218燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/19(金) 14:38:55.32uJWzfwxa0 (4/10)

>>217

「生憎と、それは無かったです。そういう意味で執着していたのは僕だけだった様です。
高校を卒業してから、僕の掌からはこぼれ落ちてばかりでした。
目指した数学の頂きも少しでも理想に近づいた国創りの成果も、本当に欲したものは何も。

もちろん、仕事や生活に困る事もない贅沢な悩みなのは理解しています。
帰国して再会して改めて理解出来た、残されたのは水原さんの笑顔だけだった。
あの笑顔の側にいる事だけがエネルギーになって。
だから、あんな男は、僕にとっては存在自体が耐え難いノイズだった」

僅かな自嘲と共に語っていた想の最後の言葉は、
静かだが百戦錬磨の一課の刑事がそっと息を呑む冷気に満ちていた。

「それでは、何故自首をしたんですか?」
「水原さんが僕の善き友人だったからです」
「分からない」

「帰国してから、僕は気持ちを持て余していました。水原さんへの感情をね。
単純に、まだ恋をしていたんだと思います。だから、あんな事をした。
だけど、水原さんには新しい恋人が出来た。
情けない話ですがストーカー紛い、いや、ストーカーそのものの行為もしていましたね。
それも水原さんに発覚して問い詰められて、それでも、水原さんは僕の善き友人でいてくれた。
僕は、間違えた事を理解しました。その罰を受けるためにここに来ました」

 ×     ×

「確かに、昨日の内に私の事務所に現金の振り込みがあって、
弁護を依頼する速達が今日届きました」
「お手数をお掛けします」
「富樫慎二を自分が殺した、ついては弁護を依頼したいので接見に来て欲しい。
これが用件で間違いないわね」
「間違いありません」

「改めて聞きます。あなたが私に手紙に書いて寄越した事は本当の事ですか?」
「本当の事です」
「ご丁寧にその手紙は検察庁に提出して欲しいとも書かれていましたが、それに間違いは?」
「ありません」

「間違いありませんね。依頼人に無許可で依頼人からの手紙を検察に提出したなんて言ったら
弁護士バッジが幾つあってもありません」
「間違いありません。お願いします」


219燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/19(金) 14:41:32.80uJWzfwxa0 (5/10)

>>218

仕切りガラス越しにぺこりと頭を下げられ、
江成姫子はとうとうガラスの前の台をバンと両手で叩いた。

「何がどうなってそういう事になったんですかっ!?」
「全て、手紙に書いた通りです。愚かな事をしてしまい江成さんの信頼も裏切ってしまいました。
その上で申し訳ないのですが、適切な処罰を受けるため、
些かの私事の整理のために手助けをしていただきたい江成先生」

座ったまま頭を下げる想を前に、姫子は椅子にかけ直す。

「そうですね、弁護人が机を叩いて自供を迫っても洒落にもならない。
時間も限られています。可能な限り整理して聞きます」

 ×     ×

「それでは、指を差して下さい」

捜査員と共に実況見分のために自分の部屋に戻った想は、
言われるままに押し入れを指差す。そこには炬燵の袋打ちコードが置かれていた。

「パソコンも押収します」
「当然だと思いますけど、一応言っておきますと徒労に終わると思いますよ」
「それはどういう事ですか?」

「確かにストーカー行為のためにこのパソコンを使用した事は認めますが、
その痕跡は残っていません。
時折自己嫌悪に襲われましてね。その痕跡は全部デリートしています。
かつてIT関係の仕事をしていた事もありましたので、
消したい部分に繰り返しジャンクデータを書き込んでから消去する特殊ソフトを使っています。
先端企業や軍需関係でスパイ対策に使っているものですから科警研やメーカーでも恐らく復元は出来ません。
ええ、分かっています。そう言っても押収して分析すると言う事は、ご迷惑をお掛けします」

「担当者に伝えておきますが、押収品目録にサインを」
「はい」


220燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/19(金) 14:44:10.46uJWzfwxa0 (6/10)

>>219

 ×     ×

「燈馬君が?」
「ええ、富樫さんを殺したのは自分だ、と警察に出頭しました」

燈馬想の自宅の家宅捜索が行われている頃、隣の部屋では水原可奈の事情聴取が行われていた。
水原美里に対する事情聴取は、近くに駐車した警察車両の中で行われている。
可奈への聴取は彼女の部屋の食堂でテーブルを挟んで行われ、
まずは内海を同行した草薙が可奈に事情を説明していた。

「余り、驚いていない様に見えますか?」

そう言うと、可奈は立ち上がり戸棚から何かを取り出す。
それは、お菓子の箱だった。
そこから現れた物証に関して、少しの間事情聴取が続く。

「あの…」
「何でしょうか?」

思わず沈黙してしまった草薙が、可奈の声に聞き返す。

「内海さんと少し、その、お話しいいでしょうか?」

二人の刑事は頷き合い、内海と可奈は美里の部屋に移動した。
少しの間そちらでの話が行われ、引き戸が開いて戻って来た内海が草薙に耳打ちをする。
少しぎょっとした表情で草薙が内海を見る。

「では、署までご同行いただけますか?」
「分かりました」

内海の言葉に可奈が従った。

 ×     ×

貝塚北警察署の廊下で、任意同行されていた可奈が見送る草薙、内海にぺこりと頭を下げる。

「あの、水原さん」
「はい」

その時、内海が可奈に尋ねた。


221燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/19(金) 14:47:57.68uJWzfwxa0 (7/10)

>>220

「もう一つだけ」
「なんでしょうか?」

内海は、我ながらどこぞのテレビの中の変人天才刑事の様だと思いながら、
実の所たった今思い出した質問を切り出し、可奈は愛想良く応じる。

「燈馬想の頭の中には地図が入っているんですか?」

その質問に、一瞬きょとんとした可奈はふっと懐かしそうに微笑んだ。
しかし、その温かな筈の微笑みに内海薫が感じたのは、血の凍る様な戦慄だった。

「はい、入ってますよ」

にっこり微笑んだ可奈はさらりと答え、再び一礼する。

 ×     ×

「乱暴されたぁ?」

水原可奈を送り返した後、捜査本部で葛城が内海に聞き返した。

「はい。ストーカー行為について話を付けようとした所、
ホテルの部屋に呼び出されて乱暴されたと。
正確には強姦未遂です。薄くなっていましたが痣や傷跡も残っていました」

 ×     ×

「もしもし、ああ、俺だ」

貝塚北警察署の廊下で、携帯電話を受信しながらさり気なく目立たない位置に移動した草薙を
内海は追跡する。相手の見当が付いたからであり、草薙も拒まなかった。

「取り敢えず一日の調べは終わったって所だ。
電話じゃちょっとな。只、現状では自首は維持せざるを得ない。
それで一つ、確認したい事がある。燈馬想の好みのウィスキーだ。ああ、ああ…」

草薙が電話を切った。


222燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/19(金) 14:50:29.53uJWzfwxa0 (8/10)

>>221

「湯川先生ですか?」
「ああ、あいつも気になってたらしい」
「水原可奈の自宅台所ですね」

「エヴァン・ウィリアムス。封も切っちゃいなかった。
湯川が知る限りでも、大概ウィスキーって言ったらバーボンをやってたらしい。どう見る?」
「そのまま考えると燈馬想が自首する事を知らずに用意した」
「つまり、普通に考えなきゃ」
「そう思わせるために用意した」

 ×     ×

警察署を出た所で、可奈は自分の携帯を確認して自宅に電話を掛けた。

「もしもし、美里、戻ってた?」
「うん、それで…」

 ×     ×

「ただ今っ!」
「お帰り、おかあさん」
「お帰りなさい、待たせてもらったわ」

ダイニングテーブルに着いていた江成姫子が立ち上がり、可奈を迎えた。
自宅の留守電に姫子からのメッセージがあったため、
美里が母親にその事を伝えて可奈が姫子の携帯に電話を入れて美里にも姫子を迎える様に伝えていた。
そして、可奈と姫子は改めてテーブルに着席して向かい合う。

「久しぶりね」
「久しぶり。燈馬君の弁護人をしてるって?」
「ええ。出頭直前に燈馬想本人から依頼が入りました。
それで色々聞かせてもらいたいんですけど、いいですね」

姫子の言葉に、可奈は頷いた。

最初の話し合いで姫子が把握したのは、
可奈が警察で聞いた事と姫子が把握して今話す事が出来る事に大きな相違は無いと言う事だった。

「じゃあ、現物は押収されたのね?」

デジカメの写真を手にして姫子が言った。


223燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/19(金) 14:53:21.58uJWzfwxa0 (9/10)

>>222

「うん。昔の癖で最初に薄気味悪いから撮影しておいて、
こんなものとっておきたくなかったんだけど、まだデータ残ってたから」

写真に写っているのは上質紙を畳んで作った封筒、表面には「水原可奈様」と印字されている。

「あなたが頻繁に会っている男性の素性を突き止めた。
あなたに聞きたい、この男性とはどういう仲なのか。
もし恋愛関係にあるというのなら、それはとんでもない裏切り行為である…」

姫子が別の写真に撮影されていた無機質な印刷文字を読み上げていると、
不意に、茶の間からガタッと言う音が聞こえた。
そちらでは、部屋に戻ろうとしていた美里が部活動のラケットを取り落とし、蹲っていた。

「そして、デート現場の盗撮写真、こういうものは他にはあったの?」
「もっとあった。手紙も写真も何回も。だけど、気味が悪いから捨てた、写真も撮ってない。
写真を撮ろうって思い付いたのが前のを捨てた後に来た時だったから」
「あなたはどう思ってるの?」
「どう、って?」
「今現在の私の依頼人に就いて尋ねるに当たって、
家族以外にあなた以上の適任者がこの世にいる筈がありません」

自信たっぷりに断言する姫子に可奈の口元が綻びそうになるが、
すぐに可奈は下を向き首を横に振った。

「分からない」
「分からない?」
「ストーカーの事は、ちゃんと話付けて燈馬君も謝って、それで終わると思ってた。
燈馬君が人を、殺した、あいつを、もしかしたら私のために、そんなの、理解出来ない」

「ざっくり聞くわよ。あなたが頼んだとか、いや、教唆じゃなくても
ほのめかしたとか愚痴をこぼしたとかなんでも、そういう事は無かった?」
「無い。だって、燈馬君とあの男、富樫慎二の事を話したのは
殺されて新聞に出たのが初めて、本当なの」

ふと、姫子は蹲ったままの美里に視線を向けた。
彼女も任意で事情を聞かれたと言う。先ほどからの話ではかつては富樫慎二のDVに晒され、
そして殺人事件の事情聴取でもその事を聞かれた筈。精神的に大きな負担となっている筈だ。
気が付いた時には、姫子は美里の視線を追っていた。
そしてはっとする。可奈が油断無くこちらを伺っていた。


224燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/19(金) 14:55:44.53uJWzfwxa0 (10/10)

>>223

「水原さん」
「はい」
「私には今の立場、燈馬想の弁護人と言う立場があります。
友人として手助けしたい気持ちはあっても軽々な事は言えません。
只、お嬢さんの事はとにかく気懸かりです」

そう言いながら姫子は携帯電話を操作する。

「面倒な事になりそうなら迷わずここに相談する事、いいですね」
「うん。有り難う」

可奈は、姫子がネット接続した弁護士会の子ども人権窓口の電話番号をメモした。

 ×     ×

姫子が帰宅し、施錠しチェーンを掛けた後、ダイニングテーブルの椅子に掛けていた可奈は、
台所の隅から菓子箱を引っ張り出す。
そして、その底からA4折り畳みの茶封筒を取り出した。

封筒には何も書かれていない。中から折り畳まれたレポート用紙を取り出し、
几帳面な文字をじっと見つめる。
気が付くと、背後に美里が立っていた。
美里が頽れそうになり、可奈が美里を抱き締め、二人は只、泣いた。

今回はここまでです。続きは折を見て。


225VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(広島県)2012/10/19(金) 17:33:10.899rZCb8rEo (1/1)

もはやSSではないな


226燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 15:46:30.81/rFIaedz0 (1/8)

>>225
ぼちぼち終盤戦ですしこのまま突っ走ります。

それでは今回の投下、入ります。

>>224

 ×     ×

一日の取調を終えた燈馬想は、粛々と留置所に入り食事その他を済ませて就寝をする。
天井を眺めながら頭の中で計算に没頭する。
ここでも出来ない事は無いだろうが、紙と鉛筆を本格的に使うのは拘置所に移ってからになるだろう。
この場合、四色問題は悪くない。

 ×     ×

その日は、いつも通り図書館からの帰路についていた。
後の予定は、いつも通り計算に没頭し、目覚まし時計が鳴れば夕食。
特に若い頃は数式と食事を秤にかけて随分無茶をしたものだから。

さすがにトースターと電子ジャーこそ購入したものの、
食事は大概近場で購入して一手間で済むものが主になる。今日の買い置きはある。
浅からぬ思い出の川の近くになんとなく決めた住居、
先の事は先の事として淡々と過ぎる一日。
自宅アパートに到着した想は、玄関ドアの鍵穴に鍵を差し込もうとする。

「燈馬君」

近くでドアが開く音と共に聞こえた声。
横を向きながら、想の中ではありとあらゆる感情が只、高速で通り過ぎる。
気が付いた時には、想は全身で温もりを感じていた。

「久しぶりっ!」
「水原さんっ!?」

叫んだ想の目の前には、見ているだけで涙が溢れそうになる。最高の笑顔が輝いていた。

「ど、どうしたんですか水原さんっ!?どうしてここに!?」
「いやー、引っ越し先色々リサーチしてたらさぁ、
図書館からこの界隈にかけて数学好きで味方に付けたら便利な
三十路過ぎの謎のNEETがいるって言うからね、まさかとは思ったんだけどねー」



227燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 15:48:53.24/rFIaedz0 (2/8)

>>226

「あの、まさかそれで?」
「んー、一応確認してね、つー訳であれが私ん家、よろしくねお隣さん。
蕎麦はこれから打つトコだから」
「は、はあ…」

そう言われた想は、まだ現実が認識し切れない。
それ程までに渇望しだからこそそんな都合のいい話が、と言うフィルターがかかる。

「あ、美里?この人燈馬想さん、私の高校のクラスメイト。
15であっちの大学卒業したアメリカの天才飛び級野郎でさ、
挨拶代わりに抱き付くの習慣になっちゃってねー」

可奈に声を掛けられ、その背後で唖然としていた美里がぺこりと頭を下げる。

「この娘が娘の美里」

そう言いながら、可奈は想にチラシを渡す。

「これ、私の弁当屋、近日開店だから是非寄ってって。
コブ付きのバツイチシングルやっぱり大変でさ、
燈馬君も色々あるかも知れないけど、まあお隣同志よろしく頼むわ」
「は、はい」

状況認識が今ひとつ追い付いていなかった想だったが、
それはあちらも同じらしい。あちらとは可奈の事ではない、
その斜め後ろで小さくなっている美里を目にして、想の口にくすっと笑みが浮かぶ。

「燈馬想です。よろしく、美里さん」
「水原美里です、よろしくお願いします」


228燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 15:51:36.13/rFIaedz0 (3/8)

>>227

 ×     ×

計算を進める内に混濁する意識の中で、想は改めての出会いを思い出していた。
このシチュエーションでの四色問題は悪くない。
頭の中を縛る事は出来ない、丸で蜃気楼の様にゴールがある事だけは分かっている、
しかし人の足では容易に辿り着かないその長い長い道行きは止められない。

無論、それがごまかしを含んでいる事も分かっている。
少なくとも家族には迷惑などと言う程度の話ではない。優はどんな顔をして報せを聞いたのだろう。
もしかしたら、と、思う、多少の自惚れが許されるならば、
優が自分を信じて無実を求めれば求めるほどお互いの傷は止め処なく深くなってしまう。

家族に多大なる迷惑を掛け、友人もことごとく失うだろう。
突然仕事を投げ出した工場の人達には、本当に詫びても詫び切れない。
出所しても、例え想の頭脳キャリアをもってしても生活すら容易ではなくなる事も十分考えられる。
そんな事は、分かり切っている。
それでも、この優先順位を選択した。

 ×     ×

「ええ、その通りです」

翌朝、取り調べを受けた想は淡々と答えた。

「あの男の事で、ええ、僕のストーカー行為の事なんですけど、
それで水原さんが怒っているのを見て、無性に腹が立ちましてね。
言葉にするなら、いっそ、一度だけでも自分のものにしてやりたいって。
だけど、途中でやめました」

「何故?」
「水原さんじゃなかったからです」
「それはどういう?」

「何と言いますか、悲しい顔をして黙ってされるがままで、
凄く嫌な気分になって、途中でやめました。
結局、後日謝罪してぶっ飛ばされた訳ですけどそんな事で許される事じゃありません。
もし、刑事告訴すると言うのなら、裁判で抵抗をするつもりは一切ありません」


229燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 15:55:12.46/rFIaedz0 (4/8)

