707 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:41:03.73FUroUssSo (8/17)


ミュウツー『あ、ああ……いや、「しゃんと」……はしているつもり、なのだが……』

バシャーモ「ぼーっとしとったやないの。なんや具合悪いんかな思とったんよ」

ミュウツー『か、考えごとをしていただけだ』


必死に反論を重ねていく。

あまり、旗色はよくなかったが。


バシャーモ「なに考えとるんか、知らんけど」

バシャーモ「頭で考えとったら、あきまへんえ」

ミュウツー『……』


眉間に皺を寄せる。

彼の言う意図がよくわからない。

その上、どういうわけか、なんとなく素直に聞く気になれなかった。


ミュウツー『考えるのが……悪いのか?』

バシャーモ「ダゲキはんもあんたも、ジュプトルはんもおんなしやね」

バシャーモ「頭つこうて考えるから、苦しいんどすー」


語尾を伸ばして言うバシャーモの言葉に、ミュウツーはなんとなく切り捨てられたような気分になった。

しかも、あの連中とひとまとめにされて。

ミュウツーは大した意味もなく、言い返し続けた。


ミュウツー『何かを判断するとき、何かを決めるとき、考えずに結論を出すことはできない』

ミュウツー『頭で何も考えずにいることなど……』

バシャーモ「まあ、それでどうしたらええか、わかるんやったら、ええけどね」


バシャーモは、肩を竦めてみせた。




708 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:43:13.23FUroUssSo (9/17)


バシャーモ「頭で考えてナンとかなるもんと、そうはならんもんがあるやろ」

バシャーモ「考えてどうもならんのに、考えてなんとかしようとして、どないしまんの」

ミュウツー『……』

ミュウツー『……わからない』

ミュウツー『ああいや、貴様の言うことを否定しているわけではない』

ミュウツー『どうにも、その話がなるほどと受け入れていいものなのか、判断できないだけだ』

バシャーモ「そやったら、『考えて』みたらええやないの」

ミュウツー『む……』


彼の声には、どこか呆れたような響きがあった。

食い下がっていることを悟られたようで、ミュウツーはやけに疚しい気分になる。

だがバシャーモは特に気にかけるようすもなく、再び口を開いた。


バシャーモ「なんや、うちとあんたばっかり、話しとるな」

クルミル「キュ?」

バシャーモ「用があるんは、この子やのに」


そう言うと、バシャーモは足元で待ちくたびれているクルミルに目を向けた。

クルミルはバシャーモを見上げる。


ミュウツー(……理解できているのか?)


バシャーモはクルミルと視線を合わせたまま、ミュウツーの方を顎で示す。

そして、自分は話が済んだとでも言わんばかりに、数歩下がった。




709 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:44:34.97FUroUssSo (10/17)


クルミル「キュッ……ピューイ」


自分の番がきたと認識したらしく、クルミルはキィキィとした鳴き声を上げた。

何かを必死に伝えようとしている“らしい”ことは伝わってくる。

正確な内容など、当然わかるはずもない。


クルミル「キュー、キュキュイ、ピュキィ!」

ミュウツー(……わ、わからない)


だが、大雑把な『気持ち』のようなものは不思議とわかるような気がした。

どうやら、糾弾しようとか、こちらの非や落ち度を責めようとしているわけではないらしい。

どちらかといえば、何かを頼もうとしているとか、機嫌を伺っているように思えた。

いずれにせよ、一生懸命に話してくれている中身があまり通じているとは言いがたい。

それだけは、こちらからどうにかして伝えなければならないだろう。

はたしてテレパシーで用が足りるだろうか。


ミュウツー(気は進まないが、しかたない)

ミュウツー(チュリネがいれば、通訳してもらえるのだが……)


ミュウツーは、意識をクルミルの“中”に向ける。


――ごめ……さ……


クルミルの、声として響くことのない声が、たくさんの『音』にまぎれて聞こえた。




710 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:46:14.73FUroUssSo (11/17)


目の前がちかちかする。

自分や相手の記憶と意識が幾重にも積み重なり、さざ波のように行き交っている。

静かなようでいて、騒々しい。

自分以外の誰かの心を視る時は、いつも滝壷に飛び込んだような衝撃が襲う。

こちらから発信するだけのテレパシーならば、その負担はない。

ミュウツーが誰かの心を覗くことに抵抗を覚えるのは、そのためだった。

命ある者は、常に何かを思っている。

往々にして、自分自身ではそのことを意識すらしていない。

頭の中、身体の中を電気が駆け巡り、肉体を動かし、心を心たらしめている。


その濁流の中に、クルミルがミュウツーに向けて発する『意思』がぽつりと見えた。


――ごめんなさい

――いやと、おもうもの、みせて、ごめんなさい


総合すると、クルミルが言いたかったことは単純だった。

先日、あの光景を見せてしまって申し訳なかった。

普段はあのような光景を誰かに見せることはないし、誰も見たがらない。

いつもならば、互いに不快な思いをしないため、過度に干渉し合わないようにしている。

それは、知っての通り共食いという行為そのものを、『よそもの』連中が好まないからである。

同時に、自分たちにとっては当然の習慣といえど、見世物ではないからでもある。

悪く思わないでほしい。

そういう話だった。




711 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:48:38.28FUroUssSo (12/17)


断片的な『気持ち』を拾う。

クルミルの『意思』は、音もなく渦巻くクルミル自身の思考の中でぱちぱちと弾ける、火花のようなものだった。

肯定的なのか否定的なのか、そのニュアンスを拾い上げる。

火花の色が青いか、あるいは赤いか、そういう違いを『視る』。

今のミュウツーにできるのは、そんな程度のことだった。

使い慣れれば、もう少し具体的に何かが見えてくるのかもしれないが。

だから、たったこれだけの内容を理解するのに、ずいぶんと時間を要した。


我々は決して、森に流れつき、ここを新たな棲み家として暮らす者たちを排除したいわけではない。

ただし、森にもともと棲んでいる者たちの領域を侵害しないでほしい。

クルミルは、そうも言いたいようだった。


ミュウツー(要は、そういうことか)


――けんかしないで くらすのに、だいじなこと


かつてダゲキが話していたのは、このことだったようだ。


ミュウツー(もともと棲んでいるものたちの、領域を侵さない……)

ミュウツー(なるほど、その観点で言うと洞窟での私は……相当ひどいものだった、ということだな)

ミュウツー(……)

ミュウツー(あそこにも、私が来るより前から暮らすポケモンがたくさんいた)

ミュウツー(そこへ、私のような存在が突然やってくるというのは……)

ミュウツー(あまり気分のいいものではないだろうな)

ミュウツー(しかも勝手に棲みつき、勝手にものを食い、連中の生活を侵害したわけだ)

ミュウツー(……いや、あの苔は本当に不味かったが)

ミュウツー(まあ、あれでは遠巻きにされても、当然ということだな)




712 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:50:23.49FUroUssSo (13/17)


色違いのクルミルを見る。

クルミルは大きな目でこちらを見上げ、謝罪と協定に対する返答を待っている。

言葉で言っても伝わる保証はないからと、ミュウツーは黙って頷き、それを返答とした。


クルミル「ピュキー!」


ひときわ高い声で鳴き、クルミルは頭をぱたぱたと振る。

どうやら、『話はわかった』ということだけは、きちんと伝えることができたようだ。

ミュウツーは安堵した。

手段としては好ましいものではなかったが。

クルミルはいくつもある足で、にじるように方向転換し、茂みの中へと去って行った。


バシャーモ「よかったやないの、話ついて」

ミュウツー『……うむ』


『よかった』と言われたものの、いい気分ではなかった。

誰かの心を読むことに、自分のちからを使った。

そういう使い方を最後にしたのは、人間の所有物だった頃のことだ。

無意識に、いや意識的に忌避していたのかもしれない。

二度と踏み込まないようにしていた領域に、いま一度手を触れてしまった。

大したことではないが取り返しのつかない、そういう禁忌を侵してしまったような気になった。


バシャーモ「なんやの、たっぱあるんやから、背筋伸ばしなはれ」

ミュウツー『たっぱ……とは何だ』

バシャーモ「背ぇのことやわ。別にこれ、エンジュだけの言葉とちゃいますえ」

バシャーモ「さっきクルミルちゃんも言うたはったかもしれんけど」

バシャーモ「ここ、ほんまによそもんが来ても楽しいとこやおへんよ」

バシャーモ「こんなとこまでわざわざ、なにしに来はったん?」

ミュウツー『それがわかれば、苦労はしない』




713 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:53:32.43FUroUssSo (14/17)


ミュウツー『……』

ミュウツー『貴様の言葉を借りるなら』

ミュウツー『「考えても仕方がないこと」なのか、そうでないのかを判断したかった』

ミュウツー『ここへ来て、きのみでも齧りながら時間を過ごせば、わかるような気がした』

バシャーモ「何がやの」

ミュウツー『誰かが死ぬとは、どういうことなのか』

ミュウツー『死んで、「いなくなってしまう」ことで、何がどう変化するのか』

ミュウツー『その「誰か」が、別の誰かにとってかけがえのない存在だったなら』

ミュウツー『「誰か」を失ってしまった誰かは……どうなるのか』

ミュウツー『私はこれまで……「何かを得る」という経験も、「何かを失う」という経験も、ろくにしたことがない』

ミュウツー『せいぜいが、この森に至ることで「自由」を得た……という程度だ』


この話をする時、ミュウツーは時おり誰かに声をかけられたような気分になる。

うしろに立っている、目には見えない見知らぬ誰かが、小さな声で肩を叩くのだ。


――そんなこと、ないよ


その声が幻であることは、誰よりもミュウツー自身が一番よくわかっている。

聞こえるはずのない声など、聞こえるはずもない。


ミュウツー『貴様は、そういう経験をしたことはあるか?』

バシャーモ「そやねぇ……」

バシャーモ「ああ、これや、これ」


そう言いながら、バシャーモは自身の左手をミュウツーに見せつけるように掲げた。

掲げられた左手、指の一本欠けた手をミュウツーも見る。


バシャーモ「これな、食いちぎられたんえ」

バシャーモ「そこだけ話してもええけど、順番に話した方がわかりやすいやろ」


バシャーモは懐かしいものでも見るかのように、自身の欠けた指を見ている。

それから、彼は思い出話を始めた。




714 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:55:59.23FUroUssSo (15/17)





“それ”はふわふわと気持ちよさそうに飛んでいる。

なぜなら、“それ”の眠りが妨げられたからだ。

なぜなら、誰かがちからを使ったからだ。


“それ”は、五感の外側で知覚した波の中に、自分自身とよく似た色合いのような何かを感じた。

空へ高々と昇り、はじけて消えていく花火のように、その伝わってきた痕跡が残っている。

まるで匂いのようで、“それ”は誘われるように飛び立った。


ただ単に興味を引かれた。

こんな波を放つ存在とは、いったい自分以外の誰なのか。

自分と、とてもよく似ている。

けれども、少し違う。

どこかが違う。

違う心の持ち主が、違う思いで放ったちからだ。


ふと、天を目指して伸びる枝が目に入った。






715 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 00:58:32.67FUroUssSo (16/17)





ひゅうと風を鳴らして、“それ”は枝を目指す。

木の枝にくるりと尾を巻きつけ、ぶら下がって『伸び』をする。

巻きつけた時に、木が揺れてしまったのだろう。

きいきいと声を上げながら、誰かが飛び跳ねて木を離れていった。

その声の方向に目を向ける。

すると、ポケモンたちが眼下を走り抜けていくのが見える。

一匹のポケモンが、かなりの高さから地面に向けて飛び降りた。


“それ”は、その光景を見て、また新しい遊びを思いついた。

不意に尻尾をほどき、重力のままにひゅるひゅると落ちてみる。

地面に衝突しようというまさにその瞬間、ちからをこめて身体をひねると、音もなく落下が止まった。

“それ”は首をかしげ、思ったほど面白くなかったことを残念がる。


そうだ、あの波を追いかけていた。

そう思い出し、“それ”は再び長い尾を風に遊ばせ、空高く昇った。

気持ちのいい風を受け、誰かの声のする方へ飛んで行く。

青い青い、広い空の中を。






716 ◆/D3JAdPz6s2014/02/13(木) 01:05:03.58FUroUssSo (17/17)

今回は以上です。

>>687
BW/BW2のゲーチス、かっこいいって結構本気で思ってる

>>688-692
ロケット団トリオ出てこねーから!(涙目)
ロケット団は真面目に、ピカチュウ追い掛けるよりニャース研究した方がいいと思う

>>699
投稿しようと思ってたら>>699来ててびっくりした!


京都弁(のような何か)が、たぶん無茶苦茶です
あくまで京都弁ではなくてエンジュ弁ということでご勘弁ください

次回も1~2週間後を目指します。
それでは、また。


717以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/13(木) 05:17:00.70m9MEPCRSo (1/1)

乙です


718以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/13(木) 08:37:02.56+NN3pVql0 (1/1)

おつおつ


719以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/13(木) 13:47:53.12lUeWLNeuo (1/1)

ポケモンにおける悪役としてはこの上ないほどに悪ではあるだろうが
それを格好いいと評することは些か難しい
そんな存在がゲーチス


720以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/15(土) 15:14:32.24s5MZg8Zyo (1/1)

追いついた
ポケモンは赤緑までしかやった事無いから
ポケモン出るたび調べながら読んでるわ
面白いのでガンバッテ


721以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/16(日) 20:39:47.74X2QbUOxKo (1/1)

おつ


722以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/02(日) 20:36:35.61TQwVzNpDO (1/1)

保守


723 ◆/D3JAdPz6s2014/03/03(月) 21:13:22.85InaTKEhko (1/4)

無事復活したんすね!
管理人の荒巻さんお疲れさまです

ホットケーキ食べて苦いコーヒー飲みながら推敲してきます
推敲終わったら、投稿します


724 ◆/D3JAdPz6s2014/03/03(月) 23:47:14.70InaTKEhko (2/4)

それでは、始めます


725 ◆/D3JAdPz6s2014/03/03(月) 23:53:48.81InaTKEhko (3/4)


『食いちぎる』。

彼の口から吐き出されたのは、決して穏当とは言いがたい言葉だった。

にも関わらず、バシャーモは涼しい顔をしている。

なんでもないことを、昨日の朝に何を食べたか話すのと同じような調子で言う。

ミュウツーは、そのちぐはぐさに不安を覚えた。


ミュウツー『食いちぎられた? 誰に?』

バシャーモ「知っとるかなぁ、ガブリアスいうポケモンなんやけど」

ミュウツー『知らない』


また、聞いたことのないポケモンの名前が出てくる。

自分が知っていたのは、ひょっとするとほんのごく一部でしかなかったのだろうか。

百種類以上を知っている、と思っていた。

だが、それは『二百にも満たない』というだけのことだったのか。


バシャーモ「ああ、そやろな。知らんでも別にかめへんよ」

ミュウツー『……そ、そうか』

ミュウツー(だが……)


違和感は、やはり拭えなかった。

こんな話には、怒りか、あるいはそれに似た感情が伴われるものではないのだろうか。

怪我をさせられたというのなら、尚更のはずだ。

ミュウツーは、“自分ならば”そうだろう、と想像する。


バシャーモ「座ってもええ?」




726 ◆/D3JAdPz6s2014/03/03(月) 23:56:50.50InaTKEhko (4/4)


ミュウツーが返答する間もなく、バシャーモはずかずかと隣までやって来た。

ミュウツーの腰掛ける倒木に腰を預け、地べたに座る。

ふう、と盛大に息をついてみせるさまが、どう見ても人間のようだった。

両脚を前に放り出し、指の失われた手を、実に愛おしそうに眺めている。


ミュウツー(こいつにも、きのみを渡すか?)

ミュウツー(……あ)


だが残念なことに、あれほど準備していたきのみは、もうひとつも残っていなかった。

いつの間にか両腕はずいぶんと軽くなり、手元も寂しくなっている。

ミュウツーがかじるイアのみが、最後のひとつになっていた。


ミュウツー(ジュプトルと話をしていたときに、ほとんど食べてしまったからな)

ミュウツー(いや、そもそも、自分ひとりで食べるつもりだったから……)


ミュウツーの内心をよそに、バシャーモは話を始めた。


バシャーモ「うちな、ここに来るずーっと前、ニンゲンとこにいてたんよ」

バシャーモ「それも、とーってもやぁなニンゲンとこ」

ミュウツー『そうか』


そこまではわかる。

いや、人間の言葉を理解できるという時点で、そこまでは自明なのだった。


ミュウツー『貴様がいた場所は、どんなところだった?』


まさか、自分のように研究所でデータを取られていた、ということもあるまい。

……そんな例は、稀だと思いたかった。




727 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:00:05.69L4x+tQr2o (1/17)


バシャーモ「なんや、えずくろしいとこやったな」

ミュウツー『え、えず……くろしい?』

バシャーモ「いやぁな感じのことやよ」

バシャーモ「見世物みたいにな、他のポケモンと戦うんやけど」


そう言うとバシャーモは目を細めた。

聞いたことのない表現ばかりが飛び出してくる。

その上、やけに不穏な響きのある形容が目立った。

これもエンジュという、彼にゆかりのある土地特有の言葉なのだろうか。

けれどもミュウツーには、彼が楽しい思い出話をしているようにしか見えない。

内容と、話をする彼の様子が乖離していた。


ミュウツー『それは、普通に戦わされている……わけではないのだな』

バシャーモ「うーん……普通にポケモン同士、戦わせとるんやったら……」

バシャーモ「『相手殺せ』なんて命令、せえへんやろ」

ミュウツー『……』


彼の言う通りだった。

普通ならば、戦闘不能に陥らせることはあっても、死なせることはあり得ないはずだ。

むろん、偶発的に死なせてしまう場合もないわけではない、と聞く。

だが、それを差し引いたにしても、人間がポケモンに対して『殺し』を指示するとは思えなかった。

それはもはや、ポケモンバトルなどという生易しいものではない。




728 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:02:25.70L4x+tQr2o (2/17)


ミュウツー(……私でさえ、あの男に何かや誰かを『殺せ』と言われたことはない)

ミュウツー(せいぜい、やまほどのポケモンを『捕まえろ』と言われた程度だ)

ミュウツー(あれとて、道具として使うポケモンをいっぺんに捕えようとしたからで……)

ミュウツー(ある意味、他意のない命令だった)

ミュウツー(……)

ミュウツー(考えてみれば、形式に則ったポケモンバトルは、ほとんど経験がないな)


考え込むミュウツーを見て、バシャーモは思わず笑った。


バシャーモ「なんやの、あんたも“そういう”経験あるん?」

ミュウツー『……いや、考えてみれば、“対戦”をさせられた記憶は、あまりなかった』

ミュウツー『ニンゲンのところにいた期間はそれなり、なのだが……』

バシャーモ「ミュウツーはんがそこにおった時は、楽しうなかったんやろ?」

ミュウツー『無論だ』

ミュウツー『……楽しいだとか、快適だとか、思っていたら……ここにいるはずもない』

バシャーモ「……まあ、そうやろうね」

バシャーモ「そやけどね、その場所、うちは嫌いやなかったんえ」

バシャーモ「闘うんも嫌やないし、勝てたら褒めてもらえたしねぇ」

バシャーモ「あっ、『一度でええから闘うてみたいなぁ』っていう、相手もおったんよ」

バシャーモ「結局、戦われへんまんまやったけどね」

ミュウツー『貴様は殺し合いをしたかった、というのか?』

バシャーモ「そない言うたら、身も蓋もないやんかぁ」




729 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:05:29.05L4x+tQr2o (3/17)


そう答え、バシャーモはなぜか『恥ずかしそう』に身をよじった。

その姿に、ミュウツーは少しぞっとする。

むろん外見にではなく、言動そのものに対してだ。

なぜ、このやりとりの中で『恥ずかしがる』ことができるのだろう。


バシャーモ「うちもあんたもポケモンやから、『闘いたい』とか『勝ちたい』いうんは、普通のことやろ」

ミュウツー『普通……なのか?』

バシャーモ「そうやろ」

バシャーモ「うちは、そうやと思うとったよ」


バシャーモは遠くを見るような目をした。

当時のことを思い出しているのだろうか。


バシャーモ「廊下とか暗うてな、どんなポケモンか、ちゃんとはわからへんかったんやけど」

バシャーモ「うちが部屋の前、通るとな、暗い部屋の隅っこで蹲っとったんえ」

バシャーモ「尋常やない目ぇが片一方だけ見えとったんは、よぉ憶えとるな」

バシャーモ「男前さんやろな思うたし、闘ったら楽しめるんやろなぁって」

バシャーモ「次の対戦相手、あのポケモンやったんちゃうかな」

バシャーモ「もう闘うんは無理やけどなぁ。残念やねぇ」


やはりバシャーモは、彼なりの『素敵な思い出話』を語っているのだった。

とてもではないが、内容そのものは“うっとり”して話すような事柄ではない。

よほど、その戦いたかった相手に未練があるのだろう。

本気で残念がっているように見えた。


ミュウツー『……その相手は、あれよりも“男前”だったのか?』

バシャーモ「えーっ!」




730 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:07:20.08L4x+tQr2o (4/17)


ミュウツーの思わぬ言葉に、彼は目を見開く。

誰のことかは、言わずとも伝わったようだ。


バシャーモ「ややわぁもう、ミュウツーはんもいけずやな」

ミュウツー『い、いけず……?』


指の足りない手を頬に当て、バシャーモはまんざらでもないようすで悩み始めた。


バシャーモ「そりゃねぇ、ダゲキはんもミュウツーはんも、ほんまに男前さんやけど」

バシャーモ「どっちとも闘うたことないやんか」

バシャーモ「誰が一番、男前さんかなんて、よう決められへんわ」

ミュウツー『そ、そうか……』

バシャーモ「はぁ……きっと闘い甲斐あるんやろけどなぁ……勿体ないわぁ」

バシャーモ「あの殺し屋みたいな目ぇのポケモンとダゲキはん、どっちが強いんやろ」

バシャーモ「ふたりのどっちかと闘って死ぬんやったら、それはそれで本望……」

バシャーモ「もう! なに言わすん!」

ミュウツー『えっ、あ、ああ……す、すまない』


ミュウツー(失敗した)


彼は戦うこと、それも強い相手と闘うことが好きなのだ。

そのことだけは、十分以上に理解できた。

そこに“はにかみ”や喜びを覚えていることが、ミュウツーには理解しがたいだけだ。

ミュウツーにとって戦うことは、楽しいことでも嬉しいことでもない。


ミュウツー(このバシャーモの、『男前』の基準もよくわからないが)

ミュウツー(……強さか? 『強そう』に見えることか?)




731 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:09:04.86L4x+tQr2o (5/17)


考えてみれば、子供たちやジュプトルに対して、彼が『男前だ』と称えたことはなかった。


ミュウツー(確かに、ジュプトルはそういう意味で『強そう』には見えないからな)

ミュウツー(……それは、いくらなんでも失礼か)


ミュウツー『それで、その指は』

バシャーモ「……ああ、そやったね」

バシャーモ「まぁ、そうゆうとこにいてたから、むこさんも本気で殺しにかかってくるわけやろ?」

バシャーモ「やくたいな話やけどなぁ、こっちも必死や」

バシャーモ「ほでな、最後に闘うたんが、片目あかんようになっとるガブリアスやった」

バシャーモ「闘うてる途中で、手ぇ噛まれてな」

バシャーモ「死にたないからね、死ぬくらいやったら指ぃくれたろ思て、そのまま上から頭に踵ぉ入れたんよ」

バシャーモ「そしたら当たり前やけど、むこさんが噛んでるのに頭ん上から蹴ったから、ちぎれてしもた」

ミュウツー『相手のガブリアスは、どうなった』

バシャーモ「そら、死んでもろうたよ。うちも死にたなかったからね」

ミュウツー『……そうか』

ミュウツー『聞いてはいけなかったか?』

バシャーモ「かめへんよ。尋かれたない話やったら、そもそも話さんて」

バシャーモ「……前置きが長うてすまんねぇ」

ミュウツー『ここまでが前置きか』

バシャーモ「そや」


そう言いながら、バシャーモはけらけらと笑う。




732 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:11:43.22L4x+tQr2o (6/17)


バシャーモ「そういうところにおってなぁ、ある日突然、見たこともないニンゲンがぎょうさん来はった」

バシャーモ「なんやごちゃごちゃ言うたはったけど、あんひとらは助けに来てくれたんやね」

バシャーモ「しばらくして、うちは新しいニンゲンとこに連れてかれた」

バシャーモ「どうせまた、どっかで戦わされるんやろな、て思ててん」


彼の言葉から、ミュウツーはバシャーモがいた場所を想像する。

洞窟や森、研究所と博物館しか知識にない中で、『廊下』と『暗い部屋』を思い描いた。

どんな場所なのか、想像するには限度があったが。


バシャーモ「そしたらな、行った先は戦うとこやなかったんよ」


――バシャーモちゃん、今日から、あてとこで一緒に暮らしてくれるか


バシャーモ「名前は言わんけど、新しい飼い主はおばあちゃんやった」

ミュウツー『「おばあちゃん」? ……老婆?』

バシャーモ「それはまぁ、そうやけど」

バシャーモ「あのひとは自分のこと、“おばあちゃん”て言うたはったわ」


――あてはね、もううちのひとも死んでしもたし、見ての通りおばあちゃんやから

――孫も遠くに住んどって、ひとりは寂しゅうてな


バシャーモ「でな、おばあちゃんがな、うちの手ぇ見て言わはったんよ」

バシャーモ「『まぁ、頑張ったんやねぇ』て」

ミュウツー『……「頑張った」……』

バシャーモ「なんやうち、頑張っとったんか思てな、気ぃ抜けてしもた」


――おばあちゃんやから髪、真っ白やろ

――あても髪長いし、よぉ見たらバシャーモちゃんとお揃いやね


バシャーモ「とっても仲良しになれたんよ、うちとおばあちゃん」

バシャーモ「一緒に、お買い物行ったりしたなぁ」




733 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:13:30.38L4x+tQr2o (7/17)


――バシャーモちゃんのおかげでな、おばあちゃん、ちいとも寂しなかったんえ


バシャーモ「そやから……お別れは、寂しかったねぇ」

ミュウツー『……』

ミュウツー『それなら、なぜ……この森へ来た?』


そう言いながら、ミュウツーは彼の顔を見る。


バシャーモ「うちがここ来たんは……おばあちゃんが、死んでしもたからや」

バシャーモ「あんたやったら知っとるかなぁ。『葬式』ゆうニンゲンのやつ」

ミュウツー『……言葉だけは知っている。何をするのかは知らない』


ミュウツー(『埋葬』なら知っていたが……)


バシャーモ「ニンゲンとかポケモンが死んだとするやろ。そしたらな、お墓に入れるやろ」

バシャーモ「その前にな、お別れするために、知り合いが集まるもんなんや」

バシャーモ「知っとる? 死んでしもうたひとの横で一晩中な、線香絶やさんとずっと燃しとくんよ」

ミュウツー『ほう』

バシャーモ「消えたらあかんゆうてな、誰かが火ぃの番するんやけど」

バシャーモ「そん役目なぁ、うちがやったんえ。凄いやろ?」


重大な任務を成し遂げたと言わばかりに、バシャーモはどこか自慢げにそう言った。

ミュウツーには、それがどう『凄い』ことなのか、見当もつかなかったが。

人間たちの儀式で、どうやら重要な役割を与えられ、それを完遂した。

それが彼にとって、ただの思い出というよりも誇りとして刻まれていることだけは、わかった。

彼は人間との関わりに、誇りを感じることができた。




734 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:15:36.63L4x+tQr2o (8/17)


ミュウツー『……それは、「凄い」ことなのか?』

バシャーモ「そうや。ちゃーんとひとりで、一回も居眠りせんと朝まで起きてたんやもん」

ミュウツー『貴様は、ニンゲンのために働き、そこに誇りを感じることができたのか』

バシャーモ「あのおばあちゃんのためやったら、やけどね」

バシャーモ「おばあちゃんのために、最後に“も一回”、役に立ててよかった思てますえ」


理解しづらかった。

それを誇らしく話せる彼の気持ちが。

“あんな”人間たちの役に立つことの……何が、そんなにいいのだろうか。

剣呑な過去を経てなお、なぜそう呑気なのだろう。

……羨ましいような気がする。

ほんの少しだけ。


ミュウツー『そうまで思える相手がいたのに……それでも、ニンゲンから離れたのか』

バシャーモ「うーん……」


バシャーモは少し考えるしぐさを見せた。


バシャーモ「……まぁ、おばあちゃんにも子供とか孫とかおってんけど」

バシャーモ「おばあちゃん以外と仲良うする気ぃはなかったんよ、うちも」

ミュウツー『……そうか』

バシャーモ「話、長うなってすまんね」

ミュウツー『いや、こちらが聞いたのだから、それはいい』

ミュウツー『むしろ感謝している』

ミュウツー『聞いておいてなんだが……そういう「昔の話」は、あまりしたくないものかと思った』

ミュウツー『ダゲキやジュプトルとも、それぞれの昔の話をしたことがあるが……』

ミュウツー『私自身も含めて、みな口が重かった』

ミュウツー『ニンゲンと関わったことを、あまり思い出したくなかった』




735 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:17:21.43L4x+tQr2o (9/17)


バシャーモが楽しそうに笑う。


バシャーモ「あんたら、みんな若いんとちがうかな」

バシャーモ「『そんなこともあったなぁ』て思えたら、そんなに思い出すんは嫌やないで」

バシャーモ「うちは、もう『昔んことや』思てるからなぁ」

ミュウツー『むう……』

バシャーモ「あの誰かと闘われへんかったのと、おばあちゃんがおらんようになったのは、ほんまに残念やけど」

バシャーモ「後悔はしてへんな」

ミュウツー『……貴様自身は、そのニンゲンを失って、どう変わったと思う?』

バシャーモ「うーん……なんやろ、身体ん中ぽかんて、穴が開いたみたいになったわ」

バシャーモ「こンひととお買い物したくても、もう二度とでけんて思うたら……ほんまに寂しかった」

ミュウツー『「寂しい」……』


――ばあちゃん死んだって、こいつわかってるのかな

――義母さんが可愛がってたポケモンなんでしょ? さすがにわかってると思うけど

――……なあ、こいつ、誰が引き取るの?


