453VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:11:42.484BCi+PlG0 (127/153)

女騎士「私は…… 別にエルフを差別的に見るつもりはない。かつては仇敵だった相手とはいえ、もう戦争は終わってるんだ。
 確かに最初は警戒しながら接する事になるかもしれないが、相手が良いエルフであるのなら、こちらの態度もきちんとしたもので返すつもりだ」

男「そっか……。女魔法使いは、どう?」

女魔法使い「私は……無理、です。そもそも、先生がどうしてそんなことを言うのか理解できません。
 先生、私たちにとってエルフ族は敵だったはずです。ちょっと、甘い顔を見せたからって気を許すのは間違っています」

男「女魔法使い……」

女魔法使い「でも、大丈夫です。私がきっと先生を元の先生に戻しますから。エルフに毒された先生には今の私の言っている事が理解してもらえないかもしれないですけれど……。でも、きっと……」ニコッ

男「……」

女騎士「男、今の女魔法使いには何を言ってもきっと無駄じゃない? だから、少しずつ時間をかけて理解してもらうのが一番だと思うよ」ボソッ

男「そうだね、僕もそう簡単に女魔法使いが納得するとは思っていないから……。でも、分かってもらえるよう努力するつもりだよ」




454VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:12:21.014BCi+PlG0 (128/153)

――男の自宅――

エルフ「男さーん、洗濯物取り込みましたよ!」

男「そっか、ありがとねエルフ」ナデナデ

エルフ「えへへっ」テレッ

女魔法使い「……」ジッ

エルフ「はっ!? あ、あの男さん。すみません、次の仕事がありますから」サッ

男「あっ、エルフ……」チラッ




455VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:12:47.374BCi+PlG0 (129/153)

女魔法使い「先生、私にも何かお仕事をください」ニコッ

男「いや、そんなことをさせるわけには……」

女魔法使い「私もあのエルフと同じように先生に拾われた身です。本来であればこのように自由にしていられるような立場ではないですし。言ってくださればこの身も心も先生の好きにしてくださって構わないんですよ?」

男「馬鹿っ、そんな事を軽々しく言うもんじゃない」

女魔法使い「私は、本気です。先生のためなら私の全てを捧げても構わないと思っています。ですから、先生。私にも何かを……」




456VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:13:27.694BCi+PlG0 (130/153)

男(これは……不味いな。今の女魔法使いは出逢ったばかりの頃の状態に戻ってる。
 僕がいなくなっても女騎士や騎士と上手くやってるって話を聞いてたし、前に会った時にだいぶ普通になっていたから安心していたけど、今のこの子はまた僕に依存していた時に戻っている。
 こうなったきっかけは、やっぱりエルフの件だよな……。今まで彼女を肯定し続けていた僕が今は否定する立場になったから居場所がなくなると考えたんだろうな……。
 だから、こんな風に自分を守ろうと必死に……。そんな彼女を僕には拒絶する事はできない……。
 エルフの件も、女魔法使いの件も僕が責任を負わなきゃならないんだ。それが、彼女達を引き取った僕にできることだ)

男「わかったよ、女魔法使い。それじゃあ、君にも仕事を与える」

女魔法使い「あ、ありがとうございます!」パァァッ

男「ただし、一つ条件がある。これが聞けないのなら仕事はさせない」

女魔法使い「なんですか?」



457VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:14:05.324BCi+PlG0 (131/153)

男「仕事はエルフと協力してやる事。その際に嫌がらせとかするのは禁止。これだけだよ、できる?」

女魔法使い「……それ、は」

男「無理しなくてもいいよ。別にエルフに任せても大丈夫だから」

女魔法使い「それは嫌です! やります、私頑張ります!」タッタッタッ

男(ごめん、女魔法使い。僕はきっと君に酷い事を言っている。でも、僕は君にももっと広い視点で物事を見てもらいたいんだ。僕が旧エルフに出会って変われたように。
 たしかに、戦争中僕らはエルフを憎んで、戦ってきた。でも、もう戦争は終わったんだ。いつまでも同じ場所で立ち止まり続ける事はできないんだ……。どんな形でも前に進まないと……いけないんだよ)


458VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:14:40.394BCi+PlG0 (132/153)

……



女魔法使い「どいてください、その仕事は私がやります」

エルフ「あ、え? はい、すみません」

女魔法使い「……」タタミ、タタミ

エルフ「……」ジーッ

女魔法使い「……」タタミ、タタミ




459VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:15:23.334BCi+PlG0 (133/153)

エルフ「あの……女魔法使いさん」

女魔法使い「……なんですか」プイッ

エルフ「あ、いえ。なんでも、ないです」ショボーン

女魔法使い「……なら、話しかけないでください。私だって、先生の言葉がなかったらエルフとなんか……」

エルフ「あぅ……」

エルフ(女魔法使いさん、やっぱり全然返事を返してくれません。でも、一体どうして急に仕事の手伝いをしてくれるようになったんでしょう。
 もしかして、私を男さんから離すためにいらない子にしようとしてるんでしょうか……。でも、負けません! 私は、私で頑張ります)トントン コトコト



460VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:15:58.344BCi+PlG0 (134/153)

女魔法使い「……」ジーッ

エルフ「はっ! お、女魔法使いさん……」

女魔法使い「協力、協力……。先生の言う事は絶対聞かないと……。そうしないと、私はまた一人になっちゃう……」

エルフ「女魔法使いさん? どうしたんですか、具合でも悪いんですか?」

女魔法使い「!? 何でもありません。それと、その余った食材を捨てないで料理に使えます。貸してください」

エルフ「は、はいっ!」オズオズ



461VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:16:31.444BCi+PlG0 (135/153)

女魔法使い「先生への料理に不格好なものを出すわけにはいきません」トントン コトコト

エルフ「……」ジーッ

女魔法使い「……」チラッ

エルフ「……」ジーッ

女魔法使い「はぁ、言いたい事があるなら言ってください。ジロジロ見られても困ります」

エルフ「あ、すみません……。ただ、女魔法使いさんは料理が上手だなって……」

女魔法使い「当然です、先生に習いましたから」

エルフ「男さんに?」




462VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:17:14.784BCi+PlG0 (136/153)

女魔法使い「そうです。身寄りがなくなって彷徨っていた私を先生は拾って色んな事を教えてくれました。料理や、魔法。敵から身を守る術や生きるために必要な事を。だから、私にとってあの人は“先生”なんです」

エルフ「そう、なんですか。じゃあ、私と同じですね!」

女魔法使い「あなたと……?」

エルフ「はい! だって、私も男さんに拾われて色んな事を教わりましたから。だから、女魔法使いさんは私にとって先輩みたいなものですね」ニコッ

女魔法使い「……」ジッ

エルフ「あ……すみません、私調子いいことを言って。女魔法使いさんはエルフが嫌いなのに……」

女魔法使い「……後はあなたでもできます。私はちょっと考えるべき事があるので」サッ

エルフ「はい、ごめんなさい」シュン

女魔法使い「……」テクテクテク



463VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:17:45.894BCi+PlG0 (137/153)

……



女魔法使い(私が、あのエルフと一緒? 一体、何を言っているのですか。エルフと人間が一緒なわけないじゃないですか)

女魔法使い(私は、先生に拾われてから先生の信念を、覚悟をずっと傍で見てきたんです。なのに、急に現れてあの人の隣を奪って行った憎いエルフ族と私が一緒ですって?)

女魔法使い(何も知らないくせに……あの人の事をなんにも知らないくせに。先生の事を一番理解できるのは私なんです。私が一番あの人の傍にいたんです!)

女魔法使い(でも……今の先生は私には分からない。あれは、私の知らない先生だ……。でも、あのエルフは私の知らない先生について知っている。それが……私にはとても悔しくてたまらない)



464VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:18:23.794BCi+PlG0 (138/153)

女騎士「あれ? 女魔法使い。こんなところで何しているの?)

女魔法使い「女騎士さん……」

女騎士「どうしたの、何か考え事?」

女魔法使い「そんなところです。女騎士さんは買い物の帰りですか?」

女騎士「そう。誰かさんが急にこの街に滞在するって言うから必要なものをちょっとね」

女魔法使い「すみません、急にこんなことをして」

女騎士「まあ、滞在するって決めちゃったからね。いいわよ、気持ちはわからなくもないから。だって、女魔法使いってば昔っから男にべったりだったもんね。そりゃ、あのエルフの女の子に焼きもちを焼いたりするわよね」



465VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:18:53.524BCi+PlG0 (139/153)

女魔法使い「違います! そんなつもりで私はここにいるんじゃありません! 私はただ……」

女騎士「いいの、いいの。まあ気づいていないだろうとは思っていたから。でも、これはある意味でいい機会なのかもね……」

女魔法使い「何の事です……」

女騎士「ん? それはね、女魔法使いと男が本音でぶつかり合える機会なんじゃないかってこと」ニコッ




466VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:19:29.374BCi+PlG0 (140/153)

……



男(女魔法使いがこの街に来てからもう数日が経った……。未だにエルフと女魔法使いの仲は良くなる気配が見えない)

男(家の仕事を協力してやるようにと言ったけど、ほとんど女魔法使いが仕事を片付けてしまっているな。エルフは女魔法使いに遠慮しちゃってる見たいだし……)

男(このままじゃ、駄目だって分かっているんだけど、上手い手が見つからないしなぁ……。はぁ、どうしようか)

エルフ「おとこさん、男さん」

男「エルフ? あれ、女魔法使いは?」



467VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:22:07.594BCi+PlG0 (141/153)

エルフ「女魔法使いさんは買い出しに出かけました……その、私がいると買い物の邪魔になると……」

男「そっか……ごめんね、我慢ばかりさせて……」

エルフ「いえ、私は大丈夫なので気にしないでください」

男「そう言ってもらえるとありがたいよ。魔法使いも本当は悪い子じゃないんだ。でも、エルフ族に対して思うところがあるから、あんな態度をとっているんだ。そうなった原因は僕にもあるから……」

エルフ「仕方ないですよ。男さんみたいに私たちを受け入れてくれる人の方が少ないんですから」

男「エルフ……」



468VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:24:27.954BCi+PlG0 (142/153)

エルフ「でも、私頑張ります! 女魔法使いさんに私のことを受け入れてもらえるように……」ニコッ

男「うん、僕も頑張るよ。だから、頑張っているエルフにちょっとだけご褒美を……」

エルフ「えっ!?」

男「……」チュッ

エルフ「あっ……///」テレッ

男「ごめんね、今の僕にできるのはこれが精一杯だから」

エルフ「いえ、そんな……。これだけで、私には充分ですよ……」テレテレ

ガタッ

男「!」

エルフ「!」



469VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:25:14.704BCi+PlG0 (143/153)

女魔法使い「そんな……。先生、今エルフにキスを……」

男「いや、これは……」

女魔法使い「……」ウルウル

ダッ 

男「女魔法使い!」

エルフ「……」

男「…しまったな。エルフとの関係について落ち着いてから説明するつもりだったのに……」

エルフ「男さん……」

男「こうなったら全部話すしかないか……。ごめん、エルフ。今から女魔法使いに全て話してくるよ」

エルフ「わかりました。私は、ここで待っています」

男「ありがとう。それじゃあ行ってくる」タッタッタ



470VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:26:26.534BCi+PlG0 (144/153)

……



女魔法使い「先生がエルフと……。そんなはずは、何かの見間違いです……」

女魔法使い「そうですよ、先生に限って……。先生は他の人と違って私の事を裏切らないんです……」

女魔法使い「ぜんぶ、全部あのエルフが悪いんだ……。私の先生を惑わしているんだ、そうに違いない……。決めました。
 今からあのエルフを殺して先生の目を覚まさせます。最初は先生も傷ついて私に対して嫌な顔をするかもしれないですけど、いつかきっと分かってくれるはずです」

女魔法使い「先生……」



471VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:26:52.574BCi+PlG0 (145/153)

男「女魔法使い!」

女魔法使い「! 先生! やっぱり、私のところに来てくれたんですね」

男「何のことを言っているんだ? それよりも、さっきのことを説明するから」

女魔法使い「そのことなら大丈夫ですよ。私が今からエルフを殺してきますので……。先生はここで待っていてください。すぐに済みますから」ニコッ

男「――ッ!」パンッ

女魔法使い「……えっ。……せん、せい……」



472VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:27:22.724BCi+PlG0 (146/153)

男「女魔法使い、一度頭を冷やせ。戦争は終わった、世界は、状況はもう変わったんだ。いつまでも同じままじゃいられないんだ!
 確かに、今は世界がエルフを拒んでいる。でも、いつかはそんな状況も変わるんだ。
 人もそうだ、時と共に変わって行く。僕だって昔戦争に参加してエルフをたくさん殺してきた。
 理由はどうあれ命を奪ってきたんだ。その行為が消える事はないだろう。
 エルフの中には仲間を殺された事から僕の事を恨む者も現れるかもしれない。でも、それでも僕はその罪を背負いながらこれからも生きていきたい。
 それが、旧エルフとそしてエルフと出会って変わる事のできた僕が出した結論なんだ」

女魔法使い「そんなに……そんなにあのエルフの事が大事なのですか! 私じゃ、私じゃ駄目なんですか!?
 私なら先生の力になれます、あのエルフよりもずっと、ずっと……ッ!」

男「違う、違うよ女魔法使い。役に立つとか、立たないとかの問題じゃないんだ。僕が、僕自身があの事一緒に居たいんだよ。理由なんてそれだけだ」



473VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:27:53.584BCi+PlG0 (147/153)

女魔法使い「先生も、先生も私の事を見捨てるんですか? 戦時中一緒に逃げていた私を見捨てた親のように……」ポロポロ

男「見捨てないよ……僕は。君の事は最後まで面倒を見るつもりだ。それが、君を拾った僕の責任だ」

女魔法使い「せんせい……」

男「でも、僕は君を選ぶ事はできない。君は僕にとって妹のようなものなんだ。家族なんだ。
 もちろん、騎士や女騎士もそうだ。だから、そういった目で君を見る事はできない……。たぶん、これからもずっと……」

女魔法使い「……それが、先生の出した答えなんですね」ポロポロ

男「ごめん、女魔法使い。君が傷つくのを分かっていて、それでも僕は告げないといけない。
 じゃないと、いつまで経っても君は僕に依存してしまうから……。
 前にも言ったけど、僕は君にもっと世界を見てほしいんだ。だから……」


474VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:28:21.974BCi+PlG0 (148/153)

女魔法使い「わか……りました。でも、家族としてなら甘えてもいいんですか?」

男「ああ、それならいつでも頼ってくれ。一度君たちに何も告げずに姿を消した僕が言っても信用できないかもしれないけどね」

女魔法使い「信じますよ、私は。だって、私の先生ですから……。先生なら生徒を見捨てたままにしないはずでしょ?」ニコッ

男「女魔法使い……。うん、そうだね。君が望んでくれる限り僕は君の“先生”でい続けるよ」

女魔法使い「はい……先生」テクテク ポフッ



475VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:28:50.184BCi+PlG0 (149/153)

男「女魔法使い?」

女魔法使い「少しだけ、胸を貸してください。それくらいは私にも望む権利はありますよね」

男「ああ。好きなだけ貸してあげるよ……」

女魔法使い「うっ、うぅっ……うぇぇええええん……」ボロボロ ボロボロ

男「……」



476VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:29:16.764BCi+PlG0 (150/153)

……



女魔法使い「ありがとうございました、先生。もう大丈夫です」

男「そっか……」

女魔法使い「泣いた分少しだけすっきりしました」ニコッ

男「よかったよ、服がびしょびしょになった甲斐があったものだ」

女魔法使い「す、すみません……」



477VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:29:44.124BCi+PlG0 (151/153)

男「いや、いいよ。それで、女魔法使い。エルフの事だけど……」

女魔法使い「先生、私やっぱりまだエルフの事は許せません……」

男「そっか……」

女魔法使い「でも、先生の言った通りもう少し広い視点で物事を見てみようと思います。
 エルフを受け入れる事はすぐには無理です。でも、彼らを見て私なりの判断をしてみる事にしました」

男「女魔法使い!」

女魔法使い「だから、まずは……」



478VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:30:21.044BCi+PlG0 (152/153)

――男の自宅――

エルフ「えっと、これはどういう事なんです……」オドオド

女魔法使い「私、しばらくこの街に滞在してエルフの観察をすることにしました。そのために、まずは身近なエルフとしてあなたを観察対象に選びました。なので、これからよろしくお願いします」ニコッ

エルフ「男さぁ~ん……」ウルウル

男「えっと、ごめんエルフ。こればっかりは僕も止めようがないよ」

女魔法使い「それと、私の目の黒いうちは二人に不純な行動をとらせませんので、よろしくお願いします」

男「あははははっ……」

女魔法使い「それでは先生、これからもご指導よろしくお願いしますね」ニコッ

女騎士「男もこれから苦労しそうだな……」ハァ

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 女魔法使いたちとの和解 ――完――



479VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 18:31:36.644BCi+PlG0 (153/153)

ひとまずこれで女魔法使いとエルフの話は終わりです。次は戦乱の予兆のお話です。


480VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 19:23:47.00gkeLW0Pbo (1/1)


前にも書いたがやっぱり女魔法使い視点で見ると切なくなるな
どう変わっていくのかは楽しみでもある

そう思うと「ある男の狂気」は選択を間違えた結末なのかな


481VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 20:48:30.93DeWq/vbMo (1/1)

おつ
女魔法使いの過去がよくわかったし、心理描写が上手いね


482VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/04(火) 23:47:59.608hEDFymco (1/1)

乙でした


483VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:16:52.34RLjbm7yt0 (1/212)

>>480
ありがとうございます。そうですね、報われない恋というのはどんなものでも胸にくるものがありますね。
「ある男の狂気」はそこまで深く考えなくてもいいですよw そういった人もいましたというお話なので。

>>481
ありがとうございます。心理描写は頑張っているんですが、その代わりに情景描写が苦手でして……。

>>482
ありがとうございます。これ以降も頑張ります!

さて、今からは続きを載せていこうと思います。


484VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:17:28.53RLjbm7yt0 (2/212)

曇天模様の空。寒気がする風が肌を撫で、鋭い音を奏でている。
人々の住む大陸。その一端で、僅かながら動くものがあった。
ガシャ、ガシャと甲冑を揺らす音が聞こえる。口からは瘴気とも思えるような煙が漏れ出ている。
その姿は人に近く、それでいて一目見れば何かが決定的に違うのだと誰もに思わせるものだ。

今はまだ……誰もその存在に気がつかない。深い深い、闇の中から這いずってくる闇の存在に……。
悠久の過去に忘れ去られた脅威に……。



485VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:22:58.47RLjbm7yt0 (3/212)

――男の自宅――

男「なあ、一つ聞いていいか?」ハァ

エルフ「なんですか、男さん?」

女魔法使い「なんでしょう、先生」

男「僕の家に女魔法使いが来るのはいい。前回の件でそれについては了承したから。エルフがこの家にいるのも同居人だから当たり前だ」

エルフ「そうですけど、それがどうかしたんです?」



486VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:23:49.87RLjbm7yt0 (4/212)

男「うん、それ自体は問題じゃないね。でもね、朝食を食べ終わって久しぶりにゆっくり読書をしたいと思っているのに、君たち二人はどうして僕の両隣に座って読書に集中させてくれないのかな?」

エルフ「それは……その。私は男さんの……。もう、恥ずかしいから言わせないでください!」テレッ

男「あ~はいはい。そうだね、エルフは僕の恋人だね。まあ、理由として認めないこともないよ。それで? 女魔法使いはどうして?」

女魔法使い「言ったはずですよ、先生。私の目の黒いうちは不純な行動を取らせないと。しばらく観察して分かりましたが、そこのエルフは何かと理由をつけては先生の身体に接触しようと目論んでいます。
 天然を装って実は計算高いこの女のやり口は非常に悪質です。先生がその毒牙に犯されきらないうちに私がその接触を妨害するのです」

男「ああ、そう。妨害するって言ってる割に今女魔法使いが座っている位置はエルフの反対側だけどね」



487VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:24:28.39RLjbm7yt0 (5/212)

女魔法使い「それは単に間に割って座るスペースがなかったからです。特に意味はありません」

男「そうか……。なんだか最近何を言っても女魔法使いには意味がないんだって諦め始めてきたよ」

エルフ「むむむ。女魔法使いさん! 男さんから手を離してください!」

女魔法使い「あなたこそ早く離れなさい。まあ、その身が消し炭になっても構わないなら別にいいですけどね」ニコッ

エルフ「はうっ! そ、そうやっていつも脅して……。でも、それも今日までですよ。昨日までの私とはもう違いますから」

女魔法使い「ほう、いいですよ。小ズルいエルフの策略。聞くだけ聞いてあげるとします」

エルフ「ふふっ。見て驚かないでくださいね……。必殺、男さんの背に隠れる!」グイッ

男「ぐえっ!? 急に首を引っ張らないでよ、エルフ。だいたいこんなことで女魔法使いが大人しくなるわけ……」

女魔法使い「な、なんて卑怯な手段を……。やはり悪い目は早めに摘み取っておくべきでした」ジロッ

エルフ「ぐぬぬぬ」ジーッ

アーダコーダ、アーダコーダ



488VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:24:58.33RLjbm7yt0 (6/212)

男(はぁ……。毎日、毎日こんなんじゃゆっくり一人になることもできやしないよ。仕方ないな……)スクッ

エルフ「……? 男さん、どうかしました?」

男「ここじゃのんびり読書もできやしないから、一人でいられる場所に行くことにするよ。あ、一つ行っておくけど僕の後をついてきたりしたら駄目だから。もし、言うことを聞かなかったら……わかるよね、女魔法使い?」

女魔法使い「は、はいっ!? もちろんです、先生の言うことは絶対ですから!」

男「うん、分かっていればいいんだ。そうだ、僕がいないからって二人とも喧嘩するのも駄目だからね。文句を言い合うくらいなら別に止めないけど、手を出したら怒るから。それじゃあ……」テクテク

ギィィ、パタン

エルフ「……」

女魔法使い「……」

エルフ「行っちゃい、ましたね」

女魔法使い「……」



489VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:25:27.30RLjbm7yt0 (7/212)

――旧エルフの墓――

男「うーん! やっぱりここは静かでいいな~」

男「ここ最近は女魔法使いがいるようになって周りも少し騒がしくなったし。でもまあ、エルフと言いあいをしながらも少しは打ち解け始めてきたようにも思えるなぁ……」

男「もし君が生きていたら二人を見て苦笑していたかもね。君って結構面倒見が良さそうだし……」ニコッ

男「な~んて、もしもの話をしてもしょうがないか……」ゴロリ

男「ちょっと、眠くなってきたかもな……。少しだけ、寝よう……」スースー


490VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:26:01.35RLjbm7yt0 (8/212)

……



?「おーい、男。お~い」

男「……ん? ぅうん……」

騎士「よっ! ようやく、起きたか」

男「あれ? 騎士じゃないか。どうしてここに?」

騎士「ちょっとこっちに来る用事があったもんでな。んで、お前の家に行ったら出かけているって聞いてさ」




491VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:26:27.85RLjbm7yt0 (9/212)

男「そうなのか。わざわざ悪いね、ここまで来てもらって」

騎士「気にすんな。お前にも話があったからな」

男「それで、その話ってなんなんだ?」

騎士「いや、少しの間女魔法使いを連れて行きたいんだけど、俺が言っても言うことをあまり聞かなさそうだからお前の手を借りようかと思ってな」

男「そうなの? もしかして、何か任務が入った?」

騎士「ああ、西の方で少し気になる噂が立っているみたいでな。調査隊を送ったんだが、なかなか帰ってこなくてな。
 もしかすると大事になるかもしれないから俺と女騎士と女魔法使いで調査に行くつもりなんだ。それで、女魔法使いを呼びにここまで来たってわけだ」

男「なるほどね。でも、その三人でいかないと行けないって結構大事なんじゃないの? みんな今は軍でそれなりの地位についているんじゃないの?」



492VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:26:56.01RLjbm7yt0 (10/212)

騎士「まあな。でも地位が上がったからって何もしなくていいわけじゃないし。俺も最近は書類業務ばかりでたまには動きたいんだよ」

男「そういうこらえ性のないところは昔から変わらないね。騎士って考えるより先に手が出るタイプだし」

騎士「そうなんだよな。俺としては部屋にこもっているより現場に出てほかの兵士の意見を聴いたりしてたいんだけどさ」

男「書類業務も立派な仕事なんだし、頑張りなよ。それで、女魔法使いの説得だっけ? やるだけやってみるけど、あまり期待はしないでよ」

騎士「いや、そこは特に心配していないぞ。あいつはお前の言うことなら大抵聞くだろうし。じゃなきゃこんなこと頼まねーよ。さっきもお前の家に行ってエルフを前にして女魔法使いが大人しくしているのを見て驚いたところだしな。
 女騎士から聞いていたとはいえ、あの女魔法使いがああなるとは俺もさすがに予想していなかった」



493VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:27:24.13RLjbm7yt0 (11/212)

男「最初はやっぱり驚くだろうね。でも、僕としてはようやく女魔法使いが前に進んでくれたから嬉しく思っているよ」

騎士「確かにいつまでもあのままじゃいられなかっただろうし。今回のことはいい機会だったのかもしれないな」

男「うん。でも女魔法使いが完全にエルフを受け入れられるかどうかはまだわからないから僕としては長い目で彼女を見守るつもりだよ」

騎士「そうか……。んじゃ、とりあえず戻るとするか。説得、任せたぞ」

男「頑張ってみるよ。でも、本当に期待しないでよ?」

騎士「はいはい。わかったってーの」


494VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:31:22.56RLjbm7yt0 (12/212)

……



女魔法使い「ぜったいに、いや、です!」ダンッ

男「いや、ちょっと最後まで話を……」

女魔法使い「嫌ったら、嫌です! いくら先生のいうことでもそれは聞けません!」

騎士との再開後、自宅へと戻った男が待っていた女魔法使いに早速説得を試みた。最初からすんなりいくと思っていなかった男だが、予想以上に女魔法使いの反発が激しかったため少々面食らってしまった。

騎士「まあ、こうなるだろーとは思っていたけど、今回はやけにひどく拒否すんのな。やっぱりその子が原因か?」



495VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:31:52.39RLjbm7yt0 (13/212)

チラリと視線をエルフに向け呟く騎士。その言葉にエルフは戸惑い、キョロキョロと視線を漂わせる。

女魔法使い「……そうですよ。ええ、そうです。今この状況で先生とこのエルフを二人にしておくと何があるかわかりません。わざわざ私が監視をしているから、何も起こらずに済んでいるのに……。
 なのに、どうしてこのタイミングで騎士さんは私と先生を引き剥がそうなんてするんですか!?」

騎士「いやな、俺だって別にわざとお前を男から引き剥がそうなんて思ってねーよ。ただ、今回はどうしてもお前の手が必要だと思ったからこうしてわざわざ出向いてきてるんだろ」

女魔法使い「それなら別にほかの人でもいいじゃないですか。どうして……」

騎士「ったく、我が儘言うなっての。お前はまだ軍に所属してんだから命令には従わないといけないの。それに、何か起こってからじゃ遅いだろ。お前だってあの時動いていればなんて後悔するのは嫌だろ?」




496VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:32:22.30RLjbm7yt0 (14/212)

女魔法使い「それは……そうですけど」

騎士「だったら、今回は黙って言うことを聞く。安心しろ、用が済んだらすぐに返してやっから。それなら別に文句はないだろ」

女魔法使い「……わかりました。我が儘言ってすみません」シュン

騎士「ん。なら今すぐ準備しろ。準備ができ次第都市部に向かって女騎士と合流する予定だ」

女魔法使い「了解しました」トボトボ

男「なんだ、結局僕の説得は必要なかったじゃないか」

騎士「んなことねーよ。お前の前だから女魔法使いも意地を貼って面倒な奴だと思われたくなくて、ああした素直に引き下がったんだ。絶対あれ内心で怒ってるぜ。都市部に向かう間ずっと愚痴を聞かされんだろうな……」

男「まあ、そうならないように出る前に一言言っておくよ。騎士にはいつも苦労かけるね」



497VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:33:03.99RLjbm7yt0 (15/212)

騎士「んだよ、そう思ってるなら戻ってこいよ」

男「何度も言うようだけど、それとこれとは話が別ってね」

騎士「……チッ。ホント上手い生き方してるよ、お前は」

男「あはは。褒め言葉をわざわざどうも」

騎士「嫌味か、このやろう!」

エルフ「あの~」

騎士「ん? どうした」

エルフ「いえ、女魔法使いさんの準備ができるまでの間、よかったらお茶でもどうでしょうか?」



498VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:33:37.35RLjbm7yt0 (16/212)

男「だって? どうする、騎士?」

騎士「まあ、わざわざ用意してくれるってんだ。断る理由はないわな。それじゃあ、よろしくな」ポンポン

エルフ「あ、はい……。ありがとうございます」ニコッ

男「き~し~」

騎士「うおっ! 睨むなよ、別に色目使ってるわけじゃねーだろ」

エルフ「ふふっ。それじゃあ、少し待っててくださいね」トテテテ

騎士『お前いつからそんな嫉妬深くなったんだよ!』

男『なってないよ! 昔からこうだっただろ!』

騎士『いいや、違うね! 昔のお前はもっと根暗な奴だったからな! 一人でいるのがかっこいいと思ってたな、絶対!』

男『一体、いつの話をしているんだよ!』

アーダコーダ、アーダコーダ

エルフ「あははっ。騎士さんと男さんは本当に仲がいいですね」クスッ




499VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:34:16.72RLjbm7yt0 (17/212)

……



女魔法使いの準備が終わり、男たちの元を騎士と女魔法使いが旅立ってから数日が経った。都市部へとようやくたどり着いた二人は待っていた女騎士と合流し、早速目的地である西の辺境の土地へと向かうことになった。

女騎士「久しぶり、女魔法使い。今回もよろしく頼むわね」

女魔法使い「お久しぶりです、女騎士さん。こんな任務さっさと終わらせて帰ってきましょう。どうせ、騎士さんの杞憂に付き合わされているだけでしょうから」

女騎士「ははっ。相変わらず厳しいこと言うわね。まあ、杞憂で済むならいいんだけどね……」

騎士「はい、はい。文句もあるだろうけど、一応これ正式な任務だから真面目にすること」




500VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:35:02.53RLjbm7yt0 (18/212)

女騎士「あれ? いつの間に正式なものになったの? 騎士が個人的に調べたいっていう話だったと思ってたけど……」

騎士「いや、俺もそのつもりだったんだけど都市部に着いた時に上から正式な任務として依頼されてな。つーわけでこの依頼、気を抜くわけにはいかなくなったんだよ。まあ、元から気抜いてやろうとは思っていなかったけどな」

女騎士「そういうことなら、私たちも真面目に対応しないといけないな。いや、私も気を抜くつもりは無かったが……」

女魔法使い「さては、女騎士さん。この任務にかこつけて観光でも楽しもうかなんて思っていたんじゃないですか?」

女騎士「い、いや!? そんなことは……ないはず……かなぁ?」

女魔法使い「動揺しすぎです。はぁ、私がいなくなってから女騎士さんまでも騎士さんに似始めてしまって……。ただでさえ軍には騎士さんを尊敬して、騎士さんのマネをする人が多くてうっとおしいんですから」




501VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:36:29.36RLjbm7yt0 (19/212)

騎士「お前、さりげなく俺だけじゃなく部下のことも馬鹿にしてるよな……。いや、まあいいや」

気心知れた相手だからこそできるような軽口を叩き合いながら、三人は進んでいく。文句を言いながらも、誰もその足を止めることなく日中は三人とも歩きづくめだった。やがて、日は沈み、空は黒一色に覆われた。
ぽつんと浮かび上がる月がやけに不気味で、遠くからは獣の鳴き声が聞こえる。広い平原の一角、都市部を出立する前に女騎士が用意していた食料や簡易野営用のテントを背負っていた荷物から取り出し、食事や寝床の準備を始める。

女騎士「ふむ……これくらいでいいかな? あ、女魔法使い火をもう少し強くしてもらえる?」

女魔法使い「はい。これくらいでいいですか?」ボォッ

女騎士「うん、ありがと。スープはこれくらいでいいとして、あとは騎士がテントの準備を終えるのを待つだけね」




502VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:37:35.87RLjbm7yt0 (20/212)

女魔法使い「そうですね。はぁ、また戦争中のように騎士さんと同じテントの中で寝ないといけないんですね。襲われないか心配です」

女騎士「いや、それはないわね。騎士は奥手だし、そもそも襲うような度胸も持ち合わせていないわ」

女魔法使い「そうでした。それなら、安心ですね」

騎士「おい……人がいないのをいいことに、なんでもかんでも言いやがって……。しまいにゃ襲うぞ、お前ら」

女騎士「いいわよ、といってもこっちは腕っ節の立つ女と魔法に優れた女が相手だけどね」

女魔法使い「消し炭になる覚悟があるなら、いつでもどうぞ?」



503VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:41:28.43RLjbm7yt0 (21/212)

騎士「ああ……今日ほど男の不在を恨んだ日はない。男より女の多い旅がこれほど辛いものとは……」

女騎士「そこは、ほら。もう諦めたほうがいいんじゃない?」

女魔法使い「ですね。だって騎士さん威厳ないですもん」

騎士「もう、お前ら遠慮の欠片もねえな!」

女騎士「いやいや。別に威厳がなくてもいいじゃない。それってある意味親しみやすいってことだし。まあ、威厳がないのは私も同意見だけどね」クスッ

騎士「フォローするならきちんとしろよ! 結局お前も傷口に塩塗りこんでるだけだろうが! はぁ、男……。軽く叩ける相手が欲しいぜ……」

女魔法使い「物思いにふけりながら先生の名前を呼ぶのは止めてください。男色の気があるように見えますから……」




504VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:42:24.64RLjbm7yt0 (22/212)

騎士「ばっ! んなことねーよ! なんで、俺が男のやつと」

女騎士「もしかして騎士が女性との浮いた話がないのって男のせいなの……。ごめん、いくら私でもそれはちょっと……」

騎士「もう……どうにでもしてくれ」ハァ

一人気の沈む騎士をからかいながら食事を手渡していく女騎士。それに女魔法使いも乗じながら暖かなスープを口に運んでいく。
ゆらゆらと揺れる焚き火。女魔法使いの魔法によって薪に付けられた火は暗くなった周りを月明かりと混ざりながら照らしていく。
食事を終えた三人は交代で夜の番をとることになった。そして、もちろん多数決で最初の晩は騎士がすることになった。数の暴力は時に非情である。




505VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:44:01.53RLjbm7yt0 (23/212)

騎士「くそっ……男の威厳なんてこんなものか。やはり、女の前では男は形無しだ……」

ぼやきながら焚き火の前に座り、番をする騎士。傍らには彼が愛用している剣がある。旅に危険はつきものとよくいうが、まさにそのとおりで旅の行商を狙う盗賊や魔物がいるなんてことは常識。それはただの旅人にも含まれるため、いつ危険が迫ってきてもおかしくないのだ。
もっとも、そういった危険から人々を守るため軍が各地に派遣した兵士が日夜敵と戦っているのだが……。

騎士「つっても、ここまで人一人見かけないとはな……。まあ、たまたまそういうこともあるだろうけど気になるな」

やはり事態は大事なのかもしれないと騎士が考えていると、彼から少し離れた位置に月明かりに反射してきらめく幾つもの瞳が暗闇から目を覗かせていた。

騎士「やれやれ、ゆっくりと休むことすらさせてもらえないのか」



506VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:44:42.05RLjbm7yt0 (24/212)

腰を上げ、置かれていた剣を手に取り立ち上がる。力は適度に抜き、それでいて気配を鋭く研ぎ澄ませる。さきほど見えた瞳の数は十。敵の数は五と見える。しゃがんだ己と同じ目線にその瞳があったため、犬、狼系の魔物の類かと予想する。
目は既に暗闇に適応した。準備は万全、敵の姿も徐々に見えてきている。後ろの二人も異変に気づいて起きたようだ。

