1 ◆A0cfz0tVgA2013/12/29(日) 22:14:18.31Ex0zsgwp0 (1/1)


※注意
・>>1はSS素人。駄文注意
・ジャンルは禁書×東方。苦手な方は回れ右
・『幻想入り』および『学園都市入り』ではない。言うなれば禁書世界をベースにした世界観クロス
 具体的に言えば、東方キャラが禁書世界の住民として出てくる
・独自解釈、キャラ崩壊、設定改変が多数。もしかしたらオリキャラも出るかも?
 東方キャラについては、もはや別物と言ってもいいほど改変される可能性が大
・時系列は禁書本編終了後。本編は開始から一年で完結している設定
・基本日曜更新。ただし不定期になることも無きにしも非ず


前々スレ
とある後日の幻想創話(イマジンストーリー)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1332082026/

前スレ
とある後日の幻想創話(イマジンストーリー)2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360510325/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1388322858



2VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/12/30(月) 10:51:53.65QspSTSlh0 (1/1)

を?


3以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/06(月) 17:05:53.85HnT3pUGf0 (1/1)

追いついた(; ̄ェ ̄)


4以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/06(月) 21:22:49.82Z4hwz8ox0 (1/1)

年始めの日曜には来なかったか


5 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:02:19.72iXz+m7NH0 (1/12)

明けましておめでとうございます(遅)
今年初めの投下を開始します


6 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:03:01.08iXz+m7NH0 (2/12)






入院27日目――――








7 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:03:47.11iXz+m7NH0 (3/12)


黄泉川「失礼するじゃん」

美鈴「失礼しまーす。 また会いに来たよ、咲夜ちゃん」

咲夜「! こ、こんにちは……」



その日、先日お見舞いに来た『警備員』二人組である黄泉川と美鈴が、再び咲夜の下へとやってきた。
目の前に現れた自身のトラウマを前にして、咲夜は少々まごつきながらも挨拶する。
彼女らが来ることは事前に冥土帰しによって知らされていたため、以前のようなパニックを起こさずに済んだようだ。


現在、不死の薬と冥土帰しの両名はこの部屋にいない。
冥土帰しは他の患者の対応に忙しく、不死の薬は本来の薬剤師としての仕事こなすために自身の部屋に籠っている。
咲夜の容態も安定して常に監視をする必要が無くなったため、必要な時以外は自分達がするべき仕事をしているのである。
もし何かあった場合はナースコールで知らせるように、冥土帰しは咲夜に言いつけていた。




8 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:05:46.91iXz+m7NH0 (4/12)


黄泉川「どうやら大丈夫みたいだね。 元気そうで安心したじゃん」

美鈴「本当ですね。 あ、これお見舞いの果物だよ」ドサッ



美鈴が果物の入ったかごをベッドの脇にある机の上に置く。
上には布がかけられており中は良く見えない。だが隙間から見える色と形から考えるに……



咲夜「……りんご?」

美鈴「『ふじ』っていう名前のりんごよ。 しかも成長促進剤を使った学園都市産じゃなくて、
青森県の農家で有機栽培で育てられたやつ。 すごく美味しいから味わって食べてね」

黄泉川「まったく、お見舞いだからって高い物を買いすぎじゃんよ。 最近金欠で困ってたんじゃなかったのかい?」

黄泉川「それに次の給料日までまだ間があるだろう?」

美鈴「だ、大丈夫ですよ。 その辺のことはちゃんと考えてありますし!」

黄泉川「本当かい? ならいいんだけどさ」

咲夜「……」




9 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:06:51.27iXz+m7NH0 (5/12)


黄泉川「? どうしたんだい?」



咲夜はかごの中に入ったりんごをじっと見つめている。


白のベールがかけられたかごから漏れ出してくる甘い芳香。
立って離れているはずのこちら側にもその香りが漂ってきているようだ。
かごの至近距離に居る咲夜は、さぞかし濃厚で甘い香りを感じ取っていることだろう。


咲夜の喉からゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。



黄泉川「食べたいのかい?」

咲夜「! そ、そんなこと、ない、です……」

美鈴「遠慮しなくてもいいんだけどねー。 このりんごは咲夜ちゃんのものなんだから」

黄泉川「でも食べるには包丁が必要だね。 美鈴、看護婦に果物ナイフを持ってくるように言ってくれないかい?」

美鈴「わかりました」




10 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:08:29.71iXz+m7NH0 (6/12)


黄泉川の言葉を聞いた美鈴は、果物ナイフを貸してもらうために病室を出ていった。
待っている間、黄泉川は準備をするためにかごの包装を取り払う。


布が拭い去られると同時に露わとなる紅い果実。想像より少し色が薄いが、これは無袋栽培で育てられたからだ。
袋掛けした果実は成長した時に外観が美しくなるが、袋をかけなかった場合は糖度が高くなり貯蔵性も良くなる。
その証拠に、先ほども言ったようにりんごの芳香がものすごい。切ったら中がどうなっているのか楽しみである。



美鈴「黄泉川さん、必要なもの借りてきました」

黄泉川「ああ、ご苦労じゃん。 で、どのりんごを切ろうかねぇ……」

美鈴「どれを選んでも同じだと思いますけど。 黄泉川さんが切りますか?」

黄泉川「いや、美鈴が切ってくれ。 私はまともに料理ができないからね」

美鈴「あ、そうでしたっけ?」




11 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:10:45.05iXz+m7NH0 (7/12)


黄泉川「色々練習はしてるんだけどね。 でも材料を切るときは大雑把だし、味付けは大味だし……」

黄泉川「特に火の通し方のコツがうまくつかめないじゃん。 何かいいアイデアは無いかい?」

美鈴「火の通し方は練習あるのみですから、何度も料理しないと感覚は掴めませんよ。
電子レンジとか使えば時間の管理だけだから簡単にできるとは思いますけど」

黄泉川「ふむ、電子レンジか……ちょっと考えてみるじゃん」

美鈴「それじゃあ切りましょうかね~」



美鈴はそう言うと、りんごを一個軽く手に取る。数ある中でも一際大きいものだ。
そのりんごを左手に持ち、右手のナイフでまずは始めに二分割。
中央の種の周囲に色が濃い部分――――蜜が豊富な部分が見える。よく熟れた果実のようだ。


そして割った片方をさらに二分割にして四分の一にする。
さらに八分の一にしようとしたところで、ふと思い出したように作業を止めて咲夜に問いかけた。




12 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:12:27.07iXz+m7NH0 (8/12)


美鈴「咲夜ちゃんってりんごの皮って食べれる?」

咲夜「大丈夫です」

美鈴「よし、それなら……」



美鈴はりんごを八分の一の大きさに切ると、皮の下の部分を半分まで切りこみを入れ、皮をハの字に切り落とした。
果肉の部分を胴体に、皮の部分を耳に見立てると……



美鈴「よし、これでうさぎさんの完成!」

黄泉川「へぇ、随分としゃれたことするじゃん」

美鈴「りんごときたらこれをするしかないでしょ。 ただ切るだけじゃ面白くありませんし」

咲夜「……」ジー

美鈴「? どうしたの咲夜ちゃん、そんなに見つめて……」




13 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:16:13.21iXz+m7NH0 (9/12)


咲夜の視線が美鈴に注がれている。
しかし、その視線の先にあるものは左手に持ったうさぎ型のりんごではない。


彼女が見ているものは――――



黄泉川「どうやら果物ナイフを見てるみたいだね」

美鈴「ナイフですか?」

咲夜「……」ジー

黄泉川「……もしかして、自分でりんごを切ってみたいんじゃないのかい?」

美鈴「え? そうなの?」

咲夜「……」コクリ




14 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:18:44.44iXz+m7NH0 (10/12)


二人の問いに、咲夜は首を縦に振って肯定の意を示す。


咲夜はこれまでの間、不死の薬からもらった料理の本を読んで今まで過ごしてきており、料理に対する関心が人一倍強くなっている。
ところが入院中の彼女が実際に調理を行うことなどあるはずもなく、これまで調理器具にすら触ったことが無い。
医者二人にも『料理をさせてあげることができるようになるのは退院直前だろう』と言われていた。
そんな状況の中で、咲夜の料理に対する憧れは日に日に強くなり続ける一方だったのだ。


そんな彼女の目の前に、今『果物ナイフ』という名の調理器具が存在する。
ただ、それを使って今できることと言えば『りんごを切る』というだけだが、
それも一種の『調理方法』であるということは紛れもない事実である。
彼女にとって、この千載一遇のチャンスをみすみす見逃すなど考えられない。




15 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:20:10.91iXz+m7NH0 (11/12)


美鈴「どうしましょう? 刃物を使わせるのは怪我をするかもしれないので不味い気がしますけど……」

黄泉川「でも彼女の眼を見るとかなりご執心のような気がするじゃんよ。 簡単には諦めてはくれないような気がするじゃん」

咲夜「……」ジー

美鈴「そう、みたいですね……困ったなぁ……」

黄泉川「いっそのこと、手とり足とり教えてあげればいいんじゃないかい?」

美鈴「え? さすがにそれは……」

黄泉川「私達がよく見ていれば怪我をする危険性は減るだろうし、たぶん大丈夫だと思うじゃん」

咲夜「!」

美鈴「……何かあったら黄泉川さんのせいですからね?」

黄泉川「何も起こらないように努力するのが今のアンタの仕事じゃん」

美鈴「わかりましたよ……じゃあ咲夜ちゃん、こっちに来て」



美鈴は咲夜をベッドの横に座らせると、右手に果物ナイフを、左手に切ったりんごを持たせた。




16 ◆A0cfz0tVgA2014/01/12(日) 23:20:41.67iXz+m7NH0 (12/12)

今日はここまで
質問・感想があればどうぞ


17以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/13(月) 02:16:15.69kcL9Ye1Oo (1/1)

乙です


18以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/13(月) 10:34:02.40jRfsZYbDO (1/1)


ここの咲夜さんのナイフ道はこうして始まったのか


19以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/13(月) 15:36:59.38Fgwy5Eqd0 (1/1)



東方二次は大量に存在する
その中でも紅魔組は使いやすいのか年季ゆえか自機組の次くらいに多い

しかし美鈴を咲夜より目上にしているものは考えてみたら結構珍しいな


20 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:23:16.76b7u7Hodg0 (1/14)

>>18
咲夜さんにどうやってナイフを持たせようかなーと考えた結果こうなりました

>>19
紅魔組は西欧色が強く、ファンタジー系と良く馴染む
さらに吸血鬼や悪魔や魔法使いなど、わかりやすいキャラクターが多いので二次創作が活発なのだと思います
もし北欧神話とかの日本人にあまり馴染みに無いキャラクター付けだったら、あそこまでの規模にはならなかったかも

後、紅魔館に迷い込んだ子供咲夜さんが美鈴に育てられるシチュとか、アリだと思います(興奮)


21 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:24:44.49b7u7Hodg0 (2/14)

これから投下を開始します


22 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:25:14.68b7u7Hodg0 (3/14)






     *     *     *








23 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:26:04.71b7u7Hodg0 (4/14)


咲夜「……」ショリショリ

美鈴「そうそう、右手の親指で皮を引き寄せるようにして……」



咲夜は美鈴に言われた通りに手を動かし、りんごの皮を少しずつ剥いていく。その表情は真剣そのものだ。
美鈴の方も教えているうちに熱が入ってきているようで、咲夜に対して熱心に包丁の使い方を教えている。


これまで彼女の包丁さばきの練習に消費されたりんごの数は二個。
その全てが失敗に終わっており、皮が薄過ぎて途中で千切れていたり、逆に皮を分厚く剥きすぎたりしている。
現在剥いているりんごは今までよりほ上手に剥けてきているが、力加減を誤って皮が千切れるかもしれないので油断はできない。


そんな二人の様子を黄泉川は、皮剥きに失敗したりんごをつまみ食いしつつ、
りんごの皮剥きに悪戦苦闘を続ける二人の様子を眺めていた。




24 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:27:41.91b7u7Hodg0 (5/14)


黄泉川「おぉ、結構上手に剥けてるじゃん。 私が食べてもいいかい?」

美鈴「って、黄泉川さんさっきから食べてばっかじゃないですか! 咲夜ちゃんのためのりんごなのに……」

黄泉川「ほっといたら乾いちゃうじゃないか。 まぁ、流石に食べすぎだとは思うからそろそろ自重するよ」

黄泉川「咲夜、その剥いたりんごは自分で食べるといいじゃん」

咲夜「……」シャクッ



咲夜は自分で剥いたりんごを少しだけ齧ってみる。
若干酸味のあるりんごの甘い味が口の中に広がっていった。
りんご自体は病院食としても度々出てくるので、その味は既に慣れ親しんだものである。
だが、美鈴が持ってきたりんごは病院で出るそれとは一味もふた味も違うものであった。


まずは味の濃さ。いままで食べてきたどのりんごよりも濃厚な甘味が口内を隅々まで覆い尽くす。
その甘味に思わず微笑みがこぼれてしまいそうになるほどだ。
次に果肉の瑞々しさ。一口齧っただけで口の中が水浸しになるほど水分が多く含まれている。
濃厚な甘味と相まって、『りんごジュースを食べている』ような感覚だ。




25 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:29:17.46b7u7Hodg0 (6/14)


『同じりんごなのにどうしてここまで違いがあるのだろうか』。
咲夜の頭の中にそんな疑問が湧き上がろうとしたが、『りんごをもっと食べたい』という欲求によって、
そんな難しい考えは瞬く間にどこか彼方へ押し流されてしまった。



咲夜「……もっと食べたい」

美鈴「そう言ってくれると買ってきた甲斐があったわね。 ……だいぶ黄泉川さんに食べられちゃったけど」

黄泉川「うぐっ……」

美鈴「あともう一個あるけど、自分で剥いてみる? 私が剥いてもいいんだけど」

咲夜「自分で剥きたいです」

美鈴「わかったわ。じゃあ見ててあげるから、自分で切ってみて」

咲夜「はい」




26 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:30:32.09b7u7Hodg0 (7/14)


咲夜は美鈴に教わったように右手に果物ナイフを持ち、りんごをまな板の上に置く。


最初にりんごを切り分け。
包丁を使うときは常に自分の手の位置に気をつけること。刃の先に手を置いたりしたら、食材もろとも捌くことになる。
そして固い物を切るときは無理に力を加えないこと。何かのはずみで刃の位置がずれでもしたら非常に危険だ。
包丁は押しつけて切るものではなく、前後に動かして少しずつ切るのが基本である。


切ったりんごは種の部分を取り除いておき、次は皮剥きだ。
りんごの端、皮の下の部分に包丁の刃を当てて少しずつ食い込ませるようにして皮を剥いていく。
右手の親指でりんごの皮を抑えつつ包丁の刃を動かす。急ぎ過ぎると皮が千切れてしまうので要注意。
また、刃の位置に気をつけていないと分厚く皮を剥きすぎて果肉が皮の部分に多く残ってしまう。


その後数回に分けつつ皮をむけば、ようやく美味しいりんごにありつくことができる。
皮を残してもいいのだが、包丁の練習のために全部剥くことにした。



美鈴「お~上手上手。 咲夜ちゃんって結構飲み込みが速いね」

黄泉川「ついさっき包丁を持ったばかりなのに、私よりも上手い……だと……?」



咲夜の包丁さばきに美鈴は称賛の声をあげ、黄泉川は言いようのない敗北感に膝をつく。
確かに咲夜の包丁の扱い方は今日初めて持ったとは思えないほどの腕前である。
まだたどたどしさは残るが、日常生活で料理を作る上では問題ないだろう。




27 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:32:07.63b7u7Hodg0 (8/14)


「咲夜さん、具合はどうかしら……って、あら?」

黄泉川「ん?」



部屋の出入り口から聞こえてきた声に振り向くと、不死の薬が部屋に入ってくるのが見えた。
出張を終えて戻ってきたようで、いつもの白衣に着替えて薬が入った小さな袋を携えている。



美鈴「あ、先生。 お邪魔してます」

不死の薬「ええ。 ……ところで、咲夜さんは大丈夫だったかしら? 貴方達を見て取り乱したりしなかった?」

美鈴「いえ、そんなことは無かったですよ?」

不死の薬「そう。 ならよかったわ」




28 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:32:54.09b7u7Hodg0 (9/14)


不死の薬は袋の中の薬を取り出しながら言った。
見たところ、最初の頃にあったような動揺の面影はほとんどなく随分と打ち解けているようなので、
彼女のトラウマの払拭はほとんど済んだ言ってもいいだろう。


トラウマと言っても出会い方が少々不味かったというだけなので、
きちんと互いに意思疎通し合えば治療することは簡単だ。
ただ『きちんと互いに意思疎通し合う』という段階にまで到達することが難しいというだけである。
実際、不死の薬が咲夜を説得する際に非常に苦労したということは内緒だ。



不死の薬「その机の上に広がっているりんごの皮は……?」

美鈴「このりんごは私が持ってきたものです。 食べますか?」

不死の薬「いえ、遠慮するわ。 そのりんごは見舞いの品なのだから、私が食べるのは筋違いよ」

黄泉川「……」

不死の薬「……どうかした?」

黄泉川「な、なんでもないじゃんよ、先生」




29 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:33:55.58b7u7Hodg0 (10/14)


何かに対して弁明するような慌て方をする黄泉川を見て、不死の薬は一瞬怪訝な顔をするが、
大したことではないだろうと判断して咲夜が飲む薬の準備を始めた。


いつものように膨大な数の薬を次々と目の前に並べていく。
咲夜の容態がかなり安定した状態に入ったので、以前と比べれば半分にまで量は減っているのだが、
それを加味したとしても通常よりも多いことには変わりない。



黄泉川「……これを一回で全部飲むのかい?」

不死の薬「そうよ。 これでも大分減らしてきているのだけど、まだまだと言ったところかしら」

不死の薬「彼女に投与する薬は特殊の物が多くてね。 複数を組み合わせて力を発揮したり、副作用を打ち消したりしているのよ」

不死の薬「本当は一つの錠剤にまとめるのが一番いいのだけど、そううまくいかないのが現実ね」




30 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:34:59.80b7u7Hodg0 (11/14)


黄泉川に説明しながら淡々と作業を進めていく不死の薬。
そうこうしている内に20種類ほどの薬と1リットルの水、そして水を入れるための紙コップを並べ終えた。



不死の薬「今回はこれで終わりよ」

咲夜「わかりました」



咲夜はそう言うと、いつものように慣れた手つきで薬を手に取って服用を始めた。
彼女が薬を飲んでいる間に、不死の薬は後片付けをして美鈴と黄泉川に向き直る。



不死の薬「さて、貴方達二人に少し相談したいことがあるのだけれど」

美鈴「何ですか?」

不死の薬「咲夜さんの退院後についての話よ。 治療が終わって日常生活に支障がない状態になったら、
この病院を出てしかるべき場所で生活を始めなければならないということは理解できるわよね?」

黄泉川「ええ、まぁ……」




31 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:36:44.54b7u7Hodg0 (12/14)


不死の薬「その時に問題となるのが『退院後にどのような施設に居住させるか』ということよ」

不死の薬「早い話、彼女が退院後に住む場所と通う学校が決まってないの」

不死の薬「この調子でいけば、一か月もしないうちに退院することになるだろうから、できればその前に決めておきたいのよ」

美鈴「つまり私達への相談というのは……」

不死の薬「咲夜さんが通う学校の選定に少し協力してほしいってこと」

不死の薬「協力と言っても、別に何か調べ物をさせたりするわけじゃないから安心して。
単純に咲夜さんをどの学校に通わせるべきか、案を出して欲しいだけだから」



不死の薬の言うとおり、病気が治って退院することになれば、どこかの施設に入って生活をしなければならない。
入ることになる施設が学校なのか、孤児院なのかはこれから決めることだが、退院までには確定させておく必要がある。


不死の薬が黄泉川達にそのことへの協力を頼んだのは、彼女らが教師であるからなのだろう。
それに加えて、咲夜に近い立場に居るからということもあるかもしれない。




32 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:42:10.73b7u7Hodg0 (13/14)


不死の薬「咲夜さん、薬は飲み終わったかしら?」

咲夜「けふっ……さっき飲み終わりました」

黄泉川「本当に大丈夫かい? かなり苦しそうだけど……」

咲夜「慣れてますから……」

不死の薬「とりあえず、横になって安静にしてなさい。 新しい本を入れておいたから、それを読みながらゆっくりするといいわ」

咲夜「ありがとうございます……」

不死の薬「それじゃあ、話の続きは向こうでしましょう」



不死の薬は自分についてくるように二人に促す。
この話は咲夜も交えてしたいのだが、彼女が黄泉川達に聞きたいのは咲夜に対する各々の感想である。
学校の案ももちろん大切だが、それ以前に『十六夜咲夜の人となり』を二人の口から知りたいのだ。
担当に医師に対しては見せることがなかった新たな一面。それは彼女の通う学校を決めるうえで有用な情報になりうるかもしれない。


ただ、人格評価を咲夜本人の前でするのは問題がある。
子供である彼女にとっては、自分に対する批評というものは少々重すぎる話題かもしれないからだ。
年齢にしては精神的に大人になりすぎているきらいがあるので大丈夫かもしれないが、それでも時期尚早であろう。
子供の内は他人の評価をあまり気にせず、のびのびと過ごして欲しいと思う。
もちろん、羽目を外し過ぎるのはご法度ではあるが。




33 ◆A0cfz0tVgA2014/01/19(日) 20:42:49.09b7u7Hodg0 (14/14)

今日はここまで
質問・感想があればどうぞ


34以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/19(日) 21:59:07.190FChofx/0 (1/1)



今は関係ないが
輝針城のメンツは科学側でも魔術側でも(一応)成立するキャラばっかりなんだよなあ

正邪を科学側にするのだけは難しいけどさ


35以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/20(月) 18:43:23.79ILr7WTwv0 (1/1)

怪我して泣いちゃうんだろうなーとか思ってた時期が俺にもありました


36以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/20(月) 19:33:10.92BL7Yu5Py0 (1/1)

美味いリンゴはマジ最高だよな


37以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/20(月) 22:01:52.66rrQEPdDw0 (1/1)

おつ
りんごが食べたくなってきた


38以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/21(火) 14:01:52.05RsHn6YXp0 (1/1)

リンゴと薬が合わさって大丈夫ですか?


39以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/21(火) 15:56:38.67kRqQefmPo (1/1)

林即中


40以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/23(木) 00:02:12.68909hHGg50 (1/1)

知恵のリンゴを食べてしまったのだろうか


41以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/23(木) 17:30:55.35iiwM4aQu0 (1/1)

ちえりんって略すと何か可愛くないか?


42以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/25(土) 19:59:55.01s9Gv8d+00 (1/1)

ここまで一つを除いてリンゴの話のみ


43以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/26(日) 01:05:40.85OoNt50yW0 (1/1)

はよはよ


44以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/26(日) 14:14:22.218pSZosCS0 (1/1)

候補の学校にはどんなものがあるんだろうかね


45 ◆A0cfz0tVgA2014/01/26(日) 23:39:58.94lWOElzjZ0 (1/6)

>>35
そっち方面のキャラ付けも中々良いですが、このスレの咲夜さんは刃物の扱いがとても上手いということにしました

>>38
不死の薬の類稀なる調薬技能により、食べ合わせによる副作用は一切発生しません(嘘)



46 ◆A0cfz0tVgA2014/01/26(日) 23:40:28.59lWOElzjZ0 (2/6)

これから投下を開始します


47 ◆A0cfz0tVgA2014/01/26(日) 23:43:05.00lWOElzjZ0 (3/6)






     *     *     *








48 ◆A0cfz0tVgA2014/01/26(日) 23:45:45.96lWOElzjZ0 (4/6)


不死の薬「ここよ。 中に入って」



警備員二人が不死の薬に連れられて辿り着いた部屋は、一つの小さな研究室だった。


中に入ると、部屋の中にはおおよそ医学で用いられる器具が、机の上に所狭しと置かれている。
ある程度の整理整頓は成されているが、部屋の狭さと物の多さが相まって、雑多とした雰囲気を醸し出していた。



不死の薬「ちょっと散らかってるけど、我慢してね」

黄泉川「ここは?」

不死の薬「私の臨時の仕事部屋よ。 咲夜さんの容態を常時観察するために病院に住み込むことになったから、
冥土帰しの許可をもらってここに色々と仕事道具を持ってきたの」

美鈴「そうだったんですか……ご苦労様です」

不死の薬「本来の仕事場とこの病院はそれほど離れてないから、通勤という意味での苦労は無いわ」

不死の薬「ただ、私に依頼をしに来る人には少し迷惑をかけてしまうことになってるけど」

不死の薬「まぁその話は置いておいて、とりあえず座りなさい」




49 ◆A0cfz0tVgA2014/01/26(日) 23:47:08.85lWOElzjZ0 (5/6)


言われるがままに、黄泉川と美鈴は用意された椅子に座る。
その間に不死の薬は手早くメモ用紙を取り出し、手に万年筆を構えた。



不死の薬「じゃあ早速で悪いんだけど、貴方達が咲夜さんを見た時の第一印象を教えてくれるかしら?」

美鈴「第一印象ですか?」

不死の薬「そう、あの子を初めて見た時の直感的な感想を述べて。 そういう視点って意外と侮れないから」

美鈴「そう、ですね……私たちがあの子に初めて出会ったのは、研究所制圧のときだったんですけど……」

不死の薬「彼女が以前居た施設ね。 貴方達が助け出したのだったかしら?」

美鈴「はい、その時は状況が状況だったので何かを気にかける余裕は無かったんですが……」

美鈴「今思い返してみると、随分と大人しそうな子のように見えた気がします」




50 ◆A0cfz0tVgA2014/01/26(日) 23:48:26.06lWOElzjZ0 (6/6)


不死の薬「うん……他に何か思ったことは?」カリカリ

美鈴「かなり無感情な感じもしましたけど、先ほどのことを考えるとそれは気のせいかもしれません」

不死の薬「無感情……ね。 黄泉川さんの方は?」

黄泉川「そうだね……大方は美鈴と同じ意見だけど、私としては寂しそうにも見えたじゃんよ」

黄泉川「誰かに頼らないと生きていけないような……そんな感じがしたじゃん」

不死の薬「ふむ……」カリカリ



二人の話を紙に書き留めつつ、不死の薬は黙考する。


大人しい。無感情。寂しそう。
彼女達の口からこぼれた言葉は、いずれも寂寥な印象を抱かせるものばかりである。
不死の薬自身としても初対面の時はシャイな子供だと感じていたので、
そういった印象を抱いたことについては間違っていなかったということだ。


だが実際に接してみると、一見大人しそうに見えてかなり感情が表に出てきやすいということが理解できた。
表情はあまり変化しないが、行動に方に感情が強く反映されやすいようである。




51 ◆A0cfz0tVgA2014/01/27(月) 00:06:05.84ePgc0uUZ0 (1/5)


不死の薬「じゃあ次に、今まで接してきて何か思ったことは?」

黄泉川「随分と大人びた子供だってことは真っ先に思ったじゃん。 受け答えも礼儀正しいし、違和感だらけじゃんよ」

黄泉川「でも良く見てみると、それなりに子供らしい一面もあるということはわかったじゃん」

美鈴「そうですね。 興味があることには積極的に関わろうとしますし、
さっきなんて私が持った果物ナイフを食い入るように見てましたからね」

不死の薬「果物ナイフを?」

美鈴「はい。 どうやら自分でりんごを切ってみたかったみたいで、実際にやらせてみたらすごく上手でしたよ?」

美鈴「もしかしたら、咲夜ちゃんには料理の才能があるかもしれませんね」

不死の薬「料理の才能有……と」カリカリ




52 ◆A0cfz0tVgA2014/01/27(月) 00:08:19.81ePgc0uUZ0 (2/5)


咲夜が料理に興味を持った切欠。
それは不死の薬が暇潰しのための道具として手渡した料理雑誌以外には考えられない。
本来は彼女の退院後の生活を考えてのものだったのだが、それに加えて咲夜に料理の才能の可能性を見出すことができたのは、
ある意味僥倖と言えるかもしれない。


それは兎も角、咲夜が通う学校に調理師学校も候補に入れることができるかもしれない。
警備員二人の話を聞くに、刃物の扱いに天性の才能があるようだから、将来料理人を目指すというのも一つの道だろう。


と、そこでもう一つ疑問が湧き上がってくる。咲夜に渡した雑誌はなにも料理関係のものばかりではない。
料理の他にも日常生活で必要になりそうな技術、例えば洗濯や掃除などのコツが記されたものも同時に渡している。
果たして咲夜にそれらの才能はあるのだろうか。あるとすれば、彼女には家事全般のスキルが備わっていることになる。
もしかしたらその能力を生かせる、もっと変わった学校に通わせることもできそうだ。




53 ◆A0cfz0tVgA2014/01/27(月) 00:11:21.83ePgc0uUZ0 (3/5)


不死の薬「もし他の家事スキルの才能があるとすれば、それを踏まえて選んでもいいかもしれないわね」

美鈴「家事スキル?」

不死の薬「ええ。 貴方達教師なら『家政繚乱女学校』の名前は知ってるでしょう?」

黄泉川「一流のメイドの育成を目標としてる、あの学校かい?」

不死の薬「あの子に家事の才能があるのなら、そこに通わせることも一つの手と言えるわね」

不死の薬「他人の言うことを素直に聞けるという点でも、メイドという職業は向いてるかもしれないわ」

不死の薬「ただ、生半可な考えで決断するのは危険ね。 あそこに入ったら、将来の仕事はメイド以外に考えられなくなるから」



家政繚乱女学校はメイド稼業を専門とした、学園都市でもかなり異色の学校である。
そこに通う生徒は皆一様に一流のメイドとなるための研鑽を積んでおり、
メイド以外の職に就くことを考えている者は、生徒だろうと教師だろうと誰一人としていない。


絶対にメイドになりたいと言うのであれば文句なし環境であるが、
咲夜にそれだけの気概が無い場合は止めておいた方がいいだろう。
まだ様々な可能性を持つであろう彼女の未来を、早い段階で潰してしまうのは非常に危険だ。




54 ◆A0cfz0tVgA2014/01/27(月) 00:16:41.95ePgc0uUZ0 (4/5)


不死の薬「とりあえず、この話は後であの子の意見を聞くとして、他に何か気になることはあったかしら?」

美鈴「そう言えば、あの子の超能力についてはどうなったんですか? 以前に聞いた時はあまり芳しくなかったみたいですけど」

不死の薬「超能力の発現ついては冥土帰しが色々と試行錯誤しているわ。 まだ目に見えた変化は出てないけど、
そんなに長く時間はかからないんじゃないかしら?」

美鈴「それは良かった。 少し心配してたんですよ」

不死の薬「ただあの子、自分の力に少し怯えてる節があるから、このままだと伸び悩むかもしれないわね」

美鈴「そうなんですか……私達にできることってありますか?」

不死の薬「こればかりは本人次第だから、手伝うことは難しいわね。 精々助言を与えるくらいよ」

不死の薬「でも、だからと言って手を拱いてるわけにもいかないし、私なりに何か考えてみるつもり」

不死の薬「まぁ、貴方達はそこまで心配しなくてもいいとだけ言っておくわ」

黄泉川「……わかったじゃん」




55 ◆A0cfz0tVgA2014/01/27(月) 00:22:52.51ePgc0uUZ0 (5/5)

今日はここまで

これから私用で忙しくなるので、もしかしたら二月の下旬くらいまで更新できないかも……
毎週更新を心待ちにしてくださっている皆様には申し訳ありません


質問・感想があればどうぞ



56以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/27(月) 00:56:16.27VTbdYXwt0 (1/1)

チクショー!だがまぁ事情なら仕方ないよね



57以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/27(月) 06:43:19.95Aivd9md5o (1/1)

乙です


58以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/27(月) 08:29:01.53ibbff0MDO (1/1)


時空間操作の力を従えさせる、その為の考えとは一体どういったものなのか


59以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/27(月) 15:44:10.421cKjSyuP0 (1/1)

まぁ俺らは結果を知ってしまってる訳だけど……


60以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/28(火) 06:06:23.78UAOhY7ODO (1/1)

3分(では絶対に作れないけど咲夜さんになら出来る)クッキング
とか見れるのかね?


61以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/30(木) 19:58:53.71WqfvQQMm0 (1/1)

咲夜さんってテレビゲームとかするのかな?


62以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/16(日) 18:17:33.32SUIOMT6C0 (1/1)

1か月ルールの適用を避けるべく支援


63 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 22:45:30.41wbjWFEn20 (1/14)

>>1復活ッ!

ある程度身の周りが落ち着いてきたので再開
全てが片付くにはまだしばらく時間がかかりそうですが


それでは投下を開始します


64 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 22:46:44.29wbjWFEn20 (2/14)






入院35日目――――








65 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 22:53:25.97wbjWFEn20 (3/14)


冥土帰し「……よし。 咲夜君、今日はここまでにしよう」

咲夜「ありがとうございました」



冥土帰しの病院に入院してから早一ヶ月。
咲夜は既に日課となりつつある超能力を使う特訓を終え、病室に戻る準備を始めた。


今日の特訓における成果は、残念ながらほとんど無かった。
冥土帰しが言うには一週間程前まではそれなりに進展があったようなのだが、ここ最近は伸び悩んでいる状態らしい。


何が原因なのかはわかっている。咲夜自身が能力を使うことを恐れているからだ。
恐れていると言っても、目に見えて怯えているというわけではない。積極的に特訓に取り組んでいる姿を見れば一目瞭然である。
問題となっているのは表層には表れてこない彼女の意識していない部分、すなわち無意識の領域においての話だ。
二度の暴走によって心の奥底に植えつけられた、自身の力に対する怯え。それが彼女の成長を妨げているのである。




66 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 22:57:20.92wbjWFEn20 (4/14)


冥土帰し(このままだとこれ以上の進展は期待できないね。 何か手は無いものかな……?)



