699作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 20:48:18.39B8d0+GjAO (6/17)

~5~

ステイル『久しぶりだね上条当麻。君の顔など二度と見たくなかったんだがな』

上条『ステイル…ステイル=マグヌス!?』

ハンバーガーショップの一件後、ずーっと今の私より低いテンションで考え込んでた当麻に客が来た。
客は客でも招かれざる客、私の大嫌いな煙草臭い赤毛神父だ。
私が殺し損ねたクソ疫病神。今度はどんな厄介事持ち込んで来た。
そう思いながら玄関先の二人の会話に私は興味ないフリして耳を立てていた。

ステイル『…神…沙』

上条『三沢塾…?』

麦野『(…私、何でここにいんだ?)』

会話の内容は昼間の巫女服女がどこぞの学習塾に監禁されており、それに魔術師が絡んでどうのこうの…
くだらねえ。んなもんとっくに穴って穴に突っ込まれた後だよ。
男の性欲半端ないからね。そう言えばインデックス来てから私達交わしてない。
おいおい。もしかして私の苛立ちって欲求不満が原因かにゃーん?クソッタレが!

上条『その娘を助ける手伝いをすりゃいいんだな?』

麦野『(おいおい)』

何私の頭越しに話進めて決めちゃってくれてるの?
なあ当麻。私はオマエの何?彼女じゃないの?どうして一言も相談してくれないの?ねえ?

上条『――悪い沈利、ちょっとインデックスを頼む』

麦野『――好きにしたら?但しこれだけは言わせてもらう』

もう私は頭に来ていた。インデックスの時は例外中の例外だ。
私はアンタを危険に晒すくらいなら何人だって見殺しにするし見捨てるし見限る。
だけどさ…何で全部事後承諾事後報告なの?もういい加減にしてよ。

麦野『――私はベビーシッターじゃねえんだよ』

上条『………………』

麦野『行きなよ。どこへなり勝手にさ』

どうして、私について来いって言ってくれないの。

私、アンタのためなら世界中の人間と戦争だって出来るのに。

何で私、こんなにヒドい事言ってるのに怒ってくれないの?

そんなに悲しい顔で微笑まないでよ。それは私が大好きなアンタの笑顔じゃないよ。

――当麻――


上条『悪い…俺、行ってくる』


そう言って閉ざされた部屋のドア。

その数時間後だった。

私は人生最大の後悔と失敗に晒された。

当麻が、瀕死の重傷を負わされて

カエルみたいな顔した先生の病院に担ぎ込まれたって――


700作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 20:51:11.42B8d0+GjAO (7/17)

~6~

麦野『………………』

右腕切断、銃創多数、出血多量…駆け付けた病院でベッドに横たわる当麻。
もう私は言葉にならなかった。言葉に出来なかった。あまりの絶望感に。
ベッドの側に置かれたパイプ椅子から身体が動かない。足が立たない。

麦野『…ざまあないわね』

カサついた唇が、握り締め過ぎて真っ白になった指が、絞り出した声が震える。
この時、私の頭の中を占めていたものは殺意と憎悪と絶望だった。
それは当麻をこんなにしたヤツなんかじゃなかった。

麦野『…おいおい。私は誰を笑えばいいんだ』

それは私だ。優しい当麻に甘えていつまでもぶすくれてた救いようのないバカ女。
インデックスに嫉妬して、最後の会話になりかけた送り出しの言葉を当て擦りのイヤミで台無しにしたクソ女。

麦野『馬鹿だよ…アンタ』

馬鹿はテメエだ麦野。クソはオマエだ沈利。頭空っぽはアンタだよ。
なあ、私がこうなれば良かったんだよ。当麻の代わりに私がボロボロになれば良かったんだ。
私にはもう代われるものなら代わってあげたいなんて思う権利すらないんだ。

麦野『馬鹿だ馬鹿だとわかっちゃいたけどさ…つける薬もない馬鹿よ』

涙が溢れて、零れて、落ちて、流れて、止まらない。
謝りたい。謝りたい。あれを最後の言葉に、最期の会話になんかしたくないよ当麻。

麦野『ああ…もう』

見た事も信じた事も祈った事もない神様にお願いしたい。
私の体も命も心も魂も全部全部くれてやる。足りないならそれ以外だってなんだって構いやしないから。

麦野『…頼むよ…本当にさあ…!』

奪わないで。当麻を私から奪わないで。連れて行くなら私にして。
私が死んで当麻が死ぬなら喜んでそうするから。
だから当麻を救い出して。私に助けになれる事なら何でもするから

麦野『うっ…うっうっ…うううぅぅ…!』

この日、夜明けまで泣き続けた馬鹿な女が一人いて

過呼吸寸前のパニック状態にブッ倒れたクソ女が一人いて

そこから死に物狂いで立ち上がって、同じ事を繰り返したアホ女が一人いて

その救いようのないクソ馬鹿が選んだ道は、より頭の悪い選択だった。



――上条当麻のパートナーになる事――



――それが、この救いようのない私が選んだ、一人だけの戦争――




701作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 20:52:52.05B8d0+GjAO (8/17)

~7~

結論から言って、私の戦争はいつも負け戦だった。

まず、当麻を危険に晒さないという前提条件をクリア出来ない。

まず、当麻を怪我をさせないという必要条件を突破出来てない。

まず、当麻を死なせないという絶対条件しか解決出来ていない。

人助けをやめろと言っても無駄だ。そんな事で止まるくらいの男ならそもそも私は当麻と路地裏で出会っていない。

皆が良くも悪くもコイツの力を必要としている。私だけが当麻を必要としている訳ではないのが恨めしい。

私はゲームをノーミスでクリアするか、最低でもハイスコアで更新しなければ気がすまない質だ。けどこれはゲームじゃない。

当麻と私の命は繋がってる。少なくとも私から一方的に繋がってる。
自分の命は惜しくないけど、当麻の死はあってはならない。決して。

だから私は原子崩し、0次元の極点、光の翼、暗部でのメソッド、ノウハウ、ロジック、人より優れた運動神経と体力と演算能力、ありとあらゆるものを総動員させる。
それでも――ここまで懸けて、ここまで捨てて、やっと私は当麻の命を守れる程度だ。
むしろ、当麻は私の更に上を行って私を助ける、救う、守る。

私は言ってやりたい。コイツに言い寄る女共に、コイツがフラグを立てた女達に。


『テメエらに、コイツと人生共にする覚悟があんのか』と。


好きだ嫌いだ惚れた腫れた、んなもんだけでコイツの側に居れると思ってられんならソイツの頭にはミソの代わりにクソが詰まってる。
あの夜、当麻を失いかけて泣く事しか出来なかった頭のネジが緩んだクソ馬鹿女(私)と同じだ。

甘ったるいラブストーリーだけ摘み食い出来るんなら、私はブタになるまでそうしてる。
でも私が好きで選んで自分で始めた戦いにそんな都合の良い選択肢はありえない。

だから私はコイツに近寄る女がそういう意味でも嫌いだ。
少なくともそういう事がしたいなら他の男を当たれ。
コイツ以外の男と腰が抜けるまでアンアン言わされてヒーヒー泣かされて、終わった後ベッドでイチャイチャしてろ。
私だって当麻とそうするのは嫌いじゃないけど。

それでも

私以外に、それが出来る可能性があるヤツが一人いる。

私より序列が上で

私と同じくらい当麻が好きで

それでも私が絶対に認めたくない女

今、私の目の前にいるありえたかも知れないもう一人の私



――御坂美琴――





702作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 20:55:09.49B8d0+GjAO (9/17)

~とある病院~

浜面「うおっ!?」

浜面仕上はフレンダ達の警護を交代で行う中、病室からほど近い非常階段で煙草をふかしていた。
その時である。小さな爆発音と冷水が降り注ぎ、浜面の火の点いた煙草を湿気らせてしまったのは。

浜面「――敵襲か!オマエら――」

すぐさま非常扉を開け放ち病室に飛び込む浜面。しかし――

絹旗「浜面超五月蝿いですよ。静かにしてもらえませんか?」

浜面「な、なにのんびりしてんだよ!?敵が、敵が攻めて来てんだぞ!?」

滝壺「はまづら、違うよ。全然違うよ」

フレメア「んにゃあ…?」

フレンダ達が起きるじゃないですか、と病院の売店に売っていたプリッツを頬張るは絹旗最愛。
同じくリスが椎の実をかじるようにポッキーを咀嚼するは滝壺理后。
そして飛び込んで来た物音に目を覚ますは今日一日の疲れに眠り込んでいたフレメア=セイヴェルン。
その落ち着き払った様子に浜面はキョトン顔である。しかし

滝壺「上のはむぎのとみさかだよ。信号が来てるからわかるよ」

浜面「!?。なにやってんだアイツらこんな時に!!」

絹旗「はっ。これだから浜面は超浜面なんですよ。滝壺さん私にもポッキー下さい」

滝壺「いいよ。あーん」

フレメア「私も、あーん」

浜面「何やってんだオマエら!?ただの喧嘩の音じゃねえぞ今のは!?レベル5だぞ?三位と四位なんだぞわかってんのか!!?」

まるでいつものファミレスと変わらないような女子達に浜面は両手を大きく開いて言う。
何があったか知らんが止めなきゃヤバいだろうと。だが

滝壺「こんな時――だからだよ。はまづら」

浜面「ど、どういう事だよ」

滝壺は動じない。普段から微睡んでいるようでいて、どこか悟っているような雰囲気がある。
その能力とある種の視野視界の広さは、まるで屋上で起きている事態の本質を透かし見ているようでさえあった。

滝壺「あの二人は、思い込んだら一直線だから」

滝壺からすればなんの事はない――これは、姉妹喧嘩のようなものだと。

滝壺「ぶつからないと、前に進めないんだよ」

何も、女としてのレベルが磨かれているのはインデックスだけではないのだ。

滝壺「大丈夫、私はそんな不器用な二人を応援している」

そう微笑む滝壺にも、ヒーロー(浜面仕上)はいるのだから。




703作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 20:56:38.36B8d0+GjAO (10/17)

~3~

そう――同じだったのだ。麦野と御坂と、今この場にいないインデックスは。

麦野「…巫山戯けんな…テメエ程度の躓きで膝が折れてちゃ、私は今までなんべん絶望しなきゃならなかったんだ…!!」

破裂した給水塔から注ぐ水の冷たささえも二人の身を震わせる事など出来ない。

麦野「今までだってそうだった…訳のわからない魔術師連中、第三次世界大戦、数え上げたらキりがない…」

麦野の前髪の毛先から水滴が更に水滴によって洗い流されて行く。
同じく御坂の制服のブレザーも水を被ってぐっしょり濡れていた。

麦野「何度止めたかったかわかるか?アイツがボロボロになっても誰かを救うのを止めないのを側で見る辛さがわかる?わかるでしょ御坂!!私以外に、アンタだけは!!」

屋上に吹く夜風が冷たい。巡る季節が告げる冬の訪れ。
破れた貯水槽はまるで二人の心、噴き出す冷水は血か涙か。

麦野「――私が、いつも平気でいられると思ってんのか。今だってな、出来るもんなら一人の女に戻ってアイツの側でワンワン泣いてメソメソしていたい。出来るんならそうしてる」

学園都市、イタリア、フランス、イギリス、ロシア…闇の奥より深い世界の底。
そこでの戦いの中、麦野は味わって来た。今御坂が噛み締めている無念を。

麦野「――でもダメなんだよそれじゃ!!」

壊す事しか知らない左手で愛する者を守ると決めた日から麦野は捨てた。
アイテムを、自分の中の闇を、涙を、ここまで捨てたと言わんばかりに。

麦野「私はアイツに救われた!だから今度は私がアイツを助ける!腕が千切れようが目玉がなくなろうがなんだろうが!!望まれんなら心臓だって抉って捧げてやる!もし神様ってやらがいるんならねえ!!」

それでも上条を無傷で連れて帰れない歯痒さ、一つしかない命が何度も危ぶまれるために食いしばった歯噛み。
強くなる。強くある。上条の身体に傷が刻まれる度に強くして来た誓い。

麦野「――誇れよ。テメエは、当麻をここまで運んで来たでしょうが。私の代わりに、“また”“手の届かなかった”私の代わりに!」

擦り切れるほど引きずった後悔。その度に、思いを強くして来た。

麦野「――そんなテメエが無力だってんなら私のして来た事はなんだってんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

上条当麻と共に征く――ただ一つの願いのために


704作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 20:59:05.82B8d0+GjAO (11/17)

~4~

私は、最初からこの女(麦野沈利)が苦手だった。

麦野『何しに現れやがったクソガキ。のこのこケツ振りに来たんならとっとと消えろ。目障りだってーの』

御坂『なんでバッタリ会ったくらいでそこまで目の敵にされなきゃいけないのよ!』

まず口が悪い。意地が悪い。性格が悪い。

麦野『この無駄に広い学園都市で、よりにもよってテメエのツラ拝まされんのは横切った黒猫のクソ踏んづけたのと同じくらい私にとって“不幸”なんだよ』

御坂『どうして会う度会う度そんな親の敵見たいな目で見るのよ!?私麦野さんに何かした?その逆はあっても私からはないじゃない!』

次に顔が良い。スタイルが良い。家柄が良い。

麦野『あれだ、寝る前にゴキブリ見ちゃった時みたいな不愉快さね。蚊ならプチッと潰せるけどアンタすばしっこいしどこにでも出て来るししぶといし』

御坂『よくもよくも次から次へと人を馬鹿にした悪口が飛び出て来るもんねえ…ええ女王様(第四位)!!?』

麦野『私の料理のレパートリーよりはバラエティーに富んでるよ。料理にゃ愛情だけどテメエには憎悪しか湧いてこないわ』

初対面の時から『お子様』『中坊』『クソガキ』呼ばわり。
何よ。序列なら私の方が上だ。それを振りかざすつもりなんてないけど『女』として負けてる分そこは譲れない。
それだけが、この女と張り合う上での私の意地の拠り所でアドバンテージだった。

御坂『(アイツ、絶対騙されてるわよ)』ジロッ

上条当麻。もはや多くを語られ尽くした、私の知る限り最弱(さいきょう)の無能力者(レベル0)。
この女はそんなアイツの傍らに絶えずつかず離れずのパートナーだ。
アイツが首を突っ込む数々の事件の中で、私のあまり知らない私生活の中で、その両方を陰となり日向となり支える…恋人だ。

麦野『なにガン飛ばしてんだよ』

御坂『別に?』

私が何度夢見ても決して届かないポジションにいる女。
誰も彼も冷ややかに見下ろして鼻で笑う生まれついての女王様。
そんな一面的な印象と感想と評価で断言出来たならどんなに気が楽だろう。
あの夏の日…アイツを守ろうと必死に戦うこの女の横顔を見さえしなければ、私は単純にこの女を嫌いでいられたのに。

麦野『けっ』

御坂『ふんっ』

私の大好きなアイツを、私とは違った角度で、私と同じ深さで愛おしんでいるのがわかるから。




705作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 21:00:22.04B8d0+GjAO (12/17)

~5~

あの女はいつからアイツの側に居たんだろう。
アイツの所に居る修道女(シスター)絡みの事件の時の前には既に居た。
『絶対能力進化計画』、鉄橋でのやり取り、操車場での決闘、その傍らにはいつもあの女の影があった。
なのに決してアイツの戦いには手を出さない。本当に危ない時以外は。

大覇星祭の時も裏で何か動き回っていたようだった。
その後の罰ゲームの時も邪魔しに来た。9月30日の学園都市侵入者事件…アイツらの言う『0930』『ヴェント襲来』の時にもあの女の姿がチラついた。
シスターから聞く限り、イタリア・フランス・イギリス・ロシア…その全てについて回っていたとも。

彼女というよりも妻、恋人というよりも同志に近い関係性。
まるで相棒、もしくは騎士…そう、その姿は信仰とも愛情にも拠らない、忠誠のように感じられる瞬間がある。
そしてそれ以上に…アイツを見つめる時だけ、どうしようもなく幸せそうな微笑みと優しい眼差し。

私は感じる。正反対な私達、対照的な私達、相反する私達。
けれどその対立する表面より深い所で、あの女とこの私は似通っている。

素直になれない意固地さ

思い込んだら一直線な所

大切なものを譲れない頑固さ

そして…上条当麻(アイツ)――

だからこそ私は今…衝撃を受けている。アイツに選ばれて、それを鼻にかけ、かさにきて上から目線だとばかり思ってたあの女が――

血を吐くような声で

魂を差し出すように

泣きたくても泣けない涙を乗せたように叫んでる。

『アンタも私も無力だ』って

『私とアンタは変わらない』って

『アンタみたいに私もなりたかった』って

止めてよ。アンタは私にとってライバルだったはずだし私だってアンタのライバルだと思ってたはずよ。

『馴れ合いは嫌い』って、『アンタと友達なんてくくりに反吐が出そう』だって言い切る、そんなアンタの人を舐めきった態度が私は嫌いだった。

そんなアンタ(麦野沈利)と…私が同じだっただなんて――




706作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 21:02:42.01B8d0+GjAO (13/17)

~6~

麦野「…シケたツラしやがって。なんて目してんのよ。私にキャンキャン噛み付いて来た時の方が、同じムカつきっぷりでもまだしも見れたもんだったわよ」

ザッと露を払うように前髪をかきあげて首を回す麦野。
その表情に涙の跡は伺えない。例え心の中で流していたとしても…
そこにはいつもの不貞不貞しいまでの女王の相貌。

御坂「アンタこそいっぱいいっぱいじゃない…泣きたくても泣けない方が、泣き続ける事なんかよりよっぽど辛いに決まってるじゃない!」

その時、御坂美琴はふと思ったのだ。今の麦野沈利は上条当麻に似ていると。
本来ならば泣いている自分など物笑いの種にするか歯牙にもかけない麦野が…
恐らくは、一瞬なりとも己をさらけだしてまで御坂に活を入れに来た事を。

麦野「――人を“不幸”みたいに言うんじゃないわよ」

そうして麦野は座り込む御坂の目線まで腰を落とし、そのシャンパンゴールドの髪を抱き寄せる。

麦野「私は当麻の側にいて“幸せ”なんだ。世界の誰より一番」

自分の胸に御坂の身体を預けさせるように、幾多の命を奪い幾度も上条の命を救ったその左手で。

麦野「――そんな世界の中に、アンタだって含まれてるでしょうが」

微かに香る、自分とは違う香水の匂い。

麦野「私は当麻じゃない。誰も助けないし誰も救わない。だから私はアンタに手を差し伸べない。アンタだって私の手なんて借りたくないでしょ」

そう口悪く言いながら、こうまで優しい声音が

麦野「――立てよ御坂。当麻が救った女は、そんな所で地べた舐めてるだけの安い女じゃねえんだよ」

目の前の女王様から語り掛けられているのが信じられない。

麦野「私はテメエだ。テメエは私だ。足がついてんなら足掻けよ、手がついてんならもがけよ」

この女でさえなければ、自分は選ばれていたはずなのに。

麦野「私と同じ男に救われた、私と同じ女がブザマに膝折ってんじゃねえ」

何故か、この時だけは勝てる気がしなかった。

麦野「――アンタは、私と同じだろ」

その、傷ついた御坂の髪を撫でる手があまりに優しくて


707作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 21:04:03.49B8d0+GjAO (14/17)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――アンタと、私は、同じ男を選んだじゃないか――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



708作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 21:09:22.45B8d0+GjAO (15/17)

御坂「ッッ…ッッッ―――…!」

言葉にならない。声にならない。この溢れて来る感情に、名前がつけられない。

御坂「っぐ…うっうぅっ…!」

麦野「…ガキが突っ張りやがって。泣かない事がカッコいいとか思ってんのかあ?はっ」

麦野が憎めたら楽なのに、上条を恨めたら楽なのに、自分以外の誰かのせいに出来たら楽なのに。

麦野「一人の泣き方も知らねえ中坊が。だからテメエはお子様なんだっつーの」

自分から上条を奪った女だと思えたなら、単純に嫌な女だと考えられたならば良かったのに、御坂にはそれが出来ない。

御坂「ひぐっ、いぐ…ううっ…う゛ぅ」

それは御坂の持ち得る美徳の中で、尊ばれるべき何かだった。
自分勝手な物思いと、身勝手な胸煩いのまま誰かを傷つけられる人間ならばまだしも御坂には救いがあっただろう。
白井黒子をして『お姉様は優し過ぎる』というのはその辺りを指しての事であろう。

麦野「…泣いちまいな御坂。馬鹿になんか、しないからさ」

御坂の泣き顔を見ないように胸に抱きながら、麦野は夜空を仰いだ。
未だ眠らない街が地上の星のように瞬いて、溢れる光が闇夜を照らす。

麦野「(私が、本当に優しい人間ならこうしちゃいけないはずなんだ)」

泣き止ませるのではなく、泣かせるという事。それは母性とも友誼とも異なる。
自分がいつも上条にすがるようにして泣く時のそれを御坂に置き換えているのだ。

麦野「――いいんだ。私しか見ちゃいないよ」

御坂「えっぐっ…ひっ、ひくっ…ああぁぁあああぁあああぁ!」

麦野は考える。こんな行為は『偽善』だと。恋敵に慰められるなどと、同じ女としてどれだけ屈辱的だろうと。
自分なら例え死んでもしないだろう。しかしそれを素直に出来る御坂が、麦野はやはり羨ましかった。

麦野「(――お前を何とかしてあげたいなら、私が当麻から離れるべきなんでしょうね、けど)」

自分達はハリネズミだ。エゴとエゴの棘を、何とか測った距離感で身を寄せ合う二匹のハリネズミだ。
そして…失われた恋を揺るがぬ礎にするも朽ちた墓標にするも、それはきっと、御坂次第なのだ。

麦野「(――それだけが――私に出来ない事なんだ)」

その後、御坂美琴は枯れるまで麦野沈利の胸で泣き続けた。

埋葬する恋に手向ける花束もない、悲しい二匹のハリネズミ達。

御坂は、麦野の中に探しても見つからない上条当麻の残り香を求めていた

いつまでも…ずっと


709作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/10(日) 21:11:59.08B8d0+GjAO (16/17)

~第十五学区・歩行者天国~

白井「御坂先輩…まだ繋がりませんの」

一方その頃、白井黒子は近未来的なデザインの携帯電話を耳に当てながら応答のない呼び出し音に頭を悩ませていた。
昼間の爆破事件、ビル倒壊、駆動鎧による市街戦と立て続けの事件調査も空振りに終わり疲れた身体を花壇のレンガに腰掛けて。

白井「もしや…また何かしらの事件に首を突っ込んでおいでですの?」

『常盤台中学』の制服の上に羽織った『霧ヶ丘女学院』のブレザー…かつて『彼女』が纏っていた外套のようなそれ。
腰元に回された金属製の円環ベルト、そのホルスターに差し込まれた軍用懐中電灯。
通行人「なんだあれ…風紀委員?」

そんな奇異な着こなしを、今もこうして通行人の無遠慮な眼差しで見られる事にも慣れてしまった。
事情を知る御坂美琴の悲しそうな視線さえも。

白井「御坂先輩…わたくしは心配ですのよ?」

その御坂もまた最近塞ぎ込みがちであった。それが白井にはたまらない。
いつ御坂は立ち上がれる?いつ白井は立ち直れる?いつ自分達は立ち返れる?

白井「――――――」

あの夏の日の自分…少女時代を終えてしまい、『彼女』と共に『死んで』しまった白井黒子はいつ蘇る?
そうごった返す人波の中…ふと見上げた夜空から視線を戻すと――

白井「――――――」

そこで、白井は瞠目する。何百何千という人混みと人波と人山の中にあって――


『くだらねェ…こンなもンはさっさと終わらせるに限る』

一際目につくホワイトヘアーに杖をつく男が

『まさか、またオマエ達と組む事になるとはな』

夜にもかかわらず怪しげなサングラスに金髪を逆立てた男が

『自分も同感です。全く、退屈しませんねこの学園都市(まち)は』

柔和な笑顔に白を基調とした制服…白井自身も見知った男が


――そして――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『――久しぶり――』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
涼やかな声色、怜悧な美貌、鮮烈な赤髪が、懐かしいクロエの香りが、白井のすぐ目の前を通り抜けていった。


710投下終了です。2011/04/10(日) 21:14:58.16B8d0+GjAO (17/17)

とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。
たくさんのレスをありがとうございます。いつもありがとうございます…何よりの活力剤です。

では次回更新も2~3日以内だと思います。その時またよろしくお願いいたします…失礼いたします。


711VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県)2011/04/10(日) 21:18:39.37NkSW8yuBo (1/1)

麦野と御坂が……と感想入れようと手ぐすね引いて待ってたら、
最後の黒子に全部持って行かれた。




712VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方)2011/04/10(日) 21:54:11.14KEbiC/td0 (1/1)

乙です

だから毎回毎回なんてところで引きやがるううううううううううううう!?


713VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県)2011/04/10(日) 23:01:56.08mr317Xjbo (1/2)

新入生に対して卒業生達がどう動くか。非常に楽しみです。
垣根先輩きてくれるかなあ?


714VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県)2011/04/10(日) 23:02:45.28mr317Xjbo (2/2)

新入生に対して卒業生達がどう動くか。非常に楽しみです。
垣根先輩きてくれるかなあ?


715VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/11(月) 00:01:57.85y+QY8KhZo (1/1)

母親がクロエの香水使ってるから、街中ですれ違いざまに匂うと、嫌な意味でドキッとするんだよな・・・


716VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/11(月) 06:06:03.88S07iE8x10 (1/1)

おおっ グループきたー




717VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)2011/04/11(月) 15:26:23.10qadw6vTZ0 (1/1)

滝壺って超能力者なんだよね
何位なの?


718VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/11(月) 17:05:35.39b5Rx+LmSO (1/2)

>>717

このSSの中ではレベル5の第八位だった希ガス


719VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/11(月) 18:26:17.47NDdJYHeO0 (1/1)

原作では大能力者


720VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県)2011/04/11(月) 19:10:29.99e+qr3LYx0 (1/1)

乙乙!

結局この世界では結標は黒子を選んだってことなのかな



721VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/11(月) 21:35:38.28b5Rx+LmSO (2/2)

>>720

そうなのか…?
わからないが…俺には姫神を選んでほしいね。
黒子が結標に一方的に好意をよせているんじゃねぇの?
というか
そう信じたい。


722VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/12(火) 12:28:59.20AIqzPbC20 (1/1)

乙!この作者のssだとヘタレの錬金術師さんが間接的にいろんなキャラに影響与えてるよな…前作だとステイル・姫神、今回はむぎのん引退てっ具合に。

>>720
>>721

個人的には「両方愛しちゃった」に一票。あのラストの後に」なにがあったかは想像しか出来ないけど

>>あの夏の日の自分…少女時代を終えてしまい、『彼女』と共に『死んで』しまった白井黒子はいつ蘇る?

ってあるくらいだから、よほどつらいことがあったんじゃないかなあ…


723VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/12(火) 17:29:39.114VTb+jZIO (1/1)

■■「私ってホント救われない…」


724作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 18:37:00.48kBpylcUAO (1/21)

とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。皆様、地震は大丈夫でしょうか…
本日の更新はいつも通り21時前後になりそうです。よろしくお願いいたします。


725作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:35:18.27kBpylcUAO (2/21)

~とある病院・屋上~

麦野「…落ち着いたか?」

御坂「…うん」

麦野「服ベッチャベッチャにしやがって。これお気にの勝負服なんだけど」

御坂「…ゴメン」

麦野「…まっ、良いわ。学園都市第三位の涙と涎と鼻水まみれの泣きっ面ライブ、アリーナで拝めた代金って所で手を打ってあげる」ヒラヒラ

御坂「ほ・ん・と・う・に…アンタってヤツはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

麦野「さんざっぱらガン泣きしたヤツが吠えても全然怖かないわよ。ほらハンカチ。ついでコーヒー」

御坂「…馬鹿っ」

一方その頃…ようやく落ち着きを取り戻した御坂美琴と、いつもの調子に戻った麦野沈利が屋上の手すりに並んでもたれかかっていた。
その手には屋上にある自販機から、麦野が冥土帰しにご馳走してもらった缶コーヒーと同じ物が二つ…
内一つがハンカチと共に御坂の手に渡された。

麦野「ったく…一人泣いてスッキリした顔しやがって。敵に塩を送るだなんて私もいよいよおしまいね」

御坂「…アンタは泣かなかったじゃない」

麦野「私が泣く場所は一カ所に決めてんだ。言っとくけどシャワールームじゃないわよ。どこぞのガキじゃあるまいし」

御坂「誰の事言ってんのよ?」

麦野「アンタも知ってる女。負けん気の強さは買ったけど、女として脆すぎたねアレは」

ハンカチで涙の跡を拭う御坂。缶コーヒーのプルタブを開ける麦野。
並んで腰掛けるその姿は、まるで姉妹のような印象すら見る者に与える。

御坂「そう言えばさ…」

麦野「ん?」

御坂「アンタとこうやって話すの、ずいぶん久しぶりな気がする」

麦野「…テメエが私を避けてたんだろ」

御坂「うん…」

麦野「気持ちはわかる。私がアンタの立場だったら私の顔なんて見たくもないだろうからね」

上条当麻。この一人の少年を巡って二人は出会った。
それが良しにつけ悪しきにつけ…少なくとも闇の深奥にての暗闘に繋がらなかったのは如何な導き手によるものだろうか。

御坂「ずっとアンタが嫌いだった」

麦野「うん」

御坂「ずっとアンタに憧れてた」

麦野「うん」

御坂「ずっと…アイツが好きだった」

麦野「…うん」

御坂「聞かせてよ。アイツの事」

麦野「アンタがマゾだってのは知らなかったよ」

御坂「知りたいの。私の知らない、アンタだけが知ってるアイツを」


726作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:36:04.84kBpylcUAO (3/21)

そこで麦野がチラッと流し目を送ると、そこには御坂の真摯な眼差し。
溜め息をつきたくなる唇でコーヒーを一口含む…先程より苦く感じるのは心境の成せる業か

麦野「どうもこうもないよ…ああ、ベッドの中だと割とSだ」

御坂「ぶっ!?そっ、そそっ、そんな事まで聞いてないでしょ!?」

麦野「でもって私は割とMだ。ヤッてみるまでわかんないもんだねえ」

御坂「いい加減にしなさいよこのエロエロババア!!聞いてもない事なにちょっとほっぺた赤くしてノロケてんのよ!!」

麦野「いやノロケてないし。赤くなってないし」

羞恥と憤怒に赤鬼と化す御坂、どうしようもなくニヘラと笑いを隠しきれない麦野。
吹き出したコーヒーを流石にハンカチでは拭えないので手の甲で拭うも、そこで御坂は盛大な溜め息をついて夜空を仰いだ。

御坂「あーもう…話してくれる気0じゃない」

麦野「せっかく泣けた後二度泣かすような話するもんでもないでしょ」

御坂「傷つくって?御坂センセーのハートはもう傷だらけでこれ以上傷のつくスペースなんて残ってないわよ」

麦野「ハート(笑)」

御坂「何笑ってんのよ!!」

麦野「ハート(爆)」

御坂「表出ろゴラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

麦野「ここが表だよ。どっかのサラリーマンが切れて暴れるパワースポットさ」

そう、どちらともなくこうしてお茶を飲みながら言葉を交わす機会は薄れていった。
御坂は引け目から、麦野は負い目から、いつしか距離を置いていた。

麦野「ああ…そう言えばアイツ、クリームシチューが好きだった。でもってそこにロールキャベツ入れんの」

御坂「えっ!?そうなの?なんかちょっと意外…いや、なんか普通っちゃ普通なんだけど」

麦野「その普通がありがたいんだとさ。アイツ私が会う前まで賞味期限切れの焼きそばパンとかモヤシ炒めでしのいでたっぽいし」

御坂「ありえない…でも、食生活はともかくとして食べ物の好みは家庭的よね」

麦野「母親の味に飢えてんじゃない?この学園都市(まち)の学生なんてみんなどっかそういう所あるんじゃないかしら」

御坂「母親かあ…アイツのお母さん、メチャクチャ若くない?」

麦野「ああ若い。ぶっちゃけ肌で負けた気がして本気でヘコんだよ大覇星祭の時」


727作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:37:38.81kBpylcUAO (4/21)

他愛もない話に興じる女二人。それは傍目から見れば友人同士に見えただろう。
しかしその区分に入れられる事をお互い本気で嫌がる辺り、誰とでも友達を作れるインデックスとはまた対照的だ。

御坂「嘘ばっか。アイツの親の前でアンタ思いっきり猫かぶってたじゃない。あんな黒子も真っ青なお嬢様言葉、思い出しただけでさぶいぼが出るって言うの!」

麦野「借りて来た猫よろしく化けるくらいなんて事ないわよ。先輩として教えといてやる。気に入られて落とすなら母親だ。それで九割方決まるのさ」

御坂「いつかバレるわよ。化けの皮なんてアンタのメイクよりペラッペラよ!」

麦野「私のメイクが厚いみたいに言ってんじゃねえよクソガキ。いつまでもすっぴんで勝負出来ると思ってたら大間違いだ」

御坂「残念でしたー。ウチのママを見る限り私の明るい未来は約束されたようなもんですー!」

麦野「そう思っていた時期が私にもありました」

御坂「えっ」

麦野「肌に曲がり角なんかねえ。あんのは下り坂だ」

御坂「経験者は語る、ってね」

麦野「やっぱ泣かす!御坂泣かす!!」

いつしか缶コーヒーが熱を失い、かぶった水に濡れた髪も乾く頃…
女特有のあちらこちらに飛び石伝いする話題は、やはり上条当麻の話題に収束した。

御坂「…アイツさ、言うのもなんだけどモテるよね…」

麦野「…惚れたウチらが言えたもんじゃねえな…」

御坂「…前、なんかギャルっぽい服で胸おっきい娘と歩いてるの見た…あっ、言っちゃった」

麦野「気にすんな。あれは叩き出した」

御坂「叩き出した!?家に来たの!?」

麦野「護衛とかなんとかウダウダ食い下がって来たから“間に合ってる”って言って追い返した」

御坂「その娘…可哀想に(ビーム的に)」

麦野「いや、可哀想なのは私だろ。アイツが立てて回るフラグその都度叩いて回らなきゃいけないんだから。モグラ叩き状態だっつーの」

御坂「アイツってさ…無自覚に女の敵よね」

麦野「あのヤリチンホストとはまた違った意味でね。でもってアンタだけが潰せなかったフラグよ」

御坂「おかげで、私達こうして話してられるかな?」

麦野「さあて、ね」

その、他愛もない語らいが長くは続かない事を、知っていながら

――そして――


728作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:39:35.25kBpylcUAO (5/21)

~とある病院~

フレメア「にゃあ」

絹旗「超目が覚めちゃいましたね。浜面のせいで」

浜面「俺が悪かったよ俺が…くそっ、何が何だか全然わっかんねーよ」

一方…フレンダ=セイヴェルンの病室に一同に介していた『アイテム』の面々は夜襲に対して周囲を巻き込まぬよう冥土帰しに面会を求めようと渡り廊下に歩を進めていた。
狙われているフレメアは絹旗最愛が伴って自販機の連なる待合所へ、病室から動けないフレンダは滝壺理后が、冥土帰しには浜面仕上がそれぞれ当たる事となった。

絹旗「女には女の超深~い理由があるんですよ。浜面にはわからない超女の子の秘密がそりゃもうたっぷりと!」

浜面「はいはいわかりましたわかりました俺が悪うございましたあ~あ~」

絹旗「浜面のクセに超生意気ですよ!フレメアちゃん!この尻で椅子を磨く簡単なお仕事しかしない浜面を蹴り飛ばしてやって下さい!」

フレメア「そんな事ないよ?大体、浜面は昔から車の運転上手だよ?」

浜面「よしよしフレメア、カフェオレ買ってやるよ。お前はいい子だな~」ナデナデ

絹旗「浜面!どうしてリーダーの私に超一言もないんですか!?」

浜面「お前いい子じゃねえし。むしろリーダーなら買ってくれよジュース。俺、貧乏なんだよ」

絹旗「超早く行って下さい浜面!」ゲシッ

浜面「痛てえ!ケツが割れるだろうが!」

フレメア「大体でいいから、早く帰って来てね?浜面」

浜面「フレメア…そのままのお前でいてくれ。このチビッコ姉ちゃんやフレンダみたいにならないように」

絹旗「尻の穴超増やしてあげましょうか?」

浜面「お前だんだん麦野に似てきたな」

ヘイヘイと返事しながらフレメアにカフェオレを手渡し渡り廊下の彼方へ姿を消して行く浜面。
その広く大きく逞しい背中に無邪気に手を振るフレメア、それを横目で見やる絹旗を残して。

絹旗「(滝壺さんも麦野も男を見る目があるんだかないんだか超わかりません)」

駒場利徳の忘れ形見、フレメア=セイヴェルン。彼女に接する時の浜面はまさに兄が妹に接するように優しい。
今も、フレンダの病室で根を詰め過ぎるのは良くないとフレメアを連れ出すよう提案したのもまた浜面だった。
戦力分散の愚を犯す可能性はあったが、そういう目端の利く所は絹旗なりに評価してもいるのだ。


729作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:40:18.52kBpylcUAO (6/21)

絹旗「(…そう言えば…)」チラッ

フレメア「?」

流し目の形で自分より頭一つ低いフレメアを見やる。
彼女を連れて逃げ回っていた修道女インデックス、彼女らを救い出すも盾となって倒れた絹旗が世界で二番目に嫌いな男上条当麻。
いずれも今浜面が口にし、絹旗にとっても忘れ得ぬ麦野沈利に縁を持つ者達だ。

絹旗「(止めときましょう。余計な事思い出させるのも超可哀想ですし)」

絹旗にとって上条への悪感情はある種の混迷と混沌を極めていた。
自分達から麦野を連れ去って行った憎き敵…しかし麦野を変え、仲間であるフレンダの身内を文字通り命懸けで救い出した男。

絹旗「何でもありませんよフレメアちゃん。さあ、一息入れましょうか」

フレメア「うん!」

そうして絹旗はフレメアの手を引く。フレンダの妹、というしっかりしたその立ち位置。
家族の存在しない自分…否、家族から存在を抹殺された自分からすれば求めても手に入らない『何か』が絹旗の中の永久凍土を僅かながら解きほぐして行く。
背景こそ未だ見えて来ないが、これがフレンダの守りたかったものか…と

フレメア「あ!」

絹旗「なんですか?病室にお化けとか今日日超流行りませんよー?」

フレメア「違うよ!あれ!あれ!」

自販機のある待合所から正反対の位置にある方角をフレメアが指差す。
それにつられて絹旗も視線ごと身体の向きを変え…そこでようやく気づいた。

絹旗「…あれは…」

集中治療室の前に膝をつき、手指を組み合わせ、頭を垂れて祈る者…
廊下の窓から射し込み照らす月明かりすら霞む白銀の髪と純白の修道服。
絹旗はそのどこか神秘的な、荘厳な雰囲気を漂わせる者の名を知っている。それは同時に

フレメア「インデックス!」

禁書目録「ん…?!ふれめあ!!」

絹旗の手を離れ弾かれたように駆け出すフレメアの声がかかると…
その生きた宗教画のような修道女がたちまち生気と元気に満ち溢れた少女に立ち返る。

フレメア「てやっ!」

そこへ飛び込むように抱き付くフレメアと

禁書目録「わっぷ!良かった!ふれめあもいたんだね!心配だったかも!」

それを受け止めるインデックスと

絹旗「麦野の所の…修道女(シスター)?」

それを見つめる絹旗が一同に介した。




730作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:44:32.60kBpylcUAO (7/21)

~とある病院・集中治療室前~

絹旗「そうですか…あのバフン…上条のために超祈ってた、と」

禁書目録「そんな所なんだよ!」

フレメア「………………」

上条当麻の横たわる集中治療室前のソファーにインデックスと絹旗は並んで腰掛けていた。
フレメアは一人、硝子に手をついて上条を見つめている。
ロクに言葉を交わした事がなくとも、『友達』となったインデックスの『家族』であり、自分を庇って倒れた少年ともなれば幼いなり思う所があるのだろう。その場を離れようとはしない。

