282 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 01:15:20.25UDKoOSSJ0 (2/15)


「あの事故が、全ての始まりだったんだ」

時折小規模な爆発音が響いてくる。
それをバックに、佐倉杏子は語っていた。
自らの過去、戦う理由。生き急ぐその訳を。

「そんなことが……あったなんて。
 じゃああんたは、その時の復讐のために戦ってるってこと?」

若干暗い声色で、さやかが問いかける。

「まあ……概ね間違っちゃいないよ。でも、あたしがバイドとやりあおうって思ったのは
 その時じゃなかった、もうちょっと先の話になるよ」

一度静かに息を吸い込んで、再び杏子は話を続けた。


283 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 01:16:07.09UDKoOSSJ0 (3/15)

佐倉杏子がジェイド・ロスの手によって救い出されてより、二月。
ほぼ全ての部位に致命的な損傷を負っていた杏子の体は、そのほとんどを生体義肢で補うことが余儀なくされた。
技術自体は確立している、間違いなく杏子の体は元の通りに治る……はずであった。

「それは一体、どういうことなんです?」

ロスは、目の前の白衣の男に問いかけた。
杏子には他に身寄りがない。病院に預けることが出来たはいいが、その後のことがどうにも気がかりで。
彼はこうして、軍務の合間を縫って面会に訪れていた。
それを見止めた医者が、彼に話しかけたのだ。

「彼女の体は、そのほとんどが生体義肢によって補われています。
 手術自体は問題なく成功しましたが、どうやら問題は彼女の精神にあるようなのです」

医者は手元の資料を見つめながら、沈痛な面持ちで言葉を続ける。

「本来生体義肢は、術式終了後すぐに神経系が再結合を始めるのです。
 そして、一ヶ月程度で元の体と同じように動かせるようになる。しかし彼女は
 もう二ヶ月が経過したというのに、いまだに神経系に不調が見られています」

話の意図がいまいち読めない。ただそれが、杏子にとってよいことではないのだろう。
それだけは、彼にも理解できた。

「体を動かすことが出来ないどころか、臓器の働きにも異常が見られている。
 我々も必死のサポートを続けていますが……このままでは」

「遠からず死に至る……と」

「ええ、原因が彼女自身にある以上、これ以上は我々にもどうにも……」

そして互いに押し黙る。
それでも、ロスは考える。何故この医者はそんなことを聞かせるのだろうか。
多少面識があるといっても、所詮自分は彼女にとって他人である。
そんな他人に、わざわざ絶望的な状況を報せる訳は。

「……それで、私は何をしたら?」

「っ?ああ……そうですね。そのお話をしようと思っていたのでした。
 彼女の問題は、彼女の精神にあります。彼女に生きる意志が見られない、生きようとしていない。
 それが、神経系の再結合に重大な障害を与える原因になっている」

「そんなことで、それだけの影響が出ていると?」

俄かには信じられないが、それでもある程度の説得力はある。

「精神医療も、ここ数十年で飛躍的な進歩を遂げました。
 単に優れた技術だけでは人は救えない。それが、我々の結論でした」

医者の男は資料から視線を外し、ロスを真っ直ぐ見据えて告げた。

「彼女は、貴方にだけは心を開いているようだ。どうか彼女を救ってくれませんか。
 彼女に生きる意志を、取り戻してあげてはもらえませんか」

「……少し、考える時間をもらっても?」

「出来ればすぐにでも。彼女の状態は、見た目以上に深刻です」


284 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 01:16:57.70UDKoOSSJ0 (4/15)

輸送艦の司令室。ジェイド・ロスは考えていた。
実際問題、杏子の下へ足繁く通うような余裕はない。
第1次バイドミッションは成功に終わったが、それでも尚バイドの脅威は健在。
やるべきことは山ほどもあった。
一人の少女のためと、全人類のため。秤にかけるまでもないことは明白。だが、しかし。

「――、艦長。艦長っ……おい、ロスっ!聞こえているのかっ!」

声に気付いてはっとする。顔を上げれば、そこには副官であり友の姿が。

「ああ、すまないアーサー。少し考え事をしていたよ」

「また考え事か。……何かと物事を考え込むのは、お前のよくない癖だ」

それは暗に、色々考え込むのは自分に任せておけばいいと言っているようで。
そんなアーサーを、ロスは頼りにしていたし信頼もしていた。
……いっそのこと、本当に任せてしまおうか。

「実はな、アーサー。ちょっと悩んでいることがあってな」

そうと決まれば後は早い。この思案の種を打ち明けた。
話が進むにつれて、アーサーの顔が苦しげに歪んでいって、終いには呆れたような顔へと変わる。

「つまり何だ、お前はあの時の女の子を助けたいと言う訳だ。
 ああわかった、よくわかったからもう一回お前の肩書きを言ってみろ」

「地球連合宇宙軍、ジェイド・ロス少佐だ」

澱みなく、迷いなくそう言ってのける。

「そう、曲がりなりにも左官だ。俺達皆を指揮、統率する必要がある。
 お前がいなけりゃこの船は動かん。……わからんわけでもないだろ」

そんな事は百も承知。どう考えたって無理なのはわかっている。
だからこそあえて打ち明けているのだ。
最早それは、開き直りとも言えるような体である。

「だが、助けたいんだ」

「無茶を言うなこのバカっ!」

すぱん、とやけにいい音がした。平手を一発頭にもらったようだ。


285 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 01:17:49.06UDKoOSSJ0 (5/15)

「……なんだってあんな子供に拘る。気持ちはわからないでもないが。
 だからって、軍人としての地位と責務を秤にかけることじゃないだろ」

「わかっているさ、そんなこと。だけど……あの子は私にとっては大事な証拠なんだよ。
 バイドが起こした大破壊。それにたった一つの命でも、私たちが抗うことが出来たという、ね」

アーサーの顔が僅かに歪む。
杏子を救いえたその時は、その場に駆けつけた誰もが祈り、喜んだ。
それは確かに、あの大破壊に対してほんの僅かでも抗いえた。その象徴とも言えた。

「それに、そこまでして助けた命だというのにだ。あの子はそれを自分で捨てようとしている。
 ……ちょっとばかり、それは許せないと思わないか?」

「あぁ、それは……」

呆れたように、諦めたように力の抜けた笑みを漏らすアーサー。
気付けばロスも、同じような表情を浮かべていて。

「「許せない、な(だろ?)」」

同時に声が重なって、それからなにやらおかしくなって。
大の男が司令室の中、声を殺して笑い転げた。

「わかったわかった、じゃあちょっと怪我でもして、軽く半月くらい入院してこい。
 船の連中は、俺の方から説明しといてやるよ」

「いつも世話をかけるな、アーサー」

「いいからさっさと支度しろ。本当に腕の一本くらい折るぞ」

どうやらこれから先の面倒を考え始めたらしい。
普段は随分理性的で落ち着いた雰囲気のアーサーも、抱え込んだ厄介事にやられているようだ。

「じゃあ、行ってくる」

そうして、歳若き司令官は己が職務をほっぽりだして
一路、杏子の下へと向かうのであった。


286 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 01:18:36.34UDKoOSSJ0 (6/15)

暗い部屋の中、モニターには赤々と光るRの文字。
その画面に向かって話している男。それはロスに杏子の状況を説明した、あの医者で。

「……はい、確かに彼は佐倉杏子の元に向かいました」

「そうかそうか、これで彼女が立ち直ってくれれば言うことはないのだがね」

モニターから返ってくるのは、しわがれた男の声。

「しかし、何故このようなことを?あんな子供一人、放っておいてもよさそうなものですが」

「君がそれを知る必要はない、が。……後輩の知的好奇心を満たしてやるのも先達の役目。
 いいとも、教えてあげよう。あの子供には素質があるのだそうだ。我々の研究に必要な
 ……なんと言ったかな。魔法少女、とか言うらしい」

いきなりかつての恩師に頼まれ、なんとしても佐倉杏子を回復させて欲しいと頼まれた。
無茶な願いだが断りきれず、ひとまずあたってみたあの男はこちらの目論見どおりに動いてくれた。
とはいえ、その結果がこれである。

(ついに耄碌したのか……この爺さんは)

この時代でも、痴呆につける薬はない。
恩の一つも売れるかと思ったが、あてが外れたな……とその男は内心で考えていた。

「まあ、どうなるかはわかりませんが。回復の兆しが見えたら連絡しますよ、先生」

投げやりにそう言って、男は通信を打ち切った。


287 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 01:22:52.48UDKoOSSJ0 (7/15)

投下量が少ないのは単純に時間がないからなのです。
決してやる気がないわけではありません。これはこれで書いてて楽しいものです。

>>280
そして今度はロス提督がちょっとコミカルになってしまいました。
TAC見てる分だと、あんまり人柄が透けてこないのが悩みの種で。
結局自分の好きな艦長キャラが色々混ざってしまっています。

ではふぉーす入り水饅頭あいれ夢とか、絶体絶命カレー鍋とかにしましょうか。
それならまだ救いは……救いはあるんですよねー、やったー!


288VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/18(金) 01:58:44.69W451NYJDO (1/1)

押ッス!お疲れ様です!
ロス提督は人情派な人なんだな~とは思ったけど、個人的にはそんなにコミカルには思わなかったかな。

しかしそんなヤバイ食べ物シリーズで喜べるなんて、>>1さん流石っすww


289 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:39:58.31UDKoOSSJ0 (8/15)

正直この辺りは、書いてて誰得なんだろうと思いました。
提得なので別に問題はありませんでした。

では今日も投下です。


290 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:41:13.65UDKoOSSJ0 (9/15)

殺風景な部屋、たった一人の病室の中で、呆然と真っ白な壁を見つめる少女。
腕には何本も点滴が繋がれ、それでもなお顔色は悪い。
まるで魂がどこかに抜けていってしまったかのように、虚ろに佇んでいる。
彼女――佐倉杏子は、あの痛ましい事故から二ヶ月が過ぎた今でも
一歩として、ベッドの外へ出ることはなかった。

(どうして、あたしは生きているんだろう)

眠れない夜はいつも思う。誰も何も教えてくれない。
気を遣っているのはわかっていた。聞けばきっとショックを受ける、と。
……それが逆に辛い。わかっているのだ。何かとても大変なことが起きた。
きっとそれに巻き込まれて、大切な家族も、それまでの生活もすべてが消え去ったのだと。

(なのにどうして、あたしだけが生き残ってしまったんだろう)

生き残ってしまったからには、生きようとしなくてはならない。
わかっているのに体は動かない。動いてくれない。……動きたくない。
回りの優しい勘違いを訂正する気にもなれずに、ただ毎日を無為に過ごしていた。

(そろそろ、いつもの看護師が来る時間だ)

誰もが優しい言葉を、気遣いを見せてくれる。
けれど、本当のことは何も教えてくれない。待っているのだろうか。
時間が自分の傷を癒して、真実に耐えうるようになる日を。
……だとしたら、それはひどく残酷なことだ。

扉が開く音、陰鬱な気分でそちらに振り向くと、そこにいたのは。
いつもの看護師の姿――ではなく、頭に包帯を巻きつけた男の姿だった。


291 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:41:58.03UDKoOSSJ0 (10/15)

「やあ、お邪魔するよ」

それは、杏子が消え行く意識の中で見たもの。
死と瓦礫に塗れていた自分を、掬い上げた男の姿だった。

「………ぐんじん、さん」

声を出そうとして、喉がかすれて出なくって。
やっとのことで話した声は、か細く弱々しいものだった。


(まさか、ここまで衰えているとは……)

ロスは絶句していた。だがそれを決して表情に出さない程度の理性はあった。
驚いたような顔は真っ白にやつれて、血の気が一切感じられない。
何度か失敗してからようやく出たその声は、あまりにも弱々しくて。

(やはり、ここに来てよかった。……これは、あまりにもひどい)

「けが……したの?」

「っ……ああ、ちょっとお仕事で失敗してね。検査とかいろいろで、二週間くらいはこっちにいることになると思う」

短い時間だ。彼女を救うのに、こんな短い時間で足りるのだろうか。

「だい、じょうぶ……っぐ、けほ、けふ…っ」

苦しげに言葉をかけていた杏子が、突然苦しんで噎せはじめた。

「無理して話そうとするからだ。言わんこっちゃない。
 水くらいは飲めるかい?」

苦しげなまま、それでもかすかに頷いた。
極力深刻そうな顔は見せずに、ロスは水差しを手に取った。



292 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:42:51.07UDKoOSSJ0 (11/15)

「少しは、落ち着いたかな?」

「……うん」

相変わらず力のない声。けれども幾分か掠れた調子は収まった。

「体の調子は、まだあまりよくないようだね」

「しゅじゅつ、は、うまくいったって」

それでもまだ、どうにも声は覚束ない。口が上手く動いていないのだろう。
まあ、話を聞く分にはこれでも構わないだろう。

「なら、きっとよくなるだろうと思うよ。むしろ私の方が危ないかもね。
 何せやられたのが頭だ、しっかり検査してもらってくるとするよ」

「……ぐんじんさんも、しぬの?」

感情が何も見えない、凍りついたような表情で杏子は問いかける。

「死ぬかも知れないし、そうでないかもしれない。誰だって、死ぬときは死んでしまうものさ。
 こういう仕事をしていると、それを嫌というほど思い知らされるよ」

あの事故が巻き散らかした死は、目に見えない形で杏子に纏わりついている。
果たしてどう払ったらいいものか。皆目検討もつかない。

「それとね、私はロスだ。ジェイド・ロス。少し長い付き合いになるかも知れない。
 まずは、自己紹介をしておこうと思ってね」

「ろす」

小さく、口の中でその言葉を転がすように杏子は呟いた。

「ああ、ロスだ。よろしく頼むよ、佐倉くん」

杏子は小さく頷くだけで。
その後は取りとめもないような話……もろくに出来ずに
ようやくやってきた看護師に追い出されてしまったロスであった。


293 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:43:25.82UDKoOSSJ0 (12/15)

「なかなか強敵だ、参った」

健康な体で病院なんてところにいるのである。
とかく退屈でたまらない。一通り事情は説明されているらしく
表向きは患者、という扱いがされているようだが。
とにかく考える時間だけは山ほどもある、ロスはこれからのことを考える。

「考えていても仕方がない。とりあえず、色々話を聞かせてもらうことにしよう」

思考は回れど答えは出ない。こういう時は、別のことをしてみるのもいい。
なかなか大変な仕事になりそうだが、ここまで来たからにはやるしかないのだ。


聞き込み、というか世間話というか、そういった類の話を一通り終えて。
再び、ロスは考える。彼ら、彼女らの話から透けてきたもの。
佐倉杏子を、どう扱っているかということ。

「本当にかわいそうな子よね、あんな小さいのに」

「事故のことを聞いたら、きっとショックを受けるでしょうね」

「一体あの子、これからどうなるんだろうね」

……等々と、色んな話を聞いてきた。
お陰で、どうやら少しだけ見えてきたものもあるようだ。
準備はできた。

「さあ、行こうか」


294 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:44:22.50UDKoOSSJ0 (13/15)

体はほとんど動かない。
そのままずっと寝ていては、体がおかしくなってしまう。
だから、いつも誰かが定期的に体の向きを変えに来る。
慣れはした、けれどそんなことすら誰かに頼らなければならない自分が情けなくて。
そのたびに、杏子の気分は沈んでいった。

(あの人は、あたしを助けてくれた人だ。覚えてる)

ロスのことを思い出す。頭の怪我だと言っていた。心配だった。

(死んじゃうのかな……あの人も。嫌だな、そんなの)

断片的に蘇る、死のイメージ。
崩れて降りかかる重たい衝撃、体が押しつぶされる痛み。視界を赤く染めるナニカ……。

(あたしが、代わりに死ねたらいいのに。こんなになって、生きてたってしょうがないよ)


杏子が暗い思考に沈みかけていたその時に、再びロスが部屋を訪れた。

「やあ、お邪魔だったかな?」

「……ろす」

相変わらず、声は上手く出なかった。


295 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:45:34.82UDKoOSSJ0 (14/15)

「今度は君に話があってきた。とはいえ、聞くかどうかは君に任せる」

声の調子が変わった。それは子供に言って聞かすような口ぶりではなく。
どちらかと言えば、同じ部隊の人間と話すような声色で。

「君の身に起こったこと。何故、君の家族が、君がこんなことになってしまったのか。
 ……誰も、君をそれを話そうとはしなかっただろう?」

驚愕する。
その言葉に弾かれたように、目を見開いて杏子は顔を上げる。
誰もが自分を子ども扱いする。誰もが自分を腫れ物の用に扱う。
可哀想だと言う、何も教えてはくれない。……そう、それは確かに不満だったのだ。

「ほんとう、に。おしえてくれる……の?」

「君が望むのならね。あらかじめ言っておくが、気分のいい話じゃない。聞けば後悔するかもしれない。
 選ぶのは、君だ。佐倉杏子」

真っ直ぐに、真摯に。ただ答えを待つ。
佐倉杏子はまだ幼い子供だ。そんな子供が受け止めるには、これは重すぎる事実だ。
だが、しかし、それでも。それを笠に着て、意志を示す機会さえ奪っている。
いつか話しもするのだろう。だが、自分が関わる事ができるのは今しかないのだ。

残酷な選択を強いる。心は痛む。ひょっとするとこれは、部下に危険な任務を命ずる時の
その心境にも似ているのではないかと、若き司令官は思った。

「……きかせて。ろす。あたし、しりたい。だれも、おしえて……くれない。
 だから、おねがい。ろす」

その視線を受け止めて、杏子も真っ直ぐロスを見据える。
その瞳にはもう空虚はない。どんなもの、と判別のつくようなものではないが
確かにその瞳には、意志と呼べるものが宿っていた。


296 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/18(金) 20:49:40.22UDKoOSSJ0 (15/15)

ひとまずここまで、また手が動けば深夜辺りに。
9速眼球アクティヴスリープが面白いです。漫画もいいなぁ。

>>288
まだ歳若い司令官ですから、何かと未熟で人間的なところがあるようです。
そういう言い方をすると熟練の司令官はまるでニンゲンじゃアないヨウな感ジですガ
そんナこトは決シテありまセん。タブン。

絶体絶命カレーは普通のカレーだったらしいですけどね。
後食べ物ネタといえば、あいれむ動物園の食堂も大概だった記憶が。
……あのエイプリルフールのネタ、ギャラリーから見れなくなっちゃったんですよね、もう。


297VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/19(土) 01:40:15.36AwYNpU9DO (1/2)

続き乙!
杏子の心が戻りかけてきた…何とか絆を紡いでくれ!

ところで、他にレスしてくれてた人達はどこに行ってしまったんだ?


298VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都)2011/11/19(土) 01:46:25.52DhhjWcp7o (1/1)

読んでるよ
でもレスしないと読んでるって伝わらないよね、ごめんね

過去話だからあんこちゃん助かるはずって思ってても
不安になるのはキボウが満ちすぎてるせいだ


299VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(滋賀県)2011/11/19(土) 02:11:35.10xTLxtVHPo (1/1)

しかしマミさんが不憫だな
あそこで死んでなかったらこのSSならどんな形であれもう少し活躍出来ただろうに


300 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:29:55.40kwVJvJi90 (1/11)

ちまちまと書いていたらみんなのレスが力をくれました。

久々の深夜投下、行きます。


301sage2011/11/19(土) 03:30:57.21bVEXn1h80 (1/1)

寝る前に発見して一気読みしたら寝付けなくなった、あたしってほんとバカ……
このQBさんは人道的だなぁ


302 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:32:16.68kwVJvJi90 (2/11)

ロスの口から語られる、バイドという敵の存在。
それが引き起こした大破壊、エバーグリーンの墜落。
それでも尚続く戦い。一気に話し過ぎたようで、杏子はかなり疲れた様子だった。

「……随分とざっくりだが、これが今の人類を取り巻く現状だよ」

理解が追いついていないのだろうか、杏子はどこか呆然とした顔をしていたが。
それでも一つずつ、投げかけられた言葉を飲み込んで。

「どうして、どうして……そんなことをするの、ばいどは」

「それがわかれば、こんな苦労はしてのだろうけどね。……あいつらはただ、全てを攻撃している。
 そのために進化し、増殖している。それだけの存在だ」

だからこそ、ありとあらゆる手を尽くして抗わなければならない。
でなければその先にあるのは、飲み込まれて果てる未来だけなのだから。

「どうして、それをおしえてくれたの?」

杏子の声には、いつしか力が篭り始めて。

「敵を知っておくことは、戦う上でも生きる上でも重要なことだからね。
 それに君のこれからの人生は、辛いものになるかもしれない。
 その時に誰かを恨むくらいなら、バイド連中を山ほど恨ませてやろう、ってね」

最後のところは冗談っぽく、笑みを混ぜて話していた。
生きるための力というのは、必ずしも前向きなものばかりではない。
何かを恨む、憎む。そういうものも人を突き動かす力になる。
出来ればこんな子供には、そんなものは背負って欲しくはないのだが……と、内心の考えはおくびにも出さずに。

「たたかっているんだよね、ろすは。ばいどと」

「………まあ、ね」

実際のところ彼の部隊はただの輸送部隊。
今のところほぼ実戦経験はない。というのはここだけの秘密。
とはいえ、今後も戦況が激化の一途を辿ればそうも言ってはいられないだろう。

「あたしも、たたかえないかな」

固くこわばった手を、無理やりぎゅっと握り締めて。
引き攣れるような痛みに顔を顰めながら、搾り出すように呟いた。
その言葉は、確かにロスにも届いている。
子供の言う事ではある、現実を知れば、恐らくそんな意識は吹き飛んでしまうだろう。
だがそれでも、ロスは今、一人の人間として杏子と向き合っている。

「人に、特に子供になんてお勧めできる生き方じゃない。
 でもそれだけだ。その意志が本物で、どこまでも貫き通せるなら。不可能ではない」

ロスの言葉に杏子は押し黙る。
何を考えているのか、その表情からは推し量れない。
それほどに、多くの複雑な感情が渦巻いていたから。

「ろす、またきて。もっと、おはなしして。あたしは、しりたいんだ。
 あたしの、あたしたちの、てきのこと」

杏子の心には、確かに火がついたようだ。
この日初めて、ロスはバイドという厄介者の存在に感謝した。
絶対的な敵。その存在が、どうやら杏子を立ち直らせたようだから。


303 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:33:02.49kwVJvJi90 (3/11)

それから二週間、ロスは杏子と多くの時間を過ごした。
バイドへの敵愾心が、死に掛けた杏子の心に再び火をつけたようで
杏子は劇的な回復を遂げていった。もともと肉体的にはほとんど健常者だったのだから
それはある意味当然、とも言えるのだが。

「しかし、たった二週間だ。びっくりするくらい元気になったものだね、キョーコ」

「そりゃー当然だろ、あんな話聞かされ続けてたら、いつまでも寝てなんかいられるかっての」

ベッドに腰掛け、楽しそうに話す二人である。
杏子なんかは随分キャラも変わった。というか、恐らくロスの影響だ。
幾分か……というか随分と、彼はフランク過ぎた。
結果として、杏子はロスと対等に話し続けたばかりか、回りの大人にまでこの調子で接しているのである。
あんまりにもあんまりな急変に、周囲の人間は皆戸惑っていたのだとか。

「しっかし、ロスも明日で退院かー。つまんなくなるよなー」

「もともとはただの検査だからね、どうやらたいしたこともなかったようだし」

「あたしもさ、体はもう大分よくなってきたし、もうそろそろ退院ってのが見えてきそうなんだ」

「それは本当に何よりだ、私も色々話を聞かせた甲斐があったよ」

ここに来た目的は達成できた。十分満足できる成果だ。
これなら、帰った後しこたま聞かされるであろうアーサーの愚痴にも耐えられる。

「なあ、ロス。……あたしも、一緒に行っちゃだめかな?
 そりゃ今はこんなナリだけど、体は鍛える、勉強だってする。どんな事だってするからさ
 ……一緒に、ついて行っちゃだめかな?」

それでもまだ、杏子は時折歳相応の子供のような顔を見せることがある。
どうやら杏子は、ロスに依存している部分も大きいようだ。
そこがまだ少しだけ不安ではある、ただもうこれ以上時間は割けない。

「無理だ。第一私には、部隊の戦力増強に関する裁量権は持ち合わせていない。
 つまり、勝手に人を増やせないということだ」

杏子の自尊心のことも考えて、あえて杏子が子供であるという理由は使わない。
勿論今言ったことは事実。今後の状況を鑑みると、ある程度の戦力増強は急務なのだが
それをするための権限がないというのが、目下一つの悩み事ではあった。


304 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:33:52.61kwVJvJi90 (4/11)

「そっか……残念だなー。ロスとだったら一緒にバイドと戦えたかもしれないのにさ」

「なら、ちゃんと体を鍛えて勉強することだ。一見遠回りだが、それが一番の近道だ」

「面倒なこと言ってくれるよね。一体何年かかると思ってんのさ」

「早くて10年、といったところかな」

「10年だろ?そんなに過ぎたら、ロスなんかもうおじさんじゃないかよ。
 ……でも、本当に10年頑張ったら、ロスに追いつけるんだね?」

「私の地位まで上ってくるなら、そこから更に10年だな」

「そういうことじゃないっ!……一緒に、戦えるんだよな?」

「……その頃まで、戦うような相手が残っていればね」

バイドとの戦いが後10年続くだろうか、と考える。
人類は、未だかつてないほどの総力戦を強いられている。そうでもしなければ、バイドに抗い得ないのだから。
バイドを根絶しない限り、そんな戦いを10年以上にわたって続けられるかといえば、厳しい。
だからこそバイド中枢の破壊を持ってバイドの根絶を為す、対バイドミッションが行われているのだ。

恐らく杏子がまっとうな手段で戦場に出るような時には
人類は既に潰えているか、もしくはバイドが潰えていることだろう。そんな考えは思考の端にあったのは事実。

「わかった。なら、絶対に追いかけてやる。どんだけつらくたってきつくたって、あたしは絶対諦めないからね」

「まったく、二週間前のしおらしさが噓みたいだ。だが、頼もしいね。
 そろそろ行くよ。キョーコが退院する時には、また顔を出すとするさ」

「約束、だかんな」

言葉と心を交わした短い時間。それでもそれは、杏子に新たな人生を与えることになった。
そしてロスは再び、軍人の名前をその身に纏って艦へと戻る。


305 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:34:33.79kwVJvJi90 (5/11)

「その顔を見るに、どうやらうまくやったらしいな、ロス」

「そんなに顔に出てたかな、アーサー?」

「長い付き合いだからな、それくらいはわかるさ。……さて、俺からお前に渡しておくものがある」

ぱさり、と机の上に投げ出されたのは数枚の記憶ディスク。

「代理じゃ話にならん、っていう案件がいくつかあってな。どうにもならんから俺の手元で留めておいた。
 さっさと処理しといてくれよ、艦長」

「んなっ……こ、これは」

ざっと見る限り、一日二日でどうにかなる量ではない。
まあ、人一人助けた対価としては安いか、とロスも気合を入れなおす。

「片付けておくよ。本当に助かったよ、アーサー」

「こういうのは、もうこれっきりにしてくれ。色々と心臓に悪い」

今回のことで、やはりもつべきものは友だと実感したロスなのであった。
……多分、同じこともう一回やったらただじゃ済まないだろうけど。


306 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:35:05.33kwVJvJi90 (6/11)

そして、年が変わって2164年。
第1次バイドミッションの英雄、その帰還に端を発した事件。
後にサタニック・ラプソディ、デモンシード・クライシスとも呼ばれる事件が起きたのは、その年の初頭のことである。
その被害の規模自体は先のエバーグリーンと比して小さく、比較的早期に事件は鎮圧された。
しかしそれは、地球圏へのバイドが侵攻したという事例であり。それを重く見た軍は
ついに、各部隊の隊長に戦力増強の裁量権を与えることを決意したのである。

そしてそれは、ロスの部隊においても例外ではなく。
ロスは中空に浮かび上がったその書類を見ながら、ぼんやりと部隊の編成のことなどを考えていた。
今この部隊にあるのは、三機の戦闘機に早期警戒機と補給機が一機ずつ。
戦力としては心もとない。工作機の一機は欲しいし、もう少し射程のある機体も欲しいところである。
とはいえ、戦力増強は全て自分の部隊の裁量で行わなければならない。
それはつまり、機体の調達からパイロットの徴用まで、全て自分で行わなければならないということで。
まだ年若く、コネやツテの少ないロスには、非常に頭痛の種だった。

「同期はあらかた当たって見たが全滅だ。それはそうだろうな。
 あの号令が出てからどこの部隊も戦力増強に躍起になっている、他所に回す分などありはしないか」

「またその話題か。ロス。別にそこまで急いで戦力を増強する必要もないんじゃないのか?
 今のところ、うちの部隊はこの人数で回せてる。無理に増やすといってもなぁ」

「わかってはいるのだがね、この命令はかなり歪だ。裁量権だけ与えられてもね、それで部隊が強くなるわけじゃない。
 本来だったら待っていれば上から設備や人員は降りてくる。だが今後はそれも望み薄だ」

「つまり、篩ってことか?」

「可能性としてはある、ってところかな。この命令を機に部隊戦力を伸ばすことができれば
 それはつまり、その部隊が少なくとも使える部隊であることの証明にはなる。
 優秀な戦力が欲しいのはどこも同じだろうからな」

「って言ってもなぁ。質を無視して数だけ増してもしかたないと思うんだが」

「それは私も思う。……これが篩なのだとしたら、多分それはもう一段くらいあるのだと思うよ」

「数の次は質を問う、ってことか……上は何を考えているんだかな」

「流石に、そこまでは私もわからないよ。とにかく今は、少しでも戦力増強に努めることだ」

一通り話題も煮詰まった。少し気分転換でもしようかと思っていたところに。

「ああそうだ、お前宛に手紙が届いてたぞ。もしかしたらどこかからのいい返事かも知れんな」

手渡されたのは手紙。この時代にしては、手書きというのも珍しい。
宛名を見ると……どうやら、杏子の入院している病院のようだ。
何かあったのかと、早速封を切ってみた。

それは杏子からの手紙だった。
どうやら近々退院するとのこと、その後の行き先もどうやら決まりそうなのだという。
その字面や、貼り付けられた写真からはとても嬉しそうな杏子の様子が伝わってくる。
そういえば、見送りに行く約束もしていたことを思い出す。

「アーサー、私は有給を取る」

「は?」


307 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:35:46.78kwVJvJi90 (7/11)

「ここ数日というか丸一週間、あちこち駆けずり回って頭と体を酷使しすぎた。
 この辺りで一日くらい休暇を入れないとそろそろ仕事に支障を来たす。だから休む」

「……で、その手紙の中身は何だ」

アーサーはあくまで冷たく言い放つ。
自分でなくともそうするだろう。腐れ縁の仲なら尚更遠慮はいらなくなって。

「いや、あの子が近々退院するらしくてね。見送りに行こうと思って」

「んなこったろうと思ったよ。……まあいい、ここ数日、お前の焦燥ぶりは見てるこっちが不安になる。
 陸に下りて、向こうの空気でも吸ってこい」

甘いとは思いつつも、この部隊が最大効率を発揮するためには
結局、ロスの存在は欠かせない。そのロスがここまで参っているのだから
多少の融通くらいは利かせてもいいか、なんて本人の前では絶対にいえないことを考えて。

「三日くらいで済ませる。ついでに母校の教官殿にあての一つもないかどうかを聞いてくるさ」

「そういうとこだけそつがないのな、お前」

かくしてロスは再び地球へ。まずは一路病院へ。


308 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:36:19.29kwVJvJi90 (8/11)

「本当に、本当にあんたと一緒に行けば、あたしは戦えるんだな?」

すっかり退院の支度を整えた杏子は、やや興奮気味に詰め寄った。

「ええ、そうですとも。我々の研究が形になれば、戦う意志と資質のある者は
 歳など関係なく、戦うことができるようになるのです」

その声に応えたのは、柔和な顔立ちをした初老の男性。
後にKと呼ばれ、狂気の科学者集団の長となる男、その微妙に若かりし日の姿である。

「そのけんきゅー、ってのにあたしが協力すればいいんだろ?そうすりゃあたしは戦えるようになる」
(そうすれば、ロスと一緒にだって戦える)

「ええ、そうですとも。その戦おうとする強い意志、そしてあなたには資質もある。
 まさに我々の研究にとって、最高の協力者となってくれることでしょうとも」

Kもまた、感極まったような声で答えた。



「ちょっと待ったぁっ!!」



ドアを蹴破るような勢いで押し開けて、ロスがその場に現れたのだった。

「おや、君はどなたですか?」

「ロスっ!なんでここに!?」

同時に驚いたような声を上げる二人。

「いえ、何。ちょっと聞き捨てならない話を聞いたもので。ちょっと乱暴ですがお邪魔させてもらいましたよ」

乱れた服を軽く整え、ついでに息も整えながら。
ロスは杏子とKを交互に見据えて。

「彼女の身柄は、私が引き受けることになっているんですよ。
 勝手に連れて行かれては、困りますよ」

あえて軽妙な調子をつけて言う。Kは不思議そうに首をかしげ
杏子は驚き眼を見開いた。

「それはおかしいじゃないですか。私は彼女にちゃんとお願いして、納得もしてもらっているんですよ。
 彼女の意志も固いのですから、それを無理やり曲げるのは感心できません」

Kの声はあくまでも穏やかで。

「そもそも、そのような話は何も届いてませんよ?
 一体どのような権限で、彼女の身柄を引き受けようというのですか」

杏子は不安げに、二人を交互に見つめるだけで。


309 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:36:58.77kwVJvJi90 (9/11)

「これですよ、部隊裁量権の譲渡。私はゲルトルート特別連隊隊長、ジェイド・ロス中佐です。
 私の権限で、佐倉杏子を私の部隊に配属させてもらいます」

言葉と同時に突き出された電子書類。どうやら地味に出世していたらしい。
流石のKも、それを見ては表情を変える。

「どうして、彼女にそこまで肩入れするのです。あなたは。……まあ、いいでしょう。しかたありません」

小さく肩を落として溜息をつくK、そのまま部屋を出て行こうとするが。

「ああ、ですか杏子さん。あなたがもし我々に協力する気になってくれるのでしたら
 いつでも連絡してください、私にはあなたの力が必要なのですから」

そんな言葉を残して、Kは去っていった。

「ロス、今の……あ?」

杏子はまたしても驚愕した。
恐る恐る覗き込んだロスの表情は、ものすごく苦悶に歪んでいたからだ。

(やってしまったー……つい勢いで言ってしまった。まずい、まずいったらまずいぞ)

普段は優秀なはずのロスの頭脳も、ことこの場においては何の意味もなさない。
とにかくロスの頭の中には、やっちまったーという言葉が散乱していた。




「あのまま連れ去られていたら、恐らく実験動物扱いされていたと思うよ。
 あれはTEAM R-TYPE。最強最悪の科学者集団だ」

ようやく衝撃から立ち直ったロスが、酷く疲れた顔で杏子に事情を説明した。

「……じゃあ、あたしはどうなるのさ」

「どうするかなー、あいつらの手の届かないところに逃げてもらうのが一番なんだが。
 流石にそんなあてはないしなぁ……」

「じゃあ本当に一緒につれてってくれればいいじゃん。それなら問題ないんでしょ」

「……子供の遊びじゃないんだ。いくらなんでも、そんなことさせられるわけがないだろう、キョーコ」

言ってしまってから、しまった、と気づく。
杏子にとって、いつか一緒に戦えるということが希望だったのだ。
それを自ら踏みにじるような言ってしまった。明らかな失敗だ。


310 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:37:56.35kwVJvJi90 (10/11)

「それでも、あたし……戦いたいんだ!お願いだよ、戦わせてよっ!ロスっ!」
 
それでも、杏子は訴えた。その瞳に涙を浮かべて。

「何でそんなに……普通に生きる道を選ぶことだってできるんだぞ。
 わざわざ苦しい生き方をする必要なんて……」



「あんたと一緒に居たいんだよ!あたしにはもう、あんたしかいないんだ!
 ……だから、お願いだよ。一人に……しないでよ、ロス」



声を顕わに叫んで、必死に縋って、泣きじゃくって。
そこには、いつも見せていた気丈な表情はなく。
初めてであったときの、消え去りそうな空虚さもない。
本当の佐倉杏子の姿が、その想いがあるだけだった。




「とても、つらいことばかりだ」

「それでも、あんたがいれば、我慢できる」

「死ぬかもしれない」

「怖いよ、でも、もう会えないほうがもっと怖い」

「……人を、殺すかもしれない」

「あたしは……それでも、ロスと一緒にいたい」




「私の負けだ。本当に……とんでもないものを拾ってしまったよ、私は」

苦悶の顔が、諦めと呆れの混じった顔へと変わった。

「こうなったら仕方ない。一緒に行こう。キョーコ」

「……うん、ロスっ!」

涙を拭って、飛び切りの笑顔で杏子は応えたのだった。


311 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/19(土) 03:45:19.43kwVJvJi90 (11/11)

なんだかここまで一気に書き上げてしまいました。
思いの外あんこちゃんのお話が長引いております。
というか提督と副官を書くのがどうも面白くて困りますね。


>>297
なんとか絆は繋がりました。
微妙に危ない匂いのするものではありますが。

>>298
ありがとうございます。その言葉が私にとってのバイドルゲンになりマス。

まあ、なんとかあんこちゃんは助かりましたが
まだまだお話は続くわけであります。

>>299
マミさんにはホットコンダクターあたりにのっけてあげたかったですね。
間違ってもマミー・ヘッドとかいう特注機に載せたりなんかはしないはずです。

>>301
ちゃんと寝てください。睡眠は大事です。
ですがそこまで読んでくれるのは嬉しいです、とても。

QBさん以上に容赦のない外道集団がおりますので
比較してQBさんが人道的になっているのかもしれません。
まあ、QBさんにもQBさんなりの事情がおありなようです。


312VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/19(土) 08:09:44.33AwYNpU9DO (2/2)

深夜の投下、ありがとうございます!でも>>1さんの睡眠量が心配です。

感情を読み取れる様にしっかり読むから、涙が溢れちゃいました。


313VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/19(土) 16:06:59.71DoLb6Cu4o (1/1)

>>297
パソコンがご機嫌斜めで修理出そうと思って試行錯誤。朝やっと動かせるようになったんだ・・・。

史実道理ならどこでジェイド・ロスと別れるのか・・・。


314 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 00:59:15.43DucUb8EQ0 (1/8)

ようやく過去話も終わりが見えてきそう……なのではないかと。
30分ほど後に投下します。


315 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 01:21:51.19DucUb8EQ0 (2/8)

「大変だったんだね、あんたも」

エバーグリーン、その名前は誰もが知っている。
それが引き起こした事件が、恐ろしいものであることもまたそうだ。
ただ、さやかには実感が湧かなかったのだ。
自分の知らないどこかで、何か恐ろしいことが起こっている。
そのくらいにしか思っていなかった。

それが今では、バイドという敵の仕業であることを知った。
その傷痕を身に刻んで生きている、杏子のことを知った。
同情もある。それ以上にさやかは考える。
それが、杏子の戦う理由なのだろうか、と。

「まあ、この体は半分以上がもう作り物だからね。
 それでも何の問題もなく動ける、生きてる。最近の医療技術ってーのは恐ろしいよ。
 それこそ、魔法みたいだ」

(作り物の、体……アイツも、これくらい大変だったのかな)

そんな杏子の言葉に、さやかの脳裏に思いがよぎる。
幼馴染だった少年のこと。かつて不幸な事故があった、その少年のことを。
けれども、すぐにまた杏子が話を続けたので、ひとまずそれは打ち切ることにして。

「ま、そーゆーわけであたしは軍に入った。って言ってもまだガキでさ。
 出来ることなんて、それこそ雑用みたいなもんだったけどさ」


316 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 01:22:46.36DucUb8EQ0 (3/8)

「まあ、何というか。諸君らにとっては非常に理解しがたいことだと思うのだが」

輸送艦の中の格納庫、クルーが一同集まるその前で。
杏子とロスが並び立ち、少し離れてアーサーが非常に渋い顔をして声を放った。
こんな態度を取っていては、周りに示しがつかなくなるとも思いはするが、この状況ではどうにもならない。

「本日より、この部隊に新たな人員が配属されることとなった。
 なんとも驚くべきことに、かつてエバーグリーンが堕ちたときに、我々が救った少女が帰ってきた。
 ……佐倉杏子二等兵だ」

クルー達は言葉もなく、押し黙ってその様子を見つめている。
正直に言って、信じられないといった風だ。
そんな視線の真っ只中において、杏子は少し緊張した面持ちで立っている。

