434 ◆D4iYS1MqzQ2014/08/22(金) 01:14:30.59vOentYjto (2/7)




パトロールは空振りに終わった。
日はすでに落ち、街灯の光が取って代わろうかという頃になって、ようやく私たちは解散した。

結局、杏子ともう一人のまどかは顔を見せなかった。杏子はともかく、まどかはどこへ行ってしまったのか、少し心配。
あの子、昨日の事で、結構しょげていたから……。まあさすがに、もう家に戻ってると思うけど……。

マミ「じゃ、さよなら、暁美さん」

背中越しに言って、マミはさっさと帰って行った。まどかとさやかも既にいない。私も帰路につく。
見上げた空に月が明るかった。昨日とは打って変わって綺麗な夜空が広がっていた。
先ほど歩いた駅前の通りを引き返す形で、私はまどかの待つ自宅へ急ぐ。待ってるよね……?

今日のパトロールは様子がおかしかった。そもそもパトロールは当番を決めてやろうということに決まったはずなのに、
今日はなぜか全員でやっていた。誰も指摘せず、当たり前のようにみんなで歩いていたけれど……。

結局、みんな怖いから仕方が無いのか。怖いというのは、魔女の事じゃない。ましてや、まどかの事でもない。
マミとさやかには軽い衝撃ではなかったはずだ。昨夜の出来事の中ではそれほど目立った事じゃなかったけど。
――ソウルジェムは魔法少女の魂だという事実。それを明かした今、彼女たちがどう思っているのか、私には分からない。

けど、マミはもっと色々な事を言ってくると思っていた。私に対して、彼女は悪感情を抱いてる訳じゃないけど、
やっぱり昨日の言い合いでちょっと気まずかったのかしら。私は全然気にしてなかったけど、彼女は変に繊細な部分があるから。
彼女とこれ以上争うのはごめんだった。私が面倒だし、彼女を追い詰めてしまうともっと面倒だから。
申し訳ないけど、マミに対する、これが私の本音だった。

だけど、彼女がまどかを責めるなら、私が擁護しなければならない。
まどかは精神的に追い詰められた結果、暴走を起こしたのだから、これ以上ストレスをかける訳にはいかなかった。
それに実際、彼女は何も悪くないのだ。

じゃ、悪いのはだれ?


435 ◆D4iYS1MqzQ2014/08/22(金) 01:16:41.08vOentYjto (3/7)




家に帰ると、まどかはそこにいた。門の前で私たちは鉢合わせしていた。
「偶然だね」と言って、まどかは片手に提げた袋を軽く持ち上げてみせた。

ほむら「あら、買い物してくれてたの? でもまだ食料は――」

魔まどか「ほむらちゃん! 食料っていう言い方、やめにしようって言ったでしょ」
魔まどか「カップ麺ばっかりじゃ身体に良くないよ。今日は、ごはん作るからね、わたし」

言い返す前に、まどかは袋を持ったまま器用にカギを取りだして扉を開けた。
まどかの料理と聞いて、私の心は板挟みになる。気持ちは嬉しいんだけどね……。


436 ◆D4iYS1MqzQ2014/08/22(金) 01:17:42.88vOentYjto (4/7)




まどかは昨日の事など無かったかのように振る舞っていたけど、私はむしろ心配を募らせていた。
ずっとみんなを助けるために動いてきて、実際に私たちの命を救い、やっと信頼を得たのに。
たった一度の、しかも彼女自身には覚えの無い暴走によって、それが崩れてしまったのだ。何ともないはずが無い。

そう思ってまどかの顔を見ると、彼女は「なに?」と訳もなく嬉しそうに笑った。私は顔を背ける。
「あなた昨日の事は何ともないの?」と聞くほど私も間抜けじゃない。
聞かなきゃ分からないほど間抜けなら聞くべきじゃないし、聞かなくても分かるなら聞く必要が無い。どっちみち同じ事ね。

ほむら「あなた昨日の事は何ともないの?」

魔まどか「えっ」

それでも私は聞いていた。
私は間抜けじゃないけど、自分の考えに自信が無くなるほど、彼女がまったく普段通りに笑っていたからだった。
私の無遠慮な問いに対して、まどかは「昨日の事って何の事?」とは言わずに、こう答えた。

魔まどか「えー、何ともないよ?」

ほむら「……そう」


437 ◆D4iYS1MqzQ2014/08/22(金) 01:19:46.14vOentYjto (5/7)




「電気消すね」と私が言い、まどかは布団の中で頷いた。
パチリという音とともに、部屋の色は白から青へ。光はカーテンの隙間から入る月明かりだけに。
ただ足元を見るには十分だった。私は自分のベッドに入り、こちらに背を向けて横たわる彼女に声をかけた。

ほむら「まどか、おやすみの前に、ちょっと」

魔まどか「…………なに?」

本当に眠そうな声だったので、私は手短に済ませようと思った。とはいえ今でなくてはならない。
だって彼女が起きるのは、私が家を出た後だろうから。最近は特にそうだ。一人の朝食は慣れたものだけど。

ほむら「今日、放課後すぐに帰ったら、あなたがいなかったわ。あの時どこに行ってたの?」

魔まどか「言ったじゃない。買い物だよ……」

ほむら「駅前のスーパーよね。レシート見たわ……けど、それだけじゃないでしょ」

まどかはこちらに背を向けたままだった。寝てしまったんじゃないかと思えるほど、微動だにしなかった。
私は取り調べのような真似をするのは本意ではなかったけど、まどかのために把握しておくべきと思い、敢えて口を開く。

ほむら「時間的におかしいわ。あの時から出かけてて、帰りに玄関で鉢合わせなんて、いくらなんでも……」


438 ◆D4iYS1MqzQ2014/08/22(金) 01:21:42.99vOentYjto (6/7)


魔まどか「散歩してただけだよ、駅前の公園で休んだり、のんびりしたっていいじゃない」

遮って、まどかは言った。いくら何でも雑な言い訳だった。彼女はいったい何をしていたんだろう。
別にいいんだ、彼女が何をしても、それでストレスが晴れるなら、むしろ良いことなんだ。ただし。

ほむら「今日パトロールあったのよ。杏子は来なかったけど、他はみんな来たわ」
ほむら「私が帰ってくる時間は知ってたはずでしょ、どうして家で待っててくれなかったの?」
ほむら「誤解しないでね。私……怒ってるんじゃないの。ただ、あなたにとって、あまり良い事じゃないと思うだけ」

魔まどか「…………」

ほむら「…………まどか、寝ちゃったの?」

魔まどか「…………」

私はしばらくまどかの返事を待ったけど、バカらしくなって目を閉じた。
こんな聞き方じゃ、まどかが怒っても当然か……。でも、肝心な事を話してくれないまどかだって……。
暗闇の中で、薄目を開くと、まどかは相変わらず背を向けて、微かに寝息も立てていた。

ほむら「……意地悪」

私は口の中で、小さくつぶやいた。


439 ◆D4iYS1MqzQ2014/08/22(金) 01:22:53.33vOentYjto (7/7)

今日はここまで


440VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/27(水) 23:45:22.87wD1lZmDAO (1/1)

魔どかが重いな



441 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:39:57.36Mo4PZa66o (1/8)




目が覚めると、まどかはいなかった。
隣のベッドがもぬけの殻だ。私は寝惚けまなこをゴシゴシとこすった。やっぱりいない。
朝の陽ざしを浴び、白く輝くベッド。時計を見る。私が寝坊したわけではない。

まどか、どうして?

心の中で問いながら、もう私はその答えが分かるような気がした。
昨夜の最後のやり取りを思い出していた。胃が重くなるようだ。
夕方、どこに行っていたのか問い詰めた私に、まどかは答えず、寝たフリをしていた。
まさかあれで怒って、家を飛び出して……?

悪い想像を断ち切り、私は部屋を出た。


442 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:40:54.29Mo4PZa66o (2/8)


ほむら「…………まどか」

リビングに足を踏み入れて、私は気の抜けた声で呼びかけた。

最近では、彼女は起きるのが遅いので、私たちは朝、顔を合わせることが無かったのだ。
それが、今日に限って、私より早く目覚めていた。
寝巻きのまま、朝のニュース番組をぼんやり眺める彼女の姿。それを見て、私は肩の力が抜けるのを感じた。

なんだ、良かった。

魔まどか「おはよう、ほむらちゃん」

彼女が、こちらに気付いて言った。
私も「おはよう」を返す。声に力が入らない。

魔まどか「大丈夫? なんか、顔色わるいよ?」

ほむら「低血圧だから……」

魔まどか「ふーん…………って、ダメだよ! 立ってないで、ここに座って!」

ウソじゃないけど、今のは適当に言っただけなのに……と、思う間に私は、まどかに引かれてソファに座っていた。
深く息を吐き出す。さっきまでの苦しさが取れたような気がして、何となく悔しくなった。
私を心配させたのはまどかだけど、安心させたのもまどか。これじゃ誰に文句を言ったらいいのか分からないじゃない。

そのまどかが言う。

魔まどか「今日、わたしが朝ごはんの支度するから、ほむらちゃん、ここに座って待っててね」


443 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:41:32.70Mo4PZa66o (3/8)




ほむら「じゃ、行ってくるわ」

支度を終えて、私は玄関に立ち、振り返った。
目に入るまどかの姿。彼女はなぜかそわそわしていた。
数秒の間、私が黙って待っていると、やがて彼女は口を開いた。

魔まどか「あの!…………ほむらちゃん」
魔まどか「ちょっとお願いがあるんだけど……いいかな」

ほむら「なにかしら」

魔まどか「ほむらちゃん、わたし、もう一人のわたしと話がしたいの」
魔まどか「でも、学校には入れないでしょ。それに、パトロールは多分もう、ダメだし……」

ほむら「……放課後、ここに彼女を連れてくればいいのね? 分かったわ」

尻すぼみになっていく声を遮って、私は請け合った。
まどかはホッと息を吐いて、「ありがとう」と言って笑った。

私は思った。
やっぱり、昨日のパトロールをサボったのは、マミのことが原因か、と。


444 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:42:39.42Mo4PZa66o (4/8)




さて、私は学校に行き、授業を受け、まどかを連れて帰って来た。
その後ろには結局いつものメンバーが揃っていた。
まどかの暴走を警戒しているマミは、自分も付いていくと言って聞かなかったし、
すっかり元の調子に戻ったさやかは、まどかが何を話すのか気になると言って聞かなかった。
私は(魔法少女でない方の)まどか以外を連れていって良いものか少し迷ったけど、
聞き手が多いと困るとは言われてないし、まあいいかと思った。

マミ「暁美さん、あなたは油断しすぎよ。あの子を居候させとくなんて」
マミ「またいつ暴走するか、分かったもんじゃないっていうのに」

ほむら「…………」

まどか「あ、もうすぐ着きますよ!」

道のはるか先を指さして、まどかが言った。さやかがクスリと笑った。
それをなぜかマミが睨みつけて、しかし何も言わずに顔を背けた。
それに気付いたのかどうか、さやかはマミに向き直り、声をかける。

さやか「だいじょーぶですよ、マミさん」
さやか「いざとなりゃ、こっちにもまどかがいるんだし――」

マミ「――美樹さん!!」


445 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:44:13.98Mo4PZa66o (5/8)


突然の大声に、一番驚いた顔をしたのはマミ本人だった。
次がまどかで、その次はたぶん私だろう。そしてさやかは全く驚かないどころか、少し呆れ顔だった。

さやか「もう、すぐ真に受けるんだからー……」
さやか「分かってますって。というか、あたしが契約させないよ。まどかだけは」

マミは今度こそ黙り、完全に顔を背けて表情を隠した。でも耳が真っ赤になっているのは隠せなかった。
まどかは私たちを順繰りに見まわした後、何かに気付いたような顔をして、口を開いた。

まどか「ほむらちゃん……もしかして、みんなに言ったの? あの事」

ほむら「え?」

まどか「いや、だから……」


446 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:45:12.47Mo4PZa66o (6/8)


言い淀んだまどかが、何か閃いたらしい。思いつめた顔で、急接近してくる。私に向かって。
思わず後ずさりした私の腕をとらえて、横に立つまどかが顔を近づけてきた。耳元でささやく声。

まどか(だからー……ソウルジェムは、魔法少女の魂だっていう、あの事だよ)

私は胸を高鳴らせながらその声を聞いていた。耳に入り、脳をとろかす声。
まどかが離れる。真剣な顔でこちらを見て、改めて聞いてくる。

まどか「みんなに言ったの?」

ほむら「言ったわ」

私は即答していた。
した後で、本当にして良かったのかと思ったけど、手遅れにも程があった。


447 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:46:10.41Mo4PZa66o (7/8)


まどかはショックを受けたような顔をしてたけど、その理由が分からなかった。
頭が混乱していた。私は自分を奮い立たせた。――ぼんやりしてる場合じゃないでしょ!!
しかしまどかはすでにこちらを見ていなかった。

まどか「さやかちゃん、マミさん。わたしもキュゥべえから聞いたよ。あの事」
まどか「ソウルジェムは、魔法少女の魂なんだって……。怖い、よね。みんなは、怖くない?」

マミ「…………」

さやか「…………」

マミもさやかも黙りこんでいたが、しばらくしてさやかが顔を上げ、口を開いた。

さやか「あ、もうすぐ着くよ」

彼女が指差した先、私の家はもう目の前だった。


448 ◆D4iYS1MqzQ2014/09/12(金) 22:48:05.57Mo4PZa66o (8/8)

今日はここまで
そろそろ週一更新に戻したい


449VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/13(土) 11:18:05.45j1L0V1qpO (1/1)

まどかが来たからって簡単に未来変えられるSSは好きじゃない

だからこのSSは好きだぜ期待


450VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/03(金) 18:27:13.43P2NXtsXL0 (1/2)

はよう、続き(´・ω・`)


451VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/03(金) 18:27:48.13P2NXtsXL0 (2/2)

はよう、続き(´・ω・`)


452 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:49:35.84+lkPfJLUo (1/11)

>>449 ありがとう
再開します


453 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:50:08.49+lkPfJLUo (2/11)


~魔まどか視点~

わたしは悶々として、ほむらちゃんの帰りを待っていた。
テレビはうるさいから消したけど、今度は時計の音がうるさく聞こえた。
お昼寝はもうしたし、お腹は減ってないし、ほむらちゃんは帰ってこないし……。

魔まどか「もう!!!……なんなの」

わたしは叫んで、頭を抱えた。みっともない自分に吐き気がする。
いつもこれ。この世界に来てから、楽しいことなんて何もない気がした。
いや、楽しいことと言えば、ほむらちゃんだった。でも今は、もうそれも……。

魔まどか「ほむらちゃんのウソつき……」

もう飽きるほど繰り返した回想に、わたしはまた落ちていく。


454 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:50:37.81+lkPfJLUo (3/11)




昨日の午後も、わたしは同じようにリビングにいた。
朝の間はいつも掃除をしているんだけど、もうこの家で掃除されてないところは無かった。
「学校に行きたい」と、これほど強く思った事は無かった。お願いだから、とわたしは思った。
何一つ動かない。これじゃ、時間が止まってても、わたし気付かないよ。

やることが無いと、また嫌なことを思い出す。
わたしがいま座っているこの椅子に、昨日はマミさんが座っていた。
まるで敵を見るようなマミさんの視線は、怖いというよりも悲しかった。
わたしは何も覚えてないんだよ、マミさん。

ほむらちゃんは言ったっけ。「どんな献身にも見返りなんて無い」って。分かる気がした。
わたしはほむらちゃんに同情した。でも、ほむらちゃんの感じているものは、この程度ではないかもしれない。

今のわたしには、ほむらちゃんしか居なかった。
考えてみれば、そうだ。前の世界のわたしを知っているのは、ほむらちゃんしか居ないんだ。
マミさんも、さやかちゃんも、あのわたしだって、誰も分かってない。わたしのことを、本当の意味では。

でも、ほむらちゃんは分かってる。
そう思うと、わたしは安心した。ほむらちゃんがいれば大丈夫。


455 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:51:08.28+lkPfJLUo (4/11)


と、部屋の中に気配を感じて、わたしは振り向いた。

魔まどか「――キュゥべえ!!」

未来QB「やあ、昨日は散々だったね」

魔まどか「!!……うん」

わたしは申し訳なく思った。でも、嬉しかった。
そうだった、ほむらちゃんだけじゃない。このキュゥべえも、わたしのことを知ってるんだった。
わたしは立ちあがって廊下に向かい、キュゥべえを抱き上げた。

魔まどか「みんながね、言うんだよ。わたしがみんなを攻撃したって。そんな覚え、無いのにね」

未来QB「人間の記憶なんて、あいまいなものさ。まあでも、君がみんなを攻撃したのは事実だけど」

魔まどか「あなたがそう言うなら、信じるよ」

未来QB「ちょっと話があるんだ。天気も良いし、散歩なんてどうだい?」


456 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:51:58.95+lkPfJLUo (5/11)




未来QB「それは?」

魔まどか「買い物のメモだよ。今日は夕飯つくろうと思って」

円形広場の外周をまわりながら、わたしは今日初めて気分が良かった。
家の外にも世界が広がっていることが意外だった。やっぱり外に出ないとね。
肩にキュゥべえを乗せ、散歩のついでに夕飯の買い物も済ませに行くつもりだった。

魔まどか「そうだ、話って?」

わたしは思い出して言った。
何か大事な話なら、荷物が多くなる前のほうがいいだろう。

未来QB「実は大事な話なんだ」

魔まどか「ふーん……、じゃ、いったん公園寄ろっか」

わたしは駅前の公園に入った。子供たちが走ってきて、次々に脇を通り抜けていく。
噴水のさざめきが耳に心地よくて、跳ねる水は夕陽を浴びてキラキラと輝いていた。
わたしは近くのベンチに腰をおろして、息を吐いた。

魔まどか「はい、どうぞ」

キュゥべえは肩から下りて、私の足元に着地。振りかえって、言った。

未来QB「君の存在は、ワルプルギスの夜の撃破とともに消滅するだろう」

魔まどか「…………」

わたしはキュゥべえと見つめ合っていた。
甲高い音が空から鳴り響き、飛行機雲の長い尾を引いていった。
ボールが転がってきて、キュゥべえはわたしの肩に飛び乗った。
わたしは立ちあがってボールを拾い、取りに来た男の子に返してあげた。
そしてベンチに座りかけて、やっぱりやめて、空を見上げた。赤い空だった。

魔まどか「ごめん、キュゥべえ。よく分からないけど……今は聞きたくないや」


457 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:52:25.34+lkPfJLUo (6/11)




買い物を済ませて、わたしは家路についていた。
日は沈んで、月が昇る。キュゥべえはもう一緒じゃなかった。

聞いた話を、頭の中で繰り返し考える。
わたしが消える予定なのは、この世界でワルプルギスの夜を倒したあと。
なぜ消えるのかと言えば、この世界にわたしが二人いる状況をなおすため。

でもなんで私なの、とは思わなかった。
というより、わたしはわたしが消えるなんて思わなかった。
悪い冗談だとしか思えなかった。実際、あのキュゥべえはたまに冗談を言うし。

ただ、それにしても悪すぎた。
わたしは信じてなかったけど、一応ほむらちゃんに相談してみようと思った。

――ほむらちゃん。

そこでわたしは顔を上げた。
そうだ、ほむらちゃん、ほむらちゃんは本当に知らないんだろうか。

ほむらちゃんが何回繰り返しているのかは知らない。
でも、わたしがもう一度やりなおしたいと願ったのは、このわたしが初めてじゃないのかもしれない。
ほむらちゃんは結末を知っているのかもしれない。わたしの思いはぐるぐると廻った。

いつも優しくしてくれるのは、もうすぐ消えてしまう、わたしに同情してるから?


458 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:53:35.54+lkPfJLUo (7/11)




その夜は、ほむらちゃんとうまく話せなかった。
ほむらちゃんはすごくどうでもいいことを気にしていて、わたしはイライラした。
「どこに行こうとわたしの勝手でしょ」と言わなかったのは、我ながら頑張ったと思う。

でも逆に、この様子なら、ほむらちゃんは何も知らないのかも、と思った。
結局、わたしは自分の問題をひとりで抱え込むことになったんだ。

わたしは考えた。久しぶりに考えた。
どうすればみんなを救えるだろう。いま、何をすべきなんだろう。
もし本当に……。

わたしは考え続けた。そして、答えを見つけた気がした。
しかしそれは、まどろみの中に溶けて行った。


459 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:54:16.68+lkPfJLUo (8/11)




目が覚めると、朝だった。昼ではなかった。
隣でほむらちゃんがまだ寝ているのを見て、変な気がした。変なのはわたしの方だけど。
時刻は朝の6時。すっきりとした頭の中に、昨日見つけた答えが輝いていた。

――やっぱり、あの子にちゃんと、伝えよう。


460 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:55:02.94+lkPfJLUo (9/11)




もう一人のわたしと話せるよう、ほむらちゃんに頼んだ。
ほむらちゃんが出かけたあと、またあの空白の時間帯が訪れて、わたしは恐怖すら覚えていた。
テレビの電源を入れて、画面を見つめると、すこしだけ気分が落ち着いてくる。

「君の存在は、ワルプルギスの夜の撃破とともに消滅するだろう」

魔まどか「どうして、そんなこと、わたしに言うの」

信じていなかった。信じないよ。だってウソだから。
イヤになった。ウソでもイヤだった。なぜ、わたしに言う必要があったの。
わたしはキュゥべえを恨んだ。彼がまた姿を現すかと思ったけど、今日は来ないみたいだった。

テレビの中でドッと笑いが起こって、わたしは瞬間的に怒りを覚えて、電源を切った。
そうすると、また空白が訪れた。

魔まどか「……もう、イヤ」


461 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:56:45.23+lkPfJLUo (10/11)




永遠と思われた空白の果てに、インターホンが鳴り、わたしはゆっくりと顔を上げた。
わたしは今さらのように、本当に話しちゃっていいんだろうか、と思い始めた。
あの子自身はまだ契約してないけど、さやかちゃんやマミさんのことを思って、心配で気が狂うかもしれない。
自分のことなのに、彼女がどう反応するか、自信が無かった。

廊下へのドアを開けると、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえて、わたしは足を止めた。
息を吐き、呼吸を整える。ほむらちゃん、ほむらちゃんだ……落ち着いて、落ち着いてよ、わたし。

わたしが頼んだのは、あの子だけなのに。
どうして、こんな騒ぎ声がするの? ほむらちゃん。


462 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/07(火) 10:57:48.52+lkPfJLUo (11/11)

今日はここまで


463VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/10(金) 22:46:04.76SqMhBbw90 (1/1)

続き楽しみにしてます。シビアな展開に期待


464 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 22:54:05.17uvl612Upo (1/11)

続きです!(早


465 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 22:54:56.94uvl612Upo (2/11)




ほむら「ごめんなさい。この二人が、どうしてもって言うから」

魔まどか「……うん、ありがとう」

わたしはお湯を注ぎながら言った。紅茶を入れると心が落ち着く。
でも笑うのは無理だった。ほむらちゃんは何か言おうとしたけど、口を閉じ、そのまま行ってしまった。

マミさんが来るのは、考えてみれば当たり前だった。
あの人はわたしを信用してないんだから、もう一人のわたしを一人で行かせるはずがない。
でも、マミさんに信用されないなんて状況を、わたしはやっぱり呑み込めてなかったのだ。

お盆を持ってリビングに入ると、すでにみんな揃っていた。
わたしは笑顔を浮かべようとした。でもホントは思いっきり溜め息を吐きたかった。

「どうぞ」と言って、テーブルの上にお盆を置く。
ほむらちゃんが動いて、手際良くみんなに配るのを、わたしは黙って見ていた。

ほむら「まどか、ありがとう」

魔まどか「……うん」

面倒な事してくれたね、ほむらちゃん。
わたしは心の中で言った。なんでさやかちゃんとマミさんまで連れて来ちゃったの。
ほむらちゃんは、わたしから話があるということまで、みんなに言っちゃったのかな。

ほむら「……やっぱり、まずかった?」

顔に出てたのかな。ほむらちゃんは遠慮がちに聞いてきた。わたしは首を横に振った。
席について、紅茶を一口飲んで、気持ちを鎮める。何を話せばいいのかな。代わりに。
本当に話したかった事は、もう一人のわたし以外には伝えたくなかった。
代わりの話をわたしは考えたけど、すぐには思いつかなかった。そこでダメもとの勝負に出ることにした。


466 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 22:56:24.20uvl612Upo (3/11)


魔まどか「わたしたちだけで話しちゃ、ダメかな」
魔まどか「わたしと、その子だけで」

マミさんのとなり、もう一人のわたしを指す。
案の定、マミさんは難しい顔になった。予想を裏切らない反応にわたしは溜め息をついた。
マミさんが少し身を乗り出し、わたしは溜め息なんかつかなければ良かったと後悔した。

マミ「別にね、二人きりになったからって、あなたがこの子を襲うなんて思ってないわ」

ほむら「そうなの?」

大げさに意外そうな声を出すほむらちゃん。お願いだから火に油を注がないで。
マミさんは振り向き、わたしのとなりを睨んだ。抑えつけたような声で、

マミ「……あたりまえよ! だから私が問題だと思ってるのは別のこと」

ほむら「なにが問題なのよ」

マミ「秘密にしようとしてることよ! あなたたちが何かを隠してるのは分かってるわ」
マミ「それを私たちには教えないで、関係ない鹿目さんにだけ教えるなんて、変よ。何か企んでる」

ほむらちゃんがバカにしたように笑った。
わたしはムカッと来た。元はと言えば、あなたがマミさんを連れてきたのが悪いんじゃない!
当然、笑われた当人はわたしよりも怒っていた。眉を吊り上げて、

マミ「私は! あなたたちがこの街に来てから魔女が強くなってることだって、忘れてはいないのよ!」

ほむら「……偶然でしょ」

魔まどか「ちょっと待って、マミさん今、なんて言いました?」


467 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 22:58:04.76uvl612Upo (4/11)


びっくりして、わたしは割り込んだ。
分かってるくせに、という顔をされたけど無視した。
「もう一度おねがいします」と言うと、マミさんは答えてくれた。

マミ「あなたたちがこの街に来て以来、魔女の力が強くなってるのよ。知らないの?」

魔まどか「わたし、そんなの、初耳です……ほむらちゃん」

彼女が「しまった」という顔をするのを、わたしは見逃さなかった。
すぐに表情を取り繕ったけど、もう遅い。

魔まどか「あとで詳しく聞かせて」

ほむら「…………ええ。でも、偶然だから」


468 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 22:59:45.38uvl612Upo (5/11)




結局、本当に話したいことを話せないまま、夕方のパトロールに向かうことになった。
日は沈みかけていた。さやかちゃんが学校の話題でもう一人のわたしを笑わせている。
その様子をじっと眺めていたら、なんだか胸が苦しくなって、わたしは顔を背けた。

あの子は今夜、家に帰ったら、タツヤと遊んで、パパの作ったお夕飯を食べて、宿題やって、ベッドで眠るんだ。
明日の朝起きたら、ママと話して、パパの作った朝ごはん食べて、学校行って……。

なんで魔法少女なんか、なっちゃったんだろ、わたし。

家に帰りたい。学校に行きたい。

――ちがう!! 
心の中の別の場所が叫んだ。わたしはみんなを救うって決めたはずだ。絶対に、今度こそって。
大体、契約してなかったら、あっちの世界にはもう家も学校も無かったじゃない。

でも、それじゃ、この世界にわたしの家はあるの? 学校は? ないの?
ワルプルギスの夜を倒したら、どうするの? わたしに帰る場所はあるの?
鹿目まどかの家はあるし、学校もある。でも、わたしのは無い。わたしは鹿目まどかなのに!

あっ

気付いた。大丈夫だ。そんな心配、ぜんぜん要らないんだ。だって。
だって、ワルプルギスの夜を倒したら、わたしはこの世からいなくなるもの!


469 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 23:02:18.59uvl612Upo (6/11)


目の前がまぶし過ぎて、わたしは目を閉じた。頭に血が回らない。息が苦しい。
足がもつれて、視界が下がる。腰に激痛。感覚が無くなった。
夕焼けの中でわたしは溺れていた。光が消えていく。ちからがぬけていく。


――まどか!?

――どうしたの!? 具合が悪いの!? まどか!! まどか!!


上の方から声が降りてくる。ほむらちゃんの声だった。
わたしは手を伸ばそうとしたけど、腕が上がらなかった。

うっ、という音。足元にビチャビチャと何かが降り注ぎ、びしょ濡れになった。
酸っぱい味がした。身体が勝手に震えた。目を閉じていても分かる。

ああ、わたし吐いちゃったのか。
でも少し楽になった。さっきまでの息苦しさが消えていた。

ほむら「ああ、まどか……大丈夫よ、吐いた方がいいのよ。まだ出るかしら?」

魔まどか「うっ……ううん……」

ほむら「そう……じゃ、今日はもう帰りましょう」

わたしは目を開けた。ほむらちゃんの顔は気遣わしげだった。
肩越しに見えるみんなは、うろたえたような、怯えているような、そんな顔に見えた。
恥ずかしくなってきて、わたしは早く立ち上がろうとしたけど、腰が抜けてしまっていた。
しかも、気付いた。思わず「うぇぇ……」と声が出る。足元がひどい有様だった。

ほむら「それじゃ悪いけど、私たち、帰るわね」

マミ「……そうすべきでしょうね。でも、ただの病気かしら?」

ほむら「まだあれから3日でしょ。魔力を使ってもいないから、ソウルジェムはきれいよ、ほら」

わたしの左手を取って見せるほむらちゃん。
わたしも見た、ソウルジェムは全く濁っていなかった。


470 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 23:05:26.39uvl612Upo (7/11)




目を覚ますと、ベッドの中にいた。
部屋は薄暗くて、時間はよく分からない。とりあえず、お腹がすいていた。
目を凝らすと、部屋の時計は10時を指していた。午後のほうだと思う。

隣のベッドは空いていた。
わたしは少し考えて、バッタリとベッドに倒れた。
このまま二度寝しても良いかもしれない、でもお腹すいたなあ、と呑気に考えている途中で、
わたしは身体がすっかり治っていることに気がついた。というか、なんで急に倒れたんだろう。

ザアア……と水の流れる音が遠くから聞こえる。ほむらちゃんがシャワーを浴びてるんだろう。
わたしもシャワーを浴びたらしい。なんかきれいだし、知らない間にパジャマだし。

魔まどか「わたし、ホントに消えちゃうのかな……」

天井に向かって、つぶやいてみる。こう言ってみると、何だか全く現実味が無かった。
人が消えるなんてあり得ない。死ぬんならともかく。消えるなんて。SFやファンタジーじゃあるまいし。
キュゥべえはその両方を兼ね備えている気もするけど……まあ、でも。とりあえず。

魔まどか「お腹すいた!」


471 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 23:06:54.94uvl612Upo (8/11)


部屋を出て、台所に向かう。今日ばかりはカップ麺でも何でもいいから、食べたかった。
お湯を沸かして注ぎ、3分を待つ間、わたしはテーブルについてボンヤリとしていた。
そこから見える景色がわたしに大事なことを思い出させてくれた。

魔まどか「そうだ、結局、言えなかったんだっけ」

わたしは今日、もう一人のわたしにだけ伝えておきたいことがあったんだ。
今日は伝えそびれたけど、早く伝えなきゃいけない。あの子を契約させないために。
魔法少女は魔女になるのよ、と。

でも、とわたしは首をひねった。マミさんが許してくれない。
マミさんは秘密を無しにしてほしいみたいだけど、マミさんたちは聞いたらショックを受けちゃうだろうし。
そして、そのショックが、魔法少女を殺すこともあるんだ。分かってよ、マミさん。

そのとき、プルルル……と電話が鳴り、わたしは慌てて立ちあがった。

魔まどか「……はい、もしもし。え? ああ、結構です、そういうのは」

新聞か何かの勧誘と気付いて、わたしはすぐに電話を切ってしまった。
ママいわく、まともに取り合わないのがコツ。わたしは一人で思い出し笑いをした。
でも人の家でやっちゃマズかったかな、とわたしは電話を振り返った。そして気付いたのはその時だった。

魔まどか「なんだ、電話すればいいんじゃない」


472 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 23:08:43.98uvl612Upo (9/11)


自分の携帯の番号って、意外と忘れそうになる。
わたしは何とか思い出して、番号をプッシュ。コール音に胸が高鳴る。自分に電話するなんて!
3回目のコールで出た。

まどか『――はい、もしもし?』

魔まどか「あ、もしもし……えっと、わたしだけど」

まどか『えっ!?……あ、どうも……』

魔まどか「ほむらちゃんの家の電話からかけてるんだよ」

まどか『そ、そうなんだ……あ、身体の具合はどう?』

魔まどか「うん、もう大丈夫だよ」

まどか『良かった……わたし、あなたが急に倒れるから、死んじゃうかと思って』

魔まどか「大げさだよ……あ、そろそろ、本題に入っても良い?」

まどか『あ、ごめん、どうぞ』

魔まどか「実は今日伝えそびれたことを、いま伝えちゃおうと思ってね」
魔まどか「もちろんマミさんには内緒でお願い。というか、早く気付けばよかった」
魔まどか「ホントは電話で済ませるような内容じゃないんだけど……仕方ないからね」

まどか『……はい』

魔まどか「魔法少女のソウルジェムが、わたしたちの魂だって話は聞いたよね」
魔まどか「これはそれよりももっと悪い話。でも聞いて。聞いたら、契約しようなんて思わなくなるよ」
魔まどか「キュゥべえは契約を持ちかけるとき、ウソを吐いてるんだよ。あ、ウソではないんだけどね」
魔まどか「ちゃんと説明してないの。魔女のことを、都合良くごまかしてるんだよね。でもホントはね――」

そこで、わたしは違和感を覚えた。
さっきから反応がまったくない。返事が無いだけじゃなくて、呼吸の音も、ノイズも、何も聞こえない。
電話が切れたわけでもない。切れたらツーツーって鳴るはずだし。

魔まどか「――どうしたの? 聞こえてる? 返事して!」

ほむら「まどか、受話器を置いてちょうだい」


473 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 23:10:37.47uvl612Upo (10/11)


わたしは振り返った。力が抜けた。時間を止めてたのね。これじゃ電話はつながらない。
やっぱり、ほむらちゃんには邪魔されちゃうか。まあ、そうなるんじゃないかとは思ってたよ。
向こうに何かあったわけじゃなくて良かった。
わたしは受話器を持ったまま、落ち着いて言った。

魔まどか「ほむらちゃん、わたし今、大事な話をしてたんだよ」

ほむら「大事な話を電話でするもんじゃないわ」

魔まどか「しょうがないでしょ。それか、マミさんたちにも一緒に聞いてもらおうか」

ほむら「無茶苦茶なことを言わないで。お願いよ」

魔まどか「ん、わかった」

わたしが受話器を置くと、ほむらちゃんはホッと息を吐いた。
時計の音がカチカチと鳴り始め、時間が動き始めたんだと分かる。

ほむら「今日は疲れたでしょ。まだ寝ていた方がいいわ」

魔まどか「そうだね。でも、ほむらちゃん、もう一人のわたしには契約してほしくないでしょ?」

ほむら「……寝た方がいいわ」

魔まどか「でも契約してほしくないでしょ?」

ほむら「おやすみなさい」

ほむらちゃんはわたしの横をすり抜けて、寝室に向かって行く。
わたしは溜め息をついた。ほむらちゃんのこういう所は嫌いだった。

魔まどか「わたし絶対あの子に伝えるよ。そしたら、あの子は契約を諦めてくれるから」

ほむらちゃんは寝室のドアの前で立ち止まり、振りむいた。
その目に怒りは無く、疲れたような声で。

ほむら「……あなたは、自分のこと全然分かってないのね」


474 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/10(金) 23:14:40.56uvl612Upo (11/11)

今日はここまで。
次回は来週末。(週一更新めざします)


475VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/11(土) 01:28:38.97EYHbcByDO (1/1)

おつ


476VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/12(日) 08:52:22.80M2IcrFz7O (1/1)

マミ無茶苦茶じゃね?
「杏子が魔女強くなってるのあいつらが原因じゃね?」って言ったらキレたのに
今度はまどか達を疑うとか…ダブスタにもほどがあると思うけど


477 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/13(月) 09:45:50.22idE+x32fO (1/1)

そこはマミの考えが変わった所です


478 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:31:38.07Sys3sa2Io (1/15)

いつもより頑張りました


479 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:32:06.42Sys3sa2Io (2/15)




目をパッチリ開けて待つ。ほむらちゃんが眠りに落ちるのを。
わたしは覚悟を決めていた。家に呼んでもダメ、電話もダメ、それならもう、最後の手段だ。

ほむらちゃんの寝息が規則正しく聞こえてくる。

ゆっくり布団を剥いで、わたしは起きあがった。床に足をつく。大丈夫、目覚める様子はない。
息を殺して、ほむらちゃんのベッドの前を通り、寝室のドアを目指す。あと3歩、2歩、1歩。

ガチャリ、という音が大きく響いた。背筋が凍る。でも、ほむらちゃんが目覚める様子はなかった。
なるべく小さく開けたドアの間から、わたしは廊下へとすり抜けた。そして静かにドアを閉める。

――やった!!