禁書目録「もっとも…とうまにお祈りは通じないかも知れないけど、せずにはいられないんだよ」

絹旗「自分でも神様超信じてないんですか?」

禁書目録「うーん…」

そこで絹旗もちょっと意地の悪い言い方をしたか、と微かに胸を痛めた。
それは上条に対してというより…絹旗が科学万能の学園都市に住まう人間であるという事、もう一つは

絹旗「(――私が、神様なんて超信じるのをやめたからでしょうね)」

絹旗の出自…置き去り(チャイルドエラー)、そして暗闇の五月計画の被検体だったという過去に拠る。
その傾向は暗部に身を堕としから一層強くなった気さえする。
もしこの世に『神』がいるならば…何故自分は生きながらにして『地獄』を味あわなければいけなかったのだと。

絹旗「(超馬鹿ですね…神様なんてC級映画スクリーンの中にしかいませんよ)」

神の存在証明だろうが不在証明だろうが…絹旗にとっての『神様』はどこにもいないのだ。
少なくとも、救いや許しや安らぎを与え、願いや求めや訴えを聞き届けてくれる『神様』は

絹旗「(――私の声が届かないくらい超遠い所にいるってなら、私にとって神様なんていないのと同じなんですよ)」

それはある種の逆説的な意味合いでの思想だった。
『神』がいないから救いがないのではない。『神』がいてこの体たらくなのだと。

絹旗「(超らしくないです。今の私)」

学園都市でもあまり人気の無さそうな形而上学的な物思いに絹旗は自嘲した。
言葉遊びにも劣り戯れ言以下の繰り言だと。しかし、そんな絹旗に――


禁書目録「――きっと、私がシスターじゃなくても、同じ事をすると思うんだよ」

絹旗「!」

インデックスが、廊下の照明を見上げながら呟いた。




731作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:46:23.15kBpylcUAO (8/21)

禁書目録「例えばの話なんだよ?」

絹旗「………………」

禁書目録「ある所に、一年毎に記憶を奪われ、消されてしまう女の子がいたとするね?」

絹旗の自嘲の表情が一変した。それは傍らに侍る修道女の…
まるで蛹から蝶へと羽化するかのような、劇的な神性の変化に引き込まれての連動であった。

禁書目録「その女の子はきっと神様にお祈りしたはずなんだよ。“大切な記憶も辛い思い出も、私から奪わないで下さい”って」

その表情は正しく遠い眼差しだった。見知らぬ誰かの『死』を語るように…
もしくはその少女とは彼女自身の事ではないのかと思わせるに足る、透徹な瞳。

禁書目録「でも…神様は女の子を祈りを叶えてくれなかったんだよ。きっとその女の子は、自分を見捨てた神様を怨んだり呪ったりしながら“死んで”いったりしたのかも」

絹旗「…じゃあ、祈りって超なんのためにあるんですか?」

インデックスの眼差しが上条へと再び向けられる。
そう、あの少年は神に奇跡など一度も祈らなかったはずだ。
恐らくはインデックスが所属する十字教から最も遠い位置にあって…最も『神上』に近い位置にある少年。しかし

禁書目録「神様に奇跡を“お願い”する事じゃなくて、“祈る”自分を変えるため…かな?」

少年はあの夏の日、ただ一人の女性と、たった一人の少女の全てを救うために『運命』すら打ち破った。
あの神の加護はおろか運命の糸まで掻き消してしまう、世界で一番不幸な右手で。

禁書目録「使う言葉が、住む国が、信じる教えがそれぞれ違っても…この世界で一つだけ共通してるのが“祈り”なんじゃないかな?」

絹旗「…超、訳わからないです」

もちろん無宗教であり一般的な無神論者である絹旗にとってはインデックスの語る祈りの精髄は理解し得ない。だがしかし

禁書目録「そ・れ・よ・り…」ズズイッ

絹旗「な、なんですか!?超顔近いですよ!?私ガールズラブとか超ノーサンキューですよ!!?」

禁書目録「ポッキーの甘~い香りがするんだよ!神様の前に隠し事は出来ないんだよ!」

絹旗「(さっ、さっきの滝壺さんの!?)ちょっ、私持ってません!超勘違いです!なにするんですか…あはっ、あはっ、あははは超やめて下さい超くすぐったいですー!」

インデックスが、自分と同じかそれ以上の『地獄』を見て来た事…その一点が、絹旗の心に強く残った。


―――そして―――


732作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:48:34.18kBpylcUAO (9/21)

――ビリッ――

御坂「あっ…」

麦野「………………」

そしてそれは来た。御坂は微弱な電磁波による磁場の鳴動から、麦野はプルースト効果よりも鋭敏な第六感から

麦野「――時間だ、御坂。アンタ達はこの病院から出るな」

感じ取る闘争の予兆、疑念を差し挟む余地もない確信。
この夜の帳から来たれし、数十機もの駆動鎧、そして暗部の存在を麦野は嗅ぎ取った。
それは上条と共に潜り抜けて来た極限の戦場で肌身に感じて来た終わりの始まり。

御坂「…私も戦う!」

麦野「やめろ。ガキの黄色い嘴突っ込んでどうにかなるレベルの話じゃねえんだよ」

御坂「だけど!」

麦野「だけどもクソもねえんだよ!!」

そう言い放つ麦野の表情には既に一匙の甘さもまぶされてなどいなかった。
名乗りを上げた御坂の気勢を削ぎ落とし、封じ込めるまでに。

麦野「――御坂、アンタには無理だ」

御坂「無理じゃない!」

麦野「いいえ。無理ね」

御坂「どうしてよ!」

胸に手を当てて御坂は尚も食い下がる。御坂は続ける。自分だって戦えると。
序列ならば御坂は麦野より上だ。引けも遅れも決して取らないと。しかし…

麦野「――アンタに、人は殺せない」

御坂「…!」

麦野「アンタだって私のためじゃない。アイツと自分のために戦えるだろうね。でもね――これはガキのケンカじゃねえんだよ!!」

麦野が選んだ道は荊棘の血道。誰かの屍の上を踏み越えて行く血の斑道。
その道幅は僅かな足取りの違いで容易く踏み外す、薄氷の刃の上を行くそれ。
麦野は突き放す。御坂のやわな足で渡りきれるほど平坦な道のりではないと。

麦野「勝った負けた、生きた死んだ、んな色分けでカタがつくんなら“黒”なんて色は最初からねえんだよ!笑わせんじゃねえこのクソガキが!!」

麦野は知っている。誰かのために命を投げ捨てられる人間と、誰かのために命を摘み取る人間は根源的に異なっているのだと。
御坂は強い、覚悟もある、しかし相手の首を刎ねるチェックメイトが指せない者にチェスは勝てないのだ。どれだけ優れていようとも。

御坂「――そんなのアンタだって同じじゃない!!」

麦野「!?」

しかし――御坂はそんな麦野の在り方を、やり方を、決して認めない。
思いを同じくしても、麦野が一つの方法論を突き詰めるならば御坂はあらゆる可能性を考慮に入れる。
そこには善悪の彼岸と此岸を隔てる血の河を渡った足か否か


733作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:49:23.06kBpylcUAO (10/21)

御坂「――血を流さなきゃ進めない、選べない、守れない…確かにそうよね。間違ってるのは甘ったれてる私なのかも知れない」

だが…一線を踏み越える事が強さの一つならば、一線を踏みとどまる事もまた一つの強さ。

御坂「だけどね…私が間違ってるからって“アンタが正しい”だなんて誰が言えるのよ!!」

麦野「…!」

御坂「アンタ言ってたじゃない!もっと綺麗な身体でアイツに愛されたかったって!!ならどうして諦めるのよ!?アイツが、アンタが自分を血で汚してまで守って、それを笑って喜ぶだなんて本当に思ってるならそれこそ“間違ってる”わよ!!」

本来ならば、それは青臭い理想論だったはずだ。麦野らが住まう世界で、早死にこそすれど長生きには繋がらない…一笑に付される絵空事だったはずだ。

御坂「…何勘違いしてんの?私が守りたいのはもう届かないアイツの背中なんかじゃない…それはアンタ(特別)が守らなきゃいけないもんでしょうが!私がなりたくてなりたくてそれでもなれなかった特別(アンタ)が!!」

しかし――御坂美琴は、決して揺るがない。

御坂「だったら私がアンタを守る!アイツを守るアンタに人を殺させないために、私が“力を貸してやる”って言ってんのよ!!」

揺らいで、引いて、一歩譲ればもう二度と麦野と対等だなんて言えなくなる気がした

麦野「誰に向かって上から目線で言ってやがる…この甘ちゃんが!!」

御坂「甘いのはアンタの方でしょうが!!!」

麦野「なっ…」

女王の前に膝を屈してしまえば、もはや届かない背中に追いすがる事すら出来ない。

御坂「アイツを守りたいなら四の五の言うな!アンタの答えが“殺し”だってなら…それにばっかこだわってんじゃないわよ!選んでんじゃないわよ!!ここまで追い詰められて、暗部だかなんだか知らないけど無駄なこだわりで身動き取れなくなってるアンタが一番甘いってのよ!!」

だから――御坂美琴は叫ぶ。

御坂「――アンタが手を貸してくれって口が裂けても言えないなら、私がアンタに“利用されてやる”って言ってんの!!手段を選ばないなら徹底しなさいよ!!使えるもの全部使って、やれる事全部やる前から、くだらないいい格好しいで悲劇のヒロインに酔ってんじゃないわよ!」


734作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:53:21.91kBpylcUAO (11/21)

麦野「………………」

この時、麦野は反論し反攻し反駁しようとして…それが出来なかった。
今目の前に立ち塞がる御坂美琴(もう一人の自分)に…この場にいない『上条当麻』の姿を見た気がして。

御坂「一人で守れないのがアンタも私も同じなら、同じ者同士二人で守ればいいのよ!!学園都市第四位のクセにこんな簡単な足し算も出来ないの!?」

それは闇に堕ちる前に麦野がドブに捨ててしまった輝きだった。
二度と取り戻す事の出来ない、取りこぼしてしまった星の砂だった。
泣いても叫んでも希っても手には入らない星の金貨だった。

御坂「私一人の力も利用出来ないで、何がアイツのパートナーよ!!笑わせんじゃないわよ麦野沈利!!!」

そこに、アルプススタンドからただ涙をこらえて見ている事しか出来なかった少女の姿はそこにない。
手が届かないと、何も掴めないと、誰も救えないと涙していた御坂美琴はもうどこにもいないのだ。

御坂「アイツを守る、アンタに人を殺させない、私も生き残る…それくらい出来なくてどうするのよ!!」

御坂が小さな拳を固め、細い指を握り、白い手を開き、一歩前に出る。
上条当麻が不在の今、麦野が囚われている己自身で作り上げてしまった牢獄を打ち砕くために。
射抜くような眼差しで、その幻想をまとめて全部ぶち壊すために…!

御坂「学園都市第三位と第四位が、レベル5が、超能力者が2人も揃ってそんな事も出来ない?するのよ!すればいいのよどんな手段を使ったって!!」

麦野「…!」

後退りしなかったのは女王の矜持。されど…麦野にその歩みを止める手立てはない。
己が足で踏み出したその一歩の力強さを、麦野は知っているから。
もしかすると――『負けられない戦い』に挑み続けて来た麦野沈利を解き放つには、こうするしかなかったのかも知れない。

御坂「全部背負い込んで、自分一人の力でアイツ(上条当麻)を守らなきゃいけないなんて誰が決めたのよ!?同じような私達二人で守っちゃいけないなんて誰が言ったのよ?!答えなさいよ第四位(メルトダウナー)!!」

麦野「――――――」

何一つ見捨てられない上条当麻と似た、何一つ見限れない御坂美琴だけが…
雁字搦めの鎖と檻に自分を閉じ込めてしまっていた…『揺るがない強さ』に縛られていた麦野沈利を…解放出来たのかも知れない――



735VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/12(火) 20:55:40.1378l1UTYko (1/1)

燃えてきた


736作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:55:52.92kBpylcUAO (12/21)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野『――ごめん――“美琴”――』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



737作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:57:31.94kBpylcUAO (13/21)

その時、ズドンッ!!と鉛のように重く鈍い衝撃が御坂の身体を駆け抜けた。
痛苦よりも激震、熱量よりも圧迫、肺の中の空気全てを吐き出すかのような――

御坂「……!!?」

麦野「そんなアンタだから――私はアンタを連れて行けない」

それは、並みのスキルアウトなどお呼びもつかないほどずば抜けた麦野の身体能力から放たれた鳩尾への一撃。
刹那の瞬間に全体重を乗せた、容赦も躊躇も逡巡も一切ない強襲。
文字通り御坂の意識を刈り取り、言葉通り御坂の身体の自由を奪うに足る騙し討ち。

御坂「――――――」

麦野「アンタのそういう所真っ直ぐな所…私は口で言うほど嫌いじゃなかったよ。これは本当」

くの字に身体を支える事も膝を支える事も足を踏ん張る事も叶わない…
風紀委員たる白井黒子との組み手でも引けを取らぬ御坂を押し黙らせ、足止めするための一発限りの不意討ち。
崩れ落ちる中必死に指を伸ばし、御坂は薄れゆき暗い靄のかかる視界の中見上げるも…
麦野はそんな御坂に背を向け、屋上の出口へと淀みなく迷いなく歩を進めて行く。

御坂「待っ…!」

麦野「――出会った形が、愛した男が違ってたなら…別の未来が私達にもあったでしょうね」

彼女を巻き込む事を上条は是とはしないだろう。そしてそれは麦野もまた同じ気持ちであった。
ましてやこれは世界の底での戦いではない。闇の深奥での闘いなのだ。
そんな血塗れと血染めと血溜まりと血みどろの世界に、彼女のような太陽は引きずり込めるほど麦野はもう非情になりきれなかった。

麦野「でもね、そんな分かれ道はもうどこにもないんだ。選ばなかった道なんて、選べなかった路なんて最初からなかったのと同じなのさ。だからこの話はここでおしまいなんだよ」

御坂の真っ直ぐな言葉と真摯な眼差しは十二分に麦野の心を打った。
しかし揺り動かすにはいたらない。何故ならば麦野は偽善使い(フォックスワード)のパートナーだからだ。
全ての人間を救おうとしながらも、誰一人進んで巻き込む事を選ばなかった上条当麻の恋人だからだ。

御坂「むっ…ぎ!」

麦野「当麻を、インデックスを、みんなを――頼んだよ」

それが、御坂にかけられた最後の言葉だった。




738作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 20:59:28.42kBpylcUAO (14/21)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――さようなら美琴。この色褪せた街で出会った、たった一人の私の友達――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



739作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 21:01:40.62kBpylcUAO (15/21)

~終わりの始まり~

カツン…カツン…

麦野「………………」

麦野沈利は階段を下る。一歩一歩踏みしめるように歩く。
淀みも迷いも捨てた跫音…そう、彼女は捨てたのだろう。
後戻りを、有り得たかも知れない別れ道を、捨て去ったのだろう。

禁書目録「――しずり――」

絹旗「超待ちかねましたよ、麦野」

フレメア「………………」

麦野「…アンタ達…」

階段を降りきった先、集中治療室へ連なる廊下…そこにはインデックスと絹旗最愛、そしてフレメア=セイヴェルンの姿が揃い踏みしていた。

禁書目録「…短髪はどうしたのかな?」

麦野「屋上で寝てる。風邪引く前に回収してやって。まあもっとも――」

そこで麦野は見やる。硝子越し一枚隔てた場所に横たわる少年…上条当麻の寝姿を。
フッとその縁取られた睫毛を伏せ、柔らかで温かみのある微笑を唇に乗せたまま。

麦野「どっかの馬鹿みたいに、風邪引かないかも知れないけどね」

絹旗「………………」

心の底から愛おしむような、そんな優しい声色。いっそ慈母めいた響きすら感じられるそれに絹旗は感じ取る。
このガラスケースを一つのジュエリーボックスとするならば、あの少年は麦野にとって掛け替えのない宝物なのだと。

麦野「――インデックス、当麻と御坂をお願い。“今の”アンタなら出来るでしょ?」

禁書目録「大船に乗ったつもりでいてもらって構わないんだよ!」

麦野「泥船に化けなきゃいいんだけどね。まっ…」

トンと控え目な胸を叩いて反らせるインデックス。フフンと鼻を鳴らした猫口までしてみせている。
そんなインデックスの有り様に、麦野はウィンプルを失ったインデックスの白銀の髪をすっぽり包むように抱き寄せた。

麦野「…アンタにはいっつも苦労かける。もうひと頑張り、頼んだよ」

禁書目録「任せるんだよ!」

あの夏の日から、家族の記憶もないインデックス、家族の嫌な記憶しかない麦野、家族の記憶でいっぱいの上条…
三人が一つ屋根の下暮らすようになってから積み上げて来た物、積み重ねて来た物、それはもしかすると今この一時に全てが集約されているのかも知れない。


740作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 21:03:21.62kBpylcUAO (16/21)

~2~

絹旗「麦野」

麦野「うん」

絹旗「私達はフレメアとフレンダを優先順位の超初めに置きます。それでも構いませんか?」

麦野「それでいい。もう“アイテム”はアンタのものだからね」

そして…絹旗最愛は引退した麦野沈利に成り代わって新生アイテムを束ねている。
故に身動きの取れないフレンダ、フレメアという戦力外の存在を全身全霊で守らなくてはならない。
そして更に…既に『外側の法則』を使うインデックス、『学園都市第四位』の麦野というラインに『素養格付』を持つ浜面仕上ら『アイテム』を加えてはならない。
つまり『抹殺対象となるべき一大勢力』と見做されてはならないのだ。
裏を返せば、アイテムの存続のためには麦野をサポートする事は殆ど出来ない。

絹旗「………………」グッ

しかし…絹旗個人の感情で言うならば是が非でも麦野を救い出したい。
だが麦野は決してそれを受け入れない。彼女は既に引退した身だからだ。
そして麦野も助力を乞わない。御坂美琴の協力すら拒否したのだから。

麦野「で…そっちがフレンダの妹か」

フレメア「うん…フレメア。フレメア=セイヴェルン。あのね?大体、あのツンツンのお兄ちゃん――」

麦野「良いんだよ。あのお兄ちゃん不幸過ぎて死神にも嫌われてるから大丈夫」

そして…麦野はフレメアの頭をベレー帽の上からナデナデと触った。
子供嫌いを公言して憚らない麦野にあって、驚くほど優しい手付きで。

麦野「――うん。あのフレンダの妹とは思えないくらい良い子だね。ねえ絹旗そう思わない?」

絹旗「超同感です。フレンダもこれくらい素直ならこっちも超やりやすいんですがね」

麦野「違いないわね」ククッ

フレメア「フレンダお姉ちゃんの事?」

麦野「そう。フレンダお姉ちゃんの事だよーん」

もしかすると、フレメアにとって麦野が姉の憎き仇となった未来があったのかも知れない。
しかし、御坂美琴がそうであったように…枝分かれした未来が、時に季節外れの花を開かせる事もあったのかも知れない。
それは、無慈悲で残酷な神が支配する世界の中で、ひっそりと輝く一条の綺羅星のような優しい光だったのかも知れない。そして――
 
 
 
 
 
麦野「――当麻に、会わせて――」
 
 
 
 
 
麦野が、三人と目と目を見交わせた。


741作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 21:07:12.20kBpylcUAO (17/21)

~3~

上条「………………」

麦野「本当にアンタはいつも生傷だらけだね」

横たわる上条の頬に、額に、やや冷たい指先を滑らせて麦野は独語する。
本来であれば立ち入りを認められないものだが――麦野はそれを敢えて無視した。
こちらを見やっているであろう三人の視線も含めて、全て。

麦野「アンタの身体、数える度に傷増えてっちゃってさ…もう、諦めたし疲れたよ」

何度こうして眠りに就く上条に語り掛けを繰り返した事だろうか。
これが最後、これが最後と何度思いたかっただろう。

麦野「私も、御坂も、インデックスもアンタに振り回されっ放しだ。アンタくらい女泣かせな男なんて見た事ないわ」

こうしていると今にも起き出しそうで…いつまでもこのままな気がした。
慣れる事はあっても気は休まらない。少しは自分を省みて欲しいと麦野は呟いた。が

麦野「――でも、アンタはその何倍も誰かの笑顔を救って来たんだよ。私だってわかってるからさ」

凡庸で、ややもすれば面倒臭がり屋に見えるその横顔が、戦いの中ガラリと変わる瞬間が麦野は好きだった。
戦いが終わった後の優しい笑顔を愛していた。言葉にすれば、たったこれだけの事なのかも知れない。

麦野「私は誰も守らない、助けない、救わない…アンタみたいになんてなれない。でもね」

そんな自分を…きっと麦野沈利は愛していた。

麦野「――私はアンタを守ってるつもりで、心を救われて来たのは私なんだよ、きっと」

僅かに背をかがめ、その静謐な寝顔に麦野は顔を寄せて覗き込む。
隔てる酸素マスクが憎らしい。しかしそれでも構わなかった。

麦野「置いて行くね…ここに」

全員「「「!」」」

落とす唇。酸素マスク越しのキス。きっとそれは、上条当麻の中に自分の心を置いて行く事。
今一度立ち返るために。麦野にとっての星を、血の河に汚さぬために。

麦野「またね、当麻」

そう言い残して、麦野は集中治療室から出、その踏み出した足は二度と翻る事はなかった。

見送る三人にすら、振り返る事は一度たりとてありはしなかった。見られたくなかったのかも知れない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――己の中に棲まう、闇色の獣が牙を剥くその瞬間を――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



742作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 21:09:12.72kBpylcUAO (18/21)

~始まりの終わり~

黒夜「さて、掃き溜めの大掃除だ。先行は?」

暗部「はっ、今斥候が…」

黒夜「そうかい」

一方…黒夜海鳥は暗部の強襲部隊を率いて病院周辺区画を封鎖、現在に至る。
最終的な位置取りの確定情報さえ得られれば…黒夜のゴーサイン一つでそれは殺到する。
今や今かと胸躍る陶酔の一時…するとそこへ――

ガガッ…ガガッ…

黒夜「“蜂”の網にかかってくれたみたいだにゃーん?」

上空から偵察飛行していたエッジ・ビーが補足する。
既に殺傷領域は確保されている。蟻の這い出る隙間さえありはしない。

黒夜「どれどれ…“卒業生”の皆様はと……………!?」

しかし――その認識は一方では正しくもあり、一方では間違ってもいた。

ズル…ズル…ズル…

モニター越しにも、闇眩ましの世界の中何かを『引きずる音』が捉えられた。
地面を擦る、ベチャベチャと水っぽく…それでいて不吉な予感を聞く者に感じさせるに足る『何か』

ズル…ズル…ズル…ベシャッ!

暗部「うっ…!」

それを構成員が視認した時、不吉さは戦慄に、恐怖は瞬く間に伝染していった。

黒夜「エグい殺し方だね。日常レベルの殺人中毒者か、スナッフビデオ見ながら××××出来るタイプなんじゃねえか?」

モニターに映り込んだ映像…右手には先程向かわせた斥候の『頭部らしき』もの
左腕には頭部と下半身を失い、引きずる度に鮮血と臓腑が零れ落ちる『上半身らしき』もの…
それを『手土産』とばかりに姿を表す…『女』の姿をした『鬼』が見えて…!

黒夜「――来るぞ。気合い入れてかないと、あれよりひどい目に合うよ。この“鬼”に捕まったら喰われる」

黒夜はモニター越しに映る惨劇に目を細める。やはりあの女は『こっち側』だと。
どれだけぬるま湯の中に日和っても…殺しが『本当に嫌い』な人間はあそこまで出来ない。
どれだけ平穏な生活の中にあっても、『殺し』を捨てられない『同族』の姿をそこに認めた。

黒夜「あれは殺しのエグさ加減で自分の中の“何か”を確認してる人種だ。さあて!“卒業生”入場だ!!」

高らかに声を上げる黒夜…それに、聞こえるはずのないモニターの中の『女』が何やら唇を動かしているのが見えた。


それが、開戦の狼煙だった。




743作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 21:10:30.79kBpylcUAO (19/21)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブ ・ チ ・ コ ・ ロ ・ シ ・ か ・ く ・ て ・ い ・ ね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



744作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/12(火) 21:13:01.89kBpylcUAO (20/21)

~水底に揺蕩う夢3~

その頃…上条当麻は夢を見ていた。

上条『なんだよ…おい』

見渡す限りの純白の世界。温度を感じさせないどこまでもどこまでも空白のキャンパスが広がる世界の中で…
上条は目の前でスライドショーのように流れ行くフィルムに目を見開いていた。

上条『沈利…なのか?』

そこには瞳を閉じてさえスケッチが描けるほど上条の目に、胸に、心に焼き付いて離れない…
されど上条の知る彼女とは似て非なる『麦野沈利』がそこには映し出されていた。

上条『どうなってんだよ…これ』

フレンダ=セイヴェルンの胴体を上下に引き裂き、はみ出した内臓が零れ落ち鮮血の斑道を描く麦野沈利。

左腕と右目を失い、そこから妖光を迸らせて禍々しいまでの狂笑を浮かべて何者かを追い詰めて行く麦野沈利。

ロシアの雪原にて、滝壺理后の仮面を剥ぎ取り正視に耐えない形相で原子崩しを乱射する麦野沈利。

上条『本当に…夢なのか?これって…』

思わず自らの右手で、美術館に展示されている絵画のようなそれに触れる…
しかし反応は何も起こらない。つまりこれは『幻想』などでは決してないと言う事に他ならない。

『いいのかよ?こんな所で寝てて』

上条『!?』

すると…そこへ、空白のスライドショーのみだった世界に響き渡る声。
しかし何故だろうか…その声に聞き覚えがあるような、それでいて聞き慣れていないような、曰わく不可思議な印象を上条は受けた。それもそのはず――

『みんな待ってんじゃねえのか?』

上条『――!!?』

そこにいたのは…たった今自分が着ている学校指定の冬服とは異なる…
つい数ヶ月前まで着ていた、夏服姿の自分…『上条当麻』がもう一人いた。

上条『オ…レ?』

『なにボケーッとしてんだ?間に合わなくなっちまってもいいのかよ?』

上条『…?』

毎日鏡で見慣れているはずの『自分』が、何処かを指差しながら顔を横向けていた。
そこには――
 
 
 
 
 
沈利『………………』
 
 
 
 
 
大きめの椅子の肘掛けに頬杖をつき…足を組みながらぬいぐるみを乗せた――

上条『…沈利!!?』

幼き日の麦野沈利が、そこにいた。




745投下終了です。2011/04/12(火) 21:16:25.34kBpylcUAO (21/21)

とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。
たくさんのレスありがとうございます…これ以上心強い思いはありません。
未だに地震が収まりませんが…皆様もどうかご無事で…

それでは次回更新も2~3日以内になりそうです。次回もよろしくお願いいたします…失礼いたします


746VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府)2011/04/12(火) 21:40:34.46kMGf+Vzno (1/1)

うおお、乙です!地震には気をつけてください


747VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/12(火) 21:46:43.75wIBtOfMU0 (1/2)

ちょwwwww焦らすとかエグい

乙次回も楽しみにしてます


748VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/12(火) 21:47:15.57wIBtOfMU0 (2/2)

ちょwwwww焦らすとかエグい

乙次回も楽しみにしてます


749VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県)2011/04/12(火) 22:28:17.983YQEgZ+0o (1/1)

かっこよすぎる。

格好良すぎるんだよ全員!!


750VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/12(火) 23:10:55.11IH+2iEc+0 (1/1)

麦野……

グループ早く来てくれ!!


751VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県)2011/04/12(火) 23:12:02.782XmbLQ71o (1/1)

むぎのん、死亡フラグ立ってね?


752VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/13(水) 00:31:37.73ZHRii/Vk0 (1/1)

>>751
それをおるのが変態を集め極めた者が集うグループがおるんやでー


753VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/14(木) 06:02:03.206Ty5b2XMo (1/1)

多少なりともブラックラグーンの影響受けてんのかな?



754作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 18:07:05.60iJthfSiAO (1/23)

とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。
本日の投下はいつも通り21時頃になると思います。それでは失礼いたします…


755VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/04/14(木) 18:35:06.208/moND+L0 (1/1)

舞ってる


756作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:22:10.32iJthfSiAO (2/23)

~回想・退院前夜~

電話の女『あんたってさー、もしかして殺しながらイッちゃう人?濡れちゃう人?』

麦野『人を変態みたいに言わないでもらえるかしら?』

電話の女『だってさー、あんたの殺し方ってもう滅茶苦茶の無茶苦茶のぐちゃぐちゃじゃない?クリーニングが毎度毎度大変なんだって下の連中ボヤいてるんだよー?』

麦野『ああそう。ドブさらいにもゴミ掃除にも役に立たないってならこっちからクビ切ってやるよ。文字通り』

電話の女『こいつときたらー!』

あれはいつだったか…上条が入院してる間に入って来た飛び込みの『仕事』だった。
内容は外部に学園都市の最先端技術を横流ししようとしてた馬鹿共の後始末。
何人バラ肉に変えたはカウントしてない。あれだけバラバラにすれば数えるのも一苦労だし、何より無意味だ。
要は『動いてる人間』がいなくなるまで殺し尽くせば済む話なんだから。

私が仕事の任務完了の報告を『電話の女』に入れ、『クリーニング』を下部組織の連中に丸投げした頃に始まったのだ。この女の毎度のくだらない世間話が。
私は送り迎えのトレーラーの中で携帯電話に適当に相槌をうちながらも辟易していた。
ハイテンションな合成音でまくし立てられるのにもささくれ立った神経に障る。

電話の女『ねえねえ?でもどうなの?そこんとこどうなの?』

麦野『何が』

電話の女『人殺した夜、身体が火照ったり性感高まったりしない?』

麦野『しねえよ。テメエどこのイタ電男だよ。テレクラに登録した覚えだってないわよ』

電話の女『失礼しちゃうわねー!あっ、わかった!私わかっちゃった♪』

麦野『聞きなよ人の話』

ビジネスライクを気取る訳じゃないけど、仕事以外で仕事の人間と長々とくっちゃべる趣味なんて私にはない。
一仕事終え、深夜のハイウェイから流れる夜景を見ている間に眠り込んだ滝壺よろしくさっさと休みたい。
そして一休みしたら…上条に会いに行きたい。確かもうすぐ退院のはずなんだけど

電話の女『ものっすごい人殺した後の罪悪感いっぱいのダウナー状態でクチュクチュしてるんでしょー?“人殺しの私ってなんて最低な女なんだろう”って!』

麦野『………………』

電話の女『“殺したくないのにー!”って、陰気臭い雰囲気の中でする××××ってのもまた一味違うよねー』


757作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:23:29.75iJthfSiAO (3/23)

~2~

こいつが電話越しなのが幸いで不幸だった。幸いなのは曲なりにもこいつが私達の上司みたいなもんだから。
不幸なのはこのさっきから私が握る携帯をミシミシ言わせ、血管が細い束ごと千切れて行くような怒りを煽るその口調と内容だ。

電話の女『なんだったら今電話でお相手してあげよっか?女同士の電話Hってのも悪くないわねー。あんた私の好みじゃないけど。私的に最近ヒットなのは赤毛の案内人の子かなー?その気なさそうだけど私らの業界じゃあの娘みたいなタイプどストライク…』

麦野『…いい加減テメエの口から出る屁の匂いは嗅ぎ飽きた。巫山戯けてんなら切るわよ』

電話の女『こいつー!で・も・さ』

頭の中でこの女をバラバラのミンチにしてやる所を私は想像する。
だけど声しかわからないから人物像が朧気にしか浮かんで来ない。
やっぱり電話で良かった。目の前にいたらカウントされないバラ肉の一つに変えてやる所だ。

電話『あんた、人間が大嫌いで殺しが大好きだろ?』

麦野『…テメエがテレフォンカウンセラーだっただなんて初めて聞いたよ。やっぱりテメエはいつかバラしてやる』

電話の女『まあまあしゃべらせてよ。あんたの殺しはさあ、無駄が多いんだよ。あそこまでやんなくたって人は死ぬ訳だし、手間で言えば雑草引っこ抜くようなもんじゃない?違うかなー?違わないよねー?』

私は頭の中で何度目になるかわからないゴアシーンを中断させて上条の事を考える。
路地裏で出会したレベル0。そして私を救い出した無能力者。今日紅茶を淹れてあげたら吃驚してた。
マリアージュフレールのベリーフレンチ。私のお気に入り。好み似てるのかな?

電話の女『かと言って威嚇と見せしめってのもちょっと違うよね?そんなもんにヒー!ってビビるような一般ピーポーは暗部になんて堕ちて来ないし、今回のはフラスコとビーカーがお友達の研究者達ばっかりだったし?』

それだけに、帰りの歩道橋で出会したあのグラサンアロハの野郎が1日の終わりを盛大にぶち壊しにしてくれた。
上層部からのメッセージってなに?このレズだかバイだかわかんない電話の女からは今のところ一言もないんだけど?

電話の女『――結論。あんた、血見ないと生きていけないよ。熱上げてる男の子いるみたいだけど、痛い目見る前に身引いたら?』




758作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:26:02.42iJthfSiAO (4/23)

~3~

麦野『――女ぁ。何言ってるかわかんないんだけどさあ…電波悪いんじゃない?』

電話の女『こいつときたらー!都合の悪い時だけ聞こえないふりはよくないぞー?あんたが最近お熱な男の子、ありゃよしなよ。住んでる世界が違い過ぎる』

麦野『おい。大概にしとけよこの変態女…テメエ、そんなに死にてえか?』

電話の女『なら聞こえるように言ってあげよう!――ライオンが草食動物と一緒にいれる時は狩りの時だけ。ライオンから狩りは取り上げられないよ。あんたもそう』

悪寒がした。電話越しで良かった。今、私の背中に冷や汗とも脂汗ともつかない嫌な汗が流れてる。
なんなんだ?あのグラサンアロハといい、この学園都市の『闇』はどこからどこまで見通してるって言うの?

電話の女『賭けてもいいよ。いつかあんたはその男の子の命取りになる。あんたがやってもやらなくても、“闇”ってのは夜みたいに簡単に晴れないから“闇”なんだからさ?』

女は続ける。私が理性がどんなに否定しても、本能や遺伝子レベルで血を見なきゃ気がすまない人間だと。
そんな私が上条の側に長くいれば、深く接すれば、私を取り巻く“闇”がいつか火の粉を飛ばすと。
そして今、私にそれを反論出来る材料は見当たらなかった。

電話の女『血で汚れたあんたの身体でも、男なんて立つもんは立つし、優しくしてくれるよヤラせるまでは。顔とスタイルだけは人並み以上にずば抜けてて良かったねー?くうー!美人は得だねっ』

私の中でその調子外れな口調とボイスチェンジャーの音声が不協和音となって耳朶を逆撫でする。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。この女の後ろに広がる闇の深さに眩暈がする。
何故?どうして?こんな気持ちになる?ザワザワして落ち着かない?

電話の女『まっ、私からの話はここでおしまいっ。もしあの男の子に諦めついたら電話しといで?身体で慰めてあげちゃうぞ☆ではでは…オーバー♪』

通話が終わった後…私は悪夢から跳ね起きたように高鳴る動悸に胸を締め付けられた。
命令も強制もされてはいない。ただ悪戯心の延長で為された忠告に胸騒ぎが止まらない。
上条は今、私を庇って装甲車に轢殺されかけ入院している…
そうだ。元を辿れば私だ。私が原因なのだ。




759作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:28:42.76iJthfSiAO (5/23)

~~

滝壺『むぎの?どうしたの?』

麦野『…滝壺…』

滝壺『車、酔った?ひどい顔してるよ』

携帯電話をしまい、座り直した所で滝壺が目を覚ました。あれだけ長電話に付き合わされりゃそりゃ起きもするか。
けれど私は今話した内容を言いはしない。私はリーダーだ。『アイテム』を束ねて率いるリーダーだ。
私が口を滑らせて出した弱音が、どんな事態の引き金になるかわからない。

麦野『別に。血の匂いにでも酔ったのかしらね。ちょっとばかしやり過ぎたか』

滝壺『かみじょうの看病疲れかと思った。むぎの、今日もいたもんね。リンゴのウサギさん、美味しかったよ』

麦野『看病疲れって言うほどの事は何もしてないんだけど?』

滝壺『でも、奥さんみたいだったよ?』

麦野『なっ…なに言ってんのよ滝壺…体晶使い過ぎておかしくなったんじゃない?』

滝壺『むぎの、ひどい』

べっ、別に私はあんなヤツの事なんて何とも思ってない…そりゃあ、私が追い掛け回して付け狙って待ち伏せして始末しようとした挙げ句ああなっちゃった訳だから…
別に、あいつといると何だか落ち着かなくて、離れてると不安になったり…滝壺、何ニコニコしてんだよ。ちょっとしたレア顔だぞそれ。写メっていい?

滝壺『むう。せっかくそんなむぎのを応援してあげようってこれ持って来てあげたのに』

麦野『ああん?何だそれ』

滝壺『せれびっち。男の子の落とし方特集』クワッ

麦野『はあああぁぁぁ!?』

と、そこで滝壺が差し出して来たのはなんて事はない。頭の悪い女御用達の雑誌だ。
ファッションだったりメイクだったりは別に良い。けど滝壺が開いたページは『気になる男の落とし方テクニック~デキる女子の○×テクニック~』なる特集だった。
って言うかあんたそんなもん読むのか滝壺…同じジャージ20着以上アジトに揃えるくらい着心地重視のクセして。

滝壺『ここにあるよ。男の子が風邪で弱ってる時は手料理で胃袋から抱き締めちゃえ!って』

麦野『いやいやいや。待とう滝壺。私が悪かった。私が最近あんたをコキ使い過ぎたから疲れてんでしょ?ね?ちょっとあんたにオフあげるから…』

滝壺『で、手料理の後はむぎのがいただかれなきゃいけないんだけど、病院でそういう事しちゃいけないよね?退院してからにしようね』

麦野『滝壺ォォォォォォ!』

運転手『(デューダしたい…)』


760作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:31:10.82iJthfSiAO (6/23)

~5~

と…とどのつまり、滝壺としては私と当麻の仲を応援したいんだそうな。
けどな滝壺…私にはそういうのはよくわかんないんだよ。人を好きになるとか男に惚れるとか誰かを愛するだとか…
あんたらの手前そういうのに興味ないフリしてるだけで…
今だってわかんないんだよ。どうして上条の側にいたいのとか、上条の側でどうしたいだとか…

滝壺『むぎの、お料理出来る?』

麦野『出来るわよ。女の一人暮らしなんて手抜きすりゃ男よかひどくなるくらいあんただってわかるでしょうが』

滝壺『良かった。じゃあ、上条が退院したらお祝いにご飯作ってあげよう?』

麦野『い、いいわよ別に…彼女でもないのにそんな事すんのって変じゃない?』

滝壺『むぎのはなりたくない?かみじょうとそういうの』

麦野『………………』

わかんないわよ滝壺。あのグラサンアロハの言葉と、電話の女の話。
あんな会話をした後…そんな風に考えられないよ。私だって暗部ではそれなりに知られてる。恨みだって買ってる。
そういうクズ共が私に近しい上条を狙わないだなんて言えない。
確かにあいつの右手は私の原子崩しすら掻き消した。でもそれが私より強い事にはならない。

麦野『…なあ、滝壺』

滝壺『なに?』

麦野『私があいつの側にいる時…私はどんな顔してる?』

そう、私には部下や仲間はいても友達はいない。
おかしな話…暗部に属する私の回りに飛ぶ火の粉を払える程度の力がある同じ穴の狢しかいないしいらない。
友達なんか、私より序列やレベル低いヤツ従えてどうする?
かと言って第三位なんて絶対ごめんだ。自分より序列が上なのもあのキラキラした感じも気に入らない。
だけど…それでも上条が私より強かったら、私はあいつをどうしたい?

滝壺『――むぎの、笑ってるよ?』

麦野『!』

滝壺『私達といる時よりいっぱいいーっぱい…女の子っぽく笑ってるよ?』

な、なに言ってんのコイツ…いや、確かに振ったのは私だけどさ…
会話のキャッチボールをピッチャー返しすんな。コイツこんなヤツだったか?