女騎士「せっかく眠れたところだったのに騎士がしっかりしないからこうなるのね」

女魔法使い「許しません」

騎士「その鬱憤は是非とも奴らに向かってぶつけてくれ。俺に非はない」

女魔法使い「そうですね、日頃溜まっていた鬱憤をこの際吐き出させてもらうとしましょう」

女騎士「獣相手に手加減する必要もないしね」

そう言って女騎士は剣を構え、女魔法使いは魔法紋を描いていく。


507VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:45:12.97RLjbm7yt0 (25/212)

ジリジリと近づく互いの距離。獣の唸り声が夜風に乗って響き渡る。刹那、停滞を嫌った獣の一匹が群れから飛び出し三人に襲い掛かった。息をつく間も与えない速攻。狩りに特化した瞬発性、前へ前へと全身のバネを使って進んでいく。
獣側からすればこのまま為すすべもなく己の牙に肉を引き裂かれ餌となるはずの獲物たち。だが、そんな彼の期待は裏切られることになる。

騎士「遅せえよ……」

流れるような抜刀。己めがけて襲いかかる獣腹部めがけてなぎ払われたその一線は、まるで剣舞を見ているような美しい軌跡を描きながら獣の体を切り裂いた。
流れ出る血。赤黒いそれを刀身にまとわりつかせながらも月明かりに反射するその剣は美しくその身を輝かした。

女騎士「さすが、騎士。戦闘の時だけはホント惚れ惚れするような腕前ね」

女魔法使い「戦闘時の真剣さをもっと女性関係にも生かせればいいのですけどね。本当に残念な人です」

騎士「それを言うなよ。これでも気にしてんだからさ」



508VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:46:09.41RLjbm7yt0 (26/212)

敵を前にして余裕を見せる三人。そんな彼らとは対照的に勢いよく飛び出し、その結果絶命した仲間を前にして獣たちは尻込みしていた。
どうする? どうする? この相手は普通じゃない。今まで自分たちが狩ってきた相手とは全く別の生き物だ。
彼らは気がついた、狩りをするために襲いかかった相手は己よりはるかに強大な力を持った生物で、ここでは狩りの対象は向こうではなく、むしろ自分たちが獲物なのであるということに。

騎士「おーおー。意気消沈しちまってるよ、あちらさん。このままなら自分たちの命がなくなるってことがわかるくらいには知性があるようだ」

女魔法使い「といっても、素直に逃すつもりはないですけれどね。私の睡眠をじゃました罪は重いです」

そう言いながら指を動かす女魔法使い。既に中にはいくつもの魔法紋が描かれている。文字を連ね、紋様を重ね合うその様はまるで匠の美術家が絵画を描いているようだ。

女騎士「あ~、女魔法使いがやる気なら私の出番はなさそうね。それじゃあ、あとは頑張ってね」

剣を鞘に収め、その後の成り行きを見守り出す女騎士。獣たちも今から起こることに対する不吉な予感を感じ取ったのか、一目散にこの場から逃げ出した。

女魔法使いの創造が終わる。敵の殲滅を目的としたそれは紋様を基点として、その姿を世に表す。
細長く、それでいて鋭く尖った槍。一切の無駄をなくし、敵を貫くための形状に整えられたそれは高熱を持って現れた。それもそのはず、その槍は現実には作ることの叶わない炎によって形作られていたのだ。
逆巻き、燃え上がる炎槍。無理やり形にハメられ、圧縮されたそれは内部で溜まった炎が暴れまわり、己の身を燃やす熱の温度を極限まで上げていく。


509VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:46:44.98RLjbm7yt0 (27/212)

女魔法使い「私の眠りを妨げた罪、その身をもって思い知りなさい!」ブンッ

振り下ろされた女魔法使いの手を合図に、空中に待機していた炎槍は一斉に目標めがけて飛んで行った。全力で駆ける獣たちをあざ笑うかのようにその切っ先は一瞬にして彼らの身体を貫いた。

激痛に悶える獣もいれば、衝撃に耐え切れず意識を手放し絶命した獣もいた。前者は残り数秒の命、後者は言うまでもない。
だが、このあとに起こることを考えれば彼らは皆後者の選択をすべきだった。

女魔法使い「これで……終わりです!」グッ

そう言って女魔法使いは開いた拳をグっと握り締める。その動作に呼応するように獣の体に突き刺さった炎槍は爆散し、内部にあった炎を辺に撒き散らした。
生きながらにして内側から炎に包まれ燃やされるという地獄の苦痛を与えられた獣はついにその姿を欠片も残すことなく消し炭となり、消え去った。
この世に唯一形を残したのが一番最初に彼らに挑み、逃げることなくその命を散らしたものだとは、なんとも皮肉である。

騎士「終わったか。まったく、勘弁して欲しいぜ。おちおち休んでもいられない」

女騎士「そうね。というわけで、用は済んだから私と女魔法使いはまた寝るわね。その間の見張りよろしくね」

女魔法使い「あ、ちなみに次は襲撃があっても起きませんから騎士さん一人で対処してくださいね」キッパリ

騎士「お、お前ら……。二人とも寝ている間に敵に襲われて死んじまえ!」

粗雑な扱いを受ける騎士の叫びが空へと虚しく響く。いくら地位が上がっても、昔の戦友の前では形無しの彼だった。



510VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:47:20.55RLjbm7yt0 (28/212)

……



数日の旅を経て、ようやく三人は目的の場所にたどり着いた。だが、そこで彼らが見たものは想像もしていなかった光景だった。

騎士「なん……だ、これ」

瞳に映るのは荒れ果てた家屋。火の手が上がったのか、焦げ残った跡を残した地面や家。そして、その付近には先遣隊として派遣されていた軍の人間たちの死体が無残に転がっていた。
死後数日が立っているため、死体は魔物たちに食い荒らされ、見るに耐えない形状になっており、腐敗臭も漂っている。
思わず現実から目を背ける一行。そんな中、ふと驚いたように女騎士が声を上げる。

女騎士「二人とも、あそこで今何か動いたぞ」



511VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:48:30.36RLjbm7yt0 (29/212)

女騎士の言葉に騎士と女魔法使いも視線を移す。その瞳は確かに人影と思わしきものが家屋の中に入っていく何かを捉えていた。

騎士「気になるな。よし、周りを警戒しながら向かってみるぞ」ザッ

騎士の言葉に二人は頷き、警戒を強めながら目的の家屋へと進んでいく。その間、彼らが見たのは先遣隊だけでなく、恐らくこの地に住んでいたと思われる人々の死体の数々。それらを視界の隅に収めながら、一抹の悲しみを抱き、その場を後にするのだった。

騎士「ここ……か」

目的の家屋の前にたどり着いた三人は緊張した面持ちで扉の前に立っていた。騎士と女騎士は剣を抜き、既に構えている。女魔法使いも何が起こってもいいという状態になっていた。

騎士「行くぞ……。三、二、一……」

上げていた片腕を振り下ろし、騎士は扉を蹴り飛ばして中へと入る。それに続くように女騎士、女魔法使いも中にはいる。
だが、扉の先で三人を待っていたのはある意味で予想外の存在だった。



512VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:48:58.92RLjbm7yt0 (30/212)

少女「……」

騎士「おんなの……子?」

予想外の存在の登場に驚く三人。確かに人影を見たと思っていたが、皆が考えていたのはこの事件を起こした正体不明の敵の仲間であり、外の有様から生き残っている人がいるとは予想もしていなかった。
少々面食らったが、すぐさま冷静さを取り戻した騎士が優しく少女に話しかける。

騎士「君、大丈夫か? 話せる?」

騎士の呼び掛けに、しかし少女は何の反応も見せない。瞳は虚ろで、視線が定まっていない。身体を縮こまらせて小さく震えている。

少女「――、――」

騎士「駄目か……」



513VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:49:35.23RLjbm7yt0 (31/212)

少女の様子を見て騎士はここで何が起こったのかという情報が得られないと理解する。外の様子を見た限りでも悲惨な光景なのだ。その現場をもしこの少女が見ていたのならこのようにショックを受けてまともに話せない状況になってしまってもしかたがない。
ひとまずこの少女の保護を優先しようと騎士が判断を下し、家の外へ少女を連れ出そうと手を差し伸べた時、少女の口から小さく言葉が隠れ出ているのに騎士は気がついた。

少女「おか、あさん。おとう、さん」

騎士「……」ギリッ

少女の口から溢れ出た呟きを聞いて知らず騎士は己の身体に力が入った。恐らくこの少女の両親は先ほどの死体の山の中に混じっているのだろう。もしもの話をしても意味はない。結果として騎士たちは先遣隊やこの地に住んでいた人々の命を守ることができなかったのだから。
だからこそ、救えなかったという事実がなおさら彼の両肩に重くのしかかる。

騎士「ごめん、助けることができなくてごめん……」



514VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:50:19.58RLjbm7yt0 (32/212)

少女の身体を己の胸に抱き寄せ謝罪する騎士を女騎士も女魔法使いもただ黙って見守っていた。彼女らが抱いている思いも騎士と全く同じものだったから……。

しばらく少女を抱きしめたあと、騎士は彼女を己から離し、その手を引いて外に出た。

騎士「一度他に生存者がいないか確認しよう。それから、先遣隊や人々を襲った敵の痕跡があるのなら見落とさないように。こんなこと、ただ事じゃない。恐らく軍部が総出で取り掛かる自体になる可能性が高いからな。情報は少しでも多く持ち帰れる方がいい」

女騎士「わかった。じゃあ、私は生存者の確認を主として行うとしよう。魔術的な痕跡が残っているのなら私や騎士よりも女魔法使いの方が見つけられるだろうから、そっちの調査は任せるわ」

女魔法使い「わかりました。では、合流時間を決めておきましょう」

騎士「四半刻くらいだな。この状況を早く軍に伝えたほうが良さそうだしな。ひとまずここを合流地点とする。もし、重要な痕跡を発見したり、異変があったりした場合は即座に皆に知らせること。いいな?」



515VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:50:46.43RLjbm7yt0 (33/212)

女騎士「了解。それじゃあ、後で」

女魔法使い「ええ、また後で」

女騎士は生存者の捜索、女魔法使いは何か痕跡が残っていないか調査、そして騎士は少女の手を優しく握りしめてその場から動かないでいた。

騎士「大丈夫。きっと、君の他にも生きている人がいるはずだから」

そう言って少女の頭を優しく撫でる騎士。虚ろな瞳のまま少女は己に触れる存在へと視線を移す。恐らく、心が麻痺しているため条件反射で目の前の人物を見ただけだろう。

騎士(この子を少しでも安心させるためこんなこと言っているけど、状況は絶望的だ。死体の状態から少なくと事が起こったのは数日前と思う。もし生きている人がいたとしてその間この場所から動かないでいないはずがない。
 近くの村や街に逃げて状況を知らせるはずだ。でも、旅の途中に出会った行商人たちはそんなことを知っている様子はなかった。
情報が命ともいえる彼らが知らなかったということは、ここで起こったことを知ったのは恐らく俺たちが最初だろう。だとしたら他の生存者はもう……)

悔しさから顔を歪ませる騎士を少女は不思議そうに眺めていた。そんな少女の視線に気がついて騎士はすぐさま笑顔を浮かべる。

騎士「ごめんね、何でもないよ。もう少ししたらさっきの二人も戻ってくるから。そうしたら都市部に向かおうか」



516VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:51:12.29RLjbm7yt0 (34/212)

それから四半刻が過ぎ、二人が騎士の元へと戻ってきた。結果は騎士の予想通り。生存者は他にいなかった。そして、僅かに期待していた敵に関する情報も何一つ手に入れることができなかった。

騎士「行こう。これ以上ここにいてもしょうがない」

そう言って少女の手を引いて都市部に向かおうとする騎士。だが、そのまま付いてくると思った少女がその場に立ち止まったままだったため、騎士は一旦足を止めた。

騎士「駄目だぞ。ここにはもう、誰もいないんだから……」

その言葉に納得したのか少女は振り返り、逆に騎士の手を引くようにして前へと進んでいく。

騎士「あ、おい……」

すぐさま、歩む速度を合わせる騎士。だが、少女の横に来た騎士が見たのはその頬を流れる一滴の涙だった。

騎士「……」

無言のままその場を後にする騎士一行。敵の正体は未だ不明。ただ一人の生存者を連れて彼らは都市部へと戻っていくのだった。


517VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:51:45.91RLjbm7yt0 (35/212)

……



――遠く。

荒れ果て、死体のたまり場になった場所から遠く離れた場所から未だ命のある四つの人影を眺めるモノたちがいた。
ガシャ、ガシャと甲冑が音を立てる。中には甲冑を身にまとうことなく、ボロ布一枚の格好をした者もいる。数十もの影が列を作って彷徨い歩く。初めは一。次に二。そして四と。徐々にその影は数を増やして歩いていく。
その最前列。始まりの一。全ての元凶。どのような素材で作られたかもわからぬ面を付け、口からは瘴気と思える煙を漏らしている。
古びた甲冑を身にまとい、それでいてその格好に似合わない名刀の類の輝きを見せる剣を腰に指している。その肉体は血の巡りがなくなってなお、強靭だったかつてをそのまま留めている。まるで、呪いのように。
そう、彼らは死者。この世を彷徨い歩く亡者達。死してなお、この世に身体を残し、ただ生ける者への憎しみだけを持って生まれ変わった人々の外敵。

……風が吹く。血と、腐敗を漂わせ、大地を赤く染め上げる戦乱の風が。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 戦乱の予兆 ――完――


518VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:54:34.70Y3y8G+zTo (1/1)



追いついたと思ったら更新されてて驚いた


519VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:55:18.04RLjbm7yt0 (36/212)

これで戦乱の予兆話は終わりです。次はエルフの過去話になります。
なんというか、話がかなり長くなってきて、しかもまだまだ本編に入る兆しが見えない。
以前に終わったのも過去編の途中でして、いったいどれくらい書いたのかな? と疑問に思ったので、先ほど文字数数えました。
そうしたら、全部で十六万字ありましたw ライトノベル一冊分より多かったです。
一応寝落ちしなければ今日で今までの分は全部あげようと思っておりますので、どうぞお付き合いください。
その後の更新は暇を見つけてという形でお願いします。


520VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:56:41.31RLjbm7yt0 (37/212)

>>518
ありがとうございます。追いついていただいてなんですが、あと三話残っております。
多分文字数的には四万~五万ほどありますので、そちらをあげるのを待っていてください。


521VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:58:06.19RLjbm7yt0 (38/212)

騎士が女魔法使いを連れて旅立った数日後。男とエルフはようやく完成したかつての家へと足を踏み入れていた。

エルフ「わぁっ! 我が家です。ようやく帰ってこれました!」ワクワク

男「随分と綺麗になったね。まあ、中の作りは変わっていないんだけど……」

エルフ「そうですね~。でも、変わってないので新しくなっていても落ち着きます」テクテク

ゴロゴロ ゴロゴロ

男「ご機嫌だね。でも、床を転がり回るのはどうかと思うよ」クスッ



522VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:58:35.65RLjbm7yt0 (39/212)

エルフ「わかってます。わかっているんですけど、こうしたい気分になるんです」テヘッ

男「そんなもんかな~。よし、それじゃあ僕も」ゴロリ

ゴロゴロ ゴロゴロ

エルフ「どうです、男さん?」

男「うん、確かにエルフの言うとおりかも。なんか無性に転がっていたい気分になるね。新しい気の匂いもいいし」

エルフ「ですよね、ですよね! よかったぁ、男さんにもこの感じがわかってもらえて」エヘヘ

男「ふふっ。でも、こんなに木の匂いが室内に漂っているとまるで森の中にいるみたいだね」

エルフ「はい……。なんだか、昔を思い出します」




523VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:59:04.69RLjbm7yt0 (40/212)

男「そういえば、僕のところにくるまでエルフがどんな生活をしてきたか聞いたことってなかったね。よかったら聞かせてもらえない?」

エルフ「えっ!? えっと……」

男「あ……話しづらいのならいいんだ。奴隷として売られてたってことは辛いこともあっただろうし。ごめん、やっぱり今の質問は……」

エルフ「いえ、話します。男さんがよければ聞いてもらえますか?」

男「いいの?」

エルフ「はい。男さんには聞いてもらいたいですから。私が昔どんな風に過ごしてきたのかを」

そう言ってエルフは起き上がり、ソファに座った。男もそれに続くようにしてエルフの横に腰掛ける。エルフはどう話を切り出そうか迷っているのか、もじもじとして何度も男に視線を移しては逸らしていた。
しばらくして、心の準備ができたのか、「よし」と一言呟き、エルフは己の過去を話し始めた。

エルフ「あれは、私がまだ森で過ごしていたころの話です……」


524VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 00:59:48.63RLjbm7yt0 (41/212)

……



深い、深い緑に包まれた森の中。暖かく、くすんだ木漏れ日が木々の隙間から地面に向かって降り注ぐ。
ここはエルフの森。人々の目を逃れるため、森の奥深くにひっそりと建てられたエルフの楽園。
エルフたちはこの森に日々感謝し、動物を狩り、木の実を拾い、長い時を穏やかに過ごしていた。
だが、近年。森を荒らし、己の領土を増やそうとする人間に、とうとう我慢の限界が来たエルフたちが反旗を翻した。
血を嫌い、争いを嫌っていたはずの彼らはいつの間にか戦争の熱に浮かされ、エルフとしての誇りを持ちながらも人の殲滅に乗り出した。
各里の族長を務めるエルフはそのほとんどが人との戦いに同意し、戦火に身を投じた。そんな中、この里は他と違い、最後まで人との争いを拒んでいた。



525VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:00:15.67RLjbm7yt0 (42/212)

若きエルフ「なぜですか! なぜ、我々は人との争いに参加できないのです。奴らは森を荒らし、獣を駆逐し、なんの感謝もなく木々を次々と切り倒していく野蛮人ではないですか!」

族長「そうかもしれないね。でも、だからといって争いを始めてしまったらそれが最後なのじゃよ。戦いは長引き、人もエルフも互いに傷つくものが出てくる。
 そうなったらお終いじゃ。憎しみが憎しみを呼び、和解への道は遠く険しいものとなってゆく。重ねられた手を振りほどくのは容易いが、再び手を取り合うことは難しいものだよ」

若きエルフ「それでもです。人を信じたところで、私にはこのまま彼らが素直に言うことを聞いて変わっていくとは思えません。奴らは貪欲で、どこまでも先へ先へとまるで生き急ぐように進化を求める。
 木々を切り倒すのもその進化のために必要だと世迷言を叫んでいる。彼らには我々の言うことは理解できないでしょう。きっと……」

族長「それはそうさね。人の一生は私たちに比べて非常に短いのだから。生き急ぐのも仕方の無いことじゃ。彼らはただ、自分が生きている間に少しでも存在していた証を立てようと躍起になっているだけなのだから」



526VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:01:11.00RLjbm7yt0 (43/212)

若きエルフ「では! このまま彼らの蛮行を黙って見過ごすことしか我々には許されないのですか?」

族長「そうは言っておらぬ。ただ、感情に身を任せて短絡的な行動をとってはならぬと言っておるのじゃ」

若きエルフ「……わかりました。今は族長の判断を受け入れましょう。ですが、もし人がこの地に足を踏み入れ、我々の仲間に危害を加えるようであれば、その時は有志を募り、人への反旗を翻している仲間たちの力にならせていただきます」

族長「そうか……仕方があるまい」

若きエルフ「では、私はこれにて失礼いたします」サッ




527VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:01:46.47RLjbm7yt0 (44/212)

シーン

族長「ふむ……。悪い流れじゃ。事態は実に悪い。ここ数十年、人とエルフとの交流は少なくなり、その縁は非常に薄まっておる。かつて互いの手を取り合って過ごしていた時代を知る者はもはやほとんどおらぬじゃろう。
 人とエルフの絆がこのままなくなっては、“あれ”が出てきた時の……」

エルフ「おばあさ~ん」コソッ トテテテ

族長「ん? おお~エルフじゃないか。どうかしたのかい?」

エルフ「なんでもないです。ただ、おばあさんの顔を見に来ただけです」ニコッ

族長「そうかい、そうかい。嬉しいねえ、最近は色々あってあまり会えなかったからね。ほら、こっちにおいで」

手招きをする族長エルフ。エルフは満面の笑みを浮かべて彼女の膝元へと走っていく。



528VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:02:14.88RLjbm7yt0 (45/212)

エルフ「えへへっ。おばあさんの膝枕久しぶりです。相変わらず気持ちがいいです……」ゴロゴロ

族長「おやおや、甘えられてるねえ。よしよし」ナデナデ

エルフ「ほわぁ……」トローン

族長「ふふふっ。いい子だねお前さんは。そうだ、せっかく会えたのだ、聞いておこうか」

エルフ「どうかしました?」

族長「ここにお前さんが来てもう結構な月日が経つが、どうだい? この里は慣れたかい? 困っていることはないかい?」

エルフ「えっと……その……」



529VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:02:47.26RLjbm7yt0 (46/212)

族長「ん? どうしたんだい。もしかして答えにくいことだったりしたのかい?」

エルフ「いえ! そんなことありません。この里に住むエルフはみんなよくしてくれます」ニコッ

族長「そうかい? なら……いいんだけどね」

エルフ「そうだ! おばあさん、よかったらいつものお話を聞かせてもらえますか?」

族長「あれかい? こんな堅苦しい昔話を喜んで聞いてくれるのはお前さんくらいだよ」

エルフ「……」ワクワク

族長「ふむ。そうさね、それじゃあ話してあげようか」

エルフ「やったっ!」



530VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:03:15.43RLjbm7yt0 (47/212)

族長「古い、古い。それこそ私たちエルフと人がまだ手を取り合って暮らしていた時代のお話。
 当時、人とエルフは互いに足りない部分を補い合って生きていた。
 エルフは長寿で、古くから魔法や生活に必要な知識を蓄え、進化させてきた。ただ、その数は人に比べて明らかに少なかった。
 人は短命であったが、それ故にきっかけを与えれば数を集めて知恵を絞り、劇的な進化や変化をもたらせてきた。一人では無理なことも十人、百人と協力し合い成し遂げてきた。
 エルフと人。この二種族が互いに協力し合い、日々の暮らしを健やかに、快適なものへと当時はさせていた」

エルフ「ふむふむ。でも、今は人とエルフの仲はよくないんですよね。一体どうしてそうなったんですか?」

族長「そうだね、それについては今から話していくとしようかね。
 そうしてよき隣人として過ごしてきた人とエルフだったが、ある時大きな事件が起こったと言われているんだよ。
 それは人の集落をエルフが襲い、村人たちを虐殺したというもの。これに激怒した他の人々はエルフに対して怒りを露わにしたんだ。
 しかし、同時にエルフの方にも問題が起こった。それは、人の側と同じくエルフの集落に人が攻め込み、無残な死体にされたというものだったのだよ。
 人に事件のことを話されたエルフたちもこの事件を話したが、信じてもらえなかった。そして、エルフもまた人の言うことを信じようとしなかったんだよ。
 お互いに相手が事件のことを誤魔化すために嘘をついているんだと思ったんだろうね。
 その件があってから、人とエルフは相手のことをあまり信用できなくなったのだよ。そして、その後も何度も同じような事件が起こった……」

エルフ「……」ブルブル



531VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:03:41.77RLjbm7yt0 (48/212)

族長「互いの怒りが限界にまで達しようとしていた時、事件を生き延びた者が語った。『あれは、かつて死んだはずの者だ』とね。
 そのことに気がついた一部のエルフがこっそりと人の代表に接触し、そのことを伝えた。そして、人の側にもそのことが本当なのか確認してもらったのだ。
 結果は……当たりだった。人を襲っていたというエルフはかつて事件によって死んだはずの者の一部だった。
 死体の数が足りないとは当時気がついていたようだが、連れ去られたか形がなくなるような無残な殺され方をされたかと皆思っていたからそのことに気がつくのが遅れたのだ。
 当然のことながら、誰も死体が動くとは思っていなかったのだよ。
 そして、互いに不信感を抱えながら人とエルフは動く死体について調査を始めた。結果、それはある魔物が起こしていることだということがわかったのだ」

エルフ「それは、一体……」

族長「うむ。それはな、“黄昏の使者”と呼ばれる魔物だった。どのように、どこから生まれるのか全く不明。神話の中にだけ登場するもので、死した者を己の配下として操り、生けるもの全てをその手によって葬り去る存在だったのだ。
 その伝承はエルフ族にだけあり、対処法もかつては記されていたという。生者の側の光にも、死者の側の闇にも属さないそやつや、その配下。
 エルフだけで対処するにはその頃には敵が増えすぎていて、数のある人はその対処方法を知らなかったんだよ。
 だから、エルフは人に協力を要請し、力を合わせて“黄昏の使者”をその配下も含めて殲滅したのだ。そうして、この世界に平和が訪れた……」



532VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:04:09.06RLjbm7yt0 (49/212)

エルフ「ほわ~。何度聞いても面白い話です……。でも、そんなに協力した仲だったのに、どうして今私たちエルフと人は争うなんてことになっているんでしょう?」

族長「事態はそんなに簡単じゃなかったんだよ。突然現れた魔物。互いに被害が出ているとはいえ、エルフだけがその対処法を知っていたという事実。それが、人の側には変だと思えたんだろうね。
 元々の不信感も重なって、敵の殲滅が終わったあと、人々は『あれはエルフ達が野に放った魔物だ!』と言ったそうだ。
 当然エルフたちはそんなことをしていないため、反論したようだが、互いに譲り合わずとうとう人とエルフは袂を分かつことになったんだよ。
 そうして、長い月日が流れて今また人とエルフの争いが起こっている。これまでも何度か小さな争いはあったが、ここまで大きなものが起こってしまうと、もうどちらかが滅びるか降伏するかしないかぎりこの戦いは止まらないだろうねえ」

エルフ「そんな……。それじゃあ、お父さんとお母さん達は何のために……」シュン


533VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:04:50.14RLjbm7yt0 (50/212)

族長「……今はそのことは忘れなさい。なに、きっとまた人とエルフが手を取り合って生きていけると気がくるさね。今は互いの誤解がきつく絡み合ってしまっているが、いつかきっと誰かがこの誤解という名の縄を解いてくれる時がくるはずだ。
 その時まで、我々は抵抗せず人との和解の道を探っていくしかないのだよ……」

エルフ「おばあさん……」

族長「ふむ、少し話しすぎたかね。ほら、もう日も暮れるはずだよ。そろそろ家にお帰り」

エルフ「はい、また近いうちに来ますね」トテテテッ

族長「……」

族長「本当に、そんな時が来てくれるといいんだがねえ……」ハァ


534VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:05:18.14RLjbm7yt0 (51/212)

……



エルフ「おばあさん……元気なかったですね。やっぱり、みんなに人との交流を絶たないように説得して疲れているんでしょうか……」テクテク

エルフ「顔色もあまりよくなかったですし、大丈夫かな……」

……コツッ

エルフ「いたっ!?」サッ

エルフ「えっ……?」キョロキョロ



535VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:05:57.76RLjbm7yt0 (52/212)

エルフA「やい、裏切り者の子。族長の孫だからっていい気になって! お前なんてとっととこの里から出てけ」ヒュッ

エルフ「痛っ! やめ、やめてください!」

エルフB「うるさい! 人間側についている裏切り者!」

エルフ「そんな……」

エルフC「知ってるぞ、お前の両親人間の味方して殺されたんだって? 俺たちを裏切ったから罰を受けたんだ!」

エルフ「お父さんとお母さんを悪く言うのはやめてください! それに、裏切ってなんていません。二人とも一生懸命和解の道を探っていたんです!」

エルフA「じゃあ、何でお前の両親は死んだんだよ! いっくら頑張ったところで結局のところ人間に話なんて通じないんだよ! あいつらは野蛮な民族だからな」



536VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:06:25.15RLjbm7yt0 (53/212)

エルフ「そんなことありません! ちゃんと話せばわかってくれる人だっています。一方的に決めつけるなんてよくないです」

エルフC「言い訳ばっかりで見苦しいぞ! 現にお前の親は人間の手によって死んだじゃないか。それが何よりの証拠だ! 奴らに話し合いなんて通じない。若エルフさんの言うように俺たちには戦うしか選択肢はないんだよ!
 それともお前は俺たちエルフは黙って人間に殺されろとでもいうつもりかよ」

エルフ「違います! そうじゃないんです……」

エルフB「だいたい、族長も族長だ。なんで、人間との交戦にそこまで反対するんだ。今更そんなことをしたって無駄だっていうのに。これだから、頭の固い古いエルフは困るんだ……」

エルフ「……! 私のことを悪く言うのは構いません。でも、おばあさんのことを悪く言うのはやめてください!」



537VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:06:55.04RLjbm7yt0 (54/212)

エルフA「……まあ、若エルフさんにも族長のことを悪く言うのは止められているしな。このくらいにしておくか。だがな、どっちの意見が正しいのかはすぐにわかるようになるさ。その時、人間の見方をしたお前に居場所はないと思っておくんだな」

エルフB「裏切り者はおとなしく家にでも篭ってるんだな」

エルフC「間違いないな」ハハハハハ

タッタッタ

エルフ「……」グスッ

エルフ(お母さん、お父さん。私、間違ったこと言っていないですよね。二人とも正しいことをしたんですよね?)

エルフ「家に、帰りましょう……」トボトボ



538VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:07:22.12RLjbm7yt0 (55/212)

――翌朝――

エルフ「う、うぅ~ん。今日もいい天気です。昨日は帰ってすぐに眠ってしまったので何も食べていません」グゥ~

エルフ「森の奥に行って果実を取りに行ってきましょう。あ、できればお魚も欲しいですね。帰りに川に寄って魚を採りましょう」

ギィィ、パタン

エルフ「行ってきます」

シーン

エルフ「……」タッタッタ




539VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:08:21.01RLjbm7yt0 (56/212)

――森の奥――

エルフ「えっと、これは食べれるキノコで、これはダメ。あ、この果物虫食いがひどいですね……」

エルフ「よいしょ、よいしょ。籠をあらかじめ持ってきておいて正解でした。これだけ多いと手で運ぶには限界があります。あとはお魚を採れば……」テクテク

?「うっ……うぅ……」

エルフ「あれっ? なんでしょう?」テクテク

エルフ「あ!? 誰か、倒れています。……これは、人間?」ジッ

エルフ「ど、どうしましょう……。このまま見捨てる、なんてできないですし。かといって連れ帰ればまた……」

?「……」ガクッ

エルフ「あっ……」

エルフ「……」キョロキョロ

エルフ「……」ギュッ

タッタッタッ



540VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:08:47.82RLjbm7yt0 (57/212)

……



?「うっ……ここ、は?」

エルフ「あ、気がつきましたか?」

?「君は……エルフ? そうか、それじゃあここはエルフの……うぐっ!」

エルフ「駄目です! まだ傷がちゃんと塞がっていないんですから無理しちゃ……」

?「すまない。傷の手当は君が?」

エルフ「いえ、それは私じゃなく……」


541VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:09:46.26RLjbm7yt0 (58/212)

族長「そこからは私に話をさせてもらおうかねぇ」

エルフ「おばあさん!」

族長「よく様子を見ていてくれたね。ありがとう、お前さんはひとまず別室でゆっくりと休んでいなさい」

エルフ「で、でも……」

族長「なに、別にとって食うわけでもあるまい。少し話をするだけさね。信じておくれ」

エルフ「……はい、わかりました」ギィィ、パタン


542VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:10:49.00RLjbm7yt0 (59/212)

族長「……ふむ、行ったようだね」

?「あなたは……?」

族長「私かい? 私はこのエルフの里の族長さね。そういうあんたはどうなんだい?」

?「私は、学者です。エルフと人との関係に調べているものです。もっとも、人の世からは厄介もの扱いされて学会からも居場所も奪われてしまいましたが……」

族長「なるほどねえ。それで、一体なんだってあんなところで傷ついて倒れていたんだい?」

学者「それは……」

族長「話せないような事なのかい? それともお前さんもエルフに対して悪意の偏見を持っているのかい?」



543VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:11:51.58RLjbm7yt0 (60/212)

学者「……わかりました。では、お話させていただきます」

そう言って学者はポツリ、ポツリと森で倒れるまでの経緯を話し始めた。
彼は元々魔術関連の研究を行なっている一学者だった。しかし、敵対しているエルフが人よりも優れた魔術を身につけていることに関心を持ち、そこからエルフについての研究にも手を伸ばすようになっていったという。
最初は興味本位で調べ始めた事だったが、時が経つにつれて段々と本来の研究よりもエルフについての研究に没頭していくようになっていった。
そんな日々が幾年も過ぎ、エルフと人が何故こんなにも争うのか疑問を抱くようになった彼は、このような状況になった原因を調べ出した。
そもそも人の世界ではエルフは毛嫌いされ敵としてみなされているが、どうしてそのように感じるようになってしまったのかは詳しく説明されていなかった。
親から子へ、子から孫へ。
ただエルフは蛮族、人の敵ということだけが伝えられ続けたことによって、彼らに対する敵対心が刷り込まれ、争いに巻き込まれ被害を受けた者が憎悪を募らせることになり、結果としてエルフは倒すべき対象としてみなされていたのだ。
だが、そんな人々にそもそも何故エルフと人は争うようになったのか? と問いただしても昔からの敵だからという答えしか返ってこなかった。
不思議に思った彼は更に双方の関係を詳しく調べ、つい先日ようやくエルフと人が決別することになった真実に辿りついた。
冷静に考えればこれは人の側に非があるように感じた彼はこの事実を纏めた論文を学会に提出した。しかし、これが不味かった。
古くからの事実を知っていた一部の学会員たちはこのことが世に晒されて人々がエルフと戦うことに躊躇いが出るのを恐れ、この論文を焼却した。そして、このことが彼の口から他の者に伝わらないようにするために口封じとして暗殺者を放った。
このことに気づいた彼は必死に逃げ、決死の思いでエルフの住むと言われている森へと逃げ込んだのだ。一か八かの賭けではあったが、暗殺者も敵がいる場所へわざわざ足を踏み入れるわけにもいかない。
そして、森の奥深くまで逃げ切ったと思ったその時、彼の身体に激痛が走った。見れば、腹部の一部が裂け、血が流れていた。近づけなくとも遠くからなら。そう思った暗殺者が放った弓矢が彼の腹を裂いたのだ。
走る激痛、見慣れない血にショックを受けた学者は腹部を抑えながら歩いていき、森の奥で倒れた。そして、果実を採りに来たエルフに助けられ今に至るというわけである。



544VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:13:02.52RLjbm7yt0 (61/212)

族長「なるほどねえ。それは災難だったね」

学者「いえ、自分もこの事実を知るまではエルフのことを毛嫌いしていましたから。ある意味では自業自得です。正直に話させてもらえば、今もあなたがたが得体の知れない存在として恐ろしいと思っている自分もいます」

族長「そりゃ、そうさね。今までろくに対話せず命を奪い合ってきた存在のいる場所に身一つで放り込まれているんだ。怖がっても仕方がないね」

学者「そう言っていただけるとありがたい」

族長「それはそうと、あんたこれからどうするつもりだい?」

学者「実はまだ何も考えれていません。命を守ることに必死だったのでどうするかなんて考える余裕もなくて……」



545VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:13:29.84RLjbm7yt0 (62/212)

族長「そうかい。でも厄介なことになったね。あたしはあんたがここにいようと別に構いやしないんだが。なにせ時期が時期だ。人とエルフとの戦いは激しくなる一方。特に若いエルフは今のあんたが話してくれた若い人間と同じように人を倒そうと躍起になってる。
 この里のエルフはまだ私が抑えているけれどそれもいつまで持つかわからないのが正直なところだねぇ。
 だからあんた。その傷が治ったらすぐにこの森を出たほうがいいよ。私も立場が立場なものだから見てみぬふりをするくらいしかできないけどねえ」

学者「いえ、今の人とエルフの状況を考えればそう考えて当然です。むしろ人とわかっていて殺さないでいただけるだけマシでしょう。その上手当までしていただいて。感謝しております」

族長「ひとまずはこの家から出ないことだね」

学者「わかりました。ご助言ありがとうございます」



546VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:15:04.17RLjbm7yt0 (63/212)

