225VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/07(日) 12:11:49.07f9FKWToa0 (6/7)

「好きとか嫌いとか、そんなものが有ると思うの? 優先順位で言えば、」

 ああ、もういい。その口振りで大体は分かった。

 そして、ここまでのやり取りでおおよそは掴めたし。

「だったら今度、長門におすすめを何冊か貸して貰うといい。俺の予想が確かなら、それがお前らが必死になって探し回ってる自律進化の可能性とやらだ」

 思いっきりベタな代物を銀河規模で要求する宇宙人どもだとほとほと呆れ返る。長門が無口キャラの文芸部員だってのはハルヒの望んだ通りの設定な訳だが、しかしそれは果たして予定調和だったりするのだろう。閉塞する未来を打ち砕くには読書狂の宇宙人が必要だったんだ。ま、これは今になって思う結果論だが。

「……ねえ、もしかして馬鹿にしてる?」

「少しな。なんでそんなに賢いのに、こんな簡単なことに気付けないんだとは思ってる。そう怒るなよ。いや、怒れないんだったか、お前は。感情とか無いんだもんな」

 俺の言葉に朝倉は「一切の表情を消し」て「微笑ん」だ。その無表情は長門のようでもあり、長門とは似ても似つかないとも感じる。俺は知っている。朝倉の顔には能動的なあの二ミリが決定的に足りないんだ。作り物じゃない、あの奇跡の二ミリメートルが。

「長門は変わったぞ」

 朝倉の視線が突き刺さるも何度だって言ってやる。友達を誇るってのはそんだけ気持ちがいいものなんだ。

「アイツは自分から未来を見るインチキを放棄した。それが決定的で確定的な全てだ、朝倉」


226 ◆.vuYn4TIKs2013/07/07(日) 12:13:06.70f9FKWToa0 (7/7)

とりあえずここまで


227VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/07(日) 14:22:25.25mmNZYRGDO (1/1)

乙。
遂に来たな朝倉。敵なのか?


228VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/07(日) 23:33:51.92K6uGC939o (1/1)

関係ないけど七夕に更新してくれるって信じてたぜ


229VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/08(月) 14:40:53.69ll3QuNqY0 (1/1)

燃える展開


230VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/09(火) 22:24:08.62vGmhcH/C0 (1/4)

「インチキ? ああ、それって異時間同位体との同期のことよね。確かに私にはまるで分からないわ。長門さんの行動はエラーとしか考えられない。どうして自分の機能に自分で制限を掛けるのかしら、彼女」

 俺に向けてか長門に向けてか。違うな。多分、自分自身に向けて。そう質問する朝倉ももしかしたら変わり始めているのかも知れなかった。が、俺にはそんな朝倉になんと言って感情の理解を促せられるのか分からない。そういうのは俺の分野じゃないんだ。ま、言っても俺に分野も専門も有りはしないが。

 ただの高校生にそんなモノを求める方が間違ってるさ。そうだろ?

「詳しいことは俺も分からんから、なんとなくこうなんじゃないかって予想で話すが」

 そう、例えるなら、

「長門にとってその『同期』とやらは羽みたいなモンなんだろうさ」

 似合わない事を言ってんなあ、と思う。いわゆる「キャラじゃない」ってヤツだが、キャラ作りなんて特別意識した事も無いからどうでもいいか。

「羽? それって空を飛ぶための?」

「ああ。俺たちには当ったり前だが、んなモンはない。空なんか飛べない。でも、お前らは持っていた。空を飛べるんなら俺たちとは生きていく場所が違って当然だ」

 雲の上か、天空の城か。重力に縛られないなら、こんなせまっくるしい地上を寝床に選ぶ方が馬鹿だ。

 どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。

 でも俺はそんな馬鹿が巻き起こす馬鹿騒ぎってのだってたまになら嫌いじゃない。そもそもハルヒの周囲に居るって時点で筋金入りの馬鹿なんだ。俺も、そしてそれは長門も。

 あの瞳に満載された液体ヘリウムは今にも溢れ返りそうな好奇心を必死にひた隠すための冷却材であるのかも、なんて俺はたまに思う訳だ。


231VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/09(火) 22:30:50.46vGmhcH/C0 (2/4)

「そうだな、俺も悪いんだろうよ。深く考えずに長門と友達になっちまったこと」

「長門さんはあなたたち地球人類と並列になろうとしたって言いたいの? そんなの有り得ないわ」

 有り得ないの根拠はなんだ、朝倉?

「有機生命体のような自己連続性に立脚しない不安定な意志決定機能を私たちは持っていないの。つまり個体の区別は付けても一時的ですら差別はしないわよ」

 そんな、辞書引いて目に付いた単語を適当に配置したような台詞を吐かれてもな。友情や感情なんて理解出来ないなどと俺なりに出来る限り頑張って意訳してみたが、もし間違っていてもクレームの報告先は俺じゃないだろ、コレ。

「友達になったと思っているのは俺だけだ、ってか」

「長門さんにとっての貴方の価値は最初から不変のはずよ。涼宮さんに最も近しい特別な背景を持たない地球人類、それが貴方の全て」

 宇宙製デジタルアンドロイドの少女は言う。でも、本当にそうか?

 いやいや、俺が普通普遍の一般人ってトコに異論は無い。そうじゃなくて。

 長門が他者をどう思っているか、なんてそんなの本当のところは長門にしか分からんが。けれど誰もを特別に思わないなんて、平等に無関心だなんて。

 それは無理が有るだろ、朝倉よ。


232VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/09(火) 22:44:06.63vGmhcH/C0 (3/4)


「涼宮ハルヒが文芸部室にてSOS団なる珍妙なクラブ活動を発足した時、俺はその目的を問うたんだけどな」

「何の話?」

 朝倉が首を捻る。いいから聞けって。

「そん時、あの馬鹿は俺にこう返した。『宇宙人、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶ』のだ、とな。それがハルヒの願いだ。アイツの願いは」

 涼宮ハルヒの願望は、

「それが本心である限り現実になる」

 宇宙人だから友情を持てない? 人と仲良くなれない? うるせえ。んな訳有るか。

 ハルヒが一緒に遊びたいと願ったんだ。片方だけが楽しいんじゃ、それは遊ぶとは言わない。少なくとも俺の知っている日本語ではそうはなってない。実は常識人な一面も持ち合わせているらしいハルヒもそこのとこは間違えないようになった。

 だったら長門は俺たちと楽しく、そして仲良く遊べるはずなんだ。それを願うあの馬鹿が居るんだから。

 俺たちが心から仲良くなれないようなら、そんな世界は嘘っぱちだ。

「長門が同期を絶ったのは――羽を切ったのは俺たち対等になりたかったとか、地球人と同じになりたかったとか、そういう立場とか打算とかじゃないだろ、きっと」

 喋りながらまるで絵本でも読み聞かせているような心持ちだったのは、目の前に居る朝倉が少しだけ、気の迷いってくらいに二ミリメートル程度、出会ったばかりの頃の長門とダブって見えたからだった。

「未来は分からないからこそ面白い。そんなハルヒズムに悪影響を受けたんじゃねーのか、長門も」

 良くも悪くも影響力の強い女。まるで恒星のように周りを有無を言わさぬ引力で巻き込んで、あっという間に銀河系を作り上げちまったとは俺の印象。

 それが俺たちの戴く団長サマである。


233 ◆.vuYn4TIKs2013/07/09(火) 22:45:54.62vGmhcH/C0 (4/4)

今晩はこれだけ、ここまで


234koanohini 2013/07/10(水) 01:51:29.36I6+eBqZA0 (1/1)

ここまで、すらすら読めました。
今後もきたい大です。


235VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/15(月) 12:12:00.24xvuSXiWV0 (1/5)

「……やっぱり、貴方はそう考えるのね」

 そう言った宇宙人の瞳が俺を真っ直ぐに貫き、背骨を生理的嫌悪感が上から下までバケツリレーのように這い回る。コイツに対する態度で何かを決定的に間違ったと、経験によって培われた俺の常人離れした第六感が狂ったんじゃないかって具合に警鐘を打ち鳴らす。

「それって」

 なんだ、俺は何を言った。何をしくじった? コイツら宇宙人が求めている最終目的に関する重大なヒントを教えてやったってのに、いわば恩人の俺に対してどうして朝倉は敵意を向けている?

「つまり、もう貴方は用無しってコトじゃない?」

 その台詞が合図のように朝倉の姿は消えた。一瞬、このよく分からない空間に一人で置いていかれたのかと焦ったが、それ以上に俺を焦燥に駆り立てる状況に陥っていると気付いた時にはもう、身動き一つ出来なくなっていた。

 喉仏が上下に動くそれだけで冷たい金属質の何かが俺に接触する。これが正しく紙一重。いつかのトラウマが色鮮やかに甦った。

「あさ……くらっ……?」

「本当は気付いていたのよ、長門さんの変化に。それでも私が貴方の前で何も知らない振りをした理由、分かる?」

 失念していた。いや、あの春の出来事はジェットコースタ過ぎて正直仔細を覚えていないというのも有った。それでも……なんなんだ、さっきから付き纏うこの違和感は。

 朝倉が持つサバイバルナイフの切っ先は正確に俺の喉を狙っている。これではまともに会話も出来やしない。説得なんて以ての外だ。無理に喉を動かせば刃が皮膚を切り裂くのは想像に容易く、そしてそれは場所が場所だけに致命傷にも成り得るかも知れず。

 緊張に唾を飲み込む事すら俺には許されちゃいなかった。


236VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/15(月) 12:36:40.65xvuSXiWV0 (2/5)

 俺の肩口を越えてすらりと長く地面に対して平行に伸びた腕は北高セーラの長袖に覆われている。その手には逆手にサバイバルナイフが握られ、ミリ単位の前進すら俺に許さない。動けば殺すと、この状況下でそれを理解出来ない馬鹿はそうはいまい。

 背後から靡く甘ったるい花の香りだけが、見事に空気を読んじゃいなかった。

 朝倉は言う。

「貴方が長門さんをどう評価しているか、正しく評価出来ているかが知りたかったのよ。私と長門さんは鏡。表裏でしかないって、ねえ、前にこれ言わなかったかしら?」

 イエスもノーも告げられやしないこんな状況で質問されても実際問題どうリアクションを取ればいいんだ、俺は。なんかホラー映画で殺人鬼がこれから犠牲者にならんとする相手に対して意味の分からん事を口走って一人で納得するシーンに通ずるものをさっきからひしひしと感じているのだが。

 冷や汗が流れ落ちるのと汗が一気に引くのはどちらが正しいのかと言えば、俺の場合はどうやら後者であったらしい。

「長門さんは変わったわ。それは涼宮さんのせいでもあるし、貴方たちのせいでもある」

 耳元に息が掛かる。

「さっき言ったわね、自己連続性に立脚しない不安定な意志決定機能。私たちが本来持たないそのプログラムが、けれど彼女の中には確かに存在している。とても非合理的なものよ」

 朝倉は……何を言っている。何をしている? 客観的に見れば俺の喉元にナイフを突き付けて意味不明な事を口走っているとなるが、しかしだ。

「無害なら私だって放っておくけれど、残念ながらそう言える類ではないみたい。扱いを誤れば私たちの存在の根底を丸ごと引っ繰り返せるんじゃないかって思ってる」

 ちょっと待て。この状況、とても非合理的じゃないか?

 だって、そうだろ。殺すつもりならば問答も会話も一切合切必要が無い。蛇の生殺しみたいな悪趣味は止めてさっさと殺ればいいし、そもそも何の力も持たない俺くらい楽にどうとでも出来るだけの力を朝倉は持っている。勿論、サクッと殺されては俺の方は堪ったものではないが、とりあえずそこは置いておいて。

 一度、朝倉は俺の殺害を試みて失敗しているのだ。あの時だって勿体付けずに実力行使していれば長門が間に合うことも無かった。あそこでゲームオーバーすらマジで有り得た話。だったらそれを反省して余計なお喋りを止め、実行に移すべきではないか。

 俺がもし朝倉で、俺の殺害を本気で考えているのならまずそうする。


237koanohini2013/07/15(月) 12:55:54.278Kjqt4ZDO (1/1)

燃える展開


238VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/15(月) 13:03:17.14xvuSXiWV0 (3/5)


「エラー、もしくはバグ。ウイルス。システムノイズ。呼び方はどれでもいいわ。私たちは定期的にそういったものを検知して弾いているの。免疫機能と似たようなものよ。でも、長門さんからエラーは一向に消えない。それって、彼女がエラーの存在を自発的に肯定していないと辻褄が合わないのよね」

 なぜ俺を殺さずに電波な話を聞かせ続けるのか。それを強要するのか。まるで強権的な教師が睨みを利かせつつ授業をするような。精神的脅迫によって生徒に勉学を強制しているのと、この状況は果たして何が違う?

 何も違わない。だとしたら朝倉の目的は俺を殺すことではない?

「覚えているかしら、昨年の丁度今頃。長門さんが大規模な世界改変を行ったでしょう? 今の長門さんもあの時と同じくらい、いいえ、それ以上のエラーデータを蓄積させているの。いつ、何を起こしてもちっともおかしくないわ。そして再度長門さんが機能不全を引き起こせば、今度こそ」

 勝算は有るが、それにしたって賭けだった。朝倉が千両役者である可能性に俺は手持ちの全て――正しく文字通りの全てをベットし、少女の台詞の続きを阻むタイミングで行動に出た。

 目を閉じて、口を横一文字に引き絞り、奥歯を噛み締めて、震える足を叱咤して。

 俺は多少前のめりになりながらも一歩を踏み出した。それが意味する所は分かって貰えると思う。そう、俺の喉は朝倉が握り締めているサバイバルナイフによってスプラッタ映像よろしく貫かれる、そのはずだった。

 身体のどこにも痛みは無い。

 下ろした足の裏には砂よりももっと頼り甲斐の有る感触。コツンと、その音が水面に落とした雫のごとくやけに耳の奥で反響した。

「……貴方の評価を改めるわ。割と思い切りが良いのね」

 目を開くとそこは砂漠からマンションのエントランスに様変わりしていた。相変わらず人間離れした早業である。声のした方を振り返ると朝倉が微笑んでいた。その手に刃物が握られていない事を確認して俺はようやく溜息を許された気分になれた。

「お前が何をしようとしてんのかがなんとなく理解出来てな。少なくとも、お前は俺に死なれちゃ困る側のヤツなんじゃねーかと」

「あら、そんな事は無いわ」

 まるで学校に居た時と変わらぬ表情でもって――ったく、物騒な事を満面の笑みで言うんじゃないっつの。

「貴方を殺す事も選択肢の一つとしては十分に有り得るのよ。ただ、可能性を危険性が僅かに上回っているから貴方は生かされているだけなの。スリルの有る人生で良かったわね。日々、何の変化も無い私からすればとても羨ましいわ」

 俺はそんなものを一度として注文した覚えはないのだが。


239VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/15(月) 13:11:16.17xvuSXiWV0 (4/5)

「なら、替わるか?」

「もう、意地悪」

 何も知らない男子が見たら思わず恋に落ちて、その足で花屋に駆け込みそうな笑顔だった。谷口のヤツがころっと騙されるのにも頷ける。これは男子ならば皆平等に防御力無視の補正が掛かっちまうだろうさ。

 挙句にクリティカルヒットの表示まで大盤振る舞いされそうだ。ま、俺は耐性が有るけどな。

 どんなに可愛かろうが核弾頭に恋なんか出来るか。

「そんなの出来ないって、分かってるでしょ」

 フグを比喩にしてはシンパに怒られそうに愛らしく頬を膨らませた朝倉涼子は、しかしその見てくれに騙されてはならない。彼女はシマリスではなく地球外生命体である。どっちかってーと青いタヌキの親戚だ。

「貴方にしろ、私にしろ。本当は替われたらいいんだけどね。そうしたらもっとシンプルに済むから」

「俺よりもよっぽど回転数の高い情報処理機関をお持ちのくせに、シンプルとはよく言ったモンだ。もしかして宇宙人流の冗談だったりするのか、それ」


240 ◆.vuYn4TIKs2013/07/15(月) 13:11:52.18xvuSXiWV0 (5/5)

急な仕事入ったので、ごめんね


241VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/15(月) 13:17:07.21IUlgQDT7o (1/1)

乙です


242VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/15(月) 15:39:51.87cYeU57vJo (1/1)

いい感じだ


243VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/15(月) 23:40:49.71tyzuM37So (1/1)

俺はハルヒSS読んでハルヒに萌えていたと思ったらいつの間にか本編を読んでいた
何を言っているのか分からないがとんでもねぇクオリティだ……乙


244VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/16(火) 19:48:54.383uZXZ0yu0 (1/5)

「かもね」

 朝倉涼子はそれだけ言って、元クラスメイトとしての側面を涼やかで明るい声音からすうっと消した。

「私が出て来た理由を貴方はどう推理したのか、聞かせてもらってもいい?」

 宇宙人としての朝倉はどうやら答え合わせをご希望らしい。別に構わんぞ。ただし、採点は甘めで頼む。

「そっちじゃなくて、俺は殺されないと判断した根拠でもいいか」

「ええ」

「だったら、そうだな……」

 エントランスに立ちっ放しで足が疲れた。際まで歩いていって白壁に背中から寄り掛かる。これで人差し指でも額に持って行けばそれで名探偵のポーズが完成するはずだが、多分俺がやっても格好が付いたりはしないので止めておくとしよう。

 そういうのは古泉だけで十分だ。

「覚えているか。お前は一度俺を殺そうとしたよな」

 実際は二度。いや、春の九曜絡みの件をカウントすれば三度である。が、初犯以外は諸々の事情からノーカウントとしておいた。この朝倉と同一人物ではない朝倉(のやった事までコイツのせいにするのは流石にどうかと思った次第だ。

「忘れてないわよ。っていうか、私は基本的に物事を忘れられないの」

「その内に頭の中がパンクしちまいそうだな、それは」

 女性らしい小さな頭蓋の中にぶち込まれた記憶の情報量はきっと国会図書館辺りと比しても遜色無いのだろうと俺は考えるが、物理的な限界だとかそういった常識をどこまで馬鹿にしたら気が済むんだろうな、宇宙人達は。

 物理学者がコイツらの存在を知ったら世を儚んだ末の辞世の句が科学雑誌狭しと並ぶだろうよ。考古学者がオーパーツの不思議に頭を捻る、その何十倍の衝撃が世界に走るのか俺には皆目検討も付かんね。

 きっとアインシュタイン先生も草葉の陰で爆笑だぜ。


245VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/16(火) 20:03:28.273uZXZ0yu0 (2/5)

「貴方たちの技術レベルで話されてもね」

「そうかい。で、話を戻すが、一度失敗してんのに同じ過ちを犯すのはオカしいんじゃないかと、これが俺が最初に感じた引っ掛かりだ」

「同じ過ち? いいえ、今回は情報封鎖も空間製作も抜かりは無いのだけれど。例え長門さんでもそう簡単には入って来れないはずよ」

 そう言われてもなあ。宇宙的不可思議結界の出来不出来が俺に分かって堪るかって話で。つーか、地球人に分かるヤツが一人でも居るのだろうか?

「そんなモンは知らん。俺が言ってるのはお前が俺と長々お喋りしてた点だよ。時間を掛ければ助けが来る確率も上がる。それくらいは一年前の春で学習してんだろ」

「うっかり忘れちゃってたかも」

 過去を忘れたりしないってついさっき、どの口が言っていやがったかは都合良く忘れているらしいな。ええい、小首を傾げようが騙されないから下手な小芝居は止めろ。あんまり面倒臭いとお前を無視して勝手に長門のトコまで行っちまうぞ。

「一回それで失敗しているにも関わらず今日再び会話に興じたのはなぜか――単純だ、お前は助けが来ても別に構わないと思っていた。違うか?」

 佐々木に降霊していたホームズ先生が今度は俺にも降りてきたんじゃなかろうかってほど、すらすらと舌は動いた。ちなみにどうでもいい話でかつ当たり前の話だが、シャーロック・ホームズは実在する人物ではない。非実在霊である。まあ、実在霊ってのがそもそも意味分からんが。

 そういや、幽霊はまだSOS団に入ってないな。ハルヒならそっち方面も好みそうでは有るのだが。

 朝倉は指先を拍でも取るように空中で揺らしながら、

「もしも助けが来ないって最初から分かっていたとしたら?」

 と、言った。


246VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/16(火) 20:16:03.343uZXZ0yu0 (3/5)

「またお得意の異時間なんたらの同期ってヤツか」

 俺の推理に溜息を吐く朝倉。妙に人間っぽい仕草だが、そこに「芸が細かいな」以外の感想を抱けなかったのはなぜか。単純だ。少女がどういった存在なのかを俺は中途半端に理解しているからだろう。朝倉が何をしていても笑っていても、俺にはそれがどこか奇異に見えていた。

 ま、殺意だけはトラウマによる攻撃力アップの効果で本気本物としか思えない訳だが。

「同期? 違うわよ。そんな事するまでもないわ。ねえ、長門さんが軟禁されているって知っていてここに来たんじゃないの、貴方。だったら長門さんが助けに来るはずないじゃない」

 …………あ。

 あー……そりゃ、そうか。そうだよな。いや、でもほら、古泉と佐々木ならなんとかかんとか長門を呼んで来てくれるんじゃないかとも思ったんだ。言葉にするのも面映いが、こう見えて友達は信頼する方なんだよ。

「ああ、あの二人なら」

「まさか、古泉と佐々木に何かしたのか!?」

「そんな怖い顔しないで。あの二人はずっとあそこよ」

 朝倉がすっと白く細い指を動かす。その先にはエレベータが……おや? なんかオカしいぞ、主にフロア表示の辺りが。十秒、二十秒、一分が過ぎても電光掲示板はアラビア数字の三と矢印を交互に流すばかりだ。

「貴方も時間凍結くらい経験が有るでしょう?」

 少女は不敵に笑う。なるほど、さっきからエレベータが三階を動いていないのは朝倉の仕業か。時間凍結って事は古泉と佐々木には多分、自分達が足止めを食っている実感も有りはしないだろう。この間に俺が階段で追い抜いて先回りしていたら、アイツら的にはちょっとしたホラーにもなるだろう。

「友達を信頼するのはいいけれど、少し私を見くびり過ぎね」


247VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/16(火) 20:56:32.643uZXZ0yu0 (4/5)

「……みたいだな。俺に助けが来ないのをお前は最初から知っていた――ってのは十分理解出来たよ。ま、アイツらに直接の危害を加えちゃいないんなら、それでいいさ」

 慣れない事はするモンじゃないな。やはり俺に名探偵役は向いていないらしい。やれやれ。この件に関しちゃ自分の浅い考えを戒める事こそ有れ、古泉と佐々木には何の非も無い訳で。

「そう溜息を吐かないでよ。きっと半分は合っているから」

「半分?」

「あら、気付いていたんじゃないの。貴方の殺害はフェイク。なら、本来の私の目的も有るはずって。だからあの一歩を踏み出せたのでしょう?」

 ああ、それか。そんなん簡単だ。

「簡単……ね。言うじゃない」

 そう睨むな。本気じゃないと分かっちゃいるが、それでもお前の視線は二重の意味で痛いんだ。

「俺を殺すんじゃないなら、会話の方に目的が有ったんだろう。だが、すまんな朝倉。あのやり取りで結局何を言いたいのか、俺には正直よく分からなかった」

「ふうん」

 朝倉が急速に俺から興味を失ったのはその濁らせた眼で分かった。

 そして――そして、それがコイツの演技だというのも「手に取るように」分かったのは、その眼の奥に、濁った中にも隠し切れない光を見たからだ。

 朝倉は何かを期待している。それは誰でもない、俺に対して。朝倉の話は俺にはほとんど理解出来なかった。それをはっきりと告げて尚、果たしてこの俺に何を期待するのか。ホームズ先生には逆立ちしたってなれない俺は、俺にも分かる事を口にするしかない。

「だから、会話に目的が有ったのならお前は失敗しているんだ。だが、お前は失敗している風にも見えない。ならば会話にも目的は無かったのか? ……ああ、そうだ。殺意もフェイクなら会話もフェイク」

 では先の一件で俺の身に何が残ったのか。眼を逸らさずに少女を見つめる。続ける俺の言葉に朝倉の頬がほんの一、二ミリ震えたように見えた。

「お前の本当の目的は――俺に危機感を植え付ける事だろう。違うか?」

 つまり、コイツは自分から憎まれ役を買い、そして平和ボケする俺の目を覚まさせようとしたんじゃないか、などと。

 ああ多分、これが一番朝倉の好きな「合理的」な回答だ。


248 ◆.vuYn4TIKs2013/07/16(火) 20:59:47.713uZXZ0yu0 (5/5)

はい、ここまで


249VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/16(火) 21:07:36.99DQCpzYedo (1/1)

乙です


250VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/16(火) 21:14:25.99Es/WVEGvo (1/1)




251VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/16(火) 21:34:00.532lt//G7wo (1/1)

おつぱい


252VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/27(土) 23:49:49.44QdEQ3l3DO (1/1)

まだかな?
朝倉が期待してたのは危機感をもって貰うことなのか。
憎まれ役を買って出ている事に気付いて貰うことなのか。


253VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 11:56:56.20cgtQNF8D0 (1/9)

 俺の直視に晒された少女はそれが作り物で有るという事実を嘲笑うように、太陽が昇りアサガオが花綻ばすように、悪いものでも食ったんじゃないかと俺が半ば本気で心配するくらいに、もしやコイツすらも一切の例外無くハルヒズムに感染したんじゃないかって具合に、そして――そして、

 「それでもコイツは宇宙人なんだ」なんて言ったトコロで笑い話にさえ取っては貰えない、そんな表情で、

「上出来よ」

 と言ったのだった。



 呆けた人間に有事を理解させるにはショック療法が一番手っ取り早いなんてのは経験から言って間違いじゃない。それに朝倉は急進派だしな。急いては事を仕損じると昔から言うが、しかし今回に限れば少女の目論見は成功に終わったと言ってやってもいいだろう。

 お陰で大分目が覚めた。

 人の出入りが奇跡的に無いマンションのエントランスは冬でありながら、その体感気温を上昇させ続けていた。心臓を始めとして血管一本一本に至るまで

血と共にカンフル剤が巡っているように脈拍は速い。

 これは俺の意識の在り方の違いでしかないのだろうが。

 昨日までとは違う。始まったと、そう直感的に理解する。具体的に何が始まったかは朝倉にでも聞かないと只の一般人である俺には分からない。だけど何

かが確かに始まっているというそれだけはこんな俺にも言い切れるぜ。

 十二月、クリスマス。ワールドエンド。今年もまた非常識が俺の周りに吹き荒れている。毎年恒例としちゃ悪趣味で、でもってそれをどこか楽しんでいる

節すら有る俺は無気力に成り切れない好奇心旺盛な年頃の例に漏れないらしい。

 台風の目を探しに今すぐ走り出したい気持ちを抑えて朝倉の次の言葉を待った。じっと俺を見つめるその先で少女は天井の明かりを見つめている。シャミセンがたまにああして何も無い中空を見つめている事が有るも、それとはまた毛色が違うだろう。

 たまに長門もアレをやってる事から、母船との交信だろうと当たりを付ける。一分ほど経って朝倉は通信を切ったのか目線をこちらに移した。

「お待たせ。待った?」

 少女の首の動きに合わせて長い髪が鮮やかに踊る。しまったと後悔した時には既に遅く、俺は脊髄反射で喋ってしまっていた。

「今の台詞、初デートに意気込み過ぎて服選びに熱中していたら遅刻しちまった部活の後輩ってシチュエーションでもう一回頼む」

 ……宇宙人の視線がキツくなる。それに合わせて脇腹の辺りに幻痛が再来。トラウマを直接触るのは止めて頂きたい!