バシャーモ「次に誰かと仲良うなっても、うちと仲良しやったおばあちゃんはおれへんやろ」

バシャーモ「そう思うたらなぁ、ニンゲンと暮らすんも、もうええかなって」

バシャーモ「どうしても、おばあちゃんと比べてしまうやろし」

バシャーモ「ほで、あっちゃこっちゃ行っとるうちに、こン森ぃ着いたんよ」

バシャーモ「……この話、ずいぶん久しぶりにした気ぃするわ」

ミュウツー『あの連中にも、話したのか?』

バシャーモ「ダゲキはんとか、ジュプトルはん?」

ミュウツー『うむ』

バシャーモ「うーん……」

バシャーモ「ふたりには、最初ん頃に少ぉし言うた気ぃするわ」

バシャーモ「昔おったとこの話は、あんまり言わへんかったけど」

ミュウツー『奴らもニンゲンと関わって、碌な目に遭ったことがないようだからな』

ミュウツー『……ん?』




736 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:18:57.12L4x+tQr2o (10/17)


バシャーモ「なんやの」

ミュウツー『奴の方は、貴様のことをニンゲンに「捨てられた」と言っていたが』

ミュウツー『今の話では、自分から離れたように聞こえた』

バシャーモ「……そうやけど。ダゲキはんがそう言うたはったの?」

ミュウツー『うむ』

バシャーモ「ううーん……」

バシャーモ「……あっ、それ……うちがいかんかったんやね」

ミュウツー『?』

バシャーモ「うちな、あん時『おばあちゃんに置いてかれてもうた』て言うたんよ」

ミュウツー『……』

ミュウツー『あ、なるほど』

バシャーモ「ダゲキはん、あんまりニンゲン言葉、上手やないからね」

ミュウツー『それは、私もそう思う』

バシャーモ「『調子に乗る』とか言うたら、『何に乗るんだ』とか言いそうやわ」

ミュウツー『……比喩は知らないだろうな。知っている言葉もずいぶん偏っている』


彼は『心境の変化』という言葉を知っていても、『借り』は知らない。

語彙のアンバランスさは、確かに気になっていた。


バシャーモ「まあ、森のポケモンからしたら、あんまり変わらへんやろね」

バシャーモ「ここ来る前にどんなニンゲンとおったとか、どんな言葉知っとるかとか」

バシャーモ「……ニンゲンちうんは、つくづくやくたいやなぁ」

バシャーモ「ニンゲンとこおったポケモンが森に来たらこういう扱いされるて、知らんかったわ」

ミュウツー『……そうだな』




737 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:21:23.25L4x+tQr2o (11/17)


ミュウツー『なぜ、ニンゲンと過ごしたことがあるか否かで、そうも変わるのだろうか』

ミュウツー『確かに、食べてきたもの、知っていることは違うかもしれない』

ミュウツー『だが……それくらいのことが、どれほどの違いを生むというのだろうか』

バシャーモ「うーん」

バシャーモ「それ、いっそポケモンやのうて、ニンゲンに尋いてみたらええんちゃうの?」

ミュウツー『……なるほど』

バシャーモ「うちもあんたも『違ってしもた』方やから、どうやってもわからんのかもしれへんよ」


バシャーモはこともなげに答えた。

彼は普段、あまり自分たちと関わらずに生活している。

彼なりの交友があるのだとすれば、その上で出る『どうやっても』という言葉はそれなりの経験あってのものかもしれない。

いずれにせよ、ただ放棄しているがゆえの言葉とは思えなかった。


ミュウツー『ニンゲンは、ポケモンではないからな』

ミュウツー『彼らから見れば、私たちは一括りかもしれない』

ミュウツー『……こちら側にしてみれば、一括りにされても困るが』

バシャーモ「そうやね」

ミュウツー『別に、敵対したいわけではないのだがな』

バシャーモ「どっちも静かに暮らしたいだけやからねぇ」

バシャーモ「まあ、今くらいに離れとるんがええんとちゃうかな」

ミュウツー『衝突しないためには、必要以上に関わらない方がいいと?』

バシャーモ「そういうふうにしてる、て教えてくれたんはダゲキはんやで」

バシャーモ「ダゲキはんが決めたんかどうか知らんけど、そういう約束なんや言うてた」

ミュウツー『約束?』




738 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:22:56.42L4x+tQr2o (12/17)


約束を交わすなら、その約束の中身に同意し合う、両者が必要なはずだ。

ダゲキと、彼以外の――。


ミュウツー(森の、誰かか)

ミュウツー(あのレンジャーか? ……いや、その可能性は低い)


ミュウツー『奴は……それを、「誰との」約束だと言っていた?』

バシャーモ「さあ。それは聞かへんかったなぁ」

バシャーモ「ニンゲンやないやろね」

バシャーモ「ダゲキはんも、ニンゲンとはもう関わりたいと思わへんやろし」

ミュウツー『そうだろうな』

バシャーモ「ミュウツーはんも、そう?」

ミュウツー『……どうだろうな』

バシャーモ「うちは、もうええな、やっぱり」

バシャーモ「あんまりニンゲン言葉ばっかり喋っとったら、元の鳴き声出ぇへんようになってしもうたし」

バシャーモ「今さらややこしいことになるくらいやったら、ここでのんびりしとるのが一番や」

ミュウツー『そうなのか』

バシャーモ「こんなエンジュ言葉ばっかり喋るバシャーモなんて、きしょくわるいやろ」

ミュウツー『喋るバシャーモなど、珍しいと見世物にされるかもしれないぞ』

バシャーモ「ややわぁ。そやったら殺し合いのが、よっぽどましやわ」


そう言うと、バシャーモは再び恥ずかしそうに顔を覆うのだった。




739 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:25:29.34L4x+tQr2o (13/17)


びゅうびゅうと嫌な音をさせ、冷たい風が吹いている。

山の遥か下方には、ミニチュアのように縮んだ風景が広がっている“はず”だった。

実際には見えようもないし、とてもそんな気分にはなれない。

今ここにいる者たちには、人間もポケモンも分け隔てなく大きな目的があったからだ。

壮大で、ある意味では遠大とも言える目的だった。


あの男が成し遂げようとしている野望は、極めてシンプルだ。

何かを否定せずに済むために、何もかもを否定する。

本末転倒でいて、抜本的な答えの出し方だ。


二つの人影が、石柱に囲まれたその舞台を前に佇んでいた。

彼がいつからこんな計画を動かし始めていたのかは、この二人も知らない。


広々とした光景を眺めながら、人影たちは何かを憚るように、小声で話し始めた。


小柄な女「……ねぇ」


髪の短い、やや小柄な女が口火を切った。

傍らに立つもう一人の女は、じっと前を見ている。

彼女の方に顔を向けることすらせず、低い声で返事をした。


長身な女「何? 今さら及び腰になったなんて言うなら、ここから突き落とすわよ」

小柄な女「わかってるってば」

長身な女「じゃあ、何」


続きを促されてなお、小柄な女はなかなか二の句が継げない。

これからしようとしている話は、口にしていい発言ではないかもしれない。

とりわけ、この女自身が身を置いている立場を考えれば。

それでも、無理にでも口にしなければ、身体が裂けてしまいそうだった。




740 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:27:55.95L4x+tQr2o (14/17)


小柄な女「ボスは純粋に行動してるし、たぶん……ボスが言ってることも、正しい」

長身な女「そうね。でなきゃ、あたしだってついて行こうなんて思わないわよ」

小柄な女「でも……」

長身な女「でも?」

小柄な女「……あたし、ボスが心配」


その言葉を聞いて、ついにもう一人の女が彼女を見た。

『冗談もほどほどにしろ』と言いかけて、彼女が真剣に話していることを悟る。

すると、今度はこれ見よがしに大きな溜息をついてみせた。

目には驚きというよりも呆れが浮かんでいる。


長身な女「あなたに心配されるようじゃ、むしろその方が心配よ」

小柄な女「そうだけど……」

長身な女「まだ何か?」


話しかけられた方の女は、少しいらいらしていた。

彼らの計画はおおむね順調に進んでいる。

だが、ところどころでそれを邪魔しようとする人間が現れていた。

おそらく、この場所へも遅かれ早かれやって来ることだろう。

彼らの計画を邪魔するために。

むろん、今度こそ再起不能なまでに叩き潰してやる予定ではあったが。


小柄な女「あたしたちには、あたしたちの……野望が、あるわけじゃない?」

長身な女「そうね、みんなの野望」

小柄な女「まあ、元はと言えば、ボスの野望だけど」




741 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:29:15.73L4x+tQr2o (15/17)


長身な女「で?」

小柄な女「ボスの野望が叶ったら、さ……」

長身な女「何よ」

小柄な女「ボスにも会えなくなっちゃうんだね」

長身な女「それは仕方ないでしょ」

小柄な女「わかってる」

長身な女「第一、そんなことで悩むってのが嫌だ、って話じゃないの」

小柄な女「……そうだよね」

長身な女「だったら、ゴチャゴチャ言うんじゃないよ。弱いくせに」

小柄な女「じゃあ、あんたは平気なの?」

長身な女「あたしが? 平気なわけないじゃない」

小柄な女「ホント?」


小柄な女が、相手の返事に驚いた。

相手を見上げると、彼女はもう自分から目を逸らしていた。

今は、立ち並ぶ石柱を睨んでいる。


長身な女「ボスがいなくなるんだったら……今よりずーっと、世の中つまらなくなるでしょうね」

小柄な女「……それでも、このままボスについて行く?」

長身な女「そうよ。当たり前じゃない」

小柄な女「そっか……」

長身な女「じゃあ、あなたはボスが間違ってるってわかったら、止めたり見捨てたりするわけ?」




742 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:30:44.76L4x+tQr2o (16/17)


小柄な女「そんなことしない! あたしは、最後までボスについてくよ」

長身な女「でしょ?」

小柄な女「うん」

長身な女「それなら、他のことはどうでもいいじゃない」

小柄な女「……そうだね」

長身な女「ボスの理想、ボスの野望があって、あたしたちはそれを実現するためには、なんでもする」

小柄な女「ボスの邪魔をする奴がいるなら、あたしたちが全力で潰す」

長身な女「……あなたのこと好きじゃないけど、その心意気は買うわ」

小柄な女「あんたに好かれても……しょうがないじゃない」

長身な女「まったくだわね」

小柄な女「……できることなら、ずっとボスといたかったけどね」

長身な女「それには、同意しておくわ」


後方から、何者かの気配がした。

部下たちの誰かが、こんなタイミングで登ってくる予定はない。

“ボス”が、自分たちの後方からやって来る可能性もない。

ならば、それ以外に、こんな場所にやって来るとすれば……。


長身な女「……ほら、来たわよ。あたしたちの崇高な理想が理解できない、お邪魔虫」

小柄な女「そうね。邪魔者は、ボスが野望を達成できるように、ちゃーんと、排除しなきゃね」


そう言うと、二人の女はそれぞれにボールを取りながら、振り返るのだった。




743 ◆/D3JAdPz6s2014/03/04(火) 00:40:10.83L4x+tQr2o (17/17)

今回は以上です
いつも、たくさんのレスありがとうございます

>>719
悪役は悪っぷりを貫くほどカッコイイのである!

>>720
何か、手間かけさせちゃったね…(さやさや)
ほんとすんません
そんな手間かけて読んでもらえて嬉しいです

だいたい風呂敷は広げ終わったような気がするかもだぜ
それでは、また


744以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/04(火) 00:49:26.62qQy5ELtv0 (1/1)




745以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/04(火) 00:51:41.71Bz1HNW3go (1/1)

乙です


746以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/04(火) 06:31:53.50wIiwszBGO (1/1)


相変わらずの面白さですのぉ
もしかしてバシャーモの回想の中の殺し合いの場所ってレンジャーの初陣と一緒だったりする?


747以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/04(火) 11:48:07.04tZk+qFP80 (1/2)

このミュウツーさんはメガ進化するのかな?


748以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/04(火) 11:48:42.87tZk+qFP80 (2/2)

このミュウツーさんはメガ進化するのかな?


749以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/05(水) 04:22:54.40nXQVNfwIo (1/1)

一気読みしてしまった
ほんとに強いトレーナーのポケモンの視点とかも見てみたいもんだ


750以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/06(木) 23:33:18.695G7kUCCN0 (1/1)


なんか暫くぶりに来たら胡散臭い連中がたくさん出て来たな…

アクロマとゲーチス
特に私的に気に入ってるアクロマの再現ぶりは見事だわ

なんかあやつの故あれば善悪どっちにも傾く、純粋な好奇心と狂気が上手く出てた


751以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/13(木) 12:25:38.05ZnlDxMtDO (1/1)

マダカナー


752以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/15(土) 15:23:52.28ghLyQ8md0 (1/1)

そろそろかな チラッチラッチラッ


753 ◆/D3JAdPz6s2014/03/18(火) 10:11:24.49kRdqhlGCo (1/1)

ご無沙汰しています
このあいだの週末で、やっと仕事が落ち着きました

明日の夜、投稿できる…と思います


754以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/18(火) 10:31:02.25YGVWakbEo (1/1)

把握


755以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/18(火) 19:28:53.00DNGRGJ120 (1/1)

お疲れ様です


756 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:18:05.54Jy6quIs4o (1/19)

眠い!それでは始めます!


757 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:23:20.17Jy6quIs4o (2/19)


あたりはすっかり静かになっていた。

気づいてみれば、日も傾いている。

バシャーモが去ったあとも、ミュウツーはひとりその場に残っていた。

たしか、今日の行動を始めたのは昼よりも前だったと思うのだが。


ミュウツー(……思った以上に、喋り続ける性格だったのだな)


言葉の訛りは強いが、話す中身はそこまでわかりにくくもない。

彼もまた、ダゲキやジュプトルと同じく人間と関わり、そしてこの森へ至った。

飄々と話す口振りから、彼の言う殺し合いを経験した者の暗さは、不思議と感じられなかった。

血腥い過去を『過去のこと』と切り捨てることができている。

ごちゃごちゃと足踏みしている自分たちと彼は、どこか一線を画していた。


ミュウツー(……ニンゲンとの関わり方……が違うのだろうか)

ミュウツー(ニンゲンと関わったか否か……同じ関わるにしても、その関わり方)

ミュウツー(森のポケモン、私たち、あのバシャーモは……どうしてこうも違う)

ミュウツー(……)


――いっそポケモンやのうて、ニンゲンに尋いてみたらええんちゃうの?


ミュウツー(ニンゲンに?)

ミュウツー(そんなことを尋けるニンゲンなど……)

ミュウツー(……あ)


思い出す。

いつでも来ていい、と言ってくれているニンゲンがいた。

ともだちを連れて来てもいい、と言ってくれていたはずだ。

学びたいならいくらでも手を貸す、と言ってくれていた。




758 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:27:05.22Jy6quIs4o (3/19)


ミュウツー(……あの博物館の、カンチョウだと名乗っていたな)

ミュウツー(カンチョウとは何だろう?)

ミュウツー(……まぁ、あのニンゲンにならば、尋いてみることも出来そうだ)

ミュウツー(どんなことを研究しているのか知らないが……)


ポケモン、研究、という言葉が並ぶだけで、ミュウツーは身構えてしまう。

それでも、フジとは少し種類の異なる人間であるような気がした。

アロエという人間もまた、フジと同じく研究者を名乗っていたというのに。


ミュウツーにとっての『研究者』とは、すなわちフジのことだ。

少なくとも、アロエがそう名乗るまでは、そうだった。

『研究者』である彼は、ミュウツーを使った研究に、ただひたすらのめり込んでいた。

ミュウツーを材料に、ミュウツーではない何かを病的に追い求めていた。

彼から向けられる視線の先に、ミュウツー自身がいたことは、おそらくない。

フジには、その追い求める何かしか見えていなかった。


それはとても寂しいことなのに、ミュウツーはその気持ちの名を知らない。

知らなかった。

とても寂しいことだと。

とても悲しいことだと。

今ならぼやけた記憶と共に、『その時、感じていた』かもしれない気持ちが理解できる気がした。

今さら知ったところで、何か意味があるとは思えなかったが。




759 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:29:02.06Jy6quIs4o (4/19)


一方、アロエにそういう盲信的なところはない。

どこがどう、と説明はできないながらも、彼女からは前向きで健全なものを感じる。

いったい、何がどう違うのだろうか。


ミュウツー(学ぼうとしている……から?)


……そういえば、ジュプトルもまた学びたいと言っていたような気がする。

友人が求めるのなら、その意思には応えなければなるまい。

自分が求め、誰かがその求めに応じてくれたのだから、今度は自分の番だ。


ダゲキが思考するために知りたいと願うなら、協力しよう。

ジュプトルがヨノワールに謝るために知りたいと望むなら、力を貸そう。

自分自身にも、まだまだ知らない知識や概念がいくらでも存在するはずだ。

それをもっと“知りたい”。


図鑑を手に入れるのも、おそらく必要なことだろう。

それは以前、話が噛み合わなかったときに実感していたことだった。


ミュウツー(……借りた本も、そろそろ返さなくてはいけないしな)


あれをしよう、これをしよう、と意欲が湧く。

前向きになれたような、健全でいられているような、少し浮ついた気分だった。

友人たちを連れて行く件については、また次回ということにしよう。

そんなことを考えながら、ミュウツーは食べ終えた最後のきのみのへたを投げた。

誰もいない茂みに向けて。





760 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:33:55.70Jy6quIs4o (5/19)



ジジジ、と蝋燭が不規則に鳴っている。

ぼんやりと照らし出される書斎には、換気の風が緩やかに流れていた。

一方で、手元の新聞には不穏な文字が踊る。


記事は、深刻化する野良ポケモンたちの問題について警鐘を鳴らしている。

人間とポケモン、そして多少の自然がある地域では、あまねく問題視される事象だった。

それはなにも、ヤグルマに限った話ではない。


元々は野良でなかったはずのポケモンたちが、何らかの理由で野生に戻る。

各地方のリーグ関係者にとっては、それなりに頭痛の種だった。

個人が森や街の内外に捨てるばかりでなく、『業者』が不要な個体を捨てているのだという。

最近では業者じみた規模で繁殖や売買を行い、そして捨てる個人さえいるらしい。

何を求めて、それが行われるのか。

それは言うまでもなかった。


記事は、各機関が連携を取って早急に対応しなければならない、と結んでいる。

先日のテレビとまるきり同じ論調だった。

オダマキという博士のインタビューも、ほぼ同じ内容だ。


人間の女は片方の眉を跳ね上げながら、その紙面に目を通している。

だがしばらくして、アロエはついに集中力を失った。

深い溜息をひとつつき、椅子に背を預けながら紙束を机の上に放り出した。

かけていた眼鏡を外して、指でくるくると弄ぶ。


アロエ「これもジムリーダーの仕事……ってことなのかねぇ」


自分以外は誰もいない部屋に、独り言が鈍く反響し消えていった。

アロエは目的もなく、机の向こう側へと目を向ける。

机からそう遠くないところに、何の変哲もないスツールが置かれている。

あの日の夜には、まだそこに存在しなかったものだ。

新しい友人が座るために、アロエが用意したものだった。

残念なことに、いまだこのスツールが活用された試しはない。




761 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:37:45.07Jy6quIs4o (6/19)


今日のうちに終わらせてしまおうと思っていた資料整理は、とうに終わっている。

帰りたければ、いつでも帰ることができた。

夫を含めた博物館の職員も皆引き上げてしまい、いつかのように自分と警備員だけになっている。

いつものように、部分的に解除しているセキュリティを元に戻し、戸締まりだけすればいい。


アロエ(レンジャーとか警察と連携取れ、なんて簡単に言うけど……)


かつて行われた各機関との合同会議の内容を思い出し、アロエはふたたび溜息をついた。

決して、ヤグルマの森を取り巻く問題を軽視しているわけではない。

新聞記事が言うような横の連携強化など、可能な範囲で既に実践しているつもりだった。

人間としても、ポケモン研究に携わる立場としても、憂いているのは本心だ。

出来ることなら、早めにジムリーダーの座を退き、後進に活躍の場を譲りたい。

そうすれば、こうした問題にも本業にも、もう少し時間を割くことができる。


アロエ(あの黒い石ころの鑑定さえ、まだやれてないしね……)

アロエ(まぁ、ジムの後任が決まらないんだから、しょうがないんだけど)

アロエ(誰か若くてやる気ある人、いないかなぁ)


ジムリーダーという立場である以上、アロエも会議にはよく引っ張り出されていた。

それ自体は、嫌というほどではない。

ただ、多忙な生活からそれなりの時間を奪われてしまう、という実感が困りものだった。

思いの外ジムの運営が滞り、本分である博物館運営、ひいては研究、家事も滞る。


おそらく、新聞が言うような『連携』を取っても、アロエのジムから人員を出すことはないだろう。

それほど規模の大きなジムでもなく、あくまで本業は研究職だ。

少なくとも、アロエ本人はそう認識していた。

むろん、ジムリーダーという肩書きや責務に誇りは感じているが。

実際の動きは、レンジャーと警察機関が中心になる。

環境保全の観点、犯罪の取り締まりであるという観点からも、それは明らかだった。


レンジャーといえば、少し前に行った会議で、ある若者が印象に残っていた。

確か、ヤグルマの森にどういった調査を入れるべきか、という議題だったように記憶している。

前提となる問題は、やはりポケモンの不法『遺棄』や野性化だったはずだ。




762 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:41:23.83Jy6quIs4o (7/19)


その若いレンジャーは、イッシュ地方統括本部代表と共に会議に出席していた。

実態把握の名目で計画されていた大規模な調査に、最後まで反対していた。

聞けば、ヤグルマに配置されている数少ないレンジャーの一人だという。

本来の異動周期を大きく越えて、ヤグルマ周辺での任務を希望し続けているそうだ。


あのレンジャーが言うことにも、一理あった。

曰く、森には森の――


ひた


アロエ「……?」


反射的に、階段に目を向ける。

やわらかく、弾力のある何かが床に当たる音が聞こえたからだ。


ひた……ひた


多少の誤差を含みながら、音は規則的に聞こえてくる。

おそらく、忍び足で歩いているのだろう。

聞き逃してしまいそうなほど微かな音だった。


アロエ(こんな時間に、こんな足音……ってことは……)


アロエは思わず、上階から続く階段をじっと見つめていた。

天井の縁から、見覚えのある誰かの姿が少しずつ覗く。

前回よりも更に少し痛んだマントが、前回と変わらず揺れていた。

揺れるマントの隙間から、あの時の紙袋と、特徴的な脚部が見え隠れしていた。


肩に当たるだろう位置に、少しずつ蝋燭の明かりが当たり始める。

そうこうしているうちに、人間より遥かに大きな何者かが、書斎にすっかり姿を現した。


アロエ「……やっぱり、キミか。待ってたよ」


影の主が誰なのかを知ると、アロエは安心して息をつく。

眼鏡を机に置き、そう呟いた。

その声に、訪問客はびくりと反応して足を止める。




763 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:44:33.69Jy6quIs4o (8/19)


ミュウツー『……待っていた? 私を? なぜ?』


思わぬ先制攻撃に、ミュウツーはわずかにたじろいでいた。


アロエ「そりゃ、なかなか来ないから。“勉強”がどんな調子なのか、気になってたし」

ミュウツー『む、そうか』


見えない真意を探ろうとするかのように、客はそろりそろりと再び歩き始める。


ミュウツー『ここへは……来ることができなかった』


それなりの言い訳を用意しておいた方がよかったかもしれない。

ミュウツーはそう思いながら、結局はただ『来られなかった』とだけ言うことにした。

忙しかったとでも、用があったとでも言えば、言えないことはない。

だが、そこで何か取り繕うことに意味は感じられなかった。


アロエ「ああ、気にしないでよ。こっちが勝手に楽しみにしてただけ、なんだから」


アロエの言葉に、怪しい客はかすかに首を傾げる。

その動きで、被るシーツが不規則に揺れた。

アロエからは見えないが、ミュウツーはシーツの下で、より深い皺を眉間に寄せていた。


ミュウツー『楽しみ? 私が来ることが、か?』

アロエ「いけないかい?」

ミュウツー『そういうわけでは、ない』

アロエ「……で、どう? 勉強の進み具合は」

アロエ「それ聞くの、楽しみにしてたんだ」


人間の女は薄い笑顔を浮かべ、頬杖を突いた。

彼女の言葉に、裏の意図があるようには見えない。


そこまでいちいち身構える自分の方が……馬鹿なのではないか。

なぜか、そう思えてきた。




764 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:47:14.55Jy6quIs4o (9/19)


この人間は、こちらが『人間でない何者か』であることしか知らない。

むしろ、こう思っているはずだ。

『少し変わってはいるが、自分が知らないだけの、ただのポケモン』と。

ポケモンであると決めつける考え方に、異議を唱えたいとは思う。

だが、そう思ってくれている方がありがたいのは事実だった。

ロケット団とフジ博士によって造り出された存在であることなど、彼女は知る由もない。

初めこそ疑いはしたが、サカキとの繋がりも感じられない。

ならば……。


ミュウツー(接触することが悪い、というわけではないのだ)

ミュウツー(これ自体に問題があるとわかるまでは、そう考えることもない……か?)


そうは思っても、どこか座りが悪い。

少しずつ、自分の中にあった壁が低くなってしまいつつある。

そういうイメージがよぎった。

その壁は、敵意であり、憎悪であり、また自分自身を守るためのものでもあったはずだ。

……別に、何かに妥協しているから低くなっている、というわけではないはずだったが。


ミュウツー『ああ……なんというか、今のところ、問題はない』

アロエ「そう、それはなにより」


問題はないと言いながら、ミュウツーはやや不本意そうにしている。

少なくとも、アロエにはそう見えた。

書斎に並ぶ書物に目を向け、次に上階の書架に意識を向けたようだった。


アロエ「どうしたの?」

ミュウツー『いや……』


ミュウツーが首を振る。

いま一度、シーツが揺れた。


ミュウツー『文字がわかるようになれば、ニンゲンの本も……そろそろ読めるものと思ったが』

ミュウツー『先日借りた本で学べた範囲では、上にあった本はやはり読めなかった』

ミュウツー『どういう音を示す文字なのか、というところまでなら……わかるものは、増えていたのだが』

アロエ「うーん、それは……しょうがないかな」




765 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:49:59.43Jy6quIs4o (10/19)


アロエは、少し困ったような顔で答えた。


アロエ「あれは、勉強した人間がもっと勉強した上で読んで、やっと理解できるものだし」

アロエ「人間でも、縁もゆかりもない分野の専門書だったら、意味もわかんないことはある」

ミュウツー『貴様は、上にある本を読んで理解できるのか?』

アロエ「専門から外れると危ないけど……まあ、読んで意味がわからないってことは、ないかな」

ミュウツー『そうなのか』

ミュウツー『……それは、貴様が「勉強」を重ねたから、なのか?』

アロエ「うん、ま、そういうことだね」

アロエ「脇目も振らず……ってほど一所懸命だったわけじゃないけど」

アロエ「こうやって、館長を任されるくらいには、ね」


『館長』という肩書きを得ることと、勉学に励んだことの関連はわからない。

自分にとって意味や意義が理解できなくとも、人間にとっては違う。

ただ、『そうなのだろう』と推測するに留めた。

そこまでで十分に思えた。


アロエ「何するにしたって、それなりに時間と労力は必要なもんなんだ」

ミュウツー『……』

アロエ「だから、急に読めるようになれなくても、気にすることはないよ」


それでも、ミュウツーは自分でも十分自覚できる程度には、がっかりしていた。

特別、上の書架に納められている本を読みたかったわけではない。

ただ、前回よりも、自分はほんの少し『わかるようになった』と思っていた。

学んだだけ、読めるものや理解できるものが増えたと思いたかった。

だから、“ひょっとしたら”という淡い期待を抱えていた。

その期待が、残念ながら外れてしまった、というだけのことだった。


ミュウツー『まあ、なんにせよ……約束通り、借りた本を返しに来た』


そう言いながら、ミュウツーはくたびれた紙袋を床に置いた。

アロエの脳裏に響く声も、こころなしか意気消沈しているようだ。

そのしぐさや話しぶりを見て、アロエは懐かしいような、微笑ましいような気持ちになった。




766 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:52:09.89Jy6quIs4o (11/19)


アロエ「わざわざありがとう」


『頑張って貯めた小遣いを握り締めて店に走ったが、わずかに額が足りなかった』。

たとえばそういう時に子供が見せる、いじらしい落胆の表情に似ていると思う。


アロエ「まあ、座りなよ」

ミュウツー『……』


前回に続き今回も、いまだこの訪問者には姿さえ見せてもらえていない。

アロエは、それが少しだけ残念だった。


常に薄汚い布を被り、人目を憚ってここを訪れる。

人間に正体を知られると、困ってしまうような事情があるのだろうか。

少なくとも、人間と関わることを肯定的に考えていないのは確かだった。


いずれにせよ、この珍客にトレーナーがついているとは思えない。

どういう環境に囲まれているのかについては、純粋に疑問だった。

椅子を用意したのは、そこを少しばかり探るためでもある。

懐柔策とまでは言わないが、少しでも心を開いてもらうための。


アロエ「キミは尻尾があるみたいだから、背もたれがないスツールにしてみたんだ」

ミュウツー『……?』


アロエがそう言い添えると、ミュウツーはようやく置かれている“スツール”に目を向けた。

飾り気のない、低めの椅子。


ミュウツー(こういう椅子を“スツール”と呼ぶのか)

ミュウツー(背もたれがないと、スツールという名称になる……のだろうか)

ミュウツー(確かに、この女の椅子のように背もたれがあると、尾をどうしたらいいか悩むだろうな)


シーツを被ったまま、ミュウツーは静かに腰掛けた。

さすがに座るために作られているだけあって、倒木よりも感触はいい。

身体を載せる部分には、手触りの滑らかな生地が被せてある。


アロエ「座り心地は、どう?」

ミュウツー『……悪くない』




767 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:54:46.37Jy6quIs4o (12/19)


シーツから覗く長くて太い尾が、どこか機嫌よさそうにゆっくり揺れている。

その返事に、アロエはほっとした。


この客は、人間でいう『大人』ではないらしい。

アロエは二度の顔合わせを経て、そういう結論に達していた。

言葉遣いこそ、子供というには大人びている。

だが、それは育った環境に起因しているのだろう。

話しぶりからすなわち精神的な成熟を意味する、というわけではなさそうだ。


アロエ(せいぜい、大人ぶろうとして背伸びしてる子供、って感じかな)


だからこそ、なおさらこの友人が見せる“ひたむきさ”が、健気に思えてならない。

与えれば与えただけ、飢えた大地が水を吸うごとく知識を吸収していくだろう。

学ぶ楽しさ、知る喜び、すなわち好奇心が満たされること。

それは、命あるものが忘れてはならない、大切な営みだとアロエは考えている。

その手助けができるのならば、協力は惜しまないつもりだった。

だが、だからこそ、細心の注意を払わねばならない。


アロエ「そうだねぇ,キミが持ってったのは……」

アロエ「子供、っていうと語弊があるかな。はじめて文字を勉強する子用の本だね」

ミュウツー『そうか……』

ミュウツー『ならば、私や私の友人にとってはちょうどいい、ということだな』


納得しているように聞こえなくもないが、どこか不満げだった。

不満というよりは、自嘲が滲んでいるというべきだろうか。


アロエ「そんなに、しょげなくたっていいじゃない」

ミュウツー『しょげてなどいない』


ませた子供のフォローは、難しい。




768 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:56:52.55Jy6quIs4o (13/19)


アロエ「大丈夫。そのうち読めるようになるから」

ミュウツー『……そうだと、いいのだが』

アロエ「人間だって、何年もかけて身につけるんだから、焦ったって駄目さ」

アロエ「本当は、読み聞かせとかも……やってあげられると一番いいんだけど」

ミュウツー『……読み聞かせ?』

アロエ「絵本とか、小さい子供に絵を見せながら、声に出して読んであげたりするの」

ミュウツー『……? 読んで……「あげる」?』

ミュウツー『自分で読めばいいのではないのか?』


ミュウツーがそう反論すると、アロエは苦笑した。


アロエ「まだ字を読めない子に、読んで聞かせてあげるんだってば」

アロエ「ああ、でも……読めるようになってからも、普通に読み聞かせってするか」

アロエ「言葉を聞くっていう経験そのものに、きちんと意味があるのよね」

ミュウツー『聞く……意味……』


言葉を聞く経験は、自身が生まれたあの場所でたくさん積んだ。

フジ博士も含め何人もの人間と、この忌々しい能力を介して言葉を交わしたはずだ。

人間かどうか定かではない『誰か』とも、話をしたことがあるように思う。

残念ながら、それが誰との、どんな会話だったのかは思い出せない。


いずれにせよ、何かを読んで聞かされた記憶はなかった。


アロエ「読み書きより、聞く話すが先だからね」

アロエ「あたしは幼児教育なんかを専門に学んだわけじゃないから、詳しくはないけど」

アロエ「とにかくたくさん、言葉や声を受け取る……っていうのが、大事なんだとさ」

アロエ「キミがやってるみたいに、テレパシーでも同じ効果があるのか、ってのはわからないな」

アロエ「育児書読んだのなんて、もうずっと前だもんなぁ。今はどうなんだろう」

ミュウツー(たくさん聞くことが大事……か)

ミュウツー『貴様の話は、部分的にだが私にとっても、実感を伴う部分があった』


『読み書きこそ満足に出来ないが、聞くこと、話すことはできる』。

なるほど友人たちの現状は、彼女の言う習得の段階と矛盾はしていないようだ。

何かを身につけていくにあたって、人間もポケモンも、そう違いはないのかもしれない。

そもそも読み書きを身につけようとするポケモンがどれほどいるのか、知れたものではないが。




769 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 00:59:00.48Jy6quIs4o (14/19)


ミュウツー(……同じ『生き物』だから……なのだろうか?)