>>228

 ×     ×

受け渡しは、早朝のビジネスホテルの一室で行われた。
受け取った茶封筒の中身が確認される。

「最新の捜査報告書と供述調書まで、仕事が速いわね」

渡された資料の想像以上の分厚さと内容の充実感が、その感想を吐かせる。

「確かに、刑事警察扱いの事件でも公安畑を握っていればルートはある。
それでも、チンピラ一人の事件に最初からご執心だったとしか思えない」
「それはあなたも同じ事でしょう」
「お互い、分かり切った事は抜きにしましょう。
所詮この世界も表で顔を隠して裏で顔を繋ぐ世界。
例の件、信義にかけてこちらで話を付けておきます。感謝するわMr.N」

 ×     ×

「よろしく、美里さん」

あの声を思い出す。あの優しい笑顔も。

「分からない訳ないじゃん」

そして、独りごちる。
それが、この日の水原美里の放課後の事。体調が悪いと言って部活動も休んで帰路についていた。
ニュースは学校にも届いていたので、深い追及もなかった。

「美里さん」

下を向いていた美里は、正面からの声にはっと顔を上げた。


230燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 15:57:43.15/rFIaedz0 (5/8)

>>229

 ×     ×

「食べる?」
「いただきます」

ちょうど、途中で見かけた屋台の鯛焼きを渡され、美里は口にする。
そうやって、江成姫子と水原美里は並んで川沿いの小さな公園のベンチに座っていた。
本当なら断る事も出来た。だが、美里は引き付けられていた。

昨夜の事を見ていても、真面目過ぎる状況の筈なのに何と言うかユニークな人だ、
母から聞いた話でも本格的にユニークな人らしい。
そして、人を惹き付ける力強さがあり、自分が知りたい事の側にいた女性。

率直に言って、金を掛けていると言う程ではないがセンスがいい、本人の素材も上々。
母とは別の意味で格好いい女性、と言う印象でもあった。
さり気なく、だが確かに見せつけられたICレコーダーの前で、
まずは燈馬想との出会いを聞かれ、美里は知っている限りを答えた。

「それで、どう見ましたか?」
「どうって?」
「あの二人、燈馬想と水原可奈の関係」
「普通に元カレ」

美里のストレートな表現に、姫子はくすっと笑った。

「そう見えましたか?」
「他にあり得ないですって、分からない訳が無い。
あの時のあの二人の顔見てたら、
お互いの気持ちなんて見てるこっちがお腹いっぱいってぐらいで」
「あなた、いい事を言いました。そうなのよねー」

姫子が天を仰いではーっと嘆息する。

「あの…」
「はい」
「えっと、クイーン会長、なんですよね」
「お母さんに聞きましたか?ええ、そういう名前も持ち合わせています」
「江成先生って母と同じ高校だったんですよね、一緒の同好会で」
「ええ、そうです」


231燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 16:00:15.58/rFIaedz0 (6/8)

>>230

「母と燈馬さん、付き合ってたんですか?」
「答えはノー、二人は形の上ではとてもいい友人でした。
但し、あなたの言う通り、間近で見ていればそれは分かるものです」
「想像つく」
「そういう事です」

「江成先生は」
「え?」
「江成先生は燈馬さんの事、どう思っていたんですか?
一緒の同好会で今回も真っ先に依頼が来るって、信用されてますよね」
「まあ、その前に彼に借金していると言う事情もありますけどね」

そう言いながら、母親譲りか結構頭の回転も早いと、姫子は改めて思い直す。

「特に頭脳労働においては実に頼りになる善き友人、それが答えと言う事にしておきましょう」
「なんか含みのある言葉ですねー」

思春期の女の子のこう言って食い付かないと思う方が間違えている。

「そうですね、彼を恋人とした高校生活、確かにユニークで実りあるものだったかも知れない。
能力がある上に芯は実に誠実な男性です」

姫子と目が合い、美里は頷いていた。

「只、はっきりしているのは、欠片でも恋愛感情があったとしても、
母熊が仁王立ちしている真ん前から
子熊をかっさらってでもと言う程の強い想いではなかった、そういう事です」

姫子の返答は、美里が吹き出すに十分なものだった。

「いっ」
「どうしたんですか?」

微笑みながら後頭部を掻いていた姫子の声に美里が聞き返す。

「引っ掛かったみたい、弁護士って言っても零細事務所は貧乏暇無し」

そう言いながら、姫子は自分の鞄を漁る。


232燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 16:02:38.38/rFIaedz0 (7/8)

>>231

「ねえ、ヘアブラシ持ってないかしら?」
「あ、あります」
「ありがとう」

姫子が美里からブラシを借りて自分の髪に当てる。

「ふわふわして綺麗な髪だと思うけどなー」
「ありがとう。あなたも綺麗な髪をしてる」
「ありがとうごさいます」
「やっぱり歳を感じるわ」

苦笑いしながら、姫子が美里にブラシを返却した。

「それじゃあ、今日はこの辺にしておこうかしら。その前に一つだけ、いい?」
「何ですか?」
「あなたから見て私の依頼人はどんな男性でしたか?」
「え、っと、その、そんなに詳しく知ってる訳じゃないです。
母は時々話とかしていましたけど、私は直接話す事もあんまり無かったし。
只、優しそうな人だなあって、ちょっと頼りない感じでしたけど嫌な感じはしなかった」
「恐らくあなたの見る目は確かです、信頼出来ると思いますよ」

姫子が言う。美里も自分でも少しは自覚している。
義父だった富樫慎二の悪影響で、些かでも男性に対する抵抗感が強まっている事を。

「時々だけど、おかあさんとは本当に、だからそういう事なら、
って漠然と考えたりとかもしてたけど、こんな事になって、
私にはもう、正直分からない」
「分かりました。辛い事を色々と申し訳ありません」
「いえ、正直、警察よりは、少し誰かと話したかったし」
「そうですか」

そう言って、姫子は美里に名刺を渡す。


233燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/25(木) 16:05:28.07/rFIaedz0 (8/8)

>>232

「中学生には少し難しいかも知れませんが、今の私は燈馬想氏の弁護人です。
例え今目に見える社会正義に反している様に見えても、その立場を優先しなければならない」
「そうしないと懲戒とかされるんですよね」

「そういう事です。個人的には燈馬想も水原可奈も私の善き友人。手助けしたい。
ですが、今はそれが優先されます。
それを踏まえた上で、何かあると言うのなら連絡いただけると助かります。

只、今のあなたは社会的には中学生です。
職務上の調査であっても余りあなたを騙したり親の目を盗む様な事を
プロとしてやり過ぎるとこれはこれで問題がありますので。
それでも、私は出来る限りの事はするつもりです」

「分かりました。何かあったら」
「お願いします」

姫子が改めて頭を下げる。
真面目な返答をした美里は凛々しいぐらいであり、
そう、姫子の知る誰よりも凛々しい少女の娘であると再認識させられた。

今回はここまでです。続きは折を見て。


234VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/10/25(木) 17:41:19.49hL7hy+Mdo (1/1)

見てる人少なそうだけど頑張るんだ!!


235燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 00:50:46.93Vxo/hs3a0 (1/10)

>>234

ありがとうございます。
それでは今回の投下、入ります。

>>233

 ×     ×

「精神鑑定論争がこじれたとは言え長引いたわね」
「弁護士と医者が妙にハッスルしてくれたからな。
だが、それも研究。敢えて拒否はしなかったよ」
「それでも殺人未遂に銃刀法違反、出所も間近だけど」
「その後は国外退去、アメリカ入国と同時に逮捕、ロシアとチャイナの代理処罰要請に基づいてね。
日本の当局にも全てを供述している、立件に何の問題も無い筈だ。
どの道生きて出られる見込みは無い、キレる上にキレてるイカレ野郎としての名前だけを残してだ」

刑務所面会室の硝子越しの対話は、至って淡々と進められていた。
弁護士接見でも無いので刑務官の立ち会いはあるが、
面会人が当面得ている身分、法務省本省筋からの微妙な連絡が英語の会話への介入を慎重にさせている

「新聞は読んでいるかしら?」
「ああ」
「あなたがそこにいるぐらいご執心だった、その彼の事も?」
「ああ、興味深く読ませてもらった。これでも今は模範囚だ。
弁護士もわざわざ報せてくれたし日本語も一応は理解出来る」
「じゃあ、話は早いわね」
「何か、教えてくれるのか?」

防弾ガラスを挟んで黙って面会人からの説明を聞いていたが、その内に笑い出していた。

「あんた、その供述本当に信じてるのか?」
「まさか」
「だろう!」

一笑に付したその態度に、ガラスの向こうの男は台に手をついてぐわっと迫った。


236燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 00:53:11.06Vxo/hs3a0 (2/10)

>>235

「そうだ、そんな事あり得る筈が無い。
そうだ、あいつはそんなもの、俺が追い続けたまやかしの輝きを一蹴して見せたんだ。
今更そんな理由で馬鹿げた殺人などするものか」
「馬鹿げてる」
「ああ、少なくともあいつにとってはな。
確かに、数理屋なら納得するかもな。つかみかけたリーマンの証明が実は蜃気楼だった」
「心臓が止まっても不思議ではない、そう聞いた」

「そういう事だ。だが、あいつに限ってはそんな事は無い。
確かに、リーマンすらねじ伏せかねない才能の持ち主ではあったし、
それだけに最後の詰めで足をすくわれた、その絶望も想像を絶する。
だが、それで終わる訳がない。そうであれば、俺はここにはいない」
「理解出来る様に証明してもらえるかしら?」

「ああ、あいつは俺とは違う、そもそも殺人なんて愚かしい真似はしない天上の星さ。
だが、あいつにとってはその輝きよりも大切なものがある。
そうさ、その名が全てを照らし輝く事じゃない。その輝きが誰のものかを知ってくれる人。
あり得るとしたらそれ以外に無い。そうでなければ、俺の間違いを証明出来やしなかった」

「感謝するわ、Mr.…」
「ああ、俺は…」
「そろそろ時間です」

刑務官の言葉に、面会人が立ち上がった。

「大学時代も新聞ぐらいは読んでいた。あの頃を思い出す。
標準的なビジネス英語を心がけても地は隠せないね。懐かしいものを聞かせてもらった」

 ×     ×

「ふーっ」

広い洗い場で一日の汗と汚れを洗い流し、
タオルを頭に乗せて浴槽に身を沈めると思わず声が溢れる。
心身共に何とも疲れる事態になったが、その身に広い浴槽の熱めの湯は具合がいい。
商売繁盛の様だが、このぐらいの賑わいは心地よいぐらいだ。

浴槽から上がった江成姫子は、シャワーブースでざっと掛け湯をしてから脱衣所に向かう。
脱衣所での支度を済ませ待合室に移った姫子は、
コインロッカーにしまってあった携帯電話を確認すると待合室の隅に移動した。
発信した携帯を耳に当てる。


237燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 00:56:20.57Vxo/hs3a0 (3/10)

>>236

「もしもし、どうだった?」
「よくないです。用件は伝えたんですが海外出張とかで」
「あり得る話ね。場所は?」

その質問への答えを聞きながら、姫子の表情には陰鬱さが増していく。

「…奥地での研究調査に許可が出たとかで、通信手段も限定される上に、
そもそも我々が取り次ぎを得られるか」
「出来る限りの事をやって、とにかく、一刻も早くコンタクトが取れる様に念を押して」
「了解しました」

電話を切った姫子は、一度嘆息するとパンと両手で頬を張り、
スーツの襟に弁護士バッジを装着して番台に向かう。
まずはフルーツ牛乳を購入し喉を潤してから、番台の親父に名刺を見せて用件を告げる。

「入れ違った」

そっと横を向いた姫子が舌打ちをこらえて呟いた。

 ×     ×

「………」

するすると枯れ木を上りベランダから中に入る。
掃除のために森羅博物館に足を踏み入れた立樹が目にしたのは、
互いにコオオとオーラを発しながらにらみ合いを続けているヒヒ丸と江成姫子の姿だった。

 ×     ×

「………」

テーブル席に就いた姫子は、
運ばれたカップとその運び手を見比べて黒い液体にじっと視線を落としていた。

「江成先生」
「はい」

テーブルの対面に座った立樹が姫子に声を掛ける。


238燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 00:59:03.13Vxo/hs3a0 (4/10)

>>237

「燈馬さんの弁護人なんですよね」
「その通りです。あなた、燈馬想氏との面識は?」
「何度か。海外でしたけど、森羅と一緒に会った事があります」
「なるほど。その森羅氏とお会いしたかったのですが」

その申し入れに、立樹が首を横に振り状況を説明する。

「そうですか、極秘調査で」
「はい。非常に厄介な利害関係が関わる調査だとかで、
今は私も居場所を知らないんです」
「連絡は?」
「大英博物館の学芸員の一人が仲介役になっています」
「なるほど」
「あの」
「なんでしょう?」

「森羅にどの様なご用件だったんでしょうか?
確かに森羅は燈馬さんの従兄弟で昔は随分仲良くしていましたが、
ここ暫く連絡も取っていなかった。それが今回の事件の弁護士さんとどの様な関わりが?」

「分からないんです」
「は?」
「分かりませんか?燈馬想と言う人物が分からない、理解出来ない、と言う事を?
実の所、高校からの付き合いではあるのですけどね、だから余計に」
「確かに、それは理解出来ます」

姫子の言葉に、立樹も深く納得した様であった。

「あの」
「なんでしょう?」
「燈馬さん、燈馬さんは、本当に人を殺したんですか?」
「今、それを明確に返答する権限は私は持ち合わせていません」
「そうですか、裁判って大変なんですね」

珈琲を傾ける姫子の姿は、その言葉を肯定するかの様だった。


239燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 01:01:28.30Vxo/hs3a0 (5/10)

>>238

「あなたはどの程度、事件の事を知っているんですか?」
「森羅がああだから、多少の伝手は持っています。
過去には警察に協力して殺人事件を解決した事もある。
その事で、今回もあなたの前に変な人も来たし」
「変な人?」

姫子に問われ、立樹は南空ナオミとのあらましを伝える。

「…元FBI…それが燈馬想の周辺を調査していた…」
「元はと言えば水原さんの離婚したDV旦那が殺された、そうなんですよね」
「ええ、その通りです」

「それで、燈馬さんが逮捕された。燈馬さんは自首して容疑を素直に認めている。
少なくとも私はそう聞いています」
「ノーコメントとさせてもらいます」
「ええ、江成先生の立場は理解してるつもりです」
「助かります」

姫子がそう言った時、立樹は顎を指に挟んで考え込んでいた。

「やっぱり、無い」
「え?」
「燈馬さんがそんな事で人を殺すなんて考えられない」
「どうしてそう思いますか?」

「あの森羅が圧倒的な高みにいる事を認めてる、
そんな人がそんな事で逮捕される、全然納得いかない」
「オフレコでギリギリの事を言いましょう。
彼を知っている友人としての江成姫子であれば、全く同じセリフを言った筈です」
「でしょうっ!」

立樹が姫子を指差して叫んだ。

「それでも…もし、本当にそれがあり得るんだとしたら…
多分そういう事になるとしたら、それは一つだけ…」
「その点も、恐らく同意見だと思います。
海外で、燈馬想と会って、そして事件を解決した事もある。
それを見て来たと言う事はあなたも見て来た筈」

姫子の言葉に、立樹も頷いた。
しんと静まったテーブル席で、姫子は上目に立樹を見た。


240燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 01:04:04.14Vxo/hs3a0 (6/10)

>>239

「明日にでも、締め上げてでも吐かせる腹ですか?」

立樹は首を横に振る。

「本当にそうなら、事件の部外者が一人でどうこう出来る、
それでどうにかなるんだったら最初からこんな事になってない。
だって、あの二人なんだから」

姫子が、ガタリと立ち上がった。

「美味しい珈琲を頂きました」

 ×     ×

とっくに陽の落ちた住宅街を姫子は進む。
途中で立ち止まり、携帯を取り出す。

「もしもし」

「…ガガッ………申し訳………ございませんカガッ………クイーンガッ会長………」
「もしもし?」
「ガガッ………氷のガガッ中………既に………お亡くなりに………ガガッ」
「ちょっと待った、あんた今どこにいる?」
「……ガガッ………現在地………ガガッ………報告………ガガッ………」
「………でかしたっ!!!………」

周辺から、ガラガラッと窓が開く音が響く。
姫子は、走りながら地名を電話に吹き込む。

「………空港に向かって!大至急っ!!」
「………ピー………空港ガガッ………ですか?」
「そう、最優先で、詳細は後で説明するから今すぐ向かって!
恐らくそこが中継点になる。何としても燈馬優を捕まえるのっ!!」
「ガガッ………ガッ………シー・イエッサー!………
イエス・ユアマジェスティクィーン閣下!!!」
「行って来いっ!!」


241燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 01:06:32.50Vxo/hs3a0 (7/10)