声を出す代わりにグッと拳を握りしめる。こんなに嬉しいのは何日振りだろう!
背中に羽根でも生えたような気分だった。身体が軽い。わたしはパジャマのまま外に出た。
生温かい夜の風が頬をなでていく。


480 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:32:34.17Sys3sa2Io (3/15)


心臓の鼓動は痛いほどに早くなっていた。さあ、行こう!
わたしは裸足のまま道路に飛び出して、強く踏み込む。膝を曲げて、次の瞬間、視界が10倍も広がった。

見滝原の夜を見下ろす。遠くまで見渡す。わたしは空の上にいた。足はもう裸足じゃなく、服はパジャマじゃなかった。
近くの家の屋根に降り立って、また走りだす。風を切る爽快感。魔法少女っていうのも、悪くは無いよね!
月に照らされて、春の風になでられて、夜の街を飛び跳ねて。

数分でたどり着いていた。懐かしいわたしの家。空の上からわたしは庭に降り立った。

魔まどか「ふう――ところで、いま何時だろう」

家の敷地に入った途端、外の騒音は静まって、わたしの気持ちも落ち着いていった。
たぶん0時を回った頃だろう。運が良ければ、もう一人のわたしもまだ起きてるかも。
パパの家庭菜園を回りこんで歩く。そして、見えた。電気が、ついていた。

ベランダに飛び上がって、窓をコンコンと叩くと、彼女が振りむいて、わたしに気が付いた。
椅子から立ち上がって、慌てた様子でこちらに来る。窓を開けて、顔を出して。

まどか「どうしたの? 何かあったの!?」


481 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:33:23.05Sys3sa2Io (4/15)




わたしはついに、全てを伝えることが出来た。
ソウルジェムが濁りきると、魔法少女は魔女になる。前の世界でそれを見たわたしは、契約してやり直すことにした。
でもほむらちゃんは、もっとずっと前から同じことを繰り返している。

わたしが話し終えた後、しばらくして彼女は言った。
困り果てた様子で、

まどか「わたし、そんなにいっぺんに言われても分かんないよ」
まどか「わたしたち騙されてたってこと? でも……それじゃキュゥべえは何がしたいの?」

魔まどか「魔法少女が魔女になるときのエネルギーを、キュゥべえは集めてるんだよ」
魔まどか「とにかく、あなたは契約しちゃいけないってこと。わたしたちがあなたを止めてたのも、それが理由なの」

まどか「…………」

魔まどか「グリーフシードを集めてれば大丈夫。ソウルジェムをきれいにしてれば良いの」
魔まどか「でも、このことはさやかちゃんやマミさんには言わないでね」
魔まどか「二人が聞いたら多分ショック受けちゃう……そしたら、一気にソウルジェムが濁るかもしれないから」

まどか「…………」

魔まどか「何か分からないことあったら、質問してね」

まどか「…………」

彼女は困り果てた顔で、こちらを見てきた。
わたしは時計を見た。ほむらちゃんの家を出てから、もうすぐ1時間になる。そろそろ本題に入らなくちゃ。
座りなおして、わたしは口を開いた。

魔まどか「ごめんね、時間が無いの。ほむらちゃんに黙って抜けだしてきたから……。話は理解できた?」

まどか「分かんないよ……どうしてこんな夜じゃなきゃダメだったの?」

目を伏せたまま、彼女は言った。
わたしはがっくりした。ウソでしょ……こんなに話したのに、何も伝わってないの?
彼女は膝を抱えて座り、拗ねたような顔をしていた。我慢して、わたしは説明を繰り返した。

魔まどか「さやかちゃんやマミさんに伝えるわけにはいかないんだって。あなただけに伝えなきゃいけなかったの」
魔まどか「ほむらちゃんも電話を邪魔してきたし……今しか無かったんだよ」

彼女は目を伏せたままだった。
しばらく待ったけど、彼女はウンともスンとも言わない。
わたしは大きく息を吸って、言った。

魔まどか「――あなたに協力してほしいの」


482 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:34:17.07Sys3sa2Io (5/15)




わたしはただ学校に行きたかった。もう一人のわたしがどんなに困り果てた顔をしてても、気にならなかった。
ほむらちゃんの家に閉じ込められているのに耐えられなかった。でも学校には行けない。
わたしは諦めてたけど、考えてみれば簡単なことだった。もう一人のわたしが協力してくれさえすれば。

彼女はウンともスンとも言わないので、都合が良かった。

わたしは彼女をほむらちゃんの家まで連れて行き、ベッドに寝かせて、自宅に舞い戻った。
そして自分だけになった自分の部屋に入って、自分のベッドに倒れ込んだ。
その日は最高に良く眠れた。

こうして、わたしたちは入れ替わったんだ。


483 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:35:53.27Sys3sa2Io (6/15)




朝の光が降り注ぐ中を、駆け足で抜けて行く。
洗面台の前に立つ後ろ姿が見えた瞬間、わたしの口は勝手に叫んでいた。

魔まどか「おはよう、ママ!!」

詢子「……どーした、まどか。今日は元気良いじゃん」

魔まどか「ふ、普通だよ」

洗面所で隣に立つのも久しぶりだ。いつも通りとても眠そうな顔をしてる。
それがどうしようもなく懐かしくて、うれしかった。わたしはバシャバシャと顔を洗って、リボンを手に取る。
横からの視線を感じた。まさか入れ替わりに気付くわけないよね?
わたしは鏡を見つめながら口笛を吹いた。吹けないけど。間の抜けた音が洗面所に鳴り響いて、ママはお化粧に戻った。

詢子「……おっかしいなぁ」


484 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:37:18.66Sys3sa2Io (7/15)




制服も通学路も、何もかもが懐かしい。
わたしは道の先にさやかちゃんを見つけて、慌てて左手の指輪を外し、ポケットに隠した。
指輪の形をしたソウルジェムを見られたら、入れ替わりがバレちゃうもの。

さやか「おはよう、まどか。今日はずいぶん元気そうね」

魔まどか「ママにもそう言われたよ。最近のわたし、そんなに元気なさそうに見えた?」

仁美「見るからに、ですわ。でも今日は、お元気そうですのね。何か良いことでもあったんですの?」

魔まどか「こんな天気のいい日に元気ないわけないよ。ねえ、さやかちゃん?」

さやか(なに言ってんのよ、あんた)

さやかちゃんは返事をテレパシーに乗せた。、

さやか(昨日あたしに深刻な顔して相談持ちかけてきたのは、どこの誰?)


485 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:38:36.90Sys3sa2Io (8/15)




一番ドキドキしたのは、教室でほむらちゃんに会ったときだった。
でも話しかけられて、全く気付かれてないことが分かった。

ほむら「昨日はごめんなさい。変な電話が掛かってきたでしょ」
ほむら「もう一人のあなたが寝惚けて掛けただけだから、気にしないでね」

魔まどか「ああ、そういえば電話があったっけ。全然気にしてないよ、大丈夫」

――寝惚けてなんかいない!! と言いたいのをグッとこらえて、わたしは笑顔を浮かべた。

さっさと席に戻るほむらちゃんの背中を見ながら、でも、とわたしは思った。
考え方を変えれば、この入れ替わりを利用してみんなの本音を聞けるってことなのかも。


486 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:39:59.36Sys3sa2Io (9/15)




わたしは休み時間に、さやかちゃんに聞いてみた。

魔まどか「もう一人のわたしのこと、どう思ってる? 疑ってる?」

さやかちゃんは怪訝な顔をした。わたしは思わず、ポケットの中で指輪を握りしめた。

さやか「その話は昨日散々したじゃない。杏子の意見にあたしはだいたい賛成だよ」

魔まどか「杏子ちゃんと会ってるの?」

わたしはびっくりして聞いてしまった。さやかちゃんの顔が怪訝から不審に変わる。
立ち上がって、こちらを覗き込んでくる。わたしはのけぞった。

さやか「あんた一緒にいたでしょ。今朝からおかしいよ?」

魔まどか「ごめんごめん。それで、杏子ちゃんは何て言ってたんだっけ」

さやかちゃんはじっとわたしを見つめて、溜め息を吐いた。
すこし悩む素振りを見せたあと、背を向けて言った。

さやか「…………自分で思い出しなさいよーだ」


487 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:41:03.74Sys3sa2Io (10/15)




わたしの知らないことが、たくさんあるみたいだった。
さやかちゃんにはこれ以上聞けなかったけど、昼休みにはいろいろな事が分かった。
屋上でお弁当を食べた時、わたしはひたすら聞き手に回ったのだ。

さやかちゃんともう一人のわたし、それにほむらちゃんは、杏子ちゃんと昨日会ったみたい。
魔女が強くなってる件で、わたしが疑われてるみたいだけど、ほむらちゃんは頑なに否定していた。

それと、ほむらちゃんとマミさんの険悪ムードが少し和らいでいた。
わたしが昨日、派手に倒れたあとで、ほむらちゃんはマミさんを責めて、マミさんは謝ったらしい。
つまり、どうも、わたしが倒れたのはマミさんがわたしのことを責めすぎたせいということになったらしい。

「彼女も被害者なのかもしれないわ」とマミさんは言った。「自覚が無いのかも」
この考え方はさやかちゃんのものと同じだった。わたしが疑われていることには変わりない。
でも、どっちにしろ、どうやって魔女を強くしたりできるんだろう。わたしには分からなかった。
ちょうどほむらちゃんが、同じことを指摘したところだった。

マミ「そうね、でも。わたしはやっぱり、暴走とはいえ、彼女に殺されかけたことが忘れられないわ」

ほむら「だったら忘れられないついでに、彼女があなたの命を救ったことも覚えておいたら?」


488 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:42:43.81Sys3sa2Io (11/15)




分からないことはあったけど、わたしは久しぶりの学校が楽しくて仕方が無かった。
授業ですら楽しかった。当てられて、答えられなかったけど、それも楽しかった。

教室の自分の椅子に座っていて、そこから見える景色が、わたしを学生に戻していた。
しばらく入院していて、久しぶりに戻ってきただけだ。ここが元々わたしの居場所なんだ。
自分が入れ替わっただけの存在だということも、一瞬忘れているときがあった。


489 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:43:30.54Sys3sa2Io (12/15)




放課後になり、わたしたちは通学路を並んで歩いていた。
何だかほむらちゃんの家に向かってる気がする。パトロールはしないのかな?
わたしはうかつな事を言わないように無口を通していたので、聞くことが出来なかった。

……いや、違う。
パトロールしないんじゃない。もう一人のわたしを迎えに行こうとしてるんだ。

わたしはようやく冷や汗を流した。もしかしたらバレてしまうかもしれない。
みんなに気付かれずにもう一度入れ替わることは出来るかな……。

木漏れ日の中を歩きながら、地面に浮かぶ光の模様を見つめて考える。
その模様の中に、白い小動物のような姿が入って来たのは突然だった。

未来QB「――まどか、大変だ!!」

魔まどか「……えっ、なに、どうしたの?」


490 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:44:51.22Sys3sa2Io (13/15)


さやか「ん?」 ほむら「キュゥべえ!」 マミ「どうしたの?」

みんなが反応したけど、キュゥべえはわたしだけを見ていた。
この子はわたしの味方だ。わたしは彼の前にしゃがみこんだ。

魔まどか「何かあったの?」

未来QB「魔女が……ほむらの家に魔女が現れたんだ!! まどかが危ない!!」

キュゥべえの鋭い声に対して、反応が分かれた。
マミさんはキョトンとしていた。わたしとさやかちゃんは息を飲んだ。
ほむらちゃんは笑っていた。

ほむら「まどかが危ないって、何言ってるのよ。運が悪いのはその魔女の方でしょ」

わたしは聞いてなかった。呆然と立ち尽くしていた。
カバンが手を離れて、ドサリと地面に落ちる。

なんてバカなことをしたんだろう――――大切な、一番大切な子を置き去りにするなんて―――!!
バカ、わたしのバカ、バカ、大バカ――――!!

地を蹴って飛び出す。スカートのポケットからもどかしく指輪を取り、光が身体を包んだ。
「――鹿目さん!?」という声。無視して、時間を止める。恐怖と罪悪感で震える足を動かして、わたしは祈った。

――お願い、間に合って!!


491 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:48:47.18Sys3sa2Io (14/15)




弱い魔女だった。いや、わたしが強くなったのか。どっちでもいい。
みんながやってくる前に、わたしは魔女に止めを刺し、倒れている彼女のもとに向かった。

魔まどか「ごめん! ごめん! 本当にごめんなさい!! あなたを置き去りにした、わたしのせいだよ!!」

彼女は玄関ホールの真ん中で倒れていた。
「う……」とうめき声を上げる彼女の前に、わたしは身を投げ出した。

魔まどか「大丈夫? 痛いところがあったら言って」

驚いたことに、彼女はパッチリと目を開けた。
でもその目はどこか遠くを見ていた。何かブツブツと言っている。

まどか「あ……わたし……そうだ、あの事を考えてたら、頭の中で、声が聞こえてきて……」

魔まどか「あの事? 声って? 何を言ってるの?」

まどか「わたしどうしよう!! ねえ、どうしよう!!」

魔まどか「わっ、ちょっ、落ち着いて! 落ち着いてよ……」

彼女は突然起きあがって、わたしに抱きついてきた。
わんわん泣きながら、大声で叫ぶ。わたしは困り果てた。

でもどうやら大丈夫そうで、安心した。けど、やれやれ、短い学校生活だったなぁ……。
溜め息を吐くわたしに抱きつく、もう一人のわたしは、肩を震わせて、大きな声で言った。

まどか「あの話はウソだよね!! 魔法少女は魔女になるなんて、ウソだよね!!」
まどか「だって、それじゃ、もう契約しちゃったみんなは、どうなるの!? いつか魔女になるの……」
まどか「ウソだよね!! ウソって言ってよ……!!」

ウソだと言って欲しいのは、わたしの方だった。彼女の肩越しに見てしまった。
玄関ホールの入口に、ほむらちゃん、マミさん、さやかちゃんが、立ちつくしていた。


492 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/18(土) 18:50:36.87Sys3sa2Io (15/15)

今日はここまで。次は来週


493VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/19(日) 00:39:22.291RLWXJJ8o (1/1)




494VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/19(日) 07:38:58.648N4i1mRDO (1/1)

乙…


495 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/27(月) 01:45:14.70rgv0Kd7Co (1/6)




光が窓から差し、部屋を真っ二つに裂いていた。
ガチャリと扉を開き、マミは駆け足で奥へと向かう。
リビングに入ると、テーブルの上に、やはり彼はいた。

QB「おかえり、マミ。遅かったじゃないか」

マミ「キュゥべえ……」

光の中に座るキュゥべえと、向かい合って立つ。
息を整えて、彼女は口火を切った。

マミ「どうして、話してくれなかったの」
マミ「今まで私たち、ずっと、ずっと一緒に居たのに、どうして何も話してくれなかったの」

ぽつりぽつりと、マミは言葉をこぼした。
キュゥべえは尻尾を左右に振り、溜め息を吐いた。

QB「……君も僕に騙されたと、そう思ってるのかい?」


496 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/27(月) 01:58:36.60rgv0Kd7Co (2/6)


マミ「私は……分からないわ。何も分からないのよ。わけが分からないわ」
マミ「教えてよ……魔法少女が、魔女になるって……どういうことなのよ」

座りこんで、マミはテーブルに突っ伏した。
見下ろしながら、キュゥべえは黙り込んでいたが、やがてマミが顔を上げた。

マミ「……ねえ!」

キュゥべえは渋々といった様子で口を開いた。

QB「そのままの意味さ。魔法少女は、いずれ魔女になる存在なんだ」

マミ「じゃあ、魔女って……」

QB「そう、かつて魔法少女だった者たちだよ」

マミはテーブルの一点を見つめていた。キュゥべえは自分から口を開こうとはしなかった。
考え込んでいたマミが、ようやく口を開いた。

マミ「以前、聞いたわね。魔法少女のソウルジェムが濁りきったら、何が起こるのかって」
マミ「これがその答えというわけ……なのね。魔法少女は魔女になって、また別の魔法少女に倒されて……」
マミ「そうなのね?」

キュゥべえが頷くのを見て、マミは立ち上がった。
再び彼と向かい合って、今度は見下ろす。


497 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/27(月) 01:59:13.83rgv0Kd7Co (3/6)


マミ「改めて聞くわ。――どうして話してくれなかったの?」
マミ「そんな大事な、わけ分からないこと、言ってくれなくちゃ、ダメじゃない。ねえ、キュゥべえ」

マミは早口になった。落ち着かない様子でテーブルの周りを回る。
逆にキュゥべえはゆっくりと答えた。

QB「勘違いしないでほしいんだが、僕らは人類に対して悪意なんて持っていないよ」

マミ「なら、どうして騙したの」

QB「騙してなんかいないさ」

マミ「なら、今あなたが話したことを、どうして契約の前に話してくれないの?」

畳みかけるように問うマミに対し、キュゥべえは「やれやれ」と首を振り、少し間を置いて、答えた。

QB「……だって、話す意味がないじゃないか。人間には寿命があって、その意識は消滅する運命にある」
QB「人間として死ぬか、魔法少女として魔女になるか。 いずれにしてもその自我は永遠のものじゃないんだ」

マミは思わず足を止めた。

QB「こう言うと、君たちが何て言うのか知ってるよ……、『それは全然違うことだ』ってね」
QB「だけど、その違いは僕らにはぜったい理解できない。だって同じことなんだからね」

マミ「――違うわよ」

QB「いや、同じだね」

マミ「違うってば!」

泣きそうな声でマミは言った。キュゥべえが遠くに行ってしまったような気がして、思わず手を伸ばす。
いつものように抱いて、安心したかった。しかしキュゥべえはその手を逃れ、テーブルの下に降りた。
振りむいて一言。

QB「こんな言い合い、無意味だ」


498 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/27(月) 02:00:21.65rgv0Kd7Co (4/6)


マミを見上げ、諭すように言う。

QB「分かるだろう? 僕たちはそもそもの価値観が違いすぎる。いくら議論しても……無理なんだよ」
QB「――けど、どうしても魔女になりたくないのなら、方法が無いわけじゃないよ」

その言葉に、マミは希望を見出した。「どうすればいいの?」
しかし返って来たのは残酷な答えだった。

QB「ソウルジェムを砕くんだ。それしか無い」

マミは脱力して、へなへなと座り込んだ。
目も耳も塞いで、闇の中に溶けてしまえればいいと思った。
疲れた声で、マミは言った。

マミ「バカ、言わないでよ……。もう、あなたが分からないわ」


499 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/27(月) 02:01:47.23rgv0Kd7Co (5/6)


窓の外は日が暮れて、銀色の夜景が広がっていた。電気を付けていない室内は真っ暗になりかけていた。
キュゥべえはまたテーブルに乗って、へたり込むマミに声をかけた。

QB「ベテランの君らしくないよ。数多の魔女を撃ち殺してきた君が、今更なにを恐れるんだい?」
QB「運命を受け入れるんだ。魔法少女として、この街の為に、最後まで戦おう」
QB「そして魔女になったとしても、魔法少女はつねに新しく生まれるからね、事後処理の心配はしなくていい」

マミ「…………」

事後処理? そんなこと心配してるわけじゃない。じゃ、何が心配なのかしら……。
魔法少女が魔女になる……なら……死ぬか、魔女になるか……どっちでも同じ?……そんなわけない。

マミは硬い声で言った。

マミ「死にたくないわ。魔女にもなりたくない」

QB「じゃあ、グリーフシードを集めるしかないね。みんなで魔女を倒すんだ」

マミ「……私、もう魔女を倒せないわ!」
マミ「魔女は魔法少女なんでしょ……私は、今まで、何人殺してきたっていうの……?」
マミ「キュゥべえ! どうして言ってくれなかったのよ!! どうして……」

声は途中からすすり泣きに変わっていった。

QB「魔女は魔法少女じゃないよ。その残骸に過ぎない」

キュゥべえは言ったが、何の反応もなかった。
マミは何度も涙をぬぐい、鼻をかんで、テーブルに突っ伏してしまった。すすり泣きが、今度は穏やかな寝息へと変わっていった。
キュゥべえはゆっくりと離れて行き、去り際に振り返って言った。

QB「君は逃れられないよ、マミ」


500 ◆D4iYS1MqzQ2014/10/27(月) 02:03:12.79rgv0Kd7Co (6/6)

今日はここまで 次は今週末


501VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/27(月) 19:28:48.05827TOtyio (1/1)


みんな死ぬしかないじゃない?


502 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:38:57.32oqpG1QjHo (1/10)




~ほむら視点~

その日はみんなが解散し、私はまどかと夕食を共にした。重苦しい時間だった。
まどかはまずそうにカップ麺を口に運んでいた。そりゃそうよね……。
今頃は家でおいしいご飯のはずだったんだもの、帰りたいに決まってる。
私なんかと一緒にいるより……、まどかはその方がいいんだ。

どうしてあんな無茶をやったんだろう。もう一人の自分と入れ替わって、学校に行くなんて。
しかもあれほど止めたのに、ソウルジェムの真実を話してしまうなんて。あれほど止めたのに。

「どうして何も相談してくれなかったの」と聞いたとき、まどかは私をキッと睨んだ。
「出来るわけないじゃない」と言われて、さらに理由を聞くと、もう何も答えてくれなくなった。

頭が痛かった。いったいこれは誰のせいなの。
ここまでは何だかんだと上手くやって来た。マミを救った。さやかは契約したけど、まどかは契約していない。
杏子とも最低限の関係を保てている。だからあとは、ワルプルギスの夜まで何事もなく、ただ待てば良いだけだった、はずなのに。

魔まどか「――ほむらちゃん」


503 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:39:48.69oqpG1QjHo (2/10)


声が沈黙を破り、私は顔を上げた。まどかの方から口を開いてくれるとは思わなかった。
まどかは泣きそうな顔をしていた。急いで「どうしたの?」と聞くと、まどかは「ごめんなさい……」と言って話し始めた。

魔まどか「……わたし、大変な事しちゃった。勝手に動いて……ほむらちゃんに相談すればよかった……」
魔まどか「わたし……このままじゃダメだと思って……何かしなくちゃって……あの子に契約させたくなかった、だけなの」
魔まどか「ねえ、信じて。わたし、みんなにバラすなんて、そんなつもりじゃ……わたしは、ただ、ほむらちゃん、わたしは」

ほむら「落ち着いて」

立ち上がらんばかりに身を乗り出すまどかを、私は手を上げて制した。彼女はハッとしてうつむき、小さくなった。
もう食事なんてどうでも良かった。私は箸を置いて、彼女にかける言葉を選び、声をかける。

ほむら「信じるわ。全部信じるから、そんなに怯えた顔しないで。大丈夫、まだ何とかなるわ」
ほむら「私のせいでもあるの。あなたをずっと家に閉じ込めて……、そりゃ、外に出たくもなるわよね」

魔まどか「…………」

ほむら「…………」

魔まどか「ほむらちゃんに、相談したいことがあるの」

深刻な表情を浮かべて、まどかは言った。私には、何の事だか分からなかった。
なにか別の話なのかしら。でもこれ以上なにかあるの?

魔まどか「キュゥべえから聞いた話……、ほむらちゃんは、知ってるのかなって思って」

ほむら「いったい何のこと?」

まどかは一度口を閉じ、ごくりと唾を飲んで、そして意を決したように口を開いた。

魔まどか「もうじきわたしは、消えてしまうの?」


504 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:41:15.15oqpG1QjHo (3/10)


私は絶句した。どうしてそれをまどかが――、いや、キュゥべえから聞いたのね。
そのキュゥべえとは、どう考えても前の世界から来たキュゥべえだろう。アイツ以外は知らないはずだ。
まどかのサポートをするとか言ってたくせに、やっぱり全く信用できない。とんでもないことを……。

私は頭を抱えたかったけど、まどかは私を見ていた。その瞳は不安で満ちていて、私の答えを待っていた。
やっと分かった。まどかがあんな無茶をしたのは、これのせいね。自分が消えるかもしれないと思ったから、
急にもう一人の自分に近づいたんだわ。私は慎重に答える。

ほむら「まどか、あなたがどうなるか……そんなの誰にも分からないことよ」
ほむら「キュゥべえも分かってるわけじゃない。だってこんな状況、初めてだもの。まどかが二人もいるなんて」

魔まどか「ほむらちゃんにも、分からないの?」

ほむら「ええ、分からないわ……、ごめんね」

ここまでウソは一つも言っていなかった。それなのに何故か、胸が苦しかった。
まどかはどっちつかずの表情で、安心していいのかどうか分からない様子だった。私は付け加えて言った。

ほむら「杞憂って言葉もあるわ。あなたは心配し過ぎないほうが良いと思う」

魔まどか「…………」

ほむら「心配しないで。きっと大丈夫だから」

魔まどか「……うん」

やっと少し表情を和らげて、まどかは息を吐いた。
私たちは立ち上がって、食卓を片づけ始めた。その中で、私は何気なく聞いた。

ほむら「そういえば、あなたはどんな願いで契約したんだっけ」

まどかは笑った。

魔まどか「そんなの決まってるよ」
魔まどか「ほむらちゃんと会った日からやり直したいって、言ったんだよ。みんなを助けるためにってね」

ほむら「……じゃあ、それを頑張りましょう。諦めるにはまだ早すぎるわ」

魔まどか「……うん」

彼女は静かに頷いた。


505 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:42:38.95oqpG1QjHo (4/10)




次の日、マミは学校に来なかった。
その対応を考えないといけなかったけど、簡単な話ではないので、いったん保留にした。
放課後になって、私たちはまどかを迎えに行き、一緒にパトロールに向かった。

ほむら「あなたが戻ってくれて、心強いわ」

魔まどか「でも、マミさんが……わたしのせいで……」

彼女にはつい先ほどマミの欠席を伝えた。それからずっと、彼女はうなだれていた。
実はもう一人のまどかも朝から同じ様子だった。彼女たちは二人とも責任を感じているようだった。

大通りの人の波に押されながら、私たちは特に当てもなく歩いていく。
と、さやかが私の横に並んで、二人だけの間でテレパシーを飛ばしてきた。

さやか『昨日のことだけどさ……実はあたし、まどかが入れ替わってたこと、気付いてたの』

ほむら『…………だったら、なんで言わなかったのよ』

さやか『いや、だって、悪意は無さそうだったし、バラしたら可哀想かなって……』

ほむら『まあ……そうかもね。で、なぜ今更そんな話を?』

さやか『うーん、つまり昨日の事の責任はあたしにもあるんじゃないかなあって気が……』

ほむら『やめてちょうだい。みんなして自分のせい自分のせいって……うんざりだわ。これ以上はもうやめて』

さやか『分かった分かった……ちょっとそんな気がしただけだって』


506 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:43:41.02oqpG1QjHo (5/10)


その後、私たちは一匹の使い魔に遭遇し、三人で協力して撃破した。
まどかの力は日に日に強まっていたけど、さやかは相変わらずだった。
でも彼女はもう、それを気に病んでいないようだった。前と違って、無闇に突撃する事もなかった。

ほむら「お疲れさま。今日は良かったわよ、さやか」

戦いが終わって声をかけると、彼女は手をひらひらと振った。
お世辞だと思われたらしい。調子に乗らせても良くないから別にいいけれど。
変身を解いたさやかは溜め息をついて、手にしたソウルジェムを夕陽にかざした。

さやか「グリーフシードはお預けか……、こんなに苦戦したのにさぁ、割に合わないったら」

魔まどか「今の、昨日の魔女の使い魔だね。まだ少し生き残ってるのかな……」
魔まどか「さやかちゃん、これあげるよ、グリーフシード」

さやか「あ、助かるわー、いつもありがとね」

ためらうこと無くそれを受け取るさやか。一方、まどかのソウルジェムは全く濁っていなかった。


507 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:44:51.77oqpG1QjHo (6/10)




帰り道、川沿いのジョギングコースを歩いていく。街灯がポツポツと立っている他は全体に薄暗い。
ここでまたマミのことを言って、まどかの表情を暗くしたくはなかった。しかしそうも言ってられない。
私は嫌々ながら、口火を切った。

ほむら「……マミのことだけど。やっぱり様子を見に行った方が良いと思うの」

さやか「そりゃ当然。ていうかこのあと行くつもりだけど」

まどか「わ、わたしも……」

返事はすぐだった。私が言うまでもなかったらしい。
ただ、まどかは気が重そうだった。

私たちはいったん大通りに出て、マミのマンションのほうへ歩いた。
途中でさやかがコンビニに寄りたいと言って、真っ先に入って行く。後に続こうとしたところで私は引き止められた。

魔まどか「ほむらちゃん、ちょっと……」

もう一人のまどかは、さやかに続いて中に入って行った。私は足を止めて、入口の脇に寄った。
「どうしたの?」と目で問うと、まどかは小さな声で言った。

魔まどか「わたし、行かないほうが良い気がするの……。マミさん、わたしに会いたくないと思うから……」

私はまどかをじっと見つめた。うつむいて、目を合わせようとしない。
少し考えてから、私は言った。

ほむら「……そうかもしれないけど」
ほむら「あなたは来たほうがいいと思うわ。昨日の事は、あなたからちゃんと説明しないと」
ほむら「マミは昨日、さっさと逃げちゃって、聞いてないんだもの。あなたまで逃げてはダメよ」

魔まどか「う……うん……」

しぶしぶと彼女は頷いた。
本当はまどかの方がマミに会いたくないのだ、と私は思った。


508 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:45:43.80oqpG1QjHo (7/10)




エレベーターの扉が開いて、私たちはマンションの廊下に歩み出た。
マミの部屋の前にキュゥべえがいる。私は嫌な予感がした。キュゥべえがこちらに気付いた。

未来QB「ああ、やっぱり来たね」

さやか「あんた、ここで何してんの?」

未来QB「君たちが来るのを待ってたのさ。マミに頼まれてね」

彼の話の要点は、マミは部屋の中にいるけど、私たちとは会いたくなくて、話もしたくないということだった。
私たちは顔を見合わせて黙り込んだ。この距離ならテレパシーで通じるだろうけど、誰もやってみようとはしなかった。
結局、そのまま帰ることにした。またエレベーターに乗り込んで、私たちは下まで降りて行く。キュゥべえもついてきた。

「明日も学校、来なかったら……」と、さやかが沈黙を破った。

さやか「また放課後、今度はパトロールの前に行こうよ。――とにかくこのままじゃダメ」

ほむら「そうね。マミのソウルジェムのことも考えると、いつまでも野放しに出来る問題じゃない」

私はすぐに同意した。二人のまどかは黙っていた。
エレベーターのドアが開き、エントランスホールを抜けて行く。そのとき、キュゥべえが出し抜けに言った。

未来QB「ちょっと話があるんだけど、いいかい?」

ほむら「……なに」

キュゥべえの話と聞いて、私は眉をひそめた。
まどかは自分が消えるかもしれないという不安を抱いていた……まどかはその話をコイツから聞いたと言っていた。
またロクでもない事を話すつもりじゃないでしょうね。


509 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:46:45.26oqpG1QjHo (8/10)


私の警戒を他所に、キュゥべえはのんびりとした調子で話し始めた。

未来QB「ワルプルギスの夜が近づいていて、その影響が出始めているんだ」
未来QB「まだ一部だけど、もう移動を始めている魔法少女もいるよ」

ワルプルギスの夜については、すでに皆に伝えてあった。
今のも私にとっては特に新しい情報ではなかった。でもさやかは首をかしげていた。

さやか「移動って……なに? この街に来るってこと?」

未来QB「いいや、逆だよ。撤退を始めてるってことさ。勝ち目の無い戦いを避けるためにね」
未来QB「移動ということは他の魔法少女の縄張りに入るわけだから、どのみち戦いは避けられないんだけど……」
未来QB「彼女たちはその方がマシだと考えたんだろう。ワルプルギスの夜を相手にするよりは……」

さやか「ずいぶん無責任な連中ねえ」

彼女は顔をしかめて言った。まどかたちにも同意の空気が広がる。
特に何とも思っていなかった私は、どうやら筋金入りの魔法少女らしい。

ほむら「それで、あなたの言いたいことは何なの、キュゥべえ」


510 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:48:18.36oqpG1QjHo (9/10)


未来QB「ああ、つまり見滝原周辺で、魔法少女が不在の地域があるってことなんだ」
未来QB「放置しておけば、魔女と使い魔が際限なく増え続けて、手が付けられなくなるよ」
未来QB「君たちのうちの誰かが、代わりに処理してくれると助かるんだけど……」

エントランスの自動ドアが音を立てて開き、私たちは振り返った。
会社帰りらしいスーツ姿の人が私たちをちらりと見た。私たちは隅に寄って道をあけた。
彼がエレベーターに乗り込み、ドアが閉まると、まどかが躊躇いがちに言った。

魔まどか「わたし、それ、やるよ」
魔まどか「どうせ、いつも朝からヒマだし……わたし一人で何とかなるよ」

皆の顔を見回して、彼女は最後に私と目を合わせた。
私には彼女の考えが簡単に読める気がした。つくづく隠し事のできない子ね。

ほむら「あなたは、マミと会いたくないだけでしょ」

ずばり指摘すると、彼女は「ちがうよ!」と小さく叫んだけど、顔が赤くなっていた。

未来QB「僕はまどかが適任だと思うよ。かなり広範囲を回ることになるから、夕方からじゃ終わらないだろうし」
未来QB「それに彼女なら一人でも安心だ。君たちは、ここに残って、いつも通りの狩りをすればいい」

まどかはニッコリしてキュゥべえを抱き上げた。
私は納得いかないどころではなかった。違和感と疑惑さえ浮かんできて、それを口にする。

ほむら「お前、キュゥべえ。まどかを都合よく誘導して、何をさせるつもりなの。何か企んでるわね」

魔まどか「マミさんみたいなこと言わないでよ。なんにも、あるわけないよ。ねえ、キュゥべえ?」

未来QB「もちろん、なんにもないさ」

彼はのんびりと言った。私はそれ以上なにも言えなかった。
だって、キュゥべえはウソをつかないんだから。


511 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/01(土) 10:50:30.48oqpG1QjHo (10/10)

今日はここまで 次回は来週


512VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/11/01(土) 12:10:34.38YLV76KkAO (1/1)


べえさんは嘘は言わない(らしい)けど相手に正しく伝える努力はしないからなぁ。


513VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/11/03(月) 00:23:37.55OJq7sDnIo (1/1)

「パックは嘘を申しません^^」を思い出した


514 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:15:07.61rEGEV1Wgo (1/24)

日曜日つぶしました


515 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:16:18.93rEGEV1Wgo (2/24)


~まどか視点~

ボタンに手をかけた時、一瞬ためらった。
今のわたしはまだ、マミさんに何て言ったらいいか分からない。
それでも、何も分からなくても、わたしは動かずには居られなくて。

ピンポーン、という音が迷いを断ち切った。
よしっ、と気合を入れ、手を握りしめる。

まどか「マミさん、わたしです。まどかです」

マンションの廊下は静かだった。返答は無くて、わたしを拒む扉がどっかりと立ちふさがっていた。
わたしは扉を見上げて、じっとして待っていた。

マミ「…………」

いま一瞬、気配を感じた気がした。

まどか「マミさん?」

わたしは扉の奥に向かって、もう一度呼びかけた。
扉に耳をくっつけてみる。

マミ「…………」

夕焼けの中を雲が動いて、わずかな隙間から光がこぼれる。
表札がきらめいて、次の瞬間、静かに赤い空気が震えた。

マミ「どっち?」

聞こえた声。微かな震えがわたしの耳に届いた。
「えっ?」と返したわたしは、でもすぐ聞かれた意味に気付いて、

まどか「あっ、ええと、契約してない方のまどかです!」

ドア越しの会話がつながった。


516 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:17:24.58rEGEV1Wgo (3/24)


マミ「ごめんなさいね、今日はちょっと……」

小さな声は遠慮がちだったけど、このドアを開けるのを拒んでいた。
それでもわたしはここに立つ。背筋を伸ばして、指先まで緊張させて。

まどか「お話だけで、いいんです」

扉に近づいて、マミさんに近づいて、呼びとめる。
放っておいたら、そのまま揺らいで倒れてしまいそうな危うさを感じて。
焦りがわたしの口を加速させる。

まどか「ドアは閉めたままでもいいんです、このまま話だけしちゃダメですか?」

まだ気配を感じる。きっとすぐそばまで来てくれてる。
わたしのふらつく足は、今こそしっかりと床を踏みしめ、手は扉を押しこんだ。

マミ「そこまで気を遣わなくても……」

マミさんは今にも消えそうな声で答える。
わたしは畳みかけた。

まどか「でもそこにいるんでしょう。具合が悪いわけじゃないですね」
まどか「というか、もう話せてます、よね……わたし、このままマミさんとお喋りしたいな!」

奥で、とすん、と音が聞こえて、扉が少し揺れた。
マミさんが、もたれかかって座りこんだみたい。

二人、扉を挟んで背中を合わせた。

姿は見えないけど、マミさんを近くに感じることが出来た。
それはとても、久しぶりな気がした。

西日がマンションの廊下をオレンジに染めていた。
しばらくして、マミさんがぽつりと呟いた。

マミ「…………夢を見たの」
マミ「私がソウルジェムを砕いて、みんなを殺す、夢……」

すこし声が震えた。でも止まらない。

マミ「魔女になるくらいなら死んだほうがいいって、私の中から聞こえてくるの!」


517 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:18:43.81rEGEV1Wgo (4/24)


わたしは黙っていた。
下の階から、子供たちがドタドタと走る音、にぎやかな声が聞こえる。
わたしは扉に耳を押し付けて、何とかマミさんのつぶやきを拾う。
それは消えそうな、涙声だった。

マミ「私の中に、もう一人、いるの」
マミ「入れ替わる機会を狙ってるんだわ。寝て、次に起きたら、目の前に、私が殺したみんなの……」
マミ「そんなことばかり考えるの……そうなる前に、私、死んだほうがいいかな……死んだほうが……」

声がかすれ、溜め息となって消える。

どうしてそんなことを言うのか、まるで分からなかったけど、間違ってるということだけは分かった。
魔法少女は魔女になるということが、マミさんをここまで追い詰めるなんて。マミさんには何かあるのかな。
ともかく、わたしは目を閉じて、口を開いた。

まどか「そんなの知らないです」
まどか「わたし、魔法少女じゃないから……分からないの。ごめんなさい」

マミ「か、鹿目さん……?」

わたしは息をつく。
クジラの形をした大きな雲が、オレンジの光を浴びて、夕焼けの中を泳いでいた。
おだやかな気持ちで、わたしの口は自然と動いていた。

まどか「でもね、だから分かることもあるの」
まどか「殺したりしちゃダメだよ。自分も友達も、大切にしなくちゃ、ダメだよ」
まどか「理由なんていらない。いま生きてるから、これからも生き続けるの」

空はくすんだ茶色になり、最後の赤い光が闇に溶け込む。
マンションの廊下に一斉に灯りがともって、世界の色が反転する。
わたしは立ち上がった。

まどか「そうでも思わないと、やってけないよ」


518 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:20:20.77rEGEV1Wgo (5/24)




夜の街を駆け抜けていくマミ。その頭上から声が掛けられた。「おい、どこ行くつもりだよ!」
電柱の上から飛び降り、正面に立ちふさがったのは、杏子。マミは足を止めた。肩で息をしている。
杏子は変身を解いて、溜め息を吐いた。

杏子「いったい……どういうつもりだ? 使い魔ほったらかして逃げちまうなんてさ」
杏子「気付かなかったわけないよね。あんたのマンションの目の前だったんだから」
杏子「あんた、それでも……」

――魔法少女かよ、と続けようとして、言葉に詰まる。
自分に言えたことではないと思った。でもマミを睨む視線は逸らさない。

結界を感知したとき、マミのマンションのすぐ近くだとわかった。
だから杏子は放っておこうと思った。……しかしいつまで経っても戦いの始まる気配はなく。
近づいてみたら、結界と逆方向に走るマミを見つけたのだった。

マミはすぅ、と息を吸った。
震えが止まり、目を開き、正面の杏子を見据える。

マミ「……人間じゃないし。魔法少女でもないわ」

ぐらり、と。
マミの無表情の危うい均衡が、徐々に崩れていく。

口元に歪んだ笑みを浮かべ、次の瞬間、それがふっと、消える。
見開いた眼は何を見ているのか。
胸に手を寄せて、息を飲む。染みだす涙の奇跡の泣き顔。

マミ「じゃあ……私なんなの!? 何のためにいるの!?」

ヒステリックな叫びを上げながら、マミは逆に近づいてきた。
一瞬目を奪われていた杏子は、出鼻をくじかれることになった。

杏子「は、はあ……?」


519 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:23:28.91rEGEV1Wgo (6/24)


髪留めを乱暴に引き抜くマミ。
縦ロールがくるくると無軌道に暴れ、ほどけて広がった。マミは叫んだ。

マミ「もう誰も守れない! 魔女に銃も向けられない!」

マミ「わたし怖い! 怖いの! ねえっ、どうしてわからないの!? どうしてあなたたちは普通なのっ!?」
マミ「どうして……まだ魔女を殺せるの!?」

杏子「…………」

杏子は手の平に息を吐きかけていた。
マミは目尻に涙を浮かべていた。杏子の平手が飛び、その雫が宙に舞った。

マミは張られた頬を押さえ、呆けていた。白くふっくらとした頬に、赤い手形がついていた。
溜め息をついて、杏子はゆっくりと話し始めた。

杏子「……あたしらは」
杏子「魔法少女なんだ。あんたが戦わないで……誰がこの街を守る?」
杏子「人も魔女も報われない。戦わなくちゃ生き残れない。戦わなくちゃ……救われないんだ」

