700作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:13:39.26v3OANEYAO (12/30)

~8~

この娘は、あんまりにも綺麗で優し過ぎるわ。本人がどれだけ否定してもね。
よく子供が大人は良い子悪い子の見分けなんてつかない節穴の目だって思ってるけどね――
大人だって昔は子供だったのよ?良い大人悪い大人を見分けられる力を持っていた、子供の頃が。

美鈴「命を捨てられるのは確かに力の一つかも知れない。けれど強さの全てなんかじゃないわ」

――この娘に人殺しのやり方を教えたのは誰?
自分の許し方も知らず、命をドブに捨てる生き方を強いたのは誰?
決まってるわ……悔しいけれど、それは私と同じ大人よ。

美鈴「沈利ちゃん。さっきね、私貴女にひどいお願いをしようとしたの」

――だったら――

美鈴「――貴女のように強くて、綺麗で、優しい子に、美琴ちゃんを守って欲しいって……そうお願いしようとしたの」

同じ大人が、それを正してあげる事も出来るはず。
確かに私はこの子みたいにビームも打てない。
あんなパンチやキックも出来ない。頑張ってもビンタするのが関の山。
けどね沈利ちゃん――私にあって貴女にただ一つだけない強さが何かわかるかしら?

美鈴「ひどいでしょ?こんな痛い目見て、怖い目にあって、戦争みたいなところに放り込まれて……それでも貴女に美琴ちゃんを守って欲しいって思える程度に大人(わたし)は汚いのよ?」

それはね沈利ちゃん、私が母親だからよ。子供を産んだからよ。
私に貴女の罪の重さはわからない。けれど貴女の背負う痛みの重さは少しわかる。
そして痛みを比べっこする訳じゃないけれど――

私は今でも覚えてる。あの死んだ方がマシな痛みの中で、それでも美琴ちゃんという命を産み出せた喜びを。
生まれたばかりの美琴ちゃんが上げる泣き声に、私は初めて『イノチ』というものを学んだ気さえしたわ。
同時に、生み出した三千グラム足らずの重さが私には地球よりも重く、尊く、美しく思えた。

美鈴「――けれど、それでも私は貴女に――」

沈利ちゃん。貴女はきっと多くの死に触れて来たんでしょう。
そして頭の良い子だって言うのもわかる。けれどそんな貴女がまだ知らないであろう事……
それは命(みこと)よ。貴女が知らなくちゃいけないのは命(みこと)の重さ。
私が美琴ちゃんに『イノチ』という名前を与えたのは



――私自身が、イノチを学んだからよ――


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701作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:14:34.72v3OANEYAO (13/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美鈴「――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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702作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:16:59.96v3OANEYAO (14/30)

~9~

そして――麦野を背負った美鈴がスキルアウトへと……
その先にある正面玄関口を目指して一歩一歩進んで行く。
まるで立ちはだかる死の向こう側にある生へと挑むように。

スキルアウトG「……オ」

美鈴「そうね。どんな事情があれ沈利ちゃんが貴方の仲間を殺した事は貴方の言う因果応報だわ。貴方にはきっと彼女を裁く権利があるんでしょう」

その立ち姿は、何百何千という銃弾飛び交う戦場にあってさえ……
かすり傷一つ負わないのではないかと敵対者に思わせるほどの威容。
しかし――現実に美鈴は拳銃の有効射程距離の内側へ達しようとしていた。

美鈴「けれどね……私は沈利ちゃんに命を助けられた。死から救ってもらったわ」

――美鈴一人でも良い鴨撃ちの的だと言うのに、麦野を背負ったまま逃げ切れるはずがない。
スキルアウトはなけなしの力を振り絞って必ずや二人を殺しに来る。

美鈴「だったら――彼女に守られた私が彼女を守るのだって因果応報よ!!」

誰も死からは逃れられない。この場には『殺さなければ気が済まないスキルアウト』と『死んでも構わない麦野』。
そして『人を殺すのも殺されるのも死んでもごめんだ』という美鈴しかいないのだから。

麦野「やめろオバサン!!」

美鈴「――沈利ちゃん」

この雨ですら洗い流せない血と死と炎の赤の中を美鈴は行く。
この誰かが死ななければならないという世界(ばしょ)にあって――

美鈴「――信じてる」

麦野を死なせず、麦野に殺させないという分かち難い絶対矛盾。
命をドブに捨てられる力を持っているならば、命をドブから救いあげるやり方が……
この自分を許す事も救う事も助ける事も出来ない少女にしか出せない答えを。

美鈴「私は貴女を信じてる」

今麦野に求められているのは、正解ではない答え。
今麦野に求められているのは、不完全なイエス。
今麦野に求められているのは――命と向き合う事。



美鈴「――大人は、いつだって子供を信じてるものなのよ」



スキルアウトG「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

そして、スキルアウトの演算銃器が二人へと向けられ――

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703作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:18:01.42v3OANEYAO (15/30)

~10~

出来る訳がない

私の能力(ちから)は、人を殺す事と物を壊す事にしか使えない。
そして私自身そういう事にしか使って来なかった。
屍の山を越えるために、血の河を渡るために私はそうして来たんだ。

当麻みたいに誰を助けるでもなく、御坂みたいに誰を守るでもなく、ただ私自身が生きるためだけにに殺して来た。

それを今更あんた(美鈴)を助けるためだなんて言い訳はしたくない。
テメエが死ぬのを惜しくなった理由を人に預けるなんてクソでも食らえ。
人殺しは死ぬまで人殺しだ。さっき覗き見た地獄に堕ちるその時まで。それを

美鈴『――死ぬだけなら、誰にでも出来るのよ』

私には死(ばつ)って言う御褒美すらないって言いたいのか。
惨めったらしく、ブザマに、格好悪く、不細工に

美鈴『貴女、よく人から完璧主義者って言われるでしょう?そういう子はね、他人以上に自分を許せない子よ。今の沈利ちゃんみたいに』

――白も黒もなく、ただこの色褪せた世界で足掻いてもがいて生きろって言いたいのか。

美鈴『――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う』

あんたは、満点じゃない生き方を選べって言うのか。
完璧じゃない答えを、不完全なイエスを、受け入れた上で生きろって言うのか。
――それで十分だって、あんたはテメエを死に目にさらしてまで私にそれを教えたいのか。

御坂『器用なのは料理の手先だけで、生き方ぶきっちょ過ぎ。まるで、自分はワルいヤツだって言い聞かせて、そうしなくちゃいけないってムキになってる……自分に厳しいのと自分を許さないのは違うのよ』

――テメエら母娘(おやこ)にはもううんざりだ。
私は当麻に言った。『ロバが旅に出たからって馬になって帰って来る訳じゃない』って。
私の本質は変わらない。どうしようもなく歪んでる。歪んだままここまで来てしまった。

土御門『役立たずの宝物を――捨てきれないのは俺も同じだ』

私は馴れ合いが嫌いだ。誰かに優しい世界が大嫌いだ。
ひだまりの中祝福されて、どいつもこいつも仲良しこよしの人の輪を憎んで来た。
私は当麻みたいに出来ない。私は御坂みたいになれない。



私し(人殺し)は、私(人殺し)だ


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704作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:20:14.27v3OANEYAO (16/30)

~11~

上条『――ダメだな。死ぬとかそう言うの前提で話すのは止めにしようぜ、沈利』

どうして、テメエら母娘はあいつと同じ事を私に言うんだ。
自己否定と自己破壊と自己嫌悪の塊のような私にとって――

上条『生きよう。何が何でも何があっても三段活用』

どうしても捨て切れない役立たずの宝物が、私に呼び掛けて来る。

上条『――生きるんだ。どんなに格好悪くて、みっともなくても、情けなくても。死んじまったら何も変えられねえ。だけど生きてりゃ何か変えられる。それが運命だったり未来だったり自分だったり』

出来る訳がないって言いたいのに……あいつが助けた人間、救った世界、守ろうとした場所がそれを否定する。

麦野『――私は、ここ(あんたのそば)にいていいの?』

上条『いいに決まってんだろ』

言葉で抗って

麦野『――私は、ここ(このせかい)にいていいの?』

上条『誰かがダメだって言っても』

態度で逆らって

麦野『――私は、ここ(いっしょに)にいてもいいの?』

上条『お前がダメだって言ってもだ』

それでも半分に出来ない魂が

上条『――重くたっていいんだ、沈利。重いのが悪いだなんて誰が言って、どいつが決めたってんだ?少なくとも俺はそう思わねえ』

どうしようもなくあんたの存在に惹かれていく

上条『――お前の重さが、俺の中の揺るがないもんになるんだ。もうなってんだよ、沈利』

私がどれだけ今いる世界を否定しても、自分を拒絶しても……
そこにいるあいつと出会ってしまった事だけが取り消せない。
私達が出会ってしまった血塗れの路地裏は今も続いてる。

御坂『――ねえ』

その上で紛い物の羽根を背負って、絶望(じべた)の上に立たなくちゃいけないって言うのか。
壊す事しか出来ない左手と、殺す事しか知らない右手で、私にしか出せない答えを出せって、あんたはそう言いたいのか。

私は当麻のように人も救えない

私は御坂みたいに誰も助けられない

私がこいつを殺しても何も変わらない

私が死んでも何も変えられない



御坂『――ねえ、あんたはこの世界が眩しいものだって思う?』



――ああ、ちくしょう――



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705作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:21:08.26v3OANEYAO (17/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――眩し過ぎて、前が見えねえよ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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706作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:21:40.09v3OANEYAO (18/30)

~12~

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

スキルアウトG「……!!?」

麦野「……――」

その瞬間、美鈴の背中から伸ばした左手……麦野の原子崩しがスキルアウトの頭上を通り抜けた。
同時に――麦野らの前に立ちはだかるようにしていたスキルアウトの背後、十字架のような風車が半ばで切り落とされた。

麦野「……生きる理由じゃない」

スキルアウトG「あっ……」

麦野「――死ねない言い訳が出来た」

スキルアウトが突きつけていた演算銃器が……瞬時に次元を切り裂いて麦野の左手へと収まる。
それに対し空手となったスキルアウトが驚愕に目を見開く。
10メートルは離れていた距離から、二人は全く動いていないのに――

麦野「……何ボサッと突っ立ってやがる?テメエは私と殺し合いに来たんだろ。私は狩られるだけの獲物(ブタ)じゃねえぞ」

スキルアウトG「て、テメエ……!」

『0次元の極点』……それは今は亡き木原数多が提唱した理論。
0次元の『1点』という『世界の全て』さえ手元にあれば、3次元の全ての座標とリンクしワープやテレポートの為の中継ポイントにできるというそれ。
その気になれば銀河の綺羅星すら手元に引き寄せられるという世界の在り方を『否定』する力。

麦野「私を殺しに来たんならテメエも殺される覚悟があんでしょう?それがテメエの言う因果応報(フェア)ってヤツよ」

その理論に必要不可欠な次元の切断方法……それは『量子論を無視して電子を曖昧なまま操る』という粒機波形高速砲。
『壊す事』と『殺す事』しか出来ない麦野だけの原子崩し(メルトダウナー)。

スキルアウトG「ぐううう……!!」

麦野が美鈴の背から身体を落とす。地べたにへたり込みながら、左手で握り締めた銃を突きつけて。
それにスキルアウトはそのままずるずると半ばで焼き切られた風車のシャフトに寄りかかりながら呻く。
出血多量により自分の身体を支えていられないのだ。今の麦野のように。



――――だからこそ――――



麦野「……ッッ」

麦野は手にした演算銃器の重みを感じながら……
一度瞳を閉じ、歯を食い縛り、大きく息を吸い込む



――――そして――――



美鈴「え……!?」

麦野「……――」

――美鈴へとその銃口を突きつけ、引き金に指をかけながら――

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707作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:22:33.60v3OANEYAO (19/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――“遠くから”“聞いて”んだろ!クソッタレ共!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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708作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:25:08.50v3OANEYAO (20/30)

~13~

「!」

海原「これは……」

その雄叫びとも言うべき麦野の血を振り絞るような声が――
すぐさま状況に対応出来るよう警備員らが詰めていた断崖大学データベースセンター正門前にいた『グループの上役』と海原の耳朶を震わせる。
暗部特有の『遠距離から話を聞く』というツールを用いられている事を前提に麦野は叫ぶ。
いつでもどこでも『割り込んで』来る暗部のやり方を熟知しているが故に。

麦野『――御坂美鈴は回収運動を放棄する!保護者会は解散、第三位“超電磁砲”を連れ戻す事もしない。学園都市第四位“原子崩し”がそれをさせない!!』

そしてどうやら海原や『グループの上役』が『遠距離から』見るに麦野が美鈴に銃を突きつけており……
それに対して美鈴がしどろもどろになっている。
今の今まで自分を守り、自分が守って来た相手に銃口を向けられれば驚愕に目を見開くより他ないだろう。

美鈴「沈利……ちゃん」

麦野「――――――」

その麦野の眼差しは、見開かれた美鈴以上に真摯だった。
自分が銃口を突きつけられてもこれ以上必死の形相になどならない。
故に――美鈴はその眼差しに込められた光の意味を探り、知り、そして――

美鈴『――全部止めます!だから殺さないで!!お願い!!!』

「――――…………」

海原「……と、言う訳です」

思わぬ美鈴の全面降伏宣言に、その直前まで『グループの上役』及び学園都市上層部へ交渉していた海原が再び言葉を紡ぐ。
結標淡希辺りが知れば『醜い手』と歎息するような交渉材料をちらつかせていた所を中座させられた形ではあったが――

海原「“先程の件”と合わせまして、何卒御一考願えませんか?」

御坂美鈴の全面降伏宣言だけという曖昧な結論ではこの暗殺計画を上層部は中止などしないだろうし――
海原一人だけ肩に力を入れてもそれは変わらない。だが

「――いいでしょう。今の成り行きは当然“上”にも伝わっているはずです」

しかし、二つで一つの要素が組み合わさった時はその限りではない。
残りの足場固めは『御坂美琴の世界』を守る海原の仕事である。

海原「ありがとうございます……では、続けてもよろしいでしょうか?」

例えヒーローになれずとも、それは銀月の騎士のような海原にしか出来ない事なのだから――

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709作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:26:02.87v3OANEYAO (21/30)

~14~

麦野「――はっ、はっ、はっ、はっ……」

美鈴「沈利ちゃん!!」

麦野「こ……れ、で――」

次第に聞こえて来る警備員らが鎮圧を始めた足音に麦野は演算銃器を取り落とした。
これが正真正銘の限界だった。こんな不様で不格好で不確実な大博打に打ってでねばならないほどに。
そして改めて泥濘の中に身を横たえた麦野を美鈴が抱き起こす。
麦野は賭けに勝ったのだ。生贄無しには乗り越えられないこのヴァルプルギスの夜を。

麦野「――……オバ、サン」

美鈴「しゃべらないで!!」

麦野「……――これで終わりよ。オバサン」

美鈴「沈利ちゃん……!!」

麦野「あんたの娘は……御坂は私が“背負う”。だからもうこの学園都市(まち)の闇に踏み込むな」

――そう、麦野も死なず、スキルアウトも殺さず、美鈴を救い出すにはもうこれしかなかったのだ。
それは『回収運動』そのものから全面的に手を引く事。
暗部が動き出す前の、スキルアウトに駄賃をやって使い走らせる程度の重要度の低い計画だと言うのもわかっていた。
もちろんこんな曖昧な結論はもうワンランク上の重要度ならばどうあっても覆す見込みなどなかっただろう。

麦野「……戦争が起きても、私が御坂を殺させない。御坂に人も殺させない……これでいい?」

美鈴「沈……利ちゃ……ん」

故に美鈴に拳銃で脅しつけるような即興の道化芝居までやってのけた。
これ以上膠着状態が続けばスキルアウトらだけで話は収まらず暗部が繰り出して来る。
そして美鈴もまた……必死に拳銃を突きつけてくる麦野の眼差しに宿る光を信じてそれに乗ったのだ。

美鈴「ありが……とう」

麦野「――……ふんっ」

麦野は誰も助けない。救わない。守らない。ただ――御坂の敵を討ち、御坂を戦争に巻き込まない事を美鈴に約束したのだ。
こうでもしなければ美鈴は納得しないだろう事は今夜一晩でいやというほど思い知らされたのだから。

麦野「一人殺すも二人殺すも今更変わらないなら――」

美鈴「………………」

麦野「――1人抱えるも2人背負うも今更変わらない」

麦野が否定したもの……それはこのヴァルプルギスの夜に満ち充ちていた『死』そのものだ。
罪は消えない。罰は終わらない。ただ業の中から『死』だけを断ち切ったのだ。

警備員A「――いたぞ!こっちだ!!」

スキルアウトG「くっ……」

『命』だけを残して――

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710作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:28:44.37v3OANEYAO (22/30)

~15~

警備員A「さっさと立たんか!」

スキルアウトG「……死ね」

警備員A「無駄口を叩くな!!」

スキルアウトG「死ね!死ねよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

――私が断ち切ったのは『死』の部分だけだ。
復讐は終わらない。禍根は消えない。カルマは変わらずそこにある。
だから私は――ただ黙って連れて行かれるそいつを見つめる。

麦野「………………」

目に焼き付けろ。私を殺したがってる人間の顔を。
――戦争に巻き込まれれば、御坂だってこんな目を生きてる限り向けられるだろう。
それをさせない事を私はこのクソババアに約束した。このオバサンの命を拾うための代償として。

スキルアウトG「くたばれ!俺を生かして返した事を後悔させてやる!!」

例え私がこいつに殺されても……あいつらは私のために復讐しなくていい。そんな価値は私にはない。
第二のこいつ、第三の私に当麻や御坂がなる必要なんてどこにもない。
私は毒麦で良い。一粒も残さず刈り取られ枯死する毒麦でいい。

スキルアウトG「……忘れねえぞ!」

麦野「………………」

スキルアウトG「死ぬまでテメエの面は忘れねえぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

――私が自分の罪を忘れないために。そしてこいつが拾った命をどう扱うかを確認するために生かして帰す。
その上でまだ復讐の権利を行使するならそれでもいい。
私は今度こそこいつを殺してやろうと思う。私から解き放って楽にしてやる。最悪の意味で。

私は決して謝らない。この首を下げるのは、断頭台の刃が落ちる時だ。
許しなど乞わない。贖いなどない。もうそんな逃げ道はどこにもない。
さっき見た地獄と、そこから救い出してくれたあいつが、同じくらい恋しい。

麦野「――――――」

私の残りの人生はただの執行猶予だ。絞首刑に至る十三階段を登り終わるまでの



生きる理由なんて一つも見つからないのに


死ねない言い訳だけが増えて行く



他の誰でもない自分(あいつ)のためにと



私はまだ生きる事にしがみついてる



あんたの言う通りだねオバサン


人間とかじゃなくて、私自身の生き方はそんなに綺麗じゃないみたい





パシンッ!





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711作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:29:44.91v3OANEYAO (23/30)

~16~

――その時、渇いた平手打ちがスキルアウトの横っ面を叩いた。

スキルアウトG「!!?」

美鈴「いい加減にしなさい!!!!!!」

麦野「……オバサン――」

それは警備員に抱えられながらも呪詛の声を浴びせかけていたスキルアウトから……
麦野を守るように間に入って仁王立ちする美鈴が叫んだ怒りの声だった。

美鈴「――君に、人を責める資格があるなんて思い上がってるならそれは大きな勘違いよ」

スキルアウトG「――……」

美鈴「銃を取って私達を殺そうと追い掛け回した君だけに、この娘を責めるだなんてむしの良い話通る訳ないでしょうが!!」

スキルアウトG「っ、このババ……」

警備員A「――御婦人方、失礼つかつまります……吻破ッッ」

バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

スキルアウトG「ぽっ……ごっ」

麦野「!!?」

警備員A「……失敬。これは始末書ものですなあ。また黄泉川隊長に……叱られませんな。うむ」

そして美鈴に食ってかかろうとしたスキルアウトが――
前歯と鼻骨ごと根刮ぎもって行かれるようなパンチによって意識を失い気絶した。
それは上条より鋭く、浜面より腰の入った、麦野より重い『大人』の鉄拳だった。
その警備員は待機ばかりさせられてついカッとなってやったなどと付け加え、そして――

警備員A「――ありがとう」

麦野「えっ……」

警備員A「君のおかげで尊い命が救われた。警備員として情けない限りだが、恥を偲んで礼を言いたい」

上役が馬鹿な待機命令出すからだとボヤキつつ、ぺこりとした警備員の一礼に麦野は面食らった。
へたり込んだまま鳩が豆をグリースガンで食らったように。

警備員A「――生きていてくれて、ありがとう」

麦野「………………」

警備員A「おかげで気持ち良く仕事が出来る。ほら行くぞ!!」

そして警備員はスキルアウトを引きずって連行していった。
ポカンとした麦野と、その頭に手を置いてよしよしと撫でる美鈴を残して。

美鈴「――帰りましょう?沈利ちゃん。ほらもう一回おんぶ!」

麦野「うわっ!?」

誰かに感謝される事、守られる事……初めて大人からされた事にキョトンとする麦野をおぶって美鈴は再び立ち上がる。



おぶわれた視点は、幼い頃麦野が座っていた椅子より高かった。



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712作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:32:44.08v3OANEYAO (24/30)

~17~

そして――浜面仕上と上条当麻の決着がついた頃、麦野沈利と御坂美鈴は警備員に保護され救急車にて搬送されながら緊急輸血を受けていた。
失血死寸前であった麦野と共に、美鈴がそれに付き添う。
麦野の血塗れの左手を握り締めながら、冥土帰しの病院を目指して。

麦野「……フー……フー……」

美鈴「沈利ちゃん……」

雨に濡れたアスファルトを照らす赤いランプ。そして目に痛いほど白々しい車内の光を浴びて――
麦野はさせるがままにその左手を握らせている。拒むでもなく。
酸素マスクに浮かぶ白露が一呼吸ごとに浮かんでは消え……
その上にポタポタと美鈴の涙がこぼれる。説教したり叫んだり泣いたり忙しい女だと思いつつ。

麦野「……そんな顔されても困るんだけど」

美鈴「ごめん……なんか、安心したら涙出て来ちゃって……あははは」

麦野「――そう」

反対に麦野は涙を零さなかった。車内にあって雨のせいにも出来ず、また上条もいないためだ。
麦野は上条のいない所では決して泣かないと決めているからだ。

美鈴「実はね……」

麦野「………………」

美鈴「土砂降りだったからわからなかったろうけど……本当は漏らしちゃった」

麦野「………………」

美鈴「ダメな大人よね、私って本当に」

しかし――麦野はそれを笑い飛ばさなかった。昔ならば破裂した笑い袋のように腹を抱えて転げたろうが……
麦野はそんな美鈴を馬鹿になどしなかった。ただ左手を握り返す事でそれに答える。

麦野「……そんな事ねえよ」

美鈴「えっ……」

麦野「私は……あんたみたいになれない」

本当に弱い人間は、漏らしたなどとわざわざ言わない。
余計な荷物(むぎの)など背負わず自分だけ逃げられるだろう。
銃を持った男達の前に膝を屈しても誰も責めはしない。
しかし美鈴はそのどれにも当たらなかったのだ。

美鈴「そりゃこの歳でチビっちゃうのは……ってそれはこっちの台詞なんだけど?」

麦野「……ちょっと誉めるとつけあがる所は娘そっくりね」

美鈴「うふふふ……もしかして反抗期?」

麦野「巫山戯けろ。私はもう十八だ」

美鈴「じゃあまだまだ子供じゃない?」

麦野「……チッ」

美鈴「ふふふっ♪」

――『心』で負けたのは美鈴で二人目だとは、言わなかった。

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713作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:33:13.91v3OANEYAO (25/30)

~18~

道中、麦野は途切れ途切れになりながらも意識を保つために美鈴と少なからず言葉を交わした。
その中で麦野は美鈴との取り決めにあって一つだけ条件を付けた。それは

麦野『――今夜あった事、私と話した事、何一つ御坂には伝えないで頂戴』

美鈴『ええっ!!?』

麦野『それが条件よ。安いもんでしょ?』

美鈴『どうしてよー!?』

麦野『……馴れ合いは嫌いなの』

麦野にとって御坂は正義の味方(てき)でなくてはならないのだ。
友達と観念に吐き気を催すほど嫌っているのは今も変わらない。
そして生半可な友情ゴッコなど背負い込めば――
決定的な場面で御坂と対峙出来なくなるからだ。

麦野『オバサンと同じ。余計なアクション起こされてこれ以上トラブル増やされてもたまったもんじゃないのよ』

美鈴『……私は兎も角、沈利ちゃんはいいの?』

麦野『――貧乏くじ引くのは慣れてる。どっかの馬鹿のせいで』

後にこの時の約束が『新入生』事件の際、麦野と御坂の激突に深く関わって来る事は御坂は知らぬまま終わり……
『御坂は人を殺せない』『御坂に人を殺させない』『御坂を人に殺させない』という未来に繋がる事を、この時麦野は知る由もなかった。
代わって……美鈴が麦野の左手をヨシヨシと撫でながら車内の蛍光灯を見上げた。

美鈴『――それって、上条君の事?』

麦野『………………』

美鈴『親の私がこんな事言っちゃあおしまいだけど……美琴ちゃん、本当に沈利ちゃんに勝てるかしら?』

麦野『叩き潰す。全力で』

美鈴『恋も戦争なのに?』クスクス

麦野『戦争にルールは必要ないでしょ?』

美鈴は思い返していた。旅卦との大恋愛はどうだったかなと。
決まっている――麦野らに負けないほどスペクタルでスリリングなものであったと。
そして得心もいった。詩菜が何故自分と麦野が似ていると評したのかを。

美鈴『……本当にありがとう。沈利ちゃん』

麦野『………………』

美鈴『あの娘の事、よろしく頼むわね?』

麦野『………………』

美鈴『――貴女が、美琴ちゃんの友達でいてくれて良かった』

麦野『……ふん』

そして麦野は――その美鈴の微笑みを断ち切るように目蓋を閉ざし、口の中でのみ言い返した。

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714作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:34:59.77v3OANEYAO (26/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野『――絶対、止めに行ってやるわよ。きっと、当麻がいてもいなくてもね――』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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715作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:37:27.83v3OANEYAO (27/30)

~19~

斯くしてここに最初のヴァルプルギスの夜(Die erste Walpurgisnacht)は終わりを迎える

罪は消えず、罰は変わらず、業は終わらない

しかし麦野は『死』の連鎖を断ち切り『命』の連環を残した。上条当麻とは全く真逆のやり方で

前にも進めず、後ろにも退けず、それでも尚立ち上がる事を決め

震えながらでも、何度転んでも、何回も倒れる事を受け入れ

紛い物の翼で羽撃くのではなく、二本の足でこの世界の上に立ち上がる事を麦野は選んだ

十字架は神の加護であり、翼を広げた鳥のようであり、裏返せば剣となり、突き立てれば道標となる

そして十字架とは磔を意味し、処刑を司る神罰の証であると共にもう三つほど意味がある

それは『神の子』と『復活』と『死を滅ぼしし矛』という尊名

麦野は己の死とスキルアウトの死と美鈴の死を討ち滅ぼした

上条のように命の麦を救うのではなく、死の毒麦を刈り取る事で種を残した

彼女の『否定』する力が――後にフレンダ=セイヴェルンの、御坂美琴の、そして上条当麻の死を断ち切る

新約聖書はかく語りき。『一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし』

後に麦野は自らの命と引き換えに『もう一人の自分』を討ち滅ぼすため、『上条当麻の世界』を守るべく二度目のヴァルプルギスの夜に挑む事となる。

しかしその際一粒の麦の犠牲すら許さない『神の子』のような少年の手に再びすくい上げられ、麦野は人間として『復活』を果たす。

これは、彼女が辿った荊棘の道のほんの一ページに過ぎない。

これは、彼女の背負った十字架(ものがたり)の少しばかり長いプロローグだ。

人には全てを手離して生まれ変わる事は出来ない

しかし人には全てを抱えて生き直す事が出来る

共に歩む誰かがその歩みを支え、道を誤りまらぬ限り


例えそれが――


上条「だから!上条さんはスキルアウトじゃないじゃねえじゃん三段活用!!」

警備員A「ええいそんなボコボコの顔で何を言うか!!それに我等が敬愛する黄泉川隊長の口調までパクって!」

上条「つかさっき会ったろ!美鈴さーん!?沈利ー!!?だ、誰かー!!!」

警備員A「キリキリ歩かんか!!」


――ひどく運が悪く、肝心な時『しか』頼りにならないような……

上条「ふっ、ふっ……」

そんな、世界で一番不幸せ(こうふく)な王子様と共に――自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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716作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:38:45.44v3OANEYAO (28/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「不幸だああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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717作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/01(木) 21:42:04.88v3OANEYAO (29/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――偽善使い(フォックスワード)と原子崩し(メルトダウナー)が交差する時、ヴァルプルギスの夜は終わりを迎える――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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718投下終了です2011/09/01(木) 21:44:14.05v3OANEYAO (30/30)

第十九話終了となります。どうもありがとうございました。あと五話ぐらいで(多分)終了なので、それまでよろしくお願いいたします。では失礼いたします自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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719VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2011/09/01(木) 22:13:26.9057Ioqncqo (1/1)

乙!
後5話くらいか!楽しみに待ってる!!!自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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720VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/09/01(木) 22:21:16.4998+qfgEAO (1/1)

乙!

上条さん、締まらないなぁww自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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721VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/01(木) 23:08:20.969DICaTyAO (1/1)

乙!

すげえ乙!自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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722VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2011/09/01(木) 23:19:20.85g9PkLO6/0 (1/1)



あと五話か。次はどの話を再構成するのか期待。自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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723VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/09/01(木) 23:50:43.12qO1gJjPs0 (2/2)

>>1乙

アア、カミジョーサン、カワイソウダナァ自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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724VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)2011/09/02(金) 02:35:55.144pS6d9cq0 (1/1)

上条さんwwww自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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725作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 13:04:49.08G+RwveOAO (1/17)

>>1です。第二十話は今夜21時に投下させていただきます。



P.S……上条さんは本当に留置場にぶち込まれタイーホされました。では失礼いたします。自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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726VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東)2011/09/03(土) 14:01:04.190RnHArnAO (1/1)

上条さんェ
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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727VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/09/03(土) 14:58:36.459X/v7iFAO (1/1)

とりあえず全裸で舞ってる



上条さん、高1で前科一犯か……自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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728VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/03(土) 21:06:19.943EaO5vDT0 (1/2)

服は脱いだよ自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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729作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:08:11.60G+RwveOAO (2/17)

~1~

姫神「結局。こんな時間」

青髪「吹寄さんがマイク離しよらんかったからなあ~次ボウリングとか身体もたへんよ」

走り去って行く救急車を尻目に、青髪ピアスと姫神秋沙が遊歩道の水溜まりを避けて歩みを進めて行く。
既に嵐は過ぎ去り、肌寒い雨だけが夜の学園都市に降り注ぎ……
硝子張りの建築物と鏡張りの研究施設に伝う水滴に濡れた二人が写り込む。

青髪「でもほんまにええのん?女子寮まで送ってったるで?」

姫神「いい。小萌先生の家で。雨宿りして行くから」

青髪「いやいやそない言わんと」

姫神「……それに。一緒にいるの。噂されると嫌だから」

青髪「酷ッッ!こんな時間誰に見られんねん!?」

二人は三次会を欠席し帰路につく途中であり……
ちょうど姫神が目指す月詠小萌の住まうアパートへ通じる分かれ道に行き当たったのだ。
そこで青髪は二晩続けて違う女の子にエスコートを断られた事にガックリと凝った肩を落とす。

青髪「(きっと僕がカミやんやったら断られへんのやろうけど……まあ無理やね。あのいかつい鬼嫁はんが許す訳ないし)」

姫神「……。青髪君」

青髪「なんやー?気変わった??」

と、そんな青髪の大仰なリアクションに対し姫神が濡れ羽色の髪から水滴を滴らせ俯き加減に切り出した。
青髪はその抑揚に乏しい声音に乗せられた硬質な響きにあえてとぼけた風を装う。

姫神「青髪君は。誰かを好きになった事って。ある?」

青髪「……――そらなんべんもや」

例え今、姫神が降りしきる驟雨に乗せるように双眸から流すものを知りながらも――青髪は敢えて見て見ぬふりをした。

姫神「私は」

青髪「………………」

姫神「……初めてだった」

青髪「(失敗やったかな。学園都市walker見せたん)」

運命の歯車を回すため、青髪は敢えて上条をけしかけ麦野の元に向かわせた。
その事で深く傷ついている少女に青髪はかける言葉を持っていなかった。

青髪「――やっぱ、小萌先生のアパートまで送ってくわ」

姫神「………………」

青髪「(見てられへん)」

そして青髪は一歩先行く形で歩を進めて行く。
それは背後の姫神の顔を見ながら上手く笑える自信がなかったからだ。



ごめんな、と心の中で一人詫びながら



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730作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:08:40.69G+RwveOAO (3/17)

~2~

本当はわかってた。あのどこまでもどこまでも広がる夏雲と青空の下で出会った彼の隣にはもう……
私とは全く正反対のあの女の人がとっくの昔からいたって事くらいわかってた。
今日だって勇気を出してお弁当のおかずを分けてあげようと思ったけどそれも無理だった。

姫神「……雨。いつ上がると思う?」

青髪「わからんなあ~今日は天気予報見てけーへんかったし」

男の子はわからない。それ以上に私は私の気持ちがよくわからない。
例えば同じ男の子でも、上条君と青髪君だと一緒に歩いてても全然違う気持ちになる。
……上条君とだったら、送ってもらう所を見られて噂されても嫌じゃない。
上条君に迷惑をかけたり、申し訳なく思ってしまう事もあるだろうけど。

姫神「……明日。晴れると思う?」

青髪「それもどないやろな~」

今日も本当は上条君がすき焼きパーティーに来れなくなったのがとても残念で……
あの綺麗なお姉さんとデートって聞いて、楽しみが半分くらいどっか行ってしまった。
ご飯を食べてる時も、いる筈がないのにどこかの座敷で上条君がいるんじゃないかって探してた気がする。

青髪「姫神さんは雨嫌いなん?」

姫神「好きじゃない。嫌いとまでは。言わないけれど」

何だか胸の辺りがモヤモヤして、声を出せばスッキリするかも知れないってカラオケにも行ったのに……
結局疲れて虚しいだけだったからボウリングには行かなかった。
でも女子寮の一人部屋は少し寂しくて、それで小萌先生の所に行こうとしているのかも知れない。


――そうしたら――


青髪「太陽は、いつも登っとるんよ?」

姫神「?」

青髪「どんな雨の日も曇りの日も、それこそ今日みたいな嵐の日も」

姫神「………………」

青髪「太陽はいつもその向こう側に出とる。ほら着いたで?」

そして気がつけば、少し懐かしく感じるボロなアパートの前まで来ていた。
部屋に灯りが着いてる。やっぱり帰って来てるみたい。

青髪「ほなおやすみ~」

そう言うと彼は片手を上げて帰ってしまった。もしかして気を使わせてしまっただろうか。

姫神「………………」

階段を上って、小萌先生の部屋の前に立つ。接触の悪かったインターホン。昔みたいに強く押す。すると

???「おかえり小も……誰?」

姫神「……貴女こそ。誰?」

血のように赤い髪と、甘いクロエの香りがする女の子がそこにいた。

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731作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:10:46.79G+RwveOAO (4/17)

~3~

青髪「――次の主役は君やで。姫神さん」

そして青髪は水溜まりを子供のようにジャブジャブと踏みしめながら小萌のアパートへと振り返る。
片手に握り締めた携帯電話で迎えの車を呼び出し終えたその後に。

青髪「誰かを愛せる人は、ちゃんと誰かに愛してもらえるんよ?僕と違うて」

それは独り言というより泣き言に近い響きさえ漂っていた。
あのアパートで姫神を迎えた人間こそが、後の人生にあって半身も同然の存在である事に――
青髪は僅かばかり羨望を覚えた。相手の未来が見えない、というごく当たり前のファクターが青髪には通用しない。
その能力故に、誰を好きになってもその相手の運命の相手から迎える死の瞬間まで見通してしまえるのだから。と――

プップー!

