201以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:42:04.90t8V4LTxho (83/135)


「頂上……なのか? おい、風花?」

『あっ……い、いえ。かなり上層ではあるようですが、頂上ではありません』

頭の中で、山岸さんが言う。しかし、目視できる範囲に、階段や、上階へと続く経路は見当たらない。

『えっ、これ……何?』

と、不意に、山岸さんの声がゆれる。

「どうしたんですか、風花さん?」

『そ、そのフロアに……皆さん以外に、一人! 人間……いや、ペルソナ? わかりません、こんな反応、初めてです!』

その一言を合図に、それぞれが周囲に視線を張り巡らせる。
……探すまでもない。その反応の持ち主は、いつの間にか、俺たちの目の前に立っていたのだから。

「うそ」

朝倉の口から、そんな言葉が零れだす。
ああ、俺もウソだと思いたい。

まさかこいつが、俺たちの前に立ちはだかる日が来るなんて、思いたくなかった。


「……エラー」


長門有希が、そこにいた。


202以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:44:02.96t8V4LTxho (84/135)

一見すると、そいつは俺の記憶の中のそいつと、なんら変わりない姿で、俺たちの前に立っていた。冷たい口元も、どこか眠たそうな瞳も、俺にとっては見慣れた、そいつの当たり前の表情だ。
しかし、違う。そこにいるのは、俺の知るそいつではない。
そいつの中に、俺の知らない何かが入っている。

「有希ちゃん?」

沈黙で張り詰めた空間に、火のついたマッチを投げ込むように、妹がその名前を口にする。長門は、誰も存在しない空間を見つめながら

「エラー」

と、もう一言呟いた。
それは、長門の理性が発している、俺たちへのメッセージなのだろうか。

「……長門、何が起きてるんだ」

俺は、目の前の冷たい表情の内側に、ほんの少しでも、俺の知る長門の要素が残っていることを信じ、その小さな体躯に向けて、訊ね掛けた。
その声でようやく、長門の瞳が、俺の視線と重なる。

「……私の中に、ある、要素、イレギュラー」

覚えたての日本語を持て余した、異国人のような口調で、長門が言葉をつむぐ。

「思考、それ、奪い、シャドウ、涼宮ハルヒの、力、鍵、貴方、倒させ」

でたらめに散らばった、パズルのピースのような言葉たちが、俺たちの元へ転がり込んでくる。バラバラなその単語の連なりから、辛うじて、一つの事実が読み取れる。
やはり、あの満月のシャドウを倒すことは、俺たちにとって正しい道ではなかったのだ。しかし、それを倒させるように仕向けたのは……

「……『あなた』だったのね、私たちを、騙してくれたのは」

朝倉が、膨れ上がる怒りを滾らせながら、目の前に立つ、そいつに向けて、声を投げかけた。


203以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:49:15.94t8V4LTxho (85/135)

その、直後。

長門が、笑った。

「約十件の不要なプロセスを確認」

今の今まで、ぎりぎりのところで意識を持ちこたえていてくれた長門が、ついに力尽きたのだろう。
目の前に居るそいつは、もう長門ではない。長門の姿をした、何か。俺たちと敵対する、正体不明の何かだ。

「消去する」

その一言と同時に、長門の体を、見慣れた青白い光が包み込んだ。

「召喚、『サマエル』」

長門の頭上に現れた、そいつを前に、俺たちはまず、そのペルソナとしての、体躯の巨大さに息を呑まされた。
天田のカーラ・ネミや、岳羽さんのイシスも、ペルソナとしては派手で、巨大な外見をしている。しかし、長門のペルソナは、それらをはるかに上回る。
全長は二十メートルを下らないだろう。三対の巨大な翼を、目一杯に広げれば、横幅も十五メートルはありそうだ。
流れる血液を、そのまま皮膚へと変えたような、真紅の体を持つ、巨大な竜。それが、長門のペルソナだった。

『ひあっ! き、聞こえますか、キョン君、みなさんっ!』

不意に、頭をよぎる場違いな声。朝比奈さんだ。

「どっ、どうしたんですかっ!?」

『すみません、あの、山岸さんのペルソナの力じゃ、そこまで届かなくて……わ、私のペルソナなら、できちゃったみたいでっ!』

何と言うことか。中身は異なるとはいえ、まさかのVS長門戦を、朝比奈さんの単独ナビゲーションのもとに行えというのか。
それ、かなりやばくね?


204以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:50:01.96t8V4LTxho (86/135)

長門の頭上のペルソナが動き出したのは、丁度、朝比奈さんの声が止んだ瞬間だった。
巨大な体を、まるで小さな虫のようにのた打ち回らせ、長門のペルソナが吼える。すると、体の前に光の輪が発生し、それが薄い膜のようなものとなり、長門と、そのペルソナの姿を包み込んだ。

「キョン、やっちまっていいんだな」

俺に視線を向け、伊織が言う。俺は黙って頷き、ペルソナカードを取り出した。
―――今、助けてやるからな、長門。

「ネミッサ!」

「トリスメギストス!」

「ウェルギリウス!」

俺と伊織、そして、古泉が、同時にペルソナを召喚した。三体のペルソナが、長門を包囲するような形で、一斉に攻撃を浴びせる。攻撃が体表へと達する直前に、長門のペルソナは、螺旋を描くように体をのたうたせ、三対ある翼のうちの一対で、まず、俺のペルソナの拳を受け止めた。
先ほどの光の膜の効果なのか、拳に伝わってきたのは、皮膚を殴った手応えとは異なる、まるで、水で満たされたビニールの水槽を殴りつけたような、奇妙な感触だった。
長門のペルソナは、続けて、古泉のペルソナが放った矢の雨に向け、翼を羽ばたかせた。同時に、そこから、古泉のものとよく似た、矢の雨が放たれ、古泉のそれとぶつかりあい、相殺する。
そして、最後に、伊織が放ったペルソナの刃は、真正面からぶつけられた、長門のペルソナの尾によって阻まれ、伊織のペルソナごと、後方へと弾き飛ばされる。

「クソ、なんだよ!」

歯噛みしながら叫ぶ伊織。俺も似たような気持ちだった。もっとも、端から数で攻めて勝てる相手だとは思っていなかったがな。しかし、ここまで完璧に防御されると、苛立ちも覚えるというものだ。

「行きます!」

次に召喚器を鳴らしたのは、天田だ。現れたペルソナの体表から、光速の電流が迸る。

「ペルソナ、レイズアップ、オーディン」

更に、アイギスがペルソナを召喚し、天田の放電に、落雷を被せる。


205以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:51:03.13t8V4LTxho (87/135)

稲妻の音が、モナドの塔内にこだまし、電流が、長門のペルソナを襲った。それを受け、長門が僅かに、体を竦ませる。同時に、長門のペルソナも、痛みに喘ぐように体を捩る。

『あっ、入りました!』落雷の余韻に紛れ、降り注いでくる朝比奈さんの声。

『今なら、長門さんは、その……痺れてます、動けません!』

「追撃します、ペルソナチェンジ、『スルト』」

「ワオーン!」

アイギスの体から、黒い肌の、燃え盛る炎を手に携えたペルソナが現れ、コロマルの体から、三つ首の猛犬が召喚される。言うまでもなく、今度は火攻めだ。周辺の気温が上昇し、二体のペルソナが、同時に、長門に向け、炎の帯を放つ。

「サマエル」

迫り来る爆炎を前に、長門は再び、ペルソナの名を呼んだ。

『あっ、何か、来ます! とても……熱くて、黒いものが!』

朝比奈さんがそう告げると、ほぼ時を同じくして、長門のペルソナの口元に、小さな人魂のようなものが発生した。それは見る見るうちに膨れ上がり、最終的に、黒い火球となった。
ペルソナが体を震わせると、火球は、彗星のように、空中に軌道を描きながら、長門の周囲を舞い踊るようにゆらめき、やがて、長門を覆う炎の壁となった。その壁面に、アイギスとコロマルが放った炎が叩き込まれる。
これは、無効化されたのか? と、俺が疑問を抱いた直後。長門を包む黒い炎は、突如、炎の礫を周囲へと散らばらせながら、回転を始めた。長門の頭上で、赤い竜が、螺旋を描いて踊り狂っている。

『熱くて、黒いものが、広がっています! 消さないと……』

朝比奈さんのナビは、概ね間違ってはいなかったが、全てにおいて事後報告なので、頭が痛くなるところだ。一手遅れのナビが告げたとおり、長門を中心とした、漆黒の炎の海が、モナドの塔内に完成しつつあった。

「ラウレッタじゃ、防ぎきれないよ!」

と、妹の声が告げた。
炎を何とかしたかったが、この分では、アイギスのペルソナも、朝倉のペルソナも、能力を発揮出来はしないだろう。


206以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:52:03.71t8V4LTxho (88/135)


『ど、どうしたら―――えっ、あ、山岸さ―――』

と、不意に、天の声が止む。そして、直後

『キョンくん、聞こえますか? 私です、山岸です。その炎は、闇の―――』

一瞬、混線の中に聞こえた、その単語を、頭の中で反芻する。
闇。
闇には、光。
光といえば―――

「カグヤ!」

朝比奈さん曰く、熱くて黒いものの熱に、全身が悲鳴を上げる中、俺はペルソナカードを放った。
現れた十二単衣を纏った痩身が、剛毅&運命戦で見せた時同様に、ふわりと空中で舞う。同時に、大地を埋め尽くす、浄化の光。狙い通り、黒い炎が、光に触れた部分から消滅してゆく。
見る見る内に、あたりの空間が、元あった冷たさを取り戻す……いや、元よりも冷たくなっている。現在進行形で、冷却が行われていた。

「ベアトリーチェ!」

「ペルソナチェンジ、スカディ」

朝倉とアイギス、二人の声が重なる。長門の足元から、いつぞや見たものとよく似た、二つの氷の柱が迫り出してきた。長門の体が、その氷柱によって、大地から持ち上げられてゆく。本体が足場を失ったためか、頭上の龍の動きが、わずかに乱れた。

