273 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 21:59:56.19qaiAYrzso (28/36)

???<う、ぅぅ……ひっく……ぅぇ……>

 少年は蹲ったまま啜り泣き続けている。

 激しいスコールでずぶ濡れになり、突風で翼を激しく煽られながらも、だ。

空<ねぇ……どうしたの? 何で、泣いているの……?>

 空は少年の前に跪き、少しでも少年の不安を取り除こうと、思念通話で優しく語りかける。

???<……いない、んだ……ヒッ…ク………何処にも……
    もう、何処にも結が、ぅぅ、……いないんだ……>

 少年は時折しゃくり上げながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。

空<!? ……あなた、エール……なの?>

 少年の言葉に、空は驚きながらも直感する。

 そう、目の前にいる翼の少年は、エールだ。

 そう感じた瞬間、空はその直感が間違いないとも感じた。

 あの重厚な甲冑のような装甲を身に纏ったエールとは似ても似つかない、目の前で啜り泣くか弱い姿の少年。

 それがエールの本質だったのだ。

エール<僕が……僕があの時……守れなかったから……結が……いなくなって……>

 顔を上げた少年……エールは、目から大粒の涙を溢れさせ、途切れ途切れに呟く。

空<………>

 その痛々しい自責の言葉に空は押し黙り、そして、思う。

 きっと、エールも自分と同じようなやり場のない怒りや哀しみ、無力感に苛まれていたのだろう。

 無敵を誇ったギガンティックウィザード。

 主を守る巨大な肉体を得て、より強さを増した筈のギア達。

 それは誇りだっただろう。

 だが、その誇りはイマジンの出現によって地に堕ちた。

 仲間すら守れずに大敗の謗りを逃れられぬ屈辱に塗れ、その後も負け戦同然の戦いを強いられ続けたのだ。

 そして、ようやく巡って来た反攻の機会。

 ハートビートエンジンとエーテルブラッドを得て、第二世代ギガンティックへの改修を受ける。

 だが、その最中にエールは、最愛の主を……結を喪った。

 その無力感たるや、その虚無感たるや、想像するに難くなく、共感するにも筆舌に尽くしがたい物だっただろう。

 この雨と風は、彼自身の無力への自責と、主を失った心の痛み……エールの心象そのものだったのだ。

エール<苦しい……哀しい……悔しい……寂しい……>

 エールは啜り泣きながら、自らの心情を吐露し続ける。

 胸を締め付ける苦しさ。

 主を喪ってしまった哀しさ。

 主を守れなかった悔しさ。

 そして、独りぼっちの寂しさ。

 それらがごちゃ混ぜになった辛さ。

 その辛さを、空も少しは理解できるつもりだ。

 目の前で姉とフェイ、大切な人を二人も喪ったのだから。

 こうして、彼が取り返しのつかない哀しみにくれるのも分かる。


274 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:00:25.87qaiAYrzso (29/36)

空<……そう、だよね……大切な人を喪うのは……守れないのは、辛いよね……?>

 空も涙が滲むような声音で応え、エールに手を伸ばす。

 そして、その頭を優しく撫でる。

エール<……ぅっく……?>

 エールは啜り泣きながら、怪訝そうに顔を上げた。

 微かに、雨と風の勢いが緩み、お互いの顔が確認できるようになる。

 そして、空はエールの目をしっかりと見つめながら続けた。

空<大切な人を喪うとね……胸にぽっかりと穴が空くの……。
  大切な人ほど……大きくて、深くて……どうしても埋められないような、大きな穴が……>

 空は語りかけながら、幾度も幾度も、雨や風で乱れたエールの髪と翼を撫でつけて整える。

空<その穴の中に、苦しい気持ちや哀しい気持ちがどんどん溜まっていって……、
  それでもっと苦しくて、哀しい気持ちになっちゃうんだ……>

 転がり落ちて行くような哀しみや苦しさ。

 それを埋めるための気持ちに、空は一度、憎悪と怨嗟を選んでしまった。

 その結果、恐怖がそれらを上回った瞬間、空の心は音を立てて折れたのだ。

 だが、完璧には折れていなかった。

 姉から注がれた愛を思い出し、空は再び立ち上がる事が出来たのだから。

空<だからね……その穴は、もっと強くて、優しい物で埋めなきゃいけないんだ……>

 心を砕く冷たい哀しみでも、心を蝕む灼けるような憎しみでもない。

 心を暖かく包み込んでくれるような、強くて優しい思いで埋める事。

 それは空が、姉を喪い、恐怖に挫け、立ち上がって信念を得て、茜と言葉や気持ちをぶつけ合った、
 この一年以上の経験を経て辿り着いた、一つの真理だった。

空<私じゃ……結さんの代わりにはなれない……大切な人の代わりなんて、誰もいない……>

エール<ぅぁ………>

 そして、レミィが教えてくれた事を告げると、エールはいつの間にか止まり掛けた涙を、再び溢れさせる。

 だが――

空<だけど……結さんがいなくなって空いた穴を、少しでも埋める事は出来るよ……>

 空は優しい声音で言って、エールを抱き寄せた。

 少しでも暖かな温もりを与えられるように、しっかりと、その腕の中で抱き締める。

空<私が……エールがまた翼を広げられるような……空になってあげる……>

エール<そ……ら……?>

 空の言葉に、エールは一語一語、確認するかのように呟いた。

空<そうだよ……空だよ……>

エール<そら……空……>

 エールを抱き締めたまま空が頷くと、エールはその名を繰り返す。

 すると、一陣の風が二人を薙いだ。

空「ッ!?」

 空は思わず息を飲み、エールを強く抱き締めてその風に耐える。


275 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:00:54.49qaiAYrzso (30/36)

 風は一瞬で止み、そして、滝のような雨と斬り付けるような冷たい突風と、
 そして空間を埋め尽くすようだった暗闇すらも、その一瞬で薙ぎ払っていった。

 代わって二人の回りに広がったのは、まだ僅かに雲を残しながらも、青く澄んだ空の色だった。

空「わぁ………」

 突如として広がった青空に、空は感嘆の声を漏らす。

 あの一瞬の風のお陰か、びしょ濡れだった筈の服も髪もすっかりと乾いてしまっていた。

 心象世界だからこその不可思議な現象だったが、空は自然と“そう言うものだ”と、それを受け入れる。

 そして、腕の中で安らぐエールに再び視線を落とす。

空「……すぐには無理かもしれないけれど……
  結さんの事を思い出して哀しくて辛くなるだけじゃなくなる日が、きっと来るよ……」

 空は自分自身に言い聞かせるように呟く。

 亡くなったばかりのフェイの事、そして、もう一年以上も前に亡くなった姉の事ですら、
 思い出すだけで、今も胸が痛む。

 だが、決してそれだけではない。

 哀しく、寂しい気持ちも強いが、優しい二人との忘れ難い記憶に思いを馳せれば、
 懐かしい思いと共に、心が温まる事もある。

 決して胸が痛むばかりではないのだ。

 その思いは、こうして肌を合わせているエールには伝わっているのだろうか?

 エールは身を捩るようにして空から離れると、翼で涙を拭う。

 そして――

エール「………うん」

 少し寂しげな笑みを浮かべて、抑揚に頷く。

 空も頷いて返し、そっと手を差し出した。

空「改めて自己紹介しないとね………。

  朝霧空だよ。これからもよろしくね、エール」

エール「……空……僕の飛ぶ……空」

 微笑みを浮かべた空に、エールも翼を差し出す。

 そして、二人が触れ合った瞬間、空は急速に意識を引き上げられる感覚に襲われた。


276 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:01:22.39qaiAYrzso (31/36)

 次の瞬間――

クライノート『空! ……空! 意識をしっかりと持って下さい!』

空「ッ!?」

 クライノートの叫び声で、空の意識は現実へと引き戻される。

 途端に感じる、急激な浮遊感。

 それは、自分が落下している事を否応なく意識させた。

 先ほど、心象空間で味わった感覚とは別種の感覚だ。

 上を見上げれば大きく穴を穿たれたフロートの天蓋が見え、下には見渡す限りの工業地帯や広い幹線道路が広がっていた。

空(まさか、床が抜けた!?)

 空がその事に気付くのは早かった。

 そう、ただでさえメンテ不良で痛んだ廃墟だらけの第三層の床は、
 アルク・アン・シエルの大威力の影響に耐えられず、マギアリヒトの結合崩壊を起こしたのだ。

 天蓋に穿たれた穴の形は丁度、アルク・アン・シエルの砲撃が及んだ範囲とその周辺に限定されている。

 今、空達は第七フロート第四層にある工業地帯へと、瓦礫もろとも落下している最中だった。

 空が気を失っていた――エールと共に心象空間にいた――のは、現実にすればほんの数秒程度の事だったのだ。

クライノート『逆噴射で軟着陸します! 最大まで魔力を込めて下さい!』

 クライノートは珍しく慌てた様子で叫ぶ。

 クライノートは基本的に陸戦用のギガンティックであり、高い飛行能力は持たない。

 高所からの落下となれば逆噴射でその勢いを相殺するしかないのだ。

 だが、空の耳にクライノートの声が届くよりも早く、彼女の視界にその光景が飛び込んで来た。

空「え、エール!?」

 そう、クライノートが落下したのと同様に、エールもまた落下していたのだ。

 既にブラッドラインから薄桃色の輝きは消え去り、結界装甲はその機能を停止していた。

 このまま落下すればその衝撃で地上の施設は崩壊し、結界装甲で守られていないエールもただでは済まないだろう。

空「エール……エェェルゥッ!?」

 空は手を伸ばしながら、悲鳴じみた声を上げた。

クライノート『空! 今は一刻も早く逆噴射を!』

 クライノートは怒鳴っているようにも聞こえる声音で空に檄を入れる。

 エールが引き起こす被害も凄まじいだろうが、結界装甲を纏ったままの自分が落下すれば、
 地上施設に与える被害は甚大となり、さらに第四層の床を貫き第五層まで壊滅的な被害を与えかねないのだ。

 そして、既に被害を最小限に抑えられる逆噴射限界点は過ぎていた。

 もう、手遅れだ。

 だが――


277 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:01:51.28qaiAYrzso (32/36)

空「飛んでぇっ、エェェルゥゥッ!!」

 空は喉が裂けんばかりの声で、その言葉を……奇しくも、
 結・フィッツジェラルド・譲羽が愛器を起動する瞬間に選んだ言葉を叫んでいた。

 その瞬間、鈍色だった筈のエールのブラッドラインに、蒼く澄み渡る空色の輝きが宿った。

 信じられない光景に、空は息を飲む。

 だが、変化はそれだけに留まらない。

 エールの背面に折り畳まれていたスタビライザーが展開し、そこから空色の魔力が溢れ出す。

 それは空色の翼となって、大きく翻り、今まで微動だにしなかったエールが軽やかに天を舞った。

 空色の翼が巻き起こす魔力の奔流は、同時に落下していたプティエトワールやグランリュヌにも影響を及ぼし、
 本体からの魔力供給を受けたソレらは彼の周辺を旋回し、その背面に集結して光背を象る。

空「エェェルゥッ!!」

エール『……そら……空ぁぁっ!!』

 伸ばされた空の……クライノートの腕を、エールが掴む。

 さらに、エールは光背状になった十六門の砲門からの砲撃で落下を続ける瓦礫を消し去り、
 クライノートと共に工業地帯にある広大な駐車場へと悠然と降り立つ。

 まだ早朝と言う事もあって車も少なく、二機のギガンティックが降り立つには十二分な余裕があった。

クライノート『被害状況確認……腕を掴まれた時の衝撃で、やや肩関節にダメージがありますが、
       それ以外は落下による損傷はありません』

 軟着陸を果たすなり、クライノートは淡々と被害状況を伝えて来る。

 肩関節へのダメージは、直前までの戦闘で幾度もエールの攻撃を受け続けていた事も原因だろう。

 だが、両肩の付け根に違和感のような痛みを感じる他は、これと言ったダメージは空も感じない。

空「……ごめん、クライノート……。無視するみたいな形になって……」

クライノート『いえ、結果だけならば、これが最良の選択でした』

 申し訳なさそうに呟いた空に、クライノートは淡々と返す。

 しかし、その声音は、“どこか釈然としない”とでも言いたげな雰囲気である。

 だが、彼女はすぐに気を取り直し、口を開く。

クライノート『……ともあれ、今はエールの主導権を取り返すのが先決です。
       早くエールのコントロールスフィアに移って下さい』

空「え? ……クライノートは、どうするの?」

 クライノートの言葉に空は戸惑う。

クライノート『私なら大丈夫です。
       可能な限りの魔力を残していただければ、そのまま自律起動を続けられますので、
       アルベルト機と東雲機で使っているフィールドエクステンダーも維持可能です』

 クライノートはそう言うと“起動状態ならば奪われる心配もありません”と付け加えた。

 心配せずに早く行け、と言う事だろう。

空「クライノート………うん、ありがとう。クライノートのお陰でエールを助け出せた」

クライノート『……それは違います。
       こうしてエールにあの色の輝きが戻ったのは、
       あなたの成果である事は疑いようもありません。

       もっと胸を張って下さい』

 感謝の言葉を述べる空に、クライノートは穏やかな声で返す。

 そうは言いながらも、やはり感謝されて悪い気分ではないのだろう。

空「じゃあ行って来るね!」

 空は出来るうる限りの魔力をクライノートに預け、ハッチを開くと、
 差し出された腕を伝ってエールのコントロールスフィアへと向かった。


278 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:02:18.38qaiAYrzso (33/36)

 ハッチが開かれ、空がそこに足を踏み入れると、そこにはへたり込んだ一人の少女がいた。

 見間違う筈もない。

 六日前にエールを連れ去った少女……ミッドナイト1だ。

M1「マスター……私は……私はどうすれば……!?」

 少女は震える声で、手首に嵌められた自らのギアに語りかけている。

 どうやら本拠地にいるユエと通信を取り合い、状況を説明した後のようだ。

 彼女も空に気付き、へたり込んだまま後ずさる。

 二人は視線を絡め合い、睨み合う。

 だが――

ユエ『少々名残惜しいが、201の戦闘データは十分に取れた。
   機体は放棄する。

   ミッドナイト1……お前も用済みだ』

 直後、ギアから鳴り響いた声にミッドナイト1は目を見開き、ワナワナと震える。

ユエ『投降するも自害するも良し、戻って来る必要はない』

M1「ま、マスター……!? ……そんな………マスター!? 待って下さい!?」

 酷薄な物言いに、ミッドナイト1は激しく狼狽し、震える声で縋り付くように叫ぶ。

 道具として育てられ、道具としての矜持だけを支えにしていた少女にとって、それは死刑宣告のような物だった。

 詳しい事情は分からずとも、少女が捨て駒のように扱われた事だけは理解し、空も顔を顰めた。

 そして、僅かな間と共に、紫電のような魔力を撒き散らして、ミッドナイト1のギアが崩壊する。

 どうやら、通信先からの操作で自壊させられたようだ。

M1「ッ……………あ、あぁぁ………っ」

 自我を得たばかりの少女は、その光景に、自分が不要と……その存在意義の全てを否定された事を悟り、
 押し殺した悲鳴のような声と共にその場に崩れ落ちた。

 慈悲どろこか、人間らしいやり取りすら感じられない、痛ましい光景だった。

空「………ごめんね、エールのギアを返して貰うね……」

 だが、空は戸惑う余裕など無いと分かり切っていた事もあり、
 ゆっくりと少女の傍らに膝を下ろし、その右手に嵌められたエールのギア本体に触れる。

 すると、ミッドナイト1の指に嵌められていたエールのギア本体が空色の輝きと共に分解され、空の指へと収まった。

エール『空……』

 手放しで喜べない状況を悟り、エールも押し殺したような声で新たな主の名を呟く。

空「エール……行こう、みんなが待ってる!」

エール『……了解、空!』

 迷いを振り切るような空の声に応え、エールは再び空色の翼を広げた。

 空は愛機と共に舞い上がり、天蓋に空いた大穴を抜けて再び第三層へと舞い戻る。

 そして、リニアキャリアと共に後退中のレオン達を助けるべく飛翔した。

 リニアキャリアはすぐに視認距離に入ったが、目の当たりにした戦況は決して優勢ではない。

 結界を施術できていないリニアキャリアの防備は完全に結界装甲を扱えるアメノハバキリ任せとなっており、
 敵もソレを見越してヒットアンドアウェイの波状攻撃で玩んでいた。

 戦闘開始から早くも十五分。

 目立った被害が見受けられないのは奇跡と言うべきだろう。


279 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:02:47.95qaiAYrzso (34/36)

エール『空、ブラッド損耗率は約八割!
    全開戦闘の場合、限界稼働時間は十分足らずだ!』

空「それだけあれば十分だよ! 私と……エールなら!」

 機体状況を告げるエールに、空は力強く応えた。

 身体が軽い。

 モードSやモードD、モードHとも違う、自分自身の身体が軽くなったような感覚。

 動きは寸分無く機体に伝わり、機体の感覚も自らに返って来る。

 理想的な魔力リンクが、空とエールの間には形成されていた。

 先ほどまでの戦闘や完璧とは言えないメンテナンスのせいで万全のコンディションとは言えなかったが、
 それでも、五機の量産型ギガンティックを相手取るには十二分だ。

空「プティエトワール、グランリュヌ……テイクオフッ!」

 空の声に応え、光背状だった十六基の浮遊砲台が分離し、敵と味方の間に躍り出た。

 十分な魔力を分け与えられた浮遊砲台達はリニアキャリアと寮機を囲み、そこに巨大な結界装甲の障壁を作り出す。

空「ブライトソレイユ、エッジモード! マキシマイズッ!」

エール『了解! ブラッド及び魔力流入量調整……
    ブライトソレイユ、エッジモード、マキシマイズ!』

 空の指示でエールが長杖にブラッドと魔力を集中すると、そのエッジから長く鋭い魔力の刃が伸びた。

テロリストA『な、何で201がコチラの邪魔を!?』

 突然の新手の……それもつい先ほどまで味方だった機体の乱入に、テロリスト達は狼狽の声を上げている。

 そんなテロリスト達の駆る401の二機を、空はすれ違い様に切り裂いた。

 手足を切り裂かれた機体がその場に崩れ落ちる。

空「ブライトソレイユ、カノンモード! ハーフマキシマイズッ!」

エール『了解! カノンモード変形開始と同時に魔力チャージ!
    ………いいよ、空! 撃って!』

 空は振り向き様に砲撃形態へと変形した長杖を構え、即座に発射した。

テロリストB『そ、そん……!?』

 砲撃は愕然とするテロリストの悲鳴を掻き消し、
 大魔力で機体を黒こげにされた401が、また一機、膝から崩れ落ちる。

 僅か二十秒足らずで、空は敵機の半数以上を行動不能に追い遣っていた。

レオン『す、すげぇ……』

紗樹『これ……前より何倍も強くなってない!?』

 レオンと紗樹が、その光景に驚嘆と驚愕の声を上げる。

 今までは空が自身の判断と手動操作で変形させていたブライトソレイユを、
 回復したエールが主の指示で高速自動変形を行う。

 ただそれだけで戦闘の手間はグッとスムーズになっていた。

 しかし、AIの覚醒したエールの性能向上はそれだけに収まらない。

 さらに甦った翼で自由に飛び回り、攻防一体の武装を取り戻したエールの戦闘能力は、
 奪われる以前に比べて飛躍的に跳ね上がっているのだ。


280 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:03:23.05qaiAYrzso (35/36)

空「エール! 大技行くよ!」

エール『了解……空!』

 空の声と共にエールは大きく翼を広げ、全身に虹色の輝きを纏って飛翔する。

 エール・ハイペリオンでその形だけを再現した、閃光の譲羽が得意とした超高速の突撃――

空「リュミエール………リコルヌシャルジュゥッ!!」

 ――“輝く一角獣の突撃”の名を持つ、無敵の近接砲撃魔法!

 虹の輝きを纏って飛翔するエールが、残る最後の401と372の間を駆け抜けると、
 その余波が二機の半身を砕き、片側の手足を失った二機はその場でバランスを失って倒れた。

 消えゆく虹の輝きの中から飛び出したエールは、廃墟に長い溝を穿ちながら

 直撃でも掠めてもいない一撃が及ぼす影響だけでもこの破壊力だ。

 鎧袖一触……とは正にこの事だろう。

 そして、これでテロリスト達は知る事になる。

 自分達が奪った事がキッカケで、GWF201X-エールは朝霧空と言う新たな主を改めて得て、
 四十年以上の沈黙を破り、今ここに完全復活したと言う事を。

 それはつまり、踏んでならぬ虎の尾の一本を自ら踏み付けた、と言う事だ。

 空はまだ僅かに長杖の切っ先に残る虹色の輝きを振り払い、油断無くそれを構え直した。

エール『周囲センサー有効範囲内に敵影無し。 
    戦闘状況終了だよ、空』

空「うん……」

 淡々とした声音で告げたエールに、空は複雑な表情で頷く。

 そして、安堵の溜息と共に構えを解いた。

 あの取り返しのつかない大きな敗北を経て、また一つ、自分達は大きな勝利を刻んだ。

空(あとは茜さんとクレーストを助け出せば……)

 残すは決戦だけ。

 それでテロリスト達との戦いは終わる。

 そう言い聞かせるように胸中で独りごち、一度だけ技研のある方角を睨め付けた空は、
 振り返るようにして傍らに視線を落とす。

M1「…………」

 そこには、放心して項垂れるミッドナイト1。

 敗北し、存在意義を否定され、空っぽになった少女。

 エールと心を通わせ、彼を救い出した空だが、
 彼女の憔悴した姿を見ると、決して晴れやかな気分だけではいられなかった。


第20話~それは、天舞い上がる『二人の翼』~・了


281 ◆22GPzIlmoh1a2015/01/31(土) 22:07:09.88qaiAYrzso (36/36)

今回はここまでとなります。
やっとエールが普通に喋りましたw

あと、久しぶりに安価置いて行きます。

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280


282以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/01(日) 00:30:04.22pTthX2170 (1/1)

お疲れ様ですー!更新待ってました!


283 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/01(日) 06:45:44.98qZBmNsdno (1/1)

お読み下さり、ありがとうございます。
最短月一と言う亀更新ですが、今後ともよろしくお願いします。


284以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/02(月) 23:02:13.26jxRgoSZv0 (1/1)

乙でしたー!お帰り、エールゥゥゥウウウ!!
待ちに待ったこの瞬間。
そこへ到るまでの積み重ね、空とM1の違いと、底から生まれる力以外での差……堪能させて頂きました。
結を失った事にうずくまるエールもそうですが、今回心底思ったのは、クライノート、エエ子や……。
そして傷心のM1.
今は自分を支えてきたものを失っても、茜との間に生まれたものは、きっと彼女を立ち直らせてくれるでしょう。
その茜の救出を心待ちにしつつ、次回も楽しみにさせ地タダ着ます!



285 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/03(火) 06:30:40.88u/DmsTRLo (1/2)

お読み下さり、ありがとうございます。

>待ちに待ったこの瞬間
このためだけに2話から少しずつ積み上げて来ましたからねぇ……
書いてる側としてもやっと構想開始段階から想定していた話が書けました。
ただ、まさか折り返し予定地点を過ぎた20話までかかるとは思っても見ませんでしたがww

>力以外での差
火力、飛行能力と以前の状態よりも強化されている部分も多いのですが、一番はやはりタイムラグ0秒ですね。
相互コミュニケーションが取れ、それによって機体側でも柔軟な判断が可能な事が
オリジナルギガンティック最大の利点ですから。
ともあれ、来たるべき最終決戦に向けて、空とエールはさらに強くなって行きますのでご期待下さい。

>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ

>傷心のM1
彼女の話はテロ事件が粗方片付いてからなので、もう少し後になりそうですね。
と言うワケで、次回から対テロ決戦編となります。

>茜の救出
伏線は既に張ってあります。
ええ、ありますとも…………納得できるかどうかは別として(目逸らし


286>>285抜けがあるので訂正orz  ◆22GPzIlmoh1a2015/02/03(火) 20:40:06.31u/DmsTRLo (2/2)

>クライノート
結編の頃も、主に恋人同然な相棒(シュネー君)が来ても愚痴だけで済ませましたからね。
癖の強い連中の多いギアの中でも、案外、一番の苦労性、かつ冷静な部類で、
その上、初起動時期のクリスの精神状態もあってやや自罰的な傾向もありまして、
自分にとって最良でなくても、主にとって最良であるなら受け入れる性分でもあります。
…………案外、一番カウンセリングが必要なギガンティックかもしれません。


287 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:38:28.32PD5MJK4no (1/35)

最新話を投下させていただきます。


288 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:39:08.88PD5MJK4no (2/35)

第21話~それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』~

―1―

 7月17日、正午。
 第七フロート第三層、第十街区外縁――


 テロリスト達の本拠である第一街区、旧山路技研と隣接した市街区を臨む廃墟群の中に、
 大規模な兵站拠点が築かれようとしている。

 兵站拠点、と言うよりも、ざっくりと“砦”と言い換えた方がイメージも伝わりやすいだろう。

 高く堅牢な三重の城壁に取り囲まれた、ギガンティックの一大整備拠点だ。

 整備用の簡易ハンガーが何十も建ち並び、ドライバーや整備員の詰め所が建てられ、
 それらを守るように砲戦・防衛戦仕様の大型パワーローダー達が遠方に目を光らせていた。

 今も後方から大量の物資が運び入れられ、その規模や防備を大きく、万全の物としつつ、
 決戦の時を今か今かと待ちわびている状態だ。

 そんな兵站拠点の外部で、パワーローダー部隊と同様、外に目を光らせている一団がいた。

 空達、ギガンティック機関とロイヤルガードの混成部隊だ。

 拠点正面を空とエール、レミィとヴィクセンが固め、
 右翼と左翼にはそれぞれレオン、紗樹と遼の三人が展開していた。

 四日前にエールを奪還して後方へと移送し、昨日、再整備とオーバーホールを終えた
 エール、カーネル、プレリーと共にクァンとマリアが合流した事で、風華の発案によって部隊を再分割したのだ。

 内訳は風華率いるA班には瑠璃華、クァン、マリアとそれぞれの愛機が、そして、空が率いるB班は先述の布陣である。

 そして、レミィと共に山門の仁王像よろしく、兵站拠点の正面左右を固めていた空は、
 コントロールスフィアのハッチを開き、その縁に腰掛け、双眼鏡で旧技研を睨んでいた。

 睨んでいた、と言っても険しい表情で睨め付けていたワケではなく、あくまで“見張り”の慣用句だ。

 距離は十数キロ離れているものの、未だ中心区画の照明システムは取り戻せていないため、
 投光器の光が届かない中心部は暗く、そして、暗く沈んだ廃墟然とした周囲のビル群とは対照的に、
 小高い丘の上に建てられた旧技研建屋は煌々と眩いばかりの灯りが点っていた。

 強いて言うなら、地上の星か太陽か……。

 まあ、どちらもテロリストの本拠地には相応しくない呼び名なので、そのものズバリの不夜城が正しかろう。

空「目立った動きはないね……」

エール『第一街区外縁にギガンティックの反応が集まっているけど、それ以外はコレと言って動く様子は無いね……。
    投降者や避難民の数も少しは落ち着いてきたみたいだし』

 何の気無しにポツリと呟いた空に、エールが周囲の状況を確認しながら応える。

 エールの言葉通り、テロリスト達は第一街区外縁部に戦力を結集し、防備を固めていた。

 内訳は401が十八機、それ以外の370系や380系を主力とした量産型ギガンティックが六十三機。

 合計九十一機のギガンティックは中々の戦力だろう。

 対する政府側連合軍は、オリジナルギガンティック六機、
 ロイヤルガードはレオン達のアメノハバキリ三機を筆頭に計二十機、
 軍側もアメノハバキリ四機を筆頭に計五十機、総計七十六機が集結する予定だ。

 彼我の戦力差は十五とかなりの数だが、主力を務める六機のオリジナルギガンティックと、
 フィールドエクステンダーで武装を大幅強化された七機のアメノハバキリがその戦力差を大きく跳ね返す。

 さらに政府側のドライバー達は皆、正規の訓練を受けた職業ドライバーばかり。

 如何に年季があろうとも、所詮は民兵に過ぎないテロリストとの練度の差は明らかだ。

 後は如何にして敵戦力を撃滅し敵拠点を制圧するか、が政府側の課題である。


289 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:39:44.72PD5MJK4no (3/35)

 そんな状況を察してか、早々に政府側に投降する者も少なくはなく、
 加えて大勢の生き残りの市民達も続々と政府側に保護を求めて、この兵站拠点までやって来ているのだ。

 中には投降者や避難民に紛れて自爆覚悟の特攻を試みる者もいたが、
 ロイヤルガードや軍の腕利き達が彼らを取り押さえ、今の所は目立った被害も出ていない。

 精々が突き飛ばされた者が数名いたり、酷い場合も将棋倒しで軽傷者が四名ほど出た程度だ。

 元より避難して来る市民の中には栄養失調などの病人も多く、
 物資搬入の第三陣以降からは給糧部隊による炊き出しや医療部隊による診察なども行われており、
 投降して来るテロリスト達とは分けて後方への移送も始まっている。

 多くの市民を守るために防衛力を割かなければならない状況ではあるが、
 それでも敵が攻め込んで来る様子はなかった。

 仮に打って出たとしても、彼我の戦力差を思えば、序盤で優勢に戦況を推移させる事が出来ても、
 結局は盛り返されてしまうのがオチだ。

 ならば、と、少しでも勝率の高い籠城戦に賭けるのは無理からぬ事だろう。

 全体的な流れは政府側に来たまま、それが揺るぐ事はない。

 それだけに、空の不安はその後の戦況よりも現状に対する不安の方が大きかった。

空(突入した諜報部隊の人達……大丈夫かな?)

 空は不安げに心中で独りごちる。

 未だ囚われの身の茜の救出と、内情を偵察するために
 ギガンティック機関の諜報部隊が突入したと言う報せは空の耳にも届けられていた。

 と言うより、現場指揮官クラスの人間にのみ開示された情報ではあるが……。

 ともあれ、少数精鋭の突入部隊は、今もチラホラとやって来る投降者や避難民を目眩ましに、
 廃墟然とした町並みをすり抜け、既に旧技研内部に突入している頃合いだろう。

エール<諜報部の実行部隊には李家の門弟が多いからね、安心していいと思うよ……>

 空の不安を慮ってか、エールが思念通話で語りかけて来る。

空<風華さんのお祖母さんの実家、かぁ……確かに凄そう……>

 空は配属されたばかりの頃、風華が見せた変わり身の術を思い出し、感嘆混じりに返す。

 普段から諜報などとは関わり合いの無さそうな風華ですら、あの域の技を使いこなすのだ。

 そこは風華自身の才能や親からの遺伝、本人の努力などもあろうが、
 その門弟として研鑽した諜報部の人間がどれだけの達人かは、推して知るべし、と言う事だろう。

 実際にその力量を見た事はないが、少しは安心できる材料もあると言う事だ。

 空は僅かに安堵した表情を浮かべ、感慨深く頷く。


290 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:40:18.52PD5MJK4no (4/35)

 と、その時だ。

整備員『副隊長ちゃーん、お昼御飯、持って来たよ~!』

 エールの足もとから、スピーカー越しの声が響く。

 そこには整備用の中型パワーローダーに乗った整備員がいた。

 時刻を確認すると十二時過ぎ。

 言葉通り、昼食の配達のようだ。

空「待って下さい、今、手を下ろします」

 空は外部スピーカーを起動してそう言うと、コントロールスフィアの奥に入り、機体を動かす。

 膝を折って姿勢を低くし、中型――と言っても十メートル以上はある――
 パワーローダーの高さにまで、エールの手を下ろした。

 すると、整備員はパワーローダーの精密マニピュレーターでエールの掌に一辺十五センチ程度の箱を置く。

整備員『まあ、御飯って言っても軽食だけどね。ボックスはあとで回収に来るよ』

 仕事を終えた整備員は、そう言い残すと次はレミィとヴィクセンの元へと向かった。

 どうやら、このまま人数分の食事を届けるようだ。

 空はその後ろ姿に“お疲れ様です”と礼を言いつつ、自律稼動でゆっくりとエールに手を上げさせる。

 オーバーホールが終わっている事と、エール自身のAIが復活している事もあって、
 エールの手は実に滑らかな挙動で、掌に載せられた箱を微動だにさせる事なくハッチ目前まで移動させた。

 空はエールの掌に降りると、その広い掌に載せられた箱を手に取り、コントロールスフィア内に戻る。

 ここならば対物操作魔法により、基本的に重力は一定方向に働くため、機体を動かしても中身が溢れることは無い。

 箱の中には熱々のベーコンとチーズのホットサンドと蓋付きタンブラーに注がれたミルクティーが入っていた。

空(よく考えたら、スフィアの中でしっかりとした御飯食べるのって初めてかも?)

 空は配属されてからの十ヶ月足らずの出来事を思い出しながら、ふと、そんな事を思う。

 確かに、スフィアの中での食事と言う経験はあったが、移動中や待機中に携帯食のビスケットバーを囓った程度で、
 今回のようにしっかりとした食事を摂る事は初めてだ。

 籠城を決め込んだ敵も動けないが、人質を取られた味方も動けない。

 つまり長丁場は決定事項なので、食事をするにしても精が付くような食事をしろ、と言う事なのだろう。

 お陰で温かい食事が食べられるのは有り難いが、その人質が仲間……茜である以上、空の心境も複雑だ。

空(けど……突入部隊の人達が茜さんを助け出したら、すぐに戦闘が始まるかもしれない……。
  今はしっかりと食べて、戦いに備えないと)

 空は小さく頭を振って気を取り直すと、ハッチの向こうに見える技研を睨みつつ、食事を摂る事にした。


291 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:40:51.27PD5MJK4no (5/35)

 同じ頃、旧技研内部――


 地下の小型ドローン用整備溝への搬入口付近に俯せで潜む、
 黒ずくめのボディスーツを着た一人の少女……いや小柄な女性がいた。

 女性は半固形のゼリー状の食事を口に含み、僅かな水分でそれを喉の奥まで流し込む。

 胃が落ち着いた事を自覚すると、すぐに手元の時計型端末で予定の時刻が迫っている事を確認し、
 特秘回線で思念通話を行う。

女性1<八……七……>

男性1<六……五……>

 女性がカウントダウンを開始すると、同じリズムで別人の思念通話がカウントダウンを引き継ぐ。

男性2<四……三……>

女性2<二……一……>

 他にも二人、同じリズムのカウントダウンを引き継ぎ、そして――

男性3<時計合わせ>

 また別の男性の声を合図として、女性は手元の時計型端末のボタンを押す。

 すると、現在時刻とは別の時刻表示が表れる。

男性3(ヘッジホッグR)<ヘッジホッグリーダーより各員へ通達。以後の作戦内容を再度確認する>

 そして、時計合わせの合図を出した男性――ヘッジホッグリーダー――が、口を開き、さらに続けた。

ヘッジホッグR<作戦時間で〇一三〇まで内部マッピング、及び情報収集に専念。

        〇一四五でブリーフィング開始。
        その後、俺とヘッジホッグ2は目標Aの保護、
        ヘッジホッグ3から5はヘッジホッグ3の指示で陽動準備しつつ目標Bの所在を確認、
        目標Aの保護と目標Bの確保が完了次第、陽動しつつ撤退する。

        ……質問は?>

 作戦説明を終えたヘッジホッグリーダーが部下達に促すが、返って来たのは無言だけだ。

 質問無し、と言う事だろう。

ヘッジホッグR<……各員、健闘を祈る。以後、無用の通信は厳禁とする。
        ……では、作戦開始>

 そして、ヘッジホッグリーダーの淡々とした声を合図に、女性も動き始めた。

 彼女の担当は、少女然とした小柄な体格を活かした狭所――例えば排気ダクトなどへの侵入だ。

 他のメンバーにも暗所への潜入を主目的とした者もいるが、殆どは変装を行っての潜入捜査が主体となる。

 既に投降していたテロリスト達からの情報通りの着衣を準備し、整備員や戦闘員に紛れて情報収集を行っているだろう。

女性1(さて、と……じゃあアカネニコフでも探しに行こうかしら)

 女性はボディースーツの中から親指の爪先程度の大きさの球体を取り出し、搬入口の外に静かに転がした。

 装備しているギアと連動し、視界に球体周辺の映像を映し出すスパイカメラの一種だ。

 幸い、周囲十メートルには人影も、魔力の反応も無い。

 監視カメラが見張っているが定点観測型ではなく、一定間隔で角度を変えるタイプのようだ。

女性1(さすがにここから人間が入って来るとか考えてないワケね………。
    監視の穴もすり抜ける小さなボディ……って、ちっちゃくて悪かったな!)

 女性は胸中で独り言の文句を垂れると、監視カメラのタイミングを計って搬入口から飛び出し、
 カメラの死角に入り込み、そこから再びタイミングを合わせて手近な排気ダクトに入り込む。

 鮮やかな手並みである。

 そして、この小柄で、他人を独特なニックネームで呼ぶ女性……そう、市条美波だ。


292 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:41:32.45PD5MJK4no (6/35)

 生活課広報二係所属の受付職員とは世を忍ぶ仮の姿。

 ギガンティック機関司令部直属諜報部職員が本来の仕事であるのは、先日、彼女自身が茜に説明した通りである。

 そして、彼女は“基本的に他の職員の監査と事務処理”とは言っていたが、
 何故、そんあ彼女が前線に出張って来ているのかと言うと……。

美波(うん、案外、鈍ってないじゃない。まだ前線でもイケル、イケル~)

 それは、彼女が結婚、出産を経て前線任務を退いたからに他ならない。

 エールも口にしていた、李家門弟の諜報部職員。

 その一人が彼女なのだ。

 二児の母となり前線を退いて幾年。

 テロリスト達との情報戦や、日の目を見ない裏仕事で多忙を極める諜報部は、
 今回の突入作戦に当たって後方要員の彼女にも白羽の矢を立てたのである。

 小柄な身体を活かし、小型ドローンしか通れないような狭い地下道を伝って旧技研内部へと侵入した、
 彼女の主立った役目は技研内部の構造調査と、目標AやBと呼称される茜とハートビートエンジン6号の所在確認だ。

 人伝でないと入手し難い情報や、堂々と入って行く他ない区域の情報収集は他のメンバーにお任せである。

 ともあれ、美波は狭いダクト内を匍匐前進の要領で進む。

 器用に身体をくねらせて直角に丁字路を曲がり、先ずは中枢方面……研究室などのある区画を目指す。

 風の流れを作る換気扇のある経路を極力避け、換気口から部屋や通路の状況を探る。

美波(思ったほど慌てた様子は無いわね……平常運転のやや緊急度高し、って所かしら?)