青髪「来た来た!悪いなあこんな時間にわざわざ車出してもろうて」

???「当然。逆に連絡が無さ過ぎて店主まで心配していたぞ。こんな嵐の夜に出歩いてはいけない」

やって来たハイマー社製Sクラスのキャンピングトレーラーの運転席へと乗り込み――
、青髪はすぐさま住居スペースへと移動し制服をハンガーにかけタオルを探す。
同時に水晶髑髏のシフトレバーがガコンと動き、ウロボロスの意匠があしらわれたハンドルが切られ発進する。

青髪「僕にも色々あんねん友達付き合いとか。あっ、レッドブルあるやん一本もらってもええ?」

???「好きにするといい」

青髪「おおきにー」

夜の街を飛沫を上げて直走るキャンピングトレーラーに揺られ、タオルで頭を乾かしつつレッドブルを一口飲み干しながら横目で運転席を見やる。
身元不明の記憶喪失者であっても裁判所に申請すれば二重戸籍を承知の上でならば戸籍は獲得出来るし免許も取得出来る。
そしてこのキャンピングトレーラーは彼の城なのだ。焼け落ちた三沢塾に代わる、彼の城。

青髪「――運命っちゅうのは皮肉なもんやね、ほんまに」

たった今青髪が送って行った少女と運転手の間には浅からぬ因縁がある。
そしてこの第二の人生を生きようとしている青年の残した『負の遺産』が――
後にとある少女らを終わらない夏への扉へ導く事をこの時誰も知らない。

青髪「なー後で肩揉んでーめっちゃ凝ってんよ」

???「憤然。それくらい自分でやりたまえ」

この青髪ピアスを除いては――

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732作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:11:31.19G+RwveOAO (5/17)

~4~

絹旗「……と、まあそういった方向性で超進めたいと思います。“勧告”が意味を為さなかったならそれはそれ。三日後に改めて“警告”を発しましょう」

フレンダ「結局、それで構わないって訳よ」

滝壺「きぬはたがそう言うなら」

そしてキャンピングトレーラーが通り過ぎて行くのを雨に濡れたファミレスの窓際席より見送りながら滝壺理后が頷く。
その対面には絹旗最愛、フレンダ=セイヴェルンが並んで腰掛けており――
当然の事ながら残る一席はずっと空いたままである。

フレンダ「でも結局、何で親舟最中な訳よ?確かに統括理事会の一人だけどほとんど名ばかりの役立たずだし影響力あんまりないし、殺すだけの価値なんてない訳よ」

絹旗「超同感ですけどね。“スクール”もなんだってこんな余計な仕事増やすんだか」

金華のサバの水煮缶をほじくりつつ、最近カレー味のサバがさ……
などとのたまう傍ら“親舟最中暗殺計画”について話し合うのを滝壺はボンヤリと見聞くともなしに聞く。
既に『スクール』に勧告は発している。これが受け入れられない場合は計画に必要不可欠な狙撃手を殺害する事で警告とする、と結論を出した上で。

滝壺「(むぎのなら、こんな時なんて風に言うかな)」

忘れもしない8月9日……麦野沈利は『アイテム』を引退した。
統括理事長直々に許しを得、『幻想殺し』のパートナーに従事するために。
その後継者には最年少である絹旗が指名され、アイテムは一人欠けながらも滞りなく任務をこなしている。
だがそれはまだ壁とも言うべき大きな仕事が回って来ていないという部分も決して少なくない。が

滝壺「そういえば、前からお願いしてる新しい人ってまだ来ないね」

絹旗「“電話の女”も超困ってるみたいですけどね。人材不足でいいのが見つからない、みたいな事ボヤいてましたし」

フレンダ「結局、麦野クラスの抜けた穴はそうそう埋まる訳な……」

絹旗「………………」

滝壺「………………」

フレンダ「……ごめん……」

滝壺「だいじょうぶ、私はそんなうっかり屋さんのふれんだを応援してる」

外に振り込む雨が窓ガラスを通り抜けて来たような湿っぽい空気が、そのまま解散の流れに繋がった。

『帰るよー』と手を叩いて場を締める彼女は、もういないのだ。

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733作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:14:19.03G+RwveOAO (6/17)

~5~

滝壺「(お腹空いて来ちゃった)」

何か頼めば良かった、と思いながら滝壺は流れ解散となったファミレスを後にし近くの24時間スーパーへと立ち寄る事にした。
バサバサとビニール傘を入口で開いたり閉じたりしながら水気を飛ばして雨傘袋に入れて店内へ。
が、その際視界が一瞬揺らいで霞んだ。まるで立ち眩みのように。

滝壺「(おかしいな。最近体調あんまりよくない)」

買い物カゴを手に取りながら目頭を押さえる滝壺はこの時まだ気がついていなかった。
彼女が能力を使用するに当たって必要とする『体晶』が自らの身体を蝕んでいる事に。
しかし仲間の前で体調不良を口にしたくなかった。
それは麦野が欠けた後より一層顕著となった滝壺の傾向でもある。

滝壺「(私の居場所、ここだけだから)」

そう思いながら滝壺は惣菜コーナーへと向かう。
居場所。かつてフレンダが『ここ以外にも見つかるといいね』と言ってくれたそれが滝壺の胸裡を過ぎる。
その事がかつて常盤台の超電磁砲と会敵した際……
滝壺は体晶をケースごと噛み砕いて御坂の能力を乗っ取るという荒業に出させるほどだった。

滝壺「あ」

するとそこで――滝壺の目に入ったもの。それはごくありふれたシャケ弁。
そう、どこにでもあるシャケ弁を見る度過ぎるのだ。
あの気高く美しい横顔を。かつてこの24時間スーパーで買った食材を使い麦野に料理を教えた事を。

滝壺「……これにしよう」

今もたまに麦野を街中で見かける事がある。それは時に自分達にも見せた事のない穏やかな表情の時もあれば……
どんな仕事の時より張り詰めた表情の時もあった。
彼女が今も戦い続けている事を滝壺は知っている。
そして滝壺はそのシャケ弁を買い物カゴに入れてレジを済ませ、外に出る。と

ドンッ

滝壺「あっ」

その時、滝壺が誰かにぶつかりシャケ弁をひっくり返してぶちまけてしまった。

「おいおいどこ見て歩いてんだよお姉ちゃん?目ついてんのか?聞こえてんのか?耳ついてんのかアア!?」

「あー弁償だな弁償。これ狼のファーなんだぜ?どうしてくれんだよマジで」

「まーまー落ち着けって。金なんかよりいいもん持ってるぜこの女」

「まあそういう事だからさ?大人しくついて来てよお姉さん?」

悲劇は、繰り返される――

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734作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:15:33.07G+RwveOAO (7/17)

~6~

浜面「クソッ……」

同時刻、浜面仕上は逃げ出すような形で雨の街を彷徨っていた。
血で血を洗う死闘の後すぐさま警備員らが踏み込み、上条と共にその場で逮捕された。
しかし何故か浜面だけが――逮捕を免れすぐさま釈放されたのだ。
一体何故?という疑問はすぐさま氷塊した。いや、させられた。

『お疲れ様です。浜面仕上』

あの銀座英國屋のスーツを身に纏った青年実業家のような男から電話があり――
事件の首謀者である浜面は刑務所送りと引き換えにある取引を持ち掛けられたのだ。
それは期せずして学園都市第四位を撃破した事により、とある世界と組織のために働いてみないかというスカウト。
もとい断る余地も選択肢もない浜面の足元を見た上での徴集に等しいが。

浜面「ははははは……ひでえ泥沼だ。抜けられるもんじゃねえ。足掻けば足掻くほど深みに嵌りやがる」

そして浜面は後払いの報酬を支度金として手渡され、夜の道をうろついていた。
筋肉痛と殴打された身体が熱を持ち、火照りを冷ますためにこの雨の夜を一人彷徨っているのだ。と

???「離して」

「いいから来いよ!!」

浜面「………………」

満身創痍で夜道を彷徨く浜面の視線の先……ピンク色のジャージの少女がスキルアウトらに手を掴まれ路地裏に引きずり込まれて行くのが見える。
駒場亡き後歯止めのかからぬ跳ねっ返りが憂さ晴らしに因縁でもつけたのだろうと浜面は思う。
残念だが運が悪かったと思って諦めるんだな、と浜面は腫れ上がった目を切って顔を背ける。が

浜面「………………」

浜面の内面にあって、つい今し方その心を殴りつけた一人の少年の声がした。
自分の女を助け、友人の母を救うために徒手空拳で飛び込んで来たあのレベル0……
自分と同じ無能力者の少年。敵である自分にさえ手を差し出したあの少年の声が。

浜面「……ふざけやがって」

浜面の内心にあって、つい今し方その目蓋に浮かんで来る友人の姿があった。
舶来を助け、能力者と戦い、学園都市の在り方に反旗を翻したあの無能力者……
自分と同じレベル0の友人。路地裏でくすぶっていた自分を迎え入れてあの友人の姿が

浜面「ふざけやがって――ッ!!」

浜面の足を、前に進ませた。
 
 
 
 
 
 
――駒場利徳が、笑った気がした――
 
 
 
 
 
 
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735作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:16:32.29G+RwveOAO (8/17)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十話「たとえヒーローにはなれなくても」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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736作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:18:57.18G+RwveOAO (9/17)

~7~

そして――滝壺理后は連れ込まれた雨の路地裏で信じられないものを目撃する。

スキルアウト1「ああ?なんだテメエは」

その少年は降りしきる雨の中、鉄パイプ片手に佇んでいた。

スキルアウト2「こいつ、見た顔だ。駒場ん所の」

痣と、傷と、そして泣き腫らしたようなひどい顔のまま

スキルアウト3「駒場?あいつ今日死んだって聞いたぜ」

金に近い茶に染めた痛んだ髪、ピアスのちぎれた団子鼻

スキルアウト4「おいおいヒーロー。なんだなんだあ?テメエも混ぜて欲しいのかあ?」

泥と血と雨にまみれたその姿は決して見栄え良いものではない。だがしかし

スキルアウト5「ちょうどいいわ。駒場のやつが鬱陶しくてここんとこおまんま食い上げだったとこだ。殺っちまおうぜ」

滝壺は本能的に理解した。この少年はヒーローであると

スキルアウト6「そんなこんなで、テメエの顔潰して少年Aにするぐらいはムシャクシャしてんだわ」

???「ああ……俺もムシャクシャしてんだ。どうしようなく」

ガラン、と鉄パイプを引きずりながら少年は自虐的な笑い方をした。
何もかも失ったような、行き場のない怒りと悲しみが滝壺に伝わって来る。

スキルアウト1「はあ?」

???「居場所もダチも何もかもなくして、こんな泥沼に嵌り込むまで……何もわかっちゃいなかった自分の馬鹿さ加減に」

滝壺「(……居場所……)」

居場所、というその言葉が囲まれ腕を取られた滝壺の琴線に触れた。
恐らくこの少年は決して取り戻せない何かを大きく失ったのだろうと。

???「……こんな簡単な事だったんだな」

スキルアウト2「何だヒーロー!さっきから何言ってやがる!?」

???「……あのウニ頭の言う通りだ」

スッ、と少年が鉄パイプを肩に担いでスキルアウトらと睨み合う。
一触即発の空気の中、自嘲的な笑みに唇を歪めながら――

???「――その通りだ、クソったれ」

スキルアウト「「「「「「やっちまえ!!!」」」」」」

少年が飛び出し、滝壺を捉えていたスキルアウトの一団に踊りかかる。

???「俺はヒーローなんかじゃねえ……」

一陣の風のように

???「――ただの、無能力者(レベル0)だよ!!!!!!」

――吹き荒ぶ

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737作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:19:26.11G+RwveOAO (10/17)

~8~

スキルアウト1「ぐほっ!?」

スキルアウト2「がはっ!!」

目の前のスキルアウトの鼻っ柱を横薙ぎに振るった鉄パイプで殴り倒し、返す刀で背後に回っていた少年の腹を突く。
そして屈み込み下がった顔面を浜面の左ミドルキックが躊躇なく蹴り飛ばす。

浜面「(悪い、駒場のリーダー)」

更にそこから飛び上がり、空中蹴りを三人目のスキルアウトに浴びせかけて少女から引き剥がし――
着地と同時に回転し左手のバッグハンドブローを目元に叩き込む。
浜面は止まらない。左手で少女を抱き寄せ、迫り来る四人目をローキックで打ち据え、更にミドルからハイキックでこめかみを打ち抜く。

浜面「(俺はあんたみたいに格好良くも生きられねえ。潔く死ぬ事さえ出来ない)」

倒された四人を踏み台に前後から挟み撃ちで迫ってくるバールとスタンガンを持った二人を――
浜面は少女を庇って真横に逃げると標的を見失った二人が互いの武器で同士討ちとなった。
そこで浜面は手にした鉄パイプでスタンガンを持った少年の手首をヘシ折る覚悟で振り抜き、打ち砕く。

スキルアウト6「テメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

浜面「ッッ!!」

ガギン!と縦に振り下ろされたバールが横に構えた浜面の鉄パイプで受け止められ鍔迫り合いになるが――

浜面「……全ッッ然だな」

スキルアウト6「!?」

浜面「話になんねえよ!!」

浜面は蹴り上げた。最後の少年の股間を蹴り潰さんばかりの勢いで。

スキルアウト6「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

浜面「あの女の蹴りはこんなもんじゃなかったぜ……」

浜面は少女を手放した左手でその悶絶する少年の顔を鷲掴みにし、思い切り路地裏の壁面に後頭部から打ちつける。

浜面「あのウニ頭はこんなヤワじゃなかったぞ!!」

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!

トドメの一撃が、リーダー格の少年の鼻っ柱を真っ向から叩き折った。
今の浜面は誰にも止められない。敵などいない。負ける気がしない。

浜面「(でも、俺はまだここにいる)」

浜面は左手で少女を抱き、右手で鉄パイプを突き出しながら構える。
まるで后(クイーン)を守るナイトのように。

浜面「……どうした?」

スキルアウト6「ヒィッ!?」

浜面「来いよ!!」

浜面は、上条当麻が越えられなかった悲劇を自分の足で乗り越えた。

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738作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:21:54.74G+RwveOAO (11/17)

~9~

スキルアウト「「「「「「お、覚えてやがれ!!」」」」」」

浜面「はあっ……ハアッ」

浜面仕上はスキルアウトらを追い払った後薄汚れた路地裏の壁面に寄りかかる。
鉄パイプ一本という乏しい武装ではあったが――
それでも6対1という圧倒的不利を覆すだけの地力が既に浜面には備わっていた。何故ならば

上条『そうやって困ってる人や虐げられてる人達に手を差し伸べられたなら、テメエらスキルアウトも!俺達無能力者(レベル0)も!!学園都市の人達から認められたんじゃねえのか!!?』

あの少年の拳はこんなものではなかった。浜面も今の大立ち回りで多少は疲れたが――
痛いのは身体だけだ。あの少年のように心まで殴りつけて来るような痛みなどスキルアウトらの拳に宿っていなかった。

麦野『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね』

あの女の攻撃は掠っただけで死ぬ能力であり、浜面はそれを全て紙一重でかわして来た。
当たって痛いだけの拳ならば一発も当たる気がしない。
最強のレベル5(超能力者)を討ち果たしし、最弱のレベル0(無能力者)に打ち倒され――
目覚めの時を迎えた浜面の相手ではなかった。

???「だいじょうぶ……?」

浜面「……平気だ。このケガ、あいつらのじゃねえし」

???「痛い……?」

浜面「――痛えよ」

カラン、と浜面の手から鉄パイプが取り落とされ水溜まりに沈む。
呆気なかった。拍子抜けするほどあっさりと浜面は少女を助け出せた。
自分の手で何一つ変える事も選ぶ事も貫く事も出来ないと腐っていた浜面の手は……
今、例えようのない何かが確かな重みと形を持って浜面の手に宿っていた。

浜面「――ここが、痛え……」

???「………………」

浜面「穴が空いたみてえに空っぽなのに……痛くて痛くてたまんねえんだよ!!!」

押さえた胸、こちらを覗き込んで来る少女にも構わず地面を殴りつける。
紫暗に腫れ上がった拳に新たに生まれる傷と食い込む砂利、そして流れる血と溢れる涙。

浜面「なんで!どうして!!」

浜面は何故あの少年を下せなかったのか今はっきりと理解した。
勝てるはずがない。こんな力を乗せた拳の持ち主に、勝てるはずがなかったのだと。


そして―――



浜面「なんで俺はこんなちっぽけなんだよ!!」


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739作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:23:10.10G+RwveOAO (12/17)

~10~

滝壺「………………」

少年は泣いていた。滝壺はその姿にかける言葉が見当たらなかった。
生まれて初めて見る、命乞い以外の異性の嗚咽に。

???「どうしていっつも取り返しのつかない所で取り戻せねえもん落っことしちまうんだ!!」

少年が流している涙。それが悔し涙である事は滝壺にもわかった。
この力をもっと早く手にしていたならば何かを変えられたかも知れないと。
友人を死なせる事もなく共に戦えたかも知れない。

命令以外の形で仲間を束ねる事が出来たかも知れない。
もう終わってしまった昨日を、乗り越えられたかも知れない今日を、変えられたかも知れない明日を……
夜の帳さえ白く染める驟雨に乗せて、少年は血を吐くように嗚咽を絞る。

???「なんで無くしてからじゃねえとそれに気づかねえんだ……!!」

取り返しのつかないモノ、取り戻せたかも知れないものが少年に重くのしかかる。
中腰で覗き込む滝壺を前に、頭を垂れて咽び泣く罪人のように少年は歯を食いしばる。

滝壺「――――――」

滝壺は、泥に汚れる事も躊躇わずにその場に膝をつく。
雨に濡れた黒髪が頬に張り付き、渇いた唇が上手く動かない。
それでも構わず滝壺は――少年へと、両腕を伸ばす。

滝壺「泣いていいんだよ」

滝壺は異性を知らない。恋を知らない。愛を知らない。
しかし滝壺は知っている。6月21日、あの夜もやはり雨が降っていた。
麦野沈利が心の闇をさらけ出したあの日、滝壺は手を差し伸べられなかった。

滝壺「あなたはちっぽけなんかじゃない」

滝壺は少年を胸に抱き寄せ空を仰ぎ見る。星一つ見えぬ闇の中、上がらぬ雨に撃たれ、晴れぬ暗雲の向こうに浮かぶ月を探すように。

滝壺「つらかったね」

???「うっ…ぐっ!!」

滝壺「もう、頑張らなくていいんだよ」

この、名も無き傷だらけのヒーローに向かって囁く。

滝壺「――助けてくれて、ありがとう」

???「――……オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

少年は泣き叫ぶ。この世界に生を受けた赤子の産声のように。
生まれて初めて助けた名も知らぬ少女の胸に抱かれて、少年は滂沱の涙を流す。
 
 
 
 
 
 
これが浜面仕上と、滝壺理后の最初の出会いだった。
 
 
 
 
 
 

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740作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:25:40.89G+RwveOAO (13/17)

~とある夏雲の座標殺し・0日目~

結標「――貴女、名前は?」

姫神「――秋沙。姫神秋沙。貴女は?」

結標「――淡希、結標淡希」

姫神「淡い希(のぞみ)だなんて。幸が薄そう」

結標「秋(あい)の沙(すな)だなんて不毛な名前よりマシよ」

小夜時雨が降りしきる夜に、私が居候している部屋に駆け込んで来た一人の少女。
何でも彼女もかつて月詠小萌を家主としたこの部屋に転がり込んで来たらしい。言わば居候の先輩である。
名乗り合った後はお定まりの自己紹介。聞けば彼女は私より一つ年下で、特別留学扱いとして籍だけ置いている霧ヶ丘女学院に通っていたらしい事もわかった。つまり私の後輩に当たる。

姫神「雨が止んだら。寮に帰るから」

結標「好きにしたら?私だって居候なんだし、元々貴女の方が先輩なんでしょう?小萌だってそろそろ帰って来るでしょうし、ゆっくりしていったら?」

ゴシゴシと手渡したタオルで墨黒を流したような艶やかな髪を拭く。
その煉乳を溶かし込んだような肌と、この上なく整っていながら表情というものに乏しい横顔を私は卓袱台に頬杖をつきながら見やった。

結標「(変わった娘ね……この娘といい私といい、変わり者ばっかり拾って来るあんたも相当変わってるわよ、小萌)」

目を切って閉ざした瞼に浮かぶのは年齢不詳はおろか歩く年齢詐称とも言うべき家主の姿。
今日もあの小さな身体で生徒のために駆け回っているのだろうななどと思う。
学校には『窓のないビル』の『案内人』を務めてより通っていない。
もし小萌のような教師が担任だったならそれはそれで退屈しないだろうなとも。

結標「(……コーヒーくらい淹れてあげるべきかしらね。雨に当たっちゃったみたいだし)」

などと考えながら瞼を開く。するとそこには――

姫神「………………」

結標「……何かしら?私の顔に何かついてる?」

卓袱台を挟んで何処へと視線を向けていた彼女が身を乗り出してその微睡みの彼方を透かし見るような眼差しを向けて来た。
やっぱりお茶の一つも出さなかった事に腹を立てているのだろうかと訝ってみたが……

姫神「髪。赤い。地毛?」

結標「地毛よ。それがどうかした?」

彼女の視線は二つに結わえられた私の髪に注がれている。
別段染めている訳でもさほど目立っているとも思えない。
仕事で顔を突き合わせている男など若くして総白髪であるし昔『案内』したゲストに至っては髪が青かった。自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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741作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:27:02.71G+RwveOAO (14/17)

姫神「まるで。血の色――」

一房、髪に触れられた。一瞬喧嘩を売られているのかと思った。
女にとって同じ女に髪を断りもなく触れられると言う事は男同士で肩がぶつかるのと同じ意味を持つ。

姫神「私と。同じ――」

その一人言ちるような抑揚のない声音と、平坦な表情が何故か強く焼き付けられた。同時に、剣呑な毒気も抜かれた気がした。

結標「――やっぱり変わってるわ、貴女」

後に私は思った。『この娘』と出会わなければ、果たして私はどんな運命を辿ったのだろうと。

後に私は考えた。『あの娘』と出逢わなければ、果たして私はどんな未来を迎えたのだろうと。

この娘と一緒に生きたい、あの娘と一緒に死にたい。
分かち難く隔たる二人の狭間で壊れた私の弱さ、甘さ、脆さ。

結標「……コーヒーでも淹れるわ。貴女、お砂糖やミルクは?」

姫神「ありがとう。お砂糖はいらない。そのかわり。ミルクを少し」

あの夜、迷い込んで来たずぶ濡れの黒猫のような貴女に淹れたコーヒー。
ドリップもへったくれもないインスタント。安っぽい苦さと薄い味。
台所に立って、貴女に背中を向けて、それでも私はガラス越しに貴女を見つめてた。

姫神「あの」

結標「何かしら?」

姫神「いつから。ここにいるの?」

結標「最近よ。小萌から聞いた限りだと、貴女と入れ違いくらいだと思う」

ガラスを叩く雨の音の穏やかさ。お湯を沸かすガスの炎のあたたかさ。
それが貴女の寝息の静けさと低めの体温にとって変わるまで……
私達は一年近くを要して、そこから一週間かからなかった。

姫神「また。ここに来たら。いる?」

結標「どうかしらね?私もいつもいる訳じゃないし、いつ出て行くかもわからないわ」

今でも思う。私達は出会って良かったの?それとも出逢わなければ良かったの?
貴女に抱かれて、『あの娘』を抱いて、その度に胸を過ぎる答えのない質問。
でもただ一つ……『この娘』も『あの娘』も『自分』も裏切った私のただ一つ確かな事。

結標「はいコーヒー。熱いから気をつけてね」

姫神「ありがとう。貴女。ミルクは?」

結標「入れるわ。砂糖とミルクが入ってないと飲めないのよ」


貴女に巡り会っていなければ、今の私はここにいない。
 
 
 
 
 
 
――これが私と姫神秋沙の最初の出会いだった――
 
 
 
 
 
 
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742作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:31:10.95G+RwveOAO (15/17)

~11~

上条「……不幸だ……」

一方その頃……上条当麻は冷たい鉄格子の檻の中にて泣き暮らしていた。
そこは世に言う留置場であり、不当に法を犯した者が正当な報いを受ける場である。

上条「上条さんも今まで色んなトラブルに巻き込まれて来たけど、流石に留置場なんて初めてですよ……」

絶対等速「(……ここのメシ、ひじきがちょっととたくあん二枚しか出ねえんだよなあ)」

上条「尻の穴に指突っ込まれるなんて……もう男として終わった気がする」

絶対等速「(味噌汁ついてくるだけマシか)」

上条「もう沈利の顔が真っ直ぐ見れねえー!!」

絶対等速「(卵くらい欲しいよなあ……)」

服部「お前初めてかここは?力抜けよ」

雑居房の片隅にて流した涙で『の』の字を書いて打ち拉がれる上条に服部半蔵が声をかけ、絶対等速は留置場の食事に思いを馳せていた。
そして呆れたような半蔵の声に、踏みつけられた豚まんのように顔を腫らした上条が振り向く。

上条「ははっ……まあそんなところです」

絶対等速「俺もそうさ。最近じゃ捕まった時の事考えて悪さする前に風呂入るようにしてる……あんたら何やったんだ?」

上条「……ケンカ」

服部「ATM強盗。急ぎで金が要ったんだが焦り過ぎてな」

絶対等速「そうか。俺も昔強盗やって風紀委員にぶち込まれた。世知辛いぜ」

上条は断崖大学データベースセンターの件で、半蔵は結標に破壊された隠し金や活動資金を取り返すために浜面抜きで事を起こして捕まった。
当の絶対等速はというと――昨日より八九年式モデルのブースタ(オーナー:垣根帝督)を窃盗した疑いで縄についている。

上条「顔写真撮られたり指紋取られたり尻の穴検査されたり……もうダメかも知れねえ」

絶対等速「そんなもんどうって事ねえよ。“無能力者狩り”の連中なんて手足どころか命まで持ってかれてんだ。生きてるだけ儲けさ」

服部「ああ……」

更に彼等ら以外にも……無能力者狩りに加わっていた能力者達まで続々と自首ないし連行されて来ているのだ。
その事に対し半蔵はやや皮肉な面持ちで疲れた溜め息を吐き出した。何故あと一日早くこうならなかったのかと。

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743作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/03(土) 21:32:15.13G+RwveOAO (16/17)

~12~

上条「どう言う事だ?それ」

絶対等速「シャバにいたくせに知らねえのか?今日一日で無能力者狩りの連中が次々ブチ殺されてったんだとよ。殺し屋でも雇われたか……とにかく悲惨らしいぜ」

そう……駒場利徳の遺志を受け継いだ一方通行により無能力者狩りのメンバーは次々に射殺されて行った。
その数およそ30~40人ほどであり、残りのメンバーは死を恐れ、余罪の追求覚悟で警備員への保護を申し出たほどであった。
特に主だった三人のメンバーの内一人は昨日逮捕され、一人は廃工場にて射殺体で発見され……
残る一人は潜伏先の病院で狙撃され死亡したと絶対等速は付け加えた。なかなかの情報通らしい。

服部「で、今更ビビって駆け込み寺かよ。つくづく自分に都合良く出来てやがるな能力者(アイツら)は」

上条「……そっか」

絶対等速「自業自得ってヤツだ。多分無能力者から“人材派遣”辺りに雇われた殺し屋か?手口が徹底してる」

服部「――因果応報さ」

思わぬ形で半蔵の双肩にかかっていた荷が下ろされ、代わって虚脱感が襲って来た。
罪悪感など微塵もない。されど達成感も欠片もない……そんなやり切れない気分だった。

服部「(思ったよりスッキリとは行かねえもんだな駒場のリーダー……あんたが生きてりゃもう少し手放しで喜べそうなもんだが)」

半蔵とてわかっている。今日一日で無能力者狩りもスキルアウトも共倒れに終わった。
特に代を取ったばかりの浜面にそれは荷が勝ち過ぎる状況だった。
誰が頭を取ろうと遅かれ早かれ自分達は潰れていただろう。
それでも諦め切れずに資金調達に打って出てたのは――
『はいそうですか』と過去を捨て真っ当な生き方を選べるほど半蔵自身が器用ではなかったせいだ。

服部「(懐かしいな……俺が計画練って、駒場が指揮して、浜面がアシを確保して――……)」

悪事の果てに黄泉川に三人まとめてぶち込まれ一晩中この留置場で喚いていた頃が遠い昔のようだと半蔵は懐古する。



――すると――



警備員A「上条当麻!釈放だ!!」

上条「!!?」

警備員A「こちらです」

???「んまー!上条ちゃんひどい顔なのですよー!!」

上条「なん……だと」

その時、鉄格子越しに姿を表した人物……安っぽい蛍光灯照らされ逆光を背負った小さなシルエット――

月詠「まるでサンドバッグなのです!!」

月詠小萌が、そこに佇んでいた。
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744投下終了です!2011/09/03(土) 21:33:52.78G+RwveOAO (17/17)

たくさんのレスをありがとうございます!では第二十話終了となります。お疲れ様でした!!自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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745VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/03(土) 21:36:36.223EaO5vDT0 (2/2)

>>1

乙カレー自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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746VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/03(土) 22:04:31.36espJeInLo (1/1)

乙ー自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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747VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/09/03(土) 22:12:07.65LyRrMoPd0 (1/1)


よもや留置場行きとは…
上条さんの不幸はパネェわwwwwwwww自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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748VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2011/09/03(土) 22:41:05.59phn0zUYq0 (1/1)


ここの浜面は、マジがんばれと言いたくなるわ。
スキルアウト6人相手に引けをとらない強さと、それだけの力をもっと早く持てなかったことを後悔する弱さを見せ付けられれば、
滝壺も惚れるわな。

しかし滝壺も体晶使用による死亡フラグが……本来なら垣根相手にそうするはずだったことが早まってるのは何をもたらすのやら。
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749VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県)2011/09/03(土) 23:27:04.020VOg8rYk0 (1/1)

>>1は絶対等速好きだなwwwwww自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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750VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/04(日) 09:17:48.71y2SsPQJAO (1/1)


浜面いいな

しかしいつも思うんだが、なんで名前聞いただけで漢字わかるんだ姫神にあわきん自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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751今日はこれだけです ◆K.en6VW1nc2011/09/04(日) 17:29:12.20TPkhWv4AO (1/1)

~簡単な人物紹介Ⅳ~

海原光貴……御坂美琴の世界を陰から日向から守る銀月の騎士。
グループの上役や垣根帝督相手に一歩も譲らない交渉力と粘り強さを持つ。

結標淡希……小萌のアパートに居候している赤髪の案内人。
後に黒い髪の少女と白の字の少女の狭間で大きく揺れる事になる。

絹旗最愛……麦野の後を継ぎアイテムを率いる事となったリーダーにして最年少者。
麦野を慕う反面上条を毛嫌いしており、いつか挽き肉してやろうと思っている。

フレンダ=セイヴェルン……金華のサバ缶味噌煮込み味と水煮を行ったり来たりし最近はサバカレーがマイブーム。
フレメアとは離れて暮らしているため、無能力者狩りの事を知らなかった。

滝壺理后……体晶をケースごと噛み砕いて能力発動するなどしたため中毒症状がかなり進行している。
ピンク色のジャージにちゃんと自分の名前を書いていたりと意外にしっかり者。

服部半蔵……駒場の死、浜面の失踪後に留置場に放り込まれる事に。
焼酎の牛乳割りで薩摩揚げをツマミにするなど悪食の気がある。

絶対等速……垣根の愛車を盗むなどして警備員に逮捕された留置場の牢名主。
『人材派遣』を知っているなど裏社会の事情にも精通している。

警備員……上条を逮捕し留置場へと放り込んだ若き隊員。
過去に兄が殉職しており、その志を継いで警備員となった経緯がある。自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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752VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/09/04(日) 17:33:43.14WSesibjuo (1/1)

小萌wwww自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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753VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/04(日) 17:44:25.453R4xhzHV0 (1/1)

やっと追いついた
面白いです乙!自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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754VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/04(日) 17:45:07.73RVpktnhGo (1/1)

警備員は重要なのか・・・自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/


755VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/04(日) 19:58:21.30atSDMY0To (1/1)

滝壺が体晶使ったのっていつだっけ自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
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756VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/05(月) 10:00:26.74fyaV77jq0 (1/1)

>>1よ
滝壺の体晶の使用方法は体晶をケースごと噛み砕くのではなく、
粉状の体晶を飲み込んで使用するんだよ


757VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2011/09/05(月) 10:39:13.75acsH/5W40 (1/2)

>>755
体晶自体は8月の絶対能力者編で御坂相手にする時使ってたはず。
ただ相手の能力乗っ取ろうと限界まで能力追跡使ったのは、今のところ10月のクーデターの垣根を相手にした時だけ。


758VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/05(月) 11:10:49.5916Vt+QKP0 (1/1)

>>756
>>757
>>居場所。かつてフレンダが『ここ以外にも見つかるといいね』と言ってくれたそれが滝壺の胸裡を過ぎる。
その事がかつて常盤台の超電磁砲と会敵した際……
滝壺は体晶をケースごと噛み砕いて御坂の能力を乗っ取るという荒業に出させるほどだった。

荒業っていうくらいだからわかってて書いてるんじゃないかな?新約偽善使いでむぎのんは8月9日に引退したエピソードがあるから三人で戦ったんだだろうね




759作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 17:45:52.72r59ePYOAO (1/19)

>>1です。第二十一話は今夜21時に投下させていただきます。


760VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/05(月) 21:00:32.63kPS7xu6O0 (1/2)

正座して舞ってる


761作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:00:40.46r59ePYOAO (2/19)

~冥土帰し~

打ち止め『あの人は……あの人は何処?ってミサカはミサカは尋ねてみたり』

ソファーとテーブルだけが置かれた簡素な談話スペース。
冥土帰しはリノリウムの床面を照らす自販機の予め焙煎された豆を擦り潰す音と

打ち止め『うん……ミサカも早く会いたい、ってミサカはミサカは頷いてみる』

脳裏に蘇る打ち止め(ラストオーダー)の言葉を反芻しつつ腰を下ろした。

冥土帰し「ふう……」

更にピーという電子音が重なり、冥土帰しは自販機の取り出し口からコーヒーを取り出し苦い液体を一口含む。
そこへザーという雨音が加わり、立ち登る湯気が鼻腔をくすぐる。
たった今手術を終えた患者との出会いもまた、この談話スペースだったと思い返して。

麦野『――……お願いね、先生』

冥土帰し「(全く、“君達”は本当に医者泣かせなお得意様だね?)」

四肢動かせぬほどの致命傷、出血は命に関わるほどの致死量ながらも……
そのお得意様(かんじゃ)は寝かされたストレッチャーの上で平然と言ってのけた。
それは冥土帰しへの揺るぎない信頼と、自分の身体を入れ物程度にしか思っていない投げやりさが綯い交ぜとなっていた。
そこが『生きよう』とする打ち止めや妹達と対照的だと冥土帰しは感じている。

冥土帰し「(もう少し、自分を大切にしてもらわないと困るんだけどね?)」

故に冥土帰しは『これだけは使いたくなかった』と考えていた『負の遺産』を麦野に施した。
油脂系の『溶ける骨組み』を使って肉の再生ペースを整えた上で、急速な細胞分裂を促すそれを。
『生きるための身体』ではなく『戦うための肉体』を欲している麦野に。

しかしそれが時に――ひどく痛々しく感じられてならない瞬間がある。
かつて二度上条を死に目に追いやり、今自らが死に傷を負った少女、麦野沈利。

彼女は今手術を終え深い眠りに就いている。戦士の浅い微睡みと短い休息を思わせる寝顔を、打ち止めの遺伝子上の母にあたる御坂美鈴に見守られて。

冥土帰し「一応“彼”に連絡を入れておこうかな?」

――冥土帰しは空になった紙コップをゴミ箱に捨て、静かに立ち上がった。
孫娘のような年頃の麦野からすれば、差し詰め自分はおじいちゃんかと腰をさすりつつ。




762作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:01:08.75r59ePYOAO (3/19)

~御坂美鈴~

美鈴「この娘は本当に強いわね……」

御坂美鈴は手術を終え深い眠りに就いた麦野の寝顔を……座りの悪いパイプ椅子に腰掛けつつ見守っていた。
その眼差しの先。湿布や絆創膏の貼られた頬、包帯の巻かれた額。
静謐ながらどこか張り詰めたその寝姿は、まるで枕元に銃を置いて眠る世界の人間のようだと感じられた。

美鈴「子供が強過ぎると大人がせつなくなるわ」

間接照明に照らされたその寝顔から、内に秘めた強さが滲み出ているようだと美鈴は感じていた。
それは自分が同性であり子を持つ母親だからかも知れないが――
麦野という少女は恐らく異性より同性にモテるタチだろうなと感じられて。

美鈴「んっ……ちょっとコーヒーでも飲んで来ようかしらん?」

そんな風に考えながら、美鈴は疲れ切っていながらも眠りに就く事を拒んでいる身体を立ち上がらせ廊下に出る。

美鈴「(そう言えば上条君ってばどうしたのかしら……まさか捕まっちゃったとか?ないない)」

涼しさと冷たさと寒さの入り交じった薄暗い廊下の空気を感じながら美鈴は歩く。
興奮という訳ではないが身体が依然として気を張った臨戦態勢のままで寝付けないのだ。
そして何より上条が姿を現すか彼女の身内とも言うべき人間にバトンを渡すまでは眠る訳に行かないと美鈴は感じていた。が

???「クスン……クスンクスン」

美鈴「……――?」

その時、通り過ぎた個室病棟から幼子が啜り泣く声が美鈴の耳朶を震わせる。
最初は病院にありがちな怪談ないし幽霊絡みの話が頭を過ぎったが――

美鈴「……開いてる」

僅かばかり開いた扉の隙間から漏れ出す啜り泣きの声に美鈴は何故か既視感を覚えた。
自分はどこかでこの啜り泣きの声を聞いた事があると。それもとても身近でありながらひどく遠い昔に。
それがどうにも放っておけず、せめて声だけでもかけてみようかと扉に手をかけると……

美鈴「ごめんなさい。どうかしたの?」

打ち止め「え……?」

美鈴「あらら……?」

愛娘がそのまま記憶の宮殿から抜け出して来たような少女が、そこにいた。

美鈴「……美琴ちゃん?」

打ち止め「!」

その少女もまた、何かに気づいたように両手で口を押さえて――




763作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:03:16.19r59ePYOAO (4/19)

~御坂美琴~

御坂「――!!?」

白井「お姉様!?」

初春「御坂さん!」

固法「気が付いたのね」

一方その頃、御坂美琴は第一七七支部の仮眠室にてガバッと身体を跳ね起きさせる。
それを取り囲むは白井黒子、初春飾利、固法美偉の三人。風紀委員の面々である。

白井「お姉様あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!」

御坂「ちょっ、ちょっと黒子!!?どうしたのよ急に!?」

固法「どうしたはこっちの台詞よ御坂さん……貴女、ずっと眠っていたのよ」

御坂「えっ!?」

初春「そうですよ御坂さん」

御坂が目を覚ますなり号泣し飛びついて来る白井をなだめなつつ状況把握に務めようとする御坂に、初春からフォローが入る。
御坂は数時間前、警備員に抱きかかえられてここまで連れられたのだと。
そしてその警備員は三人に御坂を預けるなり忽然と姿を消してしまったのだと。

御坂「嘘……私が?」

固法「本当よ。最初は何かされて気を失ってるのかと思って透視させてもらったけれど……」

初春「外傷らしい外傷もなくてただ眠ってるだけみたいだったので……ここで」

白井「一体どうなさいましたのお姉様……何か覚えていらっしゃいませんこと?」

御坂「う、うん……」

身体に付きまとう奇妙な違和感と記憶の不鮮明さに当惑しつつ御坂は身体にかけられた毛布をはぐってベッドから下りる。
断崖大学付近のコンビニで上条当麻と初めて見るタイプの遊んでそうな優男と出会った所まで記憶はある。
だが御坂は白井の余計な勘ぐりを避けるためにあえて上条の事だけを伏せてその時の状況を説明した。が

白井「どこの憎いアンチクショウですのォォォォォ!わたくしのお姉様に狼藉を働いた痴れ者はァァァァァ!」

御坂「(やっぱりこうなった……)」

一人ボルテージを上げてヘッドバンキングする白井をスルーしつつ御坂は更にもう一つの隠し事に思いを巡らせる。
麦野沈利、上条当麻、そして海原光貴と思しき声の主に対して。
そんな思案顔の御坂を見やりながら、固法は眼鏡を直しつつ訝しんだ。

固法「だとしたら相当な使い手ね」

御坂「……?」

固法「御坂さんの不意を突いて、尚且つ無傷で帰せるような凄腕の持ち主がこの学園都市に何人いるって言うの?」

学園都市第三位を赤子の手でも捻るようにあしらえるほどの実力者……もしそんな人間が存在するならば――




764作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:03:43.75r59ePYOAO (5/19)

~垣根帝督~

心理定規「アイテムから勧告があったわよ。親船最中の件について」

垣根「そうか」

心理定規「そうか……って貴女ねえ」

一方、第七学区の路上にて返還されたブースタ八九年モデルのシートに身を横たえ……
車内に酒精の残り香と紫煙を立ち込めさせる垣根に対し派手なドレスに身を包んだ少女が溜め息をついた。

心理定規「計画が漏れているのよ?どんな見込みがあればそんなに悠然と構えていられるのかしら」

垣根「決まってる。勝ちの目は揺るぎようがねえからさ。なんせ――」

咥えた煙草から落ちそうで落ちない灰を見やる心理定規に構わず垣根は語る。
その瞳に上条と言葉を交わしている時のような鷹揚とした雰囲気は既にない。
ブラックダイヤモンドのような眼差しが雨の街と夜の闇を無感動に見つめているだけだ。

垣根「情報を流したのは他ならぬ俺自身だからな」

心理定規「……!!」

垣根「親船最中が死のうが生きようが、狙撃手が殺されようが殺されまいが俺の勝ちは動かねえ。まあ警告がてら狙撃手が見せしめに殺されるかも知れねえがそんなもんは“人材派遣”の所で補充すりゃいい。もう手は打ってある」

ほれ、と垣根が投げて寄越したUSBメモリーを心理定規がパソコンに繋いで開くとそこには『紹介料70万円』『砂皿緻密』とあった。

心理定規「本来の目的(ピンセット)に目を向けさせないためのブラインドってわけ?」

垣根「最近、そういう賭けに失敗した男と知り合ってな」

心理定規「………………」

垣根「俺は、もっと上手くやる」

そう言い終えると垣根はシートを倒して横になった。
心理定規に『送って行く』とも『出て行け』とも言わなかった。
ただフロントガラスを叩く雨粒とネオンの光をただ黙って見つめている。

心理定規「……馬鹿な男ね」

垣根「心配するな。自覚はある」

能力を使わずとも理解出来る。この男にとって野心以上に魅力的な『女』などいないのだと。
その証拠に用は済んだとばかりに、ドレスの少女に一瞥すらくれないのだから。

心理定規「(……馬鹿な女ね)」

ルームミラーに映るその端正な顔立ちが、ひどく憎たらしかった。




765作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:05:56.32r59ePYOAO (6/19)

~禁書目録~

禁書目録「とうまの馬鹿!しずりの馬鹿!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!」

土御門「(エラい事になったんだぜい)」

禁書目録「もとはる!もとはるー!?ねえ聞いてるの!!?」

土御門「き、聞いてますたい!」

一方、土御門元春は帰って早々に隣室のインデックスに捕まった。
同じ必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師同士、『現在』のインデックスとも『過去』のインデックスとも土御門は接した事がある。
しかし今夜のインデックスはとことん質が悪かった。それは何故かというと――

