を向ける。そこには、


937 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:23:15XmBArZ8Y (27/83)


天津風「きゃう」ドシャッ

時津風「あう」ペシャッ

秋雲「あー、またコケたの? 駄目だねぇ、二人とも」キコキコ

提督「………おまえらは、いつになったら乗れるようになるんですかねえ。普通のママチャリすらそれじゃ、話にならんぞ。わざわざ同じママチャリで練習に付き合ってくれてる秋雲に悪いと思わんのか」

秋雲「秋雲さんは結構いろんなこと万能にできちゃうのよ~♪」スイスイ

天津風「こ、こんな、この私が、まさかこんな……」ワナワナ

時津風「うがーーーーッ! こんなの走れるわけないよー! 補助輪、補助輪ちょうだい、しれー! しれぇーーー!!

    それと時津風にもロード! ロード欲しい! 乗りたい乗りたい! くれ! すぐでいいよ!!」



 二人は、まだ自転車に乗れなかった。ロードバイク以前の話である。それが発覚した数日前――――提督は笑顔でロードバイクの没収を告げた。



提督「アホか補助輪付けてたら一生まともに走れんわ! 二人の分はもう買ってあるが、あげるのはまずそれを乗りこなせたらだ」

提督「ピカピカの新品ロードを早々にコケてキズモノにしたくはないだろう?」

時津風「ナノマテリアルでコーティングとかできないの?」

提督「彼女らもう帰ったから無理」


938 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:26:12XmBArZ8Y (28/83)


時津風「うそんなばかな」

天津風「ぐっ……時津風、提督の言う通りよ。まず乗れるように頑張りましょ……」

時津風「ぐぬぬ……」

秋雲「はいはい、そーゆーこと。秋雲さんが優しく教えてあげるからぁ、早く乗れるようになろうね? お・ね・え・ちゃん?」プププ

天津風「くっ……こ、こんな、屈辱だわ」グヌヌ

時津風「うわぁん、ぜったいぜーーーったい、乗りこなしてやるかんね!!」ヘイッ!!

天津風「きゃあ!?」ズシャッ

時津風「ぎゃう!?」ガシャン

秋雲「駄目だこりゃ。D敗北ばっかで全然練度上がんないよこの二人はもー」スイー

提督「さ、先は長そうだな(………極端すぎだろ陽炎型)」


 提督にとってもあまりにも意外であったという。

 続いて提督は、レストハウスの外周をぐるりと回る、総距離500mほどのコースへと目を向け、


939 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:30:58XmBArZ8Y (29/83)



陽炎「てぇりゃあああああああああ!!!」

不知火「ぬぅぅぅうううういいいい!!!」

浦風「おぉぉどりゃあああああああ!!!」

磯風「っおおおおおおおおおおおっ!!!」

浜風「はぁあああああああああああ!!!」

嵐「うぉっしゃあああああああああ!!!」

提督「お、ロングスプリント勝負か。あの六人もスプリンターか……?」


 一周でケリがつくスプリント勝負に、提督は口角を釣り上げて成り行きを見守る。


提督(む、磯風と浦風が先んじたな。なかなかの瞬発力……おお!? 陽炎と不知火が追いついて、一瞬で抜き去った! あの二人は後半にグングン伸びるタイプ……いや、磯風と浦風がタイミングを誤っただけか)


 陽炎と不知火、そして磯風と浦風はスプリンターの脚質であったが、如何せん技量の点では陽炎と不知火が勝っている。


提督(んー、嵐と浜風は後半の伸びが少ない……あの二人も、どっちかと言えばTTスペシャリスト寄りだな。なかなかバランスもいい)


 高負荷をかけてのトルクペダリングを得意としていたが、スプリンターとしての爆発力においては不足と言わざるを得なかった。


940 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:32:41XmBArZ8Y (30/83)


提督(このままなら陽炎と不知火の一騎打ちだ……が―――上には上がいる)



 彼女たちに誤算があるとすれば、それは――――。



島風「おっそーーーーい!!」ギュンッ



 飛び入り参加の、島風という存在である。


嵐「げえっ、島風!? さっきまで登坂でヘタッてたろおめえ!?」

磯風「なっ、なんと馬鹿げた爆発力ッ……!?」

浜風「くっ、スリップストリームに……入れない!?」

浦風「お、おどりゃあぁああああっ!!」

島風「にひひっ、あなたたちって遅いのね!!」ギャンッ

陽炎「アンタが速すぎんのよぉおお!! きぃいいい!!」

不知火「不知火が……スローリィですって? フフ、不知火を怒らせたわね……!!!」ギュン


941 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:34:13XmBArZ8Y (31/83)


島風「おぅっ!? そ、そんな怖い顔したって、私には追いつけないよー!」ギュワァアア

不知火「ぬいぬいぬいぬいぬいぬいぬいぬい……小娘ぇえええええ!!! 誰の前を走っているかぁああああ!!」グングン


 遠目に見ているだけの提督は思った――――あれは怖い。


島風(ひ、ひっ!? ……ぴ、ぴったり後ろについてきてるぅ……)

不知火「ぬぇえええええい!!」ギラッ

島風(もし捕まったら……た、食べられちゃう!)グルグル

不知火「ぬぅぅぅぅいりゃああああああ!!」

島風「ぎゃぴぃいいいいいい!!」グルグルグルグル

不知火「ぬいッ!? く、速い!! まだここから伸びるというの!?」


 かくして決着はついた。一位は島風である。


提督「まあ、島風は駆逐艦じゃ別格だな……なんで後から発射したのにごぼう抜きできんだよ」


 むしろあの島風に拳一個分まで食い下がった、あの日の夕張の根性こそが凄まじい。


942 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:36:44XmBArZ8Y (32/83)


提督「……それにしたって陽炎型才能ある奴多すぎ……」

秋雲「なんで渇いた笑み浮かべてんのー? 提督にはそういうの似合わないなあ」

提督「秋雲? 天津風と時津風はどうした?」

秋雲「あそこで泣いてる」


 指さす先、五体投地でめそめそしている二人の姿があった。


提督「そ、そうか……(そっとしておこう)」

秋雲「んで、どしたの? 才能がどうとか」

提督「あー、スプリンターってのは天性のもんでな……ある程度は鍛えて伸ばせるが、筋肉の性質から頭打ちになるところは人によって違うんだよ」

秋雲「才能って奴?」

提督「そう。スプリントは本当に才能がモノを言う。これを否定できる輩はいないぐらい明確に差が出る。日本人は生来バランス型の脚質が多いからスプリンターは希少なんだわ」

秋雲「せ、世知辛いねぇ……勝ったのは才能があったから、負けたのは才能がなかったから、みたいな感じってヤダな」

提督「ところがそうでもない」

秋雲「え?」

提督「スプリントに才能があるってことは、ある意味では弱点にもなりうる。そして『半端に』スプリントの才能があるぐらいなら、まるっきりスプリントに才能がないって早期に分かっていた方がいい具合に転がることもままあるしな」


943 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:38:32XmBArZ8Y (33/83)


秋雲「ふぅん……クライマーは才能云々は関係ないの?」

提督「雪風は例外として考えて聞いてくれ……まあ、小柄な体型の方が有利って意味なら才能っちゃ才能だが……ピュアスプリンターはヒルクライムに向かん。

   山岳鍛えるなら平地トレーニングが効果的ではあるんだが、ぶっちゃけクライマーはクライマーに適した体を作り上げて、かつ積み重ねた努力と根性がそのままタイムにハネ返ってくる感じ」

秋雲「つまり?」

提督「必死こいて来る日も来る日も山登ったり、クライム用の基礎トレーニングをより多く積み重ねた奴が強い。

   効率もあるが、効率云々を長々言うならまず走って痩せろと言う話ね。効率はそこから」

秋雲「んー、それってキツくない?」

提督「うん。キツい。ツラい。むしろ痛いし熱い。喉と肺には激痛を伴う苦しみ、足には灼熱を孕むような焼ける痛みが続く。

   踏んでも踏んでも終わらない。坂道で慣性が吸われて全然速度が伸びない。さっさとゴールしたくてもペース配分や他の選手のアタックにも気を払わなくてはならない。

   迂闊に速度上げられないジレンマとストレスによって苦しさが倍率ドン。

   更に優勝争いとかしてる輩だとプレッシャーが更に倍で苦しみは四倍」

秋雲「分かりにくいからドラゴンボールで例えてちょ」

提督「四倍界王拳によるかめはめ波ぶっぱした後、中略、元気玉食らわせたってのにあの野菜王子がまだタフネス発揮してた時の全身複雑骨折中の悟空の心境」

秋雲「うぇええ……ある意味、一番あのMッパゲが輝いてた時期だよね。あのしつこさったらなかったわ」


944 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:40:38XmBArZ8Y (34/83)


提督「まあ、そんな苦しみだ。最後の方は頭の中の思考が、すげえ冷めてくるんだよ。

   『なんで俺こんな必死こいて頑張ってんの? 馬鹿じゃねえの?』ってな具合にな。

   虚しさと切なさと心苦しさで塗りつぶされていく」

秋雲「愛しさと心強さはないんですねわかります」

提督「ウム。それがクライマーだ。だが、だからこそクライマーを知るものはクライマーを尊敬する。

   優勝した者は、その体力もさることながら、誰よりも肉体に鞭打つ心が強かった者。その証だ」

秋雲「あー、なんとなくわかった……好きこそもののなんとやらじゃなきゃ、やってらんないってことねー」

提督「いいこと言うじゃないか。まさにそうだよ。スプリンターにせよクライマーにせよ、己の戦うべき場所で楽しめる奴が強い」

提督「ま、それ故に練習がツラいんだよ。スゴくツラい。モチベーションをどう保つかがキーだ」

秋雲「要は勝利への執念が怨念めいて強い人が勝つと。んで、ドMの変態ちゃんはとっても有利ってことね~?」ニヤニヤ

提督「うっせえ腐女子」

秋雲「腐女子ですが何かぁ~?」

提督「………」イラッ

秋雲「なになに? 怖い顔~。怒るの? 叩いちゃう?