族長「なに、これ以上厄介事が増えるのを防いでるだけだよ。私は争いが嫌いだからね」

学者「そうですね。戦争なんてものは互いに傷つくばかりです。生み出すのは相手に対する憎悪ばかり……。本当に早く戦いが終わって欲しいと願うばかりです」

族長「そうだね。でも、さすがに今回ばかりはどちらかが滅ぶか、それとも服従することになるか。行き着くところまで行かないと終わりそうになさそうだけどね」

学者「……できることなら、人とエルフが手を取り合っていけるような世界が出来上がればいいのですけどね」

族長「そう簡単に事が進むようならこんなに長い時間互いに争い続けたりはしていないさね」

学者「確かに、あなたの言うとおりですね……」


547VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:15:37.60RLjbm7yt0 (64/212)

シーン

族長「さて、話はこの辺にしておこうかね。あんたもその状態でずっと起き続けているのは辛いだろうし。もう一眠りしておきな」

学者「確かに。実は先ほどから眠気がひどくて……」

族長「まあ、後のことはエルフに話しておくから。あんたはゆっくり休んで傷を治すことだね」

学者「あ、すみません。ひとつお願いがあるのですkが聞いてもらえないでしょうか?」

族長「なんだい?」




548VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:16:49.66RLjbm7yt0 (65/212)

学者「あのエルフの少女にお礼の言葉を伝えてもらないでしょうか? 本当はさっき言っておきたかったのですが、伝える前に彼女は部屋を出て行ってしまったので……」

族長「それくらいなら構わないよ」

学者「ありがとうございます。もちろん目が覚めたらまた自分でも伝えておきますので」

族長「そうかい。それじゃあ」

ギィィ、パタン

族長「さて、この状況。どうしたもんかねえ……」


549VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:17:18.50RLjbm7yt0 (66/212)

……



学者の男が療養を始めてから二日が経った。この間、特に何が起こるわけでもなく、エルフの看病を受けながら少しずつ彼は体力を取り戻し始めていた。

エルフ「あ、あの。これ……どぞ」

ベッドの上で上半身を起き上がらせている学者に向かってエルフがおずおずと果実を差し出す。今朝に森の奥で採ってきたばかりのものだ。

学者「ああ、ありがとう」ニコッ

学者はエルフからそれを笑顔で受け取るが、どうにも二人の間には微妙な空気が漂っている。
恐怖心はそこまでない。おそらくは人として学者はいい人の部類に入るであろうということもなんとなくエルフは悟っていた。しかし、これまでほとんど接点のない人と暮らすのは彼女にとっては急なことであり、戸惑ってしまっても仕方のない事態だった。
それとは別に彼女にはもう一つ距離感をつかめない理由があった。
それは、エルフの両親のことだった。



550VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:17:46.75RLjbm7yt0 (67/212)

エルフ(この間のおばあさんとの話。気になってこっそり聞いちゃいましたけど、この人もお父さんとお母さんと同じように人とエルフの和解の道を考えているんですね……)

彼女の両親と同じ考えを持っている学者にだったらすぐに打ち解けてもよいとエルフも内心では思っていた。だが、彼が人であるということが彼女と学者との間を邪魔していた。

エルフ(お母さんも、お父さんも頑張って人とエルフとの仲を良くしようとしたのに……。周りからは裏切りもの扱いされて、里から追い出されて。最後は人との争いに巻き込まれて人の手によって死にました……。
 この人に罪はないのはわかってますし、怒ったところで逆恨みです。そもそも、本当に嫌ならあのまま見捨てます。でも、そうしたらお父さんたちのしたことを私が否定してしまいます。
 ああ、もう。どうすればいいんでしょう。頭がごちゃごちゃして訳がわからないです)

考えが纏まらず黙り込んでしまうエルフ。こんな様子はこの二日の間に何度もあった。


551VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:18:30.73RLjbm7yt0 (68/212)

学者「……やっぱり君も私が憎いかね?」

そんなエルフの内情をなんとなく察したのか学者は彼女に訪ねた。エルフが話を聞いていたと気づいていない学者は彼女が人に対して憎しみを抱いていると思ったのだ。

エルフ「……」

違います。
そう返事をしようとしたエルフだったが、何故か言葉が出てこなかった。

エルフ「また……後で来ます」

代わりにそれだけを学者に伝えてエルフは部屋を出て行った。

学者「本当に、人とエルフの間にある溝は深いものだ……な」



552VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:19:32.31RLjbm7yt0 (69/212)

気まずい気分を胸に抱えたまま部屋を出たエルフは、己のうちにある複雑な感情を持て余していた。

エルフ(言い返したかった……。私は人を憎んでいないって……)

そう思っていた。それはエルフの本心である。人と仲良くして行きたい。

両親が語ってくれたように、人とエルフが共に手を取り合って行く未来を見てみたい。
自分もその関係を作り上げる者になりたいと。そう……思っていた。

だが、そのように明るい望みの裏側でふつふつと暗い感情が沸き上がるのを感じていた。

人は敵だ。ずる賢く、自分勝手で。手を差し伸べたところでその手を振り払う。

母エルフ『お行きなさい。あなただけでも……』

父エルフ『私たちはここに残るから。ほら、早く。おばあさんがきっと待っているよ』

不安を感じさせない笑顔を浮かべ、戦火の中娘を送り出した両親。彼らの遥か後ろにはこちらに向かってくる幾つもの人影があった。

今だから分かるが、あの時両親は死ぬつもりだったのだ。しかし、せめて娘だけでもと思い、どうにかエルフを送り出した。
心配をかけまいと笑顔を浮かべて。



553VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:20:06.52RLjbm7yt0 (70/212)

涙を浮かべ、エルフは戦火の渦中にある草原を駆け抜けた。振り向く事はできなかった。
迫り来るプレッシャー、振り向いた先にある凄惨な光景、そしてほんの僅かでも足を止めれば己の命も危ういのだと本能的に悟っていたからだった。

気づけばひとりぼっちで森の中を彷徨い歩いていた。涙を流し、無様に嗚咽を漏らしながら。
そして、森の奥から現れた同胞達によって保護され、祖母のいるこの里で暮らすようになった。
住む場所は変わったものの、生活自体はそれまでとあまり変わらなかった。

生きるために必要な最低限の食事を取り、森の奥で穏やかに過ごし、たまに祖母である族長エルフに昔話を聞かせてもらう。そんな毎日がずっと続いていた。

同胞のエルフ達からは彼女の両親が人との繋がりがあったことで裏切り者の子と罵られているが、それもあまりたいした事ではない。
族長の孫という事もあってか、他のエルフ達もそれほど手を酷く手を出してこない。


554VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:20:38.38RLjbm7yt0 (71/212)

世話になっている祖母にも迷惑をかけまいと、毎日明るく、明るく振る舞ってきた。誰からも好かれるように、邪魔な存在だと思われないように。

息を殺し、まるで空気のように。その場に存在しても誰からも気づかれず、誰の迷惑にもならないように努めてきた。

心はずっと平静だった。そう、彼が来るまでは……。

エルフ「どうして……。どうして、私の前に現れるんですか……」

胸の内にある黒いもやもやは一向に腫れる気配がない。それどころか、日ごとにその量を増していっている。
昨日は平気だった学者の何気ない一言でも、今日には苛立の原因になってたりもした。




555VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:21:08.00RLjbm7yt0 (72/212)

エルフ「私、このままじゃ人間のことが嫌いになっちゃいます。そんなことになっちゃ駄目なのに……。
お父さんとお母さんの言っていたことを裏切る事になっちゃう。
もしそうなったら、私には本当に何もなくなっちゃいます」

己に起こった変化を恐れ、その場にしゃがみこみ、エルフは己の体を抱きしめた。だが、そんな彼女を優しく癒してくれる存在は今この場には誰もいなかったのだった……。




556VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:21:40.25RLjbm7yt0 (73/212)

……



エルフA「やっぱり言っていた通りです。あのエルフのやつ家に人間を匿ってます」

エルフB「本当です。ずっと見張っていましたけど窓から人間の男が家の中を動いているのが見えました。
ただ、どうも怪我しているみたいであまり体調がいいようではないみたいですけれど」

エルフC「それで、どうするんですか?」

若きエルフ「いや、今はまだなにもしないさ。もう少しだけ待とうか」



557VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:22:07.49RLjbm7yt0 (74/212)

エルフB「そんな! みすみす人間を見逃せっていうんですか? あいつらに殺された同胞はたくさんいる……」

エルフA「やめろよ! 若エルフさんには何か考えがあるんだよ。そうですよね?」

若きエルフ「ああ。君たちの気持ちもわかる。人間を前にして流行る闘争心を必死に抑えているのも……ね。
私だって君たちと同じだ。あの人間をこのまま逃すつもりはないよ。だけど、今は駄目なんだ。
 このままあの人間を捕まえて見せしめにして殺すのは簡単だ。
でも、我々は人間と違ってそんな野蛮な行為はしない。殺すなら後悔する暇も与えずに殺す。
 だけど、あの人間はまだ利用する価値がある。頭の硬い老人たちの目を覚まさせ、戦うことから目を背けて同法を見殺しにしているヤツらの口を黙らせるためのね。
 だから、私が許可するまではあの人間に手を出さないように。それと、あのエルフの少女にも」



558VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:22:48.54RLjbm7yt0 (75/212)

エルフC「あいつにも手を出してはいけないんですか?」

若きエルフ「そうだよ。その理由も後で分かる。今は僕を信じてくれとしか言えないけれど……」

エルフA・B・C「……」

若きエルフ「やっぱり、無理なお願いだったかな」

エルフA「いえ! そんなことありません。自分は若エルフさんの言うことに従います」

エルフB「自分もです」

エルフC「あ……じ、自分もです!」



559VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:23:14.80RLjbm7yt0 (76/212)

若きエルフ「そうか……。みんな、ありがとう。もう少し、もう少しだ。あと少しで私たちは他の里のエルフたちと同じように人間を滅ぼすための聖戦に参加できる。
その時まで、君たちには充分に力を蓄えていてくれたまえ」ニコッ

エルフA・B・C「はい!」

熱に浮かされたような声で三人の少年エルフは答える。彼らを導く若きエルフのその目に宿る狂気的な光に気がつくことなく。
いや、あるいはその光に魅入られ、引き寄せられるようにして少年エルフたちはそばにい続けるのかもしれない。

戦争がもたらす狂気的な熱。その余波は争いを避けようと望み続ける里にまで及び、腸を食い破る寄生虫のように内側からジワリ、ジワリと侵食を始めていた……。



560VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:24:51.16RLjbm7yt0 (77/212)

……



――数日後――

その日は、とても穏やかな陽気だった。森は静かに息を潜め、そよ風が木々の間をすり抜けていく。まるで激動の前のひと時を思わせるような静けさだった。

そんな森にただ一人療養生活を送っていた人間がいた。数日前に負った傷はもうほとんど癒え、寝てばかりで動かしていなかった身体をほぐしている男が。

そして、そんな彼と同じ家に住んでいる少女が一人。種族の違うエルフが少し離れた位置で彼の様子を見ていた。

二人は結局この数日間互いの距離をつかむことができずに終わった。
エルフは自分の苛立ちを胸に抱えながらも、できるだけ表に出そうとせず男性の看護をし、男性はエルフの様子に気がつきながらもただ黙っているだけだった。

そして、今日。ようやくまともに歩けるようになった学者はこの森を出ることを決意していた。
そのことを昨晩エルフに話したが、エルフは喜ぶわけでも悲しむわけでもなくどこか曖昧な表情を浮かべてただ「そう……ですか」とだけ呟いた。



561VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:25:46.67RLjbm7yt0 (78/212)

結局、人とエルフは分かり合うことはできないのだろうかと学者は考えていた。
かつて、人とエルフが共存していたのは幻のようなもので、それが実現すること等ありえないのだろうかと。
だが、己に問いかけたその質問に返ってきた答えは否だった。
まずは自分から、一歩踏み出す。そうしなければ何も変えることなどできない。
誰かが事を起こすのを待っているだけでは、この状況はきっといつまでも変わらないだろう……。
だからこそ、学者はここを旅立つ前に自分を看護してくれたエルフに伝えておくべきことがあった。内心でどう思われていようが、彼が少女に命を助けられ、こうして生きながらえているのは彼女のお陰なのだ。
チラリと視線を移すと、そっとこちらの様子を伺っているエルフの少女の姿があった。こちらを見ていることに気づかれて焦っているのか、あたふたとし、罰が悪そうに視線を彷徨わせている。

学者(きっと、この子に出会ったのはある意味で運命だったのかもしれないな)

そう思いながら、学者は人とエルフが共に歩んでいくための一歩を踏み出そうとしていた。

学者「よければ……少し話をしないか?」

学者のその提案に、エルフは少々戸惑ったが、しばらくしてコクりと小さく頷いた。



562VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:26:44.19RLjbm7yt0 (79/212)

居間にあるテーブルを挟んで人と、エルフが向かい合っている。どこか落ち着かない様子なエルフの少女。
そんな彼女とは対照的に、人間の男の方は落ち着いた様子で話し始めた。

学者「まずは、お礼を言わせて欲しい。人の身でありながら命を救っていただいたこと、本当に感謝している。
きっと君がいなかったら私はあのまま野垂れ死にしていただろう……」

エルフ「いえ、別にお礼を言われることじゃ……」

学者「お礼を言うことだよ。君たちエルフが人に対していい感情を抱いていないのは知っている。それがわかっていてもなお助けてくれたんだ。感謝してもし足りないくらいさ。だけど、同時に気になることがある。
 君だってエルフの一族だろう? なら人を助けたら自分が周りから何を言われるのかくらい想像が付くんじゃないか? それなのに、どうして助けようだなんて思ったんだ?」

これは学者がエルフに助けられてからずっと抱いていた疑問だった。
自分を助けて、そのことが周りに知れてしまえば、この少女は差別される。裏切り者の烙印を押され、爪弾きにされるだろう。
少女とはいえエルフだ。そのことがわからないはずがない。それなのにどうして自分を助けたのだろうか……と。
この問いかけにエルフはしばらく黙り込んで、返事をするべきか迷っているようだった。
やはり聞くべきではなかったかと学者が思い、その質問の返事をしなくてもいいと伝えようと口を開こうとした時、エルフが話を始めた。



563VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:27:11.78RLjbm7yt0 (80/212)

エルフ「私には大事な、大事なお父さんとお母さんがいました。二人はずっと人と交流を持っていて、大きな戦争が始まる前から仲良くしていました。
戦争が始まっても二人は人との交流をずっとやめないで、他のエルフたちから非難されてもずっと笑顔で過ごしていました。
 何も悪いことをしていなかったのに、結局お父さんたちは裏切り者だと罵られ、里を追い出されて……。そして、最後には信じていたはずの人に……裏切られた」

学者「……」

エルフ「あんなに人のことを信じて、エルフと人が仲良くなるように頑張ってきた二人だったのに……。誰一人として二人のことを理解してくれませんでした。正直、人のことを憎いと思わないこともないです。
 でも、私が人のことを嫌いになってしまったら二人はきっと悲しんでしまいます。最後まで人とエルフの道を探して、私を命をかけて守ってくれたお父さんとお母さんを私が裏切ることになってしまいます」

学者「だから、助けたと?」



564VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:27:41.15RLjbm7yt0 (81/212)

エルフ「そう……だと思います。理由なんてこんなものです。私は二人のためにあなたを助けたんです。
それに、裏切り者なんて烙印は私には昔からずっと押されています。あのままあなたを見捨てたところでそれが消えるわけでもありません。だったら、助けたほうがいいと思っただけです。
 どうです? 私は別に善意からあなたを助けたわけではないんです。ただ、二人のしてきたことを私自身が否定したくなくてやっただけなんですよ……」

そう呟くエルフの顔はとても悲しそうだった。

学者「……」

沈黙が続く。この場の雰囲気にそぐわない小鳥の陽気なさえずりが甲高く外から聞こえる。そのさえずりを遮るように学者は告げる。

学者「君は、我慢しているんだね……きっと。いいんだよ、もっと人を嫌いになっても。そうしても誰も君を責めることはないんだ。
君は、君だ。お父さんや、お母さんは確かに人を信じて亡くなったのかもしれないけれど、君がそれに縛られることはないんだ」



565VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:29:37.81RLjbm7yt0 (82/212)

エルフは学者の言葉にハッとした。今まで誰もそんなことを言ってくれた者はいなかった。
誰かを嫌いになってもいいだなんて。自分にはそんな権利がないとずっと思っていたのだ。
しかも、それを告げたのはよりによって憎み、嫌うべき人間。

エルフ「やめて……ください。そんなことを今言われても困るんです……。私は、誰も嫌いになんてなっちゃいけないんです……」

学者「それは違うよ。君はもっと自由になるべきだ。誰かを好きになったり、嫌いになって分かることもあるんだ。
誰にでも同じ態度でいるってことは聞いている分はいいと思えることだけど、実際は誰に対しても興味を持っていないのと同じことなんだよ。
 本音で接して、それで初めて分かることもある。君のご両親は人に対して上辺だけの付き合いだけしていたかい?」

エルフ「そんなわけありません! 二人とも真剣に人と交流をしていました!」



566VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:30:05.02RLjbm7yt0 (83/212)

学者「そうだろうね。だからこそ、二人とも最後まで人との道を探っていたんじゃないかな? 本音で彼らと付き合っていたからこそ、周りから非難されようともずっとその交流を断つことはなかったんじゃないかな?
 人にだって、悪い者はいくらでもいる。中には救いようのない者だって……ね。
でも、分かって欲しい。そんな中にもいい人だっているんだ。だからこそ、せめて君にだけは本音で接して欲しいと思う。
 君が嫌だと思う人もいるだろう。そんな人は嫌ってもいい。でも、同時に君が好きだと思える人には真摯に向かい合って欲しいんだ」

エルフ「……」

学者「これがただのお節介だっていうのは分かっている。でも、君がどう思おうと命を救ってもらって私は感謝している。それがたとえただの義務感だったとしてもね」

エルフ「……」

伝えられた言葉を噛み締めるようにエルフはうつむき、何かをじっと考え込んでいた。その様子を学者は静かに眺めていたが、やがて席を立ち、

学者「本当にお世話になった。夕方までにはここを出て行くよ」

エルフにそう伝えて、自分にあてがわれていた部屋に戻っていった。

エルフ「私……は」

残されたエルフは、何をするわけでもなくその場に居続けるのだった。


567VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:30:43.99RLjbm7yt0 (84/212)

……



日も沈み始め、夜が森に訪れようとしていた。朝方の明るい雰囲気はいつの間にかなりを潜め、不気味な暗がりが森に広がっていく。

風に揺られざわつく木々。その様子が森に漂う不穏な空気をより一層濃くしていく。

学者「よし、行こうか」

周りに他のエルフが居ないことを確認して、学者は家を出る。最後に別れの挨拶をしておこうとエルフの部屋をノックしたが、返事がなかった。



568VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:31:13.67RLjbm7yt0 (85/212)

学者(やはり、余計なことをしてしまったかな……。後味の悪い別れにはなるが、むしろこの方がいいのかもしれないな。
 彼女は直ぐに変わることは無理だろう。でも、もし彼女がこの森を出て人と出会うことがあったなら、いい人と出会うことができたのなら、きっと今と違って自由になることができるだろう……)

彼女のこれからが良いものになればいいと思いながら学者は森を出るために先へ先へと進み始める。だが……。

若きエルフ「すみませんが、あなたにこの森を出て行かれては困るんですよ」

唐突に背後から聞こえてきた声に驚き、振り向く。見れば、二十代ほどの外見のエルフを先頭に幾人ものエルフたちが彼の後ろに立ち並んでいた。

学者(彼らは いや、そんなことよりこの状況はマズイ……)




569VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:31:50.90RLjbm7yt0 (86/212)

突然己の前に現れたエルフに驚くが、学者は意外にも冷静だった。
こんなにもたくさんのエルフがまさに森を出ようとするこのタイミングで現れたということは、以前から自分がこの森に滞在しているということが彼らにはわかっていたということだ。

一瞬、族長かエルフの少女が自分のことを彼らに密告したかという考えが思い浮かんだが、エルフの少女はほかのエルフからつまはじきにされていると聞いていたし、族長もそんなことをする者とは思えなかった。

学者(そもそも、こんなに大勢のエルフがいるのだ。殺害が目的ならとっくに殺されているだろう。なら、何か別の理由が……)

エルフたちの目的に考えを巡らせていると、彼らの先頭に立っている若いエルフが学者に向けてこう告げた。

若きエルフ「では、始めましょうか。世代の交代を……」

彼の言葉に合わせて数名のエルフが学者を取り囲む。なす術なくエルフに捕らえられた学者を見て若きエルフの口元が歪む。

古い時代はここに終わり、若き者たちの変革が始まりだした。


570VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:32:34.39RLjbm7yt0 (87/212)

一方、部屋の窓から事態を見つめていたエルフは焦っていた。

エルフ(なんで、あんなに他のエルフが……。それもですけれど、あの学者さんが連れて行かれました)

一体、今この森で何が起こっているのか? そして、彼らは学者をどうするつもりなのか。それを考えたとき、エルフは己の身に迫る危機を感じた。
エルフ(このままじゃ、私も……)

そう理解した瞬間、家の扉が壊されて開く音が聞こえた。数名の同胞が己に視線を向けている。裏切り者とその瞳は確かに彼女に向かって語っていた。

エルフ(逃げないと……)

迫り来る同胞を前にして、エルフは窓から身を投げ出し、全速力で走り出した。それを見て同胞たちも彼女を追いかけていく。



571VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:33:00.42RLjbm7yt0 (88/212)

エルフ(怖い、怖い……こわい)

走っても走っても離すことのできない相手との距離。捕まったらどうなるのか、それがわからないわけではない。
今までは間接的に付けられていた裏切り者の烙印を直接その身に刻まれ、皆の前に無様な姿を晒すことになる。そして、最後は……。

エルフ(死にたく……ないです)

父と母が今までしてきたことを否定されたくない。ここで自分が殺されてしまえば、それこそ彼らのやってきたことは本当に無駄になってしまう。
そう思ったからこそ、エルフは走り続けた。暗い、暗い森をたった一人で。
だが、悲しいことに彼女を追いかけているのは成熟したエルフ。それも戦闘に長けた者たちだった。
大人と子供ではいくら頑張ったところでその身体能力には差が出る。まして、それが訓練されたものとそうでないものであるならばなおさらだ。

徐々に、徐々に差は縮まり。ついに、エルフは……。



572VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:33:28.35RLjbm7yt0 (89/212)

エルフ「いやっ! 離して、離してください!」

捕まってしまった。彼女の手をつかみ、動きを止めたエルフの顔には怒りが宿っていた。

エルフ兵「仮にも同胞であるお前が、我ら一族を裏切り人に手を貸すとは。
やはり、裏切り者の子は裏切り者でしかないということか……。その罪、衆目に晒して命を捧げることによって注ぐが良い」

力強く、腕を握り締めエルフを引っ張っていこうとする兵士。だが、突如その力が弱まる。

エルフ兵「な、なんだ? 力……が」

彼のその言葉をきっかけに、エルフの周りを囲んでいた他のエルフたちが力なく倒れていく。



573VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:34:27.29RLjbm7yt0 (90/212)

エルフ「えっ……えっ?」

突然の出来事に、何が起こっているのか分からず、戸惑うエルフ。だが、戸惑う彼女を叱咤する声が辺りに響き、彼女は冷静になった。

族長「何ぼさっとしているんだい。いいから、早く逃げな」

見ればエルフから離れた場所に彼女の祖母である族長が立っていた。

エルフ「おばあさん!」

族長を見て安心したのか、エルフは彼女の元へと駆け寄り飛びついた。だが、顔を上げて彼女の表情を見た瞬間、一瞬浮かべた笑顔が再び凍りつく。
どこか、諦めた表情で、優しく諭すようにエルフの肩に手をかけて族長は伝える。



574VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:35:13.35RLjbm7yt0 (91/212)

族長「行きなさい。ここにいてはいけないよ。お前さんはもう、ここで生きていけないんだ」

その言葉、雰囲気にエルフは死んだ両親の最後を族長に重ねた。

エルフ「いや……。いや、です。だって、私。全然おばあさんと過ごしていません。これからだって、もっとずっとおばあさんと一緒に暮らしていきたいんです」

知らず、エルフの頬を涙が流れる。そんな彼女のわがままに族長は、

族長「お前さんはまだ若い。これからの世の中に必要な存在なんだよ。私はもう、長いこと生きすぎたみたいでね。周囲からは反発され、家族を亡くした。
もうお前さんしか残っていないんだよ。だから、頼むよ。生きておくれ。
 そして、できるならば人を、エルフの同胞を恨まずにいておくれ」

いくらエルフでも、ここまで言われてはわかってしまった。この老婆とはもうここで別れてしまえば二度と会うことができないのだと。



575VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:35:42.09RLjbm7yt0 (92/212)

エルフ「どうして……どうしてみんな私を置いていってしまうんですか? 私、みんなと一緒にいたいだけなのに……」

族長「そう願っているのはお前さんだけではないよ。誰だって、好きな人とずっと一緒にいたいはずさ。でも、今の世の中ではちょっとしたすれ違いからそうすることが皆できないんだよ。
 でもね、いつかきっと。誰もが笑って、種族なんてものを気にしないで手を取り合って生きていく時が訪れるはずさ。
 私はお前さんにそんな世の中を見てもらいたいんだ。だから……生きておくれ」

拭っても、拭っても溢れ出る涙。少女の瞳から落ちてゆくそれを老婆はそっと取り払う。

族長「さて、これで本当にお別れだ。あんたが来てから苦労は確かにしたけれど楽しい毎日だったよ。孫の顔が見れて本当に幸せものさ」

族長はエルフの元を後にし、森の奥へ奥へと進んでいく。己の傍を去っていく老婆にエルフは必死に手を伸ばすが足がすくんでその場から動けなかった。


576VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:36:08.21RLjbm7yt0 (93/212)

エルフ「おばあさん、おばあさん! おばあさあああああああああああああああああん」

喉が裂けるほど大きな声を張り上げる。だが、老婆は一度として振り返ることなく森の闇に飲み込まれていった。

エルフ「う、うぅぅっ。ひっぐ、えぐっ。おばあ……さん……」

一通り泣き終わり、ようやく涙も枯れ始めた。だが、それと同時に気絶していた兵士たちがわずかに動き出しているのにエルフは気づいた。

エルフ(行かなきゃ……。この森をでなきゃ……。おばあさんの言ったことを守らないと。私は……生きないといけないんだ)

そして、再びエルフは駆けていく。森を出て、この先の未来にある何かを経験するために。



577VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:36:35.76RLjbm7yt0 (94/212)

……



エルフ「そうして、私は森を出ました。でも、森を出たところで行く先も、生き方も知らなかった私はすぐに奴隷商人に捕まって奴隷になりました。
 そして、戦争が終わるまで奴隷として生きるための術を教えられて、私を買い取ってくれる人を探してこの街に来たんです」

男「そして、僕と出会った……」

エルフ「はい。男さんと出会えたのは私にとって本当に幸いでした。こんなにもいい人が私のことを引き取ってくれて、今こうしてあなたの傍にいることができる。
 今の私にとって、これが一番嬉しいことです」

男「……そういうことは真顔で言わないでくれ。それで、エルフのおばあさんとその学者のその後は……」

エルフ「わかりません。でも、きっと二人とも生きてはいないと思います。おばあさんはきっとあの時自分が死ぬことがわかっていて私を逃がしてくれたんだと思います」




578VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:37:13.70RLjbm7yt0 (95/212)

男(……若いエルフたちによる変革か。やっぱり、戦争っていうのは何もかもおかしくさせるんだろうな。おばあさんはただ、平和に暮らしたかっただけだろうに……。
 でも、僕もその戦争の熱に浮かされていた一人だ。そう考えると彼女がこんな風に家族を亡くして過ごさないといけなくなった責任は僕にもあるんだ……)

エルフ「奴隷になった時はやっぱり辛かったです。頼れる人は誰もいなくって、嫌なこと、悲しいことばかりが頭の中を占めて……」

男「エルフ……」

エルフ「でも、そのおかげで男さんと出会うことができたんです。辛いこともたくさんありましたけど、私は今幸せです。ですから……」

次の言葉を紡ごうとするエルフを男はそっと胸元に抱き寄せ、その口を閉じさせる。

男「うん、そうだね。今エルフが幸せなら僕も嬉しい。だから、これからの毎日も楽しく、笑って過ごしていけるものにしていこう」

エルフ「……はい」


過去は変わらない。それでも誰もが前へと進んでいく。暗く、悲しい出来事を糧にして。その先にある明るい未来をその手に掴むために……。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before & after episode 「エルフ、その始まり」




579VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 01:38:04.73RLjbm7yt0 (96/212)

ひとまず、これでエルフの過去編は終わりです。次は男の過去~少年編~になります。


580VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 10:18:00.36XDZRazf4o (1/1)

乙でした


581VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:28:58.21RLjbm7yt0 (97/212)

今からは男の過去~少年編~となります。どうかお付き合いください。


582VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:31:26.44RLjbm7yt0 (98/212)

>>580
ありがとうございます。続きの方もよろしくお願いします。


583VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:32:11.20RLjbm7yt0 (99/212)

あなたのことが……好きでした。

嫌われても、自分の存在を気にかけてもらえなくても。それでも……。

この想いが届くことは一生ないと。そう、思っていました。

だから、最後に、私のために涙を流してくれたときは本当に胸が張り裂けそうになるほど嬉しかった。
これで終わりなのに、もう駄目なのに。まだ、生きていたい。あなたとずっと一緒にいたいと思ってしまうほど……。

私の知らないあなたの過去を知りたいだなんて願ってしまった。

でも、私はもうあなたの傍にはいられない。それが、どうしようもなくもどかしくて、悲しい。

溢れる涙をこの手で拭き取ってあげたいのに力が入らない。

今もあなたの胸の内から血を流すその傷を癒したかった。

瞼が重い……。段々と視界が暗く染まっていく。

ごめんなさい、男さん。私は……




584VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:34:31.93RLjbm7yt0 (100/212)

……





……

――旧エルフの墓――

男「それにしても、エルフの奴にあんな過去があったなんて……。あの子の前じゃ少し格好付けちゃったけど、こんなことならもっと早く話を聞いてあげるべきだったな……」

いつも傍らにいる少女を連れずに男は一人旧エルフの墓前に座り込み、つい先日エルフから聞かされた話を思い出していた。僅かな興味で聞いた話だったが、聞き終わってみると色々と考えさせられる事があった。
当時は考える事すらなかったが、戦争の被害を受けていたのはなにも人間に限った話ではないのだ。エルフだって犠牲を払い、戦いに参加していないただの住人が無慈悲に殺される。あの頃はそれが当たり前の毎日だった。
ただ生きるため、そのために剣を振るい、槍を突き、魔法を紡ぐ。狂乱の宴に参加した哀れな役者達は一瞬にして舞台裏に下がる事もあれば、時に主役を張ることもあった。
 結果的にエルフは負け、人間の勝利に終わった戦争。だが勝利の代償に、得たものは少なく、それよりも失ったものの方が多かった。
男はふと己の手のひらをジッと見つめた。何もないはずのそこにはいつの間にか鮮血が滴り落ちていた。

男(ははっ……。エルフの話を聞いたからかな。久しぶりに嫌な光景が浮かんだよ)


585VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:35:37.44RLjbm7yt0 (101/212)

何人も、何人ものエルフを友の、家族の、大事だった人たちの仇だと憎み、その手で葬ってきた。戦場で己が生き残るため、皆の仇を討つために……。
だが、

男「でも、僕があの時選んだ道は結局……」

脳裏に思い浮かぶのは怯えた目でこちらを見つめる幼い容姿のエルフの兄妹。その瞳に映る己の姿は冷酷な顔をし、一切の容赦なくその命を奪おうとするものだった。
それを見た男は、かつて、まだ何も知らずに家族とともに穏やかに過ごしていたころの自分を思い出した。
ああ、あの時の自分もこんなように怯えていたんだったと。
それを悟った時、目の前のエルフの兄妹の命を奪う事ができなくなってしまった。結局、そのエルフたちを見逃して男はその場を後にしたのだった。

男(あの時、僕があのエルフの兄妹を殺してしまっていたら今こうして穏やかに暮らしている事はできなかっただろうな……)

おそらくは今もまだ戦いの日々に明け暮れ、身体に染み付いて離れない血の匂いを纏って生き続けていただろう。
過去を思い出し、暗くなりだした男の心とは対照的に空はどこまでも澄み渡り、明るい日射しが大地を照らしていた。



586VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:36:07.23RLjbm7yt0 (102/212)

平和だ……。

そう感じてしまうからこそ、男はこれまで誰にも話したことなかった己の過去の全てを口に漏らしたくなったのだろう。それも、話しかけても何も問題のない相手に。

男「ねえ、旧エルフ。聞いてもらってもいいかな。僕が今までどんな風に生きて、何をしてきたか。エルフに話す事のできない醜く、残酷だった僕の罪を……」

彼の問いかけに答える言葉は当然ない。過去を思い返すなら一人だけでもできる。だが、男はどうしても語っておきたかったのだ。彼の最愛だった少女に。今も彼の心に残り続ける存在に。
問いかけてからしばし男は黙り込んでいた。だが、じっと待ち続ける彼に答えるように一陣の風が吹いた。
優しく、柔らかいその風はそっと男の肩を撫でた。男には何故かそれが彼女の了承のように思えた。
了承を得た彼は一度大きく息を吸い込んだ。思い返そうとするともうずいぶんと昔の事のように思える。それほど彼の始まりは古かった。

そう……あれは彼がまだ家族と共に過ごしていた頃。まだ、魔法も何も使えず、ただの力なき少年として過ごしていた時のことだった。



587VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:36:48.20RLjbm7yt0 (103/212)

雲が静かに空を流れて行く。様々な大きさ、形をしたそれを見て、上を見上げる子供達がはしゃぐ。

少年A「すっげぇ! 見ろ、見ろ。あの雲めちゃくちゃぐるぐるしてっぞ!」

少年B「うわっ! ホントだ。でっけえなぁ……」

子供特有の無邪気さを全く隠すことなく、ただ本能のままに騒ぐ少年達。そんな彼らの中にひっそりと混じる一組の兄妹がいた。

妹「もう……みんな騒ぎ過ぎだよ。水汲みの帰りなのにこんな風に油売ってていいのかな……」

男「いいんんじゃない? もう水は汲んだわけだし、水桶も僕たちが預かってるから零してまた取りに行くようなこともないだろうからね」



588VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:37:23.96RLjbm7yt0 (104/212)

妹「そもそも、お兄ちゃんが『あ……大きな雲だな』なんて言わなかったら、みんな足を止めないで家に帰ってたんだから! 早く、みんなを連れて帰ろうよ~」

男「ええ~。僕のせいになるんだ、この状況。でも、あんまり遅くなってもいけないし、確かにそろそろ帰った方がいいかもね」

妹のお願ごとには弱い兄は、しかたないなと苦笑まじりの笑みを浮かべながら、雲を見上げる少年達の元へと混じっていく。そして、すぐに彼らを連れて一人待つ妹の元へと戻った。
そして、子供達の中でも一番小さく力のない少女が持つ、水桶の取っ手を半分持って男は先に歩き始めた。
少女は気遣われた事を申し訳なく思いながら、それでも兄が自分を思ってやって行動してくれたことに照れていた。そんな彼女を見て少年は満面の笑みを浮かべながら歩き出した。その彼に置いて行かれないように少女もまた歩き出す。
一組の仲のいい兄妹。まだこの先の未来に何が起こるのかも分かっていない男とその妹はただ笑顔を浮かべて日々を過ごしていた。



589VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:37:53.51RLjbm7yt0 (105/212)

道草を食うのを終えた数人の子供達は一列に並んで家へ向かって歩いていた。
鼻歌を歌ったり、元気に腕を振ったり、時にはよそ見をして足を止めたり。
日はまだ空高くにあり、つい先日降り終わった雨で溜まった水たまりを消すように少しずつ蒸発させていた。
むしむしとした暑さが漂っていたが、それでも子供達は元気だった。
辺境の地にある小さな村。そこに住む人は数えられるほどで、そこに住む大人達の大半は少し離れた場所にある街へと出稼ぎへと出かけている。
必然、その村に残るのは女、子供。それから土地を耕すために残された少しの男勢。
ただでさえ、人手が足りてないこの村はやれることであれば子供達にも手伝いをさせている。互いに助け合い、生きて行く。人の少ない村ならではの生活だった。

少年A「あ~あ。早く父ちゃん帰ってこねーかな。俺もう二ヶ月も会ってねーよ」

少年B「え~。お前はいいじゃん。街のお土産買ってきてもらえるんだもん。こっちはなんにも貰えないんだぜ」



590VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:38:38.09RLjbm7yt0 (106/212)

少年A「でも、お前の父ちゃん月に一度は帰ってきてるじゃんか」

少年B「ああ、あれ? うちの父ちゃんさ、母ちゃんに会えねえのが寂しくて毎月帰ってきてるんだよ。もう帰ってきた日なんて家にいずらくてさ。二人だけの空間? そんなんできちゃって、逆に帰ってこなくていいって思うくらいだよ」

少年A「そ、そうなのか……お前も大変だな~。そう考えると男の家が一番いいかもな。だっていつも家にいてくれるんだし」

少年B「そうそう! 男ん家はいいよな~。父ちゃんも母ちゃんも優しいし。俺、こないだお前の母ちゃんから菓子貰ったんだぜ」

それまで二人だけで盛り上がっていた会話に突然自分が組み込まれて、男はどう反応していいものか困っていた。
家族が褒められるのは嬉しいが、それを素直に表に出すのはなんだか気はずかしい年頃であったのである。



591VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:39:05.68RLjbm7yt0 (107/212)

男「そんなことないよ。ウチなんて全然……。優しいって言っても父さんなんて家の中じゃホントに威厳がなくていつも母さんに叱咤されてるし。
母さんだってうっかりしているところがあって料理を作りすぎちゃうことがあるだけだよ」

少年A「……って言ってるけど実際のとこどうなの妹ちゃん」

妹「確かにお兄ちゃんの言ってることは本当だけど……。でも、お父さんもお母さんも私にとって尊敬できる立派な人たちです。
厳しめなこと言ってるのは、お兄ちゃんが恥ずかしがり屋なところがあるからです」

男「ちょっ! 妹……」

少年B「うわ~男ってば妹にフォローしてもらってる。だっさ!」

男「う、うるさいなぁ」

少年A「つまり、男は家族大好きだけどそれを素直に認められない照れ屋さんなんだな」



592VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:39:24.43cqGQ/OKso (1/1)

そっこら待ってたぁぁあああああ!!



593VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:39:37.51RLjbm7yt0 (108/212)

からかうのにちょうどいい相手を見つけた二人の少年はすぐさま男を茶化した。
男も初めは彼らの言葉をただ黙って聞いているだけで、反論も何もしなかったが、あまりにも少年たちがからかいの言葉を投げかけたせいか、とうとう我慢の限界が来て大声を上げて反抗した。

男「だあああああぁぁぁっ! もう、この話終わり! 次に変なこと言ったら怒るから!」

息を荒くしている男を見て、その場の誰もがもう怒っているではないかと思ったが、それを指摘してしまうとますます男の怒りの度合いが強くなりそうだったため、みんな何も言うことなく黙ることにした。
羞恥から赤くなった顔を見られたくないのか、一人先に進んでいく男。そんな彼の様子を見て、後ろにいる少年たちは顔を合わせて苦笑するのだった。
しばらくして、ようやく村へと辿りついた男たちはそれぞれの家に帰っていった。
男はまだからかわれたことを気にしているのか別れ際若干不機嫌そうにしていたが、妹になだめられて家に着く頃には普段の男へと戻っていた。
村の一角にある小さな一軒家。家の材料が木々だけという素朴ながらも頑強な作りのその家が男と妹の家だった。
持っている水桶を一度下に置き、入口の扉を開ける。




594VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:40:05.33RLjbm7yt0 (109/212)

男「ただいま~」

帰宅の言葉を口にして家の中へと入る男。扉を開けてまず最初に感じたのは食欲を唆る香ばしい匂い。奥からはグツグツとスープを煮込んでいる音が聞こえてくる。

母「おかえりなさい、二人とも。疲れたでしょ? もう少しでご飯できるからゆっくりして待ってなさい」

スープの味を確かめながら、お使いから返ってきた二人の子供をねぎらう女性が一人。男と妹、二人の母親がそこにはいた。

妹「お母さん、汲んできた水はもう水釜に入れておく?」

母「う~ん、どうしようかしら。一つはたぶん今日で使っちゃうだろうから一つ分だけ入れておいて」

妹「わかった!」


595VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:40:49.09RLjbm7yt0 (110/212)

元気良く返事をして妹は家の隅にある水釜へ汲んできた水を流し込んだ。男もまた置いていた水桶を手に取り水釜の横へと置いた。

男「そういえば父さんの姿が見えないけれどもしかしてまだ畑にいるの?」

母「そうよ。でも、そろそろ帰ってくると思うわ。お父さんが帰ってきたらご飯にしましょう」

男・妹「は~い」

ひと仕事終えた二人は、食事になるまで待っていようと自分たちの自室に戻った。二人は一部屋を一緒に使っているのだ。
部屋に入って左右それぞれにあるベッドに横たわった二人。男が寝転がったまま天井を見上げていると、身体を起こしてベッドに腰掛けた妹が声をかけてきた。



596VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:42:24.04RLjbm7yt0 (111/212)

妹「ねえねえおにいちゃん」

男「ん? どうかした?」

妹「私さ……エルフ見ちゃったかも!」

男「えっ!? どこで!」

妹の突然の発言に驚きを隠せない男。そんな彼の様子に気づきながらも妹は話を続ける。

妹「さっき水汲みに行った時。ちらっとだけど耳の長い人が見えたんだ~。エルフってもっと怖いものだと思ったんだけど、全然そんな風じゃなかったよ。むしろ格好よかったかも」

子供だからとはいえエルフについて知らない二人ではない。いくら田舎といえど、いや田舎だからこそ昔から言い伝えられてきたことが親から子へと伝わっていく。
だから、エルフがどんな種族でどれだけ恐ろしいのかということは知っていたのだ。それが正しいことかどうかはともかくとして……。
大人ならばここですぐに軍へと報告し、確認を急ぐ。自分たちの身近に命を脅かす存在がいては誰だって落ち着かないからだ。
だが、この二人はまだ子供だったため怖いもの見たさや、親から伝えられた話が本当なのか確認したいという思いがあった。



597VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:42:50.79RLjbm7yt0 (112/212)

男「そうだとしても、もし本当にエルフがいるんだとしたら危ないよ。今人とエルフは戦争をしているんだ。もしかしたらこの村だって襲われるかもしれない」

妹「大丈夫だって。チラッと見えただけだから向こうは私たちに気づいていないだろうし。
それに、エルフって誇り高い一族らしいから、いきなり村を襲ったりなんてしないんじゃないかな。あと、私が見たのが本当にエルフなのかもわからないし」

男「う~ん、だとしてもやっぱり父さんと母さんに話しておいたほうがいいよ。外出は控えられるかもしれないけれど、もしもってこともあるし……」

外出が控えられるという単語を聞いて妹の表情に初めて焦りの色が浮かんだ。

妹「そ、それはだめ! ただでさえ面白いことがないのに、外に遊びに出かけるのまでダメになっちゃったら退屈すぎて死んじゃう! 
お願い、お兄ちゃん。このことはもうちょっと内緒にしておいて」




598VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:43:21.65RLjbm7yt0 (113/212)

必死に頼み込む妹を見て男は困り果ててしまった。どうしたものかと考えながら、チラリと妹の様子を盗み見るが、瞳を潤ませている妹のお願いはどうにも断りづらかった。

男(でもな~、もし何かあったら怒られるだけじゃ済まなさそうだしな……。どうしよう……)

考えに考えた結果、男の脳裏にある案が浮かんだ。

男「そうだ。それじゃあ、明日僕と一緒にもう一度森に行ってみようか。
それで、妹が言っているエルフがいなかったら見間違いだったってことで。いたらいたで父さんたちにその話をするってことでいいかな?」

兄の提案に妹は少しだけ不満そうにしていたが、やがて渋々と納得の返事をした。

妹「うん……わかった」




599VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:44:06.05RLjbm7yt0 (114/212)

そうして二人だけの話し合いが終わると同時に、部屋の外から母が呼ぶ声が聞こえた。

母「二人とも~。お父さん帰ってきたわよ、ご飯にしましょう」

男「わかった、今行く!」

そう言って部屋を出ようとする男。そんな彼の後ろをピッタリとひっつきながら付いていきながら妹が小さく呟く。

妹「ホントのホントに内緒だからね」

どこまでも心配症な妹を見て、わずかに微笑みながら男は答える。

男「わかったよ」

妹の頭をクシャりと撫でて二人は居間へと向かうのだった。




600VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:44:38.46RLjbm7yt0 (115/212)

居間に着くといつの間にか帰っていた父親が先に席に座って二人が来るのを待っていた。

父「お、ようやく来たな」

男「お帰り、父さん。仕事の方は一段落したみたいだね」

父「まあな。それよりも水汲み大変だったろ。今日は暑いからな、父さん畑を耕しながら倒れそうになっちゃったよ」

男「それは勘弁してよ。うちの稼ぎ手は父さんだけなんだから……」

父「はっはっは! それもそうだな。まあ、もし倒れたら男を代わりに働かせて父さんはのんびり母さんと過ごそうかな」

男「やめてよ。それ、ただ単に父さんが母さんと一緒にいたいだけじゃんか。僕そんな理由で働きたくないよ」


601VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:45:04.92RLjbm7yt0 (116/212)

父「むう、たまにはいいじゃないか。なあ、母さん」

母「そうね、お父さんがそんな軽口を叩けないくらい懸命に働いて倒れたならいいかもしれないわね」

父「あれ? それだと僕のんびりできなくない?」

母「あら、のんびりできるわよ。看病されている間は何もしなくて済むじゃない」

父「そんな解釈ののんびりは嫌だなぁ……」

楽をしたい考えを恥ずかしげもなく子供の前で曝け出す父親に呆れているのかため息をつきながら母は辛辣な言葉を口にする。
そんな二人のやりとりを見て、妹が男にこっそり耳打ちする。


602VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:45:46.06RLjbm7yt0 (117/212)

妹「お兄ちゃん、お兄ちゃん」コソコソ

男「なんだ?」

妹「何度見ても不思議なんだけど、お母さんのあれって怒ってるわけじゃないんだよね?」

男「うん……まあ。あれって、実は母さんなりの父さんへの愛情表現なんだよね。少々というかかなり歪んでるけどさ」

妹「端から見たらお父さんに愛想を尽かして文句言ってるようにしか見えないよね」

男「だよね。僕は未だにこの二人がどうして結婚したのかわかんないよ」

変な形の愛情を互いに示し合う両親を眺めながら、二人は静かに食事をはじめるのだった。



603VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:46:26.29RLjbm7yt0 (118/212)

――森――

夜が訪れた。男たちの村から少し離れた場所にある森。その中を流れる小川に一つの人影があった。人影はバシャバシャと大きな音を立てながら何度も何度も水を掬い、強く顔に押し付けていた。
その顔には頬を抉る横一文字の深い切り傷が残っている。まだ傷は新しく、傷口が塞がってもなお熱を帯びていた。

傷エルフ「痛い……痛い……」

もう痛みはそんなにしないのに、頬を切られた時の痛みが幻痛となって残っているのだ。

傷エルフ「なんで、どうしてこんなことに。ただ、普通に暮らしてきただけだったのに」



604VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:47:22.95RLjbm7yt0 (119/212)

種族が違うというだけで迫害され、話し合いをする場も与えられず、誇りを汚され理不尽な暴力を浴びせられて命を狙われた。
一緒に逃げ出した家族や友人は途中で捕まり、ある者は目の前で殺され、ある者は絶望から命を絶った。
そして、最後に残ったのは己と数名の同胞たち。人の少ないこの森へと逃げ込み、ひっそりと隠れていた。
彼らの種族の象徴ともいえる長い耳をローブをかぶることで隠していた。人とは違うもう一つの種族、エルフ。

住処を失い、友を失い、家族を失い。大切な存在も、誇りさえも汚された彼らは今、変わろうとしていた。

傷エルフ「俺たちが何をした……。住む場所を譲り、ひっそりと暮らしてきた。横暴な人の行動も黙って見過ごし、長い時を耐えてきたはずだ。
 奪いに奪って、好き勝手に生きてきて、それでもまだ足りないというのか……」

水に浸していた顔に爪が食い込んでいく。皮を削ぎ、血を垂れ流し、痛みを感じながらも奥へ、奥へと食い込んでいく。



605VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:48:06.22RLjbm7yt0 (120/212)

傷エルフ「許さない、許さない。人は存在するべきでない。奴らはただいるだけで害悪だ。
 誇りがなんだ! そんな物がなんの役に立った。
 女子供は見逃せ、自分たちから手を出してはならない。必要最低限以外の争いは避けなければならない。
 こんなくだらない、古臭いしきたりのせいで俺の家族は、恋人は、友は死んだ! なぜだ! なぜ彼らは死ななければならなかったのだ!」

彼の叫びは森中に響き、天にこだました。いつの間にか周りには生き残った他のエルフたちが立っていた。
悲しみにくれ、そして今怒りをさらけ出している仲間の決断を彼らは見守っているのだ。

傷エルフ「奴らは、滅びなければならない……」

俯いていた傷エルフが顔を上げる。木々の隙間を縫って差し込んだ月明かりが彼の顔を照らす。
そこにいたのは人とエルフの争いが生んだ修羅だった……。

傷エルフ「知らしめてやろう、奴らにも。大切なものを奪われる痛みを……」

そう言って傷エルフが見つめるのは昼間彼が森の中で見かけた子供たちが去っていった先だった……。



606VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:50:47.95RLjbm7yt0 (121/212)

朝日が窓から射し込む。日の光によって自然と目が覚めた男は、眠気眼を擦りながら掛け布団を引きはがした。大きな欠伸をしながら横を見れば、そこにはまだ静かに寝息を立てて眠っている妹がいた。
妹を起こさないように足音を抑えて部屋の外へ出る。そのまま家の外へと出て全身に光を浴びる。

男「う~ん。いい天気だ」

周りの家を見渡せば、男と同じように外に出てくる人がちらほらといた。寝ている間に固まっていた身体を動かす事によってほぐし、再び家の中へと戻った。

母「もう起きてたの? 今日は早起きね」

中へ入ると朝食の準備を始めようとしている母が立っていた。男が起きていると思っていなかったのか、少しだけ驚いた様子で彼を見ていた。

男「おはよう、母さん。なんだか目が覚めちゃってさ」

母「珍しい事もあるものね。普段は遅めの起床なのに、これは雨が降るかもしれないわね」



607VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:51:48.18RLjbm7yt0 (122/212)

男「そんなこというなんて、息子に対する信頼が低いんじゃないかな」

母「冗談よ。それよりもせっかく早起きしたんだからお願いごと頼まれてくれない?」

男「どうかしたの?」

母「実は料理に使う火を熾すための薪が尽きちゃってね。ちょっと森に行って取ってきてほしいのよ」

男(森か~。昨日の妹の件もあるし、妹を起こして、ついでに森に行っておこう。一人で行くと文句を言われそうだしな)

男「一人で行くのもなんだし妹を連れて行ってもいい? 二人なら持って来る薪の数も増えるし」



608VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:52:57.68RLjbm7yt0 (123/212)

母「いいけれど、あの子まだ寝ているんじゃないの?」

男「うん。だから起こして連れて行く」

母「あなたって時々とんでもないことをする子よね。どこかで育て方を間違えたのかしら……」

己の息子の成長ぶりを喜ばしく思いながら、同時にその奇抜さに頭を抱える母。そんな母の心境などしるよしもなく、男は自室へと戻り、未だ眠っている妹を起こし始める。

男「妹。起きて、薪拾いに行くよ」

妹「……うぅん。ん?」

男「あ、起きた? 料理に使う薪拾いに行くから起きてね」

妹「何で私が……。それよりもまだ早朝でしょ? もうちょっとねかせ……て」

男「あ、こらっ! 寝ないでよ。もう、しょうがないな」



609VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:53:51.95RLjbm7yt0 (124/212)

一向にベッドから抜ける気配がない妹。起こしにきたときよりも深く掛け布団を被り、日の光が自分に当たらないようにしている。誰でも、気持ちのよい朝を無理矢理奪われるのは嫌なものである。
男も当然そうである。だが、わざわざ一日に二度も森に行きたいと思うほど、男の心は広くなかった。

男「そう……それじゃあ僕だけで森に行っちゃうからね。妹は夜に一人で森に行ってエルフがいないかどうか確認してね」

男のその言葉を聞いて妹は先程までの態度が嘘のようにしっかりと目を覚まし、布団から起き出たのだった。

妹「一人は……いやっ! お兄ちゃんの意地悪!」

イーッと歯を重ね合わせて顔をしかめると、妹は男を部屋から押し出し始めた。


610VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:55:15.00RLjbm7yt0 (125/212)

男「えっ!? え? 結局行かないの……?」

戸惑いの声を上げる男を部屋の外に出し終え、妹は強い口調で告げる。

妹「着替えるの! しばらくそこで待っててよ!」

バタンと勢いよく扉が閉まる音が聞こえて妹の姿は消えてしまった。家族とはいえ妹も女の子である。男が家族の事を素直に認められない年頃のように、妹もまた素直になれない年頃なのだった。
だが、まだ男女の仲など詳しく知らない年頃である男は妹の癇癪にため息を吐き、彼女が着替え終わって外に出てくるのを待つ事しかできないのだった。




611VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:56:06.30RLjbm7yt0 (126/212)

しばらくして着替え終わった妹が出てきたが、未だ不機嫌なのには変わりなかった。それを見て男は妹に見られないようにこっそりとため息を吐いた。
子供らしい意地の張り合い。どちらとも折れるわけではなく、母に出かけると伝え、二人とも外に出た。
妹の言っていたことが本当なのか確かめるために二人は森へ向けて歩き出す。しかし、横に並ぶのではなく妹は男の一歩後ろを歩く。
意地を張っていてもやっぱり妹のことが気になるのか、男はチラチラと何度も後ろを盗み見てはきちんと妹が付いてきているか確認していた。
必然、前を向く妹と視線が交わる。突然の事に互いに身体が硬直する。しばらくの沈黙の後、男が折れる形で妹に話しかけた。

男「ねえ、もうそろそろ機嫌直してよ」

妹「別に私機嫌悪くなんてないもん」

男「じゃあ、何でそんなに素っ気ないんだよ。だいたい、森に行こうって言ったの妹だろ? 起こしてあげたんだから怒る理由はないでしょ」

妹「言ったもん……」

男「……え?」

妹「だって、お兄ちゃん私に一人で森に行けって言ったもん。私が夜に一人で歩けないの知ってるくせに」



612VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:56:34.89RLjbm7yt0 (127/212)

言われてみれば確かに妹は夜に出歩くのを苦手としていた。だが、まさか拗ねている理由がそんな事だとは思わなかったため、男は拍子抜けしてしまい、ほんの少し呆れてしまった。

男「ま、まさかそんな理由で拗ねてたの……?」

妹「い、いいじゃん! 私結構傷ついたんだから!」

プイッと顔をそらしてそっぽを向く妹。その様子を見てなんだか意地を張るのも馬鹿らしくなった男は歩く速度を緩めて妹の横に並び、妹の手をそっと握りしめた。

男「ごめん、ごめん。今度からはそんな事言わないから、兄ちゃんの事許してくれないか?」

妹「……むぅ」



613VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:57:29.26RLjbm7yt0 (128/212)

しばらくは顔を背けて男の方を見ようとしなかった妹だったが、やがて少しずつ視線を移し、再び男の瞳と妹の瞳が交わり、

妹「一人でどこかに行けって言わない?」

男「言わない、言わない」

妹「……それじゃ許してあげる」

握られた手をキュッと力を込めて握り返す妹。いつも通り、仲のよい兄妹に戻った二人はそのまま森に向かって歩いて行く。

男(はぁ~。ようやく機嫌が直ってくれたか。ホント、何でこんな事で妹は怒ったんだろうな?)



614VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 17:58:39.65RLjbm7yt0 (129/212)

妹のコロコロ変わる気持ちについて不思議に思いながら、機嫌が良くなったからどうでもいいかと男は思い、笑顔を浮かべていると、その横を数名のローブを被った者達が通り過ぎた。
不意に身体のそこから沸き上がる怖気。息をするのも忘れて、男は彼らを見つめた。ローブの隙間からは見る者を萎縮させる血走った目が見える。そして、その目が己を見つめている男の瞳を捕らえると、ほんの僅かに彼らの口元が釣り上がった気がした。

妹「お兄ちゃん、どうかした?」

その場に立ち止まって動かない兄を不審に思ったのか、妹がグイグイと手を引っ張った。そこでようやく男は正気に返った。

男「いや、なんでもないよ」

妹にそう告げて男は再び歩き出す。最後に一度だけ後ろを振り返ったが、先程感じた怖気はもうしなかった。

男(気のせい……だったのかな?)

胸に残るかすかな不安を抱きながら男は先へと進むのだった。



615VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:00:25.09RLjbm7yt0 (130/212)

歩いて、歩いてようやく森へと辿り着いた二人。一般的に見てあまり広くないこの森も、小さな子供二人からしてみれば広大な魔窟。その魔窟にいるかもしれない、噂だけの存在のエルフ。それ探しに森の中へと二人は今まさに踏み入ろうとしていた。

妹「よ、よしっ! エルフを探すよ! 準備はいい? お兄ちゃん!」

家を出るまでの態度はどこへ行ったと言わんばかりに元気よく声を張り上げる妹。道中でつないだ手はそのままに、妹に引きずられるようにして男は森の中へと入って行った。
中に入ってすぐ、男は森に漂う不穏な様子に気がついた。いつもと違う、張りつめた空気。森の中に隠れ住み、普段は声も上げない動物達のざわめき。ピリピリとした空気が男の周りに絡み付く。

妹「お兄ちゃん? どうかしたの?」

幸いというべきか、妹は男が感じているものに気がついていないようだった。それを悟らせないように気を配りながら、男は告げる。



616VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:00:56.60RLjbm7yt0 (131/212)

男「どうもしないさ。ただ、エルフを探すのは少しだけにして早めに家に帰ろうか。ちょっと約束があったの思い出した」

咄嗟に口から出た嘘だったが、エルフの探索に付き合ってもらっている手前強く言う事ができない妹は、

妹「わかった……もうちょっとしたら帰ろっ」

と同意した。

それから半刻ほど森の中を二人で手分けして歩き回ったが、エルフがいるという痕跡は何一つ見つける事ができなかった。そろそろ妹に声をかけようかと男が思っていると、いつの間にか己のすぐ横に来ていた妹の方から帰りの提案をするのだった。

妹「やっぱり、見間違いだったかも。付き合ってくれてありがと、お兄ちゃん」

口にしてもどこか納得しきれていない様子の妹だったが、いないものは仕方がない。二人は森を出て村へと戻り始めた。




617VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:01:35.13RLjbm7yt0 (132/212)

男「ねえ、もしエルフが森にいて会う事ができたらどうするつもりだったの?」

帰り道、話す事も特になくなり、無言のまましばらく歩いていた二人。隣でぼんやりと空を見上げながら歩く妹に男はそんな質問を投げかける。

妹「えっとね。もしエルフに会う事ができたら私は噂について聞いてみたかったの」

男「噂?」

妹「うん! 本当にエルフは私たち人間の事が嫌いなのかって。だって、実際に会った事もないのに噂だけで酷い奴だって決めつけるのも悪いじゃないかって思って。もし会うことができたなら、話をしてみる。いいエルフだったら友達になれるかもしれないでしょ?」

妹のその言葉に男は少なからず驚きを覚えた。村の大人達の誰もがエルフは敵だと伝える中、妹は伝聞ではなく実際に彼らに会う事でその噂の真実を確かめようとしたのだ。考えた事もない妹のその発言に、男は不意を突かれて驚かされたのだった。


618VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:02:42.44RLjbm7yt0 (133/212)

男「妹は……すごいな~。僕はそんな風に考えたことなかったよ」

妹「えへへ~。そ、そうかな?」

男「うん。もしかしたら妹は将来すごい事をする大人になるかもしれないね」

男が素直に褒めると、照れくさいのか妹は顔を赤く染めて恥ずかしそうにそっぽを向きながら頬を掻いていた。

妹「も、もう! そう言う事をサラッと言わないでよ……」

照れ隠しに繋がった手にグッと力を込める妹。そんな可愛らしい反抗に対抗するように男もまたそっと力を込める。固く、固く繋がれた二人の手はそのままずっと離れる事はないと思われた。

だが……。



619VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:03:09.93RLjbm7yt0 (134/212)

男「えっ……」

村が視界の彼方にぼんやりと見えるようになった時、男と妹は異変に気がついた。村の方角の空に黒煙がいくつも昇っていたのだ。風に乗って二人の方へと運ばれる黒煙。
すす臭いそれに混じって二人の鼻に届くツンとした刺激臭。吐き気をもよおすその中には、血と肉が焦げる匂いがした。

妹「お、おにいちゃん……」

嫌な予感を感じたのか妹の表情が暗いものに変わる。男もまた同じように不安を感じ妹の手を引いて村へと駆け出した。

息が切れるのも、体力がなくなるのも構わず二人は全力で走った。少しずつ近づく村。鮮明になる建物。そして、黒煙の元や血の匂いの正体が村に辿り着いた二人の前に姿を現す。

男「あっ……。ああっ……」



620VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:04:54.12RLjbm7yt0 (135/212)

声にならない言葉が零れる。それもそのはず、目の前に現れた受け入れがたい現実をどう言葉にしていいのか男には分からなかったのだ。
黒煙を上げていたのは村の家屋。そして、血と肉の焦げる匂いを漂わせていたのは男達の友人や……家族だった。

妹「…………」

妹もまた、男と同じように目の前で起こっている現実を受け入れる事ができず呆然とただその場に立ち尽くしていた。

男「な、なんで。みんなが……おかしいよ。どうして、こんな……」

突然の出来事に戸惑い、嘆く男。そんな彼の視線の先にローブを被った人影が幾つも現れる。彼らは男達の前にまで向かって来るとローブを外し、その姿を現した。

傷エルフ「遅い帰りだったな。見ての通り君の村の住人はみんな死んでしまったよ」


621VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:06:46.81RLjbm7yt0 (136/212)

ローブを被っていたのはエルフだった。特徴的な長く、鋭い耳。人とは違い、神秘的な雰囲気を醸し出す存在。話にしか聞いた事がなく、男達が探していた存在が目の前にいた。

男「エルフ……?」

予想外の出来事の連続に男の思考が停止する。何故ここにエルフがいるのか。どうして村のみんなが死んでいるのか。そして今から自分たちはどうなるのか……。その答えを知るのが恐ろしくて男は考える事を止めたのだった。

傷エルフ「二人……か。さすがに子供といえど今がどういう状況かくらいわかるだろう。先に教えておいてやるがこの村で生き残っているのはもはやお前達二人だけだ」

傷のあるエルフが告げる言葉に思わず男と妹の喉が鳴る。極度の緊張状態から口の中の水分は消し飛び、身体は硬直する。心臓の音がやけに鮮明に聞こえ、視線はキョロキョロとせわしなく動く。




622VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:07:21.74RLjbm7yt0 (137/212)

傷エルフ「俺たちはお前達人への復讐を果たすために動き出した。憎き人を殺すためならば我らはもはや何もためらいはせぬ。だが、皆殺しにしてしまっては意味がない。この憎しみを他の人間共にも知らしめる必要がある。
そのために、一人だけこの村の住人を生かす事に俺たちは決めた。
そして今、この村で生き残った住人はお前達二人だけだ。さあ、選べ。己か、もう一人か。どちらを生かすのかを」

理不尽な、しかし避けようのない選択を突きつけられて男は泣き出しそうになった。自分か、妹か。生き残れるのは一人。確実にどちらかは死ぬ事になる。
家族や友人の死を悲しむ暇もなく、命の秤をどちらか一方に傾けなければならないのだ。

男(いやだ……いやだよ。なんで、こんなことになるんだ。僕たちが何したっていうんだよ!)

チラリと妹の様子を見ると、妹は既に顔面蒼白になり、唇が震えて恐怖に取り込まれていた。あれでは返事をすることすらままならないだろう。




623VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:08:41.24RLjbm7yt0 (138/212)

男(僕が、決めるしかない。このままじゃ二人とも殺されちゃう)

究極の選択を前にして男は決断した。それは……

男「僕が……」

傷エルフ「ん?」

男「僕が……代わりになります。だから妹を。妹の命だけは取らないでください。お願いです……」

我慢の限界が来たのか、男の瞳からは涙が溢れ出す。己の命を差し出すという決断を下した事で、それまで必死に抑えていた恐怖がとうとう限界を超えたのだ。

傷エルフ「自分の命はいらないと?」




624VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:09:30.43RLjbm7yt0 (139/212)

男「ぼく……は、兄です。妹を……まもら、ないと、いけないん、です。お母さんにそう……言われたから……」

嗚咽を漏らしながらエルフの質問に答える男。それを見て何故かエルフは感心したように頷いた。

傷エルフ「ほう、この状況で俺が言っている事が嘘でないと分かっていてなお己の身を差し出すのか。面白い……」

エルフは腰に下げていた短剣を鞘から抜き出した。それを見て、男は自分が死ぬときが来たのだと悟る。

妹「お兄ちゃんっ!」



625VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:09:58.18RLjbm7yt0 (140/212)

覚悟を決めて目蓋を閉じようとした時、張り裂けるほどの声を上げて自分の名を呼ぶ妹の声が聞こえた。彼女の顔はやはり男と同じように涙に塗れ、くしゃくしゃに歪んでいた。
妹を心配させまいと、最後に残った力で必死に笑顔を作ろうとする。

男「だ、だいじょうぶ……にいちゃんは……だいじょうぶだから」

引きつって上手く笑う事ができない男。そんな彼を見てますます涙を流す妹。そして、運命は決した。

傷エルフ「死ね、人の子よ」

咄嗟に目を閉じ、男は己に降り掛かる死を受け入れた。



626VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:10:28.87RLjbm7yt0 (141/212)

……



だが、いつまで経っても己に来るはずの痛みや死の感覚は訪れなかった。

おそる、おそる目蓋を開ける。まず目に入るのは己の両手。傷も何もなく、無事だ。
視線を上げる。先程まで目の前にいた傷エルフがいない。
横を向く。
赤い。
血溜まりができている。
妹の、喉が、切り裂かれて、いる。
その瞳が、虚ろに、なって、いる。

男「……なん、で」




627VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:11:31.07RLjbm7yt0 (142/212)

理解できない。本来ならば生きているはずの妹が目の前で死んでいた。傷エルフが妹の前に立ち、喉を切り裂いていた。血が、血が、血がダラダラと、ドクドクと、溢れている。
笑う傷エルフ。倒れる妹。そして、男はその場に力なく崩れ落ちた。

傷エルフ「どうだ? 命よりも大事な者を奪われる苦しみは。これが、俺たちが味わってきた痛みや、苦しみだ」

短剣を仕舞い、そのまま傷エルフは男の横を通り過ぎる。他のエルフ達も彼に続くようにその場を後にする。
どれだけ時間が経っただろう。燃え盛る炎は勢いを増し、俯いていた男はようやく顔を上げ、力なく妹の死体へと近寄った。

男「妹……妹。ほら、帰るよ。母さんと、父さんが待ってるよ」



628VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:11:57.12RLjbm7yt0 (143/212)

ゆさゆさと妹の肩を揺らし、何度も声をかける男。だが、その言葉に妹が応えることはなかった。

男「だめ、だよ。こんなところで寝てたら怒られるよ。あんまり遅くまで外にいると家の中に入れてもらえないんだから」

既に燃え尽きている自宅を眺めながら男は呟く。だが、妹は応えない。

男「うっ……ううっ……。いやだ、いやだ。こんな……みんな……とうさん……かあさん……いもうと……。やめてよ、ぼくをひとりに……しないでよ」

止める事のできない涙をひたすら流しながら男は死体に声をかけ続けた。それはこの異変に気がつき、街に出稼ぎに出かけていた大人がこの村に帰ってきて男を見つけるまでずっと続いていたのだった。




629VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:12:35.69RLjbm7yt0 (144/212)

――施設――

虚ろな瞳で、表情の変わらない少年がいた。身寄りをなくし、行き場のない子供達の集まる施設。その施設で他の子供達がそれぞれ身体を動かして遊んでいる中、ただ一人少年だけが彼らの輪に混じることなく一人でいた。
その瞳に宿るのは己の大切の者達を奪っていった者へ対する憎悪。そして、果てしない喪失感。
彼の頭にあるのはただ、復讐のみ。
そんな少年の視線の先、軍部へと向かう軍人達の姿が目に映る。合法的にエルフと戦う事ができ、復讐をするのにもっとも都合のいい職業。
施設を抜け、少年は彼らの後を追う。失われた存在の代行者として、エルフを殺すために。
こうして、全てを失った少年の物語は始まりを告げる。エルフと人の争い。その果てに何があるのかこの時、彼はまだ何も知らない。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 「男の過去~少年編~」



630VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:14:09.66RLjbm7yt0 (145/212)

ひとまずこれで男の過去~少年編~は終わりになります。次で今あるストックは最後になります。
話としては途中で止まっていますが、その続きは今日の時間がある限りは書いていこうと思います。
男の過去~喪失編~です。よろしくお願いします。


631VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:24:21.68RLjbm7yt0 (146/212)

全てを失ったあの日から一年が経った。復讐のため、男は何度も、何度も軍部の門を叩いた。だが、子供のすることをいちいち相手にするほど軍の人間も暇ではなく、いつも門前払いを受けて施設へと男は帰らされるのだった。
しかし、追い返されても毎日居座り続ける男に門番もとうとう観念したのか、男が門の前で何かする分には文句を言わなくなった。

門番「なあ、そろそろ帰る時間だぞ」

男「……」

門番「今日も返事はなし……と。聞きたくないけど、お前いつまでこんな事続けるつもりだ? いくら軍に入りたいからってここに居座ったところでまだお前は子供なんだから軍には入れないんだぞ」

男「……」



632VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:24:58.00RLjbm7yt0 (147/212)

門番「それにな、軍に入ったとしても厳しい訓練があるし命を落とすなんてそれこそ一瞬なんだ。お前みたいな子供達を守るために、今俺たち軍部の人間は頑張っているんだからその行為を無駄にするような事をしないでもらえると嬉しいんだがな」

男「……のちなんて」

門番「ん?」

男「僕の命なんて……エルフの奴らを殺し尽くせるのなら幾らでもくれてやる。殺してやるんだ、絶対に……」

門番「……はぁ、聞く耳持たないか。もういいや、とりあえず俺は何も見ていないから問題だけは起こさないでくれよ」

そう言って門番の兵士は男の側を離れて定位置へと戻る。男は門のすぐ傍にジッと座って、兵士達が中に入って行くのを見続けていた。



633VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:25:26.46RLjbm7yt0 (148/212)

しばらくして、男に声をかけた兵士が交代の時間になり、他の兵士と入れ替わろうとしようとした時、軍部にある分隊が訪れた。

女隊長「みんな~軍部に着いたよ!」

明るく、張りのある声を響かせるまだ若い女性。数名の集団からなる分隊の隊長と思われる彼女の言葉に続くように、兵士達が安堵の声を上げる。

男剣士「ようやくかよ。もう腹へって死にそうだ」

男弓使い「同感だな。報告最優先ってことで食事をする暇も惜しんでここまできたんだ。これで腹一杯食事ができなかったら俺は女隊長を弓の的にでもしよう」

女槍士「まあ、まあ。女隊長がこうなのはいつものことでしょ? 満足いく食事が出なくても許してあげなって」



634VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:26:09.84RLjbm7yt0 (149/212)

男槌士「いいや、許さん。ワシはこやつの隊に就く条件に飯をたくさん食えることを保証するということで契約したのだ。他の者が飯を食えんくても、ワシだけは腹一杯になる権利がある」

女魔法士「男槌士さんは、意地汚いと思います……」

女剣士「そ~そ~。いざとなったら他の隊の飯奪ってくりゃいいんだって」

女隊長「はい、はい。みんな不満があるようだけど、食事はちゃんとお腹いっぱい食べられま~す! それよりさ~、せっかく無事に帰って来れたんだからご飯以外の話は何かないわけ?」

