885つかさの旅の終わり 61/832012/07/01(日) 22:00:57.76O1mi2Otc0 (64/88)

 部屋の座布団の上にめぐみさんを寝かせた。人間に化けているのがよっぽど辛かったのみたい、ぐったりと死んだように眠っている……
お稲荷さんが故郷に帰る。木星よりもずっとずっと遠い星に……
どの位遠いのかは何となく分るよ。私達人間は月にさえ何人も行っていないのだから……
二十人の中で何人のお稲荷さんが帰ってしまうのかな。その中にひろしさんや、たかしさんも入るのかな。けいこさんはどうするの……
残って欲しい……そんな事言えないよね……この期に及んで……私達が悪い……
めぐみさんに毛布をかけてから部屋を出た。

 居間に戻るとかえでさんの姿が見えない。
つかさ「かえでさんは?」
こなた「帰るって……知恵熱が出たから休むってさ」
つかさ「お姉ちゃんとゆきちゃんはどうする、さすがにこの家に四人は泊まれないよ」
こなた「大丈夫、温泉宿を予約しておいたよ……」
みゆき「すみません、お手数をおかけします」
つかさ「お姉ちゃん?」
お姉ちゃんはさっきからもそうだったけど、いつもの元気がない。席に座ったまま俯いていた。
かがみ「こなた、あんた最初から木村さんと打ち合わせしていたわね……」
こなた「へへへ~ばれちゃったか……実はもう少し操作方法を教えてもらっていたりして……そう言う事だから、つかさ、USBメモリー貸して」
つかさ「うん……」
かがみ「そんなのはどうでも良い、木村さんが言っていたな、こなたはお稲荷さんを試そうとしていたって……詳しく聞きたい、何を試そうとしていた」
それは内緒だよ。言えないよ。
こなた「え、そ、それは~お稲荷さんの力でお母さんを生き返らせてって……はは、ははは」
かがみ「木村さんはここに逃げてくる途中、車に接触したと言っていた、傷が一つも無いのはどう言うこと」
こなた「さ、さぁ、お稲荷さんの不思議な力で治したんだよ……ねぇ、みゆきさん」
みゆき「そうです、そうに違いありません」
お姉ちゃんは立ち上がった。
かがみ「もういい、私が入院した時、つかさが飲ませた怪しい飲み物……あれで私の病気が治った……違うか」
つかさ・こなた・みゆき「うぐ……」
その先は何も言えなかった。
かがみ「図星のようね……その表情から察するに、私はよっぽど重い病気だったみたいね……分るわよそのくらい、自分の体の事くらい……死を覚悟したのだから……
    フェアか……私の方がよっぽどアンフェア、あるはずの無い薬を手にいれたのだから」
お姉ちゃんはあの時すでに自分の病気を知っていた……あの時、こなちゃんと楽しく話していたのは演技だったって……
こなた「まったく、かがみも生真面目すぎるよ、もう少し楽に考えなきゃダメだよ」
かがみ「生真面目で悪かったな、どうすれば楽に考えられる、是非ともご教授願いたいわね」
こなた「そうだね……宝くじにでも当たったと思えば、つかさが呼び込んだ不幸と幸福……そんな感じ、それにかがみは呪いで苦しんだのだから差し引きゼロだよ」
お姉ちゃんは笑った。
かがみ「宝くじかよ……」
みゆき「それより……つかささんは良いのですか、ひろしさんと本当のお別れになってしまうのでは、未だに再会すら果たせていないと言うのに……」
つかさ「そうだね……今度の会合が最後のチャンスかもしれない……こなちゃんがさっき言った、私も宝くじが当たったと思うよ、その通りだよ、
    一人旅で私が偶然降りた駅、偶然寄った神社、そこで偶然出会った人達、お稲荷さん、奇跡だよ……とっても楽しかった……そして、お別れも……
    こなちゃん達でさえいつかは別れなければならいから……私はそれを受け止めるだけ……」
かがみ「つかさ……」
こなた「……受け止めるのは良いけど、やれるだけの事はやっておかないとね……ひろしの前で泣いて引き止める位の事はして欲しいね」
つかさ「もちろん……するよ」
こなちゃんに微笑んだ。
こなた「それ、それ、やっぱりつかさは笑っているのが一番」
みゆき「同感です」
こなちゃんは立ち上がった。
こなた「さてと、行こうかみゆきさん」
みゆき「はい」
ゆきちゃんも立ち上がった。
かがみ「何処に行くのよ」
こなた「旅館だよ」
つかさ「旅館って、ここはこなちゃんの家だよ」
こなた「姉妹水入らずってやつだよ、かがみが結婚したらもう出来ないよ、まして、卒業したらすぐに子供も出来そうだしね……ね、スケベかがみ」
かがみ「なんだと!」
こなた「恐い、恐い、ささ、みゆきさん逃げよう」
みゆき「はい」
こなちゃんとゆきちゃんは家を出て行った。





886つかさの旅の終わり 62/832012/07/01(日) 22:02:06.00O1mi2Otc0 (65/88)

かがみ「何が姉妹水入らず……もうそんな歳じゃないわ、みゆきまで……」
玄関に向かってお姉ちゃんはそう呟いた。
つかさ「そうでも、ないかも」
お姉ちゃんは私を見ると溜め息をついた。
かがみ「しかし、あんたもややこしい人を好きになったものだ、お稲荷さんなんて」
つかさ「違うよ、お稲荷さんを好きになった訳じゃなくて、好きになった人がお稲荷さんだっただけ」
かがみ「はぁ、どっちも同じじゃない……」
つかさ「うんん、違う……だって私達と同じだよ……怒ったり、笑ったり、恨んだり……好きになったり」
それに音楽だって理解できる。
かがみ「同じか……こなたが言った宝くじが当たったって比喩もあながち間違っていないわね……お稲荷さんか……彼等、彼らの先祖は他の星から来た
    調査団だった……事故でこの地球に取り残された人達だった、当時100人、今は20人って言っていたわね、増えるどころか減ってしまっている所をみると
    彼等にとって地球が住み難い所であるのは確かね……三万年前か……人類はまだ農耕もしていなかった時代よ」
つかさ「そういえばゆきちゃんがコウソクがどうのこうの言っていたけど……分らない」
かがみ「あれは光速、光の速さの事、私達の知識では光の速さより速いものはないとされていてね……」
私の顔をみてお姉ちゃんはそれ以上言うのを止めて溜め息をついた。
かがみ「ふぅ~それ以上言っても分らないみたいね、物理の勉強を少ししなさい……よくそんなんでお稲荷さんの知識を教えてもらう交渉が今まで出来たわね、不思議だ」
つかさ「理屈は分らないけど、大変な事なのは分るよ、遠い星からくるなんて私達には出来ないから」
かがみ「そうね、せめて理屈くらいは知りたいものね、みゆきはそれでつかさを手伝っているのだから」
つかさ「楽譜が読めても、演奏する技術と楽器がなければ音楽を奏でることはできない……」
かがみ「はぁ、何を言っている」
つかさ「けいこさんが言っていた、知識を楽譜に例えてそう言っていたけど……」
かがみ「……なるほどね、結局、今の私達には高値の花って訳ね……」
お姉ちゃんはすぐに納得しちゃったけど、あれで分るのかな……凄いな……。
つかさ「ねぇ、お稲荷さん達の故郷ってどの星かな、夜空に見えるかな……」
かがみ「さて、どうかしらね……もっと遠いかもよ」
つかさ「子供の頃、よく夜空を見上げたよね、織姫と彦星……私達七夕生まれだから、知っているよ、ベガとアルタイル……」
かがみ「よく見たわね……懐かしいわ」
つかさ「外に出てみない、実家より田舎だからきっと星が綺麗だよ」
かがみ「そうね……」
外に出て空一杯に散りばめられた星達……私達は語ることもなく夜空を見上げていた。昔の幼い時と同じ様に。
こなちゃんとゆきちゃんが旅館に行って私達だけにしてくれた訳が今分った。もうこんな事は二度と出来ないかもしれない……
流れ星が一筋……
『逢いたい』
その“あ”の字も言えないほど短い時間で消えてしまった。それでも頭の中で何度も願い事を唱えた。
かがみ「つかさ、見えた……流れ星」
つかさ「うん」
私は空を見ながら答えた。
かがみ「願い事をしてしまったわ……バカだな……」
つかさ「私もしたよ、お姉ちゃんはどんな願い事したの?」
かがみ「つかさが彼氏と再会できますように……」
つかさ「お姉ちゃん……」
かがみ「神社が壊されないように……レストランかえでが無事移転できますように……こなたがヘマしませんように……それからね……」
つかさ「え、え……ちょっと欲張りすぎだよ……」
かがみ「このくらいの願いなんて、全宇宙に比べれば小さいものよ、まだ足りないくらいだわ……それにね、救われた命、せめて祈りで……祈らせて」
つかさ「あれは、たかしさんの教えてくれた薬だよ、お礼を言うならたかしさんに……」
かがみ「たかしには呪われて、殺されかけて……命を救われた……」
つかさ「そうだったね……」
かがみ「今まで人間がしてきた仕打ちを思うと、お互い様と言わざるを得ないわね……それでも、帰ってしまうのも何か寂しいわね」
つかさ「それ、たかしさんが聞いたらきっと喜ぶと思うよ」
お姉ちゃんは微笑みながらまた夜空を見上げた。
かがみ「さて、もう目に焼き付けたわ、つかさは?」
つかさ「うん」
かがみ「帰ろうか」
つかさ「うん」
この星空……一生忘れない。





887つかさの旅の終わり 63/832012/07/01(日) 22:03:19.61O1mi2Otc0 (66/88)

 時は流れ、会合の日が来た。かえでさんは抗議文ができたので、貿易会社に向かうと言っていた。こなちゃん、ゆきちゃん、めぐみさん、私は神社へ、お姉ちゃんは、
私とけいこさんの面会手続きに奔走してくれている。もちろんめぐみさんは人間になるのは神社に着いてから。めぐみさんは指名手配中だからね。他人に見られたら大変。
めぐみさんは犬を運ぶときに使うキャリーバックの中に入ってもらって移動した。
神社に着いても、私、こなちゃん、ゆきちゃんで神社の周りに人が居ないか調べた。
こなた「こっちは居なかった」
つかさ「私も」
みゆき「居ませんでした……」
こなちゃんがめぐみさんに合図をする。めぐみさんはお座りの姿勢になった。全身が淡い光に包まれて……どんどん大きく……人間の姿に変わっていく。
人間から狐になる様子は何度か見たことはある。その逆は初めてだった。私とゆきちゃんはまじまじとその様子を見ていた。こなちゃんはいつもの様子でノートパソコンを
立ち上げていた。
こなた「そうなんだ、私も不思議に思っていたんだ、毛皮が服に変わっていたって分った……もっとエロっぽいのを連想していたんだけど……まぁそんなもんだね」
つかさ「こなちゃん、そうじゃなくて、普通に驚くところだよ……」
みゆき「狐になるときも驚きましたけど……」
めぐみ「連続で人間になれるのは長くて一週間です……あの時は傷が癒えたばかりなので短かったのです、この会合が終わり、けいこさんに面会が終わったら
    救助船に連絡をして下さい、そうすれば救助船は私達を回収します……」
みゆき「期限は一週間ですか、そうしないと木村さんの変身が解けて大変な事になってしまいますね」
めぐみ「おそらく人間は狐になった私をめぐみとは思わないでしょう、脱走したと思うはずです……あまり時間は気にせず確実に作業をお願いします、泉さん」
こなた「お~け~まっかせなさい!!」
胸を叩いて自信ありげだった。
つかさ「そろそろ時間だよ……」
茂みの陰から人が出てきた……たかしさんだった。その後から何人もの人が出てきた。皆初めてみる人ばかりだった。狐も出てきた。数を数えると十八人……
つかさ「二人足りない……」
めぐみ「けいこ会長も数に入っているので、足りないのは一人ですね……」
たかし「ひろしは遅れてくる、先に始めてくれ……それより……めぐみ、いったい何を仕出かした、人間が血眼になって探しているぞ、けいこは捕まってしまっているじゃないか」
めぐみ「それは今回の会合と関係ありません……」
たかし「それなら良いが、もし、けいこに何かあれば人間は只では済まさんぞ……人間になったとは言え、中身は我々と同じ血が流れているのだからな、その気になれば
    町の一つや二つ消し去る力はまだ残っている」
たかしさん、すごく感情的になっていた。また禁呪をしてしまうような勢いだった。
お稲荷さんの仲間に対する絆は私達人間以上に強い。そんな気がした。だからこそ、逆にまなちゃんが仲間に攻撃されてしまったのかもしれない。
めぐみ「我々はもう人間と争う必要はなくなりました、もちろん知識を教える必要もありません……故郷に帰れるのです、一週間後、救助船がこの地球に到着します」
たかしさんは黙った。そして、他のお稲荷さん達はざわめき始めた。
めぐみ「私の独断で母星に連絡を取っていました……その成果が今、実ったのです……ですが、私達がこの地球に取り残されて約三万年……故郷を知る者は居ないでしょう、
    人間との生活を望む者も居ると思います、そこでこの会合を開きました、各々、母星に帰るか、この地球に残るか……決めて下さい」
たかし「今、ここで決めろと言うのか……」
めぐみ「そうです、母星の判断によればこの地球の人間は未開の種族なので一刻も早く私達を救助したいそうです、救助が終わった後、ガニメデの基地は撤収します」
こなた「跡形も残さないって訳だね……私達は随分嫌われたね……」
こなちゃんは私に小声で耳打ちした。
めぐみ「時間は夕方まででお願いします」
お稲荷さん達は私達から少し離れて幾つかの集団に分かれて話し始めた。2~3人グループに分かれている。家族同士なのか、恋人同士なのか、
その半数近くが狐の姿のままだった。
つかさ「狐の姿だと話せないのに大丈夫なの?」
めぐみ「私達とだったら問題ありません……」
みゆき「それより、木村さんはどちらに決めたのですか、仲間と一緒に相談しなくてもよろしいのですか」
めぐみ「私はもう既に帰ると決めています……私は人類を調べる任務を持っていました、その報告をしなければなりません」
こなた「あれ……おかしいな、人類を見つけたのは遭難した後からだったよね……」
めぐみ「遭難しても暫く調査船は機能していましたから基地や母星と連絡はできました……」
みゆき「かなり細かい事までご存知なのですね……ご先祖さんから聞いたのですか」
めぐみ「……いいえ、私とけいこは遭難した時から居ました……」
こなた「え、すると……少なくとも三万歳以上ってこと?」
めぐみさんは頷いた。
めぐみ「母星の復興の為、また戻らねばなりません」
みゆき「復興……ですか、確か、母星の危機があったのは三万年前だったと聞きました、そんな長い間、危機が続いたのですか、
どんな危機かは知りませんが貴女方の知識と技術があるのなら回避なり克服出来るのではないですか」
めぐみ「……私達は人間よりは進んでいるかもしれません、それでも全ての理を理解している訳ではない……自然は私達でも未だに神秘に満ちている」
みゆき「……そ、そうですか……」
ゆきちゃんはぐみさんと難しそうな話しに夢中になっていた。こなちゃんはパソコンのキーボードを叩いていた。





888つかさの旅の終わり 64/832012/07/01(日) 22:04:36.19O1mi2Otc0 (67/88)

 ふと周りを見ると、狐が一匹だけで猫みたいに丸まって寝ていた……他の狐より一回り大きい。すぐに誰だか分った。私はその狐に近づいた。
つかさ「こんにちは」
耳を私に向けると頭を持ち上げて私を見た。とても悲しい目をしていた。
つかさ「もしかして、五郎さん、久しぶりだね」
狐さんは立ち上がった。私に牙を向いて唸っていた狐と同じとは思えない。小さく身をかがめて私から立ち去ろうとした。
つかさ「待って、お話したい、お姉ちゃんのお礼を……」
五郎さんは立ち止まって首を横に振った。話したくないのかな……
つかさ「たかしさんの呪いを止めようとしてくれたよね、ありがとう……もう会えないかもしれないし、それだけ、言いたくて」
五郎さんはそのまま私から離れようとした。
たかし「おい、あまりに失礼じゃないか、お礼を言っているのに無視はあんまりだぞ」
私の直ぐ後ろからたかしさんが五郎さんに向かって怒鳴った。
五郎さんは立ち止まったけど、また直ぐに歩き出した。
たかし「真奈美はつかさにそそのかされた、そう思った、それが許せなかった……つかさを憎んだ」
五郎さんはまた立ち止まった。
たかし「つかさ憎さから、真奈美まで憎んでしまった、しかし、実態は違った、真奈美とつかさは親友として当たり前の事をしていただけだった……それに気付いた時は既に
    遅かった……違うか」
五郎さんは振り向いてたかしさんを見た。
たかし「俺を止めようとしたのは、俺がその時の五郎と同じだったからだろ……もっとも俺は聞く耳はもたなかったがな……つかさに看病されて気付いた、
    こいつは俺をひろしだと思っていた……そして、つかさは親友を超えた感情だった……五郎、もういい、真奈美を亡くしたのはお前のせいじゃない、あれは事故だった、
    あの時、俺が居たら同じ事をしていた……自分の愛する者を殺すところだった……」
たかしさんは私の手と五郎さんの前足をを握った。
たかし「ありがとう、つかさ、五郎」
つかさ「わ、私はまなちゃんを助けられなかったし、お礼を言われる事なんかしていない」
たかしさんは手を放した。
たかし「最後に人間を憎まないで行けそうだ」
つかさ「え、たかしさんは帰っちゃうの……」
たかし「ああ、この星で生まれはしたが、この星の生き物ではない、取り残されたのだから一度帰って出直すのが筋だ」
私はごろうさんの方を見た。悲しい目のままだった。
つかさ「五郎さんも帰ってしまうの?」
五郎さんはなんの動作もしなかった。
たかし「彼も帰ると言っている……」
つかさ「出直すって、いつ頃来られるの?」
たかし「帰ったら復興の手伝いをしなければなるまい、おそらくつかさが生きている内には行けないだろう」
ひろしさんは、やっぱりひろしさんも帰ってしまうのかな。この前みたいな別れはもう嫌だ。でも、それじゃただのわがままだよね……





889つかさの旅の終わり 65/832012/07/01(日) 22:05:55.36O1mi2Otc0 (68/88)

こなた「これでいいかな?」
こなちゃんはパソコンの画面をめぐみさんに見せた。
めぐみ「……良いでしょう、完璧です、もう私の教える事はありません」
こなた「ありがとう、とりあえず、帰る人が十五人、残る人は三人……分らない人は、けいこさんとひろしの二人だけだね」
めぐみさんは頷いた。そして皆に向かって話した。
めぐみ「一週間後、けいこ会長のデータを入れて、救助船に送信すれば何処に居ても転送されるでしょう……今日の会合はここまでです、各自自由解散」
人間になっているお稲荷さんは階段から下りて行った、狐の姿のお稲荷さんは森の中に消えて行った。
こなた「あの~ひろしのデータはどうしよう?」
めぐみ「……来ませんね、気配も感じられない……困りました、強制収容だけは避けたいのですが」
帰りの準備をしていたたかしさんが立ち上がった。
たかし「噂をすれば……来ている」
私はたかしさんの目線を追った……その先に……ひろしさんの姿があった。
名前を叫んで飛び込んで行きたかった。だけど体が言う事を聞かない。ひろしさんも私を見ているみたいだったけど、ただ、立っているだけだった。
たかし「やれやれ、恥かしがりやのお二人さんだ、俺たちは邪魔だってよ」
めぐみ「……それでは結果は泉さんにお願いします」
めぐみさんとたかしさんは階段を下りて行った。
みゆき「泉さん……行きますよ」
ゆきちゃんは強い口調でこなちゃんを呼んだ。こなちゃんはじっと私達を見ている。
こなた「えー、これから良いところなのに……お邪魔はしないから……」
みゆき「泉さん!!」
何時に無くきつい口調になった。さすがのこなちゃんもこれには驚いて、ゆきちゃんの後を追って階段を下りて行った。そして、居るのは私とひろしさんだけになった。
ひろし「いったい何があった……」
何か違う雰囲気にひろしさんは気付いた。取り敢えず私は自分を落ち着かせた。言いたい事はいっぱいあるけど、今はめぐみさんの話しを優先しないと。
私はひろしさんに今までの経緯を話した。ひろしさんは黙って聞いていた。

つかさ「……それで、ここに残るか、故郷の星に帰るか選んで……残るお稲荷さんは今のところ三人……後は、全員帰るみたい、決まっていないのはけいこさんとひろしさんだよ」
ひろしさんは森の外から町を見下ろして眺めていた。そういえば、あの時も、別れる直前もそうしていた。答えを聞きたくない。あの時と同じ答えが来る様な気がしてならない。
つかさ「なんで、会合に参加してくれなかったの」
答えを聞きたくない。もっとお話がしたい。今の私の頭の中はそれで一杯だった。
ひろし「なんでけいこの企画の手伝いに参加した」
私の質問に質問で返してきた。
つかさ「けいこさんの企画は難しすぎてよく分らない、ひろしさんに会えるから、50%……うんん、90%以上それしかなかったよ」
ひろし「ばかな……あの時、別れたはずだろ、未練がましい……」
その通りかもしれない。でも今度は宇宙の彼方に……そうなればもう二度と逢うことはできない。
つかさ「でも、こうしてまた逢えた」
ひろしさんの考えている事が何となく分る。それでもこなちゃんの言ったように、無駄な抵抗をするまで。
つかさ「一つ提案なんだけど、私と一緒に暮らすのはどうかな……お稲荷さんの様に頭は良くないかもしれないけど……料理なら得意だよ」
ひろし「それは人間になって結婚してくれと言っているのか」
つかさ「え……えっと、そんな大袈裟な事じゃなくて……え……う、うん……」
そんなつもりじゃなかった……でも、私の言っている事はそれと同じ事だった……。
ひろし「そんな事が出来ると思うのか……」
つかさ「出来るよ、けいこさんと竜太さんがそうだった様に」
ひろし「そして……彼女は牢獄の中……僕らと一緒になった人はみんな不幸になる、そんな辛い目につかさを遭わせたくない」
つかさ「私は……ひろしさんと一緒に居られればいいよ、けいこさんみたいな壮大な思想なんかないから……逮捕されるなんてないと思う」
ひろし「……そうだな、母星とはい言っても何処に、どんな環境かも分らない……住みなれた地球の方が良いのかもしれない……つかさとなら……」
その後のひろしさんは何も言わず景色を見ながら考え込んでいた。もうこれ以上言っても混乱するだけかもしれない。私も景色を見ながら彼の答えを待った。





890つかさの旅の終わり 66/832012/07/01(日) 22:07:13.88O1mi2Otc0 (69/88)

 神社を下りると、皆が神社の入り口で待っていた。
みゆき「い、いかがでしたか……」
心配そうな顔だった。
こなた「みゆきさん、つかさのあんな喜んでいる顔を見たら聞くまでもないよ」
私の顔を見ながら、ニヤニヤした顔だった。
みゆき「そ、そうですね……これで安心して帰ることが出来ます」
みゆきさんは私にキャリーバックを私に渡した。狐になっためぐみさんが入っている。
私は辺りを見回した。
つかさ「たかしさんは……どうしたの」
こなた「途中で帰ったよ、そういや、ひろしはどうしたの、一緒じゃないの?」
つかさ「用事があるって、神社で別れた」
こなた「そうなんだ……さて、何時までも喜んでいられない、これからが本番だよ、つかさ……」
つかさ「分っているよ」
こなた「それじゃ、帰ろうか……」
私は皆を車に乗せた。
みゆきさんを駅で降ろし、買い物をしてから家に帰った。

 こなた・つかさ「ただいま~」
玄関に入ると私はキャリーバックを開けた。中からめぐみさんが飛び出して居間に走って行った。こなちゃんも居間に向かった。私はキャリーバックを片付けてから
居間に向かった。
居間に入るとこなちゃんは早速ノートパソコンを開き充電を始めた。めぐみさんは狐の姿のままテーブルの上に乗り、その上に置いてあったこっくりさんの紙の上を
前足で叩いた。叩いた文字を頭の中で並べた。
『お・つ・か・れ・さ・ま』
つかさ「お疲れ様、こなちゃん、めぐみさん」
こなた「はいはい、おつかれさん……早速だけどこれからの計画を話しておくよ、明日、めぐみさんは人間になって、警察に出頭する……そこからかがみの活躍に期待だけど、
    けいこさんの保釈手続きをする、その時多分面会も許されるから、つかさはけいこさんに帰るのか、残るのかを聞く……ここまでは合っているかな?」
つかさ「うん」
めぐみさんは紙を叩いた。
『はい』
こなた「OK……それから、私にその結果を報告、私は今日のデータとけいこさんのデータを合わせて、救助船に送信する……それでお稲荷さん達を収容……だよね」
つかさ「うん」
めぐみさんは紙を叩いた。
『はい』
こなた「よしよし、完璧だね……」
こなちゃんはノートパソコンを閉じようとした。
つかさ「ちょっと待って、まだデータ入れていないよ」
こなた「へ、もう全て入れたよ、めぐみさんも確認したよね?」
めぐみさんは紙を叩いた。
『はい』
つかさ「データを入れて、ひろしさんは帰るって……」
こなた「へ、何言って、こんな時に冗談は止めて……って、つかさ……」
つかさ「冗談じゃないよ……ひろしさんから直接聞いたから」
こなた「神社から出て来たときの笑顔は……あれは」
つかさ「ああしないと、ゆきちゃん、安心して帰ってくれないと思ったから……」
こなた「どうして……涙の一つも見せれば大抵の男は……」
つかさ「うんん、何故か彼の前では泣けなかったから……」
こなた「諦めちゃうの、良いの、それで良いの、本当に良いの」
ノートパソコンをテーブルに置くとこなちゃんは私に詰め寄った。
こなた「まだ間に合うよ、めぐみさんに呼んでもらおうよ、ね、出来るでしょ、めぐみさん」
めぐみさんは紙を叩いた。
『はい』
つかさ「ありがとう、こなちゃん、めぐみさん……もういいの」
こなた「もういいって……つかさ、私が今まで何も知らないと思っているでしょ、寝言で何度もひろしの名前を言っている所を聞いている、何度も泣いている所見ている」
つかさ「さすがこなちゃん、同居しているだけあって……隠しきれない……」
こなた「だったら、どうして別れるなんて……」
つかさ「再会したから、出来たから今はそれが嬉しい……それにね、救助船に乗る前にもう一度会う約束をしたから、その時に……最後のお願いをするつもり……
    私だって好きになったからには、そう簡単には諦めない」
こなちゃんは私の目を暫く見て、私の決意を感じてくれたのか、ノートパソコンを取ってキーボードを叩き始めた。
こなた「分ったよ……データを入れる……」
その時、急に目頭が熱くなった。涙が出てきた……今頃になって……こんなに簡単に出るならひろしさんの居る時に出てくれれば良かったのに……





891つかさの旅の終わり 67/832012/07/01(日) 22:08:30.12O1mi2Otc0 (70/88)

 次の日、私は出勤する途中、警察署の近くに車を止めた。そして人気の居ない場所を探してキャリーバックを開けた。狐姿のめぐみさんが出てきた。
めぐみさんは辺りをキョロキョロと見回すと、私の目の前で人間に変身した。
つかさ「本当に出頭しちゃうの……」
めぐみ「これしか彼女から意思を聞くことは出来ない」
つかさ「めぐみさんなら、けいこさんがどっちを選ぶか分ると思うけど……」
めぐみ「聞く必要はないと言うのですか、それならば、貴女ならどっちを選ぶと思いますか」
そう言われると……
つかさ「きっと残ると思う、竜太さんの居た地球を離れるなんて」
めぐみさんは微笑んだ。
めぐみ「私と意見が分かれましたね、だから私は出頭しなければならない、憶測で判断すると後悔します、本人から直接意思を聞くしかない……」
って言う事は、めぐみさんは帰ると思っているって……直接聞くしかないみたい。
つかさ「うん……」
めぐみ「短い間でしたが、貴女と会えて良かった、おそらくこれが貴女と会える最後の機会となるでしょう」
つかさ「こ、こちらこそ、何も出来ませんでした」
私とめぐみさんは握手をした。
めぐみ「最後にはなりますが、私個人の意見を言わせて貰えば、ひろしは地球に残るべきだと思う……成功を祈っています」
つかさ「ありがとう……」
めぐみ「私が出頭して、暫くしてから車を出すのが良いでしょう」
つかさ「うん、そうします」
めぐみさんは警察署の方を向くと一直線に警察署に歩き出した。私は彼女が警察著の入り口に入るまで見送った。
いくらこの後、救助されるとは言っても自ら捕まりに行くなんて……そういえばけいこさんんはめぐみさんを親友って言っていた。私はこなちゃんやゆきちゃんに
めぐみさんと同じ事が出来るのかな……三万年も生きてこられたのだから二人の絆は私の考える以上に深いのかもしれない。
めぐみさんの言う通り、暫くしてから車を走らせてお店に向かった。





892つかさの旅の終わり 68/832012/07/01(日) 22:10:13.86O1mi2Otc0 (71/88)

 出勤すると私はかえでさんに事務室へ来るように言われた。
つかさ「失礼します」
事務室に入るとかえでさんが腕を組んで難しそうな顔をしていた。かえでさんの隣にはこなちゃんが居た。相変わらず自分のノートパソコンをいじっていた。
こなちゃんの職業が何だか分らなくなってしまうくらいだった。
かえで「早速だけど本題にはいらせてもらうわ、私達の一致した意見よ、我々、レストランかえではワールドホテルと契約したのであって貿易会社と契約した訳ではない、
    従って、店の明け渡しには応じられない……契約は破棄するものとする」
かえでさんは溜め息を付いた。
かえで「交渉は決裂、神社の抗議も聞き入れてもらえなかった、それでもこの店以外の土地はみんな買収済み、何れはどこかに移転しなかればならない……」
つかさ「移転は良いとして……神社の件は何とかならないの?」
かえでさんとこなちゃんは首を横に振った。
かえで「反対署名……と言いたい所だけど、既に神社はワールドホテルが買ってしまっていて、それを今の会社が引き継いでしまっている……もうどうする事も出来ない」
こなた「法律的にはどうする事も出来ないね、あ、これはかがみの意見だから……」
かえで「残る道は神社を貿易会社から買うしかないけど……一個人の資産でどうこうできるレベルではないわ……」
こなちゃんはノートパソコンを閉じた。
こなた「こう考えるとけいこさんがどれほど私達に譲歩してきたか分るね……ほんと残念だね、カリスマ会長と言われただけの事はある」
淡々と話すこなちゃん。その淡々さが感情を込めるよりも残念さを感じてしまうのは不思議なもの。
かえで「だめなものはだめ、そう割り切るしかない、へたに反抗すればけいこさんの様になってしまいそうだわ……」
私も何を言って良いのか分らない。
こなた「お金で解決できるのなら、方法が無い訳でもないけど……」
つかさ「どうするの?」
こなた「うんん、何でもない、聞き流して……」
珍しくこなちゃんが動揺している。何だろう……
かえで「仮定で言っても始まらないわ、現実的に今は、新たな移転先を探さないといけない」
つかさ「私、お稲荷さんの事で頭がいっぱい……あと一週間で全てが終わる……それから考えても良いかな?」
かえでさんは私の顔を見ると思い出した様に驚いた。
かえで「あっ、そうだったわね、つかさは個人的にも、公でも大きな問題を抱えているわね……私も狐が人間になる姿を見て初めてこの問題の大きさが分った……」
更に思い出したみたい、かえでさんは驚いた。
かえで「そ、そういえば今日は木村さんが出頭する日じゃないの、こんな所に居て大丈夫なのか」
こなた「めぐみさんの目的はつかさとけいこさんとを会わす事、後はかがみ達に任せるしかないよ、連絡待ちの状態」
かえで「法律の事になると任せるしかないみたいね……分ったわ、移転は私達に任せて、つかさと泉さんは悔いの残らないように最善を尽くしなさい」
つかさ・こなた「はい」
かえで「話しは終わりよ、今日も仕事お願いね」
つかさ・こなた「はい」
こなちゃんは事務室を出て行った。私もその後に続いた。
かえで「つかさ、ちょっと待って」
つかさ「何ですか?」
かえでさんは妙に改まっていた。
かえで「つかさもあの神社にはいろいろ想う所があるわよね」
ある。いっぱいある。まなちゃん、ひろしさん、たかしさん……神社から見える景色……皆と登った事もある。
かえで「もし、あの神社が壊されたらどうする」
つかさ「どうするって言われても……成る様にしかならないから……」
かえで「私は悔しい、神社の一つも守れないなんて、私にもお稲荷さんのような力と知恵があれば」
両手を強く握って拳を今にも机に叩きそうな状態になった。
つかさ「力を使ってどうするの、憎んだり、憎まれたり、その繰り返し、もう沢山……それで結局一番大事なものを失くしちゃうのだから」
かえでさんは両手を広げて力を抜いた。
かえで「……今の、一介のパテシエの言葉にしてはあまりに重い言葉ね……私一人には勿体無いないわ……私は軽率だった……取り消す」
かでさんは言葉に詰まったように途切れ途切れに話した。
つかさ「……お稲荷さんが帰る日、私は彼と逢う約束をしました……その時、私は彼を引き止めるつもり……その場所があの神社……」
かえで「そう……彼がどちらを選んでも、つかさにとって、忘れられない場所になりそうね」
つかさ「今でも私にとって忘れられない場所、あの神社、かえでさんと同じです……」
かえで「ごめん……引き止めてしまったわね、今日もお願いします」
つかさ「失礼します……」
私は事務室を出た。こなちゃんはテーブルを拭いていたけど私の表情を見ると寄ってきた。
こなた「どうしたの、かえでさんに怒られた?」
つかさ「分らないけど、怒ったのは私の方だったかも……後で謝らなくちゃ」
こなた「へ…?」
こなちゃんは腕を組んで考え込んでしまった。
つかさ「さて、仕事、仕事」





893つかさの旅の終わり 69/832012/07/01(日) 22:11:29.76O1mi2Otc0 (72/88)