>>240

姫子は電話を切りながら、何となく電話の向こうのBGMが
何かまずいものを見られた国会議員の放つ銃声の様に聞こえた様な気がしたのは
聞かなかった事にしておく。

電話をしまい、黙々と歩く。歩きながら姫子は考える。
真実を突き止める、真実を突き止めてどうする?
今は燈馬想の弁護人だ。真実に従い依頼人を説得する。それが王道だ。
だが、その説得に応じる相手か?江成姫子は何のために説得するのか?
多くの場合、真実は結局強い、虚偽はどこかで破綻する。
余計な事をしてもろくな事にならない。それも一つの答え。

だが、相手は燈馬想、あの燈馬想が自らの一生をチップに張って仕掛けた勝負、
「真実」がそれを突破するだけの力を持ち得るか?
それは、弁護人としてか、友人としてか、
弁護人は解任されればそれまで、そして、例え解任されたとしても、
一度弁護人として事件に関わった以上、そこで知った事は、

「ふっ」

足を止めた姫子の口元が綻ぶ。

「ふっ、は、ははっ、あははっ!
あははははははっ、あーっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」

上を向いて、大声で笑っていた。

「やってくれたわね、燈馬想!」

はっとして周囲に気を配りながらも、それでも聞こえない様に姫子は叫ぶ。

「それはつまり、私の事を少しは脅威と思ったからかしら?面白い」

実に面白い、あの男にそこまで見込まれたからには、逃げる訳にはいかない。
今や将軍の風格すら持つかつての騎士、
こちらは海賊船の女王、相手にとって不足はなし、海賊らしく突き進み、お宝を奪い取るのみ。
只、それでも、かつてない悲しい闘いになる。そこに違いは無い。


242燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 01:08:58.64Vxo/hs3a0 (8/10)

>>241

 ×     ×

「つまる所」

アラン・リードは、自宅のソファーでルービック・キューブを回しながら報告を受けていた。

「燈馬は自首して逮捕され、南空ナオミは行方不明で音信不通、そういう事か」
「申し訳ございません!全ては私の一存で行った事。
いかなる処分も甘んじて受けます。解雇であれ…」

ルービック・キューブを投げ出し立ち上がったアランは、振り返り指差しながら叫んでいた。

「その先は言うな、絶対に言うな言ったら絶対に許さんからなっ!!」
「申し訳ございませんっ!!」

「分かるな?分かってるよな?お前、まんまと燈馬にハメられたんだ」
「はい」
「あいつは基本、お人好しだ。だけどな、必要とあらばどこまででも冷酷にも腹黒くもなる、
しかも、一片の歪みもなく合理的にだ。
聡明で生真面目、義理堅い良識ある常識人で健全な社会人。
そんなお前をつっつけばどう考えてどう動くか、最初っから全部読まれてたって事だ」

「申し訳、ございません」
「ああ、お前一人で尻尾を掴める様な相手なら、
俺様は今までそんな相手に何をしてたんだった事になるからな。
大体、それでお前を首にしたらこっちの尻に火が付く」
「え?」

「俺も最初からそのつもりだって事だ。
燈馬にそこまでさせる事が出来るなんて他に誰がいる?
忘れたか?最初に水原可奈に目を付けたのが誰だったのか?」

そう言って、アランは手元の受話器を取り上げる。


243燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 01:11:42.26Vxo/hs3a0 (9/10)

>>242

「どっちにしろ、アラン・リードの愛妻をコケにしてくれた時点で腹に据えかねる」
「え?」
「そういう訳で本気で全力を挙げて介入して無駄な抵抗に引導を渡す、異議は?」
「ありません」

「まあ、針はデカけりゃいいってモンじゃないからな。
ああ、俺だ、例の件でコンタクトを…何?ああ、分かった、全て任せる、そう伝えてくれ」
「アラン?」
「燈馬の尻を蹴っ飛ばしてやるってさ、癖になるかもな」

電話を切ったアランがそっくり返って乾いた笑い声を上げる。
そして、体勢を戻し逆にテーブルに傾けてその上で両手を組む。

「しかし、あんたもタフだが、本気になった燈馬のネゴは大概タフだぜ…」
「それでは、私は…」
「エリー!」

一度退出しようとするエリーをアランが呼び止め、ピッと紙片を掲げた。

「この手の話は苦手だ、ゼンショしろ」

エリーは、折り畳まれた紙片を開き一読すると、
再び折り畳みぱくりと口に含み飲み下した。

「知ってたのか?」

今回はここまでです。続きは折を見て。


244VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)2012/10/28(日) 01:13:52.84wNMh6ZjH0 (1/1)

菱田wwwwww

どうでもいいけどアランのファミリーネームはブレードだったはず


245燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/28(日) 01:22:15.94Vxo/hs3a0 (10/10)

>>244
ぎゃああああっ!!!
マジだ、っつーか何書いてんだよ自分素で間違えた

つー訳で>>244が正解
脳内補完頼みますサンクス


246燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/29(月) 02:23:24.21gOGKl+eA0 (1/7)

それでは今回の投下、入ります。

>>243

 ×     ×

「珈琲、いれますね」

帝都大学物理学研究室で言葉の接ぎ穂を失っていた内海薫は、
珈琲をいれると、中二階へと運んでいく。
そこでは、古びたソファーに埋まり込んで、湯川学准教授が惚けていた。

「水原さんは人殺しをする様な人じゃない」

珈琲を置いた内海が反応して当然の言葉だった。

「燈馬想と再会した時に彼が言った言葉だ。
驚いたよ、彼が心証を語ったんだからね」
「あの…それって、それ程大変な事なんですか?」

「殺人事件の犯人であるか否か、
彼が他人に軽々しく心証のみで自らの判断を語る、実に大変な事だ。
しかも、相手は僕だ。友人ではあったがウエットではない、
むしろ、そうした判断基準に最も馴染まない類の人間である事を、
彼が一番理解していた筈だ。その僕にそうした事を告げた」

取り敢えず、湯川が基本的に自分に対する評価を正確に把握している事を内海は理解した。

「推測は色々出来る、が、はっきりしているのは、
燈馬想はその時、自分の判断の根拠を最後まで語らなかったと言う事だ、僕を前にしてね。
彼は僕が警察とのパイプ役になり得る事を知っていた、実際に警察にそう伝えてくれ、そう言っていた。
ならば根拠があるなら話していた筈だ。
その程度の、互いの理性と知性に関する信頼関係はあったものと僕は信じている」

湯川を知っていて、湯川を前にしての燈馬想の言動、確かに説得力はあった。

「その発言に関する推論の一つは、燈馬想にとって、
水原可奈がその論理的な思考、発想すら超越するア・プリオリに無垢な存在である、
水原可奈と言う存在イコール無実に証明であると彼が信じ込める存在である、と言う事。
それはあり得るか?」


247燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/29(月) 02:26:16.30gOGKl+eA0 (2/7)

>>246

「率直に言います、考えにくいです。
燈馬想は水原可奈の事をかなりよく理解していた筈です。
水原可奈は基本的には標準以上の正義感を持ち合わせた善人であり常識人です。
しかし、それは私達が仕事をしていれば取調室で顔を合わせる三分の一強の人間でもあります。
そして、水原可奈は決して馬鹿ではありませんが直情的な性格を多分に持ち合わせています」

「直情的な正義感、か」
「そして、燈馬想。ええ、恋愛感情が彼ほどの天才を盲目にした。
それも絶対無いとは言えませんが、素人探偵として、それ以外の事でも、
湯川先生の言う通り、人間の汚い部分に目を閉じて湯川先生の前でさらりと信じてしまうには、
彼は余りに色々な事を見過ぎている」

「友人として彼に接した感想と概ね一致している。
では、他に考えられるのは、彼が作りすぎたと言う事」
「作りすぎた」

「水原可奈とは決して無関係ではない、
古い友人である自分が殺人事件に巻き込まれた友人についてどの様な世間話をするか、
当たり前の世間話と言うものを考えすぎた。元々、そうした分野の交際には比較的疎い、
それでいてそういう現象が存在すると言う事をロジカルに理解する事には天才的、それが燈馬想だ」
「教えて下さい、燈馬想は一体何をしたんですか?」

一言一言の度に決して隠せない、余りにも沈痛な湯川の表情に内海は核心を切り出した。

「僕がこの事件の真相を暴いた所で、誰も幸せにはならない」
「そうも言っていられないんだな」
「草薙さん」

草薙俊平が階段を上がって来た。

「南空ナオミと言う女性が行方不明になっている」
「南空ナオミ?」

唐突な言葉に内海が聞き返した。


248燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/29(月) 02:28:47.39gOGKl+eA0 (3/7)

>>247

「元FBI捜査官でフリーの調査員、かなり凄いコネが色々とあるらしい。
俺の所にも、警察庁のお偉いさんを介して極秘に接触して来た」
「何のために?」
「今この面子で話すのに他の理由があるか?」
「燈馬想か?」

湯川が呻く様に言った。

「俺にこの事件の捜査情報の提供を要請して来た。
あの女がご執心だったのは、燈馬想の事件当日、
そしてその前何日かのスケジュールを可能な限り正確に、ここにこだわっていた」

二人の刑事から見て、湯川の目つきが変わったのは明らかだった。

「燈馬想の自首を知って、お偉いさんの方からこっちに問い合わせが来た。
もちろん俺は知らないと答えた、事実なんだからな。
どうも、そのお偉いさんどころか南空ナオミの周辺からも彼女が完全に消えちまってるらしい。
お偉いさんも履歴書購入しながら調査を継続してるが、かなりまずい状況だ」
「湯川先生っ!」
「極秘に接触、公式なルートには一切乗っていないと言う事か?」

内海の叫びを聞きながら、湯川は、冷酷な程の声で尋ねる。

「ああ」

草薙の返事を聞きながら、組んだ両手の上に額を乗せた湯川は目を閉じる。

「刑事ではなく、友人として聞いてくれないか」
「はい」

内海が返答し、草薙は最大限沈黙をもって妥協する。

「この事件の結論は全て僕に任せて欲しい」


249燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/29(月) 02:31:14.26gOGKl+eA0 (4/7)

>>248

 ×     ×

水原可奈は、一日の仕事を終えて帰路についていた。
心なしか足取りは重い、その心にはどこかぽっかりと穴が空いたままだ。
はっと顔を上げると、最近見知った男が、小さく手を上げていた。

「あなたのアリバイは本物でしょう」

促されるまま降りていった河川敷で、可奈をそこに促した湯川は切り出した。
振り切って帰宅しても良かったのだが、
それをさせなかったのは水原可奈の魂だったのかも知れない。
離れた場所に例の刑事の姿が見える。湯川は友人が勝手に付いてきた、と言っている。
湯川自身の誠実さは可奈も嗅ぎ取っている。どこか彼と似た所がある。
だが、友人であれスパイであれ、この際どうでもいい事でもあった。

「12月2日の夜、あなたと娘さんは実際に映画を観ていたんです。
あなたは何も嘘を言っていない」
「ええ、その通りです」
「しかし、あなたは不思議に思った筈だ。なぜ嘘をつかなくてもいいのか」

内海薫は、遠目にも違和感を覚えた。
話は続いているが、虚空を見据えた水原可奈の表情に変化が見えない。

 ×     ×

湯川は、嫌な汗を感じていた。
この説明には、湯川自身の感情はとにかく多少の自信はあった。
それは、実際に湯川の説明を聞いた本職の刑事二人の反応からも裏付けられた。
だが、今、湯川の隣にいる女性の反応は少々、いや、かなりかけ離れたものだった。

「湯川先生」

少しの沈黙の後、説明を終えた湯川に可奈は切り出した。

「タイムマシンっていつ出来るんでしょうね?」

草薙であれば即座に、とうとう頭がイカレたか?と、その反応が目に見える様だった。


250燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/29(月) 02:33:46.65gOGKl+eA0 (5/7)

>>249

「実際、一度乗った事あるんですけどややこしくなるからそれはおいておきます。
何かの、ほら、日本一有名なタイムマシンと同じ作者の漫画で見た事あるんですよね、
人間に秘密がある限りタイムマシンは絶対に実現しないって」
「実に興味深い」
「私にはタイムマシンはいらなかった」
「身近にその代替物があったからか」

「流石ですね、湯川さん。
燈馬君は、ある時は本当に私の過去を取り戻してくれた。
燈馬君は、タイムマシンなんかに頼らなくても、
そこに実際に存在した過去をありのままの形で私達の頭の中に見せてくれた。
それは、辻褄が合ってそれもあり得る、と言う話ではなかった。
確かに存在していた、その事を見せてくれた」

静かな微笑みは、見ている側には湯川への嘲笑にすら見えた。
遠目に見ていた内海は、
言葉に頼らなくともこの勝負或いは湯川の負け、と直感した。

「ご存じでしたか?燈馬君、撃たれた事あるんですよピストルで」
「それは、海外で?」

「いいえ、この日本、ここからでも行ける所です。
大学時代の天才を狙ったストーカーだったんですけど、
そういう訳で、海外で燈馬君の前に殺された事件が国家機密扱いにされて、
只の高校生が銃撃されたと言っても動機を説明出来なかった。
川沿いで銃撃されて弾丸は肩をかすめて川の中。

実際ケガしてて燈馬君の供述もあるから警察も川浚いまではしてくれたんだけど、
もしかしたらどっかに流されたかこの川一杯の砂利の中から見つけ出す事は出来なかった。
お陰で、私達がストーカー本人現行犯でふん捕まえる迄燈馬君警察からも嘘つき扱いでした。
何かよく分からない子どもが目立ちたくて幼稚な狂言をしたんだろうって」

「その当時でも、燈馬想だと言うだけで銃口を向けられる危険は十分にあったと、
僕などはそう思うが」
「なんですけどね。只、今ならなんとなく分かるんです。
警察は見ていない事も多いけど、むしろ色んな事を見過ぎてしまってるって」
「少なくない事を知る事を全てを知った事と錯覚し発想を限定する、か」


251燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/29(月) 02:36:18.67gOGKl+eA0 (6/7)

>>250

「そうですね。お陰であの時は酷い目に遭いました。
勝鬨橋の真ん中から人間の腕のミイラが落ちて来た事もあった。
父が担当刑事だったんですけど、遺体そのものを引っ張り出すのにあの橋を開いて、
実際に腕が出て来てるのに根回しに結構苦労してたなー。
湯川先生も、無限の予算とスタッフを与えられている訳じゃない。
私も一応零細企業の経営者です。人とお金を動かすには、それなりの理屈が必要」

「国立大学と言っても色々ある。やはり目に見えるものは強いとね。痛感するよ」

湯川の苦笑に可奈は微笑みを返し、穏やかに一礼をして可奈は踵を返した。

 ×     ×

「どうやら、うまくなかったらしいな」

常緑の並木道を歩きながら、草薙は湯川に声を掛けた。

「ああ、恐らく彼女は自首はしない」

湯川の表情は、心なし青ざめていた。
内海にはその気持ちがよく分かる。「あの」水原可奈と対峙したら湯川ですらそうなのかと。

「共謀してやがったのか」
「いや、それは無い」

吐き捨てる様に言った草薙に湯川が言った。

「このトリックの重要な利点は嘘をつかずに済む事、
そして、聞かれない事は答えず、知らない事を話す事も出来なければそうする必要もない。
だから、燈馬想がわざわざそれを話したとは思えない」
「それじゃあ…」
「彼女は、自分で気付いたんだ」

内海の言葉に湯川が結論を示す。

「ちょっと待て、あの女そこまで切れ者なのか?
どちらかと言うと安楽椅子探偵の手足だった筈だぞ」
「だけど、燈馬想の事は誰よりも理解している」

草薙の疑問に内海が発言した。


252燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/29(月) 02:38:49.42gOGKl+eA0 (7/7)

>>251

「何となく、ですけど分かるんです。
友達とか恋人とか、そういう定義ではよく分からない。
でも、あの二人はお互い最強のパートナーなんだって。
確かに燈馬想は天才です。水原可奈は行動力がある。
だけど、お互いの欠点を補い合って終わる関係じゃない」

「確かに、ここにいない人間のパワーを完全に咀嚼して、
自分のものとして使いこなす、元々記憶力や頭の回転がいいのだろう。
その上で、一番大切なものを燈馬想の身近でずっと見続けてきた」

「一番大切なもの?」
「仮説は実証によって初めて真実となる」
「くそっ!」

湯川の説明に、再び草薙が吐き捨てる。

「悪いが湯川、この話上に上げるぞ。何としても口実を作って徹底的に洗い直して」
「その口実を、警察、司法と言う組織の性質を理解した上で
その隙を与えない。そこまで計画を練り上げているよ、あの二人は」
「ああー、そうだろうな。天才とそのパートナーは。だが、諦める訳にはいかない」

そこで、内海は腕で二人を制する。
二人も、こちらに誰かが来る事に気付き危険な漏洩作業を一時中断する。

今回はここまでです。続きは折を見て。


253燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:27:01.28bXMuUyGS0 (1/8)