ロスは何も言わない。杏子の意志が本物であることはわかっていた。
ならば、納得のいくまでぶつからせてみよう。きっとどこかで挫折もするだろう。
そこで終わるようならそれでいい、今度こそ、平穏な日常へ戻してあげよう。
もしも戦い続けることが出来たというのなら、その時は……。

「何か、言うことはあるかね?佐倉二等兵」

アーサーは、さっさとこんなことは切り上げたいと内心考えながら
それでも一応通例どおりに杏子に尋ねた。
その言葉に、杏子は頷き前に出る。そして、大きく息を吸い込んで。


「あたしは、ここにいる皆に命を救われた」

子供そのものの、まだ少し高い声で話し始めた。


317 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 01:23:55.69DucUb8EQ0 (4/8)

「最初は、どうして自分だけが助かったんだなんて思った。でもロス艦長は教えてくれた。
 あたしが巻き込まれた事故のこと、皆が戦っている敵のこと」

それを聞くクルー達の間に、静かなどよめきが起こり始める。
普段ならそれをとどめる立場のアーサーは、黙って耳を傾けている。

「だからあたしは、皆から助けてもらった命を皆のために使いたい。
 もっと、多くの人を助けるために使いたいんだ!」

軍人とは、必要があれば命を奪うことも辞さない職業だ。
それが多くの命を守るためとは言え、命を守ったのだということを直接実感する機会など、そうはない。
けれど今、彼らが救った命が目の前にある。彼らと同じ志を持って。

「あたしは子供で、すぐに大人になんかなれないけど。それでも出来ることはなんだってする。
 だから、皆と一緒に……一緒に、戦わせてください。お願いしますっ!!」

声を張り上げ、深く頭を下げる。
子供がするには、それはあまりにも壮絶な覚悟だろうと思う。
いつしか、どよめきは納まっていて。

ぱちぱち、と。乾いた音が一つ。
それに続いてもう一つ、また一つ。
それは誰かが手を打つ音で、次々に広がっていく。


「俺達が救った命だ、俺達がちゃーんと面倒見てやりますよ」

拍手をしながら、列に並んだ男が言う。
その言葉に顔を上げ、きっとその男を睨んで杏子は。

「あたしは面倒を見てもらいに来たんじゃない、皆と一緒に戦うために来たんだっ!」

と、やや興奮気味に食って掛かった。
その剣幕が、大人たちには微笑ましい。

「はっはっは、こりゃ頼りになりそうだ」

「期待してるぞー、二等兵殿ー」

「気の強さだけは一人前じゃない?」

なんて、随分と賑やかになってきた。
ぱん、と一つ手を打つ音。見れば少し怖い顔をしたアーサーが。

「静粛にしろ、お前達。それと佐倉二等兵。お前ももう軍と組織の一員だ。
 言動には気をつけるように。……では解散だ、各自持ち場に戻れ」

「じゃあ、最後に一つ」

そんな様子を黙って見つめていたロスが、静かに声を上げて。

「佐倉二等兵、どんな事情があったにせよ君はもうこの艦の一員だ。この艦は私たちにとって家であり
 私たちは皆家族とも言える。だから今日からここが君の家だ、そして我々が、君の家族だ」

それが、杏子の新たな人生の始まりだった。


318 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 01:24:32.92DucUb8EQ0 (5/8)

結論から言ってしまえば、軍隊なんていう組織は子供のいられる場所ではない。
ロスも極力、彼女を特別扱いはしないようにしてはいた。
ただ、問題はその他のクルー達だった。自分たちが救った命ということで、気にかけることも多かった。
そしてそれは幼い少女で、まるで自分や親戚の子供のようにも見えた。
おまけに杏子は、非常に努力家だったのである。周囲が驚くほどに。

その結果どうなったかといえば、所謂一種の偶像、アイドル的なものとして杏子は受け入れられていた。
勿論そんな扱いは大いに不服、と杏子は対抗心を顕わにし、更に職務に励む。
そんな姿を見て、周りの大人たちも触発されて頑張り始めた。
なんだかどうも、当初の予想とは違った具合になってきて。これにはロスも困惑するのであった。
それでもこの時期のゲルトルート特別連隊は、かつてないほどの士気の高さであったのは事実である。

もう一つ周りの誰もが驚いたのは、杏子がR戦闘機乗りとなることを望んだことである。
事実として、R戦闘機のパイロットは小柄であることが望ましいとされる。
急激な機動によるGに耐えるためにも、コクピットブロックの容量を圧迫するためにも、である。
そのため、パイロットの四肢の切断やパッケージ化、幼体固定といった黒い噂も絶えない。
それをどこから聞きつけたのか、ともかく杏子はそれを望んだ。

最早この時期になると、杏子の無茶を止めることのできる人間はロスかアーサーくらいのもので。
挙句、止めるつもりもなかったようで。結局杏子はR戦闘機乗りとしての訓練も受けることとなる。
そこまでで、二年である。

バイドとの戦闘は熾烈を極め、第2次バイドミッションが発令された。
ただの輸送部隊であったはずのロス率いるゲルトルート特別連隊もそして杏子もまた、その中で戦っていくこととなる。

死と隣合わせの戦いが続く日々。杏子自身も死に掛けたことは何度もあった。
それでも、幸せだったのだ。皆と助け合って、戦い抜いていける。
ロスと一緒にいられる。これからもずっと。……ただそれだけが、純粋に幸せだったのだ


319 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 01:25:35.67DucUb8EQ0 (6/8)

「篩、ってのはこういうことか、艦長?」

「だろうね、地球圏の全部隊による合同演習、それも実戦にかなり近い模擬戦形式と来た。
 ……果たして、お偉いさんはそうまでして何をしたいんだろうか」

ロスとアーサーの二人が眺めるモニターの中で、閃光をばら撒きながら交錯する二機のR戦闘機。
方や、杏子が駆る赤いカラーリングのアロー・ヘッド。
対峙するのは、模擬戦の相手となる部隊のエース、ピンクのキャノピーやハートのマークが目に残る。
そんなエースが駆る機体、レディ・ラヴ。
機体性能でも、パイロットとしての技量でも追いつけない。それでも必死に杏子は敵機に喰らいつく。

そうすれば、必ずロスがどうにかしてくれる。そう信じていたから。


「しかし本当に、杏子も成長したもんだな。背も随分伸びた」

「まさか彼女に、パイロットとしての適性があるなんて思わなかったよ。
 ……ひどい話だとは思うが、彼女ももう立派な戦力だ」

艦を進ませながら、杏子の成長振りを改めて噛み締める。
最早ロスも新米の肩書きは取れている。いっぱしの指揮官として艦の指揮を執る。


320 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 01:27:19.87DucUb8EQ0 (7/8)

「艦長。敵艦との距離、8000まで近づきました」

オペレーターからの声が届く。

「よし、いい距離だ。ここまで邪魔されずに来られるとはね。
 パイロット達も皆、いい仕事をしてくれたようだ」

その言葉に、満足そうにロスはほくそ笑み。

「では船速そのまま!シューティング・スターを発進させろ!」

R戦闘機同士の戦闘で敵の目を惹き、その間に敵旗艦に接近。
超射程の波動砲をもつ狙撃機、シューティング・スターの突撃で一気に敵艦を沈める。
たとえ護衛の機体がいたとしても、それが駆けつける前にシューティングスターの波動砲は敵へと届く。

敵と比べて戦力に劣るロスの部隊が、勝利の為に考えた作戦だった。
そしてそれは間違いなく成功し、敵艦は行動不能と判定、模擬戦はロスの勝利に終わった。

「やったぜ!ロスが勝った!……でも、パイロットとしちゃああたしの負けだ。
 もっと、強くならなくちゃね」

杏子もまた、その模擬戦の結果に満足すると同時に、超えるべき壁に対して意欲を燃やした。
こんな模擬戦が何度も繰り返され、驚くべきことに。
ロスの部隊は、寡兵ながら兵員の質と見事な戦略によって次々に勝利を収めていく。

恐らく、それが当初からの軍の目的だったのだろう。
そうして勝利を収め続けたロスの元に、新たな命令が下された。
木星軌道上にある軍事施設――ミーミル。
バイドに占拠されたその施設を奪還する。それがロスに課せられた任務であった。


321 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/20(日) 01:32:53.71DucUb8EQ0 (8/8)

本日はここまでです。
こう、毎日毎日ちまちま投下するのと、ある程度の区切りをつけてどかん、と投下するのと。
果たしてどっちがいいのでしょうね。私は書けたら投下したくなっちゃう派ですが。

>>312
寝るときは寝ているので大丈夫です。多分。

そこまでしっかり読み込んでいただけると本当に嬉しいです。
しっかり読み込まなくても自然に登場人物の心情がしみこんでくるような
そんな作品に出来たらもっと素晴らしいのだろうな、と描写不足とか色んなものも実感しちゃいます。

>>313
無事復帰できたようでなによりです。

ロス提督は今は星の海の彼方ですから、きっとどこかで分かれてしまうのでしょう。
そして多分、いつかどこかでまためぐり合うこともあるのでしょう。


322VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/20(日) 01:37:48.82IDqymLSBo (1/1)


ちまちまとでいいんじゃないかな?
少しずつでも毎日更新あれば毎日の楽しみになるし。

さりげなくへきる専用機が登場してらww


323VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/20(日) 02:45:27.73Gbz0gF7V0 (1/1)

やはり沈む夕日をバックに再会するんですか……

杏子はロス提督に気づくだろうか?

そもそもバイドが元人間ということは知っているんでしょうか?
ほむらも知らないみたいでたが……


324VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/20(日) 05:42:02.56Qpl4vacDO (1/1)

投下お疲れ様です。
杏子ちゃん…随分無茶な努力をしてきたんだな。

>>1さんの文力は低くなんかありませんよ。


325 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:41:28.32Dra8keHS0 (1/28)

そしてまた投下です。


326 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:43:01.42Dra8keHS0 (2/28)

「じゃあ、あんたは木星までいって戦ってたんだ」

もう随分長いこと話を聞いていた。
外から流れる戦闘の音は未だ止まない。九条からの通信もない。
内心の焦りは抱えつつ、さやかは杏子に尋ねた。

「途中であちこち寄りはしたけど、あたしの知る限り、一番規模のでかい戦いだったと思うよ」

「それで……まさか、みんなやられちゃって、一人だけ生き残った……とか、そういう話?」

恐る恐る、といった感じでさやかが尋ねる。

「ははっ、んなわけねーだろっ。ロスがバイドなんかに負けるもんかよ。
 っつーか、あんたも軍にいるなら知ってるんじゃないのかよ、ロスのこと」

「いや……あたしは軍人……なのかなこれって。全然実感湧かないってゆーか。
 そもそもバイドと戦ってるだけで、軍人っぽいことなんて何も知らないしさ」

がん、とまた杏子が何かをぶつけるような音。
苛立ちを紛らわすように、機体の外壁を蹴飛ばしていた。

「ンだよ、それ。ますますもっておかしいじゃんかよ。あんたみたいな子供がさ
 何も知らされずに戦わされてるってのかよ……機体から降りられないような体にされてさ」

「まあ、おかしいのはわかってるよ。でもさ、あたしはあんたみたいにずっと戦ってきたわけじゃない。
 そんなあたしが戦うためには、そうなる必要があった。そういうことなんだよ」

杏子の人生を聞けばそれだけ、今の自分が恵まれていることがわかる。
どれほどの努力と苦労を重ねて、今の戦う術を得たのだろう。
それとほとんど同じような力を、こんな僅かな時間で得てしまっている。
それがなんだか、さやかには恥ずべきことのような気もしていた。

「案外割り切ってんのな。あんたの話も、もうちょっといろいろ聞いてみたい気がするよ」

「じゃあ、杏子の話が終わったら、ね」

「……わーったよ。続きだ。……命令を受けて、そりゃあ戸惑いもしたし驚きもした。
 それでもあたしらはミーミルに向かったよ。途中で戦力も補充しながらね」

そして、杏子は再び語りだす。
彼女の最大の戦いの記憶。そして、ロスとの最後の戦いの記憶を。

「――本当に、地獄みたいなとこだったよ」


327 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:43:49.14Dra8keHS0 (3/28)

「周囲のバイド体の殲滅を確認、この調子ならこのまま奥へ向かえそうだな」

ミーミルの内部は、まだ比較的施設としての機能を残していた。
中でもまだ使えそうなドッグを急遽改修して、前線基地として仕立て上げ
ミーミル攻略戦は、比較的順調に進んでいるようだった。

「とはいえ油断は禁物だ、アーサー。最奥にある巨大なバイド反応。あれはまだ不気味に沈黙を保っている。
 奇襲でも仕掛けられたら大変だ。早く偵察機からの報告が欲しいところだね」

ロスの声にも緊張の色が混じる。
指揮官となってより初めてのバイドとの大規模戦闘である。
今のところは上手く行っているが、この先どうなるか。

「っ!通信です。先行したミッドナイト・アイからですっ!」

オペレーターの声も、緊張と興奮で震えている。

「すぐモニターへ。さあ本番だぞ。皆、気を引き締めろ!」

映し出されたモニター。カメラ・ビットからの映像が映し出されて、そこに映っていたものは。

「提督っ!とんでもないのが潜んでいやがった!ドプケラドプスですっ!
 くそっ、撃ってきやがった……これ以上は近づけない、このまま後退しますっ」

バイドの象徴たるその異形。四肢をもがれた異星人のようなその姿。
そして胸部から突き出た、もう一つのバイド体。ドプケラドプスはまたしても
人類の前に立ちはだかるのであった。


328 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:44:39.70Dra8keHS0 (4/28)

「ドプケラ……ドプス」

その名を聞いて、さやかの声が一気に曇る。
思い出すのは、マミの最後。あんなに綺麗で強かったマミを、いともあっけなく喰らって。
目にした時間は僅かでも、その異形はあまりにも強くさやかの脳裏に焼き付けられていた。

「ああ、ドプケラドプスさ。ミーミルの奥にはとんでもないのが巣食ってやがった。
 あの時初めて実感した。バイドってのがどういうものか。初めて怖いと思った」

「でも……倒したんだ。あのドプケラドプスを。すごいな、杏子は」

「あたしだけの力じゃない。っていうか、あたしの力なんて全然役に立たなかったさ」



329 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:45:21.12Dra8keHS0 (5/28)

「さて、状況を整理しようか」

絶望的な状況下、それでも勤めて落ち着いた声を出してロスが言う。
クルー達の表情にも絶望の色が見て取れる。けれども彼らはまだ諦めていない。
それが、ロスの落ち着いた様子と、ロスが今まで見せてきた実力によるものである、と
ロスは知っている。だから誰よりも自分がまず絶望してはならないことも、知っていた。

「ミーミル最奥に潜むドプケラドプス。一応ここは射程外だが、これ以上近づけば
 容赦なく攻撃が仕掛けられるだろう。まともにもらえばR戦闘機では耐えられない」

考えれば考えるだけ、状況は絶望的だ。

「この艦なら何発かは耐えられるだろう。艦を囮にR戦闘機を突入させて
 敵胸部に潜むコアを破壊できれば私たちの勝利。しかしそうやすやすとも行かせてはくれない」

奥に潜むはドプケラドプス。そしてそれを守るゲインズにタブロック。
今までの交戦で相当数は減らしたが、まだ特に厄介な敵が残っている。

「この艦も、ドプケラドプスに加えてゲインズとタブロックを同時に相手にすれば流石に持たない。
 つまり、何とか先にこいつらを始末する必要がある。……参ったね、どうも」

距離を置いての撃ち合いでは、どうしても敵に分がある。
こちらにも射程の長い機体はいたのだ、だが。

「シューティング・スターが落とされたのは痛かったね。このままだと撃ち合いにすらならない」

そう、こちらの長距離射程をもつ機体はすでに、最初の交戦において落とされていた。
パイロットのことを悼む気持ちはあるが、今はそれに足を取られている暇はない。
皆それがわかっているからこそ、動きを止めるつもりはない。

「……よし、となればこれしかないな。総員、再突入に備えろっ!」


330 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:46:34.29Dra8keHS0 (6/28)

バイドに汚染され、澱む空間の中を艦が往く。それを盾にするかのように、後ろに続くR戦闘機。
すぐに敵は接近を察知し、バイドが攻撃を開始する。ドプケラドプスより吐き出された体液が。
ゲインズの凝縮波動砲が、タブロックのミサイルが艦を直撃する。
それでも艦の足は止まらず、ぼろぼろになりながらも敵へと接近していく。

「今だ!各機散開っ!!」

合図と同時にR戦闘機たちが各方向に散開していく。その直後。

「デコイ爆破っ!」

デコイ。一部の機体や補給機に搭載されている機能である。
それは波動エネルギーを特殊な力場に納め、自機と同じ形の物体を生成する。
文字通りの囮である。ただしそれは波動エネルギーの塊である。
力場を開放すれば、それこそ波動砲と同等のエネルギーを発生させることとなるのである。
そしてその機能は、この輸送艦にも搭載されていた。

激しい爆発、それにゲインズやタブロック、ドプケラドプスでさえも巻き込まれていく。
だがその閃光の中から現れた敵は、どれもまだ健在。
そこに、爆発の範囲から逃れていたR戦闘機たちが飛来する。

「タブロック撃破だっ!道は開けたよっ」

杏子のアロー・ヘッドが波動砲を放ち、タブロックを撃破する。
さらに続いて波動砲が斉射され、ほかのゲインズたちも次々に撃ち落されていく。
だが、それでも尚ドプケラドプスは健在。デコイの爆発も有効打とは言いがたい。

「道が開いたっ!ならこれで……っ」

そこへ飛び込む機体がもう一つ。本来は航行距離を重視した機体であるが
そのペイロードの多さから、爆撃機として改修されることとなった機体。――ストライダー。
それにたった一発だけ搭載された、波動砲にも匹敵する威力を持つ、切り札。
バルムンクと呼ばれる大型ミサイルが、ドプケラドプスの胸部を直撃した。

艦の司令室に歓声で沸き立った。……しかし。

「バイド反応……健在っ!ドプケラドプスはまだ生きていますっ!!」


331 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:47:38.41Dra8keHS0 (7/28)

爆炎の中で吼えるドプケラドプス。ミサイルの直撃を受けて尚。その凶暴性は失われていなかった。
ぶん、と力任せに振られた尾がストライダーを直撃、粉々に打ち砕く。

「そんな……ばかなっ、うわぁぁぁっ!」

放射された体液がデルタの機体を溶かし、墜落させる。

「くっ……機体のコントロールが効かない……不時着するっ」

まさに墜落といった感じで、それでもどうにか外壁に下りたデルタ。
気がつけば、その場で戦闘を続けられるのは杏子だけになっていた。

「な……み、皆が、こんな一瞬でっ!?」

改めてバイドの脅威、その異貌に立ち向かう。
一人で戦わなければならない。そう考えると恐ろしくて、操縦桿を握る手が震えていた。

「キョーコっ!今すぐ撤退しろ!それ以上は持たない、撤退するんだっ!!」

ロスが叫ぶ。仕留め切れなかった。バイドの生命力を侮っていた。
そのミスが仲間の命を奪い、今まさに杏子の命までも奪おうとしている。
声を限りに通信を伝える。届いているはずなのに。

「ぁ……あぁっ。ぅぁぁ………」
(死ぬ……あたし、死…こんな、噓……っ)

眼前に迫る、まさしく死を体言するかのような異形。
それを前に、その恐怖を前に。杏子は動くことができなかった。
逃げることも、立ち向かうことも叶わずに。最早ただ死を待つだけだった。

「ごめん、ロス。あたし、もう……」

最後まで言葉を告げる、その前に。
ドプケラドプスの凶悪なる尾が、杏子の機体に迫っていた。


332 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 02:55:31.97Dra8keHS0 (8/28)

こうして書き連ねていくと、やっぱり某ゆっくりな人とか
某やる夫な人の影響を多大に受けている気がします。先達に感謝。

>>322
できる限りはこのまま毎日書き続けて行きたいものです。
継続は力になってくれるでしょうか?

まだ初期の機体で何か面白そうなのは、と考えていたらこの子が出てきました。
あんなおかしなカラーリングにペイントです、きっとエースが乗っているのでしょう。

>>323
そも、バイドが人間だという確証はないのですよね。
夏の夕暮れを見たりする人はいるようですが。それはあくまで取り込まれちゃっただけで。
バイドのルーツ自体は今でも謎のままです。
グランド(ティロ)・フィナーレさんの仕業説とかもあるようですが。

提督はきっと今も元気に宇宙の海を泳いでいることでしょう。
行きか帰りかはわかりかねますが。ええ。

>>324
それでも皆と一緒にいられるだけで、あんこちゃんはどこまでも頑張れる子だったようです。
今のところパイロットとしての腕は

ほむら>>自機の壁>>織莉子>キリカ>能力の壁>さやか=杏子>訓練の壁>マミ

てな具合になっている気がします。マミさんェ……。


333VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/21(月) 07:03:06.45tha2L5lDO (1/2)

続き乙です!杏子ちゃん撃墜のピンチ!どうなっちゃうの!?

マミさんはクローン体が戻ってからが勝負だろうね。まぁ帰ってすぐはほむらちゃんと少しの間ギクシャクするだろうけど。


334 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:08:07.84Dra8keHS0 (9/28)

まさかの歴代最長です、過去話が長い長い。
そしてやはり提得。でも私得でもありますからきっと大丈夫、多分。

では第6話、いよいよ終了です。


335 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:09:17.13Dra8keHS0 (10/28)

「じゃあ、あんたは木星までいって戦ってたんだ」

もう随分長いこと話を聞いていた。
外から流れる戦闘の音は未だ止まない。九条からの通信もない。
内心の焦りは抱えつつ、さやかは杏子に尋ねた。

「途中であちこち寄りはしたけど、あたしの知る限り、一番規模のでかい戦いだったと思うよ」

「それで……まさか、みんなやられちゃって、一人だけ生き残った……とか、そういう話?」

恐る恐る、といった感じでさやかが尋ねる。

「ははっ、んなわけねーだろっ。ロスがバイドなんかに負けるもんかよ。
 っつーか、あんたも軍にいるなら知ってるんじゃないのかよ、ロスのこと」

「いや……あたしは軍人……なのかなこれって。全然実感湧かないってゆーか。
 そもそもバイドと戦ってるだけで、軍人っぽいことなんて何も知らないしさ」

がん、とまた杏子が何かをぶつけるような音。
苛立ちを紛らわすように、機体の外壁を蹴飛ばしていた。

「ンだよ、それ。ますますもっておかしいじゃんかよ。あんたみたいな子供がさ
 何も知らされずに戦わされてるってのかよ……機体から降りられないような体にされてさ」

「まあ、おかしいのはわかってるよ。でもさ、あたしはあんたみたいにずっと戦ってきたわけじゃない。
 そんなあたしが戦うためには、そうなる必要があった。そういうことなんだよ」

杏子の人生を聞けばそれだけ、今の自分が恵まれていることがわかる。
どれほどの努力と苦労を重ねて、今の戦う術を得たのだろう。
それとほとんど同じような力を、こんな僅かな時間で得てしまっている。
それがなんだか、さやかには恥ずべきことのような気もしていた。

「案外割り切ってんのな。あんたの話も、もうちょっといろいろ聞いてみたい気がするよ」

「じゃあ、杏子の話が終わったら、ね」

「……わーったよ。続きだ。……命令を受けて、そりゃあ戸惑いもしたし驚きもした。
 それでもあたしらはミーミルに向かったよ。途中で戦力も補充しながらね」

そして、杏子は再び語りだす。
彼女の最大の戦いの記憶。そして、ロスとの最後の戦いの記憶を。

「――本当に、地獄みたいなとこだったよ」


336 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:10:18.69Dra8keHS0 (11/28)

「周囲のバイド体の殲滅を確認、この調子ならこのまま奥へ向かえそうだな」

ミーミルの内部は、まだ比較的施設としての機能を残していた。
中でもまだ使えそうなドッグを急遽改修して、前線基地として仕立て上げ
ミーミル攻略戦は、比較的順調に進んでいるようだった。

「とはいえ油断は禁物だ、アーサー。最奥にある巨大なバイド反応。あれはまだ不気味に沈黙を保っている。
 奇襲でも仕掛けられたら大変だ。早く偵察機からの報告が欲しいところだね」

ロスの声にも緊張の色が混じる。
指揮官となってより初めての、バイドとの大規模戦闘である。
今のところは上手く行っているが、この先どうなるか。

「っ!通信です。先行したミッドナイト・アイからですっ!」

オペレーターの声も、緊張と興奮で震えている。

「すぐモニターへ。さあ本番だぞ。皆、気を引き締めろ!」

映し出されたモニター。カメラ・ビットからの映像が映し出されて、そこに映っていたものは。

「提督っ!とんでもないのが潜んでいやがった!ドプケラドプスですっ!
 くそっ、撃ってきやがった……これ以上は近づけない、このまま後退しますっ」

バイドの象徴たるその異形。四肢をもがれた異星人のようなその姿。
そして胸部から突き出た、もう一つのバイド体。ドプケラドプスはまたしても
人類の前に立ちはだかるのであった。


337 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:10:59.64Dra8keHS0 (12/28)

「ドプケラ……ドプス」

その名を聞いて、さやかの声が一気に曇る。
思い出すのは、マミの最後。あんなに綺麗で強かったマミを、いともあっけなく喰らって。
目にした時間は僅かでも、その異形はあまりにも強くさやかの脳裏に焼き付けられていた。

「ああ、ドプケラドプスさ。ミーミルの奥にはとんでもないのが巣食ってやがった。
 あの時初めて実感した。バイドってのがどういうものか。初めて怖いと思った」

「でも……倒したんだ。あのドプケラドプスを。すごいな、杏子は」

「あたしだけの力じゃない。っていうか、あたしの力なんて全然役に立たなかったさ」





「さて、状況を整理しようか」

絶望的な状況下、それでも勤めて落ち着いた声を出してロスが言う。
クルー達の表情にも絶望の色が見て取れる。けれども彼らはまだ諦めていない。
それが、ロスの落ち着いた様子と、ロスが今まで見せてきた実力によるものである、と
ロスは知っている。だから誰よりも自分がまず絶望してはならないことも、知っていた。

「ミーミル最奥に潜むドプケラドプス。一応ここは射程外だが、これ以上近づけば
 容赦なく攻撃が仕掛けられるだろう。まともにもらえばR戦闘機では耐えられない」

考えれば考えるだけ、状況は絶望的だ。

「この艦なら何発かは耐えられるだろう。艦を囮にR戦闘機を突入させて
 敵胸部に潜むコアを破壊できれば私たちの勝利。しかしそうやすやすとも行かせてはくれない」

奥に潜むはドプケラドプス。そしてそれを守るゲインズにタブロック。
今までの交戦で相当数は減らしたが、まだ特に厄介な敵が残っている。

「この艦も、ドプケラドプスに加えてゲインズとタブロックを同時に相手にすれば流石に持たない。
 つまり、何とか先にこいつらを始末する必要がある。……参ったね、どうも」

距離を置いての撃ち合いでは、どうしても敵に分がある。
こちらにも射程の長い機体はいたのだ、だが。

「シューティング・スターが落とされたのは痛かったね。このままだと撃ち合いにすらならない」

そう、こちらの長距離射程をもつ機体はすでに、最初の交戦において落とされていた。
パイロットのことを悼む気持ちはあるが、今はそれに足を取られている暇はない。
皆それがわかっているからこそ、動きを止めるつもりはない。

「……よし、となればこれしかないな。総員、再突入に備えろっ!」


338 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:12:05.24Dra8keHS0 (13/28)

とと、投下するとこミスってました。やりなおしデス。


339 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:13:08.70Dra8keHS0 (14/28)

「ヒーローは……遅れてやってくるってなぁっ!!」

閃光が、一閃。
それは違うことなくドプケラドプスのコアを撃ち抜き、更に照射を続ける。
撃ち抜き、そして焼き払い。ドプケラドプスの動きを停止させる。

「今の攻撃は?」

「後方……距離4000!波動砲ですっ!」

その閃光に僅かに目を見開いて、続くオペレーターの言葉に小さく笑みを浮かべると。

「……間に合ったか、アーサー」

安堵の表情を浮かべて、呟いた。



それは淡いアイスグリーンのカラーリングを纏った機体。
その機体の上部には、巨大な砲身を掲げている。
その名はR-9DH―グレース・ノート―
シューティングスターの派生機であり、ほぼ同程度の長射程を持ち、長時間の照射を可能とする。
そして、その射手は。

「よう、キョーコ。危ないところだったな」

「アーサー……副長。どうしてっ?」

「こいつがドックに打ち捨てられてたんでな。まだ動かせるから借りてきた。ほかにパイロットもいなかったからな」

そう、この機体は彼らが前線基地としたドックに存在していた。
恐らくは、戦闘に備えて整備をしていたのだろう。だが、結局乗り手はいずことも知れず果てたのか。
まるで乗り手を待ち続けるかのように、整備された状態でドックの奥に佇んでいたのだ。



「副長……パイロットもできたんですね」

オペレーターが驚いたような声を上げる。無理もない。
この艦におけるアーサーの立ち位置は、艦長以上に怖い人。まさしく艦のまとめ役だった。
そこにパイロットとしての姿を重ねることはどうにも出来ずに。

「彼はもともとパイロット上がりだからね。向こうでは随分名を馳せていたらしいよ」

事も無げにそう言うと、ようやく少し表情を和らげた。

(いや、なんでそんな人を副官にしてるんですか、貴方は……)

なんていうオペレーターの疑問ももっともである。
だが、それを語る余裕も紙面も今はない。ここは戦場である。


340 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:13:41.60Dra8keHS0 (15/28)

「……ま、無事でなによりだ。アイツもこれでぶっ潰れた」

バイド反応は消失しつつある。最早この場に脅威はない。
犠牲は大きいが、それでも勝利は勝利である。

「勝った……のか、あたしたち」

「ああ、そうだよ。……家に帰るぞ、キョーコ」

アーサーの落ち着いた声が、杏子の胸に染み入ってくる。
こわばった手で握り締めていた操縦桿から、するりと力が抜けていく。
勝ったんだ。この地獄みたいな戦場から、生きて帰ることが出来るんだ。
杏子の心が安堵で満ちていく。自然に笑みが零れて、それでも涙は零さないようにして。

「……ああっ!」



機首を翻して去っていく二機に、ソレは恨みがましい視線を向けていた。
程なく自分は尽きる。消える。それがよくわかる。それゆえに憎い。
どこまでも果てしなく沸きあがる憎悪と攻撃本能に、最後の命の全てを乗せて。
ドプケラドプスは最後の一撃を放った。自らを葬った、あの忌まわしき砲身へと。

「バイド反応……後ろから、っ!?」

「心配すんな。……“見えんだよ”バイド」

その放たれた体液を、どこから飛んでくるのかも確認すらせずに。まるで後ろに目があるかのように
グレース・ノートは機体を大きく円を描いてスライドさせる。更にその空中で機体の向きを変える。
機体性能に頼った機動ではなく、単純に卓越した技量によって為されたそれは
自然と、その砲身を敵の方へと向かせていた。

「デッドエンド……シュート!」

そして再び放たれる閃光。
それは違わず今度こそ、ドプケラドプスのコアを打ち抜きその存在を消滅させた。

「今度こそ……今度こそ、バイド反応消失。我々の勝利ですっ!!」

今度こそ、という言葉に気合を込めてオペレーターが叫ぶ。
その声に続いて、艦内に歓声が轟いた。


341 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:14:13.27Dra8keHS0 (16/28)

「さっきのアレ、なんだったんだ。アーサー」

「アレ?デッドエンドシュートか?」

今度こそ、並び立って帰路を辿る二機。

「いや、それも気にはなるけどさ。……さっきの動き。まるで敵が見えてるみたいだった」

「ああ、そっちか。……まあ、見えてるって言えば見えてるのかもな。
 何となくだがわかるんだ、どっから敵が、攻撃が来るかってのがな。後はその方向に機体を向けて、撃つ」

信じられないような才能である。それこそ、こんな小さな部隊の副長に納まっているのがおかしい程に。

「なんだよそれ、わけわかんねぇ」

「だろうな。お前にゃ無理だ。誰にも出来ない。これは俺だけの必殺技って奴だ」

誇るような声を聞きながら、杏子はそれを羨んだ。
自分にもそんな力が、才能があれば。もっとみんなの役に立てるだろうに。

「……あたしも、そんくらい戦えるようになりたいよ。どうやったら、そんな風になれるのさ、アーサー」

その言葉に、少しだけ困ったようにアーサーは口を噤み。

「精神論ってのは好かないんだけどな。とにかく自分を、それから敵をそのまま感じてみな。
 ……あー、やっぱり自分で言ってても胡散臭ぇや」

「なんだよ、それ」

こんな説明でわかるはずがない、と杏子が食って掛かるも
アーサーはそれ以上は誤魔化してはぐらかすだけだった。


かくして、ロスは英雄となった。
寡兵ながらミーミルを奪還。ドプケラドプスの撃破を成し遂げた。
それだけの成果を上げた人間など、軍の中にもほとんどいない。
白羽の矢が立つのは、必然といえた。

―――曰く。

貴官および貴官の部隊は、帰投せずにバイド討伐艦隊を編成し
速やかにバイド中枢を討て。
健闘を祈る。
                               統合作戦本部

と―――。


342 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:15:43.70Dra8keHS0 (17/28)

「――思い、出した」

愕然とした声で、さやかは声を上げる。
バイドとの戦いの歴史。R戦闘機の歴史を習ったときにその名前を聞いていた。
ジェイド・ロス。それは太陽系内のバイドを駆逐し、バイド討伐艦隊を率いて
外宇宙へと旅立っていった、若き英雄の名であった。

「そうだよ、ジェイド・ロス。二年だかそこら前に、バイドをやっつけたって言う英雄!
 ……そっか、杏子はそのジェイド・ロスと一緒に戦ってたんだ。あ、でもバイド討伐艦隊は今外宇宙にいるんだよね。
 杏子は……一緒に、行かなかったの?」

がご、とまた一つ大きな音。
外壁がへこむのではないかというほどの勢いで、杏子の足が外壁を蹴りつけていた。

「行けなかったのさ、あたしは。……置いていかれたんだっ!」

苛立ちも顕わに、杏子が叫ぶ。そしてまた語りだす。
最後の、別離の物語を。


343 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:16:44.10Dra8keHS0 (18/28)

「それじゃあ、これからはパイロットでやって行くのかい?」

バイド討伐艦隊の編成が始まった。
ロスは大佐へと昇進し、更に討伐艦隊の完成をもって少将に任じられるらしい。
この輸送艦で指揮を執るのも、恐らく今日が最後だろう。
名残惜しい気持ちも抱えつつ、ロスとアーサーが司令室で話していた。

「ここから先はきつい戦いも多いだろうからな。優秀なパイロットは多いほうがいい。
 ……まあ、仕官の真似事も楽しかったけどな」

「真似事だなんて、君は優秀な副官だったよ、アーサー」

理由はそれだけではない。ここから先、艦隊は大規模なものとなるだろう。
ともなれば、今までのように一つの家族として艦を捉えることはできなくなる。
事務的に、冷徹に任務を遂行していく必要がある。それをするには、自分はロスに近すぎる。
それが理由だった。

「そりゃどうも。今後はパイロットとしてお前を支えてやるよ、ロス」

「頼むよ、アーサー。……それと、もう一つ話があるんだったね」

「ああ、こっちもまた重要な話だぞ」

一呼吸おいて、ロスのほうから切り出した。

「キョーコのこと、だね」

相変わらずの察しの早さだ、と僅かに目を細めて。
すぐにアーサーは言葉を続けた。

「ああそうだ。俺はアイツを連れて行くのは反対だ。他の隊との折り合いもある。
 ……そしてなにより、帰り道のない旅に付き合わせるには……アイツはガキ過ぎる」

「……実はね。他のクルーからも同じ意見が出てる。ほとんど全員だ」

その言葉に、アーサーも流石に驚いたようで。
目を見開いて、改めてロスを見る。

「大体理由は君と同じ。キョーコを戦わせたくない。死なせたくないってね。
 どうやら私たちは、思った以上に彼女に思い入れがあったようだね」

困ったように、呆れたようにロスが苦笑する。
それに応えるように、アーサーも同じ笑みを浮かべて。

「違いない。あんな可愛げのないガキだってのにな」

くく、と低くくぐもったような声で笑いあい。
それもいつしか堪えきれずに、弾けるような大きな笑い声に代わって。


344 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:18:16.63Dra8keHS0 (19/28)

「で、どうするんだ?俺個人としちゃあ連れて行きたくないが、キョーコはもう、十分戦力になってると思うぜ」

ひとしきり笑って、やがてゆっくりと顔を上げてアーサーが問う。
ロスもまた、笑い疲れて顔を手で多い。そんな手でゆっくりと、髪をくしゃ、とかき上げて。

「置いていくさ。あの子を任せられる所ももう見つけてある」

その声を聞いて、部屋の外で何かが動く音が響いて。
咄嗟に二人は部屋の外へと飛び出した。見れば暗い廊下の奥へ、走って消える赤い髪が見えて。

「聞かれたな。……聞かせてたのか?」

「まさか、流石に予想外だ。……ちゃんと話をしてくるよ。これも大人の責任って奴だ」

「一緒に行こうか?」

「いいや、私がちゃんと話しておくよ」

そして、ロスも部屋を飛び出した。


345 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:19:11.54Dra8keHS0 (20/28)

「キョーコ!待ちなさいっての、キョーコっ!」

廊下の奥で、所在無さげに佇んでいた杏子に声をかけた。
すると杏子はすぐさま走って逃げ出した。ここは止まって話を聞いてくれるところだろうに。
慌てて走って追いかける。しかし杏子の足は随分速い。
司令室や艦橋で座っていることが多く、体が鈍ってしまったのだろうか。少し鍛えた方がよさそうだ。
と、ロスは苦笑しながら杏子を追いかける。追いつけない。呼びかけても返事はない。

「ぜ……は、はぁ。いや……うん、手強い。ほんっとーに、手強いっ!」

走りつかれて、おまけにどうも脇腹の辺りが痛い。
溜まらず壁にもたれかかって、荒い息を整えようとしていたところに。



「そんなザマで、バイドに勝てんのかよ。……あたし抜きで、勝てると思ってんのかよ」

もう随分と見慣れた赤い髪を揺らして、杏子が歩み寄ってきた。

「っ、はぁ。なんとかなるし、なんとかする。それが私の仕事だよ」

隣にどさりと腰を下ろして、そっぽを向いて杏子は答える。

「それでも……あんただけは、ロスだけはわかってくれるって思ってたのに!
 ロスだけは、それでも一緒に戦おうって……言ってくれるって思ってたのに!!」

声には涙が混ざる。杏子はただ信じていたのだ。
彼女を置いていこうとする声も聞こえていた。それでもただ、信じていた。
ロスだけは、ロスだけは自分を受け入れてくれると、一緒に戦わせてくれる、と。

「それについてはすまない。だがこれはもう結論だ。キョーコ、君を連れてはいけない。
 たとえクルー達がなんと言おうと、私は君をこれ以上連れて行くつもりはない」

ようやく呼吸を整えて、一息にロスは杏子に言い放つ。
その事実は、酷く杏子を打ち据えた。


346 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:19:52.56Dra8keHS0 (21/28)

「……嫌だ。嫌だよ、ロス。お願いだよ、あたしを連れて行って」

ぎゅっとロスの腕に縋って、泣き顔は見せないようにその顔を埋めてしまって。
杏子は必死に訴える。

「あたしには、ここしかないんだよ。他に何もないんだ。
 ここにいられなくなったら、あたしはどうやって生きていけばいいのさっ!」

「……君を預けられる場所は用意してある。信頼できる人物だ。退役して、学校にも通えるように手配してもらった。
 蓄えだってある、君は元の日常に戻れるんだ」

諭すように話しかける。それでもロスは、杏子に一人の人間として向かい合うことを忘れない。
こんなときだからこそ、一人の人間として納得して欲しい。その上で、道を選んで欲しいと思うから。

「そんなのいらないっ!あたしは、あたしはロスと一緒にいられればいいんだ!
 仲間だって家族だってどうでもいい、遠い星の彼方に行ったって構わない。
 あんたと、ロスと一緒にいられれば、あたしはそれだけでいいんだ。……だから、お願いだよ、ロス」