 夕方頃、めぐみさんの出頭の報道は全国に流された。めぐみさんは容疑の全てを認めて、けいこさんの容疑まで自分がしたと自供した。それに、逃げたのは証拠隠滅
をする為だったと……後で分った事だったけど、私達とお稲荷さん達の会合の議事録をめぐみさんは記録していた。それを逃げる時に持ち去ったみたい。
こなちゃんに渡したUSBメモリにその議事録が入っていた
警察はそれを犯行の証拠だと思ったに違いない。
お姉ちゃんとみぐみさんは事前に出頭したら何をするのかを打ち合わせをしていたけど、そこまで罪を被る話はしていなかったとお姉ちゃんは言っていた。
きっとめぐみさんは、私とけいこさんを会わせようと全ての罪を被るつもりだったかもしれない。
お姉ちゃん達は、直ぐにけいこさんの保釈手続きに入った。それと同時に私をけいこさんの親戚として面会も申請した。私の親と竜太さんが遠い親戚だと分ったので
それを利用したみたい。“柊”がこんな所で役に立つとは思わなかった。
けいこさんの機転とお姉ちゃんの努力の甲斐あって、面会は三日後に実現した。






894つかさの旅の終わり 70/832012/07/01(日) 22:12:42.70O1mi2Otc0 (73/88)

かがみ「つかさ、面会室の会話は記録されているかもしれないから軽率な言動は慎むこと」
つかさ「う、うん……でも、私の目的は……」
かがみ「そうね、その辺りはけいこさんが考えそうだから、つかさはけいこさんの指示に従って話して」
何時に無くお姉ちゃんは私に言い聞かすように熱心に話している。その向こうで拘置所の係りの人と小林さんが話していた。
つかさ「小林さんはお稲荷さんの事知っているの?」
かがみ「知らないわ、彼は私と似て現実しか認めないタイプよ」
つかさ「そうなんだ……」
かがみ「まぁ、何時かは話さねばならない時がくるかも、特に、ひろしが残ると決まったらね、そうなればひろしは義理の弟になるのだからね」
つかさ「お、お姉ちゃん!」
私を見るとお姉ちゃんは微笑んだ。
かがみ「ふふ、まだそれを考えるのは早いかしら……あ、準備が出来たみたいよ」
お姉ちゃんは小林さんの所に行って何かを話した。暫くするとお姉ちゃんは私の方を向き私を呼んだ。
かがみ「面会時間は一時間よ、それまでに用事を済ませなさい」
つかさ「はい」
私は係りの人に案内されて個室の中に入った。よくドラマとかに出てくる面会室と同じような部屋、ガラスかな、アクリルかな、透明な壁で仕切られている。
その壁の前に椅子が置いてあった。私はその椅子に座った。しばらくすると仕切られた部屋の扉が開いてけいこさんが入ってきた。扉に警備員みたいな人が立って
けいこさんを監視しているみたいだった。とっても話し難い。どうやってめぐみさんの話しを伝えよう……
『つかささん、聞こえますか』
突然頭の中にけいこさんの声が飛び込んできた。私はけいこさんを見た。
『聞こえたのなら、久しぶりですけいこさん、と答えて下さい』
また頭の中に声が聞こえる。けいこさんの唇は動いていない。もしかして私の頭に直接話しかけてきているのかもしれない。
つかさ「久しぶりですけいこさん」
『つかささん、貴女は私が逮捕された事を怒っているとします、この後、私が言葉で話した事について、一切反応しないで俯いていて下さい』
けいこ「こんな事になって……さぞかし皆に嫌われたでしょうね」
私は頭の中の声の言う通り俯いた。
『かがみさんから事情は殆ど聞いています、、めぐみは母星と交信を試みていた、そのせいで人間の行動の把握を怠ってしまったのですね、一年前からこうなる動きは
 知っていました……まさかこのようなタイミングで実行されるとは思いませんでした……』
私はどうやって話せばいいのかな。
『それで良いです、その様に考えていれば私が、貴女の心を読み取ります』
けいこ「どうしたのですか、何故黙っているの、ただおが何か言ったのですか」
私は思った。けいこさんは救助船で帰るのですか、それとも残るのですか。
『私の取る行動は只一つ、救助船に乗って帰ります』
え、そ、そんな……めぐみさんの方が正しかった……
『帰る、帰っちゃうの、どうして……竜太さんの事はどうするの』
『私は竜太と約束をした……私達と共に生きると、柊けいことして彼との約束を果たすことは出来なくなった、母星に帰り、人類が私達と対等なレベルになるまで
 待つことにしました……それに、私の体は人間……それを待つにはあまりにも時間が少なすぎる、帰れば元の体に戻ることができます』
けいこ「つかさ、何か言いなさい、せっかく来てくれて黙っていては分りません」
約束、けいこさんは約束を守る為に帰っちゃうの……けいこさんは人間になってまで竜太さんと一緒になった。そこまで愛していたのに……元の体に戻って
地球に残る事だって出来るでしょ。
『一緒に居ることだけが愛ではないと私は思っています』
そんな事言わないで……それを言ったら、私はひろしさんをどうやって止めるの。引き止める方法が無くなっちゃう……
『つかささんが私と同じにする必要はありません、二人で決めれば良いではありませんか』
それじゃ、教えて、どうすればひろしさんを帰さなくて済むの。
『それは……』
頭の中から声は聞こえない。
どうしたの。教えて。聞こえているよね……ずるいよ……お稲荷さんでしょ、何でも知っているよね……
けいこ「ごめんなさい……」
けいこさんは口から私に言葉をかけた。これは周りを誤魔化す為の言葉じゃない。私にかけた言葉……
そんな方法は無いって事だよね。
けいこさんは頷いた。
つかさ「私も……ごめんなさい……」
『私の計画に参加してもらい、私達の失敗から貴方達に多大な損害を与えたのは償いのしようがありません……しかし、貴女に参加してもらったのは間違えではありませんでした、
 ありがとう、それと、私を引き止めてくれて嬉しかった』
私は立ち上がった。
つかさ「ここに居ても辛いだけだら……帰りますね」
けいこ「さようなら……お元気で」
けいこさんが立ち上がると監視員が扉を開けた。けいこさんは暗い扉の外に出て行った。





895つかさの旅の終わり 71/832012/07/01(日) 22:14:12.51O1mi2Otc0 (74/88)

 けいこさんの最後の言葉に返事ができなかった「さようなら」が言えなかった。
面会室を出るとお姉ちゃんが待っていた。小林さんはそこには居なかった。
かがみ「どうだった、けいこさんのテレパシー、私も最初は驚いたわよ……なんでも数メートルしか届かないって……ん、つかさ?」
つかさ「私って……最低かも……お姉ちゃん……」
かがみ「あんたが一人旅からかえって来た時、泣いたわね、その時とまったく同じように見えるわよ……今になってその涙の意味が分ったわ……なんてスケールなの、
    もう私なんか及びもつかないほど成長したわね、でも、まだ泣くのは早いわ……私に飛びついて泣こうとしたでしょ?」
お姉ちゃんは笑った。
つかさ「早い?」
かがみ「実はね、けいこさんにはつかさのしようとしていた託は私が殆ど話してしまったわ……返事も聞いて既にこなたに伝えてある……それでも彼女はつかさに会いたいと
    言ってね、今回の面会が実現したのよ……」
私は自分の事ばかり言って、けいこさんの話しを全く聞かなかった。そればかりかお別れの挨拶もしていない。
かがみ「つかさが出逢った真奈美さんから始まったつかさの旅……いろいろな事があったわ、私達も巻き込まれた、つかさの旅はまだ終わっていないわよ
    お稲荷さん達……お稲荷さんは私達が名付けた名前、本当の名は知らないけど、彼女達が帰るまでつかさの旅は終わらない、まだこれから大事な仕事が残っているでしょ、
    こなた一人に任せるのは荷が重過ぎるわよ」
つかさ「……そ、そうだね、泣いていられないね……けいこさんを見送らないと」
かがみ「そうそう、そうでなくちゃ……私の出来る事はここまで、あとは任せたわよ」
つかさ「うん、ありがとう……」

つかさ「ただいま~」
あれ、おかしい、部屋の中が真っ暗。もうこなちゃんも帰ってきていい時間なのに。私は電灯のスイッチを入れた。
つかさ「うゎ~!!」
居間の中央にこなちゃんが座っていた。
つかさ「こ、こなちゃん、居るなら電気くらいつけようよ」
こなた「あ、つかさ、おかえり……」
私が部屋に入ってきたのに気付いていなかった様子だった。それに顔色がすこし悪い。
つかさ「ど、どうしたの、パソコンに夢中になるのは良いけど、少し体の事も考えないと病気になっちゃうよ」
こなた「べ、別に何でもないよ、ちょっと仮眠していただけだから」
こなちゃんは立ち上がってテーブルの上に置いてあったノートパソコンを取った。
こなた「かがみから聞いたと思うけど、もうけいこさんのデータは入れてあるから」
こなちゃんは居間を出ようとした。
つかさ「あ、こなちゃん、調子悪いならお稲荷さんのお薬飲んでみる、まだ少し残っているけど」
こなた「難病も治す薬なんて大袈裟さよ、なんでもないよ、少し寝ればよくなるから……おやすみ」
つかさ「おやすみなさい」
こなちゃんは立ち止まった。
こなた「そうだった、かがみからちょっと前に連絡があったよ、けいこさんの保釈は一週間後だって……」
欠伸をしながらこなちゃんは居間を出た。
救助される日は四日後。間に合わない。
その時、気が付いた。
けいこさんはもう知っていた。だからけいこさんは別れの言葉を……それに引き換え私はただ感情をぶつけただけ……焦っている。
未練がましい……彼はそう言ったっけ、その通りかもしれない。あと四日……この四日が凄く永く感じてしまいそう……





896つかさの旅の終わり 72/832012/07/01(日) 22:15:31.13O1mi2Otc0 (75/88)

かえで「泉さん、どう言う事なの、貴女らしくもない……」
珍しくこなちゃんを叱っているかえでさんだった。ワインを出すタイミングが遅すぎたらしく、お客様を怒られてしまった。
こなちゃんは言い訳をせず俯いていた。普段のこなちゃんなら冗談を言って誤魔化すのに。それで余計に叱られる。どうしたのかな……
かえでさんのお説教が終わると私はこなちゃんに寄った。
つかさ「どうしたの、お客さんの駆け引きをまちがえちゃった?」
こなた「はは、今日は調子悪いね……どうしたのかな……」
苦笑いをいていた。
つかさ「そういえば昨日もお客さんから怒られていたよね……それでかえでさんは怒ったと思うよ、今までこんな事なかったのに……何か悩みでもあるの?」
こなた「何でもないって……さて、今度こそ」
こなちゃんは私にガッツポーズをすると小走りにカウンターに向かった。なんかおかしい。いつものこなちゃんじゃない。
明日はお稲荷さんが帰る日。そして私がひろしさんに会う日……逢える最後の日になるのか、それとも……だめだめ、今はそんな事考えちゃ。
こなちゃんはお姉ちゃんやゆきちゃんよりも私とひろしさんの事を心配してくれている感じがする。それは嬉しいけど、そのために仕事に支障が出たとしたら……
泣いても笑っても明日、全てが終わる。私の旅が終わる。

 私の就業時間が終わりそうになった頃だった。片付けをしているとかえでさんが近づいてきた。
かえで「つかさも気付いていると思うけど、泉さん、彼女、何か隠しているわね」
私は作業しながら話した。
つかさ「隠しているかどうかは分らないけど、様子がおかしいのは分ります」
かえで「この前、移転の話しをしている時、泉さんは何かを言いかけて止めたのを覚えている?」
つかさ「言いかけて……お金で解決できるなら……って?」
『パチン』
かえでさんは指を弾いた。
かえで「それよ、それ、まさか何か無茶な事をしようとしようとして……」
私は濡れた手をタオルで拭いてかえでさんの方を向いた。
つかさ「こなちゃんは悪戯好きで、いろいろするけど……お金儲けには関心ないし、得意じゃないから……」
かえで「それなら良いけどね、らしくない失敗を続けてしているし、思い詰めている感じも見受けられる……どっちが今生の別れの瀬戸際か分らなくなる程よ」
つかさ「私は……」
私の顔を見たかえでさんは自分の口を手で塞いだ。
かえで「ご、ゴメン、比喩の対象を間違えたわ、思い出させてしまった」
つかさ「うんん、その日は明日だから……それより明日、休暇を……」
かえで「休暇はもう前から申請しているじゃない、気にするな、それより悔いの残らないように、出来れば彼のハートを奪いなさいよ……いや、もうとっくに奪っているわよね、
    やだやだ、見ていて歯がゆくて仕方がないわ……結果は明後日……楽しみにしているわよ」
かえでさんは私の両肩を力強く叩いて、事務所に入って行った。
お姉ちゃんと小林さんは婚約するに至っているのに、私とひろしさんは……お互いに告白しただけ。歯がゆいよね、
そういえばお稲荷さんは三人残るって言っていたっけ、あの時、その人達に会っておけば良かった。何故残るって決めたのか知りたい。
誰か好きな人が居るのかな。やり残した事があるのかな。それとも、この地球が気に入ったのかな……
ふふ、私って、だから鈍いって言われちゃうのかもしれない。思い付くのも、行動も遅すぎるよね……
もう過ぎた事を言っても始まらない。
さて、もう片付けも終わったし、買い物して帰ろう、明日は彼に五目稲荷寿司を食べさせる。最後になるかもしれない。この前のデザートよりも心を込めて作る。
残りたいと心変わりするくらいのを作ってあげる。私の持てる技術と心を全て注ぎ込む。それでも帰るって言ったならら諦めるよ。





897つかさの旅の終わり 73/832012/07/01(日) 22:17:19.69O1mi2Otc0 (76/88)

 帰ってから直ぐに稲荷寿司を作り始めた。
作るのに夢中になっていて気が付かなかった。こなちゃんは早番だからとっくに帰ってきている。いつもなら、出来上がった料理をつまみ食いしにやってくるのに
自分の部屋に入ったきり出てこない。かえでさんの言葉が気なった。
『コンコン』
私はこなちゃんの部屋のドアをノックした。返事が聞こえない。私はドアを開けた。
つかさ「こなちゃん……五目稲荷作ったのだけど食べる?」
こなちゃんは自分の机の上にノートパソコンを広げて操作していた。こなちゃんの動作が止まった。
こなた「……稲荷寿司……もしかして、明日の準備をしているの」
つかさ「そうだよ、最後になるかもしれないから、ありったけの愛情をね」
こなちゃんは私から稲荷寿司を受け取ると口の中に放り込んだ。
こなた「……こりゃ、美味しい……もっと食べたいな」
つかさ「いいよ、沢山作ったから、少し持ってくるね」
良かった。ただパソコンに夢中になっていただけだったみたい。私はこなちゃんの部屋を出ようとした。
こなた「待って!!」
叫びににも似た声だった。私は部屋を出るのを止めて振り返った。こなちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた。
つかさ「どうしたの、急に大声なんか出して」
こなた「……何度やってもダメだった、何とかしないといけない、それは分ってる、分っているけど……つかさ、どうにもならない事ってあるよね」
つかさ「何を言っているの?」
こなた「私……頑張ったよ、昨日は徹夜でやってみた、でもね……ダメだった」
つかさ「ダメだったって、何、何度もって……こなちゃん、ちゃんと言わないと分らないよ」
こなちゃんは両手を握って悔しそうに答えた。
こなた「……救助船にデータを送ることが出来ない……」
つかさ「出来ないって、どうしたの、操作を忘れちゃったの、めぐみさんから完璧だって言われたんでしょ?」
こなた「……忘れていないよ……」
つかさ「パソコンが壊れたとか、ケーブルが繋がっていないとか……そんなんじゃないの」
こなた「壊れてもいないし、接続も正常……」
つかさ「こ、こなちゃん、めぐみさんに会うなんて当分出来そうにないよ」
こなた「そうだよ、だからダメなんだよ」
つかさ「それなら、お姉ちゃんに言って、会わせてもらおう、救助船には少し待ってもらう事になるけど」
私は携帯電話を取り出した。
こなた「……それじゃ間に合わないんだよ、」
つかさ「めぐみさんは、あわてないでゆっくりすれば良いって言っていたよ」
こなた「めぐみさんが出頭する日、救助船から連絡がってね、なんでも、母星の復興が思うようにいかないみたいで、滞在時間は明日の昼まで……になった」
つかさ「え……」


898つかさの旅の終わり 74/832012/07/01(日) 22:18:18.28O1mi2Otc0 (77/88)

携帯電話をかけるのを止めた。
こなた「ふふ、なんてグットタイミング、NASAがコンピュータのアルゴリズムを変更した……さすがだね、彼らはハッキングされているのに気が付いたみたい、
    めぐみさんもそれは予想して、プログラムを10段階も用意してくれた……だけどね、さっき、最後のプログラムを試したけど……ダメだったよ」
言っている意味はよく分らないけど、深刻な事態なのは理解できた。
つかさ「そ、そうだ、ひろしさん、ひろしさんに解決してもらおう、明日の朝一番には会えるから、なんとかしてもらえるよ」
こなた「……それもダメ、コンピュータの世界は人間が作ったルールで動いているから……人間をずっと調べていためぐみさんだから出来た事なんだよ……
    いくらひろしさんでも、めぐみさん程人間と接していないから、セキュリティを破るのはそんな短時間じゃ無理だよ……」
つかさ「やってみないと分らないよ……」
こなちゃんはゆっくり立ち上がった。
こなた「つかさ、これで良いよ、ひろしは帰らなくて済むじゃん、つかさが望んだ通りになった、一件落着だよ」
違う、何の解決にもならない。それは私でも分る。
つかさ「けいこさんとめぐみさん……有罪になれば、お稲荷さん達はどんな事をしても助けようとするよ、私達の知らない禁呪だって使うかもしれない、そうなったら、
    誰も止められない、お稲荷さんと人間の争いが始まるよ……まなちゃんみたいな犠牲者が沢山出る……もうそんなのは嫌だよ……」
こなた「そんな……大袈裟な……」
つかさ「うんん、私には分る、お稲荷さん達の絆の深さ、最後の会合の時のたかしさんを見たでしょ……」
こなちゃんは後ずさりし始めた。
こなた「ごめん……つかさ、ごめんよ、私はあの時、断るべきだった、中途半端な知識で知ったかぶりをして……お気楽だったよ、事の重大さを全く理解していよね、
    その挙句に……はは、ははは、学生時代のノリで今までやってきたけど、流石にもう通用しない、十七人のお稲荷さんを帰すことが出来ないは私のせい……
    お稲荷さんに殺されちゃうかな……木村さんにも申し訳できないよ……」
こなちゃんは私の目の前でしゃがみ込んでしまった。床に雫が幾つか落ちた。顔は見えないけど……肩を震わせている。泣いているのが分った。
こんなこなちゃんを見たのは初めてだった。失敗してもはぐらかしていたもんね。
こなちゃんは気楽にこの仕事を請けない。そんな気持ちだったら涙なんか出さない。
つかさ「あの時、めぐみさんの代わりになれたのはこなちゃんしか居ないよ、こなちゃんがダメならゆきちゃんだって、お姉ちゃんだって……他のお稲荷さんだって
    ダメだったよ……私なんか簡単なインターネット検索とカロリー計算しか出来ないから……」
こなた「そんな気休め止めて……もうおしまいだよ……」
こなちゃんは両手で頭を押さえて首を横に何度も振っている。
つかさ「こなちゃんは凄いと思うよ、だって、ホール長になったでしょ、かえでさんが認めたのだから自身もって良いよ、それに、こなちゃんはお客さんとゲームをしている
    みたいにして対応していたよね、それも凄いよ、私なんか真似できない」
こなた「……つかさに褒められも……何も変わらないよ」
そうだよね、私に褒められてもしょうがなよね。でもね、今のは褒めたわけじゃない。思った通りに言っただけだから。
つかさ「こなちゃん、まだゲームオーバーになっていないよ、ゲームだって人間の作ったルールで動いているでしょ、同じだよ……いつものこなちゃんなら、
    あっと言う間にクリアしちゃうでしょ……私も手伝うから……もう一度最初からやってみようよ、何か手違いがあるかもしれないよ」
こなた「ゲーム……」
つかさ「うん……」
こなちゃんは立ち上がった。そして、ノートパソコンを立ち上げて、USBメモリーを差し込んだ。
こなた「……やってみる、ゲームオーバーはまだ早いよね……つかさ、ケーブルを取り替えてくれるかな、最初から、1段階目からもう一度やってみよう」
つかさ「うん……手順を紙に書いておこうよ、そうすれば間違えないよ」
こなた「そうだね」
私はケーブルとか電源周りを確認した。こなちゃんは最初から順番にデータを送る準備をした。





899つかさの旅の終わり 75/832012/07/01(日) 22:19:24.58O1mi2Otc0 (78/88)

こなた「……だめだ、やっぱりダメだよ、ハッキング出来ない……」
最初から10段階まで通して試しても成功しなかった。こなちゃんは手順を変更してみた。手順以外の方法もいろいろ試してみたけど手ごたえはなかった。
こなた「もうそろそろ明るくなってくる……つかさ、ゲームオーバーだよ、私には無理ゲーだったみたい……」
気付くともう午前三時……もうそろそろ明るくなってしまう。
つかさ「まだお昼まで時間はあるよ!!」
私は立ち上がり部屋を出た。
こなた「ちょ、何処行くの」
こなちゃんは私に付いてきた。私は台所から非常用の懐中電灯を取り出した。
つかさ「もともとハッキングなんて良くない事だかから失敗するの」
こなた「……それはそうだけど……それをどうするのさ?」
つかさ「外に出て直接救助船に合図を送ってみる、救助船は日本の上空に居るって言っていたよね」
こなた「……う、うん、確かにそう言った、つかさ、悪いけどそんな事しても、NASAの電波望遠鏡の電波を使ってやっと送信出来る、そんな小さな光じゃ……」
つかさ「やってみなきゃ分らないよ」
私は家を飛び出した。そして、玄関を少し出た所で懐中電灯をつけて真上の空に光を向けて円を描くように回した。
つかさ「気付いて……お願い……データはここにあるから……お願い……」
お姉ちゃんと見た時と同じ。澄み切った夜空……空は懐中電灯の光を飲み込んでしまっているみたいに少しも変わらない。
あの時見た流れ星の願いを変える。救助船が気付きますように……
懐中電灯を持っている手をこなちゃんは掴んで下ろした。こなちゃんは首を横に振った。
こなた「分ったよ……もうそんな無駄な事やめて、もう一度やるから……いくら近いって言ってもそんな光が直接届く訳がない……え……」
こなちゃんの動きが止まった。
つかさ「こなちゃん?」
こなた「直接……近い……そ、そうか、この手があった……」
つかさ「え、な、何?」
こなちゃんは手を離した。
こなた「やってみるしかない、つかさ、もう一度やってみる、でも、今までは違う方法で」
つかさ「うん?」
私達は家に入りこなちゃんの部屋に戻った。こなちゃんはノートパソコンの前に座った。さっきまでのこなちゃんと表情がちがって目が輝いている。
こなた「つかさ、聞いて、NASAの施設を使ったのは、木星のガニメデの基地まで信号を送るため……わざわざそんな事をしていたのはね、あの基地に超光速通信が出来る
    装置があるから、だから短時間で何光年、何百光年も離れた母星や救助船と連絡が出来た……でもね、今、救助船はこの地球のすぐ近く、この日本の真上にある。
    それならガニメデの基地の施設なんか使わなくて良い、NASAの施設も要らない……人工衛星と通信する日本の施設を利用すれば……
    直接救助船と連絡できるかもしれない……」
え、え、言っている事がよく分らない……こなちゃんがゆきちゃんに見えてきた。
こなた「つかさが教えてくれたヒントだよ、もうこれに懸けるしかない……つかさ、私のディスクトップパソコンを立ち上げて、日本の……日本じゃなくても良いよ、
    人工衛星と通信する施設を検索して……私はちょっとプログラムを手直しするから」
意味は分らないけど……ディスクトップパソコンを立ち上げて施設を検索してみた。
つかさ「……えっと、気象庁のアンテナ……それから……種子島にもあるみたいだけど……」
こなた「う~ん、気象庁の施設にしよう……」
こなちゃんの言われた通りに調べてこなちゃんに教えた。それをこなちゃんがノートパソコンに入力していった。

 朝日が窓から射し込んできた頃……
こなた「つかさ、やってみるよ」
私は頷いた。
こなちゃんはキーボードを叩いた。こなちゃんはディスプレーをじっと見ていた。私はそのこなちゃんをじっと見て祈った……成功しますように……
『ピピ…ピー』
ノートパソコンが鳴り出した。
こなた「や、やった、成功した、1段階でハッキング成功した」
つかさ「やったー、良かったね、こなちゃん」
こなた「まだまだ、これからアンテナを救助船に向けないといけないから……もう少し、もう少し調べてもらってもいい」
つかさ「うん、良いよ」
太陽は待ってくれない……もう約束の時間は過ぎていた……だけど、これで失敗したらなにもかも水の泡……私はこなちゃんの手伝いに集中した。





900つかさの旅の終わり 76/832012/07/01(日) 22:20:45.90O1mi2Otc0 (79/88)

こなた「つかさ、このエンターキーを押せばデータを救助船に送ることが出来る……つかさ、押すよ、良いね?」
つかさ「うん……」
こなた「それじゃ、急いで神社に行って……もう私一人で大丈夫だから……ひろしに、彼に逢って来なよ……ギリギリまで待ってあげるから」
時計を見るともうお昼まで30分を切っていた。
つかさ「車を使って、神社の階段を登って……もう、間に合わないよ……」
こなた「早く、まだゲームオーバーにしたくないから、つかさが神社に行けば私のゲームはクリアする、間に合わなくても行ってよ……さぁ、早く!!」
つかさ「分った、ありがとう、こなちゃん、行って来る」

こなちゃんに押されるように私は家を飛び出し車に乗った。
稲荷寿司を積むのを忘れた……だけど、もう戻っている時間はない。エンジンをかけて車を走らせた。
神社に着いてもひろしさんと話せる時間は何分もないかもしれない。
まなちゃんの時もそうだった。たかしさんの時も……そしてさっきのこなちゃんの時も……私は何も出来なかった。ちょっと手伝いが出来ただけ。
手伝いも出来たかどうかも分らない。けいこさんにだってちゃんとしたお話ができなかった。
お稲荷さんが帰っても私達には解決しなければ問題がある。私にはどうする事も出来ない。
だから、せめて……せめて、最後のお別れだけは言わせて……

階段を上がる度に身体が重くなる。ひろしさんと別れてから殆ど登っていないせいかもしれない。息が切れる。いつもならとっくに頂上に着いているいるのに。
気ばかりが焦って身体が付いていかない。
階段を八割ほど登った時だった。神社真上に浮かんでいる雲が虹色に光り始めた……それと同時に町内のチャイムが鳴るのが聞こえた。
腕時計を見た。正午をさしている。もう時間……急がないと。
そう思っているのもつかの間、虹色の雲から光が頂上に差し込んでいる。まさか、あの光の下にひろしさんが……帰っちゃう。だめだよ。まだ、何も言っていないのに。
もう少し、もう少し待って……

頂上に着いた瞬間だった。光は雲に吸い込まれるように引いていく……そして、虹色に光っていた雲は普通の雲にもどってしまった。
頂上には……誰も居なかった。辺りは静まり返っている。私の荒い呼吸だけが響いていいた。
つかさ「はぁ、はぁ、はぁ……う、嘘でしょ……帰っちゃったの……ど、どうして……」
引き止めることも、お別れを言う事も、稲荷寿司を食べさす事も出来なかった……
私は空を見上げた。さっきま虹色に光っていた雲は形を変えて小さくなっている。救助船からここが見えているかもしれない。私は無意識に手を振っていた。
見えていないかもしれないけど……私が『さようなら』と叫ぼうとした時だった。
森の奥から人影が現れた。
「つかささん、何故……来なかったのですか」
声のする方を向くとゆきちゃんだった。悲しい目で私を見ていた。手には携帯電話を強く握り締めていた。
みゆき「連絡を取ろうとしても、ひろしさんは止めるように何度も嗜まれました、何か事情があるに違いないって……つかささん、その事情はなんですか、
    最後の別れに遅れまでしなければならい事情なんてあるのですか……」
私は首を横に振った。
みゆき「それでしたら、何故ですか!!」
珍しくゆきちゃんが怒鳴った。
こなちゃんを手伝って遅れた……そんなの言ったって理由にならない。あるのは遅れたと言う事実だけ……
また森の奥から人影が現れた……そこには小林さんの姿があった。どうしてここに小林さんが……ま、まさか小林さんは……
みゆき「この神社には母星に帰る殆どの人が来ました……小林さんは見送りに来ました……小林さんは呪いの解けたばかりのかがみさんを護衛するために
    ひろしさんに頼まれてかがみさんの側に居るようになって……好きになったそうです」
小林さんは地球に残る三人の内の一人だった……お姉ちゃんはそれを知らない。
私にはややこしい人を好きになったとか言っていたくせに……
さすがお姉ちゃん、私とは違うよ。小林さんの心をしっかり掴んでいるね。
つかさ「……ありがとう小林さん、お姉ちゃんの為に残ってくれて……」
小林さんは何も言わず階段を下りていった。私はまた空を見上げた。
つかさ「ゆきちゃん、私が間に合ったら、ひろしさんは残ってくれたと思う?」
みゆき「それは……分りません……」
つかさ「私は分るよ、来ても結果は同じだった、でもそう思ったから遅れた訳じゃないよ……私達はもう既に別れているから……私がちょっと未練を出しちゃっただけ……」
ちょっとどころじゃなかった。舞い上がっていただけ。けいこさんから話しを聞いた時、夢を見てしまった。それだけの事。
みゆき「……先ほどはすみませんでした、怒鳴ってしまって……」
つかさ「うんん」
私は空を見上げたまま答えた。ゆきちゃんは私を見守るようにずっと私を見ていた。





901つかさの旅の終わり 77/832012/07/01(日) 22:22:47.46O1mi2Otc0 (80/88)

 どの位時間が経ったか……
みゆき「……今頃、けいこさんと木村さんが消えて大騒動になっているでしょう、私は後始末をしなければなりません……面会をしたつかささんにも
    何らかの調査が来るかもしれません、小林さんもそれを心配して先に帰りました」
つかさ「大丈夫だよ、私とけいこさんは親戚って事になっているから、実際も遠い親戚みたいだしね」
みゆき「そうでしたね……遺産相続の権限もありませんし、執拗な調査はしないでしょう……」
ゆきちゃんは後始末をするって言ったのに一向に私から離れようとはしなかった。私は空を見るのを止めてゆきちゃんを見た。
つかさ「どうしたの?」
みゆき「あ、あの、大丈夫ですか、お一人になられますが……」
つかさ「まさか、ゆきちゃん、私が自殺するとでも思っているの」
みゆき「え、い、いえ、そのような事は……」
ゆきちゃんは慌てて否定した。その慌てようからすると図星だったみたい。
つかさ「そんな事をしたらかえでさんに怒られちゃうよ、この神社は壊されちゃうでしょ……もう少しこの景色を焼き付けておきたいから……」
みゆき「そうですか、私はそのまま帰ります」
ゆきちゃんはお辞儀をした。
つかさ「またね……」
ゆきちゃんは何度も振り返りながら階段を下りていった。

 また私一人になった。さっきまであんなに静かだったのに蝉が鳴き始めた。でも真夏のような勢いはない。もう空は見上げても意味はないよね。
さて、ゆきちゃんに言った通りに、この景色を目に焼き付けるかな。私は階段の所から町並みを眺めた。

思えばこの神社に最初に来たのも一人だった。最後も一人……そんなものなのかもしれない。
私の旅は終わったけど、お稲荷さんの旅は大変だよね、故郷の星を復興させないといけないのだから、辛くて厳しいに違いない。
三万年も続く災い……私には想像もつかない事だけど、お稲荷さんならきっと克服するよね……
お姉ちゃん、もう泣いても大丈夫だよね……もう、私の旅は終わったよね……

でも、何故か涙が出なかった。
そうそう、まだこれから解決しないといけない事があるから。
私の住んでいる町、お店、そして、この神社……なんとかしなきゃ……泣いてなんか居られない。私も少しは強くならないと。







902つかさの旅の終わり 78/832012/07/01(日) 22:23:56.60O1mi2Otc0 (81/88)

 日が沈み、街灯がちらほらつきはじめた。
もう私の記憶にしっかりとこの風景は焼き付けた。この神社がなくなっても私の心にこの神社はある。辻さん……この神社がなくなっても私達を見守ってください。
もうこれ以上居ると暗くなってしまう。帰ってこなちゃんに報告しよう。
階段を下りようとした。
辺りが急に明るくなった。振り向くと森の中が明るくなっている。この光は見覚えがある。ひろしさんが最後に私を送ってくれいるのかもしれない。
この光を頼りに階段を下りるかな……
あれ、何か違う。階段を踏んでも階段が光らない…………これはひろしさんの術じゃない……
私は振り返って再び森の中を見た。森の中の光は次第に弱くなっていく私は何歩か森の中に足を運んだ。森の奥から人影が見える。
それは紛れもなく……ひろしさん。私ったら、また夢を見ている。そう思った。その人はどんどん私に近づいてきた。そして、私の目の前で止まった。
ひろし「何故、来なかった……来たら何の躊躇もなく帰れたものを……」
この声は、ひろしさん……何て言ったら良いのか分らない。あれ……おかしいな、出ないはずの涙が……。
ひろし「データ送信のルートが大幅に変更されていた……めぐみがそう言っていた……遅れたのはそれが原因なのか……」
声が出ない……
つかさ「デ、データ……送らないと……帰れないでしょ……だから」
ひろし「めぐみはそこまで教えていないと言った、もちろん僕もそんな方法は知らない……つかさ達だけでやってのけたのか」
つかさ「うんん、こなちゃんが全部……」
ひろしさんは笑った。
ひろし「相変わらず控えめだな……そこが好きなんだけどな……どうだ、つかさ、僕と一緒に来ないか、確かに故郷は復興の途中だが、この地球よりいくらかはましだと思う、
    それに、僕達の知りうる知識、技術……それに、人間とは比較にならないほどの時間が得られる」
私は首を横に振った。
ひろし「……即答だな……つかさにはそんなものには興味ないか、それなら僕も即答しなければならない」
ひろしさんは片手を空に向けた。
『パチン』
指を鳴らした……
つかさ「な……なに?」
ひろし「船は帰した……僕はここ、地球に残る……人間のルールはそんなに知らないから迷惑をかけるかもしれい……それでも良いか?」
つかさ「人間の私もそんなに知らないから大丈夫……」
ひろし「一緒になる……こんなに簡単……だったのか……僕は二年間、何をしていたのか分らない……すまない……」
ひろしさんは頭を下げた。
つかさ「そうだよ、簡単だよ、難しい理論も知識も要らない、二年前も別れる必要なんかなかった、他のお稲荷さんだって……私がどれほど……どれほど……うぁ~」
私は彼の胸に飛び込んで泣いた……それは別れの涙ではなく、再会の涙……
旅の終わり、お姉ちゃんの前で泣くはずだった。それが彼の前で泣いていた」
ひろしさんは私の肩を掴むと力を入れて私を離した。そして、指を空に向けた。虹色に輝く星があった。
ひろし「宇宙船が帰る、見送ってくれないか……」
つかさ「そ、そうだね、三万年間、地球に居たのだから……それに、けいこさんにさよならを言わないと」
私は虹色に輝く星に向かって両手をいっぱいに振った。
つかさ「さようなら~元気でね~けいこさん……たかしさん……めぐみさん……五郎さん……皆……さようなら~」
虹色の星は私の声に答えるかの様に円を描いて回りだした。そして、さらに強く光ると地平線の彼方へ消えて行った。
つかさ「……また、会う日まで……」
ひろし「また、会う日まで……なんだそれは?」
つかさ「おまじない、これを言ったから、ひろしさんにまた会えた」
ひろし「おまじない……それが本当ならたいしたものだ」
私達は暫く夜空を眺めていた。