 美波は外の様子を観察しながら、そんな感想を抱く。

 慌ただしく駆け回っている人間が多くいるようだが、それでも落ち着いて行動している者もいる。

 それが危機感の無さから来る物なのか、諦めから来る物なのか、
 はたまた自分達の知らぬ奥手を隠し持っている余裕から来る物なのかは分からない。

美波(ま、人間観察よりもアカネーノ探しが先決か……)

 本人が聞いたらクレーム間違いなしのニックネームを交えて胸中で独りごちつつ、美波はさらに先へと進む。

 だが、いよいよ目当ての区画に入ろうとした瞬間、美波は驚きで目を見開いた。

 幾つかの排気ダクトが合流する……いわゆるハブ区画なのか、やや幅の広い場所に出た美波は、
 三つ並んだ換気扇の中央の一つが壊れているのを見付けた。

美波(壊れている……って言うより、壊された感じね……それも、壊されてから半日も経ってない感じ)

 五枚あった羽の一枚をへし折られ、モーターの基部からもぎ取るようにして破壊されたのか、
 配線ケーブルも引きちぎられている様を見れば、単なる経年劣化による破損ではなく、
 何者かの手によって力任せに破壊されたのは一目瞭然だ。

 小型ドローンが通ったような形跡は無く、恐らくは人間かそれに準ずる形の……
 ヒューマノイドウィザードギアが破壊したかのどちらかだろう。

 先に続く通路は狭く入り組んでおり、体格的には自分と同じくらいの者でなければ通れない。

 おそらく、一回りでも大きくなれば通過不可能だろう。

美波(こりゃ緊急事態、かな……)

 美波は冷や汗を浮かべつつ、秘匿回線で思念通話を行う。

美波<ヘッジホッグ2よりヘッジホッグリーダー、三○二発生>

 美波は上司に“自分達以外の侵入者有り”を示す隠語を送った。

ヘッジホッグR<三○二、了解>

美波<三○二は未確認、また三○二の目的は不明。現在地を転送します。
   探索を続行しますが、至急、応援を送られたし。以上>

 返事をくれた上司に用件を伝え、支援を要請すると、美波は回線を切って溜息を漏らす。

美波(お願いだから、鬼も蛇も出てくれないでよね……)

 美波は祈るように目を伏せた後、意を決して先へと進んだ。


293 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:42:10.78PD5MJK4no (7/35)

―2―

 ギガンティック機関諜報部が動き始めたのと前後して、ユエは謁見の間へと訪れていた。

 面倒な手順を踏んで承認を得て、最上七段目にあるコンテナの中へと入って行く。

 コンテナ内の階段を下り、煌びやかで荘厳な装飾の施されたホンの居室へと立ち入ると――

女性「キャアッ!?」

 ――途端、甲高い女性の悲鳴が響いた。

ホン「ええぇい! まだか!? ユエはまだ来ないのか!?」

 普段通りの扇情的な格好をした数多の女性達に囲まれたホンは、いきり立って地団駄を踏んでいる。

 その足もとには倒れて啜り泣く女性が三名ほど。

 恐らくはホンの苛立ちのはけ口として暴力を振るわれたのだろう。

 彼女達の魔力は外科手術で埋め込まれたギアによって、
 特定行動以外ではほぼ無いと言っていいほどまで抑制されている。

 男の力で暴力を振るわれたら、太刀打する事は難しい。

 また、ホンに逆らえばギア自体から強い電流――
 と言っても生命に関わらない程度に微弱な物だ――によって痛みが走る仕組みだ。

 二十人以上の女性を侍らせながら、ホンが彼女達に寝首を掻かれない、最大の理由である。

ユエ(どこまでの気の小さな男だ……)

 その光景を眺めながら、ユエは表情も崩さずに内心で呆れ果てた溜息を洩らした。

 だが、呆れている場合ではない。

ユエ(さっさと雑用をこなして仕事に戻らないとな……。さすがに残された時間も少ない)

 ユエは気を取り直すと、女性達の輪を割ってホンへと歩み寄る。

ユエ「陛下、お気をお鎮め下さい」

ホン「ユエ! どうなっている!?
   偽王共の軍勢がすぐ近くまで迫っているぞ!?」

 落ち着いた様子で宥めるユエに、ホンはひっくり返りそうなほど上擦った声で詰め寄る。

ホン「貴様の作ったダインスレフは無敵ではなかったのか!?」

ユエ(結界装甲を貼り付けただけの簡易量産機に何を求めていたのか……)

 詰め寄るホンに、ユエは蔑むような視線を一瞬だけ浮かべたが、すぐに自信に満ちた笑みを浮かべた。

ユエ「アレらはあくまでより完璧なギガンティックを作るための道具……
   データを集めるに足りるだけの数を揃えたに過ぎません」

ホン「な……!?」

 自信ありげなユエの言葉に、ホンは思わず驚きの声を上げる。

 事実、それは嘘ではない。

 ユエは目の前の愚かな男を納得させるために、事実だけを伝える手段を選んだ。

ユエ「確かに、ダインスレフは現状、量産型ギガンティックの中では最強と言えるでしょう。
   ……それはこの身、この命をかけて保障致します」

 そう、確かに401・ダインスレフは最強の量産型ギガンティックだ。


294 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:42:41.83PD5MJK4no (8/35)

 極限まで軽量化した装甲により、機動性や運動性は傑作機であるエクスカリバーシリーズを上回り、
 それらを上回る最新鋭機であるアメノハバキリに匹敵する。

 結果的に脆弱化した装甲を補い、さらにその破壊力を最大限に高めるのは、
 イマジンにすら抗う事が可能な結界装甲。

 高い機動性に無敵の盾と矛を装備した、理想の量産機だ。

 事実としてダインスレフは緒戦では華々しい戦果を上げていた。

 機体は量産機でも最高性能だったのだから当たり前だ。

 だが、ドライバーは実戦経験の低い寄せ集めの民兵に過ぎない。

 長らく戦争状態ではあったが、寡兵で一方的に攻め入っては殲滅されるだけの戦いで、
 ドライバーのノウハウなど蓄積しようがない。

 加えて、最大の利点であった結界装甲の対策をされてしまえば、
 ただただ足が速い程度の貧弱な装甲のギガンティックが残るだけだ。

 その事実の目眩ましとして、あの重装甲で高機動のオオカミ型ギガンティック――
 402・スコヴヌングを緒戦から投入していたが、それもあっさりと敗退した。

 あとはジリジリと追い詰められて行くだけだった筈の負け戦が、トントン拍子の負け戦に変わっただけ。

 要は、開戦の時点から負け戦は始まっていたのだ。

 だが、しかし――

ユエ「兵士達が陛下のために身命を賭して収集したデータによって、今や完成目前となった403、
   そして、404こそは最強のギガンティックの名を冠するに相応しい出来映えとなりましょう」

 その都合の悪い事実を悟られぬよう、ユエは力強い声音で言い切り、さらに続ける。

ユエ「404は陛下の乗機……いえ、陛下の新たな玉座です」

ホン「俺の……我の玉座か……!」

 いやに熱の込められたユエの言葉を聞き、ホンはその熱に浮かされたように呟いた。

 その目は、これからの圧倒的な戦いへの期待と、自らの玉座ともなる新たな乗機の完成を想像して、
 ぎらついた輝きを取り戻している。

ユエ「陛下のご要望の通り、史上最大級のギガンティックを用意しております。
   最終調整が終わればすぐにでも動かせましょう」

ホン「史上最大級、か……そうだ。それでこそ王が駆るに相応しい!」

 ユエが恭しく頭を垂れて言うと、ホンは興奮した様子で言った。

 先ほどとは違った意味で上擦った声を上げるホンに、ユエは内心で“単純な男だ”と率直な感想を抱く。

 だが、この男が単純で御しやすければこそ、今までこうして来られたのだと思うと、どこか感慨深くも思う。

ユエ「では陛下、あと二時間ほどお待ちいただければ、
   最高の状態に仕上げた404……いえ、ティルフィングを献上いたします」

 一度は顔を上げたユエだったが、すぐにまた恭しく一礼しながらそう言って、その場を辞す。

ホン「ああ、愉しみにしているぞ、ユエ!
   ティルフィングか……ティルフィングが完成した暁には、偽王の軍勢など一息に蹴散らしてくれるわ!」

 背後からは楽観的なホンの声に続き、馬鹿馬鹿しいほど高らかな笑い声もする。

ユエ(無知とは幸福だな……まあ、北欧神話など興味が無ければそう調べる物でも無いがな……)

 ユエは小さな嘆息を漏らしつつ、謁見の間を後にした。


295 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:43:20.10PD5MJK4no (9/35)

 研究室へと戻る道すがら、ユエは駆け寄って来た一人の男性研究者に話しかけられる。

研究者「主任、403の最終調整、完了しました」

ユエ「ご苦労。……404の調整は?」

研究者「機体とトリプルエンジンのマッチングも問題ありません。
    エナジーブラッドの出力は想定値の一一〇パーセント、プラスマイナス〇.五パーセントほどで推移しています。

    エンジンと機体の慣らしが終わればそのまま最終起動テストに入ります。
    十四時前には全行程を完了できるかと」

 ユエが報告して来た研究者に問い返すと、彼はどこか興奮しながら、だが努めて冷静に報告を続けた。

 ユエも、彼の報告内容に“ほぅ”と小さな感嘆の声を漏らす。

ホン「ブラッドの出力が十パーセント前後も上昇した原因は?」

研究者「調査中です。ですが、機体剛性に問題はありません。
    むしろ、出力が上昇した事で結界装甲が強化され、機体剛性も想定値以上に上昇しているようです」

 続く研究者の報告に、ユエも興奮の色を隠せないようだ。

ユエ「劣化コピーのエナジーブラッドエンジンでも、それだけの効果が得られるのか……。
   さすが、アレクセイ・フィッツジェラルド・譲羽の発明と言う事か」

 感嘆混じりのユエの言葉に、研究者は“ご謙遜を”と言って、さらに続ける。

研究者「エナジーブラッドエンジンは傑作だと思います。
    ハートビートエンジンをあれだけ低コスト化できたのですから」

ユエ「トタン紛い装甲の急造機体とは言え、本体の二倍も資材が必要になるエンジンなど、
   量産機エンジンとしてはまだ下の下だよ。

   そう言う意味では、参拾九号の考えたマスタースレイブ方式のアレの方がまだ量産運用に向くだろう」

 褒めちぎる研究者に、ユエは自嘲気味に返す。

 実際、ダインスレフの生産コストの約六割から七割は、
 結界装甲を生み出す動力機関……エナジーブラッドエンジンと、その付随品であるブラッドラインが占めていた。

 機体内部に高密度のエナジーブラッドを循環させるため、
 高出力の循環システムを内包するエナジーブラッドエンジンは機体外装と同程度からそれ以上の硬度を誇る。

 同様に、高密度のエナジーブラッドを循環させるブラッドラインにも相応の強度が求められ、
 透明な構造ながらにマギアリヒトの密度は本体の装甲と大差ない。

 ハートビートエンジンは確かに当時の開発コストで言ってもエナジーブラッドエンジンよりも遥かに高価だ。

 だが、強度はエナジーブラッドエンジンの七割ほどでも、
 弾き出す出力は同サイズのエナジーブラッドエンジンの二倍強。

 結界装甲も三倍以上の出力を叩き出している。

 参拾九号……瑠璃華の考え出したフィールドエクステンダーは、
 結界装甲の出力を六割ほど減じてしまう欠点もあったが、
 それだけの出力が残されているなら十分な戦果を発揮できて当然だ。

ユエ「アレがオリジナルエンジンそのものを参考に作れば、エンジンの量産化も夢ではなかったのかとは思うよ」

研究者「所詮は失敗作……とは行きませんでしたね」

 肩を竦めたユエの言葉に、研究者は残念そうに呟く。

ユエ「まあ、アレの失敗があったお陰でミッドナイト1は完成したが、な……」

研究者「兎角、ままならないものです」

 ユエと研究者はそう言うと、互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。


296 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:44:00.80PD5MJK4no (10/35)

 二人は溜息を吐いて一頻り落ち着かせると、先んじてユエが口を開く。

ユエ「ティルフィングの最終調整が完了次第、この区画の警備ドローンを停止させ、君も脱出したまえ」

研究者「主任はやはり、403で出られるので?」

 ユエの指示に応える代わり、研究者は質問で返す。

ユエ「ああ……脳波コントロールの戦闘時の波形データを収集しておきたい。
   そうだな……可能ならば201と戦ってみたい物だ」

 ユエは頷くと、遠くを見るような目で感慨深げに呟く。

研究者「データはリアルタイムで収集可能ですが、
    出来れば無事に帰って来ていただいた方が、我々としても有り難いのですが」

ユエ「負けると思うかね?」

 言い辛そうに漏らした研究者の言葉に、ユエはどこか戯けた調子で問い返す。

研究者「さすがに答えかねます」

 苦笑いを浮かべた研究者の言外の返答に、ユエは笑い、さらに続ける。

ユエ「ハハハッ……まあ勝率は五割強……五分五分よりやや優勢と言いたいがね。
   一対一の戦闘で戦況を覆せる物でもあるまい」

 ユエは思案げに呟く。

 ユエが駆ると言う400シリーズのギガンティック、403。

 フルスペックの能力を取り戻した空とエールに対し、互角以上だと言う性能が虚言の類ではないのは、
 口調はともかく、いつになく真に迫ったユエの表情と声音から明らかだった。

研究者「戦況そのものはアレが404を扱いきれるか、と言う事ですか?」

ユエ「一応は決戦兵器だからね。データ収集用のプローブは?」

 ユエが研究者の問い掛けに答え、改めて問い返すと、彼は頷きながら“滞りなく配置済みです”と応える。

 ユエは満足そうに頷くと“では、後は任せた”と付け加え、先ほどよりも僅かに早い歩調でその場を辞した。

ユエ(これで最終段階に向けた準備もようやく整う……。
   後は今回でどれだけのデータを収集できるか、だな)

 ユエは歩きながら思案する。

 60年事件から十五年と八日。

 長い年月を費やした目的が叶う瞬間が、もう目前まで迫っているのだ。

 平静さを保とうにも、どうにも気分が高揚するのを抑えきれない。

ユエ(学生時代……いや戦後の頃を思い出すな……この抑えられない高揚感は)

 ユエはこれまでの十五年と、そして、それ以前の自らの辿って来た道を思い返し、
 どうした訳か感想とは真逆な冷めた自嘲気味な笑みを浮かべた。

ユエ(学生時代に戦後、か……ああ、私は正常に働いているようだ。滞りなく、問題なく……)

 ユエはふと片手を上げ、その掌をジッと見つめる。

 見つめながら、握り、開き、握り、開きと、その動作を繰り返すと、
 不意にこの身で抱いた事のない感触を思い出す。

 だが、小さく頭を振って、その感触を今は追い出す。

ユエ(感傷的になるにはまだまだ早い……。全ては最後の仕上げが終わった、その時だ)

 ユエは気を取り直し、また少しだけ歩調を早めた。

 今は研究室に戻るよりも、現場で403や404の調整を指揮した方がいい頃合いだろう。

 ユエは研究室に戻ろうとしていた足を格納庫へと向けた。

 そして――

ユエ「コンペディション……第二幕の、始まりだ……」

 いつかのように、自分の足音で掻き消されるような、微かな呟きを漏らしたのだった。


297 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:44:37.40PD5MJK4no (11/35)

 同じ頃、ユエの研究室奥――


茜「………ハァァ」

 未だに軟禁状態のままの茜は深い溜息を洩らしていた。

 時刻は十二時半。

 ドローンの運んで来た食事は既に食べ終え、そろそろ日課の鍛錬を始めようかと言う頃合いだ。

 だが、張り合いが無い。

茜「……それだけ、あの子の存在が大きかった、と言う事か」

 茜は溜息がちに呟く。

 ついでに、ここ数日で独り言が増えた。

 あの子、とはミッドナイト1の事だ。

 無口な性分の子供だったが、軟禁状態でストレスを溜め続ける茜にとっては、
 ストレス解消に適した良い話し相手だった。

 彼女の身に何が起こったのか、その子細までは知らずとも大まかな事は分かっている。

 空の手によってエールが奪還され、その後の消息は不明。

 恐らくは政府の手で保護されたか、テロリストの一人として警察組織が拘束したかのどちらかだろう。

 ロイヤルガードも皇居護衛警察と言う事で、曲がりなりにも警察組織の一員である茜だが、
 出来れば政府側……さらに可能ならばギガンティック機関の手で手厚く保護されている事を願っていた。

 ミッドナイト1を救おうと思う一方で、どうやら、自分にとっての彼女は、
 この短いとは言い切れない軟禁生活の支えになっていたようだ。

茜「ハァァ……まったく……」

 自分の軟弱さを思い知らされたようで、茜は深い自嘲の溜息を洩らしながら呟いた。

 しかし、複雑な思いだ。

 エールがギガンティック機関の……空の手に戻った事は喜ばしい事の筈なのだが、
 それでミッドナイト1がこの旧技研から居なくなる事を、当然の事と分かっていながら受け入れ切れない。

 有り体に言えば、理解できても納得できない、と言う我が儘のような物だ。

 精神的なダメージも大きいが、実は実利の面でもダメージは大きい。

 もしも彼女を説得が出来たなら、今も両手に取り付けられた魔力抑制装置を取り外す事も出来たかもしれない。

 そして、“もしも”や“かもしれない”ではなく、あれからあと三日ほどの時があれば、
 茜は十分にミッドナイト1を説得する事が出来た。

 事実、三日前の時点で既に、自我を得たミッドナイト1の価値観は徐々に揺らぎを見せ、
 道具としての矜持と茜への依存が共存するような状態にまで来ていたのだ。

 その状態が長く続けば、茜に絆され、二人で共に脱走する道もあったかもしれない。

 だが、さすがにもう過ぎた話だろう。

 問題は、どうやってこの場を脱出するか、だ。

 繰り言だが魔力抑制装置を取り外す方法も無く、今や決戦間近。

 このままでは脱出するどころか、早々に人質として扱われ、仲間達に迷惑をかける事になるだろう。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。


298 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:45:12.00PD5MJK4no (12/35)

茜「……これの出番か」

 茜はそう呟き、枕の下から一本の折り畳みナイフを取り出した。

 先日、堆く詰まれたダンボールの底から見付けた物だ。

 他を探してもこう言った物は無かったので、おそらく、ユエも把握していない内に紛れ込んだ物に違いない。

 これで手首を切断する。

 いくら身体を鍛えている茜でも、魔力無しの状態で魔力を扱える人間に勝てると思うほど甘くはない。

 僅かでも魔力が使えなければすぐに魔力ノックダウンされてしまう。

 そして、この五日間ほど具に観察して気付いた事だが、
 この研究室に出入り可能な人間は、ユエ以外にはミッドナイト1だけだった。

 研究室外部の人間とのやり取りは全て旧技研内部のローカルネットワークを用い、
 食事の運搬もミッドナイト1がいなくなってからは全自動のドローンが行っている始末。

 こんな状態ではユエ以外の人間を狙って抑制装置を解除する事は不可能に近い。

 そして、これは茜の直感だが、万全でない自分ではユエを出し抜く事は到底できないと考えていた。

 となれば、残された方法は手首を切断して、この抑制装置を取り外すより他に無いのだ。

茜(先ずはシーツを裂いて……)

 茜はベッドからシーツを剥ぎ取ると、それを長く切り裂く。

 両手首の抑制装置のやや上の位置に痛いほどきつく巻き付け、
 さらに両腕の上腕にも同様に巻き付け、血流を少しでも阻害する。

 抑制装置は意外にもピッタリと固定されているので、
 親指の関節を外したり切断したたりした程度では取り外せない。

 小指も切断すれば取り外せる可能性は高いが、冷静に四本の指を切断していられる自信は無かった。

茜(少し品は無いが……)

 茜はベッドの上で胡座をかくようにして、ナイフの柄を踵で挟んでしっかりと固定した。

茜(後はここに手首を叩き付けて、一気にねじ切る……)

 何度か頭でシミュレーションして来た手順を思い返す。

 要はナイフに手首を貫通させ、そのまま捻って手首をねじ切るのだ。

 骨を切断するのは難しいから、上手く関節部分に突き刺さなければならない。

茜「大丈夫だ……今の技術なら手だけの義手くらいは四日もあれば準備できる……」

 茜は自分に言い聞かせるように呟く。

 祖母・結もそうだったが、彼女の右腕は義手。

 だが、見せられた写真では本物の腕と見紛うほどの精巧な造りだった。

 四十年以上も前からそれだけの技術があったのだから、今の義手はさらに精巧な造りだ。

 だが、さすがに親から授かった身体に……自らの身体に傷を付けるのに抵抗が無い筈が無い。

茜「ッ、ハァ……ハァ……」

 茜は次第に荒くなって行く呼吸を意識しながら、必死に自らを落ち着かせる。

 血流を制限しているせいか、両腕に鈍い痺れが始まっていた。

 早くしなければ、今度は切断するだけの力が保てなくなる。

茜「……ままよっ!」

 意を決した茜は、先ず、右腕を大きく振り上げた。


299 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:45:48.27PD5MJK4no (13/35)

―3―

 それから僅かに時は過ぎ、十四時を回った頃。
 第十街区、外縁――


 空は変わらず、開かれたハッチの縁に腰掛け、遠くに見える旧技研を見張っていた。

 技研には未だに煌々と灯りが点っている。

空(まだ動きはない、かな……?)

 空は不意に視線を外し、コントロールスフィア内壁に映し出された後方の映像に目を向けた。

 保護を訴える避難民や投降するテロリスト達の流れはもう三十分ほど前の時点で途切れており、
 つい数分前に彼らを乗せたリニアキャリアの最終便がメインフロートへと向かったばかりだ。

 残りの治療や炊き出しは、後方にある途中の兵站拠点かメインフロートで行うのだろうが、
 前線に立つ空達にはそこまで詳しい事は知らされていない。

 あくまで、後顧の憂いが一つ減ったと言う程度だ。

 最大の憂いである茜達の状況は、空達には伝わっていない。

 その存在をテロリストに気取られぬよう、突入した諜報部隊からの通信は勿論、こちらからの通信も厳禁だ。

 状況が判明するのは恐らく、彼らが茜を連れて脱出した直後だろう。

 それまでは茜の安否すら分からないのだから、もどかしいばかりだ。

 時間が経てば経つほど、不安と焦燥ばかりが募る。

エール『空、心拍数がかなり上昇しているけど、大丈夫かい?』

空「アハハ……うん、何とか」

 心配そうに尋ねるエールに、空は苦笑いを浮かべて返した。

 空がその指にエールのギア本体を装着している関係で、エールは空の体調を把握している。

 不安による心拍数の上昇に気付いたのだ。

空「大丈夫……戦闘になったらエールも、レミィちゃんとヴィクセンもいるもの。
  いざとなったらモードHSも使えるしね」

 空は苦笑いを微笑みに変えて、自信ありげに言い切る。

 そう、戦闘に関しては問題ない。

 フルスペックに戻ったエールに加えて、強化されたヴィクセンの二機の揃い踏みだ。

 フィールドエクステンダーを装備したアメノハバキリを駆るレオン達の援護もあるのだから、隙は無い。

 そこは不安を抱きようもないが……。

エール『大丈夫だよ空。
    先に突入した仲間を信じて、僕達は僕達のするべき事に全力を尽くそう』

空「うん……そうだね」

 エールの言葉に頷いた空は、決意を込めた視線を再び正面の旧技研へと向けた。


300 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:46:16.44PD5MJK4no (14/35)

 そう、今は為すべき事に集中しよう。

 茜の事に気を取られ戦闘でミスを犯していては、茜が無事に戻って来た時に顔向け出来ない。

 茜と、そしてクレーストが帰って来た時に、少しでも胸を張っていられるようにしなければ。

空(もう……お姉ちゃんやフェイさんの時のような事に、なってたまるもんか……!
  私が……私とエールがみんなを守ってみせる!)

 空がそんな決意の炎を胸に灯した瞬間だった。

 つい先ほどまで、煌々と輝いていた筈の旧技研の灯りが、不意にフッと消え去ったのだ。

空「ッ!? 来た!」

 一瞬だけ息を飲んだ空は、すぐさま気を取り直して立ち上がると、
 コントロールスフィアの奥へと転がり込み、エールを完全に起動する。

空「皆さん! 今すぐ機体を起動して下さい! 作戦行動に移ります!」

 空は通信機に向かって、自分の指揮下にあるレミィ達四人に指示を飛ばす。

 そして、指示を飛ばしながらもスフィア内壁に映る旧技研の一角を拡大する。

 ハッキリと形が把握できるほど拡大された画像では、
 灯りの消えた旧技研の彼方此方で小規模な爆発が幾つか巻き起こり、煙が舞い上がっていた。

 突入部隊の脱出準備が終わり、陽動の破壊工作が始まったのだ。

 それが空達指揮官クラスに伝えられていた戦闘開始の合図だった。

指揮官『各員戦闘開始! なお、戦闘時は味方の動きに留意し、
    別命あるまで攻撃対象は敵ギガンティックに限定する物とする!』

 拠点各地のスピーカーから軍部の指揮官らしき男性の声が響く。

レオン『なるほど、な……。そう言う事か!』

 その命令の内容で全てを察したのか、レオンが納得したと言いたげな声音で言った。

 レオン同様、察しの良い者達は気付いているのだろう。

 指揮官の言った“味方の動きに留意し”と言うのは、破壊工作を終えて撤退する諜報部の突入部隊を誤射せぬように、
 “別命あるまで~~”とは突入部隊の撤退が確認されるまで敵機にのみ集中しろ、との事なのだろう。

空「はい、そう言う事です!」

 空がレオンの言葉を肯定した事で、レミィ達も作戦と指示の意図を感じ取ったらしい。

レミィ『知っていたなら教えてくれてもいいだろ!』

ヴィクセン『しょうがないでしょ、作戦よ、作戦』

 怒ったように漏らすレミィを、ヴィクセンが宥める。

空「ごめんね、レミィちゃん。埋め合わせは後でするから」

 空は言いながら、六基のプティエトワールを分離させ、レオン達の機体のフィールドエクステンダーに接続させた。

 そして、自らはエールに翼を広げさせ、高く舞い上がる。


301 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:46:43.87PD5MJK4no (15/35)

空「エール、少しでも目立って攻撃を引きつけるよ! 特に401の攻撃は可能な限り全部!」

エール『了解! プティエトワールとグランリュヌの操作は僕がするから、空は白兵戦に集中して!』

空「うん、ありがとう!」

 空はブライトソレイユをエッジモードで構え、拠点の爆破炎上で困惑する敵陣へと切り込んで行く。

 その後を、キツネ型に変形したヴィクセンMk-Ⅱが、クアドラプルブースターを噴かして地上から追う。

 敵の反撃はすぐにあった。

 混乱して指揮系統がメチャクチャになったせいなのか、
 それとも、指揮系統など最初から有って無いような物だったからなのか、
 敵ギガンティックは散発的にだが突出して来たエールに向かって砲撃を浴びせて来た。

 だが――

エール『させるものかっ!』

 その全てを、エールがプティエトワールとグランリュヌを用い、ピンポイントの障壁で防ぐ。

 後方への被害は皆無だ。

空「ここっ!」

 空は真っ正面にいた401に狙いを定め、その眼前で急制動を掛け、頭部と両腕だけを鮮やかに切り裂く。

 以前のフルスペックでないエールでは出来なかった芸当だが、
 数々の戦いを経て成長した空と全開のエールならば造作もない。

 空は頭と両腕を失った機体の胴体を蹴り飛ばすようにしてその場に崩れ落ちさせると、
 さらにその反動で上空へと舞い上がる。

テロ指揮官『う、撃て撃てぇ! 白いギガンティックを逃すなぁっ!』

 そこでようやく気を取り直したらしいテロリストの指揮官機と思しき401が、
 上空に舞い上がったエールに向けてライフルを連射した。

 部下達もそれに続き、火線をエールへと集中する。

 だが、四基のグランリュヌが生み出す障壁が、その銃弾を完全に防ぐ。

 下にいる401は残り十機。

 それだけの数が火力を集中しても、今のエールには一発たりとも届かない。

 さらに――

レミィ『足もとがお留守なんだよっ!』

 丁度接近していた二機の401の間を、人型に変形したヴィクセンMk-Ⅱがレミィの声と共に通り過ぎる。

 すれ違い様に展開された両腕のスラッシュセイバーが、二機の401の胴体を真っ二つに切り裂き、
 上半身と下半身を泣き別れにされた機体がその場でマシンガンやライフルを乱射しながら崩れ落ちて行く。

テロ指揮官『げ、迎撃だ!? 下も迎撃しろ! 早くしろぉっ!』

 指揮官は狼狽しながらも指示を出すが、その射撃は完全に混乱して狙いなど定まっていない。

 レミィは鮮やかに機体を操り、その狼狽え玉を華麗に避けながら次々に401を撃破して行く。

 さらに、下で撹乱するレミィとヴィクセンに気を取られている間に、
 今度は上空の空とエールが急降下攻撃で401を破壊する。

 最初から混乱していた事も大きかったが、上空と地上の両面撹乱戦法でテロリスト達の主戦力である
 401・ダインスレフは、一機、また一機と確実に数を減らされて行く。


302 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:47:10.08PD5MJK4no (16/35)

レオン『すげぇすげぇ、流石だなぁ』

紗樹『これ、私達の援護の意味とかあるんですかね……?』

遼『………』

 一方、目の前で繰り広げられる圧倒的な戦闘に、
 レオン達は感嘆、呆然、唖然とそれぞれに反応していた。

 方や全てを取り戻したエース機、方や最新鋭のオリジナルギガンティック。

 加えて息の合ったコンビネーションは、流石の一言では言い表せない。

 無論、空達がこれだけの戦果を発揮できたのは機体性能だけでなく、
 レオン達の援護射撃あったればこそだ。

 敵の遠距離攻撃の雨霰の中、これだけ懐で暴れ回られるのだから、
 テロリストもたまった物ではないだろう。

レオン『お嬢が帰って来た時にドヤされないよう、真面目に仕事しろ、お前ら!』

 レオンは唖然呆然の部下達を叱咤し、
 離れた位置からヴィクセンを狙おうとしていた401のバズーカを撃ち抜く。

 バズーカを撃ち抜かれ、爆発に巻き込まれて誘爆した401は、黒こげになってその場に倒れた。

紗樹『……了解です!』

遼『……了解!』

 レオンの妙技に二人は気を取り直し、
 ミニガン型魔導機関砲で周囲の370系や380系のギガンティックを薙ぎ払う。

 さらに他の軍や警察の連合部隊のギガンティックの攻撃で、
 次々にテロリストのギガンティックは撃破されて行く。

 数は敵が圧倒している。

 空達の側にはオリジナルギガンティック二機、アメノハバキリ三機。

 最大級と言える戦力を少なく配置した事で、逆にこちら側に戦力を集中したのだろう。

 残された虎の子の十九機の401の内、半数以上の十一機がこちらに配備されていたのが良い証拠だ。

 五機だけの主戦力を一気に押し潰して、
 そのまま反対側に残存戦力を結集すれば勝てるつもりだったのだろうが、そうはいかない。

 元々、籠城戦と言う地の利と数の差を覆すための戦略として、
 茜とクレーストの救出に加えて拠点破壊の陽動を行っていたのだ。

 篭もるべき拠点を失い、混乱した敵の掃討ならば数の差などどうと言う事はない。

空(このまま有利に進めば、私達が風華さん達の援護に……うん、行ける!)

 空は冷静に戦況を確認しつつ、確信する。

 陽動と援護のお陰で敵は殆ど潰走状態。

 こちらの優勢は覆りそうにもない。

 このままレオンに指揮を任せて、自分は風華達の援護に回ろう。

 そう思った矢先の出来事だった。

アリス『各員へ通達します!
    敵拠点にて突入部隊が小破状態の401を一機奪取しました!
    該当機をD01と呼称、ロイヤルガード261と共に脱出、整備と補給のため、一時後方へ撤退します!
    D01への攻撃は厳禁とします!』

 通信機から後方の指揮車輌にいるアリスからの指示が飛ぶ。

 どうやら諜報部の面々も無事脱出できたようだ。

 しかも、喜ぶべき事に茜も一緒らしい。


303 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:47:40.27PD5MJK4no (17/35)

空「良かった……! 茜さん、無事なんだ!」

 通信機越しに仲間達……特にロイヤルガードの面々の歓声が響く中、空も安堵の声を上げる。

 反射的に旧技研に視線を向けると、丁度、茜色の輝きを宿したクレーストと共に、
 片腕を失った401が立ちこめる煙を吹き飛ばして飛び出して来るのが見えた。

 遠目のため、よく確認できないが、401のブラッドラインは黄色系統の色で輝いているようだ。

 茜達に通信が繋がらない所を見ると、どうやら敵に通信機能を封鎖されているらしい。

 後方の指揮車輌が突入部隊と連絡を取り合えたのは、恐らく秘匿回線による物だろう。

 クレーストと401は十メートル四方の巨大なコンテナを牽引していた。

 どうやら、アレが敵の元にあった残された最後の一つのハートビートエンジン、6号のようだ。

 仲間達の援護射撃に助けられながら、二機のギガンティックは戦場を迂回し、
 空達の後方にある整備拠点へ向けて後退して行く。

 そうこうしている間に、敵の401は全滅したようだ。

 後は残ったレプリギガンティックの掃討だけである。

空「レミィちゃん、このまま反対側に行くけど大丈夫!?」

レミィ『ああ、多少、弾が掠めたが、機体を換装するようなダメージは受けていない。
    行けるぞ!』

 空の問い掛けに、レミィは力強く応える。

 機体を換装とは、そのものズバリ、機体そのものをそっくりそのまま換装する事だ。

 実は後方の整備拠点には、先日完成したばかりのアルバトロスMk-Ⅱの躯体が用意されていた。

 元々、同型の試作型エンジンを搭載していたヴィクセンとアルバトロスであったため、
 オリジナルエンジン用に改修されたアルバトロスMk-Ⅱの躯体には、
 そのままヴィクセンの5号エンジンを乗せ換える事が可能だ。

 いや、むしろ、ドライバー不在で浮いてしまった機体の有効利用にと、
 瑠璃華は換装前提の改装を施していたのだった。

 速力と格闘戦能力が必要とされる作戦ならばヴィクセンMk-Ⅱに、
 防御力と火力が重要視される作戦ではアルバトロスMk-Ⅱに短時間で換装可能な、
 ヴァリアブルコンパーチブルギガンティックとしてヴィクセンは生まれ変わっていたのである。

空「なら、このまま行こう! 風華さんと連携を取るならモードHSの方が戦い易いよ!」

レミィ『了解だ!』

 レミィの返事を聞いた空は、立て続けに通信機越しにレオン達へ指示を出す。

空「レオンさん! このまま現場指揮をお願いします!
  私とレミィちゃんは裏手に――」

 ――回ります!

 そう、空が言おうとした瞬間だった。


304 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:48:17.77PD5MJK4no (18/35)

風華『こちら206! 応援よ……キャアァァァッ!?』

 せっぱ詰まった様子の風華の声が聞こえ、直後、彼女の悲鳴が響いた。

空「風華さん!?」

レミィ『隊長!?』

 あちらで前線指揮を執っていた筈の風華の悲鳴に、空とレミィは愕然とした声を上げる。

 どうやら、旧技研を挟んだ反対側の戦場――第二街区方面――で何かよからぬ事が起きたようだ。

タチアナ『朝霧副隊長、聞こえましたか!?』

空「はい!」

 後方の指揮車輌で指揮を執っていたタチアナの問い掛けに空は応える。

空「モードHSに合体次第、彼方の援護に向かいます!」

タチアナ『お願いします!』

 空はタチアナの声を受け、地上スレスレを飛ぶ。

 既に壊滅状態の敵の攻撃は散発的で、十分に戦場で合体可能な余裕がある。

空「レミィちゃん! 合体するよ!」

レミィ『分かった!』

 空の呼び掛けにレミィが応えるが早いか、ヴィクセンMk-Ⅱは人型に変形してその後方へと追い付く。

空「モードHS、セットアップ!」

エール『了解、モードチェンジ承認!』

 空の声にエールが応えると、プティエトワールとグランリュヌが分離し、
 背中と両腕のジョイントカバーが外れ、エールが合体形態へと移行した。

 そして、ヴィクセンは両腕と両足を分離させ、五つのパーツへと分解され、
 それぞれのパーツからエールの各部ジョイントに向けて光が放たれる。

ヴィクセン『ガイドビーコン確認、仮想レール展開、ドッキング開始!』

 分離したヴィクセンの各パーツがエールの各部へと合体して行く。

 クアドラプルブースターをX字状に展開した胴体は背面へ、
 腕と足は左右同士で並列にドッキングしてエールの両腕へと合体する。

エール『ツインスラッシュセイバー、クアドラプルブースター、リンケージ!』

ヴィクセン『全ユニット、接続確認!』

レミィ「モードHS……ハイパーソニック、セットアップ!」

 各部パーツの連結を確認したエールとヴィクセンの声に続き、レミィのクリアな声が響き渡る。

 広げられたエールの翼の上下で独立稼働可能なクアドラプルブースターと、
 より破壊力と切れ味を増したツインスラッシュセイバー。

 エールの回復が見込める段階になった事で、翼の稼働を阻害する事なく再設計された
 新たなるエール・ソニック、その名もエール・ハイパーソニックである。

 本来は高速陸戦を主眼とした形態だったが、エールが完全復活した事で、
 想定以上の空戦能力と火力を得て完成を迎えたのだ。

空「レミィちゃん、一気に駆け抜けるよっ!」

レミィ「ああ、任せろ!」

 四基のブースターを噴かして加速するエールHSの後を、
 ドッキングしたプティエトワールとグランリュヌが追跡する。

 慌てふためく敵残存部隊の頭上を音速で駆け抜け、濛々と立ちこめる煙を切り裂いて、エールHSは飛翔した。


305 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:48:47.84PD5MJK4no (19/35)

空「………」

 煙を切り裂いた瞬間、空は不意に先ほどの光景を……
 クレーストと共に煙を吹き飛ばして現れたD01と呼称された401を思い出す。

 あの黄色系統のブラッドラインの色。

 あの色に、どこか見覚えがあるような……そう、既視感を感じていた事に思い至った。

 だが、すぐに頭を振る。

レミィ「どうした、空?」

空「ううん、何でもない……とにかく、今は急ごう!」

 自分の突然の行動を心配したレミィに応えて、空は気を取り直して仲間達の元へと急ぐ。

 第二街区方面の戦闘は、空達のいた戦場から予測できる通り、少数による防衛戦線だった。

 こちらはまだ比較的、優秀な司令官がいたのか、あちらほど戦線は瓦解していない。

空「少しでも数を減らさないと!」

 空は上空からプティエトワールとグランリュヌによる斉射で、
 敵のギガンティックを無力化しつつ最前線へと向かう。

 そこではあちら側とは打って変わった、熾烈な戦闘が繰り広げられていた。

 風華の突風・竜巻と、クァンとマリアのカーネル・デストラクターが
 二機がかりで苦戦を強いられているではないか。

 それも、たった一機のギガンティックに、だ。

空「な、何、あれ!?」

 空はその光景に息を飲む。

 巨大なシールドのような武装を両腕に施された見たことも無い大型ギガンティックが、
 突風・竜巻の攻撃を弾き返し、カーネル・デストラクターを翻弄している。

 突風の攻撃を弾き返す防御力は、重量級の大型ギガンティックのそれだが、
 カーネルを翻弄するスピードは突風ほどで無いにせよ、大型機のそれを軽く凌駕していた。

 それどころか、二人の連携に対して的確に対応して見せる反応速度も、とても壊滅寸前のテロリストの物では無い。

 ここまで温存されていたのがおかしいと思えるほどの、正にエースの動きと、その乗機に相応しい機体だ。

 機体の全身各部には暗い赤色の輝きが見え、それが400シリーズの一機だと言う事は、何とか空にも判断できた。

 戦況を見渡すと、後方では軍のアメノハバキリとケーブルで連結された瑠璃華のチェーロ・アルコバレーノもいたが、
 思ったよりも俊敏な動きで接近戦を繰り広げる敵を相手に、有効な支援砲撃が出来ずにいる。

空「お待たせしまたっ!」

 空は苦戦する仲間を激励する思いで高らかに叫ぶ。

風華『空ちゃん!? ……気を付けて、このギガンティック、強敵よ!』

 一瞬、驚きの声を上げた風華だが、すぐに冷静さを取り戻して言った。

 空は突風、カーネルと三点で敵ギガンティックを囲む位置取りでエールを着陸させ、
 ブライトソレイユを構えながらツインスラッシュセイバーを展開する。

 敵の戦い方を見る限り、格闘戦が得意なようだ。

 相手の土俵で戦うのも馬鹿げているかもしれないが、
 あの俊敏な動きに対抗するにはこちらも高速陸戦を前提にした方が戦いやすいだろう。

 万が一のため、仲間達と自分の元に、
 付かず離れず程度の位置でプティエトワールとグランリュヌを待機させておく。

クァン『よくも今まで好き勝手やってくれたな!』

マリア『空とレミィまで来たら、こっちのモンだっての!』

 クァンとマリアも口々に叫ぶ。

 だがしかし、三方から取り囲まれた現状でも、中心に立つ敵ギガンティックは狼狽えた様子は無い。

 むしろ、ゆっくりとエールへと向き直る、不敵なまでの余裕を見せつけて来る。


306 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:49:18.27PD5MJK4no (20/35)

??『フフフ……情報が錯綜していたせいでハズレを引いたと思ったが、やって来てくれたか』

 外部スピーカーを通して、どこか興奮したような熱を伴った声が響く。

瑠璃華『ハズレだと!?
    何を以てハズレと言ったかは知らんが、訂正してもらうぞっ!』

 瑠璃華はコチラの音声を拾っているのか、通信機を介して寮機の外部スピーカーから憤ったように叫ぶ。

 だが――

??『既に稼働データを十二分に収集している特化機体など、最初から用は無いのだよ』

 敵ギガンティックのドライバーが嘲るように言うと、機体各部のハッチが開き、
 そこから無数のレンズのような物が飛び出す。

空(全方位攻撃!?)