 少女は人生に疲れた中間管理職のおっさんみたいな悲哀に満ち満ちた大きな溜息を一つ吐いた。

「まだ危機感が足りてないみたいね」

 ヤバい……死ぬ。


254VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 12:49:48.90cgtQNF8D0 (2/9)

 朝倉の手の中にバタフライナイフが構築されるのは時間の問題だったが、それよりは俺の謝罪の方が早かったので事なきを得た。

「ただの冗談だ。条件反射みたいなモノだから広い心で大目に見てくれ。っと、それよりも朝倉」

「何?」

「さっきは誰とテレパシ会話してたんだ? まさか、長門か?」

 殺意とつまらない話題はさっさと逸らすに限る。誰よりもお前が言うなという声がどこからか聞こえてきたするが、それは黙殺。

「いいえ、喜緑さん。もう少しでここに来るそうよ」

 ああ、そうか。彼女もこの宇宙人御用達マンションの住人だったな。彼女にも聞きたいことは有る。何を思ってあのバーガーショップで俺に接触してきたのか。あの時、彼女が俺にくれたメッセージは長門に極力負担を掛けないように、と……、

「ちょっと待ってくれ」

「どうしたの、突然怖い顔をして」

「彼女は今までどこに行っていたんだ?」

 長門は自室に軟禁されていた。そして、そういった場合の長門の代役である朝倉はこのマンションに居る。だったら喜緑さんの出番だ。まるで初めてのおつかいを見守る母親のようにそれとなーく物陰から俺を見守るのが宇宙人の基本労働であるらしい。いつもなら何やってやがるんだか、と呆れ返る訳だが。

『それが私の役割ですから』。

 その役割を放棄してまで、彼女は今現在何をしているっていうんだ。

「あ」

 なるほど……朝倉に殺されかけた時に感じた俺が違和感の正体はこれか。

 宇宙的不可思議結界に保護対象閉じ込められたってのに、喜緑さんはいつまで経っても助けに来なかった。長門の代役は朝倉だけじゃないのだから、それは確かにオカしい。

「喜緑さんの名誉の為に言っておくけど彼女だって遊んでいた訳じゃないわ。大方、彼女の監督不行届を貴方は非難したかったのでしょうけれど。けど、残念ね。彼女は仕事。今日一日、ずっと追跡して監視していたそうよ。ご苦労な事よね。私なら絶対にイヤ」


255VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 14:06:25.26cgtQNF8D0 (3/9)

 そう言って朝倉は大袈裟に首を振る。追跡? 監視? お前ら一体何をやって……何を知っていやがるんだ。

「誰をだ? 誰を追跡して監視してたんだ、喜緑さんは?」

 ハルヒか、朝比奈さんか。朝比奈さんだとしたら果たしてどっちだ? 未来から来た方か――って、二人とも未来から来た朝比奈さんだった。ええい、彼女が悪い訳ではないがそれにしたって未来人ってのはややこしい。

 朝比奈さん(大)が監視対象ってのに一点賭けの予想をした俺だったが、事態はいつだって予想を超える。ハルヒに出会ってからはむしろ予想通りに事が進む方が少ない。それも常識外れの方向で。競馬見に来たら競走馬に翼が生えちまって大空でバトルロイヤルする感じだ。

 自分で言ってて意味が分からん。

「あら、貴方も会ったんじゃないの? 喜緑さん、途中で貴方と大人の方の朝比奈さんを見掛けたって言ってたわよ」

「途中? 途中ってのは尾行の途中だよな」

 そう言や俺も今日のいつだったか尾行調査に勤しむ探偵のような真似をしちまったんだが、果たしてアレはいつだったか。悩み込むほどでもなく、記憶の糸は案外容易く手繰る事が出来た。そうそう、朝比奈さん(小)が友達と歩いていた所に遭遇したんだっけな。

 午後三時過ぎ、商店街アーケード下でだ。でもって朝比奈さん(大)に出会って、そこから俺たちは真っ直ぐ駅前の喫茶店。喜緑さんが俺を見掛けたってのはこの辺りの話だろうな。

 勿論、道すがら通行人とは多かれ少なかれすれ違っているが、しかし宇宙人がそんな名前も知らない誰かを尾行しているってよりは朝比奈さん(小)を尾行していたと、こう考えるのが一番自然だと俺は思う。

「お前ら、朝比奈さんを尾行してどうするつもりだ? もしかして彼女がワールドエンド・クリスマスの原因だとか言い出すんじゃないだろうな」

「あら、喜緑さんが監視しているのは朝比奈さんではないわよ」

「え? そうなのか?」

「ええ。ただし、今回の騒動の、彼女が原因の一端ではあるけれど。彼女と一緒に歩いていた女の子が居なかった?」

「居たな、確かに。えーと、黄色のリボンで髪を括った子だろ」

 つーか、最早それくらいしか特徴を覚えてない。直後に起きたゴージャス・アサヒナによる腕組みの感触が衝撃的過ぎて記憶の細部を持って行ってしまったのだ。まあ、これは仕方が無いだろう。

 朝倉は俺の回答に頷くと、デフォルトの微笑みでもって爆弾発言を噛ましてくれた。

「彼女、未来人よ」

「は?」

 高校二年生も折り返しを過ぎたここに来てまさかの新キャラ投入である。何考えてんですか、朝比奈さん(大)。


256 ◆.vuYn4TIKs2013/07/28(日) 14:09:56.94cgtQNF8D0 (4/9)

お昼寝


257VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 14:11:33.45hU7YXrjso (1/1)

おやすみ


258VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 15:29:01.17jlL8ZxRDO (1/1)

朝倉ふつくしい…


259VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 17:40:01.75GgCT890wo (1/1)

乙です


260 ◆.vuYn4TIKs2013/07/28(日) 19:23:52.73cgtQNF8D0 (5/9)

>>254
なるほど……朝倉に殺されかけた時に感じた俺が違和感の正体はこれか。

感じた俺が違和感の正体(`・ω・´)


261VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 19:42:45.66KmK9OXF4o (1/1)

絶妙に混乱する文章
天才だな


262VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 20:32:03.20cgtQNF8D0 (6/9)

「未来人、だって? そんなモン誰も追加注文しちゃいないぞ」

 思わずそう言った後で考え直す。もしやまたハルヒの仕業か? 朝比奈さんが今年度いっぱいで卒業するという厳然たる事実を加味すれば、アイツが未来属性を持つ交代要員を求めた可能性は決して否定出来ない。

「誰が呼んだのかとか、そんなのはどうでもいいの。この時間軸に居るのは事実なのだから。ねえ貴方、あの未来人を早くなんとかしてくれない?」

 お願い、と。いつか見た合掌の成り損ないを朝倉は俺に披露した。なんとかしろとは具体的に俺に何を求めているのかとか、質問したい事は山と有ったがそれよりも、だ。

 ああ、そうさ。この朝倉の口振りから言ってほぼ間違いない。

「その未来人とやらの名前は?」

 俺の質問に答える声は検討違いの方向から聞こえた。

「わたしはわたぁし」

 嘘だろ……おい。同じ台詞を俺は以前にも聞いた事が有る。「あの」舌っ足らずを再現しようとしたのは、これはもう発言元に確認を取るまでもない。それにしたって声が違う。全然、違う。その声からはハルヒ譲りの溌溂さがごっそりと抜け落ちている。以上、別人で間違いあるまい。だが……、

 だが、一体他にどこの誰が「渡橋(ワタハシ)」を名乗るというのか。

「あら、お帰りなさい。喜緑さんから聞いてもうそろそろ帰ってくる頃だと思っていたわ。朝比奈さんは?」

 宇宙人が入り口に向けて声を掛ける。闖入者の姿を見ておかなければと動かした首は錆び付いた蝶番みたいに重たかった。

「みくるちゃんならすぐそこの角で別れたわよ」

 そこに居たのは少女だった。それもすっげえ美少女だった。身内贔屓を抜きに見てすら超ハイレベルな我らがSOS団女子と俺の視線の先の美少女は横一列に並べても見劣りしないだろう。黄色のリボンで朝倉以下朝比奈さん以上って長さの髪を括っている。

 しかし、ここで俺が特筆すべきは決してそのリボンでは無かった。

 眼が。

「涼子ちゃん、玄関先で待っててくれたんだ。……で、何これ? なんでここにソイツが居るの? 嫌がらせ?」

 渡橋を名乗るその少女。少女の持つアーモンド型の大きな瞳は一目見てそれと分かるほどにはっきりと。

 はっきりと死んでいた。


263VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 21:07:44.19Ixv9lWwYo (1/1)

 
ピカッ! ゴロゴロゴロゴローー! ドーン!


264VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 21:15:08.89cgtQNF8D0 (7/9)

 俺が医者であれば不眠症に効く致死量ギリギリの睡眠薬を速攻で処方するであろう重たい隈がそこに輪を掛けて印象を悪くする。どこまでも美少女が台無しだった。

「そんな事しないわよ。それにどの道、貴女は彼を殺すつもりだったんでしょう?」

 自分は中途の手間を省いてやっただけだとでも言いたげだな、朝倉。で、なんだって? 殺すとか何やら物騒な単語が今聞こえた気がするのだが。どうか俺の聞き間違いであってくれよ。

「だったら丁度良いじゃない。今、ここで殺しちゃえば。貴女にならそれは簡単な事でしょう」

 聞き違いではなかったらしい。どうやらこの病んだ眼をした美少女は俺を殺すつもりの未来人で……俺が一体何をしたって言うんだ。未来でレジスタンスのリーダーでもやってたりするんじゃないだろうな。だとしたら今ここで生き方を悔い改めるも吝かじゃない。

 っていうか、どいつもこいつもあんまり人の命を軽々しく扱い過ぎじゃないか? ああ、親の顔をしばき倒したい。朝倉も、でもってあっちの美少女も。

「……やっぱり嫌がらせね」

 少女がそう呟くのと朝倉が一回転しながら後ろに飛び退いたのは同時だった。直後、和太鼓に乗用車が直撃したような重たい音がエントランスいっぱいに反響し、俺は思わずしゃがんで耳を覆った。鼓膜が余韻で割れんばかりに震える。情報操作とやらでトライアングルでも脳味噌に直接突っ込まれているんじゃないかと疑わしい激しい頭痛に襲われる。

「外したか。ま、いいわ」

「外した? わざと外してくれたんでしょ。貴女が本気なら私に避ける術なんて無いもの」

 見れば先ほどまで朝倉が立っていた床が陥没して半径一メートルほどのクレータが出来ている。なんだなんだ、なんなんだ? 見えざる巨人の攻撃か、はたまた局地的重力場でも展開したのか? 俺に分かるのは朝倉が跳躍しなければ、そこに平面系女子が誕生していたという純然たる事実だけである。

「厄介ね、貴女のその願望実現能力って」

 なんだって?

 朝倉は今、なんて言った? 願望実現能力? 願望実現能力って願望実現能力のことか? なら、コイツが古泉の言っていた犯人なのか?

「分かってるじゃん、涼子ちゃん。そうよ、こんな厄介な力は他に無いわ」


265VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 21:47:37.68cgtQNF8D0 (8/9)


 渡橋はしみじみと言った。それは独り言のようでもあり、どこか深い悲哀を入り混ぜていたように俺には聞こえた気がした。俺とそう年の差が見られない少女が口に出して良い重さでは、それは無い。

 そういう人生を感じさせる声音は少なくとももう十年は生きないと出しちゃいけないんだぜ。熟成ってヤツが必要なんだ。

「お、お前は」

 未だくらくらと不安定な頭を右手で支えて立ち上がりながら、俺は問い掛ける。問い掛けに少女は微笑んでいるような、泣いているような絶妙に悲喜入り混じった大人びた表情をした。

「お前は誰だ?」

「分からない、キョン?」

 少女は俺のあだ名を知っている。しかも呼び捨てと来たモンだ。自分ではそう狭量なつもりもないが、流石に気分も悪くなる。

「分かるはず無いだろ。俺とお前は初対面も甚だしい。自己紹介くらいしてもバチは当たらないんじゃないのか?」

「私はわたぁし。渡橋ヤスミよ」

 嘘だ。偽名に決まっている。俺の知っている渡橋――渡橋ヤスミは目の前の少女みたいに背が高くない。眼も死んでなかったし、全体的に倦怠的な雰囲気を醸し出す彼女とは正反対と言ってもいいくらいだ。

 ヤスミの成長した姿である可能性も考えたが、どこをどう捻くれて育ってもこうはなるまいさ。

「それ、あからさまに偽名だろ。本名は言っちゃくれないのか?」

 答えたのは朝倉だ。

「無理よ。彼女が本名を貴女に告げれば未来が変わってしまう。だから、彼女は偽名を名乗るしかない」

「そうなのか?」

 問い掛ける。少女は――答えなかった。


266 ◆.vuYn4TIKs2013/07/28(日) 21:48:46.75cgtQNF8D0 (9/9)

それでは、また今度


267VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 21:54:44.81tTmqWos9o (1/1)

乙です


268VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/07/28(日) 23:31:07.13GX194DAko (1/1)




269VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/03(土) 22:34:17.16n2peJsx10 (1/3)

 沈黙は金か、それとも無言の肯定を意味しているのか。逡巡するまでも無いな。この場合はあからさまな肯定だろう。朝比奈さん(大)も彼女の名前を禁則事項だとか言っていたし。

 いや、朝比奈さんの言う「彼女」がこの偽ヤスミと同一である保証は無いが。

「……未来から来たって言うし、渡橋ヤスミなんて曰くの付いた名前を名乗ってるから俺たちの関係者なのは間違いない、か。オーケー、お前さんが名前を名乗れないってのは眼を瞑るさ」

 本音を言えば未来がどうなろうと俺にはあまり関心が無い。未来が変わってしまう、とか言われてもイマイチピンと来ないのはそりゃなぜか。未来とは現在の延長線上だからだ。未来人にとって過去は変化の無い、変化させてはならない歴史であるってのは百歩譲って分かる話だ。けど、朝比奈さんにとっての過去は俺にとっての現在で未来。それは流動形で千変万化するものでなければならない、俺にとって。

 努力も夢も希望も何も規定事項などと言われては敵わないからな。全部決まりきっているなんて、そんなん言われちゃ俺はきっと全てが嫌になる。無気力になる。無力感で努力の全てを放棄する。

 それは嫌だ。それだけはダメだ。ハルヒと約束した。死ぬほど努力すると。佐々木に教えられた。世界は変わると。

 現在に生きる人間として未来は俺次第だと信じている。そういう矜持。

 そういう教示。

 しかしそれでも悪戯に未来を変えて朝比奈さんに怒られるのも、困らせるのも俺はゴメンだ。それくらいは譲り合いの精神を持っていてもいいだろう。何よりもそういう決定を今の俺が下したのだから、それがこの時間における選択だ。その先に朝比奈さんの未来がぶら下がっているなんてのはただの偶然に過ぎないのさ。

 未来から来た少女を見据える。澱み切った眼、壁に凭れ掛かった俺と目線の高さが同じなのだから女子にしては背の高い部類に入るだろう。俺の知っている小動物系の「渡橋ヤスミ」とはその外見は似ても似つかない。

「ただ、本名を名乗れないとは言え、代替案でもヤスミを名乗られるのはな……その名で呼ぶのはちょっと、いや、かなり抵抗が有るんだが」

 俺の視線の先で少女が微笑んだように見えた。頬を緩ませたのはほんの一秒にも満たず、その表情だけは年相応の柔らかさと愛らしさを含んでいた気がするも、すぐに彼女は何を考えているのか分からない大人びた顔に戻っていた。


270VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/03(土) 22:43:30.07n2peJsx10 (2/3)

 表情がまるで無い訳ではないのだが、それにしても読みにくい。ポーカーフェイスの上手さは長門か佐々木にも匹敵しそうだ。

「そう言われてもさあ……好きに呼べばいいじゃないの。どうせ、それほど長い付き合いにはならないし。私ならアンタからなんて呼ばれようと特に気にしないから」

 それはどういう意味だ。初対面の女子にあだ名で呼ばれて少しイラついている俺を皮肉っているのか。

「ふふっ、そうよね」

 朝倉が笑う。何が「そう」なんだ。人を蚊帳の外に置くのを止めて同意の論拠を示せっつーの。

「貴方が彼女を何と呼ぶのかは真実、貴方の自由なのよ。ただし、責任が付き纏う事まで含めての自由だから、」

 宇宙人のよく分からない発言はまだ続きそうだったが、それは少女の搾り出した重く、そして冷たい声によって遮られた。

「……涼子ちゃん」

「あら、怖い。睨まれちゃった。そうね、あんまりお喋りが過ぎる女の子って可愛くないらしいもの。……貴女に消されるのも遠慮したいトコロだし」

 朝倉と渡橋(仮)の間で睨み合いが勃発寸前の剣呑な空気が流れている――訳だが、一体俺はどうしたものか。とりあえずの問題はこの未来人少女を何と呼称するか、だな。他にもっと大変な問題が有るだろうって? マルチタスクが出来るようなスペックの脳味噌を積んでいない俺をおちょくっているのか?

 はてさて、名前……名前……いや、そんなに深く考えるまでもないか。いわくにそれほど長い付き合いにはならないらしいし。所詮仮称だ、仮称。

「俺の自由だと言ったな、朝倉。おい、そこの渡橋の偽者。お前もそれで良いんだな?」

 一応、少女にも同意を得ておく。彼女は一つ頷いて俺を見た。

「なら――自由だ」


271VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/03(土) 23:28:34.17n2peJsx10 (3/3)

 俺の見ている前で少女は眼に見えるほどはっきりと息を飲んだ。何を言っているんだお前は、的な反応を予想していたのだがどうやら少女は頭の回転が中々に良いらしい。前後の文脈を読む能力に長けているのかも知れない。どっちでもいいが、とりあえず。

「……それって、名前?」

「ああ。自由(ジユウ)、お前のことはこれからそう呼ぶ。もう考えるのも面倒臭いしな」

 話の流れで適当に付けたが、しかし願望実現能力の持ち主であるらしいし割に嵌りの名前かも知れないな。あれ、もしかして俺って名付けのセンスが有るんじゃないのか。おい、誰か採点頼む。

 高得点を期待して宇宙人を見やるも、朝倉は基本的に長門と同じで感情の発露というものに薄い。いつもと変わらない微笑を返されようと、それでは点数が分からない。テストの採点を炙り出しでやるようなものだな。残念ながらライタもマッチも持ってはいない。

 ならばと偽渡橋改め自由を見れば、彼女は彼女で表情が読み難いのは先ほど言ったとおりだ。薄い唇が小刻みに震えているも、それが喜怒哀楽のどれに当て嵌まるのかなんて分かりゃしない。

 佐々木か古泉がこの場に居ればそういうちょっとした仕草からも色々と見抜きそうだが、まあ、無いものねだりをしても仕方ないか。あの二人に自覚の無い時間旅行をさせてしまったのは俺にも原因の一端くらい有りそうだ。

「ちょっと! 面倒臭いって……何よ、なんなのそれ!?」

「いいだろ、別に。俺の勝手だ。それにお前だって俺からなんと呼ばれようが気にしないって言ってたじゃないか」

「それとこれとは……っ、分かったわよ。好きに呼べば、キョン」

 なんだか釈然としていないような感じだな。恐らく少女の地雷を踏んだのだろうとはそれくらいは察しが付いたが、それが果たして具体的にどんな爆弾なのかなんて俺に聞くだけ無駄だってのは言わずもがなだ。

「……ふうん、こういう事だったんだ」

 何がだ、と。俺が聞くよりも早く朝倉は後方へと吹き飛んでいた。って、なんですと!?

「朝倉っ!?」

 真正面でダイナマイトが爆ぜたかの、そんな速度で壁に叩き付けられた宇宙人少女はしかしその顔に苦悶も苦痛も一切浮かべていない。あの速さで壁にぶつかっておいてそれは有り得ない。ならば情報操作とやらで壁との間にクッションでも創ったか、それとも自分の体を鋼鉄の強度に作り変えたか。素人考えだが、そんな所じゃないかと当たりを付ける。

 何にしろ、無事なようで何よりだ。血腥い展開はそれがかつての殺人鬼であっても見るに耐えない。細い神経の持ち主で悪かったな。誰にも迷惑は掛けてないからほっといてくれ。


272VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 00:13:14.80sr50/DV50 (1/7)

「そんな情けない声出さないでよ……大丈夫。彼女――自由さんに私をどうにかしようという意思は無いから。ただ、喋り過ぎたみたいね。あーあ、やっぱり長門さんみたいに無口な方が得なのかしら、ねえ貴女どう思う?」

 その問い掛けは俺ではなく自由に向けて。

 少女は朝倉向けて右手を掲げていた。その動作が何を意味するのか。依然、壁に張り付けとされている宇宙人がその答え。掌を見れば不自然に半開きだった。あれは……もしかしてあれで朝倉を縛(イマシ)めているのか。なら握り込めば、朝倉は……!?

「口は災いの門って昔から言うのよ、涼子ちゃん。それとね」

 俺の危惧通りだった。全く、嫌な予感ばかり当たりやがる。朝倉が小さく痛苦の声を上げ、少女の手が先ほどよりも握り込まれて。今でははっきりと朝倉の身体に透明かつ巨大な五指が埋まっているのが分かる。

「死人に口無しよ。良かったわね、二つ合わせれば『死人に災い無し』よ。死んでしまえばもう悪い事は無いわ」

「止めろ、自由! いい加減にっ!」

「黙りなさい」

 少女は酷薄な声音でもって俺に命令する。だが、そんな命令聞けるか! 聞ける訳無いだろ!

「ふざけんな! 宇宙人なら殺しても良いとでも思ってんのか!」

 すっかり朝倉に二度、三度と殺されかけた事を忘れて俺は自由に向けて駆け出していた。その頬を思いっきり引っ叩いてやる。願望実現能力? 未来人? うるせえ、知ったことか。俺は目の前で誰かが殺されかけてるってのに単純に我慢がならないんだ。

「……え?」

 素っ頓狂な声を上げたのは少女だった。歩き近付く俺を驚嘆の眼で見つめてくる。

 彼女の死んだ眼の中にその時、俺は初めて光を見た。

「なん……で? なんで、キョン、アンタ!」

 何が「なんで」だ。知るか。ソイツが何を疑問に思ってるかも、戸惑っているかもそんなモン俺にはまるっとどうでもいいっつーの。

「朝倉を、放せ」

 人が死んだり殺されたり。そんなのは俺の周りでは許さない。ハルヒの世界でそんな狼藉はさせやしない。なぜならアイツがそんな事を望む訳がないからだ。だったらそんな事を誰にもさせないように俺は動く、俺の意思で。


273 ◆.vuYn4TIKs2013/08/04(日) 00:14:26.16sr50/DV50 (2/7)

では、また


274VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 00:18:40.87rFKpP09Ko (1/1)

おつ


275VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 00:26:00.64byE63D3lo (1/1)

乙です


276VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 00:32:22.06Xm7mymJDO (1/1)

乙。
朝倉は自由に殺意がないと解ってて終始挑発してた感じか?


277VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 18:51:41.02sr50/DV50 (3/7)

 そこに誰の意思も介入してはいけない。させない。

 この時の俺は誰が見ても単純明快に……そう、怒っていた。ハルヒを例に出せば理解に易いと思われるが、怒りとはエネルギ源である事に今更誰も疑問を抱くまい。だがしかし、このエネルギはあまり歓迎出来ない類と一般には認識されている。

 怒りは御し難くまた決して融通も利かないのだ。

 よく言えば一点突破、悪く言えば猪突猛進。それは俺が過去、朝倉に負わされた心的外傷をすっきりさっぱり忘れて彼女を助けに駆けている所からも明らかで、つまり眼を曇らせるものである。火事場の馬鹿力の親戚で、エネルギにはなるが、その代償として一時的に周りの見えない、後先考えない馬鹿になってしまう。

 何が言いたいかと言えばだ。俺はこの時忘れてしまっていたのだ。

 少女――自由が願望実現能力の持ち主であるという事を。

「……ちっ」

 自由はキスをするような音で一つ舌打ちすると、朝倉を束縛している右手はそのままにフリーな左手を俺に向けて振った。それは纏わり付く鬱陶しい羽虫を振り払うような動作であったが、しかし効果は絶大だった。とても手で巻き起こしたとは思えない烈風が途端に俺を襲い、朝倉がそうであったように後方向けて床から強制的に引き剥がされた体は猛加速を始める。俺の意思などお構い無しに。

 後方は壁。足は宙に浮きたたらを踏む事も許されない。受身も取れそうに無い。俺は宇宙人ではない。このままでは背中から叩き付けられる。俺はさっき朝倉がこうなった時に無事で済むはずがないと咄嗟に考えた。それはつまり、今から俺は無事で済まない羽目に陥るってこった。

 マジでくたばる二秒前。いや、死にはしないかもしれない。それにしたって背中からはヤバい。ヤバ過ぎて洒落にも何にもなっちゃいない。未来ってなんだ、希望ってどっちだ。台風に舞う薬局のデカい看板は建物の角にぶつかって拉(ヒシャ)げるのがお決まりのパターン。そんな画に俺の姿が脳裏で重なる。

 冗談じゃない。だから――、

 だから叫んだ。どうにもならない現実を、どうしようもない現在を、どうなってんだな現状を、どうにかしたい一心で。

「くそったれえええええっっ!!」

 一心不乱の喉から出たの世界への恨み言。呪詛だった。けれど、それは「助けてくれ」と何が違うと言うのか。何も違わない。助けてと言わなきゃ助けを求めた事にはならないなんて、そんな事は決して無いのだから。

 かくして呼び声に応え、ずっと出待ちを食らっていた我らがヒロインは現れる。

 風が、吹いた。


278時計2013/08/04(日) 18:56:41.47ABPKhCGm0 (1/1)

めさ長寿


279VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 19:28:55.81sr50/DV50 (4/7)

 前からの強風(とそれに「煽られる」なんて生易しい表現では足りない「吹き飛ばされ」た勢い)を相殺するように、後ろから俺の体に猛烈なブレーキが掛かる。当然の帰結として俺は前後からサンドイッチの具であってもここまで無体な扱いはされないであろうってな圧力を受ける事になった。

 麺棒で薄く引き延ばされているうどん生地の気持ちの半分ほどを理解して仕舞えそうな状況はさりとて二秒と続かなかったのが不幸中の幸いで、なんとかかんとか空気の檻から解放された俺は強制エアおしくらまんじゅうによって押し潰された肺に一秒でも早く酸素を取り入れようと地面に両肘両膝を着いたままにぜえぜえ喘いだ。

 恐らくここまで新しい拷問に掛けられたのは俺が世界で初めてじゃないだろうか。

「た、助かった、のか?」

 多分、そうだろう。誰かが俺を助けてくれたのだ。出なければ俺は今頃マンションの壁に背中から激突して意識を強制切り離しの憂き目に遭っていたのは間違いない。そう言い切れる点に自由の本気――容赦の無さを思い知らされる。

「……無事?」

 上からなんとなく懐かしい気すらする声が俺の身に降った。一番慣れ親しんだ宇宙人の、安心感すら与えてくれる静かな声が。

 顔を半分ほど上げれば見覚えの有る飾り気の無い黒い靴下に覆われた、雪に例えてはどちらが比喩の引用元なのか分からなくなるほど白い足が視界に入る。ああ、これはいつかのデジャヴか。学校指定の内履きで、サインペンで名前が書いてあれば完璧だったんだけどな。流石に校外でそれは無いか。

 いや、けれど少女は校外であってもいつも制服ではあるかと思い直す。息を整え、立ち上がりながら俺は言った。

「……いつもいつも、助けて貰ってばかりで悪いな」

「……気にしないで」

「気にするさ。今度、何か礼の一つでもさせてくれ」

「……そう」

 小さくっても頼れる背中。長門有希はこっちを振り向きもせず、じっと自由と相対したままに一つリクエストをした。

「なら」

「なら?」

「……また、図書館に」

 お安い御用だと答える代わりにポンとその頭に手を載せた。きっとこれで伝わっているだろう。そう、「ここ」こそが長門の昔と今の違いなんだと俺なんかは思う訳だ。

 チラリと視線を動かせばエレベータの電光表示がいつの間にかアラビア数字の五を表示していた。どうやらそういう事らしい。だから長門がここに居る。まったく、よくやってくれたモンだと感心するね。間一髪だぜ、古泉、佐々木。もう一秒でも遅れていたらと思うとマジでゾッとしない。


280VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 20:15:38.95sr50/DV50 (5/7)

「有希、か。そう。キョンの他にもまだ来ていたんだ?」

 朝倉か、もしくは俺に向けての自由の質問はマンションのエントランス内を反響した。

 ああ、ちなみに(本意ではないが結果として)戦場と化したエントランスは当初の整然とした佇まいも見る影無く、当たり前だが惨状と化している。荒れ狂う風によって全部屋分の郵便受けはその中身を洗いざらい床にぶちまけ、観葉植物は鉢植えとの合体を解いて見る者の心を和ませるという当初の目的とは真逆の効果を生み出していた。

 これ、誰が掃除するんだ? もしかして俺?

「ええ。誰も彼しか来ていないなんて言っていないわよ」

 朝倉が凛と澄ました声で言う。張り付け状態はそのままでありながらなぜ、そんなに余裕を持っていられるのか。俺には分からない。辛うじて分かる事は一つ。どの時点で、までは分からないが朝倉は俺と自由に気付かれないタイミングで佐々木と古泉に掛けた時間凍結を解除していたって事だ。

 つまり、コイツはコイツで俺の命の恩人って事に……なるのだろうか。いやいや、それはちょいと早とちりな気もするね。気紛れってのも朝倉なら十分に考えられる線だ。うーむ、もしかして自分で気付いていないだけで恩義を感じやすい性格だったりするのだろうか、俺は。

 とまあ、こんなどうでもいい事を考えられるくらいに俺は余裕を取り戻していた。それってーのはひとえに長門登場のお陰だ。百万の軍勢に匹敵する頼もしさ。その頼もしさ故に、だからこそなるべく頼らないようにと常日頃から自分を戒めている訳なのだが、しかしながら今日ばっかりは仕方ないだろう。非常識に(物理的な意味でも)押し潰されて危うく死に掛けたし。

「他に誰が来てるの、涼子ちゃん。良ければ教えてくれない?」

「い、や」

 語尾にハートマークが付きそうなくらいに可愛らしくかつ意地悪く言う朝倉。自由の右手指が更に五度ほど曲がり、朝倉の身体に見えざる巨人の五指が食い込む。制服のしわやよれと言った表現では生温いほど不自然な痕跡は、朝倉がどれほどの重圧を受けているのかを何より克明に語る。

 それでなんで朝倉は表情を崩さないのか。宇宙人だから? 本当にそれだけなのか?

「だったら、キョン。……有希でもいいわ。私に教えてよ。他に誰が来てるの? ねえ、五秒以内に答えないと涼子ちゃん、潰しちゃうから」

 潰す、と。言葉を濁さずに言う少女にはそれがきっと出来る。

 自由は俺とは違う。彼女には、殺せる。殺したいってほど積極的ではなくとも、死んじゃってもいいかって程度には少女は十分に病的だ。それは殺されかけた俺が一番身に沁みて理解している。


281VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 21:00:12.98sr50/DV50 (6/7)

 何も答えなければ朝倉が死んでしまう。それはダメだ。カウントダウンを少女が始めるのと同時に俺は叫んだ。

「五……」

「古泉と、佐々木だ! 他には誰も来ていない!」

 少女は最初、渡橋ヤスミを名乗った。その事からSOS団の関係者であるというのはほぼ確定だ。ならば……だが、

「……え? ちょっと、嘘でしょ……?」

 だが、だったらこの狼狽はなんだ。古泉と佐々木がこのマンションに来ている事がどうしてそんなに不思議だ? そんなに驚くことか? その辺りを聞いてみたかったが、しかし事態はそれを許してくれなかった。

 長門がこの場に姿を現してから初めて自由が見せた隙を宇宙製超高性能アンドロイドの目がまさか見逃すはずもない。長門は長門で朝倉を助けてやらなきゃならん事情が有るだろうしな。

 だから突撃というよりは最早それは瞬間移動に近かった。俺は一瞬で長門を見失い、眼球を全速で動かした先、次に見たその少女は小さな掌の先に幾何学模様かアンドロメダ語で出来た魔法陣を携え、自由の斜め後方より奇襲を仕掛けようとしていた。

 未来人少女は長い黒髪を振り乱して接近する長門に対応しようとするもその振り返りはどう見たって間に合わない。そもそも、超高速で迫り来る攻撃に気付けただけでも人間としちゃ規格外だと言い切ってしまえる常識外れな反射神経だってのに。さらに対応、迎撃を行おうなんて高望みが過ぎる。

 そんな事は無理だ。出来ない。不可能だ。けれど、

 けれど、俺は不可能を可能にする方法を――力を知っている。そしてそれを自由が持っている事も。彼女の辞書に「不可能」は無い。

 願望実現能力とは、絶対だ。


282 ◆.vuYn4TIKs2013/08/04(日) 21:01:04.62sr50/DV50 (7/7)

今日はここまで


283VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/04(日) 21:10:42.0511JmNtwio (1/1)

乙です


284VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/17(土) 23:03:00.787C5+XRODO (1/1)

乙。
朝倉余裕崩さず。願望実現能力者も既定事項とやらに縛られるのか?


285VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/08/25(日) 22:51:43.16U2dq1FSko (1/1)

>>1
ながるん乙


286以下、新鯖からお送りいたします2013/09/03(火) 22:13:02.43VvFIK/hy0 (1/6)

 絶対とは絶対。絶体絶命の危機にあってすらそれがジェットコースタと大差無い、多少スリル感を煽るスパイスにしか成り得ないという、そういう意味だ。それを目の前で起こっている出来事に置換するとどうなるか。俺の網膜に映るものがその答えだろう。

 自由は長門の奇襲に対して迎撃を試みた――が、現実的にどう足掻いてもその動きは間に合わない。ならば、どうする? 答えは簡単。単純にして明解。振り返るだけの時間を彼女が「望め」ばそれでいい。……そうだ。こうして俺が長門と自由の闘争に関してごちゃごちゃと的外れかも分からない解説をしていられるのは単(ヒトエ)に「時間」が理由。

 時間の流れをどうこうするってのは宇宙人だけの特権では無いらしい。

 脳味噌の動きに体の方は少しも追いついちゃいなかった。宙を舞う長門のスカートのはためきはコマ送りで、俺の眼球移動は亀の歩みもここまでではあるまいって鈍さ。そんな世界が大声上げて教えてくれることは一つ。

 一秒が一分にも三分にも感じられた。まるで今わの際みたいな――時間圧縮(クロノステイシス)。

 そしてまた、今、この瞬間にスローモーションと化しているのはどうやら俺だけではないらしい。

 長門の瞳の奥に驚愕の色が僅かばっかし見え隠れしている事から、俺はこう推察する――恐らくは世界規模、いや、宇宙規模でこの現象は発動しているのではないか、と。

 もしも俺の推理通りならば、それはまったく冗談じゃない。

 いや、逆か。

 冗談にしては笑えない。

 時間が足りない、だから時間を引き延ばす。物理法則も常識もまるっとゴミ箱にドラッグアンドドロップしてなきゃ出来ない発想だ。少なくとも俺には無理だろう。

 ああ、言うまでも無いだろうが、この停滞する時間の中で一人だけ動きにスローが掛かっていない女が居た。

 事態の張本人、自由だ。一人だけこの時間の牢獄から解き放たれて……いやいや、この表現もまた逆なのだろう。自分以外他の全てを時間の牢獄にぶち込んだ、というのが恐らく正しい。

 彼女は左足を軸にして、まるでここがスケートリンクででもあるかのようにスピンしながら宇宙人に向き直った。掲げられスラリと伸びた少女の右足はやけに眩しく、一拍遅れで彼女の回転に追随する。あの右足がこのままの軌道で美しい弧を描くとどうなるのか。コンマ三秒後の未来予想図を察知はしても、それを伝える暇すら俺には与えられなかった。

 何も出来ない俺の見ている目の前でベクトル違わず、少女による迎撃――裏回しかかと蹴りは長門のこめかみを直撃。そして、それが合図であったかのようにようやく俺たちのスローモーションは解かれた。


287以下、新鯖からお送りいたします2013/09/03(火) 22:18:39.84VvFIK/hy0 (2/6)

「長門!!」

 叫んで、壁に凭れ掛かったまま動かない少女に駆け寄ろうとしたがそれも二の足を踏まされる。俺と長門の丁度対角線上に自由が居たからだ。ああ、それがどうしたって話だよな。俺だってそう思うさ。アイツが居たからなんだってんだ。

 だってのに……足が地面に引っ付いたように動かないのは、これは不可思議な力が働いてる訳じゃ決してない。

 は、なんてこった。おいおい、俺はこんな臆病者だったっけ? ――くそっ、動けよ足! 動け!!

 靴の爪先を床で少し傷めながらやっとの事で神経回路を繋いだ右足が前に出る。そうだ、ここで前に踏み出せないようなら、友達に駆け寄ることすら出来ないようなヤツには生きている価値すらない。そんなん死んじまった方が幾分マシだ!

 こちとら恥ずかしくない自分でいたいと決めたばかりだ。

「長門ぉっ!!」

 願望実現能力を持つ少女を回り込むように長門に向けて走り出す。体の軸を重力に対して三十度傾けて転倒ギリギリのドリフト走行。しかし、そこは当然と少女が俺と長門の間に入り込んだ。これじゃ足を止めざるを得ない。

「邪魔だ、自由!」

「何、怒鳴ってんのよ、キョン。はあ……アンタ、自分の置かれた状況ちゃんと理解出来てないんじゃないの?」

 少女はわざとらしく首をぐるりと一回転。そして俺を視線で射抜き、ニヤリと笑った。――泣きそうな顔で、けれどニヤリと。

「チェックメイトよ」

 王手。つまり、俺を守るものは何一つ無いと……それは事実上の死刑宣告。朝倉はいまだに見えない拘束で締め上げられているし、蹴り飛ばされた長門は長門で起きあがる気配も無い。チクショウ、願望実現能力ってのはここまで圧倒的なシロモノなのかよ?


288以下、新鯖からお送りいたします2013/09/03(火) 22:28:06.80VvFIK/hy0 (3/6)

「俺を……殺すのか?」

 自由は何も言わない。だが、否定しないってそれだけで俺には色々と十分過ぎた。

「なんでだよ、なんで見ず知らずの女の子に俺が殺されなきゃならないんだ。理由ぐらい聞かせてくれてもいいだろう」

 世の中の不条理はハルヒと共に行動するようになってから嫌と言うほど骨身に叩き込まれた俺ではあるが、だからと言って不条理を当然と許容出来るほどに俺の心は老成も完成もしていない。っていうか、俺の年頃にそんなものを求めるのがそもそも酷だとは思わないか?

 もしもこのまま納得のいく回答を与えられぬままに願望実現能力の餌食になってしまったら……いいか、俺は暴れるぞ。

 毎晩枕元に立っては恨み言を夜中いっぱい呟き続けて慢性的な睡眠不足にしてやろうじゃないか。今でさえ目立つ自由の目の下の隈が更に強調されてみろ。新種のパンダと間違えられて果ては上野動物園からスカウトマンだって現れるだろうよ。

 ……まあ、何を言われようとも被害者側が犯行動機に納得するとは俺には到底思えないのではあるが。

「知る必要は無いわ、キョン」

「こういうのは必要とか不要とか、そんなんじゃない事くらい分からんのか、お前は?」

「一理有るわね。だったら、こんなのはどう? 天秤よ。アンタの命の反対側には世界が載っている。私は世界を愛している。だから、世界の為にアンタを殺す」

 人の命は地球より重いといつかの誰かは言ったそうだ。含蓄の有る良い言葉だとは俺も思うが、しかしそれはどこまで行っても理想論でしかない。現実的に考えて地球より重い命など有るはずがないからな。考えてもみろ、その奇跡の青い星には云十億の人命が積載されているんだぜ。以上、一人の命じゃ地球が釣り合う事すら有りはしない。数学的にも、そしてまた道徳的にもそうだ。

 子供だって分かる理屈。ワンフォアオールではない、ワン<オール。全ては一人のためには存在しない。

 けれども――まあ、考えた事すら無かったから仕方ないと言えばそうなのだが、その一人の命ってのが自分自身のものと来た日にはそんな当然の数式すら飲み下し難いのが実状だ。っていうか、俺はいつの間にそんな、人類の存亡やら星の未来やらを左右する超ブイアイピーになってしまっていたのだろうか。

 こればっかりは本当に首を捻るばかり。


289以下、新鯖からお送りいたします2013/09/03(火) 22:36:25.79VvFIK/hy0 (4/6)

「理解した? 納得した?」

「いいや、ちっとも。今殺されたら末代まで祟ってやるからな。長門にどうしようもないようなヤツにとって俺をどうこうするのは、それこそ朝飯前だとは思うが俺だって只では死なん。考え直すなら今の内だぞ、未来人」

「末代、ね。そんなの何の脅しにもならないわ。出来の悪いジョークでしかないもの」

 自由はそう言うと俺に背を向けた。彼女の視線の先に居るのは糸の切れた人形のような長門。その首は項垂れたままだ。まだ意識は戻らないのか、それとも願望実現能力とやらで意識を切り離されているのか。

 ただ一つ言えるのは長門はもう戦えそうにないという事実。

 唐突に、未来人にして全てを好きにしてしまえる少女が寂しげにポツリと呟いた。

「はあ。……ねえ、二人掛かりならなんとかなると思った?」

 一瞬、自由が何を言っているのか分からなかった。二人という単語が朝倉と長門の事を指すのだと、そう気付いた時にはもう既に遅く。制止の声を上げる事さえ叶わなかった俺が次の瞬間に見たものは――罅の入ったタイル地の壁面だけだった。

 あまりの事態に脳が付いていかない。何が起きた?

 長門は?

 長門はどこへ行った?

 朝倉は?

 朝倉はどこへ消えた?


290以下、新鯖からお送りいたします2013/09/03(火) 22:50:07.62VvFIK/hy0 (5/6)

「……えっ?」

 視線の先に倒れ込んでいたはずの宇宙人少女と、俺から見て右手四十五度前方で拘束されていた宇宙人少女は――神隠しに遭ったようだった。そう言う他にちょっと適当な表現が思い付かない。あっと言う間すら与えられずに目前で消えるような事態を他に俺は何と言えばいい?

 テレポーテーション?

「まったく、宇宙人っていうのは油断も隙も無いわね」

「何しやがった、テメエ!」

「はあ、ヤだヤだ。煩いから一々叫ばないで」

 自由は右手で自分の髪を梳きながら、心底どうでも良さそうに言葉を続ける。

「別に私が直接何かした訳じゃないわよ。有希も涼子ちゃんもやけに大人しいなとはさっきから思ってたんだけど……思ってたほどの手応えもまるで無いし? これは何か企んでると思ったら、まあ予想通り。二人して隠れてブツブツ呪文みたいなのを唱えていたから『あーあ、鬱陶しいなあ』ってさ。こう思っただけ。思っただけなのよ。分かる? それで……それだけでいいの、願望実現能力ってモノは」

 ああ、確かに自由の言う通りだ。

 願望実現能力。

 その力は引き金が軽過ぎる。散々、ハルヒに振り回された俺が誰よりも理解しているとも。その唯一の安全装置は古泉曰く常識ってヤツになるのだが、それをハルヒ以上に望めないのが目前の少女だと俺はここまでのやり取りで概ね理解していた。

「有希と涼子ちゃんがどうなったのかは私にも分からない。でも、少なからず『どうか』なっちゃってるでしょうね」

 そんな物騒な事をあっけらかんと言い放つ目前の少女に今更ながら、朝倉に感じるものと良く似た怖気が込み上げてくる。

 なんなんだ。

 一体なんなんだ、コイツは。

 消えた……つまり、最悪二人は死んじまったかも知れないってのに、事実のみを機械的に抑揚なく話す姿は本当に人間のそれなのか。自由は長門と朝倉をファーストネームで呼んでいた。って事はそれなりに交流は有ったはずだろう!?

 なのに、こんなのって。

「長門っ……朝倉っ!!」

 瞬間移動による退場処分程度で有ってくれ。そう祈るように名前を呼んだ俺の背中に、

「……何?」

 たった今失ったはずの三点リーダが降った。


291 ◆.vuYn4TIKs2013/09/03(火) 22:54:25.68VvFIK/hy0 (6/6)

はい、今日はここまで
そろそろ速度上げないと今年中に終わらないとか何の冗談だよ


292以下、新鯖からお送りいたします2013/09/03(火) 23:06:58.89MuwZanTno (1/1)

乙です


293以下、新鯖からお送りいたします2013/09/03(火) 23:09:43.39lMQxyNVDO (1/1)

乙っす。無理はせんようになー
佐々木&古泉の動向が気になる


294VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 19:21:59.97AxVLoDKo0 (1/7)


 おい、大事が無かったとは言え出てくるの早過ぎやしないか。

 安堵も有るが、それにしたってこうも引っ張らないようでは肩透かし感は否めない。今さっき、俺がチラリとでも覚えた憤慨をどこにぶつければいいのか。俺に名前を呼ばれて出て来たコイツが悪い訳では決してない。ないがしかし、振り向いて声の主、長門有希の頼もしい立ち姿を見る俺の目はきっと恨みがましいものになっていたんじゃないだろうか。それくらいは想像に容易い。

「有希?」

「はあ……ま、元気そうで何よりだ、長門」

 俺の見る限り傷一つ負っていない宇宙人少女の視線は、彼女に声を掛けた俺を一瞥もしなかった。長門の意識はずっと神様少女マーク2に注がれている。絶対零度に肉薄するやも知れない少女の遠慮の無い注視を正面から受け止め続ける、自由も相当肝が据わっているな。

 俺なら五秒と持たず眼を逸らす自信が有る。氷漬けはゴメンだ。

「ねえ、どういう事?」

「……質問の意図する所を明確にするべき。でなければわたしにも回答は困難」

「なぜ有希がここにいるの、って聞いてるのよ」

「……わたしはずっとここにいた。どこにも行っていない」

 ここにいた――ずっと? そんな馬鹿な。俺はこの眼で長門が自由によって消された瞬間を見ている。だが、それを長門は明確に否定した。狐に化かされたようなってのは正にこの事だ。宇宙人とそれ以外の間、認識に齟齬が生じてるのは違いない。

「何よ、それ。意味分かんない」

 ほらな。やっぱりだ。

 願望実現能力の持ち主ですら状況が把握出来ていないってのに何の力も持たない一般人代表にそれを求めるのは少々酷ってモンだろう。毎度毎度の事ながら、事件ってヤツはちっとも俺に気を使ってはくれはしない。二時間ドラマを三十倍速で見せられている気分だぜ。

 しかし、少なくとも長門有希の「人となり」を俺は知っている。つまりそれは、コイツは先ほどから嘘だけは吐いていないという意味だ。

「嘘よ嘘よ嘘よ」


295VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 19:30:27.39AxVLoDKo0 (2/7)

 自由はそう言うが、俺は確信している。嘘を吐けるような器用さを、小狡さを、俺の長門は持ち合わせてはいない。

「さっき、確かに手応えは有ったもの。『有希は』『どこかに』『跳ばした』。私の願望なのだから、そうね、どっか行っちゃえってあの時の私は思ったのよ。だったら、そう簡単には戻って来れない場所のはず。なのに、有希はここにいる。何をしたの? どうやったの?」

「何もしていない」

 自由の問いにこれ以上ないってほどシンプルかつストレートな回答を返す長門。シンプルってのは基本的に褒め言葉だと俺は思うが、しかし何事も時と場合であり、推理小説が推理パートを端折っては最早文学としての体を成さないことくらいは宇宙的文学少女にも分かって貰えていると思っていたのだがな、俺は。どうやら長門は生粋の読者であり、書く方には絶望的に向いてないようだ。

 それとも、もしかして探偵役を俺に要求しているのだろうか。いやいや、流石にそれはあるまい。ミスキャストだ。フランス映画のヒロインにアル・カポネを持ってくるような斬新さだぜ。

 俺はふうと息を吐いた。安堵と困惑の絶妙なブレンドでな。

「長門、一つ聞かせてくれ。……お前一人か? えっと、つまり――一緒に消えた朝倉はどこへ行った?」

 一応言っておくと朝倉を心配している訳ではない。そもそも俺なんかが心配するような対象でも無い訳だが、それにしたってその動向は気になった。二人で神隠しに遭っておきながらどうして長門だけがひょっこり帰ってきているのか。

 いや、長門の言を鵜呑みにするならば、そもそもコイツは神隠しに遭ってすらいない。

 自由じゃないが、そいつは一体どうした事かと俺が疑問に思うのもむべなるかな。長門無傷の秘密、もしかしたらそれは願望実現能力の傍若無人、絶対無敵っぷりに対する唯一の切り札となるのかも知れない。そうだろう?