903つかさの旅の終わり 79/832012/07/01(日) 22:24:56.93O1mi2Otc0 (82/88)

つかさ「あ、そうそう、家に五目稲荷寿司があるから、食べていって」
ひろし「……それは美味そうだな」
つかさ「それじゃ、階段を下りて……あぁ、もう、暗くて道が見えない」
日はもうとっくに暮れていた。
ひろし「それなら……」
ひろしさんは両手で水を掬うような動作をした。すると手の平から光の玉が出てきた。懐中電灯くらいの明るさがありそう。
ひろし「これで下りよう」
つかさ「……私やこなちゃん達の前ならいいけど、他の人の前でそんな事したらダメだから……」
ひろし「そんなのは分っているよ、つかさしか居ないからやっただけ」
つかさ「本当?」
ひろし「本当だって、これでも人間として生活していた、そのくらいの常識は心得ている」
ひろしさんは片手を出した。
つかさ「それじゃ、信じる」
私も片手を出した。彼は私の手を握って先に歩き出した。私は引かれるように彼の後を付いていった。階段の近くに差し掛かった時だった。
私は足を何かに躓いて転びそうになった。彼は腕に力を入れて私を抱き寄せた。
ひろし「大丈夫?」
つかさ「う、うん……」
彼の顔が直ぐ近くに……あれ……この感じ……これって……き……す
キスだよね……この前は突然だったけど……今なら分る……こうゆう時って、彼に任せちゃった方が良いのか……な
考えている間もなく彼の顔がどんどん近づいてきた。恥かしい……私は目を閉じた……
あ、あれ……まだ来ない……
来るなら早く来て……





904つかさの旅の終わり 80/832012/07/01(日) 22:26:17.74O1mi2Otc0 (83/88)

ひろし「誰だ!!!」
突然怒鳴った。私は驚いて目を開けると、ひろしさんは私に背を向けて手の平の明りを茂みの方に向けた。その方向には木がある。以前かえでさんは、その木の裏に人が
居るのを見つけた。もしかして……貿易会社の人なのかな……
つかさ「こ、恐い……」
私は彼の背中にぴったり張り付いた。
ひろし「そこに居るのは分っている……隠れていないで出てこい」
今度は低い声で木に向かって話した……暫くすると人影が出てきた。ひろしさんは身を低くして構えた。そして人影に明りを向けた。
つかさ「こ、こなちゃん!」
そこに立っていたのは紛れも無くこなちゃんだった。私は彼から離れて前に出た。
こなた「へへへ、ばれちゃった……もう少しでラブシーンを見られたのに、木の枝を踏んじゃったよ……」
苦笑いをしていた。
ひろし「……泉こなたか……お前はいつも邪魔をする……」
少し怒り気味のひろしさん。でも、構えを解いてほっとしている様子だった。
つかさ「ど、どうして来たの……」
こなた「みゆきさんが心配だから様子を見て欲しいって言うから……夕方からずっと間違えがないように見守っていたんだよ、つかさが暗くなるまで下りないから私も
    出るタイミングをなくしちゃった……でも、その様子なら心配いらないようだね……お二人さん」
つかさ「え、う、うん……」
そう言われると恥かしい……あ、そうだ。こなちゃんに言っておかないと。
つかさ「あ、えっとね、今夜だけどね、ひろしさんを家に……」
こなちゃんは腕を私の前に出して手を広げて私の話しを止めた。
こなた「はいはい、分っております、私はお邪魔なんでしょ……」
こなちゃんはもう片方を出て携帯電話を取り出した。
こなた「今夜は、松本さんと温泉旅館で今後の対策を協議するから、お二人は……朝までしっぽり濡れて下さいな」
自分で顔が赤くなったのが分るくらい熱くなった。
つかさ「ちょ、ちょっと、こなちゃん、そんな事言ってないでしょ!!」
こなた「あら、それじゃ、家に居てもいいの?」
つかさ「え……それは……」
こなた「無理をしない……やっと一緒になれたのだし……ね」
こなちゃんは電話で話し始めた。本当にかえでさんと話している。
こなちゃんを見ながら思った。こなちゃんの失敗がなければ……約束通りの時間に神社に来ていれば私は彼と永遠の別れをしたかもしれない。
遅れたから彼は帰るのを思い止まってくれた。何が切欠になるか分らないものだね……こなちゃん、ありがとう……
私は彼の方を向いた。彼も少し顔を赤くしている。彼と目が合った。
ひろし「あ……ぼ、僕は別にそんな事を……」
少し動揺していた。
つかさ「うんん、こなちゃんの話しは置いておいて……これからどうするか二人で話さないといけないでしょ、良い機会だと思わない」
彼は私の顔を驚いた顔で見た。
ひろし「……二年前と感じが少し変わったな……」
つかさ「ふふ、ひろしさん、人間は寿命が短いから成長も早いから、のんびりしているとすぐにお婆ちゃんになっちゃうよ」
ひろし「……つかさ……」
少し涙目になっているような気がした。私に出会って殆どの仲間と別れたひろしさん……ぎりぎりまで迷っていたに違いない。
少なくともここに残ったのを後悔させないようにしてあげたい。
こなた「コホン、コホン」
こなちゃんの咳払いで我に帰った。
つかさ「こ、こなちゃん!」
つかさ「見つめ合っていて悪いけど……松本さんと話しはついたから降りようよ……私、明りないから降りられない」
つかさ「あ、そうだったね……ひろしさん、お願い」
ひろしさんはまた明りを点けた、そして、階段を降り始めた。私とこなちゃんもその後を付いていった。
こなた「松本さんから伝言……明日、遅刻したら良からぬ噂が店じゅうに広がるから注意しなさいって……」
私の耳元で囁くこなちゃん。
つかさ「……それ、どう言う事なの……」
こなた「なんだろうね……」
ニヤニヤしながら話すこなちゃんだった……
神社を降りると、こなちゃんは車に乗って店に向かった。私達は家へ向かった。

私達は話し合った。そこで一つの結論を出した。
その後の出来事は恥かしくて……話せない。

 翌朝、私は遅刻をしてしまった。その時、かえでさんの伝言の意味を痛感するのだった……

そして時は流れた……
 






905つかさの旅の終わり 81/832012/07/01(日) 22:27:49.07O1mi2Otc0 (84/88)

 私は彼を待っていた。今日は大事な日になると言うのに……
シートを敷いてお弁当の準備も出来ていると言うのに。
ひろし「おーい」
ひろしさんの姿が見えた。彼は手を振って走って来た。
つかさ「約束の時間を1時間もオーバーしたよ」
私は少し怒った。だけど大声は出せない。
ひろし「ごめん、ごめん……でも、遅れたのはお互い様だろ」
つかさ「あ、五年も前の事を今更……あの時はね」
ひろし「そう、あの時の事は知っている……つかさは人類を救ったのだからな……」
ひろしさんは私の横に座った。私はお茶と、サンドイッチを彼の前に出した。
つかさ「ねぇ、今だから聞くけど……もし、あの時データを送ることが出来なかったら……皆はどうしていた?」
ひろしさんはサンドイッチを取ると一口食べた。
ひろし「そうだな……少なくともたかしは感情に任せて二人を救いに行ったろうな、たかしはお頭代理だったから賛同する者も居るだろう……」
つかさ「……禁呪も使っていた?」
ひろし「さぁ……そこまでは分らんが、したかもしれないな……そう言う意味では我々は人類と大差はないって事だよ……人類より少し早く生まれた、その時間分だけの知識と
    技術を持っていたに過ぎない……ふふ、知識を教えるとか言って先輩ぶって……今頃けいこも反省しているだろう」
お腹が空いていたのか、ひろしさんはサンドイッチをもう一つ取った。
つかさ「……それから、ひろしさんは何で戻ってこられたの、母星が一大事だったって言っていたけど……」
これは今まで聞けなかった……今だから聞けるのかもしれない。
ひろし「確かに、僕、個人の希望だけでは戻れなかった……けいこが、忘れ物を取りに戻りたいと言って……」
つかさ「忘れ物……何だろう?」
ひろし「何でも働いていたビルに置いてきたと言っていたが……僕が船を降りてから取りに行ったから分らない」
働いていたビル……ワールドホテルの本社ビル……そこの会長室にある物……一つだけ心当たりがあった。この地球にしかない物。それを取りに来た。
つかさ「それはきっとピアノだよ」
ひろし「ピアノ……楽器のピアノか……そんな物を取りに来たと言うのか……」
つかさ「そうだよ、楽器がないと奏でられないでしょ……きっと向こうで、災害で苦しんでいる人達の心を癒していると思うよ」
ひろし「音楽か……確かにそれは向こうには無いな……そういえばつかさからCDを貰ったのを思い出したよ……」
ひろしさんはお茶を飲んだ。私は別のお弁当からおにぎりを出して食べた。
ひろし「さて、今度は僕からの質問だ、何でこの神社は壊されなくて済んだ……」

 そう、この神社は三年前に壊されてテーマパークになる予定だった。今、シートを敷いて座っているこの場所がその神社……あの時のままの姿を留めている。何をしたのかって?
それは、けいこさん達が帰った日までに遡る……
こなちゃんは私のした事に対して当然、報酬を払うべきだって言った……誰が支払うって、それは全人類から……そんなの出来るわけない。私はそう言った。
私達の社会で使っている通貨……それは全てコンピュータで管理されている。物を買う時、売る時、それは全世界で行われている。
そのの取引で一円以下の小数点の値は全て切り捨てているらしい。そこでこなちゃんは、その小数点以下の値を切り捨てないで全てスイス銀行の口座に
振り込ませるようにした。
どうやって……全く分らないけど、めぐみさんから教わったハッキングの応用らしい……
一円以下の雀の涙よりも少ないお金……全世界で使われているお金の量……塵も積もれば……わずか一年でとんでもない金額になってしまった。この神社の土地を買うのに
充分なお金が貯まった。
こなちゃんはこれを『元気玉作戦』なんて名付けたけど……
そのお金で神社の土地を買い戻して、匿名で町に寄贈した……寄贈の条件として、土地は一切の手を加えない事。それだけで充分。
そして目的を達成したから『元気玉作戦』を止めてもらった。こなちゃんは残念がっていたけど、必殺技は一度きり。これがこなちゃんとの約束だった。





906つかさの旅の終わり 82/832012/07/01(日) 22:29:17.16O1mi2Otc0 (85/88)

  レストランかえでは買い戻せられずに予定通りに工場団地になってしまった。それでも神社の影響もあって当初よりも工場の規模は縮小された。
そのおかげで温泉はそのまま営業出来るようになった。
私達のお店は結局移転したけど、貿易会社のお世話にはならない。
土地を探して新しい店を建てた……そこは偶然にも実家のすぐ近く。その隣に独立して洋菓子店つかさを開店した。私はかえでさんから独立した。独立したと言っても
店は隣だから毎日のように皆と会える。
私が居なくなったレストランにはあやちゃんが代わりに働くようになった。元々けいこさんの人望で集まったテナント、だからけいこさんが居なくなれば
自然に店は貿易会社から撤退していく。そこに目をつけたこなちゃんがあやちゃんをスカウトした。

 変わったと言えばゆきちゃん……五年前、お稲荷さんのお薬をゆきちゃんに渡した。ゆきちゃんは作り方を知りたがってしたけど、私の覚えているのは材料だけ、
作り方は殆ど忘れてしまった。それでもゆきちゃんは残った薬のサンプルと私の記憶の断片を頼りに薬の再現の研究に没頭している。
私はひろしさんやひとしさんから教えてもらったらって言ったけど、あの薬はたかしさんしか作れないって……それならレシピをメモに残しておけばよかった。
でもね、あの時、そんな余裕なんかなかった。ごめんね……ゆきちゃんならきっと成功するよ……

 お姉ちゃんはひとしさんと結婚。小林かがみになった。けいこさんとめぐみさんが謎の消失事件。その担当弁護をしたひとしさんの事務所は当時、彼女達を逃がしたのでは
ないかと、疑いをかけられた。それでもひとしさんは誠実に行動してみごと信頼を回復。今では弁護の依頼が殺到してお姉ちゃんも大忙し。
私も会える機会が少なくなってしまった。折角実家の近くに移ったのに……全てがうまく行くなんてないからこれは諦めるしかないよね。





907つかさの旅の終わり 83/832012/07/01(日) 22:30:44.74O1mi2Otc0 (86/88)

つかさ「……って訳」
私はひろしさんに説明をした。
ひろし「そんな事をしたのか……まさに裏技ってやつか……その気になれば億万長者になれたものを……」
ひろしさんは感心するような、飽きられたような顔をした。
つかさ「そのこなちゃんのおかげで今の私達があるから、文句は言わないの」
そして……私とひろしさんも結婚をした……ひろしさんは人間の名前がないから……私の姓を取って柊ひろしになった……戸籍や住民票は……こなちゃんお得意のハッキングを
使わせてもらった。
洋菓子店は私とひろしさんで切り盛りしている。ひろしさんの男の人の力があると仕込みとかがとっても楽で助かっている。
ひろし「所で何故、店を臨時休業してまでこんな所に来た……もうここは壊される事は無いって言っていたじゃないか」
私は立ち上がり、森の中に入った。彼も私の後を付いてきた。
つかさ「ここだよ……ここでまなちゃんと初めて出逢った場所……稲荷寿司を置いた石……」
石の前で私は立ち止まった。
ひろし「おねえちゃ……いや、姉が亡くなった場所……」
そう、ここでいろいろな事があった……
私は稲荷寿司とパンケーキを石の上に置いた。そして腰を下ろして手を合わせてお祈りをした。それを見たひろしさんも腰を下ろし私と同じように手を合わせて祈った。
つかさ「私ね……もう一度ここに来るって決めていたの……彼女に報告するから」
ひろし「報告……報告って何だ、何か約束でもしたのか」
つかさ「うんん、私が勝手に決めたから……新しい命が宿ったら教えに来るって決めていたの」
私は自分のお腹を擦った。
ひろし「……え……もしかして……できたのか?」
私は頷いた。
ひろし「やったじゃないか、つかさ」
ひろしさんは立ち上がり私の両脇に腕を入れると軽々と持ち上げて喜んだ。でも、私の顔を見る私をとゆっくりと下ろした。
ひろし「どうした、嬉しくないのか……何か心配するような事でもあったのか?」
ひろしさんは手を私の頬にそっと添えた。私は彼の手に自分の手を重ねた。
つかさ「本当にこれで良いの……あなたは人間に……もう何千年も生きられないでしょ……私の為に……」
ひろしさんは親指で私の涙の溜まった目を拭った。
ひろし「それはここに残る時に決めた事だよ、つかさが悲しむ必要なんかない」
つかさ「でも……」
ひろし「そんなに心配すると、お腹の子供に良くない……戻ろう」
ひろしさんは森を出てシートの所まで私を引いて行った。。そして私を座らせた。
ひろし「こんな所まで来て、階段だってあると言うのに、報告なら生まれてからでも遅くないだろう」
つかさ「大丈夫だよ、今の所つわりもないし……それに私の決めた事だから」
ひろしさんもこれ以上何も言わずにシートに座り、お弁当を食べ始めた。
つかさ「ふふ、これで結婚していないのは、かえでさん、こなちゃん、ゆきちゃんになったかな……」
でもね、私は知っている。かえでさん、ゆきちゃんには好きな人が出来たって……まったくその気がなさそうなのがこなちゃん。それとも私が知らないだけなのかな……
いのりお姉ちゃんもまつりお姉ちゃんも四年前に結婚したし……
あれ……四年前……これって、お姉ちゃんも結婚した年……どう言うことなの、私は三年前だったし……
なんで私達姉妹が立て続けに結婚を……今までスルーしてきたけど、今考えてみると不思議……
確か……残ったお稲荷さんも四人……これって偶然なの……
ひろし「どうした、つかさ……気分でも悪くなったのか」
これは聞くしかない。
つかさ「えっと……地球に残ったお稲荷さん……あと二人って何処で何をしているのかな」
ひろし「さぁな、人間になると勘が鈍くなる……仲間の消息までは分らんよ」
この言い回し、ひろしさんは何か隠している。そういえばこの前こなちゃんにもはぐらかされた。こなちゃんはデータを作っているから誰が残ったか知っているはずだったのに。
つかさ「あなた、知っているでしょ……」
私は彼の目を見た。しかし彼は目を合わそうとはしなかった。
つかさ「ひ・ろ・し」
私は低い声で彼に迫った。
ひろし「……隠すつもりはなかった……残った二人は……つかさのお察しの通りだ……姉さん達の夫になった……」
つかさ「お姉ちゃん達はそれを知っているの……」
ひろし「まつりさんは多分知らない、いのりさんには全て話してあると聞いている……かがみさんは、ひとしから話したそうだ……」
まつりお姉ちゃんに教えるのはまだ少し早そう……
ひろし「……これは、それぞれの子供が物心のつく頃になったらご両親も含めて話そうと……かがみさんはそう言ったから……黙っていた」
私達姉妹って、ややこしい人が好きなのかな……
つかさ「ふふ……ふふふ、はははは~」
ひろし「な、何が可笑しい?」
これが笑わずにはいられない。
つかさ「ふふ、何でもないよ、それより、あなた、お寿司食べる……お酒も少しあるよ」
ひろし「おお、美味そうな五目稲荷……二人で祝おうか」
つかさ「うん」
私はジュース、ひろしさんにはお酒を注いだ。
つかさ・ひろし「新しく生まれる命に、乾杯!」
ひろしさんは一気にお酒を飲み干すと、美味しそうに稲荷ずしをほおばった。
ひろし「美味しい」
満面の笑みを浮かべながら食べている。
この光景……あの時と同じだよ……
まなちゃん……
そうか、分ったよ、まなちゃんが私の稲荷寿司を食べようとした直前に笑った訳が……
けいこさん、地球人は私達家族だけ、一足先にお稲荷さんと仲良くなっているよ。
静かな神社に私達の笑い声と話し声が響いていた。

 そして、赤ちゃんが生まれた……可愛い女の子……その子の名前を私は真奈美と名付けた。




908つかさの旅の終わり 84/832012/07/01(日) 22:32:02.77O1mi2Otc0 (87/88)



エピローグ
 
みなみ「それでは全部通して演奏してみましょうか」
つかさ「うん……みなみちゃん、あ、ちゃん付けは失礼かな、もうそんな歳じゃないよね」
みなみ「……いいえ、それはそれで構いません……」
つかさ「年甲斐もなくピアノを習おうだなんて……ごめんね、付き合わせちゃって」
みなみ「いいえ……歳など関係ありません……どうぞ」
私はピアノの前に座り、鍵盤を見て呼吸を整えた。

 子供を、真奈美を生んで間もなく、私は時間を見つけてはみなみちゃんの家でピアノのレッスンをするようになった。みなみちゃんはピアノの教室を開いたので、
その生徒第一号に。一曲だけ、どうしても弾いてみたい。そんな衝動に駆り立てられたから。基礎から練習するのが普通だけど、いきなりその曲の練習から始めた。
難易度が高い。ゆきちゃんはそう言っていた。その通りだった。みななちゃんももっと簡単な曲から始めるのを薦めたけど無理を言ってしまった。
それでもみなみちゃんは丁寧に教えてくれた。もう二年も経ってしまった。
そして今日、みなみちゃんに通しで聴いてもらう。そのうちに皆にも聴いてもらうつもり。だから気を引き締めないと。

 私は鍵盤に手を添えるとゆっくりと弾き始めた。
ラヴェル作曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」
けいこさんが弾いた曲。教えてもらった曲。
曲の名の通り、亡き王女を偲ぶ、ちょっと切なく響く曲……
今度けいこさんがこの地球に来る時、きっと私はもうこの世にはいない。
その時、けいこさんはきっとこの曲を私達に奏でる。
それは調査の為ではない。知識を教える必要も無い。私達を友として招くために。
そんな遠い日を想いながら私はピアノを弾いた。









909つかさの旅の終わり 84/832012/07/01(日) 22:33:15.75O1mi2Otc0 (88/88)

以上です。
これでつかさの~旅は終わりです。
二十三回コンクール前から書き始めていたけど三ヶ月もかかってしまった。
無駄に長いだけかもしれませんが読んでくれれば幸いです。


910VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/02(月) 00:15:03.871/9nIPwJ0 (1/1)





ここまで纏めた。

やっとこのスレも100を切りました。




911VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/07/04(水) 00:20:45.10GDB0UOrSO (1/1)

>>825-908
うおおおおおおおおおおおおおおおおおやっと読み終えたああああああ
大作完結おつおつ

途中ダレるかなぁと思ったけど見事に話に起伏があって最後までハラハラしたり熱くなったりできた
シリアスな展開の中にあるつかさのおとぼけやこなたのオタクっぷりも重い話を緩和させるいい薬になってた
柊姉妹好きだから双子をちゃんと仲良く描かれててほっこりしたし、皆が皆幸せな感じで終わってよかった

しかし4姉妹の結婚相手を見ると、ただおかみきも御稲荷さんなんじゃないかという気がしてくるww


912VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/04(水) 20:44:29.85EuQUfldm0 (1/1)

>>911
感想ありがとうございます。久しぶりに具体的な感想が得られて嬉しいです。

>>713の書き込みがなかったら書いていなかったかもしれません。
重ねて御礼を言わせてもらいます。
ありがとう。




913VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/08(日) 14:43:06.89jVqkTczr0 (1/7)

一日遅れのかがみとつかさの誕生日
とりあえずおめでとう。

そして短編ssを投下します。


914双子の誕生日 1/22012/07/08(日) 14:45:19.68jVqkTczr0 (2/7)

こなた「つかさが風邪をひいた?」
思わず復唱した。かがみは頷く。
こなた「つかさが休むなんて、初めてじゃないの」
かがみ「そうね、私も知る限り風邪なんかひいた所なんてみたこと無いわ」
こなた「う~ん」
私は腕を組んで考え込んでしまった。
かがみ「なに考え込んでいるのよ、つかさだって風邪くらいひくわよ」
つかさが風邪をひいたのは不思議でもない。もともと今までが元気すぎただけ。
こなた「いや、明後日の誕生日のプレゼントの希望を聞けなくて……かがみはさっき聞いたけど」
かがみ「ああ、それならば、私だけ貰う訳にもいかないから今回はプレゼントなしで良いわよ、それに誕生日を祝ってもらってもそれほど嬉しいとは思わない歳になったしね」
こなた「いやいや、そう言う訳にはいかいのだよ、みゆきさんや後輩達からカンパしたからね」
かがみは溜め息をついた。
かがみ「ふぅ~あんたが柄にもない事をするからよ……好意はありがたいけどね……」
こなた「それなら今日、つかさに直接聞きに行くよ」
かがみ「それもどうかしらね、風邪が移るとか言って部屋に入れさせてくれないのよ……食事も直接受け取らないで部屋の前に置かせるくらい」
こなた「ふぇ……たかが風邪で……隔離病棟じゃあるまいし……何を考えてるの、つかさは?」
かがみは何も言わずお手上げのポーズをした。

 かがみは来ても無駄だとは言った。だけど何もしないものカンパした本人としても心苦しい。私はつかさの部屋の前に居る。
かがみ「つかさ、開けなさい、こなたが見舞いにきたわよ」
つかさ「だ、だめだよ、風邪が移っちゃうよ……」
みごとな嗄れた声、つかさとは思えない声だった。
かがみ「……この調子なのよ」
確かにこのままでは入れてくれそうにない。
こなた「つかさ、かがみが風邪をひいた時を思い出して、私もみゆきさんもお見舞いに来たけど風邪は移らなかったでしょ、大丈夫だって、開けて」
何の返事も返ってこなかった。どうやら今日は諦めるしかない。
こなた「しょうがないね……」
私達が離れようとした時だった。
『ガチ』
鍵の開く音がした。
つかさ「こなちゃんだけ、どうぞ」
かがみ「ちょ、どうしてこなただけ……」
私はかがみに「まぁまぁ落ち着きましょう」の意味を込めて両手をかがみの前に出して手の平を見せて振った。かがみは納得のいかない様子だったけど取り敢えず落ち着いた。
扉を開けてつかさの部屋に入った。
こなた「ヤッフー、つかさ」
返事はしないで笑顔で返すつかさ……
パジャマ姿で椅子に座っていた。
こなた「もう随分良くなったみたいだね」
つかさ「今朝、やっと熱が引いてね、落ち着いたところ」
薬を飲んでいるのか少し眠そう……それに枯れた声はハスキーボイス……なんか今までのつかさとは違う……細めた目が妖艶な雰囲気を……まだ少し熱があったのかな、顔が少し赤い……
わ、なんだ。私は何を……病み上がりのつかさに何を感じている。私は顔を振って邪念を振り払った。
こなた「明後日の誕生日の事なんだけね……」
用件を早く済ませちゃおう。




915双子の誕生日 2/22012/07/08(日) 14:47:44.85jVqkTczr0 (3/7)

つかさ「プレゼント?」
こなた「そうそう、事前に聞いておくのも良いかなっと思ってね、今回は資金も沢山あるから、すごく高価なものじゃなければいけると思うよ」
つかさ「……ゆきちゃん、ゆたかちゃん……」
急につかさの目が潤み始めた。あらら……病気になると涙もろくなるって聞いたことあるけど、いくらなんでも大袈裟すぎる。
こなた「つかさくらいだよ、誕生日のプレゼントくらいでそんなに喜んでくれるのは……」
つかさ「ありがとう……でも、プレゼントは要らない」
こなた「あら……」
意外な返答になんて言って良いか分らなくなった。
こなた「どうして、かがみも要らないなんて言っていたけど……もうそんな歳じゃないからって?」
つかさ「うんん、そんなんじゃないけどね……」
こなた「じゃないけど?」
その続きが聞きたくなった。
つかさ「私の誕生日って七夕でしょ……お祭りみたいな日だから、もう沢山の人から祝ってもらったような気分になちゃって、もうお腹一杯だよ」
こなた「それは、別につかさを祝っているわけじゃないから……」
つかさ「そうだよね、織姫と彦星が年に一回逢える日だから……明後日、晴れると良いね」
つかさはカーテンを開けて窓を開け曇った空を祈るように見上げた
窓からねっとりと絡みつく湿った空気が入ってきた。
こなた「外の空気は身体に毒だよ……プレゼントは私が勝手に決めるから」
つかさは窓を閉めた。
つかさ「ありがとう……」
つかさは急によろめいた。私はつかさの腕を握って支えた。
こなた「やっぱりまだダメだね、寝てないと」
つかさ「そうだね……」
私はつかさをベッドまで支えると寝かせた。するとつかさはあっと言う間に眠ってしまった。まだ風邪は完全に治っていないみたいだった。

 つかさの部屋を出るとかがみが少し不機嫌な顔で待っていた。
かがみ「それで、プレゼントは決まったの」
ぶっきらぼうな態度だった。よっぽど部屋にいれてくれなかったのが気に入らなかったみたい。でもそれは、風邪を移したくないつかさの優しさから出た行為。
こなた「まったく、かがみには過ぎた妹だよ」
かがみは一瞬凍りついたように動かなくなった。
かがみ「な、中で何を話したのよ」
こなた「別に……」
そのまま私は玄関に向かった。
かがみ「別にって……何よ、気になるじゃない、教えなさいよ」
かがみはすがり付くように玄関まで付いてきた。なんだかんだで、かがみが一番つかさを心配しているみたい……部屋に入りたいのなら鍵は閉まっていない今がチャンスなのに
つかさの言葉を律儀に守るなんて……これが双子なのかな……
こなた「別に何も無いよ……元気なったらつかさに聞いて」
心配そうにつかさの部屋の方を見るかがみ。二人が羨ましくなった。ちょっとだけ意地悪をして教えない。
つかさ「お邪魔しました」
私は玄関を出た。




916双子の誕生日 3/22012/07/08(日) 14:48:45.78jVqkTczr0 (4/7)



 私はつかさにかがみと同じプレゼントを買って帰った。
こなた「ただいま~」
ゆたか「おかえり~」
台所からゆーちゃんの声がした。私は台所に向かいゆーちゃんにつかさとかがみの話しをした。

ゆたか「へぇ~誕生日が同じだけじゃないんだね、双子って……でもね、双子でも誕生日が一日違いの子がいるから……かがみ先輩とつかさ先輩は運がいいね」
忙しそうに夕食の準備をするゆーちゃん。
ゆたか「それで、お誕生日のプレゼントは決まったの?」
こなた「いろいろ考えたけど……かがみと同じ物を買ったよ」
ゆたか「それが一番いいかも……」
作業を止めて私ににっこり微笑んだ。私はお鍋に水を入れて火にかけた。
ゆたか「あれ、今日は私が夕食当番だよ……」
こなた「今日は手伝ってあげるよ」
ゆたか「ありがとう」

七月七日……
私は自分の部屋で寝ていた。前日から酷い悪寒と頭痛と高熱……そしてくしゃみ……つかさと同じ症状……どうやら風邪が移ってしまったみたいだった。
つかさの言う通りにつかさの部屋には入らない方がよかったのかもしれない。今となっては後の祭り……
プレゼントはゆーちゃんに預けて持って行ってもらった……今頃皆で……楽しくパーティをしているに違いない。
『コンコン』
ドアをノックする音……お父さんかな。
こなた「あ、入らないほうが良いよ、風邪が移っちゃうから……」
酷い嗄れ声……
そんな私の制止の言葉も空しくドアは開いた。そこに居たのはかがみとつかさだった。
かがみ「まったく、主催者がいなくてどうするつもりだったのよ……」
つかさ「こなちゃん……大丈夫?」
かがみは呆れ顔、つかさは心配そうに私を見ている。双子なのにこんなに表情が違うものなのか。
こなた「……見事に移されちゃよ……」
苦笑いで話すしかなかった。
かがみ「……凄い声だな……確かにつかさと同じ症状だ、これ以上近づかない方が良いわね……取り敢えず、プレゼントありがとう、それだけ、言いに来たわよ」
つかさは私の部屋に入ってきた。
こなた「え……」
つかさ「私はもうその風邪治ったから大丈夫だよ……一昨日はありがとう、何か食べたいものはない?」
こなた「ない……よ」
つかさ「それじゃ、ちゃんと寝てないと治らないから、ゲームとかしたらダメだよ」
こなた「……うん……」
かがみ「珍しいな、そんなに素直なこなたは……」
つかさ「辛そうだから部屋を出るね……お大事に」
つかさは部屋を出た。二人は私に手を振るとドアを閉めた。
なんだよ、どっちの誕生祝かわからないじゃないか……
気付くと目から涙が零れていた。
これは病気で気が弱くなったから出た涙……
そう自分に言い聞かせた。





917VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/08(日) 14:50:55.15jVqkTczr0 (5/7)

以上3レスでした。 2レスで済むと思ったらまちがえでした。

誰も誕生日ssを投下しなかったので急いで書きました。
だから内容は勘弁して下さい。


918VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/08(日) 15:01:33.54jVqkTczr0 (6/7)



ここまでまとめた


919VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/08(日) 23:23:29.82jVqkTczr0 (7/7)

>>914-916
しまった。同じタイトルで先に投下されているssがあった。
あまりに急いでいたのでそこまで調べなかった。もちろん別作者です。

ちなみに前に投下された「双子の誕生日」を意識して作った訳ではく、ストーリも全く違うものです。
たまたま同じタイトルになっただけです。




920VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/09(月) 23:14:46.11bt8AaZLI0 (1/1)

コンクールを夏に予定している。
多分8月。
しかし、前回みたいに参加者2人、投票者数名じゃ盛り上がりに欠ける。

殆ど書き込みがない現状だと開催しても前回の二の舞になるのは目に見えている。
何か良い考えはありませんか?


921VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/07/10(火) 11:55:34.301uec7uZSO (1/1)

・このスレを宣伝する
・諦める
・2期開始→vipにSSスレ復活


922VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/10(火) 19:51:15.57zCj7gaBp0 (1/2)

諦めるは除外
二期開始はいつになるか分らんし、無いかもしれない。

あとは宣伝するしか残らない。

どうやって宣伝するか?


923VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/10(火) 22:19:17.08zCj7gaBp0 (2/2)

1レス物で遊んでみた。



こなた「何を話しているの?」
みゆき「最近話題になっているヒッグス粒子について話しています」
こなた「へ、ヒ……ヒッグ」
かがみ「シャックリじゃあるまいし、ヒッグスよ、ヒッグス」
こなた「何それ?」
みゆき「万物に質量を与えたとされている素粒子ですね……理論的にはあるとされているのですが、未だに実証されていません、
ヨーロッパにある加速器実験で証明されるのではないかと期待されています」
こなた「……良くわからないけど……その粒子が無いとどうなるの?」
みゆき「全ての物質が光速で運動してしまって原型を留められなくなります」
こなた「ふーん」
かがみ「こなた、あんたちゃんと分ってるの?」
こなた「分ってる、分ってるって」
つかさ「おはよー、皆で何を話しているの?」
こなた「ふふふ、今話題のヒックス粒子について話しているのだよ、つかさ」
つかさ「へ、ヒ……ヒッグ」
かがみ「……こなたと同じ反応するなよ……」
つかさ「……そ、それで、その何とか粒子って何?」
かがみ「こなた、説明してあげなさい」
こなた「私?」
かがみ「他に誰が居るのよ」
こなた「え、えっと、重くなる粒子だって」
つかさ「重くなるの、それじゃこの鞄が重いのもその粒子のせいなの」
こなた「そうそう、鉄球が重いのも、かがみの体重が重くなっていくのもね」
つかさ「それは大変、早くその粒子をお姉ちゃんから取らないと大変な事になっちゃうよ」
かがみ「おいおい、話が変わっていないか……」




924VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/12(木) 20:39:49.909AZ4cjk10 (1/1)

つかさの旅シリーズ。
終わったのだが。いのり編を実は番外編で考えています。いのりはもちろん柊家の長女。
これは主人公はひよりまでは決まっている(まだ企画段階です)。
つかさ編では書けなかった物語、断片的にはあるけど、纏められるか微妙です。

企画倒れに終わるかもしれない。
だけど、読みたい人が居れば書くかもしれません。

宣伝みたいな物なので興味の無い方は無視して下さい。


925VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空)2012/07/13(金) 19:50:36.70Lm9bG6Jo0 (1/1)

いのり編 すごく、、、読みたいです


926VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/22(日) 20:25:10.103lBNUxz+0 (1/1)

そろそろコンクールの準備でもするかと思ったけど……

この状態だと23回と同じになってしまいそうです。

23回が最後のコンクールになってしまうのだろうか……



コンクールは残念ながら延期とします(私の主催としては)

年末くらいにもう一度企画してみたいと思います。

尚、他の方で企画するのであれば喜んで参加させて頂きます。




927VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/07/28(土) 20:58:52.38EoyC7Qs80 (1/1)

報告が遅れましたが、纏めサイトの「作者別作品」の利用ルールを正式にしたいと思います。

現在4名登録中。

興味のある方は覗いてみて下さい。

リストに載せたい作者がいましたら登録するのもよいかもしれません。

よろしくお願いします。


928いない2012/08/14(火) 19:52:35.33lav6L8JR0 (1/1)

う~ん
過疎と言うよりゴーストタウンみたいになってしまった。




929VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/08/17(金) 20:36:59.14Uh4YM3XS0 (1/1)

まとめサイトのトップページを更新しました。

興味のある方は見てください。

http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/


930VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/08/18(土) 17:58:38.34vE0w9+qr0 (1/1)

コンクールは部門ごとの投票を止めて、一人一票に。

そして賞は、大賞と副賞とする。

17回コンクール以前に戻すはどうでしょうか。



931保守2012/09/16(日) 17:47:20.36fS+vRXpb0 (1/1)

保守

こなた「ふぁ~」
かがみ「すごい欠伸だな、口を隠すくらいの恥じらいは見せなさいよ」
こなた「え、だって、隠す恥じらいを見せるような人が居ないじゃん」
かがみ「それは私に喧嘩を売っているのか」
みゆき「それは言い様によっては気兼ねなく欠伸ができるくらい親しい人とも取れますが」
こなた「そうそう、そうゆう事だから、安心しなさい」
かがみ「う~ん、何か違うような気がするが……」




932VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/09/17(月) 00:07:45.75uFjPXjD10 (1/1)




ここまで纏めた




933VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/10/02(火) 16:37:26.86pZFaIs/B0 (1/2)

避難所にも書いたけどここにも書いておきます。

まとめサイトのトップページのトータルアクセスカウント数が
リセットされて0になってしまった。(メニューの あなたは〇〇人目のたっきーすたーです の部分) 
何かの不具合なのだろうか。

問い合わせたので何か分りましたら連絡します。


 話しは変わります。
このスレを読んでくれている人は居るのだろうか?
作品を投下する予定の人はいるのかな?

現在自分は長編を書いています(つかさの旅シリーズ)。いつ完成するかは宣言できないけど、
完成次第投下する予定です。
もっと面白い作品が出せれば良いのですが……素人の趣味程度のレベルなので期待しないで気長に待って下さい。


最近1レス物も投下されていないので少し心配です。


あと、何でも感じた事を書いてくれると嬉しいです。





934VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/10/02(火) 23:25:43.41pZFaIs/B0 (2/2)

>>933

アクセス数は@wik側の不具合だったそうです。

今年の9/26のデータで復帰してもらいました。少し昔に戻っています。

以上





935VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(和歌山県)2012/10/05(金) 02:46:24.322ZJ41Q5r0 (1/1)

コンクール作品のレビューが全部見てみたいな
途中までしかないし…


936VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/10/05(金) 19:00:53.13oly9NJoR0 (1/1)

>>935
確かに17回以降のレビューは無いですね。実際に17回以降のレビューは書かれていませんでした。

コンクールのレビューはその時、その時の有志者が書いてくれていたので特に担当者が居た訳ではなかったですね。
だいたいコンクールの参加者の誰かが書いていたようです(レビューに自分の作品の評価は出来ないと言う表現が多数ある)

書き手にとってもレビューはとても気になる存在でもあり、励みにもなりました。
今からでも良いので書いてくれると大変在り難いです。
できればコンクールに参加していない第三者的なものが良いですね。


937VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2012/10/06(土) 01:29:19.04zHvmkUGg0 (1/1)

>>934
atwikiの不具合だったのですね。
別のらき☆すたSSまとめサイトで保管作業をしたすぐ後、カウント0に戻っていたので
作業の際に何かミスをしたんじゃないかと不安になってました。
情報ありがとうございます。


938VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/10/06(土) 10:39:30.68OsjTrd7SO (1/1)

おん☆すてネタがない…だと…?


939VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/10/06(土) 12:05:31.49FvrwUVJJ0 (1/1)

>>937
纏めるほどの作品があって羨ましい


940VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2012/10/07(日) 00:35:44.73Nyqob5p60 (1/1)

>>939
それが…こちらの本スレはもう二ヶ月以上落ちたまま、
規制で私が次スレを立てるのも不可能という状態です。
まとめサイトも事実上投稿者が各自保管する形になっていて、
スレが落ちる前に途中まで投稿していた自作を最近になって保管しただけのこと。
避難所も現存していないらしく、正直途方に暮れています…。


941VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/10/08(月) 00:52:42.07v1TDOtP90 (1/1)

23回のコンクールを見ても分るように、参加者2名の作品3つと、過去最低人数及び作品数となって、
夏予定されていた24回コンクールも延期となった。こっちも似たり寄ったりかな。

>>933で呼びかけて反応が無いから今の所、SSを投下する予定の人は1名となっています。

2期でもあればまた変わるのだろうけど。それは期待薄だね。



942VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/10/27(土) 18:25:59.27If/ONVku0 (1/1)

ネタもないので報告します

まとめサイトのつかさの旅シリーズの3作をシリーズに加えました。

続きはありませんが番外編を書いていますので、それでシリーズにしました。

興味のある方はまとめサイトを覗いてください。


943VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2012/11/26(月) 19:51:00.50aBUndmEM0 (1/1)

一ヶ月近く書き込みのないのも初めてかもしれない。



>>942です。
番外編、思いのほか完成に苦戦しています。
多分長さは『つかさの旅の終わり』と同じか超えるくらい。
残りのレスでは書ききれないかもしれません。
出来ればこのスレを埋めて新スレを立ち上げたい。
ご協力お願いします。


こなた「っと言うことなのでよろしく!」
かがみ「てか短編くらいは投稿しなさいよ!」
こなた「いや、今の製作中の作品で一杯一杯で余裕がないらしいよ」
かがみ「しょうがないわね、皆さん1レス物でも何でも良いので書き込みをしてね」
こなた・かがみ「よろしくお願いします!!」

終わり


944流行りのアレで一発2012/12/13(木) 21:36:17.43kJhbQakv0 (1/1)


粕日部に激震が走る。


願いを叶えた少女達は、過酷な運命を背負わされる。

つかさ「何のとりえもないけど……私でも戦えるのかな?」

かがみ「つかさに戦わせる位なら、私も契約させてよ!!」

みゆき「臆病な私を……許して下さい」

傍観する契約執行人は何を思うか。

QB「……どれほど足掻こうが、所詮君達の命は僕の手の平の上でしかないんだよ?」



こなた「……呪われた運命なんか、この手でブッ飛ばしてやる!!
    私達の意地を思い知れ!!」

魔法少女達は、戦うしか道は無い。


劇場版 魔法少女こなた☆マギカ

ComingSoon


こなた「……って内容だと、ウケそうじゃない?」

かがみ「やめんかい!!」




945VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/15(土) 08:07:21.76lxPGpkgi0 (1/2)

>>944
久々の投下乙です。
まとめは嘘予告に入ると思うけど。同じ作者なのでしょうか?
返事がなければ「ID:WvIVAVXcO氏:嘘予告」
に加えます。



946VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/15(土) 09:03:01.48ewl39bgJ0 (1/1)

>>945

別作者ですが、問題ないです。お願いします。


947VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/15(土) 14:55:56.46lxPGpkgi0 (2/2)



 ここまでまとめた


別作者でしたか。

嘘予告シリーズはそのまま物語できそうなのがいくつかあるので面白い。


948「偽予告」から発想…原作4巻より ひより視点2012/12/16(日) 00:53:52.30SS54d+3l0 (1/1)

あ、小早川さんと岩崎さんがいる。
何してるのかな。

…近付いてみて、ぎょっとした。
二人は睨み合っていた。

小早川さんは今にも泣きそうなふくれ顔で岩崎さんを睨んでいた。
一方、岩崎さんは表情は比較的落ち着いてたけど、小早川さんに向けられた視線は…
直接向けられてない私ですら心臓が一瞬止まるほど冷たかった。

ケンカ?あの二人が?まさか…。
でも、目の前の光景は真実だ。
何があったのかは分からないけど、止めなきゃ!

ひより「小早川さん、岩崎さん、ど、どうしたの?ケンカ?」
ひより「と、とりあえずさ、二人とも少し落ち着こうよ…」

ゆたか「え?」
みなみ「ん?」

…あれ?
二人は何事もなかったように表情を和らげた。
どういうこと?
今の二人には怒りのかけらすら全然なくて、私の前だから抑えたって風にも見えなかった。

みなみ「もしかして…今の見て、私たちがケンカしてると思った?」
ひより「う、うん」

二人は、ばつが悪そうに微笑んだ。

みなみ「ごめん…びっくりさせて」
ゆたか「どっちが怖い顔できるか競争してたんだよ」
ひより「え」

なーんだ…。

ゆたか「田村さん、見てみてどっちが怖かった?」
ひより「うーん…岩崎さんかな」
ひより「小早川さんのはまだかわいい感じだったけど、岩崎さんのはちょっと本気で怖かったよ…」
ゆたか「やっぱり…。実は私も怖くてちょっと涙出そうになっちゃった…」
みなみ「そ、そうかな。あまり表情変えられてなかったと思うけど…小さい頃からにらめっことかも苦手だし…」
ゆたか「ううん、視線だけですごい効果出してた。迫力が違うよ。男の子でも敵わないと思う。さすがみなみちゃん」
みなみ「…それって、喜ぶことなのかな…」


949VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/16(日) 18:47:17.87fhqdy6rL0 (1/2)



ここまでまとめた。

本当にssを作るとは思わなかったw
乙です


950VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/16(日) 18:50:38.35fhqdy6rL0 (2/2)

避難所の書き込みができなくなった。
取り敢えずこのままでいくしかないのかな?


951VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/23(日) 22:22:47.553D+v3ZTAO (1/1)

~真面目かは知らんが~

みく「え~世間様ではノロウィルスが流行っています」
たまき「フ…某TV局が『病院行くな』とか言ってたね。ノロウィルスは特に特効薬がある訳じゃないから感染を拡げるだけだって。どーやって病院行かずにノロとわかれってんだろ」
みく「生兵法は事故の元。医師ならそっちの方が恐いはずなのにねぇ…診断してくれなきゃわからないから医者に行きましょうね」
たまき「もやしもんみたく菌が見えたらねぇ」
みく「実際もやしもんに出たよノロウィルス…主人公が生が駄目な理由コレだって言ってたじゃん」
たまき「だっけ?」
みく「食材についてる可能性もあるからね。火を通せば死ぬけど…あと絶対に下痢止めは飲まない事。菌が腸内で暴れて辛いわけだから、さっさと出しちゃうのが一番」
たまき「毒さん、下品だよ」
みく「仕方ないでしょ、事実なんだから」
たまき「あと、女の子が生は駄目とかエロいよ」
みく「え?……そういう意味じゃない!!」





952VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/24(月) 17:28:00.693NENHPE70 (1/1)


ここまでまとめた。

ノロウィルス。
名前はトロイ感じだけど恐いウィルスです。なめると命を落とします。
ご注意を。




953VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/12/25(火) 00:04:31.32EB7nnTYo0 (1/1)

年末コンクールの予定でしたが私事が忙しくて
できそうにありません。ごめんなさい

他の方が主催するなら始めてもらっても構いません。



954VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/01/02(水) 00:09:27.05O3+BHn+C0 (1/1)

こなた「あけおめ、ことよろ」
かがみ「その略し方……あまり感心しないわね」
こなた「そうかな……」
かがみ「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します」
こんた「……長いよ」
かがみ「ながいじゃない、今年一年の挨拶を略すなってことよ、そもそも挨拶というのはね……ああたらこうたら」
こなた「はいはい、分かりました」
かがみ「はい、は一回で良い!」
こなた「はいはい」
かがみ「一度殴らないと分からないようね」
こなた「はい! 分かりました」
こなた・かがみ「今年もらき☆すたSSスレ よろしくお願いします」


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

今年も作品を投下していきたいと思います。
かなり苦戦している続き物がようやく完成八割くらいになった。このお正月休みで一気に書き上げて校正できればいいかなって思っています。

過疎化していますがごひいきの程をよろしくです。



955VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/01/29(火) 01:23:52.364y70UwTc0 (1/1)

ぬぅ
過疎と言うよりゴーストタウンだ。
何とか対策を考えねば


956単発ネタ2013/01/31(木) 01:06:09.67sad9GQsn0 (1/1)

-夜中 みなみの部屋-
ゆたか「みなみちゃん…起きて…」
みなみ「ん…?え…ゆたか?どうしてここに…」
みなみ「…!」
みなみ「ゆたか、どうしたの!?その背中の羽根…それに頭の輪っか…まるで天使…」
ゆたか「私ね…さっき病気の発作で死んじゃったんだ。本当の天使になったんだよ」
みなみ「!?」
ゆたか「最後にどうしてもみなみちゃんに会いたいって言ったら神様が許してくれたから…お別れにきたの」
ゆたか「今までありがとう。幸せだったよ。さよなら、みなみちゃん。天国でも忘れないよ」
みなみ「そんな!待って!ゆたか!行かないで!行っちゃやだぁぁぁ!!」

-早朝 ゆたかの部屋-
ゆたか「ふわあぁぁぁ…みなみちゃん?なに?」
みなみ「ごめん、こんな朝早く電話して…。あの、ゆたか…元気?」
ゆたか「んー、元気だよ。眠いけど…」
みなみ「よかった……ぐすっ……」
ゆたか「みなみちゃん…泣いてるの?どうしたの?」
みなみ「あ…ううん、何でもない。学校で会おうね…」

-朝 学校-
みなみ「おはよう…」
ひより「ど、どうしたのみなみちゃん?目、真っ赤だけど…」
みなみ「ん…大丈夫」
みなみ「すごくリアルな悲しい夢見ちゃって、明け方までずっと泣いてて…」
みなみ「朝になって、正夢とかそんなのじゃないただの夢だって分かって、嬉しくてまた泣いちゃっただけだから…」
ひより「みなみちゃんがそんなに泣くなんて…どんな夢だったの?」
みなみ「ごめん…言いたくない。思い出したくもない…」
ゆたか「おはよう…」
ひより「うわ、こっちはどうしたの?ものすごい眠そうだけど…」
ゆたか「んん~、昨日は夜更かししちゃって…2時間も寝てないかも…」
みなみ「そ、そうだったんだ…ごめん、それなのに朝早く電話して…」
ゆたか「ううん、いいの…元は私のせいだし…」
みなみ「え?」
ゆたか「何でもない…とにかくみなみちゃんは悪くな……ふわあぁぁぁ…ふう…」
ひより「二人とも、お大事に…」

-夕方 こなたの家-
ゆたか「というわけで…」
ゆたか「『夜中に天使のコスプレでみなみちゃんをびっくりさせる大作戦』は大成功だったよ」
ゆたか「おじさん、夜中にみなみちゃんの家まで運転してくれてありがとう♪」
そうじろう「みなみちゃんがかわいそうな気がするけど…」


957VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/01/31(木) 21:11:48.52TkDA57k50 (1/1)



ここまでまとめた


久々の投下おつです。




958VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/02/08(金) 19:58:01.87hiNhG42B0 (1/1)

予告


予てから作っていたつかさの旅シリーズの長編が完成に近づきました。

正月に出来るはずだったけど苦戦してしまった。

まだ微修正が残っているので今月中には投下できると思います。

使用レス数が100を超えるのでこのスレは埋まります。

従って投下時、このレスがまだ埋まっていなら新レスを立ち上げてから投下します。

何かご要望がありましたらコメントを入れてください。

よろしくお願いします。

ちなみに避難所は入れなくなったのでこのスレを使って下さい。






959VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/02/11(月) 19:10:09.01W145K4B60 (1/42)

新スレッドを立ち上げました。

埋まったらこちらへ移動して下さい。

↓新スレッド らき☆すたSSスレ ~そろそろ二期の噂はでないのかね~


http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360577276/

よろしくです。


960VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2013/02/11(月) 19:16:45.15W145K4B60 (2/42)

さて次スレも立ち上げたので 投下します。
つかさの旅シリーズです。112レスを使用予定です。

このスレが埋まったらそのまま次スレに移行します。よろしくです。




961ひよりの旅 1/1122013/02/11(月) 19:19:28.05W145K4B60 (3/42)

注意点
・この物語は「つかさの一人旅」の続編にあたります。
・つかさの旅、つかさの旅の終わりの内容が含まれて居ますのでそちらを先に読んだ方がいいかもしれません。



ゆたか「田村さん、物語ってどうやって作るの」
ひより「へ、どうやって言われても……」
突然だった。昼休みの時間、昼食を食べ終えて少したった頃だった。突然降って湧いたように聞かれた質問。私は漫画を描いていてネタに困ったりしたりしているけど。
こう率直に聞かれると返答に困る。
ゆたか「起承転結……登場人物、物語の進めかた……難しいよね」
ひより「ん~その言い方、もしかして、小早川さんも何か物語を考えているの?」
ゆたか「出来たらいいな~なんてね」
はにかみながら笑う小早川さん。そういえば何度か同じような質問をされた事を思い出した。まともな答えをしていなかったっけ。
とは言え、どうやって答えるかな……
ひより「起承転結とか、構成なんか考えると余計難しくなるから……私なんかはキャラからイメージを考える」
ゆたか「キャラクター?」
私は頷いた。私は目を閉じながら話した。
ひより「少女を思い浮かべよう、背は小さいけど運動は得意……その割にはインドア派、いつも冗談や悪戯ばかりして周りを怒らせたり、楽しませたり……
でも、どこが物悲しげな雰囲気が微かに漂う青い髪の女性」
ゆたか「あ、それは……こなたお姉ちゃん……みたい」
ひより「当たり……キャラクターを決めちゃえば勝手に頭の中で動いてくれるよ」
ゆたか「そんな物なのかな……」
考え込んでいる小早川さんだった。
ひより「料理が大好き、いつも笑顔で……」
ゆたか「いつも笑顔で周りを和やかにしてくれる……つかさ先輩?」
私は頷いた。
ひより「彼女はとっても良いネタ……は!!」
ゆたか「ねた?」
ひより「い、いや、なんでもない、なんでもない」
まずい、まずい、皆をネタになんて……泉先輩と描いている漫画の事がバレでもしたら。
ひより「と、兎に角、これはほんの一例だから、キャラから入っていくのもアリって事」
ゆたか「ありがとう……ところでその、つかさ先輩なんだけど、専門学校を卒業して、就職したって聞いた?」
話題が変わった……あり難い。
ひより「うん、何でも近くのレストランに決まったって……」
ゆたか「専門学校だと目的がはっきりしているから……いいな~」
ひより「その私達も……大学生だよ」
ゆたか「そうだね」
ひより「それより岩崎さんは……」
教室の周りを見渡しても居なかった。
ゆたか「みなみちゃんは音楽室に行っているよ……」

 泉先輩達がこの陸桜学園を卒業して二年、私達も卒業間近となった。皆が卒業しても頻繁に会っているので在学中とそんなに変わらない日々が続いた。
つかさ先輩が就職すれば今まで通りに会うことは出来なくなりそう。でもそれは直ぐに現実になってしまった。
私達が卒業してから、つかさ先輩だけ、極端に合う機会が減ってしまった。個人的にはいろいろネタ的なものを提供してくれてはいたので残念と言うしかない。



962ひよりの旅 2/1122013/02/11(月) 19:20:55.77W145K4B60 (4/42)

こなた「つかさねぇ……先週会ったよ」
ひより「ほんとっスか?」
こなた「嘘付いてもしょうがないじゃん」
ひより「そ、それはそうですけど……それで、どんな感じっスか?」
私は泉先輩の家に居た。卒業前からの極秘ミッションを完成させる為に。
こなた「どんな感じって言われてもね、普段通りのつかさだよ」
ひより「そうですか……」
こなた「あ、そういえばね」
何かを思い出したように左手を握り左手を広げてポンと叩いた。
こなた「何でも二十歳になったから一人旅をしたいなんて言っていたね、まぁ、地図すら読めないつかさの事だから、迷子になって泣いちゃうのが落ちだろうけどね……」
ひより「一人旅……っスか……」
つかさ先輩が背伸びをするなんて……職場で何かあったのだろうか。
こなた「それは、それとして……ひよりん、ミッションの方はどうなっているの」
ひより「……完成しました」
こなた「ほんとに、見せて、見せて」
身を乗り出して私に迫ってきた。そんな先輩を尻目にゆっくりと鞄を開けて焦らせた。
ひより「構想から二年……永かったっスね……」
鞄から本を取り出すと先輩はひったくる様に本を私の手から奪った。そして本を開いて見た。
こなた「……お、お、これは……さすがひよりん、やっぱり凄いや」
ページを捲るたびに目を輝かせていた。
ひより「でも、これで本当いいのかな……」
小さく呟いたつもりだった。先輩の動きが止まった。聞こえてしまった。
こなた「ひよりん、もうミッションは動いているのだよ……今更止める訳にはいかないよ」
ひより「い、いえ、反対しているのではなくて……これを極秘にしている……気が引けるっス、せめて……私達以外の誰かに見せてからでも……」
そう、この本は私と先輩で描いた漫画……登場人物が私や先輩の友人をパロディにしたもの。
見る人が見れば誰だか特定できそうな内容だった。面白半分にミッションに乗ったものの、現実に完成してみると何かしてはいけない事をしてしまったような罪悪感が
芽生え始めていた。最終的には夏コミに出すとか出さないとか……困ったな……
こなた「見せる……見せるねぇ~誰に見せる、かがみがいいかな」
ひより「げっ!! そ、それだけはご勘弁を……」
こなた「ゆーちゃん?」
ひより「これを見せるにはまだ早いかと……」
こなた「みなみちゃん?」
ひより「……きっと人格を否定される……」
先輩は溜め息をついた。
こなた「だから極秘にしてきたのでしょ、あともう少しでミッションは終わるだから、迷いは禁物!!」
それは先輩自信が自分に言い聞かせているようにも見えた。
ひより「は、はい……」
私は頷いた。
こなた「それで、ひよりんのサークルは参加出来るの?」
ひより「当選したっス」
こなた「よしよし……それで、この本を何冊刷るかなんだけどね」
嗚呼……話がどんどん具体的になってきた。
ひより「まったくオリジナルなのでどの位売れるかは未知数ですね……100……50冊でも多いかも……」
と言いつつ、私も話しに乗ってしまうのだった。





963ひよりの旅 3/1122013/02/11(月) 19:22:19.98W145K4B60 (5/42)

 夏コミ三日前だった。突然私は泉先輩に呼び出された。それは泉先輩の家ではなく柊家だった。理由を聞いても先輩は答えてくれない。
何かとっても悪い予感がした。だけど断ることは出来なさそうだ。
私は柊家の玄関の前に立っていた。呼び鈴を押す手が重い。
『ピンポーン』
ドアが開くとかがみ先輩が出てきた。
かがみ「居間に行ってくれる」
冷たい声だった。いつもなら笑顔で迎えてくれるはず。それなのに……
後ろから刺すようなかがみ先輩の視線を感じながら居間に向かった。居間の入り口の扉を開くと……
つかさ先輩、高良先輩、日下部先輩、峰岸先輩が奥の方に並んで座っていた。そして、その対面に、みなみちゃん、ゆーちゃんが並んでいる。
二つの列に挟まれるように泉先輩が座っていた。なにかに怯えるように肩を竦めていた。
ひより「こ、こんにちは~」
みさお「おっス、こりゃ驚いた、久しぶりじゃないか、全員集合なんて」
日下部せんぱいはいつも通り……ここに呼ばれた理由を聞いていないみたい。私は泉先輩の隣に座った。
少し遅れてかがみ先輩が入ってきて居間の上座に座った……
みさお「ところで柊、なんで呼び出したんだ?」
かがみ先輩は手に持っていた本を人数分皆に渡した。
かがみ「これと同じ物が30冊……こなたの部屋から発見された」
皆は本を手に取り開き始めた。あの本は……ま、まさか……
発見した……誰が?
その時、鋭い視線を感じた。恐る恐るその方見ると……ゆーちゃん……私と泉先輩を軽蔑する様な眼で私を睨んでいた。本を手に取っていない。
まさかゆーちゃんは既に見ているのか……本を発見したって……ゆーちゃんが……
私の顔が青ざめていくのが分った。やはり、印刷は私がすべきだった……
顔が赤くなったつかさ先輩、目つきが恐くなった日下部先輩……無表情な高良先輩とみなみちゃん、峰岸さん……
みさお「……これって、私達だよな……こんな事をするような奴は……」
日下部先輩が私達に向くと皆が一斉に私達の方を向いた。
かがみ「これから泉こなたの弾劾裁判を施行する!」
さながら裁判官か検事の風貌を漂わせたかがみ先輩。
こなた「あの、ひよりんは……」
かがみ「被告人は黙っていなさい」
かがみ先輩の目つきが豹変した。
こなた「ひ、ひぃ……」
かがみ「この本を見てもらって分るように罪状は明らかよ、これは悪戯の域を超えたもの、ここまで私達を侮辱されたのは始めてだ」
日下部先輩とゆーちゃんは頷いた。
かがみ「同じ物を30冊も、どうするつもりだった」
かがみ先輩は泉先輩を睨んだ。泉先輩は方をつぼめたまま話そうとはしない。
かがみ「この期に及んで黙秘権か……見損なったわよ、田村さん、答えてくれるわね……」
かがみ先輩の目が和らいだ、私はその目に吸い込まれそうになった。
ひより「あ、あの……夏コミ……コミックマーケットに出品を……」
こなた「ば、バカ、そんな事を言ったら……」
『バン!!!』
かがみ先輩は手に持っていた本を泉先輩に向かって叩き付けた。本は泉先輩の顔に当たった。いすみ先輩の鼻から血が少し出てきた。
かがみ「いい加減にしろ、まだ隠そうとするのか、バカ!!」
この時分った、かがみ先輩は本気で怒っている。皆もそれを見て少し怯んだように見えた。かがみ先輩は泉先輩に近づいて腕を上げた。殴るつもりだ……
私は目を閉じて顔を背けた……あれ、叩いた音がしない。私はゆっくり目を開けた。かがみ先輩は腕を上げたままだった。泉先輩の前につかさ先輩が立っていた。
かがみ「つかさ、何のつもり、そこをどきなさい」
つかさ先輩は首を横に振った。
かがみ「奴を庇うつもり、何故よ、つかさも本を見たでしょ、こなたには鉄槌が必要だ!!!」
つかさ「殴っても何も変わらないよ……見てよ、こなちゃん怪我しちゃったよ」
かがみ先輩はつかさ先輩を睨んだ。つかさ先輩はそんなかがみ先輩を尻目にポケットからハンカチを出すとかがみ先輩を背にして泉先輩の鼻血を拭い始めた。
つかさ「大丈夫、痛かった?」



964ひよりの旅 4/1122013/02/11(月) 19:24:01.74W145K4B60 (6/42)

 優しい声だった……何だろう、今までのつかさ先輩と違う……かがみ先輩が怒っている時、私の知っているつかさ先輩はおどおどしているだけだったのに。
かがみ先輩の怒りに動じていない。それどころか泉先輩を気遣っているなんて……
かがみ「あんたはこなたが憎くないの、つかさがこの本でどう扱われているのか分って言っているのか」
つかさ「お姉ちゃんがこなちゃんを殴ったら、もう二度とこなちゃんはお姉ちゃんと会えなくなるよ……それでもいいの」
かがみ「別に殺すわけじゃない……」
つかさ「お姉ちゃんは友達としてもう会えなくなるよって意味だよ……」
こなた「……ゴメン……なさい」
泉先輩はつかさ先輩のハンカチを取るとそのまま目に当てた……泣いている?
こなた「皆……ごめんなさい」
声が少しかすれている。泉先輩は泣いている。
かがみ「あ、謝って済むと思っているの……」
珍しくかがみ先輩が動揺している。
つかさ「私は……許すよ、もうあの本は出さないよね」
こなた「う、うん……」
泉先輩が謝った……それも驚いたけど、もっと驚いたのはつかさ先輩の言動だった。何かを守ろうとしている。それが伝わってきた。
泉先輩が泣いたのもそれが分ったからじゃないかな。私も何か心が動かされた。
ひより「済みませんでした……最初に原案を提案したのは私です……私も同罪」
かがみ「た、田村さん……」
かがみ先輩が一歩下がった。
みさお「……私も許す……ちびっ子、つかさに感謝するんだな」
みゆき「もう充分だと思います、弾劾は終わりました……」
ゆたか「……も、もう、良いよ、お姉ちゃん、田村さん……」
かがみ「……みんな甘い、甘すぎるわ……」
かがみ先輩の上げていた腕は下ろされた……その時のつかさ先輩の笑顔が印象に残った。
それから私と泉先輩だけ残り皆は帰った。その後、かがみ先輩の部屋に移り、私達二人はみっちりお説教を受けたのだった。
30冊の本は柊家の中庭にてかがみ先輩の立会いの下で燃やされた。
 
 私が柊家の玄関を出るとゆーちゃんが立っていた。
ゆたか「あの本……燃やしたの、庭から煙が見えたから……」
私は頷いた。
ゆたか「私……そこまでするつもりは……」
ひより「うんん、自業自得だったよ……」
私達は並んで歩き始めた。
ゆたか「それにしても……つかさ先輩、かっこ良かった……憧れちゃうかも」
ひより「専門学校を卒業してから会っていなかったけど……一回り大きく見えた」
ゆたか「つかさ先輩、かがみ先輩の目を見ながら必死にお姉ちゃんを庇っていた、多分、叩かれるのも覚悟の上だったかもしれないね」
ひより「……社会人になるとこうも違うのかな……凄いね」
ゆたか「う~ん」
ゆーちゃんは立ち止まった。
ひより「どうしたの?」
ゆたか「社会人になるのとはあまり関係かないかも、ゆいお姉ちゃんは学生時代とあまり変わらなかったような……」
ひより「……成実さんは変わらないと言うよりは……最初から変わっているよ……い、いや、良い意味で言っているから」
ゆたか「ふふ、別にそのくらいじゃ怒らないから大丈夫だよ……」
よかった。笑ってくれた……
ひより「みなみちゃん、何も言っていなかったけど……もしかして、私、嫌われちゃったかな……」
ゆたか「うんん、それは大丈夫だよ、怒るよりも本の出来が良かったって感心していた」
ひより「かがみ先輩と随分違う反応だな……むしろ軽蔑されるかと思ったけど」
ゆたか「そうだね……やっぱりこうゆう物を作る時は、手順を踏まないと理解してもらえないよ」
それはかがみ先輩が何度も言っていた。秘密にするのが一番いけない事……そうだね。
私達は駅に向かった。




965ひよりの旅 5/1122013/02/11(月) 19:25:11.49W145K4B60 (7/42)