   それともセクハラぁ~? いいのぉ? 本が薄くなっちゃうよん?」ニヨニヨ


945 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:41:25XmBArZ8Y (35/83)


提督「………おまえは特に強請らなかったけど、姉妹で仲間外れは良くないと思ってロードバイク発注してたんだ」

秋雲「えっ!? あ、秋雲のロードバイク!?」

提督「ああ。だが別注だったせいか、昨日の納車に間に合わなくてなぁ」

秋雲「おぉ……うわ、うわぁ、提督、やだ、全然心構え出来てなかった!! 不意打ちだよー! ずるいじゃーん!!」

提督「だが……どうやらその態度を見ていると、ロードバイクはいらんということらしい……」

秋雲「え」

提督「残念だよ秋雲。好きなだけ姉妹たちがロードバイクを乗る姿をスケッチしているといい」

秋雲「わぁ、ちょ、ちょっと待った待った! ごめんって、機嫌直してよぉ。お、お触りしてもいいし! あ、スケブいる?」

提督「キャンセルだな。分かった……お前に用意したバイクは別の子にあげるとしよう。あ、スケブいらないです」

秋雲「ごめんなさいごめんなさい!! 謝るからどうかそれだけは勘弁!! 秋雲さんもロードバイク乗りたいです! はい!!」

提督「よろしい。今後も私には敬意をもって接するように。あとスケブください」

秋雲「いやった! 秋雲さんもとうとうロードバイク乗りだぁ!!」ピョンピョン

提督「はぁ、やっぱ欲しいんじゃねえか。なんで遠慮したんだ?」


946 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:43:37XmBArZ8Y (36/83)


秋雲「あー………その、秋雲さ、提督に散々、世話になってるじゃん?」

提督「そんなもんお互い様だろう」

秋雲「あたしのスケッチした絵を講評してくれたり、凄い絵師さん紹介してくれたり、印刷所の手配とか……。戦時の時から、暇なとき見つけて、ずっと、ずっと、さ」

提督「そうか? そのぐらい大したことではないぞ?」


 当然のように言う提督に、秋雲は苦笑を深めた――――そんな提督だから、秋雲は遠慮してしまうのだ。


秋雲「あたしさ、提督から貰ってばっかじゃん……まー、だからかな。ちょっと遠慮したほうがいいかなーとか、提督の負担とか軽くしてあげられないかなーとか、その……柄にもなく、想っちゃったりしたのよ」

提督「本当に柄でもねえな。サバッ気の強いおまえが、ずいぶん可愛いこと考えるじゃないか……甘やかしたくなるな」ポンポン

秋雲「う゛っ……あ、頭ぽんぽんしないでよ。な、なんだよ、あたしはこれでも真剣に―――」

提督「秋雲にはいつだって助けられてるよ。徹夜ん時に栄養ドリンク差し入れてくれたり、艦隊に作業指示出したいときに、さりげなく俺の目の届くところにいて伝言してくれたりな」

秋雲「げっ……き、気づいてたの? うそん」


 流石に頬を紅潮させる秋雲――――みるみる耳まで手に染まっていく。


提督「そのくせ花見のシーズンの時に夕雲型から誘いがあった時、物陰でどっか寂しそうにこっち見てたりな。今回もそうだったけど」

秋雲「ば、バレバレでした? あ、あは、あはは……(やっべ、はずかし……絶対顔赤くなってる……)」


947 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:45:27XmBArZ8Y (37/83)


提督「末っ子の癖に気ィ使いすぎだよ、おまえは。清霜とはエラい違いだ。ちゃんと甘えていいんだからな?」ヨシヨシ

秋雲(ヤダ……この提督、パパに欲しい……そんで禁断の関係になりたい……)キュン

提督「贔屓にはしねえが、特別軽んじたりもしねえ。いつだって秋雲は、俺が頼りにしてる艦娘だ」

秋雲「ッ………んひひ、提督愛してるぅ~♪ んもー! 充分贔屓して貰ってるよぉー! 秋雲のことそんなに見ててくれてたなんて嬉ピィーーー!! 今度提督のロードバイクに乗ってるところ、スケッチしてプレゼントするよー!」ギュウ

提督「おい、当たってる。柔っこいのが当たってる」

秋雲「当ててんのよ~ん。好きでしょ?」ンフフ

提督「十年早いわマセガキめ」グリグリ

秋雲「いだだだだだ!!?」

提督(黙ってれば泣きぼくろの似合う儚げな美少女然としてるのに……なんでこいつはこう残念なのか)


 こめかみをグリグリしながら、三度提督は視線をさ迷わせる。


提督「………さて、舞風と野分は……ファッ!?」

秋雲「ん? ブファーーーーwwwww」


 そこに見たのは、異次元のロードバイク乗り――――舞風と野分であった。


948 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:47:33XmBArZ8Y (38/83)





舞風「そーれ、くるくる~っと!」

野分「わぁ、舞風はやっぱり上手ね! こうかしら?」

舞風「わぁ、のわっち上手! そうそう、ワン・ツーだよ!」

野分「えへへ、楽しいね、舞風!」


 ロードバイクでダニエルジャンプにウィリーを繰り返す、馬鹿二人がそこにいた。


提督「ロ、ロードバイクでアクロバット……あの二人は……どーいうバイクコントロールしてんだ……サガンか」

秋雲「ふぁぁ!? 何、何あれ!? スケッチしなきゃ!」カキカキ

舞風「バイクでも、踊れるね! それっ!!」

野分「こうね!」グンッ

提督「じゃ、ジャックナイフ……踊れねーよ普通踊れねえんだよ……サガンじゃねえ。ブルモッティだあいつら」

秋雲「あー、止めなくていいの? あたしは描けるからいいけど」シャッシャッ

提督「あっ………コラッ、二人とも! 危ないからやめろ! ちゃんと乗りなさい!!」


949 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:48:45XmBArZ8Y (39/83)


舞風「あっ、怒られちゃった」

野分「うう、ごめんなさい……じゃあ、ちゃんと走ろう?」

舞風「うん。よっ!」シュンッ

野分「はっ!」ギュッ

提督「うんうん。そう、ロードバイクはそうやって乗らなきゃ………ってぶへえええええwwwww」

秋雲「え? 今度は何………キャーーーーーwwwww」



舞風「はいっ!」サカダチ!

野分「たぁっ!」ノワッチ!



提督「走行しながらサドルの上で逆立ちって……舞風はどういうバランス感覚してんだ……」

秋雲「の、野分が、ウ、ウル○ラマン乗りって……だ、だめだぁ、ひーーーっ、お腹痛い!! 秋○流か!!」ゲラゲラゲラ

提督「野分は野分で何をしてまんねん……エチェバリアかあいつは。ロードバイクじゃなくてMTBかBMX……むしろトライアルバイクをプレゼントした方がよかったか?」

秋雲「あ、アレは脚質云々じゃないよ、別の恐ろしい何かだよ……流兄ちゃん!!」ヒーヒー

提督「おいばか秋葉、じゃなかった秋雲やめろ。なんなの陽炎型ってなんなの……足が震えてきやがった」


950 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 02:55:26XmBArZ8Y (40/83)

萩風「ハンガーノックですか? はい、マグネシウムタブレットです」

提督「い、いや、いい……萩風は乗らないのか?」

萩風「私、ロードバイクはのんびりと風景を楽しみながら乗るのが好きでして……それにこうして、姉妹たちが楽しそうに乗っているのを見てるだけで楽しいですから」

提督「おっ、ロングライド派か。いいねぇ、季節が秋に入ったら一緒に遠乗りしようぜ」

萩風「えっ、は、萩風と………嬉しい。是非、お願いしますね」ニコリ

提督「おお。温泉街とかに行くのもいいかもな。ガッツリ走った後の天然温泉は最高だぞ」

萩風「お、温泉……本当に、楽しみにしてますね!」

提督「萩風は陽炎型の癒し系代表だなぁ……(少し天然入ってるけど)」

秋雲「(む……)あーっ、萩姉ずっこいんだ! 秋雲も! 秋雲も行くかんね!!(混浴! 混浴!!)」

提督(邪念を感じる……)


 こうして休日の疾走は、音のように早く駆け抜けていく。

 季節は夏も間近――――今年も灼熱の太陽が照り付ける、熱い日々がやってくる。


 ――――この二ヶ月後、鎮守府主催によるロードレースが開催されることは、今は提督以外の誰も知らなかった。


【夢の後日談(表):艦】


951 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 03:00:07XmBArZ8Y (41/83)

※俺は……どれだけ……書いたんだ……?