それでは今回の投下、入ります。

>>252

 ×     ×

並木道で三人の会話を止めたのは、只の通行人では無かった。

「江成先生?」

こちらに現れた人物を見て、草薙が声を掛ける。

「湯川先生ですね?」

草薙をにっこり受け流した姫子が湯川に声を掛けた。

「ええ」
「申し遅れました。弁護士の江成姫子と申します」
「これはご丁寧に」

湯川が姫子の名刺をにこやかに受け取る。
間違いなく美人センサーに反応していると内海は把握した。

「わたくし、燈馬想氏の弁護人を務めています。
湯川先生がこれまでいくつかの刑事事件で警察に専門的な協力を行い、
本件に一定の関わりを持っている事は既に承知を致しております。
既に正式な鑑定による守秘義務が発生しているのであれば仕方がありませんが、
出来れば湯川先生のお知恵を貸していただけませんか」

「僕は只の物理学者、それ以外の事はお門違いだ」
「冷凍保存」

姫子の言葉が、動こうとした湯川の足を止める。

「最初はそれを考えました。しかし、その設備や道具、痕跡がどうしても見付からない。
水中に没する、あるいは土に埋める。
法医学的な死亡推定時刻を遅らせるためにこう言った方法を使えば遺体に痕跡が残り過ぎてしまう」
「なぜ君はそこにこだわる?」



254燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:29:32.50bXMuUyGS0 (2/8)

>>253

「実際に富樫慎二が殺害されたのが12月1日だからです。
もっと前とも考えられますが、スケジュール的にも遺体の保存などを考えても
12月1日以外は排除していい。殺害したのは水原美里、水原可奈も強く関わっている。
そして、燈馬想がその証拠を隠滅し、何等かの方法でアリバイを作った。
実際の犯行時刻を遅延させて偽りの犯行時刻に二人が別の場所にいる様に」

「それだけ聞いていると、酷く飛躍した仮説に聞こえるが」

「本人の性格、そして人間関係。少なくともあなたよりは把握しているつもりです。
時が経ったと言っても、基本的な性格は変わるものと変わらないものがある。
まず、燈馬想本人には富樫慎二を殺害する動機が根本的に存在しない。
正確に言えば、富樫慎二に対する動機を持っていても殺害と言う手段を選択する理由が無い。
今の供述をまともに信じるのは論外。
水原可奈に動機があっても、彼女自身が殺害したのだとしたらそこで事件は終わっている筈。
情実で事態をここまで泥沼に引きずり込む鍵があるとしたら一人しかいない」

「なかなか合理的だ」

その言葉がどこまで本気なのか、判断が難しい所だが湯川の表情は至って真面目なものだった。

「富樫慎二の人間関係を考えても、あそこまで凝った殺し方をされる舞台は極めて限定される。
私ごときが見ても、プロファイリングとしてシリアルキラーは殺し方として除外。
逆に、裏社会だとするとチグハグ過ぎる。
あの人達は見せしめは見せしめで死体を堂々と放り出す。逆に、隠すとなったら徹底的に隠す。
どっちつかずと言う間の抜けた真似をするのは殺人に関しては素人です。只…」
「只?」

口ごもった姫子に湯川が聞き返す。

「今回はそのチグハグさが異常すぎます。
そこに、逆に極めて高度な計算があるのだとしたら、それは一種の職人芸。
やはりそんな事が出来る、と言うかそんな事をするのは一個人の理性的な人間。
シリアルキラーでも裏社会の人間でも無い。

ここからは私の推論、湯川先生にお聞かせするのは辛い所ですが。
その高度な計算と犯行時刻は結び付いている。
人間像と現実を隔絶する約一日のブランク、チグハグな遺体と現場状況は、
高度な計算で必ず結び付いている。上手く言えないのですが、他にそうなる理由が考えられない。
私が湯川先生に伺いたかったのは、この二つを結び付けている計算式がどういうものか…」


255燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:32:01.54bXMuUyGS0 (3/8)

>>254

「知りたい?」

不意に、声が聞こえた。
姫子がそちらを向こうとすると、さああっと風が木々の葉を鳴らす。

「本当に知りたい?」
「誰かいるのかっ」

木々のざわめきと共に聞こえる声に、草薙が聞き返した。

「扉は、お姉さんの目の前にある。鍵の束はお姉さんの手に握られている」
「誰っ!?」

たまらず姫子も聞き返した。

「鍵穴に鍵を差し込んで、回してみるだけでいい。
回らなかったらそれだけの事なんだ」
「私には、既にそれが出来ると言うの?」

「出来るよ。その手に握っている鍵で、扉を開ける事が出来る。
その扉の向こうだよ、お姉さんが欲しているものがあるのは。
でも、本当に見たい?」
「どういう事?」

「扉の向こうにある真実を、お姉さんは本当に見たいの?」
「ええ、是非見てみたいわね」
「それじゃあ、鍵を探しなよ。
いや、本当は鍵は一本しかなくて、それでも差し込めないだけなのかも知れない」
「何を言っているの?」

姫子が聞き返すが、その姫子を内海はじっと凝視している。
湯川の話を聞き、そして、先ほどからの姫子の話を聞いた内海は、姫子を見据える。

「知りたければ、お姉さんの持っている鍵の中から扉の鍵を探しなよ。
鍵が回るかどうか、試してみるだけでいい。
本当に鍵を開いて、扉を開けて中を見てみようと言うのなら、
驚異の部屋でお待ちしています」

風がやんだ。
同時に、気配まで消えた様だった。


256燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:34:25.30bXMuUyGS0 (4/8)

>>255

「何だったんだ?」

草薙が呟く、そしてふと見ると、姫子が突っ立ったまま固まっていた。
立てた人差し指を口元に近くに向けて、じっと考え込んでいた。

「わたくし…謎が解けた気がするわ」

周囲に静かな緊張が走る。

「え?いや、あれ?何でしょうこれ?今確かに何か浮かんで…
でも結局は出来ないんだから根本的にそうである限り…
鍵が、本当に見付かりそうなんだけど出て来ない…
呼び止めて申し訳ありませんが、今日はこれで失礼します」
「ああ、こちらこそ」

慌ただしく一礼し、姫子は去って行った。

「…彼女が」
「はい、江成姫子。
燈馬想の弁護人、そして咲坂高校ミステリー同好会の当時の会長」

そう、言葉を交わす湯川と内海の表情からは感傷が消せなかった。

 ×     ×

湯川と別れた後、可奈は再び川沿いの遊歩道で鉄柵に腕を乗せていた。
そこで、同じ場所で懐かしい人と会った時の事を思い出す。

 ×     ×

「水原さん?」
「エリーさん!」
「お久しぶりね」

自分の所に降りて来たエリーは、流石にあの時から年月の流れは否めないものの、
やはり見るからに聡明な美女に他ならなかった。


257燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:37:05.29bXMuUyGS0 (5/8)

>>256

「エリーさん、どうしたんですか?」
「うん、近くまで来たものだから、って白々しいか」
「そうですね」

そう言って、二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。

「仕事で東京に来たのは本当。
だけど、最短時刻でこのシチュエーションに到達するため
あなたが知ったら少々不愉快に思うであろう手段を幾つか用いたのも事実です」
「いえ、勝手に姿を消したの私ですから」
「そうね」

ばつの悪そうな可奈に、エリーはふっと笑って応じた。

「彼、帰って来てるわよ」
「え?」

と、聞き返すが、この二人でこの会話になった以上、該当者は一人しかいない話だった。

「向こうで色々あったみたいだけど、今、私の口からは言わない」
「そうですか」

「過去のあなたの選択について今何かを言うつもりはない。
そして、取り敢えず標準的な見方として、
あれは懐かしい思い出で終わるだけの状態にあなたがいるのであれば、
私も言うつもりは無かった」
「確かに…正直色々厳しいです」

可奈は虚勢をそぎ落とし苦笑いを見せる。
わざわざ訪ねてくれた大切な年上の旧友に今更虚勢を張るには、少々年を取った。
そして、この歳でそれ相応に苦労すると、
ほんの僅かでも友情の中に相手への値踏みが無かったと言えば嘘になる。

「だから、後はあなたの選択に任せる」

エリーが可奈に見せたのは、真ん中にウエディングドレス姿の美女が写っている、
懐かしい顔ぶれが勢揃いしている涙が出る様な写真だった。

「この時間をくれた、その事に大変な尽力をしてくれたのだもの」

エリーが、可奈に写真を握らせた。


258燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:39:27.29bXMuUyGS0 (6/8)

>>257

「お弁当屋さん、だったかしら?」
「ええ」
「物件とか、探してるみたいだけど、大変なの?」

「大変です。何せバツイチ子持ち、シングルだと普通に家借りるのだって大変ですからね。
結構まあ、色々無茶して稼ぐだけ貯金したつもりだったんですけど、
正直今の手持ちだと、よっぽど上手く計算しないとこわーい未来しか見えませんて。
迂闊に独立した人結構見て来てますから」

「そう」

エリーはさり気なく可奈の手に封筒を握らせた。

「嗅ぎ付けられちゃってね。こういうの水原さんは嫌がると思ったんだけど、
あれで義理堅いって言うか借りっぱなしが嫌いと言うか。
だから、一度言い出したら聞かない誰かさんからの伝言。
儲かったら返せ」

そう言って、エリーは鉄柵を離れ背を伸ばす。

「それじゃあ、車待たせてるから」
「ありがとうございましたっ!」

かつての、清々しい剣道部時代の様に、可奈は深々と、素直に頭を下げた。

「エリーさんっ!」

階段を上るエリーに、可奈はもう一度声をかける。

「今、幸せですかっ!?」

その返答は、輝く笑顔だった。
深呼吸して、ふんっと力を込めた可奈は、
厚めの封筒と、裏に住所を走り書きした写真を手に取った。


259燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:42:26.62bXMuUyGS0 (7/8)

>>258

 ×     ×

想が自首する直前に可奈に残した手紙。
読み終えたら処分する様に最初に念を押した手紙、
その一言一言は可奈の優秀な記憶力を持って焼き付いている。

今後、警察が来たら、それ以外にも、
どの様に対処するべきか細かく指示されていて、それは見事なシミュレーションだった。
だからこそ、可奈も美里も警察の追及を耐える事が出来た。
その手紙の最後は、以下の様に結ばれていた。

工藤邦明氏は誠実で信用できる人物だと思われます。
彼と結ばれることは、あなたと美里さんが幸せになる確率を高めるでしょう。
僕のことはすべて忘れてください。
決して罪悪感などを持ってはいけません。
あなたが幸せにならなければ、私の行為はすべて無駄になるのですから。

多分理屈に合っている、が、無性にぶっ飛ばしたくて仕方が無くなる一文。
だからと言って、今の自分に何が出来るのだろうか?
想の人物眼は確かだ。
可奈さえしっかりしていれば想の計算は現実のものとなるかも知れない。
何より、想は既にそうしてしまっている。可奈の出方一つでは、
そんな想を本当に見捨てる事になってしまう。

「燈馬君…ごめん、なさい…アラン、エリーさん…」

裏切って、裏切って裏切って、苦しい、こんなに苦しい、
それでも、償う事すら、それほど罪深く厳しく、
可奈は慌てて目を拭う。そして、背後の気配に対処しようとする。

「私の事は、知ってるみたいね」
「あ…あなた…」
「あなたが本当に守りたい秘密は何かしら?
Goodbuy girl」


260燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/10/31(水) 17:45:25.29bXMuUyGS0 (8/8)

>>259

 ×     ×

何か、酷く疲れた。
雑多な雑居ビルの事務所でソファーに体重を預けながら、姫子は大きく嘆息した。
鍵が見付かりそうな気がする。それは確かだったが後一つ、何かが引っ掛かって先に進めない。
しかし、何かとんでもなく恐ろしい予感がするのは確かだった。驚異、と呼ぶに相応しい。
電話の音を聞いて立ち上がる。丁度今は手下も出払っている。

「はい、江成法律事務所です」
「…もしもし、江成先生?…」
「ええ、江成は私ですが」
「わたしです、わたぁし…」

「?…もしもし、美里さん?」
「はい、水原美里です」
「そう。お電話ありがとう。どうしたの?」
「うん、お話ししたい事が、あったんだけど」
「そう、聞かせてもらえるかしら?」
「お話ししたかったんだけど」

「えーと美里さん、今、どこにいるの?」
「今、学校、学校にいる」
「そう、出て来られる?近くで…」
「うーん、今、ちょっと難しい、かな?」
「戻りましたクイーン会長…」

姫子は、すかさず自分の唇に指を当て、走り書きのメモを渡す。
渡された手下は目を通し、顔色を変えて吹っ飛んでいく。

森下南中学校に連絡
校内を探索して水原美里の「生存」(赤字)を確認
弁護士江成姫子の名の下に命ず
大至急!!!

今回はここまでです。続きは折を見て。


261燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/02(金) 15:53:26.25aEGHdTkt0 (1/4)

それでは今回の投下、入ります。

>>260

 ×     ×

「時間が限られてる、大事な話だから最後まで聞いて」

接見室に現れた想に、江成姫子は早口で切り出した。

「水原美里が私に、彼女が知る事件の全容を告白した」

切り出して、姫子は想を見る。相変わらず穏やかな眼差しで姫子を見ている。

「これも、友人を弁護人にしたあなたの計画通りかしら?
水原美里は私があなたの弁護人である事を十分理解した上で私に話してくれた。
つまり、彼女は良心をあなたに預けた事になる」
「美里さんが知る事件の全容、ですか」
「ええ、そうよ」

「僕が構わないと言えば、それは警察に提出されると言う事ですか」
「そういう事になるわね。やっぱり余裕ね」
「そう見えますか?」
「質問に質問で返すのは卑怯です」

そう言って、姫子はふっと口元を緩めた。

「…わたしはわたぁし」
「ライトノベルを嗜むのですか?」
「私の周辺にはどういうタイプの人間がいると?」

その言葉に想が頷いた。

「旧探偵同好会ミステリー同好会の会長だった者です。
周辺ジャンルにも多少の関心はあります。
あなたが即答した事の方が結構興味深い事です」
「あちらの友人に勧められました。なかなか興味深いお話です」


262燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/02(金) 15:56:02.36aEGHdTkt0 (2/4)

>>261

「やれやれと言いながら引っ張り回されて内心楽しい高校生活。
私も似た様なものを身近で見ていた記憶があります。

ふとした拍子に思い出した言葉ですが、わたくしに教えてくれた。
水原美里の告白、ファイリングされた捜査資料、全てが実在して尚、
SFで無い限り世界は一つしか存在しない。
只、ズレて噛み合っていないだけなのだと」

その言葉を聞いた想の表情は相変わらず穏やかだ。
だが、その中にもそこはかとない敬意が感じられるのは姫子の自惚れだろうか?