 空は瞬間的にそう結論し、防御態勢を取りながら敵の次の一手を見据える。

 最悪、即座に退避できるようにクアドラプルブースターを噴かす。

 恐らくは低威力の拡散魔導砲の類だ。

 仲間達も同じような判断らしく、風華は突風・竜巻をバックステップで十分な回避距離を取り、
 クァンもカーネル・デストラクターに分厚い結界を展開させて防御の態勢を取っていた。

 しかし――

??『補助兵装と言う判断が一切無いのは、
   突進して来るだけしか能の無いバケモノを相手にするプロ集団らしいな』

 敵ドライバーの嘲笑うかのような声と共に、レンズが激しく発光した。

空「目眩まし!?」

 目を覆いたくなる程の眩い光量に、空は思わず悲鳴じみた声を上げる。

 防御も距離も関係無い攻撃に、
 さしものギガンティック機関のドライバー達も一瞬、その動きを止めてしまう。

 空達だけでなく、ギガンティック達にも目眩ましは有効なようで、
 カメラが一瞬で焼き付き、コントロールスフィア内壁の正面画像が真っ黒に染まる。

エール『動体センサーに切り替えるよ!』

 エールは素早く有視界センサーの情報を、
 物体や空気の振動を感知して像を作り出す動体センサー画像に切り替えようとする。

??『テスト用の特別仕様だ、この手の攻撃にはさすがに対応できまい!』

 だが、切り替わりよりも一瞬早く、敵ドライバーの声が響いた直後、空は両腕を掴まれる感触を覚えた。

レミィ「ッ!? 間に合わない!?」

 おそらく、ブースターを点火して逃れようとしていたのだろう。

 レミィは愕然と漏らすが、敵に抱きすくめられ、身動きが取れなくなっていた。

??『さぁ、邪魔の入らない場所でゆっくりと君らのデータを収集させて貰おうじゃないか!』

 敵ドライバーはそう言うと背面のスラスターを噴かし、エールをその場から連れ去る。

空「最初から狙いは私達!?」

 空はすぐにその結論に思い至るが、これは逆にチャンスだ。

風華『空ちゃん! すぐに助け……』

空「大丈夫です! この機体は私達で引きつけます!」

 言いかけて飛びだそうとした風華を、空は言葉で制した。

 仲間達を圧倒したギガンティックを、取り敢えずは自分達に釘付けに出来る。

 そうして自分達が時間を稼いでいる間に、仲間達にテロリスト達の本隊を壊滅させて貰えば良い。

風華『………分かったわ! 後で必ず助けに行くから!』

 風華もその結論に至り、空の判断を尊重したのか、だがどこか悔しさを漂わせて言った。


307 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:49:47.02PD5MJK4no (21/35)

??『なら、不要な横槍が入らぬ場所まで来て貰うおうか』

 敵のギガンティックはエールHSを捕まえたまま、さらに遠くへと退いて行く。

 その先は何も無い、廃墟の街だ。

 僅か数十秒でかなりの距離を移動したようで、戦闘区域からはかなり引き離されていた。

 確かに、彼の言う不要な横槍――仲間達の援護――はすぐには望めない。

 敵ギガンティックはエールHSを解放すると、戻る道を塞ぐようにエールと戦場との間に降り立つ。

 一方、解放された空もエールを無事に着地させ、改めて構え直す。

 既にカメラの焼き付きは回復しており、鮮明な映像が映されている。

??『さて……では実働テスト最終段階と、その新型のデータ収集を前に自己紹介と行こう。
   私は現在、ユエ・ハクチャを名乗らせて貰っている、しがない研究者だ』

空「ユエ……ハクチャ」

 不躾に名乗った男の名前を反芻しながら、空は不意にその声に聞き覚えがある事を思い出す。

 エールを奪った少女……ミッドナイト1を見捨てた、彼女にマスターと呼ばれていた男の声にそっくりなのだ。

空「あなたが……あなたがあの子をけしかけたんですか!?」

 空も構えを崩さず、次第に憤りを込めながら問い掛けた。

ユエ『けしかけた、とは心外な物言いだな。作った道具を有効利用しただけだ』

空「ッ!」

 何の気なしのユエの言葉に、空は怒りが湧き上がるのを感じたが、すぐにその怒りを押さえつける。

 相手に会話をする余地があるなら、情報を聞き出す必要もあるからだ。

空「あなたはテストやデータ収集と言いましたね?
  だとすると、あなたがテロリストのギガンティックを……」

ユエ『ご明察だ』

 質問を言い切らない内に、ユエは感嘆混じりに口を開き、さらに続ける。

ユエ『401・ダインスレフ、先日、君らの撃破した獣型の402・スコヴヌング。
   そして、この403・スクレップも私の作品だ』

エール『最後のスクレップ以外は、あまり趣味の良いネーミングじゃないね……』

 どこか嬉しそうに語るユエに、エールは辟易した声音で呟く。

 狂気の魔剣ダーインスレイブ、不治の傷を残す名剣スコヴヌング、
 錆びついた外見ながらも鋭い切れ味を誇った名剣スクレップ。

 どれも欧州の神話や伝承に登場する伝説の剣だ。

 量産型ギガンティックの名称はどれも剣に由来した物なので決して珍しくはない。

レミィ「お前の作品……だと! なら、妹をあんな目に合わせたのも、お前って事か……!」

 だが、そんなネーミングよりも怒りの琴線に触れる事実に、
 黙って空のサポートに回り続けようとしていたレミィが不意に声を荒げた。

 当然だ。

 妹の手足を切断し、ギガンティックに埋め込んだ張本人が目の前にいると分かってしまったのだから。

ユエ『? おお、そうか、その強化パーツは拾弐号が制御しているのだったな。
   失敗作の事はどうも忘れがちになる……。

   ああ……そう言えば、402に使った検体も弐拾参号だったか』

 これはしたり、と言いたげな、だがむしろ自らの失念を恥じるだけのような声音に、今度は空の怒りが爆発する。

空「あなたって人はっ!!」

 仲間や仲間の大切な人を貶され、しかも非道な行いをした人間を相手に、冷静でなどいられない。

 空は怒りの声を上げ、ブライトソレイユを振りかぶって突進する。


308 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:50:16.22PD5MJK4no (22/35)

 翼を広げ、クアドラプルブースターを噴かし、
 超低空を飛翔して猛然と敵ギガンティック……403・スクレップに迫った。

 だが――

ユエ『素晴らしい加速度だ!』

 感嘆の声を上げながらも、ユエは平然とその直線的な攻撃を避けた。

 だが、そこで止まる空ではない。

空「レミィちゃんっ!」

レミィ「ああ! ぶち当てろ、空ぁっ!」

 レミィはバイク状のシートのハンドルを大きく切り、
 クアドラプルブースターを左右で前後互い違いに向けて機体を高速旋回させる。

 四基独立可動の柱状ブースターはこのようにそれぞれの向きを調整する事で、
 瞬間的な高速旋回も可能としているのだ。

ユエ『ほぅ……旋回性能も高い!』

 目の前で一瞬にして体勢を整えたエールHSの姿に、ユエは感嘆混じりの歓声を上げる。

 純粋に技術者としてエールHSの性能を講評しているつもりなのだろう。

ユエ『だが、その程度はこのスクレップにも可能だ!』

 ユエがそう言った瞬間、スクレップは両腕の巨大なシールドを構えた。

 するとシールド側面下部から巨大なスラスターが展開し、上空へと飛び上がって距離を取る。

 だが、それだけでは終わらない。

 ほぼ天蓋近くまで飛んだスクレップは、シールドを突き出すように構え直すと、
 今度は側面先端から大口径の魔導砲が除く。

空「なっ!?」

エール『障壁を!』

 愕然とする空よりも先に、エールは待機させていた
 プティエトワールとグランリュヌで分厚い魔力障壁を展開する。

 直後、スクレップのシールドから極大の魔力砲撃が放たれた。

空「っぐぅぅっ!?」

レミィ「うわぁっ!?」

 障壁を展開してもなお凄まじい魔力の奔流が生み出す衝撃に、空とレミィは呻き、悲鳴を上げる。

 数秒で魔力の奔流は止み、プティエトワールとグランリュヌの障壁で何とか砲撃を凌いだエールHSの中で、
 空とレミィは深く長い息を吐いた。

ヴィクセン『無傷で済んだけど、結構、ブラッド持っていかれたわね……。
      あれ一発で残り五割強ってかなりの威力よ』

 機体コンディションをチェックしていたヴィクセンが警戒気味に呟く。

 直前までの戦闘でそれなりにブラッドを損耗していたが、さすがに一撃で三割以上を削られるとは思っていなかった。


309 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:50:52.07PD5MJK4no (23/35)

ユエ『ハハハッ、素晴らしい威力だろう?
   これがスクレップが誇る格闘、砲撃、防御、機動の四役をこなす複合兵装、その名もハルベルトシルトだ』

 上空に留まったままのスクレップの内部から、ユエの興奮した声が響く。

 突く、斬る、薙ぐなどの複合ポールウェポン、ハルバートに因んだ名を付けられた盾、と言う事だろう。

 成る程、巨体に見合わぬ敏捷性の正体は、あのシールドに装備されたスラスターのお陰らしい。

 スクレップが肘を立てるような動作をすると、
 左右のハルベルトシルトからそれぞれ五つのドラム缶のような物が排出される。

 使い捨て式の魔力コンデンサのようだった。

ユエ『やや燃費に難がある装備だが、結界装甲による総合強化で、
   現存するギガンティック用兵装の中でもトップクラスの性能だと自負しているよ』

 自信ありげなユエの言葉が単なる強がりの類でないのは、空達も肌身で感じていた。

 二対一の接近戦を難なくこなす機動性に防御力、そして、一気に三割ものブラッドを劣化させる砲撃力。

 加えてあの重量級のボディと頑強なシールドの生み出す打撃力も侮れないだろう。

 言わば、ユエ・ハクチャ版エール・ハイペリオンと言った所だ。

 躯体の大型化は打撃力と出力を考慮しての物だろうが、大型化した装備を両腕に集約する事で取り回しを向上させ、
 装備その物の剛性をシールド化する事で高めている点は、ハイペリオンを上回っていると言えなくもない。

 だが、ハイペリオンに近い特性の機体ならば、その攻略法は空も承知している。

空「レミィちゃん! 中距離の円軌道を保ってヒットアンドアウェイで行くよ!」

レミィ「分かった! 今度こそっ!」

 空はレミィに指示を飛ばすと、天蓋付近で留まるスクレップに向けて翼を広げ、
 クアドラプルブースターを噴かして舞い上がった。

 ハイペリオンやそれに準ずる機体の弱点は少ない。

 近遠距離に対応した装備に加え、高い瞬発力と機動性、そして、頑強な防御力。

 一見して完璧に見える機体だが、実は最大の穴が射程範囲にある。

 相手が中距離にいる場合、距離を取っての遠距離戦か接近しての格闘戦かを強いられる点だ。

 一瞬の、だが冷静な判断を迫られる距離が、この中距離なのである。

 その一定の間隔を保っての円軌道で敵の周囲を旋回するのは、敵からしてみればかなりのプレッシャーだろう。

ユエ『ほう……成る程』

 事実、ユエは感嘆を漏らしながらも警戒したように定点旋回を続けている。

 空達のとった戦術は、同系統の全領域攻撃型機同士でしか起こりえない、
 先出し有利の二択ジャンケンのような物だ。

 この状況を回避するために動いたとしても、それに合わせて追随すれば状況をひっくり返す事は不可能。

 周辺を高速旋回する事でコチラは敵の動きをじっくりと観察できるため、
 敵が遠距離・近距離のどちらを選んでも即座に対応可能。

 逆に敵は高速旋回するコチラの動きをじっくりと観察するのは難しい。

 あくまで“こうされたら対応が難しい”と言う空自身の感想から生まれた戦術であり、
 むしろこれは空達も解決しなければいけない問題の一つなのだが、この時ばかりは空達の有利に切り替わる。

ユエ『これは良い改良点を教えて貰った』

 空達の思惑に気付いているのか、だが、ユエは未だに余裕綽々と言った風に呟く。

 まるで抑揚に頷いている様が見えて来るかのようだ。


310 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:51:24.35PD5MJK4no (24/35)

空「余裕でいられるのも、今の内だけです!」

 空は僅かな怒りを込めて叫ぶと、エールがスクレップの背後を取る一瞬を狙い、
 ツインスラッシュセイバーで切り込む。

 この速度のまま背後からの攻撃は、後方カメラやセンサーが感知していようが、
 常人には決して反応が不可能な間合いだ。

 空はそう確信する。

 だが、次の瞬間、空の目は驚愕で見開かれた。

 スクレップは右腕だけがまるで別の機体のように動き、
 ハルベルトシルトが纏った結界装甲の障壁で空達の一撃を難なく受け止めたのだ。

空「なっ!?」

ユエ『この機体のAIは、我が身に迫る危険には実に敏感でね。
   ドライバーの機体制御が間に合わない攻撃に対しては、
   機体のリミッターを外し、自動で防御する機能が備わっている』

 愕然と叫ぶ空に、ユエはまるで壇上で生徒に講釈する教師のような声音で説明する。

 そして、それこそが単機で風華達を相手に圧倒していた第二の、そして本命のカラクリだった。

 ユエの余裕の根源も、実を言えばそのシステムに起因していた。

 高い防御性能と攻撃性能を併せ持ち、加えて人間では反応不可能な速度に対応する防御システム。

ユエ『このシステムは402に搭載していた物の完成版でね……。
   恐怖の感情を排し、危機に対してのみ純然たる防御反応を示す合理的なシステムだよ』

 ユエはスクレップにエールを弾かせながら高らかに宣言する。

空「それなら全方位攻撃でっ! エール、お願い!」

エール『分かったよ、空!』

 空の合図でエールはプティエトワールとグランリュヌに包囲陣形を取らせ、
 あらゆる角度からの十字砲火を浴びせた。

 だが、スクレップは軽やかにその砲撃を回避し、回避不可能な物だけを適宜防御し、
 最後のだめ押しの一斉射撃も全周囲にピンポイントの結界を展開して凌ぎきってしまう。

ヴィクセン『そんな……嘘でしょ!?』

 エールの代わりに機体制御に専念していたヴィクセンが驚きの声を上げる。

エール『魔力コンデンサが危険領域だ………一旦、本体にドッキングして魔力をリチャージしないと』

 エールも悔しそうに漏らし、プティエトワールとグランリュヌを背面に連ねるようにしてドッキングさせた。

ユエ『アルク・アン・シエルくらいしかこの防御を突破する方法は無いが、
   さすがにそれでは十分なデータが取れないのでね、その隙は与えないよ』

 その光景を見遣り、ユエは不敵な声音で呟く。

 確かに、あの機体を相手に砲撃前後の硬直時間の長いアルク・アン・シエルは使えない。

空「何か別の攻略方法を考えないと……!」

 空は人を嘲り、挑発めいた物言いを繰り返すユエに対する怒りを押さえつけながら、次なる手を思案する。

 その時――


311 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:51:56.46PD5MJK4no (25/35)

レミィ「……そこに……いるんだな……!」

 不意に背後から響いた声に、空はレミィに振り返った。

 振り返って見たレミィの顔には、哀しみとも喜びとも取れない決意の表情が浮かんでいる。

ユエ『ああ、そうか……システムの構築に使ったのは、全て甲壱号計画の生き残り達だったか』

レミィ「伍号姉さんを、返して貰うぞっ!」

 常に心に留め置くまでもない、まるで些末な事と思い出したように語るユエに、
 レミィは怒りを込めて叫ぶ。

 だが――

ユエ『返すも何も……返す物など残っていないよ?

   402と弐拾参号で得たデータを元に改良したのが、この403に搭載したシステムだ。
   痛みを感じる要素は不要なのでね、脳全体と神経組織を全摘出した後、
   一部の神経組織と脳組織以外は排除してある。

   そうだね、強いて言えばこのスクレップそのものが伍号の肉体だ』

 ユエは何ら悪びれた風も無く、さも当然と言いたげに言い切った。

レミィ「…………………………………え……?」

 その言葉にレミィは茫然と聞き返す。

 空も目を見開き、スクレップに向き直る。

ユエ『自我を残しておくには何かと面倒なシステムでね。
   自我を残しておいた402の時ように獣型のような汎用性の低い形状にしか作れないのでは意味が無い。
   よって不要な自我を無視できるように、脳と神経の一部だけを利用させて貰う事にしたワケだ』

 雑誌取材に応える技術者の苦労話のように、ユエは感慨深げに語った。

 レミィは愕然とする。

 死んでいた。
 殺されていた。

 弐拾参号を助けた時、一縷の望みを抱いた。

 妹を助けられたのだ。

 姉も……伍号も生きて、助けを待っている筈だ。

 そんな夢を、見ていた。

 だが、現実は、ユエの言葉はレミィの夢を嘲笑う。

レミィ「お前……お前は……ッ!」

 レミィが憤怒の雄叫びを上げようとした、瞬間――


312 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:52:25.30PD5MJK4no (26/35)

?「…………オマエエエェェェェェッ!!」

 ――その正面から、怨嗟の雄叫びが上がった。

 空だ。

 一年と三ヶ月前、かつて上げた雄叫びと同じ、怨嗟と憤怒の雄叫びを、
 喉が裂けるのではないかと思う程の大音声で張り上げる。

 もう、限界だった。

 人を人とも思わず、道具のように使い捨てる所行。

 多くの人々を虐殺したテロリストに与する技術者。

 他人全てを見下し、嘲るような口調。

 まるで自分が神だとでも言いたげな、言外の言動の全て。

 義憤を募らせる空の心のたがを、
 最後の一押しが……大切な仲間の姉を切り刻んで殺したと言う事実が、吹き飛ばした。

空「みんなのために……お前みたいな奴は……イキテチャイケナインダアァァァッ!!」

 空は鬼すら怯ませるかのような形相でスクレップを……ユエを睨め付け、叫ぶ。

 数日前、茜を止めたハズだった。

 怒りや憎しみに身を任せてはいけない。

 それは苦しい事だ、いけない事だと。

 だからこそ、空は憎悪に、憤怒に、自らの信ずべき義憤を乗せる。

 目の前の悪魔を生かしておいてはいけない。

 この悪魔は、きっと繰り返し続ける。

 腕をねじ切り、足を吹き飛ばし、厳重な檻に捕らえようとも、
 利用できる全てを利用し、悪魔の所行を何度でも、当然のように繰り返す。

 それは、空の抱いた直感だった。

 目の前にいる悪魔は、自分が信じた物の対極にいる、と。

 大切な誰かを守りたいと思う人々の盾――その思いを叩き割る鎚。

 大切な誰かのために戦いたいと思う人々の矛――その思いを手折る楔。

 力なき人々のための力――思いのままに力を行使する、傲慢さそのもの。

 善悪の判断を超えた傲慢さを、空は感じ取ったのだ。

ユエ『……まるでケダモノの雄叫びだな、聞くに堪えない』

 空の雄叫びに、ユエは嘆息混じりに返す。

 それを合図に、空は飛ぶ。


313 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:53:03.14PD5MJK4no (27/35)

レミィ「そ、空!?」

 突然の空の突進に、レミィはブースターの点火が間に合わずに愕然とした声を上げる。

 確かに、空は怒りと憎しみにだけ囚われていた訳ではない。

 だが、欠くべきでない冷静さを、確実に欠いていた。

ユエ『システムに頼るまでもないな』

空「ッ!?」

 そして、冷静さを欠いた空の頭に冷や水をかけたのは、冷めきったようなユエの冷静な呟きだった。

 クアドラプルブースターを用いた超高速・超高機動とは比べるまでもない遅さ――
 それでも量産型など足下にも及ばない――では、スクレップを捉える事など出来ず、
 逆に一瞬で回り込まれて背後を取られてしまう。

 姉の死、仲間の絶叫、突然の危機と畳み掛けるような状況に、レミィの対応もままならず、
 その激しい動揺はエールやヴィクセンにも伝播していた。

ユエ『改良すべき点や実戦データで良い物が取れた………。感謝するよ』

 ユエの穏やかな、だが酷薄な声音を伴い、背面で魔力が集束する甲高い音が響き渡る。

 例の極大魔力砲だ。

 回避も、防御も間に合わない。

 空は大慌てで振り返り、最低限の防御姿勢を取ろうとする。

 回避不能の死を目前に、嫌にゆっくりと時間が進む。

 それに伴って、身体が加速して行く意識について行かずに、酷く重く感じた。

空(どうしよう!?)

 臨死の瞬間、空は激しく自問し、そして、自責する。

 どうすれば助かる?

 何で、こんな状況に自らを……仲間達を追い込んだ?

 姉とフェイが繋いでくれた命を、どうして無駄にした?

 どうすれば、仲間達を助けられる?

 どうすれば、あの血の色のような魔力から、仲間を救える?

 意識だけが加速した目まぐるしい思考の中、空は最悪の事態を回避する方法だけに専念する。

 だが、答は見えない。

 そして、集束された魔力が一気に解放された瞬間、全員の息を飲む音が重なった。

 凄まじい魔力の衝撃波がエールHSとスクレップの間で巻き起こり、衝撃の余波が空達を襲う。

 そう、余波だ。

 衝撃波そのものは、エールHSに掠りもしない。

 そして、僅か数秒の衝撃が止むと、エールHSの眼前には、巨大な紡錘形の結界が浮かんでいた。

 この紡錘形の結界がスクレップの極大魔導砲を拡散させ、エールHSを守ったのだ。

 紡錘形の結界を形成していたのは、
 それぞれの頂点を形成する数メートルほどの大きさの細長い飛行物体だった。

ユエ『美しい結界だ……確実に魔力のベクトルを拡散させる鋭角な紡錘形を保ちながら、
   後方のギガンティックに一切の被害を出していないとは』

 必殺の一撃を完全に無効化されたにも関わらず、
 それを為した紡錘形の結界を眺めながら、ユエは感嘆の声を漏らす。

 結界を形成していた飛行物体は、その陣形を崩すとエールHSの頭上に向けて飛んだ。

 空達全員の視線が、その行く末を見つめると、
 そこには全身に輝きを纏った白い躯体の鋼の鳥人――ギガンティックがいた。

 飛行物体はその鳥人型ギガンティックの背面の翼へと連結される。


314 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:54:10.45PD5MJK4no (28/35)

 空達を間一髪で守った結界を作り出したのは、このギガンティックだったようだ。

???『遅れて申し訳ありません、朝霧副隊長、ヴォルピ隊員』

 鳥人型ギガンティックから聞こえた声に、空は驚いて目を見開く。

 だが、間違いない。

 この淡々と落ち着いた、だが、確かな暖かみを感じる声。

 そして、鳥人型ギガンティックが纏った山吹色の輝きは、
 先ほど、クレーストと共に脱出したダインスレフが纏っていた輝きと相違ない。

空「フェイ、さん……? フェイさん!?」

 驚きと喜びと、激しい困惑の入り交じった声で、空が彼女の名前を叫ぶ。

フェイ『はい、張・飛麗、GWF205X-アルバトロスMk-Ⅱ……
    現時点を以て戦列に復帰いたします』

 間違いなかった。

 物言いも、声も、ブラッドラインが放つ山吹色の輝きも。

 そして、彼女が乗るギガンティック……アルバトロスMk-Ⅱもまた、
 瑠璃華が作り上げ、オリジナルエンジン用に調整の施された機体だ。

ユエ『ほう、212の後継機にこちらから奪った6号エンジンを搭載したのか。

   ……私が分解もせずに丁寧に解析を続けた物をアッサリと機体に組み込み、
   ドライバーまで宛がうとは……なかかな剛胆な決断だな』

 ユエは感心したように漏らし、新たに現れたアルバトロスMk-Ⅱを見遣る。

 変形機構らしき部位が各部に散見される機体は、204……
 ヴィクセンMk-Ⅱと同様に鳥型と人型のヴァーティカルモードへの変形機構を搭載していると一目で推測できた。

 人型でも飛行可能なこの機体は、おそらくは中遠距離火砲支援に特化した特性だろう。

 だが、ユエにはそれ以上に気になっている点があった。

ユエ『211の後継機が201とOSS接続可能と言う事は、
   212の後継機であるその機体も201とOSS接続可能と言う事だろう……さあ、どうしてくれる!?

   201とその205の組み合わせか!?
   それとも、201と204、205の三機を接続した形態を見せてくれるのか!?』

 ユエは興奮を隠しきれず、次第に昂ぶって行く声で問いを放つ。

 天童瑠璃華と言う天才が辿り着いたであろう、一つの到達点。

 自らを凡庸とすら評した男は、それを知りたいと言う欲求に抗えなかった。

 だが、逆に空達にとっては好都合だ。

 いくら新型機でフェイが参戦してくれたとは言え、スクレップを相手に勝てるかと言えば難しい。

 ならば出せる最強の手札を……エール・ハイペリオンを超える、新たな力に賭ける他無かった。

 しかし、敵が悠長に合体を待ってくれる保障など無いので、ユエの要求は空達の好機でもあったのだ。


315 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:54:57.06PD5MJK4no (29/35)

空「フェイさん、合体します!」

フェイ『了解しました、モードH-Exへの移行準備に入ります』

 空の呼び掛けに応じ、フェイは愛機を変形させた。

 両腕と両足を折り畳み、人型形態では半分ほどのサイズまで折り畳まれていた翼を最大まで展開し、
 頭部を変形させて巨大な鳥型ギガンティックへと変形し、エールHSの背後へと突進する。

空「モードH-Ex、セットアップッ!」

エール『了解、モードチェンジ、承認!』

 空の音声入力にエールが答えた瞬間、エールの肩、腰側面、脚部側面ジョイントカバーが分離し、
 さらに背面に連結されていたプティエトワールとグランリュヌも再チャージを終えて飛び立ち、
 背後から迫るアルバトロスMk-Ⅱも七つのパーツに分離する。

 巨大な両翼は肩に、展開した胴体は腰部で接続され、エールの胴体部を覆い、
 足が変形した多連装魔導ランチャーが足に、腕の変形した大口径魔導砲が腰へと接続された。

エール『エリアルディフェンダー、
    アクティブディフェンスアーマー、リンケージ!』

ヴィクセン『脚部マルチランチャー、腰部魔導カノン、
      前面部魔導ガトリングガン……接続完了!』

アルバトロス『エリアルディフェンダー、クアドラプルブースター、
       ウイングスタビライザー、完全同期確認しました』

フェイ「トリプルハートビートエンジン……コンディショングリーン」

レミィ「ブラッドライン接続完了、全装備オンライン……異常無し!」

 エール、ヴィクセン、アルバトロスに続き、
 エールのコントロールスフィア内に現れたフェイのクリアな声とレミィの声が続く。

 全ての接続が完了した機体の全身が、眩い空色の輝き出す。

 四基の大推力ブースターと巨大な安定翼、さらに両手に鋭い刃と腰と足に大威力火砲を装備した新たなモードH――

空「エール・ハイペリオンイクス! 合体完了!」

 ――ハイペリオンイクスの完成を、空が高らかに宣言した。

 フェイとアルバトロスを失い、もう二度と日の目を見ないと思われていた、
 空達の新たな力が、今、空達の元へと還った瞬間だった。

 空は左後ろを振り返る。

 そこには、シートに座ったフェイの姿が……九日前と変わらない姿があった。

空「フェイさん……フェイさん……フェイさぁぁん……っ!」

 その姿に、空は目から涙を溢れさせ、感極まった声を上げる。

 偽物ではない。

 今、スフィア内にいるのはアルバトロス内を映した立体映像のような物だが、間違いなく、フェイはそこにいた。

 自分を庇い、愛機と共に爆発の閃光と共に消えた筈のフェイが、そして、彼女の愛機であるアルバトロスが戻って来たのだ。

 思わず飛びつきそうになった空は、そうしようとした寸前、フェイに手で制された。

フェイ「詳しい説明は後ほど……今は敵ギガンティック殲滅が最優先と判断します」

 淡々としながらも力強い声に、空は思わず動きを止める。

 だが、すぐに気を取り直す。

 そうだ。

 感動の再会に浸ってばかりいられる状況ではなかった。

 空は眼前の敵――スクレップへと向き直る。

 今、為すべきは、あの悪意の塊が駆るギガンティックを倒す事だ。

 空は意を決し、ブライトソレイユを構えた。


316 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:55:24.62PD5MJK4no (30/35)

 その背中に、背後から声が響く。

フェイ「……またあなたのお役に立てる機会を得られて、私は幸福です……。
    朝霧副隊長」

空「……はい!」

 背中を押してくれるようなフェイの暖かで力強い声に、空は振り返らずに応えた。

 赦された思いだった。

 あの時、竦んで動けず、フェイに庇われるばかりだった自分。

 その自分と、また共に戦える事を喜んでくれたフェイ。

 胸に暖かな物が広がり、昂ぶり押さえつけ難かったユエへの怒りと憎しみに、
 しっかりとした手綱がかけられた。

 怒りも憎しみも、消えはしない。

 だが、その怒りと憎しみにさらなる火をくべるだけだった義憤が、怒りと憎しみの手綱を握り締める。

 怒りも憎しみも、消え去りはしない。

 だからこそ、義憤の糧とする。

 目の前にいるのは、人を人とも思わぬ傲慢な悪意そのもの。

 フェイの姉妹達の命と身体を玩んだ、憎き仇敵。

 ここで確実に倒さなければ、これからも多くの人々が犠牲となるだろう。

空「レミィちゃん、ヴィクセン、エール……さっきはごめんなさい。
  ワケが分からなくなるくらい怒って、みんなまで危ない目に合わせちゃった……」

 空は悔しさと哀しさの滲む声で漏らす。

 こうして生きていられるのは、フェイが駆け付け、守ってくれた結果論に過ぎない。

空「でも、もう間違わない……だからみんなの力をもう一度貸して!」

 空は力強く言い切る。

 もう憎しみにも怒りにも囚われない。

 それらを、あの悪意を討つ力に変えて、正しく振るって見せる。

 そんな決意を込めて……。

レミィ「バカ……謝るのは私の方だ……。
    もし、空が飛び出さなければ、飛び出していたのは私だ」

ヴィクセン『そうよ……恥ずかしい話、私だってAIなのに冷静さを忘れてたもの』

 そんな空の背に、レミィとヴィクセンが声をかける。

エール<空……僕は、君の翼だ。
    君が望む道を、君が正しいと思う選択を、間違いのない道を進めるように……全力で君を支えるよ>

 そして、エールの声が脳裏に……心に響く。

 空は一度、目を瞑り、溢れた涙を拭うと、万感の想いと共に目を見開く。

空「……行こう! みんな!」

レミィ「了解だ、空!」

フェイ「お任せ下さい、朝霧副隊長」

ヴィクセン『いつも通り、ブースターと機動調整は任せて!』

アルバトロス『火器全般、防御はお任せ下さい!』

エール『空……君は、君の思う通りに!』

 空の声に、仲間達が口々に応える。


317 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:55:51.41PD5MJK4no (31/35)

 一方、ユエはハイペリオンイクスの姿に魅入っていた。

ユエ『以前のモードHとは違い、トップヘビー構造を幾分か解消した構成だな。

   防御時には使えない主翼下部のガトリングの配置を変えた上、
   火器を追加して火力も向上している。

   さらに翼を閉じても機動性を損なわない独立可動式のマルチブースター……良い機体だ。

   だが、自分達で見せた中距離戦を苦手とする点はどう解消しているかな?』

 ユエは朗々と呟きながらも興奮した様子で言うと、ハルベルトシルトのスラスターを噴かして突撃する。

 そして、先ほど空達がやって見せたように、エール・ハイペリオンイクスの周囲を高速で旋回し始めた。

 本来なら防御のために両肩の主翼を閉じる筈だが、エール・ハイペリオンイクスは翼を閉じる素振りを見せない。

空「フェイさん、シールドをお願いします!」

フェイ「了解しました。……フローティングフェザー、テイクオフ!」

 空の指示で、フェイは主翼の裏側に設置された小型モジュールを分離させた。

 数十を超えるモジュールは、先ほど、紡錘形の結界を作り出した飛行物体だ。

 それらがエールの周辺を取り囲み、強力な魔力防壁を作り出す。

 これこそがフィールドエクステンダーの原型となった、エーテルブラッド蓄積型フローティングシールド。

 エリアルディフェンダーとフローティングフェザーだ。

 母機との魔力リンクにより結界装甲を延伸する。

 出力はオリジナルエンジンとの直接リンクにより、設計当初よりも八割以上、性能が向上している。

 ウイングスタビライザーのように開閉式でなくなったため、空戦の安定力が増し、
 さらには障壁を全周囲に張り巡らせる事が可能になったため隙も少ない。

 無論、向上した出力により兼ねてからの懸念であり、
 クアドラプルブースターの機動性向上に任せて解消する筈だった障壁出力の低下も問題無い。

ユエ『ほうっ!?』

 ユエは驚嘆しつつもハルベルトシルトから出力を抑えた魔力砲を放つ。

 だが、それらは全て掻き消されてしまう。

ユエ『小型の随伴兵器でありながらこれほどの高出力、さらに展開の変移性とは!』

 ユエは驚きの声と共に距離を取る。

 出力をセーブしたと言っても、大出力砲の五割ほどだ。

 それ程の威力で連射を可能としたユエも流石だったが、
 それに対応し切った瑠璃華の開発したフローティングフェザーこそ流石と言うべきだった。

 フローティングフェザーは砲撃が直撃する寸前に展開形態を変移させ、
 砲撃の直撃点だけを紡錘形にして拡散させる事で障壁全体にかかる負荷を減らしていたのだ。

空「マルチランチャー、魔導カノン、ファイヤッ!!」

 そして、驚きと共に動きを僅かに止めたスクレップに向けて、空は腰と脚の魔力砲を一斉射する。

 ユエはそれを障壁で防ぐと、距離を取って再度、極大砲撃を放つ。

フェイ「集束します!」

 フェイは一瞬で障壁の展開密度を変更し、先ほどのような高密度の紡錘形障壁で砲撃を拡散させた。

 しかし、防がれるのも承知の上だったのか、障壁を再展開させるよりも先に体勢を整えたスクレップは、
 スラスターを噴かしてエールの懐目掛けて飛び込んで来る。

空「させないっ!」

 空は腹部と胸部に積載された四門の小型魔導ガトリング砲で牽制しつつ、
 クアドラプルブースターを噴かしてスクレップの真上に回り込む。


318 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:56:19.31PD5MJK4no (32/35)

ユエ『ガトリングは威力を下げ牽制兵器として割り切ったか!?
   これが中距離対策と言う事か……!』

 ガトリングによる目眩ましで一瞬、エールを見失ったユエだったが、
 防衛システムが反応してすぐに向き直る。

 振り下ろされたブライトソレイユのエッジと左腕のツインスラッシュセイバーを両腕で受け止め、
 真っ向から組み合う。

ユエ『しかし……こう接近していては強力な火器は使えまい!
   出力、質量共にまだこちらが上……近接戦ではこちらが上手……さあ、どう対処してくれる!?』

 ユエは期待と自信と興奮の入り交じった声で叫ぶ。

 だが――

空「私達の武器は……力は、これだけじゃない!」

 空の声と共にエールの周囲だけに障壁が展開し、
 さらに二機の周囲を、合体直前に分離していたプティエトワールとグランリュヌが取り囲んだ。

ユエ『なんと!?』

 ユエの感心混じりの驚愕の声と同時に、浮遊砲台から魔力砲が放たれる。

 その瞬間、スクレップは全身がビクリと震えるような動きを見せ、直後に動きを止めた。

ユエ『そうか!? こんな欠点があったか!』

 ユエは愕然と漏らしながらも、どこか他人事のような物言いだ。

 そう、ユエの作った防衛システムは、一見して隙は無いように見えた。

 だが、あらゆる攻撃に反応して防御する反面、攻撃中で両腕を使用している場合、
 加えて組み合っている状況では手を離すワケにはいかない。

 その状況での全周囲からの砲撃。

 エール・ハイペリオンイクスは全周囲障壁でそれを防御可能だが、
 自身すら攻撃対象に加えかねない非合理な攻撃に、スクレップの防衛システムは思考の齟齬に陥ったのだ。

 真っ向からの戦闘中、防御しなければいけない攻撃、非合理な攻撃。

 402・スコヴヌングのように恐怖に反応する単純で、ある程度の本能的な対処が可能なファジーなシステムと違い、
 スクレップのシステムは融通が利かなかったのである。

 それが、ユエの気付いた自機の最大の欠点だった。

 そして、全方位からの砲撃を防御できず、特に背面に受けた一撃でスクレップは大きくバランスを崩す。

空「今っ!」

ヴィクセン『ツインスラッシュセイバー、マキシマイズッ!』

 空はブライトソレイユをグランリュヌに向けて放ると、絶妙なタイミングでヴィクセンが最大出力にした
 ツインスラッシュセイバーで、スクレップの両腕を肩の付け根から斬り飛ばした。

 斬り飛ばされた肩の付け根から、鮮血のようにエーテルブラッドが噴き出す。

ユエ『ぅ、おおぉっ!?』

 驚き、興奮、悲鳴、それらの入り交じった複雑な声を上げるユエ。

 攻守一体、さらに高機動のカラクリでもあった最大の武装、
 ハルベルトシルトを腕ごと失ったスクレップは、最早無力な案山子に等しい。

ユエ『素晴らしい! 戦術判断もさる事ながら、素晴らしい機体だ! 最後に良いデータが取れた!』

 だが、その無力な案山子の中で、ユエは満ち足りたような歓声を上げている。

 人を物のように扱う男は、自身の窮地ですら他人事のように叫んでいた。


319 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:57:06.20PD5MJK4no (33/35)

アルバトロス『フェイ、解析結果が出ましたよ』

フェイ「機体内部の魔力反応スキャン……99.78パーセントで
    ブラッドラインと同波長の魔力であると、ほぼ断定可能です。

    また……甲壱号計画で登録された魔力に該当する波長はありません」

 戦闘中に解析を行っていたアルバトロスから渡されたデータを確認しつつ、
 フェイは淡々としながらもどこか哀しげな口調で呟く。

 フェイも、自分が駆け付ける直前までの戦闘中の音声ログは確認していた。

 レミィの姉は、あの中にいない。

レミィ「……そう、か……」

 レミィは悔しそうに呟く。

 ユエの言葉を嘘と思いたかった。

 そう言い聞かせようとしていた。

 戦闘中も、必死に姉の……伍号の魔力を探ったが、その魔力を妹の時のように感じ取る事は遂に無かった。

 もう、全身を切り刻まれ、脳や神経すらも部品として使われた姉は、この世にいないのだ。

 その事を突き付けられ、レミィは唇を噛み締め、必死に涙を堪える。

 だが、抑えきれぬ涙が溢れる。

 ユエはスクレップが伍号そのものだとも言った。

 だが、先ほどシステムエラーを起こしたスクレップが見せた動きは、ルーチンエラーを起こしたAIそのもの。

 そこに人の情や魂など存在しない。

レミィ「……空、頼む……!」

 レミィは絞り出すように、空に語りかけ、さらに続けた。

レミィ「姉さんの……仇……討って……くれぇ……!」

空「……レミィ、ちゃん!」

 悲痛な仲間の声に、空も声を震わせる。

 空はグランリュヌに預けていたブライトソレイユを両腕で再び構え直す。

 そして、バランスを失い、落下を始めたスクレップに狙いを定めた。

 空が魔力を込めると、ブライトソレイユのエッジに七色の輝きが宿り、それはエールを覆う障壁にも伝播して行く。

ユエ『おお……それは……!』

 落下しながらも、ユエはその七色の輝きに恍惚の声を上げた。

ユエ『今一度、その輝きを目に焼き付ける事が出来るのか……!』

 七色の輝きに照らされながら、ユエは熱の篭もった声を漏らす。

 その声は既に自身を他人事のように言う感覚はなく、
 ただただその七色の輝きが自らの身を貫く瞬間を待つ、ある種の殉教者の祈りのようにすら聞こえた。

 空も一瞬、その祈るような声に戸惑いを見せる。

 だが――


320 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:57:36.89PD5MJK4no (34/35)

空「……ッ!? リュミエールリコルヌ……シャルジュウゥッ!!」

 その戸惑いを振り払い、七色に輝く巨大砲弾と化したエール・ハイペリオンイクスと共に、
 空は闇夜を切り裂く流星のように、天を駆けた。

ユエ『ああ……あああああぁぁぁ――』

 歓喜と恍惚の絶叫を上げるユエの声を振り切り、エール・ハイペリオンイクスはスクレップを貫く。

 防御不可能の大威力砲撃砲弾に接触した部位は砕け、
 機体を構成していたマギアリヒトは散り散りになって消え去り、残された部位も爆散して消える。

 コックピット周辺は塵となって消えた。

 ユエも魔力の過剰供給により破裂し、跡形もないほどに消え去っただろう。

 七色の輝きを振り払い、エール・ハイペリオンイクスは廃墟の街へと降り立つ。

 空達の完全勝利だ。

 しかし――

レミィ「………ぅぅ……」

 押し殺したレミィの啜り泣きに、勝ち鬨の声を上げる事は無かった。

 そして、フェイとの再会を改めて喜んでいられる余裕も……。

フェイ「………まだ作戦は終わっていません」

 フェイは僅かに戸惑った後、冷静にそう呟く。

 空は無言で頷く。

 そうだ。

 まだ敵の本拠を落とし切り、掃討が終わるまで、この作戦は終わらない。

レミィ「………っ……ああ……」

 レミィも啜り泣く声を何とか抑え、消え入りそうな声で返す。

エール『機体各部、チェック完了。
    本体ダメージはそう大きくないよ。
    問題なく、戦闘続行可能だ』

アルバトロス『フローティングフェザーのブラッド損耗が激しいので、
       性能は約四割から五割ほどダウンします』

ヴィクセン『ブースターも酷使し過ぎたわね……出力三割カットだけど、なんとか行けるわ』

 自分達のコンディションを確認していたギガンティック達の報告を受け、空は頷く。

 スクレップとの戦闘で無傷ではいれれなかったが、それでも勝利を収める事は出来た。

 後はこの決戦の“詰め”。

 敵拠点と化した旧山路技研を制圧し、大将であるホン・チョンスを確保する事だ。

空「……行こう、みんな!」

 空はそう言うと、旧技研へと振り返る。

 その瞬間、轟音と共に茜色の落雷が見えた。

第21話~それは、燃えたぎる『憎しみの炎にも似て』~・了


321 ◆22GPzIlmoh1a2015/02/28(土) 19:59:19.25PD5MJK4no (35/35)

今回はここまでとなります。
フェイ生存の理由(手段)に関する説明は、もしかすると次々回にもつれ込むかもしれませんorz


322以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/03/01(日) 22:17:32.18ROMmAMlH0 (1/1)

乙ですた!
おお…フェイさん、生きてたー!良かったー!!
そして、アッカネーン救出♪ 
いよいよの決戦ですが、ユエ謹製の404が如何なる性能を持つのか…今回の403・スクレップの高性能振りと、その外道な構造を思えばさらに色々ありそうな…?
ユエ本人も、出撃前のセリフからすると、まだ色々ありそうな雰囲気ですね。
ともかくこれで、全力&万全の闘いが可能になった空たち、次回も楽しみにさせて頂きます!


323 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/02(月) 20:18:03.16AKkAE1Pzo (1/1)

お読み下さり、ありがとうございます。

>フェイさん、生きてたー!
あれだけ空の心情を書き込み、お姉ちゃんと同格扱いまでしたのにどっこい生きていた、と。
正直、あの辺りを書きながら「生きてるんだけど、どうしよ……」と困惑していたのは内緒です。
フェイが生き残れた理由に関しては次回以降に語れる筈です。
さすがにコレは劇中で解説せねばならん事ですので……。

>アッカネーン救出♪
救出(腕を切断していないとは言っていない)。

>404
ティルフィングは可能な限り正攻法のハイパワータイプの大型ギガンティックを予定しています。
現状、未登場の400がダインスレフのプロトタイプ兼エンジン試験機、401・ダインスレフが正式量産試作機、
402・スコヴヌングが脳波コントロール試験機、403・スクレップが兵装兼ダブルエンジン試験機となっています。
そして、404は既に劇中でも言及されているようにトリプルエンジンを搭載した機体となっております。

>ユエ本人@色々ありそう
ユエ本人はリコルヌシャルジュの直撃で破裂してしまいましたが、彼の計画は今も継続中です。
その計画を引き継ぐのが誰なのかは、また彼の計画が次の段階を迎える時までお待ち下さい。

>全力&万全の闘いが可能になった
仲間達も全員復帰し、今回で全機がオリジナルエンジン搭載機になり、全機稼働状態になりましたからね。
ただ“飛べる、合体できる、相性最高”のエールがいる現状、
予備機同然のクライノートにお呼びがかかるのか、って状態ですがw

>次回
さーて、次回の魔導機人戦姫は

茜、気絶する(予定)
ホン、漏らす(予定)
空、台詞無し(予定)

の三本です。


324 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:15:52.89nXiWmAUYo (1/37)

最新話の投下を始めます


325 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:16:43.25nXiWmAUYo (2/37)

第22話~それは、振り切られた『忌まわしき十五年』~

―1―

 7月17日、午後一時前。
 旧技研中枢、ユエの研究室奥――


 ベッドの上で胡座をかき、踵の間で挟んだ鋭利なナイフを見下ろす茜。

茜「ッ……ハァ……ハァ……」

 その息は荒く、額には冷や汗が浮かんでいる。

 茜は今から、このナイフの切っ先に自らの手首を叩き付けようとしていた。

 理由は、両手に嵌められた魔力抑制装置を取り外すため。

 手首にほぼ密着する構造のリングを外すため、茜は両手首の切断と言う最終手段に出ようとしていた。

 出血を最低限に抑えるため、左右共に各二箇所で痛いほどきつく結んだシーツのお陰で、
 そろそろ腕の感覚が麻痺して来ている。

 もう、迷っていられる余裕は無かった。

茜「……ままよっ!」

 茜は意を決し、振り上げた右腕を勢いよく振り下ろした。

 だが――

???「お待ち下さい!」

茜「ッ!?」

 その行為を咎める鋭い声に、茜は全身をビクリと跳ねるように震わせる。

 身体を震わせたせいか、ナイフの切っ先に向けて振り下ろす筈だった右腕は踵の真下、
 股ぐらの辺りに落ちていた。

 踵同士がずれたせいでナイフもつま先側に倒れており、茜の身体には一切の傷が無い。

 と、不意に茜の傍らに軽金属製の鉄格子が落ちて来た。

茜「な……っ!?」

 突然の展開に驚きの声を上げかけた茜だが、何とか“これ”を耐えきる。

 だが、次の“それ”は耐える事が出来なかった。

 ばたり、と鈍く大きな音を立てて、鉄格子の上に何かが落ちて来たのだ。

茜「ッ!?」

 息を飲み、突然の事態に茜はベッドから飛び上がり、ナイフを構えて臨戦態勢を取る。

 そして、落ちて来た物体が何か、詳しく確認しようとした。

 だが、それがいけなかった。


326 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:17:17.55nXiWmAUYo (3/37)

 落ちて来たのは、人間の上半身だ。

 そう、上半身。
 下半身は無い。

 長い髪の……恐らくは女性と思われる人間の、上半身。

茜(まさか……死体!?)

