1VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 01:24:45.16FEAaW2qY0 (1/21)

 その日、私はむし暑い部室棟の廊下を走り抜け、音楽室に向かっていた。
 長い長い階段を上り終える頃には、背中がじっとりと汗ばんでいた。暑い、あつい。
 
「お疲れ様です。すみません、掃除で遅れて――」

 こんな暑い日なのだから、先輩達はムギ先輩の冷たい麦茶でHTTを満喫しているか、暑さでグダグダになっているかのどちらかだと思っていた。
 ところが、実際にはそのどちらでもなかった。

「何してるんですか?」

 部室の隅。そこで、先輩達がしゃがみこんでいた。
 こんな暑い日にあんなに密着して……見てるこっちが暑くなりそう。
 ムッタンを肩から下して、近づいてみると、
 
「おっ、梓か。遅かったな」

「はい、すみません。ちょっと掃除が長引いて……主に純のせいですけど」

「佐藤さん、だっけ?」

「鈴木です。それより、先輩、そんなところで何してるんですか?」

 実はな、と律先輩が口を開いたところで、もっさりショートの頭がこちらを向いた。
 唯先輩。
 私を見るや否や、不穏なオーラをまき散らしてゆっくりと立ち上がる。
 すこぶる嫌な予感がする。っていうか、予感というよりこれはもう予定調和に近い。
 
「あーずーにゃーん!」

 なんでこの人は予備動作もなしに人に抱きつけるのだろうか。
 途端に、温かいと形容するには余りにも強烈な暑さが襲ってきた。制服越しにジワリと伝わるそれに、思わず顔をしかめる。


2VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 01:28:36.31FEAaW2qY0 (2/21)

「暑いです、離れてください!」

「大丈夫! もうその心配はいらないからね!」

「は、はい? 何言ってるんですか、先輩。とうとう暑さで頭がおかしく――」

 と、唯先輩の肩越しに、さっきまで先輩達がしゃがみこんでいた位置が見えた。
 そこには、ちょうど椅子くらいの大きさの白い箱のような物があった。
 
 いや、白い箱なんて形容はよそう。単刀直入にあれは、
 
「冷蔵庫……ですか?」

「そうだよー。ムギちゃんがね、皆のために持ってきてくれたんだ!」

 皆のために? 一体、何のことだろう。
 
「これでもう放課後の暑さともお別れだね、あずにゃん」

「えっ?」

「だって、毎日アイスが食べられるんだから!」

 アイス、か。なるほど。
 ムギ先輩が皆に氷菓子をふるまう為にあの冷蔵庫を持ってきたわけか。
 見ると、冷蔵庫は二段に分かれていた。多分、下が冷蔵庫で、上が冷凍庫になっているのだろう。
 唯先輩を引きはがし、私も先輩の輪に入った。


3VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 01:36:09.11FEAaW2qY0 (3/21)

>>1です。
うっかり板を間違えてしまいました。
移転のお願いは出してきましたので、移転が完了するまでsageで続けたいと思います。


4VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 01:38:54.94FEAaW2qY0 (4/21)

「これ、わざわざ買ってきたんですか?」

「ううん、たまたま家で余っていたから、持ってきたの」

 冷蔵庫がたまたま余る家? 深く考えるのはやめた。ムギ先輩だし。
 それよりも、唯先輩の言っている事が本当だとすれば、それはある意味とても魅力的なことかもしれない。
 夏の暑さからくる気だるさも、集中力の散漫も、アイスが全て吹き飛ばしてくれるからだ。
 ダラダラとお茶を飲んでだべる事もなくなる。だって、どう考えてもアイスはお茶請けにならないし。
 すると……どうだろう。
 先輩たちも、放課後の練習に力が入るんじゃないかな。暑さにダレることなく、爽快に音楽を奏でながら。
 
「梓、顔がにやけてるぞ? 早速アイスの魔翌力にとりつかれたな」

「べ、別に、にやけてません!」

 心中を見透かされたようで、慌てて話題を逸らした。

「そ、それより、こんなもの勝手に部室に持ち込んで大丈夫なんですか?」

「その辺は大丈夫だ。これを見ろ」

 そう言って、律先輩が下の段を開けると、
 
『さわちゃん専用』

 と書かれた紙と一緒に、色鮮やかで高級感漂うゼリーの容器が並んでいた。
 教師をお菓子で買収する生徒も生徒だけど、それであっさり頷く教師もどうなんだろう。
 ニヒヒ、と悪戯っぽい笑みを浮かべている律先輩。
 アイスの一言を延々と連呼する唯先輩。
 元凶、ムギ先輩。
 アイスの魔翌力とやらに立ち向かう、一縷の望みをかけるとすれば澪先輩しかいない。
 だけど、私が眉をひそめる姿を見て、慌ててにやけた顔を取り繕う澪先輩は、多分、いや間違いなく敗者側なのだろう。
 
「まったく……他の人に見つかって怒られても知りませんよ」

 まあ、私も同じなんだけどね。
 一女子高生の私には、この暑さに立ち向かう勇気もなければ、氷菓子の誘惑に勝てる精神力も無いのだから。
 あずきバーとかあったら嬉しいな。
 
「じゃ、梓も来たことだし、早速食べようぜ」

 ……。
 ……。
 ……。
 


5VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 01:44:45.74FEAaW2qY0 (5/21)

 流石はムギ先輩といったところか、冷凍庫から出てきたのは全てハーゲンダッツだった。
 まあ予想通りではあったから別に驚かなかったけど。

「ちべたくておいしー!」

「生き返るなぁ……」

「うふふ。喜んでもらえて嬉しいわ」

「澪は何味?」

「私はチョコチップ」

「一口もーらいっ!」

「あ、こら、律ーっ! ば、ばか、食べるなら自分のスプーンを使えよ」

「うん? いいじゃん、別に。ほれ、私のも一口やるからさ。ほら、あーん」

「そんな恥ずかしい真似できるか! ……まったく」

「なんだよ、食べないのか? じゃあ、唯、ほれ、あーん」

「あっ……ま、待って、やっぱり食べる」

「恥ずかしいんじゃなかったのかよ」

「……こ、これはアレだ。私ばっかり一口とられて不公平だから、その」

「みみっちい奴だな」

「う、うるさい! と、とにかく……た、食べるから、一口ちょうだい」

「はいはい。ほれ、あーん」

 何やってんの、この先輩達。


6VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 01:49:21.79FEAaW2qY0 (6/21)

 せっかくアイスで涼んでいるのに、ベタベタで見ているこっちが恥ずかしくなるようなやり取りを見せられて、少し気分が悪くなった。
 ムギ先輩を見ると、スプーンに掬ったアイスがポタポタと零れ落ちるのも気にせず、その光景に見入っていた。
 やれやれ。
 
 ……。

「あー、おいしかった」

「じゃあ、アイスも食べ終わった事だし、練習しましょう、練習」

「まあ待て、梓。もう少し、アイスを食べた後の余韻を味わってだな」

「そんな余韻いりませんから」

「えーっ。なんだよぉ、いいじゃん別に。ハーゲンダッツなんて滅多に食べられないんだからさ」

「普通のカップアイスと、たかだか100円くらいの差じゃないですか」

「わかってないなぁ梓。その100円の差が、一JKには死活問題なんだぞ!」

「そうだよあずにゃん!」

 面倒な人が話に混ざってきたので、なんだか言い返す気力すらなくなる。
 とは言え、私も久しぶりにおいしいアイスを食べることができて、あともう少しだけ練習を先延ばしにしても良い気がしていた。
 お茶がないからこそ、口中に甘い余韻が残っている。
 悪い気はしない。


7VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 01:54:43.19FEAaW2qY0 (7/21)

「しょうがないですね、まったく……」

「そういえば、あずにゃんは何味食べてたの?」

「私ですか? 私は抹茶をいただきました。おいしいですよね、抹茶」

「抹茶かぁ……私、抹茶味食べた事ないや。おいしいの?」

「おいしいですよ。和、って感じがして、すごいさっぱりしてますし」

「おやおや梓さん、ずいぶんと洒落た言葉を使いますなぁ」

「そうだよあずにゃん! 和といえば、断然、ガリガリ君だよ!」
 
 またわけのわからないことを。
 いい加減、相手をするのが面倒になり、他2名の先輩に助けを求めた。
 が、

「ガリガリ君……? それ唯ちゃんのお友達?」

「違うよムギちゃん。ガリガリ君はアイスだよ」

「えっ、えっ?」

「ムギ、ひょっとしてガリガリ君知らないのか?」

「ごめんなさい、市販のアイスって言ったらハーゲンダッツしか知らなくて……」

 一瞬、場の空気が凍った。
 そんな気がしただけで、すぐに皆、苦笑いを浮かべて話を続けた。

「どんなアイスなの? その、ガリガリ君は」

「簡単に言うと、木の棒にソーダ味のアイスがくっついててな。当たりが出るともう一本もらえるんだよ」


8VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 02:00:18.02FEAaW2qY0 (8/21)

「当たり……? どういうこと?」

「アイスを食べ終わった後に、棒に『当たり』が書いてあったら、買ったお店でガリガリ君と交換できるんだよ」

 律先輩の言葉に、ムギ先輩の瞳がキラキラと輝いていた。
 世間ではそれをムギの光と呼ぶ。
 ○○するの夢だったの~、と同じく、超がつく程のお嬢様が庶民へ抱く不当な憧れを表す。

「す、すごいわ、アイスなのにクジになっているのね!? そ、それはどこに行けば買えるの?」

「別にどこでも買えるよ。コンビニにも売ってるし」

 鼻息を荒げて興奮するムギ先輩。
 多分、明日は冷凍庫がガリガリ君で埋め尽くされてるんだろうなぁ。


 ……。
 ……。
 ……。


 案の定、次の日のティータイムはガリガリ君オンリーとなった。

「は、はやく食べましょう! ねっ!」

「そんな急いで食べるとお腹壊すぞ。こら、唯も真似しないの」

 しかし、なんだ。
 放課後、音楽室で一心不乱にガリガリ君をペロペロと舐めている女子高生っていうのも奇妙な図だ。
 主催が本気モードだから、皆、何か喋るにもネタがない。
 そんなに当たりが見たいのかな。相変わらず、唯先輩に負けず劣らず変なものに興味を抱く人だ。


9VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 02:06:10.72FEAaW2qY0 (9/21)

「んぐんぐっ……はぁ……はぁ……な、なんて大きなアイスなの。おまけに、すごく固いわ」

「それがガリガリ君の魅力だよ。外はカチカチ、中はシャリシャリ。んー、おいしい」

「アゴが痛くなりそうだわ……ペロペロしてたらいつまで経っても食べ終わりそうにもないし」

「そんな頑張って食べる必要はないだろ。落ち着いて食べなよ」

 ようやくムギ先輩がガリガリ君を食べ終わる頃には、結構な時間が経っていた。
 ああ、貴重な練習時間がまた減っていく。

「あら? 何も書いて無いわ」

「残念。ムギちゃん、それはハズレだよ」

「そうなの? ……そうなのね。はぁ……残念だわ……」

 本当に残念そうな表情で、太い眉毛で八の字を描く先輩は見ていて少しかわいそうだった。
 何でもすぐに本気になる人だからなぁ。
 まあ、だからといって、もう一本チャレンジしたらどうですか? とフォローするつもりもないけど。


10VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 02:42:08.99FEAaW2qY0 (10/21)

「あっ」

「どうした澪?」

「私、当たった。ほら」

 澪先輩の手に、テラテラと光るアイスの棒。その表面には茶色で『当たり』の文字が確かに書かれていた。
 
「み、見せて! ……すごい、本当に当たりって書いてあるわ」

「やったね澪ちゃん! これでもう一本もらえるよ」

「いや、別に私はいいよ……それに」

 澪先輩がそう言って冷凍庫のほうに視線を投げた。
 そう。まだあの白い箱の中にはガリガリ君がびっしりと詰まっているのだ。当たりも何も関係ない。
 ああ、もう。
 唯先輩が余計な事を教えなければ、毎日ハーゲンダッツを食べられたのに。
 正直、ガリガリ君はそれほど好きではない。ソーダよりもバニラ、バニラよりもあずき。


11VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 02:56:51.02FEAaW2qY0 (11/21)

「あ、あの、澪ちゃん?」

「えっ、なに?」

「もし、もしもよ……ガリガリ君を好きなだけ食べていいって言ったら……澪ちゃんの、あ、当たり棒を……」

「これ?」

「うん……そのぉ……譲ってもらえたりしないかなぁ、って」

「えっ? あ、うん。いいよ、別に。はい」

「ほ、ホント!? 本当にいいの!?」

「お、大げさなやつだなぁ……そもそも、ガリガリ君買ってきたのムギだし、何も遠慮することないじゃないか」

「ありがとう澪ちゃん!!」

「どういたしまして……って、私の台詞これであってるのか?」

 当たり一本でここまで喜べるなんて、ホント変わった人。

 手を取り合って喜び合う(?)二人を横に、律先輩が何やら悪戯っぽい表情で自分の棒に何かしていた。
 いつ取り出したのか、手には油性ペン。
 あ、まさか。


12VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 02:59:10.58FEAaW2qY0 (12/21)

「おい、ムギ。もう一本、当たり棒あげよっか?」

「えっ? りっちゃんも当たったの?」

「うん。ほら、これ」

 そう言って差し出した律先輩の棒には、


『1等 りっちゃんの熱いベーゼ』


 と書かれていた。よれよれの、しかも滲んだ字で。
 まさに今書きましたと言わんばかりの出来だった。

「なんだこれ!? 律、お前、これ自分で書いただろ!」

「あっ、バレた?」

「普通、こんなのすぐにわかるだろ! まったく、ホントくだらない事するんだから」

「あはは。いやぁ、なんか澪ばっかり当たるもんだから、ちょっとね」

「ザ・暇人ですね」

「うるさいよ」

「ねえ、りっちゃん?」

「うん? どうした、ムギ。あっ、ひょっとして……怒った?」



13VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 03:26:59.52FEAaW2qY0 (13/21)