「恐らく、気付いたのは私だけじゃない」
「湯川さんですか」
「恐らく、彼は気付いている。彼が気付いていると言う事は警察にも伝わると言う事。
だけど、それは時間との闘いに過ぎない。
最大の問題は燈馬想っ!」

想が驚いたのは振りなのか本心なのか、少々頼りなかった。
少なくとも、姫子の真剣を彼が受け止めたと言う事は理解出来た。

「短い付き合いですが、水原美里は間違いなく水原可奈の娘です。
あの水原可奈が人生を懸けて産み、そして育ててきた気性の持ち主です。
その水原美里があなたに、あなたに水原美里の良心を預けたと言う事です。

わたくしは最後まで、例え解任されても最後まで
あなたに弁護人として信任を受けた者としての責務を全うします。
あなたは燈馬想、あなたは燈馬想としての生き様を全うしなさい、いいですね」

ほんの少しの間、立ち上がった想は呆然としていた。

「よろしくお願いします、江成先生」

想が、深々と頭を垂れた。

「時間の様です。よく考えて下さい」

勝った、等とは思わない。達成感と言う程のものは無い苦い結末。
それでも、少しはいい仕事が出来たのだろう、姫子はそれだけは自らに認めたかった。


263燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/02(金) 15:58:42.94aEGHdTkt0 (3/4)

>>262

 ×     ×

気が付くと、ここに来ていた。
目を覚ました時、普段の可奈の日常を考えると結構な時間になっていた。

「完全にアウト、か」

水原可奈はベッドの上にすとんと座って嘆息した。
まとっていた浴衣を放り出し、ユニットバスに入ってシャワーを浴びる。
ここに来た事は覚えている。途中の夕食は狸蕎麦だったと思う。
思い浮かぶのはそれぐらいだ。

この高台のホテルを訪れ、チェックインしてシャワーを浴びて、
気が付いたらベッドで眠り込んでいた。
シャワーを上がり、時計を見てもう一度嘆息する。
ベッドに仰向けに倒れ、大の字になる。

お話しにならない時間だ、下手をすると捜索願を出されるかも知れない。
高校までは随分ルーズだったと思うが、そこから先はそんな事をやっていられる状況ではなかった。
それが文字通り命に関わる日々。そんな一日一日の積み重ね。
身に染みて知って来た事、信頼は一日にして成らず一日にして崩壊する。

可奈は苦笑を浮かべる。そう、一日にして崩壊する。
それなら、最も大切な信頼はとっくに崩壊していた。

かつて朝の閉門を済ませた高校の塀を乗り越えフリークライミングしていた水原可奈を
勤勉ならしめた最大のモチベーションの源は、可奈の掌からこぼれ落ちた。
だからこんな事が出来る、こんな朝を迎えたのだと思い当たると、又、涙が溢れそうになる。
顔を洗う。もう少し時間はありそうだ。


264燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/02(金) 16:01:36.10aEGHdTkt0 (4/4)

>>263

 ×     ×

「モーニングを」

絶景大浴場で一風呂浴びてから、可奈はレストランで注文を告げる。
モーニングタイムに辛うじて間に合った時刻、人の入りはまばらと言った所だ。
そうやって注文を待つ間、水原可奈は周囲のざわつきを感じた。

「久しぶりね」
「お久しぶりです」
「影のオーナーの悪名は健在。なるべく表立たない様に言われてるんだけど。
一名様、特等席ごあんなーいっ」

「え、え?」

あれよあれよで可奈が案内されたのはレストランのバルコニー席。
さすがに少々風が冷たいが、眺めは最高だった。

「…綺麗…」

この高台に建つホテルのバルコニーからは、下の港、そして海岸線までが一望できた。

「やっぱりこの眺めなんですね」
「時間はかかったけど、取り戻した」

可奈とオーナーはふっと笑みを交わし、可奈は席に戻る。
朝食の時間の様だ。

短くてすいませんが今回はここまでです。
想と姫子が会話しているライトノベルは「涼宮ハルヒ」シリーズ
ついでに言うと進級後作品です
続きは折を見て。


265VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)2012/11/02(金) 17:01:01.95kX/LlKZd0 (1/1)

あのホテルのあの人か
ほんと色んなキャラ出してくるなー


266燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:17:04.46P3XW5NWI0 (1/12)

では、今回の投下、入ります。

>>266

 ×     ×

「お待たせしました」
「いただきます」

給仕が一礼して下がり、可奈はトーストをバターで口にする。

「美味しい」
「シンプルだけどね、人も材料も厳選してるんだから。
それで、今日は?同業者って言えば同業者か。それが大事な朝っぱらから何もかも放り出して、
それで、未来の自分の姿でも見たくなった?」

やや機械的に食事をしていた可奈は、まだどこか生気の無い表情で相手を見上げる。

「そりゃあ、エリをあんな裁判に付き合わせてくれたんだから。
あなた達の事は調査会社に委託して定期的に報告させてた。いつ関わるか分からないからね。
裁判中は必要なかったけど、その間に名前が出て来た富樫慎二が殺されたって新聞に出てるじゃない。
だから、特に警視庁周辺の情報源に網を張って事件の事を逐次報告する様に指示し直したの」

「そう、でしたか」
「で、少しは参考になった?でもお生憎、もちろんエリは元気元気、
だって、エリは悪いことはなにもしてないんだから。
あなたも入ったら?珈琲ぐらいおごるわよ」
「そりゃ悪いね」

このホテルのオーナー、エリ・シルバーの言葉に、一人の男がのっそりと姿を現す。

「締地さん?」
「よう、久しぶりだな。そういやここの事件も例の坊やだったか」

そこに現れたのは、可奈とも面識のある締地守。可奈の知る限り推理作家だった筈だ。

「どうしてここに?」
「まあー、色々あってな。ここのオーナーとは十年来の付き合いだ」
「へえ…」


267燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:19:30.99P3XW5NWI0 (2/12)


「知り合いの編集者の誘いで推理ごっこに手を出したのが運の尽きさ。
週刊誌が俺のコメントにイースト菌ブチ込んだもんで、早速弁護士から内容証明が届きやがった。
だからって訳じゃないが、ちょっと興味が湧いたってのが間違いの元だな。
ノンフィクションで大層な賞を頂くわ名誉毀損裁判で十年戦争やらかすわ、
今じゃあノンフィクションライターの方が通りがいいってぐらいだ」

「お待たせしました」
「おお、有り難う」

給仕が一礼して退出し、締地がテーブル席で珈琲を傾ける。

「されど、今日のエリは機嫌がいい。
今ここでの発言は全部お伽噺って事で裁判にはしないであげる」
「そりゃどうも」
「新聞、読みました」

可奈が切り出した。

「そう。まあ、あれだけ取り上げられたからね。
あれから色々大変だったけど、あなた達と別れた後も銀色のブレスレッドは貰えなかったっけ」

「パーティーでの事件の後、招待客の中から興味深い情報提供があったらしいな。
県警と地検はその方向で立件する。最終的には日本と引き渡し条約を締結しているアメリカ政府に
被疑者の身柄拘束と日本への引き渡しを請求する方針で、現地への捜査員派遣も準備していた。
地検はその方針だったが高検、最高検の御前会議で差し戻された。
県警も日本国内で逮捕状を請求して既成事実化しようとしたが、警察庁からストップがかかった」

可奈は信じられないと言う表情でエリと締地を見比べたが、エリは相変わらず楽しそうだ。

「時期が悪かったって事さ。一旦アメリカに戻ってから、事業で東南アジアに出張した。
だからこそ、捜査本部では日本との条約や捜査共助が整っている
アメリカにいる間に身柄を取りたかったんだが、問題はその事業の内容だ。
丁度日本も含めて海の上が色々ぎくしゃくしてた時期に、
アジアレベルでキーマンになってた大統領の夫人が肝煎りの一大リゾート事業」

「奥様、とっても綺麗な薔薇を育てるのよ」


268燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:21:57.05P3XW5NWI0 (3/12)

>>267

「そういう事だ。アジア情勢そのものに関わる国のトップ一族が五枚も十枚も噛んでる巨大事業。
その中心人物を足止めしておいて絶対に有罪を取れるのか、ってな。

その筋から関わりのある日本の政治家、官邸に外務省法務省本省、
そっち方面からぶっとい釘を刺されたって事さ。
金の力よりより恐ろしいモノがある、その事を知らない。
この評価は間違っている。高度過ぎて田舎政治家には見えなかったそれだけだ」

「大きな仕事だったから、邪魔が入ったら国のレベルで大変な事になったでしょうね。
捜査にご協力出来なかったのは残念だったけど、エリにはエリの仕事があるから」
「でも、裁判にはなったんですよね」
「遺族が告訴状を出したからな。
検察は不起訴にしたが検察審査会が強制起訴に持っていった」

「そう。審査員の皆さんは、エリもどこかで聞いた面白い話に素直に感動したみたい」
「検察審査会が一度目の起訴相当の議決を行って担当検事が米国出張、
事情聴取要請なんかを経て二度目の不起訴処分を出した直後、彼女は本格的に日本に戻って来た。

ここの敷地の一部を会社から借りる形で、突貫工事で俺のボロ屋の百倍立派な仮住まいを建てて居座った。
今じゃあ大増築されてホテルの別館になってるがな。
検察審査会が二度目の起訴相当でいわゆる強制起訴になった後も、そこから悠然と出廷さ」

「だって、エリは悪いことはなにもしてないんだから、日本の法務省も普通に許してくれたよ」
「普通に、ねぇ」
「裁判になって、指定弁護士さんも頑張ったみたいだけど、本当に誰も知らなかったのか、
ゼロではない可能性がゼロである、と言う事を証明出来なかった」

「初動で固められなかったブランクが痛かった、って事はある。
君らが一番知ってる事だろう、あの裁判の争点はゼロかゼロではないか。
時間が広げた隙間を否定出来なかったって事さ。
ドリームチーム弁護団のプレゼン、見事だったぜ。裁判員の顔つきからして結果は見えてた。
指定弁護士も一審無罪でギブアップさ」

締地の言葉にもエリは楽しそうな表情を崩さず、お伽噺の続きを語った。

「その無罪の確定の後に、遺族の請求で高台の画家の再審が始まった。
最高の権威による捏造の科学的証明。スーパー弁護団でマスコミ大注目、
錆び付いた扉も少しは軽くなったみたい。
最重要証人は体調不良で散々ゴネて、臨床尋問でも非を認めなかったのはある意味立派ね」


269燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:24:22.01P3XW5NWI0 (4/12)

>>268

「お陰さんで偽証罪で在宅起訴。つまり、時効にかかった例の件を検察が正式に認めたって事さ。
公判こそ病気やらなんやらで延び延びになってたが、
裁判所が事実上過去の事を認定した再審開始決定以来、
東京のマスコミに火だるまにされて銀行からも見捨てられ、政治生命は完全に終わりさ。
むしろ、ああなっても議席にしがみついてた執念がな」

それだけの執念は間違いなくあるだろう、と、本人を知ってる可奈は確信していた。
その過程は、日本地方自治史の恥と言われた程に醜悪極まりないものとなった。
司法が過去のでっち上げを断罪するに等しい再審開始決定の後、
僅かながら本気で動き出した市民運動、そして何より東京マスコミの集中砲火に辟易した
党の県支部がやんわりとお体を気遣い公職を離れた静養を勧めた所、
「では、回顧録でも書きながら余生を過ごそう」と冷笑された。

以後、県内で肩書きらしきものを持つおおよそ全てが見せた狂奔とごく一部の反発は
東京マスコミとインターネットを巻き込んで加速度的に先鋭化していく。

そのごく一部に含まれた県庁職員に対する文字通りの暴行、脅迫により
現職の県庁幹部と議員複数が逮捕、事件現場のネット公開、県知事の辞職。
土台が揺らいだ事による市民運動の本格化と、
それによる利権危機を恐れた暴力団の本格介入が更に激しく東京マスコミを煽り立てる。

総退陣した党の県支部にマスコミの突き上げを受けた党の東京本部の介入があり、
警察庁が本格的に暴力団周辺企業として捜査や金融圧力を強化した事情もあり、
県議会の議員辞職勧告や党からの除名決定も僅差で可決。
実業家としてもメガバンクからは完全に見捨てられ地元の金融機関に救済する地力はなし。
それでも、任期一杯無所属議員として議席にしがみつき県議会も除名にまでは踏み切れなかった。

「それで再審も無罪が確定。
冤罪が証明されて悪者が罰せられてめでたしめでたしのお伽噺」
「心が晴れる、訳ないですよね」

可奈がぽつりと言った。

「だって、たった、それだけの事だもの
何もかも無くなってから嘘から本当に記録が書き換えられるたったそれだけの事」


270燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:26:57.59P3XW5NWI0 (5/12)

>>269

一度、周囲がしんと静まる。
締地が立ち上がり、テーブルに硬貨を置く。

「おごりって言わなかったっけ?」
「買収にはまだ早いよ」
「珈琲で買える人なら苦労しなかった」
「旨かったよ、ご馳走さん」

締地が、ヒラヒラと手を振ってバルコニーを退出する。

 ×     ×

「それで何?あの時の彼氏があなたの元旦那殺して逮捕されたって?」

二人きりになったバルコニー、エリの無遠慮な言葉に、可奈はぎこちなく笑い頷く。

「まぁー、あんな裁判に付き合わされた身としてはざまぁーってトコもあるけど、
半分は彼氏のお陰でもあるんだし。で、ホントん所誰が殺したの?」
「知らないわよっ!」

可奈がドン、とテーブルを叩いて絶叫し、ガチャンと食器が鳴り響く。

「ご、ごめんなさい」
「そんな事じゃ、エリにはなれないよね。なる必要もないんだと思うんだけど。
ほらほらほら、やっぱり良心の呵責って言うの?
毎晩夢に幽霊が出て来るとか、そういうのあるのかなー」
「無い、ですよそんなもの」

カラカラ笑うエリの前で、可奈は我ながら自分の声が乾いているのを感じる。

「そう、やっぱり私はなにも悪くないって言っちゃうんだ。
それは何のため?誰に向かって力一杯言いたいの?」

聞いていた可奈が、がばっと顔を覆った。

「どうしたの?」
「母親、失格」
「ああ、娘さんいたんだっけ?」
「でも、失うかも知れない。いや、もう失ってる」
「お元気だって聞いたけど」


271燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:29:35.32P3XW5NWI0 (6/12)

>>270

「自殺、しようとした。うん、体は大丈夫。
でも、その時、その時あの娘が頼ったのは私じゃなかった。
あんなに、今まで私あんなに一生懸命、なのに、
分かってる、そんな言い訳しても駄目なの分かってるのに、
あの娘はもう、私、私の」

「えーと、エリの前で私の娘じゃないとか言い出さないよね?」
「あ、ご、ごめんなさい。
ごめんなさい。私、私が、辛くて、苦しい只私が…」

「分からない」
「ごめんなさい、こんな事」
「エリには全然分からない。だって、まだあるんでしょ?」
「え?」

可奈は、頬を濡らしたまま、相変わらずの笑顔を見上げた。

「まだあるなら取り戻せばいいじゃない。
一生懸命やって来たんなら、一生懸命取り戻せばいいじゃない。
消えたものは、無くなったものは絶対に取り戻せないんだから」

可奈はガタリと立ち上がり、エリに頭を下げていた。

「すいません、急ぎの用事を思い出しました」

「そう。残念ね。
エリはここにいる。それを許してくれる今の家族には心から感謝してる。
でも、エリの魂はここから離れられない。
ここで悪いことはなにもしていないって言い続ける」

「行って来ます」
「行ってらっしゃい、又のお越しをお待ちしております」

可奈がばたばたと会計に向かう。


272燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:32:20.86P3XW5NWI0 (7/12)

>>271

「鏡の中で見慣れた顔。死なせてなんてやるものか」

その背を見送り、
そして、海に向けてバルコニーに手をついたエリはぽつりと呟いた。

「エリの魂に触れた。死なせてなんてやるものか。
未練たらしくずっとずっとあがいてあがいて苦しんで生き続ければいい
あがいて、手に触れるものがあるんだから」

 ×     ×

どうやら、勾留期限を待たずに起訴されるらしい。
それが想の感触だった。
想の供述や想から見える捜査の進展から考えても、それで支障はない筈。
殺人事件である以上、勾留延長の請求が為される可能性もゼロではないが、
警察、検察も役所だ。今が12月だと言う事もその可能性を低くしている。

警察の取扱からも、未だに自分が持っている影響力をある程度客観視する事が出来る。
起訴されたらそのまま拘置所に移管される可能性が高い。
検察が自主的にそうしなくても、弁護人を通じて請求すれば裁判所が拒否する可能性は極めて低い。
拘置所なら、比較的ましな環境で計算に没頭出来る。他に何も要らない。
留置所で朝起きて、それからの取扱を見ても、どうやらそれは今日辺りか、とも見当が付いた。

「ああ、間に合った」

廊下を進む想を連れた刑事が、現れた草薙に呼び止められる。

「俺がもう一度取り調べたい」
「いや、しかし」
「いいだろう、マル被を洗った俺が一度直接当たりたい事がある。な」

そうやって、担当者との力関係一つで草薙は有無を言わせず想を連れて行く。

「管理官の許可は出てるのか?」

後から駆け付けた内海薫に担当者が尋ねた。

「いえ、何かあったら草薙さんが勝手にやった事にしろと」
「はあっ!?」


273燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:35:08.78P3XW5NWI0 (8/12)

>>272

 ×     ×

取調室で一人待たされていた想は、口元を綻ばせた

「今飛ばないともう一生機会が無いかも知れない。
この事だったんだな」
「警察はあなたのためだったら法律をも曲げるんですか。
大したものですね」

対面に座った湯川に対して、想は余裕の笑みを見せていた。

「あの時出来なかった話をしよう。
富樫慎二を殺したのは水原可奈だ。
物音で異変に気付いた君は、かつての親しい友人に何があったのかを把握し、
そして、犯罪の隠蔽に力を貸す事にした。

しかし、死体が見付かれば警察は必ず水原可奈、そして娘の水原美里の所に行く。
彼女達、特に中学生の水原美里がいつまでもシラを切り通す事は難しい。
そこで君が立てた計画は、もう一つ別の死体を用意し、それを富樫慎二と思わせる事だった」

その他殺体となったのは、通勤路にいるホームレスの一人であったのだろうとの推論。
想がそのホームレスに依頼して、
12月2日の前半に富樫慎二の宿泊している簡易宿泊所で休憩してもらう。
富樫慎二が所持していて、そして、一度指紋を拭き取った鍵を使用してだ。
夜、依頼通り、富樫慎二の衣服を着用したホームレスは待ち合わせ場所に現れ、
想が盗んだ自転車で現場近くまで移動して、そこで想が殺害した。


274燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:37:47.35P3XW5NWI0 (9/12)

>>273

「その死体を富樫慎二だと思わせるために顔を潰した。
指紋を焼いたのは、顔を潰した事との整合性をつけるためだ。
自転車の指紋や衣類を残したのは、宿の痕跡と一致させるため。
ミスだと思っていたのは全て君の計算だったんだ。

そして、あの二人にわざと出来すぎのアリバイを作り、警察の目をそちらに向ける。
ギリギリの所で抜けられる様に見えて抜ける事が出来ないアリバイの迷路。
だが、警察がいくら調べてもあの二人の12月2日のアリバイを解く事は出来ない。

