1作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:00:09.05M0U/e/FAO (1/19)

・上条×麦野SSです

・こちらのスレに投下させていただいたSS(一巻・新約一巻再構成)の番外編です。

麦野「ねぇ、そこのおに~さん」
http://ex14.vip2ch.com/news4gep/kako/1273/12730/1273075556.html
麦野「ねぇ、そこのおに~さん」2
http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1291/12918/1291819165.html

・更新は不定期になります。


2作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:02:19.38M0U/e/FAO (2/19)

~簡単な時系列~

6月6日……麦野、スキルアウトに絡まれるも逆に皆殺しする。
救出に向かった上条を目撃者として殺害しようとするが、フレンダの乱入により取り逃がす。

6月7日……麦野、上条の身元を調べ上げ、通学路にて待ち伏せ。
アイテムが青髪を人質に取り、麦野は上条を殺害しようと通学路より連れ出す。
しかし報復に現れたスキルアウトの残党と交差点で会敵。その際上条が麦野を庇って瀕死の重体に陥る。

6月8日……上条、昏睡状態から目を覚ます。そこで一晩付き添っていた麦野と後に現れたアイテムと顔を合わせる。

6月11日……麦野、上条の見舞いに訪れいくつか会話を交わす。
その帰り道、歩道橋にて土御門と遭遇。上層部から警告を発せられる。
直後、電話の女に呼び出されて仕事を受ける。

6月13日……麦野、仕事帰りの車中にて電話の女から警告を発せられる。
その際、滝壺から恋愛指南を受け退院祝いの料理の特訓を受ける。

6月14日……上条退院。帰宅すると学生寮で待ち構えていた麦野に手料理を振る舞われ、後に服の買い出しへ。
そこで上条がセブンスミストで垣根と遭遇。会話を交わす。

6月21日……上条、麦野と共に第六学区へと遊びに出掛ける。
しかし御坂と佐天に遭遇し、逆上した麦野が殺害に及ぼうとするも上条に撃破される。
その後麦野を引き取りに来た絹旗から二度と関わらない事を約束させられる。

6月21日(深夜)……上条、第三学区にて雨の中垣根に再会し、背中を後押しされて迷いを断ち切る。
直後にフレンダから麦野失踪の報を受け、青髪と土御門の助力を受け第一九学区へ。
そこで麦野と三度目の対決。死闘の末、麦野から思いを告げられる。

6月28日……上条、麦野と制服デート。ブラッド&デストロイとプリクラで遊ぶ。

7月7日……上条、麦野と花火大会へ向かい、改めて上条から告白し直し、めでたく結ばれる。
その後麦野宅へと雪崩れ込み、共に一夜を明かす。

7月10日……上条、麦野とプライベートプールへで水遊び。
その際に学園都市第六位からメッセージを受け取り、麦野が上条宅へ転がり込む事に。

7月20日……上条、麦野、ベランダに引っ掛かっていたインデックスを発見する。

今回のお話は、SS一巻の時間軸になります。


3VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)2011/07/08(金) 21:04:12.465yfQAkQ90 (1/1)

ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっくすェあああああ
来たァあああああああああああーーーーーーーーー これで今年の夏も乗り切れる!!!!


4作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:04:37.28M0U/e/FAO (3/19)

~10月2日~

麦野「……ディルがない」

麦野沈利は地下食品街にて買い物カゴ片手に歎息した。
夕食に使うハーブがどうしても見当たらないのである。
既にサーモン、パプリカ、サニーレタス、レモン、粗塩、生卵、ターメリック、タイム、ローズマリーはある。
しかしディルだけがない。ハーブなどそうそう売り切れる類のものでもないにも関わらずに、だ。

麦野「まいったわね……どうするか」

麦野は完璧主義者である。少なくともレシピにある食材くらいはきっちり取り揃えておかなければ気が済まない質である。
例え振る舞う相手が手を抜いても抜かなくても嬉しそうに頬張る食べ盛りの高校生であったとしても――
食客と呼ぶにはあまりにエンゲル計数を逼迫させる、暴力の独占ならぬ暴食の独占の権化たる修道女であっても。

麦野「イライラするわねこういうの……」

麦野沈利の沸点は低い。流石に数ヶ月前に比べれば見違えるほど丸くなったが、それは角が丸くなっただけで取れた訳では断じてない。
それこそ場合によっては気体爆弾イグニスのように火花一つで自らを含めた全てを焼き尽くす狂気は未だ健在である。が

麦野「(……この私が、誰かのために何かを作るだなんて、ね)」

思わず上向けた左手に目を落とす。数多の生を奪い、幾多の死を与えて来た手。
人殺しの手ほど美しく艶めかしい『何か』が宿ると伝え聞いた事が麦野はあった。
ヴァイオリン、ピアノ、アルモニカ……楽器の種類こそ異なれど、奏者の手は皆共通して美しい。
例えば一流の手品師、ないし奇術師の手も総じて柔らかい。それこそ並みの柔肌など比べ物にならないほどに。

麦野「(人殺しのくせに……こんなもんまでもらっちゃってさ)」

左手薬指に嵌められたブルーローズの指輪がキラキラと輝いて見えた。
薬指の血管は心臓に強く結びついていると言うのは良く言われる話だが……
思考はもちろん頭脳に宿る。しかし心などと言う無形のものが胸に宿るとすれば――
自分は心臓を掴まれていると麦野は己を分析する。

麦野「(――人並みに幸せですってか?調子こいてんじゃねえぞ人殺しの化物が)」

否定出来ない幸福に緩む口の端と頬を戒めるようにピシャリと手で打つ。
誰に許しを請うでもないが、神に赦しを乞うほど恥知らずでもなかった。
 
 
 
 
 
だがしかし―――
 
 
 
 
 
御坂「げっ、第四位」




5作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:05:06.53M0U/e/FAO (4/19)

~2~

御坂「げっ、第四位」

麦野「ああん?」

最悪……何でこんな所にこの女がいるのよ。うわっ、エコバックなんて持ってる……似合わな~~……
って違う違う!やばっ、声に出ちゃってた。ううっ、バッチリ目合っちゃった……
ここで逸らしたら負ける気がする。顔も目も逸らさない。絶対に

麦野「何しに現れやがったクソガキ。のこのこケツ振りに来たんならとっとと消えろ。目障りだってーの」

御坂「なんでバッタリ会ったくらいでそこまで目の敵にされなきゃいけないのよ!」

麦野「この無駄に広い学園都市で、よりにもよってテメエのツラ拝まされんのは横切った黒猫のクソ踏んづけたのと同じくらい私にとって“不幸”なんだよ」

御坂「どうして会う度会う度そんな親の仇見たいな目で見るのよ!?私麦野さんに何かした?その逆はあっても私からはないじゃない!」

麦野「あれだ、寝る前にゴキブリ見ちゃった時みたいな不愉快さね。蚊ならプチッと潰せるけどアンタすばしっこいしどこにでも出て来るししぶといし」

御坂「よくもよくも次から次へと人を馬鹿にした悪口が飛び出て来るもんねえ…ええ女王様(第四位)!!?」

麦野「私の料理のレパートリーよりはバラエティーに富んでるよ。料理にゃ愛情だけどテメエには憎悪しか湧いてこないわ」

麦野沈利。学園都市第四位原子崩し(メルトダウナー)。
この女との付き合いというか、因縁って言うか……兎に角もう三ヶ月近い。
三ヶ月って言えば季節なら1シーズン、学期なら一学期よね?
だいたいそれくらいあればどんな人間だって打ち解けるまで行かなくたって、最低歩み寄りくらいはあるじゃない?

麦野「ちっ……テメエが一人って事は、当麻は補習か。帰りが遅いはずね」

御坂「どんな判断基準よそれ!失礼なやつねあんたって本当に!!」

麦野「ああん?年上にタメ口しかきけねえお子様の中坊に礼だのなんだの言われたかないわ。なんならその貧相な身体に礼儀教えてやろうか超電磁砲(レールガン)!?」

断言出来る。この女に歩み寄りの余地なんて地雷原の隙間ほどだってない。
もう有刺に電流と爆薬が仕掛けられてるみたいな高い金網が間にある。
この女は私が知る限り誰に対してもそうだ……
 
 
 
 
 
禁書目録「しずりしずりー!これ食べたいんだよ!買って欲しいかも!」
 
 
 
 
 
このシスターと、アイツを除いて




6作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:07:25.44M0U/e/FAO (5/19)

~3~

禁書目録「しずりしずりー!これ食べたいんだよ!買って欲しいかも!」

その時、険悪な雰囲気と剣呑な視殺戦を知ってか知らずか……
インデックスが一枚のホワイトチョコレート片手に駆け寄って来た。
ちょうど商品棚で睨み合うライオンとトラとの会敵にあってだ。

麦野「うん……何それ?チョコ?」

禁書目録「“きゃどばりー”って言うんだよ!私のいた国のホワイトチョコレート。この学園都市(まち)で見るのは初めてかも」

麦野「ふーん……あっ、本当ね。イギリス産って書いてる」

禁書目録「うん!これ買ってくれると嬉しいな?」

麦野「……もう一個買ってきな」

禁書目録「いいの!?」

麦野「甘えんな。あんたのじゃなくてアイツの分よ」ペシッ

禁書目録「痛っ」

御坂「無視すんなゴラアアアアアァァァァァ!!」

が、たまらないのは売られた喧嘩と買った喧嘩、その双方共に蚊帳の外に放り出された御坂である。
しかし対する麦野は買い物カゴにデコピンを喰らわせたインデックスのチョコレートを放り込んで涼しい顔で受け流す。
それこそ怒る御坂に冷や水をかけるような眼差しを向けて。

麦野「私ら忙しいから後にしてくんない?つーか本当に何しに来たのよあんた」

御坂「あんたから売った喧嘩でしょうが!これよこれ!これ買いに来たのよ!」

麦野「!?」

禁書目録「?」

と、冷めた流し目を向けていた麦野の目が大きく見開かれた。
その視線の向かう先……それは御坂が手にし、麦野が探し求めていたハーブ、ディルだった。

麦野「何でそんなもん持ってんのよ」

御坂「悪い?調理実習で使うのよ!」

麦野は知らぬ事だが、御坂は次の日繚乱家政女学校との合同実習があり……
献立から材料から器具から全て自分の手で揃えて臨むようにと課題を与えられているのだ。
今日は本来そのための買い出しに足を運んだところ――遭遇したのである。互いにとって最も合わせたくない顔に。

麦野「おい、今日のとこは見逃してやるからそれ置いてけ」

御坂「巫山戯けんじゃないわよ!誰があんたなんかに!だいたい人に物頼む時そんな山賊みたいな言い方するなんてあんた親にどんな躾されてんのよ!」

麦野「親は関係ねえだろ!親は!!山賊だあ?山猿みてえなガキにんなもん関係ねえぇぇぇぇぇんだよォォォォォ!!」




7作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:07:56.68M0U/e/FAO (6/19)

~4~

禁書目録「(ああ、また始まったんだよ……どうしていつもこうなるのかな?しずりとたんぱつ)」

はあ……本当に困った二人なんだよ。イギリス清教とローマ正教くらい仲が悪いかも。
似た者同士なんだし、もっと仲良くすればいいのに。

禁書目録「二人とも!そんな葉っぱ一切れで喧嘩するのはみっともないんだよ!」

しずり、とうまといる時みたいにもっと誰にでも優しくなれたらたんぱつとも友達になれそうなのに……
この二人、私がとうまと会う前からの知り合いみたいだけど、こんなに仲悪かったのかな?

麦野「ふーん?この葉っぱ一切れが今夜のメインに乗っかるのにそんな事言ってていいのかにゃーん?」

禁書目録「そ、それは困るんだよ!」

御坂「ムチャクチャ言ってるのもメチャクチャやってんのもそっちの方でしょうが!ちょっとシスター、あんたどっちの味方なのよ!」

禁書目録「ああもう!だからもう喧嘩止めるんだよ!さもないと……」

麦野・御坂「「さもないと??」」

禁書目録「おそうざいこーなーの揚げ物、全部試食コーナーみたいに食べて二人に罪を被せるんだよ!」

麦野「やめなさいこの馬鹿!また出禁になるでしょうが!」

御坂「またって……前にもやったの!?」

麦野「やったんだよ八月に!目離したら全部食い尽くして警備員のお世話になりかけたんだよ!」

禁書目録「わかったなら仲良く半分こするんだよ!」

御坂「なんでそうなるのよ!私だけ損してるじゃない!」

麦野「仕方無いからこいつの半分もらってやってもいい。けど仲良くなんて死んでも  イ  ヤ  ♪」

御坂「あんたってヤツはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

麦野「テメエにあんた呼ばわりされるほど落ちぶれちゃいねえぞこのガキがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

私の記憶が失われそうになった時、とうまとしずりとたんぱつで力を合わせたり出来たのに。
本当は、お互いの強い所も知ったり認めたりしてるはずなのにね。
私もそうだけど、私もしずりもたんぱつも……みんな形は違うけどとうまの事が大好きなのに。

禁書目録「嗚呼……もうどうにでもなーれ、なんだよ」

意地っ張りなしずり、意固地なたんぱつ。見た目は正反対だけど、中身はそんなに変わらないと思うんだよ。

ああ、とうまの家の冷蔵庫の磁石と同じなのかも。一緒の向きだと反発しちゃうみたいに。




8作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:09:59.31M0U/e/FAO (7/19)

~5~

禁書目録「仲良き事は良き哉、なんだよ!ありがとうたんぱつ!」

御坂「べっ、別に?この女のために分けてあげた訳じゃないし。あれ以上騒いで私まで出禁くらうの嫌だっただけなんだから勘違いしないでよ!ほらっ」スッ

麦野「たかが葉っぱ一切れで恩着せがましいんだよ。第三位の名が泣くぞ」パシッ

御坂「泣かしときゃいいのよそんなもん。そのたかが葉っぱ一切れ奪い取ろうとするあんたより人間は出来てるつもりよ」

地下食品街を出た後、三人は待ち合わせ場所に良く使われる大樹の木陰のベンチに腰掛けていた。
硝子張りの建築物が夕陽を映して墓石のように聳え立ち、鏡張りのビルディングが茜空を写して墓石のように並び立ち……
揺蕩う雲の峰、秋風を受けて回る風力発電のプロペラを仰ぎ見ながら。

麦野「チッ……」スタスタ

御坂「?」

麦野「これでいいか……ほらっ」ポイッポイッ

御坂「うわっ!?」パシッ

禁書目録「よっと!」ガシッ

すると舌打ちと共に立ち上がった麦野が向かった先……そこはいくつか並んだ自動販売機。
その中から適当に押した缶コーヒーを取り出すと、二人に向かって下手投げに放ってみせたのだ。

御坂「……SBCモカ?」

禁書目録「こっちはラテ?」

麦野「あんたに借りなんて作りたくないし、あんただって私に貸し作るのなんてイヤでしょ?それでチャラよ」

御坂「……うん。ありがとうね、第四位」

受け取った缶コーヒーをしげしげと見やりながら御坂は毒気を抜かれたように一つ息を吐いた。
それをつまらなさそうに一瞥をくれると、麦野は麦野でナチュラルティーのボタンを押し、中身を開けた。

御坂「(エラそうなヤツ……ありがとうくらい言ったって何も減らないのに)」

麦野「熱っ」

禁書目録「うー……あったまるんだよー……これ服の中に入れたら、きっと冬でもあったかいに違いないかも!」

御坂「(アイツの前じゃ違うのかしらね……)」

自販機に寄りかかる麦野に木漏れ日の影が落ち、御坂とインデックスに木洩れ日の光が射す。
まるでそれが、三人の少女らを隔てる世界の立ち位置のように。

麦野「………………」

麦野は、それを正しく理解していた。恐らくはこの場にいる誰よりも正しく……
決して光の中に入ってなどいけない自分の位置から、二人を目映そうに見つめて。


9作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:12:21.24M0U/e/FAO (8/19)

~6~

私には、この色褪せた街に植えられた風車が卒塔婆か十字架みたいに見える。
アイツには言った事ないし、言ったら怒られそうだから言わない。
でも、こうやってこいつらと顔を突き合わせてるとはっきりとわかって来る。

禁書目録「ずっとあったまっていられたらいいのに」

御坂「あら?あるわよ。学園都市特製“冷めないカイロ”」

禁書目録「そんないいのあるの!?」

御坂「あるわよ。ほったらかしにしてもゴミに出しても発火しないカイロ。“外”じゃ売ってないだろうけど」

禁書目録「ふーん。それは持つの?それとも貼るの?」

御坂「く、詳しいわね日本に来たの今年のくせに」

自分が人殺しの怪物で、そんな自分は絶対向こう側の人間にはなれないって。
昔なら考えもしなかった違いが、アイツと付き合うようになってからよくわかる。
もしかすると私は自分で思ってるよりも暗い女なのかも知れない。

禁書目録「他にも湯たんぽって言うのも覚えたんだよ!ねっ、しずりが教えてくれたんだよ!」

御坂「あんたが?」

麦野「そいつが服の中に猫入れてあったまってたの見てね。服に毛つくから止めろって言ってんのに」

御坂「へえ……まるでお母さんみたいね」

麦野「眼科行け。私はまだ十代だ。そんなデカいガキ産むのも育てんのも真っ平御免よ」

御坂「えっ、嘘!!?」

麦野「どいつもこいつも同じリアクションしやがってよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ひだまりの中浸かるぬるま湯。指先までふやけそうだ。
幸せ太りって言うのは確かにある。私の心についた脂肪だ。
けれど意外に性にあってるのかも知れない。こうやって晩御飯のメニューに頭を悩ませたり、気紛れにお菓子作ったり。

御坂「ごめん……ううん、本当ごめん」

麦野「二回言うなよ!何で二回言うんだよ!?」

御坂「ありがとうとごめんなさいは礼儀の基本でしょ?セ・ン・パ・イ?」プークスクス

麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

自分が嫌いな人間は、自分の作った料理をどんなに上手く作れても美味しいと感じられないって滝壺から聞いた。
……当たりだよ滝壺。でもね、そんな私の作る料理を美味い上手いって何でも食っちまう貧乏舌がいるんだ。

だからせめて、私は料理だけは手を抜きたくない。

壊す事と殺す事しか出来ない私の手から生み出せる、唯一のものだから。


10作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:12:53.40M0U/e/FAO (9/19)

~7~

フレメア「シスター?」

地下食品街近くの路上にて、一人の少女が雑踏の中目を止めた。
人混みの中にあって目立つシルバーホワイトの修道衣。人波の中にあって目立つプラチナブロンドの髪。
人集りの中にあって耳目を引くその出で立ちに、同じ異国の人間の血を引く者として足が止まる。
留学生が多い第十四学区、神学校の多い第十二学区から離れたこの第七学区にあってその修道女は確かに珍しかった。

フレメア「(大体、どうしてこんな所にシスターがいるのかな?近くに教会なんてあったかなあ)」

フレメア=セイヴェルンは異国の血を引く人間である。
海の向こうにある国からこの学園都市に渡る前から……そう、両親らと暮らしていた頃から十字教の存在は知っていた。
とは言っても『神の子』や『聖母』などの一般常識的な伝承くらいしかまだわかっていない。
この進化と深化を続ける最先端技術の結晶体の街にあって神の存在を心の底から信望している訳でもない。
ただ、サンタクロースの存在の方がまだしも信じられる、そんな微笑ましい価値観の少女である。

フレメア「(駒場のお兄ちゃん、今日は会えるかなあ……最近全然見ないし、大体電話でお話して終わっちゃうんだもん)」

パチン、とキッズケータイを開いて待ち受け画面を見やる。
そこにはまるでフランケンシュタインのような巨漢と、抱きつく小さなお姫様のようなフレメアが映っている。
こんな時どうしたら良いのかわからない、けれど精一杯と言うのがありありとわかる恥ずかし気な笑顔。
駒場利徳……今年の頭に、自分が通っている小学校にボウガンなどを担いで侵入しようとした『無能力者狩り』の集団から自分を救い出してくれた……
フレメアにとっての王子様であり、騎士であり、英雄だった。

フレメア「(浜面とも半蔵とも、大体いつから会ってないかあ……また、みんなで遊びたいな)」

改めて別の画像フォルダを開く。そこにはどこか忍者を連想させる名前の少年と、茶髪と金髪の中間に染めた少年。
二人が酒瓶と缶ビール片手に肩を組んで笑顔で酔っ払っているのが見えた。
当の駒場は画面の端で仰向けに横臥していたる。どうやらグラス一杯でひっくり返ってしまったらしい。
大柄な身体付きの割に、意外と酒に弱い質なのかも知れない。

フレメア「(会いたいなあ……みんなに)」

そんな、ありふれた日常に――




11作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:15:09.75M0U/e/FAO (10/19)

~8~

見つけたぞ……あの金髪のガキ。ゴミ。クズ。何も生み出さない無能力者のガイジンめ。
お前みたいなクソがのさばるせいで、お前らみたいな無能力者がこの街に蔓延ってるせいで!
僕は前歯がなくなったんだぞ。あのウスラデカブツ。あのゴミ溜めと掃き溜めと糞溜めと肥溜めみたいなヤツらのせいで!

少年A「殺してやる……」

少年B「お、おいここでやるのかよ!?ここじゃまずいだろ?!」

少年C「そうだぞ、流石にやべーよここじゃ。もう少し人気の少ない所で……」

少年A「ああもううるせえな黙ってろよお前ら!!」

何楽しそうにヘラヘラ笑ってやがるんだレベル0が。何楽しそうに生きてんだよ!
この街じゃレベルがその人間の価値だ!それが0のヤツは生きる価値がないって事なんだよ!
僕はレベル4だ。念動力系のレベル4だ。お前らみたいなクズより四倍も価値ある人間なんだよわかるか!?

少年A「あのガキだけは生かしちゃおけないんだよ!アイツのせいで、アイツらのせいで僕は大恥かいたんだよ!負け組連中の、負け犬連中に舐められたまま追われるかってんだよ!!」

ガチャッ、学園都市製の電動補助式ボウガンの調子を確かめる。
射撃演習場なんかにあるブロウパイプなんて目じゃないぞ。
それに僕の念動力が加われば、自動修正機能と合わさればどんな的だって外さない。
出来ないだろ。能力任せの馬鹿や、道具頼りの阿呆には絶対出来ないだろ?それが僕には出来るんだよ!!

少年B「……イカれてるよ、お前」

少年C「ついてけねえよ……たかがゲームに何マジになってんだよ」

少年A「黙ってろって言ったろ!?お前らから撃たれたいのか!?」

少年B・C「……!」

少年A「ちくしょう……」

あの街路樹の下で携帯見てやがる……動くなよ……この駐輪場からなら絶対に外さない。
30メートルなんて距離、普通じゃ無理だけど演算補正と能力があればあのガキの頭なんてリンゴを撃ち抜くより簡単だ……!

少年A「お前は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

狙いは付けた。後は引き金を引くだけだ……そうだ死ね。死ね、死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺して殺る!!
その無価値な脳味噌ぶちまけて、血で僕に贖えクソッタレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!




12作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:15:52.71M0U/e/FAO (11/19)

~9~

「いやーほんま助かりましたで先輩……」

「先輩いなかったらマジで終わんなかったよな多分……」

「まあ、たまたま通りがかったら泣きそうなお前達が見えて、見るに見かねてだったんだけど」

地下食品街付近の往来の中、男二人に女一人の三人組が闊歩していた。
一人はプルシアンブルーの髪を靡かせた長身の少年であり、野太いテノールボイスで揉み手している。
それを受けてカチューシャに纏められた黒髪をそよがせる先輩格と思しき女性がその傍らを見やる。
すると目を向けられたツンツン頭の少年が気恥ずかしそうにバツが悪そうに頭をポリポリとかいた。

「お前達、いつもこうなのか?能力開発でもない普通の五科目なんだから、別に演算に頭を悩ませる事もないと思うんだけど」

「僕らデルタフォース、三人合わせても吹寄さんの平均点に届くか届かへんかぐらいなんで」

「それを言うなって……ああもう成績はリーチ、出席日数はテンパイ、進級がもう地獄待ちですよ!」

「ほう、お前麻雀なんてやるのか?意外なんだけど」

「いや、“昔”父さんが家に会社の人連れて来て麻雀してるの見た事あって……それでなんか覚えちまって」

「僕はもっぱら脱衣麻雀やなあ。学園都市製3D脱ぎ脱ぎマージャンはリアル透け透け見る見る君やでえ」

「馬鹿っ!雲川先輩いるだろ!?」

雲川「別に私は構わないんだけど?お前らくらいの年のヤツはみんなそういう事で頭がいっぱいだと思ってるけど」

雲川先輩……と呼ばれた女生徒の名前は雲川芹亜と言う。
デルタフォースの通う高校の一学年先輩に当たり、今日はたまたま一年生の校舎の前を通りがかった所……
相も変わらぬ補習にない頭を抱えて唸っていた二人に声をかけたのだ。

雲川「まあもっとも?お前にはそれより遥かに刺激的な恋人がいるようで何よりだけど」ニヤニヤ

「いやー……それほどでも」テレテレ

「刎ッッ!破ァァ!」ドゴオオオオオ!

「痛っ!何すんだ青髪!!」

青髪「次はチ○コや!次ノロケたらチ○コ行くで!」

その後頭部に突っ込みと呼ぶには怨念と嫉妬のこもった鉄拳を突き刺し青髪が憤る。
ついぞ彼女いない歴=年齢の自分の傍から彼女いない歴0年へ昇格した親友に対するやっかみである。しかし――

少年A「お前は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

その時、絶叫が響き渡った。




13作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:18:38.97M0U/e/FAO (12/19)

~10~

少年A「お前は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

御坂「!?」

麦野「?!」

その時、御坂の超電磁砲(レールガン)が微弱な生体電流を感知し、空間把握により絶叫の出どころを見つけ出した。
距離およそ30メートル前後の位置、駐輪場の近くの物陰から……ボウガンを手にした少年が――

御坂「(マズい!)

その射線の割り出しを御坂は即座に演算し突き止める。
それは大樹のすぐ側で携帯電話をいじくっていた……幼い外国人と思しき少女!
それも少女は絶叫にこそ気づいたが、その標的が自分であると夢にも思っておらず――

ドンッ!!

裂帛の勢いで空気を切り裂き、音を置き去りにするような速力で放たれる金属矢。
それも電動補助式のボウガン以外にも、念動力の後押しを受けて飛来する。
人混みの中に放つという異常性にあって、その磨き抜かれた殺意が放たれ――

麦野「ちっ!」

る直前!いち早く反応していた麦野が飛び出し

フレメア「きゃっ!?」

麦野「っ!」

かざす左手から円弧を描いて展開される光球の防盾と共に少女の前に割って入り、右手で少女を突き飛ばして飛来する金属矢を

ボシュッボシュッボシュッ!

連射式なのか、三本の矢が次々と光の楯に吸い込まれ、熔解し、消し炭となってその残骸が秋風に乗って消え失せる!
対する突き飛ばされ尻餅をついた少女が唖然とする中

麦野「走れ!」

フレメア「!?」

麦野「御坂ぁっ!!」

御坂「わかってるっ……つーの!!」

少女に背を向けて叫ぶ麦野、そのすぐ側で駆け出した御坂が――

御坂「もったいないけど……!」

轟ッッ!!

電磁力で引き上げ、放り出し投げつけるは――先程麦野から渡された未開封の缶コーヒー。
コインを取り出す間もなく、手近なそれを砲弾代わりに打ち出される――レールガン!!

御坂「おごるわよ!!」

ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

少年A「わあああああ!?」

ボンッッッ!と少年のボウガンのみを狙った最小限の威力で放たれた缶コーヒーの砲弾。
窓ガラスをぶち破るようにその凶器を真っ向から粉砕し、破裂した缶から飛び散るコーヒーが顔にかかって――


14作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:19:15.66M0U/e/FAO (13/19)

~11~

少年A「わあああああ!?」

いきなり、撃ったはずの矢が防がれて代わりに何かが飛んで来た。
僕はそれが何かさえ見えなかった。なんだよちくしょう!なんでなんだちくしょう!

少年B「や、やべえ逃げるぞ!」

少年C「付き合ってらんねえよ!」

ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!お前らまで逃げるのか!?
巫山戯けんなよ!今まで散々僕とつるんで来たくせに都合が悪くなったら逃げるのか!?
ちくしょう!ボウガンがない!ちくしょう!どいつもこいつも僕を舐めやがって!

少年A「うあああああああああー!!!」

駐輪場の自転車を念動力で持ち上げる。一台五台十台二十台。
ぶつける。この距離からだって飛ばせる!あの逃げたガキを背中から潰すくらいは出来る!!
あんなゴミが死んだところで誰も困らない。あんなレベル0のガキがのさばったヘラヘラ笑ってるような世界は間違ってるんだよ!それを――

「なにやってんだよ……テメエ!」

パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!

少年A「――――――」

その時、持ち上げたはずの自転車がどんどん僕の制御から離れていった。
ガシャン、ガシャン、ガシャンと歯が抜け落ちるみたいに、一台一台落下して行く。

少年A「な……な……な」

「テメエがどこの誰かなんて俺は知らねえ……でもな、テメエが今何しようとしてたかはわかるぞ」

気がつくと、僕の腕が知らないやつに掴まれてた。なんだコイツ……なんだオマエ!
離せよ!離せよちくしょう!ちくしょう!能力が使えない!動かない!ほどけない!
なんだよ!なんでどいつもこいつも僕の邪魔ばかりするんだ!僕はレベル4だぞ?気安く汚い手で触んなよ!

「あんな小さい娘、こんなもんで狙いやがって……!」

少年A「何キレてんだよ!?お前には関係ないだろ!!あんな無能力者のゴミ生かしといたらこの街のためにならな」

「いいぜ……テメエが何もかも自分の思い通りになるって思ってんなら……!」

やめろ……おいなんだやめろ!殴るのか!?僕が誰だかわかってるのか!?
お前もあのゴリラみたいなヤツみたいに僕を殴るのか!?おい!!

「テメエの物差しで人をゴミとか決めつけて力を振りかざすってなら……!!」

やめろ……やめろ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!




15作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:22:32.05M0U/e/FAO (14/19)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「 ま ず は ― ― そ の ふ ざ け た 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



16作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:23:05.83M0U/e/FAO (15/19)

~12~

バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!

少年A「……!!」

刹那、真っ向から振るわれた握り拳が横っ面に突き刺さり……凶行に及ぼうとした少年の身体が宙に舞った。
同時に射出しようとしていた自転車もまた全ての制御を失い、共に地面に倒れ伏す。
それはまさに肺の空気がいっぺんに抜けるような衝撃と共に、ノーバウンドで金網に叩きつけられたのだ。

禁書目録「とうま!」

そこで初めて状況を把握したインデックスがベンチから飛び出して駆け寄って行く。
まるでちくわをエサに釣られたスフィンクスのようにとてとてした歩みで。

御坂「アイツ……」

その突然の出来事に、思わず御坂も唖然とする。一瞬、今起きた凶行が演算と共に脳裏から消え失せるほどに。
代わって胸裏を埋めて行く、曰わく形容し難い感情が満ち充ちて行く。
つい数日前に合わせた顔だと言うのに、夕焼け以外の何かに染まる頬の火照りにかぶりを振って

雲川「いきなり駆け出さないで欲しいんだけど。何かと思うんだけど……あれ?青髪は?」

次いで姿を表すは、上条の通う高校の冬服セーラーの女学生。
そよぐ秋風に煽られる黒髪を手で押さえながら、検分するかのように辺りを見渡しながら悠然と歩を進める。
恐らくは銃弾飛び交う戦場や、敷き詰められた地雷原であったとしても揺るがない足取りで闊歩しつつ

上条「はあっ……なんなんだ?コイツ……女の子は……行っちまったか」

たった今、拳一つで幼い少女の命を半ば無自覚で救った上条当麻もまた、我に返って状況把握に勤めていた。
幼い少女が通り魔に狙われ、それを御坂がレールガン代わりに缶コーヒーを撃ち出し、それに乗じて身体が勝手に動いたのだ。
打算も何もなく、計算など過ぎりもせず、勝算など計りもせず。そして――

麦野「――帰る時は電話かメール寄越せって言ったわよねえ?かーみじょう」

上条「げっ」

麦野「……その女はどこの誰かにゃーん?」ゴゴゴゴゴゴ

ボウガンよりも遥かに生命の危機を見る者に予感させる、心臓を握り潰すような微笑が出迎えた。




17VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州)2011/07/08(金) 21:23:20.99oZzhunWAO (1/1)

感激だ…また読めるのか!


18作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:23:37.02M0U/e/FAO (16/19)

~13~

上条「む、麦野さん?違うんですよこれは?この方は雲川先輩といいまして、私こと上条当麻の学校の先輩でして……!?」

麦野「ふーん?部活に入ってるでもないあんたが、どうして学年違いの先輩と一緒に帰ってんのか、私にはどうしてもわかんねえんだよなあ、かーみじょう」

……うん、ダメだ。テメエはダメだ当麻。アリかナシかで言えばアウトだ。
別に電話もメールもなかったのはまあ許そう。帰りが遅くなったのもまあ良いとしよう。
でもな当麻……私は料理に手を抜けない質なんだよ。つまりだ、お前を料理すんのにも手は抜かないってこった。

雲川「おやおや……刺激的な鉄火場の次はドロドロの修羅場か?これで愁嘆場まで乗ったらドラ3なんだけど」クスクス

上条「ちっ、違う違います違うんだ三段活用!青髪!おい青髪……っていねえええええぇぇぇぇぇ!!?」

ああそうか。あのぶっ飛んだ髪の色した青頭はもういねえってこった。
つまりだ、もう誰にも邪魔されずに……人が一生懸命料理と買い出しに精出してたすぐ側で、私の知らねえ女と仲良く下校してやがったこのドちくしょうを三枚おろしに出来るって訳ね?
ああもうさっきのガキがどうとか、ボウガン持ったクドい感じに脂っこいデブが誰かとかもう関係ねえよな?

麦野「関係ねえ!関係ねえよ!言い訳とかカァァンケイねぇぇぇぇぇんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

禁書目録「しずりしずり!女の子行っちゃったよ!?どうするのどうするの!?」

御坂「それよりこの状況どうすんのよ……ああもう何でもかんでも首突っ込んで来て!あんたが入ってくんのが一番ややこしいのよ!」

上条「待て!待てって!いっぺんにまくし立てられても上条さんの耳は二つしかないんだっつうの!!」

……でも、今のであんたが怪我しなくって良かった。
もうね、私はあんたの身体にこれ以上傷がつくのなんてごめんだ。
私があんたの背中に立てる爪痕以外の何も傷ついてなんて欲しくない。これは本当。
……それだけが、あの日腕ブった切られて死にかけて帰って来たあんたの前で、ただ泣き崩れるしか出来なかった――口に出せない私の本音。

麦野「なら……一つしかない口からどんな悲鳴が上がるか聞いてやるよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

上条「ふっ、ふっ、ふ……!」



―――おかえり、私の当麻―――




19作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:25:22.78M0U/e/FAO (17/19)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「不幸だああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



20作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/08(金) 21:26:18.87M0U/e/FAO (18/19)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第一話「サーモンハントにうってつけの日」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



21投下終了です2011/07/08(金) 21:27:51.97M0U/e/FAO (19/19)

本日の投下はこれで終了です。ドキドキいたしますがよろしくお願いいたします。それでは失礼します…


22VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/08(金) 21:29:34.65oQ8HDaFDo (1/1)

タイトルなんかワロタ

僕はレベル4だ。念動力系のレベル4だ。お前らみたいなクズより四倍も価値ある人間なんだよわかるか!?

ゼロになにをかけてもぜr おっと誰か来たようだ


でもまたよめるのかありがとう作者さん


23VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/07/08(金) 21:32:15.76JrefbLbn0 (1/1)

>>1乙

これだけであと一年頑張れる


24VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/08(金) 21:45:13.91RGYqpkII0 (1/1)

乙!

まさかリアルタイムで読めるとは思わなかった
楽しみにしています


25VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県)2011/07/08(金) 21:50:32.57EMw0lRgoo (1/1)

板更新したら、いきなり一番上にあって物凄い勢いでクリックしちまったぜ!!!!!!!
またむぎのんの切ない想いが読めるだなんて感動だぜ


26VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海)2011/07/09(土) 03:01:32.550CdijnWAO (1/1)

ノーバウンド先輩!ノーバウンド先輩じゃないっすか!

何はともあれお帰りなさいませ
こっちもドキドキいたしますわ

総合に投下してた方もおもしろかったし続きが気になるんだぜ



27VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/07/10(日) 02:02:10.64QeUjQub70 (1/1)

リアルタイムで見るのは初めてだ
これはゴ・ヒ・イ・キ確定ね!



28VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)2011/07/10(日) 07:23:21.18at8FMdrx0 (1/1)

>>1乙
虎のような、麦のんの描写が、半端でないのだよ。


29作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:21:10.24U58nKrMAO (1/30)

>>1です。休日なのでこの時間ですが投下させていただきます。


30作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:23:26.38U58nKrMAO (2/30)

~1~

少年は走る。少年は駆ける。少年は……逃げる。

少年B「はあっ!はあっ!はあっ!」

人混みの中他人の肩にぶつかり、人込みの中他者の足を踏みつけて少年は疾走する。
背中から罵声を浴びせられようと、正面から怪訝な眼差しを向けられようと構う事無く道を行く。
スタートラインはあの駐輪場からだったはずだ。しかしゴールテープが見つからない。

少年B「ひぃっ、ひぃっ、ひぃっ!」

肩で息をするどころか、鼻腔を広げ口を開き、舌を垂らし唾液を溢れさせるような……
お世辞にも美しいとは言えない、青息吐息を地で行くそれはまさに逃亡者を地で行く醜態だった。
されど彼にはもうかなぐり捨てる何者も残されてなどいなかった。拠り所にしていた『能力』さえもが

「あかんやろー友達ほっぽりだしたらー」

……この雑踏の中のいずこからか聞こえてくる、怪しげなイントネーションに野太く滋味深いテノールボイスの主には通用しない。
途中ではぐれた少年Cからコールの一つも鳴りはしない。
それは有形の声音と無形の圧迫感を以て自分の後をついてくる『誰か』にやられたという事だ。

「友達っちゅうのはやー、彼女とかそんなもんよりずっとずっと大事なもんや思うねんよ?僕ぁ彼女おらん歴=年齢やけどね!」

少年B「五月蝿い!五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!」

通行人「……??」

そして奇妙な事に――少年Bが恐慌状態で張り上げる叫び声に対応する野太い似非関西弁の少年の声は……
周囲には一切『認識』されていないのだ。まるで少年Bの奇異な独演会のようにしか周囲には認知されていない。
雑踏の中を疾走しながら絶叫するその様は、逃亡者というより関わり合いを避けたい狂人のようですらある。だが

少年B「たっ、助っ……!」

「あかんあかんそっち行ったら。逃げ出した先に楽園なんてないて、大きく分厚く重くそして大雑把過ぎる剣士さんも言うてたやろ?」

少年は葦の海を割ったように周囲の人々が気味悪がって開けた空白の道を抜け出すようにひた走る。
それは溺れる犬が対岸を目指すように直向きで、切実で、絶望的な熱狂に取り憑かれた――

「せやからなー……あっ、」

それが、少年Bの聞いた……現世に於ける、最後のはなむけの言葉となった――




31作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:24:01.74U58nKrMAO (3/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
青髪「切れてもうたね。君の運命の糸」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



32作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:24:55.35U58nKrMAO (4/30)

~2~

キキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……ゴシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

通行人A「キャアアアアアー!!」

通行人B「じ、事故だ!!」

通行人C「違う飛び込みだ!誰か飛び込んだぞ!!」

青髪「うーん……ツいてへんかったなあ」

次の瞬間、車道に飛び出した少年Bは青髪らの通う高校のスクールバスにより轢殺された。
狂人か熱狂的自殺志願者のように赤信号に飛び出し、横合いから自動操縦による回送運転に跳ねられたのだ。
誰の目からも過失の明らかな事故……そうとしか他に形容のしようがない起こるべくして起きた惨劇だった。

通行人A「救急車!誰か救急車呼んで!!」

通行人B「うぷっ……おえええええぇぇぇぇぇ!!」

通行人C「無理だろ……助からねえよこれ……」

青髪「(残念やったね。君が逃げられへんかったんは僕なんかやないよ)」

アスファルトに咲く花のように、という懐かしいフレーズを口ずさみながら青髪は交差点に広がる赤絨毯に背を向ける。
上条らから随分離れた場所まで来てしまったため、再び元来た道を逆戻りする必要があった。
右手にだらしなく学生鞄を担ぎ、左手をポケットに突っ込みいつもの帰り道を行くように。

青髪「(君が逃げられへんかったんは、君自身の“運命”や)」

瞬く間に他人の不幸という蜜に群がる蟻の群れのような人々の流れに逆らって青髪は行く。
先程狙い撃ちされかけた金髪碧眼の少女は無事逃げおおせた事も既に知っている。
交通事故による死亡者一名と警備員(アンチスキル)の支部の掲示板に張り出されるのも数時間後の問題だ。
主観的に見ても客観的に見ても、あの少年の死は逃れ得ぬものだった。
青髪は手を下すどころか戦ってすらいない。ただ、『友達を見捨てて逃げたら死んでしまう』と警告しに来たに過ぎない。

青髪「(一度会うんは偶然、二度逢うんは必然て星占いの本にもあったけど)」

まるで星の動きを見通し、人の運命を占う占星術師のように……
青髪は少しだけ小走りになりながら上条らの元へ向かう。

青髪「(どうも、君に次はあらへんかったみたいやね――)」

常と変わらぬ、鷹揚な笑顔を浮かべて――




33作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:25:37.50U58nKrMAO (5/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い第二話:「アンハッピー・デイズ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



34作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:27:52.52U58nKrMAO (6/30)

~3~

黄泉川「あー……とりあえず現状把握に務めるじゃんよ」

黄泉川愛穂は歎息していた。地下街付近で何やら能力者による傷害事件が発生したとの報を受け駆けつけたまではいつも通りの日常だ。
つい数日前から同居と日同じくして出て行った学園都市最強の能力者の事に悩ませていた頭もまた、職務に打ち込む事で紛らわせているという面もまた否定出来なかった。
他にも打ち止め(ラストオーダー)と呼ばれる少女が芳川桔梗の知り合いであるカエル顔の医者の元に運び込まれた事もまた頭のそう少なくないスペースを占めている。が

黄泉川「……被害者はどっちじゃん?」

禁書目録「とうま!とうま!たんぱつ!とうまが息してないんだよ!」

御坂「何勝手に死んでんのよ!勝ち逃げなんて許さないからね!」ビリビリ!