「ううん、そうじゃないわ。けど……いいの? これ、私がもらっても」

「えっ?」

「これと引き換えに、りっちゃんがキス、してくれるのよね?」

「あ、え、いや……ほら、これはちょっとした冗談というか」

「すごいわぁ……こんな棒切れ一本で、りっちゃんからキスしてもらえるなんて」

「あのぉ……ムギさん……?」

 何やら今度はムギ先輩の顔に悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
 まさかの事態に律先輩の顔に珍しく焦りの色が見えた。
 
「ねえ澪ちゃん、これ私が使ってもいいかしら?」

「へっ!? な、なんで私に聞くんだ?」

「一応、澪ちゃんに断っておかないといけないと思って」

「な、何言ってるんだよムギ。それを聞くなら……律にだろ? なっ?」

 気のせいだろうか。
 澪先輩がいつも以上に目を吊り上げて律先輩を見つめていた。っていうか、完全に睨んでるし。
 普段、人をからかって遊んでいる律先輩が、逆に普段大人しい先輩2人に迫られて慌てている光景は、なんとも見ていて気持ちが良かった。
 まあ、自業自得ってやつだ。たまにはいいと思う、そういうの。



14VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 03:36:09.85FEAaW2qY0 (14/21)

「どうなんだ、律? こんな当たりをムギにあげるってことは、そういうつもりなんだろ?」

「な、なに怒ってるんだよ」

「別に怒ってなんかない。ただ、聞いてるだけだ。お前はムギとキスがしたいんだろって」

「そ、そんなわけないだろ」

「あら、りっちゃん、そうなの? こんなもの渡すから、私てっきり、そうだとばかり思っていたのだけれど」

「……」

「何黙ってるんだよ」

「……ち、違うってば」

「何が違うんだ?」

「だ、だから……ムギとキスしたかったわけじゃないって」

「ふーん、そうなんだ。残念だわ、りっちゃん。うふふ」

「あんまりいじめないでくれよ」

「ごめんなさい。あ、でも、りっちゃんのその言い方、まるで私以外の人とはキスしたかったみたいに聞こえるわね」

「なっ……そ、そんなわけないし」

「そうかしら? ねえ、りっちゃん。この当たり棒、澪ちゃんに渡せばいいのかしら?」

「は、はあ!? ムギ、ちょっとふざけ過ぎだぞ。その、私もこんな悪戯して悪かったけどさ、そろそろ」

「私はふざけてないわ」

「み、澪も何とか言ってくれよぉ」


15VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 03:59:44.94FEAaW2qY0 (15/21)

「ねえ澪ぉ……」

「……そ、そんなに私にもらって欲しいのか?」

「……はい?」

「そうねぇ~。澪ちゃんには本物のガリガリ君の当たり棒をもらっているわけだし、やっぱりこっちの当たり棒は澪ちゃんに渡すべきよね」

「澪しゃん? ムギ?」

「ムギの言う事も一理あるよな、やっぱり……うん、これは私がもらうべきだよな」

「うふふ」

「……な、何考えてるんだよ澪。お、お前、冗談で言ってるんだよな? あはは、やだなぁもう、たまにノってきたかと思ったら悪ノリかよ」

「……」

「……」

「お、おい……なに顔赤くしてるんだよ?」

「元はといえば、律が悪いんだからな……こ、こんな形で言うつもりはなかったけど……でも」

 何やってるんだろうこの人達。

「律!」

「は、はいっ! な、なんでしょうか……」

「い、一度しか言わないからな、よく聞けよ」

「えっ、だから一体なんだって言うんだよ……?」

「当たりと交換する前に、言っておきたい事があるんだ。ううん、これを言わないと……一応、ケジメっていうか」

「ケジメ? 一体何の話なんだ……ムギ、何笑ってるんだよ」

「うふふ」

「ゴホン……え、えっとな、その……わ、私はその……律のことが……」

「……おい、ちょっと」

「り、律の事が……すk――」


16VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 04:29:10.45FEAaW2qY0 (16/21)

 耳まで顔を真っ赤にしている澪先輩を確認したところで、ようやく私は我に返った。
 何やってるだろう、ここは部室なんですけど。っていうか、私達の存在、完全に忘れてませんか?
 はぁ、と溜息が自然に零れる。
 そして、私と同様で、さっきから全然会話に参加していない唯先輩に気がついた。

「唯先輩?」

 見ると、唯先輩は、何も書かれていないアイスの棒をジッと見つめて押し黙っていた。
 その顔からは何も読み取れない。見たことの無い表情だった。

「どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」

「えっ? あずにゃん、何か言った?」

「あ、その。ハズレの棒なんかじっと見て何してるのかなぁ、って」

「……うん。ちょっとね」

 そう言って唯先輩は、窓の外の明かりに透かすようにして、棒を掲げた。
 表情が変わり、唯先輩の口元がニヤリと持ち上がる。
 えっ、と驚く。
 またしても見たこと無い表情だったが、今度のそれは、ちょっと……その、気味が悪かった。
 私は内心、不思議なほどに驚いた。
 今の……なに?


17VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 04:34:26.65FEAaW2qY0 (17/21)

「唯先輩……? お、思い出し笑いですか?」

「へっ? 私、笑ってた?」

「はい。なんかこう、ニヤっとしてました」

「そうなんだ。あんまり楽しい思い出でもないんだけどなぁ」

「思い出? やっぱり思い出し笑い、ですか?」

「思い出し笑いじゃないけどね。ちょっと昔の事思い出しちゃって」

 またそれっきり、唯先輩は黙ってしまった。
 気になる。すごく気になる。けれど、果たしてそれを聞いてもいいのだろうか。
 私が考えあぐねていると、

「どうした、唯?」

 引きつった苦笑を浮かべた律先輩が、食いついてきた。
 いや、というより、背後の澪先輩とムギ先輩を見るに、藁をも掴む想いで唯先輩に助けを求めてきた感じだった。
 そうとういじられたな。まあ、どうでもいいけど。

「あ、りっちゃん。どうしたの?」

「いや、珍しく唯が神妙な顔してたから。ちょっと気になって」

 嘘つけです。
 ついさっきまで、神妙な顔をした澪先輩の告白(寸前)に口をパクパクしてたくせに。どこに唯先輩を気にする余裕があるんだか。
 とは言え、唯先輩の妙な様子は私も気になるところだし、渡りに船とはこのことかもしれない。
 グッジョブです、律先輩。


18VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 04:51:59.25FEAaW2qY0 (18/21)

「ちょっと昔のこと思い出してたんだ」

「アイス絡みでか?」

「まあ、アイスっていうより……アイスの棒かな」

「アイスの棒で?」

 何が気になったのか、ムギ先輩も輪に混ざってきた。ちょっと、澪先輩は放置ですか。

「うん。昔、皆もやったんじゃないかな? ほら、アイスの棒に名前書いてさ」

 また唯先輩がはにかんだ。

「クジか? なんだよ、唯まで私をいじめるのかー?」

「えっ、違うよ」

「じゃあ、何だよ」

「りっちゃんも小さい頃やらなかった? お墓遊び」

 また唯先輩がはにかんだ。
 瞬間、唯先輩以外の全員が固まった。
 みんな、えっ? という文字を顔に書いて驚いていた。

「唯、今何て言ったんだ?」

「お墓遊びだよ。死んだ生き物の名前をアイスの棒に書いて、お墓作るの。皆もやったよね?」


19VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 05:18:28.96FEAaW2qY0 (19/21)

 思わず、先輩と顔を見合わせた。
 
「私、アレ大好きだったんだー。小さい頃は毎日毎日、お墓作って遊んでたなあ」

「唯ちゃん? 何なの、そのお墓遊びって。アイスの棒に名前を書いてお墓を作るの? 意味がわからないわ、お墓は石で作るものでしょ?」

「やだなぁムギちゃん。子供の遊びだよ。アイスの棒をお墓の石に見立ててね、それで小さなお墓を作るだけだよ」

「えっ……それ……遊びなの?」

 ムギ先輩の疑問も尤もだと思う一方で私は、禁じられた遊び、という古い映画を思い出していた。
 生き物の死、というものがよくわかっていない幼少期にやる、少し残酷な遊戯。
 まさか、この年になって再びそれを思い出すなんて。
 部室に、奇妙な空気が漂い始めた。

 あっけらかんとした顔で、子供の頃のおぞましい行為をムギ先輩に説明する唯先輩。
 それを何とも言えない表情で聞き入るムギ先輩。
 どうフォローしていいのか……いや、そもそもフォローをする必要があるのかわからないといった感じの律先輩。
 先ほどまで紅潮させていた顔を真っ青にして怯える澪先輩。
 そして、ただただ呆然とする私。
 無邪気な人だとは思っていたが、いざ『お墓遊び』などという不穏な単語をその口から聞くと、何だか印象が変わるものだ。
 そういえば、私はどうだっただろう。小さい頃、私もそういう遊びをしていたのだろうか。

 古い記憶を辿ってみても、唯先輩の話に合致する思い出は一つもなかった。

「色々埋めたっけ……アリでしょ、トンボに、セミ、あと、カブトムシなんかもお墓作ったよ」

「な、なあ唯、思い出話はその辺にして、そろそろ練習にしないか?」

「えっ? あ、うん、そうだね。実はこの話、あんまり良い思い出じゃないんだ、あはは」

 その割には随分と口元が緩んでいた気がする。
 まだ続きがあるのだろうか。聞きたいような聞きたくないような。


20VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 05:45:05.31FEAaW2qY0 (20/21)

「ごめんなさい、唯ちゃん」

「へっ? どうしてムギちゃんが謝るの?」

「あ、その……嫌な事思い出させちゃったでしょ?」

「別に気にすることないよー。ただの小さい頃の思い出だし」

「そう……? それならいいのだけれど」

「ねえムギちゃん。帰りに、ガリガリ君もう一本もらってもいい?」

「もちろんよ。好きなだけもらっていって。そうだわ、憂ちゃんの分も是非」

「ありがとう。憂もアイス好きだから、きっと喜ぶよー」

「はいはい、それじゃあ練習始めるぞー……ほら、澪も」

「お墓……お墓……お墓……ううっ……」

「ダメだこりゃ」

 なんだか本当に妙な空気だった。

 ……。
 ……。
 ……。


21VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 05:49:18.15FEAaW2qY0 (21/21)

一先ず、移転されるまで。


22VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/31(月) 10:55:37.47yuncVX5To (1/1)

ニヤニヤ系かとおもってたらいきなり背筋が寒くなってきた


23真真真・スレッドムーバー移転 ()

この度この板に移転することになりますた。よろしくおながいします。ニヤリ・・・( ̄ー ̄)


24VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 19:46:52.52ivflQb1S0 (1/1)

かなり期待してる


25VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 23:14:43.58rB9HKo0Go (1/1)

なんだよ怖いぞ


26VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/01(火) 23:34:45.4307AP88LZo (1/1)

ほのぼの系じゃないんだな
期待


27VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 02:48:01.97xCJ53iVR0 (1/15)

移転が完了したみたいなので、続き投下します。


28VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 02:49:38.90xCJ53iVR0 (2/15)

 夏の暑さは鳴りを潜めるどころか、日を追うごとに酷くなっていった。
 部室の外から聞こえてくる運動部の掛け声も、流石に元気が無くなっている。この暑さじゃ仕方ない。
 現に、ここの所、HTTの活動はアイスを食べる事がメインになりつつあるのだから。

「先輩、練習しましょうよ、練習。そんな毎日アイスばっかり食べたら、夏バテになっちゃいますよ」

「梓だって演奏中、あずきバーくわえてんじゃん」

「うっ……」

「あぢぃ……こうも暑いとやる気が」

「こら律」

「なに?」

「暑いな」

「そうだな」

 夕方を過ぎてようやく陽射しが弱まった頃、私達は学校をあとにする。
 焼け付いたアスファルトから熱気は立ち上ってはいるものの、青空が見える時間帯よりは幾分ましだった。


29VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 02:51:29.94xCJ53iVR0 (3/15)

 そんな暑い夏の日、クラスメートの一人が体育の授業中に具合を悪くした。
 すぐさま担当の先生がその子を木陰に連れて行き介抱した。
 すると、それを見ていた何人かの子達が、同じように気分が悪いという理由で先生の元へ行き、それから木陰へと向かった。

「なにあの子達、ずるーい! 絶対に仮病だよ!」

「この暑さじゃ仕方ないよ。正直のところ、純も羨ましいんじゃないの?」

「あ、バレました?」

「まったく」

「でもこの暑さじゃ仕方ないよ。梓ちゃんも羨ましかったりして」

「わ、私は別に……むぅ」

 放課後アイスを貪る私には、純を責める権利も、憂に反論する権利もなかった。
 何気なく、木陰の女子の群れを見た。地面から昇る陽炎越しに、一箇所に固まっている姿が見える。
 なにも、離れて涼めばいいものを……と、半ば呆れながら眺めていると、次第に遠くからザワザワとした落ち着かない雰囲気が漂ってきた。
 最初、木陰に入った子達が涼しさに情けない声を上げているのかと思ったのだけど、どうやらそうではないらしい。
 なにやら様子がおかしかった。

「ねえ、何か向こう騒がしくない?」

「えっ? あ、ホントだ」

「どうしたんだろうね」

 ゆっくりと外周を走りながら徐々に木陰に近づくにつれ、そのざわめきが大きくなっていった。


30VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 02:57:01.60xCJ53iVR0 (4/15)