冥土帰しが頭を悩ませていると、不死の薬が紙袋を手にぶら下げて部屋に入ってきた。
袋の中には大量の雑誌が入っており、見た目以上に重そうである。



不死の薬「終わったかしら?」

冥土帰し「今終わったよ。 ……その袋に入っているものはなんだい?」

不死の薬「学校のパンフレットよ。 そろそろ考えないといけない時期でしょう?」

冥土帰し「そうだったね……もうそんな時期か」

不死の薬「もう殆ど完治していると言ってもいい状態だし、これなら一週間もすれば退院の許可を出してもいいと思うわ」

不死の薬「まだ超能力の問題は完全には片付いてないけど……今回の特訓はどうだったかしら?」




67 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 22:59:33.67wbjWFEn20 (5/14)


冥土帰し「能力の暴走については、もはや心配はいらないだろうね。 だけどそこ止まりな状態だよ」

冥土帰し「やはり『能力を自由自在に使えるようにする』となるとね……」

不死の薬「私達だけでは、もはやどうしようもない……?」

冥土帰し「僕ができる範囲のことについては全て手を尽くしたつもりだ。 だけど、どうしてもできないこともある」



冥土帰しの医療技術はとても素晴らしいものだ。それは紛れもない事実である。
しかし、それはあくまで肉体に対する医療によるもののみ。心の問題となるとそうは上手くいかない。
『心』というものは単に手術したり、薬を投与したりすれば治るというものではないからだ。
学校生活、職場環境、人間関係……それらを改善した上で本人が納得するなり、心を開くなりする必要がある。


冥土帰しと不死の薬の手によって、彼女が恐れる『超能力の暴走の危険性』は取り除いた。
後は咲夜自身がその恐怖を克服するだけなのだが……




68 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:02:17.55wbjWFEn20 (6/14)


冥土帰し「後少しなんだろうけどね。 わかってはいたことだけど、自分の非力さが恨めしいよ」

咲夜「……私のせいなんでしょうか? 私が不甲斐ないから……」

不死の薬「これは貴方が責められるべきことではないし、責めても意味のないことだわ」

冥土帰し「そうだね? 恐怖を克服することなんて、大の大人でもそうできることじゃない」

冥土帰し「頭ではわかっていても、心のどこかで恐れてしまうものなんだ。 だから焦らず、じっくりと治していかないとね?」

咲夜「……」



二人はそう言って咲夜を諭すが、彼女の表情は暗いままだ。
いつまで経っても進歩しない自分に、焦りを感じ始めているのだろう。
親身になって接してくれている二人に、未だに応えられていないことも理由の一つかもしれない。




69 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:11:05.69wbjWFEn20 (7/14)


不死の薬「ま、辛気臭い話はここまでにしましょう。 じゃあ咲夜さん」

咲夜「?」

不死の薬「以前、私が言ったことは覚えてる?」

咲夜「……」



突然の問いに、咲夜は一瞬首を傾げる。
しかし今までの会話から、不死の薬が言わんとしていることを直ぐに察することができた。
尤も、それは彼女にとってあまり思い出したくない事柄だったのだが。



咲夜「……学校のことですか?」

不死の薬「そうよ。 少し時間が経ってしまったのだけれど、考えていてくれたかしら?」

咲夜「……少し」

不死の薬「……本当に?」

咲夜「……」

不死の薬「……」




70 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:23:59.83wbjWFEn20 (8/14)


部屋の中に妙な空気が流れる。


何というか、子供が親に叱られる場面に遭遇してしまった時のような気まずさである。
咲夜は申し訳なさそうな顔をして不死の薬に目を合わせないようにしているし、
不死の薬はそんな咲夜の心情を見透かすかのようにじっと見つめている。
二人に血のつながりはまるでないが、明らかに親子の間でよく繰り広げられるそれに酷似していた。



咲夜「……………………ごめんなさい。 忘れてました」

不死の薬「素直でよろしい。 だからと言って、どうと言うこともないけど」



その空気に耐えられなくなったのか、結局咲夜の方から自白することとなった。
一方不死の薬は意地悪い眼をしただけで、それ以上の追及はしなかった。


実際の所、咲夜は忘れていたわけではない。考えないようにしていただけだ。
思い起こす度に、言いようない感情が自分を支配するのである。


故に彼女は、それから逃れるために自ら思考を放棄した。
記憶から消し去ることで、自身の心を守ろうとしたのである。
だがその行為は、時が経てば全くの無意味なものに成り果てる。問題は依然として解決していないのだから当然だ。
現実は逃げる彼女を執拗に追い続け、いずれは捕えてしまうのだ。




71 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:32:48.77wbjWFEn20 (9/14)


そんな眼を逸らしたい現実を突きつけられて重い心境になっている咲夜をよそに、
冥土帰しは不死の薬に対し話の続きを促した。



冥土帰し「ところで、どうやって学校を選ぶつもりなんだい?」

不死の薬「基本的には学校から配られているパンフレットの中から選ぶことになるわね。
後、咲夜さんとの相性を考えて私自身が探したものもあるわ」

不死の薬「パンフレットは平凡な学校、私が探したものは特殊な学校が主よ」

冥土帰し「僕にも見せてくれるかな?」

不死の薬「えぇ」バサッ



不死の薬から資料の束を受け取ると、冥土帰しは早速その中身を確認してみる。
なるほど、確かにパンフレットで紹介されている学校は、学園都市の中ではありふれた教育方針をしているものばかりだ。


冥土帰しは何か変わったところがないか読み進めてみるが、特に目ぼしいものは見つからなかった。
さまざまな学校のパンフレットを見比べるが、文章に色々と差異はあれど、指す意味はほぼ同じものである。
同じ意味を持たせつつ、いかに人を引き込む文章を生み出すか。そこがパンフレットを作る人間の腕の見せ所なのだろう。




72 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:38:49.58wbjWFEn20 (10/14)


次に不死の薬が自ら探しだしたという学校のパンフレットを見てみる。
各学校の広告欄にはスポーツ、美術、芸能、吹奏楽といったものを重点的に指導する旨が綴られている。
これらの施設は所謂『エリート養成校』に当たるもので、入学した生徒はそれぞれの分野のプロを目指し、学校生活を送っていく。
もし親が自分の子供を一つの技術に特化した人物に育てたいというのであれば、これらの学校に入学させるべきであろう。



冥土帰し「ふむ、この中から選ぶのかい?」

不死の薬「今のところは、ね。 決まらなかった場合は再度探すことになるけど」

冥土帰し「わかったよ。 最近、重病患者が来ることは殆どないから、僕も協力できそうだね?」



冥土帰しはパンフレットを閉じ、僅かな笑みを浮かべながらそう口にした。




73 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:41:15.17wbjWFEn20 (11/14)






     *     *     *








74 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:53:20.72wbjWFEn20 (12/14)


不死の薬「冥土帰し、ここはどうかしら? 第13学区の24番地にあるのだけど、立地的にも悪くないし、
     何より小中一貫校だから中学校選びの無駄な手間をかけなくて済むかもしれないわ」

不死の薬「残念だけど、この子には学校選びの助言をくれるような親はいないし、
今後を考えると色々都合はいいと思うのだけれど……」

冥土帰し「ふむ、確かにそうかもしれない。 でも、学校を支援している研究機関に少し不安があるね」

冥土帰し「僕が聞いた噂だと、この施設は能力開発を偏重し過ぎているそうだ」

冥土帰し「本来の学業が疎かにならないとも言い切れないね」

不死の薬「そう……咲夜さんはどう思う?」

咲夜「どう、と言われても……」



咲夜の病室に戻ってきてから30分弱。
冥土帰しと不死の薬は、咲夜が通う学校を選ぶために様々な議論を交わしていた。


時折咲夜にも意見を聞いてくるが、彼女にはそれに応えるだけの知識があるというわけではないため、
話を振られても『わからない』の一言を返すことしかできなかった。
何度も繰り返されている内に、返答が機械的になってきている感は否めない。
そもそも乗り気ではないのだから、いい加減な返事をしてしまうのは当たり前とも言えるが。




75 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:55:44.97wbjWFEn20 (13/14)


不死の薬「貴方のための学校選びなんだから、少しは自分の考えを述べてほしいのだけれど」

冥土帰し「それを言うのは少し酷じゃないかい? まぁ、流されるままになってほしくは無いというのは僕も同感だけどね」

不死の薬「前にも質問したのだけれど咲夜さん、貴方の希望を述べてくれないかしら?
私たちだけで決めてしまうのは色々と危険だし」

咲夜「希望……」

不死の薬「なんでもいいわよ。 興味があるものとかね」



不死の薬の言葉を聞いて咲夜は俯く。
このまま黙っていると不審な目を向けられかねないので、少しだけ考えてみることにした。


自分はどんな学校に入りたいのだろうか。正直に言って、どこでもいいような気がするというのが本音だ。
そもそも『学校』というものが何なのかよくわからないので、別にそんな所に行かなくてもいいのではないかという気もする。
しかし不死の薬が以前話した内容によると、自分が学校に通うのは義務であり、決して避けられないことらしい。
つまりここで行きたくないと駄々をこねても、その行為は全くもって無意味だということだ。
ここまできたら、最早腹を括るしかあるまい。




76 ◆A0cfz0tVgA2014/02/16(日) 23:59:31.22wbjWFEn20 (14/14)


そこまで考えたところで、もう一度自分はどんな学校に入りたいのかを考えてみる。
学校というのは何かを学ぶところ。『何を学ぶ』のかは知らないが、『何かを学ぶ』所であるということだけは理解できる。
自分が学びたいことは何か?言語、数学、科学、地歴、芸術……不死の薬が言うには、学校ではそういったことを学ぶらしい。
しかしこの中に咲夜の学びたいことは無い。と言うよりこれらの分野は誰もが学ぶべきことであるため、
どれかを選び取るということはできないのだが。
だが、これらのことしか学ぶことができない学校に対して、自分はそれほど興味が持てないということは自覚できた。
つまり自分が心惹かれるのは一般的な学校ではなく、不死の薬が選別した特殊な学校なのだろう。



咲夜「先生が探してきてくれた学校を見せてくれませんか?」

不死の薬「いいわよ」



少し厚い紙の束を受け取ると、ぺらぺらとそれをめくってみる。
不死の薬から辞書を借りて本を読み漁っていたことが功を奏したらしく、多少の難しい漢字は理解することができた。


そんな咲夜の様子を見て、さしもの医師二人も驚きを隠せない。
未だ幼い少女が分厚い資料を読む姿は、あまりにも異様な光景だった。




77 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:01:41.098jQBZWqW0 (1/15)


不死の薬(この子の読み込みの速さには舌を巻くわね。 もう少し成長していたら、私の下で働かせたいのだけれど……)

不死の薬(彼女が興味あるのは家事全般のことだけみたいだし、諦めた方がいいわね)

咲夜「……」

不死の薬「何か気になるものはあったかしら?」

咲夜「これ……」



咲夜は束の中から数枚の紙を選び出す。
それを受け取ってみると案の定、その全てが家事に関わる技術を重点に置いた教育方針を掲げている学校であった。
その中には先日『警備員』二人との会話の中で出た学校――――家政繚乱女学校の名もある。



不死の薬「これが貴方の通ってみたい学校なのね?」

咲夜「はい」

冥土帰し「ふむ、やっぱり家事について学んでみたいのかな?」

咲夜「興味あることと言われてもそれしかないので……」




78 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:04:22.448jQBZWqW0 (2/15)


もう少し別のことにも興味を持つのではないかと思っていたが、彼女は家事一筋らしい。
しかし彼女自身がそうしたいというのであれば、それに対してとやかく言うつもりは無い。



咲夜「……」

冥土帰し「どうしたんだい? 咲夜君?」



黙り込んだ咲夜を見て、冥土帰しはどうしたのだろうと首を傾げる。


先ほどから、どうにも声に覇気が感じられない。
普段から物静かな子なのであまり変わらないようにも見えるが、やはりどこか不自然だ。
体の調子でも悪いのかとも考えたが、それであれば超能力の特訓中に気付くはずなのだが。




79 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:07:53.648jQBZWqW0 (3/15)


咲夜「……先生」

冥土帰し「何だい?」

咲夜「私、学校に行きたくないです」

冥土帰し「……それはどうしてかな?」



冥土帰しは咲夜の発言を緩やかに受け止めつつ、その真意を窺う。


現状の流れに対する突然の叛意。彼女は自身の言葉で学舎に通うことを拒否した。
これまでは明確に見せることのなかった否定の意思。これは彼女に何らかの変化が生じたということなのだろうか。
もしかしたら彼女の様子がおかしくなった原因がそこにあるのかもしれない。


冥土帰しは咲夜の言葉の続きを待つ。
当の彼女は聞き返されたことに戸惑っている様子で、次の句を続けるべきかどうか迷っているように見えた。
しかしそれもつかの間、咲夜は意を決したように語り始める。




80 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:19:02.788jQBZWqW0 (4/15)


咲夜「……先生」

冥土帰し「何だい?」

咲夜「私、学校に行きたくないです」

冥土帰し「……それはどうしてかな?」



冥土帰しは咲夜の発言を緩やかに受け止めつつ、その真意を窺う。


現状の流れに対する突然の叛意。彼女は自身の言葉で学舎に通うことを拒否した。
これまでは明確に見せることのなかった否定の意思。これは彼女に何らかの変化が生じたということなのだろうか。
もしかしたら彼女の様子がおかしくなった原因がそこにあるのかもしれない。


冥土帰しは咲夜の言葉の続きを待つ。
当の彼女は聞き返されたことに戸惑っている様子で、次の句を続けるべきかどうか迷っているように見えた。
しかしそれもつかの間、咲夜は意を決したように語り始める。




81重複したorz ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:25:32.308jQBZWqW0 (5/15)


咲夜「……怖いんです」

不死の薬「怖い?」

咲夜「先生達と別れてしまうということを考えるだけで、全身に寒気が走るんです」

冥土帰し「ふむ……」

咲夜「先生方が言っていることはわかります。 いずれはこの病院を出ていかなきゃいけないということも、
   何処かの学校に入って一人で生きていかなければいけないということも理解しているつもりです」

咲夜「でも、それでも私は、この場所から離れたくないんです」

不死の薬「……」

冥土帰し「……」



咲夜の絞り出すような言葉を最後に、今度は二人の方が沈黙してしまった。


無理を通せば、咲夜を冥土帰しや不死の薬の下に置きながら学校に通わせることは可能である。
冥土帰しの病院や不死の薬の事務所の双方に於いて、交通機関を使って通える距離に学校はいくつか存在している。
しかし問題は、それらの場所から通うとなると選べる学校が限られてくるということだ。
少なくとも、咲夜が本当に望む学校に通わせることは不可能だろう。




82 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:27:39.108jQBZWqW0 (6/15)


不死の薬「……一つ聞いてもいいかしら?」

咲夜「……何でしょうか?」

不死の薬「どうして私たちから離れたくないと思ったの? 何故それが怖いと思ったのか、自分でわかる?」

咲夜「そ、それは……」



不死の薬の問いに咲夜は再び言葉を詰まらせる。


何故彼女は二人との別れに恐怖しているのか?寂しさからか?それとも、もっと別の理由があるのか?
いずれにせよ、この問題を解決せずに話を進めてしまうのは危険だと不死の薬は判断した。
その意思が無いのに無理矢理学校に通わせてしまっては、後々良くないことが起こるのは明白である。
かと言って『学校に通わせない』という選択肢はもちろん無いため、何とかして本人をその気にしなければならない。


そのためには何か解決の糸口が必要なのだが……



不死の薬(彼女の口からその理由が出れば一番いいのだけれど、そう上手くはいかないようね)

不死の薬(他に手掛かりはあったかしら……? そう言えば……)



思い起こされるのは一週間前、『警備員』の二人が咲夜のお見舞いに来た時のこと。
そのうちの片割れ、黄泉川愛穂が咲夜の評した時の言葉は一体何だったか。




83 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:28:33.448jQBZWqW0 (7/15)











黄泉川『私としては寂しそうにも見えたじゃんよ。 誰かに依存しないと生きていけないような……そんな感じがしたじゃん』













84 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:29:31.938jQBZWqW0 (8/15)


不死の薬(誰かに依存しないと生きていけない……か)



黄泉川の言葉を現状に当て嵌めるならば、咲夜が依存している『誰か』というのは冥土帰しと不死の薬のことなのだろう。
そして今、その依存している二人が咲夜の傍から居なくなろうとしていると見ることができる。


次にどうして彼女が医師二人を拠り所にしているのかと考えてみる。
それについてはそれほど深く思慮しなくとも容易にその答えを導き出すことができた。
十六夜咲夜の人格が自分達を土台として成り立っていることは一目瞭然だからだ。
自分達は彼女の名付け親であり、それと同時に生きるうえでの必要な知識を授けた存在なのだ。
その存在がなければ、今の彼女は存在しないと言ってもいい。


その土台が突然無くなることになればどうなるのか。
『精神が崩壊する』という表現は大袈裟だが、少なくとも不安定になってしまうことは避けられないかもしれない。




85 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:35:13.678jQBZWqW0 (9/15)


不死の薬(彼女には私達に代わる『心の拠り所』が必要と言うことかしら?)

不死の薬(成長すれば何かに頼る必要はなくなるとは思うけど、現状では彼女を支える『何か』を用意する必要があるということね)

不死の薬(そのためには……)



不死の薬は机に積まれたパンフレットの山を見る。
選定する学校に求められる条件は、『生活する上で彼女の心の支えになるものが存在している』ということだ。
これさえクリアすれば、咲夜は自分から学校に通い始めるだろう。


しかしこの条件を満たせる学校などいくつあるだろうか?と言うよりも、そもそも探すこと自体が困難な気もする。
一体何が彼女の支えになりえるのかが全くわからないからだ。



不死の薬(わからないなら、なんとかして無理矢理仕立て上げるしかないわね)

不死の薬(さて、それができそうな学校は……やっぱりこれしかなさそうね)



不死の薬は頭の中で、咲夜に適するであろう学校に当たりを付ける。
本当にそれが『最善な判断』なのかは自分でもわからないが、『最悪な判断』ではないことは確かである。




86 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:37:20.668jQBZWqW0 (10/15)


不死の薬「咲夜さん」

咲夜「はい」

不死の薬「残念だけど、貴方の願いを聞き入れることはできないわ。 それをするための真っ当な理由が無いもの」

不死の薬「私たちを頼ってくれるのは嬉しいことなのだけど、この街で生きていくのであればここに籠ってばかりではいけないわ」

咲夜「……」



彼女の年齢で自立しろなどと言うのは、少し酷なことなのかもしれない。
しかし、ここは人口の8割が学生である学園都市。親の庇護の下で生活をしている子供は殆ど存在せず、
彼らは他の学生や先生達の手を借りながら生きている。


この街は学生同士の繋がり無しに生きていけるほど優しい世界ではない。
そして、その繋がりを作り出せるのが幼少の時期。
今ここで咲夜が引き籠ってしまうことになれば、その大切な繋がりを作ることができずに孤立してしまう。
それは彼女ためにも、絶対に回避しなければならないことだ。




87 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:38:37.918jQBZWqW0 (11/15)


不死の薬「大丈夫よ。 退院したら『はい、さよなら』ってわけじゃないし、
何か困ったことがあればいつでも相談に乗ってあげるわ」

冥土帰し「患者のアフターケアも大切な仕事の内だからね。 いつ来てもかまわないよ?」

咲夜「……」

不死の薬「それと、私から一つ提案があるのだけれど……」



不死の薬は咲夜が選んだ学校の資料の中から1枚選び取り、咲夜に見せる。



咲夜「……家政繚乱女学校?」

不死の薬「貴方のその力、誰かのために役立てるつもりはないかしら?」

咲夜「どういうことですか?」

不死の薬「貴方のその『時間操作』の能力……上手く使いこなせればかなり有用なものになるわ」

不死の薬「その力で多くの人を助けることができるかもしれない」




88 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:39:40.948jQBZWqW0 (12/15)


『時間を操る』。
言葉だけではとても簡潔であるが、それが持つ可能性は計り知れない。
なにせ次元の一つを自在に操作できるのだ。数ある超能力の中でも、一線を画す存在であることは間違いないはずである。



不死の薬「これは私個人の考えなのだけれど、貴方は『誰かのために仕事をする』というのが性に合ってる気がするの」

不死の薬「比較的冷静で感情に流されることが無く、それでいて向上心が高い」

不死の薬「加えて人の言うことを素直に聞くことができる。 貴方の歳でそれができる人間はまずいないわ」

不死の薬「この学校が専門としている『メイド』という職業……もしかしたら、貴方にとっての天職になるかもしれない」

咲夜「……」




89 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:42:00.498jQBZWqW0 (13/15)


咲夜の異常に大人びた性格を考えれば、メイドという職は以外と合っているかもしれないというのが不死の薬の考えだ。
その他にも、家政繚乱女学校は能力のレベルで差別しない学校であるというのも薦めた理由の一つとなっている。


能力者の数が多くない現状ではそれほどではないが、今後は大半の学校が能力開発に重きを置いた経営方針にシフトするだろう。
その一方で家政繚乱女学院では既に、『超能力に因らずメイドの技能で学生を評価する』と早くから明言している。
咲夜の超能力の伸びしろが読めない以上、こういった実力主義の方が彼女のためになるのではないかと考えたのだ。



不死の薬「これは私の考えだけど、冥土帰し、貴方はどう思うかしら?」

冥土帰し「君の咲夜君の見立ては間違ってはいないと思うよ。 僕としてはその案に対する異論は無いね?」

冥土帰し「後は咲夜君の判断次第という所だね」

不死の薬「咲夜さん、貴方の考えはどうかしら?」

咲夜「……」




90 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:45:24.548jQBZWqW0 (14/15)


自分の持つ力が、誰かの役に立つかもしれない。そんなこと考えたこともなかった。
というより、その発想に至るまでの判断材料が無かったといった方が適切か。
彼女にとっての超能力とは、いつ災厄を振りまくかわからない時限爆弾のようなものだったのである。
その他の考え、特に能力を有効活用するなどという考えは彼女の中には無かった。


しかし不死の薬の案により、咲夜には自分の能力を見つめる際の別の視点が加わることになった。
『能力を制御する』という考えを消極的に捉えるか、それとも積極的に捉えるか。
前者は『能力をどうやって抑え込むか』であり、後者は『能力をどうやって活用するか』である。
今までは『抑制する』ことしか考えてこなかったが、これからは『活用する』という視点も必要だ。



咲夜「……やります。 この学校に通ってみます」

不死の薬「本当に? 『私に勧められたから』という理由で決心したのであれば、止めた方が良いわよ?」

咲夜「大丈夫です。 先生の話を聞いていたら、自分に合ってそうな気もしますし」

咲夜「他に良さそうな所もないし、入ってみたいと思います」

不死の薬「……なんだかずいぶんとあっさり決まってしまったような気がするわ」

冥土帰し「咲夜君は結構思い切りが良いみたいだからね。 あれこれ迷わないというのは、結構いいことだと思うよ?」



こうして、咲夜の通う学校は『家政繚乱女学校』に決まった。
この決定が吉と出るか凶と出るか。その結末を知ることができたのは、だいぶ後のことであった。




91 ◆A0cfz0tVgA2014/02/17(月) 00:48:59.788jQBZWqW0 (15/15)

今日はここまで


う~ん、中々筆が進まない
何と言うか、日本語とか話の流れが段々怪しくなって来ている気がする
ただの杞憂だといいのですが


質問・感想があればどうぞ


92以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/17(月) 05:52:09.59JPGmKDFUo (1/1)

乙です


93以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/17(月) 22:52:49.299f2a3pN90 (1/1)

おつ
あんま考えすぎなくても大丈夫だと思いますよ



94以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/18(火) 02:34:09.81gVpJseEP0 (1/1)


つーか土御門さん?ほんとどーやってあんなチートと戦うんよ


95以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/18(火) 15:34:26.455rXiT8eE0 (1/1)

そして出来上がったのが、どことなくヤン従事な気質のメイドでありましたとさ


96以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/02(日) 18:55:56.90eUA6tvYL0 (1/1)

MAP兵器があればさっきゅんでも行ける行ける(震え声)


97 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:02:02.62sK2T5j5Y0 (1/25)

>>94, >>96
咲夜さんマジチート
まぁレベル5では無い以上、それなりに弱点はあるわけですが

>>95
咲夜さんは優しくて強い素敵なメイドです(白目)




98 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:02:48.54sK2T5j5Y0 (2/25)

これから投下を開始します


99 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:04:23.66sK2T5j5Y0 (3/25)






入院47日目――――








100 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:06:01.85sK2T5j5Y0 (4/25)


冥土帰し「大丈夫かい?」

咲夜「……大丈夫です」

不死の薬「その割には目が泳いでいる気がするけど……」



十六夜咲夜の病室。その場所で冥土帰し、不死の薬、咲夜の3人はある人を待っていた。


咲夜が冥土帰しの病院に入院して一ヶ月半。
医師二人の治療のおかげで咲夜の体はほぼ完治し、日常生活に戻っても大丈夫であると判断できるまでになった。
つまり、今日で晴れて退院できるようになったのである。


超能力については、突然の暴走の心配は全く無くなったので生活に支障が出ることは無い。
ただ自分の意思で自由に発現できるまでには至っていないために、
彼女のレベルは『1』であると『身体測定』の結果から判断されている。
だが彼女の向上心とそのポテンシャルを考えれば、レベルを上げるのは比較定容易だろうというのが冥土帰しの考えだ。




101 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:07:51.24sK2T5j5Y0 (5/25)


冥土帰し「それにしても、もう少しで時間なんだが……遅いね」

不死の薬「指定した時間まで数分しかないわね。 どうしたのかしら?」



三人が待っているのは家政繚乱女学校からの使者である。
いくつかの書類審査を終えて正式に入学することになった咲夜を迎えるために、学校から人が派遣される手筈になっていた。
しかし、もう少しで約束の時間だというのに、迎えの者と思われる人物の姿形すらまだ見当たらない。
『メイド』という最も時間が厳守されるであろう職業に関わる学校なのだから、遅刻するという失態は犯さないとは思うが……



冥土帰し「何かトラブルがあったのかな? それであれば連絡が来るはずなんだけどね」

不死の薬「一度こちらから連絡した方がいいのかしら?」



コンコン ガチャッ!




102 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:09:09.17sK2T5j5Y0 (6/25)


そんな会話をしていると不意に病室の扉を叩く音が響き、続いて一人の女性が静かに扉を開けて入ってきた。


長い金髪に赤を基調としたメイド服。胸元に大きな黒のリボンが結ばれている。
その整った顔立ちからは、彼女が非常に厳格な性格であることが想像できた。
まぎれもなく、彼女は家政繚乱女学校の関係者だろう。



金髪メイド「失礼します。 十六夜咲夜さんの病室はここでよろしいでしょうか?」

冥土帰し「うん、合っているよ。 君が連絡にあった家政繚乱女学校からのお迎えかな?」

金髪メイド「はい、家政繚乱女学校の生徒会長をしている者です。 名刺はこちらに……」

不死の薬「へぇ……てっきり教師が来るのかと思っていたのだけれど?」

金髪メイド「私程の立場になると、後輩のメイドに直接指導したり教育するということも珍しくはありません」

金髪メイド「今回の場合、十六夜咲夜さんは私の下でメイドとしての技能を磨かせるということになりましたので、
      私が出向いて少しでも親交を図った方が良いだろうというのが上の決定です」

不死の薬「なるほどね。 ……一つ聞きたいのだけれど」

金髪メイド「何でしょうか?」

不死の薬「貴方はここに随分と時間ぎりぎり、と言うより指定した時間きっかりに来たのだけれど、
これは何かを意図してのことなのかしら?」




103 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:09:42.34sK2T5j5Y0 (7/25)


指定された時間通りにこの場所に来た金髪のメイド。
測り間違えば遅刻するかもしれない行動をとった彼女の真意は一体何なのだろうか?



金髪メイド「これは持論ですが、待ち合わせをしているときは時間より早く来てしまっても、
遅く来てしまってもいけないと考えています」

不死の薬「遅れてはいけないというのはわかるけど、早く来てもいけないというのは何故?」

金髪メイド「早く来てしまうと相手に『待たせてしまったかもしれない』という不快感を与えてしまうかもしれないからですよ」

金髪メイド「ただ、これは『遅刻してくるのではないか?』という疑念も与えることにもなりかねないので、
      そのあたりを理解している上流階級の人々にしか使えないものではありますが」

不死の薬「ちなみに、上流階級でも何でもない私達にそれを行った理由は?」

金髪メイド「私が迎える子に『メイド』がどんなものなのかを知ってもらおうと一芝居打ったのですが……」

不死の薬「正直に言って、わかり難いわ。 下手すれば逆に悪印象も与えかねないわよ、それ」

金髪メイド「それは申し訳ありませんでした」




104 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:13:31.95sK2T5j5Y0 (8/25)


深く頭を下げて不死の薬に謝罪の意を示す金髪のメイド。
彼女は謝っているはずなのに、その姿に優雅さを感じてしまうのは何故なのか。
却ってこちらの方が申し訳ない感情になってきてしまいそうである。



冥土帰し「まぁ、遅刻してきたわけでもないし、これ以上咎める必要は無いんじゃないかな?」

不死の薬「別に私は咎めたつもりは無いんだけどね。 まぁ世間話をするために集まったわけじゃないんだし、本題に入りましょうか」

冥土帰し「そうだね」

金髪メイド「こちらに向かう際に校長から書類を手渡されましたので、お受け取りください」

冥土帰し「うむ」



冥土帰しは金髪のメイドから書類が入った封筒を受け取り、封を開けて中身に目を通す。
その書類に書かれていたことは、こちらから提案した『十六夜咲夜の身の上に関する情報を厳重に秘匿すること』や、
『十六夜咲夜の身の安全を確保するための処置を施すこと』などの要望を受け入れる旨を示すものだった。


咲夜を家政繚乱女学校に入学させるために学校側に初めて連絡を取った際、
冥土帰しには『何かと訳ありな身の上である咲夜を、学校側が入学を許可するのか』という一抹の不安があった。
身元不明の子供を学校が何の拒否感も示さずにすんなり受け入れるなど考え難い。
必ず何か一悶着が起こるであろうというのが冥土帰しの見解だった。




105 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:15:45.42sK2T5j5Y0 (9/25)


そして実際連絡を取ってみると、やはり学校側は少し難色を示した。
それなりに身元がわかる子供ならまだしも、戸籍までも抹消された子供を受け入れることは難しい。
そもそも、入学の際に必要な身分証明書等の資料をどのようにして用意するのか?というのが学校側の言い分である。


それに対して冥土帰しは、自分の学園都市における地位を利用して十六夜咲夜の偽装の身分証明書を作成することを提案した。
その結果として何か問題が起こった時は、自分が全て責任を持つとまで言い切ったのだ。
冥土帰しの言葉を聞いた学校側は、それならばいいだろうということで咲夜の入学を承諾した。


この他にも色々と問題はあったのだが、それらのことについては割愛する。
兎にも角にも、冥土帰しの尽力のおかげで咲夜が家政繚乱女学校の生徒になることができたというのが事の顛末である。



冥土帰し「うん、わかった。 校長には僕がそちらの配慮に深く感謝していたということを伝えておいてくれるかな?」

金髪メイド「畏まりました。 校長にはそのように伝えておきます」

不死の薬「ところで、今後の予定はどうなっているのかしら?」

金髪メイド「この後は学校に戻って一通りの説明を受けた後、付属の寮に送る手筈となっております」

金髪メイド「授業日程やその他諸々の知っておくべきことは学校での説明の時に……」

不死の薬「わかったわ。 咲夜さん、彼女の話はちゃんと聞いていたかしら?」

咲夜「はい、大丈夫です……」

金髪メイド「……」




106 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:21:08.61sK2T5j5Y0 (10/25)


金髪のメイドは突然静かになったかと思うと、じっと会話している二人を、正確には咲夜の方を見た。
まるで彼女を観察するかのような視線を途切れさせることなく送っている。



咲夜「……?」



もちろん咲夜もそのことに気づかないはずもなく、ずっとこちらを見つめているメイドを少し不安そうに見返す。
しかし、彼女は咲夜の視線を受けても目線を逸らすことは無く、むしろ傍まで近寄って半ば見下ろすような立ち位置にしてきた。
流石の咲夜もその行為には驚いたようで、普段はあまり見せないおどおどした表情をしている。



金髪メイド「……」ジー

咲夜「な、何ですか?」

金髪メイド「咲夜さん、仕事をする上で一番大切なことは何かわかりますか?」

咲夜「え……?」

金髪メイド「それは大きな声ではっきりと物事を言うことです。 他人と意思疎通を図るためには欠かせないことです」

金髪メイド「それだというのに、貴方の声には快活さがない。 さっきと同じ返事を仕事中にしようものなら、
      間違いなく雇い主に不快感を与えることになりますよ?」




107 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:26:12.69sK2T5j5Y0 (11/25)


金髪メイド「見たところ性格によるものが大きいようですが、それを直さないことには一流のメイドにはなれません」

金髪メイド「そこで私から貴方へ与える最初の課題は、そのトーンの低い話し方を改善することです」

咲夜「はい、わかりました」

金髪メイド「声が小さい! はっきりと!」

咲夜「はい! わかりました!」

金髪メイド「それと、他にも貴方には直さなければならないことが……」



咲夜が持つ問題を指摘した上で、『メイドとは何たるか』の解説を始める金髪のメイド。
それに対して、解説される側の咲夜は多少戸惑いつつもメイドの言葉を聞いていた。



不死の薬「まだ一度も学校に通っていないのに、もう教育を始めるつもりなのかしら?」

冥土帰し「メイドは日々の研鑽が物を言う職業だろうし、早い段階から訓練を始めるのは理に適っているじゃないかな?」

冥土帰し「それに咲夜君は途中からの入学になるから、先に入学した他の子供達についていけるようにする狙いもあると思うね?」




108 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:27:38.84sK2T5j5Y0 (12/25)


普通の学校であれば転校などの理由で途中から学校に入ってきたとしても、
それによって起こる問題は『周りの子になかなか馴染めない』くらいのものだ。
しかし家政繚乱女学校のような一芸特化の教育を行う学校は、数ヶ月の遅れが技術の力量に大きな差を生むことになる。
スポーツにおいて『1日の休みを取り戻すには3日かかる』と言われるように、
経験の差を埋めるには非常に大きな労力を必要とするのだ。
その差をできるだけ早く埋めるためにも、早期の段階から教育を始めることは間違ったことではない。



不死の薬「にしても、彼女のメイドとしての力量ってどれくらいのものなのかしら? 彼女が咲夜さんの指導をするんでしょう?」

冥土帰し「少なくとも、先生から任されるくらいはあるんじゃないかい?」

金髪メイド「……ということなのです。 わかりましたか?」

咲夜「は、はい……」

金髪メイド「声!」

咲夜「はいっ!」



そうこうしている内に、どうやら一通りの説明が終わったようである。
メイドの方は何かをやりきったような爽やかな表情を浮かべているが、咲夜の方は少々疲れ気味のようだ。
前触れもなくメイドの矜持について小難しく語られても、その半分も理解できなかったのではないか。
本当に大丈夫なのか、少し不安になってくる。