麦野「………………」

上条「」だうー

その心労や気苦労の多い頭を更に痛ませるのは、今この場で起きたあまりにコミカルな事件現場である。
まず前歯を全てへし折られた通り魔と思しき小太りの少年。
次に少年以上にダメージを受け渇ききった石畳に鉄分たっぷりの潤いをもたらしうつ伏せ寝に痙攣する上条当麻。
その上に文字通り尻に敷いて足組みする麦野沈利、電気ショックによる蘇生を試みる御坂美琴。
黒髪の毛先を退屈そうに弄る雲川芹亜と、SBCラテを両手で飲むインデックスの姿である。

黄泉川「なるほど、尻に敷かれてるじゃん」

麦野「いつもはこいつが上だからね」

黄泉川「おおー……若さに溢れてるじゃん!」

青髪「カミやーん、生きとるかー?」

上条「……ばあちゃんの顔が見えたよ……まだばあちゃん生きてんのに」

麦野「あれ?あんたおばあちゃんいたの?しまった、詩菜さんから聞いとくの忘れてたわ」ぐりぐり

上条「早く降りろっつーの!!」

青髪「じゃあ次僕に座って下さい!ばっちこーい!!」

上条・麦野「「ねえよ!!」」

背中に感じる柔らかで吸いつくような感触も捨てがたいが上条は生憎とノーマルである。
こんな路上の衆人環視の中人間椅子に興じるような趣味は生憎と持ち合わせていないのだ。
ひょっこり素知らぬ顔で合流し、代わって欲しそうな青髪と違って


35作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:28:24.16U58nKrMAO (7/30)

~4~

雲川「つまり斯く斯く然々なんだけど」

黄泉川「うちは三菱じゃん」

雲川「ラパンってキュートだと思うんだけど」

御坂「だ・か・ら!話進まないからちゃんと説明してよああもう!!」

人間下敷きとも言うべき静電気にグシャグシャになるシャンパンゴールドの髪をかきむしりながら御坂が吠える。
めいめい勝手な方向に進む中にあって相対的に一番常識的な御坂が事情説明に移る。
この気絶しているボウガンを持った少年が小学生を狙っていた事、それを自分達が食い止めた事……

黄泉川「そうか……こいつが……んん?」

御坂「どうかしましたか?」

そこで黄泉川が長考に入る棋士のように手指を口元に当てる。
手繰るは思考の迷宮へと導くアリアドネの糸、目指すは記憶の宮殿へと連なる鉄扉。
ボウガン、襲撃、小学生……いくつかの類似する事件から割り出し、酷似する案件から紐解いて行く。
黄泉川は街の治安と生徒の安全を守る、翼有る楯である。
思い出せ、思い出せと閉ざされた目蓋の奥に広がる事件の数々の中から――

黄泉川「思い出した……あいつ、今年の頭に捕まったやつじゃんよ」

上条「こ、今年の頭……って?」

禁書目録「???」

麦野「まだあんた学園都市に来てないでしょ」

うつ伏せ寝のまま二の足にインデックスが腰を下ろし、背中側に麦野が腰掛ける中顔だけ上げた上条が問い掛ける。
どこからか救急車のサイレンが鳴り響くのが視界の端に映ったが、すぐさま考え込む黄泉川を見据える。
そこで、雲川がポンと手の平を握り拳で叩くようにして何かに当たりをつけたように口を開く。

雲川「ああ……あの小学校襲撃事件か。よく覚えてるんだけど」

黄泉川「まさにそれじゃんよ。そうだ……あの時、襲撃グループに加わってて駒場にぶちのめされてお縄になったやつじゃん」

青髪「掲示板で無能力者狩りやー!言うてたあれ?それ僕もネットで見たわ。けっこうな騒ぎになったし」

禁書目録「無能力者……狩り?あっ」

麦野「………………」ヒョイ

そこで麦野の顔付きが変わった。ヒョイとインデックスを持ち上げて下ろし、上条に手を差し伸べる。

上条「……黄泉川先生」

その手を上条もごく自然に取り、立ち上がる。先程までのカカア天下の未来を予想させるドタバタから打って変わって

上条「それ……教えてもらえませんか?」



36作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:30:42.39U58nKrMAO (8/30)

~5~

どこのガキが襲われようが傷つこうが殺されようが死のうが……実のところ私に興味はないし関心もない。
少なくとも、命以外何もかも失ったクソッタレな人生の中で……ギャラをもらわないでやる殺しなんて真っ平御免だ。
でもそれは私が自分の生や他人の死に金銭以上の価値観を置いてないからだ。
断じて分厚いだけが取り柄で、中身がスッカスカの道徳の教科書から習う薄っぺらい善悪なんかじゃない。

黄泉川「始めは、スキルアウトと能力者の口喧嘩が原因だったらしいじゃん」

上条「らしい?」

黄泉川「……あんまりにも飛び火し過ぎて、始まりのきっかけも終わりの落とし所も誰にもわからないじゃん」

この中の何人が知ってるか知らないけど、人間なんて燃やして灰になっても、ダイヤモンド一個しか生成出来ない。
『灰とダイヤモンド』の例えじゃないけど、この学園都市にいる限り誰しもがマウスでモルモットなのよ。

御坂「じゃあ……スキルアウトじゃなくて、何の関係もない無能力者が狙われてるって事!?」

雲川「掃いて捨てるぐらいチープで、叩いて売るほど陳腐な話なんだけど」

青髪「おとろしい話やで……それもう私刑言うか死刑やん。あっ、これダジャレちゃうよ?」

それをボランティアで殺して回るのも、ゲームとして狩って回る感性も私にはない。
二度と浮かび上がれない闇の底で息を潜めてる深海の鮫は、水打ち際で跳ねる小魚なんて相手にしない。
まあ、鉛の外套と鍍金の冠かぶったこの真っ直ぐなキラキラお目めした超電磁砲あたりは頭に来るんだろうけどね。

上条「……そんなつまんねえ事で、あんな小さな娘が狙われるなんて話があってたまるかよ……!!」

……ねえ当麻。どうしてあんたはたかが他人のためにそんなに真っ直ぐに怒れるの?
例えば、私はあんたが無能力者狩りに巻き込まれたら巻き込んだ連中を鏖(みなごろし)にする。
それはあんたが私と三度もやり合って生き延びたレベル0だからじゃない。
私にとっての上条当麻が、ダイヤモンドより貴重なものだからだ。

麦野「……かーみじょう、そんなに熱くならない。周り見えなくなるわよ?」

上条「……あ、悪い……沈利」

あんたの指先に合わせて啼く身体の代わりに、私の真っ黒な脳細胞は冷感症なんだよ当麻。
あんたの白い熱を感じてる時しか忘れられないんだよ


自分が、人殺しの怪物だって


37作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:33:10.14U58nKrMAO (9/30)

~6~

フレメア「はあっ……はあっ」

フレメア=セイヴェルンは降って沸いた襲撃事件から辛うじて難を逃れ、ちょうど学校帰りの学生で溢れるモノレールに乗り込んでいた。
肝を冷やすどころか血も凍るような思いをした中で、泣き喚く事もへたり込む事もせず生存を最優先にしたその精神力はまさに子供離れし大人顔負けである。

フレメア「(怖かった……大体終わったと思ったのに、こういうの)」

腰掛けた座席の衝立にもたれ、手摺棒の低い位置をギュッと握り締めるも小刻みに震える手指は誰かと繋がる事を求めていた。
それは血の繋がった姉フレンダ=セイヴェルンであり、深い繋がりを持つ駒場利徳であった。
しかし彼等に何度電話しても繋がらない。メールも返って来ない。
最も心細い時に、最も側にいて欲しい誰かと繋がれない孤独。
これがもし、フレメアが姉と歳同じくするほどの年輪をその幼い身体に刻んでいたとすれば耐え得るだろう。しかし

フレメア「うう……駒場のお兄ちゃん……フレンダお姉ちゃん……」

それはあくまで大人の視点であり、第三者の視野だ。
孤独と孤立と孤高はいずれも似て非なる意味を持つ。
しかしそれは当事者にしか分かり得ぬ、という共通点を有している。
それを背負うにフレメアの肩はあまりに狭く背中は小さく、足取りは覚束ず頼り無いものだった。

フレメア「あいたいよ……」

一人とは状況だが、独りとは状態だ。個としての心寂しさ、心許なさ、心細さは群集の中でより鮮明化し先鋭化する。
求める誰か一人は、知らない誰か百人に勝る。モノレールの車窓から見える空はすでに茜色から藍色へと変化している。
フレメアの心模様を映し出すように……それを思うと、フレメアは溢れ出しそうな涙を零しそうになる。


と――

男子生徒「おいどけよ!低レベル校!」

フレメア「!」

その時、フレメアの座席から三人分離れた場所から甲高い恫喝と罵声が車内に響き渡った。
思わず振り向くと、底には霧ヶ丘付属と思しき学生服の男女二人が、どこかの女子中学生に絡んでいた。
どうやら座席をどけと口汚く罵っている様子が見て取れた。

女子中学生「い、いやです!どうして……」

女生徒「はあ?はあ?はあ?なになに?聞こえな~い」

男子生徒「うわ臭っ。ゴミがしゃべってる。うわ臭っせ!臭えー!」

フレメア「………………」

もう、限界だった。




38作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:33:42.62U58nKrMAO (10/30)

~7~

フレメア「だっ、ダメだよ……」

男子生徒「……ああ?おいそこのチビー?なんか言った今?」

……知ってる。今年に入ってからこんな事ばっかり。レベル0だから、無能力者だからって……
絵本の悪い王様や意地悪な貴族みたいに、私達をゴミ扱いする人達がいるって大体知ってる。
……ゴミ掃除だって、学校追い出されて、学園都市から出て行った子もいる。

フレメア「だ、大体その席はその人のだから……ダメなんだよ!」

男子生徒「はあ?聞いてねえよ!今お前がなんつったか答えろって聞いてんだよ!ゴミ!!」

フレメア「ううっ」

今の私みたいに小突かれてるなんて生易しいのじゃない。
目が見えなくさせられちゃった子もいる。私のいる小学校が、ネットにさらされたって先生達が言ってた。
だから悪い人達、怖い人達に狙われる。ゴミ掃除だって。
生きてる価値ないって。でも……でも、私は言いたい。

フレメア「わ、私はゴミなんかじゃない!その人もゴミなんかじゃないもん!」

女生徒「へえー……舐めた口聞いてんじゃないわよパツキン!」

フレメア「くう……うっ!」

痛い。痛い。髪の毛引っ張られるのすごく痛い。痛い、痛い、痛い……
けど、ゴミって言われる方がもっと痛い。胸が痛くて痛くて泣きたくなる。
だから、大体我慢出来る……ちょっと我慢出来たら、ずっと我慢出来るから。

女子中学生「代わります!代わりますから!その子関係ないですから!!」

男子生徒「もう遅えーよ。降りろよ次の駅、逃がさねーから」

女子中学生「……!」

女生徒「おまえら何見てんだよ!!」

誰も助けてくれない。みんな見ぬふり。わかってる。
私達レベル0で、戦える勇気があるのは駒場のお兄ちゃんや、浜面や、半蔵みたいな男の子達だけだって。
でもっ、でもっ……私だって、大体何も出来ないけど、負けないだけなら出来る。

フレメア「ゴミなんかじゃない!私達は人間だもん!あなた達と何も変わらない、あなた達と同じ人間だもん!!」

女生徒「何とち狂ってんだこのガキ?黙れってんだよ!」

私達をゴミなんて呼ぶ人に負けたくない。私はゴミになりたくない。
今日私を助けてくれた人達にも、お礼も言わないで逃げた。
何も出来ないけど、何も変えられないけど……もう逃げたくない!

フレメア「私は――ゴミじゃないもん!!!」

私は……逃げたくない―――!




39作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:34:28.02U58nKrMAO (11/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――さっきから五月蝿えぞ、ブス―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



40作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:36:56.97U58nKrMAO (12/30)

~8~

女生徒「なっ……!?」

「ああ?口臭えのがこっちまで匂ってくんだよブス。不味いのはそのツラだけにしとけ。キンキン五月蝿くっておちおち寝てもらんねえ」

その時――向かいの席で腕組みしながら船を濃いでいたらしい青年が寝起きの不機嫌さも露わに……
フレメアの髪を鷲掴みにして引きずり回そうとしていた学生らの背中に声をかけたのだ。
ライトブラウンの長髪をガシガシとかきながら、さもうっとおしそうに。

男子生徒「なにカッコつけてんだよナルシス野郎!テメエどこの学校だ!?レベルは?!名乗れよ!!」

「――悪いな。学校行ってねえんだここ何年か」

女生徒「はあ?あんたスキルアウト?なに?群れなきゃ私達能力者に喧嘩も売れないゴミがなにタメ語利いてんだよ!」

「スキルアウトでもねえよ。あんな痩せた野良犬連中と一緒にすんな」

この時、怒髪天に達していた学生らは気づかない。
青年はスキルアウトなどではない事は、その瀟洒なスーツを着崩した姿から推して知るべきだったのだ。
いざ相手に喧嘩を売る段になって、相手の服装や佇まいを見抜けない……
それは、『誰に対し』『どんな相手』に火の粉を飛ばすという事かへの認識不足。

「テメエのレベルがいくつかなんて知らねえが、連れてる女のレベル見りゃそう大した男じゃねえのはよーくわかったぜ?」

女生徒「ああ!?」

「悪食に走るぐらいなら俺は潔く餓死を選ぶね。テメエの乗っかってる男はチープ過ぎる」

そう――この男は学園都市の闇に住まうライオンなのだ。
能力の強弱などという常識の埒外に存在し、己の作り上げた法則の檻内を闊歩する王者。
男子生徒はそれを知らずに青年の襟首を掴み胸倉を締め上げた。
しかしそれでも尚……青年は人を小馬鹿にしきった喉を鳴らした笑みを絶やさない。

男子生徒「気取ってんじゃねえぞコラ!テメエ……」

ライオンにとって強者も弱者もない。あるのは自分以外は全てエサという認識のみ。
この男子生徒は、虎の尾を踏んだのではなく獅子の鬣を掴んだのである。そう――

「――人の服掴むって事は、もう始まってるってこった」

男子生徒「はあ!?」

「でもって終わりだ。ムカついた」




41作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:37:44.73U58nKrMAO (13/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
垣根「―――絶望しろ、コラ―――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



42作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:38:42.96U58nKrMAO (14/30)

~9~

ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

男子生徒「ごっ、があああああああああああああああ!!?」

フレメア「!」

垣根「ばーか。女の前で格好つけんなら相手見て絡め……ってもう聞こえてねえか」

次の瞬間、男子生徒はモノレールの車窓に叩きつけられ、粉々に砕け散る硝子と共に――
向かいの車線を直走るもう一台のモノレールにすれ違い様に叩き込まれ……
再び窓ガラスをぶち破って吸い込まれ、あっという間に姿が見えなくなった。

垣根「おーおー飛んだ飛んだ。まあ多分死んでねえだろ、多分」

打ちっ放しもこんくらい上達すりゃな、と独語しながら乱れた襟元を垣根は正す。
上手く着崩しはするがだらしないのは嫌いなのか、パンパンと掴まれた部分を手で軽く払って立ち上がる。

垣根「おい、そこのブス」

女生徒「ひっ、ひいいい!?」

垣根「テメエの足りねえ頭でもわかったか?たかがレベル4が関の山の“能力”なんざ、本物のレベル5の“暴力”の前にクソの役にも立ちゃしねえってよ」

垣根は続ける。へたり込む女生徒から、唖然とするフレメアに一瞥をくれて

垣根「――ビビりながらでも、半泣きでも、必死に啖呵切って食い下がったそこの嬢ちゃんの方がまだしも見れたもんだぜ。誉められたもんでもねえが」

フレメア「……あ」

垣根「プライド持って噛みついた嬢ちゃんがゴミだってなら、ただ見てるだけのテメエらはなんて呼びゃいい?」

同時に車内を見渡すと――顔色を失う周囲の反応に肩をすくめた。

垣根「しょっぺえ野郎共だ。おい、ずらかるぞ」

フレメア「えっ!?」

垣根「このままじゃ警備員来んだろ。面倒臭えのは嫌いなんだよ……っと!」

フレメア「えー!?」

垣根「悪いなそっちの嬢ちゃん。定員一名でな。五年後に頼むわ」

女子中学生「えっ、あっ、は……」

垣根「そーら行くぞー」

フレメア「えー!!?」

そして垣根はフレメアを抱きかかえると、ぶち破った窓から白い翼をはためかせて飛び立っていった。

フレメア「えええええぇぇぇぇぇ!!?」

フレメアの長い一日はまだ終わらない――




43作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:41:32.87U58nKrMAO (15/30)

~10~

青髪「あれ?ベッドのうなったんやね。春に遊びに来た時まだあったのに」

雲川「へえ……少女漫画けっこうあるんだけど。これなんて特に懐かしいけど」ペラペラ

御坂「(コルクボード……写真いっぱい貼ってる。あいつカメラなんてやるの?)」キョロキョロ

麦野「あ・ん・た・ら・ね・え・!」

一方その頃……麦野のそう高くない沸点は今まさに我慢と忍耐と限界と臨界を迎えていた。
例えるならば海中に没した活火山が煮えたぎるマグマを噴出させる数秒前、怒りの表面張力があと一枚コインを落とせば溢れださんばかりであった。

禁書目録「すふぃんくす!私にも半分寄越すんだよ!独り占めなんて許せないかも!」

スフィンクス「シャー!」

上条「猫とちくわ取り合うなー!!」

麦野「……人ん家のガサ入れしてんじゃねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

その原因は、事件の後上条の部屋に雪崩れ込んで来た招かれざる三人の客に対してである。
青髪は取り払われたベッドの足が置かれていた床の凹みをなぞり、雲川は上条の本棚に追加された麦野の少女漫画をパラパラ捲っていた。
御坂は床にぶら下げられたコルクボードに貼り付けられた三人や二人や一人の写真をマジマジ見上げ……
インデックスはスフィンクスと一本しかないちくわを醜い争いと共に奪い合い、上条はみんなの靴を揃えていた。

上条「一応、適当な所座っててくれよな」

麦野「かぁぁぁみぃぃぃじょぉぉぉう!」

上条「そんなピリピリすんなよ……せっかく来てくれたんだし」

麦野「呼んでねえし」

事の始まりは、補習の課題を手伝ってくれた雲川に上条が謝礼を申し出たところで『じゃあ晩御飯ご馳走になりたいんだけど』と言われ、上条がそれを承諾したからだ。
それに乗じ同じ補習仲間として苦楽を共にした青髪も参戦し、何故か御坂までついて来てしまったのだ。

麦野「あー……あれね、旦那が前触れもなく夜中に職場の人間連れて来た時の妻の気持ちが今ならよーくわかる。あんた、私が買い物言ってなかったらどうするつもりだったの?」

上条「悪い……」

麦野「……まあ?ここはあんたの家なんだし、私にだってそれくらいのわきまえはあるわ。ちょうど人数分あるし」

上条「今日のメシ、なんだ?」

麦野「サーモンの塩竈香草焼き♪」

鮭に絡むところのみ、麦野は唇に人差し指を添えてウインクした。


44作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:42:04.70U58nKrMAO (16/30)

~11~

上条「悪いなホント……いきなりになっちまって」

麦野「別に。気が乗らなきゃ作らないし、別にあいつらのためじゃなくってあんたに食べさせる分だと思えば腹も立たないし、かかる手前は同じよ」

上条「(本当素直じゃねえよなあこいつ……いや、わかりやすいんだけどさ)」

ガサッと台所にお買い物エコバックを下ろし、麦野が右手を腰に当て左手をプラプラと振る。
麦野という女性は御坂のようなある種のテンプレート的な、所謂ツンデレとはやや趣が異なる。
どちらかと言えば臍曲がりなタイプだと言うのが上条の中の結論である。
他人から寄せられる好意を拒絶し、自分の行為の中にある善性を否定する。

麦野「……本当なら、お泊まりの日に作ってあげたかったんだけどね」

上条「インデックス、怒るぞ?」

麦野「五月蝿え。あんたは私のものよ。他の誰に憚るつもりもないわ」

お泊まりの日、というのはこの奇妙な同居生活に設けられた一つの法である。
平日は上条とインデックスがこの部屋で生活しているが、土日は麦野が上条を自分の部屋に招くのである。
若干変則的な生活であるが、これが通い妻(麦野)と押し掛け女房(インデックス)の間に結ばれた協定である。

麦野「だいたいね……」ぼそっ

上条「ん?なんだ?もう一回……」

麦野「」チュッ

上条「!!?」

麦野「な・ん・で・も・な・い」

かと思えば、小声で耳打ちすると見せかけてキスを送ったりする。
それもキッチンの物陰でこっそりと、悪戯をしている子供のように。
思わぬ不意打ちに頬を押さえる上条だが、麦野は悪びれた風もない。

麦野「あいつら帰るまでこれで我慢してやるよ」

上条「………………」

麦野「おいおい黙り込まないでよ。優しくさすってやれば元に戻るかにゃーん?」

麦野という女性は愛情表現が極端に下手である。それはぶっきらぼうでも冷めている訳でもなく……
どうしたら良いか、どうしたいのかが自分でも常に手探りなのだ。
先程地下街付近で上条を冬眠から目覚めた鬼熊が鮭を狩るように屠ったのがその証左である。
上条が本気で浮気するなどと微塵も思っていない。ただ――

上条「……てる」

麦野「えっ?」

上条「見られてますよ……麦野さん」

麦野「!!?」

全員「「「「(ジー)」」」」

その時、全員の視線が麦野に注がれていた。痛いほどに




45作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:45:03.90U58nKrMAO (17/30)

~12~

青髪「カミやーん?10月や言うてもヒーターまだ早いんちゃうー?暑いわ熱いわー」ニヤニヤ

雲川「冷めないカイロより熱々なんだけど」ニマニマ

御坂「な、な、なにやってんのよアンタ達!そういうのはウチに帰ってからやりなさいよ!!」ワナワナ

禁書目録「たんぱつ、ここ私達のお家なんだよ」ムシャムシャ

麦野「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」ガクガク

上条「(……周り見えてねえのはどっちだよ、麦野)」

真っ赤にした顔を隠すようにキッチンにしゃがみ込み、鬼熊が冬眠の穴を掘るように身を縮める麦野。
穴があったら入りたいとはまさにこの時の状態を指すのだろう。
気づくべきだったのだ。あれだけやかましく家捜ししていた物音が静まり返っていた時点で。
『自分だけの現実』ならぬ、『二人だけの世界』は時として社会的なパーソナリティーの根幹を揺るがせる。
かつて上条の機転がなければ青髪、御坂共々全力で殺しにかかっていた暗部の女王という肩書きは……
この際ぬるま湯で薄められたカルピスくらいにまで落とされていた。

麦野「ぶち殺す!!ぶち殺し尽くす!!見た奴みんな殺して殺る!!」キュィィィン!

上条「はいはい。ブレイクブレイク」パキーン

雲川「お前の彼女、見てて飽きないんだけど」

青髪「彼氏の影響バリバリや。アホアホやんお姉さん」

禁書目録「あれでバレてないと思ってるのが一番罪深いかも」

御坂「……まさか、いつも?」

禁書目録「――変な声聞こえても見て見ぬふりしてるんだよ。私一人の時はね。ねー、すふぃんくす」

スフィンクス「にゃーん」カリカリ

麦野「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

知らぬが仏というが、鬼が泣いている。麦野は上条が立てるフラグをぶち殺すためにわざと人前でイチャつく事はある。
しかしナチュラルの状態でそれを見られる事に耐性がないのである。
どれだけ理解ある年上のお姉さんを演じようが、素の恋愛経験の下地がほぼ白紙のグリーンボーイ。
恥ずかしげもなくイチャつくには少しばかり年齢と経験値が不足していた。

麦野「うう……」

上条「やっぱり、一緒にメシ作ろう、な?」ポンポン

生暖かい笑顔が、いっそ残酷だった。




46作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:45:50.27U58nKrMAO (18/30)

~13~

麦野「穴があったら入りたい……いや、あいつらを穴に埋めて……」ブツブツ

上条「いつまでヘコんでんだよ……」

麦野「私はレベル5だぞ……学園都市第四位だぞ……」ボソボソ

上条「いいじゃねえか。だんだん馴染んで来たっつーか」

麦野「?」

上条「会った頃に比べたら色んな自分、出せるようになって来たって思うけどな。前のお前、もっと頑なだったし」

たおやかな手指で鮭の鱗を削ぎ落とすための包丁を握り、ゴリゴリ……ゾリゾリと皮を剥がして行く行く麦野。
その隣で上条が米をシャカシャカとかき混ぜ、洗い、すすいで行く。
二人だと手狭なキッチンにあって、黒揚羽の髪留めでサイドポニーにまとめられた麦野の髪が猫の尻尾のように揺れる。

麦野「別に。今も昔も私は何も変わったつもりないんだけどね」

上条「いや、そうでもねえぞ?」

上条が炊飯器に洗米を入れ、水を満たし、ターメリックを落とす傍らクイッと顎で指し示す先……そこには

禁書目録「八組目ゲットなんだよ!」

青髪「アカン!この娘ムチャクチャ強いわ!」

雲川「駄目。まだ三組しか上がらないんだけど」

御坂「ちょっとアンタ!イカサマしてるでしょ!?でなきゃ八回連続でなんて」

禁書目録「ふふん、私の完全記憶能力を知っていながら神経衰弱に挑んで来るなんて、身の程知らずにも程があるんだよ!」

料理が出来上がるまでの間トランプ遊びに興じている四人がいた。
目下インデックスの一人勝ちで、二番手は雲川、三番手は青髪、ビリは御坂である。

上条「前ならこうやって家に人上げるとか一緒に飯食うとか、死ぬほど嫌がったろ?でも、今だって飯の準備してくれてる」

麦野「……家主のアンタの手前ね」

鮭にペッパーを刷り込みつつ麦野はボンヤリとした口調で答えた。
そして自身に問い掛ける。自分は変わったのだろうかと、変われたのだろうかと。
しかし――上条がそれを認めても、麦野はその変化がどうしても受け入れられなかった。

麦野「でも、私が変わった云々は悪いけどアンタの買いかぶりよ。ロバが旅に出た所で、馬になって帰って来るわけじゃないんだから」

このあたたかな輪の中にあって、自分一人が暗部上がりの人殺し。
白い羊の群れに黒い山羊が入り込んでしまったような、そんな場違いさ。




47作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:49:20.87U58nKrMAO (19/30)

~14~

―――しかし―――

上条「じゃあ、それは沈利に元々あった良い所が出てきたって事じゃねえか?」

麦野「……そりゃあ身内の贔屓目ってもんでしょ」

上条「あれだよ。雪解け……みたいな感じなのかな?こんなあったかい場所で、凍ったままだった沈利の優しい所が水みたいに流れ始めた……そんな風に思ってんのが俺だけでも、俺はそう思ってるぜ」

上条が予め用意していたボウルにカンカンと卵を叩き付け、器用に卵白だけを落として行く。
そして空の中に残った二つの卵黄を、待ってと制止した麦野が手近なグラスに落とす。
さらにその中にウスターソースとビネガーと今し方使っていたペッパーを目分量で振り掛けて行く。
即席のプレイリーオイスターの出来上がりである。

麦野「……恥ずかしい事ばっかり言わないの。これ飲んでちょっと黙ってて」

上条「おっ、サンキュー」

麦野「(……優しいって言うのはさ、こんな人殺しを地獄の底から抱え上げて救い出すような、アンタみたいなお人好しの馬鹿のためにある言葉なんだよ、当麻)」

卵白を落とせば後はメレンゲになるまで泡立てるのみ。後は粗塩とローズマリーとタイムの葉を落として混ぜるのだ。
上条が卵黄を一気飲みしつつ、かき混ぜる傍らで麦野はレタスとプチトマトを水洗いする。

麦野「(……馬鹿の一言ね麦野沈利。自分に優しい言葉をかけてくれるヤツは全部善人で、自分に厳しい言葉をかけてくるヤツは全部悪人か?まるで世界の中心に立ってる悲劇のヒロイン気取りね?)」

麦野沈利は戸惑っている。上条当麻のために生きて死ぬと誓った思いは揺るがない、揺るがせない、揺るぎない。
しかし……否応無しに、このひだまりのように優しい少年が、永久凍土の地平線まで溶かしてしまう。

ギュッ……

上条「ん?」

麦野「……後はもう焼くだけだから、友達の所戻ってて。せっかく来てもらったんなら、私になんて構ってないで客をもてなしな」

塩竈包みにしたサーモンを何台目かの電子レンジのオーブンに入れる、その傍ら――

麦野「……手伝ってくれてありがとう。ちょっとだけギュッとしてて」

上条「おう」

絡めた指、繋ぐ手、組んだ腕……それだけが、それだけが麦野が『人殺しの自分』に許せた唯一のものだった。

麦野「……あんまり、私を甘やかすなよ?」

アンタのために死ぬのが惜しくなるでしょ、とは言わなかった。




48作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:50:40.91U58nKrMAO (20/30)

~15~

禁書目録「ぐぬぬぬ……」

青髪「よっしゃ、ババ抜きは今一つみたいやね……よっ」

雲川「ジャック抜けたけど」

御坂「………………」

一方その頃、ババ抜きへとシフトし早々に一ぬけした御坂は壁面にぶら下げられたコルクボードを見上げていた。
それは部屋につくなり真っ先に目に飛び込んで来たものであり……
ババを押し付け合う中でもずっと頭から離れずにいたものだった。

御坂「(これ、夏休みのかしらね?)」

そこに貼られていた写真の数々……最初に目についたのは、ベランダに出された子供用プールで遊んでいるインデックスの姿。
その側で麦野がたらいに氷を敷き詰め、まるまると太ったスイカの冷え具合を確かめているような一枚があった。

上条「ああ、それ夏休みん時のヤツだよ」

御坂「ひえっ!!?」

上条「?。なんだよビリビリ」

御坂「い、いきなり近づかないでよ!びっくりするじゃない!」

上条「ああ、悪い悪い。なんかあんま真剣に見てたみたいだからさ……そんな面白いか?それ」

と、そこへやって来たのは調理をあらかた終えたこの部屋の家主こと上条当麻その人である。
ちょうど御坂から見上げて右斜め45°(人間が最もかっこいい角度)の位置に立っていた。
思わず別の意味でもドキリ、とさせられる。自分の部屋というホームグラウンドにあってか、肩の力が抜けたその横顔に。

御坂「べっ、別にっ……ただ、ただアンタが……写真撮ったりするタイプだったのか……って」

上条「うーん……沈利と付き合い始めてから、かな」

御坂「っ」

上条「あっ、これ土御門と舞夏とみんなで流しそうめんやった時のなんだ。よく出来てるだろ?」

御坂「そ、そうね」

しかしそれだけに……天罰術式すらも反応しない悪意無き一言が御坂の胸に突き刺さる。
それは写真の中に納められた……上条が竹を割り、土御門が台を組み、舞夏が素麺を茹で、インデックスがつゆと醤油を見比べているシーン。
これは麦野がシャッターを押したものか、その場に映っていない。

御坂「(……笑ってる)」

その写真の数々は、御坂が知っている人間ながら御坂の知らない笑顔が溢れんばかりに映っている。
当然の事ながら――そこに御坂美琴と言う少女はどこにも映っていない。一枚たりとも


49作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:52:52.64U58nKrMAO (21/30)

~16~

もしの話だけど……もしの話だけれど、この写真の中にある笑顔が私だったなら……
アイツの側にいるのが私だとしたら、それはどんな世界だろう。
偽装デートも断られて、ペア契約は写真とストラップだけ。
あの時二人で映ったフォト。あれがきっと最初で最後。

上条「最初、カメラって全然わかんなかったし今でも自己流なんだけどさ……光の当て方と、どこを端っこにするかを意識し始めたらちょっと変わったかな」

御坂「そ、そうなんだ……カメラってどんなの?」

上条「夏の家電セールで一番安かったデジカメ。上条さんの頭とやりくりの中で何とかなりそうでそんな難しくなさそうなヤツだけどな」

青髪「せやなーカミやん。最初僕に相談して来てんもんな。“デジカメってどんなのが良いんだ”って」

上条「なんかお前が一番そういうの詳しそうだったからさ。変態的な意味で」

青髪「恩を仇で返すとはこの事やね!目に勝るレンズと心に勝るメモリーはないんよ!」

アイツの、コイツの、上条当麻のいる世界。それは私がいる世界と地続きだって言うくらいわかってるわ。
だけど……つい、考え込んじゃう時があるの。コイツの側にある、あの皮肉っぽい笑い方をするあの女の立ち位置。
ついさっき見た、右斜め45°の視界、あの女から見た世界。
ここが私の場所だったなら、どんな景色が見れたんだろう?

青髪「うわ~カミやんのお母さん相変わらず若々しいなあ……僕んとこのおかんとエラい違いや」

上条「そうか?」

青髪「……なあなあカミやん?カミやんのお母さんなー?」

上条「なんだよ。人の母親を変な目で見んなって」

青髪「ちゃうちゃう。お母さんなーんか彼女さんと似てへん?それとも彼女さんがお母さんに似とるんかね?」

上条「だから変な目で見んなっつーの!」

雲川「ああ、男の好みや理想像のベースは母親って言うのは良く知られた話だけど。でもお前の好みは寮の管理人さんタイプって聞いたけど?」

上条「誰から聞いたんでせうか!?俺先輩とそういう話してませんよね?!」

青髪「  僕  や  ♪  」

上条「沈利ー!青髪飯いらねえって!一人分抜かしてくれていいぞー」

麦野「りょーかーい」

青髪「うおおおい堪忍したって神様仏様上条様!」

コイツのいる世界、私のいる世界、あの女がいる世界。
学園都市って言う一つの街なのに、なんでそれぞれこんなに違って見えるんだろう?


50作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:53:44.01U58nKrMAO (22/30)

~17~

禁書目録「でもそれだと、しずりはそういうタイプじゃないかも!」

雲川「確かに。随分かけ離れたタイプに見えるけど」

青髪「ええやん、年上のお姉さんとか素敵やん?なあ君はどない思う?」

御坂「ええっ!?私っ!?」

私は、最近アイツを見てるとドキドキする。でもそのドキドキを心地良く感じられてる瞬間が確かにある。
街でアイツを見かける時、たまに肩がぶつかってそれを感じる時、寝る前にアイツの顔を思い浮かべる時……
顔が熱くなって、胸があったかくなって、それと同じだけ心がキュッとなる。
私がそれに気づいた時にはもう、アイツはとっくの前にあの女を見てた。

御坂「べっ、別に~~……アンタの好みが寮の管理人さんだって年上のお姉さんだって私には全ッッ然ッッ関係ないわ!」

青髪「そういう意味では確かに君はカミやんの言うタイプちゃうもんねえ。でも僕ァ(ry 包容力を持っとるんよ?」

雲川「さっきのお仕置き見る限りだと、そういうタイプを目で追っても痛い目に合わされそうなもんだけど」クスクス

禁書目録「イタリア行った時なんて、そのせいで氷の船が真っ二つになったんだよ」

御坂「イタリア――」

上条「ななななんでもない!なんでもねえ!」

キッチンに肘を置いて頬杖をついてこっちを見てくるあの女。
写真の中でとっても幸せそうに笑ってるあの女、麦野沈利。
私は知らなかった。あの女があんな風に台所に立って、料理を作って、私達を見守るようにしている姿なんて。
考えた事も、思った事も、巡らせた事さえない。
けれどその代わり、今私の中でいっぱいに膨れ上がってる事がある。

青髪「でも彼女さん、ばっちしカミやんの家族と写真取っとる当たり抜け目ないなあ」

雲川「確実に外堀から埋めにかかってる感が写真から伝わって来て面白いけど」

禁書目録「とうまのお父さんとお母さん見てると、しずりととうまの将来ってこんな感じになるのかな?」

上条「父さん言ってたなあ……麦野、母さんが若い頃にそっくりだって」

麦野「どの辺り指してそう思われてるのかしらね……髪型?」

もし、もし……私が麦野さんと逆の立場だったら――
こんな風に写真に映ったり、アイツのためにご飯作ったり、してたのかな……


51作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:55:53.58U58nKrMAO (23/30)

~18~

上条「いや、怒ると物投げて来るところは確かに母さんに似てるかも」

麦野「おいおい人聞きの悪い事言わないでもらえるかしら?物投げつけるのは手出さないようにって言う私なりの優しさなんだから」

上条「さっき思いっきりタコ殴りにしたじゃねーか!」

麦野「屈折した女で悪かったな。私の愛情表現は人より歪んでるんだよ。母さん母さん言うなこのマザコン」

上条「マザコンじゃねえよ!!」

麦野「いーやマザコンだね!!」

こんな風に、私が突っかかって行ってもいつも面倒臭そうに受け流されるんじゃなくて……
何だか加減のわかった噛み合いみたいなじゃれ合いみたいな、そんな形の関係が私にも作れたかな?

青髪「男は大なり小なりマザコンやでえ。こらもう遺伝子に刷り込まれた本能みたいなもんや。せやなかったら赤ちゃんプレイは一つの文化になってへんよ?」

雲川「まさかの上条マザコン疑惑なんだけど。でもこの写真見ると確かに似てるけど。そっちの彼女の方が明らかにキツい顔してるけど」

麦野「キツい顔って言わないでくんない?性格キツいのは認めるけどね。つうか女に母性なんて幻想求めんな。母性ってのは才能であって本能じゃない」

青髪「今の発言は全世界20億人の赤ちゃんプレイ愛好家を敵に回す発言やでえ!」

禁書目録「とうまとうま、赤ちゃんプレイってなに?」

上条「マザコンとか赤ちゃんプレイとか平和な上条家のお茶の間凍らすような発言止めい!インデックスもそれは覚えなくていい!」

青髪「20億人総赤ちゃんプレイとか胸が熱うなるでえ!」

麦野「摘み出すぞ青カビ頭!!」

だけど、そんな私がどんなに幻想(ゆめ)を見ても決して現実のものにならない立ち位置にいる第四位は……
今もオープンから目が離せないからって風でもなく、会話にも加わっているのにキッチンから出て来ない。
何て言うのかしらね……あすなろ園の子供達が遊んで輪の外から見守ってる養母さん達とも違う。
絶対に超えられない一線を自分で引いて、そこから先に踏み込まないようなそんな不自然さを感じる。

麦野「……なんだよ御坂。ジュースのおかわりならテメエで取りに来い。ここは店じゃねえんだよ」

御坂「じゃあ、そっち行かせてもらうわよ。今大丈夫?」

麦野「別に。ほったらかしてたってあと15分で焼き上がるわよ」

―――アンタ、一体誰に遠慮してるの?