ミュウツー(だが、『同じ生き物』ではない)


ミュウツー『私は友人に、今こうしているようにテレパシーで意思を伝えている』


――おかげで、ちょっとずつ、うまくしゃべれるように……なってきた


――なんで……おまえ なんかが、ここに きたんだろうな


ミュウツー『彼らにとっては、テレパシーでも……多少なりとも変化があったようだ』


自分ばかりではない。

友人たちもまた、少しずつ何かを獲得しつつある。

言葉の幅然り、発声の巧みさ然り。

それは取りも直さず、『成長』と呼ばれて然るべき変化だ。


アロエ「ふうん、そうなんだ」

アロエ「テレパシーでも……ん?」


アロエはふと、その返答に引っかかりを覚える。

その理由は、なんなのだろうか。

そこまでおかしなことを、この訪問者が言ったようには思えない。

だが、『よく考えろ』と、頭の中に棲む誰かが訴えている気がした。

ごく短い刹那に、湧き上がる違和感の原因を考えてみる。

それでも最後まで、違和感が何に由来するものなのか、彼女にはわからなかった。


アロエ(……あとで、また考えてみるか)

アロエ「いいじゃない。素敵だよね」

ミュウツー『素敵?』

アロエ「成長して、どんどん出来ることが増えていくって、嬉しくて素敵なことでしょ」

アロエ「お友達のそういう光景が見られるって、いいね」

アロエ「まあ大変だったけど、子育ては楽しかったからね」

アロエ「あたしはね、キミが色々学んでいくところを見てるのも、楽しいよ」

アロエ「そして、たくさんのことを知り、悩んで、学ぶ姿が嬉しい」




770 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 01:00:54.41Jy6quIs4o (15/19)


ミュウツー『嬉しい……楽しい……?』

ミュウツー『ニンゲンにとっては、そんなことが「嬉しい」のか?』

アロエ「そう。嬉しい、楽しい」

ミュウツー『よく……わからない』

アロエ「そう?」


アロエは意外そうな顔をした。

そうではないとミュウツーは首を横に振る。


ミュウツー『いや、そういう感情が全く理解できない、というわけではない』

ミュウツー『なんとなくだが……ある程度はわかる……ような気がする』

ミュウツー『それが自覚できたのは、ごく最近になって、だが』


……いや、本当に『最近』だっただろうか。

もっと、もっとずっと前から、きちんと知っていたのではないだろうか。

“嬉しい”も。

“楽しい”も。

それから、“悲しい”も、“寂しい”も。


誰が?

誰が教えてくれた?


いいや、違う。

それは、教えられて知るものではない。

教えられる前から、感じることはできたはずだ。


アロエ「それは、いいことだね」

ミュウツー『そうなのか?』

アロエ「そりゃあ……うん」

アロエ「心がきちんと目を覚ましてる、ってことじゃないか」

ミュウツー『……?』

ミュウツー『心が目を覚ましている、とはどういうことだ』

アロエ「うーん……なんて言ったら、わかりやすいかなぁ」




771 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 01:03:28.43Jy6quIs4o (16/19)


そう言いながら、アロエは机に置いた眼鏡を再びかける。

思いがけないところに食いつかれたようで、少し戸惑った。


アロエ「泣いたり、叫んだり、苦しいって声を上げても不思議じゃない状態の誰かが、いるとする」

アロエ「けど、それが出来ない」

アロエ「そもそも、声を上げようと思うことさえない」

アロエ「そんな風に、心が自分の気持ちを受け取ることさえできない状態のこと」

ミュウツー『「出来ない」? ……誰かに見張られているからか?』

アロエ「ううん」

アロエ「それは、違うかな」


アロエはこっそりと息を呑んだ。


アロエ(……どういう環境で育ったんだ、この子)


この怪しい隣人のものの考え方は、基本的なところでは真っ当だ。

人間から見ても、非常識な部分はあまりない。

知らないこともたくさんあるのだろうが、それを知ろうとする意欲もある。

だがアロエは、ミュウツーの言葉の端々から滲む、妙な知識や発想が気にかかる。


ミュウツー『違うのか』

アロエ「そういう場合も、もちろんあるだろうね」


その違和感を、本人に悟らせてしまっていいものなのだろうか。

自分自身の育った世界が、どうやら一般的ではないと。


アロエ「でも……ずっとずっと苦しいなんて、嫌だと思わない?」

ミュウツー『好ましいとは思わない』

アロエ「その苦しさを受け止めるのは、心の仕事」

アロエ「じゃあ、心の外で起こることを見ないように、触らないようにすれば、心は傷つかない」

アロエ「苦しくても悲しくても嫌でも、心がそう感じさえしなければ、辛くないんだから」

アロエ「だから、自分を守るために、心が目を閉じ耳を塞いでしまう」

ミュウツー『それは……望ましくない状態なのだな』

ミュウツー『貴様の話しぶりからすると』




772 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 01:06:09.59Jy6quIs4o (17/19)


アロエ「そういうことだね」

アロエ「そのうち、『本当は』自分が、どんなことをどう感じてたかも、わからなくなっちゃう」

アロエ「悲しいことも嫌なことも感じなくてすむけど、嬉しいことも楽しいことも当然、感じなくなる」

アロエ「そうなるだけの事情があるんだから仕方ないけど、寂しいことだよね」

アロエ「わかるかな」

ミュウツー『理解はできる』

アロエ「そうかい」

アロエ「だからね、キミがそういう気持ちを感じる『ようになった』っていうんなら」

アロエ「少なくとも、そこを自覚できるってことは……」

アロエ「それは、本当に喜ばしいことだと思うけど」


アロエの言葉を聞きながら、ミュウツーは思い出そうとした。

『楽しい』と感じたときの気持ち、のようなもの。

ミュウツーは無意識に、身体の中心に近いところを手で触れる。

身体の内側で、もぞもぞとした、くすぐったい感覚が走った。


ミュウツー『……』

ミュウツー『今……そう感じた時のことを、思い出してみた』

アロエ「……」

ミュウツー『おそらく、これのことだろう、という程度の感覚だが』

ミュウツー『私は驚いた……ように記憶している』

アロエ「うん」


薄汚い布の『袖口』らしいところから、脚と同じように白っぽい手が見える。

蝋燭に照らされ、尾と脚ともども、やけに浮き上がって見えた。

アロエの目に、三本の指が映る。

三本のうち一本だけ、掌からの生え方がやや違う。

だとするなら、その一本が人間でいう親指なのだろう。

見たところ、ああいった向きに生えているのなら、物を握ることができるはずだ。

当然、木の枝や筆記用具を掴むこともできるだろう。

なるほど『書く』ことは、できても何ら不自然ではない。

アロエはその手を見て、そんなことを考えた。




773 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 01:08:10.06Jy6quIs4o (18/19)


図鑑でも見たことはないし、もちろん、じかに目にしたこともない形状の手だった。

それが何を意味するのか、アロエは努めて考えないようにしている。


ミュウツー『普段よりも、身体に響く鼓動が速く、大きくなったような気がした』

ミュウツー『……身体を動かしたあとにも鼓動は速くなるが……それとは、何かが違う』

ミュウツー『何かに身体の中心を握られていて、それで全身が痺れていったように感じた』

ミュウツー『もちろん、本当に麻痺したわけではないのだが……』

ミュウツー『今、手を当てている場所の内側あたりが、そわそわして……落ち着かない』

ミュウツー『身体中、切れ味の悪い刃物でつつかれているような、不思議な感じだった』

ミュウツー『……座っているのに、浮いているように……ふわふわした気分だった』

ミュウツー『立って歩いているのに、どう足を動かしているのか、自分でもわからなくなった』

アロエ「そう」

アロエ「キミはどんなときに、その気持ちになった?」

アロエ「キミの嬉しい気持ち、楽しい気持ち」


ミュウツー(……)

ミュウツー(楽しかった、きもち……)


周囲に騒々しいポケモンたちを引き連れ、森の中を歩いていた時のことを思い出した。

木洩れ陽を潜り抜け、彼らが待つ場所へ進む。

彼らは、痺れを切らすこともなく自分を待っていた。

自分の持つちからを見せただけで、羨望の眼差しを向けられた。

その時、『私』はどう感じたか。


少し離れれば真っ暗になる森の中、皮膚にちりちりと感じた焚き火の暖かさを思い出した。

あれは、地面に溝をいくつも残しながら、友人と字を書いていた夜のことだった。

とりとめのないことを話し、揺れる炎を眺めていた。

その時、『私』はどう感じていたか。


森で出会った者たちは、自分のことを単なる新たな友人として扱ってきた。

そのことに気づいた時。

『私』は、それをどう感じたか。




774 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 01:15:14.65Jy6quIs4o (19/19)

今回は、以上です

>>746
はい、レンジャー初陣と、バシャーモのいたところは、同じとこっす

>>750
最初はアクロマ意味わかんねーなって思ってたけど、
BW2を何周かしてたら、味のある奴に見えてきた

トローゼのDL版買ったんだけど、いつになったら遊べるか…
前回くらいでキャラクターはほぼ出揃ったと思います
では、おやすみなさい


775以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/19(水) 01:27:20.30+n/7yLNEo (1/1)

乙です


776以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/19(水) 01:27:29.46dmb/8tqo0 (1/1)


関係無いけどポケモンと体入れ替えていたマサキさんがペラペラ喋っていた事を思い出したぜ
あのコラッタ(?)は普通に人間の言葉を喋れたって事かな...


777以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/19(水) 09:15:55.49+ZCxY8cW0 (1/1)

>最近では業者じみた規模で繁殖や売買を行い、そして捨てる個人さえいるらしい。

おいお前ら言われてるぞ


778以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/19(水) 12:50:17.03HofxFXhg0 (1/1)


>>776つまりコラッタには人の出せる範囲を網羅する声帯があるってことか


779以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/19(水) 16:57:24.64ywxut2Xp0 (1/1)

エンジュ言葉とカントーの言葉、イッシュの言葉は互いに意思の疎通を図れるくらいには似通っているのかな?


780以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/19(水) 17:56:17.03xyjUlFUko (1/1)

野暮な話だが、コラッタは言葉を話せる口の形状はしてないよな
ほんまファンタジーは素敵やで


781 ◆/D3JAdPz6s2014/03/19(水) 18:04:04.71fgN/8KX/o (1/1)

流石、ポケットの中にファンタジーや!


782以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/19(水) 20:54:37.78fZdCj0+2o (1/1)

俺もアクロマ結構好きだな
良くも悪くも純粋で自分に正直なキャラって見てて清々しい


783 ◆/D3JAdPz6s2014/03/21(金) 13:18:24.48q3KgfnZYo (1/1)

(渾身のギャグがダダ滑りや!)

>>776,778-780
哺乳類・人型系・直立二足歩行ポケモンだと喋れそうだな、
植物・昆虫系は苦手そう、口がない奴は……って程度には、裏設定として考えてます


ところで、いつも読んでいただき、本当にありがとうございます

>>753で仕事は落ち着いたと言ってましたが、仕事絡みの別件で全く書けなくなりました
書き溜めは多少ありますが、推敲・投稿できる精神状態ですらなくなってしまいました
今までも1~2週間間隔と決してペースが早い方ではありませんでしたが
しばらく、少しだけお休みさせてください

どれくらいで、精神状態が戻るか目処は全く立ってませんが…
いっそのこと、気分転換にトローゼで遊ぼうかと思います

それでは、また


784以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/21(金) 13:33:53.930fRr7oHE0 (1/1)

ラプラスもテレパシーで会話できたんだよな
なかったことになったけど


785以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/21(金) 19:21:23.57oXj0GCDvo (1/1)

乙―


786 ◆/D3JAdPz6s2014/04/09(水) 00:05:31.249FCPTuoto (1/1)

       _
      /  │       /´´ヽ    この私がみずから保守だ
     /  -───  /   │          
      ´         /   │          ´;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
   /              │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:丿
   /                │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:/
    \      /       │    /;:;:;:;:;:/´´´´´
  ヽ ●      ●      │   (;:;:;:;:;:;:(
   ⊃        ⊂⊃    /   /⌒ヽ;:;:;:;:ヽ
   /    、_,、_,       丿ヽ /   /ヽ;:;:;:;:ヽ
   \___ゝ._)___/‐‐/   /   │;:;:;:;;::
       /  ヽ     イ´   /     │;:;:;:;:│
      │      ´   ヽ  イ│       │;:;:;:;:│
      へ           /    |丿      /;:;:;:;:;:;:│
    /  /`────-   │     /;:;:;:;:;:;:;:丿
  /  /    \        \   /;:;;:;:;:;:;:;:/

ちょっとずつ推敲してはいますが、まだあまり調子よくないです
トローゼやってなんとか生きてますが
ミュウツーもダゲキもジュプトルも出てこない…


787VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/09(水) 01:55:23.85EXKBbOMbo (1/1)

待ってる…


788VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/09(水) 01:55:38.99rWja8wC4o (1/1)

了解


789VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/09(水) 03:25:27.61slWY0dipo (1/1)

ミュウツーかわええ…


790VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/09(水) 03:30:14.06GBzB4rYuo (1/1)

確かに…


791 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 18:33:18.16TY0tlMqOo (1/20)

お久しぶりです
今夜、推敲が終わったら投稿します

…という、予告という名の背水の陣です

数日前から、推敲しながら眠気に負け寝落ちするという、
度重なる大惨事に見舞われておりまして…


792VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/21(月) 18:45:27.40OGSdruepo (1/1)

よっしゃあ!


793VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/21(月) 20:21:52.54eGD9NzBho (1/1)

来たかっ…


794 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 20:32:24.11TY0tlMqOo (2/20)

それでは始めます




795 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 20:36:19.56TY0tlMqOo (3/20)


深く狭いところに、自分の意識が潜っていくイメージが浮かんだ。

現実ではない。

あくまで、イメージに過ぎない。

ぶ厚く、太く、鈍く、暑く、狭く、息苦しくなっていく。

時間がいつもと違う速さで進んでいるように思えた。

実際には、時間の進む速度が変わることなど有り得ないはずだが。


ミュウツー(精神の在り方によって時間を体感する速度が変わる……とか)

ミュウツー(あるいは……『自分』という存在の外側と内側で、認識のされ方が異なる)

ミュウツー(……と、いうことなのだろうか)


そういうことならば、“いかにもありそう”だった。


ミュウツー(……まさか、な)

ミュウツー(時間の流れの速さが“不変ではない”、ということもないだろう)


ミュウツー(……それにしても……妙なものだ)


自分の記憶を辿ることが、今はそれほど嫌だと思わない。

考えてみれば、それはそれで新鮮な気分だった。

自分にとって『思い出す』という行動は、行為そのものが不快だったはずだ。

不愉快な感想を伴うもの。

いやな気分になるもの。

何かに対する、強い怒り。

誰かに対する、深い憎しみ。

付随して湧き上がる感情が、そうした忌まわしいものばかりだったからに他ならない。

だから、思い出したくなどなかった。

少なくとも、これまでは。


にも関わらず、今はこうして、さして苦痛を覚えることもなく振り返っている。

同時に、胸のそわそわするような、慣れない感情が渦巻いている。


いや、慣れないというだけで、決して知らない“うねり”ではない。

わからない、知らないと言いながらも、やはり知っている。

理屈ではない、自分の中の名を持たぬ部分がそれを主張していた。

その主張には信憑性を感じる。

これも、残念ながら根拠があるわけではない。



796 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 20:39:59.42TY0tlMqOo (4/20)


……やはりすっきりしない。


今度は少しずつ、浮かび上がってくる。

薄く、細く、鋭く、涼しく、広々としていく。

一瞬のまどろみから醒めたような気分だった。


唐突に、ぱちん、と蝋燭の弾ける音が耳に入る。

『耳』が、自分の外側を向いた証拠だった。

今度は『目』も外に向けてみる。

すると、アロエの姿が見えた。

怪訝そうな、どちらかといえばむしろ心配するような表情を浮かべている。


アロエ「……あたしに言いたくないんだったら、無理に言わなくてもいいんだけど」

アロエ「別に、尋問してるわけじゃないんだしね」


沈黙を、すなわち返答の拒否と受け取られてしまったようだ。

さすがにそんな意図はなかった。


ミュウツー『……いや……』

ミュウツー『言いたくない……というほどでもないのだが』

ミュウツー『“ここ”の中にあるものを、外に出すのは……』


容易ではなく、また抵抗も強かった。

それを、どう言えば誤解なく、自身の意図から離れないように伝えることができるのだろうか。

身体の真ん中を指しながら言う。

視線もまた無意識に、自身の指の指す先を向く。


ミュウツー『……“難しい”』

アロエ「うん、それなら、そう思う気持ちの方を大事にしな」

アロエ「何かを嬉しいとか楽しいと感じることができるって」

アロエ「それは、本当に素晴らしいことなんだ」

アロエ「もちろん今のキミみたいに、“難しいなぁ”って、思うこともね」

ミュウツー『……そんなことが、そこまで重要なのか?』

アロエ「本当に、『そんなこと』、だと思う?」




797 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 20:44:41.16TY0tlMqOo (5/20)


ふと顔を上げる。

アロエは笑顔を崩さないまま、寂しそうな顔をしている。

女は、問い掛けていた。

いいや違う。

回答を求めるような言い方をしていても、その実、問い掛けているわけではない。

言外に『「そんなこと」ではない』と否定している。

それだけに留まらず、念を押してさえいる。

『キミも、「そんなこと」ではないとわかっているはずだ』。


ミュウツー『……』

アロエ「化石を眺めたり、博物館の展示を考えたり、家事をしたり、本を読んだり」

アロエ「あたしにも、楽しいと思えることはたくさんある」

アロエ「こうやってキミと話をしてる時間だって、とても楽しい」

アロエ「本当にキミの役に立ててるかどうかは、別だけどね」

ミュウツー『得るものが……意味がなければ、ここへは来ない』

ミュウツー『来る意味があると、私は判断したから来ているのだが』

アロエ「意味があることに、意味があるとは限らないよ」

ミュウツー『……???』


アロエは小さく笑った。

『私』のこうした反応は、想定済みだったようだ。


アロエ「何かに、心を動かすこと」

アロエ「何かに、心を動かされること」

アロエ「キミの世界も、あたしの世界も、そうすることでしか広がらない」

アロエ「心は育たない」

ミュウツー『……』

ミュウツー『その「読み聞かせ」とやらも、楽しいのか』



798 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 20:48:38.26TY0tlMqOo (6/20)


ミュウツー(……世界が広がるのか?)

ミュウツー(心が育つ……)

ミュウツー(それが、そんなに大切なことなのか?)


アロエ「うん、楽しいよ」

アロエ「人間だったら、母親がやってあげることが多いかな」

アロエ「……まあ、なにも親がやらなきゃいけないわけじゃないし」

アロエ「するのもされるのも、機会があると、とてもいいと思うんだけどなぁ」

ミュウツー『……では、お前が読み聞かせてくれるのか?』

アロエ「いいの? あたしは別に構わないけど」

ミュウツー『い、いや……その……』

アロエ「あはは、やだな……そんな露骨に困らなくてもいいのに」


女はそう言いながら吹き出していた。

笑っているのに、眉尻は困ったように下がっている。

これは、呆れられてしまったのだろうか。

そう思うと、にわかに羞恥心が湧き上がった。

ぞわぞわと腹の内側を撫でる。

一矢報いてみようと言ったつもりだったが、不発どころか返り討ちに終わったようだ。


アロエ「でも、本当にしてほしければ、やってもいいよ」

アロエ「それに、自分で声に出して読んでみるのもいいかもしれない」

アロエ「この間からまた、よさそうな本をまとめておいたし、ね」

アロエ「……テレパシーでもいいのかねぇ」


そう言いながら、彼女は机の脇を指す。

ミュウツーからは、そこに何があるのか見えない。

見えないが、きっとそこにも本の山があるのだろう。

また、紙袋に詰め込まれているのかもしれない。

人間の女が、人間ではない友人のために選んだ本。




799 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 20:52:24.65TY0tlMqOo (7/20)


ミュウツー(……早く、あれを読んでみたいものだ)


読んだことのない、見たことのない本が楽しみだった。

できれば、新しく知識が増えるようなものがいい。

あるいは、自分の知らない考え方、捉え方、受け止め方を垣間見ることができるような。


アロエ「字の勉強とは別に、文章にたくさん触れておくといいよ」

アロエ「元々、頭ではわかってる部分が多いんだし」

アロエ「お友達に、読んで聞かせてあげてもいいと思う」

アロエ「そのうち、自分の中に言葉が積み重ねられていけば……」

アロエ「自分の思いを、どう言葉にしたらいいのか、も、きっと見えてくるはずだよ」

アロエ「キミ自身も、キミのお友達もね」


そういうものなのか、とミュウツーも納得する。


たどたどしくしゃべる友人たちもまた、言葉の蓄積がないだけだ。

力が身につけば、彼らも語りたいことがあるのだろう、とは思う。

語る手段があってなお語らないという選択をすること。

語る手段さえないこと。

いずれも語らないという結果に違いはないように見える。

だが両者には、大きな隔たりがあるはずだ。


友人たちに本を読んで聞かせる、自分の姿を想像する。

夜になってから、やはり焚き火を囲んで、ということになるのだろう。

……実に滑稽だ。

この『私』が、偉そうに、何をしてやれるというのだろう。

それでも、その光景を思い浮かべると、少しだけ胸のあたりがくすぐったくなる。

脇腹を掻き毟られるようだ。

その落ち着かなさを、どう言い表したものか。

適切な表現を知らないことが、残念とさえ思えた。




800 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 20:57:08.24TY0tlMqOo (8/20)





鼻歌が聞こえる。

あのひとは、すごく機嫌がいいみたいだ。

あのひとが着ている暗い色のシャツ。

壁にかけられた、明るい夕暮れみたいな色のジャケット。

丸太が剥き出しの、家の壁。

どれも見慣れたものだ。


その足元に、ただ目を向けている。

意識して何かを見ているわけでもない。

ころころと何かが転げ落ちたところも、ただなんとなく見ていただけだ。

あのひとは机に向かい、椅子に座っている。

かかとを少し浮かせ、爪先を床に突き立てて、何かをしている。

その机の上から、あのひとが置いたばかりの、ほんの今まで使っていた何かが床に落ちていった。


転がったその『何か』が、鈍い音をさせながら目の前までやってきた。

ちょっと手を伸ばせば届くところで、その白っぽい塊が止まる。

それを、やっぱりじっと見る。

塊は、長方形の角が崩れて薄汚れている。

見たところで、何を思うわけでもないけれど。

単に動いているから、目を向け続けてしまっただけだ。

それはたぶん、心や気持ちよりも、本能に近い部分なんだと思う。

あのひとは、ものを落としたことに気づいた様子もない。


しばらくして、あのひとが急にきょろきょろし始めた。


?????「あれっ、消しゴム」


どうやら、さっき落としたものを探しているようだった。

あれは、『けしごむ』という名前のものらしい。




801 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:01:51.74TY0tlMqOo (9/20)


?????「あっれー、やばい。どこだ」


相変わらず、椅子に座ったまま身体を捻って、あちこち探している。

そんな場所をいつまでも探したところで、『けしごむ』は見つからない。

本当のことを言うと、どうでもよかった。

いずれは『けしごむ』を見つけるだろうし。


けれど『お前が盗んだのか』とか、『どこへ隠した』、なんて言われたら厄介だった。

言われることが厄介なんじゃない。

一度でも疑われると、向こうの気が済むまで痛い目に遭わされるからだ。

やり返せばいいんだろうけど、やり返さないから。

そうすると、痛い。

痛いよりは痛くない方が、身体も楽だ。

『痛い』は、眠るのに邪魔だった。

せっかくの眠りも、痛いと休まらない。

それは、疲れたときに困る。

そうすると、次の……。




あれ……?

……なんで、そんなふうに思うんだろう?

痛い目に遭わされる?

誰に?




まあ、いいや。

だから、ほんの少しだけ腕を伸ばす。

それから、伸ばした指で『けしごむ』をつつき、あのひとの方へ押し出す。

『こつん』とも『とん』とも言えない、本当にかすかな音がする。

床にやわらかいものが敷いてなかったら、もう少し大きな音がしたかもしれない。




802 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:06:54.73TY0tlMqOo (10/20)


?????「……ん?」


その小さな音に、あのひとは意外に早く気がついて、こちらを見た。


?????「ああっ、そんなとこに!」


オーバーな声と身振りで、あのひとは椅子から立ち上がった。

こちらにずかずかと歩み寄り、しゃがむ。

部屋の灯りがあのひとで遮られて、身体全体が影に覆われる。

人間の匂いと、少しだけ暖かい風が、つんと近づく。

あのひとは床に落ちている『けしごむ』を拾い上げた。

次に、立ち上がって机に戻るはずだ。


そう思って待っていたのに、影はなかなか動かなかった。

すべきことはしたはずなのに、しゃがんだ姿勢のまま、あのひとは立ち上がろうとしない。

まだ何か、用があるんだろうか。

やっぱり『お前が盗んだんだろう』、って言われるんだろうか。


あのひとは、こっちにまっすぐ目を向けていた。

口の端を引き上げて、目を細めている。

これは、機嫌のいい時に、人間が浮かべる顔だ。


それから口を開く。


?????「ありがとう」


その言葉が、頭に飛び込んできた。




聞いたことのある言葉だった。

意味のわからない言葉。

言われたことのない言葉だ。




目の前のあのひとは、やっぱり『笑顔』を浮かべている。

何か、いいことでもあったんだろうか。




803 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:11:57.21TY0tlMqOo (11/20)


いつの間にか、あのひとは立ち上がっていた。

さっきよりもずっとずっと上の方から、声がする。


?????「えーと……ひょっとして、言葉の意味がわからなかった……のかな」

?????「いや、いくらなんでも……まあでも、あり得るか」


あのひとは『けしごむ』を持ったまま、顎に手を当てて独り言を言っている。


?????「いや……こういうときに、きちんとフォローするのも、きっと大事なんだ」

?????「第一歩、ってやつだな、うん」

?????「くうっ! なんか、仕事してるっぽいなぁ!」


しばらく思案して、それからあのひとはもう一度しゃがんだ。

こっちの顔を覗き込むようにして、無理矢理に目を合わせてくる。


?????「じゃあ……いい機会だから、ちゃんと教えてあげるよ」

?????「あー……うん」

?????「私が言ってることは……わかるよね」


ほんの少しだけ頷いてみせる。


?????「よし……ええとね」

?????「人間は……いや、ポケモンもきっと、そうだと思うんだけど」

?????「誰かに、何かをされて嬉しかった時に、そう言うんだ」



?????「ありがとう、って」



あのひとはそう言った。

『ありがとう』?

『嬉しい』?




804 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:12:46.66TY0tlMqOo (12/20)


それは、どんな気持ちのことなんだ。

どんな気持ちのことだったんだろう。

あのひとはこっちの頭に手を載せ、ぐりぐりと撫でた。

その大きな手を、じっと見上げる。


?????「消しゴム、見つけてくれて『ありがとう』」


その言葉が、頭の中でいつまでも残っていた。

この身体は、そう言われて、どう感じたのだろう。

胸の中にある小さな塊を握られた気分になった。

そういう気持ちのことを、なんというのか、知らない。

ずっと前は、知っていたのかもしれない。

でも忘れてしまった。


?????「『お礼』ってやつだよ」


それでも、その言葉だけは、たぶん何があっても忘れないと思う。

『おれい』を言われると、こんな気分になる、っていうことも。



あの気持ちを感じた時、胸がむずむずした。

いいものだった。


だから、また……あの気持ちを感じたかった。



だってぼくはその時、生まれて初めて、誰かに『おれい』を言われたから。







805 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:13:32.96TY0tlMqOo (13/20)


ざあっ、と葉の揺れる音がして、彼は目を覚ました。


ダゲキ(……あ……)

ダゲキ(ねたんだ……ぼく……)

ダゲキ(……どれくらい?)


空を見上げる。

細い月の位置は、さきほどまでとほとんど変わっていない。

眠っていたのは、そう長い時間ではなかったようだ。


ダゲキ(すごく ひさしぶり)


すぐそばには、チュリネがいる。

フシデやイーブイは、もう眠っている頃だろう。


ジュプトルも何やら騒がしく喚きながら、とっくに寝床へ帰ってしまった。

尋ねてみると、『うるせー、おれは いそがしいんだ』と、言っていた。

何がどう忙しいのかなんて、教えてくれなかった。


ミュウツーは特に何も言っていなかったが、夕暮れから姿が見えない。

寝床は空っぽだった。

それは、『ダゲキに頼まれて』、意気揚々と探しに行ったチュリネが教えてくれたことだが。


ダゲキ(……つき、ほそいな)

ダゲキ(ミュウツーは……また、ニンゲンのところ かな)


以前言っていた、街の人間のところへ行ったのかもしれない。

あの日は今日よりもなお、月が見えなかった。


だから、今夜はそばにいるのがチュリネだけだった。

最近の賑やかさに比べると、少し寂しいくらいだ。


ダゲキ(はやく、かえって きたら、いいのに)


チュリネはきのみを齧り、のんびりしている。

それも、彼がうとうとする前と同じだ。

彼女が食べ終わった『へた』の数も変わっていなかった。


ダゲキ(ぼく……どれくらい ねた のかな)




806 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:14:26.67TY0tlMqOo (14/20)


チュリネ「……にーちゃん?」

チュリネ「どうしたの?」


チュリネが不思議そうな顔でこちらを見上げている。


ダゲキ「……ぼく、ねてた?」


そう尋ねてみる。

しかし、チュリネは更に不思議そうな顔をした。


チュリネ「ううん、すわる してた」

チュリネ「にーちゃん、ずっと、クラボのみ たべてる だったよ」

ダゲキ「そう だっけ」


よく思い出してみると、そうだったような気もする。

手を見てみれば、食べかけのクラボのみが、不細工な歯型つきで納まっている。

口の中にも、やはりクラボの刺激的な味が残っている。


ダゲキ「……ううん……」


ならば、文字通りほんの僅かな間だけ、眠っていたということなのだろう。

そのわりに、見ていた夢は長かったような気がした。

夢を見たこと自体も、ずいぶんと久しぶりだ。


夢に見た光景はまぎれもなく、かつて自身が体験した過去だ。

しばらく思い出すこともなかった記憶だった。


今となっては、もうずっと前のことのように思えた。

あの頃は、だいたいいつも頭の芯からぼんやりしていた。

起きているのか、眠っているのか、自分でも判断がつかない。

何も考えていなかったし、何もしなかった。

ただ、息をしている。

死んではいない、というだけだ。

今とは別の意味で、半分死んでいたと思う。


そうやって、あのひとの足元のあたりに目を向けて過ごしていた。

あそこにいた間は、いつもそうだった。

今になってみると、申し訳ないことをしたと思う。




807 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:15:10.89TY0tlMqOo (15/20)


それにしても、なぜ今頃になって夢に見たのだろう。


理由は、なんとなくわかっていた。

きっと、“あいつ”がこの森にやってきたからだ。

あの夜、空からあいつが降ってきたから。


その時から、いろんなことが変化し始めた。

もちろん、悪い意味でそう思っているわけではない。


最近、ジュプトルの様子が少し変わったように思う。

相変わらず騒がしく、活発で陽気だ。

やはりヨノワールを探している、とはよく言っている。

でも、前とは違う意味で言っていた。

何も話してくれていないけれど、それはわかった。

なんと言ったらいいかわからないが、落ち着いたような感じだ。


たぶん、ジュプトルは変わろうとしている。

何があったのかはわからないけど。

実に羨ましいことだった。


ダゲキ(……ぼくは、かわれる かな……)


あいつのおかげで、変わることができるのだろうか。

そう思うと、ほんの少し、胸の中が苦しくなる。


みんなと一緒にいるのは嫌じゃない。

辛くないし、苦しくない。

それは、あいつがやって来る前からそうだった。


でも……。

みんなと一緒にいることが、今は“楽しい”ような気がする。

一緒にいないときよりも、少しだけ、いい気分だ。

これから会うというときになると、心がうきうきする。

それは、あいつが来てから、思うようになったことだ。


頭に響くあいつの声はいつも重く、不機嫌そうだ。

いつも怒っている。

何に怒っているんだろう。

人間に、だろうか。




808 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:16:36.94TY0tlMqOo (16/20)


機嫌が悪くない時もあるということは、しばらくしてわかった。


あいつのおかげで、たくさんの新しいものごとを知った。

たくさんの知らない言葉、知らない意味、知らない名前。

知らない気持ち。

知らない世界。


ダゲキ(ミュウツー が、きたから……だなあ)


あいつのおかげだ。

あいつの。


目の裏に、図体が大きく、長い長い尾を揺らす姿が浮かんだ。

思い描く顔は、やはり眉間に皺を寄せ、何かを考えている。

……でも、あの顔は機嫌が悪いわけじゃないな。


喋ると、少し返事をしてくれる。

機嫌がいいと、たくさん返事をしてくれることもある。

知らなかったことを、たくさん教えてくれる。


――貴様それで笑っているつもりか?