109 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:30:31.84sK2T5j5Y0 (13/25)


金髪メイド「さて、簡単な説明も終わりましたので、そろそろ荷物を運び出しましょう」

不死の薬「一応荷物は昨日の内に纏めておいたのだけれど……」

金髪メイド「そうなのですか? なら後は外に運び出すだけですね。 私にお任せください」

冥土帰し「いいのかい? 君は仕事で来ているわけじゃないし、荷物も多いものではないんだが……」

金髪メイド「私の後輩になる子が目の前に居るのですから、先輩らしい所を見せるいい機会だと思います」

金髪メイド「それに荷物運びはメイドの仕事としてもよくあることなので、それを見てもらう意味もありますね」

冥土帰し「そうか。 じゃあ、よろしく頼むよ」




110 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:31:43.81sK2T5j5Y0 (14/25)






     *     *     *








111 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:34:13.53sK2T5j5Y0 (15/25)


金髪メイド「よいしょっと……これで全部ですか?」

不死の薬「……えぇ、大丈夫よ」



不死の薬は車のトランクに積み込まれた荷物を点検し、すべて揃っているか確認する。
とは言うものの、咲夜が持っている私物は殆どないため数はそれほど多くない。
精々不死の薬からもらった本や雑誌、後は学校で使うであろう諸々の小道具くらいである。
不死の薬がトランクの容量の半分も占有しない荷物を確認し終えると、
金髪のメイドはそのままトランクを閉めて鍵をかけた。



不死の薬「それにしても、貴方自身で運転してきたのね。 てっきり運転手が待っているものだと思っていたのだけれど」

金髪メイド「運転の技術は主の送迎のために必要ですので。 一通りの運転免許は所持してますよ?」

不死の薬「なるほど」



確かに、雇い主を車で送迎するためには運転免許が必須だ。
彼女くらいの年齢になれば、そのような資格の取得を要求されることもあるのだろう。


それにしても『一通りの運転免許を所持している』というのはどういうことなのだろうか?
まさか特殊自動車の免許まで取得しているとは思えないが。




112 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:36:18.95sK2T5j5Y0 (16/25)


冥土帰し「さて、荷物も積み終えてしまったし、とうとう咲夜君ともお別れだね?」

不死の薬「私は治療の補助として呼ばれたわけだけど、一番長く彼女と付き合ってた気がするわ」

冥土帰し「時間があまりとれなかったとはいえ、それに関しては申し訳なかったと思ってるよ。
治療の時以外は殆ど君に任せきりになってしまったからね」

冥土帰し「これじゃあ僕の方が補助だと思われても仕方ない」

不死の薬「まぁ、私としてはいい経験をさせてもらったと思ってるわ。
いつも部屋に籠って薬剤の調合ばかりしてたし、たまにはこういう仕事も悪くないわね」

冥土帰し「そう言ってもらえるとありがたいよ」



不死の薬の協力が無ければ、咲夜の病気が完治するまでに倍以上の時間がかかっただろう。
それに加え、咲夜の病院生活の補助を看護婦達と共に行っていたのである。
この治療の成果の最大の貢献者は、他でもなく彼女なのかもしれない。、



咲夜「あ、あの……」

金髪メイド「ほら、しっかり挨拶!」

冥土帰し「ん?」



声のした方を向くと、咲夜が金髪のメイドに急かされながらまごまごした様子でこちらを見ていた。
しばらくすると何かを決心したような顔つきになり、医師二人に対してこう言った。




113 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:37:39.54sK2T5j5Y0 (17/25)











咲夜「今までありがとうございました! この恩は絶対に忘れません!」













114 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:38:33.95sK2T5j5Y0 (18/25)


不死の薬「――――ふふっ、何かと思ったらそんな大声で。 普段口数の少ない貴方らしくないわよ?」

咲夜「あ、う……」

冥土帰し「それに、そんなに堅苦しく感謝されることじゃないね? 僕達は当然のことをしたまでだよ」

不死の薬「それと私達に恩返ししたいのなら、もう二度と病院に来ることが無いように元気に暮らしなさい」

不死の薬「今度は、『医者と患者』という関係なしに会いたいものだわ」

咲夜「あ、あと……これなんですけど……」



そう言って差し出した手の中にあったのは、不死の薬から借りた懐中時計。咲夜の能力を制御するための道具として渡したものだ。
結局退院までに彼女が能力を操れる段階に進むことはできなかったのだが、それなりの意味はあったと思う。
実際、超能力の特訓の際には肌身離さず持っていたそうだから、いくらかはの心の支えになったのだろう。


そんなものであるから、本音では咲夜はこの懐中時計を手放したくないようだ。口では言わないが、表情を見ればよくわかる。
だが、借りたものは返さなければならないのは当たり前のこと。故に、彼女は名残惜しみながらもこれを手放そうとしているのだ。
それに学校に通うようになれば、不死の薬と会う機会は激減するだろう。もしかしたら、もう出会うことは無いかもしれない。
つまり、この懐中時計を返すタイミングは今しかないのである。


返すそぶりを見せながらも、手のひらの上で時を刻む懐中時計を未練がましく見つめる咲夜。
そんな彼女を見て、不死の薬はこう返答した。




115 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:39:16.71sK2T5j5Y0 (19/25)


不死の薬「それはまだ貸してあげるわ」

咲夜「え……? でも……」

不死の薬「貴方まだ超能力を上手く扱えないでしょう? そんな状態でこれを手放したら、
また何か良くないことが起こるかもしれない」

不死の薬「それに私がそれを持ち歩く機会は殆ど無いし、それくらいだったら貴方に持っていてもらった方がいいと思うの」

不死の薬「だから貴方が一人前になるまでそれは預けておくわ。 その時まで壊したり無くしたりするんじゃないわよ?」

咲夜「……ありがとうございます」



不死の薬の言葉を聞いた咲夜はその懐中時計を再び懐にしまう。
その顔は安心したような、それでいてどこか不安げなものであった。




116 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:40:37.17sK2T5j5Y0 (20/25)


果たして一人前のメイドになって彼女に会うことができるのか。そしてその時にこの懐中時計を返すことができるのか。
遠い先のことになるであろう話に、不死の薬との約束を果たすことができるのか心配になるのも仕方のないことだ。
その重圧に負けることなく学業に努め、成長することができるのかは彼女次第だろう。



金髪メイド「では先生方。 この子は私達、家政繚乱女学校が責任をもって一人前のメイドに育て上げて見せます」

金髪メイド「今後も何かとお世話になるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」

冥土帰し「うむ、こちらこそよろしく頼むよ」

金髪メイド「では、ごきげんよう……」

咲夜「さようなら……」




117 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:41:04.18sK2T5j5Y0 (21/25)






     *     *     *








118 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:42:46.28sK2T5j5Y0 (22/25)


不死の薬「行っちゃったわね……」



不死の薬は咲夜を乗せた車が走り去っていく光景を眺めながら、ぽつりと一言漏らした。


車が動き出す間際、咲夜はこちらの二人を見ていたが、自分達に向かって手を振ることは無かった。
それが羞恥によるものなのか、それとももっと別の理由によるものなのか。
もはや知ることはできないが、あの反応はある意味、咲夜らしいとも思えた。



不死の薬「結構刺激的な生活だったから、これから寂しくなるわ」

冥土帰し「それなら、助手としてもっと僕の手伝いでもしてみるかい?」

不死の薬「それは遠慮しておくわ。 たぶん、忙しくなってくるだろうから」

冥土帰し「ふむ、それは残念だね」



もちろん、冥土帰しの言ったことは冗談である。
二人の関係は『協力』であり、それ以上でもそれ以下でもない。彼ら間に『従属』の関係は無い。
この関係はいつまでの変わることは無いだろう。お互いに変化することを望んではいないのだから。




119 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:43:48.98sK2T5j5Y0 (23/25)


不死の薬「そういえば統括理事会からの依頼、受けることにしたわ」

冥土帰し「そうか……」

不死の薬「私の腕を試すいい機会だと思うしね。 それから何か得るものがあるかもしれないし」

不死の薬「レベル5を対象とした研究……俄然燃えてきたわ」



統括理事会から不死の薬に依頼された研究。おそらくそれは、学園都市にとって大きな意味を持つものになるだろう。
そんなプロジェクトに携わることができる彼女は、研究者としては非常に幸福なことなのかもしれない。


だが、具体的な内容が殆ど伝えられていないことに少々引っかかりを感じる。
わかっていることは『レベル5の超能力者を対象とした研究』ということのみ。
『何を目的として研究するのか』や『どのような方法で研究を進めるのか』など、肝心なところが不透明だ。
人を集めた後に具体的な内容を決めるのかもしれないが、それにしても情報が少なすぎる。
冥土帰しからすれば、かなり胡散臭い話だ。


もちろん不死の薬も、それくらいのことはわかっているだろう。
その上で敢えて話に乗ろうとしているのは、好奇心に負けたからなのか、何かあっても大丈夫だと考えているからなのか。




120 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:44:21.53sK2T5j5Y0 (24/25)


研究する上で最も重要なことは『結果を出すこと』である。
加えて時間がかかればかかるほど消費される労力も資源も膨大になっていくので、スピードも重要視される。
それ故に、回答を迅速に得んと手段を選ばない人間が出てくることになるのである。


もしかしたら研究をしている中で、功を急くあまり道徳に反する手段を主張する輩が出るかもしれない。
だが、もし彼女がその研究において高い地位につくことができたなら、その主張を退けることができるだろう。


彼女はその地位に納まるだけの資格があると統括理事会から目されている。
参加を呼びかけられた、他の研究者には伝えられなかった情報を彼女は持っているのだ。
彼女の存在はプロジェクトを成功させる上で、かなり重要なのだろう。



冥土帰し「……もし力を貸して欲しくなったら遠慮なく言いなさい。 僕のできる範囲で手助けをしよう」

不死の薬「ありがとう。 でも、気持ちだけ受け取っておくわ。 たまには貴方に頼らずに自分だけの力でやってみたい気もするしね」

冥土帰し「そうか……くれぐれも無茶はしちゃいけないよ?」

不死の薬「えぇ」




121 ◆A0cfz0tVgA2014/03/02(日) 21:46:22.26sK2T5j5Y0 (25/25)

今日はここまで
咲夜さんの過去編終わり。次からは元の時間軸に戻ります

質問・感想があればどうぞ


122以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/03(月) 23:03:01.68Z4ZFCXPI0 (1/1)

確かに日曜だが掲示板の復活直後に投下が来るとはちょっと予想外


金髪で体育会系‥誰だ?


123以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/04(火) 21:22:14.61CTM+wndDO (1/1)

乙!

金髪赤服メイドさんに関して考えるなら……
紅魔の妖精(養成)メイド大人Ver.
蓬莱人形(大人・メイド形)
まさかの旧作、夢子さんか幻月さん?服は…どうだったかな?
後は完全なオリジナルとかか


124以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/06(木) 10:49:03.477pf3U1sk0 (1/1)

で、えーっと、アンチスキルの会議からだっけ?


125 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:43:00.03Rd5BRNQM0 (1/13)

これから投下を開始します


126 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:44:01.16Rd5BRNQM0 (2/13)






――――7月28日 PM5:34








127 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:45:41.19Rd5BRNQM0 (3/13)


咲夜「……」



十六夜咲夜はリビングで一人、手に持った懐中時計を眺めながら過去の思い出に浸っていた。
するべき仕事は既に終わらせている。後は主の帰宅を待つのみだ。
想像以上に早く仕事が終わってしまったことで若干の暇ができたため、こうして一人で休んでいるのである。


思い返すと、あれから既に9年もの月日が流れていた。
時間の流れというものは本当に早いということを身に沁みて実感する。
時間を操作する自分がこんな感想を漏らすなど、滑稽としか言いようがないが。


あの病院を退院して家政繚乱女学院に通うようになってから、本当に色々なことがあった。
最初の思い出は、自分を教育することになった金髪のメイドの容赦ない扱きだ。
遅れて入学してきた自分を同学年の子と同じレベルまで引き上げるために、彼女は鬼教官よろしく、厳しく指導を始めた。


あまりの厳しさに何度か泣きそうになったが、今の自分があるのはあの教育のおかげだと常々思う。
入学したばかりの自分に教えられることは限られていたが、彼女はその分徹底的に手とり足とり教えてくれた。
彼女の指導の甲斐があってか、同学年の子供達と受けた初めての授業である『礼儀作法』の授業の時に、
先生から酷く褒められたことが未だに記憶の片隅に残っている。




128 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:47:22.53Rd5BRNQM0 (4/13)


そんな彼女から学んだ事柄の中で、特に心に残っていること。
それは『誰にも必要とされないメイドに存在する意味は無い』ということだ。
『メイド』は自分自身を商品として他者に売り込む職業である。
商品である以上、必要ないもの、価値の無いものには誰も寄り付かない。


では『メイドの価値』を決めるのは何か。それは『技術』であり、『信用』であり、『誠実さ』である。
どれか一つでも欠けてはいけない。『腕の悪いメイド』や『不信感が拭えないメイド』、『主に反抗的なメイド』に価値は無い。
三つの要素を十分に満たすことができて初めて、その人は『優秀なメイドである』と判断されるのだ。
その教訓から生まれた『誰かに必要とされる存在であり続けたい』という願い。これが今の自分の行動原理となっている。


そして現在、自分が師事したメイドは既に学校を卒業し、この学園都市を去っている。
どうやら海外の大きな屋敷に務めることになったそうだ。今でも元気にしているだろうか。
いや、その心配は無用だろう。あれほどの人がメイドの資本である『身体』の管理を怠るとは思えない。
きっと風邪一つひくことなく、主の傍に仕えているのだろう。




129 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:49:17.40Rd5BRNQM0 (5/13)


あの人直々の教育が終わった後、自分は同じ学年の子供達と一緒に授業を受け始めた。
周囲と比べて半年ほど教育の遅れはあったが、あの人の尽力のおかげで落ちこぼれることは無かった。
それどころか学年内で成績上位にあり続けることになってしまい、5年も経つといつの間にか、
他のメイドや教師達から『完全で瀟洒なメイド』と呼ばれるまでになっていた。


教師達が言うには『咲夜は自分達の指示を素直に聞いて、なおかつ完璧に仕事をこなしてくれる』からなのだそうだが、
目の上の指示に従うことは当然のことだし、仕事には常に本気で取り組むことも当たり前のことなのではないのかと思う。
だが自分は大したことではないと思っても、他の人にしてみれば普通のことではないらしい。
未だに理解できないが、彼らが呼ぶあだ名に対して不快感は無いので、勝手に呼ばせることにしていた。


さらに月日は経ち、家政繚乱女学校に入って9年目となった今年。
成績でトップを常に維持している自分に目を付けた学校のお偉いさん方は、
今後カリキュラムに組み込む予定になっている新たな卒業試験の有用性を確かめるために、自分を用いて実験を行うことを計画した。


幼少の頃に違法な研究の被検体として利用され、成長した後も別の実験に付き合わされる。
どうやら自分は、研究のために利用される運命にあるようだ。
もちろん学校が行おうとしている実験は違法でも何でもないので、
自分はその依頼を拒否することなく受け入れたのだが。




130 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:51:39.36Rd5BRNQM0 (6/13)


そして自分は実験の協力者でもあり、雇い主でもあるレミリア・スカーレットと、
その妹であるフランドール・スカーレットと出会うことになる。


二人の住む屋敷に住み込みで働く生活は、学校で普段行われている実習よりも一味も二味も勝手が違った。
普段の学校における実習は、学園都市内の定められた場所を数日置きにローテーションしていくものだ。
あらゆる場所での仕事をこなせるようになることが目的なので、特定の場所に長く滞在するということは殆ど無い。
一つの場所に慣れてしまうと、仕事場が変わった時に本来の力が出せなくなってしまうからである。


それに対してこの卒業試験は、『勤務期間1年』という普通ならば考えられない長さの時間を雇い主の下で過ごす。
しかも住み込みなので、実質的にその雇い主の家族の一員という立場になるという点が、
あくまでも従業員という立場になっている、学校における実習との相違点だろう。
他にもあらかじめ業務が決まっている実習とは違い、卒業試験での仕事は雇い主の生活の仕方によって変化する点や、
その都度自分の頭で考えて仕事をこなしていかなければならないという点もある。
ただ他人に命令されるだけではなく、自分から率先して仕事に取り組くむ姿勢がこの試験には求められるのだ。


当初はその勝手の違いによって何度か失態を犯してしまったが、
それを何とか乗り越え、今では主に十分に信用される立場なった。
しかし、主の妹であるフランドールはまだ自分に対して心を開いておらず、ほぼ赤の他人の状態になっている。
レミリアの命令の下、彼女を逐一監視しているが、実際に面と向かって話したことは数えるくらいしかない。
その時に交わされる言葉も業務の上でのことであり、私的なことで会話をしたことは一度もなかった。


何故自分の主は自分に対して妹の監視を命じたのか。
気にはなるが、下手に家庭の内情を詮索するのは礼儀に反することである。
いつか主自身の口から語られるだろうから、その時が来るまで待つのが最善だろう。




131 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:54:10.18Rd5BRNQM0 (7/13)


そして、レミリアの下で働き始めてから2ヶ月弱。だいぶ仕事に慣れてきたある日のこと。



レミリア『咲夜、貴方に頼みたいことがあるのだけど……聞いてくれるかしら?』



前触れも無く、唐突に主はそう話を切り出した。


レミリアが突拍子もなく何かを言いだすこと自体はさほど珍しいことではない。
ただ、その時の主の様子は今まで見たことのない、何処か不自然さを感じるものだった。


彼女は周りに対して、良く言えば毅然とした、悪く言えば横柄な態度を取る人間である。
その幼い容姿で高圧的な態度をとる彼女を知らぬ人間が見たならば、『なんて高飛車な少女なんだ』と思うだろう。
だがレミリアは、それをするに見合うだけの威厳を備えている女性であることは確かである。
咲夜は彼女の経歴を詳しく知っているわけではないが、ただ直感的にそう思ったのだ。


そんな性格であるはずなのに、その時の態度は上から誰かに命令するような高圧的なものではなく、
何かを嘆願するかのような、何処か弱々しさを含んだものだったのだ。違和感を覚えない方がおかしい。


一体主の身に何が起こったと言うのか。疑問を感じながらも主の言葉に耳を傾けると――――




132 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:55:43.06Rd5BRNQM0 (8/13)











レミリア『血液、それもできるだけ若い女性のものを集めてきてほしいの』













133 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 00:59:40.23Rd5BRNQM0 (9/13)


自分の想像を超えた命令が下された。


誰が聞いても『罪を犯せ』としか解釈することができない、正気の沙汰とは思えない依頼。
もちろん二つ返事で承諾したわけではない。その異常過ぎる言葉に、自分の頭の中は疑問符に埋め尽くされた。
命令の意図を全く汲み取ることができないのである。思わず素で聞き返しそうになった程だ。


だがすんでの所で留まり、動揺を隠しながらもその命令を聞き入れた。
他でもない主の依頼。しかも単なる依頼ではなく切願なのである。
誰に必要とされることに喜びを感じている自分にとって、命令の意図などそれほど重要なものではなかった。


そして自分は主の命令通り、路地裏などの人気の少ない場所で一人になっている若い女性を見つけては、
不意打ちで気絶させて首筋から血液を抜き取るという凶行を現在に至るまで繰り返している。
自分が行っていることに対して、罪の意識が全く無いというわけではない。
必要以上に騒ぎを大きくしないという理由もあるが、獲物に定めた女性の意識は苦しむことが無いように一瞬で刈り取り、
体には必要以上の傷を付けないよう細心の注意を払っている。
それでも、無実の人間を手にかけていることには変わりないのだが。




134 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 01:02:00.26Rd5BRNQM0 (10/13)


咲夜(こんなことをしてる私の姿を見たら、一体どんな顔をするかしら……))

咲夜(もうあの人達との約束は果たせそうにないわね……今更な話だけど)



不死の薬、そして金髪のメイドと交わした『一人前のメイドになる』という約束。
それが果たされることは永遠に来ないだろう。同時に、懐中時計を返す機会も失われてしまった。
既に多くの罪無き女性を手に掛けた犯罪者となってしまっている自分に、メイドを名乗る資格はもはや無い。


それどころか、彼らから受けた恩を仇として返そうとしているのである。全く以って、自分は最低な人間だ。
だがそれでも、主の命令に背くわけにはいかない。今更裏切って無関係を決め込むなど、それこそ人でなしの所業である。


最後の最後まで、主の傍に付き添う。それが己自身に課した誓いである。




135 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 01:04:57.07Rd5BRNQM0 (11/13)


「ただいま。 今帰ったわ」



どうやら主が仕事を終えて帰ってきたようだ。いつもよりも若干時間が早い。
だが、これは想定の内だ。これからの『大仕事』を考えれば、下準備のために早めに帰ってくるのは当然のことだろう。


彼女は主を迎え入れるため、能力を使って時間を止めつつ玄関へと向かった。



咲夜「お帰りなさいませ、お嬢様。 荷物をお持ち致します」

レミリア「ありがとう」



玄関に着くと同時に時間停止を解き、レミリアが持つ荷物を受け取る。


自分が持つ能力である『懐中時計』は、素早く目的の場所に移動するには非常に便利な代物だ。
時間を止め、移動し、時間を動かす。これだけの動作で、あたかも『空間移動』を使っているかのように一瞬で移動することができる。
もちろん自身以外の物や空間の時間を任意で操作することも可能だ。
だからこそ大人数の料理を一人で調理したり、広大な面積を短時間に掃除し終えたりすることができるのである。


この他にも色々とできることはあるのだが……それらを日常生活で使うことは殆ど無い。




136 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 01:06:30.30Rd5BRNQM0 (12/13)


レミリア「咲夜、私が出掛けている間に何か変わったことはあったかしら?」

咲夜「いえ、屋内外において異常は起きませんでした。 妹様も一日中大人しくしておられました」



前を歩く主に付き従いながら、投げかけられる質問に淀みなく答える。
今日は主の館にも主の妹にもトラブルが起きることもなく、平穏な一日だった。
――――全く問題が無かったわけではないが。


それについては後で話そう。主も既に知っているだろうし、このような場所で交わす話題ではない。



レミリア「わかったわ。 私が居ない間の留守、ご苦労だったわね。 褒めてあげる」

咲夜「恐悦至極でございますわ」

レミリア「それじゃあ咲夜、ちょっと早いけど食事の準備をして頂戴。 詳しい話はその後で聞くわ」

咲夜「畏まりました」



その言葉を最後に、レミリアはそそくさと自分の部屋に向かう。
残された咲夜は、彼女が残した言葉を反芻しながら食事の支度をするべく台所へと足を向けた。




137 ◆A0cfz0tVgA2014/03/10(月) 01:06:58.66Rd5BRNQM0 (13/13)

今日はここまで
質問・感想があればどうぞ


138以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/10(月) 01:08:09.22CEVRIiVVo (1/1)

乙です


139以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/10(月) 08:46:05.324lZ1ZduDO (1/1)

乙!
会わせる顔がないってのは、現状では咲夜師匠も不死の薬も同じだったりして?


140以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/10(月) 22:56:06.09/u35c0Eq0 (1/1)

まぁ、みんなそれぞれ何か抱えちゃってそうではあるな


141以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/10(月) 22:57:06.59BkW8Sxgb0 (1/1)



旧作、西方、秘封倶楽部のキャラまでは把握してないからもう少し候補は挙がるかもだが
金髪メイドにはもう出番がないっぽいし考えるだけ無駄か


・紅魔組
何か始めるべく血液を集めていた
準備は順調に進んている‥か?

・土御門&パチュリー
スカーレット姉妹捕獲の打ち合わせに一方が乱入
場合によっては戦力にもなるのだろうが‥

・レールガン勢
思いつきで調べた「時間操作能力」から正解を引き当てている(証拠はないが)
しかしこの先にこいつらが首を突っ込む余地はない

・上条&姫神
絶賛ハブられ中&安定の出番なし


142以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/11(火) 00:06:15.27PSA0Nwhy0 (1/1)

最後wwww


143 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 00:52:54.91Q7DrCTuS0 (1/29)

>>139, >>140
彼女等のその後については朧気ながら考えてあります
早く描写したいけど、いつになることやら……




144 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 00:54:25.73Q7DrCTuS0 (2/29)

これから投下を開始します


145 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 00:54:57.45Q7DrCTuS0 (3/29)






――――7月28日 PM6:41








146 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 00:56:21.57Q7DrCTuS0 (4/29)


太陽が沈み、僅かながら西の空が紅く染まる時刻。
家の窓からその光景を眺めながら、上条当麻は必死な形相で思案に暮れていた。


ステイルから事の真相を聞き出してから、そろそろ一日が経つ。


『イギリス清教によるレミリア・スカーレットの断罪』。このまま時が過ぎれば訪れるであろう悲劇。
その最悪の結末を回避するために、脳味噌が搾った雑巾になるような錯覚を覚えながら今まで唸っていたのだが、
未だに問題を解決する糸口を見つけるには至っていない。


そもそも一人で、しかもたった一日で見つけようとすること自体が無謀なのである。
例え今日解決の案が浮かばなかったとしても、彼を責めることなど誰にもできはしない。


だが、当麻自身がその事実に甘んじるかと問われれば、間違いなく『否』である。
誰かが不幸になろうとしているこの状況下で悠長に身構えるなど、万に一つもあり得ないのだ。
故に彼は、折角作った食事を口にすることも忘れて考えることに没頭する。




147 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 00:58:17.79Q7DrCTuS0 (5/29)


上条(何か手は無いか? 何か……)



しかしどれだけ必死になろうとも、それが必ず結果に結び付くというわけではない。
現に有効な策が見いだせていないのだ。その事実が彼の心の余裕をジワリジワリと削り取っていく。
土御門とパチュリーがいつ行動を起こすのかわからないという状況も、彼を焦らせる要因の一つだ。


二人はもしかしたら、今にもレミリアの下へ向かっているかもしれない……
もしそうだとしたのなら、すぐにでも行動を起こさなければ手遅れになってしまう。



禁書「……」



そんな当麻の様子を、インデックスはただじっと見つめている。
彼女はテーブルの上に並べられた料理には少し口を付けただけで、それ以降は箸を持ってすらいない。
普段の彼女を知る者がその様子を見れば、明日は槍でも降るのではないかと思うだろう。


当麻の作った料理が不味いからというわけではない。
そもそも彼が心をこめて作ったものなのだ。味や量に多少不満があったとしても、いつも残さず平らげている。




148 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 00:58:52.16Q7DrCTuS0 (6/29)


彼女が料理に手を付けないのは、目の前の家主の様子があまりにも異常だからだ。
普段は滅多に見ないような顔で唸っているのである。
インデックスが食事に手を付けていないという異常にすら気づいていないのだ。
それを見れば、自分だけ呑気に夕飯を貪るのは良くないということは嫌でもわかった。



禁書(……とうまが何を考えてるのか気になる。 でも……)



彼にそれを聞き出す決心がつかない。


彼があのような顔をしているということは、きっと何か良くないことが起こっているのだろう。
そしてそれを、自分一人の力で何とかしようとしているに違いない。


彼がなんでも背中に背負いこもうとする性格であることは重々承知している。
誰かを巻き込みたくないが為に、自分から助けを求めようとしないのである。
他人が不幸に巻き込まれることは良しとしないくせに、自分に降りかかる不幸には以外にも寛容なのだ。
『不幸だ』と口にしつつも自分から不幸に突っ込んでいくあたり、自己犠牲も極まれりと言ったところだろう。
そんな彼に対して現状を聞き出そうとしたところで、おそらくはぐらかされるだけだ。




149 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 00:59:44.64Q7DrCTuS0 (7/29)


その理由が自分を守るためだということは知っている。
自分はイギリス清教の『禁書目録』だ。そして当麻は『禁書目録を守護する者』である。
彼が『禁書目録』を危険に晒さないために情報を教えないことは、その立場からすれば何も間違ったことではない。


しかし仮にその立場になかったとしても、彼はインデックスを守ろうとするだろう。
彼女に限ったことではない。他の誰であろうと、守るために同じような行動を起こすはずだ。
上条当麻は守るべきものに貴賎を付けない。例えそれが、嘗ての敵であったとしても。


自分だけを見てくれないことに少し嫉妬してしまうが、あの姿勢こそが彼の本質なのだ。
それを自分の我儘で捻じ曲げてしまうことだけはしてはならない。
それに、そんな性格だからこそ自分は彼に魅かれたのだから。




150 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:00:32.72Q7DrCTuS0 (8/29)


禁書(でも、少しくらいは頼ってほしいんだよ)



自分の不幸を顧みずに全ての人々に救いの手を差し伸べようとする当麻は、まるでお伽噺に出てくる『英雄(ヒーロー)』だ。
いや、既に何度か世界を救っているのだ。お伽噺などではなく、名実ともに彼は『英雄』である。
それはとても名誉なことである。しかし、自分は彼がその名誉を授かることを手放しに喜べない。
この感情は自分だけでなく、彼に深く関わる全ての人間が持っているはずだ。


当麻が『英雄』となる資格を得るまでの間に、一体どれだけ危ない目に遭ってきたのか。
その回数を一から数え始めれば、絶対に両手両足の指では収まりきらない状態になるはずである。
加えて、一歩間違えれば死んでいたかもしれないような危機も幾度となく経験している。
彼が五体満足で、しかも健康に生きている今の状況は、もしかしたら『聖人』が生まれてくる以上の奇跡かもしれない。


そんな修羅場を掻い潜り続けた結果として、彼はこの世界を救うことができたわけだが、
その様子を傍から見ていた者にしてみれば、あまりの無鉄砲な行動に気が気でなかった。




151 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:02:05.79Q7DrCTuS0 (9/29)


彼に対して命を危険に晒させてまで、何かを成し遂げてもらおうなど思ったことは一度も無い。
仮にそうすることが必要な状況になってしまったとしても、皆で協力すればいくらか危険を減らすことはできるはずなのだ。
それだというのに、いつも周りの忠告を聞こうとはせずに一人で走って行ってしまう。
彼は自分の身に何か起こった時に周りがどんな思いをするのか、これっぽっちもわかっていないのだ。
一方通行だけでなく、犬猿の仲であるステイルにでさえ再三言われているというのに、未だに改める気配はない。


『自分が不幸になることで周りが不幸になる』という負の連鎖。
自分が不幸になることを許容してしまった彼に、このことを気付かせるにはどうしたらいいのか。
その答えを見つけるにはまだ至っていない。



上条「……ん? どうしたインデックス、喰わないのか?」



ようやくインデックスの異常に気がついた当麻が、彼女に対して食事を促す。
食べていないのは自分も同じだというのに、その事実を棚に上げて催促するのだ。
本当に自分自身に対しては無頓着だなと毎回思う。




152 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:02:40.08Q7DrCTuS0 (10/29)


禁書「……とうまこそ食べないの?」

上条「俺は……いいや。 食欲が無い」

禁書「……」



インデックスの指摘に少々言葉を詰まらせながらも、彼は食べることに対して否定の意を示す。
あれだけ必死に考え事をしていたのだ。食欲が失せるのも当然のことなのかもしれない。
しかし、彼から『食べている時間すらも惜しい』という言外の感情が滲み出しているようにも感じ取れる。


このまま何も聞かずに放置するのは絶対に良くない――――
ついに心を決めたインデックスは、当麻に対して問いただした。




153 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:04:07.05Q7DrCTuS0 (11/29)


禁書「とうま」

上条「何だ?」

禁書「一体何を悩んでるの? 教えてほしいな」

上条「う……」



インデックスから投げかけられたあまりの直球な質問に、当麻は思わず狼狽する。


彼としては、今起こっている出来事をインデックスに教えたく無い。
もし彼女がフランドールに危機が迫っていると知ったらどういう行動に出るのか。
間違いなく首を突っ込んでくるであろうことは容易に想像できる。
つい数日前に会ったばかりだとしても、大切な友達を見捨てるようなことを彼女は決してしない。
大人しくしているように忠告しても、彼女それを聞かずに当麻の後をついてきてしまうだろう。




154 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:05:15.05Q7DrCTuS0 (12/29)


しかしその行動には、『フランドールに手を出そうとしている存在がイギリス清教である』という問題が付き纏う。
彼女はイギリス清教の構成員。しかもかなり重要な立場に居る存在である。
そんな彼女が、自分の所属している組織の意向に真っ向から反対できるのかと言われれば、それは非常に難しい。
仮に反対したとしても、『インデックスの言葉を聞いてイギリス清教が手を引いてくれる』という展開は望み薄だろう。


この案件はイギリス清教だけでなく、魔術サイド全体に波及しかねない問題なのだ。
彼女一人の力でどうこうできるような簡単な問題ではない。これは当麻も同じことである。
それに無理に我を押し通そうとするものならば、確実に彼女はイギリスに連れ戻されてしまう。
だからこそ当麻はインデックスには関わってほしくないのである。


そんな彼にとって今の状況は、非常に不味いと言わざるを得ない。
彼女を事件から引き離すためにも何とか話を逸らさなければならないのだが、どうやら難しいようだ。
少々回りくどい質問をしてくれれば幾らでも誤魔化しようはあったのだが、こうもシンプルではそれもできない。




155 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:06:39.44Q7DrCTuS0 (13/29)


上条「あー、それはだな……」

禁書「言っておくけど、嘘ついてもすぐわかっちゃうからね? とうまって意外と顔に出るんだよ?」

禁書「私の記憶能力があれば、今どんなこと考えてるのか顔を見ただけで見破れるんだよ」

禁書「だから、中途半端に誤魔化そうとするのは諦めた方がいいかも」

上条「むぐ……」



言葉を濁す当麻をよそに、白のシスターは畳み掛けるようにして逃げ道を塞いでいく。
彼女が公言した『顔を見ただけで考えが読める』という言葉には、
『もしかしたらできてしまうのではないか』と思わせる不気味な信憑性があった。


もちろん数回程度会っただけの人物では、そんなことは不可能だろう。
しかし1年以上共に過ごした上条当麻が相手ならば、もしかしたら可能かもしれない。
身近で彼の喜怒哀楽の表情を目に焼き付けてきた彼女だからこそできる芸当である。




156 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:07:51.82Q7DrCTuS0 (14/29)