『キキー!!!』
大通りに出る少し前だった。凄いブレーキ音、それ共に猛スピードでトラックが近づいてきた。私達の少し前で止まると、エンジンを空吹かしして走り去った。
ひより「乱暴な運転だね~」
ゆたか「ふぅ~少し驚いちゃった……」
少し歩くと道端に丸い茶色の塊が見えた。ゆーちゃんは直ぐにそれが何か分ったみたいだった。その丸い物に走り寄ってしゃがんだ。私も直ぐ後を追いかけた。
ひより「何、何なの?」
ゆたか「犬だよ……酷い……さっきのトラックの急ブレーキはこの犬が来たから……」
これは犬だろうか。確かに柴犬みたいな毛、大きさもそのくらいだけど……首輪をしていない……
ひより「柴犬ってもっとコロコロしていない?」
ゆたか「うんん、それは冬の毛、今は夏毛だから細く見えるって」
ゆーちゃんは優しく犬の背中を擦った。ピクリともしなかった。
ひより「もしかして……死んでいる?」
ゆたか「うんん、背中から鼓動が伝わってくるよ……」
ゆーちゃんは犬の身体を細かく見だした。
ゆたか「怪我はしていないみたい……」
しかし、犬は動かないままだった。
「どうかしましたか?」
後ろから声がした。私達は声のする方を向いた。
「あら……小早川さん……えっと、田村さんでしたっけ?」
私達を知っている。でも私は知らない……あれ、会ったことあるかな……思い出せない。
ひより「あ、あの~どちら様で?」
ゆたか「田村さん、知らないの、何度も会っているでしょ、柊いのりさん……」
そう言われてみると目がかがみ先輩に似ているような気がする……巫女姿……もっと直ぐに思い出すべきだった。
いのり「かがみ……つかさ、どちらの友達だったかしら……」
ゆたか「どちらの友達でもありますけど……」
いのり「今後とも二人をよろしく……っと、挨拶は置いておいて……こんな道端でどうしたの?」
ゆたか「実は……犬が車に……」
私達は倒れている犬の方向いた。いのりさんも私達と同じ方を向いた。いのりさんはそっと犬を抱きかかえた。
いのり「大丈夫かな……」
いのりさんの顔が緩んでいる。犬が好きなのは直ぐに分った。
いのり「……この子、犬じゃないね……狐じゃない?」
ひより・ゆたか「きつね、野生の?」
いのりさんは頷いた。
ひより「い、いくらなんでもこの街に狐だなんて……狸なら居るかもしれないけど……ねぇ」
私はゆーちゃんに同意を求めた。
ゆたか「狐にしろ、犬にしろ、このままじゃ可愛そうだよ……」
ゆーちゃんの顔が悲しげになってきた。
ひより「う~ん、家はもう犬を飼っているから引き取れない、ゆーちゃんだって居候の身だから同じでしょ」
ゆたか「そ、そうだけど……実家も犬を飼っているし……」
いのり「家も両親、四姉妹の大所帯だから……」
重い空気が立ち込めてきた……八方塞って所か。
沈黙が暫く続いた。
いのり「神社の境内にある掃除用具倉庫……そこがいいかな」
いのりさんが呟くように話しだした。いのりさんは犬……じゃなかった、狐をゆーちゃんに手渡した。
いのり「神社の入り口で待っていてくれる、いろいろ持ってくるから」
ひより・ゆたか「は、はい」
私達は来た道を戻り神社に向かった。




966ひよりの旅 6/1122013/02/11(月) 19:26:51.13W145K4B60 (8/42)

 狐はゆーちゃんの腕の中で静かに眠っている。神社に着いて10分くらいした頃、いのりさんがダンボールを抱えて走ってやってきた。服は着替えていない。巫女服のままだった。
いのり「ごめん、待たせてしまった」
私はダンボールを受け取り、ゆーちゃんは狐をいのりさんに渡した。
いのり「付いて来て」
いのりさんに言われるまま、私達は神社の奥へと進んでいった。
いのり「家に行ったら、泉さんが居てね……話が弾んでいたみたいだから何も言わないで来てしまった」
私とゆーちゃんは顔を見合わせた。
ゆたか「ふふ、仲直りしたみたいだね」
ひより「そうだね」
いのり「仲直り……なにかあったの?」
私達は今までの経緯を話した。

 神社の奥にある倉庫。その裏にいのりさんは私達を案内した。倉庫の裏にダンボールを置き、タオルを敷いて狐をそっと寝かせた。
いのり「そんな事があったの……つかさがね……確かに今までつかさじゃそんな事はしない……きっと一人旅をしたせいかしら」
ゆたか「つかさ先輩、一人旅をしたのですか……どうだったのかな」
いのり「……かがみには話したみたいだけどね、私やまつりにはさっぱり……でも、悪い体験じゃなさそうだから私も敢て聞こうとは思わない」
寝ている狐を優しい目で見ているいのりさん。そんな目で妹達を見ていたと思う。今までそんなに話した事なかったけど、やっぱり長女だなと思った。
ゆたか「ところで、いのりさんのその巫女服はどうしたの?」
いのり「あ、ああ、これね、これは近所の地鎮祭の帰りだったから……着替えるの忘れていた……」
私達は笑った。
『ガサ・ガサ』
ダンボールの方から音がした。狐の意識が戻ったみたいだった。狐は私達をじっと見ている。
ゆたか「あ、気が付いた、大丈夫、狐さん」
ゆーちゃんが狐に手を伸ばそうとした時だった。
いのり「止めなさい、野生の動物だから危険、触ったら噛まれるかもしれない」
ゆーちゃんは直ぐに手を引っ込めた。
狐は私達を恐れるわけでもなく、甘えるわけでもなく、じっと観察しているみたいに見えた。
ゆたか「気が付いて良かった……でも、これからどうしよう……」
いのり「ここなら雨風は防げるし、野犬の心配もない、あとは元気になるまでの食料をどうするか」
ゆたか「私とひよりちゃんは夏休みだから交代で餌をあげられます、ねぇ、そうだよね、ひよりちゃん」
ひより「え、ええ、そうだね、出来る……でも、コミケが終わってからでないと……」
いのり「それなら、当分行事がないから私も手伝うよ」
ゆたか「ありがとう、いのりさんが手伝ってくれるなら百人力です」
な、なんだ……私は自分の目を疑った。いのりさんとゆーちゃんは気が付かないみたいだけど。私ははっきりと見た。この狐は何かおかしい。
ゆーちゃんといのりさんの会話を聞いている。ゆーちゃんが話して、いのりさんが話し出す前に顔をいのりさんに向けている……これは会話を理解していないと出来ない。
そもそも野生の狐がここに居る事自体がおかしい……何だろう、この違和感は……
私は狐をじっと見た。狐はそれに気付き目線を逸らした……そんな……ますます怪しい……そんな仕草は家の犬もチェリーちゃんでさえしない。
ゆたか「田村さん、田村さん、どうしたの?」
私はハッと我に返った。こんなのは確証も何も無いし、話したってバカにされるだけ。それに私の病気、妄想が出てきただけかもしれない。忘れよう。
ひより「え、あ、いや、何だろうね」
ゆたか・いのり「何だろうね?」
ひより「あ、ああ、そうでなくて、えっと、そうだ、狐さんも気が付いた事だし、何か餌をあげないと……」
いのり「餌ね……そこまで頭が回らなかった……あ、そういえば地鎮祭で頂いた稲荷ずしがあった」
いのりさんは袖の下から袋を取り出した。狐は起き上がり前足をダンボールの淵に乗せた。
いのり「あらあら、食べたいの、稲荷ずしだけど食べるかしら……」
狐の口からポタポタと唾液が落ち始めた……まさかとは思うけど……中身が稲荷ずしって分っている……訳ない……う~ん。
いのりさんが袋から稲荷ずしを取り出すとゆっくり狐の口元に差し出した。狐は稲荷ずしをパクっと食べ始めた。
ゆたか「美味しそうに食べているね……狐って昔話みたいにやっぱり油揚げの料理が好きみたいだね」
いやいや……それは違う、普通の狐はネズミや小動物が餌のはず……それに人間から餌を貰うなんて……
いのり「人間にも馴れているみたいだし、きっとどこかで飼われていたのかもしれない」
ひより「それだ!!」
思わず叫んだ。二人はポカンと私を見ていた。
ひより「ですよね~そうですよ、狐がこんな所に居るはずない、きっと誰かが飼っていたにちがいないですよ、珍しいから飼い主も見つかるかもしれない」
なんだ、そうだよ。それしか考えられない、私ったら……なにボケているのだろう。
いのり「明日は私が来るから、元気になるまでここに居て良いからね」
狐はいのりさんをじっと見つめていた。
ひより「それよりこのままだと逃げ出したりしないかな……繋げないと……」
ゆたか「あ、今、狐さん嫌がったみたい、大丈夫だよこのまま大人しく元気になるまで居てくれるよ……」
狐はダンボールの中で丸くなった……いのりさんはホッとした表情を見せた。
いのり「それじゃ、帰ろうか」
ひより・ゆたか「はい」




967ひよりの旅 7/1122013/02/11(月) 19:28:33.80W145K4B60 (9/42)

 やっぱりおかしい……二人はスルーしたけど、私が狐を繋ぐ話しをしたら嫌なポーズをした……それはゆーちゃんもそう言ったから間違えない。
人間の言葉を理解出来る動物……それは躾や、訓練のレベルじゃないような気がする。私はあの狐に妙な興味を抱くようになった。
でも、目前にコミケが……コミケが無ければ……私の痛い性がこれ以上の詮索を許さなかった。
コミケが終わり、私の餌当番が来た時には狐は居なかった。いろいろ試してみたい事があったと言うのに。いったいあの狐は何だったのだろうか?
もう一つ不思議なことがあった。ダンボールとタオルが綺麗なままだった。どうやって?
今となってはどうする事も出来ない。

 つかさ先輩にお礼を言いたい。そう思っていた。しかし程なく彼女は一人で遠地に引っ越す事になった。なんでも一人旅で出会った人に
スカウトされてそこの店で働く事になったらしい。つかさ先輩の料理の腕は高校時代だからは知っていたけど、スカウトされる程だったとは思わなかった。
そこで私はお礼と、新天地での就職の祝いを兼ねてゆーちゃんとみなみちゃんを誘ってつかさ先輩の働く店を訪ねる事になった。

ゆたか「……レストランかえで……そう言っていたよね?」
みなみ「神社がある……少し行き過ぎたみたい」
地図を持っているみなみちゃんは反対方向を指差した。
ひより「それじゃ戻るかな……しかし、まだ泉先輩達が店に行っていない……私達の方が早いなんて、ちょっと順番が逆のような気がするね」
ゆたか「そうだね、なかなか時間が合わないみたい」
みなみ「私達が行けばきっと喜んでくれそう……」
新しい店なので地図には載っていない。温泉宿を目標に私達は歩いた。

ひより「レストランかえで……これだ!!」
新しい店……そう聞いていた。だけど古い温泉宿の一部を改装したようだ。目新しさはまったく感じられなかった。
ひより「う~ん、これってどうなんだろう、見た目はたいした事ないような……」
ゆたか「田村さん、失礼だよ、何をしに来たのか分っているの!!」
ひより「あ、失礼、失言でした……」
ゆーちゃんが怒るのも無理はない。私はお礼と祝いに来たのだった。インネンを付けにきたのではない。
みなみちゃんが店の扉に近づいた。みなみちゃんがドアに触れる前にドアは開いた。
「いらっしゃいませ」
店内から女性が出てきた。どうやら店員らしい……だけどなんとなく堂々として威厳があるような……
みなみ「予約しました田村ひより他2名ですけど」
「……伺っております……貴方達が高校時代の後輩のお客様ね、私は店長の松本かえでです」
みなみ「私は、つかささんの後輩、岩崎みなみです……」
ゆたか「私は、小早川ゆたか……」
ひより「田村ひよりっス……」
かえで「遠路はるばるお疲れ様でした、お待ちしておりました、どうぞ……」
松本さんは手を広げてお辞儀をして店内に招いた。松本さんに案内された席に着いた。
かえで「少々お待ち下さい」
すると松本さんは私達の席の近くに寄り、小声で話した。
かえで「つかさは何度も貴方達の話しをするのよ……よっぽど嬉しいみたい……今日は楽しんで行ってね」
松本さんはウィンクをすると厨房に向かって行った。
みなみ「松本さん……厳しい人だと聞いていた」
ゆたか「うん、そう聞いていたけど……仕事以外の話しをするのは、それだけつかさ先輩が信頼している証拠だと思うよ」
店内を見回した。概観とは打って変わってなんとも落ち着いた佇まい。椅子、テーブル、窓、カーテン、電灯……店長、松本さんのセンスなのだろうか。
この雰囲気……デッサンしたくなる。ゆーちゃんとみなみちゃんが楽しそうに話している。
さすがにこの状況でスケッチブックは出し難いね……
つかさ「いらっしゃいませ」
声の方を向いた……あれ……これがつかさ先輩……学生服と私服した見たこと無かった。白い調理用の制服……短い髪が清潔感をかもし出している。
大人っぽい……これが社会人ってやつなのか……かがみ先輩や高良先輩とは違った魅力を感じる。
ゆたか「うわ~かっこいいですね、すっごく似合っています」
少し照れて顔を赤くする所はまだ高校時代のままだ。だけど高校時代にそんな色っぽくはなかった。この表情もスケッチして取っておきたい……
みなみ「今まで来られなくてすみませんでした……」
つかさ「うんん、まだまだひよっ子だから……出来ればもう少し落ちてから来てもらいたかった……でも、ありがとう、今日の献立は私に任せて」
ゆたか・みなみ「はい、お任せします」
ゆたか「ひよりちゃん……ひよりちゃん」
ひより「……良い……」
ゆたか「いい、いいって何?」
私は我に帰った。
ひより「え、あ、な、何でもない」
相変わらず妄想が激しいな……自重しないと……
ゆたか「料理は任せてって」
ひより「うん」




968ひよりの旅 8/1122013/02/11(月) 19:29:54.28W145K4B60 (10/42)

 前菜から始まり、スープ、肉料理、サラダ、そしてデザート……フルコースだった。
田舎で素材が良いのもあるのかもしれない。だけど、松本さんの作る料理は確かに違う……ゆーちゃんもみなみちゃんも会話を忘れて食べるのに夢中になっている。
確かつかさ先輩と同じ専門学校だって言っていたっけ。旅で出会った。こんな人と出会えるなんて。つかさ先輩もなかなかの強運なのかもしれない。
つかさ「いかがでしたか?」
厨房からつかささんが来た。
ゆたか「とっても美味しかった……全部食べたの、はじめてかも」
確かに、食の細いゆーちゃんがあんなに食べるのを見るのは初めてだ。
みなみ「言葉には表せません……」
つかさ「ありがとう……えっと、最後のデザートなんだけど、私が作ったのだけど……どうだった?」
私達は空になった器をつかさ先輩に見せた。つかさ先輩は満面の笑みを見せた。
つかさ「ありがとう」
そのまま松本さんの居るホールに駆け寄って何か話している。松本さんも私達の方を向いて喜んでいる……何だろう。二人が姉妹みたいに見えてきた。
……なるほどね、つかさ先輩にとって、松本さんはかがみ先輩の代わりなのかもしれない。この店は繁盛する。そう確信した。
暫くするとつかさ先輩がまたこっちの方に来た。
つかさ「今夜はここの温泉宿に泊まるって聞いたけど?」
私達は頷いた。
つかさ「仕事が終わったらお邪魔しても良いかな……」
私達は顔を見合わせた。
ゆたか「ぜんぜん、構わないです」
つかさ「それじゃ、温泉でも入って待ってて、ここの温泉はとっても良いからね」
つかさ先輩は厨房に向かって行った。
みなみ「……つかさ先輩、はつらつとしていて良かった」
ゆたか「元気いっぱいって感じ、それに料理も……高校時代に食べたクッキーなんか比べ物にならない」
ひより「そんな時代と比べたら可愛そうだよ」
私達は笑った。



969ひよりの旅 9/1122013/02/11(月) 19:31:09.94W145K4B60 (11/42)

ひより「ふぁ~」
欠伸が出た。私とゆーちゃんは一足先に温泉に入ってきた。つかさ先輩が言うようにとてもいい湯だった。移動してきた疲れも取れた。
ゆたか「とっても良い湯だからみなみちゃんもどうぞ」
 みなみちゃんは準備をし始めた。
みなみ「つかさ先輩……遅い、もうお店も終わる時間だと言うのに……」
ひより「これが社会人ってもの、後片付けや、明日の準備、打ち合わせなんかすればあっという間に時間は過ぎる」
ゆたか「大変なんだね……私……自信なくしちゃうな……身体も弱いし……」
ひより「高校を卒業してから随分元気になったと思うよ、ね」
私はみなみちゃんの方を向いた。
みなみ「熱が出なくなった、乗り物酔いも無くなった……」
ひより「ほらほら、元保健委員のみなみちゃんが言ってるのだから」
みなみちゃんは立ち上がり部屋を出ようとした。
『コンコン』
ドアがノックされた。ドアに一番近いみなみちゃんがドアを開けた。
つかさ「遅くなってごめ~ん」
直ぐ隣の建屋からの移動、ぎりぎりまで店で仕事をしていたに違いない。みなみちゃんは温泉に行くのを止めて部屋の中央に戻った
ゆたか「お疲れ様でした」
つかさ「明日の準備に手間取っちゃった……かえでさん、連れて来ようとしたけど……今日は無理だって」
なるほどね、つかさ先輩は松本さんを下の名前で呼んでいる。でもまぁ、今更驚くことじゃないか。お昼の二人を見れば分る。
松本かえで……もう少しどんな人か知りたかったな。残念。
ゆたか「松本さんってどんな人なの」
ゆーちゃんはお茶の準備をしながら質問をした。
つかさ「怒ると恐いけど……とっても優しくて、いろいろ教えてくれる人……」
ゆたか「恐くて優しい……なんか複雑で難しい表現ですね」
ひより「そうでもない、身近な人で似ている人が居るよ」
つかさ・ゆたか・みなみ「誰?」
うわ、つかさ先輩まで聞いてくるとは思わなかった。これは本来つかさ先輩が言うべき事なんだろうけど、つかさ先輩のこう言うキャラがいい味をだすのよね。お昼の時とは違う、私の知っているつかさ先輩。でも、しったかぶらない所は見習わないといけないのかもしらない。
ひより「それは、かがみ先輩」
ゆたか「あ……そう言われてみると……」
みなみちゃんも納得した表情をした。つかさ先輩は少し考え込んだ……納得していないようだった。かがみ先輩はつかさ先輩から見ると「恐い」が抜けて見えてしまっているから
松本さんを似ていると認識出来ない。そう私は理解した。もっともかがみ先輩がつかさ先輩を直接怒った所は一度も見たことはないけどね。
みなみ「お仕事、大変層ですね……」
みなみちゃんが話題を変えた。
つかさ「そうだね、まだ店が独立したからそんなに経っていないから、落ち着くまでは忙しいってかえでさんが言っていた」
みなみ「すみません、そんな状態でお邪魔してしまって」
つかさ「うんん、来てくれて嬉しかった……あぁ、そうそう、みなみちゃん達、未成年でしょ、お姉ちゃんから連絡があって、私が引率しなさいって言うから、
    泊まらせてもらうね、私、お邪魔しちゃって良い?」
かがみ先輩……硬いことを……
みなみ「重ね重ね、すみません……」
かがみ先輩のおかげなのだろうか。専門学校を卒業してから殆ど話す機会のなかったつかさ先輩と話す時間が出来た。私達は時間を忘れてお喋りを楽しんだ。

ゆたか「あの、つかさ先輩は何故、松本さんの誘いを受けたのですか……」
その時、つかさ先輩は私には一度も見せなかった悲しい顔になった。何故だろう。ゆーちゃんもつかささんの表情に気が付いたみたいだった。
ゆたか「あっ、ごめんなさい、言い難い事でしたら結構です……」
つかさ先輩は直ぐに笑顔になった。
つかさ「うんん、話しても良いけど……信じてくれるかな」
ゆたか「どう言う事ですか……?」
信じてくれるかどうか。この言葉にものすごく興味を抱いた。どんな話しなのか、つかさ先輩に何があったのか。何故一人でこんな田舎に引っ越したのか。
何か衝撃的な何かなければ無ければこんな事はしない。これは聞かないわけにはいかない。
ひより「是非、聞かせてください」
ゆたか・みなみ「おねがいします」
つかさ先輩は静かに目を閉じた。話すのを躊躇っている……違う、どう話すのか自分の頭の中を整理している様に見えた。
つかさ先輩はポケットから財布を出すと中から一万円札を出した。
つかさ「これ、何に見える?」
ゆたか「いち……一万円札にしか見えませんが……」
私とみなみちゃんも頷いた。
つかさ「これね……触れてから半日経つと、葉っぱに見える……うんん、元の葉っぱに戻るだけなんだどね……」
私達は顔を見合わせた。
ゆたか「言っている意味が分らないのですが……」
つかさ先輩は一万円札を財布にしまった。
つかさ「話すよ、私が何故、ここに移り住んだ訳を……」
つかさ先輩は静かに話しだした。



『ひよりの旅』






970ひよりの旅 10/1122013/02/11(月) 19:32:34.10W145K4B60 (12/42)

 つかさ先輩が話しを終えると辺りは静まり返った。
いつもポーカーフェイスのみなみちゃんがハンカチで目を押さえていた。こんな姿を見たのは、はじめてだった。
つかさ「ご、ごめんなさい……私そんなつもりで話した訳じゃないけど……」
つかさ先輩も目が潤んでいた。思い出してしまったに違いない。
つかさ「わ、私、温泉に入ってくるね、まだ入っていない人、一緒にどうぞ……」
慌てて準備をして部屋を出て行くつかさ先輩。後を追うようにみなみちゃんも部屋を出て行った。

 つかさ先輩の一人旅……真奈美さん、松本さんとの出会い。松本さんの友人の辻さん……
とても感慨深い話だった。このまま私が漫画のネタにしてしまいたいくらいだった。
つかさ先輩が泉先輩を庇った理由もこれで納得がいく。それに、つかさ先輩が妙に大人っぽく見えたのもこれが原因だった。
私もその場で涙を流してしまいそうだった。でも涙はでなかった。涙を出すのを止めてしまった出来事を思い出してしまったから。
それは、つかさ先輩の出会った真奈美さん。お稲荷さんと言っていた……そのお稲荷さんとゆーちゃんの見付けた狐が私の頭の中で一致してしまったからだ。
あの狐はどう考えても野生の動物ではない。私はゆーちゃんの方を見た。ゆーちゃんは乾かしていたタオルを取り、温泉に行こうと部屋を出ようとしていた。
ひより「ゆーちゃん?」
私は呼び止めた。ゆーちゃんは立ち止まり私の方を向いた。ゆーちゃんも目が潤んでいる。
ゆたか「私……もう一度温泉に入ってくるね」
そう言うとドアに手を掛けた。
ひより「つかさ先輩の言っていたお稲荷さんなんだけどね、あれってこの前、車に轢かれそうになった狐と同じだとは思わない?」
ゆーちゃんの動きが止まった。
ひより「やっぱり、ゆーちゃんもそう思うよね」
ゆたか「あの子は狐じゃなかった、いのりさんが調べてくれた、柴犬の雑種だったみたいだよ、だから狐に見えたって……」
ひより「い、いや、そうじゃなくて、私は見たよ、あの行動は犬や狐じゃ説明できるものじゃ……」
ゆたか「私……行ってくる……」
ゆーちゃんの目から涙が零れているのが見えた。ゆーちゃんはそのまま部屋を出て行った。
あの時私の見たのは何だったのだろう。狐でなく犬だったとしても……
静まり返った部屋に私一人……その時私は気が付いた。
ひより「ふぅ」
溜め息を一回。
空気が読めないって私の事だった。今はつかさ先輩の話しで皆は頭がいっぱいだった。
それに、もう何処に行ったか分らない犬の話しをしても意味はない。それより素直につかさ先輩の話しに浸った方が良い。
私も温泉に行く準備をして部屋を出た。

 一番髪の長いせいなのか、更衣室に私一人、ドライヤーで髪を乾かしていた。皆はもう部屋に戻ったみたいだった。
温泉での話しで妙に私だけが浮いているのが分った。
涙を流さなかったのは私一人、狐の一件が無ければ……本当にそうなのかな。私はつかさ先輩の話しをネタの一つにしか思っていなかった。だから心から感動しなかった。
いつも第三者的な目の私……何時からこんなになったのだろう。
ふと鏡を見てみた。そこには髪をドライヤーで乾かしている私が映っていた。
ひより「ふふ」
笑うと鏡に映っている私も笑う……
何時からって、それは私が生まれた時から……私は私。
髪は乾いたみたい。ドライヤーを止めて席を立った。さて、部屋に戻ろう。




971ひよりの旅 11/1122013/02/11(月) 19:33:50.24W145K4B60 (13/42)

 更衣室を出ようとした。椅子にゆーちゃんが座っていた。どうしたのだろう。私を待っていてくれたのだろうか。ゆーちゃんに声をかけようとした。けど、止めた。
ゆーちゃんは目を閉じて静かに座っている。何だろう。瞑想でもしているかのような雰囲気だった。全身の力をぬいて一定の間隔で呼吸をしている。
ゆたか「ふぅ~」
最後に大きく息を吐くとゆっくり目を開けた。そして私の方を向いた。
ゆたか「あ、あれ、ひよりちゃん……」
私が居たのを今、気付いたみたいだった。
ひより「……何をしていたの……神秘的な感じだった」
ゆたか「えっと、健康呼吸法って言ってね、先生に教えてもらったのをしていたのだけど……」
ひより「先生?」
ゆたか「うん、高校を卒業するくらいの頃ね、近所に整体がオープンしたから、そこで教えてもらった」
ひより「整体……」
私の頭の中にいけない何かを思い浮かべようとしている。
ゆたか「どうしたの?」
ひより「え、何でもない……ゆーちゃんが最近元気なのも、そのおかげかもしれないね」
ゆたか「大学になってから一度も休まなくなったから……そのおかげかな……」
ゆーちゃんは席を立った。
ひより「部屋に戻ろう」
私は更衣室を出ようとした。
ゆたか「ちょっと待って……」
ひより「何?」
私を呼び止めた。振り向くとゆーちゃんは何か言いたげな感じだった。ためらっているのか、少し話しだすのに時間がかかった。
ゆたか「……さっきの話しなんだけど……ひよりちゃんもあの犬をお稲荷さんだと思うの?」
「も」……ゆーちゃんはそう言った。やっぱりつかさ先輩の話しを聞いてゆーちゃんも私と同じ事を考えていた。
ひより「そうだけど、もうそれを確かめる事も出来ないし……私の話しは忘れて」
ゆたか「……うんん、確かめられるよ……あの子ね、まだ神社から出ていないから……」
ひより「出ていないって、どう言う事なの?」
ゆーちゃんはまた暫く話そうとはしなかった。
ゆたか「……週に二回、いのりさんの稲荷寿司を食べに神社に来るようになった、私と交代で世話をしているの……」
ひより「ちょっと待って、あれから二ヶ月も経っているよ……私もあの時一緒に居たのに、」
ゆたか「……ごめんなさい……いのりさんが秘密にしようって言うから……言いそびれちゃった」
ゆーちゃんは申し訳なさそうに肩を落としていた。今まで黙っていたのはいのりさんと約束のせいだったのか。
ひより「それで、何で今、話す気になったの?」
ゆたか「私もあの犬はちょっと不思議な感じがするなって思っていた、それに、さっきのつかささんの話しを聞いて、それからひよりちゃんがさっき言うものだから……
秘密に出来なかった……本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げるゆーちゃん。
ひより「このままずっとって訳にはいかないと思うよ、犬の放し飼いは違法だし、下手すると保健所に捕まって……処分室に……」
ゆーちゃんは両手で耳を押さえた。
ゆたか「止めて、その話は……分っている、分っているけど……どうにもならない」
話しは思った以上に深刻だった……
ひより「柊家では飼えないの?」
ゆたか「いのりさんは家族に言ったみたいだけど……かがみ先輩は反対、まつりさんは猫の方が良いって、ご両親は皆がよければって……」
するとかがみ先輩とまつりさん次第って訳か。
ひより「私も協力したいけど良いかな?」
ゆたか「本当に……ありがとう」
ゆーちゃんは私の手を両手で握って喜んだ。
ひより「私も当事者みたいなものだしね……」
それもあるけど、なにより犬の正体を確かめたい。その好奇心の方が強かった。
ゆたか「早速だけど、明後日の夕方、私の当番なんだけど一緒に来てくれないかな?」
ひより「うん」
つかさ「大丈夫?」
ひより・ゆたか「うわー!!」
突然つかさ先輩が入ってきた。話しに夢中で近づいてくるのが分らなかった。
ゆたか「だ、大丈夫です」
つかさ「のぼせたのかと思って心配しちゃった、部屋に戻ったらお話ししようね」
ひより・ゆたか「はい」
つかさ先輩は部屋に戻って行った。
ゆたか「ひよりちゃん……この話しは皆に……」
ひより「分っている、内緒でしょ……みなみちゃんにも内緒にするの?」
ゆーちゃんは頷いた。まさかみなみちゃんにも内緒にしているとは思わなかった。もっともみなみちゃんも犬を飼っているから話し難いのは分るような気がする。
あの時、現場に居合わせた偶然に感謝するばかり。
ゆたか「部屋に戻ろう」
ひより「うん」
部屋に戻って私達は夜遅くまでお喋りをして過ごした。
話しは私達が陸桜を卒業するまでの話しや、大学の話が主になった。つかさ先輩も松本さんや、店の話しをしてくれてとても楽しかった。
次の日、つかさ先輩との別れは卒業の日よりも悲しく思えたのが印象的だった。




972ひよりの旅 12/1122013/02/11(月) 19:34:54.68W145K4B60 (14/42)

 神社の入り口の前で私はゆーちゃんを待っていた。
ゆたか「ごめーん、待った?」
駆け足で来たゆーちゃん。息が切れていた。
ひより「うんん、時間通りだし」
ゆーちゃんは鞄から袋を出し私に渡した。
ひより「これは?」
ゆたか「今日、あの子にあげる餌、稲荷寿司」
私は袋を受け取った。
ひより「あの子って、名前、付けていないの?」
ゆたか「う、うん、飼い主が居るかもしれないから、また付けていない……いのりさんを呼んで来るから先に行ってて」
ゆーちゃんはまた走り出して柊家の方に向かった。
稲荷寿司か……私は袋をじっと見た。毎週のように稲荷寿司を食べに来る犬って、そんなに寿司が好きなのか。それとも他に目的があるのだろうか。
ここで考えていても分らないか。とりあえず向かうか。
神社の境内。狭いとばかり思っていたが、思いのほか広かった。二ヶ月ぶりの場所、しかも一回しか行った事がなかったので迷ってしまった。
確か掃除倉庫って言っていた。
迷った挙げ句に倉庫に着いた。既にゆーちゃんといのりさんは到着していた。例の犬も姿を見せていた。
ゆたか「ひよりちゃん、どうしたの?」
ひより「いやいや、迷ってしまって……」
ゆーちゃんといのりさんは顔を見合わせると笑った。
いのり「ふふ、協力してくれるって聞いた、ありがとう」
ひより「微力ながら……反対されている様ですが……」
いのりさんは溜め息を付いた。
いのり「つかさが居なくなったから良い機会だとは思ったのが間違えね、まつりは猫だったら良いって言い出すし、かがみは話しにならい……困ったもの」
ゆたか「それより、ひよりちゃん、餌をあげて」
気付くと犬はじっと私の持っている袋を見ていた。
ひより「あ、ごめん、ごめん」
袋から稲荷寿司を出すといのりさんは小皿を取り出した。私は不思議に思い動作を止めた。
いのり「地面に置くと食べないから、お皿に置いて」
私はいのりさんの持っている小皿に稲荷寿司を置いた。そして、犬の目の前に小皿を置いた。犬はいのりさんの目をじっとみている。
いのり「おあがり」
その言葉を聞くと同時に犬は稲荷寿司を食べ始めた。
ひより「お預けをするなんて、よく躾けましたね」
ゆたか「うんん、躾けてなんかいないよ、自然にできたよ」
やはり、この犬は捨て犬じゃない。どこかで飼われていた犬だ。
いのり「さて、これからどうしよう、里親を探すしかないかしら」
ゆーちゃんはすごく悲しそうな顔をした。
ひより「どうでしょう、かがみ先輩とまつりさんに来てもらってこの犬を見てもらうのは、実際に見ると可愛くて気にってくれるかもしれませんよ、
    この子は人見知りもしないみたいですし」
いのり「……それは良いかもしれない」
いのりさんは携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。
ゆたか「すごい、今まで考えもしなかったのに、ありがとう」
そういわれると照れてしまう。その時だった、犬は稲荷寿司を食べ終わり私達から離れようとしていた。
ゆたか「待って!」
その言葉に犬は立ち止まった。
ゆたか「合わせたい人が居るからもう少し居て、いのりさん達に飼われてみたくない?」
暫くそのまま動かなかったが、私達の所に戻ってきた。
ひより「まるで言葉が分っているみたい……って言うより理解しているよ、これは……」
ゆたか「う、うん、実はね、私もそう思う事が何度かあって……まさか今回も戻って来てくれるとは思わなかった……でも、「待って」って言う声に反応しただけかもしれないし」
私達二人は犬をじっと見た。するといのりさんの陰に隠れるように移動した。
いのりさんは携帯電話をしまった。
いのり「かがみは今来る……まつりがまだ帰ってきていない、直接聞いてみたら明後日なら都合がいいみたい」
ゆーちゃんは喜んだ。いのりさんは犬を抱き上げた。
いのり「さて、どうなるかしらね、あとは君しだいだいだから、しっかりね」
犬はいのりさんを見ている。ゆーちゃんの言うようにこれだけではあの犬がお稲荷さんとは言えない。
もっといろいろ試してみたかったけど、
かがみ先輩とまつりさんが来るとなると直接試せない。かがみ先輩が来て犬がどんな反応をするのか、それで見極めるしかない。




973ひよりの旅 13/1122013/02/11(月) 19:36:22.86W145K4B60 (15/42)