761作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:32:33.66iJthfSiAO (7/23)

滝壺『むぎの、むぎのは私達の中で一番強いよね?』

麦野『そりゃね…悪いけどあんたら三人が束になったって負ける気しないわね』

滝壺『かみじょうよりも強い?』

麦野『あんたねえ…レベル5とレベル0、竹槍と大砲以上の差よ。負ける要素を探す方が至難の業だわ』

滝壺『じゃあ――出来るよね?かみじょうにご飯作ってあげたりするくらい、強いむぎのならちょちょいのちょいだよね?』

麦野『うっ…』

滝壺『別に、こんなの難しくないよね?私達より美人だしスタイルいいし、むぎのがちょっと本気出せばイチコロだよね?』

麦野『あっ、当たり前でしょ?あんな童貞臭いヤツ、私が掌で転がしゃなんて事ないっての』

滝壺『うんうん。私はそんな強いむぎのを応援してる』

クソッ…思いっ切り幅寄せされた。こんな時に限って目がパッチリ開いてやがる。
思ったより私が拠り所にしてる所突いてくんのが上手いわね…
決めた。コイツにこの手の色恋沙汰は相談しねえ。どんどんエラい所まで乗せられて梯子外されそうだ。
つか胸に限ればお前だって結構なもんだろ。足と言えないあたり自分が侘びしい…

麦野『そうね…じゃあシャケにするか』

滝壺『シャケ弁はメッ』

麦野『違うわよ。シャケ料理。病院食って塩気少ないでしょ?狙い目かなって』

滝壺『むぎの、デキる女』パチパチ

麦野『やめろ。おい運転手』

運転手『はい(早く帰りてえ…)』

麦野『この先に教員向けの24時間スーパーがある。そこまで進め』

運転手『はい(ホント帰りてえ…)』

結局、私はその後スーパーで材料を買い出して、滝壺を試食係に任命した。
私の味付けは少し濃いらしく、もう気持ち薄目にと言われた。なるほど、自分じゃわからないもんだね。

そんな事があってか、退院してからの上条に振る舞った料理は大好評だった。
私もそれを真に受けて、ついつい頭の中から抜け落ちてしまっていた。

電話の女に言われた事。私に関わる事でいつか上条が『闇』に巻き込まれるという事。
そして私も『闇』から引退し、そんな不吉な予告めいたそれをすっかり忘れていた。上条と行動を共にするようになってから。


そう、黒夜海鳥とか言う『新入生』の魔手に、上条が倒れるその時までは――





762作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:35:12.79iJthfSiAO (8/23)

~とある病院付近・廃ビル~

最終攻略ポイントは病院、フレメア=セイヴェルンらが匿われているエリアだった。
駆動鎧を纏った暗部構成員らは必然的にそこへ連なる最短にして最適のルートを割り出すのが最優先であった。

暗部A「気をつけろ。目標の病院は“あの”猟犬部隊が返り討ちにあった曰く付きだぞ」

暗部B「了解」

真っ正面切っての侵入は流石に目立ち過ぎると言う理由で布陣のみ敷き、本命の別働隊が裏手から回るベーシックな作戦が取られた。
今や駆動鎧の部隊は打ち捨てられた廃ビルを迂回しての侵入方法を確立していた。
幸いにも時刻は深夜…闇に乗じるにはうってつけのそれだった。

暗部A「(そうだ…落ち着け。今回はラインの確定からの殲滅だ…黒夜もそう言っていた)」

駆動鎧。それが彼の拠り所でもあった。並大抵の重火器では凹み一つ生み出せない、最先端技術が生み出した鋼鉄のマクシミリアン。
如何な能力者であろうとも、この装甲を突き破っての攻撃などそうザラにはないはずだ。
ましてや前情報によればほとんどが女子供…如何に『卒業生』であろうと、遅れだけは取るまいと



フッ…



暗部A「!?、さっきのヤツか!!?」

過ぎったセンサー群に映り込みかき消えた影に即応する。
同時に二足歩行の駆動鎧を差し向け、一気に壁を抜くようにしてビル内部へと突入する!

暗部A「(押し潰す…!)」

ゴドン!!とビル壁をぶち抜き、粉塵ごと突っ切るようにして追撃する。
右腕の先を本体部分より巨大にして強大な防盾と直結していた。
大雑把ながらも分厚いそれは駆動鎧の出力を以てしても持ち上がらない。
しかし、その下部に取り付けた車輪が自走補助を可能とし――

暗部A「(そして――吹き飛ばす!)」

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!

防盾の中央部より射手の穴が備え付けられ、そこから飛び出した砲身を斜めに傾け、一斉掃射する。
遮蔽物となる壁面ごと丸ごとくり貫き、砕いて崩し鉄筋コンクリートをまるで濡れたウエハースのように吹き飛ばす!

暗部A「(潰れろ化け物共め!!)」

ガガガガガ!!と削岩機よりも凶悪な破壊音と共にビル壁面から内部を木っ端微塵に穿ち抜いて行く。
こちらは盾を手に安全圏から一方的に相手を殺戮出来るという『矛盾』を孕んだ…
それでいて兵器というものの王道を追求したそれが―――



『   馬   鹿   が   』






763作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:36:20.95iJthfSiAO (9/23)

暗部A「―――!!?」

弾幕による粉塵の彼方より、背骨にドライアイスの剃刀でも突き立てられたかのような錯覚すら引き起こす怖気を震わせる声色。
毛穴全てが開き、肛門が萎縮するかのような底冷えする悪寒。そこへ――

ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

闇眩ましを引き裂くように迸り放たれたアイスブルーの光芒が天井から上のフロアまで…
熱したナイフでバターを切るより容易く切断し、瞬き一つで瓦解してくる!!

暗部A「うおおおおおおー!!?」

歯噛みし、手にした防盾に身を竦めるようにしてやり過ごす。
滝のように降り注ぐ瓦礫、雪崩のように押し潰してくる鉄筋コンクリート、しかしこれだけならばまだ命は拾える!
衝撃に耐え、苦痛に耐え、恐怖に耐える。まだだ。こんなものでは傷一つつけられない。そう確信し――

麦野「無駄だってんのがまだわかんねえのかああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

暗部A「!?」

そこへ…瓦礫の山に埋もれ身動きの取れなくなった駆動鎧へとにじりよる影…
その華奢なシルエットは間違いなく女だった。成人と少女の狭間にある女性のそれが…
悪鬼すら裸足で逃げかねない、雷鳴が如き怒声を張り上げて防盾の前へ身を晒し――

麦野「間が悪いよねえ?運が悪いよねえ?テメエらが撃ちやがった“私の男”が言うなら“ツいてねえよなテメエらホント”にさァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

轟ッッと女の左手から妖光の扉が開き、駆動鎧の防盾に浴びせかけられて行く…
それもなぶるように炙るように、逃れ得ぬ『死』をじっくり咀嚼させるように防盾を『溶解』させて行く!

暗部A「わああああああああああああああああああああ!!?」

麦野「ほーら噛み締めろ…そんで味わえ!恐怖で吐くまで食い残すんじゃねえぞこのクソ共がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

砲弾ですらビクともしないまさに鉄扉の防盾が溶鉱炉に浸され形を歪め、失い、崩されて行く。
コックピットまでの鉄壁の守りが寸刻みで融解し、秒刻みで溶解し、身動きの取れない恐怖の中魂まで焦がし尽くすようにして…!

麦野「アッハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハ!!!!」




764作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:38:43.70iJthfSiAO (10/23)

この時、構成員は絶望した。何に絶望したかと言えば『ただ殺されておしまい』などと言う極めて温情ある選択肢を相手は決して与えてくれないと言う事。
相手はわざわざ『瓦礫で動きを封じ』『なぶり殺しにするために盾を溶かして』いるのだから。

麦野「どっからジュージューしてやろうかァ!?目ん玉から行って目玉焼きかァ?黒っぽいミイラみたくなるまでこんがり焼いてやるよ!ビビって縮こまった×××は最後まで残しといてやるからさあ、テメエの身体の焼ける匂いで人生最後の××××させてやるから天国で射精しなァァァァァァァァァァ!!!!!」

暗部A「止めろっ!止めてくれ!!誰か!!誰か助けてくれ!!誰かァァァァァァァァァァ!!!」

バキャッ!と駆動鎧全体を守り抜けるほどの防盾は呆気なく焼き切られた。
ガチャン!と泣き別れに終わった鋼鉄のそれは割られた卵の殻以下だった。
瓦礫の山の上からこちらを見下ろして来る女の表情は狂気と狂喜に歪んでいた。
常識外れの熱量を伴う妖光を左手で弄ぶその狂熱が乗り移ったようなまさに鬼気迫る美貌。

麦野「パリイ!パリイ!パリイ!ってかァ?笑わせんじゃねえぞウジムシが!こんなチャチなハリボテ引っさげてこの街の闇(卒業生)に勝てるとか夢でも見たかァ!?だったら夢の続きは覚めねえ眠りの中でするんだねえ!ママの指でもしゃぶってさァァァーあっはっはっはっは!!」

ドジュウウウ!!と防盾に飽きたらず、今度は駆動鎧の四肢部分…
まずは左腕部分を『溶接』の要領で焼き切って行く。
それもナイフとフォークでも使って切り分けるような光景すら見せつけて…!

暗部A「おぶぁぁあ!ああ!ふばぁあああがぁああああギャァァァ!!」

麦野「食われるだけのブタ野郎が!!逃げ回って楽しませるだけの獲物にもなれねえなら、泣いて喚いて叫んで私を長く楽しませろ!!手足無くしたダルマの方が転ばねえ分まだ気合い入ってるぞ?焼いて黒目入れて潰してやるのがテメエの見る最後の光景だ死ぬまで楽しんでけよォォォ!!」

麦野沈利の中の負の一面。その暴力的なまでの凄惨な残虐性。
上条当麻と心通わせてから完全に乗り越え制御していたそれ。コントロール出来るが故に…『解き放つ』!!


765作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:39:54.95iJthfSiAO (11/23)

麦野「(ああくだらねぇ。気持ち悪い。吐きそうだ。くたばるんならもっと綺麗にくたばれよ)」

肘の中ほどから原子崩しで切断した左腕を、今度は肩口へと矛先を変える。
蓋を閉め忘れて倒してしまったペットボトルの飲料水のようにしか迸らない血。
最初の切断で血を吹き出させてしまい過ぎてこのままではショック死してしまう。

麦野「(臭い。脂肪と体液が焼ける匂いが鼻が変になりそうだ。最悪の気分だ)」

左腕はもういらない。次は片目を潰す。でもこんな汚いものを素手で触りたくない。
原子崩しの光球の出掛かりで焼き鏝を刻むように押し付ける。
範囲を狭めそこなって目蓋から眉毛あたりの皮膚までくっついて来て気分が悪い。

麦野「(うるさいなあウルサいなあ煩いなあ五月蝿いなあ五月蠅いなあ)」

次はどうする?あんまり悲鳴が耳障りだから舌を切り取ってもダメそうだ。
喉を引き裂いて中に手突っ込んで奥から舌を引っ張り出すか?
いや、それなら首を刎ねた方が早い。終わりをどこに決めるか?

麦野「(汚ねえ。臭い。キモい)」

顔を見たくないから焼く。焼いて潰す。焼き石に水をかけた時みたいに湯気立つ。
もう口なのか鼻なのかわからない。ああ、まだ歯がついてる穴があるからこれは口か。
呼吸だか心臓だか脳だか好きな順番で止まれ。勝手に止まるまで解体してやる。

麦野「(濡れもしねえし感じもしねえし楽しくもねえよ。人を快楽殺人中毒者みたいに言いやがって)」

ビクビク痙攣してやがる?何?イッた?イッちゃった?
臭いから出すなよ。内臓とそん中に詰まってんのが一番匂うんだ。
焼いても焼いても匂うが消えなくてうんざりするんだよ。血液より体液が焼ける匂いの方がキツいんだからさ。

麦野「(――ああ、そっか。私、不感症なんだきっと。テンション上がっちゃってても不感症なのか)」

嗚呼、焼き肉の端っこの取り忘れみたいだ。骨まで溶けて来たか。
おかしいな、笑い転げてる自分と冷めてる自分が二人いるみたいだ。
当麻に抱かれてる時は何にも考えられなくなるくらい溶けちゃうのにな。私、Mだし。



お前、もういらないわ。首から下、もういらないわね?


766作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:42:26.57iJthfSiAO (12/23)

~水底に揺蕩う夢4~

俺に絵心があれば良かったんだけどな、ってたまに思う事がある。
そりゃあ赤点常習犯だし補習常習者だし、美術だってそんなに良い成績貰えてる訳じゃない。
それでもなんつーか…ちょっとくらい美的センスでもあればなって思う時がある。

それは沈利の横顔や、寝顔や、笑顔を見た時に尚更強く感じさせられる。

濡れたみたいに艶っぽい唇が皮肉そうに形を変える時だとか、不機嫌そうに眉根に皺を寄せたりだとか、俺のくだらねえ話をハイハイって受け流す時の手指に嵌められたリングだとか…

触れれば指先ごと埋まっちまいそうな肌だったり、卵形というよりシャープな輪郭だったり、物憂げそうに伏せられたり悪戯っぽく緩んだりする切れ長の眼差しだったり…

俺しか知らない、沈利も知らない部分まで俺は知ってる。
多分それは目で見たりするより触れたり味わったりする事を通じて俺は知ってる。
沈利が泣いた時の顔だとか、啼いた時の貌だとか、俺だけが知っていると思いたい事柄のいくつかを俺は知ってる。

俺は絵心なんてねーから、カメラなんかを考えて、やってみたりした。
子供の頃、父さんがいっぱい写真を撮ってくれてたのを覚えてるからだ。
それだってセンスは必要なんだろうけど、筆を選んだり色を選んだり構図を選んだりと感覚的な部分を要求されるそれは随分と簡略化された。
もしかしたらカメラって、絵の描けない人のためにあるもんなのかも知れねえな。

沈利一人を撮った写真、俺達二人で撮ったプリクラ、三人一緒に撮った画像…
いつだったか『写真は思い出の付箋』だって言ってみたら本気で引かれた。もういっぺん言ったら『二回言わなくていいから』って言われた。
プリクラのコンテストに出した時思い切りプリチュー状態だったのに、こういう距離感が未だによくわかんねえ。

写真の話になった時、沈利に振ってみたけど空振った先からバットがすっぽ抜けてぶつけられたみたいなリアクションが返って来た。
沈利は実家でよっぽど嫌な思いをして来たのか…家族や子供だった頃の話に引っ掛かったみたいで薮蛇だった。
コイツが『子供は嫌い』って良く言うのと、なんか関係があるのかも知れねえけどまだ聞けない。
沈利に嫌な思いをさせてまで好奇心を優先させるほど上条さんは旺盛でございませんの事ですよ。




767作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:43:14.66iJthfSiAO (13/23)

~2~

けど…そんな写真すら見た事ないはずなのに、俺にはわかる。
この小さな女の子は麦野沈利だって。俺の中の俺も知らない深い部分がそう言っている。

沈利『………………』

子供らしかぬ、凍てつくような眼差しと冷めた表情。
俺の子供時代…そんな多くの友達なんていた訳じゃねーけど、そのどれとも違う小さな雪の女王みたいな雰囲気。
沈利の面影が強く残っている事と、膝に乗せた沈利が手放せないあのぬいぐるみだけが唯一、子供らしさの名残みたいに見えた。

上条『沈利…お前、どうしたんだ?』

幼い沈利の腰掛ける椅子の高さまで膝をついて俺は目線を合わせる。
それを沈利はドライアイスみたいな目で見て来る。
俺が初めて出会った頃と同じ眼差し、そして多分…この年頃の子供がしちゃいけない目をしていた。

沈利『とーまがいないの』

上条『……?』

沈利『とーまが、いないの』

それだけ言うと幼い沈利は抱き締めたぬいぐるみで口元を隠すみたいにした。
どことなくインデックスに似たポワポワした声。
でも…俺は首を傾げたくなる。『とーま』ってのは多分俺の事のはずなんだ。
ならどうして目の前に俺がいるのにこの娘にはわからないんだ?

沈利『とーま、いっつもひとりでどっかにいっちゃうの。あぶないことしてほしくないのに、いっぱいけがしてかえってくるの』

上条『………………』

沈利『とーまがいたいとわたしもいたいの。とってもとってもかなしくなるの。でも、わたしはないちゃいけないの』

その子は俺から目を背けるようにしてぐずるように言う。
けれどそれはおやつが少ない事を嘆いている子供の声じゃない。
まるで…俺が父さんと母さんが揃って出掛けるのを『寂しくなんかない、俺は平気だ!』って強がって初めて留守番してた時みたいな…そんな感じだ。

沈利『わたしがないたら、とーまがこまっちゃうから、だからわたしはないちゃいけないの』

ギュッとぬいぐるみを胸に強く抱き直して、幼い沈利は言う。
その表情に俺は見覚えがあった。それは沈利のふとした時の仕草だ。

眠れなかったのか寝なかったのか…夜明けの窓辺を膝を抱えて座ってる背中。
何かを思い詰めたように、真っ昼間の光の中頬杖をついて考え事をしてる横顔。
疲れ切ったように、俺の布団に入って来た時の寝顔。

この娘は、沈利そのものなんだ




768作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:45:30.47iJthfSiAO (14/23)

~3~

沈利『わたしは、とーまといっしょにいたいだけなの。おかしもおもちゃもいらないの。とーまだけほしいの』

この子の氷みたいな眼は、涙が冷え切ってしまった子供の目だってわかった。わかっちまった。
『泣き方』を誰からも教われなかった、『泣く事』を自分に許す事を諦めてしまった子供なんだと。
それはきっと、涙と一緒に笑顔まで殺してしまったんだと想像させられるそれ。
そしてそれ以上に――この娘は俺を責めている。この上なく正当に。

沈利『だれかをたすけたり、わたしをまもってくれる“ひーろー”じゃなくっていいの』

この娘は言う。俺が傷つくくらいならヒーローになんてならなくていいと。
楽しい玩具も美味しいお菓子もいらない、ただ一緒にいたいんだと。

沈利『よわくても、かっこわるくてもいいから、どこにもいかないで。ずっとわたしといっしょにいて』

上条『沈利…』

沈利『いたいの!とーまといたいの!ずっとずっといっしょにいたいの!』

ずっと、この娘は、沈利は、そう言いたかったのかも知れねえ。
ずっとずっと…俺は我慢させちまってたのかも知れない。
俺すら知らなかったはずの、沈利の中の小さな女の子の部分。
苦しかったはずだ。泣きたかったはずだ。辛かったはずだ。俺が一番近くにいたはずなのに、誰よりも遠かったんだ。俺が一番。

沈利『かっこいい“ひーろー”なんていらない!かっこわるくても“とーま”がいいの!いっしょにいてくれる“とーま”が!!』

この子の魂が叫んでる。都合の良いヒーローなんかいらないって。
この子が欲しかったのは救いのヒーローなんかじゃない、ただ側に『上条当麻』が居てくれる、それだけで良いんだって。

沈利『だから“とーま”はいないの!!わたしといっしょにいてくれる“とーま”は!!』

だからこの子は『当麻はいない』って言ってたんだ。
たった一人で、ぬいぐるみを抱えて、この世界にひとりぼっちだったんだ。


この、『上条当麻不在の世界』で





769作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:46:19.97iJthfSiAO (15/23)

~とある廃ビル~

暗部B「ひぎゃァァァアアがばぁあかなああぇお゛ぇうあやぁぁがびがあァァッッ!!?」

嗚呼…当麻に抱かれたいなあ…あの、筋トレとかジム通いじゃつかない、針金を束ねたみたいな二の腕の筋肉が私は好きだ。
近い例えを持ち出すなら、肉体労働で身についたような自然な付き方。
今私が片足を原子崩しで切断して、犬の糞以下の悪臭を撒き散らして喚いてる死にかけのバッタみたいな男とは全然違う。

麦野「オラオラオラァッ!まだ片足残ってんだろぉ!?突っ立ってもらんねえなら畑の案山子以下だぞ木偶の坊が!!追っ払うカラスにプチプチプチプチ啄まれて僕ちゃん歩けませんってか?飽きるまでブチコロシてやるから何遍でもくたばれよォォォ!!」

何匹目かの食い散らかした雑魚。テメエの垂れ流した血を小便みたいに引きずって貧弱な腕だけで逃げてやがる。
ビルの出口目指して匍匐前進!ってか?無駄な足掻きご苦労様。
片足でも足掻きってのか?もういいやなんだって。

暗部B「ひひゃっ、うう゛るる…あぎゃばばばがうがあああう!ひぃぎゃァァァアア!!」

ノイズみたいな声がガンガン頭に響いて耳鳴りがして来る。私の喘ぎ声なんておしとやかなもんだ。比べれる相手なんてもちろんいないんだけど。
声がカラカラになるくらい叫ぶのも、アイツの首筋に噛み付いて耐えるのも私は好きだ。
でも、生きたままバラバラにして行くのって思ったより気持ち悪いんだ。
自分で言うのもなんだけど、私って潔癖症っぽい所あるし。

麦野「ギャッハッハッハハッハッハ!!上がるね上がるね叫ぶ声!喉破れてんじゃない?腹筋使うわねえ?どこまで叫べるか試してやるよォッ!!一分でも一秒でも長生きしたい分だけ腹ん底から声出せやァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

決めた。そうだ。優しく楽にしてあげよう。股の下から頭のてっぺんまで原子崩しでジワジワ焼き切ってやる。
喜べよ。やっと痛いのからも怖いのからも開放されるんだにゃーん?
私にはサディズムも猟奇趣味もないんだ。書き間違いした紙を破って捨てるのに感想なんかいらない。
焼けて来た。香ばしさもへったくれもない、吸い込んだ肺まで腐りそうな匂い――


ブチンッ

あっ、千切れた。バッタの方がまだ頑張るぞ。
ああイライラが収まらねえ。ムカムカが止まらねえ。
最低に最悪の気分だ。黄ばんだ腸晒してんなよ。胸糞悪くて反吐が出る。




770作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:49:51.92iJthfSiAO (16/23)

原型を留めなくなるまでバラバラにする。再生治療が意味をなさないレベルまで。
人体を破壊し尽くせば、解体し尽くせば、『人間』だとわからないレベルの『肉塊』にしてやっと私はそれを『物体』として認識出来る。

あれだ、子供が窓ガラスの割れた箇所を隠しきれずに最終的には窓ガラスそのものを粉々してしまう理屈に似ている。
電話の女が言う『人間が大嫌いで殺しが大好き』なんて推理は的外れもいい所だ。
コートについた血糊が膠みたいにベタベタする。気持ち悪い。誰かの遺伝子が乗った血。気持ち悪い。病気になったらどうする。

四つ裂きか八つ裂きか考えてた挙げ句股裂きにして始末した名前も知らない虫螻を避けて私は進む。
靴底が溶けたアスファルトみたいに血糊でべたつく。砂を噛んでる。
こんな兵隊蟻だか働き蟻をプチプチ潰して回っても意味がないな。
女王蟻を潰す。巣穴ごと潰す。水の代わりに血を流し込んで潰す。

解体に感情なんかいらない。作業に感傷なんていらない。
その癖頭に登りきった血が下りて行く時、私の全身は氷水でも流し込まれたように手足の先まで重くなって行く。どうしようもなく。

欲しい。欲しい。当麻が欲しい。あの少し固い指先で、私の柔らかい所全てに触れて欲しい。
私の低めの体温を温めてくれる腕が、熱いくらいの身体に包み込まれたい。
何本入ったかわからないくらい濡れた指でも届かない場所に、アイツが入って来る時が一番好き。

聞こえてくる。破壊音。駆動音。馬鹿が、馬鹿が。馬鹿が!馬鹿が!!
そうか、お前らは虫だったな。巣に肉団子か糞団子を持ち替えるために出張って来る害虫だ。
ほら来た。ほら来たよ。何匹目か数えてないけど、全部潰せば数える意味なんてなくなる。
でもお前に夜明けは来ない。闇は夜みたいに晴れない。闇の底で押し潰されろ。

私は当麻と過ごす度、朝なんて来なければいいのにと思う。
ずっとくっついて、溶け合って、一つになりたい。

アイツが私の中で果てる時のひくつき、ドロドロと熱いものに埋め尽くされて行く私。

流し込まれたそれに、私は爪を立てて声を上げる。

私は当麻の体温に合わせて溶ける氷になりたいんだ。

私が欲しいものなんてそんなもの。
 
 
 
来い、虫螻共
 
 
 
付き合ってやる。私が嫌いな朝が来るまで 
 
 



771作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:50:45.10iJthfSiAO (17/23)

~とある病院前・制圧地域~

黒夜「ひっでえもんだ。加減を知らないんじゃない。加減なんてもん頭から無視したやり方だ。こりゃ“やられ役”が何人いても追っ付きそうにねえか?」

文字通り『鬼気迫る』麦野の一方的な殺戮…否、虐殺を目の当たりにして黒夜海鳥は唇の橋を夜空にかかる三日月のように吊り上げ歪んだ笑みを浮かべた。
駆動鎧十数機を投入したものの、このままではただただ消耗するばかりだ。
別段使い捨ての人員、使い潰しのコレクションがいくら目減りしようが黒夜の腹は一切痛まない。
しかし上層部から既に『やり過ぎだ』との苦言も漏らされている。が

黒夜「第一位と浜面仕上に比べりゃ細くて物足らない枝だけど…コイツは枝じゃなくて彼岸花だ。血を養分にして地獄に咲く絶望の徒花さ」

絹旗最愛に感じる憎悪を伴ったシンパシーとはまた異なるフィーリングを黒夜は麦野に感じていた。
自身が上層部から唯一信頼されている点…『揺るがない』という一点。
恐らくは麦野沈利という『死』と『暴力』と『狂気』を連ねた三つ首の魔犬、冥府の亡者の血を啜り肉を食み怨瑳の声を糧とするケルベロスもまた『揺るがない』。

黒夜「さあて、オペラグラスで見てるだけじゃ舞台は進まない。私も上がるとしようかねえ?この血みどろのブッファに」

恐らくは甘いお菓子を投げても、天上の竪琴を奏でてももう麦野は止まらない。
『上条当麻』という唯一無二の存在を血祭りに上げられた以上、黒夜の喉笛を喰い千切るまで止まりはしない。
あそこにいるのはまさにこの学園都市の闇の化身、正真正銘の怪物だ。
同時に黒夜は考える。あれは人喰い鬼だ。だが『鬼』には『鬼』の甘さがあると

黒夜「生首持って踊るサロメ、そろそろ仕舞いにしようか?この馬鹿踊りを」

第一位の反射すら突き破る『仕込み』は既に済ませてある。
相性の面から言って天敵とも言うべき第三位は参戦していない。
復活した第二位はこの場にいないし何も知るまい。
故に最も黒夜にとって勝率の高い第四位であった事は誠に僥倖である。
絹旗最愛の前に突き付けてやる。麦野沈利の取った首を手土産に。
その様を想像するだけで黒夜の笑みはより歪む。この上なく。




772作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:53:14.63iJthfSiAO (18/23)

~とある病院・集中治療室~

ズンッ!!ズンッ!!と断続的に身体の奥底から揺り動かし空気を震わせるような音がする。
まるで夏雲の中稲光る遠雷のような戦闘の音の中、一人の少女が目を覚ます。

御坂「うっ…」

禁書目録「短髪!」

少女は冥土帰しに掛け合った浜面仕上に引きずられるようにして屋上から回収された。
そして今やシェルターと同義である集中治療室の中へ運び込まれて来たのだ。上条当麻の眠るベッドの近くまで。

御坂「うっ…くっ…」

禁書目録「気がついたんだよ」

刈り取られた意識の闇から浮かび上がって来た眼差しを蛍光灯の照明が焼く。
鳩尾あたりに感じる鈍痛が未だ尾を引き、御坂の喉から重苦しい呻きを上げさせる。
それをインデックスが御坂の背中に手を添え上体を起こすように促して行く。外からの発砲音は未だ止まない

御坂「……!!あの女は!!?第四位はどこ?!」

禁書目録「――征ったんだよ」

御坂「……!!」

どれほどの間意識を失っていたかを思うと御坂は身震いする思いだった。目覚めた時全てが終わってしまっていたらと。
だが御坂は目覚めた。しかし麦野は既にいない。いないのだ。

御坂「あの……バカッッ!!!」

ダンッ!と寝かせられていたソファーに握り拳を叩きつけて御坂は吠えた。
なんて馬鹿なんだと。なんと強情なのだと。なぜ…こんなにもあの女は折れずに、逃げずに、怯まずに前に進めるのかと。
しかし…わかっている。わかっている。痛いほど苦しいほどわかる。我が事のように。何故ならば――

御坂「あっ…んたも…アンタ…よぉ!!」

禁書目録「短髪!?」

御坂はソファーから叩きつけた拳を支えに立ち上がる。骨に罅が入りそうな一撃だった。
立ち上がっただけで無視出来ない目眩と嘔吐が支える足から力を奪って行く。支えようとするインデックスの肩に手をつき…御坂が病室の中足の向く先は――

御坂「――アンタら、本当にお似合いよ…馬鹿さ加減まで似た者同士…この意地っ張りの強情っ張り!…私だってここまで頑固じゃないわよ!!」

上条当麻の横たわる、そのベッドの縁、転落防止の手摺ストッパーの柵にしがみつくようにして…御坂美琴は己を支えていた。
その眼差しには…悲嘆でも悲哀でもない、怒りのあまり浮かんで来る大粒の涙に彩られ潤んでいた。どうしようもなく。


773作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 20:55:26.28iJthfSiAO (19/23)


御坂「なんで…アンタ達はそうなのよ!?ボロボロになったアンタも!ボロボロになりにいくあの女も!!命懸けてまで格好つけてんじゃないわよ!!」

上条当麻に手を取られなかった。麦野沈利に手を振り払われた。
もうそんな事に浸る感傷すら御坂は投げ捨てた。
泣いているだけならさっき済ませたばかりだ。ならばすべき事をする。それだけだった。

御坂「私が今どれだけ惨めかわかる?学園都市第三位の力なんて…アンタ達と比べたらどんだけ無力でちっぽけかわかる!?」

手が届かない。彼等の背中が遠過ぎる。もう文字通り手遅れだ。
彼等が向かおうとしている先は地図にない場所だ。
御坂では見る事も知る事も出来ない闇の中で世界の裏だ。

御坂「かなわないわよ!認めてあげるわよ!勝負なんかもうついた…私の負けよ!!勝てっこないわ!!」

だが――それがどうしたというのだ。それがなんだと言うのだ。
諦めて楽になるなら恋などしなかった。見捨てられたなら友などいらなかった。

御坂「私の負けよ!アンタの勝ち!だから…だから立ちなさいよ!起きなさいよ!目を覚ましなさいよ!戦いなさいよ!!」

わかっている。手は届かない。わかっている。言葉は届かない。
御坂はもうそれすら出来ない自分を知ってしまった。思い知らされてしまった。

御坂「アンタの世界で一番好きな女の子はね…私を友達だって言ってくれたあの性格最低最悪の私の友達はね!!今たった一人なのよ!!」

こんな形の強さなど認めたくなかった。こんな形の強さなど知りたくなかった。

御坂「アンタは“ヒーロー”なんでしょうがぁ!!あの子の救いで、助けで、支えで、あの子にとってこの世界でたった一人の“ヒーロー”なんでしょうが!!!」

自分は――なれない。上条当麻のパートナーにも、特別にも、彼女にもなれない。
だから御坂は選ぶ。自分がもっともなりたくなかったものに御坂はなる。

御坂「泣く事も知らないで!苦しいって辛いって今も叫びながら戦ってるあの子を助けられるのはもうアンタしかいないのよ!!叫ぶ事しか出来ない私に出来ない事をアンタは出来るでしょうが!!」

それは『助けられる側』だ。『ヒーロー』を呼ぶ事しか出来ない無力な側の人間だ。
誰よりも上条当麻の力になりたくてなれなかった少女の、最低で最悪で最後の選択肢。


774作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 21:00:21.08iJthfSiAO (20/23)

御坂「アンタが本物の“ヒーロー”なら立ち上がれるでしょ!?誰も彼も救える腕と手があるなら今あの子を助けてやりなさいよ!!それさえ出来ないならあんたはヒーローなんかじゃない!!」

自分が助けになれるなら飛び出して行きたい。でも麦野はそれを拒絶した。
だから――御坂は誰かの手を、ヒーローの救い手を声の限り叫ぶ。叫ぶしかないのだ。

御坂「私を救った時みたいに立ち上がってよ!!ヒーローだってナイトだって王子様だってなんだっていい!!今あの子に必要なのは…今あの子に必要なのはアンタなのよ!!アンタだけなのよ!!」

脇役なんか嫌だった。ヒロインになりたかった。でももうなれない。
観客席から声を上げる応援にも似た、力になるんだかなれないんだか自己満足なんだか自己嫌悪なんだからわからないような事しか出来ない。

御坂「――私が好きになった男はね、馬鹿だし面倒くさがり屋だしいっつも“不幸だ”“不幸だ”って勝負から逃げ回ってばっかのヤツだった」

でも――もういい。選ばれようとしたのが間違いだった。
自分で選んだものを、自分の手で掴めなかった。だから

御坂「それでも――大事な時は絶対立ち上がるヤツだった!!立ち向かうヤツだった!!アンタよ!!アンタの事よ上条当麻!!わたしが好きになったのはそんなアンタだったのよ!!」

――託す。友になった女に、愛した男の『不幸』を託す。
――託す。愛した男に、友になった女の『幸せ』を託す。

禁書目録「とうま…!!」

御坂はたった今、インデックスと同じ場所に辿り着いた。

御坂「私の声が届いてるなら!インデックスの祈りが届いてるなら!あの子の泣き声が届いてるなら!!立ち上がりなさいよ上条当麻!!起き上がりなさいよヒーロー!!」

上条当麻の手を握る御坂。インデックスが『祈り』ならば御坂は『叫び』だった。

御坂「――あの子の世界を………」

それは今、世界で一番無力で最弱な少女に使える

御坂「もう一度……救ってよ――」


――たった一つのちっぽけな魔法。
 
 
 
御坂「上条……当麻アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!!!!」 
 
 
夜空を切り裂き星を衝く…その叫びに―――


775作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 21:02:02.07iJthfSiAO (21/23)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――上条当麻の手が、御坂美琴の手を握り返した―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



776VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/14(木) 21:03:49.30EzWQrkUTo (1/1)

うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


777作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/14(木) 21:04:38.55iJthfSiAO (22/23)

~とある病院前・野外駐車スペース~

頭がガンガンする。手先がジンジンする。視界がアンテナのズレたテレビみたいなモノクロ。
砂嵐みたいなノイズが耳鳴りみたいに離れてくれない。
喉がカラカラなのに口の中が唾液でネトネトする。
唇がカサカサする。髪もパサパサしてるみたいに感じる。

麦野「どーこだぁー…出ーておーいでー」

風が生暖かい。私の足音しかしない。動き回ってたガラクタ共がずいぶん減った気がする。
どこだ。どこにいる。当麻を撃ったアバズレ、当麻を狙う腐れ売女、私の敵になるクソ野郎はどこだ。
センチ単位で溶鉱炉に沈めるか、ミリ単位で刻んで行くか。

麦野「痛くしないよすぐ逝くから。怖くしないよ何もわからなくなるから」

私のする残酷な想像全てを身体に刻んでやる。
お前の考える苦痛の想像を超えたものを心に刻んでやる。
自分でも深さのわからない闇全てを叩きつけて縊り殺してやる。
バラしたパーツを目の前で焼いて食わしてやろうか?
自分の血液で窒息して溺死するやり方だって私は知っている。知ってるのよ。

麦野「だからさあ…出て来いよイルカ女ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

散々能力開発でいじくられた私の脳味噌が、真っ黒な脳細胞が叫んでる。
テメエらは私が唯一私より大切なものに弓を引いた。私の心より命より魂より大切なものに汚物をなすりつけた。
私の全てより大切な全てに泥を塗って土足で踏み込んで来た。
当麻が選んだ戦いじゃないモノに引きずり込んだ。私と同じ側の人間がそれをした。

カツン…

黒夜「主演女優は遅れてくるもんだろう?浸らせてよもう少し」

麦野「………………」

病院敷地内の駐車場。昼間の地下立体駐車場に似た場所にてソイツは姿を表した。
なるほど、第二幕はこのステージか。意趣返しのつもりならテメエはとんだ大根だ。

黒夜「おーお怖い顔だ。夜中に見たら二度と出歩けそうにないね」

ああ。

テメエは私に似てるな。

当麻に出会う前の私だ。

頭の天辺から足の爪先まで『闇』に染まったクソだ。
 
 
 
 
 
 
 
麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
 
 
 
 
 
 
―――月が、空に空いた穴みたいだ――


778投下終了です。2011/04/14(木) 21:07:14.15iJthfSiAO (23/23)

投下終了となります。たくさんのレスをいつもありがとうございます…一つ一つがわたしの宝物です。心から感謝いたします。

次回の投下は日曜日になります。よろしくお願いいたします。それでは…失礼いたします。


779VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県)2011/04/14(木) 21:08:08.38/DnVAytUo (1/1)

麦野、幸せにならなあかんよ。自分から捨てたらあかんよ。


780VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方)2011/04/14(木) 21:19:40.57aKtbv+Wfo (1/1)

暗部A「ばすまっすぐ行ってぶっ飛ばす右ストレートでぶっ飛ばす」


溶接じゃなくて溶断だなコレ


781VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県)2011/04/14(木) 21:28:28.30/KAbjJZjo (1/1)

ヘタな小説や漫画で長期なものだと、初期の設定とか会話が回想シーンなんかで変わっちゃうこともあるけど、何一つ変わってないのが凄いなあ。
そういうのって作者が覚えてるのかな?
書いてる周りにメモでもして置いてるのかしら?


782VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県)2011/04/15(金) 09:16:40.54ip7wLIRdo (1/1)

>>781
むしろメモなし、プロットなしで即興で矛盾なく書けたら、化け物だわww


783VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/15(金) 15:59:31.69WKMJiVIC0 (1/1)

むぎのんがこわすぎる。殺人描写と心理描写とセリフが全部ちぐはぐっぽいところなんか特に。


784作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:12:52.75fqxjHZRAO (1/34)

とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。
日曜日なので、この時間ですが投下させていただきます。


785VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方)2011/04/17(日) 17:13:37.405QmdtP23o (1/1)

どんとこい


786作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:14:41.01fqxjHZRAO (2/34)

~水底に揺蕩う夢5~

当麻『本当は――幻想に囚われてたのはお前自身じゃないのかよ』

上条『………………』

当麻『前ばっかり見て後先考えずに突っ込んで、そんなお前の背中をずっと守ってた沈利の事…お前、ちゃんと向き合えたか?』

幼い沈利の腰掛ける椅子の背もたれの裏に寄りかかるようにして、夏服の俺がポケットに手を突っ込んだまま空白のキャンバスを見上げている。
この幼い沈利が、アイツの置いてった心だってなら…このもう一人の俺は――

当麻『沈利がお前の背中をずっと守ってたってなら…そりゃずっと沈利に“背を向けてた”って事じゃねえのかよ?』

上条「……!!」

当麻『お前、それって“逃げ”って言わねえか?』

俺の心をずっと見つめてた…俺自身だったんだ。
俺の中の曲げられない部分、譲れない場所に住む上条当麻(オレ)だったんだ。

当麻『沈利が言いたかったのはそういう事なんじゃねえのか?お前が誰かを助けたり救ったりしてた間、ずっとお前を守ってた沈利は振り返って欲しかったんじゃないか』

もう一人の俺が背もたれから離れて向き直って来た。
見慣れたはずの自分の顔なのに、全然違って見える。

当麻『アウレオルス=イザードの時もそうだったろ。お前は沈利を巻き込みたくねえってあの日一人で行ったんだよ』

責めているのとも、詰っているのとも違う。コイツが突きつけてるのは…
俺が一人突っ込んで言ってる時、それを見守る事しか出来ない人間の辛さや重さや苦しさそのものだったんだ。

当麻『――“お前の全部を引きずりあげる”――そう言ったじゃねえか。なら引きずり上げてやれよ!あいつがこらえてる涙も抱えちまったもんも!全部全部引きずり上げてさらってけよ上条当麻!!!』

もう一人の俺が胸倉を掴んで来た。すげえ力で、すげえ剣幕で、すげえ気迫で。
まるで、幼い沈利を泣かせ続けて来た俺に憤っているように。


787作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:15:30.10fqxjHZRAO (3/34)

~2~

当麻『百人誰かを助けたって、本当に大事な女の子一人救えねえんじゃ意味ねえだろ!?今日だって沈利が何でお前から一人離れてったと思う?テメエを巻き込みたくなかったからだろ?テメエが本当に沈利の方を向いてたんならあの騒ぎだって二人で立ち向かって行けたんじゃねえのか!?』

上条「……ッッ」

インデックスがあの小さい女の子を連れて逃げ回ってた騒動。
沈利はその前に俺に荷物を預けて一人駆け出していった…
なんでそこで気づいてやれなかった!?あいつが何かを考えて、抱えて走り出したのを…
どうして誰より一番近くにいた俺自身がその変化をわかってやれなかった!?