……。

そんなことを言われたこともある。

思い出すと、さざなみのような鳥肌が広がる。


目の奥の方、頭の奥の深い深いところが、じんとする。

見られたくない相手に、見られたくないところを、見られてしまったような。

わかってもらえてしまったことが、“嬉しかった”ような。

“恥ずかしい”。

“照れくさい”。

……“苦しい”。


ダゲキ(なんだろう、これ……)


少し、息苦しい。




809 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:17:48.36TY0tlMqOo (17/20)


考えれば考えるほど、よくわからなくなってくる。

どうして?

どうしてだろう。

嬉しいのに、苦しい。

嬉しいはずなのに、辛い。

どうして、そんな風に思うのかわからない。

頭が痛い。


ダゲキ(いいのに、わるい?)

ダゲキ(いたくないのに、いたい?)

ダゲキ(……どうして?)

ダゲキ(わからない)


ダゲキ(そうだ……かえって きたら)

ダゲキ(ミュウツーに おしえて、もら……)


チュリネ「にーちゃん、にーちゃん」

チュリネ「にーちゃんも、ぐあい わるい、なの?」

ダゲキ「う、ううん……ぐあい わるく、ないよ」

チュリネ「じゃあ、なに してる だったの?」

ダゲキ「か、かんがえごと」

チュリネ「チュリネも する! おんなじ したい!」

ダゲキ「ううん……」


困ってしまった。

まさか、今の話をするわけにもいかない。

もっとも、話をしようにも、うまく話せる気がしなかったが。


チュリネ「いいなー、にーちゃん!」

ダゲキ「……なにが」

チュリネ「チュリネ、いっぱい かんがえる したいのに」

チュリネ「すぐ わからなくなっちゃう」

チュリネ「おなか すいちゃうんだもん……」

ダゲキ「……なんで おこってるの」

チュリネ「おこってないもん!」

ダゲキ「そ、そう……」




810 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:18:37.13TY0tlMqOo (18/20)


小さなチュリネは頬を膨らませている。

彼女の行為は、いわば八つ当たりだ。

自分には『それ』ができない、と憤慨している。


チュリネ「おひざ!」

ダゲキ「あ、うん」


そう叫ぶと、チュリネは無理やり膝に潜り込む。

葉が顔に当たって、少しくすぐったい。


チュリネ「チュリネも、かんがえる したいなあ」

チュリネ「だって チュリネ、にーちゃんの『しゅぎょう』 できないもん」

チュリネ「だから、にーちゃんと いっしょ、『べんきょう』するの」

ダゲキ「……」

チュリネ「そーしたら、チュリネ いっぱい、にーちゃんと おはなし するの」


彼女の言う言葉は、他の友人たちより、ずっと拙い。

それは、同じく拙い自分にもわかる。

けれど、言いたいことはわかる。

伝えたい気持ちは、よく伝わる。

……ならば、拙いということは、劣ったことではない、ということなのだろうか。


ダゲキ「……チュリネ」

チュリネ「なーに」

ダゲキ「チュリネは えらいね」

チュリネ「……!!」


頭の上に揺れる葉が、ぴんと尖った。

まるで、雷を受けたみたいに。


チュリネ「ほんと!?」

ダゲキ「うん」




811 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:20:13.94TY0tlMqOo (19/20)


チュリネ「チュリネ、えらい?」

ダゲキ「うん」

チュリネ「じゃあ、なでなでして!」

ダゲキ「えっ……」

チュリネ「チュリネ、なでなでが いい!」


仕方なく、頭を撫でてやる。

頭を撫でることも、あのひとがやってくれたことだ。


いつかチュリネの頭を撫でてやってことがあった。

それ以来、時々『撫でろ』と言われる。

そんなに、気に入ったのだろうか。


チュリネ「~♪」


すると、チュリネは鳴き声とも悲鳴ともつかない、妙な声をあげた。

ぎょっとするが、嬉しそうだった。


チュリネ「おひざで、ねんね していい?」

ダゲキ「いいよ」

チュリネ「やった! にーちゃんと、ねんね!」

ダゲキ「ぼくは、ねないけど」

チュリネ「うー……」


チュリネ「……ねえ、どーして、いつも ねんねしないの?」

ダゲキ「ううん……」


眠くならないわけではない。

修行の途中で、瞼が重くなることはある。

でも……。


ダゲキ「いっしょに ねちゃうと……ひ あぶないよ」

チュリネ「あっ、そうだね!」


結局、うまく話すことなんて、自分には到底できない。

それは、話すのが上手になるとか、言葉をたくさん知っているとか。

そういうこととは、関係ないんだと思う。




812 ◆/D3JAdPz6s2014/04/21(月) 21:22:30.06TY0tlMqOo (20/20)

今回は以上です

書けなくなっていた原因は、少し精神的に整理がついたので
ペースは相変わらずですがまた投稿続けられると思います

それでは、また


813VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/21(月) 21:57:04.31a4cOxt8Po (1/1)

乙です


814VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/21(月) 22:46:16.21yjZDkp9X0 (1/1)

乙!

>>808
>目の裏に、図体が大きく、長い長い尾を揺らす姿が浮かんだ。

これを読んで>>786が浮かんでしまった。


815VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/22(火) 16:12:28.600iIF6hP20 (1/1)


いい意味でスレタイ詐欺だぜ

改めて思ったけどアニメのニャースってすごいんだな...
それともこんな感じの苦労があってペラペラ喋れるようになったのかな


816VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/22(火) 22:28:59.45vNqUSHw7o (1/1)

ニャースの場合、とあるペルシアンに一目惚れしてだったな
R団に入ってなければ、今頃はポケモンに関する事は事件でも何でもなポケモンになってたかもしれない
人間同士での翻訳家ですら引っ張りだこなんだし


817VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/23(水) 13:26:55.79ygblU9fq0 (1/1)

ペルシアンだっけ?、ダイヤいっぱい付けたおばさんのニャースじゃなかったかな?
本当にR団のニャースは才能の無駄遣い過ぎるよな…もっと良い職場はあっただろうに…


818VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/23(水) 19:54:28.12MXEc7tqWo (1/1)

ニャースのあいうえお だな
カントー地方での初期段階での話だな

お相手は♀ニャースのマドニャンorマドンニャで、そいつから人間になれる?と言われて
必死こいて二足歩行と人間の言葉を覚えたまでは良いけど、代償として猫に小判を覚えられなくなった筈
相手から結局、二足歩行&人間言葉キモイで撃沈、グレてロケット団入り だな


819 ◆/D3JAdPz6s2014/04/25(金) 20:37:29.25KbVhttt4o (1/1)

お、おみゃーら本当にニャースの話だと盛り上がるんだにゃー!?

いつも本当にレスありがとうございます

あの頃のアニメポケモンは『真面目にふざけてる』というか
なんだか不思議な雰囲気だったような記憶
最近は見てないから、今のアニメがどうなってるかは、わからないけど

>>815
スレタイ詐欺っすか
○○「××××」形式では他に思いつかなかったんだ…
このタイトルだと、なんか違うものを想定しますかね


820VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/25(金) 21:19:53.45kC6rwRJP0 (1/1)

>>819
いや面白いから別にいいと思うぜ



821VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/25(金) 21:45:13.64Gsr+doLN0 (1/1)

戦闘では最強にしてくれよな



822VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/01(木) 23:30:35.03VZElhqOs0 (1/1)

待ってる


823 ◆/D3JAdPz6s2014/05/01(木) 23:46:03.80832ifbPFo (1/5)

こんばんは

それでは、始めます


824 ◆/D3JAdPz6s2014/05/01(木) 23:49:45.80832ifbPFo (2/5)


そういえば、この怪しい隣人は、出会った時に言っていたではないか。

自分だけでなく、自分の友人にも『勉強』をさせてみたいと。

だから、そのためにこの博物館へ足を踏み入れたと。


アロエ「……それで、お友達の勉強の方はどうなんだい、『センセイ』」

ミュウツー『……センセイ?』


不意に『声』が、怪訝そうな響きを持った。

よく見ると、マントの片隅を握り締める手が見えている。


二足歩行だからだろうか。

アロエはいつの間にか、それを『前脚』ではなく『手』と認識していた。

我ながら勝手なものだ、とアロエは思う。


いつから、あの手はああして布切れを掴んでいたのだろうか。

“人間と違って”三本しか指のない、色の薄い手。

見慣れない、妙な造形の手。


ミュウツー『なぜ、そんな呼び方をする』

アロエ「……えっ?」


思わず声が漏れる。

まさかにも、『先生』という言葉を知らないとは思えなかった。

では、『マントの君』は何に引っ掛かりを覚えたというのだろう。


アロエ「……あれ、そんなに変なこと、あたし言ったかな」

ミュウツー『いや……そうではない』

ミュウツー『ニンゲンの言語や概念に関して言うならば、だが』

ミュウツー『その点において、貴様の方がおかしい、ということはありそうもない』

ミュウツー『ならば……いや、当然、おかしいのは私の方……なのだろうな』


アロエ(……知らなくて驚いてるってのとは、ちょっと違うか)


アロエ「どういうこと?」

ミュウツー『「センセイ」とは……研究者たちの長や指導者を指す言葉だ』

ミュウツー『……少なくとも、私の持つ知識の中では』

ミュウツー『私には、そう呼ばれる心当たりがない』




825 ◆/D3JAdPz6s2014/05/01(木) 23:53:05.47832ifbPFo (3/5)


アロエは内心、唸る。

たしかに、その認識が完全に誤っているとは言えない。

特定の条件下であれば。


アロエ「キミって……いったいどんなところで育ったんだか」

ミュウツー『……やはり、そう感じるか?』

アロエ(……あっ)

アロエ「えっと……」


友人が響かせる声には、不安が滲んでいる。

無視できない何かが食い違っていることに、本人も気づいているのだろう。


『この人間の女と自分の間には、ある単語の意味や概念について認識のずれがある』。

『それはつまり、どういうことなのだろう』。

『何を意味するのだろう』。


ミュウツー『やはり、私の……』


流れ込む声を遮るように、かぶりを振った。


アロエ「ううん……別に、そういう意味じゃなかったんだ」


実際、発言したアロエ本人にそんなつもりはなかった。

人間同士の間にだって、認識のずれはいくらでもある。


そんなことは、大して問題にならない場合が多い。

人間同士ならば。

けれども、この出自も知れぬ、姿さえ見せてはくれない友人にとっては、どうだろう。


人間の言葉を扱うということは、この子にとってどういうことなのか。

本来は自分たちの道具ではない、と理解しながら思考し、使う。

この子には、この子の言葉があったはずだ。

たしかに、『領分を侵している』と言えるかもしれない。

それはあまりに無粋な切り捨て方だが。




826 ◆/D3JAdPz6s2014/05/01(木) 23:57:02.79832ifbPFo (4/5)


アロエ「ごめん、気にしないで。キミの認識はおおむね間違ってないから」


アロエ(……舞台が、研究機関や医療機関である場合には、ね)

アロエ(さっきの物言いといい、本当にこの子は、どんなところにいたんだろう)

アロエ(嫌な予感しかしないなぁ)


ミュウツー『そうか……』

ミュウツー『普通は……どういう意味で使うものなのだ』

アロエ「一般的に『センセイ』って言ったら、自分に何かを教えてくれているひとのことだね」


いまだ不安が払拭されたわけではないはずだ。

それでも、客人は話の矛先を逸らした。


ミュウツー『では、今この場では、貴様も私のセンセイ……ということか』

アロエ「……そう改めて言われると、不思議な感じだ」


アロエはようやくほっとした。

もっとも、敢えて追求せずにいてくれているだけなのかもしれないが。

互いにそれ以上『そこ』に触れないことが、今この場では不文律となった。

それだけは、おそらく間違いない。


アロエ「それで、実際に『センセイ』をやってみて、どうだった?」

ミュウツー『私も彼も、文字を憶えようとしただけだ』


アロエ(……『彼』、か)


ミュウツー『読むだけなら、私も現時点で……ある程度できるからな』

ミュウツー『だから、どちらも試行錯誤しながら、だったように思う』

ミュウツー『……本の中身について尋ねられていたら、わからなかった』

アロエ「そうだろうね」

アロエ「そのうち、もうちょっと高度な話になってくるだろうけど」

アロエ「自分が教える側、相手が教わる側……って思い込むと、落とし穴に落ちるから」

アロエ「そこは、気をつけないとね」

ミュウツー『落とし穴?』

アロエ「うーん、そうねぇ……」

アロエ「……キミは、わからないことを、『わからない』って素直に言える?」

ミュウツー『……?』


ミュウツーの被る、年季の入った布が揺れた。

フードのように被っている布の内側で、首を傾げたのだろう。




827 ◆/D3JAdPz6s2014/05/01(木) 23:59:14.28832ifbPFo (5/5)


ミュウツー『私は……まだ私自身が、自分の意思で学ぶことを始めたばかりだ』

ミュウツー『以前から知っていたことを除けば、知らないことも、わからないことも多い』

ミュウツー『わからないところは、わからないと言う以外にない』

アロエ「キミは、そう思えるんだね?」

ミュウツー『……ち、違うのか?』


ミュウツーの言葉を聞き、アロエは嬉しそうに首を横に振った。

ある意味、彼女にとっては期待通りの反応だった。


アロエ「ううん、違わない」

アロエ「その素直さは、とても大切なことだよ」

アロエ「けど、大切だからこそ、いとも簡単に失われてしまう」

ミュウツー『なぜ?』

アロエ「自分を偽る、本当のことから目を逸らす……落とし穴はどこにでもある」

アロエ「本当に大切なことは、失ったことにさえ、なかなか気づけない」

ミュウツー『そんなに大切なものなら、失えば気づくのではないのか?』

アロエ「どうかな」

アロエ「失って……あるいは捨ててしまって、ずっと経ってから、ふと思い知ることもある」

アロエ「頭か身体のどこかに、もう二度と埋まらない穴が開いている、ってこと」

アロエ「それで、おしまい」

ミュウツー『……二度と……埋まらない穴』


その言葉は、人ならぬ客人にどう響いたのだろう。

実感を伴って思い出される記憶が、その心の中にあるのだろうか。


アロエもこの新しい友人について、多くは知らない。

これまで、この世界でどんなことを経験してきたのか。

何を見て、何を感じ、何に心を動かされてきたのか。

そんなことは、まったく知らない。


それでも……だからこそ、こちらからできる働きかけは少ない。


示し、気づかせてやることしかできない。

自分の世界は、今よりもなお広げることができる、と。

広げたいと願うとき、広げようとするとき、何が必要なのか。


人間でもポケモンでも、それは変わらないはずだ、とアロエは考えている。




828 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:00:22.326KM+PMnKo (1/9)



わたしは やがて ゆっくりと めを ひらきました


もう わたしに めは ありません


けれども わたしは めざめたのです




ここは どこ なのでしょうか


わたしは たしかに あのかたに はなしました


わかってくれたのか どうか わかりませんが




もりに くらす あのこたち


そとから やってきた あわれな あのこたち


かわいい かわいい あのこたちが


ほんとうに ほんとうに きがかりなのです と




めを とじて じっと していると


こころが すこしずつ ふかく ふかく


なにかに ひたって いくのが わかりました


わたしは やくめを おえたので


なにも こわいこと なんて ありません





829 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:01:27.406KM+PMnKo (2/9)



やくめを おえた いのちの ともしびは


なにも のこさず ふきけされてしまう わけでは ないのです


はたすべき いのちを おえた たましいは


おもい からだを はなれ


くらい そらに まい


やさしい てのひらに まもられて


さいごには あたたかい うみに もどっていく だけなのです


だれが おしえて くれた わけでは ないけれど


わたしは そのことを ちゃんと しっています




おおきく やさしい なにかに かかえられ


わたしは ながい ねむりに つくはず でした


うみと ひとつに なるはず でした


なのに……




――おお


――こんな ところで なにを しているのですか





830 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:02:32.216KM+PMnKo (3/9)



うえも したも わからないのに


だれかの こえが うえの ほうから きこえました


わたしは こえの するほうを みあげました


わたしには もう くびも かおも ありません


ですから なんとなく そんな つもりで いるだけ なのです



さあ わかりません と おもいました




――そう ですか




こころに おもっただけで こえが そう こたえたのです


けれども わたしは それを ふしぎとは おもいません


ここでは それが ふつうのこと だと わかったのです




――ふあん でしょう


――こわい でしょう




こえは やさしい ひびきで そう いいます


けれども わたしは こたえました


わたしは すべきことを きちんと おえたのです


だから こんなに こころ おだやかです





831 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:04:10.066KM+PMnKo (4/9)



――では なにが しんぱい なのですか




いつのまにか こえ だけでなく


まっくろい なにかが みえて きました




いえ まっくら とは すこし ちがいます


ここは くらいも あかるいも ない ばしょ だったのです


それなのに わたしの うえの ほうに


くらやみよりも くろく あたたかい なにかが ただよっています




――もう わたしが みえる でしょう




こえの いうとおり でした


わたしは しっかりと くろい だれかを みあげます




わたしには もう てが ありません


うでも ありません


けれども くらやみは わたしの てを とりました


みえない けれど


わからない けれど


わたしと くらやみは てを つないだのです





832 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:08:49.796KM+PMnKo (5/9)



――まいごは たまに いるのです




わたしは なんだか うれしく なりました


つないだ てから


とても やさしい きもちが ながれて きたからです




すると また こえが きこえました


こんども やさしい こえ ですが


すこし さびしそう だと おもいました




――ここは いいところ です


――だれも ねむらない




くろい だれかは ちょっと こまっています


かおは ありませんが


かんがえている ように みえました




――けど……


――さいきん すこし まいごが おおい です





833 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:10:19.316KM+PMnKo (6/9)



わたしの ほかにも


ここに きた だれかが いるのでしょうか


けれども わたしには みえません


くろい だれか しか みえないのです




――しかたない


――ほうっておく わけにも いきません




でも わたしは……




わたしの きもちを しって


くらやみは わたしを みました




とても しんぱいな こたちが います


おいてきて しまったのです




――そう ですか


――でも あなたは もう




そう いうと


くらやみは わたしを つれて ふわりと とびました





834 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:12:35.596KM+PMnKo (7/9)


ミュウツーはアロエの言葉を反芻しながら、意識を自分の内側に向ける。

自身の身体に、あるいは心のどこかに、そういう穴があるのではないか。

そう、イメージしてみる。

思い出そうとするのは、生まれてからのことだ。

少しずつ、ひとつずつ思い浮かべ、辿っていく。


最近のことを思い出す。

青々とした緑に溢れた森と、友人たちの姿。

『私』がどこから来た、どんな存在なのか、気にもかけない。

追求しようともしない。

はがゆいが、なによりも安心した。

新たに得たもの、知ったことこそあれど、失ったものなどないはずだった。


少し前のこと。

昏く広く、蠱惑的な海原で受けた冷たい夜風。

暗く、湿度の高い洞窟で過ごした日々と、突き刺さる視線。

怒りと諦めと、憎しみしか自覚できなかった。

誰もが『私』を疎み、畏れ、毛嫌いしていたはずだった。

考えれば考えるほど、『父』への言い表しようのない感情ばかりが渦巻く。

心に“こごる”ものはあったが、得たものは少ない。

思い返したいことも、あまりない。


もっともっと、以前のことを、慎重に思い出す。

のっぺりとした機械が立ち並び、皆が『私』を見ていた研究所。

『父』が、周囲の白衣たちに向かって、なにごとか怒鳴っている。

きっと『父』は、『私』が弾き出す数値に満足がいかないのだろう。

『私』は申し訳なさと、そして名も知れぬ重い気持ちを強く感じていた。

それから――。




835 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:15:50.786KM+PMnKo (8/9)


それ以上はもう、何も思い出せなかった。

なのに、誰かが脳裏で叫んでいるような気もする。


心の奥底にある、きのみの種のような、小さな小さな粒が声をあげている。

気がするだけで、その声がなんと言っているのか、『私』にはわからない。

おそらく、いや確実に、声の告げる言葉がわかる日が来ることはない。


ただ、『私』はその時、理解した。




『私』の心には、とてつもなく大きな穴が開いている。







836 ◆/D3JAdPz6s2014/05/02(金) 00:26:39.256KM+PMnKo (9/9)

今回は以上です

>>820
面白いって言ってもらえてホッとしました
自分じゃ書いてて無茶苦茶楽しいんですが
「あれ、これ読んでて面白いのか?」ってたまに気になるんで…

>>821
ミュウツーは最強だよ(小並感


分量が少なくてすんません
ひとかたまりが長いところは本当に長いんですが

それでは、また


837VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/02(金) 00:35:29.64SgdCDsVpo (1/1)

乙です


838VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/02(金) 00:36:27.11FZjDGmXA0 (1/1)




839VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/02(金) 14:46:56.31Xj50QMJ60 (1/1)

乙です!

喋るポケモンと言えばギエp・・・あっ、いや、何でも無いです・・・


840VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/02(金) 16:40:43.742XloyWYn0 (1/1)

面白いよ!
うん! めっちゃ面白い!
面白すぎて臍で茶が沸くよ!


841VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/02(金) 16:52:27.849hsiK2ly0 (1/1)

>>839
喋るポケモンと喋らないポケモン両方いるよな
ピカチュウが喋れない辺り知能の問題とも思えないし、どういう基準なんだろうか


842VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/02(金) 20:05:49.56GIbjbcS2o (1/1)

犬猫の発音を真似は出来ても意味は理解できないだろ?
逆に犬猫がある程度のこちらの言葉の意味は理解出来ても、発音する事が出来ないのと同じ


843 ◆/D3JAdPz6s2014/05/03(土) 12:33:45.287Ye+fxp4o (1/1)

>>839,>>841-842
オウムとか九官鳥を考えると、鳥ポケは喋れてもむしろ不自然でないかも

>>840
絶許


844VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/12(月) 10:54:14.01+4yrY0RGO (1/1)

まだ待つ


845 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 19:58:14.73sqq1Nyjzo (1/11)

今夜、推敲終わったら投稿しに来ます


846VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/14(水) 21:13:37.49SW27Gpu9o (1/1)

把握


847 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:43:53.47sqq1Nyjzo (2/11)

それでは、始めます


848 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:45:49.56sqq1Nyjzo (3/11)


どうにかして、穴の中を覗き込むことができればいいのに。

あるいは、ぽっかりと開いたその形だけでも見ることができれば。

自分が本当は何を失ったのか、知ることができるのかもしれない。

けれど、考えずともわかる。


そんな方法がないことくらい。


ミュウツー『……そ……』

ミュウツー『その「二度と埋まらない穴」が開いてしまったら』

ミュウツー『……どうすればいいのだろうか』

アロエ「……」

アロエ「残念だけど……その疑問には答えてあげられないなあ」

ミュウツー『……?』


尋ねれば、それなりの回答が得られると思っていた。

『わからない』『知らない』と言うのならば、まだ理解できる。

その言葉の意味するところは、『“彼女には”わからない』『“彼女は”知らない』だからだ。

知らないならば、考えたり、調べることで答えを手に入れることができる。


だが人間の女は、いとも簡単に『答えられない』と『答え』た。


ミュウツー(『答えられない』とは、どういう意味だ?)


ミュウツー『では……』

ミュウツー『失われてしまったものは、二度と取り戻せないのだろうか』

アロエ「うーん……それはやっぱり、出来ないんじゃないかな」


今度は、やけにあっさりと答えを示す。

この問いかけに対しては、『答えられない』わけではないようだ。

……何が違う?

どう違う?

考えても、にわかに答えは出ない。




849 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:48:00.86sqq1Nyjzo (4/11)


ミュウツー『……なぜ、そう思う?』

アロエ「『なぜ』っていうより、そういうものなんだよ」

アロエ「失ったものを“新たにもう一度”手に入れることは、できるかもしれない」

アロエ「それだって、本当に大変なことだけど」

アロエ「それでもやっぱり、失ったものを『取り戻す』ことはできない」

アロエ「失うっていうのは、そういうことなんだよ」


よくわからない。

けれども、言いたいことは理解できる気がする。


女の返答にはなぜか、妙な実感が伴っている。

これまでの人生で、この女は何を失ったというのだろう。

尋ねても、おそらく『答えて』はもらえまい。


ミュウツー『私には、違いがよくわからないな』

アロエ「そう?」

アロエ「うーん、そうだなぁ。あるトレーナーがいたとしようか」

アロエ「その人には、自分のパートナーとして、とても大切にしているポケモンがいた」

アロエ「その人とポケモンは本当に信頼し合っていて、見てて羨ましいくらいだった」


パートナー?

大切?

信頼?


ミュウツー『ニンゲンとポケモンが、そんな関係を築くことができるのか?』

ミュウツー『そんな例はあくまで……』

アロエ「はい、ストップ」

ミュウツー『……?』

アロエ「先生の話は、まず静かに聴きましょう」

ミュウツー『む』

アロエ「人間の子供だと、まず席につくのが第一歩」

アロエ「それから、先生の話を静かに聞けるのが第二歩」

アロエ「キミだったら……第二歩からやれると思うよ」

ミュウツー『……そうか』

ミュウツー『「そういうもの」なのだな?』

アロエ「まあ、そういうことだね」




850 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:49:40.42sqq1Nyjzo (5/11)


アロエ「質問は、あとで受け付けます」

ミュウツー『わかった』

アロエ「先生への返事は『はい』です。わかりましたか」

ミュウツー『わかっ……はい』

アロエ「よろしい」


こんなものは、滑稽な小芝居だ。

極めて質の悪い、人間の慣習の模倣にすぎない。

そう断じたにも関わらず、この空間にはむしろ相応しいとさえ思えた。

自分でも、それが不思議でならない。


アロエ「あの人たちは、本当にいいコンビだったんだよ」

アロエ「ポケモンバトルもやたら強かった」

ミュウツー『……』

アロエ「キミがキミの立場で、ポケモンバトルそのものをどう感じるかは別として、だけどね」


人間がポケモンを従えること。

そして戦いに使うこと。

道具にすること。

つまり、消費すること。


その是非を問い質したいのはやまやまだった。

だが今この瞬間、この場はそんなことを争点にするためにあるわけではない。

それは自分でもよくわかっているつもりだ。

だから疑問を持ったとしても、ひとまずは黙って聴くことにした。

言葉を使わずにそれを示すため、ミュウツーは軽く頷いてみせる。


アロエ「でもある時、そのポケモンが死んでしまった」

ミュウツー『……』

アロエ「もちろん……バトルで死なせたわけじゃないよ」

アロエ「病気」


そう言いながら、アロエは小さく肩を竦める。

そのしぐさの意味は、ミュウツーにもよくわからない。




851 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:50:33.08sqq1Nyjzo (6/11)


アロエ「……その人は相棒の死を悼み、なにより心から悲しんだ」

ミュウツー『それは、お前自身の……あ、いや、あとでいい』

アロエ「……」

アロエ「これはあくまで、あたしの知り合いの話」

アロエ「あの人が大切にしているポケモンは、そりゃあ他にもたくさんいたけど」

アロエ「それでも、死んでしまったその子の“かわり”にはならなかった」

アロエ「……他の子たちを“かわり”にするつもりなんて、はじめからなかっただろうけどね」

アロエ「話はここまでだよ」

アロエ「質問は挙手すること……あ、挙手って、わかる?」


高らかに宣言され、ミュウツーは思わず背筋を伸ばした。

それから少し考え、おずおずと腕を持ち上げて挙手を示す。

手を掲げたことで、シーツの隙間からうっすらと風が吹き込む。

自分の姿が相手に見えてしまいそうだった。


ミュウツー『貴様は今、その話に出てくるニンゲンが貴様自身では“ない”と言った』

アロエ「うん」

ミュウツー『ならば、その……話に出てきたニンゲンは、今どこでどうしている?』

ミュウツー『今も、残ったポケモンを引き連れて、どこかで戦わせているのか?』

アロエ「そうねぇ……ポケモンバトルは、相変わらずやってると思うよ」

アロエ「でも、どこにいるんだかねぇ」

ミュウツー『行方不明……なのか?』

アロエ「あはは、そう言っちゃうと身も蓋もないなぁ」


女は即答し、それから苦笑いしている。


アロエ「……旅に出ちゃったのよ、その人」

ミュウツー『……旅?』

アロエ「そう。本来、携わってたこともひと休みにして、旅に出た」

アロエ「レンブも、ロクでもない師匠なんか持って苦労するわね」

ミュウツー『……レンブ?』


また、耳慣れない単語が出現した。

どうやら、人名のようだが。




852 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:52:27.54sqq1Nyjzo (7/11)


アロエ「ああ、うん。レンブってのはその人の……まあ、弟子かしらね」

アロエ「そうは言っても、本当に行方知れずなわけじゃないのよ」

アロエ「イッシュをあちこち旅して、時々みんなのところに顔を出してくれるから」

アロエ「気にはかけてるけど、心配はしてない」

ミュウツー『……旅……』

ミュウツー『その旅は、「穴を埋めるため」……ではない、ということか』


そこには、旅に出たなりの理由や目的があったはずだ。

『相棒』を失ったことによる『二度と埋まらない穴』を埋めるため、だろうか。

悲しみや寂しさを癒やし、“かわり”を得るためか。

だが、それは違うのだと、それは叶わないと女は言った。

そんなことを目的とした旅に意味はなく、結果も望めないのだと。


アロエ「もちろん、違うね」

ミュウツー『では、何を目的とした旅だ』

アロエ「相棒を失ったことで得たものを、みんなにも示すため……かな」

ミュウツー『……??』

アロエ「これ聞いただけじゃ、意味わかんないでしょ」


女は、自分の言っていることに自分で呆れているようだった。

布きれの隙間から見る。

女の目は、その口調とは裏腹に真剣さを帯びている。


アロエ「なにもね、今この瞬間に無理して理解しようとしなくていいんだ」

アロエ「今でなくても、いつか不意に合点がいくことだってある」

ミュウツー『……そうか』


女の言葉は、ややこしい謎掛けのようだ。

わかるようで、わからない。

全貌は掴めないのに、ふとその断片が理解できそうになる。

色彩の薄い、鈍色の障壁がごちゃごちゃと視界を遮っている。

その向こう側に、色も鮮やかな『話の本質』が見え隠れしている。




853 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:53:21.24sqq1Nyjzo (8/11)


ミュウツー『失うことで得るとは……どういう意味だ』

ミュウツー『そのニンゲンは、何を得たのだろうか』

アロエ「さあね」

アロエ「彼が何を得たのかは、彼に会って、ハナシをすればわかるでしょうね」

アロエ「どこかで会う機会があるといいけど……まあ、それは運次第か」

ミュウツー『「彼」……そのニンゲンは、男か』

アロエ「言ってなかったっけ。……まぁ、性別は別に重要じゃないんだけど」

ミュウツー『……そのニンゲンが連れているポケモンたちは、その男の旅をどう感じているのだろうな』

アロエ「そうだねえ」

アロエ「あたしやキミには、きっと……やっぱりわからないものなんだよ」

アロエ「彼自身の気持ちも、彼のポケモンたちの気持ちも」

アロエ「わかろうと努力することは大事かもしれないけど、わかることが大事なわけじゃない」

ミュウツー『「センセイ」にしては、わからないことが多いのだな』

アロエ「あはは、キミの素直さを見習ってみただけだよ」

ミュウツー『む……』


どうにも、やりこめられてばかりだった。


そのトレーナーとポケモンというのは、実際にはどんな関係だったのだろうか。

ポケモンの死を、我がことのように悲しんだ人間がいた、ということらしい。

貴重な素材を失って嘆くのではなく、戦力を失って憤るのでもない。

道具のように扱っているわけではない。

……実験材料にしているわけでもない。

かつてならば、とても信じられなかったことだ。


ひとりでは生きていけない、弱いポケモンが人間に庇護を求める。

寄り集まり、群れる。

人間はそれを支配している。

そういう響きは、彼女の話から微塵も感じられない。

かつての自分ならば、あるいはそう断じていたかもしれないが。


あのやけに朗らかなレンジャーは、どちら側なのだろう。




854 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:55:07.11sqq1Nyjzo (9/11)


言葉が途切れた。

ボッ、と蝋燭が音をたてて揺れる。


ミュウツー『……ところで、さっきの話に戻ってしまうが』

ミュウツー『心が目を閉じた状態というのは、表情や感情そのものが失われるのか?』

アロエ「……?」

アロエ「友達の中に、そういう子がいる、ってこと?」

ミュウツー『感情の起伏はあるのかもしれないが……ほとんど無表情だ』

ミュウツー『他のポケモンは、何を考えているかわかりやすい者が多い』

ミュウツー『やけに浮き沈みの激しい、よくわからない奴もいるが』

ミュウツー『それはそれで、違和感を覚えないこともない』

アロエ「そっか」


「うーん」と小さく唸り、アロエは考え込んだ。


アロエ「その子も、ポケモンでしょう?」

ミュウツー『そうだ』

アロエ「キミはその子のことが、心配なんだ」

ミュウツー『……わからない』


彼のことが心配なのだろうか。

自分で自分に問いかけてみる。


ミュウツー『わからないが……浮き沈みが激しい方も含めて、「気になる」』

ミュウツー『理由がわからないから、気にかかる……興味がある』

アロエ「興味、ねぇ……」

ミュウツー『私は、奴らと同種族の他の個体を見たことがない』

ミュウツー『だから、奴のあの淡々としたようすが、何に由来するものなのか、わからないのだ』

アロエ「……なんていうポケモン?」

ミュウツー『……なぜ?』

アロエ「特定の種族に多い気質っていうか、性格なんかもあるから」

アロエ「ひょっとすると、その子が精神的にどうこうではなくて、そもそもの種族的性質の可能性もある」

ミュウツー『……ううむ』

アロエ「あ、やっぱり言いたくないかな?」




855 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:57:24.57sqq1Nyjzo (10/11)


ミュウツー『いや、そうではない』

ミュウツー『なんという種族なのかがわからないだけだ』

アロエ「あ、ああ……なるほど」


そう言いながら、アロエは机の上に手を伸ばす。

彼女の机の上には、大小さまざまな本が何冊も並んでいた。

そのうちの一冊に触れ、背表紙を引いて軽く傾ける。


アロエ「うーんと……どんな見た目?」

ミュウツー『人間に近い二足歩行で、額に十字の模様があり……手足と頭は青色だ』

ミュウツー『私と同じく、指は三本だが……ずいぶんと形は違う』

アロエ「あ、それは『ダゲキ』かもしれない」


アロエが本から手を離した。

触れていた本は、どうやら図鑑か何かだったようだ。


アロエ「たぶん、だけど……キミの形容だと、そのポケモンは『ダゲキ』だと思う」

ミュウツー『「ダゲキ」……』

ミュウツー『それは、その種族の総称なのか。誰かひとりの名ではなく』

アロエ「そうだね。その子ひとりを指し示す名前ではない」


ミュウツー(では、ニンゲンに向かって『おいニンゲン』と言っているのと同じか)

ミュウツー(……他の連中も?)