 明日の予定は陽炎型のバイク紹介

 夢の後日談(裏):阿賀野のその後

 悪夢の後日談:提督のハンデネタばらし

 以上の三本で。書き終わってるから多分ソッコー

 余裕があれば鉄血のオリョクルズも。


952以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/13(日) 06:00:40hp4It2Nw (1/2)

乙です


953以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/13(日) 09:14:02lC/d0vBk (1/1)

いっぱいあって嬉しい
おつですよ~♪


954以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/13(日) 11:34:545s70A3Cw (1/1)

うし〇ととら巻末クイズネタとか、誰が知ってるというのか大好き


955以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/13(日) 14:40:29fqCbMvkc (1/1)


次スレに突入しそうだな


956 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:28:48XmBArZ8Y (42/83)





※陽炎型のロードバイク紹介、はーじまーるよー


957 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:29:57XmBArZ8Y (43/83)

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陽炎型駆逐艦:陽炎

【脚質】:スプリンター

 ――――張らせてもらうわ、神通さん!

 命知らずであるが、それ故に神通のお気に入りの一人である。何が最期の言葉になるか分からんぞ。
 不敵な面構えが実に苛めがいがあると好評。神通式ガンパレードマーチを乗り越えてなお表情を崩さなかった艦娘の一人で、神通が目を掛けている。
 不知火は泣いていたし雪風すらレイプ目だった。陽炎型姉妹のヒエラルキー頂点。不知火以下にとって、とても頼りになる姉だが理不尽。
 だが姉妹の中で誰よりも妹たちのことを大切に思っているし、思春期の女の子らしい悩みもある。
 陽炎型随一のスプリンターであり、天性の勝負勘も備えている。
 アタックすべき最適のタイミングを直感的に感じ取ることに長け、単純な速度なら島風に劣るが、レースにおける一対一の勝負となれば島風にも三割方勝てるという驚きの統計。
 なお不知火とは総合力でトントン、勝率タイ。不知火とは姉妹でもあり親友でもありライバルでもある。
 互いに抜きつ抜かれつの良いライバルであるようだ。脚質およびトレーニングメニューの偏りから、登坂が苦手。
 もともと努力家なので人並み以上には走れるように訓練で解決しそうである。
 ただし、下り坂でバイクコントロールをミスることがままある。修正には相応の時間を要するだろう。
 これは唯一にして最大の陽炎の欠点である。

【使用バイク】:TREK Madone 9.9(Real Fire blue)
 私のバイクはアメリカのトレック、マドン9.9よ! うん、不知火と御揃いね!
 いいでしょー、このカラーリング! トレックはカラーリングを自分で選べて、好きな柄にできるのよ!
 もちろん、私は陽炎型のネームシップ! その名に相応しいのは、この紅のフレイム模様!
 海上でも、陸上でも、陽炎の活躍、期待してね?
 はぁ~、しかしロードバイクって楽しいけど、本当にお腹が空くのね。
 鎮守府までこのすきっ腹で戻るのかぁ……え、今日はお外でご飯?
 天丼や海鮮丼の美味しい定食屋さん!? 提督の奢り!? やったぁ!!

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958 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:31:31XmBArZ8Y (44/83)


提督「トレックのオールラウンドエアロフレームいえばやはりマドンだな。エアロフレームにありがちなポジションの出しにくさが少なく、しっかりと剛性を確保している。

   ドマーネで採用していたISOスピードテクノロジーを採用し、乗り心地も保証された逸品と言えるだろう」

陽炎「まあ、それでもエアロフレームだから? 山岳はちょーっと難がある感じがするけど、気合よね、気合!」

谷風(脳筋だ)

浦風(筋肉で思考しとる)

浜風(筋肉と会話している気分です)

磯風(陽炎姉さんの脳味噌は筋繊維でできているのか?)

陽炎「何よその目は。言いたいことでもあるの? ん? なによ浦風、磯風、その目は。あ?」

浦風「な、なんでもないんじゃ。え、ええバイクやね! 磯風もそう思うじゃろ!? な!?」

磯風「あ、ああ。その塗装も、実に陽炎姉さんに似合っている」

提督(ゴリ押しやがった……)


 陽炎型もまた力関係がハッキリしている姉妹たちである。


提督「さ、さておきだ! トレックの一部のバイクはオプションでカラーリングを選べるのだ」


959 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:33:01XmBArZ8Y (45/83)


提督「トレックの一部のバイクはオプションでカラーリングを選べるのだ」

陽炎「どうよ、このフレイム柄!」ドヤ

不知火「不知火もフレイム柄です」ドヤァ

黒潮(いかちぃ。エアロ形状のせいやろか、いかちい! なんやあの極太ダウンチューブ!?)

秋雲(攻撃力高そう……ドラクエでいえば『みなごろしのけん』だ)

浦風(週末の夜に国道のど真ん中とか走ってそうじゃ)

谷風「まるで火の玉模様のゼファーだねぇ」

提督(それは俺も思った。が)

陽炎「何よ、谷風! 姉のバイクにケチつけようってえの!?」ギロリ

不知火「落ち度? 落ち度ですか? 落ち度は許しませんよ、ええ」ギラリ

提督(谷風ェ、おまえ抜身すぎんよー)

谷風「あ、や、谷風さん、そういうつもりで言ったわけじゃないよ? うん、陽炎姉と不知火姉は御揃いで、すげーよく似合ってると思うなー」

陽炎「でっしょぉおお?」

不知火「当然です。が、その賛辞は受け取りましょう」ウンウン

提督(まあこいつらチョロいから大丈夫だろう)


960 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:34:35XmBArZ8Y (46/83)

 【悲報】実は提督から一番ちょろい陽炎型は長女と次女だと思われている【残当】



 提督とは戦友勢を装う。安心して艦隊指揮を任せられると頼りにしている。

 神通の教えの影響から正しく根性論大好き。「頭使うのは提督に任せた! だから命じて! 信じてるから! 成し遂げて見せるわ!」って子。あれ? 可愛い?

 提督のことは公私ともに好ましく思っている。恋愛ではヘンに己を飾らずよく見せようともせず、慎重に機をうかがうタイプである。提督に気づかせないあたり、実はなかなか策士な陽炎である。


961 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:35:36XmBArZ8Y (47/83)


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陽炎型駆逐艦:不知火

【脚質】:スプリンター/ダウンヒラー

 ―――不知火を……本気で怒らせたわね。

 後半からぐんぐん伸びるタイプのスプリントが得意。ロングスプリントも可能という怪物クラスだが、体格差のせいで完全上位互換に鬼怒がいる。鬼怒パネエ。
 身体能力と体重の差から言えば仕方ないのだが、不知火は非常に気にしている。
 なんですか司令……? 不知火に落ち度でも……? やたらと落ち度を気にするのは生真面目さと提督への想い故か。
 スプリンターとしては陽炎以上のポテンシャルを秘めるものの、前述の勝負勘の強みが陽炎にあるため、勝率はタイ。
 一方で陽炎と比較して度胸があるため、下り坂でも臆さず突っ込んでいける負けん気が武器。
 レース中の落ち度が極めて少なく、高速巡航や登坂も並以上にできるものの、最大の落ち度が残っている。
 さながら瞬間湯沸かし器の如き気性である。感情の沸点が低いが故に、相手の挑発に乗ってペースを乱し、無駄に足を使ってしまうこともしばしば。
 その性格上、ほっとけば勝手につぶれるので敵からの脅威度は低い。ぬ、ぬい……。神通が天敵。というかトラウマ。
 実は提督からは陽炎型の中では今後の成長次第で最もエース向きになれると思われているが、不知火自身はまだそれを知らない。
 海戦でもロードバイクでも、陽炎型からはネームシップである陽炎はもちろん、妹たちからもここぞという場面では信頼が厚い。
 同時に日常生活ではポンコツ、そして怒らせると凄く怖いと思われているのは本人には内緒だ!


962 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:37:08XmBArZ8Y (48/83)


【使用バイク】:TREK Madone 9.9(Real Fire blue)
 不知火のバイクはアメリカのトレックのエアロロード、マドン・9.9です。
 私の脚質はスプリンター。しかしこの身は標準的な駆逐艦です。
 どうしても純粋なパワーにおいては重量の優る他の艦種に大きく劣ります。

 ―――が!! 足りぬ膂力は度胸と根性で補えばよろしい!

