1一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:39:29.43ZNYvTW3Oo (1/10)

前スレ http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1399473586/

 時は二世紀末、漢王朝の時代。
 四世三公の名家たる袁家に代々仕えし武家である紀家に生まれた一人の男児。
 諱(いみな)を霊、真名を二郎というこの男は様々な出会いや経験を重ねていく中で、やがて世を席巻していく。
 しかし、彼には誰にも言えない一つの秘密があった。
 彼の頭の中には、異なる世界における未来で生きてきた前世の記憶が納められていたのだ――。
 これは、三国志っぽいけどなんか微妙に違和感のある世界で英雄豪傑(ただし美少女)に囲まれながら右往左往迷走奔走し、それでも前に進もうとする凡人のお話である。


※一旦完結した作品のリライトとなります
※なろうにても投下しております。こっちで書いて推敲してからなろうに投稿って感じです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445344769



2以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/20(火) 21:42:16.23ZNYvTW3Oo (2/10)

 一陣の風が荒野を駆け抜ける。舞い上がる砂塵の色は黄色。蒼天に立ち向かい、立ち上るそれは見る間に霧散していく。突風一つでは蒼天は揺るぎもしない。輝く日輪がじり、と大地を照りつける。
 果てしなく広がる蒼天に注いでいた視線を黄色い大地に落とす。そこには雲霞のごとく集う軍勢がある。出撃の合図を待ちわびる姿は引き絞られた弓のように張りつめている。その軍勢が俺の号令を今か今かと待ちわびているのだ。なんとも場違いであるという思いが絶えない。
 ふう、とため息を漏らす。ここに至ってびびっている内心を漏らさぬように歯を食いしばる。俺の号令一つで膨大な人死にが出る。敵も、味方も。ここまで俺なりにベストを尽くしてきたはずで、それでも怖気づきそうな自分に――いや、怖気づいている自分を自覚する。だが、それでも退くわけにはいかない。背負ったものがあるのだから。

「七乃~、喉がかわいたのじゃ~。蜂蜜水を持ってたもれ~。よーく冷えたやつを、じゃぞ?」
「え~、今日はもうだめですー。夜に大変なことになっても知らないですよー?」
「うう、七乃はこっちに来てから意地悪なのじゃ~」

 声の主は親愛なる主君とその忠実なる家臣かつ俺の同僚のものである。くすり、と。

「美羽様、そろそろ後ろに下がってくださいな」
「退屈なのじゃよー。いい加減、天幕の中も飽きたのじゃー」
「知らないですよ、お怪我をされても」
「ん?そちと七乃が守ってくれるのであろ?」

 にこにこと、無邪気でまっすぐな視線が俺を貫く。

「それは勿論です。ですがまあ、ここいらは矢玉が届きかねんということで一つ。お下がりくださいな。
 つか、七乃よ。美羽様の守護はお前の仕事だろうが。ちゃんと後方に下がっていただけるよう口添えくらいしろよ」

 じろり、と睨むのだが無論そんなのどこ吹く風である。

「えー、知らないですよー。美羽様の退屈を晴らすのも私のお仕事ですしー」
「それはそれとして、だ。よりによって前線に出てくることもないだろうって話だろうよ」
「やだなー。美羽様の退屈が一番紛れそうなとこに来ただけなのにー。ひどいぞー」

 ぶうぶうと不満を漏らす七乃とそれに便乗する美羽様にがくり、と脱力する。うん、いい感じに力が抜けた、と自覚する。膝の震えも、ばくばくいってた鼓動も落ち着きをみせている。マイペースな二人に、苦笑する。それを自覚する。口が笑みの形に曲がったことを自覚する。
 姦しく囀る二人から注意を前方に向ける。

――空にそびえる黒鉄くろがねの城――汜水関――を見据える。その威容は変わらず。だが。

「ま、なんとかなる!」

 向かうは精強たる董卓軍。翻るにこちらは群雄割拠する反董卓連合。うん、逆に考えるんだ。味方にはチート武将がたくさんいるんだから、自分でなんとかしなくていい、と。曹操とか劉備とか孫権とか。夏候惇とか夏侯淵とか郭嘉とか典韋とか趙雲とか馬超とか陸遜とか他にも色々!

 まあ、俺はこれで今の立ち位置が気に入っているのさ。そう。

 ――袁家の武将。紀霊という、今を。

 死亡フラグ?知らんなあ――。


3一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:43:36.41ZNYvTW3Oo (3/10)

 さて、紀霊と呼ばれる自分。そして漢朝が天下を差配するという現実。つまりまあ、自分はいわゆる三国志と言われる時代にいるのだろうと認識する。そして、それは俺の未来が暗澹たるものになるということ。
 そこまで三国志に詳しい知識はないのだが、紀霊――俺が呼ばれる名前――という武将は三国志序盤から中盤あたりで張飛にずんばらりんと切り殺されていたはずだ。くそ!なんて時代だ!だが、戦わなきゃ、現実と!
 つか、マジでこの先生きのこるために尽力せんとお先真っ暗であるのだ。俺の仕える袁家というのは北方の名門で相当な勢力であるのだが、敵対したのがあの曹操である。分かり易く言うと戦国時代の織田家とやりあう羽目になるということである。つまり役柄は今川ってか!死亡フラグおかわりありがとうございますとでも言えばええんか!
 ――まあ、とりあえずまだ幼児の身ではあるがやれることはやっとかんとなあ。

「二郎様ー。お待ちくださいってば!」

 ち、かぎつけられたか。

「陳蘭、逃げやしねえよ!だから俺のことはほっといてくれよ!」
「もう、また勝手な!私は二郎様のお守り役なのですから!」

 ふんす、と鼻息も荒く俺の前に現れたのは陳蘭。本人が言うように俺のお守り役である。くそ、俺より数年の年長であるという体躯的な優越を駆使して悉く俺の前に立ちはだかるのだ。いや、お役目を真面目に果たしているというのは分かってるのだが。

「二郎様!今日と言う今日はもう、逃がしませんからね!」

 なお、二郎というのは俺の真名、と言う奴だ。何でも神聖なもので、勝手にその真名を呼んだら殺されても文句は言えないという物騒なものらしい。字あざなと諱いみなを足したようなものだろうと理解している。まあ、俺がその真名を二郎としたのにそこまで深い理由はない。前世――と言うかリーマンだったころの本名がそれであるから、だ。無論そんなことを言えるはずもなく、中華に伝わる神話の英雄的な二郎神君からあやかったということにしてある。
 ――よく考えると、日本人的には「スサノオ」とか「ヤマトタケル」を名乗ったみたいなもんかと悶えたこともあるのだが。周りで飛び交う真名がもっとキラキラしているのを知って吹っ切れた。なお、俺のとーちゃんの真名は一郎だからまあ、嫡子たる俺が二郎であること。なにもおかしなことはない。
 などと思いながら陳蘭から逃亡していたのだが、突如として足が大地から離れて空を蹴ることになる。

「こら、ぼうや。駄目でしょ、陳蘭を困らせたら」
「あ、ねーちゃん」

 ぶらーんと。襟首を掴まれてしまっては幼児である俺に何かできるはずもないし、この体勢で暴れてもどうにもならないから大人しくするが吉である。長いモノには巻かれるべきであるというのが俺の保身術である。
 俺を力づくで――傍目には微笑ましい光景なのだろうなあ――拘束するのは。

「あ、麹義様!その、二郎様は何もわるくありません!わたしが目を離しちゃっただけで・・・。なにもされてませんから!」

 ぷるぷると震えながら、涙目で俺を解放するように必死に訴える陳蘭である。うおう。込み上げる罪悪感。
 そして容易く俺を拘束してニヤニヤとしてるのは麹義のねーちゃん。俺が産まれる前に勃発した匈奴の大侵攻から漢朝を救った袁家の宿将、生きる伝説その人である。

「あら、二郎?おいたは、駄目よって言わなかったかしら?」

 にこにこ、とほほ笑むねーちゃんはすこぶるつきの美人さんである。だが、顔の半分くらいが火傷のケロイドに覆われており、その美醜のアンバランスさが奇妙な威圧感をかもしだすのだ――。

「書庫に籠るだけだし、悪さとか別にするつもりないし」

 その容貌とか肩書に恐れ入る俺ではない。何となれば、だ。とーちゃん――これまた対匈奴戦の英雄らしい――と古くからの知己であり、物心つく前から俺を可愛がってくれてたからなあ。かーちゃんだと思ってたよ。ガチで。一度かーちゃんと呼んだら実に微妙な顔をされてしまった。それ以来、ねーちゃんと呼んでいる。

「へえ?じゃあ別に陳蘭が一緒にいてもなにも不都合はないわよね?」

 ぐぬぬ。その通りなのだが。俺がしたいのは書物の紐を解くことではなくってだ。これからの行動指針なり、事業計画書の作成だったりするからできることならば人目を避けたかったのだよなあ。とも言えず。

「いや、陳蘭が追っかけてくるからその。ちょっと楽しくって」

 ここは無邪気な子供アピールである。

「へえ……?それはよかったわね、陳蘭。二郎は貴女と遊ぶのが楽しくってしょうがないらしいわよ?」

 くすくすと笑みをこぼす麹義のねーちゃんと頬を赤らめる陳蘭。なのだが。

「二郎も、陳蘭と離ればなれは、嫌よね?」

 にこにこと。

「そ。そりゃあ、勿論」
「だったらわきまえることね」

 ツン、と俺の鼻っ柱を弾くのだが。その動きを俺は感知できず、ただ衝撃のみを受ける。これが、匈奴とやりあった英雄のスペックか!

 そうして俺は決心した。というか理解した。英雄豪傑入り乱れる三国志で俺は雑魚でしかいないと。そこで俺がこの先生きのこるにはどうすればいいか、と。

 答えは簡単である。

「――三国志なんて、始めさせるものかよ」

 だから、これは俺の反逆の物語。英雄英傑がその真髄を発揮する場なぞくれてやらん。
 つまり、俺は抗うのだ。時代の、流れに。

「二郎さま!やっと見つけました!」

 えへへ、と笑う陳蘭にばきべき、と濁音が響く程度の拘束を受けながら俺はそんなことを思っていたのである。
 いや、痛い痛い痛い痛い。マジ痛いんですけど!この子すごい怪力なんですけど!


4一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:44:34.78ZNYvTW3Oo (4/10)

「じ、二郎様、ごめんなさい!」

 涙目な陳蘭をどうどう、と宥める。そう、陳蘭の怪力ベアハッグにて俺は意識を失う寸前までいったのである。或いは逝ってたかもしれんな、とも思う。うむ、力こそパワーということである。

「いいって。もとはと言えば陳蘭から逃げてた俺も悪いしな」

 そりゃあ、守り役がその守護すべき対象を見失ったら責任問題であろう。陳蘭が必死になるのもむべなるかな、である。ひらひら、と手を振り重ねて気にしないように言う。
 しかしまあ、肉体的なスペックはおいといて、少しは鍛えんといかんなあとか思うのである。幼女に膂力でぼろ負けとか――。いや、俺も幼児ではあるのだがね。責めるでなく、色々と納得してもらった。
 というのが半刻前のこと。せっせと書庫にて筆を握る俺に興味津々とばかりに尋ねてくる。

「で、二郎様、何を書かれているのですか?」

 今泣いたカラスがもう笑ったとばかりに明るく陳蘭が聞いてくる。まあ、書庫なんぞ幼女にはヒマなだけだろうからな。図書館みたいに絵本とかあるわけないし、読み聞かせイベントもないし。むしろよくも半刻も大人しくしていたと言うべきか。

「ふむ。事業計画書をちょっとな」
「ふぇ?」

 さて、三国志を始めさせないと内心誓った俺ではある。では、どうすればそれが果たされるというかという話である。色々と細かい話は置いといて、乱が起きるその理由と言うのはただ一つ。

「まずは食わせろ。孔子様もおっしゃってるしな。陳蘭もひもじいのは嫌だろ?」
「は、はい!おなかがすくのは、やです!」

 だからと言って食べる量を減らすなんてのはナンセンス。つまり俺が目指すのは食糧増産。そのための事業計画書をでっちあげようとしているのである。とは言え、俺の頭に農業の専門知識があるというかと言うとそうではない。せいぜいが教科書レベルの歴史、そしてそのキーワードくらい。

「草木灰、備中ぐわ、千歯こき・・・」
「ふぇ?」

 非常に心もとないが、それでも西暦200年には届いていないであろう現段階では相当先進的な知識であるはずだ。そしてそれは俺がたくらむ農業改革の一端でしかない。本丸は効率的な苗の間隔、水やり、収穫のタイミングなどのノウハウの共有化なのだから。
 とにもかくにも食糧増産、である。幸いにして俺が所属する袁家が根拠地とする華北の地は中華が誇る穀倉地帯。効果が割合的には多少であっても母数が莫大だからな。こうかはばつぐんだ!となるはずである。
 と、陳蘭相手に力説してみる。当然帰ってくる反応は疑問符であるのだが。

「ほう、中々に興味深いのう。じゃが、それだけの知識、どこで得た?」

 そのような問いも想定の範囲内。欺瞞工作バッチこいである。

「そりゃあれよ。神農って知ってるか?」
「ふむ、古代の神仙。確か食べられる草と毒を自ら口にして区別した方、じゃな」
「そうそう。その神農様のありがたーいお言葉を記した書物が紀家の書庫にあったのを見つけてね。農徳書って」
「ふむ?じゃが紀家の書庫は先日不審火で全滅したじゃろう」
「そうそう。だからまあ、覚えている内容だけでも忘れないうちに書きつけといて、どうせだから実践してみようかな、って」

 というアンダーカバー的な――。ん?陳蘭ってこんなにじじくさいしゃべりだったっけ?と思って陳蘭を見ると、ぷるぷると震えており。その視線の先にぎぎぎ、と首を向けると。

「ん?どうした?続きを聞かせんか。中々に面白いことを囀る」

 そこには、白髪を長く伸ばして三つ編みにまとめた、筋骨隆々の、老人がいた。

 え。

 だ、誰--?

 そんな俺の内心を読んだかのごとく、老人は呵呵大笑する。

「む、名乗りがまだじゃったか。儂の名は田豊。今後ともよろしくな、紀家の麒麟児よ」

 にかり、といい笑顔でそんなことをおっしゃりやがりましたよー!

 そして軽くパニックになりながら現状を確認する。よし、大丈夫。多分致命的なことは口走っていない。ここまではOK。しかしてこの面前にいて圧倒的な存在感を放つ老人について考えよう。正直逃げ出したい気分だけんども。
 田豊。さほど三国志に詳しくない俺でも予備知識として知っている名前であり、これまでの生活でも耳にしている。すなわち、だ。ねーちゃんが袁家の武の要であるとすれば目の前の田豊と名乗った老人こそが文の要。そして俺の知る知識に於いてはこの老人の献策を袁紹は受け入れず、その結果として袁家は曹操に敗北することになるのだ。
 つまり、袁家にとっては鬱フラグブレイカーの一人であることは間違いなく、いずれは接触しようとしていたVIPの一人。こんなシチュエーションでドキがムネムネしてしまったがこれは存外な幸運とも言える。これは奇貨とせねばならん。袁家没落を防ぐために!そして俺の安寧な老後のために!
 故に頭を切り替える。企画書作成途中でプレゼンに臨まねばならないことなぞ幾度もあった。準備万端なプレゼン、商談なんぞ甘えである。突発的なイベントから企画をねじこむことこそ営業の本領。本来であればとーちゃんのコネを頼って袁家に波及させようとしていた事象。例えここでとちってもリカバリは効く。そしてプレゼンテイターたる俺は幼児であるからしてプレゼン内容には下駄を履かせてくれるだろう。なればローリスクハイリターン。
 男は度胸。なんだってやってみるもんさと偉い人も言っている。レッツ ショータイム!である。


5一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:45:11.09ZNYvTW3Oo (5/10)

 神童と言い、麒麟児と言う。随分と麹義が可愛がり、自慢する紀家の嫡男。それがどれだけのものか、と知己を得るだけのはずであったはずなのだがな、と田豊は内心苦笑しながら紀霊の説く計画について吟味する。
 いくつかの農具と農法。田豊も聞いたことのないそれは神農が記したという書物にあったものという。袁家の軍師として名著には通じているという、自らの記憶にもないその書に首を傾げる。
が、始皇帝の焚書以降多くの書物は散逸し、紛失されている。かの太公望が記したという六韜すら名前しか伝わっていないのだ。まあ、そういうことなのだろうと田豊は頭を切り替える。重要なのはそこではない。
 突飛な知識なぞはまあ、若気の至り、或いは失われた知識を発掘したということで終わりである。だが、と思う。手柄に逸る若人から出されたとは思えないその骨子に田豊は違和感を覚える。
 若手の武官や官僚に多い、手柄を誇るその功名心――これはこれで組織の活性化に好ましいものである――とは一線を画している。いや、異質と言っていいだろう。

「まあ、実際その有効性というのは膨大な試験において検討せねばならないかと」

 農作物それぞれにおいて、水遣り、種植えの時期、間隔、それらは現在実際に農作業に当たる民の習慣、勘で為されている。それを膨大な組み合わせに於いて効率化を図る、と。それを為す、と。

「や、袁家の誇る官僚団。遊ばせておくことはないかと思うのですよね」

 しれっとそのようなことを嘯く。確かに、匈奴の脅威は近年では遠く。緊急の動員もない。名門袁家に仕える官僚はその有能さを内部の権力闘争に注いでいたのが近年の懸案事項ではあったのだ。

「なにせ、古代の書でありますから失敗もやむなきことかと。むしろ各事例の集計、分析。そしてそれを加味しての改良こそが大事かと」

 紀霊としては、PDCAサイクルにちょっと味付けをしただけのつもりではあったがそれは思いのほか大きなインパクトを田豊に与えた。

「なるほどな」

 紀霊の視線はあくまで遠くを見つめ、それでいてその歩みはいっそ物足りないくらいに堅実である。何より、若輩の身でありながら人を使うというその姿勢が頼もしいではないか。思いの外、袁家は次代の人材に恵まれているのかもしらん。そう思い田豊は紀霊の計画に一部修正を加え、実行に移す。

――即ち、紀家ではなく、袁家が紀霊の提案たる実験を実施するということ。そして、この決定がただでさえ隆盛な袁家の力を特盛にすることになるのである。


6一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:46:17.58ZNYvTW3Oo (6/10)

「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおお!」

 渾身の雄叫びと共に握りしめた木剣を丸太に叩きつける。腹の底から放ち、喉を枯らすそれはもはや絶叫といっていい。むしろ猿叫か。
 更に連撃を叩きこむ。全身の筋肉の悲鳴を無視して、打つ、打つ、打つ。無酸素運動の稼働限界を越え筋肉が悲鳴を上げても尚、打つ。打つのだ。

 ぜえ、ぜえと呼吸が困難になり、意識に靄がかかるまでに打ち尽くす。それが俺の毎日の鍛錬である。三国志、つまり戦乱を防ぐと内心誓ったとしてそれが果たされるかどうかは別問題。ならば鍛えておかねば、というのはごくごく自然な発想である。
 そして、実践というか、実戦において猛威を振るったあの流派を俺は選んだ。いや、この時代、まともな武術とか流派とかないからね?
 そしてあの流派――(みんな大好き)示現流についてはちょいと道場に通ったこともあるしな!
 まあ、幼児のうちから立木打ちとかのトレーニングをしとけばきっといっぱしの戦闘力を身に付けているはずである、とか思いながらもひたすらに打つのだ。打つのである。努力はきっと裏切らない。といいな。

「二郎様、お疲れ様です・・・」

 ぜえぜえ、と息を切らす俺に陳蘭が水を持ってきてくれる。うん、生き返る。ぷはー、って感じ?
 だけんども実際、鍛錬したって気休めくらいなんだよなー。膂力で言ったら現状でも陳蘭には全然かなわんしね。とはいえ、白兵戦の能力を積み上げるのにこれ以上の鍛錬は思いつかなかった。俺が思うにこの鍛錬は自らの限界を越えてなお、相手を屠るためのもの。
 人は知らずにその振るう力にリミットを設けているという。それを取り払って発揮するのは非常時のみ。いわゆる「火事場の馬鹿力」というやつである。それを意識的に発揮することがこそが肝ではないのかな、と思うのである。いや、違うかもしれんけどね?そんなことを思いながらも腹の底から声を振り絞り、限界まで力を振るう。

 そんな感じで鍛錬に励む俺に思いもよらぬところから呼び出しがかかる。呼び出しの主は袁逢様。つまり、現在の袁家のご当主さまである。むむむ。まあ、否やはないのであるんだけどね。

「そんなに緊張しないで欲しいわね?」

 くすくすと優雅にほほ笑む袁逢様。そのエレガントなお姿に俺は心服するほかはない。只でさえ美人な袁逢様がエレガントなのである。これは何を言われてもハイかyesで応えるしかないじゃないですか!

「噂は聞いているわよ?紀家の麒麟児、神童、って」

 神童、長じれば凡人。はい、俺のことですね分かります。ちょっとなんか前世的な記憶によって早熟なだけなんだけどもね。もう数年したら三国志に巣食う天才、秀才、英傑、豪傑あたりがデビューするはずである。そしたら俺なんぞ普通に凡人ですだよ。やだー。

「過分な評価恐れ入ります。ですがこの身は非才故、皆の助力に頼っております」
「あら、余計なこと言っちゃったかしら。ごめんなさいね?」

 くすり、と微笑の袁逢様マジ天使。である。

「ほんと、田豊が言うのはほんとね。貴方のお父上もそうだったけど、お話ししてて安心できるのよね」

 なお、話題に上がった俺のとーちゃんはろくすっぽ政務をしていない。時折地方に出向いて歓待されるのがお仕事である。紀家の当主は俺のあこがれの役職である。とーちゃんマジ尊敬、リスペクトである。そんな地位を手放してなるものかよ!なんもなければ普通に相続できるんだし!
 という訳で、俺の目標はとーちゃんの跡目を相続すること。そしてそのためには袁家には隆盛でいてもらわんといかん。そのために全力でマッハなのだ。

「いえ、父や師父に比べると。いや、本当に非才だなと忸怩たる思いの毎日です」

 実際、俺のスペックはどう考えても凡人の範囲を逸脱できんしな。まあ、袁家というバックボーンや所々のコネがあるだけ恵まれているだろう。

「あらあら。紀家の麒麟児というのだからもっと尖っているのだと思ってたのだけれどもね」

 くすくす、とほほ笑む袁逢様マジ包容力Maxである。

「まあいいわ。紀霊。今日は貴方にこの子を任せたいと思ってたのよ」

 袁逢様は胸に抱いていた幼児を俺に示す。

「真名を麗羽、と言うの。この子をよろしくね?」

 真名。それは個人の友誼に大いに関わるが故にこうして関係性をあらかじめ結ぶためにも用いられる。政治、というやつだ。
 名門である袁家においてはそれくらいの腹芸はそこかしこで交わされている。まあ、袁逢様直々のお声かけということはとーちゃんやねーちゃんも了解済みのことだろう。
 はあ、時の抜けた返事をする。袁逢様の豊かな胸に抱かれた麗羽様。目と目が合って――なにこの可愛い生き物。マジ可愛いんですけど。

「二郎です、麗羽様。末永くよろしくお願いしますね」

 どれどれ、とばかりに差し出した指をきゅ、と掴んで麗羽様がきゃっきゃと笑う。

「あらあら。もう仲良しさんなのね」

 袁逢様の言葉を耳にしながら俺は不思議な感動に身を震わせていた。無条件にこちらを慕ってくる笑顔。その笑顔。守りたい、この笑顔。
 俺はきっとこれを忘れることはないだろうな、と思った。そしてそれ故に覚悟を決めるのだ。もう一度。
 ――三国志なんぞ、やらせはしないぜ、と。


7一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:47:26.82ZNYvTW3Oo (7/10)


「ふぇえ・・・緊張しました・・・」

 まあ、袁家当主といきなりの面接とか陳蘭にしたら気が気ではなかったろう。当事者ではなかったとしてもね。陳蘭がここまでプレッシャーを受けるのもやむなしである。袁家は四世三公の名門だからして。
 そして武の名門として北方の盾となり数世代にわたり土着している。これがもたらすのは圧倒的な安定。そして発展。そして継続は力なり。豊かな資金により社会資本への投資が行われ、それが継続され蓄積される。

「社会資本、ですか?」

 俺が漏らした呟きを耳にして陳蘭が不思議そうに問うてくる。いわゆるインフラストラクチュアのことだ。後世――俺の中の人の時代で言う所の電気ガス水道や、道やら港湾やら。そういう民間では整備できない施設。ライフラインと言ってもいい。

「まあ、公共投資でないと整備できない――まあ、便利な施設ってことだな」
「は、はい。便利な施設。ありがたいです。お姉ちゃんが言ってました。袁家領内はとっても恵まれているって」

 ここで重要なのはその施設を造るのも、運用するのも人の手がいるということである。袁家の強みとは、そういった分厚い人材の層であると思うのだ。俺のあれやこれやの案も世慣れた官僚あってのことである。まあ、その官僚をまとめている田豊様マジ辣腕って感じ。

「まあ田豊様がいるからこそ俺も色々と提案できたってとこはあるよな」
「ふぇ?」
「いや。あれやこれやと思い付きを提案しているけどさ。明らかに駄目なものは除外するだろうし、惜しい案があったならば添削してくれるだろうって、な」

 何にしても方針としては富国強兵待ったなし、である。常備軍には金がかかるからな!それに糧食不足での敗戦とかは、将来前線組になるであろう俺看過できない。
 まあ、ここらへんは割と安心している。史実でも袁家は兵站についてはしっかりしていたからな。――兵糧の集積地をやられたらしゃあない。しゃあないと思うんよ。
 それさえなければ袁家は天下統一とまではいかずともいい線いってたはずなのだ。

「くく、袁家の栄光まったなし。そして俺は平穏無事に人生を終えるのだぜ――」

 早期リタイア。そして晴耕雨読どころか晴読雨読の高等遊民生活はじまるよー!である。


8一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:47:54.15ZNYvTW3Oo (8/10)

「じ、二郎様なら大丈夫だって思います!あの田豊様も誉めてらっしゃいましたし!」

 まあ、田豊様の後ろ盾的なものは大変ありがたいのだが。そう。だが、なのである。

「田豊様と紀家が結んだとなれば、荒れるぞ・・・」

 呟く俺の言に陳蘭が狼狽える。

「ふぇ?どういうことですか?」
「田豊様は袁逢様の守役だったこともあって信頼が篤い。能力も化物的に優秀というか、飛びぬけているから政権の運営にも大過ない。だがそれだけに敵も多い」
「そ、そうなんですか?」

 袁家の派閥闘争は根が深い。毒殺暗殺ハニートラップなんでもありだ。

「だから逆に紀家の武力を背後に持ったという意味合いの方が大きいんだな」
「え、それじゃ・・・二郎さまが利用されるってことですか?」
「もちろん利点も大きいがね。こちらだけが恩恵を受けるわけではないってことさ」

 田豊様に危害を加えたら紀家の武力が火を噴くぜ!ってことである。

「武力的裏づけは官僚にはないからな。それが持ってしまったんだ。安易に手は出せないだろうさ。
 もちろん袁逢様がいらっしゃるうちはいいんだが、あの方身体が丈夫じゃあないからな」

「ふぇ・・・そうなんですか」

「恐らく、だ。麗羽さまの後見人として田豊様が指名されるだろう。それを他の奴らが黙っている訳がない。下手したら血みどろの政争になる。そのために先手を打ったんだろうさ」

 袁家の知恵袋は、伊達じゃない。

「袁逢様もそこらへん分かってるから俺と麗羽様を近づけようとしたんだろうな」

 だからこそ、袁逢様は自らいらっしゃったのだ。袁家は名門故に闇も深い。麗羽様だってその地位は安泰ではないのだ。だから、袁逢様は麗羽様と俺を近づけようとしたのだろう。
 そして、恐らく田豊様はそれに待ったをかけたのだ。最近の田豊様からの引き合いの強さがそれを裏付ける。あからさまなその動き。それには頭が下がるよ。

「ふぇ?なんでです?」
「袁逢様の死後、田豊様に権限が集中されるだろうからな。だから粛清対象は袁逢様や麗羽様ではなく、田豊様となったのさ」

 その忠義には頭が下がるね、ほんと。

「他の武家も袁逢様が麗羽様に武家の後ろ盾が欲しいというのは分かってるだろう。
 文、顔あたりが接触するはずだ。張は代々諜報畑だから距離を取るだろうし、
 バランスを取って両家から一人ずつ側近を派遣というあたりかな」

 あわわ、と混乱する陳蘭に心から同意する。政治、てやつに関わりたくないものだよね。

「まあ、麗羽様が袁家を継ぐという路線はできたっぽいからそれでいいか」
「そうですね。袁紹様。とってもお可愛くらっしゃいましたもんね」

 えっ?

「袁紹様。だと・・・?」

 そういや、三国志における袁家のキーパーソンはその人ですよねぇ。
 だが、ちょっと待て。誰それ聞いてない。

「麗羽様と袁紹様。くそ!どうすりゃいいんだ!」

 権力の集中は腐敗まっしぐらで世紀末フラグ特盛である。

「あの・・・。袁紹様の真名って、ご確認されました?」

 そんな陳蘭の言葉で俺は煩悶することになる。

「ちょっと待て。何で袁紹様の真名が麗羽様なの?わけがわからないよ」

 ねえ。俺の知ってる三国志となんか違うんだけど。違うんだけど。


9一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 21:49:01.64ZNYvTW3Oo (9/10)

ひとまず本日ここまですー


10以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/20(火) 21:56:15.68g23dNirUO (1/1)

乙です


11以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/20(火) 22:01:20.21zeeCMAKU0 (1/1)

乙!
リライト版のスレも立ったことだし3周目行ってくる


12一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/20(火) 22:09:15.38ZNYvTW3Oo (10/10)

反応早すぎやしませんかねえ・・・(困惑)

それはそうと前スレでお勧めSS紹介してくる(暗黒微笑)


13以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/21(水) 06:01:48.50+NGWW4flo (1/1)

おかえりー(違
ども、沖縄さんですよー
祝リライト開始、またビクンビクンしながら読んじゃう


14以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/21(水) 14:45:05.822sokRABz0 (1/1)

おや…ここからリライトですか、てっきり前スレの続きからかと思いましたが
またあの姐御のシーンを見れると思うと今からビクンビクン白目モノデスヨ


15以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/22(木) 19:40:40.14/6+P6tmAo (1/1)

さて、何周目か忘れたがまだまだ周回せねば


16以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [さ] 2015/10/24(土) 04:40:14.80dA+npYjd0 (1/1)

おぉ、新スレたってましたか~お疲れさまです。


17一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:19:58.37h5OebsGno (1/8)

>>13
沖縄さん!申し訳ない沖縄さんじゃないか!
いあ、今作でもあんまり変わらないんじゃないかなあとおもうのですけどねw
筆の滑りにご期待ください!

>>14
そこまであ!

>>15
ありがとうです。
まだだ、まだ終わらんよ!

>>16
最近忙しいので、中々進めないのですけどね。。。
いや、粗もありましたけど、一旦完結させておいてよかったと思っておりますw


18一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:22:47.80h5OebsGno (2/8)

「しかし、やってくれたわね」
「ふむ。我ながら会心の一手であったと思うがな」

 その言葉に麗人は苦笑する。顔の半分を覆う火傷の痕。それがその笑みの凄味を増しているが、相対する人物は毛ほども気にしない。
 余人を交えず、一室で相対しているのは麹義と田豊。袁家を支える武と文のトップである。その二人が護衛もなく相対するのはよほどのことである。

「まあ、今回は譲るわよ。流石にあの子があんなことを考えていたなんて分からなかったしね」
「儂とてそうよ。たまさかに、一度紀家の跡継ぎを見ておこう。それだけのはずだったのよ。それがどうしてどうして。まさかこの中華全土を視野に入れているとはな。
 あれはまさしく麒麟児。いずれ鵬のごとく羽ばたくであろうよ。儂の弟子なだけのことはある」
「待ちなさいな、二郎は私が育てたのよ?そこは譲れないわねぇ」

 両者が数瞬睨み合い、互いに苦笑する。

「――あの子はどうやら中華に乱があることを確信しているようよ」
「成程のう。そこに至るか、あの年で」

 田豊の額に深い皺が刻まれる。漢朝の現在と未来。それはけして明るいモノではない。宦官が実権を握り、私欲の限りを尽くしている。その対抗馬は何進。肉屋の倅と揶揄される諸人である。妹を今上帝に差し出して地歩を固めつつあると聞く。大将軍という埒外の地位を望み、それを得るのも遠い未来ではないであろう。
 そして財政難。その対策が売官という救いのなさよ。宦官の養子が三公の一席を買うなどという異常事態。漢朝の未来はどう考えても淀んでいるのだ。袁家が北方の盾として洛陽から距離をとりつつあるのもそれが故である。
 中央の政争に関わってられるか、というのが最前線の武家の考えである。

「ほんと、あの子は先が見えすぎるみたいね」
「その分、足元が疎かじゃな。危なっかしいことこの上ないわい」

 憮然とした田豊に麹義は深く同意する。

「そうね。あの子はとっても利発よ。だからもう、そのために何をするか分かっている。それで動いた。で、田豊?あの子の視野を足元に向けせさせるのかしら?」

 含みを持たせた麹義の言に田豊はニヤリ、と笑みを浮かべる。

「愚問よな。鵬は天高く羽ばたくものよ。足元がおろそか?そのような雑事は置き捨てるがよいだろうよ。むしろ高みを目指してもらわんと困る。まあ、足を引っ張る有象無象は沸くじゃろうがな」
「露払いは私たちの仕事。それはいいのよ。でも、いつまでも私たちが出張るわけにもいかないでしょう?」
「そうよな。その通りよ。だから、沮授を付けようと思っておる」

 ふむ、と麹義は黙り込む。妻も娶らず、派閥も作らぬ孤高の田豊。その彼が引き取ったという俊才。田豊の後継者として英才教育を受けているその名を麹義も知っていた。

「へえ、大盤振る舞いね」
「賭けるべきじゃと思うのよな。袁胤殿は洛陽に近すぎる。次代の袁家は麗羽様のもと、武家四家、袁家官僚も付き従うべし。
 かつて――あの乱の時にできたことをこの平時にできるやもしらんと思うのは甘いと思うか?」
「甘いと思うわよ。まあ、楽しみなことだけれどもね。
 ――でもね、その賭け、乗るわよ?全力でね。
 勿論協力は惜しまないわ」

 くすり、と笑いを漏らした麹義はこほん、と咳払いをする。そして全身に覇気を漲らせて喝破する。そう、ここからはあくまで対立する文武のトップとしての体裁。
 組織に緊張感をもたらすためにも、彼らは激しく対立していなければならないのだ。そしてそれを緩和し、習合させるのは自分たちの役割ではない。
 だから麹義は全身で吠えるのだ。

「ふざけるなよ田豊!貴様何様のつもりだ!紀家の小倅を抱き込み軍部に唾を付けるつもりか?それはいささか越権行為が過ぎるというものだ。身の程を知れ!」

 並の人物ならば心臓発作を起こしそうなほどの麹義の覇気に田豊は小揺るぎもしない。にまり、と口元を歪めて吠える。

「ふはははは!だから貴様は阿呆なのだ!袁家は一つにまとまるべきなのだよ!その旗印に麗羽様!それを支えるのは二郎しかあるまいよ。なにせ、貴様も儂も紀家には大きな借りがあるでな!
 あの匈奴大戦での最大殊勲は紀家よ。匈奴の汗ハーンを討ち取った紀家。その功に報えたかというと否!絶対に否!」

 実際、袁家の表も裏も仕切るのは紀家であるはずだったのである。しかし、匈奴の汗を討ち取り見事生還した紀家当主。彼が廃人同様であったからそれは見送られてしまっていた。それを好機、と思うほどに両者の心根は腐ってはいない。
 その嫡子。彼に全てを押し付けるつもりはない。だが、その器は麹義と田豊が共に認めるほどのもの。ならば我らは踏み台となろうというものである。喜んで。

「ふざけるなよ田豊!浅知恵で二郎を政争の具とするか!麗羽様との一件も貴様の入れ知恵か!そういうのをな、余計なお世話というのだ。引っ込んでろ!二郎はすぐにでも軍務に就かせるからな!」
「おうおう。吼える、吠えることよのう。虚しくならんかね。二郎の施策は儂の施策。刻すでに遅しということよ。残念じゃったのう」

 かんらかんらと呵呵大笑しながら田豊は更に煽っていく。ブックありきとは言えそれぞれに本音のぶつかり合い。そこに遠慮斟酌なんぞ介在しない。室の外で控える文官武官が身を竦めるほどにその気迫は激しくほとばしる。

「は?聞こえんなあ。もう一度その口を開いてみろ。二郎は私が育てた。譲る訳にはいかんな」

 麹義の口元が凶悪に歪む。そして売り言葉には買い言葉。

「は、儂の弟子をよくもまあ囲い込もうとする!女の妄執というのは度し難いものよな!」

 袁家のお家芸である派閥争い。袁家において緊張状態にあった軍と官僚の亀裂。この時期が最も高まった。と言われている。


19一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:24:13.05h5OebsGno (3/8)


「と言う訳で、よろしくお願いしますね」

 にこやかに挨拶かましてくれるのは沮授。田豊師匠の一番弟子であり、将来の袁家の幹部候補生の筆頭である秀才である。K●EIのゲームでも知力90後半あるくらいの傑物であり、いずれ友誼を結ばなければいけないと思っていたキーキャラでもある。それが向こうから来てくれたのだ。拒む理由はない。

「こちらこそ、ドーモよろしく」

 実際挨拶は大事。だが、なんで?と思う。

「おや、信用できませんか?別にそれでもいいですけどね?」
「んー。あれか、ねーちゃんと師匠からのお目付け役ってことか?」
「いやあ、どちらかと言うと転ばぬ先の杖。その杖ってとこですね。
 いやあ、実際転ぶことはできないでしょう?ですから便利に使い潰してくれればよいのではないかと思うのですが」
「その笑顔が胡散臭いことこの上ないんだが・・・」
「それを面と向かって言うのもどうかと思いますよ」

 くすくすとおかしげに笑みを漏らす。いや、徹頭徹尾笑顔を崩さない。俺と同年くらい。それでこの肝の据わり様。これは間違いなく傑物ですわ。いや。その扱いをどうしようかというのは思うのだけれどもね。
 戸惑う俺を見て沮授は耳元で囁く。

「さて、農徳書。その施策は素晴らしいもの。だとしても君個人でやるのはいかにもまずいです。これまで袁家は武家が政治に口を出すのはご法度。まあ、偶然とはいえそれを察知した田豊様はそれを自らの施策であると抱き込んだのですよ?」

 む。む?

「うわ。うわあああああ。うわあ」

 やってもうてた。やってもうたんか俺ってば。既得権益に突っ込むとか。――いや、それを考えなかった俺の未熟さよ!

「これはねーちゃんと師匠に足を向けて寝られないなあ」
「おや、随分殊勝なのですねえ。もっと尖っていると思っていたのですが」
「ふざけんな。俺が隠居することで丸く収まるならばいつでも隠居してやるよ」

 むしろwelcomeな展開ではあるのだがね。そうもいかん。安寧な老後を迎えるにはこの時代とその行く末はアカンのだ。アカンのだよ。マジで。

「これは失礼。しかし、反省されているようですが、後悔してますか?」

 問う沮授の視線が鋭い。にこやかに笑いつつ、視線で刺す。なにそれカッコいい。

「いんや。後悔なんてしてないさ。するものかよ。絶対に必要だからな、食糧の増産は特にな。そして農徳書の理を利に転換する膨大な凡例。それこそが大事なんだよ。そうだな。来季の報告書を添付して内容を改訂しよう。題名も農徳新書、ってな」

 どっかにいるであろう曹操への嫌がらせとどっかにいるかもしれない奴への牽制である。だが、PDCAサイクルについては本気で根付かせようと思っている。2000年経っても報告書への粉飾なんてのはありふれているのだからして。この時代なんてお察しである。
 実際農産物の収穫なんてのは半分天候次第。それを言い訳にするのではなく、それを加味してどうやれば収穫が増えるかというのをきっちりと既知のものとしたいのよ。言い訳とか粉飾に使う官僚の能力を殖産に使うっていうのは当たり前だと思わんかね。

「そして食糧の増産。それはこの中華に必須さ。肥沃な袁家領内大地のこの北方の収穫。それがくしゃみをすれば中華全体が風邪をひく。所詮乱というのは食い詰めが起こすモノさ。
 だから、まずは食わせる」
「成程。孔子もそう言ってますね。衣食住。まずは食であると」
「そうよ。まず食わせるのが為政者の仕事だ、義務だ。それが出来ずして、何が政治家だよ!」

 っていつから口に出してたー!

「いや、割と最初から聞いてましたよ?」

 イヤー!グワー!

「ええと、姉ちゃんにも師匠にも言ったことないことなので、ね?」
「ええ、わきまえていますよ。そして、大したものだ、と思うのですよ。実際、僕にはそこまでの発想はありませんでしたし。
 実際、僕は驚愕しているのですよ?この際だから聞いておきましょう。二郎くん、と真名をお呼びしても?」

 むしろウェルカムである。はいとyesで応えた俺に沮授はにこり、と笑う。

「では、よろしくお願いしますね、二郎君」

 これが、生涯の友である沮授とのファーストコンタクトであった。


20一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:26:52.39h5OebsGno (4/8)

「ふむ。これ、すっげえ収穫増えてない?」

 沮授が持ってきた資料を斜め読みした限りでは、今年の袁家領内での税収はメガ盛り。それは領内での農産物の豊作――それも桁違いの――が故である。

「そうですね。天候に恵まれましたが、それ以上に農作業の効率が上がったというのが大きいみたいですよ。
 お流石、と言っておきましょうか」

 くすり、と笑みを浮かべる沮授の顔かんばせはあくまで涼やか。どう見ても爽やか系イケメンです本当にありがとうございました。

「よせやい。道具や肥料を多少整えたくらいでこんなになるかよ。どう考えても民が頑張った成果だろうが。
 だからある程度還元させた方がいいんじゃね?」

 実は中華全土に目をやれば天災に事欠かない。南方では豪雨による洪水、西方では蝗害。だがしかし俺がいる袁家領内では特段の災害は報告されていない。
 とは言え、局所的な豪雨だったり旱魃はあってしかるもの。つまり、何らかの災害があっても天災と為さずに人為によって治めたということである。それは袁家の統治機構が健全に機能しているということである。
 いくら俺が農具やらなんやらを提案したと言ってもそんなに短期的な効果は上がるはずがない。俺の上申はノウハウの蓄積とその普遍化が主眼なのだからして。
 ――災害に合うのは為政者にその資格なしと天が怒っているという説がある。超一般的な解釈だ。しかし、それは逆なのだと俺は思う。災害なんていつもどこかで起こってるものだ。実際、それへの備えと対応がしっかりしていれば問題は最小化されるのだ。
 天災を治めて見せる。それこそが為政者の仕事だろう。まあ沮授には釈迦に説法だろうけんどもね。

「まあ、領内の運営が順調なのは間違いないのですが・・・」
「ん?どったの?」

 問う俺に、懸念するほどではないのですが、と断りを入れて沮授は。

「どうもこの頃、張家から上がってくる情報の質が落ちている気がするのです」

 張家。俺が所属する紀家、顔家、そして筆頭格である文家と並び袁家を支える四家の一つである。だがその役目は他とは大きく違う。携わるのは諜報、である。

「二郎君だから言うのですがね。このところの定点観測の報告の質がどうにも。
 異常なしとか状況に変化なしとか、無難なものが目立ってきているようなのですよ」

「世は全てこともなし、漢朝は安泰、袁家は繁栄。実に素晴らしいじゃねえか」

 くす、と沮授は笑みを漏らして。

「そうだったらいいのですがね。どうにも。過去十年くらいの張家の報告に目を通したのですが――いや、ひどいものなのですよ。最近のそれは」

 マジか。さらりと、とんでもないこと言ったぞこいつ。――まあ流石に全部に目を通したということではないのだろう。きっと。多分抽出法からの拡大推計って感じなのだろうが、それをやろうと思ってほんとにやるのが凄い。
 いやあ、敵に回したらいけないタイプの奴だな。媚を売りまくって友人ポジを確立させてよかったぜ!よかったぜ!
 実際気も合うし、打てば響きまくってくれるし。こいつが将来の政敵とかマジ勘弁である。政争とかしたら絶対負けるしな!