軍服に濡れた感触が広がる。泣いているのだろうか。
その時の杏子の声は、その雰囲気は。あの時杏子を軍に招き入れてしまったときのそれと、同じだった。

「正直に言うよ。私は今でも、あの時君を軍に入れたことを後悔している。
 たとえあの研究者達の手から救うためとはいえ、私は君の未来を奪ってしまった。
 普通の子供のように、毎日笑って、友達と一緒に遊ぶような、そんな未来を」

「いらない、いらないっ!そんな未来、考えたこともないっ!!」

「それは、君が何も知らないからだ。平和に生きる日常の価値も、その意味も。
 私たちは君に何も教えることが出来ないままに、君を戦わせてしまった。これはとても罪深いことだ」

「知らなくていい!あたしは戦える。ロスと一緒に生きていけるっ!」

いつしか杏子のその声は、嗚咽交じりになっていて。
それでもロスは根気強く、一つ一つ説いていく。

「君がちゃんと自分の人生を過ごして、その上でまだ戦いたいというのなら私は止めない。
 でも、今は駄目だ。君はまだ、自分の人生を生きていない。自分のために生きようとしていない」

「じゃあロスのために生きる!それがあたしの生き方でいい、だから、だからぁっ!!」

「……それじゃあ、だめだよ。杏子。戦闘、戦争なんてしょうもないことをやるような奴はね。
 どこかで自分の為に、利己的に生きてなくちゃいけないんだ。でなければ生き残れない」

続けて投げかけられた言葉が、杏子の胸を貫いた。



「そんな風に死ぬ奴は、必ず誰かを道連れにする。だから、君は連れて行けない」


347 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:22:34.09Dra8keHS0 (22/28)

弾かれたように顔を上げる杏子。涙をぽろぽろと零しながらも、その顔は愕然としていた。
まるで信じられないようなものを見るような目で、ロスを見つめて。

「なんだよ、それ……。じゃああたし、まるで邪魔者じゃないかよ」

「……今の君では、ただの邪魔者だよ。例えば途中で私が死んだら、君はそこで戦えなくなるのかい?
 そんな兵士は、いくら優秀でもただの役立たずだよ。……わかるんだ、杏子」

「何でだよ……何でだよ!家族じゃなかったのかよ、ばかやろーっ!」

ロスの手を振り切って、再び弾かれたように杏子は走り出した。
それが、ロスと杏子の交わした最後の会話となった。
そしてロスは誓う。必ず彼女の元に戻ろう。そして謝ろう。
そのためならば、自分はどれだけ冷徹になっても構わない――と。

英雄は、一つの離別を経て英雄たる精神をその身に宿す。
そして、星の海の彼方へと旅立っていった。




残された少女は、岐路に立つ。日常へと回帰するか、それともこのまま戦い続けるか。
彼女は……戦った。自ら望んで選んだわけではない。それでもあらゆる希望を失って、ただ生きることは出来なかった。
離別の悲しさを、ただ胸を埋める喪失感を、バイドへの憎悪に変えて戦い続ける。
それしかもう、彼女に出来ることはなかったのだから。

だがしかし、残酷にもその願いは叶わない。
彼女は子供だった。普通の神経をしていれば、戦場になど出ることも叶わないほどに。
それでもR戦闘機のパイロットとしての腕を買われて、辺境の輸送部隊に回されることとなる。
周りからは奇異の目で見られ、戦う敵などありもせず。ただ空しく過ぎる日々。
それは、壊れかけた杏子の心に静かに皹を入れていく。いつか壊れる。

そう感じていながらも、それを変える気にもならない。自ら命を絶つほどの意志もなく
いつしか、バイドへの憎しみ自体も忘れることが多くなった。それが許せなかった。
戦うことが、憎むことが唯一、自分とロスとを繋ぐものだと考えていたから、だから。


348 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:23:18.73Dra8keHS0 (23/28)

「だからあたしは……あのエバーグリーンからまたバイドが出てきたって聞いてさ。
 居ても立ってもいられなくなった。今戦わなかったら、あたしはもうあたしでいられなくなる。
 そうなる前に、まだあたしがあたしでいられるうちに、戦って……死のうと思ったんだ」

どこか投げやりに、杏子は全てを語り終えた。
いつしかさやかも言葉もなく、ただ聞き入ってしまっていて。

「まあ、そんなとこだよ。だからさ、別にあんたはあたしを追いかけてくる必要なんてなかったんだ。
 ただの死にたがり一人、放っときゃよかったんだよ」

「……何かさ、それってすごくずるいんじゃない?」

可哀想だな、と思う気持ちもある。
でも今はそれ以上に、放っておけない、何とかしたいという気持ちが強い。

「そうだよ、あたしはずるくて自分勝手な奴なんだよ。だから勝手に戦って、勝手に死ぬんだ」

「そういうことじゃないよ。あんたは何も自分で決めてない。状況に流されて、誰かに縋って。
 一度だって、自分で何かを決めてない。何も選ばないまま自分の命まで捨てようとしてる。ずるいよ、そんなの」

小さく歯噛み、そしてまた外壁を蹴り上げ杏子は叫ぶ。
苛立ちを感じているのは、それを自分でも自覚しているからだろうか。
それとも、それを言っているのが自分と年の変わらぬ少女だからだろうか。

「そういうテメェは、自分で覚悟して戦ってんのかよ!
 こんなガキが、何もかも全部背負って戦えるわけがないだろっ!」

「あたしは、戦ってる。バイドが憎いし、皆を守りたい。自分で選んで戦ってるんだ。
 甘いっていわれるかもしれないし、この覚悟だって揺らいじゃうかもしれない。
 それでもあたしは、自分で決めたんだ。だから、言い訳なんかしない。死ぬなら死ぬで、それまで精一杯生きる」

さやかの脳裏によぎるのは、今のさやかに生き方を示したマミの姿。
それはきっと随分と脚色されている気もするが、それは憧れで、目標で。
あんなふうに強く凛としていられたら、おまけにもうちょっとくらい大人びていれたらいい、と願う。

「あんたは選べなくて、選ばなくて。それで納得のいかない結果になって。
 嫌になって全部放り投げようとしてるだけだ。そんなの、あたしが許さない」

「じゃあどうしろってんだよ!戦えもしない。今更日常になんて戻れない。
 このままずっと、腐り続けてろとでも言うのかよ、テメェはっ!!」

わかってる。わかっている。それでもほかに何も選べなかった。
誰も道を与えてくれなかった。……でもそれはもしかしたら、自分で選ぼうとしなかった、道を探そうとしなかった。
流されるのは楽だったから、誰かに道を委ねるのは楽だったから。それだけのことだったのかもしれない。
それも薄々は気付いていたから。認めたくなくて声を張り上げる。


349 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:24:17.52Dra8keHS0 (24/28)

「……なら、一緒に来る?一人じゃ色々煮詰まっちゃうでしょ」

「は?ってぇ、何でそーなるんだよ!バカかお前!バっカじゃねぇのか!?またはアホか!」

あまりに急な申し出に、きょとんとしてしまう杏子。
その顔からは、先ほどまでの強張りは吹き飛んでいて。

「……いや、そこまで言うことないんじゃないの。さやかちゃんもちょっと傷つくわ」

なんだかずきり、と胸が痛む気がして。
ひとまずそれは放っておいて、言葉は続く。

「だってあんた、自分じゃ道も選べないんでしょ?だったらさやかちゃんが一緒にいてあげるよ。
 自分でちゃんと選べるようになるまで、あたしが一緒に選んであげるよ。
 それが嫌なら今この場でちゃんと選びなさいよ。どう生きるか。簡単に死んで逃げようとするなんて、だめだ」

「だから、あたしは別に……自分の生き方くらい、自分で……っ」

言葉が出ない。あのときからずっと一人で生きてきた。
仲間は、家族はロスたちだけだから。もうずっと一人ぼっちだと思っていた。
そこへ差し伸べられた手。それは、同じ女の子の手で。
どうしたらいいんだろう。わからない、選べない。

「あぁもうまだるっこしい!あたしについてくるのがそんなに嫌なわけ?
 じゃあ決めた。あたしはあんたと一緒に行くことにするよ。それなら文句ないでしょ」

「大有りだっ!第一……ここを出られたってあたしにゃ帰る場所なんて、ないし」

「あ……そっか、そういやあんた勝手に出撃してるんだっけ。道理でそんな妙な機体に乗ってるわけだ。
 じゃあやっぱり、尚のこと一緒に来なよ。あたしの船さ、乗ってるの皆あたしくらいの女の子なんだ」

「……どういう船だよ、そりゃあ」

なんとなく捨て置けなくて、もしかしたらそれは興味なのかもしれなくて。
ぽつりと杏子が漏らす。

「そういう船なんだよ。とはいえ、乗ってるのはあたしを含めて二人だけ。二人きりってのはちょっと寂しくてさ。
 もう一人くらい、減らず口の減らない生意気な奴がいると……いー感じに生活色づくんじゃないか、ってさ」

冗談交じりに、からかいも混ぜて軽い口調でさやかが話す。
思わずかちんときた。大人に言われるのには慣れたが、歳の近い子供に言われるのにはまだ慣れない。


350 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:25:36.95Dra8keHS0 (25/28)

「減らず口も生意気も、全部テメェのことじゃねぇかっ!
 ……それに、そんな簡単に逃げた奴を受け入れるなんてできねーだろ」

「あ、それはキュゥべえに任せておけばおっけー。アイツ妙に何でもやっちゃうからね」

「誰だよ、キュゥべえって」

なんだか話が一緒に行く方向でまとまっている。
けれどもそれを覆せない。次から次へと訳のわからないことが出てくるのだ。

「よくわかんないけど、あたしらの船を動かしてる変な生き物だよ。見てみればわかるって。
 ほら問題なんかないよ。とにかく一回来てみなさいな。それで嫌なら他所行けばいいじゃん?」

「……い、行くだけだかんな。ちょっとだけ見て、すぐ帰るかんな」

「よし、決まりっ!よろしくね、相棒」

「誰が相棒だ、誰がっ!」

ひとしきり話もまとまった。これ以上はしょうもない口論になりそうだ。
タイミングでも見計らっていたかのように、二人の機体に通信が入る。



「さーてと、二人ともー。まだ生きてるかね?」

九条の声。口論をしていた二人の顔が引き締まる。

「っと、どうやらその調子なら無事なようだね。こっちも概ね準備は整ったよ。
 ある程度敵の数も減ってきた、そろそろ突入できそうだ」


351 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:26:11.40Dra8keHS0 (26/28)

「え、突入って……敵減らすだけじゃなかったっけ?」

不思議そうにさやかが尋ねる。

「ははは、いくら君達が優秀でも、二人で戦えなんて酷な事は言わないさ。
 君たちにはそのまま奥へ向かってもらい、内部構造や敵の偵察を行ってもらいたい。
 その情報を受けて、我々が奥へと突入する。合流したら敵中枢を攻撃しよう」

どうやら状況は、思った以上によい方向に傾いているようだ。

「我々もすぐに駆けつける。だから君達も、もう少しだけ頑張ってくれ。
 大丈夫、君たちは二人きりなんかじゃない」

その声を聞いていると、少しずつ体に力と気力が戻ってくるようで。
杏子は髪を束ねてヘルメットを被り、キャノピーを閉ざす。

「いいさ、こうなったらとことんどこまでも行ってやろーじゃないか。
 一緒にバイドぶったおして、あんたの船に連れて行きやがれっ!」

「おっけー、それじゃどーにかこーにか生き残ろうじゃないっ!」

さやかの声も、応えて弾む。

「……おーい、何の話だねー?」

なんだか置いてけぼりで、ちょっと空しい九条の声。

「あ、いやいやこっちの話。よーっし、そうと決まれば早速行っちゃうよーっ!」

「勝手に突っ走って死ぬんじゃねーぞ。よし、あたしも出るよっ!!」

そして再び、二機のRが空を往く。
青い軌跡を描きながら、交錯し、縦横無尽に駆けて行く。

臨むはバイドの中枢。目指すは生還。
エバーグリーンを巡る攻防は、ついに最終局面を迎えるのであった。


魔法少女隊R-TYPEs 第6話
       『SWEET MEMORIES』
         ―終―


352 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:26:46.54Dra8keHS0 (27/28)

【次回予告】

「さやか……そんなっ!」

エバーグリーン攻防戦、最終局面。
ついに姿を見せるバイドの中枢。その脅威の力に少女たちは戦慄する。

「ヒロインは……遅れてやってくるっ!……なーんてねっ」

けれど希望は捨てはしない。負けはしない。
少女たちは希望を、未来を胸に戦い続ける。そして訪れた、ものは。




「休暇だ」

「「「は?」」」

次回、魔法少女隊R-TYPEs 第7話
         『METALLIC DAWN Ⅱ』


353 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/21(月) 17:29:25.36Dra8keHS0 (28/28)

途中ちょっとぐだつきましたが、6話、これにて終了でございます。
マジさやかちゃん主人公。まどかさんはごめんなさい。もうすぐ出番ですからお待ちください。
なんというか半分くらいオリジナルの提督と副官との掛け合いになってしまいました。
でもそれが非常に楽しかったです、もしかしたらオリジナルもいけるかもしれませんね。

>>333
華麗にアーサーさんが助けてくれました。
このアーサーさんは多分自機になれるスペックのチートさんです。

マミさんはどうなるのでしょうね。そろそろ何かしらのお話ができればよいのですが。


354VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/21(月) 17:40:29.623SnlePb00 (1/1)

はいだらー!
・・・いやうん、言いたくなってね
>>1乙


355VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/21(月) 18:55:43.91tha2L5lDO (2/2)

お疲れサンキュー!オリジナルさん達の展開は何も間違って無いですね。いえ、むしろ良い!

しかしまさかの休暇!?まぁ女の子には必要ですか。旧世代のゲームの中にはアインハンダーとかあるかな?
あとDDRも。


356 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/22(火) 02:05:04.19Zqnoj16G0 (1/7)

投下ー、ではありませんが。
STGとTACの設定が微妙にごちゃ混ぜになってきているので、年代だけでも整理してみました。

そういうわけで、少しだけ投下です。


357 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/22(火) 02:05:48.81Zqnoj16G0 (2/7)

R-TYPEの世界は、実はゲームだけではわからない裏設定が非常に数多く存在しています。
その設定の豊富さや後ろ暗さも、このゲームシリーズの魅力なのではないでしょうか。

今作では、我らが主人公だけど今回は原作以上に立場のないまどかさんや
なぜか全力で主人公になってるさやかちゃん、実はスゥちゃんだったほむらちゃんなど
彼女らがR-TYPEの時代の人間になってもらって話が進んでおります。

おまけに今回、あんこちゃんのお話ではかなりTAC成分からお話を拾っております。
そもこのお話では、STGとTACを同一の世界として語っています。
ですのでR-TYPERな方にもちょっと困惑するところがあるかもしれません。
なので今日は本編の方の更新はひとまずお休みして、この世界におけるRの歴史をまとめてみたいと思います。


公式で設定されている歴史としては、1~3までの作品での年代と、それ以降の作品での年代が食い違っています。
今作では、FINALやR-TYPEsによって新たに設定された、2163年を第1次バイドミッションの開始とする
時代系列を採用しています。その上で第3次バイドミッションが2169年。その終了直後の2170年から
お話が始まっています。FINALのストーリー的に2180年台くらいから始まってないとおかしかったりしますが
その辺はあえてばっさりと無視することにしておきます。FINAL本編もそうなっておりますし。


358 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/22(火) 02:11:17.72Zqnoj16G0 (3/7)

というわけで2163年に最初のバイドに対する大規模作戦、第1次バイドミッションが発令されました。
この戦いの模様は今でも初代R-TYPEとして楽しむことが出来ます。
概要だけ述べれば、この作戦に参加したR-9大隊の内の一機がバイドの中枢を破壊し地球に帰還しました。
その機体は宇宙要塞アイギスへと収容されたのですが、これが後の災いの原因となります。
今作でも大きな影響を与えているエバーグリーンの墜落は、この時期に起こっています。

時系列的には、このままⅡの話に行くかと思いきや一気に⊿に行きます。
今作ではさらりと流されていましたが、サタニック・ラプソディという事件が2164年に起こっています。
地球の各都市での電子制御兵器の暴走、アイギスに封印されていた殲滅ユニット・モリッツGの地上への投下
などといった事件が起こり、その鎮圧にテスト機を含む3機のR戦闘機が出撃しました。
その内1機が未だ未帰還となっております。

それと時を同じくして、地球において巨大兵器の暴走事件が発生。
軍ではなく民間の武装警察によって鎮圧されるという事件。後のデモンシード・クライシスも発生しています。
これらの出来事については、R-TYPE⊿及びGALLOPにて楽しむことが出来ます。
流石に私もGALLOPはやったことないのでなんとも言いがたいところですが。

この事件は、地球にバイドの侵攻が確認された初めての事例となっています。
エバーグリーンの事件自体はただの墜落で、そこからバイドが侵攻してきたという事実はないようです。
この事にバイドに対する警戒を強めた軍が、各隊が独自にバイドに立ち向かうことが出来るよう
裁量権の譲渡を行った、という感じのオリジナル設定が追加されています。
この辺の元ネタとしてはTACの最初のほうのミッションになりますね。

2163年
・第1次バイドミッション
・エバーグリ-ン墜落
・あんこちゃん生き残る、ロス提督との出会い

2164年
・サタニック・ラプソディ(R-TYPE⊿)
・デモンシード・クライシス(GALLOP)
・あんこちゃん、ロス提督の部隊に配属される


359 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/22(火) 02:19:30.44Zqnoj16G0 (4/7)

そして続く2165年。今だ収まらぬバイドの侵攻に対して第2次バイドミッションが発令されました。
第2次バイドミッションでは、アロー・ヘッドの直系進化機であるR-9C
ウォー・ヘッドがバイド中枢の破壊に成功しています。
この辺りのお話はR-TYPEⅡにて楽しむことが出来ます。
後にSFCにリメイクされて発売されたR-TYPE SUPERでも楽しむことが出来ますが
一部設定やステージが変更されていたりします。
主に自機の設定とか。SUPERの方の戦闘機、人乗り込んでるんだもん。
まあ、Rにまつわる黒い設定が始まりだしたのもこの作品です。エンジェルパックェ……。

そしてここからが主に原作との設定の差異が生じてくる部分となります。

2165年
・第2次バイドミッション
・あんこちゃん頑張る。蝶頑張る、もしくは超☆頑張る


360 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/22(火) 02:24:14.40Zqnoj16G0 (5/7)

2170年を基点とし、その二年ほど前にロス提督はバイド討伐艦隊を率いて宇宙の海へと旅立っています。
つまりこの出来事が起こったのが2168年辺り。
内容は色々違いますが、ロス提督のご活躍ぶりはR-TYPE TACTICSでお楽しみいただけます。

そして我らがほむらちゃんことスゥ=スラスターが駆るR-9Ø
ラグナロックが戦う第3次バイドミッションが2169年です。
このお話はR-TYPEⅢでお楽しみいただけます。
R-TYPEⅢではスゥちゃんはバイド中枢を破壊したのち、どうやら地球へと帰還したような描写がなされています。

ここもまた、今作では異なるところとなっております。
スゥちゃんはどうやらバイド中枢を破壊したのち、密かに地球に帰還し
暁美ほむらとして第2の人生を送ろうと画策していたようです。結果はごらんの有様ですが。

2166~2167年
・この辺りのかなり最後の方でミーミル攻略戦
・あんこちゃん、ロス提督とBYEBYE

2168年
・ジェイド・ロス少将率いるバイド討伐艦隊が出発(R-TYPE TACTICS)
・あんこちゃん、しばらく空っぽな日々

2169年
・第3次バイドミッション
・スゥことほむらちゃん、地球に(こっそり)帰還


361 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/22(火) 02:26:19.55Zqnoj16G0 (6/7)

そうしてロス提督の手によってバイドが太陽系から駆逐され、平和が戻ったように見える時代。
それが今の2170年となっています。実際は全然バイドの侵攻は収まっていないようで。
軍やRな方々は今もバイドに抗し得る手立てを(嬉々として)必死に作り上げているようです。

2170年←イマココ
・マミさん死亡
・ほむらちゃん、さやかちゃん、魔法少女になる
・エバーグリーンより大量のバイド出現。あんこちゃん、さやかちゃんコンビが交戦中


362 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/22(火) 02:30:06.04Zqnoj16G0 (7/7)

ざっくりとまとめてみました。多分色々と不備はあるとは思いますが
その辺りはまた色々尋ねていただけると嬉しかったりします。


>>354
何となく入れられそうだったので入れちゃいました。
ADAみたいな戦闘AIがあったら私も嬉々としてR戦闘機にだって乗っちゃう気がします。

>>355
そう言って頂けると本当に嬉しいです。
彼らが少しでも魅力的な人物に描けていれば、それだけお楽しみも膨らむというものです。
これで彼らの出番ももうなくなってしまうわけですからね。

休暇パートはどうしても書きたかった部分でした。主にまどかさんを登場させるために。
多分幕間的なものをいくつか書いていく形になるのではないかなと思います。


363VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/22(火) 07:59:36.36aScrdcmDO (1/1)

年表グッジョブっす!
しかしほむらちゃん…平穏を微塵も楽しむ事が出来なかったのか。

休暇の話を先に出しちゃったけど、その前にまず一面ボスをなんとかしないといけないんでしたね。すっ飛ばしてすみません。


364VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/22(火) 21:17:57.40MzZIMtkLo (1/1)

なるほど、わかりやすい。


365 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:12:29.54PFz63v6S0 (1/9)

友人宅から投下です


366 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:13:28.96PFz63v6S0 (2/9)

「ほむら、何をしているんだい?」

さやかを送り出し、宇宙港に寄航しているティー・パーティー。
機体の修理には専門の修理班が必要とのことで、今のところどうにも身動きがとれずにいた。
そんな中で、ほむらは静かに動き出す。絶望に打ちひしがれた心を奮い立たせて、歩き出す。
向かった先は、さやかの部屋の前。

「……ちょうどよかったわ、キュゥべえ。部屋のロックを開けてくれないかしら」

何かを考え込むように佇んでいたほむらの前に、キュゥべえが現れた。
それを一瞥して、すぐにほむらは言葉を告げる。

「どうしてそんなことを?何か欲しいものでもあるのかい」

「ええ、とても必要なものよ。……さやかは何も持たずに出て行ったから
 多分まだ、この部屋においてあるんじゃないかしら」

胸の奥には罪悪感。こんな空き巣まがいなことをしてしまっている。
それを堪えて、今はやらなければならないことをやるだけだ。

「……やれやれ、一体何をするつもりなんだろうね。
 もしこれでキミがさやかと何かあっても、ボクは責任は取れないよ」

「構わないわ。……開けてちょうだい」

「確かに、こりゃちょっと不気味なくらい敵がいないね」

扉が開かれる。部屋の間取り自体はほむらの部屋と変わらない。
壁のパネルに触れようとして、気付く。明かりの差さない暗い部屋の中。
その部屋を仄かに照らす光があった。
それは机の上にそっと置かれていた。琥珀色の輝きを放つ、マミのソウルジェムだった。

「それは……マミのソウルジェムかい。……回収していたとはね。なるほど」

それを見つめて軽く目を見開いて、納得したようにキュゥべえが頷く。

「……マミの体を出しなさい」

「言うと思ったよ。安置室のロックを開けてある。……上手くいくといいけどね」

「試す価値は、あるわ」

そしてマミのソウルジェムを手に、ほむらは部屋を後にする。


367 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:14:14.89PFz63v6S0 (3/9)

居住ブロックの影から飛び出て、二機のR戦闘機が空を往く。
立ち塞がるのは散発的に現れるストロバルト程度なもので、道を阻むものは何もない。

「却って不気味だね。本当に全部外に追い出されっちまったのかねぇ」

不気味な沈黙、その中を切って飛んでいく。
コロニー最深部、バイドの中枢がいると思しき場所までは、もうそれほど距離もない。

「この調子なら、このままあたしらで敵の親玉やっつけちゃったりしてねー」

「だといいがね。……っ!?奥から高エネルギー反応、こいつはっ!?」

「え……っ?」

奥から湧き出てきたのは、巨大な光の柱。
それは膨大なエネルギーと、絶大な破壊を伴って全てを薙ぎ払っていく。
そしてそれは、容易くレオを飲み込んだ。

「さや、か?」

何が起こったのか、一瞬信じられなかった。
次の瞬間杏子が見たものは、火花を散らしながら墜落していくレオの姿。
着水、キャノピー部分を深く水に沈めて微動だにしない。

「さ……や、か?」

もう一度、恐る恐る呼びかけてみた。
返事は、ない。

「何だ今の攻撃はっ!美樹くん、佐倉くんっ!コロニー内部より大出力のレーザーの攻撃を受けた。
 そちらの状況はどうなっている?無事なのか、二人ともっ!」

焦りの混じる九条の声。何ということか。
レオを打ち落としたあの閃光は、あまつさえコロニーの外に届いていた。
そして、外周を取り囲む艦隊を狙っていたのである。


368 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:15:23.41PFz63v6S0 (4/9)

「さやかが……やられた。今のを喰らっちまった」

「何、それは本当かね!?それは……気の毒に……。
 とにかく、こんな攻撃があるようならこちらも行動を考え直さないといけない」。
 すぐに突入するのは厳しい。佐倉くん、何とか脱出できるかい?」

「脱出……か」

出来ないことではないかも知れない。
今は敵の守りも薄い。一人だけ、逃げ延びるだけならば、何とかなるかもしれなかった。
さやかを見捨てて、一人で。

「……できるわけ、ねぇだろーが」

「佐倉くん?」

「できるわけねーよ。そんなこと。あいつはさやかをやりやがった。
 ……相棒だって、仲間だって言ってたのに、あいつがやりやがったんだ」

ぎち、と力を込めて操縦桿を握り締める。
頭の中がぐつぐつと煮えたぎる。また奪うのか。
人生を、家族を。そしてまた今仲間を。バイドはどこまでも奪っていくというのか。
許せない、許せるわけがない。

「佐倉くん、落ち着くんだ。奥にはまだ大型バイドの反応がある。
 このまま一人で先走ってもやられるだけだ。引き返すんだ」

わかっている、それが道理だ。
二人がかりでこのザマだ。一人で、それもさっきまで死にたがっていた奴が。
一人で、一体どれだけ戦えるというのか。


369 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:16:32.90PFz63v6S0 (5/9)

「はは……死にたがりが生き残って、生きろって言ったあんたが死ぬのか。
 笑っちまうよな。……そんな道理があるかよ。なあ、さやか」

「落ち着くんだ。ここは引くも勇気だよ。一度戻って体勢を……」

その通信を途中で打ち切って、杏子は操縦桿を握り締め。

「ああ、知るかよそんな道理。道理を破ってくれやがったのは向こうだ。
 だったらあたしが……こんな道理に乗ってたまるかよ」

目を見開いて、向かう先を睨み付ける。
コロニー最奥まではあと少し、再び奥には大出力のエネルギー反応。
わかっていれば、避けられるかもしれない。

「元々死にたがり一人だ。教えてやる、見せてやる!
 人間が何処までやれるのかってのをさ……待ってろよ、バイドっ!!」

波動の炎を巻き上げて、アサノガワが速度を上げる。
この距離では奥からの攻撃に巻き込まれるからだろうか、その行く手を妨げる敵はもういない。
放たれる、閃光。眼が眩みそうになるそれを見据えて、機体を急旋回させる。
回避成功。光は遥か向こうへと消えていく。外の艦隊にも被害は出ているのだろう。
ならばなおのこと、すぐにでも倒さなければならない。

「見えてきた。あれが……バイドの親玉かっ!!」

コロニーの最奥に押し込められたようにとどまる液体金属の塊。
一体あの何処から、あれだけの高出力レーザーが発射されるというのか。
理解できない。もとより、バイドのことなど理解する必要もない。
一気に機体をめぐらせて、フルチャージのパイルバンカーを叩き込む。
それで終わりだ。終わらせるだけの威力はあると、そう確信していた。


370 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:17:27.15PFz63v6S0 (6/9)

直後、液体金属の塊が瘤のように隆起する。
変化は立て続けに生じる。さらに全周囲を覆うように液体金属は広がって行き
まるで枝や根が張るように、機体の周囲を包み込んでいく。

「動き出しやがったか!こりゃあ……まるで檻だな
 逃がさない、とでも言うつもりかい?へっ、誰が逃げるかっての!」

変化自体はめまぐるしい。だがそれは攻撃と呼ぶにはあまりにも緩慢で。
故に杏子は機体を巡らせ、用意にそのその中枢と思しき瘤の前へとアサノガワを運ばせた。

「挨拶代わりだ。早速だけど、こいつで終わりだよっ!」

超硬度を誇る金属杭が、波動エネルギーによって恐るべき速度を持って射出される。
その圧倒的な射速で放たれたその杭は、周囲の物質と衝突し電気を発生させる。
それを纏って放たれる一撃必殺の一撃、パイルバンカー帯電式。
ゲインズの装甲を撃ち抜き、ギロニカの甲殻を砕いたその一撃は。


――その瘤を僅かにへこませていた、ただそれだけだった。


「な……っ」

それはXelf-16と呼ばれる、無数の極小バイド体によって構成されたバイド生命体。
その特性はまさに液体金属のそれに等しく、自由自在に姿を変える。
さらには与えられた衝撃に対して、それを分散して無効化する。
パイルバンカーによる攻撃も、その特性の前には無力であった。

そして、周囲を取り囲む檻が脈動を始める。
ところどころに突き出した突起が蠢いて、杏子めがけて伸びてくる。
一本、二本。続けてまた二本。
R戦闘機の機動性であれば労せずかわせる攻撃ではあるが、狭い檻の中では動ける範囲も限られる。

「く……っそ、邪魔だ、退けろぉぉっ!!」

パイルバンカーのチャージをキャンセル、レーザーで焼き払おうとするも。
それすらも、衝撃や熱を分散する液体金属の前には無力。

「これも駄目かっ!……負ける、かよっ!!」

逃げるという選択肢もあった。この檻はまだ退路までは塞いでいない。
だが逃げられるものか。ここまで来たのだ。たとえ刺し違えてでも、倒す。


371 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:18:11.37PFz63v6S0 (7/9)

次々に繰り出される液体金属の枝を掻い潜り、それでもどうにか中枢と思しき瘤へと迫る。
しかし、さらにその道を阻む敵がいる。枝からこぼれた銀の雫、それがすぐさま姿を変えた。
ここまでの道中、いやと言うほどに撃墜してきたあの機体、メルトクラフトである。

「こいつがあれを生み出してやがったのか。ヤロー……これ以上、これ以上やらせるかぁっ!」

フォースを叩きつけ、レーザーで焼き払い。群がるメルトクラフトたちを撃ち払っていく。
しかし、突如としてその攻勢が止んだ。群がる機体は外へと逃げ出し、迫る枝はなりを潜める。
それと同時に、アサノガワに警告が走る。先ほどと同じ高エネルギー反応。
あのレーザーが撃たれれば、この密閉空間である。逃げる場所などありはしない。

「……ここまで、かな」

操縦桿を握るその手から力が抜けた。
思えば、初撃で仕留め切れなかった時点で勝負は付いていたのかもしれない。
有効な攻撃手段は一切ない。出来ることといえば逃げ回ることばかり。
そしてもはや、それすらも出来ない。諦念が杏子の体を支配し始める。

「元々惰性で生きてたんだ。今終わったって……っ」

手が震えた。なぜか涙がこぼれた。
死ぬのが恐いのか?負けるのが悔しいのか?……いいや、違う。

――なら、一緒に来る?一人じゃ色々煮詰まっちゃうでしょ――

           ――あたしは別に……自分の生き方くらい、自分で……っ――         

――じゃあやっぱり、尚のこと一緒に来なよ――

        ――い、行くだけだかんな。ちょっとだけ見て、すぐ帰るかんな――

――よし、決まりっ!よろしくね、相棒――



「はは……なんだ、なんだよ。あたしはさ……」


372 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:19:44.75PFz63v6S0 (8/9)

走馬灯のようによみがえる記憶。震えて掠れる声。
理解した。けれどももう遅すぎた。

「あたしは、悲しいんだな。……あいつと、一緒に行けないってことが」

もうちょっと生きてみたら、一緒に行ってみたら。
もしかしたら今までよりももっと楽しい人生が待っていたかもしれないのに。
新しい仲間を見つけることが出来たかもしれないのに。
さやかはもういない。そして自分も、もうすぐ。
嫌だ、と思う。こんなところで終わりたくない。まだ終わりにしたくない。
……死にたくない。

放たれた極太の閃光が、その空間のすべてを焼き払っていった。
プラズマ混じりの熱風が大気を揺らし、迸り、駆け抜ける。
その後にはもう、何も残ってはいなかった。


373 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/24(木) 02:23:59.82PFz63v6S0 (9/9)

もしかしたら今後は微妙に投下ペースが落ちるかもしれません。
何とか年内完成を目処に頑張りたいものですが、さてどぅなることやらです。

>>363
時間にしてほんの数ヶ月でしょうか、ほむらちゃんが戦いから離れていたのは。
休息とも言えない様な短い時間です。これからも戦い続けるのでしょう。

一面のボスのはずが思わぬ大健闘です。

>>364
そう言って頂けると幸いです。
ちなみに織莉子とキリカの話は2170年の初め頃のお話になっています。


374VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都)2011/11/24(木) 02:27:50.96E8SVceM8o (1/1)

ちょ……キボウが濃すぎる……


いや、でもほむほむが動いてたのが伏線になってるって信じてる


375VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(滋賀県)2011/11/24(木) 02:29:24.02+5OqjhLCo (1/1)

おいちょっと待てありえない、何かの間違いではないのか?
俺の予測が悉く外れていきやがるぜ


376VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/24(木) 02:49:23.44em69OrfKo (1/1)

メタリックドーンもどき強すぎワロタwwwwwwワロタ・・・


377VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/24(木) 03:47:45.10xBzR5+iDO (1/1)

続き乙!
杏子ちゃん…?いや、前の次回予告の台詞を信じるしか無い。こんな所で、終わって欲しくなんかない!

QBのオディオ発言に続き…今回は九条“艦長”の「それは……気の毒に……」っすか。まさかこんな所で見るとはww


378VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/24(木) 04:09:02.503RJIxgYn0 (1/1)

バイド化した人間の魂……
大丈夫かな?


379VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区)2011/11/24(木) 12:24:16.989Pvd4X6/o (1/1)

ここで[ピーーー]るならむしろいいんだけどねぇ…もっとキボウの濃度の高い話だったら生き残っちゃうだろうな。
むしろ真実を目の当たりにする前に散っていったほうが幸せだと思う。


380 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:07:11.48GHjatkIG0 (1/10)

引き続き友人宅より投下です


381 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:09:11.29GHjatkIG0 (2/10)

「子供が戦いそして死ぬ、だなんて。……まったく、これだから戦争ってのは嫌なんだ」

さやかと杏子からの通信が途絶えた。手で目を覆って小さく首を振って。
九条はなんとも忌々しげに呟いた。

エバーグリーンを取り囲む艦隊は、コロニーからのレーザーを避けるためコロニー側面へと移動している。
そうすると必然的にコロニーの正面が空くことになる。そこを狙ってメルトクラフトが突破を仕掛けてくる。
R戦闘機がそれを阻むも、戦艦からの援護射撃は受けられない。必然的に乱戦となっていく。
そしてその乱戦の最中を、敵も味方もお構いなしにレーザーがその空域を貫いていく。

「状況は非常にまずい。このままだと、数で勝る向こうにいつかは突破される可能性が高い」

「これ以上この状態が続けば、一時間以内で彼我の戦力比が逆転する恐れがあります。
 それももちろん、バイドの増殖がいまのままのペースで居てくれれば、ですが」

副官として並び立つガザロフの声も、やはりトーンはやや低い。
ショックがないわけがない。それでもここは戦場で、自分の判断に多くの人の命が懸かっている。
それに打ちひしがれている余裕などありはしない。
死を想い、死者を悼む時間なら、生き延びてからいくらでも作ればいいのだから。

「……二人のお陰で、バイドの中枢がコロニー最奥部に存在していることはほぼ確定しました。
 それならば、コロニー底部に対しての飽和射撃で、コロニーごとバイドを破壊することは可能かもしれません」

「こうなってはもう、そうするより他に術はない……か」

飽和攻撃。コロニーごと、バイドの巣窟を破壊しようというひどく乱暴な作戦である。
あまりにもスマートとは言えないやり方。周囲への汚染の拡散も懸念される。

「とはいえ、この方法にも問題があります。ほとんどの戦艦をコロニー背後に回らせると
 それだけ正面の守りは薄くなってしまいます。突破される危険も増加すると思います」

包囲網を突破されるということは、すなわちバイドの被害が周辺地域に拡大するということ。
どちらをとっても、地球にとっては少なからず傷を残すことになる。
たとえこのバイドを倒すことができたとしても、しばらく忙しい日々が続くのだろう。
そのことを考えると、気が重くなるのを感じていた。

「……提督、どうしましょうか。指示を……お願いします」

「バイド中枢の殲滅を優先しよう。もしかしたらそれで、他のバイドの動きも鈍るかもしれない。
 各艦に通達。本艦はこのままこの場に留まり、敵バイドの突破を阻止する」

厳しい戦いになりそうだ。九条は思考を絞り込んでいく。
大局から一点へ。ただ、敵の突破を阻止することにその思考を注ぎ込む。
頭の中で何かが目まぐるしく動き始めるのを感じながら、九条は作戦の開始を号令する。
その直前に、それは訪れた。


382 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:10:29.71GHjatkIG0 (3/10)

生きる。生きるということ。それは、もがきあがくことで勝ち取るもの。
生と死を分かつその線を、無理を抱えて貫き通す。その為の力である。
それはかつて、彼女が失ったもの。そして今、彼女が取り戻したものだった。

「はは……なんだ。案外、なんとかなるもんじゃないか」

液体金属の檻の中、その壁ぎりぎりの場所に。アサノガワが浮いていた。

「生きてるぞ。あたしはまだ……死んじゃいねぇ」

壁とレーザーとの間の、わずかな隙間に活路を見出した。
生きようと強く願わなければ、生きるためにもがかなければ、見つけることさえ叶わなかっただろう。
それでも、その代償は安くはない。

「機体温度が限界を超えてる。表面が融解してやがんのかよ……道理で暑いわけだ」

直撃は避けたとは言え、レーザーに擦過したことにより機体は異常加熱を引き起こしていた。
表面は赤く焼け爛れ、その熱は耐熱加工を施されたパイロットブロックにも容赦なく襲い来る。
瞬く間に目の前の大気が歪む、特殊素材でできたはずのパイロットシートが溶け始めている。
パイロットスーツも焦げはじめ、焦げ臭い嫌な臭いが充満していた。

「このままじゃ蒸し焼きだ。……冷却機構が生きててくれただけでも儲けものだけどさ」

それでも、重要な機関部にはなんら支障はない。
まだ動ける。まだ戦える。希望は、ある。自然と口元が吊りあがる。

「……お陰で見えたぜ、本体っ!」

いかな強固な液体金属生命体と言えど、これだけの大出力のレーザーには耐えられないのか。
その照射の瞬間だけはその防御を解かざるを得ない。
あの瘤の中に隠されたレーザーの発射装置も、その時だけは露出する。
つまり、そこを狙うことができれば……。

「あのバイドの親玉に、一発ブチかましてやれる……今度こそだ!」

機体の中で渦巻く熱は、容赦なく体力と水分を奪う。
視界が歪んでいるのは、大気が熱せられているからなのか、それとも自分の身体が限界なのか。
どちらにしても、もうそう長くは戦えない。次の一撃に、すべてを賭ける。

それを阻むかのように、襲い来る金属の枝、そしてメルトクラフト。
パイルバンカーのチャージを始めれば、後はフォースシュートによる攻撃しか行えない。
とはいえそうしてしまえば、敵弾から身を守る術が無くなってしまう。

「ったく、数だけは無駄に多いなぁ、ヤロウっ!!」


383 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:11:58.25GHjatkIG0 (4/10)

迫る枝をかわし、メルトクラフトをフォースで焼き払う。
チャージは順調に進んではいるが、如何せん数が多い。
枝に敵弾、メルトクラフトはとにかく数で空間を押し潰し、段々と逃げ場を奪っていく。

逃げるだけでは勝てはしない。どうにか前に出なくては。
わかっているのに、ただただ圧倒的な物量が前に進むことを許さない。


「負けるか、負けられるか……死ねるか、こんなところでぇっ!
 あたしは……さやかと一緒に、帰るんだぁぁぁっ!!」

さやかはもういない。それでもせめて、一緒に帰ることが出来れば
咆哮、敵機の隙間に僅かに空いた空間。抜けるならばここしかない。
そこを抜けてもまだ敵はいる。それでも今行かなければ。これ以上は下がれない。
機体を赤熱させながら駆け抜けるアサノガワ。その背後から、二筋の光が迫っていた。