 司令に助言をいただいた後、熟慮した結果……陽炎と共にこのフレームを選択しました。
 走行感の「軽さ」と、脚質を加味した上で空気抵抗の低減をも実現する、
 この「エアロロードフレーム」こそが最適解かと。十年前ならばいざ知らず、近年のエアロフレームは軽量性も有していますからね。
 中速域から高速域への加速が実にスムーズですね。
 一方でコンポは確実な変速性能を有する電動の……(腹の鳴る音)……ひ、昼時ですね。
 ……なんですか? 不知火の……と、時計のアラームに、何か落ち度でも?
 ………え? 天丼を奢ってくださると? その帰りに牧場に寄ってジェラートも食べる?
 ……………良いプランですね。何をモタモタしているんですか、司令!
 すいらいせんたん! 不知火、出撃します!

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963 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:38:13XmBArZ8Y (49/83)


提督(熟慮とは何だったのか。それと噛んだな)

不知火「な、なんですか? か、噛んでませんよ? 噛んでましぇ……ませんから。落ち度なんてないでしょう?」

提督(噛んだな)

陽炎(噛んだ……)

黒潮(雪風といい、台詞を噛むのが陽炎型のお家芸みたいに見られるのは落ち度やろ)

秋雲「後は勇気でどうにかなる的なサムシングを感じるねぇ」

初風「脳筋ね」

嵐「脳筋だ」

時津風「脳味噌まっちょっちょだね。まちょぬいだね。へいへーい、へーい!」

不知火「し、不知火のフレーム選択に落ち度でも? し、司令……司令は、分かっていただけますよね?」

提督「…………」

不知火「お、落ち度……」

提督「……………」

不知火「ぬ、ぬい………」グスッ

提督「ンモー、すぐ泣くー」


964 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:40:23XmBArZ8Y (50/83)


陽炎「はいはいいい子いい子ー」ナデナデ

親潮「な、泣かないで、不知火姉さん」ナデナデ

磯風「泣くな不知火姉」ナデナデ

谷風「なぁに? またベソかいてるの? 谷風がよしよししてあげるから、泣きやみな」ヨシヨシ

不知火「な、泣いてません! 泣いてませんから!」


 表情筋の硬さと反するように感情豊か。涙腺が緩い。ダルッダルやで。

 日常生活においてはややポンコツの不知火で、本人もそれを悩んでいる。女の子らしい悩みだっていっぱいあるんだぬい。

 海戦では非常に頼りになる子。

 自分のことより他人が傷つけられると激しくキレるタイプで、随伴艦が小破・中破、まして大破なんぞした日には敵艦の運命はお察しレベル。

 引き際を察するのが苦手なので、必ず冷静な艦娘が随伴に付くが、結構杞憂に終わることも。アクの強い陽炎型を陽炎と共に纏めてきた経験と自負がある。

 立場としては他の陽炎型としては同列であるが、艦隊の規律を保つために姉という立場を行使するなど、冷静なら腹芸もできるタイプ。冷静なら。

 ただし提督が好きすぎて恋敵なら戦艦だろうが空母だろうが実の妹だろうがこの手にかけるという病み属性もある。

 陽炎のバイクに影響されたのか、同じメーカーのバイクを選択、フレイム柄を入れる。二人は仲良し。提督のことが絡まなければ。

 なお天丼屋に向かった後、不知火がメチャクチャ落ち度するもよう


965 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:42:54XmBArZ8Y (51/83)


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陽炎型駆逐艦:黒潮

【脚質】:パンチャー

 ―――チームの勝利が、うちの勝利や。

 スーパーエキセントリックアシスト・黒潮。
 特化型に比べ際立った強みがないが、それ故に平地や登坂、アップダウンが多めに混在するコースでは大活躍ができる。
 元々、クライマー希望でロードバイクに乗っていたら、案外スプリントも行けることが判明。「だったらええとこどりやで!」とパンチャーになった。
 また黒潮は巡航もそれなりに得意なパンチャーのため、逃げもできる。かなり器用で腹芸が得意。
 本格的な登坂前にアップダウンのあるコースだとダークホースとなりうる。黒潮の『死んだふり』に騙された輩は結構多い。
 脚質は特化型と違い、脚力を上げてスプリントで勝つ、必死に登ってクライムで勝つ、といった某練度を上げて火力で殴る様な戦法が取れないため、
 より繊細なアタックのタイミングの見極め、シビアな戦況判断力を要求されるいぶし銀の技巧派。
 チームを勝たせるためなら泥をかぶる覚悟を決めており、敵対チームを煽るのが滅茶苦茶上手い。
 なお純粋なスプリント勝負でない限り、陽炎・不知火に対してレースでは負け知らず。あいつらアホや。
 ところで長波とはちょっと不仲。前世の因縁。
 「世話になったなぁ……長波はん?」てな具合。長波にとっては超苦手な相手。嫌いではないんだ。嫌いでは。

【使用バイク】:SCOTT ADDICT SL
 ウチのバイク知りたいんか? んひひー、スイスのスコット、アディクトSLや!
 フレーム重量は710gなんやで! ええ感じやろ? 
 これなら得意の坂道もすすいのすいやで!
 ま、まぁ、純粋なヒルクライムやと雪風には負けるんやけど……細かいアップダウンなら負けへんでー!
 うちのかっこええとこ、ちゃんと見といてね、司令はん♪
 ん? お昼は天丼かいな? ええ感じやね! お腹ぺこぺこやし、はよいこー♪

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966 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:48:05XmBArZ8Y (52/83)


提督「絶対誰かは欲しがると思っていたが、陽炎型ではおまえだったか黒潮」

黒潮「たまたま、たまたまやで! でも司令はん、やっぱ知っとったか―。お目が高いなぁ」

不知火「? 何がです?」

提督「スコットは一時期、気が狂ったように軽量化を推し進めていたメーカーでな……アマチュアで実力あるクライマーの多くが乗っている」

陽炎「そうなの?」

提督「そうなの。また、世界初のエアロハンドルバーを開発したメーカーとしても有名で、確かな技術力を保証されている」

親潮「にしては、とてもシンプルなデザインですね」

提督「非常に硬派なバイクだ。ファッション感覚抜きで、走りの純度を高めていきたいってタイプにはオススメできるメーカーだな」

黒潮「スペインのオルベアとちょーっとだけ迷ったんやけどなー。ちょっと地味かなぁ?」

親潮「いいえ、そのスコットのアディクトSL……とても似合っていてカッコイイですよ、黒潮さん」

黒潮「ありがとなー♪」


 面倒見がいいのだが、そのせいでいつも初風と共に貧乏くじを引く黒潮。

 陽炎と不知火の秘めた想いを知っている。妹たちでも何人か提督を異性として好いていることが分かってるので胃がキリキリする。

 黒潮本人としては提督は兄ちゃん勢である。あまり気負わず提督に接するため、提督がらみだと結構いい目を見るのだが、この後に不知火のせいで珍しく不幸になる。


967 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:50:13XmBArZ8Y (53/83)


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陽炎型駆逐艦:親潮

【脚質】:なし(現状オールダメンダー。スプリントの才能アリと見ている)

 ―――あわわわ、あわわわわっ。

 如何せん練度不足。つまり基礎体力が不足しており、姉妹たちの超ハイペースについていけないのが現状である。
 嵐や萩風らが現状新人上がりでやっと半人前のところ、親潮はド新人。
 なお当鎮守府においては練度99になってからが本番である。
 作中で提督が所属する水雷戦隊をどこにしようか非常に悩んでいる。
 天龍型・夕張型旗下に配属されればオールラウンダー、川内型ならTTスペシャリストになる。
 球磨型だとスプリンター、長良型ならクライマー、阿賀野型ならパンチャー、香取型ならルーラー、大淀に付いたらクラシックスペシャリストに。
 軽巡・練巡らは面倒見がよい子が多く、どこでも歓迎されるだろう。そしてどこでも地獄を見る。
 陽炎型の長女・次女・三女からとても可愛がられている。素直で真面目な陽炎型の癒し成分として、萩風と双璧を成す。
 提督とはまだあまり話したことがない。というか海軍の英傑としての活躍は聞き及んでおり、緊張でガッチガチ。
 萩風も着任当初こんな感じだったなぁ、と姉三人から微笑まし気な目を向けられている。
 他の駆逐艦では、霞や霰とちょっと交流がある。

【使用バイク】:EDDY MERCKX EM525
 あたしの――――い、いえ、親潮のバイクは、ベルギーはエディメルクスのイーエム525でひゅ! で、です!!
 そう、あの伝説にして不滅のレーサー、エディ・メルクスの名前の頭文字を戴いたロードバイク。
 振った時のねじれ剛性、エアロダイナミクスを考慮した形状、オールラウンド性能を高めた素晴らしいバイクです。
 まだまだ半人前で、不甲斐なき成果を晒していますが、艦娘としても、ロードバイク乗りとしても、現状に甘んじるつもりは毛頭ありません。
 このロードバイクに相応しい乗り手となれるよう、親潮、精進いたします!
 え……天丼、ですか? は、はい。お腹は空いてます。ご、ご馳走に、なりまひゅ! こ、光栄でひゅっ!!