52作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:56:24.91U58nKrMAO (24/30)

~19~

じっくりとオープンの中で粗塩と香草を混ぜ合わせた塩竈が熱されて行くのを麦野は見るともなしに見つめていた。
腕組みをしながらキッチンに寄りかかり、今度はポーカーを始めた四人に背を向けるように。

御坂「このライムソーダっていうのもらっていい?」

御坂はやや背の低い冷蔵庫を覗き込むようにしてその内の一本を手にし、扉を締める。
『超機動カナミン』とロゴの打たれたグラスに注ぎつつ、傍らの麦野を見やる。
その内心を窺い知る余地はおろか術すら見いだせない、同じ女から見てややもすると冷たく感じる横顔を。

御坂「ディル、役に立った?」

麦野「まあ、ね」

御坂「どうしたのよ。元気ないじゃない」

麦野「そうね。だから何?」

御坂からすれば、麦野は取っ掛かりを見いだせない氷壁だった。
溶けない雪と凍てついた氷に閉ざされた、芽吹く前に花の種さえ枯死させる岩壁。
元より二人の間に友好的な関係を築き上げる下地や余地などありはしない。
両者を結び付ける一枚のハーケン、『上条当麻』というマスターピースを除いては。

御坂「ううん、何だか気になっちゃって……いきなりお邪魔して悪かったわね」

麦野「そう思うんなら食ったらとっとと出てけ」

御坂「……相変わらずよねアンタって。夏の頃からちっとも変わらない」

麦野「誰にでも振るほどデカいケツしてねえんだよ。それに……」

御坂「それに?」

麦野「……こういうのに、馴染みがねえんだよ。悪かったな。雰囲気悪くして」

御坂「ううん。別にそんな事ないわよ。アイツの友達、なんかみんな変わってる人達みたいだし気にした様子もないし」

コクッ、コクッという御坂が喉を鳴らす音とブーン、ブーンとオープンから立つ音が手狭なキッチンに響き渡る。
背後から聞こえて来る話し声や絶叫が、目と鼻の先にあるのにどこか遠くに感じられるほどに。

御坂「――だから」

麦野「……?」

御坂「だから、向こうに混ざらないの?」

麦野「……混ざりたそうな顔してたか?混ぜてくれっつったか?私が一度だってそうしたか?」

御坂「そうじゃないけど、そんなんじゃないけど、なんかほっとけなくて」

麦野「余裕綽々だね、お優しい常盤台のエースさん」

御坂「その呼び方止めてよね。私には御坂美琴って名前があんのよ」

――例えば、肩がぶつかるほど近くにいながら、遠く離れた御坂と麦野のように




53作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:59:13.16U58nKrMAO (25/30)

~20~

御坂「――あの写真みたいに」

麦野「?」

御坂「あんた、本当はあの写真みたいに笑える人間なんだからさ、もっと自分出してもいいと思う」

麦野「――――――」

御坂「だってもったいないじゃない!せっかく美人なんだから」

二人は秤に乗せられた、全く同等の重さを持つ灰とダイヤモンドだった。
一握の死灰と、一個の金剛石。そして二人は同じ場所に立っていたとしても違うものを見るだろう。
同じ牢獄に囚われたとしても、恐らくは鉄格子から覗くものからして違う。
御坂は夜空に星を見上げる人間であり、麦野は夜闇の泥を見下ろす人間と言った具合に。

麦野「――五月蝿えなあ。言われなくたって知ってるわよ」

御坂「?」

麦野「私がイイ女だって事くらい」

御坂「ナルシスト!」

麦野「ナルシストじゃない女なんていないわよ。自惚れ屋じゃない男なんていないようにね」

水と油を何年何十年と攪拌し続けても混ざり合わないように。
同じ液体でありながら性質からして異なるように、二人は違っているのだ。

麦野「ちっ……わかったわよ。行けばいいんでしょ行けば」

御坂「!」

麦野「行かなきゃ行くまでテメエの話相手させられるくらいなら、ヘタなポーカーやってる方がまだしもマシってなだけ」

そう言い捨てて麦野は御坂の横をすり抜ける。どうせ焼き上がるまでの短い時間の間だけ、と言い残して。

御坂「じゃあ私とやらない?私強いわよ」

麦野「――好きにすれば?」

御坂「了解っ。そこの二人ー!終わったらカード貸して!」

上条「いいぞー。よしインデックス、上条さんはツーペアだ!」

禁書目録「うーん、うーん、どうかな??」

そして御坂が呼び掛けた先では、青髪と雲川を下した上条とインデックスの一騎打ちが終わろうとしていた。
上条の手役はスペードとクローバーのAと8のツーペア。
インデックスはハートのK、Q、J、A、そしてジョーカーとロイヤルストレートフラッシュには至らなかった。

雲川「Deadman’s hand……」

上条「へ?」

雲川「それ、死者の手だけど。ものすごく不吉な役なんだけど」

上条「げっ」

青髪「(――カミやんらしいなあ)」

もしこの場に運命論者がいたならば、この不吉極まりない上条の手とインデックスの手に何かしらの意味を見いだしたかも知れない。
この科学の街、学園都市にあって非科学的な予兆を。


54作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 12:59:46.46U58nKrMAO (26/30)

~21~

上条「えーっと雲川先輩。この場合はどうなるんでせうか?」

雲川「別にツーペアはツーペアだからそのままでもいいけど、場所によってはノーゲームで仕切り直しって場合もあるけど」

麦野「へえ?これそんなに縁起が悪いの。アンタらしいっちゃアンタらしいけどね、当麻」

雲川「悪い。なんせこの役が偶然出来たら、迷信深いやつなんてわざわざツーペア捨てて作り直すくらいなんだけど」

御坂「へえー……確かにカード見ても真っ黒だし、言われてみれば」

上条「不幸だ……」

禁書目録「じゃあ勝負無しだね!はいしずり、カードカード」

麦野「ありがと。じゃ、いっちょ揉んでやるか」

御坂「来なさい第四位!格の違いを見せてあげるわ!」

麦野「他の女の部分で私に勝てないからね。カードくらい勝ちたいんだろうけど私は負けるのが嫌いなのよ。二枚チェンジ」

御坂「若さじゃ勝ってるわよ。オ・バ・サ・ン」

麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

トランプとは諸説紛々あるが、もっとも言及されるのは――戦争の形を模しているという説だ。
元来トランプとは血と鉄を必要としない戦争であり、敗者は命の代わりに命に等しい財産を失う事すらまれな話ではない。
それは間近に迫る第三次世界大戦の跫音が近づく中にあって非常に不吉であった。

青髪「(――死者の手、か。不幸通り越して不吉とか、カミやんの星の巡りの悪さもいよいよ磨きかかってきてんなあ)」

カードとはさらに遡れば占いに通じる。例えば有名な物はタロットカード。
その他にもカードに印を刻み、記し、描き、魔術として用いる事もある。
今や日常のものとなり朝のお茶の間を一喜一憂させる星座占いさえもそうだ。

青髪「(僕はお星様で言うたら“笑い上戸の星”なんやろうねえ)」

夏休みの読書感想文のテーマにしたサン=テグジュペリ『星の王子様』を諳んじながら青髪は笑う。
運命を顕微鏡で覗くように、未来を望遠鏡で見るように、糸のように細められた笑い目が夕食前の団欒を見やる。

麦野「ショウダウン」

御坂「コールよ!」

そして二人が揃った手札を開けようとする。青髪の位置からは麦野の手役はハートのクイーンが見え――
御坂の手札は見えないがかなりの自信を持っている事が勝利に崩れたポーカーフェイスから見て取れる。そして――
 
 
 
 
 
チーン!
 
 
 
 
 



55作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 13:00:32.06U58nKrMAO (27/30)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「焼き上がったな!メシにしようぜー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



56投下終了です2011/07/10(日) 13:02:06.10U58nKrMAO (28/30)

本日はここまでになります。大変暑いので皆様もお身体に気をつけて下さいね。では失礼いたします。


57VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/07/10(日) 18:32:26.18kp4+Cq0AO (1/1)

またこれを読めるなんて嬉しいぜ


58VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/10(日) 19:24:26.10Oh55kFKeo (1/1)

「久しぶり」


59貼り忘れたテンプレ:登場人物 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 20:37:17.60U58nKrMAO (29/30)

~主な登場人物紹介~

上条当麻……フラグを立てる度に麦野に半殺しの目に合わされる不幸体質。
現在一つ屋根の下ドタバタと三人暮らしをしている。

麦野沈利……鮭料理に限ってレパートリー豊富な高校三年生。
麻痺していた人間性を徐々に徐々に取り戻しつつある。

禁書目録……最近洗い物とトーストを焼く事を麦野に習い始めた魔術師。
現在、メモを片手に洗濯機に挑戦するも日々悪戦苦闘中。

御坂美琴……麦野に喧嘩を売られたり逆に買ったりと相性は最悪。
しかし麦野が心中を吐露する唯一対等の同性。

青髪ピアス……相も変わらぬ変態嗜好の持ち主にして上条の補習仲間。
最近、下宿先のパン屋に謎の外国人を連れて来たらしい。

垣根帝督……ゴーイングマイウェイを地で行く神出鬼没の自由人。
間接的に上条に大きな影響をもたらした張本人。

では失礼いたします。


60VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/07/10(日) 21:36:57.84OMEoKv7AO (1/1)

時系列的には、ブルーブラッドの前になるのかな?


61作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/10(日) 21:56:03.55U58nKrMAO (30/30)

>>60
わかりにくくて申し訳ありません。以下の通りになります

とある星座の偽善使い(無印1巻再構成)

番外・とある星座の偽善使い(SS1巻再構成)←今ここ

とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)↓
とある驟雨の空間座標(レイニーブルー)↓
新約・とある星座の偽善使い(新約再構成)

です。では失礼いたします……


62VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州)2011/07/10(日) 22:58:42.34gtpRZCGAO (1/1)

>>61
だからフレメアの事知らないのか
一瞬えっ?ってなったし


63VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/11(月) 22:50:39.15KwiDyPgX0 (1/1)

もつ。

>禁書目録「――変な声聞こえても見て見ぬふりしてるんだよ。私一人の時はね。ねー、すふぃんくす」
ぜひとも、ここについて詳細も20レスくらいで御願いできますでしょうか。
それがあれば、もう2~3年は塩と水だけで頑張れると思います。


64作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 18:50:04.291DwrXIIAO (1/34)

サーバーが安定したようなので、今日は21時前後より投下させていただきます。では失礼いたします


65作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:02:30.611DwrXIIAO (2/34)

~1~

麦野「何やってんだかね、私……」ザクザク

禁書目録「どうしたの?しずり」マゼマゼ

麦野「別に。似合わない事してるな、って」

禁書目録「そう??」

麦野「だってそうでしょ?」

卵の殻のように纏う塩の鎧をザクザクとナイフで割り開き、ホクホクのサーモンを切り分けて行く麦野。
その傍らで蒸したターメリックライスにバターを落として杓文字でかき混ぜるインデックス。
既に人数分の取り皿には洗い立てのサニーレタスが敷かれており、上条らはテレビを見やっていた。

麦野「私が、こんな脳味噌が常温で溶けて行くような生温い輪の中で日和ってるだなんてさ」

禁書目録「そんな事ないんだよ。どうしたの?最近しずり元気ないし、塞ぎ込んでるように見えるかも」

麦野「あんたの目から見てもそうなら……当然、当麻もそう感じてるんでしょうね」

禁書目録「うーん……とうまはとんまだからそんなに深くは考えてないと思うんだよ。何かあったの?」

麦野「……ねえ、インデックス」

禁書目録「なあに?」

サーモンの切り身をインデックスがよそったターメリックライスの上に乗せる。
そこへさらにパプリカ、プチトマト、レモン、クレソン、レーズンを盛り付けて行く。
その傍らインデックスは冷蔵庫から飲み物のボトルを取り出し、パタンとその扉を締める。
ライムソーダや水出しコーヒー、そしてアルコール類もある。
IDによる年齢確認を顔パスしてしまうが故、麦野は内心複雑な思いでそれを購入している事をインデックスは知っている。
インデックスも最初は麦野を上条の恋人ではなく年の離れた姉だと勘違いしたほど大人びて見えたからだ。

麦野「私さ、ここにいていいのかな?」

禁書目録「……何を言ってるのかな?」

麦野「……何言ってるんだろうね。私にもよくわかってない」

禁書目録「――しずりもとんまかも」

麦野「?」

禁書目録「しずりは色々考え過ぎなんだよ。もっと私みたいに脳天気に生きた方が楽しいかも!」

インデックスはその背中をパシンと叩いた。激励するように叱咤するように。
檄や喝など入れないが、ふと垣間見せるその繊細な横顔がいつものペースを取り戻すよう促して。
それに対し麦野がキョトンと目を丸くして頭一つ半低いインデックスを見下ろし、対照的にインデックスがそれを見上げる。




66作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:03:01.291DwrXIIAO (3/34)

~2~

禁書目録「しずり?しずりが大好きな人はだあれ?」

麦野「……当麻」

禁書目録「だよね?私もしずりもとうまが大好きだからここにいるんだよ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもないんだよ。“好き”以外の理屈とか、“愛してる”以上の理由とか“そんなの関係ねえ”んだよ!」

麦野「おいコラ」

インデックスがキッチンに飲み物を置いて麦野のエプロンの裾をギュッと握る。
沈み込んだ姉を励ます妹のように、あるいは元気のない母を勇気づける娘のように。
麦野はそんなインデックスを見て思う。幼い物言いながらも聡い娘だと。

禁書目録「――大丈夫。しずりがどんなに自分が大嫌いでも、そんなしずりが私もとうまも大好きなんだよ」

麦野「―――………………」

禁書目録「だから、私ととうまが好きなしずりを、しずりにも少しずつ好きになってくれたら嬉しいな」

麦野「………………―――」

禁書目録「ほらっ、背筋を伸ばすんだよ!」パシーン!

麦野「~~~!!?」

禁書目録「叩きがいのあるいいお尻なんだよ」

かと思えば思いっ切り麦野の臀部をひっぱたいてみせる。
あまりの強烈さに思わず突っ張るように背筋を伸ばす麦野に、インデックスは更に両手を背中側から胸元へ回し――

禁書目録「知ってるんだよ!こういうのを“あんざんがた”って言うだってね!おっぱいも大きいから赤ちゃんもお乳に困らないんだよ!ほら!」モミモミ

麦野「うわっ!ちょっ、盛り付け崩れるでしょうが!止め……止め……」

禁書目録「ああ憎たらしいんだよ。ほら、ちゃんとしないとシャケがこぼれるんだよ~~??」ユッサユッサ

麦野「~~!!」

禁書目録「毎日同じもの食べてるのに、私だけ大きくならないのは不公平かも!きっと神様がサボってるに違いないんだよ!」プニュプニュ

麦野「……離れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

そしてインデックスは飲み物類を抱えてキッチンから逃げ出した。
なまじ深く考え込むタイプに活を入れるには怒らせるのが一番だとこの数ヶ月でインデックスなりに学んだからだ。
そしてそれなりに――麦野の弱点も看破し、把握し、認識している。

禁書目録「(しずりがおっぱい弱い事くらい、あれだけ毎日イチャつかれたら完全記憶能力がなくたって覚えるかも)」

家事手伝い以外にも、学ぶところは多々あるのである。




67作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:05:10.731DwrXIIAO (4/34)

~3~

禁書目録「お待たせなんだよ!適当に持って来たから自分でついでほしいかも」ドサドサ

青髪「ありがとさーん。おっ、何やアルコールもあるやん!」

上条「ああ、それ沈利のだよ……これ、内緒な?」ボソボソ

雲川「男子寮に女二人も囲ってる時点で既に御法度破りも甚だしいけど?」

上条「うっ、それは……」

雲川「安心しろ。私も話がわからん先輩じゃない。まあ酌の一つももらえれば口を噤むのもやぶさかじゃないけど」

御坂「……まさか、あんたも?」

上条「……土日だけ、ちょこっと付き合って」

御坂「信じられない!この不良!!」

ジョージ・T・スタッグスのボトルをしげしげと見やりラベルを確認する雲川と青髪の傍ら、御坂が人差し指を突きつけて弾劾する。
一方断罪される側の上条は両手を胸の前で振って緩める気配のない追求を何とかかわそうと必死である。
土日にちょっとだけ、と言えども表書きには71度と記されたバーボンウイスキーである。
酎ハイやビールなどと言った可愛らしいものではなく、明らかに飲み慣れた人間のチョイスに付き合えるだけ上条も意外にイケる口なのかも知れない。

上条「そ、そう言えば青髪!確か地下街に30種類くらいビール置いてる店あったよな?前に土御門が言ってたけど」

青髪「あああっこ?あの辺りにパンの配達行くけど客入ってるとこ見た事ないわー。穴場や、言うてたけどホンマのとこどないなんやろうね?」

御坂「ちょっと!話逸らしてんじゃないわよ!!」

麦野「五月蝿いわねえ……」

と、そこにやって来たのは料理の大皿を抱えてやって来た麦野である。
キャンキャン噛みつく御坂に辟易したような、呆れ果てたようなそんな表情で。

青髪「キター!!」

禁書目録「ご飯ご飯ー!!」

雲川「まあ、堅苦しい話は抜きにして」

上条「熱いうちに食べちまおうぜ!」

御坂「ちょっと!まだ話は……」

麦野「はいはい。クレームは後で聞いてやるから。受け付けないけどね」

そして他にも冷蔵庫から引っ張り出された食材と相俟って、ちょっとした宴会のような様相が醸し出される。
早くもかぶりつきの体勢にある食べ盛りで育ち盛りの学生らに待った無しである。

麦野「じゃ、当麻。家主としてどうぞ」

上条「えっと……いただきまーす!!」

全員「「「「いただきます!!!」」」」

上条家の夕食、開帳――




68作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:05:46.241DwrXIIAO (5/34)

~4~

青髪「ハムッ、ハフハフッ、ハフッ!」

禁書目録「おかわりちょーだい!」

上条「ヒィッ!?人間火力発電所!?」

御坂「美味しい……!」

雲川「うん、なかなかのものなんだけど」

麦野「どういたしまして」

常日頃売れ残りのパンばかり食べているのか、青髪は汗なのか涙なのかわからない汁を垂らしながら凄まじい勢いでがっついて行く。
それにさらに三倍速で平らげて行くわんこそば状態のインデックスが取り皿を上条に手渡しおかわりを要求し――
御坂はその一口でこの料理にどれだけの食材と労力が込められているかを衝撃と共に味わう。
雲川は上品な手つきでそれを優々と口に運んでは舌皷を打ち、麦野はショットグラスを傾けながら満更でもなさそうな表情を浮かべていた。

御坂「あんた……本当に料理出来たんだ」

麦野「似合わないでしょ?」

御坂「ううん……でもビックリした。全然そういうタイプに見えなかったから」

こいつがいるからね、と麦野はポンポンとインデックスの頭を撫でた。
上条と麦野で折半し、必要悪の教会からインデックスに振り込まれる給金などそれなりにやりくりしているらしい。
そこで話題になったのは家計の根幹を成す食費についてだが……

麦野「そう言えばさっきスーパーで小耳に挟んだんだけど、これから食品関係が値上がりするとかなんとか」

青髪「ああ、それうちの店のおっちゃん(店主)も言うてたわ。小麦値上がりするかも言うて頭抱えとった」

雲川「お前の下宿先はパン屋だったな。じゃああのフルーツサンドも値上げの対象になるのか?世知辛いんだけど」

麦野「……そう言えば、普段そんなはけないハーブが今日に限って品薄だったしね。やっぱりこの間の一件が……あっ」

上条「………………」

数日前『前方のヴェント』を尖兵として送り込み勃発した『0930事件』を嚆矢に……学園都市はローマ正教との緊張状態に突入した。
その余波とも言うべきか、外部の協力機関による提携にも淀みが生じ物流に影響が出始めているのだ。
値上げ云々はまだ風説の流布の域を出ないが、それに不安を覚えたものが値上がり前に買い溜めや買い占めに走る事はまさに水は低きに流れるの例えに漏れず、当然の帰結とさえ言えた。




69作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:07:50.451DwrXIIAO (6/34)

~5~

御坂「でも学園都市内にも農業ビルはあるし、食肉クローンや人工栽培とかに強い第十七学区の工業地帯なんて有名じゃない?」

麦野「これだから世間知らずのお嬢様は。完全な自給自足が出来るならこの閉鎖都市が外部の協力機関と手を結ぶはずないでしょうが」

御坂「うっ……でも、今はまだいいけどこの状態が長引いたら一端覧祭とかにも影響出るのかな?外部からの動きが鈍るって事は内部からも入場制限が起きるかも知れないし、社会見学みたいなイベントもそれどころじゃなくなっちゃうかも……」

麦野「そんな生易しい結末で幕が引かれるならね。いざ幕が上がったら私やお前みたいなレベル5、或いはレベル4あたりの人間兵器クラスの連中が駆り出されたって全然不思議じゃない。身元確認の申告書が回って来るのも時間の問題かもね」

雲川「うちの学校の警備員もその問題に絡んでの対策に腐心してるようだけど。おかげで中間テストが先送りになったのはありがたい限りだけど」

青髪「そう言えば、戦争起きるかも知らんのに子供預けられるかーい!って親御さんらからの電話けっこう鳴っとるみたいやね。さっき補習の課題出しに言った時職員室で聞いたわ」

禁書目録「じゃあこれからご飯食べられなくなっちゃうの?おやつは?ジュースは?すふぃんくすのご飯は?」クイクイ

上条「大丈夫だインデックス。すぐに終わるさ。きっとこんな事長くは続かねえよ」

服の袖を引っ張るインデックスのプラチナブロンドを撫でてやりながらも、上条は急速に食欲が失われて行くのを感じた。
この戦端が開かれた原因の一つは間違いなく自分を主流としていくつもの傍流が渦巻いているのだ。
逆巻き、うねり、淀み、荒れ狂う闘争の予感。これまでの事件とは比較にならない大きな波が押し寄せて来るであろう事は疑いない。

麦野「………………」

麦野はその横顔を、どこか痛ましそうに細めた眼差しで見つめた。
上条当麻の恋人、というポジションは決して楽なものではない。
それは無意識に、無自覚に、無関係に乱立するフラグではなく……

麦野「(あんたのせいじゃないよ。当麻)」

絶える事のない揉め事、尽きる事のない荒事、果てる事のない争い事に……
否応無しに巻き込まれ、是非もなく、引きずり込まれる『戦い』そのものである。


70作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:08:20.271DwrXIIAO (7/34)

~6~

近しい例をあげるなら、自身の恋人、伴侶、家族が常に危険の渦中と危機の坩堝に翻弄され続ける事に他ならない。
勿論上条当麻はそれを自らの意志に依って選び、自らの意思に拠って進む。
しかしそれをすぐ側で、その傍で見ている者にはたまらない。

怪我、流血、戦傷……生死の境と死地の境、死の淵を行きつ戻りつし続ける男の半身たるという事。
その重圧、その辛苦、その懊悩……いずれも心身の消耗と精神の磨耗は想像を絶する。
その形が唇すら重ねない片恋ならばまだしも、身体を重ねた恋獄ならば火で炙られ火に焼かれ火を飲み込むようなそれ。

無論、麦野とて男女の関係を持ってすぐさま地金を晒すような生易しい精神構造などしていない。
そんなものは第十九学区での激闘と、アウレオルス=イザードとの死闘の中の上条を見て捨て去った。
故に麦野は上条とフラグを立てる女を殊の外忌み嫌う。それは単に微笑ましい嫉妬ではない。

『お前達に、こいつと人生を共にするだけの覚悟があるのか』と。
『お前達に、自分の死を懸けてこいつの生を守れるのか』と。
『戦う事以上の重圧と闘う日々に、耐えられるだけの器があるのか』と……

暗部の世界に身を置いて来た麦野だからこそ肌身に感じられる実感。
それは命の軽さと死の重さ。流した血と築いた骸と食んだ肉の味を知っているからだ。
好きだ嫌いだ惚れた腫れた、それだけで上条の側に在り続けるなど不可能だと理解しているからだ。

躊躇いなく自分の命をドブに捨て、躊躇なく他者の命を食い散らかす。
揺るぎない思考と揺るがない志向と揺るがせない指向。
それを砂糖をまぶしたような笑顔で、蜂蜜をかけたような声音で、煉乳を溶かしたような精神で――

言い寄って来る女を見ると殺したくなるほど麦野は上条を愛していた。
上条が傷つくような厄介事を運んで来る女がいれば先んじて始末したくなるほどに。
されど上条は人を助ける、救う、守る。麦野をそうしたように。
故にその行動原理を麦野は出来うる限り尊重する。
そうでなければ自分を救った上条と上条に救われた自分の否定に繋がるからだ。

この紐解けない矛盾を後に麦野は自ら乗り越える事となる。
しかし今この時は、その二律背反の板挟みの中精神の蟻地獄とも言うべき擂り鉢の袋小路を彷徨っている最中であった。

自分が幸せな未来、誰かに優しい世界、そんなものは存在しないと言わんばかりに。



71作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:10:10.251DwrXIIAO (8/34)

~7~

麦野「(……なんてね……)」

青髪「オソノさんや!オソノさんのお粥や!そりゃー!!」

禁書目録「あー!ズルいんだよ取りすぎなんだよ!!このー!!!」

御坂「あんたこそ皿ごとかきこもうとしてんじゃないわよー!!」

雲川「上条、シナモンもう少し足したいんだけど」

上条「あっ、はいはい」

麦野「(こいつら見てると真面目に考えてんのが馬鹿らしくなって来るわね)」

が、そんな胃にもたれるような話題より胃にもたれそうな食後のデザートに飛び付くのがキッチンに立つ麦野を除く学生らである。
今彼等が喰らいついているのはアロス・コン・レチェというスペインのミルク粥である。

上条「麦野ー」

適量の米を片手鍋に入れ、そこへ牛乳とコンデンスミルクを入れ火にかける。
その間にレモンを半分にカットして、白い所を残さず黄色い皮だけ刻んで入れ、加えてゴールデンレーズンを加える。

上条「沈利ー」

そしてコトコトと煮込みながらブランデーをふりかけて冷やすと出来上がりである。
テレビっ子のインデックスが見たアニメ映画から麦野にねだって昼間に作ったものだ。と

上条「おいっ」プチンッ

麦野「ひゃあっ!?」

上条「悪い、シナモ」

麦野「オラァァッ!!」ドッ!

上条「ごっ、がああああああああああああああああああああ!!?」

麦野「何しやがんだテメエ!」

上条「それはこっちの台詞だっつーの!」

そこで雲川に言われシナモンパウダーを取りに来た上条が物思いに耽り背中を丸めて身を乗り出していた麦野の……
ちょうど背中辺りを叩いて呼び掛けたところ、紐ブラの結び目が解けたのだ。
先程インデックスが麦野の胸をいじっていたせいか……
その返礼は後に御坂が食らうのと同じボディーブローで報われた。

上条「シナモン取りに来ただけだってのに……不幸だ」

麦野「あんた前科あるからね。またかと思ったじゃない」

上条「(お客さん来てるのにそんな事すっかよ!上条さんはあくまでノーマルでニュートラルで健全な感性の持ち主の事ですよ)」ヒソヒソ

麦野「(嘘吐け。声出したらインデックスにバレるぞ?とか言ってたじゃないの!あれ聞かれてたっぽいぞ!)」ヒソヒソ!

上条「(……何ですと?)」

麦野「(さっきインデックスが言ってたのよ……聞いてなかったの?)」




72作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:10:45.951DwrXIIAO (9/34)

~8~

世界の命運を左右する少年も一皮向けば健康的な一学生である。
時に若さが出てしまう事もあるが、それもインデックスが居候するようになるまでだ。
特に付き合い始めの7月7日からインデックスがベランダに引っかかっているのを発見するまで――
特に7月10日からの空白の十日間は暇さえあれば、と言う仲良しぶりであった。
一時期インデックスの目を憚って……という時は麦野が爆発したり、上条が暴発したりである。
迸る熱いパトスは常に思い出ではなく理性を裏切るのである。若さ故の過ちと言うべきか。

麦野「(……今度から気をつけようね?)」

上条「(……するな、って言わねえんだな)」

麦野「(……だって)」

雲川「シナモンまだー?」チンチン!

上条「あっ、今持って行きます!」

麦野「(ちくしょう)」

懐かしき蜜月の日々……鳴蜩の寿命並みに短いそれを思うと麦野も遠い眼差しでシナモン片手に去って行く上条の背中を恨みがましく見つめざるを得ない。
もしインデックスとの出会いがなければ――それこそ夏休み中だったに違いないと麦野は頬杖を突きつつ毛先をくるくると捩る。
満更そういう事が嫌いな質でもない、という自身の新たな一面もまた上条を通して知り得た事である。

麦野「(私がお腹かかえて、あいつが頭抱える……ククク、ゾクゾクしてくるじゃない)」

そして今一つの側面は麦野は非常に暗い情念を秘めた性格の持ち主であるという事だ。
その根底、その深奥、その奈落とも言うべき場所に渦巻くものはひどくドロドロしている。
上条の背中に爪を立てるというのも、ある種の示威行為に近い。
仮にフラグを立てた女が何らかの拍子に上条の背中を見たとすれば、その禍々しさに身震いするだろう。
『私の所有物(おとこ)に触れたら殺すぞ』との無言のメッセージとして。

麦野「(でも……もし私達がインデックスと出会わなかったら、一体どんな風になってたのかしらねえ?)」

デザートと来ればお茶にでもしようか、と麦野はヤカンに水を注ぎながらついと物思いに耽る。
もしインデックスに出会わなかったら、自分達にはどんな日常が訪れただろうと。
冷蔵庫からダマスクローズジャムを取り出し、戸棚から茶葉を引っ張り出しつつ……

麦野「(――ただの男と女でいられたらなら、こんなに気を揉む事もなかったでしょうに)」




73作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:13:11.441DwrXIIAO (10/34)

~9~

次から次へと舞い込む事件にも関わり合いを持たず、もっと平々凡々としていられただろう。
少なくとも現在の生活に入って食べる楽しみを見出し、ああだらしないと思いながらシワのついた洗いざらしのシャツにアイロンをかけるような日々。
少なくとも――愛すべき退屈を持て余す平穏が麦野と上条にもあったろう。
しかしそうはならなかった、ならなかったのである。

麦野「(――今だって人並み以上に幸せなんだ。人殺しにゃ勿体無いくらい)」

麦野は優しい世界というものを信じない。みんなが笑って迎えられるハッピーエンドに対し……
否定的でこそないものの懐疑的であった。少なくとも、諭されて受け入れる余地など毛ほどもない。

麦野「(――なのに、私はこれ以上何を求めるって言うんだ)」

富める者の悩みと言ってしまえばそれまでだが、麦野にとって幸せというものは押し通したエゴの上に成り立つものだった。
例えば麦野が御坂を嫌うのには、気質や性格の方向性以上に……
もう入り込む余地のない恋に、未だにいじましい思いを捨てない御坂の一途さである。
例えるならばフルーツバスケットで選ばれた自分が、ゲームが終わるまで選ばれずにずっと呼ばれるのを待っている子供を見るようないたたまれなさ。

麦野「(誰にも譲るつもりのない椅子取りゲームに乗ったんだろ。譲る気も渡す気も分けるつもりもねえのに悩んでるフリしてるんじゃないわよ。無駄にデカい胸なら張れよ性悪女)」

麦野はインデックスが上条に懸想している事を当然知っている。
インデックスと出会った時から既に上条と麦野は付き合っていた。
これがフルーツバスケットならばズルと謗る者もいるだろう。
それでも最初から勝ち目などないゲームにインデックスは乗ったのだ。

麦野「(……なんか上手く結べないわね。最近、また大きくなってきたし……食欲の秋だからって食べ過ぎたか?)」

服の中でほどけた紐ブラを脱がずに結び直すのはかなりの手間である。
本来、麦野とインデックスの関係性は絡まった紐のように複雑を極めていておかしくないものだ。
記憶を失い続けて来たインデックスの、『何度目かの初恋』を殺したのは麦野なのだから。
しかし――インデックスは先程のように沈み込んでいた自分をあんな風に励ましてさえくれたのだ。
誰かの涙の上に成り立つ笑顔しかない世界にあって、インデックスの笑顔は麦野が持てない唯一の力を秘めた微笑だった。




74作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:14:26.281DwrXIIAO (11/34)

~10~

甘い。とつくづく思う。それは誰かを踏み台にして得ている立ち位置より上から目線で御坂やインデックスに含む所がある私であったり……
そんな女特有の悲哀のナルシズムに浸っている私を、何くれにつけて楽にしてくれる御坂やインデックスに対してだ。
当麻、を軸にして成り立つ私達の歪なトライアングルに対してでもある。

麦野「(……そう言えば胸も張ってきたし、子宮に膨らんでる気がする。そろそろか?)」

上条当麻のいる優しい世界。そこに甘んじ甘えて甘ったれてる私はきっと、昔私が一番嫌ってたタイプの女になってる。
曰わく、恋愛さえ上手く行けばテメエの世界の全てが救われると勘違いしてる馬鹿女。
曰わく、思い人さえいればテメエの抱える全てが報われると思い違いしてるクソ女。

麦野「(……欲しくなるんだよねー……)」

捨てた物は金銭にも引き換え券にもなりゃしない。
代償にすらならず捨てるしか価値がないゴミだから捨てられるのだ。
どんなデカいトラウマ抱えてような悲劇的な過去があろうが、そんな免罪符は尻拭き紙にもならない。
幸福は不幸につく微々たる金利であって、不幸は即ち幸福への配給券になんてなりはしない。

麦野「(……ドロドロになりたいね。ドロドロにされたいなー……)」

人殺しの悪夢を見た後、死にたくなるような暗い想像を一人弄んだ後は決まって当麻が欲しくなる。
どこのビッチだと鼻で笑ってやりたくなる。抱かれりゃ安心して、寝れば納得するのか安っぽい女め。
自分でも思う。恐らくこの部屋にいる誰よりも私の性癖は病的だ。
電話の女に言われたような、人を殺す時のバカ高いテンションと人を殺した後のダウナー状態の落差の中××××するほどじゃないけどね。

麦野「(かーみじょうー……)」

そんな中、あんたに『欲しい』って言われるのが私は好きだ。
あんたが私の中で気持ち良いって言ってくれるのが好きだ。
貫かれる喜悦、飲み込む愉悦。私という観念の怪物が、一時母性の化物へと身を窶す瞬間がたまらなく好きだ。

麦野「お茶、持ってくわよ」

全員「「「「「「はーい」」」」」」

あんたに必要とされてるって、一番肌身に感じられるのが私は好きだ


75作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:16:45.101DwrXIIAO (12/34)

~11~

上条「ありがとうな、沈利」

麦野「熱いから気をつけるのよ」

御坂「(お茶も出来るんだ……)」

ロシアンティーとローズジャムを持って来た第四位の顔は穏やかだった。
良かった、何だかもう大丈夫みたい。まあ元々タフそうな女だし、変な気回すまでもなかったかもね。
でも……驚きの連続よね。これじゃまるでお嫁さんじゃない。
似合わないのに変に様になってるって言うか……

御坂「(でも明日の調理実習前はよせば良かったなー……なんかちょっと自信なくしそう)」

悔しいけど、料理の腕は私と互角かそれ以上だと思う。
顔もスタイルも能力もズバ抜けてる上にこんなスキルまで身につけてるだなんて流石の美琴センセーもちょっとへこむかも。
天は二物を与えず、って言うけど人間として色々欠けちゃいけないものを神様に取り上げられたようなこの女に……
あいつはこういう家庭的って言うか、意外なギャップにやられたのかしらね……ぶふっ!?

御坂「な……なにこれ……なんか入ってる!?」

麦野「ああん?……やばっ、カナミンのカップじゃない」

御坂「なんか……ポーッて……あったまる……みらいなあ」カクンッ

上条「ビリビリ?おいビリビリ!?」

青髪「くはー!こらけっこう効くでえ……ほとんどウォッカ割ってるのと変わらんわ」

雲川「確かにガツンと来るけど……ああカーッとする」

禁書目録「たんぱつ大丈夫?私のと交換する?」

うわ……なんかジワジワ来る……あっ、これお酒入りなんだ……
熱い……胸が熱い。顔が熱い。お腹が熱い。なんだろう……お酒ってこんなにキツいもんなの?
ヤバい……目回る……息まで熱くて……眠くないのに寝る前みたいなグラグラ来てる……

麦野「やっちまった……当麻ごめんお水持って来て」

上条「あ、ああ」

麦野「お子様の中坊にゃ刺激強過ぎたか……バルカンウォッカだしね」

あによー……おほひゃまおほひゃまころもあふふぁいひへぇ……あんららってわらひほよっふふらいひかいがわらいくふぇにー!

麦野「ダメだねこりゃ……仕方ない少し寝かせて」

ひれいなふひいる……ほのふひいるれあいふろほっふえにひゅーひらたろ?
まひにひまひにひまーひにひ……あいふとひゅーひてるろはほのほふひふあー!!


るるーい!!




76作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:17:44.831DwrXIIAO (13/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ぶちゅううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



77作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:18:15.621DwrXIIAO (14/34)

~12~

麦野「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんー!!?」

御坂「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ♪」

その刹那、88度のバルカンウォッカ入りロシアンティーに倒れ伏した御坂が――
いきなり、介抱しようとした麦野の唇を奪ったのだ。制止はおろか反応すら許さない、挙動はおろか予兆すら感じさせない……
まさに電光石火の早業で瞬く間にキスされたのだ。

上条「」

ちゅく、ちゅるるるっ、じゅるるるっ……

青髪「Oh……」

禁書目録「Ah……」

御坂の桜色の舌が麦野の桃色の唇を貪るように重ね、奪い、食む。
逃がすまいとするように華奢な二の腕を首筋に絡めて固定し――
交じり、蕩け、溢れ、零れる粘着質な音が静止した部屋の中で響き合い、水飴を絡めるように一方的に。

御坂「あっ、んっ、あいふのあひふぁふるうっ……んっ、んんふっ、ちゅぱ、あいふとひふひたおふひにひゅーふるのぉ!」

麦野「んー!んー!!んー!!?」

丹念に、丁寧に、執拗に顔を傾ける麦野を上向かせて舌先を小突き、舌腹を絡め、舌裏を舐め上げ唾液を啜り飲む。
白井黒子が見れば鼻血を出すか血涙を流すかしそうな桃源郷がそこには広がっていた。
一方ノーマルな麦野からすれば地獄絵図も同然である。
上条など頭が真っ白になりコップがガシャンと取り落としてしまった。

全員「(ヤバい)」

御坂「あふんっ、んんっ、んちゅんむんっ……あいふの、ろうまの、はえひへぇー!!」

ちゅっ、にちゅっ、にゅるっ、ぬちゅくちゅぷじゅりゅりゅるるっ……ぽいっ

麦野「」

猟師に撃たれ地に伏した鬼熊のように横臥した麦野、ジュルリと舌なめずりし手の甲で拭う御坂の笑顔は輝いていた。
それに対しこの部屋にいる全員の笑顔は生暖かいまま凍りついた。
犯られる。殺られるのではなく犯られる。間違いなく今や絞りかすのように投げ捨てられた麦野のように。

御坂「ひゅーひちゃうんらぞー……」

雲川「まっ、待って欲しいんだけど。これは……んー!!」

御坂「わらひはられにれもひゅーひひゃうんらろー!!」ガバッ

雲川「いやああああああああああああああああああああああ!!」




78作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:21:33.121DwrXIIAO (15/34)

~13~

次いで、麦野に次ぐ年長者である雲川が止めに入ろうとして犯られた。
あっと言う間に制圧され、屈服させ、撃沈させられた。
揉みくちゃにされ凌辱され尽くし、物悲しく転がるカチューシャだけが取り残された。

雲川「」

禁書目録「助けて!とうま助けて!!とうまああああああああああああああああああああ!!」

御坂「らぁぁぁぁぁー……めぇぇぇぇぇ!!」ブチュゥゥゥゥゥ

上条「インデックスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

加えて、四つん這いで逃げ出そうとしたインデックスはそのまま馬乗りに押し倒され蹂躙された。
飛び出したスフィンクスに猫の手も借りたいと伸ばした右手は空を掴むばかりであり、痙攣したように戦慄いた左手の指先がカーペットを掴んで力尽きた。

青髪「ええい僕も男や!逃げも隠れもせえへん!煮るなり焼くなり好きにし!むしろしてくださ……あばばばばばばばばばばうぼぁー!!」バチバチバリバリ!