 突然、悲鳴が上がった。
 木陰から一斉に女子の群れが離れていく。転んで、半泣きになっている子もいた。
 皆、悲鳴を上げながらこっちへ走ってきた。
 
「えっ、なになに!? どうしたの、いったい」

「わ、わかんないよ。とりあえず、行ってみよう」

 異変に気付いた先生がいち早く駆けていく。
 私達はその後を追った。
 私達と同様にきちんと体育に参加していた他のクラスメートも、ゾロゾロと後に続いた。
 
「ねえねえ、どうしたの、何があったの?」

「あ、あ、あれ見てよ!」

「あれって?」

 仮病組の一人が顔を真っ青にして、両肩を抱いて震えている。
 先生にわけを話しているらしい女子が、木陰の方を指差して蒼白な顔で何やら説明しているのが見えた。

「……ううっぅ、思い出しただけで気持ち悪い……」

「だ、大丈夫!? 保健室行く?」

 逃げ帰ってきた一人が憂にもたれかかって、両手で口を押さえていた。
 何があったというのだろう。すごく気になる。同時に嫌な予感もするのだけれど、好奇心の方が勝っていた。



31VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 03:15:29.73xCJ53iVR0 (5/15)

「……あ、梓? ち、ちょっとどこ行くの」

 気がつくと、私はまっすぐ木陰に向かって歩いていた。
 
「私、ちょっと見てくる。純は憂と一緒にその子の面倒見てあげてて」

「あ、待ってよ梓、私も行くー」

「おい」

「梓だけずるいじゃん」

 まあ、ごもっともだ。
 私達の意図を察した憂が、心配を兼ねて抗議の声を上げたが、無視した。
 
「ちょっと梓ちゃん! じ、純ちゃんも! だ、ダメだよ、危ないよ」

「憂はそこにいなよ。憂までついてきたら、その子の面倒見る人いなくなっちゃうでしょ」

「ふ、二人とも……。あ、その、ごめんね、後で保健室に連れて行ってあげるから、ちょっと待ってて!」

 余程、置いていかれるのが嫌だったのか、青ざめた顔でうずくまるクラスメートを残し、憂が駆け足でやってきた。
 結局、三人一緒に木陰を目指した。

 ……。


32VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 03:20:21.49xCJ53iVR0 (6/15)


 で、すぐに騒動の原因を見つけた。

「ぎゃああぁっ!! き、キモッ! なにこれ!?」

 純が大声を上げた。憂が小さな悲鳴をあげた。私は息を飲んだ。
 無理もなかった。
 木陰を作っている木の根本に、びっしりとセミの死骸があったのだから。

「ひいいっ!! わ、私、無理っ!! もう無理っ!!」

「じゅ、純ちゃん!?」

「早くここから離れよう! ヤバイってこれは……」

「そ、そうだね……気持ち悪いね」

「ほら、梓も早く……って、梓? ち、ちょっと!」

 確かに気味の悪い光景だったが、それ以上に私はあるモノに心を奪われていた。
 死骸は地面に置かれているようだったが、よく見ると、ほとんどが地面に埋まっている。
 そして、

「……嘘。なにこれ」

「梓ってば! 何やってんの、早く行こうって!! ま、まさか、それに触るつもりじゃないよね!?」

「ちょっと黙ってて純」

 額から流れる汗が止まらなかった。全身の毛穴が一斉に開いていくような感覚がする。
 目をこすってもう一度よく見た。
 

『セミー太の墓』


 黒の字でそう書かれたアイスの棒が、セミの死骸の山に刺さっていた。

「あ、梓!? ちょっと、大丈夫!?」

 眩暈がした。
 口の中にひんやりと涼しいソーダの味が広がり、数日前の唯先輩の話を思い出した。
 
 ……。
 ……。
 ……。



33VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 03:28:05.13xCJ53iVR0 (7/15)

 誰かのたちの悪い悪戯、という先生達の結論では好奇心旺盛な女子高生の心を満足させる事はできなかった。
 
「絶対何かの呪いだって、アレ。その場にいた子の中に、変な痣が体に浮かび上がってきたって言う子もいるみたいだし」

「えーっ、なにそれ、マジ怖くない? あっ、そういえば、あの木ってさぁ――」

 あること無い事、尾ひれが付いた噂はどんどん広がっていった。
 妖しげな悪魔召喚の儀式だとか、恋愛成就のオマジナイだとか、オカルト研の研究の一環だとか、一個人の恨みによる犯行、等など。
 しかし、私は知っているのだ。
 事の真相を。
 アレは間違いなく、唯先輩の仕業だということを。
 けれど、それを口にすることはできなかった。
 その理由は言うまでもない。
 
「憂? どうしたの、具合でも悪いの?」

「えっ? ううん、大丈夫だよ」

「そう? ならいいけどさ。それにしても、みんな、やっぱり怖い噂が好きなんだねぇ。今日なんか、もう5回は聞いてるよ、例のセミの話」

「そうだね」

「噂話聞くくらいならまだいいけどね。私なんか、部活の練習中にあの光景思い出しちゃってさ……ううぅっ、気持ち悪い」

 そして、憂も見たはずだ。
 独特のネーミングセンスで記された、あのアイス棒の墓を。


『お墓遊びだよ。死んだ生き物の名前をアイスの棒に書いて、お墓作るの。皆もやったよね?』


 唯先輩でさえ覚えている事が、憂の思い出から漏れているはずがなかった。
 きっと憂はあの悪戯の犯人が唯先輩だと考えているに違いない。
 そして、私と同じくそれを公言できないでいる。
 だって、言えるわけないじゃん。部活の先輩があんな気味の悪い事をしただなんて。
 
 ……。


34VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 03:56:09.72xCJ53iVR0 (8/15)

 ところが、何とも都合の悪い事に、悪戯の対象はセミだけでは終わらなかった。
 
「きゃあああぁっ!!」

 今度は一年生が部活中に、学校の植え込みに大量のトンボの死骸を見つけたのだった。
 そしてやはり、それを聞きつけて現場に向かってみると、


『ボー太の墓』


 またアイスの棒。墓に見立てたアイスの棒が死骸の真ん中に刺してあった。
 また噂が尾ひれをつけて学校を飛び回る。

「今度はトンボだってさ」

「知ってる。っていうか一緒に見に行ったじゃん」

「そうだっけ」

 憂をチラリと見ると、複雑そうな顔で俯いていた。純の目にはそれが、ただ単純に不安に怯えている姿として映ったらしく、

「大丈夫だって、憂、そんなに心配する事無いって。どこかの馬鹿か、JK驚かして興奮してる変態の仕業だから。呪いとかじゃないよ」

「むしろ呪いよりそっちの方が十分怖いんだけど」

「そう?」

「そうだよ。憂もさ……あ、あんまり気にしないほうがいいよ」

「梓ちゃん?」

 憂が顔を上げてこちらをジッと私を見つめた。
 吸い込まれそうになる、鈍い琥珀色の虹彩。大きく開いた瞳孔。
 不謹慎にも、その表情に少しドキッとした。
 
「憂はもう少し肩の力、抜いた方が良いよ」

 いや、これは恋愛感情からくるアレとは違う……多分。自信ないけど。

「……ありがとう、梓ちゃん」

 なんてね。何考えてるのよ私。
 惚けた呑気な考えを捨てる。
 ひょっとしたら、憂は、私が事の真相に気付いている事に気付いたのかもしれない。
 私はどうするべきなんだろう。

 ……。
 ……。
 ……。


35VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 03:57:47.63xCJ53iVR0 (9/15)

 セミの墓事件から、2週間ほど経った。
 事は、もう単なる悪戯では済まされない事態にまでエスカレートしていた。
 最初は、セミ、トンボといった些細な(って言っても十分不気味だけど)虫の類だったのに、


『カブトムシの墓』

 水泳部部室横に、カブトムシ、クワガタムシの死骸。
 次は対象が虫から少し大きな生き物に変わり、


『雀の墓』

 職員用駐車場の植え込みに、雀の死骸。
 そして、つい昨日はテニス部のコートの裏に、

「きゃあああああああ!!! ち、ちょっと……だ、誰かぁ!」

「ど、どうしたの!?」

「あ、あ、あれ……」


『カラスの墓』

 もう悪戯の域を超えていた。
 それでも警察沙汰になっていないのは、学校の名前に傷が付くのを恐れた先生達が、全校集会を開いて生徒に緘口令をしいたからだった。
 とは言っても、そんなものが噂好きの女子高生に通用するわけもないんだけどね。
 休み時間、昼休み、そして放課後。学外に漏れないだけで、毎日がその話題で持ちきりだった。
 当然、それがHTTの先輩達の耳に入らないわけもなかった。


36VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 05:16:06.18xCJ53iVR0 (10/15)

「た、大変だったな梓。ほら、今回のアレを見つけた子って、梓のクラスメートなんだろ?」

「はい。本人は大分、参ってる感じでした」

「だよな。流石にカラスともなると……なあ」

 部活は始終、こんな感じのぎこちない空気のまま、当たり障りの無い話題を振ってはすぐに終わった。
 この話題が続くわけもない。かといって何も言及しないわけにもいかない。
 皆、あの唯先輩の思い出話を胸につかえたまま、どうしたらいいか考えているのだ。
 ところが、当の本人はというと、

「ひどい事するよね、まったく。カラスが可哀想だよ」

「えっ? あ、うん。そ、そうだな」

「そうね」

「そうですね」

「……カラス……カラス……うぅっ」

 相変わらずあっけらかんとして部活に来てはアイスを食べていた。
 それとなく件の話題を振っても、焦る様子を一切見せることなく、普段通りの振る舞いをしている。
 他の先輩はどうだかわからないけど、少なくとも私には、唯先輩の一挙一投足、全てが白々しく思えてならなかった。
 唯先輩がやったんですよね? と声を大にして問いただしたかった。
 無邪気、なんて言葉じゃもう済まされない。これは立派な犯罪、それもすこぶるたちの悪いものなのだから。
 そして、何より。
 
「唯先輩」

「うん? なあに、あずにゃん」

「憂の様子、最近どうですか? あんまり元気が無いみたいなんですけど」

「そうかな? 家ではいつもどおりだよ。あ、そうそう、そう言えば昨日憂が作った晩御飯が――」


37VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 05:17:39.39xCJ53iVR0 (11/15)

 姉の凶行に心を痛めている憂。
 目に見えてわかるほどの憔悴しきった顔で、それでも健気にいつも通りに振舞おうとする憂。
 可哀想でならなかった。そして、それに全く気がつかない唯先輩が許せなかった。
 いや、それとも……もしかして、気付いた上で犯行を重ねているのだろうか。

「ねえ、唯ちゃん」

 ペラペラと呑気なことを喋っている唯先輩を遮り、ムギ先輩が声を上げた。
 皆、ムギ先輩を見つめる。
 そういえば、墓に使われているアイス棒はやはり、あのガリガリ君の棒なのだろうか。

「ムギちゃん? ……な、なんか顔が怖いよ? どうしたの」

「ねえ、唯ちゃん。唯ちゃんはアイスが大好きよね?」

「えっ、あ、うん。そうだよ」

「そのアイスなんだけど」

「えっ!? な、なに、ひょっとしてまさか……明日からアイス無しとか?」

「ううん、そうじゃないの」

「ホッ……よかった」

 ホッ、じゃないっての。

「ただ……その、明日から、全部ハーゲンダッツにしてもいいかしら?」

「え? どうして」

「どうしても」

「……ふーん。うん、別にいいよ」

 思わず律先輩と顔を見合わせた。
 ムギ先輩の意図。それは、つまり、


38VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 05:26:07.75xCJ53iVR0 (12/15)

「じゃあ、ガリガリ君は当分止めにするわね」

「うん」

「……本当にいいのね?」

「いいよ、別に」

「そう……わかったわ」

 ムギ先輩がこちらを見た。
 何とも言えない表情で、けれど何かやり遂げた風な笑みが口元に浮かんでいた。
 けど、果たしてそんなことで、唯先輩の凶行を止めることができるのだろうか。
 私はムギ先輩の行動に大した意味があるとも思えず、何となく唯先輩を見た。

「ガリガリ君なら家でも食べられるしね」

 ……。
 
 唯先輩と別れた後、携帯が鳴った。
 律先輩からだ。

「もしもし」

『今、時間大丈夫か?』

「えっ、あ、はい。まだ外なんですけど、大丈夫です。それで、どうしたんですか?」

『ちょっと今から学校に戻ってきてくれないか?』

 はっ? と拍子の抜けた声と心の声が重なる。
 しかし、すぐに、その理由がわかった。

「唯先輩の事ですか?」

 電話先の無言が、律先輩の肯定を表していた。
 ひょっとして、他の先輩方も部室に残っているのだろうか。電話の向こうから、澪先輩の心配そうな声が聞こえた気がした。


39VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 05:37:45.05xCJ53iVR0 (13/15)

「わかりました。今から戻りますので、ちょっと待っててください」

『悪いな、梓……本当は、私達だけでどうにかしたいんだけどさ』

「水臭いこと言わないでください。あと、律先輩に弱気な声は似合いませんよ」

『……ありがとな』

 電話を切り、空を仰ぐ。
 アクションを起こすには少し遅すぎたのかもしれない。

 ……。

「急に呼び出して悪かったな。ほい、これ梓の」

 律先輩からポカリを受け取った。
 一息に飲み干す。走ってきたから体が水分を欲していて、スーッと染み込んでいった。
 
「ぷはぁ……ありがとうございます、律先輩……けふっ。あっ……し、失礼しました」

「いいって、気にするな」

「あ、あはは……」

「それで、早速なんだけど」

 律先輩、ムギ先輩、そして澪先輩。予想通り、部室には唯先輩以外の皆が集まっていた。
 窓から差し込む西陽に照らされた先輩達の顔は皆、不安そうな表情に染まっている。
 きっと、私が思う以上に、この件には抵抗があるんだろうな。なにせ、私より一年も多く、唯先輩と一緒に過ごしてきたのだから。
 場合と手段によっては、もう今までと同じような関係ではいられないかもしれない。
 皆の中心となっていた唯先輩のことだ。
 この事が原因で、部活の、ひいてはHTTの崩壊ということもあり得る。


40VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 05:44:42.94xCJ53iVR0 (14/15)


 とは言え。
 このまま放って置くことも出来ないわけで。っていうか、だからこそ私は呼ばれたはずだ。
 私は早速本題に入る事にした。もう余計な遠慮などしていられない。

「先輩方は、唯先輩のことをどうするつもりなんですか?」

「……別に、責めたりはしない」

「そうですか」

「ただ、唯のやってることは絶対に止めさせる」

「どうやってですか?」

「説得する」

 なるほど。
 最大限の譲歩がそれか。意外と律先輩って肝の小さい人なのかもしれない。
 関係を壊したくないから唯先輩を責めたくない、けれど、唯先輩の行為は止めたい。だから、説得する。
 なんだか走ってまで学校に戻ってきたのが急に馬鹿馬鹿しくなった。

「どうやって説得するんですか?」

「そ、それは……」

「まさか、唯先輩のやってることは悪い事だからやめましょうね、とか甘い調子で説得するつもりじゃないですよね?」

「……」
 
「まさか、そんな馬鹿げたことするつもりじゃないですよね?」

「お、おい梓」

「何ですか? 澪先輩も当然、その場に立ち会うんですよね? まさかとは思いますけど、嫌な役を全部、律先輩に押し付けたりしませんよね?」

「そ、そんなことしない! わ、私だってちゃんと唯に言う」

「なんて言うんですか?」

「だからその……もうお墓作ったりするな、って」

「ぷっ」

 思わず吹きだしてしまった。


41VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 05:48:14.99xCJ53iVR0 (15/15)

一先ず、今日はここまで。

それにしても、ここは文字数制限や改行制限がvipよりも大分緩いのね。
おかげでテキストからコピペする時、行数で蹴られる事ないから楽ちんだわ。

また機を見て投下します。


42VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 05:50:55.71v5fCl0cRP (1/1)

乙。


43VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 10:56:50.85mR9J3iC50 (1/1)

それはある暑い夏の日のこと──背筋の凍る事件の始まりは、一本のアイス棒だった

唯「ねえ、小さい頃やらなかった? お墓遊び」

その日を境に女子高生の日常は、恐怖の日々となる

唯「アイスの棒をお墓の石に見立ててね、それで小さなお墓を作るだけだよ」

紬「アイスの棒で?」

純「ねえ、また死骸の山がみつかったって!今度は雀らしいよ!」

律「どう考えても唯の仕業だ。・・・・・・私達が説得してやめさせる」

澪「もうやめてくれ!こんなの・・・・・・おかしいだろ!」

唯「さわちゃんせんせー?どうしたの?」

憂「おねえちゃんの禁じられた遊び。私が、禁じた遊び」

梓「純?・・・・・・嘘・・・・・・嘘でしょ!?嫌あああぁあぁあああああああ!!」

律「澪。大丈夫。お前は守ってやるし、唯もきっと元の優しい唯にもどるさ」

紬「ごめんなさい!ごめんなさい!私が・・・私がこんなことを引き起こしたのよ!」

唯「うい~・・・・・・ア~イ~ス~」

和「そうなんだ。じゃあ私、墓地に行くね」

律「私は軽音部の部長だからな!一致団結にはまとめ役が必要だろ?」

憂「おねえちゃんがザリガニを沢山捕まえた話。実はあれには続きがあるんだ」

梓「・・・・・・やってやるです!」



唯「禁じられた遊びに触れたよ!」

この冬。暑い夏の冷たい恐怖が、スクリーンに登場する

                      紬「アイスの棒で?」

唯「あーずにゃん♪ねぇ・・・・・・一緒に帰ろうよ?」

提供 31アイスクリーム


44VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 00:03:29.97ApuBWSEk0 (1/17)

>>43
なんか、そういうMADあったよね。

ちょっと時間が早いけど、続き投下します。


45VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 00:05:16.78ApuBWSEk0 (2/17)

 澪先輩は今にも泣きそうな顔で、律先輩は私の言葉にとても驚いた顔をしている。
 私だって言う時は言うのだ。特に今回は憂が苦しんでいるのだから。
 一切の妥協は許されないんですよ、先輩。
 私としては別にふざけているわけではなかったが、ムギ先輩の目にはそういう風に映ったらしい。
 見たことの無い真剣な表情で、太い眉毛を吊り上げていた。

「梓ちゃん。笑い事じゃないのよ」

「すみません。でも、ふざけているのはそっちも同じじゃないですか。唯先輩の行動はもう悪戯じゃ済みませんよ」

「それはわかっているわ」

「だったらもっと真剣になってください」

「りっちゃんも澪ちゃんも真剣よ」

「そうですか? 本当にお二人とも、唯先輩を止める気があるんですか? 私には、今の関係を壊さないように壊さないようにと、そればかりに気してる風に見えますが」

「……そうね。梓ちゃんの言うとおりかもしれないわ」

「だったら――」

「だから梓ちゃんを呼んだの。今の私達じゃ……どうしても唯ちゃんの為に鬼になりきれないから」

 なんだそれ。
 それってつまり、私に嫌われ役になれって事? それが曲がりなりにも先輩の言う事だろうか。
 今、ふと気がついた。
 なんて身勝手な人達なんだろう。

「ひどい事言うんですね。私に全部押し付けるんですか」

「梓、それは違う! 梓には、意見を出してもらうだけで、それは皆でやるから」

「でも、唯先輩の心を抉る言葉を考えるのは結局私なんですよね?」

「そ、それは」

「はあ。まあ、いいですけど。私、普段からきついこと先輩たちに言ってますもんね。それで白羽の矢が立ったんでしょうし」



46VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 00:08:54.71ApuBWSEk0 (3/17)


 実際、得意なんだと思う。
 人のあら探しや、それを躊躇なく言える態度。考えれば、納得できない事も無い。
 ましてや唯先輩が相手となれば、私以外の適任者がいるとも思えないし。
 もう一度、溜息をついた。
 わかりました、やりますよ。やればいいでしょ。
 どうせ生半可な事を言って失敗するより、最初からドぎつい一発をブチかました方が効果的なんだから。
 やな子だな私。
 けど、憂なら許してくれるよね。

「じゃあ、早速考えますか。律先輩、ホワイトボードの落書き消してください」

「えっ? あ、ああ、わかった……なあ梓」

「何ですか?」

「こんなこと後輩に頼むなんて、ホントどうかしてるし、嫌な先輩だと思う」

「……」

「ごめんな……本当にごめん」

「……いいですよ別に。これでもHTTのメンバーですから。あと、電話でも言いましたけど、律先輩にそんな弱気な声、似合いませんよ」

 さて、と。
 まずは場所とタイミングだ。問責するにしても、これを決めない事には始まらない。
 いつもどおりの部活の時間にするか、唯先輩がトイレに立った後を追うか、それとも家に押しかけるか。
 とりあえずムギ先輩あたりに意見を求めてみた。

「やっぱり、部活の時間がいいんじゃないかしら」

「私もそれについては同意見です。何かと都合がいいですからね」

「どういうことだ?」


47VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 00:15:47.30ApuBWSEk0 (4/17)

「部活中なら、唯先輩がどんな行動をとっても皆でフォローできるじゃないですか」

「どんな行動をとっても……? 唯が何をするって言うんだ?」

「追い詰められた犯人が自暴自棄になって暴れだす、というのはよくあるパターンですから」

「あ、暴れるって……もし唯が暴れたら」

「皆で押さえつけます」

「……皆でか?」

「はい、皆で。唯先輩が落ち着くまで……あるいは観念するまで押さえつけるんです。そんな心配しなくても、こっちには力持ちのムギ先輩もいますし、大丈夫ですよ」

「そ、そういう問題じゃ――」

「何ですか澪先輩? 言いたい事があるなら、どうぞ」
 
「あ、いや、その……」

「何ですか?」

「……な、なんでもない。ごめん」

「そうですか。律先輩は何か異論はありますか?」

「いや、私はそれでいいと思う。他の場所でやったら、色々と問題になりそうだしな」

 これはサラリと恐ろしいことを言ってるのではないだろうか。
 まあ、いいや。ここはスルーしておこう。



48VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 00:30:56.98ApuBWSEk0 (5/17)

「じゃあ、タイミングと場所は部活中ということで決定ですね」

「次は何を決めるの?」

「そうですね……肝心の台詞でも決めておきますか、一応」

「台詞って、まさか台本でも用意するつもりなのか?」

「まさか。台詞って言うか、まず何て言って唯先輩を問い詰めましょうか、って話です」

「単純に聞くだけじゃダメなのか?」

「それがダメだと思ったからこうして考えてるんじゃないんですか? 澪先輩、ホントに真剣に話し合うつもりあるんですか?」

「ご、ごめん! そ、そんな睨まないでくれ……」

「あ、梓、澪が怖がってるからもうちょっと……な?」

「あ、すみません。つい。すみませんでした澪先輩。ニコっ」

「ひいっ!」

「……じゃあ、話を続けますね。それで、最初の一言ですが、私は『唯先輩、あなたがやってる事は犯罪ですよ』で行こうと思ってます」

「えっ、梓が言うのか?」

「ええ。この際もう私でいいと思います。先輩達は私のバックアップをお願いします」

「私もその方がいいと思うわ。やっぱり、どうしても躊躇っちゃうと思うから……梓ちゃん、本当にお願いしてもいいの?」

「はい、構いません」

「……そうか。ありがとう梓」

「気にしないでください。で、この台詞について何か意見ありますか?」

 澪先輩に視線を送ったら、ハッとした様に逸らされた。
 もう二度と振るまい。


49VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 00:42:08.63ApuBWSEk0 (6/17)

「律先輩? どう思いますか」

「うーん、そうだなぁ。ちょっとストレート過ぎると思う。それに唯ならきっと、『えっ、何のこと?』ってなると思うし」

「その辺は大丈夫です。とぼけたら、怒鳴りますから。『とぼけないでください!』って」

「あっ……そ、そうなんだ」

「私が大声上げたら、さすがに唯先輩も本気で焦るんじゃないでしょうか」

「まあ、そうかもしれないな」

「そして、畳み掛けるように、言ってやるんです。『いい年して子供みたいな……いいえ、あんな残酷で不愉快な事して恥ずかしくないんですか!?』」

 思わず気持ちが入ってしまい、声を荒げてしまった。いけないいけない。
 律先輩は目を見開き、澪先輩は真っ白くなっていた。ムギ先輩は感心したように、ホワイトボードに一言一句、私の台詞を書いていく。

「す、すみません……つい」

「ううん、気にしないで。それくらいの本気がなくちゃ、ダメだもの」

「そ、そうだよな。唯のことだし、梓が本気なるのも当たり前だよな!」

 少し的外れな律先輩の言葉に、私は苦笑を浮かべて肯定した。
 私が今回、こんなにも本気になっているのは、たしかに唯先輩が絡んでいるからだけど、本質は憂ということをわかってほしい。
 憂の笑顔を取り戻すため。
 だから、唯先輩にはとっとと踏み誤った道から復帰してもらいたいのだ。
 その為なら私は心を鬼にして唯先輩を糾弾できる。建前でも、本音でもだ。

「ゴホン……話を続けますけど、とりあえず今の台詞を言ったら、少なからず唯先輩は動揺すると思います。しなかったらしなかったで、語調を変えて同じような言葉を続けます」

「それでも動揺しなかったら?」

「その時は……力で訴えましょうか」



50VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 01:13:19.86ApuBWSEk0 (7/17)

「ぼ、暴力はダメだろ!?」

「冗談ですよ。そんなことしませんし、私じゃ唯先輩相手でも不利ですから」

「ホッ……」

「……自分は律先輩のことポカポカ殴ってるくせに」

「えっ?」

「何でもありません。話を戻しますよ」

「まだ台詞を用意するのか? そこまで言ったら、さすがに唯も反省するんじゃないか?」

「ダメです。一度、唯先輩はグチャグチャに泣かせます」

「えっ!?」

「再犯を防止するためですよ。今ままで見てきた限りでは、あの人は同じ失敗を何度か繰り返す節があります。ですから」

 更になじってなじってなじりまくる。
 自分がいかに酷い行いをしてきたか。そして、それによってどれだけ憂が心労したか。
 十分に反省させるのはそれからだ。

「な、泣かすのか?」

「はい。唯先輩が泣くまでキツイ言葉を浴びせます」

「……」

「どうしました?」



51VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 01:16:53.76ApuBWSEk0 (8/17)

「いや、その」

「先輩方は何も心配しなくてもいいですよ。飽くまで、言うのは私なんですから。先輩には唯先輩が泣いた後、慰めつつ反省させるという役割をお願いします」

「それだと、本当に梓が嫌な役になっちゃうな」

「始めから私はそのつもりです。まあ……慰める過程で、『梓も唯が嫌いで言ってるわけじゃないんだぞ』くらいのフォローは欲しいところですが」

「ああ……わかった。そこら辺は必ずフォローする」

「ありがとうございます」

 律先輩は納得しているようで、けれど、本当は嫌で仕方が無いのだろうと思う。
 出来レースとは違うけれど、これはHTTのメンバーで唯先輩を騙そうよ、という作戦なのだから。しかも、とびっきりたちの悪い。
 さっぱりした(?)性格の律先輩が気乗りしないのはある意味当然。
 おそらく、他の先輩も同じ気持ちだろう。
 ひょっとしたら、これがきっかけで、私はこれからずっと、HTTで浮いた存在になってしまうかもしれないな。
 反省した唯先輩に恨まれるかも。こんな作戦を平気で口にする私は軽蔑されてもおかしくない。