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968 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:52:37XmBArZ8Y (54/83)


 萩風と双璧で料理上手。

 とても生真面目で常識人。それでいて料理上手で気づかいのある子ゆえか、


陽炎「…………」

不知火「…………」


 陽炎と不知火のお気に入りである。黒潮には特に懐いている親潮だが、陽炎・不知火も姉としても艦娘としても尊敬している。

 陽炎はそもそも妹大好きで、妹に対して心配性な気がもともとある。特に親潮は軍艦であった頃は共に沈んだこともあり、あれこれ面倒を見たくなるようだった。姉御肌なのである。

 不知火はその気真面目さと訓練に対するストイックな姿勢を好ましく思っている。己の持つ戦術の全てを教え込みたいんだぬい。あと餌付けされたんだぬい。落ち度でも?

 
提督「お気に入りなのは分かった。分かったが―――なぜ俺から親潮を遠ざける、陽炎。何故睨む、不知火」

陽炎「そりゃあ人の妹を毒牙にかけようって悪い男がいたら遠ざけるでしょ……この女誑し」

提督「人聞きの悪いこと言うんじゃあないよ! ほら、こっちおいで親潮」

親潮「ひ、ひゃい!? わ、わかりまふぃ……し、不知火姉さん?」

不知火<〇><〇>


 不知火は駆け寄ろうとする親潮と提督の間に割り込み、戦艦クラスの眼光で提督にメンチを切り出した。


969 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:54:30XmBArZ8Y (55/83)


提督(いい目だ……鎮守府近海の雑魚深海棲艦なら、自主的に沈没するレベルの……)ゴクリ


 ロードバイク装備でアイウェアをつけているが、恐さが五割増であったという。


不知火「司令が……どうしても親潮とコミュニケーションを取りたいと仰るのならば!」

提督「……ならばなんだというんだ」

不知火「こっ、この、この不知火とっ、まずは交流をっ……ですね」

陽炎(何言ってんだこいつ)

提督(あ、恐いのは気のせいだ。可愛いわやっぱ)


 真面目一辺倒な不知火は恋愛練度が未だに1であった。提督と二人きりになるととてもテンパるデレぬいが見れる。デ練度は最近99に達した。


初風「アホだわこいつら」

黒潮「アホやでホンマ」

親潮「」


 かくして胃がキリキリさせられる勢に、親潮も仲間入りすることとなったのだ。


970 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:56:15XmBArZ8Y (56/83)


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陽炎型駆逐艦:初風

【脚質】:ルーラー

 ――――……私の事、ちゃんと覚えててね。

 登りもそこそこイケて高速巡航も可能というルーラーの手本をそのまま形にしたような万能型サポート。
 実力は高いが目立ちにくい不遇さ。ツチノコ? 何のことです?
 しかしその役割は非常に大きく、彼女の仕事がチームにおける勝利のカギを握っていると言っても過言ではない。
 アタック潰しにエースを運んだりと、ありとあらゆるサポートをこなすチームの要。
 ぶつくさ文句を言いながらも、そうした役割を進んでこなす初風は、優秀なルーラーと言える。
 何気に勝負巧者で、陽炎型姉妹艦(+島風)チームでの駆逐艦レースでは初風自身のミスで負けたことが一度もなく
 初風の入ったチームはそれだけで勝率が高くなる傾向がある。妙高と川内が物欲しげな目で陽炎型達を見ている……。
 最近妙高姉さんと川内姉さんの熱っぽい視線が怖いとか。ライバルは漣と朧。

【使用バイク】:CYFAC ABSOLU V2 プロカスタム(カスタムカラー:Sky Blue/White)
 フランスはシファック、アブソールV2が、この初風の愛車よ。
 ええ、調子いいわよ、このバイク。このユニークなデザイン、なかなかないでしょ。見たままの面白いバイクよ。
 いい意味で他のバイクにない乗り味があって、かつ十分すぎる高性能を備えてるわ。プロ選手がお忍びで買いに来るという話に偽りなしね。
 私はルーラーだし、どんな状況でも対応できる万能性のあるバイクが欲しかったから、これはぴったりよ。
 その、ありがとうね……輸入で手間がかかったでしょうけど……なんてことないって? そうやって女の子口説いて回ってるのね……まぁ、いいけど。
 そろそろお昼時ね。ランチは何にするの? おいしいの食べたいなー。
 天丼? おいしいの? ……ふぅん、提督おすすめのお店? いいわね。

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※ツチノコは乗っているバイクもツチノコクラスのレアでなくてはならない(使命感)


971 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 20:59:13XmBArZ8Y (57/83)


谷風「ぶいつーあさるとばすたー?」

秋雲「おっとぼくのかんがえたさいきょーのがんだむの悪口はそこまでだ」

初風「………」ムスッ

提督「全然ゴテゴテしてねえだろ。このシファックは日本だとあまり知名度無いかもしれんな。激レアだ。でもプロ御用達の名車ばかりなので「これは!」というのが欲しい人には向いてる」

初風「………!」フンス

黒潮(この子のドヤ顔は珍しいなぁ。よほど司令はんが自分のために骨折ってくれたんが嬉しいんやなあ)ニヤニヤ

雪風「同じふらんすのめーかーで、雪風とも御揃いですね、初風! かっこいいです!」

初風「………!!」ドヤ

舞風「おー、このバイクのシートステー、エラくほっそりしててキレーだね!」

提督「実際デザインもユニークでカッコいいのが多い。カラーもオーダーできるしな」

初風「………」テレテレ

浜風「透明感のある空色……初風姉さんの透き通るような髪と相まって、芸術的な美しさを感じます」

初風「っ………」テレテレ


 浜風は感性豊かで、人の長所を見出して褒めるのが上手い。その点が本人は自覚なし。


972 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:03:51XmBArZ8Y (58/83)


提督「ああ、凄く綺麗だ」

初風「………ッ」モジモジ

陽炎(ベタボメすぎてドヤ顔が消えた)

谷風(分かりやすく照れてるね。珍しいなぁ)




 提督ラブ勢。周囲にも提督にもバレバレな模様。気付いてない風を装う提督の胃は激痛を感じている。

 やんちゃな妹たちの面倒を見て胃を痛めるが、その一方で提督の胃にダメージを与えていることに気づいていない。

 フランス本国より初風の身体データを基にカスタムオーダーした特注品。カラーリングも空色と白を基調とした初風オーダー。センスが光る。

 なお例によって納期は(ry――――だったのだが。どうやら輸入が本格的に開始されたもよう。

 日本でも購入が容易になるというウワサ。わくわく。


973 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:06:46XmBArZ8Y (59/83)


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陽炎型駆逐艦:雪風

脚質:ピュアクライマー

 ―――あたしはっ……世界で一番幸福な駆逐艦ですっ!!

 鎮守府最強最速のクライマー。参加するのはほぼ個人ヒルクライムレースオンリー。ペダリングの神。
 提督の持つペダリングに関するスキルのほとんどを身に着け、己にあった血肉へと変えている。純粋な効率で言えば神通すら足下にも及ばない。
 神通が藤木源之助みたいな顔して鼻血を垂らすレベルの超絶技巧の使い手で、メタ的にぶっちゃけると作中における山岳のデウス・エクス・マキナ。
 二水戦の誇る無敵のエースが、山岳でも無敵のエースになったという絶望感。ヒルクライムレースでは雪風が参戦した時点で、参加者は二位になれれば優勝扱いというぐらい突き抜けている。
 誰もが認める鎮守府内クライマー五強の頂点。求道者の極み。他と己を比較する発想すら持たない隔絶した孤高である。ありのままの自然体で最強。自覚がないから質が悪い。
 島風が予知に等しき直感と閃光の如き反射神経を持つ一方、雪風は島風以上の直感と、提督並の観察力に特化。敵艦からの砲撃や雷撃のタイミング・射線・速度などを2~3秒前には察知するという怪物。
 何度コースを周回しても、雪の上に残った轍(わだち)をなぞるが如く完璧な登坂ルートを選択することから、ついた異名が『雪の轍』。無垢な瞳には完璧な未来が見えている。
 提督曰く『路面の斜度の見極めが恐ろしく上手く、路面状況や斜度、自らの疲労度に応じてシッティングポジションとペダリングを瞬時に切り替えている』とのこと。

 つまり下手に雪風についていこうとするとペースを乱されて無駄に体力を消耗する事態になる。
 かといってヒルクライムで雪風を無視するのはもっと悪手。どうすりゃいいんだこんなやつ。分かりやすくガンダムWで言うとゼロシステムをインストールして使いこなしてるというアレ。
 その分クライマーの弱点である最大筋力や瞬発性は非常に低く、平地メインでは活躍できる場が皆無。こればっかりは仕方ない。
 登りオンリーのヒルクライムレースにおいては常に優勝候補筆頭、スプリントでの最高速は鎮守府ドベという極端さで、ステージレースが苦手な山岳ハンターである。
 他の有力なクライマーに響・時雨・若葉・初霜・阿武隈・龍驤・瑞鶴・まるゆなどが上げられるが、純粋なヒルクライムでは雪風にはライバルどころか敵と認識してもらえないほど実力が隔絶している。
 駆け引きが無意味なぐらいに無垢で純粋。滅多なことでは自分のペースを乱さない。
 山岳ゴールで雪風が先頭集団に居たら、なんか通夜みたいな空気になる。大戦時においても、引き分けはともかく雪風には勝てる駆逐艦は一人もいなかった。
 修羅の巣窟たるロードバイク鎮守府における鬼神・綾波や阿修羅・夕立でさえ一度も勝てなかった、ロードバイク鎮守府どころか海軍においても無敵の駆逐艦である。