御坂「ちらーう!」

そこで何故か襟元をキッチリ締め直して正座した青髪はキスではなく御坂の漏電によって戦闘不能に陥った。
食べかすのような麦野、吸いかすのような雲川、絞りかすのようなインデックスは兎も角――
青髪はお気に召さなかったのか食指が動かなかったのか、黒焦げのパンのようにされ倒れ込んだ。残るは……

御坂「cdhdgdgjt当麻jtjuwqmpmpmjmjmd好ujdmujauatata愛tagmhjgjmtmtmtmgmgmg!」

上条「(やべえ……やべえぞ!)」

そしてにじりよる笑顔のキス魔、もといヘッダの足りてない御坂は今やレベル6の頂に立っている。が

麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

上条「(こっちもだー!!?)」

こちらも切り札である『光の翼』が暴発寸前の麦野が雄叫びと唸りと嘶きを上げた。
その鬨の声たるや聞く者の鼓膜を穿ち、吠える者の声帯を破り、轟かせた咆哮霹靂は――
一突きにて街中の硝子全てを木っ端微塵に破壊したという十字教の伝承の一つであるトレドの鐘に匹敵した。

麦野「ミサカコロス!レールガンコロス!!ダイサンイコロス!!!」

御坂「/AJMpj.atm麦野txajdmwm奪g.gjaxtgakxktathp戦jxahj!!」


相まみえる熊と猪。だがしかし――


79作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:22:18.401DwrXIIAO (16/34)

~14~

グビッグビッグビッグビッグビッ

上条「む、麦野さん……?」

麦野「はあっ……ハアッ」

そこで麦野が選び取ったのは……ジョージ・T・スタッグスの瓶に口をつけての喇叭飲みである。
88度のバルカンウォッカに酔っ払った御坂相手に素面でやり合っても勝てない。
ならばと71度のバーボンウイスキーを煽った麦野の取った策は――

麦野「……舌出せよ」

上条「(目が据わってる!!)」

麦野「やってやるよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

上条「アッー!!」

奪われる前に奪ってやる、という極めてシンプルな方策であった。
アルコールで御坂の感触を洗い流し、同時に上条で口直しと超能力者らしい合理的判断である。
というよりただ単に鬱屈していた真っ黒な情念が噴き出しただけなのだが

麦野「はんっ……ちゅっちゅるる……れろ、れろ、れろ……んはっ、はああっ、れるっ、れろっ、れるっ、れろっ……ちゅく、ちゅる、ちゅぱ……れろ、れろろ、れろろろっ……!」

上条「――!?」

御坂「ひああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

麦野「ちゅくちゅぷぷっ、じゅるるっじゅるる……ぴちゃっ、ぺちゃっ、にちゃっ……じゅるるる!……ちゅぱっちゅずずうぅ!」

上条「」

麦野「にゅるるるっ……んふっ、あふっ、ふうううん?ひもちひい?ひもちひい?わらひのおふひひもちひい?んちゅっ!じゅる、にゅるるる……ああっ、ああんっうんん、んくっ……じゅるるるるっ!ちゅゅうううう~~……ぷはっ!」

上条「」バタン

御坂「うわあああああぁぁぁぁぁんー!」

麦野「はあっ……ハアッ……楽勝だ、超電磁砲(レールガン)」

後退のネジを外した女の執念とテクニックが二人の明暗を分けた。
泣き崩れる御坂と、足が震え膝が笑っている麦野。
幼気な中学生の悪戯に対し、大人気ない遊び無しの復讐を遂げる麦野。
途中から明らかにトロンとした女の目になり、子供の前では絶対にやってはいけない舌使いでキスして。

麦野「最低でも××××××で×××××を×××××××出来るようになってから出直してきやがれこのクソガキが!!」

御坂「びえええええぇぇぇぇぇん!!!」

上条「不幸だ……」

以降、麦野が御坂にアルコール類を含む一切の物を出さなくなったのは言うまでもない――




80作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:24:27.341DwrXIIAO (17/34)

~15~

麦野「(最悪だクソッ!よりにもよって舌入れやがってクソックソックソッ!)」

上条「麦野……ま、まあ野良犬に噛まれたと思って」

麦野「テメエあの青頭に同じ事されてもそう言える?ああ?」

上条「すいません……」

麦野「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう」

その後……スキー場の上級者コース並みで機嫌を急斜角にした麦野は討ち死にした返事をしない屍のような面々の中……
上条の膝にその栗色の髪を広げて頭を乗せる枕代わりにしていた。
御坂はインデックスのお腹に頭を乗せて泣き疲れて眠っている。
恐らく目覚めた時には何も覚えていないだろうし覚えていてもらっては困るのだ。

麦野「胸は揉まれる、ブラは外される、女にキスされるわで私の今日の運勢最悪だわ。セクシー系担当ったって苦労させられ過ぎでしょうが」

上条「……お疲れ様」ナデナデ

麦野「五月蝿え」カミカミ

頬にかかる髪に触れて来る上条の手を捕まえ指に噛み付く麦野。
アルコールの微酔いも手伝ってか、頬が熱い。それ以外の理由も無きにしも非ずだが――

麦野「あんたには指一本触れさせない。あんたは私の男(もん)で、私はあんたの女(もの)だ」ガジガジ

上条「痛てててっ……歯立てんなって!」

麦野「舌絡めてやろうか?いつもみたいに……アーンって」

ベッ、と舌を出して上条の膝でゴロゴロする麦野。
慣れない来客にそれなりに気疲れしたらしく、全員死体になっている今誰の目を憚る事もない。
ニヤニヤと、『どっちでもいいよ?どっちに転んでも私の勝ちは動かないから』とでも言いたげな笑顔で。

上条「そんな悪い口は塞いでしまうかね?」

麦野「やってごらんなさい?出来るもんなら」

伸ばす指先が、甘噛みしていた手をさするように握り締める。
男特有の少し固い指先。指だけなら自分の方が長いが、それを支える掌が上条の方が大きかった。
それを感じながら麦野は縁取られた眦を閉ざし、柳眉を和らげた。

麦野「(不思議なもんね。きっと私、例えこのまま目が見えなくなっても――触れただけで、あんただってわかる気がする)」

キスする時の、閉ざされた暗闇を麦野は好んだ。
恐らくそれは、世界で最も優しい暗黒に他ならないと思えるが故に。
目蓋の内側で描く、愛しい男の輪郭を麦野は愛していた。


81作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:25:01.081DwrXIIAO (18/34)

~16~

麦野「こら。デコにすんなデコに。女はデコは出しても上げるのは嫌いなの」

上条「雲川先輩どうなんだよ……」

私にとって当麻はどんな存在かと人に問われれば、間違いなく『私を選んだ男』と答えられる。
同時にこいつは私が選んだ男でもある……出会い方が人に誇れるものでも、馴れ初めを人に語れるものでもないけれど。
顔はまあまあだし、性格もそう悪くない。レベルだ金だの話で言えば箸にも棒にも引っ掛からないこいつを好きになったのは――

麦野「女のデコって男よりちょっと出てるのよ。ほら触って比べてごらん」スッ

上条「……本当だ。気づかなかった」

麦野「あと生え際。私はいいけど嫌がる子もいるんだからね。まあそんな事したらブチコロシかくていだけど」

一度目は私の命を助けて、二度目は私の魂を救ったからだ。
他人から命綱を投げられてもそれを跳ねつけるくらい気位の高い私を……
他人に施しを受けるのも、他者に弱味を見せるのも嫌いな私の、はねのけた手ごと引きずり上げるから。

上条「しねえって。また夕方みたいにサンドバックにされたら上条さんの身体は持ちませんの事ですよ」

麦野「舐めて直してやろうかにゃーん?」

例えば私のして来た事の全てを神様が許してくれるとしても……
百回許されようが私は拒否する。千回赦されようが拒絶する。
だけど――もし、もし一万回拒否したその後でもし……

文字通り万が一、一万一回目に私が『助けて』と誰にも聞こえないような声でつぶやいたとして――
こいつはその一万一回目を、どんな絶望の闇と中と底にいても助け出してくれる、そんな男だからだ。

上条「……やめとく。我慢出来なくなるし」

麦野「お口が寂しいにゃーん……」

レベル0のくせにレベル5でも出来ない奇跡みたいな離れ業が出来る十字教の神の子みたいなヤツだとも最初は思ったけど……
付き合って見てわかった事はスプーンの一本も曲げられず、テストも赤点ばっかり。
基本的に面倒臭がり屋でマメでもないし、特別気が利く訳でもない。ベッドだと意外にSだしね。

上条「もうちくわはスフィンクスが食っちまったぞ」

麦野「ちくわより太いの持ってんでしょー?」

そんな欠点だらけで短所まみれの男に惚れた時点で、きっと私の負けだ。
そして――勝つ気も失せてしまった。こいつの側が心地良過ぎて。




82作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:27:12.841DwrXIIAO (19/34)

~17~

無能力者(レベル0)の腕の中、今も私が頬ずりし、甘噛みし、指繋ぎする右手。
幻想殺し(イマジンブレイカー)とこいつ呼ぶ掌。
私の剣(原子崩し)を打ち砕き、私の盾(闇)を切り崩し、私の鎧(心)を剥ぎ取った右手。
この街でレベル0、という言うのは優に全体の過半数を占める――言わば落伍者だ。

私自身、無能力者など歯牙はおろか一瞥すらくれずに生きて来た。
ライオンは足元を通り過ぎて行く蟻になど気にもとめない。
何故なら視界に入らないから。視野に入ろうが視点を過ぎろうが視線を跨ごうが認識にすらしない。

稀に、でもないけれど噛み付いて来るドブネズミはいる。
例えば破落戸(スキルアウト)。しかしあくまでドブネズミはドブネズミ。
大型であろうが小型であろうが所詮は繁殖力しか取り柄のない――
学園都市のモルモットにも研究施設のマウスにもなれないドブネズミ。

ドブネズミはしぶとい。コンクリートにだって穴を開ける。
そのくせに数時間おきに食べなきゃ餓死する。
インデックスだってまだ我慢出来ると思うわ。
あとは絶えず二十種類近くかそれ以上の病原菌を住み着かせた身体。

私はドブネズミとスキルアウトの関係性を戯れに重ねて合わせて見る。

なるほどね。まずヤツらはATMや金庫をぶち破るスキルを持ってる。
次に誰かしらの敵か、はたまた金を持って歩いてる弱っちいエサがいないと成り立たない。
能力者を敵と見做す薄っぺらい大義、その上で正当化した理由がなきゃ悪事も働けなきゃ組織も維持出来ない。
能力者への憤怒、憎悪、嫉妬、羨望、殺意、敵意、悪意……病原菌みたいに巣食う悪感情。

成る程?確かにドブネズミらしいわ。言葉遊びのこじつけがこんなにしっくり来るとむしろ笑えてくる。
窮鼠猫を噛む、という例えもこれまたぴったり当てはまる。
あくまで猫を噛むだけで勝てる訳じゃない。当麻と出会った時のスキルアウト連中もそう――
ネコ科はネコ科でも、あいつらはネコとライオンを見間違えた。

なら――当麻はどうなんだと言われれば、当麻はただ当麻としか私にはもう言えない。
私というネメアのライオン(怪物)を打ち倒したヘラクレイトス(英雄)と思った事もある。
ヘラクレイトスは三日間かけて怪物を絞め殺したが、当麻は三度の死闘の果てに私をネメアの谷から引きずり上げた。

私が好きな星座占いの、よく知られた獅子座のエピソードのように。




83作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:27:43.601DwrXIIAO (20/34)

~18~

青髪「うう……電撃責めなんてマニアック過ぎるでえ……でも僕ァ(ry」

雲川「……こんな刺激的なのは初めてのカウントに含みたくないけど」

禁書目録「ナニモオボエテナインダヨ?ワタシハ……ワタシハー!!」

麦野「あっ、起きた」

上条「みんな……本当にすまなかった……」

御坂「ZZZZZZ……ZZZZZZ…」

麦野「……忘れましょう。今日の事はここにいる人間だけの秘密って事で」

全員「右に同じ(や)(だけど)(なんだよ)!」

と、麦野と上条が一頻りイチャついている中続々とヴァルハラの門から、黄泉の国から、エデンの園より三人が帰還した。
青髪は何故かやられる前よりツヤツヤとし、雲川はカチューシャを直しつつ、インデックスは完全記憶能力に障害をきたしていた。
上条はバルカンウォッカを多分に含んだ紅茶のカップを期せずとも取り違えてしまった事を平身低頭で謝罪していた。
麦野もまた酔っ払って眠り込んでしまった御坂を見て頭を悩ませていた。

麦野「仕方無い……当麻、こいつ歩けるようになったら私の家連れて行くわ。タクシー拾えばすぐだし」

上条「いや、でも……」

麦野「このキス魔部屋に置いといて、翌朝キスマークだらけにされたあんたの身体に原子崩しぶち込むような真似したくないからねえ?」ギロッ

上条「ひいっ!?」

麦野「(あーこいつのせいでこいつのせいでこいつのせいで)」

さっきから御坂のゲコ太ケータイがひっきりなしに振動している。白井黒子からの着信である。
麦野も麦野でやや責任を感じているのか、仕方無いので常盤台には急遽第三位第四位の合同実験でも入ったとでも適当に言い繕ってやろうと考えた。
どの道、微かと言えどアルコールの匂いがする状態で常盤台などに連れて帰っても面倒事に巻き込まれるだけだ。それに――

御坂『あんた、本当はあの写真みたいに笑える人間なんだからさ、もっと自分出してもいいと思う。だってもったいないじゃない!せっかく美人なんだから』

麦野「(……なんで極悪人の私が、こんな偽善者みたいな真似しなくちゃいけないのよ……あー頭の中のイライラが収まらねえ)」

――麦野沈利は誰であろうと借りを作る事を嫌う人間である。
ハーブのディルに対しSBCモカをおごったように――
『大嫌い』だと『認めている』からこそ、『対等』でありたいのだ




84作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:30:29.371DwrXIIAO (21/34)

~19~

麦野「起きろクソガキ。明日の生ゴミに袋詰めで出してやろうか?」

御坂「う~~ん……むりのひゃーん?」

……ったく。こいつのへそ曲がり加減はホント筋金入りだよな。
本当は自分が他人にどう見られてるか気になって仕方ねえクセに、自分を悪く悪く見せるんだよな沈利のヤツ。
なんつうか、小銭がジャラジャラうるせえとか言って募金して、それを『ありがとう』って言われると本気で不機嫌になるタイプつーか……

青髪「雲川先輩~~女子寮までお送りしまっせ~~」

雲川「別に良いんだけど。送り狼になられても困るけど。すごく。噂になっても嫌なんだけど。割と本気で」ササッ

青髪「ほんまに嫌がられてる!!?」

……こいつ、何でも出来るけど本当は不器用なヤツなんだよな。
人に努力してる所見られると嫌がるし、誉められても受け流すし……
誤解を招いても平気そうな顔して、実は顔に出さないだけで悩んだりしてるし。

禁書目録「じゃあゴミ出しはとうまにお願いするんだよ。私、洗濯機するから」

麦野「本当に出来るー?」

禁書目録「もう出来るんだよ!見くびらないで欲しいんだよ!」

なあ沈利。お前よく馴れ合いは嫌いとか、群れ合いは反吐が出るとか言うけどさ……
お前は一人でも平気そうだけど、独りで大丈夫なヤツなんて一人も居ねえって。事実俺がそうだしな。
お前(恋人)がいなくなったりインデックス(家族)がいなくなっても……
御坂(友達)がいなくなっても青ピ(親友)がいなくなっても雲川先輩(先輩)がいなくなっても……
誰一人欠けても俺は『不幸』だ。逆に一人も欠けなきゃ俺は『幸福』なんだ。

上条「――なあ、みんな」

全員「?」

御坂「ZZZZZZ……ZZZZZZ……」

――この先戦争が起きる。これはきっと避けられねえ。
もうガキの喧嘩の、街の事件のレベルなんかじゃ済まないってのもわかってる。
――俺には足りてねえものの方が多い。この先どうなるのかどうするのかもわからねえ。
だけど、だけど今この時だけはせめて――俺は願いたい。強く、強く。

上条「――記念撮影、じゃねえけど一枚撮らねえか?」

今ここにある笑顔が、もう一度巡り会えるその日を――俺は刻みつけたい。




85作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:30:56.741DwrXIIAO (22/34)

~20~

御坂「ZZZZZ……ZZZZZ……」

上条「あーこりゃ起きねえなホント……でもビリビリだけ抜かすのも可哀想だしな」

麦野「鼻毛でも書いてやりゃ良いのよ」

青髪「“肉”も捨て難いでえ」

雲川「どうする?もういっそこのまま撮ってみるのも面白いと思うけど」クスクス

禁書目録「また一枚、思い出が増えるんだよ!」

スフィンクス「にゃー!」

インデックスの膝枕の上でバルカンウォッカ(88度)&ローズジャム入りロシアンティーに倒れ眠りこける御坂。
それを高い所にデジカメをタイマーにセットし終え頭をかく上条。
愉快そうにその寝顔を見やる雲川、さらにいつもと変わらぬ笑い目を更に細くする青髪。
そして――スフィンクスを抱っこして上条の隣に寄り添う麦野。

麦野「こいつにとっては人生初のあられもない酔っ払い姿だね。せいぜい見返して身悶えするんだね」

青髪「あれもうウォッカ入りジャム言うかジャム入りウォッカですやん。中学生があんなん飲んだらそらひっくり返るわ」

雲川「私もあれは正直効いたんだけど。もうキスがあってもなくても寝たかも知れないくらい強烈だったんだけど」

上条「……まあ、何があったかは黙っててやろうぜ。疲れて寝ちまったって事にしてさ」

皆が御坂を見下ろしていた。あの地獄絵図を引き起こしたとは思えないほど微笑ましく可愛らしい寝顔を。
一日だけ通う学校を跨いでのお食事会、高校生に混じって参加した中学生、一様に皆同じ事を感じていた事であろう。

雲川「超電磁砲だ第三位だ常盤台のエースだ名前は良く聞くけど」

麦野「寝ちまえばただのガキよ、ガキ。起きてたら上にクソがつくガキだけどね」

青髪「でも寝顔はほんま可愛いもんやでー」

禁書目録「お酒臭い天使、だね」クスクス

上条「本当だよなあ……って」

麦野「(じゃあインデックス、こいつ私が連れて帰るから当麻よろしくね)」

禁書目録「(一緒に寝てもいい?)」

麦野「(いいわよ。貸すだけだからね?)」

禁書目録「(りょーかいなんだよ!)」

上条「やべえタイマータイマー!映る映る映る!」

青髪「えっ」

雲川「なっ」

麦野「はっ」

禁書目録「へっ」

上条「おっ」

スフィンクス「にゃーん」



パシャッ



全員「「「「「最後くらいちゃんとやれー!!」」」」」



こんな夜があったって良いではないか、と――




86作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:31:42.981DwrXIIAO (23/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第三話「Lily of the Valley」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



87作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:33:55.251DwrXIIAO (24/34)

~21~

麦野「おらおらしっかりケツ振って歩けよお子様の中坊。ブチ込まれもしてねえのに腰抜かしてんじゃねえぞクソが」

御坂「うう……まだ頭クラクラする……身体フラフラする」

麦野「また寝やがったら路地裏のドブネズミどもの穴空きチーズに化けてもらうよ。テメエみたいなガキでもな、使える穴があって溜まってるもん吐き出せんならなんだって良いんだよ。男なんてもんはさ」

お食事会の後、麦野は御坂に肩を貸しながらセーフハウスを目指し路上を行く。
とうに最終下校時刻は過ぎ、電車もバスも出払い、出歩いているのはアンチスキルとスキルアウトくらいである。
そんな中を見目麗しい女二人で歩いているのだ誘いを振り撒いているようなものだが――
学園都市第三位、第四位を前にすればレイプツリーより先にキリングフィールドが出来上がる事請け合いである。

御坂「麦野さん言葉使い汚いよう……女の子はそんな下品な事言わないのお……」

麦野「家の育ちは良いんだが、親の育て方と私の育ち方が悪かったもんでねえ?品なんてもん母親の子宮に置いて来たわ」

御坂「子宮なんて……いやらしいー!!」

麦野「(あーあ……当麻と二人っきりになれなかったなあ)」

とんだ厄介者を背負わされる羽目になった、と麦野は酒精の残滓を引きずる甘い吐息と共に歎息した。
口の中のメロン&バニラミントのガムを噛みながら、火照る頬に吹き抜けて行く夜風が心地良い。
どうせなら御坂と言わず上条と月光浴と洒落込みたい所だったが……

??「うっ、ううーん……」

麦野「……女?」

あいにくと月夜が照らし出したのは、金属製の郵便ポストに熱烈な抱擁の半ばで敢え無く石畳に転がる女であった。
それも無機物に対する求愛なのか髭の濃い伴侶にそうするようにスリスリと頬擦りしていた。
一見すると大学生のように麦野には見て取れた。白のシャツに黒のスラックスとシンプルな出で立ちだが――
それなりに金のかかっているバッグを投げ出し、微睡んで見えるその姿に麦野は奇妙なデジャヴを覚える。

麦野「(……ロシブ、スケール、Az、エルモ……香水はゼロプラ……わかんねえよ。飲んでる私でもわかるくらい酒臭いぞこの女……)」

最初は靴と時計から目が行ってしまったが、そのだらしない寝顔に麦野が覚えた既視感……それは

御坂「お母さん……?」

麦野「!?」

最悪の形で的中した。




88作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:34:27.031DwrXIIAO (25/34)

~22~

美鈴「美琴ちゃーん!どうしたのこんなところでー!」

御坂「ママこそどうしたのこんなところでー?パパにいーつけちゃうんだぞー」

美鈴「ママは保護者会の会合の帰りぃぃぃぃぃ!ちゃーんとパパにも言ってから来たから心配ないもーん」

御坂「いーけないんだーいーけないんだー!パーパーに言ってやろー!!」

御坂・美鈴「「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」」

麦野「」

背丈が違う、プロポーションが違う。そのクセ顔立ちが鏡写しのように瓜二つ。
大きい方の十数年前が御坂に、御坂の十数年後がこうなると言った強い遺伝子と血と絆の結び付き。
ステレオとモノラルで重なり合う笑い声の周波数……
否定されても疑いないほど親子の間柄を確信させるに足るその邂逅。

美鈴「んんー?美琴ちゃーん?もしかしてお酒飲んでるー?……ママはそんな不良娘に美琴ちゃんを育てた覚えはありませーん!!」

御坂「飲んでないもーん!飲んでないもーん!!お母さんこそまたこんなに酔っ払って……パパまた泣いちゃうよー!!」

美鈴「酔ってないもーん!酔ってないもーん!全然酔っ払ってなんてないだもーん!!」

美鈴・御坂「「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」」

麦野「(どうなってのよこれ……私まで酔ってねえよな?)」

ならば何故外部の人間が中に?と疑問に思えば保護者会の会合だと言う。
この時麦野の頭脳はアルコール以外の成分によってその働きを阻害されていた。
二人に増えた酔っ払いの、馬鹿に陽気な大笑いによって。

美鈴「うぁぁー……美琴ちゃーん、そっちの人先生?娘がいつもお世話になってますう。母の御坂美鈴ですぅー!!」

麦野「先生!!?私そんな年じゃねえよ!!!」

美鈴「こんな格好でどうもすいませーん……ひっく……」

麦野「謝るポイントそこじゃねえよ!!」

御坂「ともだちー」

麦野「友達?誰が?おい御坂ァァ!!」

美鈴「どっちも」

御坂「みさか」

美琴・御坂「「はーい(はぁと」」タッチタッーチ

麦野「二人いっぺんに返事すんな!!確かにどっちも御坂だけどさあああああ!!」

御坂・美鈴「「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」」

麦野「テメエらの笑いのツボがわかんねえんだよォォォォォォォォォォ!!!」




89作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:36:28.511DwrXIIAO (26/34)

~23~

二日酔いなどした事がないほどアルコールに強い麦野だが、頭の中のイライラ以上に痛みが収まらない。
前門の酔っ払い、後門の飲んだくれである。勝算も勝機も勝敗もへったくれもない。
関わり合いを持ったのがそもそも間違いだったのだと麦野はブチ切れ寸前の青筋を指先でほぐしながらかぶりを振る。

麦野「(決めた。捨てて行く。襲われるなりゴミ漁りの野良猫と仲良くなるなりするんだね)じゃあ、私はそういう事で……」スタスタ

御坂「待てー!」ガシッ

美鈴「こらー!」ヒシッ

麦野「ぐあっ!?」ビターン!

が、酔っ払い二人を捨てて踵を返そうとした右足を御坂に、左足を美鈴にすがりつかれ麦野はもんどり打ってつんのめった。
足腰の強さ(色んな意味で)に自信と定評のある学園都市第四位が、完全に酔っ払い二人の手玉に取られている。
思い切り顔から叩きつけられ、強かに秀麗な眉目を打ち付け、軽く涙目に陥るほどに。

美鈴「美琴ちゃんのお友達なんれしょー……友達置いて逃げてんじゃねー……」

麦野「だから友達じゃないって言ってるでしょうが!御坂どけ!どけぇぇぇぇぇ!!」

御坂「むぎのさんの身体柔らかーい……あったかーい……離れなーい!!」

麦野「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

蟻地獄に落ちた甲虫のように足掻き、身体を返して後退る麦野に御坂がのし掛かり腰回りにしがみつく。
すると御坂を引き剥がそうと顔を手で突っぱね、腕尽くで引き剥がそうともがけども――

美鈴「おいちょっと、つれないわねー。生意気なおっぱいー」モミッ

麦野「ひゃうっ!?」

美鈴「おおー?感じやすいねー……そんな声出されたらもっとしたくなっちゃうぞー!」モミモミモミモミモミ

麦野「ああぁっ、は、離せよお……ああっ、もう、やめっ、やめて……あっ、あぁんん、いやぁ……もっ、もうっ、ダメぇ!」

美鈴「生意気なおっぱいにはお仕置きらー!私だってねー、水泳でこのたゆまぬ91センチのおっぱい鍛えてるんだぞー?んんー?この感じは紐かー?紐かー?おっきいからって締め付け嫌がったら垂れちゃうんだぞこのー!!」

御坂「ずるーい!むぎのさんもお母さんもずるーい!私にも分けろー!捧げろー!いいわよぉ……まずは!その生意気なおっぱいをぶち転がーす!」

麦野「いーやー!!!!!!」

麦野沈利、再起不能(リタイア)―――




90作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:36:56.111DwrXIIAO (27/34)

~24~

美鈴「改めましてっ。御坂美琴の母っ、御坂美鈴ですっ。趣味は数論の勉強ですっ」キリッ

麦野「(趣味=酒だろ。もう御坂美鈴の後に“酒”ってつけなよ)」

長い格闘の末、御坂美鈴はようやく酔いが醒め、正気を取り戻し、我に返り、何事もなかったかのように自己紹介を始めた。
それを麦野は電話で呼び出したタクシー待ちの間、近くにあったコンビニで買ったミネラルウォーターを口にしつつ受け流していた。
さんざん揉みくちゃにされた胸が切なくて仕方無く、今度からこの母娘と関わり合いになるのは止めようと固く心に誓って。

麦野「(詩菜さんと全然違うタイプね……ああ早く帰りてえ)」

美鈴(酒)「あ、あははは……美琴ちゃんも不可抗力とは言えお酒飲んでひっくり返っちゃうだなんて……血は争えないわねえ」

麦野「(当麻まだ起きてるかしら……ケータイケータイ……)」

一応、年長者として御坂に飲ませてしまった事に関して詫びる所は詫びた。
が、友達でも何でもない知り合いの親と話が弾むほど人間が出来ているでもない麦野は――
最近買い換えたVertuの携帯電話を弄る事に意識を向けていた。
待ち受け画面は夏の終わりにエントリーしたプリチューコンテストで優勝した時の上条とのツーショットだった。と――

美鈴「あら?」

麦野「はい?」

美鈴「貴女、上条くんの……?」

麦野「……そうですけど?上条を知ってるんですか?」

美鈴「(あちゃー)」

そこでつい悪意なく目が行ってしまった高級ブランドの携帯電話の待ち受け画面を目にして御坂美鈴は顔を手で覆った。
大覇星祭の折、美鈴が目にした美琴の一方ならぬ思いを寄せる少年と眼前の女性との関係。
同時に酔っ払いというこの世で一番厄介な人種を家に連れて帰ろうとするほどの仲でありながら『友達』ではないというその言葉。
御坂と麦野の年齢を足してようやく達する年嵩を経て来た『大人』はすぐさま全ての内情を把握した。

美鈴「(美琴ちゃん……最初に覚えたお酒の味が自棄酒はよくないわ)」

麦野「あの……?」

美鈴「あ、ああ何でもない、何でもないわ」

恐らく娘は叶わぬ恋に身を焼いているか、あるいは適わぬ相手に挑んでいるか、そのどちらかであると。
自棄酒云々は美鈴の的外れな想像であったが、それ以外は全て的中していたのだ。残酷な事に




91VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/14(木) 21:38:40.84mrDucSwE0 (1/1)

御坂・美鈴・妹達・打止・番外「アッハッハッハハッハッハハッハッハ!!」×10000

恐るべき光景を幻視した


92作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:39:34.721DwrXIIAO (28/34)

~25~

美鈴「そう……貴女が詩菜さんが言ってた……“むぎのしずり”さん?」

麦野「はい。詩菜さんとお知り合いなんですか?」

美鈴「同じプールジムのお友達なの。知り合ったのは大覇星祭の時なんだけどね」

麦野「(あの時か)」

大覇星祭が行われた際、麦野は機を逃さず上条の両親に挨拶し――
なんとその後学園都市内を案内までして見せるという抜け目ない行動をとっていたのだ。
特に『相手方の母親を味方につければ9割勝ったも同然』という、女特有の合理的判断を麦野は容赦なく行使した。
この辺りがどんなに大人びていても中学生の御坂と……
生き馬の目を抜く仁義も信義も大義もへったくれもない、上条のフラグを折り続ける戦いに身を投じ続けた麦野との絶望的な経験値の差である。

美鈴「そっかあ……貴女がねー」

麦野「(面倒臭い女……)」

美鈴「詩菜さんが言ってたわ。とってもいい子が当麻さんと仲良くしてくれてる、って。よく話してるの」

麦野「(似た者親子ってか)そうなんですか?」

美鈴「ええ、子供達の事なんかよくね。最近だと学園都市が危ないから、どうにかして連れ戻せないか……なんて暗い話題も多いけどね!だいたいいつも貴女達の事よ♪」

御坂「スー……スー…」

最近、回収運動があって今日もその保護者会の集まりと陳情に……
と続ける美鈴の膝の上には未だに眠り続ける御坂の姿があった。
麦野はそれを見下すでもなく、表面上は普通の顔をしながら冷めた眼差しで見やる。

麦野「(無理よ。この瓶詰めの地獄からは誰も逃げられない)」

そんな事は無理だと。逃げて安全な場所など学園都市に限らずどこだろうとそんなものはないと――
口には出さずミネラルウォーターと一緒に言葉を飲み込んだ。
麦野はそんな自分を心底性格の悪い女だと静かに自嘲した。

麦野「(親子揃って人が好いというか……おめでたい連中。死刑囚の釈放運動の署名の方がまだしも確度が高い話よ、それは)」

麦野はこの学園都市の闇を知っている。知り過ぎているが故に――
美鈴や、それを取り巻く保護者らの運動が何一つ実を結ぶ事なく終わると予見していた。
最悪、無駄な実をつけて学園都市から養分を吸い取るような枝は『剪定』されると――

美鈴「ねえねえしずりちゃん?お姉さんと電話番号交換しなーい?」

麦野「!!?」

思った矢先、思わぬ矛先が麦野へ向いた。




93作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:40:12.811DwrXIIAO (29/34)

~26~

麦野「いえ、そんな……いきなり」

美鈴「ええー美琴ちゃんの番号もアドレスも知ってるんでしょー?私一人仲間外れー?」

麦野「ええ、まあ……(インデックス絡みの時に教えられたからな……ああクソッ、この女やりにくいったらない!)」

美鈴「じゃあやっぱり美琴ちゃんとお友達だ♪ねえねえ美鈴さんも仲間に入れて?若い年下の友達欲しいなあー?」ワクワク

麦野「……どうぞ、赤外線使えます?」

美鈴「おっしゃー!!年下の綺麗どころげっとー!!」ダキシメッ

麦野「抱きつく意味ねえだろうが!!酒抜けたんじゃねえのかよ!!」

美鈴「だってーこーんな美人見たらテンション上がっちゃうっしょー?これならパパにもやましい事ないし♪ぶはー」

麦野「酒臭ッッ!!」

普段世の中を斜に構えて見、自分や人間に冷ややかな目を向ける麦野にとってこの手のタイプは苦手なのだ。
十重二十重に張り巡らせた有刺鉄線を易々と乗り越え、完全武装した重鎧の上から抱き締めて来るような……
曰わく、インデックスのような人たらしとは異なりながら通じるタイプが。

美鈴「でも良かった。帰る前に美琴ちゃんの顔見れて。常盤台に問い合わせても保護者だってのに教えてくれないの。黒子ちゃんに聞いても第六位との合同実験でいないとか言うしさー。今日がダメならまた明日来た時でいいかなーって諦めてたからちょっと嬉しかったかも」ポチポチ♪

麦野「(第六位!?いや待て、私はまだ手を回してないぞ!?誰だ……第六位って誰なのよ!!?)」

美鈴「それに……」ピピッ

その時赤外線通信による電話番号とメールアドレスの交換を終えた美鈴が――
行方不明の学園都市第六位(ロストナンバー)の名を耳にし驚く麦野に対して――

美鈴「―――良かった、貴女みたいないい子が美琴ちゃんの友達にいてくれて」

麦野「!?」

美鈴「少し安心しちゃった。この子、同年代かそれ以上の友達って私の知る限りいなかったから」

麦野「……いや、だから」

美鈴「だって私初めてみたわ。美琴ちゃんが不可抗力とは言えお酒なんて飲んで、誰かとお食事会して、こんなにぐっすり眠っちゃうくらい遊び疲れて寝てるなんて」

麦野「……ケンカと悪口ばかりですよ。お互い顔合わせる度に」

美鈴「――それだっていいものよ?」




94作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:42:34.311DwrXIIAO (30/34)

~27~

美鈴の放った言葉と声音の響きはまるでこの夜風のように穏やかだった。
絶えずささくれ立った圭角を針鼠か山嵐のように突き立たせる麦野の鋭角さを――
そっと、あたたかいタオルで包み込むような優しさを秘めていた。
『優しさ』『穏やかさ』『柔らかさ』を忌み嫌う麦野の感性をもってしてもはねのけられないほどに。

美鈴「この子の友達も何人か知ってるわ。白井黒子ちゃん、初春飾利ちゃん、佐天涙子ちゃん……みんないい子よ、とても」

麦野「――でしょうね」

麦野が嫌う、ひだまりのように優しく綺麗な世界。
馴れ合いだと、群れ合いだと、凭れ合いだと鼻で嘲笑う集まり。
麦野はとどのつまり――『誰かにとっての優しい世界』が大嫌いなのだ。
それは励ましてくれたインデックス、促してくれた御坂など……『自分にとっても優しい世界』が許せないのだ。

美鈴「でもその中で……悪口を言って、喧嘩をするって事は――本音を言って、本気でぶつかれるって事じゃない」

麦野「それは……!」

美鈴「それはもう、あの子達とも違う形での“友達”だと私は思うわ。こうして、介抱もしてくれ―」

麦野「違うっっ!!」

美鈴「………………」

麦野「……あっ」

御坂「むにゃむにゃ……」

その時一瞬、麦野は地金を晒した。出会ったばかりの赤の他人に。
上条当麻以外に見せた事のない、抜き身の脆い素顔が出てしまった。
麦野は否定したい。自分には愛した男がいて、それは今眠っている少女が恋をしている相手だ。
そんな……そんな間柄を、友達などと呼ぶ傲慢が麦野には受け入れられなかった。
麦野は元々高慢な性格である。しかしそれだけは許せなかったのだ。

美鈴「あはっ。やーっと本当の顔してくれた♪」

麦野「……な」

美鈴「美鈴さんもさー結構努力してんのよー。毎週屋内プールでばしゃばしゃ泳いだり、風呂上がりには体中に保湿クリーム塗ったくったりしてさあ。でもねー」

しかし――そんな頑なだった麦野の頬に、美鈴がピトッと手を添えた。
まだアルコールの残る顔をにまぁ……っと笑顔に変えて。

美鈴「その憎たらしいくらいピチピチの十代の素顔……もっと大切にしなよ?」

麦野「……!!」

美鈴「さっきまでのクールな顔より、ムキになった今の顔の方が素敵だよーん?うりうり♪」

今の麦野では真似の出来ない――『大人の笑顔』でツンと、麦野が打ちつけた鼻頭を押した




95作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:43:03.051DwrXIIAO (31/34)

~28~

美鈴「じゃあしずりちゃんー!美琴ちゃんを頼んだよー!マブダチ同士の約束ー」

麦野「……さっさと行けば?運転手さん、出して」

美鈴「あーんしずりちゃんツンツンしすぎぃー!デレが足りないぞデレがー」ナデナデ

麦野「……はい」

運転手「出しますね」

美鈴「よしよし♪美琴ちゃん、まったねー♪」ブロロロー

御坂「すー…すー…すー…」

頭撫でんじゃねえ。なんだって言うのよ今日は。やってらんないわよ。
胸から顔からベタベタ触りやがって。片目の塞がったボクサーみたいな距離感で、耳の聞こえない水牛みたい突っ込んで来て。
――どいつもこいつも、誰も彼も。私を甘やかすな。優しくするな。

麦野「……行ったようね。二台目来るまであと三分か」

御坂「すぴー……くかー……」

麦野「……一卵性親子め」

親子揃って同じ事言いやがる。振り返って見れば今日は最悪だ。
いきなり家に団体客、キス魔に犯られる、酔っ払いに胸揉まれる。
その上御坂の母親と変な話はする羽目になる。セクシー系担当のノルマの他にフラグと不幸まで重なって――

マヨエー!ソノテヲヒクモノナドイナーイ!ピッ……

麦野「あっ、もしもし……当麻?」

上条『おう、着いたか?』

麦野「あと二分でタクシー来る」

上条『そうか……やっぱり俺行った方が良かったか?俺なら御坂おぶってけたし』

麦野「いいの。私がイヤなの」

上条『……ったく。焼き餅やきだよなあ、お前』

麦野「私とあんたのお母さん似てるんでしょ?多分性格も似てると思うんだよね。特にそういう所」

上条『って事は俺も将来父さんみたいに……はあ……』

麦野「不幸?」

上条『――いや、最高に幸せじゃねえか。それ』

だんだん、私あんたに似て来た気がするよ。そういう所がさ。
つくづく……つくづく、生温くって、甘ったるくて……
もう責任取れよ一生かけて。お前のせいだぞ私がこんなになったの。

麦野「――よろしい。ご褒美がてら夜のお供に私の下着姿の写メでもプレゼントしてあげようかにゃーん?」

上条『ばっ、馬鹿野郎!!』

麦野「冗談よ冗談。ガッカリしたー?」

――私を、こんなに優しく殺しやがって

上条『――おやすみ、沈利』

麦野「おやすみ、当麻――」

おやすみ、私の当――



御坂「――は……吐きそう……かも……うぷっ」



ちょっ……ここで吐くな御坂ぁぁぁぁぁあ!!




96作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:45:03.781DwrXIIAO (32/34)

~29~

運転手「あっ、赤信号か……最近やけに多いな?」

美鈴「(う~んあれが麦野沈利ちゃんかあ……美琴ちゃーん、ありゃ相当手強いぞー?)」

あちゃー……走り出した途端赤信号なんて先行き悪いなあ……
保護者会の回収運動の話し合いも、その足で行った陳情も上手く行かないし……
レポートもやんなきゃいけないのにこんな時間まで自棄酒しちゃったわよん。
私もまだまだ若いつもりだったけど、年々弱くなってる気がするのよねえ……

美鈴「(詩菜さんが“私の若い頃にそっくりな娘なの”って言ってた意味がちょっとわかったかもね)」

美琴ちゃんがお腹にいる間からいざ生んでおっぱい終わるまで飲まずにいてからかな?
だんだんだんだん弱くなって来たのって……べっ、別に年々酒量が上がってるとかそんなんじゃないんだからね!うん。
さっきのプールバーでだって……まあ、ね?たしなむ程度たしなむ程度

美鈴「(ふふふ……美琴ちゃーん?諦めちゃダメよー美鈴さんも応援するからね)」

仕方無い、今日は仕切り直してまた明日来よう……
あれ?断崖大学のデータベースセンターってそう言えばどこだったっけ?
あーまあいいやー明日には明日の風が吹くー!にゃははははは!

美鈴「(でも……あの美琴ちゃんがねー……あーあ、親子で飲めるまであと六年かあ)」

そのくらいになれば多分おっぱいもでっかくなって背も伸びて……
美琴ちゃん生まれた時に助産婦さんに言われたっけ。
『失礼ですが、お母様より美人になりますよ』って。
あったりまえじゃなーいパパと私の自慢の娘なんだもん。
ただ……ボーイフレンドはまだわからないわねえ。
ケンカ友達で恋のライバル……うーん若いっ。青春してるわ。

御坂『おえええええっ!』ビチャビチャ

麦野『私のコートに吐くなぁぁぁぁぁ!』

あーあ……こんな聞こえて来るぐらい仲良くケンカしちゃってまあ……
でも大丈夫。しずりちゃんが詩菜さんに似てるなら、私に似てる美琴ちゃんもきっと仲良くなれるはずよ。

美鈴「……ああ言うの見ちゃうと、連れ戻すの心苦しくなっちゃうわね……親として」

運転手「はい?」

美鈴「あっ、こっちの話よこっちの話。ささっ、やっとくれー」

ああ、お月様が高いわねえ……もう秋だものねえ……んっ?

バサァッ……

美鈴「……何かしら?あれ」




97作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:45:41.151DwrXIIAO (33/34)

~30~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
垣根「いつまで飛びゃいいんだよ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フレメア「駒場のお兄ちゃんが見つかるまでー!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美鈴「―――子供と……天使―――?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――仰ぎ見るはタクシーの窓、浮かぶは揺蕩う月、その中で踊るは獅子とウサギの影二つ―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



98作者(酒) ◆K.en6VW1nc2011/07/14(木) 21:47:13.961DwrXIIAO (34/34)

これにて第三話投下終了です。レスをありがとうございます。それでは失礼いたします


99VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/07/14(木) 21:49:38.769bnw0Us00 (1/1)

乙!

安心の内容と投下量ですな


100VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)2011/07/14(木) 22:07:22.31FXZD6+F90 (1/1)

才能ってあるところにはあるんだな。映像が目に浮かぶよ。 


101VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/14(木) 22:21:35.266S220HCDO (1/1)

言うほど面白くないな


102VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東)2011/07/14(木) 22:22:00.11M42LfjiAO (1/1)

リアルタイムで読めるとか感動します!!

上麦の中で一番だと思うです!


103VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州)2011/07/14(木) 22:50:12.05FpGt3p3AO (1/1)

これ読んでさ、他の上麦じゃ物足りないの>>1乙


104VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/14(木) 23:30:50.95fuAkXHFS0 (1/1)

垣根は何をしてるんだwwww
シリアスな場面だったのに思わず吹いたww

なにはともあれ乙です


105VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/15(金) 07:26:37.15GMamfvwIO (1/1)


ていとくん面倒見いいなwww


106VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/15(金) 14:18:42.97S9KOlIyLo (1/1)

>>91
こええええええええええええええ!!!!!