 恐怖よりも、敵地に於いて死体に遭遇すると言う異常事態に、何事かと警戒の色を強める茜。

 だが、真に……さらに驚くべき事は、その直後に起きた。

???「ぅ………」

 死体と思っていた上半身から小さな呻き声が上がり、動かぬとばかり思っていた腕が茜に向かって伸ばされる。

 死体は顔を上げ、乱れた髪がかかった顔の、その髪の隙間から爛々と輝く目が覗く。

茜「………………は…………?」

 茜は思わず、キョトン、とした声を上げた。

 ここで思い出して欲しい。

 遡る事、約三週間前となる先月24日。

 ロイヤルガードから出向して来た職員達を歓迎しようとした歓迎会の会場に入った茜は、
 空達三人の正面左右からの唐突なクラッカーに驚いて可愛らしい悲鳴を上げた。

 さらに同日同時刻、不在の瑠璃華からのプレゼントとして送られた箱から飛び出した、
 クレーストのドローンに驚いて、やはり可愛らしい悲鳴を上げた。

 お気付きかもしれないが、本條茜と言う少女は、決して臆病でない……
 とは言い切れない、むしろ恐がりな性分の少女だ。

 幼い頃に父を亡くし、愛する夫を失って傷付いた多忙な母に、
 十分に甘える事が出来なかった寂しい幼少期の反動もあろう。

 唐突に鉄格子――おそらく、天井付近の換気口の物だろう――が外れ、
 上から上半身だけの死体が落ちて来た時に悲鳴を抑えられただけでも、
 彼女としては及第点……いや、むしろ評価・優を戴いても良い程だったのだ。

 その上半身だけの死体が呻き、手を伸ばし、乱れた髪の隙間から爛々と輝く目が覗くなど、
 妖怪変化の類が目の前に現れたら――

茜「……………………………ひゅぅ……」

 ――おかしな声と共に白目を剥いて倒れると言う、
 彼女の名誉を著しく損なう事態になったとしても、どうか、こう言って欲しい。

 “悲鳴を上げないだけ、頑張った”と。

茜(て、テケテケ……)

 茜は幼少のみぎりにイタズラ好きの兄貴分に見せられ、
 水分たっぷりの世界地図を描く羽目になった都市伝説書籍の内容を思い出しながら、気を失った。

茜「ポマードポマードポマードポマードポマー……」

 間違った対処法を譫言のように呟きながら……。


327 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:17:53.69nXiWmAUYo (4/37)

 それから僅かに時間は経過して……。

???「……い長。……う隊長。……本條小隊長」

茜「ん……ぅ、ぅん……?」

 頬を軽く叩かれながら名前を呼ばれ、茜は身じろぐ。

 そして、即座に意識は覚醒し、直前の状況を思い出して飛び起きる。

茜「て、テケテケは!?」

 慌てて辺りを見渡すが、上半身だけの女性らしき物体はいない。

 代わりに、いつの間にかベッドに寝かされていたらしい自分の傍らには、よく見知った顔があった。

???「テケテケ……旧日本に都市伝説的に伝わる妖怪ですね。
    そう言った存在は確認されていません」

 フェイだ。

茜「……何だ、そうか……すまないな。
  どうやら追い詰められて居もしない幻覚を見ていたようだ」

 フェイの言に、茜は安堵の溜息を洩らすと、苦笑いを浮かべて返す。

 が、不意の違和感に気付き、一瞬、視線を外してからもう一度、傍らの女性を見遣った。

 間違いない、フェイである。

 しかも、ドライバー用のインナースーツまで着ているではないか。

茜「ふぇ、フェイ!? 何でこんな所に……それに生きていたのか!?」

 茜は素っ頓狂な声を上げて、フェイの肩を掴む。

フェイ「躯体の消滅を人間の死に当て嵌めるべきならば、一度、死んだと言うべきでしょうか?」

アルバトロス『フェイ、それでは伝わりませんよ?』

 淡々としながら思案げに呟いたフェイに、アルバトロスが窘めるように言った。

 だが、フェイの手首にはアルバトロスのギア本体は無く、彼女の声もフェイの内側から響いたように聞こえる。

茜「アルバトロスも一緒か!? そうか……理由はどうあれ生きていたんだな……」

 しかし、茜は驚きが勝っていたのか、その事に気付いた様子はなく、ただただ安堵の溜息混じりに呟くばかりだ。

 気を取り直し、茜は据え置き型端末に表示された時刻を確認する。

 時刻は既に十三時半。

 あれから一時間以上、気絶していたようだ。

フェイ「魔力抑制装置を取り付けられていたようなので、
    差し出がましいようですが、私の判断で外させていただきました」

茜「そうか、どうりで……お陰で随分と身体が軽く感じる。ありがとう、フェイ」

 茜はベッドから立ち上がると、改めて状況を確認する。

 フェイが両腕の魔力抑制装置を解除してくれたお陰と、一時間以上気絶していた事で随分と魔力が回復していた。

 やはり、魔力回復には睡眠が一番と言う事だろう。

茜(魔力は……おそらく半分強、三万そこそこまで回復したと思っていいな)

 武器もギアも無いが、これでも本條本家の人間だ。

 剣術だけでなく、体術や槍術にも通じている。

 兄・臣一郎ほどではないが、魔力さえ使えれば徒手空拳でもテロリスト如きに遅れを取る事はない。

茜「ついでだ……念のために武器も調達しておくか」

 茜は部屋の片隅にあったハンガーレールを取り外し、炎熱変換した魔力を込めた手刀で適度な長さに切り裂く。

 竹竿槍ならぬ鉄竿槍だ。

 これでクレーストの元に辿り着くまでの武装は確保できた。


328 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:18:33.97nXiWmAUYo (5/37)

 そして、外――研究室――の様子を窺おうと、ドアノブに手を掛ける。

 だが、動かない。

茜「ん? ……鍵がかかったままだと?」

 茜は怪訝そうに幾度もドアノブを捻るが、完璧にロックされているのか微動だにしない。

 この鍵は研究室側からかけられており、また、鍵そのものも研究室側にしかないので、
 こちら側からでは施錠も解錠も不可能となっている。

 仮にフェイが研究室側から入って来たとしても、この扉を施錠する事は出来ない筈なのだ。

茜「フェイ? お前はどこから入って来たんだ?」

 茜はフェイに向き直り、怪訝そうに首を傾げた。

 フェイの身長は自分よりもやや大きい。

 茜自身、何度も試した事だが、自分の体格では換気口を通って排気ダクトに入る事は出来ないので、
 フェイもここからの出入りは不可能となる。

 だが、フェイは換気口を指差し“あちらから侵入させていただきました”と丁寧に説明した。

茜「へ?」

 茜は理解できず、首を傾げるが、フェイの説明はさらに続く。

フェイ「私では少々、排気ダクトを通るのに無理がありましたので、
    腹部から下を切り離し、ダクト内を横這いになるようにして移動を……」

 フェイがそこまで説明した時、茜は思わず、彼女の肩を再び掴んでいた。

茜「さっきのテケテケはお前かぁぁっ!?」

 そして、ガクガクとフェイの身体を前後に揺らす。

フェイ「本條、小隊長、この、行動の、意味の、説明を、要求、します」

 激しく前後に揺すられながらも、フェイは淡々と、途切れ途切れに尋ねた。

茜「はぁ……はぁ……」

 気絶からの寝起きで、事態が急展開を迎える中、何とか混乱から立ち直った茜は肩で息をする。

茜「まったく……よくあの状態から回復できたな……」

 茜は気絶する直前に見たテケテケ……もとい、フェイの姿を思い出しながら、疲れ切ったように漏らした。

フェイ「回復のためにそちらのロッカーと、ロッカーの中身を構成していたマギアリヒトを緊急で収集しました」

 フェイはそう言って視線で茜を促す。

 確かに、気絶直前まであった無数のロッカーが、よく見れば半数にまで減っている。

 これはロッカーとその中身を構成していた際のマギアリヒトの密度が、
 フェイを構成していた密度よりも大幅に小さかったためだ。

 マギアリヒトはさまざまな構造体に変化し、その重量も変化する。

 正味百キロ相当のロッカーと内容物を使っているからと言って、フェイが下半身だけで百キロもあるワケではない。

 閑話休題。


329 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:19:01.12nXiWmAUYo (6/37)

 ともあれ、茜は気を取り直す。

茜「フェイ……取り敢えず、脱出前にそこにある端末から、私が作成したファイルを抽出しておいてくれ。
  色々と必要な情報が詰まっている」

フェイ「了解しました」

 気を取り直した茜の指示に頷いて、フェイは端末からファイルの抽出を始めた。

 テキスト量は多いが、ファイル自体はそう大きな物ではない。

 セキュリティ優先度が高い、テロとの横の繋がりを示すデータを関連付けたデータベースと、
 茜自身の報告書の複合ファイルだ。

フェイ「内部メモリへの保存完了しました」

茜「早いな……よし、もう長居は無用だな。
  この扉を破って脱出しようか」

 フェイが向き直ると、茜は抑揚に頷いてそう言うと、扉の向こうの魔力を探る。

 十秒ほど様子を見るが、自分たち以外の魔力は感じられない。

茜「……よし!」

 茜は意を決し、身体強化で筋力を高め、ドアノブごと物理錠をねじ切る。

 ガチンッ、と言う鈍い音と共にドアノブは破壊され、
 軽く指先で押しやるだけで扉その物は音もなく開かれた。

 魔力を探った時に感じた通り、研究室内にユエの姿は無い。

 だが、ギアによる欺瞞映像は生きているらしく、
 この部屋の監視カメラの映像には、今も精神操作を受け続ける茜の姿が映し出されている。

フェイ「これが件の偽の監視映像ですね」

 内容を確認しながらファイルを抽出していたフェイは、
 その映像が意味する事を悟って確認するかのように呟いた。

茜「あまりいい気分はしないがな……。
  ………外も静かだな? どうなっているんだ?」

 肩を竦めて溜息混じりに漏らした茜は、
 外の通路を映した監視カメラに何も映っていない事に気付き、怪訝そうな表情を浮かべる。

 ホンの居る謁見の間まで連行される際に確認した際、
 この周辺区画に監視の人間がいないのは知っていたが、今は監視用のドローンすらいない。


330 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:19:39.93nXiWmAUYo (7/37)

フェイ「私がこの部屋に来たのと前後して、何らかの変化があったようですね」

 フェイはそう言うと、
 “換気口からは一定の位置で監視待機する数体のドローンが見えたのですが”と付け加えた。

茜「何らかの変化、か……」

 その言葉を反芻した瞬間、不意に茜の脳裏をユエの顔が過ぎった。

 確かに、彼ならば突拍子も無い事をやりかねない可能性はあるが、今回の行動が彼に何か利するとは考えにくい。

茜(奴が何かを仕掛けたのか……? いや……考えすぎか?)

 茜は眉間に皺を寄せ、奇妙な不快感を覚えながら考えを巡らせる。

 ミッドナイト1の事やホン達を裏で操っている事を思えば、
 人を人とも思わない節があるのは十分に理解できた。

 だが、その一方で自分を――軟禁はしたが――客として丁重に扱うような一面も見せたのだ。

茜(結局、奴と言う人間は最後まで理解も出来なかったし、正体も掴めなかった……。
  だが、ホン達の背後関係は丸裸に出来るだけの情報は手に入った……。

  十二分とは言えないかもしれないが、この事件は十分に解決できる……そうだ)

 茜は心中で独りごちながら、自らにそう言い聞かせる。

 60年事件を始め、多くのテロ事件を主導、煽動して来た黒幕としての報いは彼自身が必ず受けるべきだ。

 その方法が、法の裁きを受けて罪を償う方法でも、誰かの手によって裁かれて命を終えるのでも構わない。

 しかし、茜はそう考えながらも釈然としない思いを抱えていた。

 軟禁状態とは言え、彼の手で庇われていた事実。

 ホン親子を煽動し、60年事件を引き起こした真相。

 返しきれない大きな恩もあれば晴らしても晴らし切れぬ恨みもある。

 恩を仇で返すかと言えば口を噤まざるを得ないし、
 罪人に情けをかけるのかと言われればそうでないと本心から言い切るのも難しい。

 多感な十代の少女には、まだ、その全てを割り切る事は難しかった。

茜「とにかく、先ずはクレーストと――」

 ――合流しよう。

 茜は迷いを振り切るようにそう言いながら、次のドアを破ろうとしたその瞬間。

 とすっ、と小さな物が落ちた時のような軽い音が、先ほど後にしたばかりの部屋から聞こえた。


331 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:20:18.20nXiWmAUYo (8/37)

茜「ッ!?」

 茜は息を飲み、フェイと視線を交わして頷き合うと即座に奥の部屋へと舞い戻る。

 すると、先ほどまで気絶した茜が横たわっていたベッドの上に、小柄な女性がいた。

茜「い、市条さん!?」

美波「おぅっ!? アカネニアンったら既に脱出準備済み!?」

 驚きの声を上げた茜に、小柄な女性……市条美波も驚きの声を上げる。

 どうやら、あの軽い音は美波が静かに着地した際の音だったらしい。

 魔力である程度の体重を軽減してゆっくりと降りたのだろう。

 いくら小柄な美波とは言え、あそこまで軽い音では済まない。

 ともあれ、美波の本来の所属が諜報部である事を知っていた茜の驚きも、そこまで大きくはない。

茜「再会早々ですが、アカネニアンも止めて下さい……」

 見知った人物との、比較的、普通の再会に茜は安堵混じりに漏らす。

 元ネタは三銃士のダルタニアンあたりだろうか?

美波「むぅ……お姉さんもそろそろネタ切れなんだけどなぁ?
   もう空っちみたく、茜っち辺りで妥協するしかないかぁ」

 美波も美波で、茜の様子から彼女が無事であると確信できたらしく、
 僅かばかりの安堵混じりの溜息を洩らしながら呟いた。

 茜の隣で身構えていたフェイも、構えを解いて美波の元に歩み寄る。

フェイ「お久しぶりです、市条隊員」

美波「あ、久しぶりフェイフェイ………………フェイフェイ!?」

 再会の言葉を呟いたフェイに、いつもの調子で返そうとした美波は、
 ベッドから降りようと逸らしかけた視線を、驚愕の声と共にフェイに向き直った。

美波「ウソ!? マジで!? 幽霊とかじゃないのよね!? え? 足本物!?」

 美波はベッドから慌てて飛び降りると、フェイの足もとにしゃがみ込み、
 彼女の足をまさぐり、その感触を確かめ始めた。

美波「足……ある?」

フェイ「先ほどまでありませんでしたが、再構築しました」

 何処か納得しきれない様子の美波に、フェイは淡々と解説する。

 しかし、美波は“先ほどまでありませんでした”と聞き、何を誤解したのか慌てて飛び退く。

 諜報部だけあって、見事な跳躍だ。


332 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:20:50.71nXiWmAUYo (9/37)

茜「わざわざ誤解を招くような言い回しをするんじゃない……まったく」

 その様子に茜は呆れたように溜息を吐く。
 フェイが助かった経緯については詳しく聞いていないが、感じる魔力と独特の無感情を装っている様、
 そして何よりアルバトロスと共にいる所から、彼女がフェイ本人なのは疑いようがない。

茜(敵地で緊張感の無い……)

 自分はフェイを妖怪の類と勘違いして気絶した事を棚に上げ、茜は心中で呆れ果てたように独りごちる。

 だが、お陰でユエに対する迷いも棚上げする事が出来た。

茜「とにかく、今はクレーストとの合流と脱出が優先。
  ……それでいいですね、市条さん?」

美波「あ、うん……そうだね」

 茜の質問で、何とか気を取り直した美波は、僅かな思案と共にギアに視線を向ける。

 この三人の中で、装備が一番整っているのは突入部隊の人員である美波だ。

 状況如何では愛器の魔導装甲も展開できる。

美波「フェイフェイの装備は?」

フェイ「現状、アルバトロスとコアを共有している状態のため、
    通常戦闘は可能ですが、魔導装甲は展開できません」

 美波の質問に、フェイは淡々としながらも申し訳なさそうに言って、僅かに目を伏せた。

茜「私も戦闘は出来ますけど、武器はコレだけですね」

 茜もそう言って、鉄竿槍を軽く振って見せる。

美波「ん~……三人がかりなら強行突破も十分っちゃ十分だけど……」

 美波は思案気味に呟き、時刻を確認する。

 作戦開始からそろそろ二時間。

 もうじき、各所に仕掛けられた爆薬による陽動が始まる頃合いだ。

 既に思念通話で、茜の保護……合流と、三〇二を確認し、それがフェイだと言う事は伝えた。

 茜よりも先にハートビートエンジン6号の所在も確認され、
 陽動の爆弾が起爆する直前までに格納庫へ運ばれる手筈となっている。

美波(タイミングを揃えて移動した方がいいわね。
   三人も固まって動いていたら見過ごしては貰えないだろうし)

 情報を整理しながらその結論に達した美波は、自ら納得したように小さく頷く。

美波「うん、もうちょっとしたら陽動が始まるから、それに合わせて動きましょ」

茜「分かりました。そう言う判断は専門家にお任せします」

 頷いて自信ありげに言った美波に、茜も笑みを浮かべて応え、フェイも無言で頷いた。

 茜の言葉通り、敵地からの脱出と言う状況の専門家は、諜報部の美波だ。

 確実に脱出するためにも美波の判断に従うべきだろう。

美波「じゃああと五分したら出ましょ。

   最短ルートはマッピング済みだから私が前衛で先導、
   フェイフェイと茜っちは後衛で、茜っちには背後も気にして欲しいんだ」

 説明を始めた美波に、茜は“殿ですね”と自らに課せられた役目を確認する。

 美波は首肯すると、ギアを起動し空間上に立体映像のディスプレイを出現させた。

 カウントダウン方式で残り十分足らずの時間が表示されている。

美波「この時計が残り五分になったら退避開始。一気に格納庫を目指すわよ」

 美波がそう言うと、三人は頷き合う。

 僅かばかりの緊張が漂う時間は、実際の時間以上に長く、だがあっと言う間に過ぎ去る。


333 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:21:31.49nXiWmAUYo (10/37)

美波「……よしっ、行っくわよ~!」

 美波は力強く声を弾ませると、外に魔力が感じられない事を確認し、
 ユエの研究室から飛び出した。

 だが――

美波「……あ゛っ!?」

 部屋から飛び出した直後、僅か数メートル離れた位置に立つ、
 四体のドローンに護衛された男の姿に、美波は素っ頓狂な声を上げる。

??「何だ貴様は? ユエの助手か?
   それとも、貴様がユエの言うミッドナイト1とか言う人造人間か?」

 ドローンに護衛された男の尊大な口調に、美波は思わず唖然としかけたものの、すぐに気を取り直す。

 魔力は、かなり注意深く探れば僅かばかり……本当に僅かな量を感じなくも無いが、
 扉越しでは気付きようが無いレベルだ。

 ドローンもバッテリー式だが、魔力バッテリーは使われておらず、
 電気式の旧式を外見だけ新型にした物で、やはりこちらも魔力を感じない。

茜「ほ、ホン・チョンス!?」

 一向に出入り口から動こうとしない美波を訝しく思い、状況を確認しようと顔を出した茜は、
 その男の顔を見るなり驚きの声を上げた。

 謁見の間などと名付けられた趣味の悪いシェルターに引きこもっていた男が、
 ドローンを護衛につけているとは言え外に出ている事実に加え、
 脱出のタイミングに鉢合わせると言う偶然による二重の驚きだ。

 しかし、驚いたのはホンも同じだった。

ホン「貴様!? ……そうか、ユエの洗脳が終わったのか。
   それでその人形と一緒に出て来たのだな。

   ふむ……俺の前に跪く事を許し――」

 ――許してやろう。

 と、でも言うつもりだったのだろう。

 だが、気を取り直したホンがその言葉を言い切る前に、茜は動いていた。

 魔力で硬化させた鉄竿槍を二突きし、一度に二体ずつのドローンを破壊する。

 ホンには一切の脅威も戦闘力も無く、先んじて護衛を破壊した方が効率的だからだ。

 尊大で下卑た笑みを浮かべていたホンは、風が通り抜けたようにしか感じなかっただろう。

美波「うわ~お、はっや~い」

 神業的な茜の動きを、美波は茶化すような歓声を上げた。

 どうやら美波も飄々とした冷静さを取り戻したようだ。

 だが――

ホン「……ひぃやああぁぁぁぁっ!?」

 ホンは一拍以上の間を置いて、恐怖で顔を引き攣らせ、意味不明な悲鳴を上げていた。

 どうやら茜が敵のままである事に気付いたらしい。

 彼の醜態を弁護するなら、自らの忠臣であり全幅の信頼の置ける男と思っていたユエが
 自分を謀っているなど露とも知らず、茜が洗脳されていないとは思いも寄らなかったのだ。

 事実、彼は今もユエが“洗脳をしていない”のではなく“洗脳に失敗した”のだと思っていた。


334 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:22:11.69nXiWmAUYo (11/37)

茜「フッ!」

 茜は破壊したドローンから鉄竿槍を抜くと、ホンの頭部に向けて其れを薙ぐ。

 脅威は無いが昏倒させておくべきだろう。

 人質程度の役には立つかもしれない。

 しかし、茜の鉄竿槍がホンの頭部を叩こうとした瞬間、ホンの頭はそこにはなかった。

 頭が消えたのではない。

ホン「あ、ひゃぁはぅ……」

 茜が槍を薙ぎ払う前に腰を抜かし、その場に尻餅をついたせいだ。

 達人的な速度で放たれた茜の攻撃を、ホンは運だけで紙一重の回避をして見せたのである。

茜「ッ!?」

 思わぬ偶然に茜も息を飲む。

 だが、直後の彼の醜態に、茜は眉を顰める。

ホン「ひぎ、ぁ……」

 恐怖で顔を歪め、涙を溢れさせたホンは、恐怖の余りに失禁していた。

 命を狙われる。

 その危険性を感じてはいても、本当に命を狙われる事など今までに無かったのだろう。

 無論、茜はホンを気絶させようとは思っていたが、殺すつもりなど毛頭なかった。

 だが、温室で温々と育った虚像の皇帝には、それだけで十分な脅威だったのだ。

 敵意を向けられた事もあるし、反撃された事もある。

 だが、それは須く嫉妬や、か弱い側女達による無力な物ばかり。

 力ある者から攻撃されたのは、本当に初めての経験だった。

茜「………死にたくなければ、あの箱の中に閉じこもって逮捕される瞬間を待つんだな」

 不倶戴天の仇敵の、あまりにも情けない有様に、茜は嘆息混じりで呆れたように言い放つ。

 不格好な鉄竿槍を腰に据え直し、一切の構えを解いて踵を返す。

 こんな無力な男でも、一応はこのテロリストの首魁だ。

 相応しい裁きの場がある。

 下手に動かれて死なれては困るのだから、あの防備の整ったシェルターの中にいて貰った方が都合が良い。


335 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:22:44.59nXiWmAUYo (12/37)

美波「いいの? 茜っち、あの人、そのままにしておいて」

 美波は、茜とホンを交互に見遣りながら怪訝そうに尋ねる。

茜「ええ……放っておいてもどうせ何も出来ません。

  脱出時の人質にしようと思いましたが……。
  あの男のやり方は回りの恨みを買ってばかりでしょうし、
  これ幸いと的にされても困りますから」

 茜は肩を竦めて呟く。

 彼我の距離は五メートル足らず。

 戦闘なら中近距離や急接近の攻撃を警戒して気の抜けない距離だが、
 腰を抜かして泣きじゃくり、失禁している男に戦闘力などあろう筈も無い。

 仮に、おおよそ戦闘に向かないヒラヒラとした服のどこかに、
 骨董品のような火薬式拳銃が隠されていたとしても、
 ホンがそれを撃てるとは、茜には到底思えなかった。

茜「連れて行かずにシェルターに入って貰っていた方が、後々で面倒が無くて良いです」

 茜はそう言い切ると、美波とフェイを促し、その場を立ち去った。

 余計なタイムロスのお陰で一分ほど無駄にしてしまった。

 陽動の爆発に巻き込まれる前に、格納庫へ向かった方が良い。

 そうして茜達が立ち去ると、ホンはようやく命が助かった事を悟り、泣きながら安堵の表情を浮かべる。

 だが、すぐに怒りが湧き上がる。

ホン「放って……おいても……何も……出来ない……だとぉ!
   ……面倒が……無くて……良い……だとぉ……!?」

 ホンは俯き、怒りの形相で声を震わせた。

 まだ恐怖が抜けきらないのと、抑えきれない怒りで、声の震えはどこかたどたどしさを感じさせる。

 茜の言葉は、決して他意あっての物では無かった。

 テロリストの首魁に逮捕前に死なれて困るのは警察組織に携わる者としての本音だ。

 事実、ホンをこのまま人質として連れて行けば、足手まといにしかならない上に的にされてしまう。

 だが、皇帝と言う虚像にしがみつくだけの虚栄心の塊だったホンの、
 ちっぽけなプライドを粉々にするには十分だった。

ホン「殺す……殺してやるぞぉぉ……あの女ぁぁぁっ!」

 ホンは震えながら、悔しさと憎しみを込めた怨嗟の声を吐き出す。

 その涙で濡れた目には、明らかな殺意と復讐の色が宿っていた。


336 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:23:31.75nXiWmAUYo (13/37)

―2―

 ホンを置き去りにした茜達は、警備らしき兵士とドローンを討ち破り、格納庫へと飛び込んだ。

 ほぼ全ての機体が出撃した後で、今、この場に残っている機体は損壊の激しい機体や、
 決戦に向けて修理を急いでいる物ばかりである。

 数は十機も無い。

 その中の一機に、茜の愛機――クレーストもあった。

 囚われた時と同様、格納庫の壁際の目立つ位置に鎮座している。

 整備は行われていたのか、遠目にも新品同然と分かる程だ。

茜(古い設備とは言え、流石は旧山路技研か……。
  時間さえかければオリジナルギガンティックの整備くらいは出来るワケだな)

 茜はその様子に独りごちる。

 問題は損耗してしまったブラッドだが、そちらは大丈夫だろうか?

美波「茜っち! クレーストまで走って!
   フェイフェイは私と一緒にこっちだよ!」

フェイ「了解です、市条隊員」

 二人に指示を出した美波は、フェイと共に整備中のダインスレフに向けて駆け出す。

 片腕が無いようだが、脱出するだけならアレで十分だ。

茜「二人も気を付けて!」

 茜はフェイと美波の背中にそう声をかけると、鉄竿槍を構え直し、愛機に向かって駆け出す。

 格納庫内で控えていた警備兵が気付いたのか、自動小銃型ギアを構え、無数の魔力弾をばらまいて来る。

茜「その程度!」

 茜は片腕に魔力を集中し、やや雑だが分厚い魔力障壁を作り出してそれらを弾き返す。

 進路上の敵を槍で薙ぎ払い、一直線にクレーストを目指した。

 正に弾丸……いや砲弾の如き凄まじさだ。

 ハンガー脇まで辿り着いた茜は、即座に周囲を確認する。

 このままエレベーターを使えばハッチまで一直線だが、その間はずっと銃撃に晒される事になってしまう。

 茜はエレベーターから唯一、死角になっていない場所に立つ兵士を見つけ出すと、
 そこに向かって鉄竿槍を放り投げる。

 旋回する鉄竿槍は兵士に直撃した。

 直前にガードしたようだが、魔力を込めて投げられた鉄竿を防ぎ切る事が出来ず、
 兵士はその場に昏倒する。

 一人を倒した所で銃撃は続いているようだが、場所を変えて撃つと言う発想は無いようだ。

茜「訓練はされているが、状況に対応し切れていないようだな……」

 茜はエレベーターのパネルを操作しながら、安堵と呆れ交じりに呟く。

 対処訓練は幾分かしているようだが、状況が限定されていたり、
 練度を高める意味が無い訓練ばかりなのだろう。

 二十一世紀初頭には、出資者となる国の特殊部隊が兵士達に訓練を施すなどして
 テロリスト達との利害関係を築き、間接的に敵対国への当て馬にしていたとも言うが、
 ここの連中には出資者はともかく、訓練を施してくれる特殊部隊などいない。

茜(この程度の連中を野放しにしていたなんてな……)

 茜は悔しいやら情けないやら、複雑な思いで短い溜息を洩らした。

 だが、ここの戦闘が片付けば、野放しにするために裏工作を行っていた出資者を一網打尽に出来る。

 事件解決まで後一歩なのだ。


337 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:24:10.00nXiWmAUYo (14/37)

茜(ここまで来たら、もう迷っている暇も無いな)

 茜は一瞬だけ脳裏を掠めたユエの事を、思考の奥へと追い遣り、
 ようやく上がりきったエレベーターからクレーストのハッチへと向かった。

 即座にハッチを開き、コントロールスフィア内に駆け込むと、
 まとめた髪の中から物理錠を取り出し、隠し収納の中からクレーストのギア本体を回収する。

クレースト『茜様、ご無事ですか?』

茜「ああ……暫く湯浴みが出来ていない事を除けば、それなりにベストコンディションだ」

 ギアに魔力が通うなりどこか慌てた様子で声を掛けて来たクレーストに、茜は敢えて冗談交じりに返した。

 クレーストも、主の言葉を信用していないワケではないが、茜のフィジカルコンディションを確認し始める。

 確かにコンディション上は問題無いようだ。

茜「すぐにこの場を脱出するが、行けるか?」

クレースト『……はい、どうやらブラッドも交換されているようです。
      今すぐにでも動けます』

 茜の問い掛けにややあってから応えたクレーストは、そう言うと自身の身体――ギガンティック本体――を起動した。

 各部のブラッドラインに茜色の輝きが灯る。

 武装は先日、ミッドナイト1の駆るエールとの戦闘で戦場に落としたままだ。

 だが、丸腰でも十分に戦う術はあった。

茜「クレースト、魔力を腕部側面に集束! 手刀で戦うぞ!」

クレースト『畏まりました、茜様』

 茜の指示にクレーストが応えると、その両腕に集束魔力刃が発生する。

フェイ『本條小隊長。こちらも機体の奪取に成功しました』

 直後、フェイから通信が入り、一機のダインスレフに山吹色の輝きが宿った。

 予定通り、隻腕のダインスレフを奪取し、フェイが操縦を受け持つらしい。

 シート式の操縦席ならフェイにも一日の長がある。

茜「フェイ! 私が援護する! エンジンの入ったコンテナを確保してくれ!」

フェイ『了解しました』

 フェイの淡々とした返事を聞きながら、
 茜は緊急起動した近場の敵ギガンティック達の手足を切り落として無力化して行く。

 それと同時に、各所で爆発が起き始めた。

 どうやら陽動の爆発が始まったようだ。

 兵士達の銃撃も途切れ、格納庫各所でタイミングを見計らっていた諜報部突入部隊の面々が一斉に駆け出し、
 件のハートビートエンジン6号の積載されていると思しきコンテナへと走って行く。

美波『茜っち、全員確認したよ! そろそろ撤収!』

茜「了解!」

 茜は美波の言葉を聞きながら、残る最後のギガンティックを無力化する。

 今、この場で動けるのはクレーストと、フェイの駆る隻腕のダインスレフだけだ。

 茜は状況を確認すると、フェイ達の待つコンテナへと移動を開始した。

 その時だった。


338 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:24:52.89nXiWmAUYo (15/37)

 不意に通路となっている床の一部が展開し、下から巨大なハンガーがリフトアップを始める。

 黒い躯体の大型のギガンティックだ。

 全身のエーテルブラッドには赤黒い輝きが宿っており、それが起動状態にある事はすぐに分かった。

茜「新型のギガンティックか!?」

 見た事もない大型ギガンティックの登場に、茜は驚きの声を上げる。

 そう、茜の目の前にいる新型のギガンティックは、GWF-403・スクレップ……ユエの乗機だった。

茜「流石に放置は出来ないか!」

 茜は手刀を構え直し、集束魔力刃を生み出す。

 そして、まだハンガーから動こうとしないスクレップに向けて斬り掛かった。

 だが、スクレップは一瞬にしてその腕を動かし、
 両腕の巨大なシールドでクレーストの集束魔力刃を受けきってしまう。

茜「な!? は、早い……!?」

 殆ど唐突と言って良いほどの挙動の防御に、茜は驚きと共に舌を巻く。

 茜は知る由も無いが、ユエがレミィの姉……伍号を解剖して作り出した防御システムによる物だった。

 直線的な攻撃ならば、完全自動で防御してしまえるシステムの挙動が、茜の感じた唐突さの正体だ。

??『ふむ、システムは十全に働いているようだな』

 接触回線なのか、ドライバーと思しき人物の声が聞こえる。

茜「この声……ユエ……ユエ・ハクチャか!?」

 茜は愕然と叫ぶ。

 あの飄々とし、自身が黒幕である事に酔っているような男が、何故、直接ギガンティックに乗っているのだろうか?

ユエ『ほう、予想よりも早いな、もう202を取り戻したのか?
   ………とりあえず、おめでとうと言っておこうか』

 ユエは接触回線のまま、どこか芝居が掛かった様子で言う。

 茜の脱走も計算の内なら、茜をクレーストを取り返すのも計算の内と言う事らしい。

 つまり、今、クレーストがこうして動けるのも、このユエと言う男の計算の内と思うと、
 鳥肌を催すような不気味さが際だつ。

茜「ぅ……っ!? 貴様と言う男は、どこまでも人を小馬鹿にして……!」

 茜はその不気味さをねじ伏せると、怒りを込めて叫ぶ。

フェイ『本條小隊長! お早く!』

 そんな茜に、通信機越しのフェイの声が響く。

 いつになく感情の篭もった声に聞こえるが、それは気のせいではない。

 今も旧技研各所で小規模な爆発は続いており、このままでは爆発に巻き込まれかねない。

 爆発程度はクレーストとダインスレフは耐えられるが、コンテナ内の諜報部の面々はそうもいかない。

クレースト『茜様、ここは一刻も早く退避を』

茜「………分かった」

 クレーストにも促され、茜はどこか悔しそうに頷く。

 茜は警戒しながらその場から飛び退き、コンテナの片側を保持する。

ユエ『そうだ……今は逃げたまえ。私は私で重要な用事もあるのでね』

 ユエは飛び退いた茜に向けてそう言うと、自らは背を向け、
 爆発で崩れて大きく開かれた格納庫の天蓋から飛び去って行く。

茜「奴は……一体何を考えているんだ……?」

 茜は、やはり抑えきれない不気味さに声を上擦らせたが、今はその事に拘っている場合ではないと自らに言い聞かせ、
 フェイの駆るダインスレフと共にその場を後にした。


339 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:25:33.39nXiWmAUYo (16/37)

―3―

 茜達の脱出から十分後。
 第十街区、政府連合軍の整備拠点――


整備員『オーライ、オラーイ!』

 地上で誘導灯を振る整備用パワーローダーの指示に従い、
 茜はゆっくりと整備拠点に据え付けられた02ハンガーへと向かう。

春樹『無事ですか、本條小隊長?』

「ええ、クレーストの機体共々、無事です」

 ハンガーに機体を固定するなり、ギガンティック機関とロイヤルガードの
 機体整備の陣頭指揮を執っていた春樹の質問に、茜は手短に応えた。

春樹『……確かに、異常やトロイウィルスのような物はありませんね』

 春樹は機体コンディションを確認しつつ、やや半信半疑気味に呟く。

 敵の手に落ちていた機体が、こうも問題無い状態で返って来るとは思いも寄らないのだろう。

 その態度や驚きも当然の事だ。

春樹『ともあれ、武装は回収した装備を整備済みですので、そちらを使って下さい』

茜「ありがとうございます、さすがに徒手空拳のままでは心許なかったので」

 春樹の言葉に茜が礼を返している間に、
 整備用パワーローダーが取り出した二刀の太刀が、クレーストの腰に装備された。

 間違いなく、愛機で扱っている愛用の大小二刀拵えの太刀だ。

 ふと傍らに目を向けると、コンテナから取り出されたばかりのハートビートエンジン6号が、
 同型の5号エンジンを搭載可能な機体――アルバトロスMk-Ⅱ――への搭載準備に入っていた。

茜「6号エンジン、もう使うつもりなのか?」

 茜は驚いたように漏らす。

 整備拠点に戻った際、茜達はギガンティック機関本部にいる明日美達に、
 敵の隠し球――さらなる新型ギガンティック……スクレップ――がある事を伝えている。

 それに対抗するための措置として、急遽の判断でアルバトロスMk-Ⅱへの6号エンジンの搭載が決定したのだ。

 元々、二種類の機体を一つのエンジンで使い回せるように調整されていたアルバトロスMk-Ⅱは、
 エンジンの点検さえ完了すればいつでも積載可能である。

 とは言え、未登録のエンジンを研究用ではなく戦闘用に持ち出す判断と言うのは些か早計過ぎるような気もしていた。

 だが、そうしなければこれから数分後、エール・HSがスクレップによって撃墜されていた事を思えば、
 決して間違った判断ではなかっただろう。

 しかし、それも先の話だ。

春樹『……機体コンディション、オールグリーン』

彩花『261、本條小隊長、発進して下さい』

 春樹の言葉に続き、彩花が発進を促す。

 それと同時に、機体を固定していたアームが解除される。

茜「……了解。ロイヤルガード261、本條茜、出るぞ!」

 茜は機体がフリーになった事を確認すると、ハンガーから機体を移動させ、その場でゆっくりと飛び上がる。


340 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:26:07.24nXiWmAUYo (17/37)

 戦場をズームアップすると、戦闘は既に佳境に移り、
 早くも一部の味方ギガンティックが旧技研の外殻である丘の麓に取り付こうと言う段階だった。

 ここでクレーストとアルバトロスMk-Ⅱを投入するのは、ある意味、だめ押しの一手のような物だ。

 だが、敵の隠し球を知った茜には、この優勢のままの戦場が何処か不気味な物に思えて仕方が無かった。

タチアナ『敵の新型と戦闘中の藤枝隊長達の元には、既に朝霧副隊長が向かっています。
     本條小隊長はそのまま戦線に加わり、技研への到達と制圧を目標として下さい』

茜「……了解しました、パブロヴァ・チーフ」

 タチアナからの指示を受け、茜はまとわりつくような不気味さを振り払い、
 太刀を構えて戦場へと向かう。

 既に敵の戦線は壊滅・潰走状態となっており、高度を下げずとも安全に戦場まで向かう事が出来た。

レオン『お嬢! 無事だったのかよ!』

 茜とクレーストが戦場に着くなり、驚いたような声を上げたのはレオンだった。

 咎めるような言葉だが、その声は驚きと、それ以上の歓喜で弾んでいる。

紗樹『隊長! 本当に大丈夫なんですか!?』

遼『隊長……!』

 紗樹と遼も、やはり驚きと喜びの入り交じった声を上げる。

茜「心配をかけたな……だがこの通りだ!」

 茜はそう言うと、まだ健在な敵ギガンティックに向かって攻撃を仕掛け、
 腰の部分で真っ二つに切り裂いて見せた。

 見事な手並みだ。

 九日間と言う、決して短いとは言い切れない軟禁生活だったが、腕は鈍っていない。

 むしろ十分に休んだ事もあって、体力が有り余っているぐらいだ。

紗樹『さすが……!』

遼『むぅ……!』

 紗樹と遼は、その衰えを感じさせない見事な腕前に唸る。

 しかし、レオンの反応は違った。

レオン『まぁ、何つぅの? 成長してんじゃん、お嬢……』

 音声のみの通信機越しでも分かるほど、レオンは穏やかな様子で呟く。

 手の掛かる妹が、しばらく合わない内に驚くような成長を見せてくれた。

 その事を嬉しく思うような、手を離れて寂しいような。

 そんな複雑な思いを感じさせる声だった。

茜「老けたような声を出すな……それと、作戦行動中にお嬢は止めろ」

 茜はレオンの声音から何かを感じ取ったのか、何処か照れ隠しのようにそう返す。


341 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:26:41.89nXiWmAUYo (18/37)

 レオンは自分の変化に気付いたのだろう。

 確かに、茜は躊躇う事なく敵のギガンティックを一刀両断した。

 だが、決してコックピットは狙わず、追撃も仕掛けない。

 何より、既に無力化されている敵ギガンティックに対しては見向きもしない。

 無論、脅威に対する警戒は怠っていないが、積極的に攻撃を仕掛けようとはしていなかった。

 九日前には考えられなかった変化だ。

 空との口論、ミッドナイト1とのふれ合い、そして、このテロリスト達の黒幕であるユエの存在を知り、
 そんな様々な経験を経て、茜自身には大きな変化があった。

 それは彼女自身もうっすらと自覚していた。

 戦う理由は人の数だけある。

 その全てが、戦場では肯定される。

 だが、正しき事のために戦うと決めたなら、憎しみは心の内に収めなければならない。

 戦う事は暴力だ。

 それは避けられない事実だが、誰かの心身を踏み付けにするような物は暴力ではなく、
 もっと恐ろしく、醜悪で陰惨な暴虐だ。

 手を血で染める事もあるだろう。

 だが、その血に対して無関心ではいけないのだ。

 そのために憎しみを心の内……奥底に収め、それでいて力を振るう事に臆病にならない。

 それが茜の得た、テロリスト達との戦いに対する新たな答だった。

レオン『あいよ……まあ吹っ切れたみたいで何より、ってな』

茜「ああ……少し、肩が軽くなった気がする……ほんの少しだけな」

 プライベート回線に切り替えて来たレオンの言葉に、茜は微かな笑みを浮かべて呟く。

 言葉通り、心持ち、肩の重荷が軽くなったような気がする。

 だが、茜は穏やかな笑みのまま小さく深呼吸すると、すぐに気を取り直す。

茜「……総員、油断するな! 確実に敵を撃破、無力化しながら旧技研を制圧するぞ!」

レオン『了解!』

 茜の指示にレオン達が応え、茜もまた前進を再開した。

 残る敵ギガンティックの全てを無力化した茜達は、そのまま部隊を進め、
 風華達の部隊と挟み撃ちを行うような陣形で旧技研のある小高い丘を取り囲む。


342 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:27:24.83nXiWmAUYo (19/37)