その閃光は煌く軌跡を描いて飛び交い、メルトクラフトを打ち払う。
ひとしきり敵を薙ぎ払い、戻って行ったその先には。

「ヒロインは……遅れてやってくるっ!……なーんてねっ」

エンジンの一つから黒煙を上げながら、熱で溶けたキャノピーを晒しながら
それでも宙を舞い、サイ・ビットを放ったレオの姿だった。


それは、九条の艦へと伝えられた通信だった。

「あー……こちらレオ。ちょっと一発いいのをもらって気を失ってたみたい」

艦へと入ってきたその言葉に、九条も流石に驚いて。

「美樹くん……かい?やられたと聞いていたが、無事だったのか」

「機体はかなりめちゃくちゃ。でもまだ動けるしあたしは大丈夫。
 でも状況が全然わからないんだ。計器の類がかなり派手にやられてる。
 杏子はどうしたの?脱出したならいいんだけど」

「……佐倉くんは、恐らく君が死んだと思って逆上したのだろう。
 単独で敵中枢に乗り込んで行ったよ。先程から通信も届かない」

「んなっ!?……あんのバカ、何やってんのよっ」

言葉を遮り、さやかの頭上を迸るレーザー。

「っ……レーザーがそっち行った!そっちは無事!?」

しばし間を置いて、雑音交じりの通信が帰ってくる。

「艦隊は既にコロニー後方に移動している。問題はない。
 それよりも佐倉くんが心配だ。向かってくれるかい」

「あったりまえだっての!あのバカ。勝手に死んだら承知しないんだから!」

かくして、レオは杏子の危機に駆けつけた。


384 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:12:32.43GHjatkIG0 (5/10)

通常のパイロットであれば死んでいた。
今更ながらに、魔法少女の体に感謝する。この体も捨てたものないじゃないか、と。
体の動きは鈍いがそれでも、気分はそれほど悪くない。

「さやかっ!あんた、あんた……っ、どうして!?」

「普通の体じゃないんだよ。普通のことじゃ死なないっての。
 ……それはそうと、やっと言ってくれたね。一緒に帰るってさ」

きっと顔が見えていたなら、その表情はずいぶんとにやついていただろう。
そう思えるほどに、さやかの声は弾んでいた。

「お前っ!?あれ、聞いてた……あ、あれはだなっ!」

「はいはい、そういうツンデレ行動は後で聞いてあげるからさ。今はあいつを……でしょ?」

「うぐ……わかったよ、ったくよぉ!あいつにゃ攻撃は全然通らない。
 多分攻撃が通るのは、あのレーザーを撃つ直前だ、その時だけ本体が露出する。
 あたしはそこを狙う。露払い。任せるよっ!!」

三度突撃アサノガワ。さやかが生きていた。それがわかったそれだけで。
心の曇りが晴れていく。今なら負ける気がしない。何だって出来そうな気がする。
そこまで考えて、一度大きく深呼吸。舞い上がった心を落ち着ける。
敵は途方もない憎悪と悪意を振りまくバイド。油断も慢心もしてはいけない。

臨むならば万全に、心を機体に静かに熱く。
燃える闘志の内側に、凍てつく殲滅の意思を込めて。今こそ――。

「任されたっ!!さあ行くよレオ。最後の大盤振る舞いだっ!」

サイ・ビット。波動砲、レーザーにレールガン。
ありとあらゆるレオの武装が、群がる敵を打ち砕き、焼き尽くし、そして薙ぎ払う。
道は開けた。今にも放たれようとする高出力のレーザー砲。
液体金属の瘤の中から顔を出した、その砲身に。

「随分短い付き合いだったね。……クタバレ、バケモノ」

衝突、炸裂。そして轟音。その衝撃は砲身を砕き、枝の一つ一つにまで浸透していく。
そして、小さな光の粒子になって消えていく。統率するものを失って
極小の液体金属郡は、形を構成する力を失って散っていく。

もう油断も慢心もしない。その反応が完全に停止するまでは、殲滅の意思を絶やさない。
いつでも撃てる。そういう体制で待ち構える二機の眼前で。とうとう全ての液体金属が崩れて消えた。


385 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:18:53.80GHjatkIG0 (6/10)

「やったね、杏子」

誇るようにさやかが呼びかける。
それに答えようとして、視界が揺らぐ。ぐらりと、機体も揺らいで。

「杏子……杏子?杏子っ!!ちょっと、返事しなさいよ、杏子っ!」

(わかってるよ。大丈夫だからさ。あたしは……無事だから)

答えようとしても声が出ない。参ったな。
これじゃあまるで死んだみたいじゃないか。

「美樹くん、佐倉くん、無事かい?バイド反応が消失したようだ。
 恐らく上手く行ったのではないかと思うのだが」

少し興奮気味の声で、九条が通信を入れてくる。

「杏子が!杏子が返事をしてないっ!生命反応があるかどうかはわかんないし。
 九条さんっ!早く収容して、杏子が、杏子がっ!!」

「何だって!?それは本当かい?わかった、医療スタッフを乗せた艦をすぐ向かわせよう」

「お願い、急いで。このままじゃ杏子が……杏子が、死んじゃうっ!!」

中枢を討たれたことで、外のバイドの動きも鈍る。
増援もない。そうなればもう掃討は容易であった。そうして空いた隙間を縫って
九条の艦がコロニーの内部へと突入した。

かくして、エバーグリーン攻略戦は終局を迎えた。
しかしこの事件は、長らくバイドの脅威を忘れていた人々に、再びその脅威を思い出させるものであった。
それでも危機は去った。地球を脅かしたバイドは滅びたのだ。



「それで、本当に戻ってもいいのかね?直接元居た艦に届けることも出来るのだよ?」

宇宙。艦を進めつつ九条がさやかに尋ねる。
もうじきTEAM R-TYPEの男の艦との合流地点である。
レオは損傷は激しいが、それでも動けないわけではなく。
ここから先はレオ単独で戻ることとなったのである。

「大丈夫、後はあたしがなんとかします。色々、ありがとうございました。
 九条提督、もう次いつ会えるかはわかりませんけど、その時にはまた、一緒に戦いましょう!」

その身を案じる九条の声に対して、さやかの声はあくまで明るい。
この艦はいい艦だった。九条提督は明らかに普通の体ではない自分に、何も聞かずにいてくれた。
副官の女性、仁美によく似た声のその人は、どうやら自分のことを案じてくれているようだった。
それがなんだか嬉しくて。守れてよかったと思う。

「じゃあ、行きます。レオ、出るよっ」

片方のエンジンがいかれている、出力が安定しない。
それでもどうにか進むことは出来るだろう。ふらつきながらも飛んでいく。
さほど飛ばない内に、岩塊の陰に黒い艦影が現れた。


386 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:19:42.08GHjatkIG0 (7/10)

「随分ぼろぼろだが、なんとか戻ってきたようじゃないか。美樹さやか」

相変わらずの、低い嫌な感じの声。

「ええ、えぇ。戻ってきましたとも。何回も死にそうになったけどね」

死線を潜り抜けた後では、この艦に、その中身に感じていた恐怖も
幾分か和らいでいた。というか感覚が麻痺しているのかもしれない。

「あまり傷つけてくれるな、とはいったが……まあ機体の限界性能を示すという意味でも
 レオの戦闘データ取りとしても申し分ない。随分いい働きをしてくれたね、君は」

「そりゃどーも、それじゃこの機体を返して、さっさとあたしは帰るとするよ」

「……帰る?何を言っているんだね、君は」

また一段と、男の声が低くなる。

「帰る。そう言ったんだよ。あたしは戦うための機体を借りるのにこっちに来たんだ。
 用事が済んだらティー・パーティーに帰る。何か文句ある?」

応じるさやかの声は、相変わらず強い。
先ほどまで相手をしていた敵が敵である、今更こんなものが恐いものか。

「君は、本当にそれでいいのかね?君は優秀なR戦闘機乗りだ。
 我々ならば、君に最強の機体を用意することができる。バイドを殲滅するのが君の望みなのだろう?
 ならば、あそこにいるよりも我々と共に来るべきだとは思わないかね?」

「そりゃあ、確かに思わないわけじゃないよ。このレオだって凄い機体だ。
 あたしが生き延びられたのは、間違いなくレオのおかげだよ」

それは間違いない。レオの攻撃性能は今までの機体とは比較にならないほどに高い。
これよりももっと強い機体。そんなものが手に入るとするならば。それはいいのかもしれない。バイドと戦うためならば、それが最善なのかもしれない。
だけど、約束したのだ。一緒に戦う、と。

「それでも、あたしは仲間と一緒に戦いたい。それがあたしの答えだよ。
 だからあたしは戻る。絶対に戻らせてもらうよ!」

しばし、男は押し黙る。それでもやがて口を開いて。


387 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:20:20.56GHjatkIG0 (8/10)

「そんなにあのインキュベーターの元が気に入ったのか、利用されているとも知らないで」

忌々しそうに、そう呟いた。
インキュベーター。聞きなれない名前だった。

「インキュベーター?何それ?外人?歌?」

「一体なんだと思っているのだね、君は。……あの宇宙人のことだよ。
 確か、君たちの前ではキュゥべえ。とか名乗っているようだがね」

「はぁ?キュゥべえが、宇宙人?……まあ、確かにアレが人間って言われても困るんだけどさ」

「気になるのなら自分で聞いてみろ。私はこれでも忙しいんだ。ああ、それと向こうに戻ったら
 織莉子とキリカを返すように伝えろ。……あの二人だけでも持って帰れなければ、帰るに帰れん」

「……わかったよ。一応話してみる」

「迎えを用意させる。さっさと帰るといい」

後はもう、今更語ることもない。
ふらつきながらも無事着艦。随分久しぶりな気がする本当の体。
その感覚に少し戸惑いながらも、迎えの船で再び宇宙へ。

行きはあれだけ不安だったというのに、今はこんなに落ち着いている。
不安なことはないわけではない。杏子は果たして無事なのか。
ほむらはどうしているのだろうか。キュゥべえは何者なのか。
それでも星の海の向こうに、懐かしい気さえもするティー・パーティーの姿が見えると。

「……帰って来られたんだな。本当に」

ただ嬉しそうに呟いた。
そして着艦、帰投。降り立ってまず見えたのは、ほむらとキュゥべえの姿。

「へへ……ただいま。ほむら。キュゥべえ」

「お帰りなさい、さやか」
「お帰り、さやか」

声を掛け合い、そのまま寄り合って。
キュゥべえには色々聞きたいことはあるけど、今は大分疲れた。
少し休んで、というか丸一日くらい眠って過ごして。それから聞けばいいだろう。


388 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:21:12.17GHjatkIG0 (9/10)

「あたしがいない間、どうだった?寂しくて泣いたりしてなかった」

「っ!?……そ、そんなわけないでしょう。バカ言わないで」

冗談のつもりが、思わぬ反応が返ってきて困惑。
妙に顔まで赤くして、目元を押さえて俯いている。

「とにかく、さやか。貴女に見せたいものがあるの。……ついてきて」

そう言うと、有無を言わさずその手を取って引っ張っていく。
格納庫を出て、通路を渡って。今まで入ったことのない部屋へ。

「ちょ、ちょっとちょっと!?いきなり何なのほむらっ!?」

開かれた扉。そこにはまるで棺のように横たわったコクピットブロック。
映し出されたバイタルは、そこに入っている人物がまだ生きていることを示していた。
胸に琥珀色のソウルジェムを乗せたまま、静かに延命装置の中で眠っているのは。


「……マミ、さん」
――巴マミの姿だった。


389 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/25(金) 03:33:01.61GHjatkIG0 (10/10)

7話は恐らく次で終わりになるかと。
マミさんがついに肉体と魂が一つになりました。
果たしてカムバックしてくれるのでしょうか。

>>374
キボウも一つの山を越えました。
これからはしばらく平和になってくれる……はずです。多分。

そしてほむらちゃんはこのために動いておりました。

>>375
ところが間違いではありません。コレが現実ッ。
とは言えなんだかんだで助かりました。

本当のキボウはまだ先なのかもしれません。

>>376
1ボスでコレです、この先のボス相手にはどんな激戦を繰り広げるのでしょうか。

>>377
あんこちゃんも重傷ですが、生きていればきっと大丈夫でしょう。
常人ならば脳さえ、魔法少女ならソウルジェムさえ残っていればまだ戦える。
ここはそういう世界です。

そしてLALは名作でしたね。
あれはあれでキボウの篭ったいい作品でした。

>>378
今のところは未知数です。
果たしてマミさんがこれからどうなるのか、それはまだわかりません。

>>379
生き残ってしまいました。どうやらキボウはまだまだ続くようです。
ですがそれでも、今しばらくはキボウではなく希望に満ちた平和な日々を。
彼女たちには与えてあげたい(ような気がする)ものです。


390VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/25(金) 06:23:23.96v/MO45WDO (1/1)

お疲れ様ですっ!
いや~、何とか一件落着ですか、良かった良かった。彼女らには、十分羽根を伸ばしてもらいたいですね!
>>1さんのご友人にも感謝!


391VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(滋賀県)2011/11/25(金) 12:58:51.44tuzkCKjco (1/1)

よかった生きてたよ戦友が増えるよやったねあんこちゃん!

マミさんが復活してファイナルティロ・フィナーレ波動砲をぶっ放す姿は見られるのか


392 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:24:20.841Ft0UTh10 (1/12)

ひとまず戦いも一件落着。これからはしばらく日常パートでしょうか。
ではでは、投下を始めます。


393 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:25:20.291Ft0UTh10 (2/12)

「どういうこと、なの。……ほむら。何で、マミさんが」

震える手で、マミの眠る装置に触れるさやか。
その中でマミは昏々と眠っている。装置の明かりと、ソウルジェムの灯りに照らされて。

「マミもまた、ソウルジェムだけを機体に接続して戦っていた。
 まだ彼女の肉体は保存されていたのよ。仮死状態のまま。……だから、もしかしたらと思って」

「じゃあ……どういうこと?マミさんは、まだ……生きてる?」

すとん、と足から力が抜けた。張り詰めていたものが緩んでしまったように。
そのままその場に膝を突いて、マミが眠る装置にすがるように身を預ける。

「……ええ、生きてはいるわ。少なくとも肉体は」

「どういうことよ、ほむら」

「マミの意識が戻らない、ということさ」

キュゥべえが現れた。恐らくは何かしらの事情は知っているはずだ。
マミは本当に生きているのか、何故意識が戻らないのか。

「少なくともマミの肉体も魂も無事だ。だが意識は戻らない。
 バイドの精神汚染を受けている可能性もある。……専門の医療機関で調べないことには
 今のところ、ボクにはなんとも言えないけどね」

「じゃあ、すぐにでもそうしなくちゃ。マミさんが助かるかも知れないんだ!
 キュゥべえ。艦を病院に向けてっ!」

萎え掛けた足に力を篭めて立ち上がる。
そのままキュゥべえに詰め寄って、一気呵成に言いつける。

「そのつもりだよ。準備を済ませればすぐにでもマミを搬送するよ」

その言葉で、とうとう張り詰めていたものが全て解けてしまったのだろう。
さやかから、魔法少女の、戦士としての表情は消えた。
後に残っているのは、ただの一人の女の子だけで。


394 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:26:05.961Ft0UTh10 (3/12)

「よかった……マミさん。生きてたんだよね。本当に、よかった」

そしてまた、すがるように装置に身を預けて。

「よかっ……た。っぐ、ぅぁ。っ……ひぐ、ぅぁぁ」

そのままキャノピーに額を預けるようにして、静かに嗚咽を漏らす。
本当によかった。生きていてくれてよかった。そして思っていた。
これで今度は、マミと一緒に戦えるのかもしれない、と。

それが身勝手な願いだということはわかっていた。
そもそも助かるのかさえわからない。マミがまた戦おうなんて思うかどうかもわからない。
ただ今は、とにかく助かってくれてよかったと思う。
そう思うことで、いろんな後ろ暗さからも逃れられた。ただただ溢れる感情を嗚咽に変えて
声を堪えることも出来ずに、泣き続けているだけで。

「……さやか」

そんなさやかの姿を見ると、彼女がまだ少女なのだということを改めて思い知らされる。
ほむらは思う。これで少しは救われたのだろうか、と。
さやかが、そして自分自身が。マミを失った、失わせてしまったという重責から。

その肩に触れようとして、思いとどまる。何かを伝えたいと思う。
けれども、何を伝えればいいのだろうかと思う。
そんな風に逡巡している内に、さやかがそっと振り向いて。

「ねえ、ほむら。……やっぱり、辛いね。悲しいね。戦うのってさ」

「……そうね」

思い出しそうになる。辛く長い戦いの記憶。
ほむらは軽く目を伏せて、そのまま伏し目がちにさやかを見つめて。

「マミさんが死んじゃったと思って、それが辛くて、悔しくてあたしは戦ってきた。
 マミさんに負けないようにって、頑張った。……でもさ、これからはそうじゃないんだよね。
 あたしが守りたいもののために、戦っていかなくちゃいけないんだよね」

わかりやすい理由があれば、それが動機になってくれる。
ただ、さやかにとって一番大きな戦う理由。バイドへの復讐。
それはもしかしたら、このまま消えてしまうのかもしれない。そうなれば後はもう
戦う理由は、自分で見つけていくしかない。少しだけ不安だった。


395 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:26:55.561Ft0UTh10 (4/12)

「戦う理由なんて、どんなものでもいいと思うわ。……さやか。
 私はあなたを死なせたくない。あなたと一緒に戦いたい。今はそれが、私の戦う理由よ」

きっとそれは、さやかのような子供が背負い込むには重過ぎる悩みで。
それを思い悩むさやかの姿は、いつもよりも小さく見えたから。
思わずその肩に手を乗せていた。先ほどまでの逡巡も頭のどこかに消えていて。

「ほむら……うん、ありがと。そうだね、あたしには仲間がいるんだ。
 それに、もしかしたらもう一人仲間が増えるかもしれないんだよね。仲間と一緒に戦いたい。
 そんなのが理由でいいのかな、もしかしたら」

「仲間が……増える?」

誰か新しい魔法少女がいるのだろうか。
それはそれで、まだこんな戦う運命を課せられた少女がいるのか。
そう思うと、ほむらは少しだけ気が重くなった。

「エバーグリーンで戦ってる時にさ、一緒に戦ったやつがいるんだよ。
 なんか、ほっとけない奴でさ。……多分、一緒に来てくれると思うんだよね」

「それは、魔法少女が増えるということかい?それならボクは歓迎だけどね」

今まで沈黙を保っていたキュゥべえは、こんなときばかり口を突っ込んでくる。
ぴょん、と装置の上に飛び乗ってさやかと目線を合わせて問いかけた。

「って、キュゥべえっ!そこはマミさんが寝てるんだから、足乗せるんじゃないわよっ。
 ああ、そうだった。そのこともキュゥべえに頼もうと思ってたんだ。もしかしたらだけどさ。
 佐倉杏子、ってのがあたしらの仲間に加わるかもしれない。魔法少女じゃないけどね」

「佐倉……杏子?ああ、そうか、そういうことか」

「知ってるの?キュゥべえ」

キュゥべえの声はどこか意外そうで、それでも僅かに楽しげで。
そんな言葉がとても意外で、驚いたようにさやかも声を上げる。

「ああ、彼女も魔法少女としての素質を持っていたからね。前に誘ったことがあるようだ。
 ……随分前のことだし、そのときには断られたようだけどね」

「じゃあ、杏子は……」

「もし彼女が望むなら、ボクはすぐにでも受け入れるつもりだよ。
 マミが戻ってきてくれれば、これでいよいよ魔法少女が4人。これは楽しくなりそうだね」

気分は少し複雑だった。
杏子が仲間になってくれるのは嬉しい。
だがそれでも、魔法少女という運命に、人ではない体にしてしまうのは少し気が引ける。

「……だが、それはもう少し先になるだろうね」

少し残念そうに、キュゥべえが言葉を続けた。


396 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:27:36.661Ft0UTh10 (5/12)

「何か問題でもあったの、キュゥべえ?」

「問題は山積みよ、魔法少女が増えたとしても、乗る機体がないんだもの」

「あ、そっか」

ほむらに言われて今更気付く。今この艦にあるR戦闘機はほむらのカロン
そしてさやかのフォルセティのみ。予備の機体なんてありもしない。そしてどちらも大破している。
新調するにしても修理をするにしても、どちらも魔法少女仕様の特注品。すぐに直せるものでもない。
少なくとも今しばらくは、身動きが取れなくなるようだ。

「まあ、今後の事は追って通達するよ。さやか、君は特に戦い詰めで疲れただろう。
 今日はもう休むといい。大丈夫、マミのことはボクに任せておいて」

「いや、微妙に不安なんだけど。……しょうがないか、任せたよ。キュゥべえ」

ひらひら、と軽く手を振って。もう一度だけ眠るマミを見つめて。

「マミさん。あなたとはもっとたくさん話がしたかったんだ。
 ……だから、さ。お願いだよ、戻ってきて、マミさん。じゃああたしは部屋に戻るよ。
 お休み、ほむら、キュゥべえ」

今度こそ、さやかは部屋を出て行った。

「お休み、さやか。……後は任せるわ。キュゥべえ」

ほむらもそれに続いて部屋を出る。
長い一日だったな、と思う。それでも今度こそ終わりだ。
これ以上何かあってたまるものか、と。





「ボクと契約して魔法少女になってよ!」

「あぁ?んなもんするわけねーだろ」

すぐ翌日のことである。杏子がティー・パーティーへとやってきた。
どうやら脱水や熱中症、後は軽い火傷程度でしかなかったらしい。


397 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:28:12.191Ft0UTh10 (6/12)

「まあ、約束しちまったしな。一緒に戦おうぜ」

なんて言って、少し照れくさそうに杏子は笑っていた。
さやかは抱きつくように飛びついて、嬉しそうに話しかけ。
ほむらは少しだけ引いた場所から、簡単に自己紹介をした。

「だーからっ!これからあたしらは一緒に戦う仲間、なんだから!
 もっと仲良くしなくちゃダメでしょっ!ほらほむら、こっち来るっ!」

なんて言って、一緒にほむらまで引き込んで抱きしめた。

「ちょ、ちょっとさやか」「おい、さやかっ!?……ま、まあ。よろしくたのむぜ、ほむら」

「……ええ、一緒に戦いましょう。杏子」

まるで円陣でも組むかのように、手を取り合って輪になって。
触れ合う手や肩の暖かさが、一緒に戦えることが嬉しくて、頼もしくて。
きっとこれなら、どれだけだって戦える。そう信じられた。

そんな和やかな雰囲気に割って入ったのがキュゥべえであった。
最初は驚いていたようだが、杏子もすぐにそれにも慣れて。
そしていよいよキュゥべえが、杏子に告げた魔法少女への勧誘。
それを受けての杏子の言葉が、これである。


「え?キミはここで一緒に戦うんだろう?なら魔法少女にならなくちゃいけない。
 ここは魔法少女のための船、なんだよ?」

一瞬呆気に取られたようで。すぐにいつもの調子を取り戻してキュゥべえが詰め寄る。
それに対して、杏子は不敵に微笑んで。

「それでも嫌だ。魂をこんなわけのわからないものに変えられるなんて、あたしは御免だ。
 でもさ、別に魔法少女じゃなくてもバイドとは戦えるだろ?少なくともあたしはそうだ」

理由はともかく、とにかく嫌だった。
面倒だから、理由は今はあまり考えるのはやめておいた。

「あたしはさやかに誘われてここに来たんだ。さやかと一緒に戦いたい。
 パイロットの仕事はしっかりやってやる。どんな機体だって乗りこなしてやる。
 ……あんたにとっても、悪い話じゃあないだろう?」

どうする、と挑発的な目つきでキュゥべえを見つめる。
断られたって行くところなんてありはしない。最悪さやかを抱きこんで立て籠もるかな
なんてちょっと物騒なことまで考えていたようで。


398 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:28:57.481Ft0UTh10 (7/12)

「……やれやれ、キミは随分とイイ性格に育ったようだね、佐倉杏子。
 わかったよ、確かに通常のR戦闘機と組んでの運用試験もできれば申し分ない。
 ついでに他所から試験機を回してもらうことも出来そうだしね」

やがて、観念したかのようにキュゥべえがため息を吐き出して。
そして小さく首をかしげて、杏子を見つめて目を細め。

「いいだろう。佐倉杏子。キミを受け入れよう。魔法少女ではないけどね
 キミも今日から、このティー・パーティーの一員だ」

その言葉を聞くや否や、再びさやかが飛びついた。

「やったね杏子っ!これであたしたち、本当に仲間だっ!」

「っとと、おい、さやかっ!あんまりべたべたひっつくなっての……ん、まあ、よろしくな」



「さて、それじゃあ早速キミたち三人の次の予定を伝えるよ」

ひとしきり歓迎ムードも落ち着いたところでキュゥべえが切り出した。
その言葉に、途端に三人の顔も固くなる。

「休暇だ」

「「「は?」」」

緊張した様子から一変、どうも気の抜けたような声が三つ続いて。
さやかなんかはずっこけかけている。

「どういうことだよ、やってきていきなり休暇ってのはさ」

流石に杏子もくってかかる。
対するキュゥべえはさも当然、といった顔で。

「仕方ないだろう。新しい機体を用意するにも機体の修理を行うにも時間がかかる。
 それにボクにも何かと用事があるからね、しばらくはまともに行動できなくなるんだ。
 この艦自体も色々手を加えるからね、ざっと見積もって半月くらいは何もすることがないんだよ」

キュゥべえの言葉を聴くにつれ、さやかの表情が活き活きとしはじめた。
休暇、長いお休み。そんな言葉がだんだんと現実味を帯びてきたようで。

「ってことはなになに?この後半月くらいはずっとお休み、ってこと!?」

「その通りさ、休暇だよ。とはいえここにはいられないからね。どこかで過ごしてもらうことになる。
 場所さえ決めてくれれば、宿泊先くらいはボクの方で手配を済ませておくよ」

言い切るかどうかの内に、さやかがキュゥべえに詰め寄った。

「ねえねえキュゥべえ。ってことは、地球に戻ってもいいってこと!?
 うわー、楽しみだなっ!最近ずっと訓練とか戦闘ばっかりだったし、休暇さまさま、さいっこーじゃないのっ!」

「って言われても、あたしは行くとこなんかねーっての」

「私も……どうしようかしら」


399 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:29:35.291Ft0UTh10 (8/12)

対して、ちょっと渋い様子の二人である。
肩透かし、といった様子の杏子。内心すでにいくつかあてを探し始めていた。
問題は、完全に困惑しているほむらである。地球に知り合いがいるでもなし。
いたとして、今の姿でわかってもらえるはずもなく。どうやって時間を潰したものかと考えていたが。

「ありゃりゃ、二人とも行く所ないわけ?……あ」

それを見かねてさやかが割って入ったとたんである。
なにやら思いついたようで、にんまりとその頬を緩めて。

「じゃあさ、こうしようよ――」




空は何処までも青かった。久々に吸い込む街の空気を、肺一杯に吸い込んで。
遠くに見える町並みを手で透かして眺めて、変わってないなと安堵する。
そして。

「ただいま、見滝原――」

一人にとっては故郷、一人にとっては異郷、一人にとっては新たな住処であった場所。
見滝原の街外れに、三人の魔法少女が立っていた。


魔法少女隊R-TYPEs 第7話
         『METALLIC DAWN Ⅱ』
         ―終―


400 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:31:01.301Ft0UTh10 (9/12)

【次回予告】

「やっぱりまどかはあたしの嫁だねーっ!」

「さやかちゃんってば……ふふっ」

兎にも角にも休暇は休暇、キボウも今回ばかりはお休みで
少女たちは、ひと時の安らぎを謳歌する。


「あなたは……さやかのそばにいてあげて」

「何バカ言ってんだよ。……あんたも、一緒に来るんだよ」

懐かしい友との出会い、新たな友との出会い。
楽しい出来事におかしな出来事、短い休みは楽しさで満ちていた。





―――多分。

「やあ、まさかキミがボクを呼ぶなんてね」

「――さあ、これでキミも今日から魔法少女の一員だ」


401 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:33:01.271Ft0UTh10 (10/12)

魔法少女隊R-TYPEs 第8話
          『HAPPY DAYS』


402 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:37:39.921Ft0UTh10 (11/12)

だんだんとお話がにぎやかになってまいりました。
その分何かととっちらかりやすくなるかもしれません。
そうならないように、なるべく気をつけて行きたいものです。

とりあえず次回はキボウはお休みです。

いろいろ小ネタ的なものをやれたらいいなと思うので
もし何かこういうものが見たいなというのがあれば、今こそご意見をくださいませ。

>>390
ここ数日というもの、ずっと友人宅で書いてそこで投下という流れが続いております。
まあ、何処でも文は書けるものですね。

ひとまずキボウ溢れる宇宙空間はここまでです。
これからしばらくは、地球の空気を吸って、美味しいものを食べて、友達と仲良く遊んで
楽しい時間を過ごしてもらいたいものですね。

>>391
あんこちゃんにとっても、マミさんにとってもきっと幸せなことのはずです。

マミさんは果たして復帰することができるのか。
彼女が負った傷跡は、きっと根深いものだろうと思います。


403VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/26(土) 00:46:32.53s7X/BvEa0 (1/1)

>見滝原の街外れに、三人の魔法少女が立っていた。

杏子は魔法少女になっていないんじゃ……


404 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/26(土) 00:49:52.481Ft0UTh10 (12/12)

>>403
おおぅ、その通りです、早速ミスでしたね。

正しくは、二人の魔法少女と一人の少女、ですね。
こんなところをいきなり間違うとは、ちゃんとチェックしなくてはですね。


405VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(滋賀県)2011/11/26(土) 00:57:12.56edNdoLVBo (1/1)

マミさんは精神的に殺されてるからなあ
目が覚める理由を考えるのが大変そうだ


406VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/26(土) 06:29:24.83vgqy4rhDO (1/1)

7話終了お疲れです!
地球でしか出来ない事って言うと、やっぱりレジャー系かなぁ?後はお買い物にスイーツを味わう位?小動物ふれあい広場なんてのも(そんなのがあれば)、以外と心が癒されるかも?

>>405
ちょっと心苦しいけど、強い痛みや刺激を錯覚させれば起きるかも知れないね。他には音楽療法なんかどうだろうか?


407VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/26(土) 08:37:52.34N8u9xqz6o (1/1)

次回タイトルがHAPPY DAYSの時点で不安しかない・・・。


408 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:21:09.02CKvpwjyc0 (1/8)

朝っぱらから投下です。


409 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:21:43.99CKvpwjyc0 (2/8)

「で――。どうすんのさ、これから?」

遠目に街を眺めて杏子が尋ねる。

「そーだね、まずは宿に向かって荷物を置いて、それから街でも案内しよっか。
 その後はちょっと自由行動、ってことで。あたしも家に顔出しときたいし」

そう言うさやかの胸中は少しだけ複雑であった。
家族にだけはしっかりと事情は話した。納得はしてもらえた……と思いたい。
それでも、こうしてまた顔を合わせるのはちょっと気まずいな、なんて思っていたりもしたのだった。

「そういうことなら、早く宿へ向かいましょう。このままじゃちょっと寒いわ。
 ……もうこんなに寒かったのね。やはりずっと宙にいると季節感がなくなるわ」

掌に息を吐きかけながらほむらが言う。吐き出す息は白い。
2170年ももう残り僅か。まだ雪は降っていないようだけど。
それでもその季節に似合った服はどうやら、持ち合わせがなかったようで。
急揃えのコートの下は、流石に半袖ではないが冬には辛いもので。

「それもそうだね。よく考えたらあたしら、ちゃんと地球に降りるのなんて三ヶ月ぶりくらいじゃない
 そりゃあ季節も巡るってもんだよね。よし!それじゃー荷物置いたらさ、服買いに行こうよ!」

「賛成よ、何せ給料だけはいいものね、この仕事は」

ちょっとおどけた様子のさやかに、冗談交じりにほむらが答え。

「そういや試験小隊、ってゆーくらいだもんな。そりゃ実入りもいいってもんか。
 それでなくともあたしは、特に使うあてもなかったから随分溜め込んでるんだ。
 この機会に、ぱーっと買い物……ってのも、悪かないね」

大きなバッグを背負いなおして、杏子がにやりと笑って言った。
そんな話をしていると、バスが空からやってきた。


410 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:22:32.97CKvpwjyc0 (3/8)

「え……何これ?」

「R-9……よね、これは」

「アロー・ヘッド、だよな」

三者三様に唖然として。彼女らの前に降り立ったそれは、まさに初代R-9
アロー・ヘッドの外観をしていたのだから。
本当にこれがバスなのか、と呆気に取られている三人の前で壁面のハッチが開き、さらに階段がせり出してきて。
どうやら内装をほとんど取り払って、座るスペースを取り付けているようだ。
通常席は市内200円、外が見えるラウンドキャノピー席は+100円也、だそうだ。

「……型落ちしたR戦闘機が民間で使われてるって話は聞くけどよ。
 流石にこりゃ予想外だろ。……まあ、ある意味落ち着けそうだけどさ」

「おーい、乗らないのかい?」

呆気に取られている三人に、運転手が声をかけてきた。
慌てて乗り込む三人。折角だからとキャノピー席に座ることにして。




「なんていうか、こうやってゆっくりキャノピーから外眺めるのって、ちょっと新鮮だね」

懐かしい街並みを、キャノピー越しに眺めながらさやかが嬉しそうに言う。
流れる街並み。ビル街や商店、公園なんかも通り過ぎていく。
2170年、さぞや近未来的な街並みなのであろうと思われたそれは
概ね21世紀初頭のそれと変化は見られなかったのである。

理由としてはいくつか挙げられる。一つに21世紀初頭の建築技術、建築様式が非常に利便性が高かったこと。
それ以降の年代は、とかく手間や技巧を凝らす建築様式が増え、いつ壊れるかもわからない。
まさに戦時といえるこの時代にはそぐわなかった。
そして恐らくもう一つは、回顧主義的なものもあったのだろう。
発展と栄華を極めた人類の街並みは、酷く明るく派手な、所謂サイバーチックな物へと姿を変えていた。
予想以上に、そういう街並みに拒否感を抱く市民は多かったのだろう。
災害を想定した都市設計を行う際に、以外にも21世紀初頭の建築様式を望む声は多かったのである。

長々と色々理由は並べたが、そうしなければ非常にイメージし辛くてしかたないのだからしょうがない。
漫画の神様だって似たようなことをやっている。名も無い物書きの仕業一つ、ご容赦いただきたいところである。


411 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:23:35.25CKvpwjyc0 (4/8)

「……なんか今、話が飛んでいたわね。何の話だったかしら?」

と、何事も無いかのようにほむらが言う。

「景色のことだろ。あたしは割りと地球の景色は見慣れてたけどな。
 でもこういう日本風の街並みってのはちょっと久々かもね」

包み紙を外したチョコレートを口の中に放り込んで杏子が応える。
これもまた随分歴史が長い。チロルチョコレートは未だ健在であった。

「そうそう、景色だよ景色。あ、あそこ見てよほむらっ!あたしらの学校だ」

「ええ、本当ね。って言ってもあそこにいた時間なんてほんの僅かだったけど」

さやかは懐かしさと嬉しさを覗かせて、対してほむらはわずかな寂寥感も抱えたままで。

「あー……そういえばそっか。でも、全部終わったら学校にだって通えるでしょ!
 でも、その時はもしかしたらまどかや仁美と一緒には居られないのかなー」

「そもそも、もしかしたらもう退学扱いかもしれないわ。せめて休学ってことにしてくれていればいいけど」

「うへ……それじゃなに、あたしの最終学歴中学校になっちゃうわけ?そりゃちょっとやーな感じ」

と、思いっきりしかめっ面をしているさやかの横で。
もっと居た堪れなさそうな表情で杏子が遠くを見つめていた。

(それ言ったらあたしはどうなるんだっての。小学中退レベルだぜ。笑えねぇ……)


学校前のバス停でバスが止まる。しばらく学校の中の景色を覗くことが出来た。

「……平和そうだね。守れたんだよね、あたしたち」

教室の中で座っている、校庭を走っている生徒達。
そんな姿を感慨深げに眺めながら、さやかが呟いた。
その言葉を杏子が繋いで。

「エバーグリーンがあのままだったら、今頃学校なんて言ってられなかっただろうさ。
 あたしらが守った日常がアレだ。ちったぁ誇ってもいいと思うけどね」

さやかにとっては、かつて自分もそこにあった場所。
杏子にとっては、今ではもうはるかに遠い場所。見つめる視線はどこか違って。

「しかし、まどかも仁美も見えないや。後でちゃんと連絡……しても、いいんだよね?」

「……守秘義務はあるけれど、面会の自由がないわけじゃないわ。
 そうでなければ、私たちがここに来るなんて許されるわけがないもの」

「そっか、うんうん。なら俄然楽しくなってきちゃったね」

ぎゅっと両の拳を握って、意気込みも新たににやりと笑うさやか。
そんな様子に、ほむらも顔をほころばせる。ほんのわずかな時間でも、休息といえる時間がここにある。
今はそれを楽しもう、そう心に決めていた。



412 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:24:01.27CKvpwjyc0 (5/8)

そしてバスが動き出す。二つ先のバス停で降りて、5分も歩けば宿泊先が見えてくる。
程なくバスは目的地に到着する。後はしばらく歩くだけ。
人工重力の発達した今でこそ、宇宙暮らしの長い今でも地球の重力に悩まされることはないのだが。

「しっかしまー。またこの重い荷物担いで行かなきゃならないとはね、うんざりだよ」

肩にずしりと圧し掛かる重荷をまた背負いなおして、忌々しげに杏子が呟く。
その視線はさやかとほむらに送られていた。どちらも変わらず重荷を背負っているはずである。
その割には、二人ともさほど堪えている風ではなかった。

「にしても、あんたら随分平気そうな顔してんのな。重くねーのかよ」

「いや、別にそうでもないけど?ほむらは?」

「……特に、重いとは感じないわね」

二人して不思議そうに荷物を背負いなおして、やはり重さはそれほどでもない。
そう再確認する、直ぐにさやかがにやりと口元を歪めて。

「ふふーん?杏子、もしかして体、鈍ってるんじゃなーい?そんなんじゃこの先やってけないぞー」

「うぐ……負けるかっての、こんな重さがなんだぁっ!」

「そんなに張り切って、後でばててもしらないぞー」

荷物を抱えなおして、足早に歩いていく杏子。
くすくすと笑いながらそれを負うさやか。ほむらも後に続いた。

そんな三人の背後に迫る影。その主は、信じられないものを見るかのように息を詰まらせて。
仲良さげに歩いていく三人を見送って一度、地面に視線を下ろす。
躊躇うように視線を地面と三人へと交互に移して、やがて意を決したようだ。

「さやかちゃ……ひゃぅっ!?」

走り出す。するとどうやら随分体は強張っていたようで、足がもつれて転んでしまった。
咄嗟に顔を庇って倒れ込む、腕にじんじんとする痛み。少しすりむいたかもしれない。
折角の服もちょっと汚れてしまったかもしれない。じんわり涙がこみ上げてきた。
立ち上がろうと伸ばした手を、誰がそっと掴んだようで。

「大丈夫?……って、まどかっ!?」

その手を取ったのは、さやか。手を取られたのは、まどか。
まったくの偶然に、こんな昼間の街中で、彼女たちは出会ったのであった。


413 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:24:32.34CKvpwjyc0 (6/8)

「ほんと、すっごい偶然だよね。まさか帰ってきた矢先にまどかに会えるなんてさ」

「うん、私も驚いちゃった。でもさやかちゃん、帰ってきたんだ。お帰り、さやかちゃん」

再会からほんの数分、手を取り合って今にも飛び上がりそうにはしゃいでいる二人である。
三ヶ月、それよりもうちょっと時間は過ぎているが。随分と久しぶりの再会であれば無理もない。
さやかは、久々に聞くまどかの声が、触れ合う手の暖かさがとにかく嬉しかったのだ。

「ただいま、まどか。でもまあ、今はただの休暇なんだけどね。
 ……あ、で、でもほら。半月くらいはこっちにいるから。その間、ずっとまどかと一緒に居られるよ」

再会もほんのひと時のことだと知らされて、まどかの顔が僅かに曇る。
それにあわてて取り繕うように、さやかが続けて言葉を告げた。

「………さやかー、誰なんだこいつ。友達?」

なぜだかそんな様子を見ていると、ちょっと面白くない。
自然と目つきが睨むようなそれになって、まどかを見据えて問いかけた。
そんな視線を向けられて、萎縮してしまうまどかを庇ってさやかが割って入って。

「鹿目まどか。あたしの親友。むしろもう嫁って言ってもいいくらいだね!」

ぎゅっとまどかの肩を抱き寄せながら。再会にテンションもすこぶる鰻上りのようで。
……どうも、なんだか面白くない。でもそんなことを顕わにするのも子供染みている。
実際子供なのだけど、それは認めたくなくて。

「……そうかい。あたしは佐倉杏子だ。さやかの……一応相棒ってのになるのかね?
 まあよろしく頼むよ、多分短い付き合いだろうけどね、まどか」

ずい、と無造作に手を突き出した。
少しだけ躊躇って、おずおずとまどかも手を差し出した。

「うん、よろしくね。えっと……佐倉さん、でいいのかな」

「めんどくせぇ、杏子でいいよ」

「そっか。それじゃあ杏子ちゃん。よろしくね」

ん、と小さく応えて交わした手をきゅっと握る。
その手は女の子らしい、小さくて柔らかなそれで。自分の手とは大違いだった。
度重なる戦いで、女の子らしい柔らかさなんてとうに失ってしまった手とはやはり違う。
何となくそこに相容れないものを感じて、適当に握手も打ち切ってしまった。


414 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:25:26.72CKvpwjyc0 (7/8)

「ほむらちゃんも久しぶりだね。元気そうでよかったな」

「ええ、あなたも変わりはないようね。鹿目さん。
 ……そういえば、今日は学校ではなかったかしら?」

思い出したように、ほむらがまどかに尋ねる。
その言葉に、僅かに目を見開くようにして、なにやら戸惑う仕草を見せて。

「えと……今日は、お休みなんだ。学校。だからちょっと街を来ようって思ったんだ」

まどかの言葉に、三人の表情がぴくりと動く。
誰かが、何かを口に出そうとしたその前に。さやかがぴたりと口元に指を寄せていた。

「そっか、じゃあ今日はこの後目いっぱい一緒に遊んじゃえるわけだね?
 あたしらも今こっちばっかりだからさ、荷物だけ預けたら、一緒に街に行こうよ。
 二人にも街を案内したいんだ。ね、いいでしょまどかっ」

そのまま追求の言葉は告げさせない。誰より先に言葉を放って
さやかがまどかの手を取った。まどかは、酷く困惑したような表情を浮かべていた。

「そう、だね……あ、えっと。でも、ごめんっ。私、用事思い出したから。
 だから、これで。さやかちゃん、また後で会おうね、絶対だよっ!」

辛い何かを押し込めているような、そんな切なげな表情を浮かべて。
それでも必死に笑うようにして、まどかは走り去っていく。
道の向こうで手を振って。そのまま姿が消えていった。


「さやか」

ほむらが声をかける。

「わかってる。二人とも、荷物お願いしていいかな。場所はわかるよね」

どさりと、さやかは重荷をその場において。

「……追いかけんのかよ」

渋々とその荷物の一つを背負って杏子が。
やはり荷物は重い。二つともなるとかなりぎりぎりだった。

「行くよ。明らかにまどかの様子はおかしかった。きっと何かあったんだ。
 まどかはあたしの親友だから、放ってなんか置けないよ」

「部屋に荷物を入れて待ってるわ。長くなるようなら、連絡をちょうだい」

もう一つの荷物をほむらが背負う。
恐らくこの問題は、自分よりもさやかの方が適任だろう。
友達を見捨てて置けない、そんなさやかの性格を好ましく思っているところもある。
できる限りは協力してあげたかった。

「ありがと、ほむら。杏子。……じゃあ行ってくる」

ぎゅっとコートの裾を掴んで引き締めて、まどかの走り去っていった方を目掛けて
さやかは走り出したのであった。


415 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/28(月) 09:44:16.88CKvpwjyc0 (8/8)

日常編第一幕です、ここからはしばらく平和な日々が続きそうです。
ええ、きっと。

>>405
さてはて、マミさんはちゃんと復帰することができるのでしょうか。
きっとマミさんが帰ってくれば、キボウも少しは薄れるのではないでしょうか。

>>406
せめてここに居る間は、目一杯休暇を堪能していただきたいものです。
ちょっと不思議で可愛い動物がたくさん居る、あいれむ動物園とかはどうでしょうか。
……あ、もう閉園してましたorz

>>407
どうしてこうR戦闘機はえげつないものほど幸せな名前をつけたがるんでしょうね。
製作者の悪意と遊び心が透けて見えるようです。マジで。


416VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/28(月) 12:42:39.15La1CUGkDO (1/1)

お疲れ様でございます。
みんな、地球にお帰りなさい!しかしR戦闘機型バスとかwwやっぱり未来なんだなぁ。

これから彼女らは、どこに向かって、何を楽しむのかな?そしてそれを見るのは俺らの楽しみ。


417VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/28(月) 21:24:40.07BtigYz8Z0 (1/1)

うーん、マミさんが戻ってきたら戻ってきたらで、新たなキボウがあらわれそうだ。

「魔法少女なら、バイドに取り込まれても戻ってこれる」なら「意図的にバイドに魔法少女を取り込ませて、バイドについて探る」とか、「バイドそのものを武器にするためにバイドにソウルジェムを埋め込んで『人間の思考を持ったバイド』を作れないかという実験」とか。


418VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(愛知県)2011/11/29(火) 08:54:49.18GhGClmrPo (1/1)

R戦闘機型バスってPShomeに一時期あったんだっけ?