そして乙ー
嫉妬深い女の子は大好物です(キリッ


107作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:26:44.66PXVe/j9AO (1/15)

~1~

今日は朝からついてなかった。まず寝言で違う女の名前を呼んだらしく眉毛のない女に家を叩き出された。
次に腹になんか入れるために立ち寄ったベーカリーで、前から口説いてたウェイトレスにメルバトーストのバターを塗った側を床に落とされた。
昼は昼でナンパした女教師にストロベリーサンデーをかっさらわれた。

夕方には呼び出した科学者がドタキャンしやがった。
何でも付き合ってた男が第七学区で交通事故にあったらしい。
お互いにとってご愁傷様だ。やっぱり男付きの女はロクなヤツがいねえ。

極めつけは待ち合わせ場所に停めてたブースタの八九年モデルを煙草買いに行ってる間にパクられた。
百円ライターみたいに乗れなくなったら捨てるつもりだったが――
それでもパクられたってのはムカついて仕方ねえ。どうせスキルアウトの連中だろうな。

仕方ねえからモノレールに乗って徒歩で帰ろうとしたのが極めつけだった。
まずたかが霧ヶ丘付属『程度』のガキが車内でツバ撒き散らしてアホ丸出しで喚き散らしてて寝れたもんじゃねえ。
次に絡まれてたガキンチョが必死こいて食い下がってやがったから――

垣根「――なんで俺がこんなヒーローみてえな真似しなくちゃならねえんだ……」

フレメア「?」

垣根「何でもねえよ……」フー

朝からのストレス解消がてら、クソ五月蝿え目覚まし時計をぶん殴る要領で喚いてたガキをシメた。
でもって今、その助け出したガキンチョと一緒にロシアンレストランで飯食ってる。

垣根「フー……」

何の事はねえ。今夜会う予定だった女が来れなくなって、キャンセルすんのも面倒臭えから連れて来た。
ここは前からよく食いに来てる。従業員が今日の俺が何色の髪の女を連れて来るかで賭けをしてるか知ってる程度には。
だが女に土壇場でフラれたって噂が立つのと、小学生のパツキンロリ連れてくんの……
どっちが悪い噂が立つかもう少し考えてくりゃ良かった。

フレメア「煙草って美味しい?大体、どんな味するの?」

垣根「苦えよ」

フレメア「苦いのは美味しくないよ?大体、そんな身体に悪くて美味しくないものどうして吸ってるの?」

垣根「それが人生の味だからだ」

フレメア「ふーん」

その連れて来たガキンチョは、サワークリームがクドいビーフストロガノフから弾いたグリーンピースくらいどうでも良さそうに受け流した。
モノレールの件といい、不貞不貞しいガキだ。




108作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:27:21.09PXVe/j9AO (2/15)

~2~

垣根帝督とフレメア=セイヴェルンはロシアンレストラン『Раскольников(ラスコーリニコフ)』の一角にてディナーをとっていた。
店内は貸し切りにされており、テーブルの上でのキャンドルを除いて極力光源が抑えられ……
奏でられるアルモニカより流れるチャイコフスキーをバックに、聞こえるか聞こえないかの睦まじい会話に耳を傾けるのが垣根の常であったが――

垣根「(腹に手当てて“お腹が鳴りそうで鳴らない”だあ?こんな歳からひねた言い方しやがる)」

フレメア「臭い」

垣根「あ?」

フレメア「煙草、臭い。大体、ご飯食べてる時そんなの吸っちゃダメ。お行儀悪いんだよ」

垣根「(しかもガキのくせしておふくろみてえな事言いやがる)」

Ermenegildo Zegnaのスーツを着こなし、ソブラニーのブラックルシアンを吹かす垣根の出で立ちはどう見ても――
どう贔屓目に見てもNo.2あたりのホストか学生ヤクザかにしか見えない。
固くなり過ぎないようモード系のキレイめにしているが――
どう見ても女を食い散らかす事にも飽き果てた人間としての暴力性や危険性が見る者が見れば一目瞭然である。が

フレメア「ダメ」パシッ

垣根「おいっ!」

フレメア「ダメ」ジュッ

垣根「~~~~~~!!?」

唇から煙草をもぎ取られ、灰皿にねじ込まれても垣根は怒るに怒れない。
それはフレメアが怖いもの知らずなせいもあるが――
垣根は『一応』敵ではない一般人に寛容たれという己の流儀を子供相手に曲げられない。
ましてや喫煙を咎められて怒鳴り散らしてはただの悪党ではなく小悪党以下だ。

垣根「(くぅおんのガキがぁ~!!)」

フレメア「大体、そんな臭いの吸ってたら女の子にモテないよ?キスしてもらえないよ?」

垣根「(ちっ……どっかの頭のイカレたライオン女みてえな真似しやがって)」

垣根にとって思い出したくもないが、かつてプールバーで一人飲んでいた女がおり……ナンパ待ちか?と思い声をかけたところ

『煙草臭えんだよ、腐れホスト。キャッチかますなら財布と股の緩い女かどうかの見分けぐらいつけとけ、ボケが』

と頭からバーボンウイスキーをぶっかけられ大恥をかかされたのだ。
それ以降、その栗色の髪の女とは会っていない。




109作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:29:22.87PXVe/j9AO (3/15)

~3~

フレメア「ふう。大体、お腹いっぱい」

垣根「グリーンピース残ってるぞ」

フレメア「大体なんて言わないで全部あげる」

垣根「女ってテメエのいらなくなったもんしか寄越さねえよな」

垣根は女は嫌いではないがフェミニストではない。
仕事の中で必要に迫られれば女子供であろうとこのテーブルのキャンドルを吹き消すように殺す。
垣根は人を食って生きている学園都市の闇に住まうライオンなのだ。が

フレメア「そんな事ないよ?ありがとう、悪いお兄ちゃん。助けてくれて、ご飯食べさせてくれて、ごちそうさまでした」

垣根「さりげなくグリーンピースから話題逸らして打ち切りやがった。なんてえガキだ」

後に出会う少女がバンビなら、この少女はウサギだった。
あの適度に薄暗いプールバーで出会した美女がメスライオンならばの話だが――
垣根はその女が奇妙に印象強く残っており、その理由の一つには

『一度会えば偶然、二度逢えば必然って言うけどね――二度目にそのツラ見せたらブチコロシかくてい。消えろ、二度目が今にならない内にさ』

垣根「(喫煙者だろうが非喫煙者だろうがあんなイカレた女と釣り合うようなヤツがいんなら俺は禁煙を賭けてもいい)」

恐ろしいまでの気の強さ、折れない鼻っ柱の高さがありありと見て取れる美貌だった。
その性格異常か人格破綻の具合を差し引いてなおお釣りの来るプロポーション。
垣根としてはもう少し足の細いタイプがお好みなのだが、そこは目を瞑れた。

目を瞑れないのはグラスを傾ける所作に反比例してあまりに品のない言葉。
猫は家で飼えるがライオンをベッドには引き込めない。そういう事だった。
垣根をしてあんな万年生理不順のような女が絆されるとすればそれは――

垣根「(それこそ全てを許せるような男か、はたまた全てを引きずり上げられるような男か)」

垣根の思考回路に、重責を負ってまで抱え込みたい女などいない。
垣根の行動様式に、重荷を担ってまで救いたい女などいない。
学園都市を、統括理事長を、第一位を――天から地の底に投げ落とされてまで叛逆を決意した剣に生きる者の両翼は己しか背負ってなどいない。
酒も煙草も女も車も――そんなものは垣根の闘争にあっての息継ぎ、まさに灰になって落ちるまでの短い一服に過ぎないのだから。




110作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:29:51.73PXVe/j9AO (4/15)

~4~

フレメア「ねえねえ悪いお兄ちゃん」

垣根「ん?なんだ煙草吸っていいか?」

フレメア「それはダメ。ねえ、大体、どうして私のあの時助けてくれたの?」

垣根「しっかりしてやがる……ああ……煙草吸わしてくれたら教えてやるよ」

フレメア「それもダメ。でも教えて?」ウルウル

垣根「そんな歳から上目使いで媚びるんじゃねえよ。そうだな……お願いしますにゃあ、とでも言ったら答えてやるよ」クックック

フレメア「please(お願いします)、にゃあ」

垣根「そこだけパブリックイングリッシュで発音すんな。しかもにゃあの位置がズレてるぞ……まあいい、教えたら煙草吸わせろ」

フレメア「いいよ」

だがしかし――そんな垣根も時に気紛れを起こす時がある。
それは苛立ちの捌け口代わりにフレメアを助け出した今のように……
そして、かつて土砂降りの雨の中街を彷徨っていた少年の運命を決定づけたように。

垣根「――昔……つっても三カ月前かそこらだったか、テメエみてえになんかに打ち拉がれてたガキを見つけた。男だ」

フレメア「……うん」

垣根「なんかとっぽい感じでよ。女のあしらい方もテメエの扱い方もろくすっぽわかってねえようなただのガキだった。そいつがどっかの女を傷つけたのなんだのって……正直、たかが女一人なんかに何マジになってんだコイツ?って思った訳だ」

上条さん、と名乗り垣根の『帝督』を『提督』と間違え『艦長さん』などと呼んだ少年。
オシャレ、と呼べそうなギリギリのラインはウニのように逆立った無造作ヘアのみ。
女慣れなどまだまだ、と言った具合の朴訥さ……そして真摯さを垣根は感じた。

垣根「だがな、こうも思った。こんな不器用な男に少なからず想いを寄せた女が後ろにいて、男も憎からずその女を思ってる……笑えるだろ?金払わねえでコント見てる気分だった」

垣根は話のわからない馬鹿、話してもわからない馬鹿を嫌う。あの霧ヶ丘付属の学生のような。
しかし――何かをしでかしそうな馬鹿は嫌いではなかった。

垣根「……乗ってやったんだよ。昔行ってたたプールバーのナインボールと同じだ。この男って玉を突いてやりゃあ、その後ろにいる女も巻き込まれてポケットに入る。文字通り収まるべき所へってよ。それもあと一押しで」

フレメア「―――………………」

垣根「俺は女に優しいからな。たまーに」シュボッ……




111作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:33:14.16PXVe/j9AO (5/15)

~5~

――そう、垣根は上条と麦野の関係を最初から最後まで知らぬまま……
最も二人から遠い位置にいて、二人の背中を後押ししたのだ。
それは230万分の1の天災と、32万分の1の天才と、10万3千冊の魔導図書館の未来を――
誰も、本人も、そして統括理事長、果ては神さえ知らぬままこの暗部の皇帝はやってのけたのだ。

フレメア「うん。大体、わかった」

垣根「……惚れるなよ?あと十年したら相手してやっても」スー……

フレメア「――悪いお兄ちゃんは、その男の子を好きになっちゃったんだ?」

垣根「ゲホッゴホッブホォッ!!?」

フレメア「良かった。“ろりこん”のお兄ちゃんだったらどうしようかと思ったけど……うん、私、そういうの大体差別したりしないから」ガタッ

垣根「椅子引いてんじゃねえよ!!俺の好みは足の細くて品のある女だ!!」

フレメア「うわー、しょっぱーい。にゃあ」

垣根「理解力と学習能力が釣り合ってねえよ!マジでムカつくな最近のガキは!」

どや顔で金のフィルターを咥え黒の紙巻き煙草を吹かしていた垣根がむせかえるのも無理はない。
断っておきたいがここは上×麦スレである。断じて濃厚な上×垣スレなどではないし交差もしなければ物語も始まらない。
そんな事をすれば能力者が魔術を使うようなダメージが心に残る。未元殺しなんて誰が得をするんだ誰が。

垣根「さて……メシも食った事だし、俺は帰るぞ」

フレメア「逃げた。会話打ち切って逃げた」

垣根「引っ張るな!!“大体”、テメエこれからどうすんだ?最終下校時刻過ぎてるぞ」

フレメア「“学園都市第二位垣根帝督のお兄ちゃんにモノレールからさらわれて、ご飯おごるからってこんな時間まで引っ張り回されました”って警備員に保護してもらう」

垣根「」

フレメア「“にゃあって言わされて、お兄ちゃんはそんな嫌がる私の側で美味しそうに煙草吸ってました”って(ry」

垣根「よし送ろう。俺は女に優しいから」ニコッ

フレメア「キモい」

垣根「本当にいい加減にしろよこのガキ!」

姉譲りの心理戦を展開するフレメア(無能力者)が垣根(超能力者)に勝った。
フレメアは内心『大体楽勝ね、レベル5』などと思いながら――


フレメア「じゃあ、もう一回私を“助け”て?」

垣根「!?」

にっこりと、それはもう砂糖と蜂蜜と煉乳をまぶしたような笑顔でフレメアは小首を傾げた


112作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:33:43.09PXVe/j9AO (6/15)

~6~

そして――

垣根「いつまで飛びゃいいんだよ!!」

フレメア「駒場のお兄ちゃんが見つかるまでー!!」

垣根「ああ愛されてんな駒場の兄ちゃん!俺は学園都市二位だぞ!?未元物質(ダークマター)垣根帝督だぞ!!?それがなんだって別の男に会いに行くアッシー代わりなんだよ巫山戯けんじゃねえ!」

フレメア「学園都市の皆さーん(ry」

垣根「くぅおんのガキがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!」

『おえええええっ!』ビチャビチャ

『私のコートに吐くなぁぁぁぁぁ!』

垣根「人生最悪の夜だクソッタレがァァァァァァァァァァァァ!!」


垣根は何者も背負わないと決めた背中にフレメアを跨らせて月夜を舞う。
フレメアをして『電話もメールも繋がらないなら会いに行けばいい』との事らしく……
下界からは誰かがゲロをブチ撒ける音から品のない叫びまで聞こえる。
上条とフラグを立てた者にとっては誰もついていない日である。

垣根「ったく……こんな真っ暗闇で、いくら空からったってそう簡単に見つかる訳が……」

駒場らはスキルアウトである。薄暗い路地裏、深いこの夜の闇の中から見つけ出すのは困難である事は二人ともわかっていた。
彼等は衛星による監視を嫌って、ボロ布を繋ぎ合わせたようなバリケードまで張り巡らしている。しかし

フレメア「……私達は、ゴミなんかじゃない」

垣根「………………」

フレメア「もしゴミだって言われても……大体、そのゴミの中から無くした指輪を見つけるみたいに……」

垣根「(……ったく)」

フレメア「――私にとっての、大切な人に、会いたいの――」

垣根「(――女ってのは、つくづく理屈の生き物じゃねえなあ)」

女は言葉じゃ納得しねえ――そうかつて上条に言って聞かせた言葉がそのまま跳ね返ってくるのを垣根は感じた。
小さくとも、幼くとも、フレメアは『女』なのだ。
垣根は『女』が嫌いではない。その情念は時に禍々しく、そして無垢で、浚えない底にある星の砂である。と――

ヒュウウウウウ……トンッ

垣根「ああ?」

その時……上空を行く垣根の鼻先に――達するはずのない高度に、秋風に舞い上げられた――

垣根「――紙飛行機」

フレメア「……ん?」

テスト用紙で折られたような紙飛行機が鼻先に当たり、墜落し、垣根が一時飛行を止めた。

すると――




113作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:36:16.52PXVe/j9AO (7/15)

~7~

重力に従ってヒラヒラと落ちて行く紙飛行機……
垣根は思わず誰のイタズラだと視線を紙飛行機に向ける。
つられてフレメアも紙飛行機の向かう先をジッとその碧眼で見やる。

「…………ん?」

その翼の折れた白い鳩のような紙飛行機が一人の男の顔に落ちる。
舞い散る雪の一片のように、降り注ぐ羽の一枚のように。
天からの贈り物のような――その赤点の答案用紙で折られた鳥が

駒場「―――……舶来!!?」

フレメア「駒場のお兄ちゃん!!」

垣根「――嘘だろ……」

なんと……墜落して行った先、コンビニの駐車場でレッドブルを飲んでいた駒場の顔に落ち……
見上げた駒場が満月を背に、垣根の背中から手を降るフレメアを見つけたのだ。
垣根があの紙飛行機にぶつかって空中で静止しなければ……
誰が欠けても、何が足りていなくても……起こり得ない奇跡のような邂逅、遭遇、再会……

垣根「ははっ……おいおい。コントじゃなくてラブコメかクソッタレ!」

フレメア「いいから早く!早く下りて!」ペンペン!

垣根「痛え!痛えって!」

駒場「……舶来!!」

フレメアが垣根の頭を叩く。まるで背を屈めない躾の悪い馬を鞭で叩くお姫様のように。
徐々に高度を下げて行くフレメアへ駒場が両手を伸ばす。まるで野獣に姿を変えられた皇子のように。
垣根が頭を低くし背中を屈めて翼をはためかせて行く。まるで分かたれた二人を手引きする従者のように

フレメア「お兄ちゃぁぁぁぁぁーん!」フミッ

垣根「ぐえっ」

駒場「……お前、どうしてここに」

そしてフレメアは垣根の背中を踏み台に、涙の浮かんだ目尻を笑みに変えて駒場の首に抱きついた。
対する駒場は戸惑いを隠せない。一日中『作戦行動』の指揮を執り、やっと今日初めての食事にありつこうと立ち寄ったコンビニで……
フレメアからの連絡さえ、身の危険が及ぶ可能性を考えて断っていたにも関わらず――
出会ってしまったのだ。メルヘンな天使を従えて夜空から舞い降りて来たフレメアに。

垣根「……見せつけてくれるぜ。こちとら女に袖にされたばっかだってのによ」

駒場「……俺の身内が悪い事をした」

垣根「いいって事よ。なあ――」

そこで……フレメアをキャッチした駒場が、踏み台に使われた垣根を見やり――
垣根もまた、自分を踏み台にしてまでフレメアが会いたかった男を見上げた。




114作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:37:28.39PXVe/j9AO (8/15)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
垣根「――スキルアウトのリーダー、駒場利徳よ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



115作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:38:34.42PXVe/j9AO (9/15)

~8~

駒場「……俺を知っているのか」

垣根「あんた、自分のタッパ考えろよ。そんなデカいナリしてりゃイヤでも目につくぜ」

駒場「……舶来を、案内役に使ったのか?」

垣根「よせよ。俺はテメエを消せなんてオーダーを受けた覚えはねえし、消しに来たんならもっとスマートにやる。ライオンは狩りと縄張り争い以外で無駄な殺しはやらねえもんなんだよ」

フレメア「?」

刹那、漂う緊張感が駒場より放たれたが垣根はこの夜風を受けるように涼しい顔でそれを流した。
暗部の皇帝と路地裏の帝王、街の闇と街の影に住まう者の顔合わせ。
その二人の上空を通過する、学園都市の夜間飛行船が巨影を落として行く。

駒場「………………」

垣根「そう構えんなよ。せっかく連れて来てやったドゥルシネーアがビビるぞ」

駒場「……敵でないにせよ、敵となる可能性のある者の前で開襟をくつろげて、とは行かんだろう?ましてやライオンの檻を目の前にしてはな」

垣根「学園都市っつー風車に挑むドン・キホーテっててか。安心しろ、今日の俺の役回りはロシナンテだ」

駒場「……見た目の割に教養がある事は理解出来た。あいにく、サンチョパンサも今出払っていてな。やると言うなら引く理由がないがやらんと言うなら突き進む意味もない」

垣根「お互いにな」

フレメア「?。何のお話?」

垣根「何でもねえよ」

――そう、垣根と駒場が目指す場所はある種似通っている部分がある。
駒場が『花火』を以て『学園都市の現実』に反逆するならば……
垣根が『ピンセット』を以て『学園都市の真実』に叛逆すると言った具合に

駒場が学園都市の警報レベルを引き上げて目的達成を狙うならば――
垣根は学園都市の警戒態勢を親船最中に矛先をそらせて目標達成を狙う。
どちらも『陽動と混乱の中に己の意志を示す』という点も、また。

垣根「おい、なんかおごれよ。ガキ乗せて飛んで来た運賃代わりに。初乗り一万円のところが破格の大サービスだぜ」

駒場「……初対面だと言うのに、教養はあっても常識が致命的に欠けているな」

垣根「安心しろ。自覚はある……まあ」

そして垣根は去り行く飛行船を振り返り仰ぎ見る。まるで敵を射抜くような、鋭い猛禽類の眼差しと共に――

垣根「――今日のMVPは、人をダシに使ってツラも出さねえムカつく銀月の騎士ってとこか」

この場にいない、第三者を睨み付けた。


116作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:40:33.12PXVe/j9AO (10/15)

~9~

青髪「怖あ……この距離やったら絶対見えてへんはずやのになあ……ライオン並みの鋭さやね、さすがスペアプラン(学園都市第二位)」

雲川「……で?わざわざ私をツテに貝積から飛行船を借り出してまでしたかった事が紙飛行機遊びか?伊達や酔狂にしては度が過ぎると思うけど第六位(ロストナンバー)」

青髪「その呼び方やめてえな!僕には青髪ピアスって名前があるねんよっ」クネッ

雲川「気色悪い真似をするな。だいたいそれは偽名だろう?紙飛行機の次はお前が飛びたいのか?紐無しバンジーとか刺激的だけど」ニヤリ

青髪「あっすいません僕調子乗ってました調子乗ってましたほんますいませ……ンアッー!」

雲川芹亜は首を傾げていた。帰路の途中、いきなり『飛行船貸して下さい!』と自転車を貸してくれと言われるのと同じ調子で頼まれたのである。
この――書庫(バンク)からさえ抹消された、公式に行方不明扱いになっているはずの学園都市第六位(ロストナンバー)からの依頼によって。

青髪「はひー……ふひー……し、死ぬか思うた」

雲川「(結局、私にもこいつが何者かわからないんだけど)」

雲川芹亜は学園都市上層部の内一人のブレーンという地位と人脈を持っている。
故に土御門元春のような多重スパイや上条当麻の監視役も当然知っている。
その雲川を以てしても青髪の能力も所属もは依然不明のままなのだ。

青髪「冗談キツいですわ……“サービス残業”や言うても、ここで死んだら保険とか誰が受取人なりますねん?おかん?」

そう、訳がわからないのだ。六月にバイクを盗んで停学、今日の謎の交通事故騒ぎ、先程の常盤台への根回し、今は垣根帝督に紙飛行機をぶつける事……
雲川の明晰な頭脳をして推理の糸口が掴めない。青髪が動いたという共通項しか見いだせないのだから。

雲川「話す気はないのか?先輩を使うだけ使って何も言わないとか可愛くないんだけど」

青髪「すいませんそれ無理ですわ。人に話したら“特異点”が“破局点”になるんで……今度店のフルーツサンドおごりますんで勘弁したって下さい」

雲川「メロンとラフランスもつけたら許してやるけど?」

青髪「くはー!」

かなわんなー、これでまたモンテカルロのピアスが遠のく……と青髪は歎息した。
パン屋の住み込みはもらいが少ないのだ。労力の割にと。




117作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:41:34.69PXVe/j9AO (11/15)

~10~

危なー……ほんまにケダモノ並みのセンサーの持ち主やねダークマター。
鷲の目と翼、獅子の身体を持つグリフォンっちゅうとこかな?
こない言うと格好ええけど――グリフォンには二種類おんねん。

一つは王家の財宝と紋章を守る白銀のグリフォン。
もう一つは天界の復讐の女神の馬車を引く漆黒のグリフォン。
あと一週間もしたら白銀と漆黒のグリフォンは共食いを始めんねよね。

それも独立記念日に。狙ってやったんならまるで革命家や。
叛逆と革命なんちゅうんは小萌先生の補修よろしく紙一重。
正義なんて人ぶん殴るのに都合のええ理由付けがあるかないかや。

せやけど――あの金髪ロリ小学生はまだここで死ぬ運命にはないんよ。
せやから出血大サービスでちょっとオマケさんつけてあげたかったてん。
筋書きの変わらん終わりが待っとるんやったら、せめてこないな優しい夜があったかなかったかでその後はエラい違いや。

僕は、そこんとこの感性まで機械みとうになりたあないねん。
あの最悪の魔術師で最高の科学者は僕の能力に神託機械(オラクルマシーン)なんて名前つけよったけど――
んなもん知るかい。絶滅危惧種の甘ロリ美幼女の最後の夜くらい、好きな男と一緒にいさせてあげたいやん人情的に。

なんや計算複雑性理論がどうのこうの、計算可能性理論がなんとかかんとか……
要するに僕の能力は抽象機械による預言を可能とする存在とか言う話らしい。
要するに世界の果てを見通す望遠鏡、世界の終わりを見透かす顕微鏡みたいなんが僕の能力。

戦闘力0やけど、滞空回線やの樹系図の設計者見る限りそれなりに有用な技術転用出来るみたいにやね僕の力。
そのおかげでpoint central 0のカミやんと、0次元の極点のメルトダウナーのお目付役みたいになってる。

アホちゃうか。ネクタイ締めたエラいおっちゃんらとビーカーに引きこもっとるおっさんの都合で――
人の命右から左へ流されたらたまらんわ。この街嫌いやないけどそういう所好きになられへん。
せやから足元でやいのやいの回収運動や花火や暗部抗争や起きるんや。
あの逆様の魔術師、僕の頭見て魔術的要素か?言いよるセンスが気にいらん。

まるで超機動カナミンの悪役みたいで、ゾッとせえへんわ。


118作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:43:38.47PXVe/j9AO (12/15)

~11~

ヒーローは元々悪役がおらんと存在価値も存在意義も存在理由もクソもない。
僕は――別にカミやんに学園都市やのやれ世界やのを救うヒーローになって欲しい訳でもない。
ただ一緒に補習受けて、今日みたいにご飯お呼ばれして、どんちゃん騒ぎ出来る友達やからおるんや。

なあ最悪の魔術師。自分、この間自分のいっちゃん大切な友達切ったやろ?
なあ最高の科学者。自分の命を救ってくれた恩人まで捨てたんやろ?
なあ最低の人間。AIM拡散力場の集合体にかて友達は出来るんよ?

せやから――僕は今日、敢えてフレメア=セイヴェルンが巻き込まれた事件にちょっとだけ手貸した。
あのちっこい女の子が、未だバラバラの三人を近い未来結びつける。
あんさんが馬鹿にしくさってる、『人間の絆』があんさんを討つ第一歩になんねん。

妻から娘まで捨てたあんたが、最後捨てたもんに復讐される。
唯一の助けに、無二の救いに、なったかも知らんもんにあんさんは自分で手切ったんや。
――僕は、そないなあんさんを世界で一番かわいそうな『人間』思う。

なんぼ寿命を延ばそうが、病を克服しようが、死を超越しようが――
そんなもんを生きてるなんて僕は思わへん。僕から言わせれば『死んでへん』だけや。
生きる事に前を向いてへんで、死ぬ事から逃げ回っとるだけや。

あんさんはフラスコから出たら死ぬホムンクルスや。
真理を解き明かそうが、摂理をねじ曲げようがなにしようが……
人は自分から逃げられへんよ。この甲板に伸びる、月に照らされた僕等の影みたいに。

ダークマターが僕を銀月の騎士言うんなら、あんさんは月に憑かれたピエロや。
泣き方笑い方も忘れてまうから、そないな男か女か子供か老人かもわからん顔になんねん。
帰る故郷の匂いも思い出されへん、月を足場にした可哀相なピエロ。

なあアレイスター・クロウリー。あんさんがこうやって誰かと食事を囲んだんは……
人間を超越したんやない。人間を捨てる前に過ごした人間として生きとった頃のあんたは何年前になる?
百年か?千年か?それともほんまに千七百年前から生き取るんか。

僕とあんさんの違いは、誰かと食ったメシの味を知っとるかや。
自分の手から作ったパンを食べる誰かの笑顔を知っとるかや。
笑かしてくれる友達がおるから、僕はあんさんみたいにならんのや。

あんたが捨てたもの全部抱えた男に――あんたは負けるんやで

いつの日か、必ず――




119作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:44:11.17PXVe/j9AO (13/15)

~12~

雲川「…………ほう」

雲川は青白い月を目指すように闇夜を渡る飛行船の甲板より、秋風にカチューシャで纏められた黒髪とプリーツスカートをそよがせていた。
手摺りに凭れ掛かり、珍しく糸のように細い笑い目を開いて黙り込んでいる青髪を見やりながら。
それは歎息というより感歎と呼ばれる成分が多分に含まれた、曰わく瞠目と共に吐き出されたそれ。

雲川「(男というものはどいつもこいつも、ある瞬間バチっと女を立ち入らせない時があるけど)」

それは雲川をして『無血開城』と言わしめた上条当麻もまた時折見せる横顔の評価に似ていた。
それは麦野をして『一番魅かれて、一番遠い背中』と評されるものだった。
雲川をしてさえ計れない青髪の胸の内。何年何組に属しているかさえ明かされない少女よりも謎めいた眼差し。

雲川「(まるで、届かない月に手を伸ばしている気分なんだけど)」

雲川は青白い月に向かって手を伸ばす。古来より『不可能』『ありえない』との代名詞たるブルームーンに。
広げた手指の間より射し込む月明かりに細める眼差し。そこに重なるもう手の届かない上条当麻の笑顔。
その笑顔がもう、あの暗部上がりの女のものになってしまった事を雲川は今日改めて理解した。

雲川「(私には、秋の夜が長すぎるけど)」

行くべきではなかった。常と変わらぬ飄々とした己を保つのに精一杯で。
行って良かった。最後に上条と二人ではないが皆と写真が取れて。
焼き増しを頼んだ。最初で最後の一緒に映った写真。これでいい、これでいいと自分に言い聞かせた。

雲川「(――私はこの月を、次は誰と見上げるんだろう)」

次、この月に重ねる笑顔は誰だろうと――考えた雲川の答えはもう間もなく出される事になる。
それは上条とよく似ていながら、全く異なる笑顔を宿した誰か。
生憎と、その男が背負うは月輪ではなく日輪という違いこそあれど――

雲川「フルーツサンド、ちゃんと奢れよ。約束なんだけど」

青髪「はいは~い。メロンからラフランスからチェリーまでありまっせ~」

風を受けて回るあのプロペラのように、逆風の中にあっていや増すばかりの勢いのその男との出逢いは、もう少し先の話――

雲川「――――――………………おやすみ」

空に空いた穴のような月が、瞳の中で滲んでぼやけた





120作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/15(金) 23:45:06.13PXVe/j9AO (14/15)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第四話「月に叢雲 花に風」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



121投下終了です2011/07/15(金) 23:47:08.22PXVe/j9AO (15/15)

主人公とヒロインが出てない……orz以上、ていとくん→青ピ→雲川先輩でした。では失礼いたします。よい休日を!


122VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/15(金) 23:50:18.00RQtzldPvo (1/1)


それにしてもかっこよすぎだろ、垣根さん。(この垣根さんはていとくんとは呼べない)
でも、この後、あの子とくっつくのかと思うと、にやにや笑いが止まりません。

もちろん、雲川先輩と彼も。あのカップル好きです。
根性男、今回出てくるんですかね。


123VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県)2011/07/16(土) 00:06:23.97HCISfHBHo (1/1)




124VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/16(土) 00:51:30.3243gMIgSno (1/1)

乙ー
しかしここまで「魅せる」文章もなかなか素晴らしい…

ていとくんゼニアのスーツ着てるのかいww高校生のくせにwwこちとらブリオーニのスーツ一着しか持ってないというにwwチキショー


125VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/07/16(土) 01:03:16.05BZDpiEB+o (1/1)

幻想物質って書いたら途端にキラキラしてこないか!?


おえ…


126VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/16(土) 06:21:06.77mzY97EUB0 (1/1)

おつー
金で黒ってソブラニーしかあらへんやんww
フレメアに勧めたのはカラフル?


127VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)2011/07/16(土) 20:58:15.00ROXqbWkH0 (1/1)

乙。
あれ?駒場って死んだんじゃなかったっけ?生きてたのか。


128作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 17:21:58.313guX2yCAO (1/26)

>>1です。第五話の投下は21時からになります。では失礼いたします……


129作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:05:13.393guX2yCAO (2/26)

~1~

いつだったか、この小便臭え小娘に聞かれた事がある。

御坂『どうして、アイツが危ない事に首突っ込むのを止めさせないの?』

その時は適当にあしらって鼻で笑ってやった。テメエには一生わかりゃしねーよってね。
解は心の中にあれば良い。答は胸の中にあれば良い。
私とテメエの間にある断崖に、架け変え可能な橋なんてどこにもありゃしないんだよ。

御坂『アイツの事、大切じゃないの?』

大切よ。大切過ぎて秘めた胸が息苦しくなる。大事過ぎて負った背が重苦しくなる。
何度投げ出したくなったか、何度逃げ出したくなったか、何度泣き出したくなったかわかってもらいたいとも思わない。
アイツが突っ込む首の根を押さえつけて、手足に鎖でも繋いでやれば良かったなんて地点はもう通り過ぎた。
御坂、テメエが考えたのは私が考えるのを止めた場でとっくの昔に通り過ぎた所なのさ。

麦野『私とテメエの履いてる靴の違いよ、超電磁砲(レールガン)』

当麻がそこにいるから助けるんじゃない。私がここにいるから助けるんだ。
私がいれば、死の危険がせいぜい生の困難さにまで引き下げられる。
それしか出来ないんだ。テメエが思ってるような皆救われるハッピーエンドのために、アイツが助けて回らなきゃならないストーリーに――
私は噛み砕いた奥歯ごと反吐の一つも吐いてやりたいんだ本当は。

麦野『テメエはせいぜいコンクリート踏みしめてそっから伸びてる花でも探すんだね。犬の小便ひっかかた小汚えタンポポでもさ』

私はアイツに助けを求める人間全員が大嫌いなんだ。
どうして死んで然るべき力しか持てねえヤツらのために私の男が傷つかなきゃならない。
どうしてそんな当麻を見ながら私がこそこそ陰で泣かなきゃいけない?
めでたしめでたしでピリオドの打たれた物語の後に、病院のベッドで痛みの熱と寝返り一つで開く傷口に苦しむアイツと向き合わされる私の気持ちが一体誰にわかるってんだ!!

御坂『――最低』

私が当麻の傍にいるのは、私自身が当麻から逃げ出さないためだ。
私は二度と助けられる側に回らない。例え私であったとしても。

麦野『はっ、ご愁傷様』

――誰かを救って回るこいつを、もう誰かが守ってあげたっていいでしょう?
でもね御坂……あんたじゃダメだ。あんただけはダメなんだ。これだけは譲れない。

例え……最も敵に近い私の――――と認めていても




130作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:05:43.723guX2yCAO (3/26)

~2~

御坂「ん……」

『押さえつけられたものは必ず反発するわ自由を求めるのが人間の性だもん。いくら頑張って良い子ちゃんしてても、悪い子をねじ伏せることはできないの……』

麦野「どうしようもねえビッチだなこいつ。どうにかしてやりなよチャックさん」

御坂「……あれ?」

日付が24時に差し掛かる頃――御坂美琴は麦野沈利の部屋のベッドにて目を覚ました。
その寝ぼけ眼に最初に飛び込んで来たのは見知らぬ天井ではないクイーンサイズのベッドの天蓋。
そして大画面のテレビに映る海外ドラマと思しき映像の光が、水の入っていない水槽に反射されて目映いほどだった。

御坂「……ここ、どこ?」

麦野「あん?もう目が覚めたの?」

御坂「……第四位?」

麦野「朝まで起きないもんだと思ってたのに」

そして――半身起き上がらせた御坂が次に目にしたものは、ナイトガウンを羽織ってソファーの肘掛けにて頬杖をついている麦野の後ろ姿だった。
室内はテレビ以外の光源と言えばバースタンドの柔らかな光のみ。
上条家とは対照的な、まるでホテルの一室のような生活感のない部屋の中にあって――
御坂美琴は、先程上条宅でも感じた麦野の香水の匂いを部屋に感じた。

御坂「ここどこ……私どうして……第四位、あんたの部屋?」

麦野「……第四位なんて、他人行儀な呼び方しないで」

御坂「え゛」

麦野「さっきみたいに……“沈利”って呼び捨てにして欲しいにゃーん?」

御坂「」

が……それも束の間、脳が覚醒に伴う正常な動作を開始するより先に放たれた麦野の一言に御坂は凍りついた。
言わば立ち上げ段階にあってフリーズしたパソコンの白いウィンドウのように。
対照的に麦野は鉤のように折り曲げた人差し指を口元に当てて恥じらうようにし――

御坂「は……はは、あんた何言ってるの?寝ぼけてるの?」

麦野「……ええ、夢みたいな一時だったわ」

御坂「」

麦野「御坂……いえ“美琴”があんなに情熱的だったなんて……私、私もう男に戻れない身体にされちゃったかも……」

御坂「」

麦野「ほら……その証拠に」

そこでついと麦野が口元に添えていた人差し指を御坂へと差し向ける。
それに御坂も合わせて視線を向けると――そこには

御坂「きゃああああああああああああああああああああ!!?」

御坂の可愛らしい遅咲きの桜がこんにちはしていた。全裸で。




131作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:07:46.963guX2yCAO (4/26)

~3~

麦野「すごかったわあ……さっきのあんた」

御坂「いや!いや!!いやああああああああああ!!!」

麦野「いきなり押し倒されて、唇奪われて、痛いくらい胸触って来て……」

御坂「聞きたくないー!知りたくないー!!」

麦野「イヤだって、私何度も言ったのに……」

御坂「嘘って言ってよ第四位!嘘だって私に信じさせてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

麦野「“沈利、私のものになりなよ”って……あんな風に言われたら」

御坂「そのネタはやめて!マジで怒られるからやめて!!本当にシャレにならないからもうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

嘘だと言ってよバーニィ!とばかりに耳を塞いで枕にヘッドバンキングを繰り返す御坂。全裸で。
断っておきたいがここは上×麦スレである。断じて濃厚な麦×琴スレなどではないし交差もしなければ物語も始まらない。
そんな事をすれば作者は得をするがR指定のライブがレッツパァーリィ!奇蹟のカーニバルが開幕してしまうので書かない。
世の中美しければそれでいいとは限らないのだ。

麦野「全部本当の事よ美琴……ひどいじゃない、あんなに情熱的に舌入れてきたのに」←嘘は言っていない

御坂「うっ、嘘よ!あんた私をハメようとしてるのよ!!そうに違いないわ!!!」

麦野「あんなに激しく、腫れちゃいそうなくらい私の胸おもちゃにしたくせに……」←嘘は言っていない

御坂「」

麦野「……いいよ。一人で産んで育てるから……その代わり、美琴の名前、一文字もらっていい?」←嘘をついている

御坂「女同士で子供作れる訳ないでしょうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

麦野「ちっ、思ったよりノッてこねえな。つまんねーこいつ」

御坂「あんたってヤツはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

種が弾けそうな勢いで怒り狂う御坂。しかし全然怖くなどない。
一応下は穿いているが、手ブラするまでもない身体付きに思う所など何一つありはしないのだ。

御坂「早く!早くなんか着るものちょうだいよ!!」

麦野「口からクソ垂れる前にsir,をつけな、このウジ虫が!」

御坂「早くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

この二人がセリーナとブレアのように分かり合える日など来ないのである。恐らくは半永久的に。




132作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:09:04.113guX2yCAO (5/26)

~4~

御坂「本当にすいませんでした……」

麦野「……カップを取り違えた私も悪かった。けどそれとこれとは話が別だ。わかるね超電磁砲(レールガン)」

御坂「はい……」

麦野「秋物の新作にすっぱいレールガンぶち撒けやがって。どう落とし前つけてくれんだ」

御坂「言葉もありません……」

麦野「まあ……もう良いんだけどさ。私も出来るもんなら忘れたい。色々と」

タクシー待ちの最中、嘔吐した御坂により麦野のトレードマークでもある秋物らしい明るい色の半袖コートはその短い生涯を終えた。
その一方で常盤台のブレザーもかなりの被害を被り、麦野は御坂が寝ている間にシャワーで水洗いしていたのだ。
本当は焼き捨てるなりしたかったが――美鈴から頼まれた手前思い止まったのだ。

麦野「じゃあ、本当に何も覚えてないのね?」

御坂「うん……全然」

麦野「(まあ覚えてたら私の顔真っ直ぐみれねえよな。私だって目合わせたくないし)はい」

そう言いながら麦野は冷蔵庫からソルティライムを取り出して御坂に後ろ手に放った。吐いた後の水分補給である。
本当ならば吐く前にポカリスエットなりアクエリアスなり飲ませれば全く苦しまずに吐けるものだが間に合わなかったのだ。
それを受け取った御坂はキス魔に変身した事も美鈴の事も覚えていないらしい。

御坂「あっ、ありがとう……(……なんかさっきまでより優しくない?)」

麦野「(とぼけたガキね。親の顔が見てみたいもんだわ。もう見たけど)」

御坂「(意外と家庭的だし、もしかして面倒見いいんじゃ……)」ジー

麦野「(なにガンつけてんだ殺すぞ)どうしたの?」ニコッ

御坂「な、なんでもないっ。それより、ふ、服洗ってくれてありがとうね?汚いの触らせちゃって…本当にごめん(あっ、やっぱり笑うと本当に美人なんだこの人……)」ニ、ニコッ

麦野「どういたしまして(なにニヤニヤしてんだブチ殺すぞ)」ニコニコ

御坂「(そ、そうよね……本当に悪いだけのヤツなんていないもの)」ニコッ

また麦野も言わない。キス魔の件は冗談としてお茶を濁し、美鈴の件は伏せておいた。
せいぜい次に親と顔を合わせた時に大恥かきな、という悪意を秘めた笑顔である。
騙されるな御坂。落とし穴の上には金貨が置かれているものだ。と




133作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:11:13.193guX2yCAO (6/26)

~5~

♪とぅるるるるるるるる♪

麦野「あっ、風呂湧いた。今準備するから、終わったらあんた先入って」

御坂「えっ、い、いいわよそんな私は後で!」

麦野「私、牛乳風呂派なのよね。後で片付けとかあるし、それに……」

御坂「それに?」

麦野「……なーんかまだゲロ匂ってる気がしてイヤなのよねー。だからさっさとしてくんない?」

御坂「(うっ……確かにそんな気もする……けどもう少し言い方ってもんがあるでしょデリカシーないわね!)」

麦野「ほれ。これ使っときなさい」ポイッ

御坂「え」

麦野「あとお前が着れそうな寝間着とか捜すからこのガウンでも巻いてて」バサッ

と、湯沸かし終了を知らせるメロディが流れると麦野がソファーから立ち上がり、御坂に茶色い買い物袋を投げ渡した。
女性用下着と歯ブラシ他etc.のお泊まりパックである。
美鈴とタクシー待ちの間ミネラルウォーターを買いに入ったコンビニで調達したらしい。

御坂「……ごめんっ!!ありがとう……!本当に……何から、何まで――」

麦野「――ふん」

鼻を鳴らすか鼻で笑うようにベッドで布団を鎖骨辺りまで覆い隠す御坂に一瞥を送ると麦野は冷蔵庫からムサシノ牛乳片手に部屋から出て行った。
一人取り残された部屋のテレビにはアッパーイーストサイドの学生らがしっちゃかめっちゃかの乱痴気騒ぎが繰り広げられており――
薄暗い部屋と相俟って、どうやら主人公の親友が恋人にふられたらしく、ヤケになって今まで毛嫌いしていた男と寝たシーンのようだった。

御坂「(……もしかしなくたって、本当に優しい人じゃない)」

思わず申し訳ない気持ちに御坂はやや沈んだ。ある種最もこの手合いの立ち振る舞いから遠い麦野からの気遣いである。
人間とは不思議なもので、善人が一回悪い事をすれば評価がガクンと下がる反面、悪人が一度良い事をすれば評価が上向くのである。
それもストレートにではなくやや変化球気味に放られた善意に、御坂はあわやミットで受け取るのを持て余したほどに。

御坂「(……私、もしかしてあの女の事誤解してたのかな?)」

もちろん誤解は誤解である。麦野は断じて善人ではないし善人と言うカテゴリーに入れられる事を何よりも嫌うのだから。


134作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:11:39.613guX2yCAO (7/26)

~6~

御坂「……アイツの部屋と、同じ匂いがする……」

当然、麦野が通い妻している上条の部屋の匂いと多少似通っていても不思議はない。
御坂は手渡されたソルティライムと一緒にその苦い思いを飲み込んだ。
今日とて満足に話も出来なかった。お食事会は楽しいものだったがなにぶん人が多かったし、何より麦野が絶えず傍らにいた。
千載一遇の好機なれど、千丈の堤に蟻穴を開ける事すらかなわない。

御坂「アイツもやっぱりこの部屋に来るのかな?」

キュッとソルティライムのボトルキャップと共に御坂は己の落ちそうな気分を締め直す。
当たり前と言えば当たり前だ。認めたくない現実とは裏を返せば変えられない事実。
御坂とてわかっている。二人は恋仲なのだ。それもただ単に砂糖と蜂蜜と煉乳を纏めて垂らしたような間柄などでは決してない事も。

御坂「(……アイツもこのベッドであの女と寝たのかな……ってダメダメ!ダメダメダメダメそんな事考えちゃ!!)」

バスンバスンと罪無き布団を撲殺しながら御坂は溶鉱炉のように赤くした顔をイヤイヤしつつ悶絶していた。
先程の軽いベッドシーンを見たためかイヤでも頭をよぎる想像。
御坂とて男女の付き合いを知らないほど純粋培養のお嬢様育ちではないが深く深く知るほどでもない。

御坂「(くっ……考えれば考えるほど死にたくなるけど……あっ、愛があれば……そ、そういう事もあるわよ……ね?)」

少なくとも愛の延長上にある行為と捉えているが、その着地点そのものが麦野のファールラインとの間に大きなズレがあるのだ。
麦野のそれは御坂の考えているような優しくて美しい愛情の発露などでは決してない。
もちろんない訳ではないがもっともっと女としてドロドロしている。

御坂「(……ま、まだ中学生だもん私……)ん?何これ」ゴロゴロ

と――その煮えたぎるドス黒いマグマのような麦野のベッドにあって転がる御坂の膝小僧に当たったもの……
それは、汚くはないがずいぶんくたびれたクマのぬいぐるみであった。
それもシャケよりラベンダー畑のハチミツが好きそうな可愛らしい茶色いクマ。

御坂「ふふふ……なんだ、可愛らしいところあるんじゃない第四位。くくくっ……年と顔の割にねー」

思わずぬいぐるみを持ち上げ、高い高いする。幼子がそうするように




135作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:14:46.693guX2yCAO (8/26)

~7~

御坂「Pさんでしゅ!ハチミツと著作権が大好きでしゅ!ぷぷぷ……」

ぬいぐるみと言うと以前会敵した『アイテム』の面々の一人のサバ缶女や、実験関係の書類を隠していたスカーフェイスのぬいぐるみを思い出すが――
御坂とて麦野を馬鹿に出来ない程度にこういうものが好きだった。
ゲコ太から始まるキャラクターものに限らず、可愛いものは可愛いのだ。

御坂「……ねえー。あんたのご主人様ってイイヤツ?ワルいヤツ?」

裏声「ワルいヤツでしゅ!ワルいヤツでしゅ!」

御坂「そうよねー……高慢ちきだし、鼻っ柱強いし、いっつも上から目線の見下し口調だし」

裏声「性格ワルいヤツでしゅ!根性ワルいヤツでしゅ!ついでに意地ワルいヤツでしゅ!」

御坂「あんたも苦労するわねー……」

御坂は考える。上条は麦野のどこを好きになり何を愛しているのか。
それはあの冷たくも美しい顔立ちなのか?それともあのプロポーションなのか?
性格はあえて除外した。何故なら把握出来ないからだ。

卑猥な罵倒を人目もはばからず張り上げるかと思えば、先程のロシアンティーの時に見たようにカップの取っ手に指を通さない程度に品というものを知っている。
家庭的な料理を鮮やかな手並みで作る傍ら、容赦も躊躇も微塵もない暴力を振るう事を厭わない面もある。
上条の頬にキスするシーンを見られてテンパるかと思えば、同じ墓に入る事を決めたような表情もする。

御坂「……さっ、さっき……アイツの頬に……ちゅ、チューな・ん・て・し・て・え~~!!」

と思い返せばキッチンでのキスの光景に歯噛みせずにはいられなくなる。
8月27日の遭遇戦の際は思いっきり当てこすりのキスだったから良くないが良かった。
逆にああいうナチュラルなイチャつかれ方の方が腹が立つのだ。そこで……

御坂「た、確か……左のほっぺ……だったわよね」スッ……

おい

御坂「な……なによ……あれくらい、あれくらいなんて事ないわよ!」ググッ……

おいクソ御坂

御坂「こ、こうやって……振り返った時に……当たるみたいに~~……」グググ……

私のクマにゲロ臭い口でキスすんな!おい!!