ミュウツー『では、「ジュプトル」はどうだ』

ミュウツー『「フシデ」や、「ヨノワール」、「チュリネ」、「バシャーモ」も、そうなのか?』


知っている名を片っ端から挙げていく。

正確に言えば、今まで友人たちの名だと思っていた名詞、でしかないのだが。

これまで、疑問にすら感じていなかったことだ。


アロエ「あー、うん。それもみんな、個人の名前っていうより種族全体の名称だ」

アロエ「あたしたち人間のことを『人間』ってくくるのと同じ、かな」

ミュウツー『そうか』




856 ◆/D3JAdPz6s2014/05/14(水) 23:59:33.73sqq1Nyjzo (11/11)


『フシデ』は、あの森に複数いた。

そうだ。

キィキィと叫びながらフシデたちが逃げていった時、そのことに気づくべきだったのだ。

きのみを運んできたフシデも『フシデ』ならば、逃げたフシデも『フシデ』だ。

それで今まで不都合に思うことなどなかった。


ミュウツー『私は、彼らの……ひとりひとりを指す名も知らないということか』

アロエ「友達かどうかって、そういうところで測るもんじゃないと思うけど」

ミュウツー『う、ううむ……』

アロエ「……それにしても、キミのお友達ってずいぶんバラエティ豊かだね」

ミュウツー『……そうなのか?』

アロエ「どっちかっていうと、バラバラ……っていうか」

アロエ「ヨノワールもジュプトルもバシャーモも、このイッシュにはいない」

アロエ「ああ……まあ、いないこともないのかもしれないけど」

アロエ「少なくとも、この近辺にうろうろしてるポケモンじゃない」

アロエ「誰か人間が、よその地方から連れてきたのでもない限りはね」


ミュウツーとその友人たちはその大半が、ヤグルマの森にとっては“よそもの”だ。

そんなことは、とうにわかっている。

だがその疎外感は、あの森の中に限った話ではなかったらしい。

この地方全体から見ても、なのだという。

『森』が『地方』に、少々広がっただけだ。

にも関わらず、急に肩身が狭くなった気さえした。


ミュウツー(所詮は、どう足掻いても異物、ということなのか)


アロエ「ヨノワールは、シンオウの知り合いがよく話題に出してたから……シンオウだったと思う」

アロエ「ああ、ヨノワールが進化する前のヨマワルは、ホウエンにもいたか」

アロエ「ジュプトルとバシャーモは……たしか、ホウエンの『最初の三匹』だったかな」

ミュウツー『「最初の」……「三匹」……?』


聞き覚えのあるフレーズだった。

どこで聞いた言葉だったか。

耳にしたのは、ずいぶん昔だったような気がする。

もう少しのところで思い出せない。

歯痒い。

少しだけ、胸のあたりがもやもやする。




857 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:00:57.32bkaD2x5po (1/17)


アロエ「うーん……なんて説明したもんかな」

ミュウツー『……個人的なことだから、言っていいのかどうかわからないが』

アロエ「?」

ミュウツー『その「ジュプトル」は、野生に生まれたのではなく、ニンゲンが繁殖させた個体のようだ』

ミュウツー『奴の話からすると、一ヶ所で飼育され、それからトレーナーの手に渡っている』

アロエ「……そうか、じゃあそういう話もした方がいいか」

ミュウツー『……?』


女が椅子に背を預けると、椅子がきいきいと音をたてた。

アロエは壁の本棚に目を向ける。

なかなか口を開かない。

何か、躊躇わねばならない話なのだろうか。


アロエ「人間が最初に自分の相棒にするポケモンは、どうやって手に入れると思う?」

ミュウツー『それは、自分が連れているポケモンと戦わせ……あ?』

アロエ「“いちばん最初”の、ポケモンだよ」


ゆっくり、はっきりと言う。

アロエは自身の言葉を、一文字ずつ床に並べていくように話している。

その言葉の意味をよく考えろと言っているのだった。


ミュウツー『……戦わせる手持ちが、いないか』

アロエ「うん」

アロエ「もうわかってると思うけど、『最初の一匹』は野生のものを捕まえるより、人から貰うことが多い」

ミュウツー『「ジュプトル」は、そのために繁殖させられたポケモンだと言うのか』

アロエ「そういうことだね」

アロエ「キミにとっては……ぞっとしない話だろうけど」


ミュウツー(『ぞっとしない』……?)

ミュウツー(よくわからない)


アロエ「もちろん、ポケモンを所有している誰かの助けを借りて、入手する場合もある」

アロエ「でもまぁ、たいていはある程度の年齢になった時に、他人から一匹目をもらう」

アロエ「だからそういうポケモンには、初心者向けとされているものが選定されているの」




858 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:02:06.93bkaD2x5po (2/17)


ミュウツー『初心者向け……というのは、何をもってそう判断する?』

アロエ「さっき言った種族的性質が、理由としては大きいね」

アロエ「比較的穏やかな性格の個体が多いとか、病気に強い、成長が早い……とか」

アロエ「その地方で普遍的に見られる、ってことも大事かな」

アロエ「万が一、野生に放たれてしまっても、生態系に大きな影響が出ないようにって」

ミュウツー『……』


自分がにわかに苛立っていることがわかった。


ミュウツー『生態系に大きな影響が出ないなら、捨てても問題はないと?』

アロエ「まさか」


ほんの少し、腹が立っただけだ。

言葉尻が刺々しくなってしまったかもしれない。


アロエ「いや、あたしたちに言い訳する権利なんかないか」


この人間に悪意はない。

それはわかっている。

それでも、友人たちが様々な形で味わっただろう苦痛を軽んじられたように思った。


アロエ「もちろん、一度はパートナーになるポケモンだもの」

アロエ「……苦肉の策、っていうのかな」

アロエ「捨てたりなんかしないのが、一番いいよ」

アロエ「そう思ってることだけは信じてほしいけど」

ミュウツー『……』

アロエ「話の続き、どうする?」

ミュウツー『続けてくれ』

アロエ「わかった」

アロエ「……で、ホウエンで『最初の三匹』に選定されているのが……」

アロエ「ジュプトルの進化前であるキモリ、バシャーモの進化前であるアチャモと、それからミズゴロウ」

ミュウツー『最初に与えられる選択肢が三種類いるという話は、聞いたことがある』


……どこで?


――誰もが、最初に手に入れる……


誰が、そんなことを教えてくれた?




859 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:03:42.96bkaD2x5po (3/17)


アロエ「ああ、そうなんだ」

アロエ「山だの海だの、自然の壁に隔てられてるから、場所によって棲むポケモンも変わるし」

アロエ「そうすると当然、その『三匹』も変わってくるんだけど」

ミュウツー『このあたりでは?』

アロエ「えーと、イッシュだとポカブ、ツタージャ、ミジュマルだね」

アロエ「お友達に、いる?」

ミュウツー『……聞いたこともない』


むろん、目にしたこともない。

どんなポケモンなのだろうか、と想像してみる。

だが、いまだ見知らぬ彼らの姿がミュウツーの頭の中で具体的な像を結ぶことはない。

もやもやと形を変えるメタモンと大差なかった。

いつか映像で見た、メタモンの間抜けな顔まで、そのもやもやした姿に収まりそうだった。


アロエ「まあ、まあ」

アロエ「ちなみに、キミがいたところだと、『最初の三匹』は誰だった?」


『最初の三匹』、あるいはそれに類する言葉が再び頭を巡った。

彼女の言う『最初の三匹』がカントーにおいてどのポケモンを指すのか、すぐに思い出せる。


『私』が『知っている』からだ。


だが、その情報をもたらしたのは、誰だったか。

ミュウツーにとっては、そちらの方がよほど重要だった。


そうだ。思い出した。

あの男だ。

父が……フジが、熱意と狂気を込めて言っていたではないか。

初めの三匹のことを。

その時、『私』はガラス筒の内側にいた。


『私』の隣には……。


ミュウツー『うむ……たしか……』

ミュウツー『……私がいた場所ではそれが……ヒト……』


そして、すぐそばに乱立する、誰かの……。







860 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:04:33.74bkaD2x5po (4/17)





……ザ




ミュウツー『……う……』






――ポケモントレーナーを目指すニンゲンの誰もが、最初に手に入れる……






ミュウツー(……?)




ザザザ……ザザ……ザザザザ









861 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:05:46.51bkaD2x5po (5/17)





――ヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネ






ザザザザ……ザザ……ザザザ……




ミュウツー(……あ……?)






――この者たちは……私が作った、その進化形の……









862 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:06:21.78bkaD2x5po (6/17)


……違う。

なんだ。

これは、なんだ。

あの目は?

あの影は?

あの声は?

あれは……?

こんなもの、私は知らない。

知らない。

絶対に、知らない。




863 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:07:02.66bkaD2x5po (7/17)
















ザァ――――――――――――――――――――――――――――――――



















864 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:07:42.86bkaD2x5po (8/17)


目の前が急にぼやけた。

誰かに頭をがっしりと掴まれ、力を加えられているかのようだ。


知っているはずだ?

わかっているはずだ?

いいや、知らない。

知るはずがない。

わかるはずもない。

知らないはずだ。


あれは誰だ?




アロエ「……大丈夫?」


アロエの声が耳に入り、視界に現実味が戻った。

ほんの数秒、意識がない状態に陥っていたようだ。

彼女は心配そうにこちらを見ている。


ミュウツー(……な……なんだ……今のは……?)


これまでも何度か味わったことのある感覚だ。

今までよりも、ずっと強かったが。


何かが頭の中に押しつけられ、ざわざわと脳裏を巡った。

映像のような、音声のような……情報のような、なにかだ。


自分自身でも、なにひとつ具体的にはわからない。

何かが駆け巡ったことはわかる。

なのに、何が走り抜けていったのか、思い出せない。

何かを思い出しそうになったことはわかるのに。


それだけでも十分に不愉快だった。


ミュウツー『あ、いや……』

アロエ「大丈夫?」

ミュウツー『大丈夫だ』


軽く頭を振り、頭の奥にこびりつく声を振り払った。




865 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:08:23.52bkaD2x5po (9/17)


ミュウツー『……』

ミュウツー『わ……私がかつていた地方では、貴様の言う「最初の三匹」は……』

ミュウツー『……ヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネだったと記憶している』


今度は大丈夫だったようだ。

同じような言葉を伝えても、さきほどのような現象は起きない。

いや、現象といっても物理的に何かが起きたわけではない。

『私』の頭の中で、ただ何かが起きたように感じただけだ。

自分の外側にある世界が、歪んだり変わってしまったわけではない。


アロエ「ヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネってことは、カントーだね」

ミュウツー『その通りだ』

アロエ「ってことは……またずいぶんと遠くまで来たもんだね、キミも」

ミュウツー『……海を越えた』

アロエ「大変だったね」

ミュウツー『……』

ミュウツー『……大変……だったのだろうか』

ミュウツー『自分では、よ……よくわからない』


ミュウツー(遠かった、といえば確かにそうだが)

ミュウツー(なにもその道のりを歩いて来たわけではないからな)


優しさの足りない夜風に吹かれながら、ただ体力が尽きるまで飛び続けただけだ。

思うところは、いろいろとあったが。

それを、この人間の女は『大変だった』と形容した。


バシャーモが、よからぬ場所から救出された末に出会った老女。

彼女がバシャーモに与えた『頑張った』という言葉。

その時の彼は、今の自分のような気持ちだったのだろうか。


恥ずかしいような、こそばゆいような、そういう心持ちだった。

払った労力を認められたことを、嬉しく思う気持ちに似ている。

なんとも思っていなかった自身の行動を褒められたような、むずむずする気持ちにも似ている。

まさにこれ、と言い表しにくいところが、更に歯痒い。




866 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:10:06.57bkaD2x5po (10/17)


アロエ「ポケモンって、凄いんだね」

アロエ「自力で海を越えて、カントーからここまで来られるってことなんだもんね」


何気ない話のようでいて、彼女の声には気遣いの響きがあった。


アロエ「あっちとこっちじゃ、見掛けるポケモンもずいぶん違うでしょう」

ミュウツー『……カントーにいるポケモンは、だいたい知っているつもりだった』

ミュウツー『実物を見たことのないものも多かったが』

ミュウツー『こちらでは、何よりも初めて見る連中ばかりだ』

アロエ「だろうねえ」

アロエ「さっきキミが言った中で、フシデとチュリネはヤグルマの森に普通にいるね」

アロエ「……でもこの辺りでダゲキがいるとこなんて、あったかなぁ」

アロエ「いないこともない、のかもしれないけど」

アロエ「ソウリュウの北あたりでは見かけたことがある、ってシャガとレンブが言ってたっけ」


そしてポケモンを繰り出す間も惜しみ、ともすれば自身が飛び出していきかねない。

アロエは二人に対して、そういうイメージを持っていた。


アロエ「ヤグルマは……ナゲキかドッコラーならよく見るけど……」


この地方にいない、というわけではないようだ。

だが、この辺りで見かけたという話は、やはり記憶にないらしい。


ミュウツー『言われてみれば、森では奴以外の……』

アロエ「森?」

ミュウツー『……あっ』

アロエ「……ひょっとしてキミ……というか『キミたち』って、やっぱりヤグルマに住んでるの?」

ミュウツー『……』

アロエ「……」

ミュウツー『……い、今の話は』

アロエ「ああもう、大丈夫だって。今さら誰かに言ったりしないから」

ミュウツー『そ、そうか……』

アロエ「……なるほどねぇ」


溜息とも呟きとも判じかねる調子で、アロエはそう言った。

『なるほど』と言っているにしては、何かに納得したという響きはない。




867 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:11:53.24bkaD2x5po (11/17)


アロエ「なんだか、色々と繋がった気がする」

ミュウツー『繋がった?』

アロエ「あ、ううん。こっちの話」


女は慌てたように手を振り、少し困ったような笑顔を見せた。

あまり深く追求されたくないらしい。


ミュウツー(知られてしまった以上は、仕方ない)


敢えて尋ねることはしない。

何がどう『繋がった』のか、正直なところ気になって仕方がなかった。


アロエ「話を戻そうか」

アロエ「専門家じゃないから、正直あたしには診断まではできないし」

アロエ「実際に会ってみないと、なんとも言えないな」

ミュウツー『……そうか』

アロエ「でもそのダゲキ、キミが気にするほど無表情っていうのは……まあ、ちょっと気になるかな」

アロエ「レンブが連れてるダゲキは、そう言われてみると、わりと快活っていうか、元気というか……」


どう表現したものか、アロエは少し悩む。

『自分が知る別個体はさほど無表情ではなく、すなわちその友人の状態は種族由来ではない』。

そう安易に言ってしまっていいものか。

受け取り方によっては、『お前の友人はおかしい』と言っているも同じだ。

意図的ではないにせよ、比較対象を出してしまってよかったのだろうか。


ミュウツー『やはり異常か?』

アロエ「そこまでは言えない」

アロエ「『浮き沈みが激しい』方の子も、あたしとしては気になるけど」

アロエ「ただ、そういう状態になってるとして、なったなりのワケはあるんだろうから」

アロエ「その子たちのようすが変だったら……誰か人間を頼った方がいいかもしれない」

ミュウツー『どういう意味だ』

アロエ「あなたのお友達は、イッシュにはいないはずの子ばかりだから」

アロエ「……つまりさ」

アロエ「みんな、元々は人間が連れていたポケモンで……」

アロエ「捨てられたか逃げたかして、人間から離れた子たち、ってことなんでしょう?」




868 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:12:58.38bkaD2x5po (12/17)


論理的には、確かにそういう結論に達する。

これだけの情報を示していれば、そこに辿り着くのも当然かもしれない。


ミュウツー『……貴様には、やはり話すべきではなかったか』

アロエ「言ったでしょ、今さら誰にも言わないって」

アロエ「たまたま、ね。さっきまで読んでた新聞記事と繋がった、っていう」

アロエ「キミにとっては面白くないでしょうけど、ポケモンが森に捨てられてるって話」

ミュウツー『……それで「繋がった」、か』

ミュウツー『それを知って、貴様はどうする』

アロエ「助けが必要だっていうなら、いつでも、可能な限りの力は貸す」

ミュウツー『動機は』

アロエ「ジムリーダーとして、ポケモンに関わる者としての責務、母親としての人情、それから」

アロエ「……“人として、放ってはおけない”……かな」

ミュウツー『……』


言うことは全て言った、という態度でアロエは黙った。

ミュウツーの返事を待っている。


ミュウツー『……お前の考えはわかった』

ミュウツー『だが私たちは、今のところ……私たちなりに森で生活している』

ミュウツー『森に元々住んでいるポケモンとの折り合いをつけ、生きている』

ミュウツー『ニンゲンとの距離も、彼らとの距離も、私たちなりに考えているつもりだ』

ミュウツー『だから、無理に現状から「助け出そう」とする必要はない』

ミュウツー『これで伝わるか?』

アロエ「うん、わかった」


溜息をつきながら、女はそう言った。


ミュウツー『……元より、二度とニンゲンとは関わるまいと感じている者も多い』

アロエ「それは、そうよね」

ミュウツー『まわりくどい言い方で、遠慮と受け取られても困る』

アロエ「了解」

アロエ「それでも、キミたちがそこに至るまでに辛い思いをしたのなら、それは人間が原因だ」

アロエ「もし自分たちだけで困り果てたら、遠慮なく頼ってほしいもんだね」

アロエ「あたしじゃなくて他に信頼できる人間が一人でもいるなら、そっちでもいい」




869 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:14:27.00bkaD2x5po (13/17)


ミュウツー『厚意は受け取っておく』

アロエ「それはそれは、どうも」

ミュウツー『……たとえニンゲンからとはいえ、何かしてくれようという意思を無下にしようとは思わない』


ミュウツー(“最近の私は”……だが)


ミュウツー『だが……なんというか』

ミュウツー『……どう言ったものか、自分でもよくわからないのだが……』

ミュウツー『何もかもニンゲンに奪われてしまうのは、好かない』


アロエは一瞬、厳しい目をする。

ミュウツーが放った言葉の意味を考え、深い溜息をつく。

そして、深刻な笑顔のまま、アロエは優しい声音で言った。


アロエ「今ので、キミの気持ちはよくわかったよ」

アロエ「あたしは……あたしたちは、その気持ちを理解した上で、出来ることをしたい」

ミュウツー『感謝する』

ミュウツー『そろそろ……帰ろうと思う』

アロエ「そうだね、お友達のところに帰ってやんな」

ミュウツー『この袋の中身は……また借りていいのだな』

アロエ「うん、いいよ」

ミュウツー『それから、さきほどお前が出そうとした本は……』

アロエ「ああ、この図鑑?」

ミュウツー『やはり図鑑なのか』

アロエ「見たいの?」

ミュウツー『……その……』

アロエ「ん?」

ミュウツー『次にここに来た時、借りて来てほしいと頼まれていた』

アロエ「なんで、そんなに言いにくそうなの」

ミュウツー『……なぜだろうな』


アロエがにやにやと笑っているように見えた。

自分でも、なぜ言いにくいのかはよくわからない。

照れくさい、という表現が一番近いように思う。

なぜ照れくさいのか、を考える。




870 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:15:15.37bkaD2x5po (14/17)


ミュウツー(……わからない)


考え込むミュウツーを見て、アロエは笑っていた。


アロエ「いいよ、これも持って行きな」

ミュウツー『……必ず、返す』

アロエ「あのね、誰かに何かしてもらったら」

アロエ「しかもそれが、その気持ちが嬉しかったら」

アロエ「『ありがとう』って、言うもんなんだよ」

ミュウツー『そうなのか』

アロエ「今まさに、『ありがとう』と言ってもいいんだよ」

ミュウツー『……お……』

アロエ「んー?」

ミュウツー『……か、感謝する』

アロエ「はい、はい」


幼稚な最後の抵抗。

なのにアロエは、それを見てとても嬉しそうにしている。

それが悔しい。




871 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:15:50.24bkaD2x5po (15/17)


アロエ「それよりも、次こそキミのお友達、連れて来て欲しいんだけどな」

ミュウツー『話してはみるが……約束はできない』

アロエ「うん」

ミュウツー『……“おかげさまで”、ニンゲン嫌いが多いのでな』


アロエが、呆気に取られたように目を開いた。


アロエ「あはは、言うねぇキミも。いいよ、それ」


それから吹き出し、声を上げて笑う。


笑い声。

楽しいことを、楽しいと示すための声。

それは、人間だけの特権ではない。

ミュウツーはその笑い声を聞きながら、不愉快ではない居心地の悪さを感じた。


アロエ「……キミは、たぶん大丈夫なんだね」

ミュウツー『……何がだ?』

アロエ「さあね」


それだけを言うと、アロエは悪戯っ子のようにもう一度、笑った。


アロエ「じゃあ……お友達の説得が、キミの宿題ね」



872 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:23:49.84bkaD2x5po (16/17)







空は真っ黒だ。

よく見れば、よく比べれば、本当は『真っ黒』とも違う。

その『真っ黒』の隙間を縫い、吹けば落ちてきそうなほどたくさんの星が光っている。

すっかり眠りについた街には光源も少なく、ともすれば星空よりも暗いかもしれない。


来し方を見れば、『博物館』の白い建物は、もう指先よりもずっと小さい。

警備のための照明に照らされ、それが足元にぽつんと浮かび上がっているように見えた。

そこまで高度を上げているのに、やはり星に近づける気配すらないのが不思議だ。

今は見えない月も太陽も、きっと同じくらい遠いところに浮いているのだろう。


行く方を見れば、空ともまた違った黒さで佇む森がある。

あの中のどこで自分が寝起きし、どこで友人たちがいつも騒いでいるのか。

こうして見るとよくわからない。

友人たちは、ここからの風景を見たことがあるだろうか。

コマタナを運んだ時は、そんな気分でなはなかった。

だから、機会があれば見せてやりたい、と思う。


無性に、自分以外の誰かと、この眺めを共有したい気分になった。

このくらいの、暑くも寒くもない夜がいい。

とびきり酸っぱいきのみがあれば、なおいい。


まずは話をしてみなければならない。

チュリネはさておき、他の連中がすんなりと首を縦に振ることはないだろう。

ふたりとも、おおいに渋い顔をするに違いない。


だが、それを押し退けてでも連れ出す過程は、きっと、楽しいのだろう。

もしも彼らが誘いに乗ってくれたら、それはきっと、嬉しいのだろう。




873 ◆/D3JAdPz6s2014/05/15(木) 00:27:14.31bkaD2x5po (17/17)

今回は以上です

最近めっきり夜に弱くなって、投稿途中で眠くなった…

次回の投稿予定は未定です
ORASはキモリにするって決めてますが
なぜか唐突にライドウやりたくなってきた

それでは、オレサマ オマエ マルカジリ


874VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/15(木) 00:28:58.163oek5PICo (1/1)

乙です


875VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/15(木) 00:30:42.17L2bB67Wdo (1/1)

おつおつ


876VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/15(木) 00:54:36.24HvgeAEuho (1/1)

乙!


877VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/15(木) 03:34:39.35WaRkrpkd0 (1/1)


ミュウツーかわいい

最初の3匹ってポケモン界のちょっとした謎だよな...


878VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/15(木) 10:58:15.86GfRvSpfgo (1/1)




879VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/15(木) 17:33:57.98u2WJEAmeO (1/1)

原則として生息地不明だったりな


880VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/22(木) 09:33:47.18oTVzlFDA0 (1/1)




881VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/27(火) 14:53:20.05XnMUuc3s0 (1/1)

ミュウツーはバトルでは最強でお願いします(念押し)


882 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:37:58.63S8p8k874o (1/13)

ご無沙汰しています
それでは始めます


883 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:39:58.48S8p8k874o (2/13)




――ねえ


あのひとの声が響いている。

声が反響している。

あのひとの声が、何度も何度も聞こえているような気分だった。

わたしは、それがたまらなく嬉しい。

嬉しいから、わたしはその声に黙って耳を傾ける。


――これも、入り口にあったのと、同じ文字だね


暗い暗い洞窟の中、懐中電灯の光がそろそろと動いている。

せわしなく動く光を眺めていると、頭がくらくらしそうだ。

それでもわたしにとっては、あのひとの声と、そのささやかな照明だけが道しるべだ。


――ちょっとかすれてるけど、まあ……問題なく読めるか


かすかに興奮を滲ませて、あのひとが言う。

わたしは、そんなあのひとの声が好きだった。

優しくて、やわらかくて、聞いていて心地いい。

わたしの身体から染み出すおぞましい声と違って、不快な響きもない。

だから、わたしはあのひとが喋る時、懸命に耳を澄ます。

一言も聞き漏らさないように。


いつも、いつも。

いつもそうしていた。

だから、わたしはその時もそうしていた。

これからも、変わらずそうしていくつもりだ。


――ねえ、こっち来てみなよ


あのひとはわたしの方に向け、手招きをしていた。

目は壁から離すことなく、文字を見たままだ。

だから、あのひとの顔はよく見えない。

けれど、嬉しい気持ちでいることだけは、その優しい声でわかる。

見つけたいと思っていたものを見つけて、あのひとは喜びを隠しきれないのだ。

わたしは、あのひとの嬉しそうな姿が本当に好きだった。

喜びの溢れる、幸福の声が好きだった。




884VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/01(日) 22:40:27.22luUC8efy0 (1/1)

ええで


885 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:41:32.57S8p8k874o (3/13)


吽々、とわたしは鳴く。

わたしは自分の声が好きではない。

もっと、聞き心地のよい声が出せればいいのに、といつも思う。

今の姿になってからは、なおさらだ。

正体の知れない混沌が這い寄るような、嫌な鳴き声だ。

だから、わたしはあまり声を出したくない。

それを受け入れてくれたのも、あのひとだ。


――そうねぇ……見慣れない記号はないみたい


――**も、これ読んでみる?


わたしに向かってそう言いながら、あのひとは手元のノートに何かを書き込んでいる。

何枚も写真を撮り、懐中電灯を色んな角度から当て、まじまじと見ていた。

壁に彫られた何かのでこぼこを、ひとつも見逃すまいとしているかのようだ。

せっかく訪れることの叶った遺跡なのだから、思わず熱中するのも当然だと思う。

こういう場所……つまり遺跡を訪れることは、あのひとの仕事でもあるし、趣味でもある。

だから、邪魔はしたくない。

あのひとだって、片時も目を離したくないはずだ。


だから、声だけがわたしを見ている。

わたしは何も言わない。


――ほら、ここの記号……ううん、文字だね


――それも、見覚えあるでしょ


はい、知っています。

わたしはあなたと、ずっと一緒にいたから、知っています。

今まで、ずっと、一緒に、いたじゃないですか。

これからだって、わたしはそうするつもりです。


――今回の調査、ここまでかなあ


――ここが最深部みたいだし……単独じゃあ、これ以上は手出しできないよね


――まあいいや


――この目で、じかに見られただけでも御の字か





886 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:42:36.14S8p8k874o (4/13)


――そうだ! 来月はシントとか行ってみる?


――うん、あっちもこの目で見ておきたいし!


――ねえ**、ここのことを先生に報告したら、次はジョウトに行こうよ


――あっちにも、ここと共通点のある遺跡があるんだって


あのひとは、とても嬉しそうだ。


――ねえ! 読んであげる。いい?


わたしは、もそもそと近づく。


――うーん、一行目は……『友達』って意味のフレーズみたいだね


――それから、次は……


――『す』


――これは、前に教えてあげた記号だよ


わたしは、あのひとの心地良い声に耳を傾けている。

なによりも幸せな時間だ。


――『べ』


――これもだね


――『て』


――『の』


――『いのち は』


――『べつ の』


――『いのち と であい』


――『なにか を うみだす』





887 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:44:33.75S8p8k874o (5/13)


壁に浮かび上がった言葉が、あのひとの優しい声で身体に染み渡る。

こんなに幸せなことはない。

あのひとは言葉を切って、深呼吸を一回する。

もう、壁の文字を全て読み終えてしまったのだろうか。

もっともっと、たくさん書いてあればよかったのに。


――いのち……かあ


――ポケモンも、人間も、どっちも命だよね


――あたしには、**がいるし


――あたしと**が出会ったのだって……偶然だもんね


――友達になれてよかったなあ


それは、わたしとあなたが『ともだち』だ……ということなのでしょうか。

もしもそうだとしたら……。

それは、とても嬉しいことです。


――あたし、**と出会えて、こうやって一緒に過ごせて、本当に幸せ


――おかげで……こんな遺跡に調査に来ても、ちっとも怖くないし


――寂しくもない


――えーと……ありがとう、**


――これからもよろしくね!