「まー、とりあえずは食料の備蓄強化だなあ。買い上げは順調かい?」
「ええ、じわりと低下傾向にあった米、麦、豆、粟などの穀物の価格は安定していますよ。
 備蓄のために購入しているのが効いている、と思いたいですね」
「ん、完全には価格の統制は無理だろうがな。豊作になったが価格が下落して農民が路頭に迷うとか洒落にならん。しばらくは注視しないとな」

 豊作貧乏、という言葉がある。豊作によって農産物の供給が過多になり、価値が下落。それを防ぐために袁家が買い支えをしているという訳である。

「ええ、そうですね。それと少しずつ他の農作物への転作の推奨も視野に入れないといけませんね」

 商品作物と言う奴だな。麻や綿花な繊維、藍みたいな染料とかそういう感じのやつだ。

「そうだな。だがまあ、しばらくは備蓄強化でいいだろ。財政も相当余裕あるんだろ?」
「ええ、金蔵の銭を束ねる紐が腐ってしまうくらいには」
「ふん、安物使ってんじゃねーだろな」
「いえいえ。最高級の絹糸ですよ」
「無駄にもほどがあるっちゅうの」

 顔を見合わせて笑い合う。俺がここ、田豊様の屋敷に入り浸っているというのにはこいつとの馬鹿トークを楽しみたいというのも大きなモチベーションだ。いや、田豊師匠って基本コワイからね。師事するのにやぶさかではないけれども。

「まあ、とりあえずはそんなとこか」

 うーんと伸びをして頭を切り替えていく。

「おや、もうそんな時刻ですか。今日も鍛錬を?」
「おう、田豊師匠には言ってるし、また場所借りるぜ」

 軍師とか言いながらも筋骨隆々な田豊師匠の私宅には割と立派な鍛錬場が整備されており、そこで汗を流すのが俺の日課である。努力は裏切らない!はずである。のだが。


21一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:30:36.77h5OebsGno (5/8)

「あの。大丈夫ですか?」

 ぜえ、ぜえと呼気を漏らす俺に陳蘭が心配げに声をかけてくる。

「み、水を頼む・・・」

 こひゅーと呼気を漏らしながらした俺のリクエストに弾かれたように身を翻して駆けだす陳蘭。おっかしいなー。俺と同じメニュー以上に身体をいじめていたはずなんだが。
 走り込みの後に立木打ち、おまけに筋トレのフルコースなのだが。息も絶え絶えな俺に対し、陳蘭は鼻歌混じり――とまではいかないまでも。

「くっそ。俺の基礎体力が足りないのか陳蘭がすげーのかどっちだっての」
「そんなの決まってます。わたしはおねーちゃんなんですから」

 えへんとばかりに胸を――薄いのは年齢のためであるはず――偉そうに張る陳蘭である。まあ、陳蘭は俺より年上であるしこの年代では女子の方が身体的には優位であるのは確定的に明らかであるのではあるが。
 悔しいモノは悔しいのである。

「じゃあ、実技だな」

 基礎的なスペックで及ばないのであれば技巧だ!

「この円周から出たり、膝から上を地面に付いたら負けな」

 ずり、ずりと適当に地面に円を描いて仕切り線を追加する。

「ふぁ、はい!」
「後ぐーで殴るのも駄目な。こぶしを痛めるから。張り手は許可」

 つまり、相撲というやつである。傍目には子供がじゃれ合っているようにしか見えないだろう。そして俺は未来の格闘スキルがどれだけ通用するか。
 俺、気になります!



「ふぁれ?きゃっ」
「妙技、外無双――」

 俺はまさに技の百貨店やでぇ!

「こ、こんどこそ!」
「絶技、肩透かし――っ!」

「掴み投げ!」
「上手出し投げ!」
「下手投げ!」
「切り返し!」

 きゅう、と根を上げた陳蘭が不平を漏らす。

「力じゃ私の方が強いのに・・・」

 だからこそ俺の適当な知識による技術、技が有効か知りたかったのだ。

「ふ、身体能力の差が、戦力の決定的差でないということだな」

 だが、気を抜けば逆転されていただろう。基礎スペックというのは偉大である。レベルを上げて物理で殴る。これ最強。

「うー、なんかずるいですー」

 そこで感じるずるさこそが技巧。俺の持つ数少ない優位点なんだよなあ。

「陳蘭も覚えればいいさ」

 そんなことを言いながら思う。体格が互角ならばうろ覚えの技術であっても十分通用する。技の再現も思ったより容易にできた。
 思えばテレビで見た相撲や柔道、レスリングなんかは超一流の洗練された技。少林寺拳法だって4-5世紀後に発生するのだ。つまり俺が見ていたのは言わばオーバーテクノロジー。それを俺は視聴していた。これは見稽古につながるのではないか。そう思って試したのだが、予想以上に体が動いてくれる。これは嬉しい誤算だったのだ。


22一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:31:03.50h5OebsGno (6/8)

「ふぅ・・・」

 大人げなく少女相手にいい汗をかいてしまった。柔道、プロレス、いろんな技を試した。某友情力がMaxな超人漫画の技の再現は無理だったな。ボクシングとか空手みたいな物騒なのは今度防具着用で試すか。
 幾人もの天才達が生涯をかけて昇華させた技の数々、使わせていただく。それが実在しても、しなくてもな!

「うう、二郎様にはかなわないです。わたし、おねえちゃんでお守り役なのに・・・」

 あれやこれやに付き合ってくれた陳蘭がそんなことを言う。何か語弊があるような、ないような。

「じ、二郎様のお守り役にわたしなんて。おやくにたてない・・・」

 ぐず、ぐずと湿っぽくなる陳蘭に戸惑う。

「や。陳蘭が俺の守り役を外れたら困る。ほんと困る」

 これはマジ話である。

「ふぇ?」

 不思議そうな顔の陳蘭であるが、彼女には正直感謝しているのだ。色々好きにさせてもらってるし。俊才とか言われる彼女の姉であったならばこうはいかないであろう(確信)。
 それはさておき、陳蘭の機嫌をとるべく俺は見え透いた一手を。

「ほら、美味しいものでも食べに行こうぜ」
「・・・今日も町に出るのですか?」

 今泣いた烏がもう笑った。陳蘭がにこやかにそう問うてくる。

「ああ、だからいつものように服の準備を頼むな」
「はーい」

 いつも着ている服は質素とはいえ流石に質がいい。もっと襤褸を着ないと良家の子供だってばれてしまう。流石に誘拐の危険は少ないが、町の実情とかを見るには都合が悪い。
 陳蘭に持ってきてもらった襤褸の服に着替えると、連れ立って町に出かけるのであった。
 息抜きマジ大事、実際。

 と、思っていたのであるが俺の完璧な計画は麗しい闖入者によって破綻することになる。

「きゃっ!袁紹さま、髪の毛引っ張っちゃだめです」
「きゃはは!きれい!ちんらんの髪、きれい!」

 後ろでは陳蘭が麗羽様のお守をしている。麗羽様は俺と陳蘭をいったりきたりでよく構ってくれアピールをしている。懐かれないどころか距離を置かれている沮授はちょっと寂しそうだ。
 ざまぁ。

「まあ、安心してください。流民が想定を越えて流入しても問題ないですよ」

 俺の懸念を先取りして沮授が言う。天災レベルの災害が地方で頻発している。そして袁家領内は安泰。さすれば流民が流れ込んでくるのは必定なのだ。これはもうしょうがない。漢朝は農民の移住を許していないが、だからと言って出戻らせたり収監するわけにもいかん。

「流民を受け容れつつ、備蓄を増やす。やれるか?」
「まあ、なんとかしますよ」
「さすがだなーあこがれちゃうなー」

 未だ公務とは無縁の俺とは違い、沮授は既に田豊様の補佐をしているのだ。無責任にあれこれ非公式なルートでぶちあげている俺とは違うのだよ。
 いや、これってすごいことよ?そしてあからさまに田豊師匠の後釜って感じの沮授に対する風向きは複雑だ。言ってみれば首席補佐官とか官房副長官的な地位にある沮授に対しては硬軟様々な圧力やらなんやらが押しかけているはずだ。
 できたら、少しでもこいつの助けになってたらいいなあ。精神的な意味だけでも、な。
 とか思ってたら気遣いしてくれたのか、沮授から話を振ってくる。


23一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:31:29.59h5OebsGno (7/8)

「そういえば、もうすぐでしたか」
「おうよ、ようやく軍務に就けるのさ。やっと、だよ」
「ここはおめでとう、と言っておくべきなんでしょうね」
「そうだな、他でもない沮授にそう言ってもらえると嬉しいな。
 まあ、一番嬉しいのはアレだけどな!うひひ!」

 どうにもにやにやと笑みが漏れてしまうが、やっぱりアレは欲しかったのだよ。神話の時代から語り継がれる紀家の至宝。匈奴の汗ハーンすら討ち取ったというそれ。

「三尖刀、ですか」
「おう、紀家の家宝にして至宝だ。欲しかったんだよなーこれ。
 これで俺も二郎真君に一歩近づいたな」

 そう。中華の神話の大英雄たる二郎真君。俺の真名のモデルでもある。三尖刀と哮天犬、そして変化の術を自在に操るそれはマジチート。西遊記で孫悟空が二郎真君と伍し、変化合戦の後に老子様にやられたというのはあれだ。二郎真君の強さを引き合いに出して猿の実力を誇示したということに他ならない。正直天帝の甥とかは後追い設定を盛りすぎだろとか思うのだが。

「まあ、形から入るのは間違ってないと思いますよ?」
「うるへー」

 そして、俺はもうすぐ紀家の一軍への参加が認められるのだ。武力の掌握。これは非常に重要だ。某大陸の強国とか半島の独裁国家の例を出すまでもなく、武力を掌握している政権はまず倒れない。
 俺が武家の座にこだわったのはこれも大きい。べ、別に座学が苦手だなんてことはないんだからね!

「じろー、だっこー」
「はいはい、麗羽様。仰せのとおりに。陳蘭お疲れな」
「うう、あちこち痛いです・・・」
「よーし、肩車しましょう、そして駆け出しましょう!」
「わー、高い!はやいー」
「二郎君!夕食は食べていかれるのでしょう?」

 問うてくる沮授に諾、とジェスチャーで応え。

「おー、大盛りで頼むな。かーらーのー加速装置!」
「わぁ!」
「ふぁ、あ、危ないですよぅ!」

 そんな、いつも通りのごくごく平穏な一日であったのだ。


24一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/27(火) 00:31:55.23h5OebsGno (8/8)

本日ここまでやねん

眠い


25以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/27(火) 01:02:46.38yz9N8YDHO (1/1)

乙です


26以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/27(火) 09:39:23.08nVWeLRcU0 (1/1)

乙ですね
>>某友情力がMaxな超人漫画の技の再現は無理だったな。
たしかバスターは現実プロレスに逆輸入されたんだっけ?再現できなかった技は…まさか三大奥義か!?


27以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/27(火) 23:05:11.1350y6zu4+o (1/1)

明らかに空飛べないと無理なんですがそれは・・・


28以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/28(水) 09:51:09.51QEvd1Qkf0 (1/1)

バスターは相手を捕まえた体勢から立ち上がって尻餅付く感じで出してたはず
冷静に考えたらあれ自分へのダメージもかなりのものだよな…それよりも問題はいったいどんな技を陳蘭にかけようとしたかだ
下手したら後遺症残るだろ、素人の関節技(打撃技なら大体再現可能だろうからほぼ間違いなく48の必殺技タイプを使おうとしたはず)


29一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/28(水) 22:37:57.78894L4XYqo (1/1)

>>26
マジすかw
あんなん自分にも大ダメージくると思うねんけど……w

>>28
見たことあるんですかw すげえw

>…それよりも問題はいったいどんな技を陳蘭にかけようとしたかだ
そりゃあ、アレですよ、アレw

>下手したら後遺症残るだろ
恋姫時空だからへーきへーき
というのは冗談として、バスターにしろドライバーにしろ、女の子にかけるとすごい絵図になってしまいますよね……

そういや地獄の断頭台よりも、普通にニードロップの方が破壊力あるような気がする……
そしてパイルドライバーとかいう既知外技を普通に仕掛けていた昭和のプロレスはやばいと思い魔s


30以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/29(木) 11:53:51.56fwqv4vj30 (1/1)

>>やばいと思い魔s    …恍惚の笑顔
マッスルの技は昔古本屋で筋肉大全とか言う本で実際にプロレスラーにやってもらったっていうのがあったな
バロスペシャルとかやってたけどさすがにベルリンの赤い雨とハリケーンミキサーは際限不可とか言ってた気がする


31一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/31(土) 00:31:48.14BkZXP/1oo (1/1)

ハウスがココイチを買収した……だと……
SBのコメントが欲しいとこですね

しかし、円満買収だというところが凄い

元々日本でカレーのチェーンが成立しないのはスパイスを輸入しているのがハウスとSBだけだからという説があってですね
それが円満買収かーそうかー

次は金沢のゴリラカレーかな?


32一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/31(土) 14:26:05.20r48+gvEQo (1/2)

やったぜ(菓子)


33一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/10/31(土) 15:04:41.86r48+gvEQo (2/2)

やったぜ(タイトル)


34以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/31(土) 17:57:42.83F2/oxCuUo (1/1)

ナビスコおめでとー

赤党の妹もニッコリでしたわ


35以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/01(日) 22:38:03.19wznpv8t10 (1/1)

友人との会話で恋姫の名が出たもんだから、久々にあのSS読んでみるかな
と思って1から読み返してみれば、リライトなんていつの間に始まってたんだ?しばらく更新が無かったからてっきり失踪したかと思ってたんだがな


36一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/01(日) 22:55:56.55vFx8+6nSo (1/1)

>>34
ありがとうございます
勝ってみると、現地に行けばよかったと後悔しておりますw

>>35
>友人との会話で恋姫の名が出たもんだから
羨ましい環境ですねえw

>しばらく更新が無かったからてっきり失踪したかと思ってたんだがな
更新の代わりになろうで投稿してました
疾走はしても失踪はしませんよ多分
骨折しても風疹になっても頑張りましたもの
音沙汰なくなったら、失踪というより死亡でしょうねえ


37一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:32:29.08bJw0hpzqo (1/13)

「商会、ですか?」

 沮授の問いである。つっても、もう作ったんだけどね。ずびび、と朝食の粥をすすりながら俺はそう答える。む。流石に田豊師匠んとこの朝食は美味いな。陳蘭が作るとこう、不味くはないんだけど美味くもないんだよなあ。

「おう、ただし袁家には無断での動きさ。むしろ糾弾されてもやむなし。そう認識はしている」
「なるほど。・・・それは二郎君に謝らないといけないかもしれませんね。いえ、認識はしていたし対策も打ち出していたつもりなのですが・・・」

 無為無策と言われてもしょうがありませんでしたからね、と沮授が頭を振る。

 実際農作物の収穫が増えるにつれ、その価格は下落傾向にあったのだ。沮授の施策で一定額での買い上げは進んでいるが、まだ領内には行き届いていないらしい。ならば豊作だからといって安く買い叩く商家が出てくるのは必然である。
 だがそれでは困窮する農家も出てくる。そのため袁家領内での最低買取価格を設定した。そして俺はその価格に基づき、買い付けをする商会を立ち上げたのである。無論安く買って高く売るのが商売の基本ではある。それを俺は私財でカバーしたわけじゃない。もっと高く売れるところへと運んで売る。それだけの話である。天災に見舞われた地域とかな!涼州とか。江南とか!

「商流の管理、が二郎君の主眼ですか?」

 沮授がちらり、とこちらを見やるがそんなの無理無理無理無理カタツムリ。である。

「いやいや。ぶっちゃけ袁家領内の物価の安定で精一杯、かな。それでも今のとこ上出来かなと思ってるんだけんどもね」

 なお、実務に俺は絡んでいない模様。餅は餅屋。出来る奴に任せる。そいつが俺のやり方、である。

「我々にとってもありがたいですが、初期投資費用はよろしいので?」

 まあ、そう来るわな。いくら高く売れるところへ運ぶとなっても初期投資というのは必要になる訳で。ちまちまと貯めた紀家の裏帳簿から出そうかと思っていたのだが、あまり表沙汰にできない金銭が――それも結構な大金である――俺に貸与されたのである。
 幾度も、多重厚層的にロンダリングされて流れてくるその金銭。気にしたら負けかなーと思いながらありがたく運用させてもらっている。
 多分田豊様あたりからの援助なんだろなーと思っているが定かではない。田豊様の一番弟子である沮授にそんなことを言う必要もないですしおすし。

「おうよ。資金の出所についてはまあ、お察ししてくれよ。そして知る必要はないと思うよ?
 それより、だ!思わぬ拾いものがあったんだってばよ」

 あからさまな話題逸らしに沮授はにこり、と笑みを深くして。それでも乗ってきてくれる。こいつ、全部分かってて聞いてるのと違うか。むしろ黒幕というのもありえるな。おおこわい、こわい。

「ほほう、拾い物ですか。二郎君がそんなに嬉しそうな拾い物のお話を伺いたいですね?」
「へっへー、沮授には分かんねーかもしれねーなー。へっへっへ。商会を任せるに足る人材を拾ったんだよ」

 俺の言葉は沮授にしても意外だったようでその澄ました顔がきょとん、とする。それは滅多に見られない表情であり。つまり、してやったり、である。

「おやおや、会ったばかりの人に二郎君のここまでの努力の結晶を任せるつもりなのですか?それは――ずいぶん高く買ったものですね」
「とんでもない、タダ同然の安値で拾ったんだよ」

 ニヤリ、と俺は会心の笑みを浮かべる。だって、それくらいの人材を拾うことが出来たのだから。いやあ、あの時ばかりは神の見えざる手に感謝したね。マジ話。


38一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:32:57.41bJw0hpzqo (2/13)


「おー!やっぱり賑わってるなあ!」
「そうだな、人通りも多いし、活気に溢れている。実に活気に溢れている。流石は袁家のお膝元、といったところかな」

 暢気そうに声を漏らした青年をくすり、と可笑しげに見やって。赤楽はそれでも周囲を油断なく見やる。いくらこの南皮の治安がいいとは言っても気を抜く理由にはなり得ない。なんとなれば旅の道連れであるこの青年はどうにも育ちがよすぎるのか、無防備すぎるのだ。呆れるほどに、だ。

「だから、いくら洛陽での修行を終えて目的地に着いたとしてもあまりはしゃぐなよ?」
「分かってるってば」

 さて何を分かっているのやらと赤楽は内心苦笑する。そしてお気楽な発言が続いても苛立ちの欠片さえ生じないのは彼の生来の気性、そして受けた恩故か。それとも別の要因によるものだろうか、と内心に思考を巡らすのは数瞬。それでも、機嫌のよさそうな彼の表情に赤楽の口も緩む。漏れ出でる言の葉は事前に考えていたモノとは違ったのだが。

「君には本当に世話になった。私にはどうやって恩を返せばいいのか見当もつかないな」
「おおげさだなあ、おいらは当然のことをしたまでだって」
「だが、君は一度故郷に帰るつもりだったのだろう?」

 くす、と艶やかに笑う赤楽にむう、と唸る。

「そ、そうだな。だけど、一度南皮には来るつもりだったしよ・・・」

 そう。本来の目的地は南皮ではなかった。彼は洛陽で学問を修め、故郷に戻る途中に連れを拾ったのだ。――赤楽と言う名の自分のことである。そしてそう、文字通り拾ったのだ。拾ってくれたのだ。水害で行き倒れていた自分を。
 赤楽、という名前だって便宜上彼がくれたものだ。赤毛をざんばらにしていた自分が貰うには過ぎた名ではあるかと思うのではあるが。
 ――閑話休題。受けた恩とかはともかく、彼がここ南皮に興味を持ったのはある時期からである。もっと言えば袁家領内の統治ににある人物が登場してからであるとのことだ。それを象徴するのが「農徳新書」だ。かの、「神農」の言葉を記したというその書物。まともな知識人であれば奇書として一笑に付したであろうそれ。
 袁家という、漢朝でも最大の組織がそれを容れたというのだ。そしてその結果が目の前の繁栄である。そりゃあ、その著者に興味がわく――どころか、会ってみたいとかいうのもごく自然なことである。
 洛陽で学び、漢朝の腐敗、汚泥に触れたならそうするのは士大夫として自然なことなのだろう。なお、自分は洛陽で学んでもないし漢朝の実態についても詳細については知らないので割とどうでもいいのだ。目の前の安寧こそ赤楽にとって至上なのである。
 だから、眼前で起こるトラブルについても華麗にスルーしてしまおうと思っていたのである。いくら善良そうな子ら。将来が楽しみであろう子らであっても赤楽にとってはどうでもいい事象である。だから可憐な幼女が暴漢に向かってぷるぷると震えながら背後の男児を庇っていても。思う所がないわけではないが優先順位は確定している。さっさとこの場からおさらばしてしまうのが最上だと理性が語りかけてくる。のだが。

「二郎様を、どうにかするのなら!わたしが!」

 涙目で放つ言の葉の熱を感じて。ちら、と見た連れはこくりと頷く。まあ、そうだろうなあと思う。捨て置いておけばいいのに、と思う心を置き去りにして身体が動く。

「しぃ!」

 やってやれと無言で激励された赤楽は一呼吸で破落戸たちの意識を刈り取っていく。こういう時は中途半端が一番いけない。本当は後腐れなく殺しきるのが正解なのだがな、と思いながら。
 何だお前は、と誰何の声すら上げさせることなく赤楽は破落戸たちを駆逐する。幾人かは儚くなってしまったかもしれないが、正直知ったことではない。

「やれやれ。袁家領内と言っても治安についてはこんなものか」

 そう言いながらも周囲への警戒は怠らない。徒党でこられたら面倒だ。百人程度であれば問題なく対処できるだろうが。



 正直破落戸の百人や二百人であれば俺と陳蘭ならばなんとでもなると思っていたのがまずかったのかもしれない。或いはロクでもない嗅覚にひっかかったか?襤褸を身に纏い、灰や泥で小汚くしても見落としていた点があったのかもしれない。まあ、結論から言うと俺と陳蘭は破落戸どもに絡まれてしまったのである。ほんで、逃げるかぶちのめすかを逡巡していたわけだが。
 俺がどうしようかと思っている間にことは解決されていた。

「あ、ありがとうございました!」
「なに、礼なら連れにするがいい。私は君らに興味なかったのだからな」
「なんでそう憎まれ口をきくかなあ」

 おおう!流れに乗り遅れた!俺だけ置いてけぼりじゃねーか!くそ!なんて時代だ!


39一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:33:33.55bJw0hpzqo (3/13)

「だから、割とこの先どうしようかと思ってるんだよ」

 苦笑しながらも悲壮感のない物言いは万人に好感を与えるであろう。無論俺だってそうだ。人当たりの良さもだが、一を言えば十を察してくる地頭のよさ。これは傑物やでぇ・・・。むしろ中央からのスパイか?と疑念を抱きながら思い切って聞いてみた。YOUは何しに南皮に?って。

「いや、ね。おいら、洛陽で学んでたんだ。それで、この書に感銘を受けてね。
 そんで、運がよければ作者に会えるかなー、とか思ってさ」

 無理目だろ?と笑う顔には邪気がなく、また、その書が予想外で絶句してしまう。
 その書は、「農徳新書」といった。いやいやいやいや。確かに農業のノウハウを拡散すべくばら撒いたのだが、まさか洛陽まで流れているとは。

「おいらも、せめて故郷への旅費を稼ぎたいなあ。日雇いでもして。連れの赤楽が仕事を見つけて、生活に目処が立つまで、かな」

 いや、そりゃ洛陽に学問するために行くくらいなら相当なもんだろうよ。赤楽っていった少女も凄腕みたいだし――。何だかぞくりと背筋に寒気が走る。

「あー、どっちも伝手がないわけじゃあないから、当たってみようか?」
「それは助かる。赤楽は、水害以前の記憶がないみたいなのでよろしくな。
 おいらは、読み書きとか簡単な計算ならできる」
「おうよ。あ、お前さんの名前聞いてないな」
「お、そうかすまんな。おいらの名は張紘ってんだ」

は?
はぁ?
はあああああああああああああ?

 ちょ。ちょっと!マジか。マジなのか。ちょっと眠たかった俺の意識が冴えるというか沸騰する。聞き間違いじゃないだろな。

「あ、すまん、もう一度、いいかな・・・」
「ん?張紘。それがおいらの名さ」

とんでもない大物が釣れました。釣りしてないけど。張紘と言ったら孫家の誇る二張の一角。K●EI準拠ならば政治パラ95以上確定の傑物じゃないですか、やだー。やったー。
 って、逃してたまるかこの大魚どころかもう、もう!乗るしかない!このビッグウェーブに!
 そこから始まる俺のリクルート。なんやかんやあって、俺のなりふり構わない必死の勧誘に張紘はついに首肯したのだ。
 いやあ、今日はいい日だ。マジで人生最良の日と言ってもいいかもしらんよ。くくく。

「で、おいらは何をすりゃいいんだ?」

 商会とか言われてもさっぱりだぞと首をかしげる張紘。ここいらへんの切り替えの速さは流石だと言わざるを得ないがなにもおかしくないな。思うところを軽く説明する。のだが。

「なるほど、物価の安定。それが第一義ってことだな」

 ふぅむ、と頷く張紘。ある程度の業務内容と企業理念を伝えただけでこれである。一を聞いて十を知るとはこのことか。ちなみに俺は頭が凡人なので三聞いて二くらいしか分からん。沮授は一を聞いて二くらいが精々と謙遜していた。倍返しか!

「おうよ、だから、赤字にならなきゃあ、それでいい」
「どちらかというと、買い上げ価格の広報が趣旨ってことだな」
「そういうこった。その場で買い付けるなり、町に売りにいかせるなり、さ。
 どっちでもいいんだ。差益の目安はまあ、後でうちのに相談してくれ」
「それは助かるなあ」


40一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:33:59.67bJw0hpzqo (4/13)

 流石に商売のノウハウなんてないしな、と張紘は笑う。沮授が腹黒系イケメンなら張紘は爽やか癒し系イケメンだな、なぞアホなことを思いながら業務内容のばっくりしたとこを伝えていく。
 はっきり言って儲けの多寡なんぞは問題ではない。収穫量が急拡大した農作物の物価の安定がその主眼である。それを俺のてきとーな説明で理解した張紘はマジで能吏である。それも破格の。これはすごい人材をゲットしたでぇ・・・。
 これは、きちゃったかな。俺の時代が。

「盛り上がっているところすまないが、私は何をすればいいのかな?」

 そう問いかけてくるのは燃え上がるような赤毛を三つ編みに括った麗人である。張紘の連れで赤楽と言ったか。さて、俺の三国志知識にない名前だが。

「あ、すまねえ、おいらのことばっかだった」
「いや、それはいいんだ。実際、やりがいのある仕事だと思う。
 私も負けてられないな、と思っただけだ。
 とはいえ、張紘と違って身体を使う仕事しかできないがね」

 ニヤリ、と凄味のある笑みを浮かべて背負った剣をちらりと見せつけてくる。うん。そのオーラといい、身のこなしといい普通に強いなこの人。まあ、無名の武人ってとこか。だがそれは好都合というもの。

「あー、そうだな。とりあえず張紘の護衛をしてもらおう。
 しばらくは二人で近隣を回ってもらって商売の流れを掴んでもらうつもりだしな。
 最悪、荷とか資金は捨ててくれていい。ただ、張紘だけは無事に連れ帰ってくれ」
「把握した。なに、賊の百人程度ならなんとでもするさ」

 なにそれこわい。赤楽さんの凄味に泡吹いて白目向いて卒倒しても許されるんじゃね?とか思っていた俺の意識を現世に呼び戻したのは張紘の一言だった。

「ふむ。つまり、だ。おいらは金では買えないものを持ちかえれば期待に沿える、と思っていいのかな?」
「――然り。だから死ぬなよ。お前に死なれたら困る。
 人質に取られたら千金だって積んでやる。だから死ぬな」

「うーん。ずいぶんとおいらを評価してくれてるみたいだけど、なんでだ?」

 そりゃあ、K●EI参照しても屈指の内政特化の強キャラだしなあ。とも言えず。

「袁家ってな。化け物みたいな人が普通にごろごろしてるんだよね」

 師匠とかねーちゃんとか沮授とかな!

「それで、これでも人を見る目と言う奴はあると言わせてもらおう。そして張紘。お前は、だ。
 お前はこの中華でも屈指の才能を持っている。
 俺はこの中華、漢朝の治めるこの平和を保ちたい。乱世なんてまっぴらだ。
 俺一人でできることなんてたかがしれている。しれてるんだよ。だから、張紘の力を借りたい。お前の力が必要なんだ。
 ――頼むよ、力を貸してくれ」

 思えばここは正念場、である。
 張紘に出会えたのはきっと天佑。だがそれを活かすことが出来るかどうかは俺次第、である。断られたらどうしよう。這い寄るプレッシャー。震える両膝、薄くなる酸素。ぐらり、と揺れ。ぐにゃりと歪む世界に射した一条の光。
 ぎゅ、と痛いほど握られた手から伝わるぬくもり。そして痛み。いや、割とマジで痛いよ?陳蘭?マジで痛いよ?折れるよ?心の前に!物理的に!ほら、今俺涙目なのは君のせいだからね?
 などと目を白黒させ、支離滅裂な思考の海に逃避する俺を現実に引き戻したのは張紘の声であった。

「ああ、そこまで言ってくれるのはこそばゆいけど、承知した。おいらを如何様にも使ってくれ。
 その、思い描く治世。それにきっとおいらは役に立つ。役立って魅せるとも」
「頼りに、させてもらうぜ」

 張紘と俺との出会いはそういう感じだった。照れながらも手を差し伸べてきた張紘の笑顔を俺は、一生忘れることはないであろう。そう思った。


41一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:34:45.30bJw0hpzqo (5/13)

 今日も今日とて鍛錬の日々である。固定値は裏切らない、というのは数少ない真理であると俺は固く信じている。そして鍛錬、座学と一口に言ったってやるべきことは多い。まあ、この時代ではありえないほど効率的にこなしているという自負はあるけどな。
 ・・・だが、今。ものっそい眠い。煌々と贅沢にも輝く灯火を頼りに書を紐解いていたのだがどうにも、ね。

「おや、お疲れのようですね。そろそろ一区切りにしましょうか。今、そこまで根を詰めても仕方ないですし」

 でも対面の沮授の方が疲れてるはずなんだよなあ。俺と違って既に実務の一端を担っているのだ。んでもってそれが田豊師匠の補佐なのだからその負荷は推して知るべし、である。いや、ガチでこいつは化け物だわ。俺みたいな凡人とは格が違った。――知ってたけどな。
 そんな沮授とのあれやこれやの打ち合わせやら相談――ぶっちゃけ俺から沮授への一方通行で、沮授にとっては負担でしかない――は更なる深夜に及んだため、まーた田豊師匠の屋敷に泊まっちまったのである。多分週の半分くらいは入り浸ってる気がするなあ。
 そして一番鶏が鳴く頃に肉体的な意味で俺の鍛錬は始まるのだが。

「じろー、もっとはやくー」

 俺を乗り物か何かと思っているのかな?麗羽様が当然のごとく肩車されている状況で俺に更なる加速を強いる。いや、遊んでるわけではなく、ウォームアップのための走りこみの中の負荷――ということにしている。気にしたら負けだ。
 ちなみに右腕には猪々子――文醜の真名である――を、左腕には斗詩――これは顔良の真名――を抱えてのランニングだ。
 まあ、幼女とはいえ、三人抱えればそれなりの負荷になるからいっかーとか思ってる。基礎スペック強化と共になんかイベントとかの伏線になってるかもしれんしね。
 なお、猪々子と斗詩との真名交換はまた政治的なあれやこれやで強制イベントであった。まあね、武家四家の跡継ぎ同士だからね、仕方ないね!
 つうか、ここに爆弾の一つも放り込まれたら袁家の未来はマッハで終わること請け合いである。いやマジで。袁家、顔家、文家と紀家の跡取りが全滅したら色々えらいことになりそうである。まあ、だからこそ見えないところで護衛がついてるはずなんだけどね。袁家配下の武家四家のうち張家はそういうのもお仕事だからして。
 と、もぞもぞと猪々子が動き出す。おいばかやめろください。バランスが!

「ちょ、動くなってばよ。って危ない、落ちるぞ?」
「へへへー、一度やってみたかったんだー、とおっ!」

 どこぞのバッタモデルの改造人間みたいな掛け声を上げて俺の腕から飛び出る。

「ふぇ?き、きゃっ!」

 なんと並走していた陳蘭に飛びついた。お、上手いこと負ぶさったな。なんつー運動神経だ。流石未来の猛将だな。などと思っていたのだが・・・。

「アニキー!いっくぞー!」

 こっちにまた飛んできた。猿かお前は。
 ちょっとバランスを崩したが何とかワンハンドキャッチ。また俺の右腕に納まる。

「へへへー」
「うー、いいなあ」
「姫もやってみたらー?」
「う、うまくやれるかな……?」

 やるんかい。

 結果、三人中二人の幼女が俺と陳蘭を空中で行き来することになったのである。あ、斗詩は大人しく俺にぎゅっとしがみついてたよ?これは、ほんまええ子やでぇ・・・。
 でもこの三人組がこのままのノリで成長すると理不尽に斗詩が苦労するような気がする。そう思って撫でくりまわしてやる。嬉しそうにしているが、君の将来は七難八苦マシマシになりそうなんだぞ。頑張れよ?うん、頑張れ!
 ま、麗羽様も猪々子も大人になれば落ち着くだろうて。多分、恐らく。きっと、メイビー。


42一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:35:12.57bJw0hpzqo (6/13)

「しっかし麗羽様も結構師匠のとこに入り浸ってるよなあ」

 朝練の後。軽く水浴びをした後に水菓子を齧りながらふと思ったのだ。確か袁紹と田豊って不仲じゃなかったっけか?まあ、いい流れではあるな・・・と思っていたら俺の言葉に呆れたように沮授が。

「二郎君。・・・君が本気でそう思っていると言うのを僕は理解しています。ですが、世の中はそうではない。そして君の立場以上に袁紹殿はですねえ。そこのところを分かっていると思っていたのですが――」

 ええと。でもまあ、そういや麗羽様ってば政争の中心だったか。田豊師匠のとこに来るのはまずい?でも沮授が止めないということは師匠も問題視していないということであろう。

「むう。俺は袁家の政争に参入するつもりはないぞ」

 そりゃあ、麗羽様は今のところ俺に懐いてくれてるからして。上手くやればあれこれ好き放題できるだろうとかいうのは下衆の勘ぐりと言う奴だ。麗羽様を通じての袁家の舵取りとか俺の手に余るに決まっている。

「やれやれ、困ったものです。二郎君はそれでいいのでしょうけど。田豊様の思惑、知らないとは言わせませんよ?」

 え?なにそれ。ガチで知らないんですけど。知らないんですけど。知ってることになってるの?やめてよね。俺が本気出しても師匠の思惑とか分かるわけないじゃん。

「知ったことかよ。紀家は武家だぜ?そういうのは田豊師匠とかお前にお任せって感じさね」

 ここは逃げの一手である。大体腹芸とか向いてないしね。見ざる聞かざるである。

「――困ったものです。袁家の躍進、繁栄に大いに貢献している次世代の旗手である二郎君の言葉とも思えませんね」

 褒め殺しですね分かります。俺如きの動きが大身たる袁家にそこまで影響があるわけないですしおすし。まあ、俺が紀家を継ぐ時のバックボーンとしての下駄を履かせようとしてくれているのには感謝しといた方がいいのかな?

「いや、それもこれも袁家、ひいては漢朝への忠誠あってのことさ」

 日和った俺の言葉に肩をすくめて苦笑する所作はマジイケメン。座してイケメン、立ってもイケメン。歩く姿は超イケメンである。妬ましいことこの上ない。

「いえ、それほどでもないですよ」

 いつの間にか口に出していた俺のジェラシー混じりの雑言すら軽く受け流すこいつは輝くイケメンである。しかも爽やか系のだ。
 ぐぎぎ、ガチで俺とは格が違った。口惜しいから蹴ってやろう。げし、げし。


43一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:35:39.14bJw0hpzqo (7/13)

 夕餉を皆でつつきながら更に沮授と雑談する。幼女三連星の面倒は陳蘭が見ている。念願のお姉さん的立ち位置だぞ頑張れ。というか頼むわマジで。俺には無理だ。
 ちなみに屋敷の主である田豊師匠はいない。最近はよく政庁や袁家に泊り込んでいるらしい。偉い人は大変だなーと思うのである。激務とはこういうのを言うのだろうなぁ。うちのとーちゃんとはえらい違いである。

「しかしまあ、麗羽様と田豊師匠の関係がいいなら俺には言うことはないな」

 当初二人の関係についてはある意味諦めていたのだ。しゃあないしゃあないって。でも、その関係性がよくなりそうな可能性があるならば後押しせねばなるまいて。いや、俺に何ができると言われたら困るのだけんども。

「――しかし田豊師匠は忙しそうだな」
「ええ、ただ充実はしてらっしゃるみたいですよ?」
「それは実に結構なこったね。まだまだ倒れられたら困るからな」

 俺の言葉にくすり、と沮授が笑う。

「そうですね。それを狙ってる人もいるみたいですけどね」
「はぁ?今の田豊師匠を狙うアホがこの袁家に――いないではないかもだがなあ。
 外からの介入、か?」

 政敵である麹義のねーちゃんだって流石に田豊師匠をどうこうとかせんぞ?袁家の行く末を考えれば猶更、だ。

「いえ。むしろ内部ではないかと」

 常ならばくすくすと可笑しげに笑うであろう沮授。だがその表情に一切の感情は浮かんでいない。そしてそこまで言うということは。つまりそれは既にある程度尻尾を掴んでいるということなのであろう。むむむ。

「・・・いらんことを聞いたか、すまん。だが麗羽様の守護に関しては全力を尽くすから」
「そうですね。逆に、あのお方に何かあったらその責は田豊様と二郎君に向かうでしょうし」

 ふむ、なるほど。まあ、田豊師匠にあれこれ聞いても答えてはくれんだろうし、師匠が暗殺云々で死ぬとも思えないけどね。

「二郎君も気をつけてくださいよ?」
「俺の心配する前に田豊師匠の一番弟子で腹心のお前の方がやばくね?」
「僕はまだまだ塵芥程度の小物なので気に留める人もいないでしょう。大体、二郎君の方が派手に動いてますし」

 ふむ。沮授がそうまで言うならば俺をどうこうしようという動きもあるのかな?

「まー、毒でも盛られない限りなんとかなるな」
「おやおや、珍しく強気ですね」

 まあね。も少ししたら俺は軍務に就くからして。身の安全を考えれば万全だし。軍事スキルが伸びるしな!これからの乱世、軍事スキルは必要不可避なのだよ明智君。

「まあ、なんにしても、さ。これからようやく実務に関わるからさ、よろしくどうぞ」

 あれやこれやと沮授とガチトークし、そののち馬鹿トークに移ろうとしたのだが。

「おやおや、大した人気のようで。羨ましい限りですね」
「ぬかせ」

 呼び出しである。沮授と余人を交えないミーティング(意味深)をしている俺を一方的に呼び出すことのできる人物なぞ片手で足りる。そして俺なんぞを呼び出すのは――。

「好かれてますねえ。いや、次代の袁家は二郎君を中心に動きそうでなによりです。その際はお引き立てのほどを――」

 沮授がいい笑顔で揶揄するわけである。呼び出しの主は麗羽様。要旨はまあ、あれだ。暇だから来なさい!ってことである。まあ、主君の無聊を慰めるのもお役目というものである。


44一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:37:33.86bJw0hpzqo (8/13)

 ――さて、幼女とは些細なことで衝突をするものである。そしてあっけらかんと仲直りすると相場は決まっている。のだが。衝突する幼女が背負うものによっては周囲の胃袋はストレスで胃がマッハである。
 つまり眼前で繰り広げられる口論に俺のsan値が直葬されそう。

「もう!知らない!だいきらい!」
「アタイだって姫のことなんか、だいっきらいだ!」

 売り言葉に買い言葉ですね分かります。ってどうすんだこれ・・・。本人たちが後日和解するにしてもお付きの人員とかのメンタル、洒落にならんでしょ。俺とか豆腐メンタルなんだぜ。
 斗詩は猪々子を宥めながら、ちら、とこちらに目礼して猪々子を連れて出て行く。任せましたと言わんばかりの信頼に溢れた視線が痛い。どないせいと。
 ・・・説教なんて柄じゃない。でもただまあ、ほったらかしにしとくのも、なあ。ほっといても平気な気もするが、長引くと周囲がいらん邪推をするし、こじれたらかなわんからなー。ここは介入の一手しかあるまい。と決意する。損な役回りだぜ、と言ったら後日張紘に苦笑された。赤楽さんには舌打ちを頂いた。
 解せぬ。

 夕餉と入浴もそこそこに麗羽様は布団という絶対防衛ラインを崩そうとしない。他者の介在を拒むそれはまさにATフィールド。そりゃ近侍とかは何もできないわ。だがしかし、である。将来の袁家統領とその筆頭武将の不和なんて俺が看過できるわけもない。介入するべし、である。
 めりょ、と布団をめくってやる。何かじたばたと抵抗があったが営業トークで排除の一手。そして後ろから麗羽様を抱きしめる。もとい、拘束する。ん、逆か?