419 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:46:14.806dsNOoU80 (1/13)

気がついたらwikiに項目ができてました。
作ってくれた方には感謝とともに、一部加筆させていただきました。

ネタを仕入れがてらFINALを最初からやり始めたのですが
ファイン・モーションさんにボドボドにされまくっています。
発狂レーザーの安置が見つかりませんorz

では、投下します。


420 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:47:19.036dsNOoU80 (2/13)

走って、走って、走って。息が続かなくなるまで走ってから。
まどかはその足を止めて、壁によりかかった。

「はぁ、はぁ……っ、はぁ」

思いがけない偶然で、さやか達と出会えたのは嬉しかった。
けれども、ほむらや杏子と話している姿を見ていると、なぜか胸がぎゅっと痛くなって。
学校のことを聞かれると、もうどうしていいのかわからないくらいに、居た堪れなさに襲われて。
思わずこうして逃げ出してしまった。いまさらながらに、後悔が押し寄せてくる。

「どうしよう……さやかちゃん、しばらく居るって言ってたよね。
 でも、どうしたらいいんだろう。こんなんじゃあ、話をすることだってできないよ」

会いたくて会いたくて仕方がなかった。話がしたくて仕方がなかった。
そのはずなのに、いざこうして出会ってみると言葉が何も出てこない。
あんな風に逃げ出してしまって、明日から普通に顔をあわせることなんてできるんだろうか。

そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていると、急に現れた人影とぶつかって。

「きゃっ……」

「うぁっ…っ痛てーなぁ。気をつけろよーっ!」

帰ってきたのは、無理やり低くしたような感じの少女の声。
わずかばかりに怒気を孕んだようなその声に、まどかは相手の顔を確認する間もなく頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ。ちゃんと前見てなかったみたいで……」

最悪だ、と思う。頭を下げたそのままで、じんわりと胸の中に悲しさが広がってくる。
こぼれそうになる涙を、ぎゅっと目を瞑って堪えていると、不意に。
ぽん、とまどかの頭に手が載せられて。驚いてまどかが顔を上げると、そこには。

「なーんてね、怖い人かと思った?さやかちゃんでしたー」

いつもと変わらない、友人の笑顔があった。


421 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:47:46.336dsNOoU80 (3/13)

そしてそれが、まどかの堪えていたものを断ち切ってしまった。

「さや……か、ちゃ……ぁ、ぁぁ、うぁぁぁぁあぁっ!!」

「え、ちょ、ちょっと。まどかぁーっ!?」

さやかに縋るように抱きついて、そのまま声を抑えようともせずに泣き出した。
平日昼間、人通りなんてほとんどないとは言え、である。
さすがにこの往来でこうしているのは恥ずかしい。

「一体どうしちゃったのさ、まどか……と、とにかくちょっと場所変えよっ!
 ほら、こっち行くよ」

半ばしがみつかれたような格好のまま、路地へと何とか移動して。

「ほら、ここならそうそう人も来ないからさ。……何があったのか、聞かせてよ」

「……ぁ、うん。ごめん、ね。さやかちゃん」

そんないつもと変わらない様子のさやかで居てくれるのが嬉しくて。
それなのに、自分はこんなに弱くって。それがまた情けなくて。
涙がずっととまらなくて、とめられなくて。ぽろぽろと涙がこぼれ続けていた。


422 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:48:52.286dsNOoU80 (4/13)

「あー、くっそ。一つでも重いってのに二つだぞ。そりゃ疲れもするってーの」

どすん、と荷物を降ろして杏子が愚痴っていた。
ようやくたどり着いた宿泊先。そこは大きな一軒家のようなもので。
どうやら新築らしく、外観や周囲も綺麗なものだ。

「それにしても、なぜさやかはこんな場所を選んだのかしら。
 半月くらい、ホテル暮らしでもよさそうなものだけど」

住む分にはここも悪いところではなさそうだが、と荷物を降ろしながらほむらが言う。
にぃ、と小さく口元をほころばせて振り向くと、杏子が。

「さてね、それはさやかの奴に聞いてみなけりゃわからねーけどさ。
 みんなで一つ屋根の下、同じ釜の飯を食ったりして仲良くなろう。とか、そんなところじゃねーの?」

それはそれで悪くないな、なんて考えながら。 

「それはそれで悪くないわね。となるとなにをするか考えないといけないわ」

「………。くくっ」

軽く目をぱちくりとやってから、小さく笑いを漏らした杏子。
怪訝な顔でほむらが尋ねると。

「いや何、あたしもあんたと似たようなこと考えてたから、おかしくってね」

「そう、あなたもそんなことを考えてたのね。……じゃあ、目いっぱい楽しまなくちゃ。
 こんな休み、次はいつ取れるかわかったものではないもの」

「……だな、折角拾った命だ。たまにゃぱーっと遊んでみるのも悪くねぇ」

荷物をひとまず居間に並べて、家の中を見て回る。
家具もしっかり揃っているし、部屋も沢山ある。中も綺麗なものだ。
3人で住むには、ちょっとばかり広すぎる気もするくらいのものだった。


423 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:49:31.926dsNOoU80 (5/13)

「ふー、やっと一息つけるな。って言ってもさやかが帰ってくるまで下手に動けないし。
 しばらくこのまま休んでよーぜ?あんたも疲れただろ」

勝手知ったるなんとやら、早速居間のソファーに飛びついて。
片手にリモコン片手にお菓子、完全にくつろぎモードの杏子である。

「そうするわ。隣、いいかしら?」

「おう、そーしろそーしろ」

伸ばした脚をひょいと組ませて、空いた隙間にほむらが腰掛けた。
テレビはよくわからないドラマを映し出していた。
如何せん平日の昼間である、そういうものが流れるのは今も昔も変わらないようで。


「そういえば……ええと、杏子」

「ん、どーしたんだよ?」

さやかは未だ戻らず、10分かそこらは過ぎただろうか。
おもむろにほむらが杏子に呼びかけて。

「一つ、聞いてもいいかしら。……あなたがなぜさやかと一緒に戦うことを決めたのか。
 エバーグリーンにいたというのは聞いていたけど、そこで何が起こったの?」

「あー……そのことか。単に向こうで一緒に戦っただけ……ってのでもないか、あれは」

思い出しては小さく苦笑して、なんとも照れくさそうに軽く頬を?き。
少しだけ迷う。それから真っ直ぐほむらを見つめて。

「あたしらはさ、これから仲間になるわけだ。……あんまり面白い話でもないけどさ。
 でも、仲間ってならやっぱりこういうことも話すべきだと思う。ちょっと長い話だけど、聞いてくれる?」

「さやかが戻るまでは何もすることなんてないもの、是非聞かせて欲しいわ」

そんなほむらの言葉に、一体さやかは何をやってるんだか、なんて小さく愚痴ってから。
杏子は静かに話し出す。エバーグリーンとの因縁を、ロス提督との出会いと別れを。
そして一度捨てた命を、さやかに拾われてしまったことを。

「――ま、んなとこさ。ほんとにあいつは面倒で、おまけに大した奴だよ。
 お陰でうっかり命まで拾われっちまった。……今はまあ、あいつと一緒に戦えたら、楽しいんじゃないかなって
 そう思ってるよ。出来ればほむら、あんたともそんな感じでうまくやりたいもんだ」

話しつかれた、といった様子でソファーに深く背を預けた。


424 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:50:30.206dsNOoU80 (6/13)

ほむらも、杏子の言葉を受け止めて。

「私も、そうできればいいと思う。……でも驚いたわ。まさかあのロス提督と一緒にいただなんて」

「結局、ロス達が旅立ってからもうすぐ3年だ。ダメ押しの第3次バイドミッションがあってもまだ
 さっきみたいなバイドの大量発生が起きるんだ。……それでもさ、あたしはいつか帰ってきてくれるって信じてるんだ」

第3次バイドミッション。人類がバイドに対するために放った三度目の矢。
このころになると、人類のバイドに対する術もさまざまなノウハウを溜め込んでいた。
さまざまな手段の中で、バイドに対して如何なる戦闘形態が有効なのか。
それを確かめたのがバイド討伐艦隊と、それに続いて行われた第3次バイドミッションであった。

曰く、ワンオフ機とエースパイロットにおける敵中枢への電撃戦。
そしてもう一つが、従来通りの部隊を率いてバイド中枢への道筋を立て、侵攻して行くという作戦。
前者はバイド中枢の撃破を成し遂げたという記録が残されており
後者には太陽系からバイドを駆逐したという実績があった。結局どちらと絞れたわけではないのが現状である。

「……杏子。あなたが私を信じて話してくれたのなら、私もあなたを信じて話したいことがある」

知らせるべきだ、と考えた。
杏子はさやかと違い、軍やTEAM R-TYPEがどういうものかを知っている。
ならば知らせたとしてもきっと、悪いことにはならないはずだ、と。

「なんだよ、今度はほむらの身の上話でも聞かせてくれるっての?」

「それに近いものだと思うわ。でもお願い、絶対にこのことは口外しないで」

「随分深刻そうだな。そんなに話したらまずいことなら、別に話さなくてもいいんだぜ?」

そういう気遣いは嬉しいと思う。
きっと彼女は、仲間を思える人だ。任せられると思った。

「……いいえ、それでもやはりあなたには知っていてもらうべき事だと思うの。
 杏子、あなたは第3次バイドミッションでバイド中枢を撃ったパイロットの名前を知っているかしら?」

「パイロット……って、確かスゥ=スラスターだっけ。幼体固定されたとか危ない噂も聞くけどよ。
 結局、バイド中枢を討った後は未帰還だ、って話だと思ったけど?」

「ええ、その噂は本当だったのよ。……スゥ=スラスターは幼体固定を受け、14歳の少女の体に加工された。
 そして彼女はバイドを倒し、地球へと帰還したのよ。誰にも気付かれないように」

杏子が怪訝そうな表情を浮かべる。
けれどもその表情は、ほむらの言葉が続くに連れてだんだんと変わっていく。

「彼女は、あの肉体や精神を、正気すら削り取られるような戦いはもう嫌だったのよ。
 だから密かに地球圏に戻り、機体を隠して普通の少女としての生活を送っていたの」

――驚愕する。



「ほとんど今の彼女の姿を知るものは居なかったから、そのまま彼女は軍から逃げることにしたの。
 心臓病で亡くなった少女――暁美ほむらに成り代わって、ね」


425 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:52:30.086dsNOoU80 (7/13)

「は……ははっ、冗談にしちゃ笑えねーし、第一おかしいだろ。
 じゃあどうして戦うのが嫌になった英雄が、あんなところで試験機のパイロットなんかやってんだよ」

信じられない、けれどもその言葉には妙な真実味もあって。
掠れたように笑って、軽く肩をすくめた。
対するほむらは自嘲気味に笑って、天井を見上げながら。

「あのキュゥべえに正体が露見したのよ。それで軍に知らされたくなければ……という訳よ。
 実際、軍やTEAM R-TYPEの元に居るよりは随分と人間らしい暮らしはしてると思うわ」

ほむらは言葉を告げてから、少しだけ頬を緩ませて。

「それに、さやかが戦うと言ったから。あの子を放っておけない。守りたい。
 ……そう思っていたのだけどね。今では素直に、一緒に戦いたいと思うわ」

大切なもの、守りたいものはどうやら同じだったらしい。
杏子が何となくほむらに感じていた壁、その原因がわかったと同時に
目的は同じなんだと思うと、そんな壁も消え去ってしまったような気がして。

「なら、やっぱりあたしらは仲間だ。目的が一緒で、倒す敵も同じ。これが仲間じゃねぇってなら何なんだ。
 ……で、なんだってそんなことを話すつもりになったんだよ」

そんな壁がなくなると、実際の距離も少し近づいてしまうのか
ずい、と身を乗り出してほむらに迫る。ついでに食べていたお菓子の袋も一緒に差し出して。

「食うかい?」

嬉しそうに笑って言うのである。

「ええ、頂くわ。……こんなことを話したのはね、杏子。あなたにさやかを任せたいからよ」

「どういうことだよそりゃあ。そもそもいきなり任せられても困るっての。
 それにあいつは、誰かに助けてもらわなけりゃ何も出来ないような奴じゃないと思うぜ?」

思わずきょとんとした顔で杏子が尋ねる。
なんだかんだでさやかのことを評価しているのは二人とも同じであった。
それはほむらもわかっているのだ、それでも。

「私もそう思うわ。でもほんの三ヶ月前まではさやかは普通の女の子だったのよ。
 バイドと戦うなんてことがそう簡単に割り切れるとは思えない。いざというときには支えてあげて欲しい」

「三ヶ月、って……改めて聞くとやっぱり信じられねぇよ。魔法少女ってのは、皆そうなのか?」

流石の杏子もこればかりは訝しげに首を傾げるばかりで。
無理もないことである。今まで短くない時間をかけて、必死になって覚えてきた戦い方を。
魔法少女はほんの僅かな時間で覚えてしまうことになる。多少なりとも気持ちは複雑だった。

「私の見る限り、魔法少女は皆そうだったわ」

とはいえ、それもさやかとマミに限ってのことではあったのだが。

「っつーか何?あんなこと言っといて、あたしに全部押し付けるつもりかい?」

「そのつもりは無いわ。でも私はこんな体だから、さやかとは違う時間を生きているようなものよ。
 ならきっと、さやかのそばに居るのはあなたのほうが似合っていると思う。
 だから杏子、あなたは……さやかのそばにいてあげて」

そう言われると言葉に詰まる。
そもそもにして、まだ目の前のほむらと第3次バイドミッションの英雄の姿が結びつかない。
むしろ、そんなことを気にしているのかとすら思う。


426 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:53:12.956dsNOoU80 (8/13)

対してほむらは、これでいいのだと考えていた。
なんだかんだで自分はさやかとは違うのだと、一緒に戦うのならきっと
杏子との方が何かと気が合うだろう、と。

さて、どうしたものかと杏子が考えていたその時に、丁度。

「ほむらー、杏子ーっ!どっちでもいいから手を貸してーっ!ちょっと手が塞がってるんだーっ!」

元気よく、でもどこか戸惑いがちなさやかの声が聞こえてきたのだった。

「何かあったのかしら。……杏子、早速だけどお願いする…っ!?」

最後まで言葉を言いきる前に、杏子がほむらの手を掴んで立ち上がらせて。
そのまま出入り口の方に親指を突き立てた。

「あたしはあんたが何もんだろうと関係ない。それが仲間だろ。
 きっとさやかだって、同じ事を言うと思うぜ。ったく、何バカなこと言ってんのさ……あんたも、一緒に来るんだよ」

「っ……でも、私は」

「あー面倒くせーな。もう。今はとにかくさやかのとこに行くのが先だろ。
 ほら、行くぞ行くぞーっ」

「あ、杏子……っ、まったく」

ぐいぐいと引かれるその手に抗い切れず、ほむらもさやかの元へと向かうのであった。


427 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:53:54.136dsNOoU80 (9/13)

「……そろそろ落ち着いた、まどか?」

「うん……ありがと。ごめんね、さやかちゃん」

時は少々遡る。
路地裏、人通りの少ない場所で。
それでもまださやかに抱きついたまま離さずに、まどかは申し訳なさそうに謝った。

「それで、まどかは一体どうしちゃったのさ……まさか、あたしに会えないのが寂しかったとか?」

おどけた調子で話してみると、涙の潤んだ瞳でさやかを見上げて
そのまま、ぎゅっと抱きつく腕に力を込めた。
そんな仕草が可愛らしくて、思わずふらっときてしまいそうなのをぐっと堪えて。

「あはは……もしかして大正解って奴?もー、まどかは本っ当に可愛いんだからさ。
 やっぱり、まどかはあたしの嫁だねーっ!」

「さやかちゃんってば……ふふっ。……でも、本当にそうだったらずっと一緒にいられる、かな」

やはりどうにも様子がおかしい。
いくらなんでもここまで甘えてくるような子ではなかったはずだ。
困惑半分、実はちょっぴり嬉しい気持ちも混ぜ込んで。
それでもなんとか、そっとまどかの体を押しのけて。

「……ね、まどか。そろそろ聞かせてよ。何があったのか。学校、休みなんかじゃないよね」

びくりと、まどかの体が震えた。

「あ、別に怒ろうとかそういうんじゃないんだよ。そもそもあたしだって
 今は学校なんて行ける状況じゃあないし、まどかのことなんて全然言えない。だから心配しないで……」

「やっぱり、まだ戦ってるんだね。さやかちゃんは」

その言葉が、どうやらまどかの傷に触れてしまったらしい。
震える身体を自分で抱きしめるようにして、か細い声を放って。

「そりゃ……まあ、ね。だってあたしが戦わないと、誰かがバイドの犠牲になる。
 でも、大丈夫だよ。一人で戦ってるわけじゃない。ほむらもあの杏子も一緒だから」

「……そっか。仲直りできたんだね。ほむらちゃんと」

「仲直りっていうか、あたしが勝手にムキになってただけなんだけどね。
 そうだ!そうそう忘れてた!マミさんが生きてたんだよ!」


428 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:55:08.576dsNOoU80 (10/13)

「本当に!?……マミさんが、よかった。……よかったよぉ」

またしても泣き崩れそうになってしまって、慌ててさやかがまどかの体を支えた。
どうやらまどかはあまり話したくないようで、ひとまず今は別の話をしよう、と。
さやかはこの三ヶ月間のことを、ほむらのことや杏子のこと、バイドとの戦いのことを話し続けた。

「――でさ、そういうわけで今は休暇ってわけ。しばらくこっちに居るからさ、沢山遊ぼうよ。
 あ……でも、まどかは普通に学校か。それじゃ学校終わってから、いいよねっ!」

「うん。……なんかさやかちゃん、生き生きしてるね」

「そう、かな?こう見えても結構危なかったんだけど……でも、確かに充実してるといえばそうかも」

思いがけない言葉に、ふと首を傾げて考え込んで。
そんな合間に、まどかの呟きが耳に届いた。

「あの時私も戦うって言ってたら。そしたら、私も一緒だったのかな……」
「っ!まどかっ!!」

聞き逃すことは出来ないその言葉。
すかさず手が出て、まどかの手を掴んでしまって。

「何言い出すの、まどか……ダメだよ。そんなの絶対にダメだっ!」

思わず語勢が強くなる、手を握る力も少し強かったのか
顔を顰めてまどかが手を振り払い、そして。

「どうして?どうして私だけなの?……さやかちゃんだって、戦ってるんでしょ。
 私だって戦えるんでしょ?そうしたら、さやかちゃんやほむらちゃんと一緒に……」

きっとまどかは、受け入れてもらえると思っていたのだろう。
驚いたように顔を上げて、胸元に手を当てて必死に訴える。

「どうしてそんなこと言うのさ、まどか。やっぱりおかしいよまどかっ!」
 
「おかしいよ、おかしくもなるよっ!だって私、私……っ」

さやかを見つめる瞳からは、とめどなく涙が零れて服に染みを残していって。
震える声で、やっとの思いで打ち明けた言葉は。

「私……ずっと一人なんだよ。嫌だよ、そんなの……っ」

「一人、って。……どういう、こと?」

「さやかちゃんとほむらちゃんが居なくなって、私だけが戻ったんだよ。
 みんな不思議そうにしてた、私も、誰にも打ち明けられなかったから……誰とも話せなくなっちゃって。
 それに、さやかちゃんやほむらちゃんが死んじゃうんじゃないかって思ったら、私……どうしたらいいかわからなくなって。
 怖くて、怖くて……もう、嫌だよこんなの。耐えられないよ……」

足の力がするりと抜けて、辛うじてさやかに支えられながら
まどかは思いの丈を打ち明けた。巻き込まれてしまった時から三ヶ月余り。
決して短くはない時間、友達にも親にも打ち明けられず、ずっと心の奥底で閉じ込めてきた
秘密と、恐怖。それが溢れ出していた。


429 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:55:55.526dsNOoU80 (11/13)

さやかもそれを理解した。
どれだけの苦悩か、そしてそれはきっとこれからも続くのだ。
確かにそれは辛いだろう、でも。

「……でも、ダメだよまどか。そんな気持ちで魔法少女になんてなっちゃダメだ。
 まどかは今、辛い状況から逃げるために戦おうとしてる。そんなんじゃ、いい方向になんて行きっこないよ」

戦うのなら、自分の意志で道を決めなくてはならない。
周りの状況に流されて決断してしまえば、いつか必ず後悔する。
その時にはもう、誰も、何も恨むことすらできないのだから。

それでも親友であるまどかにそんな事実を告げるということは
さやかの心をきりきりと痛ませていた。

「そんなの嫌だよ。お願い、さやかちゃん。一緒に居させて。
 さやかちゃんと……一緒に、居させてよ」

決心が揺らぐ。まどかが一緒に来てくれたら。まどかと一緒に戦えたら。
戦いの重圧が、死への恐怖がどれだけ和らぐことだろう。
まどかがさやかを必要としているように、さやかにとってもまどかは大切な親友なのだ。

「じゃあ、まどかは……死人になる覚悟、ある?」

「っ……死ぬのは、怖いけど……頑張るから、だからっ!」

「違うよ、死ぬんじゃない。死人になるんだ。……まどか、これを見て」

指から引き抜いた指輪は、青い煌きと共にソウルジェムへと変わる。
かつて見たその輝きは、今はどこかくすんでいるようにも見えた。

そしてさやかは語る。魔法少女の真実。ソウルジェムの正体を。
魔法少女のこの体はもう人のそれではなく、ただの抜け殻でしかないということを。

「人間じゃなくなって、こんな宝石が本体になって。それでも戦える、まどかは?」

完全に足が萎えてしまったまどかを、ゆっくりと床に座らせて。
隣に座って、ソウルジェムを掌に載せたままもう一度尋ねた。

まどかはしばらく、ソウルジェムとさやかを、そして自分を互い違いに眺めてから。
随分と長い時間を空けて。静かに首を横に振った。


430 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 08:56:48.036dsNOoU80 (12/13)

「……私、ダメだね。戦いたいって言ったのに、そんな風になるって考えたら。
 どんどん怖くなってきちゃって、マミさんがやられた時のこと、思い出しちゃって」

膝を抱えてそのまま蹲る。
そんなまどかの肩にそっと手を乗せて。

「大丈夫だよ、まどか。あたしは絶対に死なない。ほむらや杏子もいるんだ。
 ……学校とかのことは、さ。ここにいる内になんとか考えようよ。協力するからさ」

俯いたまま、小さく頷くまどか。

「よし、じゃあそういうことだよ。……流石にまどかをこのままにしとけないよね。
 まどか、あたしら近くに泊まるとこがあるんだ。一緒に行こうよ」

「私なんかが行っても、いいのかな……」

「だいじょーぶですっての。あたしは今お休みでこっちに来てるんだもん。
 まどかが来るなら大歓迎、だよっ!」

「そっか、ありがと……さやかちゃ…っ?」

立ち上がろうと地面に手をついて、けれども体が持ち上がらない。
仕方ないな、とその体を抱き上げて背負う。

「さ、さやかちゃっ!?……これはちょっと恥ずかしいよ」

「大丈夫大丈夫、それにしてもまどか、ちょっと痩せたんじゃないの?すごい軽いよ?」

「……最近、あんまりご飯食べてなかったから、かな」

「あー、やっぱり。じゃあ今日からはしっかり食べなよ。具合でも悪くしたら大変でしょ。
 じゃあ行くよ、まどかっ!」

そうして歩き出し、やがてたどり着く。
しかし両手は塞がっていて、ドアを開けるに開けられない。
そうしてさやかが呼びかけたのであった。


431 ◆HvWr2kWl99Dz2011/11/30(水) 09:03:04.376dsNOoU80 (13/13)

では、本日投下分は以上となります。

>>416
帰ってきたら帰ってきたで、今度は人間関係の清算が待っておりました。
楽しい休暇はまだもうちょっとだけお預けのようです。

>>417
ソウルジェムはバイド汚染に対して非常に高い抵抗力を持っています。
物理的にも、精神的にもです。
………まあ、世の中悪いことを考える人もいるものですよね。

>>418
元ネタがそれです。
確か日本ではやってなかったとかいう話も聞いたりしてます。
多分今はもうないのでしょうね。


432VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/11/30(水) 10:58:11.94KNkD3CTDO (1/1)

続き来たっ!お疲れ様!
うんうん。やっぱそうだよね、ほむらちゃんみたいな素敵な女の子と、歴戦の勇士じゃあ重なりにくいよね。

そして密かな孤独に悩まされる優しきまどか。ほむらちゃんは良いとしても、杏子ちゃんには少しの間、大きい心の器で我慢してもらうしかないかな…。


433VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(不明なsoftbank)2011/11/30(水) 19:56:29.79pFI7869ho (1/1)

まどかが行ったら今度は仁美が置き去りにされちゃうんだがなぁ

乙です


434 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:51:19.90QH08gZZt0 (1/12)

跳躍26次元を越えたら、宇宙墓標群はもっと地獄でした。
ゴマンダーちゃんに会える日は遠そうです。

では本日の投下です。



435 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:52:06.03QH08gZZt0 (2/12)

「しかし、結局ロクに街も見ない内に暗くなっちまったな。
 この分だと、外に出るのは明日から、ってことになるかね」

この時期はもう日が落ちるのも早い。
気がつけばもう夕暮れ時。今から動くとなれば、きっと相当冷えることだろう。

「まあいいじゃないの。結構長旅だったんだしさ、今日一日くらいはゆっくり休んで
 明日はまず、冬服の用意を済ませちゃわないとね。それから街を案内して……と」

「ごめんね、さやかちゃん……ほむらちゃん、杏子ちゃんも」

「別に気にすることではないわ。久しぶりの再会だもの。
 話が弾んでしまうのは無理もないわ。……とはいえ、担ぎ込まれてきた時は
 さすがに何事かと思ってしまったけれど」

「まあ、その辺は気にしないってことで。ね?」

「詮索するつもりはねーけどさ。もし何か困ってるってなら言えよ。
 仲間なんだ。助け合わなきゃな?」

窓から外を眺めていた杏子が振り向いて、にっと笑って呼びかけた。
そんな気持ちは嬉しいけれど、ことこの問題だけはちょっと頼りづらい。
何より、まどかが杏子に頼れないだろう。

「大丈夫だよ、まどかのことはあたしが何とかするから」

「まあ、そういうことならいいけどさ。じゃあとりあえず飯にしようぜ。
 腹も減ったし、飯食いながら話すってのも悪かないだろ?」
 
確かに、言われてみると今日は昼に軽く食べたきり。
いろいろあって、少しお腹も空いていた。久々の地球は寒かったし
なにか温かいものを、お腹一杯食べたいものだな、と。

「そーだね。……よし、じゃあこうしようじゃない!鍋しようよ鍋!
 みんなで食材買い込んでさ、きっと暖かくて美味しいと思うしさ」

「そりゃ悪くないね。となると食材の買出しに行かないとな。
 さやか、この辺によさそうな店ってあんのか?」

「まっかせなさい!ちゃーんと案内するから、準備して行こうよ。
 まどかもほむらも一緒に来なよ。自分の食べたいものは自分で選ぶんだよ」

こうやって話していると、だんだん乗り気になってくる。
ただ一つだけ気がかりなこと、それは。

「だからさ、まどか。その前に一回ちゃんと家に電話しなよ。
 きっとみんな心配してると思うしさ。あたしも一緒に説明するからさ」

「……うん」

やはりどうしても、まどかはどこか元気がない。
それが気がかりで、でもどうすればいいのかが分からなくて。
まずは今できることを、問題に一つ一つあたって解決していくしかないのだろうか。
そんな風にしか、考えることができなかった。


436 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:53:08.75QH08gZZt0 (3/12)

「しかし驚いちゃったね。まさかまどかがあんなことを言うなんてさ」

暗い夜道を四人そろって歩いていく。
電灯に照らされた道を、白い息を吐きながら。
両手に袋をぶら下げて歩く。空気はひんやりと冷たくて
そろそろ雪でも降りそうな感じだ。

あのすぐ後に、まどかは家に連絡をとった。
まだ詢子は帰ってきていなかったようで、電話に出たのは知久だった。
学校から登校していないと連絡を受けていたらしく、電話に出た知久の声は心配そうなもので。
そんな知久に、まどかは言い放ったのである。

さやかと一緒にいるのだと、今はまだ帰れない、帰らないのだ、と。
帰ったら必ず説明するから、とさらに語勢を強めて詰め寄ったのだ。
今までに見たこともないまどかの様子に知久も、戸惑いながらもそれを認めた。
なんとか詢子を説得してみると、だから必ず帰ってくるんだよ、と。
胸中は複雑だったのだろうけれど、直接さやかが話をしたのが決め手となったのだろう。

さやかにも、相変わらずの優しげな声でまどかをお願いするよと頼まれた。
こうなってしまうと、さやかとしても無理にまどかを帰すわけにも行かなくなって。
結局こうして、4人並んで買出しへと出かけてしまったわけである。


437 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:54:01.92QH08gZZt0 (4/12)

携帯用波動コンロが青い炎を吹き上げる。調理器具に流用されるほど波動科学は普及しているようで。
そんな炎に煽られて、ぐつぐつと煮える鍋。
どうにもこの時期は冷えるから、野菜をふんだんに盛り込んで。
味付けは少し濃い目塩味ベース、野菜から出た水分でちょうどいい味になることだろう。

「んー、いい匂いっ!やっぱ鍋はこうでなくちゃね」

箸とお茶碗完全装備で、すちゃっと自分の席を確保して。
さやかが嬉しそうにはしゃいでいる。

「そろそろいい具合に煮えてきたんじゃねーか?もうそろそろ食おうぜ」

と、こちらはちょっとそわそわしている感じの杏子。
もう待ち切れないといった様子である。

「おおっと!まだまだだよ。大根にしっかり味が染みるまでぐつぐつするのがあたしの正義だからね!」
 っていうかほむらとまどかがまだなんだから、せめてそれくらいは待ちなさいっての」

「ええい、これ以上待ってられるか。あたしは腹が減ってるんだーっ!」

鍋の前での取っ組み合い、実に危険なことこの上ない。
そんなところへ、エプロン姿のまどかとほむらが現れた。

「お野菜用意できたよ。でも、ちょっと多すぎる気もするんだけどな」

その手に抱えた大きめのボール、中にはハクサn、否、白菜だとか牛蒡だとか
大根人参もやしに白滝豆腐、お鍋の定番野菜がどっさりと。
既に一つ鍋が出来上がりそうだというのに、まだこれだけ食べるのか。
ちょっと苦笑がこみ上げてくるのを堪えきれずに。

「多ければその分は二人に食べてもらえばいいわ。
 ……そろそろいいわね」

今度は肉を用意してきたほむらが席に着く。
鍋の蓋を開けると湯気が沸き立ち、視界がほんのり白く染まった。

「っしゃ!それじゃ食おうぜ食おうぜっ!」

「よーっし、それじゃ食べちゃいますかーっ。まどかも、ちゃんと食べるんだぞーっ」

「あはは、大丈夫だよさやかちゃん。……じゃあ、いただきますっ」

「「「いただきます」」」


438 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:54:58.00QH08gZZt0 (5/12)

モノを食べる時は、独りで静かで豊かであれ。
なんていうか、救われていなければならない。
そういうのはとある男の言である。けれどもそれはきっと男の食事なのだろう。
女の子達の食事時、箸は動くが口はもっと動く。

普通の女の子が二人、ちょっと普通ではない女の子が二人。
見方を変えれば人二人、魔法少女が二人である。それでもにぎやかなことには変わりはない。
まどかも、ずいぶん元気を取り戻していたようで。

「なんか、よーやく休暇って感じがしてきたよ。明日から何しようかなー」

鍋の中身はほぼ空っぽ。
新たに肉や具材を投入してまた一煮立ち。
腹具合もだいぶ落ち着いて、後はゆっくり話でもしながら食べるだけである。

「とりあえず冬服は新調しなくてはね。さっきだってかなり寒かったもの」

「ってかほむら、結構寒がりだったんだね。あんまりそうは見えなかったけど」

「ははっ、そんなひょろい身体してっからだろ。もっとしっかり食って、身体を丈夫にしねーとな」

「そうね、これからは気をつけることにするわ」



「まどかはどうする?本当は学校とかもあるんだろうけどさ。
 さすがにこうなっちゃったらしょうがないし、一緒に来るよね、まどかも」

「私はさやかちゃんと一緒に行くよ。ほむらちゃんと杏子ちゃんにも街を案内してあげたいし」

「そっか、じゃあそうだねー、明日は見滝原の名所紹介、ってな具合にしてさ
 明後日はそれぞれ自由行動、ってことにしよう。その後のことは、また明日にでも考えるとしてね」

「ん、いいんじゃねーかな。あたしも久々に色々遊んできたいし」

「ええ、私も構わないわ。でも普通に街に出るのなんて久しぶりだから。
 もしかしたら、色々迷惑をかけてしまうかもしれないわね」

「そんなの気にしなさんなっての。ここにいる間くらいはゆっくり羽を伸ばそうじゃないの」

話は弾む、これからの楽しい日々を色々と考えてはそれを話し合い。
そんな楽しい気分を、鍋から漂ういい匂いが後押ししてくれた。
これで酒でも入れば本当にいい気分になってしまいそうだが、彼女達はまだ未成年である。
一応。


439 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:56:09.06QH08gZZt0 (6/12)

「やあ、みんな休暇を楽しんでいるようだね」

「ぎゃーっ!?」

突然である。鍋の中からキュゥべえが現れた。
実体のない半透明生物である、まあ問題があるわけではないのだが。

「っ!?テメェっ!一体どこから出てきやがるんだっ!」

「どこからって?この家の中ならどこにだってボクは出られるようになっているんだよ」

「そういうこと聞いてるんじゃないんだってば、鍋の中からにゅっと出てきたら誰だって驚くって」

さやかの言葉にキュゥべえは改めて自分の姿を眺める。
鍋に半ば埋まっていて、鍋から顔と尻尾が突き出ているだけの状態。
はっきり言ってしまえば、気味が悪い。

「……別に今のボクは実体があるわけでもないから、構わないとは思うんだけどな」

「いいから出ろっての、食欲が失せる」

「やれやれ、しかたないな」

ぴょん、と鍋から躍り出た。
所詮はただのホログラム、いい感じで煮えていたり色づいていたりはしなかった。

「キミもここに居たんだね。やあ、久しぶり。鹿目まどか」

「あ……うん、久しぶりだね、キュゥべえ」

あまりの衝撃に面食らっていたまどかも、ようやく正気を取り戻したようで。
キュゥべえに向かってなんとも曖昧に微笑んで。

「それにしても、こうしてみんなで食卓を囲んでいるというのもなかなかによさそうなものだね」

「あんたも参加すりゃいいんじゃねーの?まあ、その身体で飯が食えるとは思わないけどさ」

「そうでもないよ、さすがにこの身体では食べられないけどね。
 職場で一緒に食事を取るときなんかは、色々食べたりしているよ」

やけに所帯染みた言葉が飛び出して、キュゥべえの正体を知るほむらは噴出してしまった。
どう見ても怪しい白衣集団と、どうみても只者ではない白い半透明生物が一緒に食卓を囲んでいる。
なんとも奇妙でシュールな光景である。想像するだけで疲れてきそうだ。