禁書目録「きっと“また”二人でいやらしい事してるに違いないんだよ!」

土御門「そ、そんな事ないんじゃないかにゃー?カミやんはお前さんの事を本当の家族みたいに……」

禁書目録「もとはる!!」

土御門「はひぃっ!?」

禁書目録「い ま 私 が 話 し て る ん だ よ ?」

土御門「……はい」

――最初はこの暴風雨に乗ったゴミが上条家の窓ガラスを割り、生まれた穴から風が吹き荒び雨が入り込み……
『今一人ぼっちだから助けてほしい』と修繕に呼ばれたまでは良い。
『お腹すいた』と義妹・舞夏が作り置きしてくれたシチューを鍋から一気飲みされた事も許せないがまだ堪えられる。だが

土御門「(シャトー・ディケムにアネホ・インペリアルが……)」

麦野所有の白ワインとテキーラの空き瓶が転がった頃には後の祭。
立派な絡み酒のご相伴に不本意ながら預かる形となった土御門は何故か正座までさせられている。
既にフラフラになるまで追い込まれている事から如何な惨状を辿ったかお察しいただきたい。

土御門「(昔とエラい違いなんだぜい……)っておい何してる!?」

禁書目録「わからないの?もとはるを逃がさないためだよ!」

土御門「逃げないからどいてくれい!こんな所カミやんと麦野と舞夏に見られたら幻想じゃなくてブチコロシかくていなんだぜい!」

禁書目録「逃げたらもとはるにいやらしい事されたってある事ない事ぶちまけてやるんだよ!!」

その上土御門の膝を椅子代わりに座り、かつ据わった目で至近距離から蛇のように睨まれ……
土御門は蛙になれるならばこの雨の中高らかに歌い上げただろう。

土御門「ふっ、不幸なんだぜいー!」

禁書目録「とうまの馬鹿野郎ー!」

――インデックスが覚えていない頃の土御門のように――


766作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:06:26.11r59ePYOAO (7/19)

~食蜂操祈~

食蜂「あらぁ、窓にカエルさんが来てるわぁ?」

ルームメイト「ひいっ!!?」

食蜂「ここ二階なのにスゴい跳躍力ねぇ?生命の神秘だわぁ」

一方、食蜂操祈は派閥の人間に煎れさせたセイロンミルクティーを口にしながら窓辺に張り付いたカエルを見やっていた。
設えられた安楽椅子に腰掛けつつ、ショパンのような雨音に耳を澄ませて

ルームメイト「(き、気持ち悪いわ!早くいなくなってしまえばいいのに……)」

食蜂「………………」

ルームメイト「(はっ、叩き落として追い払ってしまえばいいんだわ!)しょ、食蜂さ」

食蜂「――――――」

ルームメイト「」ガクン

食蜂「……五月蠅いわねぇ?」

――いた所、ルームメイトの心に走ったノイズが風情をぶち壊しにした事に食蜂は気分を害した。
どうやらこのルームメイトは蛙が生理的嫌悪の対象らしく……
その心のざわめきが食蜂には調律のズレたピアノの音色を聞かされたような気持ちにさせられた。
おかげでセイロンミルクティーの香りまで飛んでしまったような気がしてカップをソーサーに戻す。

食蜂「カエルさんの方がよっぽど静かよぉ?ねぇ?」

カエル「ゲコゲコ」

食蜂「……本当に」

棚から落ちた糸の切れた操り人形のようなルームメイトを無視して食蜂は窓ガラス越しにカエルと睨めっこする。
やはり人間以外では心の声は聞こえてこない。この雨垂れの音色より静謐だと感じながら――
ハアと甘い吐息をかけ白く曇った窓ガラスに相合い傘を描き、うち右側に『みさき』と書き込む。

食蜂「あの御方、なんてお名前なのかしらぁ……私の読解力をもってしてもわからないなんてぇ」

その左側に書き込むべき名前がわからない。あのひまわり畑の少年の顔も、名前も、能力も……
何一つとしてわからない。あの太くも深いテノールボイス以外には。

食蜂「“井の中の蛙大海を知らず”」

どこに行けば会えるのか、会ってなんと礼を言えば良いのか

食蜂「“されど空の青さ(深さ)を知る”――」

あの青い髪の後ろ姿に抱いた思いにつける名前が、食蜂にはまだわからない。

一年後……本物のひまわり畑が咲き誇る、終わらない夏への扉が開くその時までは――




767作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:08:40.17r59ePYOAO (8/19)

~警備員~

警備員A「痛たたた……」

黄泉川「大丈夫じゃん?」

警備員A「心配には及びません黄泉川隊長!いつもの事ですから!」

同時刻。警備員第七三支部にて若き警備員が『片足の手術痕』をさすりつつ朗らかな笑顔で黄泉川愛穂に答えた。
この若き警備員は学生時代事故に巻き込まれて膝から下を失った事がある。
その後暫くして冥土帰しなる医者に再生治療を施され足を取り戻した。
しかし雨の日はやはり疼くのか、時折さすっている事を黄泉川は知っている。

黄泉川「お前はいつもよくやってくれてるじゃん。けど無理は禁物じゃんよ」

警備員A「はっ!肝に命じます!!」

黄泉川「(こういう熱血な所は兄貴譲りじゃん)」

この若き警備員の兄……かつての黄泉川の同僚は学園都市上層部の汚職の証拠を握り事件を追っていた所――
何者かによって証拠物件もろとも灰にされた。
弟と一緒に映っていた一枚の写真を除いてその全てを。

黄泉川「(――あれからもう何年経つか……)」

同時は学園都市の暗部に深く踏み込み過ぎたとも、そこに住まう掃除屋に消されたとも噂された。
皆がその死を痛み、また憤ったものだが――その兄の死はまだ学生であり車椅子に乗っていたこの若き警備員を打ちのめした。
それからしばらくしてからである。若き警備員の口座で匿名ながら莫大な額の金が振り込まれたのは。

黄泉川「(こいつはその寄付金で再生治療を受け、自分の足で立ち直り、それを乗り越え、兄貴と同じ道を選んだ)」

それらの経緯について黄泉川なりに調べた所、何度か焼け落ちた事件現場時に花を供えに来る少女がいたらしい事もわかった。
おぼろげな目撃情報のみで顔まではわからなかったが『茶色い髪の少女』という事のみわかった。
ここで夢想癖のあるものならば、その少女が何らかの形で事件に関係していたのではないかと勘ぐる事も出来ただろう。
しかし、真相は今もなお深い闇の中である――

黄泉川「……よし、今日はみんな頑張ったから私から一杯おごるじゃん!」

警備員一同「「「「「よっしゃー!!」」」」」

例え若き警備員とその少女が街中で出会したとしても互いに気づく事は永久にないだろう。
片足を失い車椅子に乗っていた少年は足を取り戻して警備員となり……
幼かった少女は既に歳不相応なまでに大人びてしまったのだから。


例え、既にこの雨の中巡り会っていたとしても――





768作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:12:40.76r59ePYOAO (9/19)

~麦野沈利~

麦野「………………」

手術後しばらくして……麦野沈利は冥土帰しの病院のベッドで目を覚ました。
その茶色というより栗色に近い巻き毛まで寝汗で濡らし、汗ばんだ額に張り付く前髪をより分けて。

麦野「……上手くやってくれたみたいだね。カエル顔の医者(せんせい)」

髪をいじる左手を念の為に指先まで開き、閉じるように握り込む。
同じく右手も動作確認し、足の爪先も確かめる。
四肢の動きも戻っている。手術後の熱や痛みは冥土帰しが調合した特別製の麻酔薬によって打ち消されているが――

麦野「……ひでえツラになったもんだね。女の私が男前が上がったって仕方ないのに」

胸元から腹部にかけて包帯が巻かれているのをパジャマの上から確認出来た。
それから頬にも絆創膏や湿布、額にも包帯が施されているのが手触りでわかる。
鏡を見る気にもなれなかった。同時に人に見せる気もなかった。だがしかし

麦野「……まあ、しゃーないか。あんまり贅沢も言ってらんないし?」

???「そうだぜ。んな事言ったら俺なんて豚まんみたいになっちまってんだからさ」

麦野「……本当、お互いひどい顔してるわねー」

???「ああ、暗くて本当に良かった」

いつしか止んでいた雨が、月に照らされて虹を描いているのが開け放たれた窓辺から伺えた。
暗雲の名残を引く星月夜をバックに、夜風に翻るカーテンがそのシルエットに一瞬重なっては離れ行く。
夜空にかかる三日月のような白虹。そこに佇む少年の声。

麦野「……どうして?」

???「……お前、今自分がどんな顔してるかわかってねえだろ?」

麦野「………………」

???「ほら――」

その朧気なシルエットが麦野へと歩み寄って来る。
麦野の滲んでぼやけた視界にもはっきりと、くっきりと、ゆっくりと歩を進めて。
術後の痛みや傷口の熱など麻酔で打ち消されているのに、ひどく胸が痛む。
雨は上がり雲も薄まっているのに、シーツの上にポタポタと水滴が落ちる。

???「こんな近くまで来ねえとわかんねーだろ?」

風が吹く

麦野「……まだ」

雲が散る

???「……これくらいか?」

月が輝き

麦野「……まだ遠い」

影が重なり

???「――こうか?」

時が止まり

麦野「――――ッッ」

言葉が

???「――ただいま」

奪われる――




769作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:14:13.86r59ePYOAO (10/19)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――上条「もう、泣いていいんだぞ?」―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



770作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:15:10.98r59ePYOAO (11/19)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十一話「L'alba separa dalla luce l'ombra」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



771作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:15:54.50r59ePYOAO (12/19)

~月詠小萌~

月詠「……スゴい声なのですよー」

雨に濡れ風に揺れる一輪の百合を見やりながらショートホープに火を点け、旨そうに吸い込んで吐き出すは月詠小萌。
上条をここまで乗せて来た愛車に身を凭れさせながらトントンと携帯灰皿に灰を落とし、目を瞑る。
耳を澄ませるまでもなく二階からさえ聞こえて来る麦野の泣き声に、小萌は上条を連れて帰る事を諦めた。

月詠「上条ちゃんは本当に女泣かせの悪い子なのです!先生はそんないけない子に育てた覚えはないのですよー!」

サンドバックにされた男の子と夜泣きの赤ん坊のような女の子、どちらを優先すべきかはこの月灯りより明らかである。
故に小萌は煙草一本分だけ待つという体裁をとって置いて行く事にした。
何せ灰皿がいっぱいになるよりも長く待たせた女の子がそこにいるのだから。と

???「あら?」

月詠「あ……」

???「もしかして大覇星祭の時の……上条君のクラスの先生でしたっけ?」

月詠「あっ、確か、ええっと……」

???「ああ、良いんです良いんです」

と……月灯りの下姿を現した意外な人物に小萌は見覚えがあった。
慌てて煙草をもみ消そうとするその手を遮る声音。
それは大覇星祭で上条夫妻と共にいた保護者にして……

美鈴「――夫が吸いますので」

月詠「あうー……」

学園都市第三位超電磁砲(レールガン)の母、御坂美鈴である。

美鈴「……彼も無事だったみたいですね」

月詠「たった今まで留置場で社会勉強していた所です」

美鈴「あちゃー……」

月詠「(でもどうして親船理事から釈放要求が??訳がわからないのですよー)」

そこで美鈴と小萌はニ三言葉を交わし、夜も遅いので共に帰る事にした。
『後は若い二人に任せて……』という年長者からのささやかな気遣いである。そして

美鈴「――――――」

美鈴はもう一箇所の病室を見上げ、フッと微笑みかけると――

打ち止め「――――――」

その病室から手を振る少女の姿は美鈴は認め、同じように手を振り返した。

月詠「どうかなさいましたか?」

美鈴「――いえ」

そこで打ち止めと美鈴が如何なる言葉を交わしたのか……それを知るのは――

美鈴「――“娘”に会ってたんです」

――夜の海を揺蕩う、水母のような月ひとつ――




772作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:17:54.54r59ePYOAO (13/19)

~フレンダ=セイヴェルン~

フレメア『お月様綺麗だね。フレンダお姉ちゃん』

フレンダ「まあそうね……ってフレメア、結局もう三時間は話してる訳よ。いい加減通話料ヤバ……」

フレメア『えー……大体、いつも電話もメールも出てくれないフレンダお姉ちゃんがいけないんだよ?たまにはお話したい!』

フレンダ「(結局、そのたまにが長い訳よ)はいはい……じゃあフレメアが眠くなるまでは付き合ってあげるから」

遠く離れたセイヴェルン姉妹は携帯電話片手に同じ月を見上げていた。
フレメアはベッドに寝そべりつつ、フレンダは窓枠に腰掛けつつ。
通話時間は既に三時間を越えても尚話が尽きず、特にフレメアの声は時を追うごとに饒舌になって行く。まるで

フレンダ「(結局、大事にするつもりが寂しい思いをさせてるのは私って訳よ)」

フレメア『フレンダお姉ちゃん!私のお話ちゃんと聞いてくれてる?』

フレンダ「はいはい聞いてる聞いてる。オズマランドの話でしょ?」

フレメア『うん、大体いつでも良いからフレンダお姉ちゃんと行きたいなあ、って』

フレンダ「……出来れば他の遊園地にしない??お姉ちゃんあそこはちょっと苦手な訳よ」

フレメア『いーやー!たまには私のわがまま聞いてよー!!』

フレンダ「(ああ、結局こういう強情な所は私譲りな訳よ)」

寂しさを紛らわせるような原因を作っているのは自分のせいだとフレンダは電話越しだからこそ渋面を作る。
オズマランド。フレンダがペットボトルに気体爆弾イグニスを詰めてテロを起こそうとした遊園地。
アイテム加入前に加わっていた計画での苦い思い出が胸によみがえり、正直あまり良い気分ではない。が

フレンダ「はいはいわかったわかった……結局、いつがいい訳よ?」

フレメア『いいの!?』

フレンダ「(結局、言い出したら聞かない訳よ)」

遊園地一つ行くのにさえ躊躇う、姉妹で異なる世界とその立ち位置。
しかし結局妹に甘いフレンダはフレメアとオズマランドに行く約束を交わし、キャッキャと喜ぶフレメアの声を聞きながら思った。

フレンダ「(……絹旗はどうだったのかな)」

自分はどれだけ闇に身を窶しても『家族』がいる。血を分けた姉妹がいる。

しかし彼女は……置き去りの子(きぬはたさいあい)はどうだったのかと――


773作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:18:22.52r59ePYOAO (14/19)

~絹旗最愛~

ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

絹旗「………………」

???『絹旗ちゃんはさ、研究所(ここ)から出たらどこ行きたい?』

???『映画館?絹旗ちゃん映画館行った事ねーの?』

???『ヒッハハハ……悪い、実は私も行った事ねえんだ』

???『……私も、親いねえからさ』

???『だからさ、いつかここ抜け出したら一緒に映画見に行こうぜ』

???『――約束な?絹旗ちゃん――』

ガシャン!と絹旗はシャワールームの鏡を殴りつけ粉々に破壊した。
降り注ぐ白湯に鮮血が混じり、濡れたニットのワンピースが雨から湯に変わっても凍てついた心は溶かせない。
散々いじくられたドス黒い脳細胞の、数少ない真っ白な記憶だけが消えてくれない。

絹旗「……嘘吐いたのは私ですか?約束破ったのはあンたの方ですか?」

音を立てて排水溝に消えて行く鏡の欠片に絹旗は濡れたニットのワンピースのままへたり込む。

絹旗「超壊れたのは私ですか?超狂ったのはあンたの方ですか?」

鏡に映ったもう一人の自分達が、この鏡のように壊れてしまったきっかけは何だったのか。
絹旗は怪我をするのも構わず鏡の欠片を拾い、握り締め、血を流し、涙する。
わかっている。壊れた欠片をいくら拾い集めて元になど戻らない。あの頃になど帰れない。

絹旗「超寒いです……」

自分をどれだけ抱いてもシャワーを浴びてもあたたかくならない。
当たり前だ。冷め切っているのは自分だからだ。
どれだけシャワーを浴びてズブ濡れになっても、泣いても叫んでもあの頃になど帰れない。
いっそ壊れてしまえたらどれだけ楽だったろうと

黒夜『私、黒夜海鳥ってんだ。よろしくな!……えーっ、えーっと』

黒夜『ヒッハハハ……ごめん、私馬鹿だから下の読み方わかんねーわ』

黒夜『でもいいよな。“最愛”って名前』

黒夜『一番大好きって意味だもんな!!』

黒夜『私も絹旗ちゃんの事大好きだぞ?』

黒夜『私らが姉妹(かぞく)だったらなー』

黒夜『泣くなよォ……絹旗ちゃンは泣き虫だなァ』

黒夜『絹旗ちゃーン……』

黒夜『絹旗ちゃァァァァァン!!!!!』

――彼女のように、彼女と一緒に壊れてしまえたらどれだけ楽だったろうと――




774作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:20:39.76r59ePYOAO (15/19)

~滝壺理后~

???「グー……ゴゴ……」

滝壺「……あったかい……」

滝壺理后は第七学区にある公園の東屋にて、夜明け前の空を眺めながら少年と身を寄せ合っていた。
霞行く空は既に月を追い落とさんとし、雨は止んで久しい。
聞こえて来るのは雨垂れの名残、そして少年の寝息。
よほど疲れ切っていたのだろう。少年は数時間に渡って泣き続け、雨上がりと共に泣き止むと――
そのまま絹旗の胸で眠ってしまったのだ。まるで泥のように。

滝壺「(……男の子の肩って、ゴツゴツして固いんだ)」

濡れた服のままでは風邪を引いてしまうかも知れないと思い、先程の24時間スーパーで適当なシャツを買って着替えた。
秋の夜は少し冷え込んだが、そのせいか少年の肌身の暖かさがより伝わって来る。
少年は兎も角、滝壺は持ち合わせに困ってなどいないのだから個室サロンなりなんなり移動しても良かったのだが――

???『だ、ダメだ!会ったばっかの女の子とこ、こ、個室サロンなんて!半蔵じゃあるまいし!』

???『俺男だぞ!?スキルアウトだぞ!?さっきあんな目にあったばっかじゃねえか!もっと自分を大事にしろって!!』

???『い、いや……別に二人きりになったからって何する訳でもないんだけど……しねえとも限らねえだろ!しちまうから間違いってんだ!!』

???『な、名前は勘弁してくれ……こんなカッコ悪いとこ見られてまだ名乗れるほど図太くねえよ、俺』

滝壺「(かみじょうとは全然違う、ね)」

滝壺は恋を知らない。愛を知らない。異性を知らない。
しかしこの少年が悪く言えば意気地無しで、良く見れば純粋なのが滝壺にはわかった。
故に一晩、ほとんど人生の中で初めてと言って良いくらい異性と話をした。
それは少年も同じだったようで、ほとんど少年が語り手、滝壺が聞き手であったが――

滝壺「……いいんだよ」

滝壺は登る曙光に目を細めながら考える。麦野が上条の強さに魅せられたのならば……
自分はきっと、誰かの弱さに惹かれるタチなのだろうと

滝壺「――大丈夫、私はそんな弱い(つよい)君を応援してる」

滝壺がそっと立ち上がり、少年の肩にピンク色のジャージを羽織らせる。
そして東屋から出、一度だけ振り返って少年の傷だらけの寝顔に……微笑みかけた。

滝壺「また、ね」

『一度会えば偶然、二度逢えば必然』という麦野の言葉が何故か頭をよぎった。




775作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:21:05.44r59ePYOAO (16/19)

~一方通行~

一方通行「夜明け……か」

一方通行はビル群の彼方より登り行く夜明けを見上げながら『仮眠室』を出、雨上がりの街を行く。
カツ、カツという杖の立つ音の響きが右手に馴染むようになって約1ヶ月。
そして未だに馴染まない拳銃の握りが左手に痺れをもたらし早三日となる。

一方通行「………………」

水溜まりを避け、人通りと同じく行き交う車もないスクランブル交差点を行く。
目指す先は濡れたアスファルトの上に描かれた黒白の鍵盤を思わせる横断歩道。そしてコンビニと御坂美鈴と邂逅した郵便ポストが見える。
同時にゴミ収集所にたかるカラスの群れがガアと不愉快な一鳴きを上げた。

一方通行「(……翼か……)」

自らの身の内に目覚めた黒翼を連想させるカラスの羽根に一方通行はその優麗な白眉を歪ませる。
翼。それは昨夜断崖大学データベースセンターで目の当たりにした『光の翼』をも思い出させる。加えて

一方通行「(……なンだったンだ?あれは)」

遠目から見つめるに誰かの能力なのかも知れなかったが――
心当たりがなくはなかった。ただそれを確かめるだけのゆとりがなかった。
美鈴を逃がすべくスキルアウトらを屠るのに手一杯で。

一方通行「(……コーヒーでも買って行くかァ)」

思わず携帯電話で現在時刻を確認しようとし――そこで気付く。
ポケットに入れっぱなしにしていた駒場利徳が遺した携帯電話に。
そして……待ち受け画面の少女。打ち止めと同じような年頃の金髪碧眼の少女。

一方通行「………………」

首筋のチョーカー(電極)に手をかけ、能力が戻っているかを確かめる。
電極は正常に作動し、代理演算機能も復活している。そこで――

バギンッッ!

一方通行「クソッタレが」

その携帯電話をベクトル操作で粉微塵に破壊した。
ひとかけらの証拠も残らぬよう朝風に乗って消えるまで。粉末状になるまで徹底的に破壊する。

一方通行「――取り戻す」

それは電極の正常な機能を指してなのか、はたまた打ち止めを指してなのか……その胸の内を知る者はいない。

一方通行「――ふン――」

ゴミ漁りをするカラス。忌み嫌われる不吉な凶鳥。最低辺の存在。
何故か自分と重なって見え、一方通行は鼻を鳴らすとコンビニのドアをくぐっていった。




776作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:22:59.76r59ePYOAO (17/19)

~浜面仕上~

浜面「う……」

ひりつく傷と痣に障る爽やかな朝風に眉を顰めて浜面仕上は目を覚ます。
筋肉痛と打撲と擦過傷に痛む身体。傷口から体内から発せられる熱が寝汗となって額を滲ませているのが感じられる。
そして左肩口から消え失せた柔らかい感触とあたたかい体温に代わる、ピンク色のジャージも。

浜面「……行っちまったか」

肩にかけられたジャージ。互いに名乗らなかった名無しの少女。
年の頃は自分と同じか、一つ上か、一つ下か……
だが浜面にとって、大事なのは彼女が何者かなどではない。

浜面「――ありがとう」

一つの区切りと立ち直りのきっかけ。駒場のいた一昨日の世界。駒場が死んだ昨日の世界。駒場のいない今日の世界。
浜面仕上のいる世界。生き延びたいと昨日願った明日が今日になる。
浜面は一つ拳を握って東屋の長椅子から立ち上がると大きく背と両腕を伸ばして深呼吸した。

ガサガサ……

浜面「……グッチャグチャだな」

そんな爽やかな朝の陽射しの中、浜面はポケットの中からマイルドセブン・セレクトを取り出す。
雨に濡れたためシケっており、散々大立ち回りを繰り返したためヨレヨレに折れてしまった煙草。
まるで今の自分のようだと思いつつ一本口に咥え、火を点けた。

浜面「……マジい」

生乾きの煙草、最悪の味、炙った穂先から立ち上る消化不良気味の紫煙。
目にしみる。フィルターがしょっぱい。それでも――

浜面「……誰だよ、こんなもん人生の味なんて言ったやつ」

死体すら残らなかった駒場利徳への墓引きの煙として浜面は朝焼けの空にそれを手向ける。
長い目で見ればこの煙草のように灰になるか煙になるか燃え尽きるしかない人の一生。
しかしこの人生を自分の足で生きて行かねばならない事を浜面は知っている。

浜面「……このジャージ」

羽織っていたジャージを広げ、裏返してよく目を凝らしてみる。
どことなく香水とは違った甘い香りと煙草の煙が混じり、浜面はそこにもういない少女の存在を感じた。

浜面「“RIKOU TAKITSUBO”……たきつぼ、りこう??」

ジャージの内側のタグに書かれたその少女の名前にどんな漢字を当てるのか……
浜面がその字を知る日は、もうすぐそこまでやって来ていた。


暁の空に座す、夜明けの太陽と共に――




777作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/05(月) 21:24:06.07r59ePYOAO (18/19)

~上条当麻~

上条「……朝か」

麦野「すー……すー……」

登りきった太陽が病室を照らし、涙の跡が残った麦野の寝顔に光を注ぐ。
上条の手を握ったまま、静かな寝息だけをゆっくりと立てて。

麦野『私は私が嫌いだけど、あんたが好きでいてくれる私はそんなに嫌いじゃない』

眠る前に話した多くの事。ポツリ、ポツリと紡がれた言葉。
普段見せない素顔と口にしない本音。今回の一件はそれなりに堪えるものがあったのか麦野は常より饒舌だった。
自己嫌悪と自己破壊と自己否定の源泉たる心の闇に飲まれまいとするように。

麦野『――もう、ガラスケース越しに世界を見るのを止めただけよ』

いっそ突き放したような冷たい声音と渇いた口調。
皆との夕食会、御坂とのお泊まり会、インデックスとのおにぎり作り、オズマランドでのデート。
そして罪業に満ち充ちた過去との対峙と、御坂美鈴という大人の存在が麦野を立ち上がらせるきっかけとなった。

麦野『背負ったものの重さは一生変わらないわ。ただ、私がそれに潰されない程度に不貞不貞しくなったってだけの話』

麦野は過去を乗り越えたとは言わず、受け入れたと言った。
御坂を守るとは言わず敵を討つという表現を使った。
そして自らを取り巻く世界に迎え入れられるのではなく、傍らに寄り添う事を選んだ。
どこまでもひねくれていて――どこかしら真っ直ぐだった。

上条「学校行かなくっちゃな……その前に家帰って、シャワー浴びて」

上条は思う。麦野は上条以外の何者も守らない。しかし美鈴との約束はきっと守るだろうと。
あの第十九学区での戦いで自らの殻を破った麦野が……
まるで生まれて初めて目にしたものを親と思い込む刷り込みのように上条を愛した麦野が――
何者の意思にも拠らず自分の意志で弱々しくも立ち上がったのならば、自分はその歩みを支えたいと思った。

上条「洗濯機回して、スフィンクスにエサやって、インデックスにメシ作って」

それが長い時間を、それも一生という時間をかけたとしても――
上条は麦野とそれを取り巻く世界の全てを守りたいとそう強く誓った。
二万五千円の指輪が、五千円のガラスの靴が、いつの日か本物になるように。

上条「――今日も一日、頑張るぞ!!!」

麦野「ブツブツうるせー!」バシーン!

上条「」

麦野「早く学校行け!……馬鹿」




――この、何度沈んでも陽が昇る世界の中で――







778投下終了です!2011/09/05(月) 21:28:06.01r59ePYOAO (19/19)

以上、二十一話終了となります。たくさんのレスをありがとうございます。

>>756
はい。本来とは違う無茶な使い方をしなければいけないほど御坂に追い込まれた、と考えていただければ幸いです。


……ボツにした三巻再構成のアバンでアイテム(麦野抜き)VS御坂美琴書いて見たかったなあ……では失礼いたします。


779VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/09/05(月) 21:29:48.285w6Evdpg0 (1/1)




780VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/05(月) 21:30:28.05kPS7xu6O0 (2/2)

乙一


781VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2011/09/05(月) 22:08:50.07acsH/5W40 (2/2)

乙です

>ボツにした三巻再構成
まだプロットが残っているなら、是非読みたいです。


782VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/06(火) 07:12:50.899/zDkJxpo (1/2)

おつ


783VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/06(火) 07:15:05.829/zDkJxpo (2/2)

心理定規「アイテムから勧告があったわよ。親船最中の件について」

垣根「そうか」

心理定規「そうか……って貴女ねえ」


ていとくんが女の子だったようです
俺得


784VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/06(火) 10:06:23.84QAlQpNl80 (1/1)

やめろwwwwwwwwwwwwwwいままで上条さんとのやりとりがなんかせつない乙女的なもんになるだろ…

乙。警備員A、むぎのんが殺した回想シーンの警備員の弟だったんだね…そして回想黒夜見た後新約の絹旗がチョコあげるシ-ン読み返すと涙出てきた


785VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/09/06(火) 13:45:49.69yCd103jAO (1/1)

乙!

節々に青ピの続編フラグが立ってる……のか?


786VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/09/07(水) 00:19:21.59gSpNvRVp0 (1/1)

>>1乙
これはスピンオフ作品を書くためのフラグだな

>>783
『あなた』を漢字で変換しなさい


787VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/07(水) 02:05:50.95jf83mxSIO (1/1)

>>786
つまらんツッコミすんなよ


788VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/07(水) 06:37:30.10c3GcktzFo (1/1)

『あなた』を漢字で変換しなさい


789VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/07(水) 13:02:28.22A5k5R3tAO (1/1)



これは>>786が残念


790VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/09/07(水) 16:16:33.28bZ1pWga2o (1/1)

>>786さんネタにマジレスかっけぇーっすwwww


791作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/08(木) 21:12:04.84NQ+V6nxAO (1/1)

>>1です。少々体調が悪いため第二十ニ話は今週末土日いずれかになると思います。すいません……

>>781
はい。プロットだけは頭にあって、「ギクシャクする上条さんとむぎのん」でした。
むぎのん大喧嘩の末に怒って家を出て行ったり、御坂と本気で殺し合いをしたり、土御門らと流し素麺をしたり、ゴムに穴を空けるエピソードなどありましたが――
悪条さんの影響を強く受け過ぎてしまったためにボツにしてしまいました。すいません。


792VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/09/08(木) 21:23:19.87N5OCQ4BRo (1/1)

お大事に


793VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県)2011/09/09(金) 14:57:55.63LBtn1FUt0 (1/1)

>ゴムに穴を空けるエピソード
これがとても気になります


794VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(dion軍) [sage] 2011/09/10(土) 09:56:28.53nYFVxyAL0 (1/1)

>ゴムに穴を空けるエピソード
俺も気になった・・・上やんと麦ノンの子供、マジで出てきてくれないかな。


795VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/10(土) 10:24:44.97GyJLlvmZ0 (1/1)

>>794 sageェ・・・


796作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 17:24:17.0342BNj/aAO (1/29)

>>1です。第二十ニ話は今夜21時より投下させていただきます。では失礼いたします……


797作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 20:59:53.8942BNj/aAO (2/29)

~10月8日~

???「……位!」

麦野「(あれからもう四日も経つのねえ……)」

???「……四位!!」

麦野「(アビニョン……あのおしぼり女もいんのか。なんかすっげームカムカしてくんだけど)」

???「第四位ってば!!!」

麦野「五月蝿いわねえ……傷に響くからデカい声出さないでくんない?第三位」

御坂「もうっ……」

10月8日、16時6分。麦野沈利と御坂美琴は冥土帰しの病院のラウンジにいた。
そこは中庭のハーブガーデンを臨めるガラス張りの窓際席であり……
向かって左側に車椅子の麦野、右側に学校帰りの御坂がそれぞれ腰掛けている。

御坂「何よいきなり黙り込んでボーっとしちゃって……これじゃまるで私が一人で話し掛けてる変な子みたいじゃない」

麦野「一人デカい声出してる時点で十分変だっての……だいたいさあ」

麦野が空になったシャケ弁の容器を隅に追いやり、再び動くようになった右手で大きめのマグカップに入ったエスプレッソに口をつける傍ら――
チラッと通路を挟んだ向かいの席に冷めた眼差しを送る。そこには

白井「………………」ゴゴゴゴゴ

麦野「……あそこでストロー噛みながらレモンティーぶくぶく泡立ててる小パンダはなに?」

御坂「……気にしないであげて。四日前からずーっとこうなの」

ドス黒いオーラを隠しもせず漂わせ、麦野らをウォッチングしている白井黒子の姿があった。
確か上条二回目の入院の見舞いや『残骸』絡みで見た顔だなと麦野はつまらなさそうに見やる。
というより御坂とインデックス以外の名前を覚えないため白井への認識は『口喧しい小パンダ』にとどまっている。が

白井「(ドちくしょうがァァァァァ!お姉様があんなにも甘く優しくお声掛けなさっていると言うのにその素っ気なさはなんですのォォォォォ!!)」

一方的にメラメラと情念の鬼火を燃やす白井の心中は穏やかではない。
相手は敬愛する御坂の仇敵でありながら一夜を同衾した麦野。
敵視して良いのか嫉妬して良いやらわからぬ存在である。

白井「(ならばいっそわたくしこと白井黒子とその席を代わっていただきたいですのォォォォォ!!!)」

それも他ならぬ麦野自身が御坂を呼び出したのである。
そして御坂は一もニもなく病院へと駆けつけたのだ。
白井をして面白かろう筈がないのである。心配そうに麦野を見つめる御坂の横顔も、無味乾燥な眼差しで見返す麦野も。




798作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:00:23.1942BNj/aAO (3/29)

~2~

御坂「……それにしても本当にビックリさせられたわ。あんたがそんな大怪我してる所なんて初めて見た」

有り得ないと御坂は思った。このプライドが服を着て歩いているような相手が……
車椅子姿で人前に、それも自分の前に出て来る事そのものが怪我以上に有り得ないと。
そのくせ何があったか一切語らないスタンスだけがいつも通り麦野のままで、そのギャップに御坂はひどく戸惑った。

御坂「……あんたってさ」

麦野「なんだよ」

御坂「聞いた事は答えてくれないし、自分の事はちっとも話してくれないし……私ってばそんなに信用ない?」

白井「(お姉様が何やら切なげな横顔をなされておりますの……って思いっきりそっぽ向いてますのォォォォォ!!)」

溜め息をついて憂いの表情を浮かべる御坂を麦野は顔を横向けて目線を合わさない。
代わりに、ガラスに映った御坂の横顔と真っ直ぐな言葉に耳を傾けていた。

御坂「そのくせこんなメールでいきなり呼び出して来るしさ」

膝の上に畳んで抱えた麦野のオフホワイトのコートに置いた携帯電話を開いて見せる。
その画面には一通のメールと素っ気ない一文が映っていた。

――――――――――――――――――――
10/8 11:19
from:麦野さん
sb:コート返せ。
添付:
本文:
あと渡したい物あるから来て。いつもの病院
――――――――――――――――――――

白井「(お姉様を都合のいい女扱いしておりますのー!?)」

麦野は語らない。断崖大学での出来事も、負傷の理由も、美鈴との約束も、何一つとして。
事情を知る上条は既にアビニョンに飛び立ちインデックスにはしっかりと口止めしている。だが

麦野「――リハビリよ」

御坂「リハビリ?」

麦野「そう、リハビリ」

百合を敷き詰めた硝子の棺から抜け出し、『眩しい世界』への社会復帰(リハビリ)の第一歩として――
麦野は御坂を選んだ。好意とはまた異なる類の信頼の裏返しとして。

御坂「(……そっか)」

白井「!!?」

その時、御坂がふっと抜けたように微笑んだ。
側で見ていた白井がギョッとするほど、優しく爽やかで晴れやかな笑みを。

御坂「(覚えててくれたんだ)」

10月2日の夜、御坂から歩み寄り、手を差し伸べた手を、かけた言葉を。それが御坂の心根を解きほぐす。




799作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:02:21.4642BNj/aAO (4/29)

~3~

御坂『でしょ?だからさ、あんたが困ってる時、辛い時……逆に私もそういう時があると思う。そんな時さ、顔合わせてコーヒーでも飲めたらさ……いいと思わない?これなら重くないでしょ?』

麦野「(――ただの社交辞令じゃなかったって事か)」

図らずも神裂火織との戦いで御坂と鉢合わせたカフェで頼んだのと同じエスプレッソを口にしながら麦野は御坂を見やる。
その場の雰囲気と社交辞令だと思っていた誘いにあまり期待せず、あえて不躾なメールを送ったにも関わらず――
言葉通りやって来た御坂に対し、一瞬なりとも好悪の天秤があらぬ方向へと傾いだ。
そのひどく嬉しそうな表情に、一瞬釣られそうになる口元をマグカップで遮って。

御坂「――じゃあ、手貸してあげる」

麦野「………………」

御坂「手伝うよ。だってリハビリは一人じゃ出来ないでしょ?」

リハビリ。社会復帰を意味するその言葉はテーブルを隔てた二人の間ではそれぞれ異なる意味を持つ。
麦野は『眩しい世界』への回帰を、御坂は傷ついた麦野が頼って来てくれた事そのものに対して。さらに

白井「(お姉様マジ天使!)」

ベルサイユのばら風のショッキングな顔芸の白井が入り込めない世界が目の前に広がっていた。
上条譲りの不幸さとフラグを立てる能力と、女性版上条とも言うべき御坂のフラグメーカー能力が噛み合わさったのだ。
今や間に挟まれた白井は泡立てていたレモンティーに乗っているスライス並みにいらない子になりつつあった。故に

白井「わっ、わたくしもお手伝いいたしますの!」

麦野「パス」

白井「orz」

麦野「……安心しなよ。私はノーマルだし、あんたのお姉様取ったりしないから」


白井「本当ですの!?本当ですの!!?大事な事ですから二回聞きますの!!」ヒシッ

麦野「馴れ馴れしく手握んないでくれない?」

御坂「(あら?)」

御坂がはたと気づく。麦野は基本的に仲間か敵以外の人間に声掛けなどしない。それを――

御坂「(丸くなった……って言ったらまた頑なになるから言わないでおこうっと)」

白井が詰め寄っても、突っぱねるのではなく受け流したのである。
拒絶と否定と嘲弄以外の形で『表の人間』と関わろうとしなかった麦野が

御坂「……なんか、やっと猫に触れられたみたい」

麦野「はあ?」

ゆっくりと、歩み寄って来てくれたように感じられて。




800作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:02:47.9642BNj/aAO (5/29)

~4~

そして――リハビリが始まった。

麦野「……ッ」

御坂「無理しないで。掴まっていいから」

麦野の病室にて、ベッドから出入り口のスライドドアまでの短い道程。
冥土帰しの施術は完璧であり傷口が開く事はない。
障害も一切残らなかったし基礎体力も落ちていないが、当然ながらスムーズにとは行かない。
そんな麦野が自分を支えるのが辛そうになって来ると御坂がそれを受け止める。

麦野「……チッ」

白井「大丈夫ですの。ゆっくりでよろしいんですのよ?」

御坂「(黒子もいつもこうだと良いんだけどなあ)」

手すりから再スタートを始め、舌打ちする麦野を白井がなだめる。
風紀委員で鍛えられているだけあり、手を差し出すタイミングや肩を貸す力加減などもお手の物である。
元来白井は御坂に関する変態行為を除けば極めてに真面目な人間なのだ。

麦野「……走るのはまだ難しいか」

御坂「当たり前でしょ?って言うか一時間もしない内にここまで出来れば十分以上にすごいって」

白井「如何です?風紀委員は優秀な人材を歓迎いたしますの」

麦野「パス」

そして数十分後には麦野は歩ける程度にまで己を立ち直らせた。
フィジカル以上に元のメンタルがタフなせいか、麦野はもう真っ直ぐ立てるようになっていた。

麦野「……片足無くしても立ち直った人間がいんなら、最初から二本ついてる私に出来ない理由なんてない」

御坂・白井「???」

麦野「(――私は進む。立って、歩く)」

この時麦野の胸に去来する物……それはアビニョンで戦う上条について行けず送り出す事しか出来なかった己への歯痒さ。
そして、かつて金で償いが買えると言う免罪符を信じていた過去に行った醜悪な偽善。
加えて自分を見ている御坂らの前で不様に膝を折る事など出来ないというプライド。

麦野「――案外、キツいわね」

御坂「うん……少し休もう?」

麦野「いい」

白井「いけませんの!」

と、そこで白井が麦野の肩に両手を置いて押し留める。
それに麦野は『なんで?』と言うように片眉をあげる。が

白井「息継ぎ無しで海を泳いで渡る事など誰にも出来ませんのよ?」

麦野「………………」

白井「休む事は息継ぎですの。でないと自分の重みで沈んでしまいますのよ?」

麦野「……そうね」

御坂「(あれ?なんか私より扱い上手くない??)」




801作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:04:48.9642BNj/aAO (6/29)

~5~

ギシッ、と白井の言葉に従い麦野はベッドの縁に腰掛けた。
微かに額に浮かぶ汗を、白井がハンカチでポンポンと当てて行く。
それをする白井にもされる麦野にも、御坂は驚きを隠せない。