 さて、朝倉の現在地を問われた長門は何も無い中空を、まるでウチのシャミセンのようにぼうっと見つめ始めた。ああ、これは母星との交信が始まったなと俺は即座に理解する。そして、それは裏を返せば朝倉との直接交信が現在コイツには出来なくなっているって事に相違あるまい。

 やはり朝倉は自由によって強制テレポートさせられているのだ。

「――確認した。朝倉涼子は既知宇宙に存在している。健在。現在この星からの距離を測定中」

「星!? ……ああ、いや、距離までは要らん。聞いても多分、俺にはどうしようもないしな」

 ロケットでも組み立てて迎えに行けってか? 宇宙飛行士が夢だったのは幼稚園の年中さんまでだ。今の夢は――と、こんな事語ってる場合じゃない。


296VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 19:49:45.11AxVLoDKo0 (3/7)

「……そう」

「とにかく、遠くにいるんだな。」

 それも恐らく何万光年単位。改めて願望実現能力ってヤツの万能感、そしてスケールの大きさを体感せずにはいられない。

「……そう」

「って事は朝倉には自由の願望実現能力は通用した訳だ」

「……そう」

 長門は言うも、ここで今日一番のクエスチョンだ。俺と自由の共通の疑問。

「なら、なんでお前には利かなかったんだ?」

 俺の中で「もしかしたら」は仮想構築されていた。前例も有ったからな。いや、前科と。もしかしたらこう呼ぶべきなのかも分からない。ただ、俺はそれを罪だとは思っちゃいないし、どっちかと言や子供の駄々に近しいものだと思っている。

 去年の冬。丁度今の時期、クリスマス前。パラレルワールド、漂流する俺、眼鏡を掛けた長門有希。

『長門さん達の情報操作能力をゲストアカウントとすれば涼宮さんの願望実現能力はアドミニストレータ権限に相当するでしょう』。

『だったら去年の十二月の一件はパスワード漏洩、もしくはハッキングだな』。

『覚えているかしら、昨年の丁度今頃。長門さんが大規模な世界改変を行ったでしょう? 今の長門さんもあの時と同じくらい、いいえ、それ以上のエラーデータを蓄積させているの。いつ、何を起こしてもちっともおかしくないわ』。

 悪い予感には事欠かないこの身が歯痒い。チクショウ、あんな事は二度とゴメンだぞ、長門。


297VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 20:18:43.32AxVLoDKo0 (4/7)

「違う。認識に齟齬が発生している。わたしは彼女の力の対象となっていない」

「いや、それって?」

 それってつまり――つまり、どういうことだ? ううむ……ダメだ、分からん。早々に推理を放り出した俺とは逆に、死んだ眼をした少女は何かに思い当たったように顔を上げた。 

「もしかして、有希……じゃない? いえ……でも、いつ……」

 は? 長門じゃない? 何を言っているんだ、アイツは。

 俺は長門が消える場面をしっかり目撃した。だから、それはない。あれは確かに長門だった。

 ……いや、でも。

 決め付けるな。

 本当に、アレは長門だったのか? 改めて記憶の玩具箱をひっくり返す。

 入れ替わり、双子の姉妹ってのはミステリにおける古典トリックだが。

 古典過ぎて現代でやってしまえば色んな方面から怒られそうなレベルであり、それはトリックとしても成立しないくらいに広く手法が知れ渡ってしまっている。しかし、だからこそ「それは無い」って思い込みは死角と盲点を産む。それが使い古されている事なんてきっと宇宙人は知らないから、使用に躊躇なんて無かっただろう。

 そして、長門有希は古典を好む。……だとしたら、

「長門、教えてくれ」

「何?」

「喜緑さんはどこにいる?」


298VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 20:32:30.41AxVLoDKo0 (5/7)

 双子の姉妹。どちらが姉でどちらが妹かなんて知らないが。

「……確認した。彼女は今」

 長門が俺の問い掛けに対して母船との交信を始めた事で確信した。

「朝倉涼子と共に居る」

 自由の眼が見開かれる。信じられない、と。その表情は雄弁に語っていた。

「私がテレポートさせたのは有希じゃなくて喜緑絵美里……ってこと?」

「……そう。わたしではない」

「そんな……いつ……?」

 神様少女の動揺は声の震えとなって隠し切れずに現れた。

 ……おいおい、それにしたって震え過ぎじゃないのか。

 それはそこまで驚く事だろうか。自由は長門や朝倉、喜緑さんが宇宙人である事を知っている。であるならば、彼女達が常識で量ってはいけない相手だって、それくらいは常識として理解しているはずではないか。メタモルフォーゼを利用した入れ替えトリックくらい、そんなモンが今更なんだってんだ。

 そうだ、そんな事は驚愕に値しない。だとしたら少女が驚いているのはきっと別の理由。なんとなく俺にもそれは理解出来た。

 少女は願望実現能力の持ち主である。ならば――、


 思い通りになっていない今が、自由にとっては驚きなのだろう。


 世界は今まで彼女の思い通りだった。望み通りだった。それが当たり前で、世界とはそういうものだと今の今まで少女は理解していたのだ。だから、初めての経験に彼女は戸惑っている。動揺している。それは――それはなんて――、

「お前、俺たちに助けて貰いたいんじゃないのか?」

 俺の口からポロリと零れた言葉は、いや、何を言ってんだ、俺。


299VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 21:12:25.40AxVLoDKo0 (6/7)

 ソイツは敵だぞ。俺を殺そうとまでしやがった。長門が間に合わなかったら俺はきっと死んでいたに違いないってのに。だから無いよ、無い無い、それは無い。

 だってのに。

「……無理よ」

 自由は助けを求めている事、それ自体を否定しなかった。深い隈に縁取られた眼は心なしか赤く潤んでいるように俺には見える。殺意を抱く手と逆の、手は足掻いている。助けを欲している。願いはなんでも叶うはずの少女が、それ以上に何を必要とするのかとは思う。

 けれど、確かに。そこに紛れも無い「SOS」を俺は見た。

「もう、どうにもならない。だから無かった事にするのよ、私は」

 血を吐くように未来人は言う。

「それが唯一の方法だから」

 何を言っているのか、正直俺には分からない。この自由と名付けた少女が何を見て、何を知って、そしてどのような過程でもって俺を殺すという結論に至ったのかを俺は知らない。しかし、それが苦渋の決断であった事くらいはどうにかこうにか俺にも理解出来た。

 長門はその辺りの事情を知っているのだろうか?

 何を言い出そうか、問い質そうかも判然としないながらもとりあえず動かした声帯がはっきりとした震えになるよりも早く、後ろから声が聞こえたので俺は心底驚いた。

「おやおや、何やら話が込み合っているようですね」

「のわっ!?」

 心臓に悪い登場をしたのは自称エスパー少年だ。首をぐるりと動かせば階段の方から歩いてくるのが見て取れた。どうやら下りにエレベータは使ってこなかったらしい。微苦笑気味ないつもの表情を張り付けて、ロビーホールの惨状も気にする様子はない。

 ドイツもコイツも胆の据わり方が常識外れている。

「失礼、驚かせてしまいましたか。それにしても、派手にやりましたね。まるで強盗に遭った家屋の様相ですよ」

「俺がやったんじゃない」

「別に、貴方を責めているつもりはありません。何があったかは知りませんが、貴方に大事無さそうで僕としては一安心です。これで何か遭ってはお前が付いていながらどういう事だと上の人たちから散々にお叱りを受けるでしょうから」

 言いながら古泉は俺に隣に並んだ。

「始末書ものですよ」

 死に掛けた事を新川さんにでも告げ口したら、この優男に一泡吹かせてやれるだろうか。


300 ◆.vuYn4TIKs2013/09/29(日) 21:15:04.77AxVLoDKo0 (7/7)

今回はここまで


301VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 21:20:58.00FPKjxNQEo (1/1)

乙です


302VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/09/29(日) 21:27:27.77DtZ/CCWho (1/1)

おっつ、
見とるで


303VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/10/20(日) 11:20:49.65zO0JfCdk0 (1/9)

古泉「僕と涼宮さんの関係のために、長門さんと彼が上手く行くように暗躍していたらなんだか長門さんと

いい感じになってしまっていたという内容の本はまだですか?」

朝比奈「あ、あのぉ……わたしも一応SOS団の一員なんですけど……」

古泉「おや、これは朝比奈さん。ご卒業おめでとうございます」

朝比奈「ま、まだ半年以上残ってますっ!」

古泉「そうでしたか? ……ふふっ、まあどちらにしても余り現状に変わりは有りませんからいいのではな

いでしょうか」

朝比奈「ふ、ふえーん! キョンくーん!」

キョン「あれ? 朝比奈さん、何しに学校へ来たんですか?」



古泉「僕は思うのですよ。この作品においての結末はあなたと涼宮さんの恋愛でしかないのだろうと」

長門「……スイーツ」

キョン「長門、そう嘲ってやるな。ラノベにおける不文律、黄金パターンってヤツで概ね古泉の言には俺も

同意だ」

古泉「ええ。と言いますか、僕としては涼宮さんとかぶっちゃけ無理ですし。彼女、重い」

古泉「その点、長門さんならそこそこさばけた関係で付き合っていけるかなって」

キョン「古泉、お前さっきからちょっと本音過ぎる」

古泉「まあ、楽屋裏ですし」

キョン「大体、長門。お前はどうなんだ。こんな奴が彼氏で、それでお前はいいのか?」

古泉「おやおや、酷い言われようですね」

長門「いい。……男などアクセサリーでしかない」

キョン「長門ぉっ!?」

長門「ただしイケメンに限る、と主流派は判断した」

古泉「ふう、美形設定で助かりました」

キョン「宇宙の真理だったんだな、顔面偏差値ってのは」

朝比奈「……あ、あのぉ」

キョン「ああ、朝比奈さん。まだ居たんですか」

朝比奈「ず、ずっとここに居ましたからぁっ!」

キョン「居てもいなくても同じなので存在を意識から消していました」

古泉「そういえば、結局朝比奈さんっているんですか?」

朝比奈「だ、だからさっきからここに居ます! 古泉くん、あんまりわたしを馬鹿に……」

キョン「いや、分からん」

朝比奈「キョ、キョンくんまでっ!? ここ! ここですよー!」

長門「不要と情報統合思念体は判断した」

朝比奈「ふえっ!?」

古泉「ああ、やはり要らなかったんですね」


304VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/10/20(日) 11:24:09.65zO0JfCdk0 (2/9)

長門「朝比奈みくるの存在価値とは強いて挙げれば百合要員」

キョン「あー、キマシタワーってヤツか。俺、あんまりアレ得意じゃないんだけど」

古泉「右に同じですね。どうもこう、自分が妄想の舞台に出て来ないものでは勃ちが悪いんですよ」

朝比奈「た、たち……?」

キョン「古泉、少し黙れ。生々しい」

古泉「これは失礼」

古泉「で、何の話だったでしょうか?」

長門「……恋バナ」

キョン「恋バナっておま……!? はあ、長門もこう、初期に比べてスラングが達者になったよな」

古泉「もうほとんど違和感ないですよね」

朝比奈「ですねー。長門さんはどんどん可愛くなられています」

古泉「……おや?」

キョン「……あれ? 朝比奈さん、まだ居たんですか?」

朝比奈「酷いです、キョンくん、古泉くん! わたしも恋バナに混ぜてくださいよう!!」

キョン「え?」

古泉「いえ、ですが……」

キョン「……はあ」

朝比奈「なんですか、なんなんですか、その反応!?」

キョン「古泉、言ってやれ」

古泉「分かりました。いいですか? 朝比奈さん、あなたには既に鶴屋さんという不動の相方がいらっしゃ

るのです」

長門「……キマシタワー」

朝比奈「長門さん、そのボソッと呟くの止めてください!」

キョン「そういう訳で、朝比奈さんに関してはもう恋バナの成立する余地が残っていないんですよ。すいま

せん」

古泉「ご卒業おめでとうございます。鶴屋さんとお幸せに」

朝比奈「ちょっと待って!?」

古泉「巨乳は晩年垂れますしね」

キョン「同意」

長門「同意」

朝比奈「わ、わたしと鶴屋さんはなんでもありませんよっ!?」

鶴屋「……み、みくる……?」

キョン「お、鶴屋さん」

古泉「素晴らしいタイミングですね。流石と言うべきでしょうか」

長門「……情報操作は得意」

古泉「なるほど、長門さんの仕業でしたか」

鶴屋「みくるの、みくるの阿呆ーっ!!」

朝比奈「ああっ、鶴屋さーんっ?」


305VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/10/20(日) 11:33:13.24zO0JfCdk0 (3/9)

長門「……修羅場」

キョン「俺の金持ち先輩と未来人が修羅場過ぎる」

古泉「余り鶴屋さんを悪く言わないで下さいね。彼女、機関のスポンサーのお嬢さんですから」

キョン「全ては金か」

古泉「お金です。学生のあなたにはいまいちピンと来ないかも知れませんが」

キョン「愛が全てじゃないんだな」

古泉「愛はお金で買えますから」

キョン「そうか」

朝比奈「鶴屋さーん!」

古泉「まあ、真剣に朝比奈さんとのフラグを考察してみますと」

キョン「出会って間も無い頃に俺、大きな方の朝比奈さんにフラグぽっきり折られてるんだよな……」

古泉「ああ、わたしと余り仲良くしないで、という例のアレですね」

キョン「アレだ」

古泉「ちなみに大きいとは何がでしょうか」

キョン「そうだな……スケールかな」

古泉「彼女と愛を育むのはタイムパラドックス的な問題も含みますし、止めておいた方が無難だと僕は考えますが」

キョン「つーか、朝比奈さんと仲良くすると途端にハルヒがな……」

古泉「ああ……ああ……。なんですか、それは愚痴に見せかけた惚気ですか? そんなものは日頃で十二分なんですが、僕たちは」

長門「同意」

キョン「なら、お前が替わるか古泉?」

古泉「冗談じゃない」

キョン「おい、喋り方」

古泉「いいですか? 某SSに付いた感想が非常に的を射た表現だったので流用させて頂きますが『核弾頭に恋なんて出来るか』」

キョン「長門だってそういう意味じゃ似たようなモンだろ」

長門「……統合思念体に有機情報連結の解除を申請する――個体名、朝倉涼子の有機情報連結を解除した」

キョン「何やってんだ、お前は」

長門「……八つ当たり?」

キョン「八つ当たりとかキャラじゃないだろ、お前も」

古泉「いいえ、この長門さんで正解なんです」

キョン「なん……だと……っ!?」

濃い身「長門さんは原作中で少しづつしかし着実に人間臭くなっているのです」

長門「……そう」

キョン「なるほど、つまり成長性Sな」

古泉「ええ。誰かの死をトリガーとしてその才能は一気に開花す……おっと、この言い方だと死ぬのは十中八九僕ですね。止めておきましょう」

長門「……有望株。それが、私」

古泉「その通りです、長門さん。だから僕と付き合って下さい」

キョン「お前の告白には誠意の欠片も無いよな、実際」



306VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/10/20(日) 11:47:17.52zO0JfCdk0 (4/9)

キョン「なら、俺は佐々木でいいや」

古泉「ああ、その線は有りません、残念ですが」

キョン「マジか!」

古泉「大マジですよ。考えてもみて下さい。どこの世界に九巻まで来て初めて出て来たキャラと結ばれる主人公が居ますか?」

キョン「げ、現実とか」

古泉「申し訳ありません、ここは二次元です」

キョン「オウ、レインボーガール」

古泉「二次元とは現実と違い、極めて理想的でかつ童貞の夢を壊さないように出来ているのです。以上、あなたのヒロインは一巻から出て来ているSOS団三人娘の誰かですよ。機関が保証します」

キョン「……それって実質ハルヒ一択じゃねえか」

古泉「ですから最初から申しているではありませんか」

長門「……スイーツ」

古泉「涼宮さん、良いではありませんか。きっと恋仲になれば尽くしてくれるでしょうし、結婚すれば良妻賢母ですよ」

キョン「まあ、そりゃそうなんだが……アイツの場合『尽くす』に手抜きが無い気がするんだよ」

古泉「それは……いえ、僕が彼女を敬遠したのもそこが理由ですが」

キョン「正直、疲れる」

古泉「ですね」

長門「涼宮ハルヒは疲労回復にも効果が有ると思念体は判断した」

キョン「温泉の効能みたいだよな、その言い方」

古泉「まあ、間違ってはいないでしょう。日々の疲れを癒す事に掛けても、恐らく彼女は全力です」

キョン「そんなんだからエロ同人がいまだに出るんだよ」

古泉「おっと、問題発言ですね」

キョン「楽屋裏だからな」

キョン「結局、アイツと居ると日々是全力を強要されちまうのが最大のネックなんだよなあ……」

古泉「馬車馬のように遊び回されますよ。良かったですね、まず間違いなく『楽しかった』って言って大往生です、貴方は」

キョン「俺の性格は知ってるだろ?」

古泉「案外、付き合いが良い辺りですか?」

キョン「くっ、言い返せん……」

古泉「正直、あなたが涼宮さんを本気で重荷に感じているのならば、何度となく彼女と縁を切る機会は有ったはずなのですよ」

キョン「……そうだな」

長門「……それについては謝罪する」

古泉「おや、長門さんに飛び火しましたか」

長門「過去、私は彼に選択を強制した」

キョン「いや、それはもう済んだ事だから、気にすんなよ」

長門「……ありがとう」

キョン「こっちこそ、その、なんだ……悪かった」


307VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/10/20(日) 11:58:19.41WE8GNEkqo (1/1)

>>303-306
SS速報は乗っ取り禁止
もしかして誤爆ですか?


308 ◆.vuYn4TIKs2013/10/20(日) 11:59:54.22zO0JfCdk0 (5/9)

古泉「甘酸っぱい青春の匂いがします。そういうのは僕の居ない場所でやって貰えませんか?」

キョン「今のお前の一言でその匂いとやらは台無しになった訳だが」

長門「……青春って何?」

古泉「また難しい質問ですね、長門さん」

キョン「実際、俺にもよく分からん」

古泉「……ふむ、分かりました。では一つ、僕とデートしましょう、長門さん」

長門「了解した」

キョン「頼むからそういうの俺の居ない所でやってくんねえ?」

古泉「貴方にそれを言う権利は有りませんよ」

長門「……同意」

キョン「俺はそこまでハルヒとラブコメしてたつもりはないんだけどな」

古泉「その発言がもうアウトです」

キョン「いや、そんなことは……」

古泉「少なからず涼宮さんと部室で青春していた(隠語)という自覚が無ければ、ラブコメなんて単語がそもそも出ては来ませんよ」

長門「……情報統合思念体に私の権限の一部制限解除を申請した。エマージェンシーモード」

古泉「ほら、長門さんも怒っています」

キョン「……す、すまん」

古泉「はあ……貴方という方は。老婆心ながら言わせて頂きますと、涼宮さんへの気持ちに自覚が有りながらそれを決して直視しようとしないのはそれは最早病気の域に達していますよ」

キョン「お前にだけは言われたくない」

長門「……私がモテないのはどう考えても涼宮ハルヒが悪い」

キョン「おい、待て! 早まるな、長門!」

長門「SOS団男子は二人とも涼宮ハルヒに好意を抱いている」

キョン「そんな事は」

古泉「そんな事は有りません、長門さん。僕のそれは既に過去であり、若気の至りというものでして」

キョン「否定が必死過ぎるだろ、お前も」

古泉「そうは言いましても正直貴方と涼宮さんの間に僕の入る余地が有りません死ね」

キョン「古泉!?」

古泉「ああ、これは失礼。うっかり本音が漏れてしまいました」

キョン「お前、実は俺のこと嫌いだろ」

古泉「滅相も無い。事実無根の名誉毀損で訴えますよ」

キョン「だから、一々否定が必死過ぎるんだよ。逆にちょっと引くわ」

古泉「僕はこれでも感謝しているんです、貴方に」

キョン「感謝している相手に死ねとは普通言えん」

古泉「これは信頼の裏返しというものでして。貴方なら冗談として取ってくれるであろうという……」

キョン「解説されるとそれはそれでモヤモヤした気分になるな」

古泉「しかし、本当に貴方には感謝しているのですよ」

キョン「ほう」

古泉「お陰で涼宮さんに転ばないで済みました。ありがとうございます」


309VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/10/20(日) 12:03:25.62zO0JfCdk0 (6/9)

>>307 主が暇潰しというか気分転換してるだけなんで


310VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/10/20(日) 12:12:52.89zO0JfCdk0 (7/9)

キョン「……ちょっと待て」

古泉「なんですか?」

キョン「やっぱりお前、ハルヒのことを俺に押し付けようとしてんじゃねえか」

古泉「ええ、そうですよ」

キョン「馬脚を現すってレベルじゃない。あっさり肯定しやがった」

古泉「だって、考えてもみて下さいよ。彼女の恋人となった方の双肩には世界の平和が圧し掛かるのです。普通なら圧死でしょう」

キョン「言い得て妙だな」

古泉「ふふっ、流石にこれは貴方だって否定出来ませんよね」

キョン「あまりその辺りを深く考えるとハルヒと普通に付き合えなくなりそうだから脳裏から追い出そうと努力している節は無くも無い」

古泉「貴方らしい。そしてそれを実行出来るのが貴方でなければならなかった理由なのでしょう」

キョン「おい、俺の間違いじゃなければ無神経と馬鹿にされているように聞こえるんだが」

古泉「いいえ? 褒めていますよ。ねえ、長門さん」

長門「……判断を保留」

古泉「なるほど、この辺りはまだまだ長門さんには難しいようですね」

長門「あなた達有機体は私たちと違い、物事を不確定にしておく癖が有る」

古泉「仰る通りです」

キョン「恋愛なんてその筆頭みたいなモンだろ。長門には少し早いんじゃないのか?」

古泉「なんですか? 自分が涼宮さんと上手くいくと分かっているから、余裕ですか?」

キョン「あのなあ……大体、古泉。お前はどうして長門狙いなんだよ」

古泉「本人の目の前でそれを聞きますか」

長門「……私も知りたい」

古泉「まあ……ですよね」

古泉「言い難いのですが……正直、消去法です」

キョン「楽屋裏だからってぶっちゃけ過ぎんだろ、お前」

長門「……いい。楽しめている」

キョン「まあ、長門がそう言うんなら……いいのか?」

長門「……いい」

古泉「いいですか。少し考えれば分かるでしょうが、僕には他の選択肢が無いのです」

キョン「選択肢呼ばわりとか……」

長門「……いい」

古泉「涼宮さんは既に人のものですし」

キョン「違う!」

古泉「朝比奈さんは先ほども申し上げました通り関係を持つには適さない方です」

キョン「おい、無視か。ハルヒは別に俺のものって訳じゃ……」

古泉「では後残っている女性を挙げてみましょうか。佐々木さん、阪中さん、橘さん、森さん……ええと、他に誰か居ましたか?」

キョン「周防とか朝倉とか喜緑さんとかか」

古泉「宇宙人なんて全部長門さんの下位互換ですよ」


311VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/10/20(日) 12:20:00.14zO0JfCdk0 (8/9)

キョン「また随分バッサリいきやがった」

長門「……同意」

古泉「ミヨキチさんですとか貴方の妹さんですとか、他にも僕が思い出せない女性がいらっしゃるかも知れませんが」

キョン「おい、テメエ何さらっと人の妹を候補に入れてやがんだ!」

古泉「ですが、僕こと古泉一樹は一応一巻から出て来ている準主役キャラなのです」

キョン「お、おう……そうだな」

古泉「その辺のぽっと出が僕と釣り合う訳ないじゃないですか」

キョン「そういうもんなのか?」

古泉「僕は言いましたね、ラノベには不文律が有ると。そういうものなのです」

キョン「お約束って面倒臭いんだな」

古泉「となると、まあ、長門さんで妥協しておくのが一番軟着陸だろう、と。これが機関の見解です」

キョン「何やってんだ、暇過ぎんだろ、機関」

古泉「長門さんも同様です。僕などで恐縮ですが……」

長門「……分かった、妥協する」

古泉「ありがとうございます。これで僕らは晴れてカップルですよ」

キョン「……恋愛って何だっけな?」

古泉「貴方も僕らを見習って早く涼宮さんで妥協して下さい。正直、そろそろ面倒臭いんですよ、付かず離れずとか」

長門「……同意」

キョン「嫌だよ! 俺はそんな打算塗れのスタートだけは切りたくない!」

古泉「ふうむ……では長門さん、結婚とは何でしょう?」

長門「……妥協と納得」

古泉「正に然り、その通りです」

キョン「止めろ!」

古泉「いいじゃないですか、涼宮さん」

キョン「古泉お前……散々こき下ろしてたその口で今更何を言っても俺の心には届かないからな」

古泉「プールの時にしっかり確認したでしょう。素晴らしいプロポーションですよ」

キョン「古泉、俺、なんか……うん、頑張ってみるよ」

古泉「ええ、その意気です」

長門「……貧乳はステータス……希少価値」



312VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/10/20(日) 12:28:22.47zO0JfCdk0 (9/9)

古泉「大丈夫です、長門さん。僕は女性は顔だと思っていますから」

長門「……興味深い」

古泉「心が大事だとか言っているのは本音で喋ることの出来ない臆病者ですよ。僕は違います。可愛いは顔です。そう言えるでしょう」

キョン「奥ゆかしさは日本人の美徳だと思っていたんだが」

長門「……美形は宇宙の真理」

古泉「では、長門さん。手始めに今から一緒に下校しませんか」

長門「……ユニーク」

キョン「イエスかノーかくらい分かる返答をしてやれ、長門」

長門「貴方たち有機生命体の真似をしてみた。……変?」

古泉「いえ、それもまた貴女の魅力かと」

長門「……なんだかなあ……あの二人結局上手く行きそうなのが釈然としねえ」



ハルヒ「待たせたわね!」

キョン「……待ってねえよ」

ハルヒ「あれ? キョンだけ? 古泉くんは? 有希は?」

キョン「とっくに帰った」

ハルヒ「ふうん……ま、いいわ。で、アンタはなんで一緒に帰らなかったの?」

キョン「一緒に帰れるような雰囲気じゃなかっただけだ」

ハルヒ「……あっそう」

キョン「待ってた訳じゃ、ないからな」

ハルヒ「……そ」

ハルヒ「ん? 一緒に帰った? 古泉くんと有希が? ふーん、へえー、そう……」

キョン「楽しそうだな。まあ、お前の想像で強ち間違っちゃいない。お試し期間って感じだ」

ハルヒ「うんうん、なんか青春って感じだし、美男美女だから特別に許可を出すわ!」

キョン「結局お前も最後は顔か。後、お前の許可は要らんだろ」

ハルヒ「別に、アタシは顔で選ばないわよ? ただ、美男美女のカップルは見ていて納得出来るってだけ」

キョン「凸凹だとモヤモヤするよな。それは俺にも分かる」

ハルヒ「……アンタは?」

キョン「は? いや、何を聞いてるのかが分からん。文法に則って喋ってくれるか」

ハルヒ「だーかーら、アンタは顔で選ぶのかって聞いてんの!」

キョン「……難しいな」

ハルヒ「何よ、ハッキリしないわね」

キョン「いや、ほらな。顔じゃないって格好付けたい俺も居るが、それでもやっぱり付き合うなら好みの顔が良いって俺も居る訳で」

ハルヒ「ま、そりゃそっか」

キョン「だからさ」

ハルヒ「何よ?」

キョン「お前はどっちって言われた方が嬉しいんだ、ハルヒ?」

ハルヒ「……はっ!? な、な!!」


313VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/10/20(日) 15:26:49.03IPTQbDbqo (1/1)

>>309
なんと


314VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/10/20(日) 19:46:49.77OtsAbXuLo (1/1)

乙ー


315VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/11/03(日) 14:53:19.71KnCZ0YKco (1/1)

おつ


316VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/11/10(日) 23:48:11.72IAj6N7Vzo (1/3)

ワロタwwww何かと思ったwwww


317VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/11/10(日) 23:57:40.67IAj6N7Vzo (2/3)

ワロタwwww何かと思ったwwww


318VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/11/10(日) 23:58:07.53IAj6N7Vzo (3/3)

あれ、二重になってる。スマソ


319VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/11/16(土) 19:39:44.70I85Mzd9n0 (1/1)

追いついてしまった
>>1頑張れ


320VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/11/17(日) 17:20:53.86avbsrMMb0 (1/1)

>>1乙
はよ


32112013/11/20(水) 05:09:14.03BYr43Zcn0 (1/1)

もうちょっと待って
引っ越しとかあるのですよ。地球防衛とかな


322VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/11/20(水) 07:14:20.11YLSogeHao (1/1)

了解


323VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/11/20(水) 22:06:13.084O0AhyP20 (1/1)

おう
まあスレが落ちない程度にはきてくれればいいわ


324VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/12/12(木) 22:44:36.94Cs+qlv1H0 (1/6)

だが、俺としてはそんなモンよりも危険手当の方がよっぽど欲しい訳で。今回の一件も然るべき場所に願い出れば小さな家が買えるくらいの金額を貰える気さえするね。人命ってのはそこまで安くないはずだと俺は頑なに信じている。

 ただ、問題が有るとすれば俺にはその「願い出る然るべき場所」ってのにとんと心当たりが無い事か。

 おいおい、今回も骨折り損で間違いないってかい?