 でもいいんだ。
 
 ……。



52VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 01:47:31.72+Utk0HYco (1/1)

なんかもう全体的に性格悪いな、この軽音部員たちは


53VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 02:02:21.88ApuBWSEk0 (9/17)

「決めるべき事はざっとこんなもんでしょうか。あとは機を見て、決行、ですね」

「そうだな」

「なんだか今からもうドキドキしてきたわ」

「私もだよ。っていうかそうならない方がおかしいだろ」

 じゃあそろそろ解散しようか、という段になった。
 なのに、またしても澪先輩が煮え切らない感じの声で何か言った。

「どうした、澪?」

「澪先輩? 何か他に意見でもありましたか?」

「……あ、あの」

 言おうか言うまいか。
 そんな様子が私のイライラを募らせる。

「はっきり言ってください」

「あ、その……一つだけ、聞いてもいいか?」

「何ですか。外も大分暗くなってるので手短にお願いします」

「もし、もしもだけど……違ったらどうするんだ?」

「はい?」

「だからさ、その……あのお墓の悪戯が、唯の仕業じゃなかったらどうするのかな、って」

 ……。
 ……。
 ……。


54VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 02:02:53.01ApuBWSEk0 (10/17)

『もしもし』

「あ、憂? 今、時間大丈夫?」

 家に帰るや否や、私はアドレス帳のア行を辿り、憂に電話をかけた。
 言うまでもなく、真偽を確認するために。
 今、桜ヶ丘を賑わせている事件の犯人は本当に唯先輩なのか、という澪先輩の疑問を晴らすために。
 正直、涙が出そうだった。
 
『うん、平気だよ。どうかしたの?』

「ちょっと憂に聞きたいことがあって……その、ちょっと聞きづらいことなんだけどさ」

『そうなんだ……あ、ちょっと待ってもらってもいい? 今、自分の部屋に移動するから』

 これから私は憂の心に傷をつけるかもしれない。
 いや、間違いなくそうなるだろう。だって、自分の姉があの悪戯の犯人じゃないかと勘繰られるのだから。
 憂が唯先輩をどれだけ慕っているかは皆が知っている。
 そして、憂が唯先輩をどれだけ心配しているかは私しか知らない。

『お待たせ。もう大丈夫だよ』

 姉の凶行に心を痛めている憂に、私はこれから追い討ちをかけなくてはならないのだ。
 思わず、ギリギリと歯軋りの音が零れた。

『梓ちゃん? もしもーし』

「……あっ、ごめん」

『……ねえ梓ちゃん』

「なに」

『梓ちゃんが聞きたいのって、お姉ちゃん事でしょ? そうだよね?』

 苦笑いが零れる間もなく、私は心臓を締め付けられるような感覚に襲われ、眩暈がした。
 ぼふっ、とそのままベッドへ倒れ込む。


55VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 02:14:08.28ApuBWSEk0 (11/17)

『私、気付いてたんだ。多分、梓ちゃんは知ってるんじゃないかなって。お姉ちゃんが、虫のお墓を立てて遊んでること』

「あ、あはは……ばれてたか」

『うん。純ちゃんがあの悪戯の噂をしてる時、梓ちゃん、いつも心配そうな顔で私のこと見てたでしょ? それで、なんとなくわかっちゃったんだ』

「……そっか。そうなんだ。でも、聞いて憂。私、別に唯先輩のこと心配してたわけじゃないよ?」

『え?』

「憂のことを心配してたんだ。唯先輩を気にかける憂のことをね」

『そうなんだ……どうして?』

「どうしてって、そりゃあ……」

 もう一度眩暈がした。
 蛍光灯の明かりの残像なのか、貧血からくるホワイトアウトなのか、よくわからない。
 気がつくと、また歯軋りをしていた。
 今優先すべき事は私の気持ちじゃない。唯先輩の事だ。

「友達が不安そうな顔してたら誰だって心配するでしょ、普通。憂こそ、純が噂話に盛り上がってる時、心配そうな顔してたもん」

『だからバレちゃったのかな? お姉ちゃんのこと』

「ううん、それは違うよ。実は、ちょっと前に唯先輩がね――」

 私は一方的に話を始めた。
 聞きたいこと――唯先輩がやったという確証――を得るのも忘れ、ただありのままの事実を伝えた。
 数日前、唯先輩が部活中に突然始めた思い出話。その時の表情。そして、アイスの棒。
 途中、何度も何度も話を止めようと思っては続け、核心を突く質問を投げようと思っては踏みとどまった。
 結果、何も聞かずにそのまま電話を切って、ベッドに沈んだのだった。

 ……。
 ……。
 ……。


56VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 04:03:57.82ApuBWSEk0 (12/17)

 憂に全てを話した翌日。
 自己嫌悪に朝から死にたいような気持ちを背負って学校へ行った。

「おはよう」

「おはよー梓ちゃん」

「……おはよう憂」

 見た感じ、憂の様子はいつも通りだったが、それを視界に入れることすら私には耐えられそうにもなかった。
 ところが、昼休みに憂にトイレに誘われた。
 純がいないことを確認している風だったから、すぐに何の用事なのかがわかった。

「梓ちゃん、今日、軽音部の部活、お休みできない?」

「えっ、どうして?」

「放課後、家に来てほしいの」

「……どうして?」

「やっぱり、梓ちゃんにはちゃんと話しておかなくちゃいけないなって思って」

「話すって、何を?」

 唯先輩のことには違いないだろうけど、一体何を話すというのだろうか。
 そんな悲しい顔しないでよ。まるで私がいじめてるみたいじゃん。
 正直のところ、もう憂を巻き込んで唯先輩の裏付けをとるのは止めようかと思っていた。
 昨日の電話がいい例で、やっぱりこの話は憂を傷つけるのだ。
 もし時間を戻せるなら、昨日の会話は無かったことにしたい。

「お姉ちゃんのこと」

「……」

「ダメ?」

「……ねえ憂、今更こんなこと言っても仕方ないのかもしれないけどさ、やっぱり――」

 後悔と懺悔を言い終わる前に、急に憂に口を押さえられた。
 
「純ちゃんの声!」


57VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 04:04:59.16ApuBWSEk0 (13/17)

 爪先を浮かせるようにして、私はそのまま個室へと連れられた。目の前の扉が閉まり、入れ替わるようにして誰かが入ってきた。

「ありゃ? ここじゃなかったか」

 憂の言うとおり、純の声だった。
 私達を探しに来たのだろうか。何て寂しがり屋なんだろう……ちっとも可愛くないけどね。
 それよりも私は現状に心臓が口から出そうな気持ちだった。
 
 憂と二人きり。
 しかも、トイレの個室で。
 別にやましい意味も他意も憂には無いのだろうけど。でもやっぱりドキドキする。
 唇に当たる憂のたおやかな指。思わず、はむっと甘がみしそうになって慌てて憂の腕の中から逃げ出した。

「あ、ごめんね梓ちゃん」

「べ、べつにいいよ。それより、なにも隠れる必要は無かったんじゃない?」

 必死に冷静な自分を演出しているのだが、結果はどうだろうか。非常に自信がない。っていうか、ニヤけたりして。
 
「……純ちゃんには知られたくないから」

「えっ……そ、そうだね」

「それで、梓ちゃん。どう? 今日、部活お休みできない?」

「……憂がどうしてもって言うなら、私は構わないよ」

「いいの?」

「うん。そんな心配そうな顔をしてる友達を放っておくほど、私は人でなしじゃないしさ」

「ありがとう、梓ちゃん」

 束の間の幸せな時間は終わり、私達はそのまま教室へ戻った。
 
 ……。

 律先輩に訳を話し、私は部活をサボる。そして、約束通り、憂の家へ招かれた。

「お邪魔します」

「私、お茶でも持ってくるから梓ちゃん、先に部屋で待ってて」

 勝手知ったる人の家、とはいかないまでも、憂の部屋がどこにあるかぐらいはわかる。
 大人しく、言われたとおり憂の部屋に向かった。
 意味も無く心臓が高鳴り、不謹慎な自分を呪う。 
 今日の目的を忘れないように、と歯を食いしばって頬を両手でパチンと叩いた。


58VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 04:06:03.95ApuBWSEk0 (14/17)

 
「お待たせ」

 程なくして、お茶とお菓子を携えた憂がやってきた。
 あの話さえなければ、本当に楽しい一時なのにと思う。はあ……なんでこんなことになってるんだろう。
 私はあえて何も言わず、憂が話し始めるのをじっと待った。
 憂が私を見つめ、私も憂を見つめる。言葉の無い時間がゆっくりと過ぎていく。
 やがて、憂が何かを決心したかのように立ち上がると、近くの戸棚から何かを取り出した。
 それは、クッキーとかサブレのお菓子が入っているような、可愛い模様が描かれたノートくらいの大きさの缶ケースだった。

 思い出、というフレーズが頭に浮かんだ。

「誰にも見せた事ないんだけど……梓ちゃんは特別に見せてあげるね」

「それ、なあに?」

「思い出入れ……お姉ちゃんと私の。小さい頃に書いたお手紙とか、図工で作ったプレゼントとかが入ってるんだよ」

「へえ……なんか憂らしくて可愛いね」

「へっ?」

「あ、ごめん。なんでもないよ。それで……その中に私に見せたいものが?」

「うん……これ、なんだけど」

 そう言って憂が差し出したのは、日焼けした大量の木の棒。
 
「……お墓、なの?」

「うん」

「っていうことはさ、やっぱり唯先輩の話は本当だったってことだよね」

「うん」

「……詳しく教えてもらってもいい?」

「うん。そのつもりで呼んだんだもん」

 ふう、と一息ついてから憂は話を始めた。


59VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 04:08:27.50ApuBWSEk0 (15/17)

「一番最初はね、お姉ちゃんが幼稚園の頃。いつ、誰が教えたのかわからないんだけど、ある日、お姉ちゃんがお墓遊びしよう、って誘ってきたの。
 まだ小さい頃だったから、私もよくわからずにお姉ちゃんと一緒にこれで……アイスの棒で死んだ虫のお墓作ってたんだ。
 毎日毎日、公園や川の近く、側溝周辺の小さな草むら、とにかく虫の死骸を探して見つけては、洗って保管しておいたアイスの棒を地面に立てたよ。
 でも、何だか次第に気味が悪くなって、私はお姉ちゃんよりも一足先にお墓遊びを卒業したの。そしたら……」

 憂が自分の胸元をギュッと掴み、目を伏せた。
 出来るならこんな話、止めさせてあげたかった。
 けれど、私はただひたすら次の憂の言葉を待った。

「お姉ちゃん、生きてる虫でもお墓遊びするようになったの」

「それってつまり……殺したってこと? 生きてるのを」

「うん。あれは確か、和ちゃんが捕まえたセミを……こう、グチャって手で握りつぶして」

「うわぁ……」

「お姉ちゃん、呆然とする私達に笑顔でバイバイしながら、すぐにそれを持ち帰ってお墓作ってた。
 そして、その頃からお墓の作るペースも、量も増えていったんだ。一匹が二匹、二匹が五匹……ザリガニの時は百匹くらいいたかな」

「ザリガニの時ってひょっとして……」

「知ってるの? 和ちゃんの家のお風呂に、側溝から捕まえてきたザリガニを入れてね」

「そのザリガニって、全部、唯先輩に殺されちゃったの?」

「う、うん。お姉ちゃん……お湯をお風呂に入れて笑ってたんだってさ。真っ赤だよ、きれいだね~って」



60VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 04:10:23.49ApuBWSEk0 (16/17)

 いつの間にか、憂の顔色がさっきよりも白くなっていた。体も小刻みに震え、いつ泣き出してもおかしくない雰囲気だ。
 それにしても……知らなかったな。
 和先輩の美談はいつもどこかズレているとは思っていたけど、裏にそんな凄惨な結末がある話を学園祭前に話すとか……やっぱりあの人も変わり者なんだ。
 
「まさか、殺した全部のザリガニのお墓作ったの?」

「うん。その時のアイスの棒がこれなんだ」

「うわぁ……憂、いくら唯先輩の思い出だからって、そんな気持ち悪いモノ保管するのはやめたほうが……」

「あ、ううん、そういう理由で持ってたわけじゃないよ! まだ話に続きがあるの」

「ザリガニの話?」

「うん。ほら、ザリガニって虫じゃないでしょ? これは、お姉ちゃんが虫以外の生き物のお墓を作り始めた最初のモノなの」

 虫以外? 最初?
 すごく嫌な予感がする。
 たとえ憂の口からでも聞きたくないような……背筋がゾクゾクとする。途端に鳥肌が立って、落ち着かなくなった。

「お姉ちゃん、次に何のお墓作ったと思う?」

「さ、さあ……?」

 ガチャ。
 
「憂ー、お腹すいたよぉ――あれ? あずにゃん来てたんだ?」



61VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 04:12:36.93ApuBWSEk0 (17/17)

一先ず、今日はここまで。

この分だと、次で完結できそうです。
また機を見て投下します。


62VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 04:36:58.64pftVQPXQo (1/1)

おつ


63VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 10:02:59.22Z8RjaKIw0 (1/1)

HTTメンバーが頼りなさ過ぎる・・・
唯がマジもんの天然さんでもない限り、これは後輩s無双の予感


64VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/03(木) 19:03:39.63aaWs2uNCo (1/1)