それは、わたしの気持ちです。

わたしこそ、あなたに感謝しなければならない。

わたしは、あなたからたくさんの世界を教わった。

見上げたことのない空も、歩いたことのない道も、嗅いだことのない景色も。

聞いたことのなかった、優しい声も。


――ねえ、**


――あたしと**も、あそこで出会って、旅をして、何かを生み出せたのかな


――だとしたら、それって……とても素敵なことだと思わない?




888 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:45:30.94S8p8k874o (6/13)



あのひとが振り返ろうとしている。

もうすぐ顔が見える、というところまで、身体も首も捻っている。

あのひとの顔が見える。

今にも見えそうだ。


――ねえ、**も……そう思うでしょ?


そして、わたしは目を覚ました。
















889 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:46:57.40S8p8k874o (7/13)


ヨノワールは我に返った。

眠っていたのだろうか。

立木に押し付けていた背中の上の方が痛い。

硬い地面に触れていた背中の下の方も、痛い。


眠ってしまう前の記憶では、たしか夕方だったはずだ。

今は夜になっている。

それも、どちらかといえば朝が近いくらいだ。


やはり眠っていたことは間違いないらしい。

頭がぼんやりしている。

世界の音が歪んで聞こえる。

何よりも、だるく重い身体がそう言っている。

粘り気の強い沼から、無理に引き上げられた腐乱死体のような気分だ。

もっとも、さすがに自分自身が腐乱死体になったことはない。


こうしてじっと座っていれば、そんな気分も改善していくはずだ。


月は細く、満月の夜と比べるとかなり暗い。

もっと丸みを帯びていれば、光源を持ち運んでいるが如くはっきりと見えるのだろう。

今は、少しずつ目が慣れていくに任せるしかない。


森の中にしては、目の前は少しばかり開けて、広場のようになっている。

その上、やけに『もの』が落ちている。

まっぷたつに割れた岩、折れたような木の破片。

ヨノワールが寄り掛かっていた木の周辺にも、崩れた岩や裂けた倒木が散らばっていた。

岩も倒木も、自然に割れたり裂けたりしたものではない。

外側から一点に向かって、強い力がかけられた形跡が――。


???「……やっと おきたの?」


斜め後ろから、聞き覚えのある声がした。




890 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:49:22.71S8p8k874o (8/13)


やや高く、濁りはなく、にも関わらず、ささくれのようなひっかかりを覚える声。

人間に似ているようでいて、全く違う。

『あのひと』の声とも、まるで違う。

それなのに、この声もまた、ヨノワールにとってはやけに印象的だった。

誰の声なのかは、振り返らずともわかっている。


声の向こう側から、ずりずり、ごりごりという重そうな音も響いている。

何かを引き摺っているような音だ。


ゆっくりと振り返る。

木々の間に、自分よりかなり小さな人型のポケモンが立っていた。

月明かりでぼんやりと姿が見えている。

『彼』はやはり、根の部分がついたままの木を引き摺っている。


ヨノワール「わたしは……ねてた?」

ダゲキ「うん」

ヨノワール「ずっと?」

ダゲキ「たぶん」


彼の受け答えは、お世辞にも愛想がいいとは言えない。

実のところ、それはお互い様だったのだが。

この森にやって来て、初めて出会った頃から変わらない。

いつも無愛想で、何を考えているのか、いつもわからない。


ダゲキ「ぼく きたら、きみは……ねてた」

ダゲキ「それから あっち いって、かえってきたら……」

ダゲキ「まだ、ねてた」

ヨノワール「そうですか」

ヨノワール「あの……」

ヨノワール「あ、いや……なんでも……ないです」


会話が途切れる。

顔を見ると、ダゲキは特に続きを待っているような様子でもない。

興味すらなさそうだ。




891 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:52:33.08S8p8k874o (9/13)


ややあって、ダゲキは目を伏せて再び歩き始めた。

重い木を引き摺り、地面に『わだち』を残しながら。

それを目で追い、声を投げかける。


ヨノワール「ここは どこ、ですか」


ぴたり、と彼が歩みを止める。

首をかすかに捻り、目だけをヨノワールに向けた。


ダゲキ「もり」


それだけ答え、また口を閉じる。


ヨノワール「あ ええと……そうでは」

ダゲキ「わかってる」

ダゲキ「……ぼくの “しゅぎょう”の ところ」

ヨノワール「あ……ああ……」


いつのまに、そんな場所に来ていたのだろう。

森の中を彷徨ううちに、迷い込んでしまったのか。

あの声が今にも聞こえてきそうで、あてもなく徘徊していたのに。


ヨノワール「……」

ダゲキ「おもしろくない?」

ヨノワール「えっ……」

ダゲキ「……そう だよね」


そう言うと、“まるで溜息をついたかのように”肩を落として、木を投げ出す。


ふと、違和感を覚えた。

彼の返事から、馴染みのない何かを感じる。

それは、なんだ。




892 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:53:57.91S8p8k874o (10/13)


声音?

態度?

それとも、見えないはずの表情だろうか?

いや、そのいずれでもないし、ある意味では、そのいずれでもある。


彼は……あんな冗談を言うような……。


ダゲキ「なに?」

ヨノワール「どうか……したん ですか」

ダゲキ「……?」


彼は、首をかしげている。

眉間にわずかに皺を寄せ、見方によっては困っているようにも見えた。

つまり、『私』が妙に感じた何かは、意識的に生み出されたものではない。


ヨノワール「かえり ます」

ダゲキ「へいき」

ヨノワール「こんなところで ねて、ごめんなさい」

ダゲキ「いいよ」

ダゲキ「ねえ」


まるであのひとのような声のかけかただ。

ヨノワールは瞬間的にそう感じて息を呑んだ。


ダゲキ「ずっと、うなってた」


ヨノワールを指差しながら言う。

『ヨノワールが唸っていた』と言いたいようだ。


ダゲキ「どんな ゆめ、みてた?」

ヨノワール「ゆ……め……?」




893 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:56:39.08S8p8k874o (11/13)


夢なら見ていた。

だが夢といっても、かつて実際に経験した時間を再生しているに過ぎない。

ずっとずっと昔の光景。

幸せだった頃の一幕。

人間と……。


ヨノワール「ニンゲンと、いたときの……ゆめ」

ダゲキ「どんな?」

ヨノワール「いい……ニンゲン」

ヨノワール「うまく いえない……けど、いっしょにいて、たのしかった」

ダゲキ「いいな」

ダゲキ「ぼくは、ニンゲン きらい」

ヨノワール「……はい」

ダゲキ「いいニンゲン、あったことない」


顔はこれっぽっちも笑ってはいないのに、自嘲している。

自分を蔑んでいる声だった。


なぜ?

なぜ、そんなふうに考える?

どんな人間と出会うかなんて、『私たち』が自分で決められるわけではない。

人間を選べるわけでもない。

運で、たまたまで、偶然で、人間の気紛れだ。


ダゲキ「きみと、ぼくは、ちがうのかな」

ダゲキ「あいつも、ニンゲンきらいなのに」

ダゲキ「おなじじゃ……ない」


けれど、彼の言い方では、まるで……。


ダゲキ「ああ」

ダゲキ「ジュプトル、また……きみ さがしてた」

ヨノワール「はい」


ダゲキが、今度ははっきりと振り返った。

黒い目がこちらを見ている。




894 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 22:58:17.86S8p8k874o (12/13)


ダゲキ「いわないの?」

ヨノワール「なにを?」

ダゲキ「……ジュプトルの いうこと、ほんとか、って」

ダゲキ「いつも ふしぎ」

ヨノワール「それは……」


ジュプトルが自分のことを、ハハコモリの仇として憎んでいることは知っている。

ジュプトルの面倒をみていたペンドラーの死も、ヨノワールのせいだと言っている。

ヨノワールは、それを訂正もしない。

事実か否かを表明しない。

事実でないなら、そう言えばいいのに。

彼はそう言っている。


ヨノワール「いいんです」


自分の中に答えが存在しないわけではない。

だが、あまり言う気になれなかった。


ダゲキ「……そう」


自分以外の誰かに、理解できる理屈とは思えない。

言ったところで、誰かが幸せになれるわけでもない。


それ以上、ダゲキは何も言わない。

ヨノワールはゆるゆると立ち上がった。


ヨノワール「さようなら」


そう言って彼に背を向け、ヨノワールはうっすら明るくなった森を漂い始める。

もっと眠っていたかった。

どこか、場所を探そう。

これ以上、誰かに迷惑をかけない場所に。


ダゲキ「いいな、きみは――」


後ろ彼が何か言った気がしたが、よく聞き取れなかった。

まだ身体は重くて、振り返る気力もない。





895 ◆/D3JAdPz6s2014/06/01(日) 23:06:14.07S8p8k874o (13/13)

間が開いた上に短くてすみませんが
今回は以上です

>>877,879
また可愛いって言われた…
御三家は現実でいう犬猫みたいな感じかなと

>>881
最強だからバトルでの扱いが難しいが、それ考えるのも楽しい

>>884
せやろか

それではまた
やべえさすがに次スレのことを考えねば


896VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/01(日) 23:16:52.12JZMJ7l9Ho (1/1)

乙です


897VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/02(月) 02:11:15.48kzj6vEf4o (1/1)

乙!


898VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/15(日) 18:13:44.24c1CiF6WGo (1/1)

保守


899VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/16(月) 00:48:58.63iQ1sY7a30 (1/1)



ズイのいせきで調査をする女性考古学者……誰だろ?


900VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/25(水) 18:27:03.93USKckSVW0 (1/1)

突然ですが宣伝です!

ここの屑>>1が他スレでの主批判&自スレの宣伝をしているのが不快で気に入りません。

此処のスレ主に、文句があればこのスレまで!

加蓮「サイレントヒルで待っているから。」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401372101/
(此処の屑>>1は他スレでの宣伝、スレ主批判を出来る程の文章力を持ち合わせていません。)

>>1>>2>>3>>4>>5>>6>>7>>8>>9>>10>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31>>32>>33>>34>>35>>36>>37>>38>>39>>40>>41>>42>>43>>44>>45>>46>>47>>48>>49>>50>>51>>52>>53>>54>>55>>56>>57>>58>>59>>60>>61>>62>>63>>64>>65>>66>>67>>68>>69>>70>>71>>72>>73>>74>>75>>76>>77>>78>>79>>80>>81>>82>>83>>84>>85>>86>>87>>88>>89>>90>>91>>92>>93>>94>>95>>96>>97>>98>>99>>100>>101>>102>>103>>104>>105>>106>>107>>108>>109>>110>>111>>112>>113>>114>>115>>116>>117>>118>>119>>120>>121>>122>>123>>124>>125>>126>>127>>128>>129>>130>>131>>132>>133>>134>>135>>136>>137>>138>>139>>140>>141>>142>>143>>144>>145>>146>>147>>148>>149>>150>>151>>152>>153>>154>>155>>156>>157>>158>>159>>160>>161>>162>>163>>164>>165>>166>>167>>168>>169>>170>>171>>172>>173>>174>>175>>176>>177>>178>>179>>180>>181>>182>>183>>184>>185>>186>>187>>188>>189>>190>>191>>192>>193>>194>>195>>196>>197>>198>>199>>200>>201>>202>>203>>204>>205>>206>>207>>208>>209>>210>>211>>212>>213>>214>>215>>216>>217>>218>>219>>220>>221>>222>>223>>224>>225>>226>>227>>228>>229>>230>>231>>232>>233>>234>>235>>236>>237>>238>>239>>240>>241>>242>>243>>244>>245>>246>>247>>248>>249>>250>>251>>252>>253>>254>>255>>256>>257>>258>>259>>260>>261>>262>>263>>264>>265>>266>>267>>268>>269>>270>>271>>272>>273>>274>>275>>276>>277>>278>>279>>280>>281>>282>>283>>284>>285>>286>>287>>288>>289>>290>>291>>292>>293>>294>>295>>296>>297>>298>>299>>300>>301>>302>>303>>304>>305>>306>>307>>308>>309>>310>>311>>312>>313>>314>>315>>316>>317>>318>>319>>320>>321>>322>>323>>324>>325>>326>>327>>328>>329>>330>>331>>332>>333>>334>>335>>336>>337>>338>>339>>340>>341>>342>>343>>344>>345>>346>>347>>348>>349>>350>>351>>352>>353>>354>>355>>356>>357>>358>>359>>360>>361>>362>>363>>364>>365>>366>>367>>368>>369>>370>>371>>372>>373>>374>>375>>376>>378>>379>>380>>381>>382>>383>>384>>385>>386>>387>>388>>389>>390>>391>>392>>393>>394>>395>>396>>397>>398>>399>>400>>401>>402>>403>>404>>405>>406>>407>>408>>409>>410>>411>>412>>413>>414>>415>>416>>417>>418>>419>>420>>421>>422>>423>>424>>425>>426>>427>>428>>429>>430>>431>>432>>433>>434>>435>>436>>437>>438>>439>>440>>441>>442>>443>>444>>445>>446>>447>>448>>449>>450>>451>>452>>453>>454>>455>>456>>457>>458>>459>>460>>461>>462>>463>>464>>465>>466>>467>>468>>469>>470>>471>>472>>473>>474>>475>>476>>477>>478>>479>>480>>481>>482>>483>>484>>485>>486>>487>>488>>489>>490>>491>>492>>493>>494>>495>>496>>497>>498>>499>>500


901VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/26(木) 11:01:22.05dLAUwLAVO (1/1)

待ってる


902 ◆/D3JAdPz6s2014/06/28(土) 13:59:29.70dCOMMTVxo (1/1)

ご無沙汰しています。保守だけです

       _
      /  │       /´´ヽ    ちょっと入院してくる
     /  -───  /   │          
      ´         /   │          ´;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
   /              │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:丿
   /                │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:/
    \      /       │    /;:;:;:;:;:/´´´´´
  ヽ ●      ●      │   (;:;:;:;:;:;:(
   ⊃        ⊂⊃    /   /⌒ヽ;:;:;:;:ヽ
   /    、_,、_,       丿ヽ /   /ヽ;:;:;:;:ヽ
   \___ゝ._)___/‐‐/   /   │;:;:;:;;::
       /  ヽ     イ´   /     │;:;:;:;:│
      │      ´   ヽ  イ│       │;:;:;:;:│
      へ           /    |丿      /;:;:;:;:;:;:│
    /  /`────-   │     /;:;:;:;:;:;:;:丿
  /  /    \        \   /;:;;:;:;:;:;:;:/


>>896-899,901
乙ありがとうございます……しのびねえな

そう長期間でもないのですが怪我で入院することになりました
ただでさえ調子悪くて投稿も書き溜めもできてないのにすみません


903VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/28(土) 15:08:20.01KoZ3HpLSo (1/1)

そんなこと報告されてもな……


904VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/28(土) 15:27:14.19ZVTUC0cBo (1/1)

お大事にー


905VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/28(土) 18:57:07.56xT1ogVVho (1/1)

お大事にー


906VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/28(土) 19:38:01.39oaZj3DBHO (1/1)

とりあえずゆっくり休んでなー
待ってる


907VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/29(日) 15:53:36.90FnHgASY8o (1/1)

報告だけでもありがたいです。お大事に。


908VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/05(土) 09:49:28.826rRBxxth0 (1/1)

お大事に!
気長に待ってますので!! 


909VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/08(火) 00:43:52.09w8ZerJKy0 (1/1)

大丈夫…かな?


910 ◆/D3JAdPz6s2014/07/21(月) 11:32:56.62v3UNR7gso (1/1)

(……きこえますか……きこえますか……明日……明日の夜、きっと投稿します……)


911VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/21(月) 11:57:53.61Uyl9qDvpO (1/1)

(こいつ…直接脳内に…)


912VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/21(月) 13:01:55.35iEWIfyxAo (1/1)

待ってる…


913VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/21(月) 17:09:46.48jkz85nIn0 (1/1)

(ん? 今何か聞こえたような……?)


914VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/22(火) 15:30:46.32Ps9fNvNUO (1/1)

(まさか念力⁉︎)


915 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 21:38:47.41aMV/BRFao (1/22)

それでは、始めます


916 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 21:40:59.49aMV/BRFao (2/22)


はるか上方には、薄い雲のかかった星空が見えている。

見上げた瞬間、星を戴いてなお暗い森の中を、ぬるい風が抜けていった。

近頃ではもう、夜が更けても寒さを感じる瞬間はない。

やって来た頃とは、森の見せる顔がまるで違っている。

それは季節の移り変わりという、どうということのない『当たり前の現象』だった。

ごく最近になって、ようやく理解したことだが。


ほんの少し前まで、ガラスの筒の外のことなど知りもしなかったというのに。

知ろうとさえしなかった、というのが実態に近いが。


特に意識せずとも、日々の変化は自身の身体が否応なく知覚していた。

気温は徐々に上がり、空気の湿り気もじめじめと増していく。

それも、誰より自分の皮膚が知っていた。

緑の放つ匂いが濃く甘く変わりつつあることも、自分の鼻が感じ取る。

太陽の輝きが増すほどに、地面に刻まれる影が深く鋭く変化していくことを、自身が目で見て知っていた。

そうして日射しが強くなるに従って、実るきのみの味がより強くなることを、自分の舌が知っていた。


この日もいつもの場所で、いつものように、こぢんまりとポケモンたちが集まっていた。

焚き火も、いつもと同じように熱と光を放っている。

肌に感じる空気の暖かさを考えれば、熱源としての役割はもはやないに等しい。

とはいえ、太陽が隠れてしまう夜にあって、光源としての需要は今も変わらなかった。


焚き火の傍らで、ひときわ図体の大きな一体を囲むように、他のポケモンが扇状に並んでいる。

その姿は“まるで”、本当に教師とその生徒であるかのようだ。

自分も含めたその光景を想像して、ミュウツーはそう考えた。


ミュウツー(まあ……実際に見たことがあるわけではないのだが)


そんなことを考えながら、ふたたび手元に視線を落とす。

焚き火の灯を斜めに受けて、紙の表面に刻まれた絵は不思議な色合いを帯びていた。




917 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 21:51:09.21aMV/BRFao (3/22)


ミュウツーはさほど大きくないその本を開き、一枚ずつめくりながら文字を追っていた。

小回りのきかない丸い指では、本のページというものは、ずいぶんと扱いづらい。

一度に何枚もめくってしまったり、折れ目や皺がついてしまうこともあった。

いっそ、空を飛ぶときと同じようにちからを使ってしまおうか、と思わないでもない。

そうすれば、今よりは楽にページをめくることが出来るだろう。

だが、それはそれで、負けを認めることになるような気がした。

誰に対して、何に対しての負けなのかは、自分でもよくわからない。


あの人間の女に借りた本は、挿絵が多かった。

書いてある文字も大きく、言葉も徹底して平易だった。

自分のみならず、今の友人たちにも難なく理解できそうなものばかりだ。

事実、言葉の意味についての質問は、読み始めてから一度もなかった。

アロエの言っていたように、そもそもが小児向けということなのだろう。


ミュウツー(つまり、我々は子供扱いか)

ミュウツー(……いや、まあ……)

ミュウツー(実際、いきなり『あの連中』が読んでいたようなものを見せられても、困るが)


『あの連中』とは、かつてよく目にした白衣の人間たちのことだ。

もう、ずいぶんと昔のことのように思える。


幼稚とも思える文章を、話すよりもかなりゆっくりと、テレパシーに乗せていく。

何か劇的な、あるいは悲劇的な事件が起こるわけでもない。

誰かが傷つけられたり、命を脅かされたり、危険に身を晒す場面など出てもこない。

大した盛り上がりもない。

登場する誰かが臍を曲げ、それが解消されるだけだ。

こんなものを、人間は読んでどうするというのだろう。

どんな意味があるのだろう。




918 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 21:53:12.35aMV/BRFao (4/22)


そうこうしているうちに、物語は最後の一文を残すばかりになった。


ミュウツー『……「――とても よろこび……ました。」……』


おそるおそる本を閉じ、細く長く息を吐いていく。

やけに首筋が突っ張った。

これはつまり、緊張しているということなのか。

慣れない重労働をやり遂げたような、疲労と達成感の混ざった気分だった。

実際には使っていないはずの喉にさえ、酷使したあとのような錯覚があった。


苦労して聞かせたこの『物語』とやらは、はたして面白かったのだろうか。

……そもそも、『面白い』とは、どういう基準で感じるものなのだろう。

もっといろいろと読めば、それがどういうことか理解できるのか。


ミュウツー(あるいは、我々が人間だったら、わかることばかりなのだろうか)


絵本の内容には、事前に目を通してあった。

内容についても、自分なりにあれこれと考えてある。

だが結局、自分ひとりでは、なんとも決着がつかなかった。

何の結論も出しようがない、ということがわかっただけだ。

『面白い』かどうかも、正直なところ、よくわからなかった。


ダゲキ「……」

ジュプトル「……」

チュリネ「……」

イーブイ「……」


ぱちん


本を閉じた余韻を遮るように、無粋な音が響く。

身体の、炎に晒されている側にだけ、ぼんやりと熱を感じる。


焚き火に照らされ、友人たちの影が地面を舐めている。

それがゆらゆらと不安定に揺れ、面白いように同じ動きを見せていた。

強い光源はひとつしかないのだから、当たり前といえば当たり前だ。




919 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 21:55:14.71aMV/BRFao (5/22)


ミュウツー『……』


聴衆に気取られないように、こっそりと生唾を飲み込む。

この緊張ぶりは、自分でも意外なほどだった。


人間の女に借り受けた本のうちの一冊を、読んで聞かせるだけのことだ。

たったそれだけのことに、そんなに怖気づく謂れなどあるはずはなかった。

いつものように、得意のテレパシーで連中に聞かせればいい。

喉を鳴らし声を出せと言われているわけでもない。

伝えるものが自分の感情や意思ではなく、本に描かれた作り話という違いしかない。

頭ではそこまでわかっているのに、なかなか気持ちが追いつかなかった。


ミュウツー『話は……これで一応、終わりなのだが』


声を絞り出すように、友人たちに語り掛ける。

テレパシーであるにもかかわらず。


その言葉を合図に、眼前に並んで座っていた連中が顔を見合わせた。

彼らの心中はわからない。

沈黙がやけに耳に痛かった。


ミュウツー『……』

ミュウツー『……お……おい、何か言え』


友人たちが再びこちらに顔を向ける。


ジュプトル「ねぇ、なんで そいつ」

ダゲキ「『おてがみ』って」

チュリネ「チュリネも、『おてがみ』 する!」

イーブイ「ねえ、『おてがみ』って、おいしいの?」


そして、“生徒たち”は“先生”に言われた通り、一斉に口を開いた。


ミュウツー『待て! 一度に喋るな!』

イーブイ「えー……」

ジュプトル「……おまえが、なんか いえ、って……」

ダゲキ「うん」




920 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 21:57:47.38aMV/BRFao (6/22)


あからさまな不満の表情を浮かべ、ジュプトルとイーブイが抗議してきた。

ダゲキも、理不尽な目に遭ったとでも言いたげな目をこちらに向ける。

チュリネだけが、きらきらと目を輝かせ、ミュウツーを見つめていた。


彼女は当たり前のような顔をして、ダゲキの膝に収まっている。


ミュウツー(……あそこが、自分の指定席だとでも言うつもりなのか)

ミュウツー(まあ、他に取り合いになる相手はいないだろうが)


彼女は他の連中と違い、あまり不満を覚えているようには見えない。


彼女の視線が持つ意味は、ミュウツーにも理解できた。

単純で強い憧れ。

嫉妬や悪意の薄い、羨望の眼差しだ。

彼女自身が欲してやまぬ技能のひとつを、ミュウツーが持っている。

それこそが、視線の『意味』だ。

憧憬を向けるのは、ミュウツー自身に対して、ではない。

技能そのものか、あるいは技能がもたらす『その先』だ。


知らない視線ではない。

あの『科学者』が、自分に向け続けていた目に似ている。

全く同じではないにせよ、遠くないものを感じずにはいられない。

別に、彼女の眼差しが『父』のように狂気を孕んでいる、ということではない。

『彼』と同じく、彼女の視線はこちらを向いている。

にも関わらず、『私』のことを見ているわけではないらしい。

ただ、それだけのことだ。


『父』の目もまた、『私』自身を見ることはついにないままだった。

『私』を通して、『私』ではない、別の何かを見ていた。

誰かを見ていた。

誰を見ていたのだろう。

それはわからない。

けれども、あの時の名も知れぬ気持ちは今でも思い出すことができる。

あの孤独感。

あの疎外感。

あの、底の知れない、厄介な『気持ち』。




921 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:00:49.91aMV/BRFao (7/22)


彼女の幼稚な視線に、そんな厄介なものを感じることは、さすがにない。

彼女の真意が、もっと単純であることはわかりきっている。

邪気がないことも、かえって面倒だった。


チュリネ「みーちゃん、おはなし じょうず!」

チュリネ「チュリネ、いっぱい いっぱい、わかった」

チュリネ「たのしい!」


必死になって、チュリネは感想を述べる。


イーブイ「ぼくも、わかんない とこ、いっぱい けど」

イーブイ「とっても、たのしかった!」


それを見て触発されたのか、イーブイも負けじと飛び跳ね始めた。

どうやらこのふたりは、よくわからないところで張り合っているようだ。


ミュウツー『……そ、そうか……』


『わからない』、『むずかしい』と不評を買う可能性も、もちろん考えていた。

やけに喰いつきがいいのは、正直なところ予想外だった。

それも、幼く、未熟な方のふたりが。


思わぬ賞賛の言葉に、ミュウツーはうろたえて、ふらふらと視線を漂わせた。

ジュプトルの姿が目に入る。

尾をゆっくりと揺らし、難しそうな顔で何ごとか考え込んでいる。

よほど真剣なのか、目を開いているのに、こちらの視線に気づく気配はない。

あとで喋らせることにしよう。

仕方なく、また視線を泳がせる。


最終的に行き着いた視線の先でも、ダゲキがかすかに首を捻っていた。

しばらく待ってみると、はたして彼と目が合う。

彼はわずかに目を細め、面倒臭そうに身を縮めて目をそらした。

視線の交錯で、感想を要求されたと解釈したようだ。


ダゲキ「……ううん」




922 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:03:31.27aMV/BRFao (8/22)


不意に、脳裏にアロエの言葉が去来する。

それが彼のパーソナリティによるものなのか。

それとも、何かを原因とした“状態異常”なのか。

やはりそれも、何ひとつ確証は持てなかった。

彼女の話から判断しようにも、やはり比較する対象がない。


なかなか自分から逸らされない視線に根負けしたのか、ダゲキは深く息を吐いた。

少しだけ考えるそぶりを見せてから、再びこちらを見る。


ダゲキ「はなし……は、わかったよ」

ミュウツー『お前は、いつもそうだな』

ミュウツー『こいつらの方がまだしも、感想としてはいくらか中身があったぞ』


思わず、小さなふたりを顎で示す。

予想通りの返答に、思わずこちらも溜息をついていた。

むろん、本気で責めるつもりがあるわけではない。


イーブイ「ぼくたちの ほうが、えらい!?」

チュリネ「でも、みーちゃん……にーちゃん、いつも こうだよ」

ミュウツー『ああ、まあ……それは確かに』

ダゲキ「……」

ジュプトル「た、し、か、にー」


言いづらそうに口を動かしながら、ジュプトルがけたけたと笑った。

友人たちの『評価』に、ダゲキは困ったように首を竦めてみせた。

『そんなことを言われても困る』という意思表示なのだろう。


ミュウツー『第一、そう首を傾げながら「わかった」と言われても、説得力がない』

ダゲキ「……ああ、そう」


関心が薄いというよりは、上の空だ。




923 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:05:43.84aMV/BRFao (9/22)


ダゲキ「だって」

ミュウツー『「だって」、なんだ?』

ダゲキ「ええと……うまく わからないや」

ミュウツー『……言わなければ、もっとわからんのだが』

ダゲキ「うん」

ダゲキ「だ、か……ら、かんがえ……て、るの」

ミュウツー『そうか』


意外なことに、少し鬱陶しがっているようにも見えた。

そんなそぶりを見せるのは、彼にしては珍しいように思う。

彼の頭の中にどんな思考が渦巻いているのかなど、ミュウツーには知る由もない。

感情を剥き出しにするだけなら、言葉などなくとも難しくはない。

彼の場合は、多少事情が異なるが。


だが、この場を共有する者たちが目指すのは『その先』だ。

発信し、受け取り、思考し共有するための技術だ。

自分で表現するための“すべ”を少しずつ身につけようという試みのひとつが、この茶番だ。


頭の中を無理に引き摺り出すこともできるが、それでは意味がない。

茶番が無駄になる援助をしては、何の進歩も生まれない。


ミュウツー『……時間がかかりそうだな』

ミュウツー『まあいい、ゆっくり考えてろ』

ダゲキ「うん」


『生徒』は実に真面目だ。

皮肉も通じない。


ジュプトル「わかったけど、わからない も、いっぱい あるよ」

ミュウツー『ほう。どこがわからないというんだ』


今度はジュプトルに向き直り、問いかけた。

『私』の眉間の皺は、深いままだろう。

別に怒ってはいないが、傍目には怒っているようにしか見えないかもしれない。

自分でもそう思う。




924 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:09:09.50aMV/BRFao (10/22)


だが、これはもはや癖のようなものだ。

俄かには変えられない。

自分でもそう思う。


ジュプトル「えーっと、なー」


だがジュプトルは、そんな『不機嫌の象徴』をさして気にするようすもない。

どうやら『生徒』たちも、今となってはよくわかっているようだ。

『先生』の機嫌が本当に悪いのか、それともそう見えるだけなのか。

事実、今この瞬間のミュウツーは、象徴が示すほど機嫌は悪くない。

どちらかといえば、気分がいいくらいだった。


ジュプトル「その『てがみ』、すぐ あげればいい じゃん」

ミュウツー『この……「グレッグル」が、か?』

ジュプトル「うん」

ジュプトル「だって、その……ガマガル ってヤツ、『てがみ』ほしいんだろ?」

ミュウツー『そうだ』

ジュプトル「なんで、はこんで って、たのんだの?」

ジュプトル「じかん かかるよ」


ミュウツー(む……それは、一理ある)


手紙ひとつ届けるのにまどろっこしく、まわりくどい。

どうやら、ジュプトルはそう言いたいらしい。

適切な語彙を持てていないために、それこそ『まどろっこしく、まわりくど』くなってしまったようだ。

そんな感想を抱くのも、わからないではない。

この本を初めて読んだ時、ミュウツー自身が抱いた感想でもあったからだ。


ミュウツー『まあ、お前の言うこともわかる。それは……』

チュリネ「あのね、チュリネ わかる!」

チュリネ「ねえ、みーちゃん。チュリネ、いって いい?」

ミュウツー『……言ってみろ』


チュリネは背筋を伸ばした。

晴れ舞台を与えられた子供のように振る舞う。




925 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:11:07.62aMV/BRFao (11/22)


チュリネ「あのね、ガママルちゃんはね」

ミュウツー『「ガマガル」だ』

チュリネ「ガママルちゃん?」

ミュウツー『……あ、ああ……』

ミュウツー『で、ガマガルがなんだと?』

チュリネ「ガママルちゃん は、おんなじ したかったの」

ダゲキ「おんなじ?」

ジュプトル「……どういうこと?」

ミュウツー『いや、そのまま続けろ』

チュリネ「グレッグルちゃんに 『おてがみ ちょうだい』して、『はいどうぞ』は、ちがうの」

チュリネ「おうちで まってたら、『おてがみ』が とどく、したいの」

チュリネ「あとね、いっしょにね、『おてがみ』 まってるの も、うれしかったの!」

チュリネ「おんなじ きもち なの、うれしいんだよ!」

チュリネ「チュリネも、おんなじ したいから、いっぱい わかる!」

チュリネ「おんなじ って、とっても うれしいの!」


いつの間にか話しぶりに熱がこもっている。

彼女が話すのは、絵本に登場する誰かの気持ちだ。

だが、はたしてそれだけなのだろうか。


ミュウツー(……ああ、なるほど)


『同じ』であることにそこまで固執しているのは、絵本の『ガマガル』ではない。


ミュウツー『「おんなじ」は、お前にとっては、そんなに嬉しいことなのか?』

チュリネ「うん! おんなじ は、うれしいよ!」


待てど暮らせど、『ガマガル』に待ち望む『手紙』は届かない。

満たされない。

だが作中の彼には、ある種の解決が訪れる。

彼女にとって、その結末は福音や希望と映るのか。




926 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:14:23.59aMV/BRFao (12/22)


ジュプトル「おまえは、うれしいんだ」

チュリネ「えー……ジュプトルちゃんは ちがうの?」

ジュプトル「ううーん……どうかなあ、わかんない」

ジュプトル「おまえが うれしいのは、わかるけど」

チュリネ「うん!」

ジュプトル「まあ、でも……あんまり。おまえは?」

ダゲキ「……わからない……と、おもう、たぶん」


ふたりは納得しきれないようだった。

話としてはわからなくもないし、小さなチュリネが『同じ』であることに執着するのも理解できる。

だが、実感や共感は持てないようだ。

あいにくと、ミュウツーもその点に関しては、ふたりと同意見だった。


ジュプトル「……で、グレッグル は、てがみ、もらったこと あるの?」

ミュウツー『さあな』

ミュウツー『明文化は、されていないが……まあ、そういう可能性もある』

チュリネ「おてがみ 『もらう』の、いいなあって、ガママルちゃんは、おもった!」

ジュプトル「そーなの?」

ミュウツー『どうかな』

チュリネ「えぇーっ!」


絵本に込められた本当の意図など、この場にいる誰ひとりとして正確にはわからない。

自分たちには思いもよらぬ部分に、物語の本質が描かれているのかしれない。

“人間ならば”、それを当然のこととして理解できるものなのだろうか。


ミュウツー(とはいえ、実際に聞いて、こいつが感じたことは、それだったわけだ)


彼女にとっては彼の心理こそが、自分自身を投影できる部分だったのだろう。

それを指して、『本質を理解できていない』と切り捨てることはできない。


ミュウツー『お前がそう思ったのなら、そうなのだろう』

チュリネ「そうなの? チュリネ、せいかい?」

ミュウツー『……それは、どうかわからないが』

チュリネ「えーっ! ずるい!」

ミュウツー『そう言われても、これは正解の用意されている問題ではないからな』




927 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:17:05.69aMV/BRFao (13/22)


ダゲキ「ねえ」

ダゲキ「てがみ、って……ことば かいて、わたす もの?」

ミュウツー『私の知る範囲では、そういうものだ』

ミュウツー『……なんだ、お前はどんなものか知っているのか』

ダゲキ「ううん。しらない」


ミュウツー(いや、どっちだ)


ダゲキ「でも やっぱり、そうなんだ」

ダゲキ「ニンゲンが かいてる ところ、みたこと、ある……きがする」

ダゲキ「……どうすれば、てがみ できるの?」

ミュウツー『……ううむ……』

ミュウツー『書くものと紙があれば、用は足りると思う』

ダゲキ「かくもの と、かみ?」

ダゲキ「それ は……うん、そう……」

ミュウツー『?』

ジュプトル「おまえ……てがみ かきたいの?」

チュリネ「じゃあ、チュリネも! チュリネも!」

ミュウツー『書いたところで、渡す相手もいないだろうが』

ダゲキ「え」


心なしか、しょんぼりしているように見えなくもない。

『そんなことはない』『手紙を出す相手くらい思いつく』と言い返してくれた方が、まだ返しようもある。

だが彼はそれきり下を向き、言い返すことはなかった。

これではまるで、彼を苛めているようではないか。


チュリネ「むー、チュリネは いるもん!」

ジュプトル「どうせ、ダゲキだろ」

チュリネ「……えっ!? どうして わかったの!?」


彼女もまた、憐れなほど『わかりやすい』側だ。


イーブイ「にーちゃん、おてがみ するの?」

チュリネ「ねーえ、チュリネ、にーちゃんと てがみ、したいの!」




928 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:20:13.35aMV/BRFao (14/22)


ミュウツー(……考えてみれば)

ミュウツー(こうやって話をできるということは、多少なりとも成果があったと言えるか)

ミュウツー(会話の中身も、以前より高度になっている……か?)