「じろー・・・」

 むっすりとしていた麗羽様の態度が大幅に軟化している。おこちゃまとは言え地頭はものっそい聡明なのだ。そりゃあ袁家に付き従う武家四家。その筆頭たる文家の次期当主(見込)との関係改善については思う所があるのだろう。

「はいな、二郎ですよ」

 それでも思う所はあるのだろう。ぶすっとして呟くのだ。なにこのかわいいいきもの。

「わたし、悪くないもん」

 力いっぱい自分の正当性を主張する。確かにささいな言葉の行き違いから発展した案件だからして、どっちが悪いとかはこの際どうでもよかったりする。まあ、とりあえず俺としてはこの涙目な麗羽様をどうするか、だ。

「だって、大嫌いっていっても、そんなこと思ってないって わかってるはずなのに」

 あー、取っ組み合いになるきっかけはそれだったなあ。ふと、じたばた暴れる――俺からしたらか弱いものだが――麗羽様を抱く手をほどき、正面から向かい合う。むす、としている麗羽様の耳元で優しく囁く。

「実は俺、麗羽様のこと、嫌い、なんですよ」

 麗羽様の目が大きく見開かれる。最初に混乱。そして何を言われたかを理解し、そしてまたパニックところころ表情が変わる。
 見る見るうちに表情が歪み、ぱっちりとした双眸に大粒の涙が溢れてくる。

「え、じ、じろー?うそ、でしょ・・・?」
「ええ、嘘ですよ」
「え、あ、ぇ?」
「勿論俺は麗羽様のことが大好きですよ」
「な、え?え?」

 混乱しているのだろう。ずびずびとむずがる麗羽様を抱きしめ、頭を撫でる。

「この二郎が麗羽様のことを嫌いなわけないでしょう?」
「で、でもきらいっていったもん!」


45一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:38:09.08bJw0hpzqo (9/13)

 そう、放った言葉を取り戻すことはできないのだ。よしよし、と頭を撫で繰り回しながら囁く。

「麗羽様、言葉というものはね、思ったより大きな力を持ってるんですよ?」
「――!」
「だから、ね?大好きな相手には、きちんと言葉にして伝えないと」
「ぅ・・・」
「時間が経つと、仲直りしづらくなりますよ?」
「・・・うん、わかった。
 でもじろー?ほんとにわたしのことすき?」

 上目遣いでおそるおそるといった風で麗羽様が聞いてくる。双眸に溜まっていた涙は絶えず流れ落ち、頬を濡らす。俺に問う声も震えて、嗚咽混じりである。む。これはやり過ぎたかもわからんね。ここはフォローの一手である。

「何度でも言います。麗羽様、大好きですよ」

 ぎゅっと麗羽様を抱きしめる。すがり付いてくる麗羽様にちりちりと良心が痛む。いや、これほんとにやりすぎたなあ、と。

「ほんと?ほんとにほんと?」
「ええ、ほんと、です」
「じろーがわたしのこときらいだっていった時ね、胸のおくがきゅっとして、泣きだしそうになったの」

 麗羽様を抱きしめる腕に力を込め、耳元で囁く。

「麗羽様、大好きですよ」

 それでも、びすびす、と嗚咽を抑えきれない麗羽様の可愛さが俺の中でストップ高である。

「ほんとにほんと?」
「勿論ですとも」
「だって・・・」

 それでも、ぷう、と頬を膨らまして思いのたけを吐き出す麗羽様がとてつもなく、いとおしい。この思いが通じたらいいのにな、と思いながらひたすらに耳元で謝罪と甘やかしの言葉を囁く。

「じゃあ、言うことひとつきいて!」
「仰せのままに」
「今日は朝までいっしょにいて!」

 それは不味かろう。流石にそれは各方面から睨まれている視線が更に厳しさを増す気がするのではあるが。

「言うこと聞くっていったもん!」
「そうでしたね」

 癇癪を起した体で、その実俺の反応を不安げに見る麗羽様を見るとなー。まあ、仔細についてねーちゃんと師匠にソッコー報告しといたら何とかなる。と思う。どっちから行くかについては深く考えないようにしようそうしよう。

「でね、ずっと大好きって言ってね?わたしが眠るまで」
「ええ、承知しました。二郎は麗羽様が大好きですからね。お安い御用ですとも。まあ、麗羽様より先に寝ちゃう可能性もありますけどね」
「じょうじょうしゃくりょうはするから安心していいからね!」


46一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:38:35.41bJw0hpzqo (10/13)

 ぺったんこな胸――袁逢様の胸部装甲を見ると将来性はあると思う――をそらせて麗羽様は笑う。その屈託のない笑顔を、俺は大切にしたいと思う。

 翌日、きちんと仲直りをしている幼女を見ながら呟く。

「子供ってすごいなあ」
「どうしたんですか?」

 不思議そうに陳蘭が問いかけてくる。

「いやー、すぐ仲直りできるってすごいな、と」
「ああ、昨日の喧嘩は激しかったですもんね」

 子供の特権。あんなに激しく喧嘩してても今泣いたカラスが、って感じである。俺がなんかせんでもよかったんじゃないか、と思っていたのだが。

「アニキー!」

 ドゴォ!という勢いで飛びついてくる猪々子を抱きかかえてやる。流石有名武将。幼女とは言えじゃれてくるのをあしらうのもそろそろ一苦労である。地味に肋骨が痛い。

「ありがとな。姫とすんなり仲直りできたよー」

 それに対して何か恰好いいことを言ってやろうと、キリッと表情を整えている間に俺の双の腕から離脱完了である。麗羽様と斗詩に向かって駆け出し、三人でキャッキャウフフとしている。
 うーん、この。いや、まあいいんだけどさ。



 それはそうと今日も今日とて鍛錬である。固定値は裏切らない。身体をいい感じに痛めつけて疲労困憊コンバイン。目指すは湯殿。そう、孤独で、だからこそ救われるような。そんな入浴で俺の鍛錬は完結するのである。
 そんなルーチンを淡々とこなすはずだったはずなのだが。

「そりゃー!」

 俺の声にきゃあと嬉しげに声をあげる麗羽様に遠慮なく湯をぶっかける。どしゃ、とな。怒涛の水流。かーらーのー洗髪である。俺なりに麗羽様の頭をごしごしと洗う。
 はい、麗羽様をお風呂に入れています二郎です。まあ、湯殿への道でインターセプトされたからね、仕方ないね。「お風呂?じゃあいっしょにはいるー」と言われたら「はい」か「yes」で応えるしかないじゃない。
 ――麗羽様の御髪おぐしとか、本来はものっそいトリートメントとかせんといかんのだろうなーと思うのだが俺にそんなスキルはない。構わずに光輝が顕現するような金色の髪の毛を、わしゃわしゃと遠慮なく洗う。
 てきとーな俺の洗髪が新鮮なのだろうか。割と麗羽様は俺に髪を洗ってもらいたがる。いいのかなあ。痛くないのかなあ。

「よーし、目をつぶってー」
「つぶったよ!」
「どっせい!」
「きゃーっ!」

 ざばばんと頭からお湯をかける。どばっとかける。遠慮なくかける。それに無意味にはしゃぐ麗羽様。うむ。ここからが本番である。

「溺れたら、め!ですからねー!」
「きゃー!」

 喜色満面な麗羽様を広大な湯屋に放り投げる。捻りと回転を加えるのがコツだ。絶叫系の娯楽施設であるかのごとく、その軌道が過酷であるほど麗羽様の満足度は高まる。それはそれでどうなのよ。
 ぶくぶくと沈み込む麗羽様を回収するのも俺なのだからまあ、いいとしよう。
でもまあ、こんなに乱暴に扱うのも俺くらいなもんだろうな。故に楽しく感じるのだろう。お風呂だけではない。かなーり俺にべったりである。
 ・・・十年後はともかく、幼女の裸体に欲情する性癖なんぞはないから何も問題ないし、無邪気にはしゃぐ麗羽様を見ているとそれだけで癒されるというものだ。

「ふあぁ・・・」
「そろそろのぼせてきましたか?」
「もうちょっとー」

 そういって麗羽様は俺におぶさってくる。これはのぼせてきたがまだ上がりたくないというサインだ。中々にお風呂好きの幼女である。だが脱水症状で倒れられても困るのでそのまま湯船から出る。

「あー、じろーのいじわるー。まだ入ってたいのにー」
「俺がそろそろ上がりたいんですよ。それとも一人で入ってます?」
「うー。じゃあいい。のども渇いたし」
「じゃあ、後でお水もってきましょか」
「うん、まってる!」


47一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:39:07.05bJw0hpzqo (11/13)

 満面の笑みはまさに太陽のように光輝を放つ。その光輝にあてられて、まあなんだ。この方のためならばと普通に思っちゃうのは仕方ないよね。これが天性のカリスマってやつだな。ほんと、将来が楽しみである。

「ねえ、じろー」

 こくこくと冷やした蜂蜜水を飲みながら麗羽様が俺に問いかけてくる。

「ほいさ」
「じろーは、ちゅうってしたことある?」

 ぶほ!

 錯乱ボーイに何を言うのだこの幼女は。つかその意味分かってないでしょぉ?

「は、はあっ?」
「んーとね、母上が言ったの。寝る前に大好きな人に
 ちゅうをしてもらったら怖い夢を見ないって」
「は、はあ。と、言うと・・・?」

 袁逢様、娘さんに何を吹き込んでるのですか。と内心でクレームの嵐である。

「でね、昨日ね、怖い夢をみたの」

 ちょっと潤んだ目で上目遣いとか。効果が抜群すぎて困る。これ将来えらいことになるんだろうなあとか思いながら続きを促す。

「誰もね、いないの。かあさまも、じろーも、いいしぇもとしも、ちんらんも、でんぽーも。
 周りに誰もいないの。ううん、いるんだけどいないの。だれも私をみてないの」

 ――聡い子だな。そう思う。それが幸せかどうかは微妙なところだが。知らないほうが幸せってこともある。袁家の跡取りであるから自分がちやほやされているというのを感じているのだろう。本当に、聡い。

「じろーはどこにもいかないよね?」

 涙ぐむ麗羽様に俺は何と答えるだろう。どう応えられるだろう。だが、俺が頼りとばかりに縋り付く麗羽様。・・・思えば袁逢様の意向で交換した真名。だがそれはきっかけだ。俺は、俺の意思で麗羽様を守りたい、と思っている。

「どこにも行きませんよ。お側にいますよ」
「うん、そうだよね・・・」

 まだどことなく不安げな麗羽様。それがとても心細そうで、寄る辺なさそうで。

「きゃ?」

 だから俺は麗羽様をぎゅ、と抱きしめるのだ。


48一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:39:33.04bJw0hpzqo (12/13)

「二郎はここにおりますよ。ね?」
「ふぁ、あ、うん。じろーはいるね。わたしのそばにいるね。じろーをかんじるよ・・・。
 もっと、もっとぎゅっとして?おねがい・・・」

 無言で俺はさらに抱きしめる力を強める。おそらく苦痛を感じてしまうだろうほどに。

「じ、じろぅ・・・」
「いらない、と麗羽様が言われるまでお側にいますよ」
「いらなくなんて、ならないよぅ・・・」

 潤んだ目で麗羽様が俺を見上げてくる。袁家、というバックボーン。それは光も闇も内包している。それはどこまでこの、聡い子の心を責め立てたのだろう。抱きしめる腕の力を込めるほどに嬉しそうに顔を綻ばせる。

「すん・・・」

 感極まったのか、麗羽様の双眸から涙が漏れてくる。

「麗羽様・・・」
「じろぅ・・・」

 そっと、その双眸に唇を寄せ、涙を吸い取る。

「ぁ・・・」

 続いておでこに唇を寄せ、頬に口付ける。

「俺がお側におりますよ」
「ん・・・」

 きゅ、と麗羽様が俺にすがりついてくる。潤んでいた目と、ぐずりつつあった鼻を押し付けてくる。何かをごまかす様に。

「あ、ありがと。じろー、だいすき!」
「俺も、ですよ」
「うん。ずっとだいすき!だからいつもみたいに、お話、して?」

 今泣いたカラスがなんとやら。ああ、麗羽様には笑顔が似つかわしいなあ。そしてその麗羽様がリクエストをしてくれる。

「いいですよ。――むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
 おじいさんは山で雌竜を狩りに、おばあさんは、川で雄龍を狩りにでかけました・・・。
 おじいさんは大鎚、おばあさんは双剣を得物としていました・・・。おじいさんは罠を仕掛けて・・・」
「くー」

 安らかに寝息をたてる麗羽様。安心しきって幸せそうなその寝顔。誓いを新たにする。三国志なんて、やらせはしない。


49一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/02(月) 23:42:02.73bJw0hpzqo (13/13)

本日ここまです


50以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/02(月) 23:56:36.76ATJH5P5GO (1/1)

乙です


51以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/03(火) 11:39:18.61edot1S+n0 (1/1)

乙&誤字報告でーす
>>38
>>もっと言えば袁家領内の統治ににある人物が登場
○もっと言えば袁家領内の統治にある人物が登場
>>会ってみたいとかいうのもごく自然なことである。
間違いではないですが 会ってみたいと(か)いうのもごく自然なことである。 か が余計かと
>>40
>>なぞアホなことを思いながら
○などとアホなことを思いながら まあしゃべり言葉としては間違いではない気もします
>>42
>>君が本気でそう思っていると言うのを僕は理解しています。
○君が本気でそう思っているというのを僕は理解しています。 または 君が本気でそう思って言っているというのを僕は理解しています。 かな?
>>46
>>そんなルーチンを淡々とこなすはずだったはずなのだが。
○そんなルーチンを淡々とこなすはずだったのだが。

男3人がそろいましたねえ、こいつらの関係がとても好きなので今からwktkですよ
そしてれーは様を諭す二郎ちゃん、というか一回突き放してから甘い言葉の雨あられとかこれまんまやくざの手口じゃ…
しかも相手が親友とけんかして心が弱ってる時に…これ以上は危険な気がしてきたgkbr


52一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/06(金) 23:05:51.53ImN37rLao (1/1)

>>51
誤字指摘感謝っす

きちんと点検したつもりやったんすけどねえ……ほんと感謝っす

>そしてれーは様を諭す二郎ちゃん、というか一回突き放してから甘い言葉の雨あられとかこれまんまやくざの手口じゃ…
意識してやってないからセフセフ


そして年末に向けて激務ですよ。
ほんと、逃げたいw


53一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:13:34.061jyXWa9Co (1/12)

 南皮の街を陳蘭を伴いぶらつく。昼は適当に屋台で買い食いである。

「あんまり無駄遣いしちゃ、駄目ですよ」
「ふ。小遣いってのは無駄なことに遣うもんだ。それに金持ってる奴が金使わないと経済が回らん。だから、持てる者である俺は金を遣うというのはもはや義務ですらあるのだよ。
 というわけであの餃子も試してみようそうしよう」
「もう、二郎様ってば・・・」

 陳蘭のお小言をBGMにしながら街の徘徊を続行する。ほんと、毎回付き合せて悪いなーとか思ったりもする。まあ、それがお役目と言ってしまえばそれだけのことなのだろうがよく付き合ってくれるものである。
 と、陳蘭が足を止めてなにやら見ている。

「どったの」
「い、いえ、すみません。あっちに、ほら」
「ん」

 見ると流しの芸人だろうか。琵琶を伴奏に女芸人が歌を歌っていた。終わるとちっちゃな女の子がおひねりを集めに籠をもって駆け回る。ふーんと思いながら小銭を投げてやる。
 こういった娯楽的な階層が目立つということはそれだけ民の生活が豊かになっているという証左だ。緩みそうな口を引き締めてエンドユーザーにリサーチをかけるとしよう。

「そんなに歌、上手かったか?」
「いえ、そうじゃないんですけど、その、綺麗だな、って」
「あー、衣装な。着飾ってるしなー」
「なんか、いいなあって思って」

 なるほど。芸事そのものだけではなく、その装飾も憧憬の対象、と。なるほど。これは見落としてたな。華やかだからこそ憧れる。言われてみれば当たり前ではあるのだが。
 これは陳蘭にご褒美をあげなければ、と熱い使命感を覚える。

「今度、ああいうの仕立ててもらうか」
「ふぇ?い、いいです。どうせ似合わないし」

 顔を赤くしてぶんぶんと手を振る陳蘭。んなこたないと思うんだけどなぁ。  まー、一般的に女の子が着飾るなんてまだ結婚の時くらいだからなあ。なんとか普通に女の子がおしゃれできるくらいには発展させたいねえ。

「あ、あの、ほんとにいいですからね?」
「ん、まあ、そのうち、な」

 陳蘭が綺麗なおべべお望みとあらば全力で叶えてやらねばなるまいて。ククク。

「話聞いてます?」

 聞いてるとも。陳蘭がちらちらと目移りするくらいにアクセサリーとかも充実してきているってことを認識するくらいにはな!


54一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:14:00.051jyXWa9Co (2/12)

 と、歩き出そうした俺に声がかけられる。

「あ~ら、二郎さん、珍しいですわね。てっきり隠遁されていたかと思いましたわ」
「あ、アニキだ、ひっさしぶりー!」
「ご無沙汰しております」

 意外なところで麗羽様たちに出くわした。三人とも美幼女が美少女にランクアップしている。これが実に目の保養であり、感慨深いものがある。これは唾つけとくべきでしたよねぇ・・・。

「ええと。俺だってたまには仕事します、よ?」
「・・・まあ、猪々子さんよりはされるでしょうね」
「あー、姫ってば。アタイだってアニキよりは頑張るっての!ひっでーなー」

 斗詩が俺たちのやり取りにくすくす、と笑う。・・・これでも仕事で来たのは本当なんだけどね。

「麹義のねーちゃんに報告書出しにきたとこだったんだわ」

 うげ、と猪々子が呻く。うん、何を思ってもいいけど声に出すなよ扱いに困るし。
 麹義のねーちゃんは二十年近く前の匈奴の大侵攻の時から常に第一線を張り袁家の防衛線を張り続ける知勇兼備のウルトラスーパーな名将、レジェンドである。一朝事あらば、袁家軍の総大将は間違いなくねーちゃんだろう。猪々子にとっては口うるさい先達でしかないだろうが、実際たいした人なのだ。
 政戦両略に長けており、特にその政治力は隔絶。魑魅魍魎湧く袁家において後背からの圧力を援護へと変え、前面の敵を討つなんぞ凡百にできるものかよ。
 少なくとも俺には無理な芸当を鼻歌混じりにやってのけるねーちゃんはガチで英傑的な存在であるのは確定的に明らか。間違っても喧嘩を売ってはいけない。俺なんて媚びを売りまくりのバーゲンセールであるし。

「そうだアニキ、用事済んだんだろ?」
「おうよ」
「じゃあ手合わせしようぜー」
「話が見えん」

 なんだこの脳筋美少女。アタイより強い奴に会いに行く、とか言って旅にでも出そうだなおい。

「だってアニキー、あれじゃん?梁剛隊で百人抜きをしたじゃん!」
「なんで猪々子がそれを知ってるんだよ・・・」

 結構、年単位で昔のことなんですがねえ。

「えー、武官の間では結構広まってるぜー?
 紀家の後継は武においても抜きん出ていたってな!語り草ってやつ?」
「どーせ身内だから箔付けにインチキしたとかいう噂も出てるだろ」
「へー、よく知ってるなー。でも信じる奴はほとんどいないね。
 あの梁剛隊の面子が。絶対にそんなことするもんかい。
 まあ、アタイはアニキがものっすごく強いのは知ってたけどな!」
「買いかぶりもいいとこだっての」

 俺は強いと盲目的に信じてくれるのは嬉しいのだがねえ。小さい頃に相撲で勝ったくらいで、なあ。

「だから、また手合せしてよー。ねーってばさー」

 可愛くおねだりしてくる姿に心がグラリとするのを押さえつける。のだが。その内容がねえ。

「あーら、いいじゃありませんこと?」
「ちょっとぉ、これ止める立場でしょうが麗羽様は・・・。
 やるにしても得物はなしですよ?怪我してもいいことないですし」

 まあ、麗羽様がゴーサインを出した以上、それは決定事項なわけである。練兵場に移動し、構える。まあ、まだ武力全盛期ではないだろうし、なんとかなる、かな?
 なると、いいなぁ。

※この後、滅茶苦茶苦戦した。

 これ、ガチで猪々子の基礎スペック半端ないって!完璧に決まった上四方固めをブリッジで跳ね返すとか・・・そんなんできひんやん普通!


55一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:16:16.551jyXWa9Co (3/12)

 さて、久々沮授とお仕事のお話である。あれやこれやと報告を受けて意見交換をしているのだが。・・・実は想定以上に南皮他袁家領内に流入する流民が多い。食料がある所に民が群がるのは必然ではあるのだが、ね。そして都市部に流入する民には二通りある。
  一つは難民だ。天災で全てを失った者だ。特に江南からの難民が目立つ。なんでも大水害があったらしい。
 もう一つは農家の二男、三男などといった農村の余剰労働力、或いは穀潰しだ。――農業指導により同じ面積でも収穫が上がり、効率がものっそいよくなって耕す田畑を親からもらえなかった層だ。これが袁家領内を中心にかなーり増えている。
 こっちは比較的、懐に余裕もあったりするからそこまで治安への影響はただちにはなかったりする。だがまあ、いずれは食い詰めるのだろうけどね。だが、これはチャンスでもある。都市部での賃金労働者の増加が見込めるということ。
 これは産業革命の発生条件の一つだ。流石に機械化されてないから本格的なものは無理でも、工場制手工業マニュファクチュアならば、いける・・・かもしらん。いや、いけるいける。
 ちなみに工場制手工業とは地主や商人が工場を設け、そこに賃金労働者を集め、数次にわたる製造工程を1人が行うのではなくそれぞれの工程を分業や協業をおこない、多くの人員を集めてより効率的に生産を行う方式のこと。分業であるために作業効率が向上し、生産能力が飛躍的に上がるが、技術水準は前近代的なものにとどまる。経済史では、農民の副業として発展した問屋制家内工業の次段階とされる。さらに産業革命以降は、工場内で機械を用いて製品を大量に生産する工場制機械工業が工場制手工業の次の段階として登場する。ここまで前提。読み飛ばしてもよし。

「人口増加、ですか?」
「おう、想定より相当増えてるだろ?」
「そうですね。ですが、流民の流入は想定していましたからねえ。故に食料の備蓄に問題はありません。
 今のところ、他の地域に流す余裕が十分にありますよ」

 ここまでは順調か。よしよし。

「袁家領内が中華の穀倉となる日も近いな」

 俺の言葉に沮授はくすり、と笑みを浮かべる。

「ふふ、既にそうなっています。と言っても過言ではないでしょうね」

 流民の流入は想定の2割増(沮授調べ)。人口の自然増についても同様の傾向らしい。職と食が安定したら労働力確保もかねて子作りが盛んになる、というのは予測の範囲内。これから更に想定以上の人口増があるかもしれんから、食料の備蓄も継続している。蝗害とか怖いしね!

「ですがそろそろ都市部で流民の増加による揉め事が増えつつありますね」
「ふむ・・・」

 農家の二男坊以下や流民らへんが職を求めて都心部へと出てきたからであろうな。ここまでは想定の範囲内。なので対策も一応考えてある。

「そいつらは雇用の創出で賄う」
「と、いうと?」

 これは政治がせんといかんことだ。地方から出てきた余剰人口、他方から流入する流民をほっといてたらロクなことにならん。きっちりとその労働力の受け皿を造るのは為政者の義務である。働く意思がない奴については言及を避けるがね。

「公共事業だな。治水工事、街道整備、城壁の補修、まずはそんなもんかな」
「まあ、予算には余裕がありますからね」

 豊富な予算と(口減らしで都市部に来た農家の倅たちや流民で)安価な労働力。乗るしかないこのビッグウェーブに!大公共事業時代の到来である。ニューディール政策を先取りしてやんよ。
 とは言え、無駄なことをするつもりはない。公共事業・・・インフラの整備とは未来への投資なのだからして。なので自重しない。マジで。
 食料の増産と雇用の拡大。治安の維持には武力の増強よりもこっちが有効なのだ。という主旨の説明を沮授にしようとしたのだが。

「なるほど。膨れ上がった余剰人員については棄民しかない、と思っていましたが・・・。
 それすら資源として活かす。いや、二郎君の深謀遠慮には舌を巻く思いですよ。いや、その先見には嫉妬や敗北感があるはずなのですがね・・・」

 これでも田豊様の一番弟子として鍛えられていて、内政にはそれなりに自負があったのですがと沮授は苦笑する。

「しかしこれはもう認めざるを得ないですね、二郎君。僕はとても君にかないそうもありませんよ」

 ひらひらと両の手を挙げて降参の意思を伝え、首を振る。のだが。
いやいやいやいやいや。俺の拙い説明の、その切れ端で察した沮授こそが傑物でなくてなんなのだと思うのですだよ。産業構造の変遷とかあれやこれやについてを文字通り三行で理解するなんてありえないだろうよ・・・。

「いや、俺としては沮授がいてくれてよかったというのが本音なんだが」

 俺の言葉に沮授は苦笑の色を濃くする。その色は沮授にしては珍しく暗い。

「よしてくださいよ。二郎君だから言いますがね、敗北感なんてものじゃないですよ。一体自分は今まで何をしてきたのだって、ね」

 まてまてまてまて。なんでお前が、田豊師匠の一番弟子でスーパーエクストラ文官カスタムでウルトラエリートな沮授がネガティブ一直線なんだってばよ。

「いや、本当にね。自分の才というものがいかに小さいかを痛感しましたよ。本当に、ね。なけなしの矜持だって、あればあるほど惨めなモノです」


56一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:16:42.301jyXWa9Co (4/12)

 動揺しまくっていた俺だが、ネガ吐いてる沮授の言葉にカチンとくる。ああ、カチンとくるぜ、とさかにくるぜ。

「ちょ・・・待てよ。それ以上は許さんぜ。それ以上自虐は許さん」

 へえ?とでも言いたげな――ちょっと拗ねたような沮授の視線に俺は激昂する。

「あのな!俺がお前に実務で及ぶはずないだろうが!あれやこれや好き勝手言ってるけどな!それを実際に、実務に落とし込めるかどうかって言ったら少なくとも俺にはできんわ!」

 むしろ俺に出来るとかガチで思ってたら困ったものである。

「沮授よ。張紘が偉いのはな、すごいのは、だ。俺がてきとーにぶちあげた絵空事をきっちりとやりとげようとしてくれてることだ。だから、外は張紘に任せてきた。だったら内は誰が担うか、分かるだろ?」

 分かってください。お願いします。なんでもしますから。
 そんな思いを込めた視線を真正面から受け止めて・・・。刹那表情を引き締め。にこりと、笑ってくれた。

「やれやれ。これは張紘君に先んじられましたか」
「なに、沮授ならその差なんて大したことないだろう」
「と言うか、別に競争しているわけでもないですしね。煽られても困りますよ?」
「そういやそうか」

 苦笑する沮授に俺の考える公共事業の具体案を示していく。

「主要な街道には思い切って焼成煉瓦を敷き詰めよう。
 雨が降っても輸送距離が落ちなくなる」
「なるほど。各種物資の輸送にかかる時間を向上、安定させれば色々と捗りますね」

 プロジェクト「赤い街道」である。つまりまあ、街道を広げるだけでなく、アスファルト・・・は無理だから煉瓦で舗装してしまおうということである。それにより輸送コストが劇的なことになるはずである。そして沮授の言う通り、物資の輸送にかかる時間が想定しやすくなる。
 これは各種政策を立案する上で物凄く重要なことなのだ。まあ、本命は軍の移動速度向上なのだがね。言うまでもなく沮授はそれくらいご存知のはずである。

「なるほど、煉瓦の生産、原材料の需要にも雇用が生まれますね」
「お前と話すと話が早くていいよ。まあ、そういうことだ」

 失業率は低ければ低いほどいいのである。

「――ですがそうすると管理職の人手が足りなくなりますね。
 未だに出仕を拒む士大夫もいますし」

 なん、だと・・・。

「はぁ?!この期に及んで隠者気取りかよ。呆れたもんだな。――しゃあない。ほっとけ」
「ふむ、なるほどですね。士大夫層に媚びる気はないと」

 当たり前田のクラッカーである。いちいちご機嫌伺いなんぞやってられんよ。そんな奴らとはどうせそのうち衝突するだろうしな。

「引退した官僚に私塾をやらせろ。そうだな。有力者の子弟ならば問題なかろう。庶人を集めても、玉石混交で選別が手間だ。将来的には話が別だが」
「ふむ。悪くありませんね。豪商や官僚の子息であれば基礎教育も進んでいるでしょうしね。早速取り掛かるとします」

 くそ隠者気取りの協力は得られない模様。ならばこっちも責任を負う覚悟のない奴らに頼ってやるものかよ。

「しかし、さしあたっての実務についてはどうしましょうか。教育はいいとして流石にぽっと出の人材をねじ込むわけにもいきませんし・・・」
「ああ、それなら張紘が大丈夫だって言ってた。もう手元の商会の幹部級には旧知の人材を充てて、いくらかそれ以外にも管理職以上の役職が欲しい人材を確保しているってさ」

 流石は張紘である。各地の情報を吸い上げるわ、独自のコネクションで珠玉の人材を発掘してくるわ、俺の思いつきをフォローしてくれるとか。いやあ、張紘のためなら三顧の礼どころか三十くらい礼を尽くすっつうの。特盛マシマシアブラカラメでな!五体投地をフルセットで毎日こなしてもいいレベルである。

「流石は張紘だぜ。いや。奴は傑物だからな。それくらい朝飯前ってことかもな」
「信用してるのですね、張紘君を。そして彼の育てた、或いは育てる人材を」

 沮授の言に、にひひ、と笑って応える。

「信頼、だよ。沮授。勿論お前と同じく、な」
「おや、これは。――光栄の極み、と言っておきましょうかね」

 にこり、と笑う沮授はやれやれ、と頭を振る。何かを振り払う。
 そうして俺のことなんかほっといてあれやこれやと指示を飛ばし、書面に没頭していく。うん、どこか楽しげに。
 うむ。無表情に書類を捌くよりは余程よかろうて。そう思い俺はその場からそそくさと立ち去るのだった。
 ――仕事振られたらかなわんからね。


57一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:17:28.361jyXWa9Co (5/12)

世は全てこともなし。・・・さて、平時における軍隊というものが何をやっているか、というと訓練である。ひたすら訓練である。軍隊とは訓練がお仕事なのだよ。

「なーにしけたツラしとんねん」

 がしっと俺の頭を掴んだのは敬愛すべき我が隊の長、梁剛の姐さんである。

「いや、自分の立ち居地に納得いかないものがあってですね」

 梁剛隊にて軍務に就いた俺は、当初はすっごく兵卒扱いであった。しかし、一通り下っ端の雑用をこなすと、梁剛隊の副官である雷薄の補佐・・・つまり副官補佐みたいな感じになっていた。
 曰く。
「いつまでも下っ端の仕事しててもしゃあないやろ。
 二郎にはとっとと、指揮官として大成してもらわんといかんからなあ」

 そう言ってカラカラと笑う姐さん。なるほど。促成栽培とかエリート教育というやつである。俺としては下積みからじっくりやりたかったのだけんども。

「そらな、下っ端がどんな仕事してるかを知るのは大事やで?
 でもアンタは下っ端のままいるわけにはいかんやろ?
 将来はウチらを指揮する立場になるんや。そしたら、時間の無駄やんか」
「そんなもんっすかねえ」
「そんなもんや」

 そんなわけで最近は専ら部隊運用のノウハウを教わっている。流石こちらはガチで兵卒からの叩き上げだけあって合理的な運用法を確立している。と感心しきりな俺である。

「今日は・・・北西に偵察を兼ねて行軍ですか」
「せや、最近はここらへん、治安がええからなあ。ちょっと遠出せんと賊もおらへんわ。
 遭遇戦とか昔はしょっちゅうあったんやけどなあ」
「それ、わざと賊がいそうなところで訓練してたんでしょ」
「実戦は一番の訓練やからなあ。手柄にもなるし!」
「そっちが目当てっすか。流石紀家の最精鋭は発想が違った」
「やかましいわ。治安もよくなるし、民かて助かる。誰も損せえへん」

 軽くこづかれる。こんな気安いやり取りがすごく心地いい。袁家の闇やらを手探りで切り抜ける、そんな日々から比べると訓練の過酷さとかマジ天国。ああ、官僚志望でなくてよかったわ。

「まあ、実際ウチらが暇なんはいいことやしなあ、お給料が減ってまうけど」
「せっかくいい事言ってるんすからオチ付けなくていいっすよ?」
「その小賢しい発言がイラつくわ」

 うりうりと、こづき回される。周りの兵たちもニヤニヤ笑って見ている。ほんと、アットホームな職場だわ。

「姐さん、若。今日は大物をしとめましたぜ」

 そう言う雷薄に目を向けると、金冠ドスファン・・・もといでっかい猪を何人かで運んで来ているところだった。いやでもマジでけえよ、どうすんだこれ。

 まあ、それはいいとして、初日に梁剛隊とじゃれあった後、俺は「若」と呼ばれるようになっていた。血筋と腕っぷし。それらが相まって治まるとこはそういうことだったのだろう。いささかこそばゆいが俺の立ち位置としてはいい感じじゃないかな、と思う。

「おー、立派な大猪やな。よっしゃ今日はウチが腕を存分に振るったろ」

 姐さんの言葉に皆が盛り上がる。なんだこの一体感。ひとしきり隊の皆を煽った後、料理の準備に動き出す。

「よっしゃ、二郎、手伝ってもらうで、さっさとこっちきぃ」

 よしまかせろーと思うのだが。俺、料理ってカップラーメンとかレトルトカレーとかお茶漬けしか無理なんですけど。
 とは言え、弱音を吐くわけにもいかず。姐さんに指示されるままにあれこれ手伝う。腹かっさばいて血を抜いて、内臓を取り出して、洗って、代わりに笹で包んだ米を詰めて・・・。何これ超本格的なんですけど。

「せ、戦場料理というワリには手が込んでますね」
「当たり前や。食事は戦場唯一の楽しみやからな。手間暇かけてでも旨いもん作らな、な」
「まあ、飯が不味かったら士気も落ちますよねえ」
「お、わかっとるやないか。よし後は焼くだけ、やな」

 後はひたすら猪を焼くだけらしい。もちろん火加減は姐さんが指示をする。と思ったら結構テキトーらしい。肉を回転させながら均等に焼いていく。こうなったら絶対こんがり肉Gにしてやるぜとか思いながら焦げないように丹念に火の加減をしてやる。
 うむ、上手に焼けました!

「うめぇ」
「どや!」

 なんというドヤ顔であろうか。実質料理したの俺他数名じゃん。そんなことを思いながらも肉にかぶりつく。実際旨い。この、笹に包まれた米が脂を吸って、それでいて爽やかな笹の香りがこう、食欲をそそるぅ・・・。

 さて。たらふく飯を食ったらもう寝るだけだ。驚いたことに姐さんは天幕とか張らずに兵卒と一緒の条件で野宿する。姐さんは何も言わないが、指揮官の心得を示してくれてるのだろう。兵卒と同じものを食べ、同じところで寝る。部隊を掌握するための方法論とはいえ、中々できないことでもある。
 ・・・ただまあ、寝てる時に悩ましい声を上げるのは勘弁して欲しいと思う。近くには俺しかいないからいいものの、なあ。

「甲斐性なし、へたれ」
「へ?」

そんな感じで心身ともに鍛えられている俺であった。


58一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:17:54.401jyXWa9Co (6/12)

「陳蘭、弾幕薄いよ、なにやってんの!」
「ふぇ、ふぇええっ?」

 男なら一度は叫んでみたい台詞を吐けて俺は満足した。もう、このまま帰ってもいいかもしらん。

「じ、二郎様、来るなら来るって前もって言ってくださいよ。
 こ、こんな格好で恥ずかしい・・・」
「いやいや、イイ感じだぞ、というかど真ん中かもしらん」

 ポニテというものはどうしてこう、男の夢を膨らませるのかという個人的な思いは置いておこう。
 ここは袁家技術開発廠・・・まあ、工房である。ここでは今陳欄が俺発注の長弓のテストを行っているのだ。
 そして陳蘭は肩まである髪を一つに括ってポニテにしている。時代を先取り過ぎだろ・・・常識的に考えて。ポニテがひょんひょんと動いてチラチラ見えるうなじなんてもう。
 いかん、発想がセクハラだ。自重自重。陳蘭相手にそれはまずいってばよ。

「で、どうしてこちらにいらしたんですか?」
「いや、久しぶりに休暇を貰ったんで陳蘭の顔を見に来た」
「ふぇ・・・ありがとうございます」
「長弓の性能も確かめたかったしな」

 何せ俺の肝いりで造ってもらった兵器だからな。そりゃ進捗に興味深々ってやつだよ。

「そうですか・・・」

 弓をさっきまで引いてたのだろう。上気した顔の陳蘭の持つ弓を見る。俺発注の長弓だ。大体120-180センチくらいの長さである。これから矢を飛ばすのにも相当な筋力が必要なんだが陳蘭なら問題ない。――なんせ俺より膂力があるしな!

「で、でも、狙いなんてつけれませんよ?」
「問題ない。数で補う。大体の方向さえ合ってればいいんだよ」
「そ、そうですか?」

 一応射程は数百メートルを想定している。近づく前に弾幕で敵を殲滅する、俺の数少ない軍事知識の中でも切り札だ。
 これを実用化したイングランドはフランスとの百年戦争で圧倒的な力を振るったのだ。フランスの逆撃は、かの聖女ジャンヌ・ダルク。それと大砲の登場まで果たされない。時代を考えると比較的簡単に再現できるワリには費用対効果に優れた武器だ。と思う。
 そして俺はこれを大量配備するつもりなのだ。だって間違っても敵将と一騎打ちとかしたくないからな!乱射乱撃雨霰である。

 まあ、それにしても。かのアマゾネスは弓を引くのに乳房を切り捨てたというが、陳蘭にその必要はなさそうだな!胸当てはきちんと装備しているが、実に平坦で、豊穣の恵みを祈念せずにはいられない。

「二郎様」
「お?」
「なんか、とんでもなく失礼なこと考えてませんか?」
「今日はいい天気だな。ほい、差し入れ」
「露骨に話をそらしましたよね・・・」

 そう言いながらも俺の持ってきた点心を頬張る。ぷりぷり怒っているみたいだが、実に表情豊かで可愛らしい。

「もう、聞いているんですか?」
「おうよ、北斗七星をかたどった運足は暗殺拳の秘中の秘って話だろ?」
「全然違いますよ・・・。麗羽様の誕生日に何を贈るかって話ですよ」
「正直思いつかない。軍務でそれどころでもないしな。まだ先だしいんじゃね?」
「去年もそう言って直前まで準備しないで麗羽様が拗ねちゃったじゃないですか・・・」
「なんで選定の過程まで筒抜けなんだろな。もっと違うところに手間を割けっつうのな」
「で、どうするんですか?」

 ずい、と陳蘭が身を乗り出してくる。ふわり、と柔らかな香りが俺を包んで、どきっとする。そういや陳蘭も女の子だったなあと余計なことまで思いが至る。

「ええと。去年と同じく超高級茶葉でいんじゃね?」
「悪くはないと思いますけど、去年と同じだっていうのはどうかと思いますよ」
「改めてそう言われると、まずいよなあ。つか、去年の贈り物、覚えてるもんかな?」

 俺の問いににこり、と陳蘭は首肯する。

「それだけ、楽しみにされてるんですよ」
「ほむ。そうなあ、また考えるわ。まだ時間あるしさ。
 それより飯食いにいこーぜ。俺腹減ったわ」
「私、差し入れいただいたばかりなんですけど」

 呆れたような口調な陳蘭なのだが、ものっそい健啖家であるのは確定的に明らか。なんだかんだ言って俺のあれやこれやに付き合ってくれるのである。うむ。感謝感謝である。

 でも実際麗羽様の誕生日プレゼント、どうしよ。


59一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:18:44.251jyXWa9Co (7/12)

「アニキー、助かったよー。どうもアタイ、あの人苦手でさー」
「そうか?やることやってりゃ怖くないぞ?それにすこぶる美人さんだしな」

 火傷の痕も見慣れたらどってことないし。キツめの美人さん。ぶっちゃけものっそいタイプだったりするのである。

「アニキのそういうとこ、すごいと思うよ・・・」

俺と話し込んでるのは脳筋美少女こと猪々子である。報告書を提出しないといけないが、麹義のねーちゃんが苦手ということで付き添いを頼まれたのだ。まあ、俺も長弓のテスト結果と導入の稟議に行かないといけなかったからちょうどよかった。
 とーちゃんとは匈奴戦の戦友らしく、ちっちゃいころから可愛がってもらったから苦手意識とかないんだよな。猪々子も斗詩も微妙に怯えてるけんども。
 珍しく、びくびくした猪々子をからかいながら食堂に向かう。で、呼び止められる。

「ああ、紀霊殿。ここにいたのか。済まない、張紘が至急ということで呼んでる」

 俺に声をかけてきたのは、くすんだ赤毛を結い上げて――ポニテである――動きやすいからと言って男装をしている、ものっそい美人――キツメの――である赤楽だ。それにしても張紘が至急とは珍しい。商会に何かあったのだろうか。
 俺が張紘を責任者として立ち上げた商会はものすごい勢いで成長している。郷里から知り合いを呼んだらしく、人材面でも充実。重畳重畳。実際助かっているのだ。
 袁家の官僚機構は優秀だ。が、新規事業をいくつも立ち上げるほど余裕があるわけでもない。それを委託業務として実行することで、袁家の官僚団にそれほど負荷を与えず数々の事業に手を出すことができている。もちろん、利益も出しているけどな。そこいらへんの手腕は流石の一言。
 ほんと、張紘を登用できてよかったわーマジよかったわー。

「すまねえ二郎、呼び立てることになっちまった」

 そんな張紘が申し訳なさそうに語るだけで容易ならざる事態なのであろうと気を引き締める。

「問題ないさね。それよりどうした?」
「ちょっとおいらの手には余るかもしれない」

 張紘の手に余ることって、俺がどうしようもないと思うのですがそれは。そして張紘からの報告を聞いて俺は激昂する。

「くそったれ!」

 毒づく。だがそれはまだ現実逃避。そして、きやがったか。そんな焦燥感と納得が並列してなお危機感が俺を襲う。張紘ほどの傑物が俺に判断を仰ぐ事態。それを聞けば聞くほど俺は天を仰いだ。

「売り浴びせとかやってくれるじゃねえか畜生め・・・」

 400年という長期に繁栄してきた漢朝。それは貨幣経済を成熟させた。そして、近現代に通ずるほどの経済システムを作っていた。
 ・・・結論から言えば、俺の懸案事項とは農産物の価格の急落である。元々緩やかな価格の下落を目論んでいたから気づくのが遅れてしまった。価格が急落している地域は洛陽など中央に近い城邑である。
 つまり、物流の要所。で仕掛けてきてやがる。恐らく袁家領内で買い付けた物資を売り浴びせて価格の急落を誘っているんだろう。そうやって価格が下がれば、他に物資を保管している商家も狼狽売りをしてくる。ますます下がる価格。しまいにはタダ同然になる。で、その段になって回収していくのだろうて。
 洛陽を初めとする都市で適正価格で売れば莫大な利益になる。そしてめでたく袁家領内の農民は流民となり袁家の基盤にダメージを与えるってか。
 舐めやがって畜生。国土を荒らして何が政治だ。誰だか知らんが許さない。この俺をたった今敵に回したぞ畜生。絶対に許さん。
 だから、張紘にも徹底しろと言わずもがなの厳命である。

「買え。安く出回った農産物は全部買え。これまでの利潤を全て放出しても構わん」
「既にその方向で動いてる。追認ですまねえ」

 殊勝に頭を下げる張紘。だが、その五体は怒りに満ちている。飢えて、渇く。その苦しみを知っているからこそ、それを謀略に使うなど。虎の尾、逆鱗。

「むしろ感謝を。全力で頼む。お前が味方でよかったよ」

 がしり、とシェイクハンド!である。戸惑う張紘にニヤリ、と笑いかける。

「はは、二郎にそこまで言われちゃ、頑張るしかないや」

 ぽり、と照れ隠しに頬を掻く張紘に畳み掛ける。

「実際、張紘よ。お前みたいな英才と出会えて、こうして友誼を結べているのは奇跡みたいなもんさ」
「よせやい。実績もない、食い詰め浪人を拾ってくれたのは二郎だ。おいらはその恩義を忘れるほどに薄情じゃないさ。
 いや、そうじゃないな。確かに恩義はあるけどな。
 おいらは二郎、お前のために頑張りたいって思ってるんだぞ?」


60一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:20:52.681jyXWa9Co (8/12)

 ――不意打ちにもほどがある。張紘ほどの俊才にそんなことを言われて浮足立たない奴がいるものか!