セミー太で吹いたwww



65VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 00:45:12.60qcjU5Oyq0 (1/2)

次回で終わり・・・?いいネタなのに100くらいで終わっちゃいそうなのは残念だな
>>43みたいにどんどん殺しがエスカレート、ついに人を殺した唯の心の闇と過去に軽音部が迫る!
みたいな推理+ホラー+友情+百合長編だと思ってたんだけど

何にせよ続きがはやく読みたい


66VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:28:37.45NOUrG0Tf0 (1/31)

遅くなったけど、続き投下します



67VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:31:50.01NOUrG0Tf0 (2/31)

 ……。

 全身から血の気が失せて、いつ倒れてもおかしくないと思った。
 けど、実際に血が抜けているわけでもない。体は気絶という逃げ道を許してはくれなかった。

「……」

 真っ暗な視界。
 憂と唯先輩の話があまりにもショッキングで、私は家に帰ってからも満足に食事を取らず、ただ自室のベッドでうつ伏せになっていた。
 
「……ヒクッ」

 お腹をさする。
 口の中にすっぱい嫌な味が思い出され、また吐き気がこみ上げてくる。気持ち悪い……からだが寒い。


『ゆ、唯先輩!? こんな早くに……練習はどうしたんですか?』

『あずにゃんもいないし、ってことで今日はお休みになったんだよ。それより、あずにゃん』

『は、はい』

『……具合だいじょぶ? りっちゃんから、今日は重いから休むって聞いたよ』

『えっ……あ、そ、そうなんですよ、あはは……』

『お薬飲む? 私のが、たしかまだ残ってたはずだから』

『け、結構です』

『そっかぁ……それで、どうしてうちにいるの?』


68VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:32:51.43NOUrG0Tf0 (3/31)

『私が誘ったんだよ、お姉ちゃん』

『憂?』

『梓ちゃんが具合悪いから一緒に帰ってたの。だけどね、あまりにも顔色が悪かったから、うちに寄って、休ませてあげてたの』

『そうなの?』

『あ、はい。実はそうなんですよ』

『ふーん……お薬は?』

『憂のをもらいました』

『そっかぁ。よかったね、あずにゃん』

『はい。ご心配かけてすみません』

『……ところで、それなあに?』

『あっ! い、いえ、これはなんでもありません!』

『へぇ、憂、まだそれ持ってたんだ。てっきり捨てちゃったのかと思ってたよ』

『……捨てないよ』

『あ、あの……唯先輩? どうしたんですか……ひょっとして、お、怒ってますか?』

『へ? まさか、どうして怒るのさ。むしろ、泣きそうだよあずにゃん~!』

『わわっ、ち、ちょっと――』

 私はトイレに駆けこんだ。

 ……。
 ……。
 ……。


69VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:34:25.60NOUrG0Tf0 (4/31)

 翌日、教室へ行く途中で律先輩に止められた。

「昨日、どうだった?」

「どうもこうも、途中で唯先輩が帰ってきて大変だったんですよ!? もう、どうして引き止めてくれなかったんですか?」

「わるいわるい。いやさあ、本当はムギがアイスティーとお菓子を用意して時間稼ぎするつもりだったんだけど」

 普通に練習をするという発想はなかったのか。
 ダメだ、この部長。

「お茶葉を切らしてたみたいでな。それで仕方なく、解散ということに」

「練習してくださいよ、練習! もうっ」

「まあ、そう怒るなって。その分、ちゃんとした収穫もあったんだから」

「収穫?」

 そうそう、収穫で思い出したけど、私の得た確信を先輩達にも伝えておかないといけないな。
 でもその前に、律先輩の話を聞いておこう。

「唯が帰った後、ほらこの前立てた作戦の段取りをしてたんだ」

「シミュレーションですか?」

「そ。梓がメインとは言え、こっちもしっかり打ち合わせしておこうと思ってさ。そしたら、偶然、ムギが……その、本格的にヤバいものを見つけた」

「何ですか?」

「……あー、なんだ。その、直接見てもらったほうが早いと思う。まだ朝のHRまで時間があるだろ? 一緒に部室に来てくれ」

 なんだろう。律先輩の表情がぎこちなくなって、そわそわと落ち着かなくなってきた。
 ぎゅっと胸を締め付けられるような、嫌な予感。一体、何度目になるかわからないけれど、またそれがやってきた。
 私は律先輩の言葉に従い、かばんを携えたまま、部室に向かった。


70VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:39:45.12NOUrG0Tf0 (5/31)

 部室は朝の静けさに包まれていた。
 それよりも、そのヤバいものとは一体どこにあるのだろうか。ヤバいものとは一体何なのか。
 律先輩が無言のまま、どんどん先へ進んでいく。

「あ、あの律先輩?」

 律先輩はちょうど皆の机の前で止まった。そして、手でツーっと机の縁をなぞりながら、反対側へと移る。
 そこは唯先輩の定位置。

「こっちこっち」
 
 早鐘を打つように心臓が脈打つ。そういえば……さっきから妙な違和感がある。何か大事なものを忘れているような、変な感じ。
 それが何なのかを理解する前に、私の思考は律先輩の言葉にによって中断された。
 
「ほら、これ」

 律先輩の方へ歩を進める。いやだいやだと思いつつも、気がつくと足が前に出ている。
 そして、私も唯先輩の席の前へやってきた。相変わらず、頭の中から違和感は消えない。
 それでも、律先輩は、ほら早くと私を急かす。
 律先輩の人差し指が、机の中を指していた。

「早く」

「はい」

 中を覗き込むと、

「……こ、これ」

 セミの死骸。
 そして、アイスの棒。


71VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:50:08.05NOUrG0Tf0 (6/31)

「き、聞いてください律先輩!!」

「なんだ」

「やっぱり唯先輩が犯人で間違いないです! 私、昨日、憂から唯先輩の思い出の話聞きました。やっぱりあの人、小さい頃から頭がおかしかったんです!」

「……」

「このセミとアイスの棒が何よりの証拠じゃないですか!? やっぱり、やっぱり……」

 そして、私は言うべき事がもう一つある。

「あ、あと……その、どうやら虫だけじゃなかったみたいなんです……唯先輩が小さい頃に、お墓を作ってたのは」

「えっ? それ、どういうことだ」

 虫だけじゃない。唯先輩が手をかけてお墓を作った生き物は、虫だけじゃない。


『悲しい思い出だよ。私ね、近所にいた動物のお墓も作ったことあるんだよ。それでね、お父さんとお母さんにすごく怒られちゃったんだ』


 息が詰まるような感覚に襲われる。遠くで律先輩の心配そうな声がするが、よく聞き取れない。
 ジワジワと聴覚が犯されるような気がする。
 唯先輩の告白は、その情景を想像するだけで吐き気がこみ上げそうだった。
 虫一匹殺さないような顔した先輩が、遊び感覚でそれらを大量に殺していた事実。
 けど、虫だけならまだ……と、心のどこかで甘く考えていたのだ、私は。

「動物も……あんなかわいい動物も……あ、あの先輩は……」

「お、おい梓、大丈夫か?」


72VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:52:17.34NOUrG0Tf0 (7/31)


 虫だけじゃなく近所の動物も手にかけていたという事が、私には信じられなかったし、それから何年も経った今、罪悪感どころか反省の色もない先輩がただ恐ろしかった。
 そう、恐ろしかった。あまりの怖さに私は嘔吐感さえ覚える。


『だからね、それからもう生き物を[ピーーー]のはやめたんだ。生きたモノのお墓を作るのは悪い事だって教えられたから』


 ソーダよりもバニラ、バニラよりもあずき。

「虫よりも動物……動物よりも……動物よりも」

「梓! しっかりしろ、大丈夫か!?」

「……りつ、せんぱい……わ、わたし……わたし……」

「だいじょうぶ、大丈夫だから。何も怖くないぞ、何も怖くない。よしよし」

「私……唯先輩が……怖いです……怖くて……怖くてたまらないです……」

 律先輩に抱きすくめられ、それから背中をさすられた。
 よしよし、大丈夫。大丈夫だから、と子供をあやすように律先輩は私を慰めてくれた。


73VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 03:58:28.27NOUrG0Tf0 (8/31)

 このまま誰かに慰めてもらったまま、できることなら全てを忘れたい。もう嫌な目にも遭いたくないし、嫌なものも見たくない。
 けど、物事ってそう思い通りはいかないらしい。
 背中をさする手が止まった。

「……なあ梓。実はさ、見せたいものってこれだけじゃないんだ」

 律先輩は私を一旦離すと、見たことも無い真剣な眼差しで私を見つめた。
 えっ? 何なの、まだ何かあるの?
 そう思っただけで私はまた感情の奔流に飲まれそうになる。

「落ち着いて……落ち着いて聞いてくれるか?」

「ひっぐ……えぐっ……せ、せんぱい……」

 憂のとびっきりの笑顔を想像する。
 少しだけ気持ちが安らぎ、どうにか律先輩の問いに頷く。
 私の肯定を受け取ると、律先輩はスッと立ち上がり、ポケットを探った。そして、

「ムギがさ、ティーセットの棚を整理してたら……こいつが出てきた」

 
『澪ちゃんの墓』


 律先輩の震える手の平に、アイスの棒がのっていた。
 嗚咽がぴたりと止んだ。


74VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:03:08.92NOUrG0Tf0 (9/31)

 律先輩の震える手の平に、アイスの棒がのっていた。
 嗚咽がぴたりと止んだ。
 
「な、なにかの冗談かと思ったんだぜ。さ、さすがに唯もこんなこと……こんな酷いことしないよなってさ」

「……ま、まさか……澪先輩は」

「安心してくれ。澪はまだピンピンしてるから……けど、これを見て卒倒したよ。正直、私も同じ気持ちだった」

「は……はは……良かった」

 何が良いのか。いいことなんて何一つ無い。
 それが証拠に、律先輩の顔色が真っ青になっていた。私の話を聞いて、墓を模したアイスの棒に急に現実味が帯び、途端に怖くなったのだろう。
 澪先輩が、唯先輩に殺されるんじゃないかって。
 
「な、なあ梓、あの作戦、早いとこ実行に移った方がいいんじゃないか? このまま唯を放っておいたらシャレにならないぞ」

「わかってます。わかってますよ」

「もう証拠は十分あるんだしさ、早いとこ唯を懲らしめないと。じゃないと……」

「わかってますってば! ……あ……すみません」

「……私こそ、ごめん」

 どうしたらいいんだろう。
 今日にでも作戦を決行するか? いや、でも、果たして効果はあるのだろうか。
 作戦を考えていた時は、あの人の異常さを甘く見みていた。だから、ひょっとするともう少し作戦を練らないといけないのかもしれない。
 それとも、私達だけでどうこうしようというのが、そもそもの間違いなのかも。

「ああもう……どうしたらいいのよ」


75VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:04:53.96NOUrG0Tf0 (10/31)

 いっそ先生方にお願いした方が……と、馬鹿げた考えが浮かぶ。
 私も律先輩も無言。
 窓の外から、運動部の朝練の声が聞こえている。もうすぐHRが始まるというのに、熱心なことだ。

「……また墓の発見者が出るんでしょうか」

「えっ?」

「ほら、今まで見つけたのって全部、外じゃないですか。必然的に、外の部活の子が見つけやすいっていうか」

「あー……そうだな」

 律先輩が気の無い声を出しながら、何気なく窓の方へと近づいていく。
 私は途方に暮れ、何気なくそれを目で追った。
 ……あれ?

「り、律先輩?」

「ん? どうした、梓」

「あ、あの……その……えっ、うそ……うそ、でしょ……?」

 私はようやく、さっきまで抱いていた違和感の正体に気がついた。
 窓の横――空っぽの水槽。

「どうした?」

「……トンちゃんが」

「えっ?」

 ……。
 ……。
 ……。


76VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:12:12.96NOUrG0Tf0 (11/31)


 その日、私は早退した。
 こみ上げる嘔吐感も、目から零れ落ちる涙も、全てどうでもいい。世界が灰色に見えるって感覚、本当にあったんだ。
 お客さん、つきましたよ。
 タクシーの運転手に何枚かのお札を投げつけ、そのまま外へ這い出る。瞬間、地面に吐いた。

「……トンちゃん……トンちゃん……」

 脳裏に浮かぶのは、地面に突き刺さる無数の棒。『スッポンモドキの墓』と書かれたアイスの棒。
 胃液にむせ、その場で咳き込んだがタクシーは私を無視し、無情なエンジン音を響かせて去っていった。
 
「……トンちゃん……ぐすっ……トンちゃんトンちゃん……!」

 涙で滲む視界。
 吐瀉物の中に、バラバラになったトンちゃんの一部が見えたような気がして、思わず絶叫した。
 ガラガラと気味の悪い音が喉から漏れ、それを聞きつけた母が慌てて家から出てきた。
 よく覚えていないが、気がつくと自室だった。
 気だるい感覚がじわじわと体を侵している。何もする気力がわかない。
 どうしてこんなことになったんだろう。どうして私がこんな辛い思いをしなくちゃいけないんだろう。
 どうして……。

「どうして……どうしてよ!!」

 どこから湧いてくるのか、まだ涙は尽きない。
 早くこの悲しい気持ちが怒りに変わればいいのに。そうだ。そうだよ。
 結局、私も律先輩もムギ先輩も澪先輩も、アクションを起こすのが遅すぎたのだ。
 だからトンちゃんは殺された。あの真性のイカれ女に。
 唯先輩。あなたは今どんな顔をしているのですか?