974 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:09:13XmBArZ8Y (60/83)


【使用バイク】:LOOK 586SL White/Red(2011年度モデル新品)
 しれぇが雪風のために組み上げてくれたステキなフランス製バイク、ルックの586SLです!
 ルック史上最高のクライミングバイクとして名を馳せた『クライマーすいぜん』の名車だそうですよ!
 雪みたいに真っ白できれーなバイクです! アクセントの赤い装飾も、紅白で縁起がいいですね!
 しっとりとした乗り心地が、雪風好きなんです!
 はい、雪風、ヒルクライムだいすきです! 山のてっぺんで麓を見渡すの、きもちいいです! 山の女神のキスを感じちゃいます!
 はー、いっぱい走ってお腹空きましたね、しれぇ!
 あたし、お昼は天丼が食べた……えっ、天丼食べに行くんですか!? ホントに!? わーい!!

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975 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:15:32XmBArZ8Y (61/83)


提督「ギアの変速は機械式が好きか?」

雪風「はいっ! やっぱり変速してるって感じがして好きです! それに軽いですし!」

萩風「ね、司令。機械式と電動式の明確な違いってなんですか?」

提督「軽量化を最優先とするなら機械式だが、変速の確実性はやはり電動式の方が上。

   変速を武器にする乗り手には電動式の方が良いが、反面重量を犠牲にする。

   機械式には機械式の、電動式には電動式の良さがある。

   値段は機械式の方が安い。機械式はワイヤー変速故にメンテナンスの手間があるが、電動式はメンテナンスフリー。たまの充電はしっかり行うぐらいで済むのは大きな魅力と言えるだろう」

雪風「雪風、ワイヤーとかいじるのも好きですよ!」

萩風「凄いんですね、雪風。私はちょっと苦手で、難しくない?」

雪風「じゃあ、雪風が教えてあげます! おねえちゃんですからね!」

萩風「ふふ、お願いしますね」

不知火「……微笑ましいですね。微笑ましいんですが……どちらが姉か分からな――――それはさておき、雪風の速さの秘訣とはなんなのでしょうか」

提督「ペースを乱さず走るのが登坂の鉄則なんだが、雪風の場合は例外だ」

不知火「? どういうことです?」

提督「ペースってのは、何を基準にするかで変わる。『速度を一定』なんてことをなんの策も無しに坂道でやろうとすると死ぬ。なんせ斜度がコロコロ変わるからだ」


976 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:17:54XmBArZ8Y (62/83)


黒潮「まぁ、それはわかるわ」

親潮「となれば坂道におけるペースというのは、やはり己に適したケイデンスを維持しつつ、後はギア管理で心拍を調整というのが正しいのですか?」

提督「それも正解の一つだ。模範解答としては普通の、な。どうしても激坂でギア売り飛ばさざるを得ない場合にこそ経験が光る。だが雪風の場合、ペースの意味が違う。雪風には雪風のペースってのがある」


 『この斜度は一気に超えよう』とか『ここの坂はこのラインで行こう』とか、そんな生半な話ではない。


提督「雪風は己が走るラインにおいて、常に最適のケイデンスとギア管理、そしてポジションや使用する筋肉、ペダリング方法を瞬時に選択する。そしてそれはゴールで己の全てを『絞り切れる』ことを前提に組み立てる。つまり一度走らせたコースは雪風にとって終わったコースに等しい」

浜風「ひょっとしてそれはギャグで言っているのですか?」

提督「ギャグであればどれだけ良かったか。もはや理屈の埒外だ。雪風の感覚的な問題で、言葉にできる類のモンじゃない」


 流石に陽炎型の面々も絶句であった。


提督「だから雪風のペースを乱そうとしても無駄。だって雪風は『雪風にとって最適の選択』をしているから常にベストの走りに切り替える。

   誰かがここでアタックしたから、じゃあこのペースにしよう。これで五分後には抜ける、みたいな具合よ。

   ベストは雪風で、雪風がベストという、不可逆が可逆になるという有様だ。

   そして雪風についていこうとする輩は、雪風の最適に適合できずに自滅するというオチ」


977 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:20:51XmBArZ8Y (63/83)


提督「―――――まー、勝てない方法がないわけではないんだが。教えたところでどうなるわけでもなし」

秋雲「勝てるわけがないッ!!」

提督「四回言おうと教えてやらんよ?」

秋雲「けちー!!」

提督(……教えたってどうしようもねえんだよ、今のおまえたちじゃ。かといって俺が勝っても意味ないんだよな。なあ、つまんねえよな、雪風。つまんねえんだろ。本当につまらなくて、寂しいんだよな)


 脳裏によぎるは、とある駆逐艦。


提督(―――――あいつに期待だな)


 繰り返し繰り返し、あの日をなぞる様に。

 いつの日か、きっと雪風の前に立ちはだかる。

 避けては通れぬ道として。


978 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:22:59XmBArZ8Y (64/83)


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陽炎型駆逐艦:天津風

【脚質】:論外
 自転車にも乗れないなんて、君たち(天津風・時津風)には失望したよ……と時雨風味に提督に言われて相当ショックを受けているご様子。
 なおネタ元である時雨は、その物真似がツボに入ったのか爆笑したもよう。意外と笑い上戸な時雨。ここの時雨はよく笑う。
 天津風はムカチャッカファイヤー。
 しかしそれは提督の罠で、天津風の負けん気の強さによる反骨精神からの大化けを期待されている。
 悔しいのう、悔しいのう。
 いずれ乗れるようになってからに期待。

【使用バイク】:(このままだと永遠に)ないです
 びぇえええええっ、びぇええええええええっ!!
 あなたなんて嫌い、嫌い! 嫌いよ!! 私だっていい風感じたいのに!! こんなのってないわ!!
 連装砲くんに言いつけてやるんだから!! 蜂の巣にされてしまえばいいんだわ!!
 びぇえええええん!! 大っ嫌いなんだからぁあああ!!

 ………。


 ………貴方がどうしてもっていうなら、一緒に天丼食べてあげても、いいわよ。

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979 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:24:56XmBArZ8Y (65/83)


※近いうちに乗れるようになります


提督「わしが育てた」

天津風「ほざけ」

秋雲「わしが育てたぁ」

天津風「ち、ちくしょう」

提督「なお秋雲にトレーニングメニュー渡したのは俺だ」

天津風「!?」

提督「結果としてわしが育てた」

秋雲「そしてわしも育てた」

天津風「夫婦か!」

提督「アイム、ユア、ファーザー」コーホー

秋雲「アイム、ユア、マザー」コーホー

天津風「ノォオオオ、ノォオオオオ!? これがホントの仮面夫婦って馬鹿じゃないの!? 馬鹿でしょ!!?」


980 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:25:57XmBArZ8Y (66/83)


提督「暇を持て余した」ヘイ

秋雲「提督と秋雲の」ハイ

提督・秋雲「た わ む れ」ターッチ

天津風「私で遊ばないでくれるかしら!?」


 天津風はもっと私に優しくしてよ貴方のことが好きなのよ勢。

 着任当初は散々弄られて怒りもしたが、艦娘が増えて頻度が減ったらなんか物足りない今日この頃。

 秋雲+提督コンビにからかわれると怒るけどちょっと嬉しそう。掌コロコロされてると気付く日は遠い。

 なお提督には秋雲を始め、このテの悪友ポジがいっぱいいる。

 卯月・漣・イク・響・加賀(時々提督を裏切る)とか、深雪・朝霜(たまに提督から弄られる)とか、鈴谷(主に熊野のレディ()を弄る)とか、後に加わる松風(主に朝風のデコを弄る)とか。

 なお悪友ポジと思っているのは提督の一方通行だったりすることもあったりなかったり。パパ勢やラブ勢やヤンデレ勢がいるから仕方ないね。


 なお年末の宴会芸でこの漫才が披露されるもよう。時雨の腹筋を苛めるのはそこまでだ。


981 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:27:19XmBArZ8Y (67/83)


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陽炎型駆逐艦:時津風

【脚質】:チュートリアルがクリアできないもよう
 まずはママチャリに乗れるようになってからおととい来やがれ、とか、きえろコケて涙目にならんうちになとヤムチャ風味に言われ涙目状態。時雨の腹筋は崩壊するッ!
 構ってちゃんなので必死こいて練習するようになった。提督からすればしめたものである。
 悔しいのう、悔しいのう。
 いずれ乗れるようになってからに期待。

【使用バイク】:(このままだと補助輪付きの自転車しか)ないです
 うわぁあああん、わぁああああああん!!
 しれぇのばか! ばか! おに! おに! あくま! でびる! 丙! ヘーイ!
 しれぇなんか下り坂で熊のう○こ踏め!! そんでこけろ! 谷底にまっさかさま! ゆーきゃんのっとふらい!
 わぁあああああん!! ばーか、ばーーーか!!