当麻『――教えてやる。それはお前が鈍感だからでもねえ。ましてや馬鹿ですらねえ――沈利とちゃんと向き合ってなかった一番の大馬鹿野郎だからだよ!!』

ギュウッと鷲掴まれた胸倉を締め上げられる。
ああそうだ…今、俺が一番ぶん殴ってやりてえのは…俺自身だ!

当麻『今どんな気分だ?わかるよな?そりゃお前に置いていかれた時の沈利と、インデックスと、御坂と同じだろうが!!お前と違ってお前の事ずっと見てたあいつらと!!』

沈利は…ずっとこんな気持ちだったのか?こんなにも無力で、貧弱で、最弱な気持ちを…
涙さえ零さずに、何も言わず、一人耐えてたってのか?
俺は…ずっとそんな思いをさせてたって言うのか…そういう事かよ…!!

当麻『――お前は“ヒーロー”なんかじゃねえ。守りたい人の命は助けられても、守るべき人の心は守れねえ“フォックスワード”だ』

…わかってる。俺がヒーローなんかじゃねえって、そんなの一番わかってる。
俺は誰かを助ける手伝いをがむしゃらにやって来ただけだ。
困ってる人をほっとけなくて、助けたくって…
そんでもって…そんな中で、一番近くで泣いてる女の子一人わからなかった…本当の馬鹿野郎だ。

当麻『なら…こっから始めろよ!本当のヒーローになれよ!!ずっと憧れてたんだろ?好きな女の子を守り続けるナイトに!絵本の王子様に!ならなれよ!沈利を“守る”フォックスワードじゃねえ!沈利を“守り続ける”ヒーローになれよ!!たった一人の女の子のために、ただ一人の上条当麻として立って向き合えよ!!』

そして――もう一人の俺が――




788作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:18:34.41fqxjHZRAO (4/34)

~3~

当麻『一人の足で立ち上がろうとすんな…一人の手で何でも出来るとか思い上がってんな…お前は弱いんだ。今だって、絶対倒れちゃいけないインデックスと!御坂と!!あの小さな女の子の前で倒れて寝てるだけだろ!!お前が本当に強いんなら沈利は心の中で泣かねえだろ!!お前の前で涙こらえたりしないだろ!!!お前が本当のヒーローなら!!!!!!』

右拳を握り締め、それを振り上げる。それが俺には――
とてもとてもゆっくりに見えた。ああ、これが『俺』なんだって

当麻『ちょっとだけ手を貸してやる…取り戻してこい!!その手に抱えた幻想まとめて全部ぶち壊して、もういっぺん裸の“上条当麻”として…あの夜みたいに迎えに行け!!沈利の涙ごと全部引きずり上げて来い!!そっから始めろ“偽善使い”!!!』

そして――拳が振り下ろされた。
 
 
 
 
 
当麻『―――沈利を二度と離さねえ―――“本物の上条当麻(ヒーロー)”になってこい!!!!!!』
 
 
 
 
 
音が置き去りになるような轟音、肺の中の空気全部がなくなるような衝撃。
痛みよりも熱さが、目が覚めるように突き抜けて行って――



――ドンッッッッッッ!!!



上条『――――――!!!』

その時、俺はぶっ飛ばされ宙を舞う中…この真っ白なキャンバスの世界で――

禁書目録『とうま…!!』

インデックスの呼ぶ声が聞こえた。俺の名前を呼ぶ声が。
まるで祈るような声。そうだった。俺はこんな声をインデックスに出させたくてあそこに突っ込んでったんじゃねえ。

御坂『上条…当麻アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』

御坂美琴の叫ぶ声が聞こえた。ずっとアンタ呼ばわりだったあいつが呼ぶ声が。
まるで泣き叫ぶような声。そうだった。俺はこんな声を御坂に出させたくてあそこであの女の子を庇ったんじゃねえ。



789作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:20:20.03fqxjHZRAO (5/34)

思い出せよ。俺が本当に欲しかったもんはなんだ?


思い出せよ。俺が本当に守りたかったもんはなんだ?


俺だけ倒れてて、周りのみんなが泣いてる、そんなくだらねえバットエンドが欲しかったのか?


違うだろ!!俺が欲しかったのは誰もが笑って迎えられる最高のハッピーエンドだっただろ!!


沈利がいつも笑ってて、沈利がもう泣くのを我慢しなくたっていい世界だろうが!!


沈利『――とーま――』


幼い沈利が、椅子から立ち上がってる。地べたを舐めてる俺を心配するみたいに。


上条『――沈利――』


もういい。泣いてる女の子なんて見たくねえ。けど今俺は――



あいつをもう、泣かせてやりたい



沈利『…―――――』



同じ泣かすんだったら



沈利『…け…―――!!!』



―――嬉し泣きで沈利を泣かしてやりたい―――!!!






790作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:23:27.07fqxjHZRAO (6/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

上条「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



791作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:24:21.61fqxjHZRAO (7/34)

~とある病院・集中治療室~

御坂「!!!」

禁書目録「!!!」

御坂美琴の手を握り返したその刹那――上条当麻は、吼えた。

御坂「あんた…!」

禁書目録「とうま!!」

痛いほど強くキツく固く御坂の手を握り締めた上条の雄叫び。
それは半死半生の床に伏せっていた半死人のそれではない。
たった今、黒夜海鳥と会敵し月に吠えた麦野沈利の叫びに呼応するかのようだった。
それに御坂とインデックスは驚きを隠せない。臥せた竜が天を衝くような叫びに。

上条「はあっ…ハアッ…!」

それは悪夢に魘されて飛び起きたような脆弱なものではない。
死の淵すら拒否し死神の導き手を拒絶する、力強いそれ。
上半身の手術着を引きちぎるように放り出し、点滴を投げ捨て、水でもかぶったような汗を拭って

上条「沈利…!」

御坂「ちょっ、ちょっとアンタ!」

それに御坂の頬が場違いとわかりながら紅潮する。
あの時取られなかった手を、それこそ手形の痣がつきそうなほど強く握られて。
それも、勢いとは言え告白のような叫びを振り絞ってしまった後で。


しかし――上条当麻は

上条「…を…して…れ」

息をするのもやっとだった酸素マスクを放り投げて

御坂「なっ…なに?」

――もう一度、言った。


上条「…手を…貸してくれ御坂!!」

御坂「!!?」

上条「俺を…沈利の所まで連れて行ってくれ!!!」

そう――この瞬間、上条当麻は『ヒーロー』を捨てた。

御坂「あっ、アンタそんな身体で!」

上条「頼む御坂!!お前にしか頼めないんだ!!!!!!」

御坂「!!!」

誰も巻き込まず、たった一人で巨大な敵に挑み、たった一人で誰かを救う『かっこいい』ヒーローを捨てた。

上条「沈利が…呼んでんだ…」

かと言って――彼はもう偽善使い(フォックスワード)ですらない。

上条「泣いてるんだ…!」

誰かを救うヒーローでも、麦野に助けられるフォックスワードでもない。
『上条当麻』の持ち得るファクター全てをかなぐり捨てて…

上条「行かなきゃいけないんだ…!」

絶対に喪えないもののために…彼は初めて自分から誰かに

上条「だから…助けてくれ」

『助け』を――求めた。

上条「俺を―――助けてくれ!!御坂!!!」

『上条当麻』として




792作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:28:14.28fqxjHZRAO (8/34)

~2~

馬鹿


馬鹿


馬鹿野郎


起きていきなり、人の手握り締めて、違う女の名前呼んでんじゃないわよ


この無神経男。本当に神経通ってないんじゃない?アンタ今まで死にかけてたのよ?


それを何?『手を貸してくれ』?『俺を助けてくれ』?


馬鹿も休み休み言いなさいよ。この大馬鹿野郎。


御坂「アンタ…」


上条「頼む…!!」


あの時、私の手を取らなかったくせに、都合のいい事ばっかり言わないでよ。


そんな、私に一度だって…いや、一度はあるか?向けてくれなかった必死な顔向けないでよ。


妬けるじゃない。あの女に。アンタにそんな顔させるあの女に。


アンタ、ヒーローじゃなかったの?こんなにカッコ悪く『助けてくれ』なんて言うヒーロー、見た事ないわよ。


馬鹿


馬鹿


馬鹿野郎


御坂「――ったく」


でも、私も馬鹿ね


御坂「――言うのが遅いのよ!!この馬鹿ッッ!!!」


上条「!」


――『助けてくれ』って言われてんのに、助けられた気分なのは私の方よ。


御坂「ほら!肩貸してやるからさっさとつかまりなさいよ!!この馬鹿ッッ!!!」

私の手は、コイツに届かなかった。けど、私の『声』はコイツに届いたんだって。

馬鹿。この大馬鹿野郎。カッコ悪いヒーロー。鈍感無神経の馬鹿男。

何で、こんなカッコ悪いヤツ好きになったんだか



何で




惚れ直しちゃったかな、このカッコ悪い必死なコイツに。


793作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:29:25.17fqxjHZRAO (9/34)

~3~

禁書目録「とうま」

上条「…インデックス…」

御坂に肩を借りて立ち上がる上条を、インデックスは見やった。
上半身は裸、包帯はもう血が滲んでいる。わかっている。止めるべきだと。
自分は麦野に上条達を守るように言われているのだから。でも

禁書目録「…止めないんだよ。手も貸さないけど」

上条「…すまねえ」

禁書目録「とうまの馬鹿は死んだって治らないかも!」

止めない。止められない。インデックスは見守る。見届ける。
男が血を流し、命を懸けてまで何かを成し遂げんとしている時…
みっともなく泣いて縋るほど、彼女の『女』は見た目より幼くなどない。

禁書目録「でも、生きてれば馬鹿が治る薬を誰か作ってくれるかもなんだよ。十万三千冊の魔導書にも作り方乗ってないんだけど、カエルのお医者さんなら作れるかも!」

上条「…悪い」

禁書目録「――でも、今薬が必要なのはしずりなんだよ。とうまにしか塗れない薬が」

少女時代の終わり――御坂のように支える愛もあれば、自分のように見守る愛もある。麦野のように殉じる愛もある。
インデックスにはもうそれが理解出来てしまう。自分はいつからこんなにも背が伸びてしまったのかと苦笑せざるを得ない。

禁書目録「短髪――当麻を頼むんだよ」

御坂「はいよー。私達二人、あとで第四位にオシオキかくていだけどね」

禁書目録「お詫びにケーキご馳走するんだよ。しずりからもらった“いちまんえん”がまだあるんだよ」

御坂「――店が潰れるまで食ってやるわ!いいお店知ってるの。第十五学区のデズデモーナ。ハニートーストが最高ね。こうなりゃやけ食いよやけ食い!!!」

禁書目録「それは手伝うんだよ!!」

そして――インデックスの横を上条と二人三脚の御坂が通り過ぎて行くのを見送る。
まさか使う暇がなかった一万円札が、まさか麦野がクレームをつけた店に消える事になろうなどとこの時女二人は知る由もなかった。

禁書目録「とうま――」

上条「…ああ、絶対、“みんな”と一緒に…帰ってくる!!」

禁書目録「―――ん!」

そして、少年と少女は集中治療室より出ていった。


御坂美琴は『友人』の元まで上条を送り届けるために。


上条当麻は『恋人』の元まで辿り着くために


インデックスは『家族』の帰りを待って――




794作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:31:19.85fqxjHZRAO (10/34)

~とある病院・駐車場~

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

轟音が第二幕の開演のブザーとなった。牙を剥いた麦野沈利と黒夜海鳥が真っ向から激突し、放たれた原子崩しの光芒が黒夜目掛けて殺到する。

黒夜「っとお!」

寸での所で横っ飛びで回避する黒夜。直後、自分の立っていた場所にあるトラックがドンッ!!と撃ち抜かれ、一瞬でガソリンタンクに引火し爆発炎上する…!

黒夜「煮えたぎってグツグツ言ってるねえ!?ここは私が気持ち良ーく一人語りする場面だろう?正直、助演女優がいちいち手出し出来る権利はないんだわ!その砂糖で焼きついたお脳でわかるかなぁ!?」

夜の帳を焦がす盛大な火柱。燃え上がる嚇炎が黒を赤く塗り替え、赤の中に立つ二人の女のシルエットを描き出す。
闇に堕ちて来た女性と、闇に住まう少女、黒夜は着地し片手片膝をつきながら見上げる。麦野はそれを見下ろす。

麦野「テメエの貧相なケツふり××××ショーに手貸してやれってかあ?巫山戯けてんじゃねえぞこの糞餓鬼が!!今からテメエの×××の穴ジュージューこさえてやっから何本咥え込めるか犬で試してやんよォォォォォ!!!」

目尻が割けんばかりに見開かれ、血走った眼球と広げられた瞳孔に光はない。
剥き出しの犬歯に浮き立った血管、逆立った髪が炎の揺らめきに呼応するように翻る。
沸騰した狂気と冷徹な殺意に歪んだ美貌は、背後の炎と塗れた返り血でさながら首狩りの女王。
その女王が左手を差し出す。整えられた爪と、手入れされた指を突きつけて――

ズギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

再び迫る光の牙!掠るだけで致命傷となる電子線の奔流が黒夜へ向かい――

黒夜「ひっははははは!!」

より早く!ボォンッ!と地についた黒夜の掌より凝縮させた窒素が『爆砕』し、波打つアスファルトがうねりを描いてめくれあがり――
畳返しのように黒夜を守り、覆い、正確な照準を必要とする原子崩しの射線より僅かにズレ、その間に地面を転がって黒夜は回避していた!

黒夜「だったら…こんなぶっといのはどうだよ卒業生(センパイ)ィィィィィィィィィィ!!」」

繰り返す横転から身を起こす勢いを利用して振り抜いた腕。
圧縮され尽くした窒素爆槍が周囲の炎上し乱れた気流を奔流に変え、麦野へと打ち返す!




795作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:32:07.94fqxjHZRAO (11/34)

~2~

麦野「間にあってんだよションベン臭えメスガキがァッ!!股ん所からぱっくりピンク色の中身が飛び出る卑猥なオブジェにしてやっから気張れやクソがァァァァァァァァァァ!!」

それに構わず麦野は足元に原子崩しを叩き込み、破裂した地面の衝撃波を推進力に転化し前に出る!
同時に突き出した左手から五月雨撃ちされる原子崩しが次から次へと黒夜を狙い撃つ。
されど黒夜は車と車の間を縫うようにして、麦野と同じく窒素爆槍の生み出す気流の乱れに乗せて追われながらも紙一重でかわして――

黒夜「(予想を上回って最悪だねえ?何度もかわせるほど甘いもんじゃない)」

初撃は一瞬早く打っていた手が、二撃目は自らの能力を利用して。
しかし相対する麦野の原子崩しは最悪だ。射程距離は黒夜を凌駕し、破壊力はそんじょそこらの防壁や防御など障子紙も同然だ。
まともにやりあえば絶対にかなわない。レベル5(超能力者)とレベル4(大能力者)の間に横たわり隔たる壁は厚く高い。が

黒夜「なら簡単――かわすンじゃねェ」

ボンッ!!と窒素爆槍を再び破裂させ黒夜は虚空に飛び出す。
それは原子崩しという『照準のタイムラグ』と『射手は下から上を狙いにくい』という能力と人間の反応の間隙をついて空を舞う。

黒夜「“撃たせ”ねェンだよ!!」

夜空に空いた穴のような月をバックに舞う黒夜の背に負ったイルカのビニール人形がボンッッ!!と爆ぜる。
同時に中から無数の腕が、褥から這い出て来た亡者の腕のように――
黒夜の身体を伝い、右上半身に接続されて行くそれは――

黒夜「 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね ! ! ! 」

麦野「――!!」

ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガッッ!!!

無数の畸形児のような歪な腕が、禍々しい硬く滑らかな手が一斉に眼下の麦野目掛けて突き出され――
そこからスコールが如き怒涛の勢いで窒素爆槍が降り注いで行く!
使い方によっては一撃で瓦礫の一山すら築ける爆砕の雨霰が次々と、間断なく、隙間なく麦野に遅いかかる。

黒夜「ひっはははははははははははははははははははは!!!」

アスファルトをクッキーのように砕き、砕けた欠片が粉塵となるほどの連撃。
『攻撃は最大の防御』という、シンプルかつ絶望的な質量作戦。


796作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:34:23.72fqxjHZRAO (12/34)

~3~

黒夜「(防き切れない初撃さえ凌げば、既に勝敗は決まってたンだよ麦野沈利ちゃーン?アンタが絹旗ちゃンだったら殺し尽くすのは難しかったろうが、アンタの原子崩しに防御性はないンだろう?)」

ダンッ!と駐車場の破壊から難を逃れきれず停止した風力発電の風車に黒夜は着地した。
その無数の手には未だ窒素爆槍が展開され、即応体勢を崩さない。
朦々と舞い上がる粉塵はあえて掻き消さない。万が一生き延びていた場合の煙幕代わり。
今日一日の間にフレンダに出し抜かれた記憶を黒夜は忘却の縁に追いやりはしない。
彼女の『付け替え自由な目』が、麦野の死亡か生存いずれかを確認したら再び射出する。

黒夜「(アンタの攻撃性は確かに私の窒素爆槍の遥か上を行く。けどな、防御を持たない事、射線が直線的にならざるを得ない事、照星合わせの僅かなタイムラグ、その全部がアンタの不利に働くンだよ)」

これが銃弾の嵐ならば、麦野は原子崩しを編み目のように展開し銃弾そのものを溶解させ蒸発させるだろう。
だがマシンガン並みの窒素の魔槍は電子線では掻き消し切れない。
この場には異能の力を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)上条当麻はいないのだから。

黒夜「(ぬるま湯と日向ぼっこに浸り過ぎたなァ、麦野沈利ちゃン?第四位って座と、男の下に甘ンじ過ぎて留まり過ぎたのが死因だよなァ?牙は使わなきゃ鈍るんだよ。変わる機会をふいにしてきてねェ?)」

丸くなりすぎた、優しくなりすぎた、甘くなりすぎたと黒夜は麦野を断罪する。
能力者が能力だけを頼りにし、原始人が振りかざす松明のように頼みにする世代と時代では最早ない。
世代は更新されたのだ。一掃されるべき卒業生、駆逐すべき新入生と言った具合に。

黒夜「おおっとお?首くらいは残ったかにゃーん?」

そして晴れ行く粉塵の煙幕…痘痕のように駐車場を穿つクレーターの数々…
その中に見つけたのは…そう、麦野沈利の『血溜まり』…赤いペンキをぶちまけたような、一面の血の海…!

黒夜「ひゃっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」

『血痕しか残らない』までに破壊し尽くした。
肉片も残さぬまでの徹底的な虐殺、窒素爆槍という牙に咀嚼され尽くしたかのような無惨な光景。
絹旗の前に首を持って挨拶代わりの手土産にしてやりたかったが――


797作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:36:01.98fqxjHZRAO (13/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野『さーんにーいちドバーァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



798作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:36:55.18fqxjHZRAO (14/34)

~3~

黒夜「――!!?」

その時、黒夜が反応したのはほぼ偶然に等しかった。
それは『ついウッカリ』と言う現象にも似た、思考より先んじる身体の反応であった。
黒夜の意識すら裏切って動かした、残された肉体部分の生存本能だった。

ズギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

黒夜「がああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

麦野の切断された『左腕』に目が向いたその背中に向かって放たれた原子崩しの光芒!
振り返った無意識下の身かわしをもってしても――
その青白い妖光は黒夜の左腕を消し炭すら残さずに『消失』させた。

黒夜「ごがあっ!?ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァ!!っがァァァァァァァァァァ!!」

黒夜が雄叫びを上げた。左腕が吹き飛んだ。左手が消し飛んだ。
文字通り電子線に焼き尽くされ、細胞もろとも消滅させられた。
発狂しそうな激痛の中黒夜は風車から飛び降りた。
ありえない。あの暴虐の連撃をかいくぐり、あまつさえ反撃まで加えて来た麦野沈利が信じられない…!

麦野「…ビービーわめくんじゃないわよ…」

麦野が背後から迫って来る。致死量の限界を超えた出血に顔を汚し、コートは穴だらけ。
左脇腹、背中の右側、右足の大腿部、左鎖骨あたりに窒素爆槍に穿たれ射抜かれ…
とっくに『戦闘不能』はおろか、意識すら保っていられないほどの激痛の中

麦野「…そんだけ腕ついてんでしょー?一本くらい…ケチケチすんなよぉ…」

苦痛も痛苦も激痛も『無視』して麦野は左腕を庇いながら駆け出す黒夜へにじりよる。
その表情は月明かりなどでは照らせないほど、ドス黒い狂笑。
まるでアウレオルス=イザードに右腕を切断された時の上条当麻のように…!

麦野「くれなんて言わないからさあ…勝手に“もぎ取って”くからさあ…なあ…!良いよなぁ?」

生命の危機に瀕している身体を自らの血糊を引きずりながら麦野はにじり寄る。
ダメージは圧倒的に、絶望的なまでに麦野の方が重い。
だが『そんな事は』既に麦野の頭には存在していない。よぎりも浮かびもしない。

麦野「ブチブチブチブチ…ブチブチブチブチ…」


799作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:39:12.41fqxjHZRAO (15/34)

夢遊病患者のような覚束無い足取り。されど痛覚など消し飛ぶほどの『何か』に突き動かされる麦野。
もしこの時、彼女のおぞましいまでの脳内を覗き見る事が出来たならば――
『上条当麻に抱かれる身体に傷をつけられた』というそれ。

麦野「手も、足も、首も、順番に順番にもいで、引きちぎって、喰いちぎって、芋虫みたいに死なないように死なないように殺してやるからさぁ…!」

優先すべきは上条当麻というブレない芯、それ以外は己の命すら二の次、三の次。
肉体は上条当麻に愛でられ、抱かれる自分を容れるための『器』。
『心』は既に上条当麻の中において来た。『魂』の余計な部分を削ぎ落とし、『鬼』となるべく麦野は黒夜を追う。

麦野「…新入生?卒業生…?関係ねェよ!!そんなの関係ねぇんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

故に麦野は御坂美琴を置いて来たのだ。彼女には絶対、この戦い方は出来ないから。
精神論でなく現実論として彼女には不可能なのだ。
御坂の戦いは常に己の正義に従い悪を討つための戦いだ。
だが麦野は違う。それが彼我の善悪に拠らない立ち位置で『上条当麻』と共にあろうとする。

麦野「テメエらクソ溜めのゴミ虫が何匹たかろうが、サイボーグだろうがなんだろうが百回ブチ殺せんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

これが上条当麻との旅の中であれば麦野は『共食い』など選ばない。
しかし『学園都市暗部』であれば別だ。あの世界は上条当麻のいるべき世界ではない。
そしてあの世界の人間も上条当麻に触れるべきではないと麦野沈利は考える。

ある意味においては『悪』に囚われていた頃の一方通行に似通っていながらよりシンプルな法則で。
ある意味においては『悪』に拠らない立ち位置を手にした一方通行に似通っていながらよりねじくれ曲がったそれ。
そこには『正義』の寄る辺も『悪』の背もたれすら存在していない。

そして――それは、何も麦野沈利だけではない。

黒夜「ひっはははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

ありえたかもしれない『光の自分』の御坂美琴ではない…『闇の自分』黒夜海鳥が哄笑を上げた。




800作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:40:49.44fqxjHZRAO (16/34)

~黒夜海鳥1~

動物園でライオンを見た事があるかい?まあ私みたいに親がいない人間だって誰かに連れて行ってもらった事があるヤツもいるだろうし、自分で足を運んだヤツもいるだろうさ。

私はアイツらを『百獣の王』だなんて思っちゃいない。だってそうだろう?
狩りも出来ず、牙を奮えるのは与えられた餌に食らいつく時だけ。
それどころか――『獣』なんて檻(わく)に括られ縛られ囲われ囚われてる時点でたかが程度が知れてるよ。

『猛獣』だなんて恐れられても、アイツらはライフルの一丁でくたばる。
鉛弾一発でくたばる脆弱な生き物だ。そんな生き物を嘲り混じりの憐れみで見れても、恐れるには至らないね。

なら『人間』はどうだろう?

この学園都市ならその『人間』の枠は限り無く広がりその境界線は汁を吸い過ぎた麺のようによれよれだ。
私と同じ暗部に属するシルバークロースもそうだ。あれはあれで人間の枠を踏み越えている。
ライフルなんかよりよっぽど強力な武装、よっぽど凶悪な心の在り方。歪みもあそこまで進めばいっそ尖鋭化され洗練されてすらいる。

なら目の前にいる『この女』はどうだろう?

コイツは『人間を捨てた』脳のイカレた人喰いライオンだ。
殺し方ひとつとってすらほとんど病的と言っていい。
コイツの中でそれがどういう折り合いがつけられているのか興味はないが関心はある。
モニタリングされたコイツはあの冴えない男から離れられないただの『女』だ。
つまらない映画を見てくだらないデートをして笑ったり怒ったりするありふれた『女』だ。

だからこそ――今私の目の前に立ちはだかる女の中核を為す支柱と、そこから乖離された暴力的なまでの殺人衝動が私を引きつける。
そんなにあの男の腹の上は心地良いかと聞いてみたい。
これだけの怖気をふるう狂気をほとばしらせていながら、光溢れる檻の中へと自ら進んでいったこの女の柔らかな部分を。

なあ同類。生きにくいだろ?草食動物だらけの世界で踏み潰さないように注意を払って歩くその窮屈さ。
お前は私と同類だ。死を振り撒き暴力を振りかざす側の人間だ。

解き放ってやるよ。後戻りが出来なくなるまで。
飼われた猫のまま生を終えるくらいなら、イカレたライオンのままくたばれ。
 
 
 
 
ライフルは私が持っているぞ?麦野沈利。 
 
 
 
 



801作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:43:29.15fqxjHZRAO (17/34)

~4~

黒夜「大したイカレ具合だねェ麦野沈利ちゃーン!!?マトモじゃねェじゃンアンタもさあああああァァァァァ!!!」

逃げる事を止めた黒夜が残った右腕を天へ掲げる。
それはまるで指揮者のタクトに合わせて奏でられるオーケストラのように――

ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ…!

火の海と化した広大な駐車場の四方から這い出て来る無数の腕達…
黒夜の右上半身に接続された腕をマスターとし、それに従う窒素爆槍の砲台として機能するスレイブが蠢き出す。
数百、数千の窒素爆槍の矛先全てを麦野に対して向けるために。

麦野「ああそうだねえ…だからなんだってんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

そして再び業火と残骸の中向かい合った麦野もまた懐から拡散支援半導体(シリコンバーン)を取り出す。
一枚につき、麦野の原子崩しの光条を14本まで分裂させ多角的な射撃を可能とするアイテム。
先程のような――『0次元の極点』によって拾った命を、麦野は躊躇いなくドブに捨てる。
ここで仕留める。決して上条達の世界には立ち入らせないと。

黒夜「アンタは私とおンなじなんだよ!!イカレた事なしには生きていけない、どす黒い学園都市の真っ黒なバケモン同士だってなあァァァァァァァァァァ!!」

黒夜を司令塔とする『スレイブ』達が大気を歪めるほどの窒素を凝縮し圧縮させ爆縮させんと引き絞る。
そして――麦野が手にしたシリコンバーンを放り投げ、原子崩しの妖光の扉を開くのとそれは完全に同時だった。

麦野「テメエと同列にされるほど安い女に落ちぶれた覚えはねえぞガキがぁっ!!だったら沈めてやるよ!!テメエも!私も!二度と浮かんでこれねえ地獄の底までさあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

二匹の怪物が激突する。肉体をパーツ程度にしか見ない黒夜、肉体を器程度にしか考えない麦野。
心の在り方まで歪めて堕ちた闇に今なお棲まう黒夜、心の在り方などここまで捨てたと言わんばかりの麦野。
黒夜海鳥はありえたかも知れないもう一人の麦野沈利だった。
それは姿形の違った黒い兄弟の衝突だった。

麦野・黒夜「くたばれエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

そして、駐車場全体を両断する魔槍と光芒が再び炸裂し―――




802作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:44:41.40fqxjHZRAO (18/34)

~5~

黒夜「地獄ゥ!?ここがそうだ!私らがそうだ!!地獄なンて地図のどこにもねェンだよ!!」

数百数千の窒素爆槍が轟ッッ!と大気そのものをミキサー化させ、吹き荒れる暴風が車両と瓦礫の残骸を舞い上がらせ――

黒夜「あるとすりゃァ…私らが捨てちまった“心”にじゃねェかァ!!?」

ガガガガガ!と散弾銃並みの破壊力を乗せた砂利と窒素爆槍が次々と放たれて行く!
一方通行の演算能力、思考方法、能力特性の一部を植え付けられた黒夜の戦い方は彼を彷彿とさせた。

麦野「グダグダ御託並べて浸ってんじゃねえっ!!!!たかがレベル4程度のガキが、玩具振りかざして勝てるとか夢見てんじゃねえぞォォっ!!」

対する麦野が原子崩しでシリコンバーンで撃ち抜き、光芒を網状に展開させ、溶鉱炉の防壁となしてそれを撃ち落とし、防ぎ切れない魔槍を電子線の網の制御をあえて放棄し――

麦野「ガキの砂場遊びに付き合ってられるかってんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

ボオオオオオッッン!と爆ぜた盾が魔槍の矛を誘爆に巻き込み、魔槍のいくつかに限定し掻き乱された気流の中に生まれた一本道を麦野は突っ込む。
サイボーグ化した黒夜の戦闘能力は既にレベル4という枠を超えている。
実用性や研究価値や利益を度外視すれば、レベル5に比肩するほどに!

黒夜「砂場遊びで結構ォッ!楽しいさ!それはそれは楽しいさ!!ここがあンたの居た世界で私の居る世界の頂点なンだ。悪を極めたこの場所に、私の求める全てがある!!」

ぞぞぞぞぞぞぞっ、ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ…

ギチギチギチと黒夜の能力を補強する腕が再び冥府の血海から這い出る亡者のように蠢動を始める。

黒夜「殺しのためならいくらでも金をつぎ込める。顎で使える人員の数も半端じゃない。おまけにこのサイボーグ。私の肉体は、私の生き様は、学園都市の誰より突き抜けてる」

原子崩しと共に飛び込んでくる麦野を待ち構えていたように、黒夜が大気中の窒素を圧縮、圧縮、圧縮――!!
数百数千の魔槍を一方の戦矛へと連なわせ、束ねゆき、重ねあわせ、研ぎ澄まし、数百メートルもの巨神の先槍へと――

黒夜「あンたが捨てちまった全てをさあああああああ!!!」

引き絞られた巨大な怒穹のように――ドンッッ!!と言う音すら置き去りにして放つ!!




803作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:47:06.95fqxjHZRAO (19/34)

~黒夜海鳥2~

そうだそうだ。それでいい。あんたの能力、私の肉体。
それは神様のいねえこの世界で私達に唯一与えられた最高の暴力装置だろう?
生まれ落ちた時から箱詰めにされたこの世界、瓶詰めにされたこの地獄の中にたった一つの真実じゃない?

目を覚ませよ麦野沈利。あんたは正義なんてもんをワゴンセールに並べられた手垢のついた中古品みたいに見れる人間のはずだ。
行く手を阻む人間を害虫を潰すのと同じ手前をかける程度の暇しか他人に与えない、私と同じ側の人間だ。
血と死と鉄と暴力の四重奏。復讐の女神が踊る舞台。見物料代わりに観客まで鏖(みなごろし)にするイカレた死の歌姫だ。

なあわかってんだろ?ライオンが牙を向く時は二種類しかない。
獲物を狩る時と、追い詰められた時だ。あんたはどっちだ?
私が憎いか?あんたの男を撃った私を殺したいか?
あんたの脳細胞はもう真っ黒さ。あんたの中の真実なんざそれしかありえないだろう?

やられる前にやるヤツなんて腐るほどいる。
やられたくないからやるヤツなんて売るほどいる。
そんな中で――『やられてもいいからやる』なんてヤツが何人いる?
私が知る限り、そんなトチ狂った真似をして来るのはあんただけさ麦野沈利。

だからブチまけてやる。敬意と尊敬と嘲笑と憐憫をもってえぐってやる。
腸を破裂させて素麺にみたいな神経を引きずり出してやる。
とびっきりの公開スナッフにしてやる。アイテムから浜面仕上からを吊り上げる餌にな。
私の部下共みたいな足らない連中じゃない、あんたの仲間みたいな甘い連中じゃない、『私達の流儀』で

黒夜「はははははははははははははははははははは!!!」

麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」

数百メートルサイズの窒素爆槍。もうかわせない。かわしても破裂させる。
破裂を防いでもそこから窒素を取り除いた空間を作り上げ、酸素と水素を雪崩れこませてあたら吹き飛ばす。
もう助からない。もう救われないよ。私とあんたは『死ぬまで』このままだ!!
 
 
 
 
 
黒夜「くたばれ“卒業生”…これが“新入生”だああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」 
 
 
 
 
―――抱いて折れろ、最後の希望を――


804作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:49:39.23fqxjHZRAO (20/34)

~world's end girlfriend~

ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…


灰色の空


鉛色の雲


鈍色の雨


鼠色の路地裏


麦野『………………』


赤色の肉片


朱色の内臓


紅色の血痕


緋色の斑道。


麦野『――――――』


濡れた髪


透けた衣服


冷たい驟雨


耳鳴りのようにつんざく雨音


生温い死体の温度
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野『…助けて――』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その日、私は生まれて初めて人を殺した。


805作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:50:37.89fqxjHZRAO (21/34)

~2~

私は、朝の光が嫌いだ。朝目覚める度に思うからだ。『これは夢じゃないんだと』

人殺し。字で表すならたったの三文字。この三文字が朝目覚める度に脳裏を、胸中を過ぎる。目指し時計の時刻を確かめるより早く。

人を殺した事は『幻想(ゆめ)』でも何でもない『現実』なのだと突き付けられるから。
私の中の奥底にある、名前のつけられない場所から舞い上がる葡萄酒の澱のように。

優しい夢になんて逃げ込めない。私を縛り付ける牢も檻も柵もない。当たり前だ。私の頭蓋骨の中にこそ牢獄はある。
裁きも下されず、罰も受けず、咎める者すら居はしない。つくづく思う。この世界の神様はよっぽど冷笑的なんだろうと。

麦野『…――当麻――…』

私は朝目覚めた時、必ず上条の寝顔を触れ、見つめ、そしてキスする。
あんただけは幻想(ゆめ)であって欲しくない、そう思いながら私は名前を呼ぶ。
お互いに服を着ていたって、着ていなくたって構わない。

麦野『――…当麻…――』

私が信じられるもの。それはあんたの体温。人殺しの私に許されたたった一つのものにすら私は感じられる時がある。
そう、あんたは『モノ』じゃないんだ。生きている『ヒト』なんだとわかるから。

初めて人を殺した日から長い間、私は人を物として見るようになった。
それは『私は人を殺したんじゃない、物を壊したんだ』とでも思いたい自己欺瞞の発露なのかも知れない。
よく言われる『人を人とも思わない』という私の評は半分当たりで半分外れだ。

私は人を『ヒト』して見たくないのだ。もたげてくるから。
私は私と『言葉を交わし』『時に触れ』『心を通わせた』かも知れない『ヒト』を殺した人間なのだと。

自分を人を殺した『化け物』だと思い込んだ方が楽だからだ。
私は『化け物』だから『ヒト』を殺したんだと。
だから私は仕事の時『化け物』になりきる。自分の『ヒト』の部分を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くす。

そして相手を、敵を、『モノ』として見做す。そうして命を奪う。
出来る限り残酷に、残忍に、残虐に。これは『モノ』だ『ヒト』じゃないと自分に言い聞かせるように。

そうして私は不感症になった。

わかっている。そんなものは××××以下の気休めだ。
罪人の独り善がりな屁理屈だ。そして…そんな風に考えられる私の腐った心根が既に『化け物』なんだ。


806作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:53:33.31fqxjHZRAO (22/34)

~3~

絹旗最愛、滝壷理后、フレンダ=セイヴェルン。
私はアイツらでさえ物として見ていた。アイテム(道具)とは私が名付けた。
人を物としてしか見れなくなるほど閉じてしまった私の世界に、万が一にも綻びを生まないために。

まかり間違っても私の中に友誼や愛着や憐憫の情など浮かび上がって来ないように。
例えそんな考えが頭を過ぎっても、私が私に逃げ道を作らせないために。
そして私は生来の自己中心的な性格に加え、アイツらを『物』として見るという自分を甘やかす免罪符を振りかざして酷使して来た。

人を物としか見れない人間は、いつしか誰かと何かを分かち合う世界を閉ざしてしまう。
それでいい。どんな理由があれ、自分の都合で他人の世界を命ごと否定してしまった人間はせめてそれくらい負うべきだ。
後悔なんてしない。懺悔なんてしない。贖罪なんてしない。

誰かが言っていた。『減らない負債を少しずつでも返して行くんだ』と。
勝手にすればいい。頭から否定もしないし、心から肯定もしない。

人を殺した時点で、そいつの心は破産と同義なのだから。
負債だなんて認識が甘く見えるほど私は開き直っていた。
少なくとも、罪悪を踏み倒して憚らない程度に私は腐っていた。

そんな他人の命を奪った人殺しを、自分の命を投げ打ってまで救おうとしたのが
 
 
 
 
 
上条当麻だった。
 
 
 
 
 



807作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:55:56.92fqxjHZRAO (23/34)

人を物としてしか見れないはずだった私の世界に入ったひび割れ、綻び、射し込んだ光。

私が嫌いな朝の光よりもっとあたたかい体温をくれた男の子。

きっと、私が見出してしまったのは恋だの愛だのは――後付けに過ぎない。

無能力者(ゴミ)として葬り去ろうとして、ヒーロー(偶像)として見つめてしまった。

人を殺してから初めて『自分と同じ人間』として見る事が出来るようになれた。

人殺し(バケモノ)として終わるはずだった私を女の子として見てくれた。

そして第十九学区のブリッジでの戦いで、私は当麻を初めて真っ直ぐ見れた。

同じ『人間』として。そしてそれは――きっと、『怪物』であろうとした私自身が『人間』として生きたくなったからかも知れない。


だから告白して


キスをして


デートをして


結ばれた。


こんな血に塗れた身体を、当麻は綺麗だと言ってくれた。



痛み以外の涙が出た。
 
 
 
 
 
こんな私でも、お前の側に居ていいんだと。
 
 
 
 
 



808作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 17:59:27.48fqxjHZRAO (24/34)

~4~

罪悪感すら感じる資格などないと片付けていた私の世界は日に日に広がって行った。

雨でなければ良いと思う程度だった天気に、雲の形に意味を見出したり青空の色の違いがわかるようになったり…


当麻と出会う前に読んでいた小説が、付き合ってから感じ方や受け取り方が変わるほどに。

濃いめだった料理の味付けが、いつしか当麻の好みのそれに無意識にシフトしていた時だったり…

そんな、そんなつまらない変化。誤差のような進歩。けれど修正は不可。

少なくとも…人殺しの私が、当麻との将来や未来を夢想する時間が増えた程度には私は変わった。

人殺しのクセに幸せになりたいのかと。誰かの命を踏み台どころか足蹴にして来た私が本当なら持ってはならない願い。

裁かれず罰も下らない罪人ならば、せめて幸せになってはいけないのが最低限のルールだったはずだ。

当麻の側にいればいるほど私はルールを破り続けた。

コイツ以外の人間も徐々に物ではなく人として見れるようになった。

コイツを守りたいと、私の全てになってしまったコイツを守りたいと…

私は人殺しのクセに正義の味方の相棒になってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
当麻、お前はよく自分の事を偽善者だっていうけどね――
 
 
 
 
 
 
 



809作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:01:23.49fqxjHZRAO (25/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――本当の偽善使い(フォックスワード)は私なんだよ―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



810作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:03:32.92fqxjHZRAO (26/34)

星にすら祈る資格もない、人殺しの『悪』の癖にあんたの側にいたいがために、あんたを失いたくないがために――

あんたが誰かを助ける、そのほんの少しを手伝う偽善者は私なんだよ。

あんたが傷つくくらいなら、誰も助けなくたっていい。

あんたが死んじゃうくらいなら、誰も救わなくてたっていい。

そんな『女』の欲目を捨て切れない私は偽善者なんだよ。

人殺しなんだよ。化け物なんだよ。これ以上救いなんかあっちゃいけないんだよ。

今だってそうだ。私はこの化け物(黒夜海鳥)を道連れにしなきゃいけない。

あんたが守った世界をメチャクチャにしようとしているこのもう一人の私を、同じ地獄に引きずり込むために。


もういい、私は十分救われた。充分報われた。だから思い残さない。

私はね、生きる場所も死ぬ場所もあんたの中に見つけてしまった。どうしようもなく。
 
 
 
 
 
だけどね
 
 
 
 
 
だけどね当麻
 
 
 
 
 



811作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:06:06.31fqxjHZRAO (27/34)

 
 
 
 
 
 
 
私も許されるならあんたと生きたかった。 
 
 
 
 
 
 
私も赦されるならあんたと一緒にいたかった。
 
 
 
 
 
 
 
人を殺してしまった日から終わってしまった私の世界。
 
 
 
 
 
 
 
あんたといる度に強く意識させられる世界の果て。私の立ち位置。
 
 
 
 
 
 
 
この縁無しの世界の果てと終わりで、あんたと眠る夢を見たかった。
 
 
 
 
 
 
 



812作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:07:59.55fqxjHZRAO (28/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一緒に、不幸(しあわせ)を分かち合いたかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



813作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:11:18.23fqxjHZRAO (29/34)

~FINAL FANTASY~


なのに


どうしてなんだろうね


黒夜「―――………ッッ!!!」


何度も何度も傷ついて


何度も何度も死にかけて


何度も何度も私を泣かせて


麦野「…あっ…」


どうして、いつまでたっても槍は私を貫かない。


どうして、いつまでもたっても爆発が起こらない。


どうして、あんたがここにいるんだ。


そんな馬鹿でかい槍を右手で掴み取って


血だらけの左腕で私をかかえるように抱き上げて


私は、お姫様だっこされてるんだ。


黒夜「――テッ」


私はこの女と一緒に地獄に堕ちるはずだった。


二匹の蛇が互いの尾を喰らい、滅ぼし合う結末は私が選んだはずだった。


もう、あんたと一緒にいたくてもいられなかったはずだ。


そんな負の希望を、握り潰すあんたは


私と違って、救いだけを生んで来た右手は


私にとっての、救いであっちゃいけないはずだろう?