 電話が鳴った。外を見ると、もう黄昏時になっていた。



77VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:14:25.71jfYzoxEgo (1/2)

どうなるか…


78VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:17:36.30NOUrG0Tf0 (12/31)

「もしもし」

『……梓ちゃん、大丈夫?』

「ムギ先輩。何かご用ですか?」

『あ……うん、その、トンちゃんのことなんだけど』

「……」

『梓ちゃん?』

 吐き気を堪えて、電話口の声に集中する。
 
「大丈夫です……続けてください」

『う、うん……トンちゃんは皆でちゃんと別のところに埋めてあげたから』

「そうですか」

『用務員の方にお願いして花壇の端のスペースを借りて、そこに。さっき、りっちゃんと一緒にお線香も買って供えてあげたの』

「……そうですか。ありがとうございます」

『……梓ちゃんには、ショックだったわよね。皆、トンちゃんを可愛がってたけど、特に梓ちゃんは……ね』

 気が触れそうだったけど、私は迷わず疑問を口にした。


79VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:26:06.07NOUrG0Tf0 (13/31)

「唯先輩は?」

『へっ?』

「唯先輩はどうしてるんですか?」

 まさかとは思うけど、その場に居合わせたわけではあるまい。殺した本人が供養だなんて、そんな馬鹿げたこと。
 私の中で、ようやく灰色の気持ちが赤く色づき始めた。
 唯先輩の奇妙な笑みが浮かぶ。トンちゃんを殺している様、トンちゃんを埋めている様、そして、お墓を立てている様。
 ふと油断したら絶叫になって口から出そうになる。

『いないわよ。もう帰ったわ』

「……そうですか。よかった」

『梓ちゃん、あのね……怒らないで聞いてね。実はね……あの作戦、実行しちゃったのよ』

 えっ。
 ムギ先輩は今、何て言ったのだろう。

「ムギ……先輩? 今、何て?」

『……ごめんね。でも、もう皆、我慢の限界だったの』

 そんな。
 目の前がチカチカと明滅した。もう何がショックなのかもわからず、口がパクパクと動いた。

「ど、どうして……そんな……」

『あれはもう仕方がなかったとしか言いようがないの……りっちゃんを責めないであげて』



80VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:30:06.54NOUrG0Tf0 (14/31)

 あんなにきちんと作戦を立てたのに。
 それを狂人唯先輩に? もう何をしでかすかわからないというのに、よりにもよって、私抜きで。

『唯ちゃん何も知らない感じで部活に来て……それで、トンちゃんはどうしたの?、ってりっちゃんに尋ねたの』

「……」

『そしたらりっちゃんが……キレたっていうのかしら、今まで見たことのない怒った表情で。唯ちゃんの頬を――』

 その役目をどうして私に譲ってくれなかったんですか。
 どうして私の役目を。律先輩、なんて身勝手なんですか。

『唯ちゃん、泣いちゃった。私と澪ちゃんはどうしていいかわからなくて、りっちゃんが唯ちゃんに全部話すのをただ見てることしかできなかった』

「……話したんですか」

『ええ。皆、最初から唯ちゃんが犯人だと疑っていたし、知っていたって。全部、話してたわ。りっちゃん、泣いてたわ』

 電話から聞こえるムギ先輩の声は震えていた。
 私もその光景を想像し、ぼんやりする頭で先輩達の心境を察しようと努めた。無理だったけど。
 
『……唯ちゃん、それっきり黙っちゃって……何も言わず、けれど、泣くのをピタリとやめて……すごく、怖かった』

「そうですか」

『皆、唯ちゃんの様子に怖くなって、それ以上責めるのをやめたわ……唯ちゃんも何も言わずに部室を出て行ったし。ねえ梓ちゃん』

「はい」

『これでよかったのかしら……? 私達、何か間違った事してないわよね……?』



81VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:40:31.58NOUrG0Tf0 (15/31)

 間違った事、か。
 そもそもにして、最初から何もかもが間違いだったと言えなくもない。
 ムギ先輩が冷蔵庫を部室に持ち込んだことも、唯先輩がガリガリ君の話をしたことも、そしてそれにムギ先輩が興味を持ったことも。
 アイスの棒。あれさえなければ、こんなことにはならなかったんじゃないの? また皆でダラダラしたHTTを過ごせたんじゃないの?
 ああ、本当に、何もかもが間違いなんだ。
 最初のセミの墓が立った時点で、軽音部の皆で唯先輩を泣かせてしまえばよかったのだ。関係が壊れるとか、そんな小さなこと気にしてないでさ。

「何が間違いで、何が正しいか、私にはわかりません。わかりませんが、先輩達は何も心配する事無いですよ」

『……えっ?』

 後は全て私の仕事ですから、とだけ言って電話を切った。
 先輩の不安はよくわかる。不安で不安で仕方がないのだと。
 追い詰められた唯先輩が次に何をするのか、そんなこと、深く考えるまでもなく自ずと想像がつくものだ。
 そして……先輩たちが私に何を期待しているのかも。結局、そういう嫌な役回りは最後の最後で私にやってくる。
 嫌な役回りなのかな? この手で唯先輩に復讐を……いやいや、きちんと唯先輩を懲らしめてやる事が。
 さっきまではあんなにもその役目を渇望していたのに、今ではどうでもいいとさえ思えるのはなぜなんだろう。

 憂、ごめんね。でも、こればかりは仕方が無いよ。

 ……。
 ……。
 ……。


82VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 04:45:13.71NOUrG0Tf0 (16/31)

 何日かが経った。
 相変わらず夏の日差しは容赦なく降り注ぎ、女子高生の勉学に勤しむ僅かなやる気すらをも奪っていく。
 天を仰げばどこまでも青い空と、綿菓子のような入道雲がゆったりと流れ、ひりつく肌とは対照的にどこかのんびりしていた。

「唯先輩、今日、一緒に帰りましょ!」

「あずにゃん~……暑いよぉ」

「もうだらしないですよ! しゃきっとしてください、しゃきっと!」

「うーん……あつい……」

 夏は暑い。
 しかし、あともう少しすれば待ちかねた夏休みに突入する。だらだらと汗を流して外を走る必要も、暑さでぼーっとする頭で授業を受ける必要もなくなるわけだ。
 待ち遠しいな。はやく来い、夏休みー。
 浮かれた気持ちを先輩達に気取られないように――だって、絶対にからかわれるもん――けれど、元気な声は忘れずに。
 私はスカートのポケットに入れたギターの弦の存在を、指先でそっと確認した。

「帰りにアイスでも食べていきましょうよ! 純が言ってたんですけど、駅前にジェラードの専門店が出来たみたいですよ」

「えっ、ホントに!?」

「はい。だから、一緒に帰りましょ」

「うん!」

 唯先輩は真っ白な歯を見せて笑った。本当にアイスが好きなんだなぁ。


83VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:04:25.75NOUrG0Tf0 (17/31)

「りっちゃん達も行く?」

「いや、私達は遠慮しておくよ。ほら……邪魔しちゃ悪いだろ」

「も、もう律先輩ってば……恥ずかしいです。別にそんな気を遣ってもわらなくても」

「うふふ……後で詳しく聞かせてね、梓ちゃん」

「もう、からわないでください! い、いきましょ、唯先輩!」

「あ、あずにゃん、そんな引っ張らないで……っとと」

 私は部室を後にした。

 ……。

「ねえあずにゃん、本当にこっちなの? 駅からどんどん離れていくみたいだけど」

「こっちです」

「でも、駅前に出来たってさっき――」

「こっちで合ってます。さっきのは、勘違いです」

「そうなんだぁ……」

 汗だくになった手で唯先輩の手をしっかりと握る。
 ギラギラとした陽光の下。
 私は唯先輩を連れて、自宅へと向かっている。


84VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:06:24.60NOUrG0Tf0 (18/31)

「ねえあずにゃん。どこ行くの?」

「……」

「ねえってば」

「いいところです。心配しないでください」

 不安そうな声で、けれど何かを期待した唯先輩の態度にゾクゾクとしている私がいた。どうしてかはわからない。
 ただ、心臓が早鐘を打っていた。
 程なくして、家に着いた。

「……あずにゃん」

「今、家に誰もいませんから……どうぞ」

「う、うん」

 そこでようやく、私は唯先輩の顔を見た。
 暑さからか、それとも別の何かからか、顔が真っ赤になっている。汗をたらたらと流し、息も上がっていた。
 唯先輩の期待は、とても単純で非常にわかりやすいものだった。
 私の言葉に反応したのを確認して、家に招き入れる。

 そして、抱きしめられた。

「あずにゃん、あずにゃん!!」

「……暑いです、唯先輩」

「あずにゃん! ……もう我慢できないよ」

「……そのままなんて、私、いやです。シャワー、浴びてください」

「えっ……あ、うん。そうだね、あはは」

「一緒に……浴びます?」

「大胆だね、あずにゃん~」

「……」

「……あ、その。な、なんか恥ずかしいね」

 そうですね、と俯き加減に答える。


85VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:31:23.56NOUrG0Tf0 (19/31)

「浴室は廊下を突き当たって右です。私、着替えとか用意するんで、唯先輩、先に入っててください」

「……わかった」

 ……。

 作戦実行時にその場にいなかった私に、唯先輩はまるで恋人にそうするかのように始終、べったりだった。
 居場所をなくした子犬のような目で、ただひたすら私の名前を呼ぶ。
 報復を恐れた先輩達の危惧とは裏腹に、唯先輩は目に見えて弱っていた。だから、私はとことん唯先輩を無害化して油断させようと思いついた。
 まず、唯先輩と付き合うことにした。無条件で、また今まで通りののHTTに戻れるという免罪符付きで。
 唯先輩は嬉しそうだった。
 本当はすぐにでも手にかけたいと思う私達の意図には気付かず、一丁前にビクビクと周りの目を気にしながら、けれど元気を忘れずに。
 私は付き合って初日に言ってあげたのだ。もう皆さん、唯先輩のことを怒ってないですよ、と。
 そうしたら、『ありがとう、あずにゃん!』だってさ。今ではその言葉を受け取った時の気持ちは思い出せない。
 兎にも角にも、私は見事、唯先輩を懐柔することに成功した。
 今では、時折、唇を重ねる仲にまでなった。私がちょっとわがままを言えば、すぐに唯先輩が応えてくれる。前の関係とは完全に逆転しているのだ。
 
「あずにゃーん……まーだー……?」

 言うまでも無いのだけれど、憂に事情は話していない。だから、キスをする度に私は心の中で憂に詫びている。
 頭の良い憂のことだ。きっと私達の仲には勘付いているに違いない。けど、それを気にしている様子は見せた事が無い。流石、憂だと思う。 
 唯先輩と付き合い始めて、憂を想って泣かない夜はなかった。毎日毎日、学校で顔を会わす度、胸が張り裂けそうだった。
 ごめんね、憂。本当にごめん……。
 
 しかし、今日で全てが終わるのかと思うと、自然と笑みが零れてしまう。
 口付けの度に舐めていた苦汁も、今日で最後。何て晴れ晴れとした気分なんだろう。

 ……。



86VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:33:35.58NOUrG0Tf0 (20/31)

 浴室の扉の前に立つと、シャワーの音が聞こえてきた。
 私も服を脱ぎ、それからスカートのポケットに手を入れる。指先に触れる冷たい感触があった。
 結局、家に戻ってくるなら別に持ち歩かなくてもよかったのかも。まあ、これはいわゆる気分ってやつかもしれない。
 あるいは……覚悟、かな。あはは。

「唯先輩、入りますよ」

「っ!? う、うん、はやくあずにゃんも入っておいで~……」

「あの」

「えっ? なにか言った、あずにゃん?」

「恥ずかしいので、ちょっと向こうを向いててもらえませんか? その……心の準備が出来たら言いますから」

「あずにゃん、照れ屋だね」

 すりガラスの向こうに、おぼろげな後姿を確認すると、私は二重にした軍手の上からゴム手袋をはめた。
 ごわごわする。手をニギニギして、しっかり弦をつかめるか確かめると、ゆっくりとドアを開けた。

「まだ見ちゃダメですよ」

「……うん」

「私……今、すごいドキドキしてます」

「わ、私もだよあずにゃん」

 きれいな背中だなぁ……思わず、そこに憂の姿を重ね、見とれてしまった。

「……唯先輩」

 左手でボディソープを掴み、床にぶちまける。
 そして、両の手に弦を巻きつけ、ピンと引っ張ってみた。よし、準備OK。
 あとはこれを唯先輩の首の前にかけて、力いっぱい引けば。

 終わる。


87VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:45:11.24NOUrG0Tf0 (21/31)

「あずにゃん……その……エ……エッチを、する前にさ、言っておきたいことがあるんだよ」

「何ですか? 何でも聞いてあげますよ」

 シャワーに流され、唯先輩の足元にボディーソープが流れ出す。
 これで唯先輩が抵抗して暴れても、足元が掬われて踏ん張りが利かない。
 
「私ね……前にりっちゃんに怒られて本当にショックだった」

 念の為に弦は二重にしてあるから、ちょっとやそっとじゃ切れないはず。
 まあ、切れたら切れたで、脱衣所に用意したドライバーを使えばいいわけだし。
 いずれにしても、これで終わる。

「すごい落ち込んだし、皆に嫌われちゃったんじゃないかって思うと、胸が苦しくなったよ」

「たしかに唯先輩、この世の終わりみたいな顔してましたね」

「うん。でもね……でも、あずにゃんが私をフォローしてくれたから……」

 腕を伸ばして私と唯先輩の背の高さを測る。
 何の問題も無い。あとはこれを振り落として……弦を引くだけ。

「あずにゃんが……私のこと好きって言ってくれたから、私、頑張れたんだよ」

「そうですか」

「だからね、あずにゃん。私、あずにゃんにだけは本当のこと言っておきたいんだ」

「……本当のこと?」

 最後の最後に、何を言うと言うのだろう。思わず、ぴんと伸ばした腕を一旦下ろす。


88VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:46:21.59NOUrG0Tf0 (22/31)

「うん……怒らないで聞いてね」

 そう言って後ろを向いたまま、唯先輩がシャワーを止めた。
 足元はすっかり泡塗れになり、どう転んでも、立ち上がれる余裕は無い。
 
「……セミー太の墓とボー太の墓を作ったの、私なんだ」

 もう作らないって決めたんだよ。でもね、昔の事思い出したら急に、我慢できなくなっちゃったんだ。
 唯先輩、何を言ってるですか。
 そんなこととっくにわかってますよ。
 だから、こうしてあなたを殺そうとしてるんじゃないんですか。

「知ってますよ、そんなこと」

「……そうだったんだ。じゃあ、ムギちゃんのことも、もう知ってるんだね」

「えっ?」

「だからさ、ムギちゃんもお墓作って遊んでたってこと、知ってるんだよね?」

 ――何を言ってるんだろう、この人は。

 なんでこのタイミングでムギ先輩の名前があがるの? 意味わかんないし。
 っていうか、どういうこと? ムギ先輩もお墓遊びをしていた?