「ベッラ!」

「トリスメギストス!」

そこに、森さんのペルソナが、熱気を孕んだ拳を叩き込み、伊織のペルソナが、無数の刃を放つ。
龍の体表に、一文字の傷が走った。


207以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:53:03.16t8V4LTxho (89/135)


「今なら行ける……イシス!」

岳羽さんが召喚機を打ち鳴らし、突風とともに、無数の真空の刃が放たれた。ざく、ざくと音を立て、長門のペルソナの体表に傷がついて行く。

「く……」

龍の体の下で、長門が、息とも声ともつかない音を吐き出す。ダメージが通っているのだ。

「もう一度、行きます!」

先ほど、長門のペルソナに隙を作った功労者である天田が、再び召喚機を構えた―――天田の体が、青い光を吹き出し始めた、その時だった。

「―――サマエル」

長門が、三度、その名を呟いた。
ペルソナが体を戦慄かせ、全身から、奇妙な、形容しがたい色を帯びた光を放射し始める。

『これは……キョンくん、皆さ―――』

朝比奈さんの声が、半ばで途切れ、俺たちの体は、放たれた光によって包まれることを余儀なくされた。
頭の中で、誰かの声がする。


 ―――『神の悪意』


俺のペルソナの声ではない。それは、長門の声にとても良く似た、何者かの声だったように思える。
その声が脳内に響いた直後―――俺の体は、俺の意思では動かなくなった。
頭がくらくらし、体中が痺れたような感覚が、全身を包み込む。そして直後に、体の中に、巨大な鉛を詰め込まれたような、凶悪な吐き気が俺を襲った。


208以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:55:08.88t8V4LTxho (90/135)

溜まらず、その場にうずくまる。胃の中身をぶちまけそうになるのを、寸でのところで堪える。
なんだ、こりゃ。

「アイ、ギス」

すぐ隣にいたアイギスの名を呼ぶ。しかし、アイギスは答えない。視線をそちらへ向けると、アイギスは苦しそうに、両手で胸を押さえながら、地面に力なく倒れている。
やられてしまったわけではない。しかし、どうやら眠ってしまっているようだ。
何だ。俺たちは、何をされたって言うんだ。
続いて、アイギスをはさんだ向こうに居たはずの岳羽さんを見る。彼女もまた、苦しそうに胸を押さえながら、顔を真っ赤にし、必死で呼吸をしている。が、眠ってしまっている様子はない。
更にその向こうには、朝倉の姿が見える。朝倉はというと、やはり同様に、苦痛に顔をゆがめながら、長門に向けて、なにやら口をぱくぱくと動かしている。
何なんだ、この凶悪な攻撃は。

「エラー、消去」

ふと、長門の声がする。
それは、地獄から沸き上がってくる、死神の声のように聞こえた。


「メギドラオン」


ああ、その単語は。
俺の記憶に、このモナドの塔と共に、強く残っていた言葉だ。



………

熱く、痛い。体の中で、ペルソナが喚いている。
……流石に、今のやつは効いたな。最早、頭がクラつく、などというレベルではない。立っていることも難しく、俺は冷たい床の上に、全身を投げ出していた。


209以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:56:02.15t8V4LTxho (91/135)


ちくしょう。これで終わりなのか。

必死の思いで、首だけを起し、俺は長門を見る。
力なく、それでも二本足で立つ長門は、焦点の合わない瞳で、空中を見つめていた―――やっぱり、違う。こいつは、長門じゃあないんだ。
長門も精神は、もう、やられちまったんだろうか。もしかしたら、俺たちがやられちまった暁には、この長門のように、わけのわからん意志に精神を食われ、よくわからん、凶悪なペルソナもどきを背負わされる羽目になるんだろうか。
長門―――お前は、今、どこに居るんだ。

終わりか、これで。
俺たちは、何と戦っていたかもわからないまま、ここでやられちまうのか。
あいつにも―――ハルヒにも逢えないまま。

まさか、ハルヒも、この長門のように、やられちまってるんだろうか。
だとしたら、辻褄も合うな。イカレちまったハルヒの意思で、俺たちはこの影時間に引き寄せられ、そこで、無駄な戦いをした挙句、このわけのわからん塔の中で殺されちまう。
このまま?
長門の頭上で、再び、あの赤い竜が、体を震わせている―――その様が、やけにスローモーションで見える。

……ハルヒ。お前が望んだ事なのか?
お前が望んだから、俺たちは、ここで終わっちまうっていうのか?
違うよな、こんな結末は。
どんな滅茶苦茶な奴に頭をやられたって、お前がこんなのを望むはず、ないよな。
しかも、妹や、森さん……アイギスや、伊織たちをも巻き込んで。

なあ、ハルヒ。
そうなのか?
違うだろ?

そうだ。まだ、俺は、その答えを聴いてないんだ。
ハルヒに逢って、本当のことを聞かなきゃいけないんだ。
やられて―――たまるかよ。


210以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:58:18.47t8V4LTxho (92/135)



「ペルソナ!」


渇いた喉から、その単語を放つ。
体から溢れ出す、青白い光。それと共に……青白い彫刻のような何かが、俺の視界に踊り込んでくる。
同時に現れる、『ⅩⅩ』のカード。

ああ、そうか。


 ―――我が手を取れ


こいつもまた、俺のペルソナなのか。


「―――『メサイア』!」


俺がその名を呼ぶと同時に、メサイアの体が光の塊に変わり、やがて、風船が割るかのように、弾け飛んだ。
その欠片が、俺の体に。更に、すぐ隣の、アイギスと岳羽さんの体に降り注ぐ。余った分は、空中を舞い、どこかへと飛んでゆく。多分、このフロアのどこかに居る、皆のもとへ向かったのだろう。

ふと、気づく。頭の痛みも、吐き気も、体の痺れも無い。体を起そうとすると、いとも容易く起き上がることができた。
隣を見ると、同じように、アイギスと岳羽さんが体を起している。長門の姿の向こうでも、続々と、ペルソナ使いたちが、我に帰ったかのように立ち上がり始めていた。

「……エラー」

とても小さな、長門の声がした―――あの、おぞましい声じゃない。俺の知っている、長門の声だ。


211以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:59:03.03t8V4LTxho (93/135)

長門は空ろな瞳で、一点を―――俺の目を見つめたまま、ぼんやりとその場に立っている。
その頭上に、体をくねらせる赤い竜。

倒せる。
両足で地面に食らい付き、立ち上がる。体が軽い。自分の思ったとおりの言葉が、口をついて出る。

「ペルソナ!」

目の前の悪夢に向けて、俺の中にある、力の全てを解き放つ。
俺の体から、いつか見た、体中にタトゥーを刻み込まれたペルソナが現れ、漆黒の天井を見上げ、吠えた。


 ―――地母の晩餐


いつか聞いた物と、同じ声。
そして、いつかそうなったように―――大地が、割れた。





………

もともと何も無い空間だった、ということもあり、目覚めたとき、その場に広がっていた荒廃した空間に、違和感は覚えなかった。
その空間を囲うように、仲間たちの姿があり、その中心に、同様に倒れた長門の姿があった。

「長門」

その名を呼びながら駆け寄る。あの赤い龍の姿は、どこにも無い。


212以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 20:59:32.24t8V4LTxho (94/135)


「有希!」

俺とほぼ同時に、長門の元にやってくるのは、朝倉だ。
長門の体を抱き起こす役目は、朝倉に譲ってやることにする。

「有希、有希!」

力ないその体を揺さぶりながら、何度もその名前を呼ぶ。数度目に、朝倉がその名前を呼んだとき、長門が、目を開けた。

「……朝倉……涼子」

「有希、大丈夫?」

「召喚シークエンス、オルフェウス」

と、アイギスが、二人のそばへ駆け寄り、回復を施す―――しかし、長門の傷が癒える様子はない。

「長門」

恐る恐る。といったように、俺は長門に声をかける。長門は、俺の顔と朝倉の顔を交互に数度見比べたあと

「……この、先に」

と、呟いた。
この先。俺はその言葉を聞き、周囲を見渡す。仲間たちの姿とは別に、部屋の一部に、天井の闇へと上る光の帯を放つ、正方形の台があるのが見て取れた。

「居る、涼宮ハルヒ……私は、食われ、貴方たちに、涼宮ハルヒの力を……やつに食わせる、術を、犯させた」

こいつは紛れも無い、俺たちの知る長門有希だ。瞳は空ろであり、言葉は力ない。しかし、もう、誰かに意識を乗っ取られたような存在じゃない。


213以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:00:04.57t8V4LTxho (95/135)


「あの光の先に、ハルヒが居るんだな」

「そう」

と、僅かに肯きながら言ったあと

「……涼宮ハルヒも、また……心を食われ……の……奴隷に」

長門の言葉はあまりにも僅かで、掠れていて、聞き取ることが出来ない。
長門。お前をあんなにしちまったのは、一体どこのどいつなんだ。
教えてくれ、長門。

「……奴……は…………混沌……ハルヒ……助け……」

『混沌』―――。
その言葉を残した直後、長門は役目を終えた天使か何かのように、音も立てず、静かに目を閉じた。

「有希?」

朝倉が、その名を呼ぶ。

「ウソでしょ、有希! 起きてよ、ねえ、有希!」

幾度もその名前を呼ぶ。しかし、長門は目覚めない。

「ウソよ、こんなの……有希……有希っ!」

朝倉が、力なく崩れた長門の体を抱き、その名前を叫ぶ。


214以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:01:01.28t8V4LTxho (96/135)


「キョン、その子は……」

言葉を濁らせながら、伊織が言う。

「俺たちの、仲間だよ」

「そ、か……」

一瞬の伊織との問答を終えた俺は、新しく発生した、上部への経路を見上げる。
この先に―――ハルヒが居る。


『来なさいよ』


ふと、頭の中に、そんな声が聞こえた気がした。
……言われんでも、今行くさ、


道はたった一つ。
俺たちに、もう、選択肢などは残されていないのだから。





………



215以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:02:09.58t8V4LTxho (97/135)