男剣士「ないな」

男弓使い「ないね」

男槌士「ないのう」

女槍士「う~ん、お風呂?」

女魔法士「え、えっと……できれば新しい服が欲しいかな~って」

女剣士「やっぱりご飯でしょ!」



635VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:26:44.27RLjbm7yt0 (150/212)

女隊長「大半はやっぱりご飯なのね。確かにお腹減ってるけど、もっと大事な事があるでしょ」

男剣士「例えば?」

女隊長「え~……コホン。この度も我が隊は一人も死傷者を出すことなく任務を遂行する事ができました! みんな、お疲れ! よく生き残ってくれた! みんなと一緒にこれからもまた過ごせると思うと私は嬉しいよ。ついでにご飯も食べれて嬉しいよ!」

男剣士「うわっ……こいつよく恥ずかし気もなくこんなことを満面の笑みで言えるな」

男弓使い「そうですね、この状況で他人にフリができないのは厳しいです」

男槌士「お前さんは馬鹿なのか?」

女槍士「あ、え~っと、私も嬉しいよ?」

女魔法士「恥ずかしい……」

女剣士「なんだかんだ言ってるけど、あんたも結局飯食いたいんじゃん」

女隊長「協調性の欠片がまるでない!? うちの隊大丈夫かなぁ……」




636VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:27:10.89RLjbm7yt0 (151/212)

みんなで一人の女性をからかいながら門の前に歩いて行く。その様子を見つめていた男は知らず強く唇を噛み締めていた。あの日以来、誰かが楽しそうにしているのを見ると無意識に苛立ってしまうのだ。
笑顔を浮かべあう彼らを自然と睨みつける男。そんな男の視線に気がついたのか、女隊長が気まずそうに他の隊員に告げる。

女隊長「ど、どうしよ。ちょっと騒ぎすぎたかな……。あの子ものすごい形相で私たちを睨んでるよ」

おろおろと慌てふためき、隊長らしからぬ行動をとる彼女に他の兵士達は告げる。

男剣士「そりゃ、あんだけ騒いでりゃ普通はうるさいもんだろ」

男弓使い「まあ、そうだな。それにしてもあの子は浮浪児か?」




637VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:27:36.62RLjbm7yt0 (152/212)

男槌士「いや、そうではないんじゃないかのう。ほれ、服が綺麗だし」

女槍士「じゃあ、何であんなとこに座ってるんだろう。もしかして誰か待ってるとか?」

女魔法士「ど、どうなんでしょう?」

女剣士「こういう時は本人に直接聞いてみりゃいーんだって」

そう言って女剣士が隊から離れて男の傍に駆け寄った。そして、男の目線に合わせるようにしゃがみこんで、声をかけた。

女剣士「やっ! 少年。こんなところで一人で座ってな~にしてんだ?」

男「……」


638VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:28:06.02RLjbm7yt0 (153/212)

女剣士「な、なんだよぉ。無視すんなよ……。お姉さんちょっと傷ついたぞ」

あまりにも無反応な男に女剣士は地味に傷つき、とぼとぼと隊のみんなの元に帰って行った。

男剣士「なんだよ、やけにあっさり帰ってきたな」

女剣士「いや、あの子は強敵だよ。何の反応もしてくれないのは予想外だった」

男弓使い「気難しい子なんじゃないかな? なんにせよ、僕等には関係ないんだし、早く中に入ろうか」

女剣士「あ、うん……」

女隊長「……」



639VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:28:50.88RLjbm7yt0 (154/212)

女魔法士「どうかしました? 女隊長さん」

女隊長「い、いやっ! 何でもないよ~。みんなお腹減ってるもんね! 早く報告済ませて食事にしちゃおっか」

男槌士「そうじゃ、そうじゃ。はよせんか馬鹿者ども」

男槌士に促されるように隊員達は門を通って中へと入って行く。そんな中、それまで先頭を切っていた女隊長が最後尾へと回り、その場から全く動こうとしない男に視線を向けていた。

女隊長(あの子、なんだか気になるなぁ……)

女槍士「女隊長、早く行くよ~」

女隊長「ごめん、ごめん。今行く~」

男「……」

隊員達が門を通り、その場を過ぎ去るまで、男はずっと黙ったままその背を見続けた。そして、この出逢いが後に彼を変えて行く事になる出逢いとなるのだった。



640VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:29:30.34RLjbm7yt0 (155/212)

任務の結果報告を終えた女隊長一行は、施設にある食事場に来ていた。久方ぶりの豪勢な食事に隊員達は皆心踊らせて、各々好きなものを好きな量だけ頼んで食事にありついていた。
戦場では簡易食だったり、食事をろくにとれなかったこともあり、隊員達の食事への欲求は凄まじかった。一口、一口じっくりと味を噛み締めるように食べる者もいれば、次から次へと料理を胃へと流し込む者もいた。

男剣士「あ~っ! うまい飯にありつけると生き返った気分になるぜ」

女剣士「同感。あっちじゃマトモなものが出た試しがないからね。戦闘の休止中に森なんかで野生の動物を捕って食べるのが極上の食事なんだからさ」

女槍士「というか、これじゃあ私たちご飯のために頑張っているみたいよね……」


641VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:29:57.84RLjbm7yt0 (156/212)

女魔法士「あながち間違いでもないのが悲しいです。うぅ、私の人生どうしてこうなったんでしょう」

男槌士「泣くでない、愚痴なら男弓使いが酒場で幾らでも聞いてくれるからのう」

男弓使い「ちょっと待て。どうしてそうなる」

一時の安らぎに心委ねて束の間の休息を堪能する隊員達。戦場での張りつめた空気はそこにはなく、ただただ笑顔だけが彼らの表情に浮かんでいた。ただ一人を除いて……。

女隊長「……はぁ」

そう、女隊長を除いて。


642VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:30:50.44RLjbm7yt0 (157/212)

他のみんなが歓談している中、女隊長は一人窓際の席にてじっと外を見つめていた。軍部の三階に存在する食事場の窓からは施設に入る前からずっと門の前に座り続けている少年の姿が目に入る。
まるでこの世界から拒絶され、たった一人で絶望を抱え込んだような目をした少年。それでいて、その瞳の奥深くには鋼鉄のような堅い意思が感じられた。
見るものを引き込む、燃え上がるような熱い意思。見覚えのあるその眼差しに女隊長は不覚にも魅入られた。
幼いながらにして世の中に絶望してしまう人は確かに存在する。それ自体はそう珍しい事はない。しかし、絶望を抱きながらも諦めず、目標を見定め前に進もうとしている者をあの年頃の子供で見たのは初めてだった。
だからだろうか、女隊長は初めて会ったばかりの、それも言葉すら交わしていない少年の事がやけに気になってしょうがなかった。

女隊長「……はぁ」

そんな彼女の様子に気がついていて敢えて何も言わなかった女槍士だったが、ここに来てとうとうその我慢にも限界が来た。



643VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:31:36.29RLjbm7yt0 (158/212)

女槍士「ちょっと、女隊長。しっかりしてよ! そんなにあの子が気になるのならちゃんと話してきたらどう?」

女槍士の言葉に、それまでそれぞれ会話を繰り広げていた各自の口が塞がり、両目が一斉に女隊長の元を向いた。

女隊長「べ、べつに気になってるわけじゃ……」

女槍士「はいはい。そういう建前はいらないから。ここにいる大半のメンツはあなたが今みたいな状態になって、最終的には連れ込んでるんだから。今更違うって言われても嘘にしか聞こえないわよ」

女隊長「ぐぬぬ」

女槍士にやり込まれながらも、中々自分の心に素直になろうとしない女隊長。そんな彼女を見て、思わず男剣士が声をかけた。



644VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:32:14.02RLjbm7yt0 (159/212)

男剣士「遠慮なんてらしくねーぞ。だいたい、お前あの男の子が気になって全然飯進んでねえじゃねえか。
うちの食事は明るく、楽しくがモットーだろ? そんな悩まれても飯が不味くなるから、とっととあの子のところに行ってこい」

そう言って、男剣士は女隊長の腕を掴んで部屋の外へと連れ出した。拒絶の言葉を男剣士に投げかける女隊長だったが、抗議も虚しく、ずるずると部屋の外へ放り出されてしまった。

男剣士「お前、目的が達成されるまで帰ってくるの禁止な」

ピシャリと勢い良く扉を閉め、男剣士の姿が消える。そして扉の向こうからは再び歓談の声が沸き上がる。食事場から追い出されてしまった女隊長に残された道は、門の前にいる少年の前に向かう事だった。

女隊長「よ、よしっ」

気合いを入れて女隊長は廊下を歩いて行く。そんな彼女の後ろ姿を僅かに空いた食事場の扉の隙間から、他の隊員達が覗き込んでいるのだった。



645VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:32:40.48RLjbm7yt0 (160/212)

男剣士「まったく、相も変わらずうちの隊長はよ~」

男弓使い「なんと言うか、変なところで優柔不断で」

男槌士「強情というかなんというか」

女槍士「自分の気持ちに素直にならないし」

女魔法士「一癖も二癖もあるような人を見つけては拾ってきますし」

女剣士「とりあえず言える事は……」

そう言って一度それぞれの言葉が途切れた後、今度は全員一斉に同じ言葉を呟く。

隊員達「世話の焼ける隊長だな~(のう~)」



646VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:33:18.98RLjbm7yt0 (161/212)

日が徐々に暮れ始め、周りを歩く人々が帰路につき始める。手を繋いで明るい笑みを浮かべる親子もそんな人々の中にいた。そんな親子を座り込んだまま虚ろな瞳で男はジッと見つめていた。
知らず、あの日に枯れ果てたはずの涙が身体の奥底からにじみ出そうになるのを感じた。もう取り戻す事のできない懐かしい日々を思い出して、自然と身体が反応したのだろう。
弱いままでいたくなくて、何もできずに涙を流す事しかできない自分が嫌だった。変わりたいと思ってこの一年身体を鍛えたり、こうして軍部の前に居座り続けたが己は何か変わったのかと自問する。
だが、答えは返ってこない。変わったといわれれば一年前に比べて少しは筋力も付いただろう。だが、それだけなのだ。エルフ達と戦う力などまだまだない。それどころかそのエルフ達と戦うための場に出る事すらもできていない。
結局、自分は一年前から変化していない。子供だからという理由で守られて、虚勢を張り続けてきた。そして、心のどこかでその理由に甘えてきた。
変化が欲しい。本当にエルフ達と戦えるくらいの力を手に入れたい。男はそう……願っていた。願い続けて、いた。
涙が一滴、頬を伝う。それを隠そうとして膝に顔を埋めた。そんな時だった……。

女隊長「ねえ、君もしかして泣いてるの?」




647VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:33:56.21RLjbm7yt0 (162/212)

不意に頭上から声がかけられた。それは少し前にこの軍部の中に入っていった女性の声だった。陽気で、緊張感なんてまるでなく、へらへらと笑っていた女性。女隊長という名で呼ばれていた女性だ。
先程と同じく無視をしようかと男は思った。しかし、一向に己の傍を離れる気配のない女性に苛立ち、つい荒っぽい返事をしてしまった。

男「泣いてない! 僕の事は放っておいてどっかいってくれよ」

顔を俯けたままいっても説得力はなかったが、男は女性を拒絶するしかなかった。家族、友人、知人をなくしてから優しさを向けられるのがずっと怖かったからだ。
大切な人を作ってしまったら、またあのエルフ達に奪われるんじゃないか? そんな悪夢を何度も見続けてきた。だから施設で自分を心配してくれる人たちの元を離れて、優しさが届かないようにした。朝と夜遅くだけ施設に帰り、それ以外はこの場所へと。
だが、ここに来ても門番や兵士達は自分の心配をするばかりだった。子供だから、守るべき対象だから。そう言って……。
結局、自分のことを本当に理解してくれる人はいないのだろう。子供は子供らしく、昔を忘れて新しい人生を生きろということなのだろう。
だが、男は自分にそれができるとは思わなかった。あのエルフを[ピーーー]までは、家族達の復讐を遂げるまでは先に進めるとは思わなかったのだ。



648VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:34:25.36RLjbm7yt0 (163/212)

女隊長「ねえ、顔あげてよ。君はどうしてこんなところにずっと座り込んでるの?」

拒絶してもなお傍に居続ける女性に嫌気がさし、顔をあげて睨みつける男。そんな彼を見て女性はクスリと笑みを浮かべた。

女隊長「ほら、やっぱり泣いてる。どうしたの? 私でよければ話を聞くよ?」

そっと頬を伝った涙の残滓に手を伸ばし、男の顔に触れる女隊長。すっと心の隙間に入り込むように己に触れた女隊長に男は驚いた。すぐにその手を振り払おうとするが、女隊長の余りにも穏やかな表情を見てしまい、毒気を抜かれてしまう。

女隊長「あ~、あ~。こんなに傷ついちゃって。見てて痛々しいなぁ。自分で、自分を傷つけて。そのくせ差し伸べられる手は振り払ってきたんだね」

驚きはそれだけに留まらなかった。あろうことか、目の前の女性は今まで男が誰にも明かした事のなかった胸の内を把握して、それを口にしたのだ。



649VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:34:59.78RLjbm7yt0 (164/212)

男「なんで、わかるの?」

不思議そうにする男に女隊長は、

女隊長「ん? それはね……」

男の口元に人差し指を当てて答える。

女隊長「内緒だよ」

えへへと気の抜けた笑みを浮かべる。そんな彼女を見て男は気を張るのが馬鹿らしくなったのか、肩の力を抜いて笑い返した。

男「ははっ」




650VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:35:53.26RLjbm7yt0 (165/212)

女隊長「あっ! やっと笑った。さっきまでの顔より今の方が君にはずっと似合ってるよ」

そう言って女隊長は顔に当てていた手を引き、男の前に差し出した。

女隊長「私は女隊長っていうんだ。君の名前は?」

男「僕の名前は……男」

差し出された手を握り、男は立ち上がる。握りしめた手は温かかった。

女隊長「そっか、男って言うんだ。ねえ、男。よかったら私たちと一緒に食事でもしない? 男さえよかったらどうしてここにずっと座り続けていたとか話してほしいんだ」

男「うん」

己より大きな手に引かれて男は軍の門を超えて行く。今日、この日をもって男は停滞の日々に終止符を打ち、新たな一歩を踏み出した。
だが、それが更なる悲劇の始まりだという事にこの時の彼はまだ気づくことはなかったのだった。



651VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:36:40.76RLjbm7yt0 (166/212)

荒れ果てた土地、やせ細り、人々によって踏みあらせれたその場所には幾つもの簡易テントが立てられていた。負傷者の一時治療所、補給部隊の待機地点、そして戦場から経過報告を告げるために戻ってきた兵士たちが身体を休めるための場所がここだ。
ここから遥か先では巻き上がる砂埃の中に轟音や火花を散らし争っている人々がいる。飛び散る罵声や血潮、そして肉片。殲滅目標であるエルフ達との戦いだ。
早急にでも戦いを終わらせて家族の元に帰りたい兵士達。そんな彼らに殺されまいと必死に抵抗し、敵を倒そうとするエルフ達。
仲間を殺し、殺され、双方ともに争いを終わらせるため、憎い敵を討つために争いを続けていた。その表情にもはや慈悲も遠慮も何もなく、あるのは憎悪と敵を討ち取った際の達成感。
そして、一時とはいえ戦場を離れたこの場所にいるものたちの表情に浮かぶのは虚無感。
長い時を経てもなお終わらない戦争は泥沼化し、戦場に立つ者の精神を可笑しくさせていた。それは己が可笑しくなったと誰もが理解できないほどに。

女隊長「偵察任務……ですか?」

補給地点にて前線の状況を伝えるために戻ってきた女隊長はそこで上官から新しい任務の話を聞かされる事になった。




652VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:37:12.19RLjbm7yt0 (167/212)

上官「ああ、そうだ。どうにも西の山岳付近でエルフたちが集団で移動しているという報告を受けた。はぐれなのか、そう偽っている向こうの戦力の一部なのかはわからないが、何か事が起きてからでは遅いと思ってね。
 君の所の隊は連携も取れているし、戦力も申し分ない。それになにより兵の帰還率が100%というのが一番大きい。こういった偵察任務では一人でも生き残りがいれば任務が達成される。目標の目的が何かは未だにわからないが、それがなんであろうとエルフは人にとって害敵だ。
 何も知らないただのはぐれならすぐさま殲滅。万が一向こうの兵力だった場合はこれを捕らえて拷問、目的を吐かせてもらいたい。ただし、接触はなるべく最小限に。捕らえる事が不可能で、手に負えないようなら戦闘は回避して帰還したまえ」

女隊長「了解しました。我が隊はこれよりエルフ一行の偵察、及び殲滅任務に就かせていただきます」

上官から新しい任務を承った女隊長はそのままその場を後にしようとする。背を向け歩き出そうとする女隊長に上官がふと思い出したように声をかけた。

上官「そういえば、一つ聞いておこうと思っていたことがあったな」



653VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:37:55.17RLjbm7yt0 (168/212)

声をかけられた女隊長はその場に留まり振り返る。

女隊長「なんでしょう?」

上官「君の隊にいるあの少年だが、一体いつまで傍に置いておくつもりだね。はっきり言わせてもらうが彼はどちらかといえばこの場には不要な人間だ。負傷兵の治療や食料の配給など手伝いをしてくれている点は認める。
 だが、戦力にはならない。人手が足りていないのは確かだが、かといってあのような幼子をこの場に出すのは私も心苦しい。
 彼のような若い世代が笑って暮らせるようにこうして我々が戦っているというのに、ここで現実を見せて心に癒えることない傷をつける必要もないだろう。いい加減安全な街に置いて行ったらどうだね?」

容赦ない上官の言葉に、女隊長は視線を逸らさず、まっすぐに目を向けて返答する。

女隊長「いえ、それは必要ないと思います。私たちに付いて来る判断をしたのはあの子自身です。戦力がないのは百も承知、私たちの知識や戦闘技術を空いている時間に教えたりもしています。
 戦う力はない、でも邪魔になりたくはないとわかっているからこそあの子は自分にできる事をやっています。人手が足りていないこの状況なら使えるものはたとえ子供でも使うべきかと。
 それに、彼はあなたが思っている以上に現実を見て傷を負っています。それでも私たちについて来ると決めてこの場所にいるんです。なら、私たちがこれ以上何かを言うことはできません」


654VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:38:23.31RLjbm7yt0 (169/212)

上官「……そう、か。わかった、彼に関してはもう何も言わないでおこう」

女隊長「ありがとうございます」

普段の頼りなく、明るい女隊長はそこになく、ただただ冷静で大人な女兵士がいた。普段の彼女とはまるで正反対な、女隊長。そう、ここは戦場。一歩そこに立てば必然的に人も変わる。コインの表と裏が切り替わるように。
だが、彼女の表は果たして普段の明るい性格が本当のものだったのだろうか……。

女隊長「要件はこれで以上でしょうか? では、失礼させていただきます」

再び、上官に背を向けて仲間の元へと歩き出す女隊長。そんな彼女の姿が見えなくなると同時に上官はぼそりと呟く。

上官「君はそうやって理由をつけてあの少年を置きたがるようだが、実際は死んだはずの弟と姿を重ねているんじゃないのかね」

その問いかけに答える者は誰もおらず、代わりに新しい報告書が彼の元に運び込まれるのだった。



655VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:39:00.33RLjbm7yt0 (170/212)

女隊長が上官の元へと報告へ向かっている間、分隊の一同は円を組み、ある出来事をジッと見守っていた。
空き場の地面に埋められた三つの立て板。その先端部に丸い円を書いた的を少し離れた位置から一人の少年が見つめていた。
高鳴る鼓動を意識しないようにし、深く息を吸い込んで呼吸を落ち着ける。緊張はかなりしていたが、それでもこれまでの努力を見せる時だと己を奮い立たせる。

女魔法士「大丈夫? 無理ならまた今度でいいんだよ?」

彼の師匠の一人でもある女魔法士が心配そうに少年を見る。だが、そんな彼女にきっぱりと少年は告げる。

男「大丈夫、練習は今までもしてきたし。たぶん……できる」

目を閉じ、暗闇に包まれた中、己の頭に今から行うことを想像する。目標は前方に存在する三つの的。それに向かって魔法を放つ。教えてもらった魔法の紋様を思い浮かべ、暗闇を照らす光としてそれを脳内に描いていく。
脳内でイメージ通りに描ききれたところで少年は目を開けて目標の的を再び見据えた。


656VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:39:41.66RLjbm7yt0 (171/212)

男「いくよっ!」

口にすると同時に男は指先で紋様を描き出す。それは魔法を発動させる際に必要な動作だ。優れた魔法使いになれば魔法紋を描かずとも魔法を発動させる事ができるようになるが、余程強くイメージを保たない限り、魔法は発動しない。
紋様を描くのはその魔法のイメージを強めると同時に、確実に魔法を発動させるための補助的要素があるのだ。
指先から宙に描き出される光の紋様。ミスは許されない。身体を巡る魔力を意識し、それを指先へと流して行く。
描き、描き、そしてついに紋様が完成される。イメージした魔法が紋様の補助によってその姿を形作り、顕現する。
光の紋様が消えると同時に三つの火の玉が宙に浮かび上がった。

男剣士「おっ!」

女剣士「おお~」



657VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:40:25.60RLjbm7yt0 (172/212)

この状況を見守っている者の中から思わず声が上がる。だが、まだ終わりではない。

男「あとは、これを的にぶつける……」

意識を集中し、三つの的に向かって男は火の玉を投げつけた。

勢い良く加速し、目標へ向かって飛びかかる火球。高温の熱を内にその身に秘めたそれはそのまま的へと衝突すると思われた……。

男槌士「むっ……」

男弓使い「あれ?」

しかし、三つの火球の内二つが的へぶつかる直前でその軌道を変え、横へとそれてしまった。結果、一つは的へと直撃し木の板を爆散させた。残った二つのうち一つは的にかすったものの、全体をぶつけることができず、最後の一つに至っては的に触れる事すら叶わなかった。


658VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:40:51.27RLjbm7yt0 (173/212)

女槍士「あ~っ! 惜しい!」

一連の結果を見届け、誰もが口を閉ざしている中、第一声をあげた女槍士。そして、彼女の言葉を皮切りに、他の隊員達が口火を切り始める。

男剣士「あとちょっとだったな~。でも、この年で火球を三つも出せる時点ですげえと思うぞ」

男槌士「そうじゃ、そうじゃ。自分なんて魔法なぞ使う事すらできんからのう」

男弓使い「そうだな。でもこれってどう判断すればいいんだろう」

男弓使いの言葉に他の隊員達は顔を合わせて悩みだす。そう、これは男の魔法の特訓でもなんでもなく、ある試験を彼に行わせていたのだ。
それは、火球を生み出す魔法を使い、三つの火球を生み出し、その内の二つを的に命中させるというものだ。



659VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:41:23.07RLjbm7yt0 (174/212)

女魔法士「一応、的には当たっていますし……合格でいいんじゃないですか?」

女槍士「私もそう思うけどさ、でもちゃんとは当たってないんだよね。ここで甘やかしたら駄目なんじゃない? 一応大事な試験だし」

女剣士「う~ん、別に合格でいいと思うけどね~。実際これだけの腕があったら普通に戦えると思うし」

肯定的な意見が次々と上がり、それまで少し不安そうな表情を浮かべていた男に笑顔が現れだす。

男「じゃ、じゃあっ!」

もしかしたらと溢れ出る喜びを抑えられず、身を乗り出す男。そんな彼に女槍士が問いかける。



660VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:42:00.11RLjbm7yt0 (175/212)

女槍士「一応もう一度だけ聞いておくけれど本当にいいの?」

男「いいさ、いいに決まってる! 僕はこのためにずっとみんなと一緒に居続けたんだ。確かに、最初はエルフに復讐する事ばかり考えて戦場にでていたよ。
 でも、実際に戦場に出て自分に力がないのがわかって、エルフ達がどれほど恐ろしい存在かもわかった。それからみんなの力も。
 今の僕じゃやれる事も限られているけどそれでもみんなの力になりたいんだ。僕に魔法を教えてくれて、エルフを倒す力をくれた。危険な戦場での生き方や対処法を教えてくれて、僕を守ってくれたみんなの力に。
 だから、お願い。僕をみんなと一緒に戦わせて!」

頭を下げ、真摯に仲間達に訴える男。そんな彼を見て隊員達は笑顔を浮かべる。

男剣士「ったく、ここまで頼み込まれちゃ仕方ねえよな」

男弓使い「まあ、無茶しそうになったら俺たちが止めればいいんだし」

男槌士「年少者の面倒を見るのは年上の義務だしのう」

女魔法士「男くん、ずっと頑張ってきてましたしね」

女剣士「ま、みんながいいっていうんならいいと思うけどね」

女槍士「ということだけど、どう? 女隊長」



661VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:42:46.66RLjbm7yt0 (176/212)

気がつけばいつの間にか隊員達の背後に女隊長が立っていた。苦い表情を浮かべ、仲間達の意見を聞いている女隊長。最後の決断を任せられた彼女は困ったように男を見ていた。そして男また彼女に自分を認めてもらおうと説得の言葉を口にする。

男「お願い、女隊長。僕を戦いに参加させて! 絶対に、役に立ってみせるから!」

強い眼差しで己を見つめて来る男に女隊長は困ってしまう。こういった目をした人を自分が止める事はできないとわかっているからだ。

女隊長「……一つ、約束して。絶対に無茶はしないって」

真剣な女隊長の言葉に男は無言で頷いた。

女隊長「そう。それがわかっているならこれ以上私が何か言う事はないかな……。男、今日から君は私たちの隊の支援役として一緒に敵と戦ってもらうね。
 試験は合格。以上……だよっ」

女隊長がその言葉を口にすると、それまで静かにこの成り行きを見守っていた他の隊員達が一斉に歓声を上げた。



662VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:43:37.82RLjbm7yt0 (177/212)

男剣士「いよっしゃああああああああ! やったな、男! これでお前は正式に俺たちの仲間だぜ!」

男弓使い「こら、そんな言い方だと今までが正式な仲間じゃなかったみたいだろうが。でも、まあおめでとう男。これから頼りにしてるよ」

男槌士「よかったのう、男。でも、これで満足してはいかんぞ。これからも鍛錬を続けてより強くなれるようにするんじゃぞ」

女魔法士「男くん……。よかっだでずねえぇっ……」

女剣士「うわっ! 女魔法士のやつ泣き出した。鼻水垂らしてこっちこないでよ、ばっちいなぁ」

女槍士「まあ、まあ。女魔法士は男の師匠でもあるんだから、みんなよりも感動もひと際大きかったんでしょ。それにしても、よかったね男。これからもよろしくね」

男「みんな……ありがとう。僕、これからもみんなの役に立てるように頑張れるよ……」



663VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:44:17.61RLjbm7yt0 (178/212)

男剣士「おいおい。男たるものこの程度で泣いてるんじゃねーよ。女々しいと思われるぞ」

男弓使い「とかなんとか言って、自分だって目尻に涙浮かべて必死に泣くのを我慢してるくせに」

男剣士「ばっ! ちげえよ、これはだな……そう! 汗だよ、汗。緊張して見てたから汗かいたんだよ」

男槌士「なんとも見苦しいいいわけじゃのう。まあ、めでたい事じゃし泣こうが別にいいんではないか?」

男剣士「だから、ちげえってば!」

喜びを分かち合う仲間達を一歩距離を置いて眺めている女隊長。今まで男を戦闘に参加させず、今回も試験を課して少し厳しい事を言ってきた女隊長だったが、その胸の内は隊員達と同じように喜びに溢れていた。


664VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:45:32.35RLjbm7yt0 (179/212)

女隊長(よかったね、男。ホント、これまでずっと頑張ってきた成果が出て私も嬉しいよ)

仲間達の喜びの輪に入らずにいた女隊長だったが、そんな彼女に今回の主役の男が気がついた。そして、幾つもの手にもみくちゃにされている中を飛び出して、女隊長の元へと駆け出した。

男「女隊長!」

勢いよく女隊長の胸へと抱きついた男。急に抱きしめられた女隊長は突然の事に戸惑い、同時に驚いた。

女隊長「あっ、えっ!? えと、男? どうしたの?」

男「ううん。ただ、お礼を言いたくて……。いつも僕の練習を手伝ってくれて。僕の事に気をまわしている余裕もなかったのに」

女隊長「私は何もしてないよ。男がただ、頑張っただけなんだから」

男「それでも、お礼を言いたいんだ。あの日、女隊長が僕に声をかけてくれなかったらきっと僕は今でもあの門の前で立ち止まったままだった。そんな僕を外の世界に連れ出して、戦争の恐ろしさを、そしてそこでの生き方を教えてくれた。
 だから、今の僕があるのはみんなの……女隊長達のおかげだ」

男の感謝の言葉に照れてしまったのか、女隊長は顔を赤くし、視線を男から背けている。



665VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:46:10.63RLjbm7yt0 (180/212)

女隊長「あの……ね、男。そろそろ離れてくれないと私……」

そう言いつつそっと男の背中に腕をまわして優しく抱きしめる女隊長。互いに抱きしめ合う状況がしばらく続いた。

男「……」

女隊長「……」

見つめ合う男と女隊長。甘い空気がその場に漂い始めたその時、二人だけの世界に割って入ったのはこういう状況に頼もしい女槍士だった。

女槍士「……こほん。あの、そろそろいいかな二人とも?」

その言葉を聞いてようやく我に返ったのか、はっとした女隊長が男を己から引き離した。



666VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:46:42.76RLjbm7yt0 (181/212)

女剣士「いや~、女隊長に少年趣味があるとは思わなかったな~」

女魔法士「年下の男の子と大人の女性の恋愛……。ありですね……はぁ、はぁ」

男剣士「男め……うらやま。いや、けしからん」

男弓使い「羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」

女槍士「まあ、とりあえず自分よりも一回りほど年下の少年に手を出すのは……。まあ、趣味は人それぞれだけど、後二年くらいは待ってあげなよ」

女隊長「な、な、ななっ! 違うよ! そんなんじゃなくてっ! だって、急に男が抱きついてきて、その無理に突き放すのもかわいそうだし、だから……えっと」

男槌士「そのわりには男を離すまいとしっかり抱きしめ返しておったようじゃったがのう」

女槍士「うん、うん」

女魔法士「私も師匠として一緒に魔法の練習したのに……」


667VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:47:30.94RLjbm7yt0 (182/212)

みんな男の行動や女隊長の行動に特に深い意味はないと分かって入るもののからかうのは止めない。いつも通りの展開になった仲間達を見て男は笑顔を浮かべる。
新しい家族とも呼べる仲間達ができたことによって浮かべる事ができるようになった笑顔を。

男「みんな、そんなにからかったら女隊長がかわいそうだよ!」

再び仲間達の輪に入る男。戦場で誰もが傷つき、壊れて行く中、この仲間達は堅く強い絆で結ばれていた。


いつだったか、誰かがこんな事を口にしていた。
別れは本当に予期せず、一瞬にして訪れる。だからこそ、自分たちは後悔をしないように今を精一杯生きて、繋がりので来た人と人との関係を大事にしていくのだと。
それを聞いて子供心になるほどと男は思った。確かに人との縁というものは大事だと。今一緒にいる分隊のみんなと出会った事で、自分の心は確かに救われ、彼らの力になりたいと思うようにもなった。
素晴らしい出逢いに感動し、心揺さぶられ、笑顔を取り戻した。だからこそ、気づかないうちに彼は浮かれて大事な事を忘れていたのだ。
別れは訪れる。それは、早いか遅いかの違いだけで、必ず起こるのだ。そして、命を賭け合う戦場ではそれがどれほど早くなるか。そんな大事な事を、今まで運良く隊の誰とも別れを経験しなかった彼は……忘れていたのだ。



668VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:47:56.60RLjbm7yt0 (183/212)

エルフ一行の偵察の任を受けてはや一週間が過ぎようとしていた。エルフ達が目撃された地点は既に過ぎ、そこに残された僅かな痕跡を辿って男達はエルフ達を追跡していた。
しかし、己の存在を相手に気取られてはいけない偵察任務では行進は慎重にならざるをえず、その歩みは遅く、更には木々やでこぼことした獣道が進行速度をより遅れさせていた。
そして、それとはまた別に彼らの行く手を阻む存在も。

男剣士「気をつけろ、猪型の魔物だ! 男、女魔法士援護頼む! 火の魔法は目立つから極力使うなよ」

男「わかった!」

女魔法士「了解です」



669VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:48:30.26RLjbm7yt0 (184/212)

視線の先に存在するのは普通の猪より一回り大きな体躯の魔物。鼻横から生えている二つの牙は長く、鋭い。突き刺さればそのまま絶命するだろう。
山奥に現れた久方ぶりの大物な獲物を見て興奮しているのか、猪は鼻息を荒げてこちらを地面を何度も踏みつけ、こちらを睨みつけていた。
そんな猪に対して剣を構え、牽制をするのは男剣士。彼の後ろには、援護をするため魔法紋を描き始めたのは男と女魔法士。
宙に描かれる幾何学模様の魔法陣や文字の羅列。その一つ、一つに意味の込められた常人には理解できない魔法起動のためのプロセス。
単体では効力のないそれを全て描き終えた時、魔法は発動し、その効力を真に発揮する。
そして、それを行うには魔法紋を途中で中断させることなく描き終えなければならないのだ。
この間、男剣士の役割は彼らの潤筆が終わるまで盾となり、時間を稼ぐ事だった。
しかし、獰猛な魔物が彼らの考えを読み取って待ってくれるかと言われればそんなはずもなく、目の前に現れた獲物めがけて己の武器である鋭い牙を突き刺すため突進してきた。

女魔法士「行きます!」



670VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:49:11.79RLjbm7yt0 (185/212)

まず最初に魔法を発動させたのは女魔法士だった。魔法紋からは目には見えない渦巻く風の刃がいくつも宙に浮かび、轟音を上げて周りの葉や砂を巻き上げている。
それを見た男が次に魔法を発動させる。魔法紋からは光が発せられ、離れた場所に立つ猪の足下から太い蔓が生え、その足に絡み付き動きを止める。男の援護を確認すると女魔法士は宙に留めていた風の刃を一斉に解き放つ。
凄まじい速度で猪の元へと飛んで行く風の刃。まるで抜き身の名刀がいくつも飛び交うようなそれは猪の身体を容赦なく切り刻み、その身体から大量の血を吹き上がらせた。
絶叫を上げる猪。だが、そんなことで情けをかける男達ではなく、男剣士は剣を横に水平に構えて猪の顔の正面に突き込むために駆け出した。

男剣士「くたばりやがれえええええええええ!」

そのまま猪の顔に突き刺さると思われた剣は、しかし猪の最後の抵抗によって足に絡み付いていた蔓を無理矢理引きはがし、己の牙で男剣士の愛剣を空中へ弾き飛ばした。
その瞬間、その場にいた誰もが凍り付いた。解き放たれた狂獣、訪れる命の危機、仲間の死。それを想像し、叫び声を上げる事もできず、ただ冷や汗が己の額から地面に落ちるのをゆっくりと感じるだけだった。

男剣士「あっ……」

己の命が終わる事をどこかで予感し、男剣士が口にしたのは何とも気の抜けた一言だった。この世への未練など考えている余裕もなく、ただ状況を理解して、驚きと諦めの反応を口にすることしかできなかった。

だが……。



671VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:49:43.72RLjbm7yt0 (186/212)

男槌士「どっせぇい!」

突如近くから野太い声が聞こえたと思うと、男の眼前にいた猪が何か大きな飛来物によって吹き飛ばされていた。苦痛の叫びを上げ、地を転げ回り、先程切り刻まれた傷口からは増々血を吹き散らす猪。
急な出来事に何が起こったのかと男達が思っていると、いつの間にか男剣士のすぐ横に男槌士が立っていた。

男槌士「全く、最後の最後で油断するなぞお前さんもまだまだ未熟者だの」

弾き飛ばされ、地面に突き刺さった男剣士の剣を抜き、手渡す男槌士。

男剣士「そっちは別の場所の探索中だろ。なんで、ここにいるんだ?」

男槌士「こっちはもうとっくに終わっておるわい。それで先に合流地点に戻ろうと思ったら、こっちから轟音が聞こえたもんでのう。こうして駆けつけたというわけじゃ」

男剣士「そりゃ、どうも。おかげで助かった」

男槌士「礼には及ばん。それに、一人だけじゃないしのう」



672VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:50:10.91RLjbm7yt0 (187/212)