涙が、またしてもマミの瞳を満たしていく。雫を満杯にたたえて、こぼれた涙が路上を洗う。
頬を伝ったものは、ほどけた髪にしみ込んでいく。

杏子「マミ、あんたが正しかったよ」
杏子「見返りを求めるなんて、考えが甘かったのさ。あたしらが、自分自身を救わなくちゃいけなかったんだ」
杏子「魔女退治は、絶対にあん畜生の便所掃除なんかじゃない」
杏子「魔女を倒せば人を救って、あたしら自身も救って、魔女だって……救うことができるのさ」

マミは黙り込んでいた。街灯の光が上から照らす。うつむいた表情は見えない。
杏子はポケットを探った。出てきたチョコレート菓子をマミに差し出して。

杏子「……食うかい?」

マミ「…………」

ぎゅっと、マミは手を握りこんだ。ゆっくりと上げて、

杏子「ッ!!」

鋭い痛みが走り、乾いた音が響き渡る。
お菓子の箱がはたき落とされて、路上をカラカラと転がった。

マミ「近寄らないで!」

マミは叫び、踵を返した。後ろ髪をなびかせ、走り去って行く。
杏子はその背中に向けて思い切り怒鳴った。

杏子「マミのバカヤロー!!」

振り返ることなく、彼女は遠ざかって行く。杏子は悪態をつきながら散らばった菓子を拾った。
生ぬるい風には少し湿気が混じり始めていた。


520 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:26:34.15rEGEV1Wgo (7/24)




叩けば引き、追えば逃れる。10本足の魔女。
そんな異形の彼女が反撃に転じた理由はひとつだけ。

魔まどか「終わりだよ」

まどかに追われ、結界の行き止まりに追い詰められたのだった。
結界は凍った湖面のようだった。氷の上を滑り、逃げの一手を打ってきた多足の魔女。彼女がついに最後の攻撃を放つ。

あらゆる方向から、10本の足がまどかを狙って振るわれる。
湖面に亀裂が走った。亀裂はまどかを中心とした魔法陣を描いていた。
と、亀裂に桃色の光が満ちて、

一閃。
すべての攻撃が、巻き起こった暴風でかき消された。すでに彼女は飛んでいた。

瞬きの間に、駆け抜けていた。

着氷と同時に、魔女は背後で爆発し、死とグリーフシードだけが残った。
天高く、見上げた先から降りてくる魔女の断片だった。

カンッと杖で硬い湖面を叩いて、彼女は溜め息とともに笑みを浮かべた。

魔まどか「これで5つ目! 今日のノルマ達成だよ」

拾われたグリーフシードは、使われずに仕舞いこまれた。
ぱしゃん、と音がして湖面が波打ち始めた。すべてが弾け、結界が崩壊する。

未来QB「とんでもないハイペースだね……」

肩の上で尻尾を振るキュゥべえ。結界が晴れ、本来の夜空に塗り替わる。
変身を解くと、彼女はすっかり春の装いだった。すっきりとした水色のワンピースに麦わら帽子。
どこにでもいる中学生の少女が姿を現した。

目深にかぶった麦わら帽子の下から、ポニーテールにした桃色の髪が溢れだす。
くいっと指で帽子を持ち上げ、歩き始める。

魔まどか「さあ、帰ろ」


521 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:28:21.99rEGEV1Wgo (8/24)




魔まどか「やっぱりどこにも魔法少女がいないよ」

ほむら「やっぱり本当なのね。あなた一人で大丈夫?」

魔まどか「平気だよ。わたし、前より強くなった気がするんだ。どんどん魔女を倒せるよ」

チーズとトマトの味を二人で噛みしめる。今夜の食事は宅配ピザだった。
久しぶりに会話の弾む食事だった。あっという間に平らげていく。

魔まどか「さやかちゃん、どう? 今日一緒だったんだよね」

ほむら「ええ、最近だいぶ筋が良くなってきたわ」
ほむら「ちゃんと訓練すれば案外、強くなるんじゃないかしら」

コーラの缶を開けて、ごくごくと飲むほむら。その眉がぴくりと動く。
食事の手を止めて、まどかが目線を外していた。初めて会話が止まる。
「どうかした?」と聞かれて、まどかは少し迷ったが、やがて穏やかに微笑んだ。

魔まどか「ほむらちゃん、少し変わったね」

ほむら「……そう?」

特に驚かず、ほむらは返す。心当たりは無かった。
まどかは微笑んだままで続けた。こちらもコーラの缶を開けながら、

魔まどか「最初わたし、ほむらちゃんはみんなのこと嫌いなんだって思ってた、けど……」
魔まどか「違ったんだね。今のほむらちゃんが、本当のほむらちゃんだったんだ」

ほむらはキョトンとした顔で、目を見開いて、黙って口を動かしていた。
まどかと見つめ合った数秒後、ほむらは答えた。

ほむら「……そうよ。別にだれも嫌ってなんかいないわ」
ほむら「まあ正直さやかのことは苦手だけど。今回は上手くやれてるわ。彼女を戦力に数えても良いかもね」
ほむら「ワルプルギスの夜は総力戦で行きましょう。それが一番だって、分かった気がするの」

魔まどか「すごい、ほむらちゃんが、ほむらちゃんじゃないみたい」

いつになく前向きな言葉に、まどかは目を丸くした。
そのあとも二人は互いに、今日あった出来事を面白おかしく伝えあった。

マミのことは話題にならなかった。


522 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:29:51.72rEGEV1Wgo (9/24)




マンションのオープンテラスは、マミの貸し切り状態だった。
夜風が湿っぽく頬を撫でる。どんよりと、絵の具を滅茶苦茶にかき混ぜてしまったような、渦巻く灰色。
雲に分け入る、空へ通じる穴が、そこだけに月明かりを漏らす。明日は雨が降りそうだ。
白い小さな姿がテーブルの上に飛び乗り、ころんと転がって落ちついた。

QB「眠れないのかい?」

マミは目を背けた。キュゥべえの姿を見たくなかった。
無視を決め込むマミを見つめて、キュゥべえはじっと待った。風に吹かれた木の葉が床を滑っていく。
根負けしたマミが、口を開いた。

マミ「私、怖い……。私が、眠った瞬間にね、私は目覚めるのよ」
マミ「そしてみんなを……私、怖い…………私が、怖いの」

バラの花が屋上庭園を彩っていた。
張り巡らされたトゲはみんなこちらを向いて、夜の光にぎらついていた。

QB「君は自分の正義を否定されるのが怖いんだね」
QB「魔女を倒すのは、君の罪滅ぼしだったのかな。契約の時、両親を見殺しにした君の」

マミは黙って空を見つめていた。星が見えない。キュゥべえは答えを急かさなかった。
今まで当たり前すぎて、考えてもみなかった。ただ魔女を倒せばいい、それだけで良かったのに。
魔女を倒せと杏子に言われ、魔法少女を殺さないでとまどかに言われ、でも魔女は魔法少女なのだ。

マミ「…………私はただ、この街を守りたいだけよ」

やっと言えたのはそれだけだった。キュゥべえは追及しなかった。

QB「見せてごらん、君のソウルジェムを」

マミ「……ええ」

澄んだ黄色の中に濁りが広がっていた。
徐々に限界が近づいていると、彼女自身にも分かるほどに。

マミ「鹿目さん、明日も来てくれるかしら」

濡れている。雫がこぼれる。雨が降り始めたからか、それとも。
見上げて、手を伸ばす。静かな雨の中、包み込まれる。闇に飲まれていく。
夜景は揺らめきながら、にじんで溶けていった。


523 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:31:19.97rEGEV1Wgo (10/24)




マミは一向に姿を見せなかった。まどかは放課後に彼女を訪ね続けたが、いつもドア越しの会話だった。
もう一人のまどかは、市外でのパトロールに精を出し、多くの魔女を倒し続けた。
ほむらはさやかと一緒にパトロールをし、それに杏子も混ざった。苦戦しつつも連携は強まっていった。
まどかとほむらが話す機会は夕飯のときだけだったが、ある理由でそれも減っていった。
苦戦することもないまどかは、一人ぼっちで、張り合いの無さを感じていた。


524 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:33:38.50rEGEV1Wgo (11/24)




冷たく澄んだ空気を叩く、廊下の足音。
雲行きは悪くなる一方で、降り注ぐ雨が路面を洗い、夕暮れ時の人々の足を早めていた。
コツンコツン、と徐々に近づく革靴の音は、扉の前でぽつりと止まった。

ピンポーン

伸びた指が、春の憂鬱な雨音を絶つ。清らかな響きを生む。
廊下に立ち止まった姿が、変わらぬ様子で、何度目かの訪問を告げる。

まどか「マミさん、私です……まどかの魔法少女じゃないほうです」
まどか「今日も来ちゃいました」

彼女はここ数日かかさず、マミの家に足を運んでいた。

雨音さえも遠慮したかのように音を押さえ、静かに背景に身を潜める。
空白を埋めるように、しとしとしとしとと降り注ぎ、空気をうるおしていく。

まどか「……マミさん」

廊下に一人で立ちながら、それでも彼女は、扉に向かって満面の笑顔だった。
たったこれだけのことを言うために彼女はわざわざやってきた。

返事はなくとも、何の見返りもなくとも、彼女は扉に語り続けた。
折りたたんだ傘は静かに濡れそぼり、笑顔の彼女の代わりにぽたぽたと泣いた。

まどか「明日の朝、また、わたし、来ますから。いっしょに学校に――」

最後にそう言って、立ち去ろうとした。そのとき、不意に雨音が途絶えた。

雨の降る外の世界が、閉ざされた部屋の中に唐突に通じた。
乱暴に鍵を開ける音。息を飲む間も許さない、視界に飛び出してくる、

動くことも許されずに。

次の瞬間には激しく抱き締められていた。

「マミさん!」まどかは小さく叫んだ。

鎖のように、マミの腕が締めつける。
自分のものを取られまいとすがりつく、子どものように。

マミ「あなたは……なんで、なんで私なんかのために……!!」

強い締め付けの中、びしょ濡れの言葉がしぼり出た。
まどかは彼女に温もりが戻っていることを、肌で感じて、心から暖かくなる。
やわらかく抱きしめ返し、目を閉じて、まどかは語りかけた。

まどか「だって、マミさんだから」
まどか「私の、大好きな、マミさんだから」

マミ「鹿目さん…………っ」

縛りつけるような抱擁が解かれる。
マミは涙をごしごしとこすりながら、かすれた鼻声で言った。

マミ「ごめんなさい、急に」
マミ「びっくりして……いえ、びっくりさせちゃって」

まどか「いいえ」
まどか「泣きたいときは思い切り泣いて、いいと思います」

まどかは力強く言った。
最近になって、自分の中から力の湧きだすこの感覚が止まらない。
まるで自分の中にもう一人いるみたい、と思う。今のまどかは強いまどかだった。

まどか「マミさんは……いつもがまん、してるように見えるから」

マミ「そうかな……」

マミは顔を上げた。まだ涙の跡が残っていた。
改めて出迎える。色彩的な笑みと瞳を取り戻した彼女は、まどかの手を引いて誘う。

マミ「今までごめんね……何にも、出来なくて」
マミ「どうぞ、上がって! 紅茶とケーキしかないけれど」

雨が降り続いていた。


525 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:35:03.56rEGEV1Wgo (12/24)




電話越しのほむらの声が響く。トーンを落とし、申し訳無さげな声。
リビングに立ち、受話器を持つまどかは、黙って聞いていた。心がキュンと冷え込んで、次の思考も声も封じられてしまった。
声は相変わらず受話器からくぐもって聞こえていた。

ほむら「ごめんなさい、まどか、魔女退治は無事に、終わったんだけどね」
ほむら「杏子とさやかに絡まれちゃってね。悪いけど、お夕飯は先に食べててくれるかしら。適当なモノ開けて良いから」

彼女の話はこうだった。
放課後いつも通りさやかとのパトロールをしていたら、偶然に杏子と会った。
一緒にパトロールをして、日暮れに魔女を一匹倒し、そのあと食事に行く流れになった。
ほむらはせっかく関係も改善したところだったので、断るのもはばかられたとか……。

まどかは複雑な気持ちで聞いていたが、結局、元気よく答えていた。

魔まどか「うん、わかったよ! 楽しんできてね!」

ほむら「本当にごめんなさい」

受話器が無機質な音を響かせる。重い空気が部屋に降りてくる
ピー、と炊飯器が白けた音を鳴らし、バカにされた気分になった。

魔まどか「はぁ……」

まどかはようやくの思いで整えた食卓を見遣った。
暖かいはずの食事も何やら色あせて湿っぽく見え、空腹感が消え失せる。
一人で食べる気になど到底ならなかった。彼女は鈍い光を放つ食器を片付け始めた。

魔まどか(また一人だ……)
魔まどか(最近は久しぶりに外を動き回って、気が紛れてたけど)
魔まどか(ほむらちゃんがみんなと仲良くなるのも、わたしは一緒に喜んでたはずなのに)
魔まどか(いつの間にか、一人ぼっちはわたし。裏切られたの? わたしは……っ)

ぽたり、と一滴。
水滴が跳ね、王冠が弾け、銀色のナイフの輝きの中に溶けた。
はっとして、彼女は顔に手をやる。頬を流れる雫に気付く。

魔まどか「あ、あれ、やだ……」

一度気付くと止まらなくなり、頬を伝ってぽたぽたと流れ落ちていく。自分でも予想外だった。
視界がにじみ、テーブルクロスにいくつもの染みが浮かんだ。

魔まどか「……ほむらちゃんのバカ」


526 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:36:21.27rEGEV1Wgo (13/24)




側溝に流れる大量の雨水が、泡立った音を立てている。
帰り際、玄関口に立つまどかに、マミは傘を手渡し、さらに自分の傘を持った。

マミ「送っていくわ」

土砂降りの雨にも構わず、マミはむしろ嬉しそうに言った。
「でもこんな雨ですし」まどかは遠慮した。マミはますます嬉しそうにして。

マミ「ええ、だから一人で帰すわけにはいかないわ。それにまだ、話したいことあるんだもの」

まどか「マミさん……」

マミの笑顔は子供のように無邪気でかわいくて、別れがたく思えた。
まどかは迷ったが、結局、首を縦に振っていた。


527 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:37:37.19rEGEV1Wgo (14/24)




ほむら「じゃあ私はここで」

杏子「もう帰るのかよー」 

夜の繁華街。雑踏の中で、いつもの三人が歩いていた。
パトロール後の食事を終えて、一足先にほむらが帰るところだった。

さやか「また明日ねー」

さやかは屈託のない笑みで手を振った。まるで友達に接するときのように。いや、すでに友達だった。
友達なら少し意地悪をしてもいいか、とほむらは思い立った。唇を歪めて、置き土産の言葉を残す。

ほむら「そういえば、さやか、明日……当てられるわよ、数学の授業」

さやか「げっ……マジ? 未来情報? 未来情報なの?」

ほむら「ええ。今日当てられなかったことだし、ほぼ間違いないわね」

さやか「どうせ間に合わないのに、なんつー捨て台詞なんだ!」
さやか「あんた、あたしのこと嫌いでしょ」

ほむら「そんなことないわ」

さやかは眉を上げた。「ほんとに?」

ほむら「……そんなことないわ」

確かめるように言いなおし、ほむらは背を向けて歩きだした。
さやかは黙ってその背中を見つめていた。

杏子「よかったじゃん」

肩をポンと叩かれて、はっと我に帰る。

さやか「……う、うるさい!」


528 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:40:04.62rEGEV1Wgo (15/24)




~まどか視点~

マミさんの傘はとても傷んでいた。骨の部分がさびて、軸もぶれている。
両手を添えてその傘を持ち、歩いていた。雨脚の強まる中、わたしはその背中を見て歩く。
前を行くマミさんは鼻歌を歌いながら、水溜まりを飛び越えて、くるりと振り返り言った。

マミ「戦いはもうイヤなの!」

その鮮やかな微笑みに、わたしはドキリとして立ち止まった。
腰を折り、下から覗きこむようにして、マミさんは笑った。

マミ「ワルプルギスの夜からは逃げちゃいましょ」

その鼻の頭にくっついた雨粒が光っていた。

マミ「魔法少女だからって……いいじゃない。いつまでも苦しんで、続けなくてもいいと思うの」

まどか「マミさん、それは」

マミ「ダメだなんて言わせないからね」

マミさんの眉が寄り、じとっと睨まれてしまうと何も言えない。この胸の高鳴りは……なに……?
マミさんの舞台はさらに続いた。

マミ「そう、キュゥべえに頼んで人間の姿に戻してもらうのよ。そしたら、魔法少女卒業。みんなでパーティするの!」

QB「…………」

キュゥべえはマミさんの肩の上で、黙っていた。

まどか「それは、でも……ええと」

わたしは困り果てた。マミさんだってそんなこと出来ないって、分かってるはずなのに。
追い詰められて、おかしくなっちゃったのかな。わたしは心配になった。だんだん良くなってると思ってたのに。

マミ「信じてないわね、鹿目さん」
マミ「でもいつか、必ず叶えてみせるんだから」

マミさんは笑った。私は戸惑っていた。
分かっていて乗り越えようとしているのか、それとも現実から目を背けてるだけなのか。

雨が降り続く。街灯の明かりが夜の中に浮かんでいる。
わたしはマミさんをじっと見つめた。その顔は困っているようにも見えた。そんな笑顔。

魔法少女は魔女になる。そのことはもう否定できない。契約したら最後、逃れることは出来ないんだ。
マミさんは分かってるんだ。わたしはやっぱりそう思った。マミさんはこう言ってたんだ。

――こんな世界で、魔法少女を続ける意味はあるの?

わたしには絶対に答えられなかった。マミさんの期待に応えられなかった。
世界が変わっていく。わたしの頭の中をそのまま映したように、ぐにゃぐにゃと世界が変わっていく。
文字通り。

まどか「マミさん、これって……!」

マミ「……っあ」

キュゥべえは声を上げる。

QB「マミ、結界が出来るよ! 用心して!」


529 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:42:47.22rEGEV1Wgo (16/24)




雨は変わらず降り続いていた。薄暗い結界の中に、底なしの闇が広がっていた。
取り込まれたわたしたちは、傘を手にしたまま、しばらく立ち往生していた。

マミ「ここは引きましょう、鹿目さん」

マミさんは奇妙な早口で言った。キュゥべえはわたしの肩に飛び移って来た。

どちらからともなく、わたしたちは手をつないで、結界の中を進んだ。
マミさんには出口が分かっているみたいで、迷いなく導いてくれる。
土砂降りの雨の背景は赤々としていた。空が渦巻いている。

まどか「――怖いんですか?」

モノクロの地面から目をそらし、わたしは前を行くマミさんに尋ねた。返事は無かった。
水溜まりに足を入れても水は跳ねない。前も後ろも闇の中。

本当に進んでいるのか――……。

鮮明に聞こえてくるのは、私たちの足音だけ。くぐもった雨音の中。

本当に進んでいるの――……。

マミ「……先輩失格だよね」

沈黙を破ったのはマミさん。
私の手を握る力が強まる。マミさんはうつむいていた。

マミ「もう私、魔法少女を名乗れないわ。こんな臆病な魔法少女っていないもの……」
マミ「先輩失格……魔法少女失格……――」

感じる。マミさんは震えていた。

マミ「――人間失格だわ」

っあ!!

マミさんの握力が強くなり、わたしは思わず声を上げた。

マミ「あ、ごめんなさい」

まどか「ううん……平気ですっ……」

マミ「……」

まどか「……」

キリキリと張りつめて、今にもぶちっ、と切れそうな糸が一本、伸びていた。
刺すような沈黙が、果てしない結界に、無限に続くように思えた。

そして

……まただ。マミさん、また震えてる。


530 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:44:39.63rEGEV1Wgo (17/24)


マミ「……さっきの話だけど、本当だからね」
マミ「魔法少女なんて、辞めてやる。私は幸せをつかむわ。普通の生活に戻るの」

それはマミさん自身に言い聞かせているように聞こえた。

マミ「みんな普通に戻るの。普通に笑いあえる、そんな日常を取り戻すの。絶対によ。もう嫌だもの、絶対に嫌だから……」
マミ「後ろ指を指されても、臆病者だって言われても構わない。魔女を殺して、魔女になるくらいなら……いっそ」
マミ「もう一度……あれを、あんな日常を……私は……」

マミさんは涙声になっていた。気持ちが高まって、言葉がつながらないみたいだった。だんだん分かって来た。
マミさんは街を守りたいけど、魔女とは戦いたくないんだ。そして魔法少女なのに戦わない自分を、責めてるんだ。
わたしは同情した。キュゥべえはわたしの肩の上で、ひたすら黙りこんでいた。でもやっぱり無理だ。

……やっぱり、言わなきゃ。

わたしはずっとためらっていた。でもダメだと思った。
言ったらすべて終わってしまうかもしれない。でも、言わなかったとしたら。
この先ずっとマミさんにウソをつき続けることになる。それだけはイヤだった。
あの子なら、もう一人のわたしなら、絶対に言うだろう。だからわたしも、それを言った。

まどか「無理、ぜんぶ無理なんです……」
まどか「何もかも、手遅れで、マミさんは、魔女と戦うしか、ないんです」

わたしはみじめだった。こんなことしか言えないなんて。

マミさんは……マミさんの表情は動かなかった。
泣き笑いのような表情で、何も聞こえなかったかのようだった。
一方でわたしは、マミさんのことを見てなかった。マミさんの背後を見ていた。
目を見開いていた。

マミさんの背後に迫る、刃に、目を見開いていた。

まどか「――ッ!! マミさんッ!?」

傘を放り落として、わたしは飛び出した。体当たりして、マミさんを突き飛ばした。
わたしたちは一緒になって地面に倒れ込んだ。そして刃が突き抜けた。

使い魔!!

のっぺりとした影のような姿が、ゆっくりと剣を構え直しているのを、わたしは見上げた。
どろりとした空気が降りてきて、わたしの中にもそれは入ってきていた。

まどか「使い魔が! マミさん! 戦わないと!」

マミ「や、やめて!! 殺さないで!!」

混乱に混乱を塗り重ねるような叫び声。マミさんはおびえていた。
でも理解できない。マミさんは使い魔ではなくてわたしを見ておびえていた。

マミ「そうよ、夢だわ、夢なのよ……」

まどか「マミさん、わたし、何もしないから! それより早く――」

キラリと光る無数の線が見えた。
剣が振るわれるたびに、雨が切り裂かれて、結界の様子が見えるようになる。

空は真っ赤に染まって、地面には気味の悪い絵が一面に描かれていた。
そして視界の先にはそびえ立つ門。

まどか「ひ……ぁ……っ!!」

剣先が向けられる。もつれる足。尻もちをつく。喉がカラカラになった。
剣先が向けられる。喉元に迫る。肩が笑って動けない。

剣先が向けられ――。

マミ「――鹿目さん!!」


531 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:47:06.94rEGEV1Wgo (18/24)


変身したマミさんがマスケット銃を取り出そうとする。
光を発して、使い魔が一瞬ひるんだ。

マミ「――!?」

けど、それだけだった。
マスケットは、出現しなかった。
マミさん自身も驚いた顔で、訳が分からない様子だった。

まどか「ひぁっ――……」

そして剣が振るわれる。
風を切る音が、雨を裂く音が、首を切り裂く。
最後まで私は、何の役にも立てずに私は、

――!?

ただ、それを見ているだけだった。

それは、握り潰される完熟トマトだ。
粘り気のある液体が吹き出して、足に身体に頬に、襲いかかった。
わたしは凍り付いた。滴り落ちる液体、頬に糸を引いて、舌を這わせ、神経を焼き切っていく。
冷たく平らな赤をさらして、

"マミさんの"生命を絶望的に奪い去っていた。

最後に私と使い魔の間に割って入ったマミさんは、丸腰だった。
ぐらりと横ざまに倒れる姿は人間よりも人形に近かった。
どしゃり、と鈍く重い衝撃が走る。血の海に沈む。

ああ――。

ぽかん、と開いた口に流れ込む血は冷たい。
息もせず、身動きもせず。


――マミさん、しんじゃった。


532 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:48:04.57rEGEV1Wgo (19/24)


息を吸う。ふるえる。吸う。吸う。ふるえる。

QB「まどか! 今すぐ僕と契約を!!」

キュゥべえが何か言ってる……けど、よく聞こえないよ……。
ねえ、マミさん……、こ、この冷たいの……な、なんなの……。

まどか「っマミ…さん…!?」

なに、なんだっていうの……。

まどか「い、いやだよ……マミさん……いやああああ!!!」

これは、なんなの……!? これは、なんなの……!?

まどか「――マミさああぁぁぁああん!!」

マミ「逃げて……」

使い魔が動く。

QB「早くするんだ! まどか!」

そのとき、信じられないことが起こった。
血の海から、マミさんが立ちあがっていた。肩から腰にかけて裂けた傷口から、赤い液体が流れる。
わたしには理解できなかった。だって、なんで、そんな。意味分かんないよ!!
戦えるわけでもない。吹き飛ばされ。血が吹き出す。なんで、そんな!!

マミ「だいじょ、ぶ、だから……はや、くにげ……なさいっ!」

崩れ落ちても、まだ立とうとしている。その唇に笑みが浮かんでいた。
身体は痙攣していた。わたしはマミさんに駆け寄って、使い魔との間に立ちふさがった。
マミさんが何かをつぶやいていた。

マミ「あなたを救うために死ねるなら、そんな幸せなことって、ない、もの」

まどか「バカ言わないで……そんなのイヤです……」

マミ「はやく……」

まどか「絶対にイヤだ……」

周囲に使い魔が取り巻いているのが見えた。

まどか「マミさぁん……」

空間が歪んで、わたしたちのいる場所が沈み込んでいく。遠くに見える門が、だ円に見えた。
わたしの視界も変わっていって、万華鏡のようになっていく。頭が痛くなり、わたしはしゃがみこんだ。
グラスのふちを撫でるような音が響いた。それを聴いて。

――なにかが、大切な何かが、わたしの頭の中で切れた。


533 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:50:10.36rEGEV1Wgo (20/24)


まどかの瞳から光が消えて、表情から恐怖が消える。
マミはもう動かないはずの身体を、魔力で強引に動かし、まどかの前に立っていた。

重い一撃が襲いかかる。

丸腰で、避けることも出来ず、マミはまともに受けた。
吹き飛んだマミに巻き込まれて、まどかは地面に叩きつけられ、何度も転がった。
くぼ地の底に転がり落ちて、マミはもう起きあがれなかった。

まどかは起きあがり、口の中の血を吐き出した。無表情だった。
キュゥべえはまどかに駆け寄った。

QB「マミ、無茶苦茶だよ。まどか、君だってこんなの見てられないだろう?」

まどかは意味もなく笑っていた。キュゥべえは何かを察したように後ずさった。
彼女は何か訳のわからないことをわめいた。相変わらず無表情のままで。
そして、もはや身動きもしないマミに最後の一撃が迫っていた。まどかは見ているだけだった。

QB「ああ、なんてことだ」

使い魔が大剣を構え、マミに止めの一撃を振り下ろす――瞬間、全ての使い魔が引き千切られ、吹き飛ばされた。


534 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:52:02.40rEGEV1Wgo (21/24)




結界の中の惨状を目の当たりにして、ほむらは呆然と立ち尽くしていた。
使い魔に取り囲まれ、死んだように倒れるマミ、その傍らで狂ったように高笑いするまどか。
まどかの首元には魔女の口付けが見えた。ほむらは唇を噛み、行動を起こした。

時間を止め、使い魔の包囲の中に飛び込む。
迷わず取りだしたのは軽機関銃。いら立ちをぶつけるように全周射撃する。
赤い光がほむらの顔を照らす。後悔と自責の念しか無かった。眉根を寄せ、何も考えないようにする。
時間が動くと同時に、使い魔は放射状に弾け飛んだ。

ほむら「まどか……! まどか!! 目を覚まして!!」

機関銃を投げ出して、ほむらはまどかの肩を揺さぶった。
あはは、あははと笑うまどかの目はどこも見ていない。ほむらはガックリと膝をついた。
「ごめんね……ごめんね……」言いながら、倒れたマミのほうに目をやる。「ごめんなさい…………」
ほむらは自分でもよく分からないまま、何かに対して謝っていた。きっとこれは全部、自分のせいだと思った。
マミの問題から目を背けていた、その報いなのだ。

ほむら「…………すぐ、終わらせるから」

絞り出すように言って、ほむらは立ちあがった。
その背中に、声が掛かった。「待って…………暁美さん」

ほむらは驚いて、振り返った。
深い傷を負ったマミが、かすれた声で何か言っている。

マミ「ダメ……魔女、殺しちゃダメよ……あれ、私たちと同じ……」

ほむら「何もしゃべらないで」

起きあがろうとするマミをほむらは押さえつけた。マミは瞳をキラキラさせて何かを訴えていた。
こんな事態になった本当の理由が分かった気がして、ほむらは怒りが湧いてきた。

ほむら「あなたは……、勘違いしてるようね……。あれは、魔法少女じゃなくて、魔女なのよ」
ほむら「殺さぬ限り、呪いを生む、それが魔女。そんなこと彼女たちだって望んでたはずがない」

彼女は極めて淡々とした声で言った。それは何かを抑えつけているようでもあった。
マミは震えて涙を流していた。ほむらはゆっくりと語りかける。重ねるように。

ほむら「分かるわよね」
ほむら「死だけが、彼女たちに向けられる唯一の救いなのよ」

マミは横たわったまま、それでもほむらのことを睨みつけた。
ほむらは黙って見つめ返すのみだった。


535 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:55:20.65rEGEV1Wgo (22/24)




さやかと杏子はすぐに駆けつけてきた。二人ともマミとまどかの惨状に驚いたが、すぐに切り替えて動き始めた。
さやかはマミの回復に専念し、杏子とほむらが魔女に攻撃を仕掛ける。
魔女の本体は、結界の中央にそびえ立つ門のようだった。魔女はなかなか倒れなかった。

そこに別方向からの攻撃が飛来して、結界を揺さぶった。直撃して、甲高い悲鳴が上がり、魔女が砕け散る。
誰の仕業かは見なくても分かった。こんなことが出来るのは一人しかいない。

結界が徐々に崩壊していく……と、同時に土砂降りの雨が戻ってきた。
マミは全身に刻みつけられた重傷を叩く雨粒に痛々しくうめいた。

まどか「マミさんっ!! 死んじゃイヤだよ!」

正気に戻ったまどかは悲痛な声を上げた。
「今やってるって!」焦りから、さやかはいら立った声を上げる。魔法に集中し、息を荒くしていた。
雨が遮断される。傷口はすこし塞がってきていた。でも重傷には変わりない。

ほむら「――!」

足音が聞こえた。
揺らめきの中から、新たな人影が現れた。
荒々しく歩み寄り、水溜まりも意に介さず進んできた。

ほむら「――遅かったじゃない、まどか!!」

麦わら帽子に顔を隠したまどかだった。

マミ「なんでっ……!!」
マミ「あれは魔法少女なのに! 私たちとおんなじなのに! なんでこんな!」

マミが強引に上体を起こした。「ダメだって!!」さやかが叫んだ。
全身から流れ出る血が、真っ赤な水溜まりを作っていた。

まどかは歩み続ける。
独り言のように呟きを漏らしながら、

魔まどか「まだ、そんなことを。マミさんは」
魔まどか「いつまでも」

ばしゃり、と水溜まりに足を突っ込み、立ち止まり見下ろす。

マミ「そんなことですって! あなた……!」

一際大きな水しぶきが上がった。
突然、まどかがマミを押し倒したのだ。


536 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:57:17.01rEGEV1Wgo (23/24)


馬乗りになり、肩をつかむ。マミは苦痛に声を上げることも出来ない。
傍らのまどかとさやかが抗議の声を上げたが、完全に無視された。
ずぶ濡れのワンピースに血の赤がしみこんでいく。まどかは気にせず、マミをじっとりと見下ろしていた。
大好きな先輩だった人。なのに今は、もう冷たい怒りしか感じられなかった。抑えた声で、まどかは語った。

魔まどか「何もかも、マミさんは全く分かってないんだよ。全部、この子にかかってるの……」
魔まどか「だから絶対に、守らなくちゃいけないの。死なせちゃいけないの」

魔まどか「ねえ、マミさん……もういい加減にしてよ。わけのわからないことに、みんなを捲き込まないで」
魔まどか「どうしてそうなの? 信じてくれないの。おかしいよ。いつも疑うし、邪魔してばかり。許せない」

魔まどか「助けたいんだ、助けたいんだよ……それだけなのに……。マミさんを助けたいだけなのに」
魔まどか「それはウソじゃないんだよ……おねがいだから、ね、信じてよ」

マミ「…………」

マミはすでに意識を失っていた。

まどか(こんな事してる場合じゃ……マミさんこんな姿なのに……この人、何も感じないの!?)

まどか「もうダメだよ! マミさんは今すぐ病院に……!!」

魔まどか「あなたは死ぬとこだったんだよ。もしあなたが死んでたら……わたしは……」
魔まどか「マミさんに任せたのが間違いだったね。これからはちゃんとわたしが守るから……」

そう言って微笑む、その言い様に、彼女は我慢ならなかった。
ほとんど衝動的に、叫んでいた。

まどか「っ……!! マミさんが!!」
まどか「こんな目に遭うくらいなら、わたしが死ねばよかった!!」

言ってすぐ、まどかは口を押さえた。明らかに失言だった。
その場の全員が言葉を失っていた。ややあって、押し殺したような声で、

魔まどか「あなたの命は、あなただけの、ものじゃないの、わかるよね」

まどか「…………はい」

か細い声で、まどかは返事をした。その瞳にはまだ反抗的な色が残っていた。
しかしそれに気付くことは無く、彼女は深いため息を吐いた。

魔まどか「ああ、どうしてなの……」

徐々に周りに人が集まってくる。
野次馬から悲鳴が上がるまで時間はかからなかった。


537 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/09(日) 23:58:41.37rEGEV1Wgo (24/24)

ここまで。次回は来週末


538VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/11/10(月) 00:26:29.67sqlpq5lQo (1/1)

おつー


539VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/11/10(月) 00:50:17.94R20ue8ZAO (1/1)

貴重な日曜日を
乙でした。


540 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 00:02:26.215qvk+VQqo (1/11)

遅刻遅刻ぅ~


541 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 00:03:00.745qvk+VQqo (2/11)




病院の廊下は静まり返っていた。夜間の照明に切り替わり、薄暗くなっていた。
フロアには誰もいない。いや、ただ一人、廊下のベンチに少女が腰かけていた。
その少女、魔法少女のまどかは、ベンチに浅く腰かけ、足を投げ出している。
傾いた首は肩に乗せられ、力の無い様子はまるで眠っているかのようだった。
しかしその目はしっかりと開いていた。

「まどか!! 無事か!?」

夜の静寂が破れる。切羽詰まった叫び。フロアに緊張が走り抜けた。
まどかは顔を上げた。「――あっ」と声が漏れる。しまった、という風にその表情が固まった。
ランプに照らされた頬は赤く染まり、呆然として廊下の先を見ていた。

詢子「しっかりしろ! アタシが分かるか!?」

つかつかと歩み寄ってくる、母はその理由を誤解した。
まどかの肩をつかむ。前後に揺すって声をかける。

魔まどか「――え、あ、何ともないよ。だいじょぶ。大丈夫」

対する返答は、違和感を覚えるほどに平坦だった。
まるで、道ですれ違った他人に、いきなり話しかけられて驚いているような。

知久「通り魔に遭ったって……!?」

後ろから追いついた父も、やはり心配な顔をしていた。
まどかは霧のかかったような頭でぼんやりと思い出す。

魔まどか(あ、そっか……そういうことにしたんだった……)
魔まどか(それで、そう……当然、警察の人は、この人たちにそれを伝えたんだ……)

その通りで、二人は警察から掛かって来た電話を受け、すぐに駆けつけたのだった。
それは分かっていたことなのに、完全に忘れていた……。しかしまどかは気に留めなかった。
考えているのは一つだけだった。

――どうやって逃げようか。


542 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 00:10:42.175qvk+VQqo (3/11)


母はまだ娘の肩をつかんでいた。

詢子「何ともねえ……のか。あたしのこともちゃんと分かるな?」

魔まどか「うん。忘れるわけないじゃない。大丈夫だよ」

まどかは笑顔で言った。

詢子「……そう?」

とはいえ、安心した、という表情ではなかった。
目を細めて、正面に座る、娘の形をした、何者かを見極めにかかる。
見つめられ、まどかは困ったように笑った。頬をかいて、「わたしの顔に何かついてる?」

母は答えず、まどかをじっと見つめた。まどかは笑みを引っ込めて、視線を上げ、見つめ返した。
静寂が再び降り、薄暗い廊下を満たす。見つめ合う二人。……やがてまどかは長い溜め息を吐いた。

魔まどか「ふぅー…………」
魔まどか「……ホント……鋭いね、ママは……そうだよ」

ささやくような声が響く。

魔まどか「わたしは、ママの知ってる……まどかじゃないの」
魔まどか「悪いのはわたしだから、あの子の事は責めないであげて」
魔まどか「もう家に帰ってよ。あの子のそばにいてあげて。わたしのことは、もういいから」

彼女は悲しげに笑った。母は表情を硬くし、ゆっくりと息を吐いた。
肩をつかんでいた手を離して、まどかを見下ろす。冷たく睨む視線。

平手が炸裂し、乾いた音が廊下に反響した。いきなりだった。
まどかは張られた頬を押さえることもせず、うつむいて、そのままだった。

知久「ママ……」

詢子「ちょっと黙ってて……」

父が黙り、母はまどかに向き直る。


543 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 00:20:05.125qvk+VQqo (4/11)


詢子「どうして何も相談してくれねぇんだ……毎晩、毎晩……!」
詢子「なんか言ってみろよ。一人で抱えこんでんじゃねえ! 夜遊び、挙句の果てに……通り魔だって?」
詢子「あたしだって、伊達にあんたの母親やってねえんだぞ……!」

苦しげな声だった。娘は、うつむいていた。
麦わら帽子が斜めに影を落とし、表情を隠していた。

母は目を閉じ一息ついて、前髪を払った。
目の前にいる娘、に語りかける。手を差し伸べて。

詢子「悪いな、まどか」
詢子「殴って悪かったよ、謝る。だから、顔上げてくんねえかな……」

まどかは顔を上げた。その顔はおだやかに微笑んでいた。

魔まどか「――こっちこそ、ごめんね。でもやっぱり」

その言葉を、ただの事実でしかないと言うように。
まるで神様のような、完璧に無感情な微笑みが向けられるなか。

――わたしは

魔まどか「――わたしはあなたの娘じゃないの」

詢子「!!」

見開かれる目に、最後の娘の顔が映りこんだ。
まどかは立ちあがり飛び出していく。手が離れ、遠ざかっていく。駆けぬける足音が廊下に高く反響した。
「まどか!!」父が叫び、その背中を追おうとした。しかしふと気付いて足を止める。

知久「……詢子」

詢子「――ぅ」

手は虚空をつかんで、膝が折れる。

詢子「――ぁ」

声がへし折れ、自他共に認める最強の母親が、崩れ落ちた。


544 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 00:28:58.055qvk+VQqo (5/11)




音の無い世界。
エレベーターは高速で、垂直に上昇していく。ここは、見滝原でもっとも空に近い場所。
移り変わっていく階数表示が、傾き始めた夕陽の光に照らされている。

