1以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:02:11.81POkv/Uvq0 (1/21)

このスレは『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』の二次創作スレッドです

・ヒッキーとガハマさんがイチャイチャエッチなことをするスレです

・初SSです

・独自解釈や妄想設定バリバリなので突っ込みは無用です

・R-18ですが何分初物なので夜食目的には向かないかもしれません

・初めてでイけると思ってんじゃねぇよこの童貞野郎ッ


以上了承出来る方のみ本編へお進み下さい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1441033331



2以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:05:01.72POkv/Uvq0 (2/21)

めちゃり。

ぴちゃり。

ぬちゃり。

くぐもった水音が静かに響き渡る。

「はむ、はふん、ふむぅ……」

水音に紛れて押しとどめた吐息のように漏れ出す声が内から外から耳朶を侵す。

生々しい吐息の香りと唾液の交換が音の正体。

距離を零まで近づけんと押し付けられた唇と唇、絡まる舌と舌。それは親愛情愛を示す作法だが、数多ある〝それ〟の中で最も情欲に濡れた行為であることを経験と本能が知っている。

「んむ、んぅ……あふ、あん……」

押し付けるだけでなく擦りつけるように、擦りつけるだけでなく吸い付くように。

俺と彼女の心の距離が限りなく近くとも別々の身体に別たれているように、どれだけ欲し、どれだけ近づこうともその距離は零にならない。

激しくねちっこく繰り返されるキスは、その根源が真っ直ぐな欲求ながら決して100%望んだ通りには叶わないもどかしさの証明であるようだった。


3以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:08:47.97POkv/Uvq0 (3/21)

性愛は汚れたものだと大人は言う。

でもその欲望は、その心の本懐はひたすら純粋で真っ直ぐなものだ。けれどそこに孕むリスクやマイナスは純粋なものを綺麗なままにはしておかない。社会という集団がそれを許さない。

ああ、今胸を頭を満たす感情はこんなにも直裁なのに。

恥じる事など何も無いのだと、こんなにも雄々しく真っ直ぐそそり立っているのに。文字通り。

「んぅ……」

名残惜しむような吐息と共に唇は離され、糸引く唾液が未練たらしく先までの繋がりを示した。

かつてはキス一つ、抱擁一つでも胸中の感情を処理しきれず大粒の涙を零していた彼女は、幾多の体験を経て今や愛も欲も当然の物だと言わんばかりに受け入れ緩んだ表情で俺の目を真っ直ぐ見つめている。

そして、そんな彼女を見つめ返し湧き上がる俺の感情も至って当然のものだ。

可愛い。

美しい。

いやらしい。

汚したい。

汚したい。

未だ少女性を色濃く残す彼女の全てを、俺の欲望の色で余さず塗りつぶしたい。


4以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:08:51.314n36mD0uO (1/1)

材木座「はふん、ふむぅ」


5以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:09:31.79ewUsidRfo (1/2)

これは期待


6以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:12:07.59POkv/Uvq0 (4/21)

そんな俺の胸中を察したのか、彼女は

「ね……ヒッキー……」

掠れたように甘く囁いて、

「……いいよ」

一刻も早く昇り詰めんと張り詰める俺の逸物を手で淡く握り擦り上げた。

今宵既に一度彼女の中に侵入した俺自身は彼女の蜜に塗れており、手が上下する度にちゃにちゃと粘付いた音を立てる。

「あ……ぐ……」

音と同期して下半身に走る淡い電流が、足先を甘く痺れさせ、脊椎を伝って脳に伝わった快楽の情報は俺の意思と関係無く呻き声を上げさせる。

電流は熱を伴い、氷で出来た鎖の如き理性を確実に融かしている。

しかしこれは本気ではない。ただ掠めるように擦っただけで、絶頂させる気など毛頭無い牽制のような責め。

これは俺を煽るための一手だ。

俺の本能を縛る理性の鎖を俺自身に引き千切らせる為の合図だ。

未だ自身の獣性を好きに解き放てない弱い俺への、彼女なりの求めなのだ。


7以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:15:18.79POkv/Uvq0 (5/21)

そして、

「気持ち良くなって、いいよ」

出会った時と変わらないあどけなさはそのままに、彼女は妖しく微笑んだ。

少女と毒婦を両立させるその矛盾は、俺が彼女を喰らって良い理由へとすり替わって理性と本能を反転させた。

「ゆ、結衣ッ」

切羽詰まってどもった自身を恥じるヒマも無いと、彼女を押し倒し正常位の形で彼女の入り口に自身をあてがった。

「あ……!」

そこまで俺の行動が一瞬で、彼女が強引さに驚いたのも一瞬。

唐突さに驚いた彼女は、しかし一瞬でその瞳を期待で暗く輝かせ――

〝ぐちゅり〟

「んあッ!!」

躊躇無く体内に押し込まれた衝撃で、容易く身体の自由を放棄した。


8以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:18:27.97POkv/Uvq0 (6/21)

「あ、あぅ、んん、んあぅ、ああ あ、ふあッ」

ぐちゅぐちゅと湿った音を立てながら、俺の肉と彼女の穴が上下左右と接し擦られていく。

先の一回目は俺の方が快楽に耐えきれず彼女が達する前に絶頂を迎えてしまった故、今の行われている二戦目は彼女を絶頂させる為のリベンジだ。

既に一度……否、一度目の途中彼女の口内に吐き出したのを含めれば三度目のストロークであり、普段我慢弱く落ち着きのない俺の逸物もそれなりに保ってくれる筈だ。

……筈なのだが。

「はひっ、ひ、ひっきー! ひっき、あぅ、きもちいい、きもちいいよぉ!」

彼女が、俺の名前を呼んでいる。

俺の動きに合わせて、快楽で鳴いている。

俺に貫かれながら、俺の名前を啼いている。

既に一度目の挿入で大きく昂ぶっている彼女の心と身体は、既に異性と快楽を受け入れる為の雌の心身へと代わっていた。


9以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:22:27.29POkv/Uvq0 (7/21)

掠れた甘い声は俺の脳を迅速に融解させ、彼女の嬌声に合わせてうねって絡みつく彼女自身と相俟って抵抗しようもないほど俺自身が昂ぶる。

「ぐふ、んぅ……!」

俺の口からも耐えきれず荒い吐息が喘ぎ漏れる。

ヤバイ、もう、そんなに、保たない。

頭の奥底、そして逸物は「我慢する必要は無い」「我慢は身体に悪い」「出せば良くなる」そんな甘言を絶え間なく垂れ流す。

「ひっきぃ、んぉッ、ひっきぃのお、おちんちんが、ああ、あぃ、あつく、て、きもちいい……!」

意識してか天然か、熱に浮かされたような彼女の淫蕩な睦言は更に深度と濁りを増していく。

くちゅくちゅぐちゅぐちゅと、接合部から漏れる水音のスパンも細かく激しくなっていく。

既に俺の下半身の半分は、理性のコントロールから外れ独自に快楽を貪らんと動きを激しくしている。

出して良い、出せば良い。

それが一番俺に良い。

五月蠅い。そんなことは分かってる。

それでも俺が、俺だけが気持ちいいだけなら、そんなものは手前で握って擦るだけの自慰と何が違う。


10以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:25:29.23POkv/Uvq0 (8/21)

「あひ、はひ、ひ、ひぅ、ひっきぃ、あ、んむッ!」


押さえきれない衝動を無理矢理に縛り付け、彼女と唇を合わせ、閉じる前に無理矢理舌を口内へねじ込む。

驚いて固まったままの彼女の歯をなぞり、舌を強引に絡め取り、唾液を流し込んで混ぜ合って交じ合う。

せめて絶頂に向かってひた走ろうとする下半身の感覚を誤魔化し抑えんと言うせめてもの抵抗だが、効果は精々が意識を僅かに逸らす程度。

「んん、ん、んん、むは、むぅ……」

寧ろ、次第に自ら口中の交合を求めて行く彼女の動きが徐々に、確実に楔を解き放ちつつある。

じゅる、じゅるり、じゅるじゅる、唾液の混じり合う音。

ぐちゃ、ぐちゅり、ぐちゅぐちゅ、粘膜の擦れ合う音。

どちらも周囲に飛沫を飛ばして濡れに濡れ、肌同士の触れ合いにすら何かのフィルターを通してしまったような錯覚に陥り、胸中の焦燥ともどかしさが一層増す。

それを受けて悦楽に浸り刺激され尽くす逸物も、早く出せ早く出せ疾く出せと内側から本懐を溢れさせんとする。

もう本当に余裕が無い。


11以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:29:08.97POkv/Uvq0 (9/21)

「んちゅ、んむ……ふはッ、ひ、ひっきぃ!」

深い口づけを強引に引きはがした彼女の声。

「ひっきぃ!ひっきぃ!んひ、ひぃ!ひっきぃ!あたし、あたし、もう……!」

俺の名前を何度も呼び、それに合わせて細かく痙攣するように震える膣内……彼女も、もう幾ばく耐えられない。

「おれ、も……ぐ、ヤバイ……もう、出そう、だ……!」

最早加減する必要も無い、加減の仕方が分からない。

途切れなく響く交合の音は既に止まれなくなったことの証左。

互いに限界が近い。

ようやく出せる。

気持ち良くなれる。

今よりもっとずっと気持ち良くなれる。

待ちに待った瞬間への期待を同じくした俺の頭と下半身、そして苦しげで切なげに高まっていく彼女の顔はそんな根源的な欲望を俺と共有していることを理解させた。

しかし、

「い、いいよ、ひっきぃ!だして!あたしできもちよくなって!」

先に俺を受け止めることを彼女は主張し、

「ダ、ダメだ!さっきは俺だけだったから、今度はお前が先に!」

俺は彼女を先に上り詰めさせることを主張した。


12以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:32:37.83POkv/Uvq0 (10/21)

「やだ!やだぁ!ひっきぃだして!そしたら、あ、あたし、そのあとでいいからぁ!」

「おれも、イヤだ……結衣がさきに、イってくれよ……!」

すれ違い。

こんな時でも、目指す先が近くて明白で、もう動きなんて止められないのに、それでもズレる。

俺は彼女を気持ち良くしたい。

彼女は俺を気持ち良くしたい。

ただ相手を気遣ってというだけではなく、彼女は俺が果てるのを中で感じながら達するのが気を失いそうになるほど気持ちいいと言う。

俺も、彼女が達したのを肉の蠢動で感じながら果てると気が狂いそうになるほど気持ち良くなれる。

相手を気遣い悦んで欲しいのは同じで、でもその先には自分の喜悦があって、お互い目指す極致はそこにある。

偽善なのだろう。

醜い自己満足なのだろう。

だがそれで噛み合い絡み合って、ここまで俺達は続いてきた。

付き合う前から、それこそ出会った当初から変わらずすれ違い続けるのが俺達の在り方だった。

きっとこれからも、何より今この瞬間も。


13以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:35:57.87POkv/Uvq0 (11/21)

「あ、あ、あッ、や、やぁ! だめ、もうだめ、だめ、だめだよぅ……あたし、ほんとにもう! ひっきぃ、だからぁ!」

身体を侵す快楽も、心から溢れる情動も、もう止めどなく抑えきれないのだと彼女はその声で、汗で、涙で訴えかけてくる。

そんな彼女の最後の一手、左右に開いて俺の身体を受け入れていた両足で俺の腰を挟み込むように巻き付け、物理的に俺の退路を塞ぎ且つ俺自身を己の奥深くへ押し込み導いた。

「あぐぅ! うぅぅうう!」

「ちょ、おま……ぅあ!」

より内圧の強い深部へと導かれた俺自身に爆発的な衝撃が走り、それはより敏感な場所へ逸物を導いた彼女自身も同じだった。

自爆覚悟……否、そこまでの考えが彼女にあったかすら定かではない。ただ俺の為、自身の為、どちらも総取りにしようという安易で彼女らしい衝動がそうさせたのかもしれない。

そして、

「あ、ちょ、も、出」

この自爆は、彼女に功を奏した。

「で、でる」

もう制止も注意も出来ない、そんな間は存在しない。

一瞬下半身の筋力が全て弛緩し、直後張り詰めた全てが〝ぶつり〟と切れ、ありったけの熱を彼女の中にぶちまけた。


14以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:39:31.50POkv/Uvq0 (12/21)

「あ、ああ、ああああ」

我ながら間の抜けた震える声と共に、逸物から全身へ絶頂の快楽が伝わっていく。

だがそれも僅かな間だった。

「!!!!」

俺の射精をそのまま直に感じ取った彼女は、

「うっ!」

ありったけの力を両腕と両足に込めて俺にしがみつきブルブルと震え始め、

「うぅ! ううぅ、うぅぅぅぅうぅうぅぅぅうううっ!」

呻くような嬌声と共に達した。

同時に、射精している俺の逸物を溶かし潰さんとばかりに彼女の膣が絡みうねった。

「んぐぁぁぁぁ……!」

射精している最中だというのに、まだ足りぬと搾られ出される。

三度目の途中で、四度目が始まったような錯覚。或いは本当にそうなったのかもしれない。

自慰、手淫、どれだけ濃厚な口淫ですらこうはならぬとばかりに長く続く射精。

「ひぅっ! あうっ、あぅぅぅぅぅぅぅっ!」

応じて彼女の中の痙攣も密度と濃度を増していく。

強い力で震えながらしがみつく彼女と間の抜けた弛緩と放出を続ける俺は、そのまま俺の肉棒と彼女の蜜壺の構図だった。

電流。

快楽。

身体中で迸り混じり合う物理的な信号と溢れ出る感情がない交ぜになって時間の感覚を引き延ばしていく。

実際は十数秒がいいところ、しかし数分にも数時間にも感じるような濃密な絶頂。

もう自意識すら彼女と混じり合って無くしてしまったのではと思い至り、そんな思考で以て俺はその絶頂が終了したことを悟り、同時に抗えない虚脱感に身を任せ、彼女の上にのしかかった。


15以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:43:09.04POkv/Uvq0 (13/21)

「は……はぁ……はぁぁぁ……」

長く抜くような俺の嘆息。

「ひっ……ひっ……ひん……」

しゃくり上げるように短く小さい彼女の吐息。

性感が高まるに合わせて存在を忘れていった汗が俺達の身体を濡らしている。

……あぁ、シャワー浴びなきゃ。

未だ行為の熱と甘く痺れの残る身体の感触を感じながら、それでも急速に正常な温度を取り戻しつつある思考が滑り濡れる身体の後始末の道筋を立て始める。

だが本懐を遂げ大人しくなりつつある本能もまた、行為の余韻と疲労からこのままの静止を訴える。

だから五月蠅いんだよお前ら、まだ終わりきってないんだから静かにしてろぃ。

「ひ……ひ……ひぅ……ぅぅ……」

彼女の息も落ち着きつつあるが、快感があまりに大きかったからか目の焦点が合わず、意識も朦朧混濁しているらしい。

未だ繋がったままの秘所は彼女の呼吸に合わせて緩やかに蠢き、それを感じ取る俺自身は性感よりも温もりを強く感じている。

彼女の体温はそのまま胸までせり上がって心を満たす。

快感を求める欲望も焦燥もなく、余韻が薄れると共に愛おしさが湧き上がる。

もう性衝動は無いが、それでもこの感情の証を立てたい。そう思えばこそ身体は自然と後戯に移った。


16以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:46:13.96POkv/Uvq0 (14/21)

「あ……」

彼女の身体を緩く抱き締め背中や足や髪を撫でつつ、唇は胸から首、頬まで口づけていく。

「はぁ……はふ……」

じゃれ合うよりもささやかな刺激を受け、彼女の息は整いその色は夢見るような甘さを含みつつあった。

「ね、ひっきぃ……?」

まだ少し呂律の怪しい発音で彼女が俺を呼ぶ。胸元を唇でなぞっていた俺は応じて顔を上げ、

「ん……」

間髪入れず、彼女の唇が俺の唇と合わさった。

さっきまでのように舌は使わず、ただ触れ合うだけの小さなキス。

たっぷり十秒の触れ合いの後に彼女は唇を離し、

「すき……」

そう囁いた。

心臓がくすぐられたように沸き立ち、落ち着かない。

恥ずかしく、嬉しい。

その返礼にと俺も万感の想いを込めて、

「俺も、愛してる」

そう呟いた。


17以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:49:33.81POkv/Uvq0 (15/21)





「『俺も、愛してる』」

「……」

「だって、えへ、えへへぇ……」

「…………」

行為から暫く、諸々の後始末を終え俺達は同じ布団の中でくっついている……全裸で。

季節的にはもう春だが三月の夜はまだ冬の面影が薄く残っている故、布団を被っても着衣はしようという俺のポイント高い気遣いの提案は却下された。

彼女……由比ヶ浜結衣は行為後の余韻をより長く感じていたいらしく、その為に直接肌の温もりを感じられるからと行為後の就寝に着衣は不要と幾度と断言している。

いやもう何度目か分からないくらいだから分かってるんだけどさ、でもやるだけやってその後風邪引くとかなんか馬鹿すぎて目も当てられないんですけど。

しかしこうと決めた女性の決意に男性の腐った部分の代表足る俺が対抗できるわけもなく、まぁ人肌が一番暖まるしな、という一応の言い訳で交渉は終了した。片方が一方的に譲歩しただけのやり取りを交渉と呼ぶかどうかは見て見ぬ振りをする。

今は行為と睡眠の僅かな間に存在する交流の時間、所謂ピロートークの最中である。

あるのだが。


18以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:52:44.26POkv/Uvq0 (16/21)

「お前なんなの? 俺の台詞コピって何したいの? 俺のこと辱めたいの?」

「えー、だって嬉しかったんだもん……愛してる、なんてさ、えへ」

……さっきからずっとこの調子である。

普段から悪いとは思っているが、結衣と付き合い始めて二年と経つ今でさえ、俺の童貞心丸出しのグラスハートは常日頃から睦言を避けるように自己主張している。

だって恥ずかしいんだもん、照れるんだもん。

以前の本物発言の後も相当に苦しみスーサイドな気分に陥ったものだが、彼女との行為の後、最中の熱に浮かされ歯も浮く台詞をリピートされてはこうして悶え苦しんでいる。

彼女からすれば貴重希少なデレた俺!みたいな感じで愛で回したいところなんだろうが、やっぱ恥ずかしいんだよこれをネタに強請りが成立しそうなくらいに。

そもそも週に何回ヤってんだってくらい(結衣限定の)ヤリチン状態の癖してなんで俺の心はまだ童貞を患ってんだよ。

チンコの皮剥けても心の皮は剥けないのと同じように、チンコが大人になっても俺自身が大人になるってことじゃないのか。大人の階段昇る、俺はまだシンデレラさ。



19以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 00:56:35.93POkv/Uvq0 (17/21)

「だからさ、もっと言ってよ……好きとか愛してるとか、いつでもどこでも、嬉しいから」

「あー、その、うん……大事なことは口にする度軽くなってくってスナフキンも言ってててだな」

「スナフキン? ムーミンの?」

「そうそうムーミンの。 彼の生き方は正にぼっちの理想、マスターオブボッチってなもんだから俺的には超リスペクトなの」

「スナフキンはぼっちとは違うんじゃ……」

「細けぇこたぁいいんだよ」

まぁ件の台詞は正直うろ覚えで、本当にスナフキンが言っていたかどうかも定かではないんだが。

とはいえ自由を標榜し、孤独を愛し、気ままな旅を続ける彼のライフスタイルは確かに俺にとって憧れであった。もう少しを欲を言えば旅でなくちゃんと家を持って引きこもっていたいが、スナフキンは持ち家否定派だったよな確か。

ともかく彼女も知っていそうなカリスマから言葉を引用すれば、普段の煙に巻く言い回しよりは誤魔化しの効果はあるだろうと踏んだ。

しかし彼女も食い下がる。

「……でも、あたしは大切なことは何度も口に出して、耳で聞いてたいな……そうしないと大事だってことを忘れちゃいそうだから」

「だよな、バカだもんなお前」

「うん、バカだから、あたし」

……場を砕こうと口に出した揶揄も、避けるどころか真っ向から受け入れる。

強くなった。なりすぎてちょっと怖い。


20以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:00:40.60POkv/Uvq0 (18/21)

「……大切なことは何度も聞いて、何度もやって、ずっとずっと忘れずにいたいんだ。 あたし、ヒッキーのこと好きだから」

「お、おう」

「だからね、もっともっと好きだって言って欲しい……そう言って貰えて、身体中でそれを感じられるから、もっともっとエッチもしたいよ……?」

何時の間にか背中に回された彼女の手にぎゅうと力が籠もる。

千葉県産柔らかメロンが俺の胸に押し付けらて形を変えるのが感触で分かる。

あー、あー、あー、拙い拙い。

これは落ちる、落とされる。マズイですよ!

恐ろしいのは、これが狙ったものではなく彼女が本心をぽろりと口にしただけの天然である可能性が濃厚ということ。

かつては素直に想いを伝えられず踏み込んでは避けられて、その末に自分の気持ちを無かったことにしようとした由比ヶ浜結衣。

そんな彼女だから、勝ち得た愛を失わない為に本能がそれを求め保持する最善手を打ち出し続け、それを実行し続けるのだろう。

何時からか棘が刺さったままの心臓が、ずきりと痛み、軋む。

半ば慢性化した幻痛に、未だ俺は慣れることができない。

きっと慣れてはいけないのだ。

「……いやでも、今日は流石にもう無理っぽいんだが」

「あ! いや違くて! 今すぐしたいってわけじゃなくて! また今度で、あ、明日にでも!」

「分かった、分かったから落ち着け、な?」

「う、うん……」

顔を真っ赤に伏せる彼女の様子があまりに可愛いらしく愛で回したい衝動に駆られるが、動けないし直視も出来ない。

何故って、多分……というか確実に俺の顔も燃え上がらんばかりに真っ赤になってるから。

これさっきのが一発で終えてたくらいなら彼女の言葉と感触でそのまま次戦に突入していただろう。言葉も態度も可愛らしいのに、醸し出す空気は吸うだけで酔っ払いそうなくらいに蠱惑的だった。

まだ肌を合わせて一年程度だというに、何時も間にここまでレベルが上がっていたのやら……。


21以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:04:21.37POkv/Uvq0 (19/21)

「……もう一年経つんだね」

あれ、心読まれた?

さとりなの?

お前そこで渇いてくの?

「ヒッキーがこの部屋で……一人暮らし始めて、もう一年だよ」

あ、そっちですか。

ちょっとほっとした。

「? どしたの、溜め息なんて吐いて」

「いやいや何でもないから気にすんな……思ったより早かったな、一年」

「そうだね……色々あった筈なのに、気付いたらみんな昔の出来事って感じになってるの」

「なんとなくだけど分かるな、お前が夏休みの自由研究に捕まえた蝶々の羽ばたきが発端になって総武高の治安崩壊が始まったのももう何年前かってくらい」

「大学の課題で自由研究とかそもそもなんで昆虫採集!? 総武も不良の学校になんてなってないよ!?」

「いやほらアレだよ、大学の懐の広さはお前の知的レベルにも合わせてちゃんとカリキュラムを組んでくれるって話」

「バカにすんなし! あたしだってヒッキーと同じ試験受けて合格したんだから! バカにしすぎだからぁ!」

「……裏口入学じゃなかったっけお前」

「大丈夫だって大小判押してくれたのヒッキーじゃん!」

「うるせぇな、もう深夜なんだから静かにしてろよ」

「煽ってるのヒッキーの方だからね!?」

……とまぁ、女性らしさとか色気を身に付けても変わらないところがあるのは安心出来るというか、溜め息の原因追求を煙に巻く為の誘導は見事なまでに嵌ってくれた。

このように、変わるものもあるし、変わらないものある。

どちらか一方に固執するでなく、どちらも受け入れ己の血肉にしていくこと。

それを教えてくれたのは、間違いなく目の前でぷくりと頬を膨らませる彼女だ。

思い出されるのは彼女と触れ合ったこの一年、俺達は一体どんな切っ掛けで今へ至ったのだったか――


22以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:08:21.57POkv/Uvq0 (20/21)

プロローグこれにて了、そして今日の投下はここまでです。
次回から一年前の回想が始まります。
多分一週間以内には投下出来る筈なので、期待して下さる方はお楽しみに。


23以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:10:37.91gdx1ixrSo (1/1)

乙 やっぱ結衣ちゃんが一番ですわ 続き期待


24以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:13:02.11ewUsidRfo (2/2)

乙です!
期待します


25以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:21:48.00xiix5PgAO (1/1)

ええやん



26以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:50:24.90irH8HGh9o (1/1)

こういうのを待ってた


27以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 01:51:48.59SdA8d4pAO (1/1)

期待


28以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 03:41:08.668eGEiM7NO (1/1)

乙です!


29以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 07:32:27.656mG1ji07O (1/1)

神スレ


30以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 08:23:48.49GEOrwPV0O (1/1)




31以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 12:51:46.81riRrcUzi0 (1/1)

やはりガハマさんこそ王道。期待


32以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 23:28:40.16POkv/Uvq0 (21/21)

どうも>>1です
「潜在的需要は高いだろうに数の少ないガハマSSでエロやれば天下取れるぜ!薄い本はガハマ本が一番多いしなガハハハ!」
などとバカの欲望丸出しで書き始めたわけですが、それでも想像以上に反応が良くて寧ろ罪悪感に押しつぶされそうだぜヘヘ……
かと思えば別作者さんのガハマSSが同じタイミングで始まりあちらはこっちと比べものにならないクオリティで吃驚
『結衣「おかえり、ヒッキー」八幡「……いつまでヒッキーって呼ぶんだ」』は超面白いから皆読もう!

とまぁそれはさておき、上述の通り好感触がどうにも嬉しくて「一週間なんて待たせない、とっとと書いちゃうわ!」と
出来る限りの力を以て執筆してみるも流石に一日じゃ無理だなって……一日一沙希の人って凄いね本当
とりあえず八幡が一人でキモい独白やら回想やらする導入部だけ完成したんですが、こういうのって出来た端から投下してった方がいいんでしょうか
プロローグは全部完成してから投下しようと心に決めてたわけですが、こういうのってレスポンスが大事だと見る側としては感じるんですよねぇ

何かご意見ご要望あれば書き込んで下さいな、もしかしたら参考にするかも?
ともあれ宜しくお願いします


33以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 23:35:13.30UpBg0+lAo (1/1)

うぜえ


34以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 23:36:48.09906IjMDao (1/1)

とりあえず>>1のやりやすい方法でいいんじゃないか?
まとめて読むのがいい人もいれば短いスパンで少しずつ読むのがいい人もいるからさ

とりあえず自由にやっちゃってくれー
楽しみに待ってる!


35以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 23:47:56.515Ma03FH30 (1/1)

自分語り長いわwwww
まあ楽しみに待ってる


36以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/01(火) 23:50:27.137DjTCb9LO (1/1)

黒歴史になるので、自分語りは控えた方がいいですよ

エタらなければ、1が書きやすいようにしてもらって大丈夫です


37以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/02(水) 00:09:24.76aIZTHku8o (1/1)

読者様は親切なんだよ


38以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/02(水) 01:04:30.18ypG/N1rVo (1/1)

ピコーン

結衣「ヒッキー!またレベル上がったみたい!!」レベルタカーイ

こういう話かと


39以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/02(水) 01:08:35.46bQvbNWB30 (1/1)

なんともレベルが高いエロだった


40以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/02(水) 06:59:06.78fiF2q1j2O (1/1)

SS本文の投下以外はいらないから


41以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/02(水) 15:22:10.63eJP3+8Sh0 (1/1)

自分語りとか寒いだけだからやめろ


42以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/02(水) 19:38:33.09g5M3cWNKo (1/1)

どうも>>1です(笑)


43以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 03:08:12.72CNKyf2uO0 (1/1)

コピペになりそう


44以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:28:12.96PbcnGosb0 (1/23)

どうも>>1です。
まだ一話完成はしてませんが、調子に乗ってあれこれ書き加えてたら際限なく文量が増えてしまい一度の投下量が多くなり過ぎるもアレなので現時点でキリのいいところまで投下します。

あ、前半部分ってことでエッチなシーンはありません。
エッチなシーンはありません。大事な事なので二度以下略。


45以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:31:22.69PbcnGosb0 (2/23)

①由比ヶ浜結衣はまず触れるところから始める



「これで、よしッ……と」

安価な組み立て式の簡易本棚を組み終え一通りの家具は配置が終わった。

小物類は未だダンボールの中に収まったままだが、手強そうな物は大体仕留めた。他は追々必要に応じて出して行けばいい……という分かり易い怠惰フラグを立てる俺参上。

だって仕方無い、もう日が暮れかけてるもの。カラスが鳴いたら帰りましょうとお約束の時報が鳴り響いてるんですもの。

大きめの物は買わなかったとはいえそれでも結構な重量の荷物を運び続けて腕はパンパン足もダルダル。こういう時手伝ってくれる友達がいないからぼっちはつれーわーマジつれーわー。

……言わずとも手伝おうとしてくれた奴はいたが、いずれも細腕でそもそも手伝わせるのも憚られるような面子だった為、選択肢など最初から無いも同然だった。

正直進学後も実家に寄生する気満々だった為こういう苦しみを味わうつもりはなかったのだが、それでも苦境は一度乗り越えれば良い経験で、人生を彩る大切な教訓を残してくれる。

今回の場合は、そうだな……「もう二度と引っ越ししたくない」かな。

そんな益体もない思考は程々に、この後入り用になるテーブルとクッション、食器、今宵の寝床を用意して作業は終了だ。

そしたら一先ずマッ缶キメて、時間が来るまで仮眠でも取ろうか――


46以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:36:12.65PbcnGosb0 (3/23)

三月下旬、東京と千葉の県境に近いアパートで俺は一人暮らしを始めるところだ。

受験戦争は見事都内有名私大の席をゲットする大勝利に終わった。

俺自身多少通学に時間がかかっても実家暮らしの安心感を捨てる気は無かったのだが、普段よりも喜色の滲み出る態度で両親へ戦果報告をした際俺に対しての反応としては珍しく勝利の喜悦を共有しながらも「良い機会だからお前家出てけ」と開幕で顎尖端を打ち抜かれ俺は比企谷家のリ(ビ)ングに大の字で倒れたのだった。

その後なんとか8カウントで立ち上がった俺は、

・未だ不況を抜け出せぬ折、都内の一人暮らしを許容出来る経済的余裕は比企谷家にはあるまい
・そも一人きりの寂しさに耐えかねて家出をしたという前科を持つ小町を置いてはいけない

という伝家の宝刀ワン・ツーで立て直しを図ったのだが、それぞれ

・こういう時の為に放任気味になってでも二人で無理して稼いできて、その貯蓄がある
・ここで不良物件がいなくなれば結果的に負担も減って今よりずっと早出遅帰は抑えられる
・そもそも小町は生徒会入りしたお陰で帰りも程々に遅く以前のようなことにはならなかろう

という最もなカウンターを決められ同ラウンド二度目のダウンという瀬戸際に追い詰められ、件の小町が外野から

「一人暮らしなんて出来るときにやっとくべきだよお兄ちゃん! それに都内にタダで泊まれる別宅が出来るって思えば小町的に超々ポイント高い!」

と我欲を隠す気も無く興奮気味にラビットパンチを決めてきた為、俺は為す術なくKO負けを喫することになった。成功した者は皆すべからく努力しているけど俺はサクセス出来なかったよ会長……。

諦めて一人暮らしを受諾した俺の目の前でこれで何を憚ることなく小町とスキンシップを取れると某○る夫ばりに本音を隠せず喜んでいた親父に向けられた比企谷女性陣の凍てついた視線は今思い出しても胃がキリキリするぜ、潰瘍に鬱病不可避だろこれ……親父が。

まぁそんなこんなでさらば千葉よ!新たなる旅路!(バァーン)で第三部完ッ!して東京でダイヤモンドが砕けない第四部を開始するところなわけである。グレートですよこいつぁ。


47以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:39:38.42IUoYshERo (1/1)

どうも>>1です。


48以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:39:43.00PbcnGosb0 (4/23)

「と、いうわけで! 改めて結衣さんとお兄ちゃんの合格、そしてお兄ちゃんの独り立ちを祝しまして! かーんぱーい☆」

「かんぱーい!」

「……乾杯」

「ンモーお兄ちゃんってば、今回比率的には主にお兄ちゃんの為の宴会なんだよ? もっともっとアゲてかないと! 結衣さんもいるんだから!」

「そうだよヒッキー! ひとり暮らしとかあたし超うらやましいもん! もっと嬉しそうにしようよ、テンション上げよ! ね!」

「んなこと言われてもなぁ」

比企谷八幡スレは基本sage進行でオナシャス。

設営完了から二時間後、僅かな仮眠で生気を蓄えた俺は部屋を訪れてきた小町と由比ヶ浜を迎え入れ、こうしてささやかな宴会に参加している。そのお題目は小町の言うとおりだ。

と言っても参加者は俺、小町、由比ヶ浜の三人という本当にささやかな内輪の飲み会(アルコール無し)の様相で、空回りだろうと何時ものノリを崩さない小町とそのテンションに付いていく由比ヶ浜、そして空気読む気全く無しの俺の組み合わせは開始時点から絶妙な空気を醸し出していた。良い空気とは言っていない。


49以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:43:17.67PbcnGosb0 (5/23)


「まぁお兄ちゃんは何時も通りのお兄ちゃんだから置いといて……ごめんなさい結衣さーん、本当は小町が料理作りたかったんですけど時間無いし、作るにしても不慣れなキッチンでの仕事になりそうだから今日は出来合いの惣菜ばっかりで」

「いいよいいよ、スーパーのお総菜も美味しいし、小町ちゃんにばかり作らせるのも悪いし……今日は小町ちゃんの進級祝いも兼ねてみんなでみんなのお祝いってことにしようよ!」

「うはー! 結衣さんやっぱり優しくて小町的に超ポイント高いですよー! これは何年後かには結衣『お義姉ちゃん』になってる可能性大かなー、なっててくれないかなー? ね、お兄ちゃん♪」

「お、おねえちゃん、て、えへ、えへへぇ……ヒ、ヒッキー、どうしよう?」

「……そこで俺に振るんじゃねぇよ」

女三人寄れば姦しい……とか温いこと言ってんじゃねぇぞ、この故事を作ったのは誰だぁ!二人で充分過ぎるくらい五月蠅いっつーの。

特に口やかましい面子とはいえ二人でこれなのだから本当に三人寄ったらどうなることやら。

去年見事に生徒会役員の座を射止めた小町曰く今日は一色も来たがったらしい。が、どうにも外せない用事があるらしく参加はお流れになったとか……正直助かった。それにあいつに住所とか知られるのは色んな意味でぞっとする。一年前の進級直後、もう奉仕部もないし俺も受験生だというのに生徒会活動の補助補佐雑用にと引っ張り回された日々を思い出し、あいつのことだから卒業生という実質部外者になった俺にも雑用を押し付けるために接触してくるのではないか……そんな悪い想像を巡らせる。



50以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:46:45.22PbcnGosb0 (6/23)


まぁ何事もなく受験を終えた身としてはこれらも良い思い出と言えなくもないし、色々と事情があったとはいえ結果的に生徒会長という重責を押し付けることになってしまった一色が、あの手この手で各行事をこなし生徒会長として成熟していく様を見るのは雛の巣立ちを見守る親鳥の気持ちというか、育て上げたモンスターが無双し始めるのを見つめる快感というか。

成長という概念に対して常に疑問符を貼り付けていた俺にとって、こうした一色の肯定的な変化は成長という現象を信用させるに値する力を、それこそ由比ヶ浜と同じくらいに持っていると今は思う。だから『良い思い出』なのだと。

そして思い出に裏付けされた感覚が、もっと深いところにあった感傷を呼び覚ます。

もしかしたら、一色ではなくこの場にいたかもしれない本当の三人目。

お互いに幻想を抱き合い、歪な共有でも同じ場所にすれ違いの希望を見出し合って、だからこそ離れた――離れざるを得なかった少女のことを、否応なしに思い出してしまう。

心臓が僅かに軋む。

刺さったままの棘が鼓動の震えで神経をかき乱す。

痛みじゃない、気持ちいいわけでもない。

それでも忘れ得ぬ、だからこそ忘れられない感覚。

俺の決断に涙を零しながら、それでも精一杯の笑顔で再会を誓い合った、誰より強いのに何より弱かったあの――



51以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:50:08.23PbcnGosb0 (7/23)


「……どしたのお兄ちゃん、難しい顔して」

「え、あ……わり、ちと考えごとをな」

「本当もうごみいちゃんなんだから……宴の席で嬉し泣き以外の渋面はNGだよ? ただでさえ顔面にハンデ背負ってるんだから、最低限愛想くらいよくしないとキャンパスライフって荒波は乗り越えられないよ?」

「お前が何で大学生活を語ってるんだよ女子高生……俺は大学でも悠々自適にボッチるんだからいいんだよ、つか顔面ハンデは流石に毒キツ過ぎて泣くぞ俺」

「思う存分泣けばいいと思うよ? そしたら結衣さんに慰めてもらえるし。 それに結衣さんと同じ大学に通えるのにあんまり変なこと言わないの。 ね、結衣さん?」

「…………」

「あれ、結衣さん?」

「え、あ! ごごごごごめん小町ちゃん! ちょ、ちょっと考えごとをしてて、あははー」

「んもーなんか微妙な空気……折角の宴会なんだから二人とももっとアゲよ! アゲましょう結衣さん! アゲアゲ!」

「か、唐翌揚げー!」

そうして二人は割り箸を握って惣菜の唐翌揚げに突き刺すと、立ち上がって疑似唐翌揚げ棒を掲げて邪神への祈りを捧げ始めた。ハーゴン倒したからシドーが来る!のか?




52以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:54:17.51PbcnGosb0 (8/23)


あまりに阿呆丸出しな二人の様相に半ば呆れつつも、鬱々と沈み込むしかなかった思い出へのダイブから引き上げてくれたことには感謝の念を抱く。口に出せば思い出の内実へ話が及びかねないから、決して口には出さず、なるべく顔にも出さないよう努める。

そして、今はカラ元気でカラ揚げを掲げる(旨味ギャグ)由比ヶ浜。

恐らく彼女の思考もまた俺と同じところへと沈みかけていたのだろう。きっと俺の顔から、感情の匂いから俺の裡側を察し、互いに共有した傷を撫でてしまったのだ。

俺と彼女の傷は場所も深さも、きっと痛みの質も違う。

それでも同じ時間に同じ原因で以て刻まれた傷を持つ者同士、思うところも察するところもある……感受性が高く他人の傷や感情に敏感な由比ヶ浜であれば尚更だろう。

……俺は一体何をしているのだろう。

俺の選択は、決断は、彼女――由比ヶ浜結衣の涙を見たくなかった、その為のものだった筈だ。

彼女の笑顔を守る為のものだった筈だ。

なのに彼女は気が付けば暗い部分へ沈み込むような顔をして、その原因は俺の迂闊さに他ならない。傷付くところを見たくない、傷付けたくないとこんなにも願っているのに。

否、以前から……それこそ彼女との関係が始まった一番最初から、彼女を傷付けていたのは俺だ。俺だけが由比ヶ浜結衣の心を無神経に踏みにじっていたのだ。




53以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 22:57:11.81PbcnGosb0 (9/23)


一年前、進級前の俺達に訪れた転機。

比企谷八幡と由比ヶ浜結衣は、大切な場所と引き替えに互いの想いを受け入れ合った。

しかしここ一年は受験もあって学生らしい交際は控え、ただ目的地に辿り着くために切磋琢磨し奮闘した。

それが受験勉強を言い訳に、変わってしまうかもしれない彼女との変わってしまった関係を直視することから逃げたということなのだと、俺は今もそれを否定出来ずにいる。彼女と寄り添うことを決めたこと自体が、ただ自分へのダメージを最小限に留めるための方便であった可能性も。

かつて居場所を共有していた二人の少女は、それぞれが持つべき物と目指すべき場所を抱えて前へ進んだ筈だ。

だのに俺だけは大事な約束と大切な感情の重さに足を取られ、ホームの廃墟、その出口から一歩も踏み出せずにいた。




54以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:00:28.03PbcnGosb0 (10/23)


「それでですね、いろは会長が声かけただけでコロッと態度変えちゃうわけですよ! 男の人って単純ですよねー」

「はー、相変わらずなんだねいろはちゃん……」

宴もたけなわ、というか料理を食べ終え後は残ったジュースとお菓子を消費するだけという段になって幾分二人のトーンは落とされた。

そんな二人の会話を傍で聞いている俺は洗い物の真っ最中である。

普段なら小町が率先してこういう些事は消化するしそれに触発される形で由比ヶ浜も手伝いを主張するだろうが、未だに自罰的で鬱々とした思考の抜けきらない俺はただ何もせずにいることの方が億劫で、二人を抑え込んで強引に仕事を受け持った。

何にせよ仕事を肩代わりしてもらったこと自体は嬉しかったらしく俺の行動はポイント激高だったようだが、お約束の様に各種洗い物道具を買い忘れていたことでポイントは大幅に下落し増加前より下回る結果となった。ちなみに小町は道具一式惣菜と一緒に買ってくれていたらしくそれに助けられる形で今こうして仕事に没頭出来ている。やだ……八幡的に超ポイント高い……。

二人が口を付けているコップを除いて全ての食器の洗浄は終了し、学生の身分ではそろそろ……という時間だ。終電の危険は無いし二人の実家とそう極端に遠い場所ではないが、それでも歳頃の娘を男の一人暮らしの部屋(一日目)に何時までも置いておくもんじゃない。何より、同じく気持ちが沈み込むにせよ関係した相手と同席した状態よりはまだ一人の方がマシだ。またしてもぼっち最強が証明されてしまった、敗北が知りたい……勝ったこともないが。




55以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:03:33.39PbcnGosb0 (11/23)


「……んじゃもう遅いしお開きにしようぜ、送ってくわ」

「えー、まだ結衣さんと……ってうわ、もうこんな時間? ちょっとはしゃぎすぎちゃったかなー」

「隣室から壁ドン(誤用)されなかったのが不思議なくらいのはしゃぎ振りだったぞお前ら、あんまり遅いと俺がどやされるんだからこの辺で切り上げとけ」

「そだね、じゃあ家捜しはまた今度にして帰りましょうか結衣さん」

「おい今何か不穏な単語が」

「気のせい気のせいベッド下とか本棚が二重になってるとかそんな分かり易い期待なんかしてないから……結衣さん?」

「え、あ……そだね、もう遅いもんね」

かくいう由比ヶ浜、チラリと俺を見て目が合うと真っ赤になって慌てて顔を逸らした。逸らした先には彼女が通学に使っていた見慣れたリュックがあり、チラチラそれと俺とを見比べている。

……これ、さっきの俺起因で態度がおかしくなってるの引き摺ってるってわけじゃないよね。何か期待されてるよね。かなりストレートなヤツを。




56以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:07:27.51PbcnGosb0 (12/23)


「そうそう未成年はとっととゴーホームだ、東京は怖いとこだからな知らんけど」

彼女の期待に、俺は応えられない。少なくとも今は応えるわけにはいかない。

だからここは由比ヶ浜が踏み込んでこない内に先手を打つに限る。ここは諸々有耶無耶にさせてもらうしかない。

普段の人懐こさから押しの強いイメージがある由比ヶ浜だが、その実他人のテリトリー意識には敏感で決定的に踏み込むことを躊躇してしまう節があり、犬は犬でもご主人様の許しがなければ甘えたりおねだりも出来ないナイーブな犬なのだ何それ可愛い。だから主導権さえ渡さなければ流れはこちらでコントロール出来る筈だ。

筈だった。

だがこの場にいるのは俺と由比ヶ浜だけではない。

小悪魔が一匹、もじもじと顔を赤くする由比ヶ浜とそれを見て見ぬ振りする俺を見比べ、

「……ふふーん?」

などと可愛らしくも悪戯っぽい微笑みを浮かべてみせた。




57以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:11:07.85PbcnGosb0 (13/23)


「あーそういえば結衣さん今日はお兄ちゃんとあんまりお話出来てないですよねー」

「あ、そ、そうだねー、ちょっと残念だけど」

あ、こいつの考えてること分かったわ。わざとらしく棒読みで話を振る俺の妹がこんなに小憎らしいわけがない……小憎らしくない?

「おい小町とっとと帰る支度を」

「お兄ちゃんはちょっと黙ってて」

アッハイ……じゃねぇ、今は拙いんだってマジで!

そんな俺の焦燥など知らぬとばかりに、寧ろ知ってて泥沼への野道を切り開いていくマイシスターである。煽りをやめてー小町をとめてー。

「紆余曲折を経て愛し合うようになった二人が碌に触れ合えないまま引き離されてしまうなんて小町耐えられない! 結衣さんもこのままお兄ちゃんと離ればなれなんて嫌ですよね? ね?」

「あ、愛し合うって……」

小町の言葉に首まで真っ赤にして口元を抑える由比ヶ浜さんマジ可愛い。マジ可愛い。大事な事は反復するのが流儀である。あと小町、流石に表現が大袈裟過ぎてわざとらしいんだよ減点だ減点。

「と、ゆーわけーで! お兄ちゃん、今晩は結衣さんを泊めてあげなよ!」




58以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:14:08.38PbcnGosb0 (14/23)


「は?」

ハァ!?と別に吃驚したわけでなし、この展開は予想済みでありだからこそ避けたかったのだけども……だが実際耳にすると幾分軽くはなっても驚きは素直に口から漏れ出た。

そして俺以上に露骨に反応したのは由比ヶ浜だった。知ってた。

「えぇぇえぇ!? ここここ小町! ちゃん! ななななな、何言ってんのっ!」

「いやいや結衣さん小町には分かってますよ? 単に引っ越し記念パーティってだけじゃそういうリュックは必要ないですよねー……お泊まりグッズ入ってますよね? 最初から期待してましたよね?」

ニヤニヤ意地悪く笑う小町。やめろ、今その気遣いは俺に効く。やめろ。

「な、なんで分かるの小町ちゃん!?」

お前もそんな分かり易い反応するんじゃないちったぁ誤魔化せ。あと気付いた理由は小町ちゃんと言ってるから人の話は聞いときなさい。

「大好きな彼氏のお引っ越し、離ればなれってわけじゃないけど開いてしまう距離、それが寂しくて側にいたくて衝動的にお泊まりの準備して、でも口に出せなくて……いや可愛らし過ぎて小町もドッキドキですよ!」

「あぅ、あぅぅ……」

もうこれ以上は赤くなれないってくらいに赤くなってあうあう口から漏らす由比ヶ浜さんがしつこいようだがマジ可愛い。略してマジカワ。あんまり略せてない。




59以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:17:12.88PbcnGosb0 (15/23)


しかし本当に可愛い。可愛すぎて理性とか決意とか土台からガタガタになってる、これ以上はダメだ耐えられない。ここは多少強引にでも、実力行使やむなしと押しきるしかない。

「おい小町、いい加減に」

「黙りなさい」

「はい……」

弱ッ、俺弱ッ!

いや普段の小町からは考えられないような凍てついた視線と声色なんですよ。小町……何時の間にそんな冷たい目が出来るようになったの……比企谷家は暗殺一家じゃないんで嬉しくもなんともないです。

そういやこれに近いの親父が喰らってたっけ。アレ、俺の扱い親父と同じになってる?俺ピンチ!

「とまぁそういうわけで愛し合う二人を邪魔するのも悪いから小町だけ先に帰るねー大丈夫小町はお兄ちゃんと生徒会のお陰で強く逞しく育ったから一人でも生きていけるよ心配しないでそれじゃー二人ともまた今度ー!」

「あ、オイ!」

と引き留める俺の言葉は擦りもせず、思わず赤光を幻視するくらいの早送りであっという間に支度を整えた小町は赤い残像を残して部屋から出て行った。界王拳かトランザムか、世代的には後者かな。あいつガンダム全く見てないけど。




60以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:20:10.81PbcnGosb0 (16/23)


そんな小町の正しく暴走した諸動作に二人して呆気に取られること二十秒、それでも内心どうしたものかどう対処するかと思考を巡らせていると、横合いから視線を感じた。教室にいると四方八方から何時でも蔑視を錯覚する敏感ぼっち肌!というのは今回関係無い。

熱っぽい視線。もどかしく、嬉しく、恥ずかしい、そんな感情を向けられているという確信。

横合いをチラリと見れば、案の定由比ヶ浜は座り込んだまま俺の顔を見上げていた。顔は赤いまま呆けたように、それでも僅かに不安か期待で先を思い、患う乙女の表情で。

「ヒッキー」

甘い、響き。

「ッッ!?」

〝ぞくり〟

〝どくり〟

背筋、寧ろ脊椎の中身を直接撫でられるような直接的な寒気と電流。

心臓、仕掛けられた爆弾を起爆されたかのように跳ね上がる熱と鼓動。

普段彼女に対して感じている日だまりのような暖かさであるとか、さっきまでの女の子らしい可愛さとか、気付けば擦り込まれていた印象が紙切れのように感じられるほど、今の由比ヶ浜の姿は容易く俺の脳と心臓に焼き付き、無理矢理に居場所を確保した。




61以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:23:58.58PbcnGosb0 (17/23)


心臓に突き刺さった棘が杭になってガタガタと震え出す。

上行大動脈か何かが傷付いたような錯覚、心臓から血液という血液が噴き出し流れ落ちていく幻覚。

拙い。マズい。まずい。

中学の時分、もう二度とそうあるまいと誓って封印した欲が、鍵付きの鎖を引き千切って自意識の水面へ浮かび上がろうとしている。

かつての俺ならば、こんな状況でも勘違いだ何だと屁理屈強弁捏ねくり回して誰の評価なぞ知ったことかと逃げ出すことも出来たろう。だが今はもう、何が大切な物で、誰が大事な人なのか、自分で自分を誤魔化すことが出来なくなってきている。

俺は弱くなった。二年前から続くあの日々は、弱くなければ乗り越えられなかった。

そんな弱くなった俺が、大事な人と一晩同じ部屋。

都合の良い未来の妄想と起こり得る悪い現実の想像、二つがかけられた秤がシーソーのように上がり下がりを繰り返している。本能の語る明るく幸福な未来の話は弱者にはあまりに魅力的で、本来ペシミストの俺が理性の語る悲観をまともに把握出来ずにいる。




62以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:27:09.98PbcnGosb0 (18/23)


でも……ダメだ、それだけはダメなんだ。

悲劇の可能性がゼロにならない限り、俺はきっと踏み出してはいけない。無責任という荷物を、今の俺は背負いきれない。

今の俺がどれだけ間違っていて、どれだけ情けない醜態を晒していたとしても、これ以上は間違えられないし醜い姿を見られたくない。

彼女にだけは、由比ヶ浜結衣にだけは。

だから堪えろ、押さえつけろ。これは彼女の為であると同時に俺自身の為なんだ。

由比ヶ浜の存在によって解放された欲求を、由比ヶ浜の存在によって強固になった理性で抑え込む。

落ち着け、俺は冷静だ。クールだKOOL。

他者から向けられる親愛情愛が勘違いでないとしても、それを受けて行う俺自身の行動が勘違いでない保障など無い。事故っても恋愛保険なんてないんだからな、十対零の一方的過失で破産待ったなしだクソったれ。

考えつく限りの最悪の展開をあれやこれと脳髄に叩き込み欲の色に染まりかけた自意識を沈静させる。胸に手を当て、暴れ回る早鐘を大人しくさせる。




63以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:30:13.79PbcnGosb0 (19/23)


落ち着け、何時も通りだ。簡単だ。

顔筋が硬直し、眉が寄って顰めた顔になっているのが自分でも分かる。

「……ヒッキー?」

彼女の声が、俺の表情に戸惑いを覚えて聞こえるのも。

心配するな。

あと少し、あと少し。

あと少しだから。

……………………。

…………。

……。

よし。




64以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:33:39.83PbcnGosb0 (20/23)


「由比ヶ浜」

不意に何時もの顔に戻った……筈の俺を見て、声を聞いて彼女はびくりと反応した。

気にしないで手を差し出す。

「早く立てよ、送ってくから……今ならまだ小町とも合流できるだろ」

OK、何時も通り。鏡を見れば俺の目は何時もの様に活力を感じさせない死体のそれと同じになっているだろう。

彼女の手を握って立ち上がらせたら早いとこ小町と合流してあいつの罵詈雑言とか冷たい目を上手いことやり過ごして二人を家まで送ってダッシュでここまで帰ってきて何も考えないように布団を頭まで被って今日のことは眠って忘れよう。

座ったままの彼女が腕を上げるのを見て、予定通りと安心する。




65以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:36:46.60PbcnGosb0 (21/23)


安心していたのに。

彼女は差し出された手をスルーして、指先で俺のシャツの袖を摘み、淡い力で引っ張った。

「え」

「ヒッキー」

彼女が俺の顔を見上げ、俺の目を見つめてきた。

さっきの表情から呆けた色が消えて瞳が潤み、濡れた表情になる。

心臓が、止まる。

そして、不意打ちで完全に無防備になった俺に打ち出されるトドメ。

濡れて、震える、掠れた声で、

「あたし、まだヒッキーと一緒にいたい……帰りたく、ない」

〝殺し文句〟

その字面の意味を、俺はこの時身を以て知った。




66以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:40:59.72PbcnGosb0 (22/23)

前半はここまでです。
後半(エロ有り)は早ければ日付変更何時間後か、それが無理でも明日の昼か夜には投下出来ると思います。

しかし我が文ながら読みづらい、もちっとテンポとか改行とかSS用に意識した方がいいみたいですねー。


67以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:45:52.24PbcnGosb0 (23/23)

あと単にコピペしただけの筈なのに変な文字が追加されてるところが。

唐翌翌翌揚げ×
唐翌揚げ○

です。
これもsagaで防げるヤツなんでしょか。


68以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/03(木) 23:50:20.18P7hDeFiFo (1/1)

乙 今のままでも良いがね
>>67
防げる


69以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/04(金) 00:15:14.11q8by++Cmo (1/1)

乙 特に読みづらいとは思わないぞ 後半期待


70以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/04(金) 00:23:05.25osmlOVIDo (1/1)

乙です


71以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/04(金) 00:56:06.79JGKK2Edlo (1/1)

ヒューwwwwwwww


72以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/04(金) 01:09:56.44rI+dTmllo (1/1)

乙です


73以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/04(金) 19:22:30.29GM4ebmf80 (1/1)

どうも>>1です。
今宵投稿予定でしたが、まーたバカみたいに長くなってきたので前中後の三分割になる可能性が出て来ました。
三分割になった場合中編は勿論エッチなシーンありませぬ……イチャイチャエッチってなんだっけ……?
ともあれ早ければ22時、遅くとも日付変更直後くらいには投下出来ると思うので暫しお待ち下さい。


74以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/04(金) 23:21:59.87VnKctWOQO (1/1)

むん


75以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 00:04:19.89wXxBmjsv0 (1/36)

>>1です。日付変更直後の投稿は無理でしたァ。

ですが現在急ピッチで執筆中、なんとか三分割にせず投下出来そうなので三十分刻みで投稿タイミング計ります。
なんとか一時までには……暫しお待ちを。


76以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:23:20.19wXxBmjsv0 (2/36)

どうも>>1です。
遅れましたが完成しました、今から投下します。


77以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:26:33.00wXxBmjsv0 (3/36)


「それは、その……拙いでしょ、色々」

止まった心臓の鼓動を把握できるまでたっぷり時間を使って、その後も混乱した脳味噌が返答に窮したっぷり一分考えてひねり出した返事がこれだった。死にたい。墓穴があったら入りたい。プレインズウォーカーなら黒1マナで好きなカードを墓地に送れるぜやったね!

「マズくなんてないよ、だってあたし……ヒッキーの彼女だから」

で、二秒と待たずに返ってきたのがこれですよ。くすぐったいこしょばいい可愛い嬉しいええいどうしろというのだ。

「それに、今日はもしかしたら泊まるかもしれないってママに言ってあるし」

What are you talking about?

「え、いやお前、言ってあるって……あ、女友達の――三浦とか海老名さんとか、その辺の新生活の手伝いに行くっつって出て来たんだろ? ダメだってこういう嘘は割とバレ易いんだからボロが出ない内にとっとと」

「ヒッキーのとこ行くって、言ってあるの」




78以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:29:07.76wXxBmjsv0 (4/36)


「は?」

は?

スゲェ、思考と言葉が同じタイミングで全く同じ言葉を発したよ……いやんなこたぁどうでも良くてだな!

「バッカじゃねーのお前! 何言ってんだよ何言っちゃってるんだよ! 何言ったか分かってんのかお前!?」

「バカって言わないでよバカっ! ちゃ、ちゃんと意味分かってるし許可も貰ったんだからねっ!」

「うううう嘘仰い! 歳頃の娘を持つ母親が、こんな得体の知れない男の下に送り出すとか、お前……」

「嘘じゃないし! パパ誤魔化しといてくれるって言ってたし! ママからヒッキーに伝言も預かってるし!」

「……ちなみに、なんて?」

「『娘のこと、末永く宜しくお願いします』って」

「アッハイ」

じゃねーってだから! ガハママさん防犯意識緩すぎじゃね!?

「ふ、ふかしてんじゃねーってお前……」

「だから嘘なんかじゃないし……ママ、ヒッキーのこと気に入ってるし、パパいないときにヒッキーとどうなったとか、どこまで進んだとか、よく聞かれるもん」




79以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:32:45.53wXxBmjsv0 (5/36)


あぁそういえばこいつの部屋で一緒に受験勉強してたとき、やたら差し入れがリッチだったり妙に豪勢な夕餉にご相伴与ったり結構露骨だったな……話振られるときもやたらニコニコしてたし、妙に距離感近くて良い匂いして慌てて由比ヶ浜が引き離しにかかったり。ちょっと危ない状況だったかもしれない色んな意味で。

「だからって、だから、歳頃の娘の親が、ありえねーだろそんな……」

「じゃ、じゃあ確認してみる?……電話で」

そう言うと由比ヶ浜は僅かな操作を経て自分のスマホを躊躇無く差し出した。画面には「ママ(記号省略)」と表示されている。

これマジなヤツじゃないですかやだー。いや本当どうすんの、どーすんの俺。続きはWebでってことでこの場はまからないですかね。

どうしたものかと脳細胞を加速させ、黙り込む俺。

そんな俺をどれくらい見つめていたか、由比ヶ浜は意を決したように言葉を発し始める。

「……ヒッキー、今からちょっとズルいこと言うね」




80以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:35:27.84wXxBmjsv0 (6/36)


ズルい。

それは今より俺達の関係が離れていた時期に彼女が口にした言葉。

それに纏わる記憶がフラッシュバックし、さっきまでのように由比ヶ浜の〝女性〟を感じて震えていたのとは違う、鋭く真っ直ぐ貫くような痛みを胸に感じた。

「あたしと、その、つ、付き合ってから……キスした回数、覚えてる?」

そんなん覚えてるわけねーじゃん毎日何回してるか分かんねーくらいなんだからさHAHAHA!

……なんて言える状況じゃない。砕いて良い空気じゃないことくらい、分かる。

「その……二回だったよな、確か」

「うん、二回。 あたしの誕生日と、クリスマスの時」

それも、彼女がねだった二回。

これも痛みを伴う現実だ。三年に進級してから、受験勉強を言い訳に各種イベントはスルーにスルーを重ねていた。その例外が彼女の言うとおり、由比ヶ浜の誕生日とクリスマス。

「じゃあ、ちょっとした買い物とか寄り道じゃない、ちゃんとデートだって一緒に出かけたのは?」

「……ディスティニーの、シーのアレは付き合う前でいいんだよな、そしたら……い、一回」

「そう、一回だけだよ」




81以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:38:29.60wXxBmjsv0 (7/36)


去年のホワイトデーに、それまで伸ばしに伸ばされ、一度は彼女の方から違う形で消化されかかったデートの約束、それを俺達は果たした。そこでお互い幼稚で無様な感情をぶつけ合って、その奥にあった想いを伝え合って、俺達は恋人になった。

でも恋人になってから勉強ばかり言い訳に使って、二人ともおめかしして揃って出かけたのはクリスマスの一回。それも夕食の前には解散してしまうような儚く短いデート。プレゼントの交換とその際のキスを除けば、風に吹かれて飛んでいってしまいそうな淡いお出かけ。

「……もういいじゃん、受験終わったよ? あたし、ちゃんと出来たよ? だから……あたし、欲しいよ」

彼女の瞳が再び潤み始める。

その色は赤や桃じゃない、青みがかった悲嘆の色。

ぞぶり、心臓に刺さる棘が増えて、鼓動の度に伝わる痛みはその量を増した。

「こんなこと言うのズルいって、あたしも分かってるけど……もっとヒッキーと近づきたいし、恋人らしいことしたい……一年我慢したんだもん、もっともっとヒッキーに、愛して欲しいよ……」

彼女の悲しみと渇望は目尻に溜まって、臨界を越えては頬を伝って流れ落ちていった。

ああ、違うんだ。違うんだよ由比ヶ浜。

ズルいのは俺だ、悪いのは俺だけなんだよ。

何時までもお前と向き合いきれず、自分の感情すら心の何処かで疑って、それでもお前を突き放せない俺だけが罪人なんだ。




82以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:41:23.56wXxBmjsv0 (8/36)


「……ごめんな、情けない彼氏で。 本当に……」

「あ、あやまらなくて、いいよ……あたしも、泣いたりして、ごめん、ずるいこと言って、ごめんなさい」

俯いて、鼻声で、ぽろぽろ涙を零しながら彼女は言った。

……もう拒むことなんて出来やしない。

「……分かったよ」

「え……?」

「いいから、泊まりたかったら好きにしろよ」

「あ、ひ、ひっきー……」

ここに至ってもぶっきらぼうで真っ直ぐ言葉をぶつけるのを忌避した言い回しなのに、彼女の溢れ出す涙は量を増して、だがその顔は喜色に緩んだ。

同時に、俺の胸中も重さから解放されて晴れやかに開いていく。我ながらなんと現金な心臓だ。

それに合わせて欲求を認められたと早合点した本能が理性をねじ伏せて過剰なアピールを始める。

確かめたい、彼女の愛と柔らかさを確かめたい、確かめさせろ。そう叫んでいる。

悪いが、それはまだ早い。大人しくしていろ。

そしてそれを由比ヶ浜にも、

「ただし」

「?」

「同じ布団じゃ寝ないし、最悪俺は違う部屋に行く。 それを認めなきゃ、俺は今からネカフェに行って夜を明かす……そこが妥協のラインだ」




83以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:44:06.88wXxBmjsv0 (9/36)


「あ……」

また曇る。

胸が痛む。

何度過つ、何回繰り返す。

でもこうするしかない、そうしなければ先に待っているのは抗いようのない破局……その可能性だ。

悲観的過ぎるし、消極的すぎる。分かっているが、僅かにでも見える破局の影は俺にとって死の宣告に等しい。

「悪いが、万が一ってのは避けたいんだよ……チキンだからな、俺は」

「う、うん……」

彼女がその〝万が一〟を多少ならず期待しているのは分かる。だがそれが愛を渇望するが故の意識なのか、それとも欲を突き動かす衝動なのかは分からない。俺自身が判別を付けられていないのに、他人のそれを理解出来るわけがない。

彼女と同じ部屋で勉強していた時から幾度と襲いかかってきた欲求。

それの何処からが感情で何処までが衝動なのか、その解を得ない限り彼女の肌には触れられない。恐ろしくて、触れることが出来ない。

失敗の傷を過剰に怖れる無力な子供、それが今の俺だった。




84以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:47:15.72wXxBmjsv0 (10/36)


時刻は日付変更間近。

互いに風呂に入って一日の汚れを洗い流して身を清め、後はもう布団に入って眠るだけだ。眠るだけなんだよ性の時間なんてやってこねぇんだよ。それは九ヶ月後だ。

そして灯りの落ちた部屋には寝間着用のジャージに着替えた俺がフローリングの上に転がり、ピンクの可愛らしいパジャマを着込んだ由比ヶ浜は布団の中に身を収めている。ベッドはデカいし重いから追々と考えていたのが裏目に出てしまった。

いや仕方ないんだって、だってこんなに早く来客用の寝具が必要になるなんて思わないもの。俺用のワンセットしか持ってきて無かったんだよ。寧ろ以後泊まりの客は絶無と認識して増やさないまである。

まだ肌寒い三月の夜、流石に掛け物無しでは風邪引き待ったなしなので仕方無くコートをダンボールから引っ張り出して毛布代わりとする。ここ何年か春間近という時期に豪雪で阿鼻叫喚という経験を何度かしてきている為、念のためにと持ってきていたコートに計らずとも助けられた。

枕はさっきまで使っていたクッションを代わりにしている。勿論俺の使っていたヤツをだ。これが小町のだと色々拙いしもし知られた時何を言われるか分かった物じゃないし、由比ヶ浜の使っていたヤツなど論外だ論外。危険が危ない。




85以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:50:11.05wXxBmjsv0 (11/36)


そう、ただでさえ気を使いに使って不測の事態に備えている俺だ。既に想定された危機は俺の身を浸食しつつあり、これ以上の危難やダメージはどうしても避けねばならない。

そう、燃え上がってるんです。

立ち上がってるんです、俺のガンダムが。

正しくは勃ち上がってるんです、俺のRX-78。

これは世界全人種の男性諸兄になら須く理解頂けるだろう生理反応、それこそ脊髄反射のレベルで無意識の内に血液を集めてバンプアップしがちな男の象徴。こいつの前にこれ見よがしに餌をちらつかせたらどうなるか……語るに及ばず。

結局俺達は泊まりを決めて何時間か、互いに座ったまま微動だに出来ず喋ることすら出来なかった。そのまま就寝の時間が近いと察するや既に掃除を済ませていた風呂にお湯を張り、一番風呂を由比ヶ浜に譲ったのだが……これが拙かった。多分逆でも拙い。俺詰んでた。

弾ける水温と部屋に漂う由比ヶ浜の残り香がどうしようもなく妄想と劣情を喚起し、風呂上がりのしっとりとした由比ヶ浜の柔肌と髪の毛は産毛が逆立つほど濃密な色気を振りまいていた。この時点でもう限界まで張り詰めてました。バレないようにするのが精一杯でしたとも。

由比ヶ浜のシャンプーの芳香が充満する風呂場は更に息子の情操教育に悪い環境で、いっそのことここで一発大人しくさせたろかとも本気が考えたが、由比ヶ浜にバレたらそのままリストカットして生命的な意味で果てるまであったので止めといた。俺だって……命は惜しい……。




86以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:53:30.63wXxBmjsv0 (12/36)


……本当はバレる危険を冒してでも、最悪バレてでも下半身への血流を止めなければならなかったと、今コートの中で身を丸めながら後悔している。破局の可能性を何より恐れながら、その可能性の低減と最悪の展開の芽だけは摘んでおかなかったなど笑い話にもなりゃしない。

そしてその最悪の展開の芽が、今まさにその存在を自己主張しているのだ。狼が腹を空かして、はよしろはよしろと理性を煽り急かしている。背中の向かい側に、美味しそうな子羊が無防備に身を晒しているぞ、と。

由比ヶ浜の気持ちさえ考えなければ、今すぐにでもネカフェに行って時間を潰せばいい。その際個室を借りエロ動画でも使って徹底的に放出し切ってしまえば尚善し。問題は、その由比ヶ浜の気持ちを考えないという選択が取れないという点だ。つまり最初から選べない死んだ選択肢だ。

次善の選択肢は別室で眠ることだ。幸い学生の一人暮らしには過分な良い部屋を宛がって貰っていて、男一人の寝室に使うには問題の無い別室があり、俺だけそこで眠ることを提案したら、

「……傍にいてくれないの?」

と涙目になられた(可愛い)ので頓挫した。そりゃ彼女が期待していることを考えれば当然ですよねーですよねー。




87以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 01:57:00.00wXxBmjsv0 (13/36)


モヤモヤとした熱……そうとも言い切れないような湿っぽさを胸中に抱え、寝返りも打てずに丸まって内側に向く力を強める。

這い上がる衝動を堪えて考える、愛とはなんだろう。

中二病を患った者の内にはアレコレ大袈裟に考える人間もいるだろう。それが世界の全てだと短絡的な衝動に繋げて恋愛至上主義へと暴走するリア充も、悲観して打ち捨てて諦観を標榜する高二病もいるだろう。以前の俺は後者に属しながらどちらに対しても陰で唾吐く捻くれた外れ者だった。

今は、少なくともそれを欲しがることを否定できない。寧ろ積極的に欲しいと願っているかもしれない。

だが欲しがっている者の本質はなんだ、それの意味するところはなんだ。ただ欲望が理性を納得させるためにでっち上げる方便なのか。それとも本能がせめて基準をと敷いた感性のレールかルールなのだろうか。

今俺の頭と胸を支配しようとするこれは愛なのだろうか。

大事に思えばこそ傷付けない、傷付かない選択肢は無いと恩師は言った。それがある時期俺の指針と原動力になってもくれた。だがちょっとの傷が感染症に発展しかねないように、ただの骨折が重い後遺症になりかねないように、傷を怖れ、無傷で生きていこうとすること自体間違ってはいない筈だ。実際には無傷で生き抜くことが出来ないとしても、傷を怖れ痛みから逃げること自体は生物の本懐と言ってもいいのではないか。

人間は消耗品かもしれないが、俺は由比ヶ浜という存在を消費したくない。歳経て見目が移り変わっても、由比ヶ浜結衣には由比ヶ浜結衣で在り続けて欲しい。それは過分な願いなのだろうか。愛ではないのだろうか。

ならば彼女を……彼女で気持ち良くなろうという俺の裡の衝動は? ただ可能性や選択肢の問題で手を伸ばしているに過ぎないのか?

何度間違えても問い続ける、それは俺の求める一つの形だった筈なのに、いざ手に入れば間違えることがこの上なく恐ろしい。

それが単なる自身への自己愛の発露だとするなら、俺はそもそも由比ヶ浜を……。




88以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:00:22.69wXxBmjsv0 (14/36)


違う違う違う違う違う、それだけは断じて違う。そこだけは間違っていない。

大切で、抱き締めたくて、でも傷付けたくなくて、そんな身勝手でねちっこくて面倒な願いが偽物であるものか。それを心から信じたいと、そう思うことは決して間違いじゃ――

「……ヒッキー」

暴走し始めた思考を止めたのは由比ヶ浜の声だった。

「どうしたの? さっきから唸ってるけど……具合、悪い?」

深夜という時間帯故か、彼女の声に平時の突き抜けるような明るさはなく、小さく籠もるような声音。そこに心配の色が混じって、彼女らしい優しい響きを醸していた。

「いや、なんでもない……」

気が付けば身に被るコートを握りしめ、皺を作っていた。汗こそかいていないが脳細胞の過負荷が全身に熱を伝えている。

特に下半身が……ヤバい。思考への没頭は一時的に屹立の事実を自意識から隠蔽し遮断したものの、その麻酔が切れた今は過負荷の熱で更に昂ぶり逆に感覚が曖昧になりつつあった。

「大丈夫だからとっとと寝とけ、慣れない寝床でウダウダやってると眠れない内に夜が明けちまうぞ」

ぶっきらぼうに言ったのは諸々誤魔化す目的があったが、恐らく寝返りうってこちらを向いてる彼女の顔を直視すまいと顔を向けずに言ってしまった為、寧ろ突き放す感じで由比ヶ浜には過剰に効いてしまったかもしれない。




89以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:04:04.28wXxBmjsv0 (15/36)


「でも、あたしヒッキーと話したいな……お風呂入る前、緊張しちゃって全然できなかったから」

寂しさが滲み出る、寧ろそれを隠す気のない彼女の声色。

また心臓の棘が揺れる。出勤通学前に寂しがって縋り付いてくる犬を見るのってこんな感覚なのかしら。

「……明日でいいだろ、もう遅いんだから」

「ううん、今じゃないとダメだと思う」

今。由比ヶ浜はそう言った。

「なんで」

「あたしもよくわかんない、わかんないけど……今だって思ったら、次同じことしても『違うんだ』って思っちゃいそうなの」

「……抽象的過ぎて分かんねぇ」

「だよねーあはは……」

誤魔化すような笑い。何時もの由比ヶ浜のバカっぽくて、でも安心する響き。

「でもね」

そこから、凜とした色。




90以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:08:58.31wXxBmjsv0 (16/36)


「あたし、今ヒッキーと話して……ヒッキーに、近づきたい」

ぱさり、多分布団がめくれる音。由比ヶ浜が上体を起こした音。

「近づいて、もっと、もっと、ヒッキーと……」

衣擦れ。多分立ち上がった。

振り向けない。

「もっとヒッキーのこと、知りたい……感じたいよ」

気が付けば、彼女の声はずっと近い。多分もう俺の真後ろに立ってる。

振り向けない。

振り向けない。

マズいんだ。

「やめろ、由比ヶ浜……それ以上は」

「やだ」

声はもう耳元。吐息がかかる。匂いが漂う。

「ねぇヒッキー……こっち、向いて?」




91以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:11:49.21wXxBmjsv0 (17/36)


「無理だ、だから、布団、戻れよ」

ぶつ切りになる俺の言葉。

近い。近い近い。無理だ、これ以上は。

殆ど反射的にコートを巻き込みより強固に丸まる。

焦りに焦る俺の内心を知ってか知らずか、由比ヶ浜は、

「にひ」

と、その表情を容易に想像させる声を漏らすと、

「……こしょこしょこしょこしょ!」

「ひ!?」

……俺をくすぐり始めやがった!

「ちょちょちょひ、おま、ま、やめひ、やめろって!」

「ふふーん、やめて欲しかったコートどかしてこっち向いてよー」

とんでもない実力行使だ、人は苦痛には耐えられても快楽には耐えられないってクランシー柔術の後継者も言ってたしな! なおこれが快楽とは言っていない。

「ふは、はひひ、ひ、ほ、ほんとやめめめめ、やめないと……!」

「やーだー……とりゃ!」

くすぐり慣れでもしてるのか、的確に急所を責めるそのマル秘フィンガーテクニックに俺の鉄壁はあっさり骨抜きにされ、俺は仰向けにされた上コートをはぎ取られてしまった。

あ、ダメだコレ。




92以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:14:35.91wXxBmjsv0 (18/36)


「へへ、コート取っちゃ、った……!?」

コート、取られちゃった。

仰向けにもされちゃった。

もう隠すものないです。

由比ヶ浜も、俺がここまで強固に突っぱねてきた理由を思い知ったろう。主に視覚で。

「やめろって……言ったのに……」

両手で顔を隠す俺、多分可愛い……くない。

コートの下、突き上がって布地でピラミッドを形成するズボン……俗に言うテント状態。それを由比ヶ浜に……よりによって由比ヶ浜に見られてしまった。折しも今夜は月が明るく、差し込む月光は電灯の光がなくても容姿の確認も簡単に行えてしまう。

小町にすら見られたこと無かったのに……もうお婿に行けない……。

これは無様に下衆な興奮してたのがバレて由比ヶ浜に悲鳴上げられてそれに反応した隣室の正義漢にここまで突入されて取り押さえられて警察呼ばれて手が後ろに回ってその気は無かったんですそれでも僕はやってないと主張しても受け入れてもらえず人生詰んでゲームオーバーってパターンだなヒッキー知ってるよ。

最悪の展開、そして最悪な未来を容赦なく脳細胞がシュミレートする中、それでも屹立したままのマイサンが憎らしい……全部、全部お前のせいだ!親の監督責任なんて知ったことかよ!




93以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:17:11.90wXxBmjsv0 (19/36)


「ヒ、ヒッキー……!」

明らかに由比ヶ浜が戸惑ってる……サラバ愛する人よ、俺はもうお前と一緒にはいられないのだ……とか口にも出来ず思考を暴走させていると、唐突に、

〝ツン〟

「!?」

俺のを、由比ヶ浜が指先でつつきやがった……!

「わ!」

突然の刺激にびくりと電流でも走ったかのようなリアクションをした俺に驚く由比ヶ浜。

「お、おま! いきなり何してんの!?」

「え、その……お、男の子って、こんな風になっちゃうんだって、思ったら……」

もじもじ目を逸らす由比ヶ浜(可愛い)……いやいや可愛いけど、でも迂闊過ぎる!

「……なんで、こんな風になっちゃったの?」

そしてこんなこともじもじ聞いてくるんじゃない。俺の中の餓狼が、こいつが出ちまうッッ!

「なんでって、お前……状況、考えろよ」

「?」

首傾げやがったぞ……こういう展開期待してたんじゃないのかコイツ。それとも年若い男女が一つ屋根の下で抱き合ってキスしたらコウノトリがキャベツ畑ってくらいの認識だったの?




94以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:21:03.55wXxBmjsv0 (20/36)


「……か、彼女が、隣で寝ててお前、そんなん……期待しちまうんだよ無意識に、男なら」

そして勢いに乗って言ってしまう、というか言わされる俺。何これ羞恥プレイ?全然気持ち良くないんですけど……。

「きたい……」

期待、と口中で反復する由比ヶ浜は、ようやくそれの意味するとこに思い当たったのか、しゅぼん、と音がしないのが不思議なくらい一気に赤くなって悲鳴を…………悲鳴?アレ?

見やれば由比ヶ浜は耳まで赤くして俯き、そのまま止まってしまう。

予想外の反応だが寧ろ助かった。ここは畳みかける!

「だ、だから止めたろ危ねぇんだって! 俺だって男だしその、勢い任せでお前にって、流石にそれは最悪だろ……ゴ、ゴムもねぇしな! やっぱアレだからネカフェ行ってくるわ! そこでたっぷり出せばもう大丈夫だから待ってろって!」

……明らかに言わなくて良いことまで言ってますね。しにたい。

だがこの勢いは寧ろ今はプラスだ、この状況なら由比ヶ浜も傷付く傷付かないってとこまで考えなかろう。暴走気味でもこのままこれを盾に押し切ってしまえ!

そのまま立ち上がり、着替えも忘れて外に向かおうと意識を向けたところで……右腕に抵抗を感じた。

何時間か前と同じく、座り込んだままの由比ヶ浜が俺の袖を摘んでいる。




95以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:24:31.60wXxBmjsv0 (21/36)


「……し、でも……る?」

赤い耳で俯いて、それでもぼそぼそと何かを。

「あたし、でも、できる?」

ぼそぼそと、何かを

「ヒッキー、じ、じぶんで、しちゃうん、だよね……?」

お前は、何を。

「あたしでも、ヒッキーに……ヒッキーの、して、あげられるかな?」

なにを。

「え、えっち……は、むりって、ヒッキー言ってるけど……あ、あたしも、手なら、あるよ……?」

ナニ、を。

「ヒッキーの、あたしが、シてあげる」




96以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:27:26.15wXxBmjsv0 (22/36)


どうしてこうなった。

今すぐにでも立ち上がって踊り出したい。

でも今踊ると外見的に拙い、何せ……。

「こ、これが、ヒッキー、の、なんだ……」

ゴクリと喉を鳴らす由比ヶ浜の見つめる俺は、布団の上に仰向けで寝転がっていた……下半身裸で。

まな板の上の鯉でもここまで開けっぴろげな状態にはなるまい。比企谷家末代までの恥だ、今すぐ腹切りたい。

……焦燥とか、緊張とか、色々混じりに混ざってあの後俺は正常な判断能力を失った。いやそれは今もなんだけど、不思議と暴走はしなかったしする気も起きなかった。あれだけ俺の精神を揺さぶった狼達は、据え膳は据え膳でも自分達で召し捕る獲物より与えられるペットフードを選んだらしい。この飼い慣らされた家犬どもめ!

でもまぁそれに助けられた感はあるし、何より、

「じゃ、じゃあヒッキー……は、はじめる、から」

由比ヶ浜に、あの由比ヶ浜結衣に抜いてもらえるという状況は、あまりに現実味が無く、故に魅力的だった。




97以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:30:39.74wXxBmjsv0 (23/36)


これなら由比ヶ浜を傷付ける心配もなく俺の性欲も発散出来る、なんて素晴らしい解決法!どうしてこれを思いつかなかったんだ!でも分かってる、多分これ思いついても提案したら死ぬほど惨めになってそのまま自死選んじゃう。ナイーブなんです思春期男子。

だから、この提案が由比ヶ浜からのもので正直助かった……同時に、これ以上ないほど興奮した。その証拠に逸物は触られる前から限界まで張り詰めている。

そんな怒張を見つめる由比ヶ浜は、

「ど、どうすればいいの、かな」

などと真っ赤になって俺に聞いてきた。

自分からすると言っておいてやり方は分からないんですね……知ってたら逆にショックだけど。

「あ、その……最初は優しく撫でる感じで、先っぽとか」

「わ、わかった……!」

ムフー、と分かり易くヤル気の息を吐き出し、由比ヶ浜は意を決して屹立した俺自身に手を伸ばした。

そして、彼女の暖かく、柔らかく、きめ細かい肌をした手が、尖端を、

「ッッ!!!!」




98以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:33:15.16wXxBmjsv0 (24/36)


ビクン。

我ながら情けなくなるくらい、過剰に反応してしまった。

当然由比ヶ浜も驚いて手を引っ込めた。

「あ、ご、ごめんヒッキー! 痛かった!?」

「いや、吃驚しただけだから……気にすんな」

勿論フォローする。いや想い人のファーストタッチってこんな感じじゃないスかね? それとも俺がBINKANなだけ?

「だ、だいじょぶなんだ……良かった」

「ああ……それと、多分続けてるとこんな反応度々するだろうけど、大丈夫だから。 気にせず続けて良いから」

「う、うん」

戸惑いながらも、俺の助言に再び意を決したようだ。

……正直、期待が沸き上がってきてる。

さっきのは気持ちいい、というよりくすぐったくて過剰に反応した感じだったが、性感というヤツがそのくすぐったさの向こう側にあるものだと、自慰経験豊富な思春期男子なら誰もが知っているだろう。

あれほどの感覚が、全部性感に変わるとしたら? それを長く継続的に味わえるとしたら……?

ゴクリ、今度は俺の喉が鳴る。




99以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:36:09.79wXxBmjsv0 (25/36)


「じゃあ改めて……はじめるね?」

幾分緊張が解れたのか、声も表情も僅かに柔らかくなっている。

そして、彼女の指が再び俺に触れた。

「わ」

今度はぴくりと僅かな反応に、由比ヶ浜の方が声を漏らす。

淡くカリを撫でられる感覚がそのまま背筋を通り抜けて全身に巡っていく。

くすぐったい。

くすぐったいが、もうその半分は性感に変わってきている。

「わ、わ……」

俺の反応や逸物の感触が興味深いのか、驚嘆の声は続く。

由比ヶ浜の指先が、指の腹が、掌が、尖端を撫で擦っていく。

ヤバい。ヤバい。ヤバい。

今の時点で、自分の手で握るのとは格の違う感覚。

他人の手というだけで……それが由比ヶ浜の手というだけで、こんな。

「どう? ヒッキー」

俺の目を見つめて、由比ヶ浜が問うてくる。

何時もなら長くて一秒合わせて俺の方から視線を逸らすだろうが、今は照れも恥ずかしさもない。もっと優先すべきものがあって、羞恥など二の次だった。




100以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:39:13.30wXxBmjsv0 (26/36)


「あ、ああ……気持ち、いい、な」

魅惑の感触に途切れ途切れの俺の返答を聞くと、

「そ、そっか……えへへ」

嬉しそうに微笑むと、手の動きが僅かに速くなった。

「あ、う……」

ぶつ切りに伝わってくるようだった感触が、一つに連なり快感の紐になる。

断続的に刺激される逸物がぴくりぴくりと反応するが、俺の助言を受け入れた彼女はそれに構わず俺自身を撫で回していく。その範囲は何時の間にか尖端だけでなく竿の部分にも及び、紐の連なりが帯になって全体が快楽を伝えてくる。

そして、

「あ……先っぽから……」

突如現れたぬるりとした感触にまたビクリと大きく反応してしまう。その感触と彼女の台詞から、先走りが漏れ出したことに気付いた。

だいじょうぶ?

彼女が目で問うてくる。

「それは、その……気持ちいい証拠、だから……それを全体に塗っていくみたいに」

「あ、うん……」

言われたとおり、漏れ出した液体を巻き込んで尖端から竿まで擦るように触れていく。粘着質な水気の感触に、限界と思われた俺の逸物が更に硬く張り詰めていく。




101以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:42:22.83wXxBmjsv0 (27/36)


「……男の人も、ぬれちゃうんだ」

ぽそりと彼女の声。

男の人も。

『も』?

「男の人『も』って、お前」

思わず問うてしまった。だって仕方無いじゃない……。

単なる生理現象の共通項として口にしたのか、はたまたそれは彼女自身の……。

「へ……あー! べべべ、別になんでもないから! 気にしないで!」

あまりに露骨な反応をする由比ヶ浜、そしてその反応は俺に触れる彼女の手にも表れ、撫で回していた指がそのまま俺の竿を握る形になった。

「ぅおッ!」

唐突な圧迫に、今まで一番大きい反応をしてしまう。そしてそれに気付いた由比ヶ浜も、

「あ、ごっごめんヒッキー! い、痛かったよね!?」

流石にこれはダメージになったろうと由比ヶ浜は手を離す。だが……

「ま、待て由比ヶ浜、大丈夫だから……今のも気持ち良かった」

「え、そ、そう、なの……?」

「あ、うん、そうだから……続けてくれ」

寧ろ続けて欲しい。期待感が高まり、もう躊躇もない。

何せ先走りで全体が濡れて、次は待望のアレだからだ。




102以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:45:20.61wXxBmjsv0 (28/36)


「さっきみたいに握ってくれ」

「う、うん」

言われたとおり由比ヶ浜の手が俺の竿を握る。限定的ながら包まれるような感触に背筋がぶるりと震える。が、

「……もうちょい強くて良いぞ」

「こ、このくらい?」

「もうちょい」

言われただけでは俺の反応に解を出せなかったのか、握る力は淡く、弱かった。それでも気持ちいいし高まるは高まるが……折角の機会だ、一番良い感触を求めたい。一番良いのが、欲しい。

「……えい!」

そんな俺の期待に応え、掛け声と共にぎゅっと握り込んでくる。

だが握りつぶされるとか、痛みとかとは無縁な程度。寧ろ丁度良い塩梅だ。

「ああ、それくらいで……それが、いい」

柔らかく暖かな由比ヶ浜の手で、由比ヶ浜の手で、きゅっと圧迫される。たまらない。

そして、いよいよ。

「そしたら……握ったまま、上下に、擦ってくれ」




103以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:48:11.45wXxBmjsv0 (29/36)


「え、それ痛くない……の?」

「いやほら、濡れてるだろ今……それに、これが野郎が自分でするときの定番なんだよ」

「そうなんだ……じゃあ、今からが本番ってことなんだ……」

本番。

その単語。

意図するところが違うのは明白なのに、ただその言葉を使われるだけで、興奮を抑えられなくなる。

「……動かすね」

言葉を合図に、ストロークが始まった。

〝にちゅ〟

「うお、ぉ……」

電気が走った。

本当に冗談でなく、そのくらいの感触と衝撃。

まだおっかなびっくり、確かめるような遅さだが、それでも感じる快楽はこれまで自分でシてきた記憶の中の感触では到底及ばない。

この遅さで、この感覚。

深淵。

底の見えない穴の淵に立った、そんなイメージ。

知りたい。もっと。もっと。

落ちたい。

堕ちたい。

「もっと、速く」

取り繕う気もない短く直截な俺の要求。




104以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:51:21.09wXxBmjsv0 (30/36)


「……うん」

戸惑わず、素直に頷く彼女。

〝にちゅにちゅにちゃにちゃ〟

粘付いた水音を響かせながら由比ヶ浜の手が上下する。

ストロークの度にカリから竿から、背筋へ絶え間なく快感が流し込まれていく。

触れられていた時は一々タッチされる度に敏感に反応していたが、今の連なりきった快楽は寧ろ表皮の感覚を鈍くし、代わりに内側から高まってり満ちていく感覚が膨れ上がっていく。これが限界にまで達すると、それは。

「う、んく、うう、ぐぅ……」

自分でする時などどんなに良くても喘ぐことなどなかったが、今のこの快楽に声が漏れ出ないわけがない。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、はぁ……」

擦る由比ヶ浜も、驚きや好奇心に満ち溢れたような表情から切なげに吐息を漏らす〝女〟の顔になってきている。そして、

「……ヒッキー!」

何を堪えきれなくなったのか、俺の名を呼ぶと半ば飛び込むように俺の隣に添い寝の要領で寝転んできた。



105以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:54:31.99wXxBmjsv0 (31/36)


「う、わ……!」

密着し、半身で彼女の身体の柔らかさを感じ取る。また硬直が増す。

「ひっきー、ひっきー、ひっきー、ひっきー……!」

何処か呂律が妖しくなり、擦る度に俺の名を呼び始める。それがまたどうしようもなく昂ぶらせる。

気持ち良い。

気持ちいい。

きもちいい。

出したい。

出したい。

だしたい。

ださせろ。

くっつく由比ヶ浜の体温と感触、同時に更にスピードの増したストローク。

〝にちゃにちゃにちゅにちゃにちにちみちゅみちゅ〟

更にに溢れ出してしととに逸物を濡らす先走りと、加速と比例して淫猥さを増す粘質の音。

張り詰めて、充ち満ちて、逸物はもう弾け飛ぶか溢れ出すしかない。




106以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 02:57:09.23wXxBmjsv0 (32/36)


落ちている。

堕ちている。

限界だ。

げんかいだ。

「ゆい、がはま……も、でる……!」

「ひっきぃ……出ちゃうんだ……だしちゃうんだ……!」

「お、う、でる、から、とびでる、から……てぃっしゅ、てぃっしゅを」

もうお互い呂律がまともに回らない。辛うじて用件だけ伝えるのが精一杯。

それでも意は伝わって、しかし彼女は、

「いいよ……だして、いいよ……」

ティッシュを使わず、空いていた左手で俺の尖端を包み込んだ。




107以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 03:00:14.68wXxBmjsv0 (33/36)


「お、ゆ、ゆいがはま!」

擦られる俺自身が見えなくなる。彼女の両手に包まれて、見えなくなる。

包まれる。先から竿まで余さず。

全体を暖かな感触が覆う。

それは、由比ヶ浜の〝中〟を、想像させるに充分で。

「あ、でる、でる、でる!」

最後の一線を、急加速で走り抜けた。

「あ、あぁぁ、ぁぁ」

目の前が真っ白に……そんな錯覚。

上半身の感覚に使われているリソースが全て下半身へ集中し、そのまま、

どぶり。どぶり。

彼女の手の中に白濁を吐き出し始めた。

「うわ、わ、わ、わ、わ……」

熱に浮かされた声で受け止める感覚を伝えてくる由比ヶ浜。

熱さが尖端から抜け出ていく度、堪えようのない快楽が暴れ回って自我を削った。

どぶり。どぶり。

びくり。びくり。

処理の追いつかない強烈な感触は、彼女のストロークが止まってもその残滓を求めて腰を上下に動かさせた。

今まで自慰では、自慰くらいでは感じられなかった長く大きな射精と、それに伴う悦。

これを求めていた筈の本能も、その強烈さに耐えきれず理性と一緒に何処かへ消え去っていた。




108以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 03:17:23.95wXxBmjsv0 (34/36)


放出の余韻にぴくぴくと痙攣し、残った甘い痺れを堪能する。

何時の間にか射精は終わっていて、それを認識すると余韻はそのままに全身が深い疲労感に包まれ意識を曖昧にした。

「ゆいがはま……?」

傍らの柔らかさが消えていたことに気付き、ふと視線を上げると彼女は両の掌をじっと見つめていた。

「これが……ひっきーの……」

掌には、俺が放出した白濁。

彼女はそこに顔を、鼻を寄せた。

「すごいにおいがする……」

平時なら心臓が跳ね上がるような行動と言葉にも、多くが抜け落ちた今の俺にはどうも実感が湧かない。

「ん……」

そして彼女は、そのまま手の上の精液に舌を寄せ、舐めた。

ぴちゃり。

「……へんなあじ」

顔を顰めて暗に不味いと言うが、それでも彼女は舐めるのをやめなかった。

ぴちゃぴちゃと音を立てながら俺の吐き出した欲望の証を舐めきるのを、俺はボーッと見つめていた。




109以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 03:21:26.91wXxBmjsv0 (35/36)


その後は二人してシャワーを浴び直し身を清め、今度は由比ヶ浜の要望により同じ布団で眠りにつくことになった。

もう狼の影はなく、全身を包む気怠い疲労感が再度の欲望の隆起と理性の細かな思考を奪い取っていた。

さっきまで忙しなく動いていた脳細胞のいずれもが動きを止めている。

俺だけでなく由比ヶ浜も、布団に入って、ぎゅっとくっついて、互いの身体の熱や感触を感じても、無言。

そのくらい強烈な体験で、そこで吐き出し切ったのか本能は性欲と繋がらず、そういえば昼間から引っ越しで疲れていたと今更思い出し、もう由比ヶ浜のことを気にする余裕もなくあっという間に眠りの闇が這い寄ってくる。

眠る寸前、眠気と疲労で曖昧になる意識は本能が去って尚胸の中に残った何かを知覚したが、それが何なのか認識する思考も無くしていた俺は睡魔に抗えず、夜闇に意識を融かしていった。



110以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 03:23:11.29wXxBmjsv0 (36/36)

これにて今夜の投下分、第一話終了です。
流石にちと眠いので次回投下予定等はまた後で。


111以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 03:54:24.10+ApNVEyUo (1/2)

乙です
素晴らしい…


112以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 08:05:45.80Fir6JMUzo (1/1)

すごい引き込まれてくね
たくさん見たい!



113以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 19:20:08.63wXxBmjsvo (1/1)

どうも>>1です。
突貫作業だったとはいえ誤字多いし最後の方無理矢理感強いしで反省中。

内容がもうイチャエロじゃねぇって感じですがこういう流れは三話までになると思うので暫しお付き合い下さい。
次回はまた一週間以内、早ければ二、三日って感じで。



114以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 19:47:04.53+ApNVEyUo (2/2)

待ってる
頑張って


115以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/05(土) 21:49:34.359dturrG2o (1/1)

期待してます


116以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 18:34:24.46ibCNzLDXo (1/2)

どうも>>1です。
二話のプロットと執筆を並行で進めてますが、また果てしなく長くなりそうなので
暫くは二分割三分割って感じではなくキリのいいとこまで書いたらその都度投稿って形になりそうです

いやエロスレなんて皆オカズ目的だって分かってるんだけど、でも本番に至る過程ばかり力入っちゃうんですよね
セックスは挿入より前戯が重要だってばっちゃが言ってたから……

とりあえず今晩22時以降投下出来るかもなので期待せずお待ち下さい


117以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 18:39:56.66sIA4s3Ywo (1/1)

期待してるー


118以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 19:00:44.71OUVtTg4Mo (1/1)

期待


119以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 20:42:01.77CyAbWzV8o (1/1)

俺も過程好きだよ 期待してる


120以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:24:24.81ibCNzLDXo (2/2)

どうも>>1です
23時半から投下予定です

今回は
・エロ無し
・オリキャラあり
・ガハマさん出番少なし
の絶望三本立てでお送りしますすみません許して下さいなんでもしますから

オリキャラと言っても精々今回と次回くらいにしか出番のないモブみたいなものなのでご容赦


121以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:30:44.82ibCNzLDX0 (1/7)


一年、特に前期の講義は大半が必修科目で、何処に行っても見た顔見た奴ばかりで辟易する。だが実際には顔も名前もハッキリ覚えちゃいないのがぼっちの仕儀。

だだっ広い講義室で誰とも隣合わずぽつぽつ疎らに座る学生達を前に教授か講師が静かに話を進める……そんなものが大学の講義に対するイメージだったのだが、現実には既に作られたグループが広範囲に渡って座席を占拠し、講義の最中もひそひそ雑談を続ける高校までと変わらない教室模様がそこにはあった。寧ろ席を指定されていない分その自由混沌ぶりには磨きがかかっていると言ってもいい。

当人達は後部座席で声を潜めバレないよう振る舞っているつもりだろうが、ぶっちゃけ会話隠れてないからね聞こえてるからね? コーギツマンネーとかキョージュブサイクーとか教壇の教授まで絶対届いてるからね?

しかしそのキョージュ殿はそんな様子も慣れたものと言った感じで無視し、淡々と講義を進めて行く。教育だか教室の崩壊が叫ばれて久しい昨今、教職の人間もああいう鋼の面の皮とかメンタルじゃないとやってられないんだろうなぁ。

面の皮の厚さでは俺も負けてはいなかろうし俺には教職が天職か? でも卒業したらもう二度と学校なんかにゃ関わりたくないしそもそも働きたくないので淡い夢は妄想の内に溶けて消えていった。人の夢と書いて儚いと読む、どこか物悲しいわね……あの世界って使用言語日本語だったのか……。

益体のない思考を走らせながら同時にペンも走らせる(見た目は)真面目学生の俺。というか必修科目落として再履修とか殆ど留年に等しい苦行なので万が一にも落としたくない。理数系科目どうすっかなー、なんで文系なのに(基礎だけとはいえ)理系科目があるんだろうなーしねばいいのに。

そんな自動書記的授業対応も幾十分と進み、教授の話が途切れて教科書を纏め部屋を出て行くのと終了のチャイムが鳴ったのが殆ど同時だった。教授パネェ。ここまで時間を読み切った上での講義だったというのか……!




122以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:33:58.62ibCNzLDX0 (2/7)


そんな教授の妙技に心中ウムムと唸っていると、ひそひそ話の規模が一気に広がり騒がしいを通り越し喧しいレベルまで拡大される。うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ……人数増えた分だけ高校の時より鼓膜に響く。いやお前らこんな中で本当に会話出来てんの? 相手の声聞こえてる?

人の少ない前部座席に座っていた俺は教科書ノートを纏めながらチラと視線を後部へ向けた。比較的地味で真面目そうな面々の集中した前部と比べれば五月蠅くも明るい後部……髪の色も明色なので物理的に明るかった。二限目が終われば次は昼休み、何を食べよう何処に行こうと盛り上がっている。

その一画、見知った茶髪が騒ぐ学生達の中心で談笑している。ご存じ由比ヶ浜結衣である。

結局必修科目の講義風景が高校の延長線上だったように、大学でも俺達の在り方はそう変わっていない。俺は独りで講義に集中し、彼女は仲間に囲まれてわいのわいのと宜しくやっている。

当初由比ヶ浜は俺の隣に座っていたのだが、誘蛾灯に惹かれてやってくる夏の虫共の如く由比ヶ浜の回りにフラフラと頭の悪そうな学生達が集まってきて、そこで上手く応対する彼女とどもって引きつる俺の明暗分かれ、その空気に耐えられなくなった俺は講義中は離れようと提案したのだ。

勿論由比ヶ浜は悲しそうな顔をして寂しいよ一緒にいたいよと非常に可愛らしくいじらしく男の心臓を破壊するハートブレイクショットをブチ込んできたわけだが、それでも俺と一緒にいることを選ぶならそれは彼女の交友関係を制限することになりかねない。学生の在り方が少なくとも現時点で高校とそう変わらない以上、俺と一緒にいることで彼女の明るい学生生活が阻害されかねないと言うなら、俺の行動指針が高校時と変わらなくなるのは必然だった。

思い出されるのは彼女とクラスメイトだった時分、苛烈な女王様の周囲に侍る野花のようだった由比ヶ浜の姿。当時のキョロ充だった由比ヶ浜にも人目を惹く何かがあり、それ故に三浦に見初められたわけだが、今学生達の中心にいる彼女の醸す空気はその頃とは明確に違う。




123以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:37:10.80ibCNzLDX0 (3/7)


華がある。

というよりも由比ヶ浜自身が華だった。

背が低くて視線を下げなきゃ目に留まらない雑花じゃなく、何処の誰の視界にも入ってくる高貴な花弁と漂う芳香……という程の気品は無いが、それでも人を惹き付ける輝きと存在感を確かに感じる。本来の彼女というより、これが由比ヶ浜の成長の形なのだろう。

自己主張出来なかった彼女はその意志を改善し、今では主張するまでもなくその存在が周囲の心を引き留める。

もしこれが何時かの生徒会選挙の時に見られたら、彼女は本当に勝ち抜いて生徒会長になっていたのでは……そんなifを想起させるに充分な光。

眩しくて、目を逸らすしかない。

だが逸らそうとした寸前、彼女の視線が前を向いて目が合ってしまう。

にこり微笑んで手を上げる由比ヶ浜に俺も適当に手を上げ返すと、纏めたノートと筆記用具を鞄に仕舞い、由比ヶ浜の反応を確認しない内に足早に部屋を出た。

また心臓に刺さった棘から痛みが走る。

自分で選んだことなのに、隣に俺達がいなくても輝く彼女を見るのは無性に辛かった。




124以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:40:17.46ibCNzLDX0 (4/7)


人と活気に溢れる大学と言えどそこが社会の縮図であるならば陰が出来るのは必然……人間の集団の話ではなく、物理的な場所の話である。

有り難いことにかつてのベストプレイス同様人の寄りつかない一画があり、ここにはベンチだって幾つもある。違うのはそれでも何人か先住民がおり完全独りのぼっち状態にはなれないことだが、志を同じくする者達であることは空気で分かる。ぼっち同士は干渉し合わない、つまりいてもいなくても同じ。なんて素晴らしい意識共有……相互理解や対話にGN粒子なんていらんかったんや!

そんな大学の暗部、生ける屍達の住まう現代の墓場は入学から二週間を過ぎる頃には俺の居場所として定着していた。つまり俺も現代のゾンビの一人なのである。ブードゥーでも信仰しようかしら。

そんな草むした墓(土地―沼・森)にも春らしい暖かな陽射しや爽やかな風は入ってくる。自然天候は老若男女金持ち貧乏問わず平等に与えられる資源だ、勿論ぼっちにも優しい。昼飯のお供には良い塩梅じゃないかと少しだけ気分を良くして予め買っておいた惣菜パンとマッ缶で空きっ腹を慰める。

マッ缶の過剰な糖分が脳に行き渡るが、ネガティブ入ってる思考は改善されず気分は晴れない。ぼっちは常にネガティブだがそれでもメッゾネガティブかネガティブかってくらいには判別出来る。決して五十歩百歩ではない。

今頃由比ヶ浜は俺を捜しているだろうか……いや、腹を空かせた取り巻きに引っ張られ強引に学食にでも連れ込まれている気がする。

彼女も流されず人付き合いを選べるようになったろうが、それでも俺のように集団の意とは無縁とばかりに我が道を往く選択は出来ないだろう。友達と恋人とどちらを優先するでなく、きっとどちらも優先したくて積極的な選択は出来ないのではないか。寧ろそれでなんとかなってしまうような天分天運を持っているのが由比ヶ浜結衣という人間だと思う。




125以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:43:21.27ibCNzLDX0 (5/7)


疎らに白い雲が散っている晴れの空をボーッと見上げる。

ポケットからは振動も音もない。当たり前だ、ここに来るまでスマホはバイブさえ切ったサイレントモードにしてある。ぼっちのベストパートナー足るスマホを取り出していないのは由比ヶ浜からのメールや着信履歴が山と積もっているのが確実だからだ。

大学の講義が高校までの授業と現時点で大差ない、ということはまだ良い。それでも確実に環境は向上しているからだ。だがそれ以上に人間関係、それも誰より親しくなった人間とのことでこうも悩むとは思わなかった。

俺と由比ヶ浜の住む世界が違う、なんてことは幾度と考え思い知ってきた事実だ。それでも俺達はなんとかやって来れた筈だった。彼女が進学先を俺と同じくし、そしてその道を勝ち取ったことは俺だって嬉しかった。こうして自由と怠惰のユートピアである大学へ、大切な人と肩を並べて進んでいけるのだと。

現実は、俺と彼女が別世界の人間であることをじくじくとした火傷のような痛みで思い知っただけだ。

……俺が今の住居へ引っ越したあの日以来、由比ヶ浜の泊まりを許したことは無い。あの日の続きをと俺自身期待はしていたが、未だ俺の中で彼女と真の意味で向かい合う決意は出来ず、解は出ていない。そんな状態で彼女と密着することは何より待ち遠しく、でも何より怖かった。

由比ヶ浜は確実に変わっている。俺との関係、その変化を前向きに捉え、そうあろうとしている。

だが俺はどうだろうか。何時まで俺は俺で在り続けることを選んでいられるのだろうか――




126以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:46:43.64ibCNzLDX0 (6/7)


と、果てしないネガティブスパイラルに陥った思考が途切れる。空気が変わった。

視線を下げれば学生ゾンビ達が何人も消えており、残った数人も今まさにこの場を去ろうとしているところだった。

もう昼休みが終わるのか、そんな時間感覚が消えてしまうくらい思考に没頭していたか――時計を確認するより前に蜘蛛の子が散った原因を目視した。明らかに場違いな二人組の男が墓場に踏み込んできていた。片方はくすんだ金に頭を染めて見た目からバカ・アホ・チャラいの三種の神器を備えた如何にもウザそうな不良学生、もう片方は一目でスポーツマンだと分かるような恵まれた体躯とゴツいながらも整った顔をした如何にも真面目で鬱陶しそうな優等生風だ。

それぞれキョロキョロと何かを探すように首を振っていたところ、頭の悪い方(確定)と異邦人を観察していた俺とで目が合った。

すると頭悪いのが真面目なのに何かを話してから揃って俺を見て指差し……ってちょっと待って、何俺目的? 身体? 身体目当てなの?

話は直ぐに纏まったらしく二人して俺へと踏みだしながら、

「よォー! 『ヒッキー』てお前だべーッ!?」

と、これまた死ぬほど頭の悪い声で頭の悪い言葉をかけてきた。ウゼェー!

やがて俺の目の前に二人揃うと頭悪いのが俺を指差しながら横の真面目なのに向かって、

「ほれゆいゆいの言ってた通り目がアレっぽくて超ネクラって感じじゃん? 間違いねぇべよォ!」

などと失礼極まりない暴言を吐きやがりました。いや否定出来ないんだけどね、だけどもちっと知性を感じさせる言い回しでお願い出来ませんかね類人猿。




127以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/06(日) 23:50:11.90ibCNzLDX0 (7/7)


「おい猿渡、あんまり失礼なことを言うんじゃない……悪いな色々、確か……ヒキタニ、でいいんだよな?」

真面目そうなのは見た目通りのバリトンボイスでバカを諫めると陳謝もそこそこに俺が探し人かどうか確認してきた。こっちは話も通じそうで好印象……の筈が名前のとこで一気に株暴落だよ。リア充は俺の名前間違えるってジンクスでもあんの? ヒキタニさんが学内にいたらどうすんだよ。あと猿渡ってちょっとイメージと合いすぎませんかね。

もう訂正するのも面倒だし関わり合いになりたくないしとっとと用件済ませて欲しいので一々口は挟まない。何より「ゆいゆい」が指す人物が容易に想像出来るから一刻も早く退散して男子トイレ辺りに引きこもりたい。

「……そうだけど、何?」

「『そうだけど、何?』ってお前こそ何よ! マジ受けるわ! ッベーよこいつマジッベーよ! 牛山、こいつマジだよマジ!」

どの辺がツボに入ったのか、猿渡とかいうお猿さんは腹を抱えて笑い始めた。ちょっとこの人何、何なの。誰か警察呼んでよ。そんで俺を不審人物ってことで連行してもらって物理的にアレとの距離取らせてよ。あと牛山ってのもイメージ通りかもしれない。イケメン牛。

「いい加減にしろ猿渡!……本当にすまんな。 改めて俺は牛山、隣のが猿渡、両方今年の新入生だ……よろしく」

「あ、あぁ、よろしく……まぁそれはいいから、早く用件頼む」

牛山君は礼儀正しく話も通じる感じで好印象ですね、友達になってあげてもいいかも……向こうから願い下げだって分かってるけど。




128以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:00:17.13ifgaMc000 (1/8)


「そうそう用あんだよ用! お前さ、明日から昼は学食来いよ!」

「は?」

「だから猿渡、もう少し丁寧に言え……まぁ、でもコイツの言うとおりだよヒキタニ。 明日から昼は学食で俺達と一緒に食べないか?」

「……なんで」

「『なんで』って、お前マジスゲーわ! 本当マジ! マジじゃんお前! パネェって本当! ありえねーわ!」

何この壊れたテープレコーダー……決まり切った単語しか口にしないと思ったらパターンや配列変えてくるとかこの壊れ方は新しいな。全く有り難くない。

しかし俺、入る大学間違えたか? こんなのが入学できる大学ってお前……結構偏差値高いと思ったんだけどなー俺も割と受験勉強頑張ったんだけどなー。でも由比ヶ浜が入学できるくらいだから実はお察しレベルだったの……?

「猿渡、少し黙ってろ。 なんだ、その……由比ヶ浜が、お前のことを気にしているみたいだったからな……こんな所で一人で食べるより、皆で一緒の方が良いだろう?」

由比ヶ浜。

矢張り、という感想しか湧かない。お猿さんが「ゆいゆい」などと懐かしくレアな呼び名を出した時点で察しはついていた。ヒキタニさんはいるかも知れないが、苗字と名前が頭に「ゆい」が付く学生が由比ヶ浜以外にいるとは考えづらい。

そしてもう一つ合点が行く。どれだけ今の状態に不満を持っていようと、由比ヶ浜も一応は今の大学内での距離感には納得してくれた筈だ。高校の時分もカーストの違いを気にする俺を察して、部室以外での接触は極力避けることには協力してくれていたし。

故に猿が由比ヶ浜の存在を臭わせた時点で、あいつが学内で俺との接点を積極的に増やそうとはすまいと疑問に感じていたのだが、どうやら由比ヶ浜の取り巻きらしいこの二人が独断で俺を由比ヶ浜と引き合わせようとしているらしい。それなら納得はいく……が、大きなお世話だ。本当に。




129以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:04:10.27ifgaMc000 (2/8)


「……ほっといてくれ、俺は別に由比ヶ浜とかお前らと一緒に飯を食いたいとは思わない」

俺は他人と仲良くなる方法を上手く実行出来ないだけであって、嫌われる前提でなら幾らでも好きに振る舞える。よってここは突き放すに限る。あと由比ヶ浜にも迂闊にヒッキーって単語出すなと言っておかねば。引きこもりの知り合いがいると思われたらどうするつもりなんだあいつ。半分合ってるけど。

「いやいや一人で食うとか流石にありえねーべ? 友達と一緒に食わねーとかマジでありえねーから」

「その友達がいないし、作るつもりもないんだよ」

「は? 何言ってんの? 友達いねーとかありえねーこと言ってんじゃねーって、面白くねーからそのギャグ」

……ギャグのつもりないんですけど。友達って内蔵とかの重要器官なの? 友達欠損してると五体不満足とかそういうアレなの? これは障害手帳ならぬぼっち手帳待ったなしですわ、ぼっちであれば国の補助で生きていける時代……それはそれで悪くないな。

「猿渡、そこは、その……察してやれ」

「……あ、友達いたのが死んじゃったんだろ! そりゃ友達いないわなつらいわなー、ごめんよヒッキーくんよォー」

「そうじゃなくてだな……」

猿くんの凄まじさに思わず頭を抱える牛山に同情。そのバカっぷりにちょっとだけ猿くんと戸部を重ねていたが、バカでも良い奴であることに疑いの無かった戸部ともまた違う……そも人と猿を比較すること自体が間違いだったか。戸部も猿レベルじゃないかってやかましいわ。

そうなるとこの牛山は葉山ポジションか? こいつもスポーツマンっぽいし、顔立ちも悪くは無いし……だが正に王子様の風格だった葉山と比べるとゴツくて男っぽい牛山は女性受けの点では幾分劣るか。そこはちょっと好感度アップだな。あと999回好感度上がったら学食行ってやろう。




130以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:07:39.12puy8J0JL0 (1/1)

ベクターかよ


131以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:08:28.15ifgaMc000 (3/8)


「……とにかくだ、あまり由比ヶ浜を心配させるんじゃない。 お前の名前を出す度に少し落ち込んだ感じになっているんだぞ、彼女は」

〝ズキン〟

棘の痛みがまた走る。

彼女が俺の提案を飲んでも、それを内々に処理しきれないことなど容易に想像が付いたはずだった。何処か迂闊さの抜けない彼女が、約束を守っているつもりでもふと俺との繋がりを口にしてしまうことも。

その原因が俺の逃げ腰と逃げ足にあるということも、俺は痛い程知っていたはずなのに。

「……由比ヶ浜が何言ってたか知らんが、お前らには関係無い」

それでも、俺には突き放すことと逃げる以外に打てる手がない。どうしようもなくそういう人間だから。

言い終えると同時に俺は立ち上がり、中身の残ったマッ缶を持って二人に背を向けた。もう話すことも聞くこともない。

「おい、ヒキタニ……!」

「ちょ、そりゃないでしょヒッキーくんよォー! ゆいゆい可哀相じゃんよ!?」

明確に拒絶の言葉と空気を吐き出した俺に追いすがることはせず、二人はただ俺の背中に批難の色を込めた声をかけるに留めたようだ。

ウザいし鬱陶しいしもう二度と関わりたくないが、それでも由比ヶ浜の周囲にいるのがこういう気を遣える優しい人種であったことに心中でホッとし、感謝の念を二人に抱いて俺は墓場を後にした。




132以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:12:36.73ifgaMc000 (4/8)


午後からの講義は二つで、先の一つがまた必修。後者は一年前期では数少ない選択科目で、由比ヶ浜は履修していない。

入学前から口を酸っぱくして俺を履修の理由にするなと言っておいた成果だろう。これは別に今の状況を予想してのことではなく、親しい人間の有無で履修科目を選ぶべきでないという至極真っ当な観点からである。

そして件の由比ヶ浜の今日の講義は午後一発目の三限で終了の筈だ。彼女は俺との帰宅、引いては俺の部屋へ上がりたがるだろうが、あの騒がしさやノリから察するに取り巻きはきっと駅前にでも遊びにいくことを提案するだろうし、由比ヶ浜もそれに乗ってしまうだろう。何事も優先順位通りに事が進んだり選んだりは出来ないとは彼女も知っている筈で、全てはタイミングの問題なのだ。

……今日は半ば意図的に由比ヶ浜との接触を断っている。一緒にいたのは通学時くらいのもので、後は二限終了時のやり取りしか彼女とコミュニケーションを取っていない。墓場を離れた後に確認したスマホには案の定由比ヶ浜からの着信とメールが届いており、彼女らしい顔文字絵文字でデコられた装飾過多の文面で「教室出る前に声くらいかけてよ」だの「無視しないでよー」と可愛らしく俺の態度を糾弾するその内容に少しだけ胸中の黒雲が晴れるのを感じ「すまん、後で埋め合わせはする」とこっちはそのままの文面で返信した。

その「後」は少なくとも今日ではなく、何時になるか俺自身でも分からなかった。俺は無責任に引き延ばされていった何時かのデートの約束を思い出し、薄くなった雲がより一層密度を増して胸を覆っていくのを感じていた……。




133以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:16:27.83ifgaMc000 (5/8)


のだが、

「あ、ヒッキー! やっはろー!」

……四限が終了し講義室を出た俺を待っていたのは、件の由比ヶ浜結衣その人であった。

「いやお前、なにしてんの?」

「なにって、ヒッキーのこと待ってたんじゃん」

「……遊びに行ったんじゃないのかよ」

「え? 確かにカラオケいこーって誘われたけど、ヒッキーと一緒に帰りたいから断っちゃった……よく知ってたね、誰かと友達になって連絡貰った?」

「ねーから、単にお前と取り巻きのバカさ加減なら講義終わってからは遊び一択だろって予想しただけだから」

「ま、またそんなバカにすること言うし!」

「まぁ由比ヶ浜がバカなのは事実だから置いとくとして」

「置いとかないでよ! ここにちゃんと受験して合格してるんだし、あたしもうバカじゃないんだからね!?」

「一旦定着したイメージを覆すのって難しいんだよ、もう諦めろよバカ」

「説得するつもりならもっと丁寧にやってよ!」

俺の軽口にぷりぷりと怒る由比ヶ浜。二年前から変わらないやり取りに、俺は冷え切った心が芯から暖まるのを感じていた。

気が付けば雲は散って、俺の胸は平静を取り戻している。本当、自分でも嫌になるほど現金な心臓だ。




134以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:20:42.98ifgaMc000 (6/8)


「……いいのかよ、お前」

「え、なにが?」

「何がって、誘われたことに決まってる……お前のグループなんだろ?」

「あたしのって、そんなことないと思うけど」

「あれは誰がどう見てもお前の為のグループだろ、自覚ないのかよ」

「んー、分かんないけど……でもそれより、見ててくれてるんだ、ヒッキー」

「いや見てない、断じて見てないから」

「今更誤魔化したってもう聞いちゃったもん……えへへ、ヒッキーありがとう」

「み、見てもねぇのに感謝なんてしてんじゃねぇよ、やっぱバカだろお前」

「そういうバカならあたしバカでもいいよ……今日ヒッキーの部屋寄って良い?」

「……泊まりは無しだからな」

「むぅ……今日のところはそれでもいいよ」

「今日のところは、か」

「うん。 今日のところは、ね」

想いを受け入れ大切な人と定めた癖に、何かあれば直ぐに突き放して距離感を計り直そうとする。でも離れれば離れるほど思い悩み、彼女の方から近づいてくると心が沸き立ち踊り出しそうになるくらい嬉しくなる。こんな都合の良い醜い感情を愛と呼ぶのか。呼んで良いのだろうか。

そう認めたくない反面、それを認めて肯定出来たらそれはどれだけ素晴らしいことだろうかとも思う。そしてきっと、それこそが俺と彼女を隔てる壁で、その差が俺と彼女のすれ違いなのだろう。

何時か、これを肯定して前へ進める日が来るのだろうか――彼女の温もりを隣で誰よりも感じながら、理性と本能の矛盾は何時までも俺の中で燻っていた。




135以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:24:31.46ifgaMc000 (7/8)

というわけで本日投下分終了です
キリのいいとこで~とは言いましたが、このペースなら三分割くらいで済むかも……済んだらいいなぁ

筆が乗ればまた明日の同じ時間帯に投稿できるかもですが、詳しくはまた明日の報告をお待ち下さい


136以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:25:48.56ifgaMc000 (8/8)

あと冒頭に今回のサブタイ入れ忘れてました申し訳ありません
今回のサブタイは「②由比ヶ浜結衣は触れて欲しい」になります


137以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 00:56:32.84oZh8U7Axo (1/1)

乙です!


138以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 01:10:46.56pJif+Q9Jo (1/1)

乙ですー


139以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 05:34:12.25LALlV3DE0 (1/1)

最初の投下で見る気なくしたわ


140以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 06:46:57.95oyzVwH+so (1/1)

乙!
続き待ってる


141以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/07(月) 19:44:46.65Icy5LoFuO (1/1)

>>139 つべこべ言わずに出てけばいい


142以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/08(火) 22:53:37.06197Jugzvo (1/1)

どうも>>1です
あんまり書き溜め進まず今日はちょっと無理っぽいかもです
奇跡的にキリのいいとこまで進むようなら投下アナウンス出しますが、多分明日の昼か夜になるでしょう
いずれにせよ期待せずお待ち下さい


143以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/08(火) 23:31:52.16de+QGBBvo (1/1)

はーい


144以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/08(火) 23:40:30.87DdCvjpzpo (1/1)

期待はして待ってる


145以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/08(火) 23:48:43.00/7MlhsZqo (1/1)

期待


146以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 18:36:06.01drvI9ANeo (1/1)

どうも>>1です
やはり遅々として書き溜めは進まず、今日の投下分はちょい短くなりそうです
悪いのは時間泥棒のデレステであって>>1ではありません……ゆ、ゆるして

22時か、23時に投下予定なので時間までお待ち下さい


147以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 18:37:32.70WMOV7HV+o (1/2)

いいね


148以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:22:15.38drvI9ANe0 (1/11)

お待たせしました、今から投下開始です
またも色気の無いエロスレにあるまじき展開ですが暫しお待ちを……!


149以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:25:26.63drvI9ANe0 (2/11)


今日も今日とて必修科目の時間は過ぎ、二限が終われば昼飯時。

空きっ腹を抱えて何時ものように墓場へ向かう……ところなのだが、今日は生憎雨模様。

雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことだ……記憶の喪われた町で黒尽くめの交渉人はそう言った。雨の中、屋根の無い場所で食事する人間がいてもいい。自由とはそういうことだが生憎俺にはずぶ濡れになりながら飯を食う趣味はないので別の場所を確保しなければならないのだけど……何処に行ったものやら。

今日の雨は今年度初、つまり俺にとっても入学後初の降雨。これまで天候に恵まれたお陰で雨天時の飯場を探す必要は無かったのだがこれが迂闊もいいところ。これから四年間ずっと昼飯時に雨が降らない保証なんて無かったのだから、こうした時に備えて予め場所の検討はしておくべきだったのだ。

こそこそ由比ヶ浜とその取り巻きに見つからないよう盗賊ギルドも吃驚な隠密スキルで部屋を脱した俺(シャドウハイチュウ)は屋内で丁度良い食事場を探してあちこち流離ったわけだが……考えが甘かった。雨なんだから俺以外に屋外で飯食ってた連中も屋内に逃げ込んでくるのは当たり前で、テーブル付きのスペースは愚か椅子しかないような場所ですら軒並み占拠されていた。

これが中学高校であれば、席を離れてさえいなければ最低限自分の机というパーソナルスペースの確保は出来ていたのだが、ここは自由を冠に頂く弱肉強食の大学世界。時間や人の都合を付けられない弱者は飯(の場所)にすらありつけないのだ。




150以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:28:35.32drvI9ANe0 (3/11)


ちなみに学食は端から考慮の外だ。そも屋根付きの食事スペースと言えば学食であり、入学間もない頃由比ヶ浜と一緒に訪れた学食はそりゃもう人人人の波。肉壁。同じ事を考えた新入生諸氏とかまだあどけない彼らをサークル勧誘やらナンパで拐かそうとした先輩方も多く居たのだろうが、今日が雨ということを考えれば先日とそう変わらない混雑が予想された。

ちなみに由比ヶ浜はそんな上級生の卑しい勧誘の嵐にあって辟易していた。俺も彼氏らしく彼女の盾になろうと奮闘したが、最初から俺のことなど視界に入っていないか存在を脳が認識していないくらいの扱いだったので役には立たなかった。比企谷君ふっとばされたー!というメッセージすら出なかった。理不尽。

……学食を忌避する理由は、その由比ヶ浜が理由でもある。

先週墓場に訪れて俺というゾンビ・グール・僵尸を善意か何かで光の下に引っ張り出そうとした牛くん猿くんの言を信じるなら、俺の予想通り由比ヶ浜は学食で昼を済ませているらしい。余計に顔を出せない。どうでもいいけど牛くん猿くんって響きが何処ぞの黒子じみたお笑い芸人っぽい。パ○ット☆マペッ○。

かつてはクラス内のトップカーストグループに属していた由比ヶ浜とグループどころかそのカーストにすら弾かれていた俺に接点はなかった。それは互いが互いを個として認識した後も変わらなかったが、それでも課外活動というクラスの縄張りの外で俺達は交流を持ち、それは俺の彼女に対する独占欲と、彼女との接点を求める有象無象に対する優越感を俺に抱かせた。薄暗く、そして切実な感情だった。

そんな環境から卒業して尚、俺達は接点を探している。違う、俺だけが俺だけに都合の良い接点を探している。




151以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:31:20.83drvI9ANe0 (4/11)


周囲の目を気にせず俺との繋がりを手繰り寄せようとする彼女の姿はあの頃と同じだ。手繰り寄せた糸を俺が身勝手に切り離そうとする度悲しみに暮れ、涙を溢れさせた姿と同じ。

先週俺の部屋からの帰り際何かを期待して、しかしそれが叶わぬことを自覚してた彼女の顔。三度目を求めた俺の本能……否、本能とすら呼べないような淡い衝動にすら目を背けた俺の顔は、彼女の目にどう映っただろう――

「こんな所にいたのか」

入学してから何度目も知れない自虐回想に入りかけていた俺を現実に引き戻したのは何処かで聞いたバリトンボイス。

振り返れば奴がいる。見た目からガシリと強いその体格、牛くんこと牛山であった。

「何の……」

用だ、と最後まで口にする前に俺は気付いた。気付かされた。こいつの目的、狙いは先週聞いていたではないか……!

「……全く毎度何時の間にかスルスルといなくなって、俺の話をちゃんと聞いていたのか?」

やれやれと呆れ顔で言う牛くん、なんか様になってるイケメンってズルい。俺がやっても「中二乙www」ってレスしか付かないんだろうな。やれやれだぜ……。




152以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:34:43.68drvI9ANe0 (5/11)


「なら同じ事を言うが、お前には関係無い。 飯食う場所探さなきゃならんからもう行くぞ」

先週と同じ理由を押し付けにくるのなら、俺がやることも先週と同じだ。突き放して背を向ける。こんな奴の好感度稼いだってエンディングの分岐には関係ないから扱い悪くしたって大丈夫、ぼっち通の攻略本だよ。

だが、そんなぼっちの常識で量れないくらいに牛くんは見た目通りの益荒男だった。

「待てヒキタニ」

背を向けた俺の肩をガシリと掴む牛くん、それだけで俺は彼我の戦力差を悟った。え、何このゴツゴツした手と微動だにしない腕。やだ、こんなの俺はじめて……。

「お、おい、離、離せよ」

「ダメだ、今日はこのまま学食に連れて行く。 飯食う場所を探しているなら丁度いいだろう?」

思わずどもった俺の様子など知ったことかと残った方の手で俺の腕をホールドし、そのまま俺をズルズル引き摺っていく牛くん、正しく屈強な農耕牛の如し……!つかこんな猛獣のような男に捕まったら俺じゃなくてもどもるって。怖すぎィ!

一瞬にして抵抗を無意味と悟り、しかし連行される修羅場を思うと素直に付いていこうという気にもなれず、俺は異物か可哀相なものを見る周囲の視線に晒されながらドナドナ状態に耐えざるを得なかった。ドナドナってどっちの立場でもここまで面倒じゃねぇよな……。




153以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:38:15.31drvI9ANe0 (6/11)


学食は幸い屋根伝いに向かうことが出来たので俺達は濡れ牛と濡れドナドナにならずに済んだ……屋外を通りさえすればぬかるみで転んだフリして逃亡したりとか、牛くんの拘束が緩む可能性もあったろうがそんなドラマか映画みたいな逃亡劇をこんなしょうもないところでする気にもなれなかった。や、良い経験になった可能性は否定しないが。

入り口に辿り着く頃にはもう逃げる気も逃げられる気配もなく、牛くんに先導される形で俺は久方ぶりに学食へ足を踏み入れた。

案の定溢れかえる人々の川に辟易したが、先行する牛くんの威圧感が人波を切り裂き何の抵抗もあらんとばかりに進めてしまう。牛くんは重戦車だった……?

程なく目的地に着いてしまったのか……否、牛くんが止まるより先に俺の視界は由比ヶ浜の姿を見つけてしまった。二人の友人――見知らぬ女学生と、例の猿くん――に囲まれ楽しそうに談笑する彼女の姿が何時かのトップカーストでの光景と被り、俺の胸は静かに軋んだ。

由比ヶ浜は俺……というか牛くんの姿に気付くと、

「あ、牛くん! 用事って何を……え?」

しかし挨拶を果たせず、俺の姿を確認してその表情を淡く驚きに染めた。どうでもいいけどお前も牛くん呼びなのな……予期せぬシンクロニシティ、ちょっと嬉しい。

「ヒ、ヒッキー!? え、どうして、う、牛くん!? 何がどうなってるの!?」

はわわ!ヒキが来ちゃいました!とでも言わんばかりの由比ヶ浜の様子に周囲の視線が痛い……のもあるが、殊更驚いているのは取り巻きの三人だった。

まぁ分からないでもない。こういう由比ヶ浜のオーバーの反応は極一部でしか見れない……それこそ昔日の三浦グループですら稀だったろう。この顔を知っているのはここじゃ俺だけ……かつてのようなじめじめして情けない優越感が胸を満たしてどうしようもなく嬉しくなる。どうしようもないな俺、本当に。




154以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:41:41.86drvI9ANe0 (7/11)


「ちょ、ゆいゆい驚き過ぎじゃね!?」

「結衣ってこーいう反応する人だったんだー」

お前も大概声でけぇけどなという猿くんの驚愕と対照的に、驚きつつも自分を置き忘れない安定感……細く高い、鳥の囀りのような声は由比ヶ浜の正面に座る女学生だ。彼女は俺に向き直ると、

「貴方がヒキタニくん? それともヒッキー?」

そう尋ねてきた……いいけどね、もう。俺の名前は本当に親しい人だけ知ってればいい。真名ってそういうもんだし。

「……ヒキタニで頼む」

「そーそーヒキタニくんよヒキタニくん! でもネクラっぽいからヒッキーって超合ってンよな、ゆいゆいのネーミングセンスパネェわー」

「あ、あはは……」

困ったように笑う由比ヶ浜。うん改めてお前のネーミングセンスパネェわ、マジドン引き。

「そ、それはともかく、なんでヒッキーが学食に?」

「あー、それn」

「俺が連れてきた、この雨で何時も飯を食ってる場所に行けず困っていたようだったからな」

俺の言葉を遮るバリトン牛くん。いやあながち間違っちゃないけどドナドナしてきたお前がドヤっていうことじゃないからね?




155以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:45:30.14drvI9ANe0 (8/11)


「そうなんだ……と、ともかく座ろうよヒッキー! 牛くんもさ!」

困惑は残りつつも、嬉しそうに笑う由比ヶ浜。その陽気に暖かい魅力を感じ、同時に俺が逃げ回ることでこの笑顔を損なわせていた事実を再認し俺の思考は何時もより粘度の高いネガティブの沼に沈み込んだ。

それを顔に出すほど長年ぼっちはやっていない、何食わぬ顔で由比ヶ浜が促した席に。

席に……。

「あ、ヒッキーの席ないや」

悪いなヒキオ、このテーブル四人用なんだ!……本当に四人分しか席確保してなかったよ、牛くんが元から確保してた席に座ったら俺の入り込む隙間ないよ。俺の居場所はここじゃない……。

「ちょ、ゆいゆい! マジ! それマジヤバイ! ヒキタニくん超カワイソウじゃん!」

言葉とは裏腹に爆笑する猿野郎。本当に可哀相と思うならそんなにゲラゲラ笑わないで貰えませんかね……人の不幸は蜜の味、過剰な悲劇は喜劇と紙一重とは言うけどさ。あと牛くんも顔逸らしてブフブフ息漏らすの止めてくれ、元はと言えばこの状況に追い込んだのは手前だぞオイ。

「し、しょうがないけど……でも、間が悪いねー」

鳥のような囀りが笑いで更に甲高く耳に響く。不快な感じはしないのが逆に辛い。

かなり目立つ面々で元々周囲の視線を集めていたせいで俺達……というか俺だけ晒し者になっていた。クスクス前後左右から聞こえる。え、何これ。しねばいいのかな俺。




156以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:49:26.34drvI9ANe0 (9/11)


「え、えーと……あ! あたしの席に座りなよ!」

とはこの空気に気付いたらしい由比ヶ浜。気遣い屋の彼女らしい提案だ、バカなのも含め。

「バカかよ、そしたら今度はお前が立つことになるんだぞバカ」

「バっ、バカはやめてよ! じゃ、じゃあ半分椅子空けるから!」

「……こんな衆人環視でそんなアホみたいな密着すんの?」

「え!? あ……あたしは、別に……」

赤くなって俯いてぽしょぽしょ言う由比ヶ浜が可愛いんですが何か。いやいやお前、そういう反応をこういう場所でするんじゃないよ色んな意味で。俺も恥ずかしくなってきただろ。

そんな由比ヶ浜の様子を見て猿くんと鳥ちゃん(仮)は、ほーっと何処か感心したような様子だった。牛くんは……何故か呆気に取られており、俺の視線に気付くとハッとなって、

「い、椅子だけなら確か余りがあった筈だ……ここは端のテーブルだし、持ってくれば大丈夫だろう」

そう教えてくれた。確かに食器の回収口近くに背もたれのない椅子が縦に積まれていた。

よし来たと俺がそちらへ向かうより前に由比ヶ浜がガタリと露骨に反応した。




157以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:53:13.29drvI9ANe0 (10/11)


「じゃああたしが持ってくるよ! ヒッキーが座れないのあたしのせいだから!」

「いやお前は特に関係無いだろ、俺が持ってくるから座ってろよ」

「で、でもあたしだけ座ってるのも……あ! そしたらあたしが半分持つよ!」

「あんな軽そうな椅子に二人がかりとかそれこそバカじゃねーか、いいから座ってろ」

でもでもと食い下がる由比ヶ浜を強引に押しとどめると、俺は足早に椅子を取りに向かった。

背後からは過剰な反応を問い詰める三人と、それに焦ってしどろもどろになる由比ヶ浜のやり取りが聞こえてくる。

俺にとっては何時も通りの由比ヶ浜に、取り巻きの三人は少なからず戸惑っている様子だった。それは俺の感じる由比ヶ浜結衣と三人にとっての由比ヶ浜結衣が同じ人間であっても別像であるということ。

同じ人間であっても表と裏、本音と建て前がある。そして社会という集団はその使い分けを個人に強いる。どうしようもなく相容れない人間は誰にでもいて、時として本音を抑制しなければ無用な軋轢や争いが集団を崩壊させかねないからだ。調和の為にこそ虚像、嘘は時に本音や真実よりも求められるものだ。

俺という個に対する由比ヶ浜と、三人という集団に対する由比ヶ浜。どちらかが表で裏、本音と建前。

気にしたって仕方のないことだし、これまでの彼女との関わりでほぼ確信を得ているようなものだが……それでも比企谷八幡に対してこそ由比ヶ浜結衣の本音や真はあってほしいと、どうしようもなく俺の心は求め、ざわめくのだった。




158以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 22:55:44.83drvI9ANe0 (11/11)

というわけで本日の投下は終了です
首尾良く行けば次回ようやっとえっちぃのが……首尾良く分割されなければ、ですが

いずれにせよ明日の投下はちょい難しそうなので、続き明後日以降と見てお待ち下さい


159以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 23:00:52.61OkS7NTG9o (1/1)

乙ですー


160以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 23:01:53.26WMOV7HV+o (2/2)

乙です


161以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/09(水) 23:38:59.947fa32L+rO (1/1)

モブどもとガハマが何したいのかさっぱりだわ


162以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/10(木) 00:07:30.30+XaMEodAo (1/1)

絵に描いたような誰得シリアスだな


163以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/10(木) 01:50:03.580gs5Qr+9O (1/1)

たぶんヒッキーが面倒くさいだけだと思うんですけど


164以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/12(土) 21:32:05.849S3NzYhDo (1/2)

どうも>>1です
執筆遅れて土下座状態です申し訳ありません……
キリの良いところまで進めば今夜0時以降に投下できるかもしれないので、本当に期待せずお待ち下さい


165以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/12(土) 21:48:26.02lT8bOr6+o (1/1)

投下時間には期待せず中身には期待して待ってます


166以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/12(土) 22:02:46.84WbUMV7RxO (1/1)

遅れても全く問題なし
がんばれ


167以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/12(土) 23:44:30.919S3NzYhDo (2/2)

ドーモ、>>1です
今のペースだと投下可能になるのが26時以降になりそうなので
明日の昼頃に分割せず投下出来るよう調整しますです

ご迷惑をおかけしますがお付き合い頂けると幸いです


168以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/13(日) 00:12:02.20GvJZYh0bo (1/1)

期待


169以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/16(水) 00:43:50.25Cwb64VW4o (1/1)

待ってるぞ


170以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/16(水) 07:16:16.24sft4h9v8o (1/1)

どうも>>1です
諸々予定ブッチして申し訳ありません、現在絶賛産みの苦しみ中です……

とりあえずは二話が完成し次第投下する予定です
遅くとも土曜には投下出来るよう調整しますので期待せずお待ち下さい


171以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/16(水) 17:26:39.919hCkiaJGo (1/1)

時間かけても待っとるぞ


172以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/16(水) 21:50:44.914YvESmMi0 (1/1)

待ってる


173以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/23(水) 07:38:53.39ddMNRV2fo (1/1)

どうも>>1です
またも予定ぶっちして申し訳無く……そもそもかなり無茶なプロットだったと根底から見直しておりました
しかし全部ひっくり返すわけにも行かず現在急ピッチの突貫工事で進めており連休最終日の今日中にはある程度形にと思ってます
本当に期待せずお待ち下さい



174以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/23(水) 07:41:05.706eqfF/oJo (1/1)

待ってる


175以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/23(水) 08:00:30.65x8N7nszKo (1/1)

酉つけた方がいいんでね?


176以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/25(金) 23:57:23.54bsE3EfCAO (1/1)

エタったな(確信)



177以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/25(金) 23:58:54.35wkEr7B6Bo (1/1)

1の報告は来てるんだから気長に待とう


178以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 07:23:06.521zz89u3io (1/1)

どうも>>1です。
エタらせるつもりは……気持ちだけは誰にも負けません、気持ちだけ
二話は書き終えてから投下するつもりでしたが、場合によっては現在の書き溜め分を分割して投げる可能性はあります
その場合は予告するのでご注意を

あと酉ですが、ここのように読者も少ないだろう零細スレではあまり必要性は感じないのが現在の正直なところ
もし荒し・なりすましが発生するようなら導入考えます


179以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 08:47:51.63+gyDRbbAO (1/2)

>>178
うるせえお前いつもそればっかりじゃねーか



180以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 09:22:33.08MRZ9B4FFo (1/1)

頑張って


181以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 09:43:12.07W5FvY+hKo (1/2)

文句言うなら読むなよ
モチベ下がることしか言わないとか書き手だけじゃなく読み手に対する嫌がらせだろ
そんなにエタらせたいの?


182以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 10:31:01.20+gyDRbbAO (2/2)

散々ブッチしてる奴に何を期待してるんだかな
むしろエタる機会をわざわざ作ってやってるんだから
感謝して欲しいくらいだわ



183以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 11:35:42.25v4B+1P0xO (1/1)

なんなのこの勘違い野郎……



184以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 12:00:52.55W5FvY+hKo (2/2)

勘違いというか「読んでやってるんだから早く書け」という自分勝手なお子様だから


185以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/26(土) 21:12:33.19ozeuR71Co (1/1)

外野がうるさいスレはエタる


186以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/28(月) 23:33:38.77GOjfkLRAO (1/1)

結局エタっちゃうのか
期待してた俺ガ馬鹿だった



187以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/09/29(火) 00:39:28.527TDG3ZPGo (1/1)

待ってるから


188以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/02(金) 01:54:17.85SNjX+zg10 (1/1)

まってるよ


189以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/07(水) 07:00:12.32T1FCS0ZUo (1/1)

どうも>>1です、お待たせしてしまって申し訳ありません
書けども書けども終わらず、そもそも一話中に全部詰め込める話でなかったかと見通しの甘さを反省しております
しかし一先ずの目処は立ったので最低限分割の前半部、出来れば前後両方完成させて今週末に投下する予定です
期待せずお待ち下さい


190以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/07(水) 07:29:49.74aum53mOAO (1/1)

よっし!


191以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/07(水) 08:02:18.38FIh+e8W4o (1/1)

期待します


192以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/08(木) 13:54:15.17mkPiRsKj0 (1/1)

これ面白いな。
由比ヶ浜好きだし、これは期待せざるおえない。

ところでちょくちょくMTGネタが入るってことは、作者さんもMTGやってるのかな。
どこかであったらお手合わせを……


193以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/08(木) 14:00:50.86V3xN1K7zo (1/1)

スタン落ち直後の忙しい時期だし書くのが遅くなってもしゃーない


194以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/08(木) 19:12:53.62XjroydwsO (1/1)

期待


195以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 08:49:15.748fpHBoT9o (1/28)

どうも、2マナのT氏ぐらいにはやる気も実力もないPWの>>1です。

現在推敲中で、やはり随分な量になったので昼頃に前半部投下予定です。
推敲、修正の進行具合では後半部の投下は明日以降になるかもしれませんのでご注意を。
期待せずお待ち下さい。


196以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 09:29:21.31uDHf4HW9o (1/1)

待ってる


197以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 21:43:44.018fpHBoT9o (2/28)

鉄血のオルフェンズ面白すぎ、どうも>>1です。
昼と認識できる時間は全部寝てました申し訳ありません。

飯食って諸々の雑事を終えたら投下します。


198以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 22:18:51.59hstsJkY5o (1/1)

オルフェンズの面白さには同意
だからはよしろ


199以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:04:26.298fpHBoT9o (3/28)

投下開始します。


200以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:06:04.788fpHBoT9o (4/28)


ワイワイガヤガヤ。

喧々諤々。

混雑を極める学食内にあって俺が(物理的な意味で)末席に身を置くテーブルの賑やかさ……もとい、騒がしさは際立っていた。

「にしてもさっきのゆいゆい、いつもと違ってちょい子供っぽいっつかチョー明るくってー……ポジティブ? ポジってる感じ! シンセンでイイと思うンだよねー」

「それポジティブとは違うよ猿渡クン、でも気持ちは分かるかも……童顔の面目躍如みたいな、私的にはこっちの方が寧ろしっくり来る気がするなぁ」

「ど、童顔って……気にしてるんだからあんまり言わないでよー」

「いやでも、いいんじゃないか? 俺としては少し違和感あるが、それも由比ヶ浜らしいと言えなくはない……と思う」

とまぁ先程の椅子を巡る俺と由比ヶ浜の何時ものノリが取り巻き's達には大層珍しかったらしく、テンションageで由比ヶ浜をageる流れ……というか何というか。

かつて三浦という分かり易い女王様が持ち上げられる光景を「それ」のイメージとして擦り込まれていた俺としては、ヨイショと弄りが混じった「これ」をストレートに受け取ることも出来ず、しかしそれも由比ヶ浜らしいのかとなんとなく納得しておく。



201以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:08:58.398fpHBoT9o (5/28)


それに俺にとってはバカで可愛くて知恵足らずでガキっぽくて可愛い由比ヶ浜であるが、そうした面が主に俺とその周辺の関わりでしか表れていないことを知っているし、寧ろ人との距離感を測る能力に長けた彼女は時折吃驚するほど大人っぽく見えることもあった。子供だ童顔だと生意気な年下に接するように対応していると、ふとした瞬間見せる〝女〟の色気に心臓が跳ね上がり……は、関係無いな。うん。

入学してからの彼女がこういう取り巻き達とどういう関わり方をしているか俺は知らない。知らないが、彼女を求める側の心はかつて葉山の周囲に集まっていた連中と同じなのではないか。目の前の光景を見ながらなんとなく思う。

誰かや何処かに重きを置くでなく、誰もが惹かれ担ぎ上げたくなるヒーローの幻像を作り出す。葉山はそれを半ば狙って行っていたし由比ヶ浜にそうした意図はないだろう。だが同年代、同じステージに立つ人間からすれば視界を遮らない暖かな光は良かれ悪かれ人を惹き付ける。由比ヶ浜結衣の持つ光は、その領域に足る輝きを持っているのだと嫌でも実感する。俺自身ですらその光に寄ってきた羽虫ではないかと考えてしまうほどに。



202以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:11:05.158fpHBoT9o (6/28)


もそもそと惣菜パンを囓る。

幸いここの学食は外から食べ物を持ち込んでも席を使えるタイプで、授業前に買っておいたパンは本来使えるスペースのないテーブル端でも問題無く食べられる。

だが目前の四人が皿に盛られた温かな料理を飾りに談笑する中、一人黙々と冷たいパンを囓ることに疎外感を覚えた。それ自体は何時ものことなのに、その中に由比ヶ浜結衣がいるというだけで棘が深くまで刺さる感覚が生まれる。

何時ものように思考は暗い方へと沈下していく。

ここは俺の居場所じゃない――さっきは冗談めかして脳内を走った言葉が鎖となり、実感は重さとなって心臓を責める。

……とっととパンを食べきって、トイレへ行く体で逃げ出してしまおう。これ以上この空気を吸うこと――この空気に由比ヶ浜結衣が適応している事実に、これ以上はきっと耐えきれない。耐えきれなくなった俺がどんな醜態を晒すかなんて想像したくも無い。

が、そんな俺の内心と裏腹に、

「――でさヒキタニクン、高校の時はどうだったの?」

美声で囀る女学生……椅子を確保した際、駒鳥と名乗った彼女は俺に話を振ってきたのだった。



203以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:13:12.558fpHBoT9o (7/28)


「え、何が」

「何がって話聞いてなかったの? 高校の時って結衣はどんな感じだったのかなって」

「あ、あたしさっき言ったじゃん! なんでわざわざヒッキーに聞くの!?」

「自己申告は情報として信用が低いからに決まってるじゃないの……で、どうなのどうだったのよヒキタニクーン」

焦りに焦る由比ヶ浜を無視してニヤニヤ笑いながら俺に問いかける彼女は、お伽噺か童話に出てくるようなゴシップ好きのお喋りな鳥そのものだった。うーんウザい、そして可愛い。繋げてウザ可愛いがこの場合あんまり有り難くない。

「どうって……」

「お、それ俺も気になんよー、ヒキタニくんぶっちゃけてみ!」

「まぁ〝友達〟の言うことの方が信憑性はあるかも、な」

ここぞとばかりに猿と牛も乗ってくるし、あんまり期待されても俺すべらない話し方なんて知らないよ?寧ろ全スリップ。比企谷八幡のすべる話でDVD発売まである。



204以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:15:21.588fpHBoT9o (8/28)


「ヒッキー、変なこと言わないでよ!?……へ、変なとこなんてないけど!」

「いやお前、そういう態度を突っ込まれてるんだから自覚しような? 俺の前だからって――」

安心してんのか、とまで口から出そうになるのを止める。

〝俺の前だから安心している〟

危ない言葉だ。少なくとも今この場では……そう判断しての急ブレーキだったが、

「俺の前だからって……なに?」

上空から地上を俯瞰する鳥の目敏さから逃げることは叶わず、ニヤニヤとブレーキ痕を指さし俺を問い詰める駒鳥さんである。いや急ブレーキの擦過音って滅茶苦茶響くから見えて無くても関係無かったかもだけどね?

「と、特に意味はねぇけど」

「ふーん、でもその〝俺の前〟で結衣の態度が違うのが気になってるわけだからさー」

ああ、これはあかんタイプだ。

ゴシップへの関心、その源である興味と悪意を自覚しながら隠そうとしない。それでいて醜悪にならず悪意を善意に見せかける技術に長けている……そういうタイプの女性とかち合うのはおよそ一年振りで、それに伴う記憶のフラッシュバックは思考回路に予期せぬ負荷をかけた。




205以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:17:15.868fpHBoT9o (9/28)


「……その、アレだ、誰に対しても同じ顔で接せられる人間もそういないだろ。 この中では一応、一応由比ヶ浜とは俺が一番つ……見知った時間は長いわけだし」

正論だが苦しい言い訳だと自分でも分かる。

誰に対しても同じ顔で接する、それが完全でなくても高次元で行える希有な例を俺は幾つか知っているし、正直由比ヶ浜はそこに近いタイプであると思う。だからこそ由比ヶ浜を中心に目前の人間はグループを形成しているのだ。

そんな彼女が人付き合いの外面を崩して相対する人間がどんな存在であるか。

「そうかも知れないけど、私が気になるのはその〝見知った時間〟なわけでして」

元より穴だらけの防壁、会話の風に乗って軽やかに滑空する鳥は穴をすり抜け核心へと迫ろうとしている。

「ぶっちゃけて聞くけど……二人って付き合ってるんでしょ?」



206以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:19:42.698fpHBoT9o (10/28)


時間が停まった……そんな錯覚は起こらなかった。まぁ普通に考えりゃ由比ヶ浜の態度とか行動とか露骨だもんね?

「ちょ、コマちゃーん!? 相手ヒキタニくんだしそれはないっしょ! ないない!」

「す、すまんがその……俺もそれだけは無いと思うんだが」

更に男二人の反応が喧噪に拍車をかけた。内容は否定なんだが。

思わず熱々の丼ラーメンを「そぉい!」と脳天にブチ込んでやりたい衝動に駆られるが、天秤の釣り合いを考えればそれも一つの推理として正しい形ではあるだろう。それを常に言い訳に使ってきた俺が言うんだから間違いない。

それにこの二人が由比ヶ浜に近づいてきた理由も凡そ察しは付くから、こういう反応も予想出来る範囲ではあった。

計画通り……ではなく想定通り。

自覚無自覚関係無く薄暗い根暗男をオトす流れは俺の良く知るところであり、慣れた空気は俺の思考を僅かでも正常化させる一助になった。

なったが、

「……」

話題の中心である由比ヶ浜は、この致命的なゴシップに戸惑うこともなく静かだった。



207以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:21:31.708fpHBoT9o (11/28)


何時もなら、また俺の前ということを加味すれば一番過剰に反応しそうなものだが、今の彼女は気持ち俯きその顔に僅かな陰を作っている。

空気を読んだのだ。

自分でなく、俺の望む状況を考えて自分の感情を押し殺している……何度も見てきた青と黒。

〝ズキリ〟

またも棘が大きく、杭に変化していくのを感じる。

いつまでも癒えぬ傷口が無理矢理に押し広げられていく幻痛。しかし痛覚の電流を介さない痛みは、それが単なる逃げの言い訳であると理性に認識させ、肉体的な苦痛より寧ろ俺の心を責め立てた。

本当に、なんて都合が良い心臓だろう。

罰が欲しければ痛みを与えて罪悪感を誤魔化し、耐えられなくならないよう物理的な痛みにはならず……きっと白木の杭を打ち立てても灰になどなるまい。

「……俺と、由比ヶ浜が?」

笑う。

「二人の言うとおり、ありえねぇよ」



208以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:23:25.408fpHBoT9o (12/28)


自嘲。

顔面ハンデの名は高く笑顔がキモいと評判の俺でも負の笑いなら様になる。本心からであれば尚更だ。

言った瞬間どこかホッとした顔になる男二人の様子が無性に腹立たしく、しかし狙い通りの反応であることに安心もする。

しかし、杭からの痛みは爆発的に増大した。

俺の言葉と笑いに、由比ヶ浜がビクリと反応したのが見えたから。見えてしまったから。

彼女が傷付くと、痛がると分かっていて、尚それを。

「えー、でも結衣の反応は如何せんオーバーというか」

それでも食い下がるお喋りな鳥に小さくない怒りを抱くが、それを顔に出すこともしない。ただこれ以上付き合ってやる気もない。

もうパンは残っておらず手元には包装のビニールだけ。それを握り潰すとそのまま席を立つ。



209以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:25:15.418fpHBoT9o (13/28)


「……トイレ行ってくるわ」

「あ、ヒッキー……」

「三限の準備もあるしここには戻らんからな」

結局俺は別の意味で耐えられなくなった。俺が自分の情けなさ故に由比ヶ浜をまた傷付けた事実と、未知の傷より既知の痛みを選んだ臆病さに。

きっと縋るような目をしていただろう由比ヶ浜の方は極力見ず、他三人の声を意識の外へ追い出しながら足早に学食を後にした。

だが学食を出てすら開放感はなく、曇って薄暗い灰空も、落ちてくる水の粒と雨音も全てが気に障ってどうしようもなく神経が削られていく。誰かや何かが傍にいることが、堪らない。

そのまま人の中に飛び込む勇気なんて有る筈もなく、俺は三限に出席することなく大学を後にした。

それもまた由比ヶ浜と彼女の傷から逃げ出すための口実であったこと、それを自分の中で誤魔化す余裕すら残っておらず、俺は自宅へ……薄暗い己の巣穴へと逃げ去るしかなかった。



210以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:27:25.318fpHBoT9o (14/28)


家に着いてから、俺は何をする気にもなれず布団の上に転がっていた。

パソコンに向かうこともなく、携帯ゲーム機に集中も出来ず、本を読んでは頭に入ってこない。閉め切った窓の外から途切れず聞こえてくるくぐもった雨音の干渉だけ受け入れて、それ以外に力も意識も割くことは無かった。

スマホは例の如く振動すらないサイレントモードで、手に取ろうという気にすらなれない。手に取った先、痛みが待っているのが分かっているからだ。

石橋を叩いて渡り、水溜まりは長靴に履き替えてから踏み越え、平野を歩くのに金属探知機は欠かさない。それだけやって尚神経を太く太く保っていなければ痛みに折れず生きていくことは出来ない。それが高校の三年間で得た一つの結論だ。

誰だって痛いのは嫌だ。怪我なんてしたくないし、病気なんて以ての外。それでも人生は寒風熱気まきびしに地雷だらけ、空調完備の飛行機で人生のトラップなど関係無しと悠々生きていけるのはほんの一部の貴族だけ。その貴族だって飛行機内の人間模様次第で安寧の部屋は苦痛の匣へと変わってしまう。

なればこそ痛みに耐えることを美とする風潮は、避けざる痛みを徳と定めて心に麻酔を打つ欺瞞に他ならない。それは一片の真実だ。

だが一片は一片、少年探偵には悪いが真実は一つじゃない。



211以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:29:55.368fpHBoT9o (15/28)


俺は由比ヶ浜結衣が好きだ。

彼女の幼くも可愛らしい顔立ちが好きだ。

その幼さに反するような色香を詰め込んだ豊満な肢体が好きだ。

くるくる変わる多彩な表情が好きだ。

中でも底抜けに明るい輝く笑顔が一番好きだ。

自分を置いても誰かの傍に寄り添う優しさが好きだ。

俺だけに見せてくれる涙と感情が、溜まらなく愛おしくて大好きなんだ。

だが好きであればあるほど、俺と彼女の在り方が理想とズレていることにこれ以上ない痛みを感じてしまう。

ベストな結果はほぼあり得ず、その中で苦しみながらベターを探していくしかないという現実が更に苦痛を伴う。



212以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:32:25.638fpHBoT9o (16/28)


それでも、その痛みの先でしか彼女と共にいられないのなら俺は喜んでそれを請け負おう。確実な幸福の為の痛みなら、いっそマゾヒストを演じても良い。個々の性癖や痛覚への耐性・質などは関係無く、道が見えていればこそ経過の一つとして望まれる痛みもある。

ならばこそ避けたくない、そんな痛みなら欲しい。是非その痛みを請け負いたい。

……請け負いたかったのに、そんな痛みへの願望すら俺個人のものであるとしたら……そんな想像が俺と俺の望む道、未来を蝕んでいる。彼女が痛むことを何より怖れ、それでもその為に彼女を傷付けなければならない矛盾。

何故男女の関係というものがただ二人だけの間で完結しないのだろう。

何故不特定多数の有象無象との関わりすら配慮して関係を築かなければならないのだろう。

今の由比ヶ浜を取り巻き人間達は俺にとっては誰もが有象無象の障害でしかないが、由比ヶ浜本人にとってはそうではない。端から光の中に居ることを諦めた俺と、そもそも光源である彼女とで社会との関わり方を合わせてはどちらかが立ち行かなくなる。

ロミオとジュリエットとまで気取るつもりはないが、心と立ち位置で何故すれ違いが起こってしまうのだろう。

今の俺を取り巻く世界に在るのが俺と彼女だけなら良かった。

痛むのは俺だけで良かった。

何をしたって俺だけが痛いなら、それだけで良かったのに――。



213以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:34:46.158fpHBoT9o (17/28)


ふと気が付くと、外は暗かった。

雨音は依然変わらず不定のリズムを一定に保って続いている。

恐らくネガティブの沼に沈み込んでいる内に意識が眠りを選んだのだろうが、変わらない外の音色が視覚と聴覚のバランスを崩して意識を曖昧にしていたのだと言われても多分信じてしまう。そのくらい現実感が希薄だった。

時間を確認したくて無意識にスマホへ手を伸ばしスリープを解除した瞬間己の迂闊さを呪うが、ロック画面に着信の情報はなく頼んでもいないメルマガが一件届いているだけだった。ぼっちにとっては何時も通りの画面の筈なのに、頭の中を安堵と寂しさが半端に混じった感覚が支配する。それを暫く弄ぶも、腹腔の訴える空腹感がそれを打ち切った。

時刻は19時前。

時間は頃合いだしこの雨模様では外食も億劫、冷蔵庫の中身もそこそこなので本日の夕食は自炊をすることに決めた。

金銭的にも献立のルーチン的にも外食ばかりで腹を満たすわけにもいかぬと引っ越し前から自炊の有無は考慮していたところで、最初は戸惑い面倒だった手順も少しずつ馴染んできたところだ。

まな板と包丁を洗い清め、家を出る際に「これを小町だと思って、大事にしてね……!」と押し付けられた飾り気のないエプロンを纏い冷蔵庫から食材を取り出そうという、その瞬間。

〝ピンポーン〟

呼び鈴が鳴った。



214以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:36:55.908fpHBoT9o (18/28)


住処が住人の性質を表すのか、部屋すらステルス性を発揮しているらしくここに棲み着いて一ヶ月新聞とか宗教とか怪しげな勧誘が玄関に立ったことはない。かといって通販を頼んだ記憶もない。そもそも今のところこの部屋の呼び鈴を鳴らしたことがあるのは由比ヶ浜と小町だけだ。

……普段の俺ならばこの時点で来訪者が誰であるか察し、受け入れるか否かを考えたろう。しかし今の俺の精神状態は平時より不安定で、料理という作業の切れ間が集中力の断絶を生み、更に何時もは有る筈のスマホへの連絡が皆無だったことでその可能性に思い至っていなかった。

或いは、それを無意識に望んでいたからこそ本能が理性と記憶を切り離していたのか。

殆ど無意識に玄関を開けた俺の前には、今の俺にとって誰よりも会いたくて誰よりも会いたくなかった人が、

「……あ、ヒッキー」

由比ヶ浜結衣が立っていた。




215以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:38:59.398fpHBoT9o (19/28)


「ンまい!」

てーれってれー。

「ヒッキーこれンまい! スゴいよヒッキー!」

「いいから飲み込んでから話せ、な?」

口から内容物を零しそうな勢いでモゴモゴ感動している由比ヶ浜。しかし俺と彼女の前に置かれているのは簡素な炒飯とインスタントのフカヒレ玉子スープという熱烈中華食堂も吃驚なお粗末さである。

男飯なんぞ「切る」「混ぜる」「焼く」の三拍子で済ませるのが仕儀であり、炒飯焼き飯は今昔問わず男の台所事情を支えるベストパートナーなのだ。

「んぐんぐ……ぷは。 いやでも本当に美味しくて吃驚しちゃった……もしかしてヒッキー、あたしより料理上手い?」

「こんなもん誰でも作れるだろ……まぁ由比ヶ浜の場合料理以前の問題だからそも勝負の土俵にすら立っていない」

「ちょ、失礼だし! あたしの料理はオママゴトって言いたいの!?」

「お飯事でも食材を扱ってる意識はあるんだよなぁ」

「い、意識くらいあるし! 農家の皆さんにちゃんと感謝してるし! バカにし過ぎだからぁ!」

俺の軽口にズレた返答でギャーギャー騒ぎ出す由比ヶ浜の姿にホッコリしつつもつつがなく食事は進む。



216以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:40:45.108fpHBoT9o (20/28)


「……でも、あたしがチャーハン作るとべちゃべちゃになっちゃうし焦げるし玉子もおっきく固まっちゃうし、ヒッキーがこんなに美味しいの作れるのちょっとショックかなぁ。 ちゃんとお店のチャーハン!って味だし」

「まぁお前の場合はもっと意識しなくちゃいけないところが多いんだろうが、炒飯自体は基本さえ押さえてれば所謂『店の味』には簡単に近づけるんだよ」

「え、そうなの?」

「そうなの」

炒飯の基本は「中華鍋、フライパンは白い煙が上がるくらいに熱する」「パラつかせるのには冷や飯の方が向いている」「かき混ぜるも調味料の投入もスピーディに」の三つで、これさえ守れていれば最低限パラパラの炒飯にはなる。

味は好みが分かれるところではあるが、所謂「お店の炒飯」というのは大抵味の覇王的中華スープの素を使っているため、味付けには塩胡椒にスープの素を加えれば驚くほどお店感が出るのだ。これはネットの炒飯考察、小町のアドバイス、そして俺の経験からの結論である……ということを由比ヶ浜に説明してみた。

「でもそういうスープの素って身体に悪いんじゃなかったっけ?」

「それは一部におけるソースの無い誹謗中傷みたいなもんで統計上それが原因の健康被害は出ていない筈……まぁ主成分がナトリウムとは言うから、摂り過ぎは良くないってレベルで考えれば良い」

某新聞社員とU山とその生みの親には悪いがデマゴーグはいけないと思います。



217以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:42:27.958fpHBoT9o (21/28)


「ふーん……やっぱりヒッキーは物知りだね」

「殆ど受け売りだけどな」

「でもでも、あたしは今まで何にも知らないで作ってたんだなって思ったから……」

「お前の場合レシピすら見ないで作ってるもんな」

「……」

「……そこで黙らないで貰えませんかねマジで」

やっぱり料理以前の問題じゃないか。どんな料理でもレシピ無しのソラで作れるようになるまではそこそこの研鑽が必要であって、最低限の下積み経験すら無しで見た物食べた物をハイレベルで再現出来るとかどこのラノベの主人公だ。お料理チートラノベか、多分流行らない。

とまぁそんなこんなで食事も終わり、今回は会心の出来だったと少しだけ気分を良くしながら今は食器を洗っていながら、なんともなしにテレビを見つめる由比ヶ浜……一時間前の彼女の姿を思い出す。



218以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:44:26.758fpHBoT9o (22/28)


〝誰だ?〟

そう思わず口にしてしまいそうになるほど、普段の彼女からかけ離れた空気を纏っていた。

髪型、体格、輪郭、服装、顔立ちまで全て由比ヶ浜結衣なのに、その全体像から受ける印象はまるで異なっていた。

服の端々を濡らし、俯き足下を見つめる彼女の姿は何時もよりずっと小さく――元々小柄ではあったが――見えた。

ドアを開けた俺の姿をゆっくり見上げた彼女、その蔭りを正面から見つめる。灯りが落ちた、光のない由比ヶ浜結衣。

「……ごめんね、急に来ちゃって」


これは俗に言う「ピンポーン→来ちゃった☆」というアポ無しの到来により無防備迂闊な姿状態を見られ破局に繋がるパターンか愛故の暴走とその無遠慮さに疲れ果てやっぱり破局に繋がるって黄金パターンだな!?……などと口に出せるはずも無く、その弱々しさに息を呑んだ。

「……いいから、入れよ」

「いいの?」

「結構濡れてるし、流石にそのまま放置する気はねぇよ……細かい話は後でな」

「うん……」

今日の雨が豪雨というわけでもないしずぶ濡れでもないが、それでも締め出し放置するなんてあり得なかった。



219以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:46:26.778fpHBoT9o (23/28)


聞きたいこと、言いたいこと、思うこと、感じること……色々あったが、きっと原因は俺の態度や行動に起因することなのだろう。そう思えばこそ再び胸は痛み出し、問題から逃亡してもただ選択肢が減少していくことだけなのだと改めて実感していた。

その後は彼女にシャワーを貸し、曰く「突発的お泊まりイベントの為の備え」と小町から渡された女物のパジャマを渡し(その際何故こんなもの持っているのか訝しがられたが、小町の差し入れと告げると納得された。小町ェ)、調理実食を経て今に至る。

何時もより気を使って作った炒飯は好評。シャワーで身体、ご飯で腹を暖めた由比ヶ浜の空気はある程度上向いたようだ。

お腹が一杯になったら多少でも機嫌が直るとかちょっと……と、今は思えない。寧ろちょっとしたトリガーでメンタルのバランスが取れるその性質が羨ましくもあった。

それが彼女のなりの俺に対する配慮、演技である可能性には目を伏せた。



220以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:48:47.318fpHBoT9o (24/28)


「……ほれ」

「あ、ありがと……」

洗い物は終えたが、そのまま戻るのも気が引けたので二人分のコーヒーを淹れて差し出す……コーヒーと言っても粉末タイプのカフェオレという安っぽさ。

マッ缶ほどでないにしろ糖分乳成分過剰な甘味飲料だが、それでも薫るコーヒーの匂いがざわつく心を幾分落ち着けてくれる。

由比ヶ浜の方も、ずずと小さく音を立て啜ると、

「おいしい」

そう頬を緩め、周囲の空気は蕾が微かに花開いたように陽気を振りまいた。

何処か言い訳じみた気遣いの代価としては貰いすぎなくらいだったか……そんなことを思いながら彼女の正面に座る俺もカフェオレを啜り始める。

ず、ずず、ずずり。

啜る音が近く、何をやっているのかも知れないテレビ番組の音声が遠くなる。

俺も由比ヶ浜も啜る途中でチラチラと相手の顔を窺い、目が合っては視線をカップに移してまた啜る。

ず、ずず、ずずり。

時間の感覚が引き延ばされては縮み、舌と口内の粘膜を焼くような熱いカフェオレと軽くなっていくカップだけが現実感の指標だった。



221以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:51:13.658fpHBoT9o (25/28)


やがて熱を保ったままカップは空になり、どちらともなくテーブルへ下ろす。

コト、という軽い音がテレビの音声を現世に引き戻すスイッチ。雨音は何時の間にか疎らで小さく、雨脚はようやく弱まりつつあるようだ。

「……三限」

ぽつり、由比ヶ浜が呟いた。

三限、今日のことだろう。

「三限、出てなかったよね」

視線を落としたままの問い。多分これは会話のとっかかりで、内容自体はどうでもいいのだろう。

それでもその確認、少なくとも俺が三限に出席していなかったことを把握している彼女は、きっと俺のことを探し待っていたのだろう。その気持ちは優しく有り難く、しかしチクリと痛みを胸に残す。

「……何かあった?」

「別に……ちょっと体調が悪くなってな」

「そう、なんだ……今は大丈夫なの?」

「ああ、帰ってから直ぐ寝たし」

「うん……」

俺の言っていることは勿論嘘で、それは由比ヶ浜も把握していることだろう。



222以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:53:26.958fpHBoT9o (26/28)


俺の様子がおかしくなったこと、そしてその直後に三限だったこと。

それを由比ヶ浜が目撃していたこと。

……言い訳の仕様がない。ただ口にさえしなければ学食での一件が原因であると、俺と由比ヶ浜の関係への言及が引き金だったことを無に出来るのではないか……少なくとも俺はそう思っていた。浅ましく情けない、逃げの染みついた卑屈な性根がそれでも俺の本性だった。

また沈黙。

特に有り難くもない食レポを行っているらしいテレビの脳天気な音声に僅かな苛立ちを覚え、しかし空間を完全な静寂へ落とすことを妨害していると考えれば縋り付きたくもあった。俺の気持ちも考えずにただ緩慢なやり取りを繰り返してくれる、そんなことも救いになる。

だがそんな俺の内面を知って知らずか、由比ヶ浜はリモコンを拾うとテレビの電源を落とした。

沈黙は静寂へと近づき、しとしと小雨の音のみが部屋を満たしていく。

そして、

「今日ね、皆で遊びに行ったの」



223以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:55:29.028fpHBoT9o (27/28)


ぽつり、由比ヶ浜は話し始める。皆、とは学食の面子のことだろう。

由比ヶ浜の周囲に寄ってくる人間は何もあの三人だけではないが、それでも一個人としての付き合い、その距離まで近づけているのはあの三人だけだろう。俺のような種類の人間とは決して相容れる存在ではないが、それでも三人は由比ヶ浜と同じく「光っている」側の人間であるのは分かる。

手っ取り早く誰かとの距離を詰める手段、それは相手と同じステージに立つことだから。

「今までは、ずっと断ってたんだ」

「そうか」

「……なんでって、聞かないの?」

「……自惚れでなりゃ、俺と一緒にいるためなんじゃねぇの」

「うん、自惚れじゃないよ」

俺と家路を共にする為に誘いを断っている、そんな話も聞いていた。

かつてのクラスと部活の両立、それとは訳が違う。その時よりも由比ヶ浜を取り巻く環境は広く浅く、或いは狭く深くなっている。前者は学校社会での振る舞いであり、後者は俺のことだ。高校という枠を取っ払えば、前者と後者の距離は果てしなく離れていく。

選択肢が増えるということはそれだけ道の種類や行き先が増えるということで、進めば進むほど隣合う道は減りそれぞれが交差することも無くなっていく。大学という自由は異なる道や可能性に踏み出す場であると同時に、異種間を引き離す壁のようでもあった。



224以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/11(日) 23:58:31.658fpHBoT9o (28/28)


「誘ってくれたのは牛くんで、本当はヒッキーも一緒にって……学食に連れてきたのもそういうことだったみたい」

「見知らぬ連中に混じって遊ぶとか、そりゃぞっとしないな」

「あはは……」

何時もの俺の自虐に何時ものような苦笑で応え、由比ヶ浜は続ける。

本当は今日も俺との帰宅を選ぶつもりだったが、俺のサボりで予定が宙ぶらりんになってしまったところに誘いがあったこと。

気にすることも無いだろうに、俺に対する後ろめたさで連絡を取れなかったこと。

新しい友人達に囲まれ遊ぶことは楽しかったということ。

そして、今彼女が俺の部屋を訪れた切っ掛け。

「ゆとりがね、昼間のこと謝ってきたんだ。 無遠慮だったって」

ゆとり――昼間に俺達の関係に言及してきた駒鳥ゆとりのことだ。

ゲーセンで男二人が遊んでいる隙に謝罪してきたらしい。



225以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:00:53.81DgCzqnC6o (1/49)


彼女に悪意はあったろう。だがその悪意は好奇心と裏表、決して誰かを傷付ける意図があったわけではない。それはそれで独自の質の悪さはあるだろうが、今回に関しては俺達の関係……というより俺の面倒臭さに地雷の位置を読み違えただけだろう。

だからといって俺の彼女に対する印象がプラスになるわけではないが、内面が見えれば割り振る懐の深さも変わる。少なくともかつての魔王のようだった女性と比べればまだ可愛いものだ。

何より俺と由比ヶ浜の関係について彼女の予想は当たっているし、今回のことも異性からのアピールをそれとなく躱し続ける由比ヶ浜の振る舞いから、助けるつもりで周囲への牽制も目的に含んで話を振ったということらしい。

俺としてはノータッチで居て欲しかったんだけどなぁ心の平穏的に。Yesぼっち!Noタッチ!

とまぁ駒鳥さんに関してはそれで良かった。

問題だったのは男二人……というかその片割れだった。

「その後に牛くんからね……甘やかしてもヒッキーの為にならないって、言われたの」



226以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:03:18.41DgCzqnC6o (2/49)


『由比ヶ浜の優しさは美徳だが、それでアイツの間違いを正すことは出来ない……誤解されるような態度や距離感を続けるべきじゃない』

あの男はそう言ったらしい。

それは駒鳥さんと同じく踏み込み、そして牽制。

「牛くんね、あたしとヒッキーが付き合ってるなんて冗談でも信じられないって、そういう質の悪い冗談はあたしにもヒッキーにも毒だって……からかう感じもなくて、まっすぐ、言われて……」

次第に顔を伏せ、声のトーンも下がっていく。

光源から夜闇の先を見通すことが出来ないように、光の中に居る人間には闇の中にいる人間のことを伺い知る事は出来ない。

猿野郎が俺のぼっち事情を理解出来なかったように、友人というだけならまだしも由比ヶ浜という光が俺という陰と深く交わっていることが信じられない……というより常識の外、物理法則をねじ曲げるが如き不条理なのだろう。

人は自分の想像力、認識を越えた事象を信じ受け止めることは出来ない。

牛山という人間は由比ヶ浜が正しく俺が間違っていることを認識し、その上で正しい由比ヶ浜と間違っている俺の距離感そのものが間違っていると、あり得ない不条理だと言い切ったのだ。そこにより強い光への憧憬はあっても悪意はない。

薄暗がりにいるのは可哀相だと土竜や吸血鬼を太陽の下に引っ張り出そうとする感性。正しい人間が正しく持つ正しい価値観による正しい傲慢さ。

……牛山に限った話ではなく、闇を遠巻きに眺めるだけで育ってきた人間はきっと皆同じだ。

己の正着を疑わない者は何より強く、そして強い者は殺意すら抱くことなく地這う虫共を蹂躙出来る。




227以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:05:14.99DgCzqnC6o (3/49)


「あたしと、ヒッキーが……そう誤解されたら、困るだろうって、あたしとヒッキーじゃ、男女のどうとか、それ以前にしか見えないって……言われてたら、つらくなってきて、我慢、できなくて……」

それで三人の下から離れ、逃げ去るようにここまで来たのだと。

「ごめん、ヒッキー……ヒッキーは、あたしのこと考えて、学校じゃ離れてるって、分かってるのに……違うって、ヒッキーとはそんなんじゃないって、あたしから言わなきゃいけなかったのに、こんな風に、急に来られても迷惑だって、分かってたのに、ごめんね……」

途切れ途切れに搾り出すような由比ヶ浜の言葉は、泣いていないのが不思議なくらいに悲痛な響きを伴っていた。

「本当は、一緒に帰ったりとか……ダメなのに、あたしがズルいから、自分のことだけ考えてて、ヒッキーのことなんて、全然考えて無くて……」

〝ズルい〟

〝自分のことだけ〟

きっと由比ヶ浜に他意はない。

精神攻撃とか、良心の呵責を刺激しようなんて意図は無い筈だ。

だが俺の心の棘は、杭は、言葉の度に罪悪感という槌で打ち付けられている。

打たれる度に心臓は脈動し、血流で砕け散ると錯覚するくらいに痛みを伴う。

痛みで自責を希釈する、自分の心だけを守る為の防衛機能。浅ましく生き汚い俺自身の証明。

だが、それでもこの痛みはきっと俺だけのものではなくて、その源泉は。



228以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:07:16.41DgCzqnC6o (4/49)


「ほ、本当は、あたしも、分かってるのに、ヒッキーは、あたしと全然お似合いじゃ、なくて、誤魔化さなきゃいけないくらい……なのに」

俺が本当に由比ヶ浜のことが好きなのならば、由比ヶ浜に感じる罪悪感は彼女の傷や痛みに対してのものである筈で。

ならばこそ俺はこの痛みを例え僅かでも、和らげなければいけないのではないか。

そうしなければならない筈だ。

「ヒッキーと、付き合えたってだけで、それだけで舞い上がっちゃって……う、牛くんの言うとおりだよ、あたし……本当は分かってるのに、ヒッキーは、あたしなんかより……」

「由比ヶ浜、それは違う」

これ以上を言わせてはならない。

彼女の自傷と、それを眺めて痛みを共有する俺の自傷。その両方を止めなければならない。

既にかつての自分への退路は断たれ、このままでは前にも進めむことはできない。

留まる選択肢なんて、無い。



229以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:09:13.90DgCzqnC6o (5/49)


「違わないよ、あたし、ずっとヒッキーのこと見てきたから、分かるもん……ヒッキーとあたしじゃ……ヒッキーは、あたしよりも」

「そうじゃない、そうじゃないんだよ……」

確かに俺と由比ヶ浜では釣り合わず、また似合いの二人とも言えないだろう。

光があれば影が出来るのは必然。だが光を遮る何かがあってこそ影は生まれ、俺という障害物が由比ヶ浜の近くに在ればそれによって本来浴びるはずの光を遮られた者達の不興を買う。

俺のように集団から孤立して生きている人間が、由比ヶ浜のように誰かや何かと繋がることで輝く人間の傍に居ること自体が歪なんだ。だからこそ俺は何時までも煮え切らず、対外的には実情を隠してただ自分達だけが知っている関係性を持っているというだけで満足した振りをしていた。

だがそれは所詮外野の事情でしかなく、俺の想いの丈と裡はそんなものと関係無いはずだ。きっと由比ヶ浜の気持ちも。

だから、伝えなければ。

「俺が好きなのは、お前だけだ」



230以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:11:15.58DgCzqnC6o (6/49)


だが、

「違うよ……ヒッキーは優しいから、嘘吐くの。 あたし、知ってる、から……」

〝言ったから分かるというのは傲慢なんだよ〟

以前自分の言ったことが、今その形を縄に変えて俺の首を締め上げている。悲観と諦観で結われた強固な縄は、掻いても掴んでもその力を緩めない。

息の詰まるような苦痛に耐えながら思い出す。かつて俺達の中で、由比ヶ浜が一人大人だった。

言っても分からないと、現実は残酷だと、悲観的に世界を呪うか拒絶するしかなかった二人を余所に、一人だけ伝えようと、感じようと、必死に藻掻いていた。欲しいから、諦めたくないから、幸せになりたいから……何時如何なる時でも力を尽くす、そんな彼女の直向きさは成熟した心の形を証明していた。

その果てに、逆に一人悲観へ沈んでいこうとしたこともあった。それはきっと今も同じで、俺が伝えないから、俺が諦めているから、またこんな事を繰り返してしまう。縄と重力に身を任せれば、一時の苦痛の果てに安寧が待っているのだと。それもまた必要な痛みなのだと。

でも、俺だって欲しかった。

違う、今も欲しいんだ。

誰を殺しても、何を壊しても、手に入れたいんだ。

言葉で手に入らないならどうするかなんて、それこそ考えるまでもないことだ。



231以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:13:17.97DgCzqnC6o (7/49)


だから、

「由比ヶ浜」

俺は彼女を引き寄せ、抱き締めた。

力の加減が分からない。それでも壊さないよう、けれど逃がさないよう力を込める。

一年以上前、彼女に想いを伝えたとき以来の温もりと柔らかさが縄も杭も皮膚も心も焼き尽くしていく。

「や、やめてよ……これ以上、やさしくしないでよ、つらいから、あたし……」

身体に力はなく、それでも強ばった身を捩り逃げだそうとする由比ヶ浜だが、逃がさない。逃したくない。

「……俺は嘘吐きかもしれないが、優しくなんてない。 だから、今お前が辛いとしても、離さないし、言うのも止めない……好きなんだ、由比ヶ浜」

「うそ、だよ……信じられないよ」

「でも信じてくれるまで、続ける……それしか、俺には出来ないから」

一息。

「好きだ由比ヶ浜、俺には今までも、これからも、お前だけなんだ」



232以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:15:40.24DgCzqnC6o (8/49)


……何時かのように、後で思い返してのたうち回ってスーサイドるのが分かりきった睦言。

でもその程度の痛みで済むなら、黒歴史なんて幾らでもノートに書き加えてやる。

痛むことを諦めるんじゃない、自分の在り方を諦めるのでもない。

諦めないために、変わろう。それを許容出来るくらい強くなりたいんだ。

今この時の為に……由比ヶ浜と、由比ヶ浜を好きな俺自身の為に。

「……でも、それで、あたしが良くても、ヒッキーが……ヒッキーが辛くなっちゃったら……」

「いいんだよ、もう、なんだ、その……覚悟はして……否、出来てなかったから、さっき覚悟した」

かつて彼女と想いの交換をしたとき、俺は自分と異なる、寧ろかけ離れた所にいる存在と寄り添い繋がる覚悟をした……つもりだった。けど実際は言葉だけ、実の伴わない三日坊主の思いつきでしかなかった。だから今、改めて覚悟する。

「俺はもう、お前の人付き合いとか、外面とか、気にしない……学校でも何処でも、俺の傍に、居て欲しい……居てくれると有り難いというか、出来る限りその可能性を考慮して貰えると、なんだ……」

……覚悟できてねぇなぁ。当方に迎撃の用意無し。でも言い出せただけ今までよりはマシなんだろう。



233以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:18:19.56DgCzqnC6o (9/49)


「……ヒッキー、その言い方はちょっと格好悪くない?」

「う、うるせぇな、仕方無いだろ……」

今はまだ俺は俺なんだから。格好いい大人な比企谷八幡君はこれからってことでオナシャス。

胸の中でクスクスと笑い始める由比ヶ浜の感触がくすぐったくて、けれど強ばっていた彼女の身体が少しずつ解れていく感触に俺の心も少しずつ平静を取り戻していく。

「ヒッキーの言いたいことね、分かったよ」

「そ、そうか……じゃあ」

「でもね、まだちょっと足りない」

「え」

「ヒッキーのこと信じたいけど、でも、もうちょっとだけ、ヒッキーの気持ちが欲しいな……そしたら、信じられる、かも」

な、何が欲しいんですかね……いや殆ど予想は付いてるんですけど、そこは炒飯お代わりとかだと有り難い。

「……キス、して?」



234以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:20:15.49DgCzqnC6o (10/49)


ですよねー、二人は幸せなキスをして終了ですよねー。

一旦緊張が途切れると、さっきまでの覚悟は何処へ行ったかというくらい比企谷八幡は鶏肉になってしまうのだ。違う、チキンになってしまうのだった。

……しかしキスをねだって上目遣いな由比ヶ浜が、涙の零れる寸前だったのだろう由比ヶ浜の瞳が、表情が、あまりに、あまりに、可愛くて、綺麗で、愛しくて、俺の心臓はさっきまでと全く違う角度・方向からの衝撃で今度こそ粉々に砕け散った。

していいのか。

キス。

接吻。

口づけ。

口吸い。

していいんだな。

「わ、分かった」

「うん……」

答えると、由比ヶ浜は俺の顔を見上げたまま目を閉じた。



235以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:22:19.78DgCzqnC6o (11/49)


それだけで、期待している彼女の表情だけで、どうしようもなく頭の中が滅茶苦茶になっていく。

俺自身も待ちきれなくなって、一度だけ深呼吸をするとそのまま顔を近づけていく。

初めてではないのに、まるで一番最初の時のような……或いはそれ以前、親しい異性などいない状態で「それ」に憧れ妄想を逞しくする中学生のような心持ち。

狙いを外すのが怖くて目は開けたまま、近づけ、近づき……やがて、唇同士が触れ合った。

「ん……」

くぐもった由比ヶ浜の喉の音。

柔らかい、柔らかい、柔らかい唇の感触と温もり。感じながら、目蓋を閉じる。

彼女の腕が俺の背中に回され、指が淡い力で俺の服に皺を作る。

由比ヶ浜の匂い。

触れる髪の毛。

荒れる脳内。

暴れる心臓。

満たされる心。

もどかしい感性。

何もかもない交ぜで、その全てが唇の感触に集約される。



236以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:24:30.61DgCzqnC6o (12/49)


動けない。動きたくない。

そのままどれだけの時間が経ったかも分からず、浅い鼻呼吸だけではいい加減苦しさを覚え始めると、どちらともなく顔を離した。

「はふ……」

息を漏らす由比ヶ浜の顔は桃色に染まっている。とろりと焦点の合わない夢見るような瞳は先程より更に潤みを増し、臨界を越えてとうとう目尻からこぼれ落ちた。

「ひっきぃ、もっと……もっと欲しいよ……」

涙を流しながら、彼女は更に欲しがった。

断る理由なんて無い。

今度は予告も何もなく、勢いで歯をぶつけない程度のスピードで顔を近づけ、再び触れ合う。

触れ合うだけでなく、擦りつけるように、啄むように、唇に動きを付けた。

新しい刺激が加えられる度に由比ヶ浜はピクピクと身体を反応させ、その度俺の動きを真似るように行為は濃密さを増していく。

これ以上ない触れ合いの幸福感と、まだアクセルを踏み込もうとする飢餓感。

満ち足りている唇と裏腹に不足を訴える首から下を慰めるため、より身体を密着させる。

ビクリと大きく反応した由比ヶ浜だったが、彼女も同じ気持ちだったのか押し付けられる俺の身体に自身の身体を揺すり擦るようにして応えてくれた。



237以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:26:52.02DgCzqnC6o (13/49)


そしてまたどれだけ時間が経ったのか、どちらともなく身体を離す。

涙は収まり、しかし更に表情は熱を増して、呆けたように力無く何かを誘い待つような危険な雰囲気を醸している。

そんな由比ヶ浜も愛おしくて、暫く夢見る彼女の顔を眺めている。

すると、ぽつり、

「……だいじょうぶ?」

そう問うてきた。

「大丈夫、て……」

それは寧ろ俺の方が聞きたいくらいなんだが、二度のキスで現実の境界が曖昧になりつつあるのは確かに大丈夫ではないかもしれない。由比ヶ浜の表情もそんな危うい状態を俺と同じく抱いていることを想起させ――

「ひっきぃ……」

俺を呼ぶ彼女の視線が下へ移動する。

下へ。

下。

……。

…………あ。



238以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:29:35.91DgCzqnC6o (14/49)


「……す、すまん、というか、ごめん、というか」

お前のドリルで天を突け。

個人戦士俺ダム。

戦士再び。

比企谷テント村。

赤字で強調されそうなコメント群が脳内を埋め尽くす。ALERT!WARNING!

……想定しておくべきだった、思い出しておくべきだった。

キスってヤバいんだ。何がヤバいって、ヤバいくらい息子が反応する。

勃起のメカニズム、ちょっとした欲望との接続でも文字通り脊髄反射的に硬くなる息子事情を考えれば、本番以外で最も性的な接触とも言えるキスに反応しない筈がない。これまで過去二回のキス、それこそ触れ合うくらい淡いものですら過敏に反応し、その後はテント状態にならないよう位置やら加減に苦労したものだったが、今回はそういう意識が飛ぶくらい長く濃密なキスだった。身体を擦り合わせたときにビクって反応してたのはこれがバレてたからだな寧ろなんで気付かないんだよ俺○ねよマジで。

幾らなんでも台無し過ぎる。僕は死にましぇん!と叫びながら社会の窓がフルオープンアタックとか、そこに愛はあるのか?と問う男が返り血レッドだったりとか、事件は会議室でなく現場で起こってるんだという引きこもり万年事務員とか、そういう物に通じる残念さが今ここにある。しかし我ながらなんでこんなに例えが古いんですかね、何処でネタ拾ってたんだ俺……。

決して外には漏らせない懊悩で脳神経回路をグルグル回している俺を余所に、粗末なテントをボーッと眺める由比ヶ浜。気分は乱暴されてる現場を恋人に見られてしまう女性の気分。み、見ないでぇ!

そしてまたいつぞやのように由比ヶ浜の手が山の頂に……って、え。



239以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:31:20.21DgCzqnC6o (15/49)


〝ぎゅむ〟

「ヒッ!」

握る、というか揉み込むような刺激にそれこそ脊髄反射で背筋が伸びた。そりゃ間抜けな声も出る。仕方無いんだよ仕方無いんだって。

そしてその刺激は一瞬一回では終わらず、頭頂部を掌で擦りつつ指先は様々な角度から強弱を付けて魅惑の感触を与えてくる。コ、コイツ何時の間にこんな技術を……!

「お、おま……やめ、や、なに、して……う、うぁ」

思い出されるのは何時ぞやの由比ヶ浜による……て、手コキ。おっかなびっくり素人臭いやりとりではあったが(勿論玄人の経験がある訳ではない)、あれはあれで自分の慰めが如何に無力であるかと思い知ったもので、由比ヶ浜には申し訳無いがあれから何度もあの夜をネタに使ってました。だって……しょうがないじゃない……。

そして今貰っている刺激はそれだけで絶頂を迎えるような強さこそないものの逃げ場がなく、少しずつでも強制的に高められていく快感は理性の危機感を余所に本能は大いに喜び身動きがとれないままに更なる感覚をと強請り始めている。捻り鉢巻きの漁師がドヤった決め顔。マグロ!ご期待下さい。

俺の言葉が聞こえてるのかいないのか、由比ヶ浜は熱っぽい瞳のままふぅふぅと興奮を示す呼吸を繰り返しながら行為に没頭していく。その様は熱暴走と呼ぶべきか。

いい加減感覚を誤魔化す為の揶揄的思考もネタ切れになり、このままゆっくりでも昂ぶりを受け入れ果てに到達しても……そんな期待か諦観か判別の出来ない感覚を抱えて堕ちていくことを覚悟したところで、唐突に刺激は止まった。



240以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:33:20.44DgCzqnC6o (16/49)


「え」

由比ヶ浜の手は離れた。

ホッとしたような残念なような、奇妙に絡み合った感情の揺らぎを持て余し一瞬、斜め上を見上げるように呆けていた俺の視線が目前の由比ヶ浜に戻る。

由比ヶ浜は、パジャマのボタンを外していた。

全てのボタンが外され左右の繋がりを失った上着の合間から、柔感の谷とそれを押さえ付ける淡色の下着が覗いていた……ってオイ待て!

「と、止まれ由比ヶ浜!」

ストップ!浜タイム!いやだからなんで今日の俺はこんなにネタが古いんだ……。

突然始まった由比ヶ浜の脱衣に流石に理性が過剰気味勢いを取り戻す。水も飲みすぎれば浸透圧の関係で死に至るようにあまりに強い刺激は盛りに盛った男子学生にも流石に毒で、上着の合間から覗く腰と腹はくびれながらも適度に肉が付いて艶めかしく、中心の臍の窪みがどうしようもなく扇情的だった。

俺の視線に気付いた由比ヶ浜は、桃色の頬を朱に染めて視線を逸らし、

「あ、あっち向いてて……ぬいでるとこは、まだ、恥ずかしい、から……」

心臓どころか内臓全てを爆散させんばかりの台詞を呟いた。いやそうじゃなくてだな。



241以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:35:29.93DgCzqnC6o (17/49)


「な、なんで脱ぐ」

「え、だって……ヒッキーの、おっきくなってるし……」

そっかー、俺のがビッグになると由比ヶ浜が脱いでくれるのかー。やったぜ、これから毎日勃起しようぜ。

……いやその考えはおかしい。いやいや因果関係はおかしくないのかもしれないが、そうあればこそ余計に拙い。

「お、おっきくなっちゃったのは謝る、謝るから……流石に、その、マズいだろ、それ」

「でも、あたし、まだ欲しい……ヒッキーのこと、もっと信じたいよ……」

何時もは爛々溌剌と輝き明確に前を見据えている由比ヶ浜の瞳が、確かに前……俺のことは見つめているものの、色彩は曖昧に濁っている。

その色はきっと由比ヶ浜自身の望みで、濁す不純物は欲望という純水。

「まだ欲しいってお前、これ以上は……」

今の由比ヶ浜は制動が利いていない。ブレーキが壊れている。

スピードの乗った車が急ブレーキ程度で止まれないように、若い男女の情動はそう簡単に止まるものではないのだろう。であればこそ若気の至りなんて言葉とか比喩があるのだから。それでも止めなければ、止まらないと危ない。

だが、



242以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:37:34.06DgCzqnC6o (18/49)


「……ヒッキーは、欲しくないの?」

由比ヶ浜結衣は誘惑する。

いや、多分そこまで考えていない。ただ彼女は欲しがり、俺の身体も欲しがっている証拠を示してしまってる。だから当然のように素肌同士、粘膜同士の接触を求め、それが果たされると思っているのだろう。

由比ヶ浜にも女の子らしい打算、計算高さというのはある。あるが、今の彼女にそんな混ぜ物は無い。

生物として至極当然の欲求。

純粋純正、雌性の欲望。

愛欲。

……そうだ、当然の欲求じゃないのか。性欲だって男ばかりか女だって持っている筈じゃないのか。互いに欲しがっているのなら、それを拒む必要なんて何処にもないじゃないか。

欲しがっているから俺の肉は隆起しているんじゃないのか。そして彼女も欲しがっているというなら、両者の望みを叶えるのが恋人同士の正しい在り方ではないのか――。

「ひ、ひっきぃ……お願いだから、あっち向いてて……」

「わ、悪ぃ」

濁りながらも羞恥で涙を潤ませる瞳に射貫かれ、そのお願いに慌てて背中を向ける。



243以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:39:37.72DgCzqnC6o (19/49)


視界から由比ヶ浜の姿が消え、向き合うものは壁と音だけになる。

心音。

衣擦れ。

心音。

心音

衣擦れ。

心音。

心音。

心音。

上着一枚脱ぐだけ、それだけの時間が異様なほど引き延ばされて感じている。

やがて無機質な壁、自分の心臓と心中と向き合うことに耐え難い感覚を覚え、キツく目を閉じる。

一秒、二秒……十秒、二十秒。一分、十分?

引き延ばされた感覚すら忘れかけるほどの緊張の果てに、

「……いいよ」

待ち望んだ声に、目を開けるとゆっくり身体ごと振り返る。

そして、引き延ばされた時間は停止した。



244以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:41:55.12DgCzqnC6o (20/49)


綺麗とか、可愛いとか。

エロいとか、やらしいとか。

果ては白か黒なんて、何かに例えられる感覚ではなかった。

由比ヶ浜結衣。俺が好きな女の子。

バカっぽくて、五月蠅くて、優しくて、暖かくて、そんな女の子。

そんな女の子が今、俺の前に素肌を晒している。

上半身に何も身に着けず……何も、身に着けず、下着すら。

ただその豊かな乳房、その先端を小さな掌で隠している。

相変わらず夢を遠くへ見つめる瞳は再び零れ落ちそうなくらいに潤んで、頬は桃より更に朱に近づいた色で彩られている。ただ眉は八の字に寄せられて、熱に浮かされながらも隠し抑え切れない羞恥を示し、それが寧ろ加虐心を煽り立てた。

心は逸り、湧き立ち、暴れ回るが、視線はただ由比ヶ浜の素肌そのものに吸い寄せられ、釘付けられる。

「……あ、あんまり、じっと見ないでよ……はずかしい、から」

俺の食い入るような視線に更に顔を赤く、声は掠れてか細く溶けていく。



245以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:44:11.74DgCzqnC6o (21/49)


「や、無理だって、それ……」

そう、無理だ。瞬きすらしたくない。

今この瞬間、刻一刻と過ぎ去っていく時間。それによって起こり得る変化、起こっている変化。例え目視で確認出来ないほど微かなものであっても、一つも見逃したくない。

俺の前に肌を晒した、これから肌を許そうという由比ヶ浜結衣の姿を、余すことなく脳内へ焼き付けておきたかった。

「……か、感想、は?」

恥じらいながらの彼女の問い。

感想、そんなものは。

「なんというか、正直、何も言えない……例えると、偽物になりそうな気が、する」

一目見たとき思った通り、言葉なんて無い。表現を何かの形にすると、それ自体が彼女への冒涜になってしまいそうで、出来ない。

そして美しい物を汚したくない、傷付けたくないという怖れは、次第に欲望の勢いに押し流されていく。

「も、もっと見たいし、さ、触り、たい……だから、その手、どけてくれ」

欲求のまま、吐き出される荒い吐息と言葉。

途切れて纏まらないのは心も体もはち切れそうなくらいに期待しているから。



246以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:46:15.28DgCzqnC6o (22/49)


「う、うん」

俺のどもり気味の言葉に笑いも怖れもせず、由比ヶ浜はさっきまでの俺のようにキツく目を閉じるとゆっくり手を下ろしていく。

やがて、生命豊かに盛り上がる白い二つの丘と、その中に浮かび上がる鮮やかな桃色が現れる。

由比ヶ浜結衣の、乳房と乳首。

一瞬だけ本当に頭の中が真っ白になり、思考がその機能を取り戻すより早く、俺の手は無意識に動いていた。

真っ直ぐ、由比ヶ浜へ。

三秒にも満たない間で、右手は柔らかな感触に包まれた。

「ひゃぅッ!」

突然の感触だったのだろ、由比ヶ浜は触れられると同時に目を見開いた。

そして俺もその感触に思考と行動、その余力を全て奪われた。

「……やわらかい」

思わず口に出た。そう、柔らかい。

思った以上に柔らかくて吃驚したとか、ただ柔らかいだけで特別なものなんて無いとか、そんな飾り立てる言葉や感想なんて一切無い。無粋。不要。



247以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:48:31.18DgCzqnC6o (23/49)


ただ、柔らかい。

由比ヶ浜結衣の柔らかい場所。そこは大きく、豊かで、柔らかくて、ただただその感触が好悪を越えて思考を焼き尽くしていくのを感じていた。

そしてその柔らかさを感じているのが右手だけであることを不自然に感じ、由比ヶ浜に身を寄せると残った左手も彼女の乳房に伸び、

「んうぅッ! ひ、ひっきー!」

そのまま彼女の右乳房に触れた。

左手でも矢張り柔らかい。

両手の感覚が等しくなると、収まりの良さに落ち着く間もなくその先を知りたくなる。

両手、その指に淡く力を込める。

少しずつ沈んで行く指。

埋まる、柔らかさに。

「ぅぅ……」

さっきまでは開いてた瞳を閉じ、何かに耐えるよう掠れた呻きを漏らす由比ヶ浜だが、その様子を気にかける余裕は、無い。



248以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:50:27.56DgCzqnC6o (24/49)


もっと、もっと知りたい。

柔らかさを知りたい。

本能に火が付く。

「ん……あッ! あ、あ、あ、あぅ!」

最早決まった動き、揃った動きをさせる必要も感じられず両手、指を思うままに動かす。

揉みほぐす。

撫で回す。

持ち上げる。

引っ張る。

絞る

全て、全て試したい。

「そんな、いきなりッ! あ、ひ、ひん、ひぅうッ!」

突然の蹂躙に甲高い声を上げる由比ヶ浜の様子を気にかけることもできない。今自分の指がどのように動いているか、どう動かしたいかすら埒の外。

ただ柔らかさを感じ、その変化を目に焼き付けたかった。



249以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:52:34.76DgCzqnC6o (25/49)


……そうだ変化、変化だ。手の中に変化を感じた。

ただ柔らかさだけで構築されているように思えた感触の中に、少しだけ色の違う領域があった。

新たな邂逅にまた好奇は沸き上がり、その部分を親指で弾くように擦り上げた。

「ッッッ!」

眼を見開いて身体が跳ねた。全身ごと巻き込む反応の強さに、気にかけられないまでもそこが特別な場所であることを理解する。

乳首だ。そうだった、これは乳首だった。

乳首の持つ心のある感触もまた何処までも興味を引き、人差し指と親指で以て押しつぶし、転がすように試す。試す。

「そこ、は! だ、だめ、だよ! だめ、だめぇ!」

摘む度、転がす度、芯は硬さを増し屹立する。それに応じて由比ヶ浜の声も悲鳴に近づいていく。

爆発的に湧き出した好奇心はそれを充分に満たし、また的確に活かす為に理性とそれを司る思考にもリソースを割り当てたらしく、さっきまでと比べれば幾分周りが見えるようになった。



250以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:54:34.73DgCzqnC6o (26/49)


見えるから、恐らくは初めての感覚に戸惑い乱れる由比ヶ浜であるとか、現在進行系で自在に形を変える乳房であるとか、殆ど無意識に動いて感触を堪能する手指の様子まで確認出来て脳と局部に再び抗いがたい熱を集め始める。

正しくカッとなり、今までより幾分強めに乳首を摘むと残った指で乳房を包み込むと、左右別方向に引っ張るように動す。

「ひ! ひ、ひ、ひん、ひぅ……んひゅ、ひゅぅ!」

それぞれ異なる方向へ伸びるように広がって行く。ただ驚愕と言うにはあまりに淫らな身の変化。

こんな風にもなるのか。凄いんだな、女の子ってのは。

女の子の身体、由比ヶ浜の身体……異性の存在を強く意識し気付く。思い出す。

今自分が何をしていて、何処に辿り着こうとしているのか。先にどんな目的があるのか。どうしようもなく昂ぶった頭と身体が、これが本能の充足、交合の為の前準備であることを思考に強く刻み付ける。

そういえば、ゴムが無い。由比ヶ浜と〝そう〟なることを意識はしても考えることからは逃げていたため、保険や用心という概念すら抜け落ちていた。

……いや、それマズくねぇか?



251以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:56:17.57DgCzqnC6o (27/49)


今この場には初めての女体に感動し裡に爆発的な衝動を溜め込む俺と、同じく初めてだろう異性からの接触に期待し悶える由比ヶ浜。既に互いの速度は超過気味、そして汗か他の体液で滑る道路は容易に車輪を滑らせる。行き着く果ては事故、負傷、その果ての障害、死――。

ゴムはブレーキだ。100%のストップにはならないという話だが、それでも装着する前提でこそ本質からは遠くとも異性間のコミュニケーションの極致足る性交渉が安心安全の下に行えるのだ。逆にそれが無いことはより本質に近い、というか性交・交尾の本質そのもの。それはあらゆる意味で後戻りが出来なくなることを意味している。

全ての変化が不可逆だとしても、似た状態にすら戻れなくなる。それほどの変化だ。

……責任を取りたいとは思う。先のことなど何一つ確信を持てないが、それでも彼女と寄り添う道の過程で互いの道を本当に一つに合わせることを意識しなかったわけではない。だがここで言う責任など所詮口だけのもの、特に学生である俺が今口にする責任などあまりに軽い。誰かの一生を背負う覚悟はあっても、そこに実質的な力が伴わなければ世迷い言と同じ。それは互いを不幸に導くだけだ。

ならば君子危うきに近寄らず、虎穴に赴くには今の俺はあまりにか弱い……だが、それでも今の状況は。

恐らく、痛みや怖れを越えて俺と深く繋がることを望んでいる由比ヶ浜。

確実に、先に待つ愛情や快楽を期待して由比ヶ浜と深く繋がることを望んでいる俺。

互いが同じ結果を望んでいれば、理性のブレーキなど儚すぎる。



252以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 00:58:23.38DgCzqnC6o (28/49)


何より、由比ヶ浜に俺の……由比ヶ浜結衣の子宮に比企谷八幡の遺伝子を種付ける、その未来を想像するだけで背筋が震え脳内は過剰に生成された麻薬で滅茶苦茶に跳ね回る。あまりにリスキーなその行為に、これまでの人生の中でも比肩するような経験すら存在しないほどの興奮を覚えている。

止まれない。このままでは止まれなくなる。危ない。危険だ。

ならばまだ止まれる今の内にゴムが無いこと、その危険性を盾に彼女と離れれば良い。名残惜しくとも温もりの代償が今はデカすぎる。それだけが唯一無二の正解だ。

しかし、ゴムが無い……それ故に彼女との接触を断とうというそれは、一ヶ月前にも同じことを言ってしまっている。

一ヶ月前は暴走気味に捲し立てた言い訳の中に紛れていただけだが、それでも彼女がその文句を覚えていたら。同じ言い訳で再び身を離そうとしたら。また彼女は俺の言葉を信じられなくなるのではないか。

これが平時ならまだ冗談めかして煙に巻くことも出来たかもしれない。だが今は互いに理性と本能、現実と夢の境界が曖昧だ。そんなまともに働かない思考で、舌の根も渇かぬ内に矛盾しかねない事実を突きつけて、俺は彼女の信も愛も失ってしまうのではないか。

安全の為の緊急ブレーキ。絶対に必要だと分かりきっているそれを、その代償に確実な快楽も彼女自身も手から零れてしまう。それが何より恐ろしくて、ブレーキを踏む決心が付かない。迷う内に、手の中の感触が、温もりが、確実に理性を蝕んでいく。



253以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:00:41.06DgCzqnC6o (29/49)


抱き締めたい。

温まりたい。

味わいたい。

貶めたい。

堕ちたい――。

でも、それでも、俺は。

「……? ひっきぃ……?」

由比ヶ浜の胸を蹂躙していた両手を離し、その手で彼女の肩を掴んで引き離す。突然止まった感触を訝しんだか、由比ヶ浜は熱に浮かされた顔で俺を呼ぶ。

「……わりぃ、ゴム、ねぇんだよ」

目を合わせられない。そっぽを向いて、キツく目を閉じて、事実だけを簡潔に伝える。

「……それが、どうしたの?」

その言葉の意味が、その意味すら受け取れないほどの欲求に支配されているのか、由比ヶ浜は問い返してくる。更なる言葉、説明を尽くさなければならないのが、辛い。



254以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:02:13.57DgCzqnC6o (30/49)


「いや、お前……危ないだろ」

「……?」

「だから、その……このまま進んだら、ひ、避妊、出来ないまま、その……」

頼むから察してくれ。

出来てしまうと危ない、少なくともまだ早い……そのくらいでストップしてくれるならまだいい。もしそれ以上、子供が欲しいか欲しくないか、なんてところまで話が飛んでしまったら、それを未来ではなく今の状況で語ってしまったら、それは明確な断絶を生みかねない。

多分由比ヶ浜は、今の由比ヶ浜結衣は、愛欲の果てに行き着くところまで行ってしまう。そんな気がするから。

「…………」

分かっているのかいないのか、由比ヶ浜から反応はない。

心地よくない沈黙。内蔵が外側からチクチクと刺され削られ痛んでいく。

またも時間感覚は狂い、由比ヶ浜の沈黙が何秒何分かも分からないままに――

〝ぎゅむ〟

「ヒんッ!?」

またも揉み込まれるような感触で、その時下半身に電流走る……!



255以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:04:21.07DgCzqnC6o (31/49)


しかもその電流は連続して……というか揉み込まれるよう、ではなく実際に揉まれている。優しく、でも逃げ場のない快感はさっきよりも濃厚で、比喩ではなく本当にビクンビクンと腰が断続的に跳ね上がった。悔しい……でも以下略。

「お、おい、だから、な、なに、やって」

突然の状況に思わず目を見開いた。

このショックの電源は勿論由比ヶ浜の手だ。上半身裸の由比ヶ浜が、乳房を晒した由比ヶ浜が、先端の桃色を隠すこともなく、俺のズボンに形成されたテントの頂上に手を伸ばしている。

揉み込む指の動きは次第に上下のストロークへと変化していき、芯の屹立が頂上に達する頃には布地の上から一月前を再現するようになっていた。

「やめ、やめろ、あ、あぶない、って、おま、おまえ」

布地を介し、またストロークも短いその感触は一月前のソレと比べるべくもない。しかし刺激が弱い故に胸の中でもどかしさが爆発的に膨らみ、目に映る光景の現実感の希薄さが理性と本能、意識と無意識の境界を曖昧にしていく。

危ない。危ない。危険だ。

このまま、このまま全て曖昧に混ざり合ってしまったら、もう俺は何を言われても何を思い出しても本能の暴走を押さえ込める自信が無い。そしてその果てに負いかねない傷を、生々しく想像してしまう。

それだけはダメだ。その傷だけは、絶対にいけない。無期懲役とか死刑とか、それくらいじゃ贖いきれない咎だ。そしてそれを明確に意識しても止めど得ないほど一ヶ月ぶりの狼達は餓えて我を忘れている。



256以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:06:24.90DgCzqnC6o (32/49)


だが由比ヶ浜は、

「……じゃあ、あぶなくないよう、出しちゃえばいいじゃん」

そんなことを、言ってしまう。

ストロークが止まり、より強い力で布地ごと怒張を握り込んだ。

「ッッ!!?」

一瞬息が止まりそうになる衝撃。日頃の自慰では、というか一般的な自慰に於いては配慮の外にある手法……緩急。緩め急ぎ、その配分で性感をコントロールする……いや本当、どこでこんな技術を。本当に処女なのかこいつ。レベル上がりすぎィ!

「そ、それが、あぶな、ッ、いって、ぅあ、いってん、だよ……!」

嬉しいやら恥ずかしいやらでもやっぱり嬉しい由比ヶ浜のレベルアップだが、それを素直に受け止められないくらいに事態は切迫している。今は連続するその快感に身体の方がどう動くか迷っているが、このバランスが崩れれば所詮女子の力など弱いもの。強引に振りほどいて組み敷くことなど造作もないだろう。今こうして最悪の事態を危惧する思考も、恐らく幾分も維持はできまい。

今は如何に快感で俺の身体をコントロールしているとしても、いざ理性の許容が限界を超えれば成人間際の男性の肉体は生半な縛りなど容易に振りほどいて女性の身体を組み敷くだろう。避妊云々以前に、我を忘れた俺が由比ヶ浜を力尽くで手籠めにする……それはもう人とか男である資格すら無くす、最低最悪の所業だ。それだけは、何を於いてもそれだけは、絶対にしてはいけない。したくない。



257以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:08:20.35DgCzqnC6o (33/49)


だと言うのに由比ヶ浜は、

「だいじょぶ、あたし……がんばるから」

子供のように笑うと、微妙に繋がらない台詞を口に、そのまま俺のズボンにパンツごと手をかけて、俺の下半身を露出させた。屹立した男根を引っ掛けないよう、前を伸ばしてからズリ下げる手慣れっぷり。いやお前、本当に処女だよな……?

そして現れる愚直。外気と由比ヶ浜の視線に晒され、根っこの部分を通して繋がった脊椎にぶるりと震えが走る。

もう、多分、止まれない。

せめてズボンで縛められていればほんの僅かでも理性のストッパーがかけられていただろうが、もう彼我を隔てる壁は由比ヶ浜の身に着ける二枚の布地だけだ。防備の薄い国家地域など、容易安易な侵略対象でしかない。

頭の中が悲観と諦観と期待で埋め尽くされつつある中、せめてもの抵抗にと身動きをせずにいた俺の目は由比ヶ浜の諸動作を見つめている。

そこで更に予想外の事態が起こった。

「……いたかったり、ヘンだったら、いってね」

それこそ一ヶ月前の再現になると思っていた。だが彼女は屈み、目線を俺の股間に合わせると――

〝ちゅ〟

「ぅひィッ!?」

逸物の先端に、キスをした……!



258以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:10:34.09DgCzqnC6o (34/49)


突然の事態、想定外。未知。何もかもが絡まりあって、今までの比ではないくらいに俺の全身は跳ねた。

だが由比ヶ浜結衣は狼狽えない。

「ん、れぇ」

そのまま逸物を優しく掴むと、竿から先端まで、縦に舌を這わせた。

「あ、あぅぁ、ゆ、ゆいが、はま……!?」

暖かく滑る線の感触が逸物から脊椎、脳内にまで刻み込まれて一気に舌が回らなくなった。勿論思考も。

「んちゅ……」

そのまま余すとこなく唇と舌で唾液を塗りたくり、ぴちゃぴちゃ音を立てて俺自身をなめ回した。

なんだこれ。

なんだこれ。

なんなんだこれは。

一ヶ月前の手コキも凄まじかったが、それでも自慰の延長線上にあると考えれば、今味わっているこの感覚は完全に未知の世界だ。舌が動く度に限界を超えて血が集まり、準備期間など必要無しと先走りが大量に溢れ出す。

「お、おま、おまえ、おまえ……こ、うぅ、こん、な……あぐッ」

理性が飛んだ。しかし本能すらあまりに鮮烈な感触に狼狽え戸惑っている。僅かに残った言語野は、辛うじて意味の拾える意味の無い言葉を口の端から辿々しく垂れ流した。



259以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:12:24.14DgCzqnC6o (35/49)


思考が混迷に混迷を重ねる中、身体の充足だけが急速に満たされていく。そして、

「あむッ」

それはまたも唐突に訪れた。

「あ」

由比ヶ浜は舐める動きから自然に、肉棒を口内に迎え入れ、咥え込んだ。

「あ」

限定的だった熱と柔らかさの範囲が一気に広がった。包まれ、迎え入れられた。

「あ」

由比ヶ浜が、あの由比ヶ浜結衣が、俺の股間の前に跪いて、俺の肉棒を、口中に、

「あ」

あまりの状況、あまりの感覚、あまりの光景に最早理性も本能も境はなくなり硬直している。ただ間抜けに一文字を口から垂れ流すだけ。

そして、そんな俺に更なる追い討ちがかけられる。

「あぷ、あむぅ……」

由比ヶ浜の口内が、舌がうねって絡みついてきた。



260以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:14:24.44DgCzqnC6o (36/49)


「あ」

さっきまでのなめ回しとはまた比較にならない密度と湿度が身体を支配し、末端の感覚は薄れ、ただ未知の領域の快感が体内を荒れ狂い、更に、

「んぢゅ、おふ、おぶッ」

じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ。

水音を立てながら、由比ヶ浜の顔が前後した。

もう何の喩えようもなく、それは口淫だった。

由比ヶ浜結衣が、フェラチオに興じていた。

比企谷八幡が、由比ヶ浜結衣のフェラを堪能していた――。

「あ」

あ、

あ、

あ、

あ、

ああ。



261以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:16:59.92DgCzqnC6o (37/49)


「ああ、ああああ、あ、あぎッ」

最早過去も今も未来もなく、ただただ押し寄せる快楽の濁流に押し流される。

均衡など一切無い。これまで経験したことが無い程のスピードでせり上がってくる熱塊を感じ、忠告する間もなく、

「ぅあ、うあ! ああ、あああ!」

ただ快楽の赴くまま、流されるまま、俺は由比ヶ浜の口の中にありったけの精をぶちまけた。

「!? んぶッ、むぼッ!」

抜け出る度に脈動するように走る悦が殆ど無意識、反射的にビクビクとに身体を反応させる。ドクドクと容赦なく吐き出される俺の奔流に由比ヶ浜は目を見開き、しかし口を窄めて決して口に隙間を空けなかった。

「んぐ、んぐ、ぐぅ、んん、んぐ……」

眉根を寄せて苦しそうな顔で、それでも肉棒を吸い上げるような体勢のまま由比ヶ浜は俺の股間に縋り付いていた。俺のモノを口に含んだまま、白濁を零すことなく……身動きないまま微かに来る震え。恐らく飲み込んでいる。

脳細胞そのものが焼けるような強烈な性感、精を嚥下する由比ヶ浜。何もかもが鮮烈で強烈で、あまりに現実感を欠いた現実は射精を経ても俺自身の熱をそう下げてはくれなかった。それでも体力気力を根刮ぎ持っていくような放出は危険な領域を離脱するには充分過ぎる程だった。

「ん……んお……」

やがて全てが収まると、由比ヶ浜はゆっくりと口から肉棒を引き抜く。その際に口の輪が擦れる感覚で再び背筋が震えた。



262以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:19:19.17DgCzqnC6o (38/49)


「けほッ……やっぱり、ヘンな味だよ……」

軽い咳で嘔吐く由比ヶ浜。

エロ本エロ漫画同人誌の情報だが、苦いとか不味いとか、確かにいい話は聞かない。しかし眉を潜めながらも決して苦痛を感じさせない表情はさっきまでの光景を含めあまりに淫靡で、夢の中に沈んで行く感覚は消えなかった。

「おまえ、なんで、こんな……い、いつ覚えたんだよ、これ……」

頭はまともに働かないまでも、大いなる疑問の探求だけは忘れてはならない。

そう、何よりの疑問は処女である筈の由比ヶ浜が何故こんな……こんな、技術というか、淫蕩な行為を。

「な、なんで、口でするの、なんて、しって」

「……女の子向けでも、ちょっと変な雑誌に、男の子を夢中にさせる方法とか、載ってるんだよ……?」

え、そうなの? いや読む度頭の悪くなりそうな雑誌なら小町が所有していたことは知っているが、そんなディープでアナーキーな情報も載ってたりするの? いかんちょっと妹が危ない興奮する。お兄ちゃんそんなの許しませんよッ!?

「いやでも、なんか、すごい手慣れてる感が、その……」

更なる疑問はそこだ。例えフェラチオという行為そのものを知っていたとしてもさっきのは随分スムーズだった気がする。慣れてないと歯が当たって痛かったりするとか聞いたこともあるのに、歯は愚か擦りつけられる粘膜の感触は途絶えることなく性感を与え続け――思い出す度背筋が震える。これ以上回想するのはマズそうだ。

それとも読むだけで性技の熟練度が上がったりするのだろうか。最近の雑誌は凄ぇな……。



263以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:21:21.40DgCzqnC6o (39/49)


「れ、練習、してたから……ヒッキーの為に」

「そ、それ、お前……」

嬉しいこと言ってくれるじゃないの……いや、なんか、マジで嬉しい。唐突は唐突で未だ驚愕の余韻は去らないが、これが俺の為であるという事実が張り裂けそうなほど胸の裡を満たしていく。

「姫菜がね、こ、こーいうのに詳しくて……雑誌じゃなくても小説とか、漫画とか、色々貸してくれて……」

セクシーコマンド―(直喩)外伝 すごいよ!海老名さん。

確かに日本のオタクコンテンツに於いて性関係、その結びつきはかなり深いところにまで至っている。そしてそこそこにディープっぽい彼女であれば資料や教導もお手の物なのか、見た目ビッチの内面清純美少女を性的に指導するエロエロ眼鏡美少女……キマシ?

何にせよ放出で危険な領域をとりあえずは脱しつつある現状は海老名さんのサポートの賜だ、これは彼女には感謝してもし足りな――

「ひ、姫菜の貸してくれたのは、お、お、男の子同士の、だったけど」

前言撤回、なんてモノ見せてくれてんだよコラ。これを切っ掛けに由比ヶ浜が発酵……いや有害な菌活動だから腐敗だ、ともかく腐敗し始めたらどうすんだよ。俺、牛乳は牛乳で楽しみたいからヨーグルトとかチーズ化するのは勘弁して下さいマジで。



264以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:23:14.84DgCzqnC6o (40/49)


「そ、そうか……」

「うん……」

知ってしまえば何のこともない。いや由比ヶ浜と同じく未経験だろう海老名さん(未経験だよね? じゃないと多分戸部が泣く)の指導がどれほどのモノも分からないが、そこは由比ヶ浜に性技の才能があったという嬉し恥ずかしな妄想で補完するとして。

……気まずい。

事実の確認さえしてしまえば話題が話題、これ以上突っ込んだ話は地雷になりかねないわけで、必然会話は途切れる。

俺と由比ヶ浜には普段からあまり共通の話題がなく、一緒に居ても黙り込んでしまうことは多かった。ここに引っ越してから由比ヶ浜が幾度と遊びに来た時間も同様だったが、それでも黙って寄り添うだけで満ち足りる何かがあり、それは由比ヶ浜も同じように見えた。

だが今は、互いの格好とか、行為の余韻とか、直視するにはあまり気恥ずかしい状況で、沈黙は胸の裡を羞恥と焦燥で染め上げていく。

そう、俺は下半身を露出し局部を濡らした状態で、由比ヶ浜は上半身を露出しこれ以上なく女性らしさを主張していた。

……意識するとドツボだ。というか意識してしまっているが故にこの空気だ。肉棒にはぬらり濡れた感触が残り、欲望の火は消えきらないまま擽っている。このままこの空気が続いてしまえば、残り火は再び天を焦がす勢いで燃えさかるのではないか。

そうなる前に動かなければならないのに、空気は負荷のないまま固まって俺の動きを封じていた。

と、



265以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:25:27.58DgCzqnC6o (41/49)


「……ヒッキーの、汚れちゃってる」

そんな懊悩する俺を節目に、由比ヶ浜の視線は俺の逸物に注がれていた。ゆ、ゆいゆいのエッティ!

しかしその言葉、示唆する内容は今の俺には有益だ。使える。これを口実に風呂場へ直行、今度こそ自分で処理して完全に鎮火してしまえば――

「あ、そう、だな……よ、汚れたままはアレだから、風呂にでも」

しかし由比ヶ浜は、

「キレイに、しなきゃ……したげるね」

俺の台詞を喰い気味に、再び熱に浮かされたような顔で俺の股間に跪き、曰く「汚れちゃってる」肉棒に舌を這わせた。

〝ぬるり〟

「おふッ!」

予想だにしなかった再度の快楽。

「ん……んん……んちゅ、ちゅぅ……」

唾棄と先走りと白濁に塗れた俺の肉棒を外から舐め、吸い付き、綺麗にしていく由比ヶ浜……しかしそれは先走りと白濁を新しく唾液で塗り替えるだけ。そしてそれに付随する快楽は正しく暴風、突風。

「お、おい……そ、そんなこと、おまえ……!」

突風で一気に酸素を供給された火はあっという間に炎へと成長する。勃起の体裁を保っている程度の膨らみは最早後戻りの出来ない大きさと硬さを取り戻していた。



266以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:27:20.16DgCzqnC6o (42/49)


これもお掃除フェラ、と言うのか。これまで自慰の妄想の中で由比ヶ浜を〝そう〟したことは、遺憾ながら何度もある。だが現実を妄想に出力する行為は何とも気恥ずかしく罪悪感を伴い、思い浮かべるシチュエーションは精々がノーマルなプレイの範疇だったわけで。こんな風に行為の後の『ご奉仕』なんて、少なくとも由比ヶ浜がそうなることなんて、想像もしなかった。

けれど今、現実は、

「んぅ……はぁ、はむ、はむ……」

一心不乱に肉棒を舐め尽くそうとする由比ヶ浜の姿は、正に小説より奇なりと言う外無く、ある意味先程の咥えられていた時以上に現実感の無い光景だった。

炎は、頭も身体も焼き焦がして、もう――

「ゆ、由比ヶ浜ッ!」

「あぅッ!」

由比ヶ浜の頭を掴んで股間から引き剥がし、それから再び肉棒を彼女の眼前に突きつける。今度は俺が、俺の欲望が歯止めを失う。

「も、もう一度……さっきの、もう一回、由比ヶ浜……!」

早く、早く、もう一度。あの素晴らしい〝愛〟をもう一度。

焦って強ばり乱暴になる俺の行動に由比ヶ浜は戸惑いながらも、

「あ、ひっきぃ……シて、ほしいんだ……」

淫靡に微笑む。声は再び熱を帯び始める。日溜まりのような彼女が月光の陰に隠れるようなイメージに代わり始める、そんな現実でどうしようもなく脳が蕩けていく。

「ああ、シてくれ……お前に、シて欲しい」



267以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:29:42.74DgCzqnC6o (43/49)


「うん……いいよ」

俺の剥き出しの願望に彼女は待つことも待たせることもなく、

「あむ……ッ」

片手で俺の腰にしがみつくと再び肉棒を咥え込んだ。

「おお……」

先程の再現。敏感な部分を包む生暖かさは直接触れずともただそれだけで全身を奮わせる感触を生む。

「ん、んぅう……あぷ、あぅ、んむ、ん、ん、ん……」

燃えさかってから始まった故か段階的に進んでいったさっきとは違い絡む舌と口輪のストロークは同時に、勢いを乗せたまま始まった。

〝ちゅぷ、ちゅぷ〟

〝じゅぽ、じゅぽ〟

由比ヶ浜の息遣い。俺の呼吸。水音。感触。

何もかもが混ざり合って、でもコーヒーとホワイトという程には混ざり合わない斑模様。気の遠くなりそうな混迷の中、粘膜が擦れる度に走る快感だけが全身を現実に繋ぎ止める楔で、ただそれだけを求めて今俺の思考も身体も存在している。

走る電流はさっきと同じか或いはもっと強いのに、さっきの放出の量と濃さは頂点への距離を何処までも長く広げて辿り着けないもどかしさが大きくなっていく。自然、由比ヶ浜の頭を押さえる手にも力が入るが、それに比例するように由比ヶ浜の口淫も力が入る。



268以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:31:36.38DgCzqnC6o (44/49)


「んぶ、むぶ、ひぅ、ひん、ぐむぅ」

〝じゅぷじゅぷじゅぷ、じゅぽ、じゅぽ〟

揺すられるのは頭だけでなく、ストロークと音に合わせて由比ヶ浜の身体も揺すられていく。味わっているのは口内だけなのに、まるで由比ヶ浜の全身でこの快感を味わっているようで、一所に留まらず宙を彷徨っていた視線は彼女の身体……見下ろす彼女の頭と背中に固定される。

そこに違和感があった。

もぞもぞと動く背中。背中から連なる腰、尻が、頭の動きに合わせて背中よりも動いている。

もぞもぞ。もぞもぞ。振られる尻、それを隠すパジャマズボンの皺が不自然に動いている。

不自然に、一部が盛り上がっている。

俺の腰を掴む手に力が入っていく。

掴む手。片手だけ。

もう片方の手。その行方。

不自然に盛り上がるズボンの一部。

振られる尻。

「んぅ、んん、んふ、んぅ、ん、んぅ、んぅ」

声に、吐息に、喘ぎの色が混じっている。

これは、俺を口に含みながら、由比ヶ浜が、自身を、慰め、て。



269以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:33:17.96DgCzqnC6o (45/49)


「ん、ん……んぶぅッ!?」

爆発した。

欲望が暴発して、全てが炎に変わった。

頭に添えていた手が欲望のまま、視界に映らない由比ヶ浜の乳房を掴んだ。

咥えられたままの肉棒ごと、欲望のままに腰を振った。

「んぶ! むぶ! むぶ! むぶぅ!」

既に密着しているような状態だった為にグラインドの距離は短く、腰の動きは小刻み。しかし自身で揺すり得られる快感は由比ヶ浜に任せたままに走る感覚とはまた別種。更に俺の動きに由比ヶ浜が驚き為されるがままになっていたのは僅かな間で、俺が腰を引くのと同時に彼女も顔を引き、俺が腰を押し込むのと同時に彼女の顔も押し込まれた。押し込まれる度に先端に絡みつく舌の動きも激しくなっている。反復する動きに合わせて、両手に掴み手から零れそうな程に豊かな乳房を揉みしだく。

竿からカリまで余すとこなく濡れて、味わう感触も広く強く。強く。

「おぶ! おぶ! んぶ! んぶ! んぶ! んぶぅッ!」

〝じゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽじゅぽ〟

快感は男根から足先、また頭の天辺まで巡り巡って何もかも支配している。

速度の増した水音、更に口腔の奥までねじ込まれる感触。全てが濃密で、これが口淫であることを忘れてしまいそうになる。



270以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:33:58.5312T/iLRYo (1/1)

誰だよ来ないなんて言ってた輩は
ちゃんと来てくれたじゃないか


271以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:35:23.37DgCzqnC6o (46/49)


そう、これは口淫なのか?

深く、早く、濃く、腰を振って、快感を味わっている。

自慰だが、由比ヶ浜もまた性感を味わっている筈だ。

互いが陰部で快感を貪っているのなら、これはもうオーラルとすら付けずセックスと呼ぶのではないか?

俺と由比ヶ浜は今、予期せずセックスを堪能しているのでは……?

その考えに至り、つっかえたようなもどかしさは吹き飛んで一気に感覚が高まる。

限界。

リミット。

頂上へ、至る。

「で、る!」

もう。

「でる、から、でるから! だす、だしたい、ゆい、ゆいがは、ま……ッ!」



272以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:38:41.36DgCzqnC6o (47/49)


「むぼ、んんんんッ!」

由比ヶ浜が顔の反復を止めて、これまでに無い程の深さへ一気に肉棒を咥えて押し込み、吸い付いた。

新たな感触。それはきっと、喉の……。

「あ、が」

〝びゅる、びゅる、どくり〟

想像が最後のトリガーになって、俺は二度目の射精を迎えた。

二度目なのに、さっきの射精と量は変わらないか、多い。まだ最中なのにそれを想像させるほどに凄まじい悦が内側で荒れ狂って暴れ回る。

「ッ! ッッッッッッ!!」

さっきよりも奥、もしかしたら喉へ直接流し込まれているかもしれないのに、またも由比ヶ浜はその一切を吐き漏らすまいと出される端から震えながら精液を飲み下していく。

視界がチカチカと明滅して、身体を置き去りに意識だけが異界まで飛んでいる。

きっと人間は正負を問わず自分の限界を超えた感覚を覚えた時、その意識を昇るか堕ちるかさせる。ならばここは天国か、地獄か。どちらでも、この感覚を抱えたままならば何処に辿り着こうと後悔はない。

さっきまでのように時間の感覚すら壊れて、何時射精と快感が終わったのかも分からない。それは由比ヶ浜も分かっているだろうに、恐らくは〝お掃除〟の為に決して口を離さず、舌が肉棒に絡みつかせている。本来なら三度の屹立すら促しかねないだろう感触も、精巣が空になったかと思うくらいの射精を経た俺の肉棒には何処か遠く妄想の中の小事だった。



273以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:42:45.86DgCzqnC6o (48/49)


「……んはぁ、ッ……」

由比ヶ浜の〝お掃除〟が終わる。彼女が口を離し息を吐くのと同時に俺は上半身を支えきれなくなり、乳房から手を離すとそのまま大の字に倒れた。

「んぅ、ああ。あ……」

自分の呻き声すら夢の中。ここ十数分か数十分のあまりに濃密な体験に現実感を失い切ると同時に体力の枯渇をようやく自覚し、意識は薄暗い靄に包まれ闇の中へと堕ちていく。

本来の意味で現実と夢の境界が曖昧になっていくと、あまりに現実から離れた今日の出来事は全て本当に夢だったのでは。ただ行き過ぎたネガティブ思考が心の平衡を保つために見せた幻覚だったのではと、半ば本気で疑ってしまう。

薄れていく意識の中で、ただ由比ヶ浜の存在が恋しくて、その行為の全てが幻だと思いたくなかったのに、抵抗も空しく消耗した心身は睡魔にあっさり敗北した。

眠りに落ちる寸前、胸板と唇に押し付けられるそれぞれ別種の柔らかさと温もりを感じたが、その正体がなんであるかすら考える間もなく全ては黒に溶けていった。



274以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:44:46.50DgCzqnC6o (49/49)

今夜の投下はこれにて終了です。
後は二話のエピローグを残すのみですが、流石に眠いので続きはまた後日。

あと宣言警告無しでエロいのに突入してしまいましたすみません……。


275以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:55:45.09UyMP0z4fo (1/1)

乙ですー!


276以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:57:03.31uDn1nD9yO (1/1)

超乙
夜勤の俺を実に癒してくれた
途中だろうけど簡単に感想を
ちょっと説明クドい
文章レベルは最上級
なんか俺ガイルの名前を借りた官能小説を読んでるみたいな気分になった
結論、素晴らしい


277以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 01:58:39.55s9YHQ1UOo (1/1)

乙です!
すごい量ですね


278以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 04:41:13.46OxJf+9Sbo (1/1)

待ってたかいがあったわ、続きも楽しみにしてる
PCだと文章が右に伸びてて読みづらいからも少し改行挟んでくれると嬉しいかも


279以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 06:05:45.14fTnMQ28ao (1/1)

もうそろそろおわりなのか?


280以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 09:00:16.553DzcS8D60 (1/1)

内容に文句はなかったけど冒頭の自分語りと
どうも>>1ですの下りがキモいなと毎回みてて思った


281以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 12:38:24.85vGpVLRXuO (1/1)

正直無駄に長い


282以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 13:21:36.922souMjjbO (1/1)

すごいでた


283以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 13:28:34.6507+Cgo5/o (1/1)

素晴らしい

素晴らしい


284以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 17:45:56.70KeioslxY0 (1/1)

俺個人としては長くてもよし

最高


285以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 19:07:41.70kOoB+Pha0 (1/1)

乙です!
素晴らしかった


286以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/12(月) 23:05:47.56VReqLb2Bo (1/1)

乙ですー


287以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/13(火) 21:27:36.17K+aCvZWro (1/1)

素晴らしい


288以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/17(土) 17:49:14.97hwasjQKBo (1/1)

CDってやっぱ割高よね、どうも>>1です
二話エピローグを今夜か明日に投下予定です
期待せずお待ち下さい

あとスレの最初の方で自分で「読みづらい」と思った部分を前回投下後に指摘して貰ったので
次回投下分から改行とか書き方とか色々試してみます


289以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/17(土) 17:52:50.74CF6b0Sj7o (1/1)

期待


290以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:36:31.18R/29QPn/o (1/21)

どうも>>1です
オルフェンズ配信二週したので投下します

あと今回投下後解説の名目で言い訳タイムが始まるのでご注意


291以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:39:09.98R/29QPn/o (2/21)


「ヒキタニくんさぁ……マジでゆいゆいと付き合ってんの?」

「……まぁ、その、そうだけど」

雨の気配も無い快晴の昼休み、駒鳥さんと伴って接触してきた猿渡の問いに俺はそう答えた。

「……マジか」

「マジだよ猿渡クン、マジマジ」

「マジかよー」

駒鳥さんの相槌にくすんだ金髪をワシャワシャ掻いてオーバーに反応する猿野郎。
その様は如何にも滑稽だったが、そんな様子を見せるに躊躇のない、
或いは羞恥心が欠如した性根はひねくれ者の俺には少しばかり眩しくて、今は羨ましくもあった。

「ゆいゆいみたいな子にカレシいねーとかありえねーって思ってたけどさー、それでもヒキタニくんかよーマジかよォー」

「……悪かったな、俺みたいのがアイツの彼氏で」

「別に悪くねーべよ。 それはヒキタニくんの手が早かったか、ラッキーだったってことじゃん?」

幸運であったことは否定しようもないが俺の手が早いってのは……寧ろ遅すぎるくらいだったけどな実際は。
俺がスロウリィ!? その通りですとも。

ウザいし五月蠅いし見た目怖いしでお近づきにはなりたくないが、それでもこういう気っ風の良さが猿渡という人間の輝きであることは否定しようもなく、
だからこそ俺としては珍しいことだが突っ込んだ話を聞いてみたくなる。



292以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:41:04.16R/29QPn/o (3/21)


「猿渡は、その、由比ヶ浜のことが?」

「んー……ゆいゆいぐらいカワイイ子が彼女だったらなー、おっぱいデケェしなーってくらい? カレシいないって聞いたから、じゃあ好きになっちゃう? みたいなさぁ」

「あー……」

綺麗な言い回しではないし欲望ダダ漏れで感心は出来ないが、それでもそういう感覚は理解出来なくもない。
表現や形が違っても、悲観的になる前のかつての俺と方向性はそう変わらないのだから。

「でも滅茶苦茶ガード硬くて、全然遊び付き合ってくんないし、それで何か男と一緒に帰ってるとか聞いて嘘吐かれてたんかなって……最初ヒキタニくん見た時、これカレシはないわーって思ったんだけど俺の見る目無かったわ」

「……別に、普通は由比ヶ浜と俺みたいなのが付き合ってるなんて思わねぇだろ」

「まぁフツーに考えたらな……でもゆいゆいはなんかフツーじゃなくカワイイし、ならフツーにバカな俺よりフツーじゃなさそうなヒキタニくんの方が良かったんだろうなって、思ったり思わなかったり?」

ふつう の ほうそく が みだれる !
こういうのゲシュタルト崩壊って言うんかね。



293以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:43:22.85R/29QPn/o (4/21)


「俺の場合、普通じゃないのは人間性が平均値以下ってとこだけだけどな」

「だったらその分ヘーキン値以上のゆいゆいが穴埋めしてるってことじゃん? だったらやっぱフツーじゃない感じにお似合いなんじゃね?」

……そういうものなんだろうか。破れ鍋に綴じ蓋とは言うけども。

猿渡の言うことは、俺をフォローしているというよりは由比ヶ浜の選択が間違っていないか持ち上げる為の言でしかない。
だが自分のモノに出来る目が無くなっても相手を堕とさないというのは美徳だろう。
反りは合わないだろうし積極的に関わりたいとも思わないが、それでも由比ヶ浜と俺の縁が続いている限り、会えば挨拶くらいはしてやろう。
そう素直に思えるくらいには猿渡という人間は嫌いになれそうになれなかった。

そんな風に考えられること自体、俺自身変わりつつある証なのだろうか。

「まー俺からの話はそんなもんでこっから本題なんだけど、牛山がヒキタニくんとタイマンしたいって言ってるから講義終わった後にでも付き合ってやってくんね?」



294以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:44:55.98R/29QPn/o (5/21)


え。

「……タイマン?」

「タイマンタイマン、男同士一対一ってタイマンしょ」

牛は牛でも紳士牛だと思っていた牛山某もやはり野生の本能に抗えなかったか……いやいやマジで?
あの体格の益荒男と一対一? 俺病院送り? もしくは突然の死?
俺赤い服とかアクセサリーなんて身に着けてないんだけどなぁ。牛君迫真の興奮。

「猿渡クン、それタイマンと違うよ……牛山クンもヒキタニクンと話したいことがあるんだって」

「……ま、そりゃそうだよな」

猿野郎の語彙力と知恵足らず振りを見てれば概ねそうだろうとは思っていたとも。
でも学食に連れて行かれたときの馬力が未だ記憶におニュー。
あんなんと物理的に対立するなんて想像するだに恐ろしい。
だから一分一厘でもリアルファイトの可能性があるなら避けたいところ……なのだが。

「や、やっぱり牛山も……なのか?」

「そうそう、てか俺が言わんでも見てりゃ一発で分かんじゃん?」

猿と一緒で薄々感付いていた……というかある意味一等分かり易くもあったけど。
正直逃げたいが、俺と牛山だけの問題ならまだしも由比ヶ浜が絡むとあっては無視するわけにもいくまい。
人との関わりはそのまま荷物の増加を意味するが、それは得られるリターンとトレードオフなのだ。多分。



295以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:47:19.10R/29QPn/o (6/21)


「……牛山も話分からない奴じゃないとは思うけど、もしアレだったら俺も一緒に行っとく?」

「いや、大丈夫だ」

問題無い。しまったこの台詞はフラグになるじゃねぇか。
まぁ殴り合い(一方的)の可能性は0じゃないってだけで実際は杞憂なのだろうが。
牛山が裏表無く「出来た男」であるということを疑う余地はない。
ならば後は地雷をポンポン踏まないよう努めるだけだ……ヤバい、そこが一番自信ない。

「ま、牛山と話し付けたらゆいゆい誘ってみんなで遊びに行くべ? ヒキタニくんいねーとゆいゆいが来てくんないし」

「え、知らない男の人と遊ぶのってちょっと……」

「知らなくねーべ!? つか女の子だったらいいんかよ!?」

おおうテンションと声量過剰だが良い反応じゃないか。こういうのでいいのか、こういうので。
その後はボケツッコミを幾らか繰り返してから、
昼食を一緒にすると約束している由比ヶ浜を待たせられないと会話を打ち切りこの会合はお開きになった。
当然の如く猿渡は「俺らと一緒すればいーじゃん?」と言い出したが、そこは空気を読んだ駒鳥さんに諫められて収まった。

猿渡には悪いが、問題無くパーソナルスペースに他人を受け入れるには俺自身心の余裕が足りていない。
今はまだ風に飛ばされ行方不明になりそうな心の標を、由比ヶ浜という重石で固定するのが精一杯だから。
適当に手を上げて二人に別れを告げると、何時もの墓場ではなく由比ヶ浜が待つベンチへ足を向けた。
また数時間後に待っているだろう修羅場を想像すると風は勢いを増して心を浚いに来る。
でも数分後に由比ヶ浜と会えるなら、修羅場の後にも彼女の笑顔が待っているなら、耐えなければ。
痛みを望んだのは俺だ。全てを受容するのは無理でも、少しずつ受け入れて行きたい。
受け入れて行かなければならない。



296以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:49:16.35R/29QPn/o (7/21)




何時もより時間を短く感じた午後の講義、
終わってから俺の席に近づいてきた牛山の姿を認めると隣に座る由比ヶ浜へ先に帰るよう伝えて立ち上がる。
しかし由比ヶ浜は何時かのように俺の袖を引っ張ると

「待ってるから」

そう微笑んだ。

本当にタイマンを張るわけでもないのに緊張で雁字搦めになっていた心が解されていくのを感じ、
短く礼を告げてから牛山と合流して奴の先導で外へと向かった。

牛山が向かったのは意外なことに(若しくは俺に気を遣ったか)例の墓場が如き中庭だった。
偶然か牛山(リア充)の気配を察知したのか住人は一人もおらず、
夕暮れにもまだ早い時間だというのに寒々しさで震えそうになる。
それが単なる寒気に対する生理現象なのか、脅えて竦む心の有り様だったのか、区別は付かない。

喧嘩、真剣勝負、果たし合い……それらを称して立ち合いと言う。
人気の無い場所で立って向かい合う俺達には相応しい言葉だ。
だが俺は逃げそうになる足を止めておくのに必死、向かう牛山も俯きがちで何時より小さく見えた。

立ち合って数分、沈黙は続いている。
長く長く感じる時間の中、俺達は互いに出だしを掴めていない。
先手で有無を言わさず打ち据えるか、後の先で切って落とすのか、どちらが有利か分からない。
かつての俺ならとにかく出方を待ってから意図的に間違いを選択し、
相討ちによる明確な断絶を以て決着とするだろう。
例え間違いでも、最速最短で間違った選択という場所に居着いて安心することが出来るから。
しかし今の俺の心は逸った。
安心したいのは同じでも、その居場所を選びたいと思っている。
その為にも手加減はしない。出来ない。



297以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:51:28.63R/29QPn/o (8/21)


「由比ヶ浜の話、でいいんだよな」

俺の出だしに牛山は分かり易くビクリ……とは反応しなかった。まぁ俺じゃあるまいし。
だが反応して上がった顔は、苦渋とまで言わないまでも息苦しさを隠しきれない顔色だった。

「……そうだ」

その低い声には、何時もの力強さや安定感は感じられない。圧がない。
これは隙……なのか、そもそも相手を倒すことがこの場での目的でいいのか。
何を以てどうすればいいのか全てが闇の中。
それでも大切な物を競合する相手なら、負けるわけにはいかない。
全力で、斬る。

「悪いが、俺と由比ヶ浜は付き合ってる……ここに入学する前から、一年以上」

一息。

「……だから、お前が信じようと信じまいと、俺達には関係無い」

バサリ、一直線に走る見えない斬痕。
「上手く斬れば手応えは無い」とは何処かの時代劇漫画で見たが、正にその通り。
相手の弱みに付け込んだ時に感じるグズグズとした感触ではなく、
ただ通り抜けただけにも思えるような透明感。
斬った。
斬ってしまった。
寄りによって俺が、輝きで人目を惹く類の人間を。
そこに破壊の悦や解放の喜びなんて無い。
悪い夢だ……良い夢なんかじゃ、決してない。



298以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:52:54.15R/29QPn/o (9/21)


「……俺には、信じられない」

呟くように吐き出された言葉は、俺ではなく自分自身に言い聞かせるような響きを伴っていた。

「お前が……ヒキタニが悪いとか、そういう話じゃない……ただ、少なくとも今は間違っている筈のお前と、由比ヶ浜が……」

何故、そう牛山は問う。
それは俺に対して、由比ヶ浜に対して……何より己自身に問いかけているように見えた。

「……俺が間違ってるってのは否定しないが、さっき言った通り、お前の意見は関係無い」

「分かっている、分かっているが、それでも信じられないんだ。 お前は、何時から〝其処〟にいて、何を見てきたんだ? どうすれば今のままで、由比ヶ浜と……お前は――」

〝何処へ行こうとしてるんだ?〟

続く言葉に俺の方がビクリと反応した。予期せぬ反撃で俺の心臓も貫かれた。
だがその威力とは裏腹に弱々しい響き、
それを吐く表情と切り分けられた肉から覗く内面に牛山という男の芯が見えた気がした。



299以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:55:12.63R/29QPn/o (10/21)




気が付けば陽が落ちかけて、構内の人影も疎らになっていた。
そんな中夕暮れに照らながらベンチに座る由比ヶ浜の姿に
何時かの悲壮な決意を思い出して、不意に胸が締め付けられた。

「……よぉ」

「あ、ヒッキー」

何時もと変わらない簡易に過ぎる俺の挨拶は
今に限れば沈みがちな心中を悟られない為の作法だ。
そんな俺を正しく花の咲いたような微笑みで迎えてくれる由比ヶ浜の姿が眩しくて、
反射的に目を瞑りたくなった。

「お話、終わったんだ」

「ああ」

「……だいじょぶ?」

「殴り合いしてきたわけじゃないんだし、心配することなんてねぇよ」

「ヒッキーがそう言うなら、いいけど」

そう言うことにしておいてくれ、心中で呟くと校門へ向けて歩き出す。
立ち上がったらしい由比ヶ浜が小走りで追いついて俺の横に並んだ。
腕と腕が触れ合いそうなくらいに近いその距離は、
錯覚でなく彼女の温もりを感じさせられる。



300以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:56:59.18R/29QPn/o (11/21)


校門から出て歩道へ、夕日を浴びながら駅へと向かう。
無言。
靴と地面が擦過する音と疎らな車の走行音だけが鼓膜へ入り込む。
何時もは会話が途切れて沈黙するのも珍しくなくて、
それが気まずいとは思っていなかったのに今は後ろめたい。

「……その、あれだな」

「ん、なに?」

「牛山って良い奴だな」

「そうだよ、いい人だよね」

好きな娘にいい人認定されるのは辛いなぁ……なんて心中でも茶化せない。
話を終えて振り返る。牛山は由比ヶ浜に惹かれつつも、
如何にも社会不適合な俺のことを心配していた……とかそんなニュアンスを受け取った。
それは牛山もまた俺とは相容れない類の人間で、その根は猿渡や駒鳥さんよりも深いことの証明だった。
真っ直ぐでお節介で苛々するくらい正しくて、だからこそ奴が善良な人間であることは確かで、
そんな牛山が俺という路傍の石に躓き転んだ事実が今は重かった。
大きなお世話だと、鬱陶しいと思っていても牛山の気遣いは俺にすら否定出来ないものだったから。
だというのに俺もまた、意図的でないにしろ奴の過剰な脚力で蹴っ飛ばされた痛みが残っている。
お互い攻撃しよう、傷付けようなんて思ってもいなかった筈なのに。



301以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 18:59:15.30R/29QPn/o (12/21)


「……彼奴に、俺は間違ってるんだって言われた」

足を止めて言う。
歩きながらだと、風で足を取られて転んでしまいそうだと思ったから。

「何が正しいかなんて分かんねぇし、自分が正しいとも思ってない……でも、間違ってるって誰かに言われて、不安になった」

「……うん」

由比ヶ浜も足を止め、俺と向き合っている。
抽象的で要領を得ない言葉を受け止め、俺の顔を見つめて頷く。

正しいとか間違ってるとか幾度となく考えてきて、
その蓄積が今の俺を形成していた筈なのに、全て真っさらになったように今は感じている。
口にした通り不安だった。
本当に、由比ヶ浜だけが今の俺を繋ぎ止める楔だった。
だから、

「お前も、俺が間違ってるって思うか?」

そう尋ねずにはいられなかった。
否定して欲しかった。由比ヶ浜結衣にさえ言って貰えれば、それだけで良かった。
かつての俺ですら唾棄するような女々しさで、無遠慮に由比ヶ浜に体重を預けようとしている。
恥だ。
破廉恥だ。
それでも求めずにいられないというなら、これを恋とか愛と呼ぶのだろうか?



302以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 19:01:17.14R/29QPn/o (13/21)


「んー……」

問われた由比ヶ浜は人差し指を唇に当てて思案顔になり数秒、

「何のこと言ってるか分かんないから答えようがないかな?」

破顔した。

「……ですよねー」

うん、大概抽象的だった。
つか黒歴史ノートに追記確定の痛々しい問答だこれ。架空バスケ部並にペインフル。
この流れを由比ヶ浜が陰湿な匿名掲示板に投稿してコピペ化しちゃったらどうしよう、○ぬか俺。

……否定して欲しかったのは本当だが、今のこの流れも望んだモノの一つだった気がする。
ウダウダジメジメ訳の分からん理屈を捏ねくり回して、それを由比ヶ浜がバカっぽく受け止める。
在りし日の部活の光景を思い出させる郷愁が溜まらなく暖かく、胸を締め付けた。

「変なこと言って悪かった……帰ろうぜ」

「うん、帰ろ」

また歩き出す。隣に並ぶ。
近すぎるくらいの距離は変わらなかったが、一つだけ。



303以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 19:02:58.44R/29QPn/o (14/21)


「ね、ヒッキー」

由比ヶ浜の手が俺の手に触れた。

「正しいとか、間違ってるとか、良く分かんないけど……でもね」

少しの力で壊れてしまいそうな小さな指に力が込められる。

「正しくても、間違ってても、あたしにとってヒッキーはヒッキーなんだ」

俺の手を握って、由比ヶ浜は言う。

「だから、そういうの関係なしで、あたしは傍にいるから」

その温もりは直接的で、さっきの距離よりもっと深く伝わってきた。
何より生々しいその感覚はいっそ切なくなるくらいに暖かかった。

「お前の言ってることも大概抽象的で分かんねぇな」

「……分かんない、かな?」

「いや……」

この温もりを少しでも何かに変えたくて、返したくて、俺も手を握り返す。
一方的だった力のベクトルは向かい合って、手を繋ぐ形になった。

「分かるよ」

「うん」

俺の返答に、由比ヶ浜は嬉しそうに笑って見せた。



304以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 19:05:16.02R/29QPn/o (15/21)


この間の危うすぎるスキンシップと、今の笑顔と、手を伝う温もり。
ダメだ。もう俺は、少なくとも俺からは由比ヶ浜結衣から離れられない。
そう実感した。

だからこそ、先の牛山との遣り取りは寧ろ深く心に刻み込まれる。

「何処へ行こうとしているんだ?」

その言葉で奴は俺の立ち位置を問うた。

かつて沼に沈み込んでいく連中の手を取り救い上げてきたという男の目は、
日溜まりの中に在る由比ヶ浜と暗がりの中の俺との繋がりを歪と捉えた。
そんなことは分かっている。
歪でも、それが俺達の繋がりであればそれは他人からとやかく言われるものではないと思っていた。
ただ由比ヶ浜を好く俺と、そんな俺を好く由比ヶ浜が在りさえすればそれ以上は必要ないのだと。
だが俺は、由比ヶ浜の手を握ったまま何処へ向かっているのだろう。



305以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 19:06:57.83R/29QPn/o (16/21)


彼女を暗がりへ引き込みたいのか、それとも彼女に日溜まりへ引っ張って欲しいのか。
それとも何処とも知れない明後日の方角へ暴走しているだけなのか。
分からないが、それでも先行きを考えないまま、
半端な立ち位置のままで誰かと共に在ることは出来ないと今は思ってしまっている。
手を繋ぎ、唇を触れ合い、そして次……そこに至るには、何処かで明確な答えが必要なのではないか。

視界に差し込まれる黄昏の橙色。
それはそのまま期待と不安とが入り混じる俺の心の映しだと錯覚してしまう程に美しかった。
光の中で徐々に空へせり上がってくる夜闇の青を見つめながら、
俺は抽象的な思考を転がしたまま由比ヶ浜と並んで家路を急ぐ。
黄昏時は逢魔が時、魔の差す時間帯だと言われている。
そんな危うい時間を超えて、俺は危難の無い夜と満たされた黎明を迎えることが出来るのだろうか。
相反する二つの感情はそれぞれ衝動を打ち消しあって、残った一つが握る手の力を僅かに強めた。



306以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 19:08:59.55R/29QPn/o (17/21)

というわけで二話エピローグ、つまり二話完結です
長いことお待たせしてしまい申し訳ありませんでした

解説言い訳云々は飯他雑事を済ませたら投下するので興味ある方だけお付き合い下さい
それではまた後程


307以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 19:45:44.21nH5vpo7To (1/1)

三話以降もあるんだよな?


308以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 20:32:50.30Mkykij6wo (1/1)

乙です!
期待


309以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 21:12:19.73zPynVUruo (1/1)

ウォーミングアップは終わったと思うので、そろそろ本気で行きましょうよ


310以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 21:15:36.45R/29QPn/o (18/21)

どうも>>1です
話題は幾つかあるので分けて投下します


311以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 21:22:35.88R/29QPn/o (19/21)

・遅れについて
まずは丸々一ヶ月待たせてしまい申し訳ありません
遅くとも二週間ほどで二話は締める予定でしたが、完全に見通しが甘かったです

元のプロットでは場面転換は倍以上、書いてる内に際限なく文量が増え続ける
自分の悪癖を考えれば文字数は三倍四倍になった可能性もあり
流石にこのままでは書ききれないし締められない、と思ってバッサリカットし再構築しました
お陰で登場人物の情緒不安定感マシマシ、心理心情唐突過ぎと我ながら酷い内容にはなりましたが
そんなんなるなら最初から扱い面倒なオリキャラなんて出すんじゃねーって話ですな
ハハハ……いや本当に申し訳ありませんでした




312以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 21:28:54.07R/29QPn/o (20/21)

・改行について
一番最初の投下時に読みにくさに関しては実感していました
しかし投下後の反応では特に読みづらくはない、とのことだったのでそのままにしてましたが
PCでは矢張り読みづらさも出ているようなので今回はちょこちょこ手を加えました

しかし台詞に関しては改行するのも変に感じたのでそのままですし、
単純に本文一行が長くならないようただ改行しただけなので今回不格好さはかなり強めな感じ
今後は掲示板投稿というフォーマットに合わせて文章も考えるべきか、などと思案中です

なお最初の段階でツッコミが入らなかったことに関しては
スマホで読んでいる方が多かったのかな、などと予想しています
実際どうなんでしょう




313以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 21:37:39.74R/29QPn/o (21/21)

・今後について
二話で完結?と感じられている方もおりますが、まだまだ続きます
>>113でも書いた通り今の面倒臭い流れは次回までになる予定で
以降は普通のイチャエロスレになる筈です
とりあえず今は「三話とっとと書かねば」というところ

一応次回更新は長めに見積もって二週間辺りを目安に考えてます
勿論早く仕上がったり、区切りの良いところまで進んだらその都度投下する予定です
期待せずお待ち下さい

今日はこんな愚痴までお付き合い頂き有り難う御座いました


314以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 22:26:40.367Tmt+4+ao (1/1)

乙! 気長に待ってる


315以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/18(日) 22:42:34.35qHueoxpb0 (1/1)

乙!待ってます


316以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/19(月) 12:42:07.93V/zounz6o (1/1)

言いたい奴には言わせておけばいい
ROMっててもってる奴はいるから


317以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/19(月) 23:33:57.34glqjVHaYo (1/1)

ヒッキーの今後の頑張りに期待


318以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/21(水) 12:59:49.90fLAJrhjzo (1/1)

なかなか魅力的なオリキャラだったと思うぜ、特に牛さん
>>298あたりの問答がとてもよかった


319以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/21(水) 13:21:24.15wZu/8DsAO (1/1)

いちいち部外者がしゃしゃり出てくるなよと思ったが、
一年付き合っといてまだカースト云々で悩んでるとか
端から見たら異常だよな



320以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/22(木) 18:48:33.91YPnDLvF7o (1/1)

真のぼっちとは個々の環境にギリギリ適応出来ても広義での社会性は上がらないのである
どうも>>1です

とりあえずプロットは出来たので導入部だけでも週末に投下予定です
期待せずお待ち下さい


321以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:04:22.16Cxggbywfo (1/17)

どうも>>1です
短いですが切りの良いとこまで書けたのでゲリラ的に投下します



322以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:06:47.83nAOdQdypO (1/1)

ぬん


323以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:06:48.24Cxggbywfo (2/17)

③その恋人達から零れそうな涙の色は



〝カラカラカラカラ〟

〝キリキリキリキリ〟

フィルムの回るノスタルジックな快音が鼓膜を震わす。

薄暗い空間の中にあって視界にはセピア調の映像が投写されたスクリーンが映っていた。

所狭しと規則的に並んだ椅子と座る人々の様子まで踏まえ、ここは映画館であると認識する。

上映されている映画は何処か見覚えのあるようで、
しかし細部はボヤけ音声もノイズ混じりでどうにも作品に入り込めない。



324以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:09:34.01Cxggbywfo (3/17)


それでも断片的な情報から判断できるのは、この映画がC級以下の駄作であるということだ。

学校が舞台のようで、暗い目と表情をした偏屈そうな男子と彼を囲む二人のヒロインの話らしいが、
曖昧な屁理屈で困難から逃げ回る主人公はどうもイライラして、何故こんな男が二人の美少女に囲まれているのか
理解出来ず空き缶の一つでも投げつけてやりたい衝動に駆られる。

逆にヒロインらしき二人の少女は非常に美しく目を惹かれたが、主人公のいい加減な態度に怒り、
心ない言葉で悲しむ姿に胸が痛むばかりでただフラストレーションだけが溜まっていった。

どれだけ時間が経ったか、何かを欲しがっているらしい主人公を中心に物語は収束していき、
気が付けば二人のヒロインは一場面に一人ずつしか映らなくなっていった。

ある場面、夕暮れに照らされる放課後の教室らしき空間で、
長く艶やかな髪と凜とした表情を持ったヒロインの片割れが憂いと決意を帯びた表情で主人公に語りかけている。

相変わらずノイズの混じった雑音のような声だが、台詞の一部がハッキリと耳に届いた。



325以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:11:21.04Cxggbywfo (4/17)


――……たしは、―――君の……が、――

瞬間、衝撃を受けた。

聴覚の拾った振動が鈍器で殴ったような直接的なエネルギーとなり、脳髄を強引に覚醒させる。

すると映像は輪郭を持ち、音声も透明感を取り戻す。

ああ、俺は知っている。

この顔を、この声を、この場面を知っている。俺自身が知っている。

自覚すると衝撃の余波は痛みとなって胸へ至り、心臓を痛撃した。

それと同時に周囲の観客がパラパラと席を立ち始める。
バラバラと物音を立てながらスクリーンに背を向ける。

隣の客も席を立つ。

見上げれば、その顔は良く知った顔だった。



326以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:13:34.47Cxggbywfo (5/17)


今さっき見ていた顔だ。

スクリーンに映った顔だ。

誰より何より知っている顔だ。

アレは――俺だ。

見渡すと、館内を埋めていた観客達は皆俺だった。

スクリーンに映るどうしようもない男は俺だった。

二人のヒロインは、誰より近く何より遠い、かけがえのない人達だった。

映画は、追憶だった。

やがて何事かの意見の交換を終え、ヒロインの―――が涙を流したところでブラックアウト。

数秒の後、シーンは切り替わった。



327以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:15:41.86Cxggbywfo (6/17)


マズい。これ以上はマズい。

さっきの場面が―――の――なら、次に待っているのは
それ以上にどうしようもなく惨めで痛くて大切な記憶だ。

出来れば心の奥底、幾十も鎖と鍵で閉じ込めて二度と浮き上がらないよう、
しかし喪わないよう大切にして置きたかった感傷だ。

気付けば館内には俺――この席に座っている俺だけ――しかいない。

もういい、俺も立とう――そう思うのと同時に再び心臓に衝撃を受けた。

見れば、胸から杭が伸びていた。

磔にされていた。

座席ごと貫いた杭から血管のように細かい根が伸び、
俺の手足に食い込んで身動きを許さない。

〝逃がさない〟

無言にして無音だが、その杭は何より雄弁に語っていた。



328以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:17:52.80Cxggbywfo (7/17)


ならばせめて、そう思って背けようとした顔すら逃がさぬと
根は首まで伸びてスクリーンの方角へ固定した。

目すら閉じさせぬと根は目蓋まで伸びて瞬きすら許してくれなかった。

やがて新しいシーンが始まる。

煌びやかな夜、美しい建築、何処かのテーマパークで向かい合う二人。

精一杯めかした俺と、さっきのヒロインとは違う少女。

片方にだけ結わえた髪の、幼い顔立ちをした活発で愛らしい少女……だった筈が、
今は悲嘆と悲愴を纏い俯いている。
その瞳からは今にも零れそうなほどに涙が溜まっている。悲しみの青い涙が。

やめろ、やめろ、やめてくれ。

やがてスクリーンの俺が、少女に向かって想いを吐き出した。

どもって、回りくどくて、しかし切実で真剣な言葉。

やめてくれ、やめてくれ、やめて。



329以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:21:05.68Cxggbywfo (8/17)


――違うよ、――――が好きなのは、――――だよ。知ってるから、あたし――

今の貴方は偽っている、間違っていると笑顔で……涙を堪えた悲痛な表情で少女は俺の言葉を拒絶した。

――違う、俺は、お前のことだけ、―――のことだけが――

――違わないよ、――――は優しいからそう言ってくれるの……でも、その嘘が、優しい方が、辛いことも、あるんだよ――

二人はもう取り繕うことも出来ず、互いに涙を流しながら懇願と拒絶を繰り返した。

眺める俺の全身にはもう痛みしかなかった。
痛みに痛みを重ね痛みを縫い付け更に痛みが加速した。

かつての過ちとか、黒歴史とか、ただの打撲か擦過程度だったと思い知るに充分なその感覚。

スクリーンの彼らだけではない、眺める俺も涙を流していた。

痛くて、悲しくて、何時までも変われない俺自身が情けなくて、
閉じられない瞳から止めどなく熱を溢れさせた。



330以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:23:13.16Cxggbywfo (9/17)


――もう、いいよ、あたしに気を遣わなくて、いいんだよ……――

――……――――が、あたしのことを気にして前に進めないなら、あたしは、もう――

――……――――と、――――とは、もう……――

やがて少女が笑顔すら保てず、それでも自分を抑え込んだまま沈んで行こうとしたところで、





『な゛ぁ~』





場違いな猫の声が拷問部屋を跡形もなく消滅させた。



331以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:24:56.92Cxggbywfo (10/17)




――……睡眠のトンネルを抜けると、そこは猫面だった。


「……ブッさ」



脊髄反射で漏れ出た台詞にノータイムで猫パンチ。

痛くはないが起き抜けにこれってのは飼い主冥利に尽き過ぎて疲れる。

目覚めて数秒のやりとりで夢とか微睡みの余韻は欠片も残っていなかった。



332以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:26:56.31Cxggbywfo (11/17)


眠気も無いのに布団inしてても仕方無しと起き上がる……より一瞬前、
その気配を察したのか布団の上に乗っかっていた猫は軽やかにフローリングへ着地した。

床。

壁。

天井に家具。

ふてぶてしく居座る猫。

何処か違和感を感じる、けれど見慣れて安心する光景。

一人暮らしの男の城ではない何年も過ごしてきた己の一部。

実家の自室、飼い猫のカマクラ、そして、

「お兄ちゃーん、カー君部屋に居るー?」

マイシスター小町の声。

今日はゴールデンウィークの初日。

俺は連休を期に実家へと帰省していた。



333以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:29:18.53Cxggbywfo (12/17)


実家で夜を明かすのは二ヶ月ぶり……ということもなく、生活用品に本やゲームの回収にと
今のところ二週間に一度程度のペースで帰っているので帰省と言ってもあまり有り難みがない。

そもそも安らぎの揺りかごから俺を追い出したのは家族達なんだから
寧ろ有り難がってなどやるものか。あ、有り難がってなんかないんだからねッ!

……などと脳内で益体もない寸劇を繰り広げるのも連休の朝には不毛過ぎると打ち切って、
もう眠くもない目をそれでも擦ってドアを開ける。

「おはよーお兄ちゃん……あ、やっぱりお兄ちゃんの部屋にいたよカー君」

今日も朝から可愛いな小町ちゃん!……なんて思う間もなく待ってましたとばかりに兄妹とドアの隙間をするりすり抜ける愛猫。
件の小町も俺への挨拶もそこそこに滑らかしなやかなカマクラの諸動作を目で追っていた。



334以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:31:06.44Cxggbywfo (13/17)


「どうしたのお兄ちゃん、カー君が恋しくなって一緒に寝てたの?」

「アレが恋しくなるくらい久方ぶりの帰省ってわけじゃねぇし……なんか、朝起きたら布団の上に乗っかってた」

勿論部屋に入れた覚えは無い。ちゃんとドアも閉めた筈だ。
しかし賢く図々しい飼い猫は閉じられたドアを開けることもあるという。
それに加えてウチのカマクラはドアを閉めるまでこなすぜスゲェ!本当に全く有り難くない!

「うーん、カー君の方がお兄ちゃん恋しくな……る訳ないか、カー君だって比企谷家の一員だもんね」

「オイ待て、その言い方だと俺って比企谷家の一員は漏れなく俺に対して当たりキツイってことにならねぇか?」

「え、今更でしょ?」

今更かー、確かに誕生日忘れられてたり色々あったもんなぁ。
何より俺自身俺に対して当たりキツイからなハッハッハ……泣いていいよね、俺。



335以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:33:09.90Cxggbywfo (14/17)


「しかしカー君の朝ご飯用意してたんだけど、食べに行ったのかなぁ……それともお兄ちゃんが朝ご飯に食べる? カー君のカリカリ」

「カリカリのベーコンエッグか、確かに食いたいが猫に食わせるには些か塩分過多じゃね?」

「返し上手いけどしてやられた感で小町的にちょっとポイント低い……じゃ、お兄ちゃんの朝ご飯はベーコンエッグね」

何時も通りと言って良いやり取りをしながら朝食の為に階下へ向かう。感じる少しの違和感。
小町ともカマクラとも久方ぶりというい程の感慨はないが、
実家住まいだった頃には感じなかった郷愁のような心の湿り気が、涙を流して渇いた心には今度こそ有り難かった。

あの夢は正直効いた。
これまで見てきた黒歴史の追憶夢や恐怖小説映画の追体験よりもずっと重く、心の深くへ痛打が響いた。

〝アレら〟は本当にあったことだ。

互いの急所へナイフを突き立て、突き立てられ、忘れられない傷痕を残し合ったどうしようもなく陰惨で切実な真実。

だがそれを経て今の幸福――と言い切っていいかは情けないことにまだ迷うところだ――が構築されているのなら
それはただ苦しく痛いだけの思い出ではなく、だからこそ忘れてはならない過去なのだと思っている。

それでも出来れば振り返りたくない、心臓の棘を自覚した日のこと……夢に見るのは初めてだった。



336以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:35:25.71Cxggbywfo (15/17)


それだけ良くも悪くも印象に残った出来事ならば
もっと早くに夢見て魘されて良いだろうに、何故今更見てしまったのだろうか。

……いや、理由に心当たりはある。
あるが、それを回想することで再び痛打を浴びることになるのは分かりきっている。
だから敢えて深く詮索はしない。

ただ一つ、カマクラの猫らしい空気を読まない干渉には感謝していた。

痛みは避けられずとも、致命傷に行き着くまでに強引に覚醒させてくれたのは
らしからぬファインプレーと言えよう。

猫が人の感情に何処まで聡いかは分からないが、猫には人に見えないモノが見えると言うし、
カマクラなりに家族へ助け船を出した結果なのかも知れない。

ペットとの付き合いはそのくらい脳天気で前向きに考えた方が幸せなのだろう。



ちなみに俺達に遅れてダイニングに現れたカマクラ氏は自分のカリカリには目もくれず
小町が用意した俺のカリカリ(なベーコンエッグ)に飛びついて一悶着あったのだが、それはまた別の話。
三味線にしたろうかこの駄猫め。



337以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:38:24.76Cxggbywfo (16/17)

本日の投下は以上になります

何かの拍子でまた一月待たせるようなことになるのも忍びないので
今後は今回のように短い投下も挟んで行こうと考えています
濡れ場はなるべく一気に投下したいですが

また次の投下も宜しくお願いします




338以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:41:28.07bPGzpLlEO (1/1)

地味すぎだろ
練った文書いて悦に入るのは結構だが小説ではなくssなんだからもっと話に動きがほしい


339以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:53:50.88+YReo1xgo (1/1)

乙です


340以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:55:43.03Cxggbywfo (17/17)

あと一応補足ですが、今回は三話の導入でまだ続きます

はようゆいゆいを書きたい


341以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/23(金) 23:58:36.89tH66R/Eqo (1/1)


俺もゆいゆいでカキたいよ(意味深)


342以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/24(土) 07:58:40.964DXpHg6Fo (1/1)

乙、俺はここまでちゃんと書いてくれるSS見るのは久しぶりだから期待してる
投稿スピード上げて今までみたいなのが書けないなら普通にまったり投稿の方がいいかな


343以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/27(火) 06:11:04.54X1V+CIsM0 (1/1)

まだけ?


344以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/10/27(火) 15:47:16.9654/+nt/t0 (1/1)

まだ序盤しか読んでないがいい文を書くのになんで余計なことを書いてしまうのか


345以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/03(火) 01:27:31.19qtO6m/qLo (1/1)

今一番の楽しみだ
ここからが本番だろうし続きにも期待にしてるぞ


346以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/03(火) 19:20:16.88VgyszyCPo (1/1)

もう二度と秋刀魚なんて捕りに行かねぇぞ、どうも>>1です
遅れてしまって申し訳ありません……なんとか今日の深夜か明日、遅れても今週末には投下する予定です
期待せずお待ち下さい


347以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/07(土) 13:35:26.84j6j2F3JJ0 (1/1)

待ってるぞーい


348以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 15:32:17.79FwRKI0Dwo (1/3)

どうも>>1です、現在推敲中です
多分21時には投下出来ると思うんで期待せずお待ち下さい


349以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 16:16:56.41/9noCIkuo (1/1)

あいよー


350以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 16:18:38.30nbH8QQ3jo (1/2)

おうよ


351以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 18:13:37.89Y6wk8qwjo (1/2)

全裸待機


352以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:10:07.86FwRKI0Dwo (2/3)

どうも>>1です、第三話の続き投下します
が、今回は注意点多し

・比企谷家の家庭事情(若干)捏造
・某スレと展開(若干)被り
・ゆいゆい登場せず
・故にエロも無し

以上了承頂けるならお付き合い下さい



353以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:13:43.60FwRKI0Dw0 (1/33)




俺の主義とは反するドタバタ騒がしい朝食を終え今日は岩のように大人しくしていようと思ったものの、
一人でいれば夢の余韻で心を蝕み、かといって居間にいれば小町だけでなく
(祝日に休める程度には本当に時間の余裕が出来たらしい)両親から質問攻めに遭い疲れ切ってしまった為、
逃げ去るように実家を後にしていた。

いや俺、家族内じゃ影か空気みたいな扱いだった筈なんだけど、皆なんでそんなに八幡君に興味津々なの。
実は家族全員ツンデレで俺のこと好きだった? それともモテ期なの?
限界集落の住民みたく単にゴシップに餓えてただけだってのは分かってますとも、ええ。

それでも小町と比較して十対一、33-4くらいに注がれる関心や愛情に差があると思っていたから、
向けられる好奇はウザったいしくすぐったくて、なんだかんだ家族なんだなと変なところで納得していた。

大学合格強制独り立ちの決まった後日、それでもお祝いと回らない寿司屋に連れて行かれた時も
母親の生暖かい視線に感慨深そうな表情で何時もより酒のペースが早い親父の様子が珍しく、
どれだけ近くで暮らしていても知らないこと、知らなかったことはまだあるんだと思わされたばかりなのに。



354以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:15:33.73FwRKI0Dw0 (2/33)


実際やり過ぎなくらいには小町との愛情格差はあったがそれも両親が俺を疎んでいたとかではなく、
俺が良くも悪くも自己完結した子供で手がかからなかったからではと今は考えることが出来る。

手間のかかる子ほど可愛らしいとは言ったもの、小町がどれだけ愛らしくしっかり者に見えても
独りぼっちの留守番に耐えかねて家出するくらいには不安定且つ行動的だったわけで。
それだけ愛情のリソースが必要な子供がいれば平等な扱いなど難しいものだ。

一方俺は友達のいないぼっちの癖してただ生きていくことに疑問を感じない程度には鈍感で、
けれど妹には気を遣えて、それはひたすら忙しい大人にとってはさぞ頼もしく見えたことだろう。

大人の目線からの信頼もある意味家族の認定。だが大人の信頼が子供を満たすかどうかはまた別の話で、
それが全ての元凶と言うつもりはないが結果として俺は立派に捻くれ育ってしまった。

距離が近ければ分かり合えるわけじゃないし、本心を伝えられるわけでもない。

それでも今は環境の変化に起因した親族の未知を、痛みからではなく興味を以て見つめることが出来る。
まぁ、その……多分悪い家庭ではなかったのだ、比企谷家は。



355以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:18:20.03FwRKI0Dw0 (3/33)


とはいえ今はその愛情とか家族の証がひたすらウザい。
俺がいない間に小町が何を吹き込んだのか彼女がどうとか連れてこいとか言い出して冷や汗かいた。
無理矢理振り切って家を出る際に

「あれ、まさかお兄ちゃん結衣さんとデート……!?」

とか分かりきった小悪魔スマイルで言い出した小町は大層可愛らしく憎らしさもマシマシ。
後でシバくと心に誓ったが、でもこの分じゃ家帰ってもさっきの再現にしかならんかな……。
もう俺の家は一人暮らしのあの部屋なんだ、家に帰りたい。

と言っても実際ノープランで家を飛び出して、
この後どうするかと考えた時真っ先に思い浮かんだのは由比ヶ浜の顔で……突発的でも誘ってみるか?
と歩きながらたっぷり二十分悩んでいると件の由比ヶ浜からメール。
以心伝心、渡りに舟と喜び勇んで開いてみると



『今日は優美子と姫菜と遊びに行くんだ~、ヒッキーも来る?(デコ略』



……行けるわけないだろ! いい加減にしろ!

と、夢も希望も無い展開に絶望した俺はそれでも救い(ソウル)を求め町を彷徨っていた。
人間性を捧げよ。



356以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:20:27.55FwRKI0Dw0 (4/33)




歩いて、駅について、電車に乗って次の町へ。
特に目的もなく流離う一人旅は、これが案外悪くない。
運動したり太陽光を浴びると鬱を誘発する脳内物質が減少するとかなんとかで、その効果を実感していた。
運動は鬱に効く、故に悠々快適ぼっちライフの為には部屋に籠もりきるのではなく適度な外出や運動が不可欠。
これはぼっちアスリートの道が開けている……? 
山にでも登ろうか孤高っぽいし、神々の山嶺は原作も漫画版も超面白かったしな。
ぼっちであることをひたすら想え。想え――。

なんぞと変に前向きな思考を走らせつつ、それでもゴールデンウィーク故かなんでもない町中にも人は溢れている。
そんな中に紛れては疲労もして、次第に重くなっていく足を思うと運動趣味というのも中々厳しそうだ。
やはりぼっちアスリートへの道は険しい。俺には無理だった。



357以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:22:46.48FwRKI0Dw0 (5/33)


しかし疲労するということは考えが散漫になるということで、
これも思考が大きな穴だけに留まらないという運動に於ける鬱予防の効果の一つなのだろう。
体力と引き替えに僅かな心の平穏を得て、このまま何処に行こうかと悩んでいたところで、

「あれ、ヒッキーくん?」

聞き覚えのある声と呼び名が背中を叩いた。

足と相応に心も弱っていたのか〝ヒッキー〟という部分のみに反応し
俺は由比ヶ浜の存在を期待して反射的に振り向いた。
そしてその包容力を示すような柔らかい声と君付けの呼び方が、
由比ヶ浜は由比ヶ浜でも由比ヶ浜結衣でないことを再認したゲシュタルト崩壊in由比ヶ浜。

「やっぱりヒッキー君じゃない……えーと、やっはろー?」

その挨拶は年甲斐ない、とは言えないくらいに若々しく瑞々しい大人の女性。
由比ヶ浜結衣の母親、俺呼んで由比ヶ浜マが立っていた。



358以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:27:35.45FwRKI0Dw0 (6/33)




「ごめんね~付き合わせちゃってぇ」

「い、いえ……俺も、特に用事とか無かったんで」

俺は今、何処とも知れぬ喫茶店で彼女の母親と同席している。
買い物のため遠出をしていたママさんは偶然俺の後ろ姿を見かけて声をかけ、
時間も頃合いだしお昼を一緒にしないか?と誘われ軽食と茶目当てで直ぐ近くにあった店に入ったのだった。
ママさんはサンドイッチ、俺はハンバーガーを頼んだが全て自家製手作りらしいボリューム満点のハンバーガーは
ファストフードの挟み物に慣れきった若者の舌には驚くほどの幸福感を(中略)今は食事を終え一息吐いたところだ。

どうしてこうなったと言うには、まぁ流れは自然だったろう……だが、

「もう結衣ったら、折角の連休なのにヒッキーくん放って置いて友達と遊びに行っちゃうなんて酷い話よねぇ」

「別に、気にして無いです……と、特に約束もしてなかった、ですし」

「ヒッキーくんがそう言うなら良いけど……でもそのお陰でヒッキーくんとこうしてデート出来てるんだから、少しは感謝しなきゃかもね?」

「デッ、デー……!?」

「ふふふ、こんな若い子とデート出来るなんて、結衣には悪いけどおばさん嬉しくなっちゃうわ~」

終始翻弄されっぱなし、これが大人って奴か……!?



359以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:29:43.11FwRKI0Dw0 (7/33)


正直、ママさんのことは苦手だ。
苦手と言っても嫌いだとか会いたくない訳じゃなく寧ろ俺には珍しく好意的に接したい相手なのだ。
が、それ故に落ち着いて対応したいのに彼女の持つ属性・空気は俺を落ち着かさせずにはいられない。
由比ヶ浜の姉と見まごうほどに若々しく似通った容姿と甘い声、
そして由比ヶ浜結衣の持つ包容力のレベルを更に上げて、
吐く息からすら〝包まれている〟感じを錯覚させる。
ふとした拍子に、彼女はそのまま未来の由比ヶ浜結衣なのでは?
と思ってしまいそうなほど、俺には魅惑的で危険な人だった。

三年時、勉強目的で由比ヶ浜の家に行ったとき遭遇する度その甘い魅力と近すぎる距離感にクラクラして、
必死に引き剥がそうとする由比ヶ浜の存在がなければどうなっていたことやら。
理性のタガが外れて襲いかかる、とまで行かずともこれまでの黒歴史が生易しく思えるほどの醜態を晒した可能性を否定出来ない。

なんというか、今の俺には相対すら早すぎる人なのだ。



360以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:30:54.80FwRKI0Dw0 (8/33)


「……でも、良かった。 こうやってヒッキーくんと二人きりで話せる場を持てて」

「二人きり、ですか」

二人きり、という部分にイントネーションが寄っている気がしてドキリとしてしまう。錯覚だろうけどね実際は。

「ウチだとどうしても結衣も一緒になっちゃって、そうすると話せないこともあるし……ね?」

こちらに確認してくるような発音と視線が一緒になって、どうにもイリーガルでアナーキーな妄想が広がってしまう。
由比ヶ浜と一緒だと話せないこと……な、ナニを話すんですかねドキドキ。

だがそんな俺の不埒な予想は(当たり前だけど)外れ、ママさんは俺に向かって頭を下げた。

「ありがとう、ヒッキーくん……サブレと、結衣を助けてくれて」

「へ?」

「サブレを助けてくれたことは結衣から聞いてて、私もお礼にって思ったんだけど、結衣に『あたしが行くから!』て止められちゃってたのよねぇ……だから今更だけど、ありがとう」



361以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:33:09.62FwRKI0Dw0 (9/33)


それは俺と由比ヶ浜……だけでなく、総武高校奉仕部に於いて全ての始まりとなった出来事だった。
入学式の日、車に轢かれそうになった由比ヶ浜家の飼い犬・サブレを俺が助けて事故に遭い、
その車に乗っていたのは……という話。
その事実を知った俺の一方的な態度で一度繋がった関係は終わり、
でもある助言で再び繋がることが出来た、痛くて苦くて酸っぱくて少しだけ甘い思い出。

「は、はぁ……別に、俺は、その……偶々、偶然です」

「ふふ、やっぱりそんな謙遜して、結衣の言ってた通りね~」

「す、すんません、でも本当に……」

「本当に偶々でもサブレを助けて貰ったのは事実で、ヒッキーくんが何を意図したわけでなくても、そのお陰でサブレが助かっていたならそれは胸を張ってもいいことなの……もっと素直にお礼も受け取って、誇らしくしてくれてもいいんだから」

「はぁ……」

責めるわけでなく、嗜めるわけでもなく、有無を言わさぬ逃げ場のない暖かさが俺を包む。
むず痒くてくすぐったくて、でもひねた俺ですら心の底では求めて止まない確かな温もり。
もう少し苛烈というか厳しさもあるが、恩師の言葉や態度もこれに通じるものがあった気がする。
俺の尊敬する大人の女性、その理想の形は彼女らであるのかもしれない。

ところで妙齢の女性が「偶々」ってアクセント変えたらちょっと興奮しますね。
フヒ、フヒヒッ……これ、顔に出てたら終わってたな色々。出てないよね?



362以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:34:59.16FwRKI0Dw0 (10/33)


「その、サブレのことは受け取りますけど、由比ヶ浜を助けたって、受験のことですか?」

仮にも進学校である総武に何故由比ヶ浜結衣が入学できたのか、
これは総武高校七不思議の一つとして俺が妄想していることである。
時折見せる大人っぽさと裏腹に由比ヶ浜の学力は本当に色々アレで、それで尚

「ヒッキーと同じ大学に行く!」

と言って聞かなかったので俺は受験に大切な三年の勉強時間に大変なお荷物を背負うことになったわけで。
いやでも一緒に勉強とか実際は嬉し恥ずかし、由比ヶ浜が合格したのも教え子の努力が実ったって以上に
思うところがあったりしましたがね。

「そんなこともあったわね~、ヒッキーくん結衣の面倒見てくれてありがとう……でもそれじゃなくて、去年結衣が一週間くらい学校休んだでしょう? その時のこと」

〝どくり〟

心臓が跳ねた。

去年とは、三年のゴールデンウィークのことではない。それより前の二月の半ばから下旬にかけてのこと。
高校二年、これまで短い人生の中で最も濃密な一年の中で、最後に訪れた最大の事件。
脳裏に一年前の俺達の姿……夢の風景、その続きが走り抜けた。



363以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:36:50.88FwRKI0Dw0 (11/33)


「あの時の結衣、本当に熱出して寝込んでたの……でも直ぐに良くなって、それでもまだ調子悪いから学校休むって聞かなくて」

バレンタインを過ぎ、その中で発生した奉仕部最後の依頼を解決……と言えずともその露払いと準備を終え、
恐らくは長くなるだろう戦いに赴く依頼主の背中を押し、その中で決意を固め、
いざ俺自身も戦いを始めようと思ったらその相手である由比ヶ浜は熱を出したとかで学校を休んだ。

格好付けようとすればするほどスカを食らうのは俺の人生の様式美みたいなもんだから、
変に硬くなるならそれもアリだろうと思っていた。
……それよりもっと前に戦端は開かれていたことに俺は気付かなかった。気付けなかった。

「叱ろうと思ったけど、何時もだったら楽しそうに何度も話してくれたヒッキーくんとゆきのんちゃんのことを全く話さなくなってて……バレンタインのクッキー、凄く頑張ってたの見てたから、この子はきっと無くしてしまったんだって考えたら、何も言えなかったの」

バレンタイン、渡されたクッキー。あの時の由比ヶ浜の心はどれほど傷んでいただろう。
この期に及んで俺は想いを形として示されることを怖れ、だのにそれを否定する言葉を認めたくなくて、
その癖自分の理想だけは捨てられなくて、未成熟な学生とてあの時の俺ほど傲慢で愚かな人間は他にいまいと確信している。

そしてこれまで出来るだけ口に出さぬよう、思い出さないように努めてきた名が棘の痛みを誘発する。



〝ゆきのん〟



雪ノ下。





364以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:39:16.04FwRKI0Dw0 (12/33)


「あの子、今はあんな見た目だけど鈍くて恋なんてしたことなかったのに、その一番最初でこんなに辛い思いをしているなら、これからどうなってしまうんだろう……十何年も一緒に暮らしてきて、あの子のことは誰より分かって近くにいるのに、何かしてあげたいのに、何も出来ないのが歯痒くて」

そう、近い存在なら救える、何かしてあげられる……それは絶対ではない。
どれだけ長く寄り添い合う存在でも、結局は表層的な反応を印象に焼き付け、深層にあるものは想像するしかない。
近しい人間を赤の他人より多く助けてやれるとしたら、それは経験則で行動や心理のパターンを予測し対応しているに過ぎない。
そしてそれが現実の中で起きていることなら、読み切れない乱数は何処かで必ず発生する。
だから家族だって喧嘩するし、仲睦まじかった筈の恋人達がふとした誤解や思い込みで別れることもあるだろう。
人はどれだけ見識を深めても主観から逃げることは出来ない。俯瞰で他人を見定められる人間なんて存在しない。

それはきっと俺の憧憬する大人達でも例外ではなく、由比ヶ浜親子ですら……これはそういう話なのだ。
今朝俺が感じた比企谷家の距離感と似ているようで、それはもっと深くて重い。

「……だからヒッキーくんがお見舞いに来てくれて部屋から結衣を連れ出してくれたとき、またあの子からヒッキー君のお話を聞けるようになったとき、あの子にとっての王子様が現れてくれたんだって、私は大きな荷物を降ろせたんだって思ったから……だから、ありがとう」

そして、再びママさんは頭を下げた。
十何年分の重み、その最後の負荷が彼女の背を曲げさせたのだ。だがそこに苦しみや疲れは見えない。
俺にはまだ実感しようがないが、きっとそれは充実感と解放、その両方に起因した喜びなのだろう。



365以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:40:51.26FwRKI0Dw0 (13/33)


しかし、

「お、王子様って……そんな柄じゃないですよ、俺」

「ふふふ、家でヒッキーくんのこと話す結衣を見てたらそれ以外に言葉が無いもの、ヒッキーくんがどう思ってても由比ヶ浜家にとってヒッキーくんは白馬の王子様なのよぉ?」

えー、何このヨイショ。
宗教勧誘の前段階? それとも美人局?

なんかもう顔が熱い。多分てか絶対に赤くなってる。
言うに事欠いて白馬の王子様って。白(痴で)馬(鹿)の(自称)王子様なら分からんでもないが。
つか由比ヶ浜家って括りだと、まさかファブリーズパパヶ浜さんも俺の話聞いてる?
そっちは寧ろ怖いんですけど……。

まぁそれは良い、俺が二枚目か三枚目かなんて枝葉みたいなもんだ。
それより重要な話の幹は、

「……そもそもあいつを助けたのは俺じゃないんで」

これだ。



366以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:42:24.17FwRKI0Dw0 (14/33)


「謙遜することないのに……ヒッキーくんが結衣に告白して全部丸く収まったんじゃないの~?」

……寧ろ由比ヶ浜が家でどういうこと話してるのかが気になってきた。
俺なんか顎が鋭角な非現実的ハンサムヒーロー扱いになってんじゃないだろうな。

とはいえ、告白という部分にだけ注視するなら、話がそこだけに止まっていることは理解できる。
〝そこだけ〟しか話せないはずだ。

多分、あいつは。

「あいつ、雪ノ下の話はしてましたか」

沈黙。

ママさんは一瞬呆気に取られ、そこから暫く思案に入った。

そして、

「……そういうことなのかしら?」

なんら具体性の無い問い。だが俺には分かる。
これは“そういうこと”なのだ。

「……助けた、というのは正しくないかもしれません。 でも強いて言うなら助けたのは雪ノ下で、俺はそのお零れに与っただけの……そういうこと、なんです」

そして今俺と由比ヶ浜は二人だ。
どちらの隣にも、間にも、雪ノ下はいない。
スペースが無いんじゃない。
〝いない〟のだ。



367以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:44:38.08FwRKI0Dw0 (15/33)


「俺は、本当に何もかもの最初から、自分で決めたことなんて何も無かったんです。 誰かに頼まれて、お願いされて、それに対応するだけで、その裡にある気持ちなんて考えもしないで」

ママさんには好意的に思われたいし、悪く思われたくない。
そう強く思っている筈なのに、口は理性の関所をすり抜けて語る必要のない〝それ〟を垂れ流す。

「それで、欲しい物を自分から口に出来ても、それはただ自分の我侭で、その裏にあるあいつの……あいつらの気持ちや欲しい物を見て見ぬ振りして」

子供らしい浅慮な思い付きでで墓の下まで持っていこうと決めていた筈の本音を、まだ関係の薄い誰かに投げつけしまう。
それこそ由比ヶ浜や小町にすら隠したままでいようと思っていた醜さの塊。
俺の本質。

「それで自分に都合の良い場所へ腰を下ろして、それを支えてたあいつのことを忘れて、その癖あいつのことが欲しくなったら体重預けたまま願望だけ勝手に押し付けて」

優しく理想的な大人である彼女なら受け止めて貰える、そう勝手に信じ思い込んで吐き出し続ける。
汚く。
卑しく。
嫌らしい。



368以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:46:14.49FwRKI0Dw0 (16/33)


「結局俺はあいつらに何もしてやれなくて、今だって何かの度自分に嫌気が差すし、そんな自分を見られるのが辛くて距離取って、でも別れる気なんて全くなくて、本当に、自分勝手なままで……」

言いながら、本当に自分自身に嫌気が差す。黒いモノを抱えたままグルグル同じ場所を回っているだけの愚物。
あんな夢を見たから今こうなってるんじゃない、こんな自分だからあんな夢を今更見たのだ。
変わろうと誓った傍から「間違っている」と言われ、それをはね除けることも出来ず誓いが揺らぐ。
その癖自分の欲望優先で独りになることも選べない。
かつてのように虚勢でも独りであることを選び続けた方がまだマシである筈なのに。

間違ってるというなら、こんな俺が誰かと道を共にしていること自体が間違いなのだ。

それ以上は何も口に出来ず俯き、再度場は沈黙する。
連休の昼時だと言うのに人気も疎らで静かな喫茶店は何時もなら有り難いのに、
今は静けさが不可視の針となって俺を突き刺し苛んでいる。
硝子戸の壁に阻まれ小さくなった雑踏だけが時間の経過を示す短針だった。

何秒か何分、数えてもいない時間が経過し、

「……やっぱり、ヒッキーくんは真面目なのねぇ」

呆れるでもなく暖かい響きのまま、ママさんの言葉が沈黙を破った。
しかし、その言葉の意味するところは俺の発言が意図した方向とは真逆だった。



369以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:47:46.05FwRKI0Dw0 (17/33)


「真面目って……俺の話聞いてましたか? その真逆ですよ、俺は」

「そんなことないわぁ。 月並みだけど、本当に不真面目な人ならそんな風に自虐はしないと思うし、真面目過ぎるのね、きっと」

下からどうしてもジト目で卑屈に見上げてしまう俺に、ママさんは頬に手を当て変わらぬ笑顔で答えてみせた。
どうしたって曲解しようのない言葉をそれでも曲解しようとしてしまう陰気な俺と裏腹に、
何処までも陽気を振りまく彼女と俺は平行線だった。
それは俺に踏み込み何時の間にか隣に居座った……由比ヶ浜結衣と同じ。
本格的に二人の姿がダブり、心臓がギシリと軋んだ。

「……誤解です、貴女は俺のことを良く知らないからそう言えるんです」

「そうかしらぁ? 結衣からたくさんお話聞いてるし、去年はよくウチに来てくれたし、今だってこうやって話してるでしょう?」

「それだけで判断しているなら、それは早計か、情報源が主観的過ぎます」

「でも、結衣から聞いたお話とそんなに差は無いけど~……あ、でも確かに時々ヒッキーくんが少女漫画に出てくる男の子みたいに格好良くなってることはあったかな。 ね、聞きたい?」

「い、いえ……」

やっぱそういうことになってるのか、今度あいつから聞き出し……はいいや、怖いし。
妄想と現実の落差で墜落死余裕でした。俺が。

「それはそれで残念……でも、そこ以外も本当に一緒よぉ? 真面目で、気遣い屋で、優しくて」

「や、だからそれは」

「……だから、わざと間違った方に行っちゃうんだって、結衣が悲しそうに話してた」

〝ギ〟

軋むどころではない。

心臓が止まる。

〝お前は間違っている〟

何時かの放課後、もう聞き慣れてしまったバリトンボイスで紡がれた言葉が脳裏で再生された。



370以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:49:21.03FwRKI0Dw0 (18/33)


「確かに私が聞いたヒッキーくんはあくまで結衣にとってのヒッキーくんかもしれない……それでも、そのヒッキーくんがぶつかった問題や答えに独りで真摯に向き合ってきたんだってことは分かるつもり。 そのくらいには娘の、結衣のことを信用してるの」

真面目。

真摯。

そんなもの自分とは最も縁遠い言葉だと思っていた。否、今も思っている。

しかし、俺は俺なりの最善で問題課題へ回答をぶつけてきたつもりで、それはきっと正しい。
例えその内実が意趣返しや怨念返しだろうと、そこまで積み上げて来た自分を否定することは出来ない。
それを否定することは俺が何より嫌う欺瞞で、比企谷八幡という積み木の土台を抜き取るに等しい行為。
だから否定しないし、出来ない。

その固執が何よりの間違いであることを知っている癖に。

「……ヒッキーくんは、結衣はどんな子だって思ってる?」



371以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:51:12.88FwRKI0Dw0 (19/33)


「へ?」

己の間違いに思いを巡らせていた俺には唐突な問い。
だがこの人の問いかけなら、由比ヶ浜についてのことならきっと意味はある筈。
そうやって縋り付かなければバラバラになってしまいそうなほど、俺の思考はガタガタになっている。

「……なんか、その、イイ奴ですよ。 真面目って言うなら、あいつの方が相応しいって……」

……あれ、これ彼女の母親に「娘のことどう思ってる?」て聞かれてんじゃねぇの?
いや細部は違うのかもしれんけど、でも地雷質問をさり気なく踏まされてんじゃないの流石大人は怖ぇなぁ。
結局怖じ気づいて無難な回答に落ち着く。しかしボカした言い方とはいえ的を外してはいない筈。

「うん、親馬鹿かも知れないけど結衣は真面目な子で……真面目だから、時に自分から間違った方向に行ってしまうって、見てきたから分かるし、ヒッキーくんも結衣を助けてくれた時に見ている筈でしょう?」

そして返ってきた言葉で後頭部を殴りつけられる。

俺と雪ノ下が間違えても、由比ヶ浜結衣だけは間違えない。
彼女だけは正しいのだと、確かにあの時までは思っていた。
誰かが強くて誰かは優しい、それですら勝手な思い込みに過ぎないと分かっていてたのに。

由比ヶ浜の家を訪れる直前に身を斬られ、斬り返さざるを得ない状況に立たされていた筈なのに。
その原因が由比ヶ浜結衣の行動そのものだと、思い及んでいたのに――。



372以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/11/08(日) 21:53:00.37FwRKI0Dw0 (20/33)


「きっとね、真面目な子って誰より早く安心したくて、だからどんなことにも真っ直ぐぶつかって行っちゃう。 例えそれが間違いでも、一番良い形なんだって思っちゃったらもう止まらない。 遠慮とか謙遜もそういうことだと思うの」

安心、確かにそれは俺の人生の指標に近い概念だとは思う。
独りであれば揺るがす物はなく、揺るがされることはなし。
ただ佇むだけで済むのならこれ以上楽な生き方もない。
そこがどんな不毛の大地だろうと、落ち着くことさえ出来れば良い。

〝激しい喜びはいらない、そのかわり深い絶望もない〟
そんな植物の心のような人生を求めた男は猟奇殺人の犯人だったけれど。

「きっとヒッキーくんにとってはそれが謙遜で、結衣にとっては遠慮なのね。 それが行き過ぎても独りじゃ引き返せないから、笑って間違いへ進んでしまうんじゃないかしら」

「笑って、ですか」

「そう、結衣が酷いこと言ってたのよ~? ヒッキーは偶に笑い方がキモい!って」

予想はしてたがひっでぇなあいつ!
きっと一字一句違ってないんだろう……キモいって便利な言葉だなー本当になー。

「……で、そんな風に笑っている時は大抵傷付いてる時だって。 結衣もね、間違うときは大抵笑ってたのよ? その後落ち込んだり泣きそうになったり……ヒッキー君も見たことあるんじゃない?」