当然だ、12月2日に殺害された死体とあの二人は何の関係も無いからだ。
幾何と見せかけて関数、これと同じだ。
アリバイトリックと見せかけた死体のすり替えだったんだ。

君はホームレス殺人と平行して富樫慎二の死体を処理した、
恐らくバラバラに解体してどこかに目立たない所に捨てた、と言った辺りだろう。
これが、君が2日続けて勤務先を休んだ理由だ。
これがこの事件の真相だ」

「実に面白いですね。仮説を話すのはあなたの自由です」

「この方法にはもう一つ大きな意味がある。
あの二人を守るために単に君が自首をするだけでは、
いかに君でも警察の追及に負けて本当の事を話してしまう恐れがある。
だが、本当に人を殺した事で、堂々と罪を主張する事が出来る。
愛する人を完璧に守る事が出来る」

「何を言っているのかさっぱり分からない」
「燈馬想、君は愛する人を守るために何の関係も無い人間を時計の歯車にした」
「仮説は実証されて初めて真実になる、違いますか?」

想の口調は、あくまで穏やかだった。

「もう一つの死体が見付かれば実証出来る」
「もう、やめましょう」
「僕は喋った、全てを彼女に」

その言葉にも、想の瞼が僅かに動いただけだった。
それは湯川、そしてマジックミラーの向こうの面々も或いは、と言う反応。
共謀なんてチャチなものじゃない。もっと重い何か。


275燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:40:12.82P3XW5NWI0 (10/12)

>>274

「もし仮に別に死体が見付かったとしても、その時には僕の有罪判決は確定していますね。
特に最近の裁判は早いですから、僕も一審だけで争うつもりは毛頭ありませんし。
その後で、仮に今の湯川さんの仮説が完璧に実証されたならば、
検察は僕の再審を請求するでしょうね。

一事不再理は無罪を有罪にする事を禁止するものであってその逆は許されている。
検事総長による再審請求で富樫慎二氏に対する殺人容疑は再審で無罪となり、
改めてホームレス殺害と富樫慎二氏殺害に関する証拠隠滅、犯人隠避、状況からして死体損壊もですか。

その容疑で僕は起訴される。
そして、改めて水原さんが富樫慎二殺害で起訴される。
でも、何かの拍子で発見でもされない限り、誰がその死体を見付けるんですか?」

下を向いていた想の細めた目が、湯川を見直した。

「湯川さんの仮説に従った場合、今に至るまであの死体が富樫慎二として誤認されているのならば、
警察は本物の富樫慎二の生物学的データを根本的に把握していない事になる。

今まで警視庁捜査一課が特別捜査本部を設置して身元を確認した事件で、
もうすぐ有罪判決が整然とした文書で体系的に確定すると言う時に、
何の理由があればどこにあるかも存在すらも証明されていない分からない本物の富樫慎二の死体。

今まで把握されていなかった程に孤独な
産湯を使ってから既に風化している本物の富樫慎二の生物学的データ、
その様なものを税金を費やして何の理由で誰が探すと言うんですか?」

じっと想を見据えた湯川に、想は優しく微笑んだ。

「申し訳ない、殺人者風情が。これはそのまま褒め言葉ですけど、
湯川さんの仮説が実に面白かったので、つい僕から目に見える反証にムキになってしまいました。
僕の様な者の事件に真剣に付き合っていただき、感謝します」

「その素晴らしい頭脳を、
そんな事に使わなければならなかったとは。残念だ。君にとって水原…」
「もう結構です。終わりにして下さい」

想が誰かに聞かせる様に大声を出す。

「これ以上は、勾留中の資格の怪しい面会として弁護士を通す事になりますよ」

静かに、想は釘を刺していた。


276燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:42:54.97P3XW5NWI0 (11/12)

>>275

 ×     ×

湯川は取調室の入口に待機させられ、
改めて先ほどの担当者と草薙と内海が想を連行する。
そこに、余り見かけぬスーツ姿の男が二人姿を現した。

「あなた方は?」

それに対する返答は、内海など一瞬本気で犯罪を疑ったが、
示された身分証は確かなものだった。
かくして、想と二人の刑事は連行される。

「どういう事ですか、どうしてあの…」

後から現れた葛城に、廊下で待たされた担当者が聞き返す。

「もっと上だ」

葛城が言う。

「え?」
「既に地検も了承している。場合によっては勾留延長も辞さずってな。
それも、地検じゃない。東京本部(警視庁)はもちろんサツ庁(警察庁)と最高検のトップ、
それに大臣レベルも噛んでる」
「なんなんですかっ!?」


277燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/05(月) 02:45:22.21P3XW5NWI0 (12/12)

>>276

 ×     ×

先ほどとは別の取調室に想が待たされる。今度は草薙、内海も一緒だ。

「何なんだ一体?」

入口側の壁際に突っ立った草薙が呻く。
取り敢えず、理解出来ているのは、逆らえない筋の要請である事だけだった。

「何か知っているのか?」
「いいえ」

草薙の問いに対する想の返答も、どうも嘘は無いらしい。

ドアが開き、近くの壁際に立ってそちらに視線を向けた内海が尻餅をついた。

「どうした?………なっ!?」

その隣に立っていた草薙も驚愕を隠せず目を見開き、絶句する。
想は、無感動に顔を上げながらその口元は僅かに綻んでいた。

何とか立ち上がろうとしながら、内海が入口を指差す。

「ゆ、ゆゆ、幽霊えっ!?」

今回はここまでです。

>>265
感想ありがとうございます。
エリは是非とも出したい、と熱望しつつプロットに隙が無く半ば断念していましたが、
終盤まで書き上げた所で神が降りてきました。

続きは折を見て。


278燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/12(月) 14:22:33.98vCMWm5Xn0 (1/1)

あ、一週間か
ちょっと忙しかったモンで

大詰めの調整中

なんとなくレスでスマソ


279VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)2012/11/13(火) 01:09:23.48nUQRpS/e0 (1/1)

年末近いしのんびりでいいよ


280燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/28(水) 03:58:52.41j860/oui0 (1/6)

>>279
いつも?どうも、感謝です。

どうもお久しぶりです。
しばらくのご無沙汰ですいません。

やる夫板IIで復活した事件の真相を証明するスレを拝読したり
録画しておいた「殿下乗合」を観賞したり録画しておいた「鹿ヶ谷の陰謀」を観賞したり
録画しておいた「忠と孝のはざまで」を観賞したり録画しておいた「そこからの眺め」を観賞したり
実に多忙な日々を

…冗談はさておいて、
原作愛読者の方には前回終盤の幽霊の正体、見当付いてるかも知れませんが、
二次でこの対決を創り上げるって、これがなかなか何と申しましょうか。
この作品に手を出した以上、きついからこそ、ですが。

久しぶりにお喋りが過ぎました。
短くてすいませんが
今回の投下、入ります。


281燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/28(水) 04:01:14.59j860/oui0 (2/6)

>>277
>>280

 ×     ×

「見れたものじゃないわね、少年」

その言葉と共に、ぺこりと頭を下げた想の前で右手がばあんと机を叩いた。

「あ、あんた…」

草薙が口を挟もうとする。

「頬が腫れてたら、この人達への迷惑が口紅なんてレベルじゃないからね」
「アニー・クレイナーさんですね」

気を取り直した内海薫の質問に、アニーは頷いた。

「そこまで調べたのね」
「燈馬想にはアメリカで逮捕歴があった。状況が不自然過ぎてすぐに釈放されましたがね。
直接調べたかったが流石にこの現場を離れられない。
この事件に関わった警察庁の上の人間に一通りの資料は揃えてもらいました。なるほど」
「納得していただけましたか?」

草薙の言葉の語尾に、アニーが問い返す。

「ええ、事件の決着に関して何かが引っ掛かっていたんです。
正確には情報を交換した私の友人が、ですがね。
記録通りだとすると現場の状況が不自然だ、
記録に無いXが存在していた、そう考えるのが自然だと」

「そう、記録には残らない。
私は幽霊、だから公式には何も残らない空白の時間」
「なるほど、確かになんでもありだ」

草薙が鼻で笑い、納得して見せた。
アニーは、想と向かい合ってどっかりと椅子に座り込む。
両腕を机に乗せ、その上に乗るぐらいに顎を下げて目を細めている。
その前で想は顔を伏せているが、草薙も内海も、想の体の端々に異変を感じていた。


282燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/28(水) 04:03:44.01j860/oui0 (3/6)

>>281

プロの刑事をごまかせない程には何かが起きている。
驚愕したぐらいだから草薙もアニー・クレイナーの事は把握している。だが、これは予想以上だ。
事によっては、いや、これは十中八九初恋のお姉さんだ。
推定されている動機が動機だ、これはきっついぞ、と言うのが草薙の男心だった。
アニーが身を起こし、姿勢を正す。

「この様な事になり、言葉もありません」
「南空ナオミの死体が出て来たわよ」
「なっ!?」

草薙二度目の驚愕。

「おい、どこでだっ!?」
「それはここでは言えない。
ここでの幽霊問答で彼の耳に入れたら今後の取調に本格的に差し支える」
「それは分かる。だが、死体と聞いて…」

「既に管轄の警察が着手している。偶然発見された身元不明の遺体としてね。
南空ナオミの代理人がアメリカ大使館の人間を同行して警視庁に捜索願を出す様に手配した。
仕事の性質上として指紋、歯形の記録を添付したものをね」
「あ、あの」

内海が口を挟む。

「何か、時系列がおかしい気がするのですが、それとも私の理解力が足りないのでしょうか」
「前者で正解。
OK、ここだけの話でいいなら理解出来る様に説明するわ」
「是非そうしてくれ」

草薙が応じた。

「ある筋からこの事件の調査を依頼されていた私は、
独自の調査と共に別筋で動いていた南空ナオミをマークしていた。
そして、南空ナオミの失踪を把握した。
はっきり言ってこちらの手痛いミス。流石にプロの尾行点検で彼女の行方をロストした後の事だった」
「その間に彼女は」

内海が、最悪の予測を質問する。


283燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/28(水) 04:06:15.73j860/oui0 (4/6)

>>282

「まず間違いない。
南空ナオミの行方をロストした時点から数時間もしない内に、我々は総力を挙げた捜索に着手した。
こちらには、莫大な予算と表に出せない裏ルートの情報網がある事を理解して下さい。
この事件に関して愛憎半ばを過ぎて国を一つ二つ傾ける規模の予算投入も辞さないスポンサーと、
元々本件に強い関心を持っていた、公安に太いパイプを持つ上の人間の協力を得る事が出来ました」

草薙も内海も、真面目に聞いていた。
彼女がここにいる時点で、その言葉を裏付けている様なものだ。

「彼女が別名義で契約していた携帯電話の位置情報を端緒に、
人海戦術による聞き込みと映像記録の分析で絞り込み、発見に至った」
「それを聞くだけでも、公判で使えそうにはないな」

「その通り。こちらの調査はあくまで影。一般人が偶然発見したと言う形を取った。
証拠となる映像記録のあるエリアではちょっとした事件を起こして、
抹消される前にその事件の証拠として警察に押収させた。
携帯電話の位置情報も身元隠匿で手続き上の違法行為を見付けて関連する証拠として押収済み。
アナログな足取りを知る目撃者と今後展開される捜査を繋ぐ影の仲介人も手配済みよ。
証拠を捏造する訳じゃない、あくまで実際に存在した証拠を保全しそこに導くだけ」

「種を知ってるハム(公安)が消される前に保管して、
捜査一課が本件で押っ取り刀で押収、って絵図か。まあ、感謝すべきなんですかね」
「さて少年、自分が置かれている立場、理解出来てるわよね」
「い、やだ…」

ガタガタと震えだした想が、怯えた表情で顔を上げた。

「嫌だ…」

想は、ふるふると首を横に振る。

「そ、そんなつもりは無かったのに、
事件の事を調べ上げて、報告するって言うから捕まりたくなかったから、
気が付いたら、い、嫌だ、アニーさん、アニーさんアニーさんっ!」

想が、悲鳴を上げながら身を前に乗り出す。

「まだ間に合う、まだ間に合いますよねアニーさん、
まだ、彼女は秘密裏に行動してた筈、身元さえ分からなければまだ僕とは繋がらない。
二人目、それも客観的に何の落ち度も無い相手、極刑、極刑もあり得る。
お願いですアニーさん、アニーさん僕を助けて下さいっ」


284燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/28(水) 04:12:53.86j860/oui0 (5/6)

>>283

必死に縋り付く様な想を、アニーは静かに見下ろしている。

「アニーさんっ!刑務所に入っても、紙と鉛筆があれば数学が出来る。
出来る、僕なら出来る、残りの一生の時間があればリーマン予想だって証明出来る。
ここで、ここで僕が死んだら科学の、世界の損失になる、これは紛れもない事実、
だから、今ならまだ間に合う。
今ならまだ間に合う、お願いしますお願いします助けて下さいアニーさんっ、
嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ死にたくない逝きたくないなんとか、なんとなんとかアニーさんアニーさんっ!!!」
「いい加減にしろっ!」

今にも机を乗り越え縋り付きそうな想に、草薙が割って入った。

「おいっ!誰だって死にたくないんだよ。それを二人も殺したんだ分かってんのかっ!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

草薙に胸倉を掴み上げられ、想は千回でも続けそうな勢いで繰り返す。

「あー、ここでの事は記録には残らない。仏さんの身元も割れてないって話だ。
生きる見込みを探すなら、後はどうすりゃいいか、天才のあんたなら分かるだろ」

草薙がばっと手を離し、想が椅子に座り込む。

今回はここまでです。続きは折を見て。


285燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/11/28(水) 04:35:06.71j860/oui0 (6/6)

>>280
訂正です。正しくは

「殿下乗合事件」

でした。それでは失礼


286燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:37:53.67WnCwMl9N0 (1/11)

毎度お久しぶりです。

>>280に引き続き、
名探偵コナン「長崎ミステリー劇場」を堪能すると言う重要ミッションも無事終了し

うん、面白くもない冗談はさっさと打ち切って

今回の投下、入ります。

>>284

 ×     ×

「すいませんでした。ごめんなさいごめんなさい…」
「… 計 画 通 り…」
「?」

側で呟いたアニーの言葉に、草薙は怪訝な顔をした。

「出来れば最後の辺りで気が付いて欲しかったわね。カオル!」

嘆息したアニーは、鞄から取り出した資料をバッと掲げた。

「あなた、今の話信じられる?」

唐突な指名に目を白黒させていた内海薫が、アニーの手にした資料に目を通す。

「…あり得ない…」

しばらくそうしていた内海は、どこかで聞いた様な言葉を呟く。

「ん?…確かに、これはあり得ない…」

その内海から資料を奪い、目を通した草薙も言った。

「マル被はFBIの捜査官だったんですよね?」
「そうよ」
「その技量は?」
「花丸」
「だったら絶対あり得ない」

内海とアニーがサクサクと言葉を交わす。


287燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:40:16.53WnCwMl9N0 (2/11)

>>286

「どうやら、まともな話が出来そうね。
私が現職でこんな自首がそのまま上がって来たら顔面に書類を叩き返してた所よ。

「この鑑定は信用出来るんですか?」

「世界最高水準。どうやら少年は、総合点では世界一の
我が儘で執念深くてなんでもありで大富豪で愛妻家を本気で怒らせたみたいね。
現地の県警本部御用達の法医学教室がある大学病院が、
ハイレベルな世界的医療財団との提携関係を結んで県警本部、警察庁もそれに加わった。
そのモデル事業の一つとして、たまたまそのタイミングに運び込まれた南空ナオミのご遺体が選ばれた」

「確かに、この文書は私が見ても尋常じゃない」

「極めて少額の税金負担によって、解剖、AI、病理検査、
人間も機材も世界最高レベルの検査が実行された。そのデータは通常の鑑定に使われると共に、
財団を通じて待機していた世界最高峰の遠距離専門家会議に回されて、
そのカンファレンスの結果を今あなたが手にしている。
もちろん、時間を掛けなければ確定できない検査もあるけど、それが現時点での最新データよ」

「なんだかなぁ」

遺体のハラワタを見るため懸命に事件性を探す日々を思い返し、草薙が嘆息した。

「それじゃあ、南空ナオミを殺ったのは?」

草薙が問いを発する。下を向いた想の顔からは、既に表情が消えていた。

「元々、南空ナオミの調査対象になった事それ自体、
その経緯を考えても計算内、いや、計画通りだった筈。
南空ナオミの依頼人は燈馬想、水原可奈と親しい関係にあった人間で
相当に社会的地位もある、何よりも良識ある社会人。

燈馬想から事件に巻き込まれていると聞いたらどういう行動をとるか?
事が殺人事件となると、良識に基づき自身の社会的責任を考えて盲目的な決め付けは行わない。
一方で、迂闊に表立った動きをした場合、
その人物の身近に非常に厄介な事になりそうな地雷が埋まっている。
導き出される結論は、信頼の出来るごく少数を使って隠密裏に調査を行いそれから判断する事」