 暫くするとかがみ先輩が来た。
かがみ「貴女達は……小早川さん、田村さんまで……何故こんな所に……」
驚きの眼だった。私達は笑顔で答える。
ゆたか「一人……一匹の命が懸かっています、どうか助けてください」
かがみ先輩はいのりさんの方を見た。
かがみ「成るほどね……そう言うこと、いのり姉さんも考えたものね、感情に訴えて私を落とすつもりね……」
いのり「そんなつもりは……」
犬はかがみさんの近くに歩いて行った。そして尾っぽを振っている。かがみ先輩と犬の目が合った。
かがみ「……ちょっと、これ……本当に犬なの……これはどうみても……きつ……」
ゆーちゃんは慌ててかがみ先輩の口に割り込みを入れた。
ゆたか「犬、ですよね」
ゆーちゃんはいのりさんを見た。
いのり「犬でしょ」
ゆーちゃんといのりさんは私を見た。
ひより「お、尾っぽを振っていますね……犬以外考えられません……」
かがみ先輩は腰を下ろした。
かがみ「お手……」
かがみ先輩が手を出すと前足をかがみ先輩の手の上に乗せた。
かがみ「伏せ……」
何度かかがみ先輩の言う命令を難なくこなしていく犬だった。
驚いた。初めて会う人間にこれだけ忠実に命令を聞くなんて……私の心の中では既にこの犬の正体はお稲荷さんだと確信付けている。
かがみ先輩は犬の頭を優しく撫ぜた。
かがみ「……大人しくて、賢い犬ね……何か特殊な訓練でもしているのかしら……」
かがみ先輩は立ち上がった。
かがみ「……家でも吠えるような事も無さそうだし……私が反対する理由は無い……」
いのり「これで決まりね……」
私とゆーちゃんもほっと一息する間もなく、かがみ先輩は話しだした。
かがみ「……いや、まだよ、飼うには二つの条件があるわ、一つはまつり姉さんをどうにかする事、もう一つは、これだけ賢い犬をおいそれと捨てる飼い主は居ないはずよ、
    探しているかもしれないわ、飼い主が居ないのを確認できれば文句は言わない」
いのり「……かがみらしい条件ね……わかった、まつりは明後日決着が付く、飼い主の件は……」
いのりさんは考え込んでしまった。
ゆたか「写真を撮って、町中に貼ればいいと思います……」
いのり「それは良い考え、町内の掲示板に貼り付ける、貼り付けの期限が丁度一週間だから、それまでに飼い主が名乗りでなければ……良いわね」
かがみ先輩は頷いた。私は携帯電話を取り出しレンズを犬に向けた。犬は私の方を向いて……ポーズを取っている様に見える……
『パシャ』
かがみ「それじゃ私は帰るわ……田村さん、小早川さん、姉さんをよろしく」
かがみ先輩は帰って行った。




974ひよりの旅 14/1122013/02/11(月) 19:38:25.40W145K4B60 (16/42)

いのり「ふぅ、厄介な注文をつけるな、かがみは……」
溜め息をつくいのりさん。
ひより「はたしてそうでしょうか、かがみ先輩は言いました、この犬をおいそれと捨てる人は居ないって、逆に言えばこの犬は最初から飼い主が居ない確率の方が高いかも
    しれません……条件の一つはほぼ成立したと同じじゃないでしょうか、かがみ先輩もこの犬を飼いたくなったのでは、私はそう思いますけど」
いのり「……始め反対したからすぐには態度を翻せないって訳ね、素直じゃないね……」
そう、それがかがみ先輩。犬を見た時のかがみ先輩の目はもう「飼いたい」って訴えたように見えた。
ゆたか「飼い主探しのチラシ……私が作っても良いかな?」
ボソっと小さな声だった。
いのり「作ってくれるなら嬉しい」
ひより「撮った写真はゆーちゃんのメールに送っておくよ」
ゆたか「ありがとう」
いのり「ところで、明後日なんだけど……まつりはある意味かがみよりも厄介な相手、気まぐれで私にもどうなるか読めないところがある」
ゆたか「及ばずながら、立ち合わせて頂きます」
ひより「同じく」
いのり「二人が居てくれれば心強いな、成功したら何か御礼をしないとね」
ゆたか「あ、犬の名前決めておかないと、いつまでも犬じゃ可愛そう」
犬はお座りをしながら首を後ろ足で掻いていた。この辺りは犬そのものに見える。
ひより「……ポチ、チビ、が一般的なのかな……」
『フン!!』
犬が咳払いのような声を出した。
ゆたか「……そんな名前じゃ嫌みたい……」
いのり「名前は飼い主が現れなかったからでもいいじゃない、それからでも遅くない」
う~ん、この犬がお稲荷さんだとすと、必ず人間に化ける時が来るはず、そこを押さえれば正体を明かす事ができそうだ。
ゆたか「あと一週間、こんな状態が続く、また交通事故に遭うかもしれないし……」
いのり「……君、あと一週間、この倉庫を寝床にしてくれないかな、ここなら安全だよ」
いのりさんが犬に語りかけた。これは決定的な瞬間を見られるかもしれない。私は息を呑んで犬の次の行動を観察した。
犬は立ち上がると草むらの中に走って消えてしまった。これは……私が正体を暴こうとしているのを察知したのか。それとも今までが偶然だったのか……
ゆたか「行っちゃった……明後日、来てくれるかな……」
いのり「……さぁ、でも、今日来てくれたのだから、きっと来てくれるでしょ、でなきゃまつりの約束は無意味、飼う事も出来なくなる……」

 いのりさんと別れて私達は駅に向かって歩いていた。
ゆたか「ひよりちゃん、どうだった、あの犬、お稲荷さんだと思う?」
ひより「……五分五分ってところかな……妙な所で犬みたいな行動するし……つかさ先輩が言うみたいに人間になる所を見ないとね……」
ゆたか「……私……あまり詮索しない方がいいと思うのだけど……」
ひより「どうして、分かったって何が変わる訳でもないよ」
ゆーちゃんは立ち止まった。
ゆたか「お稲荷さんは人間に正体を知られないようにしている、だから今まで表に出てこないと私は思うの、正体を知ったら……私達、消されちゃうかもしれない、
    つかさ先輩も殺されかけたでしょ……中途半端な好奇心は危ないよ」
心配そうに私を見るゆーちゃん。
ひより「あの犬……狐が私達を殺すような仕草をしたかな」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ひより「私は結構意識してあの犬を見て、うんん、観察しているから向こうもそれに気付いているはず、でも、全く向こうは私に敵対してこない……そればかりか
    正体を明かすヒントを出しているようにも見える、だから少なくともあの犬は私達を敵とは思っていない、これが私の見解」
ゆたか「で、でも……」
ひより「もう今更止められないよ、それに、あれの犬は本当に「ただの犬」かもしれないしね」
ゆーちゃんはゆっくり歩き始めた。
ゆたか「敵対していないのは分るとして、何で毎週のように神社に来て餌を食べにくるのかな……」
ひより「もしかしたら、ゆーちゃんかいのりさんを好きになっちゃたりして……」
ゆたか「えっ!?」
ゆーちゃんの顔が急に赤くなった。冗談で言ったつもりなのに。
ゆたか「そんなのは無いよ……」
ゆーちゃんの歩く速度が速くなった。私はニヤニヤしながら後を追った。





975ひよりの旅 15/1122013/02/11(月) 19:40:06.04W145K4B60 (17/42)

 お稲荷さんと人間。確かにつかさ先輩の話しからすると何か良くない因縁を感じる。彼らもそう簡単には正体を見せてくれない。
いっその事直接聞いてみるのも良いかもしれない。その時、本性をあらわにして私の命を狙ってくるかも……好奇心は猫をも殺すって諺があるけど……
うんん、そんなの恐れていては何もできない。これはきっと良いネタになるに違いない。
それにしてもゆーちゃんは何故あの犬にこれほどまでに親身になっているのだろう。それともいのりさんの為なのだろうか……
いのりさんもあの犬には特別の想いでもあるのだろうか。私がコミケに参加していた間に何かがあったのかな……
今日はもういのりさん、ゆーちゃんと別れてしまったから聞けない。分らないから想像する。だから楽しい。
それぞれの思惑が交錯して新たな物語が生まれる……これは面白くなってきた。

 そして、三日後……
少し早かったか。一本早い電車で来てしまった。神社で少し待つようになるけど……まぁそれはそれで良いか。
神社への道を歩いていた……何だろう、何か騒がしい。子供が騒いでいるみたいだ。もう夕方に近いからか。歩いていくと子供達の声が次第に大きく聞こえてきた。
近づいている。ふと声のする方を見てみた。数人の小学生くらいの子供達が集まって何かをしている。このご時勢に外で遊ぶ子供もいるな…んて……あれ?
子供の足の間から茶色い物が見えた。私は立ち止まって良く見てみた。犬、あの犬だ。子供に追い詰められてうずくまっている。
子供達は犬を囲うようにして棒で突いていた。俗に言ういじめってやつか……
私が注意してはたして止めてくれるだろうか。子供と言っても数人ともなれば女の力で抑え付けられるかな……あまり自信はない。
棒で犬を突く。もう犬は怯えきって壁を背に丸まってしまった。子供は笑いながら更に棒で犬を突いていた。どんどんエスカレートしていく。見るに耐えない。
一人の子供がバットを持ち出して来た。これはまずい。私は子供達の所に駆け寄ろうとした時だった。
「こら、やめなさい!!」
私の後ろから怒鳴り声が聞こえた。子供達は私の方を向いた。私は後ろを振り向いた。女性だった。あれ……この女性は……見た事ある……思い出せない。
「そんな事をして楽しいの、放してあげなさい」
子供はその場を動こうとしなかった。女性は子供達の所に歩いて向かった。私を通り越し、子供の直ぐ近くに近寄った。子供達は黙って女性を見ていた。
女性は子供達を睨むと子供から棒を取り上げた。
「なにするんだよ!!」
子供が女性につかみかかろうとした。
『バシ!!』
女性は激しく奪った棒で地面を叩いた。鋭い眼光で子供達を睨んだ。その音で子供達は驚いて怯んだ。
「犬と同じ目に遭いたい子は出てきなさい」
一人の子供が逃げるように駆け出した。その子供を追うように他の子供達も走り出して逃げて行った。
「まったく最近の子供は……」
女性は棒を捨てるとうずくまっている犬に近づきそっと抱き上げた。犬はブルブルと震えていた。
「恐かったね、もう大丈夫だから」




976ひよりの旅 16/1122013/02/11(月) 19:41:07.59W145K4B60 (18/42)

 優しい声……目も優しくなった。この目、誰かに似ている……つかさ先輩にそっくりだ。
あ、思い出した。この女性はまつりさんだ。やっと思い出した。
私は彼女に近づいた。
ひより「あ、あの~」
まつりさんは私の方を向いた。
まつり「あら……えっと、確か、かがみかつかさの友達だったね、どっちだっけ?」
……いのりさんと同じ質問をしてくるなんて。やっぱり姉妹なんだな……。
ひより「二人とも友達ですけど……田村ひよりです」
まつり「田村さん……なんか凄い所を見せてしまったかな」
まつりさんは苦笑いをした。
ひより「子供とはいえ……なかなか出来る事ではないと思います」
まつり「ちょっとムキになり過ぎたか……」
まつりさんは犬を抱いたまま立ち上がった。
まつり「かがみは家には居ないけど何か用事でも?」
ひより「いえ、かがみ先輩ではなく、いのりさんに用事がありまして……」
まつり「姉さんに?」
まつりさんは首を傾げた。
ひより「まつりさんもいのりさんと約束していませんか?」
まつり「そうだった、これから神社に行って姉さんと会う約束をしていたっけ……それで何故田村さん姉さんに用事って」
ひより「犬をまつりさんに飼ってもらいたくて……」
まつり「かがみが急に犬を飼いたいなんて言い出すから、びっくりしたよ、つかさが居なくなってやっぱり寂しいのかね」
そう言うまつりさんも顔が寂しそうに見えた。
ひより「この前、つかさ先輩の働くお店に行きました」
まつり「え、本当に、で、どうだった、ちゃんとやってる?」
私に向かって身を乗り出してきた。なんだかんだ言ってまつりさんもつかさ先輩が心配なのか。
ひより「え、ええ、店長とも馬が合っているみたいで、楽しそうでした」
まつりさんは嬉しそうにも、悲しそうにも見える表情をした。そして抱いている犬を撫でながら話した。
まつり「姉妹の中でかがみが最初に家を出ると思っていたのに、つかさが出るとは思わなかった、つかさが居なくなって家が変わった、何かが物足りない、何が足りない、
    分らない、つかさは家に居ても特に何をするって訳じゃなかったけど……」
甘えてくる妹が居なくなったからから。かがみ先輩は甘えるって柄じゃないよね。だから猫の方を飼いたいなんて言っているのかもしれない。
まつりさん。いつもかがみ先輩と喧嘩ばかりしているイメージだったけど、こうして会って話しをするとまた違った側面が見えてくる。
まつり「そろそろ行かないと待ち合わせの時間ね」
ひより「はい」
まつりさんは抱いていた犬をそっと地面に下ろした。
まつり「さぁ、行きなさい、今度は捕まるなよ」
犬はまつりさんを見上げたまま動こうとはしなかった。
まつり「どうした、早く行きなさい……」
犬はまつりさんの足元にぴったりと付いて離れなかった。まつりさんは溜め息をついた。
まつり「さて、どうしたものか」
ひより「あの、その犬が飼ってもらいたい犬です……」
まつり「え?」
まつりさんは驚いて私を見た。
ひより「その犬も待ち合わせの場所に行こうとしていたのかもしれません」
まつりさんは犬を暫く見るとまた抱き上げた。
まつり「しょうがない、連れて行こう」
ひより「はい」
私は神社の待ち合わせの場所に行くまでにこの犬と出会ってからの経緯をまつりさんに説明した。まつりさんは熱心に私の話しを聞いていた。
もちろんお稲荷さんの話しは話さない。ゆーちゃんと約束したから。




977ひよりの旅 17/1122013/02/11(月) 19:42:41.70W145K4B60 (19/42)

 待ち合わせ場所に着くと既にゆーちゃんといのりさんが居た。あ、あれ、もう一人居る。男性だ。見たことも会ったこともない人だ。誰だろう。歳は三十くらいだろうか?
まつり「おまたせ~」
私とまつりさんは男性を見た。男性は軽く会釈をした。それに合わせて私達も会釈をした。
まつり「だれ?」
ゆたか「こちらは、私がお世話になっている整体の先生で佐々木すすむさんと言います、そしてこちらが柊まつりさん、私の友達の田村ひよりさんです」
ゆーちゃんが通っている整体の先生だって。通りで知らないはず。でも何故そんな先生がこんな所に来るのか。私はゆーちゃんの顔をじっと見た。
ゆたか「迷子の犬のポスターを貼ってもらおうと先生にお願いにしましたら、先生がその犬の飼い主だと分りましたので……引取りに来ました」
すすむ「うちの子が迷惑をかけてすみませんでした……」
佐々木さんは深々と頭を下げた。ゆーちゃんはまつりさんの抱いている犬に気が付いた。
ゆたか「コンちゃん……まつりさんが何故抱いているの」
まつりさんの抱いている犬を見てそう言った。
コン……コンってこの犬の名前だろうか。コン。この名前はどうしたって狐を連想させる。
いのり「狐によく似ているからそう名付けたそうよ、出来れば私達で飼いたかったけど、飼い主が現れたとなれば返すしかない……で、何故まつりがその犬を?」
まつり「近所の子供達にいじめられているのを田村さんと助けた」
私と助けたって、そんな事はない……私は何もしていない。まつりさんが居なかったらはたして私はコンを助けていただろうか。
すすむ「重ね重ねすみませんでした」
まつり「どうして犬を放すような事をしたの、可愛そうに、さっきまで恐怖で震えていたよ」
まつりさんは佐々木さんを見て少し怒り気味だった。その気持ちは私も分る。佐々木さんはただ頭を下げるだけだった。
いのり「散歩中に雷雨があって、その雷鳴に驚いて逃げ出してしまった、もうその位にしなさい、まつり」
まつり「だって、姉さん……」
まつりさんのトーンが下がった。そして少し悲しい顔になった。
いのり「今度はしっかり放さないようにしてください……さぁ、まつり、コンを……」
まつりさんはコンをギュっと力強く抱きしめたように見えた。そうか、怒ったのは佐々木さんがコンを放したからじゃない。飼い主が現れて、コンを飼えなくなったから。
そんな風に理解した。
まつりさんはためらう様にコンを地面に置いた。
まつり「飼い主の所に行きなさい……」
コンはまつりさんをじっと見ていた。佐々木さんは散歩用のリードを取り出した。首輪に付けるタイプじゃないのか。前足を襷の様に固定するタイプ。犬の首に負担がかからない
から最近ではこれが主流。佐々木さんはコンに近づいた。コンもそれに気が付いた。コンは素早くまつりさんの後ろに廻り込んでしまった。
すすむ「どうしたかな、このリードを見るといつも喜んでいたのに……コン、帰るぞ、さあ、おいで……」
佐々木さんの声にコンは何の反応も示さなかった。おかしいな。あんなに賢い犬なのにどうして……あれじゃ佐々木さんが飼い主じゃないみたい……まさか
ひより「もしかして、この前の車に轢かれそうになった時のショックで記憶喪失になったかもしれない……」
皆は私に注目した。
ひより「こんなに賢い犬なら、一度はぐれても家に戻ると思います、現にこの倉庫に何度も来ていますし、それに飼い主を見ても喜ばない犬なんて聞いたことないです」
いのり「そうね、かがみも何故帰らないのを不思議がっていた、田村さんの推理も結構合っているかもしれない」
まつり「この犬、本当にコンなの、間違えじゃないでしょうね」
いやいや、それはない。こんなに特徴のある犬を見間違いするはずもない。
すすむ「間違えはないです、間違いなくコン」
私は聞き逃さなかった。佐々木さんがその直後「まなぶ」とコンを見ながら小声で言った。私はピンと感じた。この犬の名前はコンではない。
「まなぶ」と言うのが本当の名前。佐々木さんはコンが飼い犬であるかのような振る舞いをしている。すると自ずと結果は導き出される。
コンはつかさ先輩が出会った真奈美さんと同じお稲荷さん。そして、佐々木さんはコンがお稲荷さんだと知っている人……いや、まて、
佐々木さんもお稲荷さんって可能性もある。ゆーちゃんを呼吸法だけで元気にした人。いくら整体の先生でもそんな方法を知っているなんて考えられない。
考えれば考えるほど怪しい……




978ひよりの旅 18/1122013/02/11(月) 19:43:49.63W145K4B60 (20/42)

ゆたか「ひよりちゃん」
絶対に真実を突き止めてみせる。
ゆたか「ひよちちゃん、聞いている?」
ゆーちゃんの声に私は我に返った。
ひより「はぃ、何でしょうか?」
ゆーちゃんは頬を膨らませて怒り気味だった。
ゆたか「これからどうしようって話しをしているのに、真面目に聞いて」
皆を見ると腕組みをして考え込んでいた。
ひより「す、済みません、何も聞いていませんでした」
いのり「コンが佐々木さんの言う事を聞いてくれない、無理に連れて行くのもどうかと思う、でも、このままだとまた子供達に悪戯されるか、
交通事故に遭ってしまう事だって考えられる、」
私が妄想に耽っている間に話しは進んでしまったみたい。
ゆたか「私は連れて帰ってもらいたい、住んでいる家、町並みを見ればきっと記憶が戻ると思う」
強行するは無理があるかもしれない。
ひより「記憶が戻らなかったら、またこの倉庫に戻って来ちゃうかも?」
ゆーちゃんは溜め息をついて肩を落とした。
まつり「それなら、私がコンを記憶が戻るまで預かります、それなら悪戯や事故は回避できるでしょ、それに、佐々木さんも私の家にくればコンと何時でも
    会えるから安心できる……どう、この考、姉さん」
いのり「えっ、あ、わ、私は別に構わないけど、佐々木さんはどうです?」
あれ、いのりさんが動揺しているように見える。どうしたのだろう。
佐々木さんは暫く考え込んでいた。
すすむ「ご迷惑ではないですか、コンはこう見えてもわがままで……贅沢をさせてしまったせいかもしれませんが」
いのり「コンの好物は知っています、わがままなのは一人家にも居ますから問題ないと思います」
まつり「ちょっと、姉さん……その一人って誰よ」
佐々木さんは笑った。そしてリードをいのりさんに渡した。
すすむ「それではお言葉に甘えさせて頂きます、コンをよろしくお願いします」
佐々木さんは深々と頭を下げた。まつりさんはコンを抱き上げた。
まつり「さて、これからよろしくね、コン」
まつりさんとコンは見つめ合っている。なるほどね。条件があるけど。これでコンを柊家で飼えるのか……
いのりさんの方を見てみると……
いのり「あの……覚えていますか、地鎮祭の時、私居たのですが……」
すすむ「地鎮祭……はて、確かにそれはしましたが……あ、その時来ていた巫女様が……」
いのりさんは頷いた。
すすむ「いやいや、服が違うと全然分らないですね……」
照れ笑いする佐々木さん。この二人、会うのは初めてじゃないのか。それにしても良い雰囲気。歳もそんなに離れていないみたいだし……

後ろからツンツンと背中を突かれた。振り向くとゆーちゃんだった。
ひより「なに、どうしたの」
ゆたか「もう私達の役目は終わったね、帰ろう」
ひより「役目って……ゆーちゃん、まだコンの記憶が戻っていないし、正体だって」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「まだそんな事言って……どう見てもコンは犬、間違えようがないよ」
ひより「い、いや、私の推理だとコンは……」
ゆーちゃんは私を振り切るように話しだした。
ゆたか「私達は帰ります、コンちゃんの記憶が戻ると良いですね」
いのり「ありがとう、小早川さん、田村さん」
まつり「後は私に任せておいて、しっかりやっておくから」
佐々木さんは私達に頭を下げた。ゆーちゃんは会釈すると神社の出口に向かって歩き出した。私はここに居る理由が無くなってしまった。
私も会釈するとゆーちゃんの後を追った。




979ひよりの旅 19/1122013/02/11(月) 19:45:19.01W145K4B60 (21/42)

 神社を出て駅に続く道に差し掛かった頃だった。私はゆーちゃんに声をかけた。
ひより「ゆーちゃん、私はただ真実が知りたいだけだったのに……あんな別れ方したら……」
ゆたか「真実を知ってどうするの、仮に、コンちゃんがお稲荷さんだったとしたら、ひよりちゃん、どうするの」
ひより「どうするって……そう言われると……」
ゆーちゃんは立ち止まった。私もその場に止まった。
ゆたか「コンちゃんが何かしたの、誰にも迷惑かけていないのに……そっとしてあげようよ……」
ゆーちゃんの目が潤み始めた……私のしている事はそんなに酷いことなのかな。
ひより「お稲荷さんの全てが悪いなんて言っていない、真奈美さんは違ったでしょ、だから……」
ゆたか「ひよりちゃんの分からず屋!」
甲高い声で怒鳴った。ゆーちゃんが怒る姿を見たのは……二度目かな。でも直接怒らせたのは初めてか……
ゆーちゃんはそのまま駅の方に走り去って行った。
このまま歩いても駅でゆーちゃんに会ってしまう。電車を一本遅らせるかな……

 家に戻り自分の部屋に着いた。携帯電話を充電しようとしたら。メールの着信があるのに気が付いた。ゆーちゃんからだった。
『さっきはごめんさい』
メールにはそう一言書いてあった。ゴメン、ゆーちゃん。
一度点いた好奇心の火はそう簡単に消えない。許して……


 佐々木整体院……ここだ。
私は佐々木さんの経営している整体院の目の前にいた。見た所ごく普通の整体院……
休院日は毎週土日……今日は日曜日だからお休み。それをわざわざ選んで来た。ゆーちゃんの言うように私達が陸桜を卒業した頃から創業をしている。
評判は上々。遠くからも客が見えるほどの繁盛ぶり。きっとゆーちゃんもそんな好評からこの整体に通うようになったに違いない。
もっとも泉家からさほど離れていない所もゆーちゃんの条件に合ったのかも知れない。
もちろん佐々木すすむさんについても調べてみた。
柔道、空手、合気道……一通りの武道の有段者、私の見た限りではそんな武道をやっているような筋肉質な体には見えなかった。
月に数度、近所の道場で指導をしているらしい。しかし、そこまでの人なのに一度も大会に出場していない。出場していなから記録も残っていない。
私の調べられる所はそこまで。出身地、卒業した学校などは分らなかった。
もし私の推理が正しければ佐々木さんもお稲荷さん。何か証拠があれば。そんな期待をしながらここにやってきた。
こうして整体院の前に突っ立っているだけじゃ何も分らない。私は性退院の周りをゆっくりと一周してみた。別段変わった様子はない。
それは当たり前。どうやって調べよう。まさか黙って入る訳にもいかない。
呼び鈴を押して取材だって言えば入れてくれるかな。全く知らない人じゃないし。よし、この作戦で行こう。
整体院のすぐ隣に佐々木家の玄関があった。私は呼び鈴を押そうとした時だった。何かが私の横を横切った様な気配を感じた。呼び鈴を押すのを止めて
気配のする方に歩いて行った。整体院の裏の方に気配は動いていったような気がした。ゆっくりと近づく。そこに居たのは狐だった。
コンなのかな、いや、コンより少し大きいようなきがする。狐は辺りをキョロキョロと警戒している。私は息を潜めた。安心したのか、狐は警戒を解いたみたい。
そのまま動かなくなった。そして、次の瞬間。狐の体の周りから淡い光が出たかと思うと見る見る大きくなって……人の形に……そして……佐々木さんになった。
やっぱり私の勘は正しかった。佐々木さんはお稲荷さんだった。もう用は済んだ。帰ろう……ゆっくりと後ろを振り向いた。
私の目の前に佐々木さんが立っていた。そんな筈はない。さっきまで整体院の裏にいたのに。
すすむ「見てしまったね」
静かな口調だったけどとても重みを感じる。私は言い訳を考えていた。とりあえず何か言わないと……あ、あれ……声が、出ない。そして、身動きも取れなかった。
私は佐々木さんの目を見ていただけだった。まさか、これがつかさ先輩の言っていた金縛りの術ってやつなのか。今更気が付いても遅い……
すすむ「見てしまったのなら仕方が無い、可愛そうだが……口封じをさせてもらうよ」
佐々木さんの手の爪が伸びていく。私はこのままあの爪で切り裂かれるのか。好奇心は死を招くって……恐い、怖いよ……助けて、ゆーちゃん、みなみちゃん……つかさ先輩。
すすむ「大丈夫、急所を一突きだから、一瞬だよ」
声が出ない。呼吸がヒューヒューとするだけだった。目も閉じられない。佐々木さんの目を見ているだけだった。彼の手が高く上がった。そして振り下ろされた。
『ギャー』





980ひよりの旅 20/1122013/02/11(月) 19:46:35.14W145K4B60 (22/42)

ひより「はぁ、はぁ、はぁ」
ここは私の部屋……そしてベッド……冷や汗でパジャマがグッショリ濡れていた。夢だった……
もうこの夢は三回目だった。見る度に恐怖が私を襲う。時計を見ると午前5時……起きるには早いけど、寝るものも中途半端な時間。いや、もう眠ることなんか出来ない。
シャワーでも浴びよう……
佐々木さんの家に取材に行こう。そう決めた前日からこの夢を見るようになった。とてもリアリティがある夢で私が殺されかけようとする所で目が覚める。
この夢は私の好奇心への警告なのか。それともただの悪夢なのなか。ゆーちゃんの言うように私は触れてはいけない物を調べているのかな。
「知ってどうするの」
ゆーちゃんはそう言った。漫画のネタにするには重過ぎるし、私の趣味にも合わない。
好奇心。言ってみればそれだけ。動機がない……命を懸けてまで調べるものではないのかも。好奇心が薄らいでいく自分を感じていた。

この夢を見てから私は神社にも柊家にも行っていない。コンの状態はゆーちゃんから聞くしかなかった。
話では二ヶ月ほどしたら散歩用のリードを見て記憶が戻ったらしく佐々木さんが引き取りに来たって言っていた。佐々木さんを見るなり喜んで飛びついたそうな。
コンとの別れの時、まつりさんの悲しみ方はゆーちゃんにも伝わってくる程だったらしい。それから先の話しはしていない。いや、しなくなった。
時が経つに連れて悪夢も見なくなっていった。
これで狐の一件は全て終わった……






981ひよりの旅 21/1122013/02/11(月) 19:47:27.07W145K4B60 (23/42)

ひより「泉先輩がつかさ先輩に誘われた?」
頷くゆーちゃん。
今日は久しぶりに三人が集まり、食事をしながら近況の話しをしていた。
みなみ「泉先輩の卒業後の就職先は?」
ゆたか「決まっていない……と言うか、全く就職活動してなかった、おじさんも心配になって居た所に……つかさ先輩からの誘いが来た」
ひより「それで泉先輩は返事したの?」
ゆたか「明日返事をするって言っていたけど……」
ゆーちゃんはその先を言わなかった。
みなみ「就職先がないのなら断る理由はないと思う、お店の経営も順調と聞いている、泉先輩も飲食店で働いた経験があるから問題ないと思う」
飲食店ね……少し違うけど、経験があるのは確か。どうもゆーちゃんは浮かない顔をしている。
ひより「どうしたの、さっきから元気ないよ」
ゆたか「う、うん……」
俯いてしまった。
ひより「もしかして、泉先輩と別れるのが嫌なの?」
ゆたか「えっ、そ、そんなんじゃないよ……」
みなみ「行く、行かないは泉先輩が決めること、雑音を出すと泉先輩が迷ってしまう」
ゆたか「そうだね……」
泉先輩とは陸桜を卒業してからも交流してきた。その友達である、柊姉妹、高良先輩、日下部……あやの先輩は結婚したのだった。
それにしても泉先輩が誘われているなんて初めて聞いた。ほんの数日前にも会ったばかりなのに教えてくれないなんて。
泉先輩とつかさ先輩が同じ職場で働くなんて想像もしていない。まだ決まっていない話しだけど、むしろ泉先輩はかがみ先輩の方が親しいと思っていたけど
意外だったな……
もっとも仕事とプライベートは違う、親しすぎるとかえって仕事がうまく行かないって聞いたことがある。
ひより「そういえば高良先輩も大学院に進学って聞いたけど」
みなみちゃんは頷いた。
ひより「私達も二年後には卒業だよ」
みなみ「ひよりは漫画家になるって言っていた」
ひより「ははは、それは夢であって現実的にそれで食べていけるとは思っていないよ」
みなみ「夢は出来ないと思った時点で覚めてしまう物、漫画なら別の仕事をしていても描ける、腕さえ使えれば歳をとっても描ける」
何時になく真面目な顔で答えるみなみちゃんだった。これでは私もふざけた対応はできなくなってしまった。
ひより「そう言ってくれるのは嬉しいけど……才能がね……」
みなみ「かがみ先輩に焼かれた本……私達が題材になっていた、だから皆が怒った、それを除けばとても良い作品だった、続きが見たい」
ゆたか「私……そこまで詳しく内容までは見ていなかった……」
みなみちゃんが私を褒めるなんて初めてだ。それはそれで嬉しいけど……もうあの漫画は無い。
それに、ゆーちゃんもあまりこの件に関しては話したくなさそうだし、話しを元に戻そう。
ひより「ところで泉先輩がつかさ先輩の所に行くとなると見送りをしないとね」
ゆたか「まだ決まっていないよ」
なるほどね、ゆーちゃんは泉先輩が家を出て行くのが寂しいのか。寂しげな答え方がそれを物語っている。いや、決まっていないなんて言い方は家を出るのを反対しているのでは。
確かめても良いけど、みなみちゃんの前では素直に答えてくれそうもない。
ひより「そうだね、私も泉先輩が居なくなるのは寂しいな」
ゆーちゃんはその後、何も言わなくなってしまった。
私とみなみちゃんで楽しい話題してみたが効果はなかった。

 それから一週間もしないうちに泉先輩はつかさ先輩の所へ引っ越すことになった。




982ひよりの旅 22/1122013/02/11(月) 19:49:08.94W145K4B60 (24/42)

 引越しの当日、皆が見送りに来る前の早朝に泉家を訪れた。泉先輩に呼ばれたからだ。
ひより「しかし、おじさんもよく承知しましたね、反対しなかったっスか、大事な一人娘を結婚もしないうちに外に出すなんて」
こなた「ん~確かにね、ゆーちゃんとゆい姉さんが居なかったら実現しなかったかもね」
あれ、一週間前とは様子が違う。ゆーちゃんは反対しなかった。それとも何か心境の変化でもあったのだろうか。
こなた「実ね、これはつかさには内緒なんだけど、峰岸さんからも誘いが来ていたのだよ」
ひより「先輩、あやの先輩は結婚したっス」
こなた「あっと、そうだった、そうだった」
笑ってはぐらかす泉先輩。
あやの先輩は日下部先輩のお兄さんと大学を卒業すると同時に結婚をした。泉先輩も式に出席したはずなのに。
そういえばあやの先輩はホテルの喫茶店に就職したって聞いたけど。
ひより「それで、何故つかさ先輩の所に、あやの先輩の店なら実家から通勤も可能だったのでは?」
泉先輩は立ち上がり部屋の窓を開けて外の景色を見だした。
こなた「つかさは変わったよ、これも一人旅をしたせいかな、ふふ、帰って来てかがみに抱きついて大泣きしたってさ、私の思った通りにはなったけど、
    でもそれはもっと違った意味の涙だった……ところでひよりん、つかさからお稲荷さんの話しは聞いているかい?」
私は頷いた。
こなた「つかさはお喋りだから話すとは思った、それなら話しは早い、私もつかさの旅に同行したいと思った……それが理由だよ」
ひより「確かにコミケ事件ではつかさ先輩に助けられたっス、卒業して一番変わったのがつかさ先輩かも」
泉先輩は笑った。
こなた「ふふ、相変わらず天然は治っていないけどね」
つかさ先輩の旅と同行か、私もそんな旅をしてみたいものだ。
ひより「ところで先輩、私を朝早くから呼んだのは何故ですか」
泉先輩は窓を閉めて私の目の前に座った。
こなた「呼んだのはね、ひよりんにミッションを頼もうと思ってね」
ミッション、懐かしい響きだ。高校を卒業してから先輩からその言葉を聞くのは初めてかもしれない。コミケ事件でかがみ先輩からこってり扱かれてからは私も
先輩も取材をしなくなった。
ひより「ミッションっスか、して、何を?」
こなた「かがみを少し見張っていて欲しくてね」
ひより「かがみ先輩をですか、でも、泉先輩と言うジャンクションがあったからかがみ先輩と会えましたけど、それが無くなると、なかなか機会がないっス」
こなた「最近のかがみは少し変わった、呪いのせいかもしれない」
ひより「のろい?」
泉先輩は激しく動揺しているように見えた。
こなた「い、いや、こっちの話し」
私は腕を組んで考えた。かがみ先輩とどうやって会うのかを。
こなた「そんなに考え込む必要はないよ、普段通り玄関のベルを鳴らして会えばいいじゃん、かがみもお喋りは嫌いじゃないから付き合ってくれるって」
ひより「まぁ、やってみます、それにしても何故かがみ先輩を、先ほどの呪いがどうの言っていましたけど」
こなた「二年前、レストランかえでに三人で行った時に真奈美の弟が現れてね……ひと悶着あったのさ、よりによってつかさがその人を好きになっちゃってね……」
泉線はその後の話しにブレーキをかけるようにして止めた。
ひより「真奈美ってお稲荷さんの事ですよね、面白そうな話っス」
こなた「い、いや、ごめんこれ以上は話せない」
私は何度か泉先輩の話しを引き出そうと促したが効果はなかった。ここまで頑なに話そうとしない泉先輩は初めてだった。
つかさ先輩の話しはあれで終わりじゃないみたい。それは泉先輩を見て解った。
『ピンポーン』
こなた「あ、もうこんな時間じゃないか、かがみ達が来ちゃったよ、とりあえずミッションの件はよろしくね」
泉先輩は呼び鈴を聞くと慌しく部屋を出て行った。私もその後を一呼吸置いて追った。