 敗北が決定的になった事で、多くのテロリスト達は敗走を始めていた。

 だが、彼ら自身が作り上げたこの廃墟の檻が彼らの脱走を許さない。

 このNASEANメガフロートは閉ざされた箱庭だ。

 庇護してくれる集団が壊滅すれば、罪を犯さなければ生きては行けず、罪を犯し続ければ何時かは捕まる。

 最早、彼らに逃げ場と言える場所は無い。

 逃げ出して来るテロリスト達の末を思ってか、茜は憐れみと怒りの入り交じった表情を浮かべる。

茜「下っ端に用は無い。ホン・チョンスの確保を最優先するぞ」

 茜は指示を出しつつ、逃げ惑うテロリストを踏まぬように気を付けながら、技研中枢へと向かい、丘を登る。

 目標はコンテナが堆く積み上げられた倉庫……通称、謁見の間だ。

茜「401が四機、護衛についている可能性がある。注意しろ」

 茜は部下達に注意を促しつつ、丘を登り切った。

 と、その時である。

 茜の言葉通り、陽動の爆発で廃墟然としていた旧技研の中枢から、四機の401が姿を現す。

 まさか、とは思っていたが、この絶望的な戦況でもギリギリまで温存されていたらしい過剰な護衛戦力が、
 ようやくその重い腰を上げたようだ。

レオン『やらせねぇよ!』

 だが、後方に控えていたレオンの一声と共に数発の魔力弾が放たれ、
 飛び上がろうとした四機の内、二機の頭部や肩を撃ち抜いた。

 頭部や腕を失い、唐突に機体の制御を失った機体は明後日の方向に飛んで廃墟の中へと墜落して行く。

 紗樹やレオンもミニガン型魔導機関砲で残る二機を牽制し、茜は安全な距離まで一旦下がる。

茜(ここで戦闘しては、シェルターの中にいる女性達にどんな被害が及ぶかも分からないしな……)

 茜は心中で独りごちつつ、距離を取って改めて構え直し、敵を誘う。

 しかし、状況はさらに変化する。

クレースト『茜様! 地下から高密度の大魔力反応が迫っています!』

茜「なっ!?」

 センサーに集中していたクレーストの報告に、茜は愕然とした。

 いくら雑魚とは言え、401に奇襲を受けたタイミングでの魔力反応は狙っていたとしか言い様が無い。

茜「ッ、各員、401を牽制しつつ左右に散会!」

 茜は部下に指示を出しつつ、自らも魔力反応とレオン機との丁度中間まで大きく飛び退く。

 異変はすぐに起きた。

 陽動のためにかなりの規模で被害を与えた格納庫周辺が盛り上がり、
 崩れ去ってゆく瓦礫を押し退け、巨大な何かがせり上がって来る。

茜「こ、コレは……ギガンティックか!?」

 403に続く第二の隠し球の存在に、茜は驚愕の声を上げた。

 崩れた瓦礫の中から現れたのは大型ギガンティックなど目では無いほどに巨大なギガンティックの上半身だった。

 上半身だけで四十メートルはゆうに超える、超弩級のギガンティック。

 それが旧技研の格納庫跡地に悠然と立ち上がっていた。


343 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:28:04.68nXiWmAUYo (20/37)

風華『な、何なの……あの大きさ……』

 通信機からは風華の震えた声が聞こえて来る。

 今し方現れたギガンティックは、自分と正面で相対しており、風華達は丁度、その背中側にいた。

 紗樹と遼のアメノハバキリも風華達の側にいる。

茜「藤枝隊長! 正面側に援護をお願いします!
  アルベルト! お前はアレの後方に回れ!」

風華『分かったわ! クァン君、マリアちゃん、私と一緒に正面に!
   瑠璃華ちゃんは背後に回って!』

 茜の要請を受けた風華は仲間達に指示を出し、レオンは短く“あいよっ!”とだけ応えて後方へと向かう。

 と、それと同時に超弩級ギガンティックも動き出す。

 全身各部から黒い輝きが溢れ出し、驚異的な密度の魔力が溢れ出した。

茜「ッ……ぅ!?」

クレースト『茜様、どうやら高密度の結界装甲のようです』

 圧力すら伴うその魔力の衝撃に唸る茜に、クレーストが観測結果を伝えて来る。

 その証拠に、あまりに凄まじい威力でこちらの結界装甲に過干渉が起こり、エーテルブラッドがどんどん損耗して行く。

ほのか『全機、距離を取って! あまり近付いちゃ駄目よ!』

 通信機からは慌てた様子のほのかの指示が飛ぶ。

 直近で被害を受けていた茜達も、堪らずに大きく距離を開ける。

 レオン達のアメノハバキリも、さすがに機体そのものに結界装甲を纏っているワケではないため、
 オリジナルギガンティック以上にダメージが深刻なのか、機体各部から紫電を上げながらさらに遠くまで後退した。

瑠璃華『これだけ巨大なオリジナルギガンティックがあるとはな……誰が作っているのやら!』

 瑠璃華は仲間達が離れる隙を作るために背後から牽制砲撃を行ってくれているが、
 あまりに高密度の結界装甲に阻まれて大した被害は与えられていない。

 それどころか――

??『ええい! 鬱陶しい豆鉄砲が!』

 外部スピーカーを通して怒声を張り上げ、羽虫を追い払うような動作で
 瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノの放った砲弾を叩き落とす。

 しかし、その動作が災いし、近場にいた二機の401を巻き込んでしまい、401は魔力を含んだ大爆発を起こした。

 結界装甲を持つギガンティックの爆発は、やはりオリジナルギガンティックの砲撃クラスの破壊力を持つ。

 だが、至近距離での大爆発にも拘わらず、超弩級ギガンティックは傷一つついていない。

??『お、おお……一瞬、驚いたが。
   なるほど……この俺の乗機に相応しい能力は持っていると言う事だな』

 外部スピーカー越しに驚きの声を上げているのは、やはりこの超弩級ギガンティックのドライバーのようだ。

 そして、その場にいた全員が、その声に聞き覚えがあった。

茜「貴様……そのギガンティックに乗っているのは、ホン・チョンスなのか!?」

 最もその声に聞き覚えのあった茜が、驚きに声を上げる。

 ホン・チョンスは殆ど魔力を持たない男だった。

 魔力を“見る”事は可能だが、感じ取ったり扱ったりする事が出来ないほどに低い魔力の持ち主。

 それがこれほど巨大なギガンティックを操り、あそこまで高密度の結界装甲を生み出すとは考えにくい。

 だが、間違いなく、そのギガンティックに乗っていたのはホン・チョンス本人であった。


344 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:28:36.00nXiWmAUYo (21/37)

 ホンはオリジナルギガンティックよりも二回りは巨大なコントロールスフィアの中に備え付けられた、
 玉座のように巨大なシートにふんぞり返るように座っていた。

ホン「見よ! 愚かなる偽王に従いし者共!
   これが真なる王に相応しき力! 404……ティルフィングだ!」

 ホンは大仰に両腕を広げ、高らかに宣言して見せる。

 超弩級ギガンティック……404・ティルフィングも大きく両腕を広げて見せるが、
 その隙だらけの身体にどれだけ攻撃を打ち込もうと、焼け石に水にしかならいのは分かり切っていた。

マリア『相っ変わらずの電波っぷりだなぁ……』

 敵を警戒しながらも、マリアは呆れきったように漏らす。

レオン『ってか、ティルフィングってアレ……持ち主が絶対に破滅するって切れ味抜群の魔剣だろ』

 レオンは子供の頃に読んだ北欧・ケルト神話の内容を思い出しながら乾いた笑い混じりに呟く。

 知らぬが仏とは言うが、それを自分に相応しいと言い切ってしまうホンも憐れでならない。

 茜も相変わらずのホンに眩暈を覚えるが、気を取り直し、この状況を切り抜けるチャンスが無いかと周囲を見渡す。

 だが、最初に目についたのは、404・ティルフィングの傍らでひしゃげて潰れたコンテナだった。

茜「………ッ!?」

 一瞬、ただのコンテナかと思ったが、見紛う筈が無い。

 謁見の間と呼ばれた、あの完全防備のコンテナ型シェルターだ。

 さすがに至近距離での高密度結界装甲の展開や、401の大爆発に耐えられなかったのだろう。

 しかし、明らかに爆発以外の力で押し潰されたような痕跡が見える。

 恐らく、瑠璃華の砲撃を振り払う際に叩き潰してしまったのだろう。

 さすがにあの状況では中にいた女性達の命は絶望的だ。

 その事実に気付かされ、茜は息を飲み、ワナワナと身体を震わせる。

茜「シェルターの中に居た女性達を……守るつもりはなかったのか?」

 茜は怒りに震える声でホンに問い掛けた。

ホン『ん? ……おお!?』

 ホンは何事かと怪訝そうな声を上げた後、すぐにそれが何を意味していたかに気付き、
 自分の傍らで潰れているコンテナを見て驚きの声を上げる。

 だが、そこには後悔や懺悔の思いは聞こえない。

 その証拠に――

ホン『多少のお気に入りはいたし、惜しい事はしたが……まあ、致し方有るまい。
   我はこの世唯一の正当なる王だが、下女や側女は代えの効く消耗品に過ぎん。
   また一から集めなおせば良い……多少面倒だが、次を厳選する楽しみもある』

 ――ホンは外道然とした言葉を、さも当たり前のように、尊大な声音で言い放った。

 自分以外の人間を、ただそこに存在している物としか……命ある存在として見てない。

 王である自分一人が存在し、それ以外は自分のために存在する環境でしかない。

 彼の不興を買わないように必死で使えていた女性達も、
 彼自身にとっては性欲や怒りのはけ口、その物――“者”に非ず――でしかなかったのである。

 そうとでも思っていなければ出てこない類の言葉だ。


345 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:29:11.36nXiWmAUYo (22/37)

風華『この……外道!』

 普段は温和でおっとりとしている風華も、
 戦闘時の緊張とは別種の……明らかな怒りの声音で吐き捨てるように呟く。

クァン『俺も認識を改めないといけないな……。
    救いようのないバカじゃなくて、救いようのない外道だったワケか……』

 普段は口数の少ないクァンも、嫌悪感を顕わにして声を震わせる。

 瑠璃華やマリアも同様で、通信機越しでも分かるほどの嫌悪感が息遣いから伝わって来た。

茜「………九日前、貴様と言う人間と初めて向かい合って、私は貴様が哀れだと思った……。
  裏で動いているユエの本性も知らず、担がれた御輿に載せらせただけの、可哀相な道化だとな……」

 茜はどこか悔やむような声音で朗々と呟く。

 この魔力絶対の世の中で、欠片ほどの魔力も持たずに生まれた事は、不幸としか言い様がない。

 その意味で、ホン・チョンスは世界の被害者と喩えても、間違いとは言い切れなかった。

茜「……貴様の血縁者を調べた事もある……。
  貴様とその父親はともかく、貴様の祖父や曾祖父は素晴らしい人間だった……」

 茜は幼い頃から調べ続けた、60年事件の情報を思い出しながら呟く。

 ホンが自らの血統を王朝と呼ぶ理由。

 それは決して、荒唐無稽な妄想だけではない事を、茜は知っていた。

茜「貴様の曾祖父、ホン・デジュン……当時は日本で三沢晃司を名乗っていた人物は、
  魔導弾の暴発事故で滅んだ故国のために、全ての私財を使い、生き残った人々を助ける事に全力を注いだ……」

 茜は記録を読み上げるように朗々と語る。

 それこそが、開戦直前に滅んだ国の人々が、今もこうしてNASEANメガフロートで生き繋いでいる事の答だ。

 日本で日本人として生きていたホンの曾祖父は、魔導弾の暴発で国土の殆どで破裂死を迎えた国民の、
 僅かな生き残りを助けるために国連の人道支援部隊に多額の出資を行い、自らも多くの人々を率いて救助活動に参加した。

 それが衷心からの善意だったのか、その後の利益を思っての事だったのかまでは定かではない。

 だが、ホンの曾祖父が数少ない生き残りを救ったのは事実であり、それは歴史として刻まれている。

 開戦から数年後に亡くなったホンの曾祖父の跡を継ぎ、ホンの祖父は生き残った人々と共に新たに企業し、
 戦中の混乱期を乗り切り、戦後には新興の企業型国家としてNASEANに加盟した。

 企業国家と言う分類に難しい国ではあった。

 それでも、確かにホンの祖父はその国の最高顧問……責任者であり、曾祖父はその礎を築いた人物だったのだ。

 だが、十五年前に過ちがあった。

 ユエや他の黒幕達に踊らされたホンの父、ホン・チャンスがテロリストを率いて反乱を起こしたのである。

 祖父や曾祖父の築き上げた確かな信頼を、積み上げてきた善行を、父の一代で無にしてしまった。

 そこにどんな思惑があったかは分からない。

 だが――

茜「貴様はその全てを覆しても足りない過ちを犯した……!」

 ――目の前にいるホン・チョンスが、悪鬼外道の素質を持っている事は明らかだ。

 このまま世に放ってはいけない人間。

 茜はその事実を受け止め、二刀の太刀を構えた。


346 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:30:02.77nXiWmAUYo (23/37)

茜「クレースト! 最接近から結界装甲を敵ギガンティックと接触する方向に集中展開!
  奴の懐に切り込む!」

クレースト『畏まりました、茜様!』

 指示を出した茜はクレーストの返事を聞くなり、構えた太刀を振りかぶり、
 ティルフィングに向かって斬り掛かる。

 それを合図に風華達も動き出す。

瑠璃華「チェーロ! ジガンテジャベロット出力最大!
    左右交互連射で風華達の援護だ!」

チェーロ『了解ですマスター。
     ブラッド流入量調整……連射、どうぞ!』

 ティルフィングの背後に回っていた瑠璃華とチェーロ・アルコバレーノは、
 両腰から突き出た砲身から左右交互に大威力魔力弾の砲撃を始める。

 先ほどのような牽制目的の攻撃とは違い、
 連射で多少の出力は落としているとは言え、目標を破壊するための全力射撃だ。

 しかし、それだけの威力の連射を受けながらも、ティルフィングの装甲は一部を焦げ付く程度で、
 目に見えて分かるようなダメージは入っていない。

クァン「カーネル! プレリー! 奴の腕を押さえつける!」

カーネル『おう! 最大出力で行くぜ!』

プレリー『ブラッド圧力上昇! オーバードライブ、いつでも行けますわ!』

マリア「押さえつけるなんてセコい事せず、全力でぶっ叩け、クァンッ!」

 クァンもカーネル・デストラクターを前進させ、
 カーネル、プレリー、そして、マリアの声を受けて両腕を高く掲げる。

 ギガントプレス・インパクトの要領で巨大な腕を作り出すと、
 迎撃のために動き始めたティルフィングの肩口に向けて、その巨腕を放つ。

 巨腕は見事にティルフィングの両腕を捉えるが、
 当のティルフィングは僅かにたじろぐばかりで、その腕は止まらない。

 イマジンを二体同時にすり潰す程の威力を持った巨腕ですら、
 ティルフィングの腕を押し留める事すら出来なかった。

ホン『ぬおっ!?』

 だが、攻撃こそ効きはしなかったが、前後からの挟撃は戦闘に慣れていないホンに僅かな隙を生んだ。

風華「突風! 茜ちゃんの攻撃に合わせて、豪炎・飛翔烈風脚で行くわ!」

突風『了解、風華! 炎熱変換、ブレードエッジ……マキシマイズ!』

 その隙を逃さず、風華は突風・竜巻と共に跳ぶ。

 脚部のブレードエッジに宿った蒼い炎が激しく燃え上がる。

 そして、さらに風華が目掛けた一点……胸に向けて茜とクレーストが飛び込んで行く。

クレースト『茜様、今です』

茜「ああ……! 本條流魔導剣術奥義、弐ノ型改! 天舞・破陣! 雷刃氷牙ノ型っ!」

 クレーストの合図と同時に、氷結変換された魔力を纏った小太刀の突きに続けて、
 雷電変換された魔力を纏った太刀の二連突きが、ティルフィングの胸に目掛けて放たれる。

 しかし、攻撃が命中する直前、黒い魔力が一点へと集約され、茜の太刀の切っ先を阻んだ。

 さらに、同時に炸裂する筈だった風華の飛翔脚も阻まれ、その勢いを殺されてしまう。

茜「な……っ!?」

クレースト『結界装甲密度上昇……?
      茜様、これは高密度結界装甲によるピンポイントの結界です!』

 愕然としながら飛び退いた茜に、クレーストは驚きを込めて言った。

風華『だとしても何て高密度……まるで結界装甲の分厚い壁だわ!?』

 傍らに降り立った風華も驚愕の声を上げている。


347 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:30:34.24nXiWmAUYo (24/37)

 どうやらこちらのピンポイントの攻撃を察知し、結界装甲の密度を自在に変更しているようだった。

 これこそが、瑠璃華達の攻撃を耐えきったティルフィングの頑強さのカラクリである。

 ティルフィングは上半身だけのギガンティックであり、自由自在に動く事は出来ない。

 無論、移動用のオプションとして数両のリニアキャリアで輸送すれば移動も可能だが、
 そんな外付け装備頼りの鈍重な動きでは隙だらけになってしまう。

 そこで、攻撃の魔力を感知すると一瞬でその攻撃に合わせて結界装甲の密度を変化させ、
 ピンポイントの強力な障壁を作り出す事で防御しているのだ。

 切れ味抜群の神話の魔剣とは対照的に、絶対的な防御力を誇る頑強なギガンティック。

 それがティルフィングの正体だった。

 無論、ホンは“乗機が強ければ構わない”と言う単純明快な思考のため、
 そんな大層な防衛システムが搭載されている事は知らない。

ホン『貴様ら程度のカトンボが放つ攻撃で、
   我の栄光を顕現したティルフィングが傷つけられる物か! フハハハハハッ!!』

 ホンは尊大に言い放つと、嫌らしい哄笑を上げる。

瑠璃華『身動き出来ない栄光とは……また陳腐だぞ』

 瑠璃華の口から、そんなホンに辟易した様子の皮肉が通信機越しで聞こえたが、
 その声音からは焦りの色が窺えた。

 その瑠璃華の焦りの正体には、茜も気付いていた。

茜(結界装甲の密度移動が早い……あの速度なら間違いなくオートで処理しているんだろうが、
  私やふーちゃんの攻撃より早いとなると……)

 茜は冷静に先ほどの攻撃を思い返しながら、心中で舌を巻く。

 この場で大威力で最速の攻撃が可能なのは自分と風華……クレーストと突風の二機。

 一点同時攻撃の都合上、先の攻撃が最速の一撃かと問われると怪しいが、
 それでもかなりの速度だった筈だ。

 しかし、敵はその攻撃よりも早く結界装甲の密度を変移させているのは間違いない。

 しかも、その挙動は魔力感知による全自動だ。

 攻略は難しい。

クレースト『茜様、ここはドライバーの魔力切れを狙ってみては?』

茜「そうしたいが……奴の魔力はエンジンの起動規定値どころか、
  携帯端末の起動規定値を下回っている……。

  おそらく魔力コンデンサを使ったバッテリー式だ」

 クレーストの提案に、茜は悔しそうな声音で吐き捨てた。

 エンジンの出力がどれだけ高かろうが、あれだけ高密度の結界装甲を維持するには相応の魔力が必要となる。

 ホンの魔力量でその大魔力を維持できる筈が無いのだ。

 となれば、バッテリー式と思うのは当然で、それは事実だった。

 あの巨体では内蔵しているコンデンサの容量もそうだが、循環しているブラッドの量も相当な物だろう。

 仲間達は戦闘開始から自分の倍以上の時間が経過しており、既にブラッドの損耗率も五割まで届いている。

 今から持久戦を仕掛けるのは自殺行為に等しい。


348 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:31:22.95nXiWmAUYo (25/37)

ホン『いい加減……鬱陶しいぞ! 下賤の輩が!』

 ティルフィングの攻略法に思索を巡らせる茜の意識を、ホンの怒声が断ち切る。

 先ほどから魔力の巨腕で必死にその巨体を押し留めていたクァン達に、ホンは狙いを定めたようだ。

クァン『お、押し返される……!?』

マリア『踏ん張れ、クァン!』

 押し返されそうな両腕を懸命に突き出すクァンに、マリアが檄を飛ばす。

 だが、圧倒的な出力と質量、そして結界装甲の密度の差に魔力の巨腕は徐々にひび割れ、
 ついに砕かれてしまう。

クァン『なっ!?』

 最大最強の技を難なく砕かれ、愕然とするクァン。

 だが、それだけでは終わらない。

 ティルフィングはその全高よりも長い腕を伸ばし、眼前のカーネル・デストラクターを片手で掴み上げる。

 四十メートルを超えるカーネル・デストラクターの巨躯も、
 上半身だけでその全高を上回るティルフィングの前では多少大きな人形程度でしかない。

クァン『離せ! このぉっ!』

 クァンはティルフィングの手首……その関節に向けて攻撃を続けるが、
 高密度結界装甲に阻まれて接触すらままならない。

カーネル『クァン! 早く離れろ!』

プレリー『結界装甲が……ブラッドがどんどん劣化しています!?』

 カーネルとプレリーが悲鳴じみた声を上げる。

風華『茜ちゃん!』

茜「はい!」

 風華に促されるよりも早く、茜もティルフィングの手首に向けて、風華と共に集中攻撃を始める。

 だが、既に高密度化している結界装甲を相手では太刀の切っ先すら届かず、徒労に終わってしまう。

瑠璃華『マリアとクァンを離せぇっ!』

 後方からは全力交互射撃による援護を続ける瑠璃華の声が響く。

ホン『貴様も鬱陶しいぞ! 豆鉄砲の分際でっ!』

茜「ぅうっ!?」

風華『キャァッ!?』

 ホンは怒声を張り上げると、群がってくるクレーストと突風・竜巻を振り払い、
 後方のチェーロ・アルコバレーノに向けてカーネル・デストラクターを投げつける。

チェーロ『マスター、避けて下さい!?』

瑠璃華『この状況で間に合うワケが――キャアァッ!?』

 慌てた様子で叫ぶチェーロの声に続き、瑠璃華は愛機と寮機の激突の衝撃で悲鳴を上げた。

 砲撃体勢のチェーロ・アルコバレーノではカーネル・デストラクターの巨体を受け止める事など出来ず、
 大音響と共に二機は弾き飛ばされ、その衝撃でカーネルとプレリーも分離してしまう。

茜「る、瑠璃華!? クァン!? マリア!?」

 一方、軽く弾かれただけで済んだ茜は、すぐにクレーストの体勢を立て直しながら、仲間達の名前を叫ぶ。

 だが、そんな場合ではなかった。

ホン『次は貴様だぁっ!』

 怒気の中に怨嗟を含んだ声で叫ぶホンの声と共に、
 ティルフィングの腕がまだ体勢を立て直し切れていないクレーストへと迫る。


349 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:31:50.55nXiWmAUYo (26/37)

茜「ッ!?」

 崩れた体制のまま転げ回るようにして何とか回避を試みようとした茜だが、
 すぐにもう一方の腕がその逃げ道を塞ぎ、クレーストは二本の巨大な腕に囚われてしまう。

茜「ぅっ……離せぇぇ……!」

 茜は唸るような声で腕を広げて振り払おうとする。

 しかし、フレーム剛性によって高い格闘能力を誇るクレーストとは言え、その馬力は決して高い方ではない。

 最初こそ何とか僅かに広がったものの、僅かに力を入れられただけで呆気なく押さえ込まれてしまう。

 ティルフィングの手を押し広げようとした際、太刀で突っぱるようにしていたため、
 その衝撃でバキバキと音を立てて二刀の太刀は砕けた。

茜「し、しまった!?」

 茜は愕然とする。

 敵に捕らわれた上に武器まで失ってしまった。

 最悪の状況だ。

ホン『無様だなぁ……女ぁ!』

 その様を見ながらホンは興奮し、下卑た声を上げ、さらに続ける。

ホン『さっきはよくも俺をコケにしてくれたな……!』

茜「さっき? ……ああ……」

 茜は必死に足掻きながらも、ホンの言葉を思い返して納得したように漏らす。

 おそらく、脱出の際の事だろう。

ホン『何も出来ない、などと言った相手に手も足も出ない感想はどうだ?
   悔しいだろう? 悔しいと言ってみせろ! ギャハハハハッ!』

 ホンは煽るように叫び、下品な哄笑を上げた。

 確かに、茜にも手も足も出ない悔しさはある。

 しかし、悔しがった所で事態が好転しない事も分かり切っていた。

 だが、それ以上に――

茜「他人に溜めてもらった魔力を使って、他人に作ってもらったギガンティックではしゃぐ……。
  貴様は、小遣いと玩具を与えてもらって自分の力だと思い込んでいる、身勝手な子供だな」

 ――子供然とした強がりしか出来ない虚像の王への、憐れみと呆れが先立つ。

 言葉にする必要は無かったし、言葉にすべき状況でもない。

 だが、余りにも痛々しい様に、声にせずにはいられなかった。

ホン『まだ……まだこの俺をコケにするのかぁぁぁっ!』

 ホンは激昂して叫ぶ。

 先ほどから自称・皇帝のメッキすら剥げ、ホン・チョンスと言う一人の人間に立ち返ってしまっている男は、
 自らのプライドと思い込んでいる虚栄心を突かれる度に激怒するしかない。

 それは、茜の言葉通りの“身勝手な子供”……いや、それにすら届かない、身の丈を知らない本能だけの獣のそれだった。

 虎の威を借る狐は、虎を利用している事を知り、自らの身の丈を理解している。

 だが、ホンの場合は自らが虎だと思い込み、他人も自分を虎と見ており、多くの獣を従えていると思い込んでいる。

 しかし、実態は虎の頭の上に座った羽虫ほどの認識だ。

 ただ、虎が羽虫の言うことに忠実なため、彼自身はそのギャップに気付けていないのだ。

 異様な尊大さも、非道な残酷さも、それ故の結果に過ぎない。

 それを哀れと言わず、何と形容すれば良いのか。


350 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:32:22.98nXiWmAUYo (27/37)

 ともあれ、茜は激昂と共に来るであろう衝撃に備えて身構える。

ホン『叩き付けられて粉々になれぇっ!』

 予想通りと言うべきか、激昂したホンは両手で掴んだクレーストを振りかぶるように掲げ、
 丘の麓に見えた手近な大型倉庫に向けて振り下ろすように投げ捨てた。

茜「ッぐっ!?」

 コントロールスフィア内の対物操作魔法では相殺しきれないGに、茜は苦悶の声を上げる。

 この勢いでは、さすがに結界装甲によって守られたオリジナルギガンティックでも破損は免れない。

 と、その時だ。

風華『茜ちゃん、危ない!?』

 慌てふためく風華の声と共に、投げ捨てられたクレーストの射線上に突風・竜巻が躍り出た。

茜「ふ、ふぅ、ちゃん!?」

 茜は絞り出すように驚きの声を上げる。

 直後に二機は空中で激突し、大音響を響かせて諸共に倉庫に叩き付けられた。

 倉庫の屋根を構成していたマギアリヒトが砕け散り、霧のような煙が立ちこめる。

茜「っ、ぐ、ぅ……」

 茜は何とか衝撃から立ち直り、身体を動かす。

 衝撃による痛みはあるが、機体の手足がもげたような様子は無い。

 風華と突風・竜巻が可能な限り衝撃を相殺してくれたお陰だろう。

 だが、茜はすぐに正気に立ち返り、思い出したように辺りを見渡す。

 すると、そこには両脚と左腕を失った突風・竜巻の姿があった。

茜「ふ、ふーちゃん!?」

 あまりに凄惨な姿に茜は驚愕の声を上げる。

 だが――

風華『だ、大丈夫……クレーストを受け止める直前に、合体は解除してる、から……』

 すぐに風華の声が返って来る。

 それと共に突風・竜巻は崩れ、内部から突風本体が露出した。

 風華の声は苦悶のそれに近かったが、手足を失った痛みで漏らした苦悶と言うワケではない。

 どうやら竜巻を緩衝材の代わりにして本体と、受け止めたクレーストを守ったが、
 完全なノーダメージとはいかなかったようだ。

風華『上半身は問題無いけど、下半身……膝のジョイントが破損した影響で足全体にガタが来てるわね……。
   このまま全力で戦闘するのは難しそうだわ』

 突風が悔しそうに呟く。

 風華は何とか突風を立たせようとするが、膝がガクガクと震えて満足に立ち上がる事が出来ていない。

 突風の膝は折り畳む事で、竜巻と連結するためのジョイントが存在する。

 だが、先ほどの無理な分離でそのジョイントが大きく歪んでしまったらしく、
 本体の足が上手く機能できていないようだ。


351 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:32:55.23nXiWmAUYo (28/37)

風華『ごめんなさい茜ちゃん、こっちが動けなくなっちゃった……』

 風華はいつも通りの柔らかな口調で言うが、その声は微かに震えているのが分かった。

 声が震えるのも当然だろう。

 テロとの決戦は、風華にとっても伯父の仇討ちと言う避けて通れぬ戦いだったのだ。

 それを茜一人に任せるのは歯痒さもあろう。

茜「大丈夫だよ……ふーちゃん」

 そんな風華を宥めるように、茜は優しい声音で言った。

 そして、立ち上がる。

茜「ふーちゃんが助けてくれたお陰で、私はまだ立てる……まだ戦える」

 太刀は折れたが、こうして立つ事が出来る事……戦う意志が折れていない事を風華の前で示す。

茜「ふーちゃんが繋いでくれたチャンスは絶対に無駄にしないさ」

風華『茜ちゃん……うん、私も出来る限り援護するわ』

 続く茜の言葉に感極まったように返した風華は、意を決してそう言った。

 まだ魔力弾くらいは撃つ事が出来る。

 加えて、二人が叩き付けられた倉庫は幸いにも技研の所有倉庫だ。

 結界装甲には対応した火器こそないが、武器は何種類かある。

 足は満足に動かせなくとも、投擲くらいには使えるだろう。

茜「私達も太刀の代わりくらいは拝借しないとな……」

 茜も周囲を見渡す。

 どうやら試作品倉庫のようだが、あまり物色された形跡は無い。

茜(ユエ・ハクチャもここまでは手を付けていないのか?)

 それだけ古い物が放り込まれていると言う事だろうか?

 ただ、保存用コンテナに厳重に格納されているだけあって、武器の品質は悪くない。

クレースト『茜様、アレを……』

 刀剣の類を確認していた茜に、クレーストが微かな驚きを交えて呟き、
 視界の一角をズームアップして一つのコンテナを指し示した。

 茜がそのコンテナを見遣ると、そこには“GXI-004-6”の連番式の型式番号が刻印されている。

茜「これは、まさか……!?」

 その型式番号が指し示す物に茜は目を見開き、驚愕の声を上げた。


352 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:33:28.49nXiWmAUYo (29/37)

 一方、オリジナルギガンティックの戦線離脱により、政府連合軍は窮地に立たされていた。

 高密度結界装甲による衝撃波で機体異常を起こしたレオン達のアメノハバキリも、
 軍や警察の寮機達と連携しつつ遠距離攻撃を行っているが、目立った戦果は上げられていない。

レオン「くそ……あんな場所にいる案山子の癖に……!」

 レオンは悪態を吐きながらもスナイパーライフルを連射するが、
 まるでマグマにスポイトで水をやっているかの如く、
 レオンの放った魔力弾はティルフィングの周辺で霧散してしまう。

 小高い丘に陣取った不動の上半身と言う、まるで怪物を思わせる異形のギガンティックは、
 連合軍の一斉攻撃にも拘わらずまるで堪えた様子が無い。

紗樹『副長! こちらはブラッド切れでもう撃てません!』

 ミニガン型魔導機関砲による絶え間ない銃撃を続けていた紗樹が、悲鳴じみた声で悔しそうに叫ぶ。

 シールドに使っていたフィールドエクステンダーとプティエトワールを、
 魔導機関砲に差し替えてまで使っていたが、それももうブラッドの限界だ。

遼『こちらも弾切れです……!』

 遼も状況は同じようで、ミニガンを足もとにうち捨て、予備の魔導ライフルでの牽制射撃に切り替えている。

 が、焼け石に水にもならない威力では攻撃も意味が無い。

レオン「お嬢! 風華! どっちでもいいから返事しろ!」

 レオンはそろそろ残弾も心許ないスナイパーライフルを気にしながら、
 通信機に向かって怒鳴るように二人に呼び掛ける。

 二人が叩き付けられた倉庫の周辺にはマギアリヒトが霧のように立ちこめ、
 ティルフィングの高密度結界装甲の余波が加わって通信障害が発生しており、
 通信に激しいノイズが交じって返事があるかどうかも聞き取れない状況だ。

ホン『ギャハハハハッ!
   どうした、どうした! もっと撃って来い! 貴様らは無力な虫けらだ!』

 代わりに全方位に向けた、ホンの耳障りな嘲りが響き渡る。

ホン『虫けららしくひれ伏せ! 泣き喚いて赦しを乞え! 我をあがめ奉れ!
   ゴミクズのような貴様らが我が臣民として生きる事を許してやろう!

   我こそが世界唯一の皇帝だぁっ!』

レオン「黙れっての……電波野郎がぁ……!」

 聞くに堪えない演説を続けるホンの声に、レオンは歯噛みするように呟いた。

 それは、恐らく戦場にいる全ての人々の代弁だ。

 レオンに限らず、同じような事を口にしていた者はいた。

 だが、あまりにも絶望的な戦力差に、それを面と向かって口にする事が出来る者はいなかった。

 心は折れる寸前だ。

 耳障りなホンの演説が……真意すらも定かではない狂言が、生き残る唯一の糸口のような甘言にさえ聞こえ始める。

 もう、駄目だ。

 誰かがそんな言葉を口にしかけた、その瞬間だった。

?『黙れ、外道ッ!!』

 鋭い叫びが聞こえた直後、茜色の閃きが走り、甲高い風切り音と雷鳴が轟く。

 そして、ピシリ、と言う耳障りな音と共に、ティルフィングの肩に僅かな亀裂が走った。

?『まだ浅い、か……!』

レオン「お嬢!?」

 悔しそうな声が通信機越しに聞こえ、レオンは声の主の姿を探す。

 いつの間にか倉庫を覆っていた霧のようなマギアリヒトは吹き飛んでおり、そこに声の主がいないのは分かった。

 だからこそ、全周囲を見渡す。


353 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:34:15.70nXiWmAUYo (30/37)

 そして、彼女は……彼女の愛機はそこにいた。

 ティルフィングの後方斜め上に滞空する、茜色の輝きを纏う
 巨大な黒い翼を広げたギガンティック……クレーストの姿がそこにあった。

茜「正式装備とは言え、やはり初めて使う武器では無理があったか……」

クレースト『ですがGXI-004・ドラコーンクルィーク、
      GXI-005・スニェーク、GXI-006・モールニヤ……全て異常無し。

      先ほどの攻撃で茜様の挙動に合わせた調整も完了しました。次はもっと早く動ける筈です』

 コントロールスフィアの中でどこか悔しそうに呟いた茜に、
 クレーストは自身と装備の接続状況を確認した後、自信ありげに言い切る。

 竜の牙の名を冠した槍、雪の名を冠した短刀、そして、稲妻の名を冠した黒い翼。

 それは、十五年前に所在不明となっていたクレーストの正式装備だった。

 刺突よりも斬撃に特化した薙刀のような槍と、斬撃特化の浮遊短刀、
 機動性と安定性を高めるスラスター兼スタビライザー。

 素早く相手の懐の入り込んで斬る。

 その一点に向けて特化された装備の数々が、倉庫にあったコンテナの中身だった。

茜(トップスピードは特に変化していないが、旋回性能も瞬発力も何倍にも跳ね上がってる……。
  槍もリーチの長い太刀と思えば、決して使い慣れない類の武器じゃない……)

 茜は先ほどの一太刀を思い出しながら、改めて各種装備の所感を独りごちる。

 大小の二刀流のまま機動性が上昇した事は間違いなく戦力アップだが、まだ振り回されている感が勝っていた。

 だが、それでもティルフィングの肩に傷を付けたのは事実だ。

ホン『貴様アァァッ! よくも俺の玉座に傷をぉぉっ!!』

 再び虚像の皇帝のメッキが剥げたホンが、猛り狂った素っ頓狂な怒声を張り上げた。

 茜はクレーストを振り返らせ、ティルフィングを見下ろす。

 駄々っ子のように手を伸ばす様が見て取れるが、その手は決して上空のクレーストには届かない。

 薄々感じてはいたが、ティルフィングには魔力弾を撃つ機能が無いのだ。

 そして、自身の魔力が循環するオリジナルギガンティックならば可能な、
 魔法としての魔力弾を放つ能力がドライバーのホンには欠如している。

 殆ど完全防備と言って良いティルフィングの結界装甲の前に遠距離砲撃は無力だ。

 だが同時に、ホンには遠距離攻撃の手段が無かったのである。

茜「それが……玉座、か……」

 茜は独りごちるように、消え入りそうな声で呟いた。

 与えられるままの力を自らの当然の権利と錯覚し、それを脅かされる事に激しく怯える。

 考える事を放棄し、現実から目を逸らした者の末路そのものこそが、今、眼下にいる男の真実だろう。

 だから駄々っ子のように振る舞い、獣のように本能のままに生きる。

 酷く、哀れだ。


354 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:35:12.49nXiWmAUYo (31/37)

ホン『皇帝に逆らった貴様だけは見せしめだ!
   大勢の人間の前で犯して! 従順になるまで嬲って!
   赦しを乞う貴様を、生きたまま八つ裂きにして殺してやる!』

 だが、ホンの吐き捨てた言葉に、憐憫などとは比べ物にならないほどの激しい怒りが湧き上がり、
 茜は複雑な表情を浮かべる。

茜「確かに……お前は皇帝なんだろう……お前自身の中では。

  だがな……本当の皇族や王族の方々は、外との接触を著しく制限される中、
  市民とは比べ物にならない量の魔力を自ら供出なさっている……」

 茜は畏敬にも似た思いを抱きながら、静かなに言い放つ。

 皇族や王族は、要は強い魔力を持って民をまとめ上げた強力な魔導師の末裔だ。

 その子孫にも、強い魔力は代々受け継がれている。

 そんな皇族や王族は政治と関わりながらも、
 自らの大量の魔力を用いてメガフロートの結界維持に努め、それを自分達の義務と定めていた。

 ノブレス・オブ・リージュ、ロイヤル・デューティ、
 言い方は多々あるが、割に合わない労を労われる事もないまま、民のために力を振るう。

 その覚悟を持っている人々がいるからこそ、茜達ロイヤルガードも身命を賭して皇居を守るのだ。

茜「お前がいくら自分を皇帝だと叫んでも、
  民を尊ばないお前が、民から皇帝として尊ばれる事は、絶対に無い!」

 茜は強く、その事実を言い放つ。

 暴君は革命により斃されるのが世の常。

 父同様、一方的な力で人々を押さえつけて来たホンは、その摂理にすら気付いていなかった。

茜「行くぞ、クレースト!」

クレースト『畏まりました!』

 茜の合図と共に、クレーストは味方の魔力弾が暴風雨のように飛び交う戦場を飛ぶ。

 フレキシブルブースターとシールドスタビライザーの複合装備であるモールニヤの機動性の前では、
 その魔力弾の暴風雨もそよ風に舞う木の葉も同然だ。

瑠璃華『連合軍全機! 261に構わず援護射撃を続けろ!
    少しでも敵の防御を反応させて、茜とクレーストの攻撃の隙を作れ!』

 通信機から瑠璃華の声が響き、ティルフィングの背面で瑠璃色の魔力砲弾が弾ける。

 どうやら、瑠璃華も立ち直ったようだ。

 そして、ティルフィング攻略の活路は瑠璃華の言う通りだった。

 ティルフィングの高密度結界装甲はフルオートでその密度を変移させる。

 一見して無効化されている小さな魔力弾も、ティルフィングの結界装甲に隙を作る、大きな役割を持っているのだ。

 茜は仲間達の作ってくれた隙を付き、幾度も槍から発生した巨大な魔力刃で斬り掛かる。

 結界装甲の密度が高まりきる前……刃が届く内に、ティルフィング本体を切り裂く。

 単純だが最も効果的な攻略法である。

 だが、先ほどの不意打ちの一撃と同様、浅い傷を穿つので精一杯だ。

茜「まだ浅い……!?」

 一撃一撃、渾身とも言える神速の斬撃を放っても、
 ティルフィングの結界装甲を切り裂き、刃を本体に届かせる事は難しい。

 傷つけられるのは薄皮一枚、と言う所だろう。

 だが、愕然としていられる場合ではない。


355 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:36:02.21nXiWmAUYo (32/37)

クレースト『茜様、限界まで魔力を集束して下さい。薄く、鋭く、折れない刃です』

茜「薄く、鋭く、折れない刃……!」

 茜はクレーストのアドバイスを反芻し、その刃をイメージする。

 魔力集束によって生まれる魔力の刃……集束魔力刃だ。

 AIの補助と武装の特性によって、
 既にドラコーンクルィークの魔力刃は研ぎ澄まされた刃そのものと言って良い程に集束されている。

 だが、ドライバーである茜が集束をイメージする事で、その効果もさらに高まるのだ。

茜「届けっ!」

 茜は再度、渾身の力で持って斬り掛かる。

 味方の援護射撃をくぐり抜け、遮二無二振り回されるティルフィングの腕を避けて、脇腹を切り裂く。

 先ほどよりは深い傷を穿ったが、それでも致命傷にはほど遠い。

茜(まだだ……まだ足りない! もっと鋭い刃で!)