「最初に、この塔に来たのは、いつだったかしら。もう、随分ここに居るから、どれぐらい前だかわからなくなっちゃったわ」


漆黒のカーテンに開けられた巨大な穴のような満月が、冷たい大気に満ちた、モナドの塔の屋上を、青白く照らしている。その月光を背負うようにして、涼宮ハルヒが、俺たちの前に立ちふさがっていた。
幼い子どもに、物語を読み聞かせるような、柔らかく、慈愛に満ちた声で、ハルヒは言った。

「影時間に、初めて気付いた日。私は、どうして良いか分からなくて、まず、真っ先に、学校を目指したの。あの日の夢のように、学校に行けば、全てが元に戻るかもしれないと思って」

逆光の所為で、ハルヒがどんな表情を浮かべているか、いまいち読み取ることが出来ない。俯いたその顔は、泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
解読不可能の表情のまま、ハルヒは次々と言葉を紡ぐ。

「そこでね、『あいつ』に会ったのよ。あいつは、私に全てを教えてくれたわ。私の持つ力のことも、この影時間の正体も。私が望めば、手に入らない物なんてこの世にはない。『あいつ』はそれを教えてくれたの」

俯いていたハルヒが、ゆらりと面を上げ、俺たちを見た。
―――笑っている。

「でもね。私は未熟だから、その力を使いこなすことが出来ない。私が本当に全てを手に入れるには、私は強くならなきゃならない。あいつはそうも教えてくれた。私は当然、それを求めたわ。望むもの全てを手にできる存在に、私はなりたかった。
 だから私は、あいつを受け入れたの。一つになったの。そうして、タルタロスが生まれた。あの塔はね、私の心の中の世界。シャドウを倒すことで、私は私の心のもっと奥へと入って行ける。……シャドウを倒す為の力も、あいつが授けてくれた」

そう言うと、ハルヒは、右手をスカートのポケットへと挿し込み、そこから、一枚のペルソナカードを取り出した。

「心が開けるたびに、私の力は強くなった。ペルソナも増えていったわ。私は毎日毎日、影時間が来るたび、タルタロスに来た。上の連中なんかつまらないから、私はずっとモナドに居たわ。
 それは誰にも知られない、私だけの時間だった。でも、そこに何故か―――あんたが入り込んできた」

そこまで話した後、ハルヒの、温度のない瞳が、俺の顔面へと向けられる。

「あんたたちが、私の邪魔をしに来たんだと思って、どうしてくれようかと思ったんだけど。でも、どうやらあんたたちは、シャドウたちを倒して、私が力を手に入れて行くのを、手伝ってくれてるみたいだった。
 だから、私はずっとモナドに身を潜めて、あんたたちが、全てのシャドウを倒してくれるのを待ってたの。もう面倒だったから、影時間の外に出るのも、やめちゃったわ。そうしたいと思ったら、できちゃったのよ」


216以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:03:02.06t8V4LTxho (98/135)

そこまで話し、ハルヒは両手を腰ほどの高さに上げ、手のひらを上へと向けた。

「すべてのシャドウが倒された今、私は、深層・モナドと一つになった。キョン、あんたたちの手助けのおかげで、予定よりずっと早くにね。それと、そっちの……あなたたちのことは、いまいち知らないけど。何にしろ、助かったわ。ありがとう」

ハルヒが、アイギスたちの顔を見回した後、微笑む。悪意のかけらも感じない、純朴な微笑が、逆に気味悪く感じられる。

「もう……全てを、知った、というのですか、あなたは」

古泉が掠れた声で呟くと、ハルヒは視線をそちらへと向けて、微笑みを浮かべたまま、

「私の力も、古泉君や有希が何もなのかも、全部分かったわ。そりゃ、びっくりしたわよ。それなりに。でも、私はそれよりも、自分の力の全てを手に入れたかった。そうすれば……或いは、全てを、『なかった事』にだって、できるかもしれないじゃない」

ふ、と。ハルヒの浮かべている笑顔の性質が、僅かに変わった気がした。―――何もかもを、なかった事に。それが、ハルヒの求めている世界の形なのだろうか。何かを悼むような視線を、空中に泳がせるハルヒ。

「有希は……有希には、何をしたの!」

俺の左後ろで、朝倉が吼える。体から青い光を滲み出させながら、今にもハルヒに掴みかかりそうな剣幕だ。しかし、それをしないのは、深層心理で分かっているからだろう。ハルヒは、俺たちが容易く勝てるような相手じゃない。

「さあ、私は知らないわ。ただ、あいつがね。有希は厄介だから、手を打つとは言ってたわ。何をしたのかは知らないけど、私も、有希が味方になるのは嬉しかったし。ま……あんたたちに、やられちゃったみたいだけど」

「違う、有希を傷つけたのは、あなたよ!」

朝倉が、刃のような言葉を投げつける。それを受け、ハルヒは、呆れた様に溜息をつき、

「安心しなさいよ。もうすぐ、こんな世界、なかった事にしてあげるから。今度はね、もっとまともな世界に書き換えてやるわ。古泉君も、みくるちゃんも、有希も、出鱈目な存在じゃない世界。
 ……おかしいわね。あんなにも欲しがってた、不思議な事すべてが、こうして手に入れてみると、いらなくなっちゃったんだから」

ハルヒの言っていることは、本当なのか?
俺は、薄ら笑いを浮かべる、ハルヒの顔を見つめながら、つい先刻、長門が、俺たちに残した言葉を思い出す。


217以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:04:02.13t8V4LTxho (99/135)



 ―――ハルヒもまた、心を食われている。


 ―――『混沌』に。


混沌。
ハルヒの言う『あいつ』というのが、その混沌という奴なのだろうか。ハルヒはそいつを受け入れ、一つになったと言った。
しかし、そいつは、一体何のために、ハルヒに真実を教えたのだろうか。それだけでは飽き足らず、俺たちや、伊織たち。長門までもを巻き込んで、ハルヒの力を強めることを促した……それによって、そいつに、何の得があるのだろう。

「やらなきゃいけない事は、あと、ひとつ……このモナドの塔から、あんたたちの存在を消してしまえば、私とモナドの間を遮るものは、何もなくなる。そして……私は、世界を作り直すの。あんたたちにも、悪い話じゃないでしょ?」

ハルヒがそこまで話し終えると、世界は、周囲に吹き荒れる風の音だけを残して、止まってしまったように思えた。誰も口を開こうとはせず、ただ、憂いを帯びた表情を浮かべるハルヒを、十人の視線が射抜いていた。
そうして訪れた、数秒ほどの沈黙の後で、ハルヒは再び口を開いた。

「もう、この世界は、おしまいなのよ。私は全てを知ってしまった……もう、何も知らなかった頃には戻れない」

ハルヒの表情から、微笑みが消え、悲痛な小声が、俺の鼓膜にかろうじて届いた。

「全てを作り直すしか、手段はないのよ。これから先の未来なんて、誰も幸せになれないって、分かりきってる。それが、あんたには分からないの?」

ハルヒは、僅かに伏せた瞳に俺を映しながら、痛みを堪えるような語調で話しながら、最後に、俺に視線を向けた。
その視線を受け、俺は、考える。
―――ハルヒが、全てを知ってしまった
果たして、これから、世界はどうなるのだろう。
世界の全てが、涼宮ハルヒに委ねられる―――それが一体どんな未来を産み得る事態のか、考えようとしても、まるで誰かが、そこに立ちふさがっているかのように、想像することができなかった。

「私の力が、全てを壊してしまう前に……私は、世界を作り直すの。それが―――私の、みんなへの、償い」


218以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:05:01.38t8V4LTxho (100/135)

償い。
ハルヒの口にしたその単語が、俺の頭の中で、何度も繰り返される。
たしか、それは、罪を犯した人間に課せられるものだったはずだ。
そうか。今、ハルヒの心を動かしているのは―――罪悪感なのか。

きっと、ハルヒはこう考えたんだろう。
自分が、無意識下の力によって、何かを起こす度に、古泉や長門、朝比奈さんらが、それらを解決するために、尽力させられていた。
ハルヒにとって、世界が当たり前に回るように、常に根回しをし続けていた、周りに連中に対して、申し訳ない事をした、と。
それを強いていた自分は、罪にまみれていたのだ、と。

そして、その償いとして、企てたのが―――世界の再生。
初めから、何もなかったことにする。古泉も、長門も、朝比奈さんも、なんの力も持たない、ごく普通の人間である世界の創造。
言わば、あいつらを……世界を、『涼宮ハルヒ』から解放してやることが、自分の力を知ってしまったハルヒに出来る、最大の償い。

「そうよ」

ハルヒは、俺の思考を読み取っていたかのように、言葉を発した。
力を持ってしまった者に課せられるべき、『代償』を、受け止める事。それが、力を知ってしまった者の、抗うことの許されない、宿命。
しかし、それを受けるというのは、即ち―――

「私は、私ができる限りのことを、するの」

ハルヒが、す。と、天を見上げ、呟く様に言葉を紡ぎ始めた。
そして―――


「全てを、当たり前に変えて、巻き戻して、そして―――私は、消えるの」


と、表情を失いながら、言った。


219以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:06:01.30t8V4LTxho (101/135)


「消える、って……」

ぽつりと、俺の後ろで、伊織が呟く。

「いや……おかしいだろ、なんで、アンタが消えなきゃいけないんだよ」

「私は、この力を手放すことはできないのよ」

す。と、無表情の見つめる先を、足元へと移しながら、ハルヒは言った。

「力を失うことも、自分の記憶を消すこともできない。誰かに委ねることもできない。この力……『涼宮ハルヒ』の呪縛から、世界を解放するには……私が、この世界からいなくなるしかないの」