男槌士がそう言うと、地を力強く踏みしめ、早足で駆け抜ける音が聞こえてきた。そして、黒い影が二つ眼前を通り過ぎたと思うと、未だ大地に倒れふしている魔物に向かって襲いかかった。

女槍士「てえええええええい!」

女剣士「はぁっ!」

ダメージの抜けきっていない猪に対して女槍士と女剣士の二人が剣と槍を同時にその巨体に突き刺した。断末魔の叫びを空に向かってあげる魔物。そして、とうとう力つきたのか、そのまま倒れ伏したのだった。

男剣士「やれやれ。一時はどうなるかと思ったが、これで一安心だな」

女魔法士「心臓に悪いですよ、本当にもう」



673VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:51:02.71RLjbm7yt0 (188/212)

男槌士「がっはっは! これで貸し一つじゃな。町に戻る事になったら酒をたらふく奢ってもらうかの」

男剣士「ちっ、しょうがないな。その代わりに財布の中身がすっからかんになるまで飲むのは勘弁くれよ」

男槌士「わかっておるわ。がっはっは!」

危機を乗り越え、安堵の表情を浮かべて軽口をたたき合う仲間達。そんな中、ただ一人男だけが浮かない表情をしていた。その事に気がついた女槍士が彼の元へと近づき声をかける。

女槍士「どうしたの、男? もしかして、怖かった?」

そういえば男は本当の意味での実践はこれが初めてだったということを思い出し、予想していたよりも怖い思いをしたのではないかと心配する女槍士。

男「ううん、違うよ。大丈夫、ちょっと緊張しただけ」



674VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:51:34.79RLjbm7yt0 (189/212)

 何でもないように男は返事をし、皆の輪に入っていく。その様子に違和感を感じながらも、女槍士はそれ以上男に何かを聞く事はなかった。
 しばらくして、別の場所を探索していた女隊長と男弓使いが合流し、それぞれの成果を報告し合う。

女隊長「みんなお疲れ! どう、なにか手がかりになるようなものは見つかった?」

女剣士「こっちは何も。そっちはどうだった?」

男弓使い「いや、手がかりになるようなものは見つからなかったな。連中も馬鹿じゃないらしい」

男槌士「ふむ……それは困ったのう。このままじゃ追跡は難しくなる。連中の狙いが何かもハッキリしておらんし、早いところ捕まえて尋問でもしたいところなんじゃがの」

女槍士「そうはいっても、焦ってこっちのことをエルフ達に気づかれても厄介だしね。もどかしいわね……」

これからの事を考え、途方に暮れる一行。だが、それも男剣士の一言によって打ち破られる。



675VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:52:12.31RLjbm7yt0 (190/212)

男剣士「いや、そう決めつけるのは早いぜ。見ろよ」

そう言って彼が指を指したのは一見すると何もない獣道。

男弓使い「……何もないが?」

皆の疑問を代弁する形で男弓使いが問いかける。

男剣士「いや、俺もさっきまでそう思っていたんだけど、女魔法士に魔法を使った形跡がないか調べてもらったんだ」

そう言って女魔法士に目配せする男剣士。

女魔法士「はい。実はですね、この道々に魔法を使った痕跡がわずかにですけれど残されていたんです。確証はないので断言できませんけれど、おそらくエルフ達が自分達が通った跡を残さないように使った魔法の残滓と思われます。
 もしかしたら罠かもしれないですけれど、この先の道をエルフ達が進んだ可能性は高いですね」

女剣士「だってさ。どうする、女隊長?」

女隊長「罠だっていう可能性があったとしても、私たちは進むしかないんだよね。……よし、みんな周囲に気を配りながらこの先に進もう!」

その一言で分隊の進むべき道は決まった。隊列を組み、一同が進んで行く中、最後尾を歩く男だけが未だ浮かない顔をしているのだった。



676VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:52:41.81RLjbm7yt0 (191/212)

行進を続ける事数時間。空は暗くなり、夜が訪れた。周りの安全を確認し、小さな火を熾し、一同は交代で仮眠を取っていた。
パチパチと燃える薪に目を移しながら、男は見張りの番についていた。周囲に意識を張りながらも、ジッと膝を抱え込み、何かを深く考え込んでいる様子だ。
そんな彼の元に一つの影が近づいていた。男に気づかれないようにそっと近づき、一気に距離を詰めてその背に抱きつく。

女隊長「お~と~こ! どうしたの、浮かない顔して。もしかして結構疲れが溜まってる?」

不意を突く形で現れた女隊長に驚くと同時に半ば呆れる男。はぁ、と一度ため息を吐き抱きつく女隊長に告げる。

男「女隊長こそどうしたの? 交代にはまだ早いよ」

男の次の見張り番は女隊長であったものの、男自身つい先程女槍士と交代したばかりなのだ。交代時間はだいたい一刻が過ぎたらと決まっているのでまだまだ先は長い。にもかかわらず、女隊長は男の元へと訪れた。これは交代以外になにか用があるのだろうと彼は思った。



677VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:53:28.82RLjbm7yt0 (192/212)

女隊長「ん~それは分かっているんだけどね。ちょっと、眠れなくて。それに、男を一人にしておくにはちょっと心配だったから来たんだ」

男「もう……また子供扱いして」

女隊長「ごめん、ごめん。嫌だった?」

男「そりゃ、嫌かって聞かれればあんまりいい気はしないかも。僕だってみんなと対等な立場でいたいし……」

ちょっぴり不機嫌になり、むくれる男。そんな彼の様子を見て女隊長はくすりと微笑む。そして、男はそれを見逃さなかった。

男「あっ! 笑わないでよ」

女隊長「しまった! 男、ごめんね。拗ねないで~」



678VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:54:13.62RLjbm7yt0 (193/212)

男「いいよ、もう。女隊長が僕のこと手のかかる子供って思ってるの知ってるし」

女隊長「う~ん、どっちかと言えば手のかかる弟かな?」

男「対して変わらないじゃんか」

すっかり機嫌を損ねて拗ねる男の背から離れて、その隣に座る女隊長。それからしばらく二人の間に言葉はなく、ただ木々が燃える音のみが周りに響いた。
そんな中、沈黙に耐えきれなくなったのか男が言葉を漏らした。

男「ねえ、女隊長……」

女隊長「ん? なに、男?」

男「僕……さ、本当にみんなの役に立ててるかな」


679VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:54:43.08RLjbm7yt0 (194/212)

胸の内に抱えていた不安を少しずつ曝けだす男。そんな彼に女隊長は優しく問いかける。

女隊長「急にどうしたの? もしかして昼間の件で怖くなっちゃった?」

男「ううん、別に怖くなったとかじゃないんだ。みんなと一緒に行動してもう結構な月日が経つよね。その間、みんながどれだけ強いかを直に見てきたんだ。だから、自分がどれだけ力が足りないかも知っている。
 だから、この間の試験で合格できたのはすごく嬉しかったんだ。やっと、みんなと肩を並べて戦えるって思えたから。
 でもさ、今日の実践で僕の魔法さ、魔物に破られちゃったんだ。そのせいで男剣士が死ぬかもしれなかった。もし、男槌士たちが来てくれなかったらと思うとゾッとしちゃって」

女隊長「男……」


680VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:55:14.00RLjbm7yt0 (195/212)

男「もしかしたら僕はまだみんなと一緒に行動するほど力がないんじゃないかって思ったんだ。あの時の試験だってギリギリだったよね。本当は駄目だってどこかで思ってた。
 女隊長は合格だって言ってくれたけど……本当はって思っちゃって」

本当の実践を経験し、自分が努力して覚えてきた魔法が簡単に破られた事、そしてそれによって仲間を窮地に立たせてしまった事が余程ショックだったのだろう。日中男が浮かない顔をしていたのはそれが原因だった。
自分はまだ皆と共に戦える力はなく、情けで戦いに参加させてもらっているのではないだろうか? そんな考えばかりが浮かんでしまっていたのだ。

女隊長「思い詰め過ぎだよ。男はよくやってる。ちゃんと頑張ってるし、みんなの力になってるよ。私が男の歳の頃なんてこんなに強くなかったもん」

男「そう……かな。たとえ女隊長の時がそうだったとしても僕は今みんなと一緒に戦っているんだよ。強くなくちゃならないよ」


681VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:55:44.64RLjbm7yt0 (196/212)

再び訪れる沈黙。すれ違うそれぞれの意見。少し口を出しすぎたと男が後悔をし始めた頃、今度は女隊長が話を始めた。

女隊長「私ね、弟がいたんだ」

男「えっ?」

唐突に別の話を始めた女隊長に驚きながらも、男はその話に耳を傾ける。

女隊長「私が男くらいの歳の頃かな。小さな町で弟とお母さんと一緒に暮らしていたの。あ、お父さんは私が小さい時に亡くなっちゃってて、周りの人に助けてもらいながらどうにか生活していたんだ。
 決して恵まれた生活じゃなかったけれど、それでも私には幸せな毎日だった。お母さんが笑ってご飯を作って、弟はちょっとやんちゃで手がかかったけど、それでも楽しかった。
 でもね、ある日私たちの町がエルフに襲われたの。お母さんは私と弟を逃がした際に流れ矢に当たって死んじゃって。弟二人で必死に逃げた」

男「……」


682VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:56:14.31RLjbm7yt0 (197/212)

女隊長の話を聞いて男は自分に似ていると感じた。そして、今彼女の隣にその弟の姿がないことからも、この先に待ち受けている結末にも勘づいてしまった。

女隊長「でもね、子供がいつまでも逃げられるわけもなくてね、私と弟は途中でエルフに捕まったんだ。
 それまで、私はずっと弟の手を繋いでた。どこに行くのにも、なにをする時も。私がお姉ちゃんなんだから弟を守ってあげなきゃって思ってたんだ。
 だけど、いざ死を目の前にした時に私は怖くなったんだ。死にたくない、死にたくないって思った。そして、繋いでたその手を……離しちゃったんだ」

男「それから……どうなったの」

女隊長「……弟はすぐに死んじゃった。私は後ろで叫び声を上げて助けを求める弟を一度も振り返る事逃げ続けた。
 逃げて、逃げて、逃げて、町に駆けつけた軍の人に助けてもらった。
 男も会ってるよね、ここに来る前補給地点にいた上官が私を助けてくれた人なの。あの人に助けてもらってしばらくは施設に入ってた。
 でも、毎晩毎晩夢に出てくるの弟の叫び声が、エルフ達の顔が。それを消したくて、私は軍の前に毎日通った。毎日、門の前にしゃがみ込んで軍に入れてもらえるように頼み込んだ。
 でも……まだ幼かった私は軍に入る事はできなかったんだ」


683VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:56:47.67RLjbm7yt0 (198/212)

それを聞いて、男はハッとした以前軍部の前に座り込んでいた自分の心情を言い当てた女隊長に理由を尋ねたことがあった。あの時は内緒とはぐらかされていた。だが、そうではなかったのだ。
彼女は自分だったのだ。だからこそあの時の自分の心情が手に取るように分かったのだと男は思った。

女隊長「それからは頑張って軍に入れるまでの間自分にできることをやって、こうして今軍に所属している。今の私にはもったいないくらいの仲間にも恵まれた。もちろん、男もね。
 強くなくたっていいんだよ、一人でできることなんて限られているんだから。だからこそ、仲間がいるんだしね。男は今できることを頑張るだけでいいんだよ。もしそれで失敗しても、私たちが助けてあげるから。それが、仲間でしょ?」

男「……うん。そう、だね。ありがとう、女隊長」

照れくさそうに下を向いてお礼を述べる男。ようやく暗い顔を無くした男を見て満足そうに微笑む女隊長。


684VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:57:16.34RLjbm7yt0 (199/212)

女隊長「あ、でも私男に一つ謝らないといけない事があるんだ」

男「なに?」

女隊長「実は私ね、男のこと何度か弟と重ねてた。特に、隊に入った当初は。今の男の歳が近いって言うのもあったからなおさら、ね。だから無意識のうちに子供扱いしちゃったりしたりもしたと思う。
 それを男が負担に思っていたのならごめんなさい」

 頭を下げて謝る女隊長に男は焦った。

男「そ、そんな謝らないでよ。僕は女隊長に感謝こそすれ文句を言う事は何も無いんだ。だって、女隊長が僕の手を引いてくれなかったらずっと僕は燻ったままだったんだから。
 だから、いいんだ。子供扱いされるのは実際に僕がまだ子供なんだから。でも、いつかそんな風に思わないように立派になってみせるから」

グッと拳を握りしめて決意を固める男。そんな彼を見て女隊長は無言のまま男を見つめた。


685VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:57:51.78RLjbm7yt0 (200/212)

女隊長「うっわぁ……男って本当に母性本能をくすぐるね」

うずうずと身を震わせる女隊長を見て男は不思議に思う。別段変な事を言ったつもりはなかったのだが、何か気を悪くさせただろうかと心配になる。
それから女隊長は唐突に立ち上がり、周りを見渡し、起きているものが誰もいない事をいないことを確認すると、再びしゃがみ込み、先程よりも更に男との距離を縮める。

女隊長「じゃあ、男がそんな立派になってくれることを期待するのと、子供扱いしていた謝罪を込めて」

そう言って女隊長は男の頬にそっと手を当て、唇を重ねた。
触れ合う、肌と肌。ねっとりとした自分以外の人の一部が己の中に入ってくるのを感じ、男は言葉にできない異様な感覚に襲われた。
数秒はそうしていただろうか。突然訪れた未知の出来事に男は惚け、そんな彼の初めてを奪った女隊長は照れくさそうに視線を彷徨わせた。


686VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 18:58:17.42RLjbm7yt0 (201/212)

女隊長「そ、それじゃあお休み男! 見張りよろしくね!」

止める間もなく去って行く女隊長。男の意識は未だ現実に戻っておらず、別の次元へと旅立っていた。無意識のうちに視線が空へと向かう。満点の星々がそこには煌めいていた。
しばらくして、ようやく己が女隊長にキスをされたのだと理解した男。初めてのキスを感覚に戸惑い、同時に感動しながら悶々とする。当然、見張りに集中できるはずも無かった。
そして、本能のまま男に対して行動を移した女隊長も気づいていなかった。やってしまった! という思いからすぐさま男の元から離れた彼女だったが、次の見張り番のために男が彼女の元にくることをすっかり忘れていたのだ。
結局、交代の時間が訪れ、彼女の元を男が訪れた時にはなんとも気まずい空気が流れたのだった。



687VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 19:00:06.98RLjbm7yt0 (202/212)

>>592
見落としてましたw そっこら!そっこら!

さて、ひとまずこれで現在あるストックは全て出し尽くしました。今から少し休憩して、その後この続きを書いていこうと思います。ゆっくりペースになりますが、どうぞよろしくお願いします。


688VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 19:27:24.00z0S5nnFUo (1/1)

久しぶりにきたら超大作になってた


689VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 20:46:11.94RIVz40PIO (1/1)

ここからか


690VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:01:28.57YNI1Bhpl0 (1/1)

もう結末書いてるのにここまで伸ばす話も珍しい

もっと続いて


691VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:30:45.75RLjbm7yt0 (203/212)

>>688
お久しぶりです。だいぶ話が長くなってきましたが、このお話自体はもう少しで終わりますのでそれまでお待ちください。

>>689
そうですね、ここから先は書き溜めなしですが頑張って完結まで持っていきたいと思います。

>>690
元々本編だけ書いて終わる予定だったのですが、前に書いていた時に安価で書いて欲しい話のリクエストをとっていたらこんなに長くなりました。もっとも、途中から自分の考えと合わせて完結までの物語を作りましたが。
具体的にはあとこれを含めてあと三つ大きな話があって終わります。特にこのあとの二つはものすごく長くなると思うので当分続くかと思いますw


692VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:31:28.05RLjbm7yt0 (204/212)

翌朝、何とも言い難い妙な空気に包まれながらエルフの探索を続ける一行。その原因は
言うまでもなく女隊長のしでかした昨夜の一件にあるのだが、仮眠をとっていたほかの隊員たちがそのことについて知っているはずもなく、男と女隊長二人のあいだに漂う気まずい雰囲気からなんとなく事情を察するのだった。

女剣士「ねえ、これもしかして……」

先頭を歩く女隊長、並びに最後尾を歩く男に聞こえないように声を潜め、当事者でない他の隊員たちは話を始める。

女槍士「うん、みんな多分予想しているだろうけど、たぶん女隊長は昨日男を食べちゃったね」

女魔法士「や、やっぱりそうなんでしょうか……。でも、二人の様子を見たところ、何かがあったのは間違いなさそうですし」

やはり、こういった男女の関係が臭う話題には女性の方が食いつきがいいらしく、普段はみんなを律する立場にある女槍士も今回ばかりは積極的に会話に混じっていた。



693VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:32:01.79RLjbm7yt0 (205/212)

男剣士「おいおい、待てよ。んじゃ、あれか? 昨日俺たちが気抜いて寝てるあいだに男のやつは一人いい思いしてたってことか?」

男槌士「そうみたいじゃのう。ふっふっふ、男め可愛い顔をしておるくせに中々やるやつじゃのう」

男弓使い「というか、みんな男と女隊長がヤったっていう方向で話進めてるけど、実際男がそんなことすると思う?」

男弓使いの一言で、一同は話すのをやめ、深く考え込む。そして、皆同じ結論に達する。

男剣士「いや、やっぱそりゃねえ。男のやつはまだ女の身体とかに興味なさそうだし」

女剣士「そういえば、以前水浴びをしているところに男が来たけど、顔真っ赤にしてすぐにその場を去ってったっけ」



694VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:32:50.30RLjbm7yt0 (206/212)

女槍士「となると、手を出したのは……」

そう女槍士が呟くと同時に全員の視線が一斉に女隊長の背中に集まる。

女隊長「な、なに? どうしたの、みんな。そんな怖い顔して」

隊員たちの視線に気がつき、振り返った女隊長であったが、自分を見るみんなの目がとても冷たいものであることを察する。
昨晩の件を怪しまれていると思った彼女は、どうにかその件をごまかそうと、慌ててみんなに別の話を持ち出した。

女隊長「そ、そういえばさ。みんな今回の任務が終わったら何かしたいことないの?」

無理やり話題を変えた女隊長を見て、隊のみんなは思わずため息を吐き出す。しかし、あまりいじめてもかわいそうなので、この辺りで何があったのか探るのをやめるのだった。



695VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:33:21.76RLjbm7yt0 (207/212)

女剣士「ご飯! なんといってもご飯が食べたい!」

女魔法士「そうですね。一度ゆっくりと羽を休めたいですね。読書をしたりしてのんびりと数日過ごせれば……」

女槍士「う~ん、こんな時で不謹慎かもしれないが観光なんてしてみたいな。もっとも、行ける場所も限られているだろうけど」

男剣士「そうだなあ。かわいい子とたくさん遊びたいな……」

そう男剣士が言った途端、女性陣の周りの空気が一気に下がった。



696VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:33:53.39RLjbm7yt0 (208/212)

女剣士「まあ、確かにやりたいこととはいったけどさ」

女槍士「もうちょっと、まともな意見があると思うんだけどね」

女魔法士「男剣士さん、そういったことをいうのは時と場合が……」

女隊長「ま、まあ。素直なのはいいことだと思うよ」

男剣士「なんだよ! いいじゃねえか、俺だっておいしい思いをしたいんだよ!」

男弓使い「まあ、まあ。男剣士がモテないのはいつものことだし、願望を口にするくらいはいいじゃないか。もっとも、それが叶うかどうかは別だけど。
 あ、ちなみに俺はゆっくり寝たい。安心して眠れる空間で好きなだけ眠りに就きたいな」



697VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:34:40.05RLjbm7yt0 (209/212)

男槌士「なんじゃ、なんじゃ。みんなつまらんのう。どうせなら酒場の酒を飲み尽くすくらい言わんかい」

男剣士「それをしたいと思うのは男槌士くらいだろ」

女剣士「うん、うん。間違いないね」

この場にいる男を除いた全員がそれぞれの願いを口にする。ただ、こんなことを口にするのは何も理由がないわけではない。
 エルフの偵察任務が始まってから、もうだいぶ日数が過ぎた。分隊とはいえ、人数が少ないわけではない。食料はすでにかなり減っており、持ってあと二、三日。
狩りをしながらであれば、帰還分は持つが万が一帰還中に予期せぬ事態が発生した場合、食料は枯渇する。
 そうなった先に待っているのは空腹からの思考の停止、動きの鈍りなどといった悪循環。そんな状況でもしエルフや魔物に遭遇することになれば命が失われる危険も大きくなる。
 そうなると、捜索のリミットは今夜一杯。元々相手の動向を伺うのが任務であり、戦闘は二の次。なにも無理に命を危険にさらす必要はない。
 そして、女隊長のが皆に問いかけた質問。それは、帰還するイメージを強め、皆のやる気を起こさせるためのものであったのだ。



698VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:35:21.86RLjbm7yt0 (210/212)

女魔法士「そういえば、男くんはこの任務が終わったら何がしたいの?」

言われてみれば、まだ男の願いを聞いていなかったことに全員が気がつく。そして、尋ねられた男はといえば……。

男「……あ、ごめん。聞いてなかった。えっと、なんて言ったの?」

上の空であった。任務中であるにもかかわらず、ボーッとし、心はどこか遠くへと旅立ってしまっている。本人は普通にしているつもりなのであろうが、端から見たら思わずため息を吐きたくなる腑抜けっぷりだ。

男剣士「重症、だな」

女槍士「うん、そうみたいだね。……で、女隊長。みんなここまであえて触れてこなかったけど、昨晩男に何したの?」

女隊長「え!? あ……うぅっ……そのぉ……」



699VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:36:21.66RLjbm7yt0 (211/212)

その時のことを思い出しているのか、女隊長の顔は真っ赤に染まり、前へと進めていた足を止め、もじもじとその場で身体をくねらせていた。そして、男も昨夜の出来事をみんなに知られていると勘違いしたのか、長風呂でもしていたかのように顔を火照らせ、下を俯いていた。

男弓使い「はぁ。まだ汚れを知らない男の子に手を出すなんて女隊長も中々やるね」

男槌士「まあ、人様の性癖にとやかくいうつもりはないがのう。女隊長、責任はとるのじゃぞ」

女槍士「あと二年は待ちなよって、つい数日前にいったはずなんだけどなぁ」

女隊長「だ、大丈夫! まだキスだけだから!」

隊員達『まだ!?』

女隊長「あ、うん。ごめん、間違えた。もう、キスまでしちゃいました……」


700VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/05(水) 23:46:15.89RLjbm7yt0 (212/212)

とうとう観念して昨晩の出来事を白状した女隊長。みんなの予想よりも遥かにかわいらしい行動であったが、当人としてはよっぽど恥ずかしかったのか、意識的に男から顔を背けていた。
 まるで、年頃の乙女が初恋に目覚めたかのようなその様子にまたしても一同は呆れ返った。

男剣士「まあ、なんだ。あれだ、あれ。男と女隊長は帰ったら今後の話し合いだな」

女魔法士「そうですね。私たちに構わずじっくりと二人の未来について話しあってください」

二人の初々しい態度を見て、胸焼けを起こした男剣士以下一同。とりあえず、いつまでもこのままというわけにもいかないため、この辺りで二人にはいつものように戻ってもらうことにした。

女隊長「そうだね。みんなごめんね、もう大丈夫だから。よし、それじゃあ改めてエルフの捜索を頑張ろう!」

ようやく普段の調子を取り戻した女隊長。そんな彼女に男剣士たちは苦笑する。そして、昨日と同じように二手に分かれてエルフの捜索を開始するのだった。


701VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 00:23:19.42ULshItii0 (1/13)

二手に分かれた片方、女槍士、男弓使い、女魔法士と共に男はエルフを捜索していた。すでに、捜索を開始してから数時間が経過しており、日も高く昇り始めていた。
今は四人でそれぞれ担当した部分の捜索を行っており、男の周りには誰もいない。あたりを見渡せば、森の中に連なっている木々の隙間から溢れる木漏れ日が空から射している。

男「ふう……ちょっと、疲れたな。ここで一休みしようかな」

木の一つ背を預け、一息つく男。大きく息を吸い込めば新鮮な森の空気が肺の中に広がっていく。風によってたなびく葉は、心地よい音を奏でる。
こんな状況だというのに心は穏やかになり、顔に手を当ててみれば頬が緩んでいるのがわかる。


702VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 00:45:35.38ULshItii0 (2/13)

男(僕、笑えている。いや、本当は任務に集中しなきゃいけないからこんな気持ちじゃダメなんだけど……。
 でも、笑えているんだ……)

 家族を失ってからというものの笑顔を失くしていた男にとって今いる分隊は新しい居場所だった。
 血のつながりもない、年齢も、性別も違う人々の集まり。けれども、彼にとってこここそが新しい自分の居場所であり、そこにいるみんなが新しい家族とも呼ぶべき存在だった。
 もう二度とそんなものを手に入れることはないと思っていた。そして、笑うことなんてできないとも。
 でも、今自分が笑顔を浮かべられているという事実に気がつき、男の胸中は温かな気持ちでいっぱいだった。
 このまま、いつまでもみんなと一緒に……。それこそが、今の彼にとっての願いだった。



703VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 00:46:36.43ULshItii0 (3/13)

女隊長『そ、それじゃあお休み男! 見張りよろしくね!』

そして、昨晩の女隊長との一件。思い出すだけで顔が熱くなる男にとって初めての異性との接触。今まで感じたことのない感覚に戸惑い、それでも身体の中から湧き上がる形容し難い衝動を感じた。知識としてはああいったことを男女でするというのは男も知っていた。だが、実際にそれをしてみると知識だけではわからなかったたくさんのこともわかったのだ。
 もっと、もっと、触れ合いたい。彼女のすべてを感じていたい。自然とそんな気持ちが今の彼の中にあった。
 そう、今の男の頭は女隊長のことで一杯だったのだ。

男「また、街に戻ったらあの続きができるかなぁ……」

 そんな想像をして気を緩めている男。だが、そんな彼の緩んだ気を引き締めるほど強大な敵意を持った気配がすぐ近くから唐突に感じられた。




704VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 00:47:17.28ULshItii0 (4/13)

男(な、なんだっ!)

 咄嗟にその場にしゃがみこみ、木を背にして身体を隠して周りを警戒する男。隠す気もないむき出しの敵意が周囲に漂っている。暗く、深く、重いそれは、油断しているとすぐにでも相手に自分の気配を探られ、居場所を察知されてしまうほど凶暴なものだった。
 ドッドッドッと心臓が早鐘を鳴らす。呼吸は乱れ、全身の毛穴が開き、冷や汗が溢れ出す。

男「はっ、はっ、はっ、はっ」

 まともに息を吸うことができず、男は思わず口を手で押さえこんだ。このままでは悲鳴をあげてしまいそうだったからだ。
 無理やりにでも心を落ち着け、男剣士や男槌士に習った気配の察知方法を試す。すると、先程までぼんやりとしか感じられなかった敵の気配が収束していく。
 耳を澄ませかすかに聞こえる足音や話し声に注意する。敵の数は三人。
 それを理解すると、男は入隊試験の時のことを思い出していた。あの時も的は三つだった。その時は的のひとつを外した。しかし、今ならどうかと考える。
 息を深く吐き出し、冷静になるよう務める。
 選択は二つ。不意をついて敵を倒すか、このまま息を潜めてやり過ごすか。



705VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 00:48:01.16ULshItii0 (5/13)

女隊長『……一つ、約束して。絶対に無茶はしないって』

 だが、脳裏には女隊長の言葉が蘇る。無理はするなと、そう忠告された時のことが。悩んだ末、男は決断を下す。

男(だめだ、やり過ごそう。女隊長との約束がある……)

そう思った男はせめて相手の特徴が掴めればこの後の行動に役立つと考えた。そして、木の陰に隠れ敵の姿を確認することにした。
 結果として、それは男にとってしてはならない行動だった。

男「あっ……ああっ」

 木の陰から覗いた先、 そこにいたのは男たちが探しているエルフであった。だが、今の男にとってそんなことを気にする余裕はない。
 三人のエルフの内の一人、ローブをその身に纏った男が一人、男の目に焼きついて離れない。
 そう、そこにいたのはかつて男の村を襲い、彼にとっての家族や友人、大切な存在であった全てを奪い去ったエルフだったのだ。
 それを理解した瞬間、男の内から底なしの闇が溢れ返った。



706VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 00:48:34.79ULshItii0 (6/13)

男「……」

 先程までの動揺は一瞬にして消え去り、殺意だけが男の脳裏を占めた。女隊長との約束は既に彼方へと消え去り、今の彼は傷のエルフに対する復讐心で一杯だった。

男「見つけたぞ……。父さん、母さん、妹、みんな。今、仇を取る……」

 素早く、それでいて正確に魔法紋を描いていく。そして、描き終わると同時に宙に炎の玉が浮かび上がる。

男「殺して、やる」

 そう呟き、男はエルフたちに向かって炎の球を投げつけた。そして、同時に腰にかけていた短剣を抜き放ち、彼らに向かって飛び込むのだった。


707VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 00:49:13.06ULshItii0 (7/13)

今日はここまでで。おやすみなさい。


708VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 04:20:41.60k63+M2rPo (1/1)


結末わかってるから辛い…
悲しい厳しい話が続くなぁ…


709VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 10:03:03.86MMeMaMH4o (1/1)

乙でした


710VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 10:52:34.589/YjZGpco (1/1)


すげー面白いよ
テンポも早くて好き


711VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 23:07:45.67ULshItii0 (8/13)

>>708
ありがとうございます。
結末は既に語られているで、彼らがどうなるのかはわかっているのですが、それが男にどう影響を与えていったのかに注目して欲しいですね。

>>709
ありがとうございます。続きも頑張ります。

>>710
ありがとうございます。ストックがなくなったのでゆっくり更新ですがよろしくお願いします。

今から少しだけ書いた続きを載せて、その続きを書いていきたいと思います。


712VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 23:09:22.34ULshItii0 (9/13)

轟音が森の中に響き渡った。静寂さを常としたこの場所で、あまりにも異常なその音に、エルフを捜索していた隊員たち全員が気がつく。
魔物か、エルフか。それともまた別の盗賊といった存在か。なんにせよ、誰かが敵と相対している。ならば、いち早く戦っている味方の元へと駆けつけなければ。
動いた。皆躊躇いもせず、それでいて警戒は怠らず。
一人、二人、三人。少しずつ合流する隊員たち。そして男を除いた全員が自然と集まる。

男剣士「不味いぜ、よりにもよって男の奴が戦っているのか……」

男剣士の言葉を聞いてその場にいた誰もがその表情に焦りを見せた。



713VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 23:10:09.85ULshItii0 (10/13)

女剣士「急ごう! 手遅れになったら悔やんでも悔やみきれないよ」

男弓使い「ああ。だが、焦りは禁物だよ。嫌な言い方になるけど、それで敵が仕掛けていた罠にハマるなんてことになったら目も当てられない」

男弓使いの言う通り、焦って男を助けに行った結果、自分たちもやられてしまうなんてことになれば意味がない。だが、それでも彼らはそんなことを今は気にしている状況でないと言わんばかりに急いで彼のもとへと向かう。
最初に聞こえた轟音。それ以降一度も大きな音が聞こえない。
それが意味することはつまり、最初の一撃で戦いに決着が着いたということだ。
もし男が勝っていたのならそのまま自身の無事を知らせるために近くにいる味方の元に向かったはずだ。
だが、それはなかった。だからこそ、彼らは焦っていたのだ。



714VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 23:10:45.95ULshItii0 (11/13)

女隊長「男……」

女隊長の額にジワリと嫌な汗が滲む。思い出すのはかつて弟を見捨てて逃げたあの時の光景。力がないからと言い訳をし、大切な肉親を捨てて逃げ去った時の後悔。

女隊長「無事で、いて……」

力を得た今、あの時の光景を繰り返してなるものかと女隊長は思い、男が無事でいることを願うのだった。

傷エルフ「ふむ、一人やられたか。やってくれたな、小僧」

男「……ァッ……ォッ」


715VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 23:11:26.18ULshItii0 (12/13)

傷エルフを殺そうと短剣を構え、突撃をした男。だが、彼を狙った炎の球は別のエルフによって生み出された水の球によって相殺された。
高温と低温の魔術がぶつかり合い、その時に生まれた水蒸気を使い、姿を隠し一番近くにいた敵に持っていた短剣を突き刺した男。あわよくばこの相手が傷エルフであれば。そう思って相手を刺殺した。
だが、殺していたのは魔術を防いだエルフであり、傷エルフは無事だった。そして、彼は男が突き刺した短剣を引き抜く前に煙の中から鋭く手を伸ばし、男の首を力強く掴んだ。
呼吸を遮られ、苦しさからジタバタともがく男。だが、そんな彼に対してさしたる興味も持っていないかのように傷のエルフは冷ややかな目で男を見つめていた。

傷エルフ「また、同胞が一人命を散らした。貴様らのような下等生物のせいで。殺しても、殺しても、まるで蛆のように溢れかえる汚らしい存在め。
 子供といえどお前たち人間という存在は容赦せん」



716VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/06(木) 23:11:53.79ULshItii0 (13/13)

ググっと男の首にかかる力が強くなる。悲鳴をあげることもできず、男は目を白くし、かすれた息を吐きだすことしかできなかった。
 憎い、憎い、憎い。死の間際にあってなお男の心を占めるのはエルフに対する憎しみだった。汚らしい存在はどちらか? それはお前たちではないかと口にできないからこそ心の中で呪詛の言葉を唱え続ける。
だが、それも長くは続かない。憎しみよりも苦しみが増し、そんなことを考える余裕がついになくなった。徐々に薄れていく意識の中、男が最後に脳裏に思い浮かべたのは、分隊のみんなだった。

男(みんな……ごめ……)

言葉にならない謝罪を述べ、ついに男の意識が消えてゆく。だが、その瞬間。男の首を絞める傷エルフの手に向かって一筋の矢が飛び込んだ。



717VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:00:42.62HuDDvyyN0 (1/29)

傷エルフ「!」

咄嗟に掴んでいた手を離し、己の手めがけて飛んできた弓矢を回避する。
 その隙をついて女隊長が男の元へと走り込む。力なく倒れてゆく男の体を抱きしめ、すぐさまその場から離れる。

女隊長「間に合った……。間に合ったよぉ……」

今にも泣き出しそうなほど、目尻に涙を溜めて女隊長は声を漏らす。その手に抱きしめられた男の体から伝わる温もりが、彼がまだ生きているということを女隊長に実感させた。

傷エルフ「ほう、お前たちはその子供の仲間か……」



718VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:01:13.51HuDDvyyN0 (2/29)

圧倒的な人数差を目の当たりにしながらも傷エルフは余裕の態度を崩さなかった。だが、そんな彼の言葉を聞くつもりもないのか女剣士と男剣士が傷エルフに向かって剣を構えて突っ込む。
左右から振り抜かれる剣を木々を盾にしながら避ける傷エルフ。そんな彼の様子に二人は舌打ちをし、追撃する。

傷エルフ「この状況は少しまずいか……」

さすがに分が悪いと判断したのか傷エルフはそう呟く。だが、状況が悪くなったと自覚しながらも彼はその場から離れようとしなかった。
これにはさすがに隊員全員が疑問を抱いた。相手は二人。こちらは相手より倍以上人数がいるにもかかわらずなぜ引かないのか? そう皆が思った瞬間、木々の隙間を縫うようにして四方から弓矢が飛んできた。

男弓使い「! みんな伏せろ!」

自らも弓を使うものとして己の身に迫る危険をいち早く察知した男弓使いが叫ぶ。それを聞いた全員はすぐさまその場にしゃがみこんだ。



719VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:01:40.65HuDDvyyN0 (3/29)

頭上を飛び交ういくつもの弓矢。それらは先程まで自分たちの頭があった場所へと飛び、木の幹へと矢尻を突き刺した。

男槌士「……伏兵、か」

落ち着いた様子で男槌士が呟く。この状況を予想していなかったわけではないため、少なからず動揺はあまりしなかったのだろう。
だが、これで分隊の側の分が悪くなったということはこの場にいた誰もが理解していた。
弓矢を放った敵の姿は未だ見えない。だが、放たれた矢の数から察するにこちらの倍以上の人数が伏兵として森に潜んでいることは彼らにも理解できた。