病室に風が吹き込み、ふわりとカーテンが浮き上がった。その膨らみを弾けさせる。
風が止むと、何事もなかったかのように、元に戻る。
ベッドの上で上体を起こすマミ、彼女は口を開いた。見舞いに来たまどかに向き直って。

マミ「そんなの、私が勝手にしたことだもの」
マミ「あなたは何も悪くないのよ」

まどかを庇って重傷を負ったマミだったが、翌日にして既にそれを感じさせない穏やかな調子だった。
さやかの回復魔法と自身の自然治癒力で、人間にはありえない超回復。
しかしまどかは深刻な表情で言った。

まどか「ね、マミさん……もう二度とあんなことしないって、約束してください」

穏やかでない眼差しが突き刺さる。
対するマミの顔には、はかなげな笑みが浮かぶのみで、二人には温度差があった。
数秒の間。そして、

マミ「……というよりもね。もう私のそばに来ない方がいいわ」
マミ「私じゃ、いざっていう時にあなたのこと、守ってあげられないもの」

エレベーターが止まり、ドアがやはり無音で開く。一人の少女が降り、廊下を歩み始めた。
ガラス張りの廊下は光で満たされている。足音だけが響いている。

病室のまどかはマミの言葉に驚いていた。
椅子から腰を浮かせて、前のめりになって叫んだ。

まどか「そんな! わたし、マミさんを一人にできないよ!」

マミ「だめよ、言ってたでしょう、もう一人のあなたが」
マミ「絶対に、守りきらなくちゃ、あなたを……」

その言葉に迷いは無かった。しかし目を閉じてまどかの方を見ないようにしていた。
まどかは花がしおれたようにうつむいていた。うつむいて、ぷるぷると震えたあと、

まどか「なんで、なんで、わたしなんですか……?」

さっきまでとは打って変わって、弱弱しく声を落とした。
よろよろと下がって、力の抜けたように椅子へ座りこんだ。


545 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 00:40:19.065qvk+VQqo (6/11)


まどか「わたしなんか守っても、まったく何の役にも立たないのに」

マミ「そんなこと……」

マミは思わず顔を上げて彼女を見た。まどかは小さくなって見えた。
空気が抜けて沈み込んでいく。静かに、しかし止まらずに言葉を続けている。

まどか「本当に、違うんですよ」
まどか「わたしとあの子は、同じなのは見た目だけ……本当はあの子の足元にも及ばないんです」
まどか「わたしだってこんなの情けないし、嫌で、嫌で仕方ないけど、でも、こればっかりは、どうしようもなくて」

マミ「鹿目さん……」

まどか「でもね、もし、もしも契約して、魔法少女になれたら……、わたしが魔女と戦って」
まどか「マミさんのことだって私の手で、守ってあげられるかもって思って……」

わずかに差し込んだ希望が顔を持ち上げる。か弱い手を握りこむ。
マミは黙って見つめていた。まどかの言葉が止まり、それ以上続かなかった。

また風が吹き込んで、カーテンを揺らした。
前髪が乱れ、マミは手で押さえた。まどかは身動きもしなかった。
風が止むと、彼女はまた口を開いた。

まどか「わたしは……」
まどか「わたしはもう限界です……、誰ひとり、マミさんのこと守ってくれない」
まどか「わたしが魔法少女だったら、昨日だって、あんなことにはさせなかったのに」
まどか「もう誰かに守られてるだけなのは嫌です。もう、我慢、できないんですよ……」

――コンコン

扉がノックされる音がした。
素早く振り返り、マミは廊下に向かって答えた。

マミ「ど、どうぞ!」


546 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 00:51:00.085qvk+VQqo (7/11)


ドアが勢いよくスライドし、もう一人のまどかが姿を現した。
彼女は、なぜか立ち止まったままだった。先客に気付いて、少しきつくなった瞳を向ける。

魔まどか「来てたんだ」

まどか「うん」

返したまどかに笑顔は無かった。椅子から立ち上がる。
マミは不安げな様子で、迷いつつも口を開いた。

マミ「嬉しいわ、わざわざ…………、そうだ、ケーキ食べる?」

魔まどか「いいよ、それはマミさんのでしょ」

マミ「え、ええ」

ニコリともせず答えるまどかに、マミは半端な返事しかできなかった。
彼女は開いたドアのそばで突っ立っていた。自動ドアは彼女がそこにいる限り閉じない。
沈黙がまたしても降り、吹き込む風だけが暴れていた。マミはもう一度がんばった。

マミ「あの! 昨日は、悪かったわ」

魔まどか「別に気にしてないですよ」

マミ「そう……でもやっぱり……迷惑かけちゃったかなって思ってね……」

沈黙は消えない。

マミ「えっと……」

まどか「…………」

魔まどか「…………」

沈黙は消えない。

まどか「何をしに来たの?」

窓際のまどかが静かに口を開いた。
いつもの彼女とは違っていた。彼女の発する圧力に入口のまどかが少したじろいだ。

魔まどか「マ、マミさんのお見舞いだけど……?」


547 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 01:05:18.845qvk+VQqo (8/11)


もう風も黙っていた。
まどかは表情を前髪に隠し、窓枠に腰かけていて、入口のまどかはそれを怪訝な顔で見つめていた。
マミはもう布団に顔を隠している。口を開けるのは一人だけだった。

まどか「やっぱり、別人。わたしはこんなに立派じゃないし、いても意味ないし」

魔まどか「……いきなり何いってるの」

まどか「あなたとわたしは別人だって言ってるんです!」

まどかは声を大きくした。窓枠から下りて、ゆっくりと歩み寄る。

まどか「本当に見た目だけ……それ以外は何もかも違う……あなたは誰?」
まどか「わたしだったら絶対あんなことしない……言わないよ……別人に決まってる……」

「……やめてよ」入口のまどかは呟いた。「――やめて!!」

魔まどか「おんなじだよ、わたしたち」
魔まどか「あなたとわたしは、誰よりも一緒だよ……? だからわたしは、あなたのこと、ずっと……」

か細い声が、逆転した関係に流されていった。
もはや、威圧してきている。相手は守るべき情けない自分ではなかった。

まどか「わたし"は"、マミさんを見捨てたりしない……」

魔まどか「ど、どういう意味……?」

彼女の後ろでドアが静かに閉まった。
部屋の中央で向かい合い、鏡映しの二人がまっすぐ見つめ合う。

まどか「あなたはずるいよ……、マミさんの命を救っておいて、あとは知らんぷりしてるだけ」
まどか「こんなこと言える立場じゃないって、分かってるけど……、わたし、がまんできない」
まどか「あなたのことが許せない……、あなただけじゃない。マミさんのこと忘れて、楽しそうに……」

マミ「鹿目さん……!」

マミが制止の声を上げた。まどかは振り向き、悲しげに頷いて口を閉じた。
まどかはまどかに詰め寄られても、下がることはなかった。目を強く閉じて、ゆっくりと開く。

魔まどか「――マミさん」


548 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 01:26:48.095qvk+VQqo (9/11)


そして歩く。もう一人の自分には目もくれず、脇を抜ける。
目の前の電柱を避けるように、ビラ配りを無視していくように、抜ける。
無視されたまどかの手が、固く拳を握りこんだ。

魔まどか「マミさん、もう戦えるよね?」

マミ「えっ」

唐突な問いにうろたえるマミ。それはまったく無茶な問いに聞こえた。
しかしまどかは平然とそれを聞いていた。マミは答えることが出来なかった。
まだ無視されたまま立ち尽くしていたまどかは、パッと振り返り、

まどか「まだダメに決まってるでしょ! 昨日の今日で」

予想以上にひどいもう一人の自分の態度に驚いていた。つかつかと歩み寄り、マミを庇うように立ちふさがる。
しかし言われた方のまどかは疲れたようにため息をつき、簡単に答えた。

魔まどか「けど、もうケガは治ってるはずだよ…………マミさんは魔法少女なんだから」

マミは答えたくなかった。魔女を倒す存在を魔法少女と呼ぶならば、今のマミはそうではなかった。
戦う意思の無い自分を魔法少女とは思えなかった。

でも、こんなの、ただの事実だ。
昨日の一件を通して、マミは諦めと共にそれを受け入れた。観念したように、小さく肯定する。

マミ「……ええ」

まどか「マミさん!」


549 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 01:35:51.755qvk+VQqo (10/11)


二人のまどかがベッドに近づいた。

魔まどか「みんな待ってますよ。マミさん」

マミ「わたし…………」

魔まどか「気持ちは分かります。でもいつまでも立ち止まってられない」
魔まどか「本当にもう時間がないの……、お願いだから戦ってください。……でないと」
魔まどか「マミさんの大切なもの全部、なくなっちゃうんですよ」

まどか「そんなこと言って、あなたはまたやり直せるくせに」

まどかは意地悪く言った。でもすごい顔で睨みつけられて、慌てて目を背ける。
マミが黙っている間に、二人のピリピリしたやり取りが続いた。やがてまどかは改めて聞いた。

魔まどか「マミさん? どうですか?」

マミ「わた、しは」

たっぷり猶予を与えられてなお、マミは答えに詰まった。
答えは最初から決まっていた。それを言うのは怖い。でももっと怖いことは……。

マミ「ごめんなさい、まだムリ……、魔女を殺すなんて、とてもできない」

魔まどか「…………」

マミ「ごめんなさい」

言いにくそうに、しかしマミははっきりと言った。
まどかは黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

魔まどか「マミさん、わたしね、ひとつ夢があるんだ……」
魔まどか「叶わないかもしれない。けど、マミさんにも協力してほしいの」

言いつつ、彼女は傍らの椅子に座り込んだ。

マミ「それはどんな夢なの?」

マミは真面目に聞いた。まどかはあっさりと答えた。

魔まどか「魔法少女をやめて、普通の生活に戻るの」

マミは驚きに目を見開いた。
それは彼女の考えたことと全く同じだったのだ。


550 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/17(月) 01:37:16.315qvk+VQqo (11/11)

今日はここまで また今週末に


551VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/11/17(月) 01:40:32.91856vXPFa0 (1/1)

乙でしたー


552VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/11/17(月) 05:05:52.65zBU1QNjuo (1/1)

おつー


553 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 12:14:52.33QILcM5jzo (1/11)




病院から帰る途中、魔法少女のまどかは前を歩く三人に気付いていた。
もう一人の自分に拒絶され、傷ついていた所に追い打ちをかけられたようだった。
杏子とさやか、そしてほむら。まどかはとっさに隠れた。心の中は理不尽な思いで満ちていた。

魔まどか(ほむらちゃんにみんなと仲良くしてって言ったのは、わたしだけど……)
魔まどか(気付いたら、一人ぼっちはわたし……ママも、この世界のわたしも……)

何だか全てがどうでも良くなってしまって、まどかは電車に乗って魔女退治に出かけた。
もう夕方で、いつもなら帰りの電車に乗っている頃だったけど、構わなかった。帰る気にならなかった。

魔女との戦いで、まどかは初めて苦戦を強いられた。勝ちはしたものの、息は上がり、片腕に深手を負っていた。
地面に座り込み、回復魔法をかける。傷を負ったことをほむらに知られたくなかった。
傍らのキュゥべえがまどかに声をかけた。

未来QB「この世界は君を受け入れてくれないよ。だって鹿目まどかの席は、もう埋まってるんだからね」
未来QB「ワルプルギスの夜を倒したら、君は役目を終えて、この世界から消滅する。もう決まってることだ」

魔まどか「……ほむらちゃんは、まだ分からないって言ってた」

未来QB「彼女は自分を誤魔化してるだけさ。君まであんなふうになってはいけないよ」
未来QB「時間が無いんだから。君は悔いの無いように、自分の願いを遂げなくちゃいけないよ」

魔まどか「わたしの、願い……?」

未来QB「みんなを助けるんだろう?」

まどかは答えなかった。見上げた空に月が明るかった。


554 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 12:19:36.34QILcM5jzo (2/11)




杏子「なーに、辛気臭い顔してんのさ」

さやか「本当にどんよりした顔してるよね」

ほむらはボンヤリとした顔を上げた。「……生まれつきよ」
深いため息を漏らして、また顔をうつむかせる。

三人は今日の魔女退治を終えて、夕食をとっている所だった。
ほむらは今日こそ帰りたいと言ったのだが、半ば強引に付き合わされていた。

杏子とさやかは顔を見合わせ、それからほむらに向き直る。まずさやかが口を開いた。

さやか「元気だしなって。マミさんのことは、そりゃ大変だったけど……、何とかなったじゃん」
さやか「とにかくあたしたちは魔女を倒さなくちゃ。戦えないマミさんの分まで、戦わなくちゃ」

杏子「そうそう。あんたがイマイチだと、あたしらまで危なくなるんだからなー。しっかりしてくれよ」
杏子「マミはあいつ、頭固いからねえ、でもちょっと戸惑ってるだけだよ。すぐに戻ってくるさ」

二人は努めて明るく話しかけたが、ほむらは返事をしなかった。
「マミのことじゃないのかな?」杏子がさやかに耳打ちしたが、丸聞こえだった。
「ていうか帰りたがってるんじゃない?」さやかのこれも丸聞こえだった。

ほむら「ごちそうさま」

出し抜けに言って、ほむらは席を立とうとした。「あ、待って待って!」慌てたようにさやかが呼びとめる。
ほむらは険悪な顔で睨んだが、結局だまって腰を下ろした。「なんなのよ」
うんざりしたようにほむらは言った。

杏子(こりゃ、ジョーダン通じねえなー)

さやか(頭固いの一名追加ですわねー)


555 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 12:28:21.99QILcM5jzo (3/11)


内心を隠して、さやかは彼女をなだめにかかった。

さやか「聞いてよ。そんな怖い顔されたって、昨日の事はあたしたちのせいじゃないんだから」
さやか「何か困ったことがあるんなら、相談にだって乗ってあげるし。黙って睨むのはやめてってば」

ほむら「……別に睨んでないわ」

さやか「そっか。それならそれでいいんだけど。あんたから相談とかもないよねえ」
さやか「まあ、とにかくね、あたしたち、あんたにもっと色々教えて欲しいの」
さやか「特にあの人のことね。未来から来たまどか。やっぱあの人が原因なんでしょ? 魔女が強くなってるのは」

流れるように喋りまくるさやか。その目がわずかに鋭くなる。
しかしほむらは黙っていた。答えるつもりが無いらしい。
さやかは溜め息をついた。

さやか「じゃ、今後のことなんだけどさ、やっぱみんなで戦う以上、リーダーは必要だと思うんだ」

ほむら「なに言ってるの?」

冷たく言い捨てる。が、さやかはめげずに続ける。

さやか「リーダーだよ。リーダー。必要でしょ。で、誰が良いかってことなんだけどー」

ほむら「待ちなさい。ていうかいい加減にしなさい。冗談に付き合ってられるヒマは無いの」

杏子「いや、冗談じゃないよ。これはマジな話」

黙って聞いていた杏子が、静かに口を開いた。
ほむらは眉を上げた。杏子はテーブルにひじを乗せ、頬杖をつきながら目を細めた。

杏子「あんたは何度も世界を繰り返して、ワルプルギスの夜のこともよく知ってるんだろ」
杏子「それにあたしには……やっぱり未来から来た鹿目まどかが一番ヤバそうに思える」
杏子「けど、アイツに関しても、やっぱり一番よく知ってるのはあんたじゃないか」

ほむら「だから、私にリーダーをやれって言うの?」

杏子は頷いた。


556 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 12:44:42.91QILcM5jzo (4/11)


ほむらはグラスを持ち上げて、揺れる水面を見つめた。
一口飲んで、テーブルに戻す。

ほむら「そもそも……リーダーなんて必要ないし、私がそれになるなんて絶対に無いわ」

「どうして?」とさやか。ほむらは面倒臭そうに首を振った。

ほむら「私はまどか以外、眼中に無かった」
ほむら「今まで数えきれないほどあなたたちを使い捨ててきたのに、いまさら虫が良すぎるでしょう」

さやかが口に水を含む。ごきゅ、と喉が鳴る。
杏子がピザを噛みしめる。カリカリという音が止まらない。

ほむら「まどかを救う邪魔になるとき、さやかをためらわず殺そうとしたこともある」
ほむら「まどかと杏子の命を天秤にかけたときは、すこしも迷わなかった」
ほむら「この時間軸だってそうなの。ワルプルギスの夜にあなたたちが皆殺しにされたとしても……」
ほむら「私はまた、何食わぬ顔で、あの教室に紛れ込むのよ」

二人は黙って聞いていた。
さやかがテーブルにグラスを下ろした。

さやか「――あんたがそこまでまどかに入れ込む理由は?」

さやかの目はまっすぐにほむらを見ていた。
ほむらは目を逸らした。小さな声で答える。

ほむら「……ある、約束を果たすためよ」

さやかは納得した様子ではなかったが、それ以上追及しなかった。
ほむらは身を乗り出して、先を急ぐように続けた。

ほむら「私のしたことが正当化されるわけじゃないの。もう後戻りできないの」
ほむら「はっきり言っておくけど、もしまたワルプルギスに勝てなかったら、そのとき私は」
ほむら「すぐに、即座に、この世界を切り捨てるわよ」

杏子「好きにしろよ。変な気を遣ってんじゃねえ」

ほむらは黙り込んだ。目を上げて、杏子を見る。
杏子は呆れた顔で言った。

杏子「あたしにこういうこと言われたの、初めてじゃないよね?」
杏子「あたしはあんたの救いなんか求めてない。調子乗ってんじゃねえぞ」

さやかも投げやりな様子で言う。

さやか「いいじゃないのよ、自分勝手で。あんたの大事なまどかを守り通せばさ」
さやか「どうせあたしは残機ゼロ、リセット不可の人生ですよーだ……」

でも、とさやかは言葉を切った。
ほむらを正面から見て、強い口調で言う。

さやか「舐めるなよ。あたしたちだって、守りたいものくらいあるの」
さやか「何かを守りたいと思ってるのは、あんただけじゃないんだよ。ねえ、ほむら」
さやか「――あたしたちにも、守らせなさい」

ほむらは手で顔を覆った。

ほむら「あなたたちは何も分かってない。もう手遅れなのよ」


557 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 12:57:43.51QILcM5jzo (5/11)




~ほむら視点~

ほむら「ごめんなさい。今日も無理やり誘われたの」

魔まどか「そう」

帰宅すると、私はそう報告した。まどかはそれを承認した。
まどかの口元が震えているのを見て取って、私は顔を背けた。

まどかの様子はもうはっきりと、おかしい。
うさぎのように真っ赤に充血した目をしていて、今もまだ鼻声だ。

振り子時計が巨大な影を下ろしながら私たちの前を過ぎる。
部屋中に散りばめたワルプルギスの夜の資料が、私たちを見下ろしている。

二日連続でまどかを放って勝手に外食。しかも今日こそは帰ると言ったのに。

まどかはうなだれ、私は何か声をかけなくてはいけないんだろうな、と思った。
しかし声をかけたところでなにかが変わるのか?

ほむら「悪いけどもう休んでいいかしら、ちょっと疲れて……」

もうこの時間軸はダメかもしれない。そんなことまで頭をよぎった。
私にリーダーは務まらないし、まどかまでこんな様子なのでは……。

魔まどか「待って」

しかし、まどかは私の手をつかんだ。
生々しい接触が、まどかの熱が、身体をぞくりと駆け抜ける。

また振り子時計が私たちの前を過ぎる。まどかは強く握りしめていく。
まどかは、なぜこんなに悲しそうにしているのだろう。少し疑問に思った。
そんな問いが、平行線の思考を少し波立たせた。

帰りが遅くなったことを、そこまで根に持つものかしら。

申し訳ないんだろうな。申し訳なく思うべきなのだろう。けど、そんな気持ちは欠片も湧きあがってこなかった。
どれだけ汲みあげようとしても、私はそんな感情を抱いてはいなかった。
罪悪感を感じなくちゃ、という実のない焦りだけが空回りしていた。まどかの前に立つ資格もないと思った。

ほむら「本当に今日はもう、私……」

手を振りほどこうとする。しかしまどかは離さなかった。

魔まどか「大丈夫だよ、わたしが何とかする」

私はまどかを真っすぐ見られなかった。
まどかの握力がさらに強くなっていく。言葉はまだ続いていた。

魔まどか「ちょっと残念だけどね。信じてたんだけどね」
魔まどか「なんで……こうなったのかなあ。なんで……もう一人いるのかなあ」
魔まどか「なんで……わたしが偽物なのかな、わたしだって、まどかなのになあ」

すっと、顔が上がり、頬を流れる雫が光る。悲愴な微笑みだった。
まどかの唇が私の名前を紡ぎ出すのを、黙って聞く。

魔まどか「私にとっての、ほむらちゃんは……」
魔まどか「前の世界の、ほんとの私を知ってる、たった一人のほむらちゃんなんだよ?」
魔まどか「でもほむらちゃんにとってのわたしは、たった一人じゃないんだね…………」

まどかの声のトーンが微妙に変わる。
胸騒ぎがした。まどかは何かをこらえているような、ギリギリの表情をしていた。
何かを言わなくてはいけない気がした。しかしいったい、なにを?

迷っているうちに、すべては終わっていた。
まどかは鼻をすん、と鳴らして、はにかんだ。

魔まどか「ごめん変なこと言って……忘れて?」
魔まどか「もう一人の、本物のわたしと、さやかちゃんとマミさんと杏子ちゃんとで……」
魔まどか「ほむらちゃんは幸せになればいいんだよ……それでっ、わたしはっ!」

魔まどか「ワルプルギスの夜を倒したら、あとはもう黙って、消えるから」


558 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 13:09:15.67QILcM5jzo (6/11)


そう言ってまどかが笑う。まどかの笑顔がぶれる。

ほむら「――まどか!!!」

突如湧きあがった感情は紛れもなく、怒りだった。
そう、私はまどかに対して怒っていた。何の考えもなく。だって。

冗談じゃないわ!! 私がまどかを守るの! まどかのことを忘れろだなんて!
私の人生を否定するのと同じことよ! あなたを守るのは! 私しかいない!

思わず拳を握りしめていた。ほとんどまどかに殴りかかりそうになって、私は驚くほど大声を上げていた。

ほむら「私はまどかを忘れたりしない! あなたを消させはしない! 不安な気持ちは分かるけど、あきらめたらダメよ!」
ほむら「私が何とかする! だから、しっかりしてよ! 私の人生は全部、あなたのための人生なんだから!」

ありったけ。心の中ぜんぶ。

私は吐きだした。しかしまったくいい心地はしなかった。
動悸がして、ひどく落ちつかなかった。息を整える。そのとき妙にまどかの口元が気になった。
まどかの唇が動き、言葉を紡ぐ。

魔まどか「――そんなのウソだ」


559 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 13:09:51.34QILcM5jzo (7/11)


魔まどか「わたしがこんなに一人ぼっちなのは、ほむらちゃんのせいでしょ?」
魔まどか「いつもいつも……もう耐えられないよ。いつでも一人なの。それなのに、あなたは……」

まどかは私を見つめて言った。静かな口調だった。
頭が真っ白になった。息が苦しくなった。肺の中が空っぽになった感じがした。
私は、一線を越えてしまったことを知った。何て言ったらいいのか分からないまま、私は口を開いていた。

ほむら「あなたは……一人ぼっちなんかじゃない。だって私は、あなたのことを愛してるもの」

いきなり何を言ってるのよ!? 私は激しく後悔した。
動揺して頭がおかしくなってるの…………、まどかの顔を見られず、私はうつむいた。
そのとき、まどかが身体を揺らした。笑っている。

魔まどか「ふふ、愛してる?――――――――ふふっ」

バカにしたように。
私は信じられない思いで顔を上げた。

ほむら「ほ、本気なんだから! あなたのことが、命よりも魂よりも、大事なのよ!」

こんな風に言う言葉じゃない。怒りにまかせて言う言葉じゃない。
だけど、温めてきた言葉は気付いたら口から飛び出していて、そして二度と戻ってはこない。
まどかは言う。

魔まどか「あなたにわたしの気持ちが分かるわけないよ」
魔まどか「いつもいつも、まどかのため、まどかのためって、本当は自分のためでしょ!」
魔まどか「楽だよね、そうやって逃げてれば、誰のせいでもなくなるからね!」

ほむら「ち、違う!」

魔まどか「どこが!?」

ほむら「そんなはずないじゃない! 聞きなさい!」

ほむら「あなたのためじゃなかったら、こんな腐った人生、とうに終わらせてるわよ!」

魔まどか「ウソばっかり!!」

私たちは二人とも立ち上がり、握った拳を互いに胸に当て、顔を突き合わせて
ツバも飛ぶほどに叫び、想いの限りを涙ながらにぶつけ合った。


560 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 13:15:07.22QILcM5jzo (8/11)


はなれる。まどかの手。
細くて白い手が、いまやっと、得がたい宝物のように見えた。
静寂と暗闇の中、彼女はくるりと背を向けて歩む。

魔まどか「わたしは二人いるのに、ほむらちゃんは一人しかいないなんて、おかしいよね……」
魔まどか「わたしが消える運命だってことも隠して、ごまかして、期待させて……」
魔まどか「ほむらちゃん、ひどいよ。全部わかってるくせに、わからないふりしてる」
魔まどか「わたしのため? バカ言わないで。あなたは怯えてるだけ。そのせいでわたし苦しんでるの」
魔まどか「分かってるくせに、隠して、一人で抱え込んで、みんな巻き込んで……結局やり直すの」
魔まどか「全部、最初から話してよ。いくじなし。臆病者!!」

私はみじめな思いでまどかの言葉を聞いていた。
反論の余地が無かった。一言ごとにお腹を殴られているようで、もう立っているのもやっとだった。

ほむら「……まどか」

ようやく息も落ちついた頃、私はまだ背を向けたままのまどかに呼びかけた。

ほむら「ねえ、別れたくないの……。本当よ。本当にそう思っているのよ」

魔まどか「わたしだって、ずっと一緒にいたかった」

まどかを救いたいだけなのに。そのまどかに拒絶される私。
みじめで間抜けで…………泣きそうだった。声を絞り出す。

ほむら「私はこんなにもあなたを愛してるのに、どうして私を見てくれないの」
ほむら「愛してるのに……!!」

魔まどか「薄っぺらだからだよ」

即座にまどかは言った。私は衝撃に口を閉ざし、もう何も言えなかった。
まどかは別人のようだった。わたしの知ってるまどかはどこに行ってしまったの。

魔まどか「わたしが救いたかったのは、こんな世界じゃない……」
魔まどか「みんなして、わたしの事、なんだと思ってるのかな……」
魔まどか「もしわたしがいなかったら、みんな……」

まどかは唇を噛む。
すこしためらってから、吐き出すように、

魔まどか「あの倉庫でっ、ハコの魔女にやられて……みんな終わってたくせにさあ!」

ほむら「ま、まどか…………」

私はまどかがこんなことを言うなんて信じられなかった。


561 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 13:22:15.06QILcM5jzo (9/11)


拳を握りしめ、大きく口を開けて、必死な顔で。
まどかは発作を起こしたかのように、胸に手を当てて震えた。
しかし耐えて、さらに言葉を紡ぐ。

魔まどか「それが……それが……、この扱いなの?」
魔まどか「もう、訳わかんないよ……イヤだよ……確かにわたしは二人いるよ、でもさ、それってさ」
魔まどか「わたし……ただの使い捨てだったってことだよね……?」

ほむら「や、やめてまどか……」

止まらない。

魔まどか「ま、そりゃそっか! 二人いるんなら片方は捨てていいよね!」
魔まどか「ああ、ほむらちゃんは天才だねー! ああ、ほむらちゃんなんて、だいっきらい!」

明るい笑顔で、まどかは叫んだ。

魔まどか「だいっきらい!! だいっきらい!! だいっきらい!!」

魔まどか「 だ いき ら    い あ ああ あ あ 」

ほむら「ま、まど、か……もう、やめて……」

まどかは両手に顔をうずめ、壊れたように涙と鼻水にまみれていた。

魔まどか「あ ああ   あ     あ     あ   あ ああ あ」

今度こそ沈黙が降りる。膝が折れる。


562 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 13:24:21.08QILcM5jzo (10/11)


まどか、まどか、まどかが。
私の、まどかが。

振り子時計が私たちの上を横切る。静寂の中に、まどかのすすり泣きだけが響いていた。
私も泣きたかった。もう訳が分からなかった。

ほむら「まどか……らしくないよ……そんなこと言う子じゃないでしょ……」

魔まどか「こんなことも言うよ……これがわたしだもん、ちゃんと見てよ」
魔まどか「……愛してるとか、よく、言えるよ」
魔まどか「わたしを見てよ…………わたしを」

暗く沈んだ声が、心に重くのしかかった。
私は、本当にまどかを愛していたんだろうか。守っていたんだろうか。
私は、だれを守っていたんだろうか。

ほむら「一体、どうすればいいの」

アホのような質問だと思ったけれど、今はこれしか出てこなかった。

魔まどか「知らないよ……自分で考えてよ、それくらい」

まどかは取り合わない。顔をごしごしとこすり、宣言する。

魔まどか「わたしもう疲れた、もう寝る、おやすみ」

まどかが部屋を出て行く。
床に手をつきながら力なく視線を上げて見る、まどかの背中が闇に消えていく。

これで終わりか。もう終わりなのか。
私はそのまま、ぱったりと、糸の切れた人形のように、床にくずれおちた。


563 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/24(月) 13:25:07.57QILcM5jzo (11/11)

今日はここまで 次回は今週末


564VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/11/24(月) 17:00:54.15ePigNLMD0 (1/1)

乙--


565VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/11/24(月) 18:46:18.63E/HkeIBTo (1/1)


もう駄目だぁ…おしまいだぁ…


566VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/11/29(土) 08:21:04.412j72o63go (1/1)


そりゃ、いくら誘われたとはいえこんな状態のまどか放置してりゃ、口先だけに見えるわなぁ


567 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:03:18.81OHhEZXqNo (1/13)

再開します


568 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:03:48.51OHhEZXqNo (2/13)




~ほむら視点~

目が覚めると、まどかがいなかった。
寝室のまどかのベッドは、きれいに整えられていて、眠った形跡が無かった。
早朝の淡い光の中、かすかに肌寒い部屋の中、私はただただ呆然と立ち尽くしていた。

本当に、行ってしまったのね。

私は床にへたり込んで、深く溜め息を吐いた。静かな部屋に時計の音がカチコチと、うるさかった。
まどかが行ってしまった……、きっともう、帰ってこないだろう。あんな別れ方をした後じゃ、どう謝ればいいのか。

そもそも何を謝ればいいのか、それもよく分からなかった。


569 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:05:37.04OHhEZXqNo (3/13)


――まどかのため、まどかのためって、本当は自分のためでしょ!

昨夜の言葉が、頭の中に響き渡って、思わずこめかみを押さえる。

そんなふうに考えたことは無かった。いつも、ずっと、まどかのためと思って頑張ってきたんだもの。
最初からそうなんだから。「まどかを守る私になりたい」と願ったときから、ずっとまどかを…………。

私は……、私は確かに、何度も何度もまどかを犠牲にしてきた。
まどかが命を落としたり、魔女になったり、目を背けたくなるような事ばかり繰り返し、そのたびにやり直して……。

けれど、私が捨てた世界は、あの後どうなったんだろう。もしそのままだとしたら……。
私はまどかを助けると言いながら、実際は、犠牲を増やしてきただけかもしれない。

そんなことは分かってる。初めて気付いたわけじゃない。だけど、今はそれが重大な事に思えた。
私は本当は……ぜんぶ気付いていて、ずっと、後ろめたさを覚えてたんだ。でも、それをごまかしてきた。

まどかのため、と自分に言い聞かせることで。

それは免罪符だ。私はもしかしたら、ずっとそうしてきて……まどかを利用して……ただ、私は、自分だけのために。
自分の願いのためだけに、何度も何度もまどかを巻き込んで、自己満足してただけなのかもしれない。

私は本当は、まどかを助けたいとすら思っていなくて、まどかを助けるために生きる自分に、酔ってただけだった。
まどかへのこの強い思いの正体は、愛なんかではなくて、自分の願いのために彼女を求める、妄執に過ぎなかった。

きっと、そうなんだ。

まどかをずっと見て、守って、まどかのために、まどかの生きる世界で生きて、そしていつか死ぬ――。
そんな願い。まどかは私と一緒じゃなきゃいけない。それは疑いの無いこと。
でもそれはまどかのためじゃなく、私のためだ。


今ここで、私は自分の気持ちをはっきり理解した。視界が冴え渡る。気分が良かった。
私はゆっくりと立ちあがった。ちょうどいつも起きる時間だった。私は学校に行くつもりになっていた。

とにかく、あのまどかは……きっとこれが最初で最後のチャンスだろうから。私もそのつもりで行こう。
みんなで生き残るために。出来ることは、何だってやる。あらゆる手段を使って。
全てはまどかのため、ひいては私のために。


570 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:06:38.53OHhEZXqNo (4/13)




放課後のチャイムが鳴り、皆が騒がしく教室を出ていく。
その流れの先頭に立って、まどかが真っ先に飛び出していく。

まどか「さやかちゃん、仁美ちゃん、またね!」

席の近い二人に声をかけて、さっさと出て行く。
「あらあら」と仁美。「あんなに急いで、どこに行くのかしら…………、ねえ、さやかさん?」

さやか「え、あたし?」

声をかけられて、さやかは驚いたような顔で立ち止まった。
仁美は口をとがらせた。いま声をかけていなかったら、彼女もさっさと仁美から離れていただろう。
大げさに溜め息を吐いて、仁美はさやかを睨んだ。

仁美「最近のお二人は、ちょっと私に冷たすぎますわ」

さやか「あー……、ごめん……」

さやかは頭を下げた。仁美は睨むのをやめたが、表情はなぜか緊張したままだった。
「どうかした?」と顔を上げてさやか。仁美は数秒ためらい、それから口を開いた。

仁美「……埋め合わせに、今日はちょっと付き合ってもらいますわ。お話したいこともあるし……」
仁美「さやかさん、今日もまた暁美さんと出かけるつもりでしょうけど…………」

仁美は何とも絶妙な表情をしていた。「一日くらい、いいでしょう?」

「うー……そう言われちゃうとなあ」さやかは頭を掻いて、困った顔になった。

さやか「……でもさ、仁美、これって大事なことなのよ」
さやか「サボるわけにはいかないし……、そりゃ、仁美には悪いと思うけどさあ…………」

仁美「いったい何の用事ですの? そんなに大事な……何かのアルバイトとか?」

さやか「うー……」

ほむら「なに話してるの」

困り果てるさやか、その後ろからほむらが現れた。
さやかは救われたような顔をした。仁美はほむらに事情を話し、今日はさやかを譲ってほしいと頼んだ。
ほむらは黙って聞いていたが、最後に軽く頷いた。

ほむら「いいわよ、持っていって。必要ないし」

仁美はパッと顔を明るくした。ぺこりとお辞儀をして、「ありがとうございます。それじゃ、お借りしますね」
さやかは面白くない顔をした。

さやか「なんかムカつくなー……」


571 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:07:18.73OHhEZXqNo (5/13)




仁美はさやかを喫茶店へと案内した。
いつもの店ではない、さやかの知らない喫茶店だった。
「こちらですわ」仁美が立ち止まり店の入り口を示す。さやかは声を上げた。

さやか「うお……なんか豪華というかレトロというか……、中学生が入っていいのかな」

仁美「あら、心配いりませんわ」

木の扉は両開きで、ドアノブには金の装飾。窓はカーテンで覆われ、中の様子は見えない。
仁美が扉を押しあけると、カランカランと鈴の音が響いた。さやかも後に続いた。
室内の明かりは落ち着いた色で、全体的に薄暗かった。さやかは落ち着かない様子で、仁美のそばに身を寄せた。

店の中は狭くて、客は片手で数えられるほどだった。写真立てや時計、バスケットなどの小物がこまごまと置かれ、
それらが集まって形作られている空間だった。二人は窓際のテーブルに着いて向かいあった。

仁美「アイスティーを二つ」

注文を取りに来た店員に、仁美は慣れた調子で言った。
さりげなく自分の分まで注文されていることに気付いて、さやかは口を開きかけた。
しかし先を越された。

仁美「私が払いますわ。今日は私が無理に誘ったんですもの」

さやか「あ、うん……」

さやかはやはり落ち着かない様子だった。
しばらくして注文の品が届き、二人はそれぞれグラスにストローを挿した。
仁美が一口飲み、さやかはキョロキョロする。「どうかなさいました?」仁美は微笑みながら首をかしげた。

さやか「いやー……シロップは無いのかなって」

仁美のクスリと笑う声。

仁美「いけませんわ。ここのアイスティーはそのままで頂くのが一番なんです」
仁美「さやかさんにもすぐに分かりますわ」

小さな喫茶店の風景に、仁美はきれいに収まっていた。
さやかは黙って一口飲み、顔を上げる。

さやか「それで、話ってなに?」


仁美「恋の相談ですわ」

さやか「えっ?」


572 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:08:19.88OHhEZXqNo (6/13)


仁美は小さく息を吸った。

仁美「私……、前からさやかさんやまどかさんに、秘密にしてきたことがあるんです」
仁美「ずっと前から……私……上条恭介くんのこと、お慕いしてましたの」

決然とした表情で、仁美は言った。

さやか「そ、そうなんだ……」
さやか「あはは……まさか仁美がねえ。あ、なーんだ、恭介の奴、隅に置けないなあ」

小さく笑うさやかを、仁美はじっと見つめていた。
ゆっくりと息を吐いてから、また口を開く。声は落ち着いていた。

仁美「さやかさんは、上条くんとは幼馴染でしたわね」

さやか「あーまあ、その。腐れ縁っていうか、何ていうか」

仁美「本当にそれだけ?」

ささやくような声。さやかは口を閉じて、顔を上げた。
仁美はまっすぐにさやかを見ていた。はっきりとした口調で続ける。

仁美「私、決めたんですの。もう自分にウソは吐かないって」
仁美「あなたはどうですか? さやかさん。あなた自身の本当の気持ちと向き合えますか?」

さやか「な、何の話をしてるのさ……?」

目を逸らすことも出来ず、さやかは弱弱しい声で言った。
仁美は手加減しなかった。容赦なく言葉を続けていく。

仁美「あなたは私の大切なお友達ですわ。だから、抜け駆けも横取りするようなこともしたくないんですの」
仁美「上条くんのことを見つめていた時間は、私よりさやかさんのほうが上ですわ」
仁美「だから、あなたには私の先を越す権利があるべきです」

さやか「仁美……」

仁美「私、明日の放課後に上条くんに告白します」
仁美「丸一日だけお待ちしますわ。さやかさんは後悔なさらないよう決めてください」
仁美「上条くんに気持ちを伝えるべきかどうか」


さやか「待って! 仁美」


573 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:10:23.37OHhEZXqNo (7/13)


話を終えようとしていた仁美に、さやかは割り込んだ。
涙は無かったが泣きそうな顔だった。声が上擦っていた。

さやか「あ、あたしは……いいの。仁美、ごめん、ありがとう。でもいいんだ、あたし……っ」
さやか「恭介の事……たしかに、あんたの言う通りだけどっ! けど、もういいの……っ」
さやか「あたしに遠慮しないでいいから……、仁美なら、きっと大丈夫だよ……っ」

うつむいて、小さくなりながら、さやかは言った。
仁美は眉をひそめてさやかを見ていた。「どうして……?」声に心配の色が混ざった。
さやかは何度も首を振った。顔を上げると笑顔だった。