まるで世間話でもするような、平坦な口調。

「私は、世界を作り直す。私なんて、元々いなかった世界を創る。そして、この力を抱いて、消える。そのために……私は、このモナドと一つになる」

不意に、ハルヒの手の中にあったカードが、弾ける。同時に、ハルヒの体から溢れ出す、青白い光。

「私の考えが理解できたなら、この塔から降りなさい。邪魔をするなら……無理矢理にでも、消えてもらうわ」

き、と、ハルヒの視線が、鋭くなる。
その視線を受けた俺が、無言でペルソナカードを取り出すと、周囲の仲間たちも、それに倣うように、臨戦態勢に入った。

ふざけんなよ、ハルヒ。
償いだの、開放だの、勝手な事ばっかり言いやがって。
そんなもん―――知ったことかよ。

お前が消えようとしているのを、黙って見ていられるか。
待ってろ、今……目を覚まさせてやる。


220以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:07:01.99t8V4LTxho (102/135)


「ペルソナ!」

ハルヒの口から放たれたその単語が、屋上の大気を震わせる。呼び声に呼応し、現れたのは、赤い衣装に身を纏った、道化師のような姿のペルソナだった。

「行きなさい、『アポロ』!」

ハルヒのペルソナが、右の拳を握り締めると、周囲の空間が一瞬、陽炎のように歪み、直後、ペルソナの拳が、閃光を帯び、やがて、炎を纏い始めた。

『みっ、皆さん、今の涼宮さんのペルソナは、炎のペルソナです! 攻撃がきます―――とても強くて、重い力です!』

降り注いだ、朝比奈さんの声を受け、最初に動いたのは―――森さんだった。細く引き締まった脚でモナドの屋上を蹴り、ペルソナの光を身に纏いながら、ハルヒとの距離を縮めてゆく。そして、ハルヒの前に立つ赤い道化師へと向けて、髑髏柄のペルソナを放った。

「ベッラ!」

現れた、森さんのペルソナが、左の拳を振り上げ、ハルヒのペルソナが放った攻撃に、拳をぶつけ合わせるように振り下ろした。一瞬のインパクトの後、力が拮抗する、ギリギリという音が、離れた場所からでも聞いて取れるほど、激しく鳴り響いた。

「古泉!」

「はい!」

ハルヒのペルソナとの力比べを繰り広げながら、森さんが古泉の名を呼ぶと、既に臨戦態勢に入っていた古泉が、傍らに、薄緑色のペルソナを携えながら、駆け出した。直後に、赤い光の矢の雨が放たれ、森さんの背中へと差し掛かる。
その矢が、今にも体表に食らいつきそうになった、その瞬間、森さんはタン。と、大地を足で蹴り、ハルヒのペルソナの頭上へと飛び上がった。
同時に、拳を繰り出していた森さんのペルソナが解除され、矢の雨の標的は、必然的に、ハルヒのペルソナへと移る。更に、空中の森さんが、眼下の赤い道化師へと向けて、今度は右の拳を振り下ろす。
頭上と前方からの、同時の攻撃。しかし、攻撃が食らいつこうとした瞬間、ハルヒはポケットから、新たなカードを出し、それを空中へと放った。
同時に、道化師のペルソナの姿が消え、二人の攻撃は標的を失い、空を切る。

「来なさい、『ヴィシュヌ』!」

ハルヒの体から、新たなペルソナが繰り出される。漆黒のマントに身を包んだ、青鬼の如き姿のペルソナだった。


221以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:08:00.98t8V4LTxho (103/135)

そのペルソナが、仰々しく両腕を振りかざすと、あたりの空間に、風が吹き始めた。初めは僅かな風だったが、それはすぐに、真空の刃を伴う、ハルヒの体を中心とした旋風となり、俺たちの体を一度に襲った。

『か、風です! えと、吹き飛ばされないようにしてください!』

「ラウレッタ!」

叫んだのは、妹だった。現れた桃色の両腕が、俺たちとハルヒとの間に、薄い光の障壁が発生する。吹き荒れる風が、障壁によって阻まれ、押し返される。真空の刃が、乱れ舞うように、あたりの空気を切り刻んでゆく。

「召喚シークエンス、ノルン」

アイギスがペルソナカードを放ち、黄金色の女神の姿をしたペルソナを伴いながら、吹き荒れる風の中に突攻する。風を吸収しながら、ハルヒと、そのペルソナへと接近するアイギス。お互いのペルソナが、射程距離に入ったあたりで、アイギスは更に新たなペルソナカードを放った。

「ペルソナチェンジ、『アテナ』」

現れる、巨大な盾を手にした、戦乙女の如き姿のペルソナ。アイギスは、前進する体を止めないまま、ペルソナの持つ盾を前方へと突き出し、そのまま、ハルヒに突撃した。

「ヴィシュヌ!」

ハルヒが再び、そのペルソナの名前を呼ぶと、あたりに吹き荒れる旋風の風力が僅かに緩み、青鬼のペルソナの右腕が光を帯び始め、次の瞬間、その手の中に、巨大な斧のような武器を作り出された。
それが、ハルヒのペルソナの両腕によって、天高く振り上げられ、迫り来る、アイギスのペルソナの大盾に向け、振り下ろされる。ガァン。と、重く、それでいてよく通る、奇妙な音がした。

「く……」

声を漏らしたのは、アイギスだ。その身を覆うペルソナの大盾が―――ハルヒの放った攻撃によって、破壊されたのだ。そして、盾をかち割った光の斧は、今、アイギスのペルソナの体表へと、その刃を食入らせている。

「アイギス!」

岳羽さんがその名叫び、妹の張った障壁から飛び出す。その体を、吹き荒れる旋風が襲うが、風の刃によるダメージを受けている様子はない。しかし、圧倒的な風力が、彼女の体を転倒させた。
それを見たハルヒのペルソナが、アイギスのペルソナに食い込んだ斧を引き抜き、倒れた岳羽さんに向かって、手の中の斧を投擲した。
旋風の中を、真っ直ぐに突き進む、ハルヒの斧。


222以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:09:01.09t8V4LTxho (104/135)


「ゆかりちゃんっ!」

妹が叫び、岳羽さんと斧の間に、新たに障壁を作り出す。その障壁によって阻まれ、光の斧が弾き返される。しかし、それによって、初めに張られた、魔法を無効化するための障壁が解除された。辺りを吹き荒れる嵐と、かまいたちが、俺たちを襲う。

「うおっ!」

風に弱い伊織が、声を上げたのが聞こえた。風は、いつぞや岳羽さんが巻き起こした竜巻に匹敵するほどの風力を有していた。立っていることすら難しい。
なんとか両足を地面に食らいつかせながら、俺はハルヒを見た。視界の中で、ハルヒがまた新たに、ペルソナカードを取り出す。―――待て。これ以上、何をする気だ。

「行け、『アルテミス』!」

マントの青鬼が消え、現れたのは、鏡のような鎧に身を纏った、女神の姿をしたペルソナ。女神が両手を天に翳すと、俺たちを吹き付ける風の温度が低下し始める。

『ひえっ、氷です! 空気が、凍りついて、みんな凍っちゃいます! 溶かさないと……』

朝比奈さんの声がそう告げた頃には、俺たちを取り巻く風の中に、無数の氷の結晶が混じり始めていた。風に吹かれた全身が、徐々に凍りついてゆく。思わず目を閉じると、瞼までもが凍りついてしまいそうなほどだ。

「ワオーン!」

朝比奈さんの声を遮るようにして、何処かから、風音に紛れて、コロマルの遠吠えが響き渡った。吹き荒れる風に、炎を噴きつける、コロマルのペルソナ。
それは、とても、ハルヒの元へ、攻撃として届くほどの火力ではなかったが、俺たちの体が凍ってゆくのを遅らせる程度の効果はあった。

「くっ……カーラ……ネミっ!」

凍結から逃れた天田が、大地に自らのペルソナを叩きつけながら、稲妻を迸らせた。吹き荒れる風の中であれども、光速の電流は、真っ直ぐにハルヒの体へと伸びてゆく。

「うあっ!」

ハルヒが声を上げ、一瞬、周囲の気温が上がった。ダメージが通ったのだ。


223以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:10:02.83t8V4LTxho (105/135)

時を同じくして、屋上に吹き荒れる風が、弱まってきたのを感じた。先ほどのマントのペルソナが去ってから、時間が経った為だろう。今なら、ペルソナを召喚できる。

「行け、ネミッサ!」

ハルヒの傍らに立つ、鏡の女神に向けて、無数の拳を解き放つ。

「くっ、ヴィシュ―――」

ペルソナを解除し、新たに召喚しようとするハルヒ。しかし、拳がハルヒのペルソナへと叩き込まれる方が、僅かに早かった。

「くはっ……」

喉から息を漏らしながら、目を見開くハルヒ。……このチャンスを逃すわけには行かない。

「トリスメギストス!」

ハルヒを挟んだ向こう側から、俺の放つ拳に被せるようにして、伊織が斬撃を放った。刃は、ハルヒのペルソナの、鏡の装甲に、無数の傷を作り出し、僅かにだが、亀裂を入らせた。

「やっちまえ、ネミッサ!」

風はもはや、行動するのに何ら問題をきたさないほどに弱まっている。俺はネミッサの拳を、更に、ハルヒのペルソナに向けて叩き込む。肉を殴りつける、生々しい感触が、俺の両手に伝わってきた。

「ヴィ……シュヌ……!」

拳と刃の嵐が止むと、ハルヒは体をふらつかせながら、それでも強かに、ペルソナカードへと手を伸ばした。再び、マントの青鬼が現れ、あたりに旋風を作り出そうとする。しかし、それを阻む、別の風が、既に、屋上内に吹き始めていた。

「もう、好きにはさせない……! イシス!」

岳羽さんが、ペルソナを召喚していた。その巨大な翼が、せわしなく空を煽ぎ、ハルヒの介入を許さぬ、分厚い風の要塞が、屋上を支配していた。
真空の刃に切り裂かれ、身を震わせるハルヒ。