「お、俺だって!」

 友誼に応えたい。そして、できることならば張紘の出身地の復興事業だって手がけたい。だって、だって、さ。

 「友達だものな。いや、君たちのやり取りは見ていてこう、清々しいんだけど恥ずかしいなあ」

 げし、と張紘と俺を蹴りながら赤楽さんがそんなことを言ってくる。

「なに、江南が地獄絵図だったというのは確かさ。援助はありがたくいただくとも。きちんと活用させてもらうとも」

 なにせ、私も行き倒れていたのだからな、と笑う赤楽さん。何か言おうと思ったけど、それ、コメントに困るのですが。

「ま、まあ商会と紀家だけじゃ手におえない可能性が高い。沮授も巻き込もう」
「そうだな」


 舞台は沮授の執務室に移る。オブザーバーは張紘である。内向きの仕事をするにはこれ、三国志でも最強クラスの面子だぜ。俺を除けばな!

「おやおや、血走った目をして、どうしたんです?」
「うっせー非常事態だ力を貸せ」

 沮授のいつもの余裕のある台詞で若干気持ちが落ち着く。狙ってやってるんだろうが、有効だ。ほんと頼りになることこの上ない。なので全力で頼ってやんよ。

「概要はお聞きしました。これは厄介ですね」
「おう、通常の商取引の形を崩してない。介入しにくいったらねえよ」
「袁家が大規模に介入すれば、政敵に付け入る隙を与えてしまいますね」
「くっそ、そうなんだよ。だが放置もできん」
「困ったものです」

 頼みの綱の沮授でも咄嗟にはいい手が浮かばないか。言い訳でもいい。物資を大量に買い集める言い訳・・・。
 を。あれならどうだ・・・?

「沮授よ」
「はい、なんですか?」
「今年の麗羽様の誕生お祝いは盛大にしないと・・・な・・・?」

 得心したのであろう。さわやかなスマイルを浮かべながら、やれやれ、と苦笑する。器用だなおい。

「おやおや、僕としたことがすっかり忘れていましたよ」
「ちょっとー沮授君ってば大丈夫ー?」

 麗羽様の誕生のお祝い。それは常であっても盛大にお祝いされていたのだが、今回はその規模を拡大する。どうせなんだから派手にぶわーっとやっちゃおう。袁家領内の主要都市でお祭りを開催しようというのが俺のプランである。
 やられっぱなしは性に合わないからな!

 官僚たちを集め、矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。そして沮授と打ち合わせ。やることを整理する。

「やることは大きく分けて二つだ」

 俺の言葉に沮授は頷き、応える。

「売り浴びせによる相場の暴落を防ぐための買い支えをすること。
 そして実際に袁紹様の誕生祝いの催しを華々しくする、ということですか」

 そう、シンプルなのだ、やることはね。達成が容易とは限らないんだけんども。

「そうだ。表立っては後者のための前者だが実際は逆だ」
「ええ、手段と目的が入れ替わっていますね。そしてそれを外部に悟られるのは避けたい、と」

 過不足なく沮授は俺の言いたいことを察してくれる。なにこのチートキャラ。


61一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:21:18.511jyXWa9Co (9/12)

「ああ、仕手戦が表面化すると参加者が増えかねない。負けるとは言わんが不確定要因は増やしたくない」
「気づく人も、いるでしょうしね」
「それが分かる奴には袁家が本気であることも分かるだろうさ。安易に手を出してはこない。はずだ」
「出してきたら?」

 くすり、と笑う沮授はきっと俺の答えを知っているはずだ。

「――叩き潰す。完膚なきまでに。袁家に手を出すとどうなるか、野次馬含めて見せ付けてやるのさ」

 くすりと笑みを漏らし、沮授はにこやかに嘯く。

「いやいや、これは怖いですね。二郎君を敵には回したくないものです」
「俺の台詞だっつうの」

 軽口を叩きながら物流の計画を立てていく。動員する人員、予算、責任者。大筋を決め、ふと気づく。

「いかん、肝心の麗羽様誕生祝賀会の企画内容に手が回らん。つーか、こんな莫大な予算、どう使うんだ」
「さて、僕は言われたことしかできませんので」

 ここまでだんまりの張紘を見る。

「お、おいら贅沢なんてしたことねえからわかんねえぞ。
 っていうかうちの商会は買い付けの方で手一杯だ」

 なんてこった。早くも俺の計画が頓挫しようとしているじゃねーか。なんで揃いも揃って金の使い方を知らないんだよ・・・。俺もだけどさ・・・。

「あーら、二郎さん。政庁にいらっしゃるなんて珍しいこともあるものですわね」

 ――女神様の降臨であった。

「・・・よくわかりませんけど。わたくしの誕生を祝う祝賀会を開催するということですのね?」
「はい、それも大々的に、です。大陸に響き渡るくらいの規模で、です」
「で、お金の使い道が分からない、ということですのね?」

 ため息を漏らす麗羽様である。うむ、久々に話すが麗しいことこの上ないな。ぶっちゃけすっげえ美人さんになったものである。金色の御髪は華々しく縦ロールにまとめられており、まるで光輝を放っているかのようだ。

「恥ずかしながらそのとおり」
「ほんと、情けないですわね。袁家の柱石たるあなた方がそんなことでどうしますの」
「や、一言もありません」

 実際お手上げな俺の様子に麗羽様はくすり、と笑みを漏らす。雲間から差し込む昭光のごときその笑み。これがカリスマと言う奴か・・・。俺には縁のないものである。

「よろしいでしょう。このわたくしが骨を折ってさしあげますわ」
「え、でも麗羽様を祝うのにご本人が計画から携わるのは・・・」
「わたくしが主役なのでしょう?わたくし以上にわたくしを満足させられる企画を立案する者などおりませんわ」

そ、そうかもしれないが、いいんだろうか・・・。何か違くね?とそれでも反駁するのだが。
 おーほっほっほと優雅に笑みを漏らして俺に言い放つ。

「御安心なさいな。二郎さんの顔に泥を塗るようなことはしませんわ。
 袁家の跡継ぎに相応しい催し。ちゃんと演出してみせますとも。
 ええ、華麗に、優雅に、雄々しく!」

 沮授と張紘に視線をやると、沮授は他人事な笑顔。張紘は露骨に目を逸らしやがった。

 そして麗羽様の誕生祝賀会はそりゃもう盛大に催されることになったのである。


62一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:21:57.021jyXWa9Co (10/12)

 公孫賛の感じたことを言葉にすればそれはまさに圧巻、であったろう。元々ここ南皮は袁紹――袁家の時期後継者であり、公孫賛の旧友――の住む町として発展を遂げていた。
 識者によるとその繁栄は洛陽より上位に推す者もいるとのこと。無論その統治の手法は学ぶことも多い。自身の住む都市と、規模の違いに圧倒されてしまう。これから表舞台に立つという意味では同じ立場のはずなのだが、どうしてもわが身を振り返ってしまう。

「白蓮さん?なにを呆けてますの?地味なお顔がより輝きを失ってますわよ?」
「う、うるさいな!地味って言うな!」

 おーほっほと高笑いする袁紹の声に反駁する。とは言え、今日の主役は間違いなく袁紹だというのは前提であるので傍目から見れば見目麗しい少女たちのじゃれ合いにしか見えない。というのを当事者である公孫賛もよく理解しており、くすくすと笑う袁紹に降参の合図を送る。
 満足気に頷く袁紹はいつもに増してきらびやかな衣装を身に付けており、群集に手を振る彼女は控え目に言って豪奢。そして華麗であった。その袁紹に手を振られた民が歓呼の声をあげる。それに応えるように横の顔良と文醜が福豆を投げる。
 絹の袋に入った福豆は更に金箔で覆われており、ちょっとした芸術品だ。それを惜しげもなくばら撒く袁家の財の底知れなさが恐ろしい。
 手元不如意な我が勢力を思いながら公孫賛はじっと手を見る。働けど働けど・・・。と、ずんどこの底に陥りそうな思考に覇気と反骨に満ちた声が入る。

「あきれたものね。ここまで贅の限りを尽くさなくてもよさそうなものなのに」

 自身と同じく袁紹の学友である曹操の声だと気づくのに数瞬かかったということに公孫賛の自失具合が察せられるであろう。

「あーら、華琳さん、何をひがんでらっしゃるのかしら?」

 とげとげしい曹操の声にも袁紹は余裕綽々で応じる。慣れたもの、ということであろう。

「フン。ひがんでなんかないわよ。ただ、こんな規模の祝賀会をするお金があればね・・・。
 もっと色々なことができる、そう言っているのだけど?」

 下の景色を見下ろしながら曹操が言う。常ならばその小さな体躯に似合わぬほどの覇気を漲らせ、相手を直視するものだが、この風景はそれほど衝撃的だったのだろう。
 ずしん、と地響きをたてて視界が動く。
 そう、ここは地上ではない。象、という生き物。その巨体の上の輿にいるのだ。こんな生き物がいるというのも驚きだが、その進む道先は真紅の天鵞絨ビロードが道を覆っている。正直どれだけの財貨が注ぎ込まれたのか想像もつかない。

「三国一の名家である袁家としてはこれくらい当たり前と思うのですけど?」

 応える袁紹は心底不思議そうで。公孫賛にはそれが本気の言だとしか見えない。器が大きいのやら、それとも・・・。その感想は横の曹操も同じだったようで。

「去年まではここまでじゃなかったじゃない」
「むしろ今までが地味過ぎたと言えるでしょうね」

 地味という言葉に反応しかけてしまうが、そうじゃないと留まる。が、去年までの宴席だって相当豪華だったはずなんだがなあと内心でツッコミを入れる。

「よくもまあ。袁家の家臣団が許可したわね、こんなのを」

 確かにそうだと公孫賛は内心首肯する。袁家の家臣団は極めて優秀だというのが世評であり、直接やりとりをするとそれが事実だとよくわかる。有名どころの人材にしても田豊を筆頭に、若手の切れ者と言われる沮授あたりがさらりと列挙される。彼等がただ虚名のためにこのような贅を尽くした催しを看過するはずはない。
 で、あればそれ以外の要素がある?と思うが、考えても無駄と思考を切り替える。ここらへんは前線指揮官として公孫賛が卓越しているところであろう。

「おーっほっほ。わたくしの美貌、高貴さ、それに心を打たれたようですわ。
 持って生まれた魅力というのはどうしようもありません。これまでの催しがわたくしの光輝を十全に相応しくはありませんでしたもの。それは皆にとって。いえ、この中華の大地にとって不幸なことではありませんこと?」
「・・・はぁ。答えになってないわよ」

 がくり、と肩を落とす曹操。これ以上論議をするつもりはないとばかりに、ひらひらと手を振る。

「おーほっほ。どうでもいいですけど、もっと朗らかにしてくださいな。
 華琳さんはただでさえ貧相なのですから。いえ、何がとは言いませんけども」
「な、なんですって!」

 袁紹が曹操をあしらう様子にさしもの公孫賛も仲介しようかと思う。まあ、民の前だしせっかく招いてくれて賓客として遇されているのだからして。毎度おなじみとは言え、この二人の喧嘩――あるいはじゃれ合い――を仲裁するというのも役回りというものであろうか。

「あ、白蓮さん、無理して笑顔を作ると、笑顔まで地味になってしまいますわよ」

 ――人が気を使ってやってるというのに。

 袁紹と曹操の間に挟まれて。内心思う所があっても、その場を穏便に済ませようとする公孫賛の苦労はまだまだ始まったばかりである。そう。祭りはまだまだ続くのだ。


63一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:22:50.191jyXWa9Co (11/12)

 少女は、目の前の光景に絶句していた。なんだ、これは、と。
 少女は、目の前の光景が理解できなかった。群集が溢れ、歓声が飛び交う。それはいい。町が活気に溢れているということだ。
 だが、なんだこれは。
 奢侈にもほどがある。これを考えた人間は頭がおかしいのではないか?
 例えば、と少女は思う。手にした福豆。それを包むのは最上級の絹。
豆自体も金箔で包まれている。この絹の袋一つでどれだけの飢えた民が救われるのだろう。
 少女は憤慨し、次に失望した。ばかばかしい。袁家は確かに名家だ。
だが、この有様はどうだ。娘の誕生祝いにこれだけ散財する。
 民のことなど何も考えてないのではないか。
 彼女は嘆息する。
 荀家の力を総動員して袁家への士官を実現したのだ。師父や係累には多大な迷惑をかけてしまうだろう。
 だが、こんなことをする主君を仰ぐ気にはならない。
 名門袁家といえども、少女はその才能でもって登り詰める自信があった。だが、自分の能力はけして主君に贅の限りを尽くさせるためのものではない。
 そうして少女は踵を返した。

 猫耳を模したフードを深く被りながら。

 少女は知らない。
 この催しの裏でどんな暗闘が繰り広げられていたのか。
 この催しを実行するためにどれだけの人員がその能力の限りを尽くしていたか。この催しがなかったならば、どれだけの流民が生まれたか。
 この催しの光彩はあまりにも煌びやかで、未だ井の中の少女はその輝きに目を囚われていた。

 それこそが、この催しの黒幕たちの真の目的の一つだと知ることもなく。黒幕たちの想定する敵の条件すら満たさず。
 黒幕たちの怒りも、嘆きも、そして愛情も一顧だにせず、少女は南皮から去ることになる。

 幼さゆえの潔癖さ。それがこの外史にどんな影を落とすのか。
 それは、まだ誰にも、分からない。


64一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/07(土) 00:23:16.751jyXWa9Co (12/12)

ひとまず本日ここまです


65以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/07(土) 01:06:00.88rRGIQnmmO (1/1)

乙です


66以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/07(土) 14:02:39.03YHvf0lxf0 (1/1)

乙&誤字報告を
>>57
>>「いや、自分の立ち居地に納得いかないものがあってですね」
>>いささかこそばゆいが俺の立ち位置としてはいい感じじゃないかな、と思う。
「立ち位置」とは「当人の意志」によって如何様にも変え得るようなそれbyはてなキーワード
立ち位地は誤字ですね、周りからみられるそれは[立場]の方が正しいかと。立ち位置でも間違いとは言い切れませんが
>>62
>>袁家の時期後継者であり、
○袁家の次期後継者であり、   あれ?デジャヴ
>>これまでの催しがわたくしの光輝を十全に相応しくはありませんでしたもの。
○これまでの催しがわたくしの光輝の十全に相応しくはありませんでしたもの。 かなあ接続詞が多いからちょっと自信がない

ここは私の好きなシーンベスト3ですね~ちなみにベスト3のうち2つが麗羽様関連(むしろ主役)です(笑)
二郎ちゃん?残りの一つにはハイッテルヨ


67一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/09(月) 00:39:09.789MQ7ezKEo (1/1)

>>66
ありがとうございます!
ほんと、見返してても中々・・・w

本当に、自分ほど信用ならないものはないというものですよ

>ここは私の好きなシーンベスト3ですね~ちなみにベスト3のうち2つが麗羽様関連(むしろ主役)です(笑)
ありがとうございます

麗羽様についてはねえ。
本当に、エンディングでちろっとデレを出すくらいの予定だったのですよね。。。

なんだかんだでヒロイン力の圧倒を更に頑張りたいと思います


68一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:08:11.98fFGdTY6uo (1/15)

 麗羽様誕生祭は尚も盛り上がり、続いている。膨大なヒト、モノ、カネが南皮に集まり、動いている。乗数効果により、その経済効果についてはもう正直把握できないくらいである。というかそれが主目的じゃないし、いっかなーってこれ以上考えないことにした二郎です。そこらへんは沮授とか張紘があれこれ考えてくれるだろうし。
 しかし通常の業務に加え、麗羽様誕生祭の計画。運営と業務は多岐に渡り膨大である。前例もないのにこれを短期間で計画し――原案は麗羽様である――実施した袁家家臣団には頭が下がるのだ。恐るべき袁家の官僚集団である。改めて袁家という組織の強みを見た気がする。
 戦時においても、同様に種々のオペレーションがどれだけ円滑に運営されることか。他陣営の追随を許さないだろうことは確定的に明らかである。

「しかし、こう言っちゃなんだが斗詩が裏方に回ることなんてないんだぞ?」
「そうですか?」

 目の前で次々と持ち込まれる案件の処理をてきぱきとさばいているのは控えめ美少女の斗詩である。麗羽様と俺、あとちょっとだけ猪々子が無責任に立ち上げたイベントや思いつきを実際に形にして運営している官僚集団の指揮を執っているのは沮授だが、運営にはかなり顔を出したりするのだ、斗詩は。
 いざ祭りが始まると斗詩も出番が多くて時々進捗状況のチェック等しかする暇はないのだが、それでもちょくちょく顔を出しては事務処理を手伝っている。

「いや、ほら、割と麗羽様と猪々子って企画の思い付きだけで後は知らんぷりじゃん」
「そうですねえ。だからあの二人の後始末してるの、大体私なんですよ。はぁ」
「それはご愁傷様だな。貧乏くじにもほどがあんだろ」
「ええ、そうですね。でもまあ、悪いことばかりじゃないですよ?」

 そう言ってにこり、と笑みを浮かべる。うむ。花に例えたいのだが俺にそんなスキルはなかった。だけんども、ものっそい可愛かったということは断言できる。

「あー、それならいいんだが。ま、後はやっとくから麗羽様のとこに戻っとけ。
 護衛が本文だからな。あと少し休憩もしとけよ?」
「ええ、この書面に返信したら失礼しますね」

 まったく、真面目でいい子だなあ。こういう気質は顔家特有のモノなのだろうか。先代も兎角生真面目だったと聞くし。
 ――過労死は防がなきゃ(使命感)。
 と、斗詩の護衛対象があっちからやってきた。

「あら、斗詩さん、こんなとこにいましたの。
 そろそろ大会が始まりますわよ。
 ・・・それにしても二郎さんが真面目にお仕事してると雨でも降るのかと思ってしまいますわね」
「ひどい言い草ですが、俺だってやる時はやるんですよ?」

 ・・・別にいつもサボっているわけではない。最近俺が積極的に動くと色々勘ぐる奴が多いからあえて普段は仕事をしていないのだ。ということで一つご理解願いたい。
 ただまあ、今日はそうも言ってられないのでメイン指揮をしているのだ。なお、案件を人に振るのがメイン業務である。これはこれで難しいんだけどね?
 本当は天下一武道会と銘打った――無論命名俺である――武術大会とか観覧したり有望な武官にスカウトしかけたりしたかったのだよ。おろろろーん。

「はい、駄目でしたー」
「どうしたんですか、いきなり」

 お茶を淹れてくれる陳蘭にぼやく。

「いや、天下一武道大会、そう。俺が銘打った武術大会を見たかったなーと思ってさ」
「すごく、盛り上がったそうですよ」

 み、見たかった。くそう。武官としての飛躍のフラグを一つ折ってしまったのではなかろうか。まあ、ここは切り替えよう。今この時点でスカウトできそうな人材の情報が入ったと考えるべきだ。ポジティブにいこう。

「で、優勝者は誰になったんだ。
 まさか猪々子とか出てないだろうな。本人出たがってたが」
「あはは、流石に止められたみたいですよ、勝っても負けても角がたつ、って」
「まーなー。勝っても八百長の噂は出るし、袁家筆頭の武家の次期当主が負けるわけにもいかん。妥当な判断だな。
 で、誰が優勝したんだ?」
「それが、ですね。」

 陳蘭が口にした名前は黄蓋。呉の、孫家の忠臣である。

「ご存知なんですか?」

 その名前を耳にして狼狽えてしまった俺に陳蘭が問いかける。黄蓋ね。ゲームとかではよく知ってるよ!めっちゃ呉の名将じゃねーか。在野なら是非とも勧誘したいとこだけどな・・・。
 将来、歴史どおりに進むなら孫家とは敵対する。なんとかその前に唾つけときたいもんだ。が、黄蓋は既に孫家に仕えているとのことで、俺は大いにがっかりしたのだった。

 そしてその夜、俺は意外な来客を迎えることになる。俺が勧誘を諦め、孫家に対する警戒心をマシマシにする切っ掛けになった黄蓋その人である。
 え、マジで?マジなの?マジだった!


69一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:10:00.64fFGdTY6uo (2/15)

 目の前には見事なおっぱいがその存在を高らかに主張している。それは大地の豊穣を象徴するかのような双丘。しかも、その頂には何かを主張するぽっちのようなものが服の上からでも認識できる。ありがたや、ありがたや。正直、もう黄蓋が女性でしたとかどうでもよくなっている。慣れた慣れた。もう慣れたわ。

「というわけで、沮授殿に紹介いただいたというわけじゃ」

 何でも、武術大会での優勝商品とかの代わりに孫家の使いとしての面談を申し込んだらしい。しかも袁逢様に、だ。内容を吟味した沮授がこっちに振ってきた、と。全権委任という名の丸投げは俺の必殺技のはずなんだが、やられたね。まあ、いいおっぱいを拝めたからよしとするか。ふぅ。
 いや、孫家との縁をどうするかの判断を沮授が俺に委ねてくれたってことだとは分かってるんだけどね。そんな判断しとうなかった。

「で、江南の孫家に援助をして欲しい、と。
 随分率直だな」
「腹の探り合いは苦手でのう。時間の無駄じゃろ?」

 黄蓋のその笑みは満面。だが背負っているものがあるのだろう。凄味を内包しているのに気付かないほど鈍感じゃあない。でも美人って凄んでも魅力的だよね。
 まー、このおねーさん、こんなこと言っといていざという時には苦肉の策とかしやがるだろうからその覚悟たるや推して知るべし。つまり。

「そこまで水害の爪痕はひどいのか」
「うむ。恥ずかしい話じゃが、手が回っておらんのが現状よ」

 数年前の水害。張紘から聞いた災害。その影響がまだ残っているという。駄目になった農地、民は流れるか賊となるしかない。そして賊を討伐することでめきめきと影響力を増したのが孫家。
 が、江南は豪族が割拠している治めにくい土地だ。勢力を伸ばす決定打に欠けていた孫家の一手が袁家への援助依頼というわけか。物資と権威。なるほどそりゃあ欲しいだろうよ。
 というか、黄蓋クラスの武将がいなかったら統治に支障をきたすだろうに。いや。それでも黄蓋を派遣せざるをえないほどに孫家は逼迫しているのか?
 まー、いずれにしてもそれだけ本気でこの交渉に臨んでいるってこったろう

「そういう訳での、余り長居もできん」
「お帰りならあちらへどうぞ」

 江南の勢力争い、それに迂闊に介入はできるものかよ。そんな案件を持ってきた沮授め。今度なんか奢らせてやる。そう思いながら俺は気を引き締めなおしたのだ。
 いや、江南への援助については前向きなんだけどね。それにしたって孫家はちょっと・・・。俺の将来の死亡フラグ的に、さあ。ほら、袁術って孫家を子飼いにして裏切られるやんか・・・。鬼門なんやって、ほんまに。
 ぼすけてー。


70一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:12:03.44fFGdTY6uo (3/15)

 公孫賛は控え目に言ってその光景に圧倒されていた。袁家の隆盛を知ってはいたものの、だ。親友である――真名を交わしたのだからそうに違いない――袁紹の誕生祝いということで、公孫家としても贈り物を用意してきたのだ。・・・袁家であってもあれだけの名馬は中々手に入らないであろう。そのくらいとっておきの名馬を贈ったのだ。袁紹もそりゃあ喜んでくれたのであるが。
 返礼の贈答品に圧倒されてしまった。馬車に積まれた金銀財宝。ちなみにあの豪奢な馬車も含まれるそうな。倍返しどころではない。のだが。

「あら、わたくしは白蓮さんのお気持ちが嬉しかったのですわ。
 あのお馬さんたちは貴女の領内でも出色なのでしょう?それくらいはわたくしにだって分かりますもの。
 だったら、あれくらいお返ししませんとわたくしの気が済みませんわ!」

 そう言って高笑いをする。いや、おーほっほという笑い声なのはどうなんだと公孫賛としては思うのだが。だがまあ、実際助かったのは本当である。袁家領内から安く食料が流れてくるのはいいのだが、肝心の財政が心許ない。手元不如意という奴である。切実に。正直、今回南皮に来たのは借金を紀霊の仕切る商会に打診しに来たというのもあるのだ。
 うう、匈奴の侵入さえなければなあ。と内心滂沱の涙を流しながらも公孫賛は応える。

「ま、まあ、ありがたく受け取っておくよ、実際助かるしな」
「それはよかったですわ。・・・これでも頼りにしてるんですわよ?
 北方が安定しないと、わたくし達も困りますし」
「そうだな、頑張るよ」

 袁家が北方の三州――幽州、冀州、青洲――を治めるのには北方の匈奴への盾としてというのが大きい。実際、大規模な匈奴の侵入に際し、袁家の総力を挙げて戦ったこともある。

「あら?そういえば華琳さんはどちらにいらっしゃったのかしら?」
「ああ、市街に出てったぞ。視察だそうだ」
「せわしいことですわね。優雅さが欠けていますわ」
「は、ははは・・・」

 本当は賓客として武術大会に顔くらいは出したほうがいいと思うんだがなあと公孫賛などは思うのだが。そういったことに無頓着のようで、さっさと街に行ってしまったのだ。
 或いはそれでも南皮の街を視察したいということだろうか。発展した町並み、軒を並べる商家。そして卓越した治安に街の活気・・・。公孫賛から見ても学ぶべきことはたくさんある。まあ、公孫賛は地理的に近いこともあって度々来ているからそこまで今回街を巡る必要もないのだが、曹操はそうも言ってられないのだろう。学ぶことに貪欲なのは相変わらずである。
 むしろそういった催しの運営なんかの方に興味があるしな、と観覧した後で裏方を覗くことにした。まあ、多分袁紹のことだから二つ返事で承諾してくれるに違いないと公孫賛は思う。ただし高笑いが漏れなくついてくるであろうが。

「むう」

 圧巻。であった。武術大会の優勝者のことだ。名を黄蓋と言うらしい。他の参加者と比べても頭抜けていたと言ってもいいであろう。此度の武術大会は慣例通りの射に加え、木剣を使用した白兵戦も――民草の娯楽のためであろう――実施されていたのだが、見事二冠達成である。

(射ではとても敵わないな)

 公孫賛とて馬上からの射を得手とする――匈奴の技、騎射である――のだが、それにしたって格が違うというものだ。まったく天下は広いということか。少々気落ちしながら席を立つ。本来の目的であった運営について多少なりとも視察しようというのである。大会の終わった今ならば然程迷惑になるまい、と考えるあたり知人たちと比べて良識というものを弁えている。
 適当な官僚に声をかけて実行委員会なるものに通されたのだが、そこの一番偉い席に座っている人物が意外で、歩みを止める。


71一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:12:50.13fFGdTY6uo (4/15)

「じ、二郎?二郎が武術大会仕切ってたのか?」
「ん?白蓮じゃん。そういや招待状出してたっけか」

 そして驚いたことに、目の前に積まれた書類の山を実に見事に処理していくのである。常々「働いたら負け」とか「晴読雨読が俺のやり方」とか「さっさと隠居してえ」とか言っていた人物の働きようではない。これは本物か?と若干失礼なことを公孫賛が思ったのも無理からぬことである。

「あー。二郎、忙しそうだな」
「ん?まあそうだな。白蓮、せっかく来たんだ。お茶でも淹れてってくれ」
「それ、普通は招待された私がすることじゃないよな」
「いいじゃん、白蓮が淹れるお茶、俺より美味いんだし」
「まったく、仕方ないなぁ・・・」

 ああ、こいつは本物だなと内心ぼやきながら二人分のお茶を淹れる。その間にも紀霊は着々と書類の山を片付けていっている。やる時はやる。そういうことなのか。公孫賛は内心で紀霊の評価を是正する。――まあ、実際は誰に案件を投げるかという識別だけやってるから仕事が早いように見えるのであるが、流石にそこまで見抜くことはできない。いや、それを看破したとして仕事の振り先があるのかと落ち込むこと間違いないのではあるが。

「はぁ」
「どした?」
「いや、なんかさ、南皮に来るたびに自分の至らなさを思い知ってるなーと思って」
「白蓮はよくやってるだろ」
「ん。二郎はそう言ってくれるし、私なりに頑張ってるつもりなんだけど、さ。もっともっとやりようはあるのじゃないかって思ってしまうんだよな」

 通常の三倍くらい愚痴っぽくなってしまっているなあと紀霊は思う。それくらい公孫賛は次々にまくしたてる。それを時に苦笑し、時にフンフンと頷き、にかり、と笑う。

「いいことじゃないか」
「なにがいいんだよ」
「来るたびに思うところがあるんだろ?
 つまり、そのた度に白蓮は前に来た自分より成長してんだよ」
「な――。何を、言うんだ」
「いや、実際白蓮はよくやってるよ。少なくとも、俺はそう思ってる」

 狼狽、してしまう。自分が言ってほしい言葉をくれたことに。そしてその言葉でまた頑張れる、と思う自分に。先ほどまでは下向きであった視線は紀霊を真正面から捉え、更に目線を上げる。歯を食いしばり。

「なあ二郎。この際だからちょっと相談なんだけどな」
「ほいさ」
「為政者にとって、一番大事なことってなんだろう」

 きっと正解なんてない。それでも公孫賛は問わずにいられなかった。袁家の中枢で、自分に見えないモノを見ているであろう彼が見ている景色が見たくなったのかもしれない。

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり・・・」

 借り物の言葉だけどな、と言いながらも紀霊の表情はいつになく真面目で。こいつはこんな顔もするんだな、なんてどうでもいいことを思ってしまう。

「ありがとな、二郎」
「べ、別に白蓮に助言を与えたわけじゃないんだからねっ!」
「はいはい、そういうことにしとくよ」

 でも、また借りが増えたな、と公孫賛は思う。その心理的負債は結構積み重なっているのだが、生真面目な公孫賛にはそれを踏み倒すという発想はないのであった。


72一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:13:58.39fFGdTY6uo (5/15)

 人、人、人。見渡す限りの人の海に黄蓋はくらり、と眩暈ににた感覚を覚える。活気に溢れ、人が行き交う。猥雑ながらもその空気は統制がとれており、治安機構の優秀さが見て取れる。

「これは蓮華様や穏あたりに見せておくべきかもしらんな」

 数瞬の自失から回復し、呟きながら屋台で売っていた料理に舌鼓を打つ。塩がほどよく効いていて、旨い。この辺りの立ち直りの早さは流石である。想定よりも早く南皮に到着したので路銀にも余裕があることであるし。
 袁家の領内が想定以上に発展していたのも驚きであった。まず、第一に道が整備されている。治安もいい。宿場も街道沿いに整備されているので結構な旅程にも関わらず疲労感が少ない。野宿も覚悟していたのだが・・・。所々の物価も安く安定しており、物質面での豊かさには戸惑いどころか、目眩を覚えるほどである。
 そして、移動には乗合馬車なるものを利用したのだが、その移動速度が尋常ではなかったのが旅程が早まった最大の要因である。

 ――街道に煉瓦を敷き詰めればそりゃあ旅程も捗るというものである。ぬかるみにはまることもないし、馬へかかる負担も少ない。だが、それを具現化してしまう袁家。その資金力にため息をついてしまう黄蓋である。
 是非とも孫家の領内でも導入したいものだが。

「残念ながら孫家はその日の食料にも困る有様、とな」

 黄蓋はそれを打開するためにここに来たのだ。と思いを新たにする。のだが。

「しかしまあ、余裕もあることじゃし。今少し楽しんで――視察をしても問題なかろう」

 ちょうど、袁家次期当主である袁紹の誕生の祝いと重なるとは。と黄蓋は自らの幸運にほくそ笑んだ。それはそれ、これはこれである。どうやら、袁家はご息女の誕生祝賀会を盛大な祭に仕立て上げたらしい。
 まあ、それは分からなくもないのであるが、規模が桁違いである。これだけの規模の催しをするとなると、どれだけの資金がかかることか。どれだけの手間がかかることか。袁家の地力に笑うしかない黄蓋である。
 いつかは孫家でもこれだけの催しを開きたいものじゃな、と思いを馳せつつ。今度は腰を落ち着けて熱々の饅頭に舌鼓を打ち、盃を傾けながら改めて南皮の民たちの様子を見やる。
 ――しかしまあ、南皮の民たちの楽しそうなことよ。女子も相当着飾っている。普段お洒落とは無縁そうな庶民さえ、ハレの日には着飾る余裕があるということであろう。改めて江南との格差を嫌でも認識してしまう。
 この光景を周瑜が見たらさぞかし悔しがるだろう。いや、それとも貪欲に利を得ることに徹するだろうか?などとまだ若年ながら優秀な孫家の軍師の反応をあれこれと想像しながら街を散策する。その黄蓋が何とはなしに違和感を覚える。女子の格好が洗練されておるな、と。それはいい。だがその方向性がどことなく統一されてはいないだろうか。と思ったら指南書のようなものが出回っているらしい。

「阿蘇阿蘇?珍妙な名前じゃの」

 色つきの美麗な絵図入りで衣装の着こなしとそのアレンジメントを指南する絵草子、みたいなものであった。どう着飾ればよいか、これなら字が読めずとも庶人にも分かる。
 そしてそれを出版しているのは紀家が後援する商会。名を母流龍九商会と言う。特徴的な商会名であったので道中にあった宿場やの街道の整備を手がけていたな、と。
 政商。その言葉が浮かぶ。紀家は生粋の武門と聞いていたが、どうしてどうして、手広いではないか・・・。黄蓋の識見と経験がそこまで考えを及ばせる。紀霊がそのことを知れば「流石は呉の誇る名将」と唸ったことであろう。まあ、紀霊にしてみればそこらへんは探られても痛む腹はないのであるが。――ないはずである。
 それはそれじゃとばかりに心に棚を造り上げ、黄蓋は自らの真名でもある「祭」を存分に楽しむのであった。これもお役目、いたしかたなし。なんて呟きながら。
 その甲斐はあり、なんやかんやで武術大会にエントリーし、優勝までかっさらうのだから流石は黄蓋である。流石は孫家の宿将である。

 黄蓋は一つ伸びをして、ため息を漏らす。どうにかこうにか武術大会で優勝を果たすことができた。それも圧倒的な実力を見せつけて、である。とは言え、楽勝であったわけではない。背負ったものの重さを感じながらも実力を発揮するのはやはり亀の甲よりもなんとやら、であろう。
 ――しかし、黄蓋にとってはここからが本番である。あくまで、武術大会での勝利は目の前で爽やかに微笑む青年――本当は更に背後にいるであろう人物――と面会するための前提条件でしかないのだ。そして孫家の存亡はこの一戦にあり、と黄蓋は心得ている。流石に疲労が重くのしかかる身体に鞭を入れ、目の前の青年。沮授に向き合う。

「というわけでな、褒美なんぞいらん。孫家の名代として袁紹殿とお話がしたいのじゃ」
「なるほどですね。でもそれはできない相談ですね」
「なんじゃと」

 殺気を込めて沮授を睨む。黄蓋からすれば青二才と言っていいくらいの年代だが、沮授は黄蓋の殺気に特に反応しない。そよ風でも吹いたかのように軽く受け流す様子に黄蓋は沮授に対する評価を数段上方修正する。これは手ごわい、流石は袁家の柱石となる人材だと。


73一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:14:29.52fFGdTY6uo (6/15)

「袁家ご息女たる袁紹様の誕生を祝う催しの目玉たる武術大会の優勝者に褒美を出さないなど、袁家の面子にかかわりますしね」

 その言葉尻を捉えて黄蓋は問う。

「では、その後であれば袁紹殿と会談の席を設けてくれる。そういうことじゃな?」
「いえ、そうではありません」

 黄蓋が縋ろうとする細い道筋。それをにこやかに切り捨てる。ばっさりと。ひくり、と頬が引き攣るのを隠すように問いただす。

「どういうことか聞いても構わんか?」
「言葉の通りですよ。貴女を孫家の名代とは認めません。一介の武芸者として褒美を与える。そういうことです」
「なん・・・じゃと・・・?」

 つまり交渉のテーブルに着くつもりはないということか。ギリ、と歯軋りの音が漏れる。黄蓋は沮授を睨みつけ、殺気を叩きつける。先ほどの牽制のような生易しいものではない。思考回路がカチリ、と音を立てて切り替わる。穏便に済まないのであれば非常の手段を摂るべし。目の前のこの男を人質に取ってしまうか。
 そう決断してゆらり、と僅かに腰を浮かせる。こんなうらなり瓢箪、締め上げればどうにでもなる・・・か?さてそこからどうするか・・・。

「おい。あんまりオイタするなよー、いや、むしろしてくれって言うべきなのかなー?」

 それまで全く興味なさげに壁に背を預けに立っていた少女がニヤリ、と嗤う。空色の髪をしたその少女の笑みの獰猛さに黄蓋は内心盛大に舌打ちする。どうやら自分は相当に焦っていたようだ。あの少女が穏行していたわけでもないというのに。

「アタイ、ほんっと後悔してんだよなー。アニキと斗詩が止めるから参加しなかったんだよなー、天下一武道会。それでまさかの二冠する奴が出てくるとかさー。
 そいつにさ、沮授相手に調子こかれちまったら護衛のアタイの立場ないよなー。
 ・・・喧嘩売られてたら不味いよなー。
 沮授よー、やっちゃっていいだろー?身の程って奴を教えてやらんといけねーなー、いけねーよー。今のこいつなら、ぶち殺し確定、だぜー?」

 朗らかに笑う少女――文醜――は年齢に見合わぬ闘気を黄蓋に叩きつけて牽制する。黄蓋が沮授を確保しようとしても初手で逆撃を喰らうであろう。疲労の残る身体はベストコンディションとは程遠い。だが。

「じゃとしても、よ。ここで退くわけにはいかんのう。手ぶらで帰ることなぞできんからのぉ」

 我が意を得たとばかりに文醜が笑みを深める。

「アンタがどれだけのモンを背負ってるかは知らねーし知るつもりもない。アタイはただ、姫の、アニキの敵をぶっとばすだけだかんな」

 じり、とにじり寄る文醜。その気迫にさしもの黄蓋も舌打ちする。沮授に護衛が付くのはある程度想定していた。しかしここまでの腕利きを、と。

「文醜様、その辺で」
「は?」

 気勢を削がれた文醜が沮授に噛みつく。

「沮授、お前何言ってんの?」
「いえ。天下一武道会優勝者への表彰とかも終わっていませんしね。ここで黄蓋殿を害されても困るのですよ。主に二郎君が。彼、一応今回の催しの責任者ですし」

 その声に文醜は、あー、と声を漏らす。

「それは・・・不味いか。うん、不味い」
「でしょう?それに、そろそろ二郎君が来る頃ですよ?」
「え、なにそれ聞いてない」
「言ってませんからね」

 しれっとして言い放つ沮授。だからこいつは今一つ信用できないんだと文醜は思う。思うのだが、心酔する紀霊が絶対の信頼を寄せるのだからその判断は適切なのだろう。適切に違いない。適切であったとしても、むかっとするのは仕方ない。ガルルルルと威嚇することしかできないが。


74一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:15:14.50fFGdTY6uo (7/15)

 先ほどまでの闘気を霧散させた文醜と、何より沮授の口ぶりに黄蓋は噛みつく。

「どういうことか聞いてもいいんじゃろうな」
「ええ、無論ですとも。袁紹様は貴女と面会しませんし、天下一武道会の優勝を以って袁家との交渉をするのも認めません。こういう催しでそういう直訴とかの前例になっても困りますのでね」

 肩をすくめる沮授の言い様に違和感を覚える。

「つまり、どういうことじゃ?」
「黄蓋殿。孫家の宿将である貴女が孫家の名代としていらっしゃる。これは正直言って不測の事態です。そしてそういう予期せぬ事案を担当する一門が袁家にはあるのですよ」

 袁家の譜代に四家あり。文、顔、張、そして紀。紀家の本分は遊兵である。

「ええい、まどろっこしいのう。分かり易く言わんか」
「貴女の願いは叶う、ということですよ。喜んでくださいね?」

 ちらり、と沮授が向けた視線の先には一人の青年がいた。

「つまり、黄蓋さんよ。あんたと話すのは俺の役目ってことだし、これは既定路線さ。――天下一武道会に出るだけならともかく、二冠とかやっちゃうからめんどくさい話になったってことさね」

 苦笑交じりの声が響く。即ち。

「真打登場ということですよ」

 沮授はそう言って席を立ち、後方に控える。文醜がその隣に立ち、顔を綻ばせる。その豹変ぶりに流石の黄蓋が言葉を失う。

「もう、アニキってば来るなら来るって言ってよー。もー」
「おう、すまんな。想定外のお客さんが来たもんでね。後で旨いもん奢ってやるから」

 そしてどっかと席に座る。

「紀霊だ。黄蓋殿、委細は俺が承ろう」

 その名に黄蓋は精神を立て直す。若造と侮るなかれ。現在では政敵として火花を散らす袁家の二枚看板。「常勝」麹義の秘蔵っ子にして「不敗」の田豊の愛弟子。そしてその血筋は先の匈奴大戦で汗ハーンを討ち取った紀文の嫡男。南皮市中で噂になっていた紀家の麒麟児である。
 いや、事前に市中を回ったのは無駄ではなかったというものである。ニヤリ、と歪む口角の動きを隠そうともせず黄蓋は気合いを入れなおす。さあ、孫家の興廃はその背に負われているのだからして。


75一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:16:18.64fFGdTY6uo (8/15)

「江南はこのままじゃと、荒れに荒れてしまうじゃろう」

 黄蓋は率直に現状、或いは窮状を訴える。江南を襲った未曾有の水害。以来、田畑は荒れ、耕す民は流民となった。孫家はその中で勢力を増していった。何より大きかったのが江南の虎と異名を取る孫堅の武威。そして、北方より格安で流れてくる食糧。そしてその商流をいち早く捉えた周瑜の功績が大きい。
 孫家に従えば飢えない。その風聞が故に孫家の勢力は拡大を続けてきた。・・・かなり綱渡りではあったが、それを成し遂げてきた。
 だが、その根幹はあっけなく崩れた。これまで北方――袁家領内から江南に流れてきていた食料が高騰。逆流こそ食い止めたが、じり貧である。このままでは瓦解すらしかねない。
 ――孫家の首脳の動きは早かったと思う。だが、割けるリソースに余裕がなかった。本来ならば孫堅の補佐として黄蓋は来る予定であったのだ。が、圧倒的な軍略、カリスマで孫家を拡大した孫堅が三の姫の出産時の産褥にて亡くなってしまっているのだ。
 ――有り体に言って孫家は崖っぷちなのである。故に、袁紹との面会が叶わないとなれば、眼前の青年相手に踊るしかないというわけである。幸いなことに沮授は口を挟むつもりはないようだし、文醜はこちらが紀霊に害を加えると判断しない限り問題なかろう。爛々とした双眸を見ると若干不安になるが、それくらいの良識はあるはずである。

「という訳で沮授殿に色々とお願いしておったのじゃがな。暖簾に腕押しといった風で埒があかぬのでな。せめて腕っぷしくらいは見せようとそこの文醜殿に一手ご教授願おうかと思っていたところじゃったのよ」
「沮授?」
「まあ、そんなとこですかね。大体合ってますよ」

 にこりと笑って沮授は嘯うそぶく。嘘は言っていない。どうにもこの場を愉しんでいるようだ。いい空気吸っておるな、などと益体もないことを黄蓋は思う。が、沮授が中立というのは悪くない。

「で、江南で勢力を増している孫家に援助をしてほしいと。随分明け透けだな」
「腹の探り合いは好かんのでな。時間の無駄じゃろ?」

 小手調べとばかりに殺気をぶつけてみる。が、跳ね返すでなく、競るでもなく、受け流すでもなく。まさか無関心とは。それとも牽制と読まれているのか。文醜すら微動だにしなかった。