ジュプトル「でも、さ」


ジュプトルが耳障りな声で唸った。


ジュプトル「このふたり、ずっと ともだちで、いいな」

ジュプトル「てがみ くれる、ともだち いて」

ジュプトル「さいしょから ともだちで、さいごまで いなくならない」

ジュプトル「……いいなあ」


ミュウツーは、まじまじとジュプトルの顔を見る。

いつの間にか、目に真剣さが宿っているように見えた。

感想を述べてくれていることは確かだ。

だが、どうも別の何かを思い浮かべながら、ジュプトルは『ともだち』という言葉を口にしている。

今ではないいつかの、ここではないどこかの、誰かのことだ。


ミュウツーの脳裏に、淡い雨が降った日の記憶が、水面に浮かび上がる気泡のように湧く。

あの日に見た、少し……いや、かなり様子のおかしいジュプトルと同じだ。

あの時とよく似た目つきを、今もまた見せている。


ミュウツー(あの日も、あんなふうに話していたか)

ミュウツー(結局、あの日は具体的な話をしないまま終わってしまったな)


断片的には窺い知ることができたが、それだけだ。

無論、死なせた仲間の遺骸を食べるというだけでも、苦しむには十分だろうという“推測”はできる。

もっともミュウツーには、そんな事態に行き着く過程も、その時の精神状態も共感できるには程遠い。

そんな経験をした精神がどうなってしまうのかも、想像の域を出なかった。

知りたいのなら、話してもらわねばなるまい。


いずれにせよ、この草色をしたやかましい友人は、自らの過去を踏まえて発言したわけだ。

考え方、受け止め方、発露のしかたはいずれも、一昼夜に培われるものではない。

それはジュプトルに限らず、幼いチュリネもイーブイも、あるいはダゲキも同じだ。




929 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:23:06.46aMV/BRFao (15/22)


ミュウツー(……それは私も同じ“はず”か)

ミュウツー(だが……)

ミュウツー(喪われてもなお、過去は価値観の礎となりうるのだろうか)

ミュウツー(……今、なぜそう思った?)

ミュウツー(私は……)


ジュプトル「……でさ」

ジュプトル「ニンゲンのはなしって、いつも『めでたしめでたし』なんだぜ」

ダゲキ「そうなの?」

ジュプトル「うん」

ダゲキ「よく しってるなあ」

ジュプトル「まあな」

ミュウツー『お前は知らなかったのか』

ダゲキ「しらないよ」

ダゲキ「……きみ も、しってるの?」

ミュウツー『私が知るわけないだろうが』

ダゲキ「えええ」


彼は相変わらず情けない声を出している。

ジュプトルのように表情豊かではないが、瞬きもすれば、口を動かして喋りもする。

顔の組織が動かないわけではないはずだった。


現に今も、困ったような顔を――。


ミュウツー(……?)


ジュプトル「これもさぁ、そうだよな」

ジュプトル「だから……くやしい かんじ」

ミュウツー『悔しい……か』

ジュプトル「そう。うん、『いいなあ』、って」

ミュウツー『ううむ……それは、どちらかというと「羨ましい」が近いように思うが』

ジュプトル「へえ、そうなの?」




930 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:27:16.83aMV/BRFao (16/22)


ジュプトル「じゃあ、ええと、うらやましい」

ジュプトル「へへへ」

ジュプトル「……それで、いなくなるのは かなしい」

ミュウツー『……』

ミュウツー『たしかに、そうだな』


どうしてなのか自分でもわからないが、なぜか断言できた。

自分は知らないはずなのに、わかるように思えた。

誰かがいなくなってしまったときの、胸が締めつけられるような、居場所を失っていくかのような気持ち。


ミュウツー『それは……私にもわかる』

ジュプトル「わかるの?」

ミュウツー『……たぶん、な』


大きな穴が開いているからだ。

理由もわからない、原因もわからない。

ただぽっかりと、心が何かの形に抉られていることだけは確かだからだ。


ジュプトル「……でも、おまえ あのとき……」

ミュウツー『確かに、あの時はああ言ったが』

ダゲキ(……あのとき)

ミュウツー『だが、なぜだろうな……“それでも”わかるように思う』


本当は、『気がするだけ』なのかもしれない。

友人の苦しさなど、実際には何ひとつ、わかってやれていないに違いない。


ジュプトル「あ、そう……」

ミュウツー『別に、お前に合わせようとしているわけではないぞ』

ジュプトル「うん、それは わかる」


実に人間くさい所作で、ジュプトルが肩を竦めた。

だが共感できた『ような気がする』だけでも、一歩前進できた気になれた。

それはなんだか、腹の底をくすぐられるような感触だ。




931 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:29:43.15aMV/BRFao (17/22)


ミュウツー『それに、お前の言いたいことも、前よりは多少、わかりやすくなっているぞ』

ジュプトル「へっ、ほんと!?」


ほんの少しだけ、気分がいいのは事実だ。

真実はどうあれ、『通じた』ように感じられたからだ。


ジュプトル「おれ、ほめられた!」

ジュプトル「なんか、ベンキョー してるっぽい これ」

ジュプトル「ね ね、ダゲキ! おれ あたま、よく なってる?」


頭の葉は嬉しそうに大きく揺れている。

尾も機嫌のよさが反映されているかのように、ひたひたと地面を叩いていた。

やけに嬉しそうに騒ぎ、隣に腰を下ろすダゲキの肩をばたばた叩く。

当然のように満面の笑みだ。

叩かれた方は、これまた当然のように、迷惑そうにしているが。


ミュウツー『……いや、何を言っているんだお前は』

ジュプトル「なんだよー」

ミュウツー『そんなに、すぐに頭がよくなったりするものか』

ミュウツー『きのみを食べて腹が膨れるのとは、わけが違うんだ』

ジュプトル「ちぇー」

ジュプトル「じゃあ、もっと ほめろよ」

ミュウツー『私は必要以上に貶す気も、褒める気もないぞ』

ミュウツー『そんなことをしても、お前の現状は変わらないだろうが』

ジュプトル「ぐ」

ジュプトル「お……おれは! やること あるの!」

ミュウツー『知っている』

ダゲキ「?」

ミュウツー『……で、あの時、言っていたことは、やれたのか?』

ジュプトル「ま……まだ!」

ミュウツー『だから言っているんだ愚か者が』

ミュウツー『さっさと、その「やること」とやらをすればいいではないか』

ジュプトル「だ、だって、みつからないんだよ」




932 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:32:55.02aMV/BRFao (18/22)


ミュウツー『だったら、少し褒められたくらいで、すぐ調子に乗るんじゃない』

ジュプトル「ううう……」

ダゲキ「ね……ねえ」


不意に、黙っていたダゲキが不安そうな目で口を開いた。


ダゲキ「いまの はなし……」

ジュプトル「あ、ごめん」

ミュウツー『……すまない、私とこいつだけで、話をしてしまったな』


そういえば、なぜジュプトルまでもが一緒になって勉強に参加しているのか、改めて説明したことはなかった。

自分は話を振られた側でしかないから、本人が言わないなら、こちらから言う筋合いではない。

ジュプトル自身に話す気があれば、説明していただろう。

だがジュプトルからダゲキに対しては、何も言っていなかったようだ。


ダゲキ「あ あの、さ」

ダゲキ「えっと……」


釈明しようとして、ミュウツーは思い止まった。

彼は、何か言おうとしている。

だがなかなか言葉に出来ず、言いづらそうにきょろきょろしていた。

眉間にかすかな皺が見える。

考えているのだろう。


ダゲキ「あ、と……」

ジュプトル「……?」

ミュウツー『……』

ジュプトル「ごめん。おれが……」

ミュウツー『いや、待て』

ジュプトル「え」

ミュウツー『お前……何か話したいなら、今この場で話せ』

ミュウツー『時間がかかっても気にするな。そのための場だ』

ダゲキ「え、あ、うん……」




933 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:34:56.60aMV/BRFao (19/22)


いつの間にか、指でこめかみのあたりを掻き毟っている。

ああして頭を掻き毟るしぐさは、研究所の人間がよく見せていた記憶があった。

主に、『私』に対する検査結果の不満を漏らす時に、だったが。


ダゲキ「あの さ、いま ぼくは……」

ダゲキ「その……なんだか、ふたりは わかるでしょ」

ダゲキ「でも、ぼくには わからない」

ダゲキ「ぼく は、しらない」


ジュプトルはミュウツーを無言で見る。

しぐさや目つきからして、彼の物言いに困惑しているようだ。

返事として首を横に振ってみせた。

『とりあえずは黙れ』という意思を示したつもりだった。


ダゲキ「そうしたら、あたまの ここ、いたくなったんだ」

ミュウツー(……これは、いい機会かもしれないな)


今さっきまで掻き毟っていたこめかみを、彼は長い指で示した。

次に、両手で顔をごしごしと擦る。


明らかに、外側に変化が出ている。

何を考えているのかまではわからなくとも、『考えている』ということが顔に出るようになった。


やはり、『持っていない』わけではなかったのだ。

それを表に出さなくなってしまったことの、理由はどうあれ。

……おそらくは、人間絡みなのだろうが。

他の連中と同じく持っていたはずの感情や表情を、容れ物に押し込め蓋をしていたのだろう。

何があったのかは知らないが、その蓋が緩みつつある。


ダゲキ「だ、だから……」

ジュプトル「……」

ダゲキ「……わかんない……」

ダゲキ「うまく いえない」

ミュウツー『……そうか』




934 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:37:10.84aMV/BRFao (20/22)


ミュウツー『だが駄目だ。上手く言えないことなど初めからわかっている』

ミュウツー『そう思うのならば、もう少し粘ってみせろ』

ダゲキ「えっ」


きょとんとしたような、困ったような顔をしている。

目つきやしぐさだけではなく、『表情のなりそこない』のようだ。

もう一押しなのかもしれない。


ミュウツー『完璧に言えなくても誰も文句は言わない。どうせ私以外は大差ないだろうが』

ミュウツー『それよりも今、お前が考えていることを口に出せ』

ミュウツー『どう言っていいかわからないなら、知っている限りの表現を使って言え』

ダゲキ「それでも、むずかしいよ」

ミュウツー『それはわかっている』

ミュウツー『だが、こんなところで手間取っているようでは、先行きは暗い』

ジュプトル「なあ……ちょっと」

ミュウツー『なんだ?』

ジュプトル「そんな、むりに いわせなくても」

ミュウツー『お前も同じはずだ』

ミュウツー『ここで躊躇してやめたら、いつまでたっても上達しない』

ミュウツー『お前は、自力で何かを思考できるようになりたかったのではないのか?』

ミュウツー『私と同じように、自分が何者なのかを考え、知りたかったのではないのか』

ミュウツー『それは、ここで口を噤んでしまう程度の目的だったのか』

ダゲキ「う、うん、ぼくは……」

ダゲキ「……えっ」

ミュウツー『言わねばならないことがある、考えねばならないことがある、とお前たちは言った』

ミュウツー『理由はそれぞれかもしれないが、手段は一致している』

ミュウツー『だからこそ、許しがたいニンゲンの道具といえど学ぼうとしたはずだ』

ミュウツー『憎かろう腹立たしかろうが、それでも使えるものなら使ってやろうと』

ジュプトル「そ、りゃあ……そう だけど」

ミュウツー『そうやって「使って」、森で生活してきたと言っていたではないか』

ダゲキ「ご、ごめん」


イーブイもチュリネも、困ったような、唖然としたような、なんとも言いがたい表情を見せている。

ジュプトルも、誰に同意すべきか決めあぐねて焦っているようだ。




935 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:44:14.48aMV/BRFao (21/22)


ダゲキ「……いう」


聞き間違いかと思うほど小さな声でダゲキが呟いた。

睨みつけると、彼は“露骨に怯えた表情”を浮かべる。


ダゲキ「ちゃんと、いう」

ダゲキ「……ぼくは……おもった。ちゃんと、わかってる」


広々とした紙にインクを一滴ずつ垂らしていくかのように、時間をかけてぽつぽつと吐き出していく。


ダゲキ「この へんが、じんじん した」


彼は、自分の胸のあたりに指を立てる。


ミュウツー『それだけか?』


それを見ていたジュプトルはなぜか、慌ててダゲキから目をそらした。

見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。


ダゲキ「ぼくだけ しらない、のは、……いっしょに たのしい、じゃない」

ダゲキ「チュリネが、いつも いってること、ぼくは よく わからなかった」

ダゲキ「おなじが いい、おなじを したい、って」

ダゲキ「どうして、おなじがいいのか、ずっと、ぜんぜん わからなかった」

ダゲキ「でも……いま、おなじ だったら、よかった って おもった」

ダゲキ「それから、おなじだから、からだの なか が、ぎゅっとなった」

ダゲキ「おなじ だったら、このへんが さわさわして、うれしいのに」

ダゲキ「ぼくだけ しらないのは……」

ダゲキ「ちょっと だけ、いたい」

ダゲキ「あたまか、ここの なかが、くるしい」

ダゲキ「……あ……」


何かに気づいたように、彼は顔を上げる。


ダゲキ「ぼく、さみしかった」


誰かが間違いを犯すとき、誰かが道を誤るとき。

『間違ってやろう』、と一歩を踏み出す者は少ない。

それならば、まだ救いがある。




936 ◆/D3JAdPz6s2014/07/22(火) 22:49:37.52aMV/BRFao (22/22)

今回は以上です
凄く時間が開いてしまって申し訳ない

作中の絵本はこれ→ http://books.bunka.ac.jp/np/isbn/9784579402472/

>>911-914
(ヒウンアイスください)

マツブサのイメチェンに驚いて挙動不審になってるところで…
入院は無事終わって経過も順調で日常生活には何の問題もないです

それではまた


937VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/22(火) 23:07:31.75gWZs6fHho (1/1)

乙です


938VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/22(火) 23:17:17.581uYUYdnOo (1/1)

超乙


939VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/23(水) 00:15:37.36DPNDUU4DO (1/1)


入院お疲れさまです


940VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/23(水) 00:47:54.919cVQSOC90 (1/1)

ヒウンアイスかと思ったらバニプッチだった


941VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/24(木) 13:44:47.68H7n8zFaN0 (1/1)




942VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/24(木) 19:43:41.79wEb5x+GxO (1/1)


順調に知能、知性が発達してるぜ...


943VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/25(金) 18:25:15.70KwAyylfnO (1/1)

ばからしいこというなよ懐かしいwwwwwwwwwwww


944VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/26(土) 10:50:10.97eM/nKRaa0 (1/1)

これ国語の教科書(光村図書)に載ってたわ
当時の先生に「なんで紙と鉛筆じゃなくて鉛筆と紙なのか」って考えてみろと言われて真剣に考えてた思い出

今そんなこと聞かれたら逆ギレしかねないけどww


945VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/11(月) 23:31:24.95Yojbiw6DO (1/1)

これ本でじっくり読みたい


946VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/19(火) 12:21:51.78kQqu1GA0O (1/1)

続き気になる


947 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 00:47:01.58uzzTTkrho (1/28)

ご無沙汰しています
それでは始めます


948 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 00:51:38.98uzzTTkrho (2/28)


彼の言葉は、そこで切れた。

ミュウツーは満足したのか、どこか嬉しさの滲む表情で目を細める。

真意を測りかねたのか、ジュプトルが訝しげにそれを見ていた。


ミュウツー『まあ、ぎりぎり合格といったところか』

ジュプトル「ごうかく?」

ミュウツー『今のこいつにしては、言えた方だと思わないか』

ジュプトル「あ、うん……えー……」

ミュウツー『それに、こいつが顔を歪めているところなど、なかなかに“傑作”だった』

ダゲキ「……」

ジュプトル「ああ……そうか」


そう言いながら、ジュプトルもダゲキの顔を覗き込む。

ダゲキは口角を引き下げ、左目の下を引き攣らせていた。

今までの表情の薄さを考えれば、よほど『表情』の体を成していると言えるかもしれない。

一見しただけでは、喜怒哀楽のどれに該当するのか想像もつかない『表情』ではあるが。


とはいえ、この情けない顔を引き出せただけでも、満足に値することだけは事実だ。


ダゲキ「ぼくは、さみしい って、おもったの?」

ミュウツー『お前がそう思ったのなら、そうなのではないのか』

ダゲキ「まちがえてない?」

ミュウツー『そんなこと、私が知るか』

ジュプトル「おまえも、そんなかお するんだ」

ダゲキ「どんなかお?」

ジュプトル「すごく へんな かお」

ダゲキ「へん?」

ジュプトル「おこってる みたい」

ダゲキ「あああ……め、ぐるぐる する」


そう言いながら、三本ずつしかない指で顔を覆う。


ミュウツー『その気持ちは、わからないでもない』




949 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 00:54:24.28uzzTTkrho (3/28)


近い言葉で表すなら、『恥ずかしい』とか『照れくさい』が近いように思う。

とはいえ、こちらは想像する以外にない。

彼自身が、自分でどう感じているのかよくわかっていないからだ。


チュリネ「にーちゃん……どうしたの?」

チュリネ「……ねえ、かなしいの、いや」

チュリネ「にーちゃん かなしいの、チュリネ いや」


言い募るチュリネに、ダゲキはううんと唸った。


ダゲキ「チュリネ、ちがう」

ダゲキ「ぼくは、かなしい ちがうよ」


ダゲキは、必死なチュリネを見て『困ったように眉根を寄せた』。

そして今までのように困惑して黙るのではなく、考えながら口を開くのだった。


ダゲキ「ぼく ちょっと、わかった、かもしれない」

チュリネ「?」

ジュプトル「なにが?」

ダゲキ「い……いうの むずかしいよ」

ミュウツー『それも勉強だと思うが』

ダゲキ「ま、まって」

チュリネ「にーちゃん、かなしい じゃないの? べんきょう、したの?」

ジュプトル「……そう らしいよ」


すっかり外野の顔をして、ジュプトルは溜息をつく。

自身の懸念が空振りだったとわかり、チュリネは安心したようだ。


チュリネ「……いーなあ」

チュリネ「チュリネも べんきょう したい」

チュリネ「にーちゃんと おんなじが、いい」

チュリネ「どうしたら、にーちゃんと おなじ、おべんきょう できるの?」

ミュウツー『これと同じがいい、というお前の願望は知っているが』

ミュウツー『こいつが今ようやく理解した程度のことは、お前など普段から意識もせずに使っているぞ』

ミュウツー『どうやらお前は、こいつより遥かに真っ当らしいからな』

チュリネ「?」




950 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 00:58:40.23uzzTTkrho (4/28)


目だけはチュリネの方を向けながら、ミュウツーは顎をしゃくってみせる。

チュリネはよくわからないのか、首をかしげるだけだった。


ミュウツー『お前は当たり前に出来ることだが、こいつにとっては……まあ事情はあるのだろうが、えらく苦労することらしい』

ミュウツー『ああして、多少は追い詰めなければならなかったくらいだ』


ミュウツーは、これ見よがしに肩を竦めた。

小馬鹿にする意図があることを隠す気もない。

視界の隅で、ダゲキが驚いた顔を見せたような気がする。


チュリネ「ほんと!?」

ミュウツー『嘘をついて意味があるのか?』

ダゲキ「わざと、こわく いったの?」

ミュウツー『お前……本気であれが怖かったのか?』

ダゲキ「ちょ、ちょっとだけ」

ジュプトル「びっくり したけど、そんなに……」

ミュウツー『いや、多少、きつい物言いはしたかもしれないが……』

ミュウツー『怖がられるほどの言い方をした覚えはないぞ』

ダゲキ「まえに おこった ときみたいに、こわかった」

ミュウツー『前?』

ジュプトル「あー、まえに おまえ、おこったやつだ!」

ジュプトル「あれは、しぬかと おもった」

ダゲキ「うん」

ダゲキ「すごく いたかった」

ジュプトル「こわかったし!」

ミュウツー『??』


何の話をしているのか、ミュウツーにはよくわからない。

思わず首をひねった。


ジュプトル「ほら、おれと こいつが、ふわーってなったやつ」




951 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:01:08.54uzzTTkrho (5/28)


なかなか伝わらないことに痺れを切らしたのか、ジュプトルはばたばたと身振りを交えて説明を始める。

そしてジュプトルは、自分で自分の首を絞めるしぐさを見せた。

その身振りを見てようやく合点が行く。

ふたりとも要は、ハハコモリの一件があった日のことを言っているようだ。


ミュウツー『あ……あれか……あれは、その……お前たちが』


あの時は、確かに『怒っていた』と言って間違いはないだろう。

だが、思い出すと頭の中が熱くなる。

その話には触れないでくれ、と言いたくなるのだった。


イーブイ「ねえ、もっと ちがうの、よんで」

イーブイ「にーちゃんたちばっかで、つまんない」

ミュウツー『ん? ……ううむ。そうか』

ミュウツー『……他に、と言われても……そう色々はないのだが』


そう言いながら、渡された紙袋の中を覗き込む。

イーブイにその気はなかったのだろうが、思わぬ助け船を出されたように思えた。

内心、少しほっとしていた。


表紙だけが硬く厚い本、大きな本、紙の枚数は多いが小さな本。

改めて見ると、あの女が選んだ本は、見た目の印象も中身も見事にばらばらだった。

隅が剥げたもの、色の妙に褪せたものと、年季が入っているものが多い。


ミュウツー(……これも、あの女の子供が読んでいた本、ということなのか)


ニンゲンの子供は、恵まれている。


ジュプトル「もう べつの ほん、よむの?」

ジュプトル「さっきの ほんの ことだけど……まだ きいても いい?」

ミュウツー『言ってみろ。探しながら聞く』


紙袋の中の本に触れながら答えた。


ジュプトル「すぐ わたせば、いいんじゃないの? てがみ」

ジュプトル「はやいほうが、うれしいんじゃないの?」




952 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:02:19.67uzzTTkrho (6/28)



ミュウツー(……ふむ)


探しながら聞く、と言ったものの、ミュウツーは手を止めて顔を上げた。


ミュウツー『なるほどな』

ミュウツー『だが……こいつもさっき、言っていただろう』

ミュウツー『ただ渡されるだけでは、意味がない』

ジュプトル「そうなの?」

ミュウツー『“自分にも手紙が届く”、という状態が重要なのだ』

ミュウツー『少なくとも、この「ガマガル」にとっては』

ミュウツー『お前にとって、それが重要かどうかは、また別の話だが』

チュリネ「おてがみ とどく だと、うれしいの」

ミュウツー『だ、そうだ』


すかさずチュリネが口を挟んだ。

自分に手紙が届いたわけでもないのに、誰よりも嬉しそうな顔を見せている。

その得意げなようすをまじまじと眺め、ジュプトルは溜息をついた。


ジュプトル「わかんないなぁ」

ミュウツー『まあ……お前は、そういう部分が鈍いというか、無神経なのだろう』

ミュウツー『情緒というものがわからんのだな』

ジュプトル「ムシンケイ? ジョウチョ?」

ジュプトル「おい、わかんないけど、それ わるぐちだろ!」

ミュウツー『さあ、どうだろうな』

ジュプトル「はらたつなぁ」

ジュプトル「どうせ、おれは ゴミあさりの、のらだし!」

ジュプトル「おまえ みたいに、あたま よくないよ」

ジュプトル「なあ おい、ダゲキ、ひどい よな」

ダゲキ「……」

ダゲキ「……えっ」


声をかけられ、ダゲキは驚いていた。

声をかけたジュプトルの方も、目を見開いて、きょとんとしている。

わけがわからないという表情で、ジュプトルがミュウツーを振り向く。




953 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:05:26.25uzzTTkrho (7/28)


ミュウツー『どうした』

ダゲキ「ごめん……かんがえてた」

ジュプトル「それは、みればわかるけど」

ダゲキ「ご、ごめん……」

ミュウツー『実にいい度胸だな』

ダゲキ「イイドキョウ?」

ジュプトル「あっ、おれ、しってる」

ジュプトル「『しつれい』、って いうんだぞ、そういうの」


以前にも、よく似た会話をしたことがある。

その頃に比べると、ジュプトルの話しぶりは随分と自然になったように思う。

声そのものは、相変わらず耳障りで聞き取りづらい。


ジュプトル「……ほんとにさ、ジョーダン わかんないよな、おまえ」

ミュウツー『さっきのように、やっと表に出てきたと思ったが……そうそう性格は変わらんか』

ジュプトル「すげえ へんな かお だったけどな」

ミュウツー『だが、何を考えているかわからないよりは、だいぶいいだろう』

ミュウツー『しばらく不気味なのは我慢してやれ』

ジュプトル「けけけ」

ダゲキ「ぶ、ぶきみ……」

ジュプトル「えー、じゃあ、ジョーダンわからないのは、おなじ?」

ミュウツー『そういうことだな。やれやれ、からかっても拍子抜けするばかりだ』

ダゲキ「うん。そういうの、うまくない」

ジュプトル「うん」

ミュウツー『知っている』

ミュウツー『ふざけていたのはこちらだ。お前が引け目に思う必要はないだろうが』


冗談や皮肉が通じないのは、今に始まったことではない。


ミュウツー『何を考えていた?』

ダゲキ「うまく いえない」

ミュウツー『……そうか。今は追求しないでおいてやろう』

イーブイ「ねーえ、あたらしい ほんは?」




954 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:06:19.06uzzTTkrho (8/28)


待ちきれないといった声が跳ねた。

確かに、次の本を要求されてからの雑談が長引いている。


ミュウツー『ああ……そうだったな』

ダゲキ「あ」

ミュウツー『なんだ』

ダゲキ「ずかん」

ミュウツー『……あ』

ダゲキ「わすれてた?」

ミュウツー『わ、忘れてないぞ』

ミュウツー『……そういえば、そんな約束をしていたな、と』

ダゲキ「……」

ミュウツー『なんだその目は! 約束通り、借りてきてあるだろうが!』

ダゲキ「わあ、やった」

ミュウツー『……そんなに喜ぶことか!?』

ダゲキ「うん」

ミュウツー『そ、そうか……』

ジュプトル「……ずかん? あるの?」


素頓狂な声を上げ、ジュプトルがきょろきょろとふたりを見た。

やはり図鑑というものを知っているか、と、そんなことを思う。

ダゲキや自分と同じく、ジュプトルも人間と過ごした時間のどこかで、その存在や意味を知ることがあったのだろう。


ミュウツー『必要に迫られてな』

ダゲキ「ぼくが たのんだの」


自分のおかげだ、とでも言いたそうな声。

明確に声音が変わったわけではないものの、今までに比べれば『誇らしげに話している』らしく聞こえる。


ミュウツー(やれやれ)


小さな溜息を吐きながら、ミュウツーは今まで読んでいた絵本を傍らに置く。

ダゲキは黙って、その絵本を目で追っていた。




955 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:08:35.09uzzTTkrho (9/28)


ジュプトル「ずかん って、どんなの かいてあるの?」

ミュウツー『見たことはないのか』

ジュプトル「なまえ だけ」

ミュウツー『ううむ……』


紙袋から出し、手に取っていた本のページを、ぱらぱらとめくる。

あの時、アロエが机の上で手を伸ばして開こうとしていた本だ。

さっきまで読んでいた本よりも、判型はやや小さい。


イーブイ「ねー、それ、なにの ほん?」

ミュウツー『これは、な……』

ミュウツー『なんと説明したものか』

ミュウツー『……まあ……見ればわかると思う』


ミュウツー(イ……イ……)