男剣士「さ~て、この状況。絶体絶命ってやつだな、どうするよ女隊長!」

男剣士の問いかけに女隊長がハッとする。



720VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:02:08.39HuDDvyyN0 (4/29)

女隊長「て、撤退……」

撤退する。そう皆に告げようとして、女隊長は気がつく。いくらなんでもこの大人数で撤退などできるはずがない。相手はこちらの倍以上。ならこの人数での移動は格好の的がちょろちょろと移動しているだけにしかならない。
 かといって、各個分散したとしても人数を固められて一人ずつ追い詰められてしまっては結局は同じこと。

そう、どう転んでも犠牲が出てしまうのだ。

それを悟り、女隊長は絶望した。これまで一緒に戦ってきた仲間たちが犠牲になる。それを回避するために今まで必死になって協力し、どの戦場でもどうにか生き残ってきたのに、ここに来てついにそれも終わってしまうことになったのだ。
だが、迷っている暇はない。今は数秒の思考ですら惜しいのだ。だが、彼女には誰かを犠牲にするかなど決断することはできなかった。
 そんな彼女の心中を察したのか男剣士が叫ぶ。



721VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:02:44.65HuDDvyyN0 (5/29)

男剣士「行け! ここは俺がどうにかする!」

 そう言って再び傷エルフに向かっていく男剣士。振り抜く剣は避けられてしまうが、それでも彼は剣を振るうことをやめない。

女隊長「男剣士……」

腕に抱きかかえた男をギュッと抱きしめ、女隊長は男剣士の背を見つめた。

女剣士「まあ、一人だけに任せるわけにもいかないっしょ!」

男剣士に続くように女剣士ももう一人のエルフに向かって剣を振り下ろす。そして、それを援護するように男槌士が槌を振り回す。

男槌士「若い奴にばかりいい格好をさせるわけにもいかんしのう! ほれ、はよいかんかい」




722VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:03:23.23HuDDvyyN0 (6/29)

この場にいるエルフだけでも仕留めようと奮闘する三人。だが、そんな彼らに再び弓矢が放たれる。
だが、放たれた弓矢は男剣士達に届く前に地面から生まれた土の壁によって全て防がれた。

女魔法士「みなさん攻撃にばかり目がいって防御がおろそかになってますよ。私が補助します!」

女魔法士が援護の魔法を創り出し、そう告げる。そして、未だに迷いを捨てきれず、その場に留まっている女隊長に向かって微笑む。

女魔法士「行ってください、私たちもそう長くは持ちません」

女隊長「みんなぁ……」

とうとう我慢の限界が来たのか、女隊長の目から涙がポロポロと零れ落ちる。



723VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:03:56.68HuDDvyyN0 (7/29)

男弓使い「泣くな、女隊長。なに、俺たちもすぐに追いつく。だから、先に向かってくれ」

 自分たちに向かって放たれた矢の方向から敵の位置を推測した男弓使いは、今度は自分の番だというように次々と矢を打ち放つ。

女槍士「女隊長、いつまでグズグズしてるの! みんなが持ちこたえてくれているうちに早く!」

そう言って女槍士が女隊長の手を引いてこの場から離れていく。少しずつ離れていく仲間たち。後ろ髪を引かれる思いで、最後に女隊長は彼らの方を振り返った。
そこにいたのは、必死に敵の攻撃を防ぎながら、それでも笑顔を彼女に向けていた仲間の姿だった。

女隊長「みんな……ありがとう」

その言葉を最後に女隊長は前を向く。そして、男をその腕に抱えて女槍士と共に森を抜けるために走っていくのだった。



724VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:05:16.50HuDDvyyN0 (8/29)

……



男剣士「……行ったか」

男を連れて無事この場を離れていった女隊長を見送り、男剣士は呟いた。

女剣士「うん、行ったみたいだね」

男槌士「じゃが、この状況。もはやわしらに勝機はないぞ」

最初は敵の攻撃を防いで、隙を見つけては攻めていた彼らだったが、徐々に女魔法士の魔法でも防ぎきれないほどの弓矢が降り注ぎ、さらには風の刃や炎の球、木の鞭といった魔法が彼らに襲いかかった。



725VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:05:45.33HuDDvyyN0 (9/29)

女魔法士「男くんが意識を失っていてよかったです。さすがに、この姿は見せられないですね」

そう呟く女魔法士の身体は血に染まっていた。彼女だけではない、この場に残った隊員全員の体は鮮血を撒き散らしていた。

男弓使い「だが、俺らが残らなかったら男たちの命はないんだ。これまで女隊長にもらってきた恩を返す時が来たんだろう」

そう、この場に残った全員が女隊長に恩があった。出会いは違えど、その境遇は皆同じだった。
はぐれ者、つまみ者とされていたもの、厄介な存在として周りから煙たがれていた者たち。それが彼らだった。
だが、そんな彼らに女隊長は声をかけ、仲間として迎え入れた。最初はうっとうしいと思っていた彼女の明るさや、その積極性。
だが、気がつけばその心に誰もが惹かれていた。長いこと忘れていた人と人との触れ合いや、その温かさを彼らは皆この分隊に所属することで思い出したのだ。



726VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:06:23.82HuDDvyyN0 (10/29)

男剣士「ったく、しょうがねえよな。女隊長には笑っててもらわねえとこっちが嫌な思いをする羽目になるからな」

男槌士「全くじゃ。まあ、それも男がいてくれればどうにかなるじゃろ」

女魔法士「そうですね。男くんと女隊長、いい関係になりそうですもんね」

女剣士「あ~あ、羨ましい。こんなことなら女隊長よりはやく男に手をつければよかった」

男弓使い「それは無理だろ、どう考えても男と女隊長の二人の方がお似合いだ。ま、最後がこんなふうになっちまうのは少し残念だが、こんな終わりもまあ悪くないな」

男弓使いの言葉に分隊員たちは納得する。そう、彼らは自分自身でこうなることを選んだ。そこに後悔などありはしない。
もはや動くことさえ苦痛が伴う彼らに向かって再び魔法や弓矢が放たれる。迫り来る終を前にし、それでも彼らは笑っていた。

男剣士「じゃあな、みんな。あの世で逢えたらまたよろしくやろうぜ」

そして、終わりが訪れた。後悔なく己の道を突き進んだ男、女たちの物語はここに幕を下ろした。


727VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:26:29.115j9Eac5co (1/2)

事の顛末を知ってると辛い


728VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:27:40.44HuDDvyyN0 (11/29)

>>727
ホント、辛いですね。今書いてて胸が痛いです。一応寝落ちしなければ今日で喪失編は完結するつもりです。あと少しですが、お付き合いください。



729VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:30:02.91CCK2ggY9o (1/1)


読んでるこっちが寝落ちしてりゃ世話ないわな


730VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:34:41.48HuDDvyyN0 (12/29)

>>729
まあ、文章は逃げませんので無理のない程度にお読みください。


731VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:40:03.23ccJ+Pg0Jo (1/1)

これは辛い…みんな男の家族みたいな人たちだったのに…みんなも男と隊長を助ける為に残るなんて、泣けてくる


732VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:44:53.39HuDDvyyN0 (13/29)

>>731
そうですね……。せっかくまた新しい居場所が出来たと思ったのにそれが失われることになるなんて、その喪失は計り知れないです。
だからこその喪失編なんですよね。


733VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:49:31.55HuDDvyyN0 (14/29)

……



男「うっ……うぅっ」

何度も身体にぶつかる小さな痛みを感じ、男は意識を取り戻した。うっすらと開いた視界に映るのは流れていく草木。感じるのは己を力強く抱きしめる腕の温もり。

女隊長「男! よかった、目が覚めたんだね」

頭上からかけられる女隊長の声を聞き、ぼんやりとしていた意識が次第にはっきりしていく。

男「……僕は。ッ! そうだ、あのエルフにやられて……」



734VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:49:59.48HuDDvyyN0 (15/29)

だんだんとその時の様子を思い出したのか、男は抱きしめられた女隊長の腕を引き離し、その場に立つ。まだ足元がおぼつかないが、それは意識がハッキリとしたばかりだからだろう。

男「いや、それよりもここは……。ねえ、女隊長。みんな、みんなはどこにいるの!?」

男の問いかけに女隊長は何も答えない。ただ、悲しい表情だけを浮かべ、下を俯くだけだった。
だが、男にはそれだけで何があったのか充分理解できた。彼らは、もう……。

男「そ、そんな……ねえ、嘘でしょ! 嘘だよね、女隊長! まさか、僕のせいで? 僕が女隊長との約束を破って無茶な行動をとったから……」

それを理解したとたん、吐き気を催すほどの罪悪感と自己嫌悪が一気に彼に襲いかかった。視界はぐるぐると回り、気を抜けばその場に倒れてしまいそうだった。



735VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:50:55.90HuDDvyyN0 (16/29)

女隊長「男、しっかりして! 大丈夫。男の、男のせいじゃないよ」

頭を抱えてその場にしゃがみこんだ男にすぐさま駆け寄り、女隊長が彼を優しく抱きしめる。

男「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

涙を流し、彼はひたすら謝った。そうすることでしか、己の心を守ることができなかったのだ。そうでもしなければ、今の彼は罪悪感に押しつぶされて壊れてしまいかねなかった。

女槍士「女隊長、男を慰めるのは後に。このままじゃ追いつかれる」

後方から接近する敵の気配を捉えた女槍士がそう呟く。

女隊長「うん、わかった。男、立てる?」

男「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」



736VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:51:35.32HuDDvyyN0 (17/29)

まともな精神状態ではなくなってしまった男。それを見て、再び彼の体を女隊長が抱える。

女隊長「男は私がこのまま連れて行く。行こう、女槍士」

そう言って先に進みだそうとする女隊長。だが、女槍士はその場から動こうとしなかった。

女隊長「女槍士?」

女槍士「……人一人抱えて敵から逃げられるほど早く動けるわけ無いでしょ、女隊長。それこそ、誰かがここに残って敵の相手でもしない限りは……ね?」

女槍士の言葉を聞いた女隊長は愕然とすると同時に、その提案を拒否した。

女隊長「……ゃ。いや、だよ。もう、これ以上私の前からみんな消えないでよ」

まるで、子供のように駄々をこねる女隊長。ここまでずっと置き去りにしてきた仲間たちのことを必死に考えないように努めてきたがそれも限界だった。



737VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:52:25.40HuDDvyyN0 (18/29)

女槍士「こら、泣かない。もう、ホント昔から女隊長は泣き虫なんだから」

女隊長「だって、だってぇ。みんな、いなくなっちゃったんだよ? せっかく、楽しく過ごせてたのに、新しい居場所ができていたのに……」

女槍士「でも、それを作ったのはあなたでしょ? 女隊長が頑張って、頑張ってみんなに接してきたから私たちはこうして今まで生きて来れたんだから。
 一番最初に女隊長に声をかけてもらった私が言うんだから間違いないよ」

女隊長「でも……でもっ!」

女槍士「でもじゃないの。もう、仕方ないな」

そう言って、女槍士は女隊長と男の身体を抱きしめた。



738VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 00:58:16.50HuDDvyyN0 (19/29)

女槍士「私たちがいなくなってもまだ男がいるでしょ? なんだかんだ言っても男はまだ子供なんだから女隊長が守ってあげるのよ。それで、あと二年も経てば今度は男が女隊長を守ってくれるようになるから。
 それまでは、手を出さないで仲良く二人で過ごすんだよ」

それだけ告げると女槍士は二人から身体を離した。

女槍士「ほら、早く行って。ここは私が引き受けるから」

女隊長「女槍士……」

女槍士「早くっ!」

女槍士の必死の叫びにビクリと身体を震わせる女隊長。迷いを見せたのは一瞬。ゴシゴシと目から流れ出る涙を拭い、男を連れてその場を去った。

女槍士「……さよなら、私の大好きな女隊長。幸せに……なってね」

そして、女槍士はこの場に近づく敵に向かって駆けていくのだった。



739VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:46:35.91HuDDvyyN0 (20/29)

……



必死に、必死に女隊長は男を連れて駆けていた。空は赤く染まり、もうすぐ闇が訪れようとしていた。
息はもう切れ切れ。脳に酸素が渡っていない。今すぐにでもその場に倒れこみたいほどだった。
だが、それでも彼女は走り続けた。ここまで彼女を送り出してくれた者たちへの思いに報いるためにも。

女隊長「……うっ。……うぅっ。……くぅっ」

嗚咽を漏らし、それでも涙を流すことは堪える。これ以上泣いてしまったらもう、この場から動くことができなくなってしまいそうだったから。だから、彼女は足を止めることなく、前へ、前へと進み続けた。
だが、そんな彼女に絶望を運ぶかのように迫る気配があった。魔物とは明らかに違う人に近いそれは二つ。それは見知った仲間たちのどの気配でもなかった。



740VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:47:31.10HuDDvyyN0 (21/29)

女隊長「くっ! ううっ……」

あまりの悔しさに思わず女隊長は歯を力強く噛み締めた。あれだけ、みんなが犠牲を払ってくれたというのに見逃してくれないのか。このまま自分たちまで倒れることがあっては、一体何のために彼らは命を賭けて時間を稼いでくれたのかと女隊長は思った。

女隊長「……」

チラリと自分の腕に抱えられた男に女体調は視線を移す。未だ、虚ろな瞳で仲間たちに対して謝り続ける男。そんな彼を見て女隊長の胸中は揺れる。

女隊長(もっと、もっと男と一緒にいたいのに。せっかく、男に対して全部曝け出して、これから更に関係を深められたらなんて思っていたのに……)

このままではどう足掻いても男と自分、どちらも犠牲になってしまう。それを理解し、女隊長は決断する。
抱えていた男をその場に立たせ、彼の頬へ両手を合わせて視線を合わせる。



741VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:48:11.52HuDDvyyN0 (22/29)

男「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

未だ謝り続ける男。だが、この時ばかりは女隊長も心を鬼にした。全てはそう、彼のために。
バシッ! と甲高い頬を叩く音が周りに響いた。女隊長が力強く男の頬を叩いたのだ。

女隊長「しっかりしなさい、男! あなたはもう私たち分隊の一員なんだよ! こんな風に弱るなんて隊の隊長である私が許さない!」

彼を叱咤する女隊長の言葉に男が黙り込む。そんな彼に女隊長は更に言葉を紡ぐ。

女隊長「いい。これから男に命令を下します。一つ、今から一人でこの森を抜けて私たちが出発した補給部隊の待機地点へ戻ること。そして、そこで私の上官に会って何があったのか詳しく説明すること。
 一つ、今から何があっても森を抜けるまでは振り返らないこと。いい、敵に追われたとしても振り返っちゃダメ。振り返れば足が鈍り、直ぐに捕まることになるから」

その命令を聞いて男はようやく感情を顕にした。



742VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:48:38.17HuDDvyyN0 (23/29)

男「なに、その命令? なんだよ、それ。なんで僕にそんな命令するの? 女隊長は? 女隊長はどうするんだよ!」

男の問いかけに女隊長は悲しそうに微笑んだ。

女隊長「私は、ここに残るよ。それが、みんなが私にしてくれてことに報いることになると思うから。
 だから、男。男は逃げて、そして伝えて。私たちの生き様を」

男「嫌だよ! そんなの絶対に嫌だ! ただでさえ僕のせいでみんなが犠牲になったんだ! その上女隊長まで残してひとりで逃げるなんてできるもんか!
 そうだ、僕が残るよ。女隊長さえ生き残ってくれれば……」

そこまで口にしたところで、不意に男の唇が女隊長によって塞がれた。

女隊長「……んっ」

男「……」

涙の味がするキス。不意をついてされたそれに男はただ呆然とし、身体を動かすこともできなかった。
数秒後、名残惜しむようにして女隊長が男から唇を離した。



743VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:49:05.67HuDDvyyN0 (24/29)

女隊長「もう、あまり我が儘言って私を困らせないで。そんなんじゃいつまで経っても子供扱いのままだよ」

男「……いいよ、いつまでも子供扱いで。だからッ!」

女隊長「子供はね、大人の言うことを素直に聞くものなの。それに、私はあなたの上官。上官の命令に部下は絶対に従わないといけないんだから」

その言葉についに男は折れた。これ以上何を言っても彼女の決意が覆ることはないと悟ったのだ。

女隊長「男と一緒に過ごせた期間は短かったけれど。私、とっても楽しかったよ。だから、生きて。男はまだ若いんだから。これから先、私たちが見ることができなかった世界を代わりに見て」

男「女隊長ぉ……」

感極まった男は女隊長の身体に抱きついた。



744VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:49:33.61HuDDvyyN0 (25/29)

女隊長「ごめんね、本当は私ももっと一緒にいたかった。男と一緒に、みんなと一緒に楽しい毎日を送りたかった」

そう言って女隊長は男を抱きしめ返した。そして、しばらく互いに抱きしめ合った後、女隊長が男を引き剥がした。

女隊長「さあ行って。このままだと敵がすぐに追いついてくる」

男は涙をボロボロと零しながら女隊長の最後の命令を受け入れた。
徐々に遠ざかる男の姿。それを目にし、女隊長が男に口にすることのなかった言葉がついに溢れ出た。

女隊長「バイバイ、男。大好きだったよ……」



745VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:50:04.20HuDDvyyN0 (26/29)

……



それからのことを男はあまり覚えていない。ただずっと、ひたすら走り続けた。今が何時なのか、朝なのかも夜なのかも、自覚しないままただずっと走り続けていた。
いつの間にか意識が消えて倒れていたりした。しかし、目が覚めるとすぐさま走り始め、やがて……森を抜けて平地へと出た。
女隊長との約束通り、森を抜けるまで男は一度も後ろを振り返らなかった。
だから、約束が果たされた今。ついに男は後ろを振り返った。

男「男剣士! 男弓使い! 男槌士! 女魔法士! 女剣士! 女槍士!」

仲間たちの名前を必死に呼ぶが、誰一人として呼び掛けに応えるものはいない。視線の先にあるのはただ深い闇のみ。

男「女、隊長おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

声が枯れるほど必死に愛する者たちの名前を呼ぶ。だが、いない。彼の大切な存在は誰一人として傍にいない。



746VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:50:33.24HuDDvyyN0 (27/29)

男「僕の、せいだ。僕が、無茶をしなかったら……」

自分を守る力すらないのに驕り、無茶をした結果がこれだ。再び手に入れた大切な存在、家族と呼ぶべき人たちはまたしても自分の周りから消えていった。
その喪失感は以前とは比べ物にならないほど深く、心に突き刺さった。

男「う、うぅ、うぅっ……」

涙と共に呻き声が溢れ出る。後悔してもしたりない、己が犯した罪の重さをその身をもって実感することに男はなった。

男「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

叫び声が天に轟く。
今はただ、悲しみに囚われることになる男。
だが、彼はまだ知らない。この悲しみの後に、再び彼を支える仲間と出会うことを。
そして、さらに先にある未来にて彼を支えてくれる最愛の存在に出会うことになることを……。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 男の過去~喪失編~ 完


747VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 01:59:07.13HuDDvyyN0 (28/29)

終わったああああああああああああああ! 
ついに、ついに喪失編終わりました! 
いや~ストックがあったとはいえ、ここまで書くのは長かった。
前の板から見ていただいてる方にしてみればこれが終わるのに半年以上かかっています。
文章量も今まで一番長かった騎士との話より1.7倍以上あります。
でも、書きたかったお話だけあって書ききってだいぶ満足。

というわけで、喪失編が終わったのでここで一度今後の予定について整理しようと思います。
残るお話は予定としては二つ。

男の過去~戦争編~

新、戦争編

の二つです。過去回これ以上長くするのどうかな~と思うのですが、これ書かないと男の過去に何があったのか全部わからないので書こうと思います。
大雑把な内容を言ってしまえば、男が軍の新兵として正式に戦場に出て騎士や女騎士と共に任務をこなし、その過程で女魔法使いと出会い、彼女の心の支えとなり戦争の終わりまで戦いを共にするというものです。

そしてもうひとつの新、戦争編ですがこちらは騎士たちのお話やエルフの過去編で出てきた黄昏の使者率いる敵と男たちの戦いを描いたものです。
先にちょっとだけ書いておくと、ここでとある人物が出てくることになります。それはもう男にものすごい関わりのある人物です。
以前の板でそのことについて触れていたと思うので、覚えている方がいればその内容を書きたいと思っています。

というわけで、今日はここまで。物語終盤ということで頑張りましたが、今後はゆっくりペースになりますのでよろしくお願いします。


748VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 02:40:45.795j9Eac5co (2/2)



俺ならマジで自殺を選ぶレベル


749VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 03:13:54.73hkpu3V1fo (1/1)


他の皆はまた会おうって別れたのに隊長だけ…残酷でズルいな
最後のキスで「帰ってきたら続きをしましょう」が浮かんだだけにな…

外伝とかサイドストーリーでいいんで小さいエルフとのイチャラブも書いてください
この鬱々とした空気をどうにかしてくれww


750VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 04:57:18.93dI94dFVDO (1/1)

このあと旧エルフまで失うことになるんだからキツイよな…


751VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 07:39:34.55xtFXx11Eo (1/1)

乙でした


752VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 15:14:44.22HuDDvyyN0 (29/29)

>>748
ありがとうございます。本当に辛い出来事が何度も男を襲いますね。でも、これらの経験があったからこそ未来での男が形成されたのだと思います。

>>749
ありがとうございます。そうですね、本当なら女隊長も生きて帰りたかったと思いますが、あそこで嘘をついても男は引き下がらなかったと思うので、素直に話したんだと思います。
確かに鬱々とした空気が漂いすぎてやばいですねw 一度戦争編の前にほんわかとしたお話を挟むのもいいかもしれないです。

>>750
たぶん、あそこが男にとっての喪失のピークだったと思います。でも、ほかの人に手を差し伸べられて立ち上がったこの前に起こった二つの喪失とは違い、間接的に旧エルフに助けてもらってますが自分の力で最後は立ち直っているのでその点は成長したのかなと思います。

>>751
ありがとうございます。

ちなみに今日は続きを書く余裕があれば夜中あたりにでも少し更新するかもしれないです。なければそのままで。


753VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/07(金) 19:14:31.15dtnnq9HL0 (1/1)

乙です。

いつもまとめとかでエルフ物を見てたけど初めて現在進行形な話に出会った。
エルフと魔法使いのヤキモチ合戦や男とのキャッキャッウフフも見たいです。

更新楽しみにしています。


754VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 00:35:27.10Xug6tdhF0 (1/15)

>>753
ありがとうございます。
キャッキャウフフな話、書きましょうか。ストーリーの感覚的にも一番いいのは女魔法使いとの和解後~から任務のために騎士が来るまでのが一番イチャイチャしてるの書きやすいですし。
今日はさすがに少しだけしかかけませんが、また時間が出来た時に一気に更新したいですね。


755VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 01:01:51.76Xug6tdhF0 (2/15)

女魔法使いがエルフに対しての接し方を考えるようになってから少しの時間が流れた。
エルフの観察という名目上男の傍に残り、まるで通い妻のように毎日彼の家を訪れる女魔法使い。そんな彼女に最初は怯えていたエルフであったが、日が経つに連れて自分の居場所を奪われそうになる危機感を覚え始め、とうとう彼女に対して女同士の戦いを挑むまでになった。

エルフ「――もう、限界です! 女魔法使いさんはどうしてそう男さんの身体にベタベタベタベタと触れようとするんですか!
 そもそも、男さんの隣は私の定位置なんです! 女魔法使いさんの場所じゃないんですッ!」

頬をぷくりと膨らませて、女魔法使いに対して怒鳴るエルフ。幼いながらも、自分は男の彼女だというプライドがあるのか、自分以外の女が男の身体に対して触れるのをとても嫌がった。
普段であれば多少の嫉妬を抱くだけで、我慢する彼女であるのだが女魔法使いのあまりにも過剰な男への接触に我慢の限界が来たのだろう。だが、怒りを顕にする彼女の姿も端から見ていればなんとも微笑ましい光景である。


756VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 01:02:30.09Xug6tdhF0 (3/15)

女魔法使い「全く、何を言い出すかと思えば……。
 いいですか? そもそも先生の彼女だとあなたは言い張りますが所詮は〝彼女〟です。今はお互いに気持ちが通じ合っているのかもしれませんけれども、そんなものは時間の経過と共に冷めていくんですよ。
 仕事の多忙、気持ちのすれ違い、より魅力的な異性との出逢い。理由は様々ですが結局のところ彼女なんてものはそんな理由ができてしまえばすぐに気持ちが移ろいでいくものです。
 その点、私は先生に家族と言ってもらってます。家族というのは切っても切れない関係です。その絆の強固さと言ったら彼女なんてちっぽけな存在とは比較するまでもなく強大なものなんですよ」

魔法使いとして蓄えてきた知識を駆使し、真っ向からエルフを論破しにかかる女魔法使い。だが、エルフもエルフでやられっぱなしでいるわけではなく、理論を振りかざす女魔法使いに対して反撃に出る。

エルフ「ふ、ふ~んだ! そんなの所詮負け犬の遠吠えですよ~。女魔法使いは私と違って男さんに選んでもらえなかったから悔しくてそんなこと言うんですよね~。
 いくら難しい言葉を並べたところで私には叶いませんよ~」



757VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 01:03:22.32Xug6tdhF0 (4/15)

事実だからこそ強い意味を持つ正論をかざすエルフ。これが男関係でなければ女魔法使いも冷静に反論を述べ、相手をへこませるのだが、男にエルフが選んでもらっているという事実は彼女の癇にやたらと触るのだった。

女魔法使い「言うじゃないですか。そこまで言うのなら実力行使で決着をつけてもいいんですよ?」

ジロリとエルフを睨みつけ、脅しをかける女魔法使い。だが、エルフもいつものように引くつもりはないのか女魔法使いの挑発に乗った。

エルフ「受けて立ちます! 今日こそはどっちが男さんの横に立って共に歩くのが相応しいのか白黒はっきりさせようじゃありませんか!」

お互いに相手を睨みつけ、威嚇し合う二人。膠着状態が続き、お互いにその場から動かない。
だが、そんな状況も天の声ならぬ男の一声によって打ち崩されることになった。

男「うん、二人が争うのはもう見慣れたから諦める。でもね、いい加減に僕の腕からどいてくれないかな?
 いったい僕はいつまでベッドの上で二人の身体に腕を押さえつけられて寝てなきゃならないの?」

起きて早々、二人の少女が自分のために争うという、世の男からすればまるで夢のような出来事に遭遇した男であったが、彼の口からはこのやりとりに呆れて出てきた言葉と深い深い、溜息が吐き出されるのみであった……。


758VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 01:05:44.53Xug6tdhF0 (5/15)

さすがに眠たいので今日はここまでで。おやすみなさい。


759VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 07:47:11.83EVjLaJrTo (1/1)

乙でした


760VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 09:20:23.04CiJRnQRIO (1/1)

なにこれ壁ドン


761VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 15:59:58.522YFl0Jtho (1/2)


癒される~


762VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 20:59:28.04Xug6tdhF0 (6/15)

>>759
ありがとうございます。

>>760
ドンドンっ! すいませーん、この壁薄いです(`・ω・´)

>>761
ありがとうございます。鬱々とした展開が続くのでその間の清涼剤にでもなればいいです。

というわけで今から続き書いていきます。頑張れば今日で過去編まで書き出せそうです。


763VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 21:57:22.00Xug6tdhF0 (7/15)

男「それで、決着をつけるんだっけ? それは構わないけどここでやるの?」

男の懇願が通じたのか、エルフと女魔法使いはベッドから出て行った。そして、男も含めて三人で一階に降りた。だが、相変わらず二人の間にはバチバチと対抗心の火花が飛び散っていた。

エルフ「はい! 今日という今日は女魔法使いさんに男さんと私の関係をキッチリと示してやるんです!」

女魔法使い「などといっていますが、安心してください先生。先生の傍に必要なのは私だということをこの駄エルフに教えてやりますから」

エルフ「駄エルフって……。言いましたねぇ! この、このぉ……ペッタンコ! 私より年上なのにペッタンコ!」

女魔法使い「ふ~ん、だからなんだというんですか? 生憎と私は自分の身体について侮辱されても気にしませんから。だいたい、そんなものにこだわるなんて子供な証拠ですし……」



764VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 21:57:49.68Xug6tdhF0 (8/15)

エルフ「へえ~そうですか。……男さん! 男さんは胸がある女性とない女性どちらがいいですか?」

急に話題を振られた男は勘弁してくれという気持ちで聞かなかったふりをしていたが、ググッと顔を近づけて返答を迫るエルフに根負けしてとうとう反応を示した。

男「いや、別に僕はどちらでも……」

当たり障りのない答えを返し、難を逃れようとした男であったが、エルフの追撃が彼に向かって飛んでくる。

エルフ「だ、だったら女魔法使いさんと女騎士さんだったらどっちの方がいいんですか?」

答えを濁す男に今度は二択で迫るエルフ。さらに、彼女と対立しているはずの女魔法使いも興味なさげな態度を取りながらも、チラチラと視線だけは男の方へと向けて内心気にしている素振りを見せていた。



765VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 21:59:12.69Xug6tdhF0 (9/15)

男(う、う~ん。本当にどっちでもいいんだけど、ここで女魔法使いって答えるとエルフが落ち込むだろうし、女騎士って答えたら女魔法使いが落ち込むことになる。もう、どっちを選んでも詰みなんだよな……)

そう考える男であったが、彼に向かって期待の眼差しをぶつけるエルフと、そわそわとしながら控えめに、それでいて答えを待つ女魔法使いたち二人の様子を見て、答えるわけにもいかないと悟る。

男(でもまあ、こんなこと今まで深く考えたことなんてなかったけど、ようは僕が今まで好きになった人たちがどうだったか考えればいいんだよね)

その時、男の脳裏に浮かんだのは三人の女性の姿だった。



766VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 22:00:14.15Xug6tdhF0 (10/15)

一人は女隊長。男にとって初恋の相手であり、同時に初めてキスをした色々な意味で忘れることのできない女性だ。
二人目は女騎士。彼女とは恋をしたというわけではないが、戦時中の彼女とのある出来事は彼の中で彼女への絆と共に深く刻まれている。
三人目は旧エルフ。彼女はこの中でもさらに特別で、亡くなった今でも忘れることができず恋焦がれているといってもいい相手だ。
その三人に共通することといえば、皆胸が一般的な女性のサイズと同じかそれ以上だったということだ。
結論をいえば、男は胸の大きな女性をこれまで好きになってきたということになった。

男「えっと、これはあくまでも個人の好みであって、そうじゃなきゃいけないとかないからその点だけは誤解しないでよ?」

エルフ「はい!」

女魔法使い「……はい」



767VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 22:01:24.13Xug6tdhF0 (11/15)

その答えを聞いた瞬間二人は全く逆の反応を見せた。
エルフは歓喜し、喜びのあまり飛び跳ねた、対して女魔法使いはというと、まるでこの世の終わりかのように、今にも泣きそうな顔をしていた。

エルフ「えへへっ。どうです、女魔法使いさん。男さんは胸の大きな女性が好きなんですって~。残念でしたッ!」

腕を組み、誇らしげに胸を張りながら女魔法使いに対して勝ち誇った様子を見せるエルフ。そんな彼女の態度に女魔法使いは本当に苛立ったのか、ギリギリと歯を噛み締め、眉間にしわを寄せていた。それはもう今すぐにでもエルフを消し炭にしそうな雰囲気であった。
 そして、その様子を傍で見守っている男の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。

女魔法使い「……言っておきますけど、あなただってペッタンコなんですからね。つまり、立場的にはあなたも同じなんですよ!」

口では胸がないのを気にしていないようなことを言っていても、男が胸がある女性の方が好みという事実がショックであったのか、女魔法使いは肩を震わせながらエルフに反論する。



768VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 22:02:39.19Xug6tdhF0 (12/15)

エルフ「そんなことありませんよ。だって私はまだ成長途中ですから! ミルクもいっぱい飲んでいますし、ここ最近ちょっとずつですけど大きくなってるんですから!」

男「ブッ!」

ここに来て予期せぬエルフのカミングアウトに少し前からこっそりと二人の傍を離れ、調理場でコップに入れた水を飲んでいた男は、思わず口に含んでいたそれを吹き出した。
確かにエルフが言うように彼女を引き取った時に比べれば多少はその大きさにも変化はあったのは事実である。
そのことに気づき、そんなところをいちいち覚えている自分が恥ずかしくなり、男は赤面しながら思わず顔をそらした。

エルフ「この調子なら数年後には女騎士さんくらいの大きさにはなるはずですから! ……って、あれ? 男さん、どうかしました?」

男「いや……なんでもない。ただ、この話はもう終わろうか」

赤くなった顔を見られる前にと男は一人自室へと戻ろうとする。だが、その様子に気がついた二人がすぐさま彼のそばに駆け寄り両脇をそれぞれガッチリと両腕で押さえ込む。



769VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 22:04:37.19Xug6tdhF0 (13/15)

エルフ「ちょっと、女魔法使いさん。決着は着いたじゃないですか! 男さんは胸のある女性が好きなんです! 私のほうが胸が大きいんですからもう男さんに触らないでください!」

女魔法使い「ほとんど変わらないサイズなのに何を言ってるんですか、あなたは? だいたい現状なら私のほうがサイズが大きいに決まっています。何を勝手にあなたの方が大きいなんて決め付けているんです?」

エルフ「もう~。ホントに諦めが悪い人ですね! いい加減男さんから離れてください!」

女魔法使い「あなたこそ! 私は今から先生と一緒に魔法に関する書物を読むんです! 魔法に理解のないあなたは邪魔になるからどこかに行っててください!」

再び左右で始まる争い。一人でいられる時間がほとんどなくなった男は心の中で思う。

男(はぁ。しばらくこんな状況が続くことになるのなら旧エルフのところにでも行って一人でのんびり過ごそうかな……)

結局、この時の男の考えはそれからすぐに行動に移されることになるのだった。

エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」 after story かしまし少女、二人


770VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 22:06:27.97Xug6tdhF0 (14/15)

とりあえず、過去編と過去編の間の清涼話はこれでおしまいです。今から過去編を書こうと思いますが、気力がちょっと湧いてこないので一度休憩して気力が湧いてきたら戦争編を書き出そうと思います。


771VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 23:08:10.63AIvRqK5yo (1/1)

おい>>765の男の言葉だとエルフ涙目だぞ



772VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 23:09:34.05VSRR5W/uo (1/1)

なにげに女騎士の伏線だしたな


773VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 23:26:55.68Xug6tdhF0 (15/15)

>>771
いえ、問題ないです。あくまでエルフを好きになる前に好きになってきた人達の話ですので。
たまたまこれまで好きになってきた人の胸が大きかっただけのことです。今回は好きになった相手の胸が小さかっただけなんです。

>>772
そうですね、ただ場を和ますだけの話を書くのもアレでしたのでせっかくならと思い伏線出しておきました。


774VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/08(土) 23:47:56.842YFl0Jtho (2/2)


安心して読めるほのぼのは良いね。癒された
そしてまた暗い話が続きそうか。気合い入れて読まないとな


775VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 01:58:38.68mKencdZC0 (1/14)

>>774
ありがとうございます。癒されたのならなによりです。

今日はプロローグ部分になりますが、書いておきましたので過去編最終章開始します。
一応今回は最終章ということでいつもと違い、プロローグの終わりにタイトルが入っています。完の文字が入っていないので間違われるかもしれませんが、これから始まるのでよろしくお願いします。


776VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 01:59:46.46mKencdZC0 (2/14)

目の前でひと組の兄妹が怯えた目をしていた。妹は命の終わりを悟り、身体をその場に縮こまらせてその時が来るのを待っている。対して、兄はそんな妹を守ろうと必死に体を殺人者と妹との間に挟みこんだ。
彼らは人にあらず、駆られるべき対象であった。この戦争の敵であり滅ぼすべき存在、エルフ。幼いからといって見逃せば後の禍根に繋がる。容赦をする必要ない。今までどおり、目の前にいる敵の命を刈り取るのみ。
まずは、目の前にいる邪魔な存在を退かし、奥で縮こまって必死に震えている少女の命を狩る。そして、大切な存在を守ることのできなかった無力さをこの子供に与えてから殺す。
殺人者はそんなことを考えながら一歩、一歩と兄妹に向かっていく。両手を広げ、妹の盾になる兄。そんな彼を排除するために殴り飛ばそうとしたところで殺人者は兄の瞳に映る己の姿を目にした。