 シュルシュル、と手袋から弦が外れて、床に落ちた。

 ……。
 ……。
 ……。


89VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:49:32.94NOUrG0Tf0 (23/31)

『……ただいま電話に出ることができません。発信音の後に――』

 律先輩、澪先輩、そしてムギ先輩。
 いずれのケータイにかけてもすぐに留守電になってしまった。
 陽射しが暑い。
 喉がカラカラに渇いている。髪を留めるのも忘れ、風に長い髪をなびかせて全速力でペダルをこぐ。
 後ろから唯先輩の情け無い声が追いかけてくるが、今は無視。
 とにかく、学校へ――部室へ戻らなければ。

「おねがい……全部、唯先輩の嘘でありますように……!」

 息も絶え絶えに、呪いの様に口から零れる言葉は一体誰の意思なんだろう。
 私は唯先輩の言葉を反芻しては、泣きそうになる気持ちを堪えていた。


『ムギちゃんもお墓遊びしてたんだよ。私は止めたんだよ、生き物を殺してお墓を作るのはいけないことだって』


 ムギ先輩がお墓遊び。考えもしなかった。
 というよりも、どうして今、唯先輩の言葉なんかを信じて馬鹿みたいに自転車を漕いでいるのだろう。
 どうして。


『私が最初の二つのお墓を作った事を内緒にしてくれる代わりに、ムギちゃんのことも内緒にしてって頼まれて……それで』


90VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:51:28.69NOUrG0Tf0 (24/31)

 もし唯先輩の言っていることが本当だとすれば、トンボ以降に作られた墓は皆、ムギ先輩の仕業という事になる。
 そして……トンちゃんを殺したのも。
 でも、そんなことってあり得るの? だってあのムギ先輩だよ? あの……何にでも興味を示すムギ先輩が。
 とにかく、私は一旦考えるのをやめ、学校へと急いだ。

 ……。

 ガチャ。

「ハァ……はぁ……せ、せんぱい……」

 ドアを開けて入ってみると、ムワっとしたこもった熱気が襲ってきた。
 締め切った部屋。もうみんな帰ってしまったのでは? とも思ったが、だったらなぜ施錠されていないという疑問。
 
「……せ、せんぱい……いないんです、か……?」

 息を整えつつ、先に進む。
 心臓が口から出そうだ。
 
「っ!?」

 本当に心臓が口から出そうになった。
 オルガンの後ろに、ムギ先輩が座り込んでこちらをジッと見つめていたのだ。

「ム、ムギ先輩……?」

「あら、梓ちゃん? どうしたの?」

「あ、その……えっと……」

「唯ちゃんとは上手くいった?」

 どことなく疲れている様子のムギ先輩。
 ふんわりとしたウェーブのかかった長い髪を揺らし、ゆっくりと立ち上がった。
 喉が渇く。上手く言葉が出てこないことが、理由のわからない焦燥をかりたてる。


91VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 05:57:43.59NOUrG0Tf0 (25/31)

「唯ちゃんとは上手くいったの?」

「……あ、えっと」

「……疲れちゃった? やっぱり人の最後の抵抗って、予想以上にすごいものね」

「えっ」

 ムギ先輩は私が既に唯先輩を殺したと思っているのだろうか。
 それにしては、何か言葉が不自然な気がする。違和感を抱かずにはいられない。
 ムギ先輩の様子。締め切った部室。

「私も疲れちゃった。それで、ちょっとうとうとしちゃって」

「ムギ先輩……私も、って……?」

「へ?」

 あたかも、自分も人を殺したような口ぶりだった。
 見当たらない他二人の先輩の姿。嫌な予感が汗とともに吹き出した。

「どうしたの、梓ちゃん?」

「あ、あ、あの、他の先輩方はどうしたんですか?」

「へ?」

 ムギ先輩が私の言葉に反応し、とぼけた顔で物置のほうを見やると、ニコっと笑った。
 物置の扉が開いている。
 
「うふふ。どうしたの梓ちゃん」

「ム、ムギ先輩こそ」

「へ?」

「あ、あはは……まさか、そんなことありえないですよね……ね?」

「へ?」

「……まさか、殺し――」

 瞬間、目の前が真っ白になった。
 一瞬遅れて、鼻に鈍い痛みと熱い感覚が広がった。


92VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:02:12.29NOUrG0Tf0 (26/31)

 もの凄い音がして、気がつくと天井を見上げていた。
 何が起きたの?
 わけもわからず顔に手を伸ばすと激痛が走った。

「痛かった? ごめんね」

 目の前にムギ先輩の笑顔が広がった。
 声にならない叫びが喉の奥からせりあがる。恐怖で体が床に釘付けになったような錯覚まである。
 なんで? どうして!?
 鼻血が逆流して、むせそうになり、頭が恐怖でパニックになる。

「ム、ムギ先輩……?」

「すぐ楽にしてあげるからね」

 ぐぅ、と喉から変な声があがった。
 カーッと頭が真っ白に、目の前が真っ赤に染まっていく。
 ムギ先輩が、ムギ先輩が私の首を……。

「わあああああああああああぁぁぁぁっ!!!」

「きゃ!」

 自分でも驚くほどの力だった。けれど、その代わり、既に肩の感覚が無くなっている。
 私は無様に鼻血を流しながら、駆け出した。
 けど、気が動転していたらしい。

「あはは。どこに行くの、梓ちゃん」

 出口と反対側に駆け、机に激突した。
 けたたましい音とともに机が倒れる。パラパラと何かが床に散乱した。

「ガリガリ君食べるのも楽じゃないよね。冷たいもの食べ過ぎると、お腹壊すでしょ? もう本当に大変だったのよ」

「わぁぁっ、うわぁぁっ!! こ、こないで、こないでください!!」

「でも楽しかったわ……お墓作りなんて何が楽しいのかな、って最初は思ってたけど。やってみると結構楽しいのね」

「助けてーーっ!! だ、だれか、だれか――むぐっ!?」


93VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:10:45.78NOUrG0Tf0 (27/31)

 口を押さえつけられた。怖くて頭がどうにかなりそうだった。
 噛み付こうと思っても、もの凄い力であごを掴まれていて、口を開く事さえ出来ない。
 なんで、なんでなんでなんでよ! なんでこんなことに……!
 どうして? ムギ先輩は変わった人だけど、まさか人殺しまでするなんて、そんなのって。
 今更、そんな疑問は白々しい。この現状、冗談で通じない今この瞬間が、ムギ先輩の狂気を証明してるじゃない。

「梓ちゃんもそう思わない?」

「うううっ!! むーっ!!」

「そっか。残念だわ」

 また首に白い手が伸びる。
 目玉が飛び出そうになって、次第に意識が真っ白に溶けていく。
 死ぬのかな。

「梓ちゃんのお墓は、あずきバーで作ってあげるね。好きだったでしょ、あずきバー?」

「ぐっ……ぅぅぅぅ……っ……」

「何本ぐらいがいいかしら……トンちゃんの時はちょっと趣向を凝らして、トンと十をかけて、10本立ててみたんだけど、気付いた?」

「……っく……くっ……っっ!!」

 死にたくない。
 やだよ……憂とあんなことやこんなことしたかったのに。どうしてこんなところで殺されなくちゃいけないのだろう。
 殺されたくない……殺されるなんてヤダよ。
 のんきなかんがえがうかんではきえた。もう意識があるのか無いのかよくわからなかった。
 
 ……。
 ……。
 ……。

 ――ムギ先輩の絶叫で私は白濁した世界から引き戻された。


94VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:15:16.06NOUrG0Tf0 (28/31)

「きゃあああぁぁっ!! あああっ、ああああぁぁっっ!!」

 ムギ先輩は自分の顔を押さえて、髪を振り乱しながら大声を上げていた。
 透き通るような白い肌から、赤いものが流れている。
 そして、私の手にもそれが付着していた。血だ。おそらくはムギ先輩の。

「いたいっ、いたいよっ!! あぁぁぁっ……!!」

 けど、一体何をしたのよ私。
 
 ……あっ。そっか。

 暴れまわるムギ先輩の顔のちょうど、目の辺り。そこに、見慣れた木の棒が何本か突き刺さっているのが見えた。
 
「だ、だれかぁっ!! たすけてたすけてたすけて――」

「む、ムギちゃん!? どうしたの!!」
  
 あれ? この声はひょっとして。

「えっ……いやっ、いやあぁぁっ!!」

 部室の出口に息を切らせた唯先輩が立っていた。
 そして、ムギ先輩がその声に驚き……それとも私と同じように気が動転したいたのか、あらぬ方向へかけていった。
 
 
 直後、けたたましい音が響いた。
 尾を引くように、ムギ先輩の絶叫が遠くなっていき、やがて消えた。
 
「む、ムギちゃん……?」

 窓ガラスを破って、ムギ先輩が転落したのだった。


95VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:27:08.98NOUrG0Tf0 (29/31)


 ……。
 ……。
 ……。
 ……。
 ……。
 ……。


「ムギちゃん……」

 割れた窓ガラス。遠くから聞こえてくる生徒の悲鳴、慌しい先生たちの声。
 私は唯先輩の肩を借り、よろよろと立ち上がった。
 見たくなかったけど、唯先輩の横に並び、恐る恐る窓から身を乗り出してみる。

「……」

「ムギちゃんが……ううっ」

 あり得ない方向に曲がった白い足。あり得ない方向に曲がった色白の腕。
 見る見るうちに広がっていく、赤い血だまり。
 私は、倒れるようにして吐いた。
 ヒクヒクと胃が痙攣を始め、食べたものを洗いざらい外に出す。
 視界が滲み、けれど、吐瀉物の上に落ちる自身の鼻血はしっかりと見えた。また吐く。

「……ムギちゃん……ぐすっ……ムギちゃん……」

 唯先輩の嗚咽が聞こえる。
 私はこみ上げる吐き気で顔を上げて少ししか確認出来なかったが、唯先輩はとても泣いているようには見えなかった。
 それどころか、窓を見下ろす唯先輩の口元は不気味に持ち上がって、奇妙な笑顔を作っていた。

「……っ……ゆ、ゆいせんぱい……?」

「あずにゃん……ひぐっ……ムギちゃん、死んじゃったかなぁ……?」
 
「……えっ?」


96VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:28:43.21NOUrG0Tf0 (30/31)

 目の前を誰かが横切って、倒れた机の方へと近づいていった。
 誰って、唯先輩しかいないけど。

「……ムギちゃん、死んだよね、あれじゃあ……ねえ?」

「ゆい、せんぱい……?」

 ゴシゴシと涙を腕で拭う。ぼやけた視界がクリアになり、私の目にはっきりと唯先輩の姿が映った。
 倒れた机。散乱したアイスの棒。誰のものかわからない筆記用具の数々。
 唯先輩が床にしゃがみ込み、そこから何かを拾い上げていた。

「唯先輩? ねえ、唯先輩ってば……」

 アイスの棒。
 そして、ボールペン。
 
「ねえあずにゃん……ムギちゃんさ、勝手に死んじゃったんだよね。私が殺したんじゃないよね」

「な、なにを……? 唯先輩、さっきから何を言って――」

「だからさ、ムギちゃんのお墓作っても怒られないよね?」







 Fin


97VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:35:55.69NOUrG0Tf0 (31/31)

おしまいです。何気に三日もかかってしまった。
いや、この板だと三日は短い部類なのかな。製作板で書くのは初めてなのでよくわからないけど、なんか新鮮でした。
vipほどカツカツしてなく、けど、スレは着々と伸びていく。500とかざらなのを見て、すごいなあと思った。


それにしても、やっぱり俺には台本形式は無理だったww
ホント、みんなどうやって考えるんだろう。すげえな。萌え萌えとかほのぼのも、いつかそれで挑戦したい。
それじゃあ、ここまで読んでくれてありがとう。


98VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:52:01.60ZZHMkrkZP (1/1)




99VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 06:54:45.89EBXVlStu0 (1/1)



すごい怖かった



100VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 09:53:47.13AuG/T/m2o (1/1)


紬の墓標が気になる・・・


101VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 10:15:02.58jfYzoxEgo (2/2)


勘違い展開を期待してて一時は喜んでたらこのざま


102VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 12:02:23.28pA9IX+ylo (1/1)

おつおつ
むぎちゃん…


103VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 14:05:49.88qcjU5Oyq0 (2/2)


これ話には出てこないけど、さわちゃんがすごい迷惑かぶるだろうなぁ・・・


104VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/04(金) 14:39:14.13OjFas7fvo (1/1)

乙乙
いやーいいホラーだった
ムギ大好きだけど、こういうのに興味を持ちそうな子だってことを否定出来ないな・・・