「でも、その事が分かっている、行動パターンを読んでいるなら、
どうしてわざわざリスクを増やす必要がある?」

草薙が質問を挟んだ。


288燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:42:47.95WnCwMl9N0 (3/11)

>>287

「湯川学」

アニーの回答に、二人の刑事が表情を動かした。

「相当な切れ者の様ね。そして、少年もその事をよく知っている。
湯川学がこの事件を調べ始めた時点で、少年は百点満点を放棄した。
ロジックの解析は避けられないとね」

それは、非常に説得力のある解答だった。

「少年は最初から自分の身一つで警察を止める。完全犯罪と言うベストを放棄した場合、
そこをベターとして確実に食い止める腹だった。だけど、そこで一つ問題が生ずる。
自首する理由が無い」

内海が、思わず「あ」と声を上げそうになった。

「燈馬想は論理的な失敗をしない。作り話は所詮作り話、どこかに隙がある。
実際に殺害してから自首をする、それを相手に、否、
燈馬想と言う取調官を納得させるロジックが組み立てられない。

燈馬想は俳優じゃない。その事を本人が論理的に十分理解しているからあんな方法をとった筈。
自首とは何のために行うもの?良心の呵責?失敗を恐れた罪の軽減?
自分が感じていないものを表現するのは簡単じゃない。

簒奪した玉座で笑う亡霊の姿をまことしやかに語り伝える事が出来るのは、
プロの俳優じゃなければ実際に亡霊を見た人間だけだから」

アニーが想を見据えるが想の表情は変わらない。
そして、二人の刑事はその細心さに改めて舌を巻く。
そう、燈馬想は天才だ。自分に出来ない事、相対するプロを侮らない事、
計画に必要な理論値を希望的観測では決して誤らない。
そして、とんでもない所から完璧に数値に当てはまる結論を導き出す掛け値無しの天才だ。

「ストーカーと言うマクロとミクロで非論理的であり論理的である人格を偽装して
自首する突破口も画策していた。だけどそれは余り上手くいかなかった。
独りで抱え込んでうじうじ悩む相手なら出来たかも知れない。
水原可奈は、事、燈馬想にそんな事をされてむざむざ大人しくしている性格じゃない。
そこで無理な対応をしていると最悪意図を見破られてややこしい事になるばかり」
「最強のパートナーが仇って訳か」

草薙が言った。


289燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:45:20.01WnCwMl9N0 (4/11)

>>288

「だから、その膠着状態を打破する破局点を作り上げた」
「それが南空ナオミか。とことん利用しやがって」

草薙が吐き捨てる様に言った。

「後は南空ナオミの調査の進行次第。
結局の所、南空ナオミの技量が確かなら燈馬想か水原可奈に行き着く。
調査の性質上、一度は接触して来る筈。

プライベート・アイに追い詰められて自首、こういうストーリー。
車を用意していた所から見て殺害も選択肢に入れていた、私はそう推測している。
最悪、車のトランクに死体を詰め込んだまま交通事故を起こして逮捕。
十分に納得出来る。何しろ本当に自分でやってる事だから」

「だが、そうならなかったな。理由は…」

既に、その理由は三人の共通認識であり、共通認識となっている事も又認識出来た。

「計算外の本当の破局点になってしまった、そういう事。
後付けで急ごしらえの作り話、殺人事件に関してそんなもので警察をごまかそうとするのは分が悪すぎる。
自分が知らなかった矛盾点が一つでも出て来たらその時点でゲームセットだから。
少年はその事を誰よりもよく知っている。
極秘調査と言う想定に賭けて、少なくとも当面はまとめて蓋をするしか手は無い」

「何の事を言っているのか理解出来ません。彼女を殺害したのは僕です。
富樫慎二殺害事件に関して彼女は僕が殺した証拠を把握し報告すると言っていました。
それがブラフだったかどうか分からない。僕は今の、正確には当時の生活に未練があった。

相手はプロですからね、動揺を見抜かれたのでしょうね。それでもう駄目だと思うとますます動揺する。
人間の、人を殺す様な人間の心は弱いものです。
なんとか脅して資料を奪って口を封じるつもりだったんだと思います。
でも、気が付くとそのナイフで彼女を刺し殺していた。だけど、今更殺意を否認するつもりもない」

「それは無理ね、ますます無理。
本当はあなたも分かってるんじゃないですか?正直がっかりなぐらいです」

想の言葉に内海薫が決め付けた。


290燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:47:45.18WnCwMl9N0 (5/11)

>>289

「元FBIの辣腕捜査官が調査対象者と、それも会話を交わした後にやられる殺し方じゃない」
「全くだ」

内海の言葉に草薙が続いた。

それでも言い募ろうとする想の右腕を、アニーが掴んだ。

「少しは男になったわね、少年。だけど、無理」
「僕に、人を殺す力は無いと?」

机を挟み、挑む様な眼差しが交わされた。

「南空ナオミ相手にダルタニャンにヘラクレスが乗り移った様な一撃必殺の突き、
と言うのは少年には無理ね」

「日本には火事場の馬鹿力と言う言葉があるんですよ。
もし、あなた達が想定している犯人を法廷に送り込むと言うのなら、
僕は弁護側の証人として裁判員の意識に確実な楔を打ち込んで見せます。
斎藤一に源為朝が乗り移った様な出来事も決して不可能ではない。それで十分です。
アニーさん、アニーさんが積み上げた真実のピース、
その繋がりは結論を一つに絞り込むには余りに脆過ぎる」

前を見据えた想を前に、アニーはふっと息を漏らす。

「もう少し早く、その覇気を見てみたかったかしら」

そう言って、アニーは真正面から想を静かに見据えていた。

「四色問題。ロースクール出の私にも分かる様にその定義を教えてくれるかしら?」
「二次元の地図は四色で塗り分ける事が出来るか?アンサーは出来る。
最近、少し興味深い事がありました」
「何かしら?」

「僕の勤めていた工場に勤労学生がいましてね、
そこの、率直に言って決して偏差値の高くない高校の数学教師がエルデシュ信者、
ああ、手書き計算の信奉者、ですね。それで四色問題の専門家の様でした。
少なくとも生半可なマニアの仕業じゃない。一度話を聞いてみたかった」


291燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:50:12.54WnCwMl9N0 (6/11)

>>290

「そう。結論として出来る事は証明されたけど証明はされていない。
なぜなら、コンピューターで全てのパターンを解析した結果出来ると結論付けられたけど、
その過程の計算式は人間が理解するには余りにも複雑過ぎて
いまだもって人間が理屈で解説する事が出来ないブラックボックス状態だから。これで合ってるかしら?」

「構わないと思います」

「そう。日本の裁判の歴史を見ても科学のブラックボックスがあったみたいね。
法医学の最高権威を独占していた大学教授のある技術が、
本来必ずしも絶対ではなかったものを絶対視していた。
でも、当時最高の権威が最先端の技術であると結論づけていたために反証する事が出来なかった。
その結果、死刑を含む誤った有罪判決が何件も下された」

「決して、遠い過去の話ではない様です」

「人を裁く以上絶対を求めなければならないけど絶対こそが危うい事を知らなければならない。
それが司法に関わる人間が心得るべき事、難しい事だけど。
燈馬想とは何者か?この事件の調査を依頼された南空ナオミはその答えを追い続けた。
一見事件の本筋から外れる様でも、丸で吸い寄せられる様にね。
彼女は恐らく知っていた、そこに求める解がある事を。
それが刑事の勘、って言ったら少年は笑うかしら?」

「いいえ」

想は、静かに微笑み首を横に振った。

「優秀な刑事の勘は、その過程を外部から検証し難いだけで実に合理的なものです。
人間の脳は電子計算機など及びもつかない。優秀な刑事、職業人は、
その余りに複雑な計算式に自分の経験と情報を当てはめて必要な解を得ています」

「そう、南空ナオミは理屈の上でも優秀な刑事だった。
その上に、時に神懸かりと言える程の勘を発揮する捜査官だった。
四色問題が正しい事を経験で知る地図作り、漁師が五感で科学的に天候を予測する様に、
彼女は捜査の中で複雑に入り組んだ地図の中から
ゴールに辿り着く一本の道を掴み取る事が出来る、そういう捜査官だった」

その感覚は草薙も内海も理解している。自分達がそうであるかは別にして、
「刑事の勘」が、理屈で分からなくても決して馬鹿には出来ない。その事を経験則で知っていた。


292燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:52:42.65WnCwMl9N0 (7/11)

>>291

「その南空ナオミが、燈馬想とは何者か?その質問の解を追い続けた。
もちろん、その基礎にはプロファイリングや識鑑によって、
少年がこの事件に深く関わっている可能性が極めて高い、
そう結論づけられるだけの合理的な分析があった筈」

「刑事事件でそのやり方が許されるのは、
あくまで確率の問題に過ぎないと言う大前提を付けた上でです」

「そう。それはあくまで確率論。それを絶対視して惑わされてはならない。
南空ナオミはそれを承知の上で追い続けた。
燈馬想が何を見て来たのか?それを問い、そして自らの目で確かめた彼女は、
この事件の真実を掴み取る事に成功した」

「それは、アニーさんの推測ですか?」

「私も、南空ナオミが見て来たものはおおよそ把握している。
そして、彼女が知りたかったであろうそれ以外の若干の事も。
そこからの眺めが何であったのか光であったのか果てしない暗闇ばかりだったのか?
経験豊富、とまでは言えなくても聡明で優秀な捜査官。
それは相手を、人を知る事が出来る、そんな彼女が何を感じ取ったのかを」

「南空ナオミやアニーさんに何が見えたのか、それは分かりません。
少なくとも法廷では私にだけ見える世界は意味を持たない。
裁判員が理解出来る形で示して現実に存在する事を証明して初めて意味を持つものです」

「そう、一つ一つの真実を積み重ねて結論を示す。それが法廷の役割。
そこに至るまでの補助線が引かれたと言うお話し。
少年がかつて関わり、南空ナオミが最後に追跡した二つの事件。
少なくとも南空ナオミはその先に真実を見た筈。私にもそれは見えた」

改めて、二人は机を挟んで向き合った。

「己の感情をゼロにして恐ろしい程に論理的な解を導き出す。
そうやって取捨選択して守るべきものは命を懸けてでも守り抜く。自覚すら無いままに。
どうやら悪い病気をこじらせたみたいね。
もっとも、あんなものを少年に見せた私が言えた事じゃないけど」

「僕が行った事の責任は僕が負うべきもの、アニーさんのせいじゃない」
「そう。それが少年が決めて少年が実行した事」


293燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:55:09.04WnCwMl9N0 (8/11)

>>292

「法的にも倫理的にも実利的にも、そして僕の良心にも、
やってはみたけど全ての観点に照らしてその結論は大失敗。
一つ間違えてそれを取り繕おうとして一つ一つ小さく譲歩して最終的に大きく破綻する、
渦中にいるとなかなか気付かないよくある失敗です。
さすがにもう肯定は出来ないししていただくつもりもありません。
後は、自分のやった事のツケを支払いに進むだけ。後の事はそれからです」

「そう」

それは、快活な笑顔だった。

「この人…」

その横顔を見た内海が呟いた。
正面から相手を見据える、快活な中にも凛とした雰囲気の持ち主。

「ああ」

草薙も内海の呟きに小さく応じる。

「男になったわね」

そのまま一つ頷き、アニーは立ち上がった。
ドアに近づき、小さく開いたドアの向こうに一言二言声を掛ける。
ドアの向こうから背広の男が二人、想の側に歩み寄る。
想が無言で立ち上がり、手錠が掛けられ連行される。
その資格がある者達である事は当然草薙も確認済みだ。

「アニーさん」

ドアの近くで想が口を開き、アニーの目配せで歩みが止まる。


「有り難うございました」

想が、深々と頭を下げた。


294燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 22:57:48.25WnCwMl9N0 (9/11)

>>293

「何を、かしら?」
「僕は自ら人からの信頼を全て放棄しました。
それでも、今こうしてもう一度だけでもアニーさんに会う事が出来た。
アニーさんにどう思われても、嬉しいとしか表現が出来ません」

「罪は罪。だけど、私が燈馬想にその言葉を言わせた事、私はそれを誇りに思う。
あなたに今教えられる事は一つ。あなたの出した解は間違えている。
そして、それを教える事が出来るのは私じゃない。あの少年が人間と言うものをよくここまで理解した。
でも、すぐに又思い知る事になる。さようなら、燈馬想」

想がもう一度頭を下げ、連行された。

 ×     ×

「アニーさんっ!」

想の去った取調室で、椅子に座り直したアニーに内海薫が声を掛けた。

「時間が足りなかったか」

草薙が言う。

「アニーさん、あなたは確実に燈馬想の心に楔を打ち込んだ。もう少しで落ちてたかも知れない。
あなたの事は深くは問わない。だが、協力できるなら協力して欲しい。俺達は決して諦めない」

草薙の言葉に、アニーはチラとそちらを見やる。

「私のかつての仕事は、あなたみたいなガッツに支えられていた。
思えば客観的には決して長いとは言えない在任期間」
「地方検事でしたか」

内海薫が確かめる。

「検事補」
「その時に燈馬想と裁判に関わったんですね」

内海の質問にアニーが頷いた。
そして、机の上で組んだ手に額を乗せる。


295燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 23:00:48.88WnCwMl9N0 (10/11)

>>294

「過去の仕事、今の仕事、仕事以外にも今まで。
天才を含めて多少標準を超えてバラエティーに富んだ出会いと別れもして来たつもり。
少年もその内の一人。だけど…」

下を向いたアニーは、その後の言葉を続けなかった。

「泣いてた、あの少年がね、男になったわね…
ごめんなさい、この歳になると繰り言が多くなって」

その言葉に、内海が首を横に振る。

「個人としてあなたには辛い事かも知れない。
しかし、後は我々が引き受ける、何としても真実を引きずり出す。
ご理解いただけるものと確信していますアニー・クレイナー元検事補」

草薙が言った。

「検察は恐らく勾留延長請求抜きに起訴に持ち込む。
例え延長しても十日余りで覆すのは正直厳しい。
起訴されて拘置所に移管されたら取調も、何より捜査体制の維持が非常に厳しい。
それでも、最後まで諦めるつもりはありません」

その草薙の言葉に、アニーはふっと柔らかな笑みを浮かべた。
怒る所なのかも知れないがその穏やかな余裕の笑み。
それを見た時、改めて内海は取調室での想との対峙で感じた直感の正しさを実感する。
もちろん、あの燈馬想は別の人格をそのまま重ね見る程の愚か者ではないだろう。
それでも、特に男と言うものは逃れられないものを持っているのだと。


296燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/10(月) 23:05:36.10WnCwMl9N0 (11/11)

>>295

「本件の捜査本部が解散しても、南空ナオミの件がある。
あなたの言う事が本当なら、まず現在発見されている遺体の身元が南空ナオミだと判明すれば、
それさえ分かれば表のルートからでも情報を集める事が出来る。

そうしていけば、何れ燈馬想に繋がる。いや、繋げて見せる。
例え燈馬想が防波堤になるつもりでも、
向こうが通常の隠蔽ならこっちは通常の捜査で草の根分けても引っぺがすまでだ」

草薙の言葉にアニーは小さく首を横に振った。二人の刑事に緊張が走る。

「大丈夫」
「え?」
「大丈夫、もうすぐ片が付く」
「分かるんですか?」

繰り返し内海が尋ねる。

「ええ。まあ、あれから随分努力して学ぶ事も多かったみたいね。
実りある年月を経てもうすぐ手が届くかも知れなかった。その事だけが残念。
だけど、今の燈馬想の証明、その解には決して譲れない欠陥があるから。
本当に証明に成功していたなら、最初に気付くべき事だった筈」

今回はここまでです。

次回、最終回です(多分)
何とか年内に終わりそうですが。
映画の方の元ネタもこのシーズンですので、
メインの元ネタでは皮を閉じて焼き始めた頃か凝った所で茹でるか蒸すか

続きは折を見て。


297VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/11(火) 19:12:49.38UP1cF0HB0 (1/1)

おつ
餃子おいしいねん!


298燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/13(木) 00:55:46.46FTeFMcqV0 (1/1)

>>297
どうもです

>>286
>「マル被はFBIの捜査官だったんですよね?」

ごめん、ここミス
正しくは

「マル害はFBIの捜査官だったんですよね」

になります。
それではひとまず失礼


299燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:37:22.47J1J7jJSn0 (1/11)

そろそろ最終回投下の時間です。

ミステリと言う事で空気読んでご静読いただいた方、ありがとうございました。
もう少しだけそのままで頼みます。

そもそも、一体何人読者がいたものか、そこから大変心細い話ではありますが、
最後って事ではっちゃけときます。

改めて申し上げますが、これは映画「容疑者Xの献身」他と見せた
「Q.E.D.-証明終了-」のクロスーオーバー二次創作です。

ホントウニキヅキマセンデシタカ?