 茜はさらに刃を研ぎ澄ます。

 自然と魔力は氷結変換され、茜色の氷の刃が切っ先に生まれる。

 そして、その時だ。

風華『ただの魔力弾が駄目なら、これはどう!』

 格納庫から顔を出した突風……風華が、肩に担いだランチャーから何らかの弾丸を放つ。

 弾丸はティルフィングに命中する直前に爆発し、辺りに霧のような煙を撒き散らした。

 すると、瑠璃華の砲弾やレオンの放った狙撃弾が、ティルフィング本体に届き始めたではないか。

茜「これは、一体……?」

 ダメージは微々たる物のようだが、先ほどとは明らかに変わった状況に、茜は驚きの声を上げる。

突風『撹乱用のジャミング弾頭よ!』

 その驚きの声に応えたのは突風だった。

 敵のセンサー系を撹乱できれば良い程度の、苦し紛れの一発だったが、
 センサーで敵の攻撃を感知しなければいけないティルフィングの防御システムには、覿面の効果を見せた。

 攻撃が届き始めたのは、センサーの撹乱で結界装甲の密度変移に遅れが生じている証拠だ。

茜「今なら行ける!」

 茜は、氷刃を構えたクレーストと共に飛ぶ。

茜「本條流魔導剣術、奥義! 天ノ型改が終! 龍天・氷牙ッ!!」

 本来ならば舞ノ型が終・凰舞と共に放たれる必殺の十文字斬り、龍凰・天舞。

 その十文字斬りに込める力を、その一太刀にだけ込め、渾身の力で振り抜かんとする。

 今までのように撫で斬りにするのではなく、胴体の付け根を両断せんとする神速の斬撃。

 それは、確かに結界装甲が分厚い障壁を作り出す直前、ティルフィングの胴体を捉えた。

 だが――

茜「ッ!? しまった!?」

 手の先から伝わる異質な感触に、茜は愕然とする。

 後追いで密度を高めた結界装甲の障壁に、刃が押し留められてしまったのだ。

 茜色の氷刃を、黒い障壁が絡め取り、茜は押す事も引く事も出来ぬ体勢で固まってしまう。

ホン『調子に乗るなぁ! メスガキがぁぁぁっ!!』

 ホンは砲声を張り上げ、眼前で動きを止めたクレーストに向けてティルフィングの腕を振り下ろす。

 正に、万事休す。


356 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:36:47.30nXiWmAUYo (33/37)

 しかし――

???『お前こそ調子に乗ってんじゃねぇぇぇっ!!』

 上空から怒声にも似た裂帛の気合、一声。

 マリアだ。

 そして、その声が轟いた直後、上空から巨大な大木が降って来た。

 火色と雄黄色の魔力に包まれた、周囲八十メートルはありそうな巨木だ。

 その両脇には、プレリーとカーネルが取り付いている。

 マリアとクァンはカーネル・デストラクターの合体が解除されてしまった直後、
 再合体不可能と悟って反撃の準備を整えていた。

 それは植物操作魔法による巨木の精製を行い、魔力と物理衝撃による二重攻撃を仕掛ける事だった。

 技研周辺の森にあった巨木を急成長させ、クァンによって硬化された、
 砦の扉を討ち破る攻城槌と化した大木を持って跳躍し、
 ティルフィングの脳天に向けて、たった今、突き落としたのである。

ホン『ぬがっ!?』

 激突による衝撃にホンは短い悲鳴を上げた。

 それと同時に結界装甲の密度が増し、急造の巨木は一瞬にして砕けてしまう。

 だが、一瞬で十分だった。

 クレーストの刃を絡め取っていた結界装甲の密度が、僅かに弱まる。

クァン『茜君っ!』

マリア『ぶったぎれぇぇっ!』

茜「ッ……こぉこぉ、だあぁぁぁっ!」

 クァンとマリアの声を合図に、茜は裂帛の気合を放ち、
 左腕に構えていたスニェークに雷の集束魔力刃を……
 ありとあらゆる物を叩き割る、稲妻の如き刃をイメージし、作り上げた。

 そして――

『舞ノ型改が終! 凰舞・雷刃ッ!』

 雷刃による凰舞で、氷刃を押し込む。

 既に切っ先のめり込んでいた氷刃は、雷刃によって漆黒の障壁の拘束を解かれ、
 一気にティルフィングの胴体を切り裂いた。

 さらに、後追いの雷刃が氷刃とぶつかり合い、十字の交点に凄まじい破壊力を生み出す。

 氷結変換と雷電変換、相反する魔力同士の反発が生む相乗効果により、
 切り裂かれた部位からティルフィングの胴体は爆発を起こし、その場で仰向けに崩れ落ちた。

 一方、茜とクレーストは爆発の向こう側へと突き抜け、崩れ落ちて行くティルフィングの巨体を背に、
 瓦礫の中へと着地する。

茜「………本條流魔導剣術……最終奥義、終ノ型改……龍凰・天舞……氷刃雷牙の型……!」

 茜は静かにそう言い放つと、槍の纏った氷刃と短刀に纏った雷刃を霧散させた。

 そして、改めて崩れ落ちたティルフィングへと振り返る。

 ティルフィングの胴体からは大量のエーテルブラッドが流れ出し、
 エネルギーの供給を失い、結界装甲すら失った巨体は微動だに出来なくなっていた。

 仲間達からの援護射撃も止み、連合軍の勝利で戦いは終わったのである。


357 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:37:39.99nXiWmAUYo (34/37)

茜「………」

 しかし、茜は無言のまま、ティルフィングへとクレーストを歩み寄らせる。

ホン『だ、誰か! 誰か、早く来い! 皇帝の危機だぞ!
   早く……早く助けに来い!』

 自らの敗北を悟り、それでもその敗北を認められず、ホンは外部スピーカーで喚き散らす。

 その声は恐怖で上擦り、涙で震えていた。

 茜はやはり無言のまま、ティルフィングの胴体へと乗り上げ、分厚い装甲で覆われた首もとに足を置く。

ホン『ひいぃっ!?』

 その瞬間、ホンが悲鳴を上げた。

茜「コックピットハッチは、ここ……で、いいようだな」

 茜は外部スピーカーに向けて、静かに呟く。

 聞く者が聞けば酷薄に聞こえる声。

ホン『ひ……ひぃぃぁぁ……』

 ホンは言葉にもなっていない呻き声を漏らす。

 どうやら、今、茜……クレーストの足が踏んでいる場所がハッチで間違いないようだ。

 と、その時。

 ティルフィングの近くにぽつり、ぽつりと人影が見えた。

 どうやら今の今まで、技研の地下シェルターに避難していた者達が顔を出したようだ。

 次第に増えて行く者達は、テロリストの構成員だけでなく、人質同然だった市民も混ざっていた。

 テロリスト、と言う観点で見れば加害者と被害者の混成集団だ。

 彼らは一様に、クレーストによって踏み付けにされた自分達の首魁を見ている。

 その目には、恐れと、諦めと、そして、恨みにも似た色が宿っていた。

ホン『お、お前達! 何を見ている! 貴様らの王がピンチだぞ!
   助けろ! 臣民なら、俺を助けろぉ!』

 人々に気付いたホンは、必死で彼らに自分を助けるように命じる。

 だが――

市民A「……ころせ……」

 誰かが、絞り出すように呟く。

市民B「ころせ……」

市民C「ころせ……!」

市民D「殺せ!」

市民E「殺せ! ホンを殺せ!」

 それを皮切りに、人々は怨嗟の声を上げた。

 ホン・チョンスを殺せ。

 俺達を煽動し、こんな恐怖集団に捉えたホン・チャンスの子を殺せ。

 私達を人質に取り、恐怖で抑え続けたホン・チャンスの子を殺せ。

 遊び半分で仲間を処刑したホン・チョンスを殺せ。

 娘を連れ去り、辱め、無惨に見捨てたホン・チョンスを殺せ。

 恐怖で押さえつけられていた集団が、その恐怖の戒めを失い、暴徒と化し、ホンへの恨みの大合唱を始めた。


358 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:38:46.99nXiWmAUYo (35/37)

市民F「殺せえぇぇぇっ!!」

 大音声を号令に、人々は足もとの瓦礫をティルフィングの残骸に向けて投げつけ始めた。

 ガンガン、カンカン、キンキンと様々な音を立てる。

ホン『ひ、ひぃぃぃっ!?』

 殺意の怨嗟のシュプレヒコールと、瓦礫と機体のぶつかり合う音に、ホンは恐怖に引き攣った悲鳴を上げた。

茜「これが……お前の真実だ……お前は皇帝なんかじゃない。

  上に立つ者の矜持も、義務も知らず、恐怖で人を支配するだけの、
  踊らされて担ぎ上げられた、ただの道化だ!」

 茜は周囲の人々を寂びしそうな目で見ながら、ホンに怒りの声をぶつける。

 戦闘が終わったばかりで、彼らを拘束する軍と警察の機動部隊はまだ駆け付けられない。

 何人かはホンを引き摺り出そうと、ティルフィングの巨体を登ろうとしている。

 だが、倒れたとは言え高さ二十メートルはあろうかと言う人型を登るのは容易ではない。

 それでも、機動部隊が来る前には登り詰める事も可能だろう。

 つまり、ホンは逮捕される前に、彼らによってリンチされて無惨に殺される未来が待っている。

茜「お前は……お前の父は幾つもの許されない罪を犯した……!
  そして、お前はその罪を引き継ぎ、さらに罪を重ねた!」

 茜は怒りのまま、叫ぶ。

茜「お前は……誰にも許されない!」

 そして、茜は一度は腰に収めたスニェークを構えた。

 魔力を込めて逆手に構え、振り上げる。

 止めの一撃。

 誰もがそう思っただろう。

 事実、最終的なホンの生死は問われていなかった。

 可能ならば捕らえる事が推奨されていたが、この状況で生きて捕らえるのは、もう難しい。

レオン『止めろ、お嬢!?』

 レオンも最悪の結末を予感し、慌てて茜を止めようとする。

 もう間に合わない。

 以前、茜を止めてくれた空は、まだ離れた場所で戦闘中だ。

 そして、スニェークがティルフィングのコックピットハッチへと突き立てられた。
 しかし、爆発も閃光も、ましてやホンが切り裂かれるような惨劇も、その場では起きなかった。

 代わりに、茜色の氷がコックピットハッチ周辺を固めている。

 ようやく登り詰めた人々の何人かが、氷を叩き割ろうと必死に魔力弾や棒きれを叩き付けるが、
 結界装甲の延長で作り出された氷は決して砕けない。

 それは、暴徒からホンを守る氷の防壁だった。

茜「その氷が保つのは三時間程度……。
  三時間経てば、お前を殺そうと登って来た人間がまたお前に襲い掛かるだろうな……」

ホン『………ぁ、ぁぁぁぁ……』

 茜の言葉に、まだ自分が助かっていない事を知り、安堵の声を絶望に変えながら、ホンは呻く。

茜「お前は、多くの人々を虐げ、恐怖を与えて来た……。
  なら、その万分の一、億分の一でもいい……お前が他人に与えて来た恐怖を味わえ!」

 茜はそう吐き捨てるように言い放つと、氷の中からスニェークを引き抜き、
 ゆっくりとティルフィングから離れた。


359 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:39:38.99nXiWmAUYo (36/37)

 すると、ティルフィングを取り囲む人々は一斉攻撃を再開した。

 少しでも早く氷を砕き、中にいるホンに制裁を……私刑を加えるべく。

 ガンガン、カンカン、キンキンと、様々な音が機体の全身を通じてホンに伝わる。

ホン『だ、誰か……助け……助けて………いやだぁぁぁっ!!
   助け、助けてくれぇぇっ! いや、し、死にたくない!
   死にたくない、死にたくない! たすけ、たしゅけ、だじゅげでぇぐれえぇぇぇっ!』

 結界装甲にも守られず、反撃の手立ても無く、人よりも弱い魔力しか保たない虚像の皇帝は、
 全てのかなぐり捨てて助けを求める。

ホン『謝る! ごめんなさい! ごべんなざい! ごべんなざぁいぃぃ!』

 泣きじゃくり、のたうち回り、必死に助けを求める。

 茜はその様を後目に、仲間達の元へと戻って行く。

レオン『お嬢……』

茜「文句があるか?」

 通信機越しに聞こえたレオンの声に、茜は溜息混じりに問い返し、
 “さっきは止めようとしただろう”と呆れたように付け加える。

 どうやらプライベート回線のようだ。

レオン『いや、ま、そうだけどよ……。

    けど、三時間もあれば、機動部隊が全部鎮圧しちまうぜ?
    実質、守ったようなモンじゃねぇの? いいのか、アレで……』

茜「………いいんだ、アレで」

 戸惑い、躊躇うようなレオンの問い掛けに、茜は複雑な声音で返す。

 いいのか、と問われれば、本心ではよくないと答えたい。

 臨死の恐怖を味わった60年事件の被害者達。

 囚われ、従えられ、死の恐怖に怯え続けた人々。

 その人々が感じた恐怖を、少しでもホンに味あわせたのだ。

 それで誰の恨みが晴れるのか、それとも晴れないのか。

 それすらも茜には分からない。

 本音を言ってしまえば、ホンを自らの手でくびり殺したいとさえ思う。

 だが、茜の復讐は、ホンに臨死の恐怖を味あわせる事で……
 自分が与えられた恐怖を少しでも返した事で、全て終わったのだ。

 茜は、そう思う事にした。

 その時、不意に離れた場所で輝いた空色の光が目に入る。

 目を凝らすと、こちらに向けて全力で飛んで来るエール・ハイペリオンイクスの姿が見えた。

茜(ユエは……空達が倒してくれたか……)

 その光景を見上げ、茜は感慨深く心中で独りごちる。

クレースト『お疲れ様です、茜様……』

茜「……ああ、お前もお疲れ様だ、クレースト」

 優しく声をかけて来た相棒に、茜はどこか憑き物の落ちたような笑みを浮かべて、満足そうに答えた。


第22話~それは、振り切られた『忌まわしき十五年』~・了


360 ◆22GPzIlmoh1a2015/03/31(火) 20:43:17.26nXiWmAUYo (37/37)

今回はここまでとなります。
………よし、予告通り!w

ついでに安価、置いて行きます

第14話 >>2-39
第15話 >>45-80
第16話 >>86-121
第17話 >>129-161
第18話 >>167-201
第19話 >>208-241
第20話 >>247-280
第21話 >>288-320
第22話 >>325-359


361以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/04/04(土) 20:03:21.07vhs4sgNE0 (1/1)

遅くなりましたが乙ですた!
アッカネーンの脱出……てけてけwwwwにポマードwwwww 後者で爆笑してしまった私は年齢がバレそうですなww
何にせよ、またロケットパンチ装備の人が増えなくて良かったです♪
そしてティルフィング……これ、乗っているのがホンでなかったら普通に脅威だったでしょうね。
いや、ホンが乗ってもこれだけ梃子摺ったんですから、キチンと訓練を受けた乗員が操縦して、移動手段があり、尚且つ周囲を固める護衛が付いていたらというテロ組織にはおよそ実現不可能な状況なら、ではありますが。
そのホン……信頼を築くのは時間が掛かるが、それを壊すのは一瞬、というのを体現しているような血族ですな。曽祖父さん哀れすぎでしょう。
ラストの茜の措置は、私情も入っているにせよ納得です。この選択が出来るようになったのは、大きな成長と言えますね。
ここでホンを石もて打つ人々は、同じテロリストとは言え、責められますまい。中東の某何とか国とか言う組織は勿論ですが、国内関東のその組織を真似たDQNグループが同様の武力で周囲を圧っしていたようなものですし、同じ歪んだ不満を理由に破壊行為を行っていたとは言え、あれでは……ね。
さて、大きな事件も一段落でしょうか。この後何が起きるのか、楽しみにさせて頂きます!



362 ◆22GPzIlmoh1a2015/04/04(土) 22:04:22.239+2Unvfwo (1/1)

お読み下さり、ありがとうございます。

>ポマード
多分、口裂け女の対策方法がポマードだった時期の小学生かぬ~べ~世代しか分からないと思いますw
この所、シリアスな展開ばかりでお疲れかと思って地味にブラックな笑いをぶっこみました。

>ロケットパンチ装備の人
仮に茜がロケットパンチ装備になっていたら初代の直系と言う凄まじい状態にw

実は
 1.茜をどう脱出させないか 2.茜とミッドナイト1の交流
 3.決戦より先にエール奪還 4.茜をどうやって無傷で脱出させるか
と言う四つの点を考慮してのフェイの一時離脱だったりします。
あと、既に両手首どころか四肢全部切断された子が出て来てしまったので、流石に短期間に切断はヤバいなぁ、と
まあ、手足どころか自ら下半身を切断したテケテケがいましたが(遠い目

>ホンでなかったら普通に脅威
戦闘訓練をしっかりと受けていれば、上半身だけとは言えそれなりに動けますからねぇ……。
ホン自身が魔力弾を飛ばせないので遠距離攻撃が出来ないと言うお粗末な状態でなければ、
ハイペリオンイクス、予備タンク随伴クルセイダー、正式装備クレーストの三枚看板で、
政府軍が全滅寸前になってやっとこ撃破可能、と言う感じですかね。

>曾祖父さん哀れすぎ
結とグンナー、リノとトリスタンがBADEND的対比だったように、今回も茜との対比ですね。
テーマとしては“彼女(彼)は偉大な人物の血統を継ぐに足る人物か”と言う感じです。
ともあれ、ホンの父の代で何があったのか、と言うのは語る機会があるならば
僅かばかりであっても劇中で明らかにしたいと思っています。

>大きな成長
空との口論、M1とのふれ合い、ユエと言う黒幕の存在。
色々と成長に繋がるファクターは用意しましたが、
ホンとの決着を締めくくるのは成長した茜でなければならない、と……。
そして、茜は結の血統と奏のギアを継ぐに相応しい人間として成長して行く第一段階を突破したワケです。
加えて、空も前回のユエとの対決でもって、結のギアを継ぐための成長の第三段階に差し掛かりました。
第一と第二はそれぞれPTSDからの復帰とエールの奪還ですね

>中東の組織とかDQNグループとかと同様
コレの構想を練っていた一昨年の末頃は中東食い詰め無職集団もDQN集団も耳にも目にもしない連中ばかりでしたねぇ……。
ともあれ、不満を暴力だけで解消しようとする未熟な精神性の行き詰まりの姿ですな。
そんな未熟な精神性で行き詰まったまま国を作ればどうなるか、の極論がホンと人々の姿だと個人的に思っております。
まあ……対話と規律だけで回る綺麗事の世界でない事が、現代国際社会一番の問題であり、
それを放置して力と金に訴えている一部先進国の存在が未熟な精神を培う土壌でもあるのですがorz

>大きな事件も一段落
一応、世間的には幕引きの事件ではありますが、空達にとってはまだ片付いていない件がありますからね。
次回はそんな片付いていない件の一つである彼女が中心となる、茜と彼女の成長第二段階の話となります。
ついでに、フェイがどうやって助かったか手短に解説します(ぉぃ


363以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/04/26(日) 21:31:58.05qlEyjZ+G0 (1/1)

ho-syu


364 ◆22GPzIlmoh1a2015/04/29(水) 04:50:45.43EkVY6I6Do (1/1)

保守ありがとうございます。

んが、キャラが難産+土日の畑仕事が忙しくて全然進んでおりませぬorz
もう少々お待ち下さい……


365 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:06:56.82BcBQvjwCo (1/11)

筆が進まないので気分転換に書いた匿名掲示板ネタ
キャラ崩壊・ジャンプ漫画ネタ注意 目を細めて生温くお読み下さい


366 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:07:42.12BcBQvjwCo (2/11)

第22.5話~それは、破滅へ歩む『匿名掲示板の忍者』~

―1―

2ch>ホビー>模型・玩具全般>ミリタリー>ギガンティック
 俺のキツネたんが人型に改悪された件について    スレ立て日時:2075/07/18(木) 22:28:12.20

1 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    クソがああああああああああっっっ!!!!!!

2 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1
    おちつけし

3 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ああああああああああああああああああああああ!!!!!!
    なんで人型とかキモイ形にしてんだよおおおおおおおおお!!!!!
    かえせよおおおおおおおおおおおおお!!!!
    俺のキツネエエエエエエエエエエ!!!!!

4 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    開いたら想像以上に>>1が荒れてて草

5 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    http:www.up-up/75071809008
    こんなんじゃねぇぇんだよおおおおおおおおおお!!!!!

6 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    責任者でてこいやあああああああああああ!!!!!!!!!

7 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1の時点じゃ「っ」があったり「!」も半角なのに
    キャラがブレてるやり直し

8 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>5
    http:www.up-up/75071809009
    キツネ型にもなれますしお寿司

9 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>8
    ブースターとかいらないんですぅ
    前のキツネちゃんがかわいいんですぅ

10 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>9急におちつくなし

11 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>2>>10
    落ち着けと言ったり落ち着くなと言ったり

12 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あ、昨日のテロとの戦闘、もう画像うぷされてんの?
    つか何? え? これが211?
    もうちょっとデザインどうにかならん?
    何で肩に四本も箸ついてんの?

13 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    箸じゃねぇよw
    解析班の話じゃブースターだってよ

14 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    箸ワロタ

15 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    211じゃなくて204な
    何か新しいエンジン見付かったとかってニュースが3日前に流れてた

16 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    見付かったって埼玉にでも埋めたのか?

17 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    80年以上前のニュースのネタとか分かる奴いないだろ

18 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ちゃんと脱線してるいつものお前らで安心した

19 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    2レス脱線しただけで脱線したとか早漏すぎんよ


367 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:08:35.38BcBQvjwCo (3/11)

20 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    つか何でオリジナルギガンティックなのに機体新しくなってんの?モデルチェンジ?他のもやれよ

21 名前:◇2989wktk[sage]
    >>20
    テロリストにぶっ壊されて新型になった
    設計者は前と一緒

22 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    いつものバレ師キター!
    ◇2989wktk氏、お疲れさんです!

23 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【悲報】バレ師 半月ぶりの降臨場所は批判スレ

24 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    降臨って宗教か何かかよ引くわ

25 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>24にわか帰れよ

26 名前:◇2989wktk[sage]
    今回の204は211を新しい201ドライバー用に改修、強化した機体な
    スペック時点で211よりも加速性、機動性、格闘能力で2割増しってバケモノ
    実際は5割増しとか

27 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    何でこんなに詳しいんですかねー?
    ガセじゃなきゃ内部の人間の情報リークで逮捕じゃね?

28 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>27
    ◇2989wktk氏はギガンティック機関の広報の中の人で提供可能範囲で情報提供してくれる広報担当さんだぞ
    下手に内部の人間が情報漏らす前に「ここまで」って線引きを事前にしてくれる人
    降臨しても一つのスレにしか現れないから、ギガンティック機関の人間は降臨したスレをROMってる
    そんな事も知らねぇの?

29 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マジかwww
    よくクビになんねぇな

30 名前:◇2989wktk[sage]
    俺で三人目だけどね
    一人目も二人目も担当変わっただけでちゃんと在籍してるから

31 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    新しい201ドライバーってJCだよな

32 名前:◇2989wktk[sage]
    >>31
    通報しますた

33 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師、遊んでないで何か新情報

34 名前:ボクらはトイ774キッズ[age]
    バレ師降臨と聞いてあげ

35 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    新情報が無いなら寝る

36 名前:◇2989wktk[sage]
    明日のニュースで画像が出る予定だけど
    211同様、今回の204も合体しまふ
    ついでに205も212同様に合体
    新しい機体と201でも去年からしてる三体合体も可能

37 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    パワーアップktkr

38 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マイジマのスケールモデルはいつ出ますか?

39 名前:◇2989wktk[sage]
    俺、M.Jさんトコの社員じゃないから知らんし
    昨日から社長が寝ずに型作り始めたとか聞いてないし
    半年以内に出したいとか聞いてないし

40 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    知ってるじゃねぇかwwwww


368 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:09:28.50BcBQvjwCo (4/11)

41 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    メガトイズ版合体固定モデルのエルペリオンの発売日が来週な件について
    発売後には既に実機が存在してないとか………

42 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    おっと前のドライバーが死んだ後に故人のパーソナルマーク仕様が発売されたチェーロさんの悪口はそこまでだ

43 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>42そっちもメガトイズ製じゃないですかーやだー


※注釈 メガトイズは劇中の玩具メーカー。
    ノンスケールのフィギュアの老舗で軍用機の完成済み可動フィギュア中心で販売しています。
    ちなみに“エルペリオン”はエール・ハイペリオンの略称でネットスラング。


44 名前:◇2989wktk[sage]
    司令が泣いちゃうからその話題はNG

45 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    半年前に改造していた俺に隙は無かった
    http:www.up-up/75011521022

46 名前:◇2989wktk[sage]
    司令室に呼び出し食らった、逝って来る

47 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    呼び出しはえーよw
    上層部が見てるのか、このスレw

48 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    このスレは英雄 明日美・フィッツジェラルド・譲羽によって監視されています

49 名前:◇2989wktk[sage]
    副司令だよ

50 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    余裕あるなバレ師
    携帯端末からアクセスかな?

51 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    どっちにしても副司令が見てんのかよw


※注釈 アーネスト・ベンパー副司令は諜報部の総責任者です。
    普通に広報担当者を名乗る諜報部員の書き込んでいるスレッドを監視しています。
    トリップの“◇2989wktk”は監視用のマーカーで外すと怒ら【減俸さ】れます。


52 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    半年以内に発売か。
    マイジマの社長は仕事早いからな205も204から二ヶ月以内に発売だな。

53 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ん? 205って事は212も壊れたのか?

54 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    つかテロの使ってた機体とかも発売されんの?
    この前の電波ジャックで見た401とか結構好みなんだけど

55 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    きっと太陽造形ならやってくれる

56 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    太陽造形さんマジ俺らの太陽


※注釈 太陽造形はインディーズメーカー。要は同人模型サークル。


369 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:10:22.77BcBQvjwCo (5/11)

57 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    ただいまー

58 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわぁ……

59 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>57ど、ドンマイ

60 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ◇2989wktk氏の月給三割はきっとおれらの月給より高いんだろうな
    いいな特一級は

61 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    深夜ニュースに新画像キタアアアアア!!!
    http:www.up-up/75071900007

62 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>61
    202に羽戻ってるー!!

63 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    やべぇ黒地に赤ラインの羽とか格好良すぎんだろ

64 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    俺の改造ギガンティックフォルダが火を噴く時が来たようだ
    http:www.up-up/75071900025

65 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>64
    ちょw改造早過ぎんよww

66 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    5年前に茜たんが乗った時に25年前にマイジマの出した202フル装備版を改造した奴だからな
    当時の画像はこっち
    http:www.up-up/70040700011

67 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    クリアパーツ自作とかw
    五年前は架空兵器乙とか言ってスンマセンデシタorz

68 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>67
    許さん
    罰として「茜たんprpr」と絶叫しながら皇居正門前三往復な

69 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>68
    ロイガに逮捕されるな

70 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>68
    逮捕より先に兄貴が出て来て踏まれるに俺の今月の給料七割

71 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>70無理すんなw

72 名前:減俸三割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    呼び出し二回目ー

73 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    相変わらず副司令の反応はえーw

74 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    身体強化しながら見張ってる可能性

75 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>74してるワケねーだろ


※注釈 してます


370 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:11:40.02BcBQvjwCo (6/11)

76 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    もうやめて副司令! ◇2989wktkの給料は0よ!

77 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    まだ半分残ってるし ゼロになってないし

78 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    アチャー

79 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    自業自得すな

80 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>64
    いくらで譲ってくれますか?

81 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>80
    多分、来月になったらマイジマから製品版出るぞ
    実機用の装備が見付かったらいつでも発売できるように社長がスタンバイしてた筈だから

82 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>81
    やっぱりM.Jの事も詳しいじゃないですかー

83 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    噂で聞いただけじゃよー ホントジャヨー

84 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    五年前にパーツの型どりから始めた俺の苦労は一体……

85 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あとで総合スレのテンプレ書き直しておかねぇとな

86 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ねえみんな>>1が息してないの

87 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師が現れたらそこがバレ師スレだからな
    >>1は犠牲になったのだ 犠牲の犠牲にな

88 名前:1[sage]
    いいよもう……1/300キツネたんニーして寝るから

89 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >1/300キツネたんニー
    つまり……どう言う事だってばよ?

90 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>88
    モケニーとか上級者過ぎんよ

91 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    >>88
    (ドライバー本人に)通報します

92 名前:1[sage]
    >>91
    やめてくださいこうふんします

93 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわぁぁぁぁ………

94 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    マジで通報した方が良いような気が……

95 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    211のドライバーって女の子だろ?
    そんな子にモケニーを語るバレ師も相当な気が………

96 名前:減俸五割一ヶ月◇2989wktk[sage]
    逝って来まーす

97 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【速報】副司令 女子にモケニー語るヤバさに気付く

98 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>1よりバレ師の方がトばし過ぎな件

99 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    204その物より201との合体形態の方が気になる


371 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:12:32.73BcBQvjwCo (7/11)

100 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ただいまー

101 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    うわあああああああああああ

102 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師逝ったあああああああああああ

103 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ワロタwwwwwww

    ワロタ………

104 名前:1[sage]
    とりあえずもう寝る スレ落として

105 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    HENTAIの>>1が神を召喚したと聞いて

106 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    三代目は俺達の心の中に生き続ける

107 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>107殺すなし

108 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    【悲報】バレ師 無事死亡

109 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    次何かやったらクビになるのでは?

110 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    >>109
    押すなよ!絶対押すなよ!

111 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    意外と元気そうだな

112 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    VIPでも無いのに何でナルトネタばかりなんですかねぇ

113 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>112
    この間、岸影が四代目に交代して話題になったばかりだからしゃーない
    ってか言う程ナルトネタ出てねぇだろ

114 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    六十年前はワンピの原作者が何代目になるとかネタにされてたそうだな
    ま、二代目まで行ったけどな

115 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ワンピは巻数三桁以内で完結したろ!いい加減にしろ!

116 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ジャンプスレに帰れよ老害共

117 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>116
    うるせえ嵐遁・励挫螺旋丸食らわすぞ
    http:www.up-up/75071900133

118 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>117
    バレ師もそうだがお前も荒ぶるなよw
    ってか何でさっきのフル装備202にナルトフィギュアのエフェクト付けてんだよw

119 名前:117[sage]
    良かれと思って付けた
    反省はしている


372 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:13:39.58BcBQvjwCo (8/11)

120 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    五歳の頃に部屋でこっそり螺旋丸の練習していたお嬢の悪口はそこまでだ!

121 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    おwwwじょwwwうwww

122 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    お嬢って誰だよ
    ってかバレ師、変な事言ってるとまた呼び出し食らうぞ


※注釈 諜報部は李家・藤枝家の門下生が殆どです。お嬢の正体が前線部隊の隊長とか言ってはいけない。


123 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    俺も魔改造で>>117支援
    http:www.up-up/75071900189

124 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>122
    模型板とは言えミリ系スレでギガンティック少女はないわー

125 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ギガンティック少女のエロフィギュアは見た事がある

126 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>125
    何でそんな事を言った!言え!と言うか画像を下さいおねがいします

127 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>123-124
    まあ、そうなるな

128 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    師匠から呼び出し食らったので逝って来ます………………………生きていたらまた会おう

129 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    あっ(察し)

130 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    バレ師いいいいいいいいいいいい!!!

131 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    今度こそ逝ったああああああ!


    え? マジ? 釣りとかじゃなくて?

131 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    四代目も気さくな人だといいなぁ……(遠い目


※注釈 師匠=前シリーズのサブキャラで>>1の一番のお気に入り


132 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    まさか二年ぶりのバレ師リアルタイム遭遇でバレ師の死亡を確認するとは思わなかった

133 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    まだ死んでねーし 究極穿孔・疾風飛翔脚食らうとは決まってねーし(震え声

134 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    究極穿孔・疾風飛翔脚……お嬢って……あっ(察し


※注釈 一体何枝何華なんだ?>お嬢


135 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>134
    それ以上いけない

136 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    先代バレ師が開き直ってる件


373 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:15:01.06BcBQvjwCo (9/11)

137 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    まだ死んでない!(泣

138 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    いや、もう明日ってか今日から四代目だから先代で合ってるでしょw
    びびり過ぎだろ

139 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    オリジナルドライバーに説教されに行くとか半分処刑台行きでしょ

140 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ぼすけて

141 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    そんな古典ネタ出すとか随分余裕な先代バレ師w

142 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ボスに給料半額にされたばかりだろ助け求めんなやww

143 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    伝説のバレ師がさらなる伝説になる瞬間と聞いて魔改造スレからきますた

144 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    映 画 化 決 定

145 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    15年ぶりに60年事件が解決されたばかりだと言うのに……嫌な事件だった

146 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    明日はバレ師の死体が藤枝邸から見付かるのか

147 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    藤枝邸モケニー殺人事件

148 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    ま だ 死 ん で な い !

149 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>148
    >まだ
    あっ(察し

150 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    何のスレなんですかねぇここ

151 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    モケニーの聖地でバレ師の墓標だろ

152 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    性痴ワロタ

153 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>151勝手にバレ師殺すなし

    ま、明日生きてる保証も無いけどなー

154 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    四代目まだー?

155 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    モケニーとかやり出す上級者に関わったせいでこの様ですわ

156 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>155
    いや概ね自爆ですやん
    酔っぱらってるの?w

157 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    酒で身を滅ぼす特一級とかメシウマ

158 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    反省してねぇぇwww
    師匠、やっちゃって下さいww

158 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ギガンティック機関もここ一ヶ月くらいフル回転だっただろうからな
    バレ師もハジケちゃったんだろご愁傷様


以下、お祭り騒ぎ――――


374 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/20(水) 20:15:41.97BcBQvjwCo (10/11)

―2―

 翌日、早朝。
 ギガンティック機関、司令室――

リズ「ハァァァ………」

 深いため息を漏らすコンタクトオペレーターチーフ……リゼット・ブランシェ。

 そんな彼女に笑みを浮かべて近付いて来たのは同期であり、タクティカルオペレーターチーフの新堂ほのかだ。

ほのか「リズ、聞いたよ? 減俸二ヶ月だって? ご愁傷様」

リズ「人事だと思って……性格悪いわよ、ほのか」

 苦笑い半分冷やかし半分と言った様子のほのかに、リズはジト目で睨みながら呟くと、さらに続ける。

リズ「って言うか、誰から聞いたの?」

ほのか「今朝、受付でみなみんから」

 リズの質問に、ほのかはあっけらかんと腐れ縁で同期の“みなみん”こと市条美波の名を挙げた。

リズ「ちょっとあの子持ち人妻小学生ガチで〆て来る………」

ほのか「いってらっしゃーい…………」

 無表情で立ち上がったリズを見送ったほのかは、明後日の方角を見遣りながら“みなみん、すまん”と小声で付け加える。

 数分後、ほのかはロビー方向から聞こえて来た“ほのぴぃぃぃぃぃぃっ!?”と言う素っ頓狂な悲鳴を聞き流しながら、
 業務の準備に入ったのだった。


―3―

 半年後――

2ch>ホビー>模型・玩具全般>ミリタリー>ギガンティック
 俺のキツネたんが人型に改悪された件について    スレ立て日時:2075/07/18(木) 22:28:12.20

995 名前:ボクらはトイ774キッズ[]
    伝説の跡地に足跡付けにきますた

996 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    >>995
    古いスレ上げんなカス

997 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    このスレまだ残ってたのか

998 名前:1[sage]
    はあああああん!新キツネたんのお箸のスキマ気持ちいいよおおおおおおおお!

999 名前:ボクらはトイ774キッズ[sage]
    ちょwおまww結局204でモケニーしてんじゃねえかよw
    しかも箸のスキマてw

1000 名前:明日から始まる四代目バレ師に乞うご期待◇2989wktk[sage]
    >>998
    変態!変態!変態!変態!


第22.5話~それは、破滅へ歩む『匿名掲示板の忍者』~・了


375以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/05/20(水) 20:20:13.70BcBQvjwCo (11/11)

結論・真面目な話の書き過ぎでスランプ中

今回、バカばかり書いたので少し持ち直しました
前回書き込み時点では完成度二割ほどでしたが現在は六割ほど書き終えておりますので早ければ月末には来ます
お目汚し、失礼しましたorz


376以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/05/23(土) 18:46:10.617/dPSH1D0 (1/1)

遅くなりましたが乙っしたー!
やっぱりこのお話の世界にも、オタとマニアは息づいているんですねぇww
でも大丈夫!箸ニーだったら、まだ後戻りは出来る!!
世の中にはブラギガスという伝説があるのですから……

ところで、英雄戦虹さまの可動フィギアorドールは勿論発売されてるんですよね!ね!!


377 ◆22GPzIlmoh1a2015/05/23(土) 20:37:29.77HvzB6dLqo (1/1)

お読み下さり、ありがとうございます。

>オタとマニアは息づいている
仮に百年前、千年前に2ちゃんがあったらきっと同じ事をやっていると思う、が持論ですので
きっと百年後も千年後もこう言うアングラ入門で匿名な掲示板は賑わうかとw

>ブラギガスという伝説
……………………………放送期間中は常に当該おもちゃ板に張り付いているのに聞いた事がないっ!?Σ(゚Д゚
何処にブレイブインした挙げ句如何にしてギガガブリンチョして貰うんでしょうか?(ぉぃ

>勿論発売されてる
この世界観だと現実で数十年前にアイドルの着せ替え人形が販売されていましたが、アレと同じ感覚ですかね?
或いは某最終回のスーパーフミナ的なアレとか……

ともあれ、ガチで存在した場合、
ふくしれーときょーかんは初代閃虹の“長女”の方のドールを所持している可能性が微粒子レベルで存在していますw


378 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:26:35.76fbiOu5Nro (1/37)

月末に来ると言っていたな………あれは…………嘘になってしまい大変申し訳ございませんでしたぁぁっ!orz

長らくお待たせしました、最新話を投下します。


379 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:27:29.26fbiOu5Nro (2/37)

第23話~それは、人形のような『傷だらけの少女』~

―1―

 第七フロート第三層でのテロリストとの決戦から三日後、7月20日土曜日の正午前。
 メインフロート第一層、ギガンティック機関本部――


 門扉に横付けされたパトカーの後部ドアから、ロイヤルガードの制服に身を包んだ茜が現れる。

 茜は背筋を伸ばして軽く伸びをしてから前に進み出ると、その後に続いて背の高い男性が姿を現した。

 臣一郎だ。

臣一郎「ご苦労、このまま本庁まで戻ってくれ。迎えが必要な時には呼ぼう」

運転手「了解しました」

 臣一郎が運転手に指示を出すと、パトカーは兄妹に見送られて走り去って行く。

 茜はパトカーが見えなくなると、肩を竦めて兄に振り返った。

茜「兄さん……わざわざ付いて来なくてもいいじゃない」

臣一郎「ハハハ、そう言ってくれるなよ。
    伯母上宛に叔父上や母上からの言づてもあるんだ」

 どこか不満そうに唇を尖らせた茜の言に、臣一郎は笑い飛ばすように言うと、さらに続ける。

臣一郎「それに妹を心配するのは兄貴の特権だ。
    ……お前が大人になるまでは、たまには兄貴らしい事をさせてくれよ」

 臣一郎はそう言って茜の頭をぽんぽん、と軽く叩くと機関の本部庁舎に向けて歩き出した。

茜「あ、ちょっと、置いてかないでよ!」

 茜は恥ずかしさ七割と言った風で顔を真っ赤にすると、小走りで兄の後を追う。

 普段ならばギガンティック部隊では上司と部下と言う堅苦しい関係であり、
 オリジナルギガンティックのドライバーと言う多忙さから自宅でも顔を合わせる事も少なく、
 公官庁の外で様々なしがらみから解放された二人は、実に兄妹らしく――
 どこか幼さを感じさせる――振る舞いながら、エントランスへと向かった。

 受付へと向かうと、そこには先日、テロリストの拠点からの脱出を支援してくれた美波と、
 彼女の後輩である木場順子が並んでいる。

 美波は茜に目配せし口元に人差し指を当てて“内緒”と言いたげなジェスチャーを見せた。

 さすがに一般職員の順子の前で、諜報部職員としての美波に礼をするワケにもいかないのだろう。

茜(礼の一つも言いたかったんだが……)

 茜は胸中で溜息を吐くと、普段通りの所作に出来る限りの感謝の意を籠めて会釈した。

順子「えっと、司令との面談ですね。話は通っています」

 思い出すように予定を確認した順子は、そう言ってインカムを取り出し、
 執務室にいる明日美に連絡を入れる。

 二人は案内されるまま受付から右にある司令執務室へと向かった。


380 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:28:11.31fbiOu5Nro (3/37)

 ノックして入室すると、すぐに明日美が口を開く。

明日美「検査と査問が終わったようで何よりだわ、茜」

 茜に視線を向け、安堵混じりに呟いた明日美は目を細めて笑みを浮かべる。

茜「半分自宅謹慎のような物でしたが」

 茜は、この三日間の事を思い返して苦笑いを浮かべた。

 三日前の決戦直後、茜は即座に後方へと送られて一泊の検査入院と、
 そこから政府監査部の査問を受ける事となった。

 クレーストの整備状態も去ることながらが、
 本人の健康状態に何ら問題が無かった点が特に取り沙汰されたのだ。

 無論、フェイに預けた報告書も監査の対象となった。

 敵の……それも首魁を裏で操っていた黒幕であるユエに庇われていた、と言う事で監査は長引く物と思われたが、
 空がユエを討ち果たし、茜自身がホンの逮捕に最も貢献したと言う事もあり、
 監査部の態度も柔らかい物で、自宅での取り調べが主な物となったのである。

 加えて、茜が手に入れた資料も捜査資料として高い価値と影響力を持ち、
 今は連日のように政財界での捕り物が相次いでいるのが現状だ。

臣一郎「こちらが要求のあった逮捕者のリストと、容疑の固まっている支援企業の一覧です」

 臣一郎はそう言いながら進み出ると、明日美に端末を手渡す。

 明日美は“ありがとう”と言って端末を受け取ると、
 執務机の据え置き端末とリンクさせてリストを呼び出す。

明日美「見事に御三家や山路、それにウチの反対派閥ばかりね……」

アーネスト「与党議員にまで逮捕者がいるのは、さすがに予想外と言いたいですが……いやはや」

 明日美が確認したリストを、アーネストも情報共有で確認し、二人は嘆息混じりに呟いた。

 連ねられた名前には二人も覚えがある名前が大半だ。

 特に、予算委員会などでギガンティック機関やロイヤルガードの予算に対して、
 異議ばかりを申し立てていた議員などはすぐに顔と名前が一致した。

 お里が知れる、と言う言い方はかなりの語弊があるが、何を思って異議を申し立てていたのか一目瞭然である。

臣一郎「彼らの言い分も、一部は分からなくもないのですが……」

 臣一郎は僅かに躊躇いがちに漏らす。

 テロリストに出資して多くの人々を死に至らしめ、市民を恐怖のどん底に突き落としておきながら、
 その意見に正当性などあった物ではない。

 だが、彼らの中にはギガンティック機関とロイヤルガードにしか対イマジンの手段が無い事……、
 もっと言えばオリジナルギガンティックしか対抗手段が無い事を酷く憂慮しており、
 新たな対抗手段の模索としてユエ・ハクチャに出資していたのだと言う。

 事実、ハートビートエンジンほどでは無いにせよ、彼はエナジーブラッドエンジンと言う新たな可能性を見出したのだから、
 その選択肢を一概に間違いとして切り捨てるのも早計かもしれない。

明日美「ユエ・ハクチャ………日本語に直訳すれば月博士、ね」

アーネスト「未だに、彼の素性は分かっていないのかい?」

 思案げに漏らした明日美に続き、アーネストが臣一郎に尋ねた。

臣一郎「逮捕したホン・チョンスの証言によると、ユエ・ハクチャは月島勇悟の助手、だそうです。
    十五年前の60年事件の決行前日には、ホン・チャンスと会談する月島勇悟と共に目撃したとの証言もありました」

 臣一郎はそう言うと“ただ、酷く混乱している様子で、信憑性は定かではありませんが”と付け加える。

 茜も兄の口から語られる事件の真相の一部を、どこか険しい表情で聞き入っていた。

茜(月島とユエは別人……そうだな、それ以外はあり得ない)

 その一点に納得したように茜は頷く。

 だが、月島勇悟の助手であるユエ・ハクチャと言う人物はやはり存在せず、
 茜の証言を元に作られたモンタージュと符合する人物は、山路重工のリストにも存在していなかった。


381 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:28:57.77fbiOu5Nro (4/37)