983ひよりの旅 23/1122013/02/11(月) 19:50:06.95W145K4B60 (25/42)

 部屋を出た頃、泉先輩は既に玄関を出ていた。廊下を歩いて玄関に向かうと丁度ゆーちゃんも玄関に向かっていて鉢合わせになった。
ゆたか「お姉ちゃんと話しは終わったみたいだね」
声は寂しげだった。だけど表情は何か吹っ切れたような爽やかさを感じる。一週間前とは大違いだ。
ひより「うん」
私が頷くとゆーちゃんは靴を履きドアを握った。
ゆたか「行こう、送ってあげないと」
ひより「うん」
それでもやっぱりゆーちゃんは悲しそうな顔だった。辛いのを必死に堪えているようだった。

 玄関を出ると目に前に車が停まっていた。新車だ。運転席側のドアに泉先輩がいる。どうやら泉先輩の車のようだ。その泉先輩を囲んで成実さん、かがみ先輩、高良先輩、
みさお先輩が居る。辺りを見回すとおじさんの姿が見えなかった。そういえば家の中にも居なかったような気がする。それにあやの先輩の姿も見えない。
ひより「おじさんは?」
ゆたか「昨日、お別れをしたから良いって……」
そう言うとゆーちゃんは泉先輩の元に駆け寄って行った。何となく昨日の風景が想像できた。泣きじゃくる姿は他人には見せたくないのかな……
ゆたか「こなたお姉ちゃん、いってらっしゃい!!」
力の籠もった元気な声だった。今までのゆーちゃんの表情を知っている私から見れば余計に悲しく見えてしまう。そんなゆーちゃんの心境を知ってか知らずか、
泉先輩は皆に愛嬌をふりまいていた。
みさお「これはちびっ子の車のなのか」
頷く泉先輩。
こなた「そうだよ、餞にお父さんが買ってくれたんだ、田舎だと車が足になるからね」
みさお「まぁ、頑張ってこい、つかさによろしくな、たまには帰ってこいって」
高良先輩が包装された箱を泉先輩に渡した。きっと餞別だろう。
みゆき「暫く合えませんね、頑張ってきて下さい」
泉先輩は物欲しそうにかがみ先輩の顔を見た。
かがみ「何もないわよ、こうして来ただけでもあり難く思いなさい」
冷たくあしらうかがみ先輩。
こなた「これから妹の所に手伝いに行くというのに、なんて態度なのかな~」
かがみ「そのつかさと同居するのでしょ、引越しの荷物はもう送ったのか」
首を横に振る泉先輩。
こなた「車に積んであるよ、ディスクトップパソコン、ノートパソコン、ゲーム機一式に着替え一式……以上」
かがみ「おいおい、それだけなのか、つかさの物を使う気満々だな、パラサイトかよ、」
こなた「食器や照明はあるって言っていたしお風呂は天然温泉……制服は支給、それに家賃、光熱費、食費はちゃんと半分払うことになっているから大丈夫だよ」
かがみ「何を得意げに言っているのよ、それは最低限の事でしょうが!!」
相変わらずの二人の受け答え。当分これが見られなくなるのも少し寂しい。
かがみ先輩は変わったって泉先輩が言っていたけど、こうして見ていると何も変わった様子はない。いったい泉先輩はかがみ先輩の何が変わったと思っているのだろうか。
私が知らない間に泉先輩達はレストランに行ったみたいだけど。その時に起きた出来事と関係しているのだろうか。泉先輩は途中で話すのを止めてしまった。
ミッションを頼むならもっとちゃんと話して欲しかった。
ん、まてよ、かがみ先輩や高良先輩に聞くのも良いかもしれない。もっとも泉先輩が話すのを止めるくらいだから聞き出すのは至難の業かもしれない。

 あれこれ考えているうちに泉先輩は車に乗り込み出発体勢になった。エンジンをかけるとウィンドーを開けて皆に笑顔を振り撒く泉先輩だった。
ゆーちゃんは目に涙を一杯溜めていた。やはり別れって辛いものかな。
ゆたか「お姉ちゃん」
ゆい「こなた……」
ゆーちゃんと成実さんが窓に、泉先輩の近くに駆け寄る。
こなた「それじゃ、行って来るよ」
二人とは対照的に無表情な泉先輩。泉先輩は寂しくないのかなと思った時だった。ウィンドーを閉める瞬間、泉先輩の目にも光るものを見たような気がした。
車はゆっくりと動き出し徐々に速度を増しながら私達から離れていった。そして、車は私達の視界から見えなくなった。




984ひよりの旅 24/1122013/02/11(月) 19:51:18.64W145K4B60 (26/42)

かがみ「こなたの奴、どうなるか心配だわ」
溜め息をするかがみ先輩。
みさお「つかさがやってこられたのだから大丈夫じゃないの」
かがみ「つかさは好きな仕事をしているのだから問題ない、こなたはつかさに誘われて行った、だから心配なのよ、あの松本店長との相性もあるしね」
松本さんとの相性は問題ないと私は思った。
みゆき「それは大丈夫だと思います、かがみさんが一番分っていると思いましたが」
かがみ先輩は何も言わず目を閉じてしまった。松本さんとかがみ先輩に何かあったのだろうか。
みゆき「今は見守るだけですね……私はこれで失礼します」
会釈をすると高良先輩は駅の方に向かって歩き出した。そして、みさお先輩も後を追うように帰って行った。
ゆーちゃんがうな垂れて肩を震わせていた。耐え切れなくて泣いてしまったのだろうか。成実さんが側に居て慰めている。私も何か言ってあげようと二人の所に向かおうとした。
後ろから肩を軽く叩かれた。振り向くとかがみ先輩だった。かがみ先輩は首を横に振った。
かがみ「そっとして置きましょう」
ゆーちゃん達に聞こえないようにしたのだろうか、小声だった。
ひより「は、はい」
私もそれに合わせように小声で答えた。かがみ先輩は駅の方向を指差した。私達は二人に気が付かれない様に駅の方に歩き出した。

 かがみ先輩と二人きりで帰るなんて高校時代でもなかった。必ず泉先輩かつかさ先輩もしくは高良先輩が一緒に居た。こんな時どんな事を話せばいいだろう。
ひより「あ、あの、松本さんと何かあったのですか」
駅まで中ほどまで歩いた頃、私はかがみ先輩に質問をした。かがみ先輩は立ち止まった。やばい、気分を損ねてしまったかも。もっと気の利いた話をすればよかった。
かがみ「さっきみゆきが言っていた事を聞いているの?」
ひより「はい」
意外だった。かがみ先輩はその場で話し始めた。
かがみ「ふふ、私は彼女に喧嘩を売ったのよ、二年くらい前になるかしら」
ひより「喧嘩を……ですか、どうしてです、松本さんと馬が合わなかったとか……」
かがみ「つかさを守るため、そう、それが大義名分だわ、でもね、それはあくまで表向き、本当は悔しかった……つかさとあれほどうまくやって行けるなんて、
    つかさを知っているのは私意外に居ないと思っていた、思い上がりだったわね……これが嫉妬ってやつだった、
その想いを思いっきり彼女にぶつけた、でもね、彼女は冷静だった、逆にコテンパンにされたわ……
私より二枚も三枚も上手だわ、くやしいけどこなたの言動には手を焼いていた事もあった、松本さんならそんなこなたをうまく指導してくれるかもしれない」
あれ、かがみ先輩って自分の弱みとか失敗なんかを人には話さないって誰かに聞いたな。見栄っ張りだって。それは高校時代から分かっていた。
泉先輩に突っ込むのも、つかさ先輩の世話を焼くのも、失敗すると必至に弁解するのもそれがあったからだと思っていた。
でも、今そこにいるかがみ先輩は違う、なんの躊躇いもなくそれを私に話している。昔のかがみ先輩ならこんな話は自分からしない。確かに泉先輩の言うようにかがみ先輩は
変わった。
かがみ「変な話をしたかしら」
ひより「い、いえ、そんな事はないっス」
人が大きく変わる時ってどんな時だろう、死ぬような思いをした時、感動した時……恋をした時……まさか。でもそれは有り得る。
かがみ先輩ともう少し話をしたい。どうやって。考えろ、田村ひより!!
ひより「か、かがみ先輩」
かがみ「何かしら?」
私が妙に改まってしまったのでかがみ先輩はすこし身構えたように見えた。
ひより「えっと、コンを預かってから佐々木さんの所へ戻るまでの経緯を聞きたいのですが」
しまった。私は何を聞いている。もう少しマシな話は無かったのか。
かがみ「コン、佐々木さん……あぁ、記憶喪失だった犬の話ね……コンはまつり姉さんが餌から散歩まで殆ど世話をしていたから、詳細は分からないわ……
    何故今頃になってそんな話を?」
ひより「今度描く漫画の題材にしようかと……」
漫画の題材。そんな漫画なんか描いていない。咄嗟に出た嘘だった。
かがみ「……面白そうね、こなたが介入しないなら協力するわよ」
かがみ先輩が引っ掛かってくれた。もうこのまま流れで行くしかない。
ひより「泉先輩は先ほど引っ越してしまいました」
かがみ先輩は笑った。
かがみ「それもそうだ、取材なら家に来てまつり姉さんと話すと良いわ、私が取り合うから田村さんの都合のよい日時を教えて……」
トントン拍子に話は進んで行った。これで私は柊家に行く正当な理由が出来た。まつりさんに会うと言う事は必然的にかがみ先輩にも会える。
ミッションもその時に履行すれば良い。




985ひよりの旅 25/1122013/02/11(月) 19:52:32.26W145K4B60 (27/42)

 駅の改札でかがみ先輩と別れる事になった。
かがみ「それじゃ取り敢えずまつり姉さんに伝えておくわ、連絡がなければ予定通りでね」
ひより「はい」
私は会釈をしてホームに向かおうとした。
かがみ「ちょっと待って」
私は立ち止まりかがみ先輩の方に向いた。
かがみ「余計なことかもしれないけど、みなみちゃんが見えなかったけど何かあったの?」
そういえば気が付かなかった。
かがみ「今のゆたかちゃんに一番必要な人物だと思ったけど、喧嘩でもしていないわよね」
ひより「それは無いと思います」
かがみ「そうよね、そうだったらみゆきが何かしているわよね、やっぱり余計な事だった」
かがみ先輩は手を振ると私とは別のホームに向かって行った。
みなみちゃんが来なかったのはゆーちゃんと何かがあったから?
そんなはずはない。この前だって普通に接していたし。それでは何故来なかったのか。
みなみちゃんと泉先輩は高校時代からそんなに親しくなかったかな……
高良先輩がもし泉先輩と同じように引っ越したら、私は見送りに行かないかもしれない。そんな感じかな……
さて、そんなのはどうでもいいや。忙しくなる。帰ったら取材の準備だ。

 家に帰ると直ぐに自分の部屋に入った。そして押入れの奥から鞄を引っ張り出した。
コミケ事件から封印した取材用の鞄。取材用といってもノートと筆記用具くらいしか入っていない。昔はよく持ち歩いてネタが閃いたら即この鞄からノートを出して
メモをしたものだ。ちょっと懐かしいな。鞄を開けて中身を取り出そうとした。
『ゴトン!!』
何かが鞄から落ちた。足元に小さな黒い塊……よく見るとボイスレコーダーだった。私はそれを拾い上げた。何故こんなものが中に。誰のだろう。
泉先輩……いや、泉先輩はこんな物は使わない。こうちゃん先輩……借りた覚えはない。こんなに時間が経っているのだから『返せ』って言われているはず。
まったく分からない。
『カチ』
あ、ボタンを押してしまった。
『○○年○月、ついに私はレコーダーを買った、これでノートを開く間にネタを忘れてしまう事は無くなるだろう、レコーダーの性能に期待する』
この声は……私。
再生ボタンを押したみたいだった。
私はレコーダーを買った。いくら安くなったとは言っても学生である私が忘れるような値段じゃない。それに言っていた年は二年前……
私は二年前にボイスレコーダーを買った……まったく覚えていない……
『○○年○月○日正午、私は佐々木整体医院の目の前に立っている、見たところどこにでもありそうな整体医院、調べた所によると今日は休院日、調査には絶好の日だ』
再生は続いていた……佐々木整体医院……ま、まさか、そんなはずはない……夢の中の出来事だったはず。
『もう少し調べたい、家の裏に廻ろう……ガサ・ガサ……』
何か音がしている。何だろう。私は息を呑んで次の音を待った。
『見てしまったね……』
思わずレコーダーのスイッチを切った。
これは夢で見た出来事じゃないか……い、いや、あれは夢ではなかった。最後の声は佐々木さんの声だった。間違いない。
私は二年前、夢と同じように佐々木さんの家に行って調べていた……
でも夢とは違うところが一つだけある。私は生きている……
何故……




986ひよりの旅 26/1122013/02/11(月) 19:53:38.11W145K4B60 (28/42)

 ボイスレコーダーが意味するもの。佐々木さんの正体はお稲荷さん。おそらくコンもお稲荷さんに違いない。秘密を知ってしまった者は消されてしまう。
それは昔話からでも想像できる。でも私はこうして生きている。それも記憶を消されて。そして夢は警告なのか。
今度また調べるような事をすれば夢のようになるぞ……
いや待て、それならば記憶を消す必要はない。夢で脅せばそれで済むのでは……
まつりさんの所に取材に行く前に確かめなければならい。そうでないと私がコンの事を調べていると知られたらまつりさんも大変な事になってしまう。
私の心の中に再び湧き出した好奇心。それは恐怖では消えない。何故なら目的が出来たから。

 次の日、大学の帰りに佐々木整体院に寄った。時間は診療時間が終わる時間。時計を見て確認した。
佐々木整体院。夢で見た建物と全く同じ造り。私の推理が正しいのを裏付けている。整体院の玄関から最後の客が出て行く。もう、後戻りは出来ない。
私は大きく深呼吸した。そして整体院の玄関ではなく、住居側の玄関の前に立った。
もうコソコソはしない。正々堂々とする。隠れる必要なんかない。
呼び鈴を押した。
『ピンポーン』
家の中にチャイム音が響いた。暫くすると扉が開いた。
すすむ「すみませんね、もう診療時間は……」
佐々木さんは私の顔を見るなり固まってしまった。そして数秒間私をじっと見ていた。
すすむ「……来てしまったか、このまま帰りなさい、それが貴女の為だ」
私はその場を離れる気は無い。首を横に振った。
佐々木さんは玄関を出て扉を全開にした。
すすむ「入りなさい……」
私は家の中に入った。



987ひよりの旅 27/1122013/02/11(月) 19:54:45.49W145K4B60 (29/42)

 私は居間に案内され待つように言われた。適当な椅子を見つけてそこに座った。辺りを見回した。特に変わった所は見受けられない。
何処にでもあるような家具が並んでいる。テレビやオーディオなんかも置いてある。照明器具も……
奥から佐々木さんが入ってきた。そして私の目の前にお茶を置くと佐々木さんは私の正面の椅子に座った。
すすむ「ここに来ないようにしたつもりだったが、君には通じなかったようだね」
私は鞄からボイスレコーダーを取り出し、机の上に置いた。
ひより「私は何も知りません、だから来ました、佐々木さんはお稲荷さんなのですか」
佐々木さんはボイスレコーダーを見て苦笑いをした。
すすむ「ふっ……そんな物を持っていたのか、そこまでは気が付かなかったよ……」
佐々木さんは少し下を向いて何か躊躇っているような気がした。
すすむ「単刀直入な質問だな……君達の言うお稲荷さんと違うが、かつてそう呼ばれた事がある……」
ひより「それではつかさ先輩と出会った真奈美ってお稲荷さんと同じですか」
佐々木さんは頷いた。
やっぱり、私の思った通りだった。もやもやしていた物が一気に晴れたような気がした。
すすむ「今度は私からの質問だ、何故ここに来た、君には「恐怖」を植込んだはずだ、普通の人間なら来られるはずはない」
ひより「どうしても知りたいから……」
すすむ「知りたい、好奇心だけでここに来たと言うのか、死は恐くないのか」
佐々木さんは驚いた様子で私を見ていた。
ひより「死は恐いです、でも、もし佐々木さんが私を殺す気なら二年前、とっくに殺していると思いまして……最初から殺す気なんか無かったのではないかと」
すすむ「……鋭い推理だな……その推理の裏付けが恐怖を克服したか……」
ひより「そ、そんな大袈裟な事ではないです……」
まさか褒められるとは思わなかった。でも、良かった私を殺す気は無かった。もし佐々木さんがそのつもりなら私はこの場で死んでいた……
私は出されたお茶を手に取り飲んだ。
すすむ「出された物を口にすると言うのは、相手を信頼した、そう思っていいのだな」
微笑みながらそう言った。私はティーカップをテーブルに置いた。
ひより「私は何故記憶を消されたのですか、真実を言ってくだされば他言は致しません、それに、つかさ先輩は記憶を消されていませんでした」
すすむ「柊つかさからどこまで私達の話しを聞いていたか知らないが、私達は狐に戻った時が一番弱い、それを悟られない為に昔は見てしまった人間の記憶を奪っていた、
    その癖がまだなおっていなかった……すまない、奪った記憶を元に戻すことは出来ない」
佐々木さんは頭を深々と下げた。
ひより「もう過ぎてしまった事を言ってもしょうがないです、ただ、佐々木さんの方から言って欲しかった、私が来なければずっと黙っているつもりでしたか?」
すすむ「そ、そんな事はない……時がくれば話すつもりだった」
何だろう、玄関を開けた時とは少し雰囲気が違う。だけど嘘をついている様にも見えない……疑っても意味が無い、その言葉を信じるしかなさそうだ。
ひより「あの、聞いても良いですか、貴方達はいったい何者なのですか、狐に化けたり、記憶を消したり、人間業とは思えませんが」
話してくれるとは思わなかった。しかし今度は躊躇う様子も見せずに話し始めた。
すすむ「未だ、君達人類が文明すら無かった遥か昔、私達はこの太陽系の調査のために来た調査隊やその末裔……」
ひより「それって、いわゆる宇宙人って事で?」
佐々木さんは頷いた。
すすむ「……この地球を調査しようとした時、宇宙船にトラブルが発生してしまって不時着をした……乗組員は全員無事だったが宇宙船は修理不能までに壊れてしまって
    助けも呼べずこの地球に取り残されてしまった」
凄く悔しそうに話す佐々木さんだった。テーブルの上に乗せていた両手を力強く握り締めているのが分る。
ひより「救助は来なかったのですか?」
すすむ「木星の衛星に中継基地を作ってそこに待機しているメンバーも居たはずなのに……帰ってしまった……未だそれが分らない」
ひより「宇宙戦争でも起きたのではないでしょうか?」
すすむさんは笑った。
すすむ「ふっ、君は想像力が逞しいな、しかしそれは無い」
ひより「何故です、何処かに凶暴な帝国を築いた星があっても不思議じゃないですよ」
すすむ「そんな星があっても星間航行を可能にするレベル達する前に自滅してしまう、そういう星を何度も見てきた」
ひより「たまたまバッタリ出会って戦争なんて事も考えられますよ」
すすむ「そんな奇跡が起きたならむしろお互いに歓喜するだろう、宇宙は君達が想像するよりも過酷で厳しい所、戦争なんかする余裕すら無い、
    資源はこの宇宙に幾らでもある、わざわざ文明のある星に出向く必要はない、それに文明を持つ星はこの地球のように大きく重力も強い、
    争って奪うより月、火星、木星や土星の衛星で開発した方が良いのだよ」
ひより「なんか説得力がありますね……映画や漫画のような世界は在り得ないみたい、でも、貴方達はつかさ先輩を殺そうとしましたね」
すすむ「……この地球に降りてから私達は二つに別れた、一方は人類の中で生きるもの、一方は外で生きるもの、どちらもこの地球で生きる為に
    取った行動だ、どちらも辛く、苦しいのは変わらない、我々も文明と取ってしまえば地球の生命とさほど変わらない、感情や生理現象も然り」
ひより「それじゃ私達も、佐々木さん達と同じようにいつかはこの宇宙を行き来出来るようになるわけですね」
すすむ「それは君達次第だ」




988ひよりの旅 28/1122013/02/11(月) 19:55:45.87W145K4B60 (30/42)

 なんかスケールが大きい話しになってしまった。これはネタには使えそうにないかな……
私の趣味にも合わないし……
佐々木さんは立ち上がった。
すすむ「その人から離れて生きている方から一人の若者が来て同居するようになった」
ひより「それって、もしかしてコンの事ですか?」
佐々木さんは驚いた顔で私を見下ろした。
すすむ「コンが私達と同じと気付いたのは何時からだ」
ひより「……ゆーちゃんが見つけた時からかな……私達の会話を追って行くのが解りました、これは普通の犬じゃないって、名前はまなぶって言うのでは?」
すすむ「ど、どうして分った?」
動揺しているのが分る、佐々木さんはまた椅子に座った。
ひより「コンを引き取りに来た時ですよ、佐々木さんの唇が動くのを見てそう思いました」
すすむ「大した洞察力だな」
ひより「腐っても漫画家志望なので昔から人の表情とかを観察したりしていましたから……そのコンちゃんは何処にいるのですか?」
すすむ「最近やっと人間になるのを覚えて街に出かけている……まだ早いと言ったのだがな」
佐々木さんは溜め息を付いた。
私は笑った。そんな私を佐々木さんはじっと見ていた。
すすむ「田村さん、どうだろうか、コン……まなぶの教育係になってくれないか」
ひより「へ?」
寝耳に水だった。
ひより「私がですが?」
佐々木さんは頷いた。
ひより「教育って何を教えるのですか、私なんか何も教えるような物はないですよ、佐々木さんの方が私よりもずっと生きているのですから……」
すすむ「私はこうして仕事を持っている、彼に付き合う時間がない、それに何年生きようと所詮人間の真似事にすぎない、やはり人間の事は人間に学ぶのが一番だよ」
ひより「う~ん~」
すすむ「それに私達の正体を知っても動じないその精神も高く買っている、どうだろう」
ここまで見込まれては断るわけにもいかない。でも、その前に私も言わなければならない事がある。
ひより「私は友人からかがみ先輩を調べるように頼まれました、その際、コンについても調べる事になっています、今後どうなるか分りませんが、佐々木さんについても
    調べるかもしれません、そしてこの一連の出来事を記録しても良いですか」
すすむ「ノンフィクションとして残すと言うのか」
佐々木さんの声が少し低くなった。
ひより「はい、でも、私なりに少しは着色しますけど」
すすむ「記録するなり、発表するなり好きにするが良い」
即答だった。おかしい、それなら私の記憶を消す必要なんか最初から無かったのでは……
私はそんな疑問を持ちつつ机の上のボイスレコーダーを鞄にしまった。
ひより「何か?」
佐々木さんの視線を感じた。
すすむ「い、いや、それでまなぶの件についての返事を聞いていないのだが」
ひより「良いですよ、まなぶさんが良ければ」
すすむ「ありがとう、まなぶに聞いてから返事をしよう」
私は佐々木さんに携帯電話の番号を教えた。

 佐々木さんの家を出ると外はすっかり暗くなっていた。思わず空を見上げた。満天に星がいっぱい瞬いている。その中のどれかがお稲荷さんの故郷があるのだろうか。
佐々木さんとの会話で心に残った……宇宙戦争はない、出来ないって言っていた。宇宙は過酷で厳しい……か、意味深長な言葉。
私達はお稲荷さんのように宇宙を旅することが出来るのかな……
『ゴン!!』
ひより「フンギュ!!」
顎に激痛が走った。電信柱に当たってしまった。歩きながら空を見上げるのは無理があったか……幸い眼鏡に傷はない。
普段考えもしないことをするとヘマをする……
ネタ帳に書いておこう……
顎を擦りながら私は帰宅した。




989ひよりの旅 29/1122013/02/11(月) 19:57:05.27W145K4B60 (31/42)

 かがみ先輩と約束の日が来た。
約束の時間に柊家を訪れるとかがみ先輩は居間に通してくれた。
かがみ「少し待っていてくれる、まつり姉さん呼んでくるから」
ひより「はい」
暫くするとまつりさんが居間に入ってきた。
ひより「こんにちは、お久しぶりっス」
まつり「ほんと、久しぶりね」
まつりさんは私の正面に座った。
まつり「さて、なにから話せばいいかな?」
まつりさんから先に質問をされてしまった。どうしよう。いったい何から聞けばいいのだろう。
ひより「最近、コンとは会っているのですか?」
昔の話しより最近の方が思い出し易いはず。
まつり「姉さんが整体に良く行くようになったから、便乗してちょくちょく行っている」
ひより「いのりさんっスか?」
確認の為に聞き直した。まつりさんは頷いた。そしてにやけた顔になった。
まつり「姉さんは整体が目的じゃない、あれば絶対に佐々木さんが目当てだね、姉さんは隠しているみたいだけど、私には解る」
あぁ、そういえばコンを飼うと決まった時、いのりさんと佐々木さんが親しげに話していたのを思い出した……あれから二年、二人の仲が進展したのかな?
おっと、今はコンの話しをしている。その話にも興味はあるけど今は止めておこう。
ひより「コンの世話を殆どしていたと伺っていますが」
まつりさんはいのりさんと佐々木さんの話しを続けたがっていたようにも見えたが、思い出すように少し考え込んだ。
まつり「……何でだろう、そう聞かれると……なんて言うのかな、放って置けないって言うのか……そうそう、コンってね、結構ドジでね、散歩中に溝に落ちるし、
    四足なのに岩に躓いて転んだり、川に飛び込んで溺れたり……」
な、何だ、お稲荷さんの神々しいイメージとはちがってダメダメ犬だ、演技なのか、素なのか……記憶が無いのなら普段の力を発揮出来ないって事も考えられる。
それに、まつりさんは話しをしている間微笑んでいた。ドジっ子が好きなのかな……
まつり「それに、コンは私の言っている事を解っているような気がする、かがみが言うように利口な面もあって、世話をしていても飽きなかった」
気がするじゃなくて本当に解っている。犬として見ればこれほど面白い犬は居ないかもしれない。
かがみ「失礼します」
かがみさんが飲み物を乗せたお盆を持って入ってきた。そして私達の目の前にグラスを置いた。
ひより「お構いなく」
まつり「それでね、コンって恥かしがりやでね、」
かがみ先輩が居るのが気付かないのか夢中で話している。
まつり「自分からは絶対に舐めてこない、だから私からたまに抱きしめてね」
ひより「えー!!!? だ、抱きしめるっスか!!」
まつり「ん?」
思わず身を乗り出してしまった。なんて大胆な……あ、そうだった、コンはまつりさんから見れば犬。そのくらいは普通。私もチェリーちゃんや家の犬でもよくやる光景。
人間に化けられるお稲荷さんと分ると、その行為は少し意味合いが違ってくる。もっともまつりさんはそれを意識していないし、コンの正体も知らない。
ひより「い、いえ、何でもありません、失礼しました……」
まつり「かがみ、いつから居る、盗み聞きは良くないよ」
まつりさんはかがみ先輩に気が付いた。
かがみ「いつからって、さっきからよ、堂々と入って来ているのに盗み聞きも何もないわよ、ねぇ、田村さん」
ひより「は、はい……」
ここはかがみ先輩に合わすべきか。まつりさんは少しきつい目でかがみ先輩を見ていた。
かがみ「そんな事より、コンの記憶が戻ったのをどうやって知ったのよ、私はそれが不思議だった、佐々木さんから預かったリードが切欠としか聞いていない」
この質問は私が一番したかった。先にかがみ先輩がするとは思わなかった。でも、これで回り道をしなくて済みそうだ。




990ひよりの旅 30/1122013/02/11(月) 19:58:28.72W145K4B60 (32/42)

まつり「そう、あれは朝の散歩の用意をしている時だった、いつも仕舞っているはずの場所にリードが置いてなかった、探しているとね、
    玄関の前にコンがリードを咥えて座っていた、私を見るとね、私の足元にリードを置いた……そして玄関の扉を前足で押した、もちろん開けあれるはずもない、
    これで分った、佐々木さんの家に帰りたがっているのをね、それで直ぐに佐々木さんに連絡をして……」
まつりさんの目がどんどん潤んでくるのが分った。かがみ先輩は黙って静かに居間を出て行った。
ひより「……今日はここまでにしましょうか」
まつり「え、あ、ご、ごめん、私ったら……このままコンが記憶喪失のままだったらずっと飼っていられた、なんてね……わぁ、もうこんな時間だ
    丁度良い時間ね、私もこの後出かけないといけないから」
ひより「ありがとうございました」
まつりさんは慌てて居間を出て行った。さてと、私も帰って話しを纏めないと。身の周りを整理して居間を出た。
かがみ「田村さん」
かがみ先輩が玄関に立っていた。
ひより「今日は有難うございました」
かがみ「少し、時間あるかしら」
ひより「今日は特に用事もありませんし、何でしょうか」
かがみ先輩は階段の方に歩き出した。何だろう。かがみ先輩の後に付いて行った。かがみ先輩は自分の部屋に入った。私も部屋に入ると扉を閉めた。
ひより「あの、御用はなんでしょうか」
かがみ「悪いわね、まつり姉さんがまだ家にいるから」
まつりさんに聞かれては困る事なのか。かがみ先輩はしばらく扉の向こうに聞き耳を立てている。そしてまつりさんが出掛けたのを確認したてから話しだした。
かがみ「もう良いわね……話しは他でもないコンの事、田村さんはもう気が付いているでしょ?」
かがみさんは私に何を話してもらいたいのだろう。なんとなく察しがつくけど安易にお稲荷さんの話しはしない方がいいのかもしれない。
ひより「まつりさん、コンとの別れの時、寂しかったみたいですね」
かがみ先輩は首を横に振った。
かがみ「犬はね、どんなに訓練しても喜怒哀楽は伝えられても自分の意思を伝えるなんて出来ない、そんな事ができるのは人間以外では類人猿や鯨だけよ、でもコンはそれをした」
流石かがみ先輩、コンの正体を解ってしまったのかもしれない。それなら無理に隠しても意味はない。
ひより「はい、かがみ先輩のお察しの通りです、コンはお稲荷さんです」
かがみ「やっぱり……」
かがみ先輩は腕を組み納得するように頷いた。
ひより「ちなみに……佐々木さんも……」
かがみ「なっ?!」
かがみ先輩は驚いたが私が想像していたよりも冷静だった。もしかしたらそっちもかがみさんの推測の範囲の中だったのかもしれない。侮れない……かがみ先輩。
かがみ「田村さんはこの話しに詳しそうね、良かったら話してくれないかしら」
かがみ先輩もお稲荷さんに興味があるのか。いや、私とは違ってつかさ先輩も関係しているし私より事情は深刻かも。
ひより「わかりました」
私は今までの経緯を話した。




991ひよりの旅 31/1122013/02/11(月) 19:59:45.60W145K4B60 (33/42)