御坂「(もしかして黒子って……思ってたよりずっと大人っぽいのかな?)」

ベッド側に備え付けられたミニ冷蔵庫からボルヴィックのレモンテイストを取り出し喉を潤す麦野。
御坂の知る限り、麦野の圭角に触れず意を通せるのはインデックスくらいのものだったはずだ。
上条という他の誰にも取って代われない異性を除けばの話だが――

麦野「(ただの馬鹿じゃないって事か)」

食べる?とサイドボードに置かれていた、インデックスが持ち込んだジェリービーンズの小瓶を手渡すと白井が笑顔でそれを受け取った。
そこで麦野は珍しく他人の評価に色を付けた。恐らくは三日前の自分でも聞き入れたかも知れないと。
ストンと胸に落ち腹に収まる言い回しが、自然と受け入れられた。

御坂「なんか不思議な感じね」

白井「?」

麦野「なにが」

御坂「いや、私達がこんな風に集まってるだなんてちょっと想像出来なくってさ」

ポスンと麦野の側に御坂が座り、白井がパイプ椅子に座る。
その窓辺から吹き込む風が枯れ葉の匂いを運び、穏やかな陽射しが肌に染みて行く。
麦野はボルヴィックを口に含みキャップを締めながら睫毛を伏せた。

麦野「――かもね」

白井「ここに佐天さんや初春が加われば大わらわですの!」

麦野「やめて。馴れ合いは嫌いなの。だいたいここは中坊の溜まり場じゃない」

御坂「(――ああ、そうか)」

そこで御坂は思い当たる。かつてこの病室で見た麦野の仲間らを。
後に絶対能力進化計画に絡んで彼女らと痛み分けに終わったが――
その後、いくら問い詰めても麦野は彼女らの事を語らなかった。
そして彼女らが麦野と一緒にいるのを見た事は一度もなかった。
彼女らのいた世界から足を洗い袂を分かったのかと今更思う。それは

御坂「(――この人、本当はずっと寂しかったんじゃないかな?)」

麦野が白井に向けた眼差しに、そこはかとない懐古の光を見出したからだ。



802作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:05:14.4342BNj/aAO (7/29)

~6~

麦野「(フレンダの馬鹿思い出すな。この小パンダ見てると)」

私は仲間を捨てて暗部を抜けた。私のエゴのためにアイテム(あいつら)を置き去りにした。
8月9日。私があの男だか女だかガキなのか年寄りなのかわからない統括理事長に呼び出されて引退した日の事。
絹旗が初めて泣いて、フレンダが失望した様子で、滝壺の笑顔が痛かったあの日。

麦野「(頭と性格はこっちの方が良いんだろうけど、このレズっぽい雰囲気が)」

後悔はしていない。いや、私には後悔する資格こそがない。
自分の都合と当麻を優先させるために私は取引に乗ったんだ。
道具を使い捨てるようにあいつらを放り出した。
仲間とは言わない。私にはあいつらを仲間と呼べない理由があって呼ぶ権利がない。だけど

麦野「……ああ、そうそう」

御坂「?」

麦野「忘れるところだった」

どうしてもふとした瞬間にあいつらの存在が頭を過ぎるんだ。
特にこいつらみたいな仲良しこよしの連中を見てると……
自分の中でしっかりした区切りがついてない事がわかるから。
別にこいつらが好きな訳でもあいつらが嫌いな訳でもない。ただ単に私の気持ちの問題だ。

麦野「今の内にこれ渡しとく。他の連中には今頃インデックスが届けに行ってるでしょうし」

御坂「???」

白井「便箋……これはまさかの恋文!?」

麦野「(やっぱり馬鹿だ)」

――特に、今こいつに手渡した便箋の中身なんかがそうだ。
私はあいつらと一度だってこんなやりとりをしただろうか?
いやない。私はあいつらを使い出のある道具(アイテム)程度にしか思っていなかった。
そういう線引きの元接して来た。それを何故だか惜しく思っている自分もまた私は否定しきれない。

御坂「い、今開けてもいい?」

麦野「ご自由に?(後輩の前で赤っ恥かくのはあんただしねえ?)」

御坂「な、なによそのニヤニヤ笑い……ちょっと怖いじゃない」

御坂が便箋を開けて中身を取り出そうとする。
こいつを呼び出したのは他でもない。これを渡すためだ。
三日前までならそんなつもりもなかったんだけど――

御坂「な、なによこれぇ!!?」

白井「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

――少し、今までして来なかった事を始めようと思う。




803作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:07:14.5742BNj/aAO (8/29)

~7~

青髪「あ~~!出来上がったんやねこれ」

雲川「くっくっく。予想以上の仕上がりなんだけど」

禁書目録「しずりも大満足の出来映えなんだよ!」

同時刻、青髪ピアスが住み込みで働いているベーカリーにて……
学校帰りに立ち寄った雲川芹亜はカウンターにて二枚の便箋を手にしていた。
麦野から御坂へと手渡された物と同一のそれをインデックスから受け取って。

青髪「おおきに。それにしてもえらい格好っちゅうか何ちゅうか」

雲川「これ常盤台の超電磁砲にも見せるのか?どんなリアクションをするか楽しみで仕方ないんだけど」

禁書目録「たんぱつにはしずりから渡してると思うんだよ!今日呼び出すって言ってからね」

青髪「せやな。でも大丈夫なん?あの別嬪さん交通事故に遭うたんやろ?」

禁書目録「(ギクッ)う、うん大丈夫なんだよ!ピンピンしてるんだよ!!」

青髪「(ほんまは知っとるんやけどね)」

雲川「(そういうところがお前のダメな所なんだけど)」

インデックスが使っている起動少女カナミンの便箋の中身をしげしげと見やる雲川の傍らぬけぬけと青髪が語る。
それに対しインデックスは何とか顔に出さず口を滑らせる事なくやり過ごせたと一人安堵していた。
そんなインデックスを見やりながらトレーとトングを整理しつつ青髪がその細い眼差しを向け――

青髪「わざわざ届けてくれたんはありがたいけどええのん?別嬪さんの側ついたらんとって」

禁書目録「いいんだよ。しずりは“もう大丈夫”だからね!」

青髪「……そっかあ」

禁書目録「(本当はしずりのお酒飲んだ罰としてお使いに来させられたんだよ)」

なんとなくバツが悪いインデックスはその全てを見透かすような眼差しからやや顔を外す。
まるで頭の中に収められた十万三千冊の魔導書の中にある伝承『ホルスの目』のようだと感じられた。
そしてこのインデックスの直感を、あの最高の科学者にして最悪の魔術師が聞けば『着目点は間違っていないが着眼点が正しくない』と宣うだろう。

雲川「ほう?ならわざわざ届けに来てくれたお礼に青髪がパンをおごってくれるらしいけど」

禁書目録「ほんと!!?」

青髪「勘弁したって下さい!店潰れてまう!!」

未だ『オシリスの時代』の真っ只中にあって……『ホルスの目』を持つ少年は頭を抱えて心の底から悲鳴を上げた。




804作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:07:57.1542BNj/aAO (9/29)

~8~

御坂「いつ撮ったのよこんなもん!!?」

麦野「あんたが酒かっ食らって頭のネジゆるゆるん時だよ。ひとでえ馬鹿面だね?」

御坂「うああああああああああー!!!」

白井「うひょおおおおおおおおおおー!」

麦野が御坂や青髪らに手渡した封筒の中身。それはお食事会の最後に酔い潰れた御坂を中心に撮った記念撮影写真。
インデックスの膝枕に涎を垂らしながら眠りこけ、投げ出した腕が見下ろす上条の足の間に。
それを笑いながら見下ろす青髪と口元に拳を当てて笑みを噛み殺す雲川。
さらにスフィンクスを抱っこしながら指差している麦野が映っていた。

白井「これは焼き増し出来ませんの!?」

麦野「百万円」サッ

白井「ぐぬぬぬ……」スッ

御坂「勝手に人の恥ずかしい写真撮るなー!黒子!あんたも財布しまいなさい!!」

頭を抱えて髪をクシャクシャにかきむしる御坂をよそに白井が財布に手をかけ、麦野が掌を上向きに差し出していた。
ここに来て御坂はまたもや麦野にコロッと騙されたのだ。
麦野は態度こそ僅かに軟化し人格は微かに陶冶されたが性根の曲がり具合は一切変わってなどいない。

御坂「なんてもん撮ってくれんのよ!肖像権の侵害ってのよこういうのは!!」

麦野「ふーん?いらないんならこの小パンダにあげちゃうけど?」

白井「ばっちこいですの!!」

御坂「ダメー!!」

麦野「……これ、お前にやれって言ってたのは当麻なんだけどねえ?」

御坂「えっ……」

麦野「伝言。“またみんなでメシ食おうな”……だってさ」

その言葉に喚き散らしていた御坂がピタッとその動きを止め――
代わって真っ赤にしていた顔が笑気ガスでも吸い込んだかのようにニマニマと緩み始めた。
完成した福笑いをさらにひっくり返して分解したように。

御坂「(アイツが……)」

麦野「(あんだけ物欲しそうにコルクボード見てりゃいくらあいつが鈍感でも気づくっつーの)」

白井「(あんの腐れ類人猿がァァァァァァァァァァ!)」

御坂「し、仕方無いわね?せっかくの好意なら無碍にしたらあんたの立つ瀬がないもんね!うんうん!!」

麦野「別に?嫌なら返し(ry」

御坂「うるさいうるさいうるさい!!!」
そう言い切るや否や御坂は麦野に取られまいと、白井に奪われまいと――
わざわざ病室の片隅に猛ダッシュしてまで慌てて学生鞄に写真を突っ込んだ。




805作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:12:15.9942BNj/aAO (10/29)

~9~

御坂「はー……はー……はー……」

麦野「(あいつがエロ本慌ててしまう時みたいね)」

……なんだかねえ。こう必死だといじるのも腰が引けるって言うか。
悪いね小パンダ。あんたの分はどうやら回ってこないよ。

白井「ですが……」

麦野「?」

白井「お姉様が幸せそうでなによりですの」

麦野「………………」

白井「それがわたくしでない事が歯痒い限りですが」

レズとかありえないし気持ち悪いと思うし私には理解出来ない世界だけど――
わかる。この小パンダは他人のために貧乏クジを引かされるタイプだ。
確かに好みは御坂っぽいけど、きっと最後の最期に隣にいる相手は御坂とは真逆のタイプ。
ガラスみたいに繊細で、撒き散らした破片で自分も他人も傷つけるような相手が何故だか想像出来る。

御坂「で、でも……」

麦野「………………」

御坂「――ありがとう」

それからこいつもその手合いの人間だろうね。そこんとこがあのオバサンとかぶって仕方無い。当たり前か母娘なんだし。

御坂「……大切にする」

麦野「……あっそう」

――あんまり見たくないんだけどねこういう表情。
私はこいつと友達なんかじゃないし、こいつはいつか私の前に立ちはだかる敵になる。
その敵に塩を送るだなんて私もいよいよ焼きが回って来たか。

御坂「……あの、さ」

麦野「なに?」

御坂「あんたはあんまり私の事信用してくれてないみたいだけど」

麦野「………………」

御坂「あの夜何があったとか、今どうしてこんなんなのかとか色々聞きたい事あるけど」

けど、目の前の敵に塩どころか砂糖まで送って来るほど甘ったるいこのお子様の中坊は……

御坂「――私、あんたが困ってる時あったら絶対助けに行くから」

麦野「――――――」

私以上に甘いこの中坊は確かにあのオバサンの娘なんだろう。
だから御坂、気持ちだけもらっとく。それがあんたの母親との約束だから。
おい小パンダ。何ハンカチ噛んでこっち睨んでやがる。違うって言ってんでしょうが

御坂「必ず、助けるから」

――ガラスケースを取っ払った世界は、やっぱり変にこそばゆい。
 
 
 
 
 
御坂「――今度は、一人じゃない」
 
 
 
 
 



806作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:12:45.4242BNj/aAO (11/29)

~10~

麦野「――――…………」

御坂「――さっ、リハビリ続けよっか?」

そう告げながら私はこの女に手を伸ばす。何かリアクション取ってよね!私一人突っ走ってるみたいで恥ずかし……
って黒子、ハンカチ食い破るんじゃないわよ。泣くな泣くなー!

麦野「……そうね」

うわっ、すっごいバツが悪そうな顔してる。きっと『いつか私に手を貸した事を後悔させてやる』とか思ってんでしょうね。
後悔なんてする筈ないじゃない。今ここで手伝わない方が悔いが残るって。
でもちょっとは効き目あったかな?それも私の気のせい?

御坂「でも第四位、あんたどうしてそんなに急ごうとするの?」

麦野「決まってるでしょ?やる事があるからよ」

御坂「……あいつ絡み?」

麦野「ふん……」

やっぱりね。私もそうかなって思ってたんだ。
だっていつものドライアイスみたいな顔立ちに汗まで浮かべて頑張ってるんだもん。
この女の真剣な表情と一生懸命な様子見てれば何となくそれ以外ないかなって。

麦野「暑い!ちょっと待って髪結ぶ!!そこの髪ゴム取ってくんない?」

白井「これですの?あら……」

麦野「……なに見てんだよ」

白井「いえ、眼鏡があったもので……これは読書用ですの?」

麦野「そうよ。悪い?」

そんな事言いながらサイドポニーに髪を器用にまとめて行く第四位。
本当だ。よく見たら眼鏡も置いてるし本もある。
どんなの読むんだろう……えーっとSweetの11月号と……げっ、アンネ・フランク!!?どんな組み合わせよ!

麦野「おい。ジロジロ見ないでよムカつくわね」

御坂「ご、ごめん……ちょっと意外でさ」

……なんだろう、この女がなんだか近くに感じられる。
今まであった見えない壁が取り払われたみたいな、そんな感覚。
有刺鉄線は代わらず敷かれてるんだけど、その先が丸くなったような……

白井「“私が私として生きる事を許してほしい”」

麦野「………………」

白井「でしたわね?」

今のってアンネの日記の一節かしら?黒子の意外な一面を見た気がする。
私も彼女の悲惨な生涯と無惨な最期くらいしか知らないけど――

麦野「……さあ、どうだったかしらねえ」

この女はこの女で、何か思う所や響くものがあったんだろうなって思う。

そして面会時間の終わりには、第四位はもう歩けるまでになっていた。

この女も、必死に色んな事に足掻いてるんだなって思った。


807作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:14:47.4242BNj/aAO (12/29)

~回想・10月4日~

10月4日、04時56分。上条当麻は泣き疲れた麦野沈利を抱き締めながら夜風に翻る窓辺のカーテンを見やる。
天上に座す満月へ架かる白虹。ナイトレインボーと呼ばれる日本では珍しいその現象は……
降り注いだ雷雨と吹き荒れた暴風が残して言ったささやかな贈り物に上条には思えた。

麦野「――語るに落ちたもんね。私も」

上条「………………」

麦野「最初から答えの出てる出てる問題をああでもないこうでもないって重箱の隅突っついて……挙げ句あんたの存在にしがみついて身体に縋ってる。どこの安っぽいビッチだよ」

上条「そりゃしがみつくだろ?」

麦野「………………」

上条「誰だって崖っぷちから落っこちそうになったら藁でも何でもすがる。当たり前の事じゃねえか」

麦野「………………」

上条「お前も強情っつーか……意地っ張りだよな、ホント」

この身も心も深く傷ついた少女に、今自分が出来る事は胸を貸す事とその言葉に耳を傾ける事。
麦野はそれ以外の全てを拒否する……いや、拒絶する以外の術を知らないのだ。

上条「お前が手伸ばさなくっても抱き上げる。手伸ばしたら引きずり上げる」

麦野「………………」

上条「前も、今も、これからもずっと」

インデックスがかつて語った言葉がある。それは彼女が十字教に仕える修道女という観点からだが――
大罪を犯した者の中で、最も救いから遠い者。それは

禁書目録『――しずりは、自分で自分を殺そうとしてるんだよ』

己に絶望し、更に業を深め、神を否定し、救いを拒絶し、何一つ自分を許さない。
インデックスは語る。水と霊を以て生を授かった者ならば……
許しや贖いをどこかで求めねば己の『悪』に耐えられないのだと。
十字教の神の子は全ての人々の罪を背負って死を贖いとし、復活によって生まれ変わる事で浄罪の御業を果たしたのだと。
無神論者である上条にわかりやすく説けば『悪人にこそ神の愛が必要なのだ』と言う教えである。が

禁書目録『――でも、しずりは自分にそれを許さないだろうね』

麦野を麦野たらしめている狂的なまでのエゴイズムと病的なまでプライドをインデックスは正しく理解している。
負の潔癖症とも言うべき呪われた性を正す事を麦野は望みはしないだろうと。




808作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:15:34.0642BNj/aAO (13/29)

~12~

禁書目録『だからとうまにはしずりに“生きろ”って言い続けて欲しいんだよ』

希望も、慈悲も、救済も、贖罪も否定し続け、他者の死はおろか自分の生すら平気でドブに捨てる。
例え腕がもげようが目を潰されようが死ぬまで苦悩し続ければ――
殺されるまで絶望を撒き散らす本物の怪物に麦野はなってしまう。故に

上条「お前は今日、初めて自分一人の足で立ったじゃねえか」

麦野「……派手に転んだけどね」

上条「転んだっていいさ」

上条は麦野の髪を撫でつつその頬に手を添える。
酷く殴られ強く蹴られ腫れた頬に色濃く残る涙の跡。
恐らくこの腫れは泣き明かした事により目蓋にも及ぶであろうと。

上条「笑ったりしねえ。馬鹿にもしねえ。憐れみもしなけりゃ愛想だって尽かさない」

麦野「………………」

上条「転んだって事は立とうとしたんだ。歩こうとしたんだよ。沈利、お前赤ちゃんが転んで泣いたからって笑うか?」

麦野「……笑わないわね」

上条「だろ?」

髪を撫で、背中をさすり、肩を叩き、身体を抱き締める。
麦野の記憶の中にないもの。富める者でありながら恵まれぬ幼年期を過ごした少女。
ならば満たされるまでそれを続けてやれば良いのだ。噛みつかれても引っ掻かれても吠えられても。

上条「だいたい、お前が色々考え込んだり悩み抜いたりすんのもわかるけどさ……答えなんてもっと早い段階で出てたんだぜ」

麦野「何が」

上条「一昨日のスクランブル交差点。お前あの小学生の女の子助けたよな?」

麦野「――ものの弾みよ。考える先に身体が動いた」

上条「……つまり、そう言う事だろ?」

麦野「~~~~~~」

上条「(やっとらしさが戻って来たな)」

麦野が零した涙、流した血。誰よりも死を見つめ、絶望を背負い、それでも尚立ち上がった。
それは上条の中の父性にあって、初めて我が子が立ち上がったのを目の当たりにした気持ちに似ていた。

上条「泣きすぎて喉カラカラだろ?何か飲み物買って来る」

麦野「………………」

上条「すぐ戻って来るって。そんな顔すんなよ」

麦野「さっさと行けよ」

上条「へいへい」

――数年後、この気持ちを『二人』で分かち合う未来を『二人』はまだ知らない――




809作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:17:35.6642BNj/aAO (14/29)

~13~

麦野「――赤ちゃんね」

当麻が出て行った後の病室は当然の事ながらしんと静まり返った。
薄れ行く残り火のような体温がだけが離れて行かない。
赤ちゃん。私には作れないもの。産めないもの。けれど――

美鈴『美琴ちゃんの“みこと”って言うのはね、“いのち”って意味なのよ』

美鈴『初めて授かった“いのち”。その命ある限り生きて欲しい……そう願ってね』

美鈴『私の名前を一文字託してね。これだけはお嫁さんに行っちゃっても変わらないでしょう?』

麦野「(――私はどうだったかしらね)」

沈利。一般的に『お嬢様』と呼ばれる家柄と格式の子にあって『利が沈む』と字された自分。
もし私がまかり間違ってあいつとの間に命を授かったとしたら――

麦野「麻利……」

ありえない未来、望むべくもない幻想、かなうはずもない希望。
当麻の『麻』と沈利の『利』……浸るだけにしよう。溺れちゃいけない。

麦野「……なーんちゃって」

上条「何がなんちゃってなんだ?」

麦野「!!?」

上条「ほれ、ホットチョコレート」

麦野「~~~~~~」

上条「?」

手渡されたのは紙コップに入ったホットチョコレート。
私の内面みたいにドロドロしてて、こいつみたいにあったかい。
一口含んで、舌で味わう。当たり前だけど甘い。けれど切れた唇に染みて痛い。

麦野「――悪くないわね」

上条「素直に美味いって言えばいいのに」

麦野「嫌いじゃないって意味」

死にかけた夜の、殺されかけたその日に味わいホットチョコレート。
奇妙な感覚が沸々と私の奥底から沸いてきて、深奥に染み渡っていく。

麦野「――あんたと、こうしてる時間が」

上条「………………」

麦野「……ずっと、じゃなくていいから」

――認めよう。私はこいつの胸の中で死にたいと思う以上にこいつの腕の中で生きたいと思い始めてる。
生きる理由なんて前向きなもの全てを否定して来たくせに、死ねない言い訳ばかり増やして行ってる。

麦野「――少しでも長く、続いて欲しい」

あと少し、もう少しと思い始めている私と、そうさせるあんたがいるこの世界に生きて帰って来たんだって……思わされる。




810作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:18:07.2742BNj/aAO (15/29)

~14~

上条「……少しは素直になって来たか?」

麦野「――もう、ガラスケース越しに世界を見るのをやめただけよ」

上条「ガラスケース?」

麦野「そう」

ニ、三度吐息を吹きかけ立ち上る湯気が暗闇に溶け込んで行くのを麦野は見つめ、語り初める。
御坂美鈴と出会った経緯、話した言葉、交わした約束、その全てを。

麦野「今までずっと言えなかったけど……私はどこかで引け目や負い目を感じてた。あんた達と暮らすようになってから」

上条「……わかってたさ。俺もインデックスも……多分ビリビリ達も」

そこで上条も紙コップを両手で持ちながら天井を仰いだ。
やっと麦野が自分の口から本心を話してくれたかと安堵したように。
距離を置くために遠回りどころか逆走を続けた麦野。
その迷走が巡り巡って一周し――麦野はようやく元居た場所に帰って来たのだと。

麦野「ガラスの棺の中に百合の花敷き詰めて死ぬより、泥んこになって生きる方がよっぽど苦しいって言うのも教えられた」

上条「うん」

麦野「――で、そこで気づいた。その泥んこの世界に私もあんたも御坂達も含まれてるんだって」

上条「ああ」

麦野「………………」

上条「………………」

美鈴は言った。人は綺麗になど死ねないし生きられない。
泥に塗れ、這い這い蹲って足掻く世界の中にしか生も答えも求めるものもないのだと。
麦野が聞いて来た数多の死の静寂、幾多の終末の音の中には決してないのだと。

麦野「……御坂を守るんじゃない。御坂の母親との約束を守る。それが私なりの落としどころとあいつとの折り合いよ」

この世界を眩しいと言った少女の母親から託された願い。
自分に新たな道を指し示した大人との初めての約束。

麦野「一人殺すも二人殺すも変わらないなら、一人抱えるも二人背負うも変わらない。ただあいつを私みたいな人殺しにさせないって約束したの。私は言った事は必ずやるわ。どんな手を使ってもね」

決して友になりえず、いつの日か必ず敵となる『ありえたかも知れないもう一人の自分』。
自分が半ばで斃れても、自分の代わりに上条を支える人間としてという打算も含めて。

上条「……なあ、沈利」

――だがしかし――

麦野「なに?だからってあいつと仲良くなんてしないわよ。私はあいつが大嫌……」

上条「それさ」




811作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:19:29.0242BNj/aAO (16/29)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――俺にも、手伝わせてくれよ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



812作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:22:04.1742BNj/aAO (17/29)

~15~

麦野「――……」

上条「忘れたか?御坂は俺の友達でもあるんだぜ。まあなんか喧嘩友達みたいなカンジだけど」

麦野「……――本気で言ってんの?」

上条「お前一人でやんなきゃダメだなんて今の話の中には一言だって出てないぞ?」

麦野「………………」

上条「それにビリビリはお前の友達でもあるし、インデックスにとってもそうさ」

思わず麦野は手にした紙コップを取り落としそうになった。
麦野が踏み込みを躊躇い踏み切る事を躊躇した地点を――
この男は生まれながらにして飛び越えているのだ。文字通り一足跳びに。

上条「一昨日の食事会の最後、みんなで記念撮影したろ?」

麦野「う、うん」

上条「思ったんだ。戦争とかゴタゴタしたもん全部終わったらまたこのメンツでメシ食ったり遊んだり馬鹿騒ぎしてえなって」

麦野「………………」

上条「そん時あの写真に笑顔で映ってたメンツの誰一人欠けても俺はきっと心の底から笑えないし、その写真を眺める度に楽しかった時の事と同じくらい後悔するんだと思う」

麦野「……当麻……」

上条「だから、これはお前のためとかっつうより自分のためなんだよな」

あいつビリビリすると周り見ないで突っ走っちまうからな、と付け加えて上条は破顔する。
まあお前も思い込んだら一直線だけど、とも付け加えて。

麦野「――なんかムカつくわねえ?」

上条「怒るなよ」

麦野「いいえ。ムカつくわ。あんたが私以外の女に向ける目と、私以外の女共があんた向ける目が」

上条の周りには多くの人間が集い、またたくさんの味方がいる。
対照的に麦野は全てを切り捨ててでも一つの物と一人の人間に固執する。
二人は本来正反対のベクトルを持った人種である。白と黒、光と影、表と裏と言った具合に。

麦野「知らないでしょ?あんた自分がモテるって」

上条「ねえなあ……」

麦野「知ってるでしょ?私がヤキモチ焼きだって」

上条「まあなあ……」

麦野は神に許しを乞わない。人に救いを求めない。少なくとも他者の手助けの一切に手を跳ねつける。
そんな麦野にとって一番近い他人である上条だけが――踏み込んでいける。拒む手ごと引きずり上げられる距離にいる。


813作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:22:47.9542BNj/aAO (18/29)

~16~

私の中には色んな私がいる。戦う時の狂的な私、こいつを愛してる病的な私、ごく普通の時の私、子供のままの私。
罪も罰も業も死も、後悔も絶望も堕落も何かも全てひっくるめて私は私だ。
綺麗で優しい女の子にも、物分かりと都合の良い女にもなれない私を……
私が嫌いな私を好きだと言ってくれたこいつ。
許すも赦さないもなくただ生きろと言ってくれたこいつ。

麦野「――でも」

上条「……うん」

麦野「私は私が嫌いだけど、あんたが好きでいてくれる私はそんなに嫌いじゃない」

私はこいつに選ばれた。私がこいつを選んだ。
人は死ねば灰になる。あの大金庫に良く似た電子炉で灰になる。
けれど灰になっても残るダイヤモンドを私はもう見つけてしまった。

麦野「――私が耐えられなかったのはガラスケース越しに見てた世界じゃなくて、そこに映った自分が醜過ぎて耐えられなかったんでしょうね」

たかだか18年、人を殺して数年程度で出せる答えになんて重みはない。
息一つで散り、風一つで舞う一握の灰みたいに。
だから私はこれからも煮え切らない悩みと、覆らない答えに死ぬまで頭を抱えて行くんだろう。

あの時見た実在する『地獄』からこいつに引っ張り上げられた時――
そこには白(きぼう)も黒(ぜつぼう)もなかった。
ただ色褪せた灰色の世界(げんじつ)と、罪深い私と、こいつって言うダイヤモンドと、あのオバサンがいた。


殺す以外で手にした銃は罪より重かった。生かすために抱えた命が罰より重かった。重いからこそ揺るがなかった。
その時は死ぬまでの悪あがきを、他の誰のためでもなく自分のためにしたいと思った。
わかってる。これはは悪人の居直りで罪人の開き直りだ。


私はずっと私に優しい味方ばかり多い世界が居心地悪くて仕方なかった。
殺人者が実は可哀想な身の上で、本当は優しい人間で、被害者にも非があっただとか……
そんな外付けも後付けも付け替え自由な価値観が私は嫌いだった。
けれど私はもう認めてしまった。一番大嫌いな女と同じ価値観を


――この世界が、眩しいものだって――





814作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:24:46.6842BNj/aAO (19/29)

~17~

麦野「ねえ当麻」

上条「……なんだ?」

麦野「――今から言う独り言を、ただ黙って聞いて」

麦野の声が震え出す。恐らくはこの広い世界の中で、上条ただ一人しか知らない顔。
それはドライでクールな仮面を脱ぎ捨てた、ガラスの素顔からこぼれる涙。

麦野「私は綺麗な子にも優しい娘にもなれない。イチャつくのも苦手だし、ヤキモチだって焼く。プライドだって高いし、エゴだって強い」

自分の善行すら受け入れられず、自分の悪行から目を切れない。
何をするにも無駄なこだわりの元、完璧でなければ自分にも他人にも折り合いがつけられない。

麦野「人は見下すし、あんたの気持ちより自分の都合を優先するし、構われ過ぎてもムカつくしほっとかれるのはもっとイヤ」

膨れ上がった自己矛盾と、広がる自家中毒、腐食にも似た絶望。
壊死して行く精神と、悪性新生物のように無限増殖する負の感情。
酒を酔おうがセックスに溺れようが死を夢想しようが忘れられないもの。
麦野は自分の記憶に殺されそうにすらなっていた。

麦野「あんたを生きる理由にして、他人を死ねない言い訳にして、追い込まれないと自分と向き合う事も出来ない」

麦野が仮に百人救う生き方を選んでも残された人間はそれを許さない。
麦野が千人救う罪滅ぼしを選んでも殺された死者がそれを赦さない。
殺された側から、残された側からすれば、それをやった人間がどう生きようとまるで関係ないのだ。

麦野「――こんなに汚くて」

助けての一言が、許しての一言が、例え首を締め上げられても麦野には言えない。一度でも口にしてしまえば……
麦野はもう地獄にすら行けない気がしていた。
一度でも荷を下ろしてしまえばもうこの煉獄は背負えないと。

麦野「――こんなに醜くて」

麦野は世界に価値など見いだしていなかった。それを守ろうとしている上条に価値を見いだしていたつもりだった。

しかしそれは逆だった。世界が眩しいと認めてしまえば、そこに自分が存在する価値を見いだせなかったのだ。
そんな醜い自分を飲み込む事で、麦野は今日初めて立ち上がったのだ。

麦野「――こんなにわがままな私だけど」

ガラスの靴もない裸の素足で、初めて刻んだ椅子の子供の小さな一歩。
変えられない過去を受け止め、その上で変えられる未来を受け入れて。

麦野「――私はあんたについて行きたい」

それは、麦野沈利の少女時代の終わり――



815作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:26:00.9942BNj/aAO (20/29)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――馬鹿だなあ。もういるじゃねえか――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



816作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:26:29.4542BNj/aAO (21/29)

~18~

麦野「……っっ!!」

上条「お前が過去(むかし)した事を悔やんで、現在(いま)も苦しんで、未来(このさき)も辛い事があるって全部わかった上で……それでも自分で考えて、自分で決めて、自分で選んだってなら俺はお前をずっと支えてやりたいし、支えたいし、支えさせてくれよ三段活用」

上条の手が麦野の背中に回り、腕が肩を抱き、胸に顔を預けさせる。
身体をゆっくりと揺らし、後ろ髪を撫で、すっぽりと包むように。
その微笑はただひたすら優しかった。さながら幼子をあやす父性のように。

上条「だいたい、俺が居んのはになったのはお前が可哀想だからでも同情した訳でも見捨てられねえからでもないっての。上条さんはボランティア(無償の愛)で女の子と付き合えるほどマメでもなけりゃ器用でもないって俺以外ならお前が一番良く知ってるだろ?」

麦野「だっ……て!」

上条「それお前の重さが俺を支えてるとは言ったけど、そもそもお前の事本当に好きじゃなかったら受け止められねえよ。だから言ったじゃねか。恋人(ふたり)になれて良かったって。ただの他人ならどうしたって限界があるだろ」

湿布や消毒液、僅かに鉄錆のような血と汗の混じった上条の匂いに麦野は泣き濡れ潤んだ眼差しを上げる。

上条「お前、俺の事まだ神の子(ヒーロー)とか思ってねえか?」

麦野「………………」

上条「じゃあそんな幻想はもう一度ブチ殺してやらなくちゃな」

麦野「!」

そして――見上げた最後、絡め捕られた眼差しはすぐさま意地悪い笑顔に吸い込まれ――
続く反論は、反駁は、反抗は……あえなく奪われた唇にさらわれる。
麦野からせがむ事や恣意的に誘導する事はあっても、いきなりされた事などほとんどなかったからだ。

上条「――ほら、俺はここにいるぞ」

麦野「……バッ」

上条「……でもって、お前もここにいる」

麦野「――――――」

上条「少なくとも、こうしていつでもキス出来る距離に俺達はいる。俺がしたいと思ったからやる。俺だって男なんだぜ?」

麦野「あ……う」

上条「お前が怪我してなくてここが病院じゃなきゃその先に進みたいくらい俺はお前が好きだしその程度にはスケベなんだよ。男と女って違いはあっても、俺はお前と何も変わらねえ“同じ人間”だよ」




817作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:28:47.9142BNj/aAO (22/29)

~19~

常日頃発揮する説教スキルがそのまま殺し文句に転嫁されたように。兄貴分たる垣根が見れば苦笑いするように。

上条「……お前はここにいる。って言うかお前がいない部屋が上条さんにはもう想像がつかんの事ですよ」

麦野「……馬鹿野郎。テメエはただ黙って独り言聞いてって言っただろ」

上条「黙って聞くだけなら壁にでも出来るけど、壁は寄りかかれるだけで受け止めらんねえじゃねえか」


思わず指先で奪われた唇に触れる。ホットチョコレートの甘い味がした。
初めてしたキスが血の味だった頃に比べれば――
少なくとも自分を黙らせる程度に上手くなったのかと麦野は変な所で感心した。

上条「お前はここにいる。それが信じられなくなったり揺らいだりした時は“当麻(オレ)がそこにいる”って思えばいい。
そりゃお前が落ち込んだり沈んだりしてる時、俺に出来る事が話聞いたり抱き締めたりしか出来ねえ時もあるけど――」

いつしか声と肩の震えが止まっていた。冷え切っていた身体が、熱いくらいの身体に温められる。

上条「――俺がいる事忘れんなよ。お前の悩みにどう答えていいかわかんなくて時間かかる時もある。お前が俺を信じられないって思う事もあるだろうさ。
でも一つだけ確かなのは……言葉でわかりあえなくても、話し合わなきゃ何も変わんねえ。俺は馬鹿だし物覚えも悪い。けどお前といる時の事は忘れない。何を思ったかも何を感じたかも」

代わりに――目蓋の裏に広がる闇が滲んで行く。
どうしようもなく瞳の奥から込み上げて来るものがある。
胸が震える。その内側にある心臓のそのまた奥にあるものが。

上条「――俺は誰かと比べてお前を選んだ訳でも、お前の中の何かを人と比べて選んだんじゃない。お前しかいないって思ったからなんだよ。沈利」

鷲掴みにされている。麦野が唯一勝てない、倒せない、殺せない少年にその心を掴まれている。

上条「今いる世界を否定してもいい。俺を否定してもいい。自分を否定してもいい。百回でもそんなお前が好きだって言ってやる。千回だってお前はここにいて良いんだって言いたい。それでも足りねえってなら――」



――麦野は、大きな勘違いをしていた。






818作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:29:45.2242BNj/aAO (23/29)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「百万回だって言ってやる。それを伝えられるだけの人生(じかん)を俺にくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



819作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:30:15.9842BNj/aAO (24/29)

~20~

それが麦野の限界だった。余りに多くを抱えた千丈の堤が、一つの蟻穴をもって溢れ出した。
子供のように弱々しく、罪人のように痛々しくしゃくり上げるその姿は……
紛れもなく偽らざる麦野の心底だった。言葉に出来ず声にならぬ、魂の苦悩を絞り出すような涙だった。

上条「だから、もっと自分の事を大事にしてくれ。俺達はみんなお前が大切なんだ。お前がいなくなった生活なんて考えられねえし、お前が消えた世界なんて想像出来ねえよ」

罪も許されない、罰も赦せない、業は終わらない。
闇の中で幾多の生を、闇の底で数多の死に触れて来た少女に上条が出した答え……
それは居場所だ。前にも進めず後ろにも退けない少女に対して、ひだまり溢れる木陰のベンチのような存在になると。

上条「写真だって思い出だって記憶だって……確かに俺とお前は2つ離れてっけど、それだって同じように歳取んのは変わらない」

自分の中の絶望から目を背けず、期せずとも御坂美鈴を守った麦野。
法が、神が、死者が、麦野自身が自分を許さないのであれば――
時間を、居場所を、生きる事を与えられるのもまた生者しかいない。
性善にも依らず、独善にも拠らず、偽善に因る手を上条は差し伸べる。
そこが例え世界の果てでも、麦野の世界は終わらないと。

上条「生きてる限り何度だって失敗していいんだ。失敗は“もうダメ”なんじゃねえ。“まだやれる”って事なんだ。お前は立とうとしたんだ。つまりそれって歩こうとしたって事だろ?」

麦野が『地獄』で見たもの。腐り落ちる果物を滅びゆく生、朽ち果てた髑髏を逃れぬ死、ひび割れた砂時計は限りある時を意味するヴァニタスそのものだ。
だが上条の右手はその砂時計をひっくり返す。零れ落ちる星の砂を拾い集めて。

上条「一緒に征こう、沈利」

麦野「……うっ」

上条「――俺と一緒に、生きてくれ」

麦野「――……ッッ!!」

朝風が涙を攫って行き、棚引く暁雲が明星を連れて来る。
戦ぎ、靡いて、翻るカーテンが二人の姿を覆い隠して行く。

止まない雨はなく

明けない夜はなく

晴れない闇はない

夜明けの空を、鳥達が羽撃いて行く。

いくつもの舞い散る羽根が、吹き上がる風に導かれ空に溶けて行く。

ガラスケース越しではない、手のひらの中の世界が始まって行く――


820作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:32:56.2142BNj/aAO (25/29)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十ニ話「カルタグラ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



821作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:33:28.5342BNj/aAO (26/29)

~21~

それからしばらくし、麦野が手足の自由を完全に取り戻すと共に御坂らは帰って行った。
麦野は読み差しのSweet11月号を放り出すとサイドポニーに眼鏡姿のまま、渇いた喉を潤すための飲み物を買いに売店へと向かうべく廊下に出る。
上条と過ごした夜と迎えた朝を振り返りながら

麦野「(……生きろ、ね)」

途中、何の気なしに携帯電話使用エリアという事もあり端末を弄る。
上条からは当然連絡はない。アビニョンでの暴動や戦闘がそれだけ激しいという一つの証左である。

麦野「(――あんたこそ、生きて帰ってきなよ)」

遠く離れた異国の地で今も戦う上条を想い、胸の前で携帯電話を握り締める。
本音を言うならば連絡がないのも不安を掻き立てられるし……
あればあったで悪い報せかと胸をかきむしられる。と

ガラガラガラガラ……

???「××!××!!しっかりしろ!」

冥土帰し「動かさない方がいい。少し離れていてくれないかい?」

麦野「?」

その時、廊下を滑るストレッチャーとカエル顔の医者の声が聞こえた。
それだけではない。麦野の圭角に触れるもう一つの声音が響いて来たのだ。
思わず向き直ると、眼鏡越しの麦野の双眸そのまま見開きの形になる。

浜面「滝壺!滝壺!!」

麦野「……!!?」

滝壺「……ぅ……」

麦野「滝壺!!!」

浜面「?!」

そしてそれは――思わず口をついて出た叫びに反応し振り返った浜面仕上もまた同じであった。
しかし麦野はそれどころではない。見えてしまったのだ。
ストレッチャーの上で呻く、悪目立ちするピンク色のジャージ……
精も魂も尽き果てたような滝壺理后が顔を真っ青にして苦しんでいるのを。

浜面「………………」

麦野「………………」

浜面と麦野の眼差しがぶつかり合う。しかしそれもストレッチャーが運ばれて行く僅かな時間しかなかった。

麦野「……――」

先程までの若干浮かれていた精神に冷や水を浴びせられたかのような面持ちでそれを見送る他ない。
だが麦野は即座に平和ボケした思考回路を切り替えた。

麦野「っ」

サイドポニーを揺らしながらストレッチャーの向かう先を追い掛ける。
麦野も本当はどこかでその甘い認識に気づいていた。
心のどこかで苦い現実をわかっていたつもりだった。




822作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:34:22.1442BNj/aAO (27/29)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世  界  は  そ  ん  な  に  優  し  く  な  ど  な  い
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



823作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/10(土) 21:36:05.3142BNj/aAO (28/29)

~22~

御坂「……で?」

食蜂「なあにぃ?」

御坂「どの面下げて私の部屋まであんたが来てんのよ!!」

食蜂「あはっ☆この前のお詫びとぉ……それから仲直りの印にぃ~?」

白井「(第四位の次は第五位!お姉様のフラグメーカーっぷりは本日も絶好調ですのォォォォォ!!)」

一方その頃、常盤台女子寮の御坂と白井の部屋に思わぬ珍客が菓子折りを持って訪ね……もとい押し掛けていた。
デズデモーナのあまおうのフレジェ片手に強引に押し入って来るは食蜂操祈。
先日のファミレスでの一件に対する謝罪の意味も込めての訪問である。しかし

御坂「結構よ!私今模様替え中なの!!そんな散らかった部屋に“先輩”に上がってもらう訳には行かないわ!!!」

食蜂「いやぁん?私の包容力をもってすれば下着が脱ぎっぱなしでも気にしないわよぉ?」

御坂「心読めるくせに空気読めないヤツね!イヤミで言ってんのよ!!」

白井「(ああ……またしてもお姉様との憩いの一時が)」

訪問販売のような押し問答を繰り返す二人の内、食蜂の中に起こった細波のような変化を白井は知らない。
『友達作り』という行為を非常に歪曲した感性こそ未だ修正されていないが……
食蜂なりにファミレスで出会った少年に多少なりとも感化されているのだ。が

食蜂「おっ邪魔しまぁすー♪」

御坂「ちょっと!コラー!!」

押し売りのように構わず部屋に侵入する食蜂に御坂が声を張り上げる。
しかし食蜂は御坂の制止も聞かずしげしげと部屋を見やり――

食蜂「えっ……」

ボトッ

御坂「!!?」

ある一点でその天真爛漫(ぼうじゃくぶじん)な振る舞いが止み、手にしていた菓子折りがカーペットに取り落とされる。それは

食蜂「……あ、あれはぁ?」

御坂「何よ……友達と撮った写真よ。何か文句ある?」

ベッドサイドのボードに置かれた、今日麦野から手渡された夕食会の記念撮影の写真。
真新しい写真立てに入れられ飾られたそれを食蜂が珍しく驚きに満ちた表情で食い入るように見やる。それもそのはず――

食蜂「どうしてぇ……」

写真の輪の中にあって一際目立つ青い髪。インデックスをして『ホルスの目』のような少年――

食蜂「“あの方”が貴女といるのぉ?」
 
 
 
 
 
――青髪ピアスがそこに映っていた――
 
 
 
 
 



824投下終了です!2011/09/10(土) 21:38:38.0142BNj/aAO (29/29)

たくさんのレスをありがとうございます。第二十ニ話終了となります。
御坂が手に入れた写真はSS一巻の表紙を御坂、青ピ、雲川先輩に差し替えていただければ幸いです。それでは失礼いたします……


825VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/10(土) 21:40:09.61IolRBreA0 (1/1)

乙かれさまデスノ!


826VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/09/10(土) 22:05:05.60Ec3f2eJOo (1/1)



さてゴムに穴をあける話を詳しく聞こうか


827VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/09/11(日) 09:17:03.27uRFOivgL0 (1/1)

乙!
むぎのんスイート読むのかww紅茶がマリアージュで見てたDVDはゴシップガール…なんだろうすごくかわいい。


828VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/11(日) 10:51:21.056RE9S2Hy0 (1/1)

乙ですの
黒子はどこにいっても抜群の安定性だな
だがここの黒子は出来る子だ 要らない子なんかじゃないよ


829VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越)2011/09/11(日) 13:26:42.49NHZXwowAO (1/1)

乙。浜面は「許して」むぎのんが元に戻ったけど、上条は「許さない」事でむぎのんを立ち直らせた対比が上手いと思った。


830VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟県)2011/09/11(日) 19:45:30.01hGL3wB900 (1/1)

むぎのん「許さない、絶対にだ」


831VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東)2011/09/11(日) 20:26:11.12ak0XqvGAO (1/1)


シリアスな上条さんはいつもカッコイイ


832VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/15(木) 11:37:46.47/OqNlMwIO (1/1)

>>830
もういいだろ小清水は…許してやれよ中の人なんだし


833作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/15(木) 17:56:24.10RRQGWZ/AO (1/1)

>>1です。第二十三話は土日いずれかの更新になると思います。
残りニ話ですが、最後まで全力投球したいので少しお時間をいただきます。
いつもたくさんのレスをありがとうございます。では失礼いたします……


834VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/09/15(木) 19:44:03.13Mwfws4I/o (1/1)

お待ちしております


835なすーん [なすーん] なすーん ()

                     __        、]l./⌒ヽ、 `ヽ、     ,r'7'"´Z__
                      `ヽ `ヽ、-v‐'`ヾミ| |/三ミヽ   `iーr=<    ─フ
                     <   /´  r'´   `   ` \  `| ノ     ∠_
                     `ヽ、__//  /   |/| ヽ __\ \ヽ  |く   ___彡'′
                      ``ー//   |_i,|-‐| l ゙、ヽ `ヽ-、|!  | `ヽ=='´
                        l/| | '| |!|,==| ヽヽr'⌒ヽ|ヽ|   |   |
  ┏┓  ┏━━━┓              | || `Y ,r‐、  ヽl,_)ヽ ゙、_ |   |   |.         ┏━┓
┏┛┗┓┗━━┓┃              ...ヽリ゙! | l::ー':|   |:::::::} |. | / l|`! |i |.        ┃  ┃
┗┓┏┛     ┃┃┏━━━━━━━.j | l|.! l::::::ノ ,  ヽ-' '´ i/|  !|/ | |リ ━━━━┓┃  ┃
  ┃┃    ┏━┛┃┃       ┌┐   | l| { //` iー‐‐ 'i    〃/ j|| ||. |ノ        ┃┃  ┃
  ┃┃   ┃┏┓┃┗━━━.んvヘvヘゝ | l| ヽ  ヽ   /   _,.ィ ノ/川l/.━━━━━┛┗━┛
  ┃┃  ┏┛┃┃┗┓     i     .i  ゙i\ゝ`` ‐゙='=''"´|二レ'l/″           ┏━┓
  ┗┛  ┗━┛┗━┛    ノ      ! --─‐''''"メ」_,、-‐''´ ̄ヽ、              ┗━┛
                   r|__     ト、,-<"´´          /ト、
                  |  {    r'´  `l l         /|| ヽ
                  ゙、   }   }    | _|___,,、-─‐'´ |   ゙、
                    `‐r'.,_,.ノヽ、__ノ/  |  |      |、__r'`゙′
                            |   |/     i |
                             |          | |


836作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 11:50:31.19W55C2CfAO (1/41)

>>1です。今夜21時より投下させていただきます。では失礼いたします。



837作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:01:02.42W55C2CfAO (2/41)

~10月8日~

一度会えば偶然、二度逢えば必然って言葉があるらしい。
フィクションの中でよくある曲がり角でパン咥えた女の子とぶつかって一悶着あって、その後バッタリ……ってヤツだ。
そんなコテコテのラブコメのはしりを最近じゃ『フラグ』って言うんだと。

絹旗『グァバジュース超特急で』

フレンダ『私トマトジュースね』

浜面『………………』

フレンダ『ハリー!ハリー!!ハリー!!!』

断言しよう。ん な も ん ね え よ 。
何?何だってんだ?どうなってんだコレ。どうなんだオレ。
ライフカードが見当たらない。つうか俺のライフがもう0だよ我慢の限界的に。

浜面『(俺の仕事ってドリンクバー職人?これが裏社会?冗談だろ?どう見てもただファミレスでだべってるガールズサークルじゃねえか!)』

威勢がいいのはこのガラスの少年時代の心の中だけ。
まるでというか本当のパシリよろしくドリンクバーを往復させられ恨みがましく『先輩』2人と『上司』1人を見る。
まず一人目はこのニットのワンピース着た一番ちっこい俺の上司。

絹旗『嗚呼……超楽ちんですね人を顎で使える立場って』

絹旗最愛。もあいって読んだらいきなり肩パン喰らって脱臼しかけた。
何でもこんなランドセルが似合いそうなナリしてこのアイテムとか言う治安維持部隊の司令塔を張ってる。
このちっこいヤツが?とも思ったが中近東辺りじゃ少年兵のみで構成された部隊は最年少の人間をリーダーにする事が多いと聞く。
何でも『残虐行為に歯止めがかからない』『何をするかわからない恐怖』からなんだと。

浜面『(……見た目じゃわかんねーもんだな)』

絹旗『なんですか?ガン見とか超いやらしいです!』

浜面『みっ、見てねえよ!!』

少なくともこの下着が見えそうで見えないって言うか見えてる角度で脚組み換えてる小悪魔っぷりからそんなアブナそうなヤツには見えないんだが――
この間『スクール』とか言う組織のスナイパーの頭をトマト祭りみたいに潰した時点でそんな甘い認識は捨てた。
人は見た目じゃないって言うけど、女を見た目で判断すると痛い目に遭うって言うサンプルみたいなヤツだ。それに

フレンダ『結局、浜面ってキモいんだけど』

浜面『(イラッ)』

フレンダ=セイヴェルン。この女もだ。




838作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:01:31.74W55C2CfAO (3/41)

~2~

フレンダ『ねえねえ絹旗。ところでその右手どうした訳よ?』

絹旗『別に超なんでもないですよ』

こっちは絹旗と違ってその自慢の脚線美とやらをストッキングでより引き立てる方向性に進んでるらしい。
見た目だけなら金髪碧眼の美少女で通りそうなもんだが――
とっ散らかしたテーブルの上に転がってるドアを焼き切るためのツールと電気信管がそれを裏切ってくれる。
これで捕まえたスナイパーを散々活き活きと拷問してやがった。こいつもアブナいヤツだ。

フレンダ『浜面ー喉渇いたってばー!!』

浜面『今持ってくよ!!』

俺からすればマグロの解体ショーを人間でやられてるようなもんだがそれでも『先代に比べりゃ全然優しい方』なんだと。
このアブナい連中を束ねてた前リーダー。何でも恐ろしく強くて怖いくらい美しかったって話だが――
その話は絹旗の前ではNGだとアドバイスされた。
どんな女かは知らないがこいつらの様子を見る限り尊敬半分恐怖半分のブレンド。一体どんなアマゾネスだよ。

滝壺『はまづら』

浜面『あ』

滝壺『私、抹茶オレが飲みたいな』

浜面『……へいへい』

……それからあの雨の夜、全てを失った俺の前に舞い降りたピンク色のジャージの女の子。滝壺理后。
10月3日の夜に出会い10月4日の朝に別れた忘れがたい少女と俺はこのファミレスで再会した。
それにも驚いたがそれより驚かされたのはあのか弱そうな女の子がこのアイテムの中核を担ってるという事。

浜面『ほい、オラ、はい』

絹旗『ちょっと』

フレンダ『浜面?』

絹旗・フレンダ『『私達の時と滝壺(さん)への態度(超)違ってない(ません)?』』

浜面『違ってねーよ!!』

絹旗『いやいや。私の時“ほい”とか超適当でしたって』

フレンダ『私なんて“オラ”よ“オラ”!浜面(下っ端)のクセにエラそうな訳よ!!』

絹旗『浜面超生意気です新入りのくせに。滝壺さん超気をつけて下さい!男はみんな狼って言いますが、こいつからは超洗ってない犬の匂いがしますよ!!』

浜面『ひでえ言われようだ』

滝壺『大丈夫、私はそんな犬呼ばわりされるはまづらを応援してる』

フレンダ『結局、滝壺と浜面はどういう知り合いな訳よ?なんか最初から顔見知りっぽいし』

そこでピタッと空気が止まった。イヤな空気だ……読みたくねえ




839作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:03:29.03W55C2CfAO (4/41)

~3~

浜面『……あー』

滝壺『ナンパした』

絹旗・フレンダ・浜面『『『!?』』』

滝壺『“ねぇ、そこのおに~さん”ってナンパしたの』

と思ったら読みたくねえ空気がいっぺんで凍った。一足早い冬が来たみてえに。つうか今の何?ギャグ?ジョーク?
つかフレンダが雪みたいな目で、絹旗は氷みたいな眼でこっちを向いて来た。おいおいマジでなんなんだよこの空気!?

絹旗『嗚呼……浜面は超最近アイテムに補充されて来ましたもんね?』

フレンダ『ああいいのいいの。ルールがわかってないなら教えてあげる訳よ!』

絹旗『私達には命以外何もかも失った超クソッタレな人生がお待ちかねです!!』

フレンダ『結局、道具(アイテム)の補充なんていくらでも利く訳よ!!』

絹旗『私達の超大事な大事な滝壺さんに色目使うってならブッ殺しても構わないんですよ♪』

フレンダ『わかってもらえた?浜面今一度死んだよ☆』

絹旗『超確認しますよ?わ か っ て ン で す か ?』

怖えええええ!なんか目つきとか話し方とかもうなんか全体的に怖えよ!
ニットは目から光が消えてるしベレー帽は目が輝いてるよ!リアクション正反対なのに考えてる事同じだよこの二人!
女ばっかりの中に一人だけ男がいるとか言うレベルの居心地の悪さじゃねえ!
ハブの巣放り込まれたガマくらい脂汗出て来たぞ今!

滝壺『まあ、冗談は置いておいて』

巫山戯けんなぁぁぁぁぁ!今その冗談で俺死にかけたんだよ!
人の命って軽いな!枯れ葉一つの重さもねえってか!

滝壺『はまづらは私がスキルアウトに絡まれてるところを助けてくれたんだよ』

絹旗『……へえ、そうなんですか』

フレンダ『あちゃー……』

……の上に本当の事話したら今度は絹旗がまた不機嫌そうに!
フレンダはなんか『やっちまったなあ』みたいなお手上げポーズだし!
俺が何したってんだ?こいつらの怒りのツボがまるでわからねえって。

絹旗『……フレンダ、私ちょっとお花摘んで来ます』

フレンダ『雉を撃って来てもいい訳よ?』

滝壺『ふれんだ相変わらず日本語上手いね。私も行くよきぬはた』

浜面『花って……ここファミレスだぞ?んなもんどこに(ry』

絹旗『』ゴッ

浜面『ごっ、がああああああああああああああああああ!!?』

また肩パンかよ!脱臼しそうになるから止めてくれよこのちびっ子は!




840作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:03:56.24W55C2CfAO (5/41)

~4~

浜面『痛え……痛えよ』

フレンダ『はー……』

浜面『……何だよ。溜め息つきたいのは俺の方だっての』

フレンダ『ああ違う違う。何て言うか皮肉な巡り合わせに思う所がある訳よ』

でもって滝壺と絹旗がいなくなった後のテーブルに残された俺の顔を見るなりフレンダがベレー帽を脱いで髪をかきあげた。
こいつ俺の事キモいキモい言いまくって来るからあんまり好きじゃねえんだよな……
そのクセすげーおしゃべり好きだから正直コミュニケーションは取りやすくて助かってるけど。

フレンダ『この間浜面に言ったよね?絹旗の前にいたリーダーの話』

浜面『あ、ああ……確か“むぎの”って言ったっけ?』

フレンダ『それよそれ。その麦野さ、男絡みで引退してるって訳。ちょうどあんたみたいに絡んで来たスキルアウト蹴散らして助けようとした男と』

浜面『……そうだったのか』

フレンダ『そう。でも勘違いしないで欲しい訳よ。この世界色恋沙汰で足抜け出来るほど甘くないから』

グサッと釘を刺された気がした。わかってる。ここ数日新入りとして関わった仕事のいくつかで――
これがアルバイトでサークル活動でない事くらいは。
そして俺が早くもこの仕事に嫌気がさして吐き気を覚えてる事も含めて。

浜面『じゃあそいつは何で抜けれたんだ。おかしいだろ』

フレンダ『“主は主あるを知る”』

浜面『?』

フレンダ『私達の“上”のそのまた“上”の話って訳よ』

浜面『………………』

フレンダ『でも一応言っとくね?ここ恋愛禁止だから。絹旗はキレたら麦野よりヤバい訳よ』

フレンダは続ける。絹旗はその一件で男嫌いに近い状態になったらしい。
その姿を消したリーダーの事を上司と部下という関係性を越えた思慕の念を抱いていたとも。
そりゃそんだけ重なればそうなるよな……ってこれ俺関係なくね?

フレンダ『幸いこんなキモい浜面でも絹旗は気に入ってるっぽいし?私としてはつまんない波風は立てて欲しくない訳よ』

浜面『キモいって言うな。俺だって立てた波に呑まれて溺れ死にたかねえよ』

フレンダ『――私だって』

浜面『?』

フレンダ『仲間が仲間に殺されんのもう見たくないしねー』

……なんだろう?今すげーゾッとしたぞ。やっぱあんのか味方殺しって。

フレンダ『麦野がいた頃一度ね。ありゃひどかった』

……なんなんだろうな、人の命って




841作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:05:54.87W55C2CfAO (6/41)

~5~

絹旗『………………』

滝壺『きぬはた』

絹旗『なんですか?滝壺さん』

一方、化粧室にて手洗いを終え鏡を睨むようにしていた絹旗とそれを気遣うように並ぶ滝壺の姿がそこにあった。

滝壺『――ごめんね』

絹旗『……良いんですよ滝壺さん。別に滝壺さんが何かした訳でもないんですし、物の好き嫌いだけで人の好き嫌いするほど子供じゃありませんよ私は』

右手に巻かれた包帯。鏡を割った時に生まれた疵痕。
それはあの6月7日、左手に包帯を巻いて姿を現した麦野の姿と重なると滝壺は考え……
6月21日の雨の日も、その後の入院も含めて絹旗はあの日上条を殺しておくべきだったと今でも思っている。

絹旗『……まあ、こんな格好だから舐められたり比べられたりするのも超わかりますけど』

滝壺『きぬはた……』

絹旗『私は麦野の後継ぎですからね。麦野みたいになりたいとも思いますし、麦野みたいになりたくないとも思いますけど』

絹旗『違うよ』

ふるふると黒髪を流すようにかぶりを振って見つめながら滝壺が包帯の巻かれた絹旗の右手を労るように包み込む。

滝壺『きぬはたはきぬはただよ。むぎのじゃないよ』

絹旗『――……』

滝壺『私はそのままのきぬはたが好きだよ。私はこのままのきぬはたでいてほしいな』

絹旗『滝壺さん……』

滝壺『頼り無い年上だけど、私はそんなきぬはたを応援してる』

滝壺は思う。麦野が引退してから絹旗は前より己を出さなくなったと。
絹旗は想う。麦野が離脱してから滝壺は前より優しくなったと。
二人は思う。欠けた四人が再び揃った今という時を。

絹旗『……よし!行きましょうか滝壺さん!』

滝壺『うん』

絹旗『あっ、それから』

そして二人は化粧室のドアを開き通路を出んとした時、ついと絹旗が振り返る。

絹旗『――あの浜面が何かいやらしい事したら超言って下さいね?シメてやりますから』

――もうここにはいない麦野の影を振り切るように、勢い良く

絹旗『――なんせ、私は超リーダーですからね!』

今もどこかで戦い続けているであろうその背に届くようにと――



842作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:06:20.64W55C2CfAO (7/41)

~6~

フレンダ『じゃ、私達ここで』

絹旗『浜面。滝壺さんに変な事したら超お仕置きですからね?』

浜面『入って一週間もしねえ内にそんな事するかよ』

フレンダ『ふーん?じゃあ一週間が一ヶ月になったら違うって訳?』

絹旗『入って一週間足らずでタメ口とは超なってませんね新入りのくせに』

浜面『(お前らこそ会って一週間経ってねえのに何でこんな砕けてんだよ)』

そして一行はファミレスにて流れ解散の後、各々の行く先へと歩を進めた。
絹旗は毎度の事ながらC級映画鑑賞へと、フレンダは何やら待ち合わせがあるらしく先を急いでいるようだった。そこに取り残されるは――

滝壺『………………』ボー

浜面『(……二人っきりか)』

浜面はポリポリと頭を掻いてやや手持ち無沙汰にしていた。
何とはなしに上手く話題が見つからない。一晩中話せたにも関わらず――
まるで朝露のように消え失せた少女との再会はこの上なく浜面の心を掻き乱した。
陳腐な表現だとわかっていながら『運命』という言葉が過ぎるほどに。

浜面『あっ、あのさ……』

滝壺『?』

浜面『この間はその……すまなかった』

滝壺『どうして謝るの?はまづら』

浜面『い、いや……』

未だに高く登る秋空より吹き付ける風が滝壺の切りそろえられた黒髪を揺らし、二人の視線がぶつかる。
それに浜面は言いようのない感情を持て余した。

浜面『いきなり泣き崩れたり、一晩中話し相手になってもらったり、ジャージ貸してもらったり、あとなんか雰囲気悪くしたりして悪かった』

滝壺『そんな事ないよ、はまづら』

抜き身の暴力(つよさ)、剥き出しの心根(よわさ)、浜面仕上という人間の地金の全てを晒したあの雨の夜。
滝壺理后という己の全てを知る少女と期せずして再会してしまった事への気恥ずかしさ。
それが男としてのささやかなプライドが今更のように鎌首をもたげさせ所在なくさせるのだ。が

滝壺『私もずっとはまづらの事が気になってたから』

浜面『えっ……』

滝壺『はまづら、車の中で話していい?少し寒い』

浜面『お、おおわかった。今出すよ』

ここで浜面はようやくここが駐車場である事を思い出し、慌てて車のキーを取り出す。すると

浜面『……でけえ』

二台分の駐車場スペースを占拠するキャンピングカーが見て取れた。




843作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:09:26.12W55C2CfAO (8/41)

~7~

絹旗『フレンダ』

フレンダ『なーにー?』

絹旗『どうして超ついて来るんですか?』

フレンダ『たまたま行き先が同じな訳よ。結局いつもの映画館でしょ?駅前の』

絹旗『それはそうですけど……フレンダはまたなんで?』

フレンダ『ふふふ♪私はこれからデート』

絹旗『!!?』

フレンダ『第六学区の遊園地で待ち合わせな訳よ。それでね』

絹旗『』ギュウウウウウ

フレンダ『痛い痛い締まってる締まってるってば!!』

一方、絹旗とフレンダは枯れ葉舞う並木道をサクサク踏みしめながら駅方面を目指していた。
そこでである。絹旗がフレンダの首を締めOK牧場の決闘が始めたのは。

フレンダ『ゲホッゲホッゲホッ……ちょ、ちょっと絹旗!』

絹旗『超知りません!フレンダなんて!』

フレンダ『違う違う聞いて聞いて!結局誤解な訳よ!恋愛禁止の御法度は破ってないって!』

絹旗『………………』スタスタ

フレンダ『絹旗!!』

咳き込んでいたフレンダを置いて歩み去って行く絹旗の手首を掴み、引き止める。
そこでようやく絹旗はフレンダに背を向けたまま立ち止まった。
その頑なさにハアと小さく溜め息をつきながらベレー帽を直しつつフレンダは対話を試みる。

フレンダ『デートって言っても女の子な訳よ女の子。絹旗が考えてるようなんじゃ全然ないから……』

絹旗『いやあフレンダってレズじゃないですか』

フレンダ『レズじゃなくて百合!じゃなくて絹旗!!ちゃんとこっち向いてよ!!』

フレンダが見た絹旗の背中。それは今はもういない麦野の後ろ姿に似ていた。
頑なで、寂しげで、誰にも預けない小さな背中と細い肩。悪い意味で麦野と重なるそれ。

絹旗『………………』

フレンダ『もうっ』

掴んだ白い手首。包帯の巻かれた右手。いつも通りの眼差し。
ようやく振り向いた絹旗の見返りが秋風が揺れるショートボブを靡かせる。

フレンダ『絹旗、やっぱり変わっちゃったね。前みたいな柔らかさが全然ない訳よ』

絹旗『超変わらざるを得ないじゃないですか』

フレンダ『………………』

絹旗『私は、リーダーなんですから』

フレンダ『違う』

絹旗『???』

フレンダ『それは違う訳よ。絹旗』

――そして一陣の風が隔たれた二人の間に吹き抜けて――
 
 
 
 
 
フレンダ『私はリーダー(あんた)じゃなくて絹旗(アンタ)に話してる訳よ』
 
 
 
 
 


844作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:09:56.88W55C2CfAO (9/41)

~8~

絹旗『………………』

フレンダ『もうね、ぶっちゃけ見てらんない訳。私達いつからこうなっちゃったの?二人の時くらい上とか下とか持ち込まないで話しようよ』

絹旗『フレンダ……』

フレンダ『滝壺からも言われたんじゃない?麦野の真似なんてしなくていいって。結局、私もそこんとこは同意見な訳よ』

並木道の側を八十九年モデルのブースタが駆け抜け、枯れ葉の絨毯が捲れ上がる中フレンダは思う。
確かに自分は麦野に対し恐怖と好意が半々、アイテムに対する所属も利害と愛着の半々だったはずなのにと。

フレンダ『……一番年下の絹旗に頭張らせてるのはほんと情けないけど、それでも何もかも一人で背負い込んでるみたいな顔されるのは勘弁して欲しい訳よ』

絹旗『別にそんなつもりじゃ超ないですよ?ただ……』

フレンダ『ただ?』

絹旗『先に断っておきますけど、私は浜面にどうこうは全くないですよ』

フレンダ『………………』

絹旗『また“四人”に戻った事に少し違和感というか……超落ち着かないんですよ』

フレンダ『絹旗……』

絹旗『……あーもう。だからあんまり素とか超出したくないんですよ。あんまり内面見せるとかリーダーとして超どうなの?って話じゃないですか』

そこでようやく絹旗はほうっと一息つくようにしてかぶりを振った。
気心知れたフレンダが相手では、本音を話さなければいつまでも食い下がるだろうと秤にかけた上での話である。

絹旗『わかってますって。もういなくなった人間の事こんなにウジウジ考えるとか超ナンセンスだって話』

フレンダ『………………』

絹旗『一番引きずってるのが他ならぬ私自身だなんて超格好つかないじゃないですか。あまりにも』

降り注ぐ木の葉を遠くを見るような眼差しで仰ぎ見ながら絹旗は語る。
今まで空席だった場所に入って来た新入りに対し絹旗なりに思う所があるのだろう。
組織運営を任され三人での新体制から早二ヶ月の時が経ち一つの季節を越えて尚……

絹旗『捨てられたのと超変わらないって言うのに……一番大人になりきれてないのは私自身だなんて』

絹旗もまたどこかで麦野の影を探していたのだ。




845作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:11:56.00W55C2CfAO (10/41)

~9~

ズルいですよ麦野。私達を置いて、私に全部丸投げして……
『アイテム』を頼むだなんてあんな優しい笑顔で見つめられたら、私は麦野を超恨む事さえ出来ないじゃないですか。
だいたい麦野は昔からズルいんですよ。面倒臭い事私達に投げて自分は美味しい所ばっかり……

フレンダ『……そりゃあ私も変わんない訳よ。けど私はお世辞抜きで絹旗がリーダーで良かったって思ってるって』

絹旗『私に超リップサービスしたってキスなんてしてあげませんよ』

フレンダ『ううん。本当にそう思ってる。だってさ』

でも今ならちょっと麦野の気持ちもわかるんですよ。
後を継いでから急にフレンダの気持ちがわからなくなったり、滝壺さんと距離を超感じたり……
リーダーって孤独なもんなんだなあって。だから何?って話なんですけど

フレンダ『結局、あんたが私達の“居場所”になってくれてる訳よ』

絹旗『………………』

フレンダ『滝壺はここ以外に居場所がないって言ってたし……結局、私も居場所を守ってあげたい身内がいるからここで踏ん張れてる』

居場所。それは私にとって失われ続けるもの。
最初は家族、次に置き去りの養護院、次は暗闇の五月計画、今はアイテム。
それでも私が何とかやれてるのは……みんながいてくれるからです。
例え道具としてだって、私達に居場所をくれた麦野から託されたものだからです。それに

フレンダ『ここは絹旗の居場所でもあって、私達皆の居場所でもある訳よ!』

……あの時の麦野の顔は、全然幸せそうじゃなかったです。むしろ超悲しそうな顔をしてました。
あれは恋を楽しんだりしてるお気楽な笑顔じゃありませんでした。
自分の居場所を失った時の私の顔と同じでした。
だからかも知れませんね。麦野を憎む事も忘れる事も出来ずにいるのは。

フレンダ『おかしな言い方だけど、麦野がいた頃よりずっと一蓮托生な訳だし……結局、それを支える私達にも頼って欲しい訳よ』

命以外何もかも失った超クソッタレな人生の中ですら――
こうして真っ先に裏切りそうな頼りない『仲間』がいて――

絹旗『……ふー』

絹旗最愛(わたし)がここにいて――




846作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:12:24.16W55C2CfAO (11/41)

~10~

絹旗『……フレンダは超バカですね?』

フレンダ『んにゃっ!?』

絹旗『そんな事わざわざ言いに私を追っ掛けて来たんですか?前に私に“私達は仲良しこよしのガールズサークルじゃない”とか超エラそうな事言ってたくせに』

それに伴って絹旗の手首を掴むフレンダの力が緩み、絹旗の頬も緩む。
抜けるような溜め息と抜ける肩の力。それは果たしてどちらのものか。

絹旗『早く行っちゃって下さいよフレンダ。待ち合わせがあるんでしょう?』

フレンダ『……もう良い訳?』

絹旗『良いも何も私は最初から超大丈夫です』

アスファルトを滑って行く風に追い立てられ、木の葉が足元を転がって行く。
頂点より僅かに傾いた太陽が、二人の影を薄めて行く。

フレンダ『そ!じゃあ私もう先行くね!』

絹旗『………………』

フレンダ『絹旗!』

絹旗を追い抜いて行くフレンダが街路樹に身を隠すようにして顔だけ覗かせて来る。
さながら隠れん坊に興じる子供のように八重歯を覗かせて。

フレンダ『今日はダメだけど、今度二人で遊園地行かない?』

絹旗『はあ?』

フレンダ『結局、絹旗は知り合いに依存するタイプな訳よ。なんか今の絹旗って、私の妹に似てる気がするしさ』

絹旗『妹って……』

フレンダ『あっ、いっけない』

そこでフレンダが自分の頭を小突きながら舌を出してウインクを飛ばして来た。
妹、という単語に小首を傾げる絹旗へと笑って誤魔化すように。

フレンダ『じゃあね!絹旗約束だよー!』

絹旗『ちょっ……』

フレンダは駆けて行く。己の発した言葉に覚えた照れを隠すように。
絹旗はそれを唖然として見送り……舞い散る銀杏の葉の中薄く微笑んだ。

絹旗『そういう約束って超死亡フラグって言うんですよ?まったくもう……』

約束。黒夜海鳥とは果たせず終いだった映画館に行く約束。
守られるでも破られるでもない約束……それが妙にくすぐったっかった。

絹旗『――私も超まだまだですかね――』

そして絹旗は再び歩み出す。果たされるかどうかわからない約束を胸に。

その約束がどうか果たされる事を、信じる事を止めた神に祈るように――


847作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:14:38.59W55C2CfAO (12/41)

~11~

盗んだバイクもとい、盗んだバンで走り出す。
ぶっちゃけて言えば女の子を後ろに乗せて走りたかった。チャリでもバイクでもなんでも。
幹線道路を直走りながら図らずも叶ってしまった幻想(ゆめ)は間を持たせるためのタバコの苦い味がした。
表の世界で叶わなかった夢が裏の社会で叶ったなんて思うと少しやりきれない気持ちになる。

滝壺『………………』

浜面『(き、気まずいぜ……)』

助手席に乗り込んだピンク色のジャージの女の子、滝壺は車酔いでもしたように黙り込んでいた。
なんてこったい。と思いながらウインカーを左に切る。これってドライブって呼んでいいもん?

滝壺『はまづら』

浜面『お、おう』

滝壺『さっきの話だけどね』

浜面『………………』

滝壺『10月3日の夜と10月4日の朝から、私はずっとはまづらが気になってた』

飲み込んだ唾が、呑み込んだ煙と一緒に落ちて行く。
秋空が妙に晴れがましいのに物寂しい。そう感じるのは――
隣にいる滝壺の儚さか、それとも色々あった俺の心境の変化か。

滝壺『とっても強くて、すっごく弱くて、ちょっと怖そうで、それでも寂しそうなはまづらの事が……ずっと』

浜面『……そうか』

滝壺『うん。はまづらとは初めて会ったはずなのに、私はなんだかずっと前からはまづらを知っていたような気がしてた』

お、落ち着け浜面仕上……本能のアクセルと理性のブレーキを踏み間違えるな。
心のシートベルトと魂のエアバッグの貯蔵は十分か?大丈夫だ問題ない。
ドキドキすんじゃねえ。信号見ろ。車間距離開けろ。
ルームミラー見てもいつもの俺だイケメンにはなれねえから落ち着けHAMADURA

浜面『ど、どうしてなんだ?俺と滝壺はあの夜の前まで会った事なんて――』

滝壺『……鏡』

浜面『!?』

滝壺『はまづらは、私と同じ目をしてる』

その言葉に俺はナビ画面に走るノイズのような気持ちが胸を騒がせるのを感じた。
それは不愉快だとか恋愛感情的な意味じゃなくって……
あれだ、ズレたチューニングを元のツマミに戻して音を作る時みてえな――



滝壺『――私と同じ、居場所を探してる人の目をしてた――』



……あーちくしょう……俺は、俺達どこに向かって走ってるんだ?






848作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:15:15.39W55C2CfAO (13/41)

~12~

浜面『同じったって……滝壺はレベル4でアイテムの構成員で、俺はしがないレベル0で下部組織の下っ端だぜ?』

滝壺『でも、同じ人間だよ?』

浜面『……同じ』

滝壺『同じだよ。私はそれを見てきてるから』

浜面『見て来た?』

滝壺『――むぎのと、かみじょうを』

浜面『(また“麦野”か……)』

『むぎの』というその名はこのアイテムの面々にとって、浜面にとって『駒場利徳』のようには感じられた。
そしてバンは幹線道路を抜け、ゲートを抜けて第七学区へと入る。
数日前となんら変わらぬ街の風景が、何故だか違ってみえる。
それは心境の変化以上に浜面の『目』と『芽』が開いたからなのだが――

滝壺『むぎのはレベル5で、かみじょうはレベル0だった』

浜面『(俺が戦ったあのバケモノみたいな魔女も確かそうだったかな……たしか“しずり”とか呼ばれてたか)』

滝壺『――むぎのは最初、かみじょうを学園都市のゴミとかレベル0のクズとか無能力者のカスだとか……そんな風に言ってた』

浜面『……そうだろうな。俺もそう言われてきたし俺達はみんなそう言われて来た』

滝壺『……むぎのは、かみじょうを殺そうとしたの。生きたまま電子炉に入れてやるって』

浜面『!!?』

滝壺『私はそれがとっても怖くて、すごく悲しかった』

あのウニ頭はなんて名前だったんだろう?と過ぎらせた思いを凍てつかせるような……
滝壺が発した不吉な単語にあわやハンドルを切り損ねそうになる。
それを淡々と語る少女の透徹さに、改めて自分はガールズサークルの使い走りでない事を思い知らされる。

滝壺『でも、むぎのはかみじょうを殺せなかった』

浜面『……そりゃまたなんで?』

滝壺『レベル0のかみじょうが、レベル5のむぎのの命を助けたから』

浜面『……――!?』

滝壺『“善悪とか敵味方とかレベルなんて関係ない”って……三回も殺し合いをして二度死にかけて、それでもかみじょうは“化け物”って人から言われたり“怪物”って自分で言ってたむぎのを“人間”に戻してくれたの』

煙草の先端に溜まっていた灰がペダルを踏む浜面の膝の上に落ちる。
一瞬よぎったまさかという予想、馬鹿なと頭から追い出す想像。
ありえない。出来すぎている。そんな三文小説の筋書きのような巡り合わせなどありえないと。




849作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:17:55.39W55C2CfAO (14/41)

~13~

滝壺『……その時私は思ったの。むぎのは本当の居場所を手に入れられたんだなあって』

浜面『居場所――』

滝壺『うん……居場所。私の居場所はここだけだけど』

浜面『………………』

滝壺『ふれんだが前に言ってくれたの。“いつか他にも滝壺の居場所が出来るといいね”って……』

頭から奇妙な既視感を無理矢理追い払って尚、口に咥えているフィルターだけになった煙草に含まれたタールのような思いが浜面の中へとゆっくり降りて来る。

浜面『(――似てるんだ、俺とこいつとその麦野ってやつは)』

浜面は唯一の居場所を失った。滝壺は無二の居場所を喪わないためにここにいる。
そして滝壺が未だ麦野を忘れられないのと同じように、浜面も駒場を忘れられない。さらに……

浜面『(……レベル5ってバケモノも、レベル0ってゴミも、どっちも“人間”扱いなんてされてねえ……)』

見えざる相似形。あの夜対峙した魔女を怪物と呼んだ自分もまた……
ベクトルこそ正反対なれど今まで自分達レベル0を人間扱いしなかった連中となんら変わらなかった事に気づく。
ならばこの滝壺理后なる少女はどうなのだろう?