禁書「迷える子羊の悩みを聞くのが、敬虔な神の僕である私の役目なんだよ。 だから遠慮なく話すといいかも」

上条「……ついこの前、小萌先生の所でジンギスカンをたらふく食ってた気がするがな」ボソッ

禁書「何か言ったかな?」ニコッ

上条「イエ、ナンデモアリマセンデス」



『敬虔な神の僕』とやらを自称する割には、その役目を全うしている姿をあまり見たことが無い。
宗教観念が薄い学園都市という土地に加えて、シスターが本来居るはずの教会に程遠い場所で生活しているために、
人々の悩みを聞く機会自体が少なくなってしまっているのだ。


とは言っても、宗教施設が密集した地域である第12学区に通うというのも非現実的な話である。
何せ、その学区は学園都市の東の端に位置するのだ。毎日電車を使って数時間かけて行くのは難しい。
別居するという手は『インデックスを守護する』という観点から見れば当然却下される。
彼女がシスターとしての職務を十分にこなすことができないのも、仕方のないことなのだろう。


それでも七つの大罪の一つである『暴食(グラトニー)』を体現しているかのような行動を取る彼女が、
果たしてその立場に立つに相応しいかと問われれば、少々首を傾げる所だが。




157 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:08:30.01Q7DrCTuS0 (15/29)


上条「……インデックス」

禁書「何かな?」

上条「正直に言って、お前にはこの件には関わってほしくない」

禁書「……それは本当のことみたいだね。 でもどうして?」

上条「そうだな……お前が悲しむ顔を見たくないってのは理由にならないか?」

禁書「そう言ってくれるのは嬉しいけど、本心は別の所にあるでしょ?」

上条「あぁ。 でも『悲しむ顔を見たくない』ってのは本当だぞ?」

禁書「わかってるんだよ、そんなこと」

上条「なら安心した。 ……もしもだ」

禁書「……?」

上条「もしもイギリス清教が自分にとって許せないことをしようとしたなら、インデックスはどうする?」

禁書「え……?」




158 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:09:16.81Q7DrCTuS0 (16/29)


困惑した表情を見せるインデックスを、当麻は真剣な眼差しで見つめる。


全てを話す前に、これだけは聞いておかなければならないと思った。
もし彼女がこの件に介入してくるのであれば、最悪イギリス清教に反抗する覚悟はしてもらわなければならない。
それはこれまでにおける彼女の『イギリス清教の信徒』としての人生を否定しかねないものである。
その覚悟を彼女にさせることはあまりにも酷な話だ。できればこの質問を聞いて思い留まってほしいと考えた。


インデックスは少し思案したような素振りをした後、静かに口を開く。



禁書「……私はイギリス清教の『禁書目録』。 だから私はイギリス清教の考えには従わなきゃいけない」



本来ならばここで言葉は終わっていただろう。信者が自分の信じるものに背くなど、本来ならばあり得ないことだ。
しかし彼女は、『でも』と二の句を継いでさらに言葉を紡いでいく。




159 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:10:44.90Q7DrCTuS0 (17/29)


禁書「私は『禁書目録』である前に一人のシスターなんだよ。 シスターは神の御言葉を聞いてそれに従うけど、
所属している宗教組織に服従しているわけじゃない」

禁書「もしイギリス清教が神の御言葉に背くようなことをするなら、私は声に出して反対するよ?」

上条「じゃあ『神の御言葉』に背かないことだったら黙認するのか?」

禁書「それは違うよ。 そもそも『神の御言葉』っていうのは明確な解釈があるわけじゃない」

禁書「色々な翻訳がされてて、解釈の仕方で微妙に意味が変わっちゃったりするんだ」

禁書「教義の中でも一番重要な『神の子』だって、昔は神性なのか、人性なのか、それとも両性なのかで解釈が分かれてたし……」

禁書「今言ったのが主たる原因ってわけじゃないけど、十字教内じゃ過去に何度も分裂が起こってるんだよ」

禁書「同じ十字教でも、いくつも宗派があるのはそのためだね」




160 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:11:31.74Q7DrCTuS0 (18/29)


十字教には様々な宗派が存在するが、元を正せば全て同じ『神』を信奉している。
それなのにここまで細分化されてしまっている主な理由は、神や聖書の解釈の仕方、
所属している宗派が掲げているものへの不満が原因の内部分裂、そして宗教改革などが原因だ。
他にも自分独自の解釈を広めようと設立された新興宗教や、もとは大きな宗派の中にある一つの派閥だったものが独立するなど、
分化の細かい原因を数え始めたらきりがないだろう。



禁書「長くなっちゃったけど、もしかしたら私の考えとイギリス清教の考えが違っちゃうこともあるかもしれない」

禁書「その時は自分の信念に従って動きたいと思うんだよ。 たぶん、破門されちゃうかもしれないけど……」

上条「そうか……わかった」




161 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:12:05.81Q7DrCTuS0 (19/29)


己に信念に従って動く。言葉にすることは簡単だが、それを実際に実行するのは難しい。
ましてや、何かの組織に属する身でそれを成し遂げるとなれば、その難度は倍増するだろう。


『組織』とは同じ考えを持つ人間の集まりである。
そこに異なる考えを持つ人間が存在してしまっては、組織としての体裁が保てなくなる。
だからこそ組織は、内部に存在する異端者を発見すると同時にその排除に乗り出す。
これはある意味、母体を守るための防衛機構と言ってもいいかもしれない。


その防衛機構は、特に宗教の場合において過激さが顕著である。
『神』という絶対的な存在に従うが故に、それに反するものはどのような手を以ってしてでも徹底的に取り除こうとするのだ。
その中で己の主義主張を貫き通すことがいかに困難なのか。それは推して知るべしだ。


それを理解しつつも、信念を貫き通したいと話す彼女のインデックスは如何程のものなのか。
彼女のことだ、口先だけの決意ということはないだろう。己の立場を犠牲にしてでも、イギリス清教に反論するに違いない。




162 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:13:25.69Q7DrCTuS0 (20/29)


禁書「……もしかしてこの質問って、とうまが抱えてることに関係あるの?」

上条「……あぁ」

禁書「……イギリス清教は一体何をしようとしてるの?」



先ほどの質問からどうして当麻が事情を話すことを渋っているのか、その理由を感じ取ったようだ。
『イギリス清教』と名指しをしている時点で、『必要悪の教会』関連で何か起こっていることくらい嫌でも気付く。


だが、それでも彼女が引く気配は一切無い。真剣な眼差しで当麻を見返してくる。
どうやら『インデックスを怖がらせて思い留まらせる』という当麻の思惑は完全に外れてしまったようである。
無理かもしれないということは何となく想像ついていたが、実際にその通りだったというわけだ。


こうなったらもはや、覚悟を決めるしかない。




163 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:14:30.47Q7DrCTuS0 (21/29)


上条「昨日ステイルに聞いたんだが、学園都市に侵入してきている魔術師、どうやらレミリアみたいなんだ」

禁書「! ふらんのお姉さんが……?」

上条「イギリス清教はレミリアを捕縛して、イギリスに連行しようとしているんだよ。 もしかしたらフランも……」

禁書「……とうま、詳しく教えて?」



当麻は昨日のステイルとの会話の内容を包み隠さず、全てインデックスに打ち明けた。


フランドールとレミリアの一族――――スカーレット一族は魔術師の家系であり、
彼らは吸血鬼を製造する魔術を研究していたということ。
その研究が原因で、スカーレット一族とイギリス清教は争うことになったこと。
最終的にスカーレット一族は滅び、姉妹二人は学園都市に逃げ延びたこと。
その他にもレミリアが件の魔術師である根拠や、何故超能力者である彼女が魔術を使えるのかなど、
ありとあらゆる情報を彼女に話した。




164 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:15:01.08Q7DrCTuS0 (22/29)


禁書「……そう、なんだ……」



話を聞き終えた彼女はそう呟くと、そのまま顔を俯いてしまった。
説明した当麻の方も、その後インデックスに向かって何か言葉を発するわけでもなく口を噤んでいる。


重苦しい空気がマンションの一室を支配する。
イギリス清教が二人を捕まえようとしているということにインデックスはショックを受け、
彼女たちを救う術が思い付かないという事実が当麻に再び重くのしかかる。


そして気が遠くなるような沈黙が続いた後、インデックスはぽつりと言葉を漏らした。




165 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:17:23.93Q7DrCTuS0 (23/29)


禁書「……とうまは、どうするつもりなの?」

上条「俺は……」



一体どうするべきなのか?


このまま部屋で考えていても、良い案が浮かびあがるとは到底思えない。
だが、何も策が無いままレミリアの下に向かった所でどうするのか?
それでは姉妹がイギリス清教に連れて行かれる姿を見送るだけになってしまうのが落ちだ。
かといって土御門とパチュリーに敵対してそれに勝利したとしても、それは根本的な解決にはならない。
イギリス清教は今回捕縛に失敗したとしても、何度でも追手を派遣してくるだろう。


当麻はメビウスの輪のような思考の堂々巡りから、自力で抜け出すことができなくなっていた。




166 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:18:12.37Q7DrCTuS0 (24/29)


禁書「……やっぱり、とうまらしくないよ」

上条「え……?」

禁書「そうやってずっと考えてるのが、とうまらしくないって言ってるんだよ」



小さな声で、しかしはっきりと聞こえるようにインデックスは断言する。
今の貴方はどこかおかしい。彼女の眼には、はっきりとその感情が宿っていた。



禁書「昨日も言ったよね? 難しい顔をしてるのはとうまらしくないって」

禁書「いつもだったら、私達が止めても一人で飛び出していっちゃうはずなんだよ」

禁書「それどころか知らない所で自分勝手に事件に巻き込まれて、
気づいたら病院に入院してたなんてのもいつものことだった」

禁書「自分で不幸に飛び込んで傷ついて……それでも笑ってるのがとうまだったはずなのに……」

禁書「それなのにこんなところでウジウジしてるなんて、絶対におかしいよ」




167 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:19:00.60Q7DrCTuS0 (25/29)


インデックスの声が静かな部屋に響き渡る。


当麻に事件に率先して飛び込んでほしいと言っているわけではない。
彼には不幸になってほしくはないし、危険なこともしてほしくない。その考えは不変だ。
単独で行動を起こさずに周りに対して事情を説明してくれたことは、彼女にとって喜ばしいことではある。


しかし、彼は明らかに『じっくり考えて動く』という慣れないことをして、その結果無理をしている。
己の心に湧き上がる感情のまま動くのが、本来の姿だったはずだ。
迷っている今の彼の姿はまるで、彼に似た別の何かのようであり、
それを目の前にしてインデックスは我慢ができなかったのだ。



禁書「とうまは一体どうしたいの? ふらんを助けたくないの?」

上条「助けたいさ。 でも、土御門達を止める方法が無い」

上条「考え無しにフラン達の所に行っても、助けることなんて到底無理だ」




168 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:21:51.43Q7DrCTuS0 (26/29)


土御門達を止めるのであれば、レミリアとフランに吸血鬼の製造法が欠片も残っていないことを証明しなければならない。


どうすればその証明をすることができるのか?
知識を持っているのかを調べたいのであれば、学園都市の『読心能力』だったり、専用の魔術を使えば済む。
何か魔術的な紋章が体に刻まれているのであれば、『幻想殺し』で破壊すればいい。
この二つについてはあまり心配する必要は無いだろう。


最大の問題は、『レミリアが吸血鬼である』可能性があるということである。
ステイルの話だと完全な吸血鬼というわけではなく、例え完全になったとしても単なる紛い物でしかないのだそうだが、
それでもイギリス清教が彼女達を捕えるには十分過ぎる理由であるはずだ。
イギリス清教に手を引かせたいのであれば、レミリアが持つであろう『吸血鬼の肉体』をどうにかしなければならない。


しかし『どうにかする』こと自体が、かなりの難問であることは間違いない。
もし彼女の肉体の大半が吸血鬼化していたとするならば、その部分全てを取り除かなければならないことになる。
そんなことができる医者は、おそらくこの学園都市でも片手で数えるくらいしかいない。




169 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:23:12.71Q7DrCTuS0 (27/29)


他にも、『人間の肉体』と『吸血鬼の肉体』を区別できるのかという疑問もある。
学園都市の医者が『吸血鬼』などというオカルトの存在をその目で見たことなどあるはずもなく、
何より殆どの者がその単語が聞いた時点で、基地外の戯言だと一蹴するだろう。精々望みがあるのは冥土帰しくらいのものだ。


スカーレット姉妹を救うためにはこれらの難題を解決し、彼女達の身の潔白を証明しなければならない。
それができなければ、二人はイギリスに連行されて完全な詰みになってしまう。



禁書「……でもとうま、ここでずっと考えてもどうしようもないと思うよ。 
ふらん達に会って調べてみないと、どんな魔術なのかわからないし」

禁書「どんな魔術なのかわからないと、対策を立てることもできないよ。 私の頭の中の魔導書も役に立たない」

禁書「だから、今何も方法が見つからなくても、ふらんの所に行くべきだと思うんだよ」



このままここで考えていても、いい案が浮かぶとは思えない。
それならば行動を起こし、その後で改めて考える方が良いだろう――――


それがインデックスの主張だった。




170 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:24:00.88Q7DrCTuS0 (28/29)


上条「……そうか、そうだよな」



彼女の言葉を聞き、当麻は短く同意の言葉を呟く。


『ここで立ち止まっていても何も変わらない。それならばとにかく動いてみるべきだ』。
彼女の主張は至極尤もなことであり、そこに挿める異論を当麻は持ち合わせていなかった。
インデックスが言ったように、そもそも彼は考えて行動することが苦手なのだ。
この結論に辿り着くのは既定路線であり、疑いようのない結末である。



上条(かなり時間を無駄にしちまったな……急がないと)



決意を固めた当麻は、すぐさま行動を開始する。
時刻はもう既に7時に近い。今からフランの家に向かうとするならば、到着するのは9時半頃だろう。


果たして間に合うだろうか。いや、『間に合わせなければならない』。
土御門達が今どうしているのかはわからないが、彼らより1秒でも早くフランの下に辿り着かなければ。



上条「俺はこれからフランの所に行く。 インデックスは……」

禁書「私もついて行くんだよ。 今更仲間外れなんて許さないんだからね」

上条「……まぁここまできたら今更か。 じゃあインデックス、俺の傍から離れるなよ?」

禁書「わかってるんだよ。 とうまこそ、無茶はしないでね?」

上条「あぁ、わかってるさ!」



歩く魔導図書館とその守人は部屋を後にする。
目指すは第14学区。フランドール達が住む紅色の館だ。




171 ◆A0cfz0tVgA2014/03/17(月) 01:32:35.23Q7DrCTuS0 (29/29)

今日はここまで

久々の上条さんの登場。実に半年ぶり
尚、またしばらくは出番無しになる模様


※今後について
年度末ということで生活環境が大きく変わるので、今月の投稿はこれで終わりになると思います
4月に入ってからも身辺の整理があるので、4月上旬の内に投下できるかは微妙です
できるだけ早く復帰できるように努めますので、気長にお待ちください


質問・感想があればどうぞ




172以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/17(月) 08:46:32.02BkPFvTpwo (1/1)

乙です
舞ってる


173以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/17(月) 21:07:50.44rNkFamCu0 (1/1)


待つのは一向に構わない(投げ出されない限り)

次は‥

1.通り魔を追うレールガン組or警備員ズ(本命)
2.打ち合わせを進める土御門達(対抗)
3.それ以外の東方勢(穴)
4.やっぱり出番が来る気がしない姫神(大穴)


174以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/22(土) 20:39:10.51y02PSFTg0 (1/1)

多数の監視を付けて何とかするってゴリ押し論で押さえ込み……っきゃないかね?


175以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/25(火) 01:01:32.90BO1Z7ltZ0 (1/1)

しかし、今までの話で一番出番がないのは…………我等が楽園の素敵な巫女様というwwww


176以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/27(木) 07:44:41.64go/MWbXDO (1/1)

ここは(幻想求めし者達の)楽園じゃないからね。仕方無いね


177以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/27(木) 15:05:45.76KdqD93mU0 (1/1)

科学だもんな


178 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:24:38.80V8UXQfpJ0 (1/14)

生存報告がてら、少し投下します

>>175, >>176, >>177
巫女様の出番は次の章までありません(断言)
彼女は完全に魔術側にするつもりでいるので……
細かい設定はまだ何も考えていませんがwww



179 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:25:44.35V8UXQfpJ0 (2/14)






――――7月28日 PM7:49








180 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:27:41.23V8UXQfpJ0 (3/14)


御坂妹(もう15分も歩けば家に着きますね。 と、ミサカは腕時計を見ながら家に着く時間に当たりを付けます)



一日の仕事を終えた人々が行き交う夜の街。
その中で御坂妹は一人、自分の住むマンションに帰るために帰路に着いていた。


僅かに流れる風が頬に当たって、とても心地良い気分である。
コンクリートだらけの街なのだから、ヒートアイランド現象で昼夜問わず茹だるような暑さなのではないかと思われがちではあるが、
実際はそんなことは無く、日が沈めばそれなりに過ごしやすい気温にまで下がる。


なんでも建造物に立地によって風の流れを操作し、風通しを良くして気温を下げているのだそうだ。
流石に詳しいことまではわからないが、実際に気温は下がっているのでそういうものなのだろう。
一般人にとってみれば原理などどうでもよく、ただその恩恵を受けることができればいいのだ。
携帯電話を毎日使っていても、その構造はまるでわからないことと同じである。




181 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:28:42.42V8UXQfpJ0 (4/14)


御坂妹(今日は久しぶりに長くお姉さまと一緒に居ました。 思えば、二人きりで外を出歩いたのは大分前のことですね。
    と、ミサカはお姉さまとだけで出歩く機会がこれまであまりなかったことに気付きます)

御坂妹(まぁ、お姉さまの都合とミサカの都合がなかなか一致しなかったことが原因なのですが。
    と、ミサカは社会人になって多忙な身となった自分にすこし哀愁を感じてみます)

御坂妹(でも、お姉さまと一緒に居られたことで少しは気分転換になりました。
    と、ミサカは夜の仕事に向けて自分のやる気を出させるために、今日の出来事を振り返ります)




182 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:30:01.16V8UXQfpJ0 (5/14)






――――7月28日 PM0:31








183 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:30:34.25V8UXQfpJ0 (6/14)


美琴「で、アンタはここに何しに来たの?」



『アイテム』一行がファミレスを去った後、美琴は隣に立つ御坂妹に問いかけた。


台風の一つが去ったことによって、店内には徐々に穏やかな空気が漂い始めており、
この場に居合わせて戦々恐々としていた客に少しずつ会話が戻り始めてきている。
店員も重圧から解放されて本来の調子を取り戻しつつあるようであり、
あちこちから客の注文に対して受け答えする声が聞こえてきていた。



御坂妹「いえ、特に用はありません。 近くに居ることを察知したので顔を出しただけです」

御坂妹「今日は夜から仕事なので、それまでの間に息抜きとして街に出て来たのです。
    と、ミサカは日ごろのストレス発散のためにこの場に居るということをお姉さまに教えます」




184 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:31:10.89V8UXQfpJ0 (7/14)


美琴「ストレス発散ね……アンタでもストレスを感じることってあるんだ?」

御坂妹「お姉さま、その言い方は少々酷過ぎるのではないでしょうか?
と、ミサカは能天気とも取られかねないお姉さまの発言に対して訂正を要求します」

美琴「だってねぇ……澄ました顔しながら時々変なギャグ飛ばすし、かなりエグイことを本人の前で堂々と言ったりするし……」

美琴「正直に言って、豪胆なんてレベルじゃないわね」

御坂妹「それはお姉さまも人のことを言えないのではないでしょうか? 
と、ミサカはお姉さまの普段の言動を考慮した上で進言します」

美琴「だってそうしないと周りから舐められるでしょ。 レベル5が弱腰じゃ格好付かないじゃない」

美琴「それに、肝が据わってないといざという時に動けなくなるからね。 この街じゃ、それが一番危険よ?」




185 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:31:54.13V8UXQfpJ0 (8/14)


学園都市の治安の悪さは、この街の住む者であれば周知の事実である。
スキルアウトによる暴力事件は毎日のように起こるし、能力者による銀行強盗のような犯罪は月に1、2回は必ず発生する。
それだけ頻繁に犯罪が発生するこの街の現状。普通に生活しているだけでもいざこざに巻き込まれる可能性は非常に高い。


もし不幸にも自分が犯罪に巻き込まれてしまったら。巻き込まれなくとも、その現場に居合わせてしまったら。
自分の身を守れるかどうかは、その状況において最善の判断を迅速に実行できるかどうかにかかっている。
その場で思考停止に陥ることは、何もせずに自分の身を災厄に委ねることと同義なのだ。


それ故に、学園都市に住む人間の殆どが相当な肝っ玉の持ち主なのである。
そうでなければ、『風紀委員』などという学生が危険と隣り合わせの立場になる組織は成立し得ないだろう。




186 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:33:51.81V8UXQfpJ0 (9/14)


美琴「……」

御坂妹「……どうしたのですか、お姉さま?」

美琴「そういえばアンタ、その服どこで買ったの?」



突然こちらを凝視しながら沈黙した美琴に対して御坂妹が問いかけると、
彼女は妹に目線を合わせようともせずにそんなことを口にした。


御坂妹が着てきた服は白を基調としたシフォンのワンピース。腰には同じ色のリボンが結え付けられている。
服の下部には『清純な心』を意味する睡蓮の花が所々に小さく刺繍され、
御坂妹の表情も相まって、華美過ぎない落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


この服は上条当麻とインデックスに選定してもらった服である。服の形や柄は当麻の案で、色はインデックスの案だ。
姉からワンピースのことを聞いた時に、真っ先に想像したものと殆ど同じ物をチョイスしたのだから驚きである。
本来であれば、当麻の案でコスモス柄のリボンが巻き付けられた麦わら帽子も付属するはずだったのだが、
あまりにもベタ過ぎるということで、その案は御坂妹自身の手で却下された。




187 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:35:10.92V8UXQfpJ0 (10/14)


御坂妹「セブンスミストですが。 と、ミサカは極普通の洋服店で買ったことを告げます」

美琴「ふぅん。 にしてもその服、アンタにしては随分と……」



『あざといわね』と、美琴は口には出さずに視線のみでそう告げた。


言われなくとも、そんなことくらい御坂妹自身十二分に理解している。
このような服装が嫌いというわけではないが、実際に着てみようと思うかと問われれば、流石の彼女でも少し躊躇ってしまう。
普通の女性であれば、羞恥のあまりこのような服など購入しようともしないだろう。


それにも拘らず、どうして御坂妹がその服を着て街中を堂々と歩いているのかというと、
この服を選んだのが当麻であり、彼に『これを着てみてほしい』と言われたからである。
もちろん彼がそう言った理由が『御坂妹が自分の選んだ服を着ている姿を街中で見てみたい』というものではなく、
単純に『服を着て生活し、その感想を聞かせてほしい』程度のものであることは想像に難くない。
しかしそれでも期待を抱いてしまったため、こうしてその服を着て外に出てみたというわけだ。




188 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:35:53.32V8UXQfpJ0 (11/14)


その結果はと言うと、何ともまあ好奇の視線に晒されること晒されること。
男性のみならず、女性にまでその眼を向けられる始末である。
その原因の半分が余りにも目立つ服装、もう半分が『超電磁砲』とそっくりな顔にあることは間違いない。
もはや漫画ですら用いることが躊躇われるような夏服を、あの有名な『超電磁砲』が着ているのだから、
街行く人々の注目の的になることは仕方のないことであった。



美琴「アンタもしかして、ここに来るまでずっとその服で……?」

御坂妹「何を言っているのですかお姉さま。 まさか裸で来るわけが無いでしょう。 
と、ミサカは突然トチ狂った発言をし始めるお姉さまに困惑の目を送ります」

美琴「いや、まぁ、うん……もういいや」

御坂妹「?」

美琴(また変な噂が立つかもしれないわね……困ったもんだわ)




189 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:37:38.77V8UXQfpJ0 (12/14)


常盤台の『超電磁砲』が白のワンピースを着て街中を歩いていた――――


もしかしたら数日後には、こんな噂が流れ始めているかもしれない。
ただでさえ噂好きな学生が多いこの街である。情報が広まる速さは、それこそ風のように早いだろう。
先日黒子から『超電磁砲の三角関係』の噂が『学舎の園』の中で流れていることは聞いていたので、
これ以上余計な艶聞が流れるのは勘弁願いたかったのだが。



美琴「ったく、しょうがないわね……」

御坂妹「何がですか?」

美琴「何でも無いわよ。 ところで、今日は暇だったりする?」 

御坂妹「暇と言えば暇ですが。 と、ミサカは今日の仕事は夜勤になっていることを思い返します」

美琴「それなら少し付き合いなさいよ。 街に出て来たはいいけど一人だったから、回れる場所が無かったのよね」

美琴「だから一緒に色々見て回りましょうよ」

御坂妹「つまりぼっちなのが寂しいので、妹であるミサカに友達のふりをしてほしいということですか。
    と、ミサカは浅ましい思考の持ち主であるお姉さまに嘆息します」ハァ

美琴「人聞き悪いこと言うな!」




190 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:40:26.27V8UXQfpJ0 (13/14)


レベル5という存在は、その強大な力のあまり周囲から孤立しがちである。
一方通行や麦野沈利は言わずもがな、常盤台中学で最大の派閥を築いているはずの食蜂操折でさえも、
その心は疑心暗鬼の塊であり、真に心を許せる友人というものは存在しない。
表立って親友と呼べる人間が居るのは美琴くらいのものだ。


その美琴も同学年には婚后光子意外に『親友』と呼べる人はおらず、ましてや同じクラスには皆無。
故に彼女の普段の学校生活は、一般と比べて少々寂しいものになってしまっていたりする。



御坂妹「冗談です。 それで、お姉さまは一体どこに行きたいのですか? と、ミサカはお姉さまの希望を聞いてみます」

美琴「そうね……お昼はもう食べちゃったし、久しぶりにセブンスミストに行ってみるのもいいかも」

御坂妹「私はまだ食べてないのですが。 と、ミサカは先ほどから腹の虫が鳴っていることを伝えます」

美琴「そう? じゃあ折角ファミレスに居るんだし、私が奢ってあげるから好きなものを頼みなさい」

御坂妹「そんな言葉を気軽に口にできるお姉さまには驚きを隠せません。
と、ミサカは成金染みた発言をするお姉さまに心中で嫉妬します」

美琴「口に出してる時点で『心中』じゃないでしょ。 ほんと、アンタって嘘をつくのが下手よね」

美琴「そんなんじゃ、これから生きていくのに苦労すると思うわよ?」

御坂妹「むぅ……お姉さまにも同じことを言われてしまいました。 
と、ミサカはいよいよ本格的に自分の口癖を直す必要があることを自覚します」

美琴「ま、そういうことは後でじっくり考えればいいし、とりあえず今は遠慮せずに食べるものを決めちゃって頂戴」

御坂妹「わかりました。 では、カルボナーラを一つ……」




191 ◆A0cfz0tVgA2014/04/06(日) 21:43:52.02V8UXQfpJ0 (14/14)

今日はここまで

※近況報告
まだ身辺が落ち着いていないので、書く時間が殆ど取れないのが現状です
今月の下旬頃には、ある程度時間が取れるようになると思います


質問・感想があればどうぞ


192VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/06(日) 23:18:25.58OmX6MKpFo (1/1)

ワンピースの御坂妹がかわいいw


193VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/06(日) 23:31:27.21gXDBVdiB0 (1/1)

談話回


194VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/07(月) 10:06:47.83/jRqzYTro (1/1)

乙です


195VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/07(月) 22:38:23.56oJsL7aUM0 (1/1)


無理しなさんな


巫女さんの登場予定あんのかい
しかし自機組全員出すのはキツいか‥?


196VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/08(火) 12:39:32.82efBE3bfy0 (1/1)

設定のすり合わせが非常に面倒臭いだろう事は分かる


197VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/08(火) 16:08:13.72nAiZNvf60 (1/1)

とうま君、爆発する(予想)


198以下2013年に変わりまして2014年がお送りします2014/04/09(水) 18:26:00.03NmoymIMkO (1/1)




199VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/24(木) 16:47:06.59s9WqLXTG0 (1/1)

いやぁ、本当に忙しいみたいですなぁ


200VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/06(火) 20:33:18.02W7HtsR3B0 (1/1)

前回の投下から1月

その間に自機組追加が発表された件(それもそのままクロス物で使えそうな設定で)


201VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/11(日) 12:18:02.05Y1mid3WG0 (1/1)

まぁ、モチベが上がった?のなら何よりで


202 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:21:46.93palRivTV0 (1/23)

>>1復活ッッッ!!!

とりあえずネット環境が整ったので更新を再開します。
ただ安定した投稿はできないと思うので、そこの所はご了承ください


>>195
世界一位さんの登場は次章ですよん
3年後くらいにはでるんじゃないんですかね?(適当)

>>196
東方の能力を禁書の世界観に当て嵌めてますからね
科学側なら擬似科学でもいいからそれなりに説得力を持たせないといけないし、
魔術側だったら神話とか伝承に沿った形にしないといけない
まぁ、そういう設定を考えている時が一番楽しいんですけどね

>>200
今回の東方最新作の自機の設定、結構話し作り易そうですね
スキルアウト達を相手に下克上を扇動するとか、
一通さん相手に反射合戦をするとか色々できそうです



203 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:23:07.96palRivTV0 (2/23)

これから投下を開始します


204 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:23:41.57palRivTV0 (3/23)






――――7月28日 PM3:41








205 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:25:53.31palRivTV0 (4/23)


ファミレスで食事をした後に彼女達がしたことと言えば、何の変哲も無い女子学生がいつも行っていることであった。
ゲームセンターで遊んだり、道端の屋台で食べ物を買って食べ歩きをしたり、装飾品店でアクセサリーを物色したりと、
年頃の女の子が街中で行う模範的な行動を、そっくりそのまま実行しているかのようだ。


しかし色々な意味で『普通の女の子ではない』御坂妹にして見れば、
それらの行動はこの街での生活に慣れた今でも、心の何処かに新鮮味を感じるものであった。


何故なら彼女が生まれたのはたった一年前のことであり、女性としての自覚を持ち始めた時期に至ってはごく最近のこと。
その短期間で日常生活における全てを、飽きるほど体感することなど土台無理な話だ。それが趣味の話となれば尚更である。


特に女性の衣服や化粧品に関する知識と言うものは、一年やそこらで習得できるものではない。
と言うより、完璧にマスターすることなど不可能だろう。
おしゃれと言うものはその時期の流行り廃りが色濃く影響されるため、単に知識を身に着けるだけでは不十分なのだ。
それ故に、女性のおしゃれの修行は生きている限り終わることは無いのである。




206 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:29:30.93palRivTV0 (5/23)


加えて、御坂妹は女性の自覚を持ち始めたとは言うものの、未だにその手の話についてはまだまだ疎い。
事実として装飾品店に行った際、色とりどりのアクセサリーやネックレスを目の前にしてもあまり反応は示さなかった。
既に当麻からネックレスをプレゼントされており、それさえあれば他に入らないと考えていたのかはわからないが、
姉としてはもう少しおしゃれに拘りを持ってほしいと考えていたため、
美琴は店内にある装飾品を使って御坂妹に手とり足とり説明した。


アクセサリーを選ぶ時のポイントや、どういう時に身につけていくべきかなどを熱心に妹に教えるその姿は、
正しく『とてもよくできたお姉ちゃん』と言ったところだろう。
熱心に教える理由には、常盤台中学が原則として制服の着用を義務づけているために、
そういったおしゃれの知識を使う機会がなかったことや、御坂妹の顔が自分にそっくりなために、
妹を着飾らせて自分に似合うかどうかを考察する意味も僅かながらにあったかもしれないが。


そんなわけで、現在御坂妹の髪には姉自らが選択したヘアピンがセットされている。
小さな四つ葉のクローバーがあしらわれた、少々控えめのものだ。
普段は物静かな彼女にはこれが合うだろうというのが美琴の意見であった。




207 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:32:39.95palRivTV0 (6/23)


御坂妹(最近嗜好品の類の物を多く買っているような気がしますが……まぁいいでしょう。
と、ミサカは趣味にお金を使うことが多くなってきていることに気付きつつも、その事実を肯定します)



これで御坂妹が持っているアクセサリーの数は合計3個。
一つ目はこの世に生を受けた際に『妹達』全員に配られた、美琴がいつも付けているものと同じヘアピン。
二つ目は上条当麻にプレゼントとして貰ったハートのネックレス。
そして三つ目が、今回美琴に買ってもらった四つ葉のクローバーのヘアピンである。


一般の女子が持つ数としてはまだまだ少ないが、今の御坂妹としては一先ず十分だろう。



御坂妹(これだけあればミサカの『女子力』は鰻登りですね。
と、ミサカは最近女性誌で学んだパラメータが上昇することに満足します)

御坂妹(ふふふ、このまま引き離して他の『妹達』に圧倒的な差を付けてあげましょう)

御坂妹(そして最終的にはお姉さまを出し抜き、あの人と添い遂げる……実に完璧なシナリオです。
    と、ミサカは自分の手腕を自画自賛します)

御坂妹(残る問題は、あの人の傍に居る暴食シスターですね……)



自前で買ったゲコ太の新しいストラップを眺めている美琴を尻目に、
御坂妹は無表情を崩さずに頭の中でそんなことを考えるのであった。




208 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:35:07.68palRivTV0 (7/23)






     *     *     *








209 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:43:30.79palRivTV0 (8/23)


その後一通り店を回った二人は、何をするわけでもなくだらだらと駄弁りながら街の中を散歩していた。
同じ学区内に住んではいるが、このように長い時間二人で話すような機会はそうそう訪れない。
あまり二人が一緒に居すぎると、妙な噂が立ってしまうかもしれないからだ。


『妹達』の存在が美琴に親しい者の間では既に知れ渡っているが、この学園都市の人間全てに認知されているというわけではない。


『人間のクローン』。その意味は善悪問わず、人に好奇心を植えつけるには十分過ぎるものだ。
その存在が広く知れ渡れば、彼女達は瞬く間に世間からの注目の的になるだろう。
しかしそうなると、『妹達』は『人間』ではなく、ただの『観賞用の動物』になり下がってしまうかもしれない。
彼女達が『人間』であるとしても、一般の人間の全てがそう見てくれるとは限らないのだ。