「職場って、キュゥべえはずっとティー・パーティーにいるんじゃないの?」

「ここやティー・パーティーにいるボクはあくまでもプログラム、本体から切り離された一部分なんだ。
 ボクの本体は、もっと別の場所でR戦闘機の開発に携わっているよ」

「へー、そうだったんだ。っていうか今更なんだけどさ。キュゥべえって一体何なの?
 ただのプログラムじゃない、ってことはわかったけど」

そこそこ付き合いも長いこの生き物に、今更ながらに疑問が湧いてくる。
そうすると、先日TEAM R-TYPEの男が言っていた言葉が蘇ってくる。
曰く、インキュベーター、宇宙人。宇宙人ならインベーダーじゃないのかな、なんてレトロな考えは放り投げて。

「ボクはボクだ、魔法少女をサポートするための存在だよ。それじゃ不満かい?」

「大いに不満ね、それだけじゃ説明のつかないことが多すぎるわ」

「おう、あたしも気になるぞ。いまだにこんな妙な生き物が目の前で動いてるのが不思議なくらいだし」

矢継ぎ早に二人が言葉を放つ。
気になっているのはどうやら二人も同じようで。
流石に、こんなキュゥべえの言葉一つで誤魔化されるわけにもいかない。


440 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:56:54.12QH08gZZt0 (7/12)

「ほらほら、みんな気になってるんだよ。キュゥべえ。そろそろ正体を白状しちゃってもいいんじゃない?
 実は宇宙人だった、とかさ」

ぴく、とキュゥべえの耳が跳ねた。

「……まさか、そんなわけがないじゃないか」

「そうだよさやかちゃん、いくらキュゥべえが不思議な生き物だからって、宇宙人はないと思うよ」

「そーだよなぁ、いくらなんでも宇宙人はねーよ。まだ生物兵器って方が納得できるぜ」

「でも……あたしは聞いたんだ。キュゥべえ。あんたが宇宙人だって。
 インキュベーターって呼ばれてたのも、聞いたんだ」

さやかの言葉に、沈黙が部屋に満ちる。
ぐつぐつと煮える鍋の音だけが聞こえて……。

「あっ!?鍋、吹き零れてるよっ!」

「うわととっ!……ふぅ、危ない危ない」

慌てて鍋の火を止めた。
このまま食事を再開するには、ちょっと空気が深刻すぎる。



「……一体、どこでそれを聞いたんだい、さやか。
 いや、大体想像はつくか。あの男から聞いたんだね」

キュゥべえは軽く目を伏せて、少しだけ思考を廻らせ言葉を告げる。
少なくとも今のところ、さやかの行動のほぼ全ては監視下にある。
わからないことがあるとすれば、ティー・パーティーを離れていた時のことだけだ。

「その通り、このまま向こうで戦わないかって誘われてさ。
 流石に断ったんだけど、その時にね。……さっき思い出した。
 キュゥべえ。そろそろ聞かせてくれない?今更どんなこと言われたってあたしは驚かないよ。……た、多分」

いまいち最後が締まらないのはご愛嬌、といったところであろうか。
キュゥべえはぐるりと部屋の中を見渡して、それからまどかに目を留めた。

「そこまで知っているのなら、ボクとしては話をするのも吝かじゃない。
 でも、キミはいいのかい、鹿目まどか。ボクとしてはキミはこれ以上秘密を抱え込むべきではない、と思うけど」

胸中の悩みを見透かすようなキュゥべえの言葉。
まどかは思わず息を詰まらせた。

「あー……確かに、今のままでもまどかにはかなり負担になってるもんね。
 となると、まどかはあんまり知らないほうがいいのかな」

申し訳なさそうにさやかが言う。
けれども仕方ないことだと思う。今のままでさえまどかは抱えた秘密に押しつぶされそうになっている。
これ以上の何かを押し付けるのは、流石に酷だと思ってしまう。

「わ、私……知りたい。秘密を抱え込むのは辛いけど、でも……。
 私だけが何も知らないのは、もっと嫌だから」

胸元をぎゅっと押さえて、痛みを堪えるような顔でまどかが告げる。
でも、知ってどうするというのだろう。さやかの脳裏には先ほどのまどかの言葉が蘇っていた。
一緒に戦いたい――と。その気持ちは本当なのだろう。
けれど、魔法少女の真実を知って思いとどまった。そう思いたい。
それでも、まるで今にもまどかがキュゥべえと契約を交わしてしまいそうで、どうしようもなく不安だった。


その時は、止めようとも思った。


441 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:57:24.20QH08gZZt0 (8/12)

「わかったよまどか。じゃあキミにも話そう。もちろんこれは重大な秘密だ、口外はしないで欲しい」

キュゥべえの言葉に、皆が静かに頷いた。
それを確認して、キュゥべえがぴょんとテーブルに飛び乗った。

「だーかーらー、飯食うところに足乗っけるんじゃねーっての」

……払いのけられた。

「だからボクには実体がないって言っているのに。わけがわからないよ」

仕方なく、食卓からは少し離れた床に座って。


「まず最初に、ボクが宇宙人だというのは間違いじゃない。インキュベーターというのも、ボク達の本当の名前だ。
 ボク達インキュベーターはね、ずっと昔からキミ達人類と関わってきたんだ。
 それこそ、キミ達がまだ文明というものをもたなかったような時代からね」

なにやら、にわかに話のスケールが大きくなってきた。
そしてキュゥべえは静かに話し始める。

曰く、この宇宙はエントロピーの問題に直面している。

「だからボク達は、エントロピーに囚われないエネルギーを探していたんだ」

そしてそれを解決する術が、人の感情をエネルギーに変える技術。すなわち魔法少女のことである、と。

「魔法少女が魔女を倒す。そうすることで生み出されたエネルギーが、ボク達の宇宙を救っていたんだ」

その為に彼らインキュベーターは、遥か昔から人類と共に寄り添ってきたのだ、と。

「だからボク達は、人類がより発展するように陰ながら力を貸してきたんだ。
 それがボク達にとっても、エネルギー問題を解決する手段になっていたからね」

だが、その関係はあっけなく壊滅した。
悪夢の存在によって、とてもあっけなく。

「そんなボク達の前に、バイドは容赦なく襲い掛かってきたんだ。
 ちょうどあれは、こちらの年代で21世紀世紀の初頭のことだと思う。
 それ以降、それにかかりきりになってね。ボク達は地球に干渉することができなくなってしまった」

彼らインキュベーターは感情を持たない文化を形成していた。
そしてそれは、個というものを必要としない文化であった。だからこそ彼らは、全員が意識を共有する群体として存在し

ていた。
それが、対バイドにおける最大の弱点となったのだ。

「最初はね、ボク達の内のほんの僅かな部分だけが取り込まれただけだった。
 でも彼らは、その僅かな部分を通して、ボク達全体の精神を蝕み始めたんだ。
 個を持たないボクらは、皆まとめて浸食されてしまうところだった」

それでも彼らは、その進んだ技術力をもってバイドに抗った。
汚染された精神領域を排除し、さまざまな兵器を、時には魔法少女の力さえ使って
バイドの根絶を図ったのだ。

「結果は惨敗だ。技術的に劣っていたのかもしれないが、問題はもっと深刻なところにあったんだよ」

感情を持たない彼らが持ち得なかったもの。
バイドを、全生命の天敵たらしめているもの。

「奴らが持つ底知れないほどの憎悪と悪意。それが奴らをどこまでも進化させ、次第にボク達は追い詰められていった」

そして、宇宙を救うという使命を果たすこともままならず
インキュベーターという種は、バイドに飲まれて果てることとなる。

「……ボクは、僅かに残った最後の精神領域をかき集めて、母星を脱出した。
 そして、随分長い旅路の果てにかつて交流のあった星、地球へとたどり着いたんだ」

そこで、彼は驚愕することになる。


442 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:58:34.54QH08gZZt0 (9/12)

「驚いたよ。ボク達がまるで敵わなかったバイドに対して、彼らは抗う術を持ち得ていたんだ。
 だからボクは、何とか星から持ち出した技術を彼らに、TEAM R-TYPEに提供した。
 それが今キミ達を魔法少女として戦わせている、ソウルジェムシステムというわけさ」


一通り話も終えて、あまりに壮大な話に、まだ理解が追いつかない。
誰もが黙っている中で、ようやくほむらが口を開いた。

「もしその話が本当だとするのなら……私は、あなたへの接し方を改めなければならないわ。
 今までは、あの連中が少女をパイロットに引き込むためのマスコットか何かだと思っていたから」

そういう側面があるのは間違っては居ないのだろうが、それでも随分と酷いことを言うものである。

「今でも、子供を魔法少女に仕立てて戦わせるなんてことが、正しいとは思えない。
 それでも、理解はできる……と思うわ」

もしかしたらこのインキュベーターという得体の知れない生き物も
油断ならない相手として、ではなく、仲間として接することができるかもしれない。

「……まあ、大体はわかったけどさ、一つだけ不思議なんだよな」

長い話に、うっかり気が鍋の方に向いたりもしながらも、杏子が言葉を次いでいく。

「何であんたは、バイドと戦おうって、人類に協力しようって思ったんだ?
 逃げるつもりなら、バイドの相手なんて人類に任せちまえばよかったのにさ」

そんな言葉に、意外そうにキュゥべえが目を見開いて。すぐにそれは、自嘲気味な笑みへと変わった。
そんな表情を見るのは初めてで、皆が驚いてキュゥべえを見つめた。

「……ボクはきっと、欠陥品なんだと思うよ。ボク達にとって、感情とは特殊な精神疾患に過ぎない。
 でも、バイドとの遭遇は非常に原始的な感情をボクに抱かせた」

すぅ、とその目が細められ、深い赤を湛えた瞳が小さく光る。

「憎いのさ、バイドが。ボク達の使命を、そして全てを奪ったバイドがね、憎くてたまらないんだ。
 ……復讐してやりたい。ボクが奴らと戦うことを選んだ理由は、それだけだよ」

「……なんか納得したわ。まだ微妙にわかんないとこはあるけど、一応信じといてやるよ、キュゥべえ」

バイドへの憎しみ。それはきっとこの場にいるほとんどのものが共有している感情だろう。
少なくともそれは理解できた。同じ敵を持っている。分かり合う、協力しあう余地はある。


「なーんか、スケールが大きすぎていまいち実感湧かないや」

「あはは、私もそうかな。……秘密っていうけど、こんな秘密、誰も信じてくれないよね」

そして、微妙に蚊帳の外な二人であった。


443 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 21:59:20.61QH08gZZt0 (10/12)

「よし、話も終わったし食おうぜ。冷めちまってるだろうし、火ぃつけるぞ」

「それもそーだね、よっしゃ、じゃあ食べようっ!」

そして始まる楽しい鍋祭り。
そんな光景をじっと見ていたキュゥべえが。

「そういえば、職場でよく食べていた鍋の道具があるんだ。もしよかったら、キミ達も使ってみるかい?」

「……あんたって、普通に鍋も食べるの?」

「人間が食べるようなものなら大体食べられるよ。別に食事を取らなくても問題はないけどね」

「というか、あなたの職場ってTEAM R-TYPEでしょう?……恐ろしく嫌な予感がするのだけど」

「まーいいじゃねーか。一体何食ってりゃあんな外道集団が生まれるのか、ちょっと見てみたい気もするしさ」

「いくらなんでも、鍋っていうくらいだしそんなにおかしなものはないと……思うんだけど、な」

「うん、じゃあ映像を出すよ。なかなか興味深いものだったよ」

ぴん、と小さな音と共に映し出された、それは。

「ひぃっ!?」

「うへぇっ!?」

「な、なんじゃこりゃーっ!?」

「……卑猥」


なんというかもうゴマンダーだった。
鍋に入ったゴマンダー、汁に浸かってぐらぐらと煮立てられてる。
どう見ても正気を疑う光景である。

「おい、こら腐れ小動物。アレは食いもんじゃねーだろ。どういう神経してたらアレを煮詰められるんだよ」

流石に杏子もツッコんだ。

「何を言っているんだい?あれはゴマンダーじゃない。似たような形をした鍋の道具だよ」

キュゥべえ曰く、そのゴマンダーの上の口、というかコアっぽい部分に肉や何かを大雑把に投入するらしい。
その後、くぱぁ、と空いた口の中にぐにゅぐにゅと箸を突っ込むと、ずるずるとインスルーのような何かが出てくるらしい。
その体に、肉塊よろしく大量のつみれをくっつけて。
それが尽きればまた自動で中に戻り、引っ張り出せばまた出来ている。そういう道具らしい。
おまけによく火が通れば本体自身も食べられる素敵仕様だそうな。

「何でも食材研究科の新商品らしいね。彼らはこれを量販店とかで販売しようともくろんでいるらしいよ」

「oh……」

なんというか、常軌を全力で逸している。
衝撃もあまりに大きすぎると、最早リアクションを取ることもできないらしい。

「まあ、古来からこの星には、敵を食べ物に見立てて食べることで願掛けをするようなものもあると聞く。
 これもある意味、そういった類の儀式には使えるのかも知れないね」

「……いや、頼む。もういいから消してくれ。あたしが悪かった」

流石に食事の最中に拝むにはあまりにショッキングな内容過ぎた。
気付けば皆、箸が止まっている。

「そうか、あまり好評ではないようだね。彼らにもそう伝えておくよ。
 ……それじゃあ本題に移ろうか。マミのことだ」

その言葉に、杏子以外の全員の顔が強張った。


444 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 22:06:27.24QH08gZZt0 (11/12)

本当は闇鍋にしてこのゴマンダーちゃんを投入する予定でした。
多分約一名くらいが立ち直れなくなるのでやむなく採用は見送られました。

というわけでなかなかお休みできませんね。
次はいよいよマミさん復帰に向けてのお話に、なるのでしょうか。
後は何となく思い立ってRっぽく主題歌を替え歌してみました。
magiRみたいな感じです。

>>432
実際噂はまことしやかに流れているものの、スゥ=スラスターの実情を知るものは
ほとんど存在していません。TEAM R-TYPEと軍の一部の人間が知っているくらいでしょうか。

そしてまどかさんが普通の女の子しています。
きっと地球と宇宙の隔たりは、原作の彼女たちの距離よりも遠く、そして重いのでしょう。

>>433
仁美ちゃんは何も知りません。
不思議がりはするし寂しくもなるでしょうが、秘密に心を割かれることは無いはずです。


445 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/01(木) 22:07:35.55QH08gZZt0 (12/12)

magiR

いつか君が機体に灯す蒼い光が
時空(とき)を超えて
喰らい哂う悪魔の夢を
確かに一つ砕くだろう

倫理さえ打ち捨てて
君が願う力はナニ?
こんな罪深い戦いの向こうに
尊い未来はあるの?

思い出を重ねていた
かつての英雄のように
悪夢を払う力で
微笑む君と在りたい
怯える胸の中には
貴女が残した勇気
想いだけが頼る全て
刃を呼び覚ます
願い

いつか君も誰かの為に
強い力を望むのだろう
愛が胸を捉えた夜に
未知のココロが生まれてくる

迷わずに行けるなら
ココろが壊レてもいいワ
いつカ目の前ノ暗闇に
立ち向カう為ノ
力が欲シイ

君はもう帰らぬ記憶
私は抗う明日
二人が願う奇跡を
無くさぬ為に進むわ
震えるこの手の中には
溢れる波動の粒子
時の果てに巣食う全て
悪意を焼き払う


囚われた円環の輝く
悪夢さえ和らぐ光の中で
願いはきっと叶うと
帰るべき場所を
願ッタ

静カニ聞コエテイタ
海鳥ノ声優シク
懐カシイ場所仲間ガ
ソコニアルト囁ク
終ワラナイ悪夢(ユメ)ヲ見ヨウ
君が撃ツヒカリノ中デ
琥珀色ニ染マル全テ
ワタ シヲ オワ ラセ ル
ネガ イ


446VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(不明なsoftbank)2011/12/01(木) 22:45:56.46QYlMuq6Io (1/2)

>>444
いやね仁美と特に親しい関係にあるのがまどかとさやかの二人だからってことで


447VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(不明なsoftbank)2011/12/01(木) 22:47:36.44QYlMuq6Io (2/2)

乙忘れてた
乙です


448VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(チベット自治区)2011/12/01(木) 23:15:39.58GloPj1jDo (1/1)


ゴマンダー鍋ってwwwwwwww常軌を逸しすぎててびっくりするわ


449VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/02(金) 00:03:36.11yOpVKq5DO (1/1)

お疲れ様です!
鍋ネタの採用ありがとうございます!今日はなんだか異様に寒かったので想像でもあったまれました。波動コンロとか、炎の部分見てみたいな~。

鍋ゴマンダーを実際に売るなら、商品名はこんな感じだろうか。
ナベンダー&ツミレデルー

ちょww替え歌の終盤wwww


450VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東海)2011/12/02(金) 10:20:21.99Kw7YXqbAO (1/1)

まあ、膀胱を使った調理法もあるというし……


451VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/02(金) 17:32:03.65+QAaZh/D0 (1/1)

インキュベーターさえも狂わせるとは、恐るべし、R世界の狂気


452 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:01:52.09+OvBDJXH0 (1/10)

悪戦苦闘しながら、ようやくストライク・ボマーが完成しました。
やはりメガ波動砲はチートっぽい性能ですね。

ではいよいよ第8話も終了です。
そろそろ折り返しに入ってきたのではないでしょうか。




453 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:03:07.89+OvBDJXH0 (2/10)

「マミさん……そうだよ、マミさん、生きてるんだよね」

まどかがはっとしたように顔を上げて、キュゥべえに縋るような視線を向ける。
生きてはいる。生きてはいるのだ。問題は意識が戻らないということだけで。

「……で、結局マミさんは今どういう状態なの?詳しく調べてもらったんでしょ?」

目覚めて欲しいと願う。今度は一緒に戦いたいと、祈る。

「っつーか、そのマミってのは誰なんだよ?昔の仲間か何かか?」

げんなりした気持ちも多少は回復したようで。
鍋をちょいちょいとつまみながら、杏子が尋ねた。

「マミさんは、あたしらがバイドに襲われた時に助けてくれたんだ。
 そしてあたしらに、魔法少女のことを教えてくれた。……そして、バイドに殺された」

「……その、はずだったのだけど。マミは生きていたのよ。少なくともその身体は」

発見されたソウルジェム自体は、バイドによる汚染は見られなかった。
ファントム・セルに撃墜され、その中に取り込まれていたというのに、である。
おそらくかなり強力なバイドに対する耐性を持っていたのだろう。
けれども問題は、その中に宿る魂、精神だった。

バイドは全てに侵食する。生物も、機械も、プログラムでさえ。
そして、精神にさえも侵食するのである。バイドに精神を冒されれば、もはやそれはバイドも同じである。
魂そのものであるソウルジェムを取り込まれたマミが、バイドによる汚染を受けていないとは考えにくかった。

「ああ、マミは今も生きているよ。バイドによる精神汚染の兆候は見られるようだけど
 それもほとんど影響はないようだ……今のところはね」

それ自体は喜ばしいことだ、だが最後の言葉が引っかかる。

「これはキミ達人類の概念では説明が難しいことだ、それでもどうにか説明するとなると
 マミの精神は現在活動性を失っている。精神領域の一番奥の部分に癒着してしまっている。
 それを剥離して回収するために、ボク達も干渉してみたんだけどね、効果はほとんどなかった」

どうもさっきから、理解の範疇を超えるような難しいことばかり説明されている。
お腹も膨れて頭の回転も鈍っている状態では、なかなか理解が捗らない。

「……ねえほむら。今の話、わかった?」

「なんとなく、分かったような分からないような……ってところね。杏子、あなたは?」

「いや、ぜんっぜんわかんねぇ。なあまどか、あんたはわかるか?」

「私も、よく分かんないや。……あはは」

このざまである。
そもそもソウルジェムだの魂だのという事自体、非現実的な代物なのだ。
それに直面し、実感しているとは言え、いまだに理解したとは言いがたい。


454 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:05:56.98+OvBDJXH0 (3/10)

そんな彼女らの様子に、困ったようにキュゥべえは一つため息をついて。

「仕方ないね、そういうことならもっと分かりやすくしようか。正確には違うんだけどね。
 マミの意識はソウルジェムの中に閉じ込められていて、彼女の中に戻っていない。
 マミのソウルジェムに干渉して、意識を目覚めさせる必要があるんだ」

「あ、それならなんとかわかるかも。要するにアレでしょ」

ぽん、とさやかが軽く手を打って。

「要するにマミさんは眠り姫ってことよ。わるーい魔女に眠らされちゃった。
 でもって助けるためには王子様のキス、みたいなものが必要だってことでしょ」

やけに得意げな顔でさやかが言う。
戦いに染まっていても少女は少女、こういう話は食いつきもいいようだ。

「なるほどな、それなら確かに納得だ」

「それなら差し詰め私達は、バイドと言う名の魔女と戦う騎兵隊、ね」

「なんか、ちょっとそういうのも格好いいかもね。
 でも……王子様のキスなんて言っても、一体どうしたらいいんだろう」

「その方法は、あんたが知ってるんだろ?な、キュゥべえ?」

4人の視線がキュゥべえに向かう。
ようやく話もまとまったかな、と少し澄ました顔をして。

「ソウルジェムを介して、直接マミの精神世界に干渉する。
 ボク達の干渉は拒絶されたが、もしかしたらキミ達ならばマミも心を開いてくれるかもしれないからね」

「ってことはやっぱり、あたしとほむらの出番ってわけだね」

ばしっと拳を掌に撃ち付けて、さやかが気合を入れなおす。
ほむらも口には出さないけれど、幾分か顔を引き締めて。

「そのための準備を、今ボク達で進めている。準備が出来たら知らせに来るよ。
 今日はそれを伝えに来たんだ」

「よっしゃ!燃えて来たよーっ!絶対、マミさんを助けて見せるんだ。
 あ、何か準備することとかってあるかな?」

「いや、準備は全てこっちで済ませるよ。キミ達はこちらの整うまで、休暇を楽しんでいてくれればいい」


455 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:06:38.46+OvBDJXH0 (4/10)

そうと決まれば、今は休暇を楽しむだけである。
マミのことは気がかりだが、それでもキュゥべえに任せるよりほかに術もない。
なんとかなると自信を胸に、目の前のロングバケーションをどうするか、ということに意識を向けた。

「明日はとりあえず街を案内しなくちゃね。あー、でもさ、あたしちょっと行きたい場所があるんだ。
 だから、案内は午前中で済ませることにしてさ、午後からは自由行動ってことでいい?」

「別に、行きたい場所があるのなら一緒に行っても構わないのだけど」

「あはは……いや、さ。一回実家に顔出しておこうと思って。
 多分長くなりそうだし、一人で行っておきたいから。……だから、ごめんほむら」

一応両親とは話をつけている。
とは言えそれは、電話越しに会話を交わしただけのことで。
実際に会うのは修学旅行の時以来。何を言われるのかと考えると、少し怖い。
それでも顔は見せておきたい。考えたくもないけれど、いつ死んでもおかしくない戦いだから。

「まあ、そーゆーことならしかたねーだろ。家族は大事だからな、しっかり顔出してこいよ」

二度も家族を失って、家族というものには憧れと同時に複雑な感情を抱かざるを得ない。
そんな杏子は、帰る場所のあるさやかが少しだけ羨ましかった。

「それじゃあ、午後からは私が皆を案内するね。それでいいかな、ほむらちゃん、杏子ちゃん」

「ええ、お願いするわ。鹿目さん」

「おう、頼むぜまどかー」

概ね話もまとまった、実はこっそり鍋の中身も概ね片付いていたりして。

「しかし、さすがに食いすぎたー」

なんだか少しだけ膨らんでいる……ような気もするお腹を擦りながら
杏子はソファーに身を横たえた。なんとも横着なものではあるが。

「食べてすぐ寝たら牛になるぞー」

「いーんだよ、あたしは太らない体質だから」

「うぐっ、いいなぁ杏子は……艦の中だとなかなか運動とかしないからさ
 あたしなんて体重がえらいことに……うぅぅ」

思い出してはよよよ、と手で目を覆って泣く様な仕草を見せる。

「っつーか、パイロットってのは体も鍛えて何ぼだと思うんだけどな。
 結構激務だろ、あれ」

「普通は鍛えなければやっていけないわ。体にかかるGだけでも相当だもの。
 ……そういう面では魔法少女は便利ね、そういうことを考慮しなくてもいいから」

「……ああ、なるほど。そりゃあ便利だろうな」

やはりそういう、人ではないものという魔法少女の側面を見せつけられると
いやな気分になってしまう。どうしても言葉が荒くなるのを、杏子は止められなかった。


456 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:08:18.25+OvBDJXH0 (5/10)

「気になる気持ちもわかるけどさ、そのお陰で私なんかでも戦えてるんだもん。
 これで文句なんて言ったら、それこそ罰が当たっちゃうよ。別に特に何か体がおかしいってこともないしさ」

ちょっとおどけたさやかの言葉に、渋々矛を収めた杏子。
けれどもその言葉を聞いて、まどかの胸中は複雑であった。
魔法少女だからこそ戦える。さやかがそうなら、自分もそうなのではないか、と。
けれどもそう考えてまた、あの時さやかが告げた魔法少女の真実が圧し掛かる。
死人になって、それでも戦う覚悟はあるか。……考えてしまうと、胸の奥がずきりと痛む。
手足の感覚が消えて、冷たくなっていくような錯覚さえも覚えてしまう。

「……やっぱり、ダメだな、私」

小さく首を振って、呟いた。その言葉は誰の耳にも届くことはなくて。


457 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:09:04.39+OvBDJXH0 (6/10)

片付けも終えて、お風呂も済ませて時間は夜ももう遅い。
部屋の割り振りも決めて、荷物もあらかた仕舞い終えた。
着替えも持たずにやってきてしまったまどかは、さやかのパジャマを貸してもらって。
ちょっと大きいね、なんて袖の余った手を振りながら、浮かれた様子だった。

そんな夜である。さやかの部屋に、ほむらと杏子が集まっていた。

「ん、まどかはいいのか?」

後で話がある、と呼び出されてきてみれば、まどかの姿だけがない。
訝しがって杏子が尋ねた。

「うん、いいんだ。まどかのことで話がしたかったからさ」

「鹿目さん……何かあったの?」

「あったも何も、もうとっくに何かある気はするんだけどな、あいつは」

流石に気付くよね、とさやかも苦笑して。一度目を伏せる。
瞼の裏に映るのは、一緒に戦いたいと願った親友の姿。
嬉しい、と思う。けど巻き込みたくない。きっとまどかには戦いなんて似合わないと思うから。

「実は、さ。今日、まどかが言ったんだ。一緒に戦いたい、魔法少女になりたいってさ」

ほむらも杏子も、その言葉に表情を変える。
忌々しげに顔を歪めて、やりきれないような表情で。。

「……それで、どうしたんだよ」

「もちろん止めたよ。まどかには戦いは似合わないし、きっと耐えられない。
 一応納得もしてくれたと思うんだけど、多分まだ、まどかの中で整理がついてないんだと思う」

「大人しそうで、優しそうな奴なのにな。何で戦おうだなんて言ったんだか」

バイドと、そしてそれに抗う人類の狂気。それはあんな少女までもを衝き動かすのか。
我が事でもある、だからこそその業の深さに気が滅入る。

「あー……それは、さ。あたしのせいってのもあるんだよね。実はさ……」

話しづらいことではある。それでも話さなければ始まらない。
そしてさやかは話し始めた。まどかの抱える孤独を。
ただ一緒にありたいというだけで、戦いにさえ身を投じようとした、その孤独を。

「……鹿目さんが、そんなことに」

「あたしも、まどかに言われるまで考えもしなかったんだ。残されたまどかが、どんな気持ちだったのかってさ。
 友達失格だよね、こんなんじゃあさ」

勤めて明るく振舞ってきた。周りが不安にならないように。
自分自身が、押しつぶされてしまわぬように。でもその結果がこれである。
巡り巡って、大切な友達を苦しめてしまった。
それが辛くて、悲しくて。乾いた笑みがただ零れていって。


458 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:09:32.90+OvBDJXH0 (7/10)

そんな無情に打ちひしがれていたさやかの肩に、そっとほむらの手が触れた。

「さやかは、間違ってない。間違ってなんかいない。だから、そんなに自分を責めないで」

小さく鼻を鳴らして、反対側の肩に杏子が手を置いた。

「どんだけ頑張ったってさ、人と人との間なんてのはなかなか上手くいかねーんだよ。
 辛いなら頼れよ。仲間だろ?……っつーか、頼りたくて呼んだんじゃないのかよ」

その手はとても頼もしく、暖かかった。
ひび割れていく心に、そんな優しさが染み入っていくようで。

「ほんとありがと、二人とも。……うん。実を言うとさ、まどかのこと、二人にも見ててもらいたいんだ。
 もしかしたら何かのきっかけでまた魔法少女になる、なんて言い出しちゃうかもしれない。
 あたしだけじゃどうにもできないかもしれない、出来たら二人にも、まどかを説得して欲しいんだ」

「そーゆーことなら任せろよ。あたしも、まどかの奴に言ってやりたいことが出来たからね」

「私も、出来るだけ鹿目さんのことは気にかけるようにするわ。
 ……大丈夫よ、鹿目さんは私にとっても友達だもの。友達を戦わせるようなことは、もうたくさんだもの」

「……あはは、そうだね。じゃあ頼んだよ、二人とも」

「なんだかんだで、ゆっくり休むって感じじゃねーよな、これ」

「っはは、ほんとだよもう。バイドと戦うより疲れちゃうっての、精神的にさ」

ようやく調子も取り戻せたようで、冗談交じりに笑いあう。
宇宙に居る間は、敵と仲間だけを見ていられた。けれども今、地球に降り立てば。
どうしてもさまざまなしがらみが、重く圧し掛かってくるのであった。

「じゃあ、そろそろ今日は寝よっか。明日からまた、よろしく頼むよっ!」

「ああ、じゃあまた明日な、お休み、さやか」

「お休みなさい、さやか」


459 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:10:15.07+OvBDJXH0 (8/10)

そうして、少女達の夜は過ぎていく。
彼女達に、せめてひと時の安息を。ひと時の休息を。
その翼と、心を休めるための時間を。






最早この先、彼女らに安息が訪れることは――ない。


魔法少女隊R-TYPEs 第8話
       『HAPPY DAYS』
         ―終―


460 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:10:47.79+OvBDJXH0 (9/10)

【次回予告】

「だからさ……練習、しようぜ」

訪れたひと時の安息。

「会いに来たのでしょう?上条くんに」

それはきっと、とても幸せな時間。

「戻ってきてよ、マミさんっ!」

戦いの予感を感じつつも、その日々を少女たちは謳歌していた。
それはきっとほろ苦くて、甘酸っぱい思い出。


「――あたしさ、あんたの事、好きだったんだ」


そして号砲は鳴り響き、最後の舞踏の開幕を――告げた。


次回、魔法少女隊R-TYPEs 第9話
           『PLATONIC LOVE』


461 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/03(土) 01:21:16.26+OvBDJXH0 (10/10)

日常編、前編が終了と言った感じでしょうか。
恐らく次が最後の休息になるのではないかな、と思います。
とりあえずプロットをまとめてみたら、どう見ても1クールでは終わらなさそうです。

>>446
そういわれると、やはり改めて考えてしまいます。
友人が皆居なくなるのは、確かに辛いだろうと思います。
ですが、友人が死地に赴くと知って見送るのとでは大分心情も違うのではないでしょうか。
おまけにそれを誰にも話せないとあっては、です。

私の表現力の問題もあり、そこをしっかりと表現できていなかったのかもしれませんね。

>>448
多分あの連中ならバイドバーガーも素でやらかすはずです。
バイドっていくらでも増えるし、食えるようにしたら食糧問題解決じゃね?

やっべ俺天才だった、ちょっと試してみよう。

こんな様子が浮んできます。ええ。

>>449
本当に、先日は非常に冷え込みましたね。
そうでなくとも最近は冷える日が続きます。皆さん体調にはお気をつけください。

きっと波動コンロの名前はプリンシパリティーズとかドミニオンなんだと思います。
そしてゴマンダー鍋は好評で何よりです。

なお、このED曲は本編の今後の展開とは一切関係ありません。多分。

>>450
うへぇ、やはり人類は恐ろしいことを考えますな。
妙に生々しくて嫌になりそうです。

>>451
実はキュゥべえさんもその成り立ちに大幅な変更を加えられたキャラでした。
今後はもっと色々と動いてくれるのではないかと思います。


462VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/03(土) 06:40:48.80EiRC+/XDO (1/1)

続きありがとうございますっ!

なんですと!1クールじゃ終わらないって!?それは嬉しい(>>1さんの)誤算ですね。それにしても、まどかのメンタルケアにマミさんのマインドサルベージと、魔法少女達は本当に忙しいなぁ…。お疲れ様だ!!

精神世界に直接干渉…なんかゼノサーガのモモ救出編を思い出しました。

ところでQBって、もう一匹だけしか居ないんですか?母星のは…全員バインキュベーダーに…?

       ∩
  Σ>→_×_


463 ◆HvWr2kWl99Dz [GO GO IREM] 2011/12/04(日) 03:04:10.31eOeKnsjk0 (1/18)

本編の続きはまた後ほど、ちょっとだけ幕間の投下です。

タイトル『Tiny dog』


464 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 03:06:41.13eOeKnsjk0 (2/18)

わたし、千歳ゆま。
ゆまは今、宇宙でくらしてるの。

お父さんもお母さんもいないけど、みんなやさしくしてくれるから、大丈夫。
でも、ゆまにはみんなにはいっちゃいけない大事な秘密があるんだ。

ゆまは……魔法少女なんだ。


465 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 03:07:16.19eOeKnsjk0 (3/18)

「ゆま、今日もお疲れ様。もう戻ってもいいよ」

ゆまは宇宙を飛んでいたんだ。流れる星がきれいで、ずっと飛んでいたいなって思ったけど
通信でエバが呼んでいるので、基地へと戻ることにした。
エバは、ゆまの今の親代わりみたいな人。
ご飯も作ってくれるし、一緒に遊んでくれる。それにゆまが宇宙に居るときは、色々助けてくれるんだ。
前のお父さんやお母さんとは全然違う、とても優しいいい人なんだ。

「はーい、それじゃ千歳ゆま!これからきとーしますっ!」

エバに会うのが楽しみで、ゆまは機体を基地へと向けた。
アロー・ヘッドってみんなが呼んでいるこの機体は、とっても格好良くて速いんだ。
だからちょっとだけ急いだら、すぐに基地の姿が見えてきちゃった。
今日のおしごとはこれでお終い。ちょっと疲れたな。お腹もすいちゃったしお風呂も入りたい。

秘密はもう一つあってね。
ゆまは魔法少女で。このR戦闘機っていう乗り物の、パイロットなんだ。


ゆまのお父さんとお母さんは、バイドっていう悪い生き物にやられて死んじゃった。
そのままだったらゆまも、きっと家も全部なくなっちゃって、すごく困ったんだと思う。
でも、ゆまには才能があったんだって。魔法少女になって、R戦闘機に乗る才能が。

だからゆまは今こうして、R戦闘機に乗るおしごとをしているの。
おしごとは疲れるし、戦うのは大変だけど。みんなゆまに優しくしてくれる。
頑張ったら、いっぱいほめてくれる。悪いバイドを全部やっつけたら、もっとほめてくれるのかな?

とにかく私は、そんな風に過ごしてるんだ。
お昼は学校に行って、夜はR戦闘機に乗って。忙しいけど、とっても楽しい毎日だよ。


466 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 03:08:06.84eOeKnsjk0 (4/18)

「それで、エバンス君。サイバーコネクタの試験運用の状況はどうだね?」

「……今のところ、被験者にさしたる身体的影響は無いようです。
 それに、機体の操作性も30%程度の向上が見られています。開発を続ければ、40%程度までは底上げができるかと」

「悪くない成果だ。この分ならば、サイバーコネクタを搭載した次世代機の開発も、順調に進むことだろう。
 ……む?一つだけ、違うデータが混ざっているようだが、これはなんだね?」

「これは今こちらで受け持っている例の少女のデータです。M型被験体、魔法少女と呼んでいるものです」

「なるほど、そのM型に対しては、サイバーコネクタは常人以上の効果を発揮しているようだな」

「とはいえ彼女はまだ子供です。試験機ならともかく、実戦に耐えうるかどうかは未知数ですね」

「我々は、結果さえ出ていればなんであろうと構わない。……このデータは持ち帰らせてもらうよ。
 何を採用するかは、上が決めることだ」


467 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 03:09:01.51eOeKnsjk0 (5/18)

「たっだいまー、エバっ!」

仕事を終えて、きゅうくつなパイロットスーツって奴も脱いじゃって。
部屋に飛び込んだら、そこには知らない大人の人がいた。

「あれ、エバ?この人だれ?」

「こんなところに子供?もしや彼女が、例のM型かな?」

「ゆまはM型なんて名前じゃないよ!ゆまだよ」

「……ああ、それは失礼、ゆま」

その大人の人は、なんだかいやな感じに笑ってゆまを見た。
じーっと、まるで値段でもつけるみたいな見方、ちょっと気持ち悪い。

「ああ、ゆま。お帰り。この人とは今仕事の話をしていたんだ。
 すぐ戻るから、ちょっとだけ外で待っててくれないかな?」

エバもなんだか慌ててる。この人はなんなんだろ。なんかいやな感じ。
きっとエバを困らせているんだ。そうに違いない。
だからゆまは、その人の足をけっとばして、それからいーって舌を出してやった。
痛がってる痛がってる。でも仕事の人って言ってたし、もしかしたらエバは怒るかも。
怒られるのがいやだから、ゆまはすぐに走って部屋から逃げ出したんだ。


468 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 03:09:29.68eOeKnsjk0 (6/18)

「いや……まったく、子供というのはわからん」

「すいません、後で言って聞かせますよ」

「……しかし、あんな子供が最先端技術の塊のようなR戦闘機を乗り回しているとはどうも思えん。
 本当にアレがM型なのか?」

「ええ、彼女はテストパイロットとしては申し分ない働きをしていますよ。
 子供の順応力なのか、それともサイバーコネクタの為せる業かはわかりませんが」

「俄かには信じられんが、一応データはもらっていく。子供の世話は大変だな。エバンス君」

「いいえ、私も娘が出来たような気分で新鮮ですよ」

「はははは、その娘を戦場に借り出しておいてよくも言う」

「そこに可能性があるのです、仕方ないでしょう?貴方ならよくお分かりのはずだ」


469 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 03:10:13.16eOeKnsjk0 (7/18)

部屋の前で待っていると、急に部屋のドアが開いた。
エバが出てくるかな、と思ってたのに、出てきたのはさっきの大人の人だった。
その人がまたゆまのほうを見てたから、いーって顔をしてやった。

でも、すぐにエバが出てきたから、ゆまは駆け出した。
そしてそのまま、エバにぴょんと飛びついたんだ。

「エバっ!お仕事はもうお終い?」

「ああ、もうお終いだよ。帰ってご飯にしようか、ゆま。今日は何が食べたい?」

エバがやさしく話しかけてきてくれて、ちょっとだけ考えてから。

「オムライスっ!」



これが、ゆまの日常。
普通の人とは違うみたいだけど、ゆまは毎日頑張ってるよ。
学校でみんなと一緒に遊ぶのは楽しいし、宇宙をR戦闘機で泳ぐのも楽しい。
だからゆまは、こんな毎日がずっと続いてくれたらいいな、って思ってたんだ。


470 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 03:13:44.27eOeKnsjk0 (8/18)

短いですが本日はここまで、いよいよもっと小さな子も登場です。
もしかしたら今日の内容だけで彼女の行く末がわかる方もいらっしゃるかもしれません。
まあ、その辺りはわかっても心のうちに秘めておいてくださいませ。

>>462
本当に彼女たちは大変です。
戦ったら戦ったで大変だし、戦わなかったら戦わなかったで大変なのです。
何せ戦闘はR-TYPE、人間関係はまどマギっていう非常に大変な取り合わせなのですから。

QBさんは本体は一体しかいないようです。
プログラムとしては複数同時に存在することはできるようではありますが。


471VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/04(日) 08:03:50.89LU9o1s/DO (1/1)

凄く…乙です。
ゆまは可愛いなぁ。可愛いけど、こんな可愛い子が…辛い目に遭わなきゃいけないのか?なんてことだ。

そうか、べぇさんもまた孤独…統合知的生命体が孤独とか、皮肉でしかないね…。

もしかしてこのSSのR戦闘機って、魔法少女の祈りによって開発されたのか…?「バイドを倒す知恵を人類に授けて」とかって感じで。いくら未来とは言え、あんな物をすぐに作れる筈がないよね。しかもバイドの進攻速度の方が早そうだし。


472 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:13:20.17eOeKnsjk0 (9/18)

幕間の続きはまたちょくちょくと挟んでいく予定ですが、今日は普通に9話を開始します。

それはそれとして、ロボット魂のヴォルケインを買ってきました。
あの無骨なスタイルと圧倒的な巨砲がたまりません。ぐりぐり動かして遊んであげたいものです。

では、投下します。


473 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:13:59.11eOeKnsjk0 (10/18)

淡い光があちこちから漏れている。
静かに、雪のようにその光は漂い、降り積もっていく。
幻想的な光景、戦いに疲れた心さえ、和ませてくれるような。


――どれくらい眠っていたのか…?