臣一郎「ここからはあくまで推測ですが、
    月島の死後にユエ・ハクチャが研究の全てを引き継いだ、と考えるのが一番妥当だと思います」

明日美「……ええ、そうね」

 臣一郎の言葉に、明日美は複雑そうな表情で頷く。

 故人同士を繋ぐ線は幾つも予想する事が出来るが、それがユエ・ハクチャと言う人間の素性に繋がる物ではない。

 それは臣一郎にも分かっていた。

アーネスト「茜君、実際にユエと言う人間と相対していた君は、どう思う?」

 アーネストの質問に、茜は僅かに思案した後、口を開く。

茜「……掴み所の無い人物でした。

  芝居がかって飄々として、人間を駒か道具である事が当然のように振る舞っていて……、
  そこは典型的な人格破綻者、と言うような印象を受けましたが……」

 茜は思い出すと不気味さが背筋を駆け上がるような感覚を覚え、肩を震わせる。

 言葉を濁した茜に、明日美は眉間に皺を寄せて何事かを思案する。

明日美「仮に……逮捕できていたとしたら、捜査に関して進展があったと思う?」

茜「………身内の恥を晒すような言い方ですが、到底そうは思えません」

 明日美の質問に、茜はそう言って肩を竦めた。

 むしろ、逮捕した所ですぐに逃げ出されてしまう。

 或いは、取り調べの前に、あっさりと自ら命を絶ったかもしれない。

 そんな感想しか思い浮かばず、仮にそうなっていれば事件はさらに錯綜した物となっていただろう。

茜「朝霧副隊長が彼を討った判断は……概ね、正しい事だったと思います」

 頷きながらそう言った茜は、口ぶり以上に結果に納得しているようだった。

 関係者からユエに関する情報を洗いざらい調べ上げ、彼の素性と言う輪郭を作り上げる他無い。

 それが、最良の方法なのだろう。

 ユエが死んだと聞かされた茜は、三日の時を経てそう納得できるまでになっていた。

明日美「そう……」

 政府側で殆ど唯一と言える、ユエと直接話した事のある茜の言に、
 明日美もどこか納得したように頷き、目を伏せる。

 暫しの沈黙の後、明日美は茜に視線を向けた。

 茜は直れの姿勢に正し、言葉を待つ。

明日美「前置きが長くなったわね……。
    本條茜、原隊復帰を認めます」

茜「はい、本條茜、只今を持って任務に復帰します」

 明日美の言葉を受け、茜は敬礼する。

 その様子に明日美は嬉しそうに目を細め、口を開いた。

明日美「風華達も待っているわ。早く行ってあげなさい」

茜「はい。
  ……ではお兄様、先に失礼します」

 茜も笑顔で頷くと、一旦、兄に向き直ってからそう言って、執務室を後にする。


382 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:29:44.70fbiOu5Nro (5/37)

 茜が行って暫くすると、明日美は目を細めたまま、安堵混じりの溜息を洩らした。

明日美「……憑き物が落ちたような顔をするようになったわね」

臣一郎「ええ……」

 明日美の言に臣一郎は感慨深く頷く。

 恨み辛みの全てが晴れたワケではないだろうが、あの決戦で茜にも得る物があったのだろう。

 査問の立ち会いもあってここ数日の茜を具に見ていた臣一郎は、
 その得る物が妹に良き変化をもたらした事を心から歓迎していた。

アーネスト「朝霧君との口論が原因なのか、それとも、彼方にいる頃に何らかの心境の変化があったのか……」

明日美「……両方、でしょうね」

 思案げに呟くアーネストに、明日美は何処か納得したように言って頷く。

 空との口論で狭まっていた価値観を広げ、テロの拠点で虜囚の身となっている間に何らかの変化があった。

 前者はともかく、後者は本人にしか分からない事だ。

 無論、査問ではその点も詳しく掘り下げて聴取されたし、前述の通り臣一郎も査問の場には立ち会っている。

 だが、彼女の身に何が起きたのかと、彼女の心境にどんな変化があったのかは、切り離せない事象ではあるが別問題だ。

 それでも、茜の気持ちが良い方向に向いているのも、また事実なのだ。

 明日美達は身内の少女がより良き方向に歩み出した嬉しさで表情を緩める。

 が、不意に臣一郎が表情を引き締めた事で、明日美とアーネストも気を取り直した。

臣一郎「……それで、おそらく妹に一番の影響を及ぼしたであろう件について、叔父上から幾つか言伝が……」

 二人の様子を見てから口を開いた臣一郎は、そう言って切り出す。

アーネスト「乙弐号計画四拾号……ミッドナイト1と呼ばれていた少女の事だね」

 アーネストが重苦しく口を開くと、臣一郎は無言で頷いた。

 乙弐号計画。

 悪名高い統合特殊労働力生産計画の中で、人工天才児育成計画と位置づけられたプロジェクトだ。

 瑠璃華を生み出した計画であり、瑠璃華自身が最終ナンバーである参拾九号の数字を与えられていた。

 人道に反した非道な計画は政府でも上層部や計画に深く携わった者達だけで秘匿され、秘密裏に進められていた。

 しかし、魔力観測によってレミィがハートビートエンジンに選ばれた事で七年前に計画が発覚し、
 瑠璃華もチェーロに選ばれるまでは政府研究機関に預けられていた、と言うのは以前までに語った事だ。

 だが、計画は水面下……それもテロリストの根拠地で続けられていた。

 その証拠が四拾号の数字を与えられたミッドナイト1である。

臣一郎「ミッドナイト1の基礎を作り上げたのは計画責任者の月島で、
    その後を引き継いだのがユエではないのか、と、我々は睨んでいます」

アーネスト「つまり、ユエ・ハクチャは月島勇悟の……言葉通りの後継者だった、と言う事かい?」

 ロイヤルガード上層部の出した推測を語る臣一郎は、アーネストの問いに“おそらく”と応え、さらに続けた。

臣一郎「ユエ・ハクチャは存在しない人間でした……、あり得なくない話だと思います」

明日美「存在しない人間が存在する、ね」

 臣一郎の話を聞きながら、明日美は不意に空の事を思い出していた。

 空も60年事件のゴタゴタで九年前までは“存在しない人間”だったのだ。


383 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:30:24.01fbiOu5Nro (6/37)

臣一郎「ユエ・ハクチャは推定で四十代から五十代。
    肉体強化による細胞活性で老化が停滞していた時期が長いなら、五十代後半と言う事は十分に考えられます」

 臣一郎が何故、そんな事を言い出したのかと言えば、茜の証言に依る物だろう。

 茜はユエが“エージェントだった”と言ったと証言した。

 虚言か、妄言か、しかし、それが真実であった場合、ユエの年齢に齟齬が出る。

 エージェントだったと言う事は、魔法倫理研究院が解体、
 再編成される以前から魔導師であったと言う事になるからだ。

 研究院が解体されたのはメガフロートでの籠城が始まった翌年……四十三年前の2032年の夏。

 その時点で最低でも十四歳でなければエージェントを名乗る事は出来ない。

 つまり、単純計算でもユエは五十七歳以上。

 仮に五十七歳であった場合、旧Aカテゴリクラスのような上位訓練校出身者でなければならない。

 明日美もアーネストも上位訓練校出身者であり、
 七年間の在学期間を考えればどちらとも面識がある可能性がある年齢だ。

 だが、二人にユエの正体と思える相手との面識は無い。

 二人の在学期間を合わせても同窓生は三十名余り。

 その内、アメリカ・ヨーロッパ連合の地球外脱出計画で別れたり、
 長く続いた第三次世界大戦やイマジン事変、病気や寿命などで死別した人数を除けば十数名。

 その全員の所在は分かっているのだから、間違いようが無い。

明日美「少なくとも、知り合いの中には該当する人間はいないわね……」

 明日美がそう言うと、臣一郎は僅かに肩を竦めて見せた。

 予感はあったのだろう。

臣一郎「大叔母のように極端に成長が遅かった例もあるとは言え、
    さすがに六十代半ば以上と言うのは考えにくいと思います」

アーネスト「そこまでの肉体強化の使い手が身分を隠し、存在せずにいられる、
      と言うのは、かなり無理があるだろうね」

 臣一郎の言葉を受けて、アーネストは“存在せずにいられる”の部分を強調して言った。

 強力な肉体強化は細胞の成長を抑制する事もあれば、逆に成長を活性化させる事もある。

 臣一郎の大叔父と大叔母である藤枝一真と明風は、二十代頃まではそれぞれに後者と前者の特性が顕著だった。

 そんな二人は一角以上の格闘戦技の使い手としても名を馳せている。

 話がやや横にズレたが、成長に多大な影響を及ぼすほどの使い手ならば、それだけ身を隠すのは難しい。

 魔力を検知し、魔力の納税にも深く関わっている端末が無ければ生きていけない世界なのだから、
 それだけの使い手を四十年以上も隠し通すのがどれだけ難しいのかは、推して知るべし、だろう。

 だが、そうなってしまうと……。

明日美「存在しない人間が存在できない、わね……」

 明日美はその結論に辿り着き、はたと気付いたように漏らした。

 臣一郎も“やはり、そうなりますよね”と呟いて肩を竦める。


384 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:31:17.82fbiOu5Nro (7/37)

アーネスト「存在しない人間として隠し通す事は不可能ではない………。
      がしかし、十五年以上前からユエ・ハクチャが月島勇悟と行動していた所を見たと言う証言は多い……」

明日美「考えれば考えるほど矛盾が多くなって来るわね……」

 思案を続けるアーネストの言葉を聞きながら、明日美は眉間を手で押さえながら溜息がちに呟いた。

 幾つも確実性の高い推測が出来るだけの条件があるが、それらを統合しようと思うと必ず矛盾が生じるのだ。

 まるで、予めそうなるように仕向けられていたかのような感覚さえ覚える。

 死して尚、人を嘲笑うような行為は、呆れを通り越して不気味さを感じずにはいられない。

臣一郎「数々の証言や証拠を吟味した結果、ロイヤルガードの捜査部として出せる推論は、
    “ユエ・ハクチャの年齢は五十前後から五十代後半”、
    “月島勇悟かホン・チャンス、或いはその両名によってその存在を隠匿されていた”、
    “Bランクエージェント相当の魔導師、或いはBランクエージェント”、
    “ユエ・ハクチャは月島勇悟の後継者である可能性が高い”と言う事くらいです」

 幾つかの推論を列挙する臣一郎は、どこか歯痒そうだ。

 傍目にはホンの逮捕や第七フロート第三層の解放、人質にされていた市民の解放、
 テロリスト達の逮捕で事件そのものは解決したように見えるが、その真相は闇の中……いや黄泉の彼方である。

明日美「気持ちは分からないでもないわ……」

 臣一郎の悔しさを慮ってか、明日美は僅かに項垂れて呟いた。

 自分とは男女の付き合いであった月島勇悟。

 彼の意志を引き継いだ人間が彼からどんな思惑を受け継ぎ、何を思ってテロへの協力を続けていたのか。

 個人的な感傷ではあったが、それを知る術はもう残されていない。

 だが、テロ事件としてはコレで解決だ。

臣一郎「致し方ない、と思うしかありません」

 臣一郎は肩を竦めながらそう言った後、気を取り直して笑顔を見せた。

 明日美も“そうね……”と言って自嘲気味に笑うと、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 黒幕は死に、その背後関係も明らかになり、事件は終わったのだ。

 真相を知りたかった者達からすれば“終わってしまった”とも言い換えられるが、
 少しでも平和を取り戻せたのだから、差し引きで有り余る物を得たと思わねば罰が当たる。

 アーネストも二人の様子に、もの悲しいとも戸惑いとも取れる複雑な表情を浮かべた。

 だが、臣一郎はすぐに気を取り直す。

臣一郎「あと、こちらは母上からですが……
    “大きな仕事が片付いたのなら、暇を見て来て欲しい”との事です」

明日美「そう……ええ、近い内に休暇を取ろうと思っているから、
    その時にアリスと一緒にお邪魔しようかしら」

 臣一郎から伝えられた妹・明日華の言葉に、明日美は思案げに言ってから微笑んだ。

 アリスとはマリアの母だが、明日美にとっては母が命がけで救ったもう一人の妹、
 明日華にとっては姉に代わって面倒を見てくれたもう一人の姉とも言える人物。

 フィッツジェラルド・譲羽姉妹にとっては掛け替えのないもう一人の姉妹なのである。

臣一郎「それは……母も喜びます」

 臣一郎も微かな驚きに大きな喜びを以て応えた。

 明日美、明日華、アリスの三人が揃う事は少ない。

 三人ともそれぞれに――特に明日美は、だが――多忙で、揃って顔を合わせる機会は年々減っていた。

 母が二人のどちらかと顔を合わせる場に居合わす度に“三人揃ったら”と言う言葉を聞かされていたせいか、
 三人が揃うのは臣一郎としても喜ばしいのだろう。


385 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:31:59.19fbiOu5Nro (8/37)

臣一郎「……あ、それはそうと、風華とカズを伝って耳に入ったのですが、
    伯母上は朝霧副隊長と手合わせされた、とか?」

 が、不意にその事を思い出したように尋ねた瞬間、臣一郎の表情が微かに強張った。

 その言葉に、アーネストはジロリと咎めるような視線を明日美に向けた。

明日美「……手合わせ、と言うワケではないわ。
    クライノートに手を貸して貰う前に軽く手ほどきした程度よ」

 明日美はそう言うと、申し訳なさそうに宥めるような視線をアーネストに向ける。

 実際はシミュレーターの制限を解除し、自らも血反吐を吐く程に苛烈な短期訓練を空に施したが、
 その辺りの事を知っているのは彼女の主治医であり、医療部主任の笹森雄嗣だけだ。

 ともあれ、臣一郎は伯母の返答を受けてさらに続ける。

臣一郎「朝霧副隊長の腕前……茜からも聞かされましたが、
    訓練期間を含めてもドライバー歴がたったの一年三ヶ月とは言い切れない物だと」

 臣一郎は微かに興奮した様子で言った。

 アルフに師事し、半年でドライバーとして一線級の力を身に付け、
 さらに入隊から二ヶ月と言う短い期間で副隊長として推薦され、明日美から直々の指導を受ける。

 列挙すれば朝霧空と言う少女がどれだけの有望株か一目瞭然だ。

 しかも、アルフに師事する以前はまるっきりの一般人だったのだから……。

明日美「朝霧副隊長と手合わせ、してみたいの?」

 何処か期待に胸を膨らませている様子の臣一郎に、明日美は思案げに問い返した。

臣一郎「可能なら、是非」

 自分の声が思わず弾んでいた事に気付き、臣一郎ははたと気付いてバツの悪そうな表情を浮かべる。

 こう言う、やや間の抜けた部分は、やはり妹と同様に祖母譲りなのだろう。

明日美「ふふふ……そうね良い機会だから近い内に合同訓練でも予定してみようかしら」

 甥っ子の様子に微笑ましそうな表情を浮かべた明日美は、そう思案げに呟いた。

 そうと決まれば、先方との折衝や各ドライバーや人員のスケジュール調整など、やる事は山積みだ。

 アーネストは僅かに肩を竦めて溜息を洩らしたが、
 笑みを浮かべる明日美と期待している様子の臣一郎を交互に見遣ると、新たに増えた仕事に取りかかり始めた。


386 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:32:47.55fbiOu5Nro (9/37)

―2―

 臣一郎が明日美達と捜査状況を話し合っている頃、茜は待機室へと顔を出していた。

風華「茜ちゃん!」

レオン「お嬢!」

 茜が入室するなり、風華とレオンが喜びと驚きに満ちた声を上げる。

 今日で復帰するのは知っていたが、やはり実際に相対すると喜びが違う物だ。

マリア「やほー、元気そうで安心したよ」

クァン「お疲れ様、茜君」

 書架の前で本を選んでいたらしいマリアとクァンも、振り返って声をかけて来る。

茜「ああ、みんなには心配をかけたな……。で、そこの塊はなんだ?」

 茜は仲間達に向けてにこやかに応えた後、
 コの字型ソファーの中央で一塊になった三人に視線を向けて呆れたように呟いた。

フェイ「本條小隊長、救助を要請します」

 塊の中央……空と瑠璃華に両側から抱きすくめられたフェイが、
 淡々としながらも困った様子で、茜に向けて手を差し出す。

空「ん~……」

 が、不機嫌そうに呻いた空によって、その手はすぐに絡め取られてしまう。

レミィ「向こうから帰って来るなりこんな状態でな……。
    まあ、さすがに今日は度が過ぎているとは思うが」

 レオンと遼を挟み、紗樹から距離を取った位置でコーヒーを飲んでいたレミィが、
 呆れたように肩を竦めて言った。

 茜は“お前も警戒し過ぎだろう”と言う言葉を飲み込んで、心当たりを思い出して成る程と頷く。

茜「自業自得だな……暫く抱きつかれていろ」

 茜は嘆息を漏らすと、三人の傍らに腰を下ろした。

 茜が自業自得と言ったのは、テロと本格的に戦争が再開したあの日、
 フェイがアルバトロス諸共に撃墜された際の事だ。

フェイ「ですが、私は確かに“この身体で最後までお役に立てて”と断りを入れた筈ですが」

 フェイは無表情で身を捩りながら抗弁する。

 だが――

空「普通、あんなタイミングでそんな事言われても分かりません!」

 空はフェイを抱きすくめたまま、微かに涙声になりつつも声を荒げた。

瑠璃華「生きていたなら、ちゃんと連絡するのが筋だぞ!」

 瑠璃華も怒ったように言うが、やはりコチラも涙で声が微かに震えている。

 そう、フェイはあの大爆発の中、偶然で助かったワケではなかったのだ。

風華「う~ん………ギア同士でコアを共有させて生き残る、なんて思いつかないものねぇ」

 何とかして仲裁しようと考え込んだ風華だが、暫く考え込んだ上で苦笑い混じりに言った。

 フェイが助かった手法と言うのは、風華の言葉通りである。

 フェイは咄嗟に機体を犠牲にしてでも空を守るため、
 自身のコアに試作型ハートビートエンジンのコアからアルバトロスを引き上げ、
 二つのAIでコアを共有する事で処理能力を向上させ、自らの躯体を構成する
 膨大な量のマギアリヒトで瞬間的にコアを守る高密度外殻を形成、爆発の衝撃から身を守ったのだ。

 言って見れば対魔力物理障壁だ。

 ただ爆発の威力は凄まじく、形成した高密度外殻は消失し、
 フェイのコアは戦闘区域から大きく外れた場所へと投げ出されてしまったのである。

 その後、フェイとアルバトロスは魔力の回復と躯体の再構成をしつつ、
 自らの死を知った彼女達は、茜の救出とエールとクレーストの奪還に向けて独自に動き続けていた。

 そして、決戦当日、騒ぎに乗じて旧技研内に潜入したフェイは、
 遅れて突入していた諜報部よりも先に茜の所在を掴み、後はご存知通り、と言うワケだ。


387 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:33:30.49fbiOu5Nro (10/37)

レミィ「そろそろ許して……と言うか、放してやったらどうだ?」

空「ん~……」

瑠璃華「むぅぅ……」

 呆れたように漏らすレミィに、空と瑠璃華は不満そうである。

 そして、瑠璃華が口を開く。

瑠璃華「確かに! 確かに、計算上は上手く行く方法だし、最善策だったかもしれないぞ!
    だけど、それと心配かけたのは別だからな!」

空「そうですよ、フェイさん!

  助けてくれた事には凄く……どうやって恩返ししたらいいか分からないくらい感謝してますけど!
  でも、だからってあんな危険な真似………もう二度としないで下さい!」

 空も瑠璃華に続いてまくし立てた。

 思わず何度か言い淀んだのは、責める気持ちよりも感謝の念が勝っていたためだろう。

茜「難儀だな……」

 茜もその事を察してか苦笑い半分の表情で呟いた。

 ともあれ、二人はさらに続ける。

瑠璃華「空の言う通りだぞ!
    今後は報告、連絡、相談……ホウレンソウはしっかりだからな!」

空「生きてて良かったけど……生きててくれて嬉しいけど……!
  私、怒ってるんですからね!」

 どちらも、抱きつきながら言っていては説得力にかけるお叱りの言葉だ。

 だが、二人の思いはフェイに届いたようである。

フェイ「……朝霧副隊長、天童隊員……」

 流石のフェイも無表情を保てないのか、どこか神妙な色を顔に滲ませて二人の名を呟く。

 空と瑠璃華が顔を上げると、フェイは二人の顔を交互に見遣り、そして、改めて仲間達を見渡す。

フェイ「……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 そして、申し訳なさそうに頭を垂れた。

 茜達は顔を見合わせ合ったが、すぐにフェイに向き直って笑みを浮かべる。

マリア「ま、生きて返って来てくれたんだから、いいんじゃない?」

 マリアはそうあっけらかんと言って、
 フェイにしがみついていた瑠璃華を抱き上げるようにして引き離すと、自分の傍らに座らせた。

茜「そうだな……お陰で私も助けられた口だ。
  泣くほど怒りたい気持ちは分からないでもないが、そろそろ許してやってもいいんじゃないか?」

 茜もそう言って、空の肩に手をかけて離れるように促す。

 空は促されるままフェイから離れると、
 何とも言い難い申し訳なさと哀しさとごく僅かな怒りの入り交じった複雑な視線を向ける。

 フェイも、空の瞳を見つめ返す。

空「もう……二度とあんな真似しないって、約束してくれます?」

フェイ「……勿論です」

 どこか拗ねた様子で尋ねる空に、フェイは頷いて応えた。

 僅かな沈黙。

 だが、それはすぐに破られた。

空「……絶対に、約束ですからね!」

 小指を突き出した、空の声と共に。

フェイ「はい、約束です」

 フェイも頷きながら小指を差し出し、絡め合う。

 指切りげんまんだ。


388 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:34:42.92fbiOu5Nro (11/37)

クァン「空君に一万発殴られたら針千本飲まされるよりもキツいだろうな」

マリア「何言っちゃってんの、アンタ?」

 その光景を見ながらぽつりと呟いたクァンに、マリアは思わずツッコミを入れた。

 “指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます”とは言うが、本当にやったらただ事ではない拷問だ。

 確かに、魔力量十万超かつ無限回復する空が一万発も“全力”で拳骨など放った日には、
 大概の建造物が粉々になってしまう。

 ギガンティックは無理かもしれないが、
 パワーローダーくらいはスクラップに出来る可能性は十分にある。

 ちなみに、空の先代ドライバーである結はアルク・アン・シエルで
 “殴る”事――リュミエール・コルノ――が出来た。

 正直、アルク・アン・シエルで一万発殴られたら、
 マギアリヒト全盛の今のご時世、大概の物が消え去ってしまうだろう。

レミィ「しかし、本当に一万発殴られたら、いくらフェイでも耐えられないんじゃないか?」

風華「ど、どうなのかしら~?」

 思わず神妙な表情を浮かべたレミィに、風華は困ったように首を傾げて返す。

瑠璃華「同じ所ばかり狙われなければ、多分……形くらいは残ると思いたいが……」

フェイ「………朝霧副隊長、申し訳ありませんが、罰則の軽減を進言させていただいても宜しいでしょうか?」

空「指切りは物の喩えですよ!?」

 思案げな瑠璃華、淡々としながらも内心は戦々恐々とした様子のフェイに、
 最初は苦笑いを浮かべているだけだった空も、思わず声を荒げた。

 重くなった場の空気を和ませるための冗談だったのだろうが、さすがに調子に乗りすぎである。

茜「ッ、アハハハッ!」

 その様子に、ついに耐えきれなくなったのか、噴き出して大笑いを始める茜。

 少しでも口元を隠そうとしている所に育ちの良さは感じるが、笑い声は少々、はしたない。

空「茜さんまで……もう、酷いですよっ!」

茜「すまない……はぁ……けれど久しぶりに腹の底から笑えたよ」

 恥ずかしそうに抗議の声を上げた空に、茜は笑いすぎて目元に滲んだ涙を指先で拭う。

 ホンの逮捕劇を通じてしっかりと前を見据えていられるようにもなったが、
 だからと言って心底から心晴れやかとは行かなかった。

 だが、腹の底から笑えた事で気が晴れた部分も多い。

茜「お陰で幾らか気分が楽になった」

 茜がそう言って微笑むと、空は最初こそやや納得できなそうな表情を浮かべていたが、
 だが次第に笑顔を浮かべて納得したようだった。

 からかわれはしたが、茜の気が晴れたならそれはそれで良い。

 それに三日もフェイに粘着していたのは大人げなかったし、気まずかった。

 雰囲気を切り替えるいい機会だったと割り切ろう。


389 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:35:48.55fbiOu5Nro (12/37)

 空がそう自らに言い聞かせている、その時だ。

レミィ「ん……すまん、そろそろウェンディの所に顔を出して来る」

 端末で時刻を確認したレミィがそう言って立ち上がった。

茜「ウェンディ?」

 茜は聞き慣れない名前に小首を傾げる。

レミィ「ああ、そうか茜は知らなかったか……私の妹の事だよ」

 レミィは思い出したように言って、そう告げた。

 ウェンディ・ヴォルピ。

 それが助ける事が出来たレミィの妹……弐拾参号に与えられた名前だった。

 狼の遺伝子と特性を持つ彼女に、伊語でキツネを意味するヴォルピはどうかとも思われたが、
 そこは姉妹としての戸籍登録の理由もあっての事だ。

 ちなみに、ウェンディと言う名前は、姉がアルファベットで十二番目のLを頭文字としていたので、
 妹もそれに因んで二十三番目のWを当てたのである。

空「じゃあ私も一緒に……あの子の所に行って来ないと」

 レミィに続いて空も立ち上がると、再び茜が怪訝そうな表情を浮かべた。

 どうやらこの二週間にも満たない日々の間に、色々な事が起きているようだ。

 茜自身は半自宅謹慎の査問で外部との接触を極力禁じられていた事もあり、
 軟禁状態だった九日間も合わせて、ここ数日の変化に疎い。

 無論、ニュースなどは確認していたが、身の回りの変化となると情報が足りないのである。

 だが、直感と言うべきか、茜は空の言う“あの子”に僅かながら心当たりがあった。

茜「空、あの子、と言うのは……もしかしてエールに乗っていた十歳くらいの子供の事か?」

空「え? はい、そうですけど」

 神妙な表情で尋ねる茜に、空は驚いたように答える。

 よくよく考えれば、クレーストと共に囚われた茜は、
 機体越しとは言え少女……ミッドナイト1と接触しているのだ。

 その事に思い至り、空も冷静になる。

 だが、実際は機体越しの接触どころか、
 茜にとってみればミッドナイト1は軟禁生活の間の唯一の話し相手だった。

 しかし、まだ捜査情報が公開されていない部分も多く、
 空達が特一級と言えどもその事実は知らされていない。

茜「そうか……こちらで保護されていたんだな」

 茜は安堵の声と共に胸を撫で下ろす。

 空と……仲間と争い続ける彼女の無事を祈り、願った。

 どうやら、その願いは最も良いカタチで聞き届けられたようだ。

茜「すまないが、私もついて行っていいだろうか?」

空「? ……えっと、多分、大丈夫だと思います」

 茜の申し出に思わず首を傾げた空だったが、戸惑い気味に頷く。

 空の様子に怪訝そうな物を感じたものの、
 茜は“ありがとう”と言って立ち上がり、空達と共に医療部局へと向かった。


390 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:36:40.01fbiOu5Nro (13/37)

 三人が医療部局の特別病室区画に足を踏み入れるとすぐに、
 たどたどしい足取りで走って来る幼い少女の姿が見えた。

?????「お姉ちゃんっ!」

レミィ「っと!?」

 満面の笑みを浮かべて胸に飛び込んで来た幼い少女を、レミィが驚いたように受け止める。

 弐拾参号……ウェンディだ。

レミィ「病院で走っちゃ駄目じゃないか、ウェンディ」

 抱きついた妹を引き離して立たせると、レミィは膝を折ってその場に屈むと、彼女を窘めた。

 だが、嬉しさ九割と言った様子の表情では、叱っているのか喜んでいるのか分からない。

ウェンディ「でも、せんせーはお部屋の外に出てもいいって言ったよ?」

レミィ「部屋の外に出てもいいけど、走って誰かとぶつかったら危ないだろう?
    それでぶつかった相手が怪我をしたら、お前まで嫌な気持ちになっちゃうだろう?」

 不満そうなウェンディに、レミィはどこか哀しそうな顔をして窘める。

 テンプレートな“人に迷惑をかけてはいけません”と言った叱り文句だ。

ウェンディ「……うん」

 だが、その思いはしっかりと妹に届いたようで、ウェンディは姉同様に哀しそうな顔で頷いた。

 おそらく、誰かを怪我させてしまった所を思い浮かべてしまったのだろう。

 哀しそう、と言うよりも僅かな罪悪感が見える。

レミィ「分かってくれたか……。偉いぞ、ウェンディ」

 素直な妹をレミィは優しく抱き締め、ワシャワシャと頭を撫でた。

 すると哀しそうな顔をしていたウェンディも、
 途端に嬉しそうな満面の笑みを浮かべて“エヘヘ……”と照れたような声を漏らす。

茜「しっかりと“お姉さん”が出来てるじゃないか」

レミィ「当然だ。
    ……これでも、この子の最後のお姉ちゃんだからな……」

 戯けた様子で言った茜に、レミィは誇らしさ半分哀しさ半分と行った風な笑顔で返した。

 姉……伍号の死を知ってまだ丸三日も経っていない。

 だが、哀しくても、弐拾参号のために自分は前を向かなければいけない。

 そんな強く、悲壮な覚悟がレミィの笑みの中に見て取れて、茜は胸を打たれ、言葉を失う。


391 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:37:10.63fbiOu5Nro (14/37)

レミィ「じゃあ、私はウェンディの義肢の調子を笹森主任に診てもらって来るから、一旦、ここでな」

 レミィはそう言うと妹の手を取り、一歩ずつゆっくりと診察室へと向かった。

 義肢……そう、両腕と両足の全てを切除され、402・スコヴヌングの中枢に埋め込まれていたウェンディは、
 救出されるなりすぐにギガンティック機関医療部局へと搬送され、一定の回復を待ってから、
 医療部主任であり医療義肢関連技術の第一人者でもある笹森の手で手術を受けたのだ。

 主任の笹森雄嗣は、閃光の譲羽の右腕の義手を作り上げ、
 彼女の希望通りにロケットパンチまで仕込んだ笹森貴祢の孫だ。

 手足全てを義肢にするサイバネティクス手術など朝飯前である。

 ただ、それとウェンディ自身が四本の義肢に慣れるかどうかは別問題だ。

 施術から日の浅いウェンディは、魔力で自在に操作可能とは言え、義肢の扱いにはまだ慣れていない。

 レミィの元に駆け込んで来た時の、あのたどたどしい足取りがその証拠だ。

 今も時折、足を引き摺るようにして歩いており、何とかこちらに振り返って、不器用に手を振っている。

 空と茜は、思わずどんな表情をすれば良いか分からずに張り付いたような笑顔を浮かべてしまいながらも、
 小さく手を振って応えた。

茜「……自己紹介を、忘れてしまったな」

空「まだ何度だって機会がありますよ」

 二人が特別病室区画から出て行った後、思い出したように言って肩を竦めた茜に、
 空は笑みを浮かべてフォローする。

 ウェンディの足は日に日に快方へ向かっていた。

 いつか、自分の足で姉の元に来る事もあるだろう。

 自己紹介はその時でも遅くはない。

 それに、今はミッドナイト1との面会もある。

茜「……そうだな」

 茜は改めて気を取り直すと、空に案内されて特別病室区画のさらに奥へと歩を進めた。

 そして、区画の最奥……厳重なロックがされた隔離区画へと足を踏み入れる。


392 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:38:00.61fbiOu5Nro (15/37)

 端末で個人を認証し、スライド式の分厚い強化ガラスの扉を抜けると、
 そこにはやはり強化ガラス張りにされた隔離病室があった。

 しかし、隔離病室と呼ぶには、些か赴きが違う。

 クリーム色のクッション性の高い素材の床と、
 薄桃色のやはりこれもクッション性の高い素材で作られた壁と言う内装。

 ガラスも内側は防護用のエアクッションのカバーがかけられ、
 身体を叩き付けて自傷する事が出来ないようにされている。

 絵本やぬいぐるみが整然と置かれた棚も、やはり怪我をしないようにカバーがかけられていた。

 娯楽は他にも大小のボールやモニターが置かれているが、
 それらが動かされた様子はなく、モニターにも何かが映された様子は無い。

 そして、その部屋の中央、やや低めのベッドの上に人形のように佇んでいたのは、一人の少女……ミッドナイト1であった。

 微動だにせず、目には光すら宿らぬとさえ思えるほど焦点を失い、何処でもない虚空を見ている様は、
 彼女が人間である事を知らなければ、本当に精巧に作られた人形か何かにしか見えなかっただろう。

茜「……これは……」

 茜は驚いたように漏らす。

 保護されていると知った時は安堵したが、どうやら想像していた以上に厚遇されているようだ。

空「あの子……エールと魔力リンクが出来た、って事で、
  司令が無理を言ってこっちに引っ張ってくれたんです。

  それで、軍と警察、それに政府の立ち会いの検査の結果、色んな薬を使われたり、
  傷を治した痕が幾つも見付かって、すぐにこう言う形になったそうなんです」

 空はそう言って、哀しそうな視線をミッドナイト1に向けた。

 空はあの決戦から戻って三日、毎日のようにこうして彼女の元に足を運んでいた。

 それは、彼女に対する僅かな罪悪感があったからかもしれない。

 自分が彼女に勝ち、エールを救い出した事で、彼女を利用していたユエにとって彼女の利用価値を失わせたからだ。

 無論、エールを救い出せた事は喜ぶべき事だが、それと彼女に対する罪悪感は別であった。

 投薬や傷害の痕跡が見付かった事でこうして隔離病棟とは言え保護されてはいるが、
 ユエに捨てられた事でへし折られ、壊れた彼女の心は、未だに癒える兆候を見せない。

空「ねぇ、また来たよ」

 空は内部のスピーカーのスイッチを入れ、ミッドナイト1に優しく語りかける。

 しかし、ミッドナイト1は一瞬だけ、ピクリと微かに身体を震わせただけだ。

 外界からの刺激に対して何らかの反射は出来るようだが、反応は出来ない。

 先日、医療部局のスタッフに聞いた話だが、睡眠を取る際にはしっかりと身体を横たえ、
 起きるといつの間にか身体を起こしていると言う状態だと言う。

 笹森の話では“自発的に僅かでも動けるだけ、
 まだカウンセリングの余地はある”らしいが、保護されてそろそろ六日。

 まだ一言も言葉らしい言葉を発しない所か、日に二度の点滴以外の栄養を摂取していない。

 このままでは心身が衰弱する一方だ。

空「今日はね……フェイさんとようやく仲直りできたんだ」

 空は泣きそうな顔をしながら、必死にミッドナイト1に語りかける。

 しかし、答えを強要はしない。

 あくまで語りかけるだけだ。


393 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:38:48.97fbiOu5Nro (16/37)

茜「それとね、今日は一緒に来てくれた人もいるだ。
  本條茜さんって言って、私達の大切な仲間の一人だよ」

 空はそう言って茜に視線を向けた。

 その時だ。

 今までにないほど大きく、ミッドナイト1はビクリと肩を震わせた。

茜「ッ、私だ! 本條茜だ! 聞こえているか!?」

 その瞬間、茜は堪えきれずに大きな声を上げてしまう。

 また、ミッドナイト1の肩が大きく震える。

空「あ、茜さん!?」

 突然の茜の行動に空は驚きの声を上げ、彼女とミッドナイト1とを交互に見遣った。

 すると、微かに俯くような姿勢のままだったミッドナイト1が、微かにその顎を上げているではないか?

 まだ焦点こそ合っていないものの、視線をこちらに向けているようにも見える。

 茜は少しでも彼女との距離を縮めようと、ガラス張りの隔壁に身体を押しつけるように張り付く。

 そこで、ようやく冷静さを取り戻した空も気付いた。

 ミッドナイト1は、茜の名前と声に反応しているのだ。

 そして――

M1『あ……あ……ぁ……あぁ……』

 この六日間、一言も言葉を発していなかった少女が、絞り出すような声を漏らした。

空「!? さ、笹森主任を呼んで来ます!」

 空はこの場で自分と茜、どちらが彼女にとって重要かをいち早く判断すると、来た道を慌てて引き返す。

 茜は空の背中に向かって“頼む!”とだけ言うと、またミッドナイト1に向き直った。

茜「ここだ! 私は、ここにいるぞ!」

M1『ぅ、ぁ……ぁぁあ……』

 茜が幾度も呼び掛けると、ミッドナイト1は声を絞り出しながらようやく焦点を合わせ始める。

 ぼんやりとした視界が次第に像を結び始め、懐かしい姿を捉えた。

 だが、すぐにその視界が歪み、霞んで行く。

M1『……ほ、ん、じ、よ、う、あ、か、ね……?』

 一言一言、絞り出すように呟いた少女は、自分が大粒の涙を零している事に気付いてはいない。

 ただ、道具としての自分以外で、もう一つの拠り所となってくれた少女との再会に、
 ワケも分からずにその反応を示していたのだ。

茜「ああ、そうだ……そうだよ……」

 茜も目を潤ませ、声を震わせて、少女との本当の再開を喜ぶのだった。


394 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:39:27.43fbiOu5Nro (17/37)

―3―

 茜とミッドナイト1が六日ぶりの再開を果たした、その日の夜。
 医療部局内、医療部オフィス――


 最低限の人払いを済ませた室内には、主任である雄嗣の他、
 メディカルオペレーター・チーフであるメリッサと、明日美とアーネスト、それに風華と空の六人がいた。

明日美「茜がテロリストに軟禁されていた際の世話役が、あの子……」

 明日美は監視モニターに映る隔離病室の様子を見ながら、どこか唖然とした様子で呟く。

 十歳ほどと思しき少女に実戦部隊の主力だけでなく、拉致したドライバーの世話役までさせるとは、
 随分と人材に恵まれていないテロ集団もいたものだ。

 が、そこはユエの都合と思惑が幾分も入り込んでいたと推測できる。

雄嗣「しかし、医療部としては助かりました……。
   心のケアと言う物はいつの時代でも難しい物ですから」

 雄嗣は安堵の溜息混じりに言うと、茜と会話しながら食事をしている少女を見て、
 嬉しさと優しさの入り交じった笑みを浮かべた。

 マギアリヒトによる発展は医療分野においても目覚ましい物だったが、
 それはあくまで内科・外科的な物であって遺伝分野を除いた心療内科にまでは及んでいない。

 雄嗣の言葉通り、傷付いた心のケアはいつの時代も難しく、時間が必要とされている。

 心を開くキッカケ……その第一段階を茜がやってくれたのは、医療部としてみれば大助かりだろう。

メリッサ「食事もスープのような流動食なら胃が受け付けてくれるようですしね……。
     本條から“コーンポタージュ大至急”の要請が来た時は噴き出しかけましたが」

 メリッサもそう言ってその時の様子を思い出し、噴き出しそうになる。

 この場の面々も微笑ましそうな表情を浮かべているが、ただ一人、空だけはどこか浮かない様子だ。

空「それで……あの子はどうなるんですか?」

 空はこの場に集まった本題を切り出す。

 明日美とアーネストは上層部として、雄嗣とメリッサは医療部の人間として、
 風華と空は前線部隊隊長格として、ミッドナイト1の処遇を決めるために集められたのである。

アーネスト「会話が出来る状態まで回復したのだから、最低限の事情聴取と言う事になるな」

 アーネストが思案気味に言った。

 彼が“最低限”と言ったのは“ミッドナイト1は被害者的側面が大きい”と言うのが、
 政府、軍、警察、ギガンティック機関の統一見解だからだ。

 エールを操るために結・フィッツジェラルド・譲羽の魔力と同調可能と言う、
 あまりに優れた点を持ちながら、捨て駒としてアッサリ切り捨てられた点からもそれは言えた。

 前述の通り、頻繁な投薬をされた形跡や急速治癒促進が幾度も行われた痕跡に加え、
 捕縛したテロリストや月島とユエに出資していた者達からの証言も有り、彼女が実験動物扱いをされていたのは間違いなく、
 “側面が大きい”などと言う曖昧な言い回しを撤回して“被害者”と言い切ってしまっても問題ない程である。

 ともあれ、事実確認程度の聴取は行われるが、後は基本的に戦災孤児のような扱いになるか、
 統合労働力生産計画の被害者として政府から手厚く保護されるかの二択、と言う形だ。

風華「瑠璃華ちゃんやレミィちゃんの時のようにウチで面倒を見る、
   って事にはならないんでしょうか?」

 風華が挙手と共に発言する。

明日美「現時点では難しいわね……。
    ドライバーも枠は全て埋まっている状態ですし」

 だが、すぐに明日美が溜息がちに答えた。


395 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:40:22.50fbiOu5Nro (18/37)

 クライノートを除いた条件の限られるギガンティックのドライバーは全て埋まっており、
 残るクライノートもエールが整備中の場合に空が使う代替機と言う現状、
 レミィ、フェイ、瑠璃華の時のような方法は不可能だ。

 ウェンディに関してはレミィの本籍が明日美が経営する孤児院にあるため、
 義肢の最終調整が終わればそちらに引き取られる予定となっている。

 だが、さすがにミッドナイト1の場合は対イマジン特例法を適用するのは難しい。

 空の魔力を大量に接収したり、レミィ達を機関で保護したりと、
 色々な無茶を合法として通す事の出来る特例法だが、
 それもあくまでオリジナルギガンティック運用に必要な範囲まで。