かがみ「他の星から来た……不慮の事故で置いてけぼりにされて、そして二つのグループに別れた」
私は頷いた。
かがみ「するとつかさの出会った真奈美というのは人から離れているグループだった訳ね、よくそんな人と仲良くなれたものだ」
ひより「つかさ先輩は癖がありませんからね、少し天然も入っていますし、それが幸いしたのでは?」
かがみ「それだけならまだ良かったわよ……つかさは……」
ひより「はい?」
かがみ「い、いや、何でもない、気にしないで、それより私が心配しているのはコンと佐々木さん、彼等の意図が分らない、田村さんの記憶を消されたのよ、何を企んでいる?」
さっきは何を言おうとしたのだろう。慌てて話題を変えた。私の言った事に対して何か反論しようとしていた。
聞き返しても教えてくれそうにないから詮索するのは止めよう。
ひより「真意は分りませんが、私が佐々木さんと話した限りでは敵対はしていないみたいです、むしろ好意的に感じました」
かがみ「そうね、そっちのお稲荷さんは人間の社会に溶け込んでいる感じがする、人間の法に触れるような事はしそうに無いわね……でもね」
かがみ先輩の顔が曇った。
ひより「何かあるのですか?」
かがみ「二年前くらいかな、私ね、殺されそうになったのよ、そのお稲荷さんに」
その時私は泉さんとの会話を思い出した。
ひより「もしかして、真奈美の弟がどうのこうのって話ですか?」
かがみ先輩は驚いた。
かがみ「……何故それを知っているの」
ビンゴ、当たった、だけどその内容まではしらない。
ひより「いいえ、知りません、泉先輩が言いかけて止めてしまったものですから」
かがみ「まったく、あいつは中途半端なんだから」
少し頬を膨らませて怒った。
ひより「その弟に殺されかけたのですか」
かがみ先輩は首を横に振った。
かがみ「違ったみたいね、別のお稲荷さんみたい、それはつかさが言ったけどそれ以上詳しく教えてくれなくてね、それでも分ったことは、少なくともそっちのお稲荷さんの人間に対する憎しみは相当なもの、つかさと真奈美が仲良くなったくらいで解決できるレベルではないわ」
ひより「その弟さんをつかさ先輩が好きになったって聞きましたけど」
かがみ「二人は別れたわよ……」
ひより「そ、そうですか……」
この先の話しを聞きたいけど、かがみ先輩の悲しそうな顔を見ると聞くに忍びない。
別れたって、すると二人は好き合っていた時期が合ったって意味と解釈するのが普通、片思いなら別れるなんて表現は使わない
……お稲荷さんと愛し合うことなんか出来るのかな……私の腐った感情では計り知れない。
かがみ「田村さん」
ひより「はい?!」
かがみ先輩は急に改まった。
かがみ「コンの教育係を本当にするつもりなの?」
ひより「一応約束したっス……」
かがみ先輩は溜め息をついた。
かがみ「そこまで言うなら反対はしない、忠告だけする、相手は人ではない、まずそれを念頭に入れないとダメよ、常識は通用しないわよ、それから相手にはちゃんと
    言葉で真意を伝えないとだめ、好きなら好きですってね」
ひより「ほえ?」
あ、あれ……好きですって……ち、違う、かがみ先輩は何を勘違いしていらっしゃるのか……
ひより「あ、あの、私は……」
かがみ「つかさの二の舞は勘弁してよね、成功を祈っているわ」
な、私の話しを聞こうとしていない。私はコンが好きなんて一言も言っていない。こんな時にボケなさるとは。
ひより「ちょっと待ってください……そうではなくて……」
かがみ「大丈夫、田村さんなら出来るわよ」
私の手を両手で握るかがみ先輩。完全にその気になっている。否定すればするほど逆効果なのかもしれない。
ひより「頑張り……ます」
かがみ先輩はにっこり微笑んだ。それはよくつかさ先輩に対して見せた笑顔だった。見事な勘違いだ。この辺りはつかさ先輩と同じ、双子の血は争えない。
今ならミッションを履行できかも、こっちも仕掛けてみるか。
ひより「かがみ先輩も誰か好きな人は居るのですか?」
握っていた手をいきなり離した。そして、顔が見る見る赤くなっていくのが分る。
かがみ「た、田村さんには関係ないでしょ」
泉先輩の言うようにかがみ先輩は恥かしがりや、この反応を見れば大体検討が付く、これ以上聞く必要はない。ある意味泉先輩のミッションの半分以上が達成された。
ひより「済みません、愚問でした、」
かがみ先輩は私があっさり引いてしまったのを意外に思ったのか、突っ込んで欲しかったのだろうか、少し寂しそうな顔になった。
泉先輩なら畳み掛けるように突っ込むだろうな……
流石に先輩に対してそこまでは出来ない。
かがみ「それじゃ今日はここまでね、まだ聞き足りないでしょ、続きはまた連絡するわ」
ひより「はい、よろしくっス」
こうして初回のコンの取材は終わった。
今度はコンの側から見た取材も出来る。彼はどんな話しをしてくれるのか。これは面白くなってきた。




992ひよりの旅 32/1122013/02/11(月) 20:00:55.32W145K4B60 (34/42)

 家に帰って今日の纏めをする為にパソコンを立ち上げた。泉先輩からメール着信が来ていた。内容は……
ミッションの経過報告を催促するものだった。意外と泉先輩はセッカチだな。なんて思ったりもしてみた。今日は色々な事がありすぎて頭が一杯だ。
纏めるのは後日でいいや、ボイスレコーダーにも録音してあるしね。
とりあえず「順調に進んでいます」とだけ返信しよう。

 それから一週間もしない休日の日、私は駅の改札口で待ち合わせをしていた。相手はゆーちゃんやみなみちゃんではない。コン改め、まばぶを待っていた。
まさかこんなに早く実現するとは思わなかった。彼に何を教えるのか、それは彼がどの程度人間を理解しているかが解らないと出来ない。
そんな事を言って、私自身、どれほど人間を理解しているのか甚だ疑問ではある。ふと足元を見てみた。いつもの運動靴。普段着……
ひより「もう少しましな服を着てくれば良かったかな……」
独り呟く……
コンの人間の姿はどんなだろう。イケメン、ブサ……はっ!!
何を考えているのだろう。デートじゃあるまいし。デート。いや、そんなのを意識してはダメ……
かがみ先輩が変な事を言ったからから、会う前からドキドキしてしまう。
そういえば……
考えてみたら男性と二人きりで会うなんて初めてかもしれない。やばい。脂汗が出てきた。平常心、平常心……
私は何度もその言葉を頭の中で唱えた。
「お待たせ、すみません」
後ろから男性の声がした。私はゆっくり後ろを向いた。
身長は私より少し高いくらい。年齢は私と同じ位に見える。顔は……可もなく不可もなくって所だろうか。
「田村ひよりさんですよね?」
ひより「はい、そうですけど」
まなぶ「私はまなぶです、今日一日お願いします」
彼は深々と頭を下げた。こんな丁寧なお辞儀をされるは初めてだった。
ひより「い、いいえ、こちらこそお願いします」
私も彼に釣られて深々と頭を下げた。
まなぶ「まさか貴女が先生だったとは思いませんでした、すすむは名前を教えてくれませんでしたから」
ひより「私じゃダメでしょうか?」
すこし謙った言い方をした。
まなぶ「いいえ、私を助けてくれた人の一人ですよね……すみません、あの時の状況はあまり覚えていません」
ひより「助けたと言うより、見つけたって言った方が良いかも」
まなぶ「これからどうしましょうか?」
ひより「取り敢えず喫茶店で話しましょうか」
自然に会話が成り立つ。初めて会うのに初めてとは思わない、不思議な感がする。コンとして何度か会っているせいかもしれない。




993ひよりの旅 33/1122013/02/11(月) 20:02:05.00W145K4B60 (35/42)

 近くの喫茶店に私達は入った。飲み物はまなぶさんが持ってきてくれた。私の正面にすわるまなぶさん。どう見ても普通の人間。
少なくとも容姿ではお稲荷さんとは誰も見破る人は居ない。レジで頼んでから席までの動作を見ても不自然な所は無かった。私が教える所なんて無い様に思える。
ひより「人間になれるようになってから日が浅いと聞きましたが?」
まなぶ「つい一ヶ月くらい前からですよ、どうです、私の変身は?」
ひより「私には見分けが付かないです」
まなぶ「それは良かった、でもこの位は普通じゃないと人間の社会じゃ生きていけない」
私は頷いた。本人もそれを自覚している。私の出番は本当にないかもしれない。いや、まて、まだ一つあるかもしれない。
ひより「まなぶさん……呼び難いな、上の名前は無いの?」
下の名前で呼ぶには少し抵抗があった。
まなぶ「苗字は未だ無い、私達にはそう言うものはない、人間の社会で生きていくと決めたときに付ける、その時には戸籍とかに細工をしないといけない、
    最近はパソコンを利用しているみたい」
ひより「他のお稲荷さんにしてもらうのか……」
まなぶさんは頷いた。
ひより「名前が無いのならしょうがないね……これだけ聞いておきたかった、人間についてどう思うのか、率直に答えてえると嬉しい」
まなぶさんは目を閉じて少し考えていた。
まなぶ「とても寿命が短いと思う、それが第一印象、私はたかだか50年位しか生きていないから解らないけど、私達が人間の社会で生きていく時は、
    百年に一度、名前と容姿を変えるって言っていた、そうしないと私達の正体がバレてしまうって」
それはそうなると私も思った。百年でも遅いくらいかもしれない。
ひより「憎いとか、恨みとかはないの?」
まなぶ「私の両親は人間に殺された、そして、私はその人間に助けられた、正直一言では表現出来ない、少なくとも田村さん、小早川さんと柊家には感謝している」
ひより「人間は個人差があるからかもしれないね……」
あれ、さっき小早川って言っていた。ゆーちゃんの事を言っていると思うけど……私を良く覚えていないのになぜゆーちゃんの名前はすぐ出てくるのだろう。
「済みません、御代を頂きたいのですが……」
喫茶店の店員が私達の席にやってきた。
まなぶ「すまない、忘れていた」
そう言うとまなぶさんはポケットから財布を取り出した。財布を開けた時だった。私は目を疑った。お札入れの部分から緑色の物がはみ出していた。こ、これは、葉っぱ?
ま、まさか、葉っぱをお札にして渡す気じゃないだろうか。
ひより「あ、はい、私が払います」
私は慌てて鞄から財布を取り出して御代を店員に渡した。まなぶさんはキョトンとした顔で私を見ていた。店員が去ると私は彼を睨みつけた。
まなぶ「な、何か悪い事でもしたかな?」
ひより「その財布に入っているの、葉っぱでしょ、それをお札に変えようとしたよね?」
まなぶさんは財布をポケットにしまうと頷いた。
まなぶ「小さい頃、真奈美さんから教えてもらった技だよ」
得意げに話すまなぶさん。
ひより「それはね、すぐに技が解けて葉っぱに戻っちゃうから後で大変になるよ、お金は本物を使うように……まさか今までもその葉っぱのお金を使っていたんじゃ?」
まなぶ「うんん、それはない、人間と一緒に行動するから試してみたかった、それだけ……そうか、使っちゃいけないのか」
まなぶさんは胸のポケットから手帳を取り出しメモを書き始めた……そうか、これが佐々木さんの言う教育ってやつのかもしれない。もう少し様子を見る必要がありそう。
それにしてもつかさ先輩の話がこんな所で役に立つとは思わなかった……




994ひよりの旅 34/1122013/02/11(月) 20:03:35.92W145K4B60 (36/42)

 喫茶店を出て電車に乗り、テーマパークに行く予定を立てた。しかし……まなぶさんときたら……

ひより「ダメ~!! 何故赤で信号わたるの!!」
まなぶ「えっ? だって、狐の時子供達が信号は赤渡るのが良いって言っていたから」

ひより「ちょ、何で隣の駅なのに最長距離の切符買っているの!!」
まなぶ「え、だって、みんな同じじゃないの?」

ひより「早く来て、間に合わないよ」
まなぶ「こ、この動く階段が……恐くて降りられない」

ひより「はぁ、はぁ、はぁ」
隣の駅に移動するのになんでこんなに体力を使わなければならないのか。このお稲荷さんはダメダメかもしれない。基本から教えないといけない。
まなぶさんは相変わらず私の言う事を黙々とメモしていた。
こんなのはメモするまでも無いのに……佐々木さんや真奈美さんとは大違いだ。交通事故に遭ったりする訳だ。
それにまつりさんがいろいろ手を焼いていたのも納得する。狐も人間も中身が同じなら行動も同じ。
ひより「次の駅を降りたら私に付いて来て、先に行かないように、分った?」
まなぶ「はい、分っています」
う~ん、本当に分っているのかな、この空返事が怪しいな。先が思いやられる。50年も生きているのにまるで子供の様だ。
でも、お稲荷さんの寿命を考えるとこの程度の年月は短すぎるのかもしれない。私達人間はその50年で人生の半分以上を使ってしまう……
仮に私が彼と親しくなったとしても……確実に私の方が先に亡くなるのか……
生きている時間の幅が違うだけで一緒に居られないなんて、同じ種で寿命が殆ど同じなのはそう言う意味もあるのかもしれない。

 テーマパークに着くとまなぶはまるで子供の様に大はしゃぎだった。これはこれで来た甲斐があった。
昼食が済むと彼は次第に私から注意を受けなくなってきた。それどころか外国人に道を聞かれて対応してくれる場面があった。彼に言わせると殆どの言語を理解出来ると
言っていた。この辺りはお稲荷さんと言わざるを得ない。帰りは地元の近くで食事をした。
まなぶ「顔に何か付いています?」
ひより「い、いや、付いていない……今朝と随分変わったと思って」
まなぶ「変わった、私は別にいつもと同じですが、田村さんがそう言うのであればそうかもしれません、今日はいろいろと勉強になりました」
まなぶは黙々と食事をした。私も食事をして暫く静かな時間が続いた。
まなぶ「あの~」
控えめな小さな声だった。私は食事を止めて彼の方を向いた。
ひより「はい?」
まなぶ「まつりさんにお礼が言いたいのですが……」
ひより「何故私にそんな事を、お礼なら自分で……あっ!」
まさか……
ひより「お礼って、コンの時に世話になったお礼?」
まなぶは頷いた。
ひより「それは出来ないし、止めた方が良いですよ、まつりさんは多分お稲荷さんの存廃を知らないし、説明しても理解出来るかどうか」
まなぶ「田村さんや小早川さんは理解していますけど」
ひより「私は普通とは少し違うから」
ん……またゆーちゃんの名前が出た。しかも理解しているって。するとゆーちゃんはまなぶや佐々木さんの正体を知っていると言うのだろうか。
そんな思いも束の間、まなぶは悲しい顔になって俯いてしまった。
ひより「もしかして、まつりさんが好きなの?」
まなぶ「それは……」
適当に鎌を掛けてみた。彼の顔が少し赤くなり俯いた。この態度から察するに図星に違いない。
ひより「あれだけ世話になったのだからお礼くらいはしたいですよね……」
二人を会わす。どうやって。まつりさんとコンなら佐々木さんの家に行けば良いし、最近も会っているみたいだから私が何かする必要はない。
人間として会わすなら……どうすれば良いかな……
『ピン!!』
頭の中の電球が点いた。
ある。あるぞ。閃いちゃった。
ひより「私はコンの取材って理由で柊家に行く予定になっているから、私の漫画の弟子って事にして同行すれば会える、話題がコンだから話し易いかも」
まなぶ「ほ、本当ですか、あり難いです、ありがとうございます、先生」
し、先生だって、高校時代の部活でも言われていないのに。合わせてくれているのは解るけど、なんか嬉しい。
ひより「取り敢えず日時が分ったら佐々木さんに連絡するから、それで良いよね?」
まなぶ「はい、お願いします」
嬉しそうな顔。恋のキューピット役もたまには良いかな。




995ひよりの旅 35/1122013/02/11(月) 20:05:15.63W145K4B60 (37/42)

『ピンポーン』
私は佐々木さんの玄関の呼び鈴を押した。
すすむ「はい」
扉が開き、佐々木さんが出てくると私を見て驚いた顔をした。
ひより「帰り道でいきなり狐に戻ってしまいまして……その場で倒れたので連れてきました」
私の腕の中にコンは静かに寝ていた。
すすむ「変身が未熟なので時間をコントロールが出来ないですよ、戻るとき、周りに人は居ませんでした?」
ひより「いえ、公園の茂みに隠れたので大丈夫だと思います」
私はそっと佐々木さんにコンを手渡しした。
すすむ「済みませんね、こんな大役を任せてしまって、疲れたでしょう、上がってお茶でもどうですか?」
ひより「いいえお構いなく、私もなんかいろいろ教えられたような気がします」
すすむ「ありがとう、ところでまなぶはどうでした」
ひより「また会う約束をしました、今度は柊家を訪ねる予定です」
すすむ「やはり、まなぶはまつりさんに会いたいのですか」
私は頷いた。佐々木さんは溜め息をついた。
すすむ「今日はもう遅い、車で家まで送ろう、まなぶを寝かしてから車を出すから少し待ってくれるか?」
ひより「ありがとうございます」
佐々木さんは家の中に入っていった。

 すすむさんはガレージから車を出してくれた。
すすむ「まなぶが狐になったのを見てどうだった?」
すすむさんの車が走り出すと同時に話しだした。
ひより「体全体が淡く光ったと思うと見る見る小さくなって……」
すすむ「いや、質問が悪かった、どう思ったのか、感じたのかと聞いたのだが」
ひより「どう思った……っスか?」
私は思わず聞き返してしまった。佐々木さんの質問の意図が全く分らなかった。
すすむ「大概、変身の姿の見た人間は失神するか、逃げるか、半狂乱になるのが普通だ、それなのに君はまなぶを抱いて家まで運んでくれた」
ひより「う~ん、見た時は確かに驚きましたけど、つかさ先輩の話がクッションになってくれたのかな、それとも悪夢を見たのが幸いしたのか、そんなには成らなかったっス」
佐々木さんは溜め息を付いてから話しだした。
すすむ「半狂乱になるくらいならまだ良い方だ、人間は自分の理解出来ないものを排除する傾向があるみたいでね、攻撃をしてくる者もいたのだよ、まなぶを見て分るように
    我々は狐に戻った瞬間が一番弱い、攻撃されれば終わりだ、それ故に最高機密としていた、君のように冷静でいられる人間は希なのか」
佐々木さんの質問の意図が分った。これはお稲荷さんの存亡に関わる内容なのかもしれない。
ひより「難しいっスね、私の様な人が私以外に居ないのでなんとも言えない……でも、見たものをそのまま現実として受け入れられるかどうかが鍵になると思います、
    私は、趣味のせいで見たものをそのまま模写する癖がありまして、そのせいかも知れません」
もっとも今では模写どころかだいぶ歪曲してしまっている。
すすむ「そうか……その君から我々はどう見える」
ひより「狐に変身出来るのを除けば私達とそんなに変わらないような気がしますけど……」
すすむ「変わらない……か」
佐々木さんの顔が曇った。
ひより「も、もしかして気に障りましたか、すみませんっス……」
今のはまずかったか。星間旅行が出来るまで発展した文明の星から来た人に対して言う言葉では無かった。
すすむ「ふ、ふふふ、その通りだ、変わらない……どうやら私は心の奥底では君達を未開の種族と見下していたのかもしれないな」
笑いながら話す佐々木さんだった。
すすむ「田村さん、君とはもっと早く出会いたかった」
これって私を褒めているのかな。あまり良い回答とは思わないけど……
私の家の前に車は止まった。私が降りるとウィンドーが下がった。
すすむ「この調子でまなぶの教育を続けて欲しい」
ひより「このままで良いのなら、てか、他にしようが無いっス」
佐々木さんは笑った。
すすむ「おやすみ」
ひより「ありがとうございました」
佐々木さんの車は走り去った。




996ひよりの旅 35/1122013/02/11(月) 20:06:31.94W145K4B60 (38/42)

 私は部屋の中で今日の出来事を振り返っていた。やはり何と言ってもまなぶが狐の姿になる場面が何度も鮮明に頭の中に蘇ってくる。
駅に着いたら直ぐに無言で公園に向かった。苦しそうだったし無言だったらトイレかと思っていたら予想を遥かに上回る出来事が起きた。
彼の体が淡く白い光に包まれたと思うとどんどん小さくなっていって、犬のような姿になってから狐になった。漫画やアニメで見たような……
正直いって佐々木さんの言うようにその場から逃げたい気持ちになったのは確かだった。
狐に戻ったまなぶはその場に倒れて動かなかった。公園の裏とは言え人の出入りはゼロではない。見つかればあの時と同じようにいじめられるかもしれない。
放っておけない。そっちの気持ちの方が大きかった。
この気持ちはまつりさんがコンの世話をしていた時と同じ気持ちなのだろうか……
さてと。
『カチ』
ボイスレコーダーの再生スイッチを押した。寝る前に、この前のまつりさんの録音を再生して纏めるつもりだった。
『見てしまったね……』
佐々木さんの声……あ、あれ?
これはこの前再生したものではないか。
ボイスレコーダーを手に取り表示を見てみた。なんてことだ、メモリが一杯になっていた。このレコーダーを買った記憶は私には無い。
そのせいかもしれないけどどうも操作が慣れない。この前のまつりさんとの会話は思い出しながら纏めるか……
『ガサ・ガサ』
再生停止をしようとした時だった。物音が録音されている。
そうか。私はあの時録音ボタンを押したままレコーダーを仕舞ってしまったみたい。それでメモリが一杯になっていたのか。買ったばかりで不慣れだったみたい。
この音は……私を佐々木さんが運ぶ音だろうか。私は音からどんな状況なのか想像しながら聞いていた。
『ピッ、ピッ、ピッ』
電子音が響いた。他の音は聞こえなくなった。きっと佐々木さん家の中なのかもれない。
『……私だ、君の言うように来てしまった……そうか来るのか……待っている』
あの電子音は電話のボタンを押す音だった。佐々木さんの声、誰かと話している。君の言うように……これって、私が佐々木さんの家に来たのを予想した人が居るってこと?
いったい誰だろう。
あの会話だと佐々木さんの家に来るみたいだ。もしかしたらその人と佐々木さんの会話も録音されているかもしれない。早送りボタンを押して時間を進めた。
『ピンポーン』
呼び鈴の音がしたので早送りを止めた。
『大丈夫、眠っているだけだ、安心しなさい……』
佐々木さんの声、眠っているのは私に違いない。
『本当に記憶を消していいのか、私は勧めない、万が一それが発覚したら責任は君に降りかかる、その覚悟があるのか』
音がしない。沈黙が続く、迷っているのか来訪者は黙っていた。
『はい、構いません、お願いします』
その声は私が良く知っている声だった……ゆーちゃん……




997ひよりの旅 36/1122013/02/11(月) 20:07:54.98W145K4B60 (39/42)

 佐々木さんと話していてどうも違和感があったけどこれで理解できた。佐々木さんはバレないようにゆーちゃんを庇ったから話しに違和感があったと私は思った。
それに佐々木さんはこのレコーダーを気にしていた。さっきの会話を聞かれたかどうか心配だったのか。最後まで聞くべきだった。
佐々木さんは私の記憶を消すつもりは無かった。記憶を消したのはゆーちゃん……
ゆーちゃんが私の記憶を消したのは何故だろう。
あの話しぶりだと既にゆーちゃんは佐々木さんがお稲荷さんだと知っている。おそらくコンの正体も知っている。
それは理解できるけど何故……
そういえばゆーちゃんは以前、私がコンの話しをしたら『そっとしておこうよ』って怒った事があった。
私はゆーちゃんにとって邪魔だったから……
何の邪魔だったのかな……知りたい……それはゆーちゃんにとって知られてはいけないものなのか。
私の知っているゆーちゃんとはこんな事はしないし、出来ないはず。お稲荷さんに強制された訳じゃない。その逆、ゆーちゃん自ら私の記憶を消すように頼んでいた。
……考えても先に進まない。これは直接聞くしかない。
しかし、私の記憶を消すくらいだから、そう簡単には教えてくれないだろう。どうする……
時計を見るともう日が変わっていた。
あっ、もうこんな時間か……一度寝て少し落ち着こうか。

 次の日、
大学の講義が終わり私は寄り道もせず泉家に向かった。アポは取っていない。その方が聞きやすいと思ったから。ゆーちゃんに弁解の機会を与えないで
真実のみを話してもらう。これがアポなし訪問の理由。もっとも居なければ出直すしかない。
さて……居ますように。
呼び鈴を押すとおじさんが出てきた。
そうじろう「おや、田村さんだったね、ゆーちゃんなら今帰ってきた所だ」
これは幸運だ。心の中でガッツポーズをした。
扉を全開にして私を通してくれた。
そうじろう「ゆーちゃん、お客さんだぞ」
ゆーちゃんの部屋に向かって大声で呼んだ。
暫くすると部屋からゆーちゃんが玄関にやってきた。
ゆたか「ひ、ひよりちゃん、どうしたの……急に……」
驚くゆーちゃん。この驚きは何を意味するのだろうか。
ひより「ちょっと取材でこの近くに寄ったものだから、居なければ帰るつもりだった」
ゆたか「そうなんだ、それじゃ私の部屋に来て」
ひより「お邪魔します」
靴を脱ぎゆーちゃんの後に付いていった。
そうじろう「後でお茶でも持って行こう」
ひより「有難うございます」
ゆたか「あっ、私がしますから」
そうじろう「それじゃ、そうしてくれ」
おじさんは自分の部屋に戻っていった。

 部屋に入るとゆーちゃんは部屋を出て行った。しばらくするとお茶とお茶菓子を持って帰ってきた。
ゆたか「取材の帰りって言っていたね、もしかして漫画を再開したの?」
そうだった。コミケ事件から描いていなかった。でも、話としては入りやすい。まさかゆーちゃんからこの話を振ってくるとは思わなかった。
ひより「うん」
ゆたか「そうだよね、やっぱり好きな事をするのって一番楽しいから、それでなんの取材をしていたの」
ひより「コンの記憶が戻る過程の取材」
ここは嘘を付いても意味が無い。それにゆーちゃんの反応も見てみたい。
ゆたか「えっ、そ、それって、柊家の取材でしょ、だ、ダメだよ、また知り合いをネタにしたら、あの時どうなったか分かっているでしょ?」
動揺するゆーちゃん、一見私を心配しているようだけど、裏を知ってしまうとまた違って見えてしまう。
ひより「ふふ、その点は大丈夫、かがみ先輩のお墨付き、泉先輩が介入しないなら良いって言ってくれた」
ゆーちゃんは黙ってしまった。嘘を言っていないから私的に気は楽だけどゆーちゃんから見れば気が気じゃないよね。
これで大体分かったけど核心に触れなければ私の気が治まらない。鞄からボイスレコーダーを取り出した。
ゆたか「なに?」
首を傾げるゆーちゃん、私は再生ボタンを押してゆーちゃんの目の前に置いた。
『○月○○日、晴れ、町を歩いているとたい焼き屋さんを発見した、どうやら新規オープンしたようだ、手持ちは……準備していなかった、
 一個分のお金しか持って来ていない、さて、たい焼きの中身を何にするか……』
あ、な、なんだ、ち、違う。
ゆたか「……そうだよね、そうゆう時って悩むよね……私だったら……」
ひより「ちょ、ちょっと待って、今のは違うから」
ボイスレコーダーを取り再生トラックを変えた。ゆーちゃんが慌てている私を見て笑っている。しくじった。
『○○年○月○日正午、私は佐々木整体医院の目の前に立っている、見たところどこにでもありそうな整体医院、調べた所によると今日は休院日、調査には絶好の日だ』
ゆーちゃんの顔が厳しく豹変した。顔色が見る見る青くなっていく。ボイスレコーダーは最後にゆーちゃんの声を再生した。
『はい、構いません、お願いします』
再生が終わると私はボイスレコーダーを鞄に仕舞った。




998ひよりの旅 37/1122013/02/11(月) 20:09:01.60W145K4B60 (40/42)

 ゆーちゃんは俯いたまま何も話さない。あまりに決定的な証拠を突きつけられて何も言えなくなってしまったのだろうか。
私はゆーちゃんの言葉を待った。だけどその言葉はこのままでは聞けそうにない。ちょっとダイレクト過ぎたかも。
ひより「私ね、この録音を途中までしか聞いてなかった、だから私は佐々木さんに会いに行ってきた、そこで佐々木さんは紳士的に対応してくれた、
    もちろん自分の正体も教えてくれたし、コンの話もしてくれた、残りの録音の昨日聞いた……それで佐々木さんはゆーちゃんを庇っていたのに
    気が付いた、だからこうして私はここに来た、私の記憶を消したのはゆーちゃんだよね……どうして?」
口を噛んでいるように硬く閉じて開こうとしない。そんなに私に知られたくない内容なのだろうか。私は怒っていない。それは私の表情からも分かるはず。
あまりこんな事はしたくないけど。ゆーちゃんのかたくな態度を見るとせざるを得ない。
ひより「これがもしみなみちゃんだったら、同じ事をしていた?」
ゆたか「そ、それは……」
話そうとしたのも束の間、口が開いたがまた閉じてしまった。私は暫く真面目な顔でゆーちゃんを見ていた。
ひより「ふふふ、その姿、泉先輩と同じだね」
私は笑った
そう、これはコミケ事件の場面でかがみ先輩が私を尋問する時に使った手法だ。厳しい態度を見せておいてから一転して砕けた笑顔。
かがみ先輩がそれを意識していたかどうかは分らない。こんなのは大学でも教えていないだろうし、そもそもそんな手法があるのかどうかさえ知らない。
だけど少なくとも私には効果があった。それをそのままゆーちゃんに試したのだった。それに私はかがみ先輩の様な笑顔はつくれない。上手くいくだろうか。
ゆたか「お、お姉ちゃんと……同じ?」
驚きながらも意味が分らないのか首を傾げて聞き返してきた。私は頷いた。
ひより「今、ゆーちゃんのしている事は、あの時の泉先輩と同じ、私はそう思う」
ゆたか「あ、う……」
よっぽど話したくないのか、目が潤んできてしまった。肩が震えているのが分る。
私もこれ以上責めるつもりは無い。それに付け焼刃の試みも失敗に終わった。
ひより「分った、ゆーちゃんが話してくれないのなら、もう聞かない、私は私のしたい様にするから、ゆーちゃんもしたい様にすればいいよ」
私は立ち上がり部屋を出ようとした。私は怒っていない。むしろゆーちゃんが隠し事をしているのが新鮮でとても興味があった。高校時代ではまず在り得なかった。

ゆたか「私……お稲荷さんを知っていた……」
ボソボソと話しだすゆーちゃん。私は立ち止まった。短いけどこれだけ話してくれただけでも嬉しい。私は振り返ってゆーちゃんの前に座った。
ゆたか「ごめんなさい……私、取り返しのつかない事をしちゃった……」
ひより「そうだね、そのおかげで私はボイスレコーダーを買った事実さえ忘れてしまった、何が録音されているかもね、それに、未だに操作が覚束ないよ、このレコーダーが
私の物って実感がない、だからゆーちゃんの所に来た」
ゆーちゃんは何か吹っ切れたように話しだした。
ゆたか「佐々木さんが言っていた、一つの記憶だけをピンポイントで消せないって……関連している記憶も消えてしまう可能性があるって……私、もしかしたら、
    ひよりちゃんにとってもっと大切な記憶を奪ったかもしれない……」
ひより「ふふ、今度消されたらゆーちゃんやつかさ先輩の記憶まで消えちゃうね」
ゆたか「も、もう、そんな事しないよ……出来ないよ……」
私が笑うとゆーちゃんの目から大粒の涙が零れだした。そんなにしてまで私から何を隠そうとしていたのだろう。今ならそれも問い詰められそうだけど、
泣いている姿を見ているとやり難い。それに、あのかがみ先輩ですら泉先輩をあれ以上問い詰めなかったのだから。




999ひよりの旅 38/1122013/02/11(月) 20:10:30.05W145K4B60 (41/42)

ひより「佐々木さんの正体、何時知ったの?」
ゆーちゃんは少し落ち着きを取り戻した頃話し始めた。
ゆたか「整体院に通うようになって直ぐ……私がその日の最後の患者の時だった、治療が終わって外に出たら次回の予約を取っていないのに気が付いて、急いで戻ったて
    診療室のドアを開けたら……佐々木さんの姿が……狐の姿に……なっていくのを見てしまった」
まだ少し泣き声が混ざりながらだった。
通うようになって直ぐ……私達がレストランかえでに行く前じゃないか。ゆーちゃんはつかさ先輩からお稲荷さんの話しを聞く前に既に知っていたのか。
ひより「それで……逃げたの?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
この時のゆーちゃんの行動にすごく興味を引かれた。
ゆたか「恐かった……恐かったけど、逃げさすほど恐くなかった、多分佐々木さんの方がもっと驚いたのかもしれない、私を見るなり机の下に隠れてしまって……」
私の見ていた夢が消えた記憶の断片なら私はあの時逃げようとしていた。条件は同じなのに。
ゆたか「私は佐々木さんに向かって、「ごめんなさい、突然開けてしまって」……そう言ったら、机の下からゆっくり出てきてくれた、
    狐の姿だと言葉が喋られないみたいで……何を私に言いたいのか理解できなかった、だから、私は明日来ても良いですかって言ったら頷いてくれた」
ひより「す、凄いね、狐になった佐々木さんに声を掛けられるなんて、よっぽど勇気がないとそんな事できないよ……ゆーちゃんを見直しちゃったよ」
これは素直に感心するしかなかった。ゆーちゃんは照れ気味なのか顔が少し赤くなったように見えた。
ゆたか「次の日、佐々木さんは全てを話してくれた、佐々木さん達は遠い星から来た人だって、それも数万年も前、事故が原因で帰れなくなったって言っていた」
ひより「数万年前、そんなに昔……そこまで私は聞いていなかった、凄い昔、確か調査で来たって言っていたけど……調査に来るって事は、やっぱり地球は珍しい星だったね」
ゆたか「うんん、地球みたいな星は結構いっぱい在るって言っていた、ここに来る前にも100個くらい調査したって言っていたよ」
ひより「百個……」
この星もそんな有り触れた星に過ぎないのだろうか……
ゆたか「あっ、でも、文明をもつ星は珍しいって、少なくとも調べた星では一個も無かったって」
ひより「い、いや、数万年前じゃ、私達も文明なんてレベルじゃ無かったよ」
ゆたか「そうだよね、人間をもっと早く知っていれば狐にならなくて済んだって言っていた」
ん、ちょっと待て、ゆーちゃんの話しは具体的でなんか実際に見てきた様な言い方だよね。まさか……
ひより「佐々木さんって何歳なの、その話しを聞いていると当時から居るような気がしてならないよ」
ゆたか「うん……当時からずっと生きているのは佐々木さんを含めて三人だけになったって……凄いよね……私達から見ればやっぱりお稲荷様だよ」
ひより「それじゃ、コンがお稲荷さんって言うのも知っていたの?」
ゆたか「……うんん、始めは気が付かなかった……佐々木さんの整体院で一回もコンちゃんには会っていなかったから……佐々木さんに話してどうやってコンちゃんを引き取ろうか
いろいろ話し合って……でも皆には秘密にしたいから……」
秘密にしたいからコンの迷子のポスターを作るなんて言ってしまった。でも私はどんどん調べていくから記憶を奪おうなんて考えた。
私の頭の中の整理が付いた。


 ゆーちゃんの話しは興味をそそるものだった。SFに興味ない私が聞き入ってしまうくらい。
お稲荷さんは仲間に連絡を取るために人間に知識を教えた事もあった。だけどその知識の為に人間同士争いってしまい文明が滅びてしまった。
それの繰り返し、それで人間から疎まれはじめて、追われて、逃げて……千年くらい前に日本に住むようになったそうだ。
お稲荷さんは約二十名が生き残って細々と暮らしている。殆どはつかさ先輩の居る町の神社に住んでいると。
佐々木さんの様に人間と一緒に生きているのは極少数、お稲荷さんをやめて人間になってしまった人も居ると言っていた。
それだったら最初から人間になっちゃえば良い。なんて思ったりもするけど、物事はそんなに単純じゃない。
何千年、何万年も生きられる事で私達には分らない良い何かがあるに違いない……
もっとも、たかだか二十年そこそこしか生きていない私が考えた所で分るはずも無い。




1000ひよりの旅 39/1122013/02/11(月) 20:13:10.65W145K4B60 (42/42)

39レス目は次スレで



らき☆すたSSスレ ~そろそろ二期の噂はでないのかね~
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360577276/