さやか「心配いらないって。あたしはどうせアイツとは居られないし……」
さやか「今は、もう、他にやることもあるし……やりがいもあるし。だから大丈夫なの」

仁美「……例の、アルバイトのことですの?」

さやか「そう、それよ。だから恋愛なんかしてるヒマ無いの」

仁美「……そんな泣きそうな顔で言われたって、信用できませんわ」

さやか「だ、だれが泣きそうだって!?」

さやかはテーブルに身を乗り出した。ストローをくわえて、一気に半分ほど飲み干す。
仁美もストローをくわえて、こちらは一口だけ飲んだ。
むせているさやかに、仁美は静かな口調で言った。

仁美「本当の気持ち…………」
仁美「私は、本当の気持ちを言いましたわ。それなのに、さやかさんは嘘をつくんですのね」
仁美「何か事情があるのは分かりましたけれど……、なぜ話してくれないの? 私のこと信用できませんの?」

さやか「そうじゃないけど……っ」

仁美「じゃあ、教えてください」

さやか「仁美……」

さやかは困り果てた。

さやか(言えるわけないじゃん……、魔法少女って時点でアレなのに、もう死んでるとか魔女になるとか……)
さやか(仁美まで巻き込むのは絶対イヤだし……、でもこの子は引き下がらないんだろうなあ)
さやか(でも……いや…………うーん…………)

ストローをくわえたまま黙りこむさやかを、仁美はじっと見つめて待っていた。
入り口の鈴がカランカランと鳴って、客の一人が出ていく。仁美はちらりと時計を見た。
さやかはまだ黙っていた。仁美は小さく溜め息を吐いた。

仁美「……ごめんなさい、もう行かないと。私、今日はピアノのレッスンがありますの」
仁美「また今度ちゃんと話してもらいますわ。それと上条くんのこと、どうか後悔なさらないように」

さやか「あ、うん…………っ」

立ちあがる仁美をさやかは目で追うだけだった。テーブルの横でお辞儀し、仁美は離れて行った。
二人分の会計を済ませて、店を出ていく。

気を遣われたのかな、とさやかは思い、アイスティーを全部飲みほした。


574 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:11:32.49OHhEZXqNo (8/13)




帰り道、さやかの前にほむらが現れた。
さやかは眉間にしわを寄せ、口をとがらせて、ほむらを睨みつけた。

「全部知ってたのね、悪趣味なヤツ。あたしの反応を見に来たってわけ?」さやかはイラついた様子で言った。
「あなたはどうするつもりなの」ほむらは否定せず、淡々として聞いた。「どうもこうも無いわよ」投げやりな返事。

さやか「あたしはもう全部受け入れたの。魔法少女として、戦いの運命を受け入れたのよ」
さやか「だから、いまさらこんなの……何ともないわ」

ほむら「そう…………、あなたはマミとは違うのね。強がりだとしても、立派だわ」
ほむら「でも今回の件ではっきり分かったでしょう。あなたが、本当は誰の為に契約したのか」

さやか「は?」

ほむら「上条恭介の手を治したい……、そう願ったあなただけど、本当の願いは、そうじゃなかったはずよ」
ほむら「その願いは手段でしかなかった……、あなたの本当の願い、目的は、上条恭介を手に入れること。そうでしょう?」

向かいあう二人の間に、奇妙な沈黙が降りた。ほむらはさやかをじっと見つめていた。
さやかは目を閉じて黙っていたが、やがて小さく肩をすくめた。

さやか「バカじゃないの?」

軽く言い放って、ほむらの横を通り過ぎようとする。しかしその肩をほむらの手がつかんだ。
「放せよ」と、さやかは鬱陶しそうに言った。ほむらは放さなかった。「認めなさいよ」

さやか「何なのよ!!!」

さやかは叫んだ。激しく肩の手を振りほどいて、ほむらに向き直る。
ほむらは無感動な瞳をしていた。さやかは拳を握りしめて、その瞳を睨みつけた。

さやか「くっだらない問答に付き合ってる気分じゃないのよ! ええ、認めたげるわよ! 恭介のこと好きだもん!」
さやか「だからどうしたってのよ! アイツの手は治ったんだから、何も悪くないでしょ! あたしに何が言いたいのよ!」
さやか「もう今日はほっといてよ! あたしはマミさんみたいに弱くないし、これくらい、何でもないんだから!!」

ものすごい剣幕だった。しかしほむらは相変わらず無表情だった。口を開いて、
「じゃ、やっぱりあなたは自分の為に契約したと、認めるのね」ほむらは静かにそれだけを聞いた。
さやかは一瞬、ほむらに殴りかかりそうに見えた。唇をぎゅっと引き結んで、こらえ、次の瞬間パッと踵を返した。
そのまま背を向けて歩き去っていく。ほむらは追いかけなかった。うつむいて、小さくつぶやく。

ほむら「やっぱりあなたも私と一緒ね」


575 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:12:38.84OHhEZXqNo (9/13)




次の日の朝になっても、ほむらの家にまどかは戻らなかった。
さやかと仁美は通学路で会い、普通にあいさつしたが、昨日の事はまったく話題にしなかった。
一緒にいたまどかが何も気づかないほどだった。

さやかは恭介に告白しようとはしなかった。昼休みはみんなバラバラに昼食をとった。
午後の授業でさやかはぐっすりと眠っていた。まどかが後ろから肩をつついても、目を覚まさなかった。

放課後になると、仁美は恭介に近づいて声を掛けた。しばらく話したあと、一緒に教室を出て行く。
さやかはその様子を遠くから黙って見ていた。「どうしたの、さやかちゃん」まどかが声をかけた。

さやか「……まどかこそ、どうしたの。いつもなら真っ先に教室を飛び出してくのに」

まどか「さやかちゃんの様子が変だから! 今日一日ずっと変だよ。仁美ちゃんと、何かあったの?」

「……あんた、気付いてたの」さやかは少しだけ驚いた顔をした。しかしその後は溜め息だった。
二人は教室の出口に視線を向ける。すでに仁美と恭介の姿は無かった。

まどか「仁美ちゃん、上条くんと一緒に帰るなんて珍しいね……、ていうか、帰る方向ちがうような……」

「さやか。あなた、今日は休んだ方がいいわ」二人の後ろからほむらの声。カバンを持ち、帰る準備万端だった。
さやかは振り向かなかった。「なによ、急に……」鬱陶しそうに首を振るだけだった。ほむらは続けた。

ほむら「前にあなた、言ったでしょ。私にリーダーをやれって。それを引き受けても良いわ」
ほむら「だから早速、私からリーダーとして命令よ。あなた今日はまっすぐ帰りなさい」

さやかは勢いよく振り向いた。何か言おうとして、しかし口を開けない。握った拳が解かれ、ゆっくりと下がる。
「……分かった。今日は帰る」小さな声で言って、さやかはカバンを持った。

まどか「…………あ、さやかちゃん、良かったら一緒にマミさんのお見舞いに」

ほむらが首を横に振り、まどかは言葉を切って口を閉じた。
さやかはまどかに向き直って微笑んだ。「ごめん……今日はちょっと。また今度でもいいかな」

まどか「うん!……また、今度ね」


576 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:13:54.10OHhEZXqNo (10/13)




道路幅は2メートル弱しかなく、両側から押しつぶすように壁が迫っていた。
マンホールの中から流水のくぐもった音が聞こえる。仁美はゴミの腐臭に軽くむせた。

仁美「……急ぎの用事って、いったい何ですの?」

ほむら「いま話すことは出来ないわ。とにかくついてきて」

前を行くほむらは、ずんずんと奥へ進んでいく。日の光が徐々に届かなくなっていく。
仁美は周囲を見回し、すこしだけ彼女から距離を取った。逃げ出さないのが彼女への信頼の表れだった。

ほむら「……ごめんなさいね。彼と一緒のところ、邪魔してしまって」
ほむら「彼、あなたと付き合ってるの?」

仁美「さあ? あの十分後にはそうなってたかもしれませんわ……」
仁美「私、さっきまで彼に告白するつもりでいたんですの」
仁美「あなたの用事が余程のものじゃないと、私、怒って帰っちゃいますわ」

砕け散ったランプの破片を踏みつけ、ほむらは不意に立ち止まった。
周囲を見回したあと、隅に転がるビンのラベルを凝視しながら、つぶやく。

ほむら「美樹さやか、今でもあなたの親友かしら」

仁美「もちろんですわ」

すぐに答える仁美。その視線には疑いがこもっていた。ほむらが本当は何の用事も持っていないのではないかという。
「あなたは、ウソばかり」ほむらは振り返らずに言った。仁美は黙ってその背中を見つめていた。

ゴミ捨て場に放置された台車の下から野良猫がひょっこりと顔を出す。
沈黙の中、とおく大通りの方からバイクのエンジン音が長く響き渡った。

ほむら「なぜ、さやかにウソを吐いたの」

ほむらは振り返って言った。
仁美の表情にわずか不快感が浮かんだ。疑うような視線がほむらに向かう。

仁美「……なんのことでしょう」

ほむらは一歩、仁美との距離を詰めた。後ろ髪がしなり、やわらかに落ちる。
「私はぜんぶ知ってるわ」ほむらはささやくように言った。仁美に迫り、顔を近づける。
仁美は黙っていたが、やがてあきらめたように息を吐いた。周囲を見回して。

仁美「彼女がどれだけ彼のことを慕っているか、お分かりですか」


577 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:14:31.97OHhEZXqNo (11/13)


生ぬるい風が路地に吹き込み、空き缶をカラカラと転がした。
ほむらは小さく頷いた。「ええ、イヤというほど、分かってるわ」

ほむら「だからこそ、私はあなたのやり方はすごいと思ったの……。勘違いしないで、褒めてるのよ」
ほむら「わざわざ告白合戦なんて持ちかけて……、まるでさやかのためみたいだけど、本当は自分のためでしょ」
ほむら「自分に勝算があるのなら、気なんて遣わずさっさと告白すればいいのに。本当に嫌味な女だわ」

仁美は答えなかった。目を細めて、前髪の先を指でつかんだ。夕方の風に吹かれながら、仁美は物憂げに息を吐いた。
「……仕方ないじゃありませんか」つぶやいて、顔を上げる。ほむらに向き直って。

仁美「さやかさんが彼を好きなことは、私だってイヤというほど分かってますわ!」
仁美「私だってそうなんです! けど、彼女に言えるわけ無かった。ずっと胸に秘めてきたんですの……っ」
仁美「そんなとき、私はそのうわさを聞いたんです。彼が私のことを…………っかもしれないって!」
仁美「これを黙ってがまんしていられますか。私には……無理でしたわ。さやかさんにはどうせいつか分かるんです」
仁美「だったら、はっきりさせるのが早くなるだけ……お互い、そうすべきじゃないですか。前に進まなくちゃ」
仁美「さやかさんと、私。どっちが彼の心を手にするか……、私だって不安なの。フェアな競争ですわ」
仁美「暁美さん、あなたがなぜこの事を知ってるのか分かりませんけど……、とにかく、邪魔だけはしないでほしいですわ」

長い告白を最後まで言い終えて、仁美は深く息を吐いた。いつの間にかほむらに詰め寄る形になっていた。
息を整えて、一歩下がる。そのとき、黙って聞いていたほむらが、口を開いた。

ほむら「そんなの知ったことじゃないわ」

仁美はキッと顔を上げた。ほむらは無表情で見つめ返した。あくまで淡々と、ほむらは続ける。

ほむら「どんな御託を並べても、あなたがさやかにウソを吐いてることに変わりは無い」
ほむら「あなたのやり方にケチを付けるつもりは無いけど、そこだけは認めてもらいたいのよね」
ほむら「フェアな競争ではないわ。あなたは彼女より勝算があることを知っていたのだから」
ほむら「あなたは……、ただ、さやかに対して後ろめたさを覚えたくなかっただけよ」

ひたすら静かに、淡々と、ほむらは言った。
仁美は怒ったような顔で聞いていたが、だんだんと緊張を解いていった。
「……そうかもしれません」彼女は小さな声で認めた。「あなたの言う通りですわ」

傾いた夕陽が二人のいる路地にまっすぐ差し込んできた。
仁美の影がほむらに差して、うつむいた彼女の表情を隠す。溜め息を一つ吐いて。

ほむら「まあ、どうでもいいわ」


578 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:15:12.12OHhEZXqNo (12/13)


投げやりな調子でほむらは言って、仁美に歩み寄った。
無造作に伸びた手が、仁美の制服の胸倉をつかんだ。思わず仁美はその手を押さえる。
カバンが汚い地面に落ちた。ほむらは手を引きよせ、仁美をよろめかせた。

仁美「ちょっと! 放してください」

仁美は驚きから覚めて抗議した。しかし目の前のほむらは変わらぬ無表情だった。
仁美はつま先立ちになり、のけぞった体勢になる。ほむらが顔を近づけてくる。

ほむら「これは交渉ではないわ、あなたに対する命令よ」
ほむら「上条恭介から手を引きなさい」

にゃー、と隅の野良猫が怯えたように鳴いた。
仁美はほむらの手を握りしめて耐えていた。ほむらの手は彼女の首をつかんでいた。

仁美「私たち三人の間の問題ですわ……っ、あなたが介入っ、できるはず、ないですわ……っ」
仁美「こんなことして、何になるって言うの……っ」

ギリギリと首を絞めつけられながら、仁美は必死でほむらの手を握りしめた。
ほむらは信じられない力で仁美を締めつけながら、表情は相変わらず無表情で、淡々と答えた。

ほむら「さやかが幸せになる。その結果、まどかが幸せになる」
ほむら「なんてこと言っても、結局、私のためかしら……。残念ね、志筑仁美」

仁美「まどかさん……? 何の話……っ!」

浮かんだ疑問は、断ち切られる。ほむらの手が上がり首が締まることで。
ほむらの目に光が浮かんだ。見開いた目は仁美を見ていなかった。口を動かして。

ほむら「もう甘いことはしない、私の気持ちが本物だと、示すためにも」
ほむら「あなたに恨みは無いけれど、あなたの行動が、私とまどかの邪魔になるのよ」
ほむら「言うことが聞けないと言うのなら、私はもう、手段を選ぶつもりなんて無い」
ほむら「上条恭介から 手を引きなさい……っ!」

仁美「は、なして……っ!」

仁美の足が地を離れ、ぱたぱたと暴れる。ほむらの瞳に慈悲は映っていなかった。
壁に向かって、彼女を宙づりにつかんだまま歩きだす。仁美の抵抗が弱まっていく。
そのとき。


「――――おいっ、何やってんだよ!!!」

路地に大きな叫び声が響き渡った。


579 ◆D4iYS1MqzQ2014/11/30(日) 20:15:48.62OHhEZXqNo (13/13)

今日はここまで。次回は来週末


580VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/11/30(日) 20:20:50.71gxkB/N8uo (1/1)

待ってたよ!更新乙!!


581VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/11/30(日) 21:57:52.022tydJ2FYo (1/1)


ちょっと意味不明だな。上条に近づく女が出るたびに同じと繰り返すのだろうか?


582VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/12/01(月) 23:36:05.10gIrPboCTo (1/1)

終わったな


583VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/12/02(火) 00:43:03.98Xk4x9tj+O (1/1)

>>581
ほむらは基本的にワルプルギス戦越えることしか考えてないだろ
その後のことなんてどうでもよいどころか考えてすらいないんじゃないかな


584VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/12/02(火) 15:08:13.892j+mvZLfo (1/1)

リミッターが外れたというか壊れたほむら
まるで別の形で悪魔化したようだ


585VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/12/02(火) 15:24:10.01EoBrv3apo (1/1)

テンプレな病み方


586 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/08(月) 01:22:50.26SKOUGcato (1/6)

再開します


587 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/08(月) 01:32:42.78SKOUGcato (2/6)




家に帰る途中、さやかは杏子と鉢合わせした。
杏子はさやかに、昨日はさやかもほむらも魔女退治に来なかったけど何かあったのか、と聞いた。
さやかは怪訝な顔をして、ほむらは行ったはずでしょ、と答えた。

二人の話は噛み合わず、しばらく混乱したが、互いの情報を出し合ううちに、だんだんと分かってきた事があった。
それは、二人のどちらも、昨日からのほむらの行動を把握していないという事だった。

さやかには伏せられていたが、杏子はほむらから前の世界でのさやかの魔女化について聞かされていた。
昨日、さやかが魔女退治を休んだ理由として仁美の話が出てくるに至って、杏子は嫌な予感を覚え始めていた。
ほむらが今日、さやかを帰したという事実は、杏子にはとてつもなく不気味に思えた。さやかに伝えるのを躊躇うほどに。

杏子「……落ち着いて聞いてくれ、さやか。アイツは、もしかしたら――」
杏子「ほむらは、実力行使で志筑仁美の告白を止めるつもりかもしれない」

さやかはほむらがそこまでするとは思えなかった。
前の世界での自身の魔女化について知らないせいもあったかもしれない。
しかしそれを知っている杏子は、あくまで真剣に懸念を示していた。ほむらの実力行使は十分あり得ると。

二人は二手に別れて、仁美とほむらの探索を開始した。


588 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/08(月) 01:47:39.76SKOUGcato (3/6)




さやか「――――おいっ、何やってんだよ!!!」


ほむらは、パッと手を離した。
宙づりに首を絞められていた仁美は、地面に崩れ落ちた。ぐったりと倒れ、意識を失っているようだった。
さやかは目を見開いていた。目の前の光景を信じられない様子だった。――本当にコイツが仁美に手を出すなんて!
足元の仁美を見もせずに、ほむらはさやかに振り向いた。

ほむら「気にしないで、ちょっとした依頼をしてただけだから」
ほむら「…………それにしても、早かったわね。杏子は一緒じゃないの?」

やれやれ、と溜め息を吐く。余計な邪魔を、と言いたげな顔だった。
さやかはその顔と、うずくまる仁美を見て、怒りで顔を真っ赤にした。拳を握りしめて叫ぶ。

さやか「いいから仁美から離れなさいよ!」

「イヤよ」ほむらは即答した。「コイツの存在は百害あって一利なし。野放しにしておくとロクな事が無いわ」
全く悪びれる様子も無く、ひたすらこちらの神経を逆なでしてくる。微かに笑みさえ浮かべていた。
さやかは唇を噛んだ。

さやか「……おせっかいなら、やめてくれる!?」

こんなの全く望んでない。むしろ屈辱だった。さやかは怒りで自分を制御できなくなっていた。
ほむらは彼女の気持ちを正確に察して、しかし逆に笑みを深めた。「別に、あなたのためじゃない」
さやかは眉をひそめた。

さやか「あたしのためじゃないって……、じゃあ、何よ」
さやか「また、まどかのためかよ」

うんざりしたように、彼女は言った。
しかし、ほむらの答えはさやかの予想を裏切った。

ほむら「これは私のためよ」

さやかは今度こそ怪訝な顔をした。いつものほむらと明らかに違う。コイツは何だってまどかのためだと言う奴なのに。
仁美が地面に倒れたままわずかに顔を上げていた。「さや、かさん…………?」ぼんやりとした声。
ほむらは気付いていなかった。夕陽の色に染まる空を見上げて、コツコツと歩きながら、陶酔したように歌う。

ほむら「まどかのおかげで目が覚めた。私の本当の気持ちに気付けたわ。私は、まどかを手に入れたいだけだったの」
ほむら「私のまどかと、このまどか。重ねていた…………」

両手を高く伸ばして、宙にある何かをつかみ取るような仕草をするほむら。
さやかは背筋が寒くなるのを感じた。こちらに向けられた感情ではないのに、ピリピリと痛かった。
「今日は帰りなさい」と抜け抜けと言ったほむらの、腹の底が見えた気がして、さやかは吐き気がした。
ひるむな、と自分に言い聞かせて、さやかはやっと口を開いた。

さやか「……まどか愛も極まると、ハタ迷惑だってことでいいわね」

ひるんでなんかいられない。仁美はライバルである前に、友達なんだから。
アイツの勝手で傷つけさせはしない! さやかは前のめりになり、徐々に闘気を膨らませていく。
ほむらはフッと目線を下げ、腕を下ろした。ゆっくりと振り向いて。

ほむら「ああ……、これは愛じゃないらしいわ」
ほむら「じゃあ…………、これは、何なのかしら? ただの妄執かしら…………」
ほむら「もう心置きなくやれるわ。まどかにまた振り向いてもらうためなら。私はコイツにどんな事だって出来る」
ほむら「さやか……。私はあなたのこと、友達だと思ってるけど。邪魔するなら、今はあなたにだって容赦しないわよ」

風がざわめき、ほむらの殺気が強まる。さやかは身を硬くした。
仁美は困惑した様子で、二人を交互に見た。動くことは出来なかった。
すでに戦機は熟していた。さやかは仁美をちらりと見てから、長く息を吐いた。顔を上げて。

さやか「友達か…………」
さやか「ありがとう、望むところだよ。友達のイカれた頭。ぶん殴って治してあげる」


589 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/08(月) 02:13:24.28SKOUGcato (4/6)


ほむらが手を伸ばし、今まさに変身しようという時。

さやか「おらぁ!!」

地を蹴って飛び込む。両手に握りしめるのは、ずしりと重いカバン。
一撃のもと沈める勢いで、さやかは力の限りそれを振りおろした。
ほむらは変身を断念して飛びのき、ズザッ! と革靴が地面を滑る。

さやか「……っし!」

蒼と紫の光の粒子が弾け、互いに変身を完了。さやかは持ち手を低く、剣先を高く、突撃の姿勢。
間合いは数メートルほど。ほむらは何の構えも取らなかった。不快げに眉を上げて、彼女は呟いた。

ほむら「……私ね、友達でも殺すのよ。油断しない方がいいわ」

さやか「あんたこそ、ヒヨッコだと思って甘く見てると、痛い目に遭うよ!」

友達を信頼して、さやかは正面から斬りかかる。
目の前のほむらがふっと後ろに引き、紙一重の空間を剣先がなぞった。
盾を使わないのは余裕の表れか。さやかは舌打ちし、自身の周囲にさらに多数の剣を展開。

ほむらは引いた勢いでふわりと舞い上がっていた。
さやかは着地点に向かって走る。その彼女を彼女の剣が追い抜いて、風を切って一直線に飛び込み、
ほむらの盾に弾かれ甲高い音を上げる。そこにさやかの本命の突きが追いついた。体重に速度を乗せた一撃。
轟音とともに、ほむらの身体が後方に吹っ飛ばされた。

ほむら「……ッ!」

宙で反転して着地、したほむらにさらに複数の剣が投擲される。ほむらは全て見切ってかわした。
しかし目を見開く。見上げた先に飛び上がるさやか、その身体が一瞬マントに隠れ、次の瞬間、無数の剣先が襲いかかる。
ほむらはたまらず逃げ出し、ゴミ捨て場の袋の山に身を隠した。

さやか「舐めるなぁ!」

宙を舞うさやかに投げつけられたゴミ袋、それを一文字に切り裂いて、さやかは上から飛び込んだ。
ぶちまけられたゴミが舞い散る中、一瞬ほむらの姿を見失う。いや、完全に見失っていた。

ほむらの姿はどこにも無かった。
さやかは焦り、真っ先に仁美を振り返った。彼女はあっけに取られた様子で座りこんでいた。
急いで仁美のもとに戻るさやか、周囲を警戒するが、ほむらの姿はどこにも見えない。「おいどうした、逃げたの!?」
さやかは仁美を庇いながら、どこかにいるはずのほむらに向かって叫んだ。


590 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/08(月) 02:16:13.55SKOUGcato (5/6)


そのとき、ピクリとさやかは顔を上げた。仁美は不安げに彼女を見ていた。
それはさやかにしか聞こえない声――テレパシーだった。

ほむら『あなた、本当に強くなったわね』

どこからともなく――、としか言いようが無い、ほむらの声だった。

ほむら『私の力を使わなきゃいけなくなるとは思わなかったわ。ちゃんと訓練すれば、あなたも強いのね』
ほむら『でもだからこそ、あなたにリタイアされては困るのよ。私の事をどう思おうが、好きにして。私は絶対やるわ』
ほむら『今だけで良い――――、そう、ワルプルギスの夜さえ、越えれば――――、ごまかしでも、何でもいいのよ』
ほむら『お願いだから、今だけで良いから、あなたはちょっと眠ってて。まどかのため、そして私のために』

さやか「っ、仁美は関係ないじゃないっ!!! 邪魔だって言うんなら、あたしを殺――――」

仁美を守るように抱きながら、さやかは必死で叫んだ。
しかしその言葉は最後まで続かなかった。時間が止まり、すべてが止まった。
ほむらは路地の奥から姿を現した。その手には拳銃。少し離れた位置で、仁美に狙いを定める。

私が志筑仁美を殺したら、さやかは絶望して魔女になるだろうか?

ほむらは最後に一度だけ考えた。しかし、首を横に振る。
そうは、ならないだろう。だってこれはどう考えても私のせいだもの。さやかが自分を責めることはあり得ない。
さやかは絶望するよりもむしろ、私を心底憎んで、呪って、殺そうとするだろう。そしてそれで良いのだ。
その強い気持ちが、彼女をより強くして、ワルプルギスの夜を越える助けになれば――。

私はさやかに死ぬほど憎まれたって、構わない。

覚悟を決めて、ほむらは改めて狙いを定めた。志筑仁美を殺す。弾丸が彼女の頭を砕くのよ。
ほむらは引き金を引いた。狙いは正確だった。真っすぐに突き進み、甲高い音が響いて、たたき落とされる。
反応は出来なかった。両手が勝手に跳ね上がり、がら空きのボディに強烈な衝撃を受けた。
気付いた時には、ほむらの手元に銃は無く、地面に倒れて、荒い息を吐いてお腹を押さえていた。

そして、振り切った形で静止していた足が、ゆっくりと下ろされた。

ほむらはその姿を見て、まぶしそうに目を閉じた。
全身から力が抜け、深くため息を漏らす。

例によって、あの小柄な姿だった。
ほむらに背を向ける。桃色のリボンと純白のフリルをあしらった、破壊の塊。
肩越しに向けられた視線は、氷の鋭さでほむらを突き刺していた。冷え切った声が、薄くこぼれる。


魔まどか「――何をしてるの? ほむらちゃん」


591 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/08(月) 02:19:12.91SKOUGcato (6/6)

今日はここまで。来週はお休みします


592VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/12/08(月) 07:08:01.92rxKdefmRo (1/1)




593VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/12/08(月) 09:53:12.82plDR2uoFo (1/1)


どきどきしますな


594以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2014/12/20(土) 19:47:10.05CUFeWnjlO (1/1)

これは呆れたまどかがほむらにしぶしぶ体を預けそう


595以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2014/12/21(日) 20:02:14.52Aa9s7fXGo (1/1)

もうほむらは射殺してあげた方がいいな


596以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2014/12/22(月) 02:57:55.02jhuiHnTjO (1/1)

魔法少女は全員人格面が破綻してるのばっかだなww


597 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:10:59.56ox/3K3dso (1/10)

再開します


598 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:14:32.32ox/3K3dso (2/10)




我に帰ったさやかは、まどかに制圧されたほむらを見て、仁美を抱えて跳び上がった。
路地の両側にそびえる壁を蹴って、上方に逃れる。まどかはそちらには目をやらず、無言でほむらを見つめていた。
ほむらは地面にへたり込んだまま、呆然としていた。顔は伏せられ、まどかを見ることができない。

「せっかく、謝りに来たのに」まどかがポツリと言った。
ほむらは顔を上げた。しかしその目に入るのはまどかの暗い表情だけだった。その口が開いて。

魔まどか「なんで、こんなバカなこと……、もうダメだね。終わりにしなくちゃ、いけないみたい」
魔まどか「もうお別れだね。もう二度と、あなたの前には現れないから」

声は静かで落ち着いていたが、生気が感じられなかった。夕日が徐々に沈み、狭い路地から光が消えていく。
逆光でまどかの表情は見えない。ほむらはたまらず叫んだ。

ほむら「待って……っ!」

まどかは黙って立ち、彼女を見下ろしていた。
ほむらはこれが最後の猶予だと理解した。胸に手を当てて、ほむらは口を開く。

ほむら「なんでそんなこと言うのよ! お別れ? バカなことよ! あなたにはこの世界しか無いんでしょう!」
ほむら「私もそのつもりでやって来たわ! それで私たち、これまで上手くやってきたじゃない!」
ほむら「あとはワルプルギスの夜だけなのに……、どうしてここでお別れになるの!」

言いながら、ほむらは立ち上がっていた。よろよろと、まどかに詰め寄る。まどかは無言で魔法の弓を取り出し、
矢をつがえてほむらに向けた。「それ以上わたしに近寄らないで。ここから出て、まっすぐ家に帰って」
ほむらはため息を吐き、首を何度も横に振った。

ほむら「志筑仁美を殺さなきゃ、さやかを救えないのよ」
ほむら「あなたに言われて気付いたわ、私は全部、自分のためにやってるだけだって……」
ほむら「だから、もうためらわないことにしたのよ。あなたが言ったから……っ!」

魔まどか「わたしが言いたいのは、あなたの顔はもう見たくないってことだけだよ。何度も言わせないで、早く行って」

ほむらはうな垂れた。肩を落とし、ゆっくりと背を向け、フラフラと立ち去って行った。
彼女が路地を抜けて角を曲がり、その姿が見えなくなると、まどかはようやく弓を下ろした。


599 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:16:31.17ox/3K3dso (3/10)




さやかは路地を脱出して、まっすぐに駅前の広場へと向かった。そこで合流した杏子に、さやかは事の次第を伝えた。
二人のただならぬ様子を見て、仁美はおとなしく黙りこんでいた。
まだほむらの襲撃が無いとも限らないので、二人は仁美をガードすることにしたが、すぐにジレンマに陥った。

ソウルジェムに魔女の反応を感じたのである。

仁美を放って行く訳にはいかないし、かと言って魔女を放置も出来ない。二手に分かれるのも危険が大きい。
結局、二人は仁美を連れて結界へと向かうことにしたが、そこでさらなる問題に直面した。

どうも、魔女の反応が複数あるらしいことが分かったのだ。

ソウルジェムによる探知では反応の数を直接知ることができない。
しかし自分が移動しても反応の強さに変化が無い場合、複数の反応を疑うことが出来る。
杏子は経験からその答えを出し、さやかに説明すると、次の行動を迷わず選んだ。

――もう遠慮してる場合じゃないんだ。


杏子「おい、マミ! 聞こえるか?」


600 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:22:12.89ox/3K3dso (4/10)




~ほむら視点~

二手に分かれる道と風景は対称、その軸上に位置するのは、私に不釣り合いな西洋建築。
ちょうど時は夕暮れで、街の人たちが家路を急ぐ中、特に怪しい行動ではなかった。
それなのに誰かに見られてるような気がしたのは、悪いことをしてる証拠かしら。
暗い背徳感が頭の上から降りてきていて、かといって足を止めようとは思わず。

ほむら「……ごめんなさい」

自宅に入り、扉を閉めてしっかりと鍵をかける。
そうやって、背徳感を閉めだそうとしてみたけれど、無駄だった。出てくるの。
どこからか、鍵穴からか覗き穴からか、それとも私の口の中からか、気付けば元通り。

暗い背徳感に包み込まれる。

ほむら「……ごめんって言ってるでしょう」

玄関ロビー中央に台座が、周囲にワルプルギスの資料が、それぞれ置かれている。
今の私にとっては、まどかと決裂したあの夜の、最悪の舞台でしかない。
足早に過ぎて、私はリビングへ通じる廊下へと足を踏み入れた。

背徳感は視界の端々に残る闇に溶け込んで、じわじわと囲い込んできていた。
私は無力だった。結局、何もできなかったのだ。まどかを救うことが出来なかった。
彼女を消滅の運命から救う方法は無くて、それを隠し通すことすら叶わず、ただ絶望させて。

どこで間違えたんだろう?
まどかが消えるのは私には分かっていたことだった。残酷なことだけど、私の中では想定内のことだった。
だとしても、もう一人のまどかがしっかりと存在する以上、私にとってこの世界は守らねばならない世界だった。
消えてしまう彼女には、せめてそうとは知らずに、そして願いを遂げたうえで、運命に身を任せてもらいたかった。

全て私のエゴに過ぎないのね。まどかが生き残るなら、どっちが生き残ろうが私は良かったんだろうか。
まどかは私を特別だと言ってくれた。なぜなら彼女にとっては私だけが唯一、前の世界から続く関係だったから。
でも私から見れば、まどかは無数のまどかの中の一人に過ぎなくて、その関係は一対一ではなかった。
不公平――と言えばそうだ。

でもまどかは、消えてしまうあのまどかは、この私を変えてくれた。
この世界に来るまでは、私はマミを救う気が無かったし、さやかと仲良くすることもあり得なかっただろう。
彼女の存在が、この世界の筋書きを変えたんだ。私は変わって、次の世界も変わって行くはずだ。
だから、私にとっても、あの子は特別なまどかなのよ。何よりそう思わなくちゃ、あの子が浮かばれない。


601 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:23:12.77ox/3K3dso (5/10)


暗闇の中で、ソウルジェムを取りだす。
一瞬だけ、紫のまばゆい光が廊下の闇を晴らしたものの、すぐに再び溶けていく。
むなしい明かり。私の希望の末路に思えて、そんなのはくだらない感傷と切り捨てる。

ワルプルギスの夜が来るまで、あと少し。だけど、私はもうどうでも良くなっていた。
この世界で何が出来ると言うのだろう。まどかと決裂して、さやかとの友情も裏切り、私は殺人未遂犯だ。
すぐにでも次の世界に渡りたかったけれど、まだ砂時計の砂は落ちきっていない。
一カ月が経過したとき、ワルプルギスの夜が来たときになって初めて、時間を巻き戻せるようになる。
私は早くワルプルギスの夜が来てほしいと、心から思った。

志筑仁美を殺そうとしたのが間違いだったとは思わない。間違いがあったすれば、それはちゃんと止めを刺せなかったことだ。
真にまどかのためというのは、たとえまどかに絶交されても、志筑仁美を殺害して、さやかを魔女にさせない事ではないのか。

私は口元に笑みを浮かべていた。頭の中は冷静そのものなのに、根本的に破綻している気もする。
どこでズレてしまったんだろう。何も間違った事はしていないのに、どうして少しずつズレて行くのかしら。

まどかには幸せに消滅してもらいたい。これは「まどかのため」じゃない。私のエゴだ。
でも、まどかはそれを拒絶した。もう、仕方ない。私もまどかの嫌がることはしたくないから。
さやかには魔女になって欲しくない。だから志筑仁美を襲った。けど、さやかはそれを拒絶した。みんなそんなものだ。
私の邪魔ばかりする。人の為が自分の為なら、最初から自分の為に行動すればいいのよ。

だから私は「まどかのために」戦えない。おそらくは、もう二度と。

まどかに何を言われても次の世界じゃ関係ないわ!
けれどそれはウソ、だってまどかに言われた言葉は、消えないもの。
他でもないあなたに否定されてしまったのだから、私は永遠にそれを、背負うのだろう。
大したことじゃないわ。「まどかを守る私になりたい」と願った瞬間から既に、私はとっくに利己的だった。
私に守られるために生まれる無数のまどかたち。その中から、今回もまた一人、いや二人、消えて行くのね。


――会いたいよ、まどか。
でもあなたが拒むのなら、もう仕方がないとしか、言いようがない。
また次の世界であなたに会えるのを、待つしかない。今度こそと願うしかないんだ。

大丈夫、元に戻るだけだもの。
また次の世界でまどかと最初からやり直そう、みんなとも最初からやり直そう。
私はもう何度も繰り返してきたんだから、今更なにか思うこともないわ。

本当に

本当にこの世界はとても上手く行っていた。途中まで。とても惜しかった……。
それでいいじゃない、十分頑張ったし、次はきっとうまく行くわよね。


602 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:24:06.17ox/3K3dso (6/10)

.
.
――そうやって逃げてれば、楽だよね
.
.
――わたしにとってのほむらちゃんは、前の世界のホントのわたしを知ってる、たった一人のほむらちゃんなんだよ?
.
.
――それなのにほむらちゃんにとって、わたしはたった一人じゃないんだね


603 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:25:30.87ox/3K3dso (7/10)


バカみたいに長い時間、バカみたいに突っ立ってる私。
バカみたいに逃げ出し、バカみたいに甘える私。
バカみたいに逆上し、バカみたいにバカみたいに。


―――ガコンッ!!!


正面、廊下の扉がへこみ、蝶つがいを振り切って奥へ吹っ飛ぶ。
リビングのソファに突き刺さり、さらに飛び跳ねて、窓ガラスにヒビを入れる。


ほむら「う……―――ううううううううう!!!!」


それを追うようにリビングへと駆けこむ。
足が、床板を変形させて、何度も叩きつけられる。
滑稽な姿だと自覚してたって止まらない。叩きつけなきゃ内から壊れてしまうの。
床板を踏み抜いて転倒する。なお拳を打ちつけて、喚き散らして、バカじゃないの。


ほむら「私は、わたしはっ、――――なんてことなの!!!」
ほむら「そんなのイヤ! 別れたくなんてない! まどか! まどかぁ!」


そんな私を止めるものがあるとは、思ってもみなかった。
だけど、それがある以上、止まらざるを得ないというもの。
沸騰した頭に冷静さが戻ると同時に、嗅覚が悲鳴を上げることになった。


それは部屋全体に満ちた、異臭――だった。


ほむら「まどかあぁ……っ!? うっ、な、なにこれ……!?」
ほむら「うっ……な、なんで、なんなの………………」


さっきまでいた、路地裏の臭いに近かった。つまりは、ゴミと下水の臭いだ。
私は叫びを止めて、ふと冷静になった。

さっきまでこの時間軸そのものを放棄しようとしていた卑怯者が、
自宅の異臭を気にかけるなんて、と我ながら冷笑的になる。
鼻を貫くこの臭いの異常さが、逆に平静な思考を戻してくれたのかもしれない。

臭いは部屋に充満していて、どこが発生源かは分からなかったけれど、
生ゴミなら台所だろうか。足を床から抜いて、向かった。

ほむら「――本当にひどい臭い、どうして」

狭く細長い台所の奥に鎮座するのは、小さなゴミ箱。
それが溢れかえっていた。フタが閉まらないほどの量のゴミで。

ほとんどが食べ物だった。腐敗が始まっている上にぐちゃぐちゃに潰されていて、
さらにはごちゃ混ぜで、分かりにくいけれど、どうも調理済みの食材のように見えた。

その中にひとつだけ食材ではないもの――本が混ざっていた。
表紙が上を向いていた。それは私が買った覚えのない、料理の雑誌だった。

そういえば。
まどかは、私のために、二日連続でお夕飯を作ってくれていた。
マミが重傷を負った三日前、まどかと決裂した二日前、私は一度もリビングに足を踏み入れなかった。
私は、彼女の夕飯を食べてはいない。じゃあ、それは、いったいどこに――。


ほむら「――――――っ」


こつん、と膝が床をついた。異臭だったものが途端に、とてもいい匂いに感じられた。
手を伸ばし、ためらわず両手に握りこんだ。ぬちゃっと音がして、指の間から出てきた。

ちなみに

その雑誌には、複数のページに折り目が付いていた。
開いてみると、手書きの文字が、蛍光ペンの下線が、たくさんたくさん。


私は家を、飛び出した。


604 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:26:10.05ox/3K3dso (8/10)




~魔まどか視点~


前のほうから気配を感じて、反射的に目を開いて顔を上げる。
涙を拭いて、ぼやけた視界を晴らして。


魔まどか「――ほむらちゃん!?」


にゃーお。
という鳴き声が響いた。

息が詰まって、数秒、その黒い猫の子と見つめ合った。
肩を落として、わたしは溜め息を吐いた。完全に裏切られたのに、まだ期待してるんだ。
無様にへたりこんで、今度こそ本当の一人ぼっちで。消えるのを待つばかり。死ぬために生きているの。
甘えに甘えて、震えるしかない。弱くて弱くて、どうしようもなくて。


魔まどか「もう、ゆるして、ください」


近づいてきた猫の子がわたしの足にすり寄った。その玉のような瞳がわたしを映す。
ボロボロと涙が溢れ、震える手で頭を撫でた。その子は逃げずにいてくれた。


魔まどか「ひとりじゃ何もできないの。強がってるだけで、本当は何も変わっていないの」
魔まどか「ほむらちゃん、ねえ、どうしたらいいの――?」


下から猛烈に強い桃色の光が溢れていた。わたしの胸の、ソウルジェムの輝きだ。
たすけて、たすけて、ほむらちゃん、たすけてよ。くるしいよ、ほむらちゃん。
視界が回る。頭の中も回る。目も回る。回って回って、ぐるぐるぐるぐる。

そして、暗転した。


605 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:26:42.25ox/3K3dso (9/10)




未来QB「ようやく、この時が来た」
未来QB「まどかの、まどかを囲む世界への執着こそが、この世界の生命線だと彼女たちが知ってたなら」
未来QB「もっと君を大切に扱ったんだろうね」

未来QB「マミと同じだよ。君たちはいつもそうだ。ひとりはイヤだと言いながら、勝手にひとりになりたがる」
未来QB「その奇妙な傾向を利用させてもらったよ」

未来QB「君は、家族を裏切り、自分自身に憎悪され、最も大切な親友とも決別した」
未来QB「これでもう、君がこの世界に執着する理由は、なくなった」

未来QB「ずいぶん遅くなったから心配だったけれど」
未来QB「やっとやっと、この時が来た。しかも滞りなく流れているみたいだね」

未来QB「時間軸を超越するこれほど膨大な魔力の供給、全くさすがというしか無いよ。
未来QB「これで僕の狙いはほぼ達成されたと言える。ありがとう」


未来QB「まどか、君は奇跡の救世主なんかじゃない」
未来QB「君の願いが魔女をうるおし、この世界に最悪の絶望をもたらしてくれるのだから」
未来QB「だったら、こう呼ぶのがふさわしいじゃないか」


未来QB「――最悪の魔女の化身、鹿目まどか」


606 ◆D4iYS1MqzQ2014/12/26(金) 02:27:10.18ox/3K3dso (10/10)

今日はここまで


607以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2014/12/26(金) 02:31:10.525g+5QLNxO (1/1)

>>597
まってました!!!