224以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:11:08.58t8V4LTxho (106/135)


「く……は……」

ペルソナが受けたのと同様の傷を、全身に刻み込まれ、ハルヒはついに、膝をついた。その手の中のペルソナカードが地に落ち、霧散する。

『す……涼宮さん、体力が、もう……』

朝比奈さんの声が届くよりも早く、俺たちの攻撃の手は止まっていた。これ以上、攻撃を加える必要はないと、誰もが察したのだ。

「こんなの……私は……ゆるさない……」

「……ハルヒ」

俺が声をかけると、ハルヒは、俯いた顔を上げた。
その視線が、俺へと突き刺さる―――いつもの、ハルヒの目。どこまでも真剣で、自分の信じた事を貫く、涼宮ハルヒの目だ。

「どうして……わからないの……もう、この世界に、未来なんて……ない……」

絶え絶えに言葉を紡ぐハルヒ。その手が、ポケットに伸びるのを見て、何人かが身構える―――

「……なあっ、もういいだろ!」

と―――叫んだのは、伊織だった。

「何だよ、これ……何でこんなことになってんだよ! いいじゃねえか、もう……十分だろ……」

後に行くに連れて、細くなってゆく伊織の声。

「こんな、ボロボロになるまで、世界の皆のこと、考えて……だったんだろ……古泉も、長門ってやつも、朝比奈さんだって、もう、アンタに罪を償ってほしいなんて、考えてねえよ!」


225以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:12:01.19t8V4LTxho (107/135)

俺は、黙ったまま、古泉に視線を向けた。神妙な面構えで、ハルヒの姿を、痛々しそうに見つめている。

「違う……もう……許されないの……私は……」

ハルヒが言うと、伊織は目を見開きながら、

「だから! 許すとか許されないとか、誰にだよ! アンタにそんな事言える奴、誰がいるってんだよ!」

「―――全てよ!」

伊織の声を弾き返すように、ハルヒが叫ぶ。その、フラフラになった体で、大地を踏み、立ち上がりながら。

「もういい……私の言うことが……理解、できないなら……もう……躊躇なんてしない……」

ハルヒが、ゆっくりと、ポケットからペルソナカードを取り出す。

「ペル……ソナ……!」

青い光が、再び、ハルヒを包み込む―――その時。

『―――み、皆さん、逃げてくださいっ! これは―――死神、死神がっ!』

舞い降りてきたのは、朝比奈さんの声ではなく、山岸さんの声。
そして―――


「行きなさい―――『タナトス』!」


ハルヒの声と共に―――俺たちは、闇に包まれた。


226以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:13:03.02t8V4LTxho (108/135)




………

冷たい風の吹き荒ぶ、モナドの塔の屋上。
そのだだっ広い空間に、直立しているのは、俺と、ハルヒの、二人だけだった。
血の色の床の上には、古泉や朝倉、アイギス、伊織たちが倒れ伏している。皆、かろうじて呼吸はしているようだが、目覚める様子を見せる者は誰もいない。

「どうして」

俺は、数十メートルほど離れた地点に立つ、傷だらけのハルヒに向け、言った。

「あんただけは……最後に倒してやろうって、思ってたの」

ハルヒは、僅かに血の筋が垂れた唇を動かし、言葉を紡ぐ―――その傍らに、あの、死神のペルソナが浮遊している。

「あんたは……私が、生かすって……一度は、決めた相手だから……」

ぜーぜーと、苦しそうに呼吸をしながら、ハルヒは、俯いていた面を上げ、俺に視線を向けた。

「あんたに、ペルソナを与えたのは、私。私のペルソナ……『ダンテ』の一部を、あんたに与えたの……あの日、あんたが『マジシャン』に、殺されそうになった時」

ハルヒは、一体何を言っているんだ?
俺が、殺されかけた時―――そう聞いて、思い出されるのは、最初に出会った、あの無数の手によって構成されたシャドウの件。
そこで、俺は思い出す。あの時―――確かに、俺の耳に、ハルヒの声が届いていたことを。


 ―――アンタのことは、生かしておいてあげる―――



227以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:14:00.88t8V4LTxho (109/135)


「俺を助けてくれたのは……お前だったのか」

「あんたの『ダンテ』は、私の心の海から生まれた者……だから、ちゃんと、返してもらおうと思ってね」

ぐい。と、口元の血を拭い、死神のペルソナを解除するハルヒ。そして、スカートのポケットから、新たなペルソナカードを取り出す。

「これが、本当のダンテ。十二体のシャドウの血を吸った、私の、最後のペルソナ」

そのカードが、空中へと放たれ―――ハルヒの体が、ペルソナの光に包まれる。ゆっくりと、ハルヒの体から現れたのは―――俺の知るダンテのそれよりも、いっそう赤い肌を持ち、背中に二本の羽ペンを携えた、ダンテによく似たペルソナだった。

「名付けるわ、今……これが、私の、『モナドダンテ』よ。そして、モナドに残っているのは、あんただけ。あんたが力尽きれば……私のペルソナは、完成する。私の力の全てが、私の物となる」

ひと呼吸、間を空けた後、

「私はその力で、世界を再生させ、この世界から消える……安心して、そこに倒れているみんなも、元に戻る……あるべき場所に還る。ただ、私がいなくなるだけ」

「……それが認められないから、俺たちはここにいるんだ」

俺がそう言うと、ハルヒは再び俯いた。―――何かを、考えているんだろうか。

「……何度も言わせないで……他に選択肢なんか、ないの」

その言葉と同時に、ハルヒの傍らのペルソナが、二本の羽ペンを抜き、構える。

「あんたのダンテを出しなさい」

ハルヒがそう言うと、俺が意識するよりも早く、俺の体から、ダンテが現れた。まるで、俺の体が、ハルヒの意思で動かされているかのようだった。

「これで、最後よ……行け、モナドダンテ!」


228以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:15:02.55t8V4LTxho (110/135)

ハルヒが咆哮すると同時に、ハルヒのペルソナは、足下を蹴り、こちらへと向かって駆けてきた。
それを迎え撃つべく、僅かに遅れ、俺のダンテが羽ペンを構える。
ハルヒのペルソナは、両の手に携えた、俺のダンテのそれよりもわずかに小ぶりな羽ペンを、眼前で交差させ、全体重をかけて、俺に斬撃を放ってきた。
ダンテは、両手で握り締めた羽ペンを右から左に薙ぐ形で、その剣撃を受け止める。
攻撃は―――決して重くない。当たり前だ、ハルヒは既に、満身創痍なのだから。

「やれっ!」

両手に力を込めると、いとも容易く、二本の羽ペンが、ハルヒの手の中から弾き飛ばされ、あたりに転がった。
そのまま、ハルヒのペルソナの喉元へと、ペン先を突きつける。

「ハルヒ」

その体勢のまま、俺はハルヒに声をかけた。痣だらけの顔で、それでも、真っ直ぐに俺を見つめるハルヒ。

「……これで……終わりよ……」

唇が動き、消え入りそうな呟きが、俺の耳に届く。同時に、ハルヒのペルソナが、解除される。

「あんたなら……そうしてくれるって、思ってた……優しいからさ……」

……俺には、わかる。ハルヒが、俺に何を求めているのか。
ハルヒが世界を再生させる事なく、全てに終止符を打つ、たった一つの方法―――しかし、それは、俺にとって、余りにも過酷な―――


「私……この世界から、消えるためなら……あんたに殺されても、いいよ」


―――ハルヒが求めていたのは、誰かに許されることなんかじゃない。
自分が―――『涼宮ハルヒ』が、『涼宮ハルヒ』から解放されることだったんだ。


229以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:16:01.61t8V4LTxho (111/135)


「キョン……お願い……」

宝石のようなハルヒの瞳から、涙が滲み出してくる。まるで、今まで押し殺していた、真実の感情が、溢れ出しているかのように。
涙は、ハルヒの顔を、あっという間に、くしゃくしゃにした。

「私を……たすけて……キョン……」

ハルヒには―――逃げ場がないのだ。
自分の持つ能力を知り、それによって、知らず知らずに犯していた罪を知り―――生き続けることさえ、長くはできなくなった。
生きていれば、きっと、何かを起こしてしまうから。

「キョン……」

泣きじゃくりながら、俺の名を呼ぶ、ハルヒ。
その、ボロボロの体に、俺は歩み寄り―――その体を、抱きしめた。

「泣くな……」

制服のブレザーに、ハルヒの涙が染み込んでゆく。
影時間から出なくなって、しばらくが経過したためか、ぐしゃぐしゃに荒れ、伸びた髪の毛の上から、その頭を撫でくり回す。

「俺がいてやる。古泉だって、長門だって、朝比奈さんだって……お前が何を起こそうと、そばにいてやる」

ハルヒにとって、それが苦痛であることは、分かっている。
それでも、俺には―――ハルヒを殺すことなど、出来ない。

「お前が集めたメンツだろうが……最後まで、責任とれよ。お前が死んだら……俺たちは、どうすりゃいいってんだ」

「キョン……私―――私、消えたく……な―――ー」


230以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:17:00.76t8V4LTxho (112/135)

ハルヒの言葉は、突然、何かに遮られるように、途切れた。
俺とハルヒの二人しか存在しない、このモナドの屋上で、いったい、何がハルヒの言葉を遮ったのか。

「―――ひっ」

異常を感じ、俺はハルヒの表情をうかがう。目が強く剥かれ、何かにおびえるように、その表情は、強ばっていた。

「ハルヒ?」

「な、何、これ……やだ、何、誰……あた、あたしの中に、中から、来るっ……」

胸を押さえ、焦点の会わない視線をそこらに振り回しながら、ハルヒが喘ぐ。俺は―――目の前で何が起きているのか、それを考えることが出来ない。
ハルヒの中に居るもの?