そこにあったのは、かつて同じように自分の大切な存在を奪っていったエルフと同じ顔をした己の姿だった。



777VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 02:00:46.55mKencdZC0 (3/14)

?「……行け」

兄エルフ「……えっ?」

?「さっさと行けと言っている! 僕の気が変わらないうちに、どこへでも消えろ!」

一瞬、兄エルフは目の前の殺人者が何を言っているのか理解できなかった。つい数瞬前まで自分と妹を殺そうとしていた存在がいきなり命を見逃すと言っているのだ。彼が戸惑うのも無理はなかった。
何か罠でもあるのか? そう思った兄エルフだったが、ここで迷っていて殺人者の気が変わってしまっても同じこと。ならば、罠かもしれないとしてもこの場から逃げることが先決。
決断すると同時に兄エルフは妹の手を引きその場から駆け出した。遠く、少しでも遠くあの殺人者の手から逃れるために……。
そして、その場には一人の青年が残された。



778VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 02:01:37.23mKencdZC0 (4/14)

?「……何をやっているんだろうな、僕は」

そう呟く青年の瞳にはつい先程まであった妄執が消えていた。

?「殺されて、憎んで、殺して、また殺されて……。ずっと、僕が進んできた道は正しいと思ってきた……」

脳裏に蘇るのは過去の出来事。心を闇へと落す、悲劇の数々。

?「家族や友人を殺され、立ち直るきっかけを与えてくれた大切な人たちを奪われた。だから、憎んで、憎んで、憎んで、全部を奪ったあいつらを殺すために、自分の身を守るために力をつけた」

短剣を握り締める己の手を見れば、そこにはあるはずのない鮮血がベッタリとこべりついていた。



779VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 02:02:26.33mKencdZC0 (5/14)

?「でも、途中からそんなことを考える余裕もなくなって、ただやられたからやりかえして、今を生きるためだけに殺した。殺らなきゃ殺られる。それだけになった。
 けど、その結果がこれ……か」

先程までの自分を思い出す。仲の良さそうな幼い兄妹。自分たちの命を奪おうとする敵に対して兄は妹を守るために必死に身体を張った。
そう、まるでかつて自分に起こった出来事の焼き直しのような事態が目の前で起こっていたのだ。
違う点があるとすれば、かつて兄の立場にあった自分は憎むべき対象へと変貌してしまっていたということくらいだろう。
あの時、兄と思われるエルフの瞳に映った己の姿を見ていなければ、きっと自分はあのまま少女を殺していただろうと青年は思った。

?「なんなんだよ。なんでこんなふうになっちゃったんだよ……。
 なんで、なんで、なんでっ! 戦争なんてしてるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

青年は叫んだ、かつてのように天に向かって叫んだ。
この数日後、戦争は終わる。人の勝利で終わり、終戦を祝うため人々は宴を開く。飲み、食い、踊り、騒ぎ、乱れ狂う。
誰もが喜びを分かち合うこの中に、戦争を勝利に導く要因の一つとなった隊のリーダーである青年の姿はなかった。

エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」 Final before days 男の過去~戦争編~ 

そして、話は終戦からしばらく時を遡る。彼が正式な軍の一員として戦場を駆け巡り始めた頃へと……。


780VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 02:08:07.32mKencdZC0 (6/14)

今日はここまでで。明日は多分続きかけないと思います。続きは近いうちにでも書こうと思っていますのでよろしくお願いします。
では、おやすみなさい。


781VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 10:13:32.95hRBGP9Pfo (1/1)




782VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 12:26:04.14KiaiD0bDo (1/1)

前スレより追いかけてる甲斐がある

支援


783VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 21:05:23.56mKencdZC0 (7/14)

>>781
ありがとうございます。

>>782
おお! 前のスレからとは半年以上前からご苦労様です。お付き合いくださりありがとうございます。

今日は続きを書けないと言っておりましたが、どうにか書けそうです。ただ、あと二時間位あとからになりそうですね。
そこから眠気が限界に来るまでは話を進めようと思うので、どうぞよろしくお願いします。


784VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 21:56:31.869HniOHP9o (1/1)

舞ってます


785VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:16:31.49mKencdZC0 (8/14)

続きどうにか書きましたが眠気がどうやら限界なの、とりあえずで今のところ書いた部分まで載せておきます。


786VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:17:05.43mKencdZC0 (9/14)

暗雲が空に大きく立ち並んでいる。今にも雨が降りだしそうな空は見ているだけで気分を沈ませた。そんな空に合わせるように前線へと向かう新兵たちの気持ちは重々しい。
 軍の訓練施設での一通りの指導を終えた男女の新兵たち。同僚たちとの交友を深め、早く敵であるエルフを討ち滅ぼさんと意気込んでいた彼らのもとに北方にある交戦地域から招集がかかったのは数日前のことだった。前線からの招集命令書を受け取った施設の司令官は直ちに前線へと送るメンバーを厳選した。総勢五十名の男女が選ばれ、前線へと送る補給物資の警護を任務として託され、北方へと送り出された。
 ついに訪れた出番に最初は意気揚々としていたメンバーであったが、街を出てからというものの日を追うごとに彼らの気分は落ち込んでいった。
 肌にまとわりつくベタリとした嫌な空気。徐々に前線へと近づいていく実感が増していくと同時に無意識のうちに緊張が彼らの周りに漂った。



787VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:18:32.35mKencdZC0 (10/14)

一部を除き実戦を経験したことないひよっ子ばかり。だが、そんな彼らでも感じたのだろう。
 そう、前線へと一歩足を進めるたびに濃い死の気配が漂っていたのだ。まるで、新しい生贄を歓迎するかのように手招きをして彼らを待ち構えているそれは、死。
 交戦地帯からは未だ距離があるというにも関わらず、空へと登りゆく黒雲。それは自然に生まれた物とは違う。魔法により人工的に生み出された炎により生まれ、木々を焼き、人の肉を焼いた際に生まれた煙により空へと昇っている。
 毎日、毎時間、毎分、毎秒。必ず誰か人が死んでいる。それでも戦いは終わらない。どちらかが降伏を宣言するか、相手を全て討ち滅ぼすまで誰も戦いを止めようとはしない。
 そんな状況の一端を遠く離れた地から目にしていた彼らは異常だと思うと同時に、今から自分たちがそんな場所へと送られるという恐怖を抱き、萎縮してしまっていた。
未だ敵に出会ってすらいないのに、恐怖に呑まれ、存在しない敵に怯え、戦争の異常さを怖がっている。
 これが軍施設の教育を受け、前線に送るに足る厳選された者たちだという。笑い話にもならない。だが、一方でそれは、そんな者でさえもを戦いの場に送らなければならないといけないほど状況は切迫しているということでもあった。
 しかし、この中にいる全てのものが恐怖に呑み込まれているわけではなかった。その中には純粋な使命に燃え、やる気に溢れる少女や、復讐の機会が訪れたことを喜ぶ青年や、冷静にこの状況を観察している青年といった三人の男女の姿があった。



788VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:19:18.36mKencdZC0 (11/14)

男(……この状況は少しまずいな。最初に比べてみんなの足取りが重くなってる。このままじゃ、予定より遅れて前線に到着することになる。ただでさえ補給物資が足りていないのに僕たちまで遅れることになったらどうなることか。
 明らかに兵たちの士気が落ちる。しかも、空腹でまともに戦闘も行えなくなるだろうし、何より内輪もめの原因にもなりかねない)

 皆の様子をジッと見つめながら男は新兵たちの心配をするより、合流することになる前線の兵士たちの心配をしていた。内輪揉めなど起こして、部隊が瓦解し、その隙を突かれて全滅なんてことになったら何のために今まで努力してきたのかわからないからだ。
 だが、ここで自分が皆に行進の速度を上げる指示を出したところで誰も彼の言うことを聞かないであろうことは男自身が理解していた。
 体術や剣術を除けば知能面、魔法面では男は同期たちから群を抜いていた。だが、彼は極力人との関わりを避けていた。それは、過去の出来事が関係しているからなのだが、その結果として男は施設の中でも孤立していた。当然、そんな人間がいきなり皆に対して提案をしたとしても相手にされない。それどころか、余計に彼らの機嫌を損ねてますますやる気をなくすことになってしまう。
 では、どうするか。そう考えたとき男は一度近くにいる青年を横目で見た。
彼にとって唯一の友人といえる青年、男騎士。体術、剣術に優れ、同時に社交性もある。明るい性格に諦めない根性。おおよそ人から好かれる要素を兼ね備えている彼はリーダーに向いている。
 現状、まとめ役が存在しないこの行進郡を首尾よく率いるには形だけとはいえリーダーが必要だった。そして、その役目がふさわしいのは男騎士であると彼は考えていたのだ。



789VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:21:03.97mKencdZC0 (12/14)

男「男騎士、少しいい?」

男騎士「ん? どうした……」

男は男騎士を呼び寄せると、自身の考えている懸念を語った。そして、リーダーとしてみんなを纏めて欲しいという願いも。

男騎士「なるほど、男の言いたいことはわかった。とりあえず、行進の速度を早めるのと、みんなの士気をあげればいいんだな」

男「うん」

男騎士「ただ、この人数になるとさすがに俺も知らない奴もいるし、全員が全員指示を聞いてくれるとは思えないんだよな。
 できるなら、もうひとりまとめ役が欲しいところなんだが」

男騎士のその発言を聞き、男は思考する。



790VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:23:47.18mKencdZC0 (13/14)

確かに、これだけの人数になると顔は知っていても実際に関わりを持っていない人も多いだろう。特に、女性の兵士などは訓練での付き合いはともかく個人的な関わりなど皆無といってもいい。
なら、男騎士の言うように誰かもうひとりまとめ役を選ぶとすれば、女性兵士の中からそれなりに顔が広く、かつ責任感があってこの状況でも冷静さを保てている人物が好ましい。
そこまで選択を絞込み、再び男は周りを見渡した。

男「……あ」

と、周りを見渡すこと数秒。男は一人の女性を発見した。

女騎士「……」

誰もが暗い表情を浮かべ、下を向いている中、一人だけ視線を上げて決意を秘めた光を瞳に宿している女性の姿を男は見つけた。

男(彼女は、確か……女騎士っていったっけ)

新兵の中でも男剣士に次いで体術、剣術が優れていた女性兵士の中では群を抜いた実力者の持ち主である女性。直接言葉を交わしたことはなかったが、ほかの女性隊員からも評判がよく、面倒見がいいことでも有名だった。
 男は少しの間女騎士の様子を眺めていた。そして、それから少しして彼女のもとへと近づいていった。



791VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:24:31.77mKencdZC0 (14/14)

今日はここまでで。おやすみなさい。


792VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/09(日) 23:37:15.86eZl74uduo (1/1)

おつ
無理せんように頑張ってねー


793VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 00:24:06.38zIF3fXIio (1/1)


続き待ってる


794VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 01:06:03.12BhYUZzDto (1/1)

乙でした


795VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 01:17:25.48dLKZ7V09o (1/1)




796VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 20:56:01.12T2FNwHFn0 (1/13)

>>792 793 794 795
ありがとうございます。続きの方頑張って書かせていただきます。

今日は10時くらいからの更新になるかと思います。ストックはないので、書きながらの投稿になりますがどうぞお付き合いください。
それと、誤字脱字などが出てしまって申し訳ありません。脳内補完でこれじゃないか? と思う言葉にしていただけるとありがたいです。


797VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:05:23.09T2FNwHFn0 (2/13)

男「ごめん、ちょっといいかな? 相談したいことがあるんだけど」

女騎士「なんだ?」

どこか硬い空気を漂わせながら女騎士は男の呼びかけに応えた。

男「うん、実は……」

初対面だから硬い態度を取られるのは仕方ないと思い、男は先ほど騎士に語った内容を女騎士にも聞かせた。

女騎士「……それで、私にそのまとめ役をやってほしいってことでいいんだよね?」

男「そうだね。一応騎士と二人でやってもらいたいんだ。どうかな、できそう?」


798VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:06:45.69T2FNwHFn0 (3/13)

女騎士「たぶん、大丈夫。でも、よくそんなことに気がついたね。私も一応みんな疲れてきているなとは思っていたけど、私たちが遅れることで前線に出る影響のことにまでなんて気が回らなかった」

男「まあ、一応これでも戦場に出るのは初めてじゃないからみんなより少しは落ち着いていられるってだけだよ。実際のところ、僕一人じゃどうにもならないことだし、二人がいてくれないとこんなことすらできない」

女騎士「そんなに自分を卑下しなくてもいいと思うけど。だって、それを伝えてくれなかったら現状にすら私は気がつかなかったんだから」

男「そう言ってもらえるとありがたいよ。それで一応次の小休憩を挟んだ時に皆に行進速度を早めることを言ってもらっていいかな? ついでに言えばその時に士気をあげるようなことも言ってもらえると嬉しい」

女騎士「ん、わかった。任せてくれ、男」

男「あれ? 僕名前教えたっけ?」



799VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:07:48.49T2FNwHFn0 (4/13)

女騎士「いや。でも、お前は訓練施設では色々と有名だったからな。名前くらいは知っている。ただ、噂を聞いて抱いていたイメージのお前は結構陰険で澄ました奴だと思っていたが、実際に話してみると案外そうでもないんだな」

自分に関する噂はそんなに酷いものなのかと内心ショックを受けた男だったが、その原因はやはり他者との接触を拒んでいた自分にあるため仕方ないかと納得する。

男「まあ、全部とは言わないものの誤解でもない部分はあるからそんなイメージを持たれても仕方ないけどね」

女騎士「そうだな。でも、こうして話してみて思ったことだが、私は男みたいなやつは結構好きだぞ」

男「あ、えっと……うん。ありがとう……」



800VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:08:30.76T2FNwHFn0 (5/13)

笑顔を浮かべ、そう告げる女騎士。おそらく人としての好意を表してくれているのだが、女騎士は腕前だけではなく容姿も女性兵士の中では群を抜いている。そんな彼女に深い意味はないといえ〝好き〟と言われて心躍らない男性は少ない。そして、男もまたその一人として、不覚ながらドキドキとしてしまった。
 顔を赤くし、無言になる男の様子を見てようやく己の言ったことがどんなものだったのか悟ったのか、女騎士は慌てて前言を否定する。

女騎士「あ、その、違う。違うぞ! べつにそう言う意味じゃないからな。人柄のことだからな!」

慌てふためく女騎士の様子を見た男は、真面目だと思っていた目の前の少女にもこんな一面があるんだと思い、クスリと微笑んだ。

男「うん、わかってる。それじゃあ、よろしく頼むね」

女騎士「ああ。任されたからには精一杯やらせてもらう」

そう言って男は女騎士の元を離れた。そして、そんな彼の後ろ姿を女騎士はそっと眺めるのだった。



801VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:43:02.64T2FNwHFn0 (6/13)

そして、兵士たちの体力が限界に達し始め、誰かが口々に休憩を求め、一同はその場に立ち止まり小休憩を取り出した。
 それを確認した男は、男騎士に目配せした。男からの合図を受け取った男騎士は声をあげ、みんなに語り始めた。

男騎士「みんな、疲れているところ悪いが少しいいか?」

声の張った男騎士の言葉に人々の視線が彼に集まる。

男騎士「今、俺たちは前線に向かって進んでいる。だが、出発当初よりも今はだいぶ足取りが重くなっていると俺は思う。もちろん、みんな疲労が溜まっているからそれは仕方のないことだ。
 けど、前線では俺たちの到着を待っている兵士たちがいる。食料や包帯など彼らに必要な物を俺たちは届けることを任務として言い渡されているはずだ。
 そう、任務だ。もう俺たちはこれまでのような見習い兵士じゃない。訓練を重ね、選ばれた兵士なんだ。そして、任務をいち早く遂行するのが兵士としての義務だ。
 キツイことを言っているかもしれないが、こうしている今も交戦を続けている兵士たちは苦しんでいると思う。だから、少し。少しでいいんだ。この後からの行進はペースをあげようと思っているんだが、みんなどうだろうか?」

 男騎士の語りにみんな静かに聞き耳を立てていた。彼らとて早く前線へと物資を届けたいと思っているのだろう。だが、あと少し押しが足りないのか未だに後一歩が踏み出せないでいた。
 そんな時、他の兵士たちに語っていた男騎士の横に女騎士が歩るいていき、隣に立った。



802VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:44:38.72T2FNwHFn0 (7/13)

女騎士「私は男騎士に賛成だ。みんなもいつまでもこんなふうに歩きづくめでいたくないだろう? それに、このままだとエルフが襲ってきたときに私たちだけじゃ戦力に心もとない。相手はどんな攻撃をしてくるかもまだわからないんだ。先達である先輩兵士たちの元へ辿りつけばとりあえずある程度の危険は回避できると思う。
 もっとも、そこから先の危険は今の私たちには計り知れない。本物の戦場だから一瞬で命を落とすかもしれない。
 でも、私たちは望んで軍に入ったんだ。弱きものを私たちの手で守るために進んで志願した。ならば、ここで足を止めているべきではないと思う。
 進もう、みんな。私たちの手でエルフから力ない人々を守るために!」

その言葉を聞いて、共感を覚えた誰かが「そうだな……そうだよ! 二人の言うとおりだ」と呟いた。それを皮切りに口々にやる気に満ち溢れた言葉が彼らの口から溢れ出た。
 男の指示通りに二人が動いてくれたため、行進の速度を上げることについてはこれでみんな納得しただろう。さらに、予想以上に士気も上がった。その結果を見て、男はただひたすら二人の話術に感心していた。

男騎士「あんなもんでよかったか?」

男の隣へと帰ってきた男騎士が少し照れくさそうにそう言った。

男「ああ。正直予想以上だ。まさか騎士と女騎士がここまでやってくれるとは思わなかった」

男騎士「よせよ。あんまり柄じゃねえんだよ。さっきも自分で話をしていて鳥肌が立っちまった。あんなの俺じゃねえよ」

男「そうかな? 案外似合ってるような気もしたけど」

男騎士「あ~もう、痒くなるから止めろって!」



803VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:55:29.78T2FNwHFn0 (8/13)

からかいも込めて男騎士に賞賛を送る男。それを素直に受け入れるのも気恥ずかしいものがあるのか、男騎士は男の方を小突いて場を茶化した。

女騎士「うん、確かに男騎士の発言は中々いいものだったと私も思ったぞ」

と、いつの間にか二人の傍にちょこんと立っていた女騎士がそう呟いた。

男騎士「お、おおっ!? いつの間に……てっきり女衆の元にでも戻ったのかと」

女騎士「失礼な。男騎士が男の傍に向かった時に後ろから付いていたぞ?」

男騎士「お、おう。そうか……なんかすまん」



804VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 22:56:19.22T2FNwHFn0 (9/13)

なんだか、自分が悪くなったような気がした男騎士は思わず女騎士に謝った。そんな二人の様子を苦笑しながら男は見ていた。そして、先ほどの男騎士と同じように女騎士にもお礼の言葉を述べた。

男「女騎士も協力してくれてありがとう。おかげで助かったよ」

女騎士「私は私に出来ることをしただけだ。別に特別なことをしたつもりはない」

男「それでもありがとう。ただ、前線につくまでは今みたいに二人をリーダーとして指示を出してもらうようなことがまたあるかもしれないけれど、そのこともお願いしても大丈夫かな?」

女騎士「それが必要で、私にできることなら力を貸す。だって、私たちは同じ敵と戦う仲間だろう? そんないちいち他人行儀にお願いなんてしなくても力になるさ」

女騎士のその言葉に男は一瞬呆けた。彼女が言っていることは至極当然のことなのだが、そのあまりの真っ直ぐさに思わず言葉を失ったのだ。そして、そんな男の様子を横で見ていた男騎士はニヤニヤとし、先ほどからかわれた仕返しをしてきた。


805VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 23:05:21.40T2FNwHFn0 (10/13)

男騎士「そうだよな~。男はまだまだ皆に対して壁があるんだよな。俺とは文字通り苦楽を共にしてきたから遠慮なんてほとんどないけど、他のやつに対してはそうじゃないからな~」

いつかのようにそう話す男騎士。そして、その指摘が事実なため言い返すことができない男はムッとし、男騎士に文句を言う。

男「確かにまだ壁があるって言われればその通りだけど。でも今更仲良くっていうのもなんだか変な気もするっていうか……。それに、僕は別に困っていないんだからいいだろ?」

男騎士「でも、今みたいな状況になった時には一人じゃ困るだろ?」

男「それは……そうだけどさ」

同期のみんなと交流を深める機会を逃してしまった男は今更自分がでしゃばって悪い結果を生むくらいなら、淡々とした関係の方がマシであると思っていたのだ。
 そんな二人のやり取りを見ていた女騎士が不意に男に問いかける。

女騎士「……男は私たちに対して何か思うところがあるのか?」



806VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 23:19:26.41T2FNwHFn0 (11/13)

男「別にそうじゃないけど。ただ、最初の頃は僕人との関わりを避けていたから今更みんなと仲良くなるのもどうかなって思ったんだ。それだったら、希薄な関係性でも力を合わせるところだけ協力すればいいかなって思ってて……」

言葉にするとなんとも情けない言い訳である。まるで、子供が意地を張って、それをいつまでも引っ込めることができなくなっているようだった。
 そんな男の考えを聞いた女騎士はしばらく思案していたが、やがて男の前に手を差し出しこう告げた。

女騎士「なら、私が友になる。いや、この場合は仲間か? ともかく、私は男と仲良くなる。だから、男も私をきっかけにしてみんなと仲良くなってみてくれ」

差し出された手を前にして男は僅かにだがその手を握り返すのを躊躇った。なぜなら、彼の記憶にはかつて同じように差し伸べられ、握り返したその手の温もりが失われたのを覚えていたからだ。
そんな男の事情を知っている男騎士は最初は黙って男がどう反応するかを見守っていた。だが、いつまでも迷っている様子の男に痺れを切らしたのか、

男騎士「いいんじゃねえか。もう自分を守る力は身につけたんだろ? だったら、お前がその手で守ればいい」

と言って彼の背中を押した。



807VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 23:20:24.26T2FNwHFn0 (12/13)

そして、男騎士からのエールを受け取った男は改めて女騎士が差し出した手と彼女の真剣な表情を見返し、

男(そうだね……。男騎士の言う通りだ)

 大切な存在を自分の手で守ると改めて決意し、女騎士の手をそっと握り締めた。

男「うん。よろしく、女騎士」

 女騎士へ向かって笑顔を浮かべる男。そんな彼に女騎士はギュッと手を握り返し、

女騎士「ああ、私もよろしく頼むぞ男」

 太陽のように眩しい満面の笑みで彼を受け入れるのだった。


808VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/10(月) 23:22:52.92T2FNwHFn0 (13/13)

今日はここまでで。明日は書けるようなら続きを書きます。


809VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/11(火) 00:05:34.33CeN5j3uWo (1/1)


最後の握手までのシーンが、脳内ですごく綺麗に再生された


810VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/11(火) 00:30:30.25ahqUjWOPo (1/1)




811VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/11(火) 00:34:26.32v9JZvLSq0 (1/1)


after story かしまし少女、二人、良かったよ!リクエストした甲斐があった。また今夜から本編追っかけるぜ!
ところで作品の投下ってここだけ?他の作品をピクシヴとか他媒体には出してないの?


812VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/11(火) 12:29:49.94SYDK+Y0i0 (1/1)

>>809
ありがとうございます。脳内で再生されてよかったです。

>>810
ありがとうございます。

>>811
ありがとうございます。要望に応えられたのならなによりです。
作品に関してですが、宣伝はss書き終わったらのような暗黙の了解があるのかな? と思っているので書いていいものか迷い中です。一応他のサイトで別の物語を書いてはいます。

出先からの更新ですので続きは書けませんが、今日書けるのならば夜に続きを書きたいです。


813VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/11(火) 18:14:01.02OvkEJdci0 (1/1)

>>812
了解っす。気に入った作家さんの作品は色々読んでみたいと言う事で。
どこかで宣伝よろ


814VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 00:32:50.69czMDyijN0 (1/11)

>>813
そうですね。では、男の過去~戦争編~を書き終わったら少しですが宣伝させていただきます。

さて今から少しの間ですが続きを書いていこうと思います。先に少しだけ書いていたのでそれを載せて続きを書いていて眠気が限界に達したら終わります。


815VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 00:39:53.08czMDyijN0 (2/11)

 それからさらに数日の行進の末、男たち一同はようやく前線へと辿りついた。途中、魔物とも遭遇し、負傷者を出しもしたが男騎士と女騎士の鼓舞が聞いたのか、脱落者は一人も出なかった。だが、負傷者の中には深手を負った者もおり、彼らはしばらくの間は前線の医療場にて傷を癒すことになった。
 そして、前線基地となっているのは交戦地帯となっている場所から数キロ離れた小さな村。既に住む人のいなくなった家屋を寝床として使い、現場の司令官はその村の村長宅であった建物を使い、彼らを待っていた。新兵を代表する二名、男騎士と女騎士が司令官の元へと現地到着の報告のため向かい、他の人々は建物の外で待機となった。
 ここまでほとんど気力だけで持たせてきた彼らの体力もとうとう限界が来たようで、皆その場に座り込み、今にも倒れそうなほどであった。
 男もまた同じように地面に座っていた。だが、そうしながらも彼はこの前線の様子を観察していた。
 見れば、兵士たちはまるでここが戦場であるということを忘れているかのように普通に生活を送っていた。想像していた重い空気や鬱々とした雰囲気はどこにも漂っていない。
 どうも、今はエルフとの直接手的な戦闘は一時的に休止しているようであった。それは、お互いに戦力の補強や食料の調達など様々な事情があるのだろう。だが、きっかけが何か一つでもあればすぐにでも状況は動き出すに違いない。



816VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 00:41:09.28uFshZfBQ0 (1/1)




817VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 00:41:13.71czMDyijN0 (3/11)

男(……交戦地帯から戦闘の音が聞こえないから、一時的な休戦状況だっていうのはわかる。でも、それにしたって何かこの場所は異常だ……)

 本能的にこの基地に漂う不気味な何かを感じ取る男。だが、その正体が一体なんなのかが彼にもわからない。
 口元に手を当て、そのことについて男が考えていると報告のため建物へと入っていった男騎士と女騎士が帰ってきた。
 だが、帰ってきた二人の表情は浮かないものだった。男は、疲れきった身体に喝を入れて起き上がると、二人のもとへと駆け寄った。

男「おかえり、二人共。ここの司令官から何か指示を受けたりした?」

 なんの気なしにそう問いかけた男だったが、二人は顔を見合わせると顔を青くして彼に告げた。



818VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 00:42:14.73czMDyijN0 (4/11)

男騎士「男、マズイぞ。ここは俺たちの想像以上に異常だ……」

男「どういうこと?」

女騎士「私たちは今司令官に会ってきたんだが、建物を入った時に司令室までは真っ直ぐに長廊下を歩いていくだけで着いた。だが、重要なのはそこじゃない。その廊下に飾られていた異様な光景だ」

今にも胃の中のものを吐き出しそうに口元を必死に抑える女騎士。とても続きを口にできそうでない彼女の代わりに男騎士が男に対して答える。

男騎士「廊下の壁にな、保存処理のされたエルフの耳がぎっしりと貼り付けられていたんだよ。それはもう、壁の隙間をなくすほどにな……。
 しかもそれだけじゃねえ。司令室に入ってすぐにそのことを司令官に聞いたらなんて答えたと思う?
 『ああ、あれかね。素晴らしいだろう? 我が前線で今まで我が前線の兵たちが殺してきたエルフの耳だよ。こんな場所だ、兵士たちの死体を一々埋めていられる余裕がなくてね。彼らの墓標替わりにこうして使っているのだよ。
 そうすれば、私のところに来たときにみんなのことを思い出せるだろう?』
 だとよ。もう、俺は途中からすぐに司令官の前から逃げ出したくなったぜ。まるで、これが〝普通〟のように話をするんだ。気が狂っているとしか思えない」



819VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 00:45:06.16czMDyijN0 (5/11)

 男騎士から語られた話を聞いて男は言葉を失った。そして、先ほど抱いた不気味な何かの正体を掴みかけた。そして男は先ほどと同じようにもう一度、周囲へと意識を向けた。耳を澄まし、兵たちの会話を盗み聞く。

男兵士A「おう、何してるんだよ。こんなところで一人酒か? 男兵士Cはどうしたよ」

男兵士B「それなんだけどさ、聞いてくれよ。あいつこの間の戦闘の時に俺の目の前でエルフの土魔法を受けちまってよ。地面から生えてきた土の柱に腹部を思いっきり貫かれちまったんだよ。
 グチャッて音が聞こえたと思ったら男兵士Eの腹部から腸とか臓器が出てきてさ。俺の顔にもあいつの血が滅茶苦茶かかったんだよ。
 で、どうにかエルフのやつは殺したんだけどさ。あいつやっぱり即死だったみたいで、死体処理する暇もなかったからそのまま置いてきちまったよ」

男兵士A「なんだよそれ! まったく、しょうがねえな。まあ今頃魔物の腹の足しにでもなってるかもな」

男兵士B「ハッハッハ。そうだとしたらあいつもかわいそうにな。エルフに殺されて、死体も魔物の胃の中とはな」



820VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 00:45:42.65czMDyijN0 (6/11)

男兵士A「全くだ! あ、そうだところでその肉いらねえなら俺がもらうぞ」

男兵士B「おお! 食え食え。この肉意外とうまいんだよな~。近場で殺した魔物だけど、案外いけるもんだな」

 その会話を聞いて男は思わず絶句した。そして、先程から感じていた不快な感じ、その正体がなんなのかを理解する。
 そう、それは〝狂気〟。一見すると普通に見えるこの基地。だが、前線で毎日死と隣り合わせな状況に居続けた兵士たちは、もはや狂うことでしか自我を保てないでいるように見えた。
 そして、そんな彼らの姿はこれから先に自分たちがこのようになるかもしれないという未来の自分たちの姿を男に想像させた。そう思ったとき、彼は心の底から恐怖した。敵対するエルフや、今の彼らにではない。
戦争というものが人に与える影響。その大きさについて……。


821VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 01:12:22.35czMDyijN0 (7/11)

 そして、そのことに対する危惧を男が抱く中、男騎士と女棋士による指示でそれぞれに割り当てられた家屋へと一同は向かった。久方ぶりの温かなベッドでの睡眠に誰もが喜びを顕にする。
 そんな中、ほかの兵士たちとは違い、同じ家屋へと割り振られた男と男騎士の二人だけは暗い面持ちでいた。

男「ねえ、男騎士」

男騎士「ん、どうした?」

男「僕たちも……あの人たちのようになっちゃうのかな?」

男騎士「……さあな。少なくとも俺はあんな風になりたいとは思わねえよ。自分たちの異常さを自覚できないようになるなんて……な」

男「そうだよね。ごめん、変なこと言って」

男騎士「気にすんな。そんなことより早く寝ようぜ。さすがにずっと歩きづくめだったからもうクタクタだ」

男「ふふっ。そうだね、男騎士たちのおかげでみんな無事ここまでたどり着けたんだ。今日はもう考え事をするのはやめてゆっくり休もうか」

 そう言って二人はそれぞれのベッドに入り、睡眠を取り出した。目を閉じると同時に猛烈な睡魔が襲いかかり、一瞬にして意識は暗闇の中へと落ちていった。




822VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 01:26:51.81czMDyijN0 (8/11)

……



 ドンッ! と鼓膜を破るほどの大きな音が聞こえ、男と男騎士はベッドから飛び起きた。

男騎士「なんだっ!?」

男「今の音は……」

 二人は家屋から窓の外を見る。見れば、ここから数キロ先の交戦地帯となっている場所から火の手が上がっていた。

男「戦闘が、始まった……」

 空はまだ暗闇に覆い尽くされており、彼らが睡眠を取り始めてから数時間しか経っていないことを示していた。
 男と男騎士は今後の状況について指示を仰ぐために急いで戦闘の準備をし、家屋の外へと飛び出す。
 二人と同じように他の新兵たちも次々と寝床として利用していた家屋から現れた。そんな彼らのもとに先輩兵士の一人が訪れる。

女兵士A「あんたたち、今から広間の方に移動しな! そこで今からのあんたたちの行動についてを指示を通達する」



823VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 01:48:50.77czMDyijN0 (9/11)

 女兵士Aの指示を受けた彼らは即座に村の広間へと集まった。横二列に並び、姿勢を正して指示を与える上官の到着を待っていた。
 やがて、待機する彼らのもとに頬に大きな切り傷のある女性が現れた。

女上官「ふむ、揃っているようだな。いいか、お前たち! 今交戦地帯でエルフたちを見張っている監視隊から派遣された連絡係が情報を持ってきた。
 現在、前線ではエルフと我が隊の魔法部隊が魔法による交戦行なっている。だが、やはり魔法に関してはあちらに分があるためにこちら側は劣勢だ。
 だが、エルフ共は近接戦闘に対しては弱い。どうにか奴らの魔法を防ぎ、近接戦に持ち込めばこちら側に流れを持ち込める。
 諸君らには我が魔法部隊の支援としてエルフへの近接戦の役割を与えようと私は思っている」

 女上官の発する命令の内容に思わずその場にいた誰もが言葉を失う。彼女が言っているのはようは特攻である。降り注ぐ魔法の嵐の中を掻い潜り、エルフたちの命を奪って来いと言っているのだ。
 だが、いかに理不尽な内容であろうと上官からの命令に彼ら新兵が逆らえるはずもない。一同は心の中に生まれた動揺を隠しながらも、必死に声を貼って命令を受諾した。

一同「はっ! その指示。我ら一同必ずや成功させてみせます」

 訓練施設にて幾度も復唱した命令受諾の返答。だが、それを初めて口にした実戦での命令がこのような過酷なものだとはいったい誰が想像しただろう。いや、きっと誰も想像しなかったに違いない。



824VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 01:51:57.23czMDyijN0 (10/11)

女上官「いいか、必ずやり遂げろ。この命令に失敗の二文字はない! 先に言っておくが、お前たちはこの戦いで真の意味で兵士に生まれ変わる。
 エルフは殺せ。身体を焼かれ、四肢を弓矢で打ち抜かれたとしても持ち前の武器である歯を使ってでも奴らに傷をつけろ。
 死んだ仲間には情を抱くな。それはもはやただの肉の塊だ。悲しみを抱くくらいならエルフの奴らを憎んで、一人でも多くあいつらの命を刈り取れ!
 この程度で死ぬような奴はどこの戦場に行っても真っ先に死ぬ。そんな奴はこの北方地帯の部隊には必要ない。
 いいか、生き残った奴が全てだ。無様でも、醜くても、意地汚く生き残れ!
 死ねば全てが無意味となる。敗北者が何かを得ることはない。勝者こそが全てだ。勝利しなければこの戦争にはなんの意味もない。
 さあ行け! 今すぐに戦場に躍り出ろ! そして己の価値をこの場に残った我々に示してこい!」

 女上官のその言葉を聞くと同時に一同は村から交戦地帯に向かって駆け出した。そして、彼女の話を聞いていた男はこう思う。

男(女上官の言うことも一理ある。この初陣で死ぬようなら所詮その程度の力しかなかったってことじゃないか。それはつまり、自分を守る力すらついていなかったということになる。
 死んだら、何もかもが無意味になる。あのエルフへの復讐も、また僕に出来た大切な友人を守ることもできない。
 なら、僕はこの戦いを絶対に生き延びてみせる。そして、僕から全てを奪っていったエルフたちを一人でも多く殺してやる……)

 己の内に湧き上がるドス黒い感情を肯定し、男は戦場に向かって駆けてゆく。視線の先ではいくつもの光が眩く輝き、耳をつんざく轟音を生み出している。
 正式な軍の一員としての彼の戦いが、まさに今始まろうとしていた……。


825VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 01:53:11.68czMDyijN0 (11/11)

今日はここまでで。明日は続きが書けるようであれば書きたいです。


826VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/12(水) 09:49:19.04UeBr7Pe0o (1/1)




827VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/15(土) 00:49:37.10hPuuzhub0 (1/12)

>>826
ありがとうございます。

少し日が空きましたが続きを書きます。よろしくお願いします。