608以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2014/12/26(金) 10:31:50.92qcW4f3xZO (1/1)

こいつらディープキスとかしたら2時間続けて装


609以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/01(木) 19:02:28.79b694nGc0o (1/1)

何か感想を書こうと思ったけど何も言えない…とにかくみんな救われて欲しい。
でも、絶望しか見えないよ…どうなるんだこれ。


610 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/17(土) 02:08:39.775q6K7R9VO (1/1)

1です。生きてます、すいません
今月中には何とかします


611以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/25(日) 23:55:26.08UwGB/FpYO (1/1)

今月おわっちゃうよぉぉ


612 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 02:22:18.09BMlpNU4ho (1/14)


~魔まどか視点~



夕方の空を見る。橙色の光のなかで、首をかしげて、ほむらちゃんはちらりとこちらを見た。
わたしは黙っていた。彼女が何か言おうとして、ためらっているのを、じっと見つめていた。
「あなたは受け入れられるかしら?」と、彼女は言った。瞳の中の夕陽がこちらを差している。

突然、わたしは、ここがどこなのか理解した。この状況も理解した。
あの日、マミさんをお菓子の魔女から救ったあとの、帰り道。夕焼けの橋の上だ。
ほむらちゃんは、あの時とまったく同じく、橋の手すりに手を乗せ、遠くを見つめていた。
わたしは質問の意味を理解して、あのときと同じ答えを返していた。

魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、大丈夫だよ」
魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、もう何も怖くない」
魔まどか「どんな壁も、一緒に越えられるって、わたし信じてるから」

魔まどか「だから一緒に、頑張ろうね!!」

わたしは最高の笑顔を浮かべて。ほむらちゃんはとても悲しげに笑った。
あの時と同じように。


613 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 02:23:30.56BMlpNU4ho (2/14)




ほむらは走っていた。人目も気にせず、なりふり構わず。
人混みに入っても速度は落とさず、隙間を縫うように駆け抜けて行く。

日は落ちて、あたりは既に暗く、駅前の人通りは相当多くなっていた。
ようやく大通りを抜けて細い道に入ると、彼女はさらに速度を上げた。
息が乱れ、握った拳が思わずほどけても、足だけは止めない。無心で走り続けていく。

「――まどかっ!!!」最後の角を曲がり、横滑りしながら、彼女はようやく止まった。
深い息を吐いて、その先の光景に目を凝らす。そこに果たして、まどかはいた。

ほむら「う……っ、ひどい……」

思わず眉をひそめ、口を押さえるほむら。「まどか……、ごめんなさい」
気を持ち直して、一歩踏み出す。彼女は覚悟を決めていた。もう絶対にまどかを見捨てたりしない。

まどかは袋小路の奥で倒れていた。
倒れている彼女の周囲には黒い煙が渦を巻いていた。
彼女は何かをうわ言のようにつぶやき、丸くなって、小さく震えている。

しかしほむらは、もう動じなかった。「まどか、ごめんなさい」もう一度謝って、さらに近づいていく。
黒い煙が二人の間に立ちふさがっていた。煙はまどかのソウルジェムから噴き出しているようだった。
しかしほむらは躊躇うことなく、まどかに向かって突き進んでいく。あと数メートル。

ぴし、と空間に亀裂が走る音がした。音は立て続けに響き、世界が破れていく。
光が消えて、闇に飲まれながらも、ほむらはまどかのもとにたどり着いた。

ほむら「……絶対に、離さないから」

彼女のか細い身体を強く抱いて、ほむらは小さく呟いた。


614 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 02:24:12.93BMlpNU4ho (3/14)




白と黒。
単調なコントラストの中に、二人は倒れていた。
先に目を覚ましたほむらは、となりのまどかを見て、ほっと息を吐いた。
結界に取り込まれる瞬間に分断されるのだけは避けたかったのだ。

まどかはもう震えてはいなかった。結界の静寂の中に、彼女の安らかな寝息が聞こえていた。
彼女の顔を見下ろし、ほむらはしばらくじっとしていたが、やがて彼女の肩をゆすって、声を掛けた。

ほむら「まどか! 起きて!」

まどかは眠い目をこすり、ゆっくりと身体を起こした。
ぼんやりとほむらの顔を見て、彼女はしばらく何も言わなかった。

魔まどか「…………?」

半眼でこちらを凝視してくるまどかは、何も言わなかった。ただこちらを見てくる。
ほむらは心配になり、口を開いた。「あの、――」しかしその瞬間まどかの目に光がともった。
勢い良く立ち上がり、足をもつれさせながら後ずさりして、彼女は叫んだ。

魔まどか「ちょ、ちょっと!! なんでいるのっ!?」

人差し指を突き付けられて、ほむらは目を逸らした。「もう会いたくないって、言ったでしょ!!」
声を高くするまどかの前で、ゆっくりと立ち上がる。ほむらは黙って頭を下げた。まどかは口を閉じた。

ほむら「ごめんなさい。あなたを一人ぼっちにして、本当にごめんなさい」
ほむら「私は……、分かってるの、もう取り返しのつかないことをしてしまった……」
ほむら「でも、信じてほしいのよ。私、確かに、何度も繰り返してきたわ、けど、それでも……」
ほむら「この世界はもういいや、とか……どうせ次があるから、とか……そんなふうに……っ!」
ほむら「私は、思ってない……っ! 特にこの世界では、私もあなたと、その、同じ条件だと思って」
ほむら「ここまでやってきたのよ……っ! だからね、まどか――」

魔まどか「もういいよ、ほむらちゃん」


615 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 02:25:31.22BMlpNU4ho (4/14)


まどかが静かに言い、ほむらは思わず顔を上げた。
見上げたまどかの顔は気だるげだった。溜め息を我慢しているような顔。
目を閉じて、まどかは口を開いた。確認するように。

魔まどか「そんなことはどうでもいいよ。もっと話すべきことがあるんじゃないかな、わたしに」

言って、まどかは溜め息をついた。「なんのこと?」とほむらが聞くと、まどかは眉間にしわを寄せた。
ほむらは思わず背筋を伸ばして、思案するように右上の一点を凝視したが、答えは出なかった。
まどかがまた溜め息を吐き、ほむらはギクリと肩を硬直させた。
「仕方ないなあ」と言って、まどかは手に持った何かを突き付けた。ほむらの眼前に。思わずのけぞる。
まどかは低い声で短く聞いた。「これ、きれい?」

それはまどかのソウルジェムだった。卵型の、桃色に透き通った美しい宝石。
ほむらは意味が分からないまま何度もうなずいた。まどかはソウルジェムを指輪型に戻して満足げに笑った。
あまりに不可解な行動にほむらは困惑したが、まどかの機嫌をうかがって黙っていた。
そのとき、不意にまどかが口を開いた。

魔まどか「おかしいよねぇ…………?」

ほむら「な、なんのこと……?」

魔まどか「なんのこと、じゃないよ」

低い声で、まどかは言った。うつむいて、前髪に表情を隠している。ほむらは思わず一歩引いた。
ひやりと感じたこの空気は、あの夜、玄関ホールで二人が決別したあの夜の空気と同じだった。
まどかがゆっくりと顔を上げる。まっすぐに見つめられて、ほむらはもう動けなくなった。
まどかは怒っていなかった。その顔は笑顔だった。

魔まどか「ほむらちゃん、わたし、この前、あなたのこと大嫌いって言ったよね」
魔まどか「でもね、実はあれウソなの。本当は、わたし、あなたのこと大好き」

ほむら「なんで……」

魔まどか「でも!! 今のほむらちゃんは大嫌い……っ!!!」
魔まどか「"なんのこと"……? どうして、そんな、抜け抜けと……ウソがつけるの」
魔まどか「あなたが……、知らないわけ、だいたい、ぜんぶ、ぜんぶ知ってるのは……、わたしは……っ!」
魔まどか「どうしてそういう発想なの……、隠しておけばいいと思ってるの……、わたしの気持ちは……っ」

感情が高ぶり過ぎたのか、まどかの言葉は支離滅裂だった。
しかしほむらはハッとした表情になり、うしろめたそうに目を逸らした。
まどかは口を閉じて、すこしだけ黙ったあと、ポツリと一言だけ言った。

魔まどか「……ぜんぶ、話してよ」


616 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 02:26:38.33BMlpNU4ho (5/14)


二人は向かいあい見つめ合った。まどかは睨むように、ほむらは呆然として。
ほむらはまどかが言葉にしなかった部分を読み取って、愕然としていた。バレた、バレた――。

つまり、まどかはとっくに絶望しているはずなのに、ソウルジェムが濁らないという矛盾だった。
しかも彼女はグリーフシードを使ったことすらなかった。今までソウルジェムが濁らなかったから。

ほむら(唯一の例外はあのとき、暴走して私たちに襲いかかったときだけ)
ほむら(まどかのソウルジェムの秘密……、ごまかしようがないわ。説明するしか――)
ほむら(でも、このことを説明したら――、ダメだ――っ!!)

葛藤するほむらを、まどかはまっすぐに見つめ続けていた。
拳を握りしめながらも、まどかはほむらが話してくれると信じていた。
だから、次の瞬間、まどかの思考は停止した。


ほむら「ダメよ。話せないわ」


617 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 02:27:22.70BMlpNU4ho (6/14)


はは、と笑いが漏れる。こんな時に笑ってるのはだれ?
ほむらは苦しげな表情をしていた。唇を噛んで、視線を落としていた。
まどかは思わず前に出ていた。ほむらの肩をつかんで、揺さぶる。

魔まどか「ど、どうして……っ?」
魔まどか「意味分かんないよ、どうして話してくれないの……っ?」
魔まどか「ねえっ!!! どうして話してくれないのって聞いてるんだよ……っ!?」

まどかの声が高くなる。不意に目に涙が溢れた。「ほむらちゃん、どうしてそんな意地悪するの……っ?」
裏切られた、という顔だった。ほむらは顔を逸らし、決して口を開こうとしなかった。
まどかはさらに強く肩を揺すり、顔を近づけて、ほむらを覗き込んで、必死で声を掛けた。

魔まどか「分かった、わたしが勝手に家を出てったから、怒ってるんでしょ……」
魔まどか「わたし、でも、そんなのって無いよ……っ、わたし、もうすぐ消えちゃうのに……っ」
魔まどか「せめて、知りたいのに……っ、こんなのあんまりだよ……っ!!!」

ほむらはまどかの手をつかんで引きはがすと、そのまま突き飛ばした。
まどかは愕然とした表情で、ぺたりと地面に座り込んだ。不意にその顔が歪んで、涙腺が決壊した。
大きく泣き叫ぶ彼女に、ほむらは静かに言葉を掛けた。

ほむら「突き飛ばしたりして、ごめんなさい」
ほむら「でも、違うのよ。ちょっとそれどころじゃなくなったの」

言いつつほむらは、ある方向を指さした。まどかはそちらを見た。
少し離れた崖のふちに、孵化寸前のグリーフシードがあった。黒い煙を高く吹きあげている。

ほむら「この結界の主よ。話の続きはアイツを倒してからにしましょう」
ほむら「それと、私が話さないのは、別に意地悪してるわけじゃないわ」

座りこんでいるまどかに手を差し伸べて、ほむらは僅かに微笑んだ。
まどかは鼻をすすって、短く聞いた。「じゃ、なんで?」

ほむら「知らない方が幸せなことだってあるからよ」

目を見て、ほむらは言い切った。まどかは口をぎゅっと結んだまま、ほむらの手を取って立ち上がる。
「やっぱり、あなたのこと嫌いかもしれない」疲れたようにまどかが言うと、ほむらは穏やかに微笑んだ。


618 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 02:28:57.35BMlpNU4ho (7/14)

今日はここまで


619以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/31(土) 07:04:15.34TiDDLfsoo (1/1)

(・ω・`)乙  これは乙じゃなくてポニーテールなんだからね!


620以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/31(土) 09:46:47.55rKZOwSLqO (1/2)

よくぞ戻ってきた


621 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 17:16:22.67BMlpNU4ho (8/14)

遅れを取り戻す


622 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 17:19:14.04BMlpNU4ho (9/14)


~まどか視点~



マミ「……じゃあ、行ってくるわね」

いきなりいくつも結界が発生したとかで、杏子ちゃんから応援を頼まれたマミさん。
勢いで言わされた感じはあったけど、ともあれマミさんは引き受けた。
布団を抜けだして立ちあがる。その瞳が見据えるのは、ドアではなく窓。
キュゥべえはじっとその姿を見つめていた。マミさんは一呼吸置いて、踏み出し、

まどか「――わたしも行きます」

すかさず、その手をつかんでいた。
絶対に離さない。マミさんを一人ぼっちにさせない。

マミ「なに言ってるの」

四角く街を切り取る、窓の先には、危険に満ちた世界が広がっている。
この白い病室は、戦いに疲れたマミさんに残された、たった一つの安全地帯だった。
そこを飛び出すというのがどういう意味か、マミさんだって分かってるはず。

マミさんの表情は見えなかった。くるくると巻いた髪が隠している。
金色に縁取られた輪郭のラインが倒れて、こちらを振り向く。

マミ「ダメに決まっているじゃない……!」

首を大きく振って拒否するマミさん。困り果てて、おびえている表情。
わたしはマミさんに近づき、正面に立って聞いた。

まどか「足手まといだから……?」

マミ「あなたは、魔法少女じゃないからよ。付いてきてはいけないわ」
マミ「本来、あの結界は人の立ち入る領域ではないのよ、当然でしょ?」

これで決まり、とばかりにマミさんは言い切った。
表情からおびえが消えて、一瞬、いつもの先輩としての表情に戻る。
でも、わたしは言った。「それだけですか?」

マミ「それだけで十分でしょう」

マミさんの表情は変わらない。わたしはうつむいた。
でもわたしには勝算があった。それに賭けて、わたしは口を開いた。

まどか「忘れちゃったの、マミさん?」
まどか「わたし、あの子と同じ素質があるんだよ」
まどか「わたしがマミさんを死なせない……。連れてってくれないなら、契約します!!」

マミ「バカなこと――!」

まどか「――杏子ちゃんが!」

まどか「みんな魔女と戦ってるって……言ってました。命がけで……っ!!」
まどか「なのに黙ってここで待てって言うんですか? 前にも言っといたはずですよね」
まどか「みんなが危険な目に遭ったら、契約するかもしれないって、言いましたよね」

QB「いつだって契約できるよ、まどか」

まどか「今がそのときだって、気がしてるんです。もう我慢するのはおしまい」
まどか「――さぁ、行きましょう、マミさん」

マミさんは口をとがらせて、わたしを睨んだ。わたしは気にしなかった。
わたしが手を取り、背中を押すと、マミさんは溜め息をついた。

マミ「……本当に、しょうがないわね!」


623 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 17:20:56.51BMlpNU4ho (10/14)




青い夜の帳が下りていた。
円形の噴水広場を、縦に並んで、二人が歩いていた。
見滝原中学の制服姿だった。キュゥべえはまどかの肩の上。

周囲の様子はあまりにも平穏な日常そのままだった。

広場の全員に聞かせるように大声で騒ぐ集団とすれ違い、二人は距離を縮めた。
無言で歩く二人に注意が向くのも一瞬、雑踏の中に消えて行く。
まどかはレンガを踏んで、黙々とマミの後ろをついていく。

そんな葬式のような顔をしなくてもいいのに、とマミは同情混じりの思いを流した。
そして、自分もついさっきまでこうだったのか、と思って少しおかしくなる。
病院を出ると、何のことはない。世界は何も変わっていない。


624 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 17:22:43.06BMlpNU4ho (11/14)




結界の中に、雨は降っていなかった。
街灯のない夜道のような闇の中、縦に並んで二つ、円形の明るくないスポットライトに照らされて、
二人は歩いていた。ただ革靴の音だけが、高く響いていく。

マミ「――魔法少女の組織を作ろうと思うのよ」

まっすぐ前を見つめたままで、彼女ははっきりと言った。
まどかの視線が彼女の後頭部を刺した。マミは振り向かないで、言葉を続けた。

マミ「不公平な契約を阻止したり、契約したての魔法少女をサポートする組織よ」
マミ「真実を伝えて団結を促すわ。そうして少しずつ広げていくの」
マミ「もちろん、難しいことでしょうけど……、でもね、私が言いたいのは……」
マミ「魔法少女は、魔女を倒すのよ。それは義務で、生きる意味で、人と魔女を救うためなの。そして」
マミ「――魔法少女がお互いに助け合う世界をつくりたいの」

まどかは黙っていた。マミの話が終わっても、しばらく彼女は何も言わなかった。
結界の中は静寂だった。二人の足音だけが、高く響いていく。そして。

まどか「マミさん。…………だれが、つくるんですか?」

音が言葉になるまで時間がかかった。それはまったく簡単な呟きのようなものだった。
しかし言葉に変換されてみても、やっぱり意味を理解できなかった。それは簡潔すぎた。

マミ「えっ?」

何かまだ穴があったという恐怖。自信満々で出した答えの間違いを指摘されたような。
背筋に走る寒気に、思わず立ち止まり振り返る。
まどかも立ち止まり、マミの目をまっすぐ、真摯に見つめ返した。彼女は言った。

まどか「マミさんは魔女を殺せないじゃないですか」
まどか「それなのに、どうしてそんな話を思いついたの?」

その視線が揺れて墜落していく。
まどかはスカートのすそを握りしめて、うつむきながらふるふると首を横に振った。
しかしやがて、その拳をぎゅっと握りこむと、思いつめた顔をパッと上げた。

まどか「……魔女になろうとしてるマミさんが」
まどか「どうしてまだ魔法少女のこと考えてくれるのかなって、思ったんですよ」

マミは立ちすくんで、自分の二の腕を握りしめた。
乾いて貼りついた上下の唇を剥がすように、口を開く。

マミ「……何を言うのよ、鹿目さん」
マミ「私、魔女になりたいだなんて思ってないわ」

出てきた言葉はなんだか萎んだスポンジみたいに軽かった。
まどかの目は鋭くマミを射抜いて、言葉は間髪いれず振り下ろされる。

まどか「じゃあアレは何だったの?」
まどか「わたしが病室に入ったとき、マミさんは何をしてたの?」


625 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 17:25:03.62BMlpNU4ho (12/14)


マミは答えなかった。しかし言い逃れることは出来なかった。
さっき、まどかが病室を訪れたとき、マミのソウルジェムは濁りきる寸前だったのだ。
グリーフシードはちゃんと持っていたのに、マミはそれを使おうとしなかった。
もしまどかが来なかったら、マミは魔女になっていただろう。

まどかはマミを睨んだ。マミは視線を逸らした。しかしその表情には後悔の色があった。
まどかはふっと力を抜いて、穏やかな声で言った。「わたしにはマミさんの気持ちが分かるよ」

まどか「マミさんは魔女を倒さなくちゃいけないって……分かってるんです」
まどか「魔法少女だから。それが義務だから。……でも、自分では殺せない」

後ろで組んだ手が、言葉に迷うたびに指を組み替えていた。
まどかは慎重に言葉を選んでいた。口を閉じて、じっと考え込み、また口を開く。

まどか「……魔女を倒すのが……魔法少女の……正義で……」
まどか「マミさんは……魔法少女に、正義であって……ほしかった」
まどか「自分が魔女になって……他の魔法少女に倒されることで……魔法少女は正義になる……」
まどか「そして、マミさんの理想を……引き継いでほしかったんだよ」

言葉が、心に色を付けていく。水にインクを落とすように。
まどかが口を閉じると、マミは我慢できなくなったように言った。

マミ「そんなの身勝手よ……」
マミ「そんな理由で魔女になるなんて、今までに魔女になった子たちへの侮辱だわ」

今までとは違う、やけにクリアな声が通っていった。
音だけでなく、心の中まで研ぎ澄ませていくような。

まどかは、頬を緩めて緊張感もなく、にっこりとした笑顔になった。簡単にうなずいて、
「……そうですね」さらにその唇の動きのまま、

まどか「だからマミさん――――魔女にならないでください」

にっこりと笑って、まどかは言った。
マミは言葉を失った。まどかは前に出た。
はしっ、とマミの両手を挟み込む、指が絡み、ぎゅっとつかむ。
マミは息を飲んだ。その目の前いっぱいにまどかの満面の笑顔があった。

まどか「魔法少女が救い合う世界。すっごくいい考えだと思います……っ!」

まどか「でも今のままじゃ誰にも伝わりません」
まどか「マミさんが自分で示さなくちゃいけないの」
まどか「でないと、ソウルジェムの真実も、キュゥべえの正体も、いつかまた忘れられちゃう」
まどか「……マミさんを救えるのは、マミさんだけなんですよ!」

――だから、魔女になったらダメ。
まどかの言葉が、暗闇の中にいつまでも響いていくようだった。
しかし、声はもうそこまでだった。彼女は言い切って、口を閉じていた。

二人はいつの間にか、あの場所に立っていた。
天は真っ赤に染まり、地には地獄絵図が描かれて。視界の先にはそびえ立つ門。
二人とも、始めから気付いていた。何しろ今回は、結界の中に、雨は降っていなかったから。

マミ「でも鹿目さん、魔女を殺すのって、やっぱり可哀想じゃない?」

覚悟を決めたマミは、しかし最後に一度だけ、未練がましく言った。
まどかは間髪をいれずに答えた。「殺されないほうが可哀想じゃないですか……」
マミもうなずいた。「……そうね」 顔を上げるマミ。

――よし。

マミ「私、決めた」


 そのとき


 ぴし

という音が聞こえた。
聞こえた時には、すでに二人は分断されていた。
結界が大きく波打って、どことも知れぬ場所へと流されていった。


626 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 17:25:43.19BMlpNU4ho (13/14)




まどか「……マミさん?」

次にまどかが目を覚ましたとき、彼女はのどかなお花畑の真ん中に転がっていた。
空がどこまでも晴れ渡り、そしてとなりにマミの姿はなくなっていた。


627 ◆D4iYS1MqzQ2015/01/31(土) 17:26:12.80BMlpNU4ho (14/14)

今日はここまで


628以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/31(土) 18:49:18.84n1p8OB9po (1/1)

説教QBといい原型無いキャラといい
何か気持ち悪い奴を彷彿とさせるな


629以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/31(土) 18:53:10.20rKZOwSLqO (2/2)

メンヘラ多すぎてたまんねぇや


630以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/01/31(土) 23:01:15.03+VLFoMfhO (1/1)

完全に詰んだな
それにマミさん支離滅裂すぎないか?
自分が魔女を倒せないの知っていて、まどかを魔女退治に連れて行って、自分が魔女になるのを分かってるのに巻き込むって……
幾ら何でもここまで酷くはないと思うが?
あまりにもメンヘラ過ぎる


631以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/01(日) 00:26:14.87IKUwS7Wi0 (1/1)

マミの今まで経験してきた事を考えてみれば歪まない方がおかしい


632以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/01(日) 00:57:22.95+oR4IRFRO (1/1)

>>631
でもだからって何の罪も無い子を道連れにするのはやってはいけない行為じゃない
どんな理由があろうとも自分の絶望に人を巻き込むのはやってはいけない


633以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/01(日) 04:30:28.04692MD41Ko (1/1)

一番頭おかしいのはまどかだろ
活躍したいしか考えてなくて自閉症児か何かにしか見えんわ


634以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/01(日) 13:58:20.96YrB8m5Qxo (1/1)

おかしいのはキャラ崩壊させまくってる>>1とかいうクズなんですけど


635 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/01(日) 23:57:54.89GxonDoSno (1/2)


~ほむら視点~



軽機関銃の派手な振動が止まる。
私の機関銃とまどかの光の矢で、魔女の触手は全て潰されていた。
影の魔女は、炎に巻かれ、ナメクジのように這いずり回っていた。
しかしすでに二度、炎を吸収することによって、この魔女は復活してみせている。
私たちが緊張を解くことはなかった。そしてやはり、魔女の周囲に風が巻き上がり、みるみる炎を吸収していく。

見たことのない攻撃……それに、吸収と再生。
強化されたっていうレベルじゃない。こいつはもう、別の魔女なんだわ。

――そう思わなければ、やられる。

敵の再生が炎の吸収を必要とするなら、近距離で斬撃でも浴びせればとどめになるかも……。
でもそんなこと、時間停止を使ったって――っ。


魔まどか「――来るよっ!」


またしても魔女の触手。
だがその大きさが尋常じゃない。ゾウでもつかめそうな、巨大な手。
それが真上から振り下ろされる。直後。

ドォッ! と巨重が叩きつけられた。

当たったら一溜まりも無いだろうけど、私たちには当たるわけない。時間を止められるんだから。
置き土産の手榴弾が爆発、さらに光の矢と機関銃の嵐を浴びせる。
魔女の手が震えている。私は叫んだ。「まどか! 効いてるわ! このまま――っ!!」

ドンッ

足が地面を離れ、私は宙を舞った。
何もない、何も見えない。私は宙を舞っていた。どうして。
背中に衝撃を受ける。落下の衝撃。目を開けることが出来ない。全身がしびれている。
「あぐっっ!!」呼吸が止まる。全身を満遍なく強打されたような、無茶苦茶な激痛。
目を開ける。チカチカと明滅する視界の先に、たったひとりで戦い続けるまどかの姿が垣間見えた。

――戦わなければ。

ほむら「まどかっ、――――ぐっ!? あぁっ!?」

起きあがろうとした途端、背骨に激痛が走る。痛い痛い痛い!!
ドロリとしたものが垂れ、私の目に入り込んできた。ポタポタと滴る色は赤。
私は呆然とした。ダメだ、立てない。

まどかが戦ってるのに、私はいったい何やってるんだろう。

彼女はよく動いていた。軽やかに跳び回って魔女の拳を回避しながら、接近を試みているようだった。
その背中は、助けなんていらない、と言っているように見えて、間もなく私は悟った。

"まどかのため"だなんてお節介。私の自己満足に過ぎなかったんだ。


636 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/01(日) 23:59:11.34GxonDoSno (2/2)


まどかの足元に円陣、周囲を取り巻く桃色の魔法陣。
それが展開するにつれ、ぴしぴしと深刻な亀裂が足元に走る。
まどかがちらりとこちらを見る。私は思わず目を逸らした。
魔女の拳がまどかを襲う。しかし何かの障壁に阻まれたように動きを止めた。
さらに小さな触手が四方から襲いかかったけど、すべてはじき返された。

まどかは強い。負けるはずが無いんだ。

彼女が溜め息をつく。彼女が弓を構える。彼女が光の矢を射る。
ただそれだけのこと。矢は障壁を突き破り、その先にある魔女の拳を砕いた。
巨大な拳が地面に落ちて、すでに亀裂の走っていた足場は簡単に崩壊した。
影の粒子が煙となって立ち上る。崖が崩落して、魔女の本体もろとも奈落の底へと落ちて行く。

まどかはその様子をしばらく見下ろしていたけど、やがてくるりと背を向けた。
私はギクリとした。まどかはまっすぐこちらに向かってくる。
私は慎重に身体を起こす。まだ痛かったけど、骨は折れていないようだった。
「ほむらちゃん、大丈夫?」まどかは私の目を見ずに言った。「大丈夫よ」私は答える。

まどかはとなりに座りこんで、溜め息をついた。「ねえほむらちゃん、"知らない方が幸せなこと"ってなに?」
私はハッとした。まどかは絶対に真実を聞き出すつもりだ。まどかの目は本気だった。もう私に逃げ場は無い。
まどかは穏やかな声で言った。

魔まどか「ほむらちゃんが、本当にわたしのためを思ってくれてるなら……、話してよ」
魔まどか「わたし、もう全部分かってるんだよ。ワルプルギスの夜を倒したら、消えてしまうってことも」
魔まどか「ひどいこと言ったのは、ごめん、本当にごめん……」
魔まどか「でも、わたしは知りたいの」
魔まどか「どうして自分が消えなきゃならないのか……、どうしてソウルジェムが濁らないのか」
魔まどか「ほむらちゃんは知ってるんでしょ?」

私はまどかの真剣な瞳を見た。最悪だ、と私は思った。
どうしてここまで来てしまったんだろう。

ほむら「……絶対に、話したくなかったのに」

魔まどか「ごめん」

ほむら「でも仕方ないわ。あなたがそこまで言うなら」

まどかの目は期待と不安に満ちていた。「本当に話してくれるの?」
私はうなずいた。「……ありがとう」まどかの声は小さく震えていた。


637 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 00:00:25.45HYOEK1K8o (1/13)


~魔まどか視点~



もう一度やり直したい。みんなを助けるために。
それがわたしの祈り。わたしの願い。わたしの契約した理由。
マミさんも、さやかちゃんも、杏子ちゃんも、ほむらちゃんだって――、みんな助ける、救済の魔法少女。

奇跡の救世主に、わたしはなるはずだった。
それなのに、どこからか、歯車は狂い始めて……、本当に、どうしてこうなっちゃったんだろう。

すべての始まりは、この世界にもう一人わたしがいたこと。
一つの世界に、二人の自分。そんな矛盾を抱えながら、わたしたちはここまで来てしまった。

こんなのはおかしいんだ。
だって、ほむらちゃんは一人だけなのに。どうしてわたしだけ二人いるの?
こんなのはおかしいんだ。
わたしだって鹿目まどかなのに。どうしてわたしだけ消えなくちゃいけないの?

おかしいおかしいおかしい…………。

魔女を倒す、強い魔法少女。その力の代償だというなら、力なんていらないのに。
わたしは"みんな"を救おうとした。でも"みんな"ってどこにいるの?
わたしの救いたかった"みんな"は、もうどこにもいない。この世界のみんなは、前の世界の"みんな"とは違う。

確かに、わたしには一つの世界を救えるだけの力があるんだと思う。
だって強いから。自分が怖いくらいに。ワルプルギスの夜にだって、負ける気がしない。

だけど、わたしは別にこの世界を救いたいわけじゃない。

アレはわたしのママじゃない。パパじゃない。タツヤじゃない。
さやかちゃんじゃない。仁美ちゃんじゃない。マミさんじゃない。杏子ちゃんじゃない。
アレは、ぜんぶ、あの子の、もう一人のわたしの、だから。

わたしの救いたかった"みんな"は、もう二度と帰ってこないから。

こんな世界、救って何になるの? わたしが救わなくちゃいけないの?
自分の救ったあとの世界で、もう一人のわたしが、平然と過ごしていくの?

わたしは、消えるのに。


638 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 00:01:26.56HYOEK1K8o (2/13)




魔まどか「見届けて……、ただ、わたしが消える瞬間を。それだけで、いいの」
魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、わたしは何も恐くないから」
魔まどか「話して。わたしにすべてを。受け入れるから。話して、わたしのために」

まどかは静かに言った。顔を上げたほむらの目を正面から見る。
ほむらの表情は悲しげだった。何か言いかけて、口を閉じ、また開いた。

ほむら「あなたがそれで満足するなら、――っ!」

地面から飛び出した槍が、座りこんでいたほむらの右足を貫いた。
まどかは目を丸くした。槍はゆっくりと引き抜かれていき、地面は元通りになった。
ほむらの身体がゆっくりと横向きに倒れた。傷口から血が溢れだす。

魔まどか「――ほむらちゃんっ!?」

ようやく声を上げるまどか。周囲を見回して、さっとほむらの身体を抱き上げる。
地面から槍が飛び出す。しかし察知したまどかは飛びのいた。
「どうなってるの!?」叫ぶまどか。答えは腕の中から来た。

ほむら「下よ……。アイツ、落ちてなかったんだわ……」
ほむら「ちょうどこの、真下に……、しがみついてるんだわ」


639 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 00:02:43.72HYOEK1K8o (3/13)

今日はここまで


640以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/02(月) 00:31:17.846hi7pW2AO (1/1)

乙。なんかもうえらいこっちゃ。

ひとつ前スレから読み返してみますか。



641 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:31:52.26HYOEK1K8o (4/13)


~まどか視点~



空は澄み切った青で、黄色い野原の真ん中に、川が静かに流れていた。
吹く風も、土のにおいも、本物だった。わたしは立ち上がって辺りを見回した。
どこまでも続く黄色いお花畑。思わずつぶやく。「ここ……結界の中、だよね」

QB「そうだよ」

独り言のつもりだったのに、後ろから答えがあって驚いた。
キュゥべえは素早く腕を伝って、わたしの肩に乗っかった。
キュゥべえがいるなら、マミさんも近くにいるかもしれない。

まどか「……マミさーんっ!!」

広がる黄色い平原。遅い川の流れ。鳥のいない晴れた青空。
わたしの声は大して響くこともなく、何の反応も得られなかった。
分かってはいるんだけど、やっぱり……。

まどか「マミさんと、はぐれちゃったみたい……」


642 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:32:22.90HYOEK1K8o (5/13)




キュゥべえを肩に乗せて、わたしはお花畑を歩いていた。
道の先には小さな橋がかかっていた。橋の下を小川が流れ、流れ続けて、
地平線の先まで流れ続けていた。その周りには黄色い絨毯が無限大に広がっていた。

と、わたしは向こう岸に、小さな家が建っているのを見つけた。赤い屋根に白い壁の小さな家。
たぶんあそこに行かなくちゃいけないんだろう。罠かもしれないけど、他には何もないから行くしかない。
橋を渡りながら、このままマミさんに会えなかったらどうしよう、という不安が浮かぶ。
別にわたしのことを心配してるんじゃない。マミさんのことが心配だった。マミさん、戦えているのかな。

ガタン

半分くらい渡ったところで、いきなり足元が揺れた。
思わず下を見たけど、何ともない。

まどか「いったい…………わっ!?」

突然、ジャラララララ!!! という音が響いて、わたしは飛び上がった。
音は真横から。そちらを見ようとする間にも、視界が傾く。前に身体が傾いていく。
橋を支える鎖が、音を立てて巻き上げられていく。わたしは気が付いた。
この橋は、跳ね橋だったんだ。真ん中からぱっくりと割れて、どんどん傾いていく。
わたしは慌てて橋を駆け上がった。まだ傾きは小さい。今ならまだ渡れる。意を決して踏み切る。

まどか「えいっ!!」

――届いた!

そのまま傾いた橋を滑り下りて、対岸に降りる。
跳ね橋が完全に上がって、騒がしい鎖の音が止まった。
そして、目の前には赤い屋根に白い壁の小さな家が建っていた。

QB「さぁ、まどか。目的の場所はすぐそこだ」


643 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:33:28.43HYOEK1K8o (6/13)




部屋の中はとても狭苦しかった。わたしの部屋より狭くて、殺風景だった。
扉を開けると、すぐ右には大きなベッド。これが部屋を大きく占めている。
部屋の奥には小さな机と椅子が二つ。奥には緑色の枠にはまった両開きの窓が一つ。
青い壁紙に、肖像画がいくつか。奥にはもう一つ扉があったけど、置いてある椅子に塞がれていた。

ここなら、大丈夫かな……。

わかってる。結界の中に安全な場所なんて無いってことくらい。
部屋の中だろうと外だろうと危険なことは変わらないって、わかってる。

でも、今のわたしに不思議と恐怖は無かった。

勝手についてきたのはわたしだ。だからマミさんの助けは期待しない。
いざとなれば契約して戦うつもりだった。もちろんそれは、最後の手段なんだけど。
マミさんと合流するのが先か、わたしが契約するのが先か――。

「こんなところにいたのね、鹿目さん」

ハッとして、顔を上げた。

いつの間にか、部屋の椅子に座る姿があった。
足を組んで片手に紅茶のカップを持ち、余裕の頬笑みを浮かべていた。

「鹿目さんも座ったら? 少し休んだ方がいいわよ」

そう言って、マミさんはもう一つの椅子を示して、ニコッと笑った。
いつの間にか、わたしの後ろに椅子がひとつ控えていた。わたしは溜め息をついた。

まどか「マミさんに、そっくりですね」

わたしが言うと、マミさんはぴくりと眉を上げた。「本人だもの」 紅茶を一口飲む。
わたしはたまらず叫んだ。「マミさんはどこにいるの!」

そのマミさんは「あら、早いのね」と呟くと、視線を落とし、悲しそうな顔をした。
「彼女はね、死んでしまったの」胸に手を当てて、マスケットを取り出す。
よくマミさんがやっていたように、くるくると回転させてから、ピタリと銃口を合わせる。

「なにせ彼女、いま"コレ"が使えないみたいなんだもの」

まどか「マミさんが死んだなんてウソだよ! どうしてマミさんの真似するの?」

わたしはマミさんの真似をしたその人を睨んだ。
彼女は自信に満ち溢れた微笑みを浮かべて、嬉しそうに答える。

「彼女が美しいからよ。だから私が、それをもらったの」
「もうもらったから、本物はいらないの。そしてなぜか取り込めないあなたも……」
「――いらないわ」


644 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:34:11.89HYOEK1K8o (7/13)


わたしと銃口の距離は1メートル弱。でも、不思議と恐怖はなかった。
マミさんは、そのきれいな顔を歪めて笑い、わたしを見て舌舐めずりしていた。
黙っていれば全く見分けがつかないけど、本物のマミさんはこんな表情はしない。
わたしは正面から彼女に向かいあった。

まどか「撃てるんですか」
まどか「本物のマミさんは今、鉄砲使えないのに」

わたしはギュッとスカートのすそを握りしめて言った。
向こうはますます顔を歪めて、心から楽しそうに、ねばっこい声で答えた。

「知ってるのよ。彼女はさっき、再び私たちと戦う覚悟を決めたのよね」
「だから、撃てるようになっている可能性は……十分あるわ」
「どう? 怖いでしょ? あなたの命はいま、彼女の心しだい……」
「――しかも! あなたは理解しているかしら……、あなたが生き残ったとしたら!」
「それはそのまま、銃を使えない彼女が、死ぬことを意味するのよ……、アハッ」

キリキリと猫の目のように鋭くなっていた眼光が、下品な笑いと共に不意にだらけた。
あは、あは、という泥水の滴るような笑いが何度となくこぼれて行く。

QB「まどか……」

ずっと部屋の入り口近くにいたキュゥべえが、わずかに動いた。
確かに、契約してしまえばこの危機を確実に乗り越えられるとは思う。
でもその時わたしは、今までわたしを守ってきてくれたみんなを裏切ることになる。
それは最後の手段。

……大丈夫。契約なんかしなくたって、わたしは戦える。

目の前の銃口をじっと見つめて立つ。
その背後で、あは、あは、という笑いがこぼれる。こんなのマミさんじゃない。
顔を上げて、その目を正面から見た瞬間、わたしは挑むように言ってしまっていた。

まどか「……さっさと、撃てばいい」


645 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:34:49.92HYOEK1K8o (8/13)


使い魔「――ッ!!」

彼女の眉が急激に吊りあがり、恐ろしい表情になる。
指が引き金にかかり、乱暴ながら正確に、ためらわず引いてしまう。わたしは目を閉じない。

かちっ……。

と、気の抜けた溜め息のような音がした。それだけ確認すれば十分だった。
やっぱりマミさんはまだ銃を使えない!