御坂「ん~~」チュ~~

御坂ァァァァァァ!!!

御坂「!?」

――そこに、まだ中身が残っているムサシノ牛乳のプラスチック瓶をブシュウッ!と握り潰して仁王立ちしている――

麦野「……なにしてるのかにゃーん?」

人の形をした鬼がいた。


136作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:15:33.913guX2yCAO (9/26)

~8~

御/坂「」

麦野「ったく……涌いてんのか?なあおい涌いてんだろ御と坂」

ゲコ太パンツ一丁でカーペットに転がる御と坂をまるで虫螻にそうするように見終ろす麦野。
犯られたのではなく殺られたのか、ピクリとも動かない。
あまりに恥ずかしいシーンを見られ人間として考える事を止めてしまったのかも知れない。

御/坂「い、いつから……」/「見てたの……?」

麦野「子役時代のマコーレ・カルキンばりにはしゃいでた辺りからずっと」

御坂「………………」

麦野「何が第三位だ!ぬいぐるみ相手にチュッチュッチュッチュッとキスの練習かあ?それこそ家帰ってやれこのボケが!!」

御坂「言わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

フローリングにこぼしたムサシノ牛乳を丁寧に拭き取る傍ら、奪還したクマのぬいぐるみをソファーに置く。
お気に入りのカッペリーニに汚れを落としたくないのか、御坂は赤絨毯と貸したスペースに放られている。
もぞもぞと青い毛布ならぬ黒いガウンを羽織りながら御坂はかぶりを振った。こんな事言いふらされては明日から学園都市を歩けなくなってしまう。

麦野「いーやダメだ!言うね!!ぬいぐるみにキスの練習だあ?カマトトぶってんじゃねえぞこの中坊が!!」

御坂「う、うるさいうるさいうるさい!いい年こいてぬいぐるみ離れ出来ないイタいオバサンに言われたかないわよ!!」

麦野「オバサン?オバサンっつったかコラー!!」

御坂「オバサンにオバサンって言って何が悪いのよー!!!」

麦野「二回言ったかオラー!!!!!!」

そこで掴み合いである。高3十八歳VS中2十四歳のキャットファイトである。
御坂の両頬を引っ張る麦野、麦野の髪を引っ張る御坂。
どっちも親が見れば育て方を振り返らざるを得ない醜態である。

麦野「だいたい私は18よ!無敵の未成年様なんだよ!!」

御坂「嘘吐きなさいよ!!あんな強そうなお酒ガバガバ飲んでて……ああごめん年齢認証顔パスなんだごめーん」

麦野「(ピキッ)食いでのねえバターロールみてえな胸ぶら下げて粋きがってんじゃねえぞこのガキが!!」

御坂「(ブチッ)私はこれから大きくなんのよ!垂れてくあんたと違ってねえ!」

麦野「……もう取り消せねえぞ!!」

御坂「誰が!!」


シュクレ・ド・フランスVSバターロールの醜い争いである――




137作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:16:39.483guX2yCAO (10/26)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第五話「暗闇でドッキリ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



138作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:18:45.813guX2yCAO (11/26)

~9~

禁書目録「静かだね……」

上条「ああ、みんな帰るとより実感するよなー」

禁書目録「(ふふふ、たんぱつはしずりのところ……だから今日はとうまにいっぱい甘えん坊出来るんだよ!)」

上条「(麦野のヤツ、本当に大丈夫かな……いや、んな事言ったらビリビリも違った意味でやべえかも……)」

禁書目録「ねえねえとうま?私今日すごーく頑張ったよね?お皿洗いもしたよね?エラい?私ってエラい?」

上条「(あの二人すっげえ仲悪いんだよなあ……出会った時が出会った時だったし、それ考えれば随分進歩した……よなあ?って上条さんは思う訳ですよ)」

禁書目録「とうま?ねーとうまとうまー」

上条「(つっても麦野って基本的に誰でもああだしな……なんだかんだ言って話しかける分、ビリビリはちゃんと相手として認識されてるって事だし)」

禁書目録「とうま聞いてるの!?」

上条「(姫神が家に来た時は結局最後まで名前呼ばなかったし覚えなかったし……大覇星祭の時なんて吹寄の事ずっと無視してたし、オルソラはめちゃくちゃ苦手なタイプっぽかったし、アニェーゼ本気で殺そうとしたし……おっかしいなあ。あのサバ缶の娘とかジャージの娘とか、絹旗なんかとかとは仲良いのにな)」

一方その頃……上条当麻は散らばったトランプを片付けつつその中から先程雲川が言及した『死者の手』なるツーペアを作り上げていた。
スペードとクローバーのAと8。何でも雲川曰く『有名なガンマンがこの手を作った酒場で撃たれて死んだ』らしい。
そんな不吉極まりない手役が果たして誰にその後ろ向きの祝福を授けるのか――

禁書目録「とうまー!!!!!!」ガブー!!

上条「んぎゃああああああああああ!?」

禁書目録「これは仕方無いよね!?これは噛まれても仕方無いよね!!?」ガブガブ

上条「何がどうしてどうなってどうやれば上条さんは噛まれなければいけないんでせうかインデックスさーん!!?」

禁書目録「こんなに近くで話し掛けてるのにお返事出来ないカニミソ頭なんて食べられてしまえばいいんだよ!!」ギリギリ

上条「不幸だー!!!」

まずそれは上条の頭上に降りかかる形で訪れた。
それはこの季節になれば実り始める毬栗を踏みつけて割るが如くのバイティングである。
人はそれを自業自得と呼び、多分に漏れず上条にもそれは当てはまった。




139作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:19:14.773guX2yCAO (12/26)

~10~

禁書目録「………………」ツーン

上条「い、インデックスさん?」

禁書目録「………………」フーン

上条「おーい、インデックスー」

禁書目録「………………」プイッ

上条「(仕返しのつもりか……ってこれは俺が悪いよなあ、俺が……)」

万力で締め上げるかのような噛みつきを一頻り終えた後、インデックスは元ベッドが置かれていたスペースで膝を抱えてどんよりした暗雲を立ち込めさせていた。
悪気はなかったのだが結果としてインデックスを無視し続けた事による無言の抗議である。
その背中には『聞こえないんだよ、ふんだ』とばかりに黙殺を決め込んでいる。

禁書目録「(とうまの馬鹿っ。もう知らないんだよ)」

のの字こそ書かないもののカーペットの繊維を指でなぞるインデックスの眼差しは僅かに潤んでいた。
彼女はただ、上条と一緒に過ごせる夜を大切にしたかっただけなのである。
別に会話に建設的な内容などなくたって構わないのだ。それこそ、明日の天気の話であっても。

禁書目録「(またしずりの事考えてたに違いないんだよ……とうまはそういうの全部顔に出るタイプだから……だから、イヤでもそれが私にはわかっちゃうんだよ)」

誉めてもらいたかったのだ。頭を撫でてくれるだけでも良い。ただ構って欲しかっただけなのだ。
インデックスはやっと失敗せずに出来るようになったトーストと、それに何かを挟んだり乗せたり塗ったりしか出来ない。
インデックスが皿洗いを覚えたのは、麦野のように料理を作れない自分なりの仕事作りなのだ。

禁書目録「(しずりが離れてても、心がすふぃんくすが咥えたちくわみたいに離さないんなら、それはとっても悲しい事なんだよ)」

インデックスは麦野が嫌いではない。自分に初めてご飯を食べさせてくれ、ステイルと命懸けで戦ってくれた。
むしろ人情としては上条の次に大好きな人間である。
しかし――否応無しに隔たる、女としての差が歯痒くてたまらないのだ。どうしようもなく。

禁書目録「(とうま、早く前に回り込んでよ。ごめんね、って言ってくれないと私もごめんね、って言えないんだよ)」

そしてインデックスはコルクボードに貼られた写真の一枚……初めて三人で映ったそれを見上げ――


140作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:21:19.433guX2yCAO (13/26)

~11~

私はずっとしずりがうらやましかった。私はずっとしずりがねたましかった。
しずりは綺麗なんだよ。スタイルだって私じゃ全然適わない。
ぶっきらぼうで男勝りで蓮っ葉なで……でも、本当は不器用で傷つきやすい女の子なんだよ。
料理だってお店に出て来るみたいに美味しいし、私は覚えてないけど『お母さん』みたいに世話を焼いてくれるかも。

しずりがもしそれだけの女の子なら私は嫉妬しないんだよ。
私が嫉妬するのは……私が悔しいのは、そんな努力すれば私にも出来る事の中になんてないんだよ。
しずりが最初からとうまの恋人でも、それだけなら私はこんなに苦しくないかも。



――だって、しずりはとうまのために戦える『力』があるから。



すていると初めて戦った時、私はしずりの超能力を『光の魔術師』だと思ったんだよ。
どんな壁やビルだって吹き飛ばせる。殴ったり蹴ったり走ったりするのだってとうまより全然強い。
魔術の事が全然わからなくても、『あんぶ』にいた人間だから悪い人の考える事がわかるって。
悪い人の行動を先読みして先回りして先手が打てるって。



――私には、魔術が使えない。逃げるのは得意だけど戦えない。完全記憶能力で何でも覚えられるけど悪い人の考えは読めない。



しずりは言ってた。自分は人喰いライオンだからって。
強者の知識を守る敬虔な子羊の私にそんな事真似しなくていいって。
しずりがしてる事を、私が覚えたらとうまがすごく悲しむって。

しずりが戦えない子で、それでもとうまの恋人って言うだけなら私は嫉妬しない。
私は魔術サイドの中で、必要悪の教会の魔術師として……とうまのパートナーになれれば良かったかも。
恋人に『心』を持って行かれても、私はパートナーとしてとうまの『命』を守れる子になりたかったんだよ。

しずりが恋人でも、パートナーでも、それこそ最初からいなかったとしたら――
私はもっとぐうたらしてただとうまのそばにいられる……
そんな幸せにただひたっていられる大食いの女の子でいたかも知れないんだよ。
でもそうはならなかった、ならなかったんだよ。

ズルいんだよ。恋人として勝てない、女として負ける、パートナーとして追いつけない、じゃあ私はどうしてここにいるの?
私はとうまの側にいたいだけなのに、もうどこにも座れる椅子がなかった。

だから一度――言っちゃいけない事を、私はしずりに言ってしまったんだよ。




141作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:22:21.823guX2yCAO (14/26)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
禁書目録『―――私の“何度目”かの“初恋”を殺さないで!!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



142作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:23:51.613guX2yCAO (15/26)

~12~

私には一年前からの記憶がないんだよ。だからもしかしたら私がすているに恋をしていたかも知れない『私』もいたかも知れないかも。
もしかして、私のために世界を敵に回してまで愛してくれた人を好きになった『私』がいたかも知れないんだよ。
その前も、今の『私』の知らない『私』が愛していた人が……『初恋』があったかも知れないんだよ。

麦野『………………』

しずりは、泣いてるみたいに笑って、笑ってるみたいに泣いて――
言っちゃいけない事を言った私を、それでも抱き締めてくれたんだよ。
『あんたが泣いてるから』って、ずっと。私もしずりもそれをとうまに言わなかった。
だからその時、私は誓ったんだよ。きっと何人か前までの『私』が、見捨てられた事を呪ってたに違いない神様に――



――――――私は、とうまとしずりの『家族』になる――――――



全部の椅子がとうまとしずりが座ってしまっているなら、私は二人の膝の上に乗るって決めたんだよ。
それが爪も牙も翼もない羊の私が選んだ、自分で決めた道。
恋人になれない、パートナーになれない、そんな私の選択肢は、きっと消去法の上に成り立つたった一つの冴えたやり方。

私には家族の記憶がない。しずりは家族に嫌な思い出しかないって言ってた。
お金持ちの家に生まれて『利』が『沈む』なんて名前つけられたらだいたいどういう子供だったかわかるでしょ?って。
だけど――とうまには家族との思い出がたくさんあるんだよ。優しいお父さんと綺麗なお母さんがいるんだよ。だから



上条『――なら、いっぱい写真撮ろうぜ。それなら例え自分一人だけ忘れちまっても形に残るし、いつだってみんなで分けあえる……だろ?』



そうとうまが言ってくれた時、とうまが『でじかめ』って言うの買って来てくれた時、初めて写真を私達を撮ってくれた時――
私は泣いたんだよ。とうまは何があったってオロオロして、しずりは私はギュッとしてくれて『テメエのせいだこの女殺し、責任取れ鈍感野郎』って笑ってたんだよ。

それが、私達が『家族』になった日。今でも忘れられないあの夏の日。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私が、自分の幻想(いばしょ)を見つけた日――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



143作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:27:13.143guX2yCAO (16/26)

~13~

シュンシュンシュンシュン……

上条「あーやっちまったー……失敗だ」

禁書目録「?」

――と、物思いに耽って部屋の片隅にこもっていたインデックスの……
耳に届くはヤカンの湯沸かし音。部屋に響くは上条の声。
何やらキッチンにて何かを作っていたようであり――
インデックスは振り向かずともその正体が匂いでわかった。

上条「参ったなー……間違えた」

禁書目録「(……カップラーメン……)」

それはキッチンの灯りの下、湯気を立てて注がれていくスーパーカップ2.0全部いりのとんこつラーメン。
猟犬部隊の嗅覚センサーもたるやというインデックスの食への妄執を擽るに足る、プルースト効果さえ及びもつかない香りの暴力。

上条「ちょっと小腹空いたからってつもりだったんだけどなー……インデックスー?」

禁書目録「……なあに?」

上条「――悪いんだけどさ、これちょっと食うの手伝ってくれねえか?多分っつーか絶対食いきれない」

禁書目録「……しずりが、夜食べたら太るしきりがないからダメって言ってたんだよ」

麦野、インデックスを含めた上条家のルールの中の一つには『夜食禁止』というものが存在する。
一度インデックスがそれを破った時、麦野の手により冷蔵庫に電子ロック式の鍵が取り付けられ夜間の開け閉めが一週間出来なくなった事がある。が

上条「――いいぞ?なんせ俺がルール破っちまったんだ。俺が許す!」

禁書目録「……共犯?口止め?買収?」

上条「いやいや、手伝ってほしいんですよ上条さんが。このままじゃ捨てちまう事になるしな。そんなもったいねえ事したらお百姓さんに申し訳が立たねえよ」

インデックスは知っている。まずスーパーカップなどと言う大物を他の製品と間違う事など有り得ない。
インデックスは知っている。お百姓さんはカップラーメンなど作ったりしない。
インデックスは知っている。つい先程まで麦野のご飯で上条はお腹いっぱいで動けないとダラダラしていたのを。

禁書目録「(――馬鹿っ)」

そんな初歩的な手で釣るなど誰が乗ってやるものかと思ったが――
女が損ねて斜めにした機嫌をどう直したものかもわからない少年の……そういうところが、そういうところが――

禁書目録「仕方無いなあとうまは。ほらっ、持ってくるんだよ!」

上条「へいへい」

―――ただのカップラーメンが、とてもあたたかそうで―――


144作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:27:47.623guX2yCAO (17/26)

~14~

上条「やっぱとんこつが一番上手いよな!」ズズー

禁書目録「音立てて食べたら下品なんだよ!」ズルズル

上条「郷に入れば郷に従って下さいよインデックスさん。ここは学園都市で上条さんは日本人なんだから。それにお前だって啜ってんだろ?」

禁書目録「と、とうまに仕方無く合わせてあげてるんだよ!……チャーシュー、もらっていい?」

上条「いいぞ。食え食えー」

一つのスーパーカップを、二つの箸で手繰る二人。
とは言っても上条が2、インデックス8の割合いでのペース配分だが――
インデックスが独占するでもなく、上条が器を2人分出すでもない。

上条「ラーメンの汁に冷えたおにぎり入れると、急いで食わなきゃいけない時も適応になって食いでがあるんだぜ」

禁書目録「そうなの?」

上条「ああ、お前らが来てくれるまでずーっとそんな感じでしたよ。上条さんのメシは」

禁書目録「……なんだか美味しいけど、それって寂しいね」

上条「学園都市に住んでるヤツなんてだいたいそんなもんだってみんな。ただ、本当に寂しい時なんか誰か誘って食いに行ったり、今日みたいに友達呼んだりもしてたんだ」

禁書目録「……今は?」

上条「ん?」

禁書目録「今は寂しくない?」

上条「そうだなあ……」

一足先にごちそうさま、と割り箸を置いて上条が寝転がる。
両手を頭の後ろに組んで天井を見上げ、昔を懐かしむように。
そう――運命を打ち破り、インデックスと麦野と共に守り抜いた己の『記憶』を

上条「――そりゃ、お前や沈利がいるからさ」

禁書目録「うん」

上条「でも――さっきは寂しかったかな?」

禁書目録「?」

上条「呼び掛けても、部屋のどこからも返事かえって来ねえのってさ、寂しいよな」
禁書目録「……とうまが悪いんだよ」

上条「ああ――ごめんなインデックス。さっき俺が感じたのと、同じ寂しい思いさせちまって」

禁書目録「……馬鹿っ」

上条「だよなあ。おかげで今日もまた補習食らっちまったぜ。トホホ……」

スフィンクス「にゃー」

寝転がりながら丸まったスフィンクスをいじると、スフィンクスが眠りを妨げられ迷惑そうに一鳴きしした。
それを――インデックスは目を細めて見やった。

禁書目録「……馬鹿っ」




145作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:30:40.453guX2yCAO (18/26)

~15~

禁書目録「(嗚呼――しずりも私も、とうまのこういうところが……)」

麦野をして頭が悪い・気が利かない・言う事を聞かない・鈍感……
シャツがシワになるのにほったらかすとアイロンもかけずに学校に行く、本を読んで仕舞わず積みっぱなし。
今だって食べてすぐ横になる面倒臭がり屋。なのに――なのに

禁書目録「(……好きになっちゃって、嫌いになれないのかも……)」

普段どんなにだらしなくても、一番欲しい言葉と一番大事な時に駆け付けてくれる……
曰わく、『こいつは私がいなくちゃダメだ』と『私はこいつがいなくちゃダメだ』の二重の恋情。

禁書目録「――ごちそうさまっ。とうま!」

上条「おお?」

禁書目録「食べたらあったまってちょっとうとうとして来たから、私もゴロゴロするんだよ」トッ

上条「へいへい。甘えん坊さんだなーインデックスは」

ヒョイと枕代わりに出される右腕。いつもならば麦野の指定席でインデックスは左腕か胸板だが今日は別だ。

禁書目録「……私も、しずりも、もう寂しくないよ?」

上条「……ああ!」

インデックスは御坂の伺い知れない部分まで麦野を知っている。
それは麦野が背負う重圧、重責、重任を理解しているという事に他ならない。

麦野『一番じゃないと、耐えられないんだ』

それは女同士の間に結ばれた上条の知らない秘密協定。
麦野は一番に選ばれたという揺るぎないものを支えに上条の命を守っている。
インデックスはそんな上条を護る麦野を守る。

禁書目録『――じゃあ、とうまの事を頼むんだよ。私の分までね』

一番でなくては耐えられないというのは一番でないと我慢出来ないのではなく……
一番でないと上条を支える麦野自身を支えられないのだ。
故にインデックスはともすれば塞ぎ込み思い詰めそうな麦野の荷を軽くする。
上条当麻という愛した男を共に守るために。

麦野『私達って』

禁書目録『似てるね』

恋した少年のため、愛した男のため、最凶の魔術師と最恐の超能力は双翼の協定を結んだのだ。
その二人を無自覚の内に護るは最弱(さいきょう)の無能力者、神浄討魔。

禁書目録「……ねむねむ」ウトウト

家族としての深い絆、女としての強い繋がり。
麦野がインデックスを傍らに置き、御坂を側に寄せ付けないのはそう言う理由である。

禁書目録「あったかいんだよ……」スー……

そして聖女は現に微睡む。浅き夢の畔にて――


146作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:31:15.193guX2yCAO (19/26)

~16~

御坂「痛たたた……よくもやってくれたわね。痕残ったらどうすんのよ」

受け皿のようにした掌よりすくう牛乳風呂の白い湯が、開いた指の先から股にかけてトロトロと流れ行く。
それを引っかかれた肩口に注ぎ、塗り込むようにさする華奢な二の腕。
かけた湯が薄く窪んだ鎖骨に溜まり、音もなく小振りな胸を濡らす。

御坂「本当に乱暴な女……もう山猫ね山猫。ヒリヒリするったらありゃしない」

美少女と美少年の狭間にある、少女から女への過度期にあるシャープな輪郭を伝う汗。
濛々と浴室内に立ち込める湯気に、前髪が張り付いた額をあげるようにして御坂は猫足バスタブの中より天井を仰ぎ見る。
湯船から顔を出す可愛らしい膝小僧を伸ばし、バスタブの縁に肘を置いて頬杖をついた姿勢で。

御坂「(やっぱりアイツがあの女のどこを好きになったか全然わかんない)」

特濃・成分無調整のムサシノ牛乳によって埋められた湯。ややもすると少しぬるく感じられるそれ。
神代の頃よりクレオパトラが愛用していた牛乳風呂の、自身の体温より三度ほど高い湯の中御坂は思いを巡らせる。
効能は肌理細やかな肌を生み出す美容と、不眠症の改善。そしてそれを必要とする――
つい先程まで取っ組み合いの喧嘩をした麦野沈利という人間とに。

御坂「(何であんなヤツ……)」

白薔薇の花片を浮かべたような湯に口元まで身を沈めながら御坂は心中にてボヤく。
自分がもし男だったならあんな女頼まれたって願い下げよ!と。
もちろん御坂とて麦野が上条と、それ以外の人間に接する事細かな差異を理解している。例えば――

御坂「(私だって……)」

例えば麦野は、御坂とインデックス以外の女性の名前を決して呼ばない。
そして会話の輪には加わり、合いの手は入れるが誰かに語り掛ける事がない。
表面上はあまり気がつかないが、顔を何度か合わせる内に気づいたのだ。
それを知った時、御坂は空恐ろしいものが身体に走るのを感じた。

御坂「(アイツと……)」

例えば麦野は、上条を『かーみじょう』と呼ぶ時は巫山戯けたりからかうゆとりがある時である。
『当麻』と呼ぶ時の言葉に偽りはないと感じられる。
そう――あの女は、自ら作り上げたこだわりというより……
ある種のルールを己に課しているように感じられるのだ。
上条と自分とそれ以外の人間に対する折り合いのように。




147作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:34:01.393guX2yCAO (20/26)

~17~

食蜂『あの娘は椅子の子供、貴女は梯子の子供、それが貴女達の女子力とか人間力の差じゃなぁい?違うー?違わないよねぇー?』

いつだったか、『常盤台の女王』食蜂操祈が街中で出会した麦野と御坂のいつもの喧嘩を目の当たりにしたらしく……
それを評して二人の関係性を椅子と梯子になぞらえた事があった。
女王とエースを隔てる絶対的かつ絶望的な違い。それは生まれついた育ちにあると

食蜂『貴女、椅子より下に這いつくばって膝を屈する大人って見た事あるぅ?かしづかれてそれを見下ろしながら育った子供がぁ……どーんな事考えると思うぅ~?』

常盤台の女王、暗部の女王、光と影の分かたれた二人の共通点……
それが能力に拠るものであれ、家柄に依るものであれ――
幼い子供の時分から、小さな自分達が腰掛けた椅子よりも低い位置に自分より遥かに大きな大人が跪くのを見下ろし育ったという事。

食蜂『あっ、この世界って狭いんだって思うのよぉ?だって見上げる大人がいないんですもの。全部自分の目線より下で、誰も自分と同じ目線にいてくれないのぉ……これって強力な支配力に繋がるけど、子供の世界がどんどん歪んで行くのよぉ?』

それを当たり前だと、自我が芽生えるより前から侍る大人達が子供の椅子より低い位置に跪く光景。
成長するにつれ伸びる心的な背丈が生まれついて誰よりも高いという事は、見上げる何かがいないという事。
そして子供ながらに思う。大人だって子供の自分にこんな事したくないだろうなと感じる瞬間が。

食蜂『子供に頭を下げる大人の心の中は不満と屈辱の中でいっぱいよぉ?子供にこき使われて、でもお金や仕事のために仕方無くって、そして子供はそれを感じながら――だんだん失望していくの』

それに対し、御坂は上り下り出来る梯子を行ったり来たり出来る子供だ。
子供の世界を見渡し、大人の世界を覗き見、いつしか梯子を使わずともいずれの世界も行き来出来る人間になる。
椅子の子供はそれが出来ない。子供一人では降りられない大人用の高い足の椅子から……
固定された目線、硬直した世界、最初から完成させられた環境。
立てれば梯子、寝かせれば架け橋となる梯子の子供と、座ったまま降りられない権力の椅子に座る子供。

これが麦野と御坂の埋めがたい差――




148作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:34:37.083guX2yCAO (21/26)

~18~

と、その時――

ジッ……ジジッ……フッ……――

御坂「あっ……」

突然、御坂の視界が暗転した。どうやら浴室の照明がその生涯を終えたらしい。
あっという間に牛乳風呂の湯をすくっていた自身の手元すら見えなくなる。
途端に真っ白だったお湯が暗い海の水のように御坂には思えた。

御坂「シャワーまだなのに……もー……第四位?第四位ー?」

思わず声を上げ、猫足バスタブから手を伸ばして浴室のドアを開き麦野へと御坂は呼び掛ける。
電磁波で空間把握する事などボウガンの少年との会敵を引き合いに出すまでもなく御坂にとっては朝飯前だが……
如何せんして牛乳風呂に濡れた身体を清めるのにシャワーは欠かせないし、何より気味が悪かった。

麦野「あーん?今度は何よー!?」

御坂「お風呂の電球切れちゃったみたいなのー!!」

麦野「ちっ……」

遠くからさえ聞こえてくる大きな舌打ち。見ていた海外ドラマが良い所だったのか先程の取っ組み合いが尾を引いているのか……
麦野のすこぶる機嫌の悪そうな声に、御坂は一瞬声をかけた事を後悔した。が

麦野「――次から次へとまあ落ち着きないヤツねえあんたは……」

御坂「これは私のせいじゃないわよ……」

それから一分するかしないかの内に、麦野が替えの電球らしき箱と……
そして青白い火のついた、青い薔薇のアロマキャンドルを明かり代わりに持ってやって来た。

御坂「ごめんね本当に……シャワーまだでさ、やっぱり暗いお風呂場って不気味で」

麦野「はいはい。ちょっとこれ持ってて」

御坂「うん……あっ、ブルーブラッドのブルーローズじゃないこれ。人気あるわよね?」

麦野「ああ、そうみたいね。それが最後の一個だった」

青い薔薇……『不可能』『神の祝福』『奇跡』の花言葉を意味する自然界には存在しない品種。
しかし学園都市では『外』と違い完全に、完璧に改良されつくした人造の奇跡だ。

麦野「……ったく、いくら私から見えないからって恥じらいってもんがないの?。これだから女子寮住まいのお嬢様は」

御坂「私達、もう一緒にお風呂入った事あるじゃない。夏に」

麦野「そんな事もあったかしらね」




149作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:38:57.073guX2yCAO (22/26)

~19~

麦野がよいしょ、とリビングから踏み台代わりに椅子を浴室に運んで来た。
実家に住まっていた頃より腰掛けていた長い背凭れと足の高い椅子。
幾多の人間を見下ろし、脇に控えていた執事が存命だった頃のそれである。

麦野「まあ、夏からいっこうに成長の兆しが見えない身体見たって面白みもなんとも思わないわねえ?」クスクス

御坂「五月蠅いわね!」

もちろんそんな事など知る由もない御坂は両手で支え持つ青い炎を揺らめかせる薔薇のキャンドルに目を落としながら唇を尖らせる。
麦野も電球を片手に持ちながら滑らぬよう椅子に足をかけたのが見えた。
しかし暗い室内にあってその表情までは見えない。クスクスとせせら笑う声だけが響き渡る。

麦野「まああんたの後輩辺りにゃ骨付き肉放るようなシチュエーションなんだろうけどね。生憎と私はノーマルで、幸いにもテメエが大嫌いだ」カパッ

御坂「……そんなに私の事、嫌い?」

麦野「頭の天辺から足の爪先まで」

光量を和らげる遮光カバーを取り外し、麦野が口元を歪めて笑う。
牛乳風呂はぬるめが好みだが、御坂との関係性にぬるま湯のようなそれなど持ち込ませない。
超電磁組を含めた、女同士の和気藹々など反吐が出ると言外に言っているのだ。

御坂「――あんたっていつもそう。有刺鉄線バリバリに張り巡らせて、国境みたいに他人を立ち入らせないわね……」

麦野「テメエみたいに誰にでもオープンチャンネルなヤツばっかりだとか思い上がってるんじゃないわよ。近寄ったヤツは警告無しで銃殺。誰にでも甘い顔して仲良しこよしなんてもんは“テメエら”で共有するんだね」キュルキュル

御坂「……そんな生き方、狭くない?あんた、何かを寂しく思ったりする事ってないの?」

麦野「世間なんて自分含めた数十人の人間で出来てんだよ。私の世界はそれくらい狭くてちょうどいい……抜けねえなこれ、クソッ」グッ、グッ……グラッ

御坂「あっ、危ない!!」

麦野「あっ……」

その時、高い足が浴室の濡れたタイルにスリップし……
爪先立ちしていた麦野が電球を引き抜こうとしたその矢先――

バシャアアアアアン!




150作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:39:35.523guX2yCAO (23/26)

~20~

御坂「きゃあっ!?」

麦野「……った……」

支えの揺らいだ椅子から転げ落ちるようにして麦野は猫足バスタブに身を投げてしまった。
同時にアロマキャンドルを取り落とすも御坂がその身体を抱き止めた。
しかしその衝撃で暗闇の中牛乳風呂の湯が飛沫を上げて舞い上がり……
ピチャン、ピチャンと飛び散った水滴が落ちる音を二人は聞いた。

御坂「………………」

麦野「……痛っ……」

御坂「――――――」

猫足バスタブの内側、迫り出した凹凸に強かに御坂が打ちつけられ、その上に麦野がのしかかるような押し倒すような体勢。
麦野は気づいていない。鼻先五センチメートルもない距離に御坂の顔がある事を。
そして御坂にはわかる。浴室の天窓より降り注ぐ月灯りが、逆光のように麦野を照らし出しているのを

御坂「(……すごい、息出来なかったよ今……)」

天窓より臨む月すら霞むほど美しい顔がすぐそこにあった。
着水の衝撃により湯船の中に立つ細波が寄せては返し、チャプチャプと御坂の肌と麦野の服を濡らす。
麦野の優美なウェーブの巻かれた栗色の髪が御坂の頬をくすぐり、痛みに呻く声が産毛まで震わせる。

御坂「(……この人、こんなに綺麗な顔してたんだ……)」

通常ならば決してありえない距離感。上条当麻しか知らない距離感。
薄暗闇の中にあってさえわかる美貌というものは、ある種反則のように御坂には思えた。
一瞬、身体を起き上がらせる事が頭から消えてしまうほどに。

麦野「……おい、大丈夫?」

御坂「えっ、ええ!?えっえっえっえええええ!ええ!大丈夫大丈夫大丈夫!!全然大丈夫よ!!」

麦野「?……そう。ならいいけど……あークソッ、本当になんて日なのよ今日は……」

ザパッ、と濡らした服ごと麦野が覆い被さっていた御坂から身体を離す。
給湯温度より低い身体が離れて行く時、御坂は湯冷めにも似た感覚に襲われた。
麦野はそれどころではなく、どこかに行ってしまったキャンドルと電球を手探りで捜すも――結局、見つからなかった。

御坂「(ど、どうしよう……今私、スゴいドキドキしてる)」

夫婦は顔が似てくるというが、麦野のそれは上条の不幸体質とフラグを立てる能力が乗り移ったが如しである。

御坂「……んもおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」バシャーン!

麦野「!!?」

やり場のない叫びと湯を叩く音が、学園都市の夜に木霊した―――


151作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:41:37.213guX2yCAO (24/26)

~21~

『こいつは私と違っている』というのと、『私はこいつみたいになれない』というのは似ているようで違う。

御坂は、私にとって一番大嫌いな人種(タイプ)だ。
テメエが正しけりゃ他の人間が間違ってんのかと、テメエが正義の味方なら他の人間は悪のやられ役かと。
こいつは私と違って人を殺さない。殺せない。例え自分が死ぬ事になろうと曲げないだろう。
だから独り善がりな正義感で誰も彼も殴れる。だって相手に負うものも自分に失うものもないから。

私の意地の悪い見方からすりゃ、テメエの手を汚さない。
涙を流そうが汗を垂らそうが血を吐こうが最後には必ず報われる。
こいつはこいつで悩みもあるだろう。苦しみもあるだろう。
私とこいつが違っていて当たり前だし、むしろ同じだったら気色悪くて吐き気がする。

こいつは、掛け値無しに正義のヒロインなんだ。

汚れていない手を誰とでも結べる。穢れていない心は折れても砕けても割れても壊れる事がない。
永遠だなんて、砂糖水に漬けっ放しでふやけた価値観(ラベル)を貼られたダイヤモンドみたいにね。
ダイヤモンドは古いギリシャ語で『征服せざる者』って意味もある。
私はこいつだけがどうしても倒せない。どうやっても殺せない。

こいつは、月のようなインデックスとも星のような私とも違う。
月は昼間でも霞んで浮かぶ。夜の中でも優しく輝く。
私は星だ。誰かに選ばれるのを待っていた、いくつものある名前のない屑星の一つ。
こいつのように晴れ渡る空にあって、例え雲がかかるその向こうで絶えず輝く太陽のような女だ。

十把一絡げの有象無象の星の嵐のような私と違う、誰にでも降り注ぐ一つしかない太陽だ。
御坂、私はテメエが大嫌いだ。腹の底から心の底から魂の底からテメエの事が大嫌いなんだよ。
だってお前はイイヤツだから。だって私はワルいヤツだから。

当麻の側にいて、私がいて、噛みついて来るテメエがいて、見守るインデックスがいて……
あんたほど私にコンプレックスを感じさせる女は他にいない。
料理だろうが戦闘だろうが能力だろうが美貌だろうが私は何一つとしてあんたに譲るもんなんてない。
だけどもし私が……きっと私が当麻の側にいて、ずっとずっと……
そう、ずっとずっと考えてる事を――あんたは生まれながらにクリアしてるんだよ。御坂。

私が何を考えてるか――あんたにわかる?




152作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/17(日) 21:43:18.743guX2yCAO (25/26)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私が人殺しじゃなければ、私はあんたみたいになれただろうか――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



153投下終了です2011/07/17(日) 21:44:25.513guX2yCAO (26/26)

では第五話投下終了となります。ありがとうございました!


154VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/17(日) 21:45:44.12/4PExNQAO (1/1)


圧倒的!


155VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/17(日) 21:46:01.69/iL2jxXQo (1/1)

乙ー


156VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)2011/07/17(日) 21:50:46.28dFrccUPy0 (1/1)

超絶乙なんです。
>>1のおかげで上麦こそジャスティスだと俺は思うんだけどなぁ・・・。
俺は、数時間おきにチェックしてるのに。以外と反応少ないよな・・・むぎのん人気無いのかなぁ・・・。


157VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県)2011/07/17(日) 21:54:49.29XrtRn8FEo (1/1)

乙!!
美琴とむぎのんの独白に惹かれた


158VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県)2011/07/17(日) 21:55:26.52HQmBf5pGo (1/1)

後日談で決着を見てしまっているのが大きい。

十二分に面白いし、続きは待ち遠しいし、きっちり読んでいるのだけれど。



159VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/18(月) 12:19:05.71xu8P/hJl0 (1/1)

ほんとどうしてこの二人は友達になれないんだろうな・・・


160VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/18(月) 12:35:14.84i6clvvQho (1/1)

傍目から見れば友達と見えんことも…


161作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 17:58:57.175HPWMU5AO (1/32)

>>1です。台風でトラブルがなければ、21時に第六話を投下させていただきます。


162作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 18:00:25.185HPWMU5AO (2/32)

>>1です。台風でトラブルがなければ、21時に第六話を投下させていただきます。


163作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 18:51:39.035HPWMU5AO (3/32)

もう一回テスト……では失礼いたします。


164作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:03:17.235HPWMU5AO (4/32)

~1~

――――――――――――――――――――
10/2 23:13
from:沈利
sb:おーい
添付:
本文:
まだ起きてるかにゃーん?
――――――――――――――――――――

上条「ん?」

それはスーパーカップ2.0全部乗せトンコツラーメンを平らげ、食休みに入りがてら寝転んでいた……
上条の携帯電話の入っていた一通のメールが始まりであった。

――――――――――――――――――――
10/2 23:20
To:沈利
Sb:起きてるぞ
添付:
本文:
どうした?なんかトラブったか?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:23
from:沈利
sb:RE:起きてるぞ
添付:
本文:
トラブりまくり(>_<)つか御坂マジうぜー
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:24
To:沈利
Sb:マジお疲れ
添付:
本文:
喧嘩してねえ?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:26
from:沈利
sb:RE:マジお疲れ
添付:
本文:
しまくりだよ(>_<)頭ん中のイライラ収まらね
え。

ねね。いいものあげよっか?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:33
To:沈利
Sb:いいものってなに?
添付:
本文:
お前らなあ……で、なにくれんだ?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/2 23:39
from:沈利
sb:じゃーん♪
添付:(104KB)20XX1002_2231.01jpg
本文:
――――――――――――――――――――




165作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:03:46.555HPWMU5AO (5/32)

~2~

上条「(ぶふほぉぉっ!!?)」

インデックスを起こさぬように腕枕を外さず、身じろぎに済ませるもそのメールを受信した時上条は目を見開いた。
それもそのはず……容量が大きいため自動受信出来なかった添付ファイルを開くと――
そこには何故か衣服が濡れ濡れ透け透け透けの麦野が、バスルームの鏡撮りし肌蹴られた胸元と浮かび上がるブラジャーを中心に……
明らかにからかったような面白ろがったような悪い笑顔で携帯を構えている姿がそこに映っていた。

上条「(あ、あいつビリビリが家にいんだろ!!?なにやってんだ嬉しいけどー!!)」

思わず、右腕に微睡むインデックスを見やる……どうやら寝ているらしい。
必然的に仰向け寝の体勢故に、携帯をかざすように持たざるを得なかったため――
それを慌てて横倒しにし、顔も横向きにしてまじまじとそれを見やる。

上条「………………」ゴクリ

人の常か女の業か男の性か……見たくないものから目を逸らす事は出来るが見たいものから目を瞑るのは困難を極める。
無論麦野からすればほんのお遊びである。電話でおやすみ、と言った後にたまにこういう悪戯を仕掛けて来る。
麦野は一日にニ十通も三十通もメールを送って来たりなどしないが――
たまに集中的に短いメールでやりとりする事もある。

上条「(……フォルダ移そう、うん。念の為。これは念の為ですよ)」

添付ファイルでも『こんな服買ったけどどう?似合う』と言うコーデであったり――
『これ美味しいよ』などとどこぞのカフェのケーキを送って来たりする。
麦野は一人になると煮詰めたようにドロドロした負の感情に囚われる事も多いが、決してそればかりなどではない。

――――――――――――――――――――
10/2 23:43
To:沈利
Sb:おー
添付:
本文:
……これさっき言ってたヤツか?つかよ……
つかよ……うん、すげーエロい。ありがとう
――――――――――――――――――――

忘れられがちであるが、彼等は高校一年生と高校三年生の学生である。
自身の能力や周囲の事情から巻き込まれる事件の外側ではごくごく普通のカップルである。
一日中どちらかの部屋でダラダラしたり、一日掛けでデートとてする。喧嘩もするしそれ以上先のの事も当然ある。
書き記すまでもない他愛のない日々無くして、非日常に身を投じるなどありえないのだ。




166作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:04:16.275HPWMU5AO (6/32)

~3~

麦野「(くくく……せいぜい私の身体をオカズにするんだね)」ニヤニヤ

御坂「……あんたなにニヤニヤしてんの?」ジトー

麦野「別にー?」ポチポチ

――――――――――――――――――――
10/2 23:56
To:かーみじょう♪♪♪
Sb:でも一人でしたらしてやんないから
添付:
本文:
ナ・マ・ゴ・ロ・シ・か・く・て・い・ね

――――――――――――――――――――

一方、自分が牛乳風呂から上がった後麦野が何をしていたかなど知る由もない御坂はと言うと……
麦野が持っている中で一番地味で最も普通のシルクのパジャマを着てベッドに腰掛けていた。
相変わらずカッペリーニのソファーにゴロゴロしながらマイペースに携帯電話をいじるその表情に……
御坂は当然の事ながら相手は上条だなと推測する。

御坂「そう言えばさ、あんた私にメール全然してこないよね。するとしてもだいたい電話じゃない」

麦野「私とあんたはそういう関係じゃないでしょ?だいたいデコ盛り沢山絵文字使いまくりの頭悪そうな目チカチカするようなメール付き合って打つとか本当に面倒臭いし」

御坂「それはそうだけどさ……メールとか好きじゃないの?」

麦野「相手の顔が見えないヤツとはしたくないの」

たった今どの口が言うかというメールを送った後麦野は携帯電話をソファーに置いてテレビに向き直る。
御坂は初めての部屋、それも麦野宅でのお泊まりとあってやや所在ない。
冷蔵庫から新たに渡されたソルティライチも空になったのにまた口をつけてしまう程度には。

麦野「チャックさんのスカーフいいな。“外”から取り寄せられないかしら」

御坂「えー……これ初めて見るけど、なんかこの男チャラチャラしててイヤな感じかも」

麦野「そう思うでしょ?でもチャックさんがいないと回らないのさ、このお話は」

御坂「セレブでゴージャスでハイソな高校生……って、書いてるけどさ。実際こんな子達ばっかりじゃないわよね」

麦野「頭スカスカの男共と股ユルユルの女達のくっだらねえ恋愛ゴッコがメインだからね」

麦野が見ている海外ドラマはアメリカのマンハッタンが舞台だが、現実にこんな暮らしぶりがあるんだろうかと首を傾げざるを得ない。
それほどまでに御坂の感性からかけ離れたものを、麦野はヘラヘラと笑って見ているのだ。




167作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:06:31.595HPWMU5AO (7/32)

~4~

麦野「あんたさ……」

御坂「ん?」

麦野「どんなの観るの?」

と、珍しく麦野がソファーにて寝間着代わりに使っている上条のワイシャツ一枚の格好で御坂に話を振って来た。
御坂に対する当てこすりなのか、はたまた普段通りにしているだけなのか……
対する御坂はBDのパッケージを置いて足を投げ出した。

御坂「わかんないなあ……佐天さんみたいに好きなアイドルとか役者とかもいないし。一一一知ってる?」

麦野「ああ、確かにイケメンだねあれは。好みじゃないけど」

御坂「その一一一主演のヤツは一通り摘み食いで見たんだけどなんか合わなくって……そりゃ、こんな恋愛出来たらいいなって思う事もあるけど」

麦野「ふうん」

それに対して麦野がごろんと寝返りを打って御坂を見やる。
栗色の巻き毛を枕のようにしてだらんと、だらしないほどリラックスした姿で。それに御坂は意外なほど目を奪われた。

御坂「私ね……笑われるかも知れないけど、男の子とまともに手つないだ事もないんだ」

麦野「そうだろうね。そんな顔してる」

御坂「――だから、ドキドキしながらでも、一緒に手繋いで、ただ歩くだけでも出来たらそれで満足かな……って」

麦野「………………」

御坂「どんな感じなんだろうって思うの。好きな人と付き合えて、その人が自分の中の真ん中とてっぺんにいて、そこで何するのも初めてで……ううん、一人でして来た事全部が、二人でするならみんな初めてかなあ……って」

麦野「~~~~~~」

御坂「好きだった時からドキドキしてるはずなのに、付き合ったりなんかしたらドキドキしすぎて寿命追っ付かないかも……な、なーんてね」

麦野「(どこを逆さに振ればそういう発想が浮かんで来るんだこいつ)」

なんて残酷な質問をしてしまったのだろうと言う後悔が、聞かなきゃ良かったと言う後悔に取って代わる。
言うまでもなく麦野は少女の感性より先に女の情念を身につけてしまった質である。
恋愛に至る過程が、救済と言う出発点から入り、今は共に戦うと言う道筋なのだ。

御坂「あ、あんたは……?」

麦野「えっ……」

御坂「あんたは……あいつと付き合ってる今、どんな事したいの?」

麦野「――――――」

御坂「あ、あるでしょ?その……色々」

しかし――そこで掛けられた問いに、麦野はすぐに答えられなかった。




168作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:06:57.785HPWMU5AO (8/32)

~5~

麦野「どう……って、そりゃあ……普通に遊びに出掛けたり、ダラダラ過ごしたり」

御坂「だからあ~……その遊びに出掛けたりダラダラ過ごす内容よ、内容」

麦野「――別に普通。服買いに行ったりご飯食べたり映画観たり?つかさ、それは相手が特別だから特別な気がするだけで、やってる事は本当に普通だから」

それは、自分があれほど望んでいた『普通の女の子』と言う『特別なポジション』が……
今更確認するまでもなく自分の中に馴染んでしまっていた事に気づいたからである。
そう、例えばこんな風に他愛ない会話に興じる程度には。

麦野「ああ、あるある。あとエッチとか」

御坂「そ・れ・は・聞・い・て・な・い!って言うか聞きたくないわよ知り合いのそんな話!!」

麦野「……あんたさ、キスすりゃコウノトリがキャベツ畑に赤ん坊落としてくとか思ってるタイプ?」

御坂「それは流石にないでしょ……あんた私をなんだと思ってる訳?」

麦野「夢見がちな中学生。なら無修正ポルノを突きつけるような下卑たお話をしようか?」

御坂「だからしないってんでしょうが!!ああやだやだ汚い高校生!」

麦野「巫山戯けんな。パパの精液がシーツのシミになり、ママの割れ目に残ったカスが私達なんだよ。どこの穴で育った?」

御坂「サイテー!サイテー!!サイテー!!!」ブンッ

背後からクッションを投げつけて来る御坂に対し、寝転んだままカウンターバスターする麦野。
振り返れないのは、今自分どんな顔をしているかわからないからだ。
麦野とて本当の所はわかっている。前ほど何かに対して『怒る』と言う事が出来なくなって来たのだ。
それが歯痒くて仕方無い。自分の中の強さがどんどん剥げ落ちて行くようで。

麦野「(……肉切り包丁が丸くなってりゃ世話ないわね)」ポイッ

御坂「ちょっと!人と話する時は相手の顔見なさいよね!無視してんじゃな……ぶぎゅっ!」

例えば、御坂に対するそれが『憎悪』から『嫌悪』へ、『嫌悪』から『好悪』へと……
希釈と呼ぶにも値しない濃度で下がって行く悪感情に麦野は戸惑っていた。
麦野はろくでなしではないが人でなしである。アイテムを文字通り使い勝手の良い、いつでも使い捨て出来る、使い潰しの道具のように扱って来たはずだ。それがどうだ。今の自分はまるで――

麦野「(――とんだナマクラ刀だ)」

まるで――




169作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:09:02.445HPWMU5AO (9/32)

~6~

御坂「もー……ほんとあんたって訳わかんないやつよねえ」ボフッ

麦野「……?」

御坂「優しいかと思えば突き放したり、さっきみたいにキッチンでポツンとしたりしてるかと思えばこんな風に普通に話も出来る、私の事顔も見たくないって割にああやって下着とか制服とかお風呂まで準備してくれたりさ」

麦野「おいおい。あんたまさか私の事イイヤツだとか言いたい訳かにゃーん?だいたいテメエさっきクマにワルいヤ」

御坂「いいえ、あんたは“イイヤツ”よ」

麦野「……!?」

そこで投げ返されたクッションを抱っこしながら御坂が放り投げるように口を開き、思わず麦野が振り返った。
ほとんど反射的に、心の不随意筋に電流を浴びたように。
されど御坂はそんな麦野のリアクションに片目を瞑って小首を傾げた。

御坂「――あんたはイイヤツよ?私だってあんたと今まで色々あったし、これからも色々あるだろうけどさ……今日あんたが私にしてくれた事、立場入れ替えてもきっと全部は出来ないよ。常盤台だから泊めてもあげられないし」

麦野「はっ、たかが一宿一飯に義理固いこって……それだけでイイヤツ認定メダルがもらえんなら、私は公衆便所バッチつけた女より安いもんに成り下がった気分だわ」

御坂「(公衆便所バッチ?)――またそうやって悪ぶる」ハア

麦野「!」

御坂「あんたさ……寒がりなくせに、誰かにあっためて欲しいくせに針が引っ込められないハリモグラみたいよ。その割に針が刺さらないよう鼻先で人つついて、構おうとしたら針立ててさ」

ストンとベッドからフローリングに降り立ち、水の入っていない水槽を御坂は一撫でしながら御坂は回り込む。
半身起こした麦野の横たわるカッペリーニのソファーへと。
微かに床を滑り僅かに絹が擦れる音と共に、歩み寄る。

御坂「器用なのは料理の手先だけで、生き方ぶきっちょ過ぎ。まるで、自分はワルいヤツだって言い聞かせて、そうしなくちゃいけないってムキになってる……自分に厳しいのと自分を許さないのは違うのよ」ヨイショ

麦野「こっち来るな」

御坂「イヤよ。どうして私が私の事嫌いなあんたの言う事聞かなくちゃいけないのよ」ポスンッ

麦野「おい」

御坂「本当にイヤなら力尽くで反撃すれば?あんたの馬鹿力ならそれくらい朝飯前でしょ?違う?」ゴロン




170作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:10:08.615HPWMU5AO (10/32)

~7~

麦野「……何の真似だテメエ」

御坂「相手の顔見えないヤツとは話したくないんでしょ?あんたが私の目線まで下がって来れないなら私が上がるしかないじゃない。こんな風に」

麦野が身構えるより早く――御坂がその後頭部を麦野の膝上に乗せた。
もちろん麦野とて顔が見えない云々を言及していては『電話の女』との連絡だって取れなかったであろう。
御坂も放言だとわかっているから敢えて取り合わない。

御坂「……あんたがどんな世界で生きて来たか、どうやってアイツと出会ったかとか、はっきりと聞いた事はないけど……」

麦野「………………」

御坂「それに引け目だとか負い目だとか持って、勝手に一人で線引きしないでよ。何だかそう言うの、見てて悲しくなるから」

麦野「お説教?お説法?お節介?」

御坂「そんなんじゃない!勿体無いって言ってるの!!」

御坂は見抜いている。前々から薄々と当たりを付けていた自分の考えが……
この麦野と二人きりと言う時間と空間の中で、窓辺より射し込む幻暈の燐光のように朧気な疑問が確信へと。
気位の高い麦野に対して上から目線と言うのは逆効果と思われるが実は違う。
目線を上にして実はやっと対等なのだ。何故なら彼女は高足の椅子の子供で、御坂は架け梯子の子供だから。

御坂「こんな言い方私にされるの嫌だろうけど――あんた、本当に優しくなったわ。出会った頃とまるで別人。それが今日一日ではっきりよくわかった」

麦野「テメエに私の何がわかる?」

御坂「わかるわよ。大好きなアイツの側にいて、大嫌いなはずの私までこうしてくれてる。あんたがどれだけ“イイヤツ”とか“イイコト”に高いハードル上げてんだか知らないけど……もうあんたは、私の中でただ嫌いな悪人になんて括れない」

麦野「………………」

御坂「あんたはそれをぬるま湯の中で弱くなったって思ってるでしょ?優しい時間の中で甘くなったって思ってるでしょ?だからひとりになろうとする。悪ぶろうとするのよ。だから」

そして麦野は御坂の語るがままに耳を傾ける……
常のように鼻であしらい笑い飛ばす事も、腰を折り水を差す事もしない。

御坂「――勝敗とか生死とか善悪とか強弱とか敵味方とかそういうわかりやすい“力”を取り戻そうって必死に足掻いてるの……わかるよ。私にはわかるよ麦野さん」

何故ならば

御坂「――私も、あんたと同じレベル5(超能力者)だから―――」




171作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:12:08.885HPWMU5AO (11/32)

~8~

わかるよ麦野さん。あんたがアイツの側でアイツと一緒に戦う時――
きっとあんたは自分の拠り所をほとんど手放して闘ってる。
生死・善悪・勝敗・強弱・敵味方……私の中にも薄かったり濃かったりしてもある要素が上条当麻にはない。

でも多分完璧主義者で、そういう人から見れば無駄なこだわりが捨て切れないあんたには……
アイツを守る『力』がどんどん勢いや鋭さを失って行くように感じられてるんでしょ?
一人で生きて、独りで死んでいいなんて思ってる人間が人の輪の中で生きて行く事はどんどん弱くなる事だって。

私はあんたを人を人とも思ってない人間だとずっと思ってた。だけど――
アイツやあのシスターと一緒にいる時のあんたは、紛れもない普通の女の子だった。
守りたい人が、接する人が、交わる人が、増えて行く度にあんたはそれを重荷に感じてるんでしょうよ。

私達レベル5には理解者が少ない。同じレベル5同士だって分かり合ったり語り合ったりする事なんてない。
そんな中で、私やあんたの中で占めている『上条当麻』って言う存在がどれだけ稀少で貴重なものかも痛いほどわかる。
辛いんでしょ?苦しいんでしょ?アイツだけ守っていれば良かった世界から、だんだん広がるあんたの世界まで含まれていくのが。

あんたが何を抱えて、負って、担ってるかなんて私にはわからない。
だけど自分から孤独に逃げ込んで、自分を孤立に追い込んで、自分は孤高だなんて思って欲しくない。
強さとか、力とか、それだって大事だけど――人間として、当たり前に感じていいはずの優しさや穏やかさや柔らかさまで重荷に思って欲しくない。

戦って、闘って、戰い抜いて――私にはまるであんたが戦う事に逃げてるように見える。
平和の中でそんな胃に穴が飽きそうな重苦しい事考え続けて、磨り減りそうな戦いの中でしか自分を爆発させられないみたいに。
アイツの側にいる時のあんたの素顔を、アイツ以外の場所で出しちゃいけないなんて決めてるのあんただけよ。

――誰があんたを強い女の子だなんて最初に言ったんでしょうね?
あんたはいつから“強い自分”から“強くなきゃいけない自分”に変わってしまったの?
あんたは女として強いよ。だけど肝腎の人間の部分があんまりにも……不憫過ぎる。

あんたを椅子の子供だって言った第五位の言葉が、少しわかった気がする。




172作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:12:45.035HPWMU5AO (12/32)

~9~

私は甘ったるい馴れ合いと、生ぬるい凭れ合いが大嫌いだ。
でも本当はわかってる。私にとって世界は優しくちゃいけないんだ。
人を殺した日から壊れて閉じた私の世界が優しくちゃダメなんだよ、御坂。

それが私にとっての『自分だけの現実』だからだ。
誰かと愛情を育てて、友情を育んで、理解を深めて、信頼を高めて――
そんな世界が私にあっていいはずがない。あっちゃいけないんだ。

御坂、お前の回りの優しい世界みたいにね。

馴れ合いが嫌いと言いながら、私がアイテムを使い勝手の良い使い捨ての出来る使い潰しの道具と連んでいたのは――
私は人殺しで、絹旗は置き去り、フレンダは殺しを趣味にしている節があるし、滝壺にはあそこしか居場所がなかった。
――私達は世界に見捨てられて、神様に忘れられた側の人間だ。
傷を舐め合う趣味はないけど、あんたがいるような世界に侮蔑や憎悪を覚える事もなかったから。

私にとって上条当麻とは、御坂がいるような昼間の世界でも私がいた夜の世界でもない、優しい優しい夕闇だった。
私と当麻が出会った、劣等感の光でも優越感の闇でもない場所……フラットな優闇の世界だったからだろう。
わかってる。大事な所に特例を作る時点で私の完璧主義は破綻してるってね。

ダメなんだよ御坂。もう私は散々自分の決めたルールさえ守れず破り続けてる。
無駄なこだわりだってお前は笑うだろう。当麻が知ればそんな幻想をぶち殺すでしょうね。
でもダメなんだ。自分を雁字搦めにして、上乗せした理由と後付けした意味で自分を縛り付けないと私はダメなんだ。

この爆発しそうな重圧と、破裂しそうな矛盾に折り合いがつけられない。
私にとって世界は平和じゃダメなんだ。いつだって残酷じゃなきゃイヤなんだ。
そうでないと私が否定して来た他人の人生と、拒絶して来た救いの手と、破壊して来た命に向き合えない。

今だって御坂への原液だった憎悪が嫌悪に、嫌悪が好悪にまで稀釈されてるんだ。
ドス黒いマグマのようだった自分が、当麻の腕の中で37度の牛乳風呂みたいになるまで私はぬるくなった。

当麻、あんたは私が失ったもの、諦めたもの、捨てたものまで与えてくれる。
私はそんなあんたにどんな顔したらいい?きっとね、申し訳なくなるくらい悲しく笑ってしまいそうになる。
この世界は私に優し過ぎる。味方が多すぎる。あんたは私を甘やかし過ぎだよ。




173作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:15:21.915HPWMU5AO (13/32)

~10~

当麻、あんたが暗部上がりやスキルアウト崩れ辺りなら私はこうなってない。
もっと好き勝手にやるし、どこで野垂れ死んでも……まあ、復讐は間違いなくするだろうけど守らない。
だって悪人と悪党だから。人でなしとろくでなしだから。
遅かれ早かれ煙みたいに消えるか、土の肥やしになるか、カラスの餌になる末路しか待ってない。

当麻、あんたは笑うかも知れないけどね……私はお前の間にもし子供が出来たらどんな名前にしようかとか……
どんな子供かな?男の子ならイケメンかな?女の子なら麻利ってつけたいな、なんて思ってニヤニヤする時がある。
下らねえ結婚式特集の三文記事読んで、私なら海上ウエディングにするねとかバカな事を考える。

冬は二人きりでどっか旅行行きたいな、なんて思ってあんたが学校言ってる間にくだらねえパンフレットを立ち読みする事もあるんだ。
学園都市で“外”の3Dなんて目じゃない4Dのアトラクション施設が出来たらインデックスをビビらせに三人で行くのも悪くないなんてね。
一人でブラブラしてる時、たまたま入ったカフェが当たりだった時は今度一緒に来たいなだとか。
……一人で見れば、独りで観れば色褪せて見えるこの学園都市(まち)が
 
 
 
 
 
―――あんたが何気なく見てる風景が、一緒にいる私にとってどんなに美しい景色かあんたはわかってない―――
 
 
 
 
 
あんたは命以外何もかも失ったクソッタレな私の人生から、金で取り戻せないものを惜しげもなくくれる。
あんたはショートケーキがあれば、上に乗ったイチゴをごく自然に私にくれるようなヤツなんだよ。当麻。

今私の指に嵌ってる二万五千円くらいのブルーローズリング、お風呂と料理の時くらいしか離さないくらい大切なんだよ。
離れててもあんたと繋がれてる気がして、一人でいても寂しくない。
安っぽくて、そのクセ重たい女でしょ?私。だからせめて、あんたの力にくらいならせて欲しい。
度し難い私の、救いがたいエゴのために私はあんたを守りたい。

――だから私は泣いちゃいけない。弱くなっても甘くなっても丸くなってもいけない。
だから御坂……私はお前を受け入れられない。
私がインデックスを側において、あんたを寄せ付けない本当の理由――教えてやろうか?



それはね―――………


174作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:15:55.545HPWMU5AO (14/32)

~11~

麦野「――そうね。だから何?」

御坂「………………」

麦野「あんたのありがた~~い話はよーくわかったよ。確かに私は弱くなって丸くなって甘くなってぬるくなった。あんたにこんなナメた口きかれても、この距離で首を刎ねない程度には。だけど優しくなった、って言うのは見込み違いで見当違いで勘違いで思い違いだよ。あんたは私って人間をまだわかっちゃいない」

膝枕の体勢になった御坂の滑らかな頬に麦野は掌を添え指を這わせる。
御坂はそれを目だけ動かして見やる。ひどく優しい手付きだと。
ちょうどガラスのランプシェードを愛でるようなそんないたわりのこもった動き。

御坂「……そこまで意固地と言うか、意地っ張りって言うか……死んでもNOを貫き通して不完全なYESも許さないなんて、ほとんどビョーキよ、私からすれば」

麦野「……そうかもね」

御坂もまた麦野の柔らかな頬を撫で、なぞり、さすり、くすぐる。
ふう……と言う息を一つ吐き出さざるを得ない。
なだめてもすかしても、押しても引いてもダメ。
冗談のような想像だが、金庫の中にまた一回り小さい金庫、その中にまた……
と言った頑健さと堅牢さと強固さを誇る、鍵穴のない心を相手取っている気分だった。

麦野「――なんでだ?」

御坂「なにがよ?」

麦野「何がどうして、あんたはそこまで私に構いたがる?これだけ罵詈雑言ぶつけられて、怒りはするだろうけどマジ切れさえしない。あんたはそんな呑気な性格じゃないでしょうに」

御坂「わざと怒らせよう、あえて嫌われようってやってるヤツの思い通りになんて誰がなるもんですか!」

麦野「………………」

御坂「あんたの性格のひん曲がり方はね、きっとアイツ以外の誰にも解けないと思う。けどね……」

いつしかBDが終わり、室内の音が消えた。後頭部に感じる柔らかさや温かみ。同じ血の通った人間だとわかるそれ。

御坂「――あんたがどれだけ拒絶しても、周りが否定しても、あんたが本当は優しい人だって事、私は覆すつもりないし」

麦野「……何が言いたいのか、私にはさっぱりだわ」

御坂「うーん……改まって言うのも、幼稚園か小学校以来なんだけどさ。一度しか言えないから聞いて?」

麦野「はあ?」

御坂「あのね――」

その時、眼下より御坂の両手が見下ろす麦野の頬を挟むようにして――言った。




175作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:18:53.305HPWMU5AO (15/32)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私達、友達にならない?――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



176作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:19:53.765HPWMU5AO (16/32)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第六話「優闇と優凪の奏鳴曲」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



177作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:20:25.045HPWMU5AO (17/32)

~12~

麦野「!!!???」ビクッ

御坂「ちょっ、ちょっと何て顔してんのよ!?どんなリアクションよそれは!?」

麦野「」

御坂「(あっ、やっぱり。この人言われた事ないんだこういうの……)」

そこでの麦野の表情は、御坂が見て来た中でこれ以上ない驚き顔であった。
まるで昼寝中に尻尾を踏んづけられた猫のように。
そこで御坂は思い当たる。この女は絶えず周囲を威圧する事で己の椅子を確保して来た人間だ。
つまり――対等な目線で、直球の好意をぶつけられた事がない。

麦野「ふ、巫山戯けんな……テメエと友達なんてくくり、へへ反吐が出るわよ」

御坂「この期に及んでまだ人を舐め腐った態度を止めないのは感心するけど、グズグズのズルズルじゃない」

言わば地獄甲子園クラスのデッドボール、孫六もビックリの荒れ球のインハイ、肩繰高のファックボールetc.……
麦野沈利は言わばアストロ球団も真っ青な世界でピッチャー返しを連発して来た人種である。
そこに思春期の息子に父親が投げるキャッチボールのような球が投げられたのだ。見逃し三振以前の問題である。

御坂「……ふー。何よ、私と友達になるの、そんなリアクションされなきゃいけないくらい生理的に無理なの?流石の美琴センセーもそれはヘコむわ」

麦野「待ってよ……あんたまだ酒残ってんの?」

御坂「ないわよっ!」

麦野の目が泳いでいる。切り返しに力がない。御坂の顔を撫でる手が止まっている。
それに対し御坂は膝枕から頭を上げ身体を起こしソファーの上でお見合いの形を取る。

御坂「だからさ……あんたが見た目より色んな事考えてるのもわかる。どんなに口が悪くたって本当は優しいし、嫌いなところまだまだあるし、アイツの事でもいろいろあるけどさ……」

麦野「――――――」

御坂「……もう、顔合わせる度に罵りあったり喧嘩するの、止めよう?お互い疲れるし、私もずっとあんたとこのままってイヤなのよ」

麦野「……白旗上げるって事?」

御坂「違うわよ!張り合うのはともかく煽り合い罵り合いをやめようって!あんたも疲れるでしょ?私だってあんたは嫌い。だけどこのままでいるよりずっとマシってだけ!ほらっ」

そこで御坂が差し出したのは――紛う事無き握手の形。
俗に言うシェイクハンドである。しかし麦野はそれをキョトンと見つめ――




178作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:21:32.275HPWMU5AO (18/32)

~13~

麦野「(´・ω・`)ノミ」ペシーン

御坂「(#^ω^)つ」……スッ……

麦野「(`・ω・´)ノミ」ペチーン

御坂「(#°Д°)つ」……スッ…

麦野「(°∀°)ノミ」ビターン!

御坂「(#°皿°)つ」……

麦野は握手を拒否するようにその手を叩く。まるでエサやりの手を引っ掻く猫である。
撫でられる事は死ぬ事と見つけたなりと言わんばかりに。
忘れられがちだが麦野の性格と人格、そして意地と強情さは最低最悪である。
恐らく聖母マリアが差し伸べた手にツバを吐きかけるほどの性悪である。

御坂「何で手叩くのよォォォォォォォォォォ!!」

麦野「巫山戯けんな!さんざっぱら罵って見下してこき下ろして来たテメエと“はいそうですか、私達お友達になりましょうキャッキャウフフ”だあ!?出来るかクソッタレ!!」

御坂「だからそれも含めて水に流しましょうってんのにあんたはァァァァァァァァァァ!!」

麦野「バケツ一杯のシャネルぶっかけても聳え立つクソはクソだ!!んなキレの悪いオチはとっとと便所に流しちまいな!!」

御坂「別に毎日メールしろとか放課後お茶しに行こうとかパジャマパーティーしようとかそう言うんじゃないから!!私とあんたは対等!上だ下だで喧嘩すんのもう馬鹿らしいでしょ!!?」

麦野「………………」ツーン

御坂「……ほらっ」

そっぽを向く麦野の手を取り、ニギニギと握手を交わす御坂。
麦野はそれを振り解くでもないが、握り返さない。
御坂とてわかっている。麦野はこういう人間で、それに付き合って喧嘩していても何ら建設的な発展は望めない。
こういうところが御坂も麦野が大嫌いなのだ。しかし

麦野「……なんでなのよ」

御坂「今更ぐじぐじ言わないっ」

麦野「……私とテメエは敵同士。それでいいじゃないか。そうじゃなきゃダメじゃない……そうでしよ?御坂」

御坂「それはあんたが作ってあんたが守る自分のルールでしょうが。誰にも屈さないその姿勢は認めるけどね――」

御坂はやっと理解した。上条が麦野を好きな理由の一つは恐らく――

御坂「――どんだけ悪ぶっても、ひとりになろうとしても、出会った時私を殺そうとした“強い”麦野沈利は帰ってこないわ」

この、いじらしいまでの未分化な幼さだ。




179作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:24:43.685HPWMU5AO (19/32)

~14~

麦野「………………」

御坂「あんたがアイツを支えようって必死になってるのはよくわかるわよ。誰の手も借りず人も当てにしないのもわかる……私もそうだったから」

『絶対能力進化計画』……麦野も御坂もそれを知っている。
麦野の精神状態は常にあの時の御坂と同じだ。
人並み外れたタフネスさと上条当麻と言う存在に支えられて今の所は小康状態だが――

御坂「……でもね、人間ってそんなに強くない。レベル5の力とこれは別物なの。わかるわよね?」

麦野「……わかる」

御坂「私だってね、あんたが昔のままならこんな事言わない。勝手にすればって思う。けど、あの神裂って人と戦ってるあんたを見てから……アイツを、あの天使の羽根みたいなので守った時のあんた見てから……わかんなくなったの。ただ嫌いでいれたら良かったのにそれが出来なくなったの」

それが長く続かない事も御坂にはよくわかる。
平和に馴染めず、人の輪から距離を置き、自分なら食事が入らなくなりそうなネガティブ思考を抱えて――
あんなに、あんなに悲しそうにみんながトランプしている姿を見守っている姿を見て耐えられなくなったのだ。

御坂「――なんでかな、一番なりたくない女の見本ナンバーワンのあんたと私、なんか似てる気がするの。悔しいけど」

麦野「うん……」

御坂「けどね……サバサバしてるクセに変にウジウジしてるあんたに、いきなりみんなと仲良くなんて絶対出来ないだろうし」

麦野「イヤよ……ベタベタすんのは好きじゃない」

御坂「でしょ?――だからさ、あんたが困ってる時、辛い時……逆に私もそういう時があると思う。そんな時さ、顔合わせてコーヒーでも飲めたらさ……いいと思わない?これなら重くないでしょ?」

麦野「御坂……」

御坂「――あんたは何でもかんでも一人でやろうとするから深い所まで重い事考えなくちゃいけなくなるのよ。私もそうだから」

あれはまるで言葉の通じない国に、地図もなく放り出された旅人だ。
それ以上に自分で引いた線から踏み出せず人を受け入れられない。
御坂とて以前の麦野ならば勝手にすれば!好きにすれば!となっただろう。が

御坂「――自分をさ、少しだけ許してあげて?あんたが何に苦しんでるか知らないけど」

麦野「………………」

御坂「あんたが自分を許せないんじゃ、誰もあんたを許せない。それでもあんたが自分を許せないなら――」




180作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:26:12.235HPWMU5AO (20/32)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――私が、あんたを許すよ。あんたはここにいていいんだって―――――― 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



181作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:28:05.345HPWMU5AO (21/32)

~15~

麦野「―――………」

御坂「馬鹿の考え休むに似たりって言うけどさ、あんたの雰囲気ってなんかもうノイローゼみたいな感じがする。でもね?あんたがあそこにいるのを責める人間なんて誰一人いなかったでしょ?」

麦野「……あんたはどうなのよ」

御坂「私の事は私!……そんなさ、何だかやり直す事さえ諦めたような投げやりな感じもうやめよう?」

麦野「(―――似てる……―――)」

右目に諭す御坂、左目に笑む上条を麦野はその時幻視した思いだった。
性別も違う、レベルも違う、関係性も違う、なのに重なる鏡像。
そう、麦野の中にあって『ただ一つの救い』で『なければならない/あらねばならない』存在の二重写し。

麦野「……ガキが」ポスッ

御坂「えっ!?」

麦野「馬鹿馬鹿しい――」

御坂の肩に寄りかかるようにして、そのままソファーに倒れ込む。
苦しくてたまらない。全身から疲労に、脳の芯から疲弊に近い感覚が押し寄せてくる。
受け止め損ねて押し倒された御坂が慌てふためく声を、麦野は遠く聞こえた気がした。

麦野「(―――御坂、あんたは当麻の“味方”であっても、私の“敵”じゃなくちゃいけないんだ)」

――御坂がインデックスを受け入れ御坂を跳ねつける理由。
それは御坂が、絶対に揺るがない正しい者として、過ちとわかっていて振り切ろうとする麦野の前に立ちふさがる存在でなければならないと言う事。

麦野「(皆が私の味方で、同じ局面で倒れたら――私が死んだ後、誰が当麻を支えるんだ)」

麦野が欲しかったのは、過ちを正す存在。『悪』の自分を討つ『善』の自分、御坂美琴。
御坂は自分と違った角度での上条を支える存在でなければならない。
似たような駒は同じ局面で全滅する可能性が高い。だから――
御坂は、黒白の盤外に位置せねばならないと……
麦野沈利の死の後、すぐにでも上条当麻を支えられる存在。欠けた双翼を補う片翼の駒として――


182作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:30:52.375HPWMU5AO (22/32)

~16~

それはね――私がもし当麻を支える戦いの中でくたばった時、あんたしか当麻を支えられる女がいないと思ってるからよ、御坂。
そういう意味で――私は私のための、身勝手で独り善がりのエゴイズムのためにあんたを利用してる。
ある意味では――私が受け入れたインデックスよりずっとずっと高く評価してる。

似た能力、一つ違いの序列、愛した男が同じ……それでいて異なる物の見方。
私にとってあんたは、これ以上ない最高のスペア(代替品)だ。
その当麻が好きって言う心の動きさえも――私の手の内だ。

こんな私があんたの友達でいていいはずがない。あんたが私を友達にしていいはずがない。
私は腐ってる。狂ってる。どうしようもなく歪んでる。
だから私はあんたと絶対に友達にならない。そんな資格は私にない。

私はいつかきっと取り返しのつかない過ちを犯す。
これは甘えだ。あんたを体よくストッパー代わりにダシにしてる。
私とあんたが肩を並べるとしたら当麻に絡む戦いの時だけだ。
それ以外で交わってヘラヘラ出来るほど私は人間が出来てない。その程度の恥くらい知ってる。

あんたとだけは馴れ合わない。あんたが当麻を真剣に好きなのをわかってて、それでも髪の毛一本譲ってやるつもりもない。
――だから、私は死の形以外で当麻と別れるつもりもない。
私が死んだら、あんたに当麻を預ける。だから決してあんたには番を回さない。

あんたは綺麗だよ御坂。私が見てきた女の中で一番綺麗だ。
真っ直ぐで、強くて、揺るがない。素のまま生のままの自分で勝負出来る。
私には無理だ。間違ってるとわかってて道と自分を曲げられない。御坂、あんたはね――
 
 
 
 
 
―――あんただけが、私にとって唯一無二の“対等の敵”だ。
 
 
 
 
 
私の前に立ちふさがって私に食ってかかれる……唯一の人間なんだよ御坂。
いつか私はぶつかる。遠いか近いか、早いか遅いかはわからないけど、未来のどこかで避けられない激突が必ずある。
お前は私にとって眩し過ぎる。だから馴れ合わない。

私がもし、お前を友達と呼べる日が来るなら――
それはきっと、生きて帰るつもりもない戦いの中自分と引き換えにしてでも殺さなきゃいけない奴に出会った時だ。
――あんたは私がなれなかった私で、私はあんたがなろうとしてもなれない私だ。



だから――






183作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:31:19.895HPWMU5AO (23/32)

~17~

麦野「――ぶち殺してやるよ、そんな幻想」

御坂「―――!!?」

その時――麦野が寄せた美貌が、御坂と相貌に重なった。
御坂の唇のちょうど真横に、落とされた口づけ。
それに御坂が真っ赤に紅潮させた顔のまま引きつり、物音に身を固くし目を瞬かせる猫のように硬直した。

麦野「――死ね。死んじまえ。これが私の答えよ御坂。もういっぺん言う。死ね!」

最も唇に近い場所に落とされた口づけが離れ、御坂の形良い耳朶へと麦野は囁きかけた。
静止した時間が、交わった長針を引き離し重なった短針を引き剥がすように。

御坂「なっ、ななっ、ななな……」

麦野「唇じゃねえんだ。お互いこれでノーカウントよ。ざまあみろクソッタレ!!」

御坂「なにすんのよあんたはァァァァァァァァァァ!!?」

ライナーとマスカラの落ちた眦が離れて行く。
グロスもリップも引かれていない唇が離れて行く。
ストレートとウェーブのかかった髪が離れて行く。

麦野「(悪いね当麻。これ浮気じゃないから。さっきヤられた分の仕返しだから)」

御坂「これが答えって……答えになってないわよ馬鹿ー!!」

麦野「(そう言えば、インデックスにもほっぺにチューしてやった事ねえな。いやしないけどね?女同士とか気持ち悪い)」

御坂「ちょっとあんた!聞いてんの!?ねえってば!!」

麦野「(ああ、そう言えば当麻におかえりなさいとおやすみなさいのキス出来なかったな。明日はおはようのキスもなしか。口直ししたいなー)」

御坂「――麦野さん!!」

麦野「馴れ馴れしいんだよ。太いのブチ込んで幻想と一緒に××もブチ犯してやろうか?」

御坂「っ……」カァァァ……

麦野「おやすみ。私ソファーで寝るからあんたベッド使って。それじゃ」ズルズル……バサッ

御坂「ちょ……ちょっとー!!」

そして麦野は上条のワイシャツを寝間着に、ボロボロのぬいぐるみとふかふかのブランケットを引きずってソファーに寝転んだ。
カッペリーニのソファーは数人掛けでもなお広々としているし、何よりそこらのベッドなど話にならないほど柔らかいのだ。
長時間座っていても寝ていても身体が痛くならない。と

麦野「ん……ああ、携帯」

不意に腰元に感じる違和感……それは先程放り出した携帯電話だった。

麦野「………………」




184作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:33:59.435HPWMU5AO (24/32)

~18~

なっ……なんなのよこの女!!?私が嫌いなの!?嫌いならなんでチューすんのよ!
ビックリし過ぎてかわせなかったじゃない!黒子だってあそこまで大胆にやらないわよ!!
……この期に及んでまだ私の事そんなに嫌いなら、どうしてそんな事するのよ。訳がわからないじゃない。

麦野「第三位」

御坂「……なによっ」

麦野「まだ怒ってんの?あんなの変態なあんたの後輩が挨拶代わりにやってるんでしょ」

御坂「させないわよ馬鹿っ!」

麦野「あっそ。別にどうでもいいんだけどさ、ちょっとこっち来てよ」

御坂「……またするつもり?」

麦野「してほしいのか?死ね。写メ撮るからこっち来いっての」

御坂「は?」

えっなに?写メ撮るって……なんの写メ撮るの?
……とりあえず、行ってみるか。また同じ事したら電撃浴びせてやるわ。
やっぱりこの女大嫌い!いきなりあんな事するなんて人間として最低よ!