眠さを堪えて顔を上げる。
美しい光が織り成す光景が、一面に広がっていた。


――いつからここにいるのか?

辺りを見渡せば、そこにはここまで共に戦ってきた仲間が居る。
そのことに、私はとても安堵した。


――そして………私は誰なのか…?

そうだ、私は―――だ。
長い戦いの果てに、私はここまで来たのだ。


――ひどく眠いが、そろそろ帰ろうじゃないか。






       我々の故郷、地球へ…。


474 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:14:42.01eOeKnsjk0 (11/18)

「っ!?」

あてがわれた部屋のなか、眠っていたまどかは飛び起きた。

「……また、変な夢。何だったんだろう」

目が覚めると、夢の内容は休息にぼやけて消えていく。
目が冴えてしまって、まどかはカーテンを開けた。
差し込んでくる朝の光。まだ早朝と言えるような時間帯で、少し外は暗い。

「目が冴えちゃったし、朝ごはんでも作ってようかな」

今日は休日。それでなくともまだゆっくり寝ていてもいいような時間だけれど。
どうやら皆まだ寝ているのだろうか、物音一つ無い家の中。
朝の空気はまだひんやりと冷たくて。パジャマ姿のまま上着を一枚羽織って、まどかは部屋を出た。


この共同生活ももう3日目。昨日はみんなで街をあちこち回って。
そして午後からは、さやかは自分の家へ向かった。そしてまだ、そのまま帰ってきていない。
きっといろいろと揉めているのだろう。心配はいらないと連絡はきていたから、きっと大丈夫なはずだ。

はやく帰ってこないかな、だとか。やっぱり大変なのかな、だとか。
今日は何をするんだろう、だとか色々考えながら、まどかは一階へと降りていった。
一階はみんなの共有空間、二階はそれぞれの部屋となっていた。

「やっぱり、朝は寒いな。もう暖房が必要な時期だね」

部屋の暖房を入れて、冷蔵庫の中を覗き込む。
食材は色々買い込んできたから、まだしばらくは余裕がありそうだ。
あまり悠長にしていると二人が起きてくるかもしれないから、手早く作ってしまおう、と。

誰が言い出したわけでも、決めたわけでもないのだが。
いつしかまどかが家事全般を担当し始めていた。
もしかしたら、自分だけ何も出来ないことへの引け目があったのかもしれない。
さやかやほむらは何かとそれを気にかけているようだが、杏子なんかは割と快適そうだった。

「できあがり、っと。うん、いい感じ」

ハムエッグにサラダを添えて。後は皆が起きてきたら、ご飯かトーストを選んでもらえばいいだろう。
割と上手くできたかな、なんて考えていると、誰かが降りてくる気配がした。

「ん……ぁふ。よー、相変わらず早いな。まどか」

欠伸をかみ殺しながら階段を下りてきたのは、杏子だった。

「あ、おはよう杏子ちゃん。ご飯できてるよ」

「おー、食う食う。でも、その前に顔洗ってくるわ」


475 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:15:17.67eOeKnsjk0 (12/18)

二人で向かい合っての朝食、ほむらはまだ起きていない。
二人揃ってトーストを齧りながら、何となく静かな朝食の時間が流れていく。
なんだかんだで、二人きりでこうして向き合ったことは無い。
いつも間にさやかやほむらが入っていたのだから。
だから何となく話すきっかけを見つけられなくて、まどかは静かに食事を続けていた。

「……なあ、まどか?」

「えっ?どうしたの、杏子ちゃん?」

だから、こうして急に話しかけられてしまうと、少し慌ててしまった。

「あんた、今日は暇か?」

「あ……うん、特に用事は無いけど、どうしたの?」

「ふーん、そっか。じゃあさ、まどか。今日はあたしに付き合いな」

「いいけど、どうかしたのかな?」

「ちょっとあんたと話がしたくてね。いいだろ、今までちゃんと話してなかったしさ」

そんな言葉に、杏子もやっぱり同じように感じていたのかと
そして、それでも歩み寄ろうとしてくれているのだと感じて、まどかは嬉しくなって微笑んだ。

「そうだね、じゃあ今日は一緒にお出かけしようね、杏子ちゃんっ!」

「おう、今日はしっかり付き合ってもらうぜ?」



「それじゃあ私がまるでのけ者みたいね」

いつの間にか目を覚ましていたのだろうか、ほむらが降りてきてそう言った。
椅子に背を預けたまま、杏子が背を反らすようにほむらの方を向いて。

「よー、ほむら。別に来たけりゃ来てもいいんだぜ?どーする」

「あ、おはようほむらちゃん。ほむらちゃんも一緒に行こうよ、ね?」

肩にかかった髪を払いながら、食事の用意された席へつく。
そして小さく笑って。

「ええ、それじゃあ私も一緒に行かせてもらうわ。よろしく」

「ん、そうと決まればさっさと食っちまおうぜ」

言うやいなや、醤油を溶いた黄身をご飯に流し込んで。
そのままがつがつと掻き込みはじめた。あまりお行儀はよくない気もするが。
確かにこういう食べ方も悪くは無い物だ。


476 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:16:18.78eOeKnsjk0 (13/18)

「さーって、んじゃ行くか」

空は晴れて澄み渡っていた。
途切れ途切れの雲が漂う、どこまでも青い空。
悲しみや絶望の色にも、燃える炎の赤にも染まっていない色。
それはつまり、戦って勝ち得たひと時の平穏。その証明たるもので。
それを存分に噛み締めるように、大きく息を吸い込んで。

少女たちは歩き始めたのだった。


477 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:17:22.17eOeKnsjk0 (14/18)

「はぁ~、まさか泊り掛けになっちゃうなんてなぁ。まあ、それでも何とか納得してもらえたから、いいかな」

そんな澄み渡った空の下、さやかが一人で歩いていた。
昨日のこと、家に帰ってまず出迎えてくれたのは、ちょっときついくらいの抱擁と、溢れんばかりの涙だった。
さやかの家族は、全てではないがある程度の真実は知っている。
曰く、彼女は自ら望んでバイドとの戦いに身を投じたのだ、と。その程度ではあるが。

だからこそ、無事に戻ったさやかを見て、両親は酷く安堵した。
そしていよいよ、このままずっとここにいてほしいとまで言い出した。
正直心は惹かれたけれど、さやかの意識はもう既に宙を、その先に見据える敵に向いていた。
だから何度も何度も、根気強く説き伏せた。その結果、丸々一晩使い切ってしまったというわけである。

それでもどうにかさやかの両親も納得したようで、涙は未だに消えないけれど、それでも。
最後は笑顔で、彼女を送り出してくれたのだった。一つ大きな仕事を成し遂げたような達成感。
自然と、足取りも軽くなっていた、そんな矢先にである。


「あら……あの方は。っ!さやかさん、さやかさーんっ!」

呼びかけられた、聞き覚えのある声。
振り向くとそこには、最早懐かしさすら感じる友人の姿があった。

「仁美……うっわー、久しぶりー、仁美ーっ!!」

道の向こうから、呼びかけながら駆けてくる。
それに応えて手を振って、こちらからも駆け寄った。

「ほんと、久しぶりだねー、仁美っ。元気してた?」

「さやかさんこそ、お久しぶりです。私は相変わらずですわ」

道の真ん中で手を取り合って、ただただ再会を喜び合うのであった。


478 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:19:18.32eOeKnsjk0 (15/18)

「見滝原に帰ってきていたのですね、さやかさん」

少し小洒落た喫茶店。紅茶とケーキを並べて向かいあう二人。
折角だから、と少し話し込んでいくことにしたようだ。

「そうなんだ、しばらくゆっくりできそうでさ。多分あと半月くらいはこっちに居ると思う」

「まあ、そうでしたの。……ふふ、もしかしたらと思っていましたが、やっぱり戻ってきたのですね」

と、なにやらしたり顔で微笑む仁美。
意図が読めずに首をかしげるさやか。

「何かあったっけ、この時期?」

「またまた、そんな風に隠さなくてもよろしいんですのよ。会いに来たのでしょう?上条くんに」

「ぶっ!?な、なんで恭介がそこで出てくるのさっ!?第一恭介は……今外国でしょ?」

上条恭介。さやかの幼馴染で、今は天才少年バイオリニストとして世界中を駆け回っている。
まさに時の人である。とある事件があってから、さやかと恭介の間は疎遠になっていた。

それは、さやかが中学二年生になった直後に起こったことだった。
一言で言えば交通事故。一命は取り留めたが、既にバイオリニストとして知られていた彼の腕は
最早使い物にならないほどに、酷い損傷を受けていた。

勿論この時代である、生体義肢の技術で腕は問題なく動くようにはなった。
生体義肢は日常生活を送る程度の動作であれば、問題なく保障はできた。
しかし、天才バイオリニストの指、その繊細な動きを全て元通りに治すことは出来なかったのだ。
その事実は、彼を酷く打ちのめした。それでも負けずに訓練を続ける日々。
そんな彼を放って置けなくて、一時期さやかは足繁く彼の元へと通い、励ます日々を送っていたのだった。

けれどもそれは、他ならぬ彼の言葉によって断ち切られることとなる。
一向に戻らない自分の腕が、指が腹立たしくて。その怒りの矛先がただ向いてしまっただけであった。
そのはずなのに、その日彼が放った言葉は、さやかの胸を深く抉った。
そしてそれ以来、さやかは恭介に会うことが出来ずにいたのだ。

それからしばらくして、奇跡的な復活を遂げた天才少年という触れ込みで
ニュースが取り上げた彼の姿を見たきりで、それもここしばらくは、魔法少女のことにかかりきりで忘れていた。


479 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:19:53.31eOeKnsjk0 (16/18)

「まあ、本当にご存じないんですの?……あれを見てくださいな」

仁美が指差したのは、喫茶店の壁に張ってあったポスター。
そこに書かれていた内容は。

――見滝原が生んだ天才少年、上条恭介。堂々の凱旋公演――

そんな見出しが、バイオリンを携えた恭介の画とともに並べられていた。

「恭介……見滝原に来るんだ」

「来週の日曜日ですわ。てっきり私はこのために、さやかさんが帰ってきたのだと思っていたのですけど」

さも意外、といった風な表情の仁美。
さやかの気持ちは複雑だった。会いたいとは思う。でも、どんな顔をして会えばいいのかわからない。
そもそも、それ以前の問題もまだあるのだ。

「見に行きたいとは思うけどさ、多分もうチケット取れないでしょ。
 ……それに、やっぱり今更どんな顔して会えばいいのかわからないよ」

「けれど、今会えなかったらもう、なかなか上条くんに会う機会はなくなってしまうのではありませんか?
 さやかさんは、遠いところに引っ越されてしまったのでしょう?」

「……そりゃあ、そうだけどさぁ。無理なものは無理じゃん。
 いつまでも気にしてたってしょうがないよ、だからこの休みの間は、みんなと一杯遊んで過ごせればいいんだよ」

不意に、仁美の表情が変わった。
真っ直ぐにさやかの顔を見つめて、声のトーンもやや落として。

「それが、本当のさやかさんの気持ちですの?
 私はずっと、さやかさんが上条くんの心配をしているところを見ていましたわ。
 その気持ちを、そう簡単に諦めてしまっていいんですの?喧嘩別れのままで、本当に?」

「ひ、仁美?でもそんなこと言われたって、あたしはもう……」

「まだ、間に合いますわ」

毅然とした表情で、仁美は一つの封筒を取り出した。
その中から取り出したのは、一枚のチケット。

「これって、もしかして……」

「ええ、家の伝手で一枚だけ分けてもらいましたの。上条くんの公演のチケットです。
 そしてこれは、公演の後の懇談会の入場パスにもなっていますわ。
 これがあれば、上条くんとお話をする機会もできるはずですの」

もう一度会える、話ができる。その事実にさやかの心が揺らぐ。
会いたい、会えるわけがない。会って何を話せばいい。そもそももう、自分の体は普通の人間じゃない。
ぐるぐると巡る思いで、差し出されたチケットを眺めていた。


480 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:20:50.85eOeKnsjk0 (17/18)

「でもこれは、仁美がもらったもの。だったら、仁美が行くのが筋ってもんでしょ。
 第一あたしは……」

それでもやはり、諦めが心を支配する。少しだけ寂しげな表情で、チケットをつき返そうとして。
その手を仁美が掴んで止めた。真っ直ぐに見つめる視線はそのままで。

「それが本当の貴女の気持ちですの?さやかさん。もう会えないかもしれないのでしょう?
 さやかさんだって、どこか遠くへ行ってしまう。会えなくなるのは、とても寂しいのですのよ」

「仁美……」

言葉を告げる仁美の目には、じんわりと涙も滲んでいて。
そんな姿に胸を打たれて、さやかは何もいえなくなってしまった。

「何も言えないまま、もう会えなくなってしまうのなんて辛すぎますわ。
 お別れをしてしまうにしても、きちんと自分の思いと向き合って、しっかりと伝えるべきですわ。
 さやかさん。どうかもう一度、しっかりと自分の気持ちと向かいってください」

チケットの入った封筒はそのままに、代金を置いて仁美は席を立つ。

「考えて考えて、それでも会えないと思うのでしたら返してくだされば結構です。
 まだ時間はあるのですから、それまでよく考えて結論を出してくださいな、さやかさん」

「ちょっと、待ってよ仁美!何で、何でこんなことするのさっ!
 ……恭介のこと好きなのは、仁美も同じだったじゃない!」

そう、二人は共に同じ人に恋心を抱いてしまっていた。
お互いに打ち明けあって、それでも友達でいようと約束しあって。
結局はその恋心が何らかの形となる前に、恭介は異国へと旅立って行ってしまったのだが。

少しだけ振り向いて、仁美は。

「友人からの、せめてものおせっかいですわ。
 ……きっと、上条くんもさやかさんに辛く当たってしまったこと、後悔していると思いますもの
 それではまた、さやかさん」

最後に一つ、深くお辞儀をして。仁美は店を出て行った。
後に残されたのは、悩める少女が一人、いるだけで。

「どうすればいいのよ……こんなの」

頭を抱えて、しばらく一人思い悩んでいるのであった。


481 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/04(日) 22:27:21.89eOeKnsjk0 (18/18)

上条くん周りのお話は、やるかやらないかを微妙に悩んだところです。
ですが、さやかちゃんの話をやるならやらねばなー、といった感じでこのたび始まる運びになりました。
ますます人間関係がこんがらがっていく第9話、開幕です。

>>471
ゆまちゃんにはある役割があるので、この先もちょくちょく頑張ってもらいます。
可愛いと言っていただければこれまた幸いなことです。

そも、あのQBさんに孤独という感情が理解できるかどうかも微妙なところです。
とはいえ世界に同じ種が自分きり、というのはやはり堪えるのではないでしょうか。

そしてR戦闘機はキボウと憎悪と好奇心の塊です。
魔導工学を使っているとかなんとかいう話も聞きますが、基本ほぼ人類のお手製です。
そもR戦闘機は汎用作業艇として作られていたものですからね
意外と歴史は長いのです、ただ戦闘機になってからの開発スピードが常軌を逸しているだけで。


482VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/05(月) 00:57:39.646mQNH5YDO (1/2)

今日も乙っす!
まどかさんの夢が…とっても不吉です。

この世界のさやかちゃんの精神は否応なしに鍛えられているみたいだから、そう簡単にはねじ曲がらなそうですね。良い事だとは思うんですが、やっぱり女の子には重いのかな…?


483 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:48:28.67Ww9l84db0 (1/19)

なんだか久々、昼投下でござーいー。
書きたくてしょうがなかったところなので、この先は思いがけなく長くなりそうです。

というわけで投下します。



484 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:49:02.89Ww9l84db0 (2/19)

「さぁーて、到着だ」

他愛ないお喋りをしながら冬の道を行く。
街中、人通りも多いアーケード街を抜けてまだ歩く。
そうしてようやく辿りついた、その場所は。

「ここって……」

「ゲームセンター、よね」

今も昔も、子供や暇な大人たちの遊び場として知られる場所である。
休日ということもあり、なかなかの賑わいを見せている。

「もしかして、みんなで遊ぼうってことなのかな?」

「ま、それもあるけどな。……こっち来いよ」

「わわ、あんまり引っ張らないでよ、てへへ」

手を引かれて、まどかが杏子と店の中へと消えていく。
そんな様子に目を寄せて、軽く目を伏せてから。

「一体何をするつもりなのかしら。……見せてもらうわ」

長い髪を軽く払って、ほむらもその後を追った。


485 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:50:11.82Ww9l84db0 (3/19)

「杏子ちゃんは、よくこういうところに来るのかな。私、あんまり来ないからよくわからないんだ」

「陸のこういう場所にはあんまり来なかったけどな、宙じゃあ結構な」

華々しいイルミネーションに照らされているゲームや、光学チェーンでコンテナを絡め取るクレーンゲーム。
全世界で1000人以上が同時に参加可能な、主人公の弱さに定評のある洞窟探索ゲーム、そんな筐体の間をすり抜けて。
やってきたのは、ラウンドキャノピーがいくつも並んでいる場所だった。

「これは……R戦闘機のコクピットよね。なんでこんなところに」

二人の後ろを歩いていたほむらが、少し驚いたように声を上げる。

「なんだほむら、あんたも知らなかったのか?こいつはR-Type dimensions。
 R戦闘機での戦闘を体感できるゲーム、ってわけだ。多人数プレイもできるんだぜ」

「そんなものがいつの間に……でも、何故そんなところに連れてきたの?」

ほむらの視線はまどかに向いて、それから杏子へと移る。
その目は何故、と。何故まどかを連れてきたのかと問いかけていた。
そんな視線に応えるように、まどかへ視線を向けて杏子は。

「一緒に戦いたいんだろ。さやかから聞いたよ。単に話を聞くだけじゃわかんねぇこともあるさ。
 だからさ……練習、しようぜ?」

片目を軽く伏せて、まどかに向けて手を差し伸べた。
まどかも目を輝かせてその手を取るのだった。


486 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:51:03.26Ww9l84db0 (4/19)

「杏子っ!あなたは……っ!」

「わかってる。でも、もし本気で戦いたいってならあたしは止める気は無い。
 そのためにも、まずは一回体験してもらわなけりゃならない。どれだけ大変かってことをさ」

「それは確かに、間違ってはいないかもしれないけれど……でも、さやかは
 さやかは鹿目さんに戦って欲しくないって言ってたじゃない。なのになんでこんなこと……っ!」

思わず口をついて言葉が出てきた。
そしてすぐに、自分の過ちに気付いてしまう。まどかがすぐ側で聞いている。

「さやかちゃん……ほむらちゃんや杏子ちゃんにまでそんなこと、言ってたんだね。
 ……どうして、どうしてそんなこと言うのかな。私はただ、みんなと一緒に居たいだけなのに」

服の裾をぎゅっと握って立ち尽くすまどか。
気分はどんよりと沈んでしまって、今にも涙すら零れてしまいそう。
ほむらはしまったというような表情で、なんとか声をかけようとするけれど、かける言葉が見つからない。

「だからだよ。そんなんだから、さやかはあんたを連れて行くことはできないんだ。

「どういう……こと?」

「……誰かのためにしか戦えない、そんな奴は生き残れないんだよ。
 いつか必ず死んじまう。それも、誰かを道連れにしてな」

自重めいた笑みと共に投げかけた言葉は、かつての杏子自身に投げかけられた言葉。
ロス提督が、杏子に残した言葉だった。
その言葉に対する答えは、未だに自分の中では固まっていない。
同じ悩みを抱えたまどかを放っておけなかった。それにもしかしたら、何かの答えを見せてくれるかもしれない。
そんな気持ちは確かにあった。未だに杏子自身、その言葉への答えを出せていないのだ。
ただ今は仲間と共に、仲間の為に戦うだけで。


487 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:51:47.30Ww9l84db0 (5/19)

「そんな……じゃあ、どうしたらいいのかな、私」

「さあね、そう簡単に答えが見つかるようなことじゃねーよ。これは。
 でも戦いたいってなら、まずそれがどういうことなのかを知っておく必要はあるだろ?だから練習だ」

「……うん、私、やってみるよ!」

「よっしゃ、じゃあやろうぜ。ほむら、あんたも一緒にやろうよ?腕を見せてくれよ、英雄さん?」

「ばっ……馬鹿っ!まどかがいるのよ!?」

からかうような言葉に、ほむらの表情が一変した。
実際杏子もまだ半信半疑なのだ、ほむらの話は。だからこそ確かめたい。
もし本物なら、見てみたくもあった。第3次バイドミッションを戦い抜いた、英雄の腕というものを。

「英雄?」

「はは、気にすんなよ。ほら、最初はあたしが手伝ってやるから」

訝しがるまどかをキャノピーの中へと押し込んで、杏子もそれに続いた。
キャノピー内部はタンデムとなっていた。これは本来のR戦闘機も同じである。
流石に最近の機体はインターフェーズの進化やパイロットスペースの圧縮もあり、その限りではないが。
初期の機体や、それ以前の作業艇として使われていたR機は皆、タンデム式だったのだ。
この筐体もそれが流用されており、二人乗りで行うモードも実装されていた。

「……しかたないわね、そこまで言うのならば」

小さく吐息を漏らして、まさかこんなところでまでR戦闘機に乗ることになるとは、と。
ほんのわずかにうんざりしながら、ほむらもまたキャノピーの中に身を滑らした。

「さて、それじゃまずは登録からだな。あたしはもう登録してあるから、あんたも登録しときな」

「杏子ちゃん……なんか、すごい慣れてるね」

「……まあ、輸送艦ってのは割と暇だからね。こっそり筐体を持ち込んでる奴がいたのさ」

なんて言葉を交わしながら、まどかは目の前のコンソールに情報を打ち込んでいく。
パイロットネーム。何にしようかと迷う。


488 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:52:52.70Ww9l84db0 (6/19)

「杏子ちゃんはなんて名前にしたのかな?」

「ん?あたしか、あたしはこれ」

まどかのコンソールの端を示す。
そこには“パートナー:ROSSO PHANTASMA”と示されていた。

「ろっそ……ふぁんたずま?なんだか格好よさそうな名前だね」

「……ま、若気の至りって奴だよ」

「?何言ってるの杏子ちゃん?」

流石に、こんな名前を人に見せるのはちょっと恥ずかしかったらしい。

「いいから、さっさと登録しちまえよ。出撃できねーだろ?」

「あ、うん。ごめんね」

さてどうしよう、と悩む。
そんな時、ふと頭をよぎったのはいつかの夢。
美しい夕暮れの海を、海鳥たちと駆け抜けていく夢。
とても綺麗で、どこか悲しい夢。

「……うん、これでいいかな」

ぴっぴっとコンソールに指を走らせて、入力を終える。
映し出されたその名前は――夏の夕暮れ。

「今は冬だろ?なのになんだってこんな名前?」

「あはは……ちょっと、気になっちゃってさ」

「ふーん、まあいいけど。んじゃとりあえず練習ミッション行くぞ!」

このゲームには、いくつかのモードが搭載されている。
一人、もしくはパートナーと一緒に戦うシングルモード。
店内や全世界の人と、協力しあい、時に敵対しあうコンバットモード
そして、初心者向けのトレイラーモード。

杏子にとっては最早手ぬるいものではあるが、まどかにとっては相当辛いものとなるだろう。
慣れない仕草で操縦桿を握るまどかの表情は、固く緊張しきっている。


489 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:53:45.21Ww9l84db0 (7/19)

「まあ、ミスったって死ぬこたないんだ。ちったぁ気ぃ抜けよ」

「う……うん。わかってるんだけど……」

「大丈夫よ、鹿目さん。私も一緒についていくから」

突然、視界の端にモニターが現れた。そこに移るのはほむらの姿。
一緒に言葉も聞こえてきて。

「お、さすがほむら。もう通信も使いこなしてんのな」

通信機能も完備である。あくまでお互いの認証あってのことではあるが。

「当然よ……というよりも、再現度の高さに驚かざるを得ないわ。
 確かにこれなら、本当に乗っているのに近い感覚で戦える」

「だろ?現役パイロットからの人気も高いんだぜ、こいつは。
 ……さて、そろそろ出発だ、行くぜっ!」

一度画面が暗転、そして暗い画面に眩く映し出されたその文字は






――BLAST OFF AND STRIKE THE EVIL BYDO EMPIRE!――

           ――READY――





そして、電子の宙へとR-9A、アロー・ヘッドが飛び出していった。
まずは操作に慣れるための演習。それが終われば、いよいよバイドとの実戦である。


490 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:54:38.95Ww9l84db0 (8/19)

その、結果はどうかというと。

「はぅぅ……」

「おいおい、大丈夫かよ……まさか最初の練習でへばっちまうなんてな」

R戦闘機は元来、ザイオング完成制御装置によって高い機体の制御能力を持つ。
それでも、被弾時の衝撃や急な機動を取ったときにかかるGなどは精密に再現されていた。
そんな衝撃で、ただでさえ慣れない動きに揺さぶられ続けて。どうやら酔ってしまったらしい。

すっかりやられて、側のベンチで横になるまどか。


「……こんなに、辛かったんだね。杏子ちゃんもほむらちゃんも。……さやかちゃんも」

青い顔で、か細い声で呟くまどか。
心配そうに、杏子もほむらをそれを見つめていた。

「まあ、慣れりゃこんくらい大したこたないよ。……でも、流石にきつそうだな、大丈夫か?」

実際のところ、その手の問題はソウルジェムが全て解決してくれる。
けれどもそんな事は言い出せるはずもなく、ほむらは押し黙ったままで。

「……ちょっと、だめみたい。少しだけ休んでいいかな。ごめんね、杏子ちゃん、ほむらちゃん」

「しゃーねぇ。じゃああたしはもう少し乗ってくるぜ。ほむら、あんたはどうする?」

「私はまどかの側にいるわ」

「そーかい。折角あんたとやりあえると思ったんだがね」


ちょっとだけ残念そうに、ほむらを一瞥して筐体へと向かう杏子。
そんなほむらに、よろよろと身を起こしてまどかが言った。

「私は大丈夫だから……ほむらちゃんも行ってきてよ」

「でも、放っておけないわ」

「……大丈夫だよ、少し休んだらよくなるから。
 それに、ほむらちゃんや杏子ちゃんの戦ってるところ、見てみたいから」

戦闘の様子が映し出される大型スクリーン、それに軽く視線をやって。

「……わかったわ。でも、辛いようならすぐに呼ぶのよ、まどか」

そっとその手に触れて。まだ血の気の戻らない冷たい手。
それを暖めるようにそっと握りこんでから、ほむらも筐体へと向かった。


491 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:55:41.65Ww9l84db0 (9/19)

「お、きやがったなほむらの奴。へへっ、こりゃ楽しくなりそうだぜ」

エントリー欄にほむらのパイロットネーム“ELIMINATE DEVICE”が表示されたのを見て
杏子が好戦的な笑みを浮かべる。
いよいよ英雄の腕前が拝める。なんならその仮面も剥がしてやってもいい。
久々に、気の向くままに暴れてやろう。

あえて選んだ機体はアロー・ヘッド。
戦果を上げ、階級を上げれば使える機体の増えるこのゲーム。
機体性能の差で勝負がつくのは面白くないと、初期配備のアロー・ヘッドで挑むのであった。

全機体が敵となるクロスコンバットモード。
その開幕を告げる、オペレーターの声が響いた。



――所属不明の機体が接近中。Destroy Them All!!――



そして再び、総勢8機のR戦闘機たちが電子の宙へと飛び出した。


492 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 15:58:14.01Ww9l84db0 (10/19)

ようするに戦場の○見たいなもんです、あ、中に入るのは狼じゃないです。
こんなゲームセンターがあったら行ってみたいものです、割とマジで。

>>482
何故そんな夢を見るのか、それは一体なんなのか。
それはまた別のお話で語られる日も来るでしょう。

戦う心構えは身に付けたので、次は心の迷いを振り切ってもらうことにしました。
きっと全て終わったときには、明鏡止水さやかちゃんモードが拝める(ような気がする)はずです。


493VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(滋賀県)2011/12/05(月) 16:10:47.25wnUHP2Dlo (1/1)

愛と怒りと悲しみのシャイニングフィンガーソードじゃないなら安心だな



494VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/05(月) 17:15:39.626mQNH5YDO (2/2)

投下乙!
R-type dimensionsって、PS2のリモコンでやるやつでしたっけ?見た時はスゲー!ってなりましたね~。

しかし、意外な所でロッソ・ファンタズマが出て来ましたなww。ほむらちゃんの登録名は、最初の方でラグナロックを呼んでた呪文(?)ですかね。あのシーンは結構格好良いと思ってます。

そして、デストロイゼモー。クロスコンバットとやらでは、2人以外の機体の活躍にも期待したいところですね!


495VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/05(月) 18:11:18.80fz9EpCJE0 (1/1)

提督の夢に夏の夕暮れの夢……次はケルベロスの夢でも見るのだろうか……


496VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(茨城県)2011/12/05(月) 19:42:36.60ovamiFTn0 (1/1)

>>495
二代目提督さんの夢という可能性もある


497 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:30:10.99Ww9l84db0 (11/19)

ついげきの投下で勢いはさらに加速した

カカッと投下するます


498 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:31:12.07Ww9l84db0 (12/19)

「おいおい、冗談じゃねぇぞ……」

電脳空間、そこに広がる小惑星帯。
障害物が多いだけに、自由自在なドッグファイトは難しい。
上手く物陰に隠れながら、もしくは敵の逃げ場を奪いながら攻撃を加える。
それが定石のはずだった。少なくともこのフィールドにおいては。

杏子の機体は黒煙を上げ、今にも機能を停止してしまいそうなほどに損傷が激しい。
ここで落とされればもう残機は0、ゲームオーバーである。
そして他の敵機は既に沈黙している。小惑星帯を利用して何機かは撃墜することができた。

だというのに、である。
ほむらは未だ一度として撃墜されることなく戦闘を続けていた。
機動を制限されるはずの小惑星帯を、まるで何も無いかのようにすいすいと飛び回る。
そして最大加速で肉薄、すれ違いざまにフォースを切り替え後方射撃で次々に敵機を撃破していった。
圧倒的過ぎる。これが英雄の力だとでもいうのか。

「このまま負けたらとんだ晒し者だろ……せめて一発かましてやるぜ」

波動砲のチャージを開始。どこからでも来いと言わんばかりに周囲へと目を配る。
まだ索敵範囲内に反応は……来た!

「来やがれ、英雄っ!!」


499 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:31:55.42Ww9l84db0 (13/19)

「ほむらちゃん……すごい」

そんな戦いの様子は克明に映し出されたスクリーンを、まどかは呆然と眺めていた。
気分は大分落ち着いてきて、ようやく余裕を持ってみることが出来た。
次元が違う。杏子の動きだって、やはりただのゲーマーとは比べ物にならないくらい上手いとは思う。
それでも、ほむらのそれはあまりにも次元が違いすぎた。

開戦直後から一方的に攻め続け、ロクに被弾もせず黙々と敵を墜としていく。
何をしているのかすら理解できないほどに、卓越した機動だった。
その尋常ではない戦果に、いつしか人だかりができていて。

「おい……あいつ、すごくね?」

「どっかのランカー?」

「いや、全然見たことない名前だぜ。ランクも最下位だし」

「一体何者なんだ……」

スクリーンでは、真正面から最後の突撃を仕掛けた杏子の機体が
ほむらによって真正面から撃墜される様子が映し出されていた。
戦闘は終了、各筐体の動きも止まったようで。

「あ、終わったんだ……本当に、すごかったな……ほむらちゃん」

周りが歓声を上げる中、筐体が開いてほむらがその姿を現した。
謎の天才パイロット。おまけに出てきたのが美少女とあって、周りの歓声は更に一つ、ボリュームを上げた。

「え……な、何かしら、これは」

当の本人はまったく想像もしていなかったようで、困惑して目を見開いていた。
そんなほむらの背後から、杏子が軽く肩を叩いて。

「どうやら、腕は本物みたいだね。全然歯が立たなかった。流石だね、ほむら」

悔しい気持ちもあるにはあるが、あそこまで完膚なきまでにやられては
最早感心するより他に無い、間違いなくほむらは強い、桁違いに強い。


500 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:32:27.57Ww9l84db0 (14/19)

最後まで戦い抜いた杏子にも、惜しみなく賞賛と拍手が浴びせかけられた。
ほむらと同じように、杏子もちょっとだけ驚いて。それから。

「こういうときは、素直に応えとくもんだろ。な、ほむら?」

言うや否や、ほむらの手を取りそのまま大きくその手を上げた。
みなの賞賛に応えるように。ほむらは少し恥ずかしそうにしていたけれど、それでもその顔はどこか誇らしげで。
……それと同時に、少しだけ寂しげでもあった。

(私がただの英雄だったのなら、みながこんな視線で見つめてくれていたのかしら)

それはきっと、羨望だとか憧憬だとか、そういう感情だったのだろう。


そんな喧騒を、遠めで見つめる二つの影。

「凄かったね、あいつ」

「あら、あの子のことが気になったの?」

「そんなこと無いさ、私が気にしているのはいつでもキミだけだよ。
 ただ、戦ってみたいなって思っただけさ」

「まあ、まだ戦い足りないの?あんなことがあったのに」

「足りないな、力を振るうのは気分がいい。キミと一緒ならもっといい!」

「……仕方ないわね。それじゃあお願いしてみましょうか、キリカ」

「やったあ!……大好きだよ、織莉子」

「私もよ、キリカ」


501 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:34:43.77Ww9l84db0 (15/19)

「そこの方、ちょっといいかしら」

話しかけてきたのは、白と黒の少女。
白一色の服に白い長髪が印象的な、穏やかな印象を受ける少女と
黒を貴重にした服に黒い短髪、快活な表情を浮かべた少女。互いに寄り添ったまま歩み寄ってきた。

「ん、なんだよ?」

歓声に応えながら振り向いて、杏子が答えた。
目的は彼女ではないけれど、どうやら二人も連れ合いのようだと彼女は判断して。

「よければ、次は私達とも遊んでいただけませんか?」

白い少女の言葉は、その大人しそうな外見からは似つかない言葉ではあった。
僅かに杏子も目を丸くして、すぐに交戦的な笑みを浮かべて。

「おいほむら、挑戦者だぜ?こりゃあ受けて立たないては無い、よな?」

「でも、鹿目さんが待っているわ」

ほむらはまどかが心配なようで、気忙しそうに視線を送る。
そんな視線にまどかも気付いて、がんばって、とぎゅっと小さくガッツポーズ。
いつの間にか随分元気になっていて、あの分なら心配は要らなさそうだ。

「……わかったわ。じゃあやりましょう」

「よし決まりだ!ふふ、私と織莉子の力を見せてあげよう」

「ほー、言ったな。あたしらだって強いぜ?甘く見んなよ」

ばちばちと、黒い少女と杏子の間で火花が散っているのが見える気がする。
そんなことよりも、どうにもほむらは気がかりだった。
どうも聞き覚えのある声、織莉子という名前。

(……偶然、よね)

勿論、そんな事はないのではあるが。
お互いに気付かぬまま、再戦の火蓋は切って落とされようとしていた。


502 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:35:38.91Ww9l84db0 (16/19)

「次はあたしとチームだ。ま……これから背中預けて戦うことになるんだ。よろしく頼むよ、ほむら」

「そうね……勝ちましょう。杏子」

機体選択。先ほどは勝負に拘っての選択だったが、今度は勝つための選択をしなければならない。
チームのパートナーは機体を共有できる、ということで。
今回ばかりはほむらも機体選びに余念がない。

「さて、どうするかね。悔しいけど腕ならほむらの方が上だ、あたしが陽動。ほむらが遊撃って感じでいいかい?」

「構わないわ。……じゃあ、私はこれで行くわ」

ほむらが選んだのは、R-9S、ストライク・ボマー。
かつての愛機、ラグナロックと同じく貫通力の高いメガ波動砲を搭載した機体。
その分レーザーの攻撃力は初期の機体と同レベルとなっているが、波動砲の性能がそれを補って余りある。
地球連合軍に正式採用されている機体の一つである。

「ふーん、じゃああたしは……こいつだな、陽動ならこれでいいだろ」

杏子が選んだのは、R-9AD、エスコート・タイム。
自機を模したデコイを生成するデコイユニットを搭載した試作機である。
デコイ自身は波動エネルギーの塊であり、接触によってダメージを与えるだけではなく
デコイそのものを波動砲として発射することも可能である。
更にある程度の遠隔操作も可能な、まさに陽動にはうってつけの機体である。


機体の選択は完了、あとは出撃を待つばかり。
そして、再び流れるオペレーターの声。だが、その前に警告が鳴り響く。

    WARNING!!
A HUGE BATTLE SHIP
  GREEN INFERNO
IS APPROACHING FAST


503 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:36:41.47Ww9l84db0 (17/19)

「なっ……割り込みミッションだとっ!?」

割り込みミッション、このゲームの要素の一つで、特定の条件を満たすと
次のミッションが強制的に全員参加の異なるミッションへと変更されるというもので。
ほとんどのミッションは、強大な敵バイド体との戦いであった。
その難易度は非常に高く、今までにほとんどクリアできた人間はいないのだという。

「ちぇ、ついてねーな。どうするほむら?一旦やめて仕切りなおすかい?」

「……それも、悪くはないけれど。目の前にバイドがいるのよ。見逃す選択肢があるかしら」

「言うね。案外熱いとこあるじゃん」

「別に、誓っただけよ。私の目の前では、どんなバイドだって生かしてはおかない、とね」

マミを見殺しにしたことへの後悔と、さやかを見送るしかなかった苦悩。
それを踏み越えて、新たに打ち立てた誓い。目の前にバイドがいるのなら、その全てを殲滅する。
まさしくバイドの除去装置―ELIMINATE DEVICE―となろう、と。

「ちょっと律儀すぎねーか?……ま、ほむらなら本当にやっちまいそうだけどな。じゃあ、行くぜっ!」

「ええ、油断はしないでね、杏子。……行きましょう」



「なんだ、あいつらと戦えないのか。残念だなー」

「仕方ないわ、そういうことになってしまったんだもの」

「ま、これはこれで面白そうだけどね。バイドの巨大戦艦なんて、私と織莉子の手にかかればイチコロだ」

「あまり無理をしてはだめよ、キリカ。これは実戦とは違うんだから」

「違わないさ、織莉子と一緒に戦うのならいつだってどこだってなんだって、私にとっては価値ある闘いだ」

「もう、キリカったらしかたないわね。……じゃあ、行きましょう」

「ああ、行こう織莉子っ!」


504 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:37:25.51Ww9l84db0 (18/19)

8機の機体はそれぞれに飛び立って、迫るバイドの巨大戦艦へと立ち向かっていく。
無数に開かれた砲門が一斉にその顎を開き、宙を埋め尽くさんばかりの砲火が撃ち放たれた。
宙が赤く染まる。その中をすり抜けていく機体群。対応できずに、早くも2機の機体が火ダルマになって潰えた。
割り込みミッションには残機はない。やり直しの効かない状況でこの難敵に立ち向かうことになるのだ。

それは、まるで本当の戦闘のようだった。


505 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/05(月) 23:44:40.95Ww9l84db0 (19/19)

なかなかクロス・ザ・ルビコンが開発できません。
エクリプスを使っていればいいんでしたっけね、どうも記憶が曖昧です。

>>493
相手がバイドなんで、怒りも憎しみも篭めちゃっても大丈夫なんですけどね。
むしろバイドになったほうが曇りのないクリアマインドが実現できルかもシれまセン。

>>494
Dimensionsは確か箱○のダウンロード販売の奴だったと思います。
3Dモードや協力プレイなどを追加して、1と2をリメイクしたような感じだったかと。
オンラインで協力プレイが可能、ということでタイトルにお借りしました。

どこかで出したいな、とは思っていました。多分ここで出さなければ他に出しようもなかったので。
そしてELIMINATE DEVICEは、ラグナロックの開発コードです。
バイドに対する除去装置となることを願って付けられたのでしょう、きっと。

そして丁度いい機会なので再登場のおりキリコンビです。
この二人は割と好きです。色々やらかせる子達なので。

>>495
きっと次もまた、不思議で悲しい夢を見るのだと思います。

>>496
実は二代目提督さんは九条さんなので、まだ夢に出るようなことはしていなかったりします。
とはいえこの設定では二代目提督が本当に提督になるかどうかはわかりませんが。


506VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/05(月) 23:58:05.01/ZSUgx6po (1/1)

このゲームリアルすぎるww
きっとTeam R Typeがプレイデータを見て勧誘してるなんてことがあるんだろうなぁ


507VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/06(火) 00:19:18.38bfa0F8k00 (1/1)

少なくとも、R機のデータとかで、軍の協力はありそうだ。



508VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(東京都)2011/12/06(火) 00:25:33.072n6iiAogo (1/1)

シミュレーションと思ってるけど実は……な
バーチャロン的なパターンかもしれないぞ


509VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/06(火) 04:51:41.21dclDpTSDO (1/2)

連続投下乙でござい。
おりキリ再び、はてさてどうなるのか…。

あちゃー、箱○のDLのでしたか…なんで間違えちゃったかなー?