 乗れるオリジナルギガンティックが無いのだから、ミッドナイト1には特例法を適用できないのだ。

 明日美の言葉で誰もがその点に思い至り、難しそうな表情を浮かべる。

アーネスト「実際問題として、最終的には公営・私営を問わず、
      孤児院で引き取る可能性が高いだろうね……現状では」

空「可能性が高い、って言う事はそれ以外の選択肢もあるって事でしょうか?」

 アーネストの言に、空が怪訝そうに尋ねた。

雄嗣「検査の結果、彼女の魔力は五万六千超。
   重要人物保護プログラムを適用した上で正一級として独立して暮らす方法もある。

   勿論、未成年である以上は後見人を立てる、と言う大前提はあるがね」

明日美「………」

 溜息がちにアーネストへの質問を代理で答えた雄嗣の言葉に、
 明日美はどこか哀しみと苛立ちの入り交じった色を目に浮かべる。

 旧魔法倫理研究院時代、母・結と共に保護エージェントとして尽力した彼女だ。

 孤児の扱いに思う所があるのだろう。

空「あの、以前見た特一級の権限の中に、
  特一級だったら未成年でも十五歳以上から後見人になれるって書いてあったんですけど……」

 躊躇いがちに空が挙手と共に発言すると、
 メリッサが“よくそんな細かい所を覚えているな”と感心半分呆れ半分と言った様子で呟く。

 記憶力の良さ……と言うよりは思い出す能力の高さの賜である。

風華「空ちゃん、確かに後見人にはなれるけど早まっちゃ駄目よ」

明日美「そうね……“なれる”と“出来る”は違うわ」

 オロオロと空を窘める風華に続いて、明日美も神妙な様子で呟く。

 空自身はまだ“後見人になる”とは言っていないが、話題に出している時点で言っているも同然だ。

雄嗣「後見人は被後見人の成人まで様々な責任を背負う事になるからね……。
   君の思いがどうあれ、生半可な重責ではないよ」

 雄嗣もそう言って、逸りがちな空を窘めた。

 浅はかな考えを見透かされているようで、空は気落ち気味に“はい……”とだけ言って頷く。

雄嗣「それに、まだ後見人制度に頼ると決まったワケでもないからね」

 そんな空の様子に苦笑いを浮かべた雄嗣は、そう言って手元の端末を操作すると、
 モニターに何かのグラフを表示した。


396 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:41:00.05fbiOu5Nro (19/37)

明日美「これが検査結果?」

雄嗣「ええ……DNAには確かに結・フィッツジェラルド・譲羽、奏・ユーリエフ、
   クリスティーナ・ユーリエフに近似する物が見受けられましたが、
   魔力波長は03に最も近い数値が出ていますね。

   朝霧副隊長の物とも比較しましたが、同波長との近似で言えば彼女の方が圧倒的に近いですね」

 明日美の質問に、雄嗣はそう言って指でモニターを指し示す。

 どうやらミッドナイト1の検査結果らしい。

明日美「朝霧副隊長、それにエール。
    彼女は確かにギアの補助無しにプティエトワールとグランリュヌを使っていたのね?」

空「え? あ、はい」

 唐突な明日美からの質問に、空は怪訝そうに答え、さらにエールが続ける。

エール『僕が補助を始めたのは空と再リンクしてからだよ。
    ログを取って貰えば分かるけど、彼女が保護される直前まで着けていたギアも動作補助は行っていないよ』

 共有回線を通したエールの返答に、明日美はアーネストや雄嗣と顔を見合わせ、頷き会う。

 だが、アーネストはやや不承不承と言った風だ。

アーネスト「でっち上げ、と言う事にはなりませんか?」

明日美「でも、朝霧副隊長よりもクライノートの適性が高いのは事実でしょう」

 困ったように漏らしたアーネストに、明日美はどこか割り切ったような様子で返す。

風華「えっと……それってつまり、あの子をオリジナルギガンティックの……
   クライノートのドライバーとして迎え入れる、って事ですか!?」

 風華は何故、前線部隊責任者とは言え、自分と空がこの場に呼ばれていたのかを察し、
 合点が行ったのが二割、驚き八割と言った狼狽の声を上げた。

 空は副隊長としてだけではなく事実確認のために呼ばれたようだが、
 風華は前線部隊の隊長として意見を求められていたのだ。

 確かに、モニターに映し出された数値を見れば、高い同調率を誇っているようである。

 加えて、クライノートは本体よりも付随するヴァッフェントレーガーの操作が枷となる機体だが、
 ギアの補助無しに十六基もの浮遊砲台を自在に使いこなしたとなれば、その点でも申し分ない。

 エールの完全復活、二基のハートビートエンジンの起動、
 ヴィクセンとアルバトロスの強化とギガンティック機関も力を付けている。

 オリジナルギガンティックのドライバーを増やす事が急務と言うほど切迫はしていなが、
 それでも、イマジンからこの世界を守るために、力を扱える者は多いに越したことは無い。


397 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:41:55.66fbiOu5Nro (20/37)

明日美「あまり堅苦しい事は言わないわ。
    感じた通りに言って頂戴」

 激しく狼狽していた風華だが、明日美に促されて何とかして落ち着きを取り戻すと、
 視線を監視モニター越しにミッドナイト1へと向け、思案する。

 その表情には次第に哀しげな色が浮かんで行く。

風華「……正直、ドライバーとして迎え入れる事が正解になるかは、私には分かりません」

 風華は、ミッドナイト1が正気を取り戻し、茜と再度面会できるようになるまで、
 空と茜の二人から聞かされた話を思い返しながら答え、さらに続ける。

風華「あの子が60年事件や統合労働力生産計画に端を発する、一連の事件の被害者なら、
   瑠璃華ちゃん達の時のように彼女の意志を確認して、それを尊重すべきだと思います」

 風華は隊長らしい毅然とした態度で言い切った。

 瑠璃華達……瑠璃華、レミィの二人は、自らの境遇や望みよってドライバーとなる事を選んだ。

 フェイも最初こそ戸惑いもあったが、今は望んでドライバーとして機関に籍を置いている。

 だが、ミッドナイト1は戦ってデータを得るための道具として作り、育てられた。

 ドライバーとしての道を彼女に提示するのは、未だ早計なように風華には感じられたのだ。

 故に“事件の被害者”と言う言葉を使ったのである。

空「私も風華さんと……藤枝隊長と同じ意見です」

 そして、それは空も同じだった。

 オリジナルギガンティックに乗れるからと言って乗せるのでは、彼女を道具のように扱っている気がしてならない。

 無論、自分たちにそのつもりがなくても、だ。

 幾つかの道を彼女に示して、彼女が望む道を彼女自身に選んで貰う。

 それこそが彼女の心のリハビリ、その第一歩になる。

 二人のその思いは他の四人にも伝わったのだろう。

 メリッサは納得したように深く頷き、明日美達三人も顔を見合わせた。

明日美「……ならば、この件は一旦保留として、
    彼女はドライバー適格者の保護の名目でギガンティック機関預かりとします」

 明日美はそう言って、アーネストの無言の首肯で確認を取ると、さらに続ける。

明日美「今回上がった案に関しては、彼女の肉体的、精神的な回復を待ってから順次、
    全て伝えて行こうと思っています」

雄嗣「ええ、それが最善手でしょう」

 明日美の言葉を聞き、雄嗣は深々と頷いて答えると、監視モニターに目を向けた。

 空達もそれに倣って監視モニターを見遣る。

 茜とミッドナイト1は先ほどから変わらずベッドの上に並んで座り、
 談笑――と言っても本当に笑っているワケではないが――しているようだ。

雄嗣「その間の彼女の世話役として本條小隊長をお借りしたいですが……よろしいでしょうか?」

 雄嗣はその様子に申し分無いと確信した様子で、明日美に問い掛ける。

アーネスト「天童主任の申し出で各ギガンティックはオーバーホール中です。
      遠征任務が再開されるのは再来週からになりますし、暫くは待機任務の名目上このままで良いかと」

明日美「そうね……現状、彼女が一番心を開いているのは茜のようだし、そうしましょう。

    それと自傷行為に類する挙動が見られないようなら、
    早い内に隔離区画から出す方向で検討して行きましょう」

 アーネストからの提案もあって承認した明日美は、そう言って場を締めくくった。


398 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:42:51.98fbiOu5Nro (21/37)

 一方、監視モニターの向こう……ミッドナイト1の隔離病室では、
 茜が食事を終えたミッドナイト1と、自分たちの身にあれから何があったのかを話し合っていた。

 空との闘いに敗れユエに用済みとして捨てられ、ギガンティック機関の手で保護された事。

 仲間に助けられ、復讐を乗り越えて事件を解決した事。

 そして、自分たちの共通項とも言える、ユエの死。

M1「……そう、ですか……」

 創造主の死の事実を聞かされたミッドナイト1は、
 一瞬、戸惑ったような哀しげな表情を見せた後、無表情で頷いた。

 自分を縛る者が亡くなった事……自分を道具として定義する存在が居なくなった事は、
 少なからずミッドナイト1の胸の内に波紋を投げ掛けたようだ。

 だが――

M1「よく……分かりません……」

 ミッドナイト1は俯いたまま、怪訝そうな雰囲気を漂わせた声音で漏らした。

 彼女には自分の胸の内に生まれた波紋が何であるか定義できないのだ。

 解放の悦びか、喪失の哀しみか、それとも全く別の何かなのか。

 自我と言える物を自覚できるようになって、まだ一週間足らず。

 自分の胸の内にある物……心が何であるかを言葉に出来るだけの経験が、彼女には欠けていたのだ。

茜「そうか……」

 茜もそれを察してか、少し寂しそうな表情を浮かべて頷く。

茜「少しずつでいい……気持ちをゆっくりと整理していこう?」

 茜は昔、声を失った頃に医者に言われた言葉を思い出し、ミッドナイト1に語りかけた。

 そして、その肩に手を添えようとして、僅かな躊躇いの後、添えようとしていた手を引く。

 彼女も連中に利用されていた被害者。

 そうは言っても、あの旧技研は彼女の帰る場所だったのだ。

 それを壊した自分が、彼女を慰めるのはどこか筋違いのように思えた。

 そして、自分は一時とは言え、彼女を脱出の手段として利用しようとしていた。

 彼女が心を開いてくれている相手が自分だけ、と言うのはこの上なく嬉しい。

 だが、それ以上の罪悪感が、茜の心に細く、長い針を打ち込む。

茜(私は……悪い人間だな……)

 慰めてあげたいのに、それを拒まざるを得ない罪悪感を感じながら、茜は心中で自嘲した。

茜「……もう夜も遅い。また明日も顔を出そう」

M1「はい……ありがとうございます」

 言いながら立ち上がった茜に、ミッドナイト1はようやく顔を上げて浅く頷いた。

 感謝された、と言う事は、やはり自分が来る事を彼女も望んでくれているようだ。

茜(私は……本当にそんな資格があるのか……?)

 ミッドナイト1の目を覗き込みながら、茜は自問し、“じゃあ、また明日”とだけ言って病室を後にした。

 この時に覚えた罪悪感と戸惑いが、後に大きな騒ぎの引き金となる事を、未だ知らずに……。


 そして、それから瞬く間に四日が過ぎた――


399 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:43:31.76fbiOu5Nro (22/37)

―4―

 7月24日、午前九時。
 医療部局病棟、ミッドナイト1の個室――


 ミッドナイト1は病室内の書架に置かれた紙製の絵本や図鑑を引っ張り出し、眺めていた。

 紙製と言ってもマギアリヒトの合成紙で製本された、安価な物だ。

 本物の紙製の本など高級品すぎて早々に手が出る物ではないが、
 こう言った合成紙の本も電子書籍全盛の世の中であっても、
 絵本や図鑑のような子供向けの書籍には好まれていた。

 親子が並んで読める、と言った風情や情操教育目的もあるが、
 子供が何を読んでいるか分かり易いと言う利便性もあっての事である。

 ミッドナイト1は旧世界……メガフロートの外の世界が描かれた図鑑を好んで読んでいた。

 世の常識であっても知る必要の無い事として、様々な知識をそぎ落とされて育った彼女には、
 常識の全てが驚きと戸惑いに満ちた物ばかり。

 世界に触れる事さえ初めてだらけで戸惑う彼女にとって、
 一番の驚きはこの天蓋の向こうにもっと広い世界がある事だったのだ。

 自らに与えられたコードネーム・ミッドナイト……深夜にも関わりが深い、
 夜空に浮かぶ月、満点の星空の写真が載ったページを見渡しながら、
 彼女は感慨深げな表情を浮かべていた。

 そう、彼女はようやく表情らしい表情を浮かべられるようになった。

 他の人間を見て学び、吸収する。

 彼女個人の人格や存在を否定しているようで語弊のある言い方かもしれないが、
 やはりそこは結の遺伝子がそうさせるのだろう。

 要は飲み込みや覚えが早いのだ。

 ともあれ、ミッドナイト1は図鑑の月や星を眺めながら、食後の一人きりの時を過ごしていた。

 すると、不意にコンコンとドアをノックする音が響き、
 ミッドナイト1は僅かに喜色の入り交じった顔を上げる。

 すぐに“どうぞ”と言って促すとドアが開かれ、茜とその後ろから空が顔を出す。


400 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:44:10.70fbiOu5Nro (23/37)

M1「アカネ、ソラ……おはようございます」

 二人の姿を見るなり、ミッドナイト1はどことなく嬉しそうな表情を浮かべた。

 アカネ、ソラ……ミッドナイト1は二人の事を名前で呼ぶようになっていた。

 二人……特に懐いている茜に倣っての事だったが、
 一々フルネームで呼んで来る彼女をそれとなく促しての事だ。

空「今日も図鑑を見ていたんだ?」

M1「はい」

 ベッドの傍らに歩み寄って来た空の問い掛けに、ミッドナイト1は頷いて答える。

 空もベッドの縁に腰掛け、図鑑を覗き込む。

空「まん丸の満月と綺麗な星空だね」

M1「はい、満月と星空です。……綺麗です」

 空の言葉に同意して、ミッドナイト1はどことなく声を弾ませる。

茜「夜空が好きなんだな……」

 茜は優しそうな笑みを浮かべてそう言うと、
 ミッドナイト1を挟んで空とは反対側のベッドの縁に腰掛け、三人で並ぶ。

M1「夜空……夜の空……はい、夜空は落ち着きます」

 ミッドナイト1は言葉を反芻し、ややあってから答えた。

 ここ数日で見上げた夜空を思い出し、その光景に思いを馳せながら答えたのだ。

 遠くに見える街や家々の灯りと、天蓋に整然と並んだ小さな照明が作り出す偽物の星。

 第七フロート第三層では決して見る事の出来なかった光景。

 決して暗闇だけでない夜の世界は、見ていると穏やかな気分になる。

茜「生前のお祖母様や大叔母様に聞いた星空は、本当に綺麗だったと聞いた事があるな……。
  映像技術も昔よりも進歩したと言うが、生で見るのとは違うのだろう」

 茜はふと思い出したように呟く。

M1「これは本当にあった世界なんですね……」

 茜の言葉に、ミッドナイト1は失われた旧世界の夜空に思いを馳せる。

空「……いつか見てみたいよね、本当の空……」

 思いを同じくするミッドナイト1に、空も感慨深く呟く。

 ミッドナイト1も“はい”とだけ答えて深く頷いた。


401 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:44:53.43fbiOu5Nro (24/37)

 そして、ようやく気が済んだのか、
 ミッドナイト1は図鑑を閉じると、二人をゆっくりと交互に見遣る。

空「今日は何か知りたい事はある?」

M1「……昨日聞いた、空達が通っていた学校の事について教えて下さい」

 空が促すと、ミッドナイト1は僅かに考え込んだ後、即座に答えた。

空「学校……学校かぁ……」

 空は何事か思案すると、ベッドの縁から立ち上がると、反対側に回り込んで窓際へと歩いて行く。

 そして、少しだけ目を凝らすと官庁舎の向こうに目当ての建物が見えた。

空「ほら、こっちに来て」

 空はミッドナイト1を手招きすると、目当ての建物を指差す。

M1「……あの建物、学校だったんですね」

空「うん、京都第二小中学校、一級市民向けの小中学校だね」

 感慨深げに漏らすミッドナイト1に、空は説明を続ける。

 そんな二人の様子を、茜はベッドの縁に腰掛けたまま肩越しに見ていた。

茜(あの子も、随分と空に慣れて来たな……)

 茜はここ数日のやり取りを思い返し、胸中で独りごちる。

 あの子。

 自分達の事を名前で呼んでくれるようになったミッドナイト1に比べて、
 空も茜も彼女の事を名前では呼べなかった。

 ミッドナイト1と言う名前に、彼女なりの矜持があるかどうかも分からないが、
 記号と数字の組み合わせのような名前で呼ぶのに抵抗があったからだ。

 ともあれ、最初は自分以外の人間に距離を置いていたミッドナイト1だったが、
 空が自分に危害を加えるような人間でないと分かると、すぐに心を開いた。

 それは、この医療部局にいるスタッフ達に対しても言えた事で、
 昨日、問診に来た雄嗣の回診に居合わせた時にも、問題無く受け答え出来ていたと思う。

茜(私だけに拘らなくてもやっていけそうだな……)

 その結論に達した時、茜はズキリ、と胸が痛むのを感じた。

 ああ、敢えて思い返すまでもなく、これは罪悪感の表れだ。

 一時でも、利己的な目的のために彼女を利用しようとした。

 道具として育てられた人間に対して、最もやってはいけない事。

 茜は今にも泣き出しそうな哀しげな表情を浮かべ、
 笑顔で説明を続ける空と彼女の話を熱心に聞き続けるミッドナイト1を見つめた。

 そして、胸に突き刺さる罪悪感の痛みに、顔をしかめる。

 再会の晩に感じた微かな痛みは、もう無視できない激痛へと発展していた。

茜(このままではいけないな……私だけじゃなく、彼女のためにも)

 茜は胸に手を当て、改めてその決意を確認する。


402 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:45:40.89fbiOu5Nro (25/37)

 暫くそうしていると、ようやく学校の説明が終わったらしい。

M1「同じ年頃の子供が集まって勉強する場所……」

 ミッドナイト1はその言葉を反芻しながら、感心したように何度も頷く。

M1「……合理的で、便利な場所です」

空「うん、それに友達も出来ると、学校に行くのも楽しくなるからね」

 子供らしくない感想を述べるミッドナイト1に、空は困ったような笑みを浮かべた後、そう言った。

 だが、今度はその“友達”と言う言葉にミッドナイト1が反応する。

M1「ソラ、ともだち、とは何ですか?」

空「え? えっと……」

 ミッドナイト1の質問に、空は思わずたじろいでしまう。

 感覚として理解している事柄や言葉ほど、口で説明するのは難しい物だ。

空「えっと……私達、みたいな関係の事かな?」

 空は困った末に、苦し紛れにそんな曖昧な答を返した。

 無論、この場で言う私達とは、茜を含めたこの三人の関係の事だ。

 確かに、友達、友人と言うのに憚られる関係で無い事は客観的にも明らかだろう。

 だが――

M1「その説明では曖昧に感じます」

 ミッドナイト1にはやはり苦し紛れの言葉に聞こえたのか、少し不満そうに呟いた。

空「あ、茜さ~ん!」

 空は思わず茜に助けを求める。

茜「……まったく、普段の君は妙な所で締まらないな」

 一方、助けを求められた茜は肩を竦めて返した。

 友人の定義。

 個々人によって線引きも程度も違うであろうソレを説明するのは難しい。

茜(けれど、いい機会かもしれないな……)

 しかし、茜はそう思い直すと、意を決してミッドナイト1を手招きする。

茜「空、君は何か飲み物を買って来てくれないか?」

空「はい、そうします……」

 予期せぬ失態を演じてしまった空は、項垂れた様子で茜の提案を受け入れた。

 インターバルを入れて気持ちを整えて来いと言う、茜の思いやりだ。

 だが、茜自身にはそれ以外の思惑もあったが……。

茜「私は烏龍茶を頼む、メーカーはどこでもいい」

M1「オレンジジュースをお願いします」

空「は~い……」

 空は二人の要望を聞くと、そそくさとその場を後にした。

 空の背を見送った茜は、一度、天井を振り仰ぐ。


403 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:46:22.53fbiOu5Nro (26/37)

茜(友達か……そうだな、これは……私と彼女が、本当の友人になるための第一歩だ……)

 そして、その思いと共に視線をミッドナイト1へと向けた。

 一見して無表情のように見える少女だが、
 その視線には期待の眼差しと言って差し支えない好奇心のような物が見える。

茜「友達と言うのは、空も言ったように私達の関係を一言で言い表す言葉だな……。

  時には嘘をついたり、喧嘩をしたりもするが、
  一緒に遊んだり、勉強や運動を競ったり、
  そうやってお互いを高め合えるような関係が理想だ」

M1「嘘や喧嘩は、いけない事ではないでしょうか?」

 茜の説明に、ミッドナイト1はそれまでに教えられて来た言葉を思い返し、怪訝そうに首を傾げた。

茜「確かに、嘘や喧嘩はいけない事だな……。

  でも、友達を守るために必要になる嘘も中にはあるし、
  いくら友達でも譲れない一線を守るためには時には喧嘩する事もある。

  だけど、そうやって色々な物を乗り越えていけないようでは、本当の友達にはなれないんだ」

 茜は二週間以上前の事を思い返して、不意に遠くを見るような目をする。

 あの日、自分と空は言葉をぶつけ合った。

 復讐にかられる事は間違っていると、自らの経験を持って自分を諭してくれた、年下の少女。

 大人達が気遣って踏み込まない一線を踏み越え、心の声をぶつけて自分の凶行を止めてくれた空を、
 茜は掛け替えのない友人として認識していた。

茜「軽口を叩き合ったり、巫山戯合ったり、笑い合ったり……
  そうやって楽しく過ごせる相手が友達だ」

M1「楽しく過ごせる……私は、ソラやアカネと一緒だと、楽しいです……。
   これは、二人が私の友達だと言う事なのでしょうか?」

 茜の説明を聞きながら、ミッドナイト1は胸に手を当てて自らを思い返す。

 楽しい。

 喜怒哀楽だけで人の感情は計れないし分類もし切れないが、
 それだけはミッドナイト1にも分かるようになって来たらしい。

茜「………」

 しかし、茜は問い掛けるようなミッドナイト1の言葉に、すぐに頷く事が出来なかった。

 そして、小さく深呼吸し、改めて口を開く。

茜「……友達との間で、絶対にやってはいけない事が幾つかある……。
  それは、友達を傷つけ、裏切る事と、友達を利用する事だ。

  ……それは、友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……」

 茜は苦しそうな表情で、絞り出すように呟いた。

M1「裏切り……利用……」

 ミッドナイト1は、その言葉を反芻しながら哀しげな色を目に浮かべる。

 それはかつての自分が身を置いていた世界で身近な物。

 指導者の不興を買いたくなくてお互いの足を引っ張り合って裏切り、自らもユエに利用され続けて来た。

 友達と言う言葉が、かつての自分の境遇とは真逆にある物だと感じて、ミッドナイト1は哀しそうに目を伏せる。

 そこで、限界だった。

茜「私は! ……私は、お前に謝らなければいけないな……」

 思わず大きな声を上げそうになった茜は、悔しそうに言葉を吐き出す。

M1「アカネ……?」

 茜の言葉に、ミッドナイト1はキョトンとした様子で首を傾げた。


404 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:47:10.80fbiOu5Nro (27/37)

 茜が自分に謝る事など一つもない。

 むしろ、自分は幾つも茜にお礼を言わなければならない立場だ。

 色々な事を教えてくれて、ありがとう。
 いつも会いに来てくれて、ありがとう。
 世界の事を教えてくれて、ありがとう。

 ミッドナイト1の胸の内は、茜と、そして、空への感謝で溢れそうな程だった。

 そして、茜への感謝は、あのユエの研究室にいた頃からひっくるめて続いている。

 だが――

茜「……私は……ユエに軟禁されていた時、脱出のために、君を利用しようと、した……」

 ――苦しそうに茜が紡いだ言葉が、ミッドナイト1の思考を、一瞬、吹き飛ばした。

M1「……?」

 一瞬、理解できずに首を傾げたミッドナイト1は、だが、次第に小刻みに震える。

 友達だと思っていた。


――友達を利用する事だ……――


 感謝を捧げる、優しい人だと思っていた。


――友達を友達とも思わない、とても……とても酷い事だ……――


M1「うそです……友達は嘘もつきます……」

 茜の言葉を思い返して、ミッドナイト1は茫然としながら呟く。


――友達を守るために必要な嘘も中にはあるし――


 守るための嘘ではない。

 むしろ……――


――友達を傷つけ、裏切る事と――


 ――絶対にやってはいけない、もう一つの事。

M1「嘘……です!」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら、叫ぶ。

茜「嘘じゃない……私は……君に魔力抑制装置を外して貰おうと、
  君を懐柔しようと……利用しようとしたんだ!」

 だが、茜は意固地になって、自らの罪を告白する。

 そうしなければならない。

 そうでなければ、いけない。

 赦されなければ、彼女の友人だと、胸を張れない。

 茜は耐えきれずに項垂れ、目を伏せた。


405 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:47:57.43fbiOu5Nro (28/37)

M1「私は……私はアカネを友達だと思っていました……。
   それも私が一人で思い込んでいただけなんですか……?」

 そんな茜に、ミッドナイト1は抑揚のない声で問い掛ける。

茜「ッ!?」

 茜は肩を震わせ、それを否定しようと顔を上げた。

 だが、否定の言葉を発するよりも先に、茜は息を飲んでしまう。

 ミッドナイト1は涙を流しながらも、
 まるで凍り付いたような無表情の仮面を、その顔に貼り付けていた。

 表情以上に感情を表していた目にも、何の感情の色も宿っていない。

茜(嗚呼……)

 茜は悟った。

 罪に耐えかねた自分の告白が、彼女の心を、また壊したのだ、と。

 感謝で溢れそうだったミッドナイト1の心を、
 黙し、嘘を突き通してでも守るべきだった彼女の心を、砕いたのだ。

M1「ッ!」

 ミッドナイト1は踵を返し、走り出してしまう。

 無表情の仮面の縁から、溢れた涙が散る。

茜「ミッ……!?」

 その名を叫び、呼び止めようとした茜は、思わず躊躇い、口を噤んでしまう。

 止めなければいけなかった。

 だが、記号のような名を叫ぶ事が躊躇われ、茜は呼び止める事が出来なかった。

空「あ、茜さん!? あの子、走って行っちゃいましたよ!?」

 入れ替わりで、空が病室に駆け込んで来る。

 その手には三本のボトル飲料。

 それを買いに行ったものの五分足らずの出来事だった。

茜「…………私は……私は、何をやっているんだっ!」

 茜は自らの不甲斐なさと残酷な行いに、握り締めた拳で自らの膝を叩いた。


406 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:48:43.26fbiOu5Nro (29/37)

 一方、病室を飛び出したミッドナイト1は深く俯き、
 無表情のまま滂沱の涙を溢れさせ、行く当てもなくフラフラと走り惑っていた。

 既に病室外への外出が許可されていた彼女は、
 自分よりも背の高い大人ばかりの医療部局で表情を悟られる事なく、人波を縫って走る。

M1(友達……じゃ、なかった……友達だと……思っていた……)

 その思考だけを、頭の中で反芻するミッドナイト1。

 友達だと思い込んでいたのは自分だけで、茜はそうではなかった。

 混乱したミッドナイト1は、茜と行き違ったまま最悪の結論に達してしまったのだ。

 無論、茜はそうではなかった。

 改めて友人として付き合って行くため、罪を告白したに過ぎない。

 だが、言うべき瞬間に、言葉を発せなかった。

 たった一つ、時間にして二秒程度の時間で、完膚無きまでに行き違ってしまったのである。

 俯いて走り続けていたミッドナイト1は、足をもつれさせて転ぶ。

M1「あ……っ!?」

 痛みの悲鳴を堪え、倒れる。

 何とか、受け身は取れた。

 だが――

M1(痛い……)

 激しい痛みに、ミッドナイト1は倒れたまま立ち上がれずにいた。

 身体の痛みではなかった。

 胸の奥から湧き上がる、痛み。

M1(マスターに捨てられた時は……真っ暗になっただけだった……)

 ユエに切り捨てられ、自分の存在意義を見失った時は、何も感じなかった、何も感じられなくなった。

 だが、今は……茜に突き付けられた言葉は、真実は、痛かった。

M1「痛い……痛い……」

 ミッドナイト1は倒れ伏しながら、譫言のように呟く。

 肉体的な痛みは、治癒促進や身体強化でいくらでも我慢する事が出来た。

 だが、この痛みは、到底、我慢できる類の物ではなかった。

 存在意義を失って空っぽになるよりも、友達を失った痛みの方が、ミッドナイト1には耐えられなかったのだ。

M1「いたい……いたい、よぉ……」

 生まれて初めて、誰かに痛みを訴えかけるように弱音を吐いた。


407 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:49:18.58fbiOu5Nro (30/37)

 胸が痛い。

 張り裂けるように、痛い。

 こんなに痛いのなら――

M1(友達なんて……)

 こんなに苦しいのなら――

M1(欲しく……なかった……)

 失うと言う事が、こんなにも胸を穿つなら――

M1(最初から……)

 ――生の実感など……命など、欲しくなかった。

M1「………ぅ、ぅっぁぁぁぁ……っ」

 俯せのまま、張り裂けるように軋む胸を掻きむしりながら、ミッドナイト1は長い嗚咽を漏らす。

 生きている事が楽しいと、空と茜に会うのが楽しいと、ようやく思えて来たのだ。

 友達と言う言葉の意味を知り、二人が友達だと、心から思えたのだ。

 だが、その全てが、茜自身によって否定された。

 存在意義ではなく、存在理由を失ったように、ミッドナイト1は感じていた。

 生きて良いのではなく、生きていたい。

 そんな存在理由すら失ってしまった。

 まだ幼い身体に比べてすら未熟な心は、そんな悲鳴を上げ続ける。

 死にたい。

 そんな短絡的な思考が脳裏を過ぎった時、ミッドナイト1はふらふらと立ち上がる。

 行き止まりだと思っていた場所は、何かの隔壁のようだった。

 決して厳重でないその隔壁は、医療部局と格納庫を結ぶ負傷者搬送用直通エレベーターの扉。

 ミッドナイト1が歩み寄ると、自然とその扉は開かれた。

 彼女の魔力は登録コード03……クリスティーナ・ユーリエフに近い波長を持っていたため、
 その魔力を感知して開いてしまったのだろう。

 だが、そんな理屈とは関係なく、ミッドナイト1にはそれが大きく口を開けた黄泉の門に見えていた。

 エレベーターに足を踏み入れると、直通エレベーターは自動で降下を始める。

 高速エレベーターだが加速によるGは感じない。

 二分と経たずに最下層……格納庫に辿り着いたエレベーターは、音もなく開かれた。

 整備班の喧騒と機械の作動音が身体に降り掛かり、俯いていたミッドナイト1は一瞬だけ身体を震わせる。

 だが、すぐにフラフラと歩き出し、僅かに首を動かして後は視線だけで辺りを見渡した。


408 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:50:06.87fbiOu5Nro (31/37)

 オーバーホール中のオリジナルギガンティック達が並ぶ中、
 修繕とテスト起動を終えたばかりのアメノハバキリがハンガーに戻されていた。

紗樹「エンジンはこのまま暫く運転続けた方がいいんでしたよね?」

班長「ああ! お前さんの機体はエンジンを新品に乗せ換えたから、しばらく機関部の慣らし運転だ!
   慣らしと最終チェックを終えたら、こっちで止めておく!」

 コックピットハッチから顔を覗かせ、足もとの整備班長と大声で話し合っていたのは紗樹だが、
 ミッドナイト1は誰が誰かなど知らないし、知ろうとも思わない。

 紗樹は整備班長と二、三、言葉を交わすと待機室へと戻って行く。

 整備班長もハンガー脇のモニターを覗き込んでいる整備員に指示を出すと、自身は他の機体の整備へと向かう。

 ミッドナイト1は火の落とされていない、起動状態のままのアメノハバキリを見上げる。

 混迷を続ける彼女の思考は、そこで確実に死ねる方法を思いつく。

 ギガンティックで自身を握り潰す、と言う方法を、だ。

 下手にビルの屋上から飛び降りたり、刃物で急所を斬り付けるよりも確実な方法だろう。

 万が一、死の寸前に反射的に身体強化を行っても、ギガンティックの攻撃を防御できる筈が無い。

 自身の操縦するギガンティックの腕で、コックピットを貫けば、エンジンの爆発もあってより確実に死ねる。

 生身の人間では絶対に助からない方法だ。

M1(そうだ……そうしよう……)

 ミッドナイト1はフラフラと歩き出す。

 普段よりも沢山の人間で溢れかえっていた格納庫だが、先日からのオーバーホール作業に忙殺され、
 病衣を纏った小柄な少女の存在には誰も気付いていない。

 ミッドナイト1はリフトなどは使わず、身体強化した足でふわりと跳び上がり、
 開かれたままのハッチからコックピットに潜り込む。

 少々、シートは大きいが、問題なく扱えるようだ。

M1(……あの人、誰だったんだろうな……?)

 直前までこのシートに座っていたドライバーに、ミッドナイト1は少しだけ思いを馳せた。

 だが、すぐにその思いも消え去る。

 これから死ぬ自分には、もう何の関係も無い事だ。

 少女は何の感情も宿らない瞳で、統一規格の機械を動かして行く。

 以前に使っていたエクスカリバーよりもずっと扱いやすい構造だ。

 コックピットハッチは敢えて閉じない。

 その方が、死ねる確率も高くなる。

 ミッドナイト1は少しだけ、穏やかな表情を浮かべると、アメノハバキリの右腕を掲げさせた。

整備員A「お、おい! 263号機が動いてるぞ!?」

整備員B「何だ!? 動作異常……コックピットに生体反応……?
     ど、ドライバーが乗ってる!?」

 足もとの整備員達もようやく気付いたのか、慌てた声が聞こえて来るが、もう遅い。

 外部から緊急停止されるよりも先に、ミッドナイト1は外部との接続を遮断する。

 そして、掲げさせた右手を手刀の形にして、コックピットに向けて突き込む。

 目前まで迫る手刀に、死の恐怖は感じない。

 ただ、この胸の痛みから逃れられると思うと、僅かに安らいだ、だが哀しそうな表情を浮かべた。

 まだ知り合ってから半月ほどしか経っていない人達の顔が、次々と脳裏を過ぎる。

 空と茜の笑顔が脳裏を過ぎり、反射的に目を瞑った瞼の裏に鮮やかに浮かぶ。

 痛い。
 苦しい。

 そんな思いと共に。

 だが――


409 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:50:45.94fbiOu5Nro (32/37)

?「エエェェェルゥゥッ!!」

 絶叫にも似た砲声が轟き、身体が、機体が激しく揺れた。

M1「ッ……!?」

 一瞬、手刀が自分を貫いた衝撃と勘違いしたミッドナイト1だったが、
 まだ自らの感覚がハッキリとしている事に気付き、彼女は慌てて目を開く。

 すると、開かれたままのハッチから見えたのは、
 他のギガンティックに腕を掴まれたアメノハバキリの手刀だった。

 エールだ。

 ブラッドラインが鈍色のままの緊急起動状態だったが、
 それでも体格と出力ではアメノハバキリよりも勝っており、
 手刀が触れる直前の、本当にギリギリの所でアメノハバキリを静止できたのである。

 視線を走らせると、空がハッチを開いてコントロールスフィアに転がり込もうとしている所だった。

 空は病室に戻った直後、茜から事情を聞き、茜と共にミッドナイト1を探していた。

 ミッドナイト1の魔力を探り、大回りで彼女よりも数分遅れて格納庫へとたどり着いた空は、
 そこでアメノハバキリに乗り込むミッドナイト1を見付け、
 嫌な予感に突き動かされるように愛機を緊急遠隔起動させ、
 エールの自律制御に任せて兎に角、アメノハバキリの静止を優先したのだ。

 結果はギリギリ、あとコンマ1秒でも遅れていれば間に合わなかっただろう。

 しかし、間に合った。

 そして、ドライバーが搭乗した事で、ようやく全身に空色の輝きが灯る。

空「こんな事……しちゃ駄目だよ!」

 空はハッチを開いたまま、ミッドナイト1に向かって叫ぶ。

 咎めるような口調だが、哀しそうな声は心底から自分を心配してくれる声だと、
 ミッドナイト1は感じた。

 だが、それだけに胸が、また張り裂けそうに痛む。

M1「だって……だって……いたい……いたいです……!
   こんなに痛いなら! 生きてなんていたくない! 死んでしまいたい!」

空「ッ!? 死にたいなんて、言わないでっ!!」

 空は、泣き叫ぶミッドナイト1の言葉に息を飲むと、怒声を張り上げた。

 自らの死を望む言葉は、痛く、苦しく、
 そして、姉の死を、フェイを喪いかけた一瞬を思い起こさせ、胸を締め付ける。

 知り合ってからまだ日も浅い、一度はエールを奪われ、矛すら交えた少女。

 だが、彼女の辛く哀しい身の上を知り、茜と共に親身に彼女と関わる内に、
 空にも同情だけではない親愛の情が芽生えていた。

 彼女の様々な質問に答え、話しをするのが楽しかった。

 そんな友人とも呼べる少女が自ら死のうなど、見過ごせる筈が無い。

空「あなたが死んだら哀しいよっ!
  あなたが死んだら……そんな事、考えるだけで苦しいよ……!」

 空は泣きそうな顔で懇願するように叫ぶ。

 その声に宿る感情に、ミッドナイト1は少しだけ胸の痛みが治まるのを感じる。

 だが、茜に拒まれたと勘違いしたままの心は、再び痛み、疼き始めた。

M1「でも……でも、もう嫌ぁ……っ!」

 愛されて、拒まれて、愛されて……。

 そんな繰り返しで錯乱した少女は、乗機の左手を掲げ、今度こそ自らの命を絶とうとする。

 しかし、その左手も、エールのもう一方の腕で押さえつけられてしまう。

M1「放して……放して下さい!」

 ミッドナイト1はエールの腕を振り払おうとするが、出力の差で振り払う事が出来ない。

空「茜さんっ! 今です!」

 空は振り回されないように踏ん張りながら、足もとに向かって叫んだ。


410 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:51:24.29fbiOu5Nro (33/37)

 するとその直後、エールとアメノハバキリの間……
 二機のハッチの中間点に魔導装甲を纏った茜が姿を現した。

M1「あ、アカネ……!?」

 ミッドナイト1は愕然と叫び、身を震わせる。

 茜もまた、空と共にこの場に来ていたのだ。

 そして、跳び上がった茜はアメノハバキリのコックピットハッチに取り付く。

 ミッドナイト1は慌ててハッチを閉じようとするが、ハッチが閉じられるよりも先に、
 茜がコックピット内に転がり込む。

茜「やっと……追い付けた……!」

 茜は息を切らして声を吐き出す。

 息を切らせるほど走ったワケではないが、
 さすがに組み合った二機のギガンティックの間を跳び上がるのは肝を冷やした。

M1「来ない……で、下さい……」

 ミッドナイト1はワナワナと震えながら声を絞り出し、
 自らの肩を掻き抱くようにしてシートに身体を押し付け、少しでも茜から離れようとする。

 そのミッドナイト1の態度に、茜は哀しそうな顔を浮かべた。

茜「……空君に怒られたよ。
  ちゃんと説明しないから誤解される、って………。

  当然だな……感情任せに一方的に言えば、誤解させるに決まってる……」

 茜は泣きそうな顔で自嘲気味に言うと、
 コントロールパネルを乗り越え、ミッドナイト1に身体を密着させた。

 そして、震えるミッドナイト1を優しく抱き締める。

 また、痛みが増し、だが、それと同時に痛みが和らごうとする。

M1「……あ、アカネ……?」

 不思議な感覚に、ミッドナイト1は茫然自失気味に茜の名を呼んだ。

茜「私は……お前に、ずっと謝りたかったんだ……」

 そして、その呼び掛けに応えるように、茜はミッドナイト1の耳元で呟く。

 涙ぐんで震える声には、優しさと、慈しみと、そして、後悔の響きがあった。

茜「お前を利用しようとして……すまなかった……。

  でも、信じてくれ……私は、お前を助けたかった……!
  あんな……あんな酷い場所からお前を助けたかった……!

  でも、私はお前を助けられなかった……!」

 強く、強く抱き締めながら、茜は悔恨の声を漏らす。

 助けたいと願い、決意しながらも、それを行動に移す事が出来なかった。

 ユエの呪縛からミッドナイト1を解き放ったのは、彼女を倒し、ユエすらも討ち果たした空だ。

 だが、ミッドナイト1にとっては、
 存在意義を失って空っぽになった自分を救ってくれたのは、茜であった。

 そして、また、空っぽになりかけた心に、注がれる――

茜「わたしは……私は、お前と本当の友達に……なりたかった……!」

M1「ッ!?」

 ミッドナイト1は目を見開き、身体を震わせる。

 ――その、暖かな言葉が。


411 ◆22GPzIlmoh1a2015/06/13(土) 13:51:58.25fbiOu5Nro (34/37)

 抱き締めてくる茜の腕の力が増し、痛いほどだ。

 だが、不思議と胸の痛みが和らいで行く。

 そして、悟る。

 罪を告白した茜の苦しそうな表情の意味を……。

 茜も、痛かったのだ。

 ずっと、ずっと痛くて、苦しかった。

M1「う……ぅぅ……っ」

 茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はさらなる涙を溢れさせる。

茜「死にたいなんて、言わないでくれ………!
  お前が死んだら……私は……私はぁ……!」

 それ以上は言葉にならず、茜の口からも押し殺した嗚咽が漏れた。

 抱き締める力の強さは……茜の心の痛みの顕れ。

 そして、その強さはミッドナイト1の砕けた心を……友人との行き違いでひび割れた心に、
 暖かい物を注ぎ、満たして行く。

M1「アカネ……アカネ……あかねぇ……うぅぅ、ぁぁぁぁぁ……っ!」

 ミッドナイト1は茜の肩に自分の頭を預け、泣きじゃくった。

 ひび割れた心に染み渡る暖かさが嬉しくて、茜が自分の思った通りの人だった事が嬉しくて、
 そんな茜を疑ってしまった自分が申し訳なくて……。

 ミッドナイト1も、震える手で茜を抱き締める。

 謝罪と、赦しと、感謝と、そんな全てが混じり合った思いで……。

 すると、不意に閉じられていたハッチが外部から開かれ、機体の手を通じて空が顔を覗かせる。

空「……良かった、二人とも……」

 空は泣きじゃくりながら抱き締め合う二人の様子から全てを察すると、
 胸を撫で下ろし、安堵と嬉しさで涙を滲ませた。

M1「ソラぁ………そらぁぁ……」

空「うん……ここにいるよ……」

 ミッドナイト1が泣きじゃくりながら空の名前を呼ぶと、空は涙で濡れた目で優しく微笑んだ。

 友達がいた。

 自分の事を本気で心配して、こうしてぶつかり合ってくれる友達が。

 本当の友達になるために、自らの罪に押し潰される苦しみと立ち向かってくれた友達が。

 自分が一人じゃない、そう思えた時、ミッドナイト1の胸の痛みは消えていた。

M1「ぁぁああぁぁぁぁ、うぅぁぁぁ……っ!」

 空に見守られ、茜に抱き締められながら、ミッドナイト1はいつまでも泣きじゃくり続けた。


 茜の罪悪感と、二人の行き違いから始まった大事件は、そうして終わりを告げた。

 迷惑をかけた医療部や整備班、機体を勝手に使って傷つけた紗樹への謝罪などの一幕もあったが、
 空や茜も当事者として謝罪に同行した事は、逆に三人の繋がりを強めたと言えるだろう。


 そうして、また、三日の日々が過ぎた――