1こーじろう侍2010/11/25(木) 04:41:31.50PWoHFWY0 (1/40)

 けいおん!の田井中くんと秋山さんがメインのSSになります。

  内容は某作品をなぞった物になりますが、読んで頂ければ直ぐに判ると思います。
稚拙、駄文、つまらない上に、遅筆と言うか牛歩並みのペースになると思いますので、それでもいいという方に読んで頂けると良いと思います。
 
・・・…・・・…・・・…・・・…・・・…・・・…・・・…・・・…・・・…・・・
それではよろしくお願いします。



2こーじろう侍2010/11/25(木) 04:43:29.09PWoHFWY0 (2/40)

 2010年12月。

 俺は学校から自宅への帰路の途中にあるコンビニに、自転車を走らせて向かっていた。俺は、いつもそこをある人との待ち合わせに使っていた。
 俺の名前は田井中聡。部活と勉強に明け暮れるただの高校一年生だ。
 コンビニに着くと、待ち人は既に店の前にいた。制服に身を包み、長い黒髪にちょっとだけつり目の整った顔立ちの女性。その背に、ベースという楽器を背負っていた。
 彼女の名前は、秋山澪。高校三年生。姉の幼馴染で親友で、憧れのお姉さんだった人。そして今は俺にとっていちばん大切な女性(ひと)・・・。



3こーじろう侍2010/11/25(木) 04:44:46.28PWoHFWY0 (3/40)

 「澪姉、早かったね」
 「ああ、学園祭も終わって、軽音部(ぶかつ)も落ち着いたからな。今は、部室に行ってもお茶を飲んで少し喋ってくる位だから。まぁ律達はあそこで勉強もしてるけどな」
 「そうなんだ、姉ちゃんや澪姉は今年受験だしね」
 「・・・そんな事より、そろそろ店に入って何か買わないか?少し寒いし、あんまりお店の前で喋っててもしょうがないしな」
 「うん、そうだね」
 それから俺たちは、コンビニで買い物をして、店を出ると俺は自転車を押して、澪姉は歩いて近くの公園に向かった。



4こーじろう侍2010/11/25(木) 04:47:19.23PWoHFWY0 (4/40)

 2010年6月

 俺が高校に入学して最初の夏。俺はある思いを胸に適当な理由をつけて澪姉を街に連れ出した。買い物をしたり、食事をしたりしての街からの帰り道、俺は緊張を振り切って前を歩く澪姉に声をかける。
 澪姉は少しだけ顔をこちらに向けて「何だ?」と言った。澪姉の表情(かお)は見えなかった。
 「み、澪姉、前に俺が今の高校に受かったら、なんでもお願いを聞いてくれるって言ったよね」
 「ああ、言ったぞ。約束したからな。私に出来る事なら何でも聞いてやる」
 相変わらず澪姉の表情は見えない。俺は不安にかられつつも覚悟を決め、拳を握り締め、
 「み、澪姉!お願い、お、俺と付き合ってくれ!」
 俺はありったけの勇気を振り絞って、ダメ元で告白した。



5こーじろう侍2010/11/25(木) 04:50:42.48PWoHFWY0 (5/40)

 ・・・・・・。

 「・・・ああ、いいぞ。付き合ってあげる」
 
 少し(俺にとってはある意味、永遠とも言えるような)間の後、振り向きざまに澪姉は笑顔で言った。とびきりの笑顔だった。綺麗で、可愛くて、少しはにかんで、でもどこか嬉しそうで。俺はその笑顔とまさかのOKの返事に、上気した顔のまましばしの間、呆けてしまった。
 「どうした、聡?」
 「み、澪姉、ほ、ほんとにいいの?俺なんかでいいの?」
 ずっと好きだった。多分、小さい頃に姉ちゃんが初めて家にこの人を連れて来てからずっと。綺麗で優しくて少し怖がりなところも可愛い、憧れの人。その人と付き合うことが出来るなんて俺はにわかに信じられなかった。 
 「お、お前だったから、こんな約束をしたんだ。待ってたんだぞ、お前がこうやって言ってくれるのを、高校に受かってから、ううん、約束した(あの)時からずっとな・・・。でもやっぱり嬉しい、ありがとう聡。改めてこれからもよろしくな」
 少し赤い顔をして澪姉は言ってくれた。
 「こ、こちらこそよろしく!」
 俺もかなりテンパリながらも、どうにか返事をすることが出来た。
 こうして、俺と澪姉は付き合うことになったのだった。

 でも、今にして思うと、自分からは告白せずに回りくどい事をして俺から言わせる辺りは、なんか澪姉らしいかなと思うのだった(回想終わり)。



6こーじろう侍2010/11/25(木) 04:52:17.20PWoHFWY0 (6/40)

 「澪姉はやっぱり姉ちゃん達と一緒の大学に行って、バンドも続けるんでしょ?」
 コンビニ近くの公園のベンチに座り、そのコンビニで購入したホットの缶コーヒーを飲みながら、俺は何となしに聞いた。
「うん・・・うん、そうだな。そうなるといいな・・・」
 澪姉の返事はどこか曖昧だった。澪姉と姉ちゃんが軽音部で一緒にやっているバンド、たしか、放課後ティータイム(だったかな?)のメンバーは本当に仲が良くて、姉ちゃんが部長ということもあってか、前はよく家に集まって打ち合わせとか、何故かゲームとかやってたり、この頃は引退したのにもかかわらず、部室に集まって受験勉強をやっている位である(澪姉は俺の為に、早く上がってくれている様だけど)。
 姉ちゃんもみんなで同じ大学に行くって言っていたし、てっきり澪姉も同じ考えだと思っていた。それに姉ちゃんが受ける大学位なら、澪姉なら問題なく通る筈だ。もしかして、


7こーじろう侍2010/11/25(木) 04:53:40.23PWoHFWY0 (7/40)

それとは別に何か思うところがあるのだろうか?。
 「そういうお前は期末テストどうだったんだ?ちゃんと勉強と部活両立できているのか?」
 澪姉はこの事についてあまり話したくないのか、逆に俺に聞いてきた。
 「うん、どうにか。部活ももうすぐレギュラー取れそうな感じだし、勉強も大変だけど、なんとかついていってるよ。澪姉が俺の高校受験の時に勉強の仕方まで教えてくれたお陰だよ」



8こーじろう侍2010/11/25(木) 04:55:04.33PWoHFWY0 (8/40)

 俺が通っている高校は、澪姉や姉ちゃんが通う桜ヶ丘より、もう一つレベルの高い進学校だ。当然ながら、元々の俺の学力では受かる筈が無かったのだが、澪姉があの約束をしてくれた上に、勉強も見てくれたお陰で、俺もここぞとばかりに奮起して、そして今でも信じられない位の猛勉強の末、どうにか奇跡的に受かる事が出来たのであった。澪姉には色んな意味で感謝してもし切れない位だ。
 「そうか、それならいいんだ。でも、ごめんな、せっかく付き合っているのに特に最近は勉強を見るどころか、二人で出掛ける事も殆ど出来なくて」
 澪姉は少し顔を曇らせて申し訳なさそうに言う。
 「しょうがないよ、澪姉、今年受験だし。でも今もこうして俺に会ってくれているし、俺はそれで充分だよ。あっそうだ、受験が終わってひと段落ついたら、二人でどこかに遊びに行こうよ」
 「・・・うん、そうだな。ありがとう聡。お前が私の好きになった人で本当によかった・・・」
 「――――――!―――////」
 澪姉の言葉と微笑みに、俺はどっきゅーんと心臓を撃ち抜かれた様になってしまって、俺は固まってしまった(もちろん、嬉し過ぎて)。
 「そろそろ行こうか」
 それから他愛の無い話を幾つかした後、澪姉に促されてベンチから立ち上がると、俺たちは公園を出てまずは澪姉の家に向かう。むろん、大事な澪姉(かのじょ)を無事に送り届ける為だ。



9こーじろう侍2010/11/25(木) 04:58:05.63PWoHFWY0 (9/40)

 「やっぱりこの時期は日が落ちるのが早いな」
  
 澪姉が空を見上げながら言ったので、俺も沈みゆく夕日を見上げながら、「そうだね」と応えながら、ふと見上げている澪姉の横顔を見た。
 斜陽に照らされた澪姉はやっぱり綺麗だった。勿論いつ見ても綺麗なんだけど、黄昏てゆく景色と相まって、愁いを帯びた様に見える表情(かお)は、また違った魅力があった。こんな女性(ひと)が俺の彼女で、しかも同じ時間を共有しているのかと思うと、堪らない気持ちになる。いつまでもこの時間が続いてほしいと心から願った。
 

 そんなささやかでとても贅沢な幸福を願う想いと時間を奪ったのは、同じ空から嫌でも聞こえてくる、ジェット機とはまた少し違った噴射音を轟かせている、最近話題のあの宇宙船だった。



10こーじろう侍2010/11/25(木) 04:59:39.53PWoHFWY0 (10/40)

 「リシティア号・・・。こんな低空で飛んでいるの初めて見た・・・やっぱ凄いな・・・」
 
 今までも何度か飛行しているのを見たことがあるが、こんな近くで見たことはなかった。


 リシティア号。金属版白磁のような外装、優美な曲線で描かれた、三角定規を立体化した様な外観をした国連宇宙軍の最新鋭恒星間宇宙戦艦(コスモナート)・・・。なんでも亜光速で飛ぶ事が出来るらしいマンガにでも出てきそうな夢の宇宙船だ。
 元々、人類がスペースシャトルに乗って月に着陸してからの宇宙関連の技術、開発の進歩は飛躍的なものがあったのだが、タルシアンショック以降はそのタルシアンの技術も吸収して、ついにはこんなガンダムみたいな宇宙時代を感じさせる代物まで造り出してしまった。



11こーじろう侍2010/11/25(木) 05:04:42.47PWoHFWY0 (11/40)

 今回、そのリシティア号が日本にやって来たのは、タルシアンプロジェクトの一環として、この夢の宇宙船に乗ってタルシアン追跡調査をする為の乗組員(クルー)の募集をする為という事らしかった。確か、プロジェクトの出資額や貢献度に比例配して、募集枠千人の内、約二百二十人を日本人クルーで占めるという話だった。この数字はプロジェクトを主導しNASAを擁しているアメリカより多いらしく、その理由として出資額(これによって日本(わがくに)の公共事業がほとんど行われなくなって不況になる程)の多さと、タルシアン技術を応用した光エネルギー増幅還元システム(日光とかで得たエネルギーを何倍にも増幅させ、尚且つ貯蔵する事が出来るといったもの、ソーラーパネルの超進化版と言ったところ)の技術を世界やNASAに先んじて日本が開発したからであるらしい。この技術によって初めて莫大なエネルギーを必要とする恒星間亜光速移動が出来る宇宙船を作ることが出来たからであった。と、言う事を学校やテレビでしきりに言っていた。
 だが、素朴な疑問としては、何故クルーを国連宇宙軍の精鋭にしなかったのかという事だ。千人くらいならすぐに集める事が出来るだろうに、何か妙な感じがした。





12こーじろう侍2010/11/25(木) 05:07:00.12PWoHFWY0 (12/40)

 そんなリシティア号が、俺たちの頭上を超低空で通り過ぎていくのと同時に機体の左右から五機づつ、十機の人型の機体がリシティアから飛び出し、編隊を組みながらリシティアに並走する様に飛行していた。
 「あれってトレーサーか!?すげー!」
 俺は初めて見る機体に興奮して叫ぶように言った。
 トレーサーとは人型の探査機で、リシティア号に配備されているそれは、タルシアン・ショック以降に開発され、その技術が随所に応用されている次世代の最新気鋭で、陸海空はもとより宇宙空間をも自由自在に動ける万能マシン。言うなれば、ガンダムのモビルスーツみたいなものだ。あのTVの中の存在が現実の世界で実用化され実際に稼働している。そのパイロットに憧れる者も多かったし、事実、俺もその一人だ。
 「でも、恒星間宇宙戦艦(コスモナート)が飛んで、トレーサーもパイロットが乗って訓練しているという事は本当にやるんだよな・・・」
 俺は間近で見る宇宙船と人型ロボットに興奮を覚えつつも、同時にあのいつ、どこで行われたのかすら判らない、選抜選考で選ばれたメンバーが、実際にリシティアにトレーサーに乗って、宇宙の彼方に飛んで行ってしまうという夢みたいな話が、急に現実味を帯びてきて、言い知れぬ不安にかられた。



13こーじろう侍2010/11/25(木) 05:09:33.93PWoHFWY0 (13/40)

 「なあ、聡・・・」
 
 俺は声を掛けられてはっとなって慌てて振り向く。リシティアとトレーサーに気を取られて、澪姉をほったらかしにしてしまった事に気付いた。

 「あ、澪姉ごめ―――」

 俺は言いかけて言葉が詰まる。澪姉は俯いていた。そしてふるふると微かに震えているように見えた。そして不意に顔を上げると、俺に言った。
 
 「私、あれに乗るんだ」

 と――――。



14こーじろう侍2010/11/25(木) 05:14:38.09PWoHFWY0 (14/40)

 「・・・・・・???あれに乗るって、あれ?」

 あまりに唐突、予想外にも程がある一言に、文字通り固まった末、空に向かって指を指しながら、何とも間抜けた口調で言う。

 「ああ、そうだ」

 「そうだって・・・。澪姉マジなの!?」

 「ああ、いろいろ考えたけど、私はあれに、リシティアに乗ろうと思う」

 「な、何を言ってるんだ澪姉!?澪姉はこれから受験して姉ちゃん達と同じ大学に行くって言ってたじゃんか!」

 正直、訳が分からない。澪姉は何を言ってるんだ?。何かのどっきりなのか?。俺の頭の中は色んな?マークで一杯だった。

 「ごめんな聡。でも、もう決めたんだ・・・」

 その声を聞いて、少し頭の中が整理されてくる。澪姉の声は静かだったけど、その中に強い意志の様なものが感じられた。あの怖がりの澪姉が宇宙戦艦(アレ)に乗って宇宙、それも人類未踏にも程がある位の宇宙の彼方に行ってしまうかもしれない。それを行くと決めるのに、一体どれだけの決意と覚悟があったのだろうか?。

 「・・・でも澪姉。一体いつ、どうして選ばれたの?澪姉が選考試験なんて受けるとは思えないし、そもそも、いつどこで試験が行われたのかすら俺は知らない」

 幾分落ち着いて?くると、今度は様々な疑問が浮かんできた。よくよく考えると不思議な話だった。募集はかけていたのに、全く詳細の分からないクルー募集に、澪姉を知っている人ならば彼女が頼まれたってこんな募集に応募するわけがないという事。そう思うと俺の頭は益々こんがらがってくる。



15こーじろう侍2010/11/25(木) 05:17:46.37PWoHFWY0 (15/40)

 「桜高の文化祭が終わって一週間後位に、防衛庁の人が家に来て、パパとマ――りょ両親と私に「是非試験を受けてほしい」って言って来たんだ。多分、あの時の様子からみて、両親には前もってある程度、伝えていたんだと思う、その少し前からお母さんの様子もちょっとおかしかったし・・・。試験はさいたまの航宙自衛隊の支部でやったんだけど、会議室みたいな所で五人の面接官を相手に自分の性格の事とか簡単な質問や面談をしただけで終わって、その日の内に電話で合格の通知があったんだ。今にして思うと、この時の面接には私しか居なかったみたいだし、最初からと言うか十月に学校でやった身体測定の時に決まっていたんだと思う。面接の時に面接官の人が新型トレーサーに乗るには先天的な資質が必要だって言ってたし、測定時にそれを調べたんだろうな」

 澪姉の説明は淡々としたものだったけど、俺は未だに混乱気味だった。

 「そ、そうだ、拒否出来なかったの?いくらなんでも断る事くらいは・・・」

 「そりゃあ断れるならとっくに断ってるよ。でも、お前も知ってるだろ?」

 「あっ・・・タルシアン法・・・?」

 俺ははっとして呻くように呟いた。



16こーじろう侍2010/11/25(木) 05:19:28.71PWoHFWY0 (16/40)

 『タルシアン特別法』・・・国家が関与するタルシアン関連の計画に関して、すべての国民には可能な限り協力する義務がある。五年前に国会で議決された法律・・・。発足当時、様々な物議を醸し出したものだけど、確かに国家によって決められた法律に対して、たかだか国民の一小市民が意義を唱えてもどうにもなる筈がなかった。

 「で、でも、それならどうしてそんな大事なことを今まで何も言ってくれなかったんだ!」

 法に対する人権無視とも言える様な理不尽さと、澪姉にとって俺は頼りにならないと思われていても仕方ないのかも知れないが、まがりなりにも彼氏である俺に対して、何も相談してくれなかった事に苛立ちを隠せずにどうしても語気が強くなってしまう。
 

「仕方なかったんだ、守秘義務があったから。この事は絶対に口外しては駄目だって防衛省の人に言われたんだ。口外する事で、これからの選考試験ひいては国家いや世界的プロジェクトの妨げになりかねないって。最悪、何かしらの罰があるかもしれないとまで言われたんだ。だから誰にも言えなかった。でも、お前にだけはどうしても秘密にしておきたくなかった。だから、お前にだけ打ち明けたんだ。律にだってまだ言ってないんだぞ。でもごめんな聡、今まで言えなくてほんとにごめん」

 「澪姉・・・もういいよ、今こうして言ってくれたし」

 澪姉が申し訳なさそうな表情で言ってくれた事に、俺は少し嬉しさを覚えた。長年の親友である姉ちゃんよりも先に俺に言ってくれた事が、素直に嬉しかった。
 「でも、この事は誰にも言っちゃダメだぞ、律にもだ」

 澪姉は念を押す様に注文をつけた。澪姉と二人だけの秘密・・・そう思うとちょっとした優越感に浸れた。



17こーじろう侍2010/11/25(木) 05:21:04.27PWoHFWY0 (17/40)

 「うん、判ったよ澪姉、約束するこの事は誰にも言わない。でも、それで肝心の出発日は何時になるの?」

 「正直に言って、正確な日時はまだ分からないんだ。今日明日って事はないとは思うけど・・・」

 「そっか・・・じゃあ入隊の日が決まったらすぐに教えて。俺もそうだけど、姉ちゃんや軽音部の人たちもちゃんと送り出したいだろうから、みんなで送行会をやろう」

 「うん」

 「あと、クリスマスは二人っきりで祝って、年が明けたら初詣に行って・・・俺やっぱり少しでも澪姉と一緒にいたいよ」

 「うん、私も聡と少しでも一緒にいたい・・・」

 妙なテンションになって、色んな思いがごちゃ混ぜになって、顔と胸が熱くなっていくのを感じながら、思わず普段なら恥ずかしくてとても言えない様な事を言ってしまったにも拘らず、澪姉がそれに応えてくれたのが嬉しかった。そして、そうこうしている内に、もう澪姉の自宅の前まで来てしまっていた。



18こーじろう侍2010/11/25(木) 05:22:52.23PWoHFWY0 (18/40)


 「でも、思ったより澪姉は強いね」

 「私が、強い?」

 「だって、これから宇宙に連れて行かれるってのに、思ったよりも大丈夫そうだから。俺だったら不安でどうにかなっちゃいそうだよ」

 「そうか、強いか・・・・そうか、そうだな何といっても私はお前の<澪姉>だからな」

 澪姉はそう言って俺に笑顔を見せてくれた。俺の大好きな澪姉の笑顔。でもこの時のそれは、どこかいつもと違っていた様に見えた気がした。



19こーじろう侍2010/11/25(木) 05:27:41.17PWoHFWY0 (19/40)

 澪姉を自宅に送り届けると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。その空の下、自転車に乗って帰る途中ふと、澪姉の両親の事が頭に浮かんだ。おじさんやおばさんは今どんな思いでいるのだろうか。特におばさんは澪姉の事をすごく可愛がっているみたいだから悲嘆に暮れているのではないか、とか。そんな事を考えている内に家に着くと姉ちゃんは既に家に帰っていてリビングで寝っ転がりながらテレビを視ていた。こんなんで受験大丈夫かなどと思うが、夜は机に向かっている様だし、何だかんだで高校受験の時に無理目と言われていた桜ケ丘にもちゃっかり受かっているのだから、まぁ大丈夫なんだろう・・・・・・と、思う。・・・多分・・・。

 澪姉があの事を姉ちゃんに言っていないのはこの事もあると思う。小学校からの仲で、高校、大学まで同じ学校に通おうとする程の親友が、突然、宇宙の彼方に行ってしまうなんて知ったら、もう受験どころではないだろうから。



20こーじろう侍2010/11/25(木) 05:30:15.00PWoHFWY0 (20/40)

 その後、夕食を済ませて自室に入った。その途端に、澪姉が、大好きな彼女が遠くに行ってしまうという事実が実感として込み上がってきた。さっきまでは大丈夫だったのに、今頃になって、急に云い様のない不安感と喪失感に襲われ、胸が苦しくなり心と身体が震えてくる。俺でさえこうなのに当事者である澪姉の心苦はこんなものではないに決まっている。あのちょっと怖い話や映像を見たリ聞いたりするだけで、耳を塞ぎ目を瞑りしゃがみ込んでブルブルと震えていた澪姉があんなにも気丈にいて・・・いや、気丈なフリをしていたんだ。そんなことにも気付かないなんて俺は馬鹿だ。これじゃあ何時まで経っても<澪姉の弟>のままじゃないか・・・。もっとかけるべき言葉は無かったのか、出来る事は無かったのか?。俺は別れ際で見せたあの笑顔を思い出すと胸が掻き毟られる思いがした。

 だが、未だ入隊の日が知らされていないのなら、まだ当分先の話なのだろう。年越え、いや、もしかしたら年度を越えるのかもしれない。ならその間に何かをしてあげればいいのではないか。

 今はそう思い込む事で、俺はどうにか精神(こころ)を鎮める事が出来た。



21こーじろう侍2010/11/25(木) 05:32:06.13PWoHFWY0 (21/40)

 次の日、俺は澪姉にさっそくメールを送ってみたのだが何時まで経っても返ってこなかった。電話をしても繋がらない。嫌な予感がして、俺は澪姉の家に直接尋ねようと思ったが、へタレな俺は情けない事に、事実を知るのが怖くて行けなかった。姉ちゃんも訝しげに思って俺が止めるのも聞かずに秋山宅に行ったようだが、どうやらおばさんに、はぐらかされた様だった。

 その澪姉から、突然のメールが届いたのは最後に逢ってから一週間後。発信先は月軌道上のリシティア号の艦内からだった・・・。 



22こーじろう侍2010/11/25(木) 05:37:50.22PWoHFWY0 (22/40)

 2012年4月

 
 3,2,1、・・・0!発射!

 <アラームが鳴った!まずは索敵、全方位に集中・・・ターゲットは・・・いた!>

 火星の上空で待機していた。私は慎重にトレーサーの加速ペダルを踏み込み、スクリーンに映し出されるターゲットに慎重に近づいてゆく。

 「よし、ターゲットロックオン!いけ!」

 そして、唯一の装備であるミサイルの射程距離内まで接近すると、照準をターゲットに合わせ、狙いを定めてトレーサーのバックパックからそれを撃ち放つ。

 「当たれ!!」

 私の叫びを乗せて射出された四基の缶ジュース大のミサイルは、白いエイの様な姿のターゲットに向かって、それぞれ微妙に違う軌道を描きながら飛んでいく。

 しかし敵もさるもので、本物エイのような動きで一基目をかわす。

 「何度も逃がしてたまるか!」

 興奮して男の人みたいな叫び声を上げるが、そんな事をいちいち気にしてなんかいられない。そして一基目とは違う軌道を二基目に選択させると二基目は一期目をかわした敵の動きに合わせて軌道を修正させることに成功し、見事に命中、弾頭が装填されていない為、そのままターゲットを貫通し火星の星空を突き抜けてゆく。三、四基目のミサイルも同じ様な軌道を描いていた。

 「ふう・・・」

 私は火星の上空から赤い大地と銀色の建造物が建っている地上を見下ろし、こちらに視線を送っている十数機のトレーサーと、教官の姿を見た。

 その後、もう一体の模擬機もなんとか撃破して私の訓練は終了した。




23こーじろう侍2010/11/25(木) 05:39:52.73PWoHFWY0 (23/40)

 <やっぱり実践方式だと難しいな・・・>

 訓練が終了して、私は火星基地内のシャワー室でシャワーを浴びながら溜息交じりに心の中で呟く。

 ここに来る前の月面基地ではコンピューターでのシミュレーションも何度もこなしたし、実際にトレーサーを起動させて、基本動作も習得し、シミュレーションでもそれなりの結果を出す事が出来るようになった。けど、やはり仮想とはいえ実際に敵がいる中での戦闘は勝手が違っていた。今回の訓練では三体中二体に命中させられたものの、こちらの武器はミサイルだけだったとはいえ、仮想タルシアンは武装なし反撃なし回避のみという条件だったにもかかわらず、やっぱりシミュレーションの様にはいかなかった。

 <こんな事で大丈夫かな・・・って、ダメだダメだ弱気になるなしっかりしろ私!>

 私は何度も首を振ってネガティブになりそうなのをどうにか奮い立たせて回避する。

 私はどちらかと言うとネガティブ思考みたい(そういえば律も「それで澪は結構損をしているよな」とか言ってた)なので、気を付けないとすぐに落ち込んでしまう。

 そうこう考え事をしている内に身体を洗い終えるとシャワー室を出て、基地支給のトレーナーに着がえ、更衣室のロッカーに荷物を置いてその足で食堂に向かった。




24こーじろう侍2010/11/25(木) 05:41:16.07PWoHFWY0 (24/40)

 食堂には既にたくさんの人がいた。テーブルには私と同じくらいの女の子達が、既に食事を終えてお喋りをしていたり、黙々とケータイをいじっていたり思い思いの食事の時間を過ごしていた。私は殆ど学食で食事をした事が無かったので、女子校の学食はこんな感じなんだろうな、と、ふと思った。

 私は支給されたIDカードをセンサーにかざし、カウンターから食事を載せたトレーを受け取るときょろきょろと食堂を見回す。

 「秋山さんっ、こっち、こっちよ!」

 私にかけられた声の方を向くと、その声の主は手招きをしてどこにいるのかを教えてくれていた。私は少し足早に挨拶をして、空いている椅子に座る。

 「曽我部先輩、お待たせしました」



25こーじろう侍2010/11/25(木) 05:45:18.36PWoHFWY0 (25/40)

 曽我部恵先輩。彼女は桜ケ丘高校の一つ上だった先輩で、和の先代の生徒会長だった人だ。明るい茶色のロングの髪、つり目気味で、理知的なすっとした顔立ちは、私の一つ上とは思えない程、きれいで大人びた印象を受けた。今は、私の志望校だった女子大の学生で、休学して選抜調査隊に入隊している。

 あの和にして、聡明な印象(イメージ)を抱く程の人ではあるが、何故か文化祭で私たちのライブを観て私をいたく気に入ったらしく、私のファンクラブを立ち上げた挙句、卒業が近づくと、別れるのが名残惜しいからと、私にストーカーまがいの事をする様な人なのだった(ちなみに後任のファンクラブの会長を和に押しつけている)。

 だけど、そのお陰で右も左も判らない、知り合いもいないと思われたクルーの中で声を掛けてくれた事は、人見知りの私にとって本当に有り難い事でとても感謝をしている。

 ・・・ん、そういえば、顔立ちと言えば前に唯に「澪ちゃんてナンとかっていう韓国の女優さんに似てるよね」とか言われた事を、何故かふと思い出した、ってナンとかって誰だよ・・・。



26こーじろう侍2010/11/25(木) 05:47:58.57PWoHFWY0 (26/40)

 「いただきます」

 今日の夕食(火星に朝、昼、夜があるのかはよく判らないが)は御飯に豆腐のお味噌汁、里芋の味噌和えに金平ごぼう、といった紛う事なき和食の献立だった。火星基地(ここ)での食事は和食が多かった。リシティアの乗組員(クルー)約百三十人の内の大半は日本人(私や曽我部先輩の様な選抜トレーサー組みは百人全員)だからかな。そして、トレーサー乗り百人は全員女性だった。



27こーじろう侍2010/11/25(木) 05:51:02.89PWoHFWY0 (27/40)

 「うん、やっぱりここの野菜はおいしいわね、最初、純火星産で水耕栽培って聞いてどうかと思ったけど、やっぱり技術の進歩って凄いわね。もしかしたら有機野菜より美味しいかもしれない」

 里芋を箸でつまみながら、曽我部先輩は感嘆の声を上げる。

 確かに食事はおいしかった。でもお菓子やデザートの類はあるにはあるのだが、正直に言ってそんなに美味しくは感じられなかった。やっぱりお菓子に関しては軽音部で食べていた、ムギの持って来るお菓子に舌が慣れてしまったのだろうか。ふとムギのお菓子が食べたくなると同時に、あのほんわかした雰囲気の少女の顔を思い出す。とは言ってもちょくちょくメールのやり取りをしているのだが、彼女たちと会えない時間と距離が私を少し感傷的にさせた。



28こーじろう侍2010/11/25(木) 05:55:37.80PWoHFWY0 (28/40)

 「秋山さんそれで訓練の方はどう?中々調子がいいみたいに見えたけど。三回中二回も命中させていたみたいだし」

 「・・・あっ、はいそうですね」

 ぼうっとムギたちの事を思い出していたところに声を掛けられた私は、はっとなって取り合えず相槌を打った。

 「私なんか三回中一回だけだったし・・・秋山さん最初はあんなに怖がっていたのに大したものだわ」

 「な、馴れですよ馴れ、後たまたま調子が良かっただけですから。それに怖い怖くないなんて言っていられる状況ではない事位は判りますから」

 あと、自分用のトレーサーにスティぐまと名付けたら、妙に愛着が湧いてきたからなどとは流石に言えなかった。

 「そうね貴方の言う通りだわ。あっそう言えば私達の隣のエリアで訓練してて、三回とも命中させていた娘がいたのって知ってる?」

 「えっ?私は知らないですけど・・・」

 「その娘、確か長峰って名前の娘なんだけど入隊した時はまだ中学生で、多分、全クルーの中で最年少なんだそうよ」

 「そうなんですか、凄いですね・・・」

 最年少で覚えの早い才能ある女の子か・・・どんな子なんだろう、やっぱり唯みたいな人なのかな?

 「秋山さん、ほらあの娘、あのジャージの娘」

 私がこんな事を考えていると、食堂を見回していた先輩は少し離れた所を指差しながら私に言った。その指の先にはジーンズを上下に身に付けた私と同じくらいの年の派手な感じの娘と、おそらくは出身校のものと思われるジャージ姿でショートカットの大人しめな印象を受ける少女がいた。流石に唯とはちょっと感じが違うなと思った。

 「ちょっと話しかけてみない?」

 「・・・私はいいです。席もちょっと離れていますし」

 人見知りの私には天才肌っぽい最年少って聞いただけで、近寄りがたくて尻込みをしてしまう。それに一緒に食事をしているジーンズ姿の女性(ひと)も何か怖かった。
 



29こーじろう侍2010/11/25(木) 05:59:34.02PWoHFWY0 (29/40)

 「そう、秋山さんがそういうならしょうがないわね。ところで大好きな聡君とはどうなの?ちゃんと連絡(メール)し合ってる?」

 「えっ?・・・あの、その・・・まぁ、それなり、には・・・///」

 不意に聡の話題を振られて(不意でなかったとしても)私はしどろもどろになってしまい最後の方は消え入りそうな声になってしまった。

 「大事にしなきゃ、と言うかこまめにメールしなきゃだめよ。ただでさえそれしか連絡方法が無いんだし、ましてやこんなにも離れているんだから。でもこれって、本当の意味での究極の遠距離恋愛よね」

 「そ、そんないいものじゃ・・・そ、そういう曽我部先輩はどうなんですか?ほんとはいるんですよね彼氏くらい」

 私はどうにかして話を逸らせようとして言った。

 「何度も言わせないで、私は『澪ちゃんファンクラブ』の会長だった女よ。当然、彼氏なんかいないわよ。ここに来て最初に秋山さんがいたって知った時は、ほんとに運命の赤い糸で結ばれているんじゃないかと思ったもの。でも貴女(あなた)といろいろ話していく内に彼氏がいるって判って、その時は結構がくって落ち込んだものよ」

 ムギ辺りが聴いたら目をきらきらさせそうな事を先輩は言う。冗談なのか本気なのか判らないところが、余計に私の気を揉ませる。



30こーじろう侍2010/11/25(木) 06:01:02.50PWoHFWY0 (30/40)

 「でも、秋山さんに彼氏かぁ・・・聡君て確か軽音部の田井中さんの弟さんなのよね。でも、桜高のアイドル秋山澪ちゃんを彼女に出来るなんて、一体どんな子なのかしら」

「アイドルって・・・なに訳の分からない事を言ってるんですか。そ、それに聡は彼氏と言っても弟みたいなものです。ただ、優しくて、私の事を慕ってくれて、時々カッコ良いと思える時がある位で・・・」

 「あらあらそうなの。御馳走さま。・・・ふふ、やっぱりいい人みたいね。大事にされてるのね」

 「―――――はい///」

 今の私は、恥ずかしさで顔が真っ赤になっているに違いない。でも、否定しなかった。そこだけは否定したくなかった。



31こーじろう侍2010/11/25(木) 06:03:06.53PWoHFWY0 (31/40)

 「わ、私の事より先輩はどうなんですか?今はいないにしても先輩なら彼氏くらい直ぐに見つかりそうなのに」

 「そんな事ないわよ。まあ、チャンスがあるとしたらこの火星基地での訓練期間位だし、ここを出たら他に中継基地があるにせよ殆んどがリシティア内での生活になる。リシティアの男性クルーは殆んどが私達の倍以上の歳の人ばかりだし、他の艦もそう。それに私達、選抜トレーサー組はこの艦ばかりか、全艦女性ばかりで男性の訓練生は一人もいないって話よ。トレーサーを操縦する資質の他に何かの意図があるのかもしれないけど、正直に言ってあまり良い事は思いつかないわね」

 先輩の表情が少し曇った感じになる。やっぱりこの人でも分からない事や不安になる事があるのだろうか。と言うか話が微妙にすり替わった気もしたけどこの際その方が都合が良かった。

 「そうですか・・・分かりました。あと、もう一つ聞きたい事があるんですけど・・・」

 「いいわよ、何でも聞いて頂戴」

 「タルシアン・ショックの事ですなんだか少し気になるんです」

 ――――――タルシアン・ショック。今から八年前に起きた、ここ火星での事件だ。



32こーじろう侍2010/11/25(木) 06:08:50.88PWoHFWY0 (32/40)

 今から八年前、有人火星探検隊が偶然発見した『タルシス遺跡』。そこには何者かが生活をしていたであろう都市の様な建造物、そこで生活していたと思われる大・小タルシアンの化石の様なものが発見された。

 それは正に地球外知的生命体の存在が実証された事であり、世界は大騒ぎになった。そして、すぐさま遺跡の脇にベースキャンプが設けられ調査を開始。その後、第一次文明調査団が組織され、火星に派遣された。しかし、調査団による本格的調査が開始された数日後、様相が一変してしまう。遺跡の半分以上とベースキャンプが丸ごと消滅してしまったのだ。
  

 数少ない生存者の証言によると、これは事故ではなくタルシアンによる破壊行為である事が分かった。何でも、遺跡から出土した化石とそっくりの大タルシアンが出現し、キャンプと遺跡を破壊したとの事だった。その翌年には、大タルシアンの一群が移っている映像もTVやネットで公開されている。
 

 その後は、米国主導による、国連決議でタルシアン条約が早期成立。各国独自の非常事態宣言を発令した。そして国連は侵略戦争という最悪のシナリオを最優先で考慮し、全地球規模での防衛システムの構築。国連加盟主要国の宇宙軍(日本は航宙自衛隊)を母体に国連宇宙軍が編成され、その計画の一環としてタルシス調査団が組織され、私達がそのクルーに選ばれてしまったのだった。



33こーじろう侍2010/11/25(木) 06:11:36.53PWoHFWY0 (33/40)

 「あの後、一度もタルシアンに遭遇してないですよね」

 「そうね。少なくともそんなニュースは無いわね」

 「だとすると、タルシアン側は地球を侵略する気が無い様に思えますけど、それならどうしてタルシアン・ショックなどと言う破壊行動をしたのでしょうか?」

 私の話を聞いて先輩は形の良い切れ長の眉を寄せて少しの間、考える仕種をする。

 「そうね、一番に考えられるのは、やっぱりタルシス遺跡に彼らにとって見られたくない物、都合の悪いものがあって、地球人がそれを発見しそうになったから。それを何らかの方法で知って、どこからかショートカット・アンカーを使ってやって来て問答無用に阻止をした。と、いう事じゃないかしら」

 「・・・そうですね。やっぱりそれが一番自然な理由ですよね・・・」

 先輩の考えは多分、正しいと思う。でも、私の心の片隅に何かもやもやしたものがあった。



34こーじろう侍2010/11/25(木) 06:13:44.33PWoHFWY0 (34/40)

 「もういいなら、そろそろ行きましょうか?」

 「あ、はい。あまり食堂に長居するのもなんですし」

 「あ、そうそう、今やってる集中訓練が終わったら、火星観光に連れて行ってくれるそうよ。その中に勿論、タルシス遺跡も入っているから、実際に見て色々考えてみるのも良いと思うわ」

 「そうなんですか。楽しみにしてます。それでは先輩、おやすみなさい。また明日」

 食堂を出て、先輩に挨拶をして別れると私は洗面所と更衣室(ロッカールーム)を経由して、基地とを繋ぐ連絡路を通ってリシティア内の自室に戻った。



35こーじろう侍2010/11/25(木) 06:15:31.16PWoHFWY0 (35/40)

 自室に戻り明日の支度を済ませると、私はトレーナーからパジャマに着替え、ベッドに腰掛けると早速、両親や律達にメールを送る。

 入隊した当初は、軍隊(?)に配属される訳だから知り合いはおろか家族にさえも連絡が出来ないのかと思っていたのだけど、連絡が出来なかったのは入隊から月に到着してオリエンテーションが終わるまでの最初の数日間だけで、それからは通話や画像を送る事は(ネットも)禁止だったけど、携帯でのメールの送受信は自由だった。この状況下でメールが出来るのと出来ないのでは全然違っていた。特に入隊当初の事を考えると、もしメールも出来なかったら、私は今ここにはいないのかもしれない(それが良いか悪いかは別として・・・)。



36こーじろう侍2010/11/25(木) 06:18:38.47PWoHFWY0 (36/40)


 「あとは、聡かな・・・」

 私は呟くと、今日の訓練の内容とか、食事の事等、思い付いた事を打ち込んで送信する。

 そして私はメールを送った後、壁に立て掛けてあるベースのエリザベスを握るとベッドの上で弾き始める。何かと緊張する訓練とここでの生活の中で、一人になって自室でエリザベスを弾いていると精神(こころ)が落ち着いてくる。

 拉致されたの様な急すぎる入隊のお迎えの時、慌しい中どうにか持って来れた数少ない物の一つがこのベースだった。

 住居はクルー、一人一人に個室が与えられ、部屋は防音対策もバッチリでアンプに繫げてもいないベース位、いくら弾いても音が漏れる事は無かった。

 これは、クルーのプライバシーを守ったり、ストレスを少しでも軽減させる為の配慮で、その為リシティア内のスペースのかなりの部分を居住区に充てている様だった。
  



37こーじろう侍2010/11/25(木) 06:21:48.74PWoHFWY0 (37/40)

 一通り弾き終わると、私はエリザベスを元の場所に戻し、そのまま倒れ込む様にベッドに寝転んで、枕の横に何時も置いてある『さとぴょん』をぎゅっと抱きしめる。さとぴょんは私と聡が付き合い始めてから、聡が初めてプレゼントしてくれた、うさぎのぬいぐるみで、エリザベスと同様、私の宝物の一つだ。

 エリザベスを弾いている時と同じく、さとぴょんを抱いている時もいつもなら安心して眠りにつけるのだが、今日はいつもと違っていた。さとぴょんに触れる事で聡を想い出すのと同時に、曽我部先輩との会話も思い出してしまい、途端に今迄どうにか抑え込んできた不安な気持ちがどっと私に襲いかかって来た。

 今はメールを送れば、聡は必ずと言っていい程、返信してくれている。でもその内に返してくれなくなるんじゃないかとか、実は義理でメールしてくれているだけで、私の事なんてとっくに見限っていて、既に他の女の子と仲良くなってるんじゃないかとか、そんな思いを振り払おうとすればする程、不安な気持ちがより一層、強く大きくなってゆく。