「古泉……一樹」

 自由は絞り出すように口にする。憎々しい、と言うよりは出来れば会いたくなかったってな声音だな。どうやら俺や長門ばかりでなく、彼女は古泉とも何らかの関係が有るらしい。いや、ここまで来れば恐らくSOS団全員の関係者と見てほぼ間違いあるまい。

 どうやら古泉も同じような事を考えたらしい。

「ふむ、自己紹介をする必要は……無さそうですね」

 最初からそんなモンするつもりも無かっただろうに、いけしゃあしゃあと。それとも何か? 息をするように嘘を吐くのは超能力に目覚める上で必須スキルだったりするのかね。詐欺師か役者、もしくは政治家ってんならそれも分かる話だが。

「さて、貴女は僕の事を知っているようですが、しかしながら僕の方は貴女の事をまるで存じ上げません。ただし……これは恐らく『今はまだ』ではないのかと推測しますが」

 微笑を崩す事無く自由に向かってそう言った古泉は眼の端で一度だけ、チラリと隣に立つ俺を見た。

 おい何だ、今の意味有りげな視線は。何かのアイコンタクトだったりするのなら、せめて試合前にサインの打ち合わせくらいしておいてくれないと困るんだが。

「何? 自己紹介でもしろって言うの、古泉さん?」

「いえ、そのような事は強いていません。それに――ふふっ、古泉『さん』ですか。今のでやり取りでおおよその見当は付きました。貴女の自己紹介は、これは多分必要ないでしょう」

「「え?」」


325VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/12/12(木) 22:51:33.84Cs+qlv1H0 (2/6)

 俺と自由の声が重なる。古泉は何をそんなに驚く事が有るのかと肩を竦めて見せた。

「そうですね……僕の予想が正しければ貴女は彼に対して『渡橋』とでも名乗られたのではありませんか? どうでしょう? もし、この予想が当たっていれば僕としてはもう貴女には何の質問も有りませんよ。こっちに残っているのは回答を得られない類でしょうし……ね」

「……なん、だって」

 隣に佇むその男はそんな事を事も無げに言うが――正直意味が分からない。なんだよ、これ。どうなってんだ。

 確かに古泉の言う通り。少女の名乗った偽名は渡橋。だけど、それをコイツが言い当てるのは無理に決まっている。それもそのはず、少女が俺に対して名乗った時、古泉はエレベータの中で時間ごと凍結されていた。つまり、古泉はその事を知り得ない。

 でありながら。

 千里眼? 地獄耳? おいおいお前、いつの間にそんな超能力者みたいな事が出来るようになったんだ?


「いえ、そう難しい事でも無いでしょう。ちょっとした推理、関連付けの結果でしか有りません」

 ヒントは十分に出されていたと、探偵役は言うもこっちは早く解決編をやってくれってな気持ちでいっぱいだ。だがしかし、解決編は披露されなかった。

「古泉一樹、貴方はそれ以上喋るべきではない」

 言ったのは長門だ。

「それは彼が自分で気付かなければ意味の無い事。ここで貴方が彼女の事を話した場合、高確率で」

「世界改変が行われる。そうですね、長門さん。そして――渡橋さん。貴女にはそれを行う用意が有る」

「そう」


326VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/12/12(木) 22:55:03.23Cs+qlv1H0 (3/6)

 長門が小さく頷く。俺たちと対峙する偽渡橋、自由は答えない。こっちはただ、沈黙を貫いた。けれどその顔には。

 第一印象、俺は少女に「無表情」という感想を抱いた。しかし今はその事実が嘘のように眼には星雲が煌いていた。まるで誰かさんのように。

 俺はこの眼を知っている……気がした。きっと気のせいじゃない。

「仕方がありません。ここではこれくらいにしておきましょうか。そうしないと後が怖そうだ」

「おい、古泉!?」

 訳知り顔の俺以外、お前ら三人はそれでいいかも知れないけどな。こっちは消化不良で胃もたれも良い所だ。このままじゃ夕飯も入らん。断固として説明を要求するぞ。

 結果、危惧の通りに世界が変わろうがそんなのは知った事か。それくらいで変わっちまうようなら最初からその程度のモノだったって諦めも付くだろうよ。少なくとも俺はな。

「そうは言われましても……長門さん?」

 微苦笑気味の古泉が持ち出した疑問符は質疑応答の許可を求めていると見て間違いあるまい。

「……少しだけなら」

「ありがとうございます。では、差し障りの無い範囲で、彼にヒントを」

 説明ではなくヒントって辺りがどうにも腑に落ちない感じだったが、それにしたって無いよりはマシだ。ノーヒントのクイズ番組なんて昨今はとんと見かけない。それが何故かって言ったら流行らないからで。

 つまり、俺は凡人(ワトソン)だって事なんだ。

「いいですか、よく聞いて下さい」

 古泉は自由から俺に向き直ると一息に言った。

「彼女には願望を実現する能力が有る」

 ――は?


327VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/12/12(木) 23:05:20.63Jqnakkcwo (1/2)

それ答えじゃねェか


328 ◆.vuYn4TIKs2013/12/12(木) 23:07:29.91Cs+qlv1H0 (4/6)

なんでこんなsage進行のスレで反応が有るんだよwww


329VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/12/12(木) 23:10:42.25Jqnakkcwo (2/2)

専ブラでお気に入り入れてっから


330VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/12/12(木) 23:15:41.38hpeHJH3Xo (1/2)

おっ、来てたか。乙乙!
ヒントという名の答えワロタ


331VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/12/12(木) 23:23:01.67Cs+qlv1H0 (5/6)

 今、古泉は何て言った? 自由には願望実現能力が有る?

 何を言っているんだ、コイツは? 今更……ああ、今更過ぎる。そんなのはちっともヒントになっちゃいない。そうだろ?

 お前だってここに来る前に言っていたじゃないか、願望実現能力の持ち主を相手にしなければならないかも知れない、と。俺なんかはこの身で文字通り体感したってのに。

 ……いや。

 ……そうじゃない。古泉が聡いヤツだってのを忌々しいが、しかしそれでも俺は知っている。それは未来人が危険視する程で、現代人の内でも頭抜けて非常識方面でクレバーなのは疑いようもない。そんな男が、こんな無意味な事をするだろうか。

 既知の内容の重複でたった一度のチャンスをふいにするだろうかという疑問。もしもこれがミスではなく、れっきとしたヒントであったのだとしたら果たしてどのように考えられるだろうか。

 古文における二重否定は肯定で。でもって、既知の内容の繰り返しは強調だったか。――強調。それは願望実現能力を自由が持っている事をもっと深く考えろって意味だろう。でも――、けど――、

 何かが、違う。何かを、勘違いしている。何かが、引っ掛かる。

「願望を……実現する」

 口にして反芻する俺を見てニヤリと古泉が笑う。その笑みの意味する所は分からない。だが、気付いた事は有る。些細な事だ。つい見逃し、いや、聞き逃しちまいそうな人によっちゃ心底どーっでもいい事なんだが。

 きっと自由にはどうでもいい事。けれど俺には意味の有る事。そういうヒントじゃないと、この場では通らない。それを加味してこれから出す問いに答えろ、俺。

 なぜ、古泉は「願望実現能力」を「願望を実現する能力」と一々文節を切って表現した? たまたま? 偶然? いいや、違うね。 

 なぜならば――、

 なぜならば俺はこれと全く同じフレーズを、一言一句違わぬその台詞回しをどこかで聞いた事が有るからだ。


332 ◆.vuYn4TIKs2013/12/12(木) 23:33:31.61Cs+qlv1H0 (6/6)

引越し先がネットに繋がったので久々に。

芝村風に言うと「どかん!」。


333VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/12/12(木) 23:37:16.55hpeHJH3Xo (2/2)

貴様…謎ハンターかッ……!


334VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/12/13(金) 01:40:52.48gtIDLRuYo (1/1)

おっと、来てたか


335VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/12/13(金) 07:33:19.7410lQAAJQo (1/1)

乙です


336VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/12/13(金) 16:07:53.230ROuYk860 (1/1)

このスレ、もうすぐ一年経つんだな


337VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2013/12/14(土) 08:41:09.84BCI7ab/q0 (1/1)

来てたか!
続き、楽しみにしてるよ


338以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/10(金) 20:06:22.79jho/D44R0 (1/1)

>>1は来ないのだろうか


339 ◆.vuYn4TIKs2014/01/14(火) 23:14:28.77BHr56K650 (1/1)

ごめんなさい...すっかりスレの存在を忘れてました
ち、近い内に更新させていただきますごめんなさいごめんなさい


340以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/15(水) 01:51:02.96EiyK3lyko (1/1)

把握


341以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/01/30(木) 19:44:18.895AR8wTgR0 (1/1)

楽しみに待ってます


342以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/02(日) 16:37:08.623FlnAiQc0 (1/1)

続きが気になって夜も眠れない件
楽しみにしてますだす


343以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/02/11(火) 19:53:38.84CRSg3ic20 (1/1)

いつでも見に来るんで遠慮せずに投下してくださいな(クワッ)


344以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/05(水) 20:14:30.59c02K/J65O (1/1)

更新まだー?


345以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/14(金) 00:23:23.40JEympi47o (1/1)




346以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/29(土) 00:40:42.59/ud7ctp40 (1/1)

ディアブロ3おもしれーなー、あーでも続き書かねーとなー、でもディアブロ3おもれーなー
※来週末でいいや
来週末でいいや
(※繰り返し)
……もうそろスレも落ちただろうし気が向いたら渋ででもやるかなあ
……まだ落ちてない、だと←イマココ

明日、日曜日ですね。仕事が突発で入らなければゴニョゴニョ
あ、もう恥ずかしいのでsage進行でお願いします


347以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 02:45:44.57SOz0jxcEo (1/1)

***


348以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 14:51:02.01GO9Q6s3Ro (1/2)




349以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 15:43:34.83WVr1hy830 (1/6)

 そして、それがこの場合の他ならぬ「ヒント」なのだろう。渡橋ヤスミ。その名前の意味する所は半年以上前に種明かしが済んでいる。ならば、コイツは――。

 俺が深い深い思索の深遠への素潜り世界新記録に挑もうとした丁度その矢先、出鼻を挫くようにポニーテールの少女がそれまでずっと引き絞っていた口元の横一文字を解(ホド)いた。

「古泉さん、その口振りだと私の目的にも凡(オオヨ)そ察しが付いているんじゃないの?」

 いやいや、そんなものは似非超能力者に聞くまでもないだろう。未来少女、自由の目的は俺を殺す事だ。つい数分前に茶目っ気の欠片も無い、正真正銘必殺の一撃を浴びせられた俺が言うんだからそこんトコは間違いない。

 目的達成のための手段であるのかも知れないな。しかし、そんな事をした所で何がどうなるのか俺にはとんと理解出来ない訳だが。殺された後の想像なんて精神衛生上よろしいとは思えないことは謹んで辞退させて頂こうじゃないか。

 具体的な内容はさて置き、SOS団の団員を殺せばそれを受け入れられないハルヒの力で世界が変わっちまう、ってーのは十分に有り得る線か。

「ええ。『世界改変』ですね」

 古泉もどうやら俺と同じ考えらしい。が、その超能力者に向けて自由は言い放つ。

「そこまで分かっているなら話は早いわ。だったら古泉さん、この一件にどうか関わらないで貰えますか?」

 そんな要求を古泉が飲めるはずはない。超能力者達は世界改変ってのを起こさないのを主目的としているのを俺は知っている。つまり、自由の要求は古泉曰くの「機関」なる集団の存在理由に真っ向から衝突するものである。そのはずだ。

 なら、機関の構成員としての古泉が職務規定に基づき自由の要求を拒むのは分かり切った展開ってヤツで。

「お願い、ですか。そんな事をせずとも貴女ならば僕を有無を言わさず従わせる事すら出来ると思うのですけれど。倫理的にそのような行為がお嫌いならば地球の反対側へ僕を強制テレポートさせるなり、そもそも十二月二十五日以降の時間まで時間旅行をさせてしまえばよろしいのでは?」

 確かに優男の言う通りだった。その方が手っ取り早く、また後腐れも無い。いや、そもそものこの古泉と自由の問答からしてオカしい話だ。

 だって、自由は願望実現能力の持ち主なんだぜ?


350以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 15:50:38.40WVr1hy830 (2/6)

「十二月二十四日に世界は私の手によって改変される。もし、古泉さんを二十五日以降まで飛ばすと少なからず平行時間軸との間に衝突摩擦(コンフリクト)が起こるだろうけど、それでも良い? 最悪、時間旅行者ではなく、時間難民になってしまうわよ」

「僕の身を気遣ってくれているのですか。お優しいですね、渡橋さん。では、海外旅行ではどうです?」

「それもどうかしら。私は人を意識的にテレポートさせた事なんてないから、安全な旅行になる保証はどこにもないの。……ねえ、分かっているんでしょう、私に古泉さんへ危害を加える意思が無い事くらい」

 そうなんだ、もしも少女が古泉へ何らかのアクションを起こすことにまるで躊躇を持っていなかったとしたら、エスパー少年は願望実現能力者の言う通りに即座に事件への関わりを断ったことだろう。どころか、この場に現れることが出来たかどうかからすら最早怪しい。それくらい圧倒的な力が願望実現能力と呼ばれるものである――なんてのは、これは今更俺が説明するまでもないか。

「そのようですね。分かりました」

 隣で嘆息しているところ悪いんだが、何が分かったってんだ? なんか嫌な予感がするぞ、俺は。

「貴女の言う通りにしますよ。この一件――今回の一件に僕こと古泉一樹は関わらない事をここにお約束します。確かに、僕の出る幕は無さそうです」

「おいコラ、古泉!」

 これが叫ばずにいられようか。

「何考えていやがる! 職務怠慢でお前の上司に訴えるぞ!」

「いえ、そのような事を貴方が態々なさらなくとも事の次第は僕から機関に報告しておきますので」

 そういう事を言っているんじゃない! ってのに、頭がオカしくなってしまったんじゃないだろうかと疑わしい超能力者を擁護するヤツまで出て来る始末。

「古泉一樹の選択は正しい」

 長門、お前まで何を言ってやがるんだ。くそっ、願望実現能力が遅ればせながら長門と古泉に作用したってのか!?

「違う」「違います」

 どうだか。声を合わせて否定するであるとか、益々俺の疑惑は深まるばかりだ。


351以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 16:22:16.53WVr1hy830 (3/6)

「貴方にはどう言えば分かって貰えますかね……昨年の五月、まだ覚えていますか?」

 今年ではなく、か。高校入学早々って辺りだな。よく覚えているとも。ハルヒに出会い、そしてコイツらに出会った奇跡の詰まった一ヶ月だからな。忘れようも無い。俺が頷くと、古泉は満足そうに鼻を鳴らした。

「あの時と同じです。宇宙人も、未来人も、そして僕も。基本的にはオブザーバーという位置取りなんでしょう。世界の命運を決めるような大それた事は僕には荷が勝ち過ぎるのですね」

 苦笑気味に少年はそう言った。負け惜しみのようにもそれは聞こえなくは無い。同年代でありながらこうも悟った表情を出来るのは古泉一樹の面目躍如ってトコだろうか。つくづくコイツは一挙手一投足が演技掛かっている。

「ヒーローは貴方です、今回も」

 その様子は余りにもいつも通りで、願望実現能力によって無理矢理に意見を捻じ曲げられたものには見えなかった。

 そしてそれは古泉だけではなく、長門も同様だ。

 何も言わないまでも、俺を真っ直ぐに見つめる液体ヘリウムで満たされたその瞳は雄弁に古泉を肯定していた。

「古泉さん、悪いけれど世界の命運はもう決まっているわ」

「いいえ」

 自由に向けて少年は不敵に微笑む。

「いつだって未来は白紙ですよ。ね、長門さん?」

 古泉の問い掛けに未来視を止めた宇宙人はほんの三ミリほどの首肯を返した。


352以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 17:29:44.72WVr1hy830 (4/6)

 未来から来た少女相手に「未来は白紙だ」と言い切るその皮肉っぷり。見習う気は無いまでも、少女の機嫌を損ねれば冗談でなく時空難民になってしまうこの状況下、よくそんな台詞が吐けたモンだぜ。しかも微笑を崩さずに。

 そんな綱渡り野郎に手を引かれるように、俺の心は少しづつ冷静さと余裕を取り戻してきていた。そういえば佐々木は今どうしてんだ、って疑問を抱けるくらいには。

「彼女なら私の部屋に居る」

「ああ、そうでした。佐々木さんを待たせていましたね。こんな所で立ち話もなんですし」

 確かに、この惨憺たる状況の玄関は話をする場としちゃ論外なのは認めるが。しかし、その先はお前が言う事じゃないだろ、古泉よ。向かう先はこれはもう一つしかないが、それにしたって家主に一言くらい断りを入れたらどうなんだ。

 と、その長門にコートの裾を掴まれた。どうした?

「古泉一樹」

「はい、なんでしょう?」

「彼女を連れて先に私の部屋へ」

 長門は小首を上げて俺を見上げる。何か言いたい事が有る、ってーのは長門表情権威学専門の俺だからこそ理解出来たと自惚れたって良いかもな。

「私は少し、彼に伝えなければならない事が有る」

「かしこまりました。では、渡橋さん行きましょうか。晩御飯を佐々木さんが用意してくれているそうです。ご飯、まだですよね?」

 場違いににこやかそのものの古泉はエレベータに乗り、自由向けて目配せをする。その様子に何か言いたそうな神様少女は、しかして口を引き結んで何を言う事も無く古泉に追従してエレベータに乗り込んだ。

 金属製の扉が何事も無く俺の視界から二人を覆い隠し切ったその瞬間、俺はその場に崩れ落ちて大きな、とても大きな溜息を吐いちまった。肺活量を測定している時分でないのが悔やまれる。世界記録にだって挑戦出来たかも分からんぞ。



353以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 17:43:06.31WVr1hy830 (5/6)

 なんなんだ、アイツは。全く訳が分からない。得体の知れないっぷりで言ったら古今トップクラスだ。

 渡橋ヤスミを自称して、俺を殺そうとして、で挙句の果てに古泉と長門からどこか身内判定されている節すら有る。いや、朝比奈さん(小さい方な)とも昼間は一緒に居たからSOS団不思議班公認なのか? じゃ、なんで俺を殺そうとしやがるんだと。そんな相手となんでフレンドリーなんだと。疑問はぐるぐる回って一向に出口が見えない。

 まるで闇を手探りで進んでいるトマス・ソーヤーだ。ま、俺には勇敢さも無ければ右手で引くガールフレンドも居やしないが。

 洞窟で俺が捜し求めるべき光はきっと、古泉が言ったあの一言に集約されるのだろうとはそれは流石に当たりが付いている。

 彼女には願望を実現する能力が有る。

 だが、そんな事は分かっているんだ。

「違う」

 ……何がだ、長門。

「貴方は思い違いをしている」

 だから、何を俺は間違えてるって言うんだ、長門!

「彼女は貴方を殺そうとなどしていない」

「いやいやいやいや。現実に、お前の救援がなければ俺は壁に叩きつけられちまってたんだ。あの速度は人間なら良くて骨折、打ち所が悪ければマジで死んじまう!」

 マジでくたばる二秒前。本物のヤバさとはどういったものなのかを脳髄に叩き込まれるような体験は決して俺の望む所ではない。

「『喜緑絵美里』が貴方の危機に間に合ったのは偶然ではない。あのタイミングは彼女が望んだもの。そもそも」

 本当の意味での願望を実現するとは、一体どういうことか。分かっていた。分かっていて、それでもまだまだ俺には理解し切れていなかったらしい。

「彼女が本気で殺害を検討するような人間は、彼女の傍には存在すら出来ない。それは彼女が望まないから。全ては彼女の思い通りになる。全てとは全て。それはつまり私も。そして貴方も」

「気分の悪い話だな」

 具体的に言うと掌上の孫悟空の気分だぜ。


354 ◆.vuYn4TIKs2014/03/30(日) 17:51:48.08WVr1hy830 (6/6)

久々にやると書けなくなってますね。これはリハビリが必要だな

では、短いけれど今日はこの辺でお暇。また来週末に来るつもりです


355以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/03/30(日) 18:09:10.63GO9Q6s3Ro (2/2)

乙です


356以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします2014/04/01(火) 00:47:11.73katqLM7DO (1/1)

乙。時間旅行したいのか古泉よ


357VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/05(土) 14:34:06.73/P/Aw8gs0 (1/1)

乙です


358VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/06(日) 18:21:11.87ISuFA4Ld0 (1/7)

 そういや、ちょっと引っ掛かったんだが。

「今さっき、喜緑さんとか言ったか?」

「……言った」

 なんとなく長門を見る。いつも通りだ。そこに何の不審も無い。じっとこちらを見つめ返してくるその姿は見慣れたものだった。

 しかし、だ。それでは俺が頭を撫でたのも、そして俺に対して「また図書館に」と言ったのも喜緑さんの擬態であったという事に他ならない。だが、ここで断言しよう。それは無い。あの時、俺を助けてくれたのは確かに長門だった。

 根拠なんてものは無い。ただの勘だ。フィーリングって言ってもいいが。

 だが、一年数ヶ月のめくるめく不思議体験によって培われた俺の第六感はそう捨てたものでもないはずだ。そうだよな、長門。

「はあ……願望実現能力が全てを有る程度意のままに出来るってふざけた力なのは、この状況でそれなりに理解出来ましたよ、『喜緑』さん」

 俺が嘆息しながらそう言うと、目前の少女の姿が電波状況の悪いテレビ画面みたいに数度ブレた。ブレが収まった時、そこに居たのは俺の推測通りの北高生徒会書記にして宇宙人の彼女である。

 長門が喜緑さんで喜緑さんが長門で、でもってやっぱり長門が喜緑さんだった訳だ。物静かな外見に反して人を驚かすような登場しかしないのはギャップ萌えでも狙ってんじゃなかろうか。ああ、そんな宇宙人の戯れは正直心底どうでもいい。好きにしてくれよ、もう。

「どこで気付きました? 長門さんの構成情報は一通りインストールしてあったのですけれど」

 天才的な変装でしたよ、ええ。大泥棒が喜緑さんの才能を生かすにはぴったりの職業だろうなんて我ながら下らん事を考えるくらいには。

「喜緑さん自身が言ったじゃないですか。自由は全てを思い通りに出来るんだって」

「言いましたね」

 そう。繰り返すが、世界は思いのままな独裁者な少女が自由である。ならば、彼女が長門を邪魔だと考えたのだから宇宙のどこかへ瞬間移動したのは長門で間違いはない。それがあの時の宇宙人が見た目長門の喜緑さんではなかったと判断した材料その一。

「後は勘です」


359VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/06(日) 18:24:41.07ISuFA4Ld0 (2/7)

「有機生命体特有のファジーな感覚の事ですね。非常に興味深いです」

「いや、そんなに大それたものじゃないですよ。ただ、うちの長門は嘘を吐くような器用さも小狡さも持ち合わせてはいないんで。まあ、それがアイツの良い所でも有ると思っているんですけどね」

 言うと、喜緑さんが微笑んだ。デジタル取り込みされた聖母マリアの宗教画みたいなアルカイックスマイルである。

「ふふっ」

「どうしました、喜緑さん?」

「いえ、大した事ではありませんよ」

 宇宙人の言う大した事がどれだけの大事を指すのか知っているだけに、俺としては彼女の一挙一動であろうと「はあ、そうですか」と流せない。例え太陽が寿命を迎えようが銀河規模で見れば些事と言い切ってしまわれそうな歩く非常識が彼女達、TFEIである。

 あ、長門は除いてな。

「本当に瑣末な事なんですよ」

「聞かせて下さい。それが下らない事かどうかはこっちで判断しますから」

 分かりました、と少女は手を後ろに組んで。

「貴方の言った『うちの長門』という文脈の意味を「もういいです結構です」

 ……聞かなきゃ良かった。無意識にとは言えなんてこっ恥ずかしい事を口走っちまっていたんだ、俺は。いや、その、アレですから。深い意味の無い、同じクラブ活動の仲間とかそういう類。

 谷口みたいな悪意の有る取り違えは望んでないんで!


360VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/06(日) 18:50:56.23ISuFA4Ld0 (3/7)

「貴方にとってこれは大事では無いと思いますが」

 人の忠告は素直に聞く事。いや、相手は宇宙人だけども。

「よく、俺にとっても些事だとか判断できましたね」

 うんざりしながら聞いてみる。

「貴方達有機生命体がどのような思考をするのか、私達だって学習しているのが今のでお分かり頂けましたか?」

「学習?」

「情報の共有とプロトコル化です。お忘れですか? 私達は『対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス』ですから。その本分を全う出来るように、そしてまた円滑なコミュニケーションと干渉を目的として日々プログラムを更新しています。地球人類との無用な摩擦は情報統合思念体の望む所では有りません」

 なるほど。つまり学習、か。

「そして、その構築に最も貢献しているのが長門さんです。恐らく、これは貴方も納得出来る所だと考えます」

 宇宙人の中で一番付き合い下手な長門が、宇宙人の中で一番人付き合いを模索している事。それはなんとなく俺も気付いてはいた。が、こうして改めて第三者からその事実を聞かされると色々と感慨深い。

「はい、それはまあ」

「どうか仲良くしてあげて下さいね、これからも」

 そう言って宇宙製有機アンドロイドは深々と頭を下げた。その姿は嘘みたいに、まるで長門の中にたまに見つけるものみたいに、人間そっくりで。

「頭を上げて下さい、喜緑さん。そんなのは頼まれなくても今更じゃないですか」


361VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/06(日) 19:13:35.46ISuFA4Ld0 (4/7)

 友人の姉ちゃんに言われているような感覚とでも言えば良いのか、そんな喜緑さんになんとなく俺は恐縮しちまっていたのだった。

 そんな自分をリセットするように一つ咳払いを入れてみる。頭を上げた喜緑さんは変わらず微笑んでいた。

「そうですね。今更ですね」

「ええ」

 と言うか、肝心要のその長門が今まさに宇宙の大海原を漂っている以上、コンタクトの取り様が無い。喜緑さん、長門はちゃんと地球に帰ってこれるんですか?