210 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:46:21.42palRivTV0 (9/23)


それに学園都市のみならず、世界へ大きな動揺を巻き起こす可能性もある。
本来人間のクローンを生み出すことは、生命倫理の観点から世界的に禁止されている行為だ。
クローン技術は『優秀な人間だけを個別に量産する』ことや、『患者のクローンから必要な臓器を抜き出して移植する』ことができる。
これらの行いは『生命の商品化』に他ならず、生命倫理を大いに逸脱する行為であり、それらを防ぐために禁止されている。


そのような禁止行為を平然と行って2万人を超えるクローンを生み出し、
あまつさえその半数以上をティッシュのように使い捨てたことが世界に知られれば、
間違いなく学園都市は世界から糾弾されることになるだろう。
さらには一部の過激な集団、特に宗教関係者の集まりが、
世界各地にある『妹達』が滞在する施設に攻撃を仕掛ける可能性もある。


それらを考えると、『妹達』の存在を公表することは学園都市にも『妹達』にも良い結果をもたらさない。
故に彼女達の存在は、美琴や『妹達』が自分の意思で伝えない限りは秘匿することとなっている。




211 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:49:33.63palRivTV0 (10/23)


美琴「へぇ~。 そんなことがあったのね」

御坂妹「はい。 あの時の入院患者には、本当に苦労させられました。
と、ミサカは自分の涙ぐましい努力を思い返し、感傷に浸ります。」



そんな境遇の二人が今何をしているのかと言うと、御坂妹の普段の仕事生活について盛り上がっていた。


御坂妹のみならず、学園都市に滞在する『妹達』が冥土帰しの病院で看護師として働いていることは周知の事実だ。
しかし、彼女達が普段どのような仕事をして生活しているのかはあまり知らない。
大方は冥土帰しの横で手伝いをしているのだろうが、具体的にどうなのかについては美琴も興味があったのである。



御坂妹「あの患者は運び込まれた時は全身打撲で安静していなければならないと判断されたのですが、
    翌日にはまるで何事もなかったかのように院内を平気で動き回っていたのです」

御坂妹「ある日容態を見に行った時には部屋で見舞客と一緒に腕相撲で盛り上がっていました」

御坂妹「その時は流石に温厚な冥土帰しもマジ切れ寸前のようでしたが。
    と、ミサカはその時の彼の表情を思い出し、背筋を寒くします」ブルルッ

御坂妹「流石に不味いと思ったのか、参加せずに見ていた見舞客の一人がその場を収めてくれたおかげで事なきを得ました。
    と、ミサカはあの見舞客の行動に敬意を表します」

美琴「あの人が切れる寸前までになるって、一体どんな奴なのよ……」




212 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:55:09.65palRivTV0 (11/23)


御坂妹「何と言いますか、ひたすら陽気な人達でした。 アルコールでも入っているのではないかと思うほどでしたね。
    と、ミサカはあの乱痴気騒ぎを見た時の気持ちを思い出します」

御坂妹「それと、かなりの喧嘩好きのようにも見えました。 しかし『あの男』を相手に喧嘩するなど……
と、これ以上は蛇足でしたね」

美琴「あの男? なによ、気になるわね。 教えなさいよ」

御坂妹「すいません。 例えお姉さまが相手だとしても、これ以上話すことは守秘義務違反に繋がりかねませんので。
    と、ミサカはもっともらしい理由を付けて拒否します」

美琴「それじゃ仕方無いわね。 まぁ、結構上手くやってるみたいだし、安心したわ」



世にも奇妙な人間が集まりやすいこの街である。
病院にやってくる変人の対処に苦労しているだろうと思っていたが、問題無く仕事をこなせているようだ。
冥土帰しの指導が良かったのか、御坂妹の飲み込みが早かったのか。どちらにせよ良い傾向と言えるだろう。


彼女達はいずれ、普通の社会に生きていかなくてはならなくなる身である。
その時のために、職業訓練をこなすことは決して無駄ではないはずだ。




213 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 22:58:55.09palRivTV0 (12/23)


美琴「あ、そう言えば、アンタ達って番外個体のこと知ってる?」

御坂妹「末妹がどうしたのですか? と、ミサカは突然の話題転換に驚きつつも尋ねます」

美琴「ほらあの子、最近バイト始めたって言うじゃない? そのバイト先って冥土帰しの知り合いの所なんでしょ?」

美琴「詳しく話は聞いてないから、普段どんな仕事をしているのかは良くわかってないのよね。 何か知らない?」

御坂妹「番外個体であれば、薬品が搬入されるときによく見かけます。 働き先のことは既に知っていますか?
    と、ミサカはお姉さまに番外個体が働いている場所についての知識を再確認します」

美琴「製薬会社で働いていることは聞いてるけど」

御坂妹「はい、そこで番外個体は主に薬品の輸送の手伝いを行っているようです。
    従業員と思われる人間と一緒にトラックから積み荷を運び出す姿を目撃しています」




214 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:01:09.36palRivTV0 (13/23)


美琴「アンタから見てどう? あの子の仕事ぶりは?」

御坂妹「番外個体はミサカ達よりも肉体的に成熟した個体なので、力仕事はそれほど苦にはなっていないようです。
    と、ミサカはそこで余分な部分まで成熟している番外個体を思い出し、歯噛みします」

美琴「あ~、うん……あの子って出てる所は出てるからね……」

御坂妹「まぁ、今は関係ないのでそれは置いておきましょう。 とりあえず、
様子を見る限り上手くいっていないということは無いようです」

御坂妹「職場との人間関係もそれほど悪いようには見受けられませんでした。 
むしろ、従業員にちょっかいを出してからかう位は親密になっているようです。
と、ミサカは相変わらず自由だった末妹の様子を思い返します」

美琴「結構馴染めてるみたいね。 あの子あんな性格だし、ちょっと不安だったのよ」




215 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:03:19.85palRivTV0 (14/23)


番外個体は基本的に毒舌家であり、しかも場面関係なしに所構わず毒を振りまく。
その性格の原因は彼女の出自によるものなので、仕方が無いと言えば仕方が無いことだ。


他の『妹達』から伝わってくる負の感情を一方的に拾い上げてしまう体質により、
『学習装置』によって植えつけられたネガティブな人格と相まって、彼女の性格は非常に荒んだものとなってしまった。
最初の頃はとにかく相手の神経を逆撫でする発言を繰り返していたため、要らぬ騒ぎに巻き込まれることも少なくなかった。


近頃は少しその傾向が薄れてきたような気もするが、それでも傍から見れば口が悪いことには変わりない。
結果、その毒舌が災いして職場の雰囲気に馴染むことができず、辛い思いをしているのではないかと心配していたのだ。




216 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:09:02.92palRivTV0 (15/23)


御坂妹「お姉さまの心配はごもっともですね。 あの性格でまともな職に就けるとは普通は思いません」

御坂妹「末妹がバイトを始めると聞いたとき、ミサカや他の個体は一ヶ月も持たないだろうと予測していました。
    と、ミサカは末妹の絶望的な口の悪さを考慮した結果として導き出された結論を述べます」

御坂妹「しかし、どうやらどこかで社交術を身につけたようで、
    仕事をしている時は口の使い方にできるだけ気を付けているようです」

御坂妹「この間に至っては、冥土帰し相手に敬語を使いながら丁寧に挨拶をしていました。
    と、ミサカはその時に見た衝撃的な光景をお姉さまに伝えます」

美琴「え? あの子が敬語を?」

御坂妹「はい。 あの時は衝撃のあまり、ミサカネットワークが一種の祭り状態になっていました。
    と、ミサカはその日は一晩中ネットワークが大騒ぎだったことを思い出します」

美琴「あの子が敬語ねぇ……見てみたい気がするような、そうでないような……」



美琴は『礼儀正しい番外個体』を自分なりに想像してみる。




217 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:13:32.95palRivTV0 (16/23)






番外個体が仲間と協力しながら一生懸命に仕事に取り組んでいる姿――――



従業員A「そっちは大丈夫?」

番外個体「おっけーだよ!」

従業員A「それじゃあいくよ? せーのっ!」

番外個体「そぉい!」



グワッ!



従業員A「うわっとっと! 番外個体さん力入れ過ぎ! 傾いちゃってるよ!」

番外個体「あ、ごめんごめん」

従業員B「番外個体さんって力持ちだよね~」

従業員C「ほんとほんと! 毎回すごく助かってるよね!」

番外個体「いや~それほどでも……」テレテレ

従業員A「番外個体さん! ちゃんと後ろ見て後ろ! ぶつかるぶつかる!」

番外個体「おっと、危ない危ない……」








218 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:18:34.12palRivTV0 (17/23)


番外個体が快活な笑顔を浮かべながらお礼を言っている姿――――



雇い主「よし、今日の仕事はこれで終わりだ。 皆、お疲れさん!」

従業員一同「ご苦労様でした!」

雇い主「それじゃあ今日の分の給料を渡すぞ。 まずは従業員A」

従業員A「はい!」

雇い主「次、従業員B。 次――――」

番外個体(今回のお給料はどのくらいかな~)

雇い主「最後に番外個体だ」

番外個体「はい! ありがとうございます!」

雇い主「今回は随分と働いてくれたみたいだから、少しだけおまけしておいたぞ」

番外個体「本当ですか!?」

従業員B「羨ましいなぁ~」

雇い主「お前達も頑張れば相応に給料上げてやるが?」

従業員C「マジですか!?」

従業員「いよっ! 雇い主さん太っ腹!」

雇い主「煽てるのはいいから、仕事をきちんと頑張ってくれよ?」




219 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:26:49.14palRivTV0 (18/23)


番外個体が自分の失敗に対して謝罪をしている姿――――



雇い主「番外個体、今回ここに呼び出された理由が何なのかわかるか?」

番外個体「……はい」

雇い主「ほう。 なら言ってみろ」

番外個体「荷物を乱暴に扱ったせいで中身のガラス器具を壊してしまったからです……」

雇い主「そうだ。 あの積み荷の中には試験管やら薬瓶やらが沢山入っていた」

雇い主「それをお前は早く仕事を終わらせようとして積み荷を台車に乗せて走り、その結果転倒。
中身の商品の数点を粉々に粉砕することになった訳だ」

雇い主「あれだけ盛大にすっ転んで犠牲が数個だったのは奇跡だな」

番外個体「も、申し訳ありません!」

雇い主「言葉で謝るくらいなら誰でもできる。 本当にするべきことは行動で示すことだ」

雇い主「最近は上辺ばっかりの謝罪しかしない奴が多すぎる」

番外個体「で、でも、それならどうすれば……」グスッ

雇い主「それは……」ガシッ

番外個体「え……?」

雇い主「これから教えてやるよ」グイッ

番外個体「あっ……」////



ドサッ!




220 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:32:44.81palRivTV0 (19/23)


美琴「ストォォォォッッップ!!! それ以上いけない!」

御坂妹「一体誰に向かって言っているのですか? と、ミサカは突然叫び始めたお姉さまを見て、
どこかおかしくなったのかと不安になります」

美琴「な、何でもないわよ!」////

美琴(ヤバい。 あの子に対するイメージが崩壊しかけてるわ……リセットリセット)



美琴は頭の中に渦巻く妄想を振り払って空っぽにし、昂ぶっている心を落ち着かせる。


危うく自分の妹を使ってイケナイ妄想を炸裂させるところだった。
なまじ番外個体の顔が自分に似ているだけに、他人事とは思えないほど動悸が激しくなっている。
いや、番外個体が自分の成長した姿だとするならば、自分の未来の姿で妄想したようなものだ。
しかもその妄想が官能的なものだったのだから、顔を真っ赤にして身悶えることになるのは当たり前だろう。




221 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:33:44.94palRivTV0 (20/23)


美琴(ったく、何やってんのよ私は! よりにもよってあの子で、あ、あんなこと考えるなんて……)////

美琴(やけに色っぽかったし、何よりシチュエーションが……って、何言ってるんだ私!」

御坂妹「お姉さま、声に出てます。 と、ミサカはお姉さまの声で周りの視線が集まり始める前に警告します」

美琴「ご、ごめん……………………ふぅ、落ち着いたわ。 で、何話してたんだっけ?」

御坂妹「番外個体が真面目に仕事をしているという話です。
    と、ミサカはついに痴呆の予兆が見え始めたお姉さまに対して懇切丁寧に教えます」

美琴「あぁ、うん、そうだったわね……番外個体がどんなふうに仕事してるかについて、一方通行は知ってるの?」

御坂妹「いえ、このことを知っているのは今の所お姉さまとミサカ達『妹達』のみです」

美琴「え? 知らないの?」




222 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:34:34.78palRivTV0 (21/23)


御坂妹「はい。 教えてもよかったのですが、お楽しみは後に取っておこうと思ったので。
    と、ミサカは慌てふためく末妹と衝撃を受けて茫然としている第一位の光景を想像します」

美琴「趣味悪いわね、アンタ」

御坂妹「これは『妹達』の総意です。 個体毎の思惑は違うようですが。 
    と、ミサカはミサカだけの考えではないことを主張します」キリッ

美琴「さいですか……」ハァ



何故か自信満々に言う妹を見て、美琴はゲンナリとした表情で溜息をついた。


近頃御坂妹の腹黒化が進行してきているような気がする。
以前にもその兆候はあったが、最近はその傾向が顕著に思える。
これも個性を獲得した結果なのだろうが、正直に言うと、かなり疲れると言わざるを得ない。
このはっちゃけぶりに振り回されれば、誰であろうと精神的な疲労に苛まれるはずだ。




223 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:35:43.35palRivTV0 (22/23)


美琴(なんでこんな性格になっちゃったんだろ……『学習装置』のせいなのかしら?)

美琴(いや、あれはあくまでも簡単な人格を形成させるためのものだから、
完全な人格を獲得するためにはそれなりの時間がかかるはず)

美琴(と言うことは、やっぱり生活環境が原因なんだろうけど……)



御坂妹が過ごしてきた環境はあまりにも特殊過ぎて、どれが具体的な原因なのか断定できない。
しかも彼女達はミサカネットワークで意識が供給されているため、他の個体との意思疎通が原因であるとも考えられるだろう。


どちらにせよ、御坂妹の周りを取り巻く『何か』が、彼女のお調子者の性格を作り上げたことは間違いない。
美琴としては、彼女達にはあまり変な人間になってほしくはないのだが。




224 ◆A0cfz0tVgA2014/05/11(日) 23:37:25.68palRivTV0 (23/23)

今日はここまで
質問・感想があればどうぞ


225VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/12(月) 00:29:50.80mbJgdzTk0 (1/1)

乙!
喧嘩だの腕相撲だのって絶対あいつらだろwww


226VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/12(月) 11:57:34.78JP/06gpC0 (1/1)

おつ~
箸が転んでもおかしい年頃だとか言う言葉もあるからねぇ。まぁ大人になったら落ち着くんじゃないですかね(適当)


227VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/12(月) 21:32:01.25UV7Z3Ljc0 (1/1)

久しぶりに乙
だいぶ前にあったビルドアップ能力者の話題かな?本編には絡まないスタイル?


228 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:29:35.89viFUYgoP0 (1/22)

>>225
彼女等にかかればどんな場所も宴会場に早変わり
ちなみにその場を納めたのはみんな大好き淫乱ピンクさんです

>>226
思春期真っ盛りの美琴さんなら夜中に一人でイケナイ事でもしているに違いn(レールガン

>>227
Exactry(そのとおりでございます)
『身体強化』の能力者とその関係者は番外編で登場予定です


229 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:30:41.91viFUYgoP0 (2/22)

これから投下を開始します


230 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:31:24.86viFUYgoP0 (3/22)






――――7月28日 PM4:33








231 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:32:34.68viFUYgoP0 (4/22)


さらにあれから小一時間。
番外個体の仕事の話題や海外の『妹達』の話題で盛り上がった二人は、日が暮れて来たので最後に何か食べようと近場の店に入店した。
この一日で食べすぎのような気がするし、風呂場の体重計に乗るのが怖くもなってきたが、それはひとまず置いておこう。
年頃の女の子の食欲はとてもすごいのだ。


二人が入った店は、この第7学区では老舗とも言えるパン屋であった。
移り変わりが激しいこの街において、数十年以上同じ場所に店を構え続けることはかなり難しい。
少なくとも、どこにでも立地しているチェーンストアではありえないことである。


店内に入ると、二人の鼻腔が香ばしいパンの焼ける香りに満たされた。
どうやら今は丁度パンを焼いている時間帯らしい。このまま待てば、焼きたてのパンにありつくことができるだろう。




232 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:34:29.94viFUYgoP0 (5/22)


美琴(ふーん……あまり大きくないけど、良い雰囲気ね)



木製の机や棚に所狭しとバスケットが置かれている様は、パン屋の典型とも言える光景である。
しかし一見普通なものには見えても、内装の細部をよく見てみるとこの店が独自のセンスが光っている所が随所に見受けられた。
例えば天井から下がっている電灯の意匠であったり、値札に描かれている可愛らしいイラストであったり。
普段であれば気にもかけないもの。しかし『それ』は客の心の深層に入り込み、一つの記憶として定着する。
そして『それ』は、生活の中でこのパン屋のことをふと想起させ、客を再びこの場所に足を運ぶように仕向けるのだ。



美琴(この店の店員さんってどんな人なのかしら?)



何気なく辺りを見渡してみると、三人の従業員がせわしなく動き回っているのが見えた。
不自然なほど髪が青い細身の男が一人と、背丈が同じくらいの金髪の少女が二人。その二人は恐らく姉妹だろう。
彼等が忙しくしているのはパンが焼ける時間が近いので、その準備をしているためかもしれない。




233 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:35:08.29viFUYgoP0 (6/22)


金髪(妹)「お姉ちゃん、そっちは?」

金髪(姉)「こっちの整理はもう終わったわよ。 後は店長が焼き上げるのを待つだけね」

金髪(妹)「そっか。 私も早く終わらせないと……」

青髪の男「いや~、やっぱり二人のエプロン姿は様になるわ~♪ 眼福眼福♪」クネクネ

金髪(妹)「あんたはさっさと仕事しろ!!!」

青髪の男「その怒ってる顔もすごくキュートやで! もう一回!」グッ!

金髪(妹)「いい加減にせんか!」



バキィ!



青髪の男「げぼぁ!?」

美琴「なんなのこれ……」




234 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:36:12.48viFUYgoP0 (7/22)


少女に殴り飛ばされる青髪の男を見て、美琴は茫然としながらポツリと言葉を漏らした。
来店した客をそっちのけでコントをされたら誰でもそうなる。
しかもこの男(変態)の行動にデジャヴを感じ、彼女はさらに複雑な気持ちになった。



美琴(そういえば何処かで見たことがあるわね……確か、当麻の知り合いだったかしら?)

金髪(姉)「ほら、何やってるのよ。 お客さんが来てるわよ?」

金髪(妹)「え!? あ、ごめんなさい! パンを買いに来てくれたのよね!?」

美琴「うん、まぁ、そうだけど……」

御坂妹「そちらの男性は放っておいてもいいのですか? と、ミサカは白目を剥いている変態を恐る恐る見ます」

金髪(妹)「心配いらないよ。 いつものことだし」

美琴「いつものことって……」

青髪の男「」チーン

御坂妹「起こした方が良いと思うのですか。 と、ミサカはこの男性をそのままにするのは色々な意味で不味いと考えます」

金髪(姉)「起こすとまた煩くなるし、そのままでも大丈夫よ」




235 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:37:22.19viFUYgoP0 (8/22)


確かに、目を覚ませばまた何かしら騒ぎが起きることは容易に想像がつく。
しかもその標的が美琴と御坂妹になることも考えられる。正直、それだけは勘弁願いたかった。


気絶したままの男を放置し、美琴達は店内にある商品を物色する。
新しいパンが焼き上がる前なので、今ここに陳列されている商品は焼かれてからだいぶ時間が経ったものばかりだ。
だが、パンから放たれる芳香が薄れる気配はない。冷めてしまっているのが残念だが、十分に商品としての価値はある。
妹の方の少女はそれらのパンをビニール袋に詰め、値段が書かれたシールを張っていた。
どうやら一つにまとめて安売りをするようだ。



御坂妹「ふむ、なかなか安いですね。 食料調達地点の候補に加えておきましょう。 
と、ミサカはこの店の名前と位置を頭の中に記憶します」

金髪(姉)「閉店目際になっても売れ残ったものは、さらに半額で販売してるわよ。 貧乏学生には結構評判なの」

金髪(妹)「その代わり争奪戦が起こるけどね。 近所のスーパーの大安売りほどじゃないけどさ」

御坂妹「問題ありません。 体術には自信がありますので」フフン

金髪(妹)「暴力沙汰になることだけは勘弁してよ?」




236 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:38:55.55viFUYgoP0 (9/22)


御坂妹「貴方はそこで伸びている男性を直々に殴り飛ばしていたではありませんか。
と、ミサカは自分だけが注意を受ける謂われはないことを主張します」

金髪(妹)「それは店長公認だから。 別に問題ないわ」

御坂妹「ふむ、所謂スキンシップというやつですか。 それではしょうがないですね。 と、ミサカは納得します」



あれをスキンシップと呼ぶのはどうかと思うが、彼らがそれでいいというのであれば、これ以上とやかく言うのは野暮と言うものだ。
もしかしたら、この緩いムードが新たな顧客を呼び寄せるかもしれないのである。


あくまでも『もしかしたら』の話ではあるが。




237 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:40:21.93viFUYgoP0 (10/22)


青髪の男「……ハッ!? ボクは一体何を……」

金髪(姉)「やっと起きたのね。 あなたにしては随分と遅かったわね?」

青髪の男「花屋のおねーさんが笑顔で手を振ってる夢を見たんよ。 もう少しで手が届きそうやったんやけどなぁ……」

金髪(姉)「たぶんそれに手が届いてたら、あなたは現世に戻って来れなかったわね」

青髪の男「あの綺麗なおねーさんと旅立てるんなら、天国だろうと地獄だろうとOKやで♪」

金髪(妹)「もうやだこの人……」

美琴(あの人達も相当苦労してるのね……)



変態に振り回され続ける金髪姉妹の姿を見て、流石の美琴も同情を禁じ得ない。
貞操を常に狙われ続けている自分程ではないにしても、その心労の程は容易に想像がつく。
もしかしたら良い友達同士になれるかもしれないと、美琴はふとそんなことを思った。




238 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:41:09.37viFUYgoP0 (11/22)


青髪の男「ん? なんや、お客さんがおるやないか!」

金髪(姉)「さっきからいたわよ。 あなたが気付かなかっただけで」

青髪の男「そうならそうと、はよう言うてくれればええのに。 しかも別嬪さんやないか~」

金髪(妹)「ちょっと青ピ! お客さんにまでちょっかい出さないでよね!?」

青ピ「大切なお客さんにそんなことはせぇへんよ。 店長に迷惑掛かってまうし、下宿させてもろてる身やからな」

金髪(妹)「それなら私たちにもちょっかい出さないでもらえる? あんたのせいで仕事が遅れまくってるんだけど」

青ピ「同じ従業員の仲やないの~。 それくらい大目に見てくれてもええやん」クネクネ

金髪(妹)「『親しき仲にも礼儀あり』って言葉、知ってる?」



妹の少女は青ピ――――青髪ピアスを非難の目で睨みつけるが、当の本人は全く意に介していないようだ。
むしろ嬉しそうにクネクネしているあたり、やはりかなりの筋金入りである。


この男と黒子を絶対に合わせてはならない。そんなことを漠然と思った美琴であった。




239 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:43:50.14viFUYgoP0 (12/22)


金髪(姉)「こらこら。 またお客さんそっちのけになってるじゃないの」

青ピ「おおっと、そうやったな。 すまんすまん」

金髪(妹)「誰のせいだと思ってるのよ……」

金髪(姉)「あなた達、買いたいものは決まった?」

美琴「そうね、えーっと……」

御坂妹「お姉さま、そろそろ新しいパンが焼き上がりますから、少し待った方が良いと思うのですが。
    と、ミサカはどうせなら焼きたてが食べたい旨を伝えます」

美琴「そう言えばそうだったわね。 ねぇ、今って何のパンを焼いてるのかしら?」

青ピ「そうやな……ブレットとバケットと、後バターロールが今焼けるはずやで?」

金髪(妹)「その後にあんぱん、チョココロネ、りんごのデニッシュ、マフィンを焼く予定ね」

金髪(妹)「そろそろ夕方だし、夕食を買い求めに来る人のために沢山焼くつもりよ」




240 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:44:49.77viFUYgoP0 (13/22)


美琴「うーん、ブレットとバケットか……食べ歩きできるものじゃないわね」

御坂妹「バケットに齧りつきながら歩くのは流石に目立ちますね。 と、ミサカはバケットを片手に食べ歩いている姿を想像し、
    流石にそれはねーよと自ら突っ込みを入れます」

美琴「バターロールはちょっと味気ないし、マフィンが出来るのはもっと後みたいだし……」

美琴「他に何かいいものは……ん?」



ふと店内の壁に目を向けると、そこには一枚の張り紙が貼られていた。紙にはこう書かれている。



『アイスクリーム各種(バニラ・いちご・チョコ・抹茶) 1カップ300円(税込)』 

『新商品《さつまいも味》登場! 《紅赤》の甘味を存分に生かしたアイスです』




241 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:46:32.90viFUYgoP0 (14/22)


美琴「へぇ、アイスか……」

金髪(姉)「夏季限定で始めたのよ。 パンのついでにってことで買って行く人が多いわね」

御坂妹「アイスは全部で5種類ですか。 おや? 他にも選択肢がありますね」

金髪(妹)「アイスの下に敷くものを、コーンフレークとクルトンのどっちかから選べるよ」

美琴「クルトンってコーンポタージュとかに入ってるやつよね? 結構サクサクして病みつきになるのよね、あれ」

金髪(妹)「私も好きなんだよね。 だから店長に頼んで入れてもらったんだ。 材料のパンには事欠かないしね」

御坂妹「どうします? 食べますか? と、ミサカはお姉さまに問いかけます」

美琴「そうね。 値段も手頃だし、これにしましょ」

青ピ「それじゃあどんな風に食べたいか、希望を言うてぇな」

美琴「私はクルトンのバニラで」

御坂妹「ミサカはコーンフレークにさつまいも味でお願いします」

青ピ「はいよ~」




242 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:50:00.51viFUYgoP0 (15/22)


青髪ピアスはそう返事すると、カウンターの所へ向かい作業を始めた。
金髪の姉妹二人もどうやら店長の窯出しの手伝いをしに行ったようで、店内には美琴と御坂妹、そして青髪ピアスの三人のみとなった。



青ピ「ふ~んふ~ん♪ お、そうや、そこのお嬢さん?」

美琴「私?」

青ピ「人違いやったら悪いんやけど、もしかして君、カミやん……じゃわからへんか。
   上条当麻を追っかけまわしてる子?」

美琴「!」ギクッ

青ピ「そのリアクションやと、間違いないみたいやね」

御坂妹「お姉さまのことを知っているのですか?」

青ピ「そりゃあもちろん。 何度かカミやんを追っかけ回してるとこ見たことあるし。
   姿も似てたから、もしかしたら~と思うてな」

美琴「……」ダラダラ




243 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:51:00.58viFUYgoP0 (16/22)


御坂妹「あれだけ公衆の面前で追いかけ回せば、嫌でも噂になりますね。
    と、ミサカは大衆の前で痴態を曝け出すお姉さまに対して溜息をつきます」ハァ

美琴「しょ、しょうがないじゃない! アイツ、何回挑んでも逃げてばっかりなんだから……」ブツブツ

青ピ「なんやお嬢さん、カミやんと勝負でもしたいんか?」

御坂妹「すいませんが、今のお姉さまの言葉には嘘が含まれています。 と、ミサカはズバリ指摘します」

青ピ「ん?」

美琴「ふぇ?」

御坂妹「お姉さまがあの人の突っかかっているのは、ただ単に構ってもらいたいだけむぐぅ!?」



御坂妹から先の言葉が続く前に、美琴はその口を両手で押さえつけた。
が、御坂妹は素早くその手を振り払い、すぐさま安全圏へと退避する。




244 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:52:01.61viFUYgoP0 (17/22)


御坂妹「ミサカは何も間違ったことは言ってないでしょう!
    と、ミサカは事実を捻じ曲げようとするお姉さまの行動に抗議します!」

美琴「変な噂を立てられると私の立場が危うくなるのよ。 お願いだから黙っててもらえるかしら……?」

御坂妹「別にそんなことをしなくとも、既に手遅れだとミサカは認識していますが」

美琴「何ですって?」

御坂妹「冥土帰しの病院は色々と情報が集まりやすい場所なのですよ。 特に入院患者の世間話は良い情報源です。
    と、ミサカは人が集まる所には情報も集まることを教えます」

御坂妹「『御坂美琴らしき人物が男を毎日追いかけ回している』と専らの噂ですよ。 と、ミサカは――――」

青ピ「え、お嬢さん『あの』御坂美琴なん? 第三位の?」

美琴「え?」




245 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:53:15.37viFUYgoP0 (18/22)


声に釣られて青ピの方向を見ると、彼は驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
学園都市序列第三位の人物が目の前に居るのだから当然とも思えるが、どうやらそれ以外にも理由があるように見える。


ところが、少しすると今度は非常に深刻な顔をしてその場に考え込んでしまった。
その様子は先ほどの快活なものとはかけ離れており、多少の心の闇を含んだその表情は周囲の人に不安を与える。
おまけにブツブツと何かを呟いており、それがより一層不気味さを際立たせていた。



青ピ「ふ~ん……つまり、カミやんはこない美人な常盤台のお嬢さんに毎日追いかけ回されてるっちゅーわけね……」ブツブツ

青ピ「まさか『学舎の園』にまで手を出しとるとはなぁ……これは早急に対策せなあかんな……」ブツブツ

美琴「あの……どうしたんですか?」

青ピ「ん? あぁ、何でもあらへんよ! こっちの話や」



美琴が心配そうに話しかけると、青ピの表情はすぐに元のにこやかなものに戻る。
先ほどの異常を微塵も感じさせないほどの素早い変わり身だ。


何だったのだろうと美琴は思ったが、問い詰める意味もないのでこれ以上は気にしないことにした。




246 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:54:22.41viFUYgoP0 (19/22)