ああ、そうか。
そいつが、ついに、出てくるのか。


「かっ、は―――っ―――……」


やがて、ハルヒの声は止み―――
代わりに、俺の目の前で、ハルヒの口から、その声が溢れてきた。


「……君たちのお陰で、事は随分、首尾よく進んだよ」


出やがったな。


231以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:18:02.03t8V4LTxho (113/135)


「テメエは、何者だ」

俺のその言葉を聴くと、そいつは、ハルヒの顔で、何やら満足そうに笑い

「くっくっく、やはり、今度こそは、あの憎きフィレモンの邪魔も入らなかったようだ」

意味の分からない単語が、そいつの口から飛び出す。
ハルヒの顔で、珍妙なセリフを吐かれることに、軽い苛立ちを覚えながら、もう一度、

「テメエは……何者だ」

「ふむ」

一呼吸を置いた後、そいつは言った。


「這い寄る混沌、ニャルラトホテプ」


ニャルラトホテプ。
遠い昔に、何かの小難しい本の隅に、そんな名前を見たような気もする。

「お前が―――ハルヒに、全てを話したのか」

「良いだろう、ここまで私の計画に貢献してくれた御礼だ。貴様には、我が計画を教えてやろうか」

ハルヒの姿をしたそいつが、俺の腕の中から退き、月を見上げる。
俺は、いつの間にか冷や汗でまみれていた手を、ブレザーの裾で拭いながら、ハルヒの姿をしたそいつが話し出すのを待った。


232以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:19:01.00t8V4LTxho (114/135)


「……私は、この宇宙を生きる者たちの、普遍的無意識の化身。遥か古代より、人の営みを見続けてきたものだ。全ては、人という生き物が、完全たる存在になる時のために。私は、弱き者を、奈落の底へと引きずり込む役目を持つ」

ふと、気づく。最初はハルヒの声であったそいつの声が、徐々に濁った何かに変わり始めている。

「しかし。私はもはや、人が完全な生き物へなれる日などが来るとは思っていない。遥か古来より、人は影を積み重ね、愚かな、醜い生き物へと変わってきた。
 もう、人間という生き物は、終わってしまっているのだよ。これ以上、進化の可能性などはありえない」

進化の可能性。その単語が、俺の頭に引っかかる。そうか。こいつは、長門の親玉と似たような存在だってわけか。

「この人の世には滅びが必要だ。私は過去に幾度となく、その滅びを齎そうとした。しかし、その度に、愚かな人間たちが……自分の影も知らぬ者たちが、フィレモンに唆され、私の邪魔をした。だが、今回は違う。私は見つけたのだよ。人の世に、確実な滅びを与えることのできる力を」

そう言って、ハルヒの姿をしたそいつは、ハルヒの手を、ハルヒの胸元に当て、気の遠くなるような薄笑いを浮かべた。
―――その滅びとやらを、ハルヒの力を使って、齎そうって言うのか。

「この女の力を手にするために、私はこの女の精神を、影なる時間、そして、そこに聳える混沌の塔として具象化させた。私がすこし唆してやったら、この女は、喜んで私を受け入れたよ。
 私はこの女の精神と同化し、この女が、自らの普遍的無意識へと、足を踏み入れてゆく、その過程を共にした。そして、今……私とこの女は、女の持つ力の全てを手にした。
 後は、この女という個体が消え去ればいい。全ての力は、我が手に移り、世界に滅びの時が訪れる。……まさか、最後の行程までもを、貴様らが担ってくれるとまでは思っていなかったよ」

「……涼宮さんを、騙したということですか」

不意に聞こえた声に、俺と、ハルヒの姿をしたそいつとが振り返る。振り向くと、古泉と、その体を支えるアイギスの姿があった。

「騙した? それは違うな。この女もまた、滅びを求めていたではないか」

ぐつぐつと喉の奥を鳴らしながら、そいつが言う。

「自らの力の大きさに耐え切れず、この女は滅亡を求めたのだ。望みを現実へとかえる、その力に、自分が飲み込まれてしまうことを恐れた。
 この女は聡明な人間だ。自らの愚かさ、弱さを知っていた。私はこの力を使って、この女が望んだとおり、滅びを齎してやるのだ」


233以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:20:01.18t8V4LTxho (115/135)


「……あんま勝手なこと、言わねーでくんねーかな」

更にもう一つ、俺の後方から声がする。

「簡単に、滅び滅びっつーけどさ……一応この世界、俺らが死ぬ気で頑張って救ったわけよ。それを、あっさり、滅ぼすとか言われて……黙っていられるほど、人間出来てねーんだよ」

伊織と、その傍らに、天田の姿もある。

「人の愚かさとか、弱さとか……どいつもこいつも、そんなことばっかり!」

更に、聞こえてきたのは、岳羽さんの声だ。

「彼が守ってくれてるこの世界……私が百回死んだって、滅ぼさせてなんかやらない!」

豪語する岳羽さんの向こうで、朝倉と森さんが体を起すのが見えた。

「世界を救った数では、私どもも負けているつもりはありません」

「覚悟することね……有希にまで手を出した罪は、海より深いわよ」

「ユキ? あの情報統合思念体の端末のことか」

朝倉の言葉に、そいつ……ニャルラトホテプが反応する。

「愚かな個体だった。人の愚かさを知る身でありながら、人の情などを最後まで捨てなかった。貴様ら、愚かな人間たちに感化され―――」

「やめて!」

甲高い声が、濁った声を遮る。


234以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:21:01.14t8V4LTxho (116/135)


「ハルにゃんのことも、有希ちゃんのことも、悪く言ったら、あたし、許さないから!」

俺の妹が―――桃色のペルソナを傍らに、猛々しく吠えていた。

「くっくっく……いいだろう」

ニャルラトホテプが、両手を広げ、満月を見上げる。
―――その、直後。
ハルヒの全身から、猛烈な勢いの漆黒の煙が噴出し、影時間の空に浮かぶ満月を覆い隠した。同時に、ハルヒの体が力なく崩れ落ちる。

「涼宮さん!」

ハルヒ―――。
俺と古泉、そして、アイギスが、床に落ちたハルヒのもとへ駆け寄る。

「レイズアップ、オルフェウス」

「メサイア!」

俺とアイギス、二人分の回復の光が、ハルヒの体を包み込む。先の戦いの傷は癒えたようだが、意識を取り戻す気配は無い。


『まずは貴様らから、滅びを与えてやろう』


おぞましい低い声が、天空から降り注ぐ。
見上げると、そこには……全身に無数の白い斑点を持った、漆黒の巨人の姿があった。
閉鎖空間に現れる、光の巨人と良く似た輪郭。その胸の部分が、奇妙に盛り上がり、何かを象る。
それは……ハルヒの顔だった。


235以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:22:01.46t8V4LTxho (117/135)


『み、皆さん、これ、何が……どうなっているんですかっ!?』

不意に。頭の中に声が響く。朝比奈さんのものじゃない、山岸さんのものだ。

『モナドの塔の前に、とても大きな巨人の足が……あっ、それと……時間が、時間が動いてます!』

慌てて、零時計を見る―――終わらない零時を回り続けていたはずの長針が、止まっているのだ。

「ウソだろ、でも、影時間は終わってねえぞ!」

空と月、大気を見比べながら、伊織が言う。それを見受け、巨人は、ハルヒの顔の口の端を歪めさせながら、

『見たまえ、世界は終わり始めた。シャドウたちは街へ溢れ、人々を脅かしているだろう』

「何だと……?」

その言葉に、古泉が顔をゆがませる。

『わからないのかね。空白の時に閉じ込められていた影時間は、今、世界と一つになった。物を言わぬ棺となっていた人間たちも目覚め、今、この影の空の下に居る。世界がシャドウで埋め尽くされるまで、どれほどの時間が掛かるだろうな?』

ハルヒの顔を模したそいつが、笑う。

『シャドウとは、人の心に在る影の化身。人は己の影が作り出した魔物に食われ、潰えるのだ。これほど愉快なこともあるまい』

地獄の底から響いてくる、地鳴りのような、悍ましい笑い声だった。

「ハルヒ―――悪い、少し待っててくれな」

目を閉じた顔にそう語りかけ、床の上に、ハルヒの体を横たえる―――目前に、九人の背中と、巨人。


236以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:23:01.15t8V4LTxho (118/135)



「ペルソナ!」


数人の掛け声が重なり、視界が青白く染まった。モナドの屋上から、ニャルラトホテプへと向けて、無数のペルソナが放たれる。

「トリスメギストス!」

「ワオーン!」

コロマルのペルソナが、天を見上げ、吠える。すると、伊織の放つ刃が、わずかに赤みがかった、膜のようなものに覆われ、空中に赤い帯を残しながら、ニャルラトホテプの体表へと叩き込まれた。
ジュウ。と、肉が焦げる音とともに、ニャルラトホテプの腕が切り刻まれてゆく―――次に動いたのは、古泉と、天田だ。

「ウェルギリウス!」

「カーラ・ネミ!!」

現れた二体のぺルソナは、一方は無数の矢を、一方は電流を迸らせる。二つのエネルギーが、絡み合いながら、巨人の胸、ハルヒの顔を模した、それがある部分へと着弾する。巨人の右腕が、それを振り払うように薙ぎ払われる。塔へと接近したその腕に、食らいつく者がいた。

「ベッラ!」

放たれた森さんのペルソナが、巨人の右腕へと両足で食らいつき、その体表を駆け上ってゆく。巨人が、それを振りほどこうと、左腕を振るうと、今度はその左腕へと飛び移り、更に高くへと登ってゆく、逞しき姿。
その森さんを援護するべく、ペルソナを召喚したのは、アイギスと朝倉だった。

「ベアトリーチェ!」

「スカディ」

二体のペルソナが現れると同時に、周囲の気温が低下する。もはや馴染み深ささえ覚える、絶対零度の温度だ。


237以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:24:01.42t8V4LTxho (119/135)