ミュウツー(……あ、あった)


ミュウツー『……貴様は、“イーブイ”だったな』

イーブイ「うん! なんでー?」


何も言わずに肩を竦め、本の向きを変える。

イーブイに向けたページには、何枚かの図版と、こまごまとした文字が並んでいる。

見せたところで、何が書かれているかイーブイに理解できるわけではないだろうが。


イーブイ「……あーっ! ぼくと おんなじ こ!?」


イーブイの耳がピンと立つ。

ミュウツーが示したページの図版には、同じイーブイが載っていた。


イーブイ「なんで! なんで? ぼく と、おんなじ?」

イーブイ「すごーい!」

ミュウツー『……うむ、まあ、それはよかった』




956 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:10:58.61uzzTTkrho (10/28)


ダゲキ「ずかん って、こうなってるんだ」

ジュプトル「すげえ、これ おまえの こと?」

イーブイ「ちがうけど、ぼくも そうみたい!」

ミュウツー『ふむ……貴様が“イーブイ”として、どんな能力を持ちうるか……が主眼のようだが』

ミュウツー『本来はどんなところに生息しているかも書いてあるな』

ミュウツー『あとは……種族的に、どういう能力に秀でているか、とか……』

イーブイ「あっ、うえの “え”のこ、かわいい!」

ミュウツー『……そうなのか?』


ミュウツー(正直、あまり違いがわからないのだが)


ジュプトルがページの一角を指した。


ジュプトル「ほかの ポケモンも あるけど、なに?」

ミュウツー『ん? ああ、これは……イーブイが進化しうるポケモンを挙げているようだ』

ミュウツー『「近年、研究が進み、進化の可能性が更に広が」……胸糞悪くなる文章だな、これは』


そう言いながら、オーバーに眉を顰める。

ジュプトルとダゲキは、ミュウツーのようすを不思議そうに見ている。

さすがに、文章がどう不愉快なのかまでは理解できなかったようだ。


イーブイは相変わらず尾を強く振り、首を伸ばしてページを覗き込もうとする。

このポケモンにとって、尾を振ることは興味関心や“快”の表明であるらしい。


イーブイ「えっ、ぼく おとな、なれるの? みたい! ねーねー、みせて!」

ミュウツー『う、うむ』


ミュウツーは本を開いたまま、地面に置く。

すると、イーブイのみならず他のポケモンたちも群がるように近づいてきた。

まじまじと覗き込む。

文字を判別できるダゲキは、解読を試みているようだ。

『胸糞悪』い文章とやらを、自分の目で確かめてみたくなったのかもしれない。

ジュプトルの、くるくると低く喉を鳴らす音が聞こえる。




957 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:12:47.69uzzTTkrho (11/28)


ジュプトル「おまえ、こんなに いろいろ しんか……するの?」

イーブイ「しらなかった」

イーブイ「ふわふわ してるの、かっこいいなあ」

イーブイ「ぼく、この ふわふわ おとな、なりたい!」

チュリネ「イーブイちゃん、すごいなー」

チュリネ「いっぱい いっぱい、おとな なれるんだ!」

ダゲキ「イーブイは……どうしたら、しんか するの?」


希望に目を輝かせるチュリネを尻目に、ダゲキが顔を上げて尋ねてきた。

どうやら、解読は諦めたらしい。


ミュウツー『待て、読む』

ミュウツー『……』

ミュウツー『まあ……どうもこの記述を見る限り、方法は複数あるらしい』

ミュウツー『方法というか、採る手段によって何に進化するか変わるが』

ミュウツー『……特定の鉱物を必要とする場合が多いようだな』

イーブイ「こーぶつ?」

ミュウツー『石とか、岩だな。……何かピンとくるものはあるか?』

イーブイ「いわ かぁ……」


イーブイは唸りながら、地面を見る。

次に、空を見る。

そして自分の前脚の裏を覗き込み、ふさふさした“たてがみ”を撫でた。

だが、どうやら思い当たることはなかったらしい。

長い耳が残念そうに、顔の両脇に下がった。


イーブイ「ううん」

ミュウツー『……そうか』


明らかに意気消沈した声でイーブイが言う。




958 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:13:41.79uzzTTkrho (12/28)


イーブイ「あ、でもね……まえに、いわ みたの」

ミュウツー『岩?』

ダゲキ「ここ、きたときの?」

イーブイ「うん! うえに、くさ はえてるの いわ」

チュリネ「イーブイちゃん、あれ こけ だよ」

イーブイ「あ、そうなんだ」

イーブイ「……えーとね」

イーブイ「そしたらね、いわ さわったら……うーんとね」

イーブイ「よく わかんないんだけど」

イーブイ「わーっ てね、“なにか” おもったの」

ミュウツー『……“なにか”』

イーブイ「うん」

イーブイ「『ひゅー』って」


イーブイは全身の毛をふさふさ揺らし、耳を動かして話していた。

わからないなりに、言葉にしようと懸命になっているのはわかる。


ミュウツー『それは、今の進化の話に関係がありそうなのか?』

イーブイ「わからないけど」

イーブイ「そうかなー? って おもった」


これが限界だろうか。

あちらのふたりとの違いを考えれば、健闘した方だと思う。


ジュプトル「ほかの みたい」

ミュウツー『……ああ、まあいいぞ』


ミュウツー(こいつも、種族の名前が『ジュプトル』だったか)


――それもみんな、個人の名前っていうより


ミュウツー(……はぁ)




959 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:15:32.95uzzTTkrho (13/28)


ミュウツー(私は、結局、この場にいる連中の“名前”も知らないのだったな)


彼らの名前だと思って呼んでいたものは、種族を識別する記号でしかなかった。

だが彼らもまた、その『名前ではない名前』で呼び合っている。

自分だけが仲間外れにされていた、というわけではない。

ならば尋ねて、確かめてしまえばいい。

たったそれだけのことをもやもやと悩むなど、自分でも好ましくはないはずだ。

なのに、自分はなぜこんなことに尻込みしているのだろう。


……こんなことに、こんなにも自分は臆病だっただろうか。


そう考えているうちに、目指すページがあらわれた。


ミュウツー『いいものを見つけた』


思わず口角を上げ、わざとらしくジュプトルに視線を送る。

その目つきの意味をどう感じ取ったのか、ジュプトルは鼻先に皺を寄せて露骨に嫌そうな顔をした。


ジュプトル「なに そのかお」

ミュウツー『いや、大したものではない』


わかりやすい警戒の顔が面白くてしかたないが、それはそれで悪趣味だと思う。


ミュウツー(好奇心には抗えまい)


ジュプトル「きに なるじゃん」

ミュウツー『まあ、見てみろ』

ジュプトル「えー……わっ おれ!」

ダゲキ「あ、ほんとだ」


ページには、先程のイーブイと同じ位置に、ジュプトルの写真が載っていた。

もっと小さな別のポケモンと、もっと大きな別のポケモンの写真も並んでいる。

姿形こそ違うものの、どちらも若葉のような、ジュプトルと似た体色をしているようだ。

まだ目を通したわけではなかったが、この二匹が、ジュプトルの進化に関わるポケモンということなのだろう。




960 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:17:03.46uzzTTkrho (14/28)


チュリネ「でも、ジュプトルちゃんの ほうが、はっぱ きれい だね」

ジュプトル「うん、そうだろー?」


チュリネが妙に誇らしげに言った。

ジュプトルもまた、まんざらでもないという顔で胸を張る。

彼女の言った形容は、どうやら賛辞の意味を持つものだったようだ。


ジュプトル「おれの ほうが、ずーっと かっこいい」

ダゲキ「そうなの?」

ミュウツー『お前たちの着眼点がわからん』

ジュプトル「チャクガンテン? こんなに ぜんぜんちがうじゃん」

チュリネ「うん!」

ミュウツー『……そ、そうか……』

イーブイ「よく わかんない」

ダゲキ「うん」


どこが判断基準になっているのか、やはりミュウツーには判別のしようもない。

眼前にあって見慣れたジュプトルと、図版の個体。

まじまじと見比べれば、確かに少し顔つきが違うようにも思う。

“そう言われてみれば”という程度だったが。

ましてや、葉の艶や美しさを比べた違いなど、輪をかけてわからない。

実際、かつて目にした、たくさんのクルミル、クルマユはみな同じに見えた。

逃げていった“フシデたち”も、交流のあるフシデとどう違うのか、いまだにわからない。


ミュウツー(一応、それでも違う『気はする』のだが……)

ミュウツー(同じフシデ同士、あるいは草ポケモン同士なら、見分けはつくということか)

ミュウツー(以前言った『見分けがつかない』という冗談も、洒落にならないな)

ミュウツー(……あれは冗談だったのか)


ミュウツーは気を取り直して、開いた図鑑に目を落とした。

ページの大部分は、個体の成長度合いに応じた能力の列挙に割かれている。




961 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:18:46.61uzzTTkrho (15/28)


ミュウツー『でんこうせっか……れんぞくぎり……』

ミュウツー『お前の種族は、スピードを活かした戦い方が得意、ということか?』

ジュプトル「んー……そう かな?」

ジュプトル「かるいし、こいつに なぐられたら、きっと ふっとぶし」

ダゲキ「なぐらないよ」

ジュプトル「わかってるよ」

チュリネ「ジュプトルちゃんは、ぴょんぴょん はやいよ!」

ジュプトル「め いいから、よけたり とくいだし」

ミュウツー『みきり……』


少し得意そうに言うのだった。


ジュプトル「でも ちゃんと、たたかったこと、そんなに ないけど……」


ミュウツー(ああ、これか……)

ミュウツー(……みきり……)

ミュウツー(ん……?)


落ち葉が首筋に触れたか否か。

そんな程度のひっかかりを覚える。


ミュウツー『……』

イーブイ「ぼくも あし、はやいよ」

ジュプトル「“にげあし”だけな」

イーブイ「むー」


結局、違和感が像を結ぶことはなかった。

友人たちの会話にかき消される。


ミュウツー『……まったく』

ミュウツー『どのページを見ても、結局は戦わせることを前提にしているようだ』

ミュウツー『けしからんな』


ミュウツーはおおげさに憤慨してみせた。

ジムの人間の持ち物を借り受けた以上、当たり前とも言えたが。

それをわざとらしく棚に上げる。

自分が、なんとも滑稽だった。




962 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:20:25.15uzzTTkrho (16/28)


ダゲキ「『けしからん』、てなに?」


彼の質問に、直接答える気にはなれなかった。

一瞥しただけで話を続ける。


ミュウツー『……ポケモンにどんな能力があるか、あるいは戦闘において、そのポケモンがどんな技を使えるか』

ミュウツー『そうした分野にページの大半が割かれている』

ミュウツー『ここまでは理解できるな?』

ダゲキ「う、うん」

ダゲキ「ことばは わからないけど、わかる」

ミュウツー『つまりは、ポケモン同士を戦わせるための情報が、彼らにとって何よりも重要ということではないか』

ミュウツー『ニンゲンが、みずからの身体と能力を使って戦うことはない』

ミュウツー『自分は指令を出すばかりで、実際に闘わされるのはポケモンだ』

ミュウツー『闘わせ勝敗を決めること、つまりは闘えること、更には強いことが連中にとっては一番、大事ということだ』


なにも、尋ねられることや答えることそのものが煩わしい、というわけではなかった。

だが、いくら言葉を駆使したところで、自身の感じた憤りを伝えることは難しい。


ミュウツー『「けしからん」とは、そんなニンゲンの認識に腹を立てているということだ』

ダゲキ「やっぱり、また おこってるんだ」

ミュウツー『余計なお世話だ。怒りもするというものだ』

ジュプトル「たたかう のが、いちばん だいじ……」

ダゲキ「……」

ジュプトル「あーあ、どうせ、おれ やくたたず、だよ」


ジュプトルが、元から突き出した口をさらに突き出すようにして口を挟む。

見るからに不満そうだった。

目を半分ほどに細めているのも、抗議を示しているらしい。


ミュウツー『自虐はその辺にしておけ』

ジュプトル「だって、おれ ほんとうに、そう いわれてたもん」

ダゲキ「そう なの?」




963 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:23:08.10uzzTTkrho (17/28)


ジュプトル「まえに、いったろ。つかわれなかった って」

ダゲキ「……うん」

ジュプトル「よわいから って」

ジュプトル「ほんとに よわいけど……」

ジュプトル「おれ、ちから そんなに ないし」

ジュプトル「すごいこと できないし」

ジュプトル「それが わるいか」

ダゲキ「ううん」

ジュプトル「おまえら は、いいよ。いっぱい しってるし」

ジュプトル「ミュウツーは、エスパーだもん」

ジュプトル「おまえ も、すごい ちからもちじゃん」


ジュプトルの言葉を聞いて、不意にダゲキが背中を丸める。

居心地が悪そうにわずかに身をよじったが、もう何も言おうとはしなかった。


ミュウツー『なんというか』

ジュプトル「なあにィ?」

ミュウツー『お前は、今もニンゲンの所有物のつもりなのか?』

ジュプトル「……どういうことォ?」


そう吐き出して、ジュプトルは首を伸ばす。

機嫌は悪そうだが、本気で怒っている声音ではなかった。

ジュプトルは更に目を細め、不満を示してしゅうしゅうと唸った。

あくまで、アピールの色合いが濃いように見えた。


ミュウツー『……変な意味ではないぞ』

ジュプトル「あっそ」


まだ不満げだ。

こちらの言葉が嫌味ではないくらい、理解できているはずだ。

だが、何かを試されているような気がしていた。

……一体、何をだろう?




964 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:24:37.14uzzTTkrho (18/28)


ミュウツー『……お前たちを使役しようとするニンゲンは、ここにいない』

ミュウツー『お前を役立たずと断じるニンゲンも、もういない』

ミュウツー『それは、お前もわかっているはずだ』


ジュプトルがこちらをまっすぐに見た。


ミュウツー『お前がかつて「弱くて役に立たない」と言われていたというなら、それはそうなのだろう』

ジュプトル「……」

ミュウツー『だがそれは、あくまでニンゲンにとっての評価ではないか』

ミュウツー『ポケモン同士を戦わせるにあたっての、そのための評価でしかなかったはずだ』

ジュプトル「う、うん……」


ジュプトルはわかったような、わからないような顔をした。

彼らに合わせた語彙ではないが、話している内容を噛み砕く余裕はなかった。

どちらにせよ、言いたいことはだいたい伝わる。


ミュウツー『お前は自分が強いかどうか、何をもって考えている?』

ミュウツー『かつてお前を捨てた忌々しいニンゲンの、忌々しい尺度に今も縛られているのか?』


見る間に、ジュプトルの目つきが険しくなっていく。

これも同じ顔だ。

あの日と同じ目だ。


ジュプトル「……ちがう」

ジュプトル「そうじゃ なくて……“おもう”だけ」

ジュプトル「おまえが できて、おれは できない」

ジュプトル「こいつは できて、おれが できない……って」

ミュウツー『それをいうなら、私はお前のように機敏には動けない』

ミュウツー『こいつとて、お前のように身軽ではない』

ミュウツー『お前の種族の性質を考えれば、遮蔽物のない荒野でこそ不利かもしれないが』

ミュウツー『この森の中で生きることを想定すれば、私やこいつよりも、よほど地の利がある』


そう言いながら、ダゲキを指差した。

チュリネとイーブイが、少し困ったように顔を見合わせている。




965 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:27:21.45uzzTTkrho (19/28)


ミュウツー『お前は単に、私やこいつと比較して自分を卑下しているだけではないか』

ミュウツー『単に、自分が同じものを持っていないからだ』

ミュウツー『腕力がなかろうが、超能力がなかろうが』

ミュウツー『それは秀でたものが異なるだけで、強さとは関係ない』

ミュウツー『しかもその「強さ」という判断基準は、ニンゲンが作った一直線の「強さ」だ』

ジュプトル「う……うん、まあね……わかんないけど、わかるよ」


伝えたいことがうまく言葉にならなかった。

言いたい内容は、不足なく言えていると思う。

だが、それだけでは、用が足りない。

言いたいことを言っただけで、伝えたいことが伝わるわけではない。

……人間ならば、こんな時にどう言うのだろうか。


ダゲキ「……でも」

ミュウツー『ん?』

ダゲキ「いみ ないのかな」

ジュプトル「なにが?」

ダゲキ「やくにたつ、っていう こと」


このやりとりを受けて、彼はまた何かを悩み始めていたようだ。

決して豊富とはいえない概念と語彙の手札を眺め、思考しているらしい。

今まで見せてきた以上に、『考え込む時の顔』をしていた。


ミュウツー『おい』

ダゲキ「ん?」

ミュウツー『だから、駄目なんだお前は』

ダゲキ「だめ?」

ミュウツー『駄目だ』

ダゲキ「なんで」

ミュウツー『お前の「役に立つかどうか」という考え方も、結局はニンゲンが基準だ』


おおげさな溜息をついてみせる。

少し楽しい。

嫌な話、不愉快な話をしているはずなのだが。

相手は叱られた子供のように、情けない顔をしている。




966 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:28:48.95uzzTTkrho (20/28)


ミュウツー『ニンゲンに一方的な搾取を許す、いい口実になっているではないか』

ミュウツー『「役に立つ」?』

ミュウツー『お前もジュプトルも、別にニンゲンの役に立つために生まれたわけではない』

ミュウツー『ニンゲンの役に立たねばならない道理などない』

ミュウツー『奴らに認められなければならない道理もない』

ミュウツー『そんな道理など、はなから存在しないのだ』

ミュウツー『私たちは……』

ミュウツー『“私たち”は、ニンゲンなどのために……存在するわけでは……』


ミュウツー(……本当に?)


彼らは、そうかもしれない。

だが、『私』はどうだ。


ミュウツー『いや……』

ミュウツー『“お前たち”は、か』


『自分はなぜ生み出され、何のために存在するのか』。


考えずにすむのなら、こんなに楽なことはない。

考えたくなかったから、あそこを発ったはずだ。

考えずにすむから、この森に留まったはずた。

『それなのに』。

『それでも』。

『だからこそ』。

どうしても逃げられない。

忘れることさえ許されない。

どこへ行っても、ついてまわる。


私は、誰だ。

なぜ、この世界に、こんなふうに存在する。




967 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:31:22.28uzzTTkrho (21/28)



――我々が生み出した、最強にして最高の


ありとあらゆるポケモンより“強くある”よう設計されたのが、『私』だ。

最強であることが、それこそが存在する意味だ。

『最強のポケモンを』と何者かが考えさえしなければ、この世界に生み出されることすらなかった。

人間の手で、いびつに造り出され、禍々しい使命を与えられたのが、『ミュウツー』だ。

ならば、やはり誰よりも強く、彼らにとって役に立つ存在でなければならないのだろうか。

それこそが、私が存在するための、存在し続けるための意味だというのか。

少なくとも、『私』だけは、それが決められているのではないか。

彼らは、元野生や繁殖させられただけの“真っ当な”ポケモンたちだ。

そんな彼らと、同じ生き物として肩を並べようなどと……。


ミュウツー『……私は』

ジュプトル「どうした?」

ダゲキ「……?」

チュリネ「?」


ミュウツー『お前たちと私は……やはり違うということか』


心の中で思っただけのつもりだった言葉が、無意識に流れ出ていた。

目の前の友人たちは、それそれに怪訝そうな顔を、あるいは目をしている。


距離が開く。

溝が深まる。

隔りが広がる。


なぜなら、存在する意味が違うからだ。

なぜなら、生まれた理由が違うからだ。


だから、『私たちは決定的に違う』はずなのだ。


ジュプトル「そりゃあ、ちがうんだろ」

ジュプトル「おれは おれだし、おまえは おまえじゃん」

ジュプトル「さっき、おまえが いったのも、そういうことだろ?」

ダゲキ「あ……あのさ」

ミュウツー『慰めなら言う必要はないぞ』




968 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:32:31.22uzzTTkrho (22/28)


ミュウツーは、相手の言葉を遮るように『声』を発する。

押し止められて、ダゲキは困ったように口を歪めた。


ふたりが慰めを言うような相手なのか、少し考えればわかりそうなものだ。

こめかみがきりきりと痛む。


ダゲキ「ちがうよ」

ミュウツー『いいんだ。私の問題は、あくまで私の問題だ』

ミュウツー『それに、「違う」といっても、別にお前たちを貶したいわけではない』

ダゲキ「ちがう、ぼくは……」

ミュウツー『なんだ』


苛立ちが滲む。

だがこれも、『せっかくの機会』なのだろう。

彼が食い下がることなど、今まではほとんどなかったはずだ。

そう思い直してかぶりを振る。

それから、先を促す意味を込めて、ミュウツーはダゲキの目を見て待った。


右目が引き攣っている。

怒っているような、困っているような、あるいは悲しんでいるような。

相変わらず表情は何を言いたいのかわからない無様なものだ。

だが、彼が真剣に話していることだけはよくわかった。


ダゲキ「……ぼくは」

ダゲキ「きみが なに なやむか、わからない」

ミュウツー『そうだ。以前言ったのと同じだ。お前は何も』

ダゲキ「だから いってよ」


隣のジュプトルが、少し驚いたようにダゲキを見ている。

そのようすを見るに、意外さを感じたのは自分だけではなかったようだ。


ミュウツー『……言う気にはならない』

ダゲキ「どうして?」

ダゲキ「きみ は、ぼくのはなし、きいて くれた のに」


もちろん憶えている。

彼がやけに饒舌に喋っていた夜のことだ。




969 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:34:03.85uzzTTkrho (23/28)


ミュウツー(あんな程度で、こいつにとっては『話を聞いてくれた』、か……)

ミュウツー(それには、少々ささやかすぎると思うが)


それでも彼としては、印象に残ったのかもしれない。


ダゲキ「ニンゲンの やくにたつのは、もう いらないよ」

ミュウツー『……』

ジュプトル「……」

ダゲキ「でも……と……」


彼は考え込むように地面を見た。


ミュウツー『……言ったところで、理解を得られる話とは思えないだけだ』

ミュウツー『ああ……これも以前、お前が言ったことと、同じか』

ミュウツー『では、あれの“お返し”だ』

ミュウツー『これで、「不公平」ではなくなったというわけだな』


ミュウツーの返事を聞くと、ダゲキはいつか見せたような悲愴な顔をした。


ダゲキ「ぼくは……」

ダゲキ「ともだち にも、やくに たたない?」


そう言って、眉間に皺を寄せる。


ミュウツー『……あ』


ミュウツーは息を呑む。

彼に対して、言ってはいけないことを言ってしまった。

今は、軽んじるような返事をしていい場面ではなかったのだ。

彼は、あくまで真剣だった。


チュリネ「にーちゃん……?」

ミュウツー『……すまない。そんなつもりはなかった』

ダゲキ「ううん」

ダゲキ「でも、わかるから わかった」


ミュウツー(……)

ミュウツー(悪いことをした)




970 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:38:30.87uzzTTkrho (24/28)


チュリネ「どうして、にーちゃん、かなしいの?」

チュリネ「にーちゃん かなしいと、チュリネも かなしい」

ミュウツー『あ、ああ……』

イーブイ「みーちゃんと、けんか?」

ダゲキ「ううん」


やはり少し寂しそうな顔を見せながら、ダゲキはチュリネの葉を一枚引っ張った。

力を加減しているのか、チュリネも痛がるそぶりはない。

その所作のひとつひとつに、長い付き合いを感じさせた。


ダゲキ「きかれたくない は、いいたくない なんだよ」

チュリネ「わかんない」

チュリネ「チュリネ、わかんない。もっと ちゃんと おしえてよ!」

ジュプトル「きにするなよ、こいつ ムシンケイなんだから、さ」


そう言って、ジュプトルはダゲキの背中を叩く。


ミュウツー『む……そ、その通りだ。私が悪かった』

ダゲキ「うん、だいじょうぶ」

ミュウツー『そ、そうか……』

チュリネ「けんか、ちがうの?」

ミュウツー『喧嘩ではない。私が無神経だっただけだ』


ダゲキ「……ねえ」

ミュウツー『ん?』


イーブイは、前脚を器用に使ってページをめくっている。

喧嘩ではないことがわかったからか、チュリネもそこに再び合流していた。

知っているポケモンを見つけると声を上げて喜び、読めないながら文面に見入る。




971 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:40:32.56uzzTTkrho (25/28)


ダゲキ「さしょの ほん、また みたい」

ダゲキ「もって て、いい?」

ミュウツー『あ、ああ……別に、それは構わないが』

ジュプトル「なんで?」

ダゲキ「ひとりで ゆっくり、みたい」

ダゲキ「どうしたら、ともだち やくに たてるか、かんがえる」

ミュウツー『……悪かったと言っている』

ダゲキ「また もりの おく、しゅぎょう するから……もってく」

ジュプトル「ふうん、またシュギョーか。ひさしぶり だね」

ミュウツー『いつもの修行とは、また別なのか?』

ダゲキ「たまに、ずっと おくで、するよ」

ミュウツー『ほう。山に籠って修行というやつか』

ダゲキ「コマタナ、かえって……きたら」


少し照れ臭そうにダゲキがはにかむ。

どこが恥ずかしいのか、ミュウツーにはよくわからなかった。


チュリネ「コマタナちゃん、かえって くるの!?」


コマタナの名を聞き、チュリネがまた飛び跳ねた。


チュリネ「チュリネ、コマタナちゃんと、にーちゃんと いっしょにシュギョー したい!」

ダゲキ「だめ だってば」

チュリネ「むー! じゃあ、チュリネも よみたいー」

ミュウツー『お前は、まだ自分では読めないだろう』

チュリネ「むー! みーちゃん、いじわる!」

チュリネ「いいもん! にーちゃんが よむ もん」

ジュプトル「『ひとりで』 って、いってるよ」

チュリネ「……うー……」

ダゲキ「ぼく まだ、よんであげる できないよ」

チュリネ「……!」

ミュウツー『まあ、諦めろ』

チュリネ「……にーちゃん ばかー!」


そう叫ぶと、チュリネはダゲキの足に頭突きを食らわせ始めた。




972 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:42:25.93uzzTTkrho (26/28)


ダゲキ「い、いたい」

チュリネ「にーちゃんが ずるいの!」

ダゲキ「そんな」


ミュウツー(理不尽だ)


イーブイ「ねーえ、ほかの ほんはー?」

ミュウツー『……ならば、次はこっちの本でも読むか』

ジュプトル「おっ! まって ましたぁ!」

ミュウツー『茶化すな』

ジュプトル「『チャカス』って なにー?」

ミュウツー『……』

チュリネ「……! あたらしい ほん!? よんで、よんで!」

ダゲキ「どんな はなし?」


そう問いかけられて、開きかけた本の表紙に目を向ける。

やや硬い表紙には、やけに抽象的な挿絵と、タイトルが印字されていた。

少し年季が入っているようだが、さっきの絵本ほどではない。


ミュウツー『……シンワ? と書いてあるな』

ジュプトル「しんわってなに」

ミュウツー『ううむ…これもニンゲンが作った話……のようだが』

ダゲキ「『てがみ』のと、おなじ?」

ミュウツー『……なんとも言えない。少し毛色が違うように思う』

ダゲキ「……ぜんぜん、わからない」

ジュプトル「おれも」

チュリネ「チュリネも、わかんない」

イーブイ「……おもしろいの?」

ミュウツー『……さあ』




973 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 01:49:29.16uzzTTkrho (27/28)


未熟な者ばかりで言葉の定義について話し合っても、埒が明かない。

次の機会に、あの人間に尋ねてみればいいことだった。

尋こうと思えば尋けることが悪いとは思わないが、どうにも投げ遣りになってしまう。

いい加減な姿勢に傾きつつあるようで、少し罪悪感が湧く。


ミュウツー『まあ、読んでみればわかることだ』


ふと、裏表紙に目がいく。

太く光沢のない線で、なにかが書かれている。


ミュウツー(これは……持ち主の名か)

ミュウツー(それにしても、なんと書いてあるのかよくわからない字だ)

ミュウツー(こういうのを、汚い字というのだろうな。私たちといい勝負だ)


崩れた文字が、おそらく三文字ほど書かれている。

子供が書いたのか、字と字のバランスが悪く、文字ひとつひとつの大きさもまばらだ。


ミュウツー(一文字目は……『ツ』か『シ』……なのだろうか)

ミュウツー(最後の文字は『ナ』か『メ』か……真ん中はさっぱりだ)


ミュウツー『まあ、つまらなかったら、これで終わりにして寝ればいい』

イーブイ「はやく! はやく!」

ミュウツー『わかった、わかった』





ミュウツー『「――はじめに あったのは こんとんの うねり だけだった。」』







974 ◆/D3JAdPz6s2014/08/20(水) 02:01:28.48uzzTTkrho (28/28)

今回は以上です
一番最初に書き始めた頃は、こんなに長くなる予定はなかったんですが
気づいたら1スレまるごと使い切ってしまいました

>>942
どんどん後戻りできなくなるよ!やったね!

>>944
そんなん考えたこともないwww

>>945
本になるとか、夢のまた夢じゃないですか!
でも台本形式に合わせてるから、そのまま本にするとスッカスカですよこれ

>>946
お待たせしました

次回は新たにスレを立てて続きを投稿します
連番でわかりやすいスレタイにするか、スレが残っていればここで告知します



エンディングテーマ:




ミュウツーの旅?はまだまだ続く 続くったら続く

では、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました


975VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/20(水) 02:11:07.46TAVAqu2AO (1/1)

なんと、一年近くかけて書いてるのか
凄いな


976VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/20(水) 02:11:29.54B6Y3dgkk0 (1/1)



全く、どこのシンオウの女性考古学者兼ポケモンリーグチャンピオンなんだろうなー?


977VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/20(水) 08:38:22.350YOXsHueo (1/1)

乙です


978VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/21(木) 07:13:47.40vCLlyv760 (1/1)

ミュウツーめっちゃ機敏だし怪力なんだよなぁ


979 ◆/D3JAdPz6s2014/08/21(木) 11:25:20.00oY2lOcrbo (1/1)

>>978
そのへんについては次スレでいずれ…と思ってます
実際には、今の状態のミュウツーでも
この面子相手だったら戦えば普通に瞬ころだし


980 ◆/D3JAdPz6s2014/09/22(月) 10:31:35.94fP7CVAaLo (1/1)

(保守)


981VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/22(月) 13:25:53.45yJhZwzk+o (1/1)

待ってる…


982VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/22(月) 22:09:57.65nsTWXohK0 (1/1)

(舞ってる)


983 ◆/D3JAdPz6s2014/09/24(水) 23:10:31.715XhV8xEEo (1/1)

新スレ立てました!

ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第二幕
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411566555/

スレひとつまるまるお付き合いいただき、ありがとうございました
以降は上記の次スレに投稿します


984VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/24(水) 23:32:04.7445CaRSrqo (1/1)

新スレ乙です


985VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:12:18.69IwpIRJQNO (1/16)

新スレ乙です
埋め


986VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:12:45.58IwpIRJQNO (2/16)

埋め


987VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:13:11.63IwpIRJQNO (3/16)

埋め


988VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:13:37.70IwpIRJQNO (4/16)

埋め


989VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:14:04.08IwpIRJQNO (5/16)

埋め


990VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:14:30.46IwpIRJQNO (6/16)

埋め


991VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:14:56.52IwpIRJQNO (7/16)

埋め


992VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:15:23.07IwpIRJQNO (8/16)

埋め


993VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:15:49.15IwpIRJQNO (9/16)

埋め


994VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:16:15.21IwpIRJQNO (10/16)

埋め


995VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:16:41.91IwpIRJQNO (11/16)

埋め


996VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:17:08.19IwpIRJQNO (12/16)

埋め


997VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:18:05.17IwpIRJQNO (13/16)

埋め


998VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:18:36.88IwpIRJQNO (14/16)

埋め


999VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:19:03.56IwpIRJQNO (15/16)

埋め


1000VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/25(木) 14:19:30.29IwpIRJQNO (16/16)

次スレ

ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第二幕
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411566555/