「ふむ。黄蓋ほどの人物にそこまで言わせる。そこまで水害の爪痕はひどいということか」

 黄蓋は是、と応える。恥も外聞もなく江南の窮状を訴える。一部では文字通り骨肉相食む地獄絵図すらあると聞く。これはけして他人事ではないのだとばかりに。

「なんと、江南の虎と呼ばれた孫堅殿が儚く、な」

 どうやら孫堅の武名は北方にも響き渡っていたようだ。

「堅殿亡き孫家には江南は重いと?」

 どこか投げやりな黄蓋の言葉に紀霊は否、と応える。

「策、権。どちらが継ぐか知らんがね。孫家のことだからきっちりと盛り立てるんだろ?」
「無論じゃな」

 我が意を得たり、と黄蓋は首肯する。孫策、孫権。ともに孫家を担うだけの大器。だが、恐るべきはそこまで知る紀霊である。では、と喜色を見せる黄蓋に紀霊は冷や水を浴びせる。

「江南には百家ある。孫家に肩入れする理由がないな」
「これはしたり。孫家の謝意は価値がないと?」
「謝意とか借りとかって踏み倒したらそれまでだかんな」
「ほう、形のあるものをお望みか。
 じゃが、わしに用意できるものは限られておるのでな・・・」
「ふん。例えば?」

 黄蓋は妖艶に笑い、組んでいた足をゆるり、と組み替える。見事に視線が露わとなった脚線美に流れる。

「孫家は袁家への恩義を忘れはせんよ。孫家の始祖に誓ってもよい。
 生憎、わしが今用意できるのはこの身だけじゃが・・・」

 ぬるり、と席を立ち紀霊にしなだれかかる。この身一つで孫家の安泰が購えるならば安いものであるとばかりに豊満な胸を紀霊に押し付ける。その所作を拒むでなく、感触を楽しんでいる様子に満足げに頷くのだが。

「あー。俺一人ならばどうかわかんねーけどさ。流石にこの状況でそういうことされても、その、なんだ。困る」

 む、と黄蓋は内心唸る。が、考えるまでもなくそりゃそうである。むしろ沮授と文醜が無言で見守る中で堂々とハニートラップを仕掛ける黄蓋の肝の太さこそ賞賛されるべきであろう。

「まあ、手土産の一つくらいもらわないと言い訳も立たんしな」
「そりゃそうじゃの。こうまであからさまに求められるとは思っておらなんだが」

 苦笑しつつ紀霊の眼前に書物を示す。

「孫子。写本じゃがの」

 さしもの紀霊が絶句するのを見て黄蓋は内心安堵する。いや、ものの価値が分かる相手でよかった、と。
 だから退室を促されても、黄蓋は紀霊より色よい返事があることを確信していたのである。


76一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:16:56.76fFGdTY6uo (9/15)

 さて、手元には黄蓋からもらった孫子。写本とは言え超貴重品である。これ華琳とかすっげえ欲しがるんだろうなあとか色々思う。何せ21世紀に至っても戦争の教本として最上級の扱いを受ける書物だ。その価値は計り知れない。いや、俺が持ってても宝の持ち腐れに近いんだけどね?
 まあ、孫子のエッセンスは何冊か解説本読んだから把握している。ということにしよう。独自に解釈を加えるようなことをするようなのは華琳に任せておく。そういや孟徳新書っていつ出るんでしょね。
 閑話休題。こっから本題。

「というわけで孫家を援助して江南を押さえさせることにする」
「結構ですよ。二郎君の判断、異存はありません」

 考えこむこともなくさらりと肯定する沮授である。いや、別に反対されるとは思ってなかったけど即断すぎでしょ。これは・・・。

「というか沮授よ。お前の絵図面どおりじゃねーの?」
「おや、それは過大評価というものですよ。そうですね・・・。どちらかと言えば潰す方向に誘導したつもりだったんですけれどもね」

 やれやれ、と苦笑すら爽やかだね。いつものことだけど。まあ、沮授もそう思うかー。

「まー、どう考えても厄介な勢力だかんなー」
「二郎君ならば孫家を使いこなせる、と?」
「んー、わかんね。でもまあ、江南が荒れたままっていうわけにもいかんしな。張紘にも約束してたし」

 沮授が孫家の扱いを俺に丸投げしたのには訳がある。表立って江南に袁家が援助をするわけにはいかないからだ。そりゃー、自領以外に干渉したらマズイってばよ。漢朝の中枢ににいらん疑念を与えてしまう。
 だから俺んとこの母流龍九ボルタック商会を通せば、如何様にも言い逃れはできる。分かる奴には分かるんだろうけどな。

「実際、どうするつもりなんです?」
「江南に母流龍九商会の支店を作る。あくまで表向きは商活動だ」

 ふむ、と頷き沮授は更に問うてくる。

「なるほど。それで誰を送るのです?」
「張紘が推挙してきてた人材だな。魯粛、虞翻、顧雍。地元の復興事業だからやる気も湧くってもんだろ」

 実際は孫家の首に付ける鈴である。社外取締役兼監査役と言えば分かりやすいだろうか。孫家の中枢に食い込んで意思決定に干渉していくのだ。孫家に取り込まれないように何年か単位で入れ替えるが、まずは最高の人材を送ろう。・・・流石に張紘は送れないがな。
 そして手を出すからにはきっちりやる。江南はきちんとやれば二期作、二毛作などが可能な気候。肥沃な大地はものっそい魅力的である。人口が少ないのがネックだが発展すれば伸びしろは相当あるのだ。

「なるほど、流石は二郎君。おみそれしましたよ。それであれば袁家内部の調整はやっておきますので」
「ほんとはなー。孫家の扱いとかは沮授に任せたいとこなんだが、こればっかは仕方ないかー」
「ええ、僕が仕切ると袁家としての介入と思われてしまいかねません」
「その点。俺ならば商会を挟むから誤魔化しようがあるしなー」

 ここらへんは結構綱渡りになってくるんだけどねえ。そこで沮授が俺を切り捨てることはないと思いたいものである。ほんと、高度な外交的判断とか俺にさせないでほしいものである。いや、相談とかめっちゃするけどね。

「沮授も張紘もなー。助言はくれるけどいざとなったら逃げるもんな」

 責任問題になりそうなことは俺に押しつけてくるのだ。ぷんすか。

「決断力というもの。いや、二郎君のそれがあるからこそ僕達も安心してついていけるというものです」
「うっせー、責任の所在をこっちに押しつけてるだけだろうが」
「まあ、そういう解釈が成り立つかもしれませんね」

 くすくす、と可笑しげに笑う沮授の減らず口をどうやって黙らせるかと思っていたら場が動いた。

「二郎、来たぞ。お前の言うとおりだったな。十中八九、今回の売り浴びせの主犯だ」

 息を弾ませて張紘が吉凶定まらない報をもたらす。更にその商人の背後関係までつらつらとレクチャーしてくれる。俺の弱い頭にも分かり易い親切な説明だ。流石張紘、パーフェクトだ。

「ん、来るかどうかは五分五分だと思ったんだがな。沮授、ちょっと喧嘩買ってくるわ。支払い準備よろしく」

 くすり、と沮授が笑う。

「おやおや、できるだけ値切ってくださいよ?」
「いやいや、高く。高く買い占めてやるよ」

さて、ここからが本番である。袁家領内の相場に手を出してくれたんだ。きっちりけじめはつけてもらわんとなぁ?
 ニヤリ、と歪む口元を自覚しながら俺は向かうのだ。そう。血の流れない戦場に。


77一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:18:02.14fFGdTY6uo (10/15)

「いや、お初にお目にかかります」

 目の前で自己紹介をするのは一見どこにでもいそうなおっさんだ。営業スマイルを顔に貼り付け、こちらをつぶさに観察しているのを隠そうともしない。名前?黄蓋みたいな美女ならともかく、所詮は木端商人。覚える気にもならんしそのつもりもない。

「というわけでしてな、此度の祭のために買い集められた物資を引き取る準備があります。
 いや、物資を集められたがそれほど使われてはいないご様子で・・・。蔵に納めておいても腐るだけでございましょう?
 どうでしょう、お買い求めになられた価格に多少色をつけてお引取りいたしますとも」
「んー、それだとそっちに利はないだろ」
「いえいえ。これを機に私どもとお付き合いいただければ、と思いまして・・・」

 にこり、と笑いやがる。まあ、なんて誠実そうに見える笑顔!ふむ、それなりにやり手のようだな。互いに益があるように持ちかけてくる。
 ・・・だが、断る。

「あー、残念ながら物資は江南の商会がお買い求め成約済だ。遅かったねー」
「な、なんですと?そんな馬鹿な!荒れ果てた江南にそんな資金があるはずがない!
 いかに孫家に勢いあろうともそこまでの資金力があるわけがない!」
「ほう、物知りだなー」
「と、当然ですな。情報こそ我らが扱う最上の商品。
 いかがです?私どもとお付き合い頂ければ上質の情報もお持ちいたしますが」

 なるほどなるほど。伊達に袁家領内で好き勝手やってくれただけのことはある。多少の劣勢は即座にひっくり返してくるか。見事な我田引水。
 だが無意味だ。

「は、熨斗つけて返品してやんよ。で、三倍だ」
「は?なんですと?」
「耳が悪いならそろそろ隠居した方がいいかもな。仕入れ価格の三倍だと言った」

 表情を変えずに俺は告げる。ここにきて流石におっさんが表情を変える。

「それは流石に・・・」
「うっせえよ、お前んとこが困ってんのは知ってんだよ」

 元々こいつの商会は中華の穀倉たる袁家領内で食料を買い付け、洛陽へと卸すのが商いだ。それだけでもそれなりの利益は出せるんだが、途中でオイタをしやがった。手にした食料を売り浴びせる。そしてタダ同然になった食料を買い集めれば自然暴利を貪れるってことだ。
 恐らく、他の地域でも同様のことをしてきたのだろう。そのオペレーションはまあ、見事と言ってよかった。だが今回は相手が悪かった。
 即ち、張紘。
 恐らくこの化物ぞろいの人物が乱舞する三国時代においても五指に入るであろう政治的手腕を持つ俊英。その張紘が袁家の商圏に君臨しているのだ。時が時ならば一国をも背負えるその破格の傑物がそれを見逃すはずがない。そして張紘の背後には俺がいる。基本的に張紘が挙げてくる稟議には無条件でOKの三連呼である。
 まあ、それはいい。
 つまり、目の前のおっさんは、本来の職責である食料のノルマを調達する目論みが外れたのだ。同情するつもりはない。なぜならば。

「いいか、お前は袁家に喧嘩を売ったんだよ。北方にて匈奴の脅威から漢朝を守護し、三世四公を輩出した名門中の名門たる袁家に、な。
 貴様ごとき木端商人の目論みを読めないとでも思ったか?ほどほどならば見逃してやったものを・・・。 
 よくも舐めてくれたものだ、な」

 顔色を白くさせながらも表情を崩さないこいつはやはり相当なものだろう。ならば倍プッシュだ。

「だからてめーは潰す。とことん潰す。袁家に手を出したらどうなるか思い知らせてやる。
 死ね。生まれてきたことを後悔しながら死ね。
 築き上げたものが崩れるのを見ながら死ね。
 愛するものから恨まれながら死ね。
 この世のあらゆる苦痛を受けながら死ね」

 す、と手を上げた俺にさしもの彼奴の表情が凍りつく。

「そ、そんな無体な!」
「そうそう、喋れるのも今のうちだからなぁ。精々歌っとけ」
「わ、我が商会を潰したら、いかに袁家とは言えども無事とは思わないことですな!」
「!」

 そうだ、それだ。その言葉が聞きたかった。実際こいつはどうでもいい。問題はこいつの背後で糸を引いてる奴だったのだ。それが誰か。張紘が気にしていたのもそれだ。ちょっとした小遣い稼ぎならばともかく、本格的に袁家領内の経済活動に楔を打ち込んでくるこの打ち筋。袁家に喧嘩を売るその行為。ひも付きでなければできるものかよ!

 俺の表情が変わったのをどう解釈したのか。やや余裕を取り戻したのかおっさんが言葉を紡ぐ。

「わ、私どももいささか強引な商売をしてしまいましたからな。
 いかがでしょう。五割り増しで引き取りましょう」
「ふん。倍、だな」
「――承りました。これを機にご贔屓にお願いします」

 そう言うと慌てて席を立つ。失言に気がついているのかいないのか。ともかくこれ以上情報は引き出せないようだ。まあいい。背後関係を洗えば見えてくるものもあるだろう。

「おい、客人のお帰りだ」

 俺はそう言って手を叩く。その合図に、完全武装した兵士――梁剛隊の皆さんである――が百人ほど出てくる。あ、姐さん、別に色っぽいポージングとかいらないですから。その点雷薄の威圧スキルは流石の一言である。巨体に傷跡だらけのいかつい顔。効果は抜群である。
 ターゲットの顔が更に色を失い、引き攣るのもいたしかたなし。いや、これでビビッてくれんかったら困るわ。だからニヤリ、と笑いながら念を押す。

「宿までお送りしろ。丁重にな。くれぐれも」

 脅して脅しすぎるということはない。こういうのは舐められたら終わりなのだ。ここまでやれば袁家でオイタをする商会も減るだろう。室内に静寂が戻る。いや、疲れたわ。圧迫面接、上手にできたかな?取りあえず、俺は茶を所望した。いや、俺も緊張してたし喉が渇いたのよ・・・。
 なお、陳蘭が淹れてくれたお茶は不味くはないが美味くもない微妙な味であった。


78一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:21:03.27fFGdTY6uo (11/15)

「やほー。孫家への援助物資の目録の素案持ってきたよー。目を通しといてねー」
「うむ、ご苦労」

 頷いて分厚い書類を受け取る。持ってきたのは魯粛だ。うむ。これまた呉のビッグネームのお越しである。おこしやす。さて、書類を受け取った俺をニヤニヤしながら窺う彼女――うん、またしても女性なんだ。もう慣れた――がここにいるのには勿論理由がある。俺が立ち上げた商会――張紘にぶんなげた奴である――の幹部として張紘が推挙してきたのである。知己を頼ったということで当然江南出身の人材になったのだが、驚くべきはそのネームバリュー(俺調べ)である。
 いや、張紘が推挙してくるんだから否応なく厚遇するつもりだったんだけどね?三国志のゲームだけでもやったことのある人ならばどれだけの陣容かというのが分かってもらえると思う。目の前の魯粛を筆頭に顧雍、虞翻、秦松など・・・。流石張紘の人脈は格が違った。
 張紘半端ないって!将来呉の柱石になる人材めっちゃ推挙してくるもん・・・。そんなんできひんやん普通・・・。
 まあ、考えてみれば張紘が洛陽に行ってたのも留学っちゅうことだから、かなーり毛並みはいいはずなのよな。そう思えば納得すると共に商業という賤業に身を落とさざるをえない江南の惨状が察せられる。そりゃ孫家もヘルプ出すわ。孫堅死んでるならなおさらな!つか、まだしも漢朝に忠誠心とかあった孫堅亡き後の孫家って・・・。
 戦闘民族まったなしである。穏健派で先の見える孫権でも絶好調の曹操に喧嘩売るとかさあ。俺なら間違いなくスピニング土下座して隷属するところである。イケイケの孫策が当主とか戦慄で青褪める俺を誰が責められようか。いやそんな奴ぁいねえ(反語的)!
 ここまで一秒で脳内会議をしていたのだが、魯粛の視線が俺に仕事をしろと強いてくる。くそう、見た目小学生のつるぺたのくせにぃ。うむ。江南の食糧不足は深刻なようだな。などと思っていたらどことなく誇らしげに胸を張ってきた。うむ。壊滅的にぺったんこ。えぐれとる。

「分かってないねー。江南では貧乳は希少価値なんだよ?右も左もばいんばいーんだよ?」
「なんだその楽園!」
「まー、江南が食糧不足でえらいことになってるのは確かだけどねー。私財での底支えなんてあっという間に尽きちゃったし」

 そりゃあなあ。多少の蓄えあってもなあ。個人資産と国家予算を考えてみよう。個人資産が例え10億円あったからと言って、東京都の予算ですら6時間も支えられないのと同様。そして金がないのは首がないのと一緒である。

「だからさ。張紘が声をかけてくれて嬉しかったんだよね。何をしても無力で無意味と等価値でさ。とりあえずは食べる為に就職したけどさ。案外悪くないね、商ってのもさ。そう思ってたんだよ。
そしたら今回の件でしょ?孫家を通じて江南に援助してくれるって言うじゃない。そりゃ、乗るしかないでしょ」

 いえーいとばかりに飛び跳ねる魯粛に苦笑してしまう。

「で、母流龍九商会ってなんなの?」

 気を緩めたらこれである。ああ、俺が張紘にぶん投げた商会の名前のことだ。金儲けも勿論重要なタスクであるがそれだけではない。

「今はまだ及ばんが、龍を治めるまでいかなくとも、宥めることができればと思ってるよ」

 へえ、と声を漏らして魯粛は頷く。

「つまり、治水ってことだね?なるほど、古来より河川の荒ぶる姿は龍に例えられていたからね。なるほどなるほど。九という数字、母という象徴。いや、本気で立ち向かうんだ。龍に」

 言えない。某ぼったくりなゲームのアレな商会と龍をてきとーに結びつけたとか言えない。ついでに阿蘇阿蘇と並んで、俺以外にこの世界に来ている奴がいたら反応するだろうと思ったのだが今のところ反応ないしなー。

「よせよ、恥ずかしいじゃないかね」
「いやいやー、いずれは黄龍すら治めてくれると信じとくからね。うん、だから私たちは全力で頑張るよ?」

 にまり、と無茶ぶりしてくる。黄河の治水とか二千年くらいかかるんじゃないか?歴史的に考えて・・・。いや、精一杯やるけどさ・・・。

「孫家の首に鈴をつける。そのための援助でしょ?いけるいけるへーきへーき。むしろ漲ってきてるよ?」
「なんでさ」

 俺の問いに魯粛は苦笑する。

「そりゃそうだよ。まさか江南の復興の手助けができるとは思ってなかったからね。私らから見ても孫家はちょっと危なっかしいからね。首につける鈴となるならば嬉しい限りなんだ」

 どこまで本気だか分からない。それでも張紘がここに送ってくるならばきっとそういうことなんだろう。あいつが裏切るとは思わない。付き合いはそんなに長くないが、親友だと思っている。一方的に、かもしれないけど。
 まあいい、やることはやったのだ。そう、今更ながら現代知識である。ククク、ここには公正取引委員会とかいう組織はないのだ。カルテル、トラスト、コンツェルン・・・。売り浴びせに買占め・・・。圧倒的な権威と資本力を背にした優越的地位の乱用美味しいです。そう、容赦はしない。徹底的に絶対儲けるマンである。嬉々としてその手法を繰り出す魯粛たちを笑顔で見守る俺であったのだ。
 なんでって?いや、袁家領内にちょっかい出してた商人を泳がせてたら麹義のねーちゃんに甘いってものすごーく絞られたからさ・・・(物理と精神両方)。
 彼奴をじわじわと嬲り殺しにするという申し開きでようやく開放されたのだ。そしてその結果として、母流龍九商会の経済的影響力は袁家領内でとんでもないことになっている。おかしいなあ。ごくごく真面目な製造業を営んで民政の足しにするだけのつもりだったのに。
 現在袁家領内はものっそい好景気に沸いている。まずもって俺がでっちあげた農徳新書。ごくごく普通の農業振興策と新規農具コンセプトシートの走り書きだったそれは今や農業指南書となっているのだ。そして毎年各地からの報告により改訂に次ぐ改訂。正直著者が俺とは言えないような代物になっているのだが・・・。
 農業の生産効率が上がり、農村の二男三男なんかが都市部に流入。あと流民とかも。その労働力を活かして産業革命待ったなしである。工場制手工業と分業による熟練工の促成栽培的ななんやかや。以下略。興味のある方は西ドイツが冷戦時代にやってたことをご参考ください。
 まあ、そんなわけで孫家への援助くらいどうってことないのである。むしろ資金物資で孫家に鈴を付けられるのならば安いものだ。いや、あいつらガチで戦闘民族だからな。

「なーにか一人で深刻ぶってるとこ悪いけどさ。こっちはやる気満々なんだからね。もうちょっと景気よくいこうよ!」
「あー。まあ、そうだな。そういう深刻ぶるのは張紘の役割だったわ。よし、魯粛よ!母流龍九商会の全力で江南を富ませてこい!孫家は適当にこう、ふわっとうまいこと丸め込む方向で!」

 なんか、そういうことになった。いや、いいんだけどさ。


79一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:21:50.24fFGdTY6uo (12/15)

 俺は黄蓋と昼食を一緒に摂っている時に例の情報を改めて確認する。内々に張紘経由でその可能性を示唆されてはいたのだ。いたのだが、実際にその情報が正しいとなると内心穏やかではいられない。まさか、三国志初期の英傑が、である。

「そうじゃ。誠に残念なのじゃがな・・・」

 孫堅は確か黄祖に殺されたんだっけか。ほんで劉表との遺恨になって孫策が生き急いだりすんだよなー確か。

「改めてお悔やみ申し上げる。
 が、やはり戦で?」
「いや、産褥で、の・・・」

 更なる衝撃である。というかマジか。つか、そうなると孫堅も女子ってことになるなあとか、孫策とか孫権も女子なのかな。なんて頭のどっかで思うくらいには俺は冷静であったと思う。続く黄蓋の言葉を追うのが精一杯だっただけかもしれないけれども。

「三女の尚香様を産まれた後の産後の肥立ちがよくなくて、の」

 どこか遠くを見て、黄蓋が幾分かの苦味を含んだ声色でそんなことを言う。その表情は刹那、沈痛で。
 そういや近代になるまで出産というのは非常に致死率の高いものであったか。

「そっか、そりゃ悪いこと聞いたか」
「いや、かまわんよ」

 くすり、と漏れる笑みには苦味が溢れていて。

「なに、孫堅殿の弔いではないけどな。江南。きっちり復興事業をやらせてもらうとも」

 かたじけない、と頭を下げる黄蓋。鷹揚にその感謝を受け取る。のだが。何か、三国志の知識があまり役に立たんなあ。まあ、有能そうな武将の名前が分かるだけよしとするか。
 つっても、有名な武将はまずもって現段階でも評判高いし、後世出世する在野武将なんて見付かんねえけどな!そう言う意味では珠玉の人材をゲットした張紘には感謝感激雨霰である。
 などとあれこれ考えながら食事を進める。いやー、なんだかんだ言っても美女とのランチとか役得でしかない。着飾り、化粧をした黄蓋は控え目に言って超美人さんであるからして。自然、トークも弾むというものである。

「だから俺は言ってやったんだよ、それは北斗を背負う者の定めだってな!」
「ほほう、北斗にはそのような宿命があったとはの・・・」

 内容のない馬鹿トークでもころころと笑ってくれる。うん、完全に接待されてるけどそれでも楽しいぜ。ここはありがたく談笑を楽しむとしよう。キャバクラに行ったってこんな美女いないんだし。
 食事を終え、席を立ったところで黄蓋が話しかけてくる。江南の援助については内々にGOサインを出してたからな。ここからが本番と言ったところか。流石に慎重なことだ。

「時に紀霊殿」
「ほいさ」
「わしが江南に戻った後、南皮に誰かを派遣しようと思うのじゃが面倒を見てやってくれんかの」

 ふむ、人質か。よっぽどこちらに気を使っていると見える。


80一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:22:50.02fFGdTY6uo (13/15)

「んー、構わんけど?
 俺としてはまた黄蓋が来てくれたら嬉しいな」

 にひひと下卑た笑いを浮かべてやる。まあ、むさいおっさんとか来られても困るし。何より、黄蓋とはうまくやってけそうだしな。

「ふふ、ありがたいの。できればそうしたいの。
 ま、誰を派遣するかはまた連絡させてもらうとするかの」

 にまり、と妖艶な笑みを浮かべながらしなだれかかってくる黄蓋。その豊満かつ引き締まった肉付きを存分に満喫しながら俺はぐびり、と酒を呷るのであった。おいちい。ハニートラップ?俺がそんなんに引っかかるわけないじゃない・・・。

「ほい、これが物資の目録な。見りゃ分かるけど食糧が最優先だが、衣料と建材についても手配してる」

 ほれほれ、これが欲しかったんだろうとばかりに差し出した書類。喜色を隠そうともせずに手に取った黄蓋が目を通しながら・・・。目を丸くしている。
 内容のダイジェスト的なものはまあ、全般に及ぶ物資の供与から始まる。衣食住を取りあえず整備せんといかんというのが魯粛を首魁とする江南出戻り組の総意だったのだ。だったら俺に否やはなく、やるならば全力である。

「・・・かたじけない」

 いつもの余裕綽々な態度はどこへやら。しおらしく謝意を伝えてくる黄蓋は其の大任を果たしたからであろう。喜色を隠そうともしない。だがそこに水をさしてやろう。どばばー。

「それと、人を派遣するんでよろしく」
「人、じゃと?」
「ああ。江南に母流龍九商会の支店を作る。その立ち上げにな。
 だがまあ、それは表向きだ」
「というと?」
「孫家の重要な会議には必ず出席させること。
 そして、孫家に助言を与えさせてもらおう。幅広く、な」
「なん、じゃと・・・」

 そうきたか、という黄蓋の表情に緊張が走る。なんだ、可愛いとこあんじゃん。

「助言、とおっしゃるが、そんな甘いものではなかろう?」
「例えば?」
「その、助言というやつに拒否権的なものはあるのかのう?」

 上目づかいに、ぷるぷると震える風を装ってくるその図はあざといのである。常ならば黄蓋ほどの武人がこうまですることに敬意を表して(強調)いくらか妥協もしてやるのだがね。ことがことだからね、しょうがないね。

「喧嘩を売るならばもっと高値で売りつけてくれんとな。お蔭様でこっちゃ好景気だからな。いつでも高値で買うとも」
「失言じゃった
 。いや、ありがたいのう。南皮の発展具合を見ても、袁家の方に助言を頂けるとは望外のことじゃ。きっと孫家、ひいては江南のためになるに違いない。わしも肩の荷が下りた気分じゃ。
 元々、無理目なお願いじゃったからのう。紀霊殿にも何かお礼をせねばなるまいて」

 妖艶な笑みを浮かべて再びしなだれかかってくる。うん。役得役得。

「ま、それは次に会った時にじっくりと相談しようや」

 すべては江南の復興事業次第である。

「そうじゃの、ぜひゆっくりとご相談したいのう」

 まあ、それはそれ。これはこれである。主導権はあくまでこちらにあるのだ。・・・一つ、確認しておかないといかん。

「孫家は何を望む?」

 流石の黄蓋が咄嗟に反応ができない。そりゃそうだ。俺みたいに色仕掛けに鼻の下を伸ばすような若造は舐めきってたろうからな。だからこそ、この奇襲が効くのだ。

「孫家に援助をするのはいい。江南が治まるのもいい。
 で、その後に、肝心の孫家は何を望む?」

 俺のその問いに、黄蓋は迷いなく答える。

「江南に平穏を。安定を。それだけが望みじゃ。
 それ以上なぞ、ありはせんよ。
 ――堅殿の最後のお言葉が、江南の平和じゃった。故にわしらは江南さえ治められればそれ以上は望まん。何やら警戒されておるようじゃが、孫家は袁家からの恩を忘れんよ。
 とはいえ、信じてもらう根拠はないんじゃがの」

 この身体くらいしか対価はないしの、とからからと笑う黄蓋は確かに英傑である。そしてそのような英傑に恥をかかせてしまったかな、と思う。

「そっか、んじゃま、今後ともよろしくな」

 こうして、袁家と孫家。本来ならば殺しあう両家に誼が結ばれた。俺の独断で。さて、吉と出るか、凶と出るか。
 まあ、とりあえずは沮授と張紘の知恵を借りるとしよう。俺一人で考えてもしゃあないしね。三人寄れば文殊の知恵ってね。


81一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:23:33.56fFGdTY6uo (14/15)

「はぁ、困りましたねえ。
 これじゃ、殺しておしまいってわけにもいかないですねぇ」

 口にした言葉ほど困った様子もなく、少女が呟く。にこにことした表情は固定されていながらも不自然さはない。心底楽しげな口調にもおかしなところは何もない。

「なになに、梁剛と深い仲になった可能性が大、と。
 これは意外ですねぇ。てっきり幼馴染あたりと乳繰り合うと思ったんですが」

 ぺらり、と報告書の分厚い束ををめくりながら言葉を紡ぐ。鼻歌混じりに。

「さらに、手元の商会を通じて江南への介入、内容は孫家を通じての援助ですか。
 これはまあ、どうでもいいですね。むしろ手元の人材が減るだけでしょうに。
 たまによく分からない手を打ちますねぇ」

 せっかくの珠玉の人材を得たというのに、と。応える者もいないまま、少女の独白は続く。あくまで笑顔のままに。

「それにしても業腹ですねえ。袁家内で保たれていた四家の均衡が完全に崩れちゃったじゃないですか。
 文家も顔家も、どうして危惧しないんですかねえ。次期当主の側近派遣で満足してる場合じゃないと思うんですが」

 全く、困ったものである。今の袁家は非常に危ういバランスの上に立っているのだ。それを理解しているのはごく一部のみ。
 そもそも当主の袁逢とてその地位は盤石ではない。本来彼女は匈奴との大戦における神輿にすぎなかった。最前線に袁家当主が立つということなどありえない。それが成されたからこそ士気は徹頭徹尾高く保たれていたのだ。無論戦争に万全などない。討死の可能性も大いにあった。つまり袁逢は戦死しても惜しくない、だが袁家当主としては不足ない。そういう立ち位置であったのだ。
 予想外であったのはその戦績である。「魔弾の射手」と異名をとるほどに最前線で兵を鼓舞しながらも自ら弓を取る姿はまさに武家当主の理想。いわゆる「匈奴戦役」を生き抜いた兵士、士官、将からの支持は凄まじいものがあり、そのまま袁家当主という地位を得たのである。
 だが、潜在的な政敵は多い。そこをあえて病弱を主張し政治に関わらないことで袁家のパワーバランスは安定していたのだが、袁逢が愛娘たる袁紹と紀家の跡継ぎたる紀霊を引き合わせてよりその構図が変わりつつある。

 ふぅ、とため息を漏らす。憂いが笑顔に影を落とす様は一流の役者の演技が如く迫真。

「大きくなりそうな火種も眠ってますしねえ。
 袁家が栄えるのはいいんですが、これ以上はちょっと不味いかなぁ?」
「火種・・・。彼奴きゃつの婚姻、かな」

 不意に少女に声がかけられる。その声に驚いた風もなく、少女が答える。憂い顔から喜色満面。花開くが如く。

「そうなんですよー。水面下で動いてる人もいますけどねー。
 顔家、文家も紀霊さんと次期当主を娶わせたいみたいですよ。
 今のところ袁家の後継たる袁紹様が本命ですけどねぇ」

 文武の首魁たる田豊と麹義。両者もどうやらその流れに異を唱えるつもりはないようである。

「ふう。妥当ではあるな。紀家の力が肥大化したならそのまま取り込めばよいおだから」
「そこが一番穏当な落とし所でしょうねえ。ただ、他の係累が黙ってないでしょうけど」

 ククク、と少女の言を受けて笑みを漏らす。

「まさか外患を誘致するとはな。これは流石に想定外であったとも」
「あー、それはそうかもしれませんねー。ちょーっと調子に乗りすぎかもしれませんねえ。紀霊、それとあの方。どっちに釘を刺しますか?」

 如何しましょうか?と小首を傾げる張勲に、影は囁く。

「ふむ。まあ、いい。しばらくは放置だ。いいな、娘よ」

 愉快そうにしているその声。それすら擬態であることを少女はよく知っている。

「はい、お父様。お父様のご意向のままに。
 私はお父様の意図に従い、糸のまま動く操り人形。袁家に張られた糸を紡ぐ人形。
 ――紀霊は蜘蛛の糸に絡め取られた獲物にすぎません。
 もがけばもがくほどに、糸に、意図に絡められ、動けなくなるでしょう。
 毒を与え、針を刺すその日のために、私はただ、糸を張り、意図を巡らしましょう」

 それは蜘蛛の理。袁家の闇の底の、さらに底。そこには糸が張り巡らされている。
 けして光の当たらぬ蜘蛛の巣の真ん中で絡新婦じょろうぐもはひたすら糸を紡ぐ。意図を巡らす。
 それが張勲の在り方であり、役割であった。袁家にて諜報を担う張家。異才奇才ひしめく張家。彼女はその中でも最高傑作である。


82一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/12(木) 23:24:13.59fFGdTY6uo (15/15)

本日ここまですー

あっちでのルビがやってもうたところについてはスルーしてくだしあ

南無い


83以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/12(木) 23:30:54.37cWYqzjIkO (1/1)

乙です


84以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/13(金) 09:24:29.81TV79hsfAO (1/3)

乙です。

リライト版つう事は、元がある?
あってもこっちの方がいい。

公孫賛とも結んで、堅実堅固な外敵防衛しないと 内政やら商売やら出来ないだろうに(ステマ


85以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/13(金) 13:42:58.52y2sR/JcY0 (1/2)

乙です&誤字報告
>>68
>>案件の処理をてきぱきとさばいているのは
○案件の処理をてきぱきとこなしているのは 処理と捌くは意味が重複するので(案件を処理する、案件を捌く)もしくは 案件をてきぱきとさばいているのは がいいと思います
>>護衛が本文だからな。
○護衛が本分だからな。 本分だと序文とかと併せて書物関係になりますね
>>71
>>つまり、そのた度に白蓮は前に来た自分より成長してんだよ」
○つまり、その度に白蓮は前に来た自分より成長してんだよ」
>>72
>>と眩暈ににた感覚を覚える。
○と眩暈に似た感覚を覚える。 誤字ではないですが漢字にした方が読みやすいですね
>>道中にあった宿場やの街道の整備を
○道中にあった宿場や街道の整備を
>>69で 面談を申し込んだらしい。しかも袁逢様に、だ。
>>72で 孫家の名代として袁紹殿とお話がしたいのじゃ」
となってます、そのあとも袁紹様になってますが、状況的に次期当主より現当主との面会を望むのが普通かな?それともいくらなんでも現当主は偉すぎるから次期当主か…とりあえず統一した方がいいですね
>>非常の手段を摂るべし 栄養?
○非常の手段をとるべし 漢字にするなら採る(手段を採用する)、もしくは執る(手段を執行する)辺りかと
>>74
>>その豹変ぶりに流石の黄蓋が言葉を失う。
○その豹変ぶりに流石の黄蓋も言葉を失う。 流石の黄蓋が~だと二つ名みたいになっちゃいます
>>76
>>独自に解釈を加えるようなことをするようなのは華琳に任せておく。
○独自に解釈を加えるようなことをするのは華琳に任せておく。
>>漢朝の中枢ににいらん疑念を与えてしまう。
○漢朝の中枢にいらん疑念を与えてしまう。
>>77
>>三世四公を輩出した
○四世三公を輩出した あれ…デジャビュこれは前回地味様が優遇される確約があったように月ちゃんが優遇されますかねえ(ゲス顔
>>75で 「なんと、江南の虎と呼ばれた孫堅殿が儚く、な」
>>79で 内々に張紘経由でその可能性を示唆されてはいたのだ。 デジャビュ再び…孫堅の話は前日にしてたよね
>>80
>>「失言じゃった
 。いや、ありがたいのう。
改行間違えてますよ
>>流石の黄蓋が咄嗟に反応ができない。
○流石の黄蓋も咄嗟に反応ができない。
>>81
>>報告書の分厚い束ををめくりながら
○報告書の分厚い束をめくりながら
>>紀家の力が肥大化したならそのまま取り込めばよいおだから」
○紀家の力が肥大化したならそのまま取り込めばよいのだから」

マルマル>>69がいらない気もします。というか>>69だとすげなく帰してる描写なので間違いですよね
そして>>82
>>南無い 逝っちゃダメー!!
寝言更新北是
…ふう、今回は結構多かったのでもしかしたら抜けがあるかも。
ついに孫家への介入が始まりましたね二郎ちゃんは俺の独断で誼が結ばれた。と言ってるけど史実でも袁術の下についてたんだから大きな問題にはならない、と良いなあ


86以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/13(金) 13:51:38.51y2sR/JcY0 (2/2)

あと>>84さん
つ ttp://www49.atwiki.jp/bonshoden/
内容はほとんど変わらないけどR18シーンとオリキャラのイメージとかが書かれてる(ただし陳蘭は除く)


87842015/11/13(金) 21:54:28.15TV79hsfAO (2/3)

>>86

ご紹介ありがとうございます。

まあ、ぼちぼち読んでますが。(申し訳ないが終わった後の話読んでもリライト版にどう繋がるか 見えない…とか言ったら フルボッコ全殺の上出禁なんだろうな…)ビクビク


88一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/13(金) 22:01:10.186yMPS587o (1/4)

>>84
>>87

ご新規さんいらっしゃい!ありがとう!読んでくれて!ありがとう!
良かったら好きなキャラとか読もうと思ったきっかけとか好きなエピソードを語ってくれると一ノ瀬が踊ります(物理)

ええと。リライトと言うか清書してる感じなんですけどねw
無印を読むと分かると思うのですが、基本的に一ノ瀬は呑んだくれて泥酔の果てに電波ソングを聞きながら書いていたので結構アレなとこがあったんですよね。
なので、推敲しようというのがリライト版なわけです。
※泥酔していないとは言っていない

なので、推敲しているはずなのに誤字脱字を指摘されるって寸法さ!これもうわかんねえな!

出禁とかありえませんので。ありえませんんおで!(必死)


89一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/13(金) 22:02:26.556yMPS587o (2/4)

>>85
誤字脱字諸々ありがとうです。助かってます。
あっちに追いついたら編集してから先を進めまする。
ほんと、ありがとうございます。



優遇してほしいキャラいたら、言ってもいいのよ?


90872015/11/13(金) 23:25:09.63TV79hsfAO (3/3)

>>88

ご丁寧な挨拶、傷み入ります。

恋姫で好きなキャラ

公孫 賛 白珪 (白蓮)

地味上等。普通最高。国境防衛の要。白馬長史は 伊達でないぞ。

恋姫は実はパチンコから入ったど素人。だからエピソードはあんまし知らない。

この『凡将伝』では…紀霊さんかな。このリライト版しか読んでませんので彼がどう成長進化するを楽しんでおります。

所で、『三国志をさせない』なら究極は皇帝に婿入りして後漢を発展させつつ道州制で実力者に統治させる。も有りですか?


91一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/13(金) 23:44:38.036yMPS587o (3/4)

>>90
>地味上等。普通最高。国境防衛の要。白馬長史は 伊達でないぞ。
きゃー地味様かっこいい!

>恋姫は実はパチンコから入ったど素人。だからエピソードはあんまし知らない。
ぬふふ、こっから先は地獄だぜい(特に意味なし)

>所で、『三国志をさせない』なら究極は皇帝に婿入りして後漢を発展させつつ道州制で実力者に統治させる。も有りですか?
アリですね。
道州制については置いといて、ですが。
誰が権力握っても、世が治まってればそれでいいのよ。というのが主人公的存在の二郎ちゃんの基本理念ですからして。

地味様はね……。すっごい見せ場が在りますと言うか、本当にこのキャラを無印でなぜ普通に見せ場もなく○したって感じですよほんと。
恋姫ssで、うちくらい地味様を優遇してるとこはあんまないと思います!

多分。


92一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/13(金) 23:50:28.886yMPS587o (4/4)

>所で、『三国志をさせない』なら究極は皇帝に婿入りして後漢を発展させつつ道州制で実力者に統治させる。も有りですか?

無論、ありです。
ただし、皇帝陛下が女子とは限らない・・・っ!


93以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/14(土) 00:43:18.23t2xWef9AO (1/2)

皇帝が男なら…まあ妃はいるから、紀霊(二郎)に姫を娶らせて…いや効果薄いか。逆に『官位買えます』だから内政系を 金で押さえて『逆らったら民からフルボッコ』な 施策を国家単位で少しずつ。紀霊(二郎)は公共投資の大切さを理解しているから、内務官僚を信者に出来れば…


…紀霊(二郎)が楽出来ないね。そんな運命?


94852015/11/14(土) 09:19:52.85NHd2yHoh0 (1/2)

>>あれ…デジャビュこれは前回地味様が優遇される確約があったように月ちゃんが優遇されますかねえ(ゲス顔
ということで月ちゃん(董卓)の優遇おなしゃす!(菩薩顔)
えっ駄目?詠ちゃんでもいいのよ(にっこり)…姐、はおりキャラだしアレだし、二郎、沮授、張紘のトリオで閑話とかお願いしてもいいです?
どれも無理でしたら…蜂蜜なのじゃと絡新婦さんで(リライト前の二郎ちゃんとの3人合わさった空気とか大好物です)


95以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/14(土) 11:22:13.38uFt2xp3ko (1/1)

要望言えるだけ幸せよ
夢キボーもない沖縄さんよりいいじゃない(白目


96902015/11/14(土) 14:44:38.17t2xWef9AO (2/2)

なろう(小説家になろう)版も見つけたので平行して読んでますが…
ガチでシビアで面白い。 リライト版との比較も楽しみ方として有りだね。

出来れば…でよいのですが、袁紹さんが紀霊(二郎)に対してどういう感情を現時点で抱いているのか。
チラッとでも出せ…ますか?(恐る恐る)


…今度の投下であの胸糞話か…でも避けられないから心して読もう。


因みに、マイヒロイン。最強の普通将。365000顧の礼でパートナーにしたい公孫賛の主役級SSは結構ありますよ。


97以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/14(土) 15:19:32.033P/iP08yo (1/1)

そういう物語の芯に近い部分は終わった後の暴露ぐらいで聞かないと個人的には白けるが。
完結後に改めて読むのが楽しいのであって。


98以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/14(土) 17:25:08.51NHd2yHoh0 (2/2)

チラッとなら出てるじゃないか
じろーに嫌いと言われて百面相したり、私が眠るまで大好きって言って、といったり
まあ幼女モードの時の話だけど


99一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:30:56.29nh09Ryi9o (1/8)

>>93
二郎ちゃんは楽したいのですが、それがどうなるかはまた別のお話ですねw

>>94


まあいいや。if董家ルート実装したらええんやろ(白目


>>95
沖縄産にはごめんなさいしないといけないよね

>>96
>出来れば…でよいのですが、袁紹さんが紀霊(二郎)に対してどういう感情を現時点で抱いているのか。
ラブとライクが天元突破やで(適当)

地味様については凄い重要キャラになっていきますから!

>>97
ありがとうございます

>>98
当初案ではエンディングまでデレない鉄壁のはずでしたとだけ


100一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:37:10.28nh09Ryi9o (2/8)

 ――その少女は、控えめに言って華麗であった。豪奢であった。光輝をまとい、高貴であった。少女の伸びやかな四肢は青い果実を思わせ清冽であった。そしてその双丘は豊かで、妖艶な色香すら匂わせていた。相反する魅力を見事に調和させ、あくまで彼女は――傲慢にもそれを当然のものとしていた。

「はぁ」

 その少女に対するもう一人の少女の思いは複雑である。憧憬があり、嫉妬があり、賞賛があり、羨望がある。少女達の関係は、友人という曖昧なものであった。

「あーら、華琳さん、辛気臭いため息つかれてどうしましたの?
 ただでさえ貧相な身体が更に縮まってますわよ」
「誰が貧相よ、誰が!
 相変わらず朝っぱらからお元気そうでなによりね!」
「当然ですわ。袁家の日輪たるわたくしが消沈していては、民の顔にも影が落ちますもの。
 あら、お食事も進んでいませんわね。そんなんだからいつまでたってもお胸にも未来が感じられないなのですわ」
「う、うるさいわね!朝からこんな大量に重いもの、食べられるわけないじゃない!」
「いけませんわ、華琳さん。朝餉は一日の活力の素ですわよ?
 あっちの貧乏くさい白蓮さんなんて、がっついておかわりまでされてるというのに」

 話題に上った少女――公孫賛――が顔を赤くして反論する。

「う、うるさいな!おかわりを勧めたのは麗羽じゃないか!
 いいじゃないか、うちじゃあこんな豪華な朝餉なんて出ないんだから!」
「正直なのは白蓮さんの美徳ですわね。豪華なだけではありませんわよ?
 美容にだって効果があるんですから。医食同源。袁家の食は更なる高みにいますのよ」

 おーっほっほと笑い声を上げる少女を曹操は複雑な目で見る。武芸でも、学問でも一度だって負けたことはない。だというのに、人の輪の中心で光彩を放つのはいつだって袁紹なのだ。
 最初は、家柄のせいだと思っていた。四世三公というのは伊達ではない。袁家の血筋というだけで栄達は約束されたようなものであるのだからして。
 だが、それだけではないのではないということを曹操は認めざるを得なかったのである。袁紹のことを思うと、心が乱れる。それはもはや、恋着といってもいいのかもしれなかった。自分にないものを持つ袁紹という存在をひれ伏させる。 そんな暗い情念に曹操が思いを馳せるのは一度ではない。
 そんなことを引きずっても仕方ない。曹操は軽くため息をつき、袁紹がよそってくれた粥を口にする。一流の舌を持つ曹操を大いに満足させる味だったのが、ちくり、と胸に痛みを残した。

 対して公孫賛にはそのような懊悩はない。高笑いする袁紹の声なぞなにするものかとばかりに朝餉に舌鼓を打つ。満足げに幾度も頷き、目の前の豪華な食事を次々と胃袋に送り込んでいく。

 喰える時に喰っておけというのが公孫の家訓なのだからして。常在戦場を体現する彼女のメンタルはまさしく鋼である。毒気を抜かれたのか、その様子を見た曹操も微妙な顔をしながら粥をすすっている。
 意地っ張りで素直じゃない華琳も、麗羽の言うことは結構素直に聞くのだなあと暢気なことを思う彼女は間違いなく大物である。いや、袁紹と曹操に挟まれてなお普通に友人関係を維持し、なおかつ真名を交換しあうのだからその器は深く、大きい。
 そして公孫賛から見て袁紹と曹操の二人は対照的である。ああ、個人としての総合能力で言えば曹操が上回っているのであろうとは思うのだが。

「一人の天才が百歩走るより、千人の凡人が一歩でも歩を進めるほうが前に進んでるんだよ」

 どこぞの凡人の台詞であるが、公孫賛なりに納得したものである。それと、千人に歩を進ませるほうが大変というのは小なりと言えども軍閥を率いる公孫賛には納得である。
 それに。

「曹家の泣き所は譜代の家臣がいないことだな。血縁は優秀でも数が少ない。
 少数精鋭もいいが、それだけじゃなあ」

 袁家も家臣の質がいい方じゃあないけど、譜代はそれなりにいる。数は力、と言い放つ紀霊の言葉にはなるほど、と唸るしかない。なにせ公孫賛には質、量ともに頼りになる家臣がいないのだからして。

 とは言え、自分が考えても仕方のないことである。袁紹と曹操が漢朝においてどのような足跡を刻むのか。大変興味深いところではあるが、公孫賛にとっては自分の率いる郎党の行方こそが一大事なのである。そういう意味では頼りになる親友が次期当主である袁家が隣であったということに感謝しないといけないであろう。――実際既にあれやこれやの援助を貰っていることだし。
 紀霊が立ち上げた、母流龍九商会は既に公孫賛の領内でも必須な存在になっている。彼が重点的に投資したというのが大きいのだが。街道の整備、橋梁の補強に新設など、必要であると分かっていても手が届かないことを請け負ってくれているのだ。
 そのことについて馬鹿正直に謝意を告げた公孫賛に紀霊は苦笑で応えた。この恩はきっちり返すという彼女に対して。

「そのうち、身体で返してもらうよ」

 というのは悪ノリが過ぎるというものではあるが。なお、公孫賛は頬を赤らめるだけで特に抗議はしなかった模様である。

「白蓮さん?食べなれないものを食べたからかしら?お顔が赤いですわよ?」
「ちちちちちがう、なんでもない。れ、麗羽、この肉をおかわりもらっていいか?」
「いいですけど・・・。朝からまた追加されますの?昔から健啖家ではいらっしゃいましたが、昼が食べられないとかいうことのないようにお願いしますわよ?」
「まままま、任せとけ!」
「ならばいいのですけれども」

 そうやって笑い合う二人を曹操は何とも言えない表情で見つめるのであった。


101一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:37:42.25nh09Ryi9o (3/8)

 張紘と沮授。言わずと知れた俺の最も信頼する腹心の二人である。袁家の外と内に目を光らせて、それぞれの立場をしっかりと認識した上で様々な助言をしてくれる貴重な存在というか――。いや、様々な厄介ごとを二人に投げまくっているというのは自覚している。いやほんと。だから、俺の丸投げ被害担当の右翼である張紘からの一報には耳を傾ける価値がありまくりである。

「なるほど。敵は洛陽に在り、か・・・」
「ああ、彼奴きゃつは元々洛陽を本拠にしてる商会だから目星はつけてたんだ。そんで、ようやく裏が取れた」

 袁家領内を荒らそうとしていた商人。彼奴の後ろ盾を探れば自然とその黒幕は見えてくるというものである。麹義のねーちゃんには甘いと散々説教(物理)を受けたのだが、それでも泳がせた甲斐があったというものである。いや、これで成果が出なかったらどうなっていたことか。

「流石は張紘。諜報においてもその手腕は卓越していて頼もしい限りだぜ」
「よせやい。対応も後手だったしな。これくらいはしねえと立つ瀬がねえって」

 俺の減らず口に乗らずにやれやれ、とばかりに張紘は嘆息する。察するに裏を取るにも相当の苦労があったようだ。これは、結構大物がかかったか――?

「で、どこのどいつだ。俺達に喧嘩ふっかけてきた奴は」

 口が重い張紘をせかす。が。更に口は重く。度重なる催促にぼそり、と。まだ確証とまではいかないのだがと強調する。

「十常侍」

 張紘がその名を出すのを躊躇うわけである。いやさ、よくぞ言ってくれたというべきか。或いはそこまで辿り着いた張紘の手腕を褒めるべきか。いや、とびっきりの大物である。

 ――十常侍。漢朝の政を仕切る宦官の元締めみたいな奴らだ。漢朝の腐敗の戦犯と言えばいいだろうか。権勢とか蓄財とか内向きのことにしか興味がないと思ってたんだがな。
 俺の抱いた疑念に沮授が応える。

「――袁家が力を付けすぎたのかもしれませんね」

 沮授曰く、袁家は既に中央から危険視されるほどに力を蓄えているとのことだ。

「ただでさえ袁家の領内は肥沃な華北の大地です。そこに二郎君が発掘した農徳新書ですよ。袁家領内では既に十年単位で匈奴との戦いに備えるだけの物資があります」
「更に母流龍九商会だな。おいらが言うのもなんだが、すげえことになってるんだぞ」

 なんでも、効率化された農業。そこからあぶれた労働力が都市に流入。さらに漢朝各地、とくに江南から流民が流入。それらを労働力として工場制手工業が成立。様々な物資が安価に量産されることになる。強化していた街道等のインフラ整備がマッチして袁家領内は空前の好景気に沸いているのだそうな。いや、知ってた知ってた。何かすごい景気がいいのは知ってた。でも、そこまでえらいことになってるのは知らんかった。もう、完全に俺の手を離れてるね。

「明確に袁家の力を削ぎに来てるか。それならば厄介だ、な」

 北方の異民族への備えとしての袁家。それはいい。だがその権勢が過度に大きくなればどうなるか、ということである。中央への色気を疑われる。いやさ警戒されるのはごくごく自然なことだ。歴史に学べば有力な家臣がどうなるかなんて明らかだしな。特に中華の歴史では。それは粛清と決まっているのだ。もっとも、むざむざやられてやるつもりはないが、ね。

「まあ、まだ正面切ってどうこうってことはない、か。
 だが、対応については考えんといかんだろうなあ」

 袁家領内と江南でも手一杯なのに十常侍まで出てきたらどうなることやら。それに、まだ十常侍が黒幕と決まったわけでもない。現状俺にできることは盛大にため息を漏らすことだけだった。と思っていたのだ。思っていたのだが。更なる懸案事項が沮授によってもたらされる。なんてこったい。

「黒山賊?」
「ええ、最近活発なんですよ」
「ええい。このクソ忙しい時にまた・・・」

 ただでさえ十常侍に対する方針が決まってない上に、黒山賊の蠢動とはな!
 説明しよう!黒山賊とは、常山を根拠とする賊の名前である。以上!だが・・・厄介なことに常山は袁家の領内の外れにある。そこは梁山もかくやという天然の要害であり、流れた犯罪者、山賊が集う一大拠点だ。流民やら無頼やらが流れ込み、いっぱしの軍事勢力となりつつある。

「・・・蠢動しやがるか。よりによってこの面倒な時期に」
「ええ、困ったものです」

 袁家領内では食糧事情が非常によい。故に、食べるに困って犯罪者になるというのはまずない。つまり、袁家の領内の犯罪者というのは、ただ真面目に働くこともできず、奪うことでしか生きられない者共である。ある程度適応性のあるごろつきは「侠」というシステムに拾われるのだが、それにすら所属できない奴らなんぞ、社会にとって害悪でしかない。

「大掃除、するしかないかな?」
「それもいいかもしれませんね」

 内政重視できていた袁家であるが、本来その存在意義は北の護り手。故に袁家の武威が舐められているなぞ看過できるはずもない。
 ――ならば、実力行使あるのみ。

「黒山賊と十常侍か。ぶつかる予定はなかったが、喧嘩を売られたならば話は別だ。やられたら、やり返す。倍返しくらいがちょうどいいだろうさ」

 そう、この世界、舐められたらアカンのである。手を出して来たら痛い目を見るときっちり理解してもらわなければならない。一歩引いたら二歩踏み込まれる。そういうものだ。妥協やら譲歩やらは殴り合った後のことである。無論引く気はない。

「軽く言うけどなあ。十常侍だぞ?――でもまあ、二郎が決めたのならやるしかないかぁ」
「やれやれ。張紘君は弱気ですね?折角二郎君がやる気になってるんです。降りかかる火の粉。振り払うついでに火元を消し飛ばしてやるとしましょう」

 苦い顔の張紘と、楽しげですらある沮授。それぞれの言葉に俺はニヤリ、と笑う。そうさ、俺一人で彼奴らと干戈を交えるわけじゃない。こんなにも頼もしい奴らが支えてくれるんだ。

「二人とも、頼りにしてるぜ」

 ばんばん、と二人の背中を叩く。返ってくるのは溜息と、笑顔。それが何よりも頼もしい。こいつらがいたら怖いものなんてない。袁家に喧嘩を売ったことを存分に後悔させてやるぜ。


102一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:38:14.34nh09Ryi9o (4/8)

「あらあら、これは面白いことになってきてますねえ」

 蜘蛛の巣の深奥で張勲はくすくす、と微笑む。ぺらり、とめくる書類。袁家領内外の動向がまとめられたものだが、最近は紀霊に関する報告の比重が高まっている。

「これはどう考えても偶然なんでしょうけどね・・・。ちょっと紀霊さんには気の毒かなぁ」

 いっそ、暢気といえるであろう表情のままに首を傾げる。紀霊という獲物は思いのほか元気だったようだ。想定よりもその動きは活発で、激しい。これは想定外である。

「動けば動くほど糸に縛られていくというのが分かってないですねえ・・・。といって、動かなければそのまま追い詰められますし。――結局、何をやっても無駄なのになあ」

 あくまで平淡――にこやかではあるのだが――な声からは何も読み取ることはできない。なぜならば、意図を束ねて糸を紡ぐ彼女もまた繰り人形でしかないから。そして、もはやその生が何のためにあるのか、彼女には分からない。
 ――既に彼女は生に倦んでいた。どうしようもなく心が膿んでいたのだ。
 だが、それがどうしたというのか。彼女はただ繰り手の意図通りに踊ればいいだけなのだ。そんなことを考える彼女の背後の闇がその濃さを増す。それこそが彼女の操り手。袁家の闇を一身に背負う張家の当主である。

「娘よ。戦が起こるな」

 それは、異形であった。容姿は整っていると言っていいだろう。だが浮かべる笑みは災厄を連想させ、発する言の葉からは破綻と崩壊を匂わされる不吉。纏う空気には死と血の赤黒い闇が色濃く匂う。そして、広げた両の手。そこに常人ならば違和感を抱くであろう。そう、広げた掌。そこにある指は六本。闇に生まれ闇に生き、名前すら捨て去って深淵から蒼天を睥睨する。希代の暗殺者でもある彼は、ただ、【六】という記号で認識されている。恐怖と嫌悪と畏怖を込めて。
 そしてその娘は張家の最高傑作と言われるほどに完成されている、という。その張勲がくすり、と笑む。父の言、その物騒な言葉をおかしそうに受けとめる。

「ええ、お父様。戦が起こりますね。しかも袁家が巻き込まれちゃいますねー。これは厄介ですねー」

 いっそ朗らかと言っていい口調で張勲は嘆息する。諜報が張家の本領。だからこそ不穏な空気を見逃さない。そしてその流れは変えることは困難であるし、そのつもりが全くない。そう。目の前の不吉な空気を纏う男にはそんなつもりがないのだ。

「――派手に火を放つべし」

 その言を受けて張勲が問う。

「それはいいんですけど、紀霊さん、死んじゃうかもしれませんよ?今彼がいなくなったら色々面倒じゃないですか?」
「ここで死ぬならその程度の駒というだけのことだ。精々抗ってもらおうじゃあないか。まだまだ紀霊は小物よ。奴一人が死んだとて知れている。
 それより田豊だとも。奴の手が見えん」

 ふむ。と数瞬熟考し、張勲は頷く。

「そうですねえ、田豊さん。表面的には全く何もしていないみたいなんですよねー。何もしてないわけがないのに。すごいですねー」
「そうだ。流石は田豊と言ったところか。こちらの絵図をある程度は察知しているだろうよ。それで動かないならそれで構わんとも。監視にも気づいているだろうが、それでいい」
「牽制ですかー。そういう駆け引きって、あの方には無意味っぽいですけどねー。
 ――いっそご退場願った方がよくないですか?」
「それには及ばん。あ奴がいなくなれば流石に乱れすぎる。
 沮授ではまだまだ袁家を押さえられんよ。
 それに、あ奴を消すとすればこちらも総出で挑まんといかん。不敗、という二つ名は伊達ではないのだ」

 過日の匈奴の大侵攻において、軍師という立場でありながら最前線で戦線を支えた――物理的に――猛者である。流石の【六】も尋常な手段では討ち取れないと判断する。

「はいはーい、了解です」

 その辺を理解しているのであろう。張勲はあっさりと引き下がる。察しがいいことである。本当に。

「ふ、お前は良くできた人形だよ。実によく踊ってくれる」
「あら珍しい。お褒めにあずかるなんて、いつ以来ですかねえ」

 張勲の問いに応える存在は既に室にはなく、その声は虚しく響くだけである。

「んー。どうしたものですかねえ」

 と言っても、どうしようもないのだ。彼女は人形でしかないのだから。どろり、と濁った瞳は闇を乱反射し、更に沈んでいく。そう。別に現状に不満があるではなし、問題はない。何も問題はないのである。絡新婦はただ、糸を繰るだけである。意図のままに。


103一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:41:53.24nh09Ryi9o (5/8)

 トントン、と軽やかな音が俺の耳朶を刺激する。それは慣れきっているにしても無視できない音響。一日の始まりを告げる音響。
 更に美味そうな匂いが鼻腔をくすぐり、意識が急浮上していく。夢の底から意識が急浮上していく感覚は嫌いではない。くあ、と欠伸を一つ。大きく伸びをする。これでも寝起きはいい方なのだ。いや、そうなるように鍛えられたと言うべきか。

「お、ようやく起きたかー。ちょうどええし、ご飯食べやー。ま、その前に顔洗っといで」

 にひひ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた声の主――俺の上司の梁剛姐さんで、あれやこれやと俺を容赦なく鍛えてくれた人物である――が俺の尻を叩く。最近では週の半分くらいはここに入り浸っている。勝手知ったるなんとやらとばかりにささっと顔を洗い、食卓につく。

「ほら、とっとと食べてまいやー」

 いただきます。そして文字通りがっつく。ものっそい美味いんだからこれは仕方ない。姐さん曰く兵站に伝わる簡単な野戦料理のアレンジらしい。まあ、姐さんはもともと兵站出身らしいからなあ。などと思うのだが。
 卵と小麦粉に野菜と肉を混ぜたものを鉄板で焼いたそれは、多分お好み焼きそのものである。どろっとしたソースが食材の旨みを引き立てる。うん、ラーメンとかチャーシューとかあるからそりゃソースくらいあるよな。ここら辺は深く考えるだけ無駄であろう。
 しかし、兵站で経験を積むと料理が上手くなるのだろうか。ならば陳蘭にも兵站に異動させるべきだろうか。いや、別に不味くはないのよ。ただ、そのまあなんだ。けして美味くはないのであって。いや、不味くはないのよ。けして美味くないだけで。うん、別に不味くはないのだ。

「ごちそうさま!」
「はいな、よろしゅうおあがり」
「そしたら、夕方には詰め所に顔出せると思うんで」
「今日も泊まってくのん?」
「そのつもりっす、遅くなるかもしらんので、飯は・・・」

 十中八九遅くなるけど、どうしようか。と迷う俺に姐さんはくすり、と笑う。

「ええよ、どっちでも。冷めててもええんなら作り置きしとくさかいな。
 食べて帰るなら朝にするし」

 ひらひら、と手の平を振るって好きなようにしろと言外に。いやほんと、好き勝手させてもらってるなあと痛感する。

「そしたら、行ってきます」
「無理せんとな」

 ちゅ、と軽く唇を合わせてから俺は政庁に向かう。最近は訓練よりも中央との打ち合わせの比率が高い。隊の事務的なことは大部分を任せてもらっている。袁家の各方面との面通しということなんだろう。そこいらへんのノウハウもそうだが、そのついでに斗詩や沮授と会えるのが助かる。流石に一日訓練してから打ち合わせとかは無理だからな。
 本来なら猪々子もいるはずなんだが、日常業務に追われているそうで滅多に合流できてない。ここいらへんは個人の適性があるからしゃーないしゃーない。
そして本日のメインイベントである。麹義のねーちゃんに軽く挨拶だけすると、俺は待ち合わせの会議室に向かった。


104一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:42:19.03nh09Ryi9o (6/8)

「あら、二郎様、今日は早いですね」
「そりゃ斗詩もだろ……ってここでお仕事か」
「ええ、今日は来客もないですし」
「そっか」

 斗詩と猪々子は麹義のねーちゃんにびしばし鍛えられている。特に斗詩は何でもできる万能タイプなので重宝されてるようだった。まあ、袁家を支える名門の次期当主だから英才コース待ったなしである。俺?げ、現場優先で一つ・・・。
 まあ、戦乱にあっても前線参謀さえつければ猪々子で心配ないだろ。斗詩が後詰で沮授が後方支援。うむ、負ける気がしないな。俺?ゆ、遊撃こそ紀家の本領だから・・・。とーちゃん見習って領内を水戸黄門的行脚して治安維持に努めるつもりである。
 うむ。袁家配下の名家である紀家当主(見込み)が巡回すれば領内安堵間違いなし、である。そして受ける接待の嵐なんだぜ・・・。かー、つれーわー。毎日接待を受けるとか気が休まらないわーつれーわー。

 というのが俺の将来設計である。うむ。後は前線に引っ張られる前にさっさと隠居するだけである。そのためにも色々頑張らんとな……。

 さて、姐さんに送り出されて向かった先は政庁である。いや、俺だっていつも遊び歩いているわけではない。たまには仕事もするのだ。――それに今日のお仕事は俺が発起人だしな。そのために袁家の重鎮に召集をかけたのである。もっとも、その面子は斗詩と猪々子、それと沮授に張紘という超身内ではあるのだが。
 とは言え、いずれも次世代の袁家を担う人材であるというのは間違いないところである。麗羽様を旗印に、クソッタレな時代に立ち向かう戦友となるのは確定的に明らか。つか、このメンツが信用できないならもうなにも信じられないぜ。
 とは言え、各人は超多忙であり、打ち合わせの時刻に来ていたのは斗詩だけであったのはやむを得ないところであろう。むしろ万難を排してくれたであろう斗詩には感謝である。
 まあ、大筋については事前に打ち合わせてるしな。そしてイレギュラーな案件についても問題ないだろう。――黒山賊の討伐を紀家軍が担当するという案件だ。陳蘭に任せてた母流龍九商会の私兵もそれなりに使えるようになったらしいし、ちょうどいい。実戦テスト、って奴だ。
 くすり、と斗詩が笑う。

「それにしても二郎様がきっちり仕事されるようになったって、文ちゃんがぼやいてましたよ。最近相手をしてくれないって」

 ころころ、と軽やかな笑み。清冽さと、漂う艶やかさの危うい均衡にくらっとしかける。これは年頃の女子の特権なのだろうな。箸が転がっても面白い彼女らは、微笑み一つだけで魅惑的なのである。つい最近まではちっちゃい女の子だったのになあ。いかん、おっさんくさいぞ俺。

「いや、別に相手はしてるぞ?斗詩や猪々子みたいな美少女が来て相手しないとかありえんさ」

 実際、俺の横で飛び跳ねてた幼女軍団がいつの間にか美少女軍団に様変わりである。時の流れというのはすごいなあと思うのだ。いやだからおっさんくさい述懐だというのは認識しているのよ……。

「もう……。二郎様はまた、そんな調子のいいこと言って……」

 頬を朱に染め、どこか憮然とした表情の斗詩の頭をぽんぽんとはたいてやる。いや、この表情見ただけで世の男どもは八割方ノックアウトですわ。

「いや、ほんとだって。実際、歓迎はしてんだけどなあ。茶も菓子も出してるぜ?そのまま飯食って、泊まって帰ることだってあるんだぞ?
 嘘だと思ったら斗詩も遊びにおいでよ。全力で歓迎するぜー」

 これで相手していないとか言われると流石の俺も思う所はあったりなかったり。

「ああ、そういうことなんですね……。それは……文ちゃんが一方的にご迷惑をおかけしているだけですよね……。お仕事から逃げ出して二郎さんがサボり仲間と思ったらきちんとお仕事をしてたから愚痴ってただけという……」

 がくり、と肩を落として斗詩が頭を抱えてもだえる。よせよ、可愛いじゃないかね。

「いいっていいって。なんなら斗詩も机並べて仕事しよーぜー。
 斗詩みたいな可愛い子が横にいたら……駄目だな気が散って仕事になんねえや。
 今のなしー」

 ぷっと吹き出す斗詩。おかっぱにしている綺麗な黒髪が揺れる。

「もう、そんなこと言われたら……本気にしちゃいますよ?」
「いや、ほんとのことしか言ってないから」
「そうじゃなくて、ですねえ……。もぅ……」

 斗詩が笑いながら抗議の声をあげる。うむ。斗詩が睨んできても可愛いだけである。このこの、とぐりぐりとなでくりまわしてやる。
 と、ガチャリと戸が開く。


105一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:42:50.23nh09Ryi9o (7/8)

「おやおや、お邪魔でしたか」
「お邪魔というか遅いというか」
「すみませんね、最近立て込んでまして」

 これっぽっちも悪いなんて思っていないであろう胡散臭い笑顔で沮授が言葉を続ける。

「どうも、色々頻発している事象はつながってないみたいなんです」

 沮授の言葉に思考を切り替える。あれこれと袁家領内で起こる不具合はあれこれあったのだが、それの根っこは繋がっていると思っていたのだが。無論、沮授の調査よりも根深いだけという可能性もある。むしろこっちの方が蓋然性は高いであろう。

「……逆に厄介だなそりゃ」
「統一された意思の元動いているならこちらも対抗し易いんですが、少なくともその意図は見えないですね」

 やれやれ、困ったものですとばかりに肩をすくめる沮授。意外と消耗しているようで、激務っぷりが目に見える。頑張れ。超頑張れ。

「一つ一つ潰していくしかないかー。それでも沮授なら傀儡は炙り出せるだろ?
 ここまで大掛かりにやってくるんだ。囮くらいは仕込んでくるだろう」
「ええ、その通りですね。それも巧妙に隠蔽されてましたがね。それでも外患を誘致しているとされる黒幕気取りの人形は粗方捕捉できそうです」

 流石は沮授である。ひとまず後方は安心して任せてよさそうである。つか、他に任せる人材なんていないのだがね。

「よし、ま、とりあえずは黒山賊か」
「そちらはお任せしますよ?」
「応よ。外向きのことはまあ、任せとけ。紀家は遊撃がそのお役目。果たして魅せるともよ」

 攻勢には文家、守勢には顔家。そして遊撃こそが紀家の本領。とーちゃんが地位に拘らず、領内安堵に努めていたのもきっとその本領を保つため。そしてその紀家に於いて最精鋭たる梁剛隊である。一朝ことあらば士卒が将となるエリート部隊なのだ。

「気を付けて、くださいね……。月並みなことしか言えないですけど」
「なに、所詮は野盗の類さ。どうということもない」

 とは言え、史実全盛期の袁紹でも殲滅できなかった黒山賊が相手なのだ。慢心はしないとも。末端が相手だとしても、な。

「アニキー、ごっめーん遅れたー!」
「二郎すまねえ、色々揉めててな」

 まあ、メンバーが揃った会議自体は四半刻で終わったんだけどね。いや、事前に根回ししてたし。袁家の次代を担うこのメンツが一堂に会してあれこれやっているという事実が重要なのだよ。うむ。

 ――俺は俺で万全を期していたとこの時は思っていたのである。


106一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/19(木) 23:43:20.03nh09Ryi9o (8/8)

本日ここまで、ということで


107以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/19(木) 23:51:21.82ChPLBoTRO (1/1)

乙です


108以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/20(金) 00:22:51.951jcune0AO (1/1)

乙です。


…確かに、中華の歴史上の能臣で粛清されずに天寿全うした人って少ないイメージ。

…所で紀霊さん?公孫賛に唾付けるなら、それなりのモン出して貰えるよね?具体的には公孫家を 盛り立てる有能な超有能な事務集団とか。ね?ね?


109以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/20(金) 10:35:24.801UIHydpJ0 (1/1)

乙&いつものを
>>100
>>そんなんだからいつまでたってもお胸にも未来が感じられないなのですわ」
○そんなんだからいつまでたってもお胸にも未来が感じられないのですわ」
>>それだけではないのではないということを曹操は
○それだけではないということを曹操は
>>意地っ張りで素直じゃない華琳も、麗羽の言うことは結構素直に聞くのだなあと暢気なことを思う
>>ああ、個人としての総合能力で言えば曹操が上回っているのであろうとは思うのだが。
他のところを見るに地の文では真名を出してないので上の方が間違いかな?どちらも公孫賛の【思う】なので統一した方がいいと思います
>>103
>>ちゅ、と軽く唇を合わせてから俺は政庁に向かう。
>>104
>>さて、姐さんに送り出されて向かった先は政庁である。
重複してるので片方削っていいと思います
>>どこか憮然とした表情の斗詩 …まあ憮然はもうそういう意味でいいか、もし直すならむすっとした表情とかかな
>>105
>>あれこれと袁家領内で起こる不具合はあれこれあったのだが、
○あれこれと袁家領内で起こる不具合はあったのだが、

さてさて不穏なフラグを立てた引き方ですね
適度に足を引っ張ってきそうな有能な内患張家、今回で一斉摘発は出来そうだけど最後っ屁をかましそうな無能な内患、大っぴらに敵対できない十常侍、そしてゴキブリ並みにしぶといだろう黒山賊
めんどくさいことこの上ないですね…とくに絶妙な嫌がらせをしてきそうな張家はノーマークですし、十常侍も手筋が読めない。足元掬われそうな悪寒


110以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/20(金) 19:28:39.15yuwnikPBo (1/1)

史実じゃ孤軍奮闘で袁家と10年近く戦争してたんだがww


111以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/23(月) 07:34:39.51C36veOsOO (1/1)

ラブひなコイバナ伝が作者によりエタ宣言されちゃいました(涙
更新を楽しみにしてた2次作品がなかなか更新されてない中
二郎ちゃんには頑張ってほしいものです


112一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 22:31:22.806BhA6RWmo (1/17)

連休は大洗で観光+鹿最終戦観戦でした
大洗は町ぐるみでガルパン応援してるんやなあというのが伝わってきました
映画、ヒットするといいですね
久しぶりにキャラグッズにお金を使いました(ピンバッジとお酒)

>>108
>…確かに、中華の歴史上の能臣で粛清されずに天寿全うした人って少ないイメージ
権力争いに勝ち続ければ大丈夫ですよw

>…所で紀霊さん?公孫賛に唾付けるなら、それなりのモン出して貰えるよね?
そりゃもう援助てんこ盛りやで

>>109
いつもすまないねえ……

>適度に足を引っ張ってきそうな有能な内患張家、今回で一斉摘発は出来そうだけど最後っ屁をかましそうな無能な内患、大っぴらに敵対できない十常侍、そしてゴキブリ並みにしぶといだろう黒山賊
言語化するとやってられない状況ですねw
頑張れ超がんばれw

>>110
黒山賊のことですよね?
全盛期の袁紹が討伐できないという時点でお察しのしぶとさですよねー

>>111
更新待ってる作品はねー
一ノ瀬もたくさんありますけどねー
中々哀しいものがありますねえ

二郎ちゃんの活躍はまだ始まったばかりだ!


113一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:21:20.506BhA6RWmo (2/17)

 男が暗がりの中で酒を呷る。ぐびぐび、と咽喉に酒を流し込む。一見豪快な所作。だが時折小刻みに震える指先がそれを裏切る。

「ふふ、落ち着きませんことですわね。心配することなど何もありはしませんのに」

 女が艶やかな声で囁きながら酌をする。

「お、落ち着かねえのは仕方ないだろうが!
 あ、あの袁家に喧嘩を売ったんだぞ!」
「そうですわね。落ち着かないのも無理ありませんわ。
 だって、今までと比べ物にならないくらいの……戦果ですもの、ね?」

 くすり、と女が笑う。

「たくさんお金を持ってたでしょう?
 たくさん食料もあったでしょう?
 たくさん綺麗な女もいたでしょう?
 たくさん、たくさん殺したでしょう?
 たくさん、たくさん奪ったでしょう?
 たくさん、犯したでしょう?
 たくさん、楽しんだでしょう?」

 今さら怯えても、遅いのだと女が毒を注ぐ。
 今さら改心しても遅いのだと女が煽る。
 ――だから毒を注ぐ。

「もう、戻れないものね」

 くすくす、とおかしげに女が笑う。嗤う。

「て、てめえが!てめえが言ってきたんじゃねえか!
 袁家は豊かだから一回で一年くらいは遊んで暮らせるって!」
「袁家の領内は熟れた果実。それは間違ってなかったでしょう?美味しかったでしょう?
 もう、今さら黒山に戻れないのではなくって?」
「うるせえ、うるせえ……」

 男は気弱げに呟く。もう、あんな山奥には戻れない。ならば、もう少し。
 そう、もう少しだけ稼いでトンズラすればいい。なに、随分稼いだが袁家に目をつけられるのはまだ先のはずだ。いざ目をつけられたら逃げればいい。それまでに一生遊んでくらせるだけの財貨を得ればいい。
 それは、果たして誰が囁いたことなのか。それすら曖昧模糊としている。だが、どうせこうなっては退くことはできないのだ。と、思いこませたのは誰なのか。

「酒だ!酒を持ってこい!」

 どろりと欲望に濁った目を光らせながら男が叫ぶ。不安は目の前の快楽に溺れることでしか晴らせない。注がれた酒を一息に呷ると、目の前の美女を荒々しく組み敷く。所詮、この世は奪った者勝ちなのだ。
 偉そうに言葉を紡ぐこの女も、暴力という絶対的な価値の前では股を開く弱い存在でしかない。
 荒々しく衣服を剥ぎ取りながら男が言う。

「逃げられないとしても、お前も道連れだ、分かってんだろうな」

 くすり、と女が笑う。男の情欲を煽るようなその笑みは蠱惑的で、それでいて気品すら漂う。その笑みに男は暴力的に女体を思うままに蹂躙する。いや、それすらも女の掌の上。

 蹂躙されながら、浸食する人型の化け物。その名を李儒という。


114一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:22:19.016BhA6RWmo (3/17)

 早朝、いや、まだ払暁であろう時刻に姐さんは起床する。同衾している俺を起こさないようにそっと起き上がるのであるが、常在戦場を叩きこまれているのであるからして。

「ああ、起こしてもうたか。寝ててかまへんで」
「そっすか。じゃあ、お言葉に甘えようかな・・・」

 とは言うものの、一つ大きく伸びをしてから意識を覚醒させる。これから朝の鍛錬をするのだ。柔軟、走り込み、立木打ち。そしてクールダウン。日課となっているそれを姐さんは揶揄する。

「なんや、えらい元気やな。昨夜は手抜きやったんかな?」
「いやいやいやいや。あれ以上やってたら姐さんの旨い朝ごはんにありつけないだろうなあと思ってのことですよ」
「飢えたケダモノめ。うちをあんだけ鳴かせといてまだ余裕があるんかいな」
「がおー」

 目を合わせて互いに笑い合う。最近、姐さんのとこに入りびたりである。いいじゃん。若いんだもん。青い山脈は狂った果実だということで、ひとつ。そりゃ障子から怒張が天元突破するというものである。

「塩と酢、どっちにする?」
「塩でー」
「はいな、と」

 汁物の味付けを器用に調整しながら鼻歌を歌う姐さん。あれだな、幸せってのはこういうことなんだろうなあ。・・・しかし、裸エプロンか・・・。マンモスマンが火事場のクソ力であるが、自重自重。である。そんな姐さんが投げかけたのは驚愕の台詞であった。

「あんな、ウチ、今回の出兵が終わったら紀家軍を辞めよう思うねん」

 なん、だと・・・。人間、本当に驚いた時には声が出ないものだな、と思った。つか、マジで?

「なーに間抜けな顔しとんねん」
「いやだって、姐さんがいなくなったら隊はどうすんのさ」
「二郎。アンタがおるやん。
 ウチはむしろおらへん方がええんちゃう?」

 そんなことを言いやがりますよこの方は。

「俺じゃあ、まだまだまとめきれませんってば。雷薄とか韓浩とかを指先一つでこき使う姐さんってばすごいんですよ。っつーか、まだまだ色々学びたいですし・・・」

 愚痴、である。姐さんの決めたことを俺がどうこうできるわけがないのだ。そんな俺をぴしり、と鼻先を爪弾いて笑顔で姐さんが言う。

「教えられることはもう叩き込んだっちゅうねん。
 後は自分の身で学ぶこっちゃな。万全の戦場なんてあらへん。常在戦場にして臨機応変にすべし、や」

 にひひ、と悪戯っぽく笑う姐さんは小悪魔めいていて。チェシャ猫の笑いというのはこういうものだろうか、などと益体もないことを思う。


115一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:22:50.276BhA6RWmo (4/17)

「はあ、分かりましたよ。で、辞めた後どうするんすか?」

 にんまり、と姐さんが今日一番いい顔で笑いかける。

「んとな。うち、ご飯屋さんやるつもりなんよ」

 なるほど、と納得する。姐さんは料理が上手い。むしろ絶品である。紀家軍の士気が高いのは姐さん由来の食糧事情に依るところが大きかった。そして姐さんは元々は軍人になるつもりもなかった。
 ・・・戦乱の中で生き残るためにあがいて今の地位にいる。それはそれで凄いんだが、本人にとっては不本意ということなんだろう。

「なら、寂しくないですね」
「お、ご贔屓にしてくれるん?」
「姐さんの料理が食べれるならむしろ紀家軍の皆が殺到するでしょうよ」
「はっはは、まあ当然やな。餌付けした甲斐があったっちゅうもんや」
「姐さんなら料理だけで勝負できるでしょうに」
「せやろか?でもまあ、二郎がそう言ってくれるならそうなんかもしらんな。うち、ちょっと自信出てきたわ。
 いやー、これでうちのお店も安泰やわー。紀家軍の総帥がご贔屓にしてくれるからなー。
 かー、きっと二郎はお客さん、ぎょうさん連れてきてくれるんやろなー」

 けらけら、と笑う姐さん。その声は明るくて、つまりずっと描いていた夢なんだろうなあというのが否応なく理解できる。だったら、どうせなら繁盛してほしい。飲食店は立地八割だ。そして姐さんに恥をかかせるわけにはいかない。だから最高の物件を手配しなければならん。俺の声掛けだけの集客なんて。
 と決意を新たにしていたのであるが。

「なあ、二郎?」
「なんすか?」
「丈夫な子供、産んだるさかいな」

 その言葉に絶句してしまう。色々と考えていた――妄想とも言う――俺の頭が真っ白になる。

「なんや、愛想ないなぁ。毎日あんだけしといてほったらかしかいな。
 まあ、ウチはそれでも別にかまへんけど、な」
「いや、そうじゃなくって!」

 けらけらと俺を見て笑う姐さん。ああもう、翻弄されてるのは自覚するけど可愛いなあ。

「やから、うちとこのお店。食材は安く卸してな?」
「・・・まあ、いいですけど。そこらへんは張紘が上手くやってくれると思いますよ」
「なに、拗ねてんのん?いや、二郎はそういうとこ、可愛いねんよなあ」

 ニヤニヤ、艶っぽい笑みで迫ってくる姐さん。近い。近いってば。

「・・・言葉にしないとわかんねーこともあるんすよ」

 大人気ない。我ながらそう思う。思うのだが、やっぱりこう、そこはストレートに言って欲しい。とも言えず。だってさ。そんなあっさり身を退くとか、伝手で優遇しろとかさ。いや、流石に姐さんが俺のバックボーン目当てで近づいたとは思わないけどさ。でも、こう、な。

「つまらん意地を張る。うちは恰好ええと思うよ。むしろ武家の棟梁やもん。それくらいでないとあかんわ。
 ほんま。二郎はええ男になったわ。
 うん。ええ男や」

 ほう、とため息交じりの声。そして決定的な言の葉が脳髄の奥底までをも揺らす。

「ほんま、な。二郎はええ男になったわ。うち、な。ほんまに惚れてもうたんよ。
 やから、うち、二郎の子供が欲しいんよ。せやから、鉄火場とはおさらばやねん。
 せやねん。こっぱずかしいんやけどな。うち、二郎がほんまに好きやねんよ・・・」

 その言葉に俺は耽溺した。籠絡された。いや、もともと惚れていたのを自覚しただけなのかもしれない。

「姐さん。俺だって、姐さんに惚れてるし、俺の子を産んでほしい」

 つまり、そういうことである。俺だって姐さんのこと、間違いなく好きなのである。惚れてるのである。うん、これは確かだ。
 自分の好き勝手な都合だけでなく、他人のために頑張る。それってすごく頑張れる。だから。これ見よがしに、にししとほくそ笑むのをなんとかしたいものである。いや、ほんとに。


116一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:23:39.406BhA6RWmo (5/17)

 黒山賊は常山に本拠を置く武装集団である。その軍事動員数は数万に達するとも言われている。通常は私兵集団として辺境の街道の安全保障をしたりしている。あのあたりを通る時は奴らに金を払って安全を買うわけだ。払わない奴には見せしめ的な制裁があったりする。
 まあヤクザがPMCとか傭兵団やってるみたいな感じであるな。特に袁家と対立することもなかったんだが、最近はちょっと関係が怪しいそうな。張紘の情報網ではどうも洛陽方面からけしかけられているとのことだ。袁家の勢力を殺ぎにきているというのは本当らしい。
 今回袁家領内で暴れているのは極少数、ほんの数十名程度だ。通常ならそこらへんに常駐している兵力で対応できる範疇なんだが。

「ったく、厄介この上ない」
「ほんまなー、ありえへんやろ、内部から情報が漏れるとか」
「外患誘致とかぶっ殺すべきっすね」

 袁家の冷や飯食らいどもが何をトチ狂ったのかやらかしてくれている。警備隊の動きをリークすることで、賊が自由に領内を食い荒らしてやがるのだ。少数の兵力ということもあり、なかなか捕捉も難しい。
 そこで腰を上げたのが紀家だ。とーちゃんのお仕事のおかげもあり、元々各地の治安組織との関係もいい。更に袁家内では比較的自由な裁量で動ける遊撃軍という位置づけも後押しした。梁剛隊の兵力は百余名。それに母流龍九商会の私兵が百名ほど動いている。
 賊の広域捜索も想定されているので、彼奴等のおよそ十倍以上の動員となっている。

「サクッと片付けんとな」
「ええ、誰に喧嘩売ったのか思い知らせてやりましょう」
「気合を入れるんはええけど、入れ込みすぎるとあかんでー」
「へいへい、おれはしょうきにもどりましたよ、と」
「あかんやん」

 姐さんに軽く小突かれながらも粛々と進軍する。つい最近被害を受けた村落が目的地だ。そこを仮の根拠地とし、賊を捕捉し殲滅する。そして内外の敵に警告を発するのだ。
 喧嘩を売る相手に。次は、お前だぞ、と。何せ武家というのは舐められたらいかんのである。

 到着した村はまあ、控えめに言ってひどい有様だった。家は焼かれ、財貨は奪われている。陰鬱になる俺達を出迎えた村長は涙ながらに謝辞と、被害と、税の軽減を訴えてきた。確かに、この村から例年通りの税を取ると流民になりかねん。
 というか、他の村落もここまでひどいのだろうか。低金利で母流龍九商店に融資を検討させよう。そう考えつつ、言葉を交わす。どうやら賊は二十人程度で、この村を襲った後に北に移動したそうだ。事前情報通りである。しかし、この有様では、ここを根拠地にするのは困難と言わざるをえない。

「あかんなあ。ここは使い物にならんわ。移動するで」
「そっすね。泊まろうにも屋根のある建物もほとんどないっすもんねえ」
「せや。むしろ村に負担になるわ。・・・それにうちらは復興の手助けに来たんとちゃうんやし」

 そう、あくまで賊の殲滅がお役目。それ以外は埒外である。思う所がないではないが。

「本末を転等させるわけにはいかねっすもんね」
「そういうこっちゃ。残念ながら野営が続くで」
「問題ないっしょ。姐さん肝入りの訓練。天幕も張らずの一ヶ月自給自足よりは全然マシっすわ」
「ならええ、ここの援助は後続に任せて野営地を選定するで」
「ういういー、雷薄を先行させますね」

 そうして、俺達は村を後にする。村長がちょっと物言いたげだったのはこのまま見捨てるように見えたからだろうか。だが、他の村落の被害を考えるとそこまでのフォローはできん。兵は神速を尊ぶのである。
 そして、雷薄が見つけた野営地は近場に水場もあり、理想的な平地だった。流石は雷薄。歴戦オブ歴戦。人相が悪いのが玉に疵ではあるがね。いや、戦場ではプラス要因なんよ?威圧スキル持ち確定のいかつい形相であるのだ。

「若、そりゃあひでえですよ」
「あれ、口に出てたか」
「そりゃもう、ばっちりと」

 隊の皆が笑う。よし、流石梁剛姐さんの直卒。士気にも問題はない。天幕を張り、仮の根拠地設営を進める。明日からは賊の追跡と索敵だ。実に地味だが、段取り八割ってね。


117一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:24:13.046BhA6RWmo (6/17)

 軍を見送った長の顔がぐにゃり、と歪む。

「これで、よろしいのか」
「ええ、そうよ。なかなか見事なお芝居でしたわ」
「これで、孫は・・・」
「ええ、傷一つ付けずにお返しするわ。それとこれが焼いちゃった建物の代価ね。
 これだけあれば十分でしょう?」

 女がじゃらり、と重量感のある袋を差し出す。くすくす、と愉快そうに笑う。

「ええ、ご苦労様だったわね。それじゃあ、もう会うことはないでしょうし、失礼するわね」

 無言で女を見送る。年老いて皺の刻まれたその顔は、内心の苦悶に歪んだままであった。


118一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:25:03.516BhA6RWmo (7/17)

 野営地の設置は滞りなく行われた。今日はこのまま休息を取り、明日から本格的に索敵業務開始である。これまでの傾向から、賊は居場所を転々としながら村落を襲っている。その動きはかなりランダムで読みにくい。
 よって隊を四つに分ける。俺、雷薄、韓浩が三十ずつ兵を率い、北、東、西を索敵する。賊を発見し次第本陣に連絡。現場の判断で撤収、あるいは威力偵察。もしくは殲滅を行う。母流龍九商会の私兵については合流し次第編成しなおす感じかなー。機動力ではやはり騎兵を中心とした紀家軍に一日以上の長がある。まあ、別運用でもいいしな。合流するまでに片付ければいいだけの話ではある。

「うっし、やってやるぜ!」
「おお、若が珍しくやる気だ!明日は雨ですな!」
「ちょっと待ってみようか。誰が雨乞いの達人だ!」

 げらげらと俺と雷薄のやりとりに皆が笑う。

「ほら、アホなこと言ってへんで、さっさと手伝う!」

 姐さんの声で皆がきびきびと動き出す。実にごもっともである。やはり引退とかありえんよな。姐さん指揮下の戦場料理に舌鼓を打ちながらそんなことを考えていた。



 梁剛は出撃する部下を見送るとすぐに食事の支度に取り掛かる。タダでさえ野営は過酷。屋根の下で眠れることを期待していた皆には申し訳ない気持ちでいっぱいである。だから、せめてご飯くらい美味しいものを食べさせてやろう、と気合いを入れる。
 ・・・梁剛は元々軍人になど縁はなかった。輜重に物資を納入する立場であったのだ。それがいつのまにやらごらんの有様である。まあ、それを愚痴っても仕方ない。正直人を率いて戦うより、手料理で士気を鼓舞する方が性に合っている。
 今でも自分がなんでこんな地位にいるのか、戸惑いがある。戦にいい思い出なんかあるはずないのではあるし。それでもまあ、自分の職責を果たしているうちにこういうことになった。紀家軍のトップたる幹部を預かるとか、非常時のみの扱いかと思ったら戦後平時でもその職責は維持されてしまったのである。
 だが、それももうすぐ終わりである。ようやく、紀家軍のトップの座を譲ることができる。そして夢であった自分の店を持てるのだ。それに、だ。子供を産んでやろうと思う男に会えた。まさか、と自分でも思うのだがどうにもベタ惚れである。

「二郎」

 なんとなく名前を呟いてしまう。初めは生意気なガキかなと思った。だが、その立ち振る舞いを見るに、流石は紀家の跡継ぎよと感嘆するようになった。支えてやらなければ、と自然に思う。情が湧く。気づけばご覧の有様だ。
 ――紀霊は色々と事業を手掛けている。そして成果を出している。しかし、危うさを感じる。これは幾多の戦場を潜り抜けた梁剛の直感であるから、根拠としては意味をなさないのではある。それでも、思った。どこか危うい、と。

 それも過去形で語るべきことであろう。自分と一夜を共にしてからの紀霊は地に足をつけることを覚えたようである。一歩一歩、踏み出したその立ち位置を大切にしてくれている。

「ほんまええ男になったわ」

 万感の思いを込めて呟く。そして、思う。自分が紀霊をそこまで魅力的に仕上げたというのは自惚れではない、と。だから、長生きしたいな、と思う。添い遂げられるわけではない。それでも、と思う梁剛の思索は断ち切られる。

「か、火事だー!」

 なるほど、敵襲。梁剛は理解する。つまりここが正念場。

「総員、戦闘態勢!舐めたらあかん!日没までには偵察に行った部隊が帰参するよって!それまで凌ぐんや!」

 応、と唱和する人員の質と量に梁剛は満足する。それが数名であっても、だ。

「死んでたまるかいな。うちは、こんなとこで死ぬわけにはいかんのや!」

 咆哮とともに迫る兵卒を切り捨てようとしたのだが、届かない。

「くっ!」

 見れば右膝を矢が貫いている。なるほど、これでは満足な動きができない。それでも、できることはある。梁剛は数少ない部下に指示を飛ばす。一秒でも長く持ち応えるのだ。
 そう、持ちこたえたらば援軍がくるのだから。その双眸には確かに不屈の炎が宿っていた。


119一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:25:53.816BhA6RWmo (8/17)

 胸騒ぎなんてものはしなかった。虫の知らせなんてものもなかった。俺が一番早く引き返したのはもっと単純な理由だ。ノルマの地区を偵察して野営地に還る。その距離が最も近かっただけ。俺の率いる騎馬兵の動きが他の部隊よりも機敏だっただけ。
 だから、理解できない。どうして野営地から煙が上がっているのか。

  俺は何か叫びを漏らしながら愛馬に鞭を入れる。愛馬は間違いなく駿馬であろうが、もどかしくて仕方ない。馬を責めに責める。潰れる寸前に飛び降り、自身の足で駆ける。全速力で駆ける。

 間に合え。間に合え、間に合え。速く、もっと速く。俺が鍛錬したのはこの日のためではないのか。ただ、駆ける。駆けた。賭けた。そして。


120一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:26:20.766BhA6RWmo (9/17)

 男達が腰を振る。白濁の液体に塗れた女体をなお責める。びくりと震えて精を放つ。

「ったく、締まりが甘くなってきたなあ」
「そりゃそうよ。活かさず殺さずが一番いいってのに」
「そうそう。首を絞めたら締まるっつってもよう。死なせたらいけないだろう」
「だな。抵抗の一つもしないってのはいいけど、なあ」

 男達が笑う。びきり、と肉が爆ぜる音が聞こえる。

「しかし、惜しいなあ、こんだけの女が自分で腰を振るとかないぜ」
「そうだよなあ。もうちっと飼ってもよかったよな。ほんと、ありえないくらい従順だったのにさ」
「これで袁家の将軍だってんだろ。いやあ、俺、こっちに来てよかったわ。
 こんな美人で具合よくて従順でさ――」

 砕けろとばかりに力の限り握った三尖刀。ばきり、と何かが壊れる音が脳髄に響く。喪失感を万能感が塗りこめていく。視界が赤く染まる。紅に、朱色に。そして、吼える。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 紅を浴びて撒いて散らす。襲い掛かってくる肉塊を散らす。それでも足りない。足りない。逃げ惑う肉塊を斬る、叩く、叩く。肉塊を叩く。かつて人であった塊をそれでも叩く。塊が散って、しまう。溢れる奔流の捌け口を失って、項垂れる。

「ちくしょう、ちくしょう。ちくしょう・・・!」

 慟哭する。取り返しのつかないことに、俺はどうすることもできない。ひたすらに、ひたすらに慟哭する。そして散っていく。仮初の力が霧散していく。喪失感だけが俺を支配する。

「ちく、しょう・・・」

 激昂すら霧散。脱力感が全身を襲う。それでも、譲れないものがある。やらんといかんことがある。それだけが俺を正気にとどめている。

「若・・・?」

 いつの間にか合流した雷薄の声に頭を振って意識を覚醒させる。

「いかんな、姐さんを綺麗にしてやらんと・・・」

 雷薄と、韓浩にこの場を任せて姐さんを抱きかかえて水場へ向かう。きっと一秒でも生き残ろうとしていたのだろう。生き足掻こうとしていたのであろう。生き残ったもんが勝ちだというのが姐さんのモットーだったからな・・・。賊に媚びてでも、それを貫いていたのだろう。味方の合流のための時間稼ぎをしようと全力で挑んでいたのだろう。

「間に合わなかった、ですよ」

 ツン、と鼻梁に込み上げるものを食いしばる。
 水辺に葬る。姐さんは水遊びが好きだったから。きっと喜んでくれる。そして、悼みに来よう。そして。

「くそ、くそ!くっそう!うう、う、うう!」

 激昂する意識。嗚咽を堪える裏で冷えた声が響く。そう、これは俺を狙った謀略なのだ。たまたま姐さんがその網にかかっただけ。これを仕掛けた奴にとっては軽い警告くらいのつもりであろう。

「喧嘩、上等。高く、高く買い取ってやる・・・」

 俺に売ったその喧嘩、買ってやる。誰に売りつけたかを後悔させてやる。尚も激昂する意識と裏腹に脱力していく身体。膝をつき、意識は薄れていく。だが、この喧嘩を売りつけてきた奴を俺は、絶対に許さない。この恨み、晴らさないではおかない。


121一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:26:47.696BhA6RWmo (10/17)

 暗い天幕の闇の中。どれだけうずくまっていたのだろう。何をするでもなく、何も出来ず、俺はうずくまっていた。こんな姿を隊の皆に見られる訳にはいかない。指揮官はいつだって平然としていなければならないのだから。頭ではそんなことを思っても、何をする気にもならない。したくもない。
 何をしたって姐さんは帰ってこないのだ。身体を何か得体の知れないものが覆っている気がする。全身を痛みが、悼みが駈け、無力感と脱力感が巡る。とは言えいつまでもこうしている訳にはいかない。頭ではそう分かっているのだが。
 ふぁさ、と、天幕の入り口が開けられる音がする。

「・・・っ!入って来んなつったろうが!」

 声を荒げて拒絶する。こんな姿を見られる訳にはいかない。

「二郎さま、お食事持ってきました」

 咄嗟に反応できない。なんで陳蘭がここにいる?そんなに時間が経ったのか?俺はどんだけ自失していた?
 靄のかかっていた頭が徐々に思考能力を取り戻していくのを感じる。

「――おう、すまねーな。そういや飯食ってなかったわ。
 置いといてくれ、ちょっとしたら食うからさ」

 俺の声は震えてないだろうか。陳蘭と目を合わせることができない。誤魔化すように伸びをしながら、立ち上がろうとする。ぐらり、とふらついた俺を陳蘭が支える。
 がしゃん。音を立てて飯が落ちてしまう。だが、ちょうどいい。食欲なんてあるはずもないんだ。

「あ、悪いな。せっかく持って来てくれたのにな」

 どうにも月並みな台詞しか出ない。いや、そんなに洒落た台詞を吐くキャラでもなかったしいいや。陳蘭がもう一度食事を取りに行っている間に本格的に再起動しないと。そう思いながら更に適当な戯言を吐こうとしたのだが、ぎゅ、と抱きしめられてしまった。
 ふわり、と女の子の匂いが鼻腔をくすぐる。

「大丈夫、です」
「な、何がだよ、俺は!」
「わたしは、ここにいますから」

 ぎゅ、と俺を抱きしめる腕に力が込められる。――その温もりに甘えてしまいそうになる。溺れたくなってしまう。甘えてしまう。溺れてしまう。

「く・・・。う、う、うぅ!」

 また嗚咽が漏れ出す。吐き出してしまう。

「俺が、俺がいたなら!姐さんは死ななかった!後続部隊がいるのに兵力分散とか愚の骨頂だ!
 俺が殺したようなもんだ!何が紀家の麒麟児だ!上司を・・・。
 惚れた女一人守れないじゃないか!」

 陳蘭の胸の中で俺は甘える。自らを責める言葉。それらは全て甘えだ。それでも、口に出してしまう。

「泣き言なんて情けないよな」
「いいんですよ。わたしは二郎さまよりおねえちゃんなんですから」

 口にした自嘲を優しく抱きしめる言葉が、嬉しい。

「だから、二郎さまを大切に思ってる人がいるっていうことも知っておいて欲しいんです」

 そう穏やかに言って、陳蘭はその唇を、俺のそれに重ねた。

「私のこと・・・、嫌いになりました?」
「昔も、今も大好きだよ・・・」
「嬉しい、です・・・」

 肌のぬくもりに耽溺していく。包んでくれる暖かさを貫いて慟哭を漏らす。怨嗟をため込む。
 ごめん、もう少し。もう少しだけ、甘えさせてくれ。ほんの少しだけ、眠らせてくれ。そうしたら、頑張るから。


122一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:27:32.546BhA6RWmo (11/17)

 戦闘の顛末を報告する使者を走らせる。始末書どころの話ではない。賊討伐に赴いて、だ。紀家軍最精鋭の梁剛隊の隊長が戦死なのである。これは責任問題であるからして。なので進退伺いを報告書に同封している。雷薄や韓浩に責を負わせるわけにはいかんからね。

 袁家からの使者が来たのは数日後だった。驚くべき早さと言っていいだろう。しかも、使者の格が違った。

「黒山賊の討伐、ご苦労さまでした。母上も満足されておりますわ」

 なんと、麗羽様――次期袁家のトップである――が使者とは予想外である。使い走りさせていいような人材ではないし、格でもない。などと考えているのを見抜いたのか、にこり、と微笑みながら口上を続ける。

「賊の奇襲に対し、一人で相手を殲滅したこと、まことに天晴れ。
 流石紀家の跡取りは武において比類ない。母上はそうおっしゃっております」

 ・・・む。

 絶句する。これは更に予想外のお言葉である。そんな俺を見て刹那、麗羽様の顔が微かにゆがむ。どこか痛ましげに。

「いや、お役目を果たしたのみ。袁家領内を荒らす賊は討ち果たす。お褒めの言葉を頂くほどのことでもありません」
「これは頼もしいことですわ。その意気やよし。しかして賊が跳梁跋扈しているのも事実。故に二郎さん。貴方には紀家軍再編を命じます。領内安堵と慰撫がその任となります。よろしくお願いしますわね?」

 おーほっほと響き渡る麗羽様の笑い声に武者震いが起きる。これまで平時に必要ないと分割されて長城へ派遣されていた紀家軍一万。その再編が命じられる。いずれは、と思っていたが随分早い。俺にそんな資格が、能力があるのだろうか。甚だ疑問であるのだが。
 思考の沼に沈もうとする俺の耳元で麗羽様が囁く。

「力をくれてやるからさっさと立ち上がれ。お二方からの伝言ですわ」

 嗚呼、なるほど。なるほど。師匠もねーちゃんも・・・落ち込むなんて贅沢は許してくれないということか。つまりそれが内外の最前線である袁家の幹部であるということなのであろう。紀家のトップに立つということなのであろう。
 瞑目する俺に、くすり、と麗羽様が笑いかける。

「そして。わたくしも、いずれ袁家頭領として立ちます。その時は応援してくださいますわね?」
「そりゃまあ、無論ですとも」

 袁逢様の後継争いというのは意外に熾烈である。多数派工作が今現在も繰り広げられているはず。まあ、兵を握っている文家、顔家、紀家の麗羽様支持は固いから多分安泰だけどね!でも実際麗羽様を予備にして、袁胤殿を当主にってのは結構バカにできない勢力なんだよなあ。
 本来は匈奴大戦の後に袁胤殿が当主になるはずが、使い捨てであったはずの袁逢様が予想外に武勲を挙げたのだ。軍幹部が壊滅状態であったから緊急措置として袁逢様が袁家当主となった。序列考えたらかしこき血の流れある袁胤殿であろうという主張は根強い。

「俺以下、紀家軍は麗羽様を支持しますとも」

 俺の返答に満足したのか、麗羽様はもっぺんあの笑いを場に響かせて――いや、ほんとよく響くのよ――場を去る。

「きな臭くなってきやがったな――」

 くい、と袖が引かれる。心配そうな陳蘭に笑ってやる。大丈夫だ、問題ない。何せほっといたら乱世が始まるからな。俺はそれを防ぐために力が必要なのだよ。落ち込んではいられない。いる暇はない。
 だって、俺が麗羽様を、袁家を支えなければいけないんだもの。俺がしゃっきりとしてなかったら、誰に付け込まれるか分かったものではないのだ。

 そうして、俺は南皮に華々しく凱旋することになったのだ。忸怩たる思いは別として。


123一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:28:16.346BhA6RWmo (12/17)

「随分とご機嫌のようだな、李儒よ」
「あら、分かる?
 望外の収穫だわ。やっぱり私自ら来てよかったわ」
「そうなのか?折角けしかけた黒山賊は全滅しただろうに」
「うふ、本当によく踊ってくれたわ。ええ、素晴らしいわ」

 その言いぐさに華雄は舌打ちを漏らす。どうにもこいつとは相いれない、いけ好かないのだ。いや、それを言うならばそのような人物を護衛せねばならない我が身はどうだと問うことになるのだが。

「うふ、貴女にも分かるように説明してあげるわ。
 今回私がここまで来たのは袁家の力を削ぐため。それはいい?」
「ああ、それは散々聞かされたからな。
 過ぎた力を蓄えたんだろう?袁家は。
 だが、今回はお前が・・・あんなことしてまで黒山賊を動かしたのにたった10人くらいの兵の犠牲しか出せてないだろう」

 華雄の問いに李儒はくすくす、と心底おかしげに笑う。

「それでいいのよ。数はどうあれ、黒山賊が袁家に害を加えた、というのが重要なの。
 これまで黒山賊と袁家は別に敵対していなかったわ。当然よね。必要もなく喧嘩を売るなんて、獣だってしないわ」

 ふむ、と頷く。だが華雄は更に問う。所詮黒山賊の一部が暴走しただけだろう、と。言外には李儒の示唆によってであろうという揶揄を込めて。
 その声に李儒はくすくす、と深い笑みをこぼす。

「袁家はそうは思わないわよ。領内を荒らされて面子も潰れたもの。
 そう思えないわよ。だから、黒山賊もこれよりは袁家と本格的に敵対しないといけないでしょうね。
 だから、最低限の成果は最初から約束されてたようなものなのよ。
 でも、今回はもっともっと色々火種を撒けたわ」

 む?と華雄が問う。

「と、言うと?」
「そうねえ。正直、紀霊みたいな大物が釣れるとは思わなかったもの。
 適当に小競り合いするだけでもよかったのよ。
 でも、そうはならなかったわ。幸いにも、ね」
「そういえばそうだな。確か、警備の兵とはかち合わないように貴様が調整してたのだったか」
「ええ、袁家内部から情報が来るとは思ってなかったもの。それを活かさないと、ね。
 袁逢を旗頭に袁家は一枚岩と言われてるけど、そうでもない。それが分かったのが一つ。
 そして、袁逢を疎んじる勢力は外患を招くほどに焦っている。しかもそれなりに力を持っている。
 これは貴重な情報ね」

 ち、と華雄はいらだたしげに舌打ちを漏らす。

「ふん、唾棄すべき奴らだな」
「ええ、貴女はそう言うでしょうね。だって紀霊が出てくる時期まで知らせてくれるんですもの。
 死地にご招待できてよかったわ。そのために色々仕込んだんですもの」
「ふむ。まあ、ずっと逃げ回っていたから本陣の警戒が緩んだというのは分かるが」


124一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:28:42.816BhA6RWmo (13/17)

 つい、李儒の話に引き込まれていて、華雄は内心舌打ちを重ねる。言葉を交わすほどに耳が、心が汚されていくようで。

「あら、意外ね、貴女がそこに気づくなんて。そうよ。だって後続の兵を待たれたらどうにもならないもの。
 そのために絶えず動き回り、逃げ続ける。だから攻めてくるなんて思いもせず、全力で索敵したものね。
 普通に考えたら、いい判断だと思うのだけれどもね」
「ふむ・・・。なるほど、村長に黒山賊の数を半分に言わせたのもそのためか」
「ええ、そうよ。相手が同数と知れば流石に兵力分散なんてしないでしょうからね。
 でも、50の賊なら最精鋭の梁剛隊なら30でも正面からぶつかっても勝てる。
 実際そうなったでしょうしね」

 勝ち誇ったような李儒がどうにも腹立たしいのだが、言っていることは確かなのだ。実際に彼女の思うままに盤面は展開していった。

「ふむ、なるほどな。だが、村で援軍を待ったら?
 それにたまたま今回は野営地の近くに伏せられたが、他のところに陣を構えたらあそこまで襲撃が上手くいかなかったろう」
「それをさせないために村を焼き払ったのよ。そしてあの村から北上すると野営地に相応しい場所はあそこだけ。
 そのためにあの村を襲うのを最後にしたのよ」

 悪辣な!その内心を漏らさないほどに華雄は器用ではない。

「なんとも性悪なことだな!だがお前の性格からして、人質を返すどころか金を握らせるとは思わなかったんだが」

 華雄の糾弾に李儒はくすり、と応える。

「うふ、よく見てるわね。それにも意味があるわ。
 袁家はきっとあの村に援助をするわ。でもね、援助が届く前に村はあのお金で復興するわね。
 当然、疑問に思うわね。すると分かるでしょう。徹底的に略奪、破壊された村がどうして自力で再建できるか」

 そうしたら、賊徒と結んでいたという結論が出るでしょう?助けに行った領民に裏切られたということになるでしょう?それは、とてもとても素敵なこと。そうして、それを知って袁家は民にその恩恵をもたらすのかしら?

「貴様、何を言っている?」

 李儒の毒言。触れるものを毒するその言は華雄にはある意味通じない。だが、何かしらの悪意があることは察知する。その本能で。

「うふ。でも、最大の収穫は紀霊の武を見れたことかしらね。
 てっきり紀家の御曹司としての上げ底の評価だと思っていたのだけれども」

 あの激情を、悲痛な慟哭をこいつに語らせるとこうにも醜悪に響くのか、と華雄は頭を振る。

「紀家に名高い三尖刀。それを振るう紀霊の武威は相当なもののようだ。それで?」

 個人的には手合せしたい。そう思わせるだけの武勇を紀霊は持ち合わせている。だが、前後の事情を知っていると話は別である。
 華雄の問いに李儒はくすり、と唇をゆがめる。

「ええ、そうね。名門袁家に息づく猛将。極めて厄介であると言えるわよね」

 袁家は力をつけすぎたのだ、と笑う李儒を華雄は嘆息交じりに見やる。重ねて思う。どうして自分がこのような奴の護衛をせねばならないと。

 ぽつり、と大地を穿つ雨粒はきっと涙雨なのだろう。華雄は李儒を置き捨て、馬に飛び乗る。後ろで抗議の声が聞こえるが知ったことか。
 黒幕気取りの李儒が華雄にはとても疎ましく思えたのである。

「毒婦、め・・・」

 その呟きを、遠くで響く慟哭を雨音が消し去っていく・・・。


125一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:29:21.706BhA6RWmo (14/17)

 怒涛のような歓声が響き、俺を包みこむ。そう。俺は南皮に凱旋した。そう、凱旋だ。袁家領内を荒らしまわっていた賊百名を一人で殲滅した英雄ということになっている。
 なるほど。奇襲を受け、指揮官が討ち取られるも、単騎で駆け戻り賊を討伐する。紀家の麒麟児は武においてもまた素晴らしい。そんな筋書きが湧いてくるのには納得である。納得ではある。姐さんは所詮紀家の陪臣だったからなあ・・・。それに俺の立場を強化するという意味もある。だから納得するしかない。だが、思う所はあるのだ。あるのだよ。くそう。

 長らく平和だったからだろう。適度に危険の香りのするこのエピソードはあっという間に広まった。何も知らない者は歓呼で出迎え。ある程度事情を知るものは咎めるような視線を向け。更に深く知るものは道化として俺を見るだろう。造られた英雄。それが俺というわけだ。
 ――惚れた女一人守れない。それが俺だ。だから振り向けないし、涙を見せるなどもってのほか。感傷にひたる贅沢なんて許されない。
 そして、賊を皆殺しにした容赦のなさから異名も広まりつつある。

「怨将軍、ね」

 勇名である。いわば戦国時代の「鬼柴田」とか「鬼吉川」の鬼みたいな意味合いであるのだよ、怨というのは。まあ、持ち上げ過ぎだろうとか思うのだけれども、それだけの期待を受けているということなのであろう。それくらいは理解している。
 俺の凱旋の裏で囁かれる噂。麗羽様がいよいよ袁家の当主となられるらしい。引継ぎのためだろうか、袁逢様の姿をお見かけすることもなくなっている。体調が相当悪いのだろう。そして、ある日、袁家の主要な家臣が集められる。
 ここで麗羽様の後継を宣言するのだろうか?しかし傍流、反対派なども勢いを増しているのだがなあ。待ち合わせていた沮授と合流し、広間に向かう。

「しかし、麗羽様もいよいよかー、早いもんだなあ」
「ええ、そうですね。でも、今日はそれだけじゃありませんよ」
「あ?そうなのか?何があんの?」
「それはお楽しみということで」

 胡散臭い笑みのまま沮授が言う。こいつ、ほんといい性格してやがるよなあ。とりあえず蹴っとこう。うりゃ。おら。てや、てややー。
 などと沮授にちょっかいをかけていたのだが、後から思えば暢気すぎたのだよなあ。


「まあ、そういうことだったのかよなあ、と俺は脱力しまくりだのだよ」

 半ば呆然としたまま部屋に戻り、頭を抱える。沮授が意味深に笑うわけだ。流石だよ、流石だよ。つか、そんな一手は思いもよらなかった。

「ど、どうされたんですか?」

 陳蘭が茶を淹れながら問いかけてくる。よーし、おちつけ、KOOLになれ俺。

「やられたよ。あれもこれもこの日のためかよ。やーらーれたー」
「とりあえず落ち着いてください」

 淹れてくれた茶を啜りながら頭を整理する。うん、不味くはないが美味しくもない。いつもの陳蘭の茶だ。

「袁家の非主流勢力というのがあってだな」

 まあ、麗羽様を次期当主にしたくない勢力である。これが意外と手ごわいのだ。いや、流石に伝聞でしかないのだがね。そんな面倒な勢力と関わるつもりはないしね。麗羽様支持だけで十分だと思っております。奥向きのことにこれ以上関わるのは流石に俺の立場がやばくなるしね。越権行為にもほどがある。

「はい」
「それがまあ、非常に追い詰められつつあったわけだ。そりゃまあ、田豊様が腕を振るい、麗羽様が着々とその地位を固める。武家の文、顔が側近として仕え、紀うちとも関係は良好だ。
 そりゃあ、付け入る隙なんてないやな」
「そうですね」
「だから外部と結んだわけだ。
 外部にはこっちも手を出すのが難しいからな」

 忌々しいことである。まあ、追い詰められた勢力が外患を誘致するというのは歴史的にもよくあることである。なおその末路はお察しください。

「十常侍、でしたっけ」
「そうそう。黒山賊とも繋がってるだろうなあ。外患を誘致するなぞ愚の骨頂なんだがな。例え袁家の主導権を握ったとしても、現場おれたちがついていくものかよ。
 そういうことも分からないから主流派になれないんだな」

 なんでも反対の野党勢力が何かの間違いで政権を取ったらそりゃあ、国は乱れるよ。

「でも、それじゃどうしようもないですよね」
「だから、あえて袁家内に対立軸を仕立て上げたんだ」
「な、内部にですか?でも、麗羽様に対抗できる人なんていませんよね?」
「そう、だったんだよなあ」

 袁胤殿がその筆頭だ。特に外部――特に洛陽――とのパイプが太い。とはいえ、本来ならばそれはプラス要因だったのではあるのだが。実際今回の一件でそれが裏返ってしまった。その、絶妙なタイミングでの一手である。流石に狙っていたわけではないと思うのだが。

 俺は頭を振りながら、記憶を呼び起こす。麗羽様が当主を継ぐこと、それに従い、猪々子と斗詩がそれぞれ当主になること。
 それはいい。いいんだ。まあ、予想よりちっと早かったが既定路線だ。
 だが、そこに袁逢様がおいでになったんだ。病床に臥せっているという噂で、ここ暫く――半年くらいかなあ――はお姿をお見かけすることもなかった。
 その時。広間の空気がざわついた。


126一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:29:47.846BhA6RWmo (15/17)

「久しいわね、皆」

 袁逢様が声をかけられる。相も変わらず鈴をころがすような麗しいお声である。が、俺達は反応できない。なぜなら、袁逢様は一人ではなかったからだ。その豊穣たる、豊かな胸に、赤子を抱いていた。それに一同の注目が集まり、無言の問いかけが袁逢様に向かう。
 にこり、とその空気を読んだかのように袁逢様は言の葉を紡ぐ。既に場は袁逢様に支配されており、流石は袁家当主だと後から唸ったものである。

「そして紹介するわね。袁術。私の娘よ」

 嫣然と袁逢様がおっしゃる。どういうことだ?これは出席者のほぼすべてに共通した思いだろう。いや、落ち着け俺。袁術ってあれだ、確か三国志では袁紹の異母兄弟だ。
 じゃなくて!

「ふふ、皆驚いているようね」

 そりゃそうでしょ!不意打ちどころの話じゃないっての!

「この娘を無事産めるか分からなくてね、皆には黙ってたのよ」

 ・・・あー、まあ、確かに袁逢様のお体を考えたら非公開にするのも致し方ないと言える。かの孫堅も産褥にて儚くなってしまっているのだからして。なのだが。なのだが。これはあんまりでしょう田豊師匠・・・。仕える主、そして生まれてくるお子様すら政略の彩にするとか、非情すぎませんかねえ・・・。
 こんな手、思いつかねえよ普通。思いついても、普通、やるか?あ、普通じゃないか。俺の茫然自失具合を見たら高笑いされるか殴られるかどっちかだろうなあ・・・。あ、蹴られる可能性もあるか。
 などと口から魂を出しながら現実から逃避していた俺に更なる試練が!

「そして、守役には紀霊と張勲。よろしくね?」

 なん・・・です・・・と・・・!



「ええ、袁術様の守役、ですか?」
「おうよ。拒否権なんてねえな絶対」
「それって、いいことなんですか?」
「何とも言えない」

 実際何とも言えないのだ。麗羽様と俺の関係はいたって良好。しかしここで袁術様の守役になった。
 これは見ようによっては左遷だ。
 しかし、袁術様の後ろ盾としては申し分ない。仕立て上げられたとはいえ、英雄な俺と、張家の跡取り娘だ。あるいは袁術様を奉じて袁家を牛耳ることも可能。そう、係累に思わせることができるだろう。

「つーか、張家含む不穏な勢力を俺に抑えろ、ってことなんだろうなあ」

 むしろ特に張家、かなあ。

「ふぇ、えええ?」
「あー、田豊様マジ鬼畜。鬼だ。悪魔だ」
「じ、二郎さまなら大丈夫ですよ!わたしもお手伝いしますし!」
「ありがとな」

 あー、マジへこむわ。360度365日周囲が敵じゃねえか。せめて事前の打診とか欲しかったでござる。いや、その場合全力でお断りさせていただきたいのだけど。
 ――と、とりあえずは武力だ。紀家軍はもちろん、母流龍九商会の私兵も増やさねばいかん。あれこれと考えながら頭を回していると、来客を告げられた。

「張勲、だと・・・」

 袁家の闇を支配する張家。その次代当主たる張勲のご指名に俺は頭が真っ白、である。いや。どないせいっちゅうねん。俺、アドリブに弱いのよー?


127一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:30:42.866BhA6RWmo (16/17)




「ふん、ご苦労だったな」
「は」

 華雄は指令を果たしたという高揚感、それを打ち消して尚余りある忸怩たる思い。その、冷静と情熱の間で持て余した感情をどうしたものかと思いながら仔細を報告する。
 その懊悩を察したのだろうか、すさまじい威圧感が華雄の身体を縛る。

「なんだ、かなり不満そうじゃないかよ」
「・・・やはりあのような策は忌避したく」
「はは。おかしなことを言う。お前の任務は李儒の護衛。それ以上でも以下でもない。
 お前の見解など知らんな」

 冷然と切り捨てるが如く、響く。それには冷笑が含まれていると思うのは華雄の思い過ごしであろうか。

「無論、だ!一切口は出していない。それでも、それでもやはり承服しがたい」
「ほう。随分と愉快なお仕事だったらしいな」
「守るべき民草を蹂躙するなど、いくら袁家の勢力を削ぐためといえ、妥当とは思えん!
 それに、貴方は十常侍とは対立しているはずだ。なぜ十常侍の走狗たる李儒の護衛など申し付けたか!
 袁家の力が充実し、邪魔なら正々堂々と兵を起こせばいいではないか!
 黒山賊などという盗賊ごときの!片棒を担ぐなど!」

 怒号。しかしてその内実は哀願に近い。それほどまでに両者の力関係は隔絶している。少なくとも華雄はそれを理解している。
 そして、そのような華雄の哀願を聞いた男は笑みすらなく、淡々とした言の葉を紡ぐ。

「ふん、苦界に身を沈めてみるか?そんなこと言えなくなるぞ?
 ああ、それがいいかもしらんな。ま、現実と向き合うにはまだまだ足りんだろうがな」

 ニヤ、と笑う男に華雄は反発する。

「わ、私をそこまで愚弄されるというのか!」
「愚弄ではない。正当な評価だよ。
 武だのなんだのに拘ってる限り、お前は最強などには辿り着けんよ」

 華雄は反論できない。目の前の男の単純な武力。それに華雄はかつて膝を屈したのだからして。

「まあいい、お前の内面などには期待してなかったさ。
 ちゃんと、李儒は袁家に喧嘩を売ってきたのだろう?」
「――は。それに関しては間違いなく」

 ニヤリ、とした笑み。何進の笑み。滅多にない感情の発露にさしもの華雄も戸惑いを覚える。

「それでいい。袁家の勢力を削ぐとかはどうでもいいのさ」

 そのような華雄の思いを無視するが如く、更に笑みを深める。

「どういうことだ?李儒は色々火種を撒いてたようだが」
「クハ、それはどうでもいい。重要なのは十常侍が袁家に害を成したと言う事だ。
 今の袁家は日の出の勢いだからな。あのような小細工で止められるものではないさ」
「・・・よく、わからない」

 貴様はそれでいいとばかりに笑みを深めて言い募る。

「李儒の工作が十常侍の意思だというのは袁家に看破されるだろうよ。それに気づかぬくらいならば、逆にありがたかったのだがな。まあ、それはいい。そうすると、俺が差し出した手は限りなく貴重なものとなる。
 袁家と俺。同時に喧嘩を売るのはよっぽどの愚者だろうよ」
「・・・やはり、私に内向きの話は向いていないようだ」
「ふん、やはり一度輪姦でもされてこい。貴様に足りんのは弱者となることよ。視野が広がるぞ?」

 げらげら、と下品な笑い声を残し男が立ち去る。妹を使い、のし上がった成り上がり。肉屋の倅。彼を忌み嫌う者はそう言うのだ。
 漢朝に巣食う佞臣と言われ、権力をほしいままにするその男。事実上の漢朝の最高権力者。大将軍という並ぶものない地位を得た、魔都洛陽の実質的な最高権力者。

 その名を、何進、という。


128一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/23(月) 23:31:51.996BhA6RWmo (17/17)

本日ここまで

これにて第一部完となります

続きはちまちまと此方に投下
誤字脱字チェックと推敲したらなろうに投下いたします


129以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/23(月) 23:44:13.97GqKphqwPO (1/1)

乙です


130以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/24(火) 11:49:19.21qNzKSYqm0 (1/1)

オツ&ゴジホウコク(シンダメ)
>>118
>>一秒でも長く持ち応えるのだ。
○一秒でも長く持ちこたえるのだ。 もしくは持ち堪える 応えるの使い方は[期待に応える]という形になるのでちょっと違和感があります
>>126
>>「そして紹介するわね。袁術。私の娘よ」 間違いではないですが袁逢の娘ならそりゃ袁がつくよ…ということで
○「そして紹介するわね。公路。私の娘よ」 の方が自然かと思います。まあ読者としては袁術の方が分かりやすいんですけど
>>127
>>ニヤリ、とした笑み。何進の笑み。
中略
>>その名を、何進、という。
途中で何進、と名前は出さない方がいい気がしますね。ほかのところでは男、と表現してますし
>>ニヤリ、とした笑み。悪党の笑み。とか非道の笑み。とかの方が良さげなきもします

さて、私の嫌いなシーンベスト3ですよ(慟哭)まあこういうのがあったからこそより物語の好きなシーンが引き立つんですが(嗚咽)
もしかしたらこういった喪失を知らなければ二郎ちゃんはどこか現実感のないままだったかもしれませんしねえ
まあ李儒はぶち殺し確定として>>120の最後で激昂しながら気絶してたのに>>121で萎んでる二郎ちゃんですが一種の躁鬱状態になったのでしょうか?
李儒には地獄を見せるとして黒山賊に無謀な突撃をかますでも黒山賊絶対殺すマンになるでもなくヒッキー状態になった二郎ちゃん…現代人の精神力ならこんなものですかねえ
李儒死すべし慈悲はない。PS嫌いというか、理解はできるけど納得できないシーンでして、何とか姐さんには幸せになってほしかったと言うだけで決して作者および作品をdisるつもりはありません。李儒に災いあれ


131一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/24(火) 23:04:25.78KNfvXAcqo (1/2)

>>130
いつもすまないねえ(おめめぐるぐる)

>さて、私の嫌いなシーンベスト3ですよ(慟哭)
好きなシーンと言われたらびっくりですよ(便乗)

>もしかしたらこういった喪失を知らなければ二郎ちゃんはどこか現実感のないままだったかもしれませんしねえ
凡将伝の世界観は、原作恋姫より殺伐としていますので……

>PS嫌いというか、理解はできるけど納得できないシーンでして、何とか姐さんには幸せになってほしかったと言うだけで決して作者および作品をdisるつもりはありません
いいええ、お気持ちはありがたくいただきます
ディスるとか、全くそんなことは思いませんので
本当にありがたく思っております

第一部完ですが今後ともよろしく……


132一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/24(火) 23:47:01.21KNfvXAcqo (2/2)

あと、第一部のサブタイトル的なものを募集します

現状の案としては

・黎明編
・立志編
・とある外史の事前編
・外史序章

なんか、しっくりこないのですよね
ご意見いただけたら、と思います


133以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/25(水) 09:17:04.683dzzfv9T0 (1/1)

胡蝶の羽ばたき編 この世界が夢か現か分からないことと主人公の行動によるバタフライエフェクト的に
凡人の小さな足掻き編 でも基本二郎ちゃんはいつもあがいてるか
袁家転換期 歴史から見ても外史から見てもここが転換期という事で
袁紹、その道の始まり もういっそ彼女が主役でいいんじゃないか(オイ)


134一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/11/25(水) 22:18:15.52TGLj8j4Do (1/1)

>>133
案ありがとうございます

下積み編
袁家編
袁紹編

このあたりでも面白いかもですね
もちっと練ってみます

まだまだ募集しております


135以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/04(金) 08:57:33.14OXjqZCJ/0 (1/1)

袁家編と袁紹編は…この先もその二つはメイン張る位置にいるだろうから
下積み編がいいかもね
立志編、隆盛編、立身編
とかどうでしょう


136以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/06(日) 12:52:10.88IKmj46CMO (1/1)

胎動編 色々なものが動き出す前準備とその後の波乱を予期させるいうことで
接触編 様々な人との接触からはじまるということで。その後発動篇が…

没ネタ はじめの一歩
4部構成だったら 無印・R・S・SS、始・続・終・余


137以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/06(日) 22:27:01.56yILyDwIs0 (1/1)

竜堂兄弟乙
四部構成と聞いて
始まりの風、激流の水、戦争の火、治める土。とか考えたけどどことなく四天王っぽくなってしまった


138一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/06(日) 23:07:20.45ivXQPK87o (1/1)

>>135
>立志編、隆盛編、立身編
どれもいいですね!
でも隆盛編なんて転落間近っぽいw

>>136
>胎動編 色々なものが動き出す前準備とその後の波乱を予期させるいうことで
おー、一番しっくりきたかもです
これで仮確定としときます

>接触編 様々な人との接触からはじまるということで。その後発動篇が…
やめてください外史が壊れてしまいますw

>4部構成だったら 無印・R・S・SS、始・続・終・余
なのはさん、いい加減結婚しても誰も文句言わないと思います
そしてあの作品はもうエタったと思っていいのかなあw

>>137
>始まりの風、激流の水、戦争の火、治める土。とか考えたけどどことなく四天王っぽくなってしまった
なぜか南斗五車星を連想しました


139以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/10(木) 08:55:33.89vwJcrpxd0 (1/1)

人気投票から除名されてしまったユーノ君ェ


140一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/14(月) 22:23:18.90HH8h3xJAo (1/4)

 本日は晴天なり。日輪がもたらす暖気は暑くもなく寒くもなく。実に快適な旅路を提供してくれている。遥か彼方の地平線さえもが見渡せるほどに澄み切った空気。時折寄せる砂塵も大人しいものである。黄塵、舞うも儚げなり、と。
さて、現実逃避もほどほどにしようか。

「七乃ーあれはなんなのじゃー?」
「あれは、枇杷という果物ですよー
 葉もお薬になったりするんですよー
 だから、お医者さんの庭にはよく植えてありますねー
 実も甘くて美味しいですから後で食べましょうねー」
「分かったのじゃー。七乃は物知りじゃのう。
 でもどうして道沿いに色々な木が生えておるのじゃ?」
「道行く人が自由に食べられるようにですねー
 誰でも取っていいから、地元の人が集めて売ったりして
 お小遣いにしたりもしてますよー」
「なんと、早いもの勝ちということじゃな!
 早く取ってしまわんと食べられなくなってしまうのじゃ!
 七乃、急ぐのじゃ!取ってきてたもー」
「はいはーい、後で手配しますから安心してくださいねー」

やいのやいのと賑やかなことだ。この二人は馬車の中でずーっとこの調子で騒いでいる。あー、俺、馬にしとくべきだったかなあ……。ため息が漏れるのを誰が責められようか。いや、ない(おざなりな反語)。

「二郎さーん、なに辛気臭い顔してるんですかー?
 欲求不満ですかー?
 美羽様がおねむになったらちゃーんとお相手しますからー
 ね?」

 責めてくる人がいました。見た目は美少女、中身は混沌!這い寄る張家の跡取りこと張勲、真名を七乃という腹黒系女子である。

「ね?じゃねえよって。どんだけ俺は飢えてんだよ。誘うにしても、もちっと考えろってばよ」
「いやあ、そろそろ溜まってるころかなー、と思いまして。
 ほら、男の人って二日で欲求不満になるらしいじゃないですか」

 どこで仕入れたその知識!割と正しいぞ?

「七乃ー。溜まるって何が溜まるのじゃー?」

 不思議そうに美羽様が七乃に問う。いかんいかん。この場には純真無垢な幼子(おさなご)がいるのであった。

「美羽様にはちょーっと早いかなー?」
「だったらあえて口にするなよ!」

 にんまりと微笑むその表情は慈母のように見えるが、個人的には極めて胡散臭いなあと思うのである。と思っていたら目が合った。

「まだ口にしてませんよー?せっかちですねえ。
 そんなにおねだりされたら、仕方ないなあ。
 美羽様はちょーっとあっち向いててくださいねー」
「わかったのじゃー」
「ええかげんにしなさい!」

がおーっと叫ぶときゃーっと笑う主従。

つ、疲れる……!

しかしなーんか、七乃とも馴染んじまったなあ。と、俺の部屋を訪ねてきた当時のことを思い出すのであった。
 いや、当然警戒はしてるよ?してるってば。


141一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/14(月) 22:24:05.31HH8h3xJAo (2/4)

現在俺の名は若き英雄、怨将軍として袁家領内では知れ渡っている。どうせなら虚名であっても利用しちまえ、ということで積極的にプロデュースしてみたのである。
講談師や流しの芸人にお手軽な英雄譚として話や楽曲を提供したら広まる、広まる。最近では阿蘇阿蘇(アソアソ)に姿絵入りでお話の連載も始めた。
なにこのリアル二郎真君似のイケメンって感じの絵姿だから、かえって街をぶらついてもばれなかったりする。
皆平和で退屈してたんだろーなー。匈奴の侵攻以来大規模な軍事的衝突なかったし。
……麹義のねーちゃんやうちのとーちゃんが未だに英雄扱いなのもむべなるかな。ねーちゃんと田豊様なんてまだ現役だかんなー。

以上、現実逃避である。

「はじめましてー、と言ったほうがいいと思いますー?」
「俺に聞くなよ俺に。そっちが避けてたんだろうが」
「あちゃー、ばれてましたかー」
「あんだけ露骨なら当たり前だっちゅうの」

あはー、と笑うのは張勲。張家の跡取り娘だ。
諜報を一手に担うという情報機関。それが張家。できればお近づきになりたくなかった存在である。いや、俺の立場からしてそれは無理だと分かってはいるのだけんども。それでも、だ。そんなおっかないとこには近づきたくなかった。
んで、どーせだ。きな臭い話に決まってるからとりあえず自室に招き入れたのだ。少なくとも俺と張家の跡取りが怪談――じゃなくて会談していると知られたら色々面倒なことになるのは必定。目の前でにこにこ笑っている娘さんはそれも狙いなんでしょうけどねえ。
 ま、いざとなったら三尖刀でずんばらりんとやってもうたらええねんということで一つ。いや、俺だってやる時はやるのよ?武家だしね。と主張しておこう。

「で、何しに来たんだ?挨拶ってわけでもあるまい」
「半分はそれですよー?
 一緒に美羽様を支える守役じゃないですかー。
 きちんとご挨拶をするのが筋かなーと思ってですねー」
「ああ、そりゃ結構なこって。はいよ、よろしく。お帰りはあちら」
「あれー、残り半分は聞いてくれないんですかー?」

 ありゃー?と戸惑う表情が本気そうで、読めない。心胆とか察せるはずもないしね。しょうがないね。凡人だもの。ここは塩対応待ったなしである。

「興味ないからいい」
「随分つれないですねえ。まあ、身から出た錆ですかねー」

 こいつ。本気で分かっているのかいな…………。

「ああ、言っておきますけどね。黒山賊の一件に張家は手出ししてませんよー?」
「――お前らが直接手を下さないってのは先刻承知さ。だが、止める手立ても打たなかったろう」
 
 じろりと張勲をにらむ。そうだよ。張家はきっとあの襲撃について情報を得ていたはずなのだ。それを知らんとは言わせん。言わせるものかよ。

 うーん、と言った風に逡巡して、にこやかに応える。

「あからさまに紀家に肩入れするわけにもいかないですしー」
「肩入れどころか足引っ張ってたじゃねえかよ」
「えー、そんなことないですよー。ただまあ、ちょーっと相手が悪かったですかねー」
「十常侍以外に誰かいるってことか」
「はい、そうですー。それで、残りの半分を聞いて頂けたら、なんでも教えちゃいますよー?」

 にこにこと笑う張勲。その凄味にいまさら気づく。捨て身、とはまた違う。こいつは、自分が今俺にぶち殺されることすら計算の内に入れて立っているのだ。その覚悟が尊いとは思わないが、ね。
 まあ、裏は張紘に当たらせたらいいか。


142一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/14(月) 22:24:41.57HH8h3xJAo (3/4)

「で、残りの半分ってなんだ」

 俺の問いかけににんまりとした笑顔で張勲が言う。

「命乞い、ですー」

 は?なに言ってんのこの子。

「はあ?何言ってんのお前
 俺は何か、殺人鬼かなんかか。
 出会っていきなり命乞いとか意味分からんぜ」

 正直、こいつ含めて張家の粛清も考えたけどね。流石に無理っぽいからね。しょうがないね。

「いえいえ、怨将軍の容赦のなさは知れ渡ってますからー
 ちょーっといきなりばっさりやられても不思議はないなーと」
「やんねえよ何かその気もないではなかったけど失せたから帰れよ」
「あはー、それはそれでありがたいんですけど、瞬間的なものじゃないですかー
 ですから、永続的な安全宣言を頂きたいなー、と思ってですねー」
「なんだよそれ……」
「もちろん、無条件(タダ)というわけじゃありません」

 どーんと身を乗り出してくる張勲。顔が近いよ。いやまあ、普通に美少女だからかまわんけどさ。

「なんと、私の身体を貴方にささげちゃいますー。きゃー言っちゃいましたー!」

 ちょっとまて話が見えないぞ?

「いやー、それがですね。私、結構敵が多くってですねえ」
「そりゃまあ、そうだろ」
「どうせなら紀霊さんの女、愛人、情婦、肉奴隷、まあ表現はなんでもいいですが。
 ただならぬ関係になったら手を出してくる勢力に対して牽制になるなあって。それもすこぶる有効な、です」

 待ってちょっと待って。ほんと、ちょっと待って。色々待って?

「ちょっと現状把握できていないのですがそれは」
「それにー、結構紀霊さんって情にもろいタイプだからー、自分の女なら積極的に守ってくれるだろうなーって」

 ぐいぐい攻めてきますやん。そして……否定できないのが辛いとこだな。――っていかん。話のペースを持ってかれっぱなしだ。

「ですから、ね?」
「ね?じゃねーっての。こっちに何も益するとこないじゃねえか」
「えー、そんなことないですよー?
 美少女で名家の令嬢、しかも処女が奪えるんですよー?
 男なら奮い立つとこだと思うなー」

 おい。おい。

「自分で処女とか言うなよ、逆に萎えるわ。しかも確かめようないし」
「えー、疑り深いですねー、信じてくださいよー」
「張勲、お前を信じる理由が見つからない」
「やだなー、張勲だなんて、他人行儀ですねえ。七乃って呼んでくださいよー」
「知らねえよってそれ真名かよ軽いなおい!」

 あれ、こんなに軽い扱いじゃあなかったと思うんだが、真名って。俺が言うのもなんだけど。こう、命よりも重いものじゃなかったっけ?

「そんなことないですよー?真名を許したのは紀霊さんが初めてなんですからー」
「おいおい、いっそ清々しいくらいに嘘くさいな。家族とかどうしてんだよ」
「我が家は、そういう馴れ合いなんてないので、娘、お父様と呼び合ってます。
 名前なんて呼ばれたことないですねー」
「なんだよその家庭環境。さらっと重いなおい」
「というわけで、七乃って呼んでくださいね?」
 
 にこり、と笑う七乃。あかん、こいつ相手にペースなんて取り戻せないわ。そしてなんでか、蜘蛛の巣にかかってしまった自分を幻視してしまう。

 あれ、なんか俺。詰んでね?


143一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/14(月) 22:25:48.78HH8h3xJAo (4/4)

本日ここまでー

明日もやります

感想とかくdしあー


144以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/14(月) 22:40:30.32dXe/UMilO (1/1)

乙です


145以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/15(火) 09:10:39.76FkvRiGXAO (1/1)

乙。

>三尖刀でずんばらりん

…某TRPGのアーチーを思い出したw

何か…パターン的に…ここから、ハーレムキングへの始まりのような…悪寒…


146以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/15(火) 10:55:38.265hKy2NyA0 (1/1)

乙ですー
誤字が…見当たらない!?そんな馬鹿な!!
とりあえず無理やりにでも
>>140
>>どこで仕入れたその知識!割と正しいぞ?
○どこで仕入れたその知識?割と正しいぞ! の方が?マークと!マークの意味としては正しいような気がします
>>141
>>「随分つれないですねえ。まあ、身から出た錆ですかねー」 …三国時代でことわざって通じるんですかね?しかも主人公じゃない人が使ってますけど、原作恋姫ではどうだっけ?

空っぽの操り人形に芯が出来ましたね、ただこれってもしかすると超勲としては弱体化したのかもしれませんねえ
空っぽで何もかもに価値を見出さないからこその強みが失われたとも言えますし…でもこの方がずっと好感が持てますよね
後の問題は先代の六さんがこの変化に気付くかとどう対処するか、ですかねえ


147一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/15(火) 21:29:37.74a8pHVNnEo (1/6)

>>145
>…某TRPGのアーチーを思い出したw
わが青春のソードワールド……
GMしてて、出してはいけないと思ったモンスター
バグベアードとアイアンゴーレム
全滅案件でした(笑)

>>146
>誤字が…見当たらない!?そんな馬鹿な!!
寝言も、誤字脱字も、卒業したんやで……

>空っぽの操り人形に芯が出来ましたね、ただこれってもしかすると超勲としては弱体化したのかもしれませんねえ
公式で「本気になったら天下が取れる」という隠れチートな七乃さん
彼女が本気になるのはやはり美羽様絡みというお話であります
本編では本気にならず、敢えて如南袁家を滅ぼしにかかってましたが……

> …三国時代でことわざって通じるんですかね?
故事成語、言い回しについては考え出すと難しいところはあります
故栗本薫先生が、グイン・サーガの後書きで、「伊達ではない」とかそう言う言葉については異世界なのだからあり得ない云々と語っておられました
結論的には……どうだったっけかな
馬についても、ウマという生物で馬に極めて近いけども馬と同一ではないとかどうとか語ってらっしゃいましたねえ
まあ、凡将伝においては、「何か違う言語で書かれたのを現代の日本語に翻訳した」ということで、一つ
そんかしカタカナ表記は封じておりまする


148一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/15(火) 22:43:47.10a8pHVNnEo (2/6)

「というわけで、七乃って呼んでくださいね?」

その笑顔は輝くばかりに眩しいのだが、どうにも胡散臭いものを感じてしまう。そりゃねえ。年相応な感じで笑ってくれているのだが、如何せん背景が厄い!実際どう考えても騙しにきているとしか思えないんだよなあ…………。
などと思いながら張勲――七乃――を睥睨すると、もじもじしながら上目遣いでこちらを見つめてくる。

「あ、あの、二郎さんって呼んでも、いいですか?」

 つい、頷いてしまう俺。
すると、へにゃり、と笑顔を浮かべてこんなことを言う。

「よかった。私、他人の真名を頂くの、初めてなんです」

 く、あざとい。あざといまでに可愛いぞこいつ!自分をどう見せたら一番いいか分かっているタイプの攻め方だこれ!でも流されちゃう!

とまあ内心煩悶しまくりな俺だったのだが。

「ほんと、二郎さんってちょろいですねー。
 まさかこんなに上手くいくとはおもってませんでしたー」

 おい、おい。

「か、返せ!俺の純情を返せ!この、悪女!」
「えーひどいですよー。それに嘘は言ってませんよー?」

 待て待て。真名を交わすのが初めてとかそれはないでしょう。常識的に考えて。いや、張家というのを考えたらそれも妥当なのか?という気もする。

「いちいち重いよ!微妙に真実っぽいよ!」
「やだなー、二郎さんに嘘なんてつきませんってばー」

 くすくすと、どこか可笑しげに笑うその笑顔は無垢っぽくて。どこか諦観を感じさせて。それでも強い意思の光を宿している。俺の一言一句に対しての反応。俺が何かするたび。いや、何もしないでも一秒ごとに絡め取られていくような錯覚に陥る。
 困ったことに、それが不快ではないのだ。悪意とは無縁と思うのだ。きっとね。

「わ、わかった。分かったからとりあえず一度帰ってくれ」
「えー、駄目ですよー、きちんと奪ってくれないとー。
 こういうのって、機会を逃すと次は難しいんですからー。
 ほら、勢いでこう、ね?」
「ね? じゃねえっつの。そんな気になんねえっての」
「一応、出来れば週一、少なくとも月一回はお情けを頂きたいんですよー」
「なんだよそれ!義務感で同衾するとかやだぞ俺!」

 男の子は繊細なんやぞ!義務とかなったら勃つものも勃たんわ!

「だってー、唯でさえ身体だけの関係じゃないですかー。
 やっぱ定期的に情を交わさないといけないと思うんですよねー。
 あまり期間が空くとよくないと思うんですよー」
「自分で身体だけの関係とか言われたらこっちも困惑するわ。
一理あるけどいつの間にか丸め込まれてる感が半端ないぞ」

 俺の言い様にくすくす、と笑みを深めてこちらを見やる。

「ふふ、でもね、二郎さん?」
「なんだよ」

やさぐれ気味に答える。翻弄されっぱなしだ。なんだかなー。


149一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/15(火) 22:44:29.75a8pHVNnEo (3/6)

「でもでも、思うんですけどね。ほんと、二郎さんって不思議な方ですよねー」
「何がだよ。なんだよそれ。」

 褒められている感じもしないが貶されている感じもしない。つまり、どういうことだってばよ。

「んー、何というのかなー。
 正直、もっと怖い方なのかなーと思ってたのですよね」
「んだよそれ」
「いえ、所詮戯言ですし、お気になさらずに」

 てへり、と愛嬌をふりまく姿が普通に可愛いのだ。が、それ故に凄味というか、怖いよこの子!

「気にするなと言われると余計に気になるっての」
「女の子は、謎めいているくらいが魅力的。みたいな?」

 貴方のお父上がおっしゃってたそうです、とか適当に煙に巻かれてしまう。いや、とーちゃんならそれくらい言ってそうだぜ。

はあ、とため息をつく。なんだろうなあ。なんか、もっとギスギスとしたやり取りを想定していたのだ。手強いのは手強いんだが、ベクトルが想像と違うと言うか。

「まあ、その気にならなくても、手付けに唇くらいは受け取ってくださいね」
「は?」
「もちろん、唇を許すのも、初めてなんですよ?」

と、俺の唇に七乃のそれがふわり、と押し付けられていた。





眠気を伴う事後の余韻。心地いい感覚に身を委ねながら、俺は七乃の身体をなんとなくまさぐる。情欲を伴うものではなく、後戯というやつだ。
そんな俺に甘えるように七乃が身を寄せる。このまま眠気に身を任せれば、また甘く、淫蕩な関係が始まるのだろう。だが、それでも俺は問いかける。問いかけざるを得なかった。

「で、どうして俺に抱かれたんだ」

その言葉に七乃は答える。

「決まってるじゃないですかー。
 美羽様のためですよー」

その言葉は意外で。予想外だった。

なん……だと……。というか、どうしてそうなる。

「そんな顔しないでくださいよー。
 つまりですねー、二郎さんを篭絡しないと美羽様が危険だな、と」

 む?

「なんでだよ。俺は美羽様の守役だろ」
「んー、そうなんですよねえ。
 でも、どちらかと言うと袁紹様に近いお立場でしょ?」

 ちらり、と視線を散らす七乃。その笑みは深く、張りつめている。ように思う。

「まあ、仲は悪くないな」
「悪くないなんてもんじゃないでしょうにー。
 で、まあ今回の人事の肝ですが。美羽様の周りに袁紹様へ不満を持っている人達が集められてますよね?
 表面的には張家も含めてですね。
 それを二郎さんが抑えるという格好ですよね」

 ふむ。そういう一面もある…………というか、そういうことだなあ。袁家の奥底に眠るマグマの蓋が俺ということになるのか。


150一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/15(火) 22:45:11.64a8pHVNnEo (4/6)

「まあ、ぶっちゃけそうだな」
「つまり、逆に、ですよ。実質美羽様は反袁紹勢力の旗頭ということになりますねー」
「それを俺が抑えるとか正直田豊様は鬼だよな」

 麗羽様に何かあった時のための美羽様。その後ろ盾に立てということなのであろう。いや、普通に麗羽様に助力させてくれって。

「鬼なんて生やさしいもんじゃないと思いますけどね。
 それはさておき、です。私が二郎さんの立場なら美羽様を殺しますね」
「は、はあ?」

何を言っているんだこいつは。

「その容疑者ということで私をはじめとする不穏分子を一掃します。
 見事粛清完了ですねー。
 袁家は袁紹様の下で一致団結、めでたしめでたし。ですよ。
やったぜ、ですね」

 いやいやいやいやいや。

「いや、その場合更に俺が粛清されんだろ」
「いえー、美羽様を守れなかった責は不穏分子を粛清した功で購えます。
 怨将軍にまた一つ派手な挿話が追加されますね。
 それに、正直不穏分子が一掃されれば美羽様の存在価値だって大方無くなります。
 むしろまた混乱の種になるんですよねー」
「……不穏分子を糾合するためには美羽様が必要である、と」
「そういうことですねー。ですから、美羽様含めて一掃するわけです」

絶句する。そんな俺を可笑しげに七乃は笑う。その笑みは軽くて、深いように見える。そして試すような、縋るような視線をくれながら言の葉を。

「私もですねー、実際ただの駒と思ってたんですよー。
 でもですねー。こう、袁逢様から預けられて、です。美羽様を抱っこしたんですよー。
 そしたらですねえ、ほんっとに美羽様ってかわいいんですよ!」

急にヒートアップする七乃。えらい剣幕で美羽様の可愛さについて語る語る。

「私の顔を見て、笑ってくださったんですよ!
 それでね、指をちゅぱちゅぱとしゃぶるんですよ!
 ああもう、あんなにちっちゃいのに一生懸命で!
 お乳なんて出ないのにー。正直なんで私は母乳が出ないかと思いましたよ!
 それで、また、きゅ、と握るんですよ私の指を!
 もう、お可愛らしいったらないですよー!
 それにね、美羽様を抱っこしてると、こう、暖かいんですよねー。ふにゃ、ってしていて、本当にお可愛らしい!
 ああ、私はこの方にお仕えするために生まれてきたんだなーって思ったんですよー」

力説する七乃さんである。言葉を挟むこともできやしねえ。なんだこれ。

「ああ、明日も……今からでも美羽様のお世話をしたいなあ。
 もう、美羽様なしでなんて生きていけません!」

 以下、四半刻ほど美羽様が如何に可愛いか理論を述べていた七乃なのである。ようやるわ。

「それでね、抱っこしてる時に思ったんですよー。
 美羽様の周囲で、美羽様のことを考えてる人間がどれだけいるのかなーって。
 そしたらですね、多分、私しかいないなーって思ったんです。
 でも、その私にしたって、二郎さんには嫌われてますし、いつ殺されてもおかしくないんですよねー。
 そしたら、美羽様は本当に一人ぼっちじゃないですかー。
 そんなの、あんまりじゃないですかー」

その言葉に反論できない。確かに美羽様……袁術に俺は特に思い入れはない。今この時点では。むしろ三国志の知識があるだけに疎ましくすら思うところだ。嫌だぞ帝位を僭称した勢力なんて泥船。


151一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/15(火) 22:45:38.79a8pHVNnEo (5/6)

「で、ですね。頼りにできそうな人って。…………結局二郎さんくらいしか思いつかなかったんですよー。
 ですから、せめて私を殺さずに済ませて欲しいなーって思ったんですよー。
 お味方になってほしいのはやまやまなんですけどね。それは期待薄ですしねえ」

分かります?と小首をかしげる七乃。

わかんねえよ。わかりたくもねえよ。
そう思う俺の甘さを嘲笑うかの如く七乃は詰め寄ってくる。

「ですから、お慈悲を、お情けを頂きたいんですよー。
 私にできることでしたらなんでもしますし、何をされても構いません。全裸で街中を徘徊くらいしますし、公開輪姦だって大丈夫です。 腕や足の一本くらいなら今すぐでも切り落としてください
 自分でするのはちょっと、その、怖いんですけど。
 でも美羽様を抱っこできなくなるから腕よりは足がいいなあ。それくらいは考慮して頂けたら、ありがたいですねえ」
「やめろって!」

 たまらずに、七乃の言葉を遮る。どうしてこいつはそんなに苦界に身を沈めようとするんだ。どうしてこいつはそんなに自分を大切にしないんだ。
まだまだ俺は甘っちょろいということなのだろうと痛感させられる。そして、七乃だ。

七乃を抱きしめる。抱きしめてしまう。
ほぅ、と七乃の口から溜め息が漏れる。

「お前に責め苦を与えて何になるよ。それより。もっとお前は有用だろうよ。
 ……張家の握ってる情報を流せ」

辛うじて俺はそう言った。

「はいー、了解ですー」

――即答しやがった。

「じゃあ、お前の言う不穏分子って誰だ。
 それと十常侍の他にいる敵って誰だ」

七乃はすらすらと名前を口にする。確かに袁家の重鎮と言ってもいい名前だ。
バランスを取って美羽様の後ろ盾になったと思ったら、とんでもねえな。
そして、七乃の口にした名前に俺は戦慄する。

「李儒、だと…………」
「そうですー、ご存知なんですか?流石母流龍九商店の情報網もたいしたものですねー」

違う。俺が持っている三国志の知識だ。が、なんとも難敵だ。
だが、覚えたぞ李儒。怨将軍の名が伊達じゃないことを思い知らせてやる。

「私が接触できる情報ならいつでもお調べしますし、提供いたしますよー。
 ですから、ね?」
「ああ、分かった。とりあえずは信用する」

沮授と張紘に相談しなきゃならねえな。正直俺の手には余りそうだ。と言うか、余る。

「今日はちょっと遅いのでここに泊まらせてもらってもいいですか?」
「ああ、好きにしたらいい。ちょっと寝台が狭いかもしらんが」
「ふふ、構いませんよ。あ、欲情されたならいつでもご奉仕しますからね?」
「今日はもう十分だっつの」

 くすくす、と笑む七乃の笑みは無垢さと妖艶さが共存していて。

「……二郎さん?」
「――ん?」
「自分じゃないぬくもりがあるって、なんだか不思議ですね」

そう言った七乃の笑顔が余りにも透き通っていて。俺の顔を見た七乃が吹き出すのを見て、こいつにはかなわんと思ったのである。
そして、多分それはずっとそうなんだろうなあと思った。


152一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/15(火) 22:47:55.82a8pHVNnEo (6/6)

本日ここまでー
感想とかくだしあー

タイトルとしては「凡人と絡新婦」かな?「凡人と絡新婦の邂逅」だとちょっと冗長かな?
もっとよさげなのあったらそっちにします

また暫く書き溜めに入ります

エロシーン?
要望があったらノクターンに投稿しますよ
このスレ、R-18付けてないですしね


153以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/15(火) 23:01:51.08FQ+eoDTKO (1/1)

乙です


154以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/16(水) 00:17:03.11t6E4YihAO (1/1)

乙。

現在恋姫各種を平行プレイ中ですが、正直袁術は ちゃんとした教育があれば国主として十分やって行ける感が個人的に強いので、紀霊さんが父or兄役で仕込めばと期待。
つか紀霊さん。流され過ぎwww
趙勲さんは暗部にいるから逆に袁術を守る為に自身も利用する。感心しますね


155以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/16(水) 09:07:59.49Lre4Wc3io (1/1)

乙でした

> 寝言も、誤字脱字も、卒業したんやで……
次はお酒からの卒業…

>「よかった。私、他人の真名を頂くの、初めてなんです」
美羽様「七乃に真名を許したのは妾が先なのじゃ」
七乃「えーっと(汗 そうそう美羽様は他人じゃないってことで」


156以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/16(水) 12:48:16.44b5uzKi3S0 (1/1)

連日投稿乙でしたー
凡人がついに袁家の闇の中枢と邂逅しましたねー
その深さは分からなくても濃さは垣間見えたんじゃないでしょうか
七乃は…胡散臭いけど多分この胡散臭いのが素なんだろうな
演じるのが生活の一部になってるというか人形であることが根っこにあるというか
イロイロ考えると>>この方にお仕えするために生まれてきたんだな が凄く重いよなあ


157以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/16(水) 13:34:40.46RadF3EgOo (1/1)

乙したー

ノクターンにも書いてくれるなら嬉しいなぁ
本編進めてもらいたいのが一番だけど


158一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/16(水) 22:17:52.66NFfjnimZo (1/1)

澤さん、引退かあ

澤穂希 獲得タイトル

国内リーグ優勝 11回
リーグカップ優勝 3回
皇后杯優勝   12回

FIFAワールドカップ優勝  1回
FIFAワールドカップ準優勝 1回
オリンピック準優勝     1回
女子アジアカップ優勝   1回
女子東アジアカップ優勝  2回

FIFAバロンドール受賞 1回
FIFAワールドカップMVP 1回
FIFAワールドカップ得点王 1回
アジア年間最優秀賞    2回
日本女子サッカーMVP   2回
日本女子サッカーベストイレブン 11回

国民栄誉賞         1回

澤の前に澤なし、澤の後に澤なし


>>154
>正直袁術は ちゃんとした教育があれば国主として十分やって行ける感が
七乃さんはどう見てもまともな教育をするつもりがなかったみたいですからねえ。原作では。

>つか紀霊さん。流され過ぎw
基本的に二郎ちゃんは右往左往するのが持ち味です(断言)

>>155
>次はお酒からの卒業…
無理難題を申すな
あと、七乃さんは美羽様には適当に嘘をついていじくってます

>>156
>凡人がついに袁家の闇の中枢と邂逅しましたねー
ようやっと、って感じでございます

>七乃は…胡散臭いけど多分この胡散臭いのが素なんだろうな
疑い出すときりがない。それに疑ってもどうせ尻尾出さないだろうし敵わないくらいの気持ちでおります

>>157
>ノクターンにも書いてくれるなら嬉しいなぁ
>本編進めてもらいたいのが一番だけど
やりますねー
そんなに手間ではないですし


159以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/19(土) 08:49:09.199RY0isFN0 (1/1)

七乃が袁術のことを美羽様って呼んでるから(真名を貰うの)初めてじゃ、ないじゃんって言ってるんだと思いますよ>>155さんは



160一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/25(金) 23:21:59.60+EqiI7aJo (1/2)

「アーニーキー!」

文醜は声と共に紀霊の執務室に飛び込む。

「おー、どうした猪々子?」

 サボりか?と紀霊が目で問うてくるのを認めて抗議する。

「あー、ひっでーなー。違うって、今日はちゃんとお仕事だって!」
「なん…だと…!」

それを聞いた紀霊が目を見開くのを文醜は満足げに頷く。そして大成功!とばかりに胸を張る。なお、胸部装甲の厚みについては親友である顔良には遠く及ばないのは衆知の事実である。
 まあ、本人は全く気にしていないのだが。

「だってさー、ほら、アニキって袁術様の守役になったろー?
 するとあれだ。麗羽様とハバツが違うからテキタイカンケイになりやすいんだろ?
 でも、上同士がキンミツな関係なら問題ないって麹義さんが言ってた。
 つまり、アニキと仲良くするのはアタイのお仕事ってことだ!」
「大体合ってるけど、猪々子お前よく分かってないだろ。んで大義名分作っただけで仕事からの逃避に来てんじゃねえかよ」

こつり、と文醜の頭を小突く。ぞんざいな扱い。それが嬉しい。うひひ、と笑ってじゃれつく。構ってオーラ全開だな、などと苦笑する紀霊の様子に文醜は持参した爆弾を投下する。

「アニキー、これ、見た?」

そう言って文醜は懐から一枚の紙を取り出す。

「お、おう…。つーか俺が描かせたから、なあ…」

なんとも微妙な顔つきでぼそぼそと呟く紀霊の顔を見て文醜は満足そうに大笑する。
そして文醜が取り出したのは、人気沸騰中の姿絵だ。

「最初は誰だよこれって笑っちゃったよ」
「うるせーよ。その方が売れるんだよ。お陰で面会希望者が増えたよ。
 そんで、俺をみると『あぁ…』って微妙な顔しやがんだよ」

ぶすっとした顔でぼやく紀霊を見て文醜は更に呵呵大笑。

見る目のない奴らだなあ、と文醜は思う。彼女が思うに、紀霊の魅力は別に顔の良さじゃないのである。いや、別に不細工ってわけではないのだ。
内心フォローしつつ、思う。紀霊の魅力とは…全体の雰囲気であろうか。最近特にぐぐっと格好良くなったし、どこがどう、とは説明しにくいなあと煩悶する。まあ、何が気に食わないかと言うと、だ。ちっちゃい頃から恰好いいなあ、と思っていた男が急に持ち上げられていて、なんだかもやもやするのである。自分の方が先に眼をつけていたのだぞ、と。
 なお、袁紹と顔良は同着だからいいか、と思っている。

「見る目がないよなー、アニキはちゃんと格好いいのにさー」

 あれこれと複雑ながら、概ね憤懣というベクトルに収斂される感情を隠そうともしない文醜の物言いに紀霊は苦笑し、くしゃ、と文醜の頭を撫でまわす。その手つきが嬉しくて、自然に頬が緩んでしまう。

「ま、そう言ってくれるのは猪々子くらいだよ。さあ、この饅頭をお食べ」
「おー、ありがとー」

貰った饅頭にかぶりつきながら、文醜は思う。やっぱりアニキは最高だな、と。
そして、だ。散々、馬鹿にしたけど、アニキの姿絵、全部持ってるって言ったらば、どんな顔するだろうかと。


161一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/25(金) 23:22:28.53+EqiI7aJo (2/2)

凡人の肖像 猪々子編でした


162以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/25(金) 23:37:24.62cvnVTWLbo (1/1)

乙です


163以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/27(日) 09:15:05.98YBcKJcsA0 (1/1)

乙でしたー
>>160
>>自分の方が先に眼をつけていたのだぞ、と。
○自分の方が先に目をつけていたのだぞ、と。

蓼食う虫も好き好きというかあばたもえくぼというか…
いや二郎の顔がどんなものかは分からないんだけどさ


164以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/27(日) 09:53:05.95KBZJlzAAO (1/1)

乙。

紀霊さん自身の顔は多分 平均的な中の中。
ただし纏う雰囲気やオーラが「修羅場を潜って来た」それ。
後細マッチョは確定。

…インテリヤクザ?(違

…麗羽やら顔良やらも紀霊さんの絵姿コンプリートしてたら面白いが(にまにま)


165一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/28(月) 23:14:26.752GErPQ01o (1/3)

>>163
>いや二郎の顔がどんなものかは分からないんだけどさ
フツメンくらいだと
顔面偏差値45-55くらい?

>>164
>紀霊さん自身の顔は多分 平均的な中の中。
大正解っす

>ただし纏う雰囲気やオーラが「修羅場を潜って来た」それ
なお、周囲の人物はもっとすごいオーラを出す模様

>…麗羽やら顔良やらも紀霊さんの絵姿コンプリートしてたら面白いが(にまにま)
こら!ネタバレは駄目って言ったでしょうw


166一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/28(月) 23:15:17.132GErPQ01o (2/3)

「ふぅ…」

顔良は軽く伸びをして、溜め息を漏らす。ようやく今日のお仕事の目処が立ったのだ。他の幼馴染よりも、かなり早い段階で家を継いでからは彼女の予想以上に多忙であった。
量はそれほどでもない。だが、自分の決断で家が動くというのは大変なことだ。
本当なら、文ちゃんに誘われるままに二郎さんのとこに遊びに行きたかったんだけどな、とため息をもう一つ。ううん、と伸びを一つ。そして。
そ、と引き出しから綴じられた紙の束を取り出す。色鮮やかな絵姿。どれもこれも紀霊を描写したものである。文醜がわざわざ、親友である彼女のために店に並んで買ってきてくれたものだ。

「文ちゃんは『こんなのアニキじゃねーよな』とか言って大笑いしてたけどね……。うん、文ちゃんとは違う意味で私もそう思う。だって…二郎さんはもっと格好いいもの」

 それでも、仕事の合間に取り出しては眺めてしまう。この気持ちに気づいたのはいつからだろう。いつから懸想していたのだろう。

「ふぅ…」

ちっちゃい頃は、憧れのお兄さんだった。でも、文醜みたいにお兄さん的な呼びかけをするのは嫌だった。
でも、お兄ちゃん、って呼んでみたかった。
でも、お兄ちゃんと呼んだら、彼との関係が兄と妹になってしまう気がしてしまって。

「お兄ちゃん、か…」

顔良は、思う。ちっちゃい頃は陳蘭と紀霊はきっと結婚するのだと思っていた。その陳蘭も顔良達の面倒を見てくれたお姉ちゃん的な存在である。二人のやり取りはとっても自然で、割って入る余地なんてなかったのだ。二人が男女の仲になったと知っても、ああ、そうかと納得したものだ。
むしろ遅かったと言ってもいいんじゃないかな?と顔良は思うのだ。傍から見ても、陳蘭の紀霊への想いは明らかで。真っ直ぐで。応援していたのだ。
だから、良かった、と心から祝える。でも、それは無理な話である。紀霊に限らず、顔良や文醜。勿論袁紹もだが、その婚姻というのには政略的な意味合いが大きい。
紀霊のお嫁さんになるというのは顔良の幼い夢でもあった。でも、顔良や袁紹はある意味、陳蘭よりも駄目なのだ。袁家の武を司る四家、その均衡が崩れてしまう。紀家が勢力を突出させてしまう。それを袁家は許さないだろう。それは自明の理であるのだ。そう、そうやって顔良は蓋をするのだ。

「うぅん」

どうも、仕事を再開する気にならないな、と顔良は思索を続ける。現実逃避とも言うが。そしてその議題は対匈奴戦。或いは匈奴戦役と言われる過去の激戦である。
武家四家中三家の当主が戦死するという袁家最大の戦い。そして間違いなく紀家前当主は大戦の英雄だった。少数の精鋭で匈奴の本陣を叩き、汗(ハーン)を討ち取り生還。功績から行っても袁家軍の頂点に立ってもおかしくはなかった。いや、それこそが既定路線であったのだ。
 だが、四家の均衡が崩れることを防ぐために彼は一線から退いたのだ。それでも、実務から遠ざかるのではなく、現場主義を貫いた。袁家領内を自ら巡回し、治安の回復に努めたのだ。
地味で、成果も中々目に見えない。だが、実務をするとその重要さが分かる。分かるのだ。戦後の袁家の復興は紀家当主とその配下が治安の維持に心血を注いだからだ、と。
今は昼行灯なんて言われることもあるけど、実務をしたことがある人は皆分かっている。紀家当主は、実際たいしたものなのだ。

「はぁ…」

話がずれてしまった。でも、確かなことがある。顔家当主になる自分と、紀家当主となる彼が結ばれることはないのだ。決して、ないのだ。
でも、だ。この、胸を焼き尽くしそうな想いは、どこに行ってしまうんだろう。
 どうなってしまうのだろう。

 そして、自分はどうしたいのだろうか、と自問する顔良であった。


167一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2015/12/28(月) 23:15:47.332GErPQ01o (3/3)

本日短いけどここまでー
明日は飲み会が浅ければやります


168以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/28(月) 23:55:43.0630fBz5vTo (1/1)

乙です


169以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/29(火) 16:12:04.62DZLCpEu00 (1/1)

乙です
>>166
>>功績から行っても袁家軍の頂点に立ってもおかしくはなかった。
○功績から言っても袁家軍の頂点に立ってもおかしくはなかった。

ネタバレも何も>>161で 凡人の肖像 猪々子編でした と書いてますよ~
次はきっと 凡人の肖像 麗羽編 になると薄々感じてます
それにしても絵姿より本物の方が格好いいとか…恋は盲目というやつか


170以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/30(水) 07:53:01.68E41VUAK0O (1/1)

麗羽様の絵姿ください
ちび麗羽様ならなお可


171以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/12/30(水) 10:27:03.75IJ+LtjwAO (1/1)

乙。

>大正解っす
うしっ!(ガッツポ

>ネタバレはいけません
え!?(困惑)
「こうだったら面白いだろーなー」
で書いたんですが…
自重を検討します(自重するに非ず)


172以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/01(金) 10:57:35.61A8jDNEUr0 (1/1)

あけましておめでとうございます
今年も楽しく拝読させていただこうと思います


173以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/01(金) 12:18:32.51XPpejUuYO (1/1)

あけおめー
今年は董卓編まで行けるかな?

考察とか長文は歓迎だったと思うけどリライト前を知ってる人はネタバレに注意してくれると嬉しいなって


174一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2016/01/04(月) 22:17:03.73BQl4QwQ4o (1/1)

あけましておめでとうございます

おみくじは末吉でした
それはそうと新年早々にウンコ踏みましたのでウンが憑いたということでめでたいですね
まあ、クソ実家に40万円ほど吸い取られたので金策に右往左往ですよコン畜生

>>169
>それにしても絵姿より本物の方が格好いいとか…恋は盲目というやつか
それですな

>>170
>麗羽様の絵姿くださいちび麗羽様ならなお可
ガチで欲しいわw

>>171
>自重を検討します(自重するに非ず)
面白いのは積極的に拾います(ガチ

>>172
あけおめです
今年は転勤がありそうです
楽な職場に移れたらいいなあ(既に今の職場は相当ホワイト)

>>173
>考察とか長文は歓迎だったと思うけどリライト前を知ってる人はネタバレに注意してくれると嬉しいなって
董卓編とか言ってる時点でどうなんやw

恋姫無双のssの壁は反董卓連合やからねーそれ越える作品なかなかないのよねえ



今年は肝臓を労われたらいいなあと思います
なお現在ガンガン呑んでいる模様


175以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/04(月) 23:53:26.9629wp21aAO (1/1)

明けましておめでとう御座います。

反董卓連合…麗羽さんつか袁家はどうすんのかな
個人的には董卓そっちのけで曹翌劉孫をフルボッコにする。
原因は紀霊さん。


…ありえんか。

ただ経済戦で十常侍一党をフルボッコにするのは やりそうで怖い。


176一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2016/01/05(火) 00:01:57.67bT82fO2zo (1/1)

>>175
あけおめっす

当初想定してたルートはもっともっと殺伐としてました、とだけw


177以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/05(火) 01:53:17.539SpTzW2YO (1/1)

ほら、プロローグで反董卓軍出てたやん・・・

董卓編以後がどうなるか楽しみやんね


178以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/05(火) 09:16:20.42e6vetR1U0 (1/1)

考察カー
原作では蜂蜜おばかとダダ甘やかしの二人だったけど二郎(紀霊)が加わることでどう変化するのかが楽しみですねー袁術陣営
あとは小覇王陣営とは原作通りの殺伐感なのか二郎が間を取り持つのか、上手く首輪取り付けたいなー物理的に(オイ)…自分から首輪をつけてくれと懇願する孫策、いいかも(この先は血に濡れて読めない


179一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2016/01/05(火) 22:14:00.83P14Iw99ko (1/3)

>>177
>ほら、プロローグで反董卓軍出てたやん・・・
素で忘れてたw

>>178
>原作では蜂蜜おばかとダダ甘やかしの二人だったけど二郎(紀霊)が加わることでどう変化するのかが楽しみですねー袁術陣営
やってること考察すると七乃さんは全力で袁術陣営を壊しにかかっているとしか思えないw
萌将伝での動きなんてガチで恐ろしいくらいです
孫家から身を守るためにまさか、ねえ……

>上手く首輪取り付けたいなー物理的に(オイ)…自分から首輪をつけてくれと懇願する孫策
歪みねえな!
孫家とのやりとりもたっぷりある予定ですぞ


180一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2016/01/05(火) 22:32:59.80P14Iw99ko (2/3)

「どもですー。失礼しますよっと」

 聞きなれた、どこか能天気な声とともに扉が開かれる。袁紹はその声に仕事の手を止め、席を立って出迎える。次期袁家当主が確実とされる袁紹がそこまで礼を尽くす相手はそう多くはない。

「あーら、二郎さん、どうしたんですの?」

 紀家の御曹司たる紀霊その人である。袁紹との関係はすこぶる良好であったのだが、最近は周囲のいらぬ気遣い、勘ぐりがある。それによって彼との関係が微妙になりつつあったのだ。それを察知したのだろうか、彼からの訪問は意外であった。

「いや、いい茶葉が手に入ったのでお裾分けに、ね。
 それに最近麗羽様の顔を見てなかったですし」

 袁術の守り役とされ、彼は袁紹派閥からは袁術派と見なされていた。これまでの蜜月と言っていい関係が仇となり、可愛さ余ってなんとやら。袁紹の取り巻きからは仇敵のように扱うような言も出ていたのである。
 ぱん、と柏手を一つ。袁紹は取り巻き達に声をかける。それは、紀霊が政敵ではないという何よりの主張。色々とこじれる前に両者の仲は変わらずということを喧伝するには中々の妙手である。

「あら、殊勝な心がけですわね。
 では、小休止としましょうか、みなさん、二郎さんがお茶を差し入れてくださいましたわ」

 適度な休憩は仕事の能率を上げる。そんな言い訳めいた言葉を鹿爪らしく語ってくれたのも懐かしく感じる。何より、自分に会いに来てくれたということが純粋に嬉しかった。

「では、二郎さん、こちらへ。お茶菓子はこちらが用意いたしますわ」

 浮き立つ心を抑えつつ、青年を案内する。袁紹のその反応に、紀霊に鋭い目線を向けてた官僚が表情を消す。なるほど、袁紹と紀霊。二人の関係は絶えたわけではないのかと。
 それを知ってか知らずか。袁紹の足取りは、浮き立つようであった。

「あら、やはり二郎さんがお持ちになる茶葉は絶品ですわね」
「まあ、伝手がありますからねえ」
「母流龍九商会ですわね。ふふ、色々。本当に色々とされてるようで」

 にんまり、と笑いかける袁紹。紀霊は引きつった笑みで応える。

「あー、ええと。まさか」

 取り出した、それを見て。案の定、紀霊は頭を抱える。
 その様がおかしくて、笑いが漏れる。ひとしきり笑った後に、表情を改める。これはきちんと言っておかないといけないことなのだ。袁家を担う者として。姉として。そして――。

「二郎さん。美羽さんを、よろしくお願いしますね」
「はい、任されましたとも 」

 即答に袁紹は安心する。この人がいれば、妹も間違った方向にはいかないだろう。そんな安心感がある。
 そしてふと、思う。この人がいなかったら自分はどうなっていたのだろう。

 今だから分かる。幼い日々は、間違いなくこの青年に守られていたのだと。
 幼い頃から、周囲は自分を利用しようとする大人たちばかりだった。田豊の屋敷に度々遊びに行ったのは間違いなくこの青年に会うためだった。だって彼はけして自分を道具扱いしなかったから。
 遊んでもらった。色々教えてもらった。自然、田豊に師事することになった。正直、気難しい老人だ。きっかけがなかったならば自分から近づくことはなかったろう。むしろ、遠ざけていたのではないだろうか。
 田豊という後ろ盾の大きさに気づいたのも最近だ。あの青年は間違いなく自分の世界を広げてくれた。目を開けてくれた。彼と出会わなければ、自分は、猪々子と斗詩しか信じることができず、手足たる官僚を疑い、迷走を繰り返したのではないだろうか。

 そして袁術は自分以上に悪意の坩堝で育っていくのだ。何せ、守り役の片一方はあの張家の跡取り。それでも、この青年がいれば、いてくれたら、きっと大丈夫。大丈夫だ。いつだって、青年は憧れのヒーローなのだから。

「まあ、なんにせよ俺がいますから。美羽様についてはお任せくださいな」
「二郎さんがそうまでおっしゃいますもの。何も心配することはありませんわね」

 おーほっほと笑う袁紹を見て、取り巻きたちは確信する。紀家の当主と袁紹の繋がりは消えてはいないのだと。
 一挙手一投足に意味合いが出る。それが彼等の生きる世界である。


181一ノ瀬 ◆lAEnHrAlo.2016/01/05(火) 22:33:34.72P14Iw99ko (3/3)

本日ここまですー
新年一発目に来るあたり、やはり麗羽様は格が違った


182以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/06(水) 01:55:55.77PCBBQ3MPo (1/2)

乙です


183以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/06(水) 09:02:06.50XMmsGsdj0 (1/1)

乙ですー
そうか、ここの麗羽様が原作と何が違うのかいまいちピンとこなかったんだけど
視野の広さが違うのか…基本的に原作とほとんど変わらないけどたしかに違うからどう違うのかなーと考えてたけどようやくしっくりきた
このカリスマ(真)っぷりはさす麗


184以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします2016/01/06(水) 10:23:24.08ojUllhDAO (1/2)

乙。


うあうあ青春だあ(羨望

で、憶測で申し訳無いですが紀家は袁家の旗本ですよね?という事は紀霊さん麗羽美羽どっちかの婿認定を袁家直系からは されてるだろーなーと。

非常にお馬鹿な反董卓連合回避策。十常侍一党を 〆た後、月と詠を紀霊さんの秘書に。但し恋の反董卓連合結成のリスク有り。