「大丈夫ですよ。朝倉さんも一緒ですし、帰還における問題らしい問題は今の所観測出来ていませんね」

「はあ。で、具体的にアイツらはいつ頃戻ってきます?」

 遅くともクリスマスイブまでには帰ってきて貰わないと、今度はハルヒが癇癪を起こすのは眼に見えている。余計ないざこざを避ける為にも、SOS団クリスマスパーティには出席して欲しいというのは切実なる願いだ。

「少し待って下さい。仮に算定してみます」

 喜緑さんはそう言って眼を瞑った。別に彼女に願った所で長門の到着が早くなる訳ではないのだが、それでも少女が今一度口を開くまでの間、神様にも祈るような心地になっちまってたのは否めない。

 計算終了を示すように宇宙人がその大きな瞳に俺の姿を映す。そのまま彼女はにっこりと、長門には真似出来ない感じに大きく笑った。

「早ければ明朝にでも」

 近いな、宇宙。


362VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/06(日) 19:59:09.58ISuFA4Ld0 (5/7)

 そんな、夜行バス程度の感覚で銀河を股に掛けて貰ってはNASAの立つ瀬が無い。本当に冗談みたいな彼女達だった。

「私達が冗談なら『彼女』や涼宮さんは一体どう表現するのか、少し興味が有りますね」

「ああ、それなら」

 これは谷口の受け売りなんですが。

「そりゃアイツは涼宮ハルヒだから、でそっちは済ませて仕舞える空気が有るんですよ」

 なんですかそれ、と。いやまあ、喜緑さんにはちょっと理解に苦しむかも知れませんが。それでもSOS団やその周りではこれで通じてしまうんで。

 少女は少し眉をへの字に曲げて。コンピ研部長氏の捜索を依頼してきたあの時みたいな顔をした。

「なら、『彼女』はどうです?」

 彼女――自由と名付けたあの少女。どう表現すればいいのか。冗談(ウチュウジン)よりも冗談みたいな、神様(ハルヒ)よりも神様めいた、けれど深い陰を背負った。

「分かりません」

 俺にはまるで分からない。

「でも、知りたいとは思います」


363VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/06(日) 20:09:14.49ISuFA4Ld0 (6/7)


 分からない事を分からないままにしておいたら、一生分からないままだと涼宮ハルヒは問題集に赤ペン引きながら俺に言った。

 分からない事を分かるようになる事が、どれだけ人生を豊かにするのかを佐々木は手製プリントを解説する合間に俺に説いた。

 俺は思う。

「アイツは助けを求めているように見えた。勿論、これは俺の見当違いかも知れない。でも俺はもう、そうやって訝しんじまった」

 眼を縁取る深い隈は、ソイツが深く悩んでいる何よりの証。世界を変えるほどの苦しんでいるんじゃないかって。

「だったらとりあえず話くらいは聞いてやんないと。殺されかけたのに何言ってんだって感じですけど」

 だけど、喜緑さん曰く、俺は実際殺されかけてすらいないのだ。自由のやった事はただの脅し、茶番でしかなかった。

「もしも」

 SOS団は世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団。

 団員その一として俺が取るべき行動なんざ決まってる。決まりきっている。俺達の掲げる横暴なる団長サマが背中から叫ぶんだ。

 キョン、不思議を探しに行くわよ! 有希、着いて来なさい! みくるちゃん、何か面白いことない? 古泉くん、アタシは何も起きない日常にはもう飽き飽きしてるのよ!

「もしも、これがハルヒだったら」

 前しか見てない、猪突猛進。俺達の首に縄引っ掛けて、ずるずる引っ張っていくあの馬鹿のせいで。いつしか前向いて走るのが当たり前になってた。

「そんなのに絶対に怖気付いたりしないでしょう?」

 苦笑いでも、強がりでも、喜緑さん向けて笑えたのは……ああ、なんだ。

 俺もこの一年半でしっかり成長しちまってんじゃねえか。


364 ◆.vuYn4TIKs2014/04/06(日) 20:11:22.34ISuFA4Ld0 (7/7)

さて、ではまた来週(?)


365VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/06(日) 20:51:03.49o8x/snvTo (1/1)

乙です


366VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/08(火) 19:51:32.92R1UOMe5B0 (1/1)

乙です


367VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/14(月) 20:39:48.417HrLAxBB0 (1/1)




368VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/18(金) 01:10:24.18qet3AZ4O0 (1/1)

一気に読んじまったよ
すごい楽しい


369VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/21(月) 22:25:54.64QcW999GQ0 (1/4)

「そうなんですか?」

「そうなんですよ、困った事に」

 血潮に流れるSOS団主義(ハルヒズム)。ああ、我ながら困ったモンだ、本当に。

「それを聞いて安心しました」

 そう言った喜緑さんの姿がジジジと音を立てて歪み、俺の見ている前で彼女は再び長門そっくりの姿へとモーフィングした。

 ただし、そっくりなだけで彼女は長門ではないし、最早俺は彼女と長門を取り違える事もきっとないのではあるが。俺の知っている長門はこんな風に表情豊かに微笑んだりは決してしない。そうだろ?

 だから……だからその顔で、その顔をして笑わないで貰いたいと、なぜだか俺はそんな風に思った。外見長門中身喜緑さんのそのはにかんだ笑顔はなんとなく、俺の心に寂しさのような、罪悪感のようなえも言われぬ感情を植え付ける。

 それはあの十二月の残滓か、もしくは残響。どうやら一年経ってもまだ拭い切れてはいないらしい。いつまでも引きずっていてはいけないと頭では分かっているのだがな、あの世界の事は。

「そう言えば」

 沈黙していると後悔の波に浚われそうになる俺は、救命浮き輪に捕まるようにふと浮かんだ疑問をそのまま口に出していた。

「なぜ、長門の姿で俺たちの前に現れたんですか?」

 とっさにしては、しかしてもっともな疑問だと自分でも思う。なぜ喜緑さんとして自由の前に出る事を彼女はしなかったのだろうか。その行為に必要性を俺にはどうも見出せない。ドッキリ、なんてものが宇宙人に理解出来るとは思えないしな。

「一番これが効果的だったからです」

 効果的? どういうこった。俺の心臓の寿命を縮めるのに、とかって悪趣味なオチしかその言い方からは思い付けないぜ。もしかしなくてもやっぱり喜緑さんは朝倉、九曜に次ぐ第三の宇宙からの刺客だったりすんのかね。

「よく分かりませんが、それは有機体独特の冗談か何かでしょうか?」


370VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/21(月) 22:33:31.04QcW999GQ0 (2/4)

「冗談にしては少しブラック過ぎやしませんか。俺には自虐趣味も有りませんよ。それで、長門に成り変わっていた説明は貰えないんですかね、……ええと、喜緑さん?」

 ううむ、どうも長門の姿をされていると喜緑さんと呼ぶのに抵抗が有るんだよなあ。頭では区別出来ているつもりなんだが。ヒトの認識において視覚情報の占める割合って七割くらいだったか? そりゃ仕方が無いかも知れないな。

「いいですよ。と、言いますか私が貴方に個人的にお話したかった事というのはそもそもそれですから」

「そう言えば、話が有るからって古泉と自由を先に行かせたんでしたか。話ってなんです?」

「渡橋さんのことを」

 ゴクリと音を立てて無意識に喉仏が一度、上下に動いた。それは……こっちから頼み込んででも聞かせて貰いたい内容だ。ああ、是が非にでも。

「もう少し言葉を足すと彼女の持つ願望実現能力についての話です」

「願望……やっぱり、アイツの持つ力ってのはハルヒと同種のもので間違いないんですか」

 俺がそう聞くと、けれど宇宙製有機アンドロイドの少女は眉に皺を寄せて即答を避けた。どうしてだ? 答え難い質問を俺は今、しただろうか?

「それは私には判断出来ません」

「どういう事です?」

「貴方達に多次元空間が認識出来ないのと同じです。より高位のものは正確に測定する事が極めて困難なので」

 そう言われて思い出すのは古泉の奴がいつだったか放った言葉だ。ええと確か、長門達がゲストでハルヒがアドミニストレータだとかなんとか。その例えで果たして正しいのかなんてのは俺には分からない訳だが、それにしたって上位下位の関係は喜緑さんの口振りだとそこには頑として存在するらしい。

 情報操作能力は願望実現能力よりも制限が多いと考えれば、確かにそれは納得出来ないではない、か。……いや、素人考えだな。大体、俺に正確に理解出来る内容とも思えん。

「ですから涼宮さんと渡橋さんの力が同種かと問われても、統合思念体としては回答が出来かねます。あの二人の持つ力において合致する部分が何万カ所見受けられるとか、もしくはそれを数ではなく割合で伝える事も、これは出来なくは有りません。しかし、0,01がどれだけ大きな差異であるのかも私たちには分からないのです。だからこれは無価値な情報でしょう」


371VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/21(月) 22:50:59.48QcW999GQ0 (3/4)

 ま、たった一パーセントの違いで生物としてのカテゴリすら変えてしまうらしいしな。遺伝子とゴリラと人間の、ソイツはとても有名な話だ。

 だが、この口振りだとハルヒと自由の力にはかなりの共通項が有るらしい。それが分かっただけでも収穫だ。

「……なるほど。貴女たち宇宙人にもハルヒの事はよく分からん、と俺なりにざっくり解釈させて貰いましたが」

 ざっくり過ぎただろうか。だが、喜緑さんはそんな俺の言葉にも眉を顰める事無く頷いてみせた。

「ええ。そして分からないからこそ、私たちはこの星に涼宮さんを観測をしに来ている。これは大前提ですね。話を戻しますが、先ほどの彼女、渡橋ヤスミさんには少なからず願望実現能力と呼ばれる類の力が宿っています」

 願望実現能力。それは願いを叶える力。夢を現実にする力。そう考えたら別にハルヒや自由に限った話じゃなく、地球人類なら誰しもが多かれ少なからず持っているものの延長線上のような、なんだかそんな気がした。だがまあ、喜緑さんはそんな事を言っているのではないよな。分かってる。こんなのは只の妄言だ。

「その力は貴方もご存じだと考えますが、絶対です」

 ああ、なんて胸糞悪い話だ。この件に関しては喜緑さんは全く悪くないのだが、それでも言葉を紡ぐ彼女を見る眼に自然と力が入っていくのを俺は感じていた。

「つまり、彼女の思うがままにこの世界はなってしまう。彼女、渡橋ヤスミさんが望む世界の行く末は、『変化』だそうです。長門さんがそう言っていました」

「長門が!?」

「はい。これは」

 喜緑さんが何を言うのか。続きは聞かなくても分かった。当ててみせようか。

 「彼女の望みなので絶対です」だろ。

「彼女の望みなので絶対です」

 で、次に喜緑さんは残酷に宣言するんだ。「絶対に叶います」ってな具合に。

「絶対に叶います」

 となると、後はもう死刑宣告だよな。「世界はもう変化を避けられません」とか言っちまってさ。

「世界はもう変革をさけられません」

 何を言っても世界は結局、神様の掌の上。無駄な抵抗。無意味な徒労。人生は諦めが肝心。そんな事は言われなくても知ってる。これでもかってぐらい。



372VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/21(月) 23:31:10.56QcW999GQ0 (4/4)

 さあ、そしたらどうにもならないこの現実に、打ちのめされた俺に向かって「どうしますか?」とかそんな追い討ちを掛けるんだろうぜ、宇宙人は。

「どうしますか?」

 アイツが万能だとか、全能だとか、為す術が無いとか、そんなの。

 そんなの俺の知った事か。

「どうとでもしますよ」

 ハルヒの同系なら、多分「いつも通り」なんとかなるんじゃないかって。

 頭の片隅で経験則がそうがなり散らしてる。

「そうですか。私には彼女はどうにも出来ません。ですが、貴方には出来るのでしょうね、きっと。だから私にあんな事をさせたのでしょう、長門さんは」

 長門有希、地球人に一番近い(と俺が勝手に考えている)宇宙人。俺の最も信頼する少女。

「前置きが長くなりましたね。先ほど、私が長門さんの振りをして渡橋さんの前に出た理由は、彼女に『願望実現能力は絶対ではないのでは無いか?』とその持っている力に疑問を抱いて貰う為です」

「……え? いや、願望実現能力は絶対なんですよね?」

 喜緑さんは肯定と共に首を縦に振る。

「はい。彼女が『それ』を当然と考えている限りは」

 それ――つまり、「自分の願いが叶う事」を当然だと考えている限りは。逆説、アイツがその力を信じられなくなったら!? ああ、こうして言われるまで気付けなかったなんて、俺はとんだ阿呆だ。

 ハルヒに一年半も付き合っておきながら俺は一体何を見てきたって言うのか!!

「糸口、長門さんは私との入れ替わり劇をそう表現しました。彼女――渡橋さんの中には疑念が生まれた筈ですよ」

 自分の思い通りにならない初めての現実に対して、直面して、確かにあの時の自由は当惑していた。

「それはきっと長門さんの思惑通りに」


373VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/22(火) 00:06:16.91K4WP5V3f0 (1/2)

「……長門が?」

「ええ」

「本当に? アイツがそこまで考えていたって言うんですか?」

 宇宙人に、地球人が――。いや。俺だけはそんな事をアイツに向けて言っちゃいけない。長門は、宇宙人とかアンドロイドだとか、それ以前に長門なんだ。そう分かってんのに。それでも俄かには信じられない。

 そんな俺の疑念を、目の前の宇宙人は簡単に吹き散らす。

「ええ。言いましたよね、私。対有機生命体コンタクト用コミュニケートシステムを構築する上で、最も貢献しているTFEIが誰なのか。そして貴方も納得した筈です、あの時は」

 有無を言わさぬ微笑みは。どっか責められているような気にさせられるのは。これは一体どこが出所だ?

「そして、その長門さんから貴方宛てのバトンが私のあのお芝居です。彼女から伝言を預かっています。『あなたに託す』と」

 言われて思わず笑いが漏れてしまう。一年半振りだな、託されるのは。託したのはなんだ、長門。目的語はあえて省いたんだろ。それは言わなくても分かるはずだし、また間違えようもないからだ。

 SOS団の今後。それとも長門自身の未来。もしくはクリスマスの破滅の回避。どれでもいいさ。どれだって大した変わりは無いのだから。

「受け取って頂けますか?」

 宇宙人三人娘は渡橋に疑念を植え付けた。後は俺がそれを確信に変えさえすればいい。それできっと世界は変わらない。願望実現能力が実は絶対では無いと、少女にそう思い込ませるのが俺の仕事。

 ハルヒ相手と、それはそう大差無い。俺の――俺達の十八番だ。

「長門に伝えて下さい」

 喜緑さん(紛らわしいが見た目は長門)が眼を瞑った。多分、宇宙空間に電話線でも緊急構築してんだろう。なあ、聞こえているか、長門。バトンとやらは受け取ったぞ。

「後は任せろ。以上です」

 数秒後、少女は眼を開いた。そして長門そっくりに、ありがとうと一言だけ口にした。その一言で俺には十分だった。宇宙の果てから送られてきた、その一言だけで。



374 ◆.vuYn4TIKs2014/04/22(火) 00:07:41.23K4WP5V3f0 (2/2)

おやすみなさい。消失は神


375VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/04/22(火) 00:14:44.58V1oly5Q/o (1/1)

乙です


376VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/04/24(木) 13:36:39.91MQXOTB070 (1/1)

乙です


377VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/06(火) 00:33:30.90YhrO67QRo (1/1)

昔どっかのハルヒスレで戦艦が喋ったって爆笑してたけど
今じゃネタにならないもんなぁ


378VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/19(月) 21:41:24.498hq2a6dI0 (1/1)

続きマダー?


379VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/24(土) 21:28:57.34pGEiFHPy0 (1/1)

はよ


380VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/25(日) 16:44:45.37WW5ZJsBj0 (1/8)

 話は終わり、俺は喜緑さんを連れて(連れられて)長門の部屋へと向かった。当然だがエレベータでは二人きり、と。無言の時間は妙に居心地が悪く、そしてそれが俺には多少不思議でもあった。もしも、これが長門と二人であったのなら恐らくこの密閉空間に気まずさなんてものも無かっただろうし、そして喜緑さんは外見だけで言うならばほぼ完全に長門なのだから。

 俺の感じている「これ」は何なのかが、俺自身にもいまいちよく分からない。

 ただ、本物の長門に会いたいなと少し思った。きっと気の迷いだ。そうに決まっている。

 気を取り直してさて、これから行く長門の部屋には……偽渡橋が居るんだよな。正直、そろそろ疲れたのでこれ以上のアイツ絡みのイベントは後日に回したい。のだが、しかし佐々木と古泉も同じ部屋に居るのであるからして、それをほっぽって俺だけ帰ることも出来んだろ。そんな事をしたら誰かに怒られそうだ。

 具体的には俺の良心だろうか。

「喜緑さん。繰り返しになりますが、部屋に入った瞬間にアイツに襲われるなんて目には遭いませんよね?」

 言いながら思った、どこの山賊だ。それとも安いC級ホラー映画かよ。

「……ない」

 喜緑さんの口から出たのは――三点リーダ。

 現場到着二分前、どうやら彼女は既に長門模倣モードに入っているらしかった。それとも心でも読まれたのだろうか。外見と中身が違っていればやり難い、というこちらの思いを酌んでくれたのだとしたら……それは残念、大きなお世話だったりする。

 長門のアイデンティティが地味に危機っているのは友人として憂慮すべき事態だ。

 他意なんて無い。

「言い切りますね」

「信じて欲しい。彼女、渡橋ヤスミには敵意も害意も無い」



381VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/25(日) 17:20:53.12WW5ZJsBj0 (2/8)

 どうだか。これが本物の長門に言われたのなら無条件で信じちまいそうな自分にイエローカード。

「そうであって貰いたいですよ、ええ、マジで」

 なんせ命懸かってるからな、こっちは。

 少なからぬ身の危険に気を引き締め、一度大きく深呼吸をする俺の前でエレベータは容赦無く目的階で扉を開く。気の利かない機械だぜ。こんな時にこそ故障しろってんだ。

 ……いや、先延ばしは俺の悪い癖か。散々痛い目には遭ったんだけどさ。中々治らんモンだ、性根ってのは。

「有機体の概念で言うならば、駄々」

 「開」のボタンを押す俺に先んじて戦場に下りた彼女はすれ違い様にそう言った。

「それは好意の裏返し」

「そこまでポジティブにアイツの行動を脳内変換出来たら、それはそれで結構不味い類の病気だと思わなくも無いんですけどね」

 喜緑さんに先導されて歩く廊下は慣れた道。一歩一歩、足を踏み出すのに併せて強く括り直した俺の腹だったのだが、しかし、ドアを開けて玄関に侵入した途端にソイツはだらしなく空腹を声高に訴えた。

 持ち主に似て意思の弱いヤツだとほとほと呆れ返る。

「そう言や、佐々木が晩飯を作って待っているとか、そんな話だったな」

「……そう」

 玄関にまで漂ってくるこちらの食欲を刺激してちっとも悪びれない匂いは多分、ハンバーグ。ああ、そりゃ外れがない。俺の分はちゃんと有るんだろうな、佐々木。

 さっきまでの緊張はどこへやら、すっかりと夕食モードに進路変更、ギアチェンジしてしまった俺だった。だけどな、言わせて貰うがこればっかりは仕方ないだろ。脂の焼けるこんなにも美味そうな香りの中ではどんな敵意も溶かされてしまうのだ。


382VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/25(日) 18:08:58.79WW5ZJsBj0 (3/8)

「……ただいま」

 喜緑さんがリビングの戸を開けながらぼそりと呟く。後ろからそろりと続く俺は……かくれんぼやってんじゃねえんだが。

「おや、おかえりなさいませ。想定よりも幾分早かったですね。長門さん、お話は十分に出来ましたか?」

 古泉に向けて無口に頷く長門。見える範囲に炬燵しか家具(どころか物質、物体)と呼べるもののないガランとした――まあ、相変わらずの長門ルーム。リビングに座って所在無く外を眺めていたのは超能力者一人だったが、キッチン方向からは二人の少女の声が聞こえていた。

 佐々木と自由はあっちか。ま、いきなり顔を合わせるよりはワンクッション置きたかったのは確かだ。古泉じゃ自由相手の予行演習にも本番前のスパーリングにもならんが、弾除けか盾くらいにはなるだろう。

「酷い話です」

「ブラックユーモアだ。気を抜けば今にもブルっちまいそうな心を紛らわせたい俺の気持ちを分かれとまでは言わんが、これくらいは広い気持ちで許容しろ」

「それくらいなら、お安い御用ですよ」

 古泉はしかし、それっきり俺の会話相手としての役割を放棄して窓から見える景色に耽溺した。長門――じゃない、喜緑さんは最初から置物みたいに炬燵に着いたまま動かない。炬燵に入った俺は自然と古泉同様、窓の外に視線を投げた。別室から途切れ途切れ聞こえてくる少女達の声。

 なんとなく俺の耳にそれは楽しそうに聞こえた。

 そうこうしている内に料理は終わったのか、キッチンに続く方向から自由が出て来た。彼女は両手に湯気を立ち上らせる皿を持ったまま、俺の姿を認めると眉を顰めた。

「よく逃げずに私の前に再び姿を見せられたわね。その図太さ、いえ、無神経さだけは褒めてあげる」

 無神経は断じて褒め言葉じゃない。

「おいお前、その台詞は完全に悪役の側だが、それでいいのか?」


383VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/25(日) 20:05:55.16mnHDLDOCo (1/2)

乙です


384VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/25(日) 20:49:27.01WW5ZJsBj0 (4/8)

「その歳になっても自分が正義だと信じている、キョン?」

「お前の知った事か」

 意図せず喧嘩腰になっちまうのは仕方ないだろうよ。やられたらやり返せってんじゃないが、殺されかけた女相手にその日

の内にフレンドリーになれるほど俺は人間が出来ちゃいないんだ。

 っつーか、そんなんは最早若年性健忘症だ。

「まあまあ、二人とも。ここであまり雰囲気を悪くしないでくれないか。食事時だ。険悪な空気では、折角作ったものも台無

しになる」

 自由の後ろから、矢張り両手に料理を持って現れたのは佐々木だ。言い聞かすように言われて自由は渋々って感じに口を噤んだ。俺も右に倣えで自由からそっぽを向く。それにしても、このとんでも神様少女に言う事を聞かせられるなんて俺の親友も大概だ。

 自由が料理を卓に置いて、またキッチンへと消えていく。食器か飲み物を取りに行ったのだろう。

「おや……僕とした事がしくじったね」
 
「なにがだ?」

 佐々木は俺、古泉、長門(に扮した喜緑さん)が三方に陣取る炬燵を見て苦笑した。

「少しおかずを作り過ぎた。まだご飯も取り皿も来るというのに、そのテーブルにはどう考えても収まり切らないな」

 それは確かに佐々木らしくはない話だと俺が相槌を打つよりも早く、古泉が立ち上がった。

「それならばサイドテーブルを出しましょう。確か、隣の部屋に二つ有ったはずです。そうですよね、長門さん」

 そんなものはない。断言する。古泉の言う隣の部屋ってのは、俺が朝比奈さんと三年間眠り続けたあの和室である。俺はあの部屋の中に布団以外の何一つ見た記憶が無いぞ。

 だってのに、喜緑さんは古泉の言葉に頷いた。ああ、これはアレだ。後出しじゃんけん、もしくは現地調達。古泉にヘルプをせがまれて一緒に行き隣室の襖戸を開けてみれば、確かにキャスター付きのサイドテーブルが二脚、そこには鎮座していらっしゃった。

「ほらね」

 ほらね、じゃねーよ、古泉。お前は疑問に思わないのか、いや、思わない訳が無い。反語。どう見たって不自然だろうが。何も無いがらんどうの和室の完全に中央、いや、それは百歩譲って良いとしようじゃないか。だがな、上下に重なって置いてあるのはどう見てもオカしいだろ。


385VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/25(日) 21:28:55.16WW5ZJsBj0 (5/8)

 傍目には何かの宗教施設にすら見えてくる不可解さだ。

「貴方の煩悶は分かりますが、まあ、良いじゃないですか。我々はテーブルを欲していた。そこに『たまたま』テーブルが有った。それでこの話は終わりにしましょう。もし続きがしたければ、今度、長門さんにその辺りの常識についてご説明してあげて下さい」

 長門じゃなくて喜緑さんなんだが。宇宙人もまだまだ理解が足らないらしい、お互いにな。


 夕食は計四品がおかずとして食卓に並んだ。作り過ぎたという佐々木の自己申告通り大皿で三品。サラダに肉野菜炒め、高野豆腐の煮付け、吸い物というとても普通の献立で、正直見栄えがするとは言い難いが安定感は半端ない。

 後、量も。

「笑わないでくれ。食べ盛りが四人も居るとなるとどれくらい作れば良いのかよく分からなかったんだよ。うちは両親共に小食でね」 

 笑っちゃいない。長門んちの冷蔵庫は略奪が行われた後の敗戦地みたいになってんだろうなとか、そんなどうでもいい事を考えただけだ。しかし、ほんの一時間足らずでよくこれだけ作ったな。

「要は慣れだよ。計算問題と一緒さ。速度を上げるには反復練習が一番良い」

「食事時にまで勉強の話をすんのは止めてくれ。折角の飯が不味くなったら気分が悪いと、そう言い出したのは他ならんお前だ」

 対面で食事をする美少女シェフを箸で指差す。くつくつと佐々木は笑った。その隣に座る自由に佐々木の震える肩が接触する度、彼女は何故だか微妙な顔をするのだった。迷惑に感じている、というのとはまたちょっと違うような。

「ああ、ごめんごめん。すまないね、窮屈な思いをさせて」

「いえ、別に」

 借りてきた猫って程、大人しくもない。しかし俺に対する姿勢とはそれは明らかに違う。それに佐々木。コイツもなんだか様子がオカしい。同性の前では喋りを変えるんじゃなかったのか、お前は。