「イシス!」

アイギスと朝倉が冷やした空気を、岳羽さんのペルソナが巻き起こした、旋風が煽った。

「ラウレッタ!」

吹きすさぶ風が、俺たちに危害を加えぬよう、発生する、我が妹の障壁。絶対零度まで冷やされた大気を投げつけられると同時に、ニャルラトホテプの体表が、徐々に硬質化してゆく。そこに、森さんは、渾身の拳を放った。
ビキ。という、重く、鈍い音とともに、森さんの拳が入った位置から下腹部に向けての、巨人の体に、亀裂が入る。

「やったっ!」

その光景を前に、岳羽さんが快哉の声を上げる―――しかし、それが、ニャルラトホテプにとって、些細なダメージでしかないことを、俺は感じ取っていた。

『遊びは、終わりにしてやろう』

頭の中に、声が響き渡る―――ニャルラトホテプの声だ。
その声が止むと同時に、ハルヒを模したの像の前に、二つの光輪が重なり合ったような、奇妙な形状の光が浮かび上がる。

『! 何、これ……とても強いエネルギーが、に、逃げて!』

響き渡る、山岸さんの声。しかし、一体、どこに逃げろというのか。
何しろ、そのエネルギーとやらは、俺たちでなく。
この―――モナドの塔の外壁に向けて叩きつけられたのだから。


『刻の車輪』


轟音とともに、足元が崩れ始める。


238以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:25:00.26t8V4LTxho (120/135)

おいおい、マジかよ。見る見るうちに満月が遠くなり、視界に瓦礫が混ざり始める。俺たち、何階に居たっけ。あ、屋上か。屋上って、何階だっけ?とにかく、地面までの距離がハンパじゃないのは確かだ。

あたりは、見る見るうちに崩れてゆく。瓦礫と、空と、そこから覗く月光だけが、俺の視界を埋め尽くしていた。
塔の残骸が散らばっているばかりで、そこに仲間の姿は見当たらない。体はどんどん落下してゆく。天を仰ぐと、既に月はどこにも見えなくなってしまっていた。


「キョン!」


不意に―――俺を呼ぶ声がする。
重力に支配された体を無理矢理捻じ曲げ、声のした方向へ振り向く。
そこに在る、見慣れた顔。

「ハルヒ!」

まるで魔法の呪文を唱えるような気分で、そこに居た者の名前を呼ぶ。

「キョン、助けて―――怖いよ!」

塔が崩れる衝撃で、さすがに目を覚ましたらしい。そこにはハルヒが居て、俺と同じように、落下に身を任せながら、こちらに向けて手を伸ばしていた。―――空を泳ぐ。とはこんなことを言うのだろう。
俺は揺れ動く体を必死で鞭打ち、俺に向けて伸ばされたハルヒの手を握り締めた。しかし、それ以上どうすることも出来はしない。今や、ハルヒには神の力も何もないのだ。

体は止めど無く落ちてゆく。今、地上どれぐらいだろうか。分からない。俺の感覚なら、もうとっくに地面に叩きつけられていてもおかしくないんだが。
ハルヒは俺の手を両手で握り締めると、この場に似合わない、鳥の鳴くような声で言った。

「ごめんなさい、キョン、私、あいつに騙されて―――!」

先ほど、ニャルラトホテプが、ハルヒの体を借りて話をしていた間の記憶があるのだろうか。或いは、この状況から、全てを悟ったのか。
両目から、大粒の涙を零しながら、ハルヒは、何度も何度も、ごめんなさい。という言葉を発した。馬鹿野郎、そんな場合じゃないだろうが。
ハルヒの流した涙が、まるでシャボン玉のように、周囲に浮かぶ。それらが、俺たちを包み込む青白い光に反射して、輝く―――


239以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:26:12.72t8V4LTxho (121/135)


「えっ……」

ハルヒが、ふと、声を上げ、辺りを見回す。
そして、ようやく、俺も気づく。

―――落下が止まっている。
辺りの瓦礫も、空中に浮かんだまま、それ以上落ちて行こうとしない。
まるで、魔法をかけられたかのように、だ。

「これ……何?」

ハルヒが呟く―――俺たちの足元には何も無い。
ハルヒの力ではない。ならば、一体誰が、こんな芸当をやってのけたのか。


ああ、答えは一つしかなかったか。


「……空間をロックした。しかし、長時間は保たない」


俺達の頭上に、いつの間にかやってきていたそいつが、言う。


「行って」




240以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:27:03.11t8V4LTxho (122/135)


「有希ぃ―――!」

その名を、ハルヒが叫ぶ。
長門……俺達の前で目を閉じたお前が、どうして。

「影時間と世界が同期したことで、情報統合思念体とのリンクを行えた。近隣のヒューマノイドインターフェースが集結し、この空間をロックしている。……時間が無い。これから、貴方達を、ニャルラトホテプの元へと飛ばす」

傷らだけの制服こそそのままであるが、目の前に居るのは、間違いなく―――長門だった。

「チャンスは一度きり。ニャルラトホテプは、涼宮ハルヒの力を完全に支配できてはいない。彼女の力の最後の鍵は、今も生きているから」

深海の色を地上へ引きずり出してきたような、深い瞳が、俺を見つめている―――


「あなたが、そう」


その言葉と同時に。俺とハルヒの身体が、赤い光に包まれた。

「キョン―――!」

ハルヒが叫ぶ、俺とハルヒの身体は、周囲の瓦礫を砕きながら、上方へ向けて放たれた。いくつもの障害物が、俺達の目前で砕け、細かい粒となり、空中を汚してゆく。
ほんの少しの間、そんな奇妙な感覚が続いた後、俺たちは塔の外壁であったあたりを突き破り、ニャルラトホテプの立つ、北高上空へと飛び出した。

見ると、ニャルラトホテプは、突如、崩壊の止まったモナドの塔を前にうろたえながら、俺達のほかに、空中を舞う二つの光球を相手に、両腕を振るっていた。そいつらが一体誰なのか、俺は視認できずとも判った。いわば、ペルソナの共鳴とでも言うべきか。

「朝倉、古泉!」

ニャルラトホテプの頭上へ向かって、空気を切り裂きながら、二人の名前を呼ぶ。


241以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:28:08.42t8V4LTxho (123/135)


『馬鹿な……またも、運命は、私の選択を否定するというのか!』

低く、濁った声で、ニャルラトホテプが呻く。その胸に存在したはずの、ハルヒの顔を模した彫刻は、崩れ落ち、訳のわからない凹凸の塊に、変わり果ててしまっている。

『涼宮ハルヒは、滅亡の鍵などではない。彼女は―――彼女たちは。進化の可能性』

それに答えるように、長門の声が、どこかから響き渡る。

『可能性だと……また、その言葉に、邪魔をされるのか……このような力は、もはや未来永劫生まれぬかも知れぬ……だというのに!』

ああ、残念だったな、混沌さんよ。
その貴重な宝物は、残念ながら、とっくの昔に、自分の運命を決めちまっているんだ。

「ハルヒ―――お前は、何がしたい?」

傍らのハルヒに向けて、尋ねる。
ハルヒは一瞬、驚いたような顔を見せた後で、叫んだ。

「戻りたい!」

そんなデカイ声で言わんでも、目の前なんだから、聞こえるって。

「私、戻りたい! 消えたくない―――また、みんなと一緒に過ごしたいよ、キョン!」

だ、そうだ。―――さあ、どうする? ニャルラトホテプ。

『……愚かな……しかし、覚えておけ……宇宙の中心で轟く白痴の塊とは、貴様ら自身だということを……! 貴様等がある限り……私は消えぬ……!』

譫言をつぶやくような口調で、のたまうニャルラトホテプ―――さあ、年貢の収めどきだ。


242以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:29:00.51t8V4LTxho (124/135)

気づけば、ニャルラトホテプの頭部の周囲に、三角形を描くように、俺を含む三つの光球が浮かんでいる。


「ダンテ!」


「ベアトリーチェ!」


「ウェルギリウス!」


三人の声が、重なり、青白い光が、視界を―――世界を、満たす。


 ―――『神曲』


『ぐおおおおおおお!』


チープな叫び声をあげながら、漆黒の巨体が、跡形もなく消滅してゆく。
後に残ったのは―――長門たちの力によって、時間を止められたままのモナドの残骸と、空中に浮かぶ、俺たち四人のみ―――と、思いきや。

「キョンくん、よかった、やっつけたんだねっ!」

「……青春、というやつですね」

朝倉の光球の中には、俺の妹の姿があり、古泉のもとには森さんの姿があった。
―――そういや、あいつらは。伊織たちはどうしたんだ。


243以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:30:01.25t8V4LTxho (125/135)


『時が、元に戻り始めている』

頭の中に、長門の声が響き渡る。

『全ては戻ろうとしている。ニャルラトホテプが、影時間を産み出した、その瞬間へ。……進化の力は、再び涼宮ハルヒの元へと還る。この記憶も、涼宮ハルヒの記憶からは抹消される。そして、本来イレギュラーであった、彼ら……伊織順平たちの記憶も』

あいつらも―――俺たちのことを、忘れちまうってのか。
それは、何というか。少し、寂しい気もする。短い間だったが、戦いを共にした、仲間だったわけだしな。

『心配ない』

と、俺の考えを振り払うように、長門の声がする。

『記憶は消滅する。しかし、絆が揺るぐことはない―――彼らは、あなたたちの、戦友。この先、何があっても』

……長門にしては、クサイセリフだが、そういうのも―――なんだ。悪くないかもしれないな。そんな気分になってきたよ。
ありがとうな、長門。

「キョン、私、また……あの力を、手に入れるの?」

と、俺の傍らで、ハルヒが呟く。
そうか、時間が元に戻る。それはつまり―――ハルヒは、何も知らないハルヒに戻る、ってことなんだな。

『……全ては、元に戻るだけ。恐れることはない』

「だって……私、また、何も知らずに、キョンや、古泉君、有希や、みくるちゃんに、大変な思いをさせて……」

半べそ。などというレアな表情を浮かべるハルヒが、そんなことを言う。
―――何を、今更。


244以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:31:02.61t8V4LTxho (126/135)