御坂妹「ところで、アイスはまだ出来上がりませんか? と、ミサカは未だに目的のものが出てこないことに不満を露わにします」

青ピ「すまんすまん、もうすぐできるで! 後はこれをこうして、と……よし! 完成や!」

青ピ「御坂さんはこっち、妹さんはこっちのアイスやね」

美琴「ありがとう」

御坂妹「ふむ、これがさつまいものアイスですか。 かなり甘い香りがしますね。
と、ミサカは人によってはこれを食べると胸焼けするだろうと考察します」

青ピ「妹さんの方は、甘いのはあんま好きじゃないん?」

御坂妹「いえ、そうではありません。 ただ少し、予想よりも香りが強かったので驚いただけです」

美琴「あむっ……ん~、美味しいわね~」

御坂妹「どれどれ……ふむ、さつまいものアイスというものは初めて口にしましたが、美味しいですね。
    と、ミサカは中々いい仕事をしていると評価します。」

青ピ「まぁ、それ考えたんはボクやなくて、みのりんなんやけどな~」




247 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:55:41.46viFUYgoP0 (20/22)


~~~~♪ ~~♪



美琴「あ、電話……」



自分の携帯電話を懐から出して画面を見ると、そこには『初春飾利』の文字が映し出されていた。
何だろうと思いながら、美琴は通話開始のボタンを押して電話を耳にあてがう。



美琴「もしもし、御坂ですけど」

初春『御坂さんですか? 今どこに居ますか?』

美琴「今ちょっとパン屋に寄ってるところだけど……どうかした?」

初春『いえ、そろそろ下校時刻ですし、こちらの仕事も終わりそうなので連絡しただけです』

美琴「あ~、そう言えばもうそんな時間か……」




248 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:56:23.21viFUYgoP0 (21/22)


初春『一度こちらに戻りますか?』

美琴「そうね……黒子を迎えに行くついでに戻るわ。 多分、初春さん達が支部を出る頃には間に合うと思うし」

初春『そうですか。 じゃあ待ってますので』

美琴「えぇ」



ピッ ツー、ツー、ツー……



御坂妹「どうしましたか?」

美琴「初春さん達から電話。 5時に近いし、そろそろ帰らなきゃと思ってね。 アンタも一緒に来る?」

御坂妹「そうですね。 夜勤の時間帯までにはまだ時間がありますから、ミサカもついていくことにします。
    と、ミサカは今後のスケジュールを加味した上で同意を示します」

美琴「そ。 じゃあ店員さん、美味しいアイスありがとね」

青ピ「ほな、今後も御贔屓にな~」




249 ◆A0cfz0tVgA2014/05/25(日) 22:58:33.74viFUYgoP0 (22/22)

今回はここまで
東方分補充のため3キャラほど出してみました
そろそろ戦闘シーンが近いかも……


質問・感想があればどうぞ


250VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/26(月) 00:20:00.36gzccPPqM0 (1/1)

おつです

作中の時間では彼女たちの季節はまだまだですね


251VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/26(月) 00:22:46.03m86uBSe/o (1/1)

乙です


252VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/26(月) 06:19:57.19S9ap799DO (1/1)

乙!
昔、京都で紫芋アイス食べたの思い出したなぁ

そして日常編は“もうちっとだけ続くんじゃ”と


253VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/26(月) 19:52:23.86mUazAb4Y0 (1/1)


東方に金髪の姉妹は複数いるが
この2人が1面ボスと中ボスを務めた奴らであることは確実


しかし金髪姉妹で最初に思いついたのが旧作の最狂弾幕の使い手だった件‥
我ながらマイナーにも程があるぜ‥


254VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/27(火) 01:41:24.670jgL6MKO0 (1/1)

あの店は農民で大繁盛してんのかな?


255 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:13:00.48Zsn/X/L90 (1/22)

これから投下を開始します


256 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:16:03.74Zsn/X/L90 (2/22)






――――7月28日 PM7:57








257 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:21:01.67Zsn/X/L90 (3/22)


御坂妹「その後は風紀委員活動第177支部へ向かい、そのままお姉さまと別れて現在に至るというわけです」

御坂妹「合流した時に少々問題が発生しましたが。 と、ミサカはこれまでの経緯を独り言のように呟きます」



その後パン屋から出た美琴と御坂妹は、アイスを食べながら一直線に支部に向かったのだが、
風紀委員一行に合流した直後にちょっとした騒動が起こった。
御坂妹が出会い頭に、初春に詰め寄られたのである。


原因は御坂妹が食べていたアイスにある。
彼女から漂ってくるさつまいもの甘い香りに反応したようで、そのアイスをどこで買ったのか興味を示したのだ。
甘い物好きの彼女が興味を示すのは当然とも言えるが、いくらなんでもがっつきすぎにようにも思えた。
ちなみに美琴は風紀委員支部に着く前にアイスを食べきっていたので、巻き込まれずに済んでいた。



御坂妹(あまりにも勢いがあったので思わず白状してしまいました。 と、ミサカは自分らしくなく動揺したことを思い出します)

御坂妹(まぁ、チョコレートを見せられた第二次世界大戦直後の子供のような反応を見たら、
    ミサカでなくとも思わず後ずさりするでしょう。 と、ミサカは考察します)




258 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:23:42.68Zsn/X/L90 (4/22)


そんなことをぼんやり考えながら、御坂妹はてくてくと歩みを進める。
若干心ここに在らずといった様子だが、だからと言って何処かの柱に頭をぶつけるというへまはしない。
美琴ほどではないにしても、彼女は電磁波を利用したレーダーを使うことができる。
その範囲は自分の周囲半径1メートル程とかなり狭いものであるが、暗い所で物を避けて歩くときは非常に重宝するのだ。


しかしこの『欠陥電気』、生活面に於いてはそれ以外に役立つ場面があまり無かったりもする。
せめてレベル4くらいあれば違ったのかもしれないが、無い物ねだりをしてもしょうがないだろう。



御坂妹(有って困るものでもないですし、現状に不満というものは有りませんが。
    と、ミサカは足るを知る女性であることをアピールします)

御坂妹(それは置いておいて、家に着いたら仕事の支度をしなければなりませんね)




259 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:25:09.08Zsn/X/L90 (5/22)


学園都市に存在する『妹達』は打ち止めと番外個体を除いて5人が冥土帰しの病院で働いている。
しかし全員が全員毎日のように働いているわけではなく、昼間が二人、夜間が二人、
一人が休みという役割をローテーションしながら勤務している。



御坂妹(ミサカの休暇も今日で終わりですね。 今度の休暇はまた1週間後です。 
    と、ミサカは平日前夜の陰鬱な心境を実感します)

御坂妹(文句を言ったところで何か変わるというわけでもないのですが。
    そろそろ急ぎますか。 夜勤の始まりは9時からです)



御坂妹は思考を全て中断し、自分の家に向けて本格的に歩き始める。


家は仕事場の近くに立地しているので通勤するための時間はそれほどかからないが、
準備の時間を含めると意外とぎりぎりの時間かもしれない。
冥土帰しがいくら温厚な人だとしても、勤務時間に遅れるのは失礼以外の何物でもなく、社会的にも非常識な行動だ。
早く家に帰って仕事の支度をしなければ。




260 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:28:14.75Zsn/X/L90 (6/22)


御坂妹「……おや?」



そこで御坂妹は異変に気付く。それと同時に眼を見開いた。


大抵のことでは驚かない彼女である。しかし、今回に限っては違った。
それは『異変』という稚拙な言葉で片付けられる変化ではなく。
何故今まで気づかなかったのか。自分の脳はどこかおかしくなってしまったのではないのかと思えるほどの劇的な変化だったからだ。




261 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:28:43.55Zsn/X/L90 (7/22)











御坂妹「……ここはどこでしょうか? と、ミサカは疑問を呈します」













262 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:32:02.67Zsn/X/L90 (8/22)


彼女はいつの間にか、人気のない路地裏にいた。
大通りからかなり離れているのだろう。車が走る音すら聞こえず、静寂が周囲一帯を支配している。
おまけに日の光も殆ど差し込まないため、視界が非常に悪い。
よく目を凝らさないと、足元に置かれている物に躓いてしまうかもしれない。


何故ここに至るまで、自分は全く疑問を抱かなかったのか。
いくら考え事をして歩いていたとしても、こんな所にまで足を運んでしまうなどどう考えてもおかしい。


まさか能力者の仕業だろうか。精神系の能力者であれば、人を無自覚のまま誘導するなど朝飯前だろう。
美琴であれば電磁バリアのおかげで精神系能力の干渉は一切受け付けないが、残念ながら御坂妹の能力はそれに数段劣る『欠陥電気』。
ある程度のレベルを持つ能力者相手では、精神の干渉を受けてしまう可能性も十分にあり得る。




263 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:33:11.77Zsn/X/L90 (9/22)


御坂妹(とにかく、早く元の道に戻らなければなりませんね。 と、ミサカは今するべき行動を弾き出します)



相手が何の目的でこのようなことをしたのかはわからないが、少なくとも善意で起こした行動ではないことは確かだ。
心無い組織が『妹達』の捕獲のために仕掛けて来たという最悪のケースも考えられるため、
できるだけ速やかに人の多い所に移動する必要がある。
流石に公衆の面前で誘拐しようとするような愚か者ではないはずだ。



御坂妹(とりあえず最終信号に連絡しますか。 と、ミサカは件のチビッ子に対して通信を試みます)

打ち止め『……はーい、こちら最終信号だよって、ミサカはミサカは応答してみたり!』

御坂妹『最終信号、報告したいことがあって連絡しました。 と、ミサカは理由を説明します』




264 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:34:21.58Zsn/X/L90 (10/22)


打ち止め『急に改まってどうしたのって、ミサカはミサカは10032号の言い草に少し驚いてみる』

御坂妹『普段は粗暴な物言いかのように聞こえる表現の仕方は止めてもらいたいのですが。
と、ミサカは最終信号の言い方に抗議します』

打ち止め『だってあなたって、いつもあの人の悪口言ってるでしょって、ミサカはミサカは10032号に指摘してみる』

御坂妹『セロリはいじってなんぼの存在ですよ。 と、ミサカは一方通行をいじるのはノーカウントであることを主張します』

打ち止め『もうっ、どうなっても知らないからねって、ミサカはミサカは警告してみる!』

御坂妹『あのもやしに何ができるのか是非ご教授願いたいところですが、今は置いておきましょう。
    と、ミサカは話を本題に移します』



話題を本筋に戻し、御坂妹は簡潔に今起こったことを手短に伝える。
もちろん周囲への気配りは忘れない。いつ、何処から敵が仕掛けてくるかわからないのだ。
電磁レーダーで周りを把握しながら視界が悪い道を駆け抜ける。




265 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:36:45.43Zsn/X/L90 (11/22)


打ち止め『……ってことは襲撃を受けたのって、ミサカはミサカはもう一回聴き直してみる』

御坂妹『襲撃、というには大袈裟かもしれませんが、何かしらの干渉を受けたことは間違いありません』

御坂妹『他の個体も標的になるかもしれないので、一応注意するよう通達してくれませんか?
と、ミサカは最終信号に情報の伝達を依頼します』

打ち止め『それはわかったけど、お姉さまには報告するのって、ミサカはミサカは聞いてみたり……』

御坂妹『いえ、この程度のことでお姉さまに心配をかけさせるわけにはいきません。
どうしても手を借りなければならない場合のみ協力を持ちかけましょう。 と、ミサカは返答します』

打ち止め『わかったよって、ミサカはミサカは同意してみる!』



御坂妹の意志に、打ち止めは強く同意の意を示した。


姉に頼るのはあくまでも最終手段。いつまでも甘えてばかりではいられない。
自分達は学園都市第三位と血を分けた妹達なのだ。ちょっとやそっとの困難くらいは自分の力で撥ね退けなくては。




266 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:38:11.00Zsn/X/L90 (12/22)


御坂妹『……おかしいですね』

打ち止め『どうしたの?』

御坂妹『かなりの距離を走ったつもりですが、一向に大通りに辿り着く気配がしません。
    と、ミサカは自身が感じている違和感を説明します』



御坂妹は一旦走るのを止め、息を整えつつ周囲を見渡しながら疑問を口にする。


今の御坂妹はこれまで、少なくとも一級アスリート並みの速度を維持して走り続けていた。
体内の生体電流を操作し、足の筋肉を補強することによってできる芸当だ。
華奢な女子中学生の肉体でありながら様々な重火器を扱い、大人相手に近接格闘を挑める理由がここにある。
素人相手ならば、例え無手であっても圧倒することができるだろう。


それなのにも拘らず、未だに人通りの多い場所へ辿り着けないのは何故なのか。




267 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:40:34.62Zsn/X/L90 (13/22)


打ち止め『もしかして、道を間違えたのかなってミサカはミサカは考えてみたり』

御坂妹『いえ、それはあり得ません。 と、ミサカは方向音痴のレッテルを貼られかねない最終信号の考えを即座に否定します』



彼女の頭の中にはこのあたり一帯の構造についての知識が入っている。
元々は『絶対能力進化』において、一方通行と戦闘するために『学習装置』を用いてインプットされたものであるが、
日常生活でも色々と役に立つものなので、時折巡回して知識の更新を行っているのだ。



御坂妹『このあたりの地形は常に把握しているので、道順を間違えることはあり得ません』

打ち止め『じゃあ他にはどんなことが考えられるのって、ミサカはミサカは10032号の考えを聞いてみる』

御坂妹『現在進行形で精神系能力者の干渉を受け続けている可能性があります。 と、ミサカはできれば避けたいケースを挙げます』

御坂妹『もしかしたら目的地を目指しているように見えて、実際はこの周辺をぐるぐる回っているだけなのかもしれません』




268 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:43:06.45Zsn/X/L90 (14/22)


打ち止め『うーん、そうだとすると、まずはその能力者をなんとかしないといけないね。 どこにいるのかな?』

御坂妹『精神系能力者が相手に干渉する際は『見えない糸』を脳に潜り込ませ、
    微弱な電流を流すことでシナプスのシグナル伝達を操作し相手を操ります』

御坂妹『『見えない糸』の長さはレベルに依存しますが、『心理掌握』程の技量が無い限り、
    どれだけ糸が長くても自分の視野外から能力を行使するのは困難です』

御坂妹『ですから、少なくともミサカのことを観察することができる場所に陣取っているはずです。 と、ミサカは考察します』

打ち止め『ってことは、この周りを探せばすぐ見つかるかもって、ミサカはミサカは予想してみたり』

御坂妹『はい。 ですが、相手にする必要はないでしょう。 電磁バリアを最大にすれば干渉を遮断することができるはずです』

御坂妹『しかし演算の大半をそれに裂くことになるので、しばらくの間ネットワークに繋げることができなくなりますが。
    と、ミサカは現状考えられる対抗策とそのリスクを考察します』




269 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:45:16.03Zsn/X/L90 (15/22)


強力な電磁波を身に纏うことで、精神系能力者の『見えない糸』から送り込まれる電流を遮断することができる。
美琴はこの力を電磁レーダーなどの他の力と併用することができるが、
美琴の1%にも満たぬ力しか持っていない御坂妹では、自分が持ちうる力全てをそれのために傾けなければならない。


当然その間は他の力は使えなくなるわけであり、今回の場合において言えば御坂妹の身体能力は、
中学生の平均より少し上くらいの程度にまで低下してしまう。
CQCを会得しているので1対1の肉弾戦であれば何とかなるだろうが、もし相手が『妹達』を認知している存在であった場合、
近接戦闘という反撃の危険性がある行動を選ばずに、遠距離から安全に攻撃する手段を取るだろう。
干渉を遮断したら相手側が攻撃を仕掛けてくる前に、速やかにこの場から退避しなければならない。



御坂妹『もし15分以上ミサカがネットワークに接続しなかった場合はお姉さまに連絡してください。
    と、ミサカは万が一の時のために最終信号にお願いします』

打ち止め『わかった。 もし増援が欲しくなったらすぐにミサカに連絡してね』

御坂妹『了解です。 と、ミサカは返答してネットワークを切断します』




270 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:47:25.82Zsn/X/L90 (16/22)


御坂妹はミサカネットワークから自分の意識を切断すると、すぐに自身の周囲を覆う電磁波の強化を開始する。
出力を上げて行くうちに地面にある砂や埃が動き始め、能力によって生じた電界に沿った複雑な紋様を作り上げていく。


しばらくすると――――



バチン!



と、何かが弾けるような音が御坂妹の首筋から鳴った。



御坂妹(――――っ! ……お姉さまによれば精神系能力者の干渉を防御すると音が鳴るそうなので、
    どうやら成功したようです。 と、ミサカは判断します)

御坂妹(痛みまで伴うことは聞いていませんでしたが。 と、ミサカは不十分な知識を教えたお姉さまに不満を持ちます)

御坂妹(さて、後はこの場から離れるのみですが、その間に襲撃を受けないことを祈りましょう)



その思考を最後に、御坂妹は踵を返してそのまま走って行った。




271 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:48:17.17Zsn/X/L90 (17/22)






     *     *     *








272 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:48:57.00Zsn/X/L90 (18/22)


「……あーあ、逃げられちゃった」



御坂妹が立ち去り、その姿が見えなくなった頃。
一人の少女が先ほどまで御坂妹がいた場所に歩いてきた。


淡い緑色のウェーブがかかった髪に、頭にはリボンが結ばれた黒色の帽子を被っている。
着ている服は黄色を基調とした上着に緑色のスカート。
全体的に地味な配色であるが、それが不思議と少女の雰囲気に合っていた。




273 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:49:56.92Zsn/X/L90 (19/22)


緑髪少女「もう少し遊びたかったけど、向こうから手を切られちゃったら諦めるしかないよね」

緑髪少女「色々やってみようと思ってたんだけどなぁ……でも、しょうがないか」



しょうがない、しょうがないと呟きながら、少女は陽気に歩みを進める。
こうは言っているが、少女の顔には依然として口元は笑っており、その顔からは微塵も落胆の感情を見出すことはできない。
しかしその一方で、喜びや楽しみの感情を持っているようにも見えない。『笑み』を浮かべているにも拘らず。


それはまるで『張り付けられたような笑み』。顔は微笑んでいても、その緑色の目は全く以って無感情。
その矛盾によって生じる隠しようのない違和感が、少女の不気味さを強烈に浮き彫りにしていた。




274 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:50:33.17Zsn/X/L90 (20/22)


緑髪少女「今度は何をして遊ぼうかなぁ。 かくれんぼはもう飽きちゃったし」

緑髪少女「またお人形を集めて飾ってみるのもいいけど、すぐダメになっちゃうしなぁ……」

緑髪少女「何か他に面白いことはないかな?」



少女は疑問を投げかけるが、その問いに答える人間は無論この場にはいない。
しかし少女にそれを気にする様子はなく、やがて何かの答えを得たかのように満足げな表情になる。




275 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:51:32.92Zsn/X/L90 (21/22)


緑髪少女「今度は探検ごっこにしよっと♪ まずはあのおっきな建物からかな~」



少女はそう言うと、今来た道を後戻りして闇夜の中に消えて行く。


後に残るのは静まり返った薄暗がりの石の回廊。
その日は二度と、この路地裏に誰かが訪れることはなかった。




276 ◆A0cfz0tVgA2014/06/08(日) 22:52:01.66Zsn/X/L90 (22/22)

今日はここまで
質問・感想があればどうぞ


277VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/09(月) 01:02:35.50DkM1snkFo (1/1)

乙です


278VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/09(月) 01:40:02.62aQbCYBnq0 (1/1)

こいつは相当のダークホースになりそうだ


279VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/09(月) 07:29:57.23yO2EB48DO (1/1)

やっぱ地底組はロクでもないのしかいないのかー!?


280VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/09(月) 13:16:49.27fCNoH7oBO (1/1)

一瞬魅魔様かと思ったけど言われてみれば……

無意識のうちに思考から外すなんて怖い


281VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/09(月) 19:43:07.89CRuXG8390 (1/1)


最初の方に出てた尾行者か

応用の利く異質な能力を持ってそうだが本筋に絡むのはいつになることやら


282VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/09(月) 22:42:58.95HcTclcV00 (1/1)

おっきな建物・・・窓無しか?それとも今話題の紅魔館か?


283VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/10(火) 22:25:17.03evfT2l8F0 (1/1)

ゆうかりんはやっぱり普通のお花屋さんとはいかなかったか


284 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:25:22.46YFwOeN3G0 (1/14)

>>279
だって、地底に住む妖怪はみんな問題児だし……(震え声)

>>280
魅魔「あたしゃここにいるよ……」

まぁ、出番は考えてありますのでご安心を

>>281
最初に美琴を尾行していた人間と御坂妹を尾行していた人間は同じです
どう本筋に絡ませるかは思案中




285 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:25:51.32YFwOeN3G0 (2/14)

これから投下を開始します



286 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:26:41.26YFwOeN3G0 (3/14)






     *     *     *








287 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:28:45.72YFwOeN3G0 (4/14)


御坂妹(今の所、襲撃の兆候は表れていませんね。 と、ミサカは現在の状況を確認します)



周囲を警戒しつつ、御坂妹は思案する。


電磁バリアを駆使しつつ走り始めてから数分。現在に至るまで攻撃に類するものは受けていない。
このまま何事もなく走り抜けたいところだが、奈何せん、ここ一帯は建造物の乱立により道が非常に入り組んでいる。
常に全速力を維持したいところだが、随所にある曲がり角がそれを許さない。
角を曲がる際の加速と減速が走るリズムを乱し、必要以上の体力を奪っていく。



御坂妹(予想していましたが、思ったよりも体に負荷がかかります)

御坂妹(最近平和続きで体が鈍ってきているようなので、これが終わったら今一度鍛え直す必要がありますね。
    と、ミサカは自分の肉体の弱体化を実感し、トレーニングプランの構築を考慮します)




288 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:33:06.27YFwOeN3G0 (5/14)


鈍ってきているとは言っても、御坂妹の身体能力は平均的な女子中学生のそれと比較すればかなりのものである。
少なくともただの一般人であれば、大の大人が相手でも軽くあしらうことができるだろう。
しかし彼女は色々と訳ありの身。相手が一般人ではないことも十分にあり得る。
もしも何かの不足な事態に巻き込まれ、そのような存在に対峙することになった場合、
脅威から身を守ることができるだけの最低限の力は維持しておかなければならない。



御坂妹(基礎的な体力作りはスポーツジムで何とかなるとして、問題は戦闘技術をどう鍛えるかですか)

御坂妹(他の個体と感覚を共有すれば知識を補うことはできますが、精神だけでなく肉体の面でも差別化が進んでいますし、
    共有した感覚をそのまま利用することは難しいかもしれませんね。 と、ミサカは考察します)

御坂妹(いっその事、他の個体を相手に組み手をするべきでしょうか。 と、ミサカは――――?)




289 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:34:39.63YFwOeN3G0 (6/14)


御坂妹は突然立ち止まり、そのまま背後を振り向く。


視線の先に見えるのは、これまで走ってきた月明かりも届かぬ暗闇の道。
通路の脇には角材や鉄筋といった建築材や、何が入っているのかわからないドラム缶などが乱雑に放置されている。
それ以外に何か目につくようなものはない。生き物のようなものはいないし、当然のことながら人影などありはしない。


だが――――



御坂妹(……誰かいますね。 と、ミサカは自分の直感が警鐘を鳴らしていることに気付きます)



姿は見えないが、誰かがこちらを見ている。
過去に幾度も修羅場を潜り抜けて来たことによって培われた第六感が、御坂妹にその視線を気付かせた。


こちらを観察している人物は果たして何者だろうか?
自分に干渉してきていた精神系能力者か?もしそうだとするならば、相手は走って逃げる御坂妹を追いかけて来たということになる。




290 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:35:27.16YFwOeN3G0 (7/14)


しかし、御坂妹が自分を追いかけている人間に今まで気づかなかったというのは少々不自然だ。
音が反響しやすいコンクリートの建造物が周囲を取り囲んでいるのである。
下手に足音を立てれば、たちまちその音は御坂妹の耳に届いてしまうだろう。
電磁レーダーを使えないとはいえ、周囲を警戒していた彼女がそれを感知できないということは考えにくい。


やはり一番あり得る可能性は、精神系能力者の仲間がこのあたりで御坂妹を待ち伏せしていたということか。
何人いるのかはわからないが、御坂妹を捕獲するためだとするならば、少なくともここ一帯をカバーできるだけの人数はいるはずだ。



御坂妹(これはいよいよ急いだ方が良いかもしれませんね。 もたもたしていると包囲されかねません)

御坂妹(精神系能力者の干渉はもう無いようなので、今からは電磁レーダーと身体強化を併用して進みますか。
    と、ミサカは考えて行動に移します)




291VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/22(日) 21:40:43.51bDa3duNl0 (1/1)

上条さんはまだかのぅ?


292 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:45:29.25YFwOeN3G0 (8/14)






     *     *     *








293VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/22(日) 21:52:49.08Z06GD26DO (1/1)

御坂を尾行……もしかしてアイツか?


294 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 21:56:34.87YFwOeN3G0 (9/14)


「……」



地上より20メートル弱ほど上空。
廃ビルの6階にある部屋の一角に、一人の人間の姿があった。


漆黒のコートに身を包み、頭にはフードを深々と被っている。
そのため辛うじて顔の下部を覗き見ることはできるが、全体を観察することは叶わない。
まるで闇に溶け込むように身を潜めながら、彼は地上を見下ろしていた。


この者は『とある目的』を果たすために、これまで人気の少ない路地裏一帯を駆け回っていた。
その目的の内容とは、妙齢の女性――――できれば中学生程度――――を見つけ、それから『ある物』を得ることである。
そしてその『ある物』を然るべき人物に届けることで、その任務は果たされるのだ。




295 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 22:02:17.60YFwOeN3G0 (10/14)


今回課されたノルマは3人分。1人分で済んでいたいつもと比べると、優に3杯の量である。
それを今日の21時までに届けなければならなくなっているため、時間制限も相まって任務の難易度は桁違いだ。


だが幸いなことに、既に2人分を回収することに成功している。
回収するには標的が一人でいることが条件のため、本当に運が良かったと言えるだろう。
最後の標的である眼下に居る少女から手に入れることができれば、後は帰還するだけだ。
向こう側がこちらの気配に気づいているようなそぶりを見せているのが気になるが、
どうやら正確な位置までは把握できていないらしい。


多少リスクはあるが、自分の能力を持ってすれば問題ないレベルだろう――――
そう判断して眼下の少女が再び動き始めたことを確認すると、彼は自身の能力を発動して窓辺から飛び降りた。


ビルの6階から飛び降りるなど、傍から見れば自殺行為以外の何物でもない。
例え運良く死を免れることはできても、落下の衝撃で下半身に深刻な傷を負うことになるのは避けられない。
だがこの者に限っては、その心配は全くの杞憂であった。




296 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 22:06:04.55YFwOeN3G0 (11/14)


「……」スッ



懐から取り出したのは、手のひらに収まる程度の黒い機械――――スタンガン。
これまで襲って来た人間は一人の例外を除き、この機械を用いて一撃で昏倒させている。
その例外も、正確に言えば襲撃自体に失敗したわけではなく、目撃者の対処のためだったので、
実質的には今まで一度も獲物を逃していないと言えるだろう。


スタンガンを右手に構え、目の前の少女の後ろ首に狙いを定める。
もはや相手は目と鼻の先。この一撃を外すことなどあり得ない。


襲撃者は黒い凶器を少女の首に押し当てると、そのまま戸惑うことなくスイッチを押した。




297 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 22:06:55.28YFwOeN3G0 (12/14)


バチィッ!



スタンガンから火花が飛び散り、小さな破裂音が周囲に木霊する。
機械から放たれた電流は少女の肉体を駆け巡り、気を失った彼女はそのまま前のめりに――――










倒れこまなかった。




298 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 22:07:41.60YFwOeN3G0 (13/14)


ガシッ!



「――――!?」

「せいっ!」



手首を掴まれるのを感じて間もなく、その者の視界は反転する。
そしてそのまま受け身を取ることもできずに、少女の手によって地面に叩きつけられた。




299 ◆A0cfz0tVgA2014/06/22(日) 22:12:31.21YFwOeN3G0 (14/14)

今日はここまで


う~ん、誤字った。すいませんが、大目に見てください
あと過去を見返してみたら、間が抜けたまま放置している箇所を発見
今更修正するべきなのかどうか悩みどころ


質問・感想があればどうぞ



300VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/23(月) 07:23:08.91v2LPipwxo (1/1)

乙です


301VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/23(月) 17:51:30.93onVU7paI0 (1/1)



>地底に住む妖怪はみんな問題児
どこかの風紀委員「‥」

黒服はとりあえず「彼」なんだな
それとも「3杯」だけじゃなくここも誤字か?


302 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:29:57.882ZYS8YXH0 (1/11)

>>301
『彼』という言葉は男女問わず使える言葉ですが、紛らわしかったですね


これから投下を開始します


303 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:30:37.932ZYS8YXH0 (2/11)






     *     *     *








304 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:31:40.212ZYS8YXH0 (3/11)


御坂妹「せいっ!」



御坂妹は襲撃者の手首をつかみ取ると、腕をひねり上げて地面に叩きつける。
相手の体格は自身よりも大きいが、体術を会得している御坂妹にとってはそのハンデなど無いに等しい。



ドサッ!



襲撃者「ぐっ!」

御坂妹「残念ですが、ミサカは『電撃使い』なので電気には耐性を持っているのですよ。 と、ミサカは解説します」




305 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:33:43.482ZYS8YXH0 (4/11)


地面に伏せている襲撃者を見下ろしながら、御坂妹は少し自慢げに口にした。


超能力を会得した人間は、その能力の他に副次的な力を手にすることがある。
『発火能力者』がある程度の熱に耐えられるようになったり、『空力使い』が風の流れを視覚できるようになったり。
念動系能力や精神系能力の場合は、自分より格下からの干渉を防御することができるようになるのだ。


御坂妹の場合においては、『電撃使い』から派生した『電気への耐性』。
体に電流を流されたとしても、ある程度までならば火傷や筋肉硬直による運動障害を負うことなく、
普段通りに行動し続けることができるのである。



御坂妹(ふむ、背丈の割には思ったより軽かったですね。 コートを着ているので細部はわかりませんが、女性でしょうか?)

御坂妹(このまま気絶させるのもいいのですが、その前に顔を確認しましょう。 と、ミサカは襲撃者のフードを――――)

襲撃者「……」




306 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:34:24.282ZYS8YXH0 (5/11)


ビュッ!



御坂妹「!」バッ!



掴んでいない襲撃者の左腕がこちらに振りかぶっているのを見た御坂妹は、すぐにその場から退避してその腕をかわす。
鉄色をした何かが、先ほどまで御坂妹の腕があった場所を通り過ぎた。


その手に握られていたのは一本のナイフ。
刃渡り数十センチの、所謂コンバットナイフに分類されているものである。
御坂妹も『絶対能力進化』の訓練の中で、一度手に取ったことがある代物だった。



御坂妹「怪我したらどうするんですか。 と、ミサカは突然の不意打ちに対して抗議します」

襲撃者「……」




307 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:41:16.882ZYS8YXH0 (6/11)


御坂妹は軽口を叩くが、相手がそれに対して反応することは無かった。
起き上がった襲撃者は右手に持ったスタンガンを懐にしまうと、左手のナイフを持ち替えて構えを取る。
見るからに臨戦態勢。引く気はないようだ。



御坂妹(どうやら逃げてはくれないようですね。 随分と面倒なことになりました。
    と、ミサカは厄介事に巻き込まれたことに対して、心の中で溜息をつきます)



失敗した時点で諦めて逃げてくれると良かったのだが、やはりそう都合良くはいかない。


大抵の悪人は、引き際というものを知らない。
場数を踏んだ悪党ならば、状況の有利不利を判断して行動することができる。
しかし、それができる者は極少数。目前の成果に目が眩み、引き際を誤る小悪党の方が圧倒的に多いのだ。
従って、御坂妹は目の前の襲撃者をそれらと同じ質のものだと判断し、それ程の脅威ではないと結論づけた。




308 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:42:07.762ZYS8YXH0 (7/11)


御坂妹(見た所ナイフの扱いには長けているようですが、構えは我流のようです。 と、ミサカは分析します)

御坂妹(体術ならばミサカも負ける気はありませんが、問題は相手が持つ能力ですね)

御坂妹(スタンガンを首に押し当てられるまで、ミサカはこの女性を全く関知することができませんでした)

御坂妹(そこから考えられる能力は――――)

襲撃者「……」フッ



バリバリバリィ!



襲撃者「!?」

御坂妹「――――『空間移動』ですね。 と、ミサカは襲撃者の能力に当たりを付けます」




309 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:43:14.592ZYS8YXH0 (8/11)


御坂妹はゆっくりと背後を振り向き、襲撃者を見据える。


突然姿を消した襲撃者に対し彼女が行った行動は、全方位へ向けた放電攻撃。
襲撃者が『空間移動』の持ち主である以上、相手の攻撃が何処から来るのかを見極めるのは難しい。
ならば最初から見極めるという考えを捨て、自分の周囲を全て攻撃してしまえばいいだけの話だ。
電流が分散してしまうため、指向性を持たせた電撃よりも威力は若干劣るが、
相手の筋肉を痙攣させて身動きを取れなくすることくらいは容易い。


だがこの方法が通じるのは、これが最初で最後。
元々不意打ちのような攻撃だ。仕留めることができなければ、今後相手が接近戦を挑んでくることはない。



御坂妹「……あれを躱しましたか。 随分と勘が良いですね。 と、ミサカは襲撃者の勘の良さを褒めます」

御坂妹「ですが、完全に無傷というわけではないようですね」

襲撃者「……っ」




310 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:46:02.922ZYS8YXH0 (9/11)


果たして、襲撃者は御坂妹の罠を回避して見せた。
しかし金属刃のナイフを右手持っていたために電流が引き寄せられてしまい、右腕が感電してしまったようだ。
感電によって手に力が入らなくなった結果、ナイフを地面に落してしまっている。


身動きを完全に封じるまでには至らなかったが、相手の戦力を削ぐことができた事実は大きい。
自分自身をテレポートできたということは、レベル4相当の『空間移動』を会得しているということである。
誰が見ても御坂妹が持つ能力では、真っ向勝負で勝利するのは難しい。
だが相手が負傷している今であれば、勝利の可能性は格段に上がっているはずだ。



襲撃者「……」チャキッ



襲撃者は地面に落としたナイフを拾い上げるようなことはせず、左手を自分の太ももに伸ばすと、
その場所に巻き付けてあったナイフケースから新しい得物を抜き取り、構えた。




311 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:48:48.402ZYS8YXH0 (10/11)


御坂妹「右手が使えなくなっても諦めませんか。 しつこいですね。 と、ミサカは襲撃者の執念に辟易します」