「テーブルが四角なのは分かっていたし、どこか一辺が二人になるのも分かっていましたから」

 でもって自由。お前はどうして古泉と佐々木の前だと喋りがどっか丁寧になるんだ? もしかして俺が軽んじられているだけ? いやいや、朝比奈さんと宇宙人ズも俺同様の扱いを受けているからこの件はとりあえずセーフ。



386VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/25(日) 22:07:58.10WW5ZJsBj0 (6/8)

「僕が彼と同じ辺に座っても良かったんですけどね」

「お断りだ。そもそも男女の体格差を考えろ。佐々木と自由で窮屈だって言ってんだぞ。俺と古泉じゃ物理的に無理だ」

 この歳になって同性と押し競饅頭とか鳥肌モノ、もしくはトラウマものだろ。

「それもそうですか」

 ってな訳で後は女性陣三人の組み合わせにしかならなかったという事だ。佐々木の隣をそれとなく自由が望んでいたような、そんな印象を席決めの際に俺は抱いた訳だが、実際は口数少ない長門(in喜緑さん)が議論から捨て置かれたってのが正しい。

「古泉さん、気にしないで下さい。私は狭いとか思っていませんから」

 佐々木は長門と似たり寄ったりの背丈ではあるし、自由は身長は有れど細いからな。男と比べるのが端っから間違っている。

 ちなみに俺の左に終始無言の喜緑さん、右、窓側に古泉だ。食事中に突如として自由に襲われるといった事も無く、もし有ったとしてもこの布陣ならば俺に凶刃が届く事は無いだろう。何よりも自由の隣には佐々木が居る。

 古泉の言った通りだった。理由はちっとも分からないが、しかし佐々木は願望実現能力への抑止力として呼ばれたその任務を見事なまでに全うしていたのだから、これは超能力者の先見性を褒めるべきか、はたまた佐々木のトンデモ具合を讃えるべきか。

 ……これは多分、後者だな。



387VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/05/25(日) 22:12:14.44WW5ZJsBj0 (7/8)

「味付けとか、食事に対する不満点が有ったら幾らでも言って欲しい。僕としても改善して次に繋げるつもりだから、遠慮はしないでいいさ」

 佐々木はそう言うも正直、十分過ぎる。派手さこそ無いが日々の基本となるような食卓をこうも完璧にこなすのは、矢張り例外無く「ブルータス、お前もか」と言いたくなるハイスペックさである。俺の周りはこんなヤツばかりだ。いや、訂正。ハルヒの周りは、だな。

 であるからして、そんなシェフの気紛れディナーに俺なんかが何を言った所で重箱の隅を突く行為でしかない。佐々木が何かを期待するように此方を見ているが、十分美味いからな、これ。

「美味しいですよ、決してお世辞ではなく。ねえ?」

 古泉が視線を俺に投げる。パスに乗っかる形で俺は少年に同調した。

「ああ、そうだな。正直、コメントに困るレベルで美味い」

 ただ、欲を言うならもう少し甘みを抑えてくれたら、と。こればっかりは家ごとの味の好みってのだって有るのだろうから黙っておく。

「次が有るなら」

「うん?」

「欲を言うならもう少し甘みを抑えてほしいわ」

 そう、佐々木に向けて言ったのは俺ではなく。一字一句同じ感想を抱いたが、しかし口に出したのはこれは決して俺ではなく。

「そうか、分かった。それが君の家の味なんだね」

 佐々木がそう問うたのは偽渡橋ヤスミ。自由と俺が勝手に名付けた彼女だった。


388 ◆.vuYn4TIKs2014/05/25(日) 22:17:02.89WW5ZJsBj0 (8/8)

ここまで。ハンバーグどこ行った


389VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/25(日) 22:25:49.58mnHDLDOCo (2/2)

乙です


390VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/05/26(月) 00:25:13.06lEmIUIsK0 (1/1)




391VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/14(土) 20:01:56.61AI9qWpzl0 (1/1)

待ってます


392VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/24(火) 20:48:35.15e8+UGG+50 (1/5)

 加害者と被害者が同じ卓を囲む夕食は何事も無く終わった。ほんの二時間前の出来事が嘘のように何事も無く。ともすればアレは白昼夢だったのだと勘違ってしまいそうなほどに。

 ただ、夢だと能動的かつ積極的に思い込んで現実から眼を逸らす事が俺に許されない程度には、あの殺陣(タテ)は刺激的だった。インパクトの強い記憶は、より克明に脳細胞に刻まれるのだそうだ。それが真実ならば俺は一生今晩の事を忘れるなど出来ないのだろう。

 自分で言っておいてなんだが、勘弁してくれ。

「佐々木さんは流石と言う他有りませんね」

 お茶酌み長門(しつこいようだが中身は喜緑さん)を間に挟んで食後の茶を飲んでいた時、対面の古泉はポツリとそう言った。……あ、俺に向けて言っているのか?

「どう思いますか、貴方は?」

「何をだ?」

「彼女を、ですよ」

「いや、だから彼女ってどっちだよ。佐々木か、自由か」

 リビングにいない二人は今、キッチンで夕食の後片付けをしていた。三人称は「彼女」であるから横に座っている宇宙人を指して言ったのではないのは明白だ。

「敢えて言うなら佐々木さん、ですかね。まったくもって、彼女は聡い方ですよ。少々、背筋が薄ら寒いくらいに。才媛、と。そう呼ぶのにあそこまで躊躇いの持てない方を僕は他に涼宮さんくらいしか知りません」

 ハルヒが才媛とは、古泉の眼も大概だな。


393VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/24(火) 20:58:08.33e8+UGG+50 (2/5)

「貴方には近過ぎて見えていないだけでしょう、それは」

「なんだ、古泉。お前も愉快な勘違いを率先して行う谷口や国木田の同類か。……近いのはクラスでの席順くらいのモンだ」

 ムキになって否定するのは逆に怪しいと、そんな国木田の言葉がふと脳裏を翳める。ああ、忌々しい。どうして俺がハルヒとの関係で気を回さねばならんのだ。

「佐々木さんが才媛だという、こちらは否定なさらないのですね」

「否定する要素がないからな」

 逆立ちしようと仁王立ちしようと敵わない相手ってのは必ず居るものだし、そもそも俺なんかと佐々木じゃそもそも比べるのが間違っている。月とスッポンを見比べてもそれが果たしてなんだと言うのか。せめて東京ドームで体積比を測れって話だろ。

 何も言えない俺は茶で場を濁すしかない。空になった湯呑みに空かさず茶を注ぐ喜緑さんは、ここに至るまで見事な長門振りを披露して三点リーダを量産していた。

「そうですか。僕としましては、貴方における涼宮さんの印象を擁護したい所なのですが」

「お前が何を言っても焼け石に水だな、そりゃあ」

 どんだけ俺がハルヒに振り回されてきたと思ってんだ。虎だってあそこまでフルスイングされ続ければバターになったとしても俺は何の疑問も抱くまい。遠心分離機ですらここまで無体な扱いはせんだろうって超速回転ハルヒサイクロンを食らい続けながら、それでも今なお人間としての形と尊厳を保っていられる俺は、意外と大物なのかも知れないな。

 ま、そんな訳だからハルヒへの心象が今更覆る事は無いだろう。ましてや古泉なんぞの台詞で、だ。そんなのは絶対に無いと言い切らせて貰う。

 どうしてもってんならとりあえず、その胡散臭い微笑みデフォルト設定をオフにして出直して来い。


394VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/24(火) 21:20:45.90e8+UGG+50 (3/5)

「これは困りましたね。『機関』の人間として、こうも一方的に『組織』が担ぎ上げる少女にばかり好印象を持たれると、正直に言いまして面白くありません」

「つまらんジョークだ」

「冗談などと」

 古泉はわざとらしく眼を丸くして、

「僕はこれでも本気で心配しているんですよ。佐々木さんへの肩入れも余り度が過ぎると涼宮さんが嫉妬しかねませんから。そうなると、それはそれで世界の危機が訪れます」

 オーバーに肩を竦めながらそう言った。ああ、冗談であって欲しかったと思う俺を誰が責められようか。

「長門さんの、延いては世界の危機をどうにかしようと佐々木さんに同行を願っておきながら、それで世界がバランスを崩しては本末転倒ですよ」

「その辺を上手くなんとかするのがお前の役割だと思っていたんだがな、俺は。最近は職務放棄が流行りか、古泉?」

 そう言った俺向けて古泉は、なぜか少しばかり楽しそうに笑った。SOS団染みた笑い方だと、そんな風に感じる。

「いいえ、まさか。では、僕は職務を全うさせて頂く事にしましょうか。実は少し躊躇も有ったのですが、どうやらそんな事も言っていられないようです」

「おい待て、古泉。お前、何をする気だ」

 携帯電話なんか持ち出して、佐々木とメールアドレスの交換でもしたいのかよ。その場合は佐々木に「嫌だったら断っても良い」と入れ知恵するからな。

「それも魅力的な提案ですが、今日のところは遠慮しておきましょう。……僕はただ、情報をリークするだけでして」


395VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/24(火) 21:39:16.41e8+UGG+50 (4/5)

「漏洩(リーク)って……何を? 誰にだ?」

 何やら急速に嫌な予感がしてきたぞ、俺は。

「そもそも貴方が悪いんですよ」

「はあ?」

「本当に自覚が無いのですね。涼宮さんに言っていない事がお有りでしょう?」

 古泉に問われて首を捻る。俺は何かハルヒに言わねばならない事が有っただろうか? いや、言えない事なら山ほど有るが(主に宇宙的、未来的、超能力的、はたまたハルヒ的な方面で)、しかしそれは古泉だってよく分かっているし、だったら何だ?

「ダメだ、降参する」

「そうですか。では、答え合わせならすぐに貴方の携帯電話に、」

 そう古泉が言うか言わないか、超能力で時間を計ったんじゃないかと勘繰るほどの絶妙なタイミングで俺のジャケットの胸ポケットから電子合成音が聞こえてきた。

「着信が有りましたね。出られてはいかがです?」

 電話の向こうの相手は着信画面を見なくても分かった。頭痛に額を押さえつつ電話を取ると、ソイツはケータイのスピーカが音割れする程の音量で開口一番こう言ったのだった。

「ちょっと、キョン! 家庭教師が佐々木さんなんてアタシまったく、全然、ちっとも聞いてないんだけど!!」

 ……恨むぞ、古泉。


396 ◆.vuYn4TIKs2014/06/24(火) 21:44:29.51e8+UGG+50 (5/5)

ここまで。古泉は卑怯だよなあ。面白いもん、アイツ。


397VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/24(火) 21:50:03.00v3MGCHy3o (1/1)

乙です


398VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/24(火) 23:51:13.81SpWwq7hNo (1/1)

よい展開だww


399VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/26(木) 21:23:28.74zxlh5c7A0 (1/5)

 非難の眼で超能力者を睨み付けるも、それで事態が好転するはずもない。むしろ、俺の視線もどこ吹く風で微笑を崩さない古泉に苛立ちは募る一方だ。クソ……この借りはいずれ返させてやるからな。具体的には喫茶店の奢り三回分くらい!

「ちょっと、キョン! 聞いてるの!」

「あー……はいはい、聞いてる。聞いてるからもう少し声を小さくしてくれ。頼む」

 うるさくてスピーカに耳を当てていられないだろ。一々に声を張り上げられては俺の鼓膜もそうだが、割と真面目に電話が壊れかねない。ハルヒならやりかねないから始末に負えんとはこの事だ。

 ……こっちを見てニヤつくな、古泉。誰のせいだと思っていやがる!

 やれやれ。耳元で激昂するハルヒの声も、けれど俺はなぜだか冷静にそれを聞いていた。電話越しだから、だろうか。この時の俺がどれくらい冷静かっていうと「第一声は謝罪から」っていつかの佐々木の言をふと思い出せた辺りから察しは付くと思う。

「どういう事、ってアタシは聞いてるのよ! アンタは、ア、タ、シ、に、受験勉強の相談をしてたんじゃないの!? それとも手当たり次第、誰でも良かったって事かしら!?」

 人聞きの悪い事を言うな。成績が震わないなんて格好悪い内容を所構わず吹聴する馬鹿がどこに居るってんだ。

 俺はそこまで馬鹿じゃない。

「ハルヒ」

「……何よ」

「俺にはお前がそこまで怒っている理由がよく分からんのだが、それでも言いそびれてたのは、なんつーか……済まなかったな」

 これは真摯に思う。電話の向こうのSOS団団長は親身に――誰よりも親身になって俺の未来を一緒に考えてくれたのだから。であるならば振るわない学業への対策として親が俺用に家庭教師を雇った、ってのだって俺はソイツに率先して提供しなければならない情報であったのだ。

 果たしてハルヒは俺の謝罪に対して溜息を吐くだけで、それまでのように反射的に叱りつける事はしなかった。その声はまだ幾分怒り気味だったが。

「分かれば良いのよ」


400VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/26(木) 21:29:59.39zxlh5c7A0 (2/5)

「佐々木が家庭教師に就任したってのは、そう言われればお前には言ってなかったんだよな。だが、勘違いすんなよ。別に隠そうと思っていた訳じゃあない」

 隠す理由も、まあ、よく考えなくとも俺には無かった。なんとなくバツが悪いのはそりゃ何故かってーと、男女が同室で長時間二人きりという状況に対して第三者から有らぬ誤解が産まれる可能性は、そりゃ無視出来ないレベルで存在しているからだが。

 しかし、逆に言えばそれくらいだ。

 恋愛……ねえ。佐々木と? はっ、無い無い。そんなモン俺には高望みだってのもこう見えて分かっているんだよ。大学進学ですら危ぶまれる俺には基盤が足りない。地力が足りない。そんなヤツが恋だの愛だのと現を抜かした所で。

 待っているのは計画性の無さによる自滅。古今の悲恋を持ち出すまでもない――ってコレは前に言わなかったか。

 残念だが、願い事の余裕は今年も無さそうだ。

「なら、なんで佐々木さんが家庭教師になったってアタシにすぐ言わなかったの?」

「言いそびれてた、ってさっき言わなかったか? それに聞かれなかったしな」

 言外に「聞かれたら隠し立てせず洗いざらい喋っていた」と含ませる。俺に抵抗の意志が無いことだけはキチンとハルヒに伝わったようだった。ストンと、少女の声からそれまで有った棘が抜けるのは手に取るように分かった。


401VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/26(木) 21:44:28.56zxlh5c7A0 (3/5)

「それは……まあ、そうだけど」

「俺に家庭教師が居るってのすらハルヒも知らなかっただろ?」

 ああ、今考えたら佐々木の件は校内マンツーマン補習中、それとなく話題にするべきだったな。

「ついさっき古泉クンからのメールで知ったばっかり」

 悪行の言質は取ったぞ、似非超能力者。天下泰平、世は全て事もなしってな顔で茶を啜っていられるのも今の内だ。驕れる平家は久しからず。必ずや正義の鉄槌はそのニヤケ面向けて下されるであろう。つーか、下す。大きく振りかぶって。

「話題に出さなかったのは俺だが、しっかしなあ……こればっかりはハルヒにだって非は有るはずだぜ」

 電話越しだが、ハルヒが口を尖らせてアヒルの物真似をしている様子はありありと脳裏に浮かんでくるから困る。分かり易い性格だ。

「……何よ、非って。文句が有るならハッキリ口に出して言ってみなさい。男でしょ?」

「なら言わせて貰うがな。俺が世間話をする機会はこの所めっきり減ってんだ。そりゃ何故かって言ったら、」

「最近の放課後は試験勉強してるから、って言いたいの? でも、そこにアタシはちゃんと居るじゃない」

 そうだよ。そしてそれが「すっかり忘れちまってた」の原因で間違いないんだ。って言えば流石にもう読めただろ?

「ハルヒ、お前の教え方は上手い。俺が――勉強嫌いのこの俺が、だ。気付けば無駄口も叩かず問題を解くのに集中しちまってたりするくらいにな」

 家庭教師のアルバイトならプロと、自分で言っただけの事は有るってそれだけの話なんだよな、結局。


402VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/06/26(木) 21:56:17.66zxlh5c7A0 (4/5)

「こんな事を言うのもなんだが、お前と居る時の俺はちゃんと勉強してただろ? そうなんだよ。俺はお前に教わりながらかなり久しぶりに『ちゃんと勉強していた』んだ。ああ、充実も集中も、ウラシマ効果まで久しぶりの感覚だったとも。だから……だからさ」

 勿体無いと、そう感じたんだ。

「佐々木について話す合間ってのが無くってな」

 続く俺の嘆息は、けれど後ろ暗さとは無縁だった。

「……悪い」

「な、何よ。そういう事なら早く言いなさいよね!」

 おい……人の話聞いてたのか、お前は。

 珍しく人が褒めてやってんだから、それくらいはちゃんと聞いておけよと言いそうになって、そこでようやく俺は自分がどんだけこっ恥ずかしい事をハルヒに向かって言っていたのかに思い至るんだ。

 しかも一週間と間を空けずの二度目。

 前言撤回させてくれ。俺はやっぱり馬鹿だった。

 そして恥ずかしいのは俺だけではどうも無いらしく。褒められなれていない我らが団長は電話線の向こうで声を張り上げたのだった。

「あ、明日!」

「明日?」

「期末テスト前最後の日曜日だし、特別にアンタの家まで行って補習してあげるから!」

 脈絡無い上に、照れを隠し切れてない。声が上擦ってるぞ、ハルヒ。

「首を洗って待ってなさい!!」


403 ◆.vuYn4TIKs2014/06/26(木) 22:00:09.25zxlh5c7A0 (5/5)

ここまで。ラブもコメもヤマもオチも無エ


404VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/06/26(木) 22:06:32.07Q1CvvgKMo (1/1)

乙です


405VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/21(月) 12:40:26.91/jVOzkR60 (1/1)

ゲフンゲフン


406VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/25(金) 23:36:11.25gS9wi7Y20 (1/1)

早く


407VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 15:12:54.28tXkp/s9Z0 (1/8)

 これ以上無い程分かりやすい捨て台詞を残して通話がブツ切りされる。俺は補習の申し出にイエスもノーも告げちゃいないにも関わらず、だ。一年前から相も変わらず、俺の意見をちっとも求めちゃ貰えない。

「まあ、いいか」

 明日は特別用事も無かったし、そもそもハルヒが家に来なくとも俺は一日テスト勉強に明け暮れるつもりだったのだ。であるならば、一人だとどうしても集中が続かずにだらけてしまう事が目に見えている俺の一級品の惰性への、これまた一級品の抑止力としてハルヒが大いに機能する厳然たる事実は見過ごせない。

 そもそもアイツだって良かれと思って、そう、純然な善意から家庭教師を言い出しているのだろうとは俺にだって想像に難くなく、であるならば最初から否定など出ようはずも無かった訳だ。ハルヒが俺に補習の是非を問わなかったのは巻き進行を実践した結果なのかも知れんが、どこのアシスタントディレクタが「巻いて巻いて」などと言い出したのか、そこんとこは恐らく永遠の謎だな。

 休日が休む日ではなくなってしまったってのには悲観しか出て来ないが、にしたってテスト直前の休日なんて大なり小なりそんなモノだしな。今晩、こうして勉強以外に時間を浪費してしまっている分くらいは取り返しておかないと。

 さて、明日の身の振り方にも納得したので次はこっちだ。

 一体、どうしてくれようか。涼やかに笑い続けるあの顔をどうすれば苦悶にひしゃげさせる事が出来るのか俺はさっきから結構本気で思案していた訳で。閉鎖空間でも出しまくってやろうか、クソ。

「……そんなに睨み付けないで下さいよ。僕だって良かれと思って行動したのですから」

「善意が裏返って悪行になっちまうのは割とよく聞く話ではあるが、お前の場合は結果まで考慮した上での実行だからな。情状酌量の余地は無い。国防上の機密を漏らした野郎は死刑か無期と相場が決まってんだぜ、古泉」

「おや、これは怖い。しかしながら、僕にも弁明が」

「言ってみろ」

「国防と先ほど貴方は仰いましたが。しかし、僕の守っている『世界』には貴方の言う『国』も含まれているのです」


408VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 15:23:27.48tXkp/s9Z0 (2/8)

 大きな宇宙船地球号。だが、生憎、海外旅行の経験も無い俺にグローバルな視点は持ち合わせが無くってな。お前に取っちゃ真部分集合かも知れんが、俺に取っちゃニアイコールなんだよ。

「以上、異議を却下する。今回の法廷を担当した裁判官は普遍普通の高校生でな。それがお前の敗因だ」

「普遍普通、は実際どうなんですかね?」

 はあと溜息を吐く古泉の、空の湯飲みに空かさずお茶を注ぐ長門型喜緑さん。いやいや、そこの不届き者に手ずからそんな事してやらんでもいいんですよ。それに喜緑さんも一々お茶酌みなんて大変でしょうし、ここは一発、バケツ一杯胃袋に直でテレポートさせてやったら手間も省けて一石二鳥。あ、態々お茶を追加で沸かさなくても水道水で古泉には十分ですから、マジで。

「俺が特別なんじゃなくて、俺の周りが型破りなんだ。だから俺まで引き摺られて同類に見える。って、んな事はどうでもいい。それよりも判決をお前に告げてやる。罪状は言わんでも分かるが機密漏洩と国家内乱未遂だ」

「まるで独裁国家ですねえ」

 少年はふふんと鼻を鳴らすと俺の顔を見て声を潜めた。

「それで、具体的には僕に何をお望みですか?」

 古泉のその様は悪巧みをしている悪代官か、じゃなけりゃ越後屋か涼宮ハルヒって具合で。勘が鋭いのも大概にするべきだと思うし、そしてまたコイツもやはり例外無く感染していたらしい。

 何にって? 勿論、猫さえ殺す精神病さ。

「分かってんだろ。つか、そのつもりでお前は自由とああいった形で約束したんじゃないのか?」

「ふふっ、貴方は非常識方面で偶に驚く程冴えている時が有りますよね。ええ、お察しの通りです。僕は『古泉一樹は本件に関わらない』とは確かに言いました。が、」

 抜け目の無さは未来人のお墨付き。そんなヤツが保険を掛けない筈が無い。

「僕達――『機関』が不干渉を貫くとは一言も言ってはいません」


409VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 15:36:59.32tXkp/s9Z0 (3/8)

 超能力者があの時、自由の要求を飲んだのは自分の陣営からマークを外す為でしかなかったのだろうと俺は推察する。ヒーロー役を俺に譲る云々は半ば本気で言っていたような気がするが、それにしたって助力を惜しむ気もそのつもりも無いのだろう。

「ですよね?」

 超能力者が気持ちの悪いウインクをこっちに投げる。思わずしかめっ面になる俺だったが、待て待て気持ちの悪い仕草に騙されてはいけない。幾らなんでもとんとん拍子に事が進み過ぎているとは思わないか。

 古泉にとってはハルヒにメールした所からここまでの展開が予定調和なのかも知れないと、そう気付いたら途端に背筋が寒くなった。一体コイツはどこまで先読みをしていやがるのか。これじゃあまるで長門の捨てた「羽」と大差ないぜ。

 朝比奈さん(大)の危惧はけっして大袈裟でも過大評価でも無いらしい。そして、それが超能力者が古泉で無ければいけなかった理由。ハルヒがコイツを選んだ訳。

「古泉お前、どこからどこまでがお前の台本通りだ?」 

「何の事です?」

 まあ、素直に回答が有るとは思っちゃいなかったが。

「それとも、それを僕へのペナルティにしますか? 僕としては折角の要求権ですし貴方はそれをもう少し有意義に使うべきだと思いますが、しかしながら使い道は貴方の自由です」

 俺の、自由。

「貴方の望みを仰って下さい」

 俺の、願望。

 そんなものは実際考えるまでも無かった。俺はSOS団を信用しているんだ。ソイツが敷いたレールなら何の不安も無くこの身を預けられるくらいにさ。


410VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 15:45:38.49tXkp/s9Z0 (4/8)

「自由をなんとかするのに機関の力を借りる事になるかも知れん」

「ええ。では、森さんと新川さんの連絡先を教えておきます。二人及び機関には僕から状況は説明しておきますので、貴方はご存分に」

「そんな事を言うと、俺は本当にやりたい放題にするぞ?」

「構いません。前にメールで言いましたよね」

 古泉はまるで正義の味方みたいに俺に向かって宣言する。

「貴方の選択と決定を機関としては全面的に支持し、バックアップしていきます。お力になれる事が有りましたら遠慮無く言って下さい、って」

 これじゃ、どっちがヒーローか分かりゃしないな。ま、どっちでもいいが。

「古泉、お前……」

 俺の台詞を遮るように、少年は珍しく屈託無く笑ってみせた。

「礼には及びませんよ。僕らは世界を守る、同志じゃないですか」

「いや、そうじゃなくて」

 言い忘れていた事を思い出してな。お前がさっきの良い台詞をメールで送ってきた時に言おう言おうと思っていて、結局すっかり忘れちまってたんだが。ああ、思い出せてよかった。

「いい加減にしないとプライバシ侵害で訴えるぞ」

「……げほっげほっ!」

 俺の台詞はよほど予想外だったのだろう。丁度口にしていたお茶に咽て咳き込む少年の、その間抜けな様に溜飲を少しだけ下げる事に成功した俺だった。

 良い話で終わると思ったか? 残念だったな。ざまあみろ、似非超能力者め。


411VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 20:39:54.03tXkp/s9Z0 (5/8)

 超能力者陣営と俺との同盟が締結された、それから五分ほど経って佐々木が自由を伴って台所から帰ってきた。洗い物が終わったらしい。お疲れさんと二人向けて声を掛けたが、佐々木と違い自由は何のリアクションも返してはくれなかった。本格的に嫌われてんな、俺。

「いやいや、物事とは須らく単純ではないよ。彼女も彼女で色々と事情と感情が有るという事さ。決して君憎しだけで世界を変えようとしている訳じゃあないそうだ。そう聞いたよ」

「……ちょっと」

 自由が抗議の声を挙げるも、佐々木は微笑みでもってそれを黙殺した。  

「キョン、君も知っての通り僕はついさっきまで渡橋さんと話していた。そこで誠に勝手ながら今回の競技内容を決めさせて貰ったよ。結果的に事後承諾になってしまったが、悪く思わないで欲しい」

「……競技内容?」

 藪から棒に何を言っているんだとしか思えなかったが、そこはやはり佐々木であり、説明が進んでいく程に俺ですら何を言わんとしているか理解が出来た。出来てしまった。

「基本となるルールは鬼ごっこで、君が鬼だ。ヤスミさんには市内を出ないで貰う。このジャッジは宇宙人である長門さんにお願いしたい。市外に出た時点でペナルティとしてその時点での彼女の居場所をキョンに連絡する。これは渡橋さんが市外に居る限り継続して、だ」

「ちょ、ちょっと待て佐々木!」

「最後まで僕が喋ってからなら異議申し立てを許すさ、キョン」

 佐々木の話を聞きながら思い返すは世界の危機。未来の途絶。

 そして――ワールドエンド・クリスマス!