「涼宮さん……僕らは、そんなに、信用ならない輩ですかね?」

古泉が言う。

「僕は、望んでいますよ。これまでの日常に、戻ることを。あなたと、彼の営みを眺める、毎日に還る事を、ね」

「古泉君……」

だ、そうだ。ハルヒ。おそらく一番迷惑を被っているであろう、こいつがそう言うんだ。お前が何を躊躇う必要も無い。

「……キョン」

何だ。

「あの言葉は、本当? ずっと、私の傍に、居てくれる?」

ああ―――勿論。


ゴウン。


そんなやり取りを交わしたのと同時に、周囲の空間が震動しだす。ただの地響きではない。何しろ、絶賛空中浮遊中の、俺たちまでもが揺れているのだから。

『私たちも、時空を巻き戻る。影時間の発生しない世界へと、世界は分岐する』

待て、長門。ハルヒはともかく、俺達の記憶はどうなるんだ。

『おそらく、継続する。今回の事例は、涼宮ハルヒが自らの力に気づいた場合の事例として、貴重なもの。我々がそれを記憶していることには、大きな価値がある』


245以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:32:00.82t8V4LTxho (127/135)

なるほどな。
俺の妹にも、ハルヒのトンデモパワーがばれちまったんだが、そのあたりはまあ、いいんだろうか。

「もうすぐ、時間が戻るの? 私、みんな忘れちゃうの?」

ハルヒが言う。
ああ、おそらくな。この揺れ具合を見るに、世界が巻き戻るまで、多分、もうすぐだろう。

「……キョン、こっち向いて」

「なん」


ちゅっ


「おや」

「あーっ!」

「あら」


「……ど、どうせ忘れちゃうんだから、これぐらい、いいでしょ」


いや―――あの、ハルヒさん。
そうは言っても、話を聴く限り俺の記憶はなくならないようなんだが……

「っ、だから! 覚えとけっつってんのよ、わかんないヤツね!」


246以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:33:00.68t8V4LTxho (128/135)

あー、うむ。なんだ。
……お言葉に甘えて、覚えておく。

「ハルヒ」

顔中を真っ赤にしたハルヒが、横目でこちらを見る。
それと同時に、世界がぶれ始める―――もう、時間か。


「また、部室で会おうな」


膨れ上がった仏頂面に向けて、そう囁くと同時に、世界は、暗転した。





………


どすん。


「……夢、だよな」

ベッドから落下し、目を覚ました俺は、いつぞやのごとく、寝ぼけた眼で、見慣れた天井を見つめながら、そんな言葉を呟いた。
夢とは、こんなに鮮明に、記憶しているものだろうか。
ペルソナを呼ぶ際の、内から何かが膨れ上がるような感覚。ハルヒの手の感触。その……また別の感触。
何から何までが、ついさっきの出来事のように、思い出せる。


247以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:34:01.84t8V4LTxho (129/135)



どたどたどた。


夜中であるというのに、喧しく廊下を駆ける音がする。

ばん。

ドアが開き、現れたのは、我が妹だ。満面の笑顔に、僅かに浮かべた涙。
……感受性豊かになったな、妹よ。


「キョンくん! やったね、がんばったね、わたしたち!」


あー。夢でいてほしかったような、そうでないような。


―――そうして、俺たちは。
ニャルラトホテプが、涼宮ハルヒに接触する以前まで、戻ってきた。

後に残されたのは、記憶のみ。


俺と、古泉、長門、朝比奈さん、妹、森さん、朝倉。


たったそれだけの人数の脳裏に刻み込まれた、戦いの記憶のみ。
それを、少しだけ、寂しいと思ってしまう俺の脳は、いい加減、ガタが来ているのだろうか?


248以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:35:27.35t8V4LTxho (130/135)




………


「やあ、王子様」

……俺は夢でも見ているのだろうか。

土曜の朝。俺が待ち合わせ場所を訪れると、そこにはただ一人、古泉の姿があるだけだった。
いつもなら、俺より先に、間違いなく四人全員がそろっているはずなのに。

「珍しいこともあるものですね。もっとも、あれほど珍しい経験のあとでは、それも霞むというものでしょうか」

遠足帰りのような笑顔を浮かべつつ、俺に向けてウーロン茶のペットボトルを差し出す古泉。

「貴重な経験が出来たと、今だからこそ思えますが」

「俺は今からでも、俺の中でなかったことに出来るなら、そうしたいな」

「相変わらずですね。うらやましい役回りを担っておきながら」

「俺にゃ、荷が重過ぎたよ」

「いえいえ、ご立派でしたよ。最後の一言など、僕までもがときめいてしまうほどでした」

やめてくれ。いつの間に氷結魔法を習得したんだ。リアルに背筋がブルッてなったぞ、今。
まあ―――しかし。こいつは、終始俺たちのために動き回ってくれたわけだからな。
気持ち悪い、という一言は、吐かずにおいてやる。武士の情けってやつだ。


249以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:36:14.35t8V4LTxho (131/135)




………

続いて現れたのは……ごめんなさい。正直、ちょっと忘れてました、朝比奈さん。

「私、もうわけがわからなくて……通信が出来なくなったと思ったら、塔が壊れて、それも止まっちゃって、どうしようと思ってたら、山岸さんは消えちゃって……」

思えば彼女一人中庭に置いてけぼりだったわけだ。
すいませんでした。詳しい説明は、俺の脳だと難しいので、長門に頼んでください。

で、その次に現れたのは。


「……なんでお前が居るんだ」

「つれないわね。一緒に戦った仲間じゃない」


白いワンピースに身を包み、二百万ジンバブエドルの笑顔を浮かべながら、朝倉涼子がやってきた。
夏の空にぴったりな装いしやがって、氷結属性だったくせに。絶対零度してみろ、ちくしょう。

「なんかね、なし崩し的に再構成してもらったの。ほら、今回、一応、自体の収拾をつけるのに助力したわけだし。その辺りが評価されて、バックアップとして復活したのよ」

かといって、お前が普通にSOS団の不思議探索に、顔を出すというのも、奇妙な話ではないのか。

「その辺はなんとだってするわよ。大丈夫、涼宮さん辺りは、簡単に受け入れてくれるでしょ」

ああ、確かに。あいつは何だって、ちょっとそれらしい説明をすれば、首を縦に振りそうだな。俺は、涼宮ハルヒが、満面の笑みで、朝倉の帰還を歓迎する光景を思い浮かべ、一人感慨に耽った。


250以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:37:01.53t8V4LTxho (132/135)

そして、次に現れたのは―――長門。なんと、今日のビリはハルヒか。

「記憶の修正の影響が発生していると思われる。彼女の脳波に、一時的に干渉したため―――」

すまん、三行で頼む。

「彼女は
 寝坊
 した」

……なんとまあ。

「……あなたたちに謝らなければ」と、長門が視線を伏せる。

「精神を汚染されていたとは言え、迷惑を掛けた。謝罪する」

気にすんなよ。終わったことは、もう良いんだ。

「ええ、その通り。それに、最後はあなたの助力がなければ、僕らは勝利できませんでしたからね」

ああ、そうだったな。やっぱり、長門には、何かと助けて貰いっぱなしだ。
むしろ、こっちが悪かったな。と言うべきだ。

「……心配ない」

長門は少し戸惑うように視線を泳がせると、

「あなたたちを護るのが、私の役目」

と、小さく呟いた。


251以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:41:30.16t8V4LTxho (133/135)


「おや」

ふと、駅前に視線をやった古泉が、ふと声を上げる。

「お姫様がご到着されたようですよ」

にやけた視線を追って、俺もそちらを見る。
その時―――俺は一瞬、視界の端に、金色の蝶を見た気がした。

「あ……?」

「どうしたの、キョン君?」

あ。ああ、いや。

「多分、気のせいだよ」

再び、同じ場所を見る。そこには金色の蝶は愚か、羽虫の一匹も飛んではいない。
と、あらためて。古泉の視線の先を見る。黄色いリボンを風に揺らしながら、寝ぼけ眼でこちらへ歩いてくる少女の姿。
そのご尊顔は、少しだけ眠たそうで―――しかし、確かに、俺たちに向けて、笑顔を放っていた。

我らが団長、涼宮ハルヒのご到着である。






END


252以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:43:19.36t8V4LTxho (134/135)

ほいや!
これでおしまいクマ。
読んでくれたみんなにラブ注入&感謝感激雨嵐クマよー

ハルヒもペルソナ3もまだまだ現役と信じているクマなのであった。

また何処かで会えたら会おうクマ~
バイバ~イ


253以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 21:46:32.394JNVg4B6o (1/1)

面白かったよ~
それで?
ペルソナ4の出番はあるのかな?(期待)


254以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 22:47:39.86t8V4LTxho (135/135)

クマクマ
4とのクロスは既に書いてしまったクマよね。

以前書いた3のクロスの続編として4のクロスを書いたけど
その文章が後になって許せなくなったので今回3のクロスをリメイクしたクマ。

もしかしたら
超もしかしたら4のクロスも書き直すかもしれんクマ

4とのクロスが読みたい人がおるなら
キョン「ペルソナァッ!」
でググってくれるといいクマ。

今度こそバイバイクマ。


255以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/02(金) 01:07:15.11Sb7x6dtFo (1/1)

おもしろかったよ


256以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/02(金) 01:38:48.39b2IHxFtQo (1/1)

おつおつ
初見だったがすげーおもしろかった


257以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/02(金) 11:01:11.53VBlsVg3To (1/1)

4
も見てきたよ~
乙です


258以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/03(土) 12:36:35.62hdWc3B47o (1/1)

いやー面白かった
現役だよー十分


259以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/04(日) 11:58:39.77Zb4DiJ5Ko (1/1)

面白いものはいつまでたっても色褪せないな




260以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/07(水) 18:27:03.60/funZC/Ao (1/1)

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1420621202/


261以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/07(水) 22:30:13.11zyxg5Wcyo (1/1)

!?