御坂妹「このまま放置しては他の個体にも被害が及ぶかもしれないので、あなたを見せしめに叩きのめすことにしましょう」

御坂妹「不用意にミサカ達に手を出したことを病院で後悔しなさい。 と、ミサカは襲撃者に告げ、戦闘を開始します!」ダッ!

襲撃者「……」バッ!



その言葉を最後に、御坂妹と謎の襲撃者は同時に駆け出す。
人気のないこの場所で、能力者同士の闘争が幕を上げた。





312 ◆A0cfz0tVgA2014/06/29(日) 23:51:33.732ZYS8YXH0 (11/11)

短いですが今日はここまで
質問・感想があればどうぞ





313VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/30(月) 02:11:50.12TKL82GAWo (1/1)

乙です


314VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/30(月) 19:47:58.89jid2lt8N0 (1/1)


ミサカ妹‥そいつを相手に図に乗ってるとロードローラーに潰されるぞ‥

‥ん?間違ったかな?


315VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/06(日) 14:12:57.51q6SM9exB0 (1/1)

乙!!(^-^)/
咲夜さんマジ天使


316VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/06(日) 14:38:56.00o2njuilDO (1/1)

まぁ、例えやられてもただの献血だろうから大丈夫だよ


317 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:12:54.22Dh2zBec+0 (1/20)

これから投下を開始します


318 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:13:40.45Dh2zBec+0 (2/20)






――――7月28日 PM8:03








319 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:15:34.22Dh2zBec+0 (3/20)


黒子(えっと、事件資料Bの7は……これですわね。 次は……)



常盤台中学学生寮208号室。
その部屋で黒子は自分の机にあるPCの前に向かい、黙々と『風紀委員』の仕事をこなしていた。


彼女が行っているのは、風紀委員177支部に送られてきた資料の整理である。
風紀委員支部に送られてくる資料の類は、重要なものでない限りは電子メールの形で送られてくる場合が殆ど。
データ形式の資料は、紙媒体によるものとは違って場所を取らないために色々と都合がよいからである。


しかし形の無いものであるが故に、進んで整理しようと思わなければ乱雑に放置してしまいがちだ。
データファイルがあちこちに散逸し、最終的にはどんな資料をどこに仕舞ったのかわからなくなってしまう。
そうならないためにも、資料の種類をリスト化してわかりやすくする必要があった。




320 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:17:09.40Dh2zBec+0 (4/20)


本来であればこの仕事は初春が行うはずだったのだが、見回りばかりでは良くないという固法の考えにより、
今回は黒子がこの仕事を担当することになった。
そして仕事を命じられた黒子は数ヶ月分の資料データを持ち帰り、こうして自室で仕事に励んでいるのである。


正直な所、事務処理的な能力に関しては黒子よりも初春の方が遥かに上手なので、彼女はこの仕事にあまり乗り気ではない。
だが手を抜くといざという時に資料を探すのに手間取ってしまい、その結果大きな失敗を招くことにもなりかねない。
地味ではあるが、重要な仕事なのである。



黒子(初春が日頃からある程度整理していてくれたおかげで、幾分はマシではあるのですけど……)

黒子(やはりこのような仕事は性に合いませんわね)ハァ

美琴『~~♪ ~~~♪』

黒子(……お姉さまの美しい歌声をBGMに作業するというのも乙なものですけど)




321 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:20:39.05Dh2zBec+0 (5/20)


美琴は黒子より先にお風呂に入っている。どうやら今はシャワーを浴びている途中のようだ。
温水がタイルに打ち付けられる音に混じって、少女の鼻歌がバスルームに木霊している。



黒子(……ものすごく、バスルームに突撃したい気分ですわ。 お姉さまの背中をお流しして一緒に浴槽に浸かりたいですの)

黒子(でもそれをすると、この仕事が今日中に終わらなくなる可能性が……何というジレンマ!)

黒子(流石にこれ以上失態を犯しては、固法先輩からどんなお仕置きを受けてしまうかわかりませんし……)

黒子(ここは黒子、涙を飲んで作業に戻るとしましょう)



美琴と一緒にお風呂に入ることを諦め、再び机に向かう黒子。
パソコンを操作していると、今度は目を引く単語が使われている資料を発見した。




322 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:29:47.85Dh2zBec+0 (6/20)


黒子(これは……『風紀委員本部(サプリームコート)』からの通達書。 固法先輩当てですわね)



『風紀委員本部』とは学園都市全23学区に分散する風紀委員支部の元締めであり、第1学区に所在している。


『風紀委員』の中でも選りすぐりの人間が集う場所だそうだが、黒子や初春は外から建物の景観を見たことがあるだけだ。
故に、2人とも内部の状況を詳しく知っているというわけではない。
一方固法は会議などで何回か中に入ったことはあるが、訪ねてもあまり詳しく様子を教えてもらえなかった。
『風紀委員』のトップである本部長とも会ったそうだが、聞いても口を閉ざしたままである。


話題を出した途端、まるで思い出したくないとでも言うかのように陰鬱な表情になるのだ。
そのため、177支部では『風紀委員本部』の話題はできるだけ避ける傾向にあった。




323 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:32:04.33Dh2zBec+0 (7/20)


黒子(風紀委員本部長……どのような方なのか、とても気になりますわ)

黒子(名前だけは聞いたことはありますが、実際にお会いしたことはありませんでしたわね)

黒子(噂ではどんな凶悪犯でも、本部長を前にすると子猫のように大人しくなるそうですけど……)

黒子(固法先輩も畏れる人物……できれば、『風紀委員』の長に相応しい方であることを祈りたいですわね)



ガチャッ



美琴「黒子、お風呂上がったわよ」

黒子「了解ですの。 お姉様」




324 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:33:09.88Dh2zBec+0 (8/20)


入浴を終わらせた美琴が、バスタオルで頭を拭きながら部屋へと戻ってきた。
シャンプーのものであろうフローラルな香りが彼女から漂い、部屋の中を充満する。
湿った髪と少し湯気を上げている思春期途中の肢体が、彼女をより艶っぽく見せていた。



美琴「ふぅ……スッキリしたわ」

黒子(お風呂から上がりたてのお姉様……むしゃぶりつきたくなるほど魅力的ですわ!)

黒子(思わず跳びかかってしまいそうですけど、それをしてはわたくしの汗の匂いがお姉様に染み付いてしまいますの……)

黒子(先に体の不潔を洗い流して、身を清めてからですわね)

美琴「? 黒子、早く入らないとお湯が温くなるわよ?」

黒子「わかりましたですの」




325 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:34:55.17Dh2zBec+0 (9/20)


催促する美琴の声を聞いた黒子は、着替えを持つとそそくさと風呂場へと向かい、着衣所の扉を閉めた。



黒子「……」ゴソゴソ



いつも通り上下の服を脱ぐと、脱いだ服はポケットに物が入っていないか確認してから自分の洗濯籠に入れておく。
後の洗濯は学生寮に駐在しているメイドがやってくれるので非常に楽なものだ。
同じ『学舎の園』にある別の寮では、着替えすらもメイドにさせているという噂もある。
何処の王族貴族だと言いたいが、『あり得ない』と言えない所が恐ろしい。



黒子(さて、今のお湯加減は……)



黒子は美琴の入浴の余韻が残るバスルームに入ると、初めに湯船のお湯の温度をチェックする。
彼女はどちらかというと、熱い湯に入るのが好みな性格なのである。




326 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:35:55.93Dh2zBec+0 (10/20)


黒子(……少々温めと言ったところですわね。 湯を足しましょうか)



そう判断すると、熱湯のバルブを捻り浴槽に流し込んだ。
何度か湯をかき混ぜた後に浴槽に足を入れ、体を沈ませて湯船に浸かる。
温かい湯が、彼女の全身を包み込んだ。



黒子「あ゛~、癒されますわ……やはり仕事の後の入浴は格別ですわね」

美琴『ちょっと黒子、外まで聞こえてるわよ。 それになんか年寄り臭い』

黒子「気持ち良いのは事実なのですから、仕方ありませんわ」



黒子はそう話しつつ、じっくりと入浴を堪能する。
段々とお湯も温度も上がってきている。もう少しすれば大分体も温まるだろう。




327 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:36:49.97Dh2zBec+0 (11/20)


美琴『黒子~』

黒子「どうしたんですの?」

美琴『牛乳って全部飲んじゃったんだっけ?』

黒子「それはわたくしが今朝飲み終えてしまいましたわ」

美琴『そっか……お風呂上りに一杯飲もうかと思ったんだけど……』

黒子「……お姉様」

美琴『何?』

黒子「その台詞はオヤジ臭いですわよ」

美琴『む……』

黒子「お返しですわ」クスクス




328 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:38:24.53Dh2zBec+0 (12/20)


十分に体が温まった黒子は蛇口のお湯を止めると、浴槽から出て体を洗い始めた。


始めに体を洗うためのタオルにボディーソープを付け、少しずつ泡立てる。
きめ細かい泡が泡立ったらそれを自分の肌に塗り、タオルで丁寧に擦っていく。
力を込めてはいけない。皮膚の必要な油分まで落としてしまい、肌荒れの原因となる。


だから表面を撫でるように、優しく……



黒子(淑女たるもの、お肌の手入れは念入りにしなくてはなりませんわ)

黒子(その点、お姉様は少々その手のことに疎い気がしますわね)

黒子(お姉様はあのような性格ですから、仕方のないことなのかもしれませんれど……)

黒子(だからこそ、わたくしがお姉様の絹のような美肌を守らなければならないんですの!)グッ!




329 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:39:18.28Dh2zBec+0 (13/20)


などという美琴に対する忠誠を心の中で叫びつつ、黒子はシャワーの蛇口を全開にする。


しかしこの時、黒子はあることを失念していた。
先ほど浴槽の湯の温度を上げるため、温度設定を熱めに調節していたのだ。
その設定を変えずにシャワーの蛇口を捻った結果……



キュッ ジャァァァァ!



黒子「あっつぅ!?!?!?」



熱湯を頭から被ることになった。




330 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:40:22.25Dh2zBec+0 (14/20)


黒子「熱っ! 熱いですの!」



その湯の熱さに、黒子は堪らず浴槽に飛び込む。
水飛沫と共に、大きな音がバスルームの中を響き渡った。
突然の騒ぎに、美琴が外から心配そうな声を投げかけてくる。



美琴『ちょっと黒子、何やってんの?』

黒子「い、いえ、お姉さま。 何でもありませんわ。 お気になさらず……」

美琴『はぁ、しっかりしなさいよ……っと、電話電話』



美琴は呆れたように言うと、携帯電話を取りに部屋の向こうへと行ってしまった。
熱湯が放出されるシャワーの音が聞こえる中で、黒子は浴槽の中で己の犯した失態に身悶える。



黒子(お姉さまに恥ずかしい所を見せてしまいましたわ……黒子、一生の不覚……)

黒子(はぁ、さっさと髪を洗って、お風呂から上がることにしますの……)




331 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:41:57.36Dh2zBec+0 (15/20)


暗鬱な気分になりながらシャワーの温度を調節し直し、椅子に座って再び髪を洗い始める。
気を紛らわすかのように少々乱暴に髪を揉み洗うと、シャワーで泡を念入りに洗い流して再び浴槽に入る。
そのまましばらくぼーっと呆けていたが、そろそろ寮監が見回りに来ることを思い出し、お風呂から上がることにした。



コンコン



寮監「御坂、白井、入るぞ」

黒子「少々お待ちくださいまし!」ゴソゴソ



着衣場で服を着ながら、廊下に居る寮監に対して声を張り上げる。
門限は8時20分なのでそろそろ来るとは思っていたのだが、どうやらタイミングを見誤ったらしい。
もう少し時間を考えてからお風呂に入るべきだったと後悔するが後の祭りだ。




332 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:43:13.49Dh2zBec+0 (16/20)


もたもたしていると鬼寮監に不審がられるので、多少の服の乱れを無視しつつ着衣場を出る。



黒子(お姉様がおりませんわね……もしかして、他のお部屋に?)

黒子(もしそうだとするなら、急いで戻ってもらいませんと……おや?)



頭を拭きながら部屋の中を歩き回ると、自分の机の上に書置きがあることに気がついた。
それを拾い上げてみると――――




333 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:43:50.62Dh2zBec+0 (17/20)











『ちょっと急用ができたから出かけてくる。 寮監への言い訳はお願いね。 by美琴』













334 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:45:53.29Dh2zBec+0 (18/20)


黒子「」



手紙の文面を見て頭の中が真っ白になる黒子。
どうやら『また』門限を破って何処かに飛び出して行ってしまったらしい。


美琴が門限を破ること自体は、こう言っては何だが珍しいことではない。一年前にも同じような状況になったことはある。
しかしその時は彼女が何か重要なことのために奔走していることを、黒子は彼女の様子から直感的に理解していた。
だからこそ心配こそはすれど、それに対してとやかく言うことはなかったし、
ましてや引き止めるなど無意味であることを重々承知していたのである。


だが今回は事情が違う。良くわからない理由で、突然こうも簡単に門限を破られてしまっては堪らない。
美琴が居ない間、寮監への言い訳を考えるのは黒子なのだ。少しは自分の身にもなってほしいと思う。




335 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:47:15.47Dh2zBec+0 (19/20)


黒子(ま、不味いですの……言い訳を考えようにも、こんないきなりでは……!)



この場で愚痴を零したい気分だが、そんな暇はない。既に『寮監(ラスボス)』は扉の前に立っているのだ。
言い訳を考えることができなければ、その先に待つのは――――



寮監「おい白井。 まだなのか?」

黒子(何でも良いですの! 何でも良いですから違和感のない言い訳は……!)

寮監「まさか何か隠し事でもしてるんじゃないだろうな? 強引に入らせてもらうぞ……」

黒子「――――!!!」



ガチャッ!



背後から扉が開く音が聞こえる。
地獄の門が開け放たれ、『地獄の番人(寮監)』が入ってきた音だった。




336 ◆A0cfz0tVgA2014/07/13(日) 23:48:02.27Dh2zBec+0 (20/20)

今日はここまで
質問・感想があればどうぞ


337VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/14(月) 00:38:28.23NfcAGUr10 (1/1)

黒子乙


338VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/14(月) 05:44:09.47tzIh1jiPo (1/1)

いいお風呂だった


339VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/14(月) 20:36:05.54o/kyMY1j0 (1/1)



風紀委員本部‥どんな魔窟だ
その頂点が務まりそうなのは‥アルティメットサディスティッククリーチャーか?


340VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/16(水) 02:18:05.53ZmBbeTRFO (1/1)

裁判長じゃないか?


341 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:13:38.62zgeN/1gp0 (1/20)

これから投下を始めます


342 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:14:36.67zgeN/1gp0 (2/20)






――――7月28日 PM8:31








343 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:20:34.13zgeN/1gp0 (3/20)


御坂妹(くっ……これは、かなり不味い状況と言わざるを得ませんね。 と、ミサカは現状を分析します)



苦々しい顔をしながら、御坂妹はそう心の中で毒づく。


襲撃者との戦闘を始めてからおよそ15分。そろそろ御坂妹の体に疲労が見え始めてきていた。
何せこれまで常に全力で体を動かしていたのだ。それに加えて攻撃や身体の強化のために能力を連続して使用しているのである。
普通であれば体力切れで動けなくなっているはずであるが、未だに動き回ることができるのは、
彼女が軍事用のクローンとして生まれたからなのだろう。


しかし段々と動きが鈍ってきているためか、彼女の体のあちこちには襲撃者から受けたものと思われる傷が見られる。
その傷口から滲む血が切り裂かれたワンピースに点々と斑を浮き上がらせており、端から見ても非常に痛々しい。
仏頂面のおかげで表情にこそ出ていないが、内心苦痛に耐えているであろうことは想像に難くない。





344 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:21:23.74zgeN/1gp0 (4/20)


御坂妹(見栄を張っておいてこの体たらくとは、少し前の自分を土に埋めてしまいたい気分ですね。
    と、ミサカは自分の不甲斐なさに腹を立てます)

襲撃者「……」



一方、満身創痍の御坂妹に対して襲撃者は息切れ一つせず、しかも傷らしい傷は殆ど見えない。
電撃で使えなくなっていた右腕も治ったようで、両手の指にナイフを挟んで佇んでいる。
いつでも目の前の御坂妹に攻撃を仕掛けることができる状態だ。


どちらが狩人でどちらが獲物なのか。誰が見ても一目瞭然だった。




345 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:22:37.34zgeN/1gp0 (5/20)


御坂妹「っ!」

襲撃者「!」



バリバリバリィッ!



御坂妹(!? また……!?)バッ



ガキンガキン! カランカラン……



御坂妹「っふぅ……!」

襲撃者「……」



御坂妹は不意打ちで電撃を浴びせるが、襲撃者はそれをテレポートで回避。
そして移動直後に背後からナイフを投げつけて来た。
飛来するナイフを御坂妹が躱し、金属の地にぶつかる音が鳴り響く。




346 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:26:06.47zgeN/1gp0 (6/20)


攻撃し、躱され、反撃を受ける。これまで何度も行ってきた動作だ。
御坂妹の傷は、このサイクルの過程で付けられたものである。


今回は反撃を躱すことができたが、次もできるとは限らない。
襲撃者の反撃も唯のナイフの投擲ではなく、時間差で複数投げたり、多方向からだったりと変化を付けてきている。
疲労で集中力が途切れかけている状態では、今後相手の攻撃の変化に対応していくのは難しいだろう。


早急にけりをつけたいところだが、襲撃者は電撃を警戒してか、こちらには一切近寄ってこようとはしない。
ナイフを投げるだけの、遠距離のみの攻撃しかしてこないのだ。
こちらから近づいて攻撃を仕掛けようにも、空間を移動されて常に距離を保たれてしまう。
御坂妹の手が届かない場所から、ジワリジワリと体力を削っていく魂胆のようだ。


恥を忍んで撤退することも考えたが、相手が『空間移動』のような能力の持ち主である以上、逃げ切ることは困難。
相手の思惑がわからない以上、向こうから見逃すという展開も期待すべきではない。


立ち向かうことも、引くことも難しい危機的な状況。
この状況を打開するために彼女は相当頭を回転させているのだが、それとは別に気にかかることがあった。




347 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:28:19.30zgeN/1gp0 (7/20)


御坂妹(何度攻撃を仕掛けても躱されてしまいます。 まるで、こちらの動きを事前に察知しているかのような……!)

御坂妹(そのせいで折角の仕留めるチャンスをフイにしてしまいました。 と、ミサカは戦闘開始直後のことを思い返します)



それは御坂妹と襲撃者の戦闘が始まった時のこと。
襲撃者は戦闘が始まるや否や、右手が使えない状態では不利だと悟ったのか、自分の動きを『回避』のみに絞った。


自分から仕掛けるようなことは全くせず、相手の動きを注視して行動を先読みして攻撃を避ける。
あるときは手に持ったナイフで飛んでくる石礫をたたき落とし、またある時は空間を自在に飛び回る。
そして自身右手が復活するまで、御坂妹の猛攻を物の見事に避けて見せたのである。
その後も迫りくる電撃と礫を回避し続け、遂にはこちらの攻撃に対してカウンターを仕掛けてくる余裕を持つまでになったのだ。




348 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:31:10.81zgeN/1gp0 (8/20)


御坂妹(やはり、ただの『空間移動』ではないようですね。 と、ミサカは相手の能力の異常性について考えます)



単純な攻撃であれば、『空間移動』でそれを回避することは不自然なことではない。
ある程度訓練をした者ならば、相手の攻撃を読み取り能力を発動させることくらい、難しいことではないからである。


だが問題は、御坂妹の攻撃は『単純な攻撃』などではないということだ。
彼女が繰り出した攻撃は『電撃』。これを『不意打ちにも拘らず回避した』のである。
落雷の移動速度は秒速150キロメートル毎秒。どう考えても、目視してから避けるなど不可能な速度だ。


前兆を察知したとしても、前兆が現れてから御坂妹の能力が発動し、電撃が相手に届くまでにどれだけの時間の余裕があるのか。
あって一秒、もしかしたらそれ以下かもしれない。
果たしてその短時間で3次元から11次元への特殊変換を演算し、能力を発動し、指定の空間に移動することができるだろうか。
一度だけならば望みはあるだろうが、二度も三度も同じことが続くとは考え難い。


だが事実として、襲撃者は回避して見せている。
襲撃者の能力は、単純な『空間移動』として片付けるにはあまりにも不可解なものであった。




349 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:34:11.62zgeN/1gp0 (9/20)


御坂妹(ですがミサカの攻撃を察知することが能力ということはあり得ません。 それでは空間を瞬時に移動する説明がつかない)

御坂妹(しかし『空間移動』に攻撃を察知する副次的な力があるとも……)

襲撃者「……」フッ

御坂妹(!? また消えました! どこに……上!)



上を見上げると、そこには数十本のナイフの群れ。それらが御坂妹めがけて落下してくる。
何処にこれだけのナイフを隠し持っているのかと疑いたくなるが、今はそれどころではない。


電撃を飛ばし、自分に当たるであろうナイフを弾き飛ばしていく。だが――――




350 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:35:35.71zgeN/1gp0 (10/20)


ドスッ!



御坂妹「ぐぁっ……!?」



鈍い音と共に、御坂妹の口から苦悶の声が小さく漏れる。
自身の体を見下ろすと、右太ももにナイフが深々と突き刺さっているのが見えた。



御坂妹(く、上ばかりに気を取られ過ぎました!)



相手の気を上に逸らし横から攻撃する二段構え。
しかも横からの攻撃は御坂妹が能力を発動している最中、すなわち最も意識を集中している時に繰り出されたのである。
万全の状態であれば対処はできただろうが、疲れが出てきている今の彼女には、
もはや一方向からの攻撃を受け流すことが限界であった。




351 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:36:46.91zgeN/1gp0 (11/20)


御坂妹「っづ、あああぁぁぁぁぁ!!!」



ジュウウウウ……!



御坂妹はナイフに電流を流し、少しずつ引き抜いていく。
刃に電流を流すことで発熱させ、傷口を焼いて止血しながらの方法。
傷口は塞がるが、これに伴う激痛が御坂妹の脳髄を直撃する。



御坂妹「っはぁ、はぁ……」

襲撃者「……」



引き抜いたナイフを投げ捨て、再び襲撃者を見据える。


こちらは大分消耗しているが、未だに相手側に止めを刺そうとする気配は見られない。
やはり先ほどの電撃を警戒しているのか。こちらが完全に能力を使えなくなるまで疲弊させるつもりなのか。
それとも誰かを待っているのか。もしそうだとするなら、すぐにでもここから逃げ出さなくてはならない。




352 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:39:29.28zgeN/1gp0 (12/20)


御坂妹(ですが、この足では逃げることは絶望的ですね。 『空間移動』の能力者の可能性がある時点で難しかったのですが……)

御坂妹(情けないですが、最終信号の呼びかけに応じてお姉さまがここに駆け付けるまで、何とか持たせるしかありません。
    と、ミサカは判断し、攻めることを止めて守りの姿勢に入ることにします)



既に打ち止めとの会話から15分以上の時間が経っている。約束通りなら、打ち止めは美琴に事情を報告しているはず。
常盤台中学の門限は過ぎているが、あの妹思いの姉のことだ。そんなことはお構いなしに飛び出しているだろう。
美琴がこちらに向かっているとするならば、ここに辿り着くまでそれほど時間はかからない。
後はそれまでに自分が立っていられるかどうかだけである。




353 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:41:04.31zgeN/1gp0 (13/20)


御坂妹(お姉さまが来たら、この状況はかなり改善するでしょう。 ですが、まだまだ油断できません)

御坂妹(襲撃者の能力の詳細がわからない以上、お姉さまであっても苦戦する可能性は十分あり得ます。
    と、ミサカは万が一の事態を想定します)

御坂妹(できるだけ相手から情報を引き出したい所なのですが……)



襲撃者はこれまでの間、言葉らしい言葉は一切発していない。
そこら辺のスキルアウトであれば、自己顕示欲を満たすためにべらべらと聞いてもいないことを話してくれるのだが、
どうやら今回の相手は、そのような虚栄心は持ち合わせていないようだ。
むしろその姿からは、何かの任務を黙々とこなす仕事人のような雰囲気を感じる。



御坂妹(相手の口からの情報を期待できない以上、これまでの戦闘から相手の能力を割り出さなければならないということです)

御坂妹(できるかどうかわかりませんが、やってみましょう。 と、ミサカは判断し考察を始めます)




354 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:43:12.50zgeN/1gp0 (14/20)


今までの襲撃者の行動からわかった特徴を挙げてみる。


一つ目。能力を使用することで、空間を瞬時に移動することができる。
二つ目。不意打ちで放たれる電撃を事前に察知できる。もしくは能力を使って回避することができる。
三つ目。ナイフを複数本、相手の上空に配置することができる。


とりあえず、この三つが目立った所だろう。



御坂妹(一つ目と三つ目だけであれば『空間移動』という結論で済むのですが、やはりネックはこちらの電撃を回避できることですね)

御坂妹(ここは一旦、『空間移動に類する能力である』という先入観を捨て去る必要がありそうです)

御坂妹(他に『空間を瞬時に移動することができる』という状態を再現する方法は……)

襲撃者「……」




355 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:44:48.28zgeN/1gp0 (15/20)


ビュビュッ!



御坂妹「っと!」バッ!



思考をしながら襲撃者のナイフを転がるように回避する。
電撃で撃ち落とさなかったのは、できるだけ力を温存するためだ。
相手はこちらの電撃攻撃を警戒しているからこそ、接近戦をしかけてこないのだ。
もし御坂妹が『電池切れ』になれば、すぐにでも組み伏せようとするだろう。



御坂妹(『空間移動』を擬似的に再現する方法としては、目にも止まらない速さで移動することが挙げられますね)

御坂妹(肉体強化系の能力であれば、筋力と動体視力を強化することでミサカの電撃を回避することができるかもしれません)




356 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:46:49.08zgeN/1gp0 (16/20)


御坂妹(しかし今度は、三つ目の『上空に複数本ナイフを設置できる』という事実の説明がつかない)

御坂妹(あれは『ナイフを投げている』のではなく、『ナイフを置いている』と言った方が正確ですから)

御坂妹(眼にも止まらぬ速さで動いている中で、何十本ものナイフを空中に静置することは不可能です)

御坂妹(肉体強化以外にあるとすれば……?)



その時、ふと御坂妹は襲撃者の動きに変化が生じていることに気がついた。



御坂妹(……構えを解いている?)

襲撃者「……」



御坂妹より10メートルほど離れた地点で相手は両手を下ろし、静かにその場で佇んでいる。
ナイフの一本すら手に持っていないのだ。戦闘中に武器を自ら手放すなど、普通ならば考えられない。




357 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:49:25.76zgeN/1gp0 (17/20)


まるで戦闘を放棄したかのような動作に御坂妹は酷く困惑したが、未だに襲撃者から漂う殺気を感じ取って再び気を引き締める。
ナイフを仕舞ったことは理解できないが、おそらく相手はこれまでとは違った手法で攻撃をしてくるのだろうと踏んだ。



御坂妹(どんな攻撃を仕掛けるつもりなのかわかりませんが、見過ごすつもりはありません!)



今までよりも一層神経を集中し、相手の動作を注意深く観察する。
この行為がどれだけ有効なのかはわからないが、やらないよりは良いだろうと考えたのだ。










しかし、その御坂妹の行為は全くの無意味であった。




358 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:50:13.10zgeN/1gp0 (18/20)


御坂妹「……!? ……っ!?」

襲撃者「……」



突如、御坂妹はその場で喉を押さえて苦しみ始める。
口を酸欠状態の魚のようにパクパクさせるが、そこから吐息の音が漏れることはない。



御坂妹(息が……できな……!?)



御坂妹は苦しさの余り体を捩じらせようとするが、もはやそれすら叶わない。
彼女の首は何かに固定されたかのように、その場所から微塵も動かせないようになっていた。
首を支点にして吊り下げられているかのような体勢で彼女は悶え続ける。




359 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:52:28.73zgeN/1gp0 (19/20)


御坂妹(首が動かせない……まるで空間に縫い付けられているかのようです! 不味い、意識が……)



戦闘による肉体的な疲労。能力を行使したことによる精神的な疲労。
この二つの疲労が体に蓄積されている状態の彼女に、窒息による意識の混濁に対して抗う術は無い。
相手に向かって電撃を放とうにも、能力を行使するだけの体力も集中力も残されていなかった。


御坂妹は何も出来ぬまま意識を手放し、闇の底へと沈んでいく。
彼女が最後に見たものは、襲撃者の真紅の眼光だけだった。




360 ◆A0cfz0tVgA2014/07/27(日) 23:53:04.79zgeN/1gp0 (20/20)

今日はここまで
質問・感想があればどうぞ


361VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 23:59:35.91MSUEiQZH0 (1/1)


細かい空間操作は見事と言えるが、目的を達して放置するだけなら、助けにやって来るであろう彼女から情報が漏れて、ミサカ包囲網が作られるぞ?


362VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/28(月) 07:08:36.71hd9RW1wDO (1/1)

紅魔館勢の未来は……ま、殺ししてなきゃ学園都市ぐるみの詭弁で何とかなるか?


363VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/28(月) 08:36:43.46rdGMSmdjo (1/1)

乙です


364VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/28(月) 20:15:02.78u/MrHVM20 (1/1)


酸欠?ワイヤートラップか?
その前はナイフ‥となると次はガソリンか?(すっとぼけ)


365 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:15:05.97Z8LLjPpF0 (1/18)

>>361
襲撃者は『妹達』関連のことは全く知らないので、用が済んだらポイです
まぁ、そうは問屋が卸しませんけどね


366 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:15:41.88Z8LLjPpF0 (2/18)

これから投下を開始します


367 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:16:38.92Z8LLjPpF0 (3/18)






     *     *     *








368 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:19:16.92Z8LLjPpF0 (4/18)


襲撃者「……終わったわね」



襲撃者は少女が完全に沈黙したことを確認すると、そこで初めて口を開いた。


能力を解除し、宙吊りになっている少女を地に下ろす。
そして淀みなく少女の体に近寄って仰向けにし、首に手を当てて脈を診た。
脈拍は正常。呼吸のリズムも規則正しい。命に別状はないようだ。



襲撃者(仕方なく最後の手段を使ってしまったけど、大事に至らなくてよかったわ)

襲撃者(あれは気絶させる目的で使うには、少々制御が難しいものだから……)



自分から気絶させておきながら心配するのも何だが、流石に命まで取るつもりはない。
目的はあくまでもこの少女から『ある物』を得ることであり、必要以上に傷つけることに意味は無いのだ。
ただ今回に限っては、今までとは違って標的が手だれの人間だったために、止むを得ず痛めつけることになってしまった。
ただし、それに対しては自分も色々と負傷しているので、謝罪するつもりは全く無いが。




369 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:20:44.69Z8LLjPpF0 (5/18)


襲撃者(しかしこの子の顔……何処かで見たことがあるわね。 誰だったかしら……?)



深い眠りに落ち、小さな吐息を立てている少女を見ながら怪訝な顔を浮かべる。
茶色がかった髪の色に、まだ子供っぽさがどこかに残っている少女の顔。
それを見ていると、頭の隅に引っかかるものがあることに気付く。


自分は過去に於いてこの少女に出会っている。これは間違いない。
しかし、それはいつ頃のことだったか。つい最近のことであると思うのだが、具体的に思い出すことができない。
人の顔を覚えることには自信があったのだが、どうやらその自信は返上する必要があるようだ。



襲撃者(思い出せないということはほんの一瞬見ただけだったか、もしくはそれほど重要ではないことだということね)

襲撃者(いつまで悩んでいてもしょうがないし、さっさと取るものを取って退散しましょう)




370 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:22:02.92Z8LLjPpF0 (6/18)


襲撃者は思考を放棄して、本来の目的に考えを戻す。
このあたりは人通りが少ない地域ではあるが、万が一ということもあり得る。
それにこの時間帯はスキルアウトが動き始めるため、誰かに見つかる前に用を済ませた方が良い。



襲撃者(まずは、この子の上半身を持ち上げて……)

襲撃者(あ、さっきの部屋に置いてきた物を取りに戻らないといけないわね。 まぁ、後でいいわ)



物を置いてきた場所は先ほど飛び降りたビルの一室だ。
必要最低限の道具は手元にあるが、他の物についてはその部屋に置きっぱなしになっている。
戻るにはそれなりの距離があるが、自身の能力を使えば大した時間はかからないので、後回しにしても問題ないだろう。


そう判断し、必要な道具を懐から取り出したその時だった。




371 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:22:54.17Z8LLjPpF0 (7/18)


パリッ……



襲撃者「……?」



どこかから小さな、しかし聞き慣れた音が耳に飛び込んでくる。


この音は足元で眠っている少女が持つ能力が生み出すもの。
電子が放出される時に放たれる熱量により大気が膨張し、衝撃波となって伝わった時に起きる現象。


すなわち――――




372 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:23:55.87Z8LLjPpF0 (8/18)











バリバリバリィッ!










襲撃者「――――っ!!!」



大きくなる音の出所を確認するより先に、なりふり構わず襲撃者は能力を使って全力でその場を退避する。
その直後、強力な閃光が周囲を包み込み、同時に爆音が周囲に響き渡った。




373 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:25:32.86Z8LLjPpF0 (9/18)









     *     *     *












バリバリバリィッ!










襲撃者「――――っ!!!」



大きくなる音の出所を確認するより先に、なりふり構わず襲撃者は能力を使って全力でその場を退避する。
その直後、強力な閃光が周囲を包み込み、同時に爆音が周囲に響き渡った。




374投稿ミス ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:27:04.96Z8LLjPpF0 (10/18)






     *     *     *








375 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:39:49.67Z8LLjPpF0 (11/18)


ドォォォォォン!!!



美琴(……ちっ! 躱された!)



自身の放った電撃が当たるより先に、黒いコートの人間の姿が消えた所を見た美琴は、心の中で舌打ちする。
完全な不意打ちにも拘わらず避けられたのだ。一撃で仕留められなかったことは口惜しいが、今はそれどころではない。



美琴(……とりあえず、最悪の事態は免れたみたいね)



御坂妹の傍に駆け寄り、周囲を警戒しつつ心の中で安堵する。
自身が考える最悪の事態――――『御坂妹が誘拐され、消息不明になる』という結末は防ぐことはできた。
とりあえずは安心、といった所だろう。




376 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:44:54.96Z8LLjPpF0 (12/18)


美琴は数分前、打ち止めから御坂妹が何者かに襲われているとの連絡を受けた。
そして衝動に駆られるままに学生寮を飛び出し、一度も休むことなくここまで走って来たのである。
打ち止めの説明を聞いた途端に過去の悪夢がフラッシュバックし、居ても立ってもいられなくなったのだ。
御坂妹の経歴を考えれば、最悪の事態というものが容易できてしまうのも仕方のないことだろう。


その必死な行動が功を奏したのか、御坂妹が何処かに連れ去られる前に辿り着くことができた。
そして視認した不審者に向かって、一心不乱に電撃を飛ばしたのである。



13557号「お姉さま、10032号の容態ですが、体全体に複数の切り傷と太ももに大きな刺傷が見られます。
     ですが、命に危険はありません。 と、ミサカは10032号の診断結果を報告します」



学園都市に住む『妹達』の一人、13557号が御坂妹の診察の結果を報告する。