滝壺『でも、初めてはまづらと会った夜……レベル0なのに私を守ってくれた強いはまづらと、私の胸で泣いてた弱いはまづら……“人間のはまづら”を見た時』

滝壺は車酔いがひどくなったのかやや具合悪そうな顔色ながらも――
うっすらと、まぶしい太陽に目を細めるようにして微笑んだ。

滝壺『――私はこの男の子を守ってあげたいって思ったの』

浜面『……!!』

滝壺『はまづらをギュッてしてあげてた時、私はここにいるんだ、ここにいたいんだ、ここにいてもいいんだって……』

幹線道路を抜け、第七学区の中心街へと入り、ガタガタと背後の工具入れが浜面の内面と連なるように揺れる。

滝壺『あんな怖い目にあったのに、生まれて初めて男の子と一晩中お話して……それでも私はまづらは怖くなかった。私に優しくしてくれた』

浜面『お、オレは……』

滝壺『――同じだよ』

浜面『!!?』

浜面がギアを落とそうとシフトレバーに伸ばした手に、滝壺の柔らかな手が重なった。

滝壺『――あの時の私達に、レベルなんて関係なかった。同じ人間だったんだよ。はまづら』




850作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:18:23.83W55C2CfAO (15/41)

~14~

キッ、と浜面は道路端に車を横付けしバンを停めた。
これ以上気もそぞろに滝壺と接していては運転も誤りかねないと判断して。
その横をもちろん何も知る由もない学生らが通り過ぎて行くばかりだ。

滝壺『なに?はまづら』

言葉が出て来ず、声にならず、意味を為さない短い沈黙が続いた。
真っ黒なバンへチラと横目を向けて来たツインテールの少女の姿がミラーに映るも、すぐさまシャンパンゴールドの髪の先輩らしき少女に呼び掛けられ走って行くのが見えた。

浜面『……俺も、滝壺と同じような事考えた』

滝壺『はまづらも?』

浜面『ああ、まだ返せてないあのジャージを見る度に……またいつか会えるかって、ずっと滝壺の事を考えてた』

まるで告白のようだ、と浜面はそんな自分を内心で窘めた。
滝壺は表情から察するのがやや難しいタイプではあるが――
少なくとも今の会話から『差別される側』だった浜面に対し……
人間として好意を抱いてくれたのだと言うニュアンスを感じ取れた。

浜面『俺さ、滝壺に会う何時間か前に同じレベル0に言われたんだ。“助けが欲しいってならテメエは誰かを助けた事があんのか”って……』

滝壺『……うん』

浜面『最初は何巫山戯けた綺麗事言ってやがんだこいつって思ったさ。そりゃテメエが出来るだけの強さと立場がある成功した側の人間だろうがって』

故に浜面は取り繕う事をやめた。さりとて偽悪的に振る舞うでもなく露悪的に話すでもなく――

浜面『こうも言われた。“テメエはいつも他人ありきじゃねえか。テメエ自身はどこにいる”って』

滝壺『……はまづらはここにいるのにね』

浜面『――ああ、その通りだクソッタレ』

居場所という立ち位置を挟んで似通う滝壺と浜面を隔てるもの……
それは揺るがず流されぬ『自分自身』を有しているか否か。

浜面『そんな当たり前の理屈さえも……駒場(あいつ)らがいる時はそん中に埋もれて、アイツ(駒場)らがいなくなってからは自分を見失って』

鳥の巣を育むように居場所を作れどそこに『己』だけがいない。
更に今も浜面は『誰かが作り出した流れ』の中に放り込まれている。だが

浜面『……でも、滝壺を助けた時わかった』




851作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:19:28.12W55C2CfAO (16/41)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――俺はまだここにいる―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



852作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:22:58.65W55C2CfAO (17/41)

~15~

滝壺『………………』

浜面『何もかもヤケクソになって投げ出そうとした俺を引き戻してくれたのがアイツなら、折れかけた俺をもう一度立ち直らせてくれたは滝壺、お前なんだ』

あのレベル0の少年は目を背けていた自分自身を突きつけて来る真実の鏡だった。
同時にあのレベル5がレベル0のフレメアを助けたという事実が浜面をこの世界に引き止めた。
そして冷たい雨の中、汚れる事さえ厭わずに抱きしめてくれた滝壺の存在が浜面を奮い立たせた。
どれか一つ、誰か一人欠けていても浜面は今のように自分を取り戻す事は出来なかっただろう。

浜面『……ありがとう滝壺。お前に会えて本当に良かった』

滝壺『!』

浜面『――ずっと、それを伝えたかった』

無能力者狩りに、学園都市に、人間そのものに半ば絶望しかけていた浜面を救ったのもまた同じ人間のぬくもりだった。
それは耳を澄ませていた滝壺にも伝わって来るようで――

滝壺『……ありがとう、はまづら』

浜面『よせよ。お互いにありがとうって言い合うのってなんかくすぐったいっつの』

滝壺『……ううん。良かったよ、はまづら』

照れ隠しのようにピアスの千切れた鼻の頭を掻く浜面の僅かに赤らんだ顔を――



滝壺『……最後(最期)に、はまづらに会えて(逢えて)良かった――』



浜面『えっ?』

滝壺『――――――………………』

――白蝋のように青ざめた顔色の滝壺が……そこで言葉を途切れさせた。

ガクンッ

浜面『!?……滝壺?おい、滝壺!!!』

滝壺『………………』

フィラメントの切れた照明か、糸を失った操り人形のように……
事切れた死人が如く滝壺はシートベルト以外の支えの全てを失った滝壺が意識を手離した。
呼吸が口元に耳を近づけないとわからないほど小さく、弱く、儚く――
魂が抜け落ちた骸も同然の滝壺に浜面の声は届かない。

浜面『滝壺ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーッッ!!』

学園都市暗部にあってすら禁忌とされる『体晶』……
その溜まりに溜まった毒素が葡萄酒の澱のように滝壺の身体を蝕み、体内から喰らうかのように舞い上がった。


853作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:23:25.56W55C2CfAO (18/41)

~16~

冥土帰し『“体晶”だね?』

そして浜面は切羽詰まった状況下から覚えたてのコード五ニを引っ張り出すまでもなく――

冥土帰し『“暴走能力の法則解析用誘爆実験”に用いられていたものだ。意図的に拒絶反応を起こし、能力を暴走させるための』

第七学区にいた事から最寄りの病院、冥土帰しの元へ滝壺を担ぎ込んだ。

冥土帰し『暴走能力者の脳内では通常とは異なるシグナル伝達回路が形成され、各種の神経伝達物質、様々なホルモンが異常分泌されているんだ。体晶とはその分泌物質を採取し、凝縮、精製した能力体結晶だ』

そのカエル顔の医者からの説明を呆然と、診断を茫洋と浜面は聞いていた。
奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛り真一文字に結んだ唇を戦慄かせて

冥土帰し『彼女はなんとかRSPK症候群の一歩手前で踏みとどまっている。今ならまだは彼女の健康を取り戻す事が出来る』

己の無力さと現実の無情さに打ち震える膝の上で

冥土帰し『その代わり約束して欲しい。二度と彼女に能力を使わせないと。一度でも発動させたが最後、彼女は“崩壊”を迎える事になる』

浜面「クソッタレ!!!」

グシャッ!と手にしていた紙コップを握り潰し、浜面は談話スペースでこらえきれぬ呪いの声を吐き出した。
火傷しそうな熱さのコーヒーがぬるま湯にさえ感じられるほどの熱度と怒りを湛えて。

浜面「こんな……こんな馬鹿な話があってたまるかってんだ!!」

手の平からこぼれ、指の股から滴り落ちるコーヒー。
そこに熱を失って行った滝壺の体温がまだ残っていた。
それは浜面の手に再び見出せたかも知れない掛け替えのない物が零れ落ちて行くようですらあった。

浜面「ちく……しょう!」

生まれて初めて自分の手で守れたかも知れない少女の命が今まさに失われようとしている現実。
取り戻した己を見失わぬよう、浜面は全身全霊でそれに耐えていた。

麦野「………………」

その場より程近い渡り廊下に佇む、サイドポニーにリムレスの眼鏡をかけた少女の視線にも気づかずに――




854作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:25:49.44W55C2CfAO (19/41)

~17~

麦野「(そういう事ね……)」

麦野沈利は背にしていた柱より身体を離し踵を返し先程の様子を目蓋の裏で反芻する。
担ぎ込まれて来た滝壺、言うまでもない『体晶』による中毒症状。
それは他ならぬ麦野自身も幾度も目にして来た光景である。

麦野「(滝壺のAIMストーカーは能力を意図的に暴走させる事で発動する無理筋の力。その負荷が限界に達したって事か)」

もう一箇所の自動販売機のあるコーナーへ重い足を進めながら麦野は現状把握に務める。
冷静に思考し、冷徹に思索し、冷厳に思案しつつ歩みを進める。そこへ――

冥土帰し「おや?」

麦野「……先生?」

冥土帰し「動き回ってはいけないとは言わないが歩き回ってはいけないよ?君の傷は思っている以上に深いんだからね?」

麦野「大丈夫よ。食後の軽い運動だから」

辿り着いた先。そこには食事休憩中と思しき冥土帰しの姿があった。
白衣の医者と入院着の患者、二人が初めて顔を合わせ言葉を交わした時のように。

冥土帰し「そうかい?なら食後のコーヒーに付き合ってくれないかい?」

麦野「別に構わないけれど夜眠れなくなったら先生のせいだからね」

冥土帰し「ふむ?では一杯ご馳走しよう」

腰掛けていたソファーから立ち上がり、冥土帰しは麦野の分のコーヒーを選ぶべく自販機のボタンを押す。
そこで麦野も冥土帰しの座っていた隣に腰を下ろして足を組む。
それは幾度も生死の境を彷徨って来た上条を現世へと連れ戻して来た神の手の持つ医者に対する麦野なりの信頼の表れでもある。

冥土帰し「……その様子だと、全て察しがついていると考えて良いかい?」

麦野「相変わらず鋭いわね先生は」

冥土帰し「あのジャージの彼女は夏に二度見かけているからね?彼の見舞いに来ていた君が連れ歩いていた女の子達の内一人だ。あれだけ騒がしくしていていればイヤでも記憶に残るよ?」

麦野「ふん……」

長い永い夏。麦野が上条と出会い、アイテムへ別れを告げた季節。
自分が必要とする人間と手を結ぶために、自分を必要とする人間達と手を切ったあの日。
悔いがなかったとは言えなかった。しかしやむを得ないと言うにはあまりに――

麦野「……あのジャージ悪目立ちするからね」

透徹な眼差しが、余人の介入を許さなかった。




855作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:26:15.77W55C2CfAO (20/41)

~18~

冥土帰し「……彼女は意識を取り戻したよ。五分以内ならば話も――」

麦野「いい」

冥土帰し「………………」

麦野「私はあいつらを自分の都合で切り捨てて、アイツと天秤にかけた上で放り出したんだ」

麦野は受け取った紙コップのコーヒーよりも苦い感傷を飲み干しながらサイドポニーをいじる。

麦野「“体晶”なんてもんを使わずには生きられないような闇の中にアイツらを置き去りにして、私は自分一人自由の身になったんだよ。先生」

冥土帰し「………………」

麦野「滝壺に“体晶”を使わせ続けて来たのも他ならぬ私自身。だけどね先生。私は命令を出した自分に責任は感じてるけど後悔はしてないし、滝壺に負い目も引け目も感じちゃいない」

努めて淡々と語るその横顔を月灯りのような自販機の光が照らして行く。

麦野「――私は効率良く敵を殺し追い詰めるのと同じくらいアイツらを死に目に追いやって来たんだよ。死にたくないから。殺されたくなかったから。だから私はアイツらを使い潰しの道具として扱って来たし、アイツらも生き延びたいから、生き長らえたいから従って来たのよ。それを今になって」

冥土帰し「……だから顔を合わせられない、と?」

麦野「そうよ」

眼鏡のズレを直す。病院での暮らしが肌に馴染むとどうにも家にいる時のような地が外見に表れて来るのだ。
人は死や、痛みや、恐れに対してなるべく身軽でいようとする。
だが同時に、常日頃押し殺している本音を吐露しやすいのもまた病院という環境だった。そこで

冥土帰し「――そんな事は、ないんじゃないかな?」

麦野「……?」

冥土帰し「君の言う通り、君は色々な物を切り捨て様々な者を投げ捨てて来たのだろう?それは誰にも変える事の出来ないものなのかも知れない。けれどね?」

生を拒絶する殺人者(メルトダウナー)の対局に位置する、この死を否定するカエル顔の医者(ヘブンキャンセラー)は

冥土帰し「――君が捨ててきたモノたちは、果たして本当に君を見捨てたのかい?」

麦野「………………」

冥土帰し「いいかい?」

麦野が撒き散らして来た『死』以上の『生』を万人の下へ返して来た医者……
星座の蛇遣い座(アスクレピオス)のような神の手を持つこの老人は――




856作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:27:09.70W55C2CfAO (21/41)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――この世界で取り返せないものは、奪われた命と失われた時間だけだよ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



857作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:29:12.07W55C2CfAO (22/41)

~19~

麦野「………………」

冥土帰し「それは、孫娘とお爺ちゃんほど離れた君と僕が唯一同じくする価値観ではないのかね?」

麦野「――そうかもね」

生を拒絶してきた殺人者と死を否定する医者が共有する唯一の事柄。
神の奇跡すら手を伸ばし得る科学万能の学園都市にあって……
神の奇蹟すら人の御業で御する術のあるこの世界にあって――
未だ為し得ぬ生命の復活と時間の回帰。共に滅びと終わりを知る二人の見て来た地獄(やみ)そのもの。

冥土帰し「人は良く言うね?“振り返るな”“迷うな”“捨てよ”と。僕もこれは曲げられない摂理だと思う。だが変えられない真理などでは決してないと想う」

麦野「――もっともらしく聞こえるけど?」

冥土帰し「生きる事を山登りに置き換えればわかるだろう?後ろを振り返らねば今自分が何合目に差し掛かったかわからない。選ぶ道を迷わなければ先行きさえ不確かだ。
例え荷を捨てて頂きに登りつめてもその後暖も取れなければ水や食料も得られない。生きて降りる事まで含めて“山”なんだ。
それをせず身軽さに任せ、己が望む場所だけを目指して遭難し、挙げ句人を心配させ、それを助ける者の手を患わせる愚かしさを――君は誰よりも知っているだろう?」

麦野「先生」

冥土帰し「……いや、柄でもない御説教のようですまないね?」

一見して耳障りの良い言葉の裏に潜み、人を死に追いやる欺瞞を老医師は知っている。
子供もしくは若者の価値観ならばそれでも良いだろう。
されど老人は知る。子供や若者より遥かに成熟した大人でさえ迷っていない者など一人もいないのだと。

冥土帰し「……ただ、これだけは君に知っていてもらいたい」

右から左か、前か後ろかしかない道しか人生にないのなら

麦野「……うん」

人は道を誤りなどしない。この老医師の『友人』のように。

冥土帰し「一度の戦いや二度の闘いで出した答えもまた、一回や二回の過ちでまた覆ってしまう」

人は道に迷いなどしない。この孫娘を思わせる『患者』のように。

冥土帰し「――その全てを背に負って、僕は君に生きて欲しい。君の背を追う者達が道に誤らぬよう」

君は全てを投げ捨てて死ぬにはあまりに若すぎると――冥土帰しは笑いかけた。

冥土帰し「……もう、その背に重過ぎると言う事はないだろう?」




858作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:29:42.80W55C2CfAO (23/41)

~20~

……いつしか麦野が手にしていた紙コップの底には僅かにコーヒーの名残を残すのみとなった。
反対に冥土帰しは手にしていたコーヒーはまだ半分以上残っている。
しかしもう時間はない。食事休憩が終わりつつあった。

冥土帰し「……僕はそろそろ行くとしよう」

麦野「うん……」

冥土帰し「最後にもう一つだけ。この中身を覗き込んでごらん?」

冥土帰しが手にした紙コップを麦野に差し出して来た。
半分以上残ったコーヒーの表面は波打ち、そこに訝る麦野が映り込み、揺れる。

冥土帰し「君が映っているだろう?」

麦野「そうね。だから何?」

冥土帰し「――揺れて、歪んで映っているのが見えるだろう?」

麦野「そりゃ……」

冥土帰し「歪んでいるのは君の顔かな?それとも揺れているコーヒーのせいかな?」

麦野「――……」

冥土帰し「そう言う事さ」

冥土帰しが伝えたい事。それは心の在り方。己の内なる水面を凍てつかせるのではなく、鏡のように静める事。
心静かに保つ事が出来ぬ者にはいつまで経っても己の姿が歪んで見える。
実際の己の姿は何一つ変わってないにも関わらず、自分が本当に歪んだ人間だと思い込んでしまう。

麦野「(――静かに自分に向き合えって事ね)」

この医者はいつからカウンセラーに職替えしたのかと麦野はアップにした後ろ髪を払って溜め息を一つついた。

麦野「――先生?」

冥土帰し「何だい?」

麦野「やっぱりコーヒー飲んだら寝れそうにもないわ。もう少しウロウロしてくる」

冥土帰し「そうかい?」

麦野「――眠くなるまで、話し相手でも見つけてね」

冥土帰し「……1935号室。君も彼女も手短にね?」

麦野「……わかった」

冥土帰しから離れ、サイドポニーを揺らして麦野は再び渡り廊下へ向かう。
背中越しに笑みを浮かべ、肩越しの謝意を言葉に乗せて。

麦野「ありがとうね、先生」

そうやって取り戻した足取りのまま去り行く麦野を、冥土帰しは薄くなった頭をかいて見送った。

冥土帰し「――患者に必要なものを用意するのが、僕の仕事だよ――」


859作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:31:42.85W55C2CfAO (24/41)

~21~

滝壺「ん……」

一方、小康状態から回復し点滴を受けベッドに横たわっていた滝壺は暗澹たる思いを煩っていた。
それは胸裡にて反芻されるはカエル顔の医者の下した診断、実質的な最後通告。

滝壺「(……もう、みんなといっしょに戦えないのかな?)」

『体晶』を用いれば人間として死を迎え、『体晶』を用いなければ能力者としての終わりが待っている。
それはとりもなおさずアイテムの構成員としての役割と居場所を失う事に直結していた。

滝壺「(もう、みんなを応援出来ない)」

しかしアイテムは基本的に正規メンバーであったとしても使い捨ての消耗品である。
これが麦野ならば例え滝壺が死のうと最後の最期まで能力使用に踏み切るだろうが――
奇しくも現在のリーダーは絹旗である。恐らく絹旗の性格上、滝壺は足手まといとしてメンバーから外されるだろう。
いずれにしても滝壺は悲観的な物思いに耽らざるを得なかった。

滝壺「(はまづらを守ってあげるって、約束したのにな)」

滝壺は考える。お払い箱となった自分は果たしてこれからどうなるのか?
組織から切り捨てられただ一個人として生きて行けるのか?
もしくは学園都市の闇に関わり多くを知りすぎた者として処分されるのか?
三人しかいない正規メンバーである絹旗とフレンダのみとなれば次の補充要員が来るまでアイテムはどうなるのかと――


――キィンッ


滝壺「……扉の前から信号が来てる……」

半ば虚脱状態の身体を横臥させるに任せた滝壺の意識野に引っ掛かる懐かしいAIM拡散力場。
それは暗澹たる気持ちを持て余していた滝壺にとって一縷の光のようにさえ感じられた。

滝壺「いいよ。入ってきて」

ガラッ

???「………………」

ノックも声掛けもなくスライド式のドアを開いた先に佇む少女……
それは滝壺が見た事もないリムレスの眼鏡と、見覚えのある栗色の髪をサイドポニーにした――

滝壺「美人なのに眼鏡だけ似合わないね」

???「五月蠅いわね。わかってるって」

同じ入院着を纏って姿を現したアイテム前リーダーにして現レベル5第四位。

滝壺「……むぎの、久しぶり」

麦野「――久しぶり……」

原子崩し(メルトダウナー)麦野沈利がそこにいた。




860作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:32:37.81W55C2CfAO (25/41)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十三話「Play~祈り~」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



861作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:33:06.84W55C2CfAO (26/41)

~22~

麦野「(……おかしなもんね。袂を分かった人間とこうして膝交えて顔を突き合わせてるだなんて)」

滝壺「(むぎの、変わったけど変わらないね。でもこうして久しぶりに見ると何だか知らない人みたい)」

麦野「(……何て言えば良い?どんな顔すりゃ良い?)」

滝壺「(聞きたい事、話したい事、知りたい事、いっぱいあるな)」

麦野「滝……」

滝壺「むぎ……」

麦野「………………」

滝壺「………………」

麦野「あんたから」

滝壺「むぎのから」

麦野「~~~~~~」

滝壺が横たわるベッドサイドに置かれたパイプ椅子に腰掛けながら麦野は小刻みに肩を震わせた。
入室より見交わしたまま数分、二人はこの有り様であった。

麦野「……何であんたがあの団子鼻ピアスと一緒にいんの?」

滝壺「なんでむぎのまで入院してるの?かみじょうのこっこ出来たの?」

麦野「おいコラ。私はジョークが嫌いだってもう忘れたのかにゃーん?」

滝壺「ジョークじゃなくて真面目に聞いたのにな」

麦野「余計タチ悪いわよ!!」

滝壺「でも良かった。むぎのが元気そうで」

麦野「……元気じゃないのはあんたの身体の方でしょ?」

滝壺「うん……」

枕に顔を横向け仰臥する滝壺が黒真珠を思わせる双眸を麦野へと投げ掛けて来る。
どうして私がここにいるのがわかったの?どこまで私の身体の事をわかっているの?と。
しかし滝壺は自然とそれが受け入れられた。如何に袂を分かち道を別ったと言えど――

滝壺「そうだったね。むぎのは昔から私達の事みんなお見通しだったもん」

麦野「……そうでもない。こんな眼鏡かけなきゃいけない程度には目が悪くなったわ」

滝壺「そう?でもむぎのの目、昔よりずっとずっと……優しくなった」

麦野はいつだって自分達より遠く、深く、鋭く、冷たく物事を見極めて来た。
それを思えば別段どうと言う事はなかった。語るべきところはそこではないとも。

滝壺「――今も」

麦野「!」

滝壺「私の事、心配してくれてる。わかるよむぎの」

滝壺の低い体温を乗せた指先が、点滴を刺された白い手首が麦野の頬に触れる。
同性の目から見てさえ欠点の方が遥かに多いが、それでも嫉妬さえ起きない美貌を慈しむように。

滝壺「――私、もうダメみたい」

麦野「――……」

滝壺「もう、みんなの力になれないんだって……言われちゃった」




862作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:35:09.37W55C2CfAO (27/41)

~23~

麦野「………………」

滝壺「……むぎの」

麦野はその手を払い除ける事もせず滝壺の好きなようにさせる。
しかし聡い滝壺は指先から伝わる麦野の表情を瞳を閉じる事によって目蓋の裏に描き――そして告げた。

滝壺「――いいんだよ、むぎの。私がこうなったのはむぎののせいじゃないんだよ。だって私が私の居場所を守るために戦い続けて来た事だから」

麦野「……私はあんた達を使い捨ての消耗品として、死んでも結果を出させる使い潰しの道具(アイテム)として扱って来たんだぞ」

滝壺「……知ってるよ?」

麦野「だったらなんで」

滝壺「――それでも、むぎのは私達を一度だって自分のためだけに“無駄使い”しなかった」

麦野「……!!」

滝壺「私達を道具として活かす事で、私達を人間として生かしてくれたのはむぎのなんだよ」

点滴が落ちる音にならない音が空気を震わせ、薬品秋の匂いがする病室に吹き込んで来る秋風がそれを洗い流す。
滝壺は言葉を紡ぐ。限られた時の中で、残された刻の中で。

滝壺「むぎの覚えてる?私達がお別れする前の七月にファミレスに集まった時の事」

麦野「……ああ、フレンダにうちの大飯喰らいの偽ID作らせた時だったわね」

滝壺「むぎの、あの時なにか事件に巻き込まれてたよね?かみじょうといっしょに」

麦野「………………」

滝壺「あの時むぎのは私達に一言も手伝えって言わなかった。私達を巻き込まないように、きぬはたが何聞いても知らんぷりしてた。私、覚えてるよ」

麦野「……別に」

もう戻れないあの夏の日。インデックスの記憶を失わせまいと各方面を奔走していた麦野はアイテムの戦力を動員する事なく独力で事態の解決に当たっていた。
その時の麦野の横顔を見て、滝壺は絹旗に対して『私はむぎのを信じてる』と言ったのだ。

麦野「任務でもない案件に、ギャラも出ないトラブルにボランティアであんたら引っ張り出すほど私は落ちぶれちゃない。って当麻を殺しに行く時あんたら引き連れて行った私の言うこっちゃないけどね」

そうやって添えられた指先から逃れるようにそっぽを向いた麦野の横顔は……
やはりあの夏の日となんら変わりはなかった。優しくなった眼差しを除いて何一つ。
滝壺はそれが嬉しく、また羨ましく思えてならなかった。




863作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:36:07.56W55C2CfAO (28/41)

~24~

カラカラとリノリウムの床面を滑り行くワゴンの音が廊下より響き渡り、二人の間に落ちた沈黙をより際立たせる。
麦野の胸の奥底にある思いが、滝壺の心の深奥にある想いが、二人の言葉が上手く声に乗らない。

滝壺「……ふれんだは表の世界に出られない。きぬはたは外の世界に戻れない。私は裏の世界でしか生きられなかった」

麦野「そうね。私らはみんなそうだった」

滝壺「それでも――お仕事がない日でも、私達よくあのファミレスに集まってたね」

麦野「………………」

滝壺「あそこはむぎのが私達を活かして、生かして、行かせてくれた場所なんだよ」

麦野はふと考える。自分は今までこんな風に腹を割って滝壺と言葉を交わした事があったろうかと。
滝壺はふと考える。自分達が今までこうして心を開いて互いと向かい合った事はあっただろうかと。

滝壺「私はまだ生きてる。むぎのがくれた命があって、私が見つけた居場所があるんだよ。だから」

麦野「………………」

滝壺「――最後に、むぎのに会えて嬉しかった」

麦野「……ッッ!!」

滝壺「……最期に、むぎのに逢えて良かったよ」

そして麦野は滝壺を『抱き寄せて』いた。入院着の肩掛けから羽織っていたピンク色のジャージごと。
滝壺もそれに応えるようにゆっくりと麦野の背中に手を回す。二度目の別れを惜しむように。

滝壺「私もむぎのみたいに大切な居場所(ひと)、見つけられたかも知れない」

麦野「うん……」

滝壺「初めて、むぎのの気持ちがわかったんだ」

麦野「……うん」

滝壺「――大切な人を守りたいって思う気持ちがあると、何も怖くなくなるんだね」

麦野「うん」

滝壺はまだ知らない。浜面と麦野が互いに殺し合った事を。
麦野は知らない。滝壺を守ったのがその浜面だと言う事を。
もし出会う形が違えば、辿る道筋が異なれば――
麦野は今もアイテムのリーダーであり、滝壺を死地に向かわせんとした果てに浜面に討たれる未来もあっただろう。だがしかし

麦野「――そうだね」

運命は変わる。変えられる。

麦野「――――私もそうだよ――――」

他ならぬ、人の手によって

麦野「………………」

今、この瞬間にも――


864作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:38:11.96W55C2CfAO (29/41)

~25~

絹旗『はっ……ははっ……はははっ……なんですかそれ?巫山戯けないで下さいよ麦野……私達にも言えない事ってなんなんですか?そんな超くだらない事のために……足抜けして私達を放り出すんですか?』

私は一人を選ぶために独りを選んだ。私を必要としていたあいつらを放り出して、私が必要としているあいつのために。
私自身のエゴであいつらを夜より深い暗闇の中に置き去りにしたんだ。

フレンダ『結局……麦野は私達よりアイツを選んだって訳?』

どこかで綺麗でいようとした醜く汚れた私。あいつらを重荷のように切り捨てた弱く力無い私。
自分で選んだつもりになった戦場に逃げ込む事で、私に追いすがるあいつらの眼差しを振り切った私。
私はいつだってそうだ。一番大事な時に限って自分のエゴを頼みに独りを選んでしまう。
そんな私に今更あいつらにかけられる言葉も申し開きの言い訳も何もない。

なのに

フレンダ『麦野ー!!』

絹旗『超麦野ー!』

滝壺『むぎの』

私の胸で燻ぶり続けているこの星の光のような灯火になんて名前をつければいい?
当麻に導かれたこの世界にあって未だ私の手に残り続けるこの欠片に。
あいつらと過ごした何気ない日々が、見交わした笑みが、どうしようもなく私を突き動かす。

麦野「……そうだったのか」

幸せな記憶。掛け替えのない居場所。私を支える温もり。
忘れようもなく刻まれたものが、今になって思い出せる。
自分の居場所と守りたい誰かを見つけた滝壺の姿の見て。

麦野「あいつらは、こんな気持ちで私を送り出したのか」

これが最後、これが最期と微笑んでいた滝壺。
生きる意味でも死ねない言い訳でもない力強い笑顔。
私が投げ捨て、投げ出し、投げ打った場所で今も戦い続けてるあいつら。

麦野「――……」

受け入れなきゃいけないのは、自分の弱さ。
向き合わなきゃいけないのは、自分の過去。
乗り越えなきゃいけないのは、自分の暗闇。

麦野「――行かなきゃ」

私の悪夢(ユメ)に出て来て良いのは、私が殺して来た人間だけだ

私の幻想(ゆめ)の中で、今も現実に生き続けてるあんたらを

放り出したのが私のエゴなら

取り戻そうとするのも私のエゴだ

そのための『鍵』は、たった今手にした




865作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:38:39.22W55C2CfAO (30/41)

~26~

マヨエー!ソノテヲヒクモノナド……ピッ

上条「もしもし?」

麦野『私』

上条「ああ沈利か」

五和「!!?」

土御門「(あちゃー……)」

同時刻、負傷しながらも『左方のテッラ』を下しアビニョンより学園都市へと向かう超音速旅客機の中――
五和がおしぼりを差し出そうとしたまさにその瞬間、上条が携帯電話に出たのだ。
当然、学園都市製の最先端技術で作り上げられた超音速旅客機は携帯電話の電波程度ではビクともしない。

五和「(で、電話の相手ってまさか!)」

土御門「(カミやんの嫁ですたい。本当にはかったように横槍が入るにゃー)」

上条「そうか……うん、うん、わかった」

五和「(よっ…嫁って……)」

土御門「(オルソラ教会とベネチアで顔を合わせたんだろう?お前さんこそおしぼりが必要なくらい汗が出てるにゃー)」

五和「(うああああああああああああああああああああ)」

土御門「(また一つフラグと共に乙女の幻想がブチ殺されたんだぜい)」

いつもならば連絡待ちに徹している麦野からのコールに満身創痍の身体を座席に横たえ上条は相槌を打つ。
その出張帰りの夫が妻へかける電話のような上条の横顔に五和は動揺を隠しきれない。
同様にサングラス越しにもニヤニヤ笑いを隠そうともしない土御門を除いて。

上条「ああ、今代わる……土御門!」

土御門「ん?」

上条「麦野がお前に代わってくれって」

と、そこで上条から土御門へと携帯電話が手渡される。
麦野とは10月3日の午前に会ったきりではあるが別れ際が最悪であった。が

土御門「何ですたい?」

麦野『ふん……電話に出れなくなってりゃ良かったもんを』

土御門「相変わらず随分なご挨拶だぜい。で?死んで欲しいくらい俺を嫌ってるお前さんの用件はなんだにゃー?」

麦野『……とう』

土御門「………………」

麦野『――当麻を連れて帰って来てくれて、ありがとう』

麦野の口からついて出た言葉に土御門はやや目を丸くし……それから不敵な笑みを浮かべた。

土御門「――その様子じゃどうやら吹っ切れたようだな」

麦野『死ね』

その声に最早揺らぎはないと確信し、土御門は上条に携帯電話を返した。




866作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:40:59.36W55C2CfAO (31/41)

~27~

麦野『当麻?』

上条「ああ俺だ……もういいのか?」

麦野『――うん。さっきも言ったけど、私少し開けるから。区切りがついたらまた連絡する』

五和「(なっ、何話してるんだろう……)」

縁取られた二重瞼を小鳥のようにして見やる五和を余所に、上条は何やら真面目な表情で受け答えしている。

上条「……ほんとの事言うとな、お前を一人で行かせたくなんかねえ」

麦野『でしょうね。私があんたの立場でもそう思うよ』

上条「それでも――お前は行くんだな?」

麦野『行くわ。他の誰でもない、私自身のエゴのために。あんたの事も御坂の件も全部含めてね』

上条「………………」

麦野『あんたが私を信じてくれてるなら止めないで。あんたが私を好きでいてくれてるなら助けに来ないで』

恋人と言うよりも、運命共同体という言葉の方がしっくり来そうな……
上条という光に対する影。日の元にあれば絶えず寄り添い、闇に溶け込めばば無類の力を発揮する……それが麦野沈利。

麦野『あんたが私を愛してくれてるなら――わがままな私が帰って来た時、叱ってちょうだい』

上条「――わかった」

麦野『ありがとう』

上条「……ったく。ガラスの靴が届くまでに帰って来いよ?」

麦野『そんなにかからないってば』

五和「(ガラスの靴ー!!?)」

五和がガラスの靴という単語に過敏に反応する中暫くして上条は通話終了ボタンを押した。
幸福が逃げそうなほど大きな溜め息をひとつつき、頭をガシガシと掻いて。

上条「はー……」

『仕方無えなあ』と言った具合に微苦笑を浮かべ一瞬寂しげな横顔を見せた後、上条はいつも通りの表情へ戻る。
それを肘掛けに乗せた腕で頬杖を突きながら土御門が茶化すような意地の悪い笑みで見やって来た。

土御門「――お互いじゃじゃ馬娘には手を焼かされるな、カミやん」

上条「……ああ」

五和「(ガラスの靴+お姫様×女の子の夢=結婚!?)」

殻より出でてよりずっと巣で帰りを待っていた雛が、自分の翼を以て羽撃かんとする姿に目を細めるようにし……
同時に帰る場所と果たすべき約束がある今の麦野ならば大丈夫だろうという揺るぎない確信が上条にはあった。




867作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:41:57.05W55C2CfAO (32/41)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――確かにあいつは、ただ守られるだけのお姫様なんてガラじゃねえよな――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



868作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:42:35.86W55C2CfAO (33/41)

~28~

白井『息継ぎ無しで海を泳いで渡る事など誰にも出来ませんのよ?休む事は息継ぎですの。でないと自分の重みで沈んでしまいますのよ?』

もう十分休んだよ。そう思いながら私は最初に下着の左側の紐を緩く結び、次いで右側の紐を固く結ぶ。
意外に左右のバランスに気を使うのよね。って言うかヒーター効き過ぎ。

御坂『――今度は、一人じゃない――』

気持ちだけもらっとく。そう反芻し反復し反響する胸の内を締め付けるようにブラジャーの紐を後ろ手で結ぶ。
あまり大きいのも考えものね、なんて言ったらあのお子様の中坊は怒るだろうか。

冥土帰し『――その全てを背に負って、僕は君に生きて欲しい。君の背を追う者達が道に誤らぬよう……もう、その背に重過ぎると言う事はないだろう?』

結い上げていたサイドポニーを下ろして髪を広げ、後ろに送る手櫛で払う。
それから眼鏡を外してベッドのサイドボードに置く。

滝壺『私もむぎのみたいに大切な居場所(ひと)、見つけられたかも知れない。初めて、むぎのの気持ちがわかったんだ――大切な人を守りたいって思う気持ちがあると、何も怖くなくなるんだね』

あいつから返してもらったオフホワイトのコートに袖を通してベルトを結ぶ。
いつもと色合いが違うのは気に入らないけどこの際仕方無いと割り切る。
たった今脱ぎ捨てた入院着のまま出歩くよりはずっと良いし。

麦野「――――――………………」

抱き締めた時滝壺から勝手に拝借した携帯電話を開いて操作し、私がいた頃と変わらない作戦コードを打ち込む。
何?このバニーガールのエロ動画。とスルーして行く内にヒットした。
親船最中狙撃計画、首謀者はスクール、現在のアイテムの状況、その全てを頭に叩き込む。

上条『一緒に征こう、沈利』

私の後ろに見えるロダンの『地獄の門』。そこに刻まれたLasciate ogne speranza, voi ch' intrateという文字。

上条『――俺と一緒に、生きてくれ』

私の前に広がる線路と有刺鉄線に彩られた『死の門』。そこに描かれたArbeit macht freiという言葉。

麦野「――いかなくちゃ」

腐り落ちた果実、朽ち果てた髑髏、罅割れた砂時計のイメージを頭から追い出し――
私は病室の窓枠に手をかけ足を乗せ、そこから一気に夜の学園都市へと飛び出した。




869作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:44:26.42W55C2CfAO (34/41)

~29~

絹旗「そうですか……」

浜面『ああ、連絡が遅れてすまなかった。正直気が動転して――』

絹旗「浜面。嘘をつくなら声の震えくらい隠したらどうです?電話越しじゃなきゃお仕置きしなくちゃいけないくらいの超お粗末さですよ」

浜面『……お見通し、って訳か』

絹旗「私はこれでもリーダーです。下っ端が何考えてるかくらいわかります」

同時刻、絹旗最愛は映画館より出た矢先に鳴り出した携帯電話より浜面から受けた報告に対しクールに切り返した。
辺りは翌日10月9日の独立記念日前夜とあって常より人混みがその密度を高め――
幸いにして二人の通話は誰の耳に止まる事もなかった。

絹旗「(おおよそ滝壺さんを連れて逃げ出す算段と私達を敵に回す腹を括ったってとこですか。なんか滝壺さんの電話も繋がらないし)」

絹旗は洞察を深め考察を広げる。恐らく浜面は崩壊寸前の滝壺でさえ『アイテム』は容赦なく能力を使わせると判断したのだろう。
しかし同時に、絹旗ならばそれをしないかも知れないという一縷の望みを捨てきれずにいたのか――
或いはどちらに転んでも打てるだけの手を用意した上でのこのコールだろうと。

絹旗「まあ合格点には程遠いですが及第点は上げましょう。滝壺さんは浜面に任せますよ」

浜面『……信じて、いいのか?』

絹旗「これはただの悪口です。貴方や滝壺さんみたいな超使えない人間を我々“アイテム”の中に留めていても足手まといになるだけと言ってるんですからね」

回る風車、煌めく街、妖しいネオン、輝くテールランプを見送りながら滝壺はガードレールに腰掛け素気なく伝える。
こういう時リーダーで良かったと初めて思えたかも知れない。
少なくとも効率的に殺さなくてはならない味方を選べるという一点のみにおいて。

浜面『――ありがとう』

絹旗「……その代わり、浜面には二人分働いてもらいますからね。少なくとも滝壺さんを養える程度には超コキ使ってやります!」

そこで絹旗は『電話の女』に新たな補充要員を申し立てようと考えを巡らせる。
流石に自分とフレンダだけでは組織は立ち行かない。最低でもあと一人欲しいと――

絹旗「(……とりあえず、ハケンって事で)」

――この日、浜面仕上は正式なアイテムの構成員となった。




870作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:44:55.05W55C2CfAO (35/41)

~30~

浜面「……首の皮一枚繋がったって、そう考えりゃいいのか?」

浜面仕上は眠りに就いた滝壺の病室から程近い喫煙所にてマイルドセブン・セレクトを吹かしていた。
ガラス張りの室内にあって皓々と灯る照明を見上げながら文字通り一息つく形で。

浜面「(――ハケン、見習い、アルバイト……呼び方なんてどうだってもいいさ。これでまた一歩、闇ん中に堕ちちまった)」

絹旗から持ち掛けられた滝壺に関する安全保障と引き換えに浜面は正式なアイテムへの加入を果たした。
言わば補充要員が来るまでの身代わりのようなものだったが――
浜面はそれでも良いと思っていた。滝壺へこれ以上負荷がかからなければと。

浜面「……星、見てえな」

星。それは暗い場所でのみ輝くもの。手を伸ばしても届かないもの。
しかし浜面は闇に堕ちて尚、数日前までの後悔など跡形もなく消し飛んでいた。
どんな先行きの見えぬ夜の道にあっても、もう迷う事なく星の標を目指す事を決めたのだ。

滝壺『でも、初めてはまづらと会った夜……レベル0なのに私を守ってくれた強いはまづらと、私の胸で泣いてた弱いはまづら……“人間のはまづら”を見た時――この男の子を、守ってあげたいって思ったの』

弱さの全てをさらけ出し、強さというものを見つめ直した。
この学園都市の底知れぬ闇にあって人の命などこの煙草の煙のように軽く……
己の生など穂先に溜まった灰のように呆気ないものだと受け入れた上で。

浜面「(俺はあいつを死なせたくない。あいつの居場所を守りてえんだ。グダグダと迷ってばっかだったけど、やっとそれがやりたい事だって分かったんだ)」

道に迷い、己を見失い、仲間と別れ、辿り着いた先は更に深い闇。
滝壺を居場所を無くした自分のようにしたくないという思いと、滝壺を駒場のように死なせたくないという想い。
意を決したように燃え尽きかけた煙草を灰皿にねじ込み、目を閉じる。

浜面「クソッタレなウニ頭野郎」

滝壺『レベル0のかみじょうが、レベル5のむぎのの命を助けたから』

浜面「確かテメエもそうだったな」

浜面の瞼の裏を過ぎる少年と、滝壺の胸裡を掠める少年が同一人物である事を――二人はまだ知らない。

浜面「――今なら」

そしてこの夜――

浜面「テメエの気持ちがよくわかる」

浜面仕上の少年時代が終わりを迎える――




871作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:46:39.14W55C2CfAO (36/41)

~31~

心理定規「何を作ってるの?」

垣根「ロングアイランド・アイスティー」

心理定規「……貴方紅茶なんて飲むの?」

垣根「名前だけだ。紅茶なんざ一滴だって入っちゃいねえ。つうか来る時はコールの一つくらい鳴らせよ」

同時刻、垣根帝督と心理定規は『スクール』の隠れ家にいた。
垣根はシャワーでも浴びていたのか上半身裸のジーンズ姿であり――
五種のアルコールを一つのグラスに注ぎながら未だ水滴滴る頭には無造作にタオルを乗せてミニバーに立っていた。