黒夜「メエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!」


誰かのために傷つくあんたなんてもう見たくないのに。


誰かのために死にかけるあんたなんてもう見たくないのに。


私のために血を流すあんたなんてもう見たくないのに






814作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:15:17.40fqxjHZRAO (30/34)

 
 
 
 
 
「――夕方、別れたっきりだったな」
 
 
 
 
 
途中で終わったデートの続きなんてもう出来ないのに。
 
 
 
 
 
こんなに返り血に塗れた汚れた私を、どうしてお前は救うんだ。
 
 
 
 
 
私と出会った事を、どうして後悔しないんだ。お前がこうなったのは私のせいじゃないか
 
 
 
 
 
インデックス、私はあんたにあいつを守れって言ったじゃないか
 
 
 
 
 
「―――なんか、ずいぶん遠回りしちまった気がする」
 
 
 
 
 
美琴、私はあんたにあいつを頼むって言ったじゃないか
 
 
 
 
 
「―――なんか、ずいぶん待たせちまった気がする―――」
 
 
 
 
 
――バカヤロウ――
 
 
 
 
 
「―――だから、言わせてくれ」
 
 
 
 
 



815作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:19:25.15fqxjHZRAO (31/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―  ―  ―  ひ    さ  し  ぶ  り  ―  ―  ―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



816作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:23:43.59fqxjHZRAO (32/34)

ああ、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう
 
 
 
 
 
失うものもない絶望すら、あんたは私から奪って行くのか
 
 
 
 
 
こんな光溢れる眩しい世界に、私の居場所なんてどこにもないのに
 
 
 
 
 
生きろって言うのか、この私に
 
 
 
 
 
あんたと一緒に、生きろって言うのか
 
 
 
 
 
ああ、ちくしょう。私から心を奪うだけじゃ足りないって言うのか
 
 
 
 
 
私はここまで捨てたぞ。なのにお前はそれをひとつも漏らさず拾うって言うのか
 
 
 
 
 
今私が流してる涙まで一粒残さずすくうって言うのか
 
 
 
 
 
私の全部を、引きずり上げなきゃ気がすまないって言うのか
 
 
 
 
 
ちくしょう
 
 
 
 
 
こんな血塗れのお姫様がいるか
 
 
 
 
 
ちくしょう
 
 
 
 
 



817作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/17(日) 18:25:46.40fqxjHZRAO (33/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――世界が、こんなに私に優しいはずがない―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



818投下終了です。2011/04/17(日) 18:27:54.50fqxjHZRAO (34/34)

たくさんのレスありがとうございます…本当にありがとうございます。
本日はここまでです。次回も2、3日以内だと思います。
またよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします


819VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/17(日) 18:29:12.08TkiAJClI0 (1/1)

乙次回も楽しみにしてます


820VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/17(日) 19:13:59.99wYzMLv46o (1/1)

エンダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


821VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/17(日) 19:16:04.521ssc4TTgo (1/1)

まだはやい


822VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/17(日) 20:07:06.72mSqt/Ym60 (1/1)

1乙
新約成分をうまく織り込んだな
というか黒夜をキチンと違和感なく掘り下げててスゴイ

あと美琴もやっぱり、上条さんの特別だよなー、と
ちょっぴりでも報われてくれて嬉しい


823VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/04/17(日) 22:47:00.83/7BOr6bAO (1/1)

おもしろすぎる


824VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/18(月) 07:51:32.96MZ+wK0nSO (1/1)

>>1乙
今回も面白かったぜ


825VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/18(月) 19:27:09.59dl7fDrZD0 (1/1)

乙!!まさかあのむぎのんが見てた悪夢の声の空白が「助けて」だったとは思わなかった。
世界が閉じる、子供が産めない、人殺しってブルーブラッドのお祭りでも出てたむぎのんのキーワードだから今回のは…重いorz


826VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸)2011/04/20(水) 00:47:02.42qGfNDzZAO (1/1)

凄すぎて気軽にレスできない


827VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/04/20(水) 04:50:55.86VCsr0nY90 (1/2)

むしろ興奮しすぎて直ぐに眠れない



828作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 18:00:18.543gJfhMkAO (1/34)

とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。
本日の投下はいつも通り21時になります。よろしくお願いいたします…


829VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/20(水) 18:25:05.99zqAgGvda0 (1/2)

>>1
初SSがあのクオリティだったのにまだ上がり続けてるとかやべぇ
楽しみにしてます


830作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:23:59.773gJfhMkAO (2/34)

~1~

いつからだろう。背中を預けるようになって背を向けている事に気づいたのは

いつからだろう。背中を守るようになって背負われている事に気づいたのは。

身体に消えない傷が増えて行く度に心に癒えない痛みが増して行く事を。

心を溢れ出さんばかりの涙ごと凍てつかせる度に固く閉ざされ行く事を。

なのに、何故なんだろう――

私を抱く腕の熱さが、血を失い過ぎて凍えた身体をこうまで溶かす。

俺が抱く腕の中の重みが、傷だらけふらつく身体に力を湧き上がらせる。

闇の中へと投げ捨てた心ごと、引きずり上げられて

死の淵へと彷徨っていた身体ごと、引きずり出されて

背中合わせの時、あんなにも近くて遠かった距離が

向かい合わせの今、こんなにも近くに側に感じられる。

麦野「――どうして、来たのよ――」

お姫様だっこのまま、溢れ出る涙に声を震わせないのが私の矜持

上条「――声が、聞こえたんだよ――」

お姫様だっこのまま、せめて真剣な表情を崩さないのが俺の意地

麦野「――呼んでねえよ――」

あんたはこの先何回私を泣かせるつもりだ。いい加減にしろ

上条「――呼んださ、“助けて”って――」

こいつをこの先何度泣かせるかわかんねえけど、せめて今は

麦野「――心は、あんたの所に置いてったのに」

剥き出しの胸板に顔を擦り付ける。お前のせいでもうメイクは無茶苦茶だ

上条「――じゃあ、それを返しに来たって事にしてくんねえか?」

剥き出しの胸板に顔を擦り付けられる。今のでもう傷口開いちまって滅茶苦茶だ

麦野「――何が返しにきたよ。離してなんてくれるつもり、ないくせに」

白馬もない王子様、上半身裸の騎士、傷だらけのヒーロー、格好悪いわね

上条「――返すさ。もう上条さんの腕はいっぱいいっぱいなんだっつーの」

血塗れのお姫様、口の悪いお嬢様、涙でボロボロのヒロイン、可愛いぞ

麦野「――まだ、右手が残ってるんでしょ?」

こんなデートがあってたまるか。もうあんたとはやってけない

上条「――両腕とも、沈利でいっぱいだ。もうかかえらんねえ」

家に帰るまでがデートだろ?ならもう少し付き合ってくれよ

麦野「―――馬鹿野郎―――」




831作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:24:43.193gJfhMkAO (3/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は、あんたで胸がいっぱいだよ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



832作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:25:33.373gJfhMkAO (4/34)

~2~

黒夜「……ッッ!!」

何だ…あいつは。あの男は。今何をした?私が仕留めたはずのあの男は?
黒夜の付け替え自由な闇色の眼差しがそう驚愕に見開かれた。
その攻撃の手を一瞬緩めてしまいそうなほどに。

黒夜「(掻き消し…やがったてンのか!?それも一本二本じゃねェ!数百数千をまとめて一本にした私の窒素爆槍を…ボンバーランスを一瞬で握り潰しやがった!!?)」

一方通行対策の施された数百数千の『木原印』のマスターとスレイブを…
まるで卵でも握り潰すように完全消滅させたあの男は何者だと黒夜は訝る。
作戦行動中に洗い出したデータでは麦野沈利の同棲相手、加えて無能力者という項目しか『引っ張り出せなかった』。
かつて麦野が上条当麻を暗殺しせしめるべくフレンダ=セイヴェルンに書庫(バンク)を漁らせたように。

黒夜「(絹旗ちゃンと同じ防護性に特化した能力!?いや違う。ンなもンで防げるレベルじゃねェ!だとしたら夕方には何であンな呆気なく串刺しになった!?)」

暗部からの、上層部からのバックアップは多額の資金提供と権限の委譲をもって万全を期されているはずだ。
だとすればあの男はもっと『上』にいるのか?それとももっと『深い』場所にいるのか?
黒夜海鳥は思考を研ぎ澄ませ、思い当たる。シルバークロースの敗北を。

黒夜「(少なくとも一方通行みてェな反射とは種類の違う防護性、シルバークロースを白紙にしちまったような精神操作、その両方を成り立たせる“多重能力者”!?いや違う、そンなもンは実在しない!)」

黒夜は知り得ない。幻想殺し(イマジンブレイカー)を持つ上条当麻、竜王の顎(ドラゴンストライク)を持つ神浄討魔を。
それは皮肉にも、彼女が備えた特性の元となった一方通行がかつて抱いたのと同じ疑問。されど――

黒夜「――面白れェ…面白過ぎンぞ…テメェら!!」

ギチギチと再び亡者の腕(かいな)をもたげ始める黒夜海鳥。
そう、一方通行とはまた違った意味合いで学園都市らしい怪物は心折れると言う事を知らない。
何故ならば――折れる『心』が最初から壊れているからだ。だから――

黒夜「シルバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァークロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォースゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

だから、迷う事なく抹殺指令を優先させる。




833作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:27:57.823gJfhMkAO (5/34)

~3~

黒夜「シルバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァークロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォースゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」

夜明け前の空に響き渡る黒夜海鳥の絶叫。それは彼の者の名前。

上条「!!?」

轟ッッ!!と風が吹き荒れ、左腕を失った黒夜の呼び掛けの右手に――舞い降りるは上条が打ち倒したはずの

SC「ptpjtjmjpjgagatjejまゃなはたな゛にさたァァァァァァァァァァ!!」

全長五メートルにも及ぶ鋼鉄のサンタテレサ。二本のアームと二本のデスサイズ、二本の足は意味を為さずに半透明の羽を残像を発生させるほどの速度で羽ばたく――
『十万三千冊』を並行励起させたインデックスが撃破した駆動鎧。
FIVE_Over.…Modelcase“RAILGUN”…通称…Gatling_Railgun(ガトリングレールガン)に乗り込み言語の意味をなさない雄叫びをあげるシルバークロース!

麦野「――あれは?」

上条「――わかんねえ」

麦野「はあ?私が聞いてるのは名前じゃないわよ…“かーみじょう”」

しかし――第三位(オリジナル)を凌駕するファイブオーバーの降臨を前にして――
麦野沈利はもう己を取り戻していた。上条当麻の腕の中に抱かれ、その目には先程までの絶望も殺意も狂気も雲散霧消していた。
未だ炎上し続け、地割れが旱魃のように広がる駐車場のアスファルト。
それは世界の終わりを迎え世界の果てに辿り着いたような絶望的な状況。
しかし彼女はもう何者も恐れない。怯まない。下がらない。
 
 
 
 
 
麦野「――“あれ”は、ブッ壊しちゃって構わないのかって聞いてんの――」
 
 
 
 
 
そう――彼女の『自分だけの現実』…その世界の始点にして中心点、頂点にして終着点…
『上条当麻』という名のマスターピースが彼女の全てを揺るぎないものにする。

上条「――絶対、死なせるな。約束しろ」

麦野「――そういう時はさ、普通私に“絶対死ぬな”って言うもんでしょ」

麦野が上条の腕から降り立ち、上条は麦野の傍らに並び立つ。
黒夜海鳥とシルバークロース、上条当麻と麦野沈利。
半死半生の上条、出血多量の麦野、左腕損傷の黒夜、錯乱状態のシルバークロースが向かい合った。

上条「決まってんだろ?――俺が、お前を死なせねえからだ」

麦野「そうね。私達が別れる時なんて死ぬ時くらいよ。まあ――」




834作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:28:44.353gJfhMkAO (6/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「誰にも負ける気、しないけどね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



835作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:29:34.303gJfhMkAO (7/34)

~Dance with Death~

ッッッッッッッッッッ!!!!!!

第三幕の火蓋は、鋼の暴風と共に切って落とされた。

上条「ッッ!!」

麦野「――!!」

弾かれたように並び立つ二人が左右に分かれて飛び出す直後――今までのそれとは比べ物にならない鉄風雷火が二人の立っていたアスファルトを吹き飛ばす!

SC「まらたなたあをやァァァァァァァァァァ!!」

連なる金属砲弾がアスファルトにクレーターを生み出し、割れて散る破片が更に穿ち抜かれんばかりの奔流。
されど駆け出す二人はそれに一別すらくれない。互いに目配せの一つすらも。

黒夜「お熱い所悪いンだけどさァ…!」

そして――飛び出す麦野目掛けて黒夜の窒素爆槍が蠢動を始める。
ブン…ブンと一気に14本のボンバーランスが顕現し、現出し、射出され――

黒夜「引き裂かせてもらうぞ無粋な“横槍”でさあァァァァァァァァァァ!!」

バガバガバガバガッッ!!と麦野の本体を、麦野の行く手を阻むように窒素爆槍が吶喊して行く。
正体不明、理解不能の上条当麻より――手負いの麦野沈利を全力で叩き潰さんとする!

上条「させっかよォォォォォォォォォォ!!」

パキイイイイイィィィィィン!

が、分かたれた筈の道筋から上条が飛び出し、横合いからインターセプトするかのように伸ばす右手!
麦野の身体を貫く刹那にまとめて掴み取り、軌道をそらせ、アスファルトに突き立つボンバーランスが――

ドオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォンッッ!!!!

上条「―――!!!」

爆ぜ、他の槍を巻き込む誘爆が連鎖し膨れ上がる衝撃を上条の突き出した右手が全て抑え込み、押さえつけ、掻き消す!
そして絶対不可侵の領域とも言うべき右手のすぐ側から――

麦野「いーち!!」

ドンッ!と麦野の左手が伸び、放たれた原子崩しの光芒がシルバークロースの右足を打ち抜き

麦野「にー!!」

立て続けに放った光条が文字通り矢継ぎ早に黒夜が従えるスレイブ達の亡者の腕(かいな)を焼き滅ぼし!

SC「ガぁぁぁぁああぃいやかやァァァァァ!!」

麦野「さーん!!」

反撃とばかりに殺到するガトリングレールガンの金属砲弾の嵐を、上条と己の間に張り巡らせた蜘蛛の巣の網目より隙間ない原子崩しの光の盾で防ぐ!


836作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:31:58.723gJfhMkAO (8/34)

上条「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

さらに、貫通するよりも早く物理法則を置き去りにする溶鉱炉に消滅させられる金属砲弾を防ぐ原子崩しの楯をイマジンブレイカーで破壊する――
そして――再び開かれた道を上条が突っ切り、麦野が突っ走る!

黒夜「コイツら…!!」

目配せも、合図も、打ち合わせもなく、上条が麦野を庇い、麦野が上条の手に及ばぬ部分を補い、二人で行く手を守り、二人でその道を駆け抜けて来る。
どれだけの修羅場を、どれほどの鉄火場を二人で乗り越えれば言葉すらいらないままにあそこまで互いを生かせる?
幻想を打ち砕く無敵の盾となる上条の右手、物質を崩壊させる最強の矛となる麦野の左手。それはまさしく――
両立し共存しえないはずの絶対矛盾(パラドックス)!!

SC「…び…じじじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃー!!」

自我が崩壊し単純な射撃と単調な射線をなぞるばかりだったシルバークロースの、蟷螂の首刎鎌が轟ッッ!!と走り込んでくる上条に空気を切り裂いて振り下ろされる!

上条「沈利!」

麦野「飛びなァッ!!」

『攻撃の予兆』を感じ取っていた上条が振り下ろされる首刎鎌を、直線的であるが故に半歩飛んでかわす。
そこへ麦野が――着地するかしないかの上条の足元に原子崩しを叩き込み、地面を爆裂させて飛ばす!

黒夜「させるかあっ!!」

宙へ飛び出した上条がファイブオーバーの機体の取っ掛かりに捕まった所を黒夜の窒素爆槍が…

黒夜「跳ねてンじゃねェぞ!!」

三人もろとも道連れにせんとぐるりと旋回するように円陣を描くように――

ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガ!!

上下前後左右完全同時にボンバーランスを浴びせかける。
だが…上条がシルバークロースの機体をよじ登っていた手は…『左手』!

上条「っらあああああああああああああああああ!!」

左腕一本でぶら下がりながら振り向き様に突き出した右手が再び窒素爆槍を打ち消す。
黒夜は瞠目する。シルバークロースごと狙って尚…尚この二人には届かないと言うのか!!?

麦野「ッッ!」

窒素爆槍を防いだ右腕に、麦野が地面を蹴ってその手に手を伸ばし――


837作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:32:51.293gJfhMkAO (9/34)

上条「っとおっ!!」

上条の右腕にかかる重み、左腕で己の体重全てを支えしがみつきながら――振り上げる!引きずり上げる!麦野を投げるように!

麦野「った!」

差し伸べられた手から、投げ出された宙へ、そこから上条の肩を足場に一度蹴り――五メートルにも及ぶシルバークロースの背面上部に麦野が取り付き――

麦野「――当麻に感謝するんだね」

麦野の左手に無数の光球がポウッ…と浮かび上がる。
それは原子崩しの妖光の扉が開く輝き。粒機波形高速砲の萼。
狙う先は――大量の弾丸を収めておくためのドラムマガジン…
ガトリングレールガンの射撃を賄うためのバックパック!

麦野「昔の私ならテメエは百回ブチ殺されてんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

――爆破。羽ばたく羽根をよけて放たれた原子崩しがシルバークロースのドラムマガジンを撃ち抜く。
コックピットを避け、祈りの形にも似た鋼鉄の蟷螂の鋼の萼を喰い破る。
もうガトリングレールガンを撃とうにも――撃つカートリッジなくしてそれは成し得ない!

上条「飛ぶぞ!!」

ドンッ!と爆破の中飛び出した上条が麦野を抱えてシルバークロースの機体から宙へと身を投げ出す。
それと同時に――誘爆が羽根まで巻き込み、更に片足に穴を開けられたシルバークロースが膝を突く。
もはや飛ぶ事も駆ける事も振るう事もかなわない――
制御系のコンピューター、運動量の増幅、思考の補助、全てを立たれ、記憶も人格も破綻を迎えた彼はもう戦闘不能も同義だった。

黒夜「――!!!」

動けなくなったシルバークロースから目を切り黒夜は飛び降りて着地した二人を見やる。
何百何千と反復練習を繰り返すダンスパートナーもシャッポを脱ぐその動き。
それを分断するためにシルバークロースすら巻き込んだ攻撃すら…届かない。

男の方は夕方無様に背中から撃たれたはずだ。女の方は先程不様に吠えていたはずだ。
それがなぜ、どうして…これほどまでの別人、別格、別次元の動きが出来ると言うのだと。
二人が男女の関係にあろうが、閨を褥に同衾し朝寝を迎えて身につくレベルではない…!



838作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:35:07.883gJfhMkAO (10/34)

~Dance with Devil~

黒夜「だったら――」

ギチギチギチ…!と再び戦慄く亡者の腕。同時に黒夜の演算が加速する。
大気中の窒素を隷下におき、酸素を取り除く。
正体不明の能力者に窒素爆槍が通用しないならば――
掴み取られかき消されてしまうと言うならば――

黒夜「コイツはどうだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

限りなく無酸素に近い空間に窒素、水素、酸素を雪崩れ込ませる!
巻き起こすは有象の魔槍ではなく無象の大爆発。
点でダメなら線、線でダメなら面で潰す。あの二人が引き離せないならば――まとめて吹き飛ばす!

上条「――下がってろ、沈利」

麦野「――うん」

しかし…上条は麦野を下がらせ、その前に右手を突き出す。
それは特別な感慨をもたらさないほどに自然に――

黒夜「吹き飛べェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

ドッッッッッッ!!と音すら置き去りにする爆流が大気を爆ぜさせ、ひび割れたアスファルトごと巻き込んで破裂する!

黒夜「ひっはははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

夜明け前すら白むほどの閃光と爆裂。耐えられまい、防げまい、かわせまい、逃れまい一撃。
これを凌ぐなど不可能、そう不可能だ。神であろうと悪魔であろうと能力者だろうと『外側の法則』を使うものだろうとなんだろうと!

黒夜「言っただろうがァ!?私達に朝は来ねェ!夜明けなンてねェ!私達みたいな悪人の最後は高笑いのバッドエンドだろうがァ!!胸糞と反吐と叫ぶ声しかねェ幕引きだろうがァァァァァァァァァァ!!」

結末は変わらない。悪党は死ぬまで悪党たるべきだ。
悪を投げ出した悪党など、他人に弱さを押し付けるだけの力すら失った弱者だ。
ライオンが狩った獲物に贖罪など乞わない。ただ人間にライフルで撃ち殺されるか、餓死するか、同じ仲間に狩られてくたばる。

黒夜「あンたは私で!私はあンただ!救いなンてねェ!“光”にたかる虫はただ焼け死ぬだけだ!端っから終わっちまってる人間に、後も先もねェンだよ麦野沈利ィィィィィィィィィィ!!」

黒夜の閉じた世界に隙間はない。人を殺した人間の世界はただ閉じ行く。
光など射し込まない。氷が太陽を求める事は自己存在の否定に他ならない。
故に――黒夜は許せない。闇を捨てた麦野、その忌むべき生き方を選んだもう一人の自分など



839作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:36:46.233gJfhMkAO (11/34)

黒夜「例えテメエらが生き延びようが…第二、第三の“闇”がテメエらを潰す!砕く!飲み込む!!“闇”は夜みてェに晴れねェから“闇”ってンだ!!それはテメエが一番知ってンだろうが!私と同じに!!」

そう、彼女は例え敗れども屈しない。腕が飛ぼうが足が千切れようが跪かない。
黒夜がもし敗北を認めるとすればそれは――自らの首が刎ねられ事切れる時のみ。

黒夜「例え!私が!ここで!くたばろうが!死のうが!!テメエらの運命は前に進まねェ!地獄まで引きずり下ろしてやる!!お綺麗で優しい未来なンざ何も始まりゃしねェ!私に殺された方が遥かにマシだと思える結末が必ずテメエらの息の根を止めてくれるだろうさァ!」

折れる心を捨てた怪物、屈する魂を悪魔に売り渡した化け物。
恐らくは上条当麻が相対してきた敵とは根本的に異なる存在。
この決して終わらない『闇』…これこそが学園都市(セカイ)の闇だと言わんばかりに。

黒夜「道連れにしてやるよォ!!惚れた男とくたばれりゃ地獄だって悪かねェだろォ!?だったらエスコートしてやるよ卒業生(センパイ)!!送り出しは私達“新入生”がしてやるからよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

負けても道連れにする、例え死んでも華々しく散る。それは意思と意志と意地と矜持。
捨て身の中に勝利も求めず生すら求めない、ただ自分の命を笑いながらドブに捨てる破滅の美学。
彼女は『悪』の道を突き詰め続けたもう一人の一方通行であり、『闇』に棲み続けたもう一人の麦野沈利だった。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 



840作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:39:05.843gJfhMkAO (12/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――後も先もねえなら、“ここ”で踏ん張りゃいいじゃねえか」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



841作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:40:06.623gJfhMkAO (13/34)

――――瞬間、全てが色褪せた―――――

「前に進めなくたって、後ろばっか振り返ったって、足があるなら立ちゃいいじゃねえか」

――――全ての音が死に絶えて―――――

「誰だって転ぶ、始めから上手く歩けたやつなんていねえ。地べた舐めて泣いた事ねえやつなんているかってんだ」


――――唇がパキ…パキと乾いて――――

「いるとすりゃ――そいつは最初っから“立ち上がる事すら”やめちまったやつだけだ」


――――うなじがザワザワ逆立つ――――

「テメエが誰だかなんか知らねえ。知りたくもねえ。そうやって、誰も彼も足引っ張って、闇の中に引きずり下ろす事しかしねえテメエと沈利を一緒にするんじゃねえよ!!」


――――鳥肌が、粟立って行って――――

「沈利が昔テメエらの世界にいたって、そこで取り返しのつかねえ許されない事をしちまたって…俺は、それに苦しんでるコイツをずっと見てきた。今まで見てるだけしか出来なかった」


――――肩が、膝が、手が、歯が――――

「悪夢にうなされてる夜も、一人で泣いてる朝も、ただ抱き締めてやる事しか出来なかった…けどな、俺はもう決めた。決めたんだよ」


――――何故、こうも震えるのだ――――

「――俺は、変わろうとしてる沈利を信じる」


――――たかが表の世界の人間に――――

「前よりちょっとだけ優しくなった世界で、俺は沈利と生きていく」


――――たかがレベル0の学生に――――

「変わってこうってする沈利が百回転んだら百回助ける。千回背中を押して欲しいってなら千回背中を支える」


――――学園都市の闇そのものの――――

「世界中の人間全部が沈利の敵になったって、俺は最後まで沈利の側にいる。コイツ一人で抱えられねえもんだって、投げ出したくなるほどもんだって、俺が全部全部丸ごと全部引きずり上げてやる」


――――この、黒夜海鳥(私)が――――

「――立ち上がろうとしてるコイツをテメエらの身勝手な理屈で足引っ張ってんじゃねえよ!!やり直そうって、変わろうって足掻いてるコイツを、テメエみたいに人の足引っ張るしか出来ねえヤツらと沈利を一緒にするんじゃねえよ!!!」

――――怯えてるというのか!?――――




842作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:41:24.283gJfhMkAO (14/34)

「いいぜ…」

ドラゴン――それを意味する象徴には大きく分けて二つある

「テ メ エ ら が 沈 利 を ま た 闇 の 底 に 引 き ず り 込 ま な き ゃ な ら な い っ て な ら」

一つは十字教における、神への反逆の象徴たる『偽神(サタン)』…
かつて『上条当麻』は自分と麦野沈利の記憶喪失という神の記述(シナリオ)にすら反逆してみせた。
だが――今、この無慈悲な神が支配する残酷な世界の中にあって

「地 獄 の 底 ま で 道 連 れ に し な き ゃ 気 が す ま な い っ て な ら … ! 」

彼は――もう一つの象徴――それは聖ジョージの十字架に添えられたドラゴン…『守護聖人』である。
そう――彼は今、再び登り詰める。あの日開いた扉

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
神  浄  討  魔  「  ま  ず  は  ―  ―  そ  の  ふ  ざ  け  た  幻  想  を  ぶ  ち  殺  す  !  !  !  」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『神浄討魔』へと―――!!!!!!



843作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:43:25.233gJfhMkAO (15/34)

グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!

黒夜「!!!!!!」

その雄叫びと共に黒夜海鳥の放った爆縮崩壊にも匹敵する攻撃が『消滅』する。
上条当麻…否、神浄討魔の右腕から萼を剥き出し牙を突き立てる半透明の竜…
竜王の顎(ドラゴンストライク)が夜明けの空に三度産声を上げる。

黒夜「なンだ…なンだ…なンだ…なンなンだテメエらはァ!」

ここで初めて黒夜が後退った。その足がそのまま遁走へ走らなかったのは闇の深奥に棲まう悪鬼がゆえ。
されど…黒夜は恐怖する。自分の窒素爆槍を打ち消す力、シルバークロースの心を打ち砕く力、そして打ち倒せる気がしない“ドラゴン”の力に。

黒夜「―――っづおらア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ!!

しかし――黒夜もまた吠えた。数百数千の腕全てが束ね、重ね、合わせ成る一本の魔槍を…さらに数百数千に増し行く!
自分の限界を越え、自身の臨界を超え、黒夜は吠える。

黒夜「夢…見てンじゃねェぞ…!!!」

神浄「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――!!!」

駆ける神浄、迎え撃つ黒夜。吠える討魔、吼える海鳥。
交錯するは激情、交差するは熱情。交わらぬは譲れぬ己の『信念』のみ!!

黒夜「……世の中全ての人間が、テメエらみてェに仲良しこよしになりてェとか思ってンじゃねェぞオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

この病院の敷地内全てをグラウンドゼロにせんばかりの力場を歪めて黒夜は全ての手に命じる――
 
 
 
そこで
 
 
 
“ずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずず”
 
 
 
気づく
 
 
 
“ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ”
 
 
 
黒夜「――――――!!!!!!」
 
 
 
『偽善使い(フォックスワード)』は…『二人』いる――
 
 
 



844作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:46:00.223gJfhMkAO (16/34)

~Angel Slayer~

勘違いするじゃない

あんたが私を何回も助けるから

あんたが私を何度も救うから

私、勘違いしちゃうじゃない

この世界に、救いがあるかも知れないって

この世界に、希望があるかも知れないって

この世界に、奇跡があるかも知れないって

勘違いしちゃうじゃない

私はね、当麻。人殺しなんだよ

人並みの倖せなんて求めちゃいけないんだ

人並み以上の絶望を背負わなきゃいけないんだ

私が殺して来た人間が許したって

それを知ってるあんたが許したって

例え神様が許したって

裁きがなくても

罰がなくても

罪は変わらずそこにある

私は、そんな中夏の日に破滅した女二人を知ってる

私達もいつか破滅する、そんな終わりが頭をちらついて離れなかった

そんな時、私一人で破滅すればいいってずっと思ってた

あんたのために死ぬ事が出来たなら、こんなに綺麗で美しい死に方はないでしょうね

そんな天使みたいな死に方が出来たなら、私の犯した罪は少しは購えるだろうかって考えた事もある

なのに…勘違いしちゃうじゃない

思っちゃいけない事

考えちゃいけない事

感じちゃいけない事

信じちゃいけない事




845作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:46:46.473gJfhMkAO (17/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あんたと一緒に、生きる事
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



846作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:48:02.883gJfhMkAO (18/34)

当麻、私はあんたが大好きだよ

当麻、私はあんたを愛してる

あんたのために死ぬ事が、最大の愛情表現だなんて思うくらい

病んでて

狂ってて

酔ってて

ナルシストで

エゴイストで

マゾヒストで

けどね――

今、私はすごくあんたと生きたい

今、私はずっとあんたと一緒にいたい

ごめん

ごめん

ごめん

諦められなかった

諦める事を諦められない

諦められない事を諦めた

離れたくない

離したくない

あんたがいない天国で許されるより

あんたがいる地獄で苦しみ続けたい

最後まで

最期まで

あんたの腕の中で生きて

あんたの胸の中で死にたい

私の罪は何一つ許されなくていい

だから神様

たった一つだけ許して下さい

私はこいつと一緒に生きていきたい

どんなに苦しくても

どんなに辛くても

どんなに悲しくても

私は、こいつの側で生きたい


847作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:50:34.363gJfhMkAO (19/34)

一緒に、やっと並んだ歩幅で
 
 
 
一緒に、手探りを繰り返して
 
 
 
一緒に、顔を見合わせたて
 
 
 
一緒に、小指を絡ませ合って
 
 
 
一緒に、同じ風を受けて
 
 
 
一緒に、太陽を見上げて
 
 
 
一緒に、ご飯を食べて
 
 
 
一緒に、映画を見て
 
 
 
一緒に、戦って
 
 
 
一緒に、抱き合って
 
 
 
一緒に、苦労を嘆いて
 
 
 
一緒に、笑って
 
 
 
一緒に、生きて
 
 
 
一緒に、死んで
 
 
 
だから、神様――
 
 
 



848作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:51:23.543gJfhMkAO (20/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―  ―  ―  翼  を  く  だ  さ  い  ―  ―  ―

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



849作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:54:07.003gJfhMkAO (21/34)

~1~

その時――フレンダ=セイヴェルンは目を覚ました。

フレンダ「――…み、んな…?」

そこには、『一足先』の夜明けに言葉に声と顔色を失った『アイテム』の面々がいた。
意識を取り戻したフレンダにも気付かないほどに――一点を見つめて。

浜面「――ははっ…なんだよ…これ」

浜面仕上の引きつった顔。その先に向かうは夜明けの窓辺

絹旗「――飛んでちゃって下さい――私達の超手の届かない所まで――」

絹旗最愛の澄み切った眼差し。その先に向かうは夜明けの窓辺。

滝壺「――大丈夫、私はそんなあの二人を応援してる」

滝壺理后の柔らかな微笑み。その先に向かうは夜明けの窓辺。

フレメア「――綺麗…」

フレメア=セイヴェルンの惚けたような声音。その先に向かうは夜明けの窓辺。


フレンダ「――ああ――」


そしてフレンダも見た。夜明けの窓辺から見通せる世界。そこに『舞い降りた翼』を


850作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:54:58.533gJfhMkAO (22/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フレンダ「――――――“天使”――――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



851作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:55:45.143gJfhMkAO (23/34)

~2~
バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!

麦野「――――――」

その時、麦野沈利の背中に六対十二枚の『光の翼』が背負われた。
原子崩しの光芒全てをかき集めて尚届かない光を、天使の光輪を乗せて空を舞う。

黒夜「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

光の羽根が花吹雪のように舞い散る度に白金の煌めきと共に天へと昇る。
それを黒夜は魂の底からの慟哭によって吼える。
折れる『心』がなくとも、屈してしまいそうな『魂』を奮い立たせるように。だが

神浄「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

空には天使、地には竜、どちらも黒夜の前に立ちはだかる。
それは皮肉にもネズミをいたぶるように弄んだフレンダに対し言った『人類史上成功した試しのない二正面作戦』にも酷似していた。


天使(麦野沈利)と竜(神浄討魔)

聖座を追われた暁の明星(ルシフェル)と地の底から反旗を翻した偽神(サタン)

『0次元の極点』を我が物として光の全てを隷下に置く学園都市第四位と、『神浄』へと辿り着き全てを超越した最弱の無能力者

黒夜「――認めねェぞ」

大気を、窒素を、酸素を、水素を、圧縮!圧縮!!圧縮――!!!

黒夜「私はテメエらなンか認めねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェぞォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

しかし――黒夜海鳥は屈しない。敗れようとも死のうとも屈しない。
奇跡も運命も幸運も拒否する。神の手すら黒夜は拒絶する。
それが『悪の華』だからだ。『悪党の美学』だからだ。
彼女はもう一人の麦野沈利(闇)だった。上条当麻と出会わなかったもう一人の麦野沈利だった。


黒夜「ブッ潰れろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!!!!!」

そして――数百メートルにも及ぶ魔槍が、数千を超えて放たれるのと――


麦野「――――――」

麦野沈利が手持ちの拡散支援半導体(シリコンバーン)を中空に放り投げるのが同時に――




852作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:56:39.813gJfhMkAO (24/34)

~3~
ドンッ!と大地を踏み締め、蹴り出し、駆け出し、飛び出す音がした。

神浄「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

それは傷だらけの神浄討魔(ヒーロー)だった。それは血塗れの上条当麻(フォックスワード)だった。

黒夜「――っらァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

バギンッッ!と黒夜は噛み締めた奥歯を噛み砕いて吠えた。
上条かと思えば麦野、麦野かと思えばまた上条…その振り回されるコンビネーションのままに、黒夜は上条へ狙いを変える!

黒夜「死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね ! ! ! ! ! !」

機関銃の勢いで放つ窒素爆槍!駆け込んで来る上条目掛けて放つボンバーランス!!
空気を切り裂き大気を撃ち抜く暴虐の嵐。文字通り矢継ぎ早に撃ち出される魔槍。しかし

神浄「―――!!!」

上条が竜王の顎を突き出しながら走り込んで来るのを止められない。
当たる前から打ち消され、外れる側から掻き消され、一本たりとてその行く手を塞げない。
黒夜は恐怖する。戦慄する。慄然とする――!!