彼女の他にも10039号や19090号もおり、この場着いて直ぐに周囲の捜査を始めていた。


彼女達がここにいる理由は、打ち止めが美琴への増援として呼び掛けたからである。
美琴としては、危険な目に遭うようなことを『妹達』にさせたくなかったのだが、
他ならぬ彼女達がものすごい気迫で参加を表明していることを打ち止めから聞き、渋々承諾した。
『妹達』の強い思いを感じて喜ばしくもあり、その反面心配にもなった美琴であった。




377 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:46:41.90Z8LLjPpF0 (13/18)


美琴「わかったわ。 早いとこ病院に連れて行かないとね。 あたりの様子はどう?」

19090号「特に異常は見当たりません。 スキルアウトの気配も無いようです」

美琴「そう……あの黒っぽい服を着た奴、逃げたと思う?」

19090号「そうですね、あの不審者の目的は定かではありませんが、
ミサカであればこの人数の相手をすることは厳しいと判断して一旦退却します」

19090号「ただ、もし向こう側にのっぴきならない理由があるとするならば、その限りでは無いと思います。
     と、ミサカは不審者の動向を考察します」

美琴(そいつが何の目的でこの子に手を出したかはわからないけど、どちらにせよ早めに何とかする必要があるわね)

美琴(問題はどうやってそいつらの情報を集めるかだけど……)

10039号「お姉さま、このようなものを見つけたのですが……」

美琴「ん? これは……」




378 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:48:00.36Z8LLjPpF0 (14/18)


見やると、10039号が何かを手に持ってこちらに近づいてきた。手には何か小さなものが乗せられている。
どうやら先ほどの不審者が落としたもののようだ。


それは一本の注射器。雑菌が付かないように、アルコールが満たされた袋に入れられている。
注射針も一緒に入れられており、針の長さは大体4センチ、外径は1ミリ程度だ。
病院の採血において用いられているそれと、非常に良く似ていた。



美琴「これって……病院でよく見る普通の注射器よね?」

10039号「いえ、確かに似ていますが、これは医療用の注射器ではありません。 
胴体部分は市販品、注射針も工業用のもののようです。 と、ミサカは分析します」

美琴「……これを使って『妹達』の血液を手に入れようとしていたのかしら? もしそうだとするなら……」

13557号「研究目的で採血しようとしていたという可能性は低いと考えられます。 
と、ミサカはお姉さまの考えを読み取り、その考えを否定します」

美琴「何でよ?」




379 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:48:59.76Z8LLjPpF0 (15/18)


13557号「もし研究目的で採血するつもりであれば、このような粗末なものではなく正規の医療用の注射器を用いるはずです。
     と、ミサカは血液の清潔さの保持という観点から主張を述べます」

美琴「へぇ……ってことは、採血の目的は研究じゃない?」

13557号「断言はできませんが、その可能性は高いと思います」



もし血液を研究に用いたいのであれば、きちんとした道具を使って採血するはずである。
何故ならば血液は生ものであり、雑菌の混入は絶対に避けるべきことだからだ。
一般に市販されている物を組み合わせた粗末なお手製の道具を用いるはずがないのである。



美琴(研究目的じゃないとすると一体何のために……? いや、まさか……!?)バッ




380 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:51:45.97Z8LLjPpF0 (16/18)


突然、弾けるようにして美琴は背後を振り向く。
しかしそこには誰もいない。暗い通路を通る、寂しげな風の音が聞こえるだけだ。
だが彼女の険しい表情は少しも緩くならない。なぜなら『何者かが自分達の背後に居る』ことを確かに感じ取ったからだ。



13557号「お姉さま、どうしましたか?」

美琴「アンタ達、今すぐこの子を連れてここから離れなさい」

19090号「それはどういう――――」

美琴「いいから早くしなさい!」

19090号「……了解しました。 気を付けてください、お姉さま」



三人の『妹達』は美琴の鬼気迫る表情を見て、何も言わずに御坂妹を担いでこの場を離れて行く。
あの姉があそこまで必死になっているということは、自分達ではどうにもならないことが起きたのだろうと結論付けたのだ。
未だに美琴の隣で一緒に戦うことができない事実に歯痒さを感じるが、このまま残っても足手纏いにしかならないことも事実であった。



美琴(……さて、と)



妹達がこの場から離れたことを確認すると、美琴は何処かの誰かに向かってこう問い掛けた。




381 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:53:58.28Z8LLjPpF0 (17/18)











美琴「そこに居るんでしょ? 出てきなさいよ。 『連続通り魔事件』の犯人――――十六夜咲夜さん?」













382 ◆A0cfz0tVgA2014/08/03(日) 23:56:15.43Z8LLjPpF0 (18/18)

今日はここまで


次回から美琴 vs 咲夜が始まります
戦闘描写なんていつ以来だろうか……


質問・感想があればどうぞ


383VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/04(月) 00:49:11.015tXKm+7No (1/1)

乙です


384VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/04(月) 13:20:04.04Gwf6lfFt0 (1/1)

某書籍から判断するに、相手が悪いんじゃないかねさっきゅんさん?


385VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/04(月) 22:31:52.00Uz3v87rR0 (1/1)



時止め能力者は逃げに徹されたらとてつもなく厄介
まずそれをさせないのは正しい戦法(名指し外してたら超ダサいけどw)

しかし‥「際限なく明るくするッ!」つって電力放出で目潰し+能力封印できる訳でもあるまいに(某大冒険感)

攻略を考えてきたのか?(戦術)
それとも派手にやりつつ時間を稼ぐのか?(戦略)


386 ◆A0cfz0tVgA2014/08/10(日) 23:57:16.444rYLFvHi0 (1/2)

これから投下を開始します


387 ◆A0cfz0tVgA2014/08/10(日) 23:58:04.244rYLFvHi0 (2/2)


美琴が呼びかけると、一人の人間が通路先の闇から浮き出るようにして現れる。先ほど電撃を避けた『誰か』だ。
『誰か』は何も言わずに被ったフードに手を掛け、ゆっくりと脱いでいく。
そこから現れたのは、白銀の髪。次に雪にように白い肌。そして血のように紅い瞳孔を持つ眼。


家政繚乱女学院の『完全で瀟洒な従者』。
『十六夜咲夜』その人であった。



咲夜「……驚いたわね。 私のことを知っているの?」

美琴「知ってるわ。 アンタとは数日前に会ってるもの。 学生寮に仕事で来てたでしょ?」

咲夜「学生寮? ……なるほど、その服は常盤台中学の学生服。 ようやく思い出したわ」

咲夜「貴方、土御門さんと会話していた子ね?」

美琴「そうよ。 まさかその時会ったメイドが、あの事件の犯人だとは思いもしなかったけどね」




388 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:01:12.169PBRPR710 (1/19)


咲夜「まだ私のことは誰にも気づかれていないはずなのだけれど……」

美琴「でも段々とアンタに疑いの目が向けられてきている。 特に『風紀委員』から。 違うかしら?」

咲夜「……何故それを?」

美琴「アンタ最近『風紀委員』と戦ったでしょ? 黒子は私の後輩なのよ」

美琴「それで黒子の話を聞いて、私がアンタが犯人かもしれないって考えたの。
正確にはアンタの能力から予想したんだけどね」

美琴「『時間停止』の能力ってことがわかれば、調べるのは簡単だったわ」

咲夜「……なるほど。 どうやら少し舐め過ぎていたみたいね」



そう話しながら、咲夜は納得がいったように首肯する。


これまで彼女が襲ってきた人の数は14人。
それだけの犠牲者が出ていながら足を全く掴めていなかった『警備員』や『風紀委員』を前に、
彼女の心に驕りが生まれていたことは否定できないだろう。




389 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:04:38.429PBRPR710 (2/19)


美琴「さて、大人しく投降するんだったら気絶する程度で済ませてあげるけど?」

咲夜「そこの台詞は『痛くはしないけど?』じゃないかしら?」

美琴「バカじゃないの? 妹を傷つけておいて何も無いわけ無いでしょ。 それにアンタは佐天さんの仇だし、
   きっちり落とし前をつけさせてあげるわ」

咲夜「妹? それにしてはそっくりだったけど、双子かしら?」

美琴「そんなもんよ。 で、どうするの? 降伏するの? しないの?」

咲夜「そうね……………………丁重にお断りするわ」



その言葉を言い放つと同時に、咲夜はナイフを投擲する。
ナイフは獲物めがけて寸分も狂いもなく空間を飛び、鉄の身を少女の肢体に突き立てようとする。
それに対し、迫りくる鋼鉄の刃を目の前にして美琴は右手をかざし、自身の能力を発動した。


腕から火花が迸る。




390 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:06:00.409PBRPR710 (3/19)


パリッ!



咲夜「――――!?」





咲夜にとっては既に聞きなれた音が聞こえたかと思うと、空を飛ぶナイフは突然本来の放物線の軌道上から外れ、
美琴の前で急カーブして逸れていくという、物理的にあり得ない動きをして見せた。
さらにそのナイフは、あろうことかまるで衛星のように美琴の周囲をぐるぐると周回運動をし始める。
しかもナイフの周回する速さは、時間が進むにつれて高速になっていく。


『時間を操る』という物理法則を逸脱した能力を持つ咲夜としても、その光景には驚くばかりであった。




391 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:08:02.459PBRPR710 (4/19)


美琴「まぁ、そんな簡単に解決できるなんて考えてなかったけどね」



美琴はナイフを自分の周囲に回転させつつ、余裕綽々といった様子で咲夜を眺める。
彼女にとって見れば金属製のナイフなど、玩具のそれと同じくらい脅威に成り得ないもの。


膨大な電流は強力な磁力を生み、周囲の金属に動きを与える。
最大10億ボルトにも達する電撃を操る美琴は、副次的に発生する電磁力を用いて金属を自在に動かすことができる。
それ故に彼女にとって金属製の武器は脅威になることは無く、逆に利用することも可能なのだ。



美琴「返すわ」

咲夜「!」



咲夜が投擲した時の倍以上にまで動きが加速されたナイフが、ハンマー投げのように射出される。
その速さを見て、咲夜は容易に躱すことはできないと判断し、能力を用いて『自身の時間を加速』させた。




392 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:09:08.649PBRPR710 (5/19)


『自身の時間が加速される』ということは、相対的に『自分以外の全ての時間が遅延される』ということ。
どんなに高速で動く物体であっても、時間の流れが引き延ばされれば赤子が地面を這う速さよりも遅くなってしまうのだ。
美琴が投げ返したナイフも例に漏れず、咲夜に届く数メートルの時点で人が歩く速度以下に減速させられる。



咲夜「……」スッ



咲夜はナイフの軌道上から体を避け、能力を解除した。
異能の力によって歪められた時間の流れは、再び本来のあるべき速さに戻される。
ナイフの時間の流れも復元され、正しい速度でもって彼女の脇を通過した。




393 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:10:39.689PBRPR710 (6/19)


ガスッ!



咲夜「……」

美琴「避けたか。 当たるとは思ってなかったけど」



咲夜は後方でナイフが突き刺さる音に一抹の関心を向けることもなく、目の前の敵を見据える。
美琴の方にも、攻撃が避けられたことを気にしている様子は微塵も無い。



咲夜「……貴方、ただの『電撃使い』じゃないわね?」

美琴「御名答。 そんじょそこらの能力者と同列に考えないことね」

美琴「私は学園都市第三位の『超電磁砲』。 その気になれば電気だけじゃなくて、電磁波も磁力も操れるのよ」

咲夜「第三位……名前は確か、御坂美琴……」

美琴「どう? これでも降参しないつもり?」

咲夜「……私に二言はないわ」

美琴「……そう。 残念ね」




394 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:12:17.289PBRPR710 (7/19)


美琴は本当に残念だとでも言うかのような表情でそう口にした。


その顔の意味する所は、無謀にもレベル5に楯突いたことへの憐れみか。
それとも数多の人間に尊敬される存在でありながら、その過ちを正そうとしないことへの嘆きか。



咲夜「……」

美琴「……」



二人の間に長い沈黙が流れる。
聞こえる音は時折吹きぬける風の音のみ。
空気が質量を持ったかのような重圧が、この辺り一帯を支配する。
そのあまりの重苦しさに、羽虫一匹残らずこの場から逃げ去ったように感じる。


数えるのも億劫なほど長い時間が経ったような、そんな錯覚に陥りかけた時、漸く状況が変化した。




395 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:13:52.539PBRPR710 (8/19)



咲夜「……シッ!」


ビュッ!



咲夜は何処からともなくナイフを取り出すと、間髪入れずにそれを投擲する。
先ほどと同じ動作を繰り返しただけように見えるが、そんなことはない。
何故ならば、今回の行動は咲夜が能力を使用した上でのことだからである。


『自身の時間の流れを加速させた上でナイフを投げる』。
すると通常の何倍もの速さを持つ腕の力を加えられたそれは、音速をも超える速度で空間を突き進んでいく。
どんなに軽く小さな物体であっても、それを補うだけの速度と物質の強度があれば、容易く人を殺傷する凶器と成り得るのだ。




396 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:16:26.439PBRPR710 (9/19)


美琴「何度やっても同じよ!」



だが、学園都市の序列第三位に位置する『超電磁砲』にとって見れば、そのような攻撃ですら児戯に等しい。
どんなに高速で打ち出された物体でも、それが金属であれば磁力を用いて容易に捻じ曲げることができ、
非金属であっても自身の周囲に展開された電磁バリアが、攻撃に対して自動的に迎撃してくれるのである。


美琴も先ほどと同じように、音速で自身に向かってくる金属の刃の軌道を磁力で捻じ曲げる。
そして向かってきた速度のままナイフを咲夜に向かって投げ返そうとして、相手の姿が見えないことに気がついた。



美琴(いない……そこ!)

咲夜「!」




397 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:19:03.799PBRPR710 (10/19)


目で確認するより先に、美琴は自身の背後に姿を表した咲夜に腕を向ける。
その動きを見た咲夜は、腕から紫電が迸るより先にその場から退避した。



バチバチッ!



それから少し遅れて、先ほど咲夜がいた空間を電撃が通過する。
美琴の制御下から離れた電撃はそのままビルから突き出た電子看板に直撃し、看板の土台ごと粉々に破壊する。



ガシャァァァァァン!!!



美琴(……困ったわね)



落下して地面に激突する看板が鳴らした大きな音を気にもかけずに、美琴は心中で歯噛みした。


彼女は咲夜に対して、今の所それほど脅威は抱いていない。
咲夜の攻撃はいずれも『物体を投擲することによる遠距離攻撃』だからだ。
そんなものなど自分に対して何の危険も持たないことは、既にわかり切っていることである。




398 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:20:09.369PBRPR710 (11/19)


では何が問題なのか。それは咲夜に対する決定的な攻撃手段が思い付かないからだ。


咲夜は美琴の『攻撃する方向に腕を伸ばす』という動作から攻撃の前兆を見極め、
瞬時に能力を使用して電撃の射程圏内から退避している。
彼女の洞察力もさることながら、その思い切った判断力には感服するばかりだ。
一瞬でも判断に迷おうものなら、そのまま肉体を紫電の槍で貫かれることは不可避となるのだから。


予備動作から攻撃を読み取られるのであれば、その動作を行わずに能力を使用すればいいだろうと考えるかもしれない。
だが美琴の『攻撃する方向に腕を伸ばす』という行為は、思った以上に重要な意味を持つ。


電気というものは正と負にそれぞれ帯電した二点間の、できるだけ短い距離を進もうとする。
雷が高い所に落ち易いのは、負に帯電した雷雲と正に帯電した地表が近くなるためだ。
厳密な原理は複雑であるためこの説明は正確ではないが、大まかに理解する分には問題はないだろう。




399 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:21:27.379PBRPR710 (12/19)


『電撃使い』は自在に電気を発生させることができると言われているが、ただ発生させるだけでは攻撃手段にはなり得ない。
何故ならば、ただ単純に放電しただけでは近くの物体に電撃が引き寄せられてしまい、
自身の目的とする場所に命中させることは難しいからである。
膨大な電位差が生じている場合はその限りではないが、普通は何らかの方法で電撃が進む方向を矯正する必要がある。


そこで美琴に限らず、多くの『電撃使い』はその問題の解決策として、
自身の伸ばした腕の向きを基準に電撃の進行方向を決めている。
途中で電撃の進む方向を変更したい場合も、自身の腕を基本として行っているのだ。
この動作を行わずに電撃を命中させたいのであれば、通常の倍以上の出力でもって能力を行使しなければならない。


しかしそこまでの出力になってしまうと、直撃した際において相手の人体に深刻なダメージを与えることになるだろう。
微弱な電流による感電であれば熱傷や神経の一時的な麻痺で済むが、
強力な電流になると心室細動、もしくは心停止を引き起こし、高い確率で死に至る。


佐天や御坂妹を傷つけられたことに対して怒りを覚えてはいるが、咲夜を殺したいというわけではない。
第一、美琴はどんなに激昂しても絶対に人を殺すことはできないのだ。
それが彼女の本質であり、大半が学園都市の深い闇に囚われたことがあるレベル5の中で、
彼女が表の世界でまともに生きていくことができている理由にもなっているのである。




400 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:24:21.959PBRPR710 (13/19)


美琴(こっちの攻撃を当てるためには、何とかして相手の動きを封じ込める必要があるわね……)

美琴(でも電撃じゃ動作を読まれて避けられちゃうし、攻撃を加えて機動力を削ぐのは難しいかもしれない)

美琴(とすると、何とかして『避けられない攻撃』をする必要が……!)



ビュオッ!



美琴の思考を断ち切るかのように、前方から空気を切り裂く音が聞こえ、『何か』が高速で飛来してきた。
即座にその場を飛び退くと、飛んで来た『何か』はそのまま背後の壁にぶつかり、粉々に砕け散る。


足元にまで転がって来た破片を見てみると、どうやらそれは木片のように見受けられた。
と言うことは、先ほど飛んで来た『何か』は木材でできたもの。大方、杭のようなものだったのだろうと美琴は判断する。




401 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:26:32.789PBRPR710 (14/19)


美琴(攻撃を返されないように手段を変えて来たわね……)



咲夜は磁力で軌道を捻じ曲げられてしまうナイフを使うことを止め、
磁力の影響を受けない素材でできたもので攻撃することに決めたようだ。
この杭をどこから持って来たのか気になるが、おそらく周囲に放置されている廃材から拝借したのだろう。


肝心な咲夜の姿と言えば、常に能力を使用して動き回っているためか視認することができない。
だがこの場から逃げ出す様子はなさそうだ。その証拠に、再びこちらに向かって物体が飛来してきた。



美琴(別に撃ち落とせるし、大した問題じゃ無いんだけど、早いとこ対策を考えないといけないわね……)



向かって来る飛来物をある時は躱し、またある時は電撃で撃ち落としながら美琴は考える。


飛んでくる物体は先ほど杭だけでなく、路上に落ちている石なども混ざり始めてきている。
とりあえず近くにある電気を通さない物を、手当たり次第に投げているようだ。
当然それらも咲夜の能力によって、常人には回避することが不可能な速さで飛び交っている。
それはさながら、機関銃の銃弾をその身に浴びているかのようだった。




402 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:31:49.179PBRPR710 (15/19)


美琴(『点』の攻撃じゃどうやっても躱される。 なら『面』で攻撃すればいいわけだけど……)

美琴(電撃は面攻撃をするには向いてないし、何よりビルから突き出てる鉄骨に引き寄せられちゃうわね)

美琴(他に代わりになる物は……)



周囲を見渡すと、そこには先ほど自らの電撃で破壊した電子看板の残骸。
その他にも打ち捨てられた鉄パイプやら、咲夜が投げた後にそのまま放置されたナイフ等々。


これらを上手く利用して『絶対不可避の攻撃』を生み出すことはできないだろうか?



美琴(逃げ道があると時間を操作されて逃げられるから……これならいけそうね。 まずは……)

咲夜(何を……?)




403 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:33:04.119PBRPR710 (16/19)


次の行動の計画を頭の中で練り上げると、美琴はビルの壁に向かって全力で走り出す。
傍から見れば全く意味が見いだせない行動。咲夜も彼女の意図を読み取ることができずにただ見送るのみ。
だが、すぐさまその行為の意味をその目で理解することになった。


美琴はビルの壁の手前で飛び上がるとヤモリのように壁に張りつく。そして壁を蹴りつつ、上へ上へと登っていく。
彼女は自分自身を磁石とすることで、壁の中にある鉄骨に体を引き寄せて張り付くことができるのだ。



美琴(もう少し高さが必要ね……っと! あぶな!)


バチュン! バチュン!



背後から咲夜が投げて来た凶器を察知し、再び電撃で撃ち落とす。
美琴はビル3階付近の高い位置にいるはずのだが、咲夜は軌道を外すこと無く正確に投げつけて来た。
だが、『上に向かって物を投げる』という状況のためか、先ほどよりも投擲の動きにキレがない。
物が飛んでくる速さも大分落ちてきているように見えた。




404 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:34:19.619PBRPR710 (17/19)


美琴(ここまで来れば、少しは時間が稼げるわね……)



咲夜の攻撃をいなし続け、地表から10メートル付近の場所まで上り詰めた。


眼下にはこちらを見上げている小さな咲夜の姿がある。
ここまで高く離れてしまうと、流石の彼女でも攻撃を当てることは難しいようだ。
軌道のぶれが大きくなり、美琴の位置から大分外れた場所に攻撃が飛んでいくことが多くなってきている。


第1段階の行動を終えた美琴は、間を挟まずに続けて第2段階の行動を開始する。



美琴「いくわよ……!」


バリバリバリバリィ!


咲夜「……!?」



美琴の周囲から今まで以上に大きな放電が巻き起こる。それと同時に、周囲の光景が劇的に変化し始めた。




405 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:37:29.459PBRPR710 (18/19)


地面に打ち捨てられていた金属という金属が、この一帯が無重力になったかのように次々と浮き上がる。
この現象を引き起こしているのが、ビルの壁に張り付いている少女によるものであることは疑いようがない。


だが、彼女は重力を操っているわけではない。美琴の能力が『電撃使い』であることは不変の事実。
この現象の正体は、彼女の強力な電力が生み出した磁力によって引き起こされたものだ。
自身の能力を用いて周辺の空間に磁力を生じさせ、範囲内にある全ての金属を操っているのである。


もちろん普通の『電撃使い』であっても似たようなことはできるが、精々近くにある金属を引き寄せるのが関の山であり、
半径15メートル以上もの広い範囲を覆う磁界を生み出すことは不可能だ。
彼女以外全ての『電撃使い』をかき集めても、足元にすら及ばない程の圧倒的な発電量を誇るからこそできる芸当である。


浮き上がった金属片の群れは咲夜から少し離れた場所に移動し、彼女を中心として取り囲むようにして停止する。
それはまさに『鉄の檻』。上下前後左右、全ての方向に於いて逃げ場は無い。



咲夜「これは……!?」

美琴「食らいなさい!」



美琴が号令をかけると同時に、周囲に浮遊していた金属片がその鋭利な角を咲夜に向けて打ち出された。




406 ◆A0cfz0tVgA2014/08/11(月) 00:46:31.059PBRPR710 (19/19)

今日はここまで。


美琴「アンタが何秒時間を止めようと関係のない処刑を思いついたわ……」

咲夜「なんてことを思いつくの……こいつは……やばい……わね」

美琴「フン! 逃れることはできないッ! アンタはチェスや将棋でいう『詰み(チェック・メイト)』にはまったのよッ!」


……やってみたかっただけです。ごめんなさい


来週は帰省でお休みです
質問・感想があればどうぞ


407VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/11(月) 03:02:08.8778KkUG7w0 (1/1)

乙!
そういやこのSS内で読んでたっけかwww


408VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/11(月) 07:04:09.53mn5iifLDO (1/1)

しかしDIOのその台詞って事は負けるかな?


409VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/11(月) 19:56:23.82B+KC/VApo (1/1)

乙です


410VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/11(月) 20:35:22.30F1qIkHQt0 (1/1)



上にいる奴が磁力で操ってる以上取り囲む物体を1個ずつ叩き落としたってしょうがない
この状況で逆転の目は‥いくらでもありそうだな


411VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/13(水) 17:22:24.541n85ZVNDO (1/1)

集めたものを利用して電磁ネット→範囲収縮→感電ならその限りではないかな


412 ◆A0cfz0tVgA2014/08/24(日) 23:33:41.79HxFHuz0O0 (1/1)

※近況報告
執筆が少々滞っているため、今週はお休みです
誠に申し訳ありませんが、今しばらくお待ち願います


413VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/25(月) 22:50:18.02x9vJJQTK0 (1/1)

おk


414 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:26:52.62UNT1NV2i0 (1/9)

これから投下を開始します


415 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:28:45.41UNT1NV2i0 (2/9)


全ての金属片の発射速度はほぼ同じ。幕のようにして迫ってきているため、時間を操作して一つ一つ回避することは不可能。
加えて遮蔽物に適した大きな物体も周囲に無いので、身を隠してやり過ごすこともできない。


確実に決まった――――美琴がそう思いかけた時だった。



ガガガガガガガキィン!



けたたましい音と共に、咲夜に命中した金属片が辺り一面に飛び散る。
人体に命中したにしては、あまりにも無機質な音。
まるで石のように頑丈な物質に当たったかのようだ。



美琴「嘘……まさか、無傷……?」

咲夜「……ふぅ」



果たして、攻撃の中心部には未だに健在な咲夜が佇んでいた。怪我どころか服すら破れているようには見えない。
一体どのようにしてあの攻撃を耐えきったのだろうか。美琴の頭の中に疑念が渦巻く。




416 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:30:18.19UNT1NV2i0 (3/9)


咲夜の能力は『時間操作』である。肉体を強固にしたり、壁を作り出したりするものではない。
自分の時間を加速させた上で攻撃を叩き落としたのかと思ったが、そのようなことをした素振りは見えなかった。



ジャラ……


美琴(? あれは……)



金属が擦れ合うような音を聞き、美琴は咲夜をもう一度注視する。
すると彼女の片手には、いつの間にか鎖が付いた、銀色の何かが握りしめられていることに気がついた。
大きさは手のひらに収まるくらいで、形は丸く、少々厚みのある円盤型である。それに鎖が付いているものと言えば……



美琴(……懐中時計? 何でそんな物を……)

咲夜「御坂美琴さん」

美琴「……何?」

咲夜「悪いことは言わないわ。 ここは引きなさい」

美琴「……はい?」




417 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:31:37.79UNT1NV2i0 (4/9)


突然の忠告に、美琴は呆けながら返事をした。
この女は何を言っているのか。ここまで散々やり合っておいて、今更そんな戯言を聞き入れられるわけがない。


そもそもこの場で引く理由が無い。現状における戦いの優位性は、明らかに美琴の方が上なのである。
このままいけば確実に捕まえられるというのに、その機会を自ら放棄するなどあり得ない。
何より、佐天と御坂妹を襲った犯人が野放しになっているという状況を、彼女が我慢できるはずがないのだ。


よって美琴は、当然のごとくその提案を蹴り飛ばす。



美琴「何でそんなことしなきゃいけないのよ。 アンタがこれからも人を襲うのをみすみす見逃せっての?」

咲夜「こんなことをするのは今日までの話よ。 これが済んだらもうしないわ」

咲夜「それに私は自分が犯した罪から逃げるつもりはない。 全てが終わったら牢獄に入れるなり何なり好きにすればいい」

咲夜「だから貴方が持ってるその注射器を渡しなさい。 もう時間がないし、それがないと何もできないわ」




418 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:38:46.33UNT1NV2i0 (5/9)


美琴「罪から逃げるつもりがないなら、この場で大人しく捕まりなさいよ。 何言ってんの?」

美琴「それに犠牲者が出るのを見過ごすわけ無いじゃない。 だからアンタの要求は却下よ、却下」

美琴「『注射器(コレ)』を渡すつもりは毛頭ないし、アンタはこの場でふん縛って『警備員』に突き出してやるわ」

美琴「何の目的で血を集めているのかはまだわからないけど、その話は牢屋の中でじっくり聞いてあげるわよ」

咲夜「……そう。 交渉決裂ね」

美琴「交渉ってのは対等な立場で成り立つものよ。 アンタと私の立場が同じだなんて思わないことね」

美琴「この戦いの主導権を握っているのは私。 アンタはそのまま倒れなさい」

咲夜「……」



美琴の挑発を何も言わずに聞く咲夜。その顔に怒りの感情は全く見えない。
このような安っぽい挑発では意にも介さないらしい。この辺りが『瀟洒』と言われる所以なのだろう。


これまで美琴が戦ってきた人間達とは、大分違う人種のようだ。
下品な暴言を躊躇い無く使い、狂人同然の行動をする輩が多い中で、
咲夜のような闘いの中で常に冷静沈着でいる存在は珍しい。




419 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:42:35.73UNT1NV2i0 (6/9)


ただ、反応があまりにも希薄すぎることが却って不気味だ。
咲夜の鉄面皮はまるで能面のようであり、彼女が今何を思っているのか全く読み取ることができない。
その特徴的な容姿と相まって、等身大の人形を相手にしているかのようだった。



咲夜「……仕方ないわね。 あまりやりたくは無かったのだけれど、本気を出さないといけないみたいね」

美琴(本気……ね。 見せてもらおうじゃない)



咲夜の言葉を聞き、美琴は再び身構える。


十六夜咲夜の本気。果たしてそれは、どのようなものなのだろうか。
そもそも、彼女の超能力で『本気を出す』ということはできるのか。


『懐中時計』ができることは、時間が流れる速さを変えるということだけである。
本気を出すとすれば『時間が流れる速さを極端に変える』ことくらいだが、
今の戦況を覆せるほどの効果を生み出せるのか想像がつかない。




420 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:44:03.54UNT1NV2i0 (7/9)


美琴(いや、さっきの全方位から来る攻撃を完全に防ぎきった現象……)

美琴(もしかしたら、あれがこいつの本気の片鱗なのかしら……?)

咲夜「……いくわよ。 精々足掻くことね」

美琴「……!」



バチバチバチィ!



美琴は再び磁界を生み出し、周辺の金属を浮遊させ始める。
兎にも角にも、先ほどの完全防御の秘密を解明しないことには有効な打開策を見出せないと判断したのだ。


一方咲夜は懐中時計を握りしめたままで、特に何かをするような様子は見せていない。
まるで無防備なその姿に美琴は一抹の不安を感じるが、それを無視して磁力の操作に専念する。
どのようなつもりなのかはわからないが、こちらがするべきことは変わらない。
先手必勝。相手が何かをする前に決着を付けることが最善の方法である。



美琴(さぁ……どうするつもり?)



着々と鉄の檻を構築しつつ、咲夜の行動を観察し続ける。
しばらくすると、咲夜は手に持った懐中時計を一瞥した後、美琴に向かって何かを口走った。
その声はとても小さく、度々鳴る放電音にかき消されて聞き取ることはできない。
だがその口の動きを読み取ることで、彼女が何を言っているのかを理解することができた。


その紡がれた言葉は――――




421 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:45:34.45UNT1NV2i0 (8/9)











『貴方の時間は私のもの。 ようこそ――――私の世界へ』













422 ◆A0cfz0tVgA2014/08/31(日) 23:52:57.62UNT1NV2i0 (9/9)

短いですが、今日はここまで
今まで投稿した文章を見ていると無性に修正したくなる
これが黒歴史ってやつか……


質問・感想があればどうぞ


423VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/01(月) 06:48:09.759wbot0kso (1/1)

誰もおらんのかっ!


424VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/01(月) 19:02:20.67ERgQHVye0 (1/1)

乙!! 咲夜さんの本気…さて、どのくらい強いのやら……。


425VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/09/01(月) 20:04:10.96r8zearrg0 (1/1)


時止め能力だけに一瞬たりとも見逃せないな


426VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/01(月) 23:18:53.13H4RtY/8no (1/1)

乙です


427VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/04(木) 18:02:55.61lNNldHsDO (1/1)


咲夜さんがやったのはあれかね?
完全に時間の止まったものは、何をしようと絶対に傷を付ける事は不可能云々の...
止めたのが周りの空間だろうと同じ事だろうし


428 ◆A0cfz0tVgA2014/09/07(日) 23:37:52.40gFEuLjzh0 (1/12)

これから投下を開始します


429 ◆A0cfz0tVgA2014/09/07(日) 23:39:02.80gFEuLjzh0 (2/12)


次の瞬間、美琴の体に今まで体感したことの無い異常が現れ始めた。



美琴(!? がっ……何!?)



喉を塞がれている。掠れた息が出る隙間すらないほどに。


慌てて首元に手を伸ばすと、何やら固いものが首の周りを覆っている。
直接見ることはできないが、『それ』が首を固定し、さらには気管を堰き止めているようだ。
『それ』を外そうと試みるが、まるで空間に縫い付けられたかのようにピクリとも動かすことができない。


このままでは、窒息死して首吊り死体の出来上がりだ。




430 ◆A0cfz0tVgA2014/09/07(日) 23:40:07.54gFEuLjzh0 (3/12)


美琴(~~~! 落ち着くのよ私! まずは……)



頭を過った最悪の光景に背筋を寒くするが、すぐさま冷静になって現状を分析する。
この現象が何であれ、それを引き起こしたのは間違いなく咲夜である。
彼女を止めることさえできれば、この異常も解除することができるはずだ。


どういう原理なのか考えるのは、今は後回しにしよう。
兎にも角にも、この状況から早く脱しなければ。



美琴(このっ!)


バリバリッ!



美琴は磁力で金属片を操ることを止め、即座に電撃を咲夜に向けて打ち出す。
案の定、美琴が何をしようとしているのかを理解した咲夜は、攻撃が届く前に時間を操って消え去った。
その途端に美琴にかけられた『首輪』が外れ、正常に呼吸ができるようになる。




431 ◆A0cfz0tVgA2014/09/07(日) 23:41:26.44gFEuLjzh0 (4/12)


美琴「ゲホッゴホッ! ど、どこに……!」



激しく咳き込みながらも、美琴は消えた咲夜の姿を探す。


今の攻撃はこれまでと違い、殺意が見え隠れするものだった。
相手が相手であれば、その場から動かずとも確実に葬ることができる力。
時折レベル5は『人間兵器』と揶揄されることがあるが、
レベル4でも人一人を殺めるには十分な力を持っているのだ。
自身より格下の相手であっても、油断すれば危険であることを改めて認識する。


もしも自分が『電撃使い』でなかったとしたら。
咲夜に届くだけの攻撃射程を持つ能力でなかったとしたら。
おそらく何も出来ないままに、窒息していただろう。




432 ◆A0cfz0tVgA2014/09/07(日) 23:44:17.54gFEuLjzh0 (5/12)



美琴(あいつの能力には有効範囲があると思ってたけど、まさかここまで届く広さとはね……)

美琴(おそらくアイツは、これからは私の電撃を回避できる、かつ自身の能力が届く範囲で攻撃を仕掛けてくるはず)

美琴(私も、アイツとの距離を考えて戦わないといけないかも……)

美琴「それにしても、どこに消えたのかしら……?」



美琴は地上に降り立ち、周囲を見渡しながら警戒する。


咲夜の『本気』がどれだけ脅威なのかは、先ほど身をもって経験している。
射程圏内に入った人物の呼吸を奪い、尚且つ動きを封じ込める。
あの力を相手に、長期戦を仕掛けるのはあまりにも危険すぎる。
再びあの攻撃を受ける前に、早急に決着を付けるべきだ。




433 ◆A0cfz0tVgA2014/09/07(日) 23:47:01.09gFEuLjzh0 (6/12)


美琴(……おかしい。 アイツの位置を感知できない)

美琴(まさかこの期に及んで逃げたなんてことは……)



『本気を出す』と言いながら逃亡するなどあり得るだろうか。
先ほどとは違って、咲夜に不利な戦況というわけではないのだ。


咲夜が用いた正体不明の攻撃は、美琴に危機感を抱かせるには十分な代物だった。
なにせ攻撃の予兆が全くわからないのだ。それ故に攻撃を前もって阻止することも、回避することもできない。
どのように対策すればいいのか、まるでわからないのである。


そんな勝利の可能性が見え始めている状態であるにも拘らず、咲夜は易々とそれを放棄したというのか。
美琴が見た限りでは、そんなことをするような人間には思えなかったのだが。



美琴(それに注射器はまだ私が持ってるから、これを見す見す手放すとも考えにくいし……)

美琴(替えを何処かに用意してるなら別だけど、それなら私と戦わずに最初の段階で逃げているはず。 となると……)




434 ◆A0cfz0tVgA2014/09/07(日) 23:48:17.97gFEuLjzh0 (7/12)


ヒュオッ……


美琴「……!?」ゾクッ



何気ない風の音が、美琴の背筋を異常なほど震え上がらせた。


どこからか視線を感じる。
姿を現さない咲夜が、明らかにこちらを観察しているのを感じる。
目に見えない虫が体を這い回るような、とても嫌な感覚を彼女は覚えた。



美琴(っ! アイツはまだ逃げてない! 一体何処に隠れたってのよ!)

美琴(ソナーに全くかからないって事は、少なくともこの近くには居ないってことだけど……)

美琴(何かに隠れながらこっちを観察するには、この場から遠くに離れることなんて出来ないし)

美琴(物陰やビルに隠れずに、私を遠くから観察できる場所といったら……あるにはあるけど……)