心理定規「失礼。で、それはどんなカクテル?」

垣根「ラム、ウォッカ、ジン、テキーラ、オレンジリキュールをレモンジュースにぶち込んだカクテルだ。見た目だけは紅茶だがな。飲むか?」

ソファーに腰掛けつつファッション雑誌のページを手繰っていた心理定規の視線が垣根の上半身に注がれる。
五種のアルコール……ラムはメンバー、ジンはブロック、オレンジリキュールがアイテム、ウォッカがグループでさしずめ自分達スクールはテキーラかと。
その全てを混ぜ合わせて飲み干すという行為の意味。
心理定規は垣根の水滴したたる鎖骨から視線を外し、言った。

心理定規「……アルコールも良いけど、明日に差し支えないようにしてちょうだい」

垣根「言われるまでもねえよ。つうか何しに来たんだお前は」

心理定規「ベッドを半分借りに来た――って言ったら……どうする?」

一息にグラスを煽って飲み干した垣根がガシガシとタオルで髪の水気を拭き取って行く。
心理定規の言葉を聞いているのかいないのか、新たに取り出した黒色の煙草に火を点けて。

垣根「好きにしろ」

心理定規「……そう。じゃあそうさせてもらうわ」

消沈したように呟き、怒ったように雑誌を投げ捨て、心理定規は垣根とすれ違う形で空いたばかりのシャワールームに向かう。

心理定規「――貴方、いつか必ず誰かに背中を刺されるわよ」

垣根「安心しろ。自覚はある」

薄暗い室内、窓の外に広がる紛い物の地上の星々。闇を照らせど晴らす事の出来ない脆弱な光達。

心理定規「――刃が、真っ正面からだけ飛んで来るだなんて思わない事ね」

夜の底を這いずり回り、朝陽の光に集る自分達は火に焼かれる虫のようだと心理定規は思った。




872作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:47:09.79W55C2CfAO (37/41)

~10月9日・独立記念日~

浜面「親船最中が狙撃されかけた……?」

フレンダ「結局、私達の警告は無視されたって訳よ」

絹旗「それも超始末したはずのスナイパーを補充してです。殺すだけの価値もない親船最中を、目つけられるリスクを天秤にかけた上で無理矢理でも予定を合わせて」

翌日、戦力外通告を出された滝壺理后に代わって浜面仕上を加えたアイテムの面々はファミレスに集結していた。
そのテーブルの上にはオズマ姫のクッキー缶と香港赤龍電影カンパニーが送るC吸ウルトラ問題作『とある忘却の黄金錬成(アルスマグナ)』のパンフレット。
何でも記憶を失った錬金術師と名前の無い超能力者と年齢不詳の天才少女のハートフルラブコメディらしいがそれはさておき

フレンダ「結局、スクールはなんだってそんな割に合わない事しなくちゃいけないって訳よ?おかしくない?」

浜面「……絹旗、ちょっと良いか?もしかして親船最中は本命じゃないんじゃないか?」

絹旗「発言を超許可します。そう思う根拠は?」

浜面「……似たような計画に、つい最近まで俺も乗ってたからさ」

絹旗・フレンダ「「???」」

浜面は語る。駒場利徳という名を伏せた上で彼が練っていた『計画』を。
一見本命を叩くように行動して警戒レベルを恣意的に混乱させ、その隙に真の獲物を狙うやり口。
風紀委員や警備員の体制を揺るがせ、その間に無能力者狩りのメンバーを襲おうとした手口。
これを今回の件に当てはめるならば親船最中を襲う事で警戒レベルに偏りを生じさせ、手薄になった別口に当たるのではないかと。

絹旗「――愚考、というには一考の価値がありますね。街の脆弱性を突いて超本命を狙うという一点においては」

浜面「俺にも確証なんてない。ただ――」

フレンダ「――絹旗、今現在警備が手薄になってる施設にチェック入れてみたらどうかな?」

浜面「!」

絹旗「ありですね。浜面車出して下さい。私は“電話の女”を通じて今から洗い出しを始めます。超念には念をという事で」

浜面「……ありがとう。俺の話聞いてくれて」

フレンダ「――結局、スクールに警告出しといてこのザマじゃギャラに関わるって訳よ!」

新生アイテムの面々もまた席を立つ。己が戦場へと向かうために。


そして――





873作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:48:54.32W55C2CfAO (38/41)

~33~

土御門「“回収”だ。護送車じゃなくて収集車で良い……念の為人材派遣のDNAの照合もあたってみてくれ。見ただけじゃ誰だかわからないぐらい“破壊”されてるからな」

土御門元春が

海原「……とりあえず人材派遣の部屋に到着しました。こちらもパソコン、録画用のHDレコーダ、ゲーム機、炊飯器、洗濯機のAI設定用メモリ、全てやられてますね」

海原光貴が

結標「一応、家電の中でも残っているものもあるみたいだけどね」

結標淡希が

一方通行「……、あン?」

一方通行が

佐久「スクールの連中の動き出しが思ったより早い。もう少しアクションを遅くしてくれりゃあ良かったものを」

佐久辰彦が

手塩「是非もない。私達は、ルビコン河を、渡った。もう、後戻りは、出来ない」

手塩恵未が

鉄網「うん……」

鉄網が

馬場『博士。スクールとグループに動きが』

馬場芳郎が

博士「わかっている。いずれにしても、他の連中も動き出すだろう」

博士が

査楽「そろそろ頃合い、ですかね」

査楽が

ショチトル「――ああ」

ショチトルが

土星の輪の少年「砂皿緻密は無事撤収。これより現地で合流するとの事」

土星の輪の少年が

心理定規「……始まるわよ」

心理定規が

垣根「――行くぞ」

垣根帝督が

フレンダ「結局、行き先はどこな訳よ?」

フレンダ=セイヴェルンが

絹旗「第十八学区・霧ヶ丘女学院付近の素粒子工学研究所です。親船の騒ぎに乗って私設警備や機材運搬の混乱が生じたのはあそこ一箇所です」

絹旗最愛が

浜面「(――勝って、生きて、帰りてえ)」

浜面仕上が

滝壺「………………」

――10月9日、独立記念日。学園都市暗部抗争、勃発――




874作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:49:49.87W55C2CfAO (39/41)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

番外・とある星座の偽善使い:第二十四話「The Divinity」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



875作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/17(土) 21:50:47.32W55C2CfAO (40/41)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――ゼロサム・ゲームの幕が上がる時、ドッグ・イート・ドッグ(咎狗達の共食い)は始まる――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



876投下終了です!2011/09/17(土) 21:53:27.10W55C2CfAO (41/41)

投下終了です。皆さんのたくさんのお声掛けに支えられ次回で最終回となります。
最短で来週の日曜日を目処に25話、26話を出来れば良いなと考えています。
では失礼いたします……今夜もありがとうございました。


877VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/17(土) 21:54:09.98vGEyo/bZ0 (1/1)

オツカレサマデス


878VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/17(土) 22:26:41.896WxjeX7s0 (1/1)


相変わらずの仕上がり感服してます


879VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/09/18(日) 02:17:03.40lPJvl9dEo (1/1)

>>860は敢えてのplay?


880VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/18(日) 04:29:44.080VULzC9to (1/1)

五和はもらっていきますね


881VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/09/18(日) 22:08:42.18lzLe5YbQo (1/1)

>>879
おまえ俺があえて言わなかったところを…


でもあえてだとしたらレベル高すぎる


882VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)2011/09/18(日) 23:05:23.721Nk9RuUU0 (1/1)

おいおい、バカかお前ら?偽善使いが、そんなミスするわけ無いだろ?playってのは、演劇とか芝居って意味さ。
自分らしく生きるって難しいし、他人から見た自分らしい自分を演じようと皆必死なわけよ
自分らしく生きるために自分を演じてる、そんな矛盾 でも、みんなが幸せになって欲しいって祈ってるわけやん?俺って素敵やん?


883VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/09/18(日) 23:50:20.51lbR1x807o (1/1)


番外編第一部が最終回なんですよね?


884VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/09/20(火) 13:57:23.08WlIG1++IO (1/1)

>>882
恥ずかしいやつ



885VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/09/20(火) 20:03:32.71IotBwIur0 (1/1)

>>883
いや違う!! 第一部じゃなくて序章だ!!


886VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/09/24(土) 05:24:00.847JR1SnS4o (1/1)

wktk


887VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/09/25(日) 04:25:32.54jECoRwYbo (1/1)

まだかな


888作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 14:59:18.28LC5MmfkAO (1/80)

>>879
うわああああああ(ry


最終回、25・26話を投下いたします。


889作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:02:14.73LC5MmfkAO (2/80)

~0~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Life is not a problem to be solved, but a reality to be experienced(人生は正答ある問題ではなく、経験の積み重ねが続く現実である)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



890作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:02:44.92LC5MmfkAO (3/80)

~1~

浜面「ぐっ……」

フレンダ「ごほっ……ゴホッ」

絹旗最愛「――……!!」

崩落し炎上する粒子工学研究所。蹲う浜面、這うフレンダ、跪く絹旗。
皆一様に満身創痍であり、その身を朱に染めていないものなど誰も居はしない

???「――憐れみすら湧かねえもんだな」

――ただ一人を除いては

???「アスファルトに焼かれてのうたつミミズを見下ろしてる気分だ」

赤き火の海、紅き血の海、朱き死の海の中判決を待つ罪人のように首を垂れる三人を前に青年は佇んでいた。

浜面「テメエ……!」

???「………………」

浜面「何者だ……!!」

???「――化け物だよ」

最早内外を隔てる壁面すら意味を成さない凱嵐が青年を中心に吹き荒れている。
資材から瓦礫から何から無重力状態で中空を揺蕩い、浮遊する欠片が少年の身体に触れただけで崩壊し砂塵に還る。
見えざる玉座に腰掛ける王の威光に焼かれるように。

フレンダ「聞いて……ない訳よ!」

身体を上下に分断されそうな傷口を押さえ息も絶え絶えにフレンダが呻く。
確かにスクールが暗躍している事はわかっていた。
しかし本命中の本命……チェスで言うなればキング自らが前面に出て来るとは思っていなかった。

絹旗「学園都市……第二位」

絹旗の能力『窒素装甲』の雛型となった学園都市第一位に次ぐ実力者。
それは230万人の学生と研究者が集うこの学園都市(セカイ)で二番目に危険な人物。
そうと余人に伺わせない洒脱な立ち振る舞いは既になく、今や抜き身の刃を振るう裁きの王がそこにはいた。

フレンダ「……未元物質(ダークマター)」

かつて自分達を率いていた麦野より二つ上、かつて自分達と会敵した御坂と一つ上しか序列が変わらないというのに――
横たわる懸絶が、隔絶が、聖絶の力となって越えがたい壁となる。

絹旗「垣根帝督!!」

垣根「………………」

死に至る病(ぜつぼう)の顕現化のように立ちはだかる皇帝を前に、三人は為す術もなく敗れ去った。



時は僅かに遡る――






891作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:03:12.67LC5MmfkAO (4/80)

~2~

フレンダ『来るかどうかも分からない相手をただ待ってるだけってのも……』

浜面『退屈か?』

フレンダ『まさか。本音で言えば何事もない越した事はないけど、結局私もギャラが欲しい訳だから何かあって欲しいのと半々くらいかな』

数十分前、スクールに先んじて素粒子工学研究所に到着したアイテムの面々は網を張っていた。
フレンダは各種トラップを散りばめ、浜面はと言うと――

浜面『……俺だってこんなもんさっさと脱ぎてえよ。何があってもなくても』

浜面は両手を開閉し手応えを確かめる。それはフルフェイスのヘルメットを取り付けたような……
灰を基調とし要所に黒のプロテクトを取り付けた駆動鎧。その名も

浜面『しっくり来すぎているのが逆に変な感じだ』

フレンダ『HsSSV-01“ドラゴンライダー”……これから始まる戦争用に作られたとかなんとか言ってたねそれ』

絹旗『超苦労しましたよ。駆動鎧の大半がアビニョンに駆り出されてましたからね。開発途中の物を無理矢理引っ張って来ましたがまあ超浜面に使えそうなのはそれくらいでしょう』

浜面『……どっから取って来たんだこんなもん』

絹旗『工廠に決まってるじゃないですか。本来ならバイクを含めて運用されるものらしいですがそこまで超贅沢言ってられないので』

はあ、と浜面は溜め息をつきながらHsLH-02をブンと取り回す。
警備員らが鉄扉を打ち破るために使うリニアハンマーに、メタルイーターM5まで攫って来た辺りの裏事情を鑑みて。
何でも絹旗曰わく警備員の新型警邏バイクのモデルだったものらしい。
とは言ってもバイク自体は未だ開発途中であり、ライダースーツ型駆動鎧を徴収する際にも『丈澤道彦』なる技術者がかなり渋ったとの事だった。が

浜面『……ちっこいだなんて言って悪かった。確かにあんたは俺の上司(リーダー)だよ』

絹旗『部下に最高の仕事をさせるのが上司の役割ですので』

麦野の後を継ぐという重責を担えるだけの器を絹旗は既に有している。
そんな絹旗を、フレンダは気体爆弾イグニスの詰まった香水瓶を手にしながら見やった。




892作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:05:08.31LC5MmfkAO (5/80)

~3~

フレンダ『……私さ』

浜面『?』

フレンダ『暗部で長い事してて、死ぬのが怖くてやってられるかって訳だけど……なんかこうしてると結局、まだ生きたいとか思う訳よ』

フレンダは小型クローゼットほどあるピンセットを運び出す下部組織の人間らを横目に訥々と語る。
それはフレンダの行動原理の一つ、『死にたくない』という意識。

フレンダ『標的の人生なんてどうでもいいし?まあ止めを刺す時の命を摘むまさにその瞬間……相手の運命を支配した気分、コイツは私に殺されるために生まれて来たんだって言う快楽は別に嫌いじゃない訳』

そんなフレンダの独白を浜面は着込んだ駆動鎧にメタルイーターM5を担いで見つめる。
やっぱり危ないヤツだなコイツらと思う反面、やはりフレンダが一番人間臭く、俗っぽいなとも。

フレンダ『けど――私には身内がいる。でも私は自分が一番可愛い訳よ。まだ死にたくないし、誰よりも長く生きたい。あんた達だって結局そうでしょ?』

浜面『――……まあな』

絹旗『命以外何もかも失った超クソッタレな人生ですが、それさえ無くしてたら超意味ありませんからね』

浜面は路地裏の青春から、絹旗は元いた居場所から、フレンダは家族から引き離された。
しかし浜面は滝壺、絹旗は受け継いだアイテム、フレンダにはフレメアが……生きる意味と死ねない理由がある。

フレンダ『――生きよう。結局、どんな人生だろうと命がなくちゃ何も変えられない訳よ』

絹旗『そう言えば超約束しましたもんね、一緒に遊園地行きましょうって』

浜面『俺もだ。こんな所じゃ死ねねえよ。カッコ良い死に方選べるほど真面目に生きてないし』

フレンダが手の甲を上に差し出し、そこへ絹旗が掌を重ね、更に浜面のグローブが包み込んだ。

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

フレンダ『……絹旗(リーダー)、命令を』

絹旗『――決まってます。誰も超欠ける事なく終わらせます』

浜面『楽勝だ、リーダー(絹旗)』

施設を揺るがす爆破衝撃の中、三人の重なった手が応、という掛け声と共に離れて行く。

絹旗・フレンダ・浜面『――――――』

各々が選んだ戦場を背に、戦う理由を胸に、少年少女らは駆け出して行く。

絹旗『来ますよ!』

帰る場所と

浜面『行くぞ!!』

そこで待つ者と

フレンダ『出るわよ!!!』

今を生きる自分達のために




893作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:05:59.32LC5MmfkAO (6/80)

~4~

垣根『――砂皿、テメエは施設外周部で待機。ピンセットの運搬に従事する人間から敷地内で覗かせた頭まで全部吹き飛ばせ。やり方は任せる』

砂皿『……心得た』

垣根『お前らはピンセットの探索及び奪取を最優先に。念動力系と念話能力の応用が利くお前らなら訳ねえだろ』

土星の輪の少年『了解』

心理定規『それはいいけど……貴方はどうするの?』

垣根『決まってる。網から罠まで根刮ぎ“喰い破る”んだよ』

一方『スクール』は施設に張り巡らされた防壁を突破し、そこで垣根が各メンバーに指示を飛ばした。
アイテムに先回りされたのは予想外ではあったがあくまで想定内。
垣根は揺るがない。勝利は揺るがせられない。そう語る背中が三人の目に映る。

心理定規『――信じて、いいのね?』

垣根『信じる?安い言葉使ってんじゃねえ』

ただ一人、その背中を砂皿や少年とは違った色合いの眼差しで見つめるドレスの少女を除いては……

垣根『覆せない絶望を奴等に、覆らない勝利をテメエらにくれてやる。差し出口叩く暇がありゃ頭回して身体使え』

心理定規『……行きましょう』

土星の輪の少年『了解』

砂皿『ああ』

振り返りもせず三人から離れて行く背中を心理定規は遠く感じていた。
手を伸ばせば、声を掛ければ、あの背中に届くのにと。

心理定規『(馬鹿よ……貴方は)』

あの背中はまるで、誰かに刺されるのを待っている孤独の王のようだと心理定規は感じていた。
そんな少女の横に並んで歩く少年はと言えば――

土星の輪の少年『――信じよう』

心理定規『………………』

土星の輪の少年『こんな暴力と裏切りの世界の中でも……あの人が僕等の信頼や期待を裏切った事なんて一度だってなかった』

去り行く垣根の背中に寄せられるそれはやはり信頼だった。
幾度とない屍の山を、何度とない血の河を、垣根は彼等を率いて越えて来たのだから。

土星の輪の少年『そんなあの人だから――僕等はあの背中に全てを託せたんじゃないか』

心理定規『――そうね』

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

二度目の爆発が火柱を昇らせ施設天蓋を吹き飛ばす。
それが号砲の合図となり、応報の烽火となって空を焼き尽くした。

心理定規『――彼は、そう言う男だったわね』




894作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:08:04.47LC5MmfkAO (7/80)

~5~

――戦闘が始まる。

フレンダ『ハッ!』

素粒子工学研究所中央部にて、フレンダが十重二十重に張り巡らせた着火テープに電気信管で火花を散らし――
それにより天蓋から壁面に至るまで雪崩のように降り注ぐ瓦礫が垣根に対し質量攻撃を仕掛ける。

垣根『くだらねえ』

パンッ!と振るった翼が蠅を叩き蚊を潰すように崩落して来る瓦礫を払いのけて塵に帰す。そこへ――

絹旗『超合わせなさい浜面!』

浜面『おう!!』

窒素装甲を纏った絹旗が垣根目掛けて駆け出し、右拳を振るう。
駆動鎧に身を包んだ浜面が走り出し、HsLH-02をハンマーのように振り抜かんとする。
猪突が左側から、猛追が右から襲い掛かるも――

垣根『はっ!』

垣根はポケットに手を突っ込んだまま上体を僅かに逸らした髪の毛数本の見切りで絹旗をいなし……
その側から追撃を加えんと振り下ろされたHsLH-02の銃身を、軽やかなサイドステップでかわす。

絹旗『(こいつ……!)』

垣根『――俺と踊りたきゃ、もう少しヒールを高くする事だ』

絹旗『――!!?』

左フックでの目くらまし、右アッパーによる揺さぶり、両手を組み振り下ろしてのハンマー。
垣根はそれらを悠々と『未元物質』を纏わせた右手で受け止め――

垣根『寝てろ。背が伸びるぜ?』

ガッ!と足払いでもかけるように繰り出した垣根の蹴りが窒素装甲越しにも絹旗を揺らがせ……
傾いだ側面から未元物質の翼を平手でも見舞うように薙ぎ倒し吹き飛ばす!

絹旗『ううっ!?』

フレンダ『絹旗ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

浜面『っ』

フレンダが叫び、スカートから取り出した携行型対戦車ミサイルを放つ。
箭を引き絞るように十指に構え、口で咥えて紐を引き抜き、圧縮空気が後押した爆炎が――
フレンダの絶叫に意を向けた垣根目掛け、駆動鎧の恩恵を受け疾風となった浜面が絹旗を抱きかかえた頭上を通り過ぎ

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

浜面『やったか!?』

複数のミサイルが施設を根幹から揺るがすような大爆発を引き起こし、絹旗を抱き上げた浜面が爆炎の彼方へ見返る。



だが



垣根『今――』



浜面・絹旗・フレンダ『『『!!?』』』


垣根『――なにかしたか?』



『皇帝』は倒れない――


895作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:08:30.49LC5MmfkAO (8/80)

~6~

垣根『テメエらはいつもそうだ』

着崩したヴァレンティノのスーツに焦げはおろか煤一つなく

垣根『ああすりゃ勝てる。こうすりゃ負けない。強けりゃ粋がる。弱けりゃ群がる』

チャラチャラと鳴るガボールのチェーンが不吉な響きを奏でて耳朶を軋らせ

垣根『生きるのは自分。死ぬのは他人。こんなオモチャで俺を倒せるとでも?馬鹿が。頭使う以前に現実を見る目ってのがまるでなっちゃいねえ』

浜面『嘘……だろ』

浜面のその呟きはフレンダ・絹旗両名の心の声でもあった。
絞り出したその声さえも、ともすれば恐怖を通り越した感情に塗り潰されそうになる。
それは人に生を受けた以上『死』と並んで避け得ぬもの。

垣根『数の暴力、力押し、知略機略戦略……』

人はそれを『絶望』と呼ぶ――

垣根『俺の“未元物質”に、その常識は通用しねえ』

轟!!という風の唸りと共に『死の翼』が広がる。
その翼に崩落し剥き出しとなった青天井から降り注ぐ太陽光が当たり……
それを垣根の翼が回折し、未元物質により物理法則を歪められた殺人光線へと性質を変えて放たれる。

浜面『がああああああああああああああああああああ!!?』

絹旗『浜づ……きゃああああああああああああああああああああ!!?』

フレンダ『(ヤバい!!)』

駆動鎧を溶かし窒素装甲越しにも肌を焼く光線に対しフレンダがリモコンを押す。
施設内及びこの戦場に設置した陶器爆弾と人形爆弾で根刮ぎ吹き飛ばすように。

ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!

垣根『泣かせる努力だ』



フレンダ『!?』

垣根『報われない努力ってのは見てて涙が出そうになるぜ』

轟!!とスーパーセルを思わせる颱風がた酸素まで焼き尽くす勢いの爆炎を……
それに勝る勢いで渦巻いて衝撃を引き剥がし、逆巻いて炎を引き離し、嵐は一瞬にして凪へとその様相を変え――

垣根『ましてやそれが虫螻の足掻きなら尚更な』

ザシュッ!

フレンダ『――かっ……はっ』

浜面『フレンダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

垣根の翼がフレンダの腹部を刺し貫き、そのまま無造作に瓦礫の山に放り出した。
垣根は殺意はおろか敵意すら、もしかすると悪意すら三人に向けて来ない。

垣根『一人』

象は蟻に注意など払わない――!!




896作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:10:34.39LC5MmfkAO (9/80)

~7~

そして時間は巻き戻る――

浜面「垣根帝督ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

垣根「!」

激昂した浜面が駆動鎧の速力を活かし、一瞬にて背後へと回り込む。
人体の限界と人間の潜在能力を凌駕するこの駆動鎧なくして垣根の反応速度をかいくぐる事は出来なかっただろう。そして

浜面「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

バズーカのような電磁力式ハンマーを垣根へと叩きつけ、ズドン!!重量20キロの亜音速の楔を背中に打ち込む。しかし

垣根「俺は挿す側に回りたいんでな――」

浜面「!?」

垣根「生憎と男は受け付けてねえんだよ」

シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……!

HsLH-02の楔は垣根の翼に阻まれ、水に石を落としたような手応えのみを浜面に伝え『蒸発』した。代わって――

垣根「気は済んだか?」

未元物質を纏った腕で浜面軽々と持ち上げ、シェイクハンドするようにし……そこから一気に――

垣根「――ブッ潰れろ」

ゴガン!ゴガン!ガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!

手にしたビニール傘から水滴でも払うように無造作に――
浜面を壁面に、床面に、研究資材に、繰り返し振り回し繰り返し叩きつける。

浜面「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!?」

垣根「二人」

ドゴン!!と浜面を投げ捨て、垣根はパンパンと両手の汚れを払う。
反対に放り出された浜面は一合にて半死半生の重傷を負い、駆動鎧の至る所に罅が入り血が流れ出した。
理論上は最高速のドラゴンライダーから転げ落ちても操縦者の生命を保証する駆動鎧を以てしても――垣根の前にそれは意味を為さない!

絹旗「っ」

ドン!と投げ出された浜面の陰より絹旗を人形爆弾を放っても――

垣根「気の強い女は嫌いじゃねえが――」

ガギン!と垣根の未元物質が象る不可視にして不可知の防壁がそれを撃ち落とし

絹旗「……!」

垣根「――高校生以下は受け付けてねえんだ」

絹旗は再び横殴りの翼に身体を縦に叩き潰され――

垣根「三人」

垣根という王の足元に平伏した。




897作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:11:02.23LC5MmfkAO (10/80)

~8~

フレンダ「み……んな!」

浜面は呼吸すらままならない衝撃に膝を屈し、絹旗は四肢動かぬ圧力に膝を折った。
二人とも駆動鎧や窒素装甲の守護が無ければとっくに肉塊か肉片に変わり果てていただろう。
それほどまでに垣根は強かった。桁でも格もレベルですらない。文字通り立っている次元そのものが違う。
その事が瓦礫の山に仰向けに倒れ込み、はみ出しそうな内臓を手で押さえるので精一杯のフレンダにもわかった。

垣根「さて、と」

彼の立つ場所は玉座であり、ただ一人を除いて彼以外の全ての能力者を平伏させる。
それは圧倒的な暴力であり能力であり演算力でありカリスマ性である。

垣根「別にテメエじゃなくても良かったんだが、一番話が早そうなタイプに見えたんでな」

フレンダ「ひっ……!」

垣根「質問。まずピンセットの在処だ。それからテメエらん所に確かサーチ系能力者がいたな?どこに雲隠れしてる?答えやすい順から話せ」

そんな絶望を司る魔王がフレンダへと向き直る。
フレンダは知っている。自分が今生かされているのは情報を引き出すためであると。
フレンダは知らない。自分が今生かされているのは垣根が自分にフレメアの面影を見いだしているからだと。

フレンダ「ひっ……ぐっ……ううっ……」

麦野の狂気も人間離れしているがそれはまだ怪物性の発露でありまだ理解や恐怖が及ぶ範囲の話だ。
しかし垣根のもたらす絶望は最早災厄の域に達している。津波や地震でも相手にしているような途方もなさ。だが

フレンダ「み、……み、みみんな」

浜面「フレ……」

絹旗「……ンダ」

垣根「――こいつらの手前話し辛いってなら、しゃべり安くしてやってもいいんだぜ?」

垣根の翼が断頭台の刃のように絹旗へと差し向けられる。
話さなければ自分が殺される。仲間も殺される。どうあがいても絶望以外の選択肢を垣根は与えない。
フレンダの恐怖と苦痛と絶望に歪む顔に脂汗が滴り落ち、瘧のように手が震えて歯が鳴り膝が笑い――

フレンダ「ごっ……ごめん、みんな……」

痺れそうになる舌を何とか動かし……フレンダは――




898作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:11:55.64LC5MmfkAO (11/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フレンダ「Miji cavino capri citreva sigichovire sgicacci slano happa fumifumi?!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



899作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:13:57.74LC5MmfkAO (12/80)

~9~

死ぬのが怖い。殺されるのが恐い。あいつが強い。全部がコワい。
でもっ、でもっ、私は……私は結局、私は結局臆病者な訳で――

垣根「……今なんつった?」

フレンダ「……あ……あんたに話す事なんてねぇっつの!!」

私は死にたくない。フレメアを独りぼっちで置いて行きたくない。
だけど……麦野が、麦野がいなくなってからもずっとやって来たみんなが欠けてまで生きたくない。
本当は裏切って楽になりたい。みんながここにいなきゃ寝返って安全な方につきたい訳よ。でも

フレンダ「み、みんな本当にゴメン……私と、私と一緒にここで死んで――」

浜面「……く、く……くくく……」

絹旗「……本当に……超……馬鹿ですね」

――久しぶりに、三人になっちゃった私達が四人になれた訳よ。
絹旗と遊園地に行くって約束しちゃって、キモい浜面と滝壺の事まだいじりたくって……
言わなけりゃ良かった。みんな一緒に生きるだなんて格好つけなけりゃ良かった訳よ。そうすれば――

フレンダ「り、リーダー命令な訳よ!結局誰か一人死んで欠けて生きるくらいならみんな殺された方がマシな訳よ!!!」

浜面「……ああ、どうやら最後は笑ったまま死ねそうだ」

絹旗「嗚呼……浜面も、超馬鹿ですねえ」

麦野の言う通り馴れ合いなんてするもんじゃない訳よ。
結局、馴れ合った連中と心中なんて馬鹿みたいな話。
でも……でもこんなチャラ男、ブチ切れた麦野や絹旗に比べりゃ全然怖くない!
生きたまま拷問受けて死ぬより、ただ殺されて楽になれる方がまだマシな訳よ!

垣根「――誇りと死を天秤にかけたか。感傷的だが、現実的じゃねえな」

浜面「――ああ、そうだろうさ」

浜面……キモい顔が余計キモくなるまでボコボコにされてまだ立ち上がる訳?
私達死ぬんだよ?今私が、あんた達の前だから裏切れなくて切った啖呵で結局殺されるんだよ?

絹旗「私も……馬鹿が超移っちゃいましたよ」

絹旗……もう骨砕けてるんでしょ?左腕ブラブラじゃん。
右足も本当は折れてるじゃん!立ったって……立ったってもう何も――

絹旗「――確かにうちは馬鹿ばっかですが……臆病者は一人もいないんですよ。第二位」

何も変えられないのに――私までつられて立ってる。はは……




900作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:14:43.70LC5MmfkAO (13/80)

~10~

垣根「そうか」

轟!!と垣根の『死の翼』が天へ枝葉を伸ばす木々のようにざわめき……
打撃に特化した翼が斬撃へ突出した刃へとその様相を変えて行く。
王の威光に身を焼かれながらも掲げた旗に取りすがる民へ振り下ろされる裁きの剣のように。

浜面「(……悪い駒場、思ったより早くテメエのマズいツラ拝みそうだ)」

駆動鎧の中で肉も骨も血も持って行かれそうになって尚立ち上がるは浜面仕上。
その脳裏に過ぎるは滝壺理后。彼女をこの戦場に連れて来ずに良かったという満足感と……
居場所を守るという約束と、生きて帰るという誓いを果たせずに終わったという絶望に満ちていた。

フレンダ「……ごめんね」

はみ出しそうな内臓を押さえる手から鮮血を滴り落とすはフレンダ=セイヴェルン。
その胸裡を過ぎるは昨日遊園地に行くという妹との約束と……
いつか絹旗を遊園地に連れて行くという約束を果たせずに終わった絶望が満ちていた。

絹旗「――――――」

血染めのニットのワンピースから剥き出しの折れた右足と砕けた左腕を引きずり、それでも立ち上がるは絹旗最愛。
その目蓋の裏を過ぎるはやっと『アイテム』を取り戻したという満足感と……
『アイテムを頼んだ』という麦野との約束を果たせずに終わった絶望が満ちていた。

垣根「あばよ三銃士。テメエらのマスケットは枢機卿(オレ)に届かなかったな」

そして炎上する素粒子工学研究所に皇帝の裁きが下される。
右の翼は断罪の、左の翼は審判の、空の鳥が野の百合を啄むように双翼を広げる。
垣根の相貌に最早色も笑みもない。粛々とギロチンの刃を下すのみ

浜面「(悪い、滝壺――)」

白銀の刃が天蓋より広がる空を断ち割るように振り上げられ

フレンダ「(ごめん、フレメア)」

純白の剣が見上げた三人の六つの瞳ごと切り裂くように振り下ろされ

絹旗「(超すいません、麦野)」

逃れ得ぬ死と共に、空が三人を見下ろし――




901作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:16:00.02LC5MmfkAO (14/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――いいえ。四人よ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



902作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:18:10.04LC5MmfkAO (15/80)

~11~

ズギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!

垣根「!!」

その瞬間、垣根の振り下ろした未元物質のギロチンが天来の光柱によって撃ち抜かれ――
三人の首を刎ねる刹那、半ばにて焼き切られ消失する!

垣根「上か!?」

垣根が弾かれたように顔を上げ振り向きざまに目を開いた先より……
轟ッッ!!と舞い降りた翼が太陽を背負って急降下して来る。
雨霰とばかりに矢継ぎ早に、妖光の射手が次から次へと釣瓶撃ちに閃光を放って来る。

垣根「ちっ!!」

垣根が『死の翼』を広げて後退り、その場で光の繭のように身を固めて衝撃に備え……

フレンダ「嘘」

キィンッ!と星の瞬きを思わせる煌めく光が一点から複線に、複線から全面に空を覆い――

王の裁きに対する神の裁きのように、唖然とするフレンダ、呆然とする絹旗、愕然とする浜面を守るように――
生み出された光の坩堝が、流星の大瀑布のように降り注ぐ!

ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!

浜面「この光……!!」

光の津波が鉄槌に、星の雪崩が破城鎚に変わって垣根の立つ足場を畳返しのようにめくれ上がらせ吹き飛ばす!
自分達が触れる事も出来なかった垣根を、後退させたこの魔弾の射手を浜面は知っている。

絹旗「――まさか!!?」

目が潰れそうなほど眩い光の在処を絹旗は知っている。
絶望のブラックアウトすら焼き尽くすほどの破壊のホワイトアウト。
天空から舞い降りたその光が地に下り、描かれる影の形を絹旗は知っている。

バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

垣根「――テメエは」

垣根の広がる六枚の『死の翼』に対する十二枚の『光の翼』。
燃え上がる炎すら一瞬で消し飛ばし、瓦礫の山に光臨したその見覚えある後ろ姿。
見慣れぬ純白のコートを羽織っていながらも聞き間違えようもないその声が

「――二ヶ月ぶり、って所ね」

絹旗「……!!」

さらけ出された背中が、透き通った横顔が、冷め切った声が絹旗を揺さぶる。
舞い散る雪のような光の粒子と、降り注ぐ『原子崩し』の羽が

「――背、相変わらずちっちゃいね――」

絹旗の頬から落ちる涙の雫に映り込む、その姿は――




903作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:19:16.01LC5MmfkAO (16/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦 野 「 ― ― ひ さ し ぶ り ― ― 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



904VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/09/25(日) 15:19:31.51kA0Fv1zNo (1/1)

リアルタイムktkr


905作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:19:52.70LC5MmfkAO (17/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十五話「fortissimo-the ultimate crisis-」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



906作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:21:04.02LC5MmfkAO (18/80)

~12~

絹旗「どう……して」

麦野「――忘れ物を取りに」

嗚呼……ひっでえツラしてるねコイツら。って言ってもツラが吹き飛ばされる前に間に合って良かった。
オイオイ何泣いちゃってんの?優しくさすってやりゃ泣き止……む訳ねえな。
こいつら泣かしたのはあの腐れホストだけど、こいつ泣かしてんのは私の責任。

フレンダ「麦野……どうやってここに?」

麦野「それは私がお前らの元リーダーだからです」

滝壺の携帯パクったり人材派遣を拷問したりしてやっと辿り着けたとは言わない。
本当にまあ色々あったけどギリギリ滑り込みセーフの今別にどうでも良い。
今大事な事は、今大切な事はそんな事じゃないから。

浜面「お前が……“麦野”!!?」

麦野「そうね。だから何?」

私の背中に穴空けやがった男の声がする。ちょっと見ない間に面白い格好してるね。
次見かけたらブチコロシかくていのつもりだったけど取り敢えず後回し。
曲がりなりにも私を追い込んだんだから使いではあるでしょうし

垣根「――痛ってえな」

麦野「ノックが強過ぎたかしら?」

痛い?嘘吐けこの新人ヤクザが。今のでかすり傷一つ負ってねえくせにどの口がほざく。
これが噂の未元物質か。予想以上に厄介な能力ね。
素粒子を司り机上の上にすら存在しない物質を生み出す力だったっけ?確か。

垣根「あのプールバーで俺に酒ぶっかけた時から何も変わらねえな、テメエは」

麦野「あのプールバーで私に酒ぶっかけられた時から何も変わらないわね、アンタは」

――確かに当麻と会う前の私なら相手にもならないだろう。
有り得ないけど御坂と手を組んでも勝てる気がしない。
けれど当麻と逢った私なら負ける気がしない。

垣根「――ムカついた。よほど死にてえと見える」

麦野「――初めて気が合ったね。私もテメエをブチコロシてやりたいよ」

――勝たなきゃいけない戦い、負けられない闘い。
そこで手にした力が私にはある。そこで背に負った物が私にはある。

垣根「嫌われたもんだな……まあいいさ」

――こいつらの前で、膝なんてつけない――

垣根「――三人が、四人に増えるだけだ」




907作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:23:29.61LC5MmfkAO (19/80)

~13~

浜面「――――…………」

浜面仕上は感じ取る。十二枚の光の翼を負う女王を前に、六枚の死の翼を担う皇帝のオーラが一変し……

自分達を文字通り歯牙にもかけなかった絶望的存在が臨戦態勢に入るのを。

しかし相対する麦野は背中越しに『アイテム』守るように立ちはだかる。

その後ろ姿に浜面は奇妙な気分の高揚を覚えた。

麦野「――私は、あんた達を放り出して投げ出して逃げ出した」

それは自分と殺し合いをした敵が味方に回るという心強さ。

麦野「今から言う事はそんな私のエゴよ。良かったら聞いて」

対する絹旗の眼差しは涙に潤み、フレンダの面立ちは形容し難い色に染まる。

麦野「――私の背中をあんた達に預ける」

絹旗「!」

麦野「背中を預けるって事は、あんた達が私を許せなかったらいつでも刺せるって事」

フレンダ「………………」

麦野「けれどもう一度あんた達が私と一緒に戦ってくれるなら……手を貸して」

そしてそれ以上に麦野の横顔は透明だった。全てを受け入れた上で尚、全てに挑むように……

麦野「――あんた達に向けた背中で、あんた達を背負わせて」

――微笑んだのだ




908作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:23:59.70LC5MmfkAO (20/80)

~14~

垣根「っ!」

麦野「ッ!」

それを引き金にドン!と双翼が羽撃き、横殴りの麦野の翼と横薙ぎの垣根の羽が激突し、ぶつかり合った場所から弾け飛ぶ衝撃波が瓦礫の山を吹き飛ばし――
その刹那二人は同時に大穴の空いた天蓋より飛び出し、晴れ渡る大空へと舞い上がる!が

垣根「――逆算、終わるぞ」

麦野「!?」

垣根「テメエの牙はもう俺に届かねえ!」

轟ッッ!!と垣根の翼が無数の鞭のように麦野へと迫り来る。
見開いた眼差しの瞬き一つで人体を分解する羽根が、視界を埋め尽くさんばかり殺到し――

麦野「!」

麦野はそれらを背負った翼で錐揉み飛行するようにかいくぐりつつ原子崩しを撃つ!放つ!!穿つ!!!
されど垣根は振るう翼でそれらが接触する寸前に打ち消し、掻き消す。

麦野「(当麻みたいに無効化した!?)」

垣根「――真似事が通じる程度の浅い底だな。それがテメエの器(げんかい)か?」

麦野は知らない。10月3日の夜垣根と上条が再会した事など。
そこではからずも垣根は未元物質を消失させた幻想殺しの現象に瞠目した。
故に垣根は幻想殺しが引き起こした事象からヒントを得、特定の能力の無効化を思いついたのだ。
この場合は麦野が操る粒子でも波形でもない中間点を揺蕩う対電子線に特化した新物質を生み出して。

垣根「なら器ごと砕いてやる。欠片も残らねえようにな」

垣根の逆算は原子崩しの光芒と翼撃、二度接触すれば十分に過ぎるのだ。
麦野の不覚は初太刀でこの皇帝を討てなかった事。
さらに垣根の翼を走る力場が収束して行き……今度は電子線から身を守るのではなく、電子線を無効化した上で麦野を天空から叩き落とさんとする!

垣根「――異物の混ざった空間。ここはテメエの知る場所じゃねえんだよ!」

ドン!!と電子線を無力化させる素粒子の集合体が麦野へ撃ち出される。
かすっただけで発動させた原子崩しの翼を打ち消してしまう新物質を前に、麦野は――

麦野「――焼け死ぬのはテメエだ。イカロス(鑞の翼)」

垣根「!!」

ズギャン!と麦野の突き出した左手より迸る原子崩しが――
垣根の放った『未元物質』を根本から『別次元』へと『切り飛ばす』。
最初から『この世界に存在しなかった』ように――

麦野「――0次元の極点」




909作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:24:42.11LC5MmfkAO (21/80)

~15~

浜面「俺の銃を防いだ時の…!」

学園都市上空で相見える死の天使達の闘争。絹旗を担ぐ浜面はその現象に見覚えがあった。

0次元の極点。木原数多が提唱し構築していた空間理論。

それはこの世界においてn次元の物体を切断すると、断面はn-1次元になり……3次元ならば2次元、2次元なら1次元。

ならば1次元を切断すると0次元になるはず、という理論を基礎とし――

麦野は既にその『切断方法』に不可欠な『量子論を無視して電子を曖昧なまま操る』刃を持っている。

絹旗「麦野……!」

抱えられた絹旗が天空で激突する二人を歯噛みしながら見上げる。

0次元の極点は理論上ならば銀河の果てにある物質まで手中に収め、また銀河の果てまで飛ばす事も出来る。

そんな想像を絶する領域にまで上り詰めた麦野が――

フレンダ「……麦野が」

浜面「!?」

フレンダ「あの麦野が私達に“手を貸して”だなんて……結局初めて聞いた訳よ」

仲間だった頃ですら『手伝え』と命令する事はあっても……

『手を貸して』などと言ったのはフレンダが知る限り初めての事だった。

フレンダ「――みんな」

だから――




910作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:26:59.86LC5MmfkAO (22/80)

~16~

麦野「(……クッ)」

天空を翔るイカロスの翼は折れない。紛い物の翼であろうともあれはダイヤモンドの翼だと麦野は確信していた。何故ならば

垣根「――応用だけは磨いたもんだが基礎からしてなっちゃいねえな。見たところまだ“調整”が必要なんじゃねえか?それ」

ビュウッ!と旋風を纏い未だ傷一つ負っていない垣根に揺らぎは微塵もない。
麦野は既に最後の切り札とも言うべき『0次元の極点』を見せてしまったが……
垣根の手の内は未だ見えず、実力の底など読めはしない。

垣根「空間を切り飛ばしてあれこれ出来るってならせめて反物質(アリスマター)か本物の暗黒物質(ダークマター)くらい引っ張って来るんだな」

麦野「……吹いてんじゃねえぞ腐れホスト野郎!!」

垣根「吹くさ。吹くどころか噴き出さねえように真面目な顔作る方に気使う」

0次元を司る麦野、未元を統べる垣根。共に似通った棲息領域にあって異なるもの。それは

垣根「――笑える話だろう?」

麦野「……!?」

世界の有り様を『否定』する麦野の原子崩しと、世界の在り方を『支配』する未元物質という差異に止まらず――

垣根「同じ鳥類でも、ハトがタカに挑むなんざ狂気の沙汰だ」

バン!!と生み出された竜巻が麦野へと迫り来る。
幾重にも折り重なり逆巻き渦巻く真空波が空気を切り裂いて吹き荒れ、施設周辺をひっくり返す勢いで襲い掛かり――

垣根「――二万五千の新物質、断ち切れるもんなら断ち切ってみやがれ!」

麦野「――!!」

ドバァッ!未元物質を乗せた竜巻のような烈風が麦野をミキサーに放り込んだ果実のように切り刻む。
0次元の極点で断ち切り消し飛ばすにはあまりに多く、またあまりに凶悪な一撃を前に――

麦野「……があっ!!」

麦野は文字通り身体を血染めにし、原子崩しの翼も半ばもぎ取られ、噴き出す血煙を口から吐き出した。

垣根「――0と無限は等価だが、限りなく0に近いのと限りなく無限に近いのとじゃ意味が違う」

暴君(ネロ)の大火に如雨露の水をかけても無駄だと言わんばかりに――

垣根「――テメエの0と1の世界は、俺の無限の未元(せかい)に及ばねえんだよ」

皇帝は揺るがない――!




911作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:27:53.15LC5MmfkAO (23/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――ハトだろうがタカだろうが、鳥は鳥だろうが!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



912作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:28:19.24LC5MmfkAO (24/80)

~17~

麦野「!?」

浜面「オラァッ!!!」

垣根「!」

ッッッドン!!!!!!という音すら置き去りにするかのような号砲と共に地上より天空へ向け放たれる一撃。
それはメタルイーターM5。来る戦争に備え制式採用が決まったばかりの対戦車仕様ライフル。

絹旗「虫螻に足元すくわれてりゃ超世話ないですねえ!!」

駆動鎧の加護を受けた浜面が構え、窒素装甲の守護を授かった絹旗が銃身を支えるフルオート射撃。
それが垣根の不可知にして不可視の防壁ごと弾き飛ばす不可避の連撃となる。
物理攻撃のダメージこそ通らないものの、物量攻撃に押し流され垣根が麦野から引き剥がされる!

麦野「あんた達……!」

絹旗「何一人で超戦ってんですか麦野!!私達は“アイテム”でしょうがっ!!!」

フレンダ「絹旗ヤバいヤバいヤバい!!」

垣根が急降下し狙いを切り替えるや否や浜面が駆動鎧の速力を生かしたジグザグ走法でメタルイーターM5の弾丸をバラまきながら注意を引きつけ……
ボロボロの絹旗をズタズタのフレンダが引っ張って二人は瓦礫を転がり地べたを舐めた。

絹旗「手を貸す!?自分の勝手で出てった人間が超エラそうに!」

麦野「絹旗……」

絹旗「どうせ命令するなら“私の背中を守れ”くらい超ふんぞり返って言えばいいんですよ!!」

オフホワイトのコートを鮮血に染めた麦野が上空より見下ろした先、フレンダの肩を借りて立つ絹旗が声を上げた。
それに目を見開いた麦野に、フレンダは鳩に豆鉄砲でも叩きつけたような快哉を叫ぶ。

フレンダ「背中くらいいくらだって預かってやる訳よ!!」

フレンダが傷口を押さえていた左手を天へ向かって差し伸べる。早く来いと急かすように

絹旗「“前リーダー”が言えないってなら“現リーダー”の私が超命令してやります!!」

絹旗が何とか生きている右手を空へ向かって突き上げる。早く行こうとせっつくように。

フレンダ・絹旗「「私達に麦野の背中を支えさせろって訳よ(です)!!」」

そして――




913作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:30:14.02LC5MmfkAO (25/80)

~18~

浜面「オラァッ!!」

垣根「はっ!」

ゴバッ!!!!!!と跳躍した浜面の飛び蹴りが繰り出され、砲弾のような衝撃波と共に爆ぜる。
しかし翼成る盾がそれを防ぎ、受け止めた状態から反転して六翼を広げ浜面を押し返す。
されど浜面は体勢を立て直すのではなく、零距離からメタルイーターM5をドン!!と放ち、その勢いに乗じ後方へ飛びずさる。
だが垣根は開いた距離に構わず踏み鳴らすように地面に叩きつけ

浜面「ッッ!!」

次の瞬間垣根と浜面を隔てていた地面が衝撃波によりクレーター状に陥没する。
だが浜面は駆動鎧による急加速で垣根の牙が届くより早くサイドロールし、五、六回横転して切り抜けていた。

垣根「大したもんだ。テメエじゃなくてそのパワードスーツが、だが」

第三次世界大戦に備え開発途中であったドラゴンライダーの駆動鎧は確かに浜面の命を拾わせた。
コンピューターによる知識や技術の検索と補強を司り、モーターや科学性スプリングが運動量やベクトルを修正する。
二本の足で法定速度を軽々と凌駕する機動力と反応速度なくして今の一撃は避け得なかったろう。だが

垣根「こいつは俺の流儀に反するが――」

浜面「!!」

垣根「言って聞かねえ馬鹿なら拳でわからせてやるしかねえな」

バォ!!と言う爆音が後からついて来た頃には――

浜面「ぐ、ああああッッ!?」

真っ正面から未元物質を乗せた垣根の拳が浜面を殴り飛ばした。
ベクトルを集めても動かせない巨大な質量を以て、その余波が衝撃波に転化し施設一帯を均等に破壊するほどの勢いで――
浜面は薙ぎ倒され、瓦礫とガラスと機材が木っ端微塵に粉砕される!

垣根「――よく馬鹿は死ななきゃ治らねえって言うが」

駆動鎧が無ければたった今浜面がノーバウンドで突っ込んだ瓦礫の山はそのまま墓標と成り果てていただろう。
浜面は強い。少なくとも麦野を打ち倒した事から鑑みて紛れもなくある種の戦闘の天才である。だが

垣根「――試してみる価値くらいはありそうだ」

浜面「……!?」

六翼から再び不可視の未元物質を、不可知の素粒子を、不可避の一撃を乗せるこの若き皇帝には……
獅子に生まれついた者は己以外の全てが獲物なのだ。

垣根「――絶望しろ、コラ」

そして死の翼が空を覆い――




914作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:30:41.89LC5MmfkAO (26/80)

~19~

ずっと遠回りして来た気がする。どこから道を間違えたのか、その分かれ目すら思い出せないほどに。
どこまで行けば良いのか、いつまで生きれば良いのか、何をすれば良いのかさえ。

わかってる。人を殺したあの日から私の世界は終わってしまった。
私に身内を殺されたヤツが現れたあの雨の夜が私の世界の果て。
何度考えても答えなんて出やしなかった。結論は最初から出てるんだから。

でも今はそれで良いと思ってる。紛い物の価値観に鍍金貼り付けたってそんなもんすぐ剥げ落ちる。
黄金律の方程式なんてどこにもない。ダイヤモンドみたいに変わらず輝く答えなんて有り得ない。
たかが炭素の塊に、鑿で砕けるような石ころに『永遠』なんて宿るはずがない。


私がガラスケース越しに見てたダイヤモンド(げんそう)は、やっぱりただの石(げんじつ)だった。


石。意思。意志。遺志。賢者の石でも愚者の石板でもない征服せざる者。
私と一緒に食事した連中、私と一夜を共にした御坂、私を一番に遊園地に連れてってくれた当麻。
私に生きろと言った大人、私に背負えと言った医者、私に手を貸してくれたあいつら。

私の閉じた世界の内側で今も生きてるあいつら。私の終わった世界の外側で今も戦っているこいつら。
迷走して、逆走して、奔走して、一周してやっと辿り着いた私の始まりの場所。
私が後にした賽の河原で今も石を積み続けているこいつらを見た時、私の中の何かが弾けた気がした。

私が犯した過ち、それはこいつらを勝手に過去にしてしまった後も続く現実。
ずっと前だけを見ているつもりで背を向け目を切っていた世界。
私はそこでこれからも悩み苦しむ。戦い続ける。答えなんてずっと出ないでしょうね。



――それでいい。答えを手にしていれば、きっと私はそれだけにこだわり続けて他の物に手を伸ばそうとはしなかったから。


美鈴『美琴ちゃんを守ってあげて』

殺す事しか出来ない右手に御坂を託されて

禁書目録『とうまを護って欲しいんだよ』

壊す事しか知らない左手で当麻を守ると誓って

滝壺『むぎの、私大切な居場所(ひと)、出来たんだよ』

あいつらに向けた背で、こいつらを背負いたいって。




915作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:33:48.01LC5MmfkAO (27/80)

~20~

スキルアウトG『苦しんで死ねよ!テメエ!!俺のダチ殺したのはテメエだろうが!!俺の仲間殺したのはテメエだろうが!!テメエが!テメエが!!テメエが!!!テメエが!!テメエがよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!』

私は殺人者(ひとごろし)だ。これも誰にも変える事の出来ない事実で、私にも曲げる事の出来ない現実だ。

禁書目録『――帰る場所があって、待っててくれる人がいるって、当たり前だけどとっても幸せ、って』

そんな私をやっとトーストを焼けるようになって、おっかなびっくり洗濯機を回して、まだおにぎりが上手く作れないあいつは家族と呼んでくれて

美鈴『――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う――』

そんな私を酒にだらしないくせに、弱っちいクセに、本物の強さを持ったあのオバサンは大人として叱り飛ばしてくれて

警備員A『――生きていてくれて、ありがとう』

そんな私を名前も知らない一般人が、全くの赤の他人が、ありがとうと言ってくれて


御坂『今度は、一人じゃない』

そんな私を有り得たかも知れないもう一人の私が、友達に一番近くて一番遠い私の敵が勇気づけてくれて

白井『“私が私として生きる事を許してほしい”……でしたわね?』

そんな私をあの小パンダはリハビリに手を貸して励ましてくれて

冥土帰し『この世界で取り返せないものは、奪われた命と失われた時間だけだよ』

このゴミ溜めの眩しい世界で

土御門『――その様子じゃどうやら吹っ切れたようだな』

這い蹲ってでも立ち上がると決めた私の背中を押してくれた連中がいて

滝壺『私はまだ生きてる。むぎのがくれた命があって、私が見つけた居場所があるんだよ。だから』

絹旗『手を貸せ!?自分の勝手で出てった人間が超エラそうに!どうせ命令するなら“私の背中を守れ”くらい超ふんぞり返って言えばいいんですよ!!』

フレンダ『背中くらいいくらだって預かってやる訳よ!!』

最初から最後まで自分勝手な私をもう一度受け入れてくれたこいつらがいて

上条『……ったく。ガラスの靴が届くまでに帰って来いよ?』

私の帰りを今も信じて待ってくれているあいつがいるのに




916作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:34:36.90LC5MmfkAO (28/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――いつまでも、自分の罪(おもさ)に負けてられるか――――!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



917作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:35:09.34LC5MmfkAO (29/80)

~21~

麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

垣根「!」

ドンッッ!!!!!!と原子崩しを足元に乱射し、その爆発的推進力を以て麦野が浜面に迫る垣根へ肉薄する。
しかし垣根は慌てる事なく振るう翼の標的を切り替え、剣の舞のように麦野へと殺到させ――

麦野「遅えよ!」

垣根「!?」

ドン!ドン!ドン!と直線から直角に、足元に叩き込んだ原子崩しの推進力でジグザグに高速移動し一撃の被弾もなく回避する。
これは『聖人』神裂火織が麦野に見せた神速の動き!

麦野「おいおいのんびりしてんじゃないわよ!!」

ザウッ!と半ばで折れた原子崩しの翼を交差させ垣根の翼を弾き返す。
これは『魔術師』ステイル=マグヌスが見せた炎剣の動き!

麦野「今からテメエにやられた分兆倍にして返してやるんだからよォ!!!」

砕けた瓦礫の鉄骨を走りながら拾い、それを電子を司る原子崩しの力で放つ!
これは『超電磁砲』御坂美琴のレールガンを模した技!

垣根「(こいつ……化けやがった!!)」

疑似レールガンを撃墜しながらもそこで初めて顔色を変えた垣根目掛け――
轟ッッ!!と全ての原子崩しを束ね、纏め、重ねて放つ光の柱。
これは『自動書記』インデックスが放った竜王の殺息(ドラゴンブレス)を模した業!

麦野「関係ねえよ!カァンケイねぇんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

垣根すら一瞬押し流した疑似ドラゴンブレスにたたみかけるように振り上げる右拳……それは言うまでもなく

垣根「――!!」

ズバァッ!!と振り抜く拳は上条当麻の動き!
しかし……それだけで麦野は終わらない――!!

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!

垣根「なっ……」

麦野「――テメエの次元(セカイ)は、私の手の中だ」

麦野は右拳を振るいつつ、垣根という王を守る未元物質の牙城を――
原子崩しで『0次元の極点』を切断し、六翼を断ち切り、こじ開ける!

麦野「――砕けねえ幻想(ダイヤモンド)なんてどこにもねえんだよ!!」

痛みの中目覚めた翼を振るい、迷いの中振りかざした剣。
それはまさしく、次元(せかい)を切断(ひてい)する力――!!



918作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:37:12.37LC5MmfkAO (30/80)

~22~

麦野「絹旗ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

絹旗「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

垣根「(しまっ……)」

こじ開けられたダイヤモンドウイングへ絹旗が駆けて行く。
折れた足で、砕けた腕に『香水瓶』を手に垣根へと突っ込み――

フレンダ「――気体爆弾イグニス」

その絹旗が駆け出した地点で力尽きたフレンダが瓦礫から顔を上げニヤリと笑う。
気体爆弾イグニス。御坂美琴に対してフレンダが仕掛けた詐術でありこのサイズではフェイクに使った爆薬とさほど変わらない。が

フレンダ「自信満々の能力者を嵌めたこの瞬間が……最っ高に快感な訳よ!!」

一瞬でも未元物質を断ち切られ間隙が生じ、肉体をさらした垣根ならば――
この香水瓶程度ですら取り返しのつかないダメージを追うだろう。そして

絹旗「浜面ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

浜面「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

ガコン!と手にしていたメタルイーターを垣根へ差し向ける浜面。
浜面は内面で苦笑し外面で世界で一番人を馬鹿にした表情を作り――
人使いの荒い自慢の上司(リーダー)もろとも

垣根「テメエ!!」

絹旗「――私の窒素装甲はこンな爆薬程度では貫けませンので」

バギン!と手中の気体爆弾イグニスの香水瓶が割れ、大気に晒される。
ガラリと変わった絹旗の口調と窒素装甲の演算能力は爆発すら凌ぐ。
つまり――垣根だけを巻き込む乾坤一擲の自爆攻撃なのだ。

麦野「――これが」

ボッと浜面のメタルイーターが放った弾丸がイグニスへと撃ち込まれるのを垣根はスローモーションで見つめていた。

フレンダ「――アイテムって訳よ」

巻き散らす火花がイグニスへと伝播し、無色の大気が真紅の灼熱へとその色を変え

絹旗「地獄に着いても」

絶望の暴君、災厄の魔王、暗部の皇帝、学園都市第二位未元物質(ダークマター)垣根帝督を

浜面「――忘れるな」

瞬きすらも許さぬ劫火の扉が開かれ、煉獄の門へと誘う。
何人足りとも触れざる高みへと昇り行くイカロスの翼ごと

垣根「――!!」

パキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!




919作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:38:06.09LC5MmfkAO (31/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
浜面「楽勝だ、垣根帝督(レベル5)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



920作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:38:34.42LC5MmfkAO (32/80)

~23~

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!

麦野「――――――」

フレンダ「――――――」

絹旗「――――――」

浜面「――――――」

素粒子工学研究所が崩落し炎上して行く様はまさに皇帝の落城であった。
しかし凱歌を上げる者もいなければ勝ち鬨を上げる者もいない。
戦闘開始から恐らく十分経つか経たないかの僅かな時間の中、精も魂も尽き果て全身全霊を使い果たしたのだから。

浜面「やった……よな?」

麦野「――冗談じゃない」

これで立ち上がってこられてはもはやこちらが立ち上がれない。それほどまでの相手だった。

フレンダ「これで死んでくれなきゃ」

絹旗「――もう」

しかし――その淡い希望は

PIPIPIPIPI!PIPIPIPI!PIPIPIPIPI!

全員「!!?」

す ぐ さ ま 絶 望 へ と 変 わ る

垣根「―――――俺だ―――――」

全員「!!!!!!」

心理定規『ピンセットは手に入れたわ。けど彼は死んでしまった……』

垣根「――そうか」

ガラガラガラと瓦礫の山より出でる垣根、その手には携帯電話。
それすなわち気体爆弾イグニスが及ぶより先に再び未元物質が展開し物理法則をねじ曲げ歪ませた事に他ならない。

浜面「……ははっ、ははは……」

消え入る爆炎と晴れ行く粉塵の彼方に浜面が見たもの。
それはヴァレンティノのスーツのみを焦がし、未だ健在な垣根の立ち姿。
渇いた笑いが意志に反して口からこぼれる。ここまで追い詰めたにも関わらず

心理定規『正直私と下部組織の人間だけで捌くには追っ手の数が多すぎる。砂皿が雑魚を散らしてくれてるけれど焼け石に水よ』

垣根「………………」

心理定規『どうしたの?』

麦野「――チッ」

携帯電話片手にこちらを睥睨して来る垣根は一筋紙で切られたような傷の走る頬を撫でるのみ。
四人の総力を結集した致死必至の連撃の報酬。それがたった一太刀報いたに過ぎないという絶望的な現実。
フレンダは既に言葉を失い絹旗は睨み付けるより他に力すら残されていない。
渇いた笑いを漏らす浜面と舌打ちを鳴らす麦野もそれは変わらない。




921作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:40:36.31LC5MmfkAO (33/80)

~24~

――ムカついた。何がムカついたってのはスーツを台無しにされた事だ。
確かに最後の動きは目を見張るもんがあったが見開くほどじゃねえ。
まさかこの俺に一矢報いたってのは予想外だが結果は想定内。
俺の優位は未だ揺るがねえし有利に変わりはねえ。が

心理定規『帝督!!状況はもう限界よ!!“メンバー”の連中が追って来てる!!』

垣根「………………」

心理定規『帝督!!!』

――大局を見ろ垣根帝督。目的は既に達成されてる。
ピンセットの奪取という絶対条件はクリアーした。
こんな局地戦にかまけた所で必要条件には繋がらねえ。
確かにこいつらはブチ殺さなきゃ気がすまねえくらい頭に来てるが――熱くなり過ぎるな。冷静に判断するんだ。

麦野「っ」

浜面「ッ」

フレンダ「……!」

絹旗「――!」

垣根「………………」

こいつらを死ぬまで殺す手間と、刻一刻と迫るメンバー、ピンセット、部下の尻拭い。
バッカじゃねえか。テメエらはもう死に体だ。誰がテメエらみてえな雑魚連中相手に五分五分の勝負なんて仕掛けるか。
面倒臭いってんだ。テメエらにそれだけの価値があると思ってんのか。

垣根「――40秒持たせろ」

心理定規『帝督……!』

少なくとも出だしからアイテムは潰せたし例のサーチ系能力者はこの行動の限界点にも姿を現さねえって事は既に戦力外と考えて良いだろう。
せいぜい拾った命とくれてやる目こぼしを噛み締めるこったな。

垣根「――部下に救われたな、原子崩し」

麦野「テメエ!!」

こいつのチンケな羽根と光に俺は見覚えがある。
上条。こいつがお前の言ってた『星』なのか?

フレンダ「む、麦野!!」

こいつのツラと、あのガキのツラがどうにもダブる。舶来とか呼ばれてたガキの身内か?

浜面「ふっ、伏せろ!!」

この黒っぽいライダースーツの野郎。あのフランケンシュタインと被るな。
もっともこいつはあいつみてえな頭の巡りは良くなさそうだが――

垣根「――遊びは終わりだ」

――認めてやる。テメエらの牙は俺に届いたぞ




922作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:41:03.29LC5MmfkAO (34/80)

~25~

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

全員「――!!!」

その瞬間、垣根の引き起こした局地的な竜巻が瓦礫と砂塵とアイテムを巻き上げた。
それにより吹き飛ばされ残らず地面に叩き付けられた彼女等は見た。
土をつける事もなく堂々と立ち去り、未だ揺るがぬ威光を背負った王の背中を

麦野「……チクショォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

仰向けに転がされた麦野が吠える雄叫びすら掻き消すような暴風が過ぎ去った後――垣根は風と共に姿を消していた。
うつ伏せに倒れる浜面、横向きに伏したフレンダ、瓦礫に寄りかかったまま動けない絹旗を残して。

浜面「……野郎」

麦野「――逃げやがった」

フレンダ「たっ……助かった?」

絹旗「――ですかね」

もはや命だけを残して全滅させられたアイテムの面々は空を仰ぐより他なかった。
追跡するにも滝壺はおらず追走する手立てもなく追撃する戦力すら残されていない。
絹旗がピンセットを運び出すという判断をしておらず、メンバーが介入して来なければ間違いなく壊滅していただろう。

浜面「――マジな話クソ漏らしそうになった。つーか小便チビった」

フレンダ「……私、今にも内臓はみ出しそうな訳なんだけど」

絹旗「折れた骨が飛び出してます……もうピンセットの奪還は無理そうですし、超最悪ですよ」

麦野「……私も今ので傷開いちまったよ。またリハビリやり直しね」

全員満身創痍であった。気を抜いて意識を失えばそれがそのまま即、死に直結するほどの瀕死の重傷の中――
何故か全員苦笑いを浮かべていた。完膚なきまでに敗北を喫して尚一人も欠ける事なく生き延びた事に。

麦野「……テメエのせいだぞ団子鼻」

浜面「……人殺しかけといて何言ってんだこいつ」

フレンダ「あれ?結局、麦野とも知り合いな訳?」

絹旗「あー……超面倒くさいです。なんなんですかこのゴチャゴチャ」

絹旗らは知らない。浜面と麦野が断崖大学で死闘を繰り広げた事を。
しかしそれに対して突っ込むだけの気力すらどこを逆さに振っても出て来ない。ただ

麦野「……おい」

浜面「……なんだ」

麦野「――テメエ、名前は?」

何よりもブザマなこの敗北を

浜面「……浜面仕上」

麦野「――そうか」

――四人は、勝利より誇らしく思えた。




923作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:41:52.73LC5MmfkAO (35/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「はーまづらぁ……コード五十ニ、隠蔽工作と救急車呼んで」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



924作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:44:09.67LC5MmfkAO (36/80)

~26~

浜面「!?」

麦野「絹旗。辛いだろうけどフレンダが一番傷が深いからそっち優先するわよ」

絹旗「超構いませんよ。じゃあ次は私で」

フレンダ「ひゃあ!?む、麦野!!?」

その時――立ち上がった麦野が呼んだのだ。『はーまづら』と。
フレンダをお姫様抱っこする形で、オフホワイトのコートを血に染めながらも。
それに対し浜面とフレンダがそれぞれ異なる感想から同じリアクションを取った。

麦野「……つうかもう息すんのもしんどい。昨夜から寝てないし」

フレンダ「――ありがとう」

麦野「……ふん」

麦野は行く。抱えられたフレンダから見てすら血泥にまみれた頬を晒して。
気恥ずかしいのだろうかフレンダに対しあまり目を向けない。しかしフレンダは――

フレンダ「……麦野、優しくなった訳よ」

麦野「はあ?」

フレンダ「昔の麦野なら絶対“スクール”の連中殺しに追い掛けてったじゃない。例え私達や滝壺が体晶の使い過ぎで死ぬ事になったとしても……」

麦野「そうね。だから何?」

フレンダ「それに……結局、私」

フレンダは語る。きっとアイテムの人間が揃い踏みした衆人環視の中でなければ自分は垣根帝督に屈し仲間を売っていたかも知れないと。
しかしその吐露を耳にした麦野は顔色を変えた風もなくアッサリと

麦野「別に責めやしないわよ。先にあんたらを裏切ったのは私だし、それがたかが一回来たくらいで帳消しになるなんて思ってない」

フレンダ「麦野……」

麦野「むしろよくやってくれたわ。あんた達のお陰であの腐れホストに一太刀入れられた。それに」

ザッザッと砂を噛む音と共に紡がれる麦野の言葉は、上条と出会う前の麦野ならば考えられないほど穏やかだった。
以前の麦野ならば滝壺を死に追いやり、背信を働きかけたフレンダを容赦なく粛清しただろう。が

麦野「――罪だ罰だ業だ命だあれこれ色々背負い込む羽目になったけど」

フレンダ「………………」

麦野「後悔だけは背負いたくなかった。ただそれだけよ」

上条の手を離さず、御坂の手を掴み、塞がった両手の代わりに背負う事を麦野は選んだ。そう――

フレンダ「――結局、麦野のワガママな所は相変わらずな訳よ!」

麦野「……トドメ刺さたいのかにゃーん?」

取り返せない過去の先に今尚続く、現実の世界に挑み続けるために――


925作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:44:43.55LC5MmfkAO (37/80)

~27~

浜面「……あいつが、お前らのリーダーだったってのか」

絹旗「ええ。ただし頭に元とか前とかついちゃいますけど」

浜面「――どうりでな」

フレンダを運び終え戻って来る麦野を目で追いながら浜面は感慨に耽る。
麦野沈利。断崖大学で会敵し浜面が撃破したレベル5。
その事実に浜面はあの夜雨の中出会った滝壺がアイテムの人間だった事と同じくらい衝撃を受けた。

浜面「(一週間の間にレベル5の四位と二位とバトルとかこれから俺の人生どうなんだよ)つうか現リーダー……運ぶなら俺が」

絹旗「滝壺さんに超告げ口しますよ?浜面に変な所触られたって」

浜面「おい!!」

絹旗「――甘えさせて下さいよ、ちょっとくらい」

浜面「………………」

絹旗「……今だけは、超寄りかかりたい気分なんで」

麦野「おーい絹旗生きてるー?」

絹旗「超遅いですよ麦野。どれだけ待ったと思ってるんです?」

そこへ麦野が歩み寄り、対する絹旗が砕けた左腕と折れた右足を晒しながら口を尖らせた。
遅い、というその言葉に込められた様々な意味。複雑な思い。そして

麦野「持ち上げるよ。力抜いて楽にしな」

絹旗「はいっ」

慣れ親しんだ玲瓏たる美貌が間近に迫り、華奢ながら力強い膂力で絹旗が抱えられる。
あの8月9日よりこの10月9日、およそ二ヶ月ぶりの再会が戦場という皮肉に絹旗の唇が緩む。
会ったら会ったで言ってやりたい文句やこぼしたい愚痴などそれこそ山ほどあったというのに――

麦野「……重っ」

絹旗「はあっ!?」

麦野「フレンダといいあんたといい、重くなったね」

絹旗「な、何言ってるんですか!トッポは一日一箱に超抑えて――」

麦野「――重いよ」

絹旗「………………」

麦野「……手応えあるわ」

何も言えなくなってしまったのだ。その透き通った表情に。
例えるならば雨上がりの街、雲の切れ間から射し込む光の梯子のように澄み切った横顔に

絹旗「……引退してから超ナマったんじゃないですか?何か当たってる胸が前より超ボリュームが増して(ry」

麦野「私が引退してから態度悪くなったねあんた。尻叩くよ?」

浜面「おい!俺を無視すんな!!」

麦野「私達忙しいから後にしてくんない?」

――絹旗はゆっくり目を閉じた。これが夢ならば覚めぬようにと




926作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:47:07.97LC5MmfkAO (38/80)

~28~

麦野「………………」

浜面「(き、気まずい……)」

それから数分後に到着した救急車内にて浜面と麦野も共に直走り流れて行く景色を見つめていた。
されど対する浜面は気が気でない。曲がりなりにも殺し合いをした相手と隣り合わせという危機的状況に。

麦野「……まさか、あの時のテメエが私の古巣に居るなんてね」

浜面「それはこっちのセリフだ」

アイテムの面々も予想だにしない麦野の参陣に複雑な思いがあるがこの二人の比ではないだろう。
昨日の敵は今日の友、などという少年漫画的な精神構造など学園都市の影を生きて来た浜面と闇を歩んで来た麦野の間には存在しない。ただ

麦野「――あんたが、滝壺の居場所か」

浜面「!!?」

麦野「私も他人の事言えた義理じゃないけど、あの娘の男の趣味も大概ね」

浜面「(ブッ飛ばしてやりてえこの女王様キャラ……でも今手出したら病院は病院でも霊安室行き……)」

麦野「――でもまあ、男を見る目は確かか」

浜面「?!!」

麦野「仮にも私を倒した“二人目”の男だからね」

救急車内の小窓より伺える第七学区の道路標識を目で追う麦野。
そこから天井部分に取り付けられた蛍光灯を仰ぎ見、ついで併走するフレンダと絹旗を乗せたもう一台の救急車に一瞥をくれる。
滝壺の居場所。自分が二人目ならば一人目は誰なのかという疑問。その板挟みに口を紡ぐ浜面をよそに――

麦野「……滝壺の事、お願いね」

浜面「お願いされなくたって、自分で決めた事さ」

麦野「?」

浜面「――滝壺は俺が守る」

麦野「……そう」

この時双方は似通っていた事を考えていた。麦野が纏っていたある種の危うさが消え、揺るぎないそれに取って代わっている事に。
それは浜面にも同じが言えた。羽化という進化、進化というより深化を経て己が真価を目覚めさせたように。

麦野「――はあ」

浜面「……?」

麦野「……見なよ、あれ」

と……そこで冥土帰しの病院へと滑り込んだ正面玄関を指差す麦野。そこには

滝壺「――――――」

浜面「滝壺……」

ベッドを抜け出して来たと思しき滝壺理后がピンク色のジャージを肩から羽織って待ち構えていた。




927作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:47:43.18LC5MmfkAO (39/80)

~29~

滝壺「はまづら!むぎの!!みんな!!!」

浜面「滝壺!?ダメだろ外に出たら!!」

滝壺「ごめん……でも、わかったんだよ」

フレンダ「???」

滝壺「みんなの信号が北北東からきたの」

絹旗「滝壺さん……」

停車する救急車、下ろされるストレッチャー、緊急搬送口に集う『アイテム』の面々。
携帯電話を麦野に持って行かれ連絡手段など無きに等しいにも関わらず――
滝壺は『四人』の存在を感じ取ったのである。その事に麦野は微かな疑念を抱いた。

麦野「(まさか……能力が成長して?)」

ガラガラと絹旗とフレンダを乗せたストレッチャーが手術室に向かって走り去って行く傍ら麦野は腕を下から支えるように組む。
滝壺は既に『体晶』により死に体にも関わらず自分達の存在を探知し、顔色こそ悪いが不自由なく歩き回っているのだから。

麦野「(ひょっとして――!?)」

滝壺「むぎの」

麦野「……何かしら?パクッた携帯の件なら今度買って返すわよ」

滝壺「ううん。違うの」

入院着の上から羽織ったピンク色のジャージをはためかせ、浜面に支えられるようにして寄り添う滝壺。
切り揃えられた黒髪が秋風を受けて靡き、同じように麦野の栗色の巻き毛が翻る。

滝壺「――ありがとう」

麦野「………………」

滝壺「みんなを助けてくれて、私の代わりに居場所を守ってくれて」

浜面「……滝壺」

滝壺「――はまづらを、私の大切な人を連れて帰って来てくれてありがとう」

ビュウ、と三人の間を駆け抜ける秋風が物悲しくも優しく揺らして行く。
もし違う未来や別の世界や異なる時間があったと仮定して――
きっとこの三人が血深泥の殺し合いに興じるといった悲劇的な筋書きも有り得ただろう。
出会いの形や、些細なすれ違いや、譲れない思いの果てに。だが

麦野「――身体、大切にしなよ」

滝壺「むぎのもね」

麦野「おい、はーまづらぁ」

浜面「なんだよ」

麦野「入院中だからって滝壺を産婦人科にかからせるような真似したら私がテメエを殺すぞ!」

浜面「するか馬鹿野郎!!」

――互いを支え合う二人と同じように、麦野にもまた帰る居場所があり待っていてくれる人間がいる。
ただしその前に抜け出した病室に戻りカエル顔の医者からお説教を受けねばならない。と――




928作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:49:02.78LC5MmfkAO (40/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――おかえりなさい――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



929作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:51:21.85LC5MmfkAO (41/80)

~30~

麦野「!!?」

禁書目録「……しずり?」

そこに姿を現すは病院内にあってさえ目立つ純白の法衣を纏った修道女。

麦野「な、何であんたまでここにい――」

禁書目録「………………」

パンッ!

麦野「!?」

禁書目録「謝らないんだよ」

――インデックスが背伸びするなり麦野の頬を平手打ちしたのだ。
名を呼ぶより早く、何故ここにいるのかを聞くより速く。

禁書目録「……どこに行ってたの?」

麦野「………………」

禁書目録「黙ってられたらわからないんだよ!!」

滝壺「………………」

浜面「(えっ!?えっ!?なにこれ?どうなってんだ??なんだこの蚊帳の外感)」

この場において最も訳がわからないのは浜面である。
いきなり一目見れば忘れられそうにもないプラチナブロンドの聖女が零れそうなほど大きな碧眼に涙を浮かべて麦野を打ち据えたのだ。
麦野と殺し合いをした浜面からすれば龍の逆鱗を鑢で削るが如く暴挙である。

禁書目録「勝手に病院抜け出して!あんなにヒドい大怪我したのにまたこんなに傷増やして!!」

麦野「………………」

禁書目録「どうしてもっと自分を大事に出来ないの!?私がどれだけ心配したかわかってるの!?しずり!!」

しかしながら部外者の浜面にも見て察せられた事、この二人がアイテムの面々とはまた異なる角度の関係性にあるという事。
それは学園都市に住まう学生らの大半にあってもっとも希薄なもの

禁書目録「馬鹿……」

麦野「………………」

禁書目録「しずりの馬鹿!!!」

うなだれる麦野を抱き締めるインデックスの姿は正しく『家族』の肖像だった。
異なるのは二人が血縁関係に非ず人種からして異なっている事。
だが病院を抜け出した事を真っ直ぐ叱り飛ばし、帰って来た事を迎え入れるその姿は

麦野「……悪かったわよ」

家出娘を叱る母親のようにすら浜面には感じられた。
フレンダや絹旗を抱き上げていた母性的な横顔は既になく、ふてくされた年相応の素顔がそこにはあった。

禁書目録「……ただいまは?」

麦野「はあ?」

禁書目録「ただいまは!?」

麦野「――――――」

麦野がガシガシと栗色の巻き毛をかきながらインデックスを見やるも、叶わないと根負けし観念したのか――

麦野「……た」

抱き締め返し紡がんとする言葉。すると




930作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:51:55.99LC5MmfkAO (42/80)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――よっ、沈利―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



931作者 ◆K.en6VW1nc2011/09/25(日) 15:52:24.71LC5MmfkAO (43/80)

~31~

麦野「――――――」

浜面「おっ、お前!!?」

滝壺「ひさしぶり」

麦野の背に声がかかり、浜面の両目が見開かれ、滝壺の双眸が柔らかく下がる。
滝壺からすれば数ヶ月ぶり、浜面からすれば六日ぶり、麦野からすれば一日ぶりに聞くその声の主。

「滝壺……それに浜面!?どうなってるんでせうかこれは!!?」

浜面「どうしたはこっちのセリフだウニ頭!どうしてテメエがここにいんだよ!?」

「どうしたもこうしたもアビニョンから帰って来てすぐここに放り込まれたんだけど……」

麦野「……あ」

「そんで病室の空気入れ替えようって窓開けたら麦野が見えてさ……インデックス、オレ点滴台引きずってんだから一人で突っ走んのはやめてくれって」

禁書目録「ついカッとなっちゃったんだよ。反省はしてないかも」

「しろって!」

尖らがった黒髪に中肉中背、角度によっては見れる顔立ちと意外に筋肉質な右腕。
カラカラと点滴台を引きずり、ペタペタとスリッパを鳴らして麦野の背中に歩み寄るその少年。

「あーあーこんなに泥だらけにしちまって……血だっていっぱいついてるじゃねえか」

少女が背負ったものは罪と罰と業と命。その細い肩と小さな背中を支える者。
少女の帰る居場所(いえ)の家主にして恋人、半身にして相棒。
インデックスを抱き締める麦野の身体に回される腕。耳元にかかる声。伝わる体温。慣れ親しんだ匂い。

「――よく、帰って来た」

麦野「……うるせえ」

「――よく、頑張った」

麦野「うるせえ」

「――よく、無事でいてくれた」

麦野「うるせえよ!!」

麦野は振り向けない。インデックスの肩口に顔を埋めたまま背中を震わせて叫ぶ。
前の少女を抱き締め後ろの少年に抱かれる。麦野が送ったデュプイのストラップ……プレイリードッグの家族のように。

「あー……悪い。滝壺、浜面。ちょっと外してくれねえか?」

浜面「え、えっと……」

滝壺「うん。行こう、はまづら」

三人を残して立ち去る二人。そう、ここにはもう一人きりで戦う悲しい少女はどこにもいない。

「――人がいると見栄張るもんな、お前」

禁書目録「意地っ張りだからね、しずり」

殻を破り、翼を広げ、巣立ちを迎えて尚……止まり木を持たぬ鳥はいない。



―――空だけが、三人を見下ろしていた―――