彼女は驚いていた。その視線はすでにマスケットから離れ、わたしを見ていた。
わたしは、スカートのすそを握りしめていた両手を、下着が丸見えになるのも構わず、バッと持ち上げた。
スカートの内側に隠し、ベルトで密かに結び付けておいたそれは、黒光りする拳銃。
マミさんが重傷を負った事件のあと、ほむらちゃんが護身用にと言って持たせてくれていたもの。
彼女はとっさに使いものにならないマスケットを振るって、わたしの手からそれを叩き落とそうとした。

「あぐっ!」手の甲に鋭い痛みが走る。でもこの拳銃が手を離れることはない。
わたしは身体の前に構え、不思議と硬くない引き金を勢いよく引いた。

ガシャン!

と、砕け散ったのは部屋の窓ガラスだったのか。
見る間もなく、ムチのように伸びた手が、わたしの首を無造作につかんだ。
足が床を離れる。息が出来ない。わたしは宙づりに首を絞められていた。

まどか「――っあ――っ」

「……はぁ、魔法少女にもらった力でいい気になっちゃって」

もがくわたしを見上げるマミさん……ううん、使い魔。
その息はわずかに弾んでいて、頬は興奮に上気していた。

「私がっ、魔女の使い魔ならっ……あなたはっ、魔法少女の使い魔といったところね?」

彼女の顔に余裕が戻っていく。またあの崩れた笑みを浮かべながら、わたしの首を絞めていく。
視界が赤くなってきた。息が出来ない。使い魔の手首をつかむ。わたしは言った。

まどか「――ま……っじゃ……ない……」

「……なんですって?」

少しだけ手が緩められて、彼女は怪訝な顔でわたしを見上げた。
わたしは辛うじて言葉を紡いだ。

まどか「――っは、あな、たを倒して、マミさんを、助け、に行く。使い、魔なんかで、終わ、らない」

言いつつ、震える手で再び、拳銃を持ち上げていく。
両手で構え、その銃口をマミさんの額へと合わせる。
マミさんは、うっとりと目を細めながら、

「いい覚悟ね、鹿目さん、素敵だわ。――さぁ、撃ってみなさい」

銃声が響き渡った。


646 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:35:39.58HYOEK1K8o (9/13)




のどかな風景の中にポツンと取り残された、白い壁に赤い屋根の小さな家。
しかしその窓は吹っ飛び、平和な光景は粉々に打ち砕かれていた。
結界内を異様な静寂が包みこみ、川の流れすら凍りついたように息をひそめていた。

室内には、少女の首を絞める少女と、絞められながらも刺し違えるように銃口を向ける少女がいた。
銃口からゆらりと煙が立ち上る。「ひっ!」と短い悲鳴を漏らしたのは、撃った方の少女だった。
弾丸を撃ち込まれた頭は、首の骨が折れたとしか思えない方向にねじ曲がっていた。
不思議な軟体生物のようにのけぞった形で、しかし少女の首を執念深く絞めつけ続けている。
まどかは、念の為もう一発撃ちこむべきとは知りつつ、それが出来なかった。

ゴキリ

骨を無理矢理へし折ったような音がして、崩れた笑顔が元通り目の前に現れた。

「――心配かけたかしら?」

まどかの視界で、その姿が高速でブレる。しかし動いているのは自分の方だった
マミはまどかの首を握ったまま、途方もない腕力で振り回し、床に叩きつけた。
まどかの軽い身体は人形のように吹っ飛んで、部屋の床に強く叩きつけられた。

まどか「がはっ! ごほっ!」

その手を離れた拳銃、起死回生の切り札が、カラカラと床に転がった。
マミは高笑いしながらそれをベッドの下へ蹴り込んだ。まどかはせき込みながらも手を伸ばした。
しかし優しく伸ばされた指が細い首にキュっと絡み、まどかを押し倒した。

「魔力が全然こもっていないわ」

眼前に、マミの哀れむような顔が浮かぶ。慈愛に満ちているのに、その首を絞める握力は命を狙っていた。
まどかの顔に、ついに明確な恐怖が浮かんだ。完全に戦意がくじけて、顔が真っ白になる。

「何の変哲もない鉛弾ひとつで、魔女の使い魔である私を倒せると思って?」

もう答えることは出来なかった。聞こえてもいなかったかもしれない。
まどかは涙を流して浅い息を漏らし、必死でもがくだけだった。使い魔は退屈そうに溜め息を吐いた。

QB「ちょっといいかい?」


647 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:36:31.47HYOEK1K8o (10/13)


マミが顔だけ振り向かせた先、部屋の入り口に、キュゥべえが座りこんでいた
彼は苦しむまどかを平然と眺めながら、言葉を続けた。

QB「彼女の撃った拳銃はね、暁美ほむらが彼女の為に用意した特製の兵器なんだよ」
QB「並みの使い魔なら、間違いなく粉々になっているはずなんだが……」

マミはニヤリとした。キュゥべえを見つめ、先を促す。
しかしまどかの首を絞めることも忘れていなかった。キュゥべえが続ける。

QB「そもそも君は使い魔にしては自我が強すぎるし、性能も並み外れて高い」
QB「古今東西、これほどの力を持った使い魔を、僕は一度として見たことがない」
QB「――その力は、誰からの贈り物だい?」

「私はてっきり、あなたの仕業だと思っていたんだけどねぇ」

マミは投げやりに言った。苦しむまどかをうっとりと見下ろしながら。
「質問に答えるんだ」キュゥべえは珍しく強い口調で言った。
マミは面倒臭そうに答えた。「……鹿目まどかからよ」

QB「……なるほどね、十分だ」

ゴトッという音がして、マミはハッとした。
さっきまで使い魔の手首を必死で握りしめていたまどかの手が、床に落ちた音だった。
マミは血相を変えて、甲高い悲鳴を上げた。

「あら、いけない! この子、もう死んじゃいそうじゃないのっ!」

まどかが苦しんでいることに初めて気付いたかのような驚き方だった。
手をパッと離すと、まどかの顔は力なく横に倒れる。空気の抜けるような浅い呼吸音。
マミはその首の下に手を差し入れて、優しく抱き起こした。その表情は慈愛に満ちていた。

「私、死体で遊ぶ趣味はないの」
「ほら、しっかりして……大丈夫? あぁ、つらかったわね……」

軽く揺り起こし、使い魔は頬ずりをした。ほろりと涙までこぼしていた。
まどかは、ぼんやりと薄目を開ける。しかし周りの光景を見ても状況が思い出せないようだった。

まどか「マミさん……っ?」

寝惚けた頭の前によく知る優しい顔。まどかは疑うことなく安心した。
へら、と笑った顔は母親を見つけた赤ん坊のように幼かった。まどかはまだ寝惚けていた。
その首に、再び、勢いよくマミの指が襲いかかる。

「やったっ! 生きてたわ!!」


648 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:37:36.76HYOEK1K8o (11/13)


ガンッと頭を打ちつけられる。その上に馬乗りになって元気よく締めつけてくるマミ。
その肩が呼吸に合わせて上下し、熱く汚い息がまどかの顔面に吹きかけられた。
まどかは目を白黒させて、理不尽な暴力の前に為す術もなく晒されていた。

「……これじゃ、契約の願い事を言うことも出来ないわね」
「果てるまで付き合ってあげるから、安心なさい……!」

まどか「……!……やめ……って……!?」

ようやくまどかの瞳に光が戻った。状況を思い出し必死で抵抗するが、どのみち逃れられなかった。
視界の半分は白や赤の光の乱舞に覆われて、その隙間から異常な興奮状態のマミの顔が覗いている。
混濁する意識が再び遠のき始めたとき、脳内に直接響き渡るような声が聞こえた。それはテレパシーだった。

QB(――――まどか――――――)
QB(――テレパシーを使っても、契約は可能だよ――――)
QB(――このままじゃ、どうにも――ならない―――――)
QB(――――契約するなら―――――――今しかないよ!)

その声はやけにはっきりと聞こえてきて、まどかの頭だけは少なくとも息を吹き返したようだった。
もう助かるためには契約しかなかった。キュゥべえの思惑通りだとしても、それは本当だった。
しかし、それにもかかわらず、まどかは迷いなく答えていた。

まどか(―――まだ駄目――――)

そのとき、不意に、締めつけが弱まった。ドッと頭に血液が届く。
依然として首をつかまれていたが、まどかは大きく息を吸うことが出来た。
視界が徐々に晴れていく。目の前には軽く息を整えているマミの顔があった。

「……本物の巴マミは、こんなことする訳ないって思ってるんでしょ?」

さっきまでの興奮状態から一転、マミは急に無表情になってささやいた。
まどかの晴れた視界いっぱいに、その無表情が広がり、不気味に近づく。
瞳孔がほとんど散大してしまっている。
まどかは怯えながらも、もちろんその通り、と思った。

「――ところが、そうでもないのよ?」


649 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:38:34.76HYOEK1K8o (12/13)


ささやく。
瞳がガラス玉のように、生気を失っていく。

「私の本質は真似することだから。彼女の心だって、私は読み取ったのよ」
「つまりね……、これは、巴マミの本心に従った行動なんだよ?」

マミの瞳に、ふっと生気が戻る。
優しい暖かな光が表情に満ちる。マミは、さらにささやく。

「彼女はあなたに依存している。あなた無しではもう生きられないの」
「けど別に、彼女が自らそう望んだわけじゃないわ」
「他でもない、あなたが、彼女をそうしたのよ」

そんなはずはない。まどかは絶句していた。
まどかの眼前、唇も触れ合う距離に迫るマミの顔。巴マミは、鹿目まどか無しでは生きられない――。
そんなはずはない。そんなはずはない。そんなはずはないのに。

まどかは、口元に浮かぶ笑みを消すことが出来なかった。

それをじっと見つめたあと、マミは満足げに微笑んだ。
口の端がキュッとつり上がる。歯の隙間から漏れた吐息が、まどかの半開きの口内へ。
彼女は、さらにささやく。

「……自覚出来たわね」

「それじゃあ、もっといっぱい教えてあげるわ。彼女の一番の秘密、とか」

顔が元に戻らない。笑みはさらに深く、醜くなっていく。自覚していた。まどかは手で口元を隠そうとした。
しかし使い魔がサッとその手首をとらえ、優しく押さえつける。笑みが止まらない。

そして彼女は、さらに囁く。
まどかはごちゃまぜの感情の中で、もう聞きたくないと思った。
これ以上聞いたら、先輩の前でどんな顔をすればいいか、いや二度と顔を合わせられない。そう思った。

しかし彼女は、ささやいた。

「彼女は……いいえ。わたし、は――――」

上下の唇が糸を引いて離れる。最後の一言を告げようとする。
まどかは目を閉じて首を振った。わずかな間を持たせて。しかしすぐに――。


「ちょっとちょっと――――」


重なる声。同じ声。


「勝手に人の秘密をバラすのは、よしてもらえるかしら?」


マミの身体にリボンが巻きつく。リボンが振られ、彼女を投げ飛ばす。
椅子を巻き込み、破片を撒き散らしながら、部屋の壁に激突する。
マミは絶句した。いや、彼女はマミではなかった。

カチャ、と割れたガラスを踏む音。
砕け散った窓の、緑色の枠を踏み越えて、声の主がやってくる。
夕暮れの中から溶け出たような、憂いを帯びた色調。
その目には覚悟の光。金色の巻き毛を春風に揺らして立つ。

「私の名前は巴マミ。見滝原中学の三年生で―――魔法少女よ」


650 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/02(月) 21:39:01.05HYOEK1K8o (13/13)

今日はここまで


651以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/03(火) 00:39:20.294s1vlQSOO (1/1)

何このオリ設定…ありえないでしょ


652以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/03(火) 05:39:54.0027JMraxfo (1/1)

あれだけ言われても基地外みたいに魔法少女になりたがってたのに
唐突に契約しない(キリとか言い出しててワロタ
情緒不安定すぎるだろ躁鬱かよw


653以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/03(火) 07:12:46.78vwgpzqdRO (1/1)

>>652
まどかだけじゃなく登場キャラが皆情緒不安定だよ
アニメや派生物のゲームや漫画でも、ここまで酷くねえよww


654 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:02:05.72WJwczXL3o (1/12)




向かい合う二人。
同じ顔といえばまさしく同じ顔。同じ服と言えば同じ服。同じ体型に同じ姿勢。同じ声。
しかしその身に纏う雰囲気だけは、完全なる対称だった。

「――――――この、死に損ないの魔法少女がッ!」
「武器を封じられておきながら、よくもここまで来られたものね!」

怒り狂うニセモノ。それを憐れむ本物。
マミは、驚くべき精巧さを持つ自らのコピーに対して、驚くどころか初対面の反応も見せなかった。
一目見た瞬間から、これは閉鎖された室内に残された最後の遺物だと確信していた。ならば破壊するのみ。

使い魔はそれと意図せずに、マミの心の中にいる、弱く憶病な、ゆえに凶暴な、もう一人のマミを体現していた。
高い再現力が、この相対を実現させてしまっていた。マミには詳しい理論は分からなくても、対処法は分かった。

マミ「……幼いわね」

逆光の中の影がわずかに顎を下げる。四肢を縛られた使い魔を見下ろす。
使い魔はいまだに、なぜ、なぜ、を繰り返す。対して、バキッという、靴がガラス片を踏み砕く音。

マミ「物真似にしては上出来だけど、どうせならもっと徹底的にやりなさい」

それは使い魔が美しいと感じた魔法少女の姿ではなかった。
前髪のベールの隙間から見下ろす視線には、憐れみや悲しみの色を越えた、それ以上に強い、容赦のなさがあった。
使い魔を縛るリボンを絡めた両手を胸の前でクロスさせて、冷徹な敵として立ちふさがる。それはある意味優しさだった。

なぜなら、魔女にしろ使い魔にしろ、殺されない方がよほど可哀想だから。
これは新しい正義。行為としては同じでも、その理念はまったく別の方向だった。
しかし、やはり正義。マミは、今も変わらず正義の魔法少女として立っていた。

使い魔は、これもまた形は違えど、美しい魔法少女だと感じていた。ゆえに欲した。
しかし、その身を戒めるリボンの端を握りしめるマミが、口を開く。最期だった。

マミ「銃が使えないから、何だというの?」
マミ「勝手に他人のことを分かったような口聞いて」
マミ「あなたもあなたのご主人様も、何にも分かってないわね」
マミ「――――私の本質は、銃なんかじゃないわっ!!」

使い魔が何を言う暇もなかった。
言葉の終わりと同時に、使い魔を戒めていたリボンが煌々と光り輝き、収縮する。
クロスした腕を一息に引いて、リボンが千切れる。余りのリボンが使い魔を繭のように覆う。
すぐに光量オーバー、室内を真っ白に塗りつぶして。

最後に、内側からくぐもった爆発音が鈍く響いた。
トンネル内の反響のように長く間延びして響いて、それから徐々に、静寂が戻ってくる。
思い出したようにリボンが解けていくと、そこには何も残っていなかった。
魔法少女の巴マミが、魔女の使い魔を退治した。当たり前のことをしたまでなのだ。

集中が切れるとリボンが溶けるように消えた。
マミは改めて滅茶苦茶に荒らされた部屋を見渡して、深くため息を吐いた。


655 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:03:09.09WJwczXL3o (2/12)


彼女は笑っていた。
涼しい春風が吹き込んで、マミの上気した頬を冷やした。
ぶわっと舞い上がる前髪を押さえながら、あくまで窓の外を見ながら、マミは口を開いた。

マミ「鹿目さん……、彼女、なにか言っていた?」

まどかが立ちあがる。その肩にはキュゥべえがおとなしく乗っていた。
陽光の中で微笑むマミの横顔を見つめているうちに、まどかの浮かない顔がにわかに晴れていった。

彼女はマミのためだけを思って毎日見舞いにやってきていたわけではない。
わたしだけがマミさんのことを気遣ってあげられるんだ、という驕りがいつしか芽生えていた。
驕りは徐々に弱ったまどかの心に巣食い、その果てはマミへの独占欲へと至っていた。

しかしいま、二人は春の涼風に吹かれながら、通じあえていた。
まどかには、マミの気持ちが分かった。もう許されているのだと。むしろ自分の方が受け入れられているのだと。
依存などしていない。救ってあげるのでもない。救い合っているのだと。まどかはこう答えた。

まどか「――大したことじゃなかったです」

光の中で、二人はどちらからともなく手を取り合った。向かい合うと、何を言おうとしているかも分かった。
マミはこれから魔女を救うつもりで。まどかはそれを陰から支えるつもりで。しかし多くを語る必要はない。

マミ「――次、行きましょうか!」

まどか「……!……はいっ!」

マミの揺るぎなく力強い宣言に、まどかは一瞬声を詰まらせ、元気よく答えた。
もはや、手を取り合う二人に魔法少女の真実など前提に過ぎなかった。二人はそれを乗り越えて、先を見る。
いずれ魔女になる運命だとしても、魔女と人間、そして魔法少女を救う。その難題に挑む覚悟を決めていた。

マミ「……来たわね」

と、先に察知したマミがちらりと振り向いた先、部屋の入口の扉が外側からバンバンと叩かれていた。
鍵は無いからドアノブを回せば開くはずだが、それも分からない知能レベルの追っ手らしい。
しかし力だけはあるようで、木製のヤワな扉は今にも外れてしまいそうだった。「マミさん!」
「鹿目さん、こっちよ!」マミは部屋の奥にあるもう一つの扉に近づいた。それを開ける。

宇宙船のハッチが弾け飛ぶみたいに、扉は外側に吹っ飛んでいった。
実際、部屋の外は宇宙空間のように真っ暗だった。扉の奥は別の異空間につながっていたらしい。
驚いている暇は無かった。背後の扉がついに破られたのだ。二人は振り返りもせず外へ飛び出す。


656 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:04:03.51WJwczXL3o (3/12)


春の陽気から一転して、こちらは夜の世界だった。
二人は急な石造りの階段を上っていた。後ろには石段が伸びているだけで、さっきまであったはずの家も消えていた。

マミ「行くわよ!」

階段を上り続けるしかない。マミは迷わず走り、引きずられるようにまどかがついて行く。
両側には銃眼つきの手すりがあって、古い洋式の砦を思わせた。虚空に浮かぶかがり火が仄かに道を照らしている。
月明かりと星明かり、そしてそのかがり火だけが、二人を導くすべてだった。
足元の闇から逃れるように、赤い光を追うように、二人は走り続ける。
軽快な二段飛ばしで駆けるマミを見て、まどかは疲れも吹き飛ぶような気分で……。

まどか「あのー、マミさーん……っ!」

マミ「なに?」

気分だけだった。身体は正直だった。
マミに手を引かれながら階段を駆け上がるうちに、まどかはすぐに音を上げた。
というか、魔法少女のスピードについて行った割には、これでも耐えた方だと思う。

マミは足を止めてくれない。今も石段を踏みながら重力に反逆するように高みを目指し続けている。
まどかも引きずられるように走り続けるしかない。マミは少しハイになっているのか、気付いていない様だった。

まどか「マミさぁん! ストップ! 無理です! 待って下さい!」

マミ「どうしたの!? 魔女は待ってくれないわよ!!」

まったくスピードを緩めることなく駆け上がりながら、底抜けに楽しげな声が返ってくる。
がくっと脱力したまどかは、意を決して、思いっきり弱音を吐くことにした。わかってもらえるように。
勝手に恐れて、本当の気持ちをはっきりと言わないからみんな苦しんでいるんだと、ついに理解したから。

まどかは強引に足を止め、全体重をかけてマミを止めようとした。
数段まどかを引きずった後で初めて抵抗にふらついて、マミは足を止めた。

マミ「わっ……と、危ないじゃない鹿目さ――」

まどか「――わたしは疲れたんです! もう走れないんです!」

いっそ清々しいほどの弱音だった。
マミは、初めて我が子の反抗期を見た母親のような顔をした。


657 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:04:40.02WJwczXL3o (4/12)


マミ「それは鹿目さん、私もよ。でもね、魔法少女として、一刻も早く魔女を救ってあげないと――」

まどか「わたしは、人間ですよ。マミさんみたいに、体力がないんですよ」

しかしまどかだって譲らない。一言一言区切るように、自分の正義をあくまで守るつもりだった。
そこまで言われてマミはようやくハッとした。

マミ「あら、ごめんなさい。そういえばそうだったわね」

まどか「というかこれ、ちゃんと終わり、あるんですか……?」

何気なく自分で言ったことが、まどかは不意に怖くなった。
そうだ、もしこのままどこにも辿り着かないとしたら? それは怖い……。
なにより、その、疲れ損だ。

マミ「ええ、もちろん」

しかしそんな不安を、マミは自信たっぷりに否定した。
その表情は、かつて魔法少女体験ツアーと称して自分とさやかを連れ回してくれた先輩にそっくりだった。
あまりに元通り過ぎて、まさか今までのつらい悩みや苦しみはウソだったんじゃないかと、一瞬本気で考えるくらいだった。

マミ「ほら、だって、上に見えるじゃない?」

まどか「な、なにがですか?」

しかしもちろんそんなことはない。
マミはそこで一度顔を引き締めると、少し悲しげにうつむいた。
深呼吸のように深いため息を一つ。階段の先の先を指さして、一言静かに。

マミ「――――魔女よ」

視界の先にはそびえ立つ門。
魔女の本体が、階段の途切れた先、砦のてっぺんに鎮座しているのが小さく見えた。
それは先日、絶望の淵にあったマミに重傷を負わせ、まどかの命を脅かした魔女。

マミ「あの魔女は倒されたはずだけど……、生き残った使い魔が成長したのね」
マミ「あのときのリベンジをする、いい機会だわ」

まどか「――っマミさん! 下! 階段が!」

ドドドド、という怖気のする質量を伴った轟音が、徐々に近づいてくる。
大ボスの前に階段、そしてこの音といえば、もはや答えは一つしかない。ないけど……。
まどかは、マミのワクワクした表情は勘弁してほしいと思った。こっちは生身の人間なのだ。
はるか下の方で、階段が減っていく。闇に飲み込まれていく。より正確には――。

まどか「崩れてます! こっちに向かってくる……!」

二人はしばし黙りこんで、迫りくる崩落を遠く見つめていた。
やがてまどかが一つ、ため息をつき、それを合図としたように、

マミ「――走るわよっ!」

まどか「はいっ!」

今度ばかりは間髪いれずに答えていた。


658 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:05:14.45WJwczXL3o (5/12)




「信じられない……」と呟いたのはキュゥべえ。
荒い息を吐くマミの背中を、まどかの肩の上に乗る彼は見ていた。

QB「本来の力の半分も出せない状態で、あの魔女を倒すなんて」

マミが振り返り、まどかに向けて笑いかける。その顔に流れる汗が光っていた。
彼女は銃を使えない状態で、リボンの爆破だけを使って、魔女を倒してのけたのだ。

まどか「マミさん! すごかったです……、けど、その、大丈夫ですか?」

駆け寄ったまどかに、マミは答えず、ただ柔らかく微笑んだ。
結界が溶けるように消えていく。結界の中の満天の星空が、現実の夜空に塗り替えられていく。
そのとき、「おーい!」と呼びかける声が聞こえて、二人は振り返った。

マミ「……佐倉さん! 美樹さん!」

マミが声を上げ、まどかもすぐに二人を見つけた。
こちらに向かって走りながら、「大丈夫かーっ!」と叫んでいる。
マミも叫び返した。「大丈夫よ! こっちは終わったわ!」間もなく四人は合流した。

杏子「マミ! あんた魔女を倒したのか!?」

杏子は興奮気味に聞いた。マミが頷くと、さやかは「うわあ!」と声を上げた。

さやか「マミさん、復活ですね!」

マミは目を逸らし頬を掻きながら、「まだ銃は使えないんだけどね……」と呟いた。
四人はしばらくその場で立ち話を続けていたが、ふと気付いたようにまどかが言った。

まどか「そういえば、ほむらちゃんと、もう一人のわたしは?」

四人の中の誰も答えを持っていなかった。しかしさやかは「あの二人なら大丈夫でしょ」と言った。
その言葉に、なんとなく全員が納得した。そうだ、あの二人なら大丈夫に決まっている……。

「――大丈夫なわけないでしょ」

背後からの声に、四人は振り返った。

「ほむらちゃん!!」「ほむら!!」「暁美さん!!」

全員がその名を呼ぶ。暗がりから出てきた彼女は様子がおかしかった。
足を引きずって歩き、ふらついているようにも見えた。前のめりに倒れかけた所をマミが支える。

マミ「暁美さん! どうしたの、何があったの?」

彼女はマミの腕にすがりながらも顔を上げて、全員を睨みつけた。

ほむら「あなたたち、こんな所で何をのんびりやってるのよ」
ほむら「あの子は、いつもあなたたちを助けるために、一生懸命、頑張って来たわ……っ!」
ほむら「それなのに、あなたたちは、あの子を助けてくれないのね」
ほむら「――大丈夫、ですって? あなたたちはあの子のこと、神様か何かだとでも思ってるの?」
ほむら「あの子は……っ! 神様でも、天使でも、聖女でもない……、ただの女の子なのよ」
ほむら「寂しくて泣くこともあるし、悲しくて自暴自棄になることもあるし、魔女に負けることもあるの」
ほむら「そんなあの子がいま、あなたたちの助けを必要としている」
ほむら「助けて……、あの子を助けてよ」

四人は顔を見合わせた。ほむらはゆっくりと身を起こし、自分の足でまっすぐ立ち上がった。
助けを求めるほむらの目はまっすぐだった。さやかが言った。「魔女はどこにいるの?」
ほむらは一瞬声を詰まらせ、それから答えた。「案内したいけど、私は走れないの」

杏子「あたしが担いでやるよ。まずはどっちに行けばいいんだ?」

杏子が言い、全員が動き始める。


659 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:06:02.54WJwczXL3o (6/12)


~魔まどか視点~



何のために戦っているんだろう、とわたしは思った。
この世界に、わたしの守りたい人たちはいないのに。
この世界に、わたしの居場所は無くて、幸せは絶対に訪れないのに。
わたしは何を守るために、何をつかむために、戦っているのか、もう分からなかった。

影の魔女は、崖下から這いあがって、わたしの前に生きていた。
どうしてそこまで必死なの、とわたしは思った。あなたにはもう絶望しかないのに。
その触手を伸ばして、わたしを殺そうとする本気の一撃を放ってくる。わたしには分からない。
どうしてそうまでして生きているの。

わたしは着地して、弓に矢をつがえて放った。矢は魔女の手前の地面に突き立って、ひび割れを広げて行く。
さっきからずっとそこを狙って撃っているの。足場を崩して魔女を落とせば、わたしの勝ちだ。

と、魔女が動きを見せた。
空中に影が集まって、さっきの大きい拳を形作る。わたしは身構えた。時間を止める用意。
魔女は拳をまっすぐに振り下ろした。――自分の足元に向けて。
振動が全身を抜けて、頭が揺れた。足場が大きく崩れて、わたしの足が地面を離れる。
全てが崩れていく。わたしも、魔女も、奈落の底に落ちていく。

わたしの足首に魔女の触手が絡みついた。落ちて行く視界の中で、わたしは下に魔女を見た。
弓に矢をつがえて放つ。わたしの頭は空っぽだった。落ちて行く。矢は正確に魔女を射抜いた。

ドンッ

すごい音がして、魔女は真下に吹っ飛び、宙を舞う瓦礫のひとつに叩きつけられた。
わたしの足首をつかんでいた手が、引き千切られるように離れた。わたしは時間を止めた。
停止した時間の中で、わたしは宙にある瓦礫のひとつに着地。見上げた先に、瓦礫の階段が見えた。
宙を舞う瓦礫の一つ一つが、上に帰るための足場のように並んでいた。わたしは瓦礫を跳び移って上に戻ろうとした。
足を掛けようとした瓦礫が急に動き、バランスを崩しかける。時間が動き始めていた。それでもわたしは跳び上がる。
その足首を引く手があった。見下ろした先に伸びる触手が、わたしの足首をつかんでいる。なんて執念……。
わたしはまた時間を止める。魔女の時間も止まるけど、いま止めないと共倒れになっちゃう……っ!
背中に衝撃を受ける。わたしは静止した瓦礫のひとつの上に横たわっていた。わたしは気付いた。

何のために戦っているんだろう、なんて……そんなの分かりきったことじゃない。
いま時間を止めなければ、魔女は奈落の底に落ちていたんだから。わたしと一緒に。
でもそうしなかった。それは……、わたしが死にたくなかったから……。生きるため……、魔女と同じ……。

魔女の触手は、今もまだ執念深くわたしの足首を握っていた。わたしは瓦礫にしがみ付いて耐えた。矢を放つ余裕が無い。
わたしは死を覚悟した。次に時間停止が切れたら、もう這いあがるのは無理だ。

……でも、魔女は倒せる。わたしはそう思った。それこそが魔法少女として生きた意味なのかもしれない。
なんの救いにもなってない、ただの自己満足だけど。

ぐらりと瓦礫が傾いて、わたしはその上から滑り落ちた。時間が動き出していた。
最後の瞬間に、わたしの両手は自由になったけど、もう上は見ていなかった。
弓に矢をつがえる。狙いは真下に見える影の魔女。放った矢が魔女を貫き、足首から手が離れる。

死ね―――――ッ!!!


わたしの腰に何かが巻きついて、次の瞬間、わたしは宙づりに吊り下げられていた。
一気に引き上げられて、ぶれる視界、崖を飛び越えて、柔らかい衝撃とともに降りる。

ほむら「まどかっ!! 間に合って良かった!!」

わたしは目を白黒させる。視界いっぱいに現れたほむらちゃんが叫んでいた。


660 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:06:37.85WJwczXL3o (7/12)




今度こそ魔女は倒れた。その証拠に、結界がどこかに消えて行く。
最後にわたしを救ってくれたのは、マミさんの伸ばしてくれたリボンだった。
地に足をついたわたしの前に、助けにきてくれたみんなの姿があった。

ほむら「この世界のみんなは、前の世界の"みんな"とは違うなんて、そんな悲しいことを言わないで」
ほむら「みんな、あなたのこと助けにきてくれたのよ。あなたがみんなを助けてくれたように……」
ほむら「おんなじよ。みんな……、どこの世界でも、どんな未来でも、私たちはおんなじなのよ」
ほむら「何度もやり直してきた私が言うんだから、絶対よ。だから、悲しいことを言わないで」
ほむら「この世界を信じて。――この世界を救うために、力を貸して」

わたしはみんなの顔を見た。さやかちゃんと杏子ちゃんがニッコリと笑い、マミさんは照れたように微笑んだ。
もう一人のわたしも笑っている。そしてほむらちゃんはわたしに手を差し伸べていた。わたしは戸惑った。

魔まどか「……わたし、この世界にいてもいいの?」

みんなは答えなかった。ただ、黙って微笑んでいるだけだった。わたしは痺れを切らした。

魔まどか「ここにはもう、その子がっ……、鹿目まどかがいるんだよ……っ!? それなのに……」

ほむら「あなただって"おんなじ"よ。あなただって、まどかだもの。そんなの当たり前のことじゃない」

ほむらちゃんは穏やかに微笑んでいた。不意にその顔がにじんだ。……わたしは泣いていた。
「何なの、今更こんなふうになって……っ!」うつむいて、涙を隠しながら、わたしは言った。

魔まどか「そんなの、もっと早く言って欲しかった!!」
魔まどか「みんなして、わたしのこと除け者にしてたくせに! こんなの……こんなの……遅いよ……っ!!」

わたしは何を言ってるんだろう。すごく嬉しかったはずなのに、口では真逆のことを言ってるの。
「ごめんなさい」と謝るほむらちゃんの声が聞こえた。わたしはその手をはねのけて、うずくまって泣いた。

マミ「みんな、あなたのこと誤解してたのよ……、本当にごめんなさい」

マミさんの言葉にみんな口々に同意した。わたしは顔を上げなかった。
だだっ子のようだと分かってはいた。それでも顔を上げたくなかった……。

未来QB「――あながち誤解とも言えないんだけどね」

わたしは顔を上げた。


661 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:07:05.83WJwczXL3o (8/12)


次の瞬間、みんながいっせいに動いた。
わたしを守るように、キュゥべえの前に立ちふさがる。

さやか「何しに来たのよ、このろくでなし」

杏子「またアイツに妙なこと吹き込もうって気か?」

マミ「私たち、もうあなたの魂胆は分かってるのよ、キュゥべえ」

みんなに睨みつけられるキュゥべえ。
でもあの子はわたしだけを見つめていた。「待って!」わたしは叫んだ。
「その子を殺しちゃダメ! その子は前の世界から来たわたしの……」

ほむら「キュゥべえはどこの世界でもキュゥべえ……、と言いたいとこだけど」
ほむら「みんなちょっと待ってちょうだい。確かにコイツは、ちょっと特別みたいなのよ」

ほむらちゃんはそう言って、みんなの前に進み出た。
キュゥべえを見下ろして、ほむらちゃんは溜め息をついた。

ほむら「あなたが言おうとしてることは、おそらく私が言おうとしてることと同じね」

未来QB「おや、君も本当のことを伝えるつもりになったのかい?」

ほむら「まどかに話すって約束しちゃったから、仕方ないわ」

ほむらちゃんはそう言って振り向いた。目が合って、わたしはドキリとした。
そうだ、わたしがどうして消えなきゃならないのか……、その理由を、話してくれるんだ。

ほむら「どうせなら、私たち二人から伝えましょう。お前も協力しなさい、キュゥべえ」

未来QB「いいとも」


662 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:07:38.08WJwczXL3o (9/12)




ほむら「ワルプルギスの夜を倒したら、あなたはこの世界から消滅する」
ほむら「今はもう、この場の誰もが、そのことを知っているわ」
ほむら「――あとは、その理由」

魔まどか「キュゥべえは、この世界にわたしが二人いる状況を、直すためとか……」

わたしが言うと、ほむらちゃんはキュゥべえを睨んで、「でたらめじゃない」と言った。
わたしは困惑した。「キュゥべえはウソをつかないはずじゃないの?」

ほむら「言ったでしょう。コイツはちょっと特別だって……、コイツには、明らかに感情があるわ」

みんなが驚いて、キュゥべえを見た。彼は平然としていた。
「キュゥべえ、それって本当なの?」わたしは聞いた。「本当だよ」とキュゥべえは答えた。

未来QB「今のは良い質問だったね、まどか」

魔まどか「……どうして?」

未来QB「あれ、分からないのかい?」
未来QB「もし僕に感情が無くて、本当の事しか言わないとしたら、今の質問にはノーと答えただろう」
未来QB「イエスと答える可能性があるのは、僕に感情がある場合だけだ。したがって僕には感情があると言える」

みんなが納得したように頷いたので、わたしも頷いた。
「話が逸れたわね」と、ほむらちゃんが言った。

ほむら「あなたがなぜ消滅するのか……、さっきキュゥべえが言った理由はでたらめだわ」
ほむら「なぜウソをついたのか分からないけど……、とにかく本当の理由をこれから話すわ」

みんなの視線がほむらちゃんに注がれた。
夜風に吹かれる髪を押さえて、ほむらちゃんはしばらく黙っていた。
やがて口を開いて、

ほむら「やっぱり、最初から話すしかないわね。すこし長くなるけど、聞いてちょうだい」
ほむら「そもそもの発端は、以前私が経験した、とある世界でのことだった……」

ほむらちゃんは話し始めた。


663 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:08:30.70WJwczXL3o (10/12)




ほむら「その世界では何もかも上手くいかなくて、私はまどかの契約を指をくわえて見ていることしかできなかったわ」
ほむら「あの子は何も知らなかった。契約が何を意味するかも知らなかったし、私のことも伝えられてなかった……」
ほむら「彼女はこう言ったわ。"この世界のすべての魔女を消し去りたい"と……。すぐに契約は成立した」
ほむら「で、ソウルジェムが現れて、キュゥべえが何か言った、その直後だったわ」
ほむら「突然、周りから何か黒いものが集まって、まどかのソウルジェムを、一瞬で塗りつぶしたの」

そこで一度、ほむらは言葉を切った。
「そりゃ、いったい何だったんだ?」すぐに杏子が聞いた。

ほむら「ソウルジェムを濁らせるものと言ったら、一つしか無い……、絶望だわ」
ほむら「でもその時は何が何だか分からないまま、私は時間が来て、次の世界に送られてしまったの」

ほむら「次の世界で私はキュゥべえに聞いてみた」
ほむら「杏子と同じことをね。でも、その世界では他にもおかしなことが起こっていたのよ」

ほむら「まず、その世界のまどかはすでに契約していたわ。願いは"この街を守る魔法少女になりたい"だったかしら」
ほむら「おかしなことはまず、彼女のソウルジェムが全く濁らなかったこと。そしてその時だけ魔女が強くなっていたこと」

魔まどか「いまと同じ……」

ほむら「そうね、いまと同じ……。その事と前の世界での事も含めて、私はアイツに問いただしたのよ」
ほむら「その世界のまどかが、ワルプルギスの夜を倒して、消えてしまった後でね」

ほむら「アイツの話は、簡単に信じられるようなものじゃなかった……」
ほむら「でも、やっぱり信じるしかないわ。他に説明のしようが無いもの」

ほむら「アイツが言うには、前の世界のまどかが魔女になってしまったのは、すべての魔女の呪いが……」
ほむら「世界中のすべての魔女の呪いが……、彼女のソウルジェムに一気に流れ込んだからなの」