 ……チラッ


 ………ばーか!! 大盛だからね! 大盛!

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982 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:33:12XmBArZ8Y (68/83)


※なおいずれ乗れるようになるもよう

 ところで天津風と時津風が自転車に乗れないことを密告した艦娘がいた。


秋雲「へっへっへ、聞いてくださいよダンナぁ、あいつら自転車に乗れないらしいんですぜ」


 事件の影にやっぱり腐女子――――秋雲であった。


提督「えー、ウソー!? 自転車にぃー!? 自転車に乗れないのは幼稚園児までよねー!」

天津風「うがぁーーーーー!!」

時津風「そこ動くなよぉー!! ぶっとばす! まっすぐいってぶっとばす!!」

提督「冗談さておき、没収ね」

時津風「なんですと!?」

天津風「そんな馬鹿な!?」


 そんな経緯であった。提督を弄りたいけど弄られる勢であり、もっと甘やかせ勢でもある。

 ある種の提督パパ勢である。しれー、なにしてんのー、ねー、ねー、しれーってばー、ねーねー、かーまーえーよー。

 ちなみに時津風も天丼屋で落ち度する。


983 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:35:38XmBArZ8Y (69/83)


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陽炎型駆逐艦:浦風

【脚質】:スプリンター

 ―――うちがついとるから、このチームは大丈夫じゃけぇ!

 陽炎型のお色気担当(時津風談)。提督をダメにしようとしてた時期があったが、逆にダメにされた。
 金剛組とひそかに繋がっているという噂。陰謀論! 陰謀論です!
 加速力と反応速度が極めて高く、磯風と並ぶ。
 敵のアタックを見てから瞬殺できる、小足見てから昇龍余裕でしたと言わんばかりのインパルスが走る。
 だが、最高速度が他の陽炎型に一歩劣り、伸びしろにやや難がある。
 また、全力スプリントを維持できる時間が、他の陽炎型のスプリンターに比べ短め。
 最高速を上げつつ、スプリント継続時間を延ばすのが今後の課題と考えている。
 また、スプリンターにとって鬼門となる登坂は、やはりというか非常に苦手。何が重いんでしょうねえ……
 龍驤さんがうちを見ると舌打ちするんじゃ……うち、なんか悪いことしたんかなぁ……(本人談)


【使用バイク】:CORRATEC CCT EVO(Mat carbon/Blue)
 これがうちのロードバイク、オールラウンドバイクのコラテックCCT EVOじゃ♪
 ドイツのバイクなんじゃけど、シートステーがすらっとしたべっぴんさんじゃろ?
 じゃけど見た目によらず、ばり速か走れるんじゃよ?
 踏んだら踏んだだけ、回せば回すだけ進んでくれるええ子じゃねぇ♪
 提督、そろそろお昼の時間じゃけえ、何か食べんと?
 ……天丼? それはうまげ(美味しそう)じゃねえ♪ えーっと(いーっぱい)食べよ?

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984 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:37:26XmBArZ8Y (70/83)


提督「コラテック! いいねえ。べっぴんさんだねえ」

浦風「そうじゃろそうじゃろ♪ ほんにありがとねえ、提督さん。うち、大事に乗るからね!」

雪風「わぁ、ほんとにしーとすてーが細っこいです!」

陽炎「すごいわねこれ……あれ? リアブレーキどこ?」

浦風「BBの裏側にあるじゃろ?」ココジャココ

黒潮「うわ! こ、こんなとこかいな!?」

浦風「エアロ効果を狙ってダイレクトマウントブレーキを採用してるんよ。島風のもそうだぞ」

島風「うん! ホラ!」エヘン

雪風「ホントです! かっこいいです!」

秋雲「おー、トップチューブにシートステーが直で繋がってんのねー。ボリューミーなフォーク、ダウンチューブもカムテール形状……なかなかこだわり派だねえ、コラテックってば」カキカキ

提督「ほー…………覚えたての割に詳しいな、秋雲」

秋雲「絵描きとしちゃー、構造の把握はお手の物ってわけよー」

陽炎「アンタ、敵主力艦隊旗艦の構造上の弱点とか見抜くのすっごく得意だったもんねー……」


 大戦時に敵艦隊のギミックをことごとく見抜いて丸裸にしたのは、何を隠そう秋雲であった。透視能力でもあるのかってレベルだったらしい。


985 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:38:35XmBArZ8Y (71/83)


 こと構造の把握と純粋な視力においては雪風以上である。


初風「ふぅん……ダイレクトマウントにしてシートステーの剛性を減らした分、乗り心地の向上を狙ってるのかしら?」

黒潮「ほーん、なるほどなぁ……色々考えて作られてるんやねえ」

浦風「そうじゃろそうじゃろ! 乗り比べてみると、結構乗り心地の良さがわかるんよ!」

谷風「ね、ねぇ浦風、初風姉、黒潮姉……その辺で」

浦風「ん?」

初風「え?」

秋雲「………あっ」

天津風「………ふ、ふふ、乗り比べ……乗り比べかぁ……」ズーン

時津風「イヤミか浦風ッッ!!」

浦風「あ、あちゃー……」

秋雲「あっはっは………ハハッ」

初風「あんたたちはちゃっちゃと乗れるように練習しなさい、練習」


986 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:40:18XmBArZ8Y (72/83)


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陽炎型駆逐艦:磯風

【脚質】:スプリンター

 ―――舐めるなよ、この磯風とて、同じ陽炎型だ!!

 馬鹿(天津風談)。殺人料理のことを決して揶揄してはいけない。決してな……。提督を一時期とはいえ使い物にならなくした恐るべき艦娘の一人。
 速度ゼロ発進からのスタートや、アタックへの反応が極めて速く、その一点においては島風と並ぶ。
 一方でスタミナにおいては島風とは比較にならないレベルで高く、何度もアタックをかけることができる。踏む際のシフトウェイトが上手く無駄が少ない。
 浦風と同様、加速力が優秀だが、現状では最高速が他の陽炎型のスプリンターに一歩劣り、速度がノッてからの伸びしろが少ない。駆け引きが未熟。
 今後は多くのスプリントを経験し、地力の底上げと場馴れすることを課題とする。
 回す類の休むペダリングを重点的に練習中。極めれば更にスプリントで伸びるだろう。
 また、浦風や浜風ほどではないものの登坂が大の苦手。何が重いんでしょうねえ……?
 何故か瑞鶴は私を嫌っているようなのだ……まだまだ私が未熟で、天狗になるなということなのだろう。精進せねば。(本人談)

【使用バイク】:AUTHOR CHARISMA 77 2017
 この磯風が駆る愛機は、チェコ共和国はオーサーのカリスマ77だ。
 何? オーサーじゃなくてアーサー? いや、オーサーで合っているが?
 さておき、このカリスマ77、日本では知名度も低く未だマイナーなブランドではあるが、その走行性能は素晴らしいぞ。
 レーシングフレームとして十分なねじれ剛性を備えつつも、乗り心地のしなやかさと振動吸収性は高く、並のロングライドモデルをも凌駕する出来栄えだ。
 この磯風の実力もあるが、出足の速さならば島風にすら遅れはとらぬよ。ふふ。
 雪風? ………いや、その。山岳で雪風に太刀打ちできるものがそもそも存在するのかという話でな……。
 む? 妙に腹が減るな。よし、鎮守府に戻ったら、私が腕を奮おうか?
 ………何? 今日は帰りがけに旨い天丼屋に行く? ほう、提督のオススメならば外れは無かろう……いいな。馳走になる。

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987 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:41:53XmBArZ8Y (73/83)


 提督とは戦友勢。互いに頼りにしている。

 鳳翔と磯波主催のお料理教室に週一で参加しており、メシマズレベルはだいぶ下がったもよう。

 なお瑞鶴は一度磯風のポイズンクッキングでエラい目に遭っているせいで磯風を警戒しているだけなのだ。それだけったらそれだけなのだ。


提督「…………」

磯風「な、なんだ、司令。なんでそんなに嫌そうな顔をしているんだ? 私がこのバイクに乗っていると、何か不都合でもあるのか?」

秋雲(あっ(察し))


 サブカルに精通する秋雲には分かった。分からいでか。


提督「い、いや、そういうわけじゃないんだ。悪い、ちょっとな、うん。ちょっと……ネタ枠的な扱いになると、レースで困るというかね、うん」

秋雲「う、うん。わかるなー、それわかるよー提督ー」

磯風「??????」

浜風「…………カリスマB」ボソッ

提督「!?」


988 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:43:10XmBArZ8Y (74/83)