 おいおい、なんてこった。どこの誰が想像する? どこの神様がそんな下らないモンに世界の命運を委ねた事が有った? 悪戯好きにも程が有るだろ、カミサマよ!?


412VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 20:51:18.36tXkp/s9Z0 (6/8)

「勝利条件は、まあ普通の鬼ごっこならばボディタッチが相場だがこの年齢での男女間におけそれは倫理的に問題が有る。そしてまた、キョンが上手く触った所で渡橋さんは大人しく負けを認められないかも知れないしね」

「私はそんな事はしません」

 自由の否定に横から答えたのは古泉だ。

「佐々木さんが貴女の清廉潔白を疑っているとかそういう事ではないんですよ、渡橋さん。彼女が提起している問題とは誰が見ても納得のいく決着方法が必要だという事なんです。そう、例えば鬼となる方――彼の手の平に『未来への強制送還能力』が付与されていればどうでしょう?」

「ボディタッチされた時点で私は時間移動を余儀無くされて、それで決着。違いますか?」

 古泉は人差し指を一本、顔の前に立てて見せた。

「違いますね」

「え?」

「そこが厄介なんですよ、渡橋さん。貴女が負けを認められないと心の片隅であってすら『願って』しまえば、未来への強制送還が無かった事になってしまいかねない」

 願望実現能力の出鱈目振りは俺も良く知っている。後出し積み込み何でも有りだ。

「そして、そんな不安定なものを我々はルールとは認められませんね」


413VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/07/27(日) 20:57:41.32tXkp/s9Z0 (7/8)

 古泉の言葉を佐々木が継ぐ。

「だから、僕はこうしてゲームを提案した。極めて分かり易く、納得し易く、そして願望実現能力の優位性を存分に発揮出来るゲームだ。異論は……キョン以外からなら受け付けるよ」

 佐々木のこの口振りからして捕獲権の有るプレイヤーは俺のみであろう。にも関わらず俺に一切の口出しが認められないのはこれは一体どういう事だ。

「つまり、絶対の自信が有るならゲームに乗ってこい、という事ですか? 願望実現能力には願望実現能力でしか対抗出来ない以上、私の手で私自身にも干渉出来ない私の敗北手段を用意しろ、と?」

「ご名答。君はさっきキッチンで僕に零(コボ)したね、『それ』は絶対だと」

 親友はニヤリと笑う。それは今まさに桶狭間で今川義元の本陣を奇襲せんとする信長のような大胆不敵。ああ、それは他ならぬ涼宮ハルヒの絶好調時に見せる笑顔にそっくりだ。

「僕は『それ』が絶対だなんて思わない。だから、」

 言い切る寸前、佐々木はチラリと古泉と喜緑さんを見た。古泉は眼だけで佐々木の考えを肯定し、そして喜緑さんは長門みたいに小さく三ミリほどの首肯を返す。それを受けて佐々木は満足げに口角を上げて、

「渡橋さん、僕達と勝負をしよう。お互いに納得の行く条件で、でありながら不平等極まりない勝負を」

 かつて神様に成り損ねた少女は未来からやって来た神様少女に向けてそう、挑発した。

「残念だけど、君の願いは今度ばかりは叶わないよ」


414 ◆.vuYn4TIKs2014/07/27(日) 20:59:25.27tXkp/s9Z0 (8/8)

ここまで。SEKAI NO OWARANAI


415VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/27(日) 22:01:21.4250uew5Odo (1/1)

乙です


416VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/27(日) 22:09:52.53UsWEb66no (1/1)

一気に読んだ
おっつ~


417VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/07/27(日) 23:48:41.71kYVHxLsao (1/1)

キョンのマジレスに同じく吹いたww
乙です


418VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/02(土) 22:29:04.51lfaDFCMx0 (1/4)

 長門のマンションからの帰り道、手の中の短針銃を冬の月に透かして右に左に眺めていたら隣を並んで歩いていた佐々木が喋り出した。

「済まなかったね、勝手に決めてしまって」

 何の事だ、なんて聞くまでもないな。

「別に謝られるような事じゃない。ただ、不思議には思った。俺にも、聞いたら古泉にも事前の相談は無かったそうじゃないか」

 等間隔に並ぶ街灯が吐く息の白さを際立たせる。明朝には氷が張っていそうな程に夜道は冷え込んでいた。ああ、冬も本格的になってきた。

 誰に聞いたかはもう忘れたが、この季節は月がいっとう綺麗に見えるらしい。そう言われてみれば確かにそうなのかも知れない。ま、違いの分からない男である俺には夏の月との比較画像を持ってこないと美しいとは言えそうにないが。

 坂の多いこの街は夜景にだけは事欠かないのが自慢だった。学校からは天気が良ければ海も見えるくらいでな。

 うっすらと雰囲気の有るそんな道のりを女子と二人で夜にこうして出歩くのは、おおよそ一年振りの出来事だ。だが、アルバムに飾れそうな青春の一ページを心の内で一人密やかに楽しむには少し右手に持つ短針銃の存在が重過ぎた。

 これで十二月二十四日の午後七時までに自由を撃つ。それでゲームエンド。

 女の子を撃つのに抵抗が無いとは言える筈もない。果たして、その時になって俺は躊躇わずに少女を撃てるのか。いや、撃たなければならない。なんとしてでも。

 リハーサルは一年前にとうに済ませているんだ。長門を撃っておいて、それでいながら俺にアイツを撃てない道理は無い。まったく、あの平行世界事件すら伏線だとか神様ってヤツも心底底意地が悪い。悪趣味にしても最悪だ。

 頭にチラつく「Ready?」の文字。

 準備はいいか、ってか。はっ、笑わせやがる。

 覚悟も胎(ハラ)も一年前にはもうとっくに決まっちまってるさ。今更、進路変更は利かないんだ。

 俺は「あの時」エンターキーを押して、俺は「あの時」銃の引き金を引いたのだから。


419VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/02(土) 22:47:54.08lfaDFCMx0 (2/4)

「それで何を思っての鬼ごっこなのか、その辺を詳しく聞かせてくれ」

「さあ、僕にも分からない」

 言って佐々木は空を見上げた。そこには月と星くらいしか無いんだが。占星術でも披露する気かよ。

「なら、キッチンで洗い物してる時に自由から提案したって事か」

「いいや、僕からだよ」

「はあ?」

 もしかして単なる思い付きを適当に口走ったらそれに自由が乗ってきたって、おいおい、そんなモンに世界の命運がかかっちまうんだったら俺は今から宇宙飛行士を目指すぞ。そんな不安定な地球号にいつまでも乗船していられるか。

 只の高校生という身分から宇宙旅行を目指すには具体的に一体どうすれば良いのか、俺が思案し始めた事を知ってか知らずか、隣の少女は夜空を指差して言った。

「ペテルギウス。冬空で一番見つけ易いオリオンの右肩、赤い星の名前さ。キョン、君は星は好きかい?」

 いきなり何を言い出すんだ、コイツは。

「いや……好きとか嫌いとか考えた事もないな」

 星の名前なんてベガとアルタイルくらいしか知らんしな。それだってハルヒの受け売りだ。

「そうかい。ちなみに僕はそこそこ好きでね。あの星の光は何万年もかけて今、僕の網膜へと届いている。僕が見ているのは何万年も前の星なんだ。だから今、あの星はもしかしたらもう爆発してなくなってしまっているかも知れない」

「何が言いたい、佐々木」

「未来人である彼女にとって僕や君は過去、つまりあの星々さ。それは手の届かないものであるべきだ」

「そうだな。本来なら……そうだ」

「ああ、本来なら。ただ、渡橋さんの気持ちは分からなくもない。現代においても進められている宇宙開発はヒトが星に手を伸ばそうとした結果であり、それを否定する事は僕には出来ないよ。恐れ多くてね。けれど知っているかい、キョン。昔の船乗りは星を標に方角を知り、現在地を概算して海を渡ったんだという、その事実」

 天体の観測技術は測量技術と共に進歩してきたってのは俺でも知っていた。六分儀、だったか。


420VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/02(土) 23:06:39.31lfaDFCMx0 (3/4)


「過去が、僕らが変わってしまえば彼女は恐らく道を見失うだろう」

 朝比奈さんが必要以上に現在に関わってこない理由を佐々木はそう表現した。そしてその禁忌を犯そうとする未来人にして願望実現能力者。

「事は僕らだけの問題ではないんだ。渡橋さんの為にも歴史を変えるなんて事は決してしてはならないと僕は思う。だから」

 少女は言葉を区切って進路を右に変えた。慌てて佐々木に追従するが、おい、そっちは帰り道じゃないぞ。

「過去、つまり現在を変えたくないというとある人の方針に僕は協調した。『鬼ごっこ』の提案は彼女の入れ知恵でね」

「……彼女? いや、佐々木。俺達は今、どこに向かってるんだ?」 

 少女は首だけを傾けてこちらを見ると凄惨に笑った。 

「僕達がどこに向かっているか、って? そんなの決まっているだろう、キョン」

 足を進めるこの方向に有って、かつ俺に関係が有りそうな場所。心当たりは一つしか無かった。

「僕達はいつだって、未来に向かっている途中さ」

 それから数分歩いて俺達がたどり着いたのは未来人のメッカとでも言うべき、あの公園。そこで待っているのは――待っていたのは、そりゃここまでお膳立てされて彼女じゃない道理が無い訳で。

「お願いキョン君、私と一緒に未来に行って下さい!」 

 愛らしいピンクのコートに身を包んだ朝比奈さんは、いや訂正「俺の」朝比奈さんは挨拶もそこそこにそう言った。

 散々出待ちでもさせられたのかと疑わしい、朝比奈さんらしくないゲージ満タン開幕超必ぶっぱなし。「時間旅行」の始まりだった。


421 ◆.vuYn4TIKs2014/08/02(土) 23:09:11.14lfaDFCMx0 (4/4)

ここまで。明日もやるかも


422VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/02(土) 23:23:56.63sRNiEKt3o (1/1)

乙です


423VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/13(水) 11:44:00.15pJqlE3wEO (1/1)

もう一年半も続いてるんだな…すげえ


424VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/08/19(火) 10:27:08.833C7tgDuR0 (1/1)

こんなハルヒSSは久々だな
面白い



425VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/08/19(火) 13:08:26.57wu2N7kWPO (1/1)

>>424
sageろ


426VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/02(火) 03:23:27.23hROp33sT0 (1/1)

中々に長い長い


427VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/18(木) 03:15:28.38XZyjlNKbO (1/1)

待ってる


428VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/09/29(月) 17:40:02.86i+D98JzJo (1/1)

待ってるよ


429VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/06(月) 19:06:31.950WAtysi+0 (1/1)

あの


430VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/08(水) 12:29:23.52zR9KO0DuO (1/1)

sageろ


431 ◆.vuYn4TIKs2014/10/08(水) 23:42:30.52xCqMVmV60 (1/1)

明後日の夜から再開すると見た


432VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/09(木) 02:27:05.864O52AF8no (1/1)

待ってる…


433VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/10(金) 20:35:08.00qw76VJ8v0 (1/7)

「未来へ?」

 時間旅行となると過去ばかりだった俺に、しかし行き先が未来ってのは目新しい。疲弊した精神に少しばかり、好奇心の火が点る。ああ、まったく度し難い阿呆だぜ、俺は。

 いい加減に学習しろ、と耳元で大声で叫んでやりたいね。素人にハルヒの真似事なんか、出来る訳が無いのだから。

「はい、未来へ」

「具体的にそれはいつですか、朝比奈さん?」

「……禁則事項です」

 また、それですか。仕方が無いとは思いながらも、なんとも言われぬやり切れなさに溜息を吐く俺に向けて謝罪を重ねる朝比奈さんの姿は籠の中で懸命に回し車を回すハムスタのようだった。愛らしさすらもそっくりだ。

 彼女に頼まれては、それがSF120%の珍事であっても非常に断りにくい。いや、依頼を拒む気は最初から無いのだけれども。

 眉をへの字にして必死に俺に頼み込むその姿を見て確信する。朝比奈さんに本件への詳細な情報は回ってきていない。きっと彼女も禁則事項とやらに踊らされている一人だ。被害者、とまで言う気は無いが。

 少女に指令を出しているのはどうせ、元少女のあの人だろうしさ。

「……規定事項、なんですよね。分かってます。俺で良ければ行きますよ、未来」

 俺の返答にぱあっと顔を(夜中であってさえ)輝かせる少女を見て、正直に言って胸が痛む。何も知らない朝比奈さんにこんな事を頼ませる未来勢力のやり方、ってーのに多少の憤りを覚えちまう。

「ありがとう、キョン君!」


434VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/10(金) 20:50:27.64qw76VJ8v0 (2/7)

 利用されている、などとは考えた事も無いのだろう。朝比奈さんはそういう人だ。聖母みたいな慈愛に満ちたお人だ。

 守りたい、この笑顔。などと考えていると、しかしここには俺と朝比奈さん以外にももう一人居る訳で。

「それじゃ、僕はここでお別れだね」

 一人でいいよと、続けて佐々木はそう言った。

 しかし、時刻は女子が一人で歩くにはちと遅い。とは言え公園に一人で俺が帰ってくるまで待っていて貰うのは、果たしてそれはそれでどうなのか。

 それを告げると佐々木は笑った。心配性だね、と。いやいや、至って普通の感性だと思うのだが。

「この公園を出たらすぐに古泉君……だったかな? 彼が僕に接触してくるさ。さっき、近くで車が停まる音がしたからね。気付かなかったかい? その車さ、それからずっと動いていないんだ。僕らの尾行調査と護衛目的だろう、きっと」

 すらすらと見てきたかのように状況を分析する少女がホームズの生まれ変わりである事など、今更俺は疑問を抱くまい。千里眼の持ち主であるのかも分からん。が、両者の違いなんて素人目には判別が付かないからなあ。

「もし、その不審車が古泉君でない可能性を君が危惧しているのだとしたら、それは杞憂と言うものだ」

「なぜ言い切れる?」

 問い掛ける俺に向かって少女は少し得意げに、電話でも掛けてみたらどうだと促した。

「君は銀河系規模の超VIP、そのナンバーツーだという自覚をもう少し抱いた方が良いね。核ミサイルのスイッチ入りスーツケースの扱いはトランプタワーを作るような慎重さでなければならないのさ」

「核ミサイルは俺じゃない、ハルヒだ」

 至極尤もな事を自分では言ったつもりであったのだけれど、しかし佐々木は笑い出した。心底可笑しいと、朝比奈さんも見ている前でありながら咽喉の奥で篭もるような笑い声を披露する。


435VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/10(金) 21:24:08.30qw76VJ8v0 (3/7)


「何が可笑しいんだよ」

「いや、うん、済まない。今のは失言だったよ。忘れて欲しい。……そうさ、だから」

 消え入るように小声になった少女の言葉は最後まで俺の耳にまで届かなかった。ただし、もの凄く失礼な事を言われているのであろう、ってのは容易に想像が付く。伊達に中学からの付き合いではない。

 ここで問い質して気分の良くなるような返答をしかして俺は一度たりとて貰った事が無い。ただし、問い質さなかった事も無いのである。それはこの時もそうで多分、関係と言うより性質のようなものだろうから一生変わらん気すらする。

 虐げられて喜ぶ趣味など断じて俺は持っていないんだが。

「佐々木、言いたい事が有るならハッキリ言ったらどうだ」

「くっくっ、大した事では無いんだ。ああ、本当に今更といった話なのだけれどね」

 少女は月を見上げた。

「だからこそ君――キョンだったんだろう、なんてさ」

 しみじみと言われても、どうにもリアクションを取りづらい。そんな漠然とした物言いでは感想すら湧いてこない。意味深長にも、意味不明瞭にも取れる少女の言葉は今回も気持ちの良い返答とは言えやしなかった訳だ。

 ほらな、言った通りだろ?

「それじゃ、また明日。グッドラック。朝比奈さん、キョンをよろしくお願いします」

「あ、あ、はい!」

「待て待て、佐々木。取り合えず今すぐ古泉に連絡する。迎えに来させるから。それが確認出来ないと俺は未来にも行けんだろ」

 そんなやり取りも有って超能力者へと電話をしたら、やはりと言うべきだろうな、古泉は今夜も元気にストーカ紛いの事をやっていた。ああ、佐々木大先生の読み通り、古泉の合図に合わせて車が一回だけクラクションを鳴らしたとも。

 正直、げんなりした。なら長門のマンション前でどうして別れたんだ、お前は。

「ほら、言った通りだろう?」

 ……佐々木。お前、なんか楽しそうだな。  


436VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/10(金) 22:15:23.99qw76VJ8v0 (4/7)

 時間酔いについて幾ら解説したところで、これは体験したヤツにしか分からないと思う次第だが、それでも無謀を承知で説明するならば授業中に居眠りしてしまった時、ふっと自分を支えている何もかもが無くなってどこかへ落下していくように錯覚してしまうあの感じ。と、これは恐らくどなた様にも共感を頂けると思う。

 突然にガタンと物音を立てて、教師に「寝るな」と叱咤されるアレだ。谷口がよくやっている……と、これはどうでもいいが。

 あの一瞬の感覚から上下前後左右を取り除いたら、時間旅行である。な? よく分からないだろ?

 説明している方としてはこれ以上に的確な比喩が見出せないので、この辺で勘弁して貰えたら助かるのだが。

「キョン君、着きました。もう目を開けてもいいですよ」

 朝比奈さんに促されて目を開ける。夜に慣れた目に世界はとても眩しい。日中で、それも屋外である事は間違いなさそうだ。気温はかなり低い。先ほどまでと大差無いって事で季節は冬。

「……ここは?」

 待つ事数秒、辺りを見回して確認する。見覚えの有るベンチ。遊具。藤棚。時間移動をする前と場所自体はどうやら変わっていないようだ。

 そう。俺が立っているのは最早、未来人のメッカと化してしまったあの公園である。もしかしてここにはパワースポット的な何かしらが備わっているのか? タイムマシンの起動にもしも地脈の力とかが必要であったりしたらSFからファンタジイにジャンル乗り換えをしなければならない。今更かよ。

 ああ、心底どうでもいい。大体、ジャンルは「ハルヒ」で確定だ。

 必死に状況把握に努める。公園の中央には時計が……有った。記憶通りだな。今は十時二分。日中、つまりは午前。

「えっとね、この時間に私達が居られるのは一時間半だけらしいの」

 朝比奈さんが申し訳無さそうにおずおずとそう切り出した。

「今回は時間制限付きですか」


437VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/10(金) 22:57:57.71qw76VJ8v0 (5/7)

「うん。今が何月何日なのかは……ごめんなさい。新聞か何かでキョン君自身の目で確認して貰わないといけないみたい」

 近くにコンビニエンスストアが有る――訂正、有ったはずだ。潰れていなければ。近未来である事を祈ろう。公園はどこも様変わりしてはいないように見受けられたが、細かな変化に気付けるような観察眼を俺は持ってないからな。

「それで、朝比奈さん。俺はこれから何をすれば良いんですか、ここで?」

「はい。今、上の人にそれを……え、あ、分かりました。あのね、キョン君。私にもよく分からないんだけど、取り合えず日時を確認してみて、って。そうしたらキョン君なら何をしたら良いのか分かるはずだからって」

 俺なら? それは一体どういう事ですか、朝比奈さん(大)? 勝手に予定が書き込まれていく魔法のスケジュール帳は確かに持ってはいるけれども、しかしそれは単なる比喩表現だ。日時だけで過去から時間移動をしてまでここで俺がやらなければならない事ってのが分かるとは、とてもじゃないが俺には思えない。

 まあ、兎にも角にも西暦と今日が何月何日なのか。それ以外にはノーヒントってんなら従わざるを得ない。いつかの十二月十七日にして七月七日の例も有る。大暴投でない事をひたすらに祈るばかりだが、例えば始球式のマウンドに朝比奈さんが立ったとして、九割の確率ですっ転ぶそのお姿がまるで目に浮かぶようではないか。

 お願いしますよ、朝比奈さん(大)。

「とりあえず、コンビニに行きましょう。新聞でも見れば、今が何年の何月何日かが分かるはずです」

 少女を連れて公園を出る。すぐ角を右に曲がって一個目の交差点を……有った! 今にも駆け出しそうな両足を抑え、全国展開のコンビニに二人で入る。ああ、すぐに新聞を確認したさ。そして、確かに俺はここで何をすべきなのかをすぐに理解したとも。 

「……そういう事ですか、朝比奈さん」

 新聞を握り締める両手が震えた。脇から覗き込む朝比奈さんが不思議そうな顔をしている。

「え? 呼んだ、キョン君?」

「あっ、いえ。なんでもありません。こっちの話です。それより、すぐに出ましょう。用事が出来ました」

 キョトンとした顔で俺を見つめる朝比奈さんを先導するように俺はコンビニを出て、歩いた。すぐ斜め後ろから少女が付いて来ているのを確認。

「えっと、これはどこへ向かっているんですか、キョン君?」

「スタート地点です。集合場所でも言い方はどっちでも良いですけど」

 結論から言おう。今日は時間移動前から見てたったの七日後だった。

 十二月二十四日、土曜日。

 クリスマスイブ。

 前言撤回。朝比奈さん(大)の言う通り。っつーかまあ、これでピンと来ない方がどうかしている。なにせ、ここに居るこの俺にとってみれば、ついさっき決まったばかりの案件なのだから。

 そう――今日は世界の行く末を大いに左右する鬼ごっこ、その試合当日じゃないか。


438 ◆.vuYn4TIKs2014/10/10(金) 23:06:31.29qw76VJ8v0 (6/7)

久々でsaga忘れてた。おやすみ。

あ、前に書いた文出て来た。折角なので貼っておこう。これは>>433のパラレルだね



「佐々木、鬼ごっこにしろってお前に言った『とある人』ってのは……」

 朝比奈さんを見ながら聞いてみる。佐々木は……ま、そこは頷くしかないよな。親友は未来人とグル。まあ、別にそれはいい。しかし、いつからだろう。いつからこの二人の間に交流が有ったのだろうか。二人の接点が俺にはちょいと思い浮かばない。

 ……あー……いや、これは「俺」だな。

 この二人に俺以外の共通項は無いのだから。もう一つ、有るには有ったがソイツはハルヒの逆鱗に触れちまって今やどうなっちまったのかすら検討も付かない。今年の春の話だ。

 まあ、藤原の事など今はどうでもいいか。

「佐々木さん、ご協力ありがとうございました」

 深々と頭を下げる朝比奈さん。果たして彼女は俺をどこに、いや、いつに連れて行こうというのだろうか。ただ漠然と未来なんて告げられても余りに範囲が広過ぎる。一日後だって未来なら、千年後だってそれもまた未来。

 そうは言っても、なんとなくで良いなら目星は付いていた。つーか、まあここしかないだろうな的ピンポイント。偽渡橋ヤスミの目が濁った、その瞬間だ。それをどうにかしてこいって、これはそういうお誘いなんだろうよ。

 でもってそれなら俺に拒否する理由は見当たらないよな。他ならぬ俺の朝比奈さんの頼みであれば尚更だ。

「気にしないで。こういうのはお互い様よ、朝比奈さん」

 それは真実、佐々木の言う通りなのだろう。未来人だって良かれと思ってやっているのだ、きっと。何もしないで手を拱(コマネ)いているだけでは歴史が変わってしまう。

 変わる前か変わった後か。どちらが正しい歴史なのかは現在に居る俺にはちっとも分からないけれど、それでも分かる事は有る。それは朝比奈さんはいつだって俺達の味方だ、ってそんな当たり前だった。

 それを当たり前と言い切れるのは、これはもう持って生まれた朝比奈さんの人徳だな。彼女を疑うなんて罰当たりな事が出来ようはずも無いのさ。でもって、彼女が歴史を変えたくないと考えている以上、それが正史で有るのは確定的に明らかではないか、諸君。

「それで、朝比奈さん。俺は具体的にどこへ行って何をやれば良いんですか?」

「ごめんなさい、キョンくん。……禁則事項です」

「それは私がここに同席しているからなのかしら? だとしたら邪魔者は今すぐにでも退散するけれど」

 公園の中央に位置する時計は高校生が出歩いているには少々マズい頃合だと訴えていた。 

「ちょい、佐々木。こんな時間に女子を一人で歩かせるのはそれは果たしてどうなんだ? あー……今、古泉でも呼ぶ。だから少し待っていてくれ。アイツならすぐに来るはずだ。来させる」

 エスコートが古泉だってのには、この際だ、目を瞑ってくれ。

 俺がケータイを取り出すよりも早く、朝比奈さんが「ちょっと待って下さい」と言った。

「その必要は無いと思います。えっと、今連絡が有って私の上司が公園を出てすぐの所まで来ていて、佐々木さんを送っていくそうです」

 ……その上司ってのは未来の朝比奈さん自身だろうな、どうせ。全くもって神出鬼没なお人だ。仕事熱心、と言い換えておくか。色々と思うところは有れど、しかし彼女ならば佐々木を任せても大丈夫だ。

「なら、お言葉に甘えさせて貰うね。それでいいかな、キョン」

「スマンな、送ってやれなくて」

「構わないさ。……頑張りなよ」

 佐々木が公園の出口向けて歩いていく。そもそも時間旅行の手法を現代人に見られるのはタブーだったはずだし、アイツに帰ってもらう必要が有ったのは分かる。それでもここまで付き合って貰いながらの途中退場は少しばかり心苦しい。


439 ◆.vuYn4TIKs2014/10/10(金) 23:08:29.65qw76VJ8v0 (7/7)

どこに保存したかくらい覚えておけよって話。こっちの方が良いじゃん。

まあ、藤原の事など今はどうでもいいか。


440VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2014/10/10(金) 23:20:52.22yRcG3YNjo (1/1)

乙です


441VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL)2014/10/15(水) 08:28:56.42QWlsQfdb0 (1/1)

乙です