時間の様です。
最終回投下、入ります。

>>296

 ×     ×

手錠をはめられて当然自由意思も無く機械的に連行され、
もうそろそろ建物を出ると言う頃か。
いい加減これ以上妙な邪魔は入らないだろう。

そう考えた燈馬想の常識は、またしてもいとも簡単に覆された。
それはそうだ。想の常識を覆す、そのために存在している様な相手なのだから
想も、想を連行していた男達も、きょとん、と立ち止まった。
目の前にいるのは、肉親以外で最も親しかった人。想がそう確信している相手。
しかし、それは間違いだった。親しかった、ではなく。

「燈馬君」
「どう、して?」

目をぱちくりさせた想の前で、可奈はあの笑顔、
でも、ほんの少しどこか寂しい笑顔を想に見せた。

「ロジックが支配できるのは機械だけ」


300燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:39:44.35J1J7jJSn0 (2/11)

>>299

その言葉を聞き、一瞬唖然とした想はカクンと下を向き、呟いた。

「エレファント」

その言葉にも、可奈は静かで、優しい眼差しを崩さない。
可奈の側には、美里が縋り付く様に立っている。
取調室を出た草薙と内海も、異変に気付いて想の後方に立ち止まる。
水原母娘に付き添っているもう二人の事も草薙は知っていた。

まず江成姫子弁護士。
その隣にいる笹塚は元捜査一課のヴェテランであり、
今は別の所轄署の管理職だがこの狭い世界、草薙とも知らない間柄ではない。
先日も富樫慎二事件に関わる事で捜査本部を訪れていた。

「マイナスで、不格好で間が抜けていてお人好し。
見た目損得がどうあろうと本当の真実は輝きを失わない。
筋の通っている唯一の解。人間として正しい、たった一つの正解」

注目の中、想の唇が動いた。

「Q.E.D.証明終了です」

その言葉が発せられた時、彼はその言葉に全ての誠意を傾注し、
そこに認められた事実は即ち宇宙の果てで道が尽きても変わらぬ真実。
想の前に立っているそのほとんどの者は、誰よりもその事を理解していた。

「僕は、この結果は難しいと思っていた」

虚しい帰路となった廊下で大ハプニングに遭遇していた湯川が語った。

「燈馬想の計算、導き出した解には致命的な欠陥があった。
燈馬想イコールゼロ、燈馬想は最早、否、本当は最初っから、
この解の許されない存在だった、それだけの事よ」
「実に興味深い」


301燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:42:13.41J1J7jJSn0 (3/11)

>>300

 ×     ×

「逮捕された三人は、おおよその所を自白しています」

落ち葉の群れが、ベンチの横を吹き過ぎる。
帝都大学のキャンパス内、そのベンチに掛ける湯川に内海薫が報告する。

「あの後、水原可奈と水原美里は富樫慎二殺害の容疑で、
燈馬想はその凶器を処分した証拠隠滅の容疑で逮捕されました。
何れ、自供に基づき燈馬想を死体損壊遺棄の容疑でも再逮捕する方針です」

 ×     ×

「その後で、燈馬君は買い物に出て、
帰って来てからは自分が呼ぶまで美里の部屋から一歩も出ない様に、
どうしてもトイレに行きたい時だけ大きめにノックをして欲しい、って。
それで、言われた通りにずっと待ってて、燈馬君がもういいって言って、
その時には、もう死体はなくて、美里が聞こうとしたけど、私が、止めた」

取調室でそこまで言って、水原可奈は頭を抱えた。

「本当なんです、自分がやった事ならもう喋っています。
でも、本当に私は知らないし美里も知らない筈なんです。
私、本当は私、力仕事は私が、なのに私…」

一度落ちた水原可奈は実に人間らしい普通の女性だった。
掌を見て震えている目の前の女性は、間違いなく、
まず水原可奈自身からの報いを日々受け続けている。
取調に当たった刑事も、捜査一課のベテランだけにその事をよく知っている。
それは生涯の苦しみでありそして一片の救いであると。

そして、燈馬想は既にその間の事をすらすらと供述していた。
その図面を言葉で再現するが如き供述の態度は、
捜一のヴェテランをして表現し難い狂気を再認識させるものだった。


302燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:44:41.80J1J7jJSn0 (4/11)

>>301

 ×     ×

「燈馬想の自供に基づき、富樫慎二の遺体や凶器となったスノーグローブが引き揚げられました。
水原可奈の部屋を鑑識が徹底的に捜索して採取した僅かな血痕、毛髪と富樫慎二の遺体、
鑑定結果が一致しました」
「日本の科学捜査の水準であれば、
彼女の部屋に家宅捜索が入ればそういう結果が出る事は十分予測出来る」

「だからこそ、ですね。水原可奈が自ら名乗りでなければ、
水原可奈の部屋を捜索する事は至難の業でした。
仮に無理やり令状を取ったとしても、部屋で採取された微物のことごとくが
河川敷の遺体と不一致と言う事になれば、検察はむしろ手を引いてしまう。
改めて思い知りました。恐ろしい人物を相手にしていたのだと」

「実に論理的だ」

その言葉には、心なしか力がなかった。

「南空ナオミに関しても、遺体を遺棄した燈馬想の自供と捜索願に添えられた試料から
既に発見された身元不明遺体と同一人物である事を確認。水原可奈も殺害を自供しました。
富樫慎二事件の勾留期限切れを待って殺人と死体遺棄、
あるいは証拠隠滅の容疑で逮捕状を取る方針です」

「証拠隠滅は、自分の犯罪に関しては罪にならないだったか」
「はい。燈馬想も遺体と共に水原可奈が殺害に使ったナイフを持ち去った事を認めています。
隣、いいですか」
「ああ」

湯川が言い、内海が湯川の隣に腰掛ける。

「大筋において問題はないのだろうな。自分ではない二人を操縦出来ない状態である以上、
本気で科学捜査を行う警察を相手に余計な嘘をつくのは、
正に誰のためにもならない実に非論理的な自殺行為。その事を彼は熟知している筈だ」

「はい、そのままそういう状態です。燈馬想もそうですが、
水原可奈の記憶力も相当なものです。よくよく考えて調書を読み直すと、
それこそ燈馬想の頭の中に地図が入っていて
水原可奈の頭の中にはビデオカメラでも入っているのだろうかと」
「なるほど相性がいい筈だ。事によっては燈馬想を上回る天才だったのかも知れないな」
「そう思います」

内海薫が真面目に応じた。


303燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:47:03.95J1J7jJSn0 (5/11)

>>302

「量刑はどうなる?」

意外な気がした。確かに今回は少々深入りし過ぎた。
気になる友人であり天才同士である、と言う事もあったのだろう。
だが、事件の科学的解明以外興味がない、
その事を公言している湯川から出た単語は、内海の内心に僅かばかりの驚きを呼ぶのも当然だった。

「水原美里は富樫慎二の殺害を自供しています。全ては自分が最初にやった事で、
水原可奈は成り行きで自分を助けようとしただけだと。

江成弁護士の紹介で虐待絡みの少年事件に強い弁護士がついていますが、
富樫慎二による暴力の裏付けがどこまでとれるか、こちらにはこちらの立場がありますから、
殺人事件の原則として検察官送致が適用されるか
家庭裁判所の保護処分で終わるか厳しい争いになりそうです。

水原可奈もその辺りの事は同様です。富樫慎二による暴力が認定されたなら
そちらの情状はよくなりますが南空ナオミの殺害に就いては言い訳がききません。
水原可奈自身、辣腕の調査官として殺人を犯した自分の事を調べ回って
燈馬想と接触している南空ナオミの事が怖くなったと自供しています。
これでは長期の懲役刑は避けられない。

燈馬想は富樫慎二及び南空ナオミの殺害
それ自体にはタッチしていませんが死体損壊遺棄が三件、
そして何の関係も無いホームレスの殺害も自供している。
燈馬想も決して軽い、罪、ではない…」

そこまで言って、内海薫の言葉は途切れていた。

「実に、興味深い」

その呟きはしかし、木枯らしにかき消えそうなものだった。


304燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:50:32.40J1J7jJSn0 (6/11)

>>303

 ×     ×

「あの馬鹿がっ!」

MITの研究室では、ロキがかんしゃく玉を爆発させていた。

「あの、馬鹿がよぉ…もう、知らん」

その顔は決してそう言ってはいない。
取り敢えず、近くない未来にもう一度顔を合わせる事になるだろう。
その時は一発や二発の挨拶は覚悟しておいた方がいい。
その程度のコードを顔から読み取る事が出来るぐらいには、
エバは長い事ロキと付き合っている。

「それが、あいつの答えだったのかよ」

ロキが、どっかとソファーに座り込む。
デスクに掛けてパソコンに向き合っていたエバは、
ふと死角となっている机の引き出しを開けた。
変色の始まった封筒。その中身はもう、
敢えて目で追う迄もなくずっと昔にその優秀な脳に焼き付いている。

「エバ!」

はっとこちらに意識を取り戻したエバがさり気なく引き出しを閉じる。

「行くぞ!エバのあの解析結果なら首を縦に振る。
そうじゃなきゃボンクラだ、そんな会社組む価値なんかねぇよ」
「うんっ!」

立ち上がったエバは、つと、閉じられた引き出しに視線を走らせた。


305燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:53:15.72J1J7jJSn0 (7/11)

>>304

怖かった。
遠くに、果てしない霧の向こうに行ったまま、二度と戻って来ないのではないか
永遠に喪ってしまうのではないか、その事が心の底から怖かった。
だからつなぎ止めたかった。
何もかも、あの時は意思さえもねじ伏せてこちら側につなぎ止めておきたかった
何としても、どんな手を使ってでも
だから

死ぬほど後悔した。

誠意や義務感、そんなもので選んでもらうなんて真っ平
今更都合のいい格好を付けた言い分。だけど、そうじゃないと耐えられない。
だから送り出した。
負ける筈がない。何であれこの世に解けない謎なんてある筈がない。
ここに戻って来る、それが正しい答えなんだと信じて。

エバの唇が僅かに動く

「…Q.E.D.証明、終了…」
「エバ!」
「はいっ!」

燈馬「おはようございます」可奈「はい、お弁当」
-了-?
おまけあり


306燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:56:25.97J1J7jJSn0 (8/11)

>>305

 ×     ×

おまけ

それは夢かうつつか

「白井部長」
「ん」
「電飾の点灯実験実行しました」
「ん」
「仕様書のボルトにゼロが一つ多かった様で、
現在ショートした99.9%の修理中です」
「ああ、分かった」

「佐伯さんの衣装テスト終わりました」
「ナンバー6の特製スク水衣装だったな」
「接合部と原料そのもの、加えて体型変化に基づく脆弱性により、
五センチ四方以内の布片複数に分散しました」
「カメラは?」
「それに関しては完璧です。死角無し動作不良一切無しです」
「分かった」

「もう二人のヒロインとの打ち合わせ、行って来ました」
「ああ、確か涼○ハ○○の憂○のチラシ配りシーンをモチーフにした幻想的シーンだったか。
で、どうだった?」
「部長に直接重要なOHANASHIをしたいとの事で
斬馬刀と宋剣大河モデルを携えてこちらに急行しています」
「ああ、分かった」

「白井部長」
「ん?ああ、君か」
「脚本、上がりました」
「ああ、どれ…うん、分かった。
よし、瓶に紅茶を詰めろ、セット作るぞ、まずはBARカウンターからだ」

燈馬「おはようございます」可奈「はい、お弁当」
-了-


307燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 22:59:25.80J1J7jJSn0 (9/11)

>>306

口虚 予 告

「水原さん、あの服装って最近の流行ですか?」
「え?…いや、今だとちょっと寒くないかな?」

何の所にても

をしています」
「笹塚さんが?」

求めんと思う所の物に

「じゃあ水原さん、この事を聞いて来て下さい」
「オッケー」
「即決ね。理由とかは?」
「まあ、いつもの事ですから」
「今回は特に重要なんです」

天元の一を立て其とすれば

「答えならわかりますよ。他にありえない」
「いえ、それがあるんです」

則して其を得るなり

「昔、アメリカで刑事裁判に関わった事があります。
日本で言う殺人罪が幾つかに分類されています」
「だったらなぜ、この

考えないんですか?」

「その影を見ているようなもの…従来の線上に表現できないという事は立証

「…以上、証明終了です」

近日公開予定・全く無し・ごめん、それ無理、無理無理無理。以上


308燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 23:02:04.92J1J7jJSn0 (10/11)

>>307

-後書き-

はい、終わりました、ようやく終わりました。

見様によっては、メインの主役二人はおおよそ自分勝手ではた迷惑な外道揃い、
まあ、燈馬君はまんまクロスがそうとも言えますが
水原さんに至っては更に外道追加でぼちぼちロケットパンチの到達予定時刻ですはい。

原作好きの端くれとしては森羅も厳しかったです。
正直、逆アテ書きと言いますかプロットに合わせて無理してもらった部分が(汗)
メインの二人は多少は何とかなったのですが、年齢を乗せた未来森羅を描くのは…かなり無理でした。

ガリレオチームに至っては、
特に終盤ことごとく圧倒され気味、美味しい所までがっぷり持って行かれると言う噛ませっぷり。
何を愛しているのかと言うのか誰得と言うか投石はご遠慮下さいと言いますか。

思い付いたが吉日と言いますか、最初は何かの弾みでやっぱり発想がそうなるんですかね、あの犯行。
燈馬の思考回路ならやたら早く解けそうだ、ほらあの事件とあの事件と、と、思い付いたが運の尽き。
そこからあれよあれよでこんなプロットが出来上がって行ったのですが、
後はとにかく、好き放題書いてみました。

作中においても婉曲に触れられたかも知れませんが、
本作と元ネタの犯人達、ある一点においては確実に酷似していますが、
少なくとも表面的には違いが多数、はっきり言って多くの部分で相反しています。
燈馬に至っては、境遇がどうあれ社会的にも聡明過ぎてあの男ほどの絶望が思い浮かびませんし
本作中序盤では収入とかじゃなくて何このリア充だし。
それだけに、周囲の人間関係も含めてどう素材を味付けて調理していくか、楽しませてもらいました。

その中でも激しくイースト菌をぶち込んだ部分。
「Q.E.D.-証明終了-」と「容疑者Xの献身」をすんなりクロスさせていれば
物語的にもすっきり行きそうだと分かっていたのですが、実際には見ての通りのカオスに。

そのオリ部分の大半を担って散った南空ナオミはあっさり言ってしまえば狂言回しです。
こちらも散々な役回りですが。
本編の本筋に無関係って事も無いし、だからと言って安易なトラウマ論にするのもこの場合、
特に相手が燈馬想であるならば余り好きではないのですが。
結論を言ってしまえば、あの関係の話は最早書きたいから書いた後悔はしていないって言う。


309燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/17(月) 23:05:07.50J1J7jJSn0 (11/11)

>>308

「Q.E.D.-証明終了-」と「容疑者Xの献身」をクロスさせる時、
あの事件とあの事件は流せなかったと言うのも大きいです。
その場合、スレ内感想でも言われてた通り、捜査の本筋で深入りするのは無理がある。
では誰が、と言うのを色々考えて、結局中心作品の原作側からはどうしても。

当初は「相棒」とかも色々考えたのですが、「容疑者Xの献身」の方は
警察そのものが標準以上だとプロット的に成り立たないと言う要素もあったりしたり。
そんなこんなでこの人選に…ええ、それはまあ、そうでしょうね。

別作品のクロスで激しく文句が出ない程度に知名度と実力があって、
で、要は、あの出番終了でも、まあ、と言った所が人選の理由として無いかと言えば。
何よりも、「Q.E.D.-証明終了-」と「容疑者Xの献身」をクロスさせる時、
どうしてもあのシーンだけはやっときたかった、と言う理由も込みで外道一割増しな事件追加で
うん、そろそろですね。ここで文章が終わってたら見えない面で真っ二つになってると思っT

事前準備を経て夏頃から始めましたが、意外と長引きました。
こちらの不精や盛り過ぎもありますが、特に最終盤のオリジナル対決は、
ハッタリのきかないシーンだけにシーンがあって勢いで、とはいかず厳しく頭を絞る事に。

色々自虐的に後書きしましたが、ここ数ヶ月、準備も含めて
二次を嗜む者として最高の素材で力一杯楽しませていただきました。
読者さんにも楽しんでもらえたなら幸いです。

それでは今回はここまでです。
縁があったら又どこかでお会いしましょう。
勝手に使わせていただいた素晴らしい元ネタ関係者各位及び読者各位に感謝を込めて

今度こそ
-了-
ルールですので後で依頼は出しておきます。


310VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/18(火) 00:29:58.69yvRR+G1eo (1/1)

永かったけどついに終わりかおつおつ
また始めから通して読みますか


311燈可奈弁X ◆WxhrC2Qhtw2012/12/19(水) 21:31:39.42q0xv6PXE0 (1/1)

ああ、すいません、
遅くなりましたが依頼行って来ます。

「真夏の方程式」
いい映画になるといいですね。

それでは、和風スイーツ用意して
いいクリスマスを、よい年でありますように。