510 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:32:41.73tvY7hHN60 (1/11)

そして今日もまたお昼投下です。

キリカって何回も書いてるとたまにキリコって間違えそうになります。
スコープ・ダック、っていうかパウ系は強いですよね。レーザーが。
ニードルフォースは切り離したほうが強いですけど。
むせる。




511 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:33:49.88tvY7hHN60 (2/11)

「かなりやばいな、こりゃあ」

砲台を破壊して確保した安全領域。その中に二機が佇んで。
戦闘は既に終盤、砲火をかいくぐり、砲台を叩き潰し。押し寄せる敵の増援を焼き払い。
そうしていよいよ、艦首付近にまで肉薄することができた。

しかし、艦首に備え付けられた無数の砲台が濃密な弾幕を形成しており
さらにはその砲台の再生速度は極めて速い。このままではまず抜けられない。
何とか砲火の壁に穴を開けて、そこをすり抜けるしかないのだが。

「残っているのはもうあたしらとあいつらだけだ、ちょっと手数が足りないな」

早々に撃墜された二機。そして戦闘の半ばまでは粘っていたが。
急激に増え始めた敵の増援に対抗しきれず“ガンズアンドローゼス”“アイスブランド”
その二機も砲火の中に消えていった。

「おいそっちの二人っ!こっちの援護に入れないかっ!」

ここを突破すれば、後は敵のコア部分を残すのみ。
別ルートから攻略しているはずの“正義さす左指”と“自由なる右指”に呼びかけた。

「まったく、キミは無茶を言ってくれる……ねっ!!」

「残念ですが、敵増援の出現が想像以上に激しいようです。
 援護に向かうどころか、このままではこちらも持たないかもしれません」

艦尾方面からコアを目指した織莉子とキリカのチームも、大量の増援に阻まれているようで。
向こうは向こうで、状況は非常に悪いと言わざるを得ない。


512 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:34:52.13tvY7hHN60 (3/11)

「だとさ。どうするほむら?」

「一点突破、これしかないと思うわ」

「なるほど、Rにゃ相応しいやり方だ。だがどこを抜ける?
 完全に砲撃で上を押さえられちまってる、側面から回り込むのか?」

わずかに沈黙、やがて意を決したようにほむらが言葉を放つ。

「デコイを含む波動砲の面斉射。これで敵の砲火に穴を開ける。
 その隙間に潜り込めば、後はコアまで一直線に向かっていけるはずよ」

「簡単に言ってくれるけどよ、未だに砲台は復活しやがるし、敵だってわんさか出てきやがる。
 二人揃って波動砲をチャージする余裕なんて、作れるのか?」

「作るわ。幸い私はビットを拾うことができた。これで上方からの攻撃は防ぐことができる。
 私が上になるから、できるだけ寄り添ってフォースとビットで耐える」

「まったく無茶苦茶だ、だがまあ、他にやりようもねーか。
 いいぜ、こうなったらとことん付き合ってやろうじゃねーの」

二機がそれぞれ波動砲のチャージを開始する。
それを阻もうと迫る、砲撃やレーザーの雨あられ。迫り来るリボーの群れ。放たれる敵弾。
その全てをかわしすりぬけ、フォースやビットで受け流しながら。
チャージは順調に進んでいく。蓄積された波動エネルギーによって
エスコート・タイムの隣にデコイ機が生成される。

だが、状況は尚悪化する。
こちらからの攻撃が止まったことで、破壊し続けていた砲台までもが再生を始めた。
それにより、降り注ぐ砲火はさらに勢いを増す。フォースの間を擦り抜けて機体を掠めた。


513 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:35:39.84tvY7hHN60 (4/11)

そしてもう一機、波動エネルギーによってデコイが生成された。
チャージは完了、後は頭上の火線へ飛び込むだけ、なのだが。

(くっそ……あんなとこ、どうやって飛び込んで行けってんだよ)

「行くわ」

「っ!…ええい、こうなりゃ行ってやらぁっ!」

砲火の中を、踊るように進んでいくほむらの機体に続いて
杏子もその機体を躍らせた。たちまちその身を焦がす砲火、擦り、掠め。
それでも直撃だけは避けながら、艦首正面へと立ちはだかった。

「食らいやがれ……バケモノっ!!」

本体と、そして二機のデコイから同時に放たれる三門の波動砲。
そして続けざまに放たれたメガ波動砲が、戦艦の艦首部を直撃した。
表面を薙ぎ払われ、さらに深部までもを波動に焼かれて、一瞬だけ艦首の砲台が沈黙した。

それでもそのおぞましいほどの再生能力は、即座に焼き尽くされた内部を
破壊された砲台を再生させて砲火を放つ。けれどもそのわずかな時間で十分だった。

「穴が開いた。このまま抜ける……っ」

「案外なんとかなるもんだ。……でも、悪ぃ、こっちはここまでみたいだ」

ストライク・ボマーは無事に砲火の壁を潜り抜けた。
しかしエスコート・タイムは。破壊された砲台が最後に放った砲弾をかわしきれずに
直撃、黒煙を上げながら高度を落としていく。

「後、任せたっ!一発かましてやれほむらっ!!」

直後、降り注ぐ砲火の雨に杏子の機体が消えた。
通信もそのまま途絶する。ゲームであると分かっていてもいい気はしない。
それほどの臨場感を感じていた。


514 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:36:43.06tvY7hHN60 (5/11)

「杏子……ええ、後はこのままコアを破壊するだけよ」

そしてストライク・ボマーが駆ける。
巨大戦艦も艦の上部、特にコア周辺には砲台を展開できないのか
他の場所と異なりここだけが、極端に砲火の密度が薄い。
悠々とそれをかいくぐり、有機的に蠢きながらピストン運動を繰り返す、戦艦のコアへとたどり着いた。

後はここに波動砲を叩き込めば、それで片は付く。
ゲームの割には、あんまりにもあんまりな強敵だった。
それこそこれだけ戦えるのならば、そのまま実戦でも通用しそうなほどに。

そこまで考えて、ほむらの表情が固まった。


そしてほむらのストライク・ボマーは、砲台からの砲撃であっけなく被弾し、撃墜していった。
その後も暫く抵抗を続けていた織莉子とキリカだが、次々に押し寄せる増援に対抗しきれず。
やがて撃墜されてしまった。かくして全機撃墜。ミッションは失敗となったのであった。



515 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:37:25.85tvY7hHN60 (6/11)

「なんだ、結局全機撃墜かよ」

「でも、コアのとこまで行ったの初めて見たぜ、俺」

「すげーよな、やっぱりあいつどっかのランカーじゃないのか?」

「録画しといたから、後で研究しようぜ」

興奮冷めやらぬ、といった感じでギャラリー達が騒いでいた。
それでもミッションも終了ということで、三々五々に散っていく。

そうしてようやく、筐体からほむらと杏子が姿を現した。

「……一体どうしたんだよ、ほむら」

杏子の顔はやや険しい。対するほむらの表情はやや沈んだもので。

「どうもしないわ。油断して撃墜された。それだけのことよ」

「んなわけねーだろ。どれだけあたしがあんたと一緒に飛んでたと思ってる。
 あんな密度の低い弾幕で、あんたが撃墜されるもんかよ」

どうやらそれが気がかりなようだった。
わざと撃墜されたのではないか、とほむらに詰め寄っていく。
そんな杏子の様子に、少しだけ考えるような仕草をしてから
ほむらは杏子の手を引いて、筐体の影に隠れた。

「恐らくこのゲームには、軍ないしTEAM R-TYPEが絡んでいるわ。間違いなく」

「な、何言い出すんだよいきなり、頭でも打ったか?」

いきなり出てきた言葉は、陰謀論めいたもの。
さすがの杏子も驚いて、目を丸くしてしまったが。


516 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:38:00.19tvY7hHN60 (7/11)

「考えたことはないの?あのゲームの機体達はどれもみな、本物と変わらない操作性を持っていた」

「そりゃあ、作ってる奴らがよっぽどのマニアだったんじゃねーの?」

「軍にとっては機密であるはずのR戦闘機よ。それをあれだけの数のデータを揃えるなんて
 どう考えても、直接軍やTEAM R-TYPEが開発に携わっているとしか考えられない」

そう言われると、確かに杏子にも思い当たる節はある。
このゲームに出てくる機体は、そしてバイドはあまりにもリアルなのだ。
それこそ、訓練用のシミュレーターと大差がないほどに。

「だとして、何が問題あるんだよ?単に機体のデータ取りとかかもしれないだろ?」

「いいえ。このゲームの目的はきっと、もっと別のところにあるはずよ。
 特に割り込みミッションのあれは、まさに実戦さながらだった。その中で成果を出せるということは。
 それはすなわち、優秀なパイロットになり得るということだとは思わない?」

「……つまり、このゲームは民間人からパイロットを発掘するために作られてる、ってことか?
 確かにまあ考えられない話じゃないけどよ。何か問題でもあるのか?
 そもそもあたしらはもう軍属だろ?だったらいまさら目をつけられたって……」

「あなたはそうでも、私は違う。言ったはずよ」

名を捨てた英雄。暁美ほむらにとっては確かに
軍に存在が露見する可能性のある行為は避けたいのだろう。
そう考えると、ほむらの言葉も納得できた。

「……なるほど、そういうことでしたか」

言葉は、唐突に投げ掛けられた。
はっとして振り向く二人。その視線の先には。
筐体の影に寄りかかるようにして、話に耳を傾けていた黒と白の少女達の姿があった。


517 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:40:34.95tvY7hHN60 (8/11)

「盗み聞きたぁ、ずいぶん結構な趣味してんじゃねーか」

「何を言う、キミ達が勝手に話をしていただけだろう。場所を選ばなかったキミ達が悪い」

「んだと!?生意気言ってくれるね、なんならここで決着つけてもいいんだよ?」

「いいとも、さっきつけられなかった決着、ここでつけようか!」

勝手に一触即発になっている。杏子をほむらが、キリカを織莉子が取り押さえて。

「落ち着きなさい、杏子。こんなところで争ってもしかたないわ」

「そうよキリカ、ここではダメよ。人目があるもの」

人目がなかったら何をするつもりだったのか、ジト目で杏子が織莉子を眺めて。


「先ほどの話を聞く限り、やはりあなた方も軍属のR戦闘機乗りだったのですね」

「……その言い草からするに、あんたらも同じ手合いかよ」

まったく持って、奇妙な偶然もあるものである。

「ということは、もしかしてあなた達は」

「そして、恐らくあなた方は」

ほむらの声と、織莉子の声が重なった。

「「魔法少女」」


518 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:41:31.29tvY7hHN60 (9/11)

お互いを見据える眼光が、より鋭い物となる。
恐らくほむらも織莉子も、確信めいたものを既に感じていたのだろう。
目の前の相手が、かつて激しい戦いを繰り広げた相手である、と。

「なんだ、こいつらも魔法少女だったんだ。道理で強いわけだね」

「ええ、それに彼女は前に宇宙で戦った相手よ、間違いなくね」

言葉と同時にキリカが駆け出した、一足飛びにほむらの懐へ。
そしてその腕を振りかざし、打ち下ろす。
咄嗟に腕を交差させそれを受け止める。骨まで響くような強い衝撃が伝わる。

さらに追撃。首を狙って掌が伸びる。締めようとでもいうのか。
否、喉笛を掻っ切ろうとしているのだ。腕をかざしてその掌を止める。
腕が強く握られて、さらに爪が突きたてられて。肉に食い込み血が滲む。
唐突に向けられた殺意と狂気。咄嗟に身を守っていなければ、今頃頭か喉をやられていただろう。

「……っ!テメェ何やってやがるっ!」

呆気にとられていたのも一瞬、目の前で繰り広げられているのが殺し合いであると悟る。
そして割って入ろうとした杏子にも、容赦なくキリカは蹴りを繰り出した。
受け止めた腕ごと吹き飛ばされて、一瞬体が浮いてそのまま筐体に叩きつけられる。

「がふ……」

その衝撃に、肺から空気が漏れて出る。
それでも懐を手で探り、護身用の銃を取り出そうとした。
騒ぎを起こすのは勘弁だが、身を守る手段を持たないほど呑気でもない。
撃ってしまった後のリスクは考えないではないが、殺しに来ている相手を迎え撃たない道理もない。


519 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:42:39.89tvY7hHN60 (10/11)

「キミは織莉子を殺そうとした!ならばキミは今すぐ死ぬべきだ。ああ死ぬべきだ。
 織莉子を傷つけようとするやつは、誰であろうと私が殺すっ!!」

同じくキリカも懐を探り、何かを取り出そうとしている。
間違いなく武器の類だろう。正気を疑う。いや、疑うまでもない。
彼女は、キリカは狂っている。ならばそれを止めるにはもう殺すしかない。
ほむらも戦いの覚悟を決めた。騒動を聞きつけ人が集まり始めている。

長居は無用、一気に二人とも始末をつけて脱出する。
まどかも一緒に連れて行くと、何かと問題になるだろう。ひとまずは杏子だけを連れて。
後のことは、軍やキュゥべえに任せておけばいい。
まずは目の前の障害を確実に排除するだけだ。ほむらの瞳に冷酷な光が宿った。


520 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 15:47:08.23tvY7hHN60 (11/11)

このSSのキリカさんは、原作よりも8割増し位でイかれておられます。
多分あんな幕間を書いたからです。きっと。

>>506-507
まさしくその通りでした。
ゲームを装ってパイロット候補を選出する。
割り込みミッションをクリアした人のところには、後日丁寧なお誘いが舞い込んでくることになります。

>>508
そんな素敵な代理戦争がやれたら、この世界ももっと綺麗だったんでしょうけどね。
現実はキボウに満ち溢れています。

>>509
キリカさん、マジでやらかしてくださっております。
ここまでめちゃくちゃやらかすつもりはありませんでしたが
なってしまったものは致し方ありません。

私もそっちはやったことないので、いまいちわからないのですよね。


521VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)(滋賀県)2011/12/06(火) 16:01:38.53O2MNVhSPo (1/1)

ミス=死と知らないプレイヤーなら恐怖なんて無いな
新作ゲームのテストプレイと称してガチ実戦をやらされてそう


522VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/06(火) 17:23:39.33dclDpTSDO (2/2)

おつおつ~。
しかし本当に休暇じゃNEEee!んも~、おりキリってば迷惑だなぁ!

名前が出た二機の人は、後で関わって来るんだろうか?


523 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:48:52.07hRGOvNdu0 (1/11)

そして今日も夜投下です。
なんだかんだでこの話も相当長くなりそうですね

では投下します。


524 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:50:09.48hRGOvNdu0 (2/11)

「だめよ、キリカ」

凄絶な殺し合いが始まろうとしたその寸前に、織莉子の声が駆け抜けた。
懐からぎらりと光る刃物を取り出そうとしていたキリカは、その手を止めて。

「何故だい織莉子?こいつは織莉子を殺そうとしたんだ。なら殺さなくちゃ。
 ダメじゃないか!こいつらは死んでなきゃさぁ!!」

「ダメよキリカ。今の私は彼女達と戦うつもりはないわ。
 それに彼女は、私たちの命を助けてくれた恩人でもあるのよ」

そういえばそんなこともあった。あの時はさやかに説得されてしまったが
こうなると分かっていれば、あそこで見殺しにしていたというのに。

「そうなのか?本当にキミが、私たちを助けてくれたのかい?」

先ほどまでの殺気に満ち溢れていた表情が一変。
やけに人懐っこそうな笑みを浮かべて近寄ってきた。
その急変が恐ろしい。今にもまた様子を一変させて、殺しにかかってくるのではないか。
そんな危惧から、間合いから離れるように一歩距離をとる。

「……礼ならさやかに言うことね。彼女が助けると言わなければ、私は確実に止めを刺していたわ」

「そうか、つまりキミは私たちを、織莉子を助けてくれたのか!
 つまりキミは恩人だ。さっきはすまなかった、恩人!」

深く深く頭を下げて、さらに距離を詰めてくる。
敵意が一切見られない。それが何より恐ろしいのだ。
さらにほむらは一歩退いた。


525 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:51:20.80hRGOvNdu0 (3/11)

「何なんだよ、お前ら……訳わかんねぇことばっかり言いやがって」

懐に手を差し入れたまま、いつでも撃てるような体勢で杏子が間に割って入る。

「なあ織莉子、私は恩人に恩返しがしたいと思うんだけど、どうかな?」

そんな杏子を意にも介さず、キリカは織莉子に問いかける。
それが気に食わなくて、杏子はぎり、と歯噛みする。

「いいと思うわ。そろそろ騒がしくなってきたようだし、場所を変えた方がいいと思うもの」

これだけの事態が起きたにもかかわらず、織莉子は何事もなかったかのようにふんわりと笑みを浮かべて。

「そういう訳ですので、場所を変えてゆっくりとお話しませんか?
 大丈夫ですよ、キリカをけしかけたりはしませんから」

「ああ、私だってキミが恩人だと知っていたら、こんなことはしなかったさ」

確かに辺りを見渡すと、既に人だかりができていた。
騒ぎを聞きつけて、店員までもがこっちへ向かってきている。
これ以上ここに留まるのは得策ではない。彼女達と話をするにせよしないにせよ、である。

「……ええ、そうさせてもらうわ。杏子、私は二人を見ているから、まどかを呼んできて」

「大丈夫なのかよ、お前一人で」

「大丈夫だと思うわ、今のところは」

そんな言葉に杏子は表情を曇らせて。
織莉子とキリカをかわるがわる睨み付けていたが、やがて早足でまどかの元へと向かっていった。

「あの妙な力は、今日は使わなかったのね」

魔法、と呼ばれたその力。今使われていたら流石に打つ手がなかったろうと思う。
キュゥべえは封印した、と言っているようだったが、それもどうかは怪しいもので。

「ええ、今は使いたくても使えませんから」

「そう、それなら一応安心ね。とにかく移動しましょう。このままでは騒ぎになるわ」


526 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:51:52.23hRGOvNdu0 (4/11)

髪を払おうとしたその手は、血でぬらりと濡れていた。
腕を掴んだその腕は、本当に喉を?き切るつもりで突き出されたのだろう。
腕に食い込んだ爪は厚手の冬服を食い破り、肉をそぎ落としていた。そこからはだらだらと赤い血が流れていて。
自覚すると、今更ながらに痛みがこみ上げてくる。どこかで治療も済ませたい。

「ほむらちゃん!……っ。手、血だらけだよ。何があったの?」

「後で説明するわ。今はまずここを離れましょう」

杏子に連れられやってきたまどかが、ほむらの怪我に声を上げる。
でも、と躊躇うまどかを半ば担ぎ上げるようにして店を抜け出した。
騒動になる前には抜け出すことが出来たようだ。


527 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:52:35.89hRGOvNdu0 (5/11)

「これで大丈夫だよ、ほむらちゃん」

「ありがとう、鹿目さん。随分手馴れていたわね。よくこういうことをしていたの?」

少女達5人、何故だか身を潜めるようにして雪崩れ込んだ路地裏。
ちょっと窮屈なその場所で、まどかがほむらの手当てをしていた。

「うん、私、学校で保険委員だったから」

「そうだったのね。……鹿目さんには、戦いよりもこっちの方がよく似合ってると思うわ」

「ありがと、ほむらちゃん……てへへ」

一通りの手当ても済んだ、少し離れたところでは、杏子とキリカが睨みあっている。
織莉子が抑えているようだから、一触即発というわけではないが。
如何せん険悪な雰囲気は拭えない。

「杏子、少し落ち着きなさい。今のところはまだ彼女達は敵じゃないわ」

「今は、な。5秒後にはどうなってるかわかんないぜ?」

確かに、とほむらも考える。
あまりにも目の前の少女、キリカは危うい。
何の前触れも無く殺意を顕わに襲い掛かってきたかと思えば
恩人だなんだといって纏わりつこうとする。その、あまりの繋がりの無さがやはり恐ろしい。

ただ、キリカは織莉子という少女に絶対の信頼を置いている。
彼女が戦うつもりでないのなら、そうそうキリカも動かないはず。
そう推察して、今のところは停戦状態を保っている。


528 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:53:27.88hRGOvNdu0 (6/11)

「そろそろいいでしょうか、お話しても?」

「ええ、構わないわ」

正直なところを言えば、まどかはこの場にいない方がいいのでは、と思う。
けれどもこの状況下、目を放してしまう方が不安である。
致し方なし。もしこの状況で再び戦闘となれば、最優先するべきはまどかの安全。
そしてその次に敵の殲滅。恐らく杏子は一人でも大丈夫だろう。

心構えは済ませた、後は何が出るか待ち構えるだけ、である。

「まずは自己紹介を、私は美国織莉子」

「私は呉キリカだ。よろしく頼むよ恩人!」

「佐倉杏子。別によろしくしたかないけどな」

「暁美ほむらよ。……それと、その恩人というのやめてもらえるかしら」

どうも落ち着かないのである。

「えと、私……鹿目まどかって言います。その、よろしくお願いしますっ」

最後に、どうにも殺伐とした空気に慣れないまどかが戸惑い気味に言葉を告げて
一応の自己紹介は済んだこととなる。

「それで、貴女方は一体あんなところで何をしていたのです?魔法少女のお仕事か何かかしら?」

「あたしらはただ休暇を楽しんでただけだよ。っつーか、同じ質問をそのまま返してやるぜ」

「それなら私の答えも同じだ。私は織莉子と楽しい楽しい休暇を楽しんでいたんだ。
 なのにまさかこんなことに巻き込まれるだなんてね、やはり愛の前には障害が多いものだよ」

「いや、思いっきり巻き込んだのはお前らだろ。っつーかそういう趣味かよ」

うんざり、げんなり。そんな言葉がとてもよく似合う表情を浮かべて。
杏子が軽く突っ込みを入れる。当の本人たちは意に介した様子もなく。


529 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:53:57.10hRGOvNdu0 (7/11)

「ということは、私たちは単に偶然出会って、偶然戦うことになった。そういうことなのでしょうか。
 ……いくらなんでも話が出来すぎてるわ。こんな話を書いた脚本家は、きっと三流ね」

「誰かの意図がある、と考えたいところだけど、流石にそれもありえないわね。
 私たちが今日ここに来たのは、単なる偶然なのだから」

結局、不運なのかそうでないのかよくわからない偶然。
それが引き合わせたあまりよくない出会い。というのが、今回の出来事の概要といったところだろう。

「それで、あなた達はまだ私達を狙っているというの?」

次いで、ほむらは早速本題を切り出した。
もしもまだ彼女達の任務が古い魔法少女の粛清なるものであったとしたら。
今こうして生身で相対しているうちに始末しておくべき相手だろう。
もう一度、あの厄介な狂機を相手にはしたくない。魔法が使えないというのであれば話は別だろうが。
それでも、敵は始末できる時に始末しておくに越したことは無いのだ。

そんな意図も含んだほむらの言葉に、織莉子は軽く俯いて。

「実際のところ、私にもこれからどうなるのかはわからないのです。
 あの時だって、命令に従って貴女方と戦っただけ。そして今のところ、私達に新たに下された命令はない。
 休暇というのも、その間に私達の今後の処遇を決めようということなのでしょうね」

少なくとも、織莉子の方はまともに話が通じるようだ。
それなりに頭も切れるようにも見える。

「それなら今のところ、戦う必要はないということかしら」

「ええ、先ほどはキリカが先走ってしまったみたいで、ごめんなさい」

「すまないね、恩人」

人を殺そうとしておいて、しれっとごめんなさい、である。
美国織莉子、なかなか食わせ物でもあるようだ。


530 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:54:42.89hRGOvNdu0 (8/11)

「……そう、ならもうこれ以上話すことは無いわ。行きましょう、杏子、鹿目さん」

これ以上この場にいるべきではない。
ほむらは踵を返してその場を後にする。

「へっ、もう二度と会いたくないもんだな」

杏子も言葉を吐き残して、ほむらの後に続いていく。
そして、まどかは一人。

「……貴女は一緒に行かないのかしら?」

訝しげに尋ねた織莉子に、少しだけ迷ってからまどかは切り出した。

「私、二人に聞きたいことがあるんです」

「何かしら。あまり私に答えられることがあるとは思わないのだけれど」

織莉子もまた、まどかを観察している。
見たところ戦えるようにはまるで見えない、普通の少女のようだ。
そんな少女が何故あの二人と一緒にいたのかというのは、少なからず気にはなる。

「二人は……魔法少女、なんだよね?それで、バイドと戦ってる」

「ああ、その通りさ。キミは違ったのかい?」

「あ……うん。私は魔法少女じゃないんだけど、魔法少女になろうかどうか迷ってて。
 でも、私の戦う理由って何なのかなって考えたら、ぐるぐるしちゃって」

ゲームセンターで皆の戦う姿を見ながら、たとえゲームでもそこで戦っている皆は真剣だった。
自分も同じように真剣になれる何かがあるのだろうか、誰かの為じゃなくて、自分だけの戦う理由。

「迷っているのですね、鹿目さんは。……それで、私達に何が聞きたいのかしら?」

「二人の戦ってる理由を、教えてもらえたら嬉しいなって思うんです。
 もしかしたら、何かの参考にできるかも知れないから」

だから、聞いてみたいと思った。
すでに戦っている人達が何を考え、何のために戦っているのか。
そうすればもしかしたら、自分にも何かがつかめるかもしれない、と。


531 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:55:26.52hRGOvNdu0 (9/11)

「私は織莉子のためっ!織莉子が戦うから、私も戦う!私は織莉子のために生き
 織莉子のために戦い、織莉子のために死ぬんだっ!」

臆面もなく、一切の迷いもなく、キリカはそう言い放つ。
そこまで言い切れるのは純粋に凄いとまどかは思う。
けれどもそれでは、まどかの迷いへの答えとはならない。

「そうね、キリカ。貴女はいつも私のために戦ってくれる。私も、貴女のために戦うわ」

「美国さんも……同じ理由なんですか?」

戸惑い気味に尋ねたまどかの言葉に、織莉子は一度目を伏せて。
ほんの僅かに、躊躇った。

「戦えば世界がよくなると思った。誰もが私を見てくれる、認めてくれると思ったわ。
 けれどそんな事はなかった。もがけばもがくほど暗闇へと堕ちていくだけ。
 戦うことを選んだ時点で、未来なんてありはしないわ」

そうまどかに告げる織莉子の瞳には、先ほどまでのどこか冷たい輝きはなく。
思い悩み、揺らぎ続けた歳相応の少女のそれがあった。

突然の言葉に呆然と立ちすくむまどか。
キリカも、織莉子の変化に気付いて不安そうな視線を織莉子に送る。

「だから、戦わなくてもいいという選択肢のある貴女は幸せ者よ。
 それがどれだけ幸せなことか、貴女は知らないだけ。貴女は戦うべきではない」

その言葉を最後に、揺らいだ瞳は冷たい輝きへと変わる。
不安そうに見つめるキリカに微笑んで、その頭を軽く撫でて。

「行きましょうキリカ、まだまだ見たい場所は沢山あるわ」

「っ!あ、ああっ!行くよ、織莉子が行くならどこへでもっ♪」

たったそれだけで、けろりと機嫌を直してキリカは織莉子に付いて歩いていく。
そんな織莉子が、最後に一度だけ振り返って。


532 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:56:07.78hRGOvNdu0 (10/11)

「それでももし戦うというのなら、平和だとか未来のために戦うようなことだけはやめておくべきね。
 どこまでも自分のために。そうでなければ自分よりも大切な誰かのために、そうするといいわ」

言葉を残して、後はもうまどかには一瞥もせずに。
二人の少女は路地の奥へと歩いていく。その姿がだんだんと暗がりに消えていく。
それがまるで、二人の未来を暗示しているような気がして、まどかは目を離すことが出来なかった。

「まどかーっ、何やってんだ。早く来いよーっ」

しかし、そんな感傷に浸る間もなく杏子の声が呼ぶ。

「あ、うん。今行くよっ」

声に答えて。最後に暗がりの路地を一瞥して。
まどかは二人の元へと歩き出した。

待ち構えていたのは、どこか固い表情の二人。
どうしたのかと口を開くより前に、ほむらが口火を切った。

「鹿目さん。……キュゥべえから連絡があったわ。マミの治療の準備が出来たそうよ」

とくん、と小さくまどかの鼓動が跳ねた。



533 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/06(火) 23:59:02.60hRGOvNdu0 (11/11)

>>521
残念ながらそこまで彼らは非効率的ではないようです。
折角手に入れた才能のあるパイロットです
逃げられないように、逆らえないようにしてしまいましょう。
何、ちょっとぷるぷるしてる機体に漬けたりするだけですよ。

>>522
あの二人、特にキリカは徹底的に掻き回すだけの子になっている気がします。
そして織莉子は正気です。それでいて戻れないことももう十分承知しているわけです。

あの二機は多分今後出ることは無いでしょう。
今回出てきたパイロットネームは色々自分の好きな名前を並べただけですので。


534VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/07(水) 01:21:22.78GgUYkJfDO (1/2)

おお、二日も連続投下してもらえるなんてありがたいな!

そうですか、遂にマミさんの魂にダイブする時が…、無事に囚われのお姫様を救う事は出来るのか…?

店員さん達…ゲーセンが荒らされなくて良かったな。

しかし自虐ネタなんてものが出て来るとは思わなんだww


535VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新鯖です)2011/12/07(水) 01:33:45.97/A0Af+zN0 (1/1)

精神の中というと、Δ5面みたいに、マミさんの精神の中で戦うことになるのだろうか?
魂の中で、ドンパチされるなんて、X-∞の患者さんもびっくりですね。


536 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/07(水) 21:53:01.712BSaJfw40 (1/12)

先の展開が概ね決まってきたので、早く書きたくて仕方がありません。
頭の中で渦巻いてるネタを文章に変えるのは楽しいですね、まだまだ長らく続きます
読者の皆様がたとは長い付き合いとなるやもしれませんね。

では投下します。


537 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/07(水) 21:53:39.172BSaJfw40 (2/12)

「ごめん遅れたっ!マミさんはどうなったの!?」

部屋に駆け込んできたさやかは、開口一番そう言った。
空港に停泊しているティー・パーティーの中、そこには既に皆が揃っていた。

「治療はこれからだよ、さやか。キミを待っていたんだ」

ふわりと、白い尻尾を揺らしてキュゥべえが告げる。

「大体の説明はもう済んでいるわ。後はあなたの準備ができればすぐにでも始められる。
 それよりも、あなたの方は大丈夫なの、さやか?」

「家のことは大丈夫、一晩たっぷり話あってきたからさ。まあ、問題はそれだけじゃないんだけど。
 とりあえずそっちは後で考えればよし!今はマミさんを助けるのが先決でしょう!」

未だにまだ考えていた。仁美と恭介のことを。
結局自分ひとりで考えても答えは出ない。まどかに相談してみようかな、なんて考えていたのだ。


「全員集まったようだね」

そしてキュゥべえがどこからとも無く現れる。
この艦のメンバーにとっては、いい加減に見慣れた光景だ。
これで役者は全員揃った。いよいよ眠り姫の救出が始まる。

ティー・パーティーのパイロットルーム、というより戦っている間の体を安置しておく場所。
いくつか並ぶコクピットブロックを模した生命維持装置。その中の一つにマミが眠っている。
魂が自分を死んだと思い込んでいるこの状況、マミの体は刻一刻と死に向かっている。
生命維持装置は必要不可欠であった。


538 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/07(水) 21:54:16.442BSaJfw40 (3/12)

「それで、あたしらはどうしたらいいんだっけ?
 どーにかこーにかマミさんの魂を起こせばいいってのはわかったんだけどさ」

「簡単に言ってしまえば、私達が直接マミの精神の中に入って、そこでマミに接触。
 自分が死んではいないということを認識させて、意識を覚醒させる。そういうことらしいわ」

「なるほどね、って。やることはわかったけど、結局どうやってマミさんの精神の中に入るのさ?
 いくらなんでもちょっとやってることがマンガチック過ぎない?これ」

「魔法少女、なんてもんがある時点でお察しだろ。もう何が起ころうと驚きゃしねーぜ」

壁にもたれて、冗談交じりに杏子が笑う。
正直なところ未だに信じ切れていないところはあるが、目の前で事が起こっているなら見届けるしかない。
どっちにせよ、ただの人間の自分には手出しの出来ないもののようだし。
割と蚊帳の外気味な様子である。

「それに関しては手はある。サイバーリンクシステムのちょっとした応用だよ」

「サイバーリンクシステム?」

聞き覚えのない名前。
また何かろくでもないものを開発したのかと、ほむらと杏子は怪訝そうな表情を浮かべた。

「人の精神を直結させ、情報、思考、記憶その他ありとあらゆるもの共有することができるシステムだ。
 開発中のそれを借りてきた。これでマミとキミ達を接続し、マミの精神に進入させる」

「……また、随分トンデモな代物が出てきたもんだぜ。どう見ても危なさそうなんだけどな、それ」

驚かないと言った矢先ではあるが、流石にこれは驚かざるを得ない。
人の精神を直結する、などと。まるで前時代的なSF物にでも出てきそうな話ではないか。
とうとう現実がフィクションに追いついたのか、と気の遠くなるような思いすらしていた。

「危険がないとは言いがたい、今のところ実際に運用されている例は三つだけ。
 それも魔法少女同士でしか運用されていないからね」

ますますもって不安になる。
これでは体のいい実験台ではないのか、とすら思ってしまう。


539 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/07(水) 21:54:43.802BSaJfw40 (4/12)

「だが、悪い話ばかりじゃない。魔法少女同士での運用で、今のところ何らかの問題は見られていない。
 それどころか一部のケースでは、戦闘においての運用実績もあるようだね」

とは言うものの、それは先のキリカと織莉子のケースのみ。
結果はサイバーリンクシステムの問題ではなく、ソウルジェムシステムの暴走であったのだから
サイバーリンクに問題があるとは言えない。敢えてそれを話すことも無い。
そういう大事なところはわざわざ包み隠して、キュゥべえは告げる。

「不安って言えば不安だけど、それしかないならやるしかないよね。キュゥべえ、お願い」

「……ここまで来たからには、絶対に救って見せるわ。マミ」

それでも二人の意気込みは十分。これは二人にとっては贖いなのだ。
戦うことを選べなかった罪、そして戦うことを選ばなかった罪。
それが本当に罪なのか、それを問える人間など誰もいない。
だが彼女達がそれを罪だと思い、それに責を感じる以上、それは彼女達の罪。

贖罪の時が――来た。


540 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/07(水) 21:55:18.602BSaJfw40 (5/12)

「さやか、ほむら。これからサイバーリンクの接続を開始する。キミ達がマミの精神に突入しだい
 ボクの方で感覚プログラムとサポートプログラムを展開するよ」

サイバーリンクシステムを搭載した生命維持装置の中で、ほむらとさやかが身を横たえている。
マミの精神に突入すれば、その間ほむらとさやかの魂はマミの中に移る。
その間は、それこそソウルジェムを失った状態同様、死んでいるも同じな状況である。
その状態の二人を守る。その為の装置である。

「……任せるわ、キュゥべえ」


「さやかちゃん、ほむらちゃん。……マミさんのこと、お願いね」

キャノピー越しにまどかが声をかける。
やはりここでも、自分は何も出来ない。実際キュゥべえの話している事だってほとんど理解できていない。
何も出来ないのがもどかしくて、でもそれだけでは現実は何も変わらなくて。
悔しくて、でも零れる涙だけは堪えて。必死に呼びかけた。

「任せてよ、まどか。絶対にマミさんを連れて帰るから。……だから、まどかも祈ってて」


「サイバーリンクの構築開始。さやか、ほむら。意識をしっかり持つんだ。飛ばされないように――」

言葉の途中で、さやかとほむらの意識は途切れた。


541 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/07(水) 21:55:57.442BSaJfw40 (6/12)

目が覚める。目を開く。
広がっているのはどこまでも暗いだけの空間。
何も無い、誰もいない。何も聞こえない、何も感じない。
絶対の虚空。ここはどこなのか。本当にここが、マミの精神世界だというのか。

感覚など無いはずなのに、ただただ何も無い暗闇は底冷えのする寒さを感じさせる。
身が凍える。否、凍えているのは精神、魂なのかもしれない。
がたがたと震えが全身に広がる。冷たい、寒い。凍り付いてしまいそうだ――。

「接続……確保!感覚プログラム展開、マミの精神領域に突入する――」

途端、世界に光が溢れた。
展開したプログラムによって、マミの精神領域が視覚化される。
そしてその世界に、0と1の狭間に魂を宿し、身体を構成したさやかとほむらが舞い降りた。

「……ここが、マミさんの精神の中?あ、ほむら」

あたりを見回せば、すぐ隣にほむらがいた。

「きっとそんなんでしょうね。あなたも無事に来られたのね、さやか」

長い髪を払って、ほむらもさやかに並び立つ。
私服姿のほむらに対して、なぜかさやかは制服姿。

「格好が違うのは、なぜかしらね」

「恐らくそれはプログラムの都合だ」

疑問を口にした途端、いきなり聞こえてきたキュゥべえの声。
まるで直接頭の中に語りかけられているような感じである。
流石にそれには驚いた。

「うわっ!?きゅ、キュゥべえっ!?え、どこから話してんのさ?」

「プログラムを介して直接キミ達の精神に言葉を送っている。それとさっきの質問の答えだ。
 プログラムはキミ達の魂を解析してもっとも自然な姿を構成した。それがほむらにとってはその格好で
 さやかにとっては制服姿、ということだったんだろうね」

「納得したようなしないような……まあいいや、それであたしらは何をしたらいいの、キュゥべえ?」

「そうだね、本題に入ろう。ここはマミの自我境界面、簡単に言えばマミの精神への入り口みたいなところだ。
 多分近くに扉のようなものがあると思う、それを開けばマミの精神領域に突入できる。探してみてくれ」


542 ◆HvWr2kWl99Dz2011/12/07(水) 21:56:30.662BSaJfw40 (7/12)

キュゥべえの言葉に頷いて、さやかとほむらがあたりを見渡す。
あちらこちらに光が見えるその空間、そこに浮んでいるのは、輪。
その輪はなにやら扉のようなもので覆われている。もしやするとこれがそうなのかもしれない。
そしてその巨大な扉のあちこちに、黒ずんだ鎖のようなものが巻きつき絡み付いている。
中心には、これ見よがしに仕掛けられた錠前。

「門……っぽいものはあったよ、でも、鍵がかかってる」

「鍵、か……きっとマミは自分が死んだと思って精神を閉ざしているんだろう。
 何とかこじ開けられるかい?」

「やってみるわ」

ほむらがその輪に近づいて、巻きつく鎖を掴んで引っ張る。
手に伝わるのは冷たい感触、まるで体温を失った身体のようにそれは冷たい。
鎖は、とても解けない。砕けない。やはり見た目通りには硬いようだ。

「ふんにゅ~っ!」

さやかもなにやら奇声を上げながら、必死に鎖と格闘している。
そこまでやるか、と思わないでもないが、必死になる気持ちもわかる。

「さやか、ここは協力しましょう。キュゥべえ、流石に素手では無理だわ。
 何か道具なりを用意できないかしら?」

「やってみるよ」

僅かな間、そして光と共に現れたものは。
――斧。
小ぶりなハンドアックスである。