黒夜「――来るな来るな来るな来るな来るなアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

地割れを踏み越えて、瓦礫を飛び越えて、粉塵を掻き分けて、魔槍を潜り抜けて上条は走る!走る!!走る!!!
一歩でも前へ、半歩でも先へ、ただひたすらに、ただがむしゃらに、黒夜の眼前へと――

黒夜「(コイツは…こいつらは!!!)」

不死身とも思える肉体、予知とも思える感覚、異能を打ち消す力などおまけに等しい恐怖――
それは『踏破する力』。運命も宿命も天命すらも踏み越えて己の足で走る力。
止まらない圧迫、止められない重圧。この時黒夜海鳥は感じた。

神浄「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

それはかつてアウレオルス=イザードが、一方通行(アクセラレータ)が、右方のフィアンマが味わった恐怖そのもの。
そして上条が黒夜の前に躍り出て――拳を固め、握り、締め、振り上げ――



853作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 20:59:14.963gJfhMkAO (25/34)

~4~

上条と黒夜が激突する刹那、光が全てを埋め尽くした

黒夜「――――――」

宙を舞う数百枚の拡散支援半導体(シリコンバーン)が、麦野の『光の翼』の一枚一枚から放たれた原子崩しに打ち抜かれ

神浄「――――――」

前から、後ろから、上から、下から、右から、左から――無数という言葉の意味すら置き去りにするほどの光量。
それらが光の雨も同然に降り注ぎ、黒夜の数百数千の腕(かいな)全てを打ち抜いて行く。

浜面「――――――」

複合標的群多角同時一斉掃射…どれほどの複雑を極める演算が、どれだけの困難を極める制御が為されているかすら窺い知れない光の雨。
それはまさしく『流星群』だった。天に座す『星座』そのものを叩き落とすかのような一撃だった。

絹旗「――――――」

一拍遅れた爆発音すら、次々と誘爆に巻き込まれ掻き消されて行く。
その一瞬には光の白しかなく、全ての音がその場で静寂(しじま)と共に口を閉ざすより他はない。

滝壺「――――――」

夜明け前の白む空すから霞むほどの光景。今や麦野が背負う星辰すらその瞬きを前にあまりに儚い。そう思わせるに足る。

フレメア「――――――」

『原子崩し』という字すら既に今の麦野を表すに不足して思えた。
もし冠する二つ名があるとすれば――それは『星座崩し』

フレンダ「――――――」

十字教において、天使はしばしば『星』になぞらえられる。
麦野はもはや『星』そのものとなった。この黒き夜の海のような、闇の中にあって麦野は今、『暁の明星』となった。

麦野「―――退場だ、“新入生”。幕引きも受け取るんだね」

バサァッ!と『光の翼』を振るい、麦野は遥か高みから焼き尽くされた腕達ではなく黒夜を見下ろす。
そう、退場するのだ。この長い長いヴェルトナハト(夜の世界)から。
麦野沈利も、黒夜海鳥も、血塗られたブッファはここに終わりを迎える――
 
 
 
 
 
麦野「――そうでしょ?当麻――」
 
 
 
 
 



854作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:01:18.993gJfhMkAO (26/34)

~5~

そして上条は目映い光の中、黒夜へと拳を振り下ろす。麦野の声に呼応するように

上条「教えてやる――」

それは偽善使いの幻想殺し(イマジンブレイカー)でもない。

上条「テメエらにぶっ壊されなくちゃいけないほど」

まして神浄討魔の竜王の顎(ドラゴンストライク)ですらない。

上条「俺達の世界は弱くなんかない」

それは――『左腕』だった。

上条「――テメエは弱い」

そう…彼はもはや、フォックスワードでもヒーローでもないのだ。

上条「――テメエは負ける」

彼はただ『上条当麻』なのだ。

上条「――インデックスの祈りと――」

テストで百点を取れる訳でも

上条「――御坂の叫びと――」

女の子にモテまくる訳でもない

上条「――沈利の声に――」

ありふれた高校生に過ぎない上条当麻に出来る事

上条「――だから…」

それは生きて帰る事。彼の帰りを待つ者の幻想(せかい)を守る事。

上条「――こいつだけは…!」

家族の、仲間の、恋人の、ささやかで小さな世界を守るちっぽけなヒーロー(最弱)が…今

上条「俺自身の手でやんなくちゃいけねえんだ…!!」

インデックスの、御坂美琴の、麦野沈利の

上条「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」


少女達の小さな幻想(せかい)を救う――

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!


黒夜「―――――――――――――――」

夜明けの空に響き渡る轟音…それが終止符の打たれた決着の音だった。

黒夜「ぐっ………はぁ………っ………!」

打ち抜かれた左拳が振り抜かれるとと共に宙を舞う黒夜。体力、気力、演算能力、全てを断ち切る衝撃的な一打に黒夜は沈む。

黒夜「―――………   

数百数千の魔手を持つ学園都市の怪物はここに倒れた。
黒夜と上条を分かつ線――それは善悪の彼岸ではなく、ましてや住む世界ですらない。

上条「はあっ…ハアッ…」

それは恐らく、彼等のバックボーンを支えるものが有形の『人間』か無形の『闇』かの違いしかない。

上条「――……!!」

人に全ての人間を救う事など出来はしない。それは上条当麻(ヒーロー)とて変わらない。
だが…全ての人間に人は救える。上条はただ、その差し伸べられた手を取った。それだけなのだろう。


そして――



855作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:03:40.963gJfhMkAO (27/34)

~黒夜海鳥3~

馬鹿な、馬鹿な…馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な…どうして私が負ける。
第一位と比べるべくもない第四位、そしてたかが無能力者に何故この私が負ける。敗れる。何故?

こんな綺麗事の砂糖と奇麗事の蜜をまぶし過ぎて脳に糖分が逆流しているような…
甘ちゃん共にどうしてこの私が負ける?どうして私の『闇』がコイツらを貫けない?
闇は光に勝てないだなんて出来の悪い結末は、あのクソ女が好むC級映画以下の筋書きだ。

木原印のサイボーグ、ファイブオーバー、パワードスーツ…
これだけの潤沢な資金と、豊富な動員と、最新の装備を手にしながら何故勝てない。
勝っている点こそあれど劣っている点などない。精査しろ、比較しろ、考察しろ。

フレンダ=セイヴェルンは妹フレメアを逃がすために捨て身で挑んで来た。
私が切り捨てられた、私を切り捨てた『家族』とやらを守るために。
認められるか。認めてなるものか。私が切り捨てたものなど

シルバークロースは何故敗れた?それは『外側の法則』を使う修道女だからだ。
科学の結晶をどれだけ身に纏っても、内包する人間の『奇跡』を求める力に負けたのか?
認められるか。認めてなるものか。私の中に存在しないものなど

私は何故敗れた?それは奴らが二人掛かりだったからだ。
いや、シルバークロースは呼び出した。条件的にはこちらが優位だった。
認められるか。認めてなるものか。私が捨てた心の在処など

私が捨てて来たものを、奴らは何一つ捨てなかったというのか。
まるでガキだ。捨てる事を知らないガキは両手以上のものなど決して手に入れられない。
あまりあるものを手にして来た私が、あまりあるものを捨てて来た私が何故――

まだだ、まだ戦える。まだ戦える。まだこれからだ。
私は終わらない。私は認めない。私は変わらない。
そうだ、お楽しみはこれからだ。楽しい血の饗宴(パーティー)はこれからだ。

まだまだ殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…

殺し…て

殺し…

殺…





終…

………………

――――――




856作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:04:41.713gJfhMkAO (28/34)

~Golden Dawn~

その時、風が吹いた――

上条「――――――」

それは、白いカーテンを翻らせるような優しい一陣の風だった。

上条「………………」

夜明け前の空の、未だ登り切らぬ太陽の光が柔らかく溶けて行く。
剥き出しで血塗れの上半身を労るような、傷口に触れて行くようなその風に上条当麻は前髪を揺らす。
それは声なき声のように何かを呼び掛けて上条を振り返らせた。

上条「―――沈利―――」

もう立っていられないほどの疲弊、消耗、出血、重傷。
意識すら霞がかって行き、己の声すら遠くの誰かが呼び掛けているような不確かさ。
されど向けた眼差しの先にあるものを上条は見据える。真っ直ぐに。

麦野「――お疲れ様。バ上条」

その先――そこにはもう一つの夜明けのように目映い光を放つ…
天使の光輪と光の翼を背負った麦野沈利の姿があった。
それは天から舞い降りた天使のようにも、ただいつも通りの恋人にも見えた。

上条「悪い悪い…いや、本当にさ」

麦野「――全くね。もうさ、言葉が出て来ない。こんな時さ、どんな顔すりゃいいのかもわかんない」

そんな上条に同じくらい血塗れの麦野が歩み寄って行く。
ただし上条と麦野の決定的にして唯一の差違…それは己の流した血か、他者の返り血か否か。
麦野は一歩一歩進めて行く。やや俯き加減に、自嘲気味に。

麦野「――お気にの勝負服はボロボロ、メイクはグチャグチャ、髪はバッサバサ、最低の朝帰りねホント」

上条「――そうだな、インデックスに怒られちまうな。朝帰りなんてしちまったら」

麦野「最悪よ。私もあんたも傷だらけ。またしばらくあんたの前で脱げないよ。電気消さないと」

上条「――そんな事、ねえよ」

対する上条も、ふらつかないように膝から踏みしめるように歩み寄って行く。
どちらもボロボロだ。出来る事なら今すぐダウンしたい。
しかし彼にはあるのだろう。男の子の意地と言うものが

麦野「――責任とって。こんな身体じゃ、もうあんた以外の誰もお嫁さんにもらってなんてくれない」

上条「…俺でよけりゃ、一生かけて」

麦野「違う。もっと言って。私の欲しい言葉、今すぐ欲しいの」

上条「…ああ」

上条が麦野の前に立つ。既に竜王の顎は解除されている。
だが対する麦野は未だに星座崩しの天使のままだ。自力で解除出来ないのだろう。
だから――上条は腕を伸ばした。いつものようにそっと




857作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:05:54.763gJfhMkAO (29/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「一生(ずっと)、俺の側にいろ。沈利」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



858作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:08:43.403gJfhMkAO (30/34)

パキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン………

上条が麦野を抱き寄せたその時――麦野の『光の翼』が砕け散る。
同時に翼が一枚一枚光の羽根となって高く高く空へと舞い上がって行く。
風が吹いた花片のように優しく、揺られるように光の粒子になって。

麦野「――痛い。もっと優しく」

上条「――悪い、力入り過ぎた」

麦野「傷口に染みるんだよ。馬鹿」

それはきっと、彼が殺して来た幻想の中で最も優しい破壊だったのかも知れない。
天使の光輪も雪を吹き散らすように光の粒を残して溶けて消える。
朝焼けの光、もう麦野は崩れ落ちてしまいそうだった。疲労以外の何かに。

上条「――もう泣いてんの隠さなくていいんだぞ?」

麦野「泣いてない。頭のネジ緩んでる?締め直してあげよっかー?」

上条「もうゆるゆるですよ。主に上条さんのほっぺのネジが」

麦野「ブチコロシ、かくてい」

後から後から涙が滲んで来る。溢れて来る。零れて来る。流れて来る。
麦野沈利は考える。今ネジの締め直しが必要なのは自分の涙腺だと。

麦野「――罰ゲーム。運べ」

上条「……へいへい」

麦野「文句ある?」

上条「仰せのままに、“女王様”」

そうして麦野は抱えられる。もう膝に力が入らず真っ直ぐ歩けない。
その体勢がお姫様抱っこなのは、おぶわれる格好悪さが気に入らないからか。

麦野「――ねえ、当麻」

上条「なんでせうか?」

麦野「重くない?」

上条「重いっつったら?」

麦野「右ストレートでぶっ飛ばす」

上条「軽い軽いー(棒読み)」

麦野「…やっぱ降ろせ」

上条「そりゃ出来ねえなあ」

麦野は思う。確実にベット以外でも可愛げがなくなっていると。
ちっとも自分好みの彼氏にならない。決して思い通りにならない。
憎たらしくて、でも同じくらい頼もしくなったとも。

上条「―――もう沈利は上条さんから一生逃げられないんですよ―――」

麦野「…そうだね、あんたに追っ掛け回されんのは疲れそうだ。今回みたいに」

スッと顔をすりよせる。もう疲れ切っていた。
大嫌いな朝の光。大好きな体温。その二つに包まれ麦野は瞳を閉ざす。

麦野「――同じ疲れんなら、これで良いよ――」


859作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:09:43.393gJfhMkAO (31/34)

~2~

ああ、ちくしょう

『その健やかなる時も』

まるでヴァージンロードだ

『病める時も』

ウェディングドレスもブーケもない夜明けのヴァージンロードだ

『喜びの時も』

相手は半裸、私は血塗れ、神父もいなけりゃ神様だってまだ寝てる時間だ

『悲しみの時も』

嗚呼――なんてムードのないヤツなんだろう。泣いてる女に微笑みかけんな。マナー違反でしょうが

『富める時も』

でも…すっぴんよりヒドい顔を見せられる男なんて私はコイツしか知らない

『貧しい時も』

コイツしかいらない

『これを愛し』

こういう時、強く意識する。私はコイツの女(モノ)なんだって

『これを敬い』

もう離れられない。もう逃げられない。私の全てはコイツに奪われた。もう何も残ってない。プライドしか残ってない

『これを慰め』

でも、それでいい

『これを助け』

あんたの腕の中で、私の形がなくなるまで溶けて行きたい

『その命ある限り』

あんたの胸の中で、私はあんたと生きて行きたい

『真心を尽くすことを誓いますか?』




860作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:10:46.093gJfhMkAO (32/34)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――永遠に―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



861作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/20(水) 21:12:31.683gJfhMkAO (33/34)

~3~

しかし――物語は終わらない。


「――さっきからイチャイチャイチャイチャ。鼻の下を伸ばす前に、お前にはこれからなすべき大事な仕事があるだろう?ったく、とんだ女泣かせだな」

上条・麦野「「!!?」」

夜明けのヴァージンロードを歩む二人の前に、冥土帰しの病院入口より出でし声音が響き渡る。
その声は、屈強そうな黒服の男達を引き連れている十二歳程度の金髪の少女。
シックなブラウス、スカート、ストッキングがさながら古めかしくアンティークな黒鍵と白鍵のそれを連想させる。

上条「お前…は」

「後処理は私がしておいてやる。お前はさっさと女と病院のベッドにでもしけこんでいる事だな」

麦野「――――――」

それはあまりに皮肉な符合だった。黒“夜”海鳥を乗り越えて辿り着いた夜明けの先に待ち受けていたのは――
 
 
 
 
 
レイヴィニア「――自己紹介は今更必要ないな?科学で無知な子供達」
 
 
 
 
 
開かれし新たなる世界への入口…『明け色の陽射し』を束ねし者…
 
 
 
 
 
レイヴィニア=バードウェイ、夜明けの学園都市へと降り立つ――


862投下終了となります2011/04/20(水) 21:13:39.023gJfhMkAO (34/34)

以上、投下終了です。出戻りで始めてしまったお話ですが次回で最終回です。
たくさんのレスありがとうございました。皆様のお力です。
次回は恐らく…日曜日に投下出来れば良いなと思っています。それでは失礼いたします。


863VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/20(水) 21:19:49.99byXm7dTbo (1/1)

>>私は、そんな中夏の日に破滅した女二人を知ってる

ああ……やっぱり、そうなのか……




864VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/04/20(水) 21:29:25.15VCsr0nY90 (2/2)



悲しい事もあったけど、二人の幸せ、皆のハッピーエンドを切に願いたい

改めて言いたい………お疲れ様


865VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/20(水) 21:44:39.47MJTrIGZG0 (1/1)

おおレイヴェニアきたーーーーーーー

レイヴィニアは俺の嫁


866VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/20(水) 22:01:29.19zqAgGvda0 (2/2)

そして新約2巻が発売されて新約2巻の再構成が始まるんですねわかります


867VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/20(水) 22:22:26.23sLnzKxK7o (1/1)



いつかは終わるものだとは頭で分かっていても哀しいもんだね…
最終回楽しみにしてます


868VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/21(木) 12:40:50.857UtceUR/0 (1/1)

レイヴィニア登場シーンカッコよすぎる…そしてむぎのんマジ天使。この新約編が劇場版みたいだ。作者さんマジ乙!

>>863
むぎのん軍艦島のこと知ってるっぽいね。上のレスだけど
>>麦野「私が泣く場所は一カ所に決めてんだ。言っとくけどシャワールームじゃないわよ。どこぞのガキじゃあるまいし」
>>御坂「誰の事言ってんのよ?」
>>麦野「アンタも知ってる女。負けん気の強さは買ったけど、女として脆すぎたねアレは」










869作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 11:12:26.428HK0jHeAO (1/43)

とある星座の偽善使いの者です。本日で最終回ですが、投下がいつも通りの時間よりずれ込みそうです…(ボリュームが増してしまったので)

ただ、タイトルだけ先に置かせていただきます。「メモリーズ・ラスト」です。目処が立ちましたらまたご報告させていただきます。失礼いたします…


870VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 11:47:22.61BmOy/YSg0 (1/2)

舞ってる


871作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 18:59:32.468HK0jHeAO (2/43)

作者です…削っても削ってもボリュームが溢れてしまったので、最終回は投下し終わるまで時間がかかりそうなので今夜22時より開始します。

それではまた後ほど…失礼いたします


872VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 19:05:02.39QBoYCEJvo (1/1)

楽しみにしてる


873VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 19:17:36.46c7JacVZDO (1/1)

むしろ次スレ行っても構わないから削らないで、少しでも多く読ませてほしいぜ……


874VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 20:01:21.875hZ2NBq10 (1/1)

最終回のためだけのスレを別に立てても良いから削らないでおくれ
頼む


875VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 20:36:35.36b7XsKbNG0 (1/1)

作者や
けずんないでおくれ




876VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 21:00:57.14/sVyHgHSO (1/1)

削るn
いえ削らないで下さい


877VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/24(日) 21:38:21.33RHS3dCdR0 (1/1)

けずらないでえええええええええええええええええええ


878作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:10:01.728HK0jHeAO (3/43)

投下させていただきます。ノーカット拡大版ですが、よろしくお願いいたします


879作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:12:36.738HK0jHeAO (4/43)

~とある星座の偽善使い・第0章~

忘れもしない運命の日、私の気分は最低に最悪だった。
それは朝方まで一人プールバーでダラダラと過ごし、ようやく自宅に戻って一寝入りした矢先の事だった。

電話の女『こいつと来たらー!連れ込む男もいないくせにこんな時間まで若い女が寝てるんじゃないよー!お電話鳴ったら3コール!グッドモーニング☆お仕事の時間だよーん♪』

麦野『(クソッタレ)』

まず、ケチのつき始めは『電話の女』に仕事の呼び出しで叩き起こされた所から。
私は朝に弱い。というより寝起きが良くない。そんな時この女からのコールは目覚まし以上の不愉快さだ。
また頭の中で声がする。『人殺し』って声がする。私の声だクソッタレ。

電話『今日の依頼はねー、第七学区の研究所にガーッて行ってババーンと殴り込みかけて、フケの目立たない白衣の連中をドッカーン!ってやっちゃうだけの簡単なお仕事だよー。二日酔いのガンガンする頭でもわかるよねー?ダメだぞー未成年のクセしてプールバーなんて出入りしちゃ』

麦野『そうね、だから何?モーニングコールついでに會舘フィズでも出してくれんの?もういいわ見取り図だけ後でメールで送ってちょうだい』

電話『こいつときたらー!』

この女の声はチューニングのズレたジュークボックスより喧しい。
私は衝動的に通話終了ボタンを押したくなるのを持ち合わせの少ない忍耐力を使い果たして根気良く耳を傾ける。
何の事はない。いつも通りの報われないドブさらいだ。反吐が出る。

電話の女にも、馬鹿な連中にも、それに付き従う他ない私自身にも。
だいたい何で私が昨夜プールバーに居た事までこの女は知ってる。
生理周期まで把握されているんじゃないかとすら思えてならない。

麦野『馬鹿馬鹿しい』

電話の女からの依頼を受けた私はすぐさまアドレス帳からフレンダ=セイヴェルンの名前を選び出し、電話をかける。
このくらいならわざわざ全員招集をかけるまでもない。
一番良いのはコイツらに仕事を丸投げ出来ればそれに越した事はないんだけど

麦野『――…フレンダ?はあ?デート?頭のネジ緩んでる?仕事よ仕事』

まだ私が出張らないとどうにも回らない。少しは頭を使って欲しい。
何気なくテレビをつけ、チャンネルを回す。今日の星占いは私の星座が最下位か


クソッタレ





880作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:13:32.518HK0jHeAO (5/43)

~1~

フレンダ『ああ~…結局、麦野と私はビジネスで結ばれたドライな関係って訳よ』

麦野『そうね、だから何?』

フレンダ『ああー!結局、その冷めた流し目にゾクゾク来るって訳よ!ギャラ半分で良いからキスして麦野!』

麦野『サバカレー臭い女とキスする趣味はねえ。大体、私にレズっ気なんてないわよ』

フレンダ『…“大体”…』

“仕事場”に向かうワゴン車に並んで座りながら私とフレンダは他愛ない、言い換えれば中身のない会話をしていた。
仕事の打ち合わせもへったくれもない。それこそ叩き潰して焼き尽くすだけの簡単な依頼。
そのせいかフレンダがいつも以上に緊張感がない。
何呆けた顔してる。今更『大体』の言葉の意味がわからない訳ないでしょ?あんた何年日本にいるのよ。

フレンダ『レズだなんて呼び方は良くない訳よ汚らわしい!私の麦野への愛は百合と言い換えて欲しい訳よそこんとこは!』

麦野『変わんないでしょうが。余計な日本語ばっか覚えやがって。何が愛だ。シャケ弁の隅っこにある緑のギザギザと同じね。腹の足しにもなりゃしない』

レズだか百合だか愛だか知らないがそんな物を私に向けて来るな気色悪い。
男女の恋愛すら無味乾燥な目線でしか見れない私にアブノーマルな話を振られたって答えようがない。
あんたがせがむキスだって、私は手放せないぬいぐるみにしかした事なんてない。

フレンダ『あーん!でも麦野のそういう所が私は大好きな訳よ…ギュッてしていい?』

麦野『今日の働きぶりで考えてやらないでもないわ。ほらそろそろ着くわよ』

フレンダ『アイアイサー!』

降り立つ“仕事場”。終わる頃には更地だろう。
私は解体業者みたいな者だ。私は人間、フレンダは建築物。
バラす事に変わりはない。冷めて渇いた憂鬱な気分。

麦野『――――――』

さあスイッチを切り替えろ。出来得る限り惨たらしく、速やかに解体しよう。
オマエらの墓標は瓦礫だ。せいぜい土の肥やしになるんだね。
このアスファルトが敷き詰められとコンクリートに取り囲まれた学園都市(セカイ)の人柱に。

麦野『行くよ』

フレンダ『オー!』

オマエら、朝起きた時自分がくたばるなんて考えて来なかったろ?
私もだよ。朝起きてすぐに人殺しの電話が入るなんて思ってなかった。


ツいてなかったね。あんたらも。私らも。




881作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:15:59.318HK0jHeAO (6/43)

~2~

フレンダ『殺ったー!終わったー!!』

麦野『字が違ってるわよフレンダ。まあいいか。お疲れ様』

フレンダ『麦野ー!ギュー!ギュー!』

麦野『来るな。あんたの返り血がつく』

任務完了。今日も無事滞りなくバラしました。おしまい。
となる所をフレンダが駆け寄って来た。血塗れの格好で。
そんな格好で抱ける訳ないでしょ。そうでなくてもしないけど。

フレンダ『あっ…最悪ー!コイツのせいか!コイツのせいか!』ゲシッ

麦野『生首蹴るんじゃないわよ。罰が当たるよ』

フレンダ『私達がこうやってのうのうと生きてる時点で結局、神様なんていない訳よ』ゲシッゲシッ

フレンダの爆弾で吹っ飛ばされ転がった生首が更に足蹴にされる。
うん、コイツもたまには冴えた事を言う。本当にたまにだけど。
殺しを楽しんでる節があるけど、やる事をちゃんとやってくれてる間は別に構わない。遊びが過ぎて下手を踏まなきゃ尚更。

フレンダ『麦野パース!』ゲシッ

麦野『止めろ。パスすんな』ゲシッ

フレンダ『パス返し!シュート!』ゲシッ

麦野『あれー?あんまり飛ばないわねー』

フレンダ『結局、私の脚線美はサッカーに不向きな訳よ』

麦野『人の頭がそもそもサッカーに向かないでしょうが。なんかボウリングの軽い球みたいね』

生首でサッカーやられるためにくたばった馬鹿共。
生首でサッカーやらかすのを楽しんでる馬鹿なフレンダ。
生首が転がって行くのを見て鼻で笑う馬鹿な私。
ここにいるのは頭のおかしい馬鹿なヤツばっかりだ。救えない。確かにいないわ神様なんて。

フレンダ『じゃー麦野先出てて?後はここをド派手にブッ飛ばしちゃう訳よ!絹旗の映画みたく』

麦野『はいはい。お先。後よろしく』

サッカーに飽きたフレンダは別のお楽しみを見つけたらしく私は血塗れの研究施設を後にする。
コイツはやらなくてもいいド派手な爆破をやりたがる傾向にある。
例えるならロケット花火ばかりやりたがる中学生に近い感覚。

麦野『嗚呼…くだらない』

研究施設から出て数分後、ドンッ!と火柱が立つのが背後に見えた。
壊すばかりで何も残らない仕事。ああ、これが仕事って言うならね。
人をバラして吹き飛ばすだけの簡単なお仕事です!ってか

くっだらねえ




882作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:20:00.758HK0jHeAO (7/43)

~3~

フレンダ『お疲れ様ー!』

麦野『はい、お疲れ様』

そして仕事を終え、私はフレンダと別れワゴン車から降りて第七学区のとあるスーパーへと入って行った。
ここの時鮭弁当はこの学区内ではほぼ最高の出来映えなのだ。
人殺しで落ちたテンションを上げるための自分への労い。
ご褒美などと言わない。ご褒美などと言えるほどロクなものも積み上げずに爪磨きに精を出すさもしい馬鹿女みたいな事は言いたくない。と――

ドンッ

麦野『あっ…』

スーパーから出て少しした路上で私は人にぶつかってしまった。
その拍子に買い物袋が手から離れ、シャケ弁をひっくり返してしまったのだ。

スキルアウトA『おいおいどこ見て歩いてんだよお姉ちゃん?目ついてんのか?聞こえてんのか?耳ついてんのかアア!?』

麦野『(…ああ、また“ゴミ”か)』

私は見やる。如何にも頭と育ちの悪そうなゴミを。
私のお気に入りのシャケ弁をダメにしてくれたゴミを。

スキルアウトB『あー弁償だな弁償。これ鹿皮なんだぜ?どうしてくれんだよマジで』

たかがディアスキン程度で何粋がってんだ貧乏人が。
テメエらが売った喧嘩がどんだけ高いもんについたか十露盤も叩けねえのか?

スキルアウトC『まーまー落ち着けって。金なんかよりいいもん持ってるぜこの女』

スキルアウトD『はははっ、ちげえねえや。オイ、この女のガラ攫うぞ。現物支給で弁済してもらおうぜ』

嗚呼…そうだったね。私にとって部下は『駒』で、人は『物』で、敵は『ゴミ』だった。

スキルアウトE『学校も行ってねえくせに弁済なんて難しい言葉使ってんじゃねえよ!ひゃっひゃっひゃっ!』

弁済?させてやるよ。私のシャケ弁に比べりゃ安いもんさ。
大出血サービスだ。テメエらの命で償え。

スキルアウトF『まあそういう事だからさ?大人しくついて来てよお姉さん?』

どいつもこいつも野良犬の癖に鼻が利かないゴミばかり。
笑えるジョークだね。その日暮らしの痩せた負け犬(無能力者)がライオン(超能力者)に喧嘩を売る。
昨日入ったプールバーで、五杯目くらいあけたら笑ってやってもいいジョークだ。
けど私はジョークが嫌いだ。人に言うのは兎も角、自分が言われるのは我慢ならない。

麦野『………………』

せいぜい下卑た笑いを今の内楽しみな。もう殺しのインスピレーションは湧いて来た。

テメエらがぶちまけたシャケ弁みたいにしてやるよ。ゴミ共が




883作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:22:51.728HK0jHeAO (8/43)

~4~

麦野『あっはっはっはっはっはっはっ!!クッサいわねえ…ブタだってこんなヒドい匂いしないわよ?やっぱり食用に改良されたブタやウシとは違うのねえ?人の肉って』

ゴミ処理終了。燃えるゴミにも出せないクズ共ブチ殺し完了。
嗚呼…最悪の気分で最低の状態だ。返り血飛びまくった。クソッタレ。
仕事の時あんなに気をつけたのにまた一着おじゃんかと思うとより憂鬱だ。

麦野『あーあ…くっだらねえ。くっだらないわ。もうコレ着れないわ。最悪。何が鹿皮よ。安物のクセに』

どこぞのホスト崩れのヤクザ予備軍の方がファッションだけならまだしもマシだった。
でもEMPORIO ARMANIだのChristian Diorだのモード系のスーツってのがチャラくて嫌い。
何がきれいめ系だクソッタレ。私はそれ以前にタバコを吸う男が大嫌いなんだ。

麦野『フレンダー?第七学区のスーパー近くの路地裏まで着替え持って来て。あと下っ端の連中に足と後始末の用意させて。そうそう。お気にのシャケ弁売ってるあのスーパー』

さっき別れたばかりだけど仕方無いからフレンダを呼び出す。
まだそう遠くまで行ってないだろうとあたりをつけて。
顔についた血が携帯に付かないように話す。そこで――物音がして、振り返って―― 
 
 
上条『――――――』
 
 
 
麦野『――――――』
 
 
 
今思えば、これが私達の最初の出会いで運命の巡り合わせだった。
この時始末しようとした当麻と、私は共に生きる事を決めただなんて誰に予想出来たろう?
少なくとも、私自身は予知も予期も予見もしてはいなかった。

誰も彼もゴミとクズだと見下し切っていた私が、初めて手にした温かくて優しい希望の光。
私は闇に棲んでいた人間だからよりわかる。暗い場所でしか輝く事の出来ない星の在処を。
だから私は、当麻と初めて喧嘩して飛び出した時…第十九学区を目指した。

『ほしのみえるばしょ』…もし、こんな私にしか感じ得ない世界を、当麻が理解してくれたらと心のどこかで期待していたのかも知れない。
そして――最も来て欲しくない時に、最も来て欲しかった当麻は私を迎えに来た。
狂気に囚われた私が牙を向いたのを、逃げもせず受け止めるために挑んで来た。

私を救ったのは運命でも


奇跡でも


ましてや神様でもない。


あんたなんだよ。私の当麻。


884作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:24:04.458HK0jHeAO (9/43)

~とある病院・上条&麦野の個室~

麦野「――ってな事があった訳よフレメア。私もアイツには色々苦労させられて来たのさ」

フレメア「うん!大体、わかったよ!」

絹旗「(超ノロケです。軽く拷問です)」

滝壺「(むぎの、顔がニヤニヤしてる)」

フレンダ「(結局、誰かに話したくて話したくてウズウズしてたって訳よ)」

黒夜海鳥率いる『新入生』らの襲撃事件より2日過ぎた頃…
上条当麻と麦野沈利は強制的に集中治療室に運び込まれる羽目となり、ようやく個室に移る事と相成った。
本来ならば個室に年頃の男女二人というのは倫理的に多いに問題があるのだが…

冥土帰し『緊急時という事で多目に見るけれどね?次に脱走したらベットに縛り付けさせてもらうよ?』

と集中治療室から参戦した上条当麻に釘を刺しつつ冥土帰しから防衛上の観点から許可が下りたのである。
その上条は今、女所帯に追い出されるかのように病院内のラウンジに一方通行、浜面仕上らと共に席を同じくしていた。
レイヴィニア=バードウェイの口から語られたこれまでの経緯、今の現状、これからの先行きを話しながらだ。

麦野「うんうん。フレメアは素直だね。ここまでフレンダの車椅子も押して来たんでしょ?」

フレメア「家族だもん!」

麦野「いい子だ」ナデナデ

フレンダ「麦野麦野!私にもいい子いい子して欲しい訳よ!」

麦野「歳考えろ」ピシャッ

フレンダ「orz」

滝壺「だいじょうぶ、私はそんな一方通行なフレンダの思いを応援してる」

絹旗「滝壺さん、その例え超不愉快なんで勘弁してもらえませんか?」

そして…フレンダ=セイヴェルンもまた車椅子で動ける程度には回復していた。
奇跡的に神経などは傷一つつかずに彼女は一命を取り留めた。
そんなフレンダの実妹フレメアは子供嫌いを公言して憚らない麦野にベレー帽の上から頭を撫でられている。

滝壺「はい。きぬはたの大好きなウサギさんだよ」

絹旗「…滝壺さん、まさかわざとやってませんか?超違いますよね?滝壺さんはそういうタイプじゃありませんよね?」

麦野「絹旗。滝壺そういう絡みになるとメチャクチャいじって来るよ。私も昔乗せられて料理まで作らされた」

その傍らで滝壺理后はお見舞い品のリンゴをウサギの形に剥いている。
それを絹旗最愛はジト目で見やっている。やや唇を尖らせて。




885作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:26:43.518HK0jHeAO (10/43)

~2~

絹旗「別に第一位は超関係ありませんよ」

滝壺「?。私がしてるのはウサギさんの話だよ。別にあくせ(ry…もきゅっ!」

フレンダ「結局、どういう訳よ?フレメア、あーん」ムシャムシャ

麦野「さあ、本当の所は絹旗にしかわからないでしょ」

フレメア「にゃあ」モシャモシャ

有無を言わさず滝壺の口に詰められ、フレンダがフレメアにお口あーんしているウサギリンゴを見やりながら麦野は思う。
昔、上条が初めて入院した時自分もこうしていたと。
そして今や自分が作られる側になるとは思っても見なかった。が

麦野「(ひとまず、少しの間は安泰か)」

元グループ…否、『必要悪の教会』所属のエージェントとしての土御門元春が学園都市と表面上友好関係にあるイギリス清教の意向を受け…
『外側の法則』を使うと今回の件で露見してしまったインデックスに手出しするなと上層部に対し働きかけたのだ。
かつそこに『プラン』に大きく関わる『幻想殺し』上条当麻が深く絡んで来た事もあって事態は今膠着状態にある。

麦野「(当然、期待するほどの抑止力にはならないでしょうけどないよりマシでしょう)」

麦野とて楽観視はしていないが悲観論に浸るつもりもない。
小康状態ではあるし火種は数え切れないほどある。
だが、あの『三人』が集結すれば見込みはなくはないとも。

麦野「(ひとまず身体を治さなきゃ話にもならない)」

嵐の前の静けさ、開戦前夜の足音を聞きながら麦野は瞳を閉じる。と

フレメア「大体、眠くなって来た?」

麦野「ん?まだ平気」

そんな思案する横顔を気遣わしげにフレメアが見上げてくる。
姉にもこれくらい可愛げがあればなあ、とフレメアを見やりながら麦野は微苦笑を浮かべた。
子供嫌いだったはずなのにと思わなくもない。だがしかし――

麦野「子供…かあ」

フレメア「?」

前より少しだけ優しくなった世界。ポツリとつぶやくように思う。
この先何があろうとも自分達はもう大丈夫だとも。
それがついつい――漏れ出すような言葉の形を為して唇から零れ落ちた。
 
 
 
麦野「男の子と女の子…どっちがいいかなあ?」
 
 
 
フレンダ「!!?」

絹旗「?!!」

滝壺「b」グッ

この数年後、上条と麦野の一字づつが組み合わされた珠のような子供が授かる未来は…
今の所、青髪ピアスの目を持ってしても見抜けない少しだけ先の話――




886作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:28:15.468HK0jHeAO (11/43)

~とある病院・ラウンジ~

一方通行「………………」

浜面「………………」

上条「………………」

同時刻、病院内のラウンジにて『三人』は今後を話し合い、突き詰め、くたびれ果てていた。
レイヴィニア=バードウェイの口から語られた『世界の真実』。
その内容を繰り返し咀嚼し繰り返し反芻し…何とか一定の方向性にて合意した頃には立派な気怠るさ漂うドドメ色の空間が昼下がりのラウンジに出来上がってしまっていた。

実のところこの『三人』ともう一人は夏のとある事件に絡んで行動を一時的に共にした経緯があるのだが…
それはまた本編とは関係ない話である。要するに――

浜面「…ちょっと息抜こうぜ。いい加減頭がこんがらがって来ちまった」

一方通行「なンですかァ馬面くゥン?色惚けで頭に糖分回ってねェなら血流操作で巡り良くしてあげましょうかァ?」

上条「止めろよ一方通行。ああでもちょっと休憩しようぜ。上条さんの頭はパンク寸前ですよ」

一方通行「オマエの頭が既にパンクじゃねェか三下ァ」

上条「そういうオマエはヴィジュアル系じゃねーか!」

浜面「くだらない事で喧嘩すんなよお…間をとって俺の無造作ヘアーで。後馬面って言うな。浜面だHAMADURA」

ダラッダラッのグダグダである。三人のヒーローは今や徹マン明けの学生も同然であった。
特に一方通行が絡むのには訳がある。それは多重スパイとして土御門元春が、御坂美琴の世界を守るために海原光貴(エツァリ)が、個人的な理由で動いている結標淡希らと…
学園都市暗部の蠢動を無視出来なかった一方通行との利害関係の一致から一時的に再結成した『グループ』が到着した頃には戦闘は終了していたからである。

極端な話…思いっきり無駄足を踏まされた挙げ句出落ちで合流したのである。

一方通行「寝癖かと思ったなァ…ああHAMADURAくンコーヒーおかわりィ」

上条「悪い…俺もしゃべりまくって喉乾いた…頼む」

浜面「またドリンクバー職人かよ!オマエらでいけよオマエらで!」

上条「オデノカラダハドボドボダ…」クター

一方通行「杖ついてるンでェ」ダラー

浜面「毎回毎回最終回しか出番ねえのにこの扱い!!ふははは負け犬上等ォォォォォォ!」

そう、一方通行は遅れてやって来てしまったのだ。


――ここより時間は僅かに遡る――




887作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:30:22.538HK0jHeAO (12/43)

~回想・遅れて来たヒーロー~

海原『終わりましたね…』

土御門『いや…始まりはここからだ。全てのな』

一方通行『……ふン……』

黎明を迎える学園都市…その堆く積み上げられた瓦礫の山より全てを見届けていた集団が居た。
頂上に杖を支えにしながら見下ろすは一方通行(アクセラレータ)、一段下がった場所に佇む海原光貴(エツァリ)、座り込んでいるのは土御門元春である。
彼等は一部始終を具に見届けていた。そして介入の必要を認めるまでもなく戦闘は終了した。
それに鼻を鳴らすは一方通行である。とんだ無駄足だったと言わんばかりに。

一方通行『(あの翼…AIM拡散力場とも何かが違え。別の次元から引っ張って来たような異物感がある。あのスペアプランのクソ野郎とも違う何かだ)』

一方通行は既に今回の件のあらましを大凡把握していた。
“新入生”を名乗る現暗部が“卒業生”たる元暗部を一掃し、外敵に対抗すべく再編成された存在であるとも。
本来ならば一方通行自身がいの一に的をかけられ浜面仕上とのラインを繋げられていたであろうという事も、全て。

土御門『…一方通行』

一方通行『なンだ』

土御門『いいのか?カミやんに話を聞きに行かないで』

一方通行『はっ。今三下に話を聞きに行った所でどうせまともな話になンねェだろ…』

レイヴィニア=バードウェイとたった今合流を果たしたばかりの上条当麻らではまだ説明はおろか理解すらままならない。
そう言う意味で一方通行の言はあながち外れではない。
それは闇の奥で生きて来た己より深い世界の底で戦って来た男へのある種の正当な評価であった。

土御門『そうか。ならここで各々の動きに戻ろう。俺も俺で色々忙しいんでな。いくら俺達が“卒業生”だからってこういう形で同窓会もないだろう』

海原『自分は引き続き潜りますよ。何かと便利なんです。この力は』

そして土御門元春は学園都市暗部のスパイというより必要悪の教会(ネセサリウス)のエージェントとして色々動き回らねばならない。
海原は海原で…学園都市の闇を知る者として、同時に今回の件に一枚噛んでしまった御坂美琴の世界を守るために。
それぞれの利害関係が一時的に合致した故の再結成。そう皆割り切っている。と――

一方通行『…オマエはどうすンだ』

結標『そうね――』




888作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:32:19.768HK0jHeAO (13/43)

~2~

結標淡希である。特徴的だった赤髪の二つ結びはほどいて下ろされ、ストレートになっていた。
男三人から少し離れた傾いだ電柱にもたれかかりながら向けるシニカルな微笑を浮かべていた。以前と変わる事なく

結標『私も一抜けさせてもらうわね。また何か動きがあれば飛んでくるつもりだし、飛ばしてあげる』

一方通行『そうか。好きにしろォ』

結標『冷たいのね?相変わらず』

海原『いえいえ。変わりましたよ。とても』

土御門『何だかんだでこうやって雁首揃えた訳だしな』

一方通行『チッ』

一同にニヤニヤと生暖かい眼差しと笑みが一方通行に向けられる。
それは再び黄泉川家で暮らし始めた事を指してでもあり――

結標『貴方を連れ出す時、思い切りアオザイの子に睨み付けられたわ。随分と慕われてるのね?』ニヤニヤ

海原『おやおや…そちらの雲行きはこの空のように晴れ晴れとは行かないようで』ニマニマ

土御門『一方通行、俺はアオザイなんかよりメイド(ry』ニタニタ

一方通行『そうか。短い付き合いだったなァ?』カチッ

結標『ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!ほんの冗談じゃない!スイッチ切りなさいよスイッチ!!』