マミ「それって……、ウソでしょ……?」

みんな絶句していた。マミも口では否定したものの、表情は不安に染まっていた。
「そんなの想像つかないよ」さやかがため息混じりに言った。

ほむら「彼女の祈りは浄化の祈りだったの。魔女の呪いを請け負って、逆にソウルジェムを輝かせるような……」
ほむら「でも、世界中の呪いだから……、彼女のソウルジェムは処理しきれなくて、一瞬で……」
ほむら「それが、最初の世界で起こったことだったみたい」

さやか「ってことは……」
さやか「まどかのソウルジェムが濁らなかったり、魔女が強かったのって、まさか……」

ほむら「その通りよ。彼女の処理しきれなかった呪いは、時空を越えて、次の世界のまどかが肩代わりしてるのね」
ほむら「あるいは、他にも世界が枝分かれしていて、全ての世界のまどかが……、まあ、それは分からないけど」
ほむら「とにかく、そういうことよ」

さやか「でも、それだとおかしくない?」
さやか「最初のまどかは一瞬でやられたのに、次の世界のまどかが大丈夫だったのは……」

未来QB「まどかは無意識に学習したのさ」
未来QB「処理しきれない分は、外に捨ててしまえばいい。全部請け負う必要なんか無いんだってね」

魔まどか「……ちょっと、ちょっと待って」
魔まどか「それ、どういう意味? まさかわたし……」

ほむら「二つ目の世界でまどかが消えてしまった理由が、これで分かったわね」
ほむら「彼女のソウルジェムから漏れ出る、処理しきれなかった呪いが、街を覆いかけていたからよ」
ほむら「彼女の願いは"街を守ること"だったから……、その願いを遂げるために、彼女は自ら消滅したの」
ほむら「消滅させられた、と言った方が正確かもしれないわね」

マミ「ワルプルギスの夜を倒したから、もう用済みになったってこと? ひどい話だわ……」

ほむら「当然、私は次の世界では絶対にまどかに契約させないようにしたわ」
ほむら「でも、やっぱり上手くいかなかった……、今ならなぜ上手くいかなかったのか、よく分かるわ」
ほむら「その世界で私はマミとさやか、杏子を失って、ワルプルギスの夜に負けて、そしてまどかの契約の時が来た」

ほむら「まどかの願いはこうだった。"みんなを救うために、もう一度ほむらちゃんと会った日からやり直したい"」

魔まどか「それって……」

ほむら「そう、あなたよ」


664 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:12:47.43WJwczXL3o (11/12)


ほむら「どうして、この世界にはまどかが二人いるのか……」
ほむら「それは、ここまでの話と、今のまどかの願いごとから、説明できてしまうのよね」
ほむら「もう、みんな分かってしまったでしょう?」

ほむらはうつむき、吐き出すように言った。その握りしめた手が震えていた。
「分っかんないよ……っ!」さやかが叫んだ。ほむらは顔を上げた。怯えたように。

さやか「なんでそんなことで、この子が消えなくちゃならないのよ……」
さやか「ちょっと魔女が強くなるくらい、何でも無いでしょ! あたしたちが協力すれば!」
さやか「そんなんでこの街が滅びるもんか! 魔女との戦いは、あたしたちの本分でしょ?」
さやか「あたしたちが協力すれば……っ」

未来QB「その協力が、出来なくなるんだよ」

さやか「……どういうこと」

未来QB「まどかの力はずっと強くなり続けている。それはまどかが流れ込む呪いを希望に変換し続けているから」
未来QB「けど、処理しきれない分はずっと流出し続けているんだよ。それは魔女を強化し、魔法少女を汚染する」

ほむら「インキュベーター、やっぱりこの話は」

未来QB「つまり、彼女のそばにいる魔法少女は、どんどんソウルジェムが濁っていくんだ!」
未来QB「今はまだこの街の中だけだけど、いずれその影響はこの星を覆い尽くす」

そのとき、輪の外にいた当のまどかが、ふらりと立ち上がった。
キュゥべえの周りを囲っているみんなは、気付いていなかった。ほむらだけが気付いた。

ほむら「まどか……、どこへ行くの?」

まどかは答えなかった。おぼつかない足取りで、ゆっくりと輪から離れて行く。
ほむらは躊躇わなかった。その背中に駆け寄って、後ろからしがみついた。まどかは振りほどこうとした。

ほむら「イヤよ……、もう絶対にあなたを見捨てないって決めたの」
ほむら「自己満足で構わないわ。あなたのためなんかじゃない。それでも、私がそうしたいの!」
ほむら「あなたは、自分の事を考えるのはいけないことだと思ってるようだけど、それは違う」
ほむら「みんな自分の事しか考えてないのよ! そうじゃないって言う奴は偽善者だわ!」
ほむら「でも、自分の事を考えた結果が、人の為になることだってある……、私はあなたを救いたいから!」

魔まどか「わたしから離れなくちゃダメだよ……、ほむらちゃんのソウルジェムが濁っちゃう……」

ほむら「そんなのどうでもいいわ……っ!」

まどかはいつの間にか抵抗していなかった。ほむらはまどかにすがり付いて号泣した。

ほむら「ぜんぶ私のせいよ!……あの時、まどかの契約を阻止できなかった!」
ほむら「あの時も、あの時も、あの時も、……ぜんぶ、私のせい」

まどかはほむらの手を優しくほどいて、正面に向き直り、彼女の頭を撫でた。
ほむらはさめざめと泣いていた。「ごめんなさい……、ごめんなさい……」声が涙に溶けていく。

杏子とさやか、マミともう一人のまどかは、その様子を遠巻きに見つめていた。
その背後から、キュゥべえが淡々と言った。

未来QB「今はまだ、目に見えるほどの影響は無いようだね」
未来QB「でも、ずっと一緒にいれば、徐々に君たちも影響を受けることになる」
未来QB「この世界のワルプルギスの夜は厳しくなるよ。彼女を近づければ、魔女も強くなるからね」
未来QB「彼女の扱いをどうするべきか、今のうちに考えといた方がいいだろうね」

四人が振り返ったとき、もうそこにキュゥべえの姿は無かった。


665 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/06(金) 18:14:01.77WJwczXL3o (12/12)

今日はここまで


666 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/07(土) 00:36:36.62/hiQhNCDo (1/6)




波乱に満ちた一夜の明けた翌日、ほむらはさやかの仲介のもとで仁美に頭を下げた。
仁美はすでに魔法少女のことについて全て聞いていたが、ほむらのことを許しはしなかった。
しかし二人して頭を下げる様子を見て、昨夜の事は誰にも言わないとだけ約束した。

ワルプルギスの夜が着実に近付いてくる中で、見た目にはいつも通りの日常が戻っていた。
マミが学校に来るようになり、魔女退治にも復帰した事で、彼女たちの間に活気が戻っていた。

二人のまどかはまた入れ替わりをしていた。ただし今回はみんなの了解のもとだった。
まどかは初め、自分から漏れだす呪いの家族への影響を心配したが、普通の人間に影響は無いとキュゥべえが請け合った。
実際、何の影響も無かった。まどかは学校に通い、たまに入れ替わりながら、日々を楽しんでいた。

しかしワルプルギスの夜は着実に近づいていた。
魔女退治が終わった後はみんながほむらかマミの家に集合して、綿密に作戦の打合せをした。

矢のように時間は過ぎていく。そしてついに前日を迎えた。


667 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/07(土) 00:37:06.86/hiQhNCDo (2/6)


~魔まどか視点~



ほむら「――さぁ、これですべて終わり。まだ何か言いたいことがある人は?」

ホワイトボードを前にして立つほむらちゃんが声を投げかけた。全員が首を横に振った。
「じゃあ、解散!」ほむらちゃんが鋭く言って……、一気に場の緊張が解けた。和やかなムードになる。
わたしもホッと溜め息をついた。今日のは今までのおさらいだったけど、明日が本番だと思うと緊張する。
肩をつつかれて、わたしは振り向いた。隣に座っていたもう一人のわたしだった。「ねえ」

まどか「明日は大変でしょ。今夜はまた入れ替わって、自分の家でゆっくり休んでよ」

順番で言ったら今夜はわたしがほむらちゃんちに泊まる日のはずだ。
わたしがそれを言うと、「そんなの気にしないでいいから」と彼女は笑った。
それから少し顔を引き締めて、

まどか「パパとママとまだギクシャクしてる……、あなたが謝ってくれないと、わたしまで困るんだから」

と言った。わたしは「ごめん……」と頭を下げた。「わたしにじゃないよ」と彼女は笑って、ふと時計を見ると、
「もうこんな時間! 早く帰らないとパパに叱られちゃうよ!」と言い、わたしの背中を押した。

さやかちゃんと杏子ちゃん、マミさんを、ほむらちゃんが見送っているところだった。
わたしも彼女に押されるまま玄関口まで出て、彼女とほむらちゃんに見送られて、夜へと飛び出していた。

さやか「明日は頑張るぞーっ、みんな!!」

さやかちゃんが叫び、杏子ちゃんが「近所迷惑だっつーの」と呆れる。わたしたちは笑った。
みんなと別れて、わたしは自分の家に帰った。おそらく最後になる、自宅で過ごす夜。
空は少し曇っていた。明日は荒れるだろう。でも雲の隙間から見え隠れする月がとても綺麗だった。


668 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/07(土) 00:37:33.75/hiQhNCDo (3/6)




結局、わたしは自分に流れ込む呪いを完全にコントロールすることは出来なかった。
もしかしたら消滅せずに済むかもしれないと望みをかけて、ここ数日、そのトレーニングをしていたけど。

わたしに流れ込む絶望を、希望へと変換する。
そんな言葉の上でしか理解できないことを、何とかイメージしようとした。
キュゥべえもいろいろアドバイスをくれたし、わたしも頑張ったけど、それでもダメだった。

「魔女のエネルギーが無くなることはないの?」とわたしは素朴な疑問をぶつけてみた。
魔女の呪いを受け止めきれずに魔女になってしまった、別の世界のわたしのことを考えていたら、ふと気になったから。
キュゥべえは答えた。

未来QB「魔女のエネルギーは膨大だよ」
未来QB「彼女たちがこの世界を反転させた結界を作りだしたり、際限なく増え続けることからも、それは明らかさ」
未来QB「実際、グリーフシードから回収出来るエネルギーは、彼女たちの持つエネルギーのほんの一部でしか無いんだ」

魔まどか「ふーん……、キュゥべえは、何を考えてるの?」

未来QB「何って、いろんなことさ」

魔まどか「そうじゃなくて……、あなたは、この世界で何をするつもりなの?」

未来QB「話したじゃないか。僕は君をサポートしに来たと」

魔まどか「それは知ってる。でも、それだけじゃないんでしょ……。だってあなたは、ずっと動いてた」
魔まどか「わたしがみんなから離れて、絶望して……、自分の運命に気付くように、ずっと誘導してたんだよね」
魔まどか「別にいいんだよ。それが、誰かを傷つける様な目的じゃないなら……。ないんだよね?」

未来QB「絶対に誰も傷つけたりしない。むしろ、マミやまどかのためになることさ」
未来QB「けど、この世界で僕に出来ることは限られている……、きっと何も出来ずに終わるだろうけどね」


669 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/07(土) 00:38:32.69/hiQhNCDo (4/6)




家に帰った時にはもう日付が変わっていた。部屋の電気はついていなかった。
リビングのテーブルの上にはラップに包まれた夕食と、パパの書き置きがあった。
パパはもう眠っちゃったんだろうな。わたしは溜め息をついて、テーブルの椅子を引いて座りこんだ。

暗闇の中で三十分過ぎた。わたしは食欲が無くて、夕食には手を付けていなかった。
明日になったら、全ての決着がつく。ワルプルギスの夜に勝つか負けるか。どっちにしても、わたしは終わるらしいけど。
それでも何もせずに諦めるつもりは無い。この世界もわたしの守りたい世界だから。わたしはわたしのために戦う。

玄関の扉が開く音がして、わたしは思わず立ち上がった。ママが帰って来た。
流しの蛇口から一滴垂れて、音を立てる。青い静寂の中で、やけに大きく聞こえた。

ガチャ

廊下のドアが開く音。「ただいまぁ~」と入って来たのは、酔っぱらった様子のママだった。
「おかえり、ママ」わたしは小声で言った。ママは聞こえなかったように歩を進めて、わたしの対面に座りこんだ。
「あれ、まどかじゃんか……、こんな時間まで夜更かしかい?」ママは眉をひそめたけど、すぐにだらしなく笑った。

詢子「まあいいや……、ちょうどいいや……、聞いてくれよー……」

魔まどか「また、お酒に付き合わされたの?」

わたしが言うと、ママは何度もうなずいた。「わたしもママと一緒にお酒飲んでみたいな」さらにわたしは言った。
「あー、わかった……、ちょっと待ってなよ」だいぶ酔ってるらしく、ママはそう言って立ち上がろうとした。

魔まどか「ママは座ってて。わたし、取ってくるから、一緒に飲もう?」

わたしは立ち上がって冷蔵庫に向かい、缶やビンに入ったお酒(種類が分からない)をいくつか見繕う。
「まどかー」とママが潰れたような声で言った。「やっぱダメー……、まだ中学生じゃんー……」

魔まどか「ちゃんとジュースも持っていくからー」

わたしは適当に答えた。もちろん手にはアルコールしか持っていない。
どうせ魔法少女の身体だし、アルコールくらいどうってことないだろう。

グラスを二つ取って、同じものを注ぐ。一度ママと一緒にお酒を飲んでみたかったのは本当だった。
本当は、ちゃんと大人になってからが良かったけど、もうそれは望めないかもしれないから……。


670 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/07(土) 00:39:01.89/hiQhNCDo (5/6)


わたしはテーブルに戻り、ママの前にグラスを置いた。「わたしのはオレンジジュースだよ」と念を押す。
どうせ暗がりだからはっきりと分からなかった。それにママは酔っていて、よく見てもいなかった。

わたしたちは乾杯をした。

飲みこんだ液体は、のどの焼けるような味がした。正直おいしくなかったけど、嬉しかった。
「おいしいね」とわたしは言った。ママは一口飲んでから顔を上げなかった。「まどかー……」声が漏れていた。

詢子「まどかー……、こんな夜更かしして……、また、遅くまで遊んでたのかい?」

魔まどか「ごめんなさい、ママ。遊んでたわけじゃないんだよ……」

詢子「こないだは……、とーり魔にも……、あたしゃ……、ねえまどか」

魔まどか「遊んでたわけじゃないんだよ」

詢子「じゃー……、何してたんだよー……」

魔まどか「この街を守る魔法少女として、悪い魔女を倒してたんだよ」

わたしは急激に顔が火照ってくるのを感じながら、またグラスに口をつけた。
ママはまだ一口しか飲んでいなかった。顔を上げず、わたしの言葉に返事もしなかった。
「寝ちゃったの?」とわたしは声を掛けた。ママはゆっくりとグラスを持ち上げて、勢い良くあおった。
グラスをドンと置き、溜め息をついて、ママはささやくように言った。

詢子「まどかは……、あたしの娘だから」
詢子「どうせ……、自分の生き方曲げれない……って、分かって、る」
詢子「けど……、まどかは……、やっぱりあたしの娘だから」

わたしは胸が熱くなるのを感じた。お酒のせいだけでは無かった。
ママの目に光るものを見て、わたしもこみ上げてくるものを感じた。わたしは聞いた。

魔まどか「まどかが二人いても大丈夫かな」

詢子「二人でも、三人でも……、まどかはうちの子だ」

わたしは泣いていた。嗚咽を押さえられない。最近は本当に、泣いてばかりだった。
わたしはごまかすようにお酒をあおった。グラスを両手で置き、深い息を吐き出す。

魔まどか「ママ……、この間、病院で、ひどいこと言ってごめんなさい」
魔まどか「どうかしてた……わたし。わたしのママは、ママしかいないのに。わたし……っ!」

詢子「あー、もう泣くんじゃない……、いいから、辛い時は飲むんだよー……」

魔まどか「これはオレンジジュースだもん……っ!」

わたしはグラスを空にして、すぐに二杯目を注いだ。


671 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/07(土) 00:39:33.90/hiQhNCDo (6/6)

今日はここまで。次回最終回です


672以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/07(土) 06:52:21.53pW+Sk/KBo (1/1)

(・ω・`)乙  これは乙じゃなくてポニーテールなんだからね!


673以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/07(土) 08:38:43.63dU8wKeZEO (1/1)

マミ「鹿目さん母娘は二日酔いの理に導かれたのよ」


674以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/08(日) 22:39:05.99TIsWhPTAO (1/1)

正座待機


675 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:02:00.27F4ka5Cmio (1/11)




雷雲が渦を巻き、見滝原を覆い尽くす。
付近の住民には避難勧告が出されていた。学校は当然休みだった。
避難所には勧告が出る前から多くの人々が集まり、来たる災害に備えていた。

午前中にもかかわらず真っ暗になった、川沿いのランニングコースに立つ。
風に木の葉が舞い、川面を揺らして行く。それを見つめる四人の魔法少女たち。
雷鳴がとどろき、鼓膜を震わせる。ほむらは振り返り叫んだ。「時間よ、配置について!」

お互いに声を掛け合い、さやかと杏子、マミは別々の方向に散って行った。
ほむらは目の前で揺れる水面を見つめる。その一際大きく揺れる瞬間を待っている。

水面が大きく波打つ。

ほむら「さあ、かかってきなさい!」


676 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:02:32.80F4ka5Cmio (2/11)




避難所の中は落ち着きが無かった。みんなが寄りそい、不安に苛まれる中、
まどかはひとり、家族のもとを離れ、キュゥべえと向かいあっていた。
一面ガラス張りの、外に見える景色は、荒れに荒れていた。まどかは言った。

まどか「前にキュゥべえに言われたの……、わたしとは契約できないって」
まどか「でもこうも言われたの」
まどか「次にわたしがそうしたいって言ったときは、きっと喜んで応じるだろうって」

手すりの上に乗り、外を見つめるキュゥべえは、「それはこの僕の言った事じゃないね」と言った。
まどかは「やっぱり」とうなずいた。「あれは未来から来たキュゥべえだったんだ。それじゃあ……」

まどか「もし今、わたしが契約したいって言ったら……、どうする?」

キュゥべえはゆっくりと振り向いた。まどかの顔は真面目だった。「もちろん契約に応じるさ」
荒れる外の景色に目を戻して、キュゥべえはあっさりと答えた。まどかは言った。

まどか「でも、その前に聞かせて……、あなた、もう全部知ってるんだよね?」
まどか「もう一人のわたしが消えちゃうこと、その理由とか……」

キュゥべえはうなずいた。まどかはぐっと拳を握りしめた。

まどか「じゃ、もしわたしが契約したら、あの子を救うことが出来ないかな?」
まどか「つまり、わたしのと合わせて、この世界にソウルジェムが二つあれば――」

QB「――この世界に流れ込む絶望の処理能力も二倍。絶望が漏れだすことは無くなる……、ってことかい?」

まどかはうなずいた。キュゥべえはしばらく黙りこんでいた。「ねえ、どうかな?」まどかは答えを迫った。
キュゥべえはゆっくりとかぶりを振って答えた。「たぶん無理だね」
「――ど、どうして!?」まどかは思わず詰め寄った。

QB「この絶望の連鎖は、契約したまどかを介してつながっていくんだろう?」
QB「契約したまどかが二人いれば、流れ込む絶望の量も二倍になる。そう考えるのが妥当だろうね」

まどかは絶句した。
しかしぐっとこらえて、また口を開く。

まどか「……そんなこと、どうして分かるの?」

QB「別に分かっちゃいない、ただ推論を述べただけさ。……何なら、試してみるかい?」


677 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:03:33.04F4ka5Cmio (3/11)




戦場から遠く離れた街外れの公園に、未来から来たまどかとキュゥべえはいた。
ワルプルギスの夜を強化してはいけないからということで、彼女はまだ参戦できずにいた。
今は彼女を除く四人が必死の戦いを繰り広げているはずだ。
彼女たちだけで片付けば、それで良し。でも万が一、避難所まで追い詰められた場合には――。
最終手段として、まどかが参戦することになっていた。

未来QB「ここからじゃ、状況が良く分からないね」

魔まどか「魔女は大きくて目立つけど……、ほむらちゃんたちまでは見えないね」

魔女の周囲で立て続けに起こる爆発が、ほむらの無事を伝えている。
魔女は時折動きを止め、後退して、また反撃の動きを見せる。しかし細かい動きまでは分からなかった。
まどかは溜め息をついて、公園のベンチに腰を下ろした。「ねえ、キュゥべえ」

魔まどか「みんなには悪いけど、わたし抜きじゃ、あの魔女には勝てないよ」
魔まどか「もうじきわたしは、戦いに行くと思う。避難所を襲わせるわけには、絶対にいかないから」

キュゥべえは何も言わなかった。
無人の公園に吹き荒れる風が、ブランコを揺らし、砂場をならしていく。
「ねえ、キュゥべえ」と、またまどかは言った。

魔まどか「キュゥべえは、どうしてこの世界に来たの?」

未来QB「もう何度も話したじゃないか、僕は――」

魔まどか「ごまかさないで。わたしはもうこの世界から消えちゃうんだよ?」
魔まどか「せめて、聞かせてよ。誰にも言わない……、言う暇だって無いよ。だから、ね、教えてよ」

まどかは身を乗り出して、キュゥべえの目を見つめた。しかし彼は言った。
「ごめんまどか、無理だよ」キュゥべえは戦場を見つめていた。「もうそんな時間は無い」

まどかも振り返って見た。
ワルプルギスの夜が避難所に迫っていた。


678 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:04:13.98F4ka5Cmio (4/11)




縦横無尽に張ったリボンの網を引きずるように、ビルの間からまろび出る。
通りの両側に立つビルが、張られたリボンに引かれて倒れる。しかしビルは空中で静止した。
そのまま重力に逆らうようにして、魔女の周りに対空する。無茶苦茶な光景だった。

マミ「もう限界よ! あとは避難所まで一直線だわ!」

叫ぶマミ、ビルの上を跳び移りながら、リボンの網を練り上げようとする。
その周囲を影が覆った。見上げたマミの上に、巨大な天井。「マミ逃げろ――――ッ!!!」
巨大なビルが落着し、衝撃波がリボンを引き千切った。無数の窓ガラスが砕け散っていく。
壮絶な質量のぶつかり合いが、次第にゆっくりとした地響きとなり、瓦礫の雨を降らせていく。
その中から、青い軌跡を引いて、さやかが飛び出した。その腕にマミを抱えて。さやかは叫んだ。

さやか「ほむら! ほむらはどこ!?」

ほむら「こっちよ! みんな避難所へ! 撤退してっ!!」

杏子「はあ!? なに言ってんだ、仕掛けはもう全部使い切ったんじゃないのかよ!!」
杏子「それともまだ何かあんのか!?」

ほむら「もう何もないわ!!」

さやか「あぁっ!?」

さやかの足が地面を離れた。振り向いたさやかの視界いっぱいに、ワルプルギスの夜。その不気味な笑顔。
「ちっ……!!」重力圏に捉えられたさやかは、しかしすぐにそこから引きずり出された。
「美樹さん、手を離さないでね!!」マミのリボンが電柱に巻き付き、二人を牽引していた。
着地。そして走る。魔女の笑い声が背後に迫ってくる。「急いで!!」ほむらが叫んだ。
そのほむらも二人の敵を相手にしていた。ワルプルギスの使い魔らしき影の攻撃を避けて、「もう少しだから!」
杏子の槍が使い魔を貫く。さやかとマミが二人のもとに駆け込む。そして。

まどかとワルプルギスが空中で激しく衝突した。

まどかは杖のような形の武器を叩きつけていた。魔女は一瞬静止し、次の瞬間、後方に吹き飛ばされた。
大通りを勢いよく後退し、ようやく踏みとどまる。まどかは地上に降り立った。「ほむらちゃん、みんなを中に」

魔まどか「わたしが終わらせるから」


679 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:05:55.72F4ka5Cmio (5/11)




遠く離れた公園で、キュゥべえは戦場を見つめていた。
その背後に気配を感じて、彼は振り返る。「こんなときに、僕に何の用だい?」

QB「さっきまどかがした質問の答え、僕も気になってね。良ければ聞かせてくれないか」
QB「君はどんな目的で、この世界に来たんだい?」

未来から来たキュゥべえは深いため息をついた。「一応話は聞いてやる、って訳だね」
彼は振り返り、向かいあった。そして話し始めた。

未来QB「最初は、大した理由じゃ無かった。契約したまどかを介して続く絶望の連鎖を、観測するのが目的だった」
未来QB「だから僕は彼女をサポートする必要があった。つまり、彼女は貴重なサンプルだったからね」
未来QB「でもだんだんと事情が違ってきた。僕自身のことだ。何しろ僕はこの世界では孤立した存在だったから」
未来QB「自分だけの身体と、自分だけの目的を持った僕が感情を持つようになるまで、時間はかからなかった」

QB「その事はもう知ってるよ。僕が聞きたいのは――」

未来QB「まあ黙って聞いてくれ。尋ねてきたのは君のほうじゃないか」

未来QB「さて僕はまどかを誘導した。彼女が一人ぼっちになるようにね」
未来QB「彼女が孤立して、この世界への執着を失くすことで、絶望はより強く流れ込むと考えたからだ」
未来QB「そして彼女が完全に孤立したとき、世界が塗り替わり、あの強力な影の魔女が誕生した……」

QB「それも知ってる。だから結局なんなんだい?」

キュゥべえたちはただ結論だけを求めていた。
未来から来たキュゥべえはイライラしたように言った。「絶望が希望に変換されるんだよ!!」

未来QB「それがどれほど素晴らしいことか、分からないのかい?」
未来QB「魔女の潤沢なエネルギー量を、君たちも分かってるはずだ。それを全部変換したら――?」
未来QB「間違いなくソウルジェムシステムは変わる。もう魔法少女を魔女にする必要すらないかもしれない!!」
未来QB「世界を越えて、魔女の絶望が、別の宇宙を救うんだ。全ての魔女は報われ、この世から絶望は消える!!」

キュゥべえは叫んだ。彼は興奮していた。今までにないことだった。
しかし周囲を囲む"キュゥべえたち"は冷淡だった。

「別の宇宙だって? そんなもの救って何になるんだい?」「この宇宙のエネルギーが目減りするだけじゃないか」
「そもそも破綻してるよ。あのまどかですら絶望を処理しきれないのに」「この星を食いつぶすつもりかい?」
「人類も魔法少女もお終いだ」「そもそも他の宇宙のことを考えるのが異端」「異端」「異端」

キュゥべえたちは一斉に襲いかかった。たった一つのチーズに群がるねずみの群れのように。
風がざわめき、砂場を平らにならしていく。彼らが集まり、そして離れて行くと、もうそこには何も残っていなかった。


680 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:07:54.04F4ka5Cmio (6/11)




雲の隙間から光が差し込む。青空が顔をのぞかせ、黒雲を散らして行く。
雲が晴れ、間もなく見滝原から夜は去った。時刻は正午。天気は快晴。心地よい風が頬を撫でる。

「まどか―――――っ!!!」

呼ぶ声がこだまする。避難所から飛び出て、荒れ果てた通りを走る。通りの中央でまどかは倒れていた。
ワルプルギスの姿はどこにも無かった。まどかはすっきりした表情で、青空を見上げていた。「やった……」
その口元に笑みが浮かぶ。みんなの顔が一斉に集まる。「まどか!」「鹿目さん!」「大丈夫!?」
まどかはニッコリと笑った。「みんな、わたしやったよ」

しかし彼女は起きあがることが出来なかった。
「ええ、あなたは本当によくやってくれたわ」ほむらは彼女のそばにひざまずき、その身体を起こした。

マミ「この街のみんな、あなたに救われたわ……、本当にありがとう」

杏子「本当だぜ!」

さやか「本当に……っ!!」

さやかが声を詰まらせ、みんなが黙りこんだ。まどかの姿が薄れ始めていた。
まどかは自らの手を太陽にかざし、うっすらと微笑んだ。日の光は彼女の手を素通りしていた。

魔まどか「みんな、本当にありがとう。みんなのおかげで、わたし、この世界に来て良かったと思えた」
魔まどか「絶望なんかしてない。契約して良かった、この世界で……、みんなを救うこと出来て、本当に良かった」
魔まどか「だから、ありがとう」

だれも、何も言えなかった。まどかだけがニッコリと笑っていた。
晴れた空から降る光が、彼女を照らしていた。ほむらの手はまどかの身体をすり抜けた。

「みんな――――――っ!!!」

まどかの声が、遠くから響いた。この世界のまどかが、こちらに駆けてくるところだった。
彼女はすぐに来て、息を弾ませながら、今にも消えそうなまどかの隣に座りこんだ。
消えるまどかは、突然目をうるませた。笑顔が崩れそうになる。しかしまどかは言った。

まどか「もう大丈夫だよっ」

消えるまどかは、目をパチクリさせた。力強く笑うまどかは、彼女に言った。「泣く必要なんて無いよ」
消えるまどかは、流れる涙を手でぬぐった。そして笑った。

まどか「わたしたち、これからはずっと一緒だから。あなただけいなくなるなんてことは無いから」
まどか「だってわたしたちは、おんなじ鹿目まどかだもん。――そうでしょ?」

魔まどか「あなたは……」

再び涙が溢れ、まどかはうつむいた。その姿はもう本当に消えそうだった。
「まどか!」ほむらが手を伸ばした。まどかはその手を取ろうとした。その手がすりぬけて。

まどかは消えた。


681 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:08:43.32F4ka5Cmio (7/11)

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682 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:10:01.84F4ka5Cmio (8/11)




沈黙が世界を埋めていた。

ほむらは手を伸ばしたまま呆然と固まり、その肩にそっとマミが手を置いた。さやかと杏子は静かに目を見交わしていた。
ほむらは手を握りしめ、ゆっくりと下ろした。マミが小さく鼻をすすった。さわやかな春風が吹きぬけて行った。
まどかはうつむいて、肩を震わせていた。その震えが止まらず、どんどん激しくなっていく。どんどん激しく――。
マミが気付き、何か声を掛けようとした。その瞬間。


まどか「――あっははははは!!」


まどかの高笑いが沈黙をぶち破った。

ほむらでさえビクッと震えた。まどかは座りこんだまま、空を見上げて大笑いしていた。
大きく開いた口を隠そうともせず、お腹を抱えて、涙までこぼして。
全員が呆然としてまどかを見つめていた。その真ん中で、ようやく口を開くまどか。
まだ笑いながら、「みんな、おっかしいなあ……っ!」と涙を拭いて。彼女は衝撃的なことを言った。

まどか「みんな、わたしが消えちゃったみたいにしてるんだもん。違うって言ってるのに」
まどか「わたしは消えないんだってば。もう、みんな、いつまで勘違いしてるのかなあ?」

ニッコリと笑うまどか。ほむらたちは顔を見合わせた。
「何言ってんのよ、あんた」さやかが口を開いた。「いま、あの子はあたしらの目の前で――」

まどか「――消えたよね。でも、これを見て」

まどかは制服のポケットから何かを取りだした。桃色の輝きを放つ宝石。
それはまどかのソウルジェムに他ならなかった。彼女はニッコリと笑い、一同は混乱した。

さやか「え、なに、どういうこと? なんであんたがそれを持ってるの?」

マミ「まさか、鹿目さん、あなた契約しちゃったんじゃ――」

杏子「おいっ、何してんだよ!? せっかくアイツが犠牲になったのに、それじゃ――」

まどか「よーく見てよね」

ますます笑みを深めながら、まどかはソウルジェムを持つ左手を高く上げた。
「あっ……」と声を漏らしたのはほむらだった。

ほむら「指輪の形のソウルジェム……、おかしいわ。それじゃ二つってことに」

まどか「正解。わたし、ソウルジェムを二つ持ってるんだよ。これ、どういう意味か分かる?」

ほむら「もういいわ、まどか。ちゃんと説明してちょうだい。私、どうにかなりそう」

頭を押さえて、耐えかねたようにほむらは言った。
「ごめんごめん、分かったよ」まどかは笑いながら言った。

まどか「わたし――、えっと、魔法少女じゃなかったほうのわたしだけど」
まどか「わたしはさっき、避難所でキュゥべえと契約したの。"ある願いごと"をしてね……」

さやか「もったいぶるんじゃない!」

まどか「もう、みんな恐いよー……。だから、こう言ったの」
まどか「"もう一人のわたしの魂をソウルジェムから離して、わたしたちを一人のまどかにして"って」
まどか「だからソウルジェムは二つあるけど、わたしたちは二人で一人のまどかになったの」
まどか「言ってる意味、わかる?」


683 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:10:37.28F4ka5Cmio (9/11)


二つのソウルジェムを持つまどかが、困ったように笑っていた。
全員ポカンとしていたが、やがてほむらが口を開いた。「……質問してもいいかしら?」
まどかは「何でも聞いてよ」と言った。「じゃ、聞くけど」

ほむら「この世界にあなたが来て、初めて私と出会った場所は?」

まどか「そんなこと? えーと、通学路だったね。いきなり塀に叩きつけられて、びっくりしたよー」

ほむら「私が学校に行ってる間、あなたは家で何をしてた?」

まどか「だいたいは掃除だねー」

ほむら「私と一緒に暮らしてて、あなたが一番許せなかったことは?」

まどか「ご飯がテキトーだったこと!」

まどかは全て完璧に答えた。ほむらの質問は打ち止めだった。「本当に……、あなたなのね?」
「そうだよ」まどかはニッコリとうなずいた。

まどか「わたしも驚いてるの。さっきまで本当に消えると思ってたから」
まどか「あ、それは魔法少女だったほうのわたしが、ってことだけど」

ほむら「……もう、よく分からないわ」

ため息混じりに言いながら、しかしほむらは笑っていた。
このまどかの中には、今まで二人だったまどかが共存している。それは認めざるを得なかった。

まどか「ソウルジェムが二つ。でもわたしは一人。だから流れ込む絶望をちゃんと処理できるようになったの」
まどか「ただ契約するだけじゃダメだったの。わたしが二人いたら、絶望も二倍だからね」
まどか「わたしが一人じゃないとダメだったの。まあ、わたしたちは元々おんなじまどかだったから」
まどか「そんなにおかしな気分じゃないよ。すこし記憶はこんがらがってるけどねー……」

マミ「……ハッピーエンドってこと?」

マミは杏子に聞いた。「あたしに聞くなよ」そう言ってさやかを見る。「あたしだって知らないわよ」
ほむらはフッと笑った。目を閉じて、「まどかが笑ってるから、きっとハッピーエンドだわ」

まどかとほむらは立ち上がった。
さっきまで無人だった通りにはすでに人通りが出来ていた。
避難所が解放され、人々が復興に向けて動き出す。その中で、彼女たちも見上げていた。
やたらとまぶしい光を振りまく太陽と、明るい青空を。


684 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:11:24.98F4ka5Cmio (10/11)


~エピローグ~



真夏の日差しに耐えかねて、わたしは仕方なく目を覚ました。
「まどかー、さやかちゃんが迎えに来てるよ」パパの声をドア越しに聞いて、わたしは跳ね起きた。
時計を見ると、時刻は九時。「やだ、寝坊しちゃった!!」
わたしは叫んで、慌てて服を着替えると、そのまま外に飛び出した。

さやか「まどかー!! 暑いんだから早く来なさいよ!! 殺す気かー」

まどか「ごめん!! 寝坊しちゃって」

さやか「……ていうかあんた、荷物はどうしたのよ? どこ行くか分かってんの?」

まどか「え、えーと……? あ、そっか、水着!!」

さやか「早くして!!」

まどか「ごめーん!!」

わたしは慌てて家に戻ると、カバンにプール用具を詰め込んで、玄関に舞い戻った。
「お待たせ」とわたしが言うのも待たずに、さやかちゃんはわたしの手をつかんだ。

さやか「みんなもうバス停で待ってんだから!! 急がないとあたしらだけ置いてかれるよ!!」

まどか「えーっ!! そんなのひどいよーっ!!」

アスファルトが照り返す、真夏の日差しが突き刺さる。前を行くさやかちゃんに手を引かれて。
今日はみんなでプールだ。魔法少女のことは忘れて、目いっぱい遊ぼう。不真面目? そんなことない。
だってわたしたちは中学生で、夏休みはまだ始まったばかりなんだから。


685 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/09(月) 23:17:02.81F4ka5Cmio (11/11)

これにて完結です。一日置いてから依頼を出そうと思います。
本当に長い間お付き合い頂きありがとうございました。
これほどしつこく書き続けられたのは、魅力的な原作世界とみなさんのレスのおかげです。
ありがとうございました。



686以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/09(月) 23:28:01.09AiqeJ5Rvo (1/1)


この更新速度で完結する作品は本当に少ないので
正直いつエタるかヒヤヒヤしっぱなしだった


687以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/09(月) 23:57:10.664G7VBtE9o (1/1)

乙!乙!乙でした!
長いこと追ってきた甲斐はあったようだ


688以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/10(火) 00:01:48.32GHuvZ4hVo (1/1)

最後まで珍展開だったな


689以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/10(火) 00:13:48.09oD1U5bItO (1/1)

もっとドロドロした展開になるかと思ったらわりかし普通だった


690以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/10(火) 03:19:59.94N6FZYQ4AO (1/1)

内容もだけどこの更新頻度で良く書ききったな。
乙でした。


691以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/10(火) 17:04:41.207ADsa/RAO (1/1)

乙彼様
二人のまどかに感情有QBとありがちな素材から結構ドロドロに書き切った。
未来QBだけ不幸に終わっちゃったな。絶望から希望への変換を見た感動を誰にも伝える術無く。まどか達は未来QBがいつの間にかいない事にも気づかないのか…



692以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/10(火) 20:59:50.01kHLr3lg50 (1/1)


面白かった


693以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/10(火) 22:19:34.28P5pNP3LHO (1/1)

何か打ち切りみたいに急に終わった印象を受けるな


694以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/11(水) 07:32:47.45O/WuR+Wxo (1/1)

エタらずに完結したことだけは評価するけど内容は別に…って感じのSS


695以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/11(水) 18:13:59.30pcYqLWNho (1/1)

乙乙


696以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/12(木) 03:02:46.76ceCwx0lDo (1/1)

乙。賛否両論あるみたいだが、なかなか面白かったよ


697 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/12(木) 10:03:42.87J9C0r5qvo (1/2)

たくさんのレスありがとうございます。投下中のレスはあえて我慢してたので最後くらい全レスしてみる

>>686 御心配おかけしてすみません。一度やらかしてるので今回は是が非でも完結させるつもりでした
>>687 長い間ありがとうございました
>>688 褒め言葉です
>>689 普段どんだけドロドロしたの読んでるんです?
>>690 ありがとうございます。やっぱり定期更新が大事ですね
>>691 「夏休み」とあるようにエピローグはしばらく経ってからのことなので、その前に未来QBの死は知って悲しんでもいると思います
>>692 もっと言って!
>>693 最後は完結を焦ったかも?終盤は見えている展開なのでペースを早めたというのもあります
>>694 最後まで読んでくれてありがとうございます
>>695 もっと言って!
>>696 もっと!


698以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします2015/02/12(木) 10:21:54.16YQyLIiqVo (1/1)



で次回作は?


699 ◆D4iYS1MqzQ2015/02/12(木) 10:37:40.63J9C0r5qvo (2/2)

>>699 まだ全く未定ですけど、もっと短いもので、なぎさちゃん主役のとかどうかなあ(てきとう)