麦野「よっ……こんくらいくっつきゃ入るか?」グイッ

御坂「わわわっ……」

うわっ……何これ、アイツとケータイショップで写真撮ろうとした時みたい……
どうしようすごくいい匂いするこの人……指細いし……か、肩くっつけてるだけでわかるくらい胸ボリュームあるし

麦野「――たまにはいいでしょ、こんなのも」

御坂「……?」

麦野「何でもない。撮るよー」

パシャッ

麦野「……こんなもんかしらね?」

御坂「うん、いいんじゃないかしらね」

麦野「何せ元が良いからね。私の」

御坂「ナルシスト!!」

麦野「逆に聞くわ。私から外見と能力取ったら何が残る?」

御坂「」

麦野「そういう事」ピコピコ

わー打つの早いな……やっぱり手先器用なんだ。
の割に爪とかそんなにつけたりいじったりしてないみたい。
ん……でもさ、何でいきなりツーショット写メなんか??
たまにはいいとか言うのはまあ……確かにそうだけど?

麦野「こんなもんか。修正完了」

御坂「わー……きれかわ」

麦野「――勘違いすんなよ。私はあんたを友達なんて絶対に呼ばない」

御坂「えっ?」

麦野「けど……あんたが私をそう呼ぶのはあんたの勝手」

……素直じゃないなあこいつ。どんだけ高慢ちきで、どんだけ傲慢なのよ。
プライドって椅子から降りたら死ぬんじゃない?この女。

御坂「――じゃあさ」

麦野「あん?」

御坂「それ……私にも送って?」

麦野「……ふんっ」



185作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:34:46.015HPWMU5AO (25/32)

~19~

一方……御坂美琴不在の常盤台女子寮では――

白井「「んほぉおおおっ!!おほぉおおおおっ!!!」

――帰らざる主の目を盗み、家族全員が出払い取り残されたマコーレ・カルキン以上のハッスルを繰り広げている変態と言う名の淑女……
白井黒子が御坂のベッドの上で飛び回り、跳ね回り、のた打ち回って布団や枕の匂いを吸引してトリップしていた。
その様相たるや正気を疑うどころか狂気の沙汰であり、自然薯を掘り当てる猪が如く鬼気迫るそれだった。

白井「あは、ぬふ、ぬは、ぬほ!しゅごい!最高!お姉様っ!お姉様っ!!おねえぇぇぇぇぇ様っっ!!わたくしは……わたくし黒子はひぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!」」

まさにやりたい放題、もとい犯りたい放題である。
世の中東京タワーをレイプする魔王は存在するが――
親愛なるルームメイトにして敬愛する先輩のベッドをレイプするのはこの230万人の学生らの住まう学園都市にあって白井黒子唯一人であろう。
オンリーワンにしてナンバーワンの変態性を如何なく発揮し、白井の夢は夜開く。

白井「わ……わたくしこと白井黒子はぁぁぁぁぁぁっっ!!わたくしはいけない子ですのぉぉぉぉぉ!!お鼻がっ!!!黒子のお鼻の穴が広がってじまいますのぉぉぉぉぉぉお姉様の、お姉様のいい香りでぇぇぇぇぇぇっっ!!んほおぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっっっ!!」

御坂は今夜実験で帰らない、と聞かされその実母美鈴からのコールも手伝ってか――
白井のテンションは土曜の夜を迎えたペンキ屋、エンドレスピークにして終わりなきクライマックスである。
炙りをやった白いうさぎをダイソンの吸引力を以て吸い込みトリップしたようにさえ見受けられる。しかし



フリソソグーネガイガイマメザメテクー♪


白井「お姉様っ!?」

突如として鳴り出す着信音に白井は正気を取り戻した。
御坂は泊まり込みでレベル5との共同能力実験に携わっているとの話しか白井は聞かされていない。
第六位が一体どのような人間か、と言う興味ももちろんあったが――
そこで白井はサイドボードに置いていた扱いにくい携帯電話を取り出し、開く。

白井「……!!?」

その濁っていた双眸が、驚愕に見開かれた。




186作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:38:52.625HPWMU5AO (26/32)

~20~
――――――――――――――――――――
10/3 0:43
from:お姉様
sb:もう寝たかな?
添付:(68KB)20XX1003_036.01jpg
本文:
ごめん黒子っ!実験って嘘!
でもでも見て見て!
これ第四位と撮ったの♪
起こしちゃったらほんと悪いっ
――――――――――――――――――――

白井「ぎょえええええぇぇぇぇぇ!!?」

先程までの熱に浮かされた狂態が見る見るうちにその勢いを鎮静化させて言った。
驚きはおよそに分けて三つ。一つ目は実験と言う話が嘘だった事。二つ目はどういう経緯からか第四位といる事。
そして三つ目は……よほど嬉しかったのか、こんな時間に、嘘をついた事をバラしてまで――
あの上条当麻を巡って戟刃を交えていた不倶戴天の仇と仲良く映っていると言う事実。

白井「お、お姉様に何がございましたの……黒子を、この黒子を差し置いてぇぇぇぇぇ!!」

御坂美琴は一般的な常識と感性を持ち合わせている。
そんな彼女がわざわざこんな時間にこんな用件でメールを送るなど……
久しぶりに見せたそのあまりの無邪気さに、白井は頭をかきむしった。

白井「……くうっ、くくく……ぐががが、ぐががが!ま、まあ?わたくしとお姉様が居並ぶ立ち姿の次点くらいにはお似合いでしてよ?……クソッ、クソッ、クソがこんちきしょうですのぉぉぉぉぉ!!」

ソファーなのかベッドなのか……男物のワイシャツ姿一枚のアダルトな麦野と、パジャマ姿のキュートな御坂。
右手で御坂の肩を抱き寄せ頬を合わせ、添い寝している所を上から撮影したものであろう。
御坂にいたってはうっすらはにかみながら無邪気にピースまでしているのだ。
どう見ても事後です本当にありがとうござい(ry

白井「……何故、あの第四位と?」

が、白井はそこで思い当たる。麦野と御坂の仲の悪さは余人が仲裁に入ろうとして返り討ちに遭い、調停を試みて弾き飛ばされるレベルだ。
類人猿……もとい件の上条当麻を巡っての二人の確執、遺恨の根深さは周知の事実だ。それが何故――

白井「―――お姉様は、優し過ぎますの」

決まっている。御坂美琴から、麦野沈利へと歩み寄ったのだ。
あの地雷原を敷き詰めて侵入を拒み、スナイパーストリートのように容赦なく撃ち込むような……
レベル5最狂の女性能力者に……手を差し伸べたのだろうと。



187作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:41:13.285HPWMU5AO (27/32)

~21~

白井「まだまだわたくしは、お姉様のあの境地には辿り着けませんの」

恋敵とも言うべき同性、好敵手とも評するべき能力者を相手に……
手を差し伸べられる器量と、歩み寄れる度量。
白井の目からすら叶わぬ恋を投げ出せない一途さ、真摯さ、明朗さ……
苦笑せざるを得ない。つくづく遠く、そして広い背中だと。

白井「……――もしわたくしが、お姉様の立場でしたら……果たして、そんな風に出来ますの?」

いっそのこと、力尽くで奪ってしまえば良いものを……と言う考えが脳裏を掠め、白井は思考を止めた。
自分が御坂の立場ならば、恋敵を向こうに回して奪い取れるか?
否と言えずわからない、と言う結論に留めた。その時になって、当事者になって初めて人は己を知るのだから。

白井「……もし――」

もし自分に御坂美琴よりも大切な横顔が出来、その相手が既に違う相手と手を携えていたならば……
自分はどうするだろう。理想としては潔く身を引いて見守る側に立ちたい。
だがもし……だがもし、その相手に自分が手を差し伸べねばならない時が来たとしたら……
自分は取ったその手を、自分の腕の中に抱き寄せてしまいはしないだろうか?

白井「……あーりえーませーんのー♪」

自分に親愛、恋情いずれの両面からも御坂美琴を上回る存在など考えられない。
もしそんな相手が生まれたとすれば恐らく、御坂とは全く違うタイプの……
砲弾すら傷を付けられないダイヤモンドではなく、指先で触れただけで砕け散りそうなガラス細工だろう。

白井「ふひゃふぅぅぇぅぅ!!ならばわたくしはしどけない寝姿写メールでお姉様を眠れなくさせますのぉぉぉぉぉぉほっほっほっほあっはー!!」パシャッパシャッ

捨てられ雨に打たれた野良猫のように、世を拗ねて背中を丸めているような相手。
御坂をとても賢く逞しく人懐っこい大型犬に例えるならばの話だ。
白井は自分で自分をそこまで面倒見の良いタイプとまで思えるほど自己評価は高くなかった。

寮監「こんな時間まで何を騒がしくしている白井ィィィィィ!」ガラッ

白井「げえっ、寮監!!」ジャーンジャーン

寮監「刎ッッ」ゴキィッ!

白井「あうう……」ドサッ

だが、冷たい驟雨に撃たれ街を彷徨う野良猫のような誰かが……
翼の折れた黒揚羽のような誰かが救いを求めて来たならば……


もし―――………


188作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:45:47.185HPWMU5AO (28/32)

~22~

――――――――――――――――――――
10/3 1:17
from:沈利
sb:やっと寝た
添付:(96KB)20XX1003_036.01jpg
本文:
で、こんなん撮ったよ(>_<)
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:20
To:沈利
Sb:仲良いな!
添付:
本文:
お疲れ!俺のワイシャツ……
やっぱりお前か。一枚足りないと思ったら。
インデックスも寝たぞー
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:21
from:沈利
sb:ごめん。持って帰っちゃった。
添付:
本文:
あんたもお疲れ♪ねえ、私とこいつどっちが
可愛い?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:23
To:沈利
sb:仕方ねえなあ
添付:
本文:
沈利だって。言わせんな恥ずかしい。
でも、この調子で仲良くなっていけたら……
上条さんも喜ばしい限りですよ。
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:24
from:沈利
sb:RE:仕方ねえなあ
添付:
本文:
別に
――――――――――――――――――――




189作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:47:10.905HPWMU5AO (29/32)

~23~

――――――――――――――――――――
10/3 1:27
To:沈利
Sb:RE:RE:仕方ねえなあ
添付:
本文:
俺から見ればお前ら友達だよ普通に。
そう思ってないのお前らだけ(笑)喧嘩友達?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:28
from:沈利
sb:死ね
添付:
本文:
(笑)←すげームカつく(>_<)お前可愛くない
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:30
To:沈利
Sb:死ねとか禁止
添付:
本文:
お前は可愛いぞ?やべえそろそろ寝る時間だ
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:31
from:沈利
sb:死ね死ね
添付:
本文:
アンタにはもったいないくらいね(>_<)
腹立つ!さっきやったオカズ返せ!!
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:33
To:沈利
Sb:もう寝るぞー
添付:
本文:
ヤだ。
今日は本当にお疲れ様。ありがとうな、沈利
――――――――――――――――――――


190作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:47:47.835HPWMU5AO (30/32)

~24~

――――――――――――――――――――
10/3 1:34
from:沈利
sb:結構撮り直して恥ずかしかったよ……
添付:
本文:
わかった…………ねえ、当麻私の事好き?
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:35
To:沈利
Sb:よしよし
添付:
本文:
好きだぞ。すげえ大切に思ってる。
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:35
from:沈利
sb:スリスリ
添付:
本文:
もう一回!
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:38
To:沈利
Sb:ギュッとな
添付:
本文:
明日もお前に会いたい。毎日お前といたい
――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――
10/3 1:39
from:沈利
sb:私もアンタの事大好きだよ
添付:
本文:
私も同じだよ(>_<)また明日ね当麻♪
まただよ。また明日会おうね。おやすみ……


ギュゥゥッ
――――――――――――――――――――




191作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/19(火) 21:49:51.075HPWMU5AO (31/32)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――――――――――――――――
10/3 1:43
To:沈利
Sb:誰かにおやすみが言える幸せ!
添付:
本文:
また明日な!!




PS:友達出来て、良かったな!
――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



192投下終了です!2011/07/19(火) 21:51:33.445HPWMU5AO (32/32)

第六話終了です……画像は皆様の心の目でお楽しみ下さい。では失礼いたします


193VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/07/19(火) 22:09:02.74kldqp9Hw0 (1/1)

さりげなく結標さんの存在ほのめかしてるところがいい…


194VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県)2011/07/19(火) 23:40:22.071cPmoQSt0 (1/1)

乙ですの。黒子の抜群の安定性ww
本編なみの書き込みで、サラッとは読めないけど読み応えあるね。
なんだが、「re-take」っていうエヴァの同人誌を思い出したよ。


195VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/20(水) 02:22:11.08yIHMG5hI0 (1/1)

御坂パート長い

萎える


196VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/20(水) 04:51:03.56mcc/eElO0 (1/1)

むぎのんがもはや別キャラだな


197VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank)2011/07/20(水) 15:46:39.22aL636b1Qo (1/1)

相変わらずここのむぎのんかわえぇなぁ…
ふと思ったが偽善使いの人が当麻&アイテム一家のSS書いたらどんなことになるんだろうか


198VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/20(水) 15:56:41.61SV0E9pHk0 (1/1)

やっと追いついた乙。これ新約編の前なんだね。むぎのんの性格が若い
後の作品よりまだ全然強くない。だがそれがいい


199VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/20(水) 16:05:33.60S8OHf6Pdo (1/1)

むぎのんはかわいいなぁ!
むぎのんはかわいいなぁ!!
むぎのんはかわいいなぁ!!!


200VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州)2011/07/20(水) 19:20:45.08CC3Q48kAO (1/1)

御坂はなぁ…なんだかなぁ


201VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越)2011/07/20(水) 20:32:41.39NVR8R5IAO (1/1)

ミサカがいい子すぎて泣いた…
敵としてしか存在出来ないとか残酷すぎて泣ける。



202作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 18:10:33.837OOgLsNAO (1/19)

>>1です。
第七話の投下は21時になります。これで前半部分が終了となります。それでは失礼いたします


203VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/07/21(木) 20:28:31.38MBbhpim2o (1/2)

お待ちしています


204作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:45:26.687OOgLsNAO (2/19)

~1~

浜面「あれ?駒場のリーダーは?」

服部「食事休憩だとさ。朝から何も食べてないんだと」

浜面「ヒュー!流石リーダー!!」

服部「ガッツリ三食どころか今だって食ってる奴の言うこっちゃえな」

浜面「腹が減っては戦は出来ぬ、って言うだろ?」モグモグ

服部「武士は食わねど高楊枝、とも言うだろ」

浜面「そういうお前は忍者の末裔……なあ、江戸時代とかそんな頃からお前のご先祖様ってこんな事してたのかな?」

服部「わかんねーよそんなもん。ご先祖様に顔向けどころか親不孝の極みってな事してんだからさ。今も」

浜面「違えねえや」

時を遡る事数時間前……浜面仕上、服部半蔵率いるスキルアウトの集団の一派はとある廃ビルにて棒火矢作りに精を出していた。
かく言う浜面もホットドッグを頬張る傍ら樫の木材をくり貫いており、半蔵は手製の爆薬の調合に。
残る七人の面子も完成して行くそれらに塩化ビニール性の羽根を三枚ほど取り付ける作業に勤しんでいる。
そう――全ては、駒場利徳による学園都市への反旗を翻す計画のために。
引いては無能力者狩りを行う能力者らに対応するための武器の手入れも含めて。

スキルアウトa「おーい“設置”の方はどうだー?」

スキルアウトb「自転車寄せるヤツならもう終わったって」

スキルアウトc「ちげえよ馬鹿。お偉方の施設に詰めるゴミの話だよ」

スキルアウトd「誰かやってんだろ?あれ臭えから俺やりたくねー」

スキルアウトe「ば、馬鹿聞こえ」

服部「聞こえてるぞ。文化祭じゃねえんだ!!真面目にやらねーとお前らから詰めちまうぞ!?」

スキルアウトf「ひいっ!?」

浜面「まあまあ半蔵そうカリカリすんなって。もう設置は二万件以上終わってんだろ?後は駒場のリーダーが花火上げるだけだ。それより……」

スキルアウトG「あいつらは!?あいつらは帰って来たのか!!?」

それぞれの役割分担を時に真面目に、ある者は嬉々として、またある者はマメに無線機で報告・連絡・相談と意見を交わす雑多な室内にて……
まるで花火工場のような様相を誇るコンクリートの打ちっ放しの部屋にあって響く狼狽した声音に浜面が振り向いた。
最近出所して来たらしい新参者である。その額には大きな向こう傷がついており――
されど、その強面に反して顔色は良くない。それに対して浜面は渋い顔を作りながらもそのスキルアウトの肩を叩いて宥めた。




205作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:45:53.017OOgLsNAO (3/19)

~2~

浜面「……落ち着けよ」

スキルアウトG「これが落ち着いていられるかよ!?もう三日だぞ!?三日も見つからねえって事は」

服部「おい!!」

浜面「だから半蔵も落ち着けって……落ち着けってのは、この際あいつらは帰って来ねえもんだって諦めろってこった」

スキルアウトG「……けどよお!!」

浜面「――最初から腹括ってこの話に乗ったんだろうが!!今更ブルって士気下げるような事言うなってんだ馬鹿野郎!!」

戦慄くスキルアウトの動揺を鎮めるように渇を入れた浜面の怒声が、室内をシンと静まり返らせた。
青白い月の光が見下ろす廃ビル内にあってその声は落とされた雷のようですらある。
それにスキルアウトの押さえられた肩がビクッと強く一度震わせたが――それがショック療法となったのか声から動揺の色が褪せて行く。

スキルアウトG「すっ、すまねえ……俺が悪かった」

浜面「……良いんだ。捕まったヤツらもこうなる事を想像くらいしてたろうし俺らも覚悟はしてる……お前の事情も、一応聞いてるし無理もねえ。けどな、二度とブレるな。いいな?」

スキルアウトG「あっ……ああ」

半蔵「………………」

駒場利徳の計画。それは学園都市内における現在コードオレンジに設定されている学園都市の警戒レベルを……
まず二万件以上設置された災害時誘導経路の阻害、VIP施設の出入り口付近周辺の排水口をゴミで封じるなどして下準備を整える。
そして常ならば保安上の問題にもならないそれらの『爆弾』を、駒場のみが知る『起爆点』より一斉に蜂起させるのだ。

それにより一斉にコードオレンジからコードレッドへと警戒レベルを引き上げ――
大量のエラー報告を打ち出し通信網を整備するサーバーをダウンさせると言う作戦だ。
当然その『起爆点』を知るはスキルアウトらのリーダーでありブレインでもある駒場利徳である。

スキルアウトGが問題にしているのは、少なからず拿捕された仲間達が帰ってこないと言う事。
駒場しか知り得ぬ情報を求め、次々と捕まっては姿を消しているのだ。
最善でも拷問、最悪殺されているだろうし――拷問の上で殺されている可能性の方が遥かに高い。

半蔵「(……とんだ厄介者拾っちまったぜ……浜面の言い草じゃねえけどこういうヤツが一人いると周りに影響がでる)」




206作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:47:50.977OOgLsNAO (4/19)

~3~

そもそもこの計画は、警備員が一日二日はまともに動けない状況下にあって無能力者狩りに参加する凶悪な能力者らを討つためのものだ。
自分達スキルアウトの一部と能力者が街中でかち合い、口論から始まった一連の騒ぎ……
それに対し、駒場は重い腰を上げたのだ。責任は自分達の手でつけると。

浜面「……もういい、作業に戻れよ」

スキルアウトG「ああ……」

街の通信機能を麻痺させ、警備員や風紀委員へ通報出来ない状況下にてリスト化した凶悪な能力者らを集団で襲って駆逐する。
駒場の指揮と半蔵の立案により、人員、金銭、物資……他のスキルアウト組織との連携。
計画はとりもなおさず順調に進んでいるように思えた。しかしハードに伴うソフトはそうは行かない。

浜面「……イヤなもんだな、こういうの。俺やっぱり人使うの上手くねーわ。向いてない」

服部「何言ってんだ。お前こそしっかりしろって。万が一駒場のリーダーになんかあったら次に回されるお鉢は浜面、お前なんだぜ?」

浜面「俺は駒場のリーダーほど頭も良くねえし人望もねえよ。何で俺なんだ何で……」

叩かれた肩を落として持ち場に戻るスキルアウトGを見送りながら浜面はホットドッグの紙袋に苛立ちをぶつけるようにクシャクシャと丸める。
同時に口に合わない硬水を飲み干した後のような空気が漂っていた室内が、再び機械的な作業に戻る。
誰しもが次は自分達が攫われる番かと思うと、こうして手でも動かしていないとやってられない。
浜面もまた半蔵からの駒場の後継者として……と言う説教に対して話題の矛先をそらしたかったのか

浜面「あいつさ、三ヶ月前くらいに仲間皆殺しにされて、仇討ちしようとして車で突っ込んで、結局そのまま事故ってお縄になったんだよな……だからかな、仲間絡みの事になるとカリカリすんの」

服部「例の“茶髪の女”だろ?でも“リスト”にそんな女乗ってなかったんだし、この無能力者狩りとは関係ねえのかもな……うん、三ヶ月前か……確かケンカ通りでだったよな?」

そう……三ヶ月前のある日、スキルアウトの一派が一人の能力者に絡んで皆殺しにされたと言うその事件。
死体すら残らなかった、闇から闇に葬られたその事件の犯人……『茶髪の女』と言うその特徴しか最早わからない。そう――

浜面「ああ。6月6日だ。ぞろ目の日だから覚えてる」


上条当麻と麦野沈利が出会った日である――




207作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:48:48.237OOgLsNAO (5/19)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第七話「罪の跫音」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



208作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:49:14.667OOgLsNAO (6/19)

~4~

フレメア「うーん……うーん……」

時は遡る事数時間前、美女と野獣と悪漢の奇妙な巡り合わせは何の変哲もないコンビニエンスストアにて収束した。
皓々と照らす蛍光灯の人工的な光が夜の帳に抗うように瞬き、スイーツコーナーでおとがいに人差し指を添えてうんうんと唸るフレメア。
その背後にて両脇を固めるは駒場と垣根であり、片や呆れ顔、片やその強面を渋面を浮かべて並び立つ。

フレメア「モンブランにしようかな……ショートケーキにしようかな……うーん」

垣根「なんだ、悩むくれえなら両方買っちまえよ」

フレメア「ダメ。大体、さっき悪いお兄ちゃんとご飯食べたから一つしか入らないよ」

駒場「………………」

フレメア「ねえねえ駒場のお兄ちゃん?」

駒場「……うん?」

フレメア「モンブランとショートケーキ、大体どっちがいいと思う?」

そこでフレメアがモンブランとストロベリーショートケーキの二つを背伸びして駒場に見せた。
180センチを越える垣根をして頭一つ抜きん出た駒場とフレメアの身長差はまさに大人と子供のそれである。
結局どちらかを決めきれず、右手に苺左手に栗のスイーツを掲げてフレメアは迫る。
それこそ砂糖菓子のような笑みを湛えてニッコリと

駒場「……俺が決めるのか?」

フレメア「うん!どっちも決められないからお兄ちゃんに選んで欲しいの!」

垣根「……おーい?金髪の嬢ちゃん?」

フレメア「?」

垣根「二つとも選んで、片っぽ兄ちゃんにくれよ。そうすりゃ一口ずつだって食えんだろ」ニコッ

フレメア「ねえねえお駒場の兄ちゃん駒場のお兄ちゃん早く早く!」ピョンピョン

垣根「(……泣いてねえ、泣いてねえぞ!!)」グスン

『あなたなら私が本当に食べたい方を選んでくれるよね?』と言わんばかりに輝くフレメアの瞳に垣根は映っていない。
小さくとも女は女であり、女とは女に生まれるのではなく女になるのだ……
と言う引用を諳んじるまでもなく垣根の意見と存在と笑顔は無視された。
『男は顔ではない』と言うのは真実の一端を締めているのだ。間違いなく。




209作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:52:06.487OOgLsNAO (7/19)

~5~

駒場「……そうか、ならば」チラッ

フレメア「?……//////」

そこで駒場が見下ろしたのは、フレメアの服装だった。
ワインレッドのタイツにベレー帽、ピンクとホワイトを基調とした可愛らしい姿。
そこでフレメアの手にもたれたモンブランとショートケーキを改めて見やり――そして選ぶ。

駒場「――苺の方だ」

フレメア「うんっ!」

垣根「(クソッタレ)」

付き合い切れるか、と言った表情で垣根は店内をぐるりと見渡す。
深夜のためか一人しかいない店員、まばらな客しかいない店内。
傍らには巨漢と幼女、そして自分は連れる女もいない手持ち無沙汰。如何せんして所在ない心持ちである。

垣根「さーて俺はどうすっかなー……ん」

そこで垣根はドリンクコーナーへと足を運び、迷う事なくRootsのアロマブラックを手に取る。
垣根はフレメアのように二つある中から一つを選ぶ事はしない。
二つあれば二つ、ダメならどちらも選ばない。
右にパン、左に肉、選べと迫られればどちらにも口をつけず飢えて死ぬべき、それが『自由』だと言うダンテのそれに習う訳ではないが――

駒場「……それだけでいいのか?」

垣根「いいんだよこれだけで」

フレメア「また苦いの飲むの?それが人生の味だから?」

垣根「ちげえ。単に甘ったるいもんにやられたからスッキリしてえんだよ」

フレメア「?」

垣根「(お前らの事だよ!)」

わかりきった事ではあるが、人間は二本の腕しか持てない。
その中に収まり切らない何かを欲するとすればもう背に負う事しか出来ないのだ。
子供とは無垢な貪欲さを生まれながらに持ち合わせている。
可能性、と言い換える事も出来るだろう。それに垣根は目を細めた。

垣根「(いつからだろうなあ)」

ケーキを欲さなくなり、砂糖の味もわからなくなるような殺戮の暴風の中を駆け抜けて来たのは。
この秋空に瞬く星のように、ありふれた悲劇に心を砕かれ闇に堕ちた幼年期の終わり。
子供の瞳には不思議な力があり、時に鏡に映った自分を見るような気持ちにさせられる。迷いの具である。

垣根「……やっぱこれも貰うわ。いいか?」

駒場「……構わない」

垣根「たまには悪くねえか、こういうのも。ほれ」

フレメア「はーい!」ガサッ

垣根がスイーツコーナーから取り出したのは、モンブランだった。


210作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:52:50.047OOgLsNAO (8/19)

~6~

一手足りない、と駒場利徳は感じていた。それは自らの計画を言わば俯瞰的に見られる『鳥の目』からだ。
駒場の指示に従い手足となって動いている浜面らは言わば平面的に見る『獣の目』である。
そう、一手足りない……それは『必ず勝つ』『決して負けない』と言う相反する勝利条件。
すなわち『計画が頓挫してもしなくても無能力者狩りを止める』と言う一手。

フレメア「駒場のお兄ちゃんどうしたの?大体、いつもより難しいお顔してるよ?」

駒場「……何でもない、少し疲れただけだ」

フレメア「お休み出来ないの?もう寝る時間なのに?」

駒場「……“宿題”が溜まっていてな。なかなかはかどらなくて困っている」

フレメア「ふーん……どれくらい?」

宿題……自分がそういうものに頭を悩ませていたのはいつ頃だったかさえ記憶は朧気だと駒場は感じていた。
踏み入れた路地裏の世界。スキルアウトと言ってもそれこそ寮にも学校にも帰らず路上生活している者は1%に満たない。
潜在的には一万人は存在されると言われるスキルアウトにあってさえ帰る場所は必要なのだ。

駒場「……山積みだ」

フレメア「大体、夏休みの宿題よりいっぱい?」

駒場「――……そうだな」ヨシヨシ

フレメア「/////////」

駒場利徳は考える。最初はただ居場所が欲しかった。
学校、教室、机……そこに自分達の居場所はなかった。
居場所を作るためと言う建て前だけでは許されないような事もして来た。
自分も多分に漏れずその一人であったし、そんな自分が掃き捨てられるこの10月の落ち葉のような吹き溜まりの王となった時――
出来た事は、その中にあってスープを吸い過ぎた麺のようによれよれな『一線』を引く事だけだった。そして

駒場「……舶来、お前の宿題は終わったのか?」

フレメア「あっ……いけない」チラッ

垣根「おいコラ!“このお兄ちゃんに連れ回されて宿題が出来ませんでした”みたいな目でこっち見んのやめろ!!」

フレメア「大体、その通りじゃない?違う?」

垣根「……女って絶対わかりきった答えを男の口から言わせたがるよなクソッタレ……ああわかった!見てやるから宿題出せよ」

フレメア「えっ?お兄ちゃん、大体何年も学校行ってないってモノレールで言ってなかった?大丈夫?」

垣根「ムカついた。舐めてやがるなテメエ」ビキビキ

この温い灯火を何としてでも守りたかったのだ。何に代えても


211作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:54:50.987OOgLsNAO (9/19)

~7~

駒場「……モノレール?そう言えば、まだお前達が何故居合わせたのか……聞いていなかったな」

フレメア「………………」

駒場「……舶来?」

三人はコンビニの駐車場、その車止め近くに腰を下ろしていた。
駒場はスーパーの袋をシート代わりに丸々一本のハム、サバの水煮缶、生卵のパックを広げて。
垣根はコンビニのガラスに凭れかかるようにしてコーヒーを飲み、フレメアは背中から下ろしたランドセルを開く形で――
バツが悪そうな……そう、まるで先生に怒られる前の子供のように悄然と俯いた。が

垣根「――霧ヶ丘の女学院だか付属だかに絡まれてんだよ、ソイツ」

フレメア「言わないで!」

駒場「……そうなのか?」

フレメア「………………」

駒場「……そうなんだな?」

とぼけた顔で悪びれた風もなく垣根が語り、フレメアが押し黙り、その隣で駒場が顔を上げる。
フレメアは答えない。言いたくないのだろう。
だがしかしそれに付き合う義理もない垣根はおもむろに煙草を取り出して咥え、炙った穂先から立ち上る紫煙を美味そうにくゆらせた

垣根「そのガキな、自分達無能力者はゴミなんかじゃない、あなた達と何も変わらない同じ人間だ……エラい剣幕で食い下がってたぜ。おかげでこちとらこのコーヒーがねえと寝ちまいそうなくらい睡眠不足だ」

駒場「……お前が、それを助けてくれたのか」

垣根「そんなつもりじゃねえよ。ただの寝起きのムカつきぶちまける誰かが、たまたま輪にかけて五月蝿え馬鹿ガキ二人だったってだけだ」

文字通り煙に巻いて出た言葉が、乳白色の煙と共に夜風に溶けて舞い散る。
雲一つない、夜の海に揺蕩う海月に雲をかけるようなその仕草に、駒場は垣根と言う男の一端を知った。

駒場「……礼を言う」

垣根「もうもらってる」

チャプチャプと手中のRootsの缶を揺らして垣根はどういたしましてと目線を切った。
それにフレメアが一瞬非難がましい視線を送るも……

駒場「……舶来」

フレメア「……だって、だって」

ギュッとスカートの裾を握り込むようにしてフレメアは俯いたまま言葉を紡ぐ。
駒場はその巨体を屈めると言うより縮めるようにしてフレメアと向かい合う。
それは幼い姫君に剣を預ける騎士の絵画のようにも垣根には見えた。




212作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:55:20.057OOgLsNAO (10/19)

~8~

フレメア「……私達はゴミなんかじゃないもん……駒場のお兄ちゃんも半蔵も浜面もみんなも……みんなみんなゴミじゃないもんっ」

駒場「………………」

フレメア「みんなまで、無能力者みんなをゴミって言われてるみたいで悔しかったんだもん!!」

駒場「……舶来」

フレメア「わた、私達……私達、ごっ、ゴミなんかじゃないもん……だ、だか……ぐすっ……わたっ逃げたくなかった……逃げないで、ゴ、ミじゃないって、言ったもん!!」

フレメアは闇夜の中にあって虹をかけるような澄んだ涙をポロポロとこぼして行く。
自分を、駒場らを、無能力者を、みんなを馬鹿にされたのが許せなかったのだ。
許せない事から逃げない。これは子供にしか持ち得ぬ正義だ。
無力で、ちっぽけで、ガラクタのような力の伴わない正義。

垣根「(……ガキにしか流せねえ種類の涙もある)」

チリチリと中ほどまで焦げる黒煙草を横咥えしながら垣根は片手をポケットに突っ込む。
垣根は決してフレメアを侮り蔑んでいる訳でも、褒め称えている訳でもない。

垣根「(ガキが泣くのは、テメエの力じゃどうしようもねえ現実を何とかしたくて泣くんだ。年食ったガキが泣くのは、どうしようもねえ現実に絶望してから泣くんだ)」

フレメアは無能力者が置かれている現状が許せなくて無謀な勇気で立ち向かった。
逆に席を離れ屈しようとした女子中学生は現状の中で賢明な判断をし屈服した。
だから垣根は女子中学生ではなくフレメアを連れ出したのだ。

駒場「………………」

フレメア「ひっく……えっぐ」

駒場はそんなフレメアを抱き寄せた。ゆっくりと、まるでヒナとタマゴを抱える皇帝ペンギンのように。
垣根はそれを見るともなしにみる。離れても良いしそれがこの場に置ける最善でもあるのだが―――





駒場「……――逃げていいんだ。舶来」





フレメア「……!?」

駒場「……逃げる事には、二つ種類がある」

駒場は、フレメアの両肩に余るほどの大きな掌と野太い指を乗せてその泣き顔を見つめる。
対するフレメアは怒られるとでも思っていたのか、どうして良いかわからぬまま駒場の顔を見据えた。
垣根もまた――ポトッと椿の花弁のように落ちる灰が転がり落ちるのも気にせずそんな二人を横目で見やる。

ウサギと、ゴリラと、ライオンが一つの月の下に見える奇妙な巡り合わせ――




213作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:57:14.927OOgLsNAO (11/19)

~9~

駒場「……舶来、お前はダチョウと言う動物を知っているか?」

フレメア「……うん、大体、知ってる」

駒場「……ダチョウは、空が飛べない。ライオンに見つかれば」

フレメア「早い足で、逃げるんだよね?」

駒場「……そうだ。だがダチョウも追いつかれてしまう時がある。どんなに足が早くてもだ……追い詰められたダチョウは、どうすると思う?」

フレメア「……わかんないよ。駒場のお兄ちゃん」

垣根「………………」コクッ

煙草に渇いた喉をアロマブラックで潤す。煙草でも吸わないと間が持たないし手持ち無沙汰だが――
今や煙草を吸う人間など時代遅れの野蛮人と言う風潮はこの学園都市にも当然ある。女受けも決して良くはない。

駒場「――舶来、顔と目を手で隠してみろ……」

フレメア「?…………こう?」

駒場「……そうだ。何が見える?」

フレメア「大体、何も見えないよ?」

駒場「……そうだな。じゃあ……俺は消えたか?」

フレメア「?。そんな事ないよ。駒場のお兄ちゃんはそこにいるよ」

駒場「……そうだ。だがもし、舶来がダチョウで俺がライオンならどうする?」

フレメア「えっ」

駒場「……ダチョウは追い詰められ、逃げ場を失うと地面に穴を掘って顔を埋めるんだ。そうするとライオンは見えない。見えないからライオンはいないんだと。だが――ライオンは変わらずダチョウを食おうとする」

フレメア「あっ……」

駒場「……それは悪い逃げ方だ。現実に目の前にある怖くて恐ろしいもの目を瞑って逃げようとしても、ライオンは消えない。絶対に」

垣根「………………」

しかし――こうやって、ただボーっとしているくらいならば身体に悪くともサマになると垣根は考える。
ダチョウとライオンの関係性について思いを巡らせるそれに対しても。

駒場「……もう一つはウサギの逃げ方だ。ウサギは――やはりダチョウのようには飛べない。これは同じだ。だがウサギは――」

フレメア「………………」

駒場「……“逃げる”ことから“逃げない”。逃げて逃げて逃げて……生き延びるまで逃げて生き残るために逃げるんだ」

フレメア「……うん」

駒場「……舶来、一生懸命生きるために逃げるウサギは本当に臆病だと思うか?」

フレメア「ううん……臆病じゃない」

駒場「……逃げろ。舶来。生きるために逃げるんだ」




214作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:57:43.167OOgLsNAO (12/19)

~10~

垣根「(……品と学のわかった野人か)」

根元まで燃え尽きた、煙草一本分の講義。そう――駒場が教えたかったのは逃げる勇気、生きる勇気だ。
モノレールでもフレメアのした事は、果たして垣根が偶々居合わせなかったらどうなっていたか……
結果は言うまでもない。駒場はそれをフレメアに諭したかったのだ。

駒場「……舶来、お前が俺達の分まで戦ってくれた事は……俺まで勇気をもらえた気持ちだ。だがしかし……お前のそれは無謀な前進だ。俺はお前に、勇気を持って逃げる事を知って欲しい」

フレメア「うん……でも」

駒場「……でも?」

フレメア「――どうしても、戦わなくちゃいけない時が来たら?」

駒場「――……」

だが……返って来た問いに駒場は苦笑しそうになった。
今がまさにその時だ。無能力者と言うウサギの身でありながら能力者と言うライオンに挑む自分が……
ダチョウにならないための、ウサギの王。追い詰められ戦うウサギそのものだと。

駒場「……その時は戦え。しかし一人では決して戦うな」

フレメア「……うん」

駒場「……逃げながら戦い、戦いながら逃げ、生きるために戦うんだ……約束だ、舶来」

フレメア「うん!!」

垣根「……フー」

垣根が煙ではなく息を吐いた。まるで答案用紙の解答に満足したようにライオンの王は月を見上げる。及第点だな、と。

垣根「……お兄さんからのありがた~~いお勉強も良いが……お前、宿題はどうすんだ?」

フレメア「あ」

垣根「宿題から逃げると先公がライオンに化けるぜ……どれ」

と、そこで垣根がフレメアに財布を渡して言った。
コーヒー二つ買って来い、代わりに好きなお菓子も一つだけ買って良いと。
そうすれば宿題を教えてやろうと言う交換条件で。

フレメア「えー……」

駒場「……行って来てやれ、舶来。このお兄ちゃんへのお礼、まだしてないんだろう」

フレメア「ありがとうは言ったよ?うん、じゃあ仕方無いから行って来てあげる!」タッ

垣根「俺をここまでコケにしてくれやがった女はテメエで二人目だこんちくしょう」ポイッ

駒場「っ」パシッ

去り行くウサギ、取り残されるゴリラとライオン。
そして垣根が駒場へとブラックルシアンを放り、それを駒場がキャッチした。


215作者 ◆K.en6VW1nc2011/07/21(木) 20:59:49.757OOgLsNAO (13/19)

~11~

駒場「……身体に良くないぞ」

垣根「あんたは吸わねえ口か?」

駒場「……浜面に付き合って、何度かは、ある」

キンッとガボールのジッポーから灯される炎が、無骨な駒場の顔を照らして火を付ける。
ゴホッと一度は噎せたようだが見た目よりキツくないせいか、浅いクールスモーキングで駒場も紫煙で肺を満たす。
合わせて垣根も二本目の煙草に火を点け、男二人並んで満月を見上げる形になった。

駒場「……何故こんな事を?」

垣根「あんたの講義が面白かったんでな。だがあんたは二カ所嘘をついた。たいがいのダチョウは穴掘る前に喰われちまうよ」

駒場「……言うな。子供に言って聞かせるには、ああする他浮かばなかった」

垣根「“仮退是退、真退是敗”の例えが一発でわかる小学生がいたら俺は禁煙を賭けても良いぜ」

駒場「……何回禁煙に成功した?」

垣根「聞いて驚け。何と三回だ」

喉を鳴らして笑う垣根、肩を揺らして笑う駒場。
実にくだらないやり取り過ぎて、一時『計画』に力んでいた力が抜けるようだと駒場は微苦笑した。

垣根「――部外者の俺が言うのもなんだが、あれが最善だったと思うぜ」

駒場「……誉めたら同じ事を繰り返す。叱れば萎縮させてしまう。諭す他なかった……なら、もう一カ所の嘘は?」

垣根「“君主論”の捩りだ。細かい事情はわからねえが……あんた、あのガキを巻き込みたくないんだろ?戦いの中に」

駒場「……“止むに止まれぬ人にとっての戦いは正義であり、武力の他に望みが断たれた時、武力は神聖なものとなる”……カビの生えた墓土のマキャベリズムだ。俺はあいつが戦わずとも良い状況を作りたい」

垣根「そうか」

駒場の目指す物。フレメアのような力無き者が争いに巻き込まれず、また自分達のように武器を取らない事。
そう……そこに至るまであと一手、あと一手なのだ。
垣根もまた駒場の名は暗部にあって耳にはしている。
計画の概要如何まで把握しているのかしていないのか――

垣根「――あのガキは俺が家まで送ってってやる。いいひとゴッコはそこまでだ」

駒場「……すまない」

垣根「女がつきまとうと色々と鈍るからな……覚悟だ、なんだ、色々とよ」

フレメア「買って来たよー!」

駆けて来る、ガラスの靴も持たない灰かぶり姫が戻って来た。