海原『違うスイッチが入ってしまったようですね』

土御門『上手い事言ったつもりか海原』

共に暮らし始めた番外個体(ミサカワースト)を指してでもある。
少なくとも、こういう形で茶化しても絶殺と相成らない程度に一方通行は丸くなった。
慌てふためく結標と、ウザヤカ笑顔の海原、半笑いの土御門も皆相応に。

結標『あー心臓に悪い…でも、良いわねえお姫様抱っこ。こんな切羽詰まってる状況だって言うのになんかロマンティックだったわ』

一方通行『何女の腐ったような事抜かしてやがる』

結標『失礼ね!女よ!私は女!!』

土御門『ロマンティック(笑)』

海原『止まらないんですね』

結標『ムーブ☆ポイントダーツ♪』ザクッ

土御門・海原『『ごっ、がああああああぁぁぁぁぁぁ!!?』』

一方通行『(…やっぱダメだわコイツら…)』

あらぬところにコルク抜きを突き刺され、悶え苦しむ海原を見下ろして50点ねなどとのたまう結標。
それらに対し一方通行は眉間の皺を指先でこりほぐす。緊張感が無さ過ぎると。


889作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:34:35.118HK0jHeAO (14/43)

~3~

海原『ふぐうぅー…ふぐうぅー…』

土御門『だ…大丈夫か…海原。くっ…これは俺の“肉体再生”でも…』

海原『ご安心を…こっちの皮はかぶってませんよ!』

一方通行『結標、もう一発だァ』

結標『ムーブ☆ポイントダー…』

海原『テクパトルゥゥゥゥゥ!!』

目に痛いほどの朝焼け。打ち止めの淹れたコーヒーでも飲みてえなあなどと一方通行は本人らの前で決して口にしない言葉を胸の内でこぼした。
もし彼女等に危機が及べばどうするか?恐らく…今の自分は戦うだろう。
未だ持て余し気味の平穏と、その日常の中にある彼女等を守るために。遠くに見える上条当麻のように。

結標『女の子の夢を馬鹿にするからよ。ああやってヴァージンロード歩けたら…って現実的に無理なんだけど憧れはするわ』

一方通行『そンな物好きな野郎がオマエにいンのかァ?』

結標『居るわよ。お姫様だっこは出来ないし、ヴァージンロードも歩けないけど』

一方通行『?』

土御門『(ああ、コイツは知らなかったんだったにゃー)』

海原『ショチトル…ショチトル…』

上条当麻の腕に抱かれて運ばれて行く麦野沈利の表情。
それは同性たる結標から見ても女の顔をしているのがわかった。
あの性格、口汚さ、素行の悪い第四位がと思うと弱味でも掴んだ気持ちだった。
借りが二つほどあるのでそれはしないが、同じ女として羨ましかった。

結標『はあ…私もそろそろ行かなくちゃ。それじゃあお先』

そうして結標は『座標移動』にて何処へと姿を消した。
前のめりにうずくまる海原と土御門、呆れ顔の一方通行を残して。

海原『…ふぅ。とりあえず、自分は自分に出来る仕事から始めますか。まず手始めに――』

そこで海原は見やる。何人か付近に転がっている『新入生』達の中で…
どれがすり替わりに適しているかを見極めるために。
出来ればもっと準備期間をかけたかったが止むを得ないと割り切る。

土御門『さて…と。俺は“お使い”を済ませるとするか』

そして土御門は学園都市上層部に掛け合うべく歩き出す。夏場と変わらぬGAULTIERのサングラスをかけ直して。

一方通行『チッ…』

この日、グループは『再結成』された。各々の利害と立場と目的のために――




890作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:35:27.178HK0jHeAO (15/43)

~2~

浜面「おらよっ」

上条「ありがとう…サンキューな」

一方通行「おォ」

と、一方通行が回想を終えた辺りに浜面は新たなコーヒーセットを携えて戻って来た。
張り詰めっ放しでは切れてしまう。されど上条には麦野らが、一方通行には打ち止めらが、浜面にはアイテムらが、それぞれ帰りを待つ者がいる。
そういう意味で肩肘張らずに男同士の方がくつろげるのだろう。
それが例え束の間の戦士の休息に似た短い一時であろうとも。

一方通行「…短い平穏だったな」

浜面「平穏だなんて一番似合わなそうな奴が言うと本当に実感させられちまうな…」

上条「――なら、また取り戻せばいいじゃねえか。何度だって」

一方通行「簡単に言いやがンなァ三下」

ラウンジの窓辺とガーデンに降り注ぐ午後の陽射しを浴びながら三人はつぶやくように語る。
平和。それは戦争と戦争の間の息継ぎのような一時。
その一時は時に数十年というスパンで歴史を刻む事もある。
しかし彼等が手にしたはずのものは、あまりに短い蜜月であった。

浜面「…笑わねえで聞いてくれるか?」

上条「ああ」

浜面「俺さ、ロードサービスとか鍵関係の進路とか考えてたんだよ」

浜面は語る。スキルアウト時代に培った技術を生かして手に職をつけられないかと、そうやって身を立てていけないかと…
通信教材片手に浜面は苦笑する。それを笑う者はいない。上条も一方通行も。

浜面「――また延び延びになっちまった。皮肉なもんだぜ。勉強も課題も学校通ってた頃は延ばし延ばしにしてたってのに、やっと道を決めて腰据えてかかるかって腹括った矢先にこれだよ…これじゃ愚痴か。ははっ」

一方通行「(進む道…か)」

そこで一方通行も触発された。一方通行は学園都市最高峰の頭脳と能力の持ち主であり、同時に学園都市最悪の大量殺人犯だ。
恐らくは、浜面の語るような前向きなそれとは異なれど数多くの人間の『未来』を奪って来た。
彼自身もその都度多くの『未来』を奪われ続け命を狙われ続けて来た。
麦野が独語する『人殺しの世界は閉じて行くだけ』というそれと、やや重なる部分があった。そして

上条「(先の事…か)」

上条もまた…『未来』というものを最近考えさせられるようになった。
それは麦野という存在が、ただがむしゃらに突き進む上条の少なくない部分にそれを意識させる。




891作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:38:22.598HK0jHeAO (16/43)

~3~

上条「(俺は――沈利と生きていきたい)」

それは幼年期を終え、少年時代の過度期にある一学生が持つにはあまりに不釣り合いな願いだった。
社会的に彼はまだ一人前ではない。学園都市の枠組みの中にあって彼は生活を営んでいる。
そう、今彼が持てるそれを大人の観点から身の丈に合わず現実の伴わない幻想だと揶揄する事は容易い。が

上条「――俺もさ」

浜面「?」

上条「まだ学生だし、出席日数も成績も進級もどれもヤバいんだけど」

一方通行「………………」

上条「やっぱり、未来(さき)が欲しい」

浜面「――俺も、スキルアウトや暗部になった事は全く後悔してないって訳でもねえし、もっと勉強してりゃ良かったってのもなくもない。今更って考える時あるぜ。無くしかけて、失った初めてわかるもんの重さとかよ…今のお前みたいに考えたりさ」

一方通行「……はン……」

一方通行は上手く言葉に表せない。平和すら持て余し気味の日々の中で、一般的な意味合いですら普通でない彼等でさえ…
今ここにいるのは十代の少年達だった。ヒーローという肩書きを脱いだ、裸の彼等を上手く見つめられない。
くだらないと一蹴する事も出来た。だがそれをアッサリ告げる事は黄泉川家で擬似的ながら家族関係を築き上げた今の一方通行には。

一方通行「…今わかってる事ァ、その“先”とやらは戦って勝たなきゃ掴めねェってこった」

上条「一方通行…」

一方通行「オマエは世界の底、俺は闇の奥、それぞれ首を突っ込ンじまった。ただガキみてェに座ってりゃオヤツが出て来るような未来が待ってる訳ねェだろうが」

らしくもなく語る自分を一方通行は自嘲すら出来なかった。
この三人の中で恐らくは…『未来』などと語る資格が自分には一番ないと知るが故に。
それでも――『一緒にいたい・いたかった』者達に巡り会ってしまったが故に。

一方通行「――勝たなきゃ意味ねェだろうが。勝って、勝って、勝ち続けて――」

未来。知っていながら考えもしなかった単語。そうこれは…
未来を掴むための戦いなのかも知れないと一方通行は感じた。
これまで一笑に付す価値すらないと断じ、蹴飛ばして来たにも関わらず割れずに戻って来た石ころ。
その石が、人によってはダイヤモンドより価値ある物だと。
少なくとも…一方通行以外の人間達にとってはと。


892作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:41:42.528HK0jHeAO (17/43)

~4~

一方通行「――オマエらの頭じゃ理の字もわからねえ演算式みてェなもンだ。質問に答える出題者も、答え合わせする試験官もいねえ、クソの寄せ集めみてェな選択肢しかなくても、だ」

浜面「…お前…」

一方通行「先とやらを語る前に損のねェ事だけ考えろ。今ならこの状況それ自体がクソみてェな“問題”だろうが」

浜面もそこで考える。彼が口にしているのは方法論なのか精神論なのか心的姿勢なのか。
だが問題がどうあれ…自分達はこの状況下を乗り越えねばならない。
恐らくは彼等三人のみならず…彼等の周り全てを含めた人間の未来のためにも。

一方通行「…豆の挽きが粗いな。酸味が強過ぎる」

そう言いながら一方通行はコーヒーを口にする。
人生と同じ苦味と深みを内包する味わい。恐らくはその両方に舌が追いついた時人は大人になるのかも知れない。
かつて砂糖とミルクを一緒に入れねば飲めず、同時に毒を呷ってしまった少女達がいた。
が、一方通行にそれはありえないし、一方通行もその少女達を知り得ない。

上条「上条さんにはさっぱりです。モカとかブルーマウンテンとか言われても…飲んでも違いがわかんねーんだよなあ…」

一方通行「頭だけじゃなく舌まで悪いってか。哀れだなァ」

浜面「俺、缶コーヒーなら違いわかるぜ。BOSSなら完璧だ。ミッドナイトアロマは最高だったなー…」

上条「あれ美味かったよな!なんで終わっちまったんだろ?」

一方通行「砂糖ってクソとミルクって小便ブチこンだコーヒーなンざただの泥水だ」

浜面「優雅に飲みながらクソとか小便とか言うなよコノヤロウ!」

上条「俺も浜面とか同じだなあ…つか、俺ん家沈利とインデックスが紅茶党だからなー…コーヒーあんま出ないんだ」

浜面「紅茶か…ドリンクバーしょっちゅう取りに行かされるからわかるけど、なんで女ってあんな紅茶好きなんだろうな?」

上条「上条さんにもわかりませんの事ですよ。なんででせうか?」

一方通行「俺に女の事聞く方が間違いだろうがァ。あァ、あとこの間のお前の女が寄越したHavilandのカップ、ありゃなかなかのセンスだ」

上条「沈利がブランド詳しいからな…俺は全然わかんねーけど」

浜面「滝壷は未だにキャラ物のマグカップだなー」

一方通行「ウチのクソガキと変わんねえなァ」

こうして、男達のコーヒーブレイクが過ぎ行く中――


893作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:44:10.268HK0jHeAO (18/43)

~第十五学区・カフェ『デズデモーナ』~

絶対等速「(今日って日はどうなってやがる)」

絶対等速はギャルソン服に身を包みながら瞠目していた。
ケチな強盗をやらかした挙げ句お縄、紆余曲折あって娑婆に出た時には学園都市が壊滅状態。
そんな中にあってやっと手にしたボーイの仕事。ようやく制服が慣れて来た所で――その日の来客は正に珍奇の極みであった。

『かーざーりー♪何食いたい?』

『え、えーっと、えーと…』

『この“あまおうのフレジェ”なんて可愛いくて美味そうだぞー?…飾利みてえにな」キリッ

『かっ…垣根さん////』

絶対等速「(外のマイバッハのオーナーってこのホスト野郎かよ!?つかこの女の頭の花何!?ん?なんかこいつ見覚えが…?)」

まず乗り付けて来たマイバッハから降りて来た男が学園都市第二位こと垣根帝督、その手を引かれてテーブルにつく初春飾利である。

絶対等速「(しかもスーツはディオールで靴はドルガバかよ!巫山戯けんなクソックソッ!俺の能力で十円傷攻撃…したら俺が死ぬよね、うんうん)」

表面上はにこやかなボーイの笑顔を浮かべながら絶対等速は二人から注文を取る。
その内心はジェラシーの極みである。垣根の腕時計をチラリと盗み見る。
絶対等速の持つ最高のお宝はデイトナのエキゾチック(盗品)である。
なんという不遇、なんという不公平かと絶対等速は心中で血涙を流して止まない。

絶対等速「(ちくしょう…右見りゃチュッコラ、左見りゃイチャコラ、どいつもこいつもワッショイワッショイ!)」

成り上がりたい、と切に願う。俺はもっと評価されるべき、間違ってるのは俺じゃない世界の方だ!と叫びたい。
しかし――垣根らを案内して一息つくのはまだ早い。何故ならば――

御坂「うわー悪趣味なマイバッハ停まってる…引くわー」

禁書目録「車の事はわからないんだよ!それより短髪!早く食べたいかも!!」

絶対等速「いらっしゃいませ(今度は第三位かよ…どうなってんだ今日は)」

御坂美琴、そして禁書目録(インデックス)が揃って来店して来たからだ。
どうやら垣根らの存在には気づいてないらしく…絶対等速は再び揉み手しながら近寄る。

絶対等速「(俺はこのまま終わる男じゃねえ!)」

今は雌伏の時、そう再起を強く心に誓いながら――


894作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:45:06.348HK0jHeAO (19/43)

~禁書目録と超電磁砲Ⅱ~

御坂「あーっ…ったく。見ちゃいらんないわよねホントにさー!」

禁書目録「仕方無いんだよ。“自分だけの現実”より“二人だけの世界”の方が強かったのかも!」

御坂「わかってたって思いっきり見せつけられちゃ頭にだって来るわよ!なんなの全く!」

御坂美琴とインデックスはふられた女二人(正確には御坂一人)でやけ食いに精を出していた。
病院での長い夜を越え、その際約束した二人だけのお茶会である。
ザクザクとハニトースト・バニララテ・クイニーアマンを二人でつつきながら、やはり愚痴る話題はこの場にいないあの二人についてである。

禁書目録「まあ、あの二人がこのハニトーより甘~いのは確かなんだよ。見てて胸焼けしちゃいそうかも」

御坂「私がアンタの立場だったらとっくに精神が糖尿病…あっ、私ったら食事中になんて事を」

禁書目録「気にしたら負けなんだよ短髪。鋭すぎる事よりも、鈍くある事が時には大切なのかも…」ハアッ…

御坂「…あんたこの一年でえらく大人びたわね…」

禁書目録「女を磨くにはダメな男が一番の研磨剤なのかも。磨り減ったり傷ついたりして…女は光るんだよ」フッ…

御坂「ごめんもうなんかごめん私がアンタに謝りたい」

遠い目をして乾いた笑いを浮かべるインデックス。
御坂とさして変わらぬ年嵩の少女が浮かべるにはあまりにニヒルな笑顔。
ステイル=マグヌスあたりが見ればちょっとしたショックを受けそうなそれだった。

禁書目録「私がどうして病室でとうまに手を貸さないって言ったかわかるかな?短髪、あれはとうまが私をぶっちぎっていきなり短髪に“お前しかいないんだ御坂!”って言ったからなんだよ?」

御坂「うん…だと思った。ぶっちゃけちょっと気まずかった」

禁書目録「流石の私もあれにはピキピキって来たんだよ?短髪も同じ女の子ならわかるよね?」

御坂「うん。でもぶっちゃけちょっと嬉しかった。アンタに勝てた気がして」ニヘラ

禁書目録「短髪が破産するのとお店が潰れるの、どっちが先か試してもいいんだよ?」アムアム

御坂「ちょっと!ヤケ起こすんじゃないわよ!」

禁書目録「そのためにやけ食いに来たんだよ!!」

そして――インデックスが、ごくごく普通の女の子をしていると言う事実も含めて。



895作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:50:11.548HK0jHeAO (20/43)

~6・5・7・2~

カランカラーン

『あー!おったおった!いっぺん言うてみたかったてん。“ごめん、待った?”』

『………………』

『ボケたら突っ込んでーなこころちゃん!ん?どないしたん顔?金魚みたいに真っ赤に膨らして?』

『!!!!!!』ガタンッ!

『なんで怒ってるん!!?』

禁書目録「短髪、とうま以外に気になる男の子とかいないのかな?」

御坂「いないわよ。いる訳ないじゃない。常盤台は女子中よ?そもそもアイツと会ったのだって…」

禁書目録「その話はこのキャラメルマキアートよりおかわりさせられたからもうお腹いっぱいなんだよ」

御坂「じゃあもうオーダー止めていい?もうテーブルが彩り通り越してるわよ」

カランカランー

『本当にあのデコチャリで天文台まで行くつもりか?正気の沙汰と思えないんだけど』

『なに!根性さえあればどうと言う距離じゃない!』

『前みたくスポーツカーと張り合うのは止めてもらいたいんだけど』

禁書目録「そういう短髪の身の回りは彩りが少ないかも。逆に、他の男の子から声がかかったりはしないのかな?」

御坂「なくは…ないし、なかった事もなかったんだけど…(海原絡みのはカウントしたくないなあ正直)」

禁書目録「ならそちらをオススメするんだよ」ニヤニヤ

御坂「さりげなくライバル減らそうとしてんじゃないわよ!見た目白いクセに結構腹黒くなったわねアンタ」

禁書目録「短髪だって可愛いんだから、ショートケーキもいい?」

御坂「いやいやおかしい。建て前と本音がつながってないわよ?」

『はい、前に春上さんと言った自然公園の近くです』

『余裕だな。でも山にあるんだろ?そんな格好で大丈夫か?』

『大丈夫です!問題ありません♪』

『――俺達のイチャラブっぷりに冬場の空気は通用しねえ!』

禁書目録「短髪の周りの子にも、そういうお話ってないのかな?」

御坂「う~ん…あるっちゃあるけど、別にそんな危機感とか焦りはないわよ。残念でしたーその手には乗りませーん」

絶対等速「(カップルばっかりだちくしょう!なんでこんなにカップルだらけなんだよ!どいつもこいつもカップルカップル!お前らカップル村の住人かっ)」




896作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:52:30.378HK0jHeAO (21/43)

~3~

御坂「なんかさあ、レベル5もどんどんそういう浮いた話が出てるのよねえ…ないのって私くらいかしら」

禁書目録「れべるふぁいぶ?しずりと同じ??」

御坂「そう。第四位はああだし、第二位は初春さんにベッタリ、第五位はなんか男の子と歩いてるの見たって佐天さんが言ってたし…七位はあの変な自転車で女の人と二人乗りしてたって噂で聞いたし…」

モンブランの周りのフィルムを器用にフォークで巻き取る御坂。
ローズヒップティーを継ぎ足すインデックス。
共に追われる身になりつつあるが、この細波のような一時をゆっくりと楽しんでいた。

禁書目録「…私達も、いつかとうまと違う男の子を、とうまと同じように好きになったりするのかな?」

御坂「わかんない。少なくとも今は考えられないわよねそういう事」

禁書目録「短髪は諦めが良くないかも!」

御坂「――それくらい、アイツは私達にとって“特別”過ぎたのよ」

巻いたフィルムからスプーンを抜く。優雅ながら行儀悪い手遊びを止めて御坂は窓の外に広がる冬空を見やる。
同じようにしてインデックスも窓ガラスの向こうに広がる繁華街の歩行者天国を見つめる。
先日の一件からすればあまり誉められた出歩きではないが――

禁書目録「…“特別”…」

御坂「うん。特別。私もなんか吹っ切れちゃってさ。もうウジウジ悩んだりメソメソ泣いたりすんの止めよーって。だって…認めちゃった方が楽なんだもん?」

麦野に対してだからこそぶつけられた思いがあるような、インデックスに対してだからこそ話せる事もある。
何かが吹っ切れたような振り切れたような、そんな心持ちの中に御坂はあった。
それはあの集中治療室にて…御坂の叫びが上条に届いたという事も多分に含まれているのだろう。

禁書目録「しずりも詰めが甘いんだよ。短髪が生き返っちゃったかも!」

御坂「ええ!あの女に喰らわされたボディーブロー、退院したらガゼルパンチで返してやるんだから!」

禁書目録「やめた方がいいんだよ。しずりは殴り合いだととうまより強いんだよ」

御坂「女には負けるとわかっていてもドロップキッ……えっ!?」

禁書目録「?」

そこで――御坂は目を見開く。繁華街の人並みの中を行く――
かつて御坂と敵対もし、あの『八月十日』を境に姿を消したはずの――
 
 
 
結標「――――――」
 
 
 
『学園都市第九位』結標淡希が通り過ぎていった。




897作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:55:35.618HK0jHeAO (22/43)

~あの夏の、その先。~

黒子「――――――」

その頃白井黒子は数日前の第十五学区での残務処理を終え…
その足で歩行者天国の人波を見送るようにして先日腰掛けていた花壇の煉瓦に座る。
あの白昼夢のようなすれ違いから二日…白井は待ち続けている。
もしかするとずっと待ち続けていたのかも知れない。あの夏の日から

黒子「(生きていらっしゃったんですの?生きていたのならば…何故――)」

忘れもしない八月十日。あの軍艦島での灯台から、結標淡希と姫神秋沙は海に身を投げた。
結標は白井を庇って、姫神と共に死を選ぶようにして。
その前後の記憶が白井にはほとんどない。気がついた時には吹寄制理と共に白井は保護されていた。
たまたま肝試しに訪れていた上条当麻、麦野沈利、インデックス達の手によって。

麦野『思い出すんじゃなかったよ。肝試しの約束なんてさ』

夜明けまで何度となく繰り返し繰り返し潜り、アンチスキルによる捜索隊を出動させてても…
見つかったのは姫神が羽織ったままだった結標のブレザーと、結標自身が身につけていたベルトと軍用懐中電灯のみ。
そうつぶやきながら形見とも遺品ともなってしまったそれらを麦野から手渡された時…白井は絶望した。

白井「――――――」

自分があの二人を殺してしまった。自分があの二人を死なせてしまった。
自分があの雨の日手を差し伸べ傘を差し出さねば二人はあそこまで壊れずに済んだのだ。
あの日の自分は狂っていた。誰しもが狂っていた。一番狂っていたのは他ならぬ白井自身だった。そんな言葉で片付けてはならないほどに。

それから白井は『亡霊』となった。消えた結標の形見を身に纏い、御坂の呼び名であった『お姉様』を己に禁じて。
破綻寸前の精神を、毎日毎日結標の遺品を身に纏う事で傷を抉り続ける事で。
その白井の狂的な自罰を…超電磁組も、あの寮監すらも咎められなかった。

さらに風紀委員の除名、常盤台中学の退学、いずれも彼女らが必死に食い下がって白井は生かされた。
廃人になれたらどんなに楽だろうと言う精神状態ですらあった。
しかし――その、行方不明となった結標淡希が…生きていたのだ。生きているのだ。 
 
 
結標「――似合わないわね、その格好――」
 
 
 
白井「―――!!!」

今、腰掛けた白井の…目の前に立って――




898作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 22:57:21.878HK0jHeAO (23/43)

~2~

白井「――淡希…さん――」

結標「……ひさしぶり――」

彼女は立っていた。幽霊にはない二本足で、変わらない香水の匂いとシニカルな微笑。
そして何より…下ろされた赤髪が、まるであの日の姫神秋沙を思わせた。

白井「…生きて、いらっしゃいましたの…?」

結標「――ええ……」

白井「姫神さん…は?」

結標「……生きてるわよ。日本にはいないけれど」

周囲の喧騒が消え失せ、雑踏がスローモーションに見えるほど、今世界は二人きりだった。あの夏の日のように。

白井「…今…どちらに…」

結標「ランベス」

白井「…イギリス!?」

結標「私達は今、そこに身を寄せてるわ。オルソラ=アクィナスとかいうシスターに拾われてね。覚えてない?あの空中庭園でのグリルパーティーの時にいたシスターよ」

そこで白井は思い当たる。あの時シャトーブリアンを焼いていた修道女かと。
しかし――結標にはそれ以上の詳しい説明をするつもりはなかったようだった。
その表情には…恐らくは白井以上の深い悔恨が強く刻まれていたから。
再会を無邪気に、感動的に喜び会えるほど…自分達の業は軽くない。

『死なせて!!死なせて下さいお姉様!!』

『殺してよ秋沙!!私を殺してよ!!私は貴女を裏切ったのよ!!』

『私は絶対に許さない。私を置いて死ぬのも。私から離れて生きるのも。私は淡希を絶体に赦さない』

『上条当麻!!お前なら助けられるんじゃないの!?まだ、まだ浮かんで来ないの!?』

『そうね、だから何?だったらテメエが飛び込めよ!加害者のクセに被害者面してんじゃねえ!!私はテメエみたいな人種見てると反吐が出るんだよ!!』

『黒子!黒子止めなさい!!アンタが後を追ったってどうにもならない事もわからないの!!?』

『白井落ち着け!おい!!みんな食堂から出るんだ!!!』

『貴女様は、救われたいのでございましょう?』

『死に損なったのか生き延びたかを決めるのは、これからなんじゃねーですか?』

『お前達じゃモチーフにならない。私にゃ硝子細工は扱えないからね。鑿を持つその手で砕いてしまいそうだ…科学側の人間だと思うとどうしてもね』

『白井さん…白井さんは、本当にこのままでいいんですか?』

『今の白井さんは…無能力者の私よりカッコ悪いですよ!見損ないましたよ!!』

『先生の責任なのです…先生が、先生がもっとあの娘達をちゃんと見てたら…!』




899作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:00:16.718HK0jHeAO (24/43)

白井「………ッッッ!!!」

そこから先はもう、白井は言葉を紡げなくなってしまった。
涙だった。声にならない涙が溢れ出た。それは生存確認の喜びのそれではなく――
言うなれば、殺人者がその被害者と遺族に対して流す涙に似ていた。
恐らくは如何なる言葉や感情のくくりにも表す事の出来ない、そういう類の涙。

結標「――少し見ない間に、背が伸びたわね」

そして…結標もまた手を差し伸べる事はしなかった。
己が弱さが招いた過ちが、決定的な致命傷を刻み込んでしまった事を知っているから。
あの雨の日とは全く逆の構図。だからこそ…選ばない。あの夏の日の結末を。

結標「――こんなに、痩せてしまったのね」

あの夜、結標が最後に呼んだ名前。それは姫神だったのか白井だったのかは当人達以外誰も知らない。
結標が如何なる道を選んで姫神と共にイギリスへ渡ったのか。
白井がどれだけ苦しみ抜いたかも、そしてこの再会の意味もまた――

結標「――ただいま、“黒子”」

白井「ひぐっ…ヒッ…ウゥッ…グッ…うううぅっ…お゛っ、ね゛え…さまぁ!」

永遠に思えた夏の日。夏雲の彼方に見えた遠雷。
恐らく、この時ようやく…二人の少女時代は本当の意味で終わりを迎えたのだろう。
果てしない絶望の底から、二度と交わる事のない各々の道筋へと。

御坂「………………」

禁書目録「短髪?なにかあるのかな?」

御坂「ううん?なんでもない♪」

そして――御坂もまたそこから目を切った。あれは彼女達の物語だと。
決して手を出してはならない、一つの悲劇が終わりを告げる終止符の向こう側。
御坂にはわからない。彼女達が何を想い、何を考えているかまでは。だが

禁書目録「このショートケーキ、しずりととうまとふれめあのお土産にしたいんだよ!“いちまんえん”で足りるかな?」

御坂「余裕よ余裕。お土産代はアンタ持ち!そ・の・か・わ・り」

禁書目録「?」

御坂「――イチゴのショートケーキ、もう一つ追加しといて欲しいの。食べさせてあげたい…可愛い後輩がいるのよ」

禁書目録「任されるんだよ!」

語られる事のない、残酷な物語の終わりの1ピース。
その出来上がったパズルの絵柄を知るのは結標と姫神と白井のみ。

だから御坂は思った。今日だけは…今日だけは、少し後輩に甘い先輩になろうと。
 
 
 
このストロベリーショートケーキのように 
 
 



900作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:02:03.698HK0jHeAO (25/43)

~とある病院・黒夜海鳥の病室~

黒夜「………………」

SC「あー…うー…?」

そして…冥土帰しの病院の一角にて、黒夜海鳥は沈み行く夕陽を見送っていた。
失われた左腕に新たに取り付けられた義手を右手で撫でる。
もう愛でる事の出来るイルカのビニール人形はないのだから。
しかし…今やそれすらよくわかっていないシルバークロースは空を渡る鳥達の影を子供のように見送るのみだった。

黒夜「何故助けた」

冥土帰し「それが僕の仕事だからね?」

と、見回りに訪れた冥土帰しに振り返りもせぬまま黒夜は吐き捨てた。
しかし応える冥土帰しよりも覇気のないその声音は、まるで憑き物が落ちたかのような年相応のもので…

黒夜「私は頼んだ覚えはないよ。そうやって死に体の人間を助けて回るのがアンタの趣味なのかい?」

冥土帰し「僕に出来る唯一の事だからね?これだけは曲げられないんだ」

黒夜「…お前は爆弾を拾ったんだよ。もっとも今は不発弾だけどさ」

冥土帰し「かつての猟犬部隊や君達のような強硬派でもない限り、この病院においそれと手出しはさせないよ。ゆっくり身体を休めるといい」

黒夜より遥かに多くの地獄を見て来た神の手を持つその医師、冥土帰しは二人を保護したのである。
そして黒夜もまた…行き場を失っていた。あれだけのコストをかけての『剪定』に失敗した以上…
今度は彼女が振りかざしていた『闇』そのものが彼女を殺しに来るのだから。

黒夜「ひっはは…死よりも辛い生のプレゼントをありがとう」

今や黒夜らはよすがの地を失った。『木原印』のサイボーグは全滅、シルバークロースは記憶喪失。
拾ったものは命だけ。それそのものが救いであり、同時に罰である。

黒夜「私にはもう…バッドエンドを噛み締める資格も残されちゃいないってか。死に損なった悪党なんざ、小悪党以下だにゃーん?」

黒夜は自嘲する。なるほど、自分も狩られる側のライオンにまで身を堕としたかと。
この学園都市という巨大な檻の中で、狩られるばかりの獲物になってしまった。
それが…何故か笑えてしまう。可笑しくもないのに込み上げて来る。が――

冥土帰し「――君に、面会が来ているが?」

黒夜「…死神にすら見放された私に、か?」

そこで――ガラッと病室の扉がスライドされた。
黒夜にとってもっとも懐かしく…もっとも憎らしく…
 
 
 
絹旗「――――――」
 
 
 
もっとも――



901作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:04:37.468HK0jHeAO (26/43)

~2~

絹旗「……“成績”もロクに叩き出せなかった劣等生が、見ない間に随分と超要領が良くなったみたいですね」

黒夜「立ち回って生き延びたんじゃないのさ…ひっはは。死に損なったんだ」

絹旗「やっぱり劣等生は超劣等生です。新しい枠組みからも弾き出された、哀れな」

ベッドに敷かれたクッションを背もたれに、黒夜は噛み付く事もせず言葉を交わす。
話し合いなど最も望むべくもない相手、絹旗最愛を前にしてである。

黒夜「…で?優等生のアンタが私にトドメ刺しに来たってか?今ならやれるんじゃないか?今の私なら車より軽くひしゃげるぞ?絹旗ちゃんよぉ」

絹旗「――あなたが何を言おうが超勝手ですが、私がそれに手を貸してやる義理はないんですよ」

対する絹旗もベットに横たわる黒夜を、傍らのパイプ椅子に腰掛けて見やる。
そう…同じ空気を吸う事すら忌み嫌っていた黒夜海鳥を前にしてだ。

絹旗「あなたは超死に体で、そっちの男は心が死んでるようなんで。死人は二度殺せないんですよ」

黒夜「………………」

絹旗「殺してほしけりゃ、超自分の足で私の前に立つ事ですね。今のあなたにそんな価値は超ないんですよ」

絹旗とて、場合によっては引導を渡すためにこの部屋を訪れたのだ。
黒夜はそれだけの事をして来た。フレンダを傷つけたのだから。
だが…まるで轢殺されかけた老衰の犬のような黒夜を見、その気すら失せてしまったのだ。

絹旗「…せいぜい、私に殺される時まで生き延びる事ですね。ほっといても私以外の誰かがあなたを殺しに来ますから」

ガタッと絹旗はパイプ椅子より立ち上がり…黒夜に背を向けた。
そして振り返りもせずに――何かをポイッと投げて寄越した。
そしてそれを――黒夜は生き残った右手でキャッチした。

黒夜「…これ、まっじぃんだよね。っつーか甘いんだよ」

絹旗「超餞別です。いつか野垂れ死ぬ日のあなたのために」

そう言い捨てて絹旗は去って行く。残された黒夜の手には…
チョコレートとクッキーと蜂蜜と生クリームが練り込まれた、一本のチョコレートバー。

黒夜「…ひっはは…ひはは…」

そして…それを一かじりする。甘い。甘過ぎて色んな味が疎かになっている。
脳が常に糖分を必要としているでは済まされない不味さ。なのに

黒夜「…しょっ…ぺえ…」

黒夜は、噛み締めるようにそれを味わった。




902作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:05:50.258HK0jHeAO (27/43)

~とある病院・廊下~

一方通行「――が見てえだァ?ンなもん芳川辺りに車でもなンでも出させりゃいいだろうがァ」

打ち止め『ダーメ!あなたも一緒じゃなきゃダメってミサカはミサカは…わぷっ』

番外個体『やっほぅ一方通行。今夜21時に自宅集合だよん。来なかったらあなたの部屋にコミックLO平積みしてあらぬ疑いかけさせちゃうよ』

一方通行「ンなもンオレの部屋にねェだろうが!!」

御坂妹『お電話代わりました、とミサカは着々と一方通行の部屋に“週刊わたしのおにいちゃん・いちごましゅまろフィギュア”を並べる作業に従事します』

一方通行「…!!」

御坂妹『私達の要望が受け入れられないならば実力行使も辞しません、とミサカは(ry』

芳川『一方通行?ご覧の有り様よ。何とかしてちょうだい』

一方通行「なンとかすンのはオマエの仕事だろうが芳川ァァァァァ!」

芳川『ダメよ。私は身内に甘い女なの』

その頃、一方通行は上条当麻・浜面仕上との鼎談を切り上げ病院内の携帯使用エリアにて黄泉川家の面々と通話をしていた。
ただしそのこめかみには打ち止めのおねだり、番外個体の悪意、御坂妹の嫌がらせにはちきれんばかりの青筋が浮いている。
それもそのはず…彼女達がむずがっているのだ。今夜限りのイベントへ連れ出せと

一方通行「チッ…」

渋々了承の意を伝えると忌々しそうに一方通行は通話を終了させた。
行くと決めた数時間の我慢で、行かないと断った場合の数日間の鬱陶しさを天秤にかけてだ。
とかく擬似的ながら『家族関係』という物は時にわずらわしい。だが切っても切り離せないとも理解している。

一方通行「…クソッタレ…」

そう悪態を吐きながら一方通行は杖をついて歩み出す。するとそこへ――

絹旗「………………」

一方通行「………………」

黒夜海鳥との面会を終えた絹旗最愛と一方通行が鉢合わせ、どちらともなく顔を見合わせる。
打ち止めより大きく、番外個体よりは小さい、そんな合わせにくい目線。


絹旗「………………」


家族を持たない置き去りの少女と


一方通行「………………」


疑似家族を持つ名前を捨てた少年が交差する時


一方・絹旗「「――――――」」


物語は始まる――





903作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:08:23.298HK0jHeAO (28/43)

~上条&麦野の病室~

麦野「あれー?あれー?このシャケ前の時と違うんだけど…あれー?」

上条「仕方ねえだろ?病院食の減塩メニューなんだから」

麦野「違った意味で血圧上がるわ」

上条「朝は低血圧なのになあ…」

一方その頃…上条当麻と麦野沈利は少し早い夕飯にありついていた。
しかし麦野の機嫌はやや斜めだった。運ばれて来た病院食のシャケの塩気が足りていないと文句を付けているのだ。
二つ並んだそれぞれのベッドで、上条がヒョイと顔を覗かせる。

麦野「だいたいね、シャケは赤くなきゃダメなのよ。それがなんでこんな白っぽいの?それに焼いたって言うかあっためた感じよね?皮がパリパリじゃないシャケなんてシャケじゃない!それからこの下に引かれたレタスのせいでなんか身が柔いわよね?ねえこれってシャケへの冒涜だと思わない?まずね、シャケって言うのは焼いた時に(ry」

上条「(…やっちまった…)」

ベッドに備え付けられたテーブルから身を乗り出して麦野は語る。シャケへの思いの丈を。
麦野のそれは嗜好というより美学、信念というより信仰ですらある。
回転寿司に行けばサーモンからハラスばかり取り、とある牛丼屋に行けば朝定食のシャケにブチ切れ、“このシャケを焼いた奴は誰だ!”“責任者はどこか”とマジ切れするレベルである。

麦野「いい?シャケって言うのは煮て良し焼いて良し生でもいただける優れものなのよ?たまにサーモンステーキに浮気しちゃう事もあるけどやっぱり至高は焼き鮭よ焼き鮭。いい?鮭って言うのはね(ry」

上条「だーっ!!わかった!わかったっつの!ちょっと落ち着けって!!」

麦野「私は冷静よ当麻。こんなシャケへの冒涜のようなメニューに怒りを通り越して冷たい殺意すら湧いてるわ」

上条「嘘だッッ!思いっきしキレたルチアみたいな顔してるじゃねーか!!」

話題がループしかけた所で何とかカットする。このシャケ狂もといシャケ教の口に戸は立てられない。
恐るべき熱心さで神の教えを説く信者にも似ていた。
この点と粗暴な言動さえ除けば最高なのだが、その点を抜いてしまえば最早麦野ではないという絶対矛盾。
世の中そうそううまい話は転がっていないものなのだ。シャケのようには。


904作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:09:25.068HK0jHeAO (29/43)

~2~

麦野「私はね?当麻とシャケどっちを選ぶ?って聞かされたら最終的は苦渋の選択の末血の涙を流して断腸の思いで当麻を選ぶけど、それでもシャケへのこの愛は決して消えないのよ。例えば顔が当麻で身体がシャケのシャケ条当麻(ry」

上条「んなシーマンなみたいなキメラ生物学園都市にだっていないってーの!」

まともに取り扱っていてはいつまでもシャケについて語りかねない雰囲気を変えようと上条は病室のテレビにチャンネルを回す。
こういう時同じ部屋なのは逃げ場がない。その上まだ6時ちょっと過ぎなのだ。と

『…今夜未明には、使徒座流星群が――』

上条「使徒座流星群?」

麦野「ああ…なんか星が降って来るらしいわよ?前のしし座流星群なんて比べ物にならないくらいだって」

たまたま回したチャンネルに映るニュース番組…
そこには何と、初冬にも関わらず流星群が降るとの内容が事細かに解説されていた。
麦野も茫洋としながらも、シャケに関する話題から一瞬なりともそちらに意識がシフトしたらしい。
テレビのキャスターが言うには今夜の日付変更前がピークだと言う。

上条「こっから見えねえかなあ…やっぱ」

麦野「難しいんじゃないかしらね…」

星。それは二人にとって若干特別な意味合いを持つ。
思い返されるは第十九学区での上条と麦野の最後の激突。
『ほしのみえるばしょ』での死闘。そこで二人は互いを初めて対等の目線で見つめ合えたのだから。

上条「――屋上、なんてどうだ?」

麦野「えっ…でも私、こんな格好だよ?」

カチャ、と端を置いて麦野は自分の格好を見やる。
お世辞にも可愛らしいとは言えない入院服。病室が同じと言えども外に出るとなると話は別だ。
二人とも身体に穴を開けられたばかりの上、まだ少々痛むものの――

上条「いいって。俺しか見てねーだろ?」

麦野「…当麻が見てるから問題なんだよ…まあいいけど?」

上条「よしっ!!じゃあ屋上で天体観測しようぜ!」

麦野「たまに強引よね、あんたって」

そう呆れ顔ながらも…麦野は薄く笑んだ。コートまで穴だらけにされてしまいもう着れないが――
少なくとも、二人で身を寄せ合う分にはまだ十分な季節だとも。
星を見に遠出は出来ないが、それより大切なのは二人の距離。そう信じているから。

麦野「――付き合ってあげるわ。仕方ないから」




905作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:13:50.448HK0jHeAO (30/43)

~第二十一学区・天文台付近の山道~

一方通行「長ェな」

黄泉川「山道だからそう感じるだけじゃんよ」

打ち止め「見て見てー!ダムがお星様で光ってるよってミサカはミサカは窓から手を出して指差してみたり!」

既に日も沈んで久しい夜の山道を、黄泉川家全員を乗せたステーションワゴンがひた走って行く。
後部座席左側にて窓から吹き込む初冬の風にアホ毛を揺らす打ち止め、中央に位置する一方通行に寄りかかる番外個体。
右側にて暗視ゴーグルを取り付け星を探す御坂妹、助手席には芳川桔梗、運転席には黄泉川愛穂がそれぞれ乗り込んで。

一方通行「チッ…たかが天体観測に呼びつけンじゃねェよ。ンな所くンだりどンだけヒマなンだ」

番外個体「ひひひ。嫌そうな顔嫌そうな顔。ミサカ星よりその顔が拝みたかったんだよ」

一方通行「放り出すぞ」

御坂妹「不法投棄は犯罪です、とミサカは美しい自然を愛する少女的なイメージアップを狙います」

ぎゅうぎゅうの車内に一方通行は辟易していた。
自分以外は全員女。皆それぞれ異なる香水やらヘアフレグランスやらで非常に甘ったるい密閉空間なのだが彼は気にも止めない。
さりげなく番外個体を押し付ける乳房すら圭角に触れてもいない。
そんな様子は芳川は微苦笑混じりでルームミラーより見やる他なかった。が


ドンッ!!