谷風「…………エクスカリバー」

提督「き、貴様ら、まさか知って……!」

浜風「ふふ、いつもからかわれてますから、ちょっとした仕返しですよ」

谷風「アレ面白いね! 秋雲があにめーしょん好きなのわかるよ! 絵が動いて、でっかい音と曲が流れてさー! わくわくするね!」

磯風「何をやっているのか知らんが、天丼屋に行くんだろう? 早くしようか司令――――私はお腹がすいたぞ」

提督「ブッ」

浜風「ブフッ」

谷風「ぶわははははははwwwww」

不知火「ぷフッ……し、失敬」

秋雲「こ、このタイミングでそれ突っ込んでくるとかモー磯風姉面白すぎィ!!」ゲラゲラ

磯風「????? なんだか分からんが、楽しいのは善いことだな」


※無自覚なままにボケて弄られるが弄られていることを自覚しないタイプの稀有な立ち位置。やや天然。

 なおオーサーの代理店は2015年に撤退しています。

 これから手に入れようとするなら通販か現地購入、或いは輸入販売してるサイクルショップを探して買うしかないと思うぞなもし。


989 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:43:56XmBArZ8Y (75/83)


【磯風クッキングの犠牲者】


龍驤「おお、立派に育ったええバストやなあ……よりどりみどりや。ウチ、どのバストにしよう。どう? ウチに似合う?」

那智「正気に戻れ龍驤!! バストは収穫できるものではない!」


 幻覚成分:A

 食せば最後、脳内にドバドバとイソカゼックスなるヤバめの成分が分泌する。一部の艦娘から「この恍惚の次の瞬間に崖から落ちていく感覚がイイ」と評判である。

 比叡カレーの主成分たるヒエインドメタシンと似ているが、粘膜摂取するヒエインドメタシンと違い、イソカゼックスは磯風料理と体組織が混ざり合うことで脳内に分泌される違いがある。

 ヒエインドメタシンはイソカゼックスと比べて幻覚作用がさらに強いが、持続性と習慣性はイソカゼックスの方が上である。


990 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:45:55XmBArZ8Y (76/83)


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陽炎型駆逐艦:浜風

【脚質】:TTスペシャリスト(クロノマン)

 ―――TTでは、誰にも後れは取りません。

 おっぱい(雪風談)。巨乳はおっぱいのおでぶだと思っていた雪風。浜風は軽くショックをうけて一日引きこもったことがある。
 瞬間的な加速力は劣るものの、高速域を維持する能力が陽炎型の中では極めて高い。平地のタイムトライアルにおいて陽炎型では嵐と並び双璧。
 嵐に比べ、僅かに高速域の持続性に勝るため、比較的距離の長いTTコースでは嵐に対する勝率は高い。
 己の持ち味を生かすため、より長く高速域を維持できるように持久力を鍛えつつ、一方で瞬発力を現状維持する方向でトレーニングを積む予定。
 浦風・磯風に続き登坂がとてもとても苦手。何が重いんでしょうねえ……。
 最近、瑞鳳さんの視線が怖いんです……平和だからと言って弛んでいてはいけないと、瑞鳳さんはそう仰りたいんだと思います。(本人談)
 大迫力のTTに観客の視線は釘付けである。釘付けである。

【使用バイク】:ANCHOR RMZ Solid Yellow(T8)
 日本の誇るアンカーのフルオーダー式のカーボンラグフレーム、RMZです。
 はい、ジオメトリから剛性まで、全てがフルオーダー。私の体型や脚質に最も理想的なものを採用しています。
 つまり、このバイクこそがこの浜風にとっての地上唯一にして最速のバイクということです。
 ………ところで、その、提督。
 沢山練習をしたらですね、その………お腹が、空いてしまいまして。何か食べ物は……。
 え……補給食しかない? それに河川敷沿いのサイクリングロードは何故か飲食店が少ない?
 そ、そうなのですか………え? ここから十五キロ先に、おいしい天丼屋があるんですか? 橋向こうに?
 しかも牧場で美味しいジェラートも?
 ………(ゴクリ)
 ――――雪風、先に行くぞ!

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991 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:48:36XmBArZ8Y (77/83)


陽炎「うーん、食べ盛りなのはわかるけど、バイクの説明よりご飯の話の方が長いってのはどうかと思うのよ」

磯風「そうだぞ、浜風。はしたない」ギュルルル

不知火「恥を知りなさい、恥を」グゴゴゴゴ

浜風「す、すいません、陽炎姉さん、不知火姉さん」キュルルル

陽炎「う、うん……わ、わかれば、いい、のよ……?」


 盛大な腹の虫の音を聞かぬふりをする情けが、陽炎にもあった。


不知火「それはそれとして、司令。体中が補給を欲していますので、そろそろ」NUWYYYYYYY

磯風「そうだ。補給は必要だ。それも可及的速やかなる補給が」CUAAAAA

浜風「はい! それもガッツリ系統の補給を!」ゴギュルルルルルルィイイ

提督「」

浦風(て、提督さんが見たことのない顔しとる!?)

黒潮(腹の虫を盛大に鳴らしながらよう言えるわな)


992 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:49:50XmBArZ8Y (78/83)


※花より団子派。

 そんな浜風も提督には憧憬入り混じった尊敬の念を抱いており、恋仲など畏れ多くてとんでもないという認識に収まっている。

 お話しできるだけで光栄、みたいなちょっとミーハーなところがある。

 きっかけがあれば即惚れする危険がある子デース(金剛談)。

 現状は提督を尊敬しつつも提督の料理にガチ惚れ勢。色気より食い気の権化。

 ロードバイク≒艤装という思想なので、尊敬する提督がバラ組みしたロードバイクを貰えた雪風にちょっぴり嫉妬。

 アンカーRMZの面白いところは、乗り味や剛性感などは選択したジオメトリ・素材剛性でガラリと変えることが出来る点。

 つまりクライマー向けにもできればオールラウンダー向けにもできる。もちろんカラーも選べる。

 浜風の迫力のスプリント(ぷるんぷるん)に乞うご期待。


993 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 21:55:26XmBArZ8Y (79/83)

※ひとまず次スレ立てたよー

 谷風以下はそっちで書くゥー

【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1502628836/


994 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 22:00:42XmBArZ8Y (80/83)


【本編どころかこのSSになんら関係のない艦これSS短編~埋めがてら~】


その1:提督「軽巡寮の談話室にシグルイと衛府の七忍と覚悟のススメとエグゾスカル零と悟空道を置いといたらエラいことになった」


神通「痛くなければ覚えませぬ……己の不明を恥じます。私はまだ甘かった……!!」

川内「旨し……夜戦後の珈琲旨し」

天龍「チェストアルバコア!!」


 〝チェストアルバコア〟とは天龍型の隠語で、〝潜水艦ぶち殺せ〟の意である。


木曾「大破? 仔細無しだね、そんなものは……胸座って進む也……!!」

提督「流石にそれはダメ」

木曾(´●ω・`)キソーン

提督「そんな顔してもダメ」


995以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/13(日) 22:01:05hp4It2Nw (2/2)

乙です


996 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 22:02:13XmBArZ8Y (81/83)


長良「野良犬相手に表道具は用いぬ」

天津風(だからって深海棲艦を素手で……!?)


 長良の五体は全身凶器である。


阿武隈「………」ギギギギギギギ


 それは凡そ、一切の軽巡において、見たことも聞いたこともない奇怪な魚雷の構えと前髪であった。


鬼怒「ああっ、あれこそは阿武ちゃん必勝の構え……!」

名取「甲標的逆流れの姿……!」

北上「我ら雷巡の秘儀を盗みおった……」

大井「彼奴め、天稟がありおる」

木曾「怪物め」

提督「馬鹿じゃねーのおまえら」

木曾(´●ω・`)キソーン

提督「そんな顔してもダメだっつってんだろ」


997 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 22:03:59XmBArZ8Y (82/83)


川内「あの大望の夜迫る夕暮れ時……我らが夜戦を間近に控えながらも撤退したるは提督が指図……謀った喃……謀ってくれた喃……」ギギギギギギ

提督「謀ったっつっても戦略的撤退ってだけで別におまえの願いを打ち砕こうとしたとかそういう意図じゃねえから魚雷を下ろせやめてください死んでしまいます」


 むーざんむーざん

 川内を夜戦前にー撤退させたらー



川内「―――――夜戦流・☆流れ」

提督「ああああああああああ!!!」



 あーかいまがくし さーいたー


 むーざんむーざん


998 ◆9.kFoFDWlA2017/08/13(日) 22:09:51XmBArZ8Y (83/83)


那珂「那珂ちゃんは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」

神通「那珂どん!」

明石「解体しもす!」


 \2-4-11/


川内「笑うにこと許せ」

神通「那珂どん!!」


提督(どうオチつけんだよこのSS……)


【オチもなく艦】


999以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/14(月) 01:03:59ztoUAlVM (1/2)

埋め


1000以下、名無しが深夜にお送りします2017/08/14(月) 01:04:41ztoUAlVM (2/2)

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