 離れ離れになってからの時間と距離が長くなっていく程、彼への想いが、その存在がどんどん強くなっていく。



38こーじろう侍2010/11/25(木) 06:25:32.50PWoHFWY0 (38/40)

 何時からだろう、いつの間にか好きになっていた。小学生の頃、律の家で初めて彼を見た時は、私に弟がいない事もあって、彼の事をかわいい弟として見ていた。それが彼が中学生になった頃から少しづつ見方が変わってゆき、三年になる頃には、かわいい弟からカッコいい男の子として彼を見るようになっていた。そして今は大好きな彼氏(こいびと)として、私の心(はぁと)のスペースを誰よりも大きく占める様になった。




39こーじろう侍2010/11/25(木) 06:28:23.26PWoHFWY0 (39/40)

 「聡・・・逢いたいよ、聡・・・」

 あの日、聡に選抜クルーに選ばれた事を告白した時、私はあえて<澪姉>として気丈な態度をとった。心のどこかで、まだ自分は彼の姉みたいな存在だという思いがあったのかもしれない。
でも本当は、聡の胸に縋りつきたかった。弱音を吐いて、泣きじゃくって、その胸に甘えたかった。出来る事なら私の手を引いてこのままどこかに連れて行ってほしいとさえ思った。でも、出来なかった。あそこで聡に縋ってしまったらもう駄目になって戻れないと思ったから。辛くて、苦しくて、泣いて泣いて泣き腫らして、それでもやっとの思いで覚悟し、決意したものが、あっさりと決壊したダムの水の様に流されてしまうと思ったから。

 でも本当は、こんな所に来たく無かった。律、唯、ムギと一緒に大学生活(キャンパスライフ)を送りたかった。聡ともっと一緒に居たかった。もっともっと精いっぱいの恋愛をしたかった・・・。

 「聡・・・夢の中ならこの距離も縮められるのかな・・・カミサマお願いします。夢の中だけでも二人だけの時間を下さい・・・」

 無意識に泪が頬を伝わっていく。私は更にさとぴょんを強く抱きしめ、不安な気持から感傷的な気持ちになっていくのを感じながら、静かにゆっくりと眠りに就いていった・・・。



40こーじろう侍2010/11/25(木) 06:40:32.37PWoHFWY0 (40/40)

 とりあえず今回はここまでです。

 読んで下さっている方が、いるのか甚だ怪しい気もしますが、物凄く読みにくい(特に最初の方の)文章で済みません。

 続きは近い内に書いていこうと思っていますし、必ず完結させるつもりなので、どうかよろしくお願いします。

 それでは。
 



41以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします2010/11/25(木) 07:41:36.170OyBZKEP (1/1)

この手のSS見ていつも思うけど、キャラだけ別作品に持って行くって
クロスでも二次創作でもなんでもないよね

ちったぁ軽音楽やれよ


42以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします2010/11/25(木) 13:46:12.91SYTXYgs0 (1/1)

なんか寒気がするww


43以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします2010/11/26(金) 22:30:43.998NHURkAO (1/1)

何かと思ったら「ほしのこえ」かい
余り長くならないなら期待しよう


44こーじろう侍2010/12/01(水) 04:34:39.29DhwUcOA0 (1/22)

 痛い寒いの連続往復ビンタみたいなSSで申し訳ないのですが、ひっそりと書いていきたいと思います。


45こーじろう侍2010/12/01(水) 04:36:22.34DhwUcOA0 (2/22)

 2012年4月

 澪姉が行ってしまって、もう一年と四カ月が過ぎようとしていた。俺ももう高校三年生、そろそろ進路を考えなければならない時期にまで来ていた。
澪姉は今、火星に居るらしい。その澪姉が入隊してしまった時に月から送られて来た最初と、その後の何通かのメールを要約すると、俺に選抜調査団に選ばれた事を告白した日の深夜に突然、防衛省の人間がやって来て、本日より入隊するので一時間後に出発するから早急に準備してほしいと一方的に告げられ、荷物をまとめたりして慌しい中、気付いたら彼らの車の中だったという事。入隊から月基地でのオリエンテーションが終わるまでの間は一切の連絡が許されなかった事。クルーの中に高校の先輩がいて、何かと気に掛けて貰っている事もあって、今のところ何とかやっているという事。あと、姉ちゃんがこの事を知ったら動揺すると思うので。ちゃんと受験を受けられるようにサポートしてやってほしいという事だった。
 



46こーじろう侍2010/12/01(水) 04:39:33.02DhwUcOA0 (3/22)

 取り敢えず、澪姉が無事入隊して、思いのほか元気そうで良かったと思う反面、直ぐに泣いて帰って来たらどう慰めようかなどと考えている悪い自分もいた。そして、直ぐにメールを返信した後で、最初に考えたのは、どう姉ちゃんを宥めようかという事だった。
 姉ちゃんにも当然、澪姉から同じ様な内容のメールが送られている筈だ。何と言っても一番の親友が何の前触れも無く、突然どうやってもこちらからは手が届かない宇宙(ところ)に行ってしまったのである。これで、平静に居られる方がおかしいと思う。
 案の定、姉ちゃんは酷く取り乱してしまいには、「澪はんが月へ還ってしもうた。澪はんの正体は、かぐや姫だったんや」などと、全く訳の分からない事と関西弁を言ってしまう始末だった。

 冗談のような話はさておき、事実を知った姉ちゃんは最初は冗談かと思ったのか「おかしーし」とか言って笑いだし、次に冗談では無いと判ると、「何で私に何も言わず行っちまったんだバカ澪は!」などと言って怒りだし、怒り疲れると、「澪が私を置いて遠くに行ってしまった」などと言って泣き出し、泣き疲れると今度は「おい聡!お前この事を知ってたんなら、何故私に言わなかったんだ!!というか、お前、澪の彼氏だろ、彼氏なら叩いてでも彼女(みお)を止めるもんだろ!!!このへタレ!!!!」などと言って怒りの矛先を俺に向け、一通り俺を罵倒すると、今度は澪姉の事を心配しだし、終いには上に述べた妄言をおろおろと言ってしまうのだった。



47こーじろう侍2010/12/01(水) 04:44:55.68DhwUcOA0 (4/22)

 その数日後、今度は「澪が帰って来るまで大学には行かない。帰って来た時に私達だけ上の学年だったら、澪が寂しがるからな」などと(そう言えば、昔見たアニメで主人公が事故で意識を失っている間、自身も学校に行かないで一緒に留年してしまうという、主人公依存にも程があるヒロインが居た事を思い出しながら、それみたいな)事まで言い出す等、正に澪姉が心配した通りの展開になってしまった。

 だが、澪姉に姉ちゃんの事を託された以上(まあ、そうじゃなくても一応、家族だし)何とかしなければならないと思い、宥めたり、叱咤したり、澪姉の事を引き合いに出したりして、苦心の末どうにか立ち直らせたかと思えば、落ち込んでいた時の反動か、「よーし!こうなったら澪の分まで頑張っちゃうぞー!。それで澪が帰って来たら、私の事を梓と一緒に律先輩と呼ばせてやるんだ!」などと叫んで、俄然、気合とやる気を出し、昼夜を問わない猛勉強の末、姉ちゃんは第一志望の女子大に合格。幸い他の軽音部の人たちも全員、同じ大学に合格したみたいだった。



48こーじろう侍2010/12/01(水) 04:46:45.70DhwUcOA0 (5/22)

 かくいう俺も、いつかは行ってしまうという事を知っていたとはいえ、この不意打ちの如き突然の電撃入隊にはショックを隠せなかった。澪姉の為に結局何も出来なかった事。何よりも期限不明(とうぶん)の間、会えなくなった事が、現実となって俺を苦しめた。それでも知っているのと知らないのでは違うもので、ある程度の覚悟が出来ていた事。メールでの連絡の取り合いが可能な事。澪姉は暫らくの間、留学しているのだと、都合よく解釈する事で、どうにか形だけでも立ち直る事が出来た。まあ、どうにもならなくなった時は、友人の鈴木をカラオケに誘ったりして、思いっきり歌う事でストレスを発散させたりしていたのだが。

 それから俺は、澪姉を通じて彼女のメールとか、自分で調べたりして、現在の宇宙開発等、知った事も多かった。

 まず驚いたのが、携帯のメールに関しては宇宙からでも普通に遅れるという事。知識として知っていただけで、実際に月から火星から届いたのには正直驚き、感動した。少なくても太陽系からなら、光速の早さでクリアに送受信できる様だ。しかし、それならばと一度、澪姉に直接、電話を掛けてみたのだが、流石に繋がらなかった。技術的には問題無い様なのだが、どうも通話や画像の送受信に関しては、ブロックが掛けられているらしかった。



49こーじろう侍2010/12/01(水) 04:48:55.14DhwUcOA0 (6/22)

 今現在、月を中心に三万人以上の人が宇宙で働いているのだが、こと宇宙に関する情報、特にタルシス遺跡の出土品から得られたタルシアン文明の超テクノロジーの情報は、米国を中軸とする国連宇宙軍とNASAによってほぼ独占され、一般には情報規制されていた。
 その様な宇宙情報関連の現状の中で、タルシアン調査団の情報だけは、例外的に数多く報道され、規制も比較的穏やかだった。
 人類共通の謎の外敵タルシアンの脅威に曝(さら)されていると、人々に認識させることによって、計画の正当性を強調させるのと同時に、ある程度、調査団の情報を公開する事で、元々、一般人である選抜クルーへの処遇が人道的なものである事を示して、非難を避けようとする狙いがあったのかもしれない。
 この様に、澪姉のメールは彼女の日常生活や訓練内容、安否を知る事が出来るのと同時に、今まで遠い世界の話だった宇宙を一気に身近なものへと感じさせ、宇宙への興味を抱かせた。
 最初のメールが送られて来た月では、主にトレーサーの基本的動作の習得に時間を充てられたみたいだった。殆んどの選抜メンバーが習得出来た中、澪姉もどうにか習得できたようだった。中には精神的なものや事故等で落伍者が出て、地球に帰還した人もいたみたいだが、悪いとは思いつつも、それでもいいから還ってきてほしいなどと、どこか心の片隅で思ってしまう自分が居た。



50こーじろう侍2010/12/01(水) 04:50:00.24DhwUcOA0 (7/22)

 月での訓練が終わると、火星に移っての訓練になるわけだが、ここでの訓練内容は対タルシアンを仮想した戦闘訓練に特化したもののように思えた。元々トレーサーは、惑星調査が目的で開発された物だが、その装備品によっては戦闘型モビルスーツと言われてもおかしく無いものになる。仮想タルシアンを敵とみなし、打つ、斬る、破壊する訓練(こうい)は、当初の目的であるタルシアンを追跡調査しコンタクトを取り、その目的や情報を得るというものだったと思うのだが、これでは戦闘になるのを前提にしているとしか思えない様に思う。澪姉達は調査員としてではなく戦士として養成されているのと同時に、命の危険に晒されているのと同じなのではないかと心配になって来る。

 その後のメールによると、火星での訓練がひと段落したら、火星の名所(オリンポス山、マリネリス峡谷、タルシス遺跡等)を観光した様で、火星を出たらその次は、木星のエウロパに向かい、更には冥王星まで進み、そこではショートカット・アンカー探索をするらしかった。
 俺は、木星に基地があるなんて聞いた事もないし、ネットのもどこにも情報の無い機密事項なのではないのかと、知ってしまった事に焦りを覚えたが、それよりも冥王星と言う単語が、俺と澪姉の距離を物理的にも精神的にも更に大きくさせた。
 幼い頃、図鑑等で見た太陽系の最も外側にある準惑星。光速で跳べば大凡五時間程度の距離でも、ある意味、リアルな感覚として何十何百光年先の星々よりも、その果てしない距離感を感じさせた。



51こーじろう侍2010/12/01(水) 04:52:01.50DhwUcOA0 (8/22)

 そして、ゆくゆくはショートカット・アンカーを使い、タルシアンに近づいてゆくのかもしれない。確かにショートカット・アンカーで彼ら(?)の軌跡をたどって往けば、彼らと接触できる可能性はかなり高くなると思う。しかし、彼に接触出来たとしてそれからどうなるのか、無事に任務を達成出来たとしてどうやって還ってくるのか、俺が調べた限りでは、ショートカット・アンカーは云わばワープ装置で一瞬にして何光年も先まで跳んで行けるというものだが、今まで見付かったアンカーは全て一方通行で行きのものに入ってしまったら、帰りのアンカーを使わない限り自力で帰らなければならない。しかも仮に見つかったとしてもどこに出るのか入ってみないと判らないので、迂闊には使えないというものだった。リシティアにはハイパードライブと言うワープ装置はあるにはあるのだが、不安な事ばかりだ。スケールが大き過ぎて考えれば考える程、気の遠くなる話だった。
  
 あと、ある日を境に澪姉からメールが送られて来る件数が急に増えた。内容は、俺の大学受験の事、艦隊生活等の他愛もない事、それから頻(しき)りに俺の日常や高校生活等を聞いてくる様になった。結構細かいところまで聞いてくるので、俺は少し辟易気味だったのだが、こんな状況下であっても俺の事を心配してくれるのかと思うと嬉しくもあった。俺としては、澪姉が無事に任務を終えて、出来るだけ早く帰ってきてほしいと願うばかりだった。
 と、言うか既に宇宙軍に特別に選ばれたメンバーとして入隊して、それ相応の年棒と将来が約束されているであろう澪姉より寧(むし)ろ、今年受験なのに未だどの大学、学部にするのかすら決めていなくて、何となく一日一日を過ごしている状態の俺の方が、心配しなければならない状況なんじゃないのかと思うのだった・・・。



52こーじろう侍2010/12/01(水) 04:55:25.99DhwUcOA0 (9/22)

 2012年8月
 
 白い雪が深々と降り積もる聖なる夜。街に広場に立てられた、電飾や煌びやかな飾りに彩られたクリスマスツリーの周りには、数多くの恋人達が、寄り添いながらツリーを見上げていた。
 そして、私に傍らにも、私を包み込むようにして寄り添ってくれている男の子がいた。

 「澪姉、寒くない?」

 その人は優しい声で私を気遣ってくれた。

 「ううん、充分、温かいよ・・・いや、やっぱりちょっと寒いかな・・・」

 そう言って私は、より強く密接に彼の腕をぎゅっと抱き締める。
 身体よりも心が温かく、いや火照っていくのを感じる。
 
 彼は、田井中 聡。私の、愛しい人・・・。

 「ツリーきれいだな」

 私は何となしに呟く。

 「み、澪姉の方があのツリーよりもずっときれいだよ・・・」

 彼は、ぎこちないながらも心を込めて言ってくれた。

 「うれしい・・・」

 「澪姉n・・」

 「澪って言って」

 「澪・・・」

 彼は真剣な眼差しで私を見つめる。

 「聡、さん・・・」

 私は少し見上げる様に彼を見つめ、唇を少し窄(すぼ)めて、そっと目を瞑る。

 「澪・・・好きだよ・・・」

 呟くと同時に、瞳を閉じていても彼の顔が近付いていくのを感じる。そして、彼と私の唇がそっと重なっt―――― 



53こーじろう侍2010/12/01(水) 04:56:49.71DhwUcOA0 (10/22)


 「――――山さん、秋山さん!」

 「あっ、あ、ひゃい!」

 突然、コックピットに叫ぶような声が響き、スクリーンの一部に曽我部先輩の顔が映し出される。少し前に見た夢を思い出しながらその世界に浸っていた私は、びっくりして、現実世界に引き戻される。

 「どど、どうしたんですか?先輩」

 我ながら、何とも間の抜けた声だった。まだ少し、呆けている様だった。

 「どうしたもこうしたもないわよ。もう交代の時間よ」

 先輩は半ば呆れた様に言った。時間を確認すると確かに、リシティアを出てから8時間が経とうとしていた。



54こーじろう侍2010/12/01(水) 05:00:07.24DhwUcOA0 (11/22)

 私は今、冥王星にいる。これまでの訓練で、トレーサーの操縦をほぼマスターした私達のここでの任務は、ショートカット・アンカーの探索とタルシアンの監視だった。とは言っても、探索、索敵そのものはトレーサー内蔵のコンピューターがやってくれるので、私達がやる事と言えば、気になった所を自由に飛び回る位なのだが、私達はこれを艦ごとに3班に分けて、8時間交代で行っていた。

 「また、聡君の事を考えていたんでしょ」

 先輩には珍しい少し非難する様な声だった。

 「そ、そんな事、考えてませんよ!」

 図星だったけど、流石に恥ずかしくて、肯定する事は出来なかった。

 「どうかしら、このところ頻繁にメールしてるみたいだし。あ、そうだ任務が終了して地球に帰ったら、聡君と田井中さんに言ってあげようかしら、秋山 澪さんは大事な任務中に聡君とのいちゃいちゃラブラブなふわふわDream時間を妄想してましたって」

 「せ、先輩のいじわる・・・」

 「冗談よ。まあ、正直に言って、私達が飛び回って捜したところで、ショートカット・アンカーなんかそう簡単に見つからないでしょうし、今のところタルシアンだって出てきそうにないもの。探索を兼ねたストレス解消と思えば、少しくらい気を抜いても良いと思うけど、あんまり抜き過ぎても駄目よ。秋山さんただでさえ、この所ぼうっとしてる事が多いみたいだし」

 「そ、そんな事・・・」

 言いかけて私は口ごもる。確かに最近は特に不安になったり、聡の事を考えてしまう事が多くなった。時折、無性に聡や律達に逢いたくなって仕方なくなる事もあった。宇宙に出て一年以上経つというのに、今迄で一番強いホームシックに罹ってしまったのかもしれない。
 だが、そうなってしまったきっかけを作ったのは、明らかに火星での食事の時の曽我部先輩との会話からだったのだが、今こうして私に注意している当の本人は、そんな事、微塵も感じていないだろうな・・・。



55こーじろう侍2010/12/01(水) 05:04:00.11DhwUcOA0 (12/22)

 「とにかく、帰艦しましょう。四房さんも戻って来てるから」

 四房さんは、冥王星(ここ)に来る前、火星から木星に移動した頃に曽我部先輩に紹介されて知り合った人だ。彼女の駆るトレーサーは私達よりもかなりリシティアから離れていた所を探索していたのだが、こちらに向かって来るのが望遠モニター越しに確認出来た。ここ最近は、私と先輩と彼女の三人グループで探索する事が多くなった。
 
 四房立旗(よつふさ たつき)さん。

 ショートカットでくせ毛が魅力の元気な性格の女性で、私より2つ年上の短大生だった人だ。入隊年次に卒業だった為に、短大は卒業扱いになったらしい。かくいう私も、入隊後、桜高から卒業扱いの連絡と卒業証書が来たと、ママからのメールがあったのだけど、この時私は、律達と一緒に卒業したかったと思うのと同時に、入隊に関しては守秘義務があったはずなのに、どうやら学校等の機関にはそれとなく伝えていたんだなと思った。
 彼女は本来なら卒業と同時に幼馴染の彼と結婚する予定だった様で、もしかしたら特例として入隊を拒否出来たかも知れなかった(選抜クルーの中に既婚者や正社員だった人はいないらしい)のだが、彼女は入隊する道を選んだ。四房さん曰く彼は、お前がそれを望むなら何時迄でも待っていてくれるって言ってくれたし、除隊したらお金がいっぱい貰えるから、そのお金で彼と結婚式を挙げて、ついでに家も建てちゃうんだ。と、微塵も疑いも不安も感じさせない口調で、嬉しそうによく言っていた。
 私は、そんな彼女がとても羨ましかった。



56こーじろう侍2010/12/01(水) 05:06:06.69DhwUcOA0 (13/22)

 「分かりました」

 私はそう応えると、スティぐまを反転させ、曽我部先輩の駆るトレーサーと共にもう粗方、他のトレーサーが帰艦をし終えている、リシティアの着艦ゲートに向かって、アクセルペダルを踏む。その時だった!、突然、コックピット内に警戒アラームが鳴り響いた。
 スティぐまに乗って初めての警戒アラームに、私の身体に緊張が奔(はし)った。私は、先輩との回線を一時的に切って警報(アラーム)の内容に耳を傾ける。

 『タルシアン来襲!タルシアン来襲!!トレーサー部隊は発艦準備に就け!』

 まさか―!のタルシアンの来襲に、一気に私の心拍数が上昇する。

 私は、任務を終え、地球に帰還する為には、一度タルシアンと接触して、ある程度の、何らかの成果を上げなければならいと考えていたので、タルシアンと出来るだけ早く邂逅出来ないかと思ってはいた。だけどいざ、本当に現れた今、不意打ちに近い形とはいえ、それまでの気持ちは一気に吹っ飛び、緊張と不安と恐怖でとても接触なんて出来る精神状態ではなかった。全く、律辺りに<相変わらず澪しゃんはへタレだな>とか言って笑われても、文句は言えそうもなかった。



57こーじろう侍2010/12/01(水) 05:07:38.66DhwUcOA0 (14/22)

 『探索作業中のトレーサーは、直ちに各母艦に帰艦せよ!』

 艦からの指示に、内心安堵するが、念のため索敵をすると、赤い反応点が一つ、他のどのトレーサーよりも、私達を示す三つの緑の点の近くにあった。

 「うそっ!近い!!」

 私の後頭部辺りの血が一気に引き、上昇し続けている心拍数が、一時的に止まったかのような錯覚を覚える。

 「秋山さん!大丈夫、落ち着いて戻り――――!!四房さん―――!!!」

 先輩が、私を促そうとしたかと思うと、突然、信じられないといった叫び声を上げる。
 私は、刹那、索敵モニターを視ると、四房さんを示す緑の点が、何を思ったのか、タルシアンを示す赤い点に向かって真っすぐに向かっていた。私と先輩は、すぐさま四房さんとの回線を開き、必死に止めに懸かった。



58こーじろう侍2010/12/01(水) 05:09:23.46DhwUcOA0 (15/22)

 「大丈夫、大丈夫。様子を見るだけだから心配いらないって。話せば分かる奴等かもしれなし、何かあったとしても、一体だけだから何とかなるって。それに、こんなチャンス滅多にないよ!」

 四房さんは少し興奮気味に言った。確かに、タルシアンに何らかのアプローチが出来るかもしれない貴重な事態かもしれないが、彼ら(?)の動向が分からない以上、タルシアン・ショックの件もあるし、とても危険だ。

 「おーいっ、そこのタルシアン、私と話を――――!えっ!うそ!さ、三体―――!?」

 四房さんの驚いた声が、回線を越しに響き渡る。
 索敵モニターの赤い点はひとつの筈だったのだけど、いつの間にか三つになっていた。最初から一つでは無く、点が重なっていただけだったんだ!。


 「大丈夫!話せば分かる筈!私は帰るんだ!」

 四房さんは自分に言い聞かせるように叫ぶと、私達の再三の制止の声を振り切って、三体のタルシアンに向かって驀(ばく)進していく。私達も、直接彼女を止めようと、必死になって追うが、彼女とタルシアンとの邂逅までにはとても追い付きそうもなった。
 そしてついに、三つの赤い点と一つの緑の点とが一つに重なってしまった。私はトレーサーのズーム機能を使うと、かろうじて四房機とタルシアンの姿が確認出来た。
 遠目だが、はじめて見る本物のタルシアンは、くすんだ銀色をした亀の様な姿をしていた。私はその姿に、軽音部の部室で飼っていた、スッポンモドキのトンちゃんを思い出したが、今視ている存在(モノ)そんな可愛らしいモノじゃない。人類全体の侵略者(てき)になるかもしれない未知の存在(シロモノ)だ。



59こーじろう侍2010/12/01(水) 05:15:37.15DhwUcOA0 (16/22)


 『発進!トレーサー部隊発進!!』

 やっと、発進命令が回線から聞こえたが、私と先輩を含めて余りにも遅過ぎた。

 「わ、私達は地球という惑星(ほし)から来たんだ、まずは話し合わないか?こっちに私たt――――!!!!きゃあっッッ―――!!」

 言い終わらない内に、三体のタルシアンは四房さんを三方から囲い込み、触手の様なモノから、一斉にビームの様なものを容赦なくトレーサーに撃ち込む。
 モニターに絶望的な光景が、容赦無く映し出される。至近距離、しかも三方から同時に放たれた光線は、回避出来る筈もなく、恐らくは防御用バリヤーを張る事も出来ずに、トレーサーを貫いて往く。そして、間もなくトレーサーは爆散し、破片が四散する。
 

 「よ、四房・・・さん・・イヤ!・・・いやぁ・・・返事して・・返事・・・」

 もう既に、回線は途絶えていた。私は、目の前(モニター)越しの絶望が信じられずに、何度も彼女の名前を呼んだ。でも、何も返って来る事は無かった。

 「今行きますから!!!!」

 私は叫び、トレーサーを彼女の逝た場所に向かわせようとする。それを、トレーサーでトレーサーを抱き締める様に、曽我部先輩が止める。

 「は、離して下さい!四房さんが!四房さんが!!助けないとっ!」

 「ダメよ!今行ったら、アナタまでやられてしまう!」

 「そ、そんな事!早く助けないと四房さんが!」
 
 なおも食い下がる私を、先輩は必死に食い止める。

 「もう、遅いのよ・・・・」

 「先輩、何を言って――――」

 モニター越しにだが、初めて見せ付けられる本物の人の死。その衝撃に私は未だ現実を受け入れられずに、取り乱してしまう。だが、そんな私を必死に止める先輩を見て、私は、はっと我に返る。

 「もう遅いの・・・彼女の生体反応が完全に消えてしまった・・・私達が知っている四房さんはもう、居ないの・・・この世界のどこにも居ないのよ・・・」

 泣いていた。音も立てないで、先輩の目から泪が流れていた。先輩だって私以上に今すぐにでも彼女の元へ行きたい筈だ。一縷の望みを持って、助けに行きたいに決まっている。でも、行かなかった、いや、行けなかった。私がいたから。こんな状態の私を連れて逝くのも、放って逝くのも、先輩の矜持(つよさ)が責任感が許さなかったんだ。



60こーじろう侍2010/12/01(水) 05:19:23.89DhwUcOA0 (17/22)

 「う、ううぅ・・・うわああああぁぁぁぁぁぁ―――――」

 泣いた。泪が止まらなかった。今迄、必死になって流れない様に溜めていたものが、泪と一緒に流れて行ってしまう様な気がした。でも、止まらなかった。止めようともしなかった。

 「戻りましょう、秋山さん・・・」

 時を見計らって、曽我部先輩が優しく慰める様な声で促してくれた。
 私は「はい」とだけ応えて、スティぐまをリシティアに向けた。
 この時、四房さんを撃った三体のタルシアンの内の一体が、別のトレーサーによって斃されていた事に、この時の私は気付きもしなかった。


 『タルシアン群体出現。トレーサー隊、緊急帰艦せよ!』

 
 リシティアに向かい始めて間も無く、再びアラームが鳴る。

 「群体って、ではあれは偵察隊とかだったのかしら?」

 曽我部先輩が、怪訝そうに言った。私は今の状況がよく判らなかった。余りにショックで思考能力がかなり低下している様だ。

 「でも、トレーサー全てを帰艦って、どういう事でしょうか?」

 ぼうっとする頭の中で、必死に現状を把握しようと努める。

 「判らないわ。群体の数にも由(よ)るのでしょうけど、リシティアや他の艦で艦隊戦を行うのか、撤退するのか。どちらにしても私達は早く帰艦した方がいいみたいね」
 



61こーじろう侍2010/12/01(水) 05:22:11.52DhwUcOA0 (18/22)


 『群体までの距離、一二〇〇〇キロ。個体数数百以上。続々と増殖中!』
 

 「えっ?数百!?何も無い所から・・・せ先輩もしかして・・・」

 「ええ、やっぱり此処にもショートカット・アンカーは有った様ね。尤も、この状況下ではどうにもならないけど。兎に角、数からして今の私達にどうこう出来るものではないわね」

 「やはり、一時撤退するのでしょうか?」
 
 「どうかしら。現状ではそうなるしかないと思うけど。司令官次第でしょうね」
 
 タルシアンは何をしたいのか?やはり私達を敵と見做(みな)して殲滅をしようとしているのか、それとも他に何かあるのか?私にはよく判らなかった。分かるのは今、私達は危機的状況にあって、配置マップを確認すると、赤い点がマップ上に侵食するかの様に拡がり、艦隊に急迫していた事だ。赤い点は恐らくはショートカット・アンカーかと思われる地点から更に続々と湧き出ていた。やはり先程の三体のタルシアンは偵察、斥候隊で私達を発見した所で群体を呼び出したのであろう。
 しかし、この不意打ちに近い状況では余りに分が悪いし、私自身、とても戦えるような精神状態ではなかった。
 そして、どうにか私達はやっとの事で、リシティアに辿り着き回収待ちのトレーサーの後ろに着く事が出来た。



62こーじろう侍2010/12/01(水) 05:24:00.93DhwUcOA0 (19/22)


 『艦隊はタルシアン群体との接触を回避する。これよりハイパードライブに入る。ミッション中のトレーサーは全機、直ちに帰艦せよ。帰艦を急げ、ワープアウト・ポイントは、暗号化して伝える。各艦、ワープイン・タイムを一分後に設定させる。では、カウントダウンを開始する』


 どうやら間に合った様だ。私は少しほっとして安堵の息をもらす。
 次ぎ次にトレーサーが回収されていく。残りは私達と、後ろから近づいて来る、二機を残すのみとなった。
 

 『警告!タルシアン接近!』



63こーじろう侍2010/12/01(水) 05:26:34.20DhwUcOA0 (20/22)


 「えっ!何で!?」

 残り時間三十秒の処で、私はコンピューターの音声に驚きの声を上げ、周りを確認する。見ると、タルシアンが一体、最後のトレーサーの背後に迫っていた。だが、進入角度から見て、あのトレーサーを狙っているのではなく私達、延(ひ)いてはリシティアに狙いを定めているんだ!!。その事に気付いたのか、トレーサーがそうはさせまいと、恐らくはビームブレードを繰り出すも、タルシアンはトレーサー諸共、これを避わし、リシティアに迫って来る。
 もし、ここで攻撃を受けた場合、仮に私達が回避したとしても、回収ゲートに被弾し、最悪、ハイパードライブが使えなくなる。そうなれば、タルシアンの大群に囲まれて、なす術もなく袋叩きに逢うだけだ。

 <戦うしかない>。私は折れてしまった心を、無理矢理に繋ぎ止めて奮い立たせる。

 そして、敵近くのトレーサーに当てない様に狙いを定め、震える手でミサイルの発射ボタンを押そうとした瞬間、急にタルシアンの動きが止まる。タルシアンに避わされたトレーサーが、今度は脇をすり抜けるタルシアンにワイヤーを打ち込んでいた。そして、ワイヤーを巻き戻すと一気に距離を詰め、背後からビームブレードで一気にタルシアンを引き裂くと、タルシアンは肉片になって飛び散った。



64こーじろう侍2010/12/01(水) 05:28:24.46DhwUcOA0 (21/22)

 「す、凄い・・・」

 私は、スクリーンに映った光景に、思わず呟いていた。
 タルシアンの恐怖に打ち克つ精神力。一瞬の判断力。トレーサーの操作能力。全てが、自分とは比べ物にならないと感じた。それ位、流れる様な一連の動作は見事だった。

 「早く入るわよ!。ワープが始まっちゃう!!」

 曽我部先輩は少し焦った感じに促すと、半ば引き込まれる様に、私は機体を艦内に収容させる。そのすぐ後に最後の機体。あのタルシアンを墮とした機体が、ゲートに回収されたとほぼ同時に、既にワープエンジンを稼働させていたリシティアを光の粒子が包み込み、空間が一気に歪曲し、そしてワープが始まった。
 私は、不思議な感覚に包まれていくのと同時に、聡達にメールを送っていない事に気付いた。ハイパードライブで、一光年以上跳ばされてしまうと、次にメールが届くのは、一年以上かかってしまう。しかし時既に遅くリシティアは光の粒子と共に、私は宇宙空間から様々な不安と共に存在(すがた)を消し、更なる暗闇に吸い込まれていった。
 
 聡、お願い待ってて。私を忘れないで・・・。
 私は、暗闇に包まれながら祈るような想いで、心の中で呟いていた・・・。



65こーじろう侍2010/12/01(水) 05:39:50.96DhwUcOA0 (22/22)

 今回はここまでです。
 
この二人の事が書きたかったのですが、自分自身、お話を考える能力(あたま)が皆無で、他から借りてきたという、前提からしてダメなSSでどうも済みません。

 ここまで、まともに読んで下さっている人がいるかは分りませんが、ナンとか書いていきたいと思っております。

 それでは。


66以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします2010/12/11(土) 21:06:55.00P3HGJzMo (1/1)

ほう、がんばりたまえ


67以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします2010/12/15(水) 02:12:02.50Jcn7KQAO (1/1)

来ないのか


68支持率1%未満2010/12/16(木) 12:00:32.95VOi1XG60 (1/10)

 でもやるんだよ!



69こーじろう侍2010/12/16(木) 12:07:58.11VOi1XG60 (2/10)

 2012年8月
 
 この年、澪姉から届いた最後のメールは冥王星からのもので、大体いつものと変わらない内容に加えて、冥王星は何か寂しい感じがするといった感想や、早く還る為には本当は見付けたくないのだけど、一度はタルシアンと接触して彼らの目的を探る必要があるのかな等、ある程度の成果を上げなければならないのだけど、今のところ幸か不幸か、現れる気配は無いので恐らくは近い内に太陽系の外に跳ぶ事になると思う。と言った内容だった。

 しかし、ある日を境にほぼ毎日届いていたメールが、ぷっつりと途絶えてしまった。そして、その原因は数日後に判明した。
 艦隊がタルシアンと遭遇し小規模の戦闘が行われた事。更に、この戦闘を回避する為に、1・1光年のハイパードライブによるワープが行われた事が、非公式だが、ニュースで発表されたからだ。



70こーじろう侍2010/12/16(木) 12:09:22.44VOi1XG60 (3/10)

 更に、この三日後、死者が一名出たと新たに発表された時には、不覚にも頭の中に最悪のイメージが浮かんできてしまった。澪姉が、一年以上メールが届かなくなる事を、事前に知らせないのはおかしい。何か不測の事態が起こったとしか思えない。そう考えると、死者一名と言うのが澪姉である可能性を悔しいけど否定する事ができなかった。

 澪姉は生きている。俺はそう信じたい、いや信じなければならないと思った。彼女を信じて待つ。それが、彼氏である俺の義務であり、権利だ。

 まあ、いずれにせよ、一年以上待たなければならないのではあったが・・・。

 ただ、何もしないで一年以上も待つのは、流石に辛すぎるので、それならば澪姉と俺をここまで翻弄するタルシアンにとことん付き合ってやろうと思った。俺にとってそれは、タルシアンを研究できる大学を志望する事であり、幸か不幸か部活の方は最後の大会も早々に敗退して引退してしまったので、受験勉強に集中できる状態にあった。

 調べた結果、タルシアン関連を主に研究する学部のある大学は一校しかなかった。大坊という校名の大学だった。それなら話は早い。俺は早々に大坊大を受験する事に決めた。



71こーじろう侍2010/12/16(木) 12:11:21.20VOi1XG60 (4/10)

 それにつけても、今回の事件について改めて思う。何故、澪姉がこんな目に遭わなければならないのか。彼女は、それまでは平凡の範疇に入るただの高校生だった筈である。それが何故、遥か宇宙まで連れて行かれて、挙句は宇宙人(エイリアン)と戦わされねばならないのか、そんな云われは全く無い筈だ。理不尽にも程がある。何時から日本は国連は全体主義になってしまったのか。改めて、怒りと焦燥感が噴きあがって来る。

 そして、その様な憤りを感じているのは当然俺だけでは無かった。

 元々、今回の調査団の件は、宇宙関連としては例外的に情報が公開されている方ではあったのだが、それでも閉鎖的ともいえる国連宇宙軍や日本政府に対する不信感は募る一方で、今回の事件、その中でも特に選抜メンバーから犠牲者が出て、更に何故か頑なに犠牲者の氏名が公表されなかった事が、特にメンバーの家族等から一気に不信感を噴出させた。

 その一環として、選抜メンバーの家族、親類、近しい者達が、ネットやマスコミを使って、選抜メンバーのほぼ完全なリストを作り上げてしまい、それがマスコミを介して発表されたのだった。



72こーじろう侍2010/12/16(木) 12:12:08.95VOi1XG60 (5/10)

 リストを作り上げた事で、更に疑念を募らせることになったのが、選抜された日本人、二百十八名の全てが女性で、更にその平均年齢が十八・六歳であった事だ。そのこと自体は、少なくとも俺は澪姉からのメ―ルで、何となく気付いていたのだが、改めてこの事実を突き付けられると、何とも胡散臭さを感じずにはいられなかった。

 この件は当然、国会でも議論の対象になった訳なのだが、防衛大臣の回答は、トレーサーの設備、装備を充実させることにより、その分スペースを確保する事になり、男性より小柄な女性になったとか、女性の方が、狭い空間での集団生活における、ストレス耐性に優れているとか、言う事だったのだが、全部、嘘ではないにせよ、疑わしさを隠し切れるものでもなかったし、そもそも澪姉自身、トレーサー操縦の適正で選ばれたのだと思うという事を、メールで記しており、その他にも様々な要因が含まれているように感じた。

 しかし、その様な人権擁護の世論(こえ)も、タルシアン再び来襲と云う事件が、侵略に対する恐怖心を煽り、防衛論議の世論(おおごえ)にかき消されて逝くのだった。



73こーじろう侍2010/12/16(木) 12:13:09.34VOi1XG60 (6/10)

 だけど、俺にとってはそんな世間の声などどうでもよかった。ただ、今は新たな目標に向かって突き進むだけだ。澪姉が無事であることを信じてはいるのだが、確定していない以上、何かに没頭していないと不安でどうにかなりそうだった。そして俺は、何かを、俺を縛り付けるものを振り払うかの様に、受験勉強に没頭してゆくのだった。


74こーじろう侍2010/12/16(木) 12:15:25.05VOi1XG60 (7/10)

 2013年6月。

 大坊大学・・・。1981年創立の伝統校でも新設校でもない歴史を誇る文系理系、医学部まで揃える総合大学である。その学部、学科数は多岐に亘(わた)っていて、その数は日本の大学で最も多いとされている。そしてこの大学の人気は非常に高く今や、早慶と肩を並べる程だった。

 その人気の理由は、その学科の多さや、私立としては最も安いとされている学費という事もあるが、最大の理由はその就職率の高さにあった。

 何でも、この大学の創立者の一人で学長でもある人が、元、バリバリのトップ営業マンで就職を希望する学生に対して『自分を企業に売り込む』ノウハウを徹底的に伝授させ、実践させる事、しっかりとした学生一人一人の適正判断による入社後の離職率の低さ。それらの積み重ねによる、過去の実績も相まってこの不景気の中、圧倒的な就職率を誇っていた。

 だけど、俺がこの大学を選んだのは、就職に有利などと言う現実的な理由では無かった。日本の大学でただ一つ、俺の学びたいものがある学校だったからだ。
 
俺は田井中聡。今年から大坊(この)大学に通っている、只の大学生だ。


 『地球外文化学部・総合文理学科』。この全く洗練されていない名前の学科が、俺の在籍している学科だ。今のところ主にタルシアンの研究をする学部なのだが、いかんせんそのタルシアンの研究自体、あまり進められておらず、史学、文化人類学、工学、化学にすら分けられない位で、その全てを纏めて学ぶというある意味、破天荒な学科であった。

 澪姉を宇宙へ連れて行ってしまったタルシアン。俺と澪姉を引き離しやがったタルシアン。俺はタルシアンに対する憎しみにも似た感情と、そんな奴等に対する興味、そして、澪姉に少しでも近づきたい。そんな想いで、俺はこの学科を、大学を選んだ。後悔は、今のところしていない。多分・・・、



75こーじろう侍2010/12/16(木) 12:17:31.93VOi1XG60 (8/10)

 はっきり言って、澪姉の事が無かったら、偏差値的に考えても受ける事すら考えなかったと思う。実際、内容がカオス過ぎて比較的競争率の低いこの学科でも、俺にとっては非常にレベルが高く、本当に彼女の事が無かったら、今考えても自分でも恐ろしくなる位、集中して勉強などしなかっただろうし、ここを受ける事知った姉ちゃんに「聡、お前、大坊受験するんだって?冗談は顔だけにしとけ?」などと、真顔で言われた事を覚えている。

 兎にも角にも、この名門校に合格出来たのも、ある意味、澪姉のお陰とあって、改めて感謝しているのではあるが、もう、二年以上逢えていない上、一年近く、連絡も取れない事、受験で色んなエネルギーを使い果たしてしまった事も相まって、彼女の事を忘れる事はないにしても、彼女の居ない生活に慣れてしまってきて、次第にその存在感が薄くなってしまっているのも紛れもない事実だった。



76こーじろう侍2010/12/16(木) 13:02:23.26VOi1XG60 (9/10)

 「あの。ちょっといいかな?」

 入学して、二か月ほど経ち、そろそろ大学生活にも慣れてきた頃、講義で疲れた頭を休めようと、キャンパスで適当な場所を探している時、不意に後ろから声を掛けられる。その聞き慣れない声に、少し驚いて振り向くとそこには、黒髪ロングの小柄な女性が俺のすぐ後ろで、ニコニコした表情(かお)で俺を見ていた。

 「えっ!?―――み―ぉ―――」
 俺はその女性の容貌(かお)を見て一瞬声が詰まる。

 似ていると思った、澪姉に、いや改めてみるとやはり別人だと判るのだが、一瞬、澪姉が少し小柄に幼くなって還って来てくれたのかと思ってしまった。

 「あなた、田井中聡くんだよね?。律先輩の弟さんの?」

 「あ、あの。し、失礼ですけど、どちら様でしょうか?」

 どうも、姉ちゃんの知り合いらしく、俺の名前も知っている様で、俺もどこかで見た事がある様な気がするのだが、思い出せそうでどうにも思い出せなくてもやもやする。失礼なのは判ってはいるのだが、思い出せない以上、素直にこう言うしかなかった。

 「あー、やっぱりわからないかな・・・」

 彼女は少し残念そうに言うと、両手を後頭部に回し、耳の後ろの辺りの髪を左右で掴み、ツインテールを作って見せた。

 「あっ、もしかして、軽音部で姉ちゃんの後輩だった?」

 この髪形には見覚えがあった。確か姉ちゃんが高校生の時に、たまに家に来ていた軽音部の中の一人だった人だ。そういえば、姉ちゃんが女友達を家に連れて来た時なんかは、妙に恥ずかしくなって、禄に挨拶もせずにそそくさとどっかに行ってしまっていた事を思い出した。



77こーじろう侍2010/12/16(木) 13:04:05.08VOi1XG60 (10/10)

 「うん、中野、中野梓。お久しぶりで良いよね?田井中くん」

 「あ、はい。お久しぶりです。中野さん」

 そういえば、大学に受かった時に姉ちゃんが「まぐれでも受かってよかったな」などと、散々に言ってくれた後、「そういえば、梓も大坊だったよなぁ」。とか言っていたのを何となく思い出した。

 「ねぇ、田井中くん。これから講義ある?」

 「え?いや、今日はもう無いですけど」

 「そう、よかった。私ちょっと時間空いちゃって、暇してたんだ。立ち話もなんだし、時間あるなら、そこでちょっと話さない?」

 「ま、まあいいですけど」

 「ほんと?じゃあ行きましょ」

 言うが早いか、中野さんは俺の腕を絡める様に引っ張って、喫茶室の方に向かって行った。



78こーじろう侍2011/01/06(木) 08:50:11.68bwNHlN20 (1/24)

「中野さん、獣医学科なんですか!?」
 
  喫茶室でコーヒーを啜りながら、目の前で紅茶に口を付けている女性(ひと)の話を聞いて、少し驚いた。大坊大の医学部と言えば、私立最高峰の難易度で、旧帝大の医学部と肩を並べる程だ。その中では比較的、受かり易い獣医学科とはいえ、俺では死んでも受かる自信が無かった。
 
 「うん。高校の時、部室でスッポンモドキっていう種類の亀を飼っていたんだけど、私が三年になって間もない頃、ある日突然、病気になっちゃって、死にそうになって病院に連れて行ったんだ。もう駄目だって思ったんだけど、先生が治してくれて、この時は本当凄いと思って、私もこんな風になりたいなって思って。それまでは律先輩達と同じN女に行こうかとか思ってたけど、将来の事を考えてこっちにしたんだ」
 



79こーじろう侍2011/01/06(木) 08:51:57.45bwNHlN20 (2/24)

 ちょっと子供みたいでしょ?。と、中野さんはちょっと照れくさそうに言って、それから「その亀は、今は私の家で飼ってるの」と付け加えた。
 
 「田井中くんこそ、地外文なんて珍しいと思うけど」

 「ははっ、俺なんかもっと子どもっぽいですよ。俺の小さい頃からの知り合いが、今、宇宙に居て、俺も宇宙に興味を持ったからです。将来とかあまり考えずに決めちゃいました」

 そう言っている内に、俺は気恥ずかしさを覚えて、頭を掻いた。

 「・・・・・・知ってる人って、もしかして、秋山澪先輩の事?」

 「はは、やっぱりわかりますよね。澪姉って、えーと、俺は子どもの頃からこう呼んでるんですけど、やっぱり気になっちゃって、彼女の事も、タルシアンの事も・・・」

 もっと言えば、澪姉は俺の彼女で、少しでも近付いた気分になりたくて入った、などとは流石に言える筈もなかった。




80こーじろう侍2011/01/06(木) 08:53:18.45bwNHlN20 (3/24)

 「ふーん、そうなんだ、やっぱり仲が良かったんだ・・・。ねえ?田井中くん、次の土曜か日曜日、時間ある?」

 「えっ?土曜の午前以外なら大丈夫ですけど・・・」

 突然の想定外の言葉に、俺は反射的にこたえてしまう。

 「じゃあ、今度の日曜日にどっか行かない?私、ちょっと暇になっちゃって、一緒に暇潰してくれたら嬉しいな」

 中野さんは、俺の顔を覗き込む様にして、上目づかいに見ながら言った。

 「ひ、暇潰しに行くだけですよね・・・」

 「?。うん、そうだけどダメかな?」

 「・・・いいですよ。俺も丁度、暇ですから」

 俺は、少し迷った後、OKの返事をしてしまう。澪姉に悪いと思いつつも、その澪姉に逢えない寂しさや、苛立たしさもあった。それと同時に、居ない事に慣れてきてしまっている自分もいた。そして、これはデートなんかじゃなくて、ただ単に大学の先輩に連れられて、暇潰しに遊びに行くだけだと、自分自身に言い聞かせ納得させる。だが、正直に言って、中野さんの上目づかいは、どきっとするほど、可愛かった。一目見た時に澪姉に似ていると思った容姿は伊達じゃ無い。澪姉とはまた違った魅力があった。この魅力に抗える男がいるだろうか?。いや、いる筈が無い(反語)、と思う。多分・・・。それに、いい訳じゃないけど、軽音部時代の澪姉の事も色々と聞きたいと思った事も事実だ。と思う・・・。



81こーじろう侍2011/01/06(木) 08:54:12.77bwNHlN20 (4/24)

 「よかった。それじゃあ、今度の日曜日11時に新宿駅の西口でいいかな?」

 「いいですよ。日曜日の11時に新宿駅の西口ですね?」

 「うん。それでいいよ。いい。田井中くん、くれぐれもドタキャンはダメだからね」

 中野さんは念を押すように言ってから、ニコッと微笑む。やっぱり可愛い。もし俺と澪姉の歳が反対だったら、こんな感じだったんだろうか?。正直それも良いなと思ってしまった。

 「それじゃあ私、この後、講義があるからこれで。次の日曜、楽しみにしてるね」

 そう言うと、中野さんは伝票を持って席を立ったかと思うと、そのままさっさと行ってしまった。俺は、色々な意味での急展開に半ばあっけにとられた感じで、冷めてしまったコーヒーを啜りながら、何故、中野さんみたいな女性(ひと)が俺なんかに声を掛けたんだろうとか、よく俺の事なんかの事を覚えていたなあ、とか、ぼんやりと考えていた。



82こーじろう侍2011/01/06(木) 08:56:40.67bwNHlN20 (5/24)

 次の日曜日。俺は約束の15分前に待ち合わせ場所に着いたのだが、そこには既に中野さんが俺の事を待っていた。

 「済みません。お待たせしちゃいましたか?」

 約束に遅れた訳ではないので、別に謝る必要もない気もするのだが、待たせてしまったのは事実なので、取り合えず謝る事にした。

 「んーん。私も今来たところだから。ごめんね、余計な気を使わせちゃって、今日が楽しみで、ちょっと早く来ちゃった」

 中野さんはちょっと苦笑気味に、はにかんだ感じで言った。やっぱりかわえぇ。服装も、落ち着いた感じの水色っぽいチェニックとワンピースも似合ってるし、それに今日は、薄っすらとだが、化粧も映えていて、特にピンク系の色の口紅に彩られた唇は艶っぽいと言うか、そこはかとない色気があった。



83こーじろう侍2011/01/06(木) 08:57:33.45bwNHlN20 (6/24)

 「早速だけど、田井中くん。お昼まだでしょ?」

 「ええ、まだです」

 「じゃあ、まずはお昼にしましょう。この近くに良いお店があるんだけど、そこでいいかな?」

 「分かりました。お任せします」

 何か、大学で再会(?)してから、ずっと中野さんのペースに引っ張られている気もするけど、別段、不満も無いので特に気にする事も無かった。



84こーじろう侍2011/01/06(木) 08:58:21.56bwNHlN20 (7/24)


 「このお店、お料理もそうだけど、何と言っても紅茶とケーキが美味しいの。今でも律先輩達、元軽音部の人達とたまに来るんだ」

 中野さんに案内された店は、落ち着いた感じのカフェでそこそこにお客の入りも良かった。俺は、彼女に勧められるままに、ケーキと紅茶がセットに付いたランチセットを注文する。中野さんは、軽音部のみんなとよく利用すると言ったのだが、俺もよく、澪姉とのデートで軽音部のみんなでよく行くという店に連れて行かれたものだけど、この店は初めてだった。こう言う事で、澪姉の居ない時間と距離の永さを否が応にも痛感させられる。



85こーじろう侍2011/01/06(木) 08:59:49.00bwNHlN20 (8/24)

 「それで、澪姉はどうしたんですか?」

 食事を終え、食後のケーキと紅茶に口を付けながら、俺は中野さんの話を聞いていた。

 「あの時は・・・って、田井中くん、澪先輩の事ばかり聞くのね」

 中野さんは、少し拗ねたというか、咎めるというか、呆れた様な口調と表情で言った。

 「あっ、す、済みません。つい・・・」

 俺はちょっとばつが悪くなって謝った。だが、正直に言って何を話していいのかよく判らない。共通の話と言えば大学の話と、姉ちゃんと澪姉の事位しかないのだが、大学の話をここでしてもしょうが無いし、別に姉ちゃんの話なんか聞きたくも無い。そうなると、澪姉の事を聞くしか無くなってしまう。かと言って、目の前の本人を差し置いて、こうもここにはいない人の話をされては、誰だっていい気分はしないだろうし、失礼な話だった。




86こーじろう侍2011/01/06(木) 09:00:56.38bwNHlN20 (9/24)

 「もう、しょうがないなぁ。それじゃぁ―――」

 「こ、ここの支払いは、俺がしますからっ」

 中野さんが何か言おうとしたのを、遮りながら、俺は皆まで言わせない様に言った。俺のKYぶりのせいで、彼女の気分を悪くさせたのだから、ここは潔く腹を括るしかない無いと思った。だが、当の本人は「えっ?」と、一瞬、きょとんとした表情(かお)になる。

 「い、いや・・・お詫びに何かしたいなと思って・・・」

 予想外の反応に、俺はしどろもどろになってしまう。

 「・・・田井中くんが、澪先輩の事ばかり聞くから、私がそれに怒っていると思った?」

 「え、い、いや・・・その・・・」

 「まったく・・・そんな事で私が怒るわけないでしょ。まぁ、ちょっとは気になったけど・・・。それ位しか今は話す事も無いだろうし。借りに怒ったとしても、私から誘ったんだもの、その相手に奢って貰おうなんて、思う訳がないです」

 そう言う中野さんの口調はちょっと怒ってるぽかった。

 「済みません。俺が浅はかでした。じゃあ、お詫びとかそんなんじゃ無くて、俺に何か出来ない事は無いですか?」

 俺が改めて言うと、今度はにこりと微笑(わら)って、こう言った。

 「うん、じゃあ、田井中くんには次に行く所を決めて貰おうかな」




87こーじろう侍2011/01/06(木) 09:01:58.11bwNHlN20 (10/24)

 俺と中野さんは映画館の前に居た。彼女に次にプランを決める様に言われた俺は、色々悩みつつ、最終的に暇潰しにはベタ過ぎると言っても良い【映画鑑賞】を選択した。

 はっきり言って俺は澪姉以外の女の子と二人っきりでどこかの出掛けた事なんて無いし(姉ちゃんは除く)、どこに行ったらいいのかなんてさっぱり判らない。基本的に俺は流行り物とか、遊びとかのスポットとか、そう言った事に対しては、自慢じゃないがかなり疎いのだ。と、言う訳で沢山の選択肢がある様で、結局は映画(これ)位しか選択肢が無かったのであった。因みに(何の?)、澪姉とのデートは、メシを食べて、ナンのプランも考えず、その辺をブラブラするのが殆んどだった。と、いうかそれでよく間が持ったなと、今にして思う。それでも俺は、澪姉と一緒に居るだけで充分、楽しかったし、彼女も楽しそうにしてたけど、実際にはどうだったのかな、と、今更ながらに反省した。



88こーじろう侍2011/01/06(木) 09:03:03.64bwNHlN20 (11/24)


 「どの映画にしよっか?」

 映画館の前で、上映中の映画の宣伝ポスターを眺めながら、中野さんは俺に聞いてきた。

 「うーん。そうですねぇ、どれにしましょうか・・・」

 目星もつけなくて、映画にしてしまった事を反省しつつ、俺は幾つかのタイトルを見ながら、その紹介分を読んでみた。

 「えーと『ヤッテヤルデスの逆襲』・・・。何々、謎の怪奇生物<ヤッテヤルデス>が学園の生徒、教師に襲い掛かり、その恐怖は更に・・・学園を舞台に繰り広げられる、戦慄の学園パニックホラー。ヤッテヤルデスの正体とは?。その目的とは何か?。あなたはこの恐怖に耐えられるか?。・・・って何だこりゃ」

 ポスターには、何とも安い宣伝文句と、そのヤッテヤルデスらしき、蜘蛛みたいな身体と言うか、女性らしき顔をした胴体に、髪を束ねた様な肢が生えているという、何とも奇怪なシルエットがあった。しかし、その顔をどこかで見た事がある様な気がして、俺の隣に居る女性の顔を、ちらりと見たが、・・・そう思った事自体を無かった事にした。



89こーじろう侍2011/01/06(木) 09:03:51.28bwNHlN20 (12/24)

 「田井中くん、ホラーとか好きなの?」

 「あ、いや、ちょっと目に付いただけで・・・あっ、これなんてどうですか?」

 流石に女の子と二人でホラーと言うのも何なので、咄嗟に目に付いたものを指差す。

 「『好きです、あさ子先生』・・・これって恋愛もの?」

 中野さんはポスターを見て、少し怪訝そうな顔をする。その表情が気になって俺もポスターと紹介分を見てみる。そこには、『美貌の音楽教師と眼鏡をかけた生徒会長との女子高を舞台に綴られる、禁断の愛のドラマ・・・』って、何だこりゃ、俗(?)にいう百合物ってやつかな?。これは、少なくとも俺が中野さんと観るには、まだハードルが高すぎる。



90こーじろう侍2011/01/06(木) 09:05:00.16bwNHlN20 (13/24)

 「・・・やっぱりやめときましょう・・・ん、あれは確か・・・」

 俺はある作品のポスターに目が止まる、これはそう言えば・・・。

 「中野さん、これはどうですか?」

 俺はその作品のポスターを指差しながら言った。

 「『ジーニアス』?。これってアニメ?」

 「みたいですね。あの俺の友達に鈴木ってやつがいるんですけど、そいつがこの映画、面白いって前に俺に言って来たんですよ。俺もちょっと気になってたのを思い出したんですけど、やっぱり中野さんはアニメなんて視ないですよね・・・」

 「ううん、そんなこと無いよ。それにこの映画、私の友達も弟に勧められて観てみたら、途中、気になったとこがあったけど面白かったって言ってたし。うん、いいよこれにしましょう」

 中野さんは何か思うところがあるのかポスターを見てから、俺に言った。

 そして俺達は、チケットを購入して、次の上映時間までその辺をブラブラしてから、映画館に足を踏み入れたのだった。




91こーじろう侍2011/01/06(木) 09:07:04.32bwNHlN20 (14/24)




 あんず「こむぎ先輩!覚悟です!!」 
 
 こむぎが何のジーニアス=守護者なのかは判らないが、あんずとて八咫烏(やたがらす)のジーニアスである。そう簡単には遅れは取らないと判断し、手甲に鋭い鴉の嘴状の厚手の小剣が付いた武器を構え、そのツインテールが平行になるまで浮かび上がる程の、人間とは思えないスピードで、こむぎに襲い掛かる。

 こむぎ「あんずちゃんが何のジーニアスかは判らないけれど。フフ、ごめんねぇ、わたし・・・<べヘモス>なの」

 そのお嬢さま然とした容貌からは考えられない程の禍々しいまでの笑みを浮かべると、眼前に迫るあんずに巨大な炸裂音を轟かせた、正に強力無比の一撃をブチかました。

 その一撃は、あんずの攻撃を防御をまるで何も無かったかの様に突き破り、彼女の胸のすぐ下辺りに完璧に極まる。

 あんず「―――!――――――ッッッ!!!」

 あんずは声にならない叫びを上げながら、吹っ飛ばされ、廃屋となったビル群を突き破った後に、分厚いコンクリートの壁に叩きつけられ、力無くずり落ちる。



92こーじろう侍2011/01/06(木) 09:08:36.05bwNHlN20 (15/24)

あんず「あ、が、あ、あ・・・あ・・」


 あんずは息も絶え絶えに、自身の状態を冷静に分析する。左腕、胸骨、肋骨の殆んどが粉々にされ、内蔵もその殆んどが、破裂、損傷している。これではいくらジーニアスの守護があったとしても、助かり様が無いと判断するしかなかった。一矢報いる事さえ不可能と言えた。それならば、やる事はただ一つ、息絶える前に、仲間に知り得た情報と自身の最後を伝えるだけだ。そして彼女は折れていない肘を使ってずりずりと這いずり始める。

こむぎ「あら、あんずちゃん、まだ生きていたのね。すごいわぁ、ちょっとびっくりしちゃった。ふふ、その生命力、おぞましい這いずる姿、まるでゴキブリみたいだわ」
 
 ゆっくりと、優雅に近づきながら、こむぎは最後の力を振り絞って必死に這いずるあんずに、蔑みの視線を浴びせ、穏やかだが、残酷な表情を浮かべながら、面白い物を見付けたかの様に言った。



93こーじろう侍2011/01/06(木) 09:10:59.05bwNHlN20 (16/24)

あんず「・・・・・・」

 あんずはこむぎの事を無視して、一心不乱に這いずり続ける。たとえ口を開いたとしても、血が溢れ出して、喋るどころではないだろうし、最後に声に出して伝えるのは、仲間達にであると心に決めていた。

こむぎ「・・・まぁいいでしょう。勝手にどこへでも逝ってくればいいわ。どうせもう助からないでしょうし。私、瀕死の虫けらに、お情けをかけてあげるのが夢だったの~~♪」

 そう言って、こむぎは再度、嘲笑すると、くるりと踵を返し、あんずとは反対側に向かって歩き出す。そして、数歩歩いた後、何かを思い出したのか、立ち止り、顔だけ振り向いてあんずに最後の言葉をかける。
 
こむぎ「あ、そうそう、みんなに私の事を云うのなら、ついでに教えといてあげるわ。りおちゃんはね、この私よりも、もうちょっとだけ強いか もしれないから。彼女、何と言っても<ベルゼブブ>だし。それじゃあ、次は地獄で逢いましょう、あんずちゃん」
 
 更に絶望的な事実を伝えると、こむぎは再び前を向いて歩き始める。もう後ろを、あんずを見る事は無かった・・・。



94こーじろう侍2011/01/06(木) 09:12:44.18bwNHlN20 (17/24)



こむぎ「あら、あんずちゃんの次はゆうちゃんなの?」

 こむぎは穏やかに、そして意外そうに、だが明らかに見下した口調で、視線の先に居るポニーテールの少女に言った。

ゆう「こむぎさん。私はお姉ちゃんとあんずちゃんを私達から奪ったあなた達を、絶対に許しませんから」
 
 ゆうと呼ばれた少女は、こむぎの言葉を無視する代わりに、これ以上ないと言える程の、鋭い視線をこむぎを射る様に向ける。
 
こむぎ「あらあら、こわいこわい。でも、確かにあんずちゃんを殺ったのは私だけど、肝心のゆりちゃんを斬り刻んだのは、りおちゃんよ」

ゆう「りおさんは、ともかさんにお任せしました。彼女(あのひと)なら、きっとお姉ちゃんの仇を取ってくれます。ですから、私がやるべき事はただ一つ、貴女をぶち斃して、あんずちゃんの、沢山の人達の無念を晴らす事です」
 
 ゆうはそう言って右腕の拳を胸の辺りで握り締める。その瞬間、彼女の周りの空気までも握り潰されたかの様に、こむぎは感じた。



95こーじろう侍2011/01/06(木) 09:14:39.88bwNHlN20 (18/24)


こむぎ「あら、随分と物騒な事を云うのね。意外だわ。でもね、それなら私だってそうよ。私達もみっちゃんとすみちゃんを、あなた達に殺されちゃったもの。と言っても、みっちゃんを殺ったゆりちゃんは、りおちゃんがキッチリと殺り返したけど。どちらにしても、あなた達から一方的に恨まれる筋合いはないわ。お互い様よ」

ゆう「・・・そう言う事にしておいてあげます。ただ、私が貴女を斃す事には変わりませんから」
 絞り出す様に声を発する、ゆうの全身からは、彼女の周り全てを焼き尽くし兼ねない程の、怒りの闘氣(オーラ)が溢れていた。

こむぎ「あらあら、随分な自信ね。でもそんなにかっかして大丈夫なの?それに、あんずちゃんから聞いてなかった?私、<べヘモス>なのよ?」
 
ゆう「ええ、あんずちゃんの命を賭してまで、私達に伝えてくれた最後の言葉を忘れる訳がありませんよ。それに大丈夫ですよ。私は怒れば怒る程、力を発揮出来ますから。私、<不動明王>なんです」



96こーじろう侍2011/01/06(木) 09:18:52.26bwNHlN20 (19/24)

こむぎ「・・・そう」

 そう呟くと、こむぎは、今まで浮かべていた笑みを止めて、神妙な面持ち(かお)になる。<フドウミョウオウ>と云う柱(そんざい)が、その闘氣が、獣たちの王(かのじょ)に警告する。目の前の少女は、今まで屠ってきた、有象無象のジーニアス共とは比肩し得ない程の強さであると。
 そして、二柱(ふたつ)の巨大な力が臨戦状態となり対峙すろ。

 まるで二人の柱(そんざい)に耐えきれなくなったかの様に、ビリビリと怯える様に、大気が震えた・・・。 



97こーじろう侍2011/01/06(木) 09:20:53.68bwNHlN20 (20/24)




りお「てっきり、ゆうちゃんが来るのかと思ってたけど、ともか、お前が来るとはな。まあ、誰が来ても同じだけどな」

 尊大な態度と口調で、長い黒髪の少女は、対峙する短髪、眼鏡の同級生の少女に言う。

ともか「ゆうがね、私に譲ってくれたの。あの子にとって姉(ゆり)は言葉では言い表せない程、大切な存在だった。そのゆうがね、私に託してくれたの。勿論、あの子にとって中達さんは、とても大切な友人だった事もあるでしょうけど、私なら、あなたを斃してくれると信じて。それがどれ程の想いだった事か、考えただけで、その重さで潰されてしまいそうだわ。でもね、私はそれでも、ゆうにとても感謝してるの。私もゆうと同じ位、ゆりの事を想っていたから。それが、どれ程の物か、りお、あなたはこれから身を以って知る事になるわ」

りお「はは、言ってくれるじゃないか、ともか。私だって、みつをゆりに殺されて、腸が煮えくりかえってるんだよ。私を慕ってくれた、すみもお前が殺ってくれたしな。もう、ゆりを斬った位じゃ収まらないよ。まずはお前とゆうちゃん。それから、神仏側のジーニアスを片っ端から斬りまくってやるよ」

 りおは憎しみを込めた口調と表情で吐き捨てる様に言う。



98こーじろう侍2011/01/06(木) 09:22:04.93bwNHlN20 (21/24)

ともか「そう、残念ね。ふふ、あなたの憎しみの虐殺(こどものわがまま)は最初の一人目も、叶わずに終わって仕舞うもの」
 
 それを、ともかは鼻で笑って返す。

りお「ふん、私を、蝿の王、地獄の帝王<ベルゼブブ>と知ってのその言葉、余程の神仏のジーニアスなんだろうな。熾天使(セラフ)か?ヴィシュヌか?シヴァか?大日如来か?それともアフラマズダか?。それ位じゃないと私の相手は務まらないぞ」
 
 りおの問いに、ともかはゆっくりと首を横に振る。

ともか「いいえ、残念だけどどれも違うわ。私のジーニアスは神でも仏でも、ましてや、あなた達みたいな悪魔でも無いわ」

りお「何を言ってるんだ?ともか」




99こーじろう侍2011/01/06(木) 09:26:01.53bwNHlN20 (22/24)

 りおは怪訝な表情を浮かべ、いらついた声を上げる。ともかは、そんなりおに一瞥をくれると、腰に差した鞘から、ゆっくりと細身の長剣を抜き出す。その瞬間、その刀身が溢れる程ではないが、赤色系の光りと輝きを放つ。

りお「これは光・・・いや炎か、炎の剣か・・・」

ともか「流石ね。もうこの光の本質を見抜くなんて。そう、この光は炎。そして、この剣はよく杖や枝と称されているわ。ここ迄言えば、あなたなら判るでしょう?」

りお「・・・そうか。破滅の杖・・・レーヴァテインか・・・。なる程、確かに神でも悪魔でも無いな・・・」

ともか「そう、私は、巨人。私のジーニアスは炎の巨人族の王<スルト>よ」



100こーじろう侍2011/01/06(木) 09:27:36.25bwNHlN20 (23/24)


りお「スルト・・・世界を一度、終わらせた、北欧神話で最も強大な炎の巨人の王・・・。フフ、あはははははは―――!!面白い。面白いよ、ともか。まぁ、スルトならしょうがないな。いいだろう、蝿の王(わたし)の偉大さ(ちから)を見せてやるよ」

 りおは心底楽しそうに哄笑する(わらう)と、ともかと同様に腰に差した鞘から、髑髏の鍔(つば)の日本刀を抜刀する。その黒銀に煌く刀身から、禍々しいまでの瘴気が溢れ出すのと同時に、彼女の背中の辺りから、左右対称に大中小の白銀に煌く翅が現れ、その中の大きな翅には、海賊旗に描かれている様な髑髏とその下に交差する骨が浮かび描かれていた。そしてそれは、彼女が死霊の王(ベルゼブブ)である事の証でもあった。
 

 ここに、悪魔の王と巨人の王との戦いが始まる・・・。




101こーじろう侍2011/01/06(木) 09:29:39.38bwNHlN20 (24/24)



 「・・・映画、何と言うか、何とも言えない感じでしたね・・・」

 「そうね、私は出てくる人達の殆んどに、妙な既視感を感じたし」

 「そうですね。俺にも何人かいました」

 俺達は、映画館を出て街をブラブラ歩きながら、映画の感想などを話していた。そう言えば、会話も随分とスムーズになった気がする。

 時刻は17時をとうに過ぎていたが、まだ空は明るかった。

 「ねえ、田井中くん」

 不意に、中野さんが俺の名前を呼ぶ。

 「なんですか」

 「まだ、時間あるかな?」

 「大丈夫ですよ、どこに行きます?」

 俺がそう答えると、中野さんは一呼吸置いて、こう言った。

 「じゃあ、これから飲みに行こうよ―――」



102VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/13(木) 01:58:16.62tXy3k0CAO (1/1)

誰も知らない間に来てる支援


103VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/17(月) 00:38:41.25carUgJdAO (1/1)

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104VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2011/01/17(月) 18:48:21.62knlmZXX70 (1/1)

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この度この板に移転することになりますた。よろしくおながいします。ニヤリ・・・( ̄ー ̄)


106こーじろう侍2011/01/21(金) 09:17:54.37un29HnDJ0 (1/9)


 「ねぇ、田井中くぅん。これから田井中くんの事、聡くんて呼んでもいい?」
 
 どこにでもある、居酒屋チェーン店のテーブルで、カシス・オレンジを飲みながら、中野さんはほんのり上気した顔で、俺に聞いてきた。

 「は、はい、いいですよ。俺の事は何とでも呼んで下さい」

 俺は、生ビールを一口飲みながら、そう応える。

 「じゃあ、私の事は梓と呼んでね。何なら、あずにゃんと呼んでくれてもいいにゃあ///」

 赤い顔を更に朱に染めながら、中野さんは少しはにかんだ感じで、素面では云えない様な事を俺に言ってきた。

「あ、あずにゃん・・・?」

 「そうにゃあ。唯センパイは私の事をそう呼ぶんだにゃあ」

 唯先輩?確か、軽音部の人の中に、そう呼ばれていた人がいた様な気がする。

 それにしても、中野さんは、かなり出来上っている様だった。そんなに呑んではいない気もするけど、かなり弱いのだろうか?あと、言われてみれば、確かに酔った所なんかは、特に猫っぽい感じがするし、猫にマタタビ、あずにゃんにアルコールと言った所だろうか?。



107こーじろう侍2011/01/21(金) 09:19:14.88un29HnDJ0 (2/9)

 「な、中野さ―――」

 「あ、ず、さ」

 「あ・・・梓さん。ちょっと呑み過ぎなんじゃないですか?大丈夫ですか?」

 俺は流石に少し心配になって、中野いや、梓さんに声をかける。

 「うん。らいじょうぶだからぁ。ねっ、さとひくんももっと飲もっ」

 梓さんは、うふふと笑いながら、俺に自分の飲みかけのグラスを差し出す。

 俺は流石に、これは駄目だと判断して、伝票を持って席を立ち、半ば強引に梓さんの腕を引っ張る様に、会計を済ませ店を出る。梓さんは、不満そうな表情を見せ、実際に声に出して抗議するが、流石に聞いていられない。



 流石に、このまま帰すのはまずいと思った俺は、近くの公園の様な広場のベンチに梓さんを座らせ、そのすぐ隣に設置されている自販機からお茶を買って、それを彼女に手渡す。



108こーじろう侍2011/01/21(金) 09:20:53.81un29HnDJ0 (3/9)


 「少しは、落ち着きましたか?」

 俺は、少し時間を置いて隣で座っている梓さんに声をかける。これからの事を考えると少し頭が痛くなった。もしこのままの状態だったら、そのまま家に返す事なんて出来ないし、勿論、俺の家なんてのは論外だ。姉ちゃんもいるし・・・。でも、よくよく考えると、最悪、姉ちゃんの頼る事になってしまうのだが、何とかしてそれだけは、色んな意味で避けたかった。

 「ねぇ、聡くん・・・」

 俺が、色々と思案していると、不意に声をかけられる。先刻までとは違う声色に、急に酔いが醒めたのだろうかと、俺は安堵と少しの戸惑いを覚えた。

 「はい、何ですか?」

 「・・・・・・聡くんと澪先輩って、どんな関係なの?」

 梓さんは俯いたまま聞いてきた。俺は、正に不意を突かれて一瞬、口籠ってしまう。聞いた本人の表情は俯いたままなのでよく判らないが、顔色はまだ少し赤いし、酔っている事は間違いないとは思うのだが、その声と顔は真剣なものに見えた。

 「えっ・・・お、俺と澪姉って・・・い、いや、そ、それは、姉の幼馴染で、その繋がりで、俺も小さい頃からの知り合いd――」

 「そんな事を聞いているんじゃないのっ。ねぇ、澪先輩は君にとってどんな女性(ひと)なの?」

 梓さんが、顔を上げて俺の顔をじっと見詰める。何故か思い詰めた様な顔をしていた。



109こーじろう侍2011/01/21(金) 09:22:17.99un29HnDJ0 (4/9)


 それにしても、店を出るまではあんなに酔っている様に見えたのに。急に酔いが醒めたのか。もしかしたら、最初からそんなに酔ってはいなかったのだろうか・・・?だが、今はそんな事を考えていてもしょうがない。

 「・・・お、俺と澪姉は付き合っています。もう二年以上、逢っていませんけど、少なくとも俺はそう思っています」

 俺は、ここではぐらかす様な真似はしてはならないと判断し、正直に答える事にした。

 「そう。そうなんだぁ、そっかやっぱり・・・。ねえ、聡くん。何で私が、あの時声をかけたり、二人で遊びに行こうなんて誘ったのか分る?」

 「・・・・・・」



110こーじろう侍2011/01/21(金) 09:25:28.90un29HnDJ0 (5/9)

 「私ね、軽音部の集まりで、律先輩の家にお邪魔して、そこの玄関で初めて聡くんを見かけた時から、ずっと気になってたの。聡くんはそれからも私達を見るとすぐにどっかに行っちゃてたけどね。だから大学で君を見かけて、律先輩からそれとなく、君が大坊に入学し(はいっ)た事を聞いて、びっくりしたけどこれは何かの縁が有るんじゃないかって思って、君をずっと捜してたの。何度か見かけるんだけど色々とタイミングが合わなかったりして、中々、声が掛けられなかったんだけど、あの時やっと声が掛けられて、その時は嬉しかったな」

 梓さんはちょっと照れくさそうに言ってから笑う。紅かった顔が更にもう少しだけ主に染まった気がした。

 「・・・・・・」

 俺は何も言わず、いや、言えずにただ黙って彼女の話を聞いていた。こう言う時になのを言えばいいのか、俺の浅い人生経験では答えを導き出す事は出来なかった。



111こーじろう侍2011/01/21(金) 09:26:46.02un29HnDJ0 (6/9)



 「ねぇ、聡くん。私とつk―――」

 「あ、梓さんっちょっと待って下さいっ」

 俺は、もしこの流れで告白でもされたらこのまま流されてしまいそうで、それを何とか押し留める。

 年上の女性(ひと)に対して失礼かもしれないが、梓さんは可愛い。普段から可愛くて、酔った時も可愛い。そして今みたいな時も可愛いと思ってしまう。でも、俺には澪姉がいる。逢えなくても、彼女を忘れる事は出来ない。

 「・・・じゃあ、お友達になってくれない?それならいいかな?今は・・・今はそれでいいから・・・」

 梓さんの表情(かおいろ)から、朱が薄くなっていく。そしてどこか悲しそうに笑った。

 俺には、そんな梓さんの願いを断れる程の強靭な精神力を持ち合わせてはいなかった。



112こーじろう侍2011/01/21(金) 09:28:36.77un29HnDJ0 (7/9)


 「でもね、聡くん・・・」

 梓さんは何か言いかけて口籠る。俺は「何ですか?」と言うと。彼女は一瞬、溜めを作ってから意を決した様に話し始める。

 「聡くんは、これでいいの?確かに聡くんと澪先輩は恋人同士かもしれない。でも、もう2年以上も会っていない上に、1年以上も連絡すら取れていない。そればかりか、生きているかどうかすら判らない。私も勿論、冥王星での事は知ってる。あれから私はおろか、君や律先輩にすら連絡が来ていない事も知ってる。私だって澪先輩の事を心配しているし、無事に出来るだけ早く帰って来てほしいと思ってる。でも・・・」

 もう一呼吸置く。

 「でも、もういいんじゃないかな」

 「いいって、何がですか?」

 俺の心が不穏になっていく。

 「聡くんはもう十分に待ったと思うよ。勿論、私には君と澪先輩が今までどのような関係を築いてきたのかは判らない。二人には二人だけの大切な聖域が存在する(ある)と思う。そしてその聖域(かんけい)は君を縛り付けている。そして私は、その聖域を土足で踏み躙(にじ)ろうとしているのかもしれない。でも、もし澪先輩が生きていて、まだ君を必要としていたとしても、当の本人はいつ帰って来るのかすら判らない。もうすぐなのかもしれないし、何年、何十年、いえもう帰ってこないかもしれない。聡くんはそれでも待ち続けられるの?」

 「・・・・・・」



113こーじろう侍2011/01/21(金) 09:30:25.74un29HnDJ0 (8/9)


 「・・・ごめんなさい。私、凄く意地悪な事を言っているのは判ってる。でも、君がどんなに望んでも、お互いに求め合ったとしても、君の手は澪先輩には届かない。触れる事は出来ない。でも・・・」

 梓さんは思い詰めたような表情で、俺の右の掌を、両手でぎゅっと少し強くでも優しく包み込む様に握る。

 「私なら、触れられる処に居る。ぬくもりを感じられる。私は君のすぐそばに居る」

 「梓さん・・・」

 「今はまだ無理かもしれない。でも、いつかきっと。君を縛り続ける聖域を私が取り払ってあげる。うん、やってやるです」

 そう言って微笑む梓さんからは、妙な使命感の様なものと同時に、心地よい温かさも感じられた。俺は不覚にも、心のどこかで強張っていた何かが、ほぐれて行く様な気がした。

 「あ、梓さん・・・」

 「聡くん・・・」

 「.・・・もう時間も遅くなりましたし、そろそろ帰りましょう」

 「・・・ふふっ。うん、そうね、帰ろっか」

 梓さんは一瞬、何とも言えない様な表情をした後に、微笑んでそれに応じた。



114こーじろう侍2011/01/21(金) 09:32:37.19un29HnDJ0 (9/9)



 「大丈夫、ここまででいいよ。後は自分で帰れるから。今日はほんとに有難う。とっても楽しかった。また付き合ってね」

 俺は出来るだけ近くまで送って行くつもりだったのだが、駅に着くと、梓さんはそれをあっさりと拒否して、さっさと改札口を通って行ってしまった。

 俺は、少し心配になるのと同時に、ほっと胸を撫で下ろしている自分がいる事に気づく。はっきり言って危なかった。このまま押し切られていたら、そのまま押し切られそうな位だった。それ位、今日の梓さんは魅力的だった。何よりも俺に今、一番足りていないものを、欲しているものを与えてくれる様な気がした。


 正直、また逢いたいと思ってしまった。



115VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/01/22(土) 04:34:34.110HJVp+gAO (1/1)

相変わらずこっそり来るな乙


116VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/01/30(日) 18:55:51.55LCD6Y8uc0 (1/1)

聡物で梓がかませとは珍しい


117こーじろう侍2011/02/02(水) 08:43:05.1648i52W3C0 (1/35)


 その後、俺と梓さんは時折二人でどこかに遊びに行ったりするようになった。

 彼女の高校時代の先輩や同級生達とのライブにも招待されたりもした。こんな所で、姉ちゃんと顔を合わせるのもなんだが、梓さんの招待という事もあって、行く事にした。この時、姉ちゃんは何か言いたそうだったけど、あえて聞く事もしなかったし、何も考えないようにした。

 姉ちゃん達の演奏は思ったより様になっていて、正直驚いた。中でも、澪姉の事を歌にしたと思われる、『cosmos wway』を聴いた時は、色んな事が思い出されて、思わず泣きそうになった。

 あと、驚いたのが、友人の鈴木のお姉さんが、梓さんと同級生で、彼女と軽音部でバンドを組んでいたという事実だ。鈴木の家で何度か見かけた事もあったし、あのボンボンと言うかモップと言うか、兎に角あの髪形は一度見たら忘れられないので、もしやと思って確認したら、やっぱりそうだった。向こうも俺の事をなんとなく覚えていて、気になっていた様だ。


 梓さんと一緒に居るのは楽しかった。可愛くて、でもちょっとお姉さんしてて、でもどこからか妹みたいな感じもして。俺はどんどん惹かれていくのを感じた。そして彼女の言う処の、俺と澪姉の聖域が、とろける様に削られていく心地よさも感じていた。



118こーじろう侍2011/02/02(水) 08:44:27.2348i52W3C0 (2/35)

 でも、そんな日々が過ぎて行くとともに、ある思いが日増しに強くなっていった。澪姉の事だ。あれから一年以上が経ち、もうすぐ澪姉の生死が判明する頃だ。そろそろ、俺も決断しなければならないと思った。俺はどうするのか?どうしたいのか?俺は悩んだ。本来ならば悩むところでは無いのかもしれない。でも、俺は悩んでしまったし、そんな自分を自己嫌悪したりもした。だけどこれは、けじめを付けなければならない事位は判っていた。

 そして俺は、悩み抜いた末、一つの決断(こたえ)を導き出した。そして、もう迷わないと心に誓う。

 俺は、けじめを付ける決意をした。



119こーじろう侍2011/02/02(水) 08:45:43.6248i52W3C0 (3/35)


 2013年9月。


 その日は、雨が降っていた。雨空で薄暗く、まだ9月だというのに肌寒ささえ感じた。

 この日、俺は梓さんに学内の喫茶室で話がしたいと連絡していた。あの日、彼女と学内(ここ)で初めて会った時に使った喫茶室だ。彼女は、急な話にも関わらず、行けるという返事をしてくれた。

 俺は、約束の時間より少し早めにそこに着くと、彼女は既に、喫茶室の一角のテーブル席に座って俺を待ってくれていた。

 俺は、彼女に目配せして、彼女がそれに気付くのを確認すると、カウンターに行って、紅茶とコーヒーを注文し、トレイにそれが置かれると俺はトレイを受け取って、彼女のテーブルへと向かう。席について彼女に紅茶の入ったカップを差し出すと彼女は「ありがとう」と言って、カップに口を付ける。もう一つ既に彼女の前にカップが有ったのだが、そのカップにはまだ殆んど紅茶(なかみ)が残っていた。

 「ふふ、聡くんから誘ってくれるなんて珍しいね。でも、嬉しい」

 梓さんは微笑みながらそう言ってくれた。でもその笑顔は、気のせいだろうか、雨が降る前の曇り空の様な印象を受けた。

 「梓さん。今日は突然、呼び出してしまって、済みませんでした。どうしても今日、言わなくてはならない事が有って・・・」

 俺は、軽く頭を下げながら言った。どうしても今日言わなければならない。結果が出てからでは遅いという義務感の様なものが有った。



120こーじろう侍2011/02/02(水) 08:46:59.6848i52W3C0 (4/35)

 「・・・大事な話なの?」

 「はい」

 「・・・そう。じゃあ、外に出て話してくれないかな?」

 「まだ降ってますよ。それに今日は少し寒いですし」

 俺には、梓さんの真意がよく判らなかった。

 「どうしても、外に出て話したい気分なの。だめ、かな・・・?」

 梓さんは遠慮がちだが、頑なな面持ちだった。恐らく彼女なりの思惑が有るのだろう。

 「分りました。外に出ましょう」

 俺には、断る理由は無かった。否、その資格も無いように思えた。そして、「お茶もういいですか?」と断ってから、片そうとする彼女の手を制して、カップを片づける。三つ有るカップの内、一つだけが空になっていた。



121こーじろう侍2011/02/02(水) 08:48:11.5948i52W3C0 (5/35)


 俺と梓さんは、学内の広場へと移動する。雨が降っているのと、教室棟から離れているせいか、周りには俺たち以外、殆んど人はいなかった。

 俺は、目の前で傘を差している、小柄で華奢な女性と向き合う。これから言わなければならない事を考えると、気が重く、胸が締め付けられる思いがした。

 「あ、梓さん・・・」

 「はい」

 彼女はこれから俺が何を言わんとしている事を察しているのか、瞳(め)は不安の光を湛え、身体は寒さのせいもあってか、微かに震えている様に見えた。俺はその姿に一瞬、躊躇するも、意を消して彼女に伝える。



122こーじろう侍2011/02/02(水) 08:49:50.5748i52W3C0 (6/35)

 「梓さん。御免なさい。俺はやっぱり彼氏として澪姉を待ちます」

 こんな俺に好意を持ってくれる様な女性を振るなんて、罰当たりにも程が有る事は百も承知していた。でも、俺にはもう澪姉しかいないと結論し(きめ)た。だから、ここではっきりさせなければならないと思った。澪姉からの結果(メール)が届く前に。そうじゃ無ければ二人に対して失礼だと思った。

 「・・・分ってた。最初から判ってたんだ。私なんかが澪先輩に勝てっこない位。律先輩の家で、聡くんと澪先輩、二人のやり取りを見ていた時から、判って、いたんだ・・・」                   
 
 「梓さん・・・俺は―――」

 「でも、それでも私は聡くんの事が好き。大好きなの。初めて見た時から気になってた。初めてのデートで好きだってはっきりと判った。デートする度に、どんどん大好きになってくのが分った。聡くんは優しくて、澪先輩の代わりなのかもしれないけど、こんな私でも大事に思ってくれてるって判ったから・・・」



123こーじろう侍2011/02/02(水) 08:51:11.9148i52W3C0 (7/35)

 「ねぇ、聡くん。私じゃ駄目なの?澪先輩じゃないと駄目なの?お願い、私を澪先輩じゃなくて私を選んでよっ、聡くん!」

 梓さんの悲痛な声が、雨の降るキャンパスに響く。そして、雨音に掻き消されていく。

 「俺、梓さんみたいな、綺麗で素敵な人に好きだって言われて本当に嬉しいです。俺には本当に勿体ない話だと思います」

 実際、もし澪姉との関係が今と違うものだとしたら、俺は手放しで喜んで梓さんと付き合っていたに違いなかった。

 「それならっ―――」

 「済みません。俺にはもう、澪姉しかいないって。決めたんです」



124こーじろう侍2011/02/02(水) 08:52:19.1748i52W3C0 (8/35)

 俺は馬鹿だ、大馬鹿だ。俺がはっきりとしなかった為に、梓さんの好意と優しさに甘えてしまった所為で、こうなってしまった。梓さんを傷つける事になってしまった。全ては俺の弱さが招いた結果だ。

 「澪先輩はここにはいない。ずっとずっと遠い処。いえ、もしかしたらもうこの世にさえ、いないのかもしれない。でも、私はここにいる。もっと、もっと私を見てよっ。見えない人の事なんか見ようとしないで、見え(めのまえにい)る私を見てよっ!」

 「私は聡くんと二人でいられるなら。もう先輩達に会えなくなってしまってもいいとさえ思ってる。だから、お願い・・・だから・・・」

 梓さんは尚も喰い下がり、首を大きく左右に振り、いやいやをする。子ども・・・まるで玩具を欲しがる子どもの様だ。だが、そうさせてしまったのは俺だ。もうこれ以上、逃げる事も甘える事も許されないと思った。



125こーじろう侍2011/02/02(水) 08:53:40.6248i52W3C0 (9/35)

 「そんな事を言っては駄目だ梓さん。それに、確かに俺と澪姉は離れ離れになっている。どんなに手を伸ばしても届かない宇宙(ところ)にいる。でも想い(こころ)だけは本当に細いのかもしてないけど、何処かで繋がっているって事を思い出したんです」

 梓さんは静かに俺の話を聞いてくれている。俺は一度、頷いて話を続ける。

 「丁度、今から一年くらい前です。俺が大坊(ここ)を受験する為に勉強をし始めて少し経った頃です。ある時、突然、澪姉の事が強く脳裏に浮かび上がったんです。まるで澪姉の思念(こえ)が宇宙を越えて、俺の脳裏に直接届いた様な感じでした。彼女と共に見た事、感じた事、話した事、共有した事、それらが鮮明に思い出されたんです。彼女の存在が、私は<ここにいる>って感じる事が出来たんです。そして俺も<ここにいる>俺はずっとここで待ってるって、いえ、いつか追いついてみせるって強く、強く念じる様に、彼女にこの思いが届く様に願いました」

 「だから俺は彼女が生存し(いき)ている事を、確信していますし。彼女が還って来るのを、何時までも待ち続ける事を、改めて心に誓ったんです」



126こーじろう侍2011/02/02(水) 08:54:58.3448i52W3C0 (10/35)

 受験やら何やらで、愚かにも忘れかけてしまっていた、あの時の事が、梓さんとの出会いと告白によって彼女にとっては皮肉にも、改めて思い出された。口には絶対出せないが、彼女に感謝する。これで俺は何の迷いも無く、澪姉を待ち続ける事が出来ると。

 「だから俺は―――」

 「いいっ、もういいよっ。分ったから、もういいよぉ・・・。ごめんね聡くん。わがまま言ってほんとにごめんね・・・わかっていたのに・・・ほんとわかってたのに・・・」

 梓さんは自分言い聞かせるように言うと、差していた傘を地面に置いて、雨空を仰ぎ見る。雨はそんな彼女を容赦なく濡らしていく。

 「えっ!ちょっと!」

 突然の彼女の不可解な行動に一瞬、呆気に取られつつ、俺は慌てて彼女に近づこうとするも彼女に「来ないでっ!」と制止される。


 次の瞬間。彼女から嗚咽する音が聞こえてくる。



127こーじろう侍2011/02/02(水) 08:56:15.4548i52W3C0 (11/35)


 「う・・・うぅ・・・にゃあにゃあ・・にゃあぁぁぁ・・・」

 梓さんは泣き顔のまま、猫の様に泣いていた。

 「・・・泣いてなんかいないよ。私、あずにゃんだから、猫だから、泣いてるんじゃなくて鳴いてるだけだから・・・だから、心配しないで、大丈夫、私は大丈夫だから。だからお願い、早く、早く行って・・・」

 「梓さん・・・・・・」

 「にゃあぁん.・・・にゃああぁぁぁん・・・・・・」

 嗚咽がどんどん強くなっていく。でも、泪は姉に流されて見えなかった。彼女は俺に心配をかけまいとして、泪だけは見せまいとして、こんな行為をしたのだと思った。俺はそんな彼女を愛おしいと思い掛けたが、やめた。そんな事を想う資格は今の俺には無いと思ったし、失礼極まりない。俺が今彼女に対して出来る事は、一刻も早くここから立ち去る事だけだった。

 俺は、彼女に深々と頭を下げた後、足早にこの場を去る。彼女に感謝と謝罪の念を抱きながら。梓さんの鳴き声が雨音によって掻き消されていった・・・。



128こーじろう侍2011/02/02(水) 08:56:59.7348i52W3C0 (12/35)


 その日の夜。俺の携帯に一通のメールが届いた。澪姉からだった。

 文面は最後の方で途切れていたのだけど、内容から見て、ワープアウト後に発信されたものに間違い無さそうだった。

 澪姉が生きている事を確信してはいたけれど。確定した事は素直に嬉しかった。安堵した。本当に良かった。そしてもし、今日、梓さんに伝えられなかったら、一生後悔するところだったと思う。

 俺は改めて、澪姉が一刻も早く還って来てくれる事を、心の底から願った。



129支持率1%未満2011/02/02(水) 09:04:22.2448i52W3C0 (13/35)

 この辺りの為とか、色々あって、時間の流れとかを少しずらしたのですが、その所為でその辺りがワケワカラン状態になってしまいました。
 
 なので、これから先、キャラの年齢や、月日の表示が間違っていたとしても、ご容赦ください。

 でもやるんだよ!。


130こーじろう侍2011/02/02(水) 09:13:11.8148i52W3C0 (14/35)



 2012年8月。

 冥王星ワープアウトが完了し、暗闇だった艦内や格納庫(コンテナ)、そしてスティぐまにも電源が入り、次第にコクピットも明るさを取り戻していく。

 しかし、ほんの数秒の事なのだけど、ワープの時のあの感覚、身体の中から直に揺らされ掻き回される様な感覚、自身の存在が別の次元に移行す(つれていかれ)る、気が遠くなる様な感覚は、この先何度体験したとしてもとても馴れることは出来そうになかった。


 『シリウスラインβ』・・・。ディスプレイにはそう表示されていた。データによるとここは周りに何の星系も無い、いわゆる虚無空間で、他のシリウスラインとを繋ぐ中継点らしかった。

 何故、この様な場所に出たのか、少し考えればすぐに判りそうなものだが、生憎、今の私は色んな事が重なり過ぎて、頭がそこまで回らない状態にあった。



131こーじろう侍2011/02/02(水) 09:14:11.3548i52W3C0 (15/35)

 「四房さん・・・」

 ワープによる不快感から少しづつ解放されていくにつれ、少しずつ頭の方もはっきりとして来る。その時、まず頭に浮かんだのが、彼女の事だった。

 見た目が少し派手っぽくて、最初に曽我部先輩に紹介された時は、彼女に対して少し苦手なタイプかなと言う印象だった。でも話していくにつれ、気さくで、人との距離感を測るのが上手で、案外、まじめな所があるのも、私にとっては接しやすかった。多分、私に結構、気を遣ってくれていたのだと思う。
 
 そんな彼女が良く見せていた、屈託のない笑顔が浮かんできて、より悲しくなった。彼女はもうこの世のどこにも居ない。スクリーン越しだけど、私の見えている処で、タルシアンに命を奪われてしまった。

 これは、訓練でも、シミュレーションでもない、紛れもない<実戦>――殺し合い――なんだ。

 私は、途方に暮れる。もう、どうしたら良いのか判らなくなってきた。悲しいのと、苦しいのと、不安と恐怖でどうにかなってしまいそうだった。



132こーじろう侍2011/02/02(水) 09:15:53.6648i52W3C0 (16/35)

 「うわああああああぁぁぁぁっっ―――!!!」 

 身体が、ガタガタと震えて来る。私はついに耐え切れなくなって、コクピットの中で叫んだ。咽喉がどうにかなって終いそうな位、思いっきり叫んだ。学園祭のライブでもこんなに声を出した事は無い。それ位、気持ちが治まらなかった。

 叫び疲れて、気持ちが少し落ち着きを取り戻すと、私はコクピットのハッチを開き、機体から出て、目の前に設置されたタラップを使ってフロアに降りる。その、格納庫の出口に曽我部先輩がいた。彼女は私を待ってくれていた。

 私は彼女に感謝の意を込めて一礼すると、急に何かが込み上げ、ついに我慢が出来なくなって、彼女の胸に飛び込んで泣いてしまった。もしかしたら、この時、彼女も泣いていたのかもしれない。でも泣き止んで、彼女の顔を見上げた時、目の周りが少し赤くなっていたけど、彼女は泣いてはいなかった。そして精一杯の笑顔で私を迎え入れてくれた。

 本当に、この人はどこまでも強くて優しい人だと思った。



133こーじろう侍2011/02/02(水) 09:20:55.5348i52W3C0 (17/35)



 格納庫から出て、シャワーを浴びた後、先輩と別れて自室に入ると、私はすぐさま倒れる様にベッドに転がり込む。目一杯、泣いて叫んで気分が少し晴れたかと思ったら、今度は急に疲れがどっと押し寄せてきた。私は気持ちのままに、そのまま眠って終おうとしたのだけど、まだ、聡達に何の連絡もしていない事に気付いて、慌てて飛び起きて取り敢えず聡達にメールを送る。

 一光年以上、離れた所から送る携帯のメール。案の定、携帯のディスプレイには、<398日16時間××>と言う、途方もない着信予定時間が表示されていた。

 このメールが届く頃には、恐らく聡は大学生になっているのかと思うと、また少し寂しくなった。時の流れが無情であると感じずにはいられなかった。私の知らない時間をあいつは生きているのかと思うと、途端に哀しくなった。

 それでも、本当に届くのなら良しとするしかないし、もしかしたら、劇的な何かがあって、このメールが届く前に帰還出来るのではないかと言う、希望的な観測も僅かだけどあった。そして、家族や律達にもメールを送ろうとした時に、艦内放送で私と曽我部先輩に艦橋からの呼び出しがあった。

 先程も、自分では無い様だったので、良くは聞いていなかったけど誰かが呼ばれていたみたいだった。でも、流石に自分の名前が呼ばれたとあっては、耳に入れざるを得なかった。



134こーじろう侍2011/02/02(水) 09:22:03.3648i52W3C0 (18/35)


 私は一応、身なりを整えて自室を出ると、丁度、曽我部先輩が私の部屋のインターホンを鳴らそうとしていたところだった。私は、改めて先輩に挨拶をすると、二人で艦橋に向かう。

 私達、トレーサー乗り(オペレーター)と居住スペースと、艦橋を中心とした操艦スタッフ。つまり私達、女性陣と男性陣との居住空間は厳然と隔てられていて、両スタッフが顔を合わせる事は殆んど無かった。

 勿論、私も艦橋に行くのは初めてで、技術スタッフ以外の男性スタッフを見たことが無かった。その所為もあって、艦橋までの道のりは緊張したものだったけど、隣に曽我部先輩が居てくれたお陰で、何とか竦まずに済んだ。

 艦橋に向かう途中、一人の少女とすれ違う。私は、ショートカットで何処かの学校のジャージ姿のこの女性に見覚えがあった。確か、長峰さんと言う最年少の子だ。彼女も私達に気付いてお互いに軽く会釈をする。どうやら、私達より先に、呼び出されたのが彼女で、今はその帰り道だった様だ。



135こーじろう侍2011/02/02(水) 09:23:18.0848i52W3C0 (19/35)

 私達が艦橋に到着すると、そこで私達を待っていたのが艦長では無くて、その上、いや全クルーの長である艦隊司令官であると聞いて、流石に驚いた。そしてそのまま指令室に案内される。指令室があるという事は、それはそのまま、この艦が艦隊全体の旗艦である事を示していた。

 指令室(そこ)には、五十代位の青い目の男性、ギルバート=ロコモフ司令官が、私達を招き入れてくれた。映像では何度か見た事があるのだが、実際に対面したのは初めてで、只でさえ人見知りの私は、それだけでかなり緊張した。隣に居る曽我部先輩も私程ではないにせよ、緊張した面持ちだった。

 「ふむ。ソカベくんとアキヤマくんですね。ごくろうさまでした」

 胸に中将の階級章を附けた司令官は、流暢な日本語と柔らかい口調で私達を向かい入れ、椅子を勧めてくれた。そして、私達が軽く会釈をして座ると、彼はやや沈痛な面持ちと口調で、私たちに話しかけてきた。

 「今回の事で初めての犠牲者が出て、とても残念に思っています。貴女方はそのヨツフサくんと最も親しくしていたと聞いています。心中お察しします。ヨツフサくんのタマシイが安らかに、天に召される事をお祈りします」

 そう言って、ロコモフ司令官は黙祷する。

 「貴女達を呼んだのは、他でもありません。あの時、貴女達はそのヨツフサくんから最も近い距離にいて、コンタクトも取っている。こんな事があって、ココロを痛めているのは重々承知していますが、その時の事を解る範囲で良いですから、教えてくれませんか?」

 司令官が顔を上げるとそう私達に問い掛けた。口調は変わらず穏やかなものだったが、目つきが鋭くなり、その視線に射抜かれる様な錯覚を覚えた。

 「私達もすぐそばにいた訳ではありませんし、直接、目撃した訳ではないのですが、彼女はタルシアンを発見するとすぐさまそこに向かって行きました。彼女なりに何か思う処があったのだと思います。私と秋山さんは何とかして止めようとしたのですが、彼女は私達の制止を振り切って行ってしまいました。そして、彼女がタルシアンに話しかけた時、三方を彼らに囲まれ、いきなり三方から・・・ビームを・・・放たれて・・・・・・それで四房さんは・・・・・・」




136こーじろう侍2011/02/02(水) 09:24:53.1548i52W3C0 (20/35)

 曽我部先輩は、淡々とした口調で話し始めるが、最後の方になると言葉が途切れ途切れになり、押し殺した様な口調になっていた。私は、小刻みに震える先輩の肩を無意識の内に抱いていた。

 「彼らはイキナリ攻撃してきたのですか?」

 「はい、聞く耳持たないといった感じでした」

 先輩の代わりに私が答える。先輩に頼ってばっかりではいけない。

 「ふむ、そうですか・・・・・・ワカリマシタ。もう大丈夫です。辛い事を話してくれて感謝しています。どうぞ部屋に戻ってゆっくりと休んで下さい。それから、急な事で済まないが、明後日、艦隊は此処のショートカット・アンカーを使っての地球から八・六光年離れた場所へのワープを行う。必要な連絡(こと)等があったら今の内に済ませておくように。此処まで来たら、もう後戻りはできない。今はツライでしょうが、何とか気を持ち直してほしい」

 少しの間、考える仕種をした後、司令官は穏やかではあるが、聞き様によっては有無を言わせぬように聞こえる口調で言った。



137こーじろう侍2011/02/02(水) 09:33:40.3848i52W3C0 (21/35)


 「「八・六光年・・・・・・」」

 私と先輩はハモる様に、途方もない数字を呟く。

 そして私達は無言で席を立ち、一礼をして退室をしようとした時、司令官は何かを思い出したかの様に、私達に声を掛ける。

 「ああ、そうそう。此処に来る途中に他の女性クルーとすれ違ったと思うのだが、知っているかもしれないが、彼女はナガミネくんと言って、少なくともヨツフサくんを攻撃した三体のタルシアンの内の一体を、彼女が斃してくれた様だ。もし、気が向いたら、一度話をしてみてはどうかな」

 「本当ですか?」
 私は少し驚いた口調で言い、司令官はうむと頷く。そして私達は、もう一度一礼をして退室した。


 後になって、この時に色々訊きたい事や、これから起こる事について思い当たる節が有ったのだけど、この時はとても訊ける状態ではなかったし、推測してもしょうがないので、あまり考えないようにした。



138こーじろう侍2011/02/02(水) 09:35:02.8948i52W3C0 (22/35)


 食堂は、いつもの活気が無かった。火星にいた辺りと比べるととても同じ集団であるとは思えなかった。

 冥王星での初めての本物のタルシアンの来襲。初めての犠牲者。ハイパードライブを使っての一・一光年のワープ。更に追い打ちをかけたのが、先刻、クルー全員に伝えられた、ショートカット・アンカーを使っての八・六光年のワープ大移動。

 私達にとって、何一ついい話なんて無かった。いつ帰還でき(かえれ)るのか、判らない。それどころか、もしかしたら死んでしまうかもしれない。そんな、不安感や恐怖、焦燥感が、この室内全体の空気を重くしていた。

 そんな中、私と曽我部先輩は長峰さんを見付けると、流石に今度は声を掛ける。

 「あの、長峰さん、ですよね?」

 「あ、は、はい」

 長峰さんは突然、声を掛けられて、きょとんとしながらも返事をしてくれた。

 その後、彼女と四房さんの事を始めとして、幾つか言葉を交わした。

 彼女は、控え目でおとなしい感じの子だったけど、どこか芯の強さの様なものも感じた。



139こーじろう侍2011/02/02(水) 09:40:17.7548i52W3C0 (23/35)


 食事を終えて、自室に戻ると、途端に気が重くなった。明後日には八・六光年先の遥か彼方まで跳んで行ってしまう。さらには、帰りのショートカット・アンカーは見つかってはいないという話に、私は途方もない気持ちになる。

 「また、送り直さないとな・・・」

 私は、自分でも認識できる程、虚ろ気味に呟くと、携帯のメールを再び書いていく。両親に、律達に、殆んど同じ内容の文面を送る。

 あとは・・・。

 「聡・・・」

 私は、両親達に送ったメールと同じ文を張り付け、そして更に記す。


 ―――もう、いつ戻れるか判らない。だからもし、私が帰る前に、お前に好きな人が出来たら、その時は、私の事は気にしないで、その人と付き合ってもらってもいいよ―――

 と・・・。

 「うう・・・」

 携帯のディスプレイに泪がぽたぽたと堕ちる。でも、彼の事を考えれば、もうこれ以上、いつ帰れるのか判らない私を待っててなんて、とても言えない。彼の人生の邪魔になってはいけない。


 本当に、悪い夢なら覚めて欲しい。

 私は、そんな事を願いながら、いつの間にか、疲れ果てて眠りに就いていた・・・・・・。



140こーじろう侍2011/02/02(水) 09:41:51.5048i52W3C0 (24/35)




 ワープアウトした宇宙(くうかん)。そこには、
 
 太陽があった。

 だけど、それは私の知っている太陽ではなくて、全く別の太陽に似た恒星(シリウス)だった。

 でも、そこには太陽系と同じ様に惑星があり、その中の第四惑星は地球と非常によく似た環境の惑星(ほし)である事が判っていた。

 ショートカット・アンカー発見時の事前調査で、発見されたこの第四惑星(ほし)は、

 『アガルタ』<地底にある伝説上の都市の名称>

 と、名付けられていた。



141こーじろう侍2011/02/02(水) 09:42:44.6748i52W3C0 (25/35)


 ワープ前夜、ランチルームにて、私達に伝えられたアガルタ調査計画は、大雑把に言うと、短期的にはタルシアンの痕跡を含むアガルタ全土の調査。長期的には此処を拠点として、更なるタルシアン調査を展開するといったものだった。

 ワープアウト後、艦隊は直ぐにアガルタの衛星軌道に入り、半日かけて惑星(アガルタ)全土の衛星写真を撮り、かなり高精度の地図を完成させていた。

 この地図を基に、各艦ごとの調査担当エリアが振り分けられた。それから更に各艦ごとの調査隊の編成がなされ、エリアを細分化、各隊員(クルー)の割り当てが決められた。

 此処での調査は、地上に降りるトレーサーと、艦中に残るトレーサーを半々にしての十二時間の交代勤務になった。支障なく調査が行われれば、一か月程で全区域を調査できる予定らしかった。



142こーじろう侍2011/02/02(水) 09:44:18.2848i52W3C0 (26/35)


 私を乗せたスティぐまは、大気圏を突破してアガルタ上空に出る。

 「すごい・・・」

 私は、空から見るアガルタの景観に思わず息を飲んで呟く。
 

 そこには、『緑』が有った。

 見渡す限りの自然。

 もう、月のベースキャンプ以来、二年近く見る事の出来なかったものが、此処にあった。緑色の景色が眼前に広がり、そこには山が有り、谷が有り、平野が有り。その中を縫うようにして、川が流れていた。

 こんな光景は見た事も無いのに、何故か懐かしさを覚えながら、決して黒では無い綿雲が漂う空を降下していくと、更に地上の様子を伺い知る事が出来た。

 更に降下すると、小さな点の様に見えるけど、確かに鳥の様な生物が群れを造って空を飛んでいた。



143こーじろう侍2011/02/02(水) 09:46:03.8248i52W3C0 (27/35)


 私と共に降下した五十機のトレーサーは、二千メートルにまで降下したと同時に、一斉に散開する。更に近くのエリアを担当する五機の僚機とも担当エリアが近付くにつれて、それぞれのエリアに散開して行った。

 一人になった私は、そのまま地上に降り立つと同時に地面が震え、それに驚いたのか物陰からカピバラっぽい小動物が勢いよく飛び出し、一目散に走り抜けて行った。

 人の手が全く入って無い手付かずの自然。私の家は都会の真ん中にある訳ではないのだけど、それでも純粋な自然と言うものは無かった。だから、この景色はとても新鮮なものの筈なのに、どこか懐かしささえ覚えた。灰色と黒色の世界に慣らされ、居続けていた私は、この様な生きている色に飢えていたんだと思う。



144こーじろう侍2011/02/02(水) 09:48:12.6748i52W3C0 (28/35)



 私の担当エリアは、この辺りを拠点とした百キロ四方というものだった。

 私は、先のミーティングで言われた通り、そこを大地を踏みしめながら歩行していく。 トレーサー越しなのだけど、自然に感じられる重力と感触が心地よかった。


 黙々と歩く続けているけど、景色そのものは殆んど変る事は無かった。担当エリアをマップを見ても、暫くは殆んどが平地で、少なくとも人口建造物といったタルシアンの痕跡は見つかりそうも無かった。

 「ふぅ・・・」

 今日のところは、地球以外の星の物珍しさや、自然に対する感動も手伝って、何とかなりそうだが、もしこの先、一ヵ月間このまま何も変わり映えが無かったらと思うと、思わずため息が漏れる。

 更に歩を進めて行く内に、段々と風が強くなり、雲行きが怪しくなってくる。そして、二時間ほど過ぎるとまだ明るい空からぽつぽつと、そして更に強くにわか雨の様に、雨が降り出してきた。

 二年近く見る事の無かった雨が、大地を、トレーサーを、そして私の心を濡らしていく。

 そして雨が止み、その雲間から陽光が差し込み景色を変えてゆく。

 私はそんな変わりゆく景色を眺め、空を仰ぎ見る。その懐かしいけど幻想的な眺めに、忘れようとしていた想い(もの)がこみ上げ、溢れ出して来る。

 一度は決心していた、聡への決別の思いが、心に建てた筈の壁が、心に降る雨に一瞬にして、いとも簡単に溶かされ、流されてゆく。

 「やっぱり諦める事なんて出来ない・・・逢いたい、やっぱり逢いたいよ、聡・・・・・・」
 



145こーじろう侍2011/02/02(水) 09:49:02.3148i52W3C0 (29/35)


 私の目からまた、泪が零れ堕ちた。

 情けない話だった。地球から八光年以上離れたシリウス(ここ)まで跳ばされた時に、諦めた筈なのに、そう決めた筈だったのに、もうその決意が崩れ落ちてしまった。

 宇宙に出てから何度か目の泪を流してしまった。私は、こうも脆くて弱い存在だという事を思い知らされた。女々しいとは正にこの事だ。それでも、判ってはいてもこの想いを抑えきれなかった。



146こーじろう侍2011/02/02(水) 09:50:57.8148i52W3C0 (30/35)

 こんな星(ところ)に来なければ、宇宙なんかに出なければ、四房さんは死なずに済んだ。私は律達と一緒に学生生活を送れた。あいつらと音楽を続ける事が出来た。みんなでバカやって、笑い合う事が出来た。聡と一緒に人生を歩んでいく事も出来た!。

 タルシアンさえ出て来なければ、全部、当たり前の日常として送る事が出来た!。

 「ちくしょう!タルシアン!!ちくしょう!!!」

 悲しくて、苦しくて、辛くて、憎くて、腸が煮えくりかえる位の怒り。でも、どうにもならなくて、もう、思いっきり声を出して無くしかなかった。コクピットに私の嗚咽が、逃げ場も無く響いた。

 「なぁ、聡、どうしたらお前に逢えるのかな。お前に逢えるなら何だってやってやるのにな・・・・・・」

 一通り泣き腫らした後、軽い脱力感に浸りながら、私はシートにもたれ掛かって、コクピットの無機質な天井を見上げながら、何気なく呟く。



 その時、ふと人の気配を感じた。



147こーじろう侍2011/02/02(水) 09:53:28.6448i52W3C0 (31/35)


 「えっ、何!?」

 反射的に身体を起こしながら声を出した瞬間、眩しい光が目に飛び込んできた。その刹那、幾つもの見覚えのある映像が脳裏を掠めて行く。
 

 誰もいない高校の教室、軽音部の部室、その机に並べられたティーセットとケーキ。学園祭のライブを演奏し(おこなっ)た講堂。聡と学校帰りによく立ち寄ったコンビニ。聡とよく他愛も無い話をした公園。密かに聡の試合の応援をしに行ったグラウンド。デートの時に勇気を出して胸をドキドキさせながら、さりげなく(?)聡の腕に抱きつく様に、腕を絡めた時の自分・・・。どれももう懐かしい。此処に来るまでは当たり前の事だったけど、今となってはとても幸せだったと思う数々の想い出の映像。

 でも、その中に異質なモノを感じた。とても嫌な感じのする、こちらを盗み見る様な、強い視線。
 
 <タルシアン―――!?>

 映像が消え、代わりに何かが私の目を掠める。私はそれをタルシアンであると確信し、反射的にスクリーンに目を向ける。



148こーじろう侍2011/02/02(水) 09:57:19.8848i52W3C0 (32/35)


 その瞬間、私の意識はコクピットを抜け出し、外の草原にふわふわと浮翌遊していた。

 そして、その自分と向き合う様にして私を見詰める、少し幼くなった自分?。

 「ねぇ、やっとここまで来たね」

 幼い私が、どこか優しい口調で話しかける。

 「大人になるためには痛みも必要だけど、あなたたちならずっとずっと先まで、もっと遠い銀河の果てまでだって行ける。・・・・・・だからついて来てね。託したいのあなたたちに」

 幼い私の言葉に、私の心はざわつく。

 「もう、私にとってはそんな事はどうでもいいんだよ。私はただ聡に逢いたいだけなんだ。あいつと一緒に同じ時間を過ごしたかっただけなんだ・・・・・・」

 何の為に此処まで来たのか?その全てをを否定するかの様に、私は幼い私に言い放つ。また、泪が出た。その瞬間、私の意識は桜高の音楽準備室(ぶしつ)にいた。私は誰もいないティーセットの並べられたテーブルの前に坐わって泣いていた。誰もいないのにティーセットだけが並べられているのが余計に寂しかった。

 西陽が、部室をティーセットを夕焼け色に染め上げていく。
 

 「大丈夫。きっとまた会えるよ」

 涙を流す自分を、今度は大人になった私が、優しく慰める。

 大人の私は、それじゃあと背を向ける。また、場面が変わり、私は体育館のステージの上にいた。ドラムセットが、ギターが、キーボードがそこに置かれていた。人は誰もいなかった。

 私は、私を追い掛けようとするも、ステージと観覧席との段差に気付き、一瞬、躊躇する。意を決して飛び降りようとすると、そこにはもう誰もいなかった。体育館も楽器のセットもいつの間にか消えてしまっていた。



149こーじろう侍2011/02/02(水) 09:59:00.1648i52W3C0 (33/35)


 スクリーンにはアガルタの草原が広がっていた。

 雨上がりの草原が生き生きとした姿を私に見せる。あの、雨上がりの独特の匂いが、匂ってきそうな気がした。

 <何だったんだ、今のは?私は白昼夢でも見ていたのか?>

 私は、夢にしては生々しいイメージに首を傾げる。

 大小の自分(あれ)は、タルシアンだったのだろうか?何の為に敵である私にあんな映像を見せ、私に語りかけてきたのだろう?。

 私が、そんな事を思案している時だった―――。

 私に知らせる、警戒音がコクピットいっぱいに鳴り響く。
 


 『タルシアン出現、タルシアン出現!』



150こーじろう侍2011/02/02(水) 10:03:24.0948i52W3C0 (34/35)


 刹那、スクリーンがミッションマップに切り替わる。

 『各地で出現したタルシアンが、調査隊を襲っている。全隊員に告ぐ。直ちに応戦せよ』



 「・・・・・・これが、お前達の言う痛みか!!」

 私が声に出して叫ぶと同時に、天空から光る巨大な何かが、猛スピードで地上に落ちる。かなり遠くではあったが、それが大地に突き刺さり巨大な火柱を上げるのがはっきりと見えた。それはさながら、何処かの神話にあったインドラの矢の様に見えた。

 「お前達は、私達とそんなに戦いたいのか?」

 私は、顔を伏せ、押し殺した声で呟く。

 戦わなければならないのなら、それしか帰り道が開けないのであれば。

 タルシアン(やつら)を斃すことが、戦い(いたみ)を乗り越える事だと云うのなら!
 

 <やってやる!やってやるさ!!>
 

 私は顔を上げる。多分、いつもの私が見たら、びびってぶるってしまう位、怖い顔をしていたのだと思う。

 この時、私の中で何かが切り替わる。

 <聡と、もう一度逢う為だったら、戦いでも、殺し合いでも何だってやってやる>

 <それで、望みが叶うのであれば―――>



 私は、戦う決意を、した・・・。



151支持率1%未満2011/02/02(水) 10:17:06.8048i52W3C0 (35/35)

 どうにか此処までたどり着く事が出来ました。やっとこさ目処が立ちましたので、

 何とか頓挫せずに最後まで書けそうな気がします。

 この駄文を此処まで読んで下っている心の広い方々(いるのか?)、とても有り難く思っております。 

 必ず、完結させますので、これからもお付き合いの方、宜しくお願い申し上げます。

 
 相変わらず、書くペースが遅くてすんません。

 でもやるんだよ!

 


152VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/02(水) 11:24:24.19J4DPuFkAO (1/1)

ROMってる人多いから、見てる見てないは気にしすぎない方がいい

そういう嫌いな人もいるっぽいし


153埋蔵金?2011/02/07(月) 20:51:08.856daK5Glz0 (1/12)

 そんなものはない。


154埋蔵金?2011/02/07(月) 20:54:20.326daK5Glz0 (2/12)





 2013年9月。

 澪姉から届いた、二通目のメール。

 俺は、自室でそれを見た瞬間。

 「何じゃこりゃー!!!」

 と、松田優作ばりに叫び声を上げると、何処かから「うるせーぞ!聡!」

 と、姉ちゃんの罵声が聞こえてきたが、その少し後に、

 「何じゃこりゃー!!!」

 と、松田優作ばりの叫び声が聞こえてきたので、姉ちゃんにも、澪姉から同様のメールが届いたのであろう。

 それだけ、このメールは俺達に衝撃を与える内容だった。

 八・六光年という遥か彼方のシリウス星系まで跳んでしまった事、彼女からの事実上の
FA権行使の権利を与えられてしまった事。

 主な内容はこの二点なのだが、二つとも俺に大打撃を与えるのには十分な内容だった。

 雨の中、梓さんを振ってしまってそんなに時間を置かずに届いた、一通目のメールに喜んだ後に、あまり間を置かずに届いた二通目(こ)のメール。正にぬか喜びとはこの事で、持ち上げるだけ持ち上げて一気に落とす。まるで、フリーフォール式の断崖喉輪落としを喰らったかの様な気分だった。



155こーじろう侍2011/02/07(月) 20:57:08.476daK5Glz0 (3/12)


 ふと、梓さんの顔が脳裏に浮かび上がる。

 あんなに素敵な笑顔を、泣き顔にしてしまった自分。

 お姉さんだった彼女を、駄々っ子みたいにさせてしまった自分。

 でも、今にして思うと、あの時、彼女が猫みたいな真似をしたのは、彼女なりの優しさと、年上としてのプライドだったんじゃないかなと思う。

 自分はそんな彼女を振ってしまい、しかもその唯一無二の理由である澪姉(おおもと)は、梓さんの言った様に、本当にいつ帰って来るのか判らなくなってしまった。

 たった一年でこの有様だ。この先の事を考えると、俺の気まで宇宙の彼方に飛んで行ってしまった様な感じになってしまう。



156こーじろう侍2011/02/07(月) 20:59:11.526daK5Glz0 (4/12)


 ハイパードライブは恐らくは当分使う事は出来ない。ハイパードライブで消費するエネルギーと機体に掛かる負担は相当なもので、一度使ってしまうと相当量のエネルギー補給と、安全の為の大掛かりなメンテナンスが必要になり、エネルギーはともかく、メンテナンスに関してはリシティアの整備クルーの人数と設備では恐らくは間に合わず、万が一敵からの攻撃を受けようものなら、尚更である事を大学の講義で聞いた。
 

 仮に新しいショートカット・アンカーを発見したとしても、安全面を考えれば、そう簡単に使う訳にはいかないし、もしかしたら任務続行か何かで使わせて貰えないのかも知れない。

 もし、任務によるものでなければ、このメールを送ってから一年経っても、澪姉が帰ってこない事を考えると、ショートカット・アンカーを使ってでの帰還は考えにくい。亜光速エンジンを使っての帰還となると、地球まで単純に考えて十年半以上、今現在判っているシリウス=地球間の中継点である、シリウスラインα迄でも、大体八年半くらいはかかってしまう。



157こーじろう侍2011/02/07(月) 21:01:24.476daK5Glz0 (5/12)

 尚且つ困った事は、これからはこちらからも、そして向こうからも、事実上連絡が取れなくなってしまった事だ。単純に考えて、双方からのメールが届くのは八年六カ月かかってしまう上に、ちゃんとメールが届くのかも怪しい。一・一光年から届いたこのメールでさえ、文字化けが有った位だ。とてもまともに届くとは思えない。



 <もう、澪姉からのメールをただ待つのはやめよう>
 


 俺は、俺の決めた道を歩んでいこう。そしてもうその進むべき道はもう決めている。正確には今、決めた。取り合えず、澪姉が戻る、或いは迎えに行ける時までは、一人で歩いていこう。

 万が一、澪姉が他の人と一緒になっていたとしても、その時はそれを受け入れ、笑顔で迎え入れよう。祝福しよう。


 もう、迷わない。


 俺は、改めて、一人密かに、自分の人生(みち)を見い出して定めた。



158こーじろう侍2011/02/07(月) 21:03:44.046daK5Glz0 (6/12)

 


 2021年3月。
 

 あれから8年の月日が過ぎた。俺は今、大学の研究室にいる。大学の博士課程を履修しながら、羽田野教授の助手に付いていた。

 羽田野教授は、タルシアンというか、地球外理工学の権威で、何と言っても光エネルギー還元増幅システムを開発した人だった。俺はこの人のゼミに入り、新しい移送技術の研究をしている。

 移送=ワープの研究をしているのは、やっぱり澪姉に少しでも近づきたいが為で、帰って来ないならこちらから追いかけてやろうという、一見、子供じみた想いからだった。

 でも、万が一、澪姉がタルシアンによって亡きものにされていたのなら、俺は、そんな奴等の技術を応用した、大量破壊兵器の研究をして、奴等を残らず殲滅してやるという、それこそ子供じみた事すら考えていた。



159こーじろう侍2011/02/07(月) 21:06:16.756daK5Glz0 (7/12)



 それにしても俺は、本当に澪姉に関する事以外は運が良いと思う。何しろ、宇宙系の学部は今や凄い人気で、一般企業からも国内外問わず研究員として引く手数多(あまた)であり、偏差値的にも大学最難関になってしまっていた。

 俺はそうなる前に、この道に入ったお陰で、まだ人の少ない博士課程を履修しながら研究職として大学に残り、世界的権威の教授の下に付く事が出来た。

 もっとも、この羽田野教授さえいなければ、人類が太陽系外(そと)に出るのも遅くなり、澪姉も宇宙(あんなところ)に行かずに済んだかもしれない事を考えると、俺と澪姉にとっては、この人が諸悪の根源とも考えられるので、勝手な考えなのかもしれないけど、この位の事はして貰わないと割が合わない気もした。



160こーじろう侍2011/02/07(月) 21:07:32.216daK5Glz0 (8/12)


 あとこれは、教授から聞いた話で、公式に発表された訳ではないのだけど、恒星間宇宙戦艦(コスモナート)には、冷凍精子や受精卵があり、だから女性だけで編成されている可能性が有るという話だった。

 教授曰く、今回の選抜隊には実は定められた勤務期間がないという事が、それを示唆しているのだいう。確かにそうだ。俺は最初、二、三年位で還って来ると思い込んでいた。だけど実際は十年経っても帰って来るどころか何の音沙汰もないといった有様だった。

 そう考えると、もし何らかの理由で艦隊航行が不能になったり、タルシアン調査の成果が上がらなかった場合、半永久的に帰って来られない。最悪、何処かの惑星(ほし)に入植して、そこで新たなコミュニティを形成している可能性すらある。



161こーじろう侍2011/02/07(月) 21:10:03.256daK5Glz0 (9/12)


 そう言った事態を考えて、俺は移送技術の研究をしている。澪姉にもう一度逢う為に・・・。

 もし、その時に澪姉の子どもがいたとしても、その隣に誰かがいなければ、彼女と一緒にその子を育ててもいいという、妄想じみた事まで考えている。

 それにしても、この話が真実であるのなら、何とも非道い話ではあるが、昨今の宇宙技術の開発ブームや、十年という月日による風化で、あまり騒がれる事は無いだろう。
 

 俺は、どのような事態になっていようとも、それを受け入れようと思っている。俺は俺なりの道を選び、進む事が出来たつもりだし、それだけの年月を重ね、それだけの年齢(とし)を重ねた。



 その時、不意に携帯のメール着信音が鳴った。この着信音を設定しているのはたった一人だ。九年近く振りのその音に、俺の心臓が跳ね上がる位に高鳴り、緊張して動機が恐ろしいまでに早くなる。こんなに緊張したのは掛け値なしに、生れて初めてだった。

 俺は、震える手で、恐る恐る慎重に、携帯を手に取り、内容を確認する。



162こーじろう侍2011/02/07(月) 21:13:36.786daK5Glz0 (10/12)





―――――これ 届く  お前 どこに     うな、
         のかな。
     私 生 て る。生き残れ       陰 。
     ありが    。
     でも、      かも知 な  れど、  
       に逢いたい。も 一度    いい、お前に
     どうし  逢い    。
     私より 上に   、あ   逢いた 。
      る事が出   び 、不     がら―――――



163こーじろう侍2011/02/07(月) 21:15:23.666daK5Glz0 (11/12)






 かなりの部分が、読めなくなっていたけど、確かに澪姉からのメールだった。八光年以上離れた場所から届いただけでも、多分、奇跡的な事だと思う。

 メールの全文は判らないけど、これだけは判る。

 澪姉は生きている。そして、俺に逢いたいと思ってくれている。


 知らない内に、涙を流していた。もう、いつ以来なのか思い出せない位ぶりの涙だった。

 澪姉が宇宙に行ってしまった時にすら流す事は無かったのに。十年という月日の永さと重さを感じずにはいられなかった。そして、俺の選択が間違っていなかったと確信できたのが嬉しかった。

 <俺は、この先どんな事があろうとも、必ず澪姉と再会してみせる>

 俺は、もう一度、固く決意をした。



164支持率1%未満2011/02/07(月) 21:23:39.346daK5Glz0 (12/12)

 
 かなり少しですが、上げさせて頂きました。

 次は、あまり間を開けずに上げられたらいいなと思っております。

 この、<少し読んだ時点で何の反応も無しに閉じられるSSスレ第一位>

 の、本作ですが、ナンとかめげずに書いていきたいと思っております。

 でも、やるんだよ!


165VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/10(木) 18:26:28.25rLA1jNmAO (1/1)

ふむふむ乙


166こーじろう侍2011/02/14(月) 08:31:03.04LfwzwKsR0 (1/30)



 2012年9月。
 

 コクピット上のサブモニターが、調査マップから戦闘ヘックスに切り替わる。

 アガルタ全土に散った五百の緑の点の近くに、敵である事を示す赤い点が纏わり付く様に溢れ出て来る。

 そして、アラームが鳴り響くと同時に私を示す点の近くに赤い点が現れたかと思うと、天空(そら)から一体のタルシアンが現れ、私に襲い掛かって来た。

 物凄い勢いで急降下して来るエイ型のタルシアンは、私に向かって触手の様なモノから光線(ビーム)を放ってきた。

 私は、それをかわすと、上空へと飛び上がり、すれ違いざまにタルシアンの腹の辺りを斬り裂く。タルシアンはブシューと、血飛沫の様なものを上げながら、浮翌力を失い、そのまま地面に叩き付けられた。

 今の私には、恐怖は無かった。そんなものを感じられる程、心に余裕など無かったし、其れほどまでに、追い詰められていた。だけど、心は不思議と落ち着いていた。まるで、視界が俯瞰している様な感覚になっていた。



167こーじろう侍2011/02/14(月) 08:32:58.32LfwzwKsR0 (2/30)

 その時、再び警報が鳴る。

 『軌道上、タルシアン群体出現!トレーサー部隊、地上戦終了後、直ちに各所属の母艦を救援せよ!』

 アラームと同時に緊急メッセージが告げられる。リシティア中心のマップに切り替わると、その周辺は見る見る内に赤い色に埋め尽くされていき、同時に調査の為、散開していた艦隊も続々とリシティアの周りに集結していく。ロコモフ司令官は艦隊決戦を決断したのだと私は判断した。

 私はもう一度アガルタの地上マップに切り替える。赤い点も緑の点も次々と消えたり動いたりしていた。もう、地上戦は終結しようとしている様だった。

 私はスティぐまのバーニアを噴射させ、更なる上空へと飛び上がり、リシティアの元へと向かう。どうしても気になって再び地上に目をやると、幾つかの砲煙が上がっているのが分かる。戦況を知らせるディスプレイを確認すると、トレーサー部隊―21 タルシアン―17と表示されていた。もう既に二十機以上のトレーサーが沈んでいる事を示す無情な数字。タルシアンはこの地上戦は、決戦前のふるい落としとでも言いたいのだろうか?。
 



168こーじろう侍2011/02/14(月) 08:36:01.49LfwzwKsR0 (3/30)


 そして私は、大気圏突入の為のバリアを張る。大気圏を抜けると、そこにはリシティアを中心とする艦隊や、続々と集結していくトレーサー部隊。そして、それらを取り囲む様に対峙する、大小タルシアンの軍隊が揃う、決戦の場があった・・・。


 私は扇形に陣形を張る艦隊に加わると同時に、通信ディスプレイに信号が入り、曽我部先輩の姿が映し出された。

 「秋山さん。無事だったのね。よかった・・・」

 先輩は私の無事を確認すると、心底ほっとした様に胸を撫で下ろして、安堵した表情(かお)で言ってくれた。こんな時でも、自分よりも私の心配をしてくれるところが、いかにも先輩らしい、と思った。


 「戦況は?地上戦はどうだったんですか?」

 私は、改めて先輩に確認を取る。
 
 「あまり芳しくは無いわね。リシティア配備の百機の中だけでも既に二十機以上やられてる。あえて誰とは言わないけど、その中には私達の見知った顔もあるわ」

 先輩は私の問いに、柳眉を寄せ、重苦しい表情と口調で私に告げる。

 「私のところにも敵(タルシアン)が襲って来たけど、運よく何とか撃退出来た。秋山さんのところにも来た?」

 「私のところにも来ましたけど、どうにか沈めました」

 「・・・そう。その様子なら大丈夫みたいね。でも、これからが本番。今からは出来る限り、一緒に戦いましょう。その方が多分、生き残れる可能性が高いわ」

 先輩の言葉に、私は黙って頷く。そうこうしている内に、次々とタルシアンも集結し態勢を整えていく。この戦いは越えなければならない痛み。この痛みを越えなければ、私の望みは叶えられない。私はそう自分に言い聞かせて、先輩の機体の横に並ぶ。
 

 そして、私が思っていた以上に静かに、戦いの火蓋が切って落とされた・・・。



169こーじろう侍2011/02/14(月) 08:38:25.18LfwzwKsR0 (4/30)



 遂に、戦いが始まってしまった。戦いの直後こそ静かであった戦場が、時間が経つにつれ次第にその激しさを増してゆく。

 私はふと、隣で戦況を見つめているであろう、澪ちゃんの機体(トレーサー)に目をやる。

 彼女と合流してから、幾つか言葉を交わしたのけれど、私は、どこかいつもとは違う、違和感みたいなものを感じていた。決して、冷たいという感じではないのだけど、何処か機械的な、何と言うか余計な感情を削ぎ落としたかの様な印象を受けた。

 <やっぱり、澪ちゃんもアガルタで、あれを体験したのかしら?>

 惑星アガルタで視た映像(?)、初めは幼い私。その後に視た、『痛みを乗り越えろ』と言う、今の私とそんなに変わらない姿の私・・・。彼女(?)の言葉によって、澪ちゃんの精神が劇的に変化したのかもしれない。

 今の澪ちゃんからは、臆病さや、恐れみたいなものは全く感じない。あの、冥王星やシリウスラインの時とは別人の様だった。

 だけど、その変化に対する不安感みたいなものは、私は感じなかった。むしろ、頼もしさえ感じる。



170こーじろう侍2011/02/14(月) 08:41:13.22LfwzwKsR0 (5/30)


 「先輩!来ますっ!」

 突然の彼女の声に、私ははっとなって、メインスクリーンに慌てて眼を向ける。タルシアンが一体、私達に向かって襲い掛かって来ていた。タルシアンは更に距離を詰めて来ると、私達を狙って紅いビームを放ってきた。私は焦りながら、シールドを張るが、その時には既に、澪ちゃんはビームを躱し、一気に距離を詰めると、ビームブレードでそれを一閃する。その瞬間、タルシアンは血の様な物を大量に噴出させながら、生命エネルギー(?)を全て失い、宇宙に漂う。

 私は、彼女の一連の動作に目を見張った。全く無駄のない動きに見えた。そして、彼女のビームブレードは細いが鋭い日本刀の様に見えた。その動作、エネルギー消費ともに、極力、無駄の無い攻撃だった。

 この瞬間、私は自分の役割を悟る。私は、彼女の盾になり、出来る限り防御に徹し、彼女の攻撃をサポートするという事を。


 もし、この戦いで生き残り、いつか帰る事が出来たとしても、その時、彼女の隣にいて、彼女を支える役は、聡君であって、私じゃない。それなら、せめて今だけは私に彼女を支えさせて欲しいと思う。少しでも彼女の隣に居させて欲しいと思う。


 私は、喜んで彼女の盾になる事を決めた。



171こーじろう侍2011/02/14(月) 08:43:13.78LfwzwKsR0 (6/30)


 タルシアンが攻撃を仕掛けて来る。私はそれをバリアシールドで防ぎ、ミサイルやバルカンで攪乱する。その隙に澪ちゃんがタルシアン(それ)をビームブレードで切り裂く。

 この一連の殺陣の様な動作が私達の戦法になった。澪ちゃんが攻撃、私が防御に徹する事で一つの事に集中する事が出来、確実に戦果を上げていく。

 とかく、澪ちゃんの戦いは凄かった。恐らく彼女は反射や勘に頼ったものではなく、相手の僅かな動作から計算して、それからの動きを見極め、それに対応する戦い方をしているのだと思う。そして、その的確な判断能力と操縦技術も見事だった。

 言ってしまえば、トレーサーパイロットとしての天性(さいのう)は、あの長峰さんの方が上なのかもしれない。でも、澪ちゃんにはそれを十分補える程の、俯瞰的視点と思考と的確な状況判断能力があるように思えた。

 私は、学生時代を含む、今までの澪ちゃんを見てきて、怖がりな所、恥ずかしがり屋な所、つまり自分に対する自信の無さが、彼女の本来持っている高い資質を引き出し切れていなくて勿体ないと思っていた。

 だけど、今の彼女からはそれらを感じない。でも、決して驕っている訳でもない。これが本来の彼女の姿だと思える。そして、その実力(ちから)はやっぱり凄かった。


 そして、十数体位のタルシアンを沈めた頃、リシティアから補給の為の帰還命令が伝えられる。私達はそれを受けると、一段落すると一転してリシティアに帰艦した。



172こーじろう侍2011/02/14(月) 08:44:53.65LfwzwKsR0 (7/30)




 曽我部先輩と共に、リシティアに帰艦すると、私は休憩を兼ねた補給を行っている合間に、無理を言って自分の部屋に戻らせてもらった。そして、急いで部屋の戻ると、すぐさまパイロットスーツの中のシャツを、HTTのTシャツに着がえ、そしてベッドに置いてあるさとぴょんを抱える、更に一瞬、エリザベスに目がいったけど、流石にやめておいた。

 HTTTシャツが私に勇気を与えてくれて、さとぴょんが私に安心感を与えてくれる。決意した戦いとはいえ、当然、ずっと平常心ではいられない。だから私はこの二つが必要だったし、実際、手にして心強く感じた。

 そして、また急いでコンテナに戻る。

 丁度、補給が終わった頃で、整備クルーが私を見付けると、急いで戻る様に言った。私はそれに従い、そのクルーに頭を下げると、再びスティぐまに乗り込む。その際、クルーの人がさとぴょんを抱える私を見て、一瞬、怪訝そうな表情(かお)をしたけど、何も言わないでくれた。私はもう一度、軽く頭を下げると、ハッチを閉め、発進許可が出たと同時に再び戦場に飛び出していく。



173こーじろう侍2011/02/14(月) 08:47:04.91LfwzwKsR0 (8/30)


 リシティアを再び飛び出した私を、曽我部先輩が待ってくれていた。

 「無事に用事は済んだの?」

 先輩の声は優しかった。

 「はい、力強い味方を連れて着ました」

 私はちょっと、照れくさそうに言う。

 「そう。それならもう安心ね。征きましょう、秋山さん」

 「はい」

 私達は、再び戦場へと向かってトレーサーのバーニアを噴射させた。



174こーじろう侍2011/02/14(月) 08:53:28.97LfwzwKsR0 (9/30)





 あれから何度か目の補給をして、そして今、最後になるだろう補給を済ませ、再度、出撃する頃には敵の攻撃は更に苛烈さが増していた。
 
 私達は、徐々に追い詰められつつあった。

 今までは二人で戦っていた戦友(せんぱい)とも、タルシアンの度重なる攻撃により、遂に分断され、先輩と逸れて仕舞っていた。
 

 私は、ついに一人になった。



175こーじろう侍2011/02/14(月) 08:55:08.62LfwzwKsR0 (10/30)



 この頃には、既にリシティア配属のトレーサーも五十(はんすう)を割っていて、補給の為のゲートを死守する事すら困難になっていた。最後の補給と言ったのはこの為だった。
 


 「当たり前だっ!!」

 私はコクピットの中で吐き捨てる様に言った。

 パイロットは私を含め、その殆んどが、女子高生や女子大生と言う、それまで戦いのたの字も知らない様な、小娘、素人中の素人の集まりだ。実践の恐怖に実力(くんれんのせいか)を出せずに散ってしまった命も沢山あると思う。

 むしろ、余りの恐怖に恐慌をきたして、総崩れにならかっただけでも奇跡だと思う。もしかしたら、選抜メンバーの選考時に、この様な状況下に於いての、耐性も鑑みたのだろうか?。



176こーじろう侍2011/02/14(月) 08:57:41.62LfwzwKsR0 (11/30)



 『警告』

 『右方より、タルシアン接近。二基編隊、距離七〇〇』

 索敵コンピューターが機械音声そのままに私に新たな脅威の接近を知らせる。曽我部先輩の安否は勿論、心配だけど、今はそれより自分が生き残れるかどうかで頭が一杯だった。私は、自分の薄情さ身勝手さに嫌気が差すが、こんな所で死ぬわけにはいかない。

 私は、これからの戦いに備えて、ミサイルやバルカン砲の残弾数や、エネルギーの残量を確認する。

 ここから戦いは、更に苛烈に、苦しくなっていくだろう。


 <命、かけて>
 
 私の、命をかけた生き残る為の戦いが、再び開始された・・・。




177こーじろう侍2011/02/14(月) 08:59:41.67LfwzwKsR0 (12/30)



 索敵に反応したタルシアンがすぐそこまで迫っていた。二体の亀型のタルシアンは、私の目前まで迫ると二手に分れる。挟み撃ちを狙っていると判断した私は、自分により近い方のタルシアンに接近しながらミサイルを一基撃ち込む。

 タルシアンはそれを避わすと同時に、私は敵(その)懐まで接近し、ビームブレードで一閃する。そして、そのタルシアンが肉片となって沈むのを待たずに、私は宙返りをする様に反転し、もう一体に迫る。そいつはビームを放ってきたけど、私はシールドを張り、それをやり過ごすと、甲羅の部分に飛び乗り、ブレードを突き刺す。ブレードを引きぬくと同時に、血飛沫の様なものを噴き出て、もう一体も沈ませた。



178こーじろう侍2011/02/14(月) 09:02:03.16LfwzwKsR0 (13/30)



 「はーはー」

 緊張の連続で、口の中が異常に乾く。ホルダーからドリンクパックを取りだし吸って飲んだ。機体のエネルギーは勿論、私自身のエネルギーにも気を配らないといけない。

 もう、戦況からして、リシティアに戻っての補給は受けられそうもない。

 私は、いや、私たち全員がそこまで追い詰められていた。

 この時点で、リシティア所属の僚機は既にゆうに五十機を割っている。

 考えるのも嫌だが、桜高の3年2組のクラスメイトが、突然半分以上いなくなってしまった事を、想像してしまい、目の前が真っ暗になった。



179こーじろう侍2011/02/14(月) 09:03:58.32LfwzwKsR0 (14/30)


 「だめだだめだっ、余計な事は考えるな」

 私は、ぶんぶんと首を振り、雑念を振り払う。今、すべき事はリシティアを守る事だ。仮に、私だけが生き残ったとしても、リシティアが沈んでしまったら、帰る事が出来なくなってしまう。それでは全く意味が無かった。

 戦況は、明らかにこちらの分が悪いと思う。こちらは、兵力が限られており、増援も不可能。且つ、既にその兵力も半数以下になっている事に比べ、タルシアン側の兵力は底が見えない上に、その母艦である、大タルシアンもまだ五十近く(かなり)の数が控えていた。

 トレーサーと小タルシアンの性能(つよさ)だけで判断すれば、トレーサーに分があると思う。だけど、パイロットの練度(しつ)を考えれば、その差は無いに等しいし、兵力差を考えれば、明らかにこちらが不利だ。




180こーじろう侍2011/02/14(月) 09:08:23.28LfwzwKsR0 (15/30)


 そして戦況は、既に消耗戦の様相を呈していた。このまま、劇的な何かでもなければ、こちらが先に限界を迎えてしまう。しかし、戦場は静まったり、何かが起こるどころか、更に敵の攻撃が、苛烈なものになっていた。

 所々にタルシアンの残骸に混じって、トレーサーの残骸も幾つか見付けてしまう。それを見る度に私の気持ちが、何とも言えない居た堪れない気持ちになる。

 「とにかく、まずはリシティアを守る!!」

 恐怖心はアガルタに捨ててきた。そして今は、ネガティブな感情を捨てる様に叫ぶ。『リシティアを守る』。今はそれだけしか考えない様に努めた。

 「!?」

 その時だった。リシティア(かんたい)方面から、凄まじい迄の閃光が放たれる。睨み合う様にして対峙していた、戦艦と大タルシアンがお互いに向かって、真正面から主砲を撃ち合い始めた。その凄まじい迄の光の奔流が、放たれ、ぶつかり、光爆するさまは、正に眼が焼きつく様な、この世の物とは思えない壮絶な光景だった。

 しかしその、鮮やか過ぎる光景は、次第に凄惨なものになって逝く。

 両者のビームは、次第に力比べの様相を呈し、互いに少しも引けない所まで来ていた。そして、更に信じられない事に、大タルシアンは紅いビームを放ちながら、蒼いビームで応戦するコスモナートに、じりじりとにじり寄って行く。そして、遂にその中の一つが、断末魔を上げる様に内部から閃光が放たれたかと思うと、熱膨張を起こし始め、真っ赤になって一気に爆散する。

 そして、その光景は連鎖的に起こって逝く。

 爆散したのは、大タルシアンの方だった。




181こーじろう侍2011/02/14(月) 09:10:03.30LfwzwKsR0 (16/30)


 「よしっ!」

 リシティアに向かうのも忘れた様にこの光景に見入っていた私は、思わず喜びの声を上げる。少なくても火力と装甲ではこちらが勝っている。このままいけば、もしかしたら、艦大戦での勝利=この戦いでの勝利。を納める事が出来るかも知れないという希望が湧いてくる。

 だけど、大タルシアンは後方に待機していたものが、再びコスモナートに一対一の力比べを挑んで来る。こちら側は、前線の九艦と後方に控える、旗艦リシティアの全十艦。敵(タルシアン)は、それをはるかに上回る数を有している。

 恐ろしい迄の消耗戦、総力戦。しかも、こちら側は一度根負けしたら、人的にも物的にもあらゆる意味で替えが利かない。正に崖っぷちの戦いだった。

 あまりの緊張感に、背筋に、冷たい物が流れる。
 
 そして、恐れていた事態が起こる。



182こーじろう侍2011/02/14(月) 09:12:10.74LfwzwKsR0 (17/30)


 大タルシアンと艦首を突き合わせていた内の一艦が、遂に限界を迎えて、あの白かった装甲がみるみる赤熱色に染まっていき、最後の焔と光を放ち爆散し、沈んでいく。それは、恐ろしい負の連鎖を呼び込み、次々と連なる様にコスモナートが同じ様に爆散し、沈んでいく。

 救命艇が出てこない事から、恐らく中のクルー達は、爆発する前に、逃げる間もなく艦体が赤熱色に染まる頃には・・・。嫌な想像が脳裏をよぎる。

 大タルシアンの隊列は最後だったのに、まるでそれを狙ったかの様に、大タルシアンがコスモナートが相討ちをするかの様に沈む。

 そして残ったのは、最後の大タルシアンと、後方に控えていた、艦隊旗艦のリシティアのみとなった。



183こーじろう侍2011/02/14(月) 09:13:54.04LfwzwKsR0 (18/30)




 「何だ、何だんだよ、これは・・・」

 私は、呆然となって呟く。こんな事ってあるか?一瞬にして九隻もの艦隊が、沢山の命が爆発と共に消えて逝く・・・。信じられない絶望的な光景だった。

 私は堪らなくなって思わずさとぴょんを何かに縋る様に力一杯に抱き締めていた。

 <此処までする必要があるのか!これがお前達の言う『越えなければならない≪痛み≫
なのか!非道過ぎる。お前達は私達からどこまで奪えば気が済むんだっ!!>

 身震いがして来る。怒りに、悲しみに、絶望に、そして痛みに。だけど私はそれを無理矢理に押さえ付ける。

 私がやるべき事はただ一つ。

 ――最後の希望――

 「リシティアを守る!!」

 私は何度か目のこの言葉を叫ぶと同時に、スティぐまをリシティアに向けて急加速させる。

 しかしそれすらも叶わず、待ち構えていたかのようにタルシアンの群に阻まれる。

 かなりの数だった。

 これだけの数を相手にして、すぐにリシティアに辿り着くのは正直、難しい。それどころかこの状況で生き残れるかどうかすら怪しかった。

 「くそっどこまでもバカにして!!」

 だけど、今の私には逃げるとか、回避するという選択肢は最初(ハナ)から無かった。

 そして私が、立ち塞がる敵に向かおうとしたその時だった。



184こーじろう侍2011/02/14(月) 09:17:07.04LfwzwKsR0 (19/30)



 「!!あれは!」

 物凄いスピードで、リシティアに向かって往くトレーサーがかなり離れた所だけど、スクリーンのほんの片隅に映る。私はこの一機に、リシティアの命運(こと)を託そうと思った。あのトレーサーとパイロットに任せておけば大丈夫。

 何故だか、そんな気(よかん)がした。

 「よし」

 私は意識を切り替える。

 今、私がやるべき事。それは、たった一機でリシティアを守りに往った彼女の為に、此処で出来るだけ、敵(よけいなやつら)を引きつけ、彼女に振りかかる火の粉を少しでも振り払う事。

 「これが私の最後の戦い。命(すべて)をかけて、戦い抜いてやる!!お前達が私達に痛みを課すのなら、お前達にも相応の代償を支払わせてやる!!」
 
 私はビームブレードを構え、バリアを張り、タルシアンに向かってバーニアを噴出させた。


 ―――私はここを最後の戦いの場所と決めた・・・。



185こーじろう侍2011/02/14(月) 09:18:40.84LfwzwKsR0 (20/30)



 スティぐまのビームブレ―ドが、蟹型のタルシアンの胴体を斬り裂く。もう、何体斃したのか判らない。相当数は減らした心算だったけど、まだまだ、かなりの数が残っていた。

 「やらせるかっ!!」

 その内の一体が私を回避してリシティアに向かっていくのを察知した私は、そいつを猛スピードで追いかけ、バルカン砲で動きを止め、ブレードで薙ぎ払う。その時、他のタルシアンの攻撃(ビーム)を受け、機体が大きく揺れ、ひどく揺さぶられる。

 身体が、脳が、苦しいと悲鳴を上げる。

 機体(スティぐま)の、そして私のエネルギーが底を突くのが先か、その前に戦いが終わるのが先か。全ては、リシティアとそれを守るあのトレーサーに掛かっていた。

 ソーラエネルギーシステムによって、ある程度のエネルギーの補給は出来るものの、立て続けに攻撃を受けたり、無駄な攻撃や動きをしていては、いずれ補給も間に合わなくなり、エネルギーもすぐに底をついてしまう。

 精神(こころ)強く奮い立たせないとすぐに折れてしまいそうな、そんな命がけの消耗戦だった。



186こーじろう侍2011/02/14(月) 09:20:40.90LfwzwKsR0 (21/30)



 もう、どれだけ繰り返しているのだろう。バルカンとミサイルを放ち、ブレードで斬り
裂く。しかし、それでも敵の数は多く、次第に攻撃を受ける事が多くなっていく。

 「がはっ!」

 何度か目のビームの直撃を受け、私はその強烈な衝撃で、コクピットのどこかに強かに、額を打ち付ける。余程、強く打ったのか、痛みと共に、額からぬるっとしたものが流れたみたいだ。止血する間もないのだけど、幸い、それが目に入る事は無かった。

 体力が、エネルギーがみるみる削られていく。その度に心が折れそうになる。だけど、その度に精神(こころ)を奮い起たせて、敵に向かって征(い)く。

 だけど、それでも敵の攻撃は終わりを見せず、私の気力が遂に限界を迎えようとしていた。

 いよいよ私も最後なのか?と、半朦朧とした状態で諦めかけた瞬間。何かが、私の脳裏に飛び込む様に飛び込んで来た。



187こーじろう侍2011/02/14(月) 09:22:14.25LfwzwKsR0 (22/30)



 「聡!」

 それは、一番大切な人だった。

 彼の顔を、声を、笑顔を、優しさを、まるで彼がすぐ傍に居るかの様に、鮮明に私の心の目に映し出される。

 彼とデートをしている私がいた。特別な事は何も無かったけど、一緒に居て、話して、ほんの少し触れるだけで、楽しくて、嬉しくて、ドキドキして、幸せだった。



188こーじろう侍2011/02/14(月) 09:24:48.97LfwzwKsR0 (23/30)




 <聡!>

 澪姉の声が聞こえた気がした。遠い遠い遥か彼方から聞こえる、俺を呼ぶ声。俺は、大学の受験勉強をしていた手を止め、部屋の窓から夜空を見上げる。その夜空に一際輝く、輝ける星が一つ。俺にはそれが精一杯に命を燃やし、輝かせ、自身の存在を知らせる、澪姉そのものに見えた。

 その星から聞こえる、





 ほしのこえ。
 




 澪姉は生きている。必死に自らの命をかけて・・・。そして、自惚れかも知れないけど、俺を求めている。俺も彼女を求めている。

 だから、俺も頑張るから。澪姉に少しでも追いつける様に、俺なりのやり方で・・・。

 <それに、澪姉がどんなに遠くに居ようとも、俺の心はどんな事があっても澪姉のすぐそばに居るから・・・>



189こーじろう侍2011/02/14(月) 09:26:51.33LfwzwKsR0 (24/30)




 「澪姉。俺は何時か澪姉に追いついてみせる」

 聡の声が聞こえた気がした。

 もう一度、彼の声が聞きたい。彼に触れたい。

 そうだ!どうしても悔みたくない!こんな所で[ピーーー]ない!!。

 私には逢いたい人がいる!帰りたい場所がある!!。

 だから私はっ!!!。



 「全力で生きたいんだ!!!!」
 


 私は心からの叫び声を上げる。気力が、生きたいという気持ちが今まで以上になっていくのを感じる。

 もう出し惜しみはしない。全力で私の全てを懸けて、タルシアンと戦う。
 



190こーじろう侍2011/02/14(月) 09:33:53.94LfwzwKsR0 (25/30)



 「私は、私は!」

 <俺は、俺は!>

 「聡」 <澪姉>

 「私は」 <俺は>
 



 「「ここにいる!」」
 



 私は叫び戦う。自身の存在を大切な人に伝える様に。

 私はここにいるよって、感じて貰える様に。
 





191こーじろう侍2011/02/14(月) 09:37:13.29LfwzwKsR0 (26/30)



 斬って斬って斬りまくる。その度に攻撃を受け強く揺さぶられるけど、もう気に掛ける事はしない。自分が終わって終う前に、リシティアを、それを守るトレーサーを信じて戦うしか今の私は考えない。
 

 「最期だ!!」

 私は、タルシアンの正面にブレードを突き刺し、渾身の力で薙ぎ祓う。体液が勢いよく噴きだし、スティぐまにそれがかかる。

 そして私は目に映る最後のタルシアンを斃した。

 夥(おびただ)しい数のタルシアンだったものの残骸が、戦場に、私の眼前に漂っていた。恐らく、スティぐまの機体(からだ)は夥しい程の、タルシアンの返り血に染まっているのだろう。



192こーじろう侍2011/02/14(月) 09:38:31.66LfwzwKsR0 (27/30)


 スティぐまは最早、バリアすら張れない状態で、腕や脚等はかなり破損しており、特に防御の為により攻撃を受けた、右側の腕、脚は破損部分がスパークを起こしていて、もう使い物にならなくなっていた。

 機体のエネルギーは底を尽き、私は強烈な疲労と脱力感に襲われた。身体が、指先すらまともに動かない。もう声さえもまともに出せない程で、私もスティぐまも、正に満身創痍だった。

 そして、私はやり切ったという満足感と達成感で、そのまま意識が失いそうになる。

 その時だった。私の視界に一体のタルシアンが飛び込んで来る。斃し損なったのか?新たにやってきたのか?それは判らない。判る事は、今の私には精神的にも物理的にも、もうこいつを斃す術が無いという事だった。
 



193こーじろう侍2011/02/14(月) 09:41:20.99LfwzwKsR0 (28/30)



 「さ・・と・・し・・・」

 私は、出せない声で愛する人の名を紡ぎだし、最後の力を振り絞ってさとぴょんを、ぎゅっと抱き締め、目を瞑る。

 最後は彼の事を想いながら迎えようと思った。
 

 その時、暗い瞼の奥の世界の片隅に、微かな光が生まれた。
 

 そして私は・・・。

 <・・・・・・>

 いつまで経っても攻撃されない事を怪訝に思った時、機体の両肩をがしっと何かにつかまれる衝撃を感じて、私は恐る恐る目を開ける。



194こーじろう侍2011/02/14(月) 09:43:16.93LfwzwKsR0 (29/30)


 スクリーンにはタルシアンではなく、トレーサーが心配そうな表情(?)で私を見つめていた。


 『み、澪ちゃ――秋山さんっ秋山さん!大丈夫!?』

 聞き慣れた声が聞こえる。サブモニターに目をやると、そこには曽我部先輩が今にも泣きそうな顔と声で必死に私に呼び掛けてくれていた。

 「せん・・・ぱ・・い・・・・・・」


 先輩の声を聞き、姿を見て、私は安心感を覚えて、そのまま意識を失った・・・。




195まさかここで2011/02/14(月) 09:53:48.61LfwzwKsR0 (30/30)

 >>189のピーは、「「死 ね」ない」です。
 
 あの場面でのピーは、ちょっときついです。

 て、これもピーじゃないだろうな。

 それにしても、此処の所は上手く書けない上に、時間がかかってしまいました。

 やっぱこれ、つまんないのかなーとか思いつつ、それでもあと、もう少しになってきましたので、ナンとか頑張っていきたいと思います。



196VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/15(火) 21:57:43.48Kq5p4Tbfo (1/1)

やっとsageるの覚えたのか


197VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/02/18(金) 22:25:54.18qn/ycmGAO (1/1)

sageだけじゃなくてsagaもしろよ…


198こーじろう侍2011/02/21(月) 11:30:57.88oIY1MlnJ0 (1/12)



 2021年3月。


 その日の早朝。俺は羽田野教授に呼ばれ、彼の研究室に来ていた。

 今の俺の立場上、よく教授に呼び出しを喰らう事はあるのだが、こんな早朝に呼ばれるなんて事は殆んど無かった。

 そんなことよりも、今、俺が気に掛かるのは、先日の臨時のニュースで報じられた選抜隊のニュースの事だ。

 シリウス星系でタルシアンとの大規模な戦闘があり、多数の犠牲者があったものの、勝利を収めたというものだった。シリウスラインからの八年七カ月ぶりのニュースに、翌日の朝刊にも、3D動画付きの特別紙で一面に掲載されていた。

 澪姉からのメールから、殆んど間を空けずに報じられた速報。

 俺は彼女の無事を確信しつつも、多数の犠牲者が出たという処がやはり気になって、ネットやら何やらで出来る限り真相と詳細を調べようとしたのだけど、元々、情報量も少なく、距離が距離なだけに、通信も上手くいかないのであろう、色んな所から情報が錯綜して、調べれば調べる程、訳が判らなくなってしまっていた。



199こーじろう侍2011/02/21(月) 11:32:35.02oIY1MlnJ0 (2/12)


 生存者の発表もまだ、公式発表はされておらず、どこで調べたのかあちこちで独自の発表がされていたのだけど、その中に澪姉の名前が有ったり無かったりして、どうにも信憑性の乏しい物ばかりだった。あれから、澪姉のメールは届いておらず、こうなるとあのメールが、戦闘前なのか後なのかによって、だいぶ印象が変わって来る中で、もやもやした気持ち中での教授の呼び出しだった。

 その中で俺は、ある予想と言うか期待を持って研究室(ここ)に居る。この期待の為だけに、この大学に入り、この教授のゼミを選び、この教授(ひと)の助手をしていると言っても過言ではない。

 そして、教授が研究室にやって来た。挨拶を交わし、二、三言、言葉を交わした後に、教授が俺を呼び出した理由を告げる。



200こーじろう侍2011/02/21(月) 11:35:13.30oIY1MlnJ0 (3/12)

 「リシティアからの救援信号が入り、航宙自衛隊からも救助艦を出す事になった。私も調査研究の為、その艦に同乗する事になったので、助手である君にもついて来て貰いたい」

 「君は、その為に私の下に付いたのだから、当然、ついて来るのだろう?」

 その言葉を聞いた瞬間、正に万感の思いがこみ上げてきた。

 俺の長年の希望が、叶った瞬間だった・・・。


 そして、その数時間後、俺の携帯にメールが届いた。


 澪姉からのメールだった。


 確信が、確定に変わった瞬間だった・・・。




201支持率1%未満2011/02/21(月) 11:43:07.32oIY1MlnJ0 (4/12)


 200レス『悪い人の夢』。

 そんな感じ(?)です。

 いや、夢落ちは絶対に無いですが・・・。


202こーじろう侍2011/02/21(月) 11:44:44.65oIY1MlnJ0 (5/12)




 2012年9月。


 目が覚めて、ゆっくりそれを開けると、そこに柔らかい光が差し込んで来た。

 少しざわついている様子の中、私の目に、心配そうな面持ちで私の顔を覗き込んでいる、曽我部先輩の姿が映った。

 「・・・せん、ぱい・・・?」

 まだ、少し頭がぼうっとしている様だ。でも少しずつ、意識と記憶が戻って来る。それが確かなら、私は先輩に助けられて、恐らくはまだ生きている筈だった。

 「痛(つ)っ」

 意識が戻った瞬間、上半身に鈍い痛みが奔る。どうやら、あの戦いで相当、打撲や打ち身をした様だ。こめかみの辺りを触ると、額の傷に包帯が巻かれていた。

 「み、澪ちゃ、あ、秋山さんっ、よかった気が付いたのね」

 私のぼんやりした目に、涙ぐむ先輩が見えた。その表情(かお)を見て、なんだかちょっと可愛いと思ってしまった。



203こーじろう侍2011/02/21(月) 11:46:24.94oIY1MlnJ0 (6/12)

 「せ、先輩・・・私生きているんですね?先輩が助けてくれたんですね。それで、戦いはどうなったんですか?終わったんですか?」

 「ええ、終ったわ。最後の大タルシアンが沈んだのと同時に、小さいのも一目散に何処かに行ってしまったわ。あの時、秋山さんを助けようとした時が丁度その時だったみたい」

 「だから、私が助けたんじゃないわ。敵が勝手にどっかに行ってしまっただけ」

 先輩は、申し訳なさそうな表情(かお)で言った。

 「いえ、先輩がいてくれなかったら、今ここに私はいないと思います。現にスティ――私の乗ったトレーサーをリシティア(ここ)まで運んでくれたのは先輩なんですよね?」

 「ええ、でも私が貴女にしてあげられたのはそれだけよ」

 「いえ、先輩は他にも私にとっては本当に沢山の事をして頂きました。本当に感謝しています」

 私は、先輩の言葉に首を振りながら言った。私の言葉に偽りは無かった。先輩がいたからこそ、こんなにも脆くて、弱い私を支えてくれたからこそ、こうして私は生きていられたのだと思う。本当に、伝えきれない位、感謝している。

 「そう言ってくれると嬉しいわ、ありがとう秋山さん・・・」

 先輩は、はにかんだ表情(かお)になった。

 「それじゃあ、私達は勝ったんですか?」

 「多分・・・ね。そう言う事になると思うわ。あの時の状況から考えると、にわかには信じられないけれど・・・」

 今度は困惑した表情で先輩は言う。



204こーじろう侍2011/02/21(月) 11:47:48.97oIY1MlnJ0 (7/12)


 確かに不思議な話だった。確かに個々の性能では、コスモナートが、トレーサーが確実に上回っていたと思う。でも、物量(せんりょく)という点に於いては敵(タルシアン)の方が、圧倒的に多かった筈だ。この戦力差をひっくり返すのは奇跡に近い程に。でも、実際にその通りになった。

 でも、それは本当に奇跡だったのかとも思う。あの時のタルシアンの戦法は明らかにおかしかったと思う。物量任せのゴリ押しや、囲い込んでの砲撃をしていれば、確実に勝てた筈だった。でも彼(?)らは、必要も無いのにわざわざ一騎打ちめいた事をやって、更には、相討ちまがいの特攻みたいな事までしていた。

 こうなってくると、本当に彼(?)等は私達に勝つ心算だったのか?疑問に思えてくる。

 もしかしたら、これがアガルタで彼(?)等言っていた痛みを越える試練のシナリオだったのかもしれない。ギリギリの所まで追い込んで、私達の限界を超える力を測ったのかもしれない。私達が、更なる宇宙に飛び出せるのか、彼(?)等が託したい<何か>を地球人(わたしたち)が託される資格があるのかを。彼(?)等も相応の痛みを負う事も厭わずに、私達を験(ため)した。

 それに私達はギリギリに所で応えた。全ては、タルシアン側の思惑通りだったのかもしれない・・・。



205こーじろう侍2011/02/21(月) 11:54:08.93oIY1MlnJ0 (8/12)


 「秋山さん・・・あきやまさんっ(小文字)・・澪ちゃん!」

 はっ!。

 「えっ、あ、は、はいどうしました、先輩?」

 先輩の呼び掛けに、かなり深く考え事をしていた私は、我に返っ(はっとし)て、慌てて返事をする。ん?澪ちゃんって聞こえた様な・・・?。

 「もう、秋山さんがまた、何処か遠くに行っちゃったのかと思ったわ」

 先輩が苦笑気味に言う。どうやら澪ちゃん発言(さっきの)は空耳だったようだ。

 「あの、先輩」

 「どうしたの?」

 「勝ったのは判ったんですけど、最後、どうやって勝ったのですか?」

 私は目覚めてからずっと気になっていた事を先輩に聞いた。


 「うん、それがね、私はその時、秋山さんを探してて殆んど見てなかったのだけど、最後はたった一機のトレーサーが、大タルシアンを沈めたみたいなの」

 「トレーサーが、大タルシアンを?」

 「ええ、何でもエネルギーを全開にして、ビームブレードの長さを最大にして大タルシアンを両断したらしいわ。やったのは、あの長峰さん。やっぱり凄いわね彼女は」

 先輩はそう言うと、私とは少し離れたベッドで、あの派手目の人と話している、彼女の方を向いた。



206こーじろう侍2011/02/21(月) 11:55:47.13oIY1MlnJ0 (9/12)


 「そうですか。やっぱり・・・」

 私は、何となくそうなんじゃないかと思っていた。あの時、私が敵に囲まれてリシティアに戻れないところで、ちらりと視えたリシティアに向かって往ったトレーサーは、やっぱり長峰さんだったんだ。私は無意識に彼女だと感じたのかもしれない。だからあの時、妙な安心感が有ったのだと納得した。

 「本当に凄いですね彼女は。私なんかとは全然違う。私なんかあの時は、リシティアを護るどころか、自分の身を護るので精一杯だった。いえ、最後は先輩と彼女に助けられた様なものですから、自分の身すら護れなかったのですけど・・・」

 私は少し自嘲気味に言った。もしあの時、立場が逆であったなら、私は大タルシアンを沈めるどころか、今こうして先輩と話す事なんて出来なかったと思う。リシティアをいかに護るべきなのか位しか考えられなくて、大タルシアンを沈めようなんて考えもしなかったろうし、ましてや、ビームブレードの出力を全開にして、巨大な剣(ブレード)を造り出すなんていう発想はとても浮かばなかったと思う。詩(ポエム)や作詞をしているくせに、妄想ばっかりで想像力が全くない事を痛感した。



207こーじろう侍2011/02/21(月) 12:05:07.47oIY1MlnJ0 (10/12)


 「そんな事は無いわ秋山さん。確かに今回の戦いで、表彰があったとして、MVPに選ばれるのは彼女なのかもしれない。でも、贔屓目無し見ても、私だったら迷わず貴女を選ぶわ。何と言っても貴女はタルシアンを69体も沈めたんだもの。これは断トツの数字、間違い無く貴女が撃墜王(エース)よ。・・・・・・・・・(ごにょ)それに私もいつか澪ちゃんと69・・・(ごにょごにょ)」

 最後の方は何故かごにょごにょと小声になって聞き取れなかったけど、先輩の言わんとしている事は(最後以外は)判った。

 「でもね・・・」

 「!?」

 突然、先輩は私を抱き締める。正直、突然の事に、少し叫びを上げたくなる程の痛みがあったけど、ギリギリの所でどうにか自重(がまん)した。

 「秋、ううん、澪ちゃんが無事で、またこうしてお話しする事が出来て本当に良かった・・・。澪ちゃんと逸れてしまった時、心配で心配でどうしようもなかった。あなたに逢いたい、護りたい気持ちで一杯だった。その気持ちだけで戦えた。生き残れた。ありがとう澪ちゃん。あなたのお陰で、今、こうして私は生きてあなたに触れられる。話し合える。でもそれなのに、結局あなたを護れなかった。ごめんね、本当にごめんね・・・」

 曽我部先輩はそのまま崩れ落ちる様に頭を下げて、私の胸に辿り着くと、ふえぇぇぇ、と言った感じで泣き出した。嗚咽をして、子どもの様に泣きじゃくった。どんな時でも気丈だった先輩の子どもの様だけど、大人の涙・・・。

 この人は本当に大人だ。私がどう背伸びをしても、逆立ちしたとしても全然届かない位の・・・。

 そして、子どもの様に泣きじゃくる先輩に、普段からのギャップからか、私は不覚にも『萌え萌えキュン♡』してしまい、いつの間にか先輩の頭をなでなでしていた。全く、本当に先輩はずるい位大人だ。



208こーじろう侍2011/02/21(月) 12:07:16.60oIY1MlnJ0 (11/12)




 「それで、どれくらいの人が、生き残れたんですか?」

 先輩が、落ち着いたのを見計らって私は聞いた。正直、聞くのが怖かったけど、目が醒めてからずっと気になってもいた。

 「リシティア以外の操艦クルーは残念だけど、生存者はいないわ。私達選抜メンバーは、他の艦の人達も含めて、全部で百七十二名。その全ての人たちが、当たり前だけど、リシティアに収容されているわ。リシティアの操艦クルーと合わせて全部でおよそ二百名が生き残った全てよ。あと、トレーサーは百三十機までしか収容スペースが無いから、破損状態の酷い物から、廃棄されたわ。残念だけど、秋山さんのスティg・・・トレーサーも廃棄されてしまったみたい。いくらボロボロだったとはいえ、一番活躍した機体なのにね・・・」

 先輩は、やや沈痛な面持ちで答える。

 「・・・そうですか・・・」

 約千人いた選抜メンバーが、たったの百七十二人。八割以上の同僚がたった一日で、いなくなってしまった事に、私は少なからずショックを受ける。だけど、同時にそんな中で生き残れた事を幸運に思った。神、いや、聡に感謝した。あの時、彼の声が聞こえなければ、彼を想い出さなかったら、多分、いや絶対に私は今ここにはいないだろう。



209こーじろう侍2011/02/21(月) 12:08:55.36oIY1MlnJ0 (12/12)


 「調査隊(わたしたち)はこれからどうなるのでしょうか?」

 「正直に言って、これ以上の探索は無理だと思うわ。少なくとも私は、もうこれ以上、調査する気力も、義務感すら無いわ。こんな事言ったら怒られるかもしれないけど、他のメンバーも同じだと思う。こんな士気が落ちに落ちた状態では、とてもこれ以上の進行は無理だと思う。最後に決断するのは司令官だけど、余程の馬鹿野郎(ゆうしゃ)でもない限り、これ以上の調査は無理と判断して、退却を選択すると思う。生きて帰って、調査報告もしないといけないでしょうし、これは私の希望的観測でもあるけどね」

 「やっぱり、そうなるのかな・・・」

 「ええ、もう、艦隊ですら無くなったこの状態で、次に攻撃を受けたら、それこそ全滅間違いないわ・・・」

 「そうですね・・・そうか、帰れるのか・・・」

 じわじわと、歓びに似た感情が溢れて来るが、まだ決まった事ではないので、実感としてはいまいちだった。



210こーじろう侍2011/03/01(火) 08:03:10.26ut/z/2zi0 (1/10)




 ロコモフ司令官が、珍しく、私達選抜メンバーの前に姿を現す。

 これからの事の説明会が有り、ランチルームを説明会場にしたのだけど、他の艦の生き残りのメンバーも加わった事でかなり手狭になってしまい、テーブル等スペースを取るものは全て片づけられたのだけど、それでも椅子に座れずに、立ち見をしている人も少なくなかった。

 メディカルルームに居る、治療中の負傷者を除いてほぼ全員出席していた。

 私は周りを見回すと、知らない顔の方がずっと多かった。そして、見知った顔の多くがいなくなっていた。代わりに、様々な国籍と人種の私と同年代の女の子達がいた。

 皆、戦いの疲労と、多くの仲間を失った悲しみで、とても沈んだ空気が場を支配していた。



211こーじろう侍2011/03/01(火) 08:09:55.22ut/z/2zi0 (2/10)


 「まず、今回の戦いで、尊い命を落とされた隊員の方々の、ご冥福をお祈り申し上げます」

 司令官が挨拶をすると、此処が日本人が配属されていた艦だからか、司令官は会場を見回しながら、英語とかでは無く、日本語でそう切り出した。

 「また、戦いに加わったみなさんのご健闘にも感謝します。みんなよく闘ってくれました。みなさんの奮闘の結果、艦隊は勝利を勝ち取る事が出来ました」

 ぱらぱらと、日本人及び、日本語が解る人達、翻訳機を持って来ていた人達から、まばらな拍手が起こる。正直に言って、私も複雑な気持ちだった。ここまでの甚大な被害が有ったのだ、はっきり言って勝った気が全くしなかった。普通なら負け戦だ。

 「しかしながら、艦隊は多大な犠牲を払う事になりました。残念ながら、艦隊任務を維持継続することは極めて困難になりました。わたしは、艦隊司令官の責任をもって、すみやかな退却を決意しました」

 この言葉が出た瞬間、先ずは日本人クルーから、そしてその表情や行動から、察した全てのクルーから盛大な拍手と歓声が上がり、ランチルームが喧騒に包まれ、重苦しかった空気が、一気に吹き飛んだ。

 この時、曽我部先輩がいきなり抱きついてきたけど、私も感極まって、抱きつき返してしまった。




212こーじろう侍2011/03/01(火) 08:13:25.58ut/z/2zi0 (3/10)


 「負傷者のなかには、一刻を争う重篤(じゅうとく)者もいます。直ちに地球へ向けリシティア号は帰還します。しかし、帰りの旅は長期間にわたることになる。今回の戦いで、リシティアも軽微ながら損傷を受けている。艦体に負担をかける航法は避けなければならない。そこで、地球に救援を求めることにした。我々は、地球に救援の信号が届く八年七ヶ月の時間をめいっぱいに使って、移動を試みる。航法コンピューターの支援で、シリウスと地球を結ぶ線上にあるアンカー・ポイント<シリウスラインα>まで到達できることが確認されている。<シリウスラインα>は地球から二・一光年に距離にある。従って、我々は六・五光年を八年七ヶ月かけて旅する事になる。なお、相対理論効果により、亜光速航法中の艦内経過時間は、加速・減速期間を含めた約四年。出発は三時間後。我々クルーは直ちに航法準備にかかる。きみたちは出発まで自由に過ごしてかまわない。では……」

 司令官は、言うだけの事を言うと、これからやることが山ほどあるのだろう、気忙(ぜわ)しげに、ランチルームから退出した。



213こーじろう侍2011/03/01(火) 08:15:45.53ut/z/2zi0 (4/10)



 私は、自室に入るなり、勢いよくベッドにダイブを敢行し、その脇に鎮座している、<戦友>さとぴょんを思いっきり抱き締める。一瞬、上半身に色々な痛みが奔ったけど、そんな事は殆んど気にならなかった。

 さとぴょんはスティぐまが廃棄されてしまう時に、その担当者が気を利かせてくれて、回収して部屋まで届けてくれていた。もしこの時、一緒に廃棄されていたら、相当なショックを受けていたと思う。

 あの時、エリザベスは持って行かなくてよかったと思う。もしあのまま無理に持って行ったとしたら、当然、ぼろぼろに、特にネックなんかは確実に折れていたに違いない。

 スティぐまとの別れも、やっぱりショックを受けたけど、その名の通り聖痕(きず)を負って、私を守護してくれたのかと思うと、胸が熱くなる。私はありったけの感謝の気持ちと、せめて宇宙(ほし)の海で安らかに眠ってほしいという思いを込めて祈った。




214こーじろう侍2011/03/01(火) 08:17:03.88ut/z/2zi0 (5/10)


 さとぴょんを抱き締めながらごろごろしていると、次第にじわじわと涙が出てきた。でも、これは今までの物とは違う。悲しさや寂しさではなく、喜びからくる嬉し涙。

 宇宙に出てからの初めての嬉し涙だった。

 帰れる、帰れるんだ――――。

 「あっ」

 そう思った瞬間、私は、はっとして飛び起きて携帯を手に取る。出発する前に、今度こそ次に送れるのは八年以上先になってしまう。もしかしたら、結果的にはあまり変わらないのかもしれないけど、でもやっぱり、どうしても今ここで送っておきたかった。



215こーじろう侍2011/03/01(火) 08:18:36.53ut/z/2zi0 (6/10)


 両親に、律達に送る。でも、聡に送ろうとした時にその手が止まってしまう。その前に、彼に別れようと言っても差し支えが無い内容のメールを送ってしまっていた。その彼は、私を待っていてくれているのだろうか?そうでなくても、一度位は会ってくれるのだろうか?。

 不安が急に混み上がって来て、それまでの浮かれ気分が吹き飛んでしまった。

 でも、私は意を決して、彼にメールを送る決意をする。都合が良いのかもしれないけどそれでも、彼を信じて、自分から振る様な真似をして信じるというのもなんだけど、それでも、ありったけの想いを込めて送信ボタンを押す。



216こーじろう侍2011/03/01(火) 08:19:43.96ut/z/2zi0 (7/10)




―――――これが届く頃、お前はどこにいるんだろうな、
     誰と居るのかな。
     私は生きている。生き残れたのもお前のお陰だ。
     ありがとう、聡。
     でも、ごめん。迷惑かも知れないけれど、私は
     お前に逢いたい。もう一度だけでもいい、お前に
     どうしても逢いたいんだ。
     私より年上になった、あなたに逢いたい。
     還る事が出来る喜びと、不安を感じながら。  ―――――



217こーじろう侍2011/03/01(火) 08:24:18.96ut/z/2zi0 (8/10)



 届け届け届いて、この私の想い、彼の元に・・・・・・。


 一度だけでもいい、


 『Miracle
  Timeください!』


 私は、カミサマに一生のお願いをした。



218こーじろう侍2011/03/01(火) 08:29:38.81ut/z/2zi0 (9/10)





 ――――私は、今、帰りの途についています。
     ずっとずっと好き、大好き。
     だから、私が帰るまで待ってて、お願い!――――



219こーじろう侍2011/03/01(火) 08:31:27.95ut/z/2zi0 (10/10)





 リシティアが亜高速航行に入る直前。私は、聡にもう一度メールを送る。

 はっきり言ってずるいメール。しかもちょっと恥ずかしい内容。でも、それでも自分の気持ちに嘘は付けない、なりふり構ってはいられない。
 

 <八年後(いま)帰るから必ず待っていてくれよ、聡>


 そんな、様々な思い思いの想いを乗せたまま、リシティアは帰りの航路に入って往った・・・・・・。



220VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/03/09(水) 01:18:59.75s7WLrCSAO (1/1)

そろそろ佳境かね


221VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/03/13(日) 05:35:28.684gGqhU/io (1/1)

ふむ


222こーじろう侍2011/03/14(月) 10:32:09.527WqUfypu0 (1/19)


 2021年4月。


 新型コスモナート。


 リシティア型(タイプ)の時よりも、小型化されており且つ、内部の居住空間等の施設スペースは拡充されている。エンジンの小型、高性能化の改良が成功したからだ。

 更に、エンジンの改良化によって、自立ハイパードライブの距離が飛躍的に向上し、今まで一光年そこそこだったものが、最大三光年までに到達距離が延びた。実は、この新型ハイパードライブユニットの開発に関しては、俺もほんの少し絡んでいるのだけど、ほんとに少しなので、どこら辺りなのかは割愛させてほしい。

 あと、この新型コスモナートには、まだ開発段階だけど超光速通信システムが搭載されているらしいのだけど、正直この辺りはよく判らない。今にして思えば、通信技術に関しても、手を着けていればよかったと思うけど、そこはもう、この分野の研究者の方々に頑張ってもらいたいと思う。って、ナンか偉そうだな・・・。

 



223こーじろう侍2011/03/14(月) 10:39:47.827WqUfypu0 (2/19)


 俺が、この新型コスモナートに乗艦できたのは、ただ単に羽多野教授の助手だから、と言うだけじゃなくて(まぁそれが殆んどなのだけど)、一応、ハイパードライブの研究者としての役割を求められたという事もあった。

 何と言ってもこのコスモナートは、航宙自衛隊。延いては国連宇宙軍の最新鋭の機体であり、今、この艦に乗艦している者の内、自衛隊や宙軍以外では七人。内、五人が防衛大関係者なので、純粋な一般人は教授と俺だけと言う事になる。流石に、世界的権威で政府にも顔が利く(例のエネルギーシステムの利権か何かで恩を売ったらしい)羽多野教授の助手であっても、それだけで乗艦できる程、甘い物ではなかった。この分野を専攻し(やっ)ていて、本当に良かったと思う。




224こーじろう侍2011/03/14(月) 10:42:42.637WqUfypu0 (3/19)


 もっとも、俺があの羽多野教授の助手になれたのも、ゼミを選ぶ時、俺が教授に、澪姉の事、俺と彼女との関係、俺がどんな気持ちで彼女を待っているのか、どうしてこの学部を専攻したのか等々、懇切丁寧に感情を込めて話した結果、教授に、教授に熱意が伝わって、彼のゼミに入る事が出来、且つ、彼の助手に就く事が出来た。そうこれは、熱意が通じたのであって、決して脅しとか、彼の良心につけ込んだ訳ではない、と、思う。

 その代わり、教授の下に付いている以上、それなりの事はやっているつもりだ。
 



225こーじろう侍2011/03/14(月) 10:50:21.017WqUfypu0 (4/19)


 そういう訳で、俺は今、月のベースキャンプから、新型コスモナートに乗艦して十日目。ようやく、火星軌道と木星軌道の中間点である、ハイパードライブ無規制域に到達していた。

 ここまで、随分と掛かったのだけど、安全上の理由からハイパードライブはともかく、亜光速エンジン迄使えないとはどういう事なのだろうか?。

 前の(リシティア)型(タイプ)ならともかく、この新造艦ならそんなに誤差無しで行ける筈で、加速、減速に必要な距離もかなり短くなった筈なのに・・・。まあ、国連と主要国家間で取り決められた事だし、何かしらの諸々の事情が有るのだろう。
 

 


226こーじろう侍2011/03/14(月) 10:56:12.917WqUfypu0 (5/19)


 三月に教授からこの話を聞かされて、四月に入っ(しばらくし)て、教授と俺は自衛隊からさいたまの航宙自衛隊基地に呼ばれて、それからシャトルに乗って月面基地に移動した。このシャトルに乗っていたのは、教授と自分、防衛大の関係者の七名と、あとは自衛隊員の数名で、既に少し前に出たシャトルで、殆んどの乗組員は既に月面基地に到着していた。

 この時間差が生じたのは、どうも、リシティアからの通信状態が良くないらしくて、リシティアがどこに向かって帰って来ているのか、中々、判断でき(はっきりし)なかったかららしかった。

 そして、リシティアがシリウスラインαに向かっている事が確認されて、それから、この月面基地から新造艦に乗り込んで、出発した。

 新造艦に乗ってすぐ、ドイツ人らしき通信技師から、艦内案内図入りの冊子を渡されたり、艦内の案内や、艦内生活の案内を受けたりした。

 新造艦の乗組員(クルー)はベテランと思われる人が殆んどだったけど、その中で、只一人、俺と同じ位の年齢(とし)の乗組員(ひと)を見付けた。彼は忙しそうに艦内を行き来していたのだけど、一段落付いたと思われる所を見計らって、声を掛けてみた。






227こーじろう侍2011/03/14(月) 10:58:28.927WqUfypu0 (6/19)



 名札には、<NOBORU TERAO>と書かれていて、彼は、俺より一つ年下で、寺尾昇という名前の入隊したばかりの新人の通信技師だった。俺が、彼の事を気になったのは、彼が数少ない俺と同年来の乗組員(クルー)と言う事もあったのだけど、何より、彼がこの時に持っていた写真をちらりと見たからだ。

 写真には中学生くらいの、ショートカットの夏の制服姿の女性が写っていた。

 <もしかしたら>と思って、彼に聞いてみたら、案の定、彼が言うには、この写真の女性は彼の親しかった友人で、選抜隊のメンバーの一人だった。

 彼、寺尾さんの話を聞いていく内に、これまでの俺と驚くほど似ていると思った。

 

 


228こーじろう侍2011/03/14(月) 11:00:44.047WqUfypu0 (7/19)


 ある日突然、彼女が行ってしまった事。学生時代に、自分とはまるで釣り合わない様な女性に告白されながら、彼女が帰って来ると信じて、それをフイにしてしまった事。彼女に少しでも近づきたい、会いたいという理由で進路を決めてしまった事。そして、今、自分の選んだ道が間違っていなかったと思っている事。

 最初はあまり話したがらない様子だったけど、俺も澪姉の事を話したら、同士だと思ってくれたのか、彼は少し照れくさそうに今までの経緯を話してくれた。でも、しきりに写真の娘は彼女なんかじゃないと否定していた。

 だけど、恋人でも何でもない人、いや、たとえ恋人だったとしても、十年以上も待ち続ける事は難しいだろうし、それどころか、結果的にここまで迎えに来ている事を考えても、少なくても只の友人なんかじゃなくて、本人達が気付かないだけで、付き合っているに等しい間柄だったんじゃないかなと思う。
 
 



229こーじろう侍2011/03/14(月) 11:02:33.477WqUfypu0 (8/19)


 まあ、自分だけ相手の女性の写真を見るのも何なので、俺もこそっと、というか、半ば強制的(ここぞとばかり)に、寺尾さんに澪姉の写真を見せる。彼はそれを見て、「きれいな人ですね」と、当たり前の返事をしたのだけど、当然とはいえやはりそう言われると、自分の事でもないのにやっぱり嬉しかった。

 ただ、もし、万が一にもそんな事は無いと思うのだが、澪姉が帰って来た時にその隣にヤローがいて、俺は既にお払い箱という、とんだ哀愁ピエロ状態だったという状況が、突然、脳裏に浮かんできてしまい、その居た堪れなさ過ぎるという思いが、今まで浮かれていた分、妙に強く感じてしまった。
 
 



230こーじろう侍2011/03/14(月) 11:05:22.727WqUfypu0 (9/19)


 そんなこんなで、改めて、今、新造艦はハイパードライブの無規制域に到達していた。

 ここからが俺の仕事だ。ハイパードライブを安全確実に出来るだけエンジンに負担をかけない様に跳躍させる。その作業の補助をするのが、一応、外部の人間である俺がこの艦に乗せて貰っている理由だ。

 「よし」

 俺は気合を入れて、エンジンに向き合った。


 ハイパードライブにスイッチが入り、徐々に稼働していく。俺は、エンジンの状態や、計器類に目をやり、数値や状態に異常が無い事を確認する。何となく、俺の本来の仕事と違う気がしないでもないのだけど、これも重要な役割だし、とにかく今は、与えられた仕事をこなすだけだ。


 そして、ハイパードライブによる、跳躍(ワープ)が開始された。


 




231こーじろう侍2011/03/14(月) 11:08:02.587WqUfypu0 (10/19)


 ワープアウトが無事に完了する。俺は正直、特に何かした訳じゃないけど、ほっと胸を撫で下ろす。そして、すぐさま艦の位置を確認して、更にリシティアの現在地の確認作業が始まる。そしてそんなに時間を掛けずに、リシティアの位置が確認され、こちらから到着の連絡を入れる。

 リシティアは既に邂逅地点であるここ、シリウスラインαへ向け、亜高速航行から通常の航行に切り替える為の最終減速に入っているらしい。

 到着予定日は五日後と言う事で、予定より三日ほど遅れているらしいのだけど、今まで待ち続けた十年間の時間に比べたら、本当に微々たる、いや、そんなものは無いに等しいものに思えた。

 そして、予定日まで三日となった時、ついにリシティアとの通信も可能となり、頻(しき)りに双方での、連絡調整や打ち合わせが行われている様だった。

 もうこちらは、邂逅地点での受け入れ準備を整えている。あとはリシティアが無事に此処に到着するのを待つだけだ。
 



 そして、到着予定日が明日に迫った時に、俺の携帯にメールが届く。

 澪姉からのメールだった。


 



232こーじろう侍2011/03/14(月) 11:09:23.347WqUfypu0 (11/19)





 ――――今私は、地球から2光年離れた場所からメールを
     送っています。このメールが届く頃、あなたは何
     を、しているのでしょうか?何処に居るのでしょ
     うか?あなたにとって、このメールが迷惑メール
     になっていなければいいな。その時に、あなたと
     一緒にこのメールを読む事が出来る事を願って。
     もしかしたら、その時には名字が<田井中>にな
     っているのかもしれない<澪>より。     ――――









233こーじろう侍2011/03/14(月) 11:12:41.797WqUfypu0 (12/19)


 澪姉からのメールは、恥ずかしいメール禁止とか言ってしまいそうになる内容だったけど、素直に嬉しかった。まだ俺を必要としてくれているのだと、心底安心した。もう、心配する事は何もない。後は、彼女を温かく迎え入れるだけだ。

 それにしても、澪姉は今頃、あまりに速いメールの着信に吃驚しているのかもしれない。このメールの内容から言っても、二年後に届く事を想定してのメール(もの)だろうから、尚更であろう。俺は、澪姉を更に吃驚させてやろうと思い、あえて送り返すのを止める事にした。再会した時の澪姉の顔がどんな顔になるのか、楽しみだった。




234こーじろう侍2011/03/14(月) 11:14:01.907WqUfypu0 (13/19)




 翌日。


 遂に、リシティアと新造艦が無事に邂逅し、両艦を繋ぐドッキングが完了した。

 開通した瞬間、大勢の乗組員(クルー)が押し寄せて来るに違いない。そして、その中には澪姉がいる―――。


 俺は来るべき時に備え、大きく深呼吸した。





235こーじろう侍2011/03/14(月) 11:16:13.717WqUfypu0 (14/19)




 2021年4月。


 アガルタを発(た)って八年七カ月。実質の経過時間は約四年。リシティアは、亜光速航行から通常航行に入り三日。遂に地球からの救助艦との邂逅地点である、シリウスラインαに辿り着こうとしていた。

 この間、私は当然何もしなかった訳ではないけど、やはりどうしても閉塞感や、退屈を感じる日々であった事は否めなかった。

 でも、それももうすぐに終わる。もう、邂逅地点はすぐそこだ。

 私は、アガルタから此処までの実質四年間の事を何となく思い返す。

 出発直後のリシティアは戦いの影響や、乗組員(クルー)の増加で、かなりバタバタしていた。



236こーじろう侍2011/03/14(月) 11:20:43.857WqUfypu0 (15/19)



 居住スペースも当然いっぱいになり、空き部屋全てを宛がっても、まだ全員は入りきれないので、一部を相部屋にする事になった。私も、出来れば協力しようかなと思っていたのだけど、当然、ルームメイトになるのは曽我部先輩になる訳で、先輩は何故かこの事に対して、物凄く乗り気のご様子だったのだけど、この時の先輩のはぁはぁした妙に興奮した表情(かお)が、私の瞳(め)には、先輩の皮を被った狼(けだもの)に視えてしまい、先輩には丁重にお断りし、かと言って他の人と相部屋となるのも私の社交性(せいかく)では、とても無理だったので、申し訳なかったけど、一人部屋にして貰ったりした思い出等々が、おぼろげに思い出された。




237こーじろう侍2011/03/14(月) 11:23:17.517WqUfypu0 (16/19)



 そう言えば、もうすぐ着く事でテンションが上がって、勢いで前日に聡にメールを送ってしまったのだけど、二年後に届くのを見越しての内容だったのに、何故かすぐに届いてしまった事に、私は疑問と驚きと共に、物凄く恥ずかしくなってしまった。本当に「えっなんでっ!?」と言う感じだった。

 でも、聡からの返事は無い。一体どういう事なのだろうか?やはり、何かの間違いで、私のメールは届いていないのか?それとも、もう返信する気が無いのか?前者ならまだいいけど、後者だとしたら・・・。

 私は此処に来て、まさかのどんより状態になってしまった。

 でも、そんなネガティブオーラも、リシティアが遂に邂逅地点に到着したと同時に吹き飛んでしまった。


 



238こーじろう侍2011/03/14(月) 11:24:34.627WqUfypu0 (17/19)



 そして遂に、私達と地球とを繋ぐ事になる、希望の艦(はこぶね)とリシティアが邂逅し、二隻の間を繋ぐ橋が渡される。



 そして今、希望の扉が開かれた――――。


 





239ブログで書けレベルの事を書いてしまい済みません2011/03/14(月) 12:04:41.137WqUfypu0 (18/19)

 
 今の様な状況下に於いて、もしトレーサーがあったなら、救助活動も復興も少しは早くなるのかな?とかとてつもなく頭の悪い事を考えてしまいます。

 自分は被災を被った訳ではないですが、それでもほんの僅かながら、物理的、精神的にダメージを受けそうです。被災された方々からすれば、全くなんて事の無い、何を言ってんだこのアホはというレベルなのですが。
 
 普段はこんな事はしないのですが、それでも本当に少額、こんな所に書くのも恥ずかしい微々たるもので、自己満足の域を超えない程度の募金位はさせて頂こうと思っています。

 スレ違いな私信を書いてしまい申し訳ありませんが、ここにしか書く所が無いので、間抜けな事だと知りつつ、書かせて頂きました。

 
 それでは。

 
 


240支持率1%未満2011/03/14(月) 12:45:45.107WqUfypu0 (19/19)

 ナンか書かなくても、と言うかむしろ書かない方が良い様な私信を、衝動的に書いてしまいました。

 ここまで読んで下さっている方々(っていう程いるのか?)は、この様な妄言など気にせずに読んで頂きたいです。

 もはや今更ですが。


241VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州)2011/03/19(土) 00:01:19.038fp4ghrAO (1/1)

投下終わりに入れるんならそんなに気にしないけどね

もうすぐ終わるかな乙


242こーじろう侍2011/04/25(月) 08:00:07.636ds0GaHq0 (1/20)


 2021年4月。



 通用ゲートが開かれた途端、総勢百七十二名の若い女性の一団が、俺の想像を遥かに上回る勢いで、一斉に新造艦(こちら)側に押し寄せてきた。

 事前の段階で、混乱が予想されていたので、俺も自ら進んで簡単な案内係をさせて貰う事になったのだけど、若い女性達のそれこそ黄色い津波の様な押し寄せ方に正直、圧倒されてしまう。周りを見回すと案の定、寺尾さんも女性陣の怒濤の要求に四苦八苦している様だった。

 俺は女性陣のやれ飲み物は、トイレは、私の部屋はどこ?といった数々の問い合わせに名簿を見て応えながら、隙を見て周りを見回すけど、澪姉の姿は未だに発見できずにいた。名簿にはキッチリと名前が載っているのは確認済みなので、この中に居るのは間違いないのだけど、見る顔見る顔が皆同じに見えてしまい、何か少しおかしくなりそうになる。



243こーじろう侍2011/04/25(月) 08:02:07.516ds0GaHq0 (2/20)

 

そして、やっと落ち着いて来て、一息吐いた時だった。不意に、携帯のメール着信音が鳴る。

 俺の心臓が、それこそショックで停まってしまうんじゃないかと思う位、跳ね上がる。そして俺は、少し震える手でメールを確認する。



244こーじろう侍2011/04/25(月) 08:04:53.946ds0GaHq0 (3/20)

 




――――なあ、聡。お前今
     どこにいるんだ?――――


 俺は即座に送り返す。


 ――――俺はここにいるよ。
     澪姉から見えるところに
     俺はいるよ。     ――――


 また、澪姉からのメールが入る。


 ――――なあ、わたしは幻を
     見ている訳じゃないよな――――


 勿論、すぐに送り返す。


 ――――幻じゃないよ。
     俺は澪姉を迎える為に
     此処まで来たんだ。
     此処までしか来れなか
     ったのだけど。
     ねぇ、澪姉。
     澪姉はどこにいるの?――――











 



245こーじろう侍2011/04/25(月) 08:07:06.246ds0GaHq0 (4/20)



 「さ、とし・・・・・・」

 その時、どこからか声が聞こえた。一時期よりはましになったものの、未だ喧騒が支配する空間の中で、小さくてか細い声だったけど、俺には他の雑音(おと)が急に静まったかの様に、その声がはっきりと聞こえた。

 「さとし・・・」

 今度はもっとはっきりと俺の後ろの方から聞こえる。

 「聡!私はここだ!!」

 俺は、反射的に後ろを振り向く。そこには長い黒髪にちょっとつり目でジャージ姿の、美少女いや、絶世の美女がいた。その美女は信じられない物を見る様な眼で、立ち尽くす様に俺(こっち)を見ていた。



246こーじろう侍2011/04/25(月) 08:08:56.946ds0GaHq0 (5/20)



 「澪姉!!!」


 その瞬間、俺は脇目も振らず飛び出していた。他に何も見えなくなった。目の前にいる、一番の宝物以外は。

 「聡!!!」

 そしてその宝物も、俺の名を叫んで駆け出してくる。そして俺は、その宝物を、澪姉を強く抱き締める。もう離さない。何が遭っても絶対にこの宝物を絶対に手離したりしない。

 そんな事を想いながら、俺は万感の想いを込めて澪姉を抱き締める。俺のこれまでの十年はこの時の為にあったんだと実感した。



247こーじろう侍2011/04/25(月) 08:10:13.766ds0GaHq0 (6/20)





 私は、幻でも見ているのだろうか?。

 私の目の前に、少し大人になった感じだけど、聡にとてもよく似た男の人がいた。彼を見た瞬間、一瞬、時が止まったかの様な錯覚を覚えた。それ位の衝撃だった。

 私は、恐る恐るメールを送る。

 返事はすぐに返って来た。
 



248こーじろう侍2011/04/25(月) 08:11:40.986ds0GaHq0 (7/20)




 ――――俺はここにいるよ。
     澪姉が見えるところに
     俺はいるよ。     ――――







249こーじろう侍2011/04/25(月) 08:15:35.226ds0GaHq0 (8/20)


 あまりに信じ難い事にもう一度、確認のメールを送る。

 またすぐに返事が返って来た。

 私を迎えに来たというメール。

 あれは聡なんだ。十年。私の実質は六年だけど、逢いたくて逢いたくて、それでも逢えなくて、想い焦がれた、男の子(ひと)・・・。その彼が、今、私の目の前にいる。幻なんかじゃない!夢でも妄想でもない!本物の彼がそこにいるんだ!!。

 だからリシティアで最後のメールを送った時、すぐに着信したんだ。

 聡は、二・一光年離れた(こんな)所まで、私を迎えに来てくれたんだ。

 そんな想いが、正に万感の想いが一気に込み上がって来る。




250こーじろう侍2011/04/25(月) 08:17:41.356ds0GaHq0 (9/20)



 「さ、とし・・・」

 想いが強すぎて声が出ない。いや、今出さないでどうする!。

 「さとし・・・」

 まだだ、もっと、もっと出すんだ!。

 「聡!私はここだ!!」

 私は叫んだ。想いの限り、彼を求めた。

 「澪姉!!!」

 「聡!!!」

 聡はこっちに振り向くと、私の名を叫んでこちらに駆け出してくれた。私も半ば無意識に彼の名を叫び、彼に向かって駆け出していた。

 そして、二人が重なる瞬間。彼に、聡に抱き締められる。私も、負けじと彼の背に腕を回す。

 ずっとずっと求めていた、夢見ていた感触が、ぬくもりがここにあった。

 もっと強く抱き締めて欲しい。それこそ壊れる位に抱き締めて欲しい。


 もう離さないで欲しい。

 今、私は、今まで枯渇していた何かが、急速に満たされていくのを感じていた・・・。





251こーじろう侍2011/04/25(月) 08:21:13.476ds0GaHq0 (10/20)



 「澪姉・・・逢いたかった。本当に逢いたかった・・・」

 十年間、待ち続けた想いを込めて抱き締める。


 「聡・・・私も、私もずっとずっとお前に逢いたかった・・・」

 聡に抱き締められて、幸せに包まれるとはこういうものなのかと実感した。

 ああ、カミサマDream Time をくれてありがとう。

 「聡。背伸びたな」

 確か、離れ離れになった時は、私と同じ位の背丈だった筈だ。それが今は私よりも少し高くなっていた。


 「澪姉を待ち過ぎて、ラーメンの麺みたいに伸びちゃったよ」

 恐ろしい程つまらない事を、俺はこの時上手い事を言ったかのように、満面のドヤ顔になりながら言う。


 「ははっこいつめ、益々カッコよくなっちゃって、全く以ってけしからんな」

 私は、ドヤ顔すらカッコいい王子様の顔を見つめ、満面の笑顔を浮かべる。

 



252こーじろう侍2011/04/25(月) 08:24:25.676ds0GaHq0 (11/20)




 「・・・ちょっといいかしら?」


 「!?」


 一瞬、氷の大剣で貫かれた様な感覚を感じたのと同時に、大量の冷水の様な声をかけられる事で、急に現実に戻された俺は、その声が発せられた方を見る。そこには、赤茶色の長い髪の女性がいた。

 澪姉よりも少しつり上がったつり目の、顔立ちの整った大人の女性と言う印象だった。

 そして、我に返って周りを見てみると、他のクルーの面々が俺と澪姉を何となく遠巻きに囲む様にして、ドン引きした感じで、バカップル爆発しろ!とでも言いたげな様子で、冷ややかな視線を俺達に浴びせていた。

 「もしかしてあなたが、澪ちゃんのいいひとの田井中聡君?」

 声の主はこちらに近づくと、まるで俺を値踏みするかの様に見ながら言った。

 「は、はい、そうですけど、あっもしかして、貴女が曽我部さんですか?澪姉のメールによく名前が出ていた・・・」

 「ええ、そうよ。秋山さん、いえ、澪ちゃんとはこの十年<実質六年だけど>、誰よりも仲良くさせて貰っていた曽我部です」

 曽我部さんはそう言うと、にこっと微笑む。綺麗な笑顔なんだけど、何処か目が笑っていない気がする。



253こーじろう侍2011/04/25(月) 08:30:30.656ds0GaHq0 (12/20)


 「やっぱりそうですか。あの、今回の件では、うちの澪姉が大変お世話になったみたいで、本当に感謝しています」

 そう言って俺は、軽く頭を下げる。

 「・・・うちの?・・・いつからあな・・・まあいいわ」

 曽我部さんは、何かを言い掛けるのをやめて、俺の耳元に顔を寄せると、

 「田井中君。もしこれから先澪ちゃんを泣かせる様な事をしたら、ころ・・・した後で私が・・・」

 と、澪姉に聞こえない位の声で、ぼそっと俺に囁いた。

 「は、はい・・・そうならない様に、き、気を付けます・・・」

 俺は、彼女の囁きに言い知れぬ恐怖を感じながら、震えた声で辛うじてこたえる。

 「そう、それならいいのよ。澪ちゃんとはこれからも仲良くさせて貰う心算だけど、二人の邪魔になってしまうから、それじゃあもう行くわね。澪ちゃん、また後でね。・・・それから田井中君」



254こーじろう侍2011/04/25(月) 08:31:49.186ds0GaHq0 (13/20)


 「は。はいっ」

 「これからよろしくね」

 そう言い残すと、曽我部さんは、再び微笑んで、何処かに行ってしまう。いや寧(むし)ろ行って下さったと言うべきか・・・。

 「・・・えっ!?これから?」

 俺は、去り際の科白に再び言い知れぬ不安を感じ、どっとかいた汗を拭う。

 「・・・曽我部さんってまさか・・・ゆr・・・」

 「先輩には、入隊してから今まで、いろいろとして貰っていてな。本当に感謝してるんだ」

 俺は、いろいろな事なら良いけど、エロエロな事までして貰っては無いだろうな、と、思ったけど、澪姉の様子を見る限り、そんなことは無さそうで善かった。多分だけど・・・。



255こーじろう侍2011/04/25(月) 08:34:14.126ds0GaHq0 (14/20)



 「そんなことより・・・」

 澪姉が、待ち切れないといった感じで、俺の腕にしがみ付いてきた。まるで、この十年分を少しでも取り戻そうとしているかの様な感じだった。



 「私はずっとお前とこうしていたかったんだぞ。

 十年前(あのとき)はなかなか出来なかったけど、今なら周りなんて気にしないで、こうやって聡に甘えられる。私はそれだけ我慢してきたし、待ち焦がれていた。もう、此処まで来たら、周りの目なんて、自分の羞恥心なんて構ってはいられない。私がこうしたいからするんだ。

 多分、今、周りにいる人達は私達の事をバカップルとでも思っているに違いない。でも、それがどうした、そう思うならそう思うが良い。私はこうなる事をずっと夢見ていたんだ。それがバカな事であるなら私は、喜んでバカになりたいとすら思う。



256こーじろう侍2011/04/25(月) 08:36:27.536ds0GaHq0 (15/20)


 「み、澪姉・・・」

 あの、恥ずかしがり屋だった澪姉がこんなにも積極的になってくれるのは素直に嬉しいけど、そうなればそうなる程、俺たちに突き刺さる周りの氷の矢の様な視線が痛かった。

 特にリシティアの人達は少なくとも、この十年の(うちゅうにいる)間、そう言う事とは無縁であっただろうから、尚の事、し・ね!氏ねっじゃなくて死・ね!とか、さっさと爆発しろっ!的な不穏な眼差しを送りつけて来るのも解る気がするのだけど・・・。

 あっ、そう言えば寺尾さんはどうなったのだろうか?彼も彼女と無事に再会できたのだろうか?。



257こーじろう侍2011/04/25(月) 08:41:18.956ds0GaHq0 (16/20)


 そう思い出して俺は彼を最後に確認した、自動販売機の方に目を向ける。

 寺尾さんはそこに居た。そしてその彼女と思しき女性(ひと)も。だけど――





 <落ち着いてる―――――!!!?>




 どうやら無事に再会できた様だけど、その再会シーンは妙に落ち着いた、大人の雰囲気というか、むしろ初々しい感じだったけど、少なくとも、恥ずかしさ丸出しのバカップル(おれたち)よりは遥かに・・・。

 <確か寺尾さんは俺より一つ年下で、彼女さんも彼と同級生と言う話だったよな・・・>

 それどころか澪姉に於いては、実年齢ではその俺よりも更に二つ年上である。俺は、俺達と彼らの再会のリアクションの違いっぷりに、膝から崩れ落ちそうな程、呆然とし、そして愕然とした。

 



258こーじろう侍2011/04/25(月) 08:42:30.766ds0GaHq0 (17/20)




 ある意味、完全なる敗北。


 これではバカップルと蔑まされて、冷たい視線を送り付けられるのも無理は無い・・・。



259こーじろう侍2011/04/25(月) 08:45:08.616ds0GaHq0 (18/20)



 「でも聡。どうしてお前が、シリウスライン(こんなところ)に居るんだ?制服も着てないし、自衛隊に入隊した訳じゃないよな?それならどうして此処まで来れたんだ?」

 澪姉が不思議そうな顔で言う。それはそうだ。こんな所まで選抜メンバーの関係者で迎えに来たのは、俺と寺尾さんだけだと思うし、実際に寺尾さんは航宙自衛隊員だけど、俺は自衛隊員ですらない只に一般人だ。その俺がどうしてこんな所にいるのか、澪姉が怪訝に思うのも無理は無いと思う。

 「うん、それはね・・・ちょっと長くなるから申し訳ないけど後で言うよ。これでも一応、まだ仕事中なんだ。だから、今日の仕事が終わったらゆっくり、十年間(これまで)の事を話そう。これからは時間はいっぱいある。もう、焦る必要はないよ」

 俺は澪姉に微笑みながら、ちょっと勿体付けるように言う。そうだ、これからは二人の時間は沢山あるんだ。ゆっくりとこれまでの事、そしてこれからの事を話し合っていきたいと思う。



260こーじろう侍2011/04/25(月) 08:49:35.166ds0GaHq0 (19/20)



 「うん、そうだな。もう私もお前も突然何処かに行ってしまうなんて事は無いしな。後で、ゆっくり、ゆっくりとお話し(おはなし)しような」

 そう言って澪姉も俺に微笑み返してくれる。やっぱり可愛い。いや綺麗だ。

 「なぁ聡・・・」

 仕事に戻ろうとした俺を澪姉が呼び止める。

 「えっ何!?」

 俺が振り向いた瞬間、澪姉は再び俺に抱きついてきた。

 「ありがとう聡。此処まで来てくれて、私を待っていてくれて、こんなに幸せな事は無い・・・私は本当に幸せ者だ・・・」

 澪姉は泣いていた。俺の胸の中で泣いていた。そんな澪姉が堪らなく愛おしかった。

 「当たり前じゃないか。俺は何時だって、たとえどんな事があっても澪姉だけだよ」

 こんな恥ずかしいセリフを俺はのうのうと言ってしまう。こんなことしか言えないけど、でも、言わずにはいられなかった。

 「・・・ありがとう聡。これからもよろしくな」

 「うん」

 俺はもう一度、澪姉を抱きしめ返す。俺は改めて、もう、これ以上の物は無い、俺にとって世界一の宝物をもう二度と手離さない、幸せにしてみせると、心に固く誓った・・・。






261支持率1%未満2011/04/25(月) 09:06:38.546ds0GaHq0 (20/20)


 やっとこさ、ここまでやって参りました。文量的にはあと少しなんですが、どうにも進まず、
その他にも色々御座いまして、結果的に前から上げた分から、ここまで時間が経ってしまいました。

 もしかしたら、ここから先は、情けない事に小出しになってしまうかもしれませんが、それでも
どうにかして、完成はさせますので、見て下さっている方(もはやいるのか?)は、何卒、寛容さ
を持って頂いて、そして長い目で見てくださると有り難いです。

 それでは。


 



262VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/04/27(水) 01:22:12.33DlWHg1W60 (1/1)




263VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/06/04(土) 02:59:19.57bOnyfiqSO (1/1)

がんばれ


264こーじろう侍2011/06/06(月) 09:21:31.17TthH0YND0 (1/8)



 2021年5月。






 新造艦から、さいたまの航宙自衛隊基地に降り立った私達は、身の回りの整理を済ませ、荷物をまとめて退艦の手続きを済ませると、基地のエントランスに案内される。そこには――――


 「パ、ううん、お父さんお母さん・・・・・・」

 父と母が笑顔で私を迎えに来てくれていた。

 「―――――」

 私は二人の顔を見た瞬間、聡の時と同じ様に半ば無意識に飛び出していた。そしてそのまま、父に押される様にして一歩前に出た母の胸に飛び込む。



265こーじろう侍2011/06/06(月) 09:23:50.49TthH0YND0 (2/8)


 「澪」

 「澪ちゃん」

 「「おかえり」」

 「パパ、ママ・・・ただいまっ」

 私にとっては約六年、両親にとっては十年以上ぶりの『おかえりとただいま』(いつものあいさつ)。

 私は帰還中のリシティアの中で決めた事の一つに、これからは両親の事をパパ、ママと呼ばずにお父さんお母さんと呼ぶようにしよう、というものがあったのだが、今だけはあの頃みたいに呼びたかった。

 「無事でよかった・・・本当に良かった・・・」

 涙声の母の言葉。

 「本当に良く帰って来てくれた。それだけで充分だ」

 包み込んでくれる様な父の言葉。

 「うん、ありがとう・・・パパ、ママ・・・」

 私は感極まって母の胸の中で泣いてしまった。

 二十歳(はたち)をとっくに越えてしまっていると言うのにまた簡単に泣いてしまった。これもリシティアの中で、よっぽどの事がない限り泣かない。と決めていたのに・・・。






266こーじろう侍2011/06/06(月) 09:26:27.49TthH0YND0 (3/8)




 でも、今はそのよっぽどの事なんだと都合よく認定して、今だけはいっぱい泣いて、いっぱい父と母に甘えよう。うん、それが両親(このひとたち)の為でもある。と、自分で都合よく納得した。


 ・・・・・・・・・・・・・。


 気分が収まって、私はちょっと照れくさかったけど、いい加減、ゆっくりと顔を上げる。涙でちょっとだけ霞んでるけど、それでも父と母の顔がしっかりと見えた。

 「澪・・・その・・・きれいになったな・・・」

 父はちょっと顔をそむけて、照れくさそうに言う。

 「澪ちゃんは、私似だから当然よね」

 母はうっすらと涙を浮かべた目を細めながら、私を愛(いつく)しむ様に微笑んだ顔で見てくれる。

 「パパとママはちょっと皺が増えたかな」

 私は照れ隠しで思っても無い<・・・ほんとはちょっとだけ思ってる>事を笑いながら言う。


 
 


267こーじろう侍2011/06/06(月) 09:27:33.78TthH0YND0 (4/8)


 「そうだな、この増えた皺の一つ一つが、お前を心配する気持ち。お前に早く帰って来て欲しいと思う気持ち。お前をあんな所へ行かせてしまった後悔の念だ」

 父が複雑な表情と声で言うと、そのまま深く項垂(うなだ)れてしまう。

 「済まない、澪。あの時、お前が連れていかれた時、お前を連れて逃げてでもお前を行かせるべきでは無かった。あんな事になるのを知っていたらどんな事をしてでも行かせなかったのに・・・・・・。本当に済まなかった。澪・・・」

 父は項垂れたまま、無念そうに震えていた。この時ばかりは母も沈んだ顔をしていた。

 「謝らないでお父さん。お父さんは悪くない。ううん、多分、誰も悪くないと思う」





268こーじろう侍2011/06/06(月) 09:31:35.33TthH0YND0 (5/8)


 苦しかったのは、辛かったのは私だけじゃ無かった。私がいない間、父は母はこんな思いをしていたんだ。それがたまらなく哀しかった。申し訳ないとさえ思った。でも、私は謝ったりはしない。もし謝ったら、父が悪いと思っている事を認めてしまうのではないか、と思ったから。

 「だが、澪。世界は私達はお前から、十代二十代の(もっともたかんな)時の青春(じんせい)を奪ってしまった。学生生活も恋愛も(そのすべてを)取り上げてしまった。それどころかお前に危うく命を落とさせる事さえさせてしまった・・・」

 「―――――!」

 泣いていた。俯いたまま声も出さずに、押し[ピーーー]ように泪を流していた。

 私は、初めて父が涙を流す姿を見た。あの厳格とは言わないまでも、少なくとも私の前では決して弱い所を見せなかった父が、私の前で私の為に泪を流している・・・。

 父をそうさせた事が哀しくて、そして父がそこまで私を愛していてくれた事が嬉しかった。

 そして極まった私は、無意識に父に抱きつく。父は戸惑い気味に「おい澪?」とか言っているけど、そんな事は気にしない。

 「確かに、苦しい事も辛い事も沢山あった。でもだからこそ私はこの十年間でちょっとだけ強くなれた大人になれたと思う。それに普通の女の子じゃ絶対に体験できない事もたくさん経験できた。悪い事ばかりじゃないよ。大切に思える事も沢山あったよ。お父さん」

 そう言って私は父にめいっぱいの笑顔を見せる。もうこの人に、そしてその傍らに居る人に心配させない様に。めいっぱいの感謝の気持ちを込めて・・・。

 そして、これは私の本心でもあった。つい最近までの事なのに、あの宇宙での日々が今では懐かしく、どこか良い思い出の様な気さえしてくる。無事に帰って来れたからかも知れないけど。でもちょっとだけ強くなってちょっとだけ大人になったのだと、自惚れかも知れないけど本当にそう思っている。

 「澪・・・」

 「澪ちゃん・・・」

 「澪ちゃんは・・・ううん、澪はあなたと私の娘は、私達が思っていた以上にこの十年で成長したみたい」

 そう言って母は、父に涙を浮かべながら優しく嬉しそうに微笑みかける。



 私は、この二人の娘で本当に良かったと心の底から思った。


 




269支持率1%未満2011/06/06(月) 09:37:11.97TthH0YND0 (6/8)


 268>>の[ピーーー]は、[殺 す]です。

 規制が厳し過ぎるよこのヤロー(猪木風)です。


270こーじろう侍2011/06/06(月) 12:27:18.69TthH0YND0 (7/8)



 エントランスから基地の敷地内に出た私達は,帰宅する為に基地正門に向かう。そして正門近くまで来た時、不意にお母さんが「私達は先に帰ってるから、あなたはゆっくりしてらっしゃい」と言って、お父さんと一緒に私を残してそそくさと別方向に行ってしまった。

 私は呆気に取られてしばし呆然として、辺りをきょろきょろしてしまう。だが、その視線が正門前に向いた時、あるものが目に入り、私の眼はそれに釘付けになる。

 そこには私の見知った懐かしい顔が四つ、私の存在に気付いていたのか、私を遠目に見つめていた。

 
 




271こーじろう侍2011/06/06(月) 12:31:08.85TthH0YND0 (8/8)



 「――――――!!」

 その面々の顔を見た瞬間、私はまたも感極まって走り出したい衝動に駆られるが、それをぐっと堪えて、何とか自制心をフル稼働させて踏み止まる。そして、ゆっくりと彼女達に向かって歩を進める。聡や両親ならともかく、あいつ等にまで私のあんな姿を見せる訳にはいかない。

 「澪!おかえり!!」

 <律―――!!>

 その声を聞いた瞬間私の頭は真っ白になり、一瞬、何にも考えられなくなって、何歩か駆け出してしまう。が、はっと正気に戻って再び落ち着いているふりをして再び徒歩に切り替えるが、抑えきれずに競歩みたいな歩き方になってしまう。ナンか意味がない様な気もするが、これはもう、つまらないかもしれないが自分なりのプライドの問題だ。

 そして私は、自分の中では長い時間をかけて、彼女達の目の前まで、辿り着くと、そこに居る面々を見回す。紬に・・・梓、鈴木さん。そして――

 「改めてだな。澪、おかえり!!!」

 「澪ちゃんおかえりなさい」

 「澪先輩おかえりなさい」

 「・・・お、おかえりなさい・・・」

 「律!みんな!!」

 私はもう我慢の限界を超えて、一番の親友の胸に飛び込み、再会の抱擁をする。

 「律・・・ただいま、ただいまぁ・・・」

 そして思わず甘えた声を出してしまう。だが、時既に遅し感がハンパないけど、私は流石に再会シーンに慣れて来たのか、今までよりは早めに我に返って律(しんゆう)の両肩に手を置いて少し距離を置く。

 そして、

 「みんな、ただいま」

 私はありったけの笑顔をつくって、私の想像よりもずっと大人に、綺麗になった皆に向かって言った。




272VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/06/06(月) 15:43:45.36HU1bh3Qd0 (1/1)

>>269
E-mail欄に saga と入れると[ピーーー]に変化しない


273こーじろう侍2011/06/08(水) 07:54:41.72I8McJbC/0 (1/12)



 「久しぶりだな、澪。ちょっと老けたか?」

 律は、久しぶりの再会にちょっと照れくさいのか、はにかみ気味に悪態を付いて来る。

 「それはこっちの科白だよ。でも、律、お前、しばらく見ない内に綺麗になったな」

 「な、何を言ってるんだよ。まったく、殴られるかと思ったら、お前が、褒める様(こん)な事言うなんて雨が降るんじゃないのか?」

 律が顔を真っ赤にさせながら、よく判らない事を言う。でも、私が言った事はお世辞でもやり返そうとした訳でもない。カチューシャを外して、薄めだけど化粧を施したその顔は、当たり前だけど、高校時代(あのころ)よりずっと大人びて綺麗になったと思う。まあ、実質的にも私より年上になったのだけど・・・。

 でも、やっぱり本質的な所は変わらない。律は律だ。私はそんな変わった所もあるけれど、変わらない所もある律(かのじょ)でいてくれて本当に嬉しかった。








274こーじろう侍2011/06/08(水) 07:55:21.50I8McJbC/0 (2/12)



 「久しぶりだな、澪。ちょっと老けたか?」

 律は、久しぶりの再会にちょっと照れくさいのか、はにかみ気味に悪態を付いて来る。

 「それはこっちの科白だよ。でも、律、お前、しばらく見ない内に綺麗になったな」

 「な、何を言ってるんだよ。まったく、殴られるかと思ったら、お前が、褒める様(こん)な事言うなんて雨が降るんじゃないのか?」

 律が顔を真っ赤にさせながら、よく判らない事を言う。でも、私が言った事はお世辞でもやり返そうとした訳でもない。カチューシャを外して、薄めだけど化粧を施したその顔は、当たり前だけど、高校時代(あのころ)よりずっと大人びて綺麗になったと思う。まあ、実質的にも私より年上になったのだけど・・・。

 でも、やっぱり本質的な所は変わらない。律は律だ。私はそんな変わった所もあるけれど、変わらない所もある律(かのじょ)でいてくれて本当に嬉しかった。










275こーじろう侍2011/06/08(水) 08:05:19.58I8McJbC/0 (3/12)


 「そんな事より澪!お前ほんとに突然、宇宙なんかに行っちまいやがって、こっちは大変だったんだぞ!ま、まあちゃんと帰って来たからよかったけどさ・・・」

 律は複雑な表情(かお)をして言う。照れ隠しで言ったというのもあったと思うけど、この事について、本当はもっと強く言いたかったのだと思う。でも私の知っている頃の律だったら、感情に任せてもっと強く私を非難したに違いない。やっぱり月日というものは人を変えるものだと、妙にしみじみと思う。

 でも実際に律の言い分は、当然(もっとも)な事だと思う。何しろ私が事前にこの事を告げられたのは、両親を除くと聡だけだ。勿論、受験が終わったら彼女達にも言う心算だった。でもそうしない内に、半ば拉致されたかの様に、突然に連れて行かれてしまった。

 結果的に律達には本当に悪い事をしたと思っている。

 「ごめんな律。ううん、律だけじゃない、みんなも、ごめんな。突然いなくなってしまって。しかもあんな大事な時期に・・・本当にごめん」

 私は皆に頭を下げる。改めて思い出すと、私が連れて行かれた時は、大学受験直前の最も大事な時期だったと思う。私の突然の失踪が、彼女達、特に律、ムギ、ここにはいないけど唯や和に与えた影響は計り知れない。




276こーじろう侍2011/06/08(水) 08:08:12.10I8McJbC/0 (4/12)


 「そんな事より澪!お前ほんとに突然、宇宙なんかに行っちまいやがって、こっちは大変だったんだぞ!ま、まあちゃんと帰って来たからよかったけどさ・・・」

 律は複雑な表情(かお)をして言う。照れ隠しで言ったというのもあったと思うけど、この事について、本当はもっと強く言いたかったのだと思う。でも私の知っている頃の律だったら、感情に任せてもっと強く私を非難したに違いない。やっぱり月日というものは人を変えるものだと、妙にしみじみと思う。

 でも実際に律の言い分は、当然(もっとも)な事だと思う。何しろ私が事前にこの事を告げられたのは、両親を除くと聡だけだ。勿論、受験が終わったら彼女達にも言う心算だった。でもそうしない内に、半ば拉致されたかの様に、突然に連れて行かれてしまった。

 結果的に律達には本当に悪い事をしたと思っている。

 「ごめんな律。ううん、律だけじゃない、みんなも、ごめんな。突然いなくなってしまって。しかもあんな大事な時期に・・・本当にごめん」

 私は皆に頭を下げる。改めて思い出すと、私が連れて行かれた時は、大学受験直前の最も大事な時期だったと思う。私の突然の失踪が、彼女達、特に律、ムギ、ここにはいないけど唯や和に与えた影響は計り知れない。




277こーじろう侍2011/06/08(水) 08:11:35.82I8McJbC/0 (5/12)


 「もういいよ、澪。いきなり連れて行かれた様なもんだって聞いたし、何よりいちばん大変だったのはお前自身だったんだから。無事に帰って来てくれただけで充分だよ」

 「それに皆、大学受かったしなっ」、と言って律は屈託のない笑顔を見せてくれた。みんなも律の言葉にうんと頷いてくれた。私の知らない間に、律もみんなも色んな事があって、大人になったんだなと妙にしみじみと思ってしまった。

 「ありがとうみんな。ふふ、律も大人になったもんだな。もしかして彼氏でも出来たか?」

 私は照れ隠しで、冗談交じりに律にからかうように言う。

 「お、おっ―――おま、何言って・・・・・・うん、その・・・何だ・・・うん・・・」

 けれど律は顔を真っ赤にして、ごにょごにょと口籠って、下を向いてしまう。

 予想外の反応逆に私が、どぎまぎしてしまった。

 「律、まさか・・・―――」

 「うふふ、そうなの。律っちゃんにはいい人がいるのよ。しかももう、婚約までしてるの♪~。でも、律っちゃんたら、澪が帰って来るまでは結婚しないっ。澪が帰って来たら見せ付けてやるんだって。ふふ、それにお酒を飲んでいた時には、あいつが帰って来るまでは結婚できない。あいつを置いて、自分だけが幸せになっちゃいけないって。ふふ、律っちゃんらしいわね」

 二人乗りの、いかにも高級そうなベビーカーを引きながら、ムギはあの頃と変わらない、ほんわかした、表情で律の代わりに答える。







278こーじろう侍2011/06/08(水) 08:16:53.47I8McJbC/0 (6/12)


 「ば、ばかっムギ、何でそんなことまで言うんだよっ!」

 律が先刻よりも更に顔を真っ赤にさせてムギを非難する。

 「・・・・・・ほ、ほんとなのか?律?・・・」

 私の問いに、律は躊躇いがちにそれでも、はっきりと頷く。

 軽い気持ちで言った事が更に予想だにしなかった事答え返って来て、私は驚きのあまり、恐らくは鳩が豆鉄砲を喰らったかの様な表情(かお)になってしまったんじゃないかと思う。

 律に婚約者?しかも私待ちで結婚?あの律が?いくら大人になって女性っぽくなったと言っても、私の頭(きおく)の中の彼女はあの桜高時代の律で認識したままだ。そんな私の認識では、彼女が律が結婚はおろか彼氏が居る事すら、想像す(かんがえ)る事が出来なかった。まあそこまで言うとちょっと失礼な気もするが・・・。

 「で、相手はどんな人なんだ!」

 私はあまりの事に何故か興奮気味に、これ以上ない程、顔を真っ赤にさせて照れている律に更に追い打ちをかける様に問い詰めてしまう。

 「えっ・・・と、その、あの・・・なんだ・・・」

 律は相変わらず口をごにょごにょさせるばかりで一向に話が進まない。私はちょっとイラっとしてしまった。








279こーじろう侍2011/06/08(水) 08:20:32.86I8McJbC/0 (7/12)


 「律っちゃん、大学を出て楽器店に就職したの。音楽に関わった仕事がしたいって。あの、覚えてるかしら、唯ちゃんがギターを買ったお店なんだけど」

 自分が言いだした事なので見兼ねたのか、ムギが助け船を出す様に律に代って答える。

 「え・・・と・・・あっ思い出した!確かあの無理言って唯のギターを安くしてくれた、ムギの会社の系列のあのお店か!」

 最初ピンとこなかったけど、おぼろげだが急に思い出してつい声を張り上げてしまう。

 「そうなの~♪今その人、そのお店の店長なんだけど、その店長(ひと)といつの間にか、店長と店員の関係から、男と女の関係になっていってしまったの~♪きゃー」

 ムギは、興奮気味に言いながら、イヤイヤと首を振るが、全然嫌そうに見えない。むしろこう言う話が大好物なのが明白だった。もしかしたら、今もあるのか分らないけど,昼ドラとかもよく視ているのかもしれない。







280こーじろう侍2011/06/08(水) 08:25:26.37I8McJbC/0 (8/12)


 でも、そっか。よく覚えてはいないけど、あの時の店員さんか・・・。何となくだけど、優しくて、人の良さそうな人だったな・・・。


 「律」

 私は一人で悶えているムギを尻目に、改めて律に向き直る。

 「な、何だよぅ」

 ムギの言動が更なる拍車をかけ、律の顔は、ゆでタコ(りんかいすんぜん)みたいになっている。

 「おめでとう律、でもごめんな。私の所為で結婚が遅れてしまったなんて、これからは私の事なんか気にしないで、幸せになってくれ」

 「あ、ありがと・・・あと、その、け、結婚の事はいいよ。私が勝手に決めた事だし・・・って、私の事はもういいよっ!それよりもムギだろっムギ!!ムギなんて結婚どころかもう子どもまでいるんだぞ!それも二人も!!」

 半ばキレ気味に律は、ビシッとムギと彼女の引いているベビーカーを指差す。

 当のムギは、あらあら、うふふで相変わらず、穏やかな(ぽわわんとした)笑顔を浮かべ、二人乗りのベビーカーの主(ふたり)は、不思議そうな顔で律と私を交互に見つめていた。

 「ムギ・・・そっか、ムギはもうお母さんなんだな」

 私はすっかりセレブなミセスになったムギと、その子どもたちを見て、改めて時の流れにしみじみしてしまった。

 「あんまり驚かないのね。澪ちゃんを驚かそうと思って、あえて再会する(このとき)まで言わない様にしたのだけど」

 ムギがちょっと残念そうな表情で言う。確かに、高校生(あ)の頃のムギの姿(イメージ)からは今の姿は想像できなかったけど、ムギの家柄とかを考えると、有り得ない話ではないと思った。






281こーじろう侍2011/06/08(水) 09:31:21.60I8McJbC/0 (9/12)


 「いや、そう見えないのかもしれないけど、結構、驚いているよ。けど、ムギならこう言う事もあるのかなって、何となく納得しちゃったんだ。それより、ベビーカーに二人乗ってるって事は、もしかして双子なのか?」

 「ええ、そうなの。男の子と女の子。男の子が『篤太(あつた)』で、女の子が『菜芙子(なふこ)』っていうの。親ばかかもしれないけど、二人共とってもかわいいでしょ?」

 ムギがそう言って自分の子を私に紹介する。その顔は子どもを愛(いつく)しむ母親の顔だった。

「いや、篤太くんも菜布子ちゃんもとっても可愛いよ。ムギ、良かったなこんな可愛い子達に恵まれて」

 「うん、ありがとう澪ちゃん。ふふ、主人がお休みの時なんかは、よく家族みんなで、近所のスーパーで買い物をしたりするのよ」

 そう言って、ムギは嬉しそうな顔をする。本当に幸せそうな顔だった。

 

 



282こーじろう侍2011/06/08(水) 09:38:10.51I8McJbC/0 (10/12)


 ムギとその子ども達を見て、私はふと、聡の事を思い出してしまう。何年後か先に私もこうなっているのだろうか。ふふ、そうだったらいいなと、その時の事を妄想してしまい、ちょっと顔がにやけてしまう。


 後で聞いた話だと、ムギは25の時に父親に紹介された男性と結婚したらしい。彼女の父親が後継者として選んだ人だけあって、将来有望な男性(ひと)だった様だけど、ムギにとってはそんな事よりも、とても優しく子ども思いの思いやりのある人でよかったと思っている様だった。

 ムギの顔を見れば、嘘を付いていない事が判る。彼女はいい人と巡り合えたようだ。

 




283こーじろう侍2011/06/08(水) 09:42:27.45I8McJbC/0 (11/12)


 「あれー澪しゃん。私やムギが彼氏や子どもが既にいるって言うのに、随分と余裕ですなあ。まっ、それもそうか。なんたって澪しゃんの彼氏は十年も澪しゃんを待ち続けた挙句、はるばる宇宙まで迎えに行く様な、物好き(やつ)だもんな」

 律が突然、先刻のお返しとでも言う様に、茶化す様に横槍を入れて来た。聡がわざわざ律にその事を言う訳がない。彼を問い詰めたのか、どこからかこの事を嗅ぎつけてきたのだろう。

 「ああ、そうだな。律の彼氏もムギの旦那さんも、とてもいい人なんだろうけど、何と言っても私の彼は私を迎えに、地球(ここ)から二光年以上離れた所まで私を迎えに来てくれた程の男性(ひと)だからな。本当にイイ男だよ。なあ、律、お前ならよく分るだろ?」

 私はそう言って、唯ではないけど、ふんすっと胸を張る。今までの私だったら恥ずかしさで動揺してしまい、自爆してしまうところだけど、聡と再会して以来、臆する事無く堂々と出来る様になっていた。

 「ぐぬぬ・・・」

 律が悔しそうに歯ぎしりをする。私がこんな反応をするとは夢にも思わなかったのだろう。律が、ムギが、大人にな(せいちょうす)るのと同じ様に、私だって少しだけど大人になったんだと思う。
 

 「なあ、お前もそう思うだろ。梓」

 そして私は、これまで殆んど喋っていない後輩に向かって聞いた。

 

 



284支持率1%未満2011/06/08(水) 09:53:35.12I8McJbC/0 (12/12)


 もうすぐ完結するのと、ここまで来たら何としても完結させたいと言う意図で、
 
 余り意味がないのかもしれませんが、ageさせて頂きました。
 
 御目汚しかもしれませんが、どうか広い心で御目溢して頂けると有り難いです。

 あと、何故か妙に書き込みにくくなっておりまして、一部、内容が重複している所があり、

 申し訳ありません。

 と、言うか、これもちゃんと書きこまれているのか少し心配です。

 でもやるんだよ!

 と言う事(?)で、また時間はかかるかもしれませんが、どうにか終わらせたいとは思っていますので、

 何卒、よろしくお願い申し上げます。

 それでは。

 

 



285VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/06/08(水) 12:16:04.042g+eEKaKo (1/1)

ここでまさかの声優スレネタで吹いたwwwwww


286VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/06/15(水) 03:28:42.34QVyMN5TSO (1/1)

大学名が気になってしょうがないww


287VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/06/19(日) 17:17:38.95+2bmQavP0 (1/1)

ここの>>1はすごく時間がないんだね(ニコッ


288こーじろう侍2011/06/29(水) 08:32:36.70STO1i1nD0 (1/7)


 「なあ、お前もそう思うだろ、梓」


 澪先輩がそう言って私の方を向く。十年ぶりに見る大人になった澪先輩の姿はやっぱり綺麗で、私よりもずっと大人に見えた。

 私の髪形は十年前からずっと、ロングのストレート(あのとき)のままだ。私にとっては未だ、女として澪先輩は憧れの女性(ひと)であり、あの男性(ひと)も澪先輩一筋なのに、私だけがもう諦めている筈なのに、彼の事をまだ未練がましく未だにずるずると引き摺ったままだからだ。

 そんな事もあって、私の心は複雑だった。

 勿論、澪先輩が帰って来てくれて嬉しい気持ちは本物だ。でも、私に先輩をお迎えする資格があるのか、それが判らなかった。

 




289こーじろう侍2011/06/29(水) 08:39:19.15STO1i1nD0 (2/7)


 「澪先輩……」

 私の声がちょっと震えたものになってしまう。動揺しているのが丸判りだ。私と聡君、いや、田井中君とは、あれからも付き合いが無かった訳では無かった。といっても、たまにお茶を飲んだり、学校の事とかを話したりする程度で、二人だけで何処かに行くなんて事は振られて(あれ)からは無かったのだけど。

 大学院を卒業後、私はどうにか資格試験に合格して、とある大きな動物病院に就職す(はい)る事が出来た。そして今は研修医として経験を積んでいる。でも、来年か再来年には何とか独立するつもりだ。

 卒業したと言っても、まだまだ勉強する事や調べたい事が山程あるので、資料閲覧や収集等でお願いして、未だ大学のお世話になっている。田井中君は大学に残る様なので、大学(そこ)で会って、話をする機会が多かった。
 
 

 




290こーじろう侍2011/06/29(水) 08:41:32.34STO1i1nD0 (3/7)


 そして、澪先輩の生存がはっきりして帰って来る事が分った時、私はよりによって愚かにも彼に澪先輩の事を相談してしまった。私の相談を受けた彼は、笑って、「大丈夫ですよ、それなら俺も同罪ですから、その俺が言うのですから大丈夫です。どうぞ、遠慮する事無く、澪姉に会ってあげて下さい。その方があの人も喜ぶと思いますから」「まあ、ここだけの話ですけど、俺が誰よりも先に逢える予定なんですけどね」と言って、少し照れくさそうに笑って答えてくれた。

 彼はそう言ってくれたけど、私にはまだ少し、不安や罪悪感みたいなものが残っていた。だから<もう一歩>が踏み出せずにいた。

 「梓・・・」

 純が心配そうな表情(かお)で私を見つめる。私が、失恋(あ)の時から立ち直る事が出来たのは、ひとえに彼女と、もう一人の親友である憂のお陰だった。

 




291こーじろう侍2011/06/29(水) 08:45:16.90STO1i1nD0 (4/7)


 あの時、雨の中、傘も差さずに泣いていた私の携帯にメールが届いた。純からだった。そのすぐ後にもう一通来た。憂からだった。内容は二人とも、何となく気になったからメールしたのだけど、今から会えないかな?今、どこにいるの?といったものだった。

 私は、今すぐにでも二人に逢いたいと思った。でも同時に、こんなずぶ濡れの野良猫みたいなみじめな姿を見せたくないという気持ちもあった。

 でも、この時は何よりも温もりが寄り掛かるものが欲しかった。

 聡君には、ああ強がったけど、実際には心がぼろぼろになって、今にも崩れ落ちそうだった。

 私はつまらないプライドを捨て、縋る思いで二人に連絡した。身体が冷え切って、悴(かじかん)でまともにメールを打てなかったので、直接電話した。二人は私の声と口調で、何となく察したようで、すぐに大学(そこ)まで来てくれた。そして、ずぶ濡れの私を自らが濡れるのも厭わないで抱き締めてくれた。そのぬくもりが本当に心地よかった。

 憂が電話から聞こえる音や声で察したのか、気転を利かせて着替えとタオルを持って来てくれた。純が温かい飲み物を持って来てくれた。

 そして、私の話を聞いてくれた時に、二人が私の事の様に、一緒に泣いてくれた・・・。

 私はこの時、改めてこの二人が私の親友でいてくれて本当に良かったと思った。

 もしこの二人がいなかったら、何時立ち直れたのか判らない。本当に二人には感謝し切れない程感謝している。

 




292こーじろう侍2011/06/29(水) 08:48:06.15STO1i1nD0 (5/7)


 そんな事も会って、澪先輩を迎えに行こうと決意した私は、純に伴われて、ここまで来たのだけど、いざ、澪先輩の前に立つと、案の定、気後れをしてしまう。全く私はなんてヘタレなんだ・・・。
 

 「あ、あの、澪・・・せん・・・ぱい・・・」

 私がどうにかして何か言おうとした瞬間。

 「梓・・・」

 澪先輩は、私の名前を紡いで、突然、私を軽く抱き締める。

 「澪、せんぱ・・・い・・・?」

 「ごめんな、私が居ない事でお前に辛い思いをさせたな・・・でも、これからも私の友達でいてくれるか・・・?」

 澪先輩が私の耳元で優しい声で、囁く様に言った。

 




293こーじろう侍2011/06/29(水) 08:56:47.79STO1i1nD0 (6/7)



 「・・・澪先輩はずるいです・・・・・・」

 澪先輩(このひと)は全部知っているんだ。多分、田井中君に大凡(おおよそ)の話を聞いたのだろう。その上で、私をそして田井中君を許したんだ。そして、大袈裟なのかも知れない、いやきっと彼女の言葉には「聡は私のモノだから、もうちょっかいを出すなよ?」という、警告の意味合いも含んでいるのではないかと確信する。

 私はこの時、澪先輩は本当に大人に(ずるく)なったと、思った。

 「梓・・・」

 「でも、私も澪先輩とずっと友達でいたいです・・・」

 これは、私の偽らざる本心でもあったし、それ以前にこう言うしか選択肢は無かった。

 「ありがとう梓・・・」

 澪先輩は私の言葉を聞いて、満足げに頷く。

 「でも・・・」

 だからこそ言ってやりたい。

 「でも・・・何だ?」

 澪先輩は怪訝な顔をする。


 「でも、今も田井中・・・いいえ、聡君とはお友達なんですよ。今でも、時々ですけど逢っているんデス」

 




294こーじろう侍2011/06/29(水) 09:01:58.32STO1i1nD0 (7/7)



 「なっ!?」

 予想だにしない言葉(はんげき)だったのだろう。澪先輩が明らかに、面を喰らった表情(かお)になる。私はちょっとだけすっとした気分になって、更にここぞとばかり畳み掛ける。


 「澪先輩。私は<あずにゃん>ですから、先輩がうかうかしていたら、いつの間にかに<ドロボウ猫>しちゃうかもしれないデス」


 「―――――ッ!!」

 言ってやった!言ってやったデス!!勝てない戦いと言う事は最初から判っていたけど、それでも一矢報いてやりたかった。言ってやった事で何か心の奥底で欝屈したものが取り払われて晴々した気分になる。

 私がそう言って澪先輩に満面のドヤ顔を見せると、私と澪先輩の間を緊迫した空間が支配する。

 「・・・ほほう・・・あの頃よりも更に言う様になったな梓・・・いや、実質的には今は、<梓先輩>かな?」

 澪先輩が一瞬たじろぎかけたが、予想よりも早く体制を立て直した瞬間だった。
 


 「やっほーみんなーあっ澪ちゃんもう来てたんだ。改めまして、澪ちゃんおかえりー。お久しぶりだね!澪ちゃんっ!」
 唯先輩の、明るくも、気の抜けそうな声が聞こえて来た・・・。

 

 
 





295VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/01(金) 02:23:51.46BwM2k5iSO (1/1)

きてたー


296こーじろう侍2011/07/26(火) 10:20:05.76ZmJLLIMw0 (1/9)



 唯の声と思わしき声が聴こえたので、私は一旦、梓との不穏な会話を中断して、声のした方を向く。この時に律とムギが、私と梓(こっち)を見てニヤニヤしているのが視界に入ってイラっとしたが、あえて無視をする。まあ、梓とは今度キッチリ話を着けるとして<当然、聡にもな・・・>、視線の先には、和が正に両側に平沢姉妹を従えて、と言った感じでこちらに近づいて来るのが見えた。

 しかし、何故か従えている様に見える和よりも、従っている様に見える唯の方が得意げな顔をしているのだが・・・・・・。

 「おかえりなさい澪。ごめんなさいね。先に曽我部先輩の所に行って挨拶してきたから、ちょっと遅れちゃったわね。唯と憂だけでも先に貴女の処に行っていいわよって言ったのだけど私に付いて行くって聞かなくて・・・」

 「そんな事はいいよ和。私もあの人には凄くお世話になったしな」
 私は和に穏やかに返す。むしろ先に先輩の処に行ってくれてよかったと思う。梓との件も含めて・・・・・・。

「澪ちゃんおかえり~」

 「お帰りなさい、澪さん」

 「ただいま、和、唯、憂ちゃん」

 私は微笑んで三人に挨拶を返した。






297こーじろう侍2011/07/26(火) 10:25:07.92ZmJLLIMw0 (2/9)



 和はすっかりキャリアウーマンといった出で立ちで、キッチリとスーツを着こなしていた。唯と憂ちゃんもスーツに身を包んでいたが、憂ちゃんはともかく、唯はまだスーツに着られている感じに見えた。

 「和・・・今、一番忙しい時なんだろ?来てくれた事はとても嬉しいけど、無理させちゃってないか?」

 「ふふ、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、憂と唯のお陰で、何とか調整付けられたから」

 「それならいいけど・・・でも今月から始めたばかりなんだろ?」

「ええ、やっと今月から、事務所を立ち上げられたわ。ちょっと早いかなって思ったけど、独立するのが夢だったから。憂も随分慣れてきたし、唯もよくサポートしてくれたから、思い切って独立しちゃった」

 「そうか・・・和は凄いな・・・」

 私は和の行動力と言うか、志の高さに素直に感心する。

 和や唯のメールで知らされてはいたけど、和は律達や私も受ける予定だったN女子大ではなく、別の大学の法学部に進学した。そこで在籍中に司法書士の資格を取得して、大学に通いながら、司法書士事務所で経験を積んでいたと言うのだから大したものだと思う。

 あと、弁護士では無くて司法書士を選んだと言うのが、何処か和らしいなと思った。

 「そんな事はない・・・って事の無いわね。これでも結構、頑張ったから」

 和は少し照れくさそうに、それでも本当に努力したのだろう、珍しく謙遜せずに何処か誇らしげにこたえる。






298こーじろう侍2011/07/26(火) 10:27:23.55ZmJLLIMw0 (3/9)


 「そう言えば憂ちゃんもだったかな?」

 「ええ、憂も大学の卒業年次に資格を取ってくれたお陰で予定より早く独立出来たわ。彼女も唯に付いていって、N女に行くのかと思っていたけど、まさか私と同じ大学を選ぶとは思わなかったわ」

 「えへへ・・・高3の時に和さんからこの話を聞いて、和さんは大学で好きな事をやってからじっくり考えて、それでも自分に付いて来てもいいと思うなら大学を出てから資格を取ってくれればいい。その間の面倒は見るからって、と迄言ってくれたんですけど。この話を聞いた瞬間から居てもたってもいられなくなって、頑張って和さんと同じ大学に行くことを決めたんです」

 「だって、社会人になっても和さんとお姉ちゃんと一緒に、しかも自分達のお城(じむしょ)を持つ事が出来るなんて、夢の様な話でしたから、少しでも早くそうしたいなって思ったんです」

 憂ちゃんはちょっと気恥ずかしげに、でも、願いが叶ってとても嬉しそうな顔をした。

 今の生活がとても幸せなのだろう。こうして見てみると、憂ちゃんはもしかしたら、唯よりもずっと甘えん坊なのかなって思う。

 






299こーじろう侍2011/07/26(火) 10:32:11.47ZmJLLIMw0 (4/9)


 「それで、唯も和の処に就職しているんだよな?もしかして、唯も資格を習得し(とっ)たのか?」

 「うん、持ってるよ。パソコンとか簿記とか、あと秘書検定とか、いっぱい取ったよ」

 「あと教員免許もねっ」と、唯は自慢げに、ふんすっと胸を張る。この辺りは高校生(あ)の頃と変わっていないなと思った。

 「でも、肝心の司法書士とかはもっていないんだな?」

 私は純粋にそう思っただけだけど、聞き様によってはちょっと意地悪と取られかねない事をつい言ってしまう。

 「うん、持ってないよ。司法書士とかってすっごく難しいし、正直、あんまり興味も無いんだ。私は和ちゃんのサポート(おてつだい)がしたいだけだから。だから、和ちゃんが事務所を開くまで学校の非常勤講師(せんせい)とか、派遣とか、資格の学校とかに行ってたんだよ。和ちゃんの支えになれる様にね」

 唯はそう言うと、ドヤ顔っぽい表情になって、また、ふんすと胸を張る。

 




300こーじろう侍2011/07/26(火) 10:36:36.02ZmJLLIMw0 (5/9)


 「そうか、じゃあ念願通りになったんだな」

 唯は唯でそれなりに努力をしていたんだな、と、妙に感心してしまった。

 「そうだよ、和ちゃんに永久就職だよっ。ね、憂」

 「うん。そうだねお姉ちゃん」

 憂ちゃんも唯に同調すると、二人で和の左右の腕にぎゅうっと抱きつく。うーん。高校時代ならともかく、二人とも結構イイ歳なんだけどなぁ。と私はちょっと辟易してしまう。

 和もそんな二人にちょっと困り顔をしていたが、これだけ魅力的な姉妹二人にこれ程までに慕われるのだから、やはり和(このひと)はただモノではないと思う。

 「でも、私は唯にも取り敢えず行政書士とかを取って貰いたいと思っているの。そうなれば少しでもお給料を上げられるし」

 和は私に向かって言う。唯は「べつにいいよー。だって和ちゃんが、一生養ってくれるもん」と、何故か頬を膨らませる。

 「もう、何を言っているのよ。これは貴女の為なの。でも、私に就いて来てくれた以上、少なくても貴女と憂が結婚するまでは責任を以って面倒はみる心算だけど。でもその分、私を支えて、助けてね」

 「「うん、そのつもりだよ和ちゃん」」

 和の言葉に唯と憂ちゃんが見事にハモって応える。

 「「でも、和ちゃん以外の人とは結婚しないけどねー」」

 と、その後にまた、冗談っぽくハモってまた姉妹でぎゅーと抱きつく。

 そんな二人に和は「もうっ」と呆れ顔をしていたが、その表情はやはり何処か嬉しそう(まんざらでもないよう)にも見えた。

 私はそんな、いつまでも変わらない三人が、どこか可笑しくて、そしてとても羨ましいと思った。

 
 



301こーじろう侍2011/07/26(火) 10:42:47.22ZmJLLIMw0 (6/9)



 それから皆で食事等をして、律達と別れたその日の夜。十年ぶりに帰った自宅で私は両親にささやかなお祝いをして貰った。十年ぶりに食べた母の料理は涙が出る程美味しくて懐かしくて、そして父と初めて飲んだお酒はほんの少し苦かった。
 
 
 


302こーじろう侍2011/07/26(火) 10:49:17.04ZmJLLIMw0 (7/9)



 そして、その次の日。私は律に呼ばれて街中にあるとあるライブハウスに来ていた。この時私は場所がライブハウスとあって、何があっても良い様にと一応、エリザベスを背中に背負って行く事にした。

 指定された時間通りに行くと、私を待っていたのかそこの係りの人に案内されて、フロアの扉を開けて貰う。そこには、
 

 「澪ーおかえりー」


 「澪ちゃんおかえり~」


 「澪ちゃんお帰りなさい」


 「澪さんお帰りなさい」


 「澪先輩お帰りなさい」

 
 「澪お帰りなさい」


  「澪ちゃんお帰り」


 「「「「「「秋山さんお帰りなさい!!!!」」」」」」


 律が、唯が、ムギが、梓が、憂ちゃんが、鈴木さんがステージの上で、そしてその下のホールには和を始めとする見覚えがある面々。桜高の3年2組のクラスメイト、そして今はもう山中姓ではなくなったさわ子先生が一斉に「おかえり」の声を浴びせてくれた。

 

 





303こーじろう侍2011/07/26(火) 10:50:46.02ZmJLLIMw0 (8/9)



 みんな大人になって少し<中にはだいぶ>顔つきが変わったけど、見覚えのある級友(ひとたち)が私の帰りを祝ってくれていた。もうあれから10年以上経つと言うのに皆、私の為に集まってくれて、にこやかな顔で私に声を掛けてくれた。

 それだけでも私は感極まって泣きそうになったと言うのに、律達≪放課後ティータイム≫の演奏が始まって、そして恐らくは私の事を歌ってくれたのだろう『COSMOS WAY』と言う曲を聴いた時は、不覚にも耐え切れずにまた泣いてしまった。
 

 それからは私もHTTに復帰させて貰って、皆と一緒に演奏した。エリザベスをリシティアに持って行けたおかげで、簡単な音合わせだけですぐにあの時の様にみんなと演奏する事が出来た。念のために持って来て本当に良かった・・・。

 やっぱり聴いてくれる人が居て、みんなで演奏するのは最高に楽しかった。10年ぶりなら尚更だ。



 私は帰って来られて本当に良かったと、改めて心の底から実感していた・・・・・・。

 







304支持率1%未満2011/07/26(火) 11:03:27.73ZmJLLIMw0 (9/9)


 その心算もないのに間違えてageてしまいましたが、ナンとかここまでやって来ました。

 前の書き込みから此処まで開ける気は無かった他のですが、色々あったりして全く進まずにこんなに空いてしまいました。

 でも、何だかんだで次の書き込みでとりあえず最期になると思います。

 やっと少し書き始められたくらいなので何時になるかは判らないですが、文量的にはそんなに多くは無いと思いますし、

 制限期間内にナンとか書き上げたいと思っております。

 と、言う事なのでどうかよろしくお願い申し上げます。

 それでは。

 
  

 



305VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/07/28(木) 10:01:01.94nYCX5K+yo (1/1)

おつ
誤字には注意だ


306VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/08/17(水) 03:09:00.5017rbDenSO (1/1)

まだか…


307こーじろう侍2011/08/28(日) 15:43:25.21YPefDOpt0 (1/20)


 2011年5月。


 十年以上前。俺と澪姉が最後に逢った、ある意味『はじまりの公園(ばしょ)』。俺はここのベンチ前である人が来るのを待ち侘びていた。


 勿論。その人とは澪姉の事だ。


 宇宙(シリウスライン)で再会して地球に戻るまでの間はお互いの時間を縫って逢う事は出来ていたのだが、新造艦から月面基地でシャトルに乗り換え二便目のシャトルで澪姉が、そして最後の便で俺が地球(こっち)に戻ってからは、宇宙に出ている間に溜まりに溜まった仕事に追われ、澪姉も取材やら何やらで多忙を極め、只の一度も逢えずにいた。
 だけど、どうにか調整をつけて今日やっと互いの都合が合い逢える事になった。そして話し合いの結果、公園(ここ)で落ち合う事になったのだった。

 「まだ、来ないな・・・」
 約束の時間にはまだ少し早かったが、待っている間そわそわするのも何なので、何となくぼんやり考え事をする事にした。

 
 




308こーじろう侍2011/08/28(日) 15:47:06.58YPefDOpt0 (2/20)


 澪姉が居なくなってしまった後に急速に開発が進んだモノが二つあった。

 エネルギー増幅システムとトレーサーの事だ。


 澪姉が宇宙に行ってしまってから、それ程期間を置かずに起こった大地震と大津波。その余波で起こった原発の事故。

 その時に配備されたトレーサーは澪姉達が駆っていたものに比べて数段性能が落ちるものだったが、それでも救助や瓦礫の撤去作業。原発施設の調査等、被災地の復旧復興に相当な成果を示した。

 そして、原発の事故によりクリーンエネルギーの必要性が叫ばれた時に一気に世界中から注目を浴びたのが、光エネルギー増幅還元システムであり、その技術を独占している日本であった。

 これにより、言い方は悪いかもしれないが、震災の被害(ダメージ)を復興の礎(エネルギー)に換えて日本は石油に変わるエネルギー革命を興し、その盟主になった。

 トレーサーもこの件で一気に災害救助や建設作業での汎用性が認められ、その必要性が叫ばれ一気に開発が進んだ。その結果、現在のモデルは澪姉達のものには及ばないものの、その性能は格段に上がり且つ、操縦さえ覚えれば乗り手も選ばない、ある意味純地球産の高性能の機体の開発に成功していた。

 そして、今のところは平和活用されてはいる様だが、これが軍事目的に利用されない事を願うばかりだ。

 
 



309こーじろう侍2011/08/28(日) 15:49:46.67YPefDOpt0 (3/20)


 そして、この二つの技術が宇宙由来のものだった事もあって、その結果この分野にこれまで以上に注目が集まる事になり、その将来性から大学も文理問わずに宇宙系学部に人気が集中してしまうと言う事態になってしまった。

 この事を思い出す度に俺は本当にギリギリの(いい)時に受験できたなと思う。

 ある意味、一寸先は闇とはこの事だと思う。よくは判らないが・・・・・・。



 大学と言えば、澪姉がこの9月から大坊に編入して来るらしい。澪姉曰く、シリウスからの帰還中、彼女はリシティア内で様々な作業の手伝いをする傍ら、国連規定の大学の通信課程を受けて修了したらしい。国連大学とは本来は修士・博士課程相当の機関なのだが、今回の調査隊は現役の学生が殆んどの為、特別に学士課程の通信カリキュラムを組んで貰っていたらしい。

 卒論も提出済みでこれが通れば晴れて大学卒と言う訳らしいのだけど、本人は「改めて大学に通いたい」という訳で、年齢的な事も考慮して3年次編入という事になったらしい。

 澪姉の他にも大坊を始め他の大学に編入、入学を希望する人、復学する人達も多いと言う事らしかった。

 実際の所、彼女達の受け入れを希望する大学は、宇宙学部の有る大学を中心にしてかなり多かった様だ。

 




310こーじろう侍2011/08/28(日) 15:55:19.25YPefDOpt0 (4/20)



 実際に宇宙に出て更にタルシアンと戦闘を経験した数少ない生き残りであり、宇宙生活も長いという余りに貴重な体験をしたと言うのだから、引く手数多と言うのも当然だと思う。

 更に国どころか国連の推薦状迄あるのだから、大坊だろうがどんな大学でもほぼフリーパス状態なのだと思うし、今回の件ではどう見ても不可解な計画内容且つ、一般人の死傷者が余りにも多い事に、国連は世界中から非難を浴びた事に流石に堪えたのか「彼女たちの今後の人生に於いて出来る限りの保障と支援を行う」「また亡くなられた方々とそのご家族にも同様の補償をさせて頂く」と声明を出しているのでこれ位は当然の事だと言えた。

 地獄の受験を乗り越えてどうにか合格した俺からすれば羨ましい限りなのだが、彼女達は実際に本当の戦場(じごく)を潜(くぐ)り抜けたのだから、これ位の報酬(こと)は当然の事なのかもしれない。


 報酬と言えば、彼女達がこの遠征で受け取った給料も相当なものだったらしい。正確な額は教えてくれなかったけど澪姉曰く「『ジャンボ宝くじ』が当選した位」は有るらしい。これまた羨ましい限りなのだが、彼女達の功績を考えればもしかしたらこれでも少ない位かもしれない。

 
 



311こーじろう侍2011/08/28(日) 15:59:02.56YPefDOpt0 (5/20)

 

 という訳で、澪姉が9月から大坊に通うと言う事なのだが、そのこと自体は立場が違うとはいえ元々N女に通う予定だった彼女と、同じ学校に通う事が出来るのだから嬉しいに決まっている。だけど、問題は恐ろしい事にあの曽我部さんも澪姉と一緒に入学してしまうと言う事だ。

 はっきり言ってリシティアでの彼女との出会いは、真面目にトラウマもので、あの時彼女が俺に言った「これからよろしくね」という言葉がこの事だったのかと思うと、大仰かもしれないけど背筋が寒くなる思いがした。

 あの時味わわされた、氷の短剣。いや氷の大剣を突き立てられたかの様な感覚は当分忘れられそうもない。

 とはいえ、来てしまうものはどうしようもないので、俺も覚悟を決め(はらをくく)るしかなかった。

 

 




312こーじろう侍2011/08/28(日) 16:00:25.93YPefDOpt0 (6/20)



 ・・・・・・・・・・。


 「うーん・・・まだかな・・・」

 俺は腕時計を見ながら溜息を吐(つ)く。約束の時間にはまだ少し早いが、未だ澪姉が来る様子は無かった。

 今まで、と言っても十年以上前なんだけど、待ち合わせした時は寧ろ澪姉の方が先に来ていた事の方が多かったのに・・・・・・。

 <宇宙生活が長かったから少し生活のリズムが変わったのかな・・・?>

 俺は若干不安な気持ちになりながら、そんな事を考えていた。

 宇宙と言えば、今後再開されるであろう第二次調査隊の事をふと思い出した。

 
 



313こーじろう侍2011/08/28(日) 16:07:07.34YPefDOpt0 (7/20)



 どうも、今現在、調査計画そのものが見直されているらしい。その発端となったのは、澪姉達がアガルタで遭遇したと言う、奇妙な映像であるらしかった。

 リシティアで澪姉に聞いた話だと、タルシアンは地球人(わたしたち)に、何かを『託したい』『ついて来て欲しい』といった様な事を伝えて来たらしい。

 そしてその為には、『痛み』も必要であると・・・・・・。

 そして、この体験(えいぞう)が澪姉だけでなく、他の生き残った選抜メンバーも同様の体験をしたと言うのだから、とても個人の幻聴や妄想で片付けられない事であるし、タルシアンが初めて地球人(じんるい)に直接に伝えて来た、言語による貴重なメッセージとしてとても無視できるものではない事は容易に想像が付く。

 ただ、このメッセージをあの戦いで命を落としてしまったメンバーも聞いたのかどうかは、永遠の謎になってしまったのだが・・・・・・。


 



314こーじろう侍2011/08/28(日) 16:09:47.65YPefDOpt0 (8/20)


 そもそも人類がタルシアンという存在を知ったタルシス遺跡の爆発事件自体が、タルシアンが引き起こしたものではなく、何かしらの人為的要因(ミス)による事故ではなかったのかという説も出始めていた。

 そして、爆発(そ)の時にタルシアンが現れたのはただの偶然だったのではないか、という見解をする識者もここにきてちらほらと出始めていた。

 遺跡の爆発を事故ではなく襲撃として、その後タルシアンを敵と見做(な)す事にして、事故の過失を無かったものとし、タルシアンという敵を作る事で世論の非難を躱(かわ)し、尚且つ危険という事で他国や民間が手を出せない状態にして、タルシアンの技術や科学を独占してきた米国政府の陰謀だったのではないか?。

 最初の段階で、米国はそして世界(じんるい)は間違った選択をしてしまったのではないか?という議論があちこちで交わされていた。

 
 
 



315こーじろう侍2011/08/28(日) 16:17:17.70YPefDOpt0 (9/20)


 だけど俺はどちらにせよ、澪姉達が巻き込まれた戦闘(たたかい)は避けられなかったのではないかと思う。

 タルシアン側がアガルタで『託したい』その為には『痛みが必要』と伝えてきた以上、『何か』を託す為には痛みに耐えられる位の、そして『彼等』の試練を乗り越えられる程の精神と力が無ければ話にならない。と、タルシス遺跡を爆発させてしまった程度の科学力、技術力しか持たない愚かで無知な地球人(じんるい)を試したのではないか、と俺個人は思っている。

 だからタルシアンは自らのテクノロジーを人類が盗み応用していく様をも黙認してきたのであろうし、その成果を確認する為に彼等自身が犠牲になるのも厭わずに、澪姉達と交戦したのではないか?。

 「タルシアンの戦い方は何処か不自然だった。勝てる戦いだったのに、何故か勝とうとはしなかった様な気がする・・・」と、澪姉がリシティアで俺に疑問を投げ掛ける様に話してくれた様に、タルシアンにとってあのアガルタでの戦いは、人類を試す試練であり試験ではなかったのではないかと思う。
 
 



316こーじろう侍2011/08/28(日) 16:26:15.01YPefDOpt0 (10/20)

 

 何にしても何が真実なのかは今もまだ解らない。タルシアンが依然、人類にとって未知で脅威の存在であることには変わりは無いし、何よりも澪姉が生きて帰って来てくれた事だけで俺には充分だった。

 と、まあこういった経緯もあって第二次調査隊は当初の予定よりも規模を縮小し、その目的をアガルタの環境調査と、澪姉達が発見したアガルタ遺跡の調査に限定すると言う事になったらしい。

 その澪姉も、除隊となる時にロコモフという司令官から、「その時にはまた来てほしい」とスカウトされたらしいのだが、澪姉は流石にもうこりごりだと断固として断ったらしい。正直に言って、俺としては断ってくれて本当に良かったと思う。

 帰還中、リシティア内にて曽我部さんに散々、澪姉のトレーサーパイロットとしての腕は相当なものであり、実際にアガルタ決戦時の撃墜数は全パイロットの中でトップだったと言うのだから、その司令官が引き留めるのも当然だと言えた。

 だけどあの澪姉が敵とはいえ、生物かも(えたいの)知れないモノを大量に撃墜したと言うのだから、一体彼女に何があったのだろうかと考えただけで、少し身震いしてしまう。


 「うーん・・・」

 俺はそんな何処か説明と言うか纏(まと)めじみた事を考えながら、再び時計に目をやろうとした時だった、


 「聡。ちょっと待たせちゃったかな?」


 俺の耳に一番聴きたかった人の声が聴こえ、俺の目が一番見たかった人の姿が、この瞬間この目に映った・・・・・・。


 

 
 



 
 



317こーじろう侍2011/08/28(日) 17:51:47.14YPefDOpt0 (11/20)

 
 「ううん。俺も今来たところだよ」

 本当は、これまでの総括的な事を考え思い返す程度の時間は待ったのだけど、澪姉はほぼ時間通りに来てくれた事だし、特に何か言う話でもないので、俺は笑顔を作って手を振り、澪姉を安心させる様に言葉を返す。

 「そうか・・・それなら良かった。家を出る前にちょっとばたばたしてしまったから、ちょっと焦っちゃったんだけど・・・・・・」

 澪姉はそう言うと少しぎこちない笑顔を見せる。そんな澪姉の顔には、まだ使い慣れていない感じがするけど、精一杯さが伝わって来る様な化粧が施されていた事に俺は目を見張った。

 十年前はこうしたデートの時も殆んど化粧らしい化粧などしていなかったのに・・・・・・。

 服装だってそうだ。十年前デートの時でさえは殆んどパンツルックにトレーナーだったのが、今や落ち着いたシックなデザインのワンピースと薄手のカーディガンという、俺から見れば相当おしゃれな出で立ちである。

 俺の不意打ちだったとはいえ、リシティアで十年ぶりに再会した時もジャージ姿だったと言うのに・・・・・・。

 恐らくは十年以上もの間、おしゃれとは全く無縁の環境(せかい)にあったであろう澪姉が、今、ここで、俺に逢う為に、精一杯のお化粧とおしゃれをしてくれている・・・・・・。

 そして、その準備と選択の為に時間ぎりぎりになったのかと思うと、苦言どころか感動で胸が熱くなってくる。

 かく言う俺は、Gパンにトレーナーという、恐ろしい程お洒落さの欠片も無い出で立ちで、ナンか逆に大変申し訳無くなってくるのであるが・・・・・・。

 
 

 



318こーじろう侍2011/08/28(日) 17:53:48.61YPefDOpt0 (12/20)


 「澪姉・・・とってもきれいだよ・・・」

 俺は思わず恥ずかしくて顔から火が出かねない様な事を、思わず呟く様に言ってしまう。

 「ふふ・・・ありがとう聡。準備に少し時間が掛かっちゃったけど、その甲斐が少しは有ったかな?」

 澪姉はそう言って、はにかみと嬉しさが要り混ざった様なそんな笑顔を俺に見せる。

 かわええ。全く以ってかわええ。けしからん位かわええ。

 「ああ、そうだ聡。昨日、国連大学から卒論が通ったって連絡があったんだ。これで心置きなく大坊(だいがく)に通えるよ。私は宇宙史学だから聡とは専攻も立場も違うけど、今までよりも一緒に居られるな」

 「うんそうだね。まさか澪姉と一緒の学校に通えるとは思わなかったよ」

 俺は本当に世の中何が起こるか判らない事を実感する。

 それから俺達は少しの間、他愛のない会話を交わす。そんな中、澪姉が何かを思い出したのか不意に声を上げる。

 




319こーじろう侍2011/08/28(日) 17:56:52.42YPefDOpt0 (13/20)


 「あっそうだ聡」

 「ん?どうしたの」

 「私が地球(こっち)に還って来た時に、みんなが私を迎えに来てくれた話はもうしたよな?」

 俺達を乗せた新型コスモナートが月面基地に到着して、そこからシャトル便に乗り換えて地球に帰還した時、俺は教授のお付きという立場もあって、澪姉と一緒に帰るどころか、帰るシャトル便(ひにち)すら違ったのだから、当たり前だけど澪姉の友達とは顔を合わせる事も出来なかった。まあ、澪姉を迎えに来た『みんな』の中には当然、姉さんも入っていたので顔を見せないで済んでほっとした面もあったのだが。

 だけど、その話はあの後、メールやら電話やらで何度も聞いていた。まだ言い足りない程とても感激した出来事だったんだな。と、俺は妙に感慨深げに、のほほんとしながら思った。

 「律も、ムギも、唯も、和も、憂ちゃんとかもみんな来てくれてな・・・・・・」

 「うん、うん。姉さん達が迎えに来てくれたんだよね」

 俺は、澪姉の話にのんきに相槌を打つ。

 「その中に梓の姿も有ってな」

 「うんうん」

 俺は何も考えずに再び相槌を打つが、この時、澪姉の声色が微妙に変わった事に愚かにも気付く事が出来なかった。

 
 



320こーじろう侍2011/08/28(日) 18:00:23.03YPefDOpt0 (14/20)


 「うんそうそう。あz・・・中野さんも凄く澪姉に逢いたがっていたからね」

 あの時、梓さんから相談を受けた俺は、リシティアで澪姉と再会した後に、俺と彼女との事を<微妙にそれとなく当たり障りのない様に>澪姉に伝えていた。

 「その時さ、梓が私に教えてくれたよ。『今でもたまに逢っている』ってさ」

 俺はこの時初めて澪姉の様子の変化に今更ながら気づく。

 「えっ・・・!?あっそうそう。はは、澪姉も知ってると思うけど、中野さんは今や動物病院の獣医師(せんせい)になっているから、大学に資料を閲覧しに来たりするんだよ」

 「はは、会っているって言っても、その時に挨拶を交わす程度で、他には全然何も無いよ・・・はは、凄いよね。澪姉の後輩だった人が今や中野医師(せんせい)になっているんだからさ。時の流れって怖いよね」

 何度も愛想笑いをしながら、俺の額からいよいよ厭な汗が噴き出してきた。い、いや俺は嘘は言ってはいないし、そんなにやましい事はしていない筈だ・・・多分・・・。

 「そうかそうか。挨拶程度か・・・その挨拶を交わす程度の関係でしかない『中野医師(せんせい)』さまが私にこう言うんだよ・・・」

 「・・・・・・・・・何って?」

 「私がうかうかしていたら、『私からお前をドロボウ猫する』ってさ、それはもう満面のドヤ顔で言うんだよ」

 




321こーじろう侍2011/08/28(日) 18:04:57.33YPefDOpt0 (15/20)



 「――――――!?!?!?」

 その瞬間、俺の額、いや身体全体から大量の冷たい汗がどっと溢れる。な、ナンという事を言って下さるのですか梓しぇんしぇい・・・。

 「いやいやいや・・・はは・・・じょ、冗談が過ぎるなぁ。あz――中野せんせいは・・・澪姉を吃驚させようと思って言ったんだよ。はは、ホントに冗談言うならもっと面白い事を言えばいいのにね・・・」

 俺は、どう返せばいいのか判らずに、取り敢えず冗談である事を強調する事にするしか出来なかった。でも、ホントにナンで急に、しかも澪姉にそんな事を言ったんだ?あれから本当に何も無いし、もうとっくに終わった事なのに・・・・・・。

 「そうか、そうだよな。あれは、あの宣戦布告(セリフ)は梓なりのサプライズだったんだな」

 そう言って澪姉は再び俺に笑顔を見せる。だが、その目はしっかりと笑っていなかった。

 そして澪姉は、俺の両肩を両手でがしっと掴む。

 「なあ、田井中研究員(せんせい)」

 「は・・・はい。な、何でしょうか・・・秋山さん」

 「曽我部先輩から聞いたかもしれないけど、私はこれでもタルシアンとの戦いで、撃墜数が全クルーの中で一番だったんだよ」

 「はは・・・聞いてるよ・・・澪姉は凄いね・・・・・・」

 「お前をドロボウ猫されたら、私はまたトレーサーに乗ってしまいそうだよ。私が『それ』をどうするかは解るよな?」

 「・・・・・・・は、はい。肝に銘じておきます・・・・・・」

 俺は、その時の事を幾つか想像して、その余りの恐ろしさに震えながら、コクコクと何度も頷く。

 「うんうん。私は信じているからな。田井中先生」

 「は、はいっ信じていて下さいっ秋山さんっ!」

 俺はそう答えるしかなかった・・・・・・。
 



 あと、これは後日談になるのだが。澪姉と曽我部さんが大坊に編入してきた時に、どうしてそうなったのか大坊のOBとOGである俺と中野せんせいが、澪姉と曽我部さんの編入祝いを催すという、俺にとっては地獄の(SATSUGAI)イベントとしか言い様のない催しをする事になるのだが、これはまだ先の話なのでここでは割愛させて頂く。

 


 




322こーじろう侍2011/08/28(日) 18:07:29.14YPefDOpt0 (16/20)



 「まあ、それは取り敢えずはいいとして・・・・・・」

 澪姉はそう言うと、俺の顔をまじまじと覗き込むように見つめる。

 「・・・ん?ど、どうしたの?」

 面と向かってあんまりじろじろ見られると、流石に少し気恥ずかしくなってくる。

 「聡・・・本当に大人になったんだな・・・そっか今はもう本当に私の方が年下になっちゃったんだな・・・・・・」

 澪姉はしみじみと言った感じで「もうこれまでみたいに聡なんて呼べないな。ふふ」と、言葉を続ける。その表情は何処か嬉しそうにも見えた。

 確かにアガルタからシリウスラインα迄の帰路を亜高速航行戻って来た事によって、地球(こちら)の八年七ヶ月が澪姉達には約四年の体感時間という事になり、これによって澪姉の実年齢は二十八だけど、実質的には二十四歳という事になり、二十六歳の俺の方が年上になってしまったのだった。

 


 
  
 



323こーじろう侍2011/08/28(日) 18:09:22.50YPefDOpt0 (17/20)

 

 「み、澪姉・・・いいよ別に今までど―――」

 「いいや」

 澪姉は俺の言葉を遮って首を横に振る。

 「これからは『澪』って呼んで」

 「!?」

 俺は澪姉の予想外の言葉に一瞬言葉を失う。

 「み、み・・・おね・・・」

 「み・お」

 「―――!・・・み、澪・・・」
 

 「はい。聡さん///」


 「―――――!!!」


 澪姉のこれまでずっとずっと俺のもう一人の姉だった人の初めて聞く、はにかみを含んだ甘える様な声と表情に、俺は一発で参ってしまった。
 


 うーもう辛抱堪らん!!!


 






324こーじろう侍2011/08/28(日) 18:17:13.77YPefDOpt0 (18/20)


 「み、澪!!」

 俺は何か堪らんものがこみ上げて来て半ば無意識に澪姉、いや澪を強く抱き締める。

 澪姉は突然の事に吃驚したのだろう、一瞬、身体を強張らせるがやがてそれも無くなって、俺にその身を委ねてくれた。

 そして、暫くの間抱き締めた後、俺はそっと少し身体を離し、澪の顔をじっと見つめる。


 「澪・・・好きだ。愛してる」

 真昼間から、しかもどこにでも有る様な公園で、有り得ない程の余りにも恥ずかし過ぎる事を、なに真顔でやらかしているんだこのやろうと、興奮しつつ心のどこかで思ったが、もうどうにも止まらなかった。身体が口が心(おもい)が勝手に動いてしまう。ああ!もうどうにでもなれ!!このやろう!!!。

 「はい。私も聡さんの事を愛しています・・・」

 澪は顔を真っ赤にさせながらそれでも、真剣な顔ではっきりそう言うと、そのまま目を閉じて口角を少し上に向ける。

 「澪・・・」

 俺は彼女の両肩を軽く掴んで引き寄せ、もう一度愛する人の名を呟くと、彼女に倣って俺も目を閉じ、そして彼女の唇に俺の唇をそっと重ねる。

 何を隠そう、今まで何をやってきたのか、これが初めての澪姉の唇はとても柔らかくて、でも心地よい弾力があって、正に幸せの感触(?)だった。


 そして唇を離し再び澪姉の顔を見つめる。彼女の顔はほんのり朱に染まり、でも、とても幸せそうな顔をしてくれていた。多分、俺も同じ様になっているに違いない。

 「私の『夢』がやっと一つ叶ったよ・・・・・・」

 「えっ?」

 「ううん。何でもない。何でもないよ」

 澪姉はキスをした時よりも更に顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと横に振る。
 


 「それよりも・・・・・・」


 

 
 




325こーじろう侍2011/08/28(日) 18:23:38.72YPefDOpt0 (19/20)



 「私・・・聡さんと行きたいとこや、やりたい事がいっぱいあるんだ・・・もちろん付き合ってくれるよね?」

 澪姉が子どもっぽい表情で少しはしゃぐ様に俺に言った。

 「うん。俺も澪n・・・いや澪と一緒だよ。これから精一杯、十年分(これまで)を取り戻そう」

 「うん」

 澪姉が目じりに少しだけ涙を溜めて、でもとても嬉しそうな最高の笑顔を見せると、俺の手を握り公園の外に向かって引っ張っていく。

 「時間がもったいないから早く行こっ聡さん」

 「うんそうだね澪」

 俺は澪nいや、澪と一緒の時間に居られる幸せを噛み締めながら、もうこの手を離さない。これからは俺が澪を守り抜いてみせる『絶対』と心に誓う。



 初夏の陽光と風をその身に浴びて、俺は澪(いとしいひと)の顔を見つめて、全てのはじまりだったこの公園(ばしょ)を後にしながら、この人と共にこれから新たに歩んでいく人生(みち)を思い浮かべていた・・・・・・。


 

 

 



326こーじろう侍2011/08/28(日) 19:00:17.59YPefDOpt0 (20/20)

 

 
 初書き込みからかなりの時間が経ってしまいましたが、漸く一区切りつける事が出来ました。

 こんな書き込みペースも内容もいい加減且つ、誤字脱字の多いスレをここまで読んで下さった方々(々を付ける程、

 居られるのかは判りませんが)には大変感謝をさせて頂いております。

 ありがとう御座いました。

 
 およそ108000字という、文章量だけなら元ネタに匹敵するのではないかと言うものですが、

 当初の目標では、「元ネタを読ま(買わ)なくても補完が出来るモノを書こう」といった感じだったのですが、

 やはり補完など出来る筈もなく、思い上がった愚考であったと痛烈に実感しております。

 と言う訳で、これを読まれている方には居ないかとは思いますが、元ネタを読まれていない方は、このスレよりも

 当たり前ですが遥かに面白いので読まれる事をお勧めいたします。



 あと、正直に申しますと本当はもう少し早く書き込める予定だったのですが、「こんな終わり方でええんかい」などと思ってしまい、

 書き込むのが少し遅くなってしまいました。

 結局のところ、この流れ出来た以上、自分の力量ではこうするしか出来ないのでこの終わり方になりました。

 まあ、自分自身ハッピーエンド至上主義者で、欝な展開は好きではないのでこれで良かったのかなと思います。

 もし、書けそうなら、補完的な意味合いで誰も得をしないおまけでも書いてみたいなとも懲りずに思っております。



 何にせよ改めて此処(さいご)まで読んで下さり、

 本当にありがとうございました。

 それでは。


 

 

 



327VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/08/29(月) 00:29:10.23z0WvLGqq0 (1/1)

グランド乙
元ネタ知らんけど楽しめたよ


328VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都)2011/08/30(火) 14:45:35.01JraV8nlCo (1/1)

乙自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/


329VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2011/08/31(水) 01:38:12.60A1n5CbESO (1/1)

乙した自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/


330VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府)2011/08/31(水) 10:13:01.13BXXxIOvxo (1/1)



漫画版しか読んでなかったんだが、
漫画では描かれなかったミカコとノボルの再開シーンが見れてちょっとほっこりした。

久々に読み返すかな…自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/


331支持率1%未満2011/09/06(火) 06:22:28.40/0KJr+RP0 (1/13)



 おまけ。


 一同「「「「「「ジューンチャーン」」」」」」

 純「はぁ~い」

 純「誰も得をしないおまけっ。はっじまっるよー」

 
 




332支持率1%未満2011/09/06(火) 08:03:44.25/0KJr+RP0 (2/13)



 2021年5月。


 とある居酒屋にて。

 律「と、言う訳で・・・」

 律「せ~のっ」

 一同「秋山 澪さんお帰りなさーい!!!!」

 澪「あ、ありがとうみんな・・・・・・」うるうる


 




333支持率1%未満2011/09/06(火) 08:18:36.99/0KJr+RP0 (3/13)



 律「さて、ここに第一回 澪しゃんお帰りなさい【祝賀(せんしゅけんたい)会】が始まった訳だけだけど」

 律「まずは主賓である。秋山 澪さんから一言」

 澪「えっ!?とか言われてもだな・・・うーん。と、とにかく無事に帰って来れました」

 澪「これも皆さんのおかげです。ありがとうございました」

 律「秋山さん。堅苦しいご挨拶ありがとうございましたー」

 一同<パチパチパチ>

 澪「堅苦しいって・・・お前が言わせたんだろうが・・・」

 
 

 




334支持率1%未満2011/09/06(火) 08:21:16.33/0KJr+RP0 (4/13)


 律「と、言う訳で早速ですがカンパーイ」

 一同「かんぱーい」

 ジョッキ・グラス「キィン!!」

 紬「本当にお帰りなさい澪ちゃん」 生大ごくごく

 唯「改めてお帰りなさいだよ澪ちゃん」 カシスオレンジこくこく

 そのほかの人たち「お帰りなさい」 色んな物ごくごくぱくぱく

 澪「うん。ありがとうムギ、唯、みんな」 梅酒ソーダ割りちびちび

 紬「でも澪ちゃんが行ってしまったって聞いた時は、本当にショックだったもの」

 唯「そうだよ澪ちゃん。あまりのショックで受験勉強が捗(はかどら)らなくなっちゃんたんだから」

 律「それはいつもの事だろ」 ハイボールくいくい

 唯「ううう・・・律っちゃん。そいつは言わない約束だよ」

 




335支持率1%未満2011/09/06(火) 08:26:24.67/0KJr+RP0 (5/13)



 澪「いや、その件は本当に済まなかった。そうならない様に受験が終わってから言おうと思っていたんだけど、あの時は本当にイキナリ連れて行かれちゃって、どうする事も出来なかったんだ。本当にゴメン」

 和「いいのよ澪。あの時は最初はこの娘も律も泣いていたけど、すぐに立ち直って唯も律も貴女の分まで頑張るって今まで以上に勉強してたから」 生中くいっ

 唯「もう。そんな事は言わなくても良いんだよ和ちゃん」

 律「そうだゾ和。澪に心配かけちゃいけないから絶対に合格してみせるなんて言ってたなんて事は言うなよな」

 和「ふふ、そんな事まで言ってないわよ」

 律「あっ・・・///」

 澪「律ぅ・・・お前・・・」うるうる

 紬「うふふ」 ぐびぐび 「済みませーん。生大もう一つお願いします」

 店員「はい。かしこまりましたー」 これ以降多分省略

 律「そ、そんなことはどうでもいいんだよっ。それより澪、どうだったんだよ宇宙での生活って言うのは」

 

 


336支持率1%未満2011/09/06(火) 08:29:04.92/0KJr+RP0 (6/13)


 澪「どうもこうもないよ。月から火星までは訓練と講義ばっかりだったし、冥王星ではタルシアンに遭遇はするし、それからシリウスってとこまで八光年以上も飛ばされちゃうしだな・・・」

 澪「シリウスのアガルタってとこではタルシアンの大群と戦うハメになるしで本当に大変だったよ」

 澪「それからどうにか生き残って地球に帰れるって判った時は嬉しかったけど、帰りは四年以上も掛かる上に、艦内から出られなかったから凄く退屈だったしな・・・」

 憂「大変だったんですね・・・」 生中ごきゅごきゅ 「済みませーん生中もう一つ」

 唯「あっそうだ澪ちゃん。ごはんは?ごはんはどうだったの?」

 




337支持率1%未満2011/09/06(火) 08:32:10.11/0KJr+RP0 (7/13)


 澪「ん?食事か?食事は野菜が中心だったよ。水耕栽培って言って、溶液に種や苗を浸して光で育てるんだ。元々あった技術にタルシアンの技術も取り入れているらしくて、すぐに育つし、味も充分美味しかったよ。肉とかも在庫が無くなってからは大豆とかで充分代用出来ていたしな・・・」
 
 律「でも良くそれで何年も保(も)ったな。食糧や水不足とかにはならなかったのか?」

 澪「うん。それはどうにかなったよ。もともと、何年も先を見越しての遠征だったらしいし、今言った技術も有ったしな。あとは撃墜された戦艦から多少は補給出来たし、水はアガルタって所から補給出来たみたいだし、私には良く判らないけど水から水を作る技術も有った様だしな・・・あんまり食料や水で困った事は無かったよ」

 律「そうか・・・ならいいんだけどさ・・・でも撃墜か・・・本当に宇宙で戦ってたんだな」

 澪「ああ。正直もう思い出すのも厭なんだけど、あっ気にするなよ今日は特別だからな。本当に大変だったよ。何しろ斃しても斃しても一向に減らないし、味方もどんどん減ってくし、挙句には戦艦すらリシティアだけになっちゃったんだからさ・・・」