全員「「「「「「!!?」」」」」」

その時――背後からけたたましい煽りを喰らわせながらピッタリついて来る、一台の車がやって来た。

一方通行「(敵か!?)」

一方通行がチョーカーに手をやる。小康状態の終わりかと脳裏を過ぎる不吉な想像。
そしてそこで――一方通行は無茶な煽りを入れて来る車の正体に気づく――
 
 
 
 
 
垣根「ふははははは!!ちんたら走ってんじゃねえぞ第一位ィィィィィ!!」
 
 
 
 
 
一方通行「第二位(スペアプラン)!?」

芳川「こんな山道にマイバッハ!!?」

そこに――初春飾利を乗せた『未元物質』こと学園都市第二位、垣根帝督がマイバッハで併走して来たのだ。
どうやら真っ暗闇にも目立つホワイトヘアーと、ファッキンアクセラレータと言う彼の圭角がその存在を捉えたのだろう。

芳川「馬鹿よ!馬鹿がいるわ!!!」

一方通行「無視しろォ。アイツは常識ってもンが哀れなくらい欠けてやがンだ」

垣根「ヒューヒュー!幼女連れて夜のお散歩かあ?アンチスキル呼ぶぞコラー!」


906作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:16:21.918HK0jHeAO (31/43)

ブチッ、とその一言に一方通行の中の何かがキレた。
隣に中学生を乗せて殴りたくなるほどのドヤ顔で腹立たしい煽りを入れて来る垣根に。お前にだけは言われたくないと。
他の人間ならもっと口汚く罵られてもこうまで頭には来ない。
ただし垣根に言われるとどんなに些細な事でもどうにも我慢ならないのだ。

黄泉川「あの時のホストじゃんよ…だいたい私がそのアンチスキル…」

一方通行「黄泉川ァァァァァ!あのクソ野郎に抜かせンなァァァァァ!」

黄泉川「一方通行!?」

どけっ!と打ち止めを番外個体の膝に乗せて窓から身体を乗り出しハコ乗り状態でがなり立てる一方通行。
それを同じくウィンドウから中指を立てた挑発ポーズでやり返す垣根。
ちなみに二車とも百キロ近い併走状態である。

一方通行「垣根くゥゥゥゥゥン!?ローンはあと何年残ってますかァ!?残念だったなァ払い終わる前に愉快で素敵な冷蔵庫に改造してやンよスクラップの時間だクッソ野郎ォォォォォ!!」

垣根「舐めてやがるなよっぽど死にてえと見える。女も車も人生も俺の方がノリノリなんだよアクセロリータァァァァァ!星見に行く前にオマエを星にしてやるォォォォォ!!」

打ち止め「馬鹿がいるよ!馬鹿が二人いるよってミサカはミサカは…きゃうっ!」

ちなみに、これらの会話はヘアピンカーブでのドリフト走行中の会話である。
ノリノリの黄泉川、真っ青な芳川、吐きそうになっている番外個体のお腹に打ち止めがのしかかり、御坂妹は気絶、初春だけはいつも通りの中――
 
 
 
 
 
削板「ぬおおおおお根性ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 
 
 
 
 
雲川「するなってさっき言ったろこの馬鹿がァァァァァ!」

一方通行「ナンバーセブン!?」

垣根「根性バカ?!」

芳川「馬鹿が増えたわ!!」

轟ッッ!と二車の間を駆け抜けて行くはデコチャリに跨った削板軍覇。
と、その背に二人乗りし必死にしがみつく雲川芹亜。
夏の事件の際、麦野が駆るヴェンチュリーと張り合って以来の悪夢である。

一方通行「どけこのバ垣根!」

垣根「ひっこめペド野郎!」

削板「根性ぉぉぉぉぉ!!」

一方・垣根「「お前が一番うるせェェェェェ!」」

こうしてステーションワゴンVSマイバッハVSデコチャリの三つ巴は山頂付近まで続き…
熱くなり過ぎた男三人はこってり絞られ、説教されたのはまた別の話…




907作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:19:56.378HK0jHeAO (32/43)

~ほしのみえるばしょ~

上条「寒くねえか?」

麦野「大丈夫…すごくあったかい」

消灯時間を過ぎた病室から抜け出し、上条と麦野は屋上にいた。

麦野「あんたってさ…やっぱり体温高いわよね。熱あるみたい」

上条「そう言う沈利は指先冷た過ぎだろ…」

麦野「冷え性って訳じゃないけど、あんたくらい体温高いとそう感じるのかもね」

麦野が御坂と衝突した際、破損させてしまった給水塔に腰掛ける二人。
病室から持ち出した毛布をかぶるようにして見上げる空。
雲一つない澄み切った夜空にかかる月の幻暈が霞むほど眩い星辰。
冬特有の硬質で透明な空気に、微かに白む吐息が名残も残さず消える。

麦野「私した事ないんだけど、キャンプとかってこんな感じなの?」

上条「昔父さんとした時は、こんなにベッタリしなかったけどな」

麦野「やだもう」

ちょうど座る上条の膝の間に麦野が入り、上条がその背中を包むようにして抱く。
後ろから回された上条の少し固い指先が、麦野の滑らかな手指をくすぐって行く。

麦野「私の勝手なイメージなんだけど、焚き火なんかあって、マグカップにコーヒー入ってて…火を見つめてるの」

上条「ああ」

麦野「揺れて、乱れて、舞い上がって…それでも暗闇を照らす、そんな炎…かな?私のキャンプのイメージって」

その上条の手を包むようにして麦野が頬擦りする。
そこには狂気も思い詰めた横顔もない…ただただ自然な微笑があった。
上条当麻しか知り得ない、麦野沈利の素顔と言って良いそれが。

上条「…沈利さ、“スタンド・バイ・ミー”って映画、知ってるか?」

麦野「死体探しに行く話?」

上条「いや、そうなんだけどさ…子供の頃、あれに憧れたんだよ。ああやって秘密基地作ったり…友達とキャンプ行ったり」

麦野「………………」

上条「俺、そういうの出来なかったからさ。こんな不幸体質だし、イジメられてたしさ…だからかな、父さんあんなに休みの度に俺を連れて歩いてくれたの」

麦野は知っている。上条の幼少時代の幾多の悲劇と数多の悲惨な過去を。
自分とはまたベクトルの異なる恵まれぬ幼年期。
それに対し麦野はキュッと上条の手を強く握る。
まるで“大丈夫だよ”“私はここにいる”と無言で伝えるように。

星はまだ降って来ない。




908作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:20:53.958HK0jHeAO (33/43)

~2~

上条「だから…もし子供が出来たら、俺が教えてやりたいんだ。火の起こし方だとか、テントの張り方だとか」

麦野「…子供、欲しい?」ニヤッ

上条「い、いや今すぐじゃねえぞ!?」

麦野「そりゃ今すぐは無理だろ。あんた高校生、私一応女子大生だし」

少し暗くなってしまった空気を混ぜっ返す。そして手近にあった魔法瓶に手を伸ばす。
先程帰って来たインデックスがお土産にケーキを買って来てくれたご褒美に淹れた紅茶を詰めたものだ。
本当ならばブランデーかウォッカも入れたかったが仮にも病院なので流石に手には入らない。

麦野「でもさ…仮に結婚式やるならどんなのやりたい?」

上条「そういうのは普通女の子の夢だろ?男なんて飾りみたいなもんだって」

麦野「お飾りでも結婚式は一人じゃ出来ないでしょうに。でもゼクシィに乗ってる馬鹿女みたいなのはヤだ。如何にも頭悪そうで」

上条「沈利って女の女嫌いか?」

麦野「男の女嫌いより、女の女嫌いの方が多いんだよ。当麻は知らないでしょうけど」

上条「そんなもんか…」

麦野「嫌なのよね女って。嫌いなヤツほど仲良いふり、人を誉めちぎった直後に“でも、ここが○○だよね”…数え上げたらキリないわ」

それでもアイテムの面々といるのは、変わり者の集団にあって女特有のねちっこさ、鬱陶しさがないからだと麦野は考える。
女同士の救いのなさ、それが招いた悲劇だって麦野は知っている。

麦野「だから、あんたのそういうカラッとした所、私は気に入ってる。嫌な過去があっても私みたいに歪まない。馬鹿だけど、馬鹿だから私に嘘つけない」

上条「誉めてんだかけなしてんだかどっちだよ!!」

麦野「愛してるのさ」

上条「~~~~~~!」

麦野「あっ、照れてる照れてる♪まあ飲みなよ」

そうして麦野はトクトクとカップに魔法瓶の紅茶を注ぐ。
上条がそれを照れ隠しのように一息に飲み干し…呟く。美味いと。
それが麦野には嬉しくてたまらない。その一言がいつも欲しくて、頑張れているのかも知れない。

きっと、幸せだの好きだのというのは星の金貨のように遠くにあるものではなく…
そんな取るに足らないものの中にこそあるのではないか、と二人は考える。


星はまだ降って来ない。


909作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:23:22.258HK0jHeAO (34/43)

~3~

麦野「――でも、あんたとこんな風に星を見に来るだなんて、思ってなかったよ」

上条「……俺も、沈利と付き合うまで夢にも思ってなかった」

互いにふと思う。この先進む未来の中で、この星を見つめる自分達二人。
その自分達が…三人になった時もきっと自分達はこうしているだろうと。
もしかしたら三人が四人になっているかも知れない。
さっき話したようなキャンプが…家族で、親子で、出来るかも知れないと。

上条「なあ、流れ星来たら…なにお願いする?」

麦野「――ないな。もう、私の願いは叶っちゃったから」

上条「叶った?」

麦野「そうよ。星に願う事なんてね、私くらい何でも出来てお金があるイイ女でも叶わないような高ーい望みくらいしかないわ」

上条「自分で言うなよ!!」

そう茶目っ気たっぷりに人差し指を立てて星を見上げる麦野の表情は柔らかかった。
あの路地裏で出会った時のような投げやりなのに暴力的で、全てに渇ききったような冷めた横顔はそこにない。

麦野「叶えてくれたのはあんただよ。他の誰にも出来ない、私ですら叶わない願いを、あんたが叶えてくれたのさ」

上条「俺が?」

麦野「こんな話知らない?牢獄に放り込まれた二人の人間。一人は星を見ていた。一人は泥を見ていた。そういう話」

上条「ごめん…本なんて読まねえからわかんねえわ」

麦野「――あんたは、泥ばかり見てた私に、星の在処を教えてくれたんだよ。当麻」

見上げれば月が埋もれそうな星の海。白金を散りばめたような瞬き。
それが今の麦野が見つめているもの。かつて破滅を迎えた少女達が手にした、永遠とも思える夏の青空の中では決して見えないもの。
それは、暗い場所だからこそ輝く星。闇の底から見上げた自分を照らす星灯り。
暗ければ暗いほど眩い、夜の中に彷徨っても決して見失わぬ道標。

麦野「…叶えてあげる。あんたが見てる夢。星に祈るよりももっと確実に」

上条「………………」

麦野「私にしか叶えてあげられない、あんただけの願いを聞かせて。当麻」

星は、今二人の手の中にある。どんな暗闇の中でも決して輝きを失わない…
名も無きふたつ星。散りばめた星空にだって引けを取らない、得難い白金の金貨。



麦野「ほら―――」
 
 
 
 
サアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア………
 
 
 
 
その時、星が降って来た




910作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:24:11.978HK0jHeAO (35/43)

~メモリーズ・ラスト~

禁書目録「お星様なんだよ!」

フレメア「本当!大体、いくつくらい!?」

禁書目録「私にもちょっとわからないかも!多過ぎるんだよ!!」

その時、インデックスとフレメア=セイヴェルンは病院内のガーデンにて流星群を見上げていた。
光の雨のように降り注ぐ流星群を、並んでベンチに腰掛けながら、お土産のケーキを頬張りながら。

フレメア「おっ、お願いしなきゃ…えーっと…えーっと…」

禁書目録「ふれめあと、ずっと友達でいられますよーに!!」

フレメア「!!」

手指を組んで祈ろうとするフレメアの側で、口元に生クリームをつけたままインデックスが叫んだ。
両手を大きく広げて、星空を抱き締めるように、清々しいまでの大声で。

禁書目録「ふっふっふ!甘いんだよふれめあ!このストロベリーショートケーキより甘いんだよ!」

フレメア「ふぎゃああああ!」

禁書目録「願い事は早い者勝ちなんだよ!」

フレメア「んー!んーと、んーと…こ、これからもインデックスとフレンダお姉ちゃんと浜面達と一緒にいられますよーに!!あと、あと、駒場のお兄ちゃん!」

そして、フレメアもまたたくさんの願い事をインデックスに負けじと流星群の空に叫ぶ。
その脳裏には…浜面ははっきり言わなかったが、もう『星』になってしまった駒場利徳への祈りが込められていた。

フレメア「私は…私はもう大体、大丈夫だから…だからそこで見ててね!」

禁書目録「………………」

それを見つめるインデックス。インデックスも一緒に祈る。
出会った事のない、出逢わなかったフレメアの『大切な人』のために――

フレメア「……このケーキ、駒場のお兄ちゃんにも食べさせてあげたかったなあ」

禁書目録「ストロベリーショートケーキ?」

フレメア「うん!でも、大体なんでイチゴのケーキにしたの?」

禁書目録「んー?ふっふっふ…」

そこでインデックスは含み笑いを浮かべる。フレメアの肩を抱き寄せて、その耳元に囁きかけるようにして

禁書目録「――フレメアの格好が、このケーキみたいだからこれにしたんだよ?」

フレメア「!!」

禁書目録「さあ、いただかれるんだよ!それくれないとふれめあを食べちゃうんだよ!!」

フレメア「にゃあああ!私のイチゴー!!」

こうして、二人の少女の願いが届く頃――




911作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:27:37.408HK0jHeAO (36/43)

~2~

打ち止め「ミサカ達みんなが幸せになれますように!ってミサカはミサカはMNWを代表して上位個体としての威厳を見せつけてみるのだ!」

番外個体「一方通行が地獄に堕ちますように。叶えてくれないなら自分でやっちゃうよお星様?」

御坂妹「(貴女の殺してやる殺してやる詐欺はもはや持ちネタですね、とミサカは…10031人の冥福を祈ります)」

黄泉川「家内安全、無病息災じゃん」

芳川「楽して稼げるお仕事を下さい…」

そして、黄泉川家の面々が天文台の手摺りから身を乗り出し…
各々の願いを数百数千にものぼりそうな常識外れの流星群に祈る中…

垣根「飾利の背が伸びますように…あと第一位のクソ野郎がひどい死に方をしますように」

一方通行「星に祈ってるようなメルヘンな頭の時点でオマエに勝ちの目はねえな」

垣根「ああん?やるかコラ?やんのかコラ?喧嘩なら売るぞ?買うぞ?」

削板「祈る事がねえ!!」

雲川「(この根性馬鹿が私の気持ちに気づきますように)」

初春「(垣根さんにもう少しだけ常識が身に着きますように…白井さんが立ち直れますように)」

天文台の下ではマイバッハのボンネットに寝転ぶ垣根、寄りかかる一方通行、しゃがみ込む削板と…
眉間に皺を寄せてこめかみを引きつらせ祈る雲川、かなり切実そうな初春がそれに続く。

垣根「ふん…今のうちにテメエの無事でも祈ってな。またおっ始めんだろうが」

一方通行「…どこまで知ってやがンだ」

垣根「テメエ一人が“闇”と付き合ってるとか思い上がってんじゃねえぞクソ野郎」

他の人間には聞こえない声量で垣根がデッドボール並みの直球を投げて来る。
そして――一方通行もそれを口から出る屁だと反射しなかった。

垣根「テメエをブチのめして最後に笑うのはこの俺だ。その日までせいぜいヘドロん中で血吐いて生き延びるこったなクソ野郎」

一方通行「吠えてろクソ野郎」

二人の友情など育む余地はない。ただ張り合う譲れないプライドがそこにあるだけだ。
浜面の評する所の『トムとジェリー』のように。だが

垣根「今の俺を――あの頃と同じと思うなよ」

そう静かに語る垣根の視線の先には…初春飾利。

垣根「……変わったのは、テメエ一人じゃねえんだ」

一方通行「――言ってろ」

守るべき何か。それだけが今の二人の、唯一の共通項――

垣根「ケッ」

一方通行「チッ」

……似た者同士の。


912作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:29:15.508HK0jHeAO (37/43)

~3~

フレンダ「うわー…星・星・星って訳よ!!」

浜面「すげーなこれ…願い事し放題だな」

絹旗「(…祈り…)」

滝壺「イギリスから信号が来てる…」

一方通行らが星見を行っている頃…『アイテム』の面々も病室にて流星群を見上げていた。
フレンダは滝壺の膝掛けを借りて車椅子から、浜面は窓枠に腰掛けて、絹旗はフレンダの車椅子を支えながら、滝壺はお裾分けされた紅茶をクピクピ飲みながら。

浜面「でも…パッと浮かんで来ねえよな願い事って…」

フレンダ「金よ!結局、世の中金が全てって訳よ!!」

絹旗「フレンダ超夢がありませんね」

滝壺「大丈夫、わたしはそんな現金主義のふれんだを応援している」

浜面「一人くらい“星が綺麗”とか言えよ!女だろお前ら!」

浜面は思わず嘆息する。『アイテム』に所属していると女性に対するある種の男が捨てきれない幻想までぶち殺されてしまいそうだった。
出来る事ならば唯一の黒一点として『コイツらが女の子らしくなりますように』と願いたい。だがしかし――

浜面「(…コイツらが一人も欠けませんように、あとロードサービスの道に進めますように、それから滝壺と…ちゅ、チューからちょっとだけ…ちょっとだけ先に進めますように…)」

絹旗「浜面超必死に願い事してます。ちょっと引きますよねこういう男」

フレンダ「結局、浜面はキモいって訳よ」

滝壺「大丈夫、私はそんなちょっとイタいロマンを捨て切れないはまづらを応援してる」

浜面「ひでえ言われようだ。決めた!コイツらの願いが一つも叶いませんように!!」

全員「「「ひどいっ!!」」」

家族を取り戻したフレンダ、家族を作れるかも知れない浜面と滝壺、家族のいない絹旗…
三者三様の在り方。人種も、出自も、性別も違う彼等のそれぞれの願い。
そこで絹旗は祈る。全員の無事を。麦野から受け継いだアイテムの『リーダー』として

絹旗「(ああ…神様が超いなくっても、祈る星にまで見捨てられた訳じゃないですよね?)」

かつて病院の廊下でインデックスと交わした『祈り』の話…
絹旗は祈る。神頼みでなく、彼等を、仲間を、一人も欠けさせずに強くあれる、そんな自分を自分自身に祈った。

絹旗「(それから、超ついでに――)」

脳裏を過ぎるは、あり得たかも知れない…『もう一人の自分』――




913作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:33:37.868HK0jHeAO (38/43)

~4~

SC「ほ…し」

黒夜「それはわかるのか」

SC「う…ん」

黒夜「そうかい」

同じ頃…隔離病棟にて黒夜とシルバークロースもまた星を見上げていた。
何の事はない。あまりに星々の瞬きと、流星群の輝きが眩しくて寝付け切れなかったためだ。

黒夜「…星なんて、何年見てなかったかねえ?ひっはっはっは…」

夜より深く、決して晴れない闇の中を這いずり回って来た二人。
しかし二人は今や任務を失敗した追われる身。追う者と追われる者が逆転してしまったのだ。
あれほど居心地の良かった闇が自分達を縊り殺しに来る、そんな道行き。

黒夜「――存外、悪くないじゃないか」

SC「うん…」

黒夜「なあシルバークロースよ。お前の本当の名前、なんて言うんだったんだ?」

SC「?」

黒夜「…わかる訳…ねえか…」

記憶の全てを失われて初めて…黒夜は任務以外でシルバークロースに対して開襟を開いて語り掛けるようになった。
あれほど醜悪な内面をしていたこの端正な顔立ちの男が、無邪気な笑顔で少年のように星空を見上げている。
それが…この先、再び戦いの日々となるだろう黒夜のささくれひび割れた心を僅かに慰めた。

黒夜「…わかってねえんだろうな。私はお前もろともあの二人を串刺しにしようとしたんだぞ?」

SC「ううん。ううん」

黒夜「…野良犬みたいについて回りやがって。お前は顔をまたいじれば逃げられるだろうに…クソッタレ」

そこで黒夜は再びベッドに寝そべった。まるで犬が飼い主を気遣うようにこちらを見やって来るシルバークロースの頭を…
もう失われてしまったイルカのビニール人形を撫でるように触れた。
それにシルバークロースはにっこり笑った。記憶を喪う前は冷笑的な笑みしか浮かべなかったニヒルな男が。

黒夜「…また一から出直しだ!」

だからこそ…黒夜海鳥は再び漆黒の翼を広げる。
自分はこのままでは終わらせない。このままでは終われない。
そう…身投げした闇の中で喰われるような弱い『悪』よりも…
より黒く、より暗い場所で黒き翼を広げるオオワシのような『巨悪』に返り咲く。いつの日か

黒夜「これで終わったと思うなよ…最後に笑うのはこの私だ!!黒夜海鳥だ!!!ひっーはっはっはっはっはっはっはっ!!」

この数日後、黒夜とシルバークロースは病院内から消息を断つ事となる。

決して散らぬ悪の華を、再び返り咲かせるために――彼女もまた立ち上がるのだ。


914作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:36:09.668HK0jHeAO (39/43)

~5~

御坂「遅いわねえ…黒子のヤツ」

その頃、御坂美琴もまた再建された常盤台女子寮の窓辺より頬杖をついて星を見上げていた。
白井黒子がまだ帰ってこないのだ。あの後インデックスとカフェを出た時には既に二人の姿はそこになかった。
二人揃ってテレポーターであるが故に追跡は難しかったし、首を突っ込むつもりもなかった。

御坂「にしても…どこほっつき歩いてんだかね」

お土産のショートケーキは冷蔵庫の中。先に食べてしまいたくなる誘惑が徐々に自分の中で大きくなって行く中御坂は思う。
行き先は恐らく…軍艦島。二人が『死んで』しまったの場所に違いないと

御坂「星かあ…私の初恋、叶いそうもないしなあ…もう」

ついつい『あの二人が別れますように』と祈ってやろうかと悪い笑顔をして、そこで止める。
あの二人はもう『死』すら分かてないんじゃないかとすら思えるほど深い部分で繋がっているように感じられるがゆえ。
そうでなければ、御坂とて『勝負』を黒星で終える事など選びはしなかったのだから。

御坂「なら…どうか私の周りの人達が目一杯幸せになれますように…と」

超電磁組、妹達、数え切れないほどたくさんの人々。
御坂美琴の世界にいる全ての人達のために御坂は祈る。
上条当麻という星に手は届かずとも、祈る声は届くと御坂はもう知っているから――

ヒュンッ


御坂「!」

そこで…御坂は気づいた。自分が頬杖をついていた窓辺をすり抜けて…
『空間移動』にて帰って来た…親愛なるルームメイトの『帰還』を。
肩越しに振り返り、見交わす。そこにはもう――

御坂「…遅かったじゃないの…」

「申し訳ございませんの…」

御坂「ダメなんだからねー能力使って帰ってきちゃ…でもまあ許してあげる!」

見慣れた常盤台中学の冬服。そこに霧ヶ丘女学院のブレザーはもう羽織られていない。
金属製の円環ベルトも、軍用懐中電灯ももう纏われてはいない。
そして…長い間下ろされたままだった髪が…特徴的なリボンによるツインテールに戻されて――
 
 
 
 
 
白井「――ただいまですの!“お姉様”!!」
 
 
 
 
 
御坂「…おかえりっ!黒子!!手洗ってきなさい!ケーキあるわよ!!」

8月10日より数ヶ月経って…白井黒子は御坂美琴の元に帰って来た。

終わらない夏の日に、別れを告げて――




915作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:42:49.398HK0jHeAO (40/43)

~6~
禁書目録「ふふふ!泣いても叫んでも誰も来ないんだよ!」

そう、これはきっと誰かの祈りなのだ

フレメア「く、くすぐったいかもインデックス…!だ、大体そんな所舐めちゃ…あっ!」

例えばそれは、明日を目指す者の祈り

一方通行「ガス欠だァ?オイどうすンだこりゃァ!」

黄泉川「仕方ないじゃんよー!でも…どうするじゃん?レッカー呼ぶじゃん?」

垣根「あー…俺の車に女共まとめて移すか?でも第一位、オメーの席ねーから!歩いて帰れ!!」

一方通行「変わらねェなァてェェェェェいィィィィィとくゥゥゥゥゥン!!」

初春「垣根さん!意地悪しちゃダメです!」

例えばそれは、未来を求める者の祈り

削板「俺の根性ならみんなまとめて乗せて(ry」

雲川「乗れるか!!自分が何(デコチャリ)乗ってるかちょっとは考えて欲しいんだけど!!」

御坂妹「もうイヤだこのレベル5、とミサカは一人下山の準備をします」スタスタ

芳川「待って!!そんな甘い見通しで降りたら遭難してしまうわ!」

青髪「なにお願いしたん?」

心理掌握「………………」

青髪「え?も一回言うて?」

例えばそれは、先を願う者の祈り。

浜面「うー冷えて来た冷えて来た…窓締めんぞー」

フレンダ「冷えて来たからあったかいココア買って来て欲しい訳よ!」

絹旗「超ホットレモンお願いします。二階の自販機ですけど」

滝壷「私は、むぎのからもらったお茶でいいや」

浜面「フレンダはともかく絹旗は自分で買いに行け!」

絹旗「パンツ見せてあげますんで超頑張ってくれませんか?」ピラッ

浜面「いらん!」

立ち位置が異なれども

黒夜「――誰が、祈ったりするもんか」

SC「あー…」

敵味方に別れていようとも

御坂「明日…晴れると思う?」

白井「ええ…きっと晴れますの」

それこそ…海を越え、国が違えども

結標「繋がったかしら――そっちはどう?秋沙」

姫神『――うん。こっちも。星がいっぱい。淡希は?』

結標「――私もよ」

きっと今この時、全ての人間が同じ星空を見上げ、祈っている。

レイヴィニア「…流星群…か…」

『明日』を、『未来』を、『誰かの幸福』を、分け隔てなく――

絶対等速「彼女が出来ますように…!イヤほんとマジで!」

そして――終わらない幻想(あした)を夢見る者達が――もう一組


916作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:45:30.718HK0jHeAO (41/43)

~7~

ずっと一人で構わないと、ずっと独りで生きていけると、そう思っていた。
過去が、狂気が、孤独が、後悔があまりに重過ぎていて閉ざしていた瞳。
その開かれた眼差しの先に…あいつがいて、私がいる。

上条「本当に…どんな願い事でも聞いてくれんのか?」

麦野「なんだったら絹旗が着てるような服でも着てやろうか?」

あの夏の日。あの星の夜。私が長針、あいつが短針。
交わる度に一つづつ、少しづつ、私は前に進めた気がする。そう思えてならない。

上条「服かあ…なら上条さん、沈利に着て欲しい服があんだけどさ」

麦野「なに?バニーガール以外なら受け付けるわよ」

私がガラクタのように見てきた人間、物事、この色褪せた世界。
それが…こいつといるだけで、何よりも得難い宝物に見えて来るという奇跡。
それはきっと誰にも壊せない、こいつがくれた優しい幻想。

上条「…今じゃなくって、あと何年か後に着て欲しいもんがあんだ」

麦野「…私、ヒラヒラしたヤツ嫌いなんだけど?」

上条「――着てくんねえか?」

麦野「――着てやるわよ」

恋をすれば救われるだとか、愛されれば報われるだとか、そんな誇大妄想の延長みたいなものなんていらない。
私が欲しかったもの。それは罪と血と死にまみれた汚れた私の手をとってくれる、こいつの傷だらけの手。

麦野「着てやるから…着てやるから早く迎えに来いってんだよー!!」

季節が通り過ぎても、今日という日を忘れてしまっても、変わらず私はこいつと手を携えていきたい。
時にゆっくり、時に加速し、過ぎ行く一秒一秒を、泣いて、笑って、抱き合って。

上条「よっし!!ならもう一個の願い事、叶えてくれ!」

麦野「ひとつじゃないの!?」

上条「一つだけなんて言ってねーだろ!」

投げ捨てて来たガラクタが、こいつといるだけでこんなにも眩しい。
この流星群が霞むほど、私にとって目映い『光』

上条「いいかー!!言うぞ言います言ってやるの三段活用!!!」

張り上げるような声音、囁くような声色、私を選んだ男、私が選んだ男。

上条「俺は―――………

上条、当麻

私に許された、たった一つの『永遠』――


917作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/24(日) 23:48:28.878HK0jHeAO (42/43)

~光輝く麦の穂を持つ乙女~

かくして、物語はここに始まる。

果たされた旧き約束を胸に抱き、二人は今一度歩き出す。

麦野「――しょうがないなあ……」

交わされた新しき約束を星に誓い、二人は再び走り出す。

麦野「そんな風に言われたら、断れないじゃない」

取り戻せない昨日を共に悔やんで

麦野「――断るつもりもないんだけどさ」

困難に覚束ない今日を共に生き抜き

麦野「私の事を、誰よりわかってくれてるあんたが」

希望に満ち溢れた明日を共に夢見て

麦野「そう言ってくれるのが…本当に嬉しい」

この星降る夜だけが見下ろしていた

麦野「だから――叶えてあげる。あんたの願いと、“私”の願いも」

世界で一番優しい幻想に包まれて

麦野「――でもね?それは“私達”だけじゃないんだにゃーん?」

終わらない物語の1ページ目を共に手繰る。

麦野「将来、この星を見に来る時は――“三人”でね?」

アラトスの『星辰譜』はこう記す。『乙女座の一番星、その名はスピカ』

麦野「――だって、お前は、私を選んだじゃないか」

アラトスは『星辰譜』にこう語る。『スピカの意、それは“光り輝く麦の穂を持つ乙女”の役』であると。

麦野「ふふふ…と・う・ま」

天文暦にも載っていない、希望という名の星を目指して二人は歩む。
 
 
 
 
 
麦野「これからも、よろしくね?」
 
 
 
 
 
神より浄めし魔を討つ少年と、麦の穂を持つ乙女が交差する時、神話は始まる――
 
 
 
 
 
新約・とある星座の偽善使い(フォックスワード)・終
 
 
 
 
 



918VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 23:51:04.57BmOy/YSg0 (2/2)


ただただ泣いた
次回作に期待


919投下終了です2011/04/24(日) 23:52:38.208HK0jHeAO (43/43)

以上、新約・とある星座の偽善使い(フォックスワード)、最終回『メモリーズ・ラスト』終了です。

今回のテーマは『救い』『生きる』に続いて『祈り』でした。

皆様のレスに支えられ、ずるずると1ヶ月もスレをお借りいたしましたが、今までどうもありがとうございました!

それでは以下、皆様のスレになります。失礼いたします!ではお疲れ様でした!!


920VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 23:54:31.06WdfBqXyho (1/1)

乙。
黒子良かったね。

そして頑張れ雲川さん。いつか想いは通じるさ。多分。


921VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/24(日) 23:55:19.27bV85bVI80 (1/1)

乙!!
こんなに感動したSSは初めてだった...
本当にありがとう!!


922VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 00:01:49.28Uci3aWqDO (1/1)

あんた天才や 涙でてきた

次回作も期待します


923VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県)2011/04/25(月) 00:06:05.69YYxET3Ki0 (1/1)

上条さんがむぎのんに着て欲しいと言ったのはウェディングドレスか


924VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 01:14:00.11W6xm5dqC0 (1/2)

お疲れさまでした
感無量とはこのことかな


925VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage] 2011/04/25(月) 01:23:32.66eUOJJao+0 (1/1)

またひとつ神スレが終わってしまったか……
次回作超期待

あと作者の黒子と結締と姫神のSSタイトルをよかったら誰か教えてくれ、名前がわからん……


926VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 01:29:42.305Kdyp3mEo (1/1)

>>915
>それこそ…海を越え、国が違えども
>結標「繋がったかしら――そっちはどう?秋沙」
>姫神『――うん。こっちも。星がいっぱい。淡希は?』
>結標「――私もよ」
>きっと今この時、全ての人間が同じ星空を見上げ、祈っている。
ここで時差を気にした俺は負け組


927VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/04/25(月) 01:41:48.482oGX4sfc0 (1/1)

時差なんて思い浮かべもしなかった俺は勝ち組


928VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県)2011/04/25(月) 01:41:52.23R+FR7PcS0 (1/1)

>>925 とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)かな?
>>926 こまけぇこたぁ(ry

作者様、お疲れさまでした
やっぱりハッピーエンドは最高だな、俺の願いも叶えてもらったよ
(自分は>>864の奴です)







929VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 06:23:09.55dB7RqU1t0 (1/2)

乙!!
青髪と心理掌握してんを書いてくれ!!


930VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 07:04:25.46fOROCBRho (1/1)

乙!


931VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県)2011/04/25(月) 07:36:20.8910kQ4Ok4o (1/1)


インデックスさん、フレメアになにしてんのww


932VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/25(月) 08:03:57.60bq0Egr3ko (1/1)

>>931
ペロペロしてんだろ?言わせんな恥ずかしい


933VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 14:19:33.33P8zO2VQDO (1/1)

いやホントに乙です……。
ここまで完成度高いSSは記憶にないレベルだわ
2万回異なる文章で上麦SSを投下してレベル6を目指してくれ!


934VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/25(月) 15:35:52.81Vj3mmvSf0 (1/1)

乙乙乙!!レイニーブルーの絶望感が嘘のような最高のハッピーエンドをありがとう!!

新約偽善使い二巻、レイニーブルー続編、カッキースピンオフ、ソギー雲川、青ピ掌握、どれか書いてほしいなー(チラッ)


935VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 16:09:52.45W6xm5dqC0 (2/2)

>>934
たしかに俺もみたいが
これ以上はさすがに作者がたいへんだろう
妄想でがんばっとけ


936VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/25(月) 16:44:09.748ePYEytV0 (1/1)

外伝も本編もお疲れ様だぜー!
ここまで完成度高いSSはそうそうないわ…ただ全力で作者乙
またどっかで作品読ませてくれよー


937熊鮭2011/04/25(月) 18:38:57.73dB7RqU1t0 (2/2)

アオピ掌握を!!!
というか他カップル(候補)の外伝を求める!!


938VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/25(月) 23:14:57.850+VjGL3SO (1/1)

乙!
超面白かった。
次回作待ってる。

次回作とかもう考えてたり…
は流石にないか。
まあ、期待してる!

>>1は天才です。


939VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sega] 2011/04/26(火) 11:48:56.52OvuErMlj0 (1/1)

>>938
小ネタスレで見かけたけど、とある夕凪の座標空間(ブルーゲイル)って話らしいぞ?

なんにせよ>>1乙…!!!前作の破滅の美学満点な最高のバッドエンドから今回みたいな全員救出の最高のハッピーエンドまでほんとお疲れ様1!!いろんなむぎのんいっぱい見れてほんとよかったよ


940!ninja2011/04/28(木) 02:40:40.90zivNFLZvo (1/2)

すんばらしいage


941!ninja2011/04/28(木) 02:41:16.53zivNFLZvo (2/2)

とか言いつつsageてたw


942作者 ◆K.en6VW1nc2011/04/29(金) 20:03:00.13U+ovxCnAO (1/1)

>>937
実はいくつかストックがありますが、上麦の要素がほぼ絡まなくなるスレ違いの外伝(あわきん→←黒子の百合、青P×食蜂の友達以上恋人未満など)

なので、投下は総合スレにさせていただくと思います。ここは皆様のスレですので…それでは失礼いたします。これからも良い上麦を…


943VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/29(金) 23:38:43.27f/nJPGCjo (1/1)


作者も良い上麦を

出来ればこのスレに報告してくれると嬉しいな


944VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋)2011/04/29(金) 23:40:34.91GO0IoE5Zo (1/1)


何気ない夫婦生活とかほのぼの系もみてみたかったwwwwww


945VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/04/30(土) 00:27:37.87oM/rVeJio (1/1)

きっとむぎのんは、詩菜さんを超える、嫉妬深く、独占欲の強い奥さんになるだろうな…


946名無しNIPPER2011/04/30(土) 12:11:04.45eIUPETDi0 (1/1)

乙の乙の乙!作者ー!前みたいなキャラ1クラスオーバーで飲み会みたいなノリで番外編やってくださいおねがいします!またフィアンマ出してくれ!

でもってまじめに感想…クラシックみたいな心理描写とハードロックなバトルが最高でした。ブルブラの百合とレイニーの破滅を読んで本当に女性なんだなって思った。上麦とあわくろに目覚めさせてくれてありがとう。総合に投下したら是非教えてほしい。絶対読みに行くから




947VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海)2011/05/01(日) 06:48:48.53mI+cVY/AO (1/1)

相変わらず目から冷や汗が止まらないんだぜ

それにしてもまたしても素敵な独自解釈やら設定やら伏線やら投下してくれやがって、今後の新刊でかまちーの投下する設定と摺り合わせるのがきっと大変じゃん
どう料理してくれるのか今から楽しみだぜちくしょう結婚してくれ

次の本編(?)投下は新約2巻発売後になんのかな
今から待ち遠しいぜ
しばらくは心理掌握関連の燃料投下もありそうだし、番外編も超期待してる


948VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/05/02(月) 10:31:04.70C3USmMIt0 (1/1)

ぜ、前作って言われてる百合ものってそんなにおっかないのか?誰か詳細おしえろください。


949VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県)2011/05/02(月) 10:35:26.71i3LikecBo (1/1)

百合だけど百合否定的な内容
姫神が病む ぐらいでね?


950作者 ◆K.en6VW1nc2011/05/03(火) 03:30:30.67k9P5oOfAO (1/1)

>>943
ありがとうございます。これからも何か書く時は上条さんと麦野がちょいちょい出てくると思います。

そして総合の方にとある驟雨の空間座標(レイニーブルー)の黒子視点を投下させていただきました(新約~にもリンクしています)。
苦手な方は大変申し訳ございません…では失礼いたします。


951VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/05/04(水) 10:11:20.78ZcxOXkZSO (1/1)

>>950

乙。読ませてもらった。
アンタは最高ダッ


952名無しNIPPER2011/05/04(水) 11:58:33.67hdl8sVUb0 (1/1)

乙!!黒子があの時どんな風にあわきんを愛してたのかよくわかって良かった。
作者…いつかイフストーリーでいいからむぎのん達みたいに幸せなこの二人を書いてくれー!
読